2016-05-30 22:48:45 更新

概要

世界が壊れたのは今は昔。
マイナーキャラクター達が入り乱れ、
それぞれの思惑を胸に「涼宮ハルヒ」を追う。
マイナーキャラクターアクション。


前書き

哀川潤は一人の少年から依頼を受けた。
この世界を元に戻して欲しい。

「その依頼。確かに請け負った。」

最強の赤は、少年の頭を撫でながら、微笑みを浮かべた。

—あたしは意外と子供好きなんだよ。

とは、本人のコメント。

哀川潤がこの世界に現れた時には、既に世界は壊れた後だった。
崩壊後の世界。
それはまるで大戦争を彷彿とさせる有様だった。
たまたま、大きい黒猫のような生物(羽があったから飛べたのかも?とは哀川潤の台詞。)に襲われていた少年を助けた。
その少年が依頼人。
ジャンプ領の家まで送り届け別れ際に言われた言葉が、依頼の言葉だった。

「さて、どうしたものか。いくら、あたしでもこんな状況の経験はないな。」

請け負ったもののどうすれば世界を正常化できるかがわからない。
そんな折、ジャンプ領で見た天下一武道会の張り紙。

「ドラゴンボールかよ。」

そんな風にツッコミつつも、優勝賞金と出場してくるであろうキャラクター達を考えれば、なんらかの情報が集まるのではないかと哀川潤は考えた。

「金に興味はねーけど、この世界の情勢を知ることができるかもしれないからな。」

そんな行き当たりばったりな理由で、天下一武道会の出場を決めた。

会場には錚々たるメンツ。

早速の予選会で、人類最強は最強と激突することになる。


最強対最強


—予選会が漫画で読んだのと同じだ。


自分の番号が呼ばれた哀川潤は舞台に上がった。


—思ったより舞台が高い。


舞台の周りには、有名キャラクターと思われる人物が大量にいる。


ーこれは難易度が高そうだ。


「58番!58番の方!」


審判らしき男が哀川潤の対戦者を探している。

程なく舞台に上がってきたのは、ハゲ男。

しかもマント。


ーえ?こいつ、もしかしてアンパンマンなのか?


哀川潤は相手を眺めながらそんな感想を持った。

ハゲ、マント。

彼女の脳内データベースを検索しても引っかかるキャラクターはそんなものだった。


「予選会Bブロック決勝。51番、哀川潤!58番、サイタマ!はじめ!!」


「え、もう開始?ちょっと待てよ。」


ポケットに手を突っ込んだまま。

哀川潤はサイタマと呼ばれたハゲマントの男に向き合う。


「あんたも有名なキャラクターなのか?」

ハゲマントが言葉を発したが、その声は戸田恵子ではなかった。


—やっぱアンパンマンじゃねーよな。頭食べられなさそうだし。


「やってみればわかるか。」

言葉が鼓膜に届くのが早いか、マントをはためかせながらハゲマントが飛びかかってくる。


「こういう単純バトルは嫌いじゃないな。」

哀川潤はシニカルに笑った。

突き出された拳を躱して、膝をカウンター気味に鳩尾へ放つ。

しかし防がれる。風貌はただのアンパンマンのコスプレだが、おそらくは名のあるキャラクターなのだろう。

距離をとったところでハゲマントが口を開いた。


「なんだ、もっと超能力とか使うのかと思ったら、普通だな。」


ー普通?


「思ったより普通だった。攻撃とか、避け方とか。」


ーなんだそりゃ。


「退屈しのぎに出てみたけど、つまんないな。」


彼女を挑発するのにこれほど的確な言葉は無かった。


「最近、自分もかなり丸くなったと思ってたんだけどな。」


人類最強の請負人は笑った。

ため息まじりのハゲマントを見て、笑った。

自分がまだまだ未熟だと。

笑いながら先ほどまでと、全く異なる次元の素早さで移動を開始する。

サイタマが気づいたころには、暗闇に流れる車のテールランプよろしく、

赤い残像を線のように残し、既にサイタマの横で攻撃態勢をとっている。


「っ!?」


防御の体制に入るよりも早く肘が側頭部に炸裂する。

サイタマの視界が歪み体が中空で回転する。

頭部が石盤を砕き、舞台にめり込んだところで、サイタマは認識を改めた。


「どうだよ。ヒーロー野郎。」


ガラガラと砕けた石を払いながら起き上がるサイタマ。


「お前強いな。」


鋭くなった視線の先には赤過ぎる赤が笑っている。


「お前も尋常じゃねーよ。」


哀川潤はポケットから手を出した。

それを見てサイタマも構えを取る。

それらは、両者の”戦う”という意思表示以外の何者でもなかった。



世界とスキル



試合開始から3分。

既に両者の力の差は歴然としていた。


舞台上にはぼろぼろになった哀川潤と、息一つ乱していないサイタマの姿があった。


「ギブアップしろよ。」


面倒くさそうに言ったのはサイタマ。

既に構えも解いている。

限界を超えてフラフラと立ち上がる哀川潤を横目に審判にルールを確認している。


「はい。降参か、気絶か、ならないと。」


そうか。と言いながらサイタマは哀川潤を見遣る。

ぼろぼろでも戦意を喪失しない目。

こんなヒーローには会ったことが無い。


「お前。かっこいいな。」


「・・・それはどうも。」


苦しそうに唇を動かした哀川潤。

しかし彼女は笑ってみせた。

先ほどまでのシニカルさは無いものの。

まだやれると炎のように笑ってみせる。


ーさて、こんな状態からどう勝てる?


哀川潤は考えていた。


ー正直、気絶は無理だ。あんなに殴ったのに平気そうだし。

ーさらに言えば、場外も無理だ。吹き飛ばす勢いで殴ってんのに全く微動だにしないし。

ー降参させるのが一番勝算が高い気さえする。


構えを取ってからの攻防は、ほぼ互角だった。

手数で言えば、互角だった。

有効な打撃で言えば、こちらの方が上。

しかし、一発。

たった一発のパンチで、この状況は作られた。

でたらめな力。

理不尽なまでの力。


ー殺し名でもここまでのはいないよな。

ーそんなことより本当にどうするかな。


当たり前だが、思考がまとまるのを待ってくれる相手ではない。


「たぶん、お前まいったなんて言わないだろうから、これから場外を狙うぞ。」


死なないくらいに受け身を取れよ。とはサイタマの言葉。

哀川潤は鼻で笑いながら攻撃に備えた。

その時目に入ったのは舞台の石盤。

サイタマが顔をめり込ませ、割れた石盤。

サイタマが一歩踏み出したところで、哀川潤が笑った。

高らかに。そしてシニカルに。


「ところで、サイタマ。お前はドラゴンボールを読んだことはあるか?」


「急にどうした?殴られ過ぎておかしくなったのか?一発しか殴ってないけど。」


「違う。正常だ。まともだよ。正常な哀川潤からサイタマさんへの質問だ。お前、ドラゴンボール読んだことあるか?」


「あるぞ。」


「そうか。第22回の決勝戦は熱かったよな。」


「?」


「天津飯が勝ったやつだよ。」


「ああ。そういえばそうだっけか?」


「そうだよ。安心したぜ。」


なにが?と訊く前に哀川潤が舞台を殴った。

一瞬の赤い閃光と共にビキビキと音を立てる舞台。

サイタマは思った。


ー舞台を破壊して場外にするつもりか。


案の定、バキャリという音から爆散するように舞台が砕ける。


ー自分と審判は無事か、器用だな。


だけど、甘い。

舞台が砕ける直前にサイタマは大きく跳躍した。

足場にできるような破片はない。

本当に器用に足場が無くなるように砕いたのだろう。

だから彼は天井を足場にした。

舞台上に戻ろうとした時、哀川潤のとなりには審判が居た。

サイタマの頭の中で疑問符が浮かぶ。


ー審判?


