2015-12-05 01:45:34 更新

前書き

勇者の旅立ち その3の続編となります。


・物語は「勇者の旅立ち その3」その後となります。本作品だけだと人物間の関係がわからないので、先に「勇者の旅立ち その1・その2・その3」をお読み下さい。

・書き方や投稿の仕方が間違っているかもしれません。

・公開した状態で物語を更新するたびに「新作SS」に上がっているかもしれません。悪意や閲覧数を稼ぐためでは決してありませんので悪しからず。

・誤字脱字は大目にみてやって下さると助かります。校正はしているつもりです。

・矛盾などがあったらごめんなさい。

・他にも注意事項はありますが、言っているときりが無いので、寛大な心で閲覧して下さい。

・ついでにえっちな表現ありです。

・それではどうぞ。




・・・。

・・。

・。




人間誰しも『ちょっとリッチ』の無駄使いをする日がある。

ちょっとリッチな旅行。

ちょっとリッチな装飾。

ちょっとリッチなご飯。

僧や神父等の欲の無い者も種類としては存在するがあくまでごく一部。俗世に身を置く一般人には誰でも欲望が存在する。

ちなみに勇者は僧でも神父ないため、今日は『ちょっとリッチな寝台馬車での旅』を行っていた。


勇者「~♪~♪」


雷鳴轟く夜嵐の出来事。

前の街でクエストを頑張ったため貰った報酬にはかなりの色がつけられていた。

冒険者でいる以上無駄使いを減らすのは常識中の常識だが、たまには今日のような贅沢も良いハズ。頑張った自分へのご褒美と言うやつだ。

勇者は御者から借りた寝具を床に引いて寝転がりながら本を読む。

寝ていても次の街まで進んでくれるのは最高と言えば最高。でも「冒険者」として考えると間違っているような気もする。

今日の馬車は貸切りの寝台馬車。

どのタイミングで馬車内の明りを消して好き勝手な姿勢で寝ても文句を言われない。

移動している以上揺れが無いわけではないがそこは流石の寝台馬車。限界まで抑えられた振動はまったく勇者を不快には思わせない。

不快どころか心地よい振動とすら感じられるのは技術結晶の賜物とも言えよう。


勇者「ふーんふふーん♪」


鼻歌から口ずさみへと切り替えた勇者はとても上機嫌だった。

けれど優雅な夜旅を行っていた勇者の旅が間も無く終わる。

聞こえたのは運転席から聞こえた馬たちの甲高い鳴き声だ。


勇者「ん?」


何事かと考えた矢先には馬車が急停止をし、箱の中に寝転がっていた勇者が勢いづいて顔をぶつけてしまう。


勇者「ぶぇ!」


言葉にならない悲鳴をあげた勇者が咄嗟に鼻を押さえて手の平を見る。幸い鼻血は出ていないようだ。

次に前歯が折れていないか確認し、額を切っていないかも確認した。

目立つ傷を負わずに済んだ勇者が「いったー・・・」と呟きながら何事かと立ち上がる。


御者「馬鹿野郎!」


運転席から聞こえた怒号に勇者が驚き肩をすくませる。しかし軽く歌っていただけでこんな怒られ方をするハズも無いと思い、急いで窓を開けて外を見た。

目も開けていられない程の豪雨を浴びながら外を見ると再度前方から御者の罵声が響く。


御者「死にてぇのか!」


勇者「う?」


会話の内容から推測すれば、やはり鼻歌を咎められた訳ではないらしい。

ほっとしたのも束の間改めて何事だろう?と御者の先を注視する。すると道の先には全身コートにフードを被った人影が両手を広げて道を塞いで立っていた。


?「お願いします!どうか乗せて下さい!」


御者「ふざけんじゃねぇぞテメェ!お客様に怪我があったらどう責任とってくれるんだ!あぁコラ!?」


馬車業は世界の職業としても割り合い起業しやすい業種と言われている。

最低馬を一匹用意して車輪の付いた台車を引かせれば形は完成。馬を誘導する技術が多少あれば、そのほか特質な能力や道具もいらない。

つまるところ必然的に競合する相手が多くなる職業だ。

加えて馬車業で生活している彼ら御者が生き残る為に最も重要しているのは人々からの信頼とも言われていた。

信頼の無い業者は早い段階で生計が滞るし、タチの悪い冒険者を騙して金銭を巻き上げようとすれば殺されたりもする。


?「どうか助けて下さい!」


御者「ざけやがって!箱を見りゃ寝台馬車だって分かんだろうが!」


?「お願いです!お願いですから!」


そのうちに震えだす女性の声。

初めから駄目元で交渉していたのだろう、しっかりと伸ばされていた両手は御者の罵声を受けている内に力を無くしてしまう。

それでも彼女は道の中央から移動しようとはしない。何度御者に怒鳴られても詰られても。

いつしか怒りの頂点に達した御者が馬車から降り、影に近付き腕を振り上げた。


勇者「まっ――!」


勇者が止める間も無く振り下ろされる御者の拳。

声の主からして女性なのは間違いない。大柄な男から殴られてなお道に立っていることなどできるハズが無かった。


?「ぐっ――!」


女性は呆気なく吹っ飛ばされて水溜りに放り出されてしまう。邪魔者を排除させた御者がハッと我に返って勇者へと駆け寄った。


御者「お怪我はございませんか!?」


勇者「え僕ですか!?えぇ、え、僕は大丈夫ですけれど旅人さんが――」


御者「ご迷惑お掛けして申し訳ございませんでした・・・。後でお代を幾らか返金させて頂きますので・・・」


勇者「お金は大丈夫です。大丈夫ですから旅人さんを乗せてあげて下さい」


御者「そんな・・・!お客様が快適な旅を送れなくなってしまいます!あんな常識知らずな旅人のためにお客様が不快な思いをする必要なんてありませんよ!」


勇者「僕は今まで色んな人達に助けてもらいました。恩返しの機会があればいくらでも協力したいんです。御者さんが僕をお客様だとおっしゃるのでしたら、どうか願いを聞いてくれませんか?」


御者「そう・・・ですか・・・。畏まりました」


勇者「ありがとうございます。必ずまた利用させて頂きますね」


御者「お待ちしております。若干言い辛くなりましたが・・・どうか引き続き良い旅を」


勇者とのやりとりを終えた御者が勇者の願いを叶える為、倒れている旅人へと歩み寄る。

彼女は相変わらず水溜りに座ったまま肩を震わせ頬を押さえていた。暗がりのせいで表情は見えないが、御者に手を伸べられた旅人は躊躇いなく手を掴む。

雨音が強すぎて勇者から二人のやり取りは聞こえない。聞こえはしないけれど旅人は勇者に体を向けては深く礼をする。

御者に連れられてやって来る旅人。馬車の扉が開けられると、ずぶ濡れになった旅人が再度一礼をして馬車へと乗った。


?「本当にごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」


勇者「気にしないでください。あ、コートは脱いだ方が――」


勇者が手を差し伸べコートを受け取ろうとするが、旅人はしばらく勇者の手を見たまま下唇をきゅっと噛む。成り様を見る限りコートの中も濡れているだろうが、旅人は黙ったままコートの襟を閉じてしまった。

無言の拒絶に勇者は怪訝な表情を見せた。


勇者「風邪ひいちゃいますよ?」


?「だ、大丈夫です。本当にありがとうございます・・・」


勇者「じゃあこれをどうぞ」


道具袋を漁った勇者が取り出したのは大き目のタオルと小瓶だった。

小瓶と言っても指先ほどしかない大きさの小瓶。中には薄緑色の液体が淡い光を放っている。


?「これは?」


勇者「エリクサーです。差し上げます」


?「そっ、そんな高価なアイテム頂けません!」


勇者「以前知り合いの人型魔物に頂いた物ですから気にしないで下さい。いつか飲もう飲もうと思っていたんですけれど、結局勿体なくて使えなかったんですよね」


?「人型の・・・魔物・・・?」


勇者「はい。ですからどうか警戒せずに」


勇者に促された旅人がしばらく考え、意を決した様子でコートを脱ぎだす。被っていたフードを取り、悪戦苦闘しながら水に塗れたコートも脱ぎ落とす旅人。

現れた髪は鼠色のウェーブボブ。肩の荷が少し降りたのか灯された瞳は髪色と同じ鼠色を灯している。

外見的な年齢はどっちに近いかと聞かれれば亜成体だ。

髪、顔、服装を見て早速掛ける言葉を失う勇者。

コートのボタンが外されて中から弾き出されたのは純白のプリンセスラインドレスだった。

裾の所々が泥で汚れ水に塗れて裂けてはいるが、人間の王族が着ている物と大差ない気品と装飾の丁寧さを表している。

頭部に輝く宝石塗れのティアラと胸元に輝くロケットペンダント。

現実離れした旅人の成り様を見せられ『コートの中から姫が出てきた』以外どう表現すれば良いのか分からない。


勇者「お・・・おひめ・・・?」


言葉も掛けることができないまま目を皿のように丸くする勇者。

『何で姫が?』『どこから?』『どうして?』と混乱する一方『凄い・・・』『初めてこんな間近でお姫様を見た』『人間じゃないんだよね?』と冷静に考える一面も残す。


姫「・・・っ」


勇者に穴が開く程見つめられた姫が勇者から視線を逸らし、胸元のペンダントをぎゅっと掴む。


勇者「あ、ごめんなさい・・・。あとこれ――」


姫「本当によろしいのですか?本来でしたら私などが受け取って良い代物ではありません・・・換金することだって――」


勇者「機会があればまた手に入りますから。見たところ満身創痍で、今にも倒れそうじゃないですか。弱りすぎていたら僕にだって討伐されちゃいますよ」


姫「・・・仰る通りかもしれません・・・では、遠慮せずに頂きます」


姫が勇者から小瓶を渡されて中身を煽る。滴るように垂れてくるのは数滴の液体だけ。

液体を留飲させること数秒、姫は気難しそうに眉間に皺を寄せて唇を窄めた。

姫の表情だけで薬の苦さを伝えられた勇者も姫ほどではないにせよ渋い表情を見せる。


姫「ふぅ・・・」


勇者「そんなに苦かったです?」


姫「一番苦い風邪薬を何倍も濃縮させたような感じれす・・・」


勇者「水もありますよ?」


姫「頂きまひゅ・・・」


勇者が鞄を漁り水筒を渡してやると、姫は急いで封を開けて水を飲んでゆく。

勢いがつきすぎて零れた水が姫の喉を伝いドレスに染みてゆくが、今さら少し濡れても気にはしないのだろう。彼女は水を飲むのをやめない。もしかしたら気にしていられないほどに苦いのかもしれない。

飲み干す勢いで水を飲んだ姫が水筒の水を半分以上飲み終えた頃に「はぁ」と一息。


姫「ありがとうございました。えっと――」


勇者「勇者です。体調はどうですか?」


姫「何から何までありがとうございます勇者様。私は姫と申します」


姫が小声で詠唱を始めると、濡れていたドレスやコートに付着していた全ての水気や汚れが馬車の中心に集まった。続けて浮く球体を軽く指で押せば、濁った泥玉は馬車の窓から外へと出てゆく。


姫「勇者様のお陰で魔力も戻ったようです。どうお礼を申し上げたらよいか――」


勇者「いえいえそんなお気になさらず。ところで先程の――」


姫「・・・」


勇者「えっとー・・・眠かったら横になって下さい。狭いかもしれませんし、姫様が使っているベッドと比べたら寝られるような場所じゃないかもですけれど」


姫「理由を・・・聞かないのですか?」


勇者「あはは、聞かれたくなさそうな顔していましたよ。僕は先に寝ますね」


姫から水筒を受け取りカバンに仕舞う勇者。

気にならないと言えば嘘になる。

しかし相手は人型魔物の姫だ。きっと話を聞いた所で人間の自分が力になれる話ではないだろう。

そもそも姫の様子を見る限り首を突っ込むのが余計なお世話だと思う。

だったら一人の誰かを助けた自己満足を胸に抱いて眠りにつけば良い。




・・・。

・・。

・。




目を覚ましたのは何時間後か。

「勇者様」と声を掛けられながら小さく揺さぶられる体。

勇者が目を覚ます。


勇者「ん――」


姫「勇者様・・・起きてください勇者様」


上半身を起こした勇者が通常の半分しか開かれていない目で左右を見渡す。

未だ揺れる馬車。窓から光が射し込んでいないため、目的地に着いた訳ではないらしい。


勇者「んー・・・」


勇者の前にいるのは人型の魔物だった。それもドレスを着たお姫様。

勇者が寝起きの頭を整理するため道具袋から水筒を取り一口煽る。うとうとしながら水を一口飲み、二口飲むと、冷たさが刺激になって覚醒へと導いた。

眠い目を右手の指で拭って僅かに目覚めた勇者は、追加でもう一口水を飲んでから姫との会話を始める。


勇者「おはよう・・・ございま・・・す~」


大きな欠伸を従え涙目になる勇者。

夢うつつの勇者に心底申し訳なさそうに姫が言う。


姫「お休みの所申し訳ございません勇者様。もう少しで私の目的地に近づいておりまして・・・」


勇者「どれくらい先で降りますか?」


姫「あと少し先で降ろして頂けると助かります。重ね重ねご迷惑お掛けして申し訳ございません」


勇者「いえいえ全然大丈夫ですよ」


申し訳なさからか勇者から視線を外す姫。姫の様を見せられ逆に申し訳ない気持ちにさせられてしまう勇者。

しばらくの沈黙。

勇者はいたたまれない気持ちから逃げるために、窓から頭を出して御者へと声を掛ける。


勇者「御者さーん」


御者「はい?」


声を掛けられた御者が音も静かに馬車を止める。大した重力抵抗なく馬車が止められるのは流石寝台馬車の御者と言って良いだろう。

馬車が完全に停車するのを確認すると、御者は振り返り勇者に声を返した。


御者「いかがなさいましたか?」


勇者「連れの旅人さんがこの辺りで降りるそうです。少しだけ停車をお願いできますか?」


御者「畏まりました。ですがー・・・ここら一帯はメデューサが集まる住処があると言われていますよ?本当にこんな場所で降りるのですか?」


勇者「メデューサ・・・?」


御者「私も会ったことはありませんが、姿を見た人間を石に変える人型魔物です。頭髪は無数の毒蛇、そしてイノシシの歯、青銅の手、黄金の翼を持っていると言われています。性格も残忍で獰猛らしく――」


御者の話を聞かされながら勇者が姫に視線を送る。すると姫は「違います!」とでも言いたげな表情で一生懸命に手の平をパタパタと振っていた。

顔を真っ赤にさせて涙目で一生懸命に否定を続ける姫。反応を見るに御者の物語に登場しているメデューサ本人らしい。


勇者「へ、へぇ。随分・・・手強そうな魔物ですね」


御者「本当にいるのかどうかは知りませんけれどね。何せ奴らと出会って生きている者はいませんから」


なるほど。

つまり御者の話が本当ならば、このあと姫が襲いかかってきて人間は皆殺しにされるらしい・・・。

しかし本当に残忍で獰猛な魔物が目の前の彼女だと言うのなら、わざわざ御者に殴られた理由と寝ていた自分を殺さなかった理由が検討つかない。


勇者「姫様・・・残忍で獰猛なんですか?」


姫「残忍でも獰猛でもありません!言い掛かりです!」


このように、人のイメージする魔物と現実の魔物に相違点があるのは珍しい話でもない。

特に人型魔物に多くある。

人間と似た姿の人型魔物。似たようでいて力も魔力も人間とは比べ物にならない強者の存在。

そんな人型の存在は人間にとって、下手な魔物以上に忌避され恐れられている。

恐怖は人型魔物の本当の姿に尾を付けヒレを付け、より化け物らしい噂となり、人から人へと語り継がれてゆく。


勇者「そもそも蛇じゃないですよね?」


例を出すなら人間の間で伝えられる吸血鬼の弱点と実情を比べれば分かりやすい。

人間の生み出した噂によれば吸血鬼種は太陽の光に照らされれば灰になると語り継がれている。しかし現実の吸血鬼は魔王城中庭で平然と日光浴をしながらサキュバスと弁当を広げていた。

十字架についてもそうだ。吸血鬼は十字架のネックレスを持っている。しかも銀細工。

更には流水への苦手意識も存在しない。そもそも吸血鬼は出会った当初、湖に飛び込んだ勇者を追って湖に飛び込んでいる。

強いて弱点を上げるなら熱い食べ物と辛い食べ物が弱点に当たるだろう。

あとは熟れたトマトも弱点になるかもしれない。だがトマトは吸血鬼種全員の共通弱点ではなく個別的な物らしく、相当無理をすれば食べられるらしい。


勇者「はは・・・ま、まぁ大丈夫じゃないですかね?誰も会った事ないのでしたら、いるのかどうかも分からないですし」


御者「そうですか・・・。まぁメデューサはさて置き深夜ですから野盗にはお気を付け下さい」


御者から喚起をされながら馬車内でコートを纏う姫。姫はコートの中にドレスを仕舞い込むと、勇者に一度礼をして馬車の扉を開ける。


姫「お世話になりました勇者様」


勇者「迎えが来るんですか?御者さんも言っていましたけれど、夜遅いですから気をつけて下さいね」


姫「はい注意します」


扉を開けて歩き出す姫。

一歩目を歩みだしたまま「ゆ、勇者様・・・!」と意を決し振り返った姫は、暗がりでも分かるほどに頬を朱に染めていた。


勇者「は、はい?」


姫「勇者様!」


二度勇者を呼んだ姫が急いで馬車に戻ってしゃがむ。勇者に目の高さを合わせた姫は両手を使って勢い良く勇者の頭を捕まえた。

攻撃か!?と戦く勇者をよそに、姫は勇者を上に向かせ首筋に口付けをする。


勇者「んっ――」


触れるか触れないかのような一瞬の口付け。

それは吸血鬼が勇者を味わうような口付けでもなければ、リリスが勇者を所有物と認識させるような口付けでもない。

ただ少し触れただけの軽い口付け。

意図が分からずに戸惑う勇者を置いて、姫は逃げ足で馬車から降りて行く。


姫「ぎょ、御者様もお世話になりました!」


御者「えぇ。良い旅を」


動けずにいる勇者を放って閉められる馬車の扉。

しばらくして勇者が頬をかくと止まっていた時間が動き始めた。




・・・。

・・。

・。




姫と別れて数分後。

寝具の上で寝転んでいた勇者は馬車の窓から雨空を見ていた。

ところで今は何時だろう。

勇者が道具袋からチャンネルリングを取り出す。鮮血のように鮮やかな宝石が付いたリングを指にはめた勇者が吸血鬼との会話を始める。


吸血鬼『ちょっとサキュバス。一人で全部食べないできちんと皆の分も取っておいて頂戴よ?』


勇者「もしもし?」


吸血鬼『あこら!魔王様に言いつけるからね!?』


勇者「もしもし聞こえますか吸血鬼さん?」


吸血鬼『だからま、勇者?あら勇者から連絡が来たわ。ちょ、くっ・・・邪魔しないで!』


勇者「夜遅くに失礼します。まだ起きていますか吸血鬼さん?」


吸血鬼『えぇ大丈夫よ起きて――。サキュバスこら!このっ!ごめんなさい勇者、どうかした?』


勇者「特に用はないんですけれど、少し寂しくなっちゃいまして――」


吸血鬼『そう・・・今すぐ貴方を抱き締めてあげられれば良いのに――。そう言えば妖狐娘ちゃんも勇者に会いたがっていたみたい』


勇者「みんな元気ですか?」


吸血鬼『えぇみんな元気なのだけれど・・・妖狐様が妖狐娘ちゃんの件で心配事があるらしいのよ』


勇者「あの妖狐娘ちゃんに心配事ですか?反抗期とか?」


吸血鬼『どう言えば良いのかしらね・・・。妖狐娘ちゃんが剣を離さないようで・・・』


勇者「剣を?何がマズイんですかねそれって?」


吸血鬼『妖狐種は身体構造その物が魔法型なのよ。妖狐様も妖狐娘ちゃんもね』


勇者「え――。妖狐って物理型じゃないんですかアレで」


吸血鬼『えぇアレで・・・。でも実際魔法無しなら魔王様には敵わないんじゃないかしら?』


勇者「意外です」


吸血鬼『当然妖狐娘ちゃんも例外無く魔法型なの・・・。なのに妖狐娘ちゃんは魔法を疎かにして剣の修練ばかりしているらしいわ』


勇者「妖狐娘ちゃん、あの小さな体で剣とか振り回せているんですか?どうしてそんな事――」


吸血鬼『憧れの剣士がいるらしいわよ。誰かは教えてくれなかったけれどね、ふふ』


勇者「えっと・・・もしかして僕ですか?妖狐に恨まれてそうですね・・・」


吸血鬼『妖狐様ったら「おのれ勇者め」って面白くなさそうで大変なんだから』


勇者「次に魔王城に帰ったら妖狐娘ちゃんを説得してみます。きゅ、吸血鬼さん達にも会いたいですし――」


吸血鬼『え――?え、えぇ、そう・・・。うん、私も会いたい――。サキュバスさっきからうるさいのよ!せっかく勇者と喋って――!え?えぇ・・・本当?ねぇ勇者?』


勇者「はい?」


吸血鬼『勇者は今どこを旅しているのかしら?もしかして私達と近い場所にいる?』


勇者「本当ですか?僕は寝台馬車で谷丘の街に向かっています。お二人も近いんですか?」


吸血鬼『谷丘!ならこの道の先に勇者がいるんじゃないかしら?ね、ねぇ勇者・・・私達もすぐに任務を終わらせるから――』


プツンと切れてしまう会話。

どうやら魔力が切れたらしい。


勇者「も、もしもし吸血鬼さん?吸血鬼さん?」


二度呼びかけても返されない返事。

溜息を吐いた勇者は急いで琥珀のチャンネルリングを指に付けて会話を始める。


サキュバス『待って!待って吸血鬼!剣はマズイよ!邪魔した私が悪かった!お願いです謝るから許して下さい!』


勇者「サキュバスさん・・・」


サキュバス『あ私の方に勇者から来た。もしもし勇者ぁ〜元気〜?愛してるひぃ!?ちょっとそんなの当たったら本当に死んじゃうからね!?』


勇者「頑張って下さいサキュバスさん・・・」


サキュバス『勇者が吸血鬼に愛してるって!いやほんとに言ってるから!マジだから後で聞いてみれば良いじゃん!・・・はぁ・・・死ぬかと思った・・・。で勇者今どこ?』


勇者「適当な誤魔化し方をしますねサキュバスさん・・・。僕は朝には谷丘の街に着くよう動いています。二人とも近場ですか?」


サキュバス『めっちゃ近い!じゃあこっちの任務終わらせたら吸血鬼と会いに行くから街で待ってて〜。えっちしよえっち。あとデート』


勇者「デートがオマケなんですね」


サキュバス『勇者に会うのが目的だからな~・・・ついでがえっちとデート?』


勇者「・・・」


サキュバス『今照れた?もしかして照れたの勇者?あーもう可愛いなー!んもーめちゃくちゃにしてやりたい~!』


勇者「と、というかサキュバスさんと吸血鬼さんが任務を行う事もあるんですね」


サキュバス『今の魔王城って妖狐様いるじゃん?攻防共に妖狐様と他のみんなで文句無しなんだよね・・・。あと一応ママと吸血鬼母さんとの和解もできたから、近隣の防衛面も完璧だし。私らが魔王様にくっ付いてなくても良いんだってさ』


