2015-11-12 11:10:14 更新

前書き

勇者の旅立ち の続編となります。


・物語は「勇者の旅立ち」その後となります。本作品だけだと人物間の関係がわからないので、先に「勇者の旅立ち」をお読み下さい。

・書き方や投稿の仕方が間違っているかもしれません。

・公開した状態で物語を更新をするたびに「新作SS」に上がっているかもしれません。悪意や閲覧数を稼ぐためでは決してありませんので悪しからず。

・誤字脱字は大目にみてやって下さると助かります。校正はしているつもりです。

・矛盾などがあったらごめんなさい。

・他にも注意事項はありますが、言っているときりが無いので、寛大な心で閲覧して下さい。

・ついでにえっちな表現ありです。個人的にはアブノーマルです。

・それではどうぞ。




・・・。

・・。

・。




勇者が地図を見ながら次の街への道を歩く。

方位磁針は北を示していた。

時刻はもうじき夕方だ。そろそろ野営の仕度を始めた方が良かもしれない。

旅を始めてどれくらいになったろう。

地図と磁針を交互に見ながら川の場所を探す勇者。もし川が見つかったら汗も流したい所だ。


勇者「んー・・・?」


しかし地図を見てもキャンプに適した場所は少し先になりそうだった。

勇者は地図を仕舞うと、足早に目的地へと進んで行く。

ところが上り坂を歩いている時勇者の鼻孔を甘い匂いがくすぐる。どこかに木の実でもあるのか?それとも秋花?

木の実なんかだとありがたい。

沈み始める太陽は持ってあと30分程。

道草を食う時間はありそうだった。

勇者は匂いを頼りに草を掻き分けて進んだ。


?「・・・て!」


勇者「・・・?」


?「誰か・・・!」


風に乗せて勇者へと届けられる声。弱々しくも消え入りそうな女性の求め声聞き、勇者の足は急かされる。

誰かが魔物に襲われているのか?

走っている途中で木の根に足を取られながらも進んで行くと、音もなく勇者の体がふわりと浮き上がった。


?「はいお疲れ様」


勇者「うわ!?」


視界の上下が逆転させられ、何が起きたのかを理解するまでに数秒の時間が掛かる。

吊らされた勇者を見上げるのは上半身が裸で下半身が大きな花弁で形成された魔物だった。

魔物の花弁の中から生える蔓に両足を縛られ逆立ちに持たれる勇者だが、抵抗のために鞘から剣を抜こうとする。


?「はいはい抵抗しないでね〜。ムダだからね〜」


剣を抜き終わった矢先、魔物が放った手刀が勇者の剣を叩き落とした。カランと乾いた音を鳴らして落とされてしまう剣。

拾うにも吊るされているため為す術がない。

武器を無くした勇者を見て、魔物は腕組みしながら満足げに笑っていた。


?「美味しそうな匂いがすると思ったら若い男の子だったか〜」


勇者「お前は・・・アルラウネ!」


アル「そうだよぼく〜。子供のくせに物知りだね〜」


褒めながらもアルラウネが勇者を地に立たせる。無論足の拘束は解かれないまま。

勇者が急いで落とされた剣を拾おうと前屈みになった。しかし勇者の指先が剣を手繰り寄せるよりも早く、他の蔓が勇者の両腕を強く拘束する。

子供をあやすようでいて茶化しながら勇者の頭を撫でるアルラウネ。

下半身が花弁の魔物と言っても上半身は人間と変わりない。アルラウネが勇者を撫でれは、嫌でもその胸にある双丘が勇者の目に入ってしまう。


勇者「くっ・・・!人の親切心を何だと思っているんだ!」


アル「じゃあ君は私が正面から声を掛けても逃げないでいてくれた?無理でしょう?私だって正面から挑んで切られたくないもん」


勇者「逃げません!本当に逃げませんから離して下さい!」


勇者の懇願を受け両腕と余った蔓で「やれやれ」とお手上げ姿勢を見せるアルラウネ。

アルラウネの蔓が更に一本花弁の中から生えたかと思えば、蔓は勇者の首に巻きつけられる。


アル「人間は嘘つきでしょう。口では戯言を言ってもほら体は震えて・・・震えてー・・・いない?」


勇者「嘘じゃないですってば!本当ですよ!」


アル「ふーん・・・。それなら離してあげる」


蔓が解かれて解放された勇者が「ハァ・・・」とため息を一つ、落とされていた剣を拾う。

道具袋から取り出した布で剣先に付いた泥を拭う勇者。


勇者「それでどうしたんですか?」


アル「え?このタイミングで斬り掛かってこないの?」


勇者「えー・・・。斬り掛かった方が良かったですか?だって今逃げないって約束したばかりじゃないですか――」


アル「ま、まぁそうなんだけれど・・・斬り掛かって来てくれた方が私も容赦しないで済んだし」


人型と呼べる部分が半分しか無いとはいえ、アルラウネは人の言葉を理解し罠にかけるような魔物だ。

人型上級魔物では無いとは言っても、勇者が本気で向かって太刀打ちできるような魔物ではない。

自分の強さくらい勇者だって弁えている。


勇者「それで・・・一体どうしました?」


アル「そう・・・なんだ・・・」


勇者「あの――」


勇者に下から覗き込まれたアルラウネが反射的な勢いで後ろに跳ぶ。余りの早さに勇者は驚いて硬直させられた。


アル「なっ、何でもないよ。お腹が空いたから人間から色々絞り出してやろうかなって思っただけだから」


勇者「・・・」


アル「まぁいいやもう。君は本当に逃げなかったから見逃してあげる」


勇者「良いんですか?」


アル「次は無いからね」


はにかむアルラウネを見ながら勇者は立ち去った。

勇者が去った後に残されていたアルラウネが「あーあ・・・逃げられちゃった・・・」と独り言のように呟く。


アル「急いで次を探さないと――」


肩を落としたアルラウネが草木を掻き分け、僅かに進んだ先で立ち止まる。


?「おねぇ・・・ちゃん・・・」


アルラウネがしゃがみ自分を姉と呼ぶ魔物の頬に手を乗せてやる。そこにはアルラウネよりも一回り小さな亜成体のアルラウネがいた。


アル姉「体調はどう?」


アル妹「へへ。お姉ちゃんが来たからへーき」


アル妹は人間年齢で言う所の11から12歳くらいだろうか。勇者と同じくらいの外的年齢をしている。

気丈にも姉に笑顔を返すアル妹ではあったが、アル姉は妹に笑顔を返せずにいた。


アル姉「ごめん・・・獲物は捕まえたんだけど逃げられちゃった」


アル妹「大丈夫だよお姉ちゃん・・・それに人間の精なんか飲んだって治るかわかんないもん」


アル妹は患っていた。

それも概ね助からないとされる病。数多くいる魔物の中、唯一アルラウネ種のみが掛かる奇病とされている。

病名は分からない。しかし治し方なら解る。

解るが条件は最悪だった。

アルラウネよりも強い魔物から精を取り込み病を駆逐させることが病を駆逐する術と言われている。

一見簡単そうに見えるがアル姉からすれば八方塞がりだ。

第一にこの辺りで一番強い魔物はアルラウネ種とされている。そんなアルラウネ種以上の魔物がいるとされているのは、直線距離で数十キロ先の山岳と言われていた。

人目につかないように妹を担いで数十キロも移動できるはずもない。仮に向かえたとして、自分よりも強い魔物を襲って無事でいられる理由が皆無――。

自分の命と引き換えなら喜んで差し出せるが、世の中はそんなに甘いものではなかった。

己の不甲斐なさに悔し涙を浮かべるアル姉。唇を強く噛み締めたアル姉の頬を涙が伝おうとした時、アル妹の体が強く脈を打つ。


アル姉「アル妹!」


アル妹「おねぇ・・・ちゃん・・・!」


アル姉がすぐに妹と目の高さを合わせ手を握ってやる。


アル姉「お姉ちゃんはここにいるよアル妹!」


アル妹「痛い・・・!体が・・・体が痛いよ・・・!」


弓なりに背を反るアル妹。

歯を食い縛るアル妹の額からは大量の汗が流れ出て行く。

その時アル姉は近くの森から音を聞いた。

アル姉が妹の手を離して身体ごと振り返る。


勇者「その・・・すいません、覗き見をしていて」


藪から姿を現したのは先程の子供だった。

剣こそ抜いてはいないようだが、今襲われたら妹をどうやって守る?


アル姉「何しにきた!?」


勇者「様子がおかしかったから何かあったのかと思いまして――」


何と言った?

魔物が心配だと言ったのかこの子供は?

一旦は自分を襲った私が心配だって?とても正気の沙汰とは思えない。


アル姉「余計なお世話。一歩でもこっちに来たら八つ裂きにしてやるからね・・・!」


出せるだけの蔓をありったけ花弁の下から出して大きく広げるアル姉。

警戒を色濃く見せるアル姉ではあったが、勇者は不穏な様は見せないよう静かに小指の指輪を外す。


勇者「これはチャンネルリングと呼ばれる特殊アイテムです。一人の魔物と遠距離で会話していますから、指にはめてリングを額に当てて下さい」


アル姉「誰がそんな得体の知れない物を――!」


勇者「妹さんの命に関わりますよ!」


アル姉にとって最も弱い部分を勇者が刺した。

憎憎しげに勇者を見やるアル姉。

少し考えていたアル姉は、結論として油断など一切しないまま蔓を伸ばして勇者から指輪を手繰り寄せる。

銀色のリングの頭には緋色の宝石が乗せられてあった。

訝しげな様子のアル姉が指輪を小指に装着してリングを額にあてる。すると不思議な事に頭に何者かの声が聞こえた。


?『もしもし?聞こえるかしら?』


アル姉「だ、誰?何処から聞こえるの?」


?『聞こえているわね。そこの男の子から事情は聞いたわ。長時間話せないから手短に言うけれど、貴女の妹は三日以内に死ぬわよ』


訳の分からない奴に訳の分からない内に死刑宣告をされアル姉の頭に血が上る。

勢いのまま脳内に聞こえる女に怒鳴ってやろうとした矢先、女は『だから――』と話を続ける。


?『妹を助けたいのであれば、一刻も早く彼の精を妹に与えてやりなさい。手遅れになる前にね』


アル姉「こんな子供でどうにかなるハズがないでしょ!?」


からかわれているのかと感じてアル姉が叫ぶ。

すると会話の相手は心底冷淡な声で、尚且つ冷酷に残酷を突き付けた。


?『ふーん。じゃあ死ねば』


アル姉「なっ――!」


?『別に私は構わないもの。彼が貴女の妹を助けられないか聞いてきただけなのよ。そもそも私個人的にはウチの子に触らないで欲しいくらい』


アル姉「だからってそんな言い方・・・!」


?『言い方?なら私が丁寧に諦めなさいと言えば諦めるのかしら?どうせ助ける気が無いなら今すぐ止めをさしてあげたらどう?そもそもこんな会話は私に一グラムの価値も無いわ。ねぇおバカさん、この会話は月に一度しか使えないのよ?莫大な魔力を一月も蓄積して、やっと10分程度の会話ができるのよ?今現在彼との会話を邪魔されている私の気持ちがわかるこの草女。はい時間よ終わり。終了。さよなら』


言い返そうとするアル姉ではあったが、怒りに狂いかけているアル姉が話し出す前に会話は終わらされてしまう。

指輪をしたままの拳を強く木に叩きつけるアル姉。

一度や二度ではなく、何度も何度も。

そのうち拳が裂けて血が滲むが、アル姉が指輪を確認しても傷一つとして存在しなかった。


アル姉「あがー!」


まるでお前の存在価値なんて指輪以下だと言われたみたいだ。最後にもう一度焼けクソに木を殴りつけたアル姉が指輪を外して持ち主に投げつける。


アル姉「なんなのこいつ!」


勇者「一応知り合いの魔物なんですけれど・・・すいませんなんか」


アル姉「絶対にぶっ殺す!何処のどいつか教えなさいよ!」


勇者「いえ・・・それは・・・。教えるなと言われているというか、言っても信じないというか――」


歯切れの悪い勇者に対し、アル姉が蔓を鞭のように振り上げる。

個人を小馬鹿にするだけではなく、妹を使ってまでバカにしてくるなんて許せるハズがない。

業を煮やしたアル姉は二本の蔓を勇者の首に巻きつけ詰問を開始する。


アル姉「そいつの代わりにあんたを殺してやろうか!」


勇者「ま、魔王城の・・・吸血鬼さんです」


魔王城の・・・吸血鬼・・・?

嘘でしょ?

冗談?

しかし思い返せば遠方の者と会話ができるチャンネルリングなど聞いたことがないアイテムだ。それに全力で叩きつけても傷つかない指輪の素材も聞いたことがない。


アル姉「・・・」


勇者「・・・」


月明かりに照らされる勇者とアル姉。

そもそも彼は何をしに戻って来た?

話の全てが本当だと仮定して、妹を助けた彼には何のメリットがある?

決断が求められる。

アルラウネは勇者の首から蔓を解くと、大小数十本ある全ての蔓を器用に使い、瞬く間に勇者を丸裸にさせた。


勇者「ななー!?」


手のひらで前を隠す勇者ではあったが、すぐに肢体に巻きつかれた蔓が勇者を大の字にさせる。


勇者「何ですかこれ!?吸血鬼さんは何て言ったんですか!?」


アル姉「・・・聞いていないの?きみの精を妹にあげろってさ」


勇者は見たままの光景を吸血鬼に伝えて指示を待っていただけだ。

精を絞られろなんて指示は出されていない。


勇者「僕聞いてませんよそんなの!」


アル姉「だったら改めて私からお願いさせて。こっちは藁にも縋りたいの」


今にも泣き出してしまいそうなアル姉の表情を向けられ勇者が押し黙る。

どういった理屈かは知らないが、吸血鬼が冗談を言ったとも考えにくい。

つまり本当なのだろう。


アル姉「仮にダメでもキミを責めやしない。もし妹が助かるならキミの下僕にだってなってあげる」


勇者「・・・分かりました。吸血鬼さんが言うのでしたら試してみましょう。でも先に水浴びに――」


アル姉「構わないよ」


蔓を使い勇者を引き寄せるアル姉。


勇者「まっ・・・あっ」


身動きが取れないまま宙で固定され引き寄せられる勇者。

禁欲生活を強いられていた勇者のモノがアル姉の顔前に晒された。

躊躇うこともなく汚れた勇者のモノを口に含んでしまうアル姉。粘り気の強いアル姉の唾液と舌が、勇者のモノに着いている汚れを舐め取ってゆく。

アル姉は自分が上手くできているのかを確認しようと勇者を見上げた。

磔られた勇者は、声を殺すこともできないままだらしなく喘いだ。

腰を引こうにも、身体中に巻き付けられた蔓のせいで身をよじることすら許されない。

みっともなく喘ぐ勇者を見たアル姉の舌がモノと皮の間に入り込み時計回りに蠢く。


勇者「ダメです!だめ――!」


妹が救われる可能性を考慮してか、アル姉はとても丁寧に勇者のソレを舐め続けた。

口に含んだまま先端を舐め、ソレの首筋を舐め、嬲りながらも汚れを飲み込み綺麗にしてゆく。

アル姉の口元から零れた唾液が糸となり、蜘蛛糸のように月明かりを反射させていた。


勇者「もう・・・っあ――!」


咥えられている勇者のモノが、ひときわ膨らみを増す。

口内で放出の前兆を感じ取ったアル姉は勇者を拘束する蔓を半分にし、余った蔓でアル妹を抱き上げた。

モノをくわえながらも、自分の顔横に妹の頭を引き寄せる。


勇者「っー!」


夜の山に勇者の悲鳴が響いた矢先、アル姉は妹の口を指で開かせた。

勇者から駆け上がる体液が吹き出される瞬間、アル姉の口は離され気絶しているアル妹が喉奥深くまで勇者のモノを咥えさせられる。


アル妹「ごぼっ!?」


勇者から体液を放出されている差中アル姉は妹の顔を上に向かせ、零さないように両手で固定をする。

勇者の体も角度をつけられ、きちんとアル妹の喉奥に流し込むように押さえつけられた。


アル妹「ん!んっー・・・!」


喉の一番奥で吐き出され胃に直送される勇者の体液。

遠慮なく出され続ける体液がアル妹の呼吸をしばらく止めさせ溺れさせる。


アル妹「がっ・・・!ぁ――!」


一滴も無駄なく胃に流し込まれ、アル妹が窒息しかけた。

しばらくして勇者からの放出が止まり、アル妹の息を塞いでいたモノが退かされる。


アル妹「っがはっ!?・・・はっ・・・!?」


意識を取り戻したアル妹が意味も分からず狼狽える。目の前を見れば自分に苦しい思いをさせていたモノが未だ反っている。

ソレは上を向きながらも強い匂いを放ち、アル妹に存在を強く誇示していた。


アル妹「え?えっ?」


どうして目の前にこんなモノがあるのかは分からなかったけれど、折角なので再びくわえ直して一滴も残さないように指で絞り上げる。

アル妹がソレの先端を舐めながら絞り出している時、頭上からは男の子の喘ぎ声が聞こえた。

見れば蔓に捕らわれた人間の男の子が苦しそうに呻き声を漏らしていた。


アル姉「うそでしょ・・・信じらんない・・・」


アル妹「ん?お姉ひゃん?」


アル姉「だっ・・・大丈夫なの?」


アル妹「あれ・・・もう痛くない」


勇者「く、くわえながら喋らないで貰えます?」


ソレを丁寧に丁寧に舐め尽くした後、アル妹が勇者を手放してやる。

不治の病とは何だったのかといった様で立ち上がっては「う〜ん!」と背筋を伸ばすアル妹。

とても元気になった妹の様を見せられ、アル姉は声も出せずにいた。


アル姉「・・・」


アル妹が左右の掌を開いては閉じて、開くを幾度となく行う。

その後は腕を回し、首を回し、感触を確かめたアル妹が無邪気に笑った。


アル妹「なんか治ってる。前より体調がいいかも・・・」


アル姉「本当に?よかった・・・本当に良かった・・・」


アル姉が妹の体を抱き締めた。

感動の物語が演出されている差中、勇者は相変わらず全裸で宙に浮かされていた。


勇者「そろそろ降ろしてもらえませんかね本当」


アル姉「え!?あ、ごめん」


勇者「扱いがあんまりだと思います」


降ろされた勇者が虚しい気持ちになりながら剥かれた服を拾い集めて行く。

服や胸当てなどを集めている時、アル妹が勇者に近付き「ありがとう!」と笑顔をくれた。

勇者は物悲しい雰囲気を漂わせていたが、アル妹の屈託ない笑顔を見せられるなり「まぁいいか」と気にしないことにした。


勇者「じゃあ僕はそろそろ行きますね。お大事にです」


アル姉「えっ・・・約束はどうしたら?」


勇者「約束?」


アル姉「妹を助けてくれるなら私はどうなっても良いって――」


勇者「僕は魔女じゃありませんから見返りなんていりません。気持ち良くなっていただけですし・・・」


アル姉「でも悪いよ・・・私なんかじゃ君が満足するような物はあげられないけれど、せめて何か希望があれば――」


考える勇者。

しばらくして一つの案を思い付く。


勇者「わかりました。ではこれから野営をするので枯れ木集めを手伝ってもらえませんか?魔物除けの火が必要でして」


アル姉「本当にそんなのでいいの?」


勇者「構いませんよ。またいつか助けが必要になったら、改めて協力して下さい」


アル姉「うん・・・。ありがとね」



・・・。

・・。

・。




旅が数ヶ月を過ぎた頃、勇者はとある街から数キロ進んだ海岸に来ていた。

空を見上げれば満点の星空と満月。魔物すらいない海岸には波音だけが響く。


勇者「・・・」


膝を抱えて砂浜に座る勇者。傍から見れば海に身投げでもしてしまいそうに見えるだろう。

勿論身投げなどせず目的のために来ている。再度月を見上げた勇者が独り言を放ち視線を海へと戻した。


勇者「あれって・・・本当に満月かな――」


町人から聞いた話によれば、満月の夜にこの海岸で人魚に会えるらしい。それがを統べる王に会うための最低条件だとか。

傍から聞けば胡散臭い話だ。一応念のため吸血鬼にも聞いたが情報は本当らしい。しかし吸血鬼も海の王には指折り数えるくらいしか会った事が無いと言っていた。

海岸に座る勇者が空を見上げることかれこれ二時間が過ぎようとしている。眠気に負けそうになった矢先に時は来る。


勇者「ふぁあー・・・あふ!?」


波音に混じって微かに聞こえたハープの音色。

勇者は自分が寝ぼけていないかと耳を澄ますが、ハープの音色は間違いなく奏でられている。

まずは第一段階を終えた。

まだ試練は続く。

物音を殺して立ち上がる勇者。音色を辿って辺りを見渡せば、砂浜から十メートル程海に入った岩場に人魚が座っていた。

大きな音をたてないように岩場へと歩き出す。勇者が近づくのを察してかハープの音が止められてしまう。

人魚「・・・」


勇者「・・・」


金髪の人魚が岩場に座ったまま勇者を見ていた。

胸には人間が来ているのと同じ水着が纏われ、腹部下にはパレオが巻かれている。

海の種族は地上の種族に比べて厭戦的な種族が多いと聞いた事があった。

コミュニケーションを取ろうとしても人が多くいたり、騒音をたてたりしたら逃げられてしまうらしい。

勇者が静かに人魚を見たまま歩きだす。

だが――。


勇者「へぶ!」


砂浜に足をとられた勇者が顔から転ぶ。

ちなみにシナリオ通りにイベントを進めるなら、ハープの音を聞いてから物音をたてず、岩場に近づいて静かに人魚の演奏を聞くらしい。

更に演奏が終わる頃に、振り向いた人魚に質問されて・・・と様々な手順が待っていた。

待っていたハズなのに勇者は盛大に転ぶだけ。

もうだめだ終わった・・・。来月まではチャンスがない。しかもあくまで最低で。

人魚が現れる条件は波の穏やかな晴れた日と言われている。

一応僅かな希望を胸に勇者が岩場へと顔を上げるが、やはり人魚はいなくなっていた。

勇者は頭を振って顔から砂を払うと投げやり気分で寝転がって空を仰ぐ。


勇者「やっちゃった・・・」


不貞腐れの入った勇者が空を見る。

月が綺麗だった――。

これで海族に会う鍵は失われた。父の情報を仕入れる事もできなくなった。


人魚「・・・」


そんな物憂げな勇者が、頭上から人魚に覗き込まれた。


勇者「・・・」


人魚「?」


勇者「わぁー!?」


度肝を抜かされた勇者は大声を出して逃げ出してしまう。そして逃げている途中で我に返った。

何をしているんだ僕は!?

急いで逃げるのをやめて踵を返すと、人魚が砂浜をぴょんぴょん跳ねて海に逃げようとしているではないか。


勇者「待って!待って下さいお願いします!僕は悪い人間じゃないですから!」


勇者が止めるのを聞かずに人魚は海に飛び込んでしまう。

今度こそ終わった・・・。

砂浜に四つん這いになって項垂れる勇者。

こんな稀なパターンなんか聞いてない・・・。

何処かで人魚に「君と音色に聞き入っていたのさ」とか言うんじゃないの?