兎も角舞台へ戻ろうとサイタマは、天井を蹴って砕けていない舞台へ戻った。

その間わずか5秒。


「残念だったな。」


とのサイタマの言葉に哀川潤は笑う。

そして審判に言った。


「これで私の勝ちだな。」


「は、はい!勝者哀川潤!!」


「え?」


サイタマは訳が分からないようで、審判に理由を確認する。


「なんでだ?場外に落ちてないぞ?」


「お前、ドラゴンボール読み込んでないだろ。第22回の大会で悟空は天津飯に負けたけどよ。

 なんで負けたか知らないだろ?

 場外ってのは、武舞台以外の箇所に体の一部がついてしまった場合のことだ。

 天井は武舞台じゃないだろ?」


審判に変わって哀川潤が説明する。


「だから私の勝ちなんだよ。お前が舞空術使えなくてよかったよ。」


哀川潤は笑う。シニカルにではなくて、ただ単純に明るく。

それを見たサイタマも笑う。


「ああ、どうも、俺の負けみたいだ。」


最強対最強。

ルール的に哀川潤の勝利。


試合後、サイタマに絡む哀川潤。

そこでわかったこと。


「この世界のことは知らん。でも、この武道会に出場したのは、神龍の力で涼宮ハルヒを従わせる為だ。」


「あ?神龍って、神龍?ああ、そうか。その手があったか。でも、なんだ?その涼宮ハルヒってのは。」


「この世界をこんな風にした張本人だよ。まぁ別にこのままでも構わないんだが、困ってる人が多いからな。」


「涼宮ハルヒって涼宮ハルヒか?ってことは、今私たちは涼宮ハルヒが望んだめちゃくちゃな世界の登場人物として、ここに呼び出されてるのか。」


「らしいな。俺は涼宮ハルヒ知らないけど。」


ーなるほど。なんとなく見えてきた。

ーにしても、さっきのは?


自分の右手を眺める哀川潤。

そして、本戦のスケジュールを確認しに行こうとして、彼女は倒れた。


ー意外とダメージ受けてたんだな。

そんなことを考えながら薄れていく意識の中で、遠くに聞こえる笑い声。


「カハハ!傑作だな。」


不愉快な笑い声。

そのまま哀川は意識を失った。



知らない天井


「知らない天井だ。」


一目見ただけでそれとわかる白い部屋。

つんっと感じる独特の匂い。

ここは病室だ。

頭部に気だるい感覚を覚えながら上体を起こすとそこには見知った顔が居た。


「かはは。おはよう?」


パイプ椅子に浅く腰掛け、ナイフを器用に使いながらリンゴを食べている少年。

何よりも目を引くのは、その髪の色と顔のタトゥー。


「零崎人識。目覚めに、見るには強烈過ぎる顔だな。」


「かはは。いや、ほんとだよな。自分で言うのもなんだけどよ。殺人鬼に看病されるってのは、ぞっとするよな。」


ナイフ持ってるしな。ともう一度愉快そうに笑う。


「なんでお前がここに居るんだ?多分、倒れたあたしを病院まで運んでくれたんだろうけど、目的はなんだよ。」


「大体、正解だ。大体な。だから、細かいことは省いて、目的について話をさせてもらうよ。力を貸してくれ。哀川潤。」


真剣な眼差しでそう告げる零崎人識。

普段口調が軽く、本心が見えないような奴だが、こんな目で頼み事をするということは、余程重要なことで、今時点で余裕が無いのだろう。


「零崎のことだから、妹関係か。」


「かはは。さすがに話が早い。お前の言う通りだ。三日前に伊織ちゃんが連れ去られた。

 お前とどっちが先なのかはわからないが、俺たちは1週間前くらいにこっちに来た。

 んで、天下一武道会の話を聞いて、参加はしたくないけど、何か情報が手に入りそうだと考えて、観覧する予定だったんだが、

 天下一武道会に参加しようと集まった選手の何人かが連れ去られるという事件が起こったんだ。」


—ここからは、三日前の話


「なぁ伊織ちゃん。」


「なんですか人識くん。」


ぽてぽてと歩く2人組。

片方はスタイリッシュなサングラスにポケットと装飾なのかジッパーが大量についたベストを着ている少年。

もう片方は、ニット帽でミニスカート。薄手のブラウスを着た少女。

腕は黒いアームカバーで覆われている。

初見でこの2人が殺人鬼だと見抜くのは難しいだろう。

どう見てもやんちゃな高校生カップルだ。


「それ美味しいのか?」


「天下一饅頭ですか?美味しいですよ。一口ベビーカステラにあんこが入った感じですかね。このあんこが、ごま餡みたいで、なんともまったり濃厚な!わぅ!」


人識にニット帽を下げられて目の前が見えなくなる伊織。


「や、もういいや。あとで一個くれよ。」


食レポ風に伝えられてもなと苦笑いする人識。


「もう!そういうのびっくりするからやめてください。それにもうありませんよぅ!」


人識は呆れた様子で項垂れる。


「貴重な金を使って購入した食料を独り占めしないでくれ。」


「そんなに項垂れないでくださいよぅ。ほらほら、女子高生の透けブラですよ。」


「何度も言うが俺はそういうので喜ぶキャラじゃねぇんだよ!」


「えー!でもこの間私の裸見て嬉しそうにニヤけてたじゃないですか!」


「勝手に話を作るな!!!」


そんなことを言いながら天下一武道会で賑わう街をぶらついているときだった。

目の前に白い隊服のようなものを着た2人組がいた。


「こんな子供も対象なのか?」

眼帯の男が雄牛の頭蓋骨のような面を付けた(おそらく)男に訪ねた。


「間違いない。反応が一般人のそれじゃない。」

一度懐中時計のようなものに視線を落とした男が答える。


「では、仕方ないな。君たちには悪いが一緒に来てもらう。」

そんな台詞を吐き終わる前に人識は、逃げ出していた。


「なんだあれ。なんかやばいから逃げとくぞ。伊織ちゃん。」


「ちょ、ちょっと引っ張らないでくださいよぅ。」


腕を引きながら人混みの中を走り抜ける。

あれの実力は定かではないが、少なくともまともじゃないし、話し合いが通じそうな感じもない。

しばらく走り、伊織の息が切れているのを見て足を止める。


―撒いたか?