勇者「あー」


サキュバス『本当はすぐ勇者の所に会いにいけたのになー。みんなーまだ見つからないのー?』


勇者「どんな任務をしているんですか?」


サキュバス「うん?んーとねー、旧魔王軍の偶像から抜けだせない奴らの解放及び殲滅掃討。途中まで順調だったんだけど鍵になりそうな人物を逃がしちゃってさ」


サキュバスは訝しげな様子で勇者の質問に答えて行く。

彼女に勘付かれないために勇者はチャンネルリングを体から離し、一度大きく深呼吸をする。

大きく息を吸い、吐いた勇者が再びリングを額に当てて言葉を繋いだ。


勇者「気をつけて下さいね」


サキュバス『・・・んー?』


勇者「サキュバスさん?」


大丈夫。勘付かれるハズがない。

動揺は殺したし声のトーンも変えていない。外的動揺は見られないのだから気付かれるハズがない。


サキュバス『ありがとね勇者。さっさと終わらせて会いに行くよ』


勇者「楽しみにしてます」


サキュバス『そいじゃ時間になりそうだからだからまたね~』


これ以上色々と突っ込まれたら勘付かれない自信がなかった。

サキュバスとの会話を終えた勇者は疲れきり、天井を見ながら再度大きく溜息を吐く。

勇者は物憂げに天井を見ながら何度も何度も「このまま街へ向かえば良いさ」と自分に言い聞かせた。

戻った場所に姫がいるとは限らないし、いるいない以前に対峙した場合の敵は魔王軍だ。しかも会話の様子からして吸血鬼とサキュバス二人相手では済まないだろう。

考えれば考えるだけ姫を助けに戻る理由が見つからない。万が一に助けてもデメリットばかりで何のメリットもない。

考えるまでもなかった。

考えたら戻れないと思ったから、何も考えずに戻る事にした。




・・・。

・・。

・。




お願いだから、もういないで。

お願いだから、まだいて。

姫がいなければ御者に頭を下げてもう一度街へ向かえば良い。

じゃあいなかったら?

いなかったら二度と姫を助けられないだけ。

二つを願いながら剣の手入れをして道具袋の中を確認する。どの道具が魔王軍に有効なのだろう・・・少なくとも人型に通用しそうな超高価アイテムなんか持っていない。

静かに停車する馬車。

勇者は御者が運転席から移動する気配に集中する。御者が運転席から降りたせいで箱が少し軋んだ。

勇者が壊れたレコードのように「いる、いない、いる、いない」と呟いている内に馬車の扉は開かれた。


姫「勇者様・・・」


勇者「・・・。御者さんありがとうございました。僕もここで降ります」


御者「畏まりました。どうぞ道中お気を付け下さい」


馬車を走らせいなくなる御者を見送ってから振り返る。

退路は断った。

もはや姫を救うしか無い。

正直相手にサキュバスと吸血鬼がいるのは考えない方が良い。

魔王側近を相手取るなんて元魔王か現魔王でも連れて来なくちゃどうにもならないだろうから。

今日までに旅の先々で父の物語を調べ、資料を読み、聞き一喜一憂を積み上げてきた。過程の副産物として手に入った情報には、昔の吸血鬼とサキュバスの物語もあった。


彼の者『魔王城第二殺劇部隊長』と名乗る魔物。

種は吸血鬼。

亜生体。

性格は沈着冷静。

立ち向かえば全ての者は瞬く間に切り裂かれる。

出会った際の生存率は100分の30未満。


彼の者『魔王城第二遊撃部隊長』と名乗る魔物。

種はサキュバス。

亜生体。

性格は冷徹、冷酷、残忍。

この世の悪夢を体現させた存在。

出会った際の生存率は100分の1未満。


勇者が見た情報は所詮人が書いた書籍。どこまでが真実なのかは分からない。

けれど吸血鬼の覧に「敵意さえ向けなければ見逃される可能性が高い」と書かれていたので、あながち全てが憶測で書かれた記録ではないのかもしれない。

では情報があながち間違っていないと推測して、この二人が生体になった場合はどうなるか。

流石に殺されたりはしないまでも、死ぬ気で頑張れば勝てる存在だとも到底考えられない。


勇者「姫様・・・夜も遅いですから送りますよ」


姫「お気持ちは有難いです・・・。しかし私は追われる身です・・・これ以上勇者様を巻き込みたくはありません」


勇者「身勝手な話ですけれど、僕は貴女を助けるために戻りました。どうか協力をさせて下さい」


姫「いけません。私を追う者達は厄災でしかないのです。どうか・・・どうかお逃げください勇者様」


勇者「ですが――!」


姫「きっと城まで戻れば・・・」


勇者「流暢な話をしている余裕がありません」


姫「え?」


勇者が剣を抜いて姫の手を掴む。

途端に姫が頬を朱色に染め「あのっ、あの・・・勇者様!」と戸惑い一色に彩られるが、勇者は構わず剣先を地面に付け歩み始めた。


姫「勇者様!私は殿方と手を繋いだことがなくて・・・!」


勇者「絶対に僕の手を離さないで下さい」


姫「は・・・はい!」


勇者「自宅までの道はわかりますか?急ぎましょう姫様」


姫「よよ宜しくお願いします!」


姫が勇者に掴まれていた手を強く握り返す。

勇者は少し強引に姫の手を引くと、急いで森の中へと逃げ込んだ。


姫「勇者様そちらではありませんよ?」


勇者「道通りに行かないで森を縫いながら行きましょう。少しは追跡者を攪乱できるはずです」


姫「・・・こんな暗い場所に殿方と二人きりなんて・・・」


姫と森を歩く事十分程すると、姫は焦り混じりに勇者の手を振り払った。

手を繋いでいた理由は何も勇者が乙女の柔肌を堪能したかったからではない。


勇者「は、離しちゃダメですよ姫様!」


姫「少しだけ!少しだけお時間を下さい!」


繋がれていた手の平を見た姫が羽織っていたコートを脱ぎ捨てドレス姿になる。

勇者に気付かれないよう手汗をドレスの裾で拭った姫が、再び勇者の手を握ろうと手を伸ばす。


姫「お待たせいたしまし――!」


あと僅かで勇者と姫の手が繋がれようとした時、手と手の間を光の矢がすり抜けた。

魔力で生成された矢は二人の間をすり抜けると、背後にあった大木の幹をやすやすと抉る。


勇者「・・・」


姫「ひっ――!?」


勇者と姫が揃って空を見上げる。

豪雨の闇に浮かぶのは一つの人影。蝙蝠に似た羽を背から生やし弓を構えている人型の魔物。

声にならない悲鳴をあげる姫と、姫を庇うように前に出ては剣を構える勇者。

暗がりに浮かぶのは金色の瞳。

最悪だ。


?「あらあら手こずらせてくれて・・・」


弓を引いたまま音もなく舞い降りる人型。魔力で生成させた矢は青くも儚い光を纏い姫に突き付けられる。サキュバス種が圧倒的優位の立ち位置から加虐的な笑みを浮かべていた。


サキュA「大人しくなさい。痛いのが好きなら力尽くもあるけれどネ・・・あなた達はどちらがお好み?」


勇者「・・・」


羽の型こそサキュバス種の形容だが、敵対するのは「側近サキュバス」とは別の人物だった。

どうやら勇者の考えていた心底最悪のシナリオは避けられたらしい。同じサキュバス種が出てきた事実に変わりはないが、心持ちは僅かに軽くなる。

しかし気が抜けない事実は変わりない。

対峙するサキュバスは間違いなく側近サキュバスの部下だろうから――。


サキュA「・・・ん?」


「部下だろうから――」の言い方には語弊がある。サキュAは間違いなく側近サキュバス部隊に所属している魔物だった。

それも勇者の知り合い。どれくらいの知り合いかと問われれば、毎回食堂で会った時は珍しいお菓子をくれるぐらいの知り合いだ。

分かりやすくすると「近所に住んでいる年上のお姉ちゃん」ぐらいの距離感だ。


サキュA「うぇ!?」


意味が分からない有様のサキュAが早急に弓を降ろそうとするが、勇者が己の口に人差し指を立てて「しーっ!気付かないフリをして!」のジェスチャーを送れば、勇者の意図を汲んだサキュAは再び妖艶で怪しげな雰囲気を保ち弓を構えなおしてくれる。


サキュA「どうして子供がいるのかしら・・・。アナタ人間ね?お姉さん丁度お腹が空いているから美味しく食べ散らかしてあげるワ」


勇者「姫様!できる限り僕から離れてください!」


勇者から突き飛ばされるように下がれと促された姫が、泣き出しそうな表情で勇者とサキュAから距離を置く。


サキュA「お子様なんかにこの弓を使うまでもないわね・・・。剣で遊んであげるからいらっしゃい?お姉さんと気持ちよく突きあいましょう」


勇者「あなたを倒して・・・先に進みます!」


勇者が鞘から剣を抜いてサキュAに振り下ろした。武器を弓から剣に変えたサキュAが勇者渾身の叩きつけを容易く受け止める。火花を散らす剣と剣が僅かに森を照らす。

何度か剣と剣をで打ち合い勝負が鍔迫り合いになった頃、サキュAが小声で勇者に囁いた。


サキュA「勇者さんこんな所で何してんすかー!先輩達と合理する予定じゃないんですか!?」


勇者「いえその通りで間違いはないんですよ?でも心情の変化と言いますか、僕にも色々ありましてですねハイ・・・」


サキュA「私勇者さんとは戦えないっすよ!食べ散らかしたりしないんで、形だけでもヤられたフリして下さい!」


勇者「仰ることはごもっともなんですけれど・・・逃して欲しいんですよ・・・」


サキュA「かっ、勘弁して下さいよ勇者さん・・・。先輩にバレたら怒られるどころじゃないんですから・・・。先輩怒らせるとアレなの知ってるでしょ勇者さんだって!」


勇者「でも僕だって勝つ勝たないは別として、サキュAさんと本気で戦いたくありませんよ!」


サキュA「・・・噂には聞きましたけど、戦ってる最中でも可愛いこと言うっすね勇者さん・・・。先輩が勇者さんを滅茶苦茶にしたがってる理由が理解できたっす」


勇者「ちょっと何言っているのか分かりません。あと非常にまずいですサキュAさん・・・僕疲れてきました」


サキュA「勇者さんの未成年だから仕方ないっす・・・。逆にこれだけ動ける子供なんて、そうはいないんじゃないっすかね?花丸プレゼンツ」


経験を積んだ冒険者と人型魔物が繰り出す攻防は、見る者が見ればまるで踊っているようにすら見えただろう。

一見互角に戦っている様には見えるが、実の所圧倒的に押されているのは勇者だ。

いくら勇者がある程度の戦闘経験を積んだ冒険者とは言っても成人していない子供。ましてや両手で剣を振るう勇者に対し、魔物は片手で剣を扱っている。

消耗する体力は比較にならないだろう。


サキュA「今度新しいお菓子あげるので悪く思わないで下さいね!」


振り上げられたサキュAの剣が勇者の剣を弾き飛ばす。飛ばされた剣は勇者の手を離れると刀身を木の幹へと埋め込ませた。


勇者「くっ――!」


サキュA「遊びは終わりよ坊や!」


勇者の喉に剣先を突き当てニィと笑うサキュA。作られた笑みはとても冷酷でいて、慈悲の欠片なんか微塵にも感じられない。

演技してくれているのは重々承知だが、魔物の夜目で見抜かれるのはいつになっても慣れそうになかった。


勇者「・・・ところでサキュAさん」


サキュA「はいどしたっすか?えと勇者さん、首に軽くチョップするフリするんで、もちょっと首傾けてもらえます?」


勇者「サキュAさんって戦闘中はキャラが変わるんですか?手綱握ったら性格変わるみたいな感じに」


サキュA「あーこれっすねー・・・ただのキャラ作りなんすよー。私ありのまま喋ると迫力ないらしくて・・・。あとサキュバスっぽく無いじゃないっすか?異性と同性の下半身を襲っている時も、この喋り方したら大体萎えられちゃうんで・・・失礼だと思いません勇者さん!?」


勇者「そうなんですか・・・。僕はそっちの喋り方のほうが素敵だと思いますけれど・・・せっかく可愛い喋り方なのに勿体ないですね」


サキュA「はえっ!?やっ・・・やだなぁもう勇者さん!も・・・もしかして口説いてくれてるんですか?いやいや、いくら私でも先輩の恋人に手を出す命知らずではないっす・・・。うぅ・・・暑くなってきた」


勇者「いや僕別に口説いたりは――」


サキュA「や!ちょっと待つっす勇者さん!みなまで言わなくてもきちんと誠意に応えますから!」


勇者に剣を当てたまま俯きだすサキュA。

サキュAは左手を顎に添えると「ばれなきゃオッケーっすかね・・・」「勇者さんの体液超おいしいって聞いたし・・・」「でも先輩怖いっすー・・・」「そもそも魔王様に怒られるんじゃ――」と呟き一人で長考を始める


勇者「あの・・・サキュAさん?」


サキュA「逆に先輩から寝取って勇者さんを骨抜きにしちゃうとか・・・。いやいや恩人を裏切るのは無理っすよ」


勇者「えーっと・・・」


サキュA「まって下さい勇者さん!もうちょっとだけ待つっす!」


勇者「あはい」


俯いたまま考え続けるサキュA。

いつしか「考え」は「悩み」へとランクを上げる。悩みだしたサキュAは勇者に突き付けた剣を鞘へと戻すと、改めて右手の甲を顎に添え悩み始めた。

そうして雨に打たれたままサキュAが悩み始めてから五分。

決意新たに頭を上げたサキュAが勇者に真剣な眼差しと答えを返す。


サキュA「決まりましたよ勇者さん・・・。やっぱ先輩と一緒にご馳走様――!」


顔を上げたサキュAの顔に勇者がマジックアイテムを投げつけた。

拳よりも小さい球は真正面からサキュAの額に当たるとポンと音をたててはじけ割れる。


サキュA「あ・・・」


はじけた玉から溢れた粉がサキュAの顔に降り注げば、彼女は瞬く間に微睡へと誘われてゆく。


サキュA「しまっ・・・た――!」


勇者「これが直撃する人型って滅多にいないと思いますよサキュAさん・・・」


サキュA「おのれ勇者さんめ!なんと姑息な・・・!」


勇者「隙だらけだったのでつい・・・。むしろ罠かと思いました・・・」


サキュA「ゆ、許せないっす・・・。ぐへぇ・・・と、とりあえず次合うときは唇にキスを・・・!うぅ――」


勇者「ぜ、善処します。おやすみなさい」


サキュA「おやすみ・・・なさいっす」


完全勝利を収めた勇者は剣を鞘に仕舞うと振り返って姫へと近づく。

木の後ろに隠れていた姫は、花の咲いたような笑顔で勇者を出迎えた。


姫「お怪我はございませんか勇者様!」


勇者「はい・・・何とか無事です」


姫「ま、まさか人型に勝ってしまうだなんて・・・勇者様はとてもお強いのですね・・・」


姫の笑顔は眩しすぎて直視できない。

心の中で多方面へとごめんなさいをする勇者であった。




・・・。

・・。

・。




視界すらままならぬ豪雨は追跡者からの隠れ蓑となるが、ぬかるむ足元と寒さ、量を増す衣服は勇者と姫の体力を著しく削り続けた。

休憩を挟みながら森を歩き続けるが、二人の歩みは過酷な旅路でしかない。

森の中を歩き始めて数時間後、勇者は再び二つの夜目と対峙する羽目となる。咄嗟に剣を抜こうとする勇者だったが、魔物は勇者が剣を抜く前に勇者の首へと剣を振り下ろしていた。

呆気ない幕切れを前に五月蠅い雨音が消える。

突然訪れた静寂は信じられないほど時間の流れが遅く、落ちる雨粒の形まではっきりと目視できた。

魔物は八重歯を剥きだし怒りを表す。

生まれて初めてぶつけられた人型からの殺意を前にしても尚勇者の体は動かない。

時間は遅いのに体が思考に追いつかない。

動こう動こうとしている内に振り下ろされた剣の刃が勇者の首に当たる。首筋に沈む刃を感じた所で、勇者の手は未だ剣に届いてすらいなかった。

刹那の世界で思い出したのはサキュバスの台詞。


「勇者が死んだらさ、故郷の人間を皆殺しにするからね」


やってしまった――。


姫「勇者様!」


姫の金切り声を受けて、振り下ろされていた剣が止まる。

反動もなく石のように静止させられた剣は勇者の首から一筋の血を流したところで止められていた。

開かれていた勇者の瞳孔がキュッと閉じる。

音が戻った。

勇者は焦点の定まらない瞳で正面を見たまま腰から崩れ落ちた。座り込んだ勇者が震える手で切られた首に手を添えて手の平を見る。

指に僅かに付いた赤い血は雨水で流され、すぐに土へと吸い込まれていった。

更にもう一度首を触ると僅かに鈍い痛みが走った。

どうやら首は繋がっているらしい。


姫「いや・・・いやです勇者様!勇者様!」


泥に塗れるのも気にせず姫が座っている勇者と目の高さを合わせる。両肩を姫に支えられた時、勇者は下着の中で暖かい体液を感じた。


勇者「あ、あの・・・ごめんなさい姫様・・・。なんか僕漏らしちゃったみたいで・・・こっちを見ないで欲しくて、ですね――」


姫「大丈夫ですか勇者様!?お怪我はございませんか!?」


勇者「は、恥ずかしいので見ないでくれませんか?すぐ着替えますから――」


姫「しっかりして下さい勇者様!」


勇者「・・・はっ!?えっ・・・姫様・・・?」


姫「よかった・・・!良かったよう・・・!」


勇者「わぶ!?ちょっ、胸が!いいい、いったん離れて下さい姫様!」


姫「よかった!本当によかった!」


胸を押し付け勇者を抱き締めていた姫が、勇者の安否を確認するりなり鋭い眼光を魔物へと向ける。

鋭い眼差しを受けた魔物は暗がりでも分かるほど青ざめていた。姫は立ち上がると、惚けている騎士から剣をひったくると、力任せに地面に叩き付けてしまう。


姫「騎士・・・貴女は自分が何をしたのか理解できていますか・・・!?」


騎士「わ、私、は――。申し訳ございません勇者殿!」


騎士が片膝をつき勇者に頭を下げる。しかし今更騎士が頭を下げた所で勇者の命が刈り取られようとした事実は消えない。

拳をわななかせる姫の目から零れる滴。

零れた滴が雨なのか涙なのか、勇者にはわからない。


姫「私の恩人を手に掛けようとしたのですよ!?決して許されません!」


騎士「はい・・・謝罪で済むとは思いません・・・。どうぞ姫様と勇者殿がご納得頂ける罰を与えて下さい」


勇者「ま、待って下さい!僕はほら、この通り平気ですから・・・姫様もそんなに怒らないで」


予想にせぬ声を勇者から返されて姫が「ですが勇者様――!」と反論を試みる。でも怒りの収まらない姫の左手を勇者が「怒らないで下さい。ね姫様?」と両手で包み込めば、姫は頬を赤く染めたまま黙らせられてしまう。


