2020-08-07 10:37:48 更新

概要

五年ぶりに目覚めた提督が五年ぶりに艦娘達に会いにいく短編です。


前書き

お目汚し失礼します。初投稿です。


[本土・とある軍病院]


提督「...ん、んっ~...」


軍医「私の声が聞こえますか、提督。」


提督「…ん?聞こえるけど…あっ!頭がっ…!」


軍医「久しぶりのお目覚めですからね、無理もないでしょう」


軍医「傷の方もまだ完全には癒えていませんしね、」


提督「ここは…病院?」


軍医「そうですよ。」


提督「何も思い出せない…」


軍医「自分が提督であったことは?」


提督「それならかろうじて」


軍医「なら今は上出来ですね」





提督「なにか飲み物をもらえないだろうか」


軍医「あぁ、水で良ければここに。」


提督「あぁ、ありがとう」


提督(なんだか体を動かすことがとても新鮮だ)


提督(私はどうして病院なんかに?戦傷を負ったというのか?)


軍医「あの、目覚めて急で申し訳ないのですが、」


提督「あぁ、はい」


軍医「入院の経緯、そして、これからのことを説明しなくてはなりません。」


軍医「あなたも知りたいことでしょうしね」





軍医「単刀直入に言うとあなたの鎮守府は敵の襲撃を受けました。」


提督「?!」


提督「そんなバカな!」ガバッ!


軍医「信じられないのも無理はありません。なにせ、あなたの鎮守府は実に小規模な哨戒基地。」


軍医「前線にもそう近くなければ、戦術的にも重要性が無い孤島でしたからね。」


提督「奪還作戦の目処は立ってるんですか?私も参加するっ!」


軍医「待って!落ち着いてください!」


提督「落ち着いてられるかっ!今すぐ出る!」


軍医「島の奪還にはもう既に成功しているんです!」


提督「え?」ピタッ


提督「やだなぁ、それを先に言ってくれなきゃ」


軍医「…。」


提督「あそこにいた艦娘達は…?」


軍医「襲撃からの撤退時に被害を受けた艦もいますが、どの艦も無事に生還してますよ」


提督「よかった…」


提督「それだけ聞けたら満足です。すぐにでも退院を…」


軍医「それが、提督」


提督「まだなにか説明が?」


軍医「これからが本題なのですが…」


軍医「あなたがこの病院に入って今日でちょうど5年が経ちます。」


5年。それは、しばしの小睡から目覚めただけだと思っていた私が戸惑い、気を保てなくなるのに十分な年月であった。

気づけば、私は気を失い再び病床にて眠るのであった。





目覚めると次の日の朝であった。

軍医の言っていたことを夢だと思いたい気持ちはあったがそれよりも、早く鎮守府へと戻りたいと気持ちの方が強かった。


その後、退院に向けて精密検査やリハビリをこなしていくなかで、あの日何が起こったかということが明らかになってきた。

そして、私は自分の生存、覚醒が奇跡的なものであることを悟った。


【5年前の襲撃時、私がいた本庁舎は真っ先に空襲を受け半壊。この病院に運び込まれた時、私の後頭部には鉄片が突き刺さっていた。迅速な処置が功を奏しなんとか一命を取り留めたもののそれ以来目覚めることはなかった。】


そう軍医に説明されながら私はどこか上の空でいた。

艦娘達が本庁だった瓦礫の中から生きているかも分からない私を引きずり出し、必死に本土へと連れ帰ってくれるところを想像して、なんとも切ない気分になった。


幸運なことと言ってしまうのは不謹慎であるが、5年が経過した現在も深海棲艦との戦いは続いていた。

帰る場所、私を必要とする場所があるというのは、やはり私にとって不幸中の幸いなのであった。

私は鎮守府への5年越しの生還を果たすことで彼女らに報いなければならない、私はそう心に誓った。





覚醒から一か月が過ぎた。リハビリも予想以上に順調に進み念願の退院も明日に迫っている。

そんなある日、私の元に海軍情報部の中佐が訪ねてきた。


中佐「初めまして」


提督「こちらこそ、どうぞ座ってください」


私はそういうと相手に椅子を差し出し、自らもベッドに腰を下ろした。


中佐「目を覚ましたというのは本当でしたか。」


中佐「もう歩けるとは、大した回復力。お見事ですな。」


提督「一刻も早く”元の仕事”に復帰したいもので…」


中佐「そうですね」


中佐「さて、今日はその提督業の復帰に関することでいくつかお伝えしたいことがあってきました。」


提督(わざわざ情報部が来るってことは普通の事情じゃあなさそうだな…)