後ろを振り返ったところで、肩に手を置かれた。

「無駄だ。諦めてくれ。」


眼帯の男がそこにいた。

声を出すよりも早く、迎え撃とうと行動を起こす。

振り向き様に眼帯男に糸を巻き付ける。

軽く引くだけで断割されるはずが、糸の方が千切れた。

異常だ。ただの人間じゃあない。

プロのプレイヤーというわけでもない。

もっと不気味な何かだ。

人識はそんなことを考えながらも伊織の方へ意識を向ける。

あの雄牛の面の部下だろうか。

2人の骨の面を付けた男に取り押さえられている。

思わず声が出る。


「伊織ちゃん!!」


「安心しろ。お前も連れて行く。」


眼帯の腕が人識の首を掴んだ。

尋常じゃない力で首が掴まれると、簡単に呼吸は止まり、意識が遠のく。

バチンという何かがはじけ飛ぶような音共に体が宙に浮く。

どうやら眼帯男の腕に何かがぶつかり、人識を離したらしい。


「そこまでですよ。破面さん。」


眼帯男が声のする方へ目をやった瞬間を人識は見逃さない。

呼吸も整わず、意識もぼんやりしたままだったが、彼は家族を助ける為に全身の力を足に集中した。


「伊織ちゃん!!!!」


目を見開き、妹の姿を確認する。

気を失っているようだ。骨の面の男の一人に抱き抱えられ連れ去られようとしている。


「逃がさないっての!」


追おうとする人識を掴んだのはもう一人の骨面の男。


「くそ!伊織ちゃん!伊織ちゃん!!!」


今の人識には武器がない。

得意の獲物は取り上げられ、糸も先ほどの攻防で無くなってしまった。

殴ることしかできないが、何度殴ってもビクともしない。

「っく!っそ!」


殴っている手から血が飛び散る。

堅い。まるで岩でも殴っているような感触だった。

次の瞬間。

腹部に強い衝撃。

体がくの字どころか、つの字くらいに折れ曲がる。


「っが。」


声にならない嗚咽が口から漏れだす。

後方から退くぞという言葉が聞こえると同時に、目の前の骨面の男が足下から伸びる黒い布のようなものに縛り上げられた。


「縛り紅姫・・・。逃がしませんって。」


眼帯の男が去っていくのを見つつ、呼吸を整えながら、おそらく人識を助けてくれた帽子と下駄が特徴的な男に目をやった。

何かのカプセルの中に縛り上げた男を入れたようだった。


「いやぁ。便利な世の中になったもんですね。」


―どういう仕組みだよ。

そんなツッコミよりも先に出たのは妹を案じての言葉だった。


「あいつらはどこに行った?あんた知ってるんじゃないのか?」


立ち上がりながら問いかける。


「へぇ、あれに怯まないなんて、あなたも特殊な人なんですかね?」


帽子の奥の目がよく見えないが、こちらを探るような目だ。


「かははは。茶化すなよ。」


人識は笑いながら喉元にソーイングキットの針を向けようとしたが、途中で手首を掴まれた。


「まぁいいですよ。お話して差し上げますので、一緒に来てください。」


―現在に戻る


「その下駄帽子。名前は浦原って名前のやつの話によると、連れ去った連中の居所はわかるし、そこまで案内もできるけど、

 一人じゃ無駄死にするって言われてよ。

 腕が立つやつを連れて来いって言われた。

 そんで予選会場に行ったらお前が居て、声をかける機会を伺ってたら、お前が倒れたと。ほんと傑作だぜ。」


かははと笑う。人識。


「なんつーか怪しいな。そのウラハラってのも。名前からして。」


確かにな。と頷く人識に哀川が続ける。


「そもそもお前に手を貸すことで、浦原ってやつには何か得することでもあるのか?」


「ああ。どうも俺以外にもそこに行こうとしている奴が居るらしくてな。そいつらの力になって欲しいんだとよ。」


殺人鬼が仲間ってぞっとするよな。傑作だと笑いながら。人識が続ける。


「大体の事情はそんなところだ。だから、力を貸して欲しい。」


「・・・。」


「こんなこと頼める間柄じゃねえのは、わかってる。

 でも、俺だけじゃ助けられない。

 それに、浦原ってやつが怪しいってのは俺も思ってる。

 だから、信用できるやつに仲間に入ってもらいたい。」


「・・・。」


「頼む。」


「わぁーったよ。請け負ってやる。」


そんな顔すんな。年相応に見えちまうじゃねーか。とため息混じりに言いながらとベッドから降りようとする哀川。

そこに現れたのは髭面白衣の大柄な男。

そして、後ろに恥ずかしそうに隠れている女の子。


「そこまでだ。まぁだ治りきってねぇだろうが!目が覚めたのは良いけど、あんた結構重症だったぜ?」


ずかずかと大股で部屋の中へ入ってくる髭面のオヤジ。


「あ、あの大丈夫ですか?」

後ろから女の子もついてくる。


髭面の大柄な男が哀川の前に立つと、その場にしゃがみ込んで腕や足を触診し始める。


「全身打撲。手と腕、足に複数箇所の骨折。肋骨にひび。治るのに最低でも3ヶ月はかかる。」


安静にしろ。と目を大きくしながら髭面の男が哀川に注意する。


「そこの少年が連れてこなかったら、死んでいたかもしれないぞ。」


一通りの触診を終えて立ち上がると、人識の頭を撫でながらそんなことを言うオヤジ。

知らないってのは怖いもんだなと、殺人鬼の頭を撫で回す図を見ながら哀川は苦笑した。


「ああ。感謝してる。先生。あんたもありがとう。そっちのも。ありがとうな。」


別途から立ち上がって、女の子の頭を撫でる哀川。


女の子が驚いた様子で、足大丈夫なんですか?と聞くと、笑いながら平気と答える。


「昔から、回復が早いからな。ま、8割ってとこかな。」


くるくると肩を回しながら笑ってみせる。


「確かに触診しても、痛そうなそぶりも無かったし、骨は何故かくっ付いてるみたいだけど。無茶だ。安静にした方が良い。」


髭面のオヤジが真面目な口調で言った。

微妙な表情を浮かべる人識。


「悪いな。先生。そいつの兄妹が大変なんだ。だから、今すぐ行かなきゃいけない。」


「ほんと、この世界の住人は医療をなんだと思ってんだ。」


ため息混じりに首を横に振るも、最後には好きにしろと一言。


「ありがとよ。良し。じゃあ、いくぞ。」


女の子に自分が着ていた服を持ってきてもらうと先ほどの先頭で破れた部分が綺麗に縫い合わされている。


「へー?ありがとうな。」


恥ずかしそうに、縫い目が目立っちゃっててすみません。と言う女の子に上手いもんだと褒め言葉を一つ。

着替え終われば、赤い請負人の本領発揮。能力は三倍。


「出発!って、あれ、人識は。」


病院の出入り口で靴を履き終えた哀川だったが、人識の姿が無い。


「ああ、もう一人を呼びにいってるよ。」


「もう一人?」


首を傾げると院内から現れたのは、人識とハゲマント。

サイタマだった。


「お前。なんで?」


「いや、俺一人じゃ、お前をここまで運べなくてさ。手伝って貰ったんだ。」


「こっちも色々情報が欲しかったからな。俺の目的もお前らが向かう場所にありそうだし、協力することにしたんだ。」


人識が靴を履きながら、絶対に足手まといにはならないだろうと言うと哀川も同意。

出がけにもう一度髭面の医者と、小さな看護士に礼を言う哀川。


「じゃあな。ありがとう。」


「ああ。できれば、もう病院の世話になるような大けがすんなよ!あと、息子をよろしくな。」


歩き出しながらひらひらと手を振る哀川。

最後の息子という言葉が気にかかったが、気の良い親子だったと笑う。

もう一度病院を見遣るとまだ大げさに手を振るオヤジと控えめに手を振る女の子。

建物の看板は、“クロサキ医院”。


またいつか寄ろうかなと考えながら浦原が待つという浦原商店を目指す。



Lesson1:Beat it down!