勇者「姫様が見つからなくて気が動転していただけですよね?まさか人間と一緒にいるとも思いませんですし」


騎士「・・・」


勇者「ね?」


言い訳をしないようにしているのだろう、勇者から問われても騎士は俯いたまま返事を返さない。

食い下がらない勇者に三度「ね?」と聞かれると、騎士は初めて小さく頷いて返事を返す。


姫「勇者様・・・」


勇者「何はともあれ怪我無く姫様を送れて良かったです。これで僕も帰ることが――」


勇者を支えながら姫が一緒に立ち上がった。

途端勇者の体は傾き、視界がブラックアウトする。




・・・。

・・。

・。




本を閉じたリリスが机に置く。


リリス「・・・使者だと?」


メイド長「聞く所によるとメデューサ城からの使いのようですが――」


メイド長からの報告を受け、リリスは詰まらなそうに失笑を見せた。


リリス「こんな夜中に使者を寄こすとは・・・相も変わらず常識を知らん連中だな。さっさと追い返せ」


メイド長「・・・」


恒例のやりとりならば、メイド長が「畏まりました」と一言返事をして終わり。しかし今日のメイド長は「うーん・・・」と悩んだ末に主へ意見を返す。


メイド長「暇でしたらお会いしませんか?」


予想外の返事に本を開きかけていたリリスの手が止まった。


リリス「人間排他を目論む連中に会ってどうしろと言うのだ。どうせいつも通り、仲間に付けと言われるのが目に見えている」


メイド長「確かにそうかもしれませんが――」


リリス「お前・・・まさか旧魔王軍体制の方が性に合っているとでも言うつもりか?別に思想を無碍するつもりはないが・・・助けに向かう私の身にもなれよ?」


メイド長「私はリリス様や仲間達と平和に、美味しいご飯と男性を食べていれば幸せです。勿論リリス様が魔王になりたいとおっしゃるのでしたらご協力しますけれどね」


リリス「ほう――。今の私なら魔王様に勝てると思うか?」


メイド長「はてどうでしょう?私は魔王城の面々と戦うぐらいでしたら、勇者様を手篭めにした方が早いかと思いますけれど・・・」


リリス「なるほど一理ある。では勇者を手篭めにして言うことを聞くように――。ん・・・?下手な真似をしたら魔王様に怒られるではないか」


メイド長「そうですねぇ・・・サキュバスさんにも敵認定されるかもしれません。折角希少人型と知り合いになれたのに勿体ない」


リリス「風の噂だがサキュバスは怒らすと大変らしいからな・・・。では勇者に酷いことをするのはやめておこう。話は以上だ。私はもう寝るから出て行け」


再度本を開いて読書を再開させるリリス。

メイド長は「ふぅ」と息を吐くとリリスの持つ本を抜き取ってしまう。

リリスは不満げな表情でメイド長を一瞥すると、机に積み上げられた本から適当な本を見繕い改めてページをめくる。読み始めたのも束の間、またメイド長に取り上げられてしまった。


リリス「なんのつもりだメイド長」


メイド長「先方がお待ちですから支度をして下さい。人間相手では無いのですから、いつもの裸ローブで向かわないで下さいね」


リリス「正気かメイド長?貴様いちメイドの分際で、この私に指図するつもりか」


メイド長「出不精で不健康体の主人を動かすのも部下の務めですからね。引き篭もって本ばかり読んでいたら、いつか人間の成り金貴族のようにブクブク太りますよ。構いませんか?勇者様に馬乗りになって肋骨を折ったらどうするつもりです」


メイド長がふて腐れるリリスの腹肉を摘む。肉と言うよりは皮を摘んだ形になるが、腹肉を伸ばされたリリスは急いでメイド長の手を払いのけた。


リリス「ばば、バカメイド!ふ、太ってなどいない!この前だって勇者と――!」


メイド長「この前?いつの話をしているのですか・・・。勇者様と寝るのを運動だと言うのでしたら、勇者様をきちんと屋敷に住まわせるか、夫婦になって週に二、三日でも運動をして下さい」


リリス「しょれ・・・!それができたら苦労せんだろうが!私だって頑張っているのだ!」


メイド長「努力は他人から評価される物です。リリス様が言うものじゃありません」


リリス「なっ――!貴様・・・本当に調子に乗るなよこの!私の一存で屋敷のメイド達がお前に快楽地獄を与えるのを忘れるな!」


フン!とメイド長に統領としての威厳を見せつけてやるリリス。

ふざけた真似をするならただでは済まさぬ。と。

一方見せつけられたメイド長は「はいはい」と適当な二言を返してクローゼットに向かってしまった。


メイド長「私が声を掛けても無数のメイドがリリス様を快楽地獄に叩き落としますよ。コミュニケーションに難有りのリリス様と、メイド長である私・・・。皆は誰の声に従ってくれますかね・・・?ご興味おありでしたら試してみますか?」


リリス「や、やめろ!多勢に無勢なんてやり方が汚いぞ!」


メイド長「リリス様は責められるのが苦手ですからねー」


本を閉じて机にダンと置いたリリスが悔しそうに両手で机を叩く。

メイド長はようやく動く気になったらしい主には目もくれず、リリスが着る予定の服を選定しだした。


メイド長「私の小言が嫌でしたら、もっとしゃんとして下さい。リリス様がだらし無いと、当館の品位まで落とし兼ねませんよ?」


リリス「相変わらずうるさいメイドだ・・・親か!」


メイド長「嫌ですよ一つ年上の娘なんて・・・。所でAラインとマーメイドラインどちらにいたしますか?」


リリス「ろくに歩けないマーメイドを選択肢に入れるのはおかしいだろう・・・。Aの青」


メイド長「青は先週社交界で着ましたから赤にしましょう。先日仕入れた素敵なワインレッドがあります」


リリス「行商か?ほー・・・確かに良さそうなドレスだ」


メイド長「行きつけのバーで仕入れました」


リリス「ふむ・・・は?」




・・・。

・・。

・。




先をリリスが歩み、右後ろにメイド長が従う。

夜目を灯らせたリリスがロビーに着くと、プレートアーマーを着た兵がバイザーを摘み上げ、右手の甲をリリスに向ける。

ヘルムの中では鼠色の夜目が灯されていた。


リリス「楽にしろ。用件を言え」


兵「城主からの手紙をお届けに参りました。こちらをどうぞ」


兵から差しだされる手紙に一瞥をくれたリリスがメイド長に「受け取れ」と顎で促す。

メイド長は言われた通り手紙を受け取ると兵に「申し訳ございません・・・」とフォローを入れてやる。


リリス「用件は以上か。遠いところ遥々ご苦労」


兵「王から手紙の返事を貰うよう言われております」


リリス「・・・貴様新兵か?それとも最近兵に配属された口だろう?」


兵「えっ・・・?は、はい」


リリス「では同族のよしみで一度だけ許してやるから脳幹まで叩き込んでおけ。私は貴様の地域にいるメデューサがどの誰を王と崇めようと興味無い。が、今度私の前で貴様らの城主を王と言ったら殺すぞ。貴様の王は私の王ではない」


兵「覚えて・・・おきます」


リリス「手紙の内容は何と書いてある」


メイド長「お待ちください」


リリスに問われてメイド長が手紙を広げた。

そのまましばらくロビーは沈黙に包まれ、手紙を読み終えたメイド長が用件をまとめる。


メイド長「メデューサ城主から奴隷を一億で引き取りたいとの売買交渉です。売れないなら迎えに来いとも書いてありました」


リリス「奴隷だと?金などいらんが、たかだが奴隷に一億も出すならくれてや――」


リリスが言い切る寸前でメイド長がリリスの口を思い切り塞いだ。

目を見開いたリリスが急いでメイド長の手をどかそうとするが、メイド長は頑なにリリスから手をどかさない。口どころか鼻まで塞がれ呼吸を止められたリリスが抗議の念をメイド長に送る。

メイド長は兵に「しばしお待ちくださいね~」と伝えると、リリスを引き摺るように裏へと連れて行く。

ようやく手を離されたリリスが涙目でメイド長に抗議した。


リリス「殺す気か馬鹿者!」


抗議に躍起なリリスではあったが、メイド長は間髪入れずにリリスを叱る。


メイド長「馬鹿者は貴女です!」


リリス「おおぅ・・・お前今日の態度一段と悪くないか?どうした排卵日が近いのか?」


メイド長「リリス様は一応奴隷がいるでしょう!本当に放棄するつもりですか!?」


リリス「ん・・・?冗談は面白くないぞ?私は一生飼ってやりたいと思った男は勇者しか・・・ゆう・・・隷属だ!」


メイド長「気付くのが遅すぎますよ・・・。くれてやるなんて言ったら、勇者様絶対に傷つきますよ?」


リリス「なんで勇者がメデューサ城に!?あんな所にいたら勇者が殺されてしまう!たっ、助けに行ってやらねば――!」


メイド長「落ち着いてくださいリリス様。私にも良く分かりませんでしたが、複雑な状況のようです。リリス様もこれをどうぞ」


メイド長から渡された手紙をリリスが急いで広げる。広げる途中で焦ったリリスは三回手紙を落とした。

左から右に流されるリリスの瞳が手紙に書かれる文字を追う。

一度読んだメイド長も横から覗き見た。


リリス「・・・」


メイド長「・・・」


リリス「手紙だけでは全容が掴めんな・・・。魔王軍に城を包囲されているらしいが・・・サキュバスもいるのか?」


メイド長「どうされますか?」


リリス「無論勇者の救出に向かう。お前も一緒に来い」


メイド長「館の者、武具、道具の指示もお願いします」


リリス「事を荒立てる気など毛頭も無いから私とお前だけだ。だが魔王軍との戦闘も考えられる。最高クラスの武器道具を用意して向かうぞ」


メイド長「畏まりました。早急に用意いたします」




・・・。

・・。

・。




数日後。

宙で停滞したまま空を見上げれば、眩しいぐらいの月が辺りを照らしている。

最高装備に身を包んだリリスとメイド長がメデューサ城付近に着いた。


リリス「メデューサ達の住み家はこの辺りか」


メイド長「早速、魔王軍の迎えが来ましたよ」


リリス「ほう。ワインの一つでも出してもらおうじゃあないか」


先ずは前衛に立ったメイド長が下がったリリスから支援魔法を掛けられた。ありったけの支援を受け取ったメイド長が八相の構えで敵を出迎える。

前衛支援を終えたリリスはメイド長に掛けた支援と同じ支援魔法を自身に掛けた。長刀は肩に立て掛けられている。

待つ二人を目にして翔けていた人型が一度停滞した。

それも刹那、剣を抜いた人型は紅い夜目を灯らせた。


リリス「わざわざ出迎えご苦労だな」


吸血鬼「この辺り一帯は今、魔王軍の権限で立ち入り禁止にしているわ。申し訳ないけれど迂回して頂戴」


リリス「おいおい身勝手な人型はこれだから困る・・・。私は今宵メデューサ城で開かれる舞踏会に誘われているのだ。手土産も無しに帰れんだろう」


吸血鬼「・・・それなら私が手ごろな土産を用意してあげるわ。そうね・・・メイドの首なんかはどうかしら?」


リリス「面白いギャグだ、クスリとも笑えん。今世紀は流行らんと思うから、来世紀にもう一度聞かせてくれ」


リリスが道具袋から一枚の銀貨を取り出し指で打ち出す。支援強化ありのリリスから撃ち放たれた銀貨は、音の壁を突き破って吸血鬼の顔を狙い放たれた。

対する吸血鬼は飛ばされた銀貨を片手で容易く受け止める。


リリス「名刺代わりにくれてやる。人型同士の殺し合い程、私達にとって不利益な物はなかろうに」


吸血鬼「同意はしてあげるわ。でも私達だって遊びに来ている訳じゃ・・・ん?」


銀貨には種族名、収める地域、紋章が刻まれていた。

初めは心底面倒臭そうにコインを眺めていた吸血鬼だったが、見ている内に表情を険しくさせる。


吸血鬼「リリス・・・?」


リリス「うむ。私達は貴様のような一兵卒が勝てる魔物ではないぞ。怪我をさせられたくなければ大人しく通せ」


吸血鬼「リリス」


リリス「うむ」


吸血鬼「リリス――!」


リリス「鬱陶しいぞ私のサインが欲しいのか?用が終わったらきちんとこのメイドに書かせてやるから後にしろ」


リリスリリスと壊れたレコードのように呟く吸血鬼に警戒をしながら、メイド長が後退してリリスの横に並ぶ。メイド長が上ずった声でリリスに問い掛けた。


メイド長「あの・・・リリス様」


リリス「うん?お前までどうしたメイド長。さっさと奴を退かせ。お前ができないなら私が行くぞ?」


メイド長「いえリリス様に行かせる訳にはいかないのですが・・・。リリス様・・・啖呵を切る相手を間違えておりません?大丈夫です? 2対1なら簡単に負けたりはしないと思いますが――」


メイド長の額を一筋の汗が流れる。

見れば長刀を構えるメイド長の手は僅かに震えているようだ。隠そうとしても見えてしまうメイド長の緊張を前に、リリスが担いでいた長刀を肩から降ろして中段に構える。


リリス「・・・」


メイド長「・・・」


リリス「・・・思い出した。あいつ魔王様の側近じゃないか」


メイド長「一兵卒が勝てる相手ではないぞーって・・・」


リリス「どうしよう・・・。殺される・・・」


メイド長「どうして後先考えずに挑発するのですか。謝罪で済めば良いですけれ――」


「ど!」と襲い来た吸血鬼に牽制の薙ぎ払いを食らわすメイド長。

一兵卒なら九分九厘が後ろに飛び退く切り払いだが、吸血鬼は長刀の特性を理解した上で、あえて前に出てメイド長の懐に入ろうとする。

メイド長の懐に入ろうとする吸血鬼にリリスが追撃の突きを繰り出せば、ようやく諦めた吸血鬼が飛び退く。


吸血鬼「リーリースー!」


リリス「油断するなメイド長」


メイド長「はっ・・・速すぎて追えませんでした」


リリス「次が来るぞ」


メイド長「まずは謝りましょうよリリス様!」


リリス「じゃあ謝って止まるのかアレが?怒り狂っているではないか」


吸血鬼「殺す!」


リリス「ほら私達を殺す気だ」


吸血鬼「リリスー!あんただけは絶対に殺す!」


リリス「私だけ!?意味が分からん!なんだ貴様!?やむをえん・・・奴を大人しくさせるぞ!」


再度襲い来る吸血鬼にリリスが長刀を振り下ろす。

紙一重で避けた吸血鬼がリリスを切り上げるが、刃がリリスから血を流させる前にはメイド長の刃が攻撃を受け止めていた。

吸血鬼が変則自在な攻撃で二人に攻撃を繰り出すたびに、リリスとメイド長が剣を弾き続ける。

途中で数度リリスが戦闘から離れて攻撃魔法を唱えるが、魔法が放たれる前に吸血鬼の妨害が入り魔法は中断させられた。

受けては返し返しては受ける攻防がしばらく続けられた後、若干の疲れを見せたメイド長が呟く。


メイド長「流石レイニー・クリムゾン・・・。桁違いの強さですね」


リリス「うぶっ・・・。私の体力が持たん吐きそうだ・・・!以後奴を殺す気でいくぞ!」


一度吸血鬼から距離を取ろうとするリリス達ではあったが、背中に走った悪寒が二人の動きを止めさせる。感慨深くすら思えるのは、まるで雨上がりの泥水に踏み入れてしまった時のような濃厚でいて纏わりつく殺意。

命を摘み取ろうとする殺意を浴びせられリリスが楽しげに笑む。

間違いなく刺されるだろう。

構わん。

私は貴様の目を貰う。

長刀を手放すリリス。離された長刀は音も無い回転と共に暗い森へと吸い込まれて行く。

リリスが振り返り様、指先に魔力を凝縮させた。振り返るリリスの瞳には短剣の先が振り下ろされていた。


リリス「ちっ――!」


抉られる寸前相手の目も抉るために顔を見てやる。


サキュバス「いっ――!?」


リリス「おぁ――!?」


歯を食い縛った双方の攻撃が相手を傷付ける寸前で動きを止める。互いの短剣と指が眼球の数センチで手前で止められ、リリスとサキュバスは各々が「は?」と驚いた声をあげた。


サキュバス「リリス!?」


リリス「さっ・・・サキュバスか?」


サキュバス「人型が暴れてるって聞いたんだよ!何でリリスがいんの!?」


リリス「いや話すと長いのだが――」


指を突き付けていたリリスが「ハァ・・・」と息を吐いて腕を引く。リリスに習ってサキュバスも短剣を仕舞うが、あくまで殺意が解かれただけで、腑に落ちない様子に変わりはない。


リリス「聞きたい事があるのだが」


サキュバス「いやいやいや!私の方こそリリスに聞きたい事が――!」


リリス「私とお前の中だろう?私が先だ」


サキュバス「・・・まぁ良いけど・・・。戦わなくちゃいけない状況にしないでよ?」


吸血鬼「あらサキュバス?どうして武器を仕舞うのかしら」


声に三人が「へ?」と振り向けば、吸血鬼は相変わらず剣を構えているではないか。

怒りに塗れる吸血鬼に流石のサキュバスもたじろぐ。


サキュバス「や・・・吸血鬼こそなんでそんなに怒ってるの――」


リリス「私が出合い頭、魔王側近だと気付かずに舐めた口を聞いたからからだろう」


サキュバス「そんな理由じゃ吸血鬼は怒ったりしないけど――」


吸血鬼「リーリースー・・・!」


メイド長「主の失敗は私の責任同様。試しに私が吸血鬼様に謝罪をしてみましょう」


ズイと一歩前に出たメイド長が、ゆらりと動き出した吸血鬼の前に立つ。メイド長は赤目に睨み付けられたが、あくまで瀟洒に深く頭を下げる。


メイド長「このたびは大変申し訳ござ――」


ゴン。


と石にレンガを叩き付けるような音が鳴ったのは、メイド長がエレガントに頭を上げた矢先の出来事だった。

メイド長の脳天に吸血鬼のげんこつが振り下ろされていた。

サキュバスとリリスが目を丸くする。

瀟洒なメイド長はあくまで瀟洒なまま意識を失い、舞い散る木の葉のようにきりもみしながら暗い森へと吸い込まれて見えなくなってしまった。


リリス「めっ・・・メイド長ー!」


サキュバス「わはー!?ななな何してんの吸血鬼!?」


吸血鬼「邪魔者は消したわ。さぁその女を殺すわよ」


リリス「貴様それが人型のやることか!魔王側近のやることか!人間か貴様この外道!」


吸血鬼「人型?魔王?人間?魔王様とか側近とか・・・今はそんな話どうでも良いのよ。私の個人的な恨みでしかないもの」


サキュバス「まさか吸血鬼の恨みがこんなに根深いなんて――」


リリス「ノリが分からん!」


サキュバス「リリス回復剤は持ってきた?何個ある?」


リリス「質問に答えろサキュバス!エリクサーが四個ある!」


サキュバス「エリクサー持ってんの?お金持ってるなー・・・。私らエリクサーなんて上等な物持ってないから、吸血鬼の体力が切れるまで逃げ回るしかないよ・・・。疲れさせれば吸血鬼も少しは落ち着くでしょ」


リリス「だから説明しろ!」


剣を鞘に仕舞った吸血鬼が改めてリリスを睨み付ける。武器を仕舞われメイド長も失ってしまった以上、リリスも攻撃魔法を使う事が叶わない。

首を左右に動かして鳴らした吸血鬼が「そういえば・・・」と続け、楽しげに浮遊しているサキュバスをも睨み付けた。


吸血鬼「サキュバス・・・貴女リリスなんか知らないって言っていたじゃない。初めて会った割に随分親しげなのね」


サキュバス「・・・」


吸血鬼「ねぇサキュバス?そいつ知り合いなのね?嘘ついたのね?」


詰問に近い形で問われたサキュバスがリリスに頭を向ける。


リリス「・・・」


サキュバス「ねぇリリス・・・私達友達じゃん?もう十年以上前から知り合いじゃん?」


リリス「顔見知り程度だ」


サキュバス「私にも一本エリクサー頂戴」


リリス「・・・世界中探しても、鬼ごっこにエリクサーを使うバカなんてここにしかいないぞ!」


サキュバス「うぉー!きたー!」




・・・。

・・。

・。




誰かに脅されるなんていつ以来だろう。

メイド長からは耳にタコが出来るぐらい体を動かせと小言を言われる。どうせならこの勢いに任せて追い駆けっこに興じるのも面白いかもしれない。

でも、悪くないのはあくまで暇を持て余している時の話で、今が暇だと勘違いされても困ってしまう。


リリス「勇者がどうなっても構わないのか?」


リリスの一言は動き出そうとする吸血鬼を制止させるには的確だった。

吸血鬼はやや目を見開いたものの、魔物に睨まれた人間のように動きを止める。

それも束の間、夜目を灯らせた吸血鬼がリリスに更なる威圧を送る。


吸血鬼「勇者に手を出したら――」


リリス「誰が口を開く許可を出した。魔王様の側近とて殺すぞ」


吸血鬼「・・・」


変わらない一触即発を前に二人の間に挟まれるサキュバスが悩む。

勇者がぽっと出て来た魔物にちょっかいを出されて面白くない吸血鬼の心情は理解できている。しかし勇者に隷属の輪を付けなかったのはこちらだ。

結論から言えば所有者のいない人間を手篭めにされて怒る道理は通らない。吸血鬼がリリスから武力で奪うと言うなら筋道もクソも無いけれど、このご時世に同族からの略奪を正当化する術はまず存在しないだろう。