中佐「まず一つ目に、あなたの書類上での扱いについてです。」


中佐「提督殿は5年もの間昏睡状態にあったことは既にお聞きしましたかな?」


提督「聞いております。」


中佐「その間ずっと延命措置が取られていたことも?」


提督「まあ、当然そのような予想は付きますが…」


中佐「実をいうと書類上ではあなたは三年前に死亡していることになっています。」


提督「えぇ…」


中佐「こればかりは軍の事務屋の仕事が粗雑であると言わざるを得ませんが…」


中佐「二年間の延命措置を受け、目覚める気配を見せないあなたは死亡としたものとして報告されています。」


中佐「ほらあなたの軍籍にはこの通り」ペラッ


受け取った書類には私の情報が載っていた。ステータスの欄には“KIA”の文字。


提督「そんなむちゃくちゃな…」


中佐「こればかりは同感ですな」


提督「まさか…それで私を消しに来たとか…?」





しばらくの間、沈黙が走る。その後中佐が吹き出した。


中佐「ハッハッハ、それは映画の見過ぎですよ、提督。」


中佐「この戦死情報はすぐにでも事務屋に直させますので、ご安心ください。」


私は胸をなでおろした。


提督「でも割と不祥事なんじゃないですか?」


中佐「この程度のミスは日常茶飯事ですよ、ハッハッハ」


提督「そんな…」


提督「ん、でも、公的に戦死扱いになっているということは」


中佐「あなたが生きていることを知ってるのはこの病院の人間と私ぐらいのものということです。」


提督「私の部下も…?」


中佐「艦娘達のことですね?提督は亡くなったと思っているでしょうな。」


ここで初めて大きな不安が私の頭をよぎった。私の帰りを待つ艦娘は一人もいないのでは?


私は誰からも忘れられて、一人で5年の傷を埋めていかなくてはならないのか?





提督「それで、他にもなにか?」


中佐「そうあと一つあります。」


中佐「ここからは若干の機密情報です、無論他言は無用です。良いですね?」

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その翌日、私は予定通りに軍病院を退院した。

軍の人間に最寄りの軍港迄送ってもらい、そこで軍籍復帰の一通りの手続きを済ませた。

そして私はようやくかつての鎮守府にむけて出港したのであった。


私は今、島に向かう輸送船に乗っている。

久しぶりに着た海軍の制服のおかげで身も心も引き締まるようであった。

船内のソファでブリーフィングを読む私に、一人のクルーが駆け寄ってきて言う。


クルー「提督殿!レディーズランド泊地まであと5分で到着します。」


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[二日前]


提督「レディーズランド?」


中佐「あなたの鎮守府がある島は今そう呼ばれています。」


提督「観光地にでもなったんですか?」


中佐「いえ、5年前と変わらず軍事基地ですよ、鎮守府もありますしな。」


中佐「ただあの島では特殊な管轄がされていまして」


提督「それは?」


中佐「鎮守府の艦娘達による完全自治、とでもいいますか」


提督「ハハッまさか、艦娘達の島(Lady’s Land)ということですか?」


中佐「その、まさかなんですよ。3年前からあの島には生身の人間は一切いません」


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本土から何百キロも離れたその島“レディーズランド”はその大半が密林に覆われている。

霧の中で朧気にその輪郭だけが浮かぶ光景は実に幻想的な雰囲気を醸し出していた。


艦娘だけの島。

レディーズランドという名前はその島の特徴だけでなく、その妖艶な景観にもうってつけの名前だった。



島をぼんやりと眺めながら私はあの中佐の言ったことを思い出していた。


中佐『島の奪還作戦には一年かかりました。そしてその後は設備の整備もままならず実質あの島は放棄されていました。』


中佐『しかし、三年前。ある高錬度の艦娘から自分にあの島の司令を任せてほしいと打診がありました。』


中佐『上層部での議論の結果、見事年内での実施が決定されました。』


中佐『お偉いさんのお遊び半分の決定という印象は拭えませんがな、』


中佐『ですが、今のところなに一つの問題もなく、むしろかなりの戦果が挙がっていると報告されています。』


中佐『今あの島は、五年前のあなたの部下であった艦娘たちが、あなた抜きで鎮守府を運営している状態と言えばわかりやすいでしょう。』








[レディーズランド泊地・母港 退院から3日後 AM9:00]


レディーズランドに船が入港する。

私の乗ってきた船は輸送船だ。

船上は荷下ろしのため急激に慌ただしくなった。

島への荷下ろしはベルトコンベアのみで行われる。原則として人間の島への上陸は認められていないからだ。

当然これからこの鎮守府に着任する私は例外だが。


荷下ろしで慌ただしく働く乗組員たちを横目に私だけが悠長と身だしなみを整える。

船の側面から降ろされたタラップの一段一段を踏みしめながら下っていく。

そうして階段を下り終え、地面にゆっくりと降り立った。



提督(やっと、帰ってこれたんだな)



その時であった。



??「そこを動くな!手は頭の後ろだ!」ジャキッ!