「これは・・・」


「商店っていうか。」


「かはは。傑作だな。ただの・・・」


『駄菓子屋じゃねーか。』


「お待ちしてましたよ。零崎人識さん。そして、哀川潤さん。サイタマさん。」


店の奥から現れた下駄帽子の男。

扇子で口元を隠しながら冷えた声で言う。


「覚悟はよろしいですか?」


奥へと案内されると、エレベータが備え付けられており、

地下13階へ降りていく。


「絶対におかしいだろ。なんでエレベータなんだよ。」


哀川潤がついにツッコミを入れた。

サイタマはエレベータに乗る前にもらった酢イカを食べながら、そんなに気にするなよとマイペース。

人識もかははっと愉快そうに笑うだけ。

哀川は、そもそもにこんなやつらと一時でも共闘するということに一抹の不安を感じ始めていた。


「もともと梯子だったんですが、クレームが入りましてね。さてつきました。」


エレベータの扉が開くと大型のドームほどはあるであろう広い空間が広がっていた。


「さて、こんなに広いところにきてもらってなんですが、まずは座学からです。」


「座学?」


人識とサイタマが嫌そうに顔を顰める。

しかし、哀川潤は笑う。

楽しそうに。


「やっぱりな。この世界に来てから何かおかしいと思ったんだ。」


早く聞かせろ。そういってその場に胡坐をかいて座り込む。

二人も少し面倒くさそうにしながらもその場に腰を下ろした。


「まず、はじめに知っておいてください。この世界では、アタシたちの力は制限されています。

 あの岩を見ててください。」


人間大の岩に向かって手のひらを向ける浦原。


「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 焦熱と争乱 海隔て逆巻き南へと歩を進めよ!

 破道の三十一 赤火砲!!」


まるで魔法のように炎の塊が岩に向かって放たれる。

轟音とともに岩が焼けるが、表面が焼け爛れるも原型を残したまま炎は消えた。


「本来、アタシの赤火砲なら、あの程度の岩、消し炭も残りません。

 これは、おそらく・・・」


「楽しむためのルールか。」


哀川潤が口を開いた。

苦笑い交じりに性質が悪いと呟く。


「哀川さんの想像通りです。これは、アタシたちの戦いを楽しむためのルールでしょう。

 加えて、この世界では各自に固有のスキルが割り当てられています。

 固有と言いましたが、似通ったスキルも多数確認されていますし、

 1人に1つというわけでもありません。」


例えば、と言った後に浦原が目を閉じると浦原の体が青い光を帯び始める。


「これがスキルです。なかなか伝わらないかもしれないので、、、

 破道の三十一 赤火砲!!」


再び、炎を岩に向かって放つと、焼け爛れるどころか、瞬時に岩が爆砕。

炎はそのまま進み奥の壁に大きなクレータを作って掻き消えた。


「これは、おまけです。」


指先には、極細の糸。


「それは!」


人識が声を上げると同時に近くにあった木が断割される。


「はい。人識さんの技ですね。」


扇子をパタパタと動かしながら目元は笑っている・・・ように思える。


「この間見せてもらいましたからね。これも含めてアタシのスキルです。

 スキルに名前というものはないんですがね。

 あえて言うなら制約解除と構造解析ってところですかね。

 一時的に本来の力を行使できるスキルと、

 物だけでなく、技術も見ただけで解析、再現ができるスキルです。

 意外と使い勝手がよくて重宝してます。」


あははっと笑う浦原に哀川が質問を投げかける。


「スキルってのはどう使うんだ?」


「スキルの使用は、スキルの性質にもよります。

 例えば、アタシの場合、制約解除は任意のタイミングで発動できます。

 構造解析は常時発動と言えばいいですかね。意識的に発動させるものではありません。

 ちなみに、どんなスキルを持っていて、それがどんなタイミングで発動するかは、誰にもわかりません。

 ただ、スキルの発動は常時発動を除いて体が発光します。」


以上がスキルについての説明です。

扇子を閉じながらそう言うと、扇子の先でサイタマを指す浦原。


「サイタマさん。断言はできませんが、あなたのスキルはある程度予測ができます。

 あなたのスキルは、ルールの制約を受けない常時発動型のスキルだと思われます。」


サイタマが首を傾げて質問する。


「なんでそんなことがわかるんだ?」


浦原が懐から取り出したのは緑色のスタイリッシュなサングラス。


「これ、スカウターって代物なんですがね。

 あまりに壊れやすかったのでいろいろ手を加えているんですが・・・。

 商品の説明はやめておきましょう。

 これは戦闘力を数値化、確認するための装置です。

 これでお三方の戦闘力を見ると。」


浦原が次げた数字は以下の通りだった。


哀川潤:1,800

零崎人識:300

サイタマ:ERROR

桁溢れ。


「この数値は異常ですね。制限を受けていないとしか思えない。

というか、サイタマさんだけでいいような気もする数字ですね。

 ちなみに、アタシは10,000。

 あの日人識さんを襲った破面は、1,000~2,000程度でした。」


哀川潤がシニカルに笑う。


「このまま行ったら犬死ってことだな。」


「ご名答。お察しの通り、人識さんを襲ったのは下っ端です。

 本当に強いのは十刃(エスパーダ)と呼ばれる10体の破面と、

 護廷十三隊を裏切った3人の死神。

 市丸ギン。東仙要。

 そして―藍染惣右介。

 藍染惣右介は、ヴィランズにも名前を連ねる大物です。

 正確な戦闘力はわかりませんが、全員がアタシ以上だと考えてください。」


「ヴィランズって・・・」


サイタマが喋るのをさえぎるかのように、パシンと足を叩く音。

哀川潤がさらにシニカルに笑う。


「わかった。そんで、これから何をするんだ?」


「いや、その前にヴィラン・・・」


「ちょっと待て!」


再度質問しようとするサイタマだったが、人識が立ち上がり、会話を止めてしまう。


「浦原さんの言いたいことはなんとなくわかった。

 だけど、伊織ちゃんが待ってる。

 サイタマだけでも何とかなるって言うんなら、俺とサイタマだけでも、伊織ちゃんのとこに送ってくれ。」


その悲痛な表情に哀川は開きかけた口を閉じた。

が、この男は空気を読まない。


「そんな話なら、俺は行かないぞ。」


サイタマが立ち上がりながら言った。

人識が掴み掛かる。


「なんでだよ!」


「だってお前、俺だったら助けられるって思ったろ。

 お前一人じゃ助けられないってそう思ってるだろ。

 そういうのよくないと思うぞ。

 伊織ちゃんって人がお前にとってどんな人なのかは知らないが、

 お前が助けに来てくれるのを待ってんだろう。

 自分じゃ無理だけど、他のやつならなって思っているようなやつには誰も助けられないぞ。」


人識が言葉に詰まっていると浦原がしゃべり始める。


「焦る気持ちもわかります。

 伊織さんが連れ去られて丸1日以上。

 でもとりあえず、安心してください。

 あの時仕込んだ監視用のき・・・。監視用の道具。」


人識が怪訝そうな顔で浦原を睨む。


「あんた今なんて言い掛けた?」


気にしないでくださいと口元を扇子で隠しながら笑って誤魔化す浦原。


「兎に角、向こうの状況はある程度把握できています。

 選別という使える能力者と使えない能力者に分ける行為を

 1週間に1度行っているようです。

 伊織さんは今回選ばれなかったようなので、1週間は時間があると予測されます。

 とは言うものの、何が起こるかは見当もつきません。

 なので、1日で破面と戦えるレベルまで成長してもらいます。」


人差し指を立てながら、覚悟いいですかね?と再確認する浦原。


「かはは。傑作だ。

 覚悟ができてるかなんて・・・

 最初から覚悟は決まってる。俺が伊織ちゃんを助けるんだ。」


笑みを浮かべるサイタマと哀川。

浦原が念を押すように伝える。


「最後に言っておきます。今伝えた戦闘力はあくまで目安です。

 全ては戦い方次第です。

 戦い方を考えれば、私がサイタマさんに勝つことだってできます。

 ここはそういう風に調整された世界です。それを決して忘れないでください。」


浦原のLesson1がこの言葉で終了した。

Lesson1 数値の悪魔に打ち勝て完了。


「ところで、ヴィランズってなんだよ?」


サイタマの質問には誰も答えず、Lesson2が幕を開ける。



Lesson2:Drink it down!