千載一遇をモノに出来なかった勇者だが、二度ある事は三度あると聞いたことがある。

恐る恐る頭を上げてみる勇者。すると期待通り海中から頭を出した人魚がいるではないか。

上半身を海面に出したまま右に、左に、右に動く人魚。

まるで試されているみたいだった。

もはやセオリーなんて知ったことかと小走りで駆け寄った勇者が人魚へと近づく。


勇者「人魚さん逃げないで下さい!」


人魚「きみ面白いですね」


勇者「危害なんか加えませんから!」


人魚「勿論見ればわかりますよ」


必死に取り繕う勇者に対し、人魚が面白可笑しそうに答えた。


勇者「わ、わかるんですか?」


人魚「多くの人を海の神殿に案内していますからね。悪巧みをする人は雰囲気や表情である程度分かります」


勇者「ならどうして逃げたんですか・・・」


人魚「からかったら面白そうかなって思いまして・・・。結構面白かったです」


ふふんと勝ち誇った様を見せる人魚。

勇者の人魚に対する考え方が少しだけ改まる。

相変わらず右へ左へと泳ぐ人魚。


人魚「所で本日はいかが致しましたか?」


勇者「海の王人魚姫様に会いにきました」


人魚「・・・人の子供がうちの王に用事ですか?」


勇者「あの・・・聞きたい話がありまして――」


勇者の問い掛けに、なにやら考えだす人魚。

「うーん」と考えながらも、右へ左へ動くのは止めないらしい。

一往復、二往復、三往復泳いだ人魚が動きを止める。


人魚「分かりました。王は多忙な身ですが、ご案内いたしましょう」


勇者「本当ですか!?」


人魚「冷たいでしょうが、どうぞ水の中へ」


願いが叶えられ勇者は気分上々で海に入って行く。

腰まで海面に使った時、人魚が勇者の両手を取って言う。


人魚「きみがどうしてその剣を持っているのかも気になりますから」


勇者「へ?」


両腕を掴んだ人魚が勇者を一気に海中まで引き摺り込む。途端に勇者の呼吸が乱され、肺に水が入った。

抗うことすら許さずに、闇の海中へと潜って行く人魚。

伝えられる話の通りなら、こんな仕打ちは受ける予定ではない。海中でも呼吸できる魔法を掛けてもらえるはずだ。

吐き出される息と吸い込まれる海水。

勇者の意識が失われるのにさほど時間はいらなかった。




・・・。

・・。

・。




溺れていた勇者が目を覚ましたのは薄暗い牢獄の中だった。

とても不思議な牢獄。

どういった手品なのか、牢の中には悠々と泳ぐ魚がいた。勇者は自分の置かれた状況が理解出来ずに辺りを見渡す。

両手は拘束具で固定され、右の足には鎖と鉄球が付いていた。

出で立ちはまさに囚人以外の何でもない。


勇者「なんで・・・」


これは夢?

立ち上がった勇者が前を横切る魚に触れようとするが、魚は勇者が動いた瞬間に牢の外へと逃げてしまう。

勇者がどうしようかと考えている時、牢の前を二人の人魚が通った。宙を泳ぎながら勇者が起きているのを確認したのは、上半身に鎧を纏った人魚兵だった。

牢の入り口が開かれる。


人魚兵「姫様が待っている。抵抗せずについて来い」


勇者に突きつけられたのは先が三つに分かれた槍だった。脅された勇者は大人しく立ち上がると兵達に連れられ歩き出す。

足枷を食い込ませながら歩き続けて進んで行けばそのうち広間へと出た。

奥に置かれた玉座には海を統べる人魚姫が堂々たる出で立ちで鎮座する。絢爛豪華な真珠の散りばめられたドレスを纏う王。ドレスのおかげで下半身は見えないが、きっと他の人魚と同じように尾があるのだろう。

俯いたままの勇者が人魚姫の前まで連れられ、玉座の前に置かれた形見の前で正座させられる。


人魚姫「ご苦労じゃった」


人魚兵「はっ!」


兵らは槍を勇者から離すと人魚姫の裏へと立ち並ぶ。

しばしの沈黙。

先に沈黙を砕いたのは人魚姫だ。


人魚姫「手荒い真似をしてすまなかったのう。じゃが相応の理由もある・・・。聞かせてはもらえんか?」


勇者「はい・・・」


人魚姫「端的に問う。とうしてお主がその剣を持っている?何処から持って来たんじゃ?」


確信を突かれて勇者は黙る。

旅に出る際に吸血鬼やサキュバスから再三の勧告をされた。内容は魔王と前勇者の子供である事実は誰にも明かさないでおくとゆうものだ。

もし他種族や下手な人間・魔物らに魔王の実子であると伝われば、どんな仕打ちを受けるかは分からないとまで言われた。

最悪故郷は戦争に巻き込まれる可能性もあるだろうし、国際的な最悪賞金首にされる可能性すらあるらしい。

勇者の素性を知る者は魔物の中でも一部とされていた。

魔王城に住む魔物のみんな。加えて一部の魔物だけが勇者の存在を知りつつも、いない物として目立たぬよう隠してくれている。


人魚姫「貴様が持っていた剣には特殊な付与が施されておる。わし自らが前勇者のために掛けた特殊付与の魔法じゃ。無論・・・貴様のような半人半魔に掛けてやった記憶はない」


勇者「・・・はい」


人魚姫「のう小僧・・・。わしはこの剣を持つ男は死んだと聞いておる」


玉座から立ち上がった人魚姫がゆらりと宙を泳ぎ出す。

音もなく勇者の前まで来た人魚姫は、形見の剣を拾い鞘から抜いた。


人魚姫「本来なら手荒な真似はしたくはない・・・。しかし今回ばかりは話が別じゃ小僧。何処からこの剣を盗み出したのかは知らぬが相応の覚悟をしてもらうぞ」


勇者「はい・・・」


人魚姫「嘗めた真似をしおって。魔王にも文句を言ってやらんと気が済まんな」


勇者「はい・・・。はい?おか・・・魔王様にですか?」


人魚姫「亜成体とは言え貴様は魔物の端くれじゃろう?それも人型の魔物じゃ」


勇者「いえその――」


魔物の端くれではない。魔王の子である。魔王の子ではあるが、皆が隠してくれている以上下手なことを言えない。


人魚姫「弁明ならば魔王の前でするがよい。何にせよこの剣を魔物である貴様に持たせ続ける訳にはいかぬ」


勇者「ご迷惑おかけいたしました・・・」


人魚姫「謝罪なぞ求めておらぬ。常々覚悟しておけ」


人魚姫が剣先を勇者の喉に当てた。

話が終えられると勇者は来た時と同じよう牢獄へと連れて行かれる。




・・・。

・・。

・。




勇者が投獄されて三日が過ぎた夜、人魚兵達が勇者を迎えにやって来た。


人魚兵「表に出ろ」


兵に連れられ牢を出る。

足枷のせいで痛み出した足を引きずるように歩いて謁見の広場へと向かうが、痛む足はどうにも勇者が思うようには動いてくれない。

心身共に疲労させられた勇者。しかし勇者が立ち止まれば後ろの兵から槍で軽く突かれてしまう。

枷を付けたまま一歩、また一歩進む。

苦労の末に広間へと出ると、そこには部屋の壁際を埋め付くすほどの人魚兵が槍を構えて出迎えた。

勇者の気配を察して振り返るのは人魚姫の前に立たされていた母。両脇少し後ろにはサキュバスと吸血鬼が後ろ手を組んだまま立っている。


サキュバス「久しぶりだね勇――」


笑顔で振り返ったサキュバスだったが、サキュバスはやつれた勇者を見るなり笑顔を消した。

途端稲妻のように駆け出したサキュバスが鞘から剣を抜いて人魚姫に斬りかかる。振り下ろされたサキュバスの剣が人魚姫の顔に叩きつけられようとするが、サキュバスを追い抜いた吸血鬼が振られた剣を片手で受け止めてしまう。

眼前まで迫った剣を前に、人魚姫は瞬き一つ見せない。


サキュバス「はなしてよ吸血鬼。こいつ絶対に殺してやる・・・」


吸血鬼「私が死に行く友達を黙って見届けると思う?第一魔王様の合図も無しに開戦するつもりなのサキュバス?気持ちは分かるけれど少し落ち着きなさい」


サキュバスの剣を掴んだまま奪い取った吸血鬼が、怒るサキュバスの襟を掴んで魔王の横へと戻る。


人魚姫「のうアイスブルー・・・。この狂犬共は躾が行き届いておらんのか」


魔王「うちは割と自由主義ですので許して下さいよ。・・・本当は私も今すぐお前の首をもぎ取ってやりたいと思っているんですよ?ふふふ」


ふふと微笑む魔王ではあるが、その水色の瞳は微塵にも笑っていなかった。

怒気を全開に放ちながらも魔王が勇者へと近づく。勇者の前には二人の兵が槍を構えて立つが、そんなモノで止まる魔王ではない。


魔王「大変だったでしょう・・・。すぐに助けてあげるからね」


魔王が勇者に付けられた拘束具を掴んで軽く握り潰す。まるで豆腐のように音もたてずに千切られてしまう手足の拘束具。

解放した勇者を抱き上げた魔王が再度人魚姫の前へと移動する。自由自在に振る舞う魔王を誰もが咎めようとはしない。


人魚姫「相変わらず貴様も大概無礼じゃなアイスブルーよ。あ奴とつがいになって大分落ち着いたと聞いていたが・・・噂は噂でしかなかったの」


魔王「検討違いかと思いました?でももし本当に検討違いでしたら・・・今頃大暴れをしていすよ私達。お前は三枚下ろしでブタの餌かな・・・いやいや豚に失礼ですね」


人魚姫「汚い貴様らの本質は変わらんじゃろうが」


魔王「いえいえそんな――。この子の前だから抑えているだけですよ。ふふ・・・ほんと・・・殺すぞお前」


人魚姫「・・・たかが半人魔物にどうしてそれほどの肩入れをする?それが魔王の答えかアイスブルー。正直に言わせてもらうが・・・主は今わしらを散々苦しめた時と同じ目をしているぞ」


ハァと溜息を吐いた魔王が勇者を後ろから抱き抱えて人魚姫の元へと向かう。王を守るため人魚兵らが前に立つが、やはり魔王は微塵にも止まらない。

玉座の前に立った魔王が人魚姫を見下ろす。


魔王「ところでー・・・人魚姫様は最後の最後まで、私と彼が結婚するのを嫌がっていましたね。似たような奴らは他にもいましたけど、あんたは特に」


人魚姫「奴が死んだ今でも納得などしておらぬ。世界から勇者と呼ばれる者が魔王と恋仲に落ちるなど、誰が認――」


魔王「そんな理由ですか?本当は個人的な理由なんじゃ・・・?」


余裕の表情で不敵にニッと笑む魔王。

空気が変わった。

舞台は王対王の対話から女対女の話し合いへと姿を変える。


魔王「あぁそうだ・・・。今更のお礼で申し訳ございませんが、生前はうちの主人が何度もここでのパーティーに呼んでもらったようじゃないですか。主人が何度も持ち帰って来た魚介類とても美味しかったですよ。ありがとうございましたね」


人魚姫「な・・・なに気にすることはない。わしらも窮地を救ってもらった恩があるからの。あ、あ、あの程度は礼の内にも入らんぞ」


魔王から目を逸らす人魚姫。

もはやそこに王としての威厳はない。


人魚姫「いや・・・!そもそもわしはこんな話をするためにお主を呼んだのではない!小僧が持っていた剣についてじゃな――」


魔王「バカですかこの活造りは。脳まで魚なんですあなた?存在価値は撒き餌以下ですね」


人魚姫「なっ――!貴様さっきから黙って聞いてやれば――!」


魔王に抱かれていた勇者は正面から人魚姫へと押し付けられる。


人魚姫「む!?」


勢いをつけられすぎて勇者は咄嗟に人魚姫に抱きついてしまう。同じように勇者を正面から抱き締めてしまう人魚姫。


魔王「御託は抜きにしましょう人魚姫。同じ人間を好きになったよしみですから、少しくらい抱っこさせてあげますよ」


人魚姫「ふざけるなよ貴様・・・!誰がこんな――!」


勇者の肩を押してどかそうとする人魚姫だが、彼女は勇者の顔を見たまま目を見開く。

信じられない物でも見るかのような目で「あ・・・う――!」と声にならない声を発する人魚姫。


魔王「この子には素性を隠して旅をさせています。貴女なら理由くらい察せると思いますが」


人魚姫「あやつに似ておる・・・」


魔王「罪人扱いをする前に気付きませんか普通?確かに魔物の特徴は無い子ですが・・・彼の特徴があるでしょうに」


人魚姫「その――。怒りで冷静さを欠いたらしい・・・。すまなかったの」


魔王が呆れきった様子で勇者を手中に戻そうとする。

勇者の身体を掴んで引っ張る魔王。だが人魚姫は勇者を放さない。


人魚姫「・・・あ奴に子供がいたのか――。そうじゃったか・・・」


魔王「私も知ったのは最近です。あと・・・彼と私の子供ですからね?私がお母さんですからね?履き違えないで下さいよ」


魔王が更に力を込めて勇者を取り返そうとする。しかし人魚姫は勇者を放さない。


人魚姫「そうか・・・それは本当にすまぬ事をした・・・。心から許してほしい」


魔王「死ぬほど反省してから、そのまま死んでくださいよ。この忙しい時期に呼び出してくれて・・・。安い謝罪なんていりませんから、相応の魚介類を出してください」


魔王が勇者を後ろから抱き締めて再三、人魚姫から勇者を引き抜こうとする。でも人魚姫は勇者を手放さない。

そのうち人魚姫は玉座から勇者ごと引き倒されてしまうが、立たされてもなお姫は勇者を抱く手を解こうとはしなかった。


魔王「あんたいい加減にしなさいよ!」


人魚姫「呼び出してすまなかったの。食べ物なら貯蔵庫から好きなだけ持って帰ると良い」


魔王「さっさと勇者を離して下さい!」


人魚姫「できぬ・・・。わしに婿入りさせてくれ!」


縋り付く人魚姫の頬に魔王パンチが炸裂した。フルスイングで顎を打ち抜かれる人魚姫ではあったが、人魚姫はやはり勇者を放さない。

バコンと激しい炸裂音を鳴らしながらも人魚姫の暴走は続く。


人魚姫「どうして殴るのじゃ魔王!?では政略結婚だと思うのはどうじゃろう!?本当の所、今のお主じゃったら海族に悪事を働くまい!」


魔王「いりませんよこんな磯臭い水の中なんて!」


人魚姫「金か!?宝石か!?何が欲しい!?」


魔王「勇者を返しなさい!」


続いて魔王の蹴りが人魚姫の顔面を捉えた。魔王パンチの数倍の威力を食らった人魚姫はここでやっと勇者を手放し、後ろの玉座を突き破り吹っ飛ばされる。

王が壁に叩きつけられないよう他の人魚が壁になって受け止めるが、誰もが死んだ魚のような目をしていた。

子を手中に戻した魔王が息を乱しながら勇者に問う。


魔王「大丈夫勇者?」


勇者「う、うん・・・僕は平気だけど・・・人魚姫様が――」


魔王「頑丈だから大丈夫でしょ」


魔王が言うが早いか人魚姫が残骸の中からゆらりと起き上がった。

まさかの無傷だ。


人魚姫「いたた・・・。相変わらず化け物じみた火力じゃのう魔王。ちぃとは加減をせんか」


魔王「活き造りにされないだけ感謝してほしいわ」


首をゴキゴキ鳴らしながら浮き上がる人魚姫。その晴れやかで穏やかな笑みは勇者がまだ見たことのない表情だった。


魔王「ふん。それじゃあ帰ろうか勇者」


勇者「う、うん?」


人魚姫「待つのじゃ魔王落ち着け頼む。・・・そう急がずともよかろう?そもそも勇者は用があってわしに会いに来たのではないのか?」


勇者「こ・・・ここならお父さんの話を聞けるかと思って――」


人魚姫「そうか!ほら魔王、勇者もこう言っていることじゃ。二度と手荒な真似はせんからお主らだけで帰れ!もうしばらくは来んでよい!」


魔王「んなー!うちの子を罪人扱いした挙句に私を呼び出しておいて・・・よくも図々しいことが言えるわねあんた!」


人魚姫「そ、それは悪かったと言っておるじゃろうが・・・。じゃがこの子があ奴の忘れ形見と知ったら話は別じゃろ?早速もてなしを行うから、お主は城の仲間と海の幸でも食っておれ」


人魚姫がパチンと指を鳴らせば、槍を置いた人魚兵達がいっせいに魔王一行を囲う。

途端に勇者は魔王から引き剥がされ、残された魔王達がグイグイと外に運び出されてゆく。


魔王「ちょ・・・勇者!」


勇者「あはは・・・お母さんありがと」


吸血鬼「また何かあったらすぐに呼びなさいね」


サキュバス「そいじゃまたね勇者」


魔王「貴女達どうして帰る気になってるのよ!?せめてもう少し勇者の匂いを・・・!ゆうしゃー!」


人魚姫「遠慮せずに好きなだけ持って帰って良いからのー」


魔王達が大群に押し出され扉が閉じられる。

途端に静かになる広間。

人魚姫が「やれやれ」と一言、勇者の隣へとやってきた。


人魚姫「自己紹介が遅れたのう。人魚姫じゃ。世の海を総ておる」


勇者「初めまして人魚姫様。僕は勇者です」


人魚姫「うむ・・・繰り返しになるが数多くの無礼すまなかった。この通りじゃ」


人魚姫が両手を前に合わせて深く頭を下げる。


勇者「こちらこそ黙っていてすいませんでした・・・。どうか顔を上げて下さい」


人魚姫「本当にすまんの・・・」


勇者に言われ頭を上げる人魚姫はとても穏やかでいて優しい声色だった。

きっと本来の姿はこちらなのだろう。


人魚姫「優しい子じゃ・・・。そうかそうか・・・確かにそっくりじゃなぁ・・・」


勇者「人魚姫様・・・お父さんの話を聞かせてもらえませんか?」


人魚姫「わしが知っている話はいくらでも教えよう。じゃが風呂と傷の手当が先じゃろ。それにお腹も空いておらぬか?」


人魚姫が右手を勇者に翳すと勇者の体がふわりと浮き上がる。


勇者「わ・・・!?これどうなってるんです?」


人魚姫「どうもこうも元々この場所は水中じゃぞ?息ができて視界も鮮明なのは魔法の恩恵じゃな」


勇者「ここって水の中なんですか・・・。牢屋に魚がいた理由はそれだったんですね」


人魚姫「うむ。じゃからわしが今勇者に掛けたのは――。いや、解いたと言った方が正しいかの?解いたのは勇者が水中で歩けていた魔法じゃ」


魔法を解かれたおかげで勇者の体が浮いてゆく。

なるほど確かに水の中を泳いでいるようだ。


人魚姫「では向かうかの。今夜はちと長くなるぞ?きちんと疲れを取ってくるが良い」


漂う勇者の体を抱き寄せる人魚姫。

勇者は人魚姫に引かれて風呂場に案内されてゆく。




・・・。

・・。

・。




人魚姫と別れてからしばらくし、勇者はベッドに寝転がりながら宿屋入口で買った地図を広げていた。

地図を見る限り今現在滞在している街と同レベルの街はしばらく無いらしい。ともなればアイテムや食料の補給を忘れたら悲劇でしかないだろう。

早速剣と道具袋を持った勇者が起き上がる。部屋から出た勇者は夜の街へと繰り出した。

街を歩きながら辺りを見渡せば、街は活気だった賑わいを見せていた。貿易も盛んで周辺国一大きい街のため「眠らない街」と言われている。

そんな眠らない街の道具はどころう。

歩き出した勇者に一人の酔っ払いがぶつってしまう。


男「おっとすまねぇな坊主・・・いててでで!」


勇者が咄嗟に男の手首を捻りあげれば、男の手からはスられた勇者の財布が手放され地面に落ちた。


勇者「返してもらいますよ?」


男「ちっ――!ガキが!」


活気ある街と言えば聞こえは良いが、人が入り乱れているからこそ治安の確立も難しいのだろう。町人の話によれば表沙汰にできないような闇取引も行われているらしい。

財布を取り戻した勇者が懐深くに財布を仕舞い直す。

街はまるで祭り中のようだ。

その後勇者は道具屋に向かう途中、様々な人に声を掛けられた。

バーの客引きや怪しげな男。酔っ払いから露出の多い女性。適当に足らいながら街を歩いて行く内にようやくして道具屋にたどり着く。

中に入れば広い店内には数多くの人で賑わっていた。道具屋にいるのだから、殆どが冒険者で間違いないだろう。

一斉に勇者へと視線が向けられたが、勇者はお構いなしに棚の道具を物色してゆく。奇異の目を向けられるのには慣れていた。夜中に歩き回っている子供一人だし。

財布を取り出しては手持ちの金と棚の道具を見比べる。道具の価格が全体的に高いのは致し方ないのだろうか。

ひとしきりアイテムの購入を終わらせ、勇者はさっさと道具屋を後にする。

帰り掛けにバーに入ると、やはり数多くの冒険者達に物珍しげな目を向けられた。

ちなみに酒を飲みに来た訳ではない。


勇者「何かないかなー」


壁に数百枚と貼られているのは全てが依頼主を持つクエストだった。クエストは勇者の向かって左から11段階の区分けをされており、右に行けば行くほど難易度も報酬もレベルを増す。

とは言え簡単な依頼は庭の草むしりや店の手伝いもあり、比較的誰でも受けられる物も多い。街から街へと旅行に向かった旅人が旅行を充実させるためにクエストで路銀を稼ぐ・・・なんてケースもあるらしい。

そろそろ路銀も心もとない。少し稼ごうか――。

クエストを左から順番に目を通し半ばまで見終えた頃、依頼の中にはちらほらと怪しい依頼が混ざり始めた。


勇者「15才以下の男の子募集。一日十万・・・いやこれはちょっと・・・」


ちなみに依頼主は50代の貴族らしい。

クエストを中ほどまで見て勇者が左へと戻って行く。どこも似たような支払いばかりで報酬も相場通りだった。やはり美味い話なんてそう見つからない。

右往左往する勇者が悩みながらも、暇つぶしに受ける気なんか無い高難易度のクエストへと向かう。

難易度9からは報酬が五千万から一億未満になる。

貼られているのは多くが手配所書だ。強盗、殺人、詐欺、人身売買を行う冒険者の手配書に加え上級魔物が掲載され始める。

難易度10からは報酬が一億から五億未満になる。

貼られているのは個人を討伐するクエストからパーティその物の討伐クエストに変わっていた。魔物討伐においては上級魔物に加えて、人型上級魔物が加わり始める。

魔王城で会ったことがある人がちらほらいた。


勇者「うわー・・・」


そして難易度11。

各街に貼られる難易度11が攻略されるケースは年に1度も無いと聞く。中には10年以上も攻略されていない場合があり、貼られた紙は色あせ黄ばんでいる。

手配書の写真はほぼ全てに「unknown」の表記がされており、本当に存在がいるのかどうかも不鮮明な伝説的存在だ。

ちなみにこのクエストに挑むだけで「化け物」もしくは「化け物ら」と呼ばれる。

しかし相手の多くは人型魔物だ。中には人間もいるが、ここに掲載されている人間や魔物は単騎で国崩しを行える者と言われている。

報酬上限の無い難易度11には通称「久遠の悪夢」と「レッドファング」がいた。若き母の呼び名「アイスブルー」と同じ場所に貼られているので、きっと吸血鬼とサキュバスだろう。