声は背後からであった。鞄を落として、言うとおりにする。


??「島への立ち入りは禁止されているぞ。知らないわけじゃなかろう?」


この声には聞き覚えがあった。背を向けたまま問いかける。


提督「お前、那智か?」


那智「なっ!…だ、だったらなんだというのだ!」


那智「貴様、どうやら確信犯らしいな。拘束させてもらうぞ!」


提督「私だよ、那智。提督だ。」


そう言った瞬間、うつぶせのまま激しく地面に押し倒された。


那智「ふざけるのもその辺にしておけ。亡き者の名を騙りおって、恥を知れ。」グリグリ


提督「痛い!信じろ!戻ってきたんだ!」


那智「しつこいぞ貴様!」


提督「週末にはよく執務室で酒を飲んだよなあ!」


那智「は?」


提督「この島にはそれくらいしか娯楽がなかったからなあ!」


提督「ある晩徹夜で飲み明かしたその翌日!お前は寝ぼけて演習に主砲と魚雷を忘れていったなあ!」


提督「あれは笑わせてもらった!」


那智「貴様ぁ!それをどこで!///」カァァッ


提督「私の顔を見ろ!提督の顔忘れたとは言わせんぞ!」


那智「貴様の顔なんぞ誰が見るか!」



その時向こうでくぐもった鈴の音がして、少女の声が響いた。



??「那智!そこまで!」


その愛しい声の持ち主は彼女以外ありえなかった。


提督(曙!)


那智「司令官!こいつを放せというのか!?」


曙がゆっくりとこっちに歩み寄ってくる。


曙「そうよ、さっき大本営から連絡があったわ。提督がその船に乗ってくるって。」


那智「でも、奴は死んだと!」


曙「信じられないけど、本当は生きてたってことらしいわ。」


曙「さ、放してやりなさい。」


那智の拘束の手が緩み自由になる。


那智「そんなことがあっていいのか…」


そう言いながら那智は肩を貸してくれた。制服のよごれをはたいて、制帽を被りなおす。

そこで初めて二人をまじまじと眺める。

那智は外見はほとんど昔と変わってない、一方曙は綾波型のセーラー服ではなく、私のような海軍士官の制服を纏っていた。

ただ私を見つめるその怪訝そうな顔だけは私の知る彼女のままであった。

那智「顔や背恰好は確かに提督そっくりだが…」


提督「お前、この期に及んで…」ハァ…


那智「じゃあ三年前に死んだというのは…」


曙がその発言を遮る。


曙「はい!この話は一時保留!」パンパン!


曙「那智は早く配置にもどって警備を続けて!」


那智「…わかった、司令官」


那智「だが、あとできっちり説明してもらうぞ」


そう言うと那智は船の搬出口の方へと駆けていった。



那智が行ってしまって私と曙の二人が残された。どことなくぎこちない雰囲気で。


提督「…司令官って呼ばれてるのか?」


曙「…。」


提督「…その帽子、私とお揃いだな」


曙「ハァ…」


提督「?」


曙「5年ぶりに再会してるってのに下らない帽子の話なんかするわけ?」


提督「あー…」


曙「そういうとこ、相変わらずよね」


曙「まあいいわ、あたしの鎮守府案内してあげるから、ついてくれば?」


提督(お前もかなり相変わらずだがな)