殴り飛ばされた衝撃で、背中から岩の壁に叩き付けられると、肺が圧迫されて空気が吹き出す。

他の内臓も揺さぶられて激しい嗚咽に見舞われる。

やっと息を整えながら見据えた先には、骨の面を被った男。


「っくは。・・・かはは。本当に笑えねぇ。」


零崎人識は死にかかっていた。


十数分前。

浦原がLesson2と呼ばれる修行のメニューについて説明をしていた。


「次にやって頂くのは、あちらの縦穴の中で私が捕獲、複製した破面もどきと制限時間付きのデスマッチをしてもらいます。」


口調はおどけているが、扇子と帽子から見える眼光は決して軽いものではない。


「予め言っておきますが、アタシは何があっても助けません。この程度の相手に勝てないようでは、行くだけ無駄ってもんです。心意気だけじゃ、何ともなりませんからね。」


制限時間は10分その間に破面もどきを倒して、穴から出てくればLessonクリア。そんな内容を適当に説明して、Lessonは開始された。

1番手はサイタマ。

ワンパンチでKO。右ストレートというよりは、ただ右腕を突き出しただけのようなパンチで、破面もどきは壁に激突。そのまま動かなくなった。

サイタマ曰く、「めっちゃ硬いぞ。あいつら。」とのこと。


2番手は哀川。

初撃と2撃目で「確かに硬いな。」と納得。

あえて相手にも攻撃をさせて防御。


「力も相当あるな。」


十刃ってどんな感じかなと呟きつつ、繰り出した右ハイキックで、破面が岩の壁に激突。

めり込んだまま動かなくなった。


そして、3番手零崎人識。

開始2分で人識は理解した。


「かはは。有効な攻撃手段ねぇじゃん。」


サイタマも哀川も圧倒的な腕力でねじ伏せたが、人識にはそれがない。

さらに、曲弦糸もナイフもやつらの皮膚に傷をつけることさえできなかった。

相手の攻撃は、なんとか避けることができるが、傷をつけられない。

このまま行けば不合格。

一か八か殴り掛かってみたものの、逆に拳を痛めてしまい、挙げ句腹部に膝蹴りを一発もらって悶絶。硬直したところに追加の一撃。

壁と衝突して、今に至る。


「さて、どうするかね。」


考えても打開策は見えてこない。

敵が死神に見えてきた。

圧倒的な力の差を思い知る。


縦穴の淵から覗き込んで見ているのは、

浦原、哀川、サイタマの3人。


「負けんなよ。」


哀川の呟きと「残り5分ですよ。」という容赦のない浦原の言葉。

サイタマは何も言わずにただ眺めている。


「なんじゃ。苦戦しているようじゃの。いや、そうでもないか?」


背後からの声に3人が視線を移動させた。

声の主は褐色の肌の美女(哀川評価)。


「なんだきてたんすか。夜一さん。」


浦原の応対を見て、哀川とサイタマは人識に視線を戻した。


「きてたんすか。じゃないわい。お前が呼んだんじゃろうが。で、最後の1人はどうなんじゃ?」


「だめかもしれないですね。」


「・・・相手の攻撃は見えているようじゃな。体捌きは大したもんじゃ。問題は攻撃じゃな。鋼皮(イエロ)に対抗する術がないといったところか。」


「そうですね。」


「冷たい奴じゃな。どれ、儂が力を貸し手やろう。」


そう言うと引きずってきた風呂敷の中身を縦穴に放り投げた。


「!?夜一さん、今のはっ!」


散らばり落ちたのは、ナイフや刀、銃などの武器。

取り乱す浦原を横目に縦穴の淵へと腰を下ろし、人識に声をかける。


「おい。小僧。今投げ入れたものの中からどれでも好きなものを使え。」


突然の出来事に、顔を顰めつつも。

このまま終わるくらいならと、人識は自分が得意とする獲物である1本のナイフを手にした。

夜一が投げ込んだ武具は前述の通り、複数存在している。

ナイフと呼ばれる形状のものも、手にしたもの以外にも複数存在していた。

だから、何故そのナイフを選んだのかと問われると人識本人にも解答が難しかっただろう。

なんとなく、そこにあったナイフを手に取ったのだ。

たまたま自分に近くにあったのかもしれない。

たまたま手に取りやすい位置にあったのかもしれない。


「この世界に、偶然はない。じゃろう?」


夜一の言葉に目を細める浦原。

「この世界は、誰かが仕組んだ世界。全くの偶然などは存在しない。じゃから、あの小僧がアレを選んだのは、必然じゃ。」


そのナイフには意味があると夜一が笑う。

そのやり取りを横目に哀川は、浦原の非常に小さな声を聞き逃さなかった。


「殺人鬼のナイフ。」


縦穴の底に視線を戻すと、どす黒い闇が人識を中心に渦を巻いている。

正確には人識が持つナイフを中心に渦が発生していた。


「人識。」


ナイフを手にした人識は、次の瞬間時が止まったように感じた。

自分の体が動かず、破面もどきも動きを止めている。

心臓の音が自分の中に反響して、やけに大きく聞こえる。

さらに、手にしたナイフからもビキビキというひび割れるような音が聞こえた。


−血が欲しい。


頭に直接聞こえる声。


−血が欲しい。殺したい。壊したい。解したい。人間を殺したい。


ナイフが発する音が枯渇する音であることと、頭に響いている声がナイフのものだと認識したその刹那。


人識は学校の図書室にいた。


「・・・ぉ、声が出せる。かはは。こりゃ現実なのか?」


手や足が動くことを確認して、一歩踏み出す。

周りを見回してみても、人の気配は無く。

窓の外には真っ白な世界が広がっている。


「明らかに怪しいな。なんだよここ。」


傑作過ぎると笑ったところで、図書室内にパタンという音が響いた。

先ほど、人気が無いことを確認したはずなのに。

人識は驚いた。

音がした方へ歩みを進める。

本棚の奥。

図書室の端の端。

そこに黒髪の少女がいた。

厚めの本が机の上に閉じておかれている。

胸元まである長い黒髪。

制服と思われるセーラー服。

恨めしそうな視線とぞっとするほどに綺麗な顔。

そして、袖口から見えた陶磁器のように白い手首と自傷の痕。


「貴方、五月蝿いわ。ここは静かに本を読む場所なのよ。」


少女は恨めしそうな視線を人識に向けたままに言った。

あまりの敵意に、苦笑いを浮かべる人識。


「かはは。わりぃ。静かにするから、代わりにちょっと教えて欲しいことがあるんだけど。」


話し掛けながら、対面の椅子に腰を下ろすと、なんとも冷ややかな視線と言葉が彼女から贈られた。


「当然の行為の”代わり”というのは全く理解できないわ。・・・貴方がそこに居座るつもりなら、私が出て行くわ。」


音も無く立ち上がると、本を片手に図書室を出ようとする少女。


「お、ちょっと待ってくれよ。」


手を掴もうとすると人識の手が少女をすり抜けた。

少女は気にする様子も無く、図書室を出て行く。


「・・・本当に何なんだ。これ。」


自分の手を動かして見ながら、状況の整理をする人識。

あのナイフを手に取ったせいなのはわかるが、ここはどこで、この状況はなんなんだ?