呆けている勇者がふと人影に気付き右を見れば、メイド姿の女性が壁にクエストを貼っているではないか。


勇者「どんなクエストでしょうか?」


メイド「はい?あら可愛い冒険者さん。どうぞご覧下さい」


勇者が聞くとメイドはピンで止めたばかりの紙を外して勇者に差し出してくれた。

まずは期間を見る。

期間は一週間程度のクエストのようだ。

クエスト内容を見る。

補佐となっていた。

報酬を見る。

一日――。


勇者「えと・・・どうもありがとうございます」


メイド「お気に召しませんでしたか?」


勇者「身売り関係のクエストはちょっと――」


勇者が言うとメイドがキョトンとして途端に笑い出す。


メイド「ふふふ。そうですか・・・。この金額だと身売りかと思われるんですね?きちんと主人に言っておきます」


勇者「違うんですか?一日で七万なんて身売り以外に考えられないんですが」


メイド「違いますよ。ここに主人の補佐と書いてありますよね?」


勇者「具体的にはどんな仕事です?」


メイド「さぁ・・・?私は主人にこれを張ってくるように言われただけですので・・・折角ですから会うだけ会ってみますか?」


勇者「・・・。それじゃあ会うだけでもお願いします。入場料を払って来ますから、少し待っていて下さい」


手を振って清算しに向かう勇者の背を見送り、メイドは手の甲を口に当てる。


メイド「駄目よ我慢・・・まだ我慢しないと――」


メイドの牙が己の皮膚に突き刺さり赤い血を流す。

流れ出た血を啜り、舐めながら、メイドは勇者が支払いを済ますのを待つ。



・・・。

・・。

・。




深夜。

山道を登り終えたメイドと勇者が館の前に立っていた。

本来なら一泊して朝に向かう予定だったがメイドに急かされたからである。


メイド「ご足労頂きありがとうございます。主人の依頼を受けるにせよ断るにせよ、食事と部屋を用意いたしますのでご安心下さい」


宿泊代と夕食代が浮くのは有難い。


勇者「それにしても大きい屋敷ですね」


メイド「住んでいる者が多いですからね・・・それに歴史も長い屋敷ですから」


他愛ない話をしながら屋敷の中へと入って行くメイドと勇者。

屋敷の中は神秘的な雰囲気が広がっている。いたるところにランプや燭台が置かれてあるではないか・・・。

他に明かりらしい明かりは無かった。そう、月明かりさえ――。

勇者が逃げ出そうと走り出したが、扉前に立つメイドに阻まれてしまう。

ガチャリと後ろ手に鍵を掛けたメイドの有様を見て勇者は腰から剣を抜いた。


?「物騒な物は仕舞え」


暗がりから聞こえる声。

上から聞こえる声に勇者が階段を見る。コツコツと足音を鳴らして階段を降りてきたのはローブを纏った赤髪の女だった。

しかしなぜかローブ以外は裸である。絹のような白い裸を隠す気もなく迫る女性。

闇夜に光る黄色い夜目があいつは魔物だと教えてくれる。


?「仕事が早いなメイド長。街に出てすぐに戻ったのか」


メイド長「運が良かっただけですよ。素直な子で良かったです」


?「そうか。褒美に次はお前が貪る許可をやる」


メイド長「楽しみにしています」


小さくお辞儀をするメイド長。

話を聞く限りこちらも人型の魔物のようだ。


勇者「騙したんですね」


メイド長「半分だけ。きちんと報酬は出しますから許して下さい」


勇者「・・・やっぱり身売りじゃないですか!」


?「そうなるな。お前には一週間私達の慰み者になってもらう。終わったら記憶を消して解放してやるから安心しろ」


抗議の念を全力でメイド長に送れば、黄色く夜目を光らせたメイド長が申し訳なさそうに微笑んでいた。


メイド長「主人を筆頭に館の者たちは皆極上だと思います。折角なので諦めて楽しんで頂いたほうが良いかと――」


勇者「嫌ですよ!」


?「余計な手間を掛けさせてくれるな」


ローブの帽子を脱いだ女が右手を勇者へと翳す。途端に勇者の意識が混濁させられた。

尋常ではない眠気に襲われ勇者が膝をついた矢先、構えていた剣が淡い光を放つ。

パンと風船が割れるような音が聞こえると、混濁していた意識から回帰した勇者が改めて剣を持ち構える。


?「何だその剣は。魔法を無力化するのか?」


勇者「期待に答えられず申し訳ありません。逃げさせてもらいます!」


「ほう」と感心する女。

振り返った勇者がメイド長に剣先を向ける。


勇者「どかないと斬りますよ!」


メイド長「えぇどうぞご自由に。私は主人の願いも叶えられないなら、ここで殺されても構いません」


腕を軽く広げたまま勇者へと歩むメイド長。

どこまで本気なのか彼女は躊躇いもなく勇者の剣先を掴んで己の胸に添える。

一歩進むメイド長。

怯む勇者が一歩下がる。


?「どうした人間?千載一遇のチャンスだぞ。早くメイド長に剣を突き刺したらどうだ」


勇者「お前――!自分の部下を心配もしないのか!?」


?「お前ではない私はリリスだ。もっともこの屋敷に住む者は皆がリリス種だが――」


名乗りを終えたリリスの背中から蝙蝠の羽に酷似した翼が生まれる。

リリス自身が両手を広げるよりもより大きな羽を見せられ、勇者は更に怯まされた。

剣先をリリスとメイド長の交互に向けながら勇者が一歩ずつ二人との距離を確保する。余裕があるのだろうか?夜目達は勇者を見たまま動かない。


リリス「子供に手荒な真似はしたくはない。今剣を置くなら許してやろう」


メイド長「どうせ屋敷からは逃げられませんよ?屋敷に住むメイド達の全てを振り切るのは不可能です」


リリス「まぁ・・・警告はさせてもらったから逃げるのならば止めはせん。ただ――」


リリスの夜目が一層色を濃くする。

ニィと楽しげな笑みを浮かべるリリスが勇者に最後の忠告を促した。


リリス「抵抗する以上捕まえたら泣いても許さんぞ」


勇者は屋敷の中を逃げ出した。

道なんてわからない。しかも夜目もないため圧倒的に不利である。だが捕まるわけにはいかない。

走り出した勇者を見送るリリスとメイド長。


リリス「さて・・・手始めはどうするか」


メイド長「リリス様が行かれますか?それとも皆で畳み掛けますか?」


リリス「本を読んでばかりで体も訛っているから私が行くか。お前はここにいろ」


メイド長「畏まりました」


一方走り出した勇者は廊下をひたすら走っていた。薄暗い廊下を走りながらも逃げ場を探す。壁の上部にはいくつか空調用の小窓らしいものはあるが、どうやら窓らしい窓が無いらしい。

通過する扉の数々を目の当たりに考えてしまう。数え切れない部屋のどれだけにリリス種が住んでいるのかと――。

魔王城から出て以来初となる人型上級魔物との戦闘だが・・・できることなら戦いを避けたい。万が一にも勝てる要素がないからだ。

まずは隠れる場所を探して作戦を練らねば――。

剣を持ったままの勇者が道具袋から幾つかのアイテムを取り出し、すぐに使えるようポケットへと仕舞う。まさか購入したばかりの高価なアイテムを当日に使うなんて思わなかった。


リリス「おや・・・まだこんな所にいるのか。ほらさっさと逃げなければ魔物に捕まってしまうぞ」


背後から殺気染みた声を聞かされ振り返る。広い廊下に大きく翼を広げたリリスが飛びながら追い掛けてきていた。


勇者「ひっ!?」


リリス「そら!」


宙を蹴飛ばしたリリスが勢いをつけて勇者に襲い掛かる。呆気なく捕まった勇者はリリスに抱きつかれながらも一緒に廊下を転がる。


勇者「いたた・・・!」


リリス「威勢のわりに造作もないな」


やはり相手は上級だ。生半可なやり方ではどうにもならない。

仰向けに寝る勇者の腰に跨るリリス。


勇者「くそっ――!」


勇者が右手に持っていた剣を振り上げるが、牽制するよりも早くにリリスの爪先が勇者の喉に当てられる。


リリス「なるほど攻められるのが好きか?さぁ次はどうする。貴様の期待する内容に好きなだけ応じてやるぞ」


剣にリリスの意識を向けたのはあくまで陽動。

勇者はポケットにしまっていたマジックアイテムを取り出すと玉をリリスの前に突き出す。


リリス「ん?」


リリスが道具の用途に気付くよりも早く勇者が指で球を潰す。

暗がりの廊下に閃光が走った。


リリス「ぐぁ――!?」


不意打ちを食らったリリスが怯み右腕で目を覆う。勇者は怯んだリリスの体を突き飛ばすと再び逃げ出した。


リリス「おのれ人間が!」


呪詛を吐くリリスの声を背に走り出したは良いが、どれだけ逃げてもやはり廊下には窓らしい窓が無い。

まさか入り口は一つしか無いのか?メイド長を突き飛ばしてでも逃げればよかったか。

逃げ続ける勇者ではあったが、走り続けるにつれ僅かに疲れを見せる。

この際一か八か。

勇者は造りが違う種の扉を見つけると確認もしないで飛び込む。


勇者「よし・・・!」


至る所に置かれた美術品。壁に掛けられた剣や石膏などの数々。

一目散に部屋に入った勇者はすぐに内鍵を締めた。机の下に潜り込んだ勇者が道具袋の中身を床にばらまく。いらない道具は仕舞いながらも吸血鬼のチャンネルリングを見つけるが、リングはまだ魔力の補充ができていなかった。

再び仕舞いながら勇者がもう一つの指輪を見つけた。銀の指輪の先に琥珀色の石が埋め込まれている指輪だった。

急いで指輪をはめた勇者が指輪を額に付ける。


勇者「サキュバスさん!サキュバスさん!」


ちなみに指輪は吸血鬼がくれた時にサキュバスから貰った物だ。


サキュバス『ぐー・・・ぐー・・・』


勇者の脳裏に聞こえるのはサキュバスの寝息。

時間も時間だから申し訳ないと思うが起きるまで待つ余裕なんかない。


勇者「サキュバスさん起きて!起きて下さい!」


サキュバス『んふふ。勇者ぁ・・・らめよそこは〜』


勇者「サキュバスさんってば!」


サキュバス『あん。やあ~よぉ・・・私まだそっちは処女だか――』


勇者「サキュバス!」


サキュバス『のぁっ!?』


勇者「サキュバスさん起きましたか!?」


サキュバス『くぁ〜・・・ふぁあ。なんだ夢か・・・。ん?勇者?チャンネルリング繋げてる?』


勇者「繋げてます!夜分遅くにすいません!」


サキュバス『おやどうしたの?穏やかじゃない感じだね』


勇者「とてもピンチですサキュバスさん!リリス種の弱点とかあったら教えて下さい!」


サキュバス『リリス?リリスって私らよりもデカイ羽持ってるやつ?』


勇者「人型魔物ですよね?」


サキュバス『んだねぇ・・・。勇者討伐クエストでも受けるの?100回死んでも勝てないだろうからお勧めしないよ?あいつらって確かクエスト難易度8から11じゃなかった?』


勇者「いえ実は――」


会話しながらサキュバスに事情を説明してゆく。

勇者から事の経緯を聞かされ終わると、事態を把握したサキュバスが言う。


サキュバス『やー・・・それまずいね』


勇者「ですよね・・・」


サキュバス『その地域の魔物は勇者が魔王様の子供だなんて知らないだろうし・・・。前にも忠告したけどバレたら魔王反逆に利用されるかもしんないから、とにかくそれだけは気をつけて。そんな輩は滅多にいないと思うけど――』


勇者「そうですか・・・。一応聞いておきたいんですけれど、リリスってサキュバスさんの親戚じゃないですよね?」


サキュバス『種が違うんだからそんなわけないでしょ。でも戦い方は似てるかも・・・とにかく精神操作系の魔法に気をつけて。勇者の剣があれば大半の魔法は弾いてくれると思うから』


つまり剣を手放さないように戦えと言うことか。

そもそも手放す気なんて毛の先ほども無いけれど。


サキュバス『助けに行きたい所だけど、ここからじゃ全速力でも結構掛かるね・・・。最悪命の危険があったら私か吸血鬼の指輪を渡してみてよ』


勇者「この指輪ですか?」


サキュバス『その指輪の内側には魔王城の刻印もあるし、吸血鬼や私の魔力も使われてるから相当腹ペコな魔物じゃなきゃツバつけてこないと思う。魔王の側近二人が人間にチャンネルリングを渡したなんてバレたら、それはそれで面倒な事言われそうだけど・・・私らが捻じ伏せておくからさ』


勇者「ありがとうございます・・・。ちなみに腹ペコだった場合はどうしたら――」


サキュバス『そりゃあとことん開発されるでしょうねぇ・・・。リリスは雑食だから名の通り精も魂も排泄物も全部持ってかれるよ。ちなみに私は勇者がエロくなって帰って来るのウエルカムだから安心してね』


なんて人だ・・・。

まとめるとこう。

剣を離さない。逃げ場はない。相手は勇者の素性を知らない。

絶望的としか考えられない。

詰みなのか?手はないのか?

どうせ詰んでいるなら素直に従っておけば良かったのでは?


サキュバス『あちょっと待った。勇者の剣って剣先を床に付けたら自分の姿を消す付与が無かったっけ?』


勇者「え?そんなの使ったことないですけれど・・・本当ですかそれ?」


サキュバス『どうだったかなぁ・・・曖昧だね記憶が。勇者のお父さんが魔王様をしつこく口説いていた時、姿を消して魔王様の部屋に夜這い掛けて半殺しにされてたような・・・』


勇者「お父さん・・・」


サキュバス『消せるかどうかはやってみるしかないでしょ。あと、もし捕まったらこれ以上抵抗しないほうが良いよ。下手な反骨精神を見せたら気に入られるかもしんないし』


勇者「気に入られない、ではなくて気に入られるんですか?」


サキュバス『魔物は基本的に強気な人間をとことん堕としてやるのが好きな奴が多いの。これ魔物のあるある話だから覚えておいて損ないよ。まぁ私と吸血鬼も何だかんだそんな性格してるし・・・オーク種が気高い女騎士をめちゃめちゃにレイプするとか聞いたことあるでしょ?』


勇者「確かにサキュバスさんってそんな感じが・・・え?吸血鬼さんもですか?」


サキュバス『勇者も今度私らにヤられる時は抵抗してみたら?きっと前よりも白熱したバトルができるかも。あーでも筆下ろしは今日中になっちゃうんだっ――』


プツンと指輪の魔力が無くなり会話が切れてしまう。どうやら魔力切れのようだ。

都合良く通話が切れたがどうやら打開策は見つかったようだ。机の下から出た勇者が早速剣先を床につける。


勇者「大丈夫なのこれ・・・?」


訝しげにする勇者を他所に扉が音をたてた。


メイドA「誰かここの鍵持ってない〜?」


メイドB「私持ってる。これ」


メイドC「さんきゅ」


足音もなく聞こえた魔物らの声に勇者が悲鳴を漏らしかけた。

相手は飛んでいるのだ。足音が聞こえなくて当然だ。

外から鍵が差し込まれ鍵が開けられる。勇者は音を立てないように注意深く立ち止まった。

呼吸すらも慎重にする中、黄色の夜目が六つ部屋を見渡す。


メイドA「あれ・・・ここもいないね。声が聞こえたと思ったけど――」


メイドC「まだ見つかってないんだよね?捕まえた人がメイド長の次にまわして貰えるってさ」


メイドB「飼うの二週間に伸びたらしいよ」


メイドC「まじで?メイド長が連れて来た子って可愛い男の子なんでしょ?超楽しみなんだけど」



楽しげに笑うメイドらは勇者の正面え楽しげに喋っていた。どうやら本当に見えていないらしい。

剣に救われたことは数多くあったが、今日ほど窮地を救われた場面はない。メイドらが部屋から出て行き勇者は剣を立てたまま座り込む。


勇者「危なかった・・・」


扉を離れて行くメイド達の声を聞き、勇者は床に剣を当てたまま静かに部屋を出て歩き出した。

廊下を飛び交うメイド達。誰にも気付かれないとは言え近くを人型が飛ぶのに緊張が解けない。それでも勇者は逃げ道を探して歩く。逃げなければただ捕食されるだけだから。

所がどれだけ彷徨ったところで時間だけが闇雲に過ぎてしまった。

屋敷の廊下を一週してはみたものの何処にも窓が無かった。こうなってしまったらもはや敵が諦めるのを待つ他ない。

廊下に座り込んだ勇者が辺りを警戒をしながら道具屋を漁る。非常用に買っておいた携帯食を食べて水を飲む。

剣のお陰で魔物には見つからないが確実に神経は擦り減っていた。ただでさえ街に着ついてから一泊もしていない。宿はとったがキャンセルしてここに連れて来られたのだから当然だ。

疲れはゆっくりと勇者の体力を蝕む。眠気と戦いながらも剣を離さないように床に立てる勇者。もっと旅に慣れている冒険者であれば、抜き身の剣を立てたまま寝るくらい造作も無いのかもしれないが、勇者にそんな器用なスキルは備わっていない。

壁に背を預けたまま天井に目を向ける。

あぁ・・・疲れた――。


勇者「・・・」


俯き瞼を閉じた勇者が剣を手放す。鉄が床に落ちる音が辺りに響いてしまった。想像以上に大きい音が廊下に響き勇者がハッと目を覚ます。

急いで剣を拾った勇者が再び剣先を床に当てた。

幸いリリスらには気付かれなかったらしい。

立ち上がった勇者が屋敷の入り口へと向かう。


メイドD「かれこれ一時間以上経ってますね・・・。逃げちゃったんですかね?」


メイド長「貴女は他の出口を知っていますか?」


メイドD「知りませんけど・・・全員で探して見つからないなんてありえますか?いつもなら十分も掛からないじゃないですか」


メイド長「ありえない事を行うのが人間ですよ。以前魔王様が人間に討たれた時もありえないと言われていましたからね」


メイドD「結局魔王様は殺されていなかったんですよね?割とすぐに復活したって聞きましたけど」


メイド長「それでも一度討たれた事実は変わりませんよ。人間を侮れば痛い目に会いますからね」


メイドD「そもそも本当に人間なんかに討たれていたんですかね?」


メイド長「・・・と言いますと?」


メイドD「だって魔王様って・・・城に攻め込んだ四国連合を側近二人と壊滅させたじゃないですか」


メイドDが言うとメイド長が中指をメイドDの額に向けた。突如バゴン!と大きい音が鳴り、到底デコピンとは思えない破壊力を食らったメイドDが後退させられる。


メイドD「うご・・・!?」


メイド長「下世話な勘ぐりはやめなさい。リリス様に聞かれたら三日は食事抜きですよ」


メイドD「ったた・・・。す、すいません」


メイド長「私は聞かなかったことにしておきますから今後は気をつけるように」


メイドD「ごめんなさいメイド長・・・。所でリリス様はどうして魔王様に焦がれているのでしょう?メイド長は何か知ってます?」


メイド長「リリス様と私が圧倒されたからですよ」


メイドD「・・・へ?二人は魔王様と戦ったことがあるんですか?信じられない――」


メイド長「アイスブルーが魔王になったばかりの頃の話ですけれどね」


メイドD「強烈な頃じゃないですか・・・私なら挑む気にもなりませんよ」


メイド長「魔王の座を奪うためにリリス様と私で二人掛かりで仕掛けたんです」


メイドD「たった二人で・・・」


メイド長「えぇ。近くに側近の二人もいましたけれど見ているだけなんですよね・・・」


メイドD「それでどうなったんです?」


メイド長「先に戦った私は素手で右脇腹を貫かれました。リリス様は・・・心臓を鷲掴みにされました」


メイドD「・・・どうゆうことです?」


メイド長「言葉通りですよ。魔王様の右手がリリス様の中に挿入されて心臓を鷲掴みにしたんです」


メイドD「うわぁー・・・」


メイドDは引いていた。

勇者も引いていた。規格外の母だとは思っていたが、こんな話を聞くと「昔は悪をしていました」どころの話ではない。


メイド長「私は懇願しました。リリス様を助けて下さいと泣きながら魔王様に縋りつきました」


メイドD「よく生きて帰してくれましたね・・・リリス様は無事だったんですか?」


メイド長「心臓を掴まれて平気なハズがないじゃないですか。あははコリコリしてるわー・・・とか言ってんですよ?狂気の殺戮兵器ですよあんなの・・・」


メイドD「あー・・・死んだ方がマシですね」


メイド長「私は何としてでもリリス様を助けようとしました。人間に襲われて瀕死だった私を拾ってくださったのはリリス様だったから・・・私なんかの命でリリス様が助かるのならば・・・と考えていました」


固唾を飲んでメイド長の話を聞くメイドDと勇者。

父の話を求めて旅を続ける勇者ではあったが、母本人からはまず語られないだろう昔話にも興味はある。


メイド長「ですがリリス様が私に言うのですよ・・・グズグズしていないで早く逃げろと――」


メイドD「気絶もしていないんですか・・・リリス様も大概凄いですね・・・」


メイド長「もちろん逃げませんし、ましてやリリス様を置いて逃げられるはずもありません」


メイドD「それで魔王様は・・・?」


メイド長「魔王様は突如リリス様に聞きました。あんたはこの女が大事なのか?って」


メイドD「・・・」


メイド長「リリス様は・・・とても大事な友人だから私を殺せ。頼むからあいつは許してあげて欲しい。・・・そう言って下さいました」


メイドD「そうなんですね・・・」


メイド長「リリス様が答えると魔王様はリリス様の胸から手を抜いて、すぐにリリス様に治癒魔法を掛けました。リリス様の傷が治れば私も治されました」


メイドD「魔王様って治癒魔法なんか使えるんですね。剣一本で道を切り開く物理型のイメージでしたよ」


メイド長「最後に私達は言われました。今後お前達が互いを裏切るような話になったら改めて殺してあげるわ・・・と」


メイドD「へー・・・情に厚いんですね魔王様って。心底意外です」


メイド長「強いだけではなく情も重んじる魔王様だからこそ、リリス様の憧れになったのかもしれませんね」


なるほどそんな昔話があったのか。

勇者の前でも他の魔物の前でも「うふふ」と笑っていたが、父に会うまでの母は相当恐れられていたらしい。それ程の魔王を全力で口説きに行った父も父で大概だなと思う。

思わぬ収穫を得た勇者が改めて、どのようにメイド長とメイドDを突破しようかと思案する。しばらく悩んでいる内に近くの扉が開き相変わらずローブ一枚のリリスが現れた。


リリス「首尾はどうだ」


メイド長「芳しくはありませんね。他のメイド達からも報告はありません」


リリス「ふむ」


メイド長「・・・楽しそうですねリリス様」


リリス「分かるかメイド長?この屋敷に連れて来られた人間で、よもやこれだけ逃げ続けた者はいない。記録を更新したのがまさかの子供だぞ?称賛に値するではないか」


楽しげに笑うリリスを見てメイド長も口元を緩める。

主人が喜ぶのが嬉しいのだろう。


リリス「これは報酬に色を付けてやらんとな・・・」


メイド長「所で他の者からあの子の拘束を二週間に変えたらしいと聞きましたが・・・」


リリス「あぁ予定ではだが・・・。なかなか可愛い顔をしていないか?それにどこかこう・・・懐かしい匂いもする。好みだよ」


メイド長「懐かしい・・・ですか。ミルクの匂いとかでしょうか?」


リリス「そうではないが・・・まぁ取らぬ狸を数えても仕方ない。まずは捕まえんと話にならん。さてどう料理してやろうか――」


全神経を集中に費やしながら勇者はリリスの背後に忍び寄る。そろそろ疲労は限界にきていた。倒れる前にケリをつけなければいけない。

乾く唇とは相成って額を汗が伝う。

大丈夫。やれるはずだ。

話に勤しむリリスの膝裏に勇者の蹴りが見舞われた。


リリス「お?」


バランスを崩して両膝をつくリリス。その姿はまるで神に祈りを捧げる聖職者のよう。

機会は一度切り。

床から剣を外した勇者は剣の刃をリリスの首筋に付ける。


メイドD「なっ――!?」


メイド長「リリス様!」


魔物からすれば気配も感じられない勇者が現れたのだ。驚かないはずがない。


勇者「はぁ・・・はぁ・・・」


リリス「驚いたな・・・」


勇者「僕の勝ちですよ。逃がして下さい」


リリス「はは・・・ははは!面白い冗談が言えるな人間。勝ち?誰がだ?私が勝ちなのか?」


こちらこそ冗談にしては笑えない。

疲労と眠気で苛立った勇者がリリスの首に尚も刃を食い込ませる。しかしリリスは首の皮が切れて血が滲んでも立ち上がってしまった。


リリス「勝ちを誇るなら首を落とすべきじゃあないか・・・。そうでもしないと勝ちはないぞ?もっとも・・・首を落としても死なぬ魔物もいるが」


勇者「っ――!」


リリス「さぁどうした?・・・もしや私を殺せないのか?」


勇者の心理を見抜いたリリスはゆっくりと振り返る。色濃く光る夜目が勇者を見下ろしていた。


勇者「・・・」


リリスから見舞われる足蹴り。

持っていた剣の根元を蹴られて勇者の手から剣が手放されてしまう。

強く蹴られたお陰で放り出された剣の等身が壁に突き刺さった。

項垂れていた勇者が顔を上げてリリスを見る。


勇者「あの・・・あまり酷いことはしないで・・・欲しいです・・・。痛いの凄く苦手で・・・その・・・お願いします・・・」


思えば人型に捕まった時点で逃げ場などなかったのだろう。

既に抗う精神を失った勇者が懇願する。

もはや救いはない。

勇者の願いを聞いてリリスが勇者を抱き締めた。


リリス「バカを言うな当然だろう・・・。お前がメイド長を傷つけなかったのも、私を切らなかったのも理解できている。ありがとう」


勇者を抱き締めながらリリスが肺一杯に匂いを吸い込む。満足げに匂いを堪能したリリスが次に勇者の首筋を舐めると、勇者は本人の意思とは関係無しに声を漏らした。


リリス「なぁ名前を教えてはくれないか?」


勇者「あっ・・・んっ!」


リリス「イヤか?」


勇者「勇者で・・・す・・・んぁ!」


リリス「よろしく頼むぞ勇者」


勇者「・・・はい――」


リリス「眠そうだな。今夜は勝手にやらせてもらうから勇者は寝ておくと良い――」


リリスが勇者の額に手をかざす。

途端に混濁する意識。

勇者が魔物の手に落とされた。




・・・。

・・。

・。




夢を見た。

生々しい淫夢を見た。

大きな蝙蝠の羽を持つ魔物に犯される夢。抵抗しようとする腕を掴まれベッドに貼り付けられる夢。


リリス「っあ!」


勇者「う・・・」


大きめの声を聞き勇者が目を覚ますと、夢の中にいた魔物が自分の上に跨っているではないか。


勇者「え?あれ?」


リリス「んっ・・・!お、はよう勇者。どうだ眠れたか?」


問いながらも組み敷く勇者を抱き締め、欲望のままに腰を前後に揺するリリス。


勇者「っ!?出ちゃう――!」


リリス「良いぞ勇者。きちんと一番奥で出せ」


リリスの腰がぐりぐりと押し付けられる。勇者はリリスを強く抱き締め返し届く限り最も奥に流し込んだ。


勇者「はぁ・・・はぁ――。お、おはようございます?」


リリス「よしよし。良い子だ」


勇者「僕どれくらい寝てましっんっ――!」


リリス「まともに起きたのは一日ぶりだな。途中何度か起きて飲み物を飲んだり用をたしてたようだが・・・」


勇者「全然覚えていないですけれど・・・」


リリス「覚えていないのか?私にあんなに沢山飲ませたくせに」


ふふっと笑ったリリスが口を開けて舌を出す。

冗談でしょう?