提督「わかった、よろしく頼む」


提督「もうクソ提督とは呼んでくれないのか?」


曙「は、はぁ?そう呼ばれたいわけ?」


提督「いや、別に強要はしないが」


曙「ハァー…あたしだってもう大きくなったし、いつまでもそんな幼稚なこと言ってないわよ」


提督「そうか…」ショボーン


曙「もうそんなことで落ち込むな!このクソ提督!」


提督「」ニコニコ


曙「ニヤニヤしてないでさっさと行くわよ、ほら!」


そうやって私に喝を飛ばす曙は、心なしか嬉しそうに見えた。




七年前、突如としてあらわれた深海棲艦に世界が恐れをなした。

当時既に海軍にいた私は適性を認められ提督になり、この島に配属された。

曙がこの鎮守府にやってきたのはそれからしばらくしてからだ。


着任当初は日々僚艦との揉め事が絶えない不良娘であった。

そのおかげで艦隊で当然のように孤立していた彼女を私は放ってはおけず、彼女の更生に全力を尽くした。


手を焼いた甲斐もあって五年前の時点では曙は我が艦隊に欠かせない存在になっていた。

戦闘でも普段の生活でも、皆が彼女を頼りにしていたものだ。


今思えば、あの頃から彼女の人望の厚さは頭角を現していたといえるだろう。

そして彼女は三年前この鎮守府の司令官として、かつての僚艦達を集めまとめ上げるという偉業を成した。

それはまさに彼女の人望があってこそ成しえたことだ。


そして私はそんな彼女のことが好きだった。





曙「本庁舎までちょっと距離があるから車で行くわ」


先々歩く曙の背中を追いかける。歩くたびに髪につけた鈴のくぐもった音が鳴る。

大きな音が鳴らないよう工夫が施されているのは軍人として当然の仕様だ。


曙「聞いてる?」フリカエリ


提督「あぁ、悪い悪い」


曙「ふんっ」


曙の運転する軍用車に乗って鎮守府本庁舎へと向かった。




3分ほど車を走らせて本庁に到着。

車を降りて再び曙の背中を追って中に入る。

建てられたばかりで中も外もとても綺麗だ。

曙は急に立ち止まると腕時計に目をやった。


曙「あ、もうこんな時間…」


曙「クソ提督。執務室二階にあるから、先に行って部屋で待っててくれない?」


提督「何か用事か?」


曙「艦隊が遠征から戻ってくるから。お出迎えよ。」


提督「わかった。くつろいで待っとくよ」


曙「勝手に私の物とか触んないでよね、クソ提督」


提督「早く行ってこい、“司令官”様」


曙「ふんっ!だ」


そうして彼女は外へ駆け出して行った。私は言われたとおり二階へと上がっていった。






執務室は階段を上がって右側の突き当りであった。鍵は開いていたのでそっと中へ入る。

中には誰もいなかった。かつての私の執務室と内装は大して変わらなかったが、それにはなかった清潔感があった。


提督「これが男と女の差か」


執務用の机には「臨時司令艦 曙」とかかれたプレートが置かれている。

官を艦にすることで人と艦娘の区別をつけているのかと感心していると、

急にドアをノックする音が響き、びくっとする。




??「司令官、入ります」ガチャ


提督(まずい、那智のように部外者と勘違いする奴だと非常にまずい)


提督「ちょ、ちょっと待っ」


加賀「ッ!」サッ


私の存在に気付くと、弁明させる間もなく加賀は私に拳銃を向けていた。


一航戦が銃を使うのか。


加賀「動かないで!そこに伏せなさい!」


提督「俺だ、加賀!」


加賀「?」


加賀「あなた、私の提督…なの?」


提督「そう、そう!」


提督(話の分かるやつで助かっ)


加賀「うそつき」


提督「…え?」


加賀「うそつき!」バンッ!


提督「うわッ!」



弾は私をかすめ、背後の何かに当たる。



加賀「あなたが提督なわけがない!」


加賀「だって、あの人はもう!」プルプル


提督(ダメだ、恐らく曙以外全員、“提督”という言葉を聞くと動転する!)


提督(刺激しない様に穏やかに話しかけるんだ…)


提督「いや、加賀ぁ…お前がそんな感情豊かになってくれて私は嬉しいよ…」


提督「ちょっとだけ話し合おう?…な?」


加賀「本当に提督…なの?」プルプル


提督「そう、実はそうなんだ!」


加賀「提督に…そっくり…」プルプル


提督「そうだろう!」


加賀「顔も…声も…」ゴクリ


提督「加賀ぁ…」




加賀「でも違う!お前は私の迷いが見せる幻影!」チャカ!


提督(終わった)




曙「なにしてるの加賀!!」



提督・加賀「「!!」」


曙「発砲音が聞こえたから急いで引き返してきたら…」


曙「今すぐ銃を降ろしなさい!」


加賀「司令官、じゃあこの人は本当に提督なの!?」


曙「そうよ!」


曙「ていうか、なんで秘書艦のあなたが把握してないのよ!」


曙「大本営から連絡はあったはずよ」


加賀「今日は朝一から艦隊演習の立会人をやっていたから…」


曙「それもそうね…」


曙「まぁクソ提督は無傷なんでしょ?しょうがないから、大目に見るわ」


加賀「ありがとう…」


曙「ほらクソ提督になんか言うことあるんじゃないの?」


加賀「提督…」


提督(死ぬかと思った…)


加賀「生きて戻られて本当に良かったです…」ウルウル


曙・提督(そっちなのか)


提督(まぁいいか)


提督「私もまたお前に会えて嬉しいよ」


加賀「提督…」ウルウル


曙(いい感じに場を治めたわね)フゥ-


曙「ん?」


曙「…ジュークボックスが壊れてるんだけど?」ゴゴゴゴ


加賀「」






[執務室 AM10:00]