そんなことを考えていると「ようこそ。」と背後から声を掛けられた。

内心驚きながらもゆっくりと振り返る。

そこには、少年がいた。

立ち居振る舞いは、普通の男子高校生のよう。

黒髪で、切れ長の瞳。髪も短く。

爽やかな印象を受けなくもない。

だが・・・。


「お前。プロのプレイヤーか?」


“プロのプレイヤー”という言葉が、目の前の高校生に通用しないかもしれないと人識が気づいたのは、その言葉を発した後だった。

要するに、人殺しなどの裏家業を生業とする人間を指してその言葉を使ったのだが、人識にそう感じさせるだけの何かを目の前の高校生は持っていた。


「プロのプレイヤー?選手ってことかい?」


首を傾げて苦笑いをする様は、普通の高校生そのもの。

勘違いだったのかと、もう一度相手をよく見る。

外見にも所作にも何か特徴があるわけではない。

ただ、雰囲気が不気味。

言ってしまえば、人識の第六感が目の前の男子高校生の異常性に警鐘を鳴らしている。

人識は思わず溜め息をついていた。

殺し名、序列三位零崎一賊の末弟にして、鬼子である零崎人識が、特殊な状況に有るとは言え、ただの男子高校生にびびってしまっている。

人識は溜め息を深く吐いて、「傑作だぜ」と呟いた。

そして、ごく自然に目の前の男に近づいた。

自然な笑顔で、握手をするかのように手を前に出したところで、高校生が冷ややかな表情で、口を開いた。


「何をするんですか。」


「殺すのはだめだけど、目の一つくらい良いかなって思ってさ。」


自然な笑みで、差し向けられている縫い針。

目玉まで1センチほどのところに先端があった。


「僕に何しかしても、ここからは出られませんよ。」


「ん?そうなのか。そうだろうな。かはは。まぁいいよ。お前が、こんなことされても冷静でいられる部類の人間だってわかっただけでさ。で、ここが一体どこで、どうすれば出られるのか教えてくれよ。」


笑いながら針を降ろす。

この少年の異質さは、おそらく気のせいではない。

まるで関心が無く、他人事のような。

感情がないような。

不気味な何か。

少なくとも、まともな精神ではないと人識は判断した。


「君も大概だと思うけどね。」


彼の言葉を聞き流すように人識は会話を続けた。

彼の話は、大凡こんな内容だった。


彼の名前は神山樹。

ここは、人識が手にしたナイフの中の世界だということ。

ナイフは、元々連続猟奇殺人事件の犯人が所持していたナイフで、彼はそれを譲り受けたらしい。

ナイフを譲り受けてから数日後、いつも通りの生活を送っていたところ、図書室と自室以外の世界が消失していることに気がついた。

いつからなくなったのか、いつからこのような世界になったのかは不明。


「他に今わかっていることは、僕以外にも森野夜(もりのよる)という先ほどの女の子が存在しているということ。そして、彼女自身はこの世界に違和感を感じていないらしいんだ。何度か会話してみたけど、同じ日をループしているような反応を返してきているということ。」


淡々と説明する神山樹に注意を払いながらも、人識が話を進める。


「結局。あんまりわかってないんだな。」


傑作だと笑いながら、どうしたものかと頭を捻る。

戻れなければ、伊織を助けにいけない。

時間も気になる。

なんとか早く戻らなければならないと、人識は焦っていた。


「・・・分かってはいないが、思っていることはある。この世界は、僕が森野を殺せば終わるんじゃないだろうか。このナイフで。」


神山樹の手には、件のナイフが握られていた。

パキパキと枯渇音を響かせている。

確証はないけどね。と神山が言ったところで、人識が口を開く。


「なんで、“殺す”なんだ?」


「元々、このナイフを持っていた殺人鬼は森野夜を殺そうとしていたんです。つまり、このナイフは彼女に未練があるかもしれないと思ったんです。この枯渇音は、血に飢えている音だ。そう思いませんか?」


今、ナイフの世界には3人の男女。

1人は殺すことを託された男。

1人は殺したい女。

1人は殺人鬼の男。


神山が言った言葉を思い返しながら、人識は笑った。


「やっぱり、お前を殺す。」


神山樹が疑問を声にしようとした時には、ナイフは奪われていた。


「かはは。お前を殺せば戻れるんじゃないのか?」


「・・・今までの話聞いてましたか?なんでそうなるんですか?」


「いやいや、おかしいだろ。なんで仮説があるのに試してないんだよ。んで、なんでそれがさも正しいかのように俺に伝えたんだ?それって、俺に殺せって言ってるんだろ?このナイフで。」


お前本当は誰だ?という人識の問い掛けに、神山樹は笑う。

額に手を当てながら天を仰ぐように、笑う。


「はは、これは失礼。なかなか思うようには行かないね。」


ぐにゅりと空間が歪むように神山樹の顔が変化した。

暗い瞳、少し痩けた頬、艶のない茶色の髪。年齢で言えば30歳前後の男。

一目見ただけで、一般人ではないと判断できるほど、異質な雰囲気を纏っている。


「私は・・・件の殺人鬼だよ。」


いつの間にか服装や体つきまでが変わっていた。

何故かエプロン姿。まるでカフェの店員のようだ。

その腕には、幾つかの十字の自傷痕。


「・・・十四の十字だ。彼女で十四の留は完成する。そして、十五の留により、私の罪は許されるのだ。」


人識は何の躊躇いも無く、その殺人鬼を断割した。

言葉の意味を問うことも、この世界のことについて、質問することさえせずに。


「十四の十字・・・。嫌なことを思い出させるんじゃねぇよ。傑作だぜ。」


返り血を浴びることも無く、殺人鬼は十四のパーツに断割されていた。

じんわりと血が染み出す。止め処なく。


「てめぇが14番目だ。後はねぇよ。これで終わりだ。」


次の瞬間、世界が暗転した。

神山樹と名乗った高校生が、森野夜と呼ばれた高校生をおぶっていた。


「助かったよ。これで僕らは元の世界に帰ることができそうだ。」


話の流れなんて、人識には全く理解できなかったが、「傑作だ。」と彼は笑った。

高校生の姿が消えて、ナイフと自分だけになった時に、声が聞こえた。


−もっと殺したい。殺したい。殺したい。まだ足りない。殺したい。


「化物で良けりゃ、たくさん殺させてやるよ。・・・お前に、殺させて解させてやんよ。」


さらに暗転する。

どこにいるかもわからない。

自分の形さえわからない。

恐ろしいほどの殺気が右手から流れ込んでくる。

やがて、その流れが体を形作り、自分の形を思い出す。

溢れ出しそうな殺気と共に・・・。


−兄貴達や伊織は、こんなものを抱えてたのか?やっぱり、俺はイレギュラーな存在だったのかな?


「傑作過ぎる。かはは。」


目を開いた先には、破面もどき。

攻撃のモーションに入っているようだ。

躱すのは簡単だ。

手刀が飛んでくる。


−バラバラにしたい。


「わかってる・・・よ!」


まさに刹那の所行。

それを見ていた哀川やサイタマでさえ、かろうじて見えたレベル。

すれ違うように、人識は破面もどきの後ろの方へ歩を進めた。

人識の体は、淡い青色の光を放ち、右手のナイフから幾何学模様が浸食するように右腕に青色の筋が入っている。


「あ、台詞忘れてた。もう遅いけど、殺して解して並べて揃えて晒してやんよ。」


その台詞が合図だったかのように、破面もどきの体が、ばらばらになってその場に崩れた。

パーツの数は14個。


「・・・あ、化物はノーカンだよな?」


人識は縦穴の淵で見ていた哀川に声を掛けた。

哀川はシニカルな笑みを浮かべて応える。


「ああ。そいつは、ノーカンにしておいてやる。」


「はあ、危なかったぜ。」


胸を撫で下ろす人識。

既に、体の発光は止まっており、右腕の幾何学模様も消えている。


「まったく・・・危ないことをしますね。夜一さん。」


「あやつなら、問題ないじゃろ。」


「ま、結果オーライです。Lesson2も全員合格してよかった!よかったぁ!・・・それに、呪具の解析も進みそうですしね。」


Lesson2 が終わり、Lesson3が幕を開ける。


Suerte!