勇者「え・・・?ずっとこんな感じでしたか?」


リリス「そうだ。食事と飲み物はきちんと出すから安心しろ。ケアを行わなければ出す物も出せないだろう?」


脳が眠気から覚めれば鈍っていた感覚は取り戻される。部屋中が甘い匂いに包まれ、僅かに生臭さも感じられた。

柑橘類にも似た匂い。間違いなく魔物の気分を高揚させる例の匂いだろう。しかも勇者が嗅いだことのある匂いよりも遥かに濃い匂いだ。


リリス「それにしても飽きないな勇者の体は」


勇者「んぐっ――!」


リリス「そろそろメイド長にも交代しないといけないのだが・・・いっそメイド長を混ぜて相手してもらおうか?」


繋がったままの腰をぐいぐいと押し付けるリリス。数度リリスが腰を押し付ければ勇者のモノが中で硬度を取り戻す。

ふふっと満足げに微笑みを見せたリリスが静かに腰を持ち上げた。散々搾り取られていたおかげか、リリスの中から逆流した勇者の体液が勇者の下腹部に大量に零れ落ちる。


リリス「まぁあまり無理をさせるのは可哀想だから、次は最終日にでも相手をしてもらおう」


勇者の腹やソコに垂れた体液をリリスが美味そうに舐めて行く。恍惚の様子で綺麗に舐め終えた後はリリスがベッドから立ち上がり、棚に置かれていたローブを纏った。


リリス「名残惜しいがメイド長を呼びに向か――」


部屋から去ろうとするリリスの手首を勇者が後ろから掴む。

ベッドに引き倒され転がらされたリリスに勇者が覆い被さる。


リリス「なっ――!?こ、こら勇者――!」


リリスの反応なんてお構いなしに勇者は力任せににリリスの両足を広げ、許可もなく硬いモノを抉り込んだ。


リリス「んっあ――!」


予想だにしない快楽を与えられリリスの目が開く。

叩きつけられる勇者の腰。相手を微塵にも気遣わない勇者本人だけが快楽を求める自慰にも等しい行為。

勇者が獣のようにリリスへ腰を叩きつける。

何度も何度も何度も何度も。


リリス「あん!ひゃ、こら勇ひゃ!」


強めに窘められても勇者は止まらない。

ぐちゅぐちゅと淫靡な水音が響き、リリスが何度も強制的な絶頂を与えられる。

それでも勇者は打ち付けるのをやめない。次第に凛としていたリリスの口は開かれっぱなしになり、口の端からは涎が垂れ出す。

途中で勇者がリリスの口を口で塞ぐ。それだけでリリスは簡単に失禁させられベッドが濡れた。

大きく目を見開いたリリスの目からは涙が零れた。

勇者から息をする間もないほどの快楽を植え付けられるリリス。肩で息をしながも何とか抵抗しようとするが、勇者はリリスの両手首を握りベッドに貼り付けて犯す。

ニィと笑う勇者にリリスが戦慄する。終わる気配の無い快楽に青ざめるリリスではあるが、抵抗を許されないリリスはただただ蹂躙される他無い。

犯されるリリスの意識が飛んでもやはり勇者は止まらない。

その後はもう何度意識を失っても快楽がリリスを目覚めさせた。

メイド長が異変に気付いたのはリリスが十数回目の失神から目覚めた頃。


メイド長「お楽しみ中失礼いたします。リリス様そろそろ休憩でも――」


リリス「メイドちょ・・・助け・・・!」


部屋の開けたメイド長が信じられない光景を目の当たりに言葉を失う。

びしょ濡れになりながらも虚ろな目で犯される主がそこにはいた。人間の子供に翻弄され犯される主を前にしてメイド長が思考が止まらせる。

これは一体・・・?

辺りが濡れているのは匂いからして体液らで間違いない。

間違いはないが、主が勇者の体液を無駄に撒き散らしたとは考えにくい。


リリス「あぅ・・・」


勇者が蹂躙しつくしたリリスをベッドから押し出し床に転がす。

メイド長はリリスが死んでしまったのかと焦った。小走りで主に近づくメイド長だが、近づくメイド長を見たリリスが悲鳴にも似た声を放つ。


リリス「馬鹿!お前まで中に入ったら――!」


メイド長「へ――?」


リリスの警告よりも早く動き出した勇者がメイド長の胸ぐらを掴み、力一杯ベッドに投げ飛ばした。しかし寸前で踏ん張りをきかせたメイド長はベッドに上半身だけをうつ伏せに倒れる形となった。


メイド長「くっ――」


勇者に犯して下さいと誘惑するかのように突き出されるメイド長の尻。

ニヤニヤと笑いながらメイド長に歩み寄る勇者。勇者がメイド長のスカートに手を突っ込み力任せに下着を引き千切ると、メイド長の秘部は既に濡れ勇者を受け入れる準備を終えていた。

無理もない。主であるリリスが勇者を捕食し終わったら次は自分に回ってくる予定だったのだ。ここ一日半は期待に胸を踊らせていたのだ。しかも部屋の匂いは魔物が最も興奮する濃度となっている。

メイド長も魔物である以上、当然匂いに当てられている。


メイド長「良く分かりませんが今の内に逃げて下さいリリス様!」


リリス「無理だ動けん・・・」


メイド長「動けんとか言ってる場合では――ひぁ!?」


リリス「時間を稼いでくれ・・・健闘を祈る」


勇者の両手がメイド長の尻を鷲掴みにし広げさせた。

自分が挿入すべき穴を確認した勇者は、リリスの体液でぬめるモノを遠慮無しにメイド長へと突っ込む。


メイド長「んぎ――!」


我慢しようとしても漏れてしまうメイド長の甘い声。

喜びが混じったような表情のメイド長ではあったがソレもすぐに終わる。


メイド長「あ・・・え・・・?」


二度、三度打ち付けられたあと、勇者の腰が止められメイド長の中から引き抜かれてしまった。

体力切れか?

メイド長が今の内に主を助けようかと考えている時、潤滑油に塗れた勇者のモノがメイド長のもう一つの穴に充てがわれた。


メイド長「勇者様そこは違――!?」


メイド長の腸内へと挿入されてしまった勇者のモノ。勇者に今までの乱暴さはなく、あくまでゆっくりと味わいながらメイド長の腸内を犯し始める。

小刻みに前後させながら挿入してゆくモノが全てをメイド長の腸内へと挿入し終わると、耐えきれずメイド長の秘部から尿にも似た透明な体液が吹き出された。


メイド長「だっ、め!嫌ですこんな――!」


人間に良い様にされているからなのか、それとも子供に先導されている背徳からか、メイド長が悔しそうに下唇を噛み締める。

心を落とされまいと堪えてはシーツを握り絞めるメイド長。


メイド長「くっ!ふっ!」


メイド長は額に脂汗を滲ませながらも波打つ悦楽に食われないようにする。けれど勇者はそんなメイド長を弄ぶように腰の横から腕を回し、当初モノを挿していた穴に指を入れた。


メイド長「んぁ――!」


メイド長はとうとう声を殺せなくなり物事が考えられなくさせられた。脳内を快楽一色に満たされたメイド長の背が強く弓なりに反り、ほどなくして上半身を力なくベッドに倒す。

体を小刻みに痙攣させるメイド長。合わせて腸内には勇者から大量の体液が流し込まれてゆく。


メイド長「うぅ・・・くっ・・・悔しい」


誰に対して?何に対して?が答えられることはない。

まだ絶頂の波が引き終わる前に勇者が再度メイド長を犯しだす。


メイド長「まだイっている途中ですから!お願いです勇者様まだ・・・が――!」


彼女が絶頂に達していようがいなかろうが、勇者には関係のない話だった。

腰を打ち出し始める子供に再度喘がされるメイド長。一度の墜とされてしまえば二度目は容易い。何度も導かれる内に次第にメイド長が絶頂を迎える感覚は短くなっていき、一時間後には常に絶頂に絶頂が重なるような症状となる。

メイド長の腸内に入りきらないかった勇者の体液が床に白濁液を広げていた。


リリス「・・・」


やっと呼吸を整え終えたリリスが失神しているメイド長の尻を見ながら四つん這いで起き上がる。勇者に気付かれないように音も無く動き出したリリスはメイド長を見捨てて部屋を這った。

だが外まで残り僅かの所で眼前に勇者が立つ。

散々メイド長を犯したはずの勇者ではあるが、リリスに突き出されるモノは全く衰えることなくヘソまで反り返っていた。


リリス「ひいっ――!?」


相変わらずいやらしい笑みを見せている勇者が、今までメイド長を犯していたモノをリリスの鼻に突きつける。

下手に逆らってこれ以上勇者に犯される訳にはいかない。

体力消耗を抑えるためにもリリスは従順に体液にまみれた勇者のモノを口に含む。


リリス「んぷ。気持ち良いかゆうひゃ・・・?」


時には早く時にはゆるやかに、丁寧にストロークさせながら勇者のモノに付く体液を舐めるリリス。勇者の機嫌を損なわぬよう丁寧に丁寧に。

十分ほどで綺麗に舐め終わる頃、勇者がリリスの頭を両手で押さえつけた。リリスの喉奥まで乱暴にモノが突き入れられるが、呼吸が止められてもリリスは抵抗を見せない。

脈を打って吐き出される苦い体液。それを零さなようきちんと飲んでやるリリス。

身震いしながらも二度、三度体液をリリスに流し込む勇者。しかし体液を吐き出し終えても、勇者はリリスの喉からモノを抜こうとはしなかった。

呼吸を止められている息苦しさから僅かにリリスの眉間に皺が寄る。次第にリリスの口内で猛り続けていた勇者のモノが大きさを失いだした。


リリス「・・・んっ――」


やっとか?

これでやっと終わるのか?

リリスは勇者のモノを含んだまま動かない。

下手に舌を動かして刺激してしまえば何をされるか分からない。

上目で勇者を見ていたリリスの口内に勇者が種別の体液を流し出す。リリスはそれすらも甘んじて飲み続けた。以前のように喜々として飲んでいたのではなく、無理やり飲まされていた。

最後の一滴まで飲み終えたリリスはただただ待つ。

リリスが上目で勇者と瞳を重ねると、勇者は冷酷な目でリリスを見ながらもニィと笑った。

口内にある勇者のモノが硬さを取り戻そうとしていた。


リリス「んっ・・・ちゅっ――」


諦めて舌を動かす。

こうなってしまった以上は少しでも勇者の機嫌を損なわないように、少しでもイかされる回数を減らされるように願って従順に奉仕を行う他無い。




・・・。

・・。

・。




一週間半後。

リリス達が住む屋敷に一人の魔物が舞い降りた。


サキュバス「さ〜て到着。いやー疲れたわー・・・」


魔王城での仕事をサボって長期休暇をとったサキュバスが楽しげに歩き出す。

ちなみサキュバスは魔王にも吸血鬼にも勇者がリリスに捕まった危機を喋っていない。ただ単純に勇者の調教され具合を確認するためだけに長時間を掛けてやって来ている。

サキュバスの作戦はこうだ。

まずは魔王側近の地位を利用し、各地に住む人型魔物や上級魔物の現状を確認しにきたと告げる。

多分リリス種に「捕まえた人間を捕食中」と言われるだろう。そうしたら「少し見せて貰えない?」と聞く。これで勇者の調教され具合が見れる。

あわよくば「一緒にどうですか?」なんて混ぜてもらえるかもしれない。本人は上手く行くと踏んでいるが作戦と言うには余りにザルな作戦だった。


サキュバス「さ〜てさて」


サキュバスがにやついてしまう笑顔を整えリリス屋敷の扉を叩く。

喋り方はどうしよう?吸血鬼の真似をしようかな?なんて思いながら出迎えを待つが、何度かノックをしても出迎えは無かった。


サキュバス「ん?」


もう一度扉を叩いて待つが、何度繰り返しても出迎えはなかった。

通常屋敷を構えるレベルの魔物が自宅の魔物を全て率いて出るなんて考えられない。魔王城だって誰かが訪ねてきて全員不在だなんてあるハズがないし、あってはいけない。

何だか酷く嫌な予感がした。

サキュバスが胸騒ぎを胸にノブを掴む。軽く押し込めば鍵の掛けられていない扉がギギ・・・と音を鳴らして開かれた。


サキュバス「お邪魔します〜・・・」


恐る恐る屋敷の中に入ったサキュバスがまず目にしたのは、仰向けで床に倒れているメイド達だった。


サキュバス「ち、ちょっと大丈夫?」


言いながらもサキュバスがメイドをゆする。

だがメイドはピクリとも動かない。全身様々な種類の体液に塗れては、ボロ雑巾のように転がっているメイド。

メイドに染み付いた匂いからして勇者がいるのは間違いないようだが――。


サキュバス「何これ・・・?どうなればこうなるの?」


予想とは違った展開にサキュバスが狼狽える。

夜目を駆使しながらロビーを見渡すが、暗がりのいたるところに犯され尽くしたメイド達が転がっていた。サキュバスは死屍累々に転がるメイド達の匂いを頼りに屋敷を歩き出す。


サキュバス「勇者が?はは・・・まさか――」


楽天的に考え込もうとしながらもサキュバスは進む。

屋敷を進みある扉を前に足止めたサキュバスは、扉を見つめたまま無意識に生唾を飲み込んだ。

他のどこよりも色濃い勇者の匂い。しかも部屋からは濃度の高すぎる柑橘臭が漂っている。扉を開けてすらいないのに酷い臭いなのだから、中は大変な匂いだろう。


サキュバス「うぅ・・・匂いだけで孕みそう・・・できちゃったら認知してくれるかな」


自分に言い聞かせるように冗談を言って気持ちを鎮めようとするサキュバス。しかし表情は固い。


サキュバス「えぇい・・・ままよ!」


勢いをつけて扉を開けるサキュバス。開けた矢先に想像以上の濃い匂いがサキュバスに降りかかる。

嗅ぎ慣れた柑橘の匂いだけならまだ耐えられたかもしれない。しかし部屋中に勇者が性行為を行った残骸が転がっていた。その者らからする勇者の匂いが一気にサキュバスを堕とそうとする。


サキュバス「ぐ・・・!」


中にはベッドに腰を掛けたまま快楽を貪る勇者がいた。

足元には跪いて左右から勇者のモノを舐めるリリスが二人いる。勇者はサキュバスに一瞥を送ると気にもせず、メイド長の頭を掴んで口内にモノを突き入れた。


メイド長「んぶ!?」


しばらく突き入れられていたモノが抜かれるとメイド長の口からは勇者の体液が零れた。口からモノを引き抜くなりメイド長がリリスと手を取り合い口移しで体液を分け合う。

絡み合う魔物らの舌と舌。恍惚の表情で愛しげに勇者の体液を移し合う二人。しばらく互いに口移しをした二人が美味そうに喉を鳴らして勇者の体液を飲み込む。

飲み終わった頃にやっとリリスがサキュバスの存在に気付く。


リリス「誰だ貴様・・・?なぜ入って来た――」


サキュバス「な、なぜって――」


リリス「いや私達からすればありがたいが・・・。なぁしばらくこの子の相手をしてやってくれ。私はもうダメだ・・・休む」


言いながらリリスの下腹部から黄色い体液が水音と共に流れ出した。今更部屋のどこで何をしても大して変わらないのだろう。

軽く身震いを見せたリリスが糸が切れた人形ように寝転び寝息をたててしまう。主が倒れたのを見送り、隣にいるメイド長も意識を手放してしまう。

残されるのはモノを起立させたままの勇者と、状況把握が追いつかないサキュバスだけだ。


勇者「サキュ、バス・・・」


サキュバス「う、うん・・・。何があったの勇者?」


勇者「サキュバスおねぇちゃん・・・苦しい」


甘え声で助けを求められ、今すぐにでも勇者を助けてやりたい気持ちはあった。

しかし簡単な話ではない。

サキュバスは勇者が冒険者として動き、今現在どれ程の強さかは理解できているつもりではある。

確かに初めて会った時よりも体つきは逞しくなっている。しかし勇者が子供であることに変わりはなく、不意打ちを掛けたところで成体の人型魔物になんて勝てるはずがない。

身体力や魔力が人型に敵わないと言うことは、勇者が館のリリス種を一掃し屈服させるのは本来ならば不可能である。でも事実として勇者は館のリリスを全滅させていた。


サキュバス「何があったのか勇者くん〜?」


勇者「サキュバスお姉ちゃんと・・・吸血鬼お姉ちゃんが教えてくれた通りに気持ち良くなりました・・・」


サキュバス「あらそ・・・でも私達こんなの教えたっけ?もっとこう、勇者が組み敷かれる平和的な――」


勇者「練習ですよ。・・・お姉ちゃん達を犯す時のための練習」


サキュバス「はは・・・。言うね」


本当にこれが勇者なのかと思う。

顔つきも雰囲気も魔力も全てがサキュバスの知っている勇者で間違いはない。

だが余りにも目つきが違う。

勇者がサキュバスに微笑み舌を出す。

色気すら感じられる勇者の挑発を受けてサキュバスが頬を赤らめた。


勇者「サキュバスお姉ちゃんも来て下さい。可愛がってあげるから」


正直心揺れた。

人型魔物の中でも特に性欲の強いリリスを数十人食い潰した子供に興味を持つなと言うのが無理な話だ。

しかしサキュバスは虚勢を張る。


サキュバス「なぁに勇者?私を孕ます?」


サキュバスも負けじと勇者への挑発を見せるが、勇者は笑顔を崩さない。


勇者「いいですね。僕の子供を産んでもらいましょう」


サキュバス「・・・は?何それ愛の告白?私と結婚するつもりなの?私・・・勇者に孕まされるだけ孕まされてポイされたら許せそうにないけど」


勇者「ずっと僕を可愛がって下さいねサキュバスさん。ずっとサキュバスさんを可愛がってあげますから」


勇者が正気でいないのくらい理解できている。理解こそできてはいるが愛しく思っている勇者に真剣な表情で告白されてサキュバスがにやけた。

「へへへ」と恥ずかしそうに笑うサキュバスの不意をついて勇者が駆け出す。


サキュバス「せっかちだなぁ勇者は・・・。私あいつ以外の女が抱かれたベッドは嫌なんだよね」


勇者がサキュバスの腕を取ろうとした矢先、サキュバスは勇者の力を受け流して吹き飛ばした。半回転させられた勇者が背中から壁に激突し、頭から床に落ちる。

幸い落ちた場所にはメイドが転がっていたため、勇者が大きなダメージを受けることは無い。


勇者「いたぁ・・・酷いですよサキュバスお姉ちゃん――」


サキュバス「ごめんね勇者・・・。でもシチュエーションは大切だと思わない?私にも理想があるんだからさ」


勇者「許してあげない」


立ち上がり歩き出す勇者。

子供をあやすように「やれやれ」と構えるサキュバスではあったが、水色に光る夜目を見せられ体を硬直させた。


サキュバス「うそでしょ・・・なんで・・・アイス――」


言い終わる前にサキュバスは押し倒されていた。体液の水溜りへ押し倒されたサキュバスが急いで態勢を立て直そうとするが、覆い被さった勇者がサキュバスの服を引き千切る。

胸部を露わにされたサキュバスが顔を赤らめ咄嗟に隠そうとする。けれどサキュバスが胸元を隠すよりも早く、勇者の両手がサキュバスの胸を鷲掴みにしていた。


サキュバス「やだっ――!」


勇者がサキュバスの胸を揉み、口付けをし、サキュバスの下着に手を伸ばす。


サキュバス「嫌だ・・・こんなのやだよ勇者・・・」


勇者の動きが止まった。

サキュバスは泣いていた。眉間に皺を寄せ、目いっぱいの涙を溜め、歯を食いしばり嫌がるサキュバス。


サキュバス「こんなの勇者じゃない・・・!やだ・・・やだよ・・・」


サキュバスを見たまま止まる勇者。

水色の夜目が申し訳なさそうにサキュバスを見つめていた。


サキュバス「・・・へっ!」


ニヤリと不敵に笑うサキュバス。


サキュバス「サキュバスパンチだこらー!」


下から打ち上げられるサキュバスの拳が勇者の顎を捉えた。

バゴ、と小気味良い音が鳴り勇者が宙を回る。宙を三回転した後勇者はベッドの上に落下し動かなくなくなった。


サキュバス「・・・ふ。まだまだ甘いね勇者」


サキュバスは背中で感じる誰の物かも分からない体液を感じ不快感に身震いする。

文句を言っていても仕方が無い。サキュバスは部屋から全てのリリス達を運び出し、被害の大きい者から順番に風呂場へと連れて行く。




・・・。

・・。

・。




勇者がベッドで目を覚ますと、壁上部の小窓から光が射し込んでいた。

立ち上がろうとする勇者。しかし起き上がろうにも体中が筋肉痛で悲鳴をあげる。


勇者「いったたたた・・・。どんだけやられたんだろう」


リリス「よくそんな事が言えるな!」


リリスの声に気付いて勇者が振り返れば、部屋のテーブルで紅茶を飲んでいるリリスがいた。

傍にはガラスのティーサーバーを持つメイド長が立ち、リリスの向かい席にはどうしてかサキュバスが座ってご飯を食べている。


メイド長「おはようございます勇者様。どうぞこちらにお掛け下さい」


サキュバス「やっほ〜勇者」


勇者「あれ・・・サキュバスさん?」


どうしてサキュバスが?