執務室のソファに腰かけて一息つく。

曙は私を急場から救い出した後、再び遠征艦隊の迎えに大慌てで向かっていった。

一方加賀は、そこのテーブルでジュークボックスを破壊したことに対する始末書を書いている。

この部屋には私と加賀だけ。

もし、また新たなトラブルが起きても加賀と一緒なら何とかなるだろう。

束の間の安息が約束されたことを確信すると私は改めて一息ついた。


提督「加賀聞いてもいいか?」


加賀「何かしら」


彼女はペンを走らせながら答える。


提督「今艦隊は演習に出ているのか?」


加賀「そうよ。いつも朝8時頃からやっているの。」


提督「じゃあ今、大半の艦は出払ってるのか」


加賀「ええ。非番の子たちは寮にいると思うけど、まだ寝てると思うわ」


道理で他の艦娘が見当たらないわけだ。



加賀「私も提督に聞いていいかしら?」


提督「なんだ?始末書の書き方か?」


加賀「…そうじゃないわ」


加賀「どうしてここに戻ってきたの?」


提督「というと?」


加賀「この島は艦娘しかいない鎮守府。“人”が一切いなくてもそれなりの戦果を挙げてきているわ。」


提督「そうらしいな」


加賀「この鎮守府は深海棲艦との戦いに“人”が必要ないことを証明したわ」


加賀「危険を顧みずに戦地に“人”を配置することは無意味なんじゃないかしら」


加賀「そう思うのだけれど」


提督「なるほどな」


提督「加賀は私が帰ってきて嬉しくないか?」


加賀「決してそんなことは無いわ」


提督「私も加賀やみんなにまた会うことができて、とても嬉しい」


提督「お前たちにまた会いたいから帰ってきた、それじゃダメか?」


加賀「でも、また五年前のような襲撃を受けたとしたら?…」


加賀「今度は助かる保証はないかもしれないわ」



提督「加賀」


提督「確かに艦娘のみで運営される鎮守府は人としては大変理想的かもしれん」


提督「それでも私は貴艦達にしっかりと人類からの誠意を見せたい。」


提督「だからたとえ無用と言われようと私はずっと貴艦達のそばに居よう」


提督「命を捨てる覚悟はとうにしてきているしな」


加賀「あなたが良くても、私たちがダメだといったら?」


加賀「あなたを失う悲しみに二度と耐えられる自信はないの」


加賀「それはここの子たちの総意と言ってもいいわ」


提督「加賀、それは私も同じだ」


加賀「だったら…」


提督「私たちは守るものがあることで強くなれる」


提督「お前たちには守るべきものが必要だ」


提督「私がお前たちを守るように、お前たちは私を守るんだ」


提督「そうして誰も仲間を欠かすことなく、この戦いをさっさと終わらせてしまおう」


提督「いいな?」


加賀「…どうしてそこまでしてくれるの?」


提督「そうだな、結局、お前らのことが好きだからさ」


加賀「…そう」



その言葉を最後に、この議論は幕を閉じた。

どこか満足そうな彼女は始末書を書き終えると、こっちに歩み寄ってきて黙って手を差し出してきた。

私と彼女は厚い握手を交わした。

ちょうどその時曙が戻ってきた。

気味悪いものでも見るような目で私たちを見ている。


曙「あんた達なにやってんの…」


提督「誓いの握手だ」


加賀「ここは譲れません」






[執務室 AM10:30]


加賀との握手の後、曙と加賀はとても忙しそうに書類に取り掛かり始めた。

私の記憶ではこの時期はそんなに忙しくもなかったはずだが。


提督「なにか手伝おうか」


曙「結構よ」カキカキ


提督「…。」


提督「…しかし、私が加勢した方が早く終わる気がするが」


曙「…」カキカキ


提督「…あの、曙?」


曙「ん?まだいたの?」


提督「なぁ、曙…」


曙「ああ!もう鬱陶しい!」


加賀「提督、あなたの司令官への復帰はあくまでも明日からよ」


加賀「引き継ぎなんかも含めて明日からだから今日は何もすることは無いわ」


曙「そういうことよ」


提督「そうは言ってもなぁ…」


加賀「提督は船旅でさぞ疲れているだろうから、そこで寝てていいわ」


曙「そうそう、寝ときなさい」


提督「まあそこまで言うなら…」


渋々といった風を装っているが疲れているのは確かだ。ソファに横になるとすぐに意識が遠のいていった。






[執務室 PM1:30]