「皆さん準備はできていますか?」


浦原の言葉に3人が顔を上げる。

哀川潤、サイタマ、人識。


「既に、黒崎さん達は、虚圏に入っています。これから各自先に入っている黒崎さん達を目印に転送を行います。バラバラに送るので、気をつけてください。お互いの位置がわかるようにこれを持っていってください。」


浦原から各自にスマートフォンが手渡される。


「これは、アタシが作ったスマホです。これの中に各自の位置情報がわかるアプリが入っています。使い方は、実際に使いながら確認してください。現在、黒崎さん達は、十刃と交戦中です。今直ぐ助けに行ってあげてください。」


黙って聞いている哀川と早速スマホを弄り始める零崎。


「このスマホって、どうやって使うんだ?」


空気の読めない質問をするサイタマ。

グローブをはめたままでは操作できないことを誰も教えない。


「では、準備は良いですね。」



—虚圏



広い空間に人影が三つ、一つは倒れていて、一つは別の大きな人影に刀を向けている。

その大きな影は、まるでグロテスクなドレスを着ているようで、手に持った容器の中から玩具のようなパーツ取り出して握りつぶした。


「がはっ!!」

パーツが握りつぶされると既に倒れている白衣に身を包んだ眼鏡の男が叫び声を上げた。

さらに口から血を噴き出す。


「石田ぁ!!!」

白衣の男の尋常ではない様子をみて、刀を持った赤い髪の男が動揺する。


「ふふ。良い声で鳴くじゃないか。」

グロテスクなドレスを着飾った男は、笑みを浮かべながら「次はどこが良いかな」と容器の中を漁っている。


「くそ!蛇尾丸!」

刀が伸び、切り掛かるもドレスの羽のようなもの意思を持っているかのように動き、攻撃を防ぐ。

さらに、そのまま赤い髪の男に迫り、羽から垂れ下がった触手のようなものが飲み込んだ。


「ほら、君の分も出来上がった。」


ケラケラと笑い、手にしているのは、赤い髪の男をデフォルメしたような人形。

上半身が外れると先ほど持っていた容器と同じように中にはカラフルなパーツが詰まっている。


「ほうら、君はここだ。」


パーツを一つ取り出して壊すと、赤い髪の男が血を吐き出してその場に倒れ込んだ。


「クインシーと卍解ができる死神のサンプル。いいものが手に入った。」


勝利を確信した笑みを浮かべていると、空間に亀裂が走り、まるでガラスが割れるように空間が裂ける。


「かはは。なんだか大変なところにきちまったみたいだな。」


零崎人識は、スマホの画面を確認して、グロテスクなドレスを着た男にナイフを向けた。


「おい。破面。殺して解して並べて揃えて晒してやんよ。あ、その前に伊織ちゃんはどこだよ?」


「また新しいサンプルのご到着だ。僕がヤミーだったらスエルテと叫びたい気分だね。」


「あ?スエルテ?傑作だな、どうにも話が通じないらしい。とりあえず、バラバラにしてから考えるか。」


笑っている人識に先ほどの羽のようなものが襲いかかった。


「名乗るのが遅れたね。僕は第8十刃。ザエルアポログランツだ。よくわからない少年。既に決着は着いたも同然だが、名乗って欲しいな。君が何ものかわからないと実験のしようがないからね。」


先ほど同様、触手が人識を飲み込んだように見えたが、その触手に切れ目が入り、細切れになってその場に落ちた。


「俺は、零崎人識。無桐伊織の家族だ。もう一度だけ聞いてやる。伊織ちゃんはどこにいる?」


ザエルアポロは一瞬驚いたような表情を見せるが「面白い」と呟いて、言葉を続ける。


「実験サンプルのご家族か。残念だけど、もうバラバラにしてしまっているかもしれないな。バラバラになったご家族を持ち帰るかい?」


明らかな挑発にも人識は動じない。

だが、周囲には伝わっていないだろうが、彼は怒っていた。

零崎一賊は、そういう血なのだ。


「かはは。まぁいいや、後からスマホで探せそうだし。お前、ムカつくし。おしゃべりの時間は終わりだ。」


その瞬間、ザエルアポロの体は、ボンレスハムのように見えない糸で縛り付けられた。


「!?」


驚く間も無く、羽のような物から順に、糸で絞り切られていく。

目の前には、零崎人識と名乗った少年。

青い光を放ちながら笑っている。


「破面が人の形をしていて助かったよ。人の形をしたものなら、俺はなんでも殺せる。」


「何を・・・!」


糸が切れない。


「人の形をしたものなら、相手の強度を人間レベルまで下げられる。殺人鬼だからな。傑作だろ。・・・って、もう聞こえないか。」


ごとりと落ちたのは、ザエルアポロの首。

体は既にバラバラになっていた。


「で、スエルテってどういう意味?」


ザエルアポロVS零崎人識

電光石火で、零崎人識の勝利。


「っと、あんた達生きてるのか?」


きょとんとした顔で、今の戦闘を見ていた2人に話しかける人識。


「あ、これ、浦原さんから。あんた達に食わせろって。」


そう言って、ポケットから取り出したのは何ともグロテスクでぐにぐにと動く芋虫のようなもの。


「え、それ、どうする気・・・!?ぎゃあああ!!!」


芋虫を口に入れると、黒髪眼鏡の男は口から泡を吹いて倒れ込んだ。


「石田ぁ!!・・・お、おい!待て、やめろ!・・・・ぎゃああああああ!!!!」


赤髪の男も同じ末路を辿ったが、人識は気にする様子もない。


「さて、伊織ちゃんはどこだ。」


伊織を探し始める人識。

その様子を遠くから観察している人間がいることに彼はまだ気づいていない。


「あいつは、どっち側の人間なんだ。どっち側でも関係ないか。今の俺ができるのは1つだけだ。」


人識を観察していたのは、顔面が包帯でグルグル巻きになっている少女。

その少女は何かに焦っていた。


「古賀ちゃん。待ってろよ。」


その頃、サイタマと哀川潤も戦闘を開始していた。


「このスマホって本当にどう使えば良いんだ?・・・とりあえず、この黒装束の女の子に豆を食わせればいいのかな。」


サイタマ、帰刃どころか名乗る前に第7十刃ゾマリ・ルルーを撃破。

朽木ルキアを救出。


一方、哀川潤は苦戦していた。


「弱いんだよ。女がぁ!」


戦斧のような大きな獲物を振り回す破面。

少し距離を置いて、相対するのが哀川潤。

周囲には他にも何名かの人影がある。


「キンキンうるさい声だな。」


哀川は、拳から血を流しており、明らかに疲労している。


「おい、あんた!逃げろ!」


オレンジ色の髪の男が叫ぶ。

傍らには不安そうな表情の女。

近くに、気を失っている幼女もいる。


少し離れたところで倒れているのは、眼帯の破面。


「こんな状況で逃げられるわけがねぇだろ。」


哀川が笑みを浮かべたところで、「気に食わねぇ。」と破面。


「言動も気に食わないが、何よりその目が気に食わねぇんだよ!」


敵意を剥き出しに戦斧を振り上げる破面。

哀川潤は苦戦していた。



TO CLOSE YOUR WORLD


数分前。

「やめて!黒崎君!」


ボキッと鈍い破壊音が鼓膜を揺らす。

同時に激しい痛みが電流のように体を巡る。

腕を踏みつぶされた。

骨が折れ、逃げることもままならない。


「うぐぁあああっ!」


黒崎と呼ばれたオレンジの髪の少年がのたうち回るのを眺めているのは、長髪眼帯の破面。

にやにやと笑みを浮かべている。

先ほど、黒崎の腕を踏み折った破面が、「もう終わらせるぞ。」と言って、再び足を上げる。これが頭部に炸裂すれば、頭部が踏みつぶされ、イチゴジャムのような物になってしまうだろう。