リリス「一応聞いておくが・・・貴様は私が誰か知った上でこんな真似をしてくれたんだろうな?」


吸血鬼「以前魔王様に殺されかけた雑魚だったかしら。記憶力は結構自信あるけれど・・・どう?当たっている?」


リリス「羽虫風情が大層な口の利き方ではないか。それだけ面白おかしい脳味噌を持っているなら、当然自分の立場も踏まえた上での行動なのだろう?」


魔物の頂点を探すという意味では、リリスの大元は魔王に辿り着く。

しかしリリスは魔王城に仕える魔物でなければ魔王軍が管理下に置いている領地の魔物でもない。

ましてや魔王本人に忠誠を誓った魔物ですらない。

人間社会に当て嵌めた言い方をすれば、広大な敷地管理を自由にやれと言われた貴族に近い存在だろう。これは魔王への反逆以外はある程度何をしても咎められない存在に置き換えられる。

対して側近の吸血鬼とサキュバスだが、彼女達は全ての行動を魔王本人の許可すら必要とせずに自由に行使する権限を与えられていた。

仮に人間を何万人殺そうが、魔物を何万人殺そうが、気に入らない者を好き勝手に嬲り殺そうが自由とされている。

当然自己勝手な動きを魔王がどう思うかの話は別だが。


リリス「一応貴様のため言っておくが、私がメデューサ城に向かうのはパーティに呼ばれたからであって、奴らと結託して魔王様に反逆するからではない」


吸血鬼「・・・」


リリス「昔魔王様に誓った約束も違えていないぞ。今でもメイド長や仲間達と楽しくやらせて貰っているからな」


サキュバス「・・・」


リリス「では清く正しく生きている私をお前はどうしてくれた。追い回した挙句に切りつけ、散々罵ってくれただろうが。なぁ魔王側近の吸血鬼様」


動向を見ていたサキュバスが静かに動いてリリスの隣に並ぶ。

リリスは隣へやって来たサキュバスに目線を送るなり小声で問う。


リリス「そろそろ説明せんと本気で怒るぞサキュバス。親しくない仲だが、きちんと礼儀ぐらい守れ」


サキュバス「吸血鬼って処女を拗らせているトコがあってさ・・・破瓜は結婚する人と初夜に!って夢見ちゃんタイプなんだよね」


リリス「信じられん。生きている意味があるのか?」


サキュバス「厳格な家庭の生まれだから・・・。リリスみたいに誰でもウェルカムなのも、それはそれでどうかと思うけど私――」


リリス「私にも好みはあるぞ」


サキュバス「簡潔に言っちゃうけど勇者の童貞を奪った挙句、支配下に置こうとしているリリスが許せないらしーのさ」


リリス「ほう・・・。立場構わず恋敵に食ってかかるのか。恋は盲目とは言い得て妙だと実感させられる」


サキュバス「吸血鬼の気持ちも理解してやってくんない?あれで結構身内には良い奴なんだよ。勇者が絡まなければ私よりもずっと常識人だし」


リリス「許すも何もハナから私を殺す気なぞ無かっただろうが・・・」


サキュバス「まぁそうなんだけど――。でもリリスが言った通り私達にも立場があるわけよ。ぶっちゃけ吸血鬼のアレは不祥事レベルでして・・・。こんな話が魔王城まで波及すると大層困るのさ」


リリス「であれば私とお前で交渉を始めるか。人のメイドをお釈迦にしてくれたのだ。魔王側近様は相応のモノを提示してくれると期待しているぞ」


ニッと八重歯を見せるリリスにサキュバスが「んー・・・」と考え出す。

思考すること僅か十数秒。

サキュバスは本人なりに妙案を思いついてリリスへ案を投げ返す。


サキュバス「魔王城に招待するってのは?うち来たことないでしょ?」


大した思いつきですら無い安直。

サキュバスが提示したのは金でも物でも権威の類ですら無い。

勢いに任せたサキュバスの提示に、リリスは意表を突かれて掛ける言葉を失う。


サキュバス「あれ、お気に召さない?」


今でこそ側近をやっているが、サキュバスは人間との戦争が至る所で行われていた時代は魔王城第二遊撃部隊の元隊長だと聞く。

戦場の動きと流れを鋭い感覚と経験で読み取り、必要があれば同族を見殺しにしても魔物達を勝利へと導くキーパーソンだ。


リリス「貴様・・・本当に私の知っているサキュバスなのか?」


サキュバス「んぁ?つまりー・・・つまりどれ?」


遊撃部隊は戦場の先々を予測でき、自らの感情を殺せる者が適応者と言われている。ではこのサキュバスが今提示した案を聞いて誰が彼女を遊撃部隊にいたと思えるのか。


リリス「私には信じられん提案をしているようにしか思えんのだ。どうして私を魔王城に招待する」


サキュバス「リリスも勇者が好きなんでしょ?頭がおかしくなきゃ好きな男の子の実家で暴れないじゃん」


リリス「ぁ――!?」


サキュバスから当たり前のように言われた瞬間リリスは途端に顔を染める。

リトマス紙のように首から顔までを染めたリリスは懸命に言い訳を絞り出そうとするが、結局「うぁぅ――」と声にならない声を捻出するだけで終わってしまった。


サキュバス「私ら子供じゃないんだから勇者の話を聞いてりゃ嫌でも気付くよ・・・。遊ばれてると思ってるのは子供の勇者だけだと思う」


リリス「おま、お、おま――!」


サキュバス「んこ?あらやだ下品。・・・それとリリスが勇者を好きか嫌いか以前に、魔王様に害する存在ならもっと効率の良い勇者の使い方もあったはずだし。勇者が魔王様の子供だって知っても勇者を確保しなかったじゃん。・・・リリスの精神に余裕があるなら他にも理由があるけど・・・聞いとく?」


リリス「ぐ――!こ、後学のためだ。聞かせてくれ」


サキュバス「私リリスの家から帰っている途中、あの辺に住んでる魔物達から情報を集めてるんだよね。随分慕われてるらしーじゃん」


にっと笑みを見せるサキュバスと眉間を押さえるリリス。

やる気を欠いてしまったリリスにサキュバスが「でもさ――」と続ける。


サキュバス「勇者の命を盾にして吸血鬼を止めたのはどうかと思った」


リリス「ちがっ――!勘違いしてくれるな!勇者の命が惜しければ止まれと言ったのではない!」


狼狽えたリリスが急いで胸元から封筒を取り出しサキュバスに押し付ける。

メデューサからリリス宛に送られた招待状を開いたサキュバスは、書かれた招待状を読み終えると小さく溜息を吐き、ふてくされ気味の吸血鬼へと近づく。けれど吸血鬼は近寄るサキュバスと同じだけ後退してしまった。


サキュバス「これ読んでよ」


吸血鬼「嫌よ。絶対に嫌。絶対に読みたくない」


サキュバス「子供か」


吸血鬼「サキュバスの反応で分かるもの!どうせ勇者の話が書いてあるんでしょう!?」


サキュバス「城にいるってさ。当然魔王城じゃないけど・・・。おかしいと思ったんだよ。勇者なら僕もお手伝いしましょうか?とか言うもん」


吸血鬼「手伝わないにしても合流しますか?くらいは言うものね。どうしてこうなるのよ・・・想定していた?」


サキュバス「いやいや。普通の人間は素性の知れない魔物を助けようとしないし。てか自称姫が勇者に出会っちゃうほど悪運強いと思わなかったし」


吸血鬼「人の気も知らないで――!」


サキュバス「魔物に対してもっと危機感を持たせないとダメだねありゃ。みんな揃いも揃って勇者を甘やかしすぎなんだよ」


吸血鬼「貴女にだけは言われたくないわね。喋るたびヘラヘラしている癖に」


サキュバス「ぐうの音も出ないけどさー・・・。こんな時は身内以外の大人が模範になって魔物の怖さを認識させるべきなんじゃないリリス?」


リリス「真っ平ご免だ」


吸血鬼「かといって城の皆だって嫌がるじゃない。だからリリスがやりなさいよ。勇者に嫌われるだけの簡単なお仕事よ?嫌われ手当てぐらい私がポケットマネーで出してあげるから」


リリス「嫌だと言っているだろうが。そもそもうちのリリス達がどれ程勇者を甘やかしたと思っているのだ。今更私を含めたリリスを怖がらせるような真似なぞできん」


吸血鬼「サキュバスはどうかしら。人心掌握は得意でしょう?」


サキュバス「人に頼んでないで自分でやんなよ。ついでに勇者への怒りもぶつけてきたらどうさ?」


吸血鬼「確かに・・・。えぇ・・・そうね。私がやるわ」


サキュバス「え!?」


吸血鬼「あによ」


サキュバス「ゆ・・・勇者を叱るんだよ分かってる?甘やかすんじゃないよ?」


吸血鬼「馬鹿にしないで頂戴。やってやるわよ。私だって怒る時はきちんと怒るんだから」


リリス「お前達勝手に話を進めているが勇者は形式上私の所有者――」


吸血鬼「あ?あのね・・・私これでいて貴女がサキュバスの知り合いだから、一応譲歩する所は譲歩しているつもりなのよ。でもこれ以上勇者の独り占め宣言をするなら泣くまで小突き回すから」


サキュバス「やばい・・・あの目は本気だ」


リリス「ほ、本気なのか!?」


吸血鬼「そうよ・・・考えてみれば貴女が勇者に何をしたか魔王様に伝えれば、どれだけ殴っても怒られないじゃない。貴女は勇者に何をしたのかしら?純真無垢な子供を騙した挙句、はした金を渡して監禁レイプ。更に精神屈服を促して奴隷にしたのよね?」


リリス「言い方!言い方!言い方を考えろ!そんなふざけた報告があってたまるか!」


サキュバス「あれ報告されたら魔王城に入れないどころか、魔王様が直接リリスを殴りに来るんじゃ――」


リリス「!?おいわかった!分かったからもう止めよう!私も引くところは引いてやる!だから間違っても魔王様への報告をするな!」


吸血鬼「貴女が金輪際勇者は自分のものとか言わなければね・・・ふふふ」


リリス「おのれなんて奴だ・・・。くぅ・・・ところで話が逸れたなサキュバス。それで私が魔王城に誘われたらどうなる?」


サキュバス「別にどうもこうも無いよ。折角だから魔王様と一緒に紅茶飲む?遠方からはるばる自分に会うための人型が来たら魔王様も喜ぶんじゃない?」


リリス「一介の魔物が来て喜ぶか・・・?」


サキュバス「敵や媚売りでもなければ基本的に誰にでもフレンドリーだよ魔王様。あと一介の魔物じゃなくて、私と吸血鬼の友達として招待するし」


吸血鬼「敵よ!友達なんかじゃないもの!」


サキュバス「まぁまぁ吸血鬼も落ち着いてさ。勇者の母親にみんな勇者大好き同盟です、とか言いにくいじゃん」


リリス「・・・もう魔王城への招待で構わん。全て終わったらきちんと清算しろ」


サキュバス「終わったらね」


リリス「・・・所でどうしてメデューサの娘を追い回していた?」


吸血鬼「張っていた情報網に掛かったのよ。他称お姫様が近隣にいる人型に嫁がされる。だったかしら」


リリス「・・・魔王軍は一端の魔物が結婚するのも監視しているのか。おぞましい連中だ」


吸血鬼「だったら魔王様が結婚するためには誰の許可がいるのよ。元老院でもある?聞いた事無いわ」


リリス「冗談だ。政略婚か?」


吸血鬼「嫁ぎ先の相手も旧魔王体制支持派の連中よ」


リリス「確かにそいつらに組まれたら鬱陶しいのは分からなくはないが、だから襲ったのか。それもそれで無しだろうに」


サキュバス「な訳ないじゃん。話を聞くために馬車を囲んだら全力で攻撃されたんだよ。建前上加害者はあっちで被害者がこっちだし」


リリス「どうあっても勢力を広げたがっているのか・・・。被害は?」


サキュバス「やぶ蚊に刺されたのが何人かいる感じ。私も胸元の真ん中刺されちゃってさー・・・裸になったら乳首が三つみたいで――」


リリス「メデューサ達の被害を聞きたいのだ。魔王軍の被害など最初から期待しておらん」


吸血鬼「捕縛したメデューサ達は今のところ全員生きているわ。衰弱している者が若干名いるから消耗戦が続けば死ぬでしょうね」


リリス「状況によって始末もするんだろう?」


吸血鬼「えぇ。私の部下達が何度か自称王様への謁見交渉に向かっているけれど、応じる気は無いようね」


リリス「お前達を視界に入れるのは、口に刃物を入れられているのと変わらんからな。私ですらプライベート抜きで貴様らに会うのはご免だ」


サキュバス「そんな悲しい事言わないでよリリーたん」


リリス「やたら馴れ馴れしいなおい」


サキュバス「リリスこのまま魔王城傘下に入る?今なら側近以外のポストにねじ込んであげるけど」


リリス「行く理由が無い。それに私があの地域を見て取れる情報もある」


吸血鬼「一応貴女より年上だから先輩として言っておいてあげるけれど、くれぐれも私達の敵には回らないで頂戴。この平和なご時世に貴女のような魔物を殺したくはないわ」


リリス「互いにな」


サキュバス「リリス個人が吸血鬼個人を恨む分には全然いーけどね」


吸血鬼「あら酷いじゃないサキュバス。友人が狙われたら命を賭して救うべきよ」


サキュバス「だって今回リリスから恨まれたら自業自得じゃん・・・。心情的にははリリスの味方もしてあげたいし」


吸血鬼「そう――。つまり貴女との決着も付けなければいけないのね」


サキュバス「流石にサシでやり合うのは分が悪いから部隊戦にしない?あー・・・でもうちの部隊だと脳筋集団は瞬コロしちゃうか~」


吸血鬼「・・・サキュバスあなたー・・・言ってはならない台詞を言ったわね。部隊の全員、負けたほうが相手部隊の言う事を聞くで構わないわね?」


サキュバス「・・・本気だね?私が勝ったら吸血鬼から処女貰うよ。悪いけど勇者にあげるくらいなら必ず私が先に奪ってやるし」


吸血鬼「づぇ!?」


サキュバス「本当に。・・・マジで欲しいんだよね吸血鬼の初めてが。勇者には私のお尻処女あげとくから」


リリス「お、おぉ・・・凄い戦いになりそうだな」


吸血鬼「しょ、正気なのよね?」


サキュバス「正気だね」


リリス「私は何もしておらんからな」


吸血鬼「え?え?サキュバスって私を狙っていたの?」


サキュバス「狙ってたよ」


吸血鬼「あ、あら・・・そ、そうなの、ね――」


サキュバス「吸血鬼で抜いたりするし・・・」


吸血鬼「ちょっと止めなさいよ本人に言うの。ぜ、全然気付かなかったのだけれど――」


サキュバス「ね〜?気づかなかったね〜吸血鬼は〜。まぁ私も気付かれないようにしてたし」


吸血鬼「いつから?そもそもどうして隠していたのよ」


サキュバス「いつから・・・だろ。あそうだ。勇者を好きなのも本当だからね?別にカモフラージュするために勇者が欲しいとか言ってないし」


吸血鬼「それは見聞きしていれば分かるけれど――。・・・顔が真っ赤よ?」


サキュバス「よしてよ」


突然のカミングアウトを合図に恋愛物語が始まっていたが、蚊帳の外に置かれているリリスからすれば堪ったものではない。

胸中心底どうでも良いよと考えていたリリスは眉をひそめて両手をパンと叩く。

恋の魔法を解かれたサキュバスと吸血鬼が揃って我に返った。


リリス「私の人生単位で今日ほど後にしろと思う日もそうはない。揃いも揃って青春ラブコメなんかしている場合か。勇者を蔑ろにするな」


吸血鬼「失礼言わないで頂戴この貧乳」


リリス「絶対に許さんからな!絶対に許さんからな貴様は!絶対にいつか捕らえて死ぬほど嬲ってやる!」


サキュバス「あはは・・・。いやいやごめんね空気読まなくて。でも本当に蔑ろには考えてないんだよ」


吸血鬼「そうよフラットさん」


リリス「誰がまな板だ!板よりはあるだろうが目ん玉腐っているのか!」


サキュバス「・・・吸血鬼もいい加減リリスを煽るのやめなよ」


吸血鬼「・・・悪かったわよ。貴女のお陰で勇者が無事だから嫉妬していたわ。ごめんなさい」


吸血鬼から好き勝手な暴言を吐かれて目にいっぱいの涙を溜めていたリリスだったが、急いで涙を拭うとすぐに平静を装う。


リリス「どうして勇者が無事と言える。しっかりしているように見えて勇者とて子供だぞ。魔物が恐ろしくて泣いているかもしれんだろうが」


サキュバス「私らも人の事言えないけど、リリスって魔王様と同じタイプだね。甘やかしタイプ」


リリス「だって魔物に軟禁されているぞ?人間が魔物なんかの巣窟にいたら恐いに決まっている」


サキュバス「なんかって・・・。んな事言ったらリリスも私らも恐がられんじゃん・・・。つか厳密に言えば勇者だって魔物っちゃ魔物だし、魔王城にもいたし」


リリス「だ、だが――」


吸血鬼「貴女前提が間違っているのよ。勇者は魔物だろうが人間だろうが、相手によっての差別化なんてしないわ」


サキュバス「行方不明になった訳じゃないんだからリリスもほら落ち着いて。多分手厚く保護されているんじゃない?」


リリス「・・・そんなの仮定の話だろう」


サキュバス「仮定っちゃ仮定だけど、殺すつもりなら私らの警戒網を潜ってまで、リリスの屋敷に兵なんか走らせないし」


リリス「・・・た、確かにまぁそうかもしれんが――」


サキュバス「本来リリスに黙って勇者を殺したって、大した問題にならないじゃん。あ、ごめーん人間嫌いだからあなたの奴隷殺しちゃいましたエヘ〜・・・みたいな」


吸血鬼「所有者に上等なワインの一本でも送ればお釣りが来るわね」


サキュバス「リリスだって勇者じゃなかったら大して何とも感じないでしょ?」


リリス「私がアレを渡した人間は勇者しかおらんのだ・・・。普通はそうなのか?」


サキュバス「一般的な人型が思う人間の隷属なんて、道端で拾った綺麗な石ころ程度だからね。前々魔王の頃によくいたよね魔王城にも?」


吸血鬼「しょっちゅう死体が転がっていたわ」


リリス「前魔王からはおらんのか?確か魔王妖狐――」


吸血鬼「居なかった訳ではないけれど・・・妖狐様は人間嫌いで有名だったじゃない?城内に人間がいたら否応無しに霧散させるのよ・・・」


サキュバス「しかも殺すだけ殺して掃除は持ち主にやらせるからねあの人。死体を掃除しなかったらしなかったで、持ち主が半殺しにされる理不尽さだよ。だから誰も人間を持ち込まなくなったんだっけ」


リリス「不条理の塊でしかないな・・・」


サキュバス「ま、そうゆうコトだからきちんと勇者を奪還してきてね。ついでに私達が怒ってるのも言っといて」


リリス「私からも軽く言っておこう。あと城主への対応はどうする?私を渦中に誘っている以上、私がお前達と会うのを想定しているだろう?」


サキュバス「予定通り人間の奴隷を迎えに行ったていで大丈夫。リリスがあっちに付くとは考えてないけど、こっちの情報も持ってるんだから口は滑らせないでよ?」


リリス「誰に言ってるのだ・・・。お前たちはどうする?」


サキュバス「あー・・・うちの部下が戦力を集めに行ってるから、そっちと合流したら後は任せて」


リリス「・・・まさか魔王様じゃあるまいな?」


サキュバス「魔王様なんて連れて来たら火に油でしょ・・・。つか魔王様を前線に連れ出す魔物なんかいないから」


リリス「それもそうだな。メイド長の介抱は任せるぞ。武運長久を祈る」


吸血鬼「・・・リリスも気を付けなさいね」


リリス「終われば魔王様に会えるんだろう?上手くやるさ」




・・・。

・・。

・。




きっとサキュバスや吸血鬼なら、数多の行動パターンを想定して動くのだろう。

ある意味こちらがどんなに無茶な動き方をしても合わせてくれるのだから、彼女達ほど頼もしい存在もそういない。

しかし最前線にいなかったとは言え、私だって指揮を取っていた。

状況を把握して臨機応変に動く事ぐらいはできる。一抹の不安があるとすればメイド長がいない事ぐらいだろう。


王「送った兵から連絡こそ聞いていたけれど、こうして目の当たりにしても信じられないわね・・・。まさかリリスが人間のために来るなんて――」


リリス「そんなに面白いか?私からしたら時代に背いて王を気取っている革命家のほうが余程滑稽だが」


リリスからの煽りを受けて王が僅かに眉を寄せる。玉座に背をもたれさせた王は、余裕のない面持ちを浮かべると皮肉そうに笑みを返す。


王「革命家・・・?いいえ違うわ。人間と馴れ合う魔物がいる今が異常なのよ。本来私たちは人間なんかよりも遙かに上位に位置する存在なのだから、奴らをどうしたって構わないハズよ」


リリス「大したご高説ではある・・・が故に実に滑稽だな。力で支配をしようとする貴様が、同族から力で抑えられているではないか」


王「口の利き方には気をつけなさい。下僕の生首だけを持ち帰りたくはないでしょう?」


リリス「・・・これは失礼。王への態度では無かった。非礼を詫びよう」


言ってやりたいことは山ほどあるし、未だ一割も言っていない。

元を辿れば勇者がこんな所にいるのは勇者のせいでしかないが、更に大元を辿ればこいつらが存在しているのが巻き込まれた要因だ。

こいつらに賛同する魔物も一部いるのだろうが、時代の移りに追いつけな者など淘汰されるのは仕方がない。

魔物同士の話し合いは人間同士の話し合いとは根本が違う。

魔物として生まれてこの世界に存在している以上、弱者が強者に意見など許されないのだから。


王「どうして力を持つ私達が気楽に人間を殺せない時代になっているのよ。コレを異常と言わないで何が異常よ」


リリス「いちいち私に聞かれても困る。文句があるなら魔王を殺して貴様が魔王に成り代われば良いではないか。我々の本質はソコだろう」


王「だから・・・だから私は準備を進めてきたわ!やっと足掛りを見つけたと思った矢先にこの有様じゃない!」


リリス「悲願のためなら娘をも差し出せるのか。私に親の気持ちなど分からんが・・・貴様の子供に産まれなくて良かったと心から思うぞ」


王「知った口を――!」


リリス「戯言だ。いちいち気にするな。何故なら私は貴様の話を聞きに来たのではない。人生相談ならば貴様が大好きな妖狐様にでもしてこい」


王「・・・そう・・・ね・・・ハハ」


まだ策があるのか?