疑問に思いながらもベッドから起きた勇者がイスに座る。

するとメイド長がティーサーバーを傾け、勇者のカップに紅茶を注いでくれた。


サキュバス「超んまいねこれ。おかわりある?」


メイド長「お持ちいたします」


リリス「屋敷の主を前に自由だなお前・・・」


サキュバス「だって超んまいよこれ。魔王城のご飯って大衆向けに作られてるからさ〜、ここまで手が込んでないんだよね〜」


メイド長「勇者様はパンにいたしますか?」


勇者「あ、はい。パンでお願いします」


メイド長「少々お待ち下さいね」


サーバーをテーブルに置いたメイド長が微笑み外へと出て行く。

残される勇者と魔物二人。

サキュバスはいつも通りだが、リリスは眉間に皺が寄っていた。


勇者「今日って何日目でしょう?」


ダン、とカップをソーサーに置くリリス。やはり怒っているらしい。


リリス「八日目だ」


勇者「じゃあ残り一週間くらいですか」


リリス「本当に覚えていないのか・・・?」


勇者「へ?何がでしょう?」


サキュバス「だから言ったじゃん・・・。うちの子は本来あんな乱暴な事しないんだって」


リリス「いやしかしだな・・・。私達が感服なきまでにやられたのに当人が忘れているのはどうなんだ?」


サキュバス「まぁまぁ・・・私も言いふらしたりはしないからさ」


呆れたような表情のリリスが再び紅茶を手にして一気に飲みだす。

勇者はご機嫌斜めなリリスを横目に砂糖とミルクを紅茶へ注ぐ。


勇者「あの・・・何かご不満でしたか?」


リリス「不満?はっ。不満など何もない。最高だった・・・」


勇者「そ・・・そうですか?」


じゃあ何で怒っているのか?

理由が分からず勇者がサキュバスに目をやる。夢中で朝食を食べているサキュバスがハムスターのように頬を膨らませながら勇者の視線に気付く。


サキュバス「もごもご?」


勇者「もごもごって・・・」


サキュバス「・・・んぐ。勇者がいなくなっちゃうのがヤなんだってさ」


勇者「へぁ?」


リリスを見れば素直に「あぁ」と言っていた。

しかし覚えていない勇者には何が何だかわからない。


リリス「魔王様の子供がこの屋敷にいればどれだけリリス種が繁栄するかと思うと惜しい・・・。それにアレだけの絶倫ぶりだ」


勇者「あ・・・ばれちゃったんですね」


サキュバス「勇者が寝ている間に色々あってね・・・本当の話をしないと勇者を帰らせないって言うから話しちゃった」


リリス「安心しろ事情は私とメイド長しかしらん。それに私は今更魔王になろうとも考えていないさ」


サキュバス「あなた昔一回やられてるしね」


リリス「そうだな・・・。しかし改めて気付いて驚いたぞサキュバス。まさか魔王側近が来ていたとは・・・」


サキュバス「あわよくば私も混ざろうと思ってたんだけどね。ありゃ無理だわ」


リリス「いやはや、助けて貰って感謝する」


勇者一人を置いてきぼりに、サキュバスとリリスが話に花を咲かす。

口ぶりからして古くからの友人とかではないらしいが、最近知り合ったにしては打ち解けている気がする。


勇者「話が見えないんですけれど・・・」


サキュバス「勇者が屋敷のメイドらを散々犯し回ったって話だよ」


勇者「あはは面白い冗談ですねサキュバスさん。・・・え?嘘ですよね?」


リリス「本当だ。狂うかと思ったぞ」


勇者「僕そんなことしませんよ?え?本当に本当の話ですか?」


サキュバス「動く者みな犯す性獣になってたよ勇者。てか濃度が濃いと勇者も匂いにあてられるんだね・・・まぁ一応半分魔物だから仕方ないのかも」


勇者「・・・あ!そう言えば檸檬みたいな嗅いでいたら頭がぼーっとしました」


サキュバス「びっくりよ本当。夜目を光らせた勇者が襲い掛かってきたんだから」


勇者「僕って夜目使えるんですか!?」


サキュバス「今も使えんの?やってみたら?」


やってみと言われ勇者が辺りを見る。

相変わらず薄暗い部屋には燭台やランプがあるだけで部屋の奥は暗闇にしか見えない。


勇者「全然変わりません。そもそも夜目ってどうやって使うんでしょう?」


リリス「夜目の使い方か――」


サキュバス「そんなの人生で初めて聞かれたし・・・。使える人は自然に使ってるよね?」


リリス「そうだな。・・・どう説明したら良い?こう魔力を目にやるような感じではないか?脳内で昼目と夜目のスイッチを切り替えるような・・・」


サキュバス「あー確かに」


手振り身振りで勇者に伝えようとするリリスではあるが、思いのほか抽象的な表現が多くてわかりにくい。

わかりにくいながらも勇者が暗がりを見ながら再度実践してみる。でも勇者の視界が明るむことはない。


リリス「勇者は私でも分からない程人間色が強いから・・・魔物色が濃くならないとダメなのかもしれん」


勇者「夜目があれば便利だと思ったんですけど・・・」


リリス「練習すれば使えるかもしれんぞ?」


リリスが冷めた紅茶をカップに注ぐ。朝食を食べ終わったサキュバスもカップの紅茶を飲み干し二杯目の紅茶を注いだ。


リリス「あとこれは約束の報酬だ」


どんとテーブルに置かれる麻袋。


勇者「もう良いんですか?」


リリス「うむー・・・。元々一週間の予定だったからな。・・・そもそも睡眠以外は勇者にヤられっぱなしだったから、あちこち痛くて何もできんのだ。尻も喉も痛い」


勇者「どうしてお尻と喉が・・・?」


リリス「・・・いやまぁ気にするな。他のメイドに至っては大半が腰を痛めて療養している」


勇者「何かその、ごめんなさい」


リリス「構わんさ。むしろ時間ができたら是非また来てほしいくらいだ」


サキュバス「あんまりうちの子に変態行為を教えるとママが出てくるよ」


リリス「世界一恐ろしい姑だな・・・。まぁ程々にするから来てくれ。本当に楽しかったぞありがとう」


元々身売りの予定ではなかったが、貰える物なのでお金は貰っておく事にした。

その後、勇者は朝食を食べてからリリスとメイド長に見送られて屋敷を出る。

外に出て太陽を浴びながらサキュバスが帰宅のために浮き上がった。

勇者に背中を見せていたサキュバスが振り返らないまま勇者に問う。


サキュバス「・・・試すような話を聞いちゃうけどさ」


勇者「何でしょう?」


サキュバス「私のお腹に勇者の子供がいたらどうする?」


ちなみに勇者が吸血鬼やサキュバスとそのような行為を行ったことはない。

つまり間違いなくサキュバスのお腹に勇者の子供は宿っていない。

だが勇者は真剣に考える。そもそもハーフの自分とサキュバスの子供だと、子供は75%魔物になるのだろうか?とか。

人間とサキュバスの血が混じったらえっちな子供になるのか?とか。


勇者「お母さんに報告しないとですね。きちんと僕が説得します」


サキュバス「怒られるだろ〜ね二人とも」


勇者「ですよね・・・。僕はまだ子供ですから・・・。それでも僕はサキュバスさんを守ります」


サキュバス「え〜どうやって守るのさ?養ってくれんの?」


勇者「サキュバスさんのために出来ることなら何でもやります。幸いこの剣があればすぐに木こりになれますし」


サキュバス「アクアカット付与されてるんだっけ?木なんか切ってるのバレたらまた人魚姫にドヤされるよ・・・最悪呼び出しされて監禁されるかも」


勇者「人魚姫様には内緒です」


ありもしない下らない会話はまるで、恋人同士が日常会話で行う「もしも」のよう。

楽しげに喋る勇者とサキュバス。

太陽の光と風が二人を優しく包む。


勇者「あとサキュバスさんと結婚するなら吸血鬼さんとも一緒に結婚するわけじゃないですか?」


サキュバス「あはは!そりゃそうだけどそんな発想が出ちゃう?勇者の考え方がこっち寄りで嬉しいよ」


勇者「吸血鬼さんが一緒に奥さんになってくれるなら、二人でサキュバスさんのサポートができます。どうでしょうこの案?」


現実的と言えば確かに現実的な話だった。

綺麗事を抜きに勇者がサキュバスをどう守るかを伝えると、背を見せていたサキュバスが振り返って微笑む。


サキュバス「それだと吸血鬼の子供と年齢を合わせられないね」


勇者「う・・・年子で我慢してもらえないでしょうか・・・」


サキュバス「それは吸血鬼に聞いてみて」


勇者に近づいたサキュバスが微笑みを絶やさないまま勇者の首に手を回す。

金色の瞳が勇者を見つめ首を傾げた。恥ずかしそうに一度サキュバスから目を逸らし、改めてサキュバスと向き合う勇者。

明るみで触れられる勇者とサキュバスの唇。

ただ軽く触れ合うだけの唇を交わし、勇者とサキュバスが目を閉じる。しばらく触れ合っていた唇が離されるとき、サキュバスは舌先で勇者の上唇を舐めた。


サキュバス「勇者が死んだらさ、故郷の人間を皆殺しにするからね」


勇者「サラリと怖いこと言いますね」


サキュバス「魔物に魅入られたんだから覚悟決めてよ。魔王様に止められても絶対にみんな殺すから」


勇者「気をつけます」


サキュバス「んじゃ〜そろそろ帰るよ。ちゃんと気を付けてね愛しの勇者様」


バイバイと手を振り帰って行くサキュバスの背を見ながら、勇者は死なないようにしようと心に誓う。




・・・。

・・。

・。




旅を始めて半年。

勇者は宿屋のベッドに寝転がって地図を見ていた。

かれこれ本日で一週間も同じ街に滞在をしている。街を気に入ったわけではなく、ただ単純に次の目的地に行けず足止めされていた。

次の街までは山間にある洞窟を抜けて行く予定となっている。しかし洞窟が国王により塞がれているらしい。

どうやら魔物が出るとの噂だ。それも人を惨殺して食うタイプの魔物のようで、討伐が完了するまでは通行止めになっているらしい。

王宮からは特別依頼クエストも出てはいたが勇者はクエストを受けていない。国が依頼を出している特別クエストのため報酬こそ破格のクエストだが、内容を見るに討伐対象は人型魔物らしい。

最悪洞窟を抜けるだけなら剣で隠れて強行突破もできるだろう。わざわざ死地に飛び込む理由はない。


勇者「人食い魔物か・・・」


道具袋から吸血鬼のチャンネルリングを出した勇者が会話を始める。


勇者「もしもし勇者です」


吸血鬼『もぐもぐ』


勇者「?」


吸血鬼『もぐもぐ』


勇者「ご飯中ですか?」


吸血鬼『んぐっ。サキュバスの部下から貰ったお菓子を食べていたのよ。久しぶりね勇者』


勇者「休憩中に失礼します、久しぶりです吸血鬼さん。そちらはどうですか?」


吸血鬼『相変わらず平和よ。毎日平和すぎて平和ボケしそうなくらい・・・。ところで今日はどうかしたの?』


勇者「いえこれと言った話は無いんですけれど・・・吸血鬼さんの声が聞きたくて・・・」


吸血鬼『あ、あらそう・・・?嬉しいけれど関心しないわ・・・いざと言う時に話ができなくなるじゃない』


勇者「サキュバスさんのリングがまだ使えますから、何かあったらあっちで連絡します」


吸血鬼『気を付けてね本当に。旅はどう?』


勇者「今は永久凍山エリアの街で足止めされてます。先の洞窟に凶暴な魔物が出るらしくて、討伐が終わるまで中に入れないらしいです」


吸血鬼『あらもうそんな所にいるの』


勇者「ちょこちょこ馬車を使いましたからね」


吸血鬼『沢山クエストを受けているのね』


関心を寄せる吸血鬼だが、実のところ勇者はリリスのクエスト以来金を稼がずに旅をしていた。でも身売りで得た金があるからとも言えず、勇者は適当に笑ってごまかす。


吸血鬼『そうそう、お父さんの情報収集はどう?順調?』


勇者「最近は似たような話ばかり聞いている感じですね。この辺りはあまり動いていなかったのかもしれません」


吸血鬼『あー・・・前勇者は寒いのが苦手だったからじゃないかしら』


勇者「本当は僕も早くこのエリアを早く抜けたいんですけど――」


吸血鬼『ちなみに洞窟の魔物は誰なのかしら?情報はある?種族が分かれば弱点を教えてあげられるかも』


勇者「えっとですね――」


ベッドから立ち上がった勇者がテーブルに向かい一枚の紙を手に取る。wantedが表記された特別クエストの紙を見ながら吸血鬼との話を続ける勇者。


勇者「魔物名は不明みたいです。写真や絵も無いですね。金額は九千万で特徴が・・・銀色の夜目と多様な魔法を使うらしいです」


吸血鬼『九千万?正体不明の魔物が九千万ですって・・・?相当数の人間を殺してるんじゃない?』


勇者「犠牲者は王宮兵と冒険者を合わせて三桁を超えているみたいですね」


吸血鬼『そんな奴がいるから、いつまでも人間と魔物が対立し続けるのよ』


勇者「ですー・・・え?」


吸血鬼『え?』


勇者「僕いくつか前の街で吸血鬼さんの討伐クエスト見たんですけれど・・・」


吸血鬼『きゅ、吸血鬼種なんが私以外にいくらでもいるわ。それにほら私達は割り合い人型の中でも名の売れたやつが多いから他人じゃないかしら・・・?』


勇者「魔王側近って書いてありましたけど・・・」


吸血鬼『あ、あらそうなの。それなら私かも・・・』


渇いた笑いを見せる吸血鬼ではあるが、声だけを聞いていても狼狽えているのがわかる。

きっと今まで知らなかったのだろう。


吸血鬼『でも昔の話でしょう?』


勇者「吸血鬼さんって二つ名が色々あるんですね。紅い死神とかブラッドウルフとか深淵の――」


吸血鬼『いけないわ勇者。それ以上は駄目』


勇者「格好良いと思いますけれど・・・」


吸血鬼『恥ずかしいわよ・・・なぜか私ばかり色々な通り名をつけられるし・・・』


勇者「ちなみに難易度11にいました」


吸血鬼『そんなに暴れたかしら・・・』


勇者「魔王側近だから目を付けられている、とかじゃないですか?僕にも難易度の基準は良く分かりませんけれど――」


吸血鬼『どうなのかしら・・・。それにしても銀色の夜目を持つ魔物ね・・・もしかしたら妖狐種かもしれないわ』


勇者「妖狐・・・ですか」


吸血鬼『えぇ。人型上級魔物ね』


勇者「妖狐種って強さに比例して尾の数が増えるのは本当なんですか?」


吸血鬼『えぇそうだけれど・・・くれぐれ戦闘を仕掛けたらだめよ勇者。命乞いの通用する奴らじゃないから』


勇者「人型に戦闘を仕掛けるほど強くないですよ僕」


吸血鬼『・・・もしかしたら私の知っている――』


プツンと切れてしまう会話。

最後吸血鬼は何て言っていた?知り合いかもしれないと言ったのか?

勇者が疑問を感じてサキュバスのリングを手に取る。続きが気になった。サキュバスを通して聞いてもらった方が良いのだろうか。

もし吸血鬼の知り合いだとすると、放っておいたら討伐されてしまうのでは?

指輪を手にしたまま考える勇者。

けれど、もし聞き間違いや勘違いだったらどうする?丸々一ヶ月二人とは喋れない。


勇者「・・・様子だけでも見に行ってみるかな」




・・・。

・・。

・。




夕方に街の道具屋巡りを終えた勇者は完全武装で腰に剣を携える。揃えたアイテムは魔物と戦うための物ではない。逃げるためのアイテムを重点的に用意した。

買い忘れはないかと自問し大丈夫だと自答した。


勇者「さて――」


久しぶりの旅に勇者の心は踊る。

そうこうして目的の洞窟へと足を運んだ勇者は、洞窟の入り口で二人の王宮兵を目の当たりにする。さっそく剣を地面に立てた勇者が兵士らを横目に洞窟へと入った。


勇者「おじゃましま〜す」


洞窟内は少し歩いただけで視界が零になった。

冷たい風が獣の唸り声のような音を鳴らす中、勇者が道具袋から粉末状の薬を出して一気に飲む。


勇者「うへぇ・・・まず・・・」


薬を飲んで程なくすると零だった勇者の視界が僅かに明るくなった。使用したアイテムは人間が魔物の夜目に似た効果を得られるマジックアイテムだ。

値が張る割りに期待するほど暗闇が鮮明に見れる物ではないが、地形が見れるだけ使わないよりかマシだ。

洞窟を歩き出して十分が経った頃、勇者が鼻呼吸をやめて口呼吸へとかえる。洞窟を吹いている風に乗せて届けられるのは血の匂い。奥に進めば進むほど色を増す死の匂いに勇者は吐き気を覚えた。

途端に震えと後悔が勇者を包む。

甘く考えてすぎていた――。


勇者「・・・」


帰ろうと考えていた勇者が背を向けた矢先静止させられる。

コツコツと洞窟内に聞こえる足音。

来るな来るなと願っても勇者の背に当る殺意は強くなるだけ。

振り返れなかった。

振り返りたくもなかった。

見たくもない。

関わりたくもない。


?「殺してやる・・・殺してやる・・・。殺してやる――!」


勇者が願ったところで魔物は歩みを止めない。血の匂いが最も強くなった時、勇者の隣を一人の魔物が通る。

僅かに震える声で呪詛を唱えるのは、髪から服までをドス黒い血に塗れさせた銀夜目の女だった。女の腰には狐の尾と似た尾が十の束となっている。

怒りからか全ての尾が倍近くに膨れ上がっていた。


妖狐「どこよ・・・」


勇者「っ――!」


妖狐「私はここにいるわ・・・首が欲しけりゃ出てこい!」


両手を広げて叫ぶ妖狐。

狂気に彩られた妖狐の声を聞かされ、勇者は改めて剣を強く握った。

居場所は気付かれていないハズ。それでも洞窟内にいるのが勘付かれているのか?


妖狐「ほらどうした腰抜け!仕掛けて来なさいよ!」


勇者「・・・」


妖狐「ねぇどうして・・・返して・・・私の子を返して・・・!返しなさいよ!どうしてうちの子なのよ!?」


見れば返り血を浴びている妖狐は涙を流していた。

金切り声には嗚咽も混じる。

夜目で辺りを見渡し叫んでいた妖狐がしばらく叫び、膝から崩れるように座り込んでしまう。俯いたまま「ひひひ・・・」と項垂れている妖狐の有様を前に、勇者は地面から剣先をはなした。


勇者「あの――」


妖狐「うぁがぁ!」


圧倒的な速さで襲い掛かられ勇者の脳裏には死が浮かんだ。

銀髪を振り乱しては振り上げられる妖狐の右腕。持ち上げられた五本の指先には凝縮された魔力が込められ、勇者が瞬きするよりも早く振り下ろされる。

勇者は開幕一撃で首を落としにくる妖狐の爪を剣の腹で受け止めようとした。しかし魔力の込められた爪の攻撃は剣などでは受け止めきれず、風圧が勇者の肩を切り割る。


勇者「ままま待って下さい!話を――!話を聞いてください!」


妖狐「ぐるる・・・楽に死ねると思うな人間風情が・・・!」


勇者「おおおお、お母さん話を!」


妖狐「誰がお母さんか!」


勇者「ですよね!?僕にはちゃんとお母さんがいますもんね!?」


壁に追い詰められた勇者に妖狐の拳が振り下ろされる。

走馬灯なんて見えなかった。

少し時間がゆっくりに感じたくらいだ。

勇者が目を閉じる。

まずは激しい炸裂音が勇者の鼓膜を震わせ、音と同時に洞窟が揺れた。


勇者「っ・・・!」


死んだ。絶対に死んだ――。

しかし目を閉じていた勇者が恐る恐る目を開くと、鼻が付くほど眼前に眉間に皺寄せ唸る妖狐がいた。振り下ろされた拳は勇者の頭少し横に落とされ、洞窟の壁を吹き飛ばしていた。


妖狐「命乞いならば殺す」


勇者「は・・・は・・・!」


勇者から手放された剣が地面に落ちてカランと音を鳴らす。

壁に背を預けたまま腰を抜かしてしまう勇者。妖狐は腰を抜かした勇者を座らせまいと胸ぐらを掴んで壁に押し付ける。

生きている心地はしない。


妖狐「見物なら殺す。仇討ちなら殺す。説得でも情報収集でも通行人でも殺す」


勇者「・・・先ほどお子さんの話をしていましたよね。たっ・・・助ける協力をさせて下さい」


妖狐「死ね」


妖狐の手が勇者の首を掴んだ。


勇者「がっ!?」


万力のように締めてゆく妖狐の指が勇者の首にめり込まれた。ゆっくりと真綿で首を締めるように指が閉じられてゆけば、勇者の頚椎が悲鳴をあげだす。


勇者「じ・・・ぐるじ」


ホワイトアウトしてゆく視界。

そのうち耳鳴りが聞こえだし、心臓の鼓動が聞こえ出した。

やはり走馬灯なんて見えない。


妖狐「・・・」


残り数センチ指を閉めれば骨が折れるところで妖狐が手を離す。地面に落とされた勇者は受け身も取れぬまま倒され、激しく咳き込み酸素を求めた。


勇者「がはっ!?げほっ、はぁ。はぁ」


妖狐「チッ――」


勇者「げほげほっ、げほっ、うげほっ」


四つん這いになった勇者が堪らず数時間前に食べた物を吐き出す。何度か嘔吐し涙目のまま呼吸をを整えた勇者が気力だけで立ち上がった。


勇者「ぜぇ・・・ぜぇ・・・」


妖狐「殺してやりたいけれど娘にかわるものなんてないわ・・・。その依頼を受けさせて頂戴」


勇者「依頼・・・ですか?」


妖狐「私と取り引きに来たのでしょう?良いわよ娘さえ無事なら何だって叶えてあげるわ」


変わらず怒りを露わにしているようだが妖狐の殺意は無くなっていた。穏やかとは程遠くもあるが話ができるだけ十分マシだろう。

勇者は慎重に言葉を選ぶ。


勇者「早速状況を教えて下さい」


妖狐「しばらく前に私が家を留守にしている間、うちの娘が人間に攫われたわ。犯人は王宮の使いよ」


勇者「王宮ですか・・・え?どこの国でしょう?」


妖狐「この辺りに王宮がある街なんて一つしかないじゃない。余所者なの貴方?あぁ・・・冒険者かしら」


妖狐の言う通りこの辺りに王宮のある街は一つしかない。今まさに特別クエストを発行し続けている国だ。


勇者「どうしてこんな所にいるんですか?」


妖狐「乗り込んだ所で手が出ないからよ・・・。あの国の王宮兵は計り知れない数なの。万が一娘を助けたとして、娘を無事に逃がせられるか――」


勇者「だから洞窟の中で兵や冒険者の数を減らしていたんですか・・・」


妖狐「もっぱら最近は王宮兵なんて来ないわ・・・。賞金狙いの冒険者ばかりよ」


勇者「冒険者に任せれば王宮兵を使わずにキツネさんを討伐できますからね・・・。どうりでクエストの報酬が破格すぎると思ったらーー」


妖狐「きつねさん・・・?誰がキツネさんか。妖狐と呼んで頂戴。私の首に幾らの賞金が掛かっているかは知らないけれど、貴方が娘を助けてくれるならば好きなだけ金は用意するわ。地位でも名誉でも名声でもくれてやる」