曙「もうお昼よ、起きなさい」


提督「…んあ、おはよう」


提督「書類は片付いたかい?」


曙「うん、今日の分全部ね!」


提督「今日の分を?何か急な用でもあるみたいだな」


曙「自分自体がその“急な用”って自覚がないとはね…。」


提督「私か?」


曙「そうに決まってるでしょ」


曙「今日は昼からの予定は全部キャンセルしてクソ提督の歓迎会をするのよ」


提督「マジか」


曙「あたしは別にやらなくてもいいと思うんだけど、、加賀がどうしてもっていうから…」


加賀「私がどうかしたの?」


曙「わー!黙って入ってこないで!」


提督(優しい子になったな、曙)


加賀「次から気を付けるわ」


曙「もういいわ、それで?」


加賀「司令官の言う通り、宴会室に皆を集めたわ」


提督(鎮守府に宴会室があるのか…)


曙「ありがとう!」


曙「さ、クソ提督!皆に挨拶しに行くわよ!」


提督「急すぎないか、私だってまだ心の準備が…」


曙「いいから来る!」


曙に引きずられ私は半ば強引に執務室を連れ出されるのであった。






[宴会室 PM1:30]


ザワザワ・・・ザワザワ・・・


夕立「今から何があるっぽい?」


時雨「何か緊急事態かもしれないね…」


吹雪「加賀さんも神妙な顔してたし…」


夕立「加賀さんはいっつもあんな顔っぽい~」


島風「もー司令官おっそーい!」


夕立「島風ちゃんは何か知ってるぽい?」


島風「今朝司令官と那智さんが男の人を連行してたらしいよ」


夕立「情報が早いっぽい~」


吹雪「そういえば、今日非番だった磯波ちゃんが執務室から銃声がしたって」


夕立・時雨・島風「?!」


時雨「侵入した男を射殺した、ってところかな」


夕立「なんかヤバいっぽい・・・」


一同(えぇ…)キキミミ


蒼龍「ねぇ、駆逐艦の子たちがあんなこと話してるけど本当かな」ヒソヒソ


龍驤「ほっとき」


伊58(でも遠征の出迎えに来た曙はいつもよりキラキラしてたでち…)


那智(本当のこと言いたい…)




ガラッ!


曙「待たせたわね!」


一同(!!)


加賀「全員起立!敬礼!」


一同「」ビシッ!


曙「みんな座って、楽にしていいわ」





曙「集まってもらったのは、今朝起きた事件についてで…」


夕立(あぁー事件って言っちゃったっぽい)


曙「皆がパニックになるといけないから敢えて今まで言わなかったんだけど」


曙「覚悟して聞いてほしいわ」


一同(ゴクリ)


曙「なんと」



曙「クソ提督が帰ってきました!」



一同(ポカーン)


卯月(う、うそぴょん)





曙「入ってきていいわよ、クソ提督」


提督「はは、みんな久しぶり」


シーン…


提督(どうするんだこの空気)


一同「「ええー!!」」


夕立「提督さん生き返ったっぽい?!」ガッ!


提督「いやー実はかくかくしかじかでな」


事の経緯を説明しおえると、部屋は騒然とした。

呆然とするもの、怒り出すもの、泣き出すもの。色々な反応があったがそれはしょうがないことだ。


そう、しょうがないのだ。




曙が場に静粛を求めた。


曙「信じられないだろうけどクソ提督はこうして帰ってきたの」


曙「でも、この事実を受け止めるのには皆相当時間がかかると思うの」


曙「だから、この時間から提督をあなたたちに開放するわ!」


提督(それは聞いてないぞ)


曙「午後からはみんな暇になってるはずだから存分にクソ提督と触れ合いなさい!」


曙「以上!」


提督「ま、待ってくれ」


曙「終わったら執務室に戻ってきなさい、クソ提督」


それを言い終えると曙と加賀はそそくさと宴会室から出ていった。

その場にいた全員にもみくちゃにされる私を後目にして。






[執務室 PM6:00]


曙(クソ提督、まだかな…)


扉<ガチャ


曙(!)


潮「曙ちゃん…?」


曙(潮かい!)


曙「ど、どうかしたの?」


潮「あのっ、酔った蒼龍さんや金剛さん達が提督を自室にお持ち帰りしちゃって…」


曙「お持ち帰りって?」


潮「そ、それは///」


曙「ハァ…ドン引きね」


潮「止めに行く…?」


曙「まぁ十分予想できてたし…あたしに止める権利はないわ」


潮「そ、そっかぁ」


潮「曙ちゃんは、提督と話さなくていいの?」


曙「あたしは別に興味ないし!」



扉<ガチャ



提督「うぅ…ただいま」


潮「提督!?」


曙(相当引っ張りまわされた様子ね)


提督「潮か…悪いな邪魔するぞ…」


潮「いえいえ…へへっ」


潮「へへっ、じゃあ曙ちゃん、私は、戻るね!」ススス


曙「ちょっ」


扉<バタンッ!