リリスがつまらなそうに考えていたのも束の間に、王は勝ち誇ったような高笑いを始める。


リリス「疲れているようだな」


王「ハハハ・・・当たり前じゃない、どれだけロクに寝ていないと思っているの。ところでリリス・・・申し訳ないのだけれど、貴方の僕は返してあげられないわ」


あげられない?

まさか同じ人型からそんな話を聞かされるとは思わず、リリスの思考が僅かに止められた。

「返したくない」ならばまだ理由を推測する事もできるが「返してあげられない」のは過程ではなく結果ではないか?

吸血鬼ですら「返さない」とは言わなかった。

こいつは何を吐き違えているのか。


リリス「・・・まさか貴様――!」


王「勘違いしないで。あの子供は生かしているわ」


リリス「ではなぜ・・・」


尤もでしかない問いを受けて王は待ってました、と言わんばかりな表情で犬歯を見せる。

リリスにはいち魔物でしかない自称王が、対等な立ち位置にいる自分から略奪を行おうとしている理由が分からなかった。

自暴自棄だと言われればそうなのかもしれないが、疲労に塗れた王の瞳は決しては死んでいない。


?「やぁやぁ。随分懐かしい女の子たちが城の外にいたよ。あの子達は確か、サキュバスと吸血鬼の部下だったかな」


リリスが背後から平然と話しかけられ後ろ首を掴まれる。刹那、リリスは思考よりもずっと早く背後に立つ者の手を払い、使える限り最高火力の近接魔法を顔面に叩き込んだ。

一瞬見えた人型魔物は瞬く間に髪の毛を失い、耳は吹き飛び、肉を焼かれて眼球を蒸発させられる。

呆気なく生を奪われた人型は、人型から肉塊へと姿を変えて床に崩れ落ちた。肉が床に転がること数秒、魔物の下腹部から黄色い体液が吐き出されて床に広がる。


リリス「っいー・・・!」


髪が焼ける匂い。

肉の焦げる匂い。

血の沸騰する香り。

生者が死者へと変わる様。

移り変わり。

殺しにエクスタシーを見出すほど狂ってはいない。

いないにしても何処か懐かしいような起伏をもたらされた。


王「あぁ・・・」


リリス「なっ・・・な・・・!」


悲鳴にも似たリリスの声。

生を奪った後悔よりも先に来たのは疑問だった。


リリス「い・・・いつからだ?こいつはいつから私の後ろにいた!?」


王の「さぁ・・・?今の今まで私にも見えなかったもの――」


リリス「馬鹿な!そんなハズがないだろう!?」


やり場のない感情に塗れさせられたリリスが声を荒げる。魔物が魔物の後ろ首を掴む行いは「いつでもお前を殺せるぞ」の挨拶に等しい意味合いを持っている。

サキュバスにすら掴まれなかった後ろ首を簡単に掴まれた現実は、彼女を恐怖させるには十分すぎた。

ましてや立っているのは敵地のど真ん中。

油断していたとか警戒を怠っていたなんて言い訳は通用しない。


王「気になるなら本人に聞いてみたら?」


リリス「え?」


不気味ににやける王の笑みを受けてリリスの体に悪寒が走った。


ぐじゅ。


背後から届けられる音にリリスが咄嗟に振り向けば、顔とは呼べない屍の頭部に濃いピンクスライムのような何かが集まっていた。


リリス「あ・・・」


みるみる肉付けされてゆく屍の頭部。

まるで時間の巻き戻しのように形成を終えた人型の者は、上半身を起こしてこめかみを掻く。

死から生への転換を眼にリリスが戦かされた。

無意識に後ずさるリリスを楽しげに見つめたその魔物は、にっと邪気のない笑みを携えて起き上がる。


?「いきなり殺すなんて酷いじゃないかー」


リリス「あ・・・ぁ――!?」


声にならなかった。

嗅ぎ慣れていたはずの肉と血の焼け焦げる匂いも、髪の焼ける匂いも、死者の姿も一から十まで覆されたのだ。


?「次は僕の番かい?」


リリス「来るな・・・近寄るな!」


リリスが生成させた第二の魔法は風の魔法。

人と同じだけの大きさはあろう竜巻が詠唱も無しに発動されたかと思えば、渦は一瞬で魔物を包み身体を切り裂く。

風の刃は瞬く間に女の喉を切り開き、腕を落とし肉を削ぐ。

ものの数秒で渦は血に塗れて赤い竜巻となった。

風が尽きると、もはや人の型ですらない挽肉が辺り一面に散らばっていた。


リリス「はぁ・・・!はぁ・・・!」


手応えは間違いない。

よもや者は物でしかない。

なのに・・・。

なのに――!


リリス「ひっ――!?」


散らばっていた肉片が一箇所に集まり人型に形成され、再生されてゆく。

衣服ごとの再生を終えた人型は手のひらを閉じ、開き、を繰り返して感触を確かめリリスを睨みつけた。


?「ルールは守ってもらわないと困るよ。僕だって死ぬのは痛いんだぞ」


これが幻覚でないと言うのなら、こいつは余りにも馬鹿げた存在だ。

人間はおろか下級の魔物ですら生死の分別くらいできる。

生きるために食べ、生きるために眠り、己を示すために子を成す。

誰だって死にたくない。

死んだら何があるか分からない。誰も知らないし答えてくれない。

それに死ぬ理由もない。

だから生きている。

それでも死ぬ奴は、生きる辛さが死ぬ恐怖を上回った奴ぐらいだろう。

なのにこいつはどうだ?

死んでも問題ないから死んだと言うのか?

命は一つしかない。

知能ある生物みんなが理解しているルールを冒しているのはお前自身じゃないか。


リリス「あ・・・あ・・・!」


動けなくなっている内にリリスの前に人型が立つ。

彼女が携える微笑みは、まるで子を愛する母親のようでいて、リリスは幼い頃に殺されたお母さんの笑顔を思い出させられた。


?「また来世で僕を殺してね」


声色は最後の最後まで優しいまま。

ドン、と胸を押されたリリスは膝をついて床に倒れる。


?「と、こんな感じで平気かい?」


王「こっ・・・殺したのですか?」


?「気絶しただけさ 。どうだい僕の演技は?満更でもないだろう?」


王「殺したのかと思いました・・・」


?「やだな〜。これでも元聖職者だよ僕。弱いものイジメなんてしないよ〜」


ころころと笑う女の台詞を聞かされて、メデューサの王は背中に冷たい汗をかいた。

全ての魔物を知っているわけではないが、間違いなくリリスは弱者なんかではない。

上級に存在する魔物の、それも人型の上位一割以内には間違いなく存在を置いている。

そのリリスを弱者と言ったのだ。


?「起きる前に捕縛しておいた方が良いんじゃないかい?」


王「そうですね・・・。リリスを牢に入れてからでもよろしいですか?」


?「うんうん構わないよ。いやー彼に会うの楽しみだな〜」


王「大変失礼ですが・・・あの子供にリッチ様を喜ばせる要因があるとは思えないのですが――」


リッチ「そんな事ないさ。ほら」


リッチが胸元から一枚の紙を取り出し王に手渡してやる。

王が訝しげに折られた紙を広げると「特別クエスト」と書かれた手配書が広げられた。


王「あの子供が一億の賞金首・・・ですか?」


リッチ「最近は研究するための費用もめっきり底をついてきてね・・・。リングで君の話を聞いた時にピンと来たんだ」


王「ですが、この手配書と彼は武具以外の特徴が異なるようですが・・・。それに資金的な部位でしたら城に来ていただければ幾らでも――が!?」


王が喋っている途中、素早く動かされたリッチの手が王の喉を鷲掴みにした。

あくまで笑みを絶やさないままのリッチだが、細められれている目が僅かに開かれて王を見つめた。


リッチ「できる事ならリリスのために子供を渡したくない・・・なーんて思ってないよねキミ?」


王「が・・・かひゅ――」


リッチ「ねぇ裸の王様?約束だからリリスは殺さないでおいてあげたけれど・・・僕を騙すならキミを食べちゃうよ?」


王「も、申し訳・・・ござ・・・が」


リッチ「そうそう。きちんと約束を守った方が良いね。一つしかない命は大切だろう?ヒヒヒ」




・・・。

・・。

・。




リッチが鼻歌まじりに廊下を歩く。

彼女が目指すのは捕らわれのお姫様・・・もとい勇者様。

王から渡されていた鍵を使ってリッチが扉を開けると、空ろげな表情でベッドに腰掛けている勇者と目が合う。


リッチ「やぁ今晩は」


リッチから送られたのは軽々しい挨拶。

人間にしか見えないリッチを目の前にして、勇者は思わず問い掛けてしまった。


勇者「人間・・・ですか?」


リッチ「あっはっは!キミがその台詞を言ったら、まるでキミが魔物のように聞こえてしまうよ?」


勇者「た、確かに・・・。えっと・・・へへ」


リッチ「初めてまして勇者君。僕はリッチ。その辺に住むしがない人型魔物さ」


勇者「え?お姉さんは魔物なんですか?」


リッチ「人間にしか見えないだろう?」


勇者「は、はい。普通の女性にしか見えません」


首を傾げた勇者の頭上には幾つもの「?」マークが浮かぶ。

実際勇者が考える通り、リッチの外見に魔物らしい特徴は見られない。

黒い髪と黒い瞳。角も無ければ羽もない。

黒ローブを羽織っている身なりは、街中を歩いている魔法使いと大差ない格好だ。

図鑑ですら見た事のない種に会ってしまった勇者が狼狽えるのも無理はないだろう。


勇者「は、初めまして。僕は勇者です」


リッチ「うんうん。僕は礼儀の正しい子が大好きだよ。挨拶はとても大切だね」


捕らわれている城は間違いなくメデューサの城。メデューサしか住んでいない城にどうしてメデューサ以外の魔物がいるのだろう?

納得しきれない様子の勇者に微笑みを返し、疑問を汲んだリッチが答えを教えてくれる。


リッチ「王から勇者君を譲り受けたのさ」


勇者「僕を・・・?」


リッチ「そ。つまり勇者君は今日から僕の物。以後僕にはきちんと敬意を払うように頼むよ。あとこれは返してあげる」


ローブを広げたリッチが腰から剣を外して勇者に投げ渡す。取り上げられていた形見を手にした勇者が、安堵した様子で剣を胸に抱いて座り込んでしまった。


勇者「うぅ・・・良かったよ〜」


鞘をしっかりと抱き締めた勇者が嗚咽と涙を零す。

床に座ったまま泣きじゃくる勇者の姿は、外見通り年齢相応の子供だった。


リッチ「それにしても・・・勇者君はここの姫を助けたんだろう?恩人をこんな所に閉じ込めるなんて酷い話だなぁ」


勇者「そ、そうですお姫様!お姫様は大丈夫ですか!?」


リッチ「彼女は保護されているらしい。・・・とは言え、勇者君と同じように幽閉されていると思うけれど――」


勇者「そ、そうですか・・・。無事なら良かったです」


リッチ「何も聞いていないんだね」


勇者「はい・・・。誰かと話をするのも一週間ぶりですから――」


リッチ「可哀想に・・・おいで勇者君。僕が外に連れ出してあげよう」


勇者「はい!」


勇者よりも余程勇者らしく人間を助けようとする魔物に手を伸べられ、リッチの手を掴もうとする勇者。

しかし小動物のごとく近づいた勇者の手がリッチの手に触れた瞬間、勇者は文字にならない声を上げて手を引いてしまう。

飛びのいた勇者が目を大きくしたままリッチの手を見て、リッチを見る。

信じられない物でも見るような勇者の瞳。

「あ・・・ぁ――!」と声を出せなくなった勇者に見つめられたリッチは、尚も微笑みを絶やさない。

だが露骨な拒絶を受け、笑顔は僅かに困ったような笑顔に変わっていた。


リッチ「あ・・・ごめんね」


伸べていた手を引こうとするリッチに勇者が「待ってください!」と声を張る。


リッチ「・・・どうしたのかな?」


勇者「そんな――」


恐る恐るリッチに歩み寄った勇者が、今度は自らの意思でリッチの手を取る。

勇者の右手で触れられるリッチの手。震える勇者は、生の温もりを失っているリッチの手を両手で掴むと胸に抱く。


勇者「こんな・・・こんな事・・・」


俯いた勇者がさらに強くリッチの手を抱き締めた。殺しきれない感情は勇者の瞳から涙に変わって溢れてしまう。

小さな子供の優しさと温もりにあてられて、リッチから笑顔が失われた。


リッチ「泣かなくても良いんだ。僕が僕の意思で不死になっただけだから」


勇者「でも・・・それでも・・・!」


リッチ「ありがとう勇者君・・・。もしかしてキミは聖職者かい?それとも聖職者の元で修行していたのかな?」


勇者「ぼ、僕は教会で孤児として育てられました」


成る程と納得させられたリッチが再び笑顔を携え、勇者の頭をポンポンと叩いてやる。


リッチ「たはは・・・いやいやこれは参ったね・・・。同業者だったのかい勇者君は」


勇者「あでも聖職者では――」


リッチ「同じさ。教会で育った子供はみんなが聖職者達の子供だからね。・・・アイスブルーの子供が教会育ちとは思わなかった・・・」


勇者「あれ?お母さんのお友達ですか?」


リッチ「友達かぁ・・・。友達ではないかな」


笑顔を止めたリッチが勇者と目の高さを合わせるために膝を付く。

吸い込まれそうなほど黒い瞳に魅入られた勇者は息を飲んだ。


リッチ「もう一度自己紹介をさせてもらうよ勇者君。僕は旧魔王側近のリッチ。改めてよろしくね」


彼女の自己紹介には魔王が含まれていない。つまりリッチは現在の魔王とは関係ない事実を意味していた。


勇者「は、初めましてリッチさん。僕は魔王の・・・魔王様・・・?の子供、勇者です」


リッチ「うんうん勿論知っているさ。実は色々調べてきたからね」


腕を組んだリッチがうんうんと頷いてから立ち上がりへらへらと笑い出す。


リッチ「いやー・・・僕は困ったよ勇者君。はっはっは」


さも楽しそうに笑っているリッチがどうして笑っているのか勇者には分からなかった。

しかし出会った頃の作られた笑顔よりも余程自然に笑っているリッチを見ていて、勇者も思わず頬を綻ばせてしまう。


リッチ「本当は勇者君を殺す気満々だったんだよ僕。あっはっは」


途端に勇者の顔から笑顔が消えた。

最高に引いた勇者が一歩後ずさるとリッチが「ほ、本当はと言ったろう!」と焦りを見せる。

今がどうであれ殺されかけた事実は否定されず、結果的に勇者は三歩後ずさった。


リッチ「酷いじゃないか勇者君!動く死体が平気な癖にこれくらいで引かないでくれよ!」


勇者「そ、そんな事言われても怖いですし・・・」


リッチ「実はさっき勇者君を助けに来ていたリリスとも鉢合わせしたんだ。でも倒してしまったよ〜。申し訳ないことしちゃったな〜」


勇者「なー!リリスさんは無事なんですか!?」


リッチ「平気さ。僕の標的はあくまで勇者君だったからね」


勇者「もしかしてサキュバスさんと吸血鬼さんも・・・?」


リッチ「あぁ、彼女達には気付かれないように魔法を使って森を抜けたんだ。僕も結構強いけれど、あの面子とは極力戦闘を避けたいからね・・・。特にサキュバスはありとあらゆる拷問を極めているだろう?死ねない僕が彼女に生け捕りされると、洒落にならないんだ」


だろう?と問われてもそんな物騒な話は聞いたことがない。

聞いても特のない恋人の裏事情を聞かされ、何も聞かなかったことにした勇者が首をかしげてリッチを見直す。

へらへらと笑ったまま腕組みをしていたリッチが、テーブルに置かれていた勇者のカップを手にして中身を呷る。


勇者「どうして僕を知っているのかは聞きません。でもどうして僕を殺すのをやめたのかは教えてくれませんか?」


リッチ「簡単な話さ。弔われて喜ばない死者はいない・・・。それだけの話だよ」


今ひとつ納得できない様子の勇者ではあったが、意図しない内に危機を脱していたらしい。

何だかなぁと考えている勇者を余所に相変わらず上機嫌なリッチだが、リッチは訝しんでいる勇者に気付くと両手をポンと合わせて提案をよこす。


リッチ「勇者君、勇者君。僕は生きた人間の温もりを求めて彷徨う死者なわけだけれど――」


からかうような目つきのそれは、かつて勇者が人型魔物達から受けた誘惑と同じ色をしていた。


勇者「か、からかわないで下さいよ!リッチさんは聖職者じゃないんですか!?」


リッチ「聖職者が必ず誰しも性欲が無いと思うのかい勇者君は?あの手の連中に限って夜は乱れるもんさ。そもそも僕はもう魔物だから、人間の常識を当てはめられても困るよ」


勇者「そんな聖職者有りなんですかー・・・ってえ!?」


勇者がリッチの胸元に目をやりハッと気付く。

彼女の着ているローブに付けられている稀有の刺繍。

十字架と剣がモチーフにされた紋様を目に映し、勇者は呼吸すらをも忘れてしまう。


勇者「・・・うそ――」


まるで過呼吸患者のように声を震わせた勇者が、自らリッチに近付き刺繍に瞳を近づける。

「おや?」と不思議げなリッチを物ともせずなおも歩み続けた勇者が、勝手に紋様に指を伸ばして触れてしまった。


リッチ「うん?どうしたんだい勇者君?」


勇者「ここ、こ、このマークって初代聖十字軍支援部隊のマークですか!?」


リッチ「おぉ!懐かしい名前じゃないか!」


勇者「ほほ本物ですか!?本物ですかリッチさん!?」


リッチ「かた、かたを!肩をゆすらないで勇者君!酔う!酔っちゃうから!三半規管弱いんだよ僕!」


興奮した勇者に散々肩を揺すぶられたリッチが手を離され、少し気分が悪そうな表情で答える。


リッチ「うぷ・・・。ゆ、勇者君の察しの通り、これは僕が当時から着ている服――」


勇者「はー!」


興奮の絶頂に達した勇者が目を輝かせてリッチの顔を見上げる。

すっかり怯えも疑惑も彼方に捨てた勇者の輝く視線を受け、リッチは困ったような満更でもないような、それでいて気恥ずかしそうな笑みを見せていた。

勇者の前にいるのは伝説の英雄と言っても過言ではなく、勇者が父の物語と同じぐらい読み漁った物語の登場人物だった。


勇者「僕、十字物語が大好きなんですよ!今の隊長で23代目ですよね!?」


リッチ「あ、ありがとう勇者君――。でも僕はもはや力を求めた魔物になっているんだよ?こんな僕でも構わないのかい?」


勇者「だって初代の人ですよね!?僕初代の物語が一番好きですから!特に――!」


冷め止まぬ勇者が童話としても語り継がれている話を語り出そうとしたが、リッチに両肩を掴まれベッドに押し倒されてしまう。

小さな音を鳴らして押し倒された勇者が蚊の鳴くような声で「ぁ――」と話を止めるが、腹上に跨ったリッチが勇者を見下ろしたまま「特に・・・どれだい?」と会話を促す。


勇者「ダメ・・・ダメですよリッチさん・・・」


リッチ「どうしてダメなんだい?魔物がダメなのか・・・それとも動く屍がいけないのか・・・」


問われても勇者は答えない。

ぐっと目を閉じた勇者がリッチの出かた待つが、彼女はいつになっても次の質問を投げかけようとはしなかった。

恐る恐る目を開けた勇者がリッチを見れば、彼女は笑みを携えたまま勇者を見下ろしている。

ゆっくりと伸ばされたリッチの右手が勇者の頬に触れられる。

冷えきったリッチの手。

常温に置かれた生肉のように冷たい手が勇者の頬から熱を奪う。

まるで命ある勇者の魂を引きずりだそうとしているかのようなリッチの冷たさを受け、勇者は意図せず聞いてしまった。


勇者「本当に・・・本当に僕を殺すつもりだったんですね」


と。


リッチ「今でも殺してやりたいさ・・・。人間を辞めた僕が行き着いたのは魔物としての余生だった。そんな僕から・・・妖狐様から貰った居場所を奪ったあいつが憎い・・・。殺してやりたいほど・・・殺してやりたいほど憎いんだ」