「ただし――」と付け加えた妖狐の右手が勇者に伸べられる。ゆっくりと伸ばされる手を前にしても勇者は怯まないで妖狐を見つめる。

妖狐の手が勇者の首を握る。目を見開いた妖狐が勇者に鼻先を付けて言った。


妖狐「私と契約する以上・・・裏切ったら地獄を見せてやるわよ。親も友人も恋人も肉親も知り合いも・・・必ず全員探し出してお前の前で嬲り殺してやる。いいな?」


勇者「一つ・・・質問を良いですか?」


妖狐「手短にして頂戴」


勇者「僕が殺された場合はどうなるんでしょう」


妖狐「・・・」


勇者「僕が殺されたら妖狐さんの期待の裏切ったとかになるんですか?もしそうなら――」


妖狐「それは裏切りとは言わない。そうね・・・どこまで本気で娘を助けるのかは知らないけれど、もしお前が死んだら弔いくらいはしてやるわ」


勇者「・・・分かりました。では僕のお金と道具袋は預かっておいて下さい。とても大切な物が入っていますから、必ず返してもらうため戻ります」


妖狐「本当にできるんでしょうね・・・どうも信用できないわ」


妖狐が勇者からアイテム類を受け取り胸元に仕舞う。


勇者「ところでその――」


妖狐「報酬の話なら終わってからよ」


勇者「あ、いえ違くてですね・・・。さっき薬を吐いちゃったから何も見えないんですよ・・・。僕の剣を拾って洞窟の入り口まで誘導してもらえませんか?」


両手を伸ばした勇者が妖狐の両胸を鷲掴みにした。

遠慮もなく妖狐の胸を掴んだ勇者が握ったりさすったり揉んだりをローテーションさせる。


妖狐「・・・。は?」


勇者「うん・・・?なんだこのカベ妙に柔らか――」


妖狐「妖狐パンチ!」


妖狐から繰り出された閃光の一撃が勇者の顎を捉えた。

膝から崩れ落ちる勇者。

怒りに震える妖狐が勇者にとどめを刺さなかったのは奇跡といって良い。




・・・。

・・。

・。




こうして妖狐の依頼を受けた勇者が地面に剣を当てたまま城への侵入を開始する。広い城の何処に妖狐の娘がいるのかはわからない。

よもや片っ端から探す他ない。

まずは一階。収穫らしい収穫はない。

そして二階。騎士団のような連中とすれ違うが収穫はない。

最後に三階。妃の部屋には誰もいなかったため、隣にあった王の部屋へと向かう。

王の部屋で檻に閉じ込められた女の子を見つけた。

勇者は辺りに人がいないのを確認すると急いで檻へと向かう。檻の中には腰部から一本の尾を伸ばす女の子が膝を抱えて座っていた。

檻を叩く。


勇者「君が妖狐さんの娘さんだね?」


妖狐娘「ひぁ!?・・・だ、だれ?どこにいるの?」


勇者「僕は勇者。妖狐さんに頼まれて君を助けに来たよ」


妖狐娘「まま・・・?ままはどこ?」


勇者「街を出て東の洞窟にいる。僕と一緒に行こ?」


安心したからなのか母の名を聞いたからなのか、途端に妖狐娘の顔は歪み涙を流す。妖狐娘は両手で柵を掴むと大声で泣き出してしまった。


妖狐娘「ままー!」


勇者「わわ!静かに!」


妖狐娘の鳴き声を聞いてすぐさま外から足音が聞こえる。勇者は剣を立てたまま檻から離れて壁際に身を寄せた。

ドスドスと喧しい足音が聞こえた後に扉が開かれると、そこには良く肥えた家畜のような何かがいた。身長は150以下、体重は軽く百を越えただろう小ぶりオーク種のような何か。

信じられなかったが頭の冠を見る限りこの国の王らしい。


王「ぶふ〜。ぶふ〜」


こんなの反則だ。

壁際の勇者が血を流すほど唇を噛み締めて笑いを堪える。しかし怒りを露わにする王の表情を目の当たりにして勇者の笑顔が消された。


王「このクソガキがぁ・・・!」


妖狐娘「ひっ――!?ぶたないで!」


王は突き出された腹をたゆませながら檻へと近づく。

穏やかではない。

檻の鍵を開けた王が妖狐娘の髪を掴んで力任せに引きずり出す。ぶちぶちと音を鳴らして千切られる妖狐娘の銀髪が、何本も赤いカーペットに散らばった。

妖狐娘を引きずり出した王は、髪を掴んだまま妖狐娘を投げ飛ばす。床を転がり壁に打ち付けられる妖狐娘。

王の右足が振り上げられる。


妖狐娘「やぁ・・・!」


王「毎日毎日毎日ビービー泣くんじゃねぇよクソガキぃ!」


王が妖狐娘の腹を蹴り上げた。

一度、二度、三度。

苦しそうに息を切らしながらも何度も何度も妖狐娘を蹴る。


妖狐娘「痛い!痛い!やだー!」


王「うるせぇっつってんだろうがクソガキが!親を誘い出す前にぶち殺すぞ!」


トドメとばかりに上げられた右足の裏が妖狐娘の顔へと狙いを定める。妖狐娘が泣き顔で懇願するが、叩きつけられようとする王の足が止まることはない。


王「死ぃい――!・・・はれ?」


勇者「・・・。ハァ」


王の足が妖狐娘に叩きつけられることはない。足が下ろされるよりも早く動いた勇者の剣が王の両膝から下を切り離していた。


王「へ・・・へ・・・?びゃ〜!」


身長を四分の一程度減らされた王が声にならぬ悲鳴をあげる。悲鳴なのかすら疑わしい不快音。

勇者は叫ぶ王には一瞥もくれずに妖狐娘の手を引くと立ち上がらせた。


勇者「大丈夫?」


妖狐娘「う、うん・・・。ありがとうお兄ちゃん・・・」


勇者「行こうか。ほら、背中に乗れる?」


勇者が妖狐娘を背負う。


王「ぴひぃ!ワシの足が!ワシの足がー!」


妖狐娘を背負った勇者が振り向き様に、床に転がる王の足へと目をくれる。

二つの足に真上から突き立てられる勇者の剣。まるで串焼きのように足二本を刺しにした勇者は、重量感ある剣を窓に向けて振り下ろした。

遠心力で剣から抜けた王の両足が、窓を割って外に放り出される。

なおも腹の虫が収まらない勇者は、王が妖狐娘にやった時と同じように足を上げて王の鼻を踏み潰す。


王「ぷぎ!?」


気絶する王をしばらく見下ろす。

部屋の外からは慌ただしくも動く数多くの足音が聞こえた。

勇者は剣を床に立てると妖狐娘と一緒に城から逃げ出す。




・・・。

・・。

・。




所変わって魔王城。

魔王は窓から外を眺めながら物思いに耽っていた。

息子が旅に出てしまってから半年以上が経っている。果たしてうちの子は元気でいるのだろうか。

会いたい。

愛でたい。

できれば頬ずりも――。


魔王「はぁ・・・」


椅子に戻った魔王が卓上のベルを鳴らす。

こんな時は熱い紅茶でも飲んで落ち着こう。

しかし魔王の願いも虚しくメイドは来てくれない。


魔王「・・・」


もう一度ベルを鳴らす。

が、やはり誰も来てくれない。

こんな日に限って物事が上手くいかないものだ。人生は上手く出来ている。

仕方ないのでぬるくなっている紅茶を飲んでいる時、小走りで近付いてくる足音を聞いた。


吸血鬼「失礼します魔王様」


魔王「どうぞ」


吸血鬼「その・・・緊急事態です」


魔王「緊急事態・・・ねぇ」


額に大粒の汗を見せる吸血鬼に魔王が紅茶を飲みながら一瞥送る。

緊急事態なんて言われたのはいつ以来だろう。きっとあの人が単身で乗り込んで来た以来。

この憂鬱な気持ちが晴れるなら、緊急事態もありがたいかもしれない。


魔王「そう。それでどれくらいの緊急事態なのかしら?」


ぬるい紅茶を口に含む魔王。

自分で淹れなおそうかな。


吸血鬼「勇者が北部寒帯エリアで手配されました」


魔王「ぶぁほ!?」


吸血鬼「だっ、大丈夫ですか魔王様」


魔王「げほげほ!鼻がー!あー・・・!てっ、手配って誰がよ!?勇者ってうちの子!?」


吸血鬼「似顔絵は似ていませんが、特徴が勇者そのものでして――」


吸血鬼が手に持っていた紙を魔王に差し出す。確かに似顔絵は吸血鬼が言う通り、勇者に似ても似つかない醜悪な化け物の絵が描かれてあった。

特徴に記載された外的年齢や身長、使っている武器の絵を見る限り、なるほど確かに勇者と手配書の人物は酷似している。


魔王「・・・これ特別クエストじゃない。うちの子に何が起きているのよ」


まずは賞金を見る。


魔王「これ0何個ある?・・・一、十、百、千・・・億?」


懸賞金は衝撃の一億。

罪名は内乱罪と書かれてあった。その他特記事項に「国王の暗殺を目論む」とまで丁寧な記載がされている。


魔王「あー・・・。勇者じゃなわねこいつ」


吸血鬼「先日この街にいた勇者と話をしましたので間違いないかと・・・」


魔王「だったらうちの子が革命を企てたって言うの!?誰よそんな根も葉もない話をする奴は!魔王パンチをお見舞いしてやるから連れて来なさい!」


怒りに拳を握り締める魔王。

そもそも勇者は勇者であって革命家ではない。

絶対に誰かの陰謀だ。


サキュバス「まずいです魔王様!緊急事態です!」


怒りに震える魔王の元へとやってきたのはサキュバスだった。


魔王「緊急事態なら聞いたわよ!どっかのバカがうちの子に賞金を――」


サキュバス「え、勇者って手配されたんですか?いえそんな話じゃ――」


魔王「そんな・・・?そんな話ってなによ貴女!勇者が人間から狙われるかもしれない話をそんな話と!?私は認めていないけど、一応未来の旦那予定なんじゃないの!?彼とは遊びでしたとか許さないからね!」