曙(クソ提督と二人きりじゃない…)





提督「うぅ、曙、水をくれないか」


曙「はぁ…しょうがないなぁ」


曙「はい、どうぞ、って!酒くさっ!」


提督「ありがとう…」ゴクゴク


曙「空母や戦艦のおねえさん方とお楽しみだったってね」


提督「あぁそれか…大事になる前に逃げてきたよ」


曙「あっそ、変態」


提督「これでも貞操観念は人並み以上だぞ」


曙「どうだか」





提督「しかし、待たせてすまなかったな」


曙「別に待ってなかったし」


提督「この五年間のことさ」


曙「…」


提督「大変だったろ、ここまで来るのは」


曙「この鎮守府が成り立ってるのは皆のおかげよ」


曙「あたしは大したことしてないし」


提督「三年前、上層部に話を持ち掛けたのもお前なんだろ?」


曙「あたしはただ見てられなかったの」


曙「クソ提督が死んだって聞いて死んだように無気力になった仲間たちをね」


曙「皆自分でも気づかないうちにクソ提督のために戦うようになってたのかもね」


曙「なによその目は!あたしは違うわよ!」


曙「とにかく皆にはクソ提督の代わりが必要だったから、あたしが動いたの」


曙「誰がやってても同じよ」


提督「皆お前だから付いてきてくれたんだと思うぞ」


提督「お前はどことなく私に似ているからな」


曙「はぁ?似てないし」


提督「この際だから言わせてほしい」グイ


曙「?!」


提督「お前がいなかったら私は鎮守府どころかこの世にさえ戻ってこれなかった」


提督「本来失うはずだった多くの物をお前が取り戻して元通りにしてくれた」


提督「本当に感謝しているぞ、曙」


曙「ちょ///近いって/」


提督「お前のために何かお礼がしたい」


提督「なんでも言ってくれ」




曙「」ピクッ



曙「何でも?」


提督「何でもだ」


曙「じゃあこの後の帰還パーティーの後さ///…」


曙「工廠に来てくれない?」


提督「それは、つまり…」


提督(夜戦(意味深)のお誘い…?)


曙「ダメ?」


提督「そんなことない、了承しよう」


曙「いいの?」


提督「もちろん」


曙「ありがとう、クソ提督」


提督「なにか持って行った方がいいものとかは//?」


提督(アレとか…)


曙「手ぶらでいいわよ」


提督「え、良いの?!」


曙「なによ大きな声出して、」


提督(それはあまりにも大胆すぎるんじゃ//曙さん//)


曙「パーティーあたしはちょっと早めに抜けるから、頃合い見てからクソ提督も抜けて来て」


曙「絶対に一人で来てよね!」


提督「あぁ、わかった」


曙「じゃあこの話は一旦ここで終了!続きは工廠でね。」


私は願ってもないチャンスに恵まれて武者震いが止まらなかった。

曙はどこか高ぶった私をみて妙な顔をしていたが特に気することはなかった。






[宴会室 PM12:00]


9時頃から始まった私の帰還パーティーは異様なまでに盛り上がりを見せた。

私も艦達とのコミュニケーションを楽しんだがこの後の曙との秘め事のためにもアルコールはほどほどにしておいた。

曙は10時ごろに出ていったが、私はまだ引っ張りだこですぐに出ていくことは不可能だった。


今現在、宴会室は乱痴気騒ぎも後の祭りで酔いつぶれた艦娘達がそこらじゅうに寝転がっている。


唯一生き残る猛者の中に加賀がいた。


提督「なぁ加賀」


加賀「どうしたの私の提督」フラフラ


提督「お前もなかなか出来上がってるな」


加賀「私を部屋まで連れて帰ってくれるのかしら」


提督「それは遠慮しとこう」


提督「それより明日からも任務は通常通りあるんだろ」


加賀「ええそうよ」


提督「良いのかこんな時間まで飲んでて」


加賀「私たち艦娘は内蔵機能も人間ょりずーっと上よ」フラフラ


加賀「明日の朝にはきれいさっぱり“しらふ”だわ」


提督「そ、そうかそれは良かった、じゃあ私は…」


加賀「提督これから私と///…」


提督「すまん、加賀!先に失礼するぞ!」ダッ


加賀「あぁ、行ってしまったわ」



加賀「曙によろしくね…Zzz…」






[工廠 AM00:20]


提督(何とか誰にも見つかることなくたどり着けたな)


提督(鍵は…開いてる)