勇者「・・・」


リッチ「でも妖狐様は皆にあいつを許してやれって言ってた・・・。こんな僕の気持ちがわかるかい勇者君?」


勇者「・・・分かりません」


リッチ「そうだよね・・・分かるわけがない。誰にも僕の気持ちなんてわからない。そりゃあ・・・そうさ――」


勇者「・・・」


リッチ「ねぇ勇者君・・・。キミを殺せばアイスブルーは僕を憎んでくれるんじゃないかな」


勇者「きっと・・・きっと憎むと思います。お母さんは寿命が尽きるその時まで、ずっとリッチさんを殺しに来ると思います・・・きっと――」


リッチ「そうだよね。凄く楽しみだなァ・・・元に戻れないくらい粉微塵にされたら僕は死ねるのかな?ひひひ」


勇者「・・・」


勇者が両手を伸ばしてリッチの頬に手の平を置く。

流される涙を親指の腹で拭ってやるけれど、彼女の頬を伝う涙は簡単に拭い切れるものではなかった。

掛ける言葉が思い浮かばない。

勇者と魔王の血を引き継いだはずなのに、どうして僕はこの人の涙を止められないんだろう。

けれど涙も無限ではなく、ひとしきり涙を流し終えたリッチが嗚咽を終わらせる。置かれている勇者の手にリッチが自身の手を置き「あたたかい・・・」と呟いた。


リッチ「お願いだよ・・・もう少し・・・もう少しだけ貴方の温もりを僕に分けてほしいんだ」


勇者「・・・。わかりました」


意を決した勇者がリッチの体を引き寄せる。

顔同士が近づくにつれて二人の唇が距離を近づけるが、勇者は唇には触れずリッチの後頭と腰に手を回して抱きしめてやった。


リッチ「んっ――」


勇者「じゃあ・・・じゃあもう逃がしてあげませんから」


リッチ「あぁ・・・僕としたことが・・・。まさか魔王の子に捕らわれるなんて――」


勇者「沢山注ぎ込んであげます。沢山沢山暖めてあげますから覚悟して下さい」


リッチ「・・・うん?」


勇者「あれ?ダメでしたか?」


リッチ「違う違う、驚いたんだよ。随分気の利いた言い回しをするね勇者君は。女の子みたいな顔をしている割に、経験が豊富なのかい?」


勇者「さ・・・さぁ覚悟してもらいますから!」


体勢を入れ替えた勇者が覆い被さりリッチを組み敷く。

楽しそうに「きゃ〜」なんて言っているリッチの手首を勇者が捕まえた。合わせてリッチがパチンと指を鳴らせば部屋の明かりは消され、カーテン越しの月明かりのみが部屋に照らされる。


勇者「・・・背徳感がですね――」


リッチ「恥を忍んでお願いしているんだ。今更やめたら頭から食べちゃうぞ」


勇者「ぷ、プレッシャー掛けないでほしいです」


顔色は相変わらず青白いものの、闇夜で張り付けられるリッチはとても官能的でいて、聖職者を汚す想像をするだけで勇者は昂らされる。

再度勇者の右手がリッチの頬に当てられた。すると温もりを分けてもらったリッチが勇者の人差し指を口に含んで舐め始めた。

まずは指先への軽い口づけ。

続けて指の腹に舌が添えられ、下から上へと舐めあげられる。

冷たい口内で唾液に塗れさせられた指はますます熱を奪われるが、対照的に勇者の下腹部にあるモノは徐々に熱を持ち始めていた。


リッチ「んっ・・・おいふぃ・・・」


湿り気ある水音を放ちながら勇者を味わっていたリッチが、我慢しきれず二本の指をまとめて口に含む。


勇者「はぁ・・・」


しかしつまらなそうにため息を吐いた勇者がリッチの口から指を引き抜いてしまう。指を取り上げられたリッチが舌を伸ばして追うが、勇者は許さない。


リッチ「ゆ、勇者君どうして――ぐっ!?」


名残り惜しむリッチの首を勇者が掴んだ。

年端もいかない子供から向けられる蔑むようなその瞳は、哀れみと蔑みが込められた色をしている。


勇者「リッチさん・・・本当はやる気ないですね?」


リッチ「そ、そんな!僕はきちんと勇者君から温もりを――!ぐっ――!?」


勇者「だっておかしいでしょうリッチさん?僕は貴女に施している側です。どうして貴女の自慰に付き合う必要があるんでしょうか?」


リッチ「な・・・!」


勇者「貴女の事情なんて僕にはどうでも良いんですよ。僕を気持ちよくさせられないなら、いつ止めても良いんですから」


リッチ「ご・・・ごめんなさい・・・。も、もう一度チャンスをくれないかな勇者君。今度はきちんと君のために頑張るから――!」


まるで目の前にある玩具を取り上げられた子供のように涙を溜めて懇願するリッチ。

勿論良い大人の、それも元聖職者が曝して良い姿では決してない。


勇者「次は無いですからね」


リッチ「はっ・・・はやく――」


唾液まみれの二本指を再びリッチの口内に差し込もうとしてやる勇者。

リッチは恍惚の表情で舌を伸ばして指を迎え入れようとするが、対する勇者はリッチの舌を二本指で挟んで引っぱり出させた。


勇者「貴女は大人のくせにロクに返事もできませんか?」


リッチ「ごめんなふぁい!ごめんなふぁい!しっかり舐めまふ!」


勇者「まさか憧れていた人がこんな人だったなんて・・・正直幻滅しますよ」


リッチ「んっ。んむっ。んっ――」


今度こそ自分のためではなく勇者のために舌を動かしたリッチが、先程と比べてはるかに丁寧に指を舐め始める。

リッチは爪の隙間にすらもきちんと舌を這わせ、一本一本の指をまるで壊れ物でも扱うかのように丁寧に丁寧に舐めてゆく。

舐め足り無いと感じた部位は勇者が喉に触れるほど指を差し込むが、リッチはえずきはするものの指を吐き出したりしない。

右手と左手、双方の指のあらゆる部位を舐め、終えたリッチが口の端から唾液を零して蕩けた目つきで勇者を見返す。


リッチ「んぅ――」


内腿を擦り合わせたリッチが欲しがっている褒美など一つしか該当しない。だが勇者はあえてリッチに覆いかぶさったまま唇を重ねる。

触れては離される唇が回数を増し、リッチが恐る恐る舌を伸ばし勇者の唾液を飲もうとするが、勇者は唇を離してリッチの首筋に唇を移動させた。


リッチ「ん・・・!くぁ――!」


求めている物をことごとく逸らされ、居た堪れなくなったリッチが自らを慰めようと下腹部に指を添える。

けれども気付かれた勇者に睨まれてしまう。

リッチは焦り交じりに指を下腹部から離すと、堪えるためにシーツを掴んだ。

尚も勇者の弄びは収まらない。

首に触れられた勇者の口内から舌が伸ばされ、暖かい舌先が動脈の上をなぞる。

もはや小刻みに息を吐くことしか許されなくなったリッチが「う・・・あ・・・」と悲哀ある声を漏らすが、彼女の耳元で笑った勇者は、嘲笑うかのように舌をリッチの耳に差し込んだ。

片方の聴覚を支配され、聞かされるのは舌で蹂躙されている音。

軽く入れては抜き、抜かれては入れられるたびにリッチが小さい歓声を漏らす。


勇者「本当に魔王妖狐の側近だったんですか・・・?本当に聖十字軍にいたんですか・・・?」


リッチ「ふぁ・・・?」


勇者「冗談かと思いましたよ。こんなにみっともない顔を晒すような人でもなれるんですね」


リッチ「ぅあ――!」


背中を弓なりに反らせたリッチが、ベッドシーツを握ったまま導かれた。

局部に触れられてすらいないまま深く達したリッチが、焦点の合わないままの瞳を勇者へと向ける。


リッチ「もっ・・・ろ・・・。ゆうひゃ――」


勇者「きちんとおねだりして下さいリッチさん。貴女の嫌いな魔物の子供にどうして欲しいのか答えて下さい」


リッチ「まら・・・寒ひ・・・んだ。もっろ、もっと暖めて下さい――」


勇者「良い子ですね」


ニィと不敵な笑みを携える勇者。

彼が携える笑みはサキュバスが携えていた笑み。

首を舐めて舌を這わす責め方は、かつて吸血鬼が勇者に行った仕草。

言葉の言い回しはリリスから習った責め。

悪戯な表情で誘惑する様は魔王から授かった。

魔物達からから植え付けられた知識を活用させた勇者が、元人間を落としにかける。


リッチ「っ――!?」


元が人間が故に、リッチは畏怖にも似た感情に囚われる。

所詮子供だと甘く思っていた油断が裏目に出たと気付く。

責めに転じた勇者は、もはや子供と呼ぶよりも余程魔物らしい淫靡な表情を携えていた。

リッチが幾度も抗えと考えても、思考は「もっと」「もっと」に上塗りされてしまう。

もはやひたすら気持ち良さを求めだしたリッチは、擦り合わせていた足を広げていつでも勇者を受け入れられるように足を広げる他なかった。

ただしリッチがいくら求めようと、やはり勇者には関係のない話。

勇者はろくに目すら合わせなくなったリッチに一度口づけをしてから、服のボタンを一つずつ外す。

下着の類を身に付けていないリッチの胸が露わになると、勇者はリッチ背中に両腕を回して胸に吸いついた。


リッチ「あ――」


雪のように白く冷たい双球にある桃色。

触れ、揉まれる過程を飛ばした勇者に吸い付かれたリッチはあっけないほど簡単に意識を飛ばした。

声を失い、反応を失ったリッチの目から涙が零れたが、相手がどうであれ勇者は好き勝手にリッチの胸を嬲り続ける。

右の胸を嬲り左の胸を嬲り、蹂躙に蹂躙を重ねている内にリッチが気持ち良さから意識を戻す。


リッチ「あ・・・あ・・・!」


子供にモノ扱いされて唸り声を放つその姿は、もはやリッチではなくゾンビやグールのようだ。

勇者が死姦に近しい禁忌の世界で元人間を責め続けている内に、リッチは再度意識を放してしまう。


勇者「まったく・・・」


息をするだけの肉人形と化したリッチに呆れた様子の勇者。

勇者は下半身を露呈させると、安らかに寝ているリッチの下着を脱がせて挿れるための場所を感触で探る。

ぐっ、と一気に突き入れられる勇者のモノ。

挿れられた瞬間リッチが目を覚まして「ゆ・・・う――!」と目を白黒させる。

けれど思わぬ誤算が勇者を襲った。

焼けるように熱くなったモノをリッチの中に入れたは良いが、彼女の中はかつて勇者が味わったことが無いほどに冷えていたのだ。

心構えの出来ていなかった勇者は一気に熱を奪われ、熱と同時に体液を吐き出させられてしまう。


勇者「ぐっ・・・!」


温度差と粘着力のあるリッチの体液から、あまりの気持ちよさに堪えきれずお漏らしをしてしまう勇者。

一度放出された体液は途中で止まるはずもなく、奥に奥にと流し込まれてゆく。


勇者「あ・・・うぅ・・・!」


リッチ「あぁ・・・最高だ・・・。とても暖かいよ勇者君・・・」


子宮壁に叩きつけられていた勇者の放出も、時間が経てば勢いを弱めて最後は出なくなった。

ようやく求めていた物を受け取ったリッチは、少し惚けた表情を浮かべると下から勇者の頭を撫でてやる。


リッチ「凄い量だね勇者君・・・お腹が破裂しそうだよ」


勇者「ご・・・ごめんなさいリッチさん――」


リッチ「どうして謝るんだい?」


勇者「我慢できませんでした・・・」


責めから一転して素面に戻った勇者がしゅんと落ち込んでしまう。

でもリッチはゆっくりと首を振ると、優しい笑みを浮かべて勇者の髪を手櫛で梳かしてやった。


リッチ「僕はとても嬉しいよ勇者君。とても暖かい。こんなに体がポカポカするのはいつ以来だろう」


勇者「リッチさん・・・」


繋がったまま会話を紡ぐ二人の姿は、愛を育む恋人同士にも見えるだろう。

勇者の首に腕を回したリッチが一度ウインクし、勇者の頭を引き寄せる。

てっきり口付けでもされるのかと思っていた勇者が目を閉じるが、勇者の期待をよそにリッチは大口を開けて勇者の頬に「あもっ」と食らいついた。

そのままズゾゾと吸い付かれた勇者の頬は引っ張られ、リッチの前歯で甘噛みされた。


リッチ「あぐあぐ」


勇者「えと・・・」


チュポッと口を離したリッチが舌なめずりをして勇者に聞く。


リッチ「少しかじっても良いかい勇者君?」


勇者「ダメに決まってるじゃないですか」


リッチ「ちょっとで良いんだ。指の第一関節でも構わないよ?」


勇者「絶対にダメですから」


リッチ「つれないなぁ勇者君は・・・んっ――!」


勇者「ご、ごめんなさい抜きますね」


リッチ「こら誰が抜いて欲しいと言ったんだい。まさかアレで終わらせるつもりじゃないだろうね?」


勇者「い、良いんですか・・・?」


リッチ「良いも悪いも僕の命令だぞ勇者君。さっきの責め方はとても僕の好みだったよ・・・。もう一度同じようにできるかな?」


勇者「えと・・・難しいです――。正直罪悪感で押し潰されそうでした・・・」


リッチ「・・・かなりサマにはなっていたけれど・・・。勇者君は優しすぎるのが仇となりそうだね」


ふふ、と笑ったリッチが勇者の前髪をかき分けてから口付けをする。

絡められる舌と舌。

腕で立つのをやめた勇者は、上半身をリッチに密着させたまま唾液を交換させる。


勇者「リッチさん・・・動いても良いですか?」


リッチ「あぁ好きなだけ貪ってほしい。空っぽになるまで全部注ぎ込んでほしい」


勇者「んっ・・・」


リッチ「っ・・・ゆ、うしゃくん。ぼ・・・僕の中は気持ち悪くはないかい?普通の女の子と違うけれど・・・きちんと君を気持ち良くしてあげられているのかな?」


不安げに問い掛けるリッチに応えたい気持ちは山々だったが、快楽に身震いさせられて喋れそうになかった。

慣れない感触に勇者は快楽の制御がきかず、気を抜いたらまた漏らしてしまいそうになる。


勇者「リッチ・・・さん――!」


余計な会話に意識を割く事ができず、答える代わりに勇者は口付けを返す。

リッチと重ねて絡められる指と指。

行動で答えを聞かされたリッチは「嬉しいな・・・」と一言呟くと、安心して快楽に身を委ね始めた。


リッチ「んっ、んっ――!」


勇者「リッチ・・・さん!」


しばらくリッチの中を掻き回している内に、ようやくリッチの中は勇者の体温に近づいた。

中が熱を持ち出す頃には、一度目に出された体液がまるでメレンゲのようになってリッチの奥から溢れ出す。


リッチ「あつ・・・い――!」


勇者「リッチさん・・・!リッチさん・・・!」


リッチ「まっ、待って勇者君。僕ももうすぐだから・・・!一緒に・・・一緒・・・にっ――!」


勇者「っ――!」


二度目に吐き出される勇者の体液。

一度目と遜色ないほど多量の体液は、リッチの最も奥で吐き出され、一度目と同じように子宮壁に叩きつけられる。

自然に腰を浮かせてしまっていたリッチが絶頂の波を引かせて脱力すると、肩で息をした勇者がリッチに覆いかぶさった。


リッチ「はぁ・・・はぁ・・・」


勇者「はぁ・・・!」


リッチ「んっ・・・。お、おいで勇者君。僕が綺麗にしてあげる」


絞り出し終えた勇者が一息ついてリッチの中からモノを引き抜く。

互いの体液に塗れて泡立ったモノをリッチの唇に近づけると、リッチは躊躇うことなくソレを美味しそうに頬張りはじめた。


リッチ「んっむ。あむ」


ソレにキスをされ、舐めあげられ、頬張られ、舌を転がすリッチ。

初めは本当に掃除のつもりだったのかもしれないが、勇者のモノが再び硬さを取り戻すと、リッチは掃除ではなく明らかに吸い出すような口遊びをしだす。


勇者「あっ、あ――」


リッチ「今度は直接飲ませてもらうよ」


手でこすられ、先を舐められ、勇者は遠慮なくリッチの口内に体液を吐き出した。

リッチの口から鼻腔を抜ける生臭さと苦味が、自然とリッチに笑みを浮かべさせていた。

喉を鳴らしてごくごくと飲み込まれてゆく白濁した体液。

指で絞り出しながらも最後の一滴まで吸い尽くしたリッチは満足げに「ふぅ〜」と息を吐くと、勇者を抱きしめたまま布団の中で横になる。

後ろからリッチの体全身で包まれた勇者は、抵抗もせずにそのまま抱きかかえられた。


リッチ「ありがとう勇者君・・・」


勇者「どうでしたか?リッチさんの体は・・・暖まりましたか?」


リッチ「・・・ふぁ〜っ」


勇者「・・・」


リッチ「勇者君・・・。僕は旅の途中、何度も人間に襲われているんだ」


勇者「・・・?」


リッチ「自慢じゃないけれど、僕は可愛いし従順そうな顔をしているだろう?中には旅人どころか騎士団の連中に輪姦されたこともある」


勇者「そう・・・なんですね」


リッチ「あ、抵抗はできるからわざと犯されているんだよ?乱暴に犯されている時や、犯された挙句に殺された時なんかは最高に気分が高鳴るんだ。空っぽになったはずの気持ちが、ほんのちょっとだけ満たされる」