サキュバス「あぁいえなんと言うか、今は本当にそれどころじゃ――」


狼狽えるサキュバスの頭が何者かの手に掴まれた。頭をしっかりと掴まれたサキュバスが石像のように動けなくさせられる。


サキュバス「ひっ――!?」


妖狐「相変わらず五月蝿い女ねぇサキュバス・・・。脳味噌ぶちまければ大人しくなるのかしら」


現れた十尾の妖狐を前に刹那の静寂。

まず動き出した魔王が両手にあらん限りの魔力を生み出す。次に動き出した吸血鬼が腰から剣を抜いて構えた。


妖狐「あらヤル気?サキュバスが死ぬわよ」


サキュバス「たすけ・・・魔王・・・さま」


魔王「命が惜しくばサキュバスを離しなさい妖狐」


妖狐「あらあら調子に乗っているのね?死ぬかアイスブルー?」


魔王「やっぱり・・・あんたは殺しておくべきだったな!」


全身から殺意を滲ませる魔王を正面にしてなお、妖狐は犬歯を見せて楽しそうに笑う。


妖狐「威勢が良いのは変わらないわね。所で聞きたい話があるのよ魔王。あなた勇者と名乗る子供を知っているかしら?」


魔王「・・・さぁ?」


妖狐「さぁ?なら私が送ってやった手配書は無意味なのね・・・。もしかしたら貴女の知り合いかと思ったけれど・・・。用件はそれだけよ。関係ないなら帰るわ」


動き出したサキュバスが頭上に置かれた手を払い除け、剣を抜いては妖狐に構える。


サキュバス「勇者に何をした」


妖狐「あら貴女達とは知り合いなのね。まぁ・・・魔王側近様ともあろうお方が赤の他人にチャンネルリングなんて渡さないわよねぇ?」


あははと一際楽しそうに笑う妖狐。ひとしきり笑う妖狐ではあったが、しばらくしてつまらなそうに「はぁ」と溜息を吐く。


妖狐「それでどうなのよ魔王様。貴女は彼の知り合いじゃないのね?」


魔王「私の・・・子供です」


妖狐「肉親じゃない。つまらない嘘をつかないで頂戴」


面倒くさそうに舌打ちをした妖狐が魔王へと歩み寄る。

身構える魔王と向かい合う妖狐だが、妖狐は静かに正座をすると両手を前に重ね置いて土下座をして見せた。


妖狐「勇者が手配されたのは私のせいです。本当に・・・申し訳ございませんでした」


床に付きそうなほど深く下げられる妖狐の額。

意味が分からず魔王が戦く。

到底罠としか考えられなかったが、人を欺くために頭を下げる人物じゃ無い事ぐらいは理解できている。


魔王「えあ・・・う――」


隙を突いて襲って来てくれた方がまだ分かりやすい。しかし妖狐は下げた頭を上げようとはしない。


魔王「待って下さいそんな――。どうか頭を上げて下さい魔王様」


妖狐「魔王じゃないわよ」


魔王「ま、魔王は私ですよね。頭を上げて下さいよ妖狐様」


妖狐「妖狐」


魔王「え?」


妖狐「妖狐で構わないわ」


魔王「いえそれはちょっと・・・言えません」


妖狐「魔王なら魔王らしく、しゃんとなさいな」


魔王「そ、そんなこと言われましても・・・。とりあえず話を聞かせて頂けますか?紅茶を淹れますから」


妖狐「あら持て成してくれるの?夢にも思わなかったわ」


魔王「あはは本当に・・・。貴女達もご一緒させてもらいなさい」


吸血鬼「か、畏まりました」


サキュバス「は、はい」


魔王が自ら紅茶を淹れて三人をテーブルへと案内する。妖狐の椅子だけは尾が邪魔にならないよう、背もたれの無い椅子が用意された。

全員に紅茶が振る舞われると、改めて前魔王妖狐から謝罪の詳細が伝えられる。

娘が捕まった事、勇者を襲った事、勇者が娘を救った事、そして勇者が娘の代わりに行ってくれた復讐も。

妖狐娘を助けた勇者は見返りを何一つ求めなかった。

ただ妖狐娘の頭を撫でながら「人間を嫌いにならないであげて」と微笑み旅立ってしまった。


妖狐「勇者にリスクを負わせてごめんなさい。謝って済むとは思わないけれど、私にはこれぐらいしか叶わないのよ」


魔王「そうですかそんな理由が・・・。つまりー・・・寒帯エリアの国を全部潰せば勇者の手配は闇に消えますね」


妖狐「間違い無いわね。娘を取り戻したから私も遠慮しないわ。ヤるならサポートしてあげる」


魔王「やりませんよ相変わらず物騒な人ですね・・・」


妖狐「冗談よ。バレたら勇者から怒られそうじゃない」


魔王「間違いなく嫌われますから止めておくのが良いですよ。勇者は私と同じ平和主義者ですから」


妖狐「良く言うわ・・・」


世界一物騒な冗談の言い合いだな、と吸血鬼とサキュバスは失笑させられる。


魔王「事情はわかりました。そのような理由でしたら・・・仕方ないとまでは言いませんけれど、勇者の選んだ道だと思って受け入れます」


ふふんと得意げに胸を張る魔王と、見事な親バカぶりを発揮する魔王に少し呆れる妖狐。


魔王「不思議ですね・・・」


妖狐「・・・。そうね」


魔王「まさか妖狐様と殺し合い以外で会う日が来るとは思いませんでした」


妖狐「私は貴女なんかに頭を下げる日が来ると思わなかったわ」


魔王「というか妖狐様って恋愛とか結婚とかするんですね。誰かを愛する事が出来たのが意外でしかありませんよ」


妖狐「昔の話よ。夫は病気で死んだわ」


魔王「あぁ・・・私と一緒ですか。女魔王は未亡人になる呪いでも掛けられているんです?」


妖狐「私の前魔王は殺されたから、一概に未亡人になるとは言えないんじゃない?」


魔王「前々魔王は妖狐様が殺したって聞きましたけど」


妖狐「どうだったかしら覚えていないわね。・・・ん?そう言えば勇者って人間じゃない。拾った子?それとも攫った子?」


魔王「お?お?いや〜・・・今のは魔王パンチを食らっても文句言えませんよ妖狐様。きちんと私がお腹を痛めて生んだ子ですし!れっきとしたハーフですし!」


妖狐「ふーん・・・よくもまぁ色濃い魔物の血が隠れたわね」


魔王「前勇者の子だから力が強いとか・・・?いや知りませんけど――」


妖狐「へー・・・あ?前勇者?人間と結婚したの貴女?あっはっは!アイスブルーが人間と!」


妖狐が涙目で笑いながら魔王を指さして笑い出す。

世の中には数多の魔物がいるが、魔王を小馬鹿にしながら笑えるのは妖狐以外にいないだろう。

笑われた魔王は頬を膨らませそっぽ向いてしまう。


魔王「仕方ないじゃないですか好きになっちゃったんですから・・・。人の旦那を笑うとか信じられません。妖狐種なんか滅ぶべきですそうすべき」


妖狐「あっはっは!ひー、ごめんなさいね。そうやさぐれないで頂戴。ほら紅茶入れてあげるから」


魔王「まだ残ってますし!」


妖狐「いえいえ夫をバカになんてしていないのよ本当に。私は貴女が人間に口説かれた事に驚いただけよ」


魔王「・・・本当ですかねぇ?」


妖狐「本当本当。ねぇ貴女達だって当時は信じられなかったでしょう?」


妖狐からいきなりな無茶ぶりをされた吸血鬼とサキュバスが、揃ってカップに紅茶をふきだした。

そんな二人を魔王が白い目で見る。


魔王「ムダですよ妖狐様。そこの二人だって前勇者にアプローチを掛けてましたもん」


妖狐「あっはっはっは!あんた達も?あっはっは!あんた達も人間を好きになるんだ!あっはっは!」


魔王「しかも勇者に唾を付けたんですよ」


妖狐「!?」


魔王「うちの子に」


妖狐「あの子に・・・?」


魔王「あの子に」


妖狐「変態じゃない・・・」


聞き捨てならぬ台詞に、決死の覚悟を持った吸血鬼とサキュバスが立ち上がる。

机を叩いて飛び退いた二人は混乱し、どういった理由か剣を抜いて構えた。


サキュバス「おあおお言葉ですが、勇者はしっかりしてますし!子供だから好きになったわけじゃありませんし!」


吸血鬼「そっ、そうですから!そもそも私達は外見年齢など変わらないんですから、いつかは勇者が歳上に見えますよ!?」


妖狐「なるほどねぇ・・・。だってさ魔王様」


魔王「魔王様ってやめて下さいよ妖狐様・・・。絶対に当て付けでしょう?」


妖狐「あらどうして?折角奪い取ったんでしょう私から」


魔王「アレはーー!・・・妖狐様の自業自得じゃないですか。今の妖狐様だったら私だって反逆なんかしていませんし」


妖狐「若気のいたりよ」


魔王「よく言いますよ・・・。ほら二人もずっと立っていないで座ったら?」


妖狐「そろそろ帰るから構わないわ」


テーブルに手を置いて「よっこいしょ」と立ち上がる妖狐。ご機嫌らしく、尾が左右に動いていた。

しかし立ち上がった妖狐の両肩を後ろから掴む魔王。魔王は力強く妖狐を下に押し込み再び座らせてしまう。


妖狐「うん?何よ?」


魔王「吸血鬼、サキュバス。やっぱり妖狐様と二人にしてもらえる?」


吸血鬼「・・・わかりました」


サキュバス「何かあったらすぐに呼んで下さいね」


本来魔王の側近であれば、危険因子となりうる妖狐を残して行くのは最善の判断とは言えない。

無論二人にも理解はできていた。理解はできてはいたが、魔王の表情が側近二人を離れさせる。


魔王「何の話でしたっけ?そうそう妖狐様のお子様の話を教えて下さい」


妖狐「・・・」


魔王「男の子ですか?女の子ですーー」


妖狐「・・・」


魔王「か、その・・・です、はい」


妖狐「・・・」


魔王「・・・」


妖狐「・・・統率者が曖昧な態度をすれば他の者に不安と疑惑を与えると教えたはずよ。言葉にして言いなさい。貴女はもう子供ではないのだから」


妖狐から叱られた魔王が一呼吸置いて紅茶を飲み干す。続けてテーブルに置かれたベルを鳴らせば、メイドが新しいティーサーバーをテーブルに置いて部屋を出て行った。

しばらくの沈黙。

封を切ったのは魔王。


魔王「私を恨んでいますか?」


妖狐「つまり・・・貴女は後悔をしているのかしら」


魔王「していません。人間と魔物の全面戦争なんて今問われても止めさせてもらいます」


妖狐「そう。ならば貴女の信念が私を上回ったのだから落ち込む必要は無いじゃない」


魔王「・・・」


妖狐「それにね・・・今だから言えるけれど、人間が考える食べ物や玩具もなかなかよ?うちの娘も球投げのような玩具がお気に入りみたい」


魔王「・・・」


妖狐「・・・。ちっーー」


テーブルから立ち上がった妖狐が魔王のベッドへと移動して腰を掛ける。気恥ずかしそうに頬をかいた妖狐は、体を魔王に向けてから自身の膝をポンポンと叩いた。


妖狐「いらっしゃい」


魔王「っ――!」


魔王に甦る昔の記憶。

落ち込んだ時に慰めてもらった妖狐の温かさ。

俯く魔王の瞳に涙が溜まった。

零さないよう下を向くが、限界をこえた涙はポツポツとカーペットに染みを生む。


魔王「私には・・・私にはそんな資格なくてーー」


妖狐「次の会議までよ」


懐かしい台詞。

いつも厳しかった妖狐が自分にだけ言ってくれた甘やかしの言葉。


魔王「ようござまぁ〜」


たまらず妖狐に飛び込んだ魔王を妖狐が受け止め、受けきれずにベッドに押し倒されてしまった。


妖狐「重い!」


魔王「うえぇ〜!ごめんなさい妖狐ざまぁ〜!」


妖狐「まったく・・・。本質はちっとも変わらないんだから・・・」




・・・。

・・。

・。




外が暗がりを生み出す頃になり、魔王部屋の扉が叩かれる。


「入れ」


妖狐が返事をしてからしまったなと思う。他人の部屋で何を偉そうに返事しているのかと。

体に染み付いた癖は恐ろしい。

読んでいた本を閉じてメガネを外す妖狐。

ともあれ言ってしまった手前、嘆いていても仕方ない。

魔王の返事では無かったにも関わらず中に人がやって来た。


吸血鬼「失礼いたします妖狐様」


妖狐「あぁ・・・吸血鬼。・・・吸血鬼様かしら?」


吸血鬼「私にもやるんですか・・・精神衛生上よろしくないので許して下さい」


吸血鬼がトレーに乗せていた紅茶入りカップとソーサーを妖狐に手渡す。受け取った妖狐が膝にソーサーを置き、渡された砂糖とスライスレモンをカップに入れた。


妖狐「うちの子はきちんと良い子にしている?」


吸血鬼「今サキュバスと勇者ごっこをしています。他の者たちにも遊んでもらっているようですね」


妖狐「何よりね。魔王に用事かしら起こす?」


吸血鬼「いえーー」


吸血鬼がベッドの魔王に目を向ける。

魔王は泣き疲れたまま妖狐の尾を掛け布団と敷き布団にして幸せそうに寝ていた。

妖狐は微笑んでいる吸血鬼からスプーンを受け取ると、カップに入れたレモンと砂糖を混ぜた。


吸血鬼「食事は何が良いか聞きに来ました。魚類か肉類のどちらにしましょう」


妖狐「魚がいいわね。・・・所でこの子ってこんなに子供じみていたかしら。昔はもう少し殺伐としていなかった?」


吸血鬼「私からこんな話をするのはどうかと思いますが・・・魔王様は妖狐様達を追放して以来拠り所を失っていました」


妖狐「恋人や貴女達はいたでしょう」


吸血鬼「確かに来るべき時に前勇者が拠り所になりましたが、結局それもすぐに終わりです。魔王様が勇者と会えたのもここ半年の話ですしーー」


妖狐「らしいわね」


吸血鬼「私達はあくまで部下の立ち位置です。勇者は拠り所ですけれど、弱音を吐ける相手ではありませんから」


妖狐「そうね・・・。一番なんて割り合い孤独なものよ。疲れるし・・・。それでも王は導かなければいけない」


吸血鬼「魔王様はずっと妖狐様を裏切った自責の念に苛まれていました・・・」


妖狐「よくもまぁこいつが魔王なんてやれたものね」


吸血鬼「妖狐様が集めた人材は皆優秀でしたからね。皆で魔王様をサポートしましたよ」


妖狐「そう・・・ね。・・・優秀だからこそ私はここにいるのね」


カップをソーサーに戻した妖狐が棚に置く。


魔王「うん・・・ん」


妖狐「あら起きたのかしら寝坊助さん」


薄目を開けた魔王が妖狐を見て、立っている吸血鬼を見る。けれど魔王は二人を確認してもなお、眠そうな顔をしながら尻尾の根元へと顔を潜らせる。


妖狐「ちょっとそこはお尻」


吸血鬼「魔王様は夕食どうします?」


魔王「魔王様と同じのがいい」


吸血鬼「デザートも同じで良いでしょうか?」


魔王「ん」


妖狐「貴女レモンソルベは嫌いじゃなかった?」


魔王「んーん・・・。今は好きです」


吸血鬼「すぐにお持ちしますね」


魔王「んー」


部屋を出て行く吸血鬼。魔王は吸血鬼の動向なんて気にもしないで妖狐の尾に頬ずりをさせる。


妖狐「良い加減に出なさいな。いつまで入っているつもりよ」


魔王「ずっとここにいます」


妖狐「うちの子も使うのよ」


魔王「じゃあ娘さんがいない間はずっとここにいます」


妖狐「ほらそろそろ会議の時間よ。出なさい」


妖狐がベッドから立ち上がると魔王が転がりながら尾からはき出された。

放出された魔王が恨めしげに妖狐を見上げる。


魔王「うー・・・」


妖狐「貴女今年でいくつよ・・・」


魔王「大人が甘えて何が悪いんですか!」


妖狐「自分と同じ外見年齢の女にまとわりつかれる私の身にもなりなさいな」


魔王「あそうだ魔王様、ご飯を食べたら一緒にお風呂入りましょう。大浴場で」


妖狐「とことん自由ね貴女・・・。いい加減ご飯を食べたら帰るわよ」


魔王「は?」


妖狐「何よその間抜けなツラは」


魔王「かっ・・・帰るん・・・ですか?この城にですよね?」


妖狐「寝言を起きている時に言うのかしら?自宅に決まっているでしょう」


魔王「は?え・・・?意味わかんない」


妖狐「第一追い出された城に戻るなんて情けない他ないわ」


魔王「そう・・・ですか」


項垂れる魔王。

妖狐がハァと息を吐き料理を食べるためテーブルへと歩んでゆく。

妖狐は警戒していなかった。警戒するべきだったのかもしれない。

魔王は妖狐の背を見つめたままニィと笑う。




・・・。

・・。

・。




夕食を食べ終わった妖狐が妖狐娘の手を引き、城のロビーに立っていた。

一階フロアにも、二階フロアにも城内全ての魔物が妖狐と妖狐娘を見送るために集結する。

妖狐が出口の扉前で振り返ると、魔王が気持ち悪いほど満面の笑みを見せていた。魔王の左右にいる側近二人は何処か元気がない。


妖狐「ご馳走様。美味しかったわ」


妖狐娘「サキュバスお姉ちゃん!遊んでくれてありがとうございました!」


魔王「また来て下さいね!」


サキュバス「また近々遊ぼうね」


妖狐「二度と来ないわよ」


鼻で笑いながら娘の手を引き扉を開ける妖狐。一歩踏み出せば城の外に出られるが、妖狐と妖狐娘の足が外に出ることはない。

二人の魔物が妖狐と妖狐娘に剣を突きつけていた。

驚いた二人が前に歩むどころか後退させられる。


妖狐「なるほど・・・面白い余興じゃない」


上げられた魔王の右手を合図に、周囲の魔物が一斉に武器を構える。


魔王「喜んで頂けて幸いです」


妖狐「ねぇ・・・私達は子を持つ親同士じゃない。娘は助けなさいよ」


魔王「誤解されるのも、お嬢さんを怖がらせるのも不本意なので先に言います。魔王権限を行使し、本日から妖狐様と妖狐娘ちゃんにはここで暮らしてもらいます」


妖狐「・・・は?」


妖狐娘「本当!?本当ですか魔王様!明日もみんなと遊べるんですか!?」


魔王「そうだよ〜。これからも皆と仲良くしてあげてね」


妖狐娘に歩み寄った魔王が喜ぶ妖狐娘を抱っこしてやる。

妖狐には何が何やらだ。


魔王「魔物らしく力づくで行こうかと思いましてーー」


妖狐「バカじゃないの。バカ」


魔王「ふはははは!娘がどうなっても良いのか妖狐!?」


妖狐「下らなすぎて溜め息すら出てこないわね・・・ほら娘を返しなさい」


妖狐が魔王から娘を取り戻すために腕を伸ばすが、ひらりと避けた魔王は妖狐娘をサキュバスに抱っこさせた。

妖狐娘の脇腹に吸血鬼の両手が乗せられる。間髪入れずに魔王が吸血鬼に一言「やれ!」と言うと、妖狐娘が脇腹をくすぐられてしまう。


妖狐娘「ふゃ!?あはははは!あははははは!きゅねえちゃ!やめあははは!」


身をよじりサキュバスから逃げ出そうとする妖狐娘。だが敵は魔王側近である。力なき者は力ある者の前では為す術なく蹂躙される他はない。


魔王「娘がどうなっても良いのか妖狐。大事な一人娘なのだろう」


妖狐娘「ひゃははは!たっ、助け、まま!ひゃすけて!」


妖狐「ちっーー」


魔王「私に従わなければ娘が苦しむだけだぞ。見殺しにするつもりか」


魔王が妖狐に近づいて手を差し出す。

妖狐は魔王の手に一瞥くれるものの、伸ばされた手を掴もうとはしない。

苦虫を噛み潰したような表情を見せる妖狐。


魔王「噂によれば寒い地域で妖狐娘ちゃんと二人で暮らしているそうじゃないですか」


妖狐「いつ調べたのよ」


魔王「魔王ですから」


妖狐「答えになっていないわ・・・」


魔王「妖狐様の住居は人間に割れているんですよね?子を持つ親としてこの城以上に防犯が高く、安心した子育てができる場所なんてありません。何が不満なんです」


いつまでも魔王の手を握らない妖狐を前に、魔王自らが手を伸ばし妖狐の手を握った。

まるで親に縋り付く子供のように。


魔王「魔王の椅子を返したら・・・戻ってきてくれますか?」


途端にざわめく魔物達。

緊張が走った。

仮に城に住む皆の見ている前で魔王が自らが王位を渡せば、もはや誰も異議申し立てなど許されない。


妖狐「いらないわよそんな物。私は子育てに忙しいの」


魔王「三食昼寝にレモンソルベもつけます。仕事なんていくらでもさぼって良い!だから・・・だからまお――!」


感極まって泣きそうになる魔王の頭を妖狐が引き寄せ胸に抱いてやる。

周りに魔王の顔を見えないようにしてやり、妖狐が本日何度目になるかも分からない溜息を零した。


妖狐「まったく・・・。あまり私に仕事を押し付けないで頂戴よ」





・・・。

・・。

・。





生きてさえいる以上は人間にも魔物にも例外なくやってくる出来事がある。

偶然。

例えば偶然勇者の父が魔王城に辿り着く。数多の冒険者が命を散らす中で。

そして偶然勇者の父と魔王が恋に落ちる。

人間が初めて魔王を口説いた。

さらに偶然、魔王が人間に心を開く。

魔王は子を成し、人間に強襲され、生き別れた子と再び出会う。

物事の見方を変えればソレらは全てが偶然と呼べるのかもしれない。

もしかしたら必然と言う者もいるだろう。しかし勇者が生まれるまでの経過を知れば、奇跡的な確立に違いはない。


魔王「今日も暑かった・・・」


ひぐらしの声が聞こえる夕暮時、書類の束を重ね整えた魔王が背筋を伸ばす。

タイミングを合わせたかのように扉がノックされ、魔王が声の主を招き入れた。


魔王「どうぞー」


吸血鬼「失礼します魔王様」


他愛ないやりとりをしながら魔王がベルを鳴らすと、いつものメイドが淹れたての紅茶を持って来た。

変わりのない日常。今日も魔王城は平和だ。


吸血鬼「魔王様・・・妖狐様から頂いたのですが、これの使い方分かりますか?」


吸血鬼が困った様子で鉄製の玉を魔王に見せる。

一見して手のひらに収まるくらいのボール。だが玉からは僅かに魔力が感じられた。


魔王「何それ・・・妖狐様に聞かなかったの?」


吸血鬼「妖狐様も分からないらしいんですよ。以前魔導師を返り討ちした際に貰った物らしいです」


オブラートに包まれてはいるが、概ね殺した相手から剥ぎ取った物だろう。

妖狐は襲い来る人間を生かして帰すような優しい性格ではない。


魔王「うへぇー・・・呪いの品とかじゃないのそれ?大丈夫?」


吸血鬼「多分大丈夫かと・・・。似たような物を見たこともないですよね?」


魔王「さっぱり。マジックアイテム類は私よりもサキュバスの方が詳しいんじゃない?出かけてるの?」


吸血鬼「買い物らしいです。では戻るのを待ちますね」


魔王「ちょっと見せて?」


吸血鬼から玉を預かり手に持つ魔王。

前から見て下から見て振ってはみるが、やはり玉からのアクションはない。

続け様に机の上で転がして軽く叩いても玉は反応を示さない。パズルのように何処かがずらせるようなこともない。

ただの鉄球であれば気にもならないのだが、僅かに魔力を感じる以上何かしらの使い道があるとは思うが。

魔王が試行錯誤してみても玉はうんともすんとも言わなかった。


魔王「なるほど・・・こりゃ確かに気になる」


吸血鬼「本当に使い道なんてあるんですかね」


魔王「勘が鋭いから妖狐様が何か感じたなら何かあるとは思うけど・・・。案外ただのゴミだったりして」


吸血鬼「じゃなきゃ荷物整理のついでにあげる、とか言いませんよねきっと・・・」


魔王「捨てとけ〜って、ゴミを押し付けられたんじゃない?」


軽口で笑い会う二人。

魔王は玉からの興味を逸らし、卓上で左右に転がし遊んでいた。

しかし玉遊びも早々に転がす方向を誤ったせいで床に落としてしまう。


パン――。


と弾ける玉。

閃光が魔王を包んだ。


魔王「ほぁ!?」


吸血鬼「魔王様!?」


網膜に焼きつくほどの眩い光。

晴天の太陽を直視するかのような目眩ましを受ける魔王に、吸血鬼が悲鳴にも近しい声を出す。


吸血鬼「魔王様!魔王様!」


閃光は一瞬。目眩ましは数十秒。

ある程度視界が戻った吸血鬼は信じたくない物を目にする。


吸血鬼「まお・・・え?」


魔王「・・・」


吸血鬼「・・・は?」


魔王「え?」


椅子に座ったまま呆然とする魔王と、魔王を見たまま呆然とする吸血鬼。

魔王が己の手の平を見て、甲を見て、椅子から立ち上がり吸血鬼を見上げる。


魔王「え?え?」


吸血鬼「まっ・・・魔王さっ・・・小さくなっていませんか?」


言いながら吸血鬼が魔王の卓上鏡を持ち魔王の前に掲げてやる。鏡の中には吸血鬼が言う通り未成年だろう少女がいた。


吸血鬼「と言うかその・・・若返っていませんか?身長も縮んでいますよ」


魔王「うそー?・・・いや嘘じゃないわ。外見年齢いくつくらい?」


吸血鬼「十代半ばから後半くらいです・・・。じゃなくて大丈夫なんですか?」


魔王「え・・・えぇーー。まぁ・・・うん・・・一応大丈夫かな?」


吸血鬼から鏡を受け取った魔王が様々な角度から鏡を覗く。色合いの変わらない水色の瞳は先ほどよりも鋭い目付きをしていた。

着ていた服は身長が縮んでしまったせいか胸元から赤色の下着が見え、サイズが合わないせいか胸をきちんと包めていない。

魔王が椅子に戻るために歩き出すと、サイズが全く合わないズボンと下着がストンと落ちてしまう。


魔王「待って。私そんなに太った?」


吸血鬼「・・・今の魔王様はデスクワークばかりですからね・・・多少はむっちりされたんじゃないですか?そもそも、胸も身長も成人前頃に一気に育っていませんでしたっけ?」


魔王「ウエストはほとんど成長関係ないじゃない!こんなっ・・・!こんなにゆるゆるなの!」


必死の形相な魔王が落ちたズボンを腰まで上げ、下げ、太り具合をアピールする。

見た目こそ魔王が最も残虐性を持っていた頃のものだが、中身は今の魔王に違いないらしい。様子を見る限り他に体調が悪そうな場所もなく、吸血鬼にとっては不幸中の幸いだろう。


吸血鬼「魔王様が昔着ていた服を探してきます。妖狐様にも来て頂かないとですね・・・」


魔王「昔の服なんてまだあるの?」


吸血鬼「魔王側近クラスが使っている服なんて簡単に捨てられませんよ。希少価値のある素材で造られていますから。幾つか素材を流用して他の装備や服にしましたが、結構残っていますよ」


魔王「んじゃ任せるわ。早めにお願い」


吸血鬼「畏まりました」




・・・。

・・。

・。




妖狐「で、呼ばれたと。へぇ・・・そんな代物だとは思わなかったわ」


魔王「思わなかったわ、じゃないですよ妖狐様・・・。進化とか退化のマジックアイテムなんて私聞いた事がないんですが」


妖狐「多分退化じゃないわよそれ」


魔王「じゃあ何ですか・・・。幻惑にしては触り心地までリアルすぎません?」


妖狐「そうねぇ・・・時空魔法かしら?」


結構まじめな顔で冗談を言う妖狐に思わず目尻を緩める魔王。


魔王「時空魔法?そんなの――」


妖狐「あなた光の賢者って知らない?」


思い掛けない人から思い掛けない名前を聞かされ、魔王の目から緩みが消えた。


魔王「知ってます。千の魔法を自在に操る最高峰の魔法使いですよね・・・。学びの教本とか正義の断罪人とか呼ばれているあの」


妖狐「そいつが持っていたのよ。でも時空魔法なんて理論はあっても実証ができなかったから・・・失敗したアイテムなんじゃないかしら」


魔王「もしかして戦ったことあるんですか?」


妖狐「えぇ。うちの子が生まれる少し前にね」


飄々と述べる妖狐だったが、魔王には俄かには信じられななかった。魔王自身は光の賢者と戦ったことが無い。無いが話くらいは聞いたことがある。

人間の伝説クラスの魔法使いだ。

性格は温厚で慈愛に満ちた者だと聞く。時には町人を苦しめていた魔物を説得して見逃がすこともあったらしい。


魔王「でも光の賢者ってまだ生きていますよね?去年話を聞きましたよ」


妖狐「ここ数年で奴の姿を見た者がいるのかしら?似たような人間か・・・それとも研究が忙しくて外に出ていない、といった所じゃない?」


魔王「と言うか妖狐様が戦ったのが本物なんですか?」


妖狐「あんな規格外の人間がもう一人いる方が困るわよ。少なくとも私が食って以来、公衆の面前で魔物討伐は行なっていないから本物じゃないかしら」


魔王「うん・・・?・・・んー・・・と、よく戦いましたね。多分私でも良くて引き分けですよ」


妖狐「物理型の貴女と魔法型のあいつでは相性が悪いから仕方ないわ」


魔王「原因は何です?討伐隊とかが来たとか?」


妖狐「さぁ?何だったかしら」


魔王「え、そこを教えてくれないんですか」


妖狐「歳をとると物忘れが酷いのよ。そんな事より貴女どうするつもり?そんな懐かしい姿になって・・・」


妖狐が飲み終わったカップをソーサーに戻せば、ティーサーバーを持った魔王が妖狐のカップにおかわりを注いでやる。

上機嫌で鼻歌を歌う魔王に呆れる妖狐。


魔王「こんなに若返ったんですよ。羨ましくないですか?」


妖狐「私はそんなみっともない姿を晒すのは御免よ。寿命は変わらないかもしれないし、そもそも亜成体じゃないのよ」


魔王「むぅ・・・まぁそうかもしれませんけど――」


妖狐「確実な強さを持たないと寝首をかかれるわよ。私なんかにも――」


静かに立ち上がった妖狐が右手を伸ばして魔王の首を鷲掴みにする。ギリギリと絞められる妖狐の手に比例して、魔王が苦しそうに目を細めた。


妖狐「あぁ・・・その表情を見ると分かり易いわね。とても勇者に似ているわ」


魔王「ぐ、ぐるしぃ・・・!」


離される妖狐の手と、涙目で軽く咳き込む魔王。魔王は呼吸を整えてから恨めしげに妖狐を見て抗議の意を伝えた。


魔王「妖狐様が原因みたいなものじゃないですか。もっと心配したり可愛がったり無いんです?」


妖狐「知らないわよ。私は吸血鬼にあげたのであって、貴女が触るって知っていたら渡してないわ」


魔王「相変わらず手厳しい・・・」


妖狐「さっさと戻り方を探しなさいな」


魔王「城の皆が死に物狂いで調べてくれてますし」


妖狐「行動が早いじゃない。皆に任せて自分は優雅に私と紅茶?大層なご身分ねぇ」


魔王「良いんですよ私はスポンサーですから」


妖狐「スポンサー?」


魔王「そうです。なんと!解術方を探した者には、一日妖狐様の尻尾もふもふ権利が贈呈されます!」


目を細めた妖狐がカップを置いては、人差し指と親指で魔王の頬を挟む。かなり強めに挟んだお陰か、魔王は唇を突き出す羽目になった。


妖狐「聞き間違いかしら?」


魔王「もふもふれふ!」


妖狐「誰の許可得ているのか言って頂戴?」


魔王「魔王れふ!」


妖狐「やーよ。どうして私が良く知らない輩に尻尾を触らせなくちゃいけないの」


魔王「いたた・・・歯が折れるかと思った・・・。いえね、昔から妖狐様の尻尾に包まりたい人って多かったんですよ。私も側近の頃は大層羨ましがられましたからね!」


妖狐「私は景品じゃないの。どうしてもやりたければ自分で頼みに来るよう言いなさい」


魔王「恐れ多くも元魔王を相手にですか?ムリムリ妖狐様って超怖いですし。だから私が間に入ったんですよ。お願いしますよー・・・魔王になっても良いですから」


妖狐「・・・貴女そのネタマイブームなの?人前で乱用しないで頂戴よ?」


魔王「ご心配なく」


妖狐「まぁ良いわ・・・。貴女の子守も疲れるから今日は寝るわねご馳走様」


カップをソーサーに置いて肩を竦める妖狐。呆れられているのに何処か嬉しそうな魔王。

自室へと戻ろうとする妖狐の背を見つめていた魔王が、妖狐が一歩部屋から出た時に強い声で呼ぶ。


魔王「妖狐様!」


魔王に一瞥もくれぬ妖狐が背を向けたまま問う。


妖狐「何よ私は眠いの。手短にお願いするわ」


魔王「私・・・亜成体の頃に成体の妖狐様と戦いましたよね」


妖狐「そうね・・・。手酷くやられた記憶があるわ」


魔王「・・・おかしいですよね」


妖狐「・・・何がよ?」


魔王「私は物理型です。妖狐様は魔法型ですよね」


妖狐「そうね」


魔王「どっ・・・どうして私は妖狐様に勝てたんですか?それって・・・それっておかしくないですか?」


妖狐「そうかしら?」


魔王が妖狐との話で違和感があったのは、妖狐が光の賢者を殺したと言った辺りからだ。

一般的に物理型は遠距離攻撃を駆使する魔法型とは相性が良くないとされる。しかしひとたび魔法型の懐に入り込めさえすれば、魔法型は近接を得意とする物理型に翻弄される。

魔王は並の魔法型が束になろうと全ての魔法を剣で弾き、避け、懐に入り込めた。

並の魔法型ならば、だ。


魔王「私は・・・私は成体で光の賢者に勝てるか分からないと言いました。妖狐様はあいつに勝ったんですよね・・・?なら亜成体の私が当時から成体の妖狐様に勝つなんて不可能じゃないですか」


妖狐「あの時は多勢に無勢だったじゃない」


魔王「確かに初めはそんな傾向もありました・・・。でも無駄な犠牲者を出さないために最後は一対一でしたよ」


妖狐「どうだったかしら?」


とぼける妖狐に業を煮やした魔王が妖狐の背後から近づき腕を掴む。妖狐を無理やり振り向かせる魔王ではあったが、妖狐は飄々とした表情をしており感情が読み取れない。


魔王「手を・・・抜いたんですね」


妖狐「さぁ?昔すぎて覚えて――」


魔王「茶化さないで!」


妖狐「っ・・・。そんなに怒らないで頂戴。貴女には笑顔が似合うわ」


魔王「何で!?どうしてですか!?」


妖狐「・・・」


魔王「私を・・・からかったんですか?」


妖狐「馬鹿を言わないで」


魔王「だって・・・だって――!」


部屋に戻った妖狐が後ろ手に扉を閉めると、悔しそうに歯を食い締めたアイスブルーが涙を流す。

嗚咽と共に見上げられた氷の瞳が妖狐を強く責めていた。


妖狐「泣くこと無いじゃない馬鹿ね・・・。子供が駄々を捏ねているみたい。ほらおいで」


魔王「触らないで!」


妖狐「あら嫌なの・・・。そう・・・」


声色や表情からの感情こそ掴みにくいが、妖狐の尾が垂れ下がる。妖狐の変化に魔王が躊躇いを見せたものの、だからといって追及を止めはしなかった。


魔王「私は情けで魔王にさせられたんですか・・・?」


妖狐「魔王・・・」


魔王「あんなに・・・あんなに苦しんだのに!あんなに辛かったのに!私は妖狐様にからかわれて――!」


妖狐「魔王」


魔王「っ――」


持ち上げられた妖狐の手が魔王の頭に置かれる。二度、三度黙ったまま魔王を撫でる妖狐。

俯きがちな魔王の頬を両手で包んだ妖狐が指の腹で涙を拭ってやった。


妖狐「情けなんかじゃないわ。私は貴女に勝てないもの。昔も・・・今だって勿論」


魔王「そんなの――」


妖狐「私は殺戮兵器ではないの。いつも私を慕ってくれた貴女と戦い殺すくらいならば、私は魔王でなくても良かった。貴女を殺すくらいなら、殺されても良いとすら考えていたわ」


魔王「・・・」


妖狐「まだ荒削りではあったけれど、貴女には伸び代があったじゃない。それに皆を引き付ける魅力もね。・・・現に私が魔王をやっていた頃よりもみんなが幸せそうじゃない。それに各地の戦争だって極端に減っているわ」


魔王「私にはわかりません・・・」


妖狐「私には解るのよ」


魔王の涙を拭っていた両指が下にずらされ魔王の口角を持ち上げる。


魔王「・・・仕方ないから手加減してやったとかじゃないんですか?仕方ないから魔王にしてやったとかじゃないんですか?」


妖狐「バカおっしゃい。仕方ないから魔王を代わってあげるほど玉座は安くないわ。そもそも貴女だって本気を出していなかったでしょう」


諭してやるように微笑む妖狐だったが、途端に魔王がムッと表情を曇らせる。やぶ蛇をついてしまった妖狐は魔王から目を逸らした。


魔王「私は本気で挑みましたけれど」


妖狐「・・・そ、そうよね?えぇそう言えば本気だったわね」


魔王「妖狐様に格上の相手と戦う際は出し惜しみをするなと言われましたから」


妖狐「いやぁね歳をとると。物忘れが酷いわ」


魔王「・・・」


妖狐「・・・」


魔王「妖狐様は何割で戦ったんです」


妖狐「もちろん本気で――」


魔王「何割です?」


妖狐「・・・九割」


魔王「・・・。で?」


妖狐「・・・八割だったかしら?」


魔王「信じられない!じゃあ成体に戻っても妖狐様に勝てないじゃないですか!」


妖狐「魔王が単騎で戦う場面なんてそう無いんだから良いじゃないのよ」


魔王「それは・・・まぁそうですけど・・・。納得できないっていうか」


妖狐「一対一はどうあれ、貴女が指揮を取る隊に勝つ自信ないわ。こればかりはどうにもならない。本当よ?」


魔王「・・・はぁ。もう良いですよ・・・分かりました」


妖狐「そ。安心したわ」


魔王「結局、妖狐様は私に甘いんですね」


妖狐「娘と貴女にはね。これでも人間には厳しいのよ?」


魔王「知っていますし」


一息ついた魔王が妖狐の胸に顔を押し付け頭を左右に振った。妖狐で涙と鼻水を拭った魔王が鼻をすすり、少し誇らしげに妖狐を見上げて言う。


魔王「ま、いくら妖狐様でも散々抱いた私には為す術もないってことですね」


妖狐「ま、そう言うことよ」


魔王「ですよねぇ。あんだけ夜迦の相手をさせた私は殺せませんよねぇ?」


妖狐「当然でしょう?貴女にどれだけ注ぎ込んだと思っているの?大事な愛玩具は壊せないわ」


魔王「・・・今度お相手しましょうか?」


妖狐「そうねぇ・・・。貴女さえよければお相手願おうかしら」


魔王「構いませんよ。妖狐様でしたら」


妖狐「旦那は良いの?」


魔王「現状お互い独身じゃないですか。今からお相手いたしましょうか?」


妖狐「確かに魅力的かもしれないけれど、折角だから魅力的に成長した貴女を抱かせて頂戴」



・・・。

・・。

・。




なおも偶然は続く。

物語は魔王が亜成体になり一月近くが経とうとした頃。

勇者は大街市で立ち往生をしていた。

原因はある。

順を追えば難しい理由ではない。

まずは路銀が心許なくなったのが昨日の午前。勇者は街で開催していた女装コンテスト年少部に出場をした。

なり振り構っていられなかった。プライドで腹は満たされない。むしろプライドが路銀に変わるのならばいくらでも売ろうではないか。

ちなみに年少部の優勝商品は現金ではなく、高名な賢者が生み出したとされるマジックアイテム。

価値としてマジックアイテムとは思えないような価格で取り引きされている物らしい。と、司会者が言っていた。噂によるとそのアイテムを使えば生物の身体年齢を数年分進めたり戻したりさせるアイテムだとか・・・。