提督「曙、入るぞ」


工廠の中は真っ暗でとても静かだった。曙の返事はない。少し辺りを探索してみる。

時々工廠内のどこかでなるラップ音が不気味さを倍増させる。

あまり居心地のいい場所ではなかった。


提督「曙―!」


もう一度呼んでみると、奥の方でクソ提督と返事が聞こえたので向かう。


曙「クソ提督!こっち!」


ようやく曙を見つける。


彼女はさっきまでは海軍士官の格好だったが、今は綾波型のセーラー服に着替えていた。


提督「その、遅れてすまない」


曙「艦とのスキンシップも仕事のうちよ」


提督「わかってるよ」


曙「そうね」


提督「あぁ…」


曙「…。」


提督(気まずいひと時)



曙「そ、それでさ、改めてお願いしたいんだけど」


提督「わざわざ工廠でする意味はあるのか?」


曙「え?」


提督「お前の自室はさすがにまずいだろうが、執務室なら」


提督「あそこなら簡易的なベッドもあるし、鍵を閉めれば誰も入ってこない」


提督「シャワー室だってついてるし、それに…」


曙「あー…ちょっと聞いていい?」


提督「?」


曙「クソ提督はなにをするつもりでここに来たの?」


提督「や、夜戦的な?」




曙「違う!全ッ然違うから!このバカ!変態!性獣!」


提督「ふぁぽぺ?」


曙「治しようのないクソ提督ね!本ッ当、最後まで」


提督(最後まで?)


提督「じゃあ本当は何をするんだ?」





曙「あたしを解体してほしいの、クソ提督」


提督「は?」





曙「クソ提督は今からあたしを解体するの」


提督「笑えない冗談だ」


曙「冗談じゃないわ、あたしは大まじめよ」


曙「さっさと終わらせましょう、あなたは明日も早いわ」


提督「やめてくれ、もう十分懲りた」


提督「酔いも醒める悪い冗談だ、さぁ一緒に戻ろう」


曙「戻らないわ。あたしを解体してあなたは一人で戻るの」


提督「本気だっていうのか?」


曙「さっきからそういってるわ」


提督「どうして」


曙「あたしはもう戦う意味を見出せないの」


提督「私に見出せばいい、これからも、これまでのように」


曙「そこなのクソ提督」


曙「五年前あたし達はあなたを救った、けど、本当の意味で救うことはできなかった」


曙「あたし、銃じゃ人を救えないことに気づいたの」


曙「戦うことが誰かのためになってるって大義銘文は、もうあたしには無理」


提督「残された仲間たちはどうなる?!」


曙「あなたがいれば大丈夫、この戦いが終わればまたいつか会えるわ」


曙「まぁ、あたしが言うのも何だけど全て元通りってわけには行かないってことね」





提督「…だが私には」


曙「提督」


曙「酷なことを強いているのは分かってる」


曙「けど、遅かれ早かれ通る道なの」


曙「それなら、あたしはあなたの手で終わらせてほしい」


曙「…やって」


そういうと曙は服を脱ぎ捨て、自ら解体炉に向かっていった。

彼女の裸をこんな形で見ることになるとは思わなかった。


彼女が解体炉に入る直前、私は彼女に駆け寄り行為の前に渡そうと思っていた指輪を差し出した。

彼女は微笑んでありがとうと言ってくれたが、受け取ってはくれなかった。


今にも泣きそうな私の頭を何度か撫でて、解体炉に入り静かに扉を閉めた。


そして私は悟った。これは解体ではなく彼女の魂の“解放”なのだ、と。


そのおかげで私は戸惑いもなく解体開始のスイッチを押すことができた。

解体炉は途端に特殊な液体で満たされ、10秒ほどで解体完了のランプが点灯した。解体炉を開くとそこにはなにも無かった。



私は泣いた。疲れて眠るまで泣き続けた。






[翌朝 AM6:00]


加賀「提督朝です」


提督「あぁ、加賀か、おはよう」


提督「?!ここは?」


加賀「私の部屋よ」


提督「どうしてここに私が…!」


加賀「昨日はあんなに激しく求めてきたではありませんか///」


提督「はぁ?」


加賀「冗談よ」




加賀は立ち上がって窓の方へ行き、カーテンと窓を開けた。


窓の外には海が一望できる。


日の出前の紅と青のグラデーションの空、心地よい春風。


これが事の全てを物語っているようであった。




加賀「やはり“全て元通り”にとはいかないものね、提督」


提督「あぁ、そうらしいな」




ー終ー



後書き

5年ぶりに艦これを開いたら5年前には表現することのできなかった感情と再会しました。
また、エピローグを書くかもしれません。
ここまでお読みいただきありがとうございました。


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糞転虫さんから
2020-10-19 21:02:33

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