勇者「・・・」


リッチ「欲望に一途な人間なんか僕ら魔物と大差ないんだ。何度も僕は物のように扱われた。何度も何度も首を絞められ、折られ、裂かれ、貫かれた」


勇者「・・・」


リッチ「堕ちた人間ほど可哀想な者はいないね勇者君。彼らはもはや動物さ。山にいる獣や、本能的に動いている下級魔物と変わりやしない」


勇者「・・・」


リッチ「だからみんな食ってやるんだ。人数が多い時は大胆に美味しいところだけを食い散らかせる。ちょっとしたパーティだよ」


勇者「そう、なんですね・・・」


勇者を抱き締めたままのリッチがクスクスと笑い、人差し指を勇者の胸に添える。

そのままなぞるように勇者の体を指が這い肩で止められた。


リッチ「まずはここが美味しい。脂肪も少なくて食べ応えがあるんだ」


続け様に指は勇者のお腹で止められたが、悩んだリッチは指を胸の上で止める。


リッチ「ここも柔らかくて美味しいね。適度に鍛えている人間なら脂肪とのバランスも取れていて絶品さ」


最後に指が這われたのは勇者の脇腹だった。

くすぐったさに身をよじる勇者を可笑しそうにからかいながらリッチは続ける。


リッチ「あとはここかな。食べやすい歯ごたえでいくらでも食べれちゃう。勇者君も人間を食べる時が来たら味わってみると良い」


勇者「僕は人間を食べませんから・・・」


リッチ「そっか・・・。残念だなぁ」


勇者「・・・」


リッチ「・・・」


勇者「・・・」


リッチ「あんなにね・・・」


勇者「?」


リッチ「あんなに満たされたのは初めてだよ僕。おかしいな・・・。もう死んでいるはずなのに、まだお腹の中があったかいんだ」


勇者「あはは。それなら良かったです」


リッチ「生まれて初めてなんだ。戸惑いすらあるよ?信じられないんだよ勇者君」


勇者「どうしてでしょうね?」


リッチ「今日は勇者君のお陰で気持ち良く寝れそうだよ・・・。あり・・・がとう」


虚ろげな声で欠伸をしたリッチが、勇者をぎゅっと抱き締める。


勇者「リッチ・・・さん?」


リッチ「・・・」


勇者「リッチさん?」


リッチの腕から抜け出した勇者が、急いで体を起してリッチに声を掛ける。

しかしリッチは目を閉じたまま反応を示さない。


勇者「そんな・・・リッチさん!リッチさんってば!」


血の気を引かせた勇者がリッチの肩を掴んで強く揺さぶる。

死者の寝顔はとても安らかでいて、まるで本当に眠っているようだった。


勇者「嫌ですリッチさん起きて下さい!」


すがる子供がリッチの肩を強く揺さぶると「ゔぁ〜」と声にならない声を出したリッチがうっすらと目を覚ます。


勇者「あ、あれ?」


微睡むリッチが眠気と戦いながら懸命に半目を開く。


リッチ「ど・・・どうしたんだい勇者君・・・。僕もう本当に眠い――」


勇者「あいえ・・・。し、死んじゃったのかと思いました」


勇者の焦りを感じたリッチが微睡む世界でニッと笑む。

手探りで勇者の腕を捕まえたリッチが、今度は正面から勇者を抱き締め、頭を胸に押し付けてやった。


リッチ「美味しいご飯を食べ残したままは消えないよ」




・・・。

・・。

・。




勇者が目を覚ましたのは、まだ日も昇りきっていない明け方ごろ。

口をむにゃむにゃ動かしながら「もう食べられない〜」と漫画みたいな寝言を言っているリッチの腕から抜け出した勇者が、部屋に備え付けられたトイレで用を足し、風呂に入り、身なりを整え終える。

卓上に置かれっぱなしの鍵を手にした勇者が未だ寝息を立てているリッチに歩み寄った。

あくまでリッチが起きないよう、静かに彼女の手を両手で包んだ勇者が喋り出す。


勇者「僕が――」


リッチ「んー・・・」


勇者「僕がお母さんを連れてきます」


リッチ「・・・」


勇者「僕には人間に対しての恨みとか、魔物らしい生き方なんて分かりません」


リッチ「・・・」


勇者「でも・・・でもリッチさんがお母さんと喧嘩別れをしているのが正しいとも思えないんです」


リッチ「・・・」


勇者「あと昨夜はありがとうございました。凄く懐かしい感じがして・・・僕が育った街にいるシスターに会いたくなるぉぶぁ!?」


言いたい事をまとめ切れずダラダラ喋っている内に、手首を掴まれ引き寄せられてしまう。

目を閉じたまま「ぐーぐー」と喋るリッチに頬擦りをされて頭を撫でられるが、リッチは相変わらず目を閉じたまま勇者の頬を甘噛みしだす。


リッチ「スマートさが足りないな〜」


さも楽しげな寝言を発したリッチは「なんてね」と、楽しげな様子で目を開けてしまう。

見事に脱出失敗した勇者が焦り出したが、そんな勇者の姿もリッチにとっては面白いらしい。


勇者「あう・・・」


リッチ「ふふふ。ごめんね勇者君。本当は黙って行かせてあげたかったんだよ?でも僕の気持ちとは裏腹に、可愛い事を言うからつい――」


勇者「うぅ・・・」


リッチ「そもそも脱出するならまず僕を殺さないと駄目だよ。ここにいる魔物は勇者君の敵であり、お母さんの敵であり、魔王の敵だ」


勇者「きっと・・・リッチさんは敵じゃないですから――」


リッチ「・・・。どうして?」


勇者「リ、リッチさんは十字物語の人ですから!」


リッチ「うんうん。なるほどー」


一応納得してはみたものの、どう歪曲させても明らかに勇者の説明は説明になっていない。

「今は魔物だよ?」とか「そもそも君を殺しにきたし」とか「と言うかそんなのアリなのかい?」など突っ込みしか無い実情ではあったが、リッチはひとしきり納得する素振りを見せると勇者の頭をポンポンしてから解放してやる。


リッチ「勇者君は部屋を出てからどうするつもりだい?」


勇者「リリスさんを助けに行きます」


リッチ「どうやって?君の剣では地下牢のあるエリアは動けない。付与で姿を消せてもね」


勇者「どうしてですか?」


リッチ「地下は床も壁も石造りだからだよ。ガリガリ音を立てながら進むのかい?兵に殺されてしまう。ここにいるぞ殺せと言っているようなものさ」


勇者「そう・・・ですか・・・」


リッチ「今メデューサ達は外にいる連中のせいで厳戒態勢だ。万一、音や気配に勘付かれたら集中砲火は免れられないよ。勇者君がそれでも行くのなら――」


うーん、と考え首を傾げるリッチ。

うん、と答えを出したリッチが続けた。


リッチ「勇者君を攫ってしまおう。どうせ殺される命なら、僕が貰っても構わないだろう?」


勇者「そんなに危ないんですか・・・」


リッチ「勇者君は人型を侮っている節があるね。本来僕達は全ての人間が恐れ戦く魔物なんだ」


勇者「でも――。・・・どうしてもダメですか?」


リッチ「そうだね・・・じゃあ勇者君が僕を倒せたら行っても構わない。挑戦してみるかい?」


問われ、リッチにぎゅっとされたままの勇者が意を決してリッチを見上げた。

からかってやろうとしていたリッチの遊び心に反し、勇者の瞳は決意と闘志に満ち溢れている。


勇者「やってみます」


リッチ「へ?」


勇者「負けた方が勝った方の願い事を叶える。構いませんね?」


リッチ「う、うん――。ふふ・・・僕が身の程を教えてあげるよ!」


予想外の答えを返された形になるが、リッチはニッと笑むと勇者の出方を待つ事にした。


リッチ「それじゃあ一度離れようか。勇者君はどうやって僕を殺――ぴ!?」


開口一番、勇者の両手がリッチの脇腹を逃がさんと捕まえる。途端、余裕たっぷりにニヤけていたリッチから笑顔が消えた。

勇者とリッチが見つめ合う事数秒。静かな部屋にリッチが生唾を飲む音が響く。

形勢有利な勇者はにっこりと笑っていた。


リッチ「お願い待って・・・。待つんだ勇者君。良い子だから今すぐ僕の脇腹から手をどかそう」


勇者「待てませんし、待ちません」


リッチ「ひ・・・卑怯者!キミには勇者としてのプライドが無いのか!魔王の子供ならば正々堂々と――」


勇者「参りましたか?」


リッチ「ま、参らないー!あはははは!ゆ、ゆぁー!?ゆ、あはははは!」


容赦ない勇者の攻撃が、魔物を打ちのめすために繰り出されてゆく。

苦しみもがく魔物が身を捩って逃げようとするが、勝利を前にする勇者が手負いの魔物を逃すハズがない。


リッチ「ひゃだ!しょ、しょこらめ!ゆうひゃ!あひひひひひ!」


魔物から伸ばされた手が勇者を襲う。

しかし魔物の攻撃を華麗に避けた勇者は、指を更に腋へと近付けた。


勇者「降参しますかリッチさん?しませんか?」


リッチ「やぁだぁ!しなひー!」


勇者「分かりました・・・。本気出しますね」


リッチ「!?ま、まって勇者君!降しゃん!降参しゅゆから本気出さないで!」


勇者「・・・わかりました」


勇者が勝ち誇った顔でリッチの脇腹から指をどけてやる。散々くすぐられたリッチが息も絶え絶えで目から涙を流していた。

まるで強姦された乙女のように遠くを見つめる彼女は、一体何を思うのか・・・。


リッチ「酷いや・・・こんなの・・・あんまりだ――」


勇者「油断したリッチさんが悪いと思います」


乱れた吐息を吐き続けるリッチ。

正義の鉄槌を下した勇者が「ふふ」と笑いながら起き上がり、ベットに座る。

するとリッチは待ってましたと言わんばかりに後ろから勇者の腋に手を差し込んだ。

まさかの不意打ちに勇者が固まり、静かに両手を上げて無抵抗の意向を伝えた。


勇者「ずるいですよリッチさん!魔物のプライドは無いんですか!」


リッチ「はぁ・・・はぁ――。な、なぁに・・・きちんと言う事は聞いて上げるさ。だけど僕は執念深いんだ。人間ごときにやられっぱなしなんて、性に合わないだけさ!」


勇者「やっ、やだ――!」


リッチ「はぁ・・・はぁ・・・。僕はほろぼされるわけにはいかないんだ。さあ抗うがよい!」


語り継がれるような物ですらない物語。

目を背けたくなるような惨劇が繰り広げられた。

人間の子供はやられまいと抵抗の意志を持つが、彼の強い気持ちは魔物によって蹂躙されてしまう。

凄惨な物語が幕を閉じる頃には、床に一見亡骸の人間が転がっていたのだ・・・。


勇者「・・・」


リッチ「愚かな人間め・・・借りは返したよ」


小刻みに痙攣している勇者が、先程までのリッチと同じように涙を流しながら唸り始める。


リッチ「大丈夫かい?」


勇者「本当に・・・本当に僕を殺すつもりだったんですね」


リッチ「冗談だよね?勇者君みたいな面白い玩具を壊すなんて、それこそ背神行為さ」


勇者がリッチに手を伸ばされて、息も絶え絶え起き上がる。

まるで略奪された聖女のように遠くを見つめる少年は、一体何を思うのか・・・。


リッチ「で・・・どうするんだい勇者君」


勇者「はぁ・・・はぁ・・・」


吸っては吐いて、吐いては吸うを繰り返した勇者が改めてリッチの手を掴む。


勇者「僕とパーティーを組んで下さい」


リッチ「パーティー?」


勇者「これから姫様を攫います」


リッチ「・・・は?」


勇者「も、もちろん姫様を傷つけたりはしませんよ?あくまでリリスさんを救い出すまで人質になってもらって、その後はすぐに解放します」


リッチ「成るほど・・・つまり僕は勇者君を護衛しながら道を切り開けば良いんだね」


勇者「――え?」


リッチ「うん?」


勇者「あ、いえ・・・。リッチさんは僕に身体能力向上の魔法を掛けてくれさえすれば大丈夫です」


途中まで「ふむふむ」と頷いていたリッチだが、勇者が発した余計な一言で露骨に表情を変える。

頬を少し膨らませて唇を窄めるリッチの表情は、不機嫌以外の何物にも見えない。

リッチ怒りました!の後すぐに勇者は頬を抓られてしまう。


勇者「へぁ・・・リッチふぁん?」


リッチ「僕、勇者君みたいな気遣いは嫌いなんだよね」


勇者「ふぁい?」


リッチ「パーティーに誘った癖に、僕には安全な場所にいろって言うんだろう?」


勇者には彼女がどうして怒っているのかが分からず、どうにかリッチを宥めるための台詞を考え始める。

しかし懸命に考えてもリッチの怒る理由が分からない。

その内リッチにジト目で呆れられてしまうが、唸るほど考えても勇者に答えは出せなかった。


勇者「もしかして――」


リッチ「遅いよ勇者君!長時間考えるような話かいこれ!?」


勇者「僕がこのままリッチさんから逃げると思っていー・・・ぁちょっと待って下さいリッチさん。どうして口を開けたんですか?どうして僕の腕を持・・・あつー!?リッチさん痛いです!噛まないでリッチさん!腕は食べ物じゃないんですから!」


リッチ「あぐあぐ!」


勇者「取れちゃいますから!絶対に血が出てますよ!リッチさんほんんぁにー!」


意地になって執拗に食らいついて離さないリッチ。

同じところを何度も噛まれ、ようやく勇者が解放された頃には腕にはくっきりとした歯型が残されていた。


勇者「うう・・・痛かったよう・・・。痛かったよう」


リッチ「・・・もう一度聞かせてくれるかな勇者君?今の僕は勇者君のなんだい?勇者君は僕を何に誘ったんだい?」


勇者「パパパ、パーティーです・・・」


リッチ「僕たち冒険者にとってパーティーとは?」


勇者「信頼しあえる仲間・・・です・・・」


リッチ「で、キミは仲間の僕を置き去りにすると・・・。挙げ句に魔法だけ掛けろって?欲しいところを都合良くチョイスして僕をポイ?愛はいらない肉欲は満たしたいって、僕は君のセフレかい?肉欲バイキングかい?いや構わないんだよセフレならセフレでも。でもセフレにしたいなら、それはそれではっきり言ってくれれば僕も吝かではないと言うかもうね・・・。ちょっと本当・・・勇者君への殺意を思い出しちゃいそうな感じだよ僕は。おのれ魔王の息子め――!」


勇者「お・・・落ち着いて下さいリッチさん!表情から生気が消えてますから!」


リッチ「誰のせいなのかな勇者君。ね?勇者君ね?」


勇者「僕はリッチさんに危ない目にあって欲しくないから・・・はっ!?」


懲りずフェミニストぶりを発揮した勇者が、草原にいるバッタの顔負けの反射速度で飛び退く。

途端伸ばされたリッチの手が勇者の腕があった空間をかっ切るが、リッチは教会のシスター顔負けの慈愛に満ちた悟り顔でゆらりと立ち上がった。

彼女が携えた笑みは、まるで子供の悪戯を嗜めようとしている母親の笑みのようだった・・・。

勇者が逃げ出す。

全てをかなぐり捨てて逃げ出すが、扉によって退路を阻まれてしまう。


勇者「鍵!鍵はどこ――!?」


ポケットから鍵を取り出した勇者が内鍵穴に挿し、捻る。

しかし勇者の手がドアノブに触れた矢先、羽のように舞い降りたリッチに後ろから抱き締められた。


勇者「ひ・・・!?」


リッチ「僕はね・・・本当はこんなに激昂する性格じゃないんだよ勇者君」


勇者「たっ、しか、に・・・。も、もう少しだけ神秘的な雰囲気でした・・・よね?」


リッチ「勇者君のせい――。ううん、勇者君のお陰で壊れちゃったのかもしれない」


勇者「はは・・・は」


リッチ「これは最終忠告と捉えた方が身のためだよ。勇者君がこれ以上僕をからかうなら、相応の覚悟で望んでもらいたい。そうだね・・・内ももの付け根あたりに噛み付くから。皮の薄い所」


勇者「ひぃ!」


リッチ「第一失礼じゃないか勇者君」


「よいしょ」と持ち上げられた勇者は、リッチに抱っこされたままベッドに運ばれポイと投げ捨てられる。

二、三度跳ねた勇者を押し倒す形で覆い被さるリッチ。


リッチ「僕は自己紹介をしただろう?元はと言っても、魔王に近いところにいた僕に言う台詞かい?」


勇者「た、確かにそうかもしれませんけれど――」


リッチ「きみの優しさは美徳だと思う。でもパーティーに誘う以上、僕を頼らないのは信頼していないのと同じさ。こんな惨めな話があるものか」


勇者「はい・・・ごめんなさい・・・」


リッチ「謝れなんて言っていないよ」


勇者「おっしゃる通りですね・・・。リッチさん!」


決意新たな勇者がリッチの両肩に手を置き、しっかりと正面から見据える。


「僕と一緒に戦って下さい!」


ようやく望み通りの答えを返されリッチの表情に穏やかな笑みが戻る。

リッチはニッと笑むと勇者の頭を撫で、勇者の手を引き体を起こしてやった。


リッチ「よろしく勇者君。早速作戦会議を始めよう」




・・・。

・・。

・。




決行は真夜中。

音を殺して部屋を抜け出した勇者とリッチが、新月の闇に乗じて姫の部屋前へと辿り着く。


勇者「・・・ここに姫様がいるんですか?」


リッチ「昼に集めた情報通りならば、ね。中から殺気や魔力は感じないけれど・・・もしかしたら罠かもしれないから警戒は怠らないでね」


勇者「この扉、どう開けるか知っていますか?」


リッチ「見たところ魔法で開閉するタイプの扉だね」


鍵穴どころかドアノブすらもない扉を前に立ち往生させられる勇者とリッチ。

初めて見るタイプの扉を前に勇者がうーんと悩まされる。


勇者「リッチさん開けられます?」


リッチ「開けられると思うけれど・・・結構時間が掛かるよ?」


勇者「どれくらい掛かりそうでしょう?」


聞かれたリッチが手の平を扉に乗せる。

黙ったまま扉を見つめていたリッチだが、しばらくして「んー・・・」と悩ましげな声を出す。


リッチ「魔法式を解いて開閉させるなら一週間くらいは掛かりそうかな」


勇者「流石に待てませんね」


リッチ「アイスがいればこれぐらい腕力だけで抉じ開けられるんだけど・・・。あ、扉を吹き飛ばしても良いなら五秒もいらないよ。やってみるかい?」


勇者「そんな事をしたら、抜け出した意味が無いですよ。ごり押しじゃないですか」


リッチ「それか王の首根っこを捕まえて連れてくるかい?」


勇者「だからそれもごり押しですよ。会議の時も言いましたけれど、こんな所でいきなり戦闘開始したら間違いなく外の魔王軍も乗り込んできますから」


リッチ「そっちの方が手っ取り早いと思うけどね・・・全部倒しちゃえば良いだけだもん」


勇者「これも会議の時に言いましたけれど・・・吸血鬼さんもサキュバスさんも、僕なんかを恋人だと言ってくれる人達なんですよ?どこの世界に恋人と戦いたがる人間がいるんですか」


リッチ「リリスだけじゃなくて、吸血鬼とサキュバスまで使役するなんて末恐ろしい子供だよ勇者君・・・。今でこそ魔物の立場だから言わないけどさ、聖職者の立場から見るとこんな煩悩塗れな子供を正しい道に導くのなんて無理だよね」


勇者「言い方!言い方!言い方がおかしいですから!僕が手篭めにしたとかじゃないんですからね!?」


リッチ「だって四人も妻の予定だろう?魔物社会が一夫多妻で良かったよ僕」


勇者「確かに僕もちょっとアレかなとは思っていますし、そもそもリリスさんは別に僕の事を玩具くらいにしか思っていないので、別に好かれてはいないですし・・・四人?」


リッチ「この扉さ、勇者君の剣で切るしかないんじゃないかな。防音魔法張ってあげるから素早くいこうよ」


勇者「吸血鬼さんとサキュバスさんと、一応リリスさんと・・・。よに・・・?えーっと・・・。あ、はい」


周囲に魔物の気配は無いが時間は無限ではない。

まずは勇者が剣を構えリッチが防音魔法を張り巡らせる。


リッチ「姫も人型魔物なのを念頭にいれておくんだ。正面からまともに戦ったらまず殺されてしまう。絶対に戦闘は避けるように」


勇者「はい!」


勇者が斜め十字に二度剣を振り下ろす。まるでバターのように切り裂かれた扉に勇者が前蹴りを繰り出せば、扉は扉の意味を失い新たな道が切り開かれた。

リッチが入り口を守り勇者が突入。

起きていたらどうする・・・との不安はあったが、部屋は既に明かりが落とされ暗くなっている。

目標は姫の確保のみ。

突入からものの数秒で姫に覆い被さった勇者が、剣を仕舞いリッチから借りていた短剣の刃を姫の喉に当てる。


姫「ひ――!?」


叫ぼうとする姫の口を勇者が手で塞ぎ、短剣の刃を更に強く姫の喉に押し当てた。


勇者「静かに!」


姫「勇し――!?」


姫が目を大きく見開いたまま命令に従って何度も頷く。


勇者「・・・大人しくして頂ければ痛い思いはさせません。良いですね?」


真剣な表情の勇者とは裏腹に姫は途端に顔を赤らめる。

恐怖からか目にうっすらと涙を浮かべる姫だが、勇者は泣きかける姫を前にしても容赦をしない。

姫の口から勇者の手が退けられれば、姫は覚悟を決めたように目を閉じた。


姫「やっ・・・優しくして下さい・・・!」


勇者「へ?」


姫「私はまだその・・・殿方と致したことが無いです。けっ、けれど必ず勇者様に喜んで頂けるよう頑張り――!」


勇者「あいえ・・・よ、夜這いに来た訳じゃ無いんですよ・・・?」


姫「!?」


勇者「じ、実は姫様を攫いに来まして・・・」


姫「私を攫って頂けるのですか・・・?」


勇者「うん?うー?ん?えと、一度起きられますか姫様?ちょ、ちょっと冷静に話をしましょう」


リッチ「何の茶番だいこれは・・・」


幸いにも叫ばれることは無く、姫は大人しくベッドに座ったまま勇者の話を聞こうとしていた。

大人しくしてくれる姫を前に、短剣を仕舞った勇者が早速目的を語り出す。

リリスとの関係、リッチとの出会い、姫を攫おうとしている理由。

そして何より大切な話――。


勇者「僕はお母さんの・・・魔王の子供なんです。黙っていてすいませんでした・・・」


姫「あはは・・・。そ、そんなご冗談を・・・だって勇者様はどこから見ても人間では――」


勇者「これを見てください」


勇者が道具袋から取り出した二つのリングを姫に手渡す。

チャンネルリングを受け取った姫は恐る恐るリングを裏返し、刻まれている刻印を映した。現実と向き合わされた姫の目には恐怖が浮かび、恐怖は涙に変わって頬を伝う。

リングの内側に刻み込まれた印は、魔王直属の関係者のみが持つ事を許されている関係者の証。

急いでベッドから降りた姫が両膝をつき頭を床に擦りつけた。


姫「どうか、どうか皆の命は奪わないであげて下さい!お母様を許してあげて下さい!」


勇者「ちが――!」


姫「私が命に変えて償いますから!この命でしたら好きにして頂いて構いません!引き裂いて頂いてもらっても構いません!ですから・・・ですからどうかみんなの命だけは!お願いします!どうかお願いします!」