それを踏み降ろす、直前。

黒崎の背後1mくらいの位置で、ビキリと空間が音を立てて割れ落ちた。

中から現れたのは真っ赤なスーツに身を包んだ請負人。


「お、ぎりぎりかな。」


言うが早いか、今まさに足を踏み降ろさんとする破面の腹部を殴り抜く哀川。

衝撃の凄まじさは、周囲のものにも直ぐに伝わった。

音と風圧。殴っただけなのに足下の砂のようなものが舞い上がる。

そして殴られた破面は、数m背後に吹き飛ばされ、全く動かなくなった。


「お前が黒崎一護。んで、あっちが井上織姫であってるか?」

哀川が足下の黒崎に確認すると、まだ状況を掴めていないながらも、そうだと応える。


「ようし。んで、あれが十刃ってとこかな。」


目の前で舌打ちをする破面に視線を向けてシニカルに笑う。


「馬鹿が油断しやがって。女のくせに・・・。」


女という言葉に反応したのは哀川。


「女だったら、なんか問題あるのかよ。」


目を細めながら、ゆっくりと歩を進める。

近づけば近づくほど、でかい。

一般的にはそれほど身長が低くない哀川が見上げている。

あと一歩で攻撃の間合い。


「存在がイラつくんだよ。俺の前で偉そうにすんじゃねぇよ。」


振りかざすのは肩で担いでいた戦斧。横なぎにするが、距離をとり躱す哀川。


「お前も相当イラつくぜ。」


哀川の言葉が鼓膜に到達するのと体感的には変わらないほどの早さで、破面は殴られた。

不意をつかれたということは無い。

目を離さなかった。

それは、響転(ソニード)や瞬歩(しゅんぽ)と同じかそれ以上の移動速度。気づいた時には殴られていた。


「っぐ・・・このっ!」


風切り音とともに戦斧を振り回す。

再び距離を取る哀川。

速さに圧倒的な差があった。

しかし、破面は笑う。


「ざまぁねぇな。女っ!」


哀川の拳から、血が滴っている。

一度殴っただけで拳を痛めた。


「思った以上に硬いな。」


拳の状態を確認し、相手を見遣るもダメージは無いようだ。


「俺の鋼皮は歴代全十刃最高硬度。第5十刃(クイント・エスパーダ)ノイトラ・ジルガ様が、お前に身の程を教えてやるよ。女ァ。」


名乗りとともに突っ込んでくる。ノイトラ。

戦斧が振り下ろされる衝撃で砂埃が舞う。

だが、哀川はあくまで冷静に攻撃を躱す。

ここから、数分間攻撃を躱し続けるが、それを見ていた黒崎が叫ぶ。


「おい、あんた!逃げろ!」


その言葉にシニカルな笑みを浮かべる哀川。


「こんな状況で逃げられるわけがねぇだろ。」


そのやりとりにノイトラが苛立を爆発させる。


「気に食わねぇ!言動も気に食わないが、何よりその目が気に食わねぇんだよ!」


言葉と同時に、口から光線のようなものを放つノイトラ。

爆風と砂埃で視界が悪くなる。


「ちっ・・・。」


砂埃が落ち着いてきたところで、ノイトラが舌打ちをする。

そこには、左腕から血を流している哀川の姿があった。

躱しきれなかったものの、致命傷は避けている。


「危ない危ない。・・・もう止めた。こういうのって先に技を出すと負けちまう気がしてな。お前相手に使うのは、嫌だったんだけど、もったいつけてる場合じゃないよな。」


言葉を無視するように戦斧を振り上げるノイトラ。

次の瞬間、バリッという何かが裂けるような音と共に、哀川の着ていたスーツの腕部分の布が弾け飛んだ。


「なんだそりゃ!」


構わずに戦斧を振り下ろすが、真横にはじかれる戦斧。

手を離してしまったノイトラがその衝撃に驚いている間もなく、ノイトラの頭部を拳がめり込んだ。


「っ!」


言葉を発する間もなく、殴られた方向に吹き飛ぶノイトラ。

程なく白い石柱にぶつかって落ちた。


「瞬閧(しゅんこう)・・・って言う技だ。にしても硬いな。」


手をぷらぷらと振りながら、まだ終わっていないだろうと言わんばかりに吹き飛んだノイトラから視線を外さない哀川。


「くっそがぁ!女のくせに!見下してんじゃねぇ!」


ガラガラと瓦礫の中から、起き上がり叫ぶノイトラ。

顔に拳の痕がはっきりとついており、口からは血を吐き出している。

が、そんなことはお構い無しに高らかに叫ぶ。


「祈れ!サンタテレサ!!」


砂塵を巻き上げ、その姿形を解放する。


「それがお前の帰刃か。」


舞い上がる砂埃の中から現れたのは、4本の腕とそれぞれに大きな鎌を持ったノイトラ。


「俺が十刃最強だ!」


顔の傷も治っている。

その姿は容易にパワーアップを連想させたが、哀川には関係なかった。


哀川は、気にせず突っ込み、殴り飛ばした。

一度ではなく、何度も。何度も。

途中、腕が6本に増えた気もしたが、数十回殴ったところで、「女」という言葉は聞こえなくなっていた。


「女、女って吠えるなよ。男の癖によ。」


シニカルに笑う哀川。

傍らには、殴り尽くされ、意識を断ち切られたノイトラ。


ノイトラ・ジルガVS哀川潤

本気を出した哀川潤の勝利。



—とある一室

モニターを眺める4つの人影。


「侵入者の排除が芳しくないようだね。」

モニターに映し出されているのは、黒崎一護、零崎人識、サイタマ、哀川潤。


「そんな言い方でせめんとってください。彼らも必死なんですから。」

モニターの光に照らし出されたのは、白髪線目の男。

十刃と似たような白い着物を着ている。


「使えない奴らだ。」

同じく、薄らとモニターの光に照らされたのは、ドレッドヘアーの男。


「既に十刃よりも、強い手駒があるんだ。出し惜しみをしても仕方がないだろう。早々に、この小さな戦争を終わらせようじゃないか。」

先ほどから顔が見えなかった人物だったが、その顔がモニターの光を受けて露になる。髪をオールバックにしており、鋭い視線をしていながらもどこか静かな雰囲気を讃えている。


「相変わらず怖いこと言いはりますね。愛染隊長。」

その男を愛染と呼んだのは、線目の男。


「恐怖は知恵あるものの特権だよ。その意味で君は本当に賢い。これから、私がどれほど恐ろしいことを理解しているということだからね。それでは、ギン。実験棟で調整が済んだ物達を解き放ってくれるかい?」

愛染と呼ばれた男が指を指したのは、哀川達が映っていないモニター。


「わかりました。」

言うが早いか、音も無く消えるギンと呼ばれた線目の男。


「さすがに行動が早い。さて、要。君は私と来てくれ。」

ドレッドヘアーの男に声をかけ、移動開始する愛染。

「はっ。」と付き従ったのは、ドレッドヘアーの要と呼ばれた男。


「さぁ、世界を作り直そう。・・・君もね。」


不気味に笑みを浮かべる愛染の視線の先は、真っ黒い人影。

背丈はそこまで大きくはないが、立ち居振る舞いから、凛とした雰囲気を醸し出している。

その影もまた、愛染の後ろについて行った。


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