勇者「やめて下さい!」


怒号に驚いたのは姫だけではない。

扉の前で警戒網を巡らせていたリッチまでもが驚き振り返る。


勇者「そうじゃない・・・そうじゃないんです!僕はそんな・・・姫様を怖がらせるために言ったんじゃないのに!」


姫「ゆ・・・勇者様?」


リッチ「あーあ泣かしちゃった・・・」


姫「な、何故です勇者様?どうして・・・あぁそんな・・・私はどうすれば・・・」


リッチ「謝っておいたら?」


姫「は、はぁ・・・」


立ち上がった姫が中腰になり、俯いたまま泣く勇者に手を伸ばす。

伸ばされ触れかけた手が一度躊躇いを見せたが、姫は意を決して勇者の頬に手を置くと指で涙を拭ってあげた。


勇者「僕は誰かに恐れられる為に旅をしているわけじゃないんです・・・。さ、さっきだって、姫様のことを傷付けるつもりは無かったし・・・僕・・・ぼく――」


姫「はい・・・」


勇者「お母さんは魔王ですけれど、僕は勇者で――」


姫「はい・・・」


勇者「僕は戦いを止めようと思ってるだけなんです・・・だから怖がらないで下さい姫様。お願いします姫様・・・。僕は――」


姫「そうでしたか・・・。申し訳ございませんでした勇者様」


勇者が魔王の子供としてではなく勇者として動き出している中で姫は。


姫「・・・」


姫は一人のメデューサとして、人間の子供を抱き締めてやる。


メデューサ「畏まりました勇者様。では私も仮初めの姫ではなく、一人の魔物として勇者様に力をお貸し致します。私は勇者様の為に何をすれば良いでしょう?」


リッチ「驚いた・・・ただの木偶人形かと思っていたけれど、随分聞き分けが良いじゃないか。あのお母様に逆らっても平気なのかい?」


メデューサ「私も心底では何度もお母様を止めようかと考えておりました・・・。ですが私一人の力で抗える問題ではありませんでしたから・・・」


リッチ「じゃあ君にとっても渡りに船じゃないか」


メデューサ「はい正にその通りです。第一私だって女ですから・・・政略結婚の為に嫁がされるなんて嫌に決まっています。ですから勇者様――」


勇者の涙を拭い取ったメデューサが笑み勇者の手を取る。手の甲に口付けを受け、メデューサから敬愛を貰った勇者は途端に目を丸くした。

ちなみにリッチは面白くなさげに頬を膨らませている。


メデューサ「私をお二方の仲間に加えて頂けませんか」




・・・。

・・。

・。




メデューサが仲間に加わり数分後、形の上では人質のメデューサを先頭に城を駆ける勇者達。

人目を避けながら城内を進みはするが、三人は次に目指した地下牢付近で歩みを止める。


勇者「この先にリリスさんがいるんですか?」


メデューサ「幽閉されているとしたら地下牢しか考えられません。ですが地下牢への階段前には絶えず二人の兵が立っております」


勇者「メデューサさん・・・大変かもしれませんが協力をお願いできますか」


メデューサ「畏まりました勇者様。それとよろしくお願いしますリッチ様。手荒にして頂いて構いませんので、リッチ様が思うように振る舞ってください」


リッチ「迫真の演技を期待してるよメデューサ君。僕はきみの覚悟ができているのなら遠慮しない。後で治してあげるから耐えてほしい」


メデューサ「はい!」


勇者が剣を抜き、リッチは姫の胸倉を引き掴んだまま廊下を曲がる。

曲がった矢先に出会った兵二人が武器を抜こうとするが、彼らが動くよりも早くにリッチが笑い出した。


リッチ「動かないでくれ。ジッとしてくれないと姫様食べちゃうから」


片手で持ち上げられた姫が背中から壁に叩きつけられた。

演技もなく打ち付けられた姫の足は宙に浮かされ、痛めつけられたせいで口から涎が垂れてしまう。


メデューサ「かふ――!?」


兵「姫!」


リッチ「えー・・・どうして喋るのかなぁ。忠告したよね僕?」


ケラケラと笑い出したリッチがメデューサの腕を掴んで捻れば、身震いさせられるほど不快な音を奏でてメデューサの腕が折られる。


メデューサ「あ――!」


度を越した拷問に勇者がメデューサを救わんとするが、額に玉の汗を浮かべたメデューサ本人に責めるような目を向けられてしまう。


リッチ「もう一回動いたら首を折っちゃうから気をつけてね」


狂気に彩られたリッチの手がメデューサの首を掴む。

怒りに打ち震える兵達だったが、救出はおろか交渉すらままならない状況下ではよもや怒りに震える他ない。

駆け出した勇者が静止する兵達を横目に地下牢への階段を駆け下りる。

勇者のポケットから取り出されたマッチにも似たマジックアイテム。一度擦れば辺りが明るく照らされた。

駆けながらマジックアイテムを使い投げ捨てて行けば、本数に比例して地下が照らされていった。光りの道を生みながら最後の牢までたどり着く勇者。

最後の一本を擦り終わると、照らされた牢内のベッドに座っているご機嫌ななめなリリスと目が合う。


勇者「リリスさん!」


リリス「遅い!いつまで待たせるつもりだ!」


勇者「ぁえーっと・・・あはは・・・。お元気そうで何よりです」


リリス「どこで油を売っていた勇者!このかび臭い地下には本も無い!ワインも無い!娯楽も満たしも何も無い!屋敷に戻ったら絶対に嬲ってやるから覚悟しておけ!」


勇者「かつてこんな理不尽な要求をされた人がいるんでしょうか・・・」


リリス「さっさと出さんか!」


勇者「ま、待ってくださいよ今開けますから」


小姑のように騒ぎ立てるリリスのためにまずは鉄格子を切り、拘束している手や足の枷も切ってやる。

解放されて自由を得たリリスは両手足を回すと勇者の頭に手を乗せた。ぐりぐりと勇者の頭を撫でてやったリリスが、不機嫌そうな表情のまま勇者に口付けをする。


リリス「本当に仕方が無い男だな・・・。そんなに私に会いたかったのか?」


勇者「会いたかったです。凄く・・・凄く心配しました」


リリス「そ、そうか・・・。なんだその・・・おっ、お嫁さんにして――」


勇者「ほぇ!?」


リリス「いや待て忘れろ。どうやら退屈で思考がやられたらしい。さっさと脱出逃げ出すぞ!」


勇者「い、今の――」


リリス「行くぞ!」


気分上々のリリスが返事も聞かずに勇者を後ろから抱き上げ走り出す。

勢いづいたままのリリスは階段を上り終えた矢先、動けなくなっている兵達を目にして勇者を手放した。

「死ね!」の台詞を皮切りに、リリスの右手に強化魔法が纏わり始める。

間髪入れずに放たれる掌底。迫る暴力を前に兵達も防御をしようとするが、防御よりも遥かに早いリリスの攻撃は容易く二人の兵を気絶させてしまう。

「そのままくたばれ!」とちょっとだけ溜飲を下げたリリスが、手放していた勇者を再び抱えようとする。

ここでリリスはようやくメデューサとリッチの存在に気いた。

一触即発かと思われたが、リリスはリッチとメデューサを交互に見るなり抱っこしようとしていた勇者から手を離す。


リリス「・・・確認のために一応聞いておきたい。敵ではないな?」


リッチ「昨夜は悪かったねリリス君。ほらメデューサ君、怪我を治してあげるからじっとして」


メデューサ「っつ――!あ・・・ありがとうございます」


集結したのは一人の少年と三人の魔物達。


勇者「リリスさん・・・どうしてリッチさんが敵じゃないって分かったんですか?」


収めるどころか矛を出してすらいないリリスを前に、勇者が当然の質問を投げた。

するとリリスは呆れたような溜息を吐いてから答えてくれる。


リリス「幾つか理由はあるが、一つ目は願望に近い・・・。今の状況下でリッチがまだ敵ならば、私にはどうすることもできんからだ」


リッチ「おや?リリス君は僕を知っていたのかい?」


リリス「知らん。だが並のリッチ種に私があんな負け方をするハズがない。悔しいとすら思えん桁違いの強さだ・・・。そんなリッチなど、旧魔王軍側近のお前以外には考えられん。違うか?」


リッチ「そうそう大当たり、花丸あげちゃう。僕って魔法型だからアイスみたいに目立たなかったけれど、知っている人がいてくれて嬉しいよ」


リリス「で次の理由がだ勇者・・・。お前からリッチがこれ見よがしに擦りつけた女の匂いがするからだ。こんなに自己主張の激しい匂いを付けられておいて、匂いの元が未だ敵だと思えるか?」


勇者「え!?」


途端に焦り始めた勇者が腕の匂いをかぐ。

服の匂いもかいではみるものの、勇者に嗅ぎ分けられる匂いでは無い。


メデューサ「あはは・・・。確かに少しその・・・勇者様からはリッチ様の匂いがしました」


私は関係無いですけれど何か?とシラを切ろうとするメデューサ。

でもリリスはメデューサを尻目に見ながらしゃがみ勇者の両頬を引き伸ばす。


リリス「いやぁ恐ろしい世の中だなぁ勇者。自称とは言え姫の肩書きを持つ女が、私の勇者にマーキングをするのだぞ?」


姫「へ!?はう――」


やぶ蛇を突いた姫が自分も勇者を抱き締めていた事情を思い出す。

情事と事情を重ね合わせた勇者の頬を更に強めに伸ばすリリス。

言い訳のしようもない勇者は、もはやリリスの怒りを受け止める他ない。


リリス「しかし・・・何より仕方ないのは、私を放って他の女をはべらすお前かもしれんな勇者ぁ!?」


勇者「はがが――!いららら!」


リリス「・・・まぁ良い。話はあとでみっちりと聞かせてもらう」


勇者がリリスから解放されて頬をさする。


リリス「確認したい話がある。お前達はどの程度私に協力する仲間だ?」


リッチ「僕はリリス君を助ける報酬にアイスブルーに会わせてもらうだけさ。懐かしい昔話をするためにね」


姫「わ、私はリリス様を助ける為に人質役として協力しました」


リリス「・・・」


いくらリリスが不機嫌とは言っても、自分のために動いていた少年の話を聞かされて悪い気は持たない。

勇者を見ないまま再度勇者の頭をグリグリ撫で回したリリスが、顎に指を添えて考え始める。


リリス「・・・ところで二人とも、魔物仲間のよしみだ。私にも協力してもらえないだろうか」


唐突な提案に首を傾ける勇者。

リッチの頭にはハテナが浮かび、姫はゴクリと喉を鳴らす。


リリス「外の魔王軍を蹴散らしたい」


勇者「・・・え?」


リリス「姫・・・もといメデューサ。お前を逃がすために魔王軍に捕らわれた兵達は、今のところ殺されていないらしい。殺される前にどうにかして取り戻すぞ」


メデューサ「ほ、本当ですか!?」


リリス「昨日までの段階では、だがな。魔王軍は人質解放の条件にお前の母親を表に出したがっているようだ」


メデューサ「そんな・・・お母様は応じないのですか?」


リリス「反逆者の立場で魔王軍相手に交渉なんぞできるか。私だって奴と同じ立場なら御免だ」


メデューサ「お母様は・・・お母様――」


リリス「擁護するつもりは毛頭も無いが、お前の母親の行動は一つも間違っておらん。魔王軍など入れてみろ・・・それこそ首に縄を巻かれるようなものだ」


リリスとメデューサが話をしている間に、手持ち無沙汰なリッチが床に座り勇者に手招きをする。

招かれるがままリッチに歩み寄った勇者は、腕を掴まれ引き倒されるとリッチの膝に座らされた。

後ろから勇者を抱き締めたリッチが勇者の頭に顎を乗せ欠伸を見せる。話に飽き始めていたリッチはしばらくすると、勇者の髪に鼻を当てて匂いを嗅ぎだした。


リリス「・・・聞いてるのかリッチ」


リッチ「うーん・・・なんだい?」


リリス「お前の協力が無いとどうにもならん話なのだぞ。外に私の部下がいるが、あいつ一人を加えただけでは到底戦力差は埋まらん」


リッチ「えぇ・・・嫌だよう・・・。僕には全然関係の無い話じゃないか。どうして内輪揉めに僕が動かなくちゃいけないのさ」


リリス「・・・。では私からは頼まん。やれ勇者」


欠片も動こうとしないリッチを動かすために、リリスから勇者への命令が下される。素直に応じた勇者はリッチの膝に座らされたまま体を反転させると、正面からリッチと向かい合った。


勇者「リッチさん・・・僕からもお願いできませんか?」


リッチ「だっ・・・ダメだよ!だめ!リリス君を助ける手伝いはしてあげただろう!?」


勇者「でも僕・・・放っておけません」


リッチ「ほ、放っておけばいいのさ。元々は王の自業自得だよ!?殺される覚悟がないなら反逆なんかしないで大人しくしていれば良いじゃないか!」


勇者「そう・・・ですか・・・。確かに・・・そうですね」


リッチ「あ・・・」


勇者が申し訳なさそうにリッチに頭を下げて立ち上がる。

離れてしまう勇者の腕をリッチが掴もうとするが、寸前で届かずに空を掻いた。


メデューサ「勇者様・・・」


勇者「だ、大丈夫ですよメデューサさん!例え僕一人でも頑張ってみますから!」


メデューサ「ですがそれでは勇者様が危険な目に・・・」


勇者「リリスさんもいますからね。吸血鬼さんもサキュバスさんも・・・話せば分かってくれるかもしれないですし」


リリス「過度な期待をするんじゃない。奴らは魔王のために動き、魔物社会を統治するために存在している最高位最悪の人型魔物なのだからな」


勇者「リリスさんこそ・・・二人を裏切るようなことをして大丈夫なんですか・・・?」


リリス「ふん。馬鹿な話を――」


勇者の手を取ったリリスが自身の胸に勇者の手を乗せる。

リリスの鼓動は破裂しそうな程強く脈を打ち、緊張を抑えきれない手は激しく震えていた。


リリス「嫌に決まっている・・・あんな化け物連中と構えたくなんかない・・・考えるだけで逃げたいのが本音だ。お願いだ勇者・・・絶対に私を守ってくれ」


勇者「はい・・・必ず!」


話に置いていかれようとしているリッチが立ち上がる。

何やら納得できない様子のリッチが眉をひそめるが、そんなリッチを他所に勇者から抱擁をされたリリスは勝ち誇った笑みを浮かべていた。


リッチ「や・・・約束が違うじゃないか勇者君・・・。僕をアイスに会わせてくれるんじゃないのかい?」


勇者「大丈夫ですよリッチさん。助けて頂いてありがとうございました。約束は必ず守ります」


振り向いた勇者が腰から剣を外してリッチに手渡す。


リッチ「な、何だいこれ?どうして外すんだい・・・?これはお父さんの形見なんだろう?」


勇者「はい。僕が僕自身よりも大切にしているお父さんの形見です。コレぐらいしかリッチさんにお預けできませんけれど・・・必ずお母さんを連れてきますから、約束を守れたら返して下さい」


リリス「待て勇者・・・悪いがお前が剣をリッチに渡すのならば、私はメデューサ兵を助けるのをやめたい」


勇者「どうしてですか?」


リリス「お前の剣と、見ず知らずのメデューサ兵など・・・私からすれば計るに値しないからだ。剣に与えられた付与の数を見る限り、お前の父親は世界中の種族を助けた証だぞ。今では滅んでしまった種族の付与もあるではないか」


勇者「そうですね・・・。でも剣には誰かの命より重い価値なんてありません」


リリス「お前・・・聖者か偽善者にでもなったつもりか?糞食らえだな」


勇者「リリスさんがそれを言いますか?それに僕は・・・お父さんとお母さんの子供ですから」


リリス「この作戦は勇者が鍵になるはずだ。お前が捕まれば死合いは終わるから心して立ち向かえ」


勇者「そうですね・・・」


リリス「メデューサお前はどうする?」


メデューサ「もちろんお二人と共に向かいます。今度は私が彼らのために命を賭す番です!」


リリス「お前も大概糞食らえな姫様気取りかと思ったが、魔物らしい顔付きも出来るのだな。招待してやるから今度遊びに来ると良い」


メデューサ「ふふ。楽しみにしておきます」


各々が覚悟を纏い、リリスが背中から羽根を生む。


リリス「蹴散らすぞ!」


広げられた羽根はリリス種の模様。

魔物達から慕われ、仲間達からも慕われる誇り。

粗慢だった世界は動き始める。

背負うのは想い。


メデューサ「いきましょう!」


メデューサがリリスに次いで羽根を生む。

魔法で作られた羽はメデューサの模様。

置き物、飾り物、傀儡と言われていた彼女が見つけ出した私。

背負うのは真摯。


リッチ「なんだよ・・・こんなの・・・!」


リッチがメデューサに次いで羽根を生む。

魔法で作られた翼は世界に一つしかない個性の翼。

居場所を奪われ彷徨っていた屍。

氷の心を火種が溶かす。

背負うのは情愛。


リリス「ん・・・まさか協力してくれるのか?」


振り向いたリリスは八重歯を見せてニヤニヤと笑う。


リッチ「い・・・行くよ!行くさ行けば良いんだろう!ずるいじゃないか僕が悪いみたいな雰囲気を作って・・・!同調圧力っていやな感じだなー!」


リリス「はて何の話だ?被害妄想も大概にして欲しいものだ」


リッチ「もう良いよバカ!はぁー・・・。ほら返すよ勇者君。剣士が武器も持たずに誰を守るんだい」


勇者「で、でも良いんですか?リッチさんが言う通り、これはリッチさんに関係ない話ですよ?」


リッチ「こんな大切な物は預かれないよ・・・それに僕がいた方が色々と手早いだろう?」


リリス「感謝の気持ちと言ってはなんだが、勇者を持たせてやろう。魔王軍に取られるなよ」


リッチ「なにさ偉そうに・・・。自分が勇者君を守り通す自信が無いだけだろう?」


リリス「悔しいがその通りだ」


リッチから勇者に返される剣と、リリスからリッチに渡される勇者。

勇者を返してもらって満足げなリッチは、早速勇者の後頭部に鼻を付けて香りを堪能しだす。


勇者「えっとリッチさん・・・ありがとうございます」


リッチ「あー・・・あったかいなー・・・」


勇者「聞いてますか?」


各々準備を終えると、リリスが右手に魔力を収束させてゆく。

途端に大気が震え、静かな廊下に耳鳴りに似た音が鳴り出した。

低音から始まった音はまるでギアを変えるように周波数を重ね、最終的にはガラスの窓が震えはじめる。


リッチ「派手に行くつもりかい?」


リリス「訳あって私の部下が魔王軍側にいるのだ。誰かさんのお陰で道具袋に入れておいたチャンネルリングが使えないから魔法で呼びつける」


リッチ「敵地に乗り込むなら、きちんと装備しておかないと」


リリス「金属アレルギー持ちでな」


嘘か本当か分からない軽口を叩きながらも笑むリリス。リリスの魔力が溜まれば、比例して城内はざわめきを持ち出した。

部屋中の部屋と廊下が明るくなり、徐々に近付く多勢の足音。

廊下は瞬く間に兵達によって占拠さてしまう。

兵を掻き分けた王は、信じられない物を見るような目で勇者達を見つめていた。


王「これは一体――」


そこに娘がいて、リリスがいて、仲間についていたハズのリッチや人間の勇者がいれば驚くのも当然だろう。


リリス「行くぞ!」


刹那リリスから解き放たれた魔法が壁を破壊する。

撃ち出された魔法は轟音と共に粉塵を巻き上げ、光の矢となって夜空を貫いた。最初はリッチと勇者、次は姫が穴から飛び出し、三人を見送ったリリスが静かに王へと目を向ける。


リリス「・・・」


王「・・・リ――!」


僅かに交わされる二人の夜目。

王がリリスに言葉を放とうとするが、リリスは興味なさげに夜空へと舞い上がった。
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