眉唾な代物ではあるが鑑定書が付与されていた以上賢者本人が生んだ作品ではあるようだ。

本物ならば高値がつく。アイテムの効果が本物かどうかはこの際置いておこう。

煩悩だらけで出場を果たしたコンテストは優勝だった。それも次点に圧倒的大差をつけるほどの大勝だ。

勇者が表彰台の上で腹の足しにならない賞状と、腹の足しに化けてくれるアイテムを群衆に掲げて喜んだのが彼の運命に悪戯をする。

掲げた玉が勇者の手元から滑り落ちた。床に落ちれば銅玉が割れ、勇者は瞬く間に光に包まれた。

気付けば勇者は女装した少年から、女装した青年へと姿を変える。

服が少女用だったおかげで、パツパツの子供用ドレスを着た変態がこの世に生成されたのだ。

ピチピチ勇者は主催者に詰め寄った。

戻し方を教えろと。

しかし主催者の男はなぜか頬を染め、勇者を絶望へと叩き落とす。

戻すためのアイテムは世界の何処かにあると。

曰く、優勝賞品の銅玉と対になる鉄玉がある。銅玉鉄玉の中にはペンデュラムがあり、双方のペンデュラムが揃わなければ元には戻れないらしい。

自暴自棄になった勇者が午後に開催された女装コンテスト青年部に出場し、前人未到の連覇を達成したのは今後街に語り継がれる物語。

ちなみに女装コンテスト青年部優勝賞金の多くは服と装備の買い直しに消えた。


勇者「はぁ・・・」


宿屋での旅支度を終えた勇者が、街から外に出てペンデュラムを取り出す。

すると小さなペンデュラムが浮き上がり、対のペンデュラムがある方角を指す。


勇者「・・・逆じゃん」


何が勇者を憂鬱にさせるかと言えば、急成長のせいで体のバランスに慣れないことと、ペンデュラムの示す方角が今まで歩いて来た旅路を戻れと示すことだろうか。

しかも距離は不明。下手をすれば世界の反対近くまで戻される。


勇者「どうしよう」


主催者によればただの成長でしかないらしく、心身への悪影響は無いと言う。

浮いたペンデュラムの指す方を見てから本来進むべき予定の道を見る。


勇者「・・・まぁいいや」


勇者は呑気に運命を迎え討つことにした。

ゴールの解らない道を戻るくらいなら世界二週目の旅に探しに行けば良いだろうと。

過去の旅は勇者を確実に成長させている。



・・・。

・・。

・。




勇者が街を出てから数週間後。

体のバランスにも慣れ始めた頃、勇者は山あいの森でラミアと対峙する。

ラミアはアルラウネと同じく上半身こそ人間の女性だが、下半身は蛇の魔物だ。

個人差はあるがラミアの性格は獰猛な者が多いと言われている。


ラミア「・・・」


勇者「・・・」


太い枝をへし折るような音を響かせながら、ラミアが食事を続けてゆく。

辺り一帯にちらばる血のカーペット。

枯れ葉で造られたカーペットの上に転がる人間の生首が二つ。

嫌な場面に出くわした。

奇襲を掛けられるよりは幾分マシだが、何度見ても人間の露骨な死体は慣れない。

例え冒険者失格だと言われようと。


ラミア「大人しく、ね。逃げたら、楽には殺さない」


勇者「そんなに食べれば十分じゃないですか」


ラミア「保存食にする」


ラミアが勇者を見つめたまま、足元の肉片をほとんど丸呑みにしてゆく。食事なら是非ゆっくりしてもらいたいが――。

ものの二十分程度であらかた食べ終えたラミアが口周りを腕で拭う。


ラミア「おまたせ。首、折る」


勇者「・・・楽に殺してもらうために大人しくしていたんじゃないです」


ラミア「抵抗?」


勇者「そうですね」


いけるか?

否、相手は本能のままに生きる魔物だ。話が通用しない以上やらなければ幕引きとなる。

幸いにもラミアと戦うのは初めてではない。今はアイテムだって充実している上、魔法だって使ってこない相手だ。


勇者「・・・」


勇者が右手で剣を構え左手で道具袋を探る。

切り抜けるためのアイテムは何だ?


ラミア「痛いよ?くるしいよ?」


ラミアが血の池から短剣を拾い上げた。きっとラミア自身の物ではなく死体の物だろう。

身構える勇者と身構えるラミア。

決死の戦闘が始まった・・・かのように思えたが。


?「よいしょー!」


勇者とラミアの間に一人の人間が降って来る。いや、人間は空から降っては来ないし背中に蝙蝠に似た羽を生やしてはいない。

降って来たのは人型魔物である。


?「やー・・・秋風は身体に染みるわぁ」


勇者に背を向けたままのゴスロリ少女が、手を摺り合わせて暖を求めていた。

面食らう勇者とラミア。

先に喋り出したのはラミアだった。


ラミア「お前どけ。邪魔」


?「んぁ?私ですか?」


勇者からは少女の背中しか見えないが、少女はラミアと目を合わせ首を傾げていただけだと思う。他に魔力を放ったとか言葉を発したとか、アイテムの使用すらしていない。

なのに少女に見つめられていたラミアは見る見る青ざめ青を通り越して白くなった。

その内に俯いてしまうラミア。ラミアの体が小刻みに震え出したかと思った矢先にはもう彼女は泣いていた。


?「今の台詞は聞かないでおきます」


ラミア「・・・本当?」


?「消えなさい」


少女がシッシと手払いすれば、この世の地獄から戻ってきたかのようなラミアが形容しがたい表情を見せた。

ラミアは短剣を投げ捨てまだ食えそうな肉を適当に拾うと、一目散に森の奥へと逃げて行ってしまう。


?「まったく・・・あの手の魔物は判断力が鈍いわね」


こうしてラミアと勇者の戦いは奇跡の無血決着で勇者に軍配があがる。だが勇者はラミアよりも更に過酷な相手との対峙となってしまった。

思えば運が良かったのはラミアだったのかもしれない。


勇者「助けてくれた訳じゃありませんよね・・・」


?「当たり前でしょう。貴方に聞きたいことがあるだけよ」


背を向けていたゴスロリ少女が羽を消して振り返る。

こいつは見つめるだけでラミアを恐怖のどん底まで落とすような人型だ。

勇者は振り返る少女に警戒して一度彼女の顔を直視しないよう視線を外す。


?「あなたさぁ、光の賢者のアイテム・・・あ・・・なた――」


恐る恐る少女の顔を見る勇者。

果たしてどんな化け物がいるのかと勘ぐったものの、立っているのは何ら変哲もない人型の魔物だった。

変哲もないと言ったら語弊がある。整った顔立ちと、凛とした佇まい。気の強そうなキッとした目元は、どこか眠そうにも感じる。

とても美しい少女だった。

ガラスのように透き通っている水色の瞳が驚きの表情を見せる。


?「あなた!」


勇者「え?あ、聞いています。大丈夫です」


?「いいえ・・・そんなハズが無いわ。誰?」


勇者「勇者ですけれど・・・」


ハッと何かに気付いた少女が首から掛けていたネックレスを胸元から取り出す。ペンデュラムからネックレスに加工こそされてはいるが、ソレは勇者が探すのを諦めていたペンデュラムと色違いの物だった。


勇者「それ――!」


?「こ・・・こんな所にいたのね・・・。え?勇者も玉を割ったの?」


勇者「不本意ながら・・・」


?「そうだったの。うふふ。凄い偶然ね」


キツそうな印象とは裏腹に優しく微笑む少女。大人びた雰囲気と子供じみた雰囲気の中間にいる少女。

勇者は素直に綺麗で可愛い女の子だなと思わされる。だがどんな容姿をしていようと相手は魔物。構えている勇者の剣が降ろされることは無い。

人型魔物から散々襲われる経験をした勇者は一つ学習をしていた。人型はあまり暴力的ではないが性に乱れている者が多いと――。

しかも性的趣向はサディストばかりだ。


?「どうしたの勇者?」


勇者「ペンデュラムを持っている以上、僕と貴女は利害が一致すると考えて良いですね?」


?「え、うん・・・。本当にどうしたの?そんな怖い顔を――」


勇者「動かないで下さい!」


?「はい!」


勇者に咎められ少女が急いで両手を上げる。驚いた様子の少女は目を見開いたままバンザイの姿勢で静止した。


勇者「ご、ごめんなさい大きな声を出しちゃって。その・・・先に一つ教えて欲しくて・・・」


?「もちろん何でも答えてあげる。さぁどうぞ」


勇者「目的を教えて下さい。ペンデュラムを取りに来ただけですか?攻撃はして来ませんよね?」


?「攻撃って・・・私が?私が!?」


勇者「他に魔物はいませんよ」


?「あ!あー・・・そう。・・・ふふ。可愛いんだから」


勇者「?」


?「そうよね・・・大分変わったものね私。お腹とか二の腕とか・・・。そうね・・・それなら――」


何やら一人で呟く少女。服装が服装なだけに少し不気味だ。

曲げた人差し指を顎に添えブツブツと呟いていた少女だが、何かしらの決断が出たらしく勇者に目線を返す。


?「ど・・・どうしてわたしが貴方の指示に従わなければいけないのかしら?」


勇者「っ・・・」


?「立場を弁えなさいよ人間」


虫けらでも見るように言い放つ少女。怒りに打ち震えているのか少し頬を赤らめている。

だが勇者に殺意らしい殺意、敵意らしい敵意は向けられなかった。攻撃対象とすら認識されていないのか・・・勇者にしてみれば好都合である。


?「交渉は対等な者同士が行うか、強者が弱者に強要するのよ。君の場合は私へのお願い・・・違うかな?」


勇者「・・・お願いします。見逃して下さい」


?「あ、あら殊勝ね。もう少しこう・・・反骨精神とかを出さないの?」


勇者「僕はどうしても生きていたいんです」


?「・・・」


勇者「旅に出る時に必ず帰ると家族に約束をしました。生きるためでしたら何だってします」


?「そう・・・何でも?」


勇者「でもその・・・腕や足を欲しいとかはちょっと――」


?「蛇女じゃあるまいし、そんなのいらないから」


勇者「そうですか」


勇者が剣を鞘に仕舞う。

話の通じる人型とのやりとりは今回が初じゃない。

当然全ての人型がリリスと同じように素直でいれば安心とは思わないが、少女がその気ならとうの昔に殺されているのは間違いない。


?「良い子ね」


勇者「あなた方の前では素直でいろと習いましたから」


少女は微笑みを見せて勇者へと歩み寄む。

・・・何かがおかしい。

今まで対峙する魔物には大なり小なり威圧感があった。なのに彼女からは威圧感を微塵にも感じられない。ましてや彼女自身が反撃に会う可能性を考えていないような出で立ちで歩いていた。

まるで公園の散歩でもしているかのように。

余程こちらを信用しているのか、油断しているのか、それとも圧倒的な力の差なのか――。

勇者の正面に立つ少女。

微笑みこそ絶やさないが決して含みあるような微笑みではなく穏やかで優しい笑み。

少女が勇者の頬に右手を添えて問う。


?「デートしよっか?」


勇者「へ?」


?「知らないデート?したことある?」


勇者「知っていますけど・・・。デートですよね?僕にはエスコートできる自信無いですよ」


?「構わないよ。もっと君を知りたいだけだから」


勇者「そうですか・・・」


?「嫌かな?」


勇者「いえ・・・嫌じゃないですよ。お姉さんみたいな綺麗な人とデートができるなんて嬉しいくらいです」


少女「む・・・。子供の癖に口が上手いじゃない。女の気持ちはお手の物かな?」


拗ねた口ぶりの少女が「ねぇ?」と言いながら勇者に唇を近づける。

そこに穏やかさは無くなり「これから悪戯をするぞ」といった表情が伺えた。仕掛けられ、少女が止まるのを待つ。

止まれ。

止まらない。

止まって。

止まらない。

そろそろ――。

止まらない。

ゆっくりと唇を近づける少女の鼻先が勇者の鼻先とつく。悪戯を仕掛ける少女は心底楽しそうだ。

尚も少女は口づけを試みる。次第に勇者は上半身を後ろに倒すが、いつになっても少女は一定間隔で唇を近づけ続けた。


勇者「わ、わ!ちょっと!おこぁ――!?」


少女「ふふふ。あれ〜?やっぱり慣れていないのかな?」


勇者「ななな慣れてなんかいませんよ!勘違いですから!」


少女「ほんとだ。顔がまっかだね」


勇者「付いちゃう!付いちゃいますよ!?」


少女「付いちゃったらイヤ?私はきみとなら全然平気だけれど?」


勇者「い、嫌じゃないですけど・・・んっ!?」


仰け反りすぎて倒れる勇者だったが、転倒した途端少女に腰を支えられた。

逃げ場が無くなった勇者の口に少女の唇が触れられる。


少女「ん〜。んふふ」


勇者「ん・・・っ!?」


魔物からの口付け。

楽しげに人間との唇を交わす少女は一体何を思うのか。

にやけるだけの少女。空のように透明で澄んだ水色が勇者を見つめる。


勇者「・・・ん」


少女「ふはぁ・・・。ねぇ、嫌かな?」


勇者「嫌じゃんむっ――!」


少女「ん〜」


少女は勇者が無抵抗なのを良いことに、笑顔のまま何度も口づけを送り出す。そのうち勇者を起こして強めに抱き締めた少女は、やはり無抵抗の勇者に頬ずりをした。


少女「可愛い可愛い勇者くん」


勇者「あ、あの・・・恥ずかしいです・・・」


少女「良いじゃない。きみは黙って私に好き勝手されていればいいの。生きるためなら何でもするんでしょう?」


勇者「そ、それに汗臭いと思いますし――」


少女「そうなの?どれどれ――」


勇者「どこを嗅ぐ気です!?」


少女「おや抵抗しちゃってもいいのかな〜?私の考え方次第では勇者くんは殺されちゃうかもしれないんだよ?」


勇者「うぐ・・・!」


少女「ふふふ。本当だ・・・この辺少ししょっぱい」


勇者「やめてくださいってばぁ――」


その後勇者は少女から幾度となくからかわれながらもデートへと向かう。




・・・。

・・。

・。




近隣の街に着いたのは夜になってからだった。

当初予定では次の街まで一週間以上かかる旅路のつもりだったが、少女が勇者を抱えて山越えをしてくれたお陰で数時間後には街に着いてしまった。

いくらなんでも便利すぎる。


勇者「寒くて凍えるかと思いました――」


少女「あははほんとにね。先にご飯食べに行きゅ?寒くて噛んだわ」


勇者「先に宿屋を確保しましょう」


少女「ふーん・・・勇者くんは見かけによらず大胆だね・・・早く私を貪りたいのかしら?」


勇者「僕が少女さんを襲う命知らずならばさっき戦っていますよ」


少女「あーそんな言い方酷いんだー。傷つくな〜」


勇者「う・・・すみません」


少女「うそうそ。遅くなると街外れの宿屋しか空いていないからでしょう?」


勇者「そうですね・・・折角のデートですから僕なりのエスコートをさせて貰おうかと思います」


少女「う、うん」


勇者「・・・」


少女「・・・」


勇者「・・・どうしました少女さん?」


少女「少しときめいた・・・かな?女の子みたいな顔をしているけれど、けっこう格好良い台詞も言えるんだね勇者くんは」


勇者「女顔は余計なお世話ですから――」


照れる勇者の頬を突つく少女。

少女が魔法で瞳の色を黒にしているおかげで、誰から見ても仲睦まじい恋人同士のように見えるだろう。

あくまで傍目にはだが。

前回立ち寄った街ほど大きくはないが、今回立ち寄った街もかなり大きな街らしい。街の入り口で貰った観光案内図に目をやれば、街のいたる所でイベントを開催している店があるらしい。

二人で案内図とにらめっこをしながら宿屋を探している途中、少女がある店を指差して言う。


少女「勇者くん勇者くん!これ面白そう!」


勇者「どれです?えっと・・・え?メイド喫茶〜私達のご主人様〜・・・って書いてありますけれど」


少女「私ご主人様とか呼ばれたことないからさ。興味ある!」


勇者「でしたら宿屋で立ち寄る店のルートを決めましょうか」


少女「そうだね!早く行こ!」


自然と伸ばされた少女の手が勇者の手を掴む。少女に早く早くと急かされれば、勇者も困ったような表情で走り出した。しかし恋人同士のように手を引き合っては仲睦まじく走ったのなんて十数秒。途中から少女は脇目も振らずに走り出す。

勇者は走った。

全力で走った。

走らねば腕を引き抜かれそうだからとにかく走った。

繁華街の人々を避けながら走ること五分弱、地獄の全力ダッシュでようやく宿屋街に辿り着く。

勇者は胃液を吐き戻しそうなぐらい咳き込んでいた。ちなみに少女は息一つ乱していない。


少女「おぉ〜・・・面白そうな宿屋が並んでるね〜。って・・・大丈夫?」


勇者「げほげほっ、ひっ、だっ、なん、大丈夫ごほ!」


少女「修行が足りないんじゃない?ほらほら、早く行こうよ!」


勇者「ひーっ、はぁ、ひぁ。どっ、何処にしましょう」


少女「どれどれ~?」


少女が広げた案内図に目を落とす。

普通の案内図よりもコミカルに描かれているのは街が観光地だからこそだろうか。


少女「ここの宿屋はどう?ペア宿泊をしたら粗品くれるって」


勇者「見に行ってみますか?」


案内図を見ながら目的の宿屋を探し、中へと入る。

値段の割に比較的綺麗で設備も充実しているようだ。


オヤジ「相部屋だと一泊の値段は――」


勇者「あ、僕と少女さんの部屋は別でお願いします」


少女「は?」


勇者「え?」


少女「勇者くんと相部屋でお願いします」


勇者「え!?」


少女「はいこれお金。お釣りはいらないわ。ほらいくよ勇者くん」


勇者「ちょ――」


少女に引かれた勇者は結局なす術なく相部屋に連れ込まれてしまう。

部屋に入るなり一つしかない大きめのベッドへとダイブする少女。


少女「んぁー・・・!今日も疲れた」


勇者「少女さん・・・お金払います・・・」


少女「まだ旅の途中でしょう?とっておきなよ」


勇者「それだと僕が全然エスコートできていないじゃないですか」


少女「ってゆうか勇者くん年下でしょう?」


勇者「そうなんですか?13歳です」


少女「私こんな見た目だけれど、勇者くんの倍以上生きてるからね?」


勇者「え――」


少女?「君が使った賢者のアイテムは生物の時間を進める物。私の使った賢者のアイテムは生物の時間を戻す物。だから今は同じくらいの見た目になっているの。・・・少し戻しのほうが多い・・・のかな?」


勇者「あのアイテムって本物だったんですね・・・」


少女?「一応失敗作らしい」


勇者「世の中にはすごい人が沢山いますね」


少女「だからお金の事は気にしないで、おか姉さんに任せなさい」


勇者「お金ぇさん?」


少女「寒くて噛んだの!」


怒られながらも荷物を棚に置いた勇者が椅子に座り、テーブルに置かれてあるパンフレット等を手に取る。

パンフレットには二人が持っている案内図よりも更に詳しい観光地やグルメスポットが記載されてあった。


少女「ねぇ勇者くん、粗品ってこれじゃない?」


勇者「どれでしょう?」


振り返った勇者がベッドを見れば、仰向けに寝転がった少女がピンクの小瓶を天井に掲げていた。


勇者「可愛い小物ですね」


少女「小物ねぇ・・・」


小瓶を持つ少女が勇者に目をやりニィと微笑む。

ろくでもないことを考えているようだが、少女の企みを暴いた所で阻止できない結果は変わらない。

だからほうっておくことにした。


少女「これ貰ってもいいかな」


勇者「もちろんですよ」


少女「ありがとね」


瓶を棚に戻した少女が体を起こしベッドに胡座で座る。

出会った当初は服装がアレなだけに性格もアレなのかと思ったが、少女は勇者の予想よりも遥かにアクティブな性格をしているようだ。


少女「ん。どうしたの?下着見えてる?」


勇者「え!?あ・・・見えていません大丈夫です」


少女「・・・見る?」


勇者「いえ別に・・・。少女さんってお姫様みたいな格好ですね」


少女「あぁこれ・・・ゴワゴワしていて着心地はイマイチなんだけどね」


勇者「趣味じゃないんですか?」


少女「まさかぁ。普段はもっとラフな格好だよ。シャツにパンツとか、カーディガンとか、マントとか?」


勇者「へー」


少女「今着ている服には特殊な付与がついていてさ、汚れと水分を完全に弾くんだ。見た目は変な服だけど手間要らず。しかも!ある程度の保温性があるから長旅には重宝する、と」


勇者「便利ですね。そんな素材があるんですか」


少女「体を清潔にしていれば何日連続で着ても臭いすらしないからね」


勇者「どこの売りものでしょう?」


少女「・・・さぁ?売ってないんじゃない?私もこの服くらいしか持ってないし――」


世の中まだまだ知らない事ばかりだ。


「嗅いでみる?」と聞こえたのは勇者がテーブルに向き直した矢先だった。聞き間違いかと思いながらも再度少女へと上半身を向ける勇者。

すると少女はクスクスと笑いながら下着が見えるかどうかの位置までスカートを持ち上げていた。


勇者「けっ・・・結構・・・です」


少女「そ。試したくなったら言ってね」


このような感じで少女にからかわれながら、勇者は少女と夜のデートに繰り出す。アイテム屋では物珍しいアイテムに関心し、雑貨屋では買い物後の抽選クジに外れ、屋台で買った食べ物を交換して食べ歩く。

途中でメイド喫茶にも寄った。

古物店や装備リサイクル市も覗き、一人の人間と一人の魔物は短い夜を満喫してゆく。

遊び歩く二人が宿屋に帰ったのは夜中になってからだった。

部屋に帰った少女が前と同じようにベッドにダイブをする。


少女「どはー!足疲れたー!」


勇者「楽しかったですね」


少女「楽しかった楽しかった!アレがあーなるとはね・・・」


勇者「あー・・・アレは意外でしたねー」


少女「勇者くんは余り疲れていないんだね。流石は冒険者。長距離移動はお手の物?」


勇者「僕も歩き慣れていない時は毎日大変でしたよ」


少女「飛んでばかりだとダメね。少し鍛えて体力でも増やそうかな」


勇者「僕は空を飛びたいです・・・」


少女「あはは。そりゃムリだ。・・・さてと、お風呂入ろうかな」


少女の台詞に勇者が身構える。

予想はしていた。

遊んでいる最中だって散々仕掛けられたのだ。少女が誘惑の真似事を仕掛けてくるとすれば、入浴はメインイベントと言っても過言ではない。


少女「私先に入ってもいい?」


勇者「へ?あ、はい。どうぞ」


少女「今日は早くねよ〜」


バスタオルを掴んだ少女が浴室へと向かう。

さぁくるなら来い。

身構えていた勇者ではあるが、身構えている内に浴槽からはシャワーの音が聞こえ少女の鼻歌まで聞こえる始末。

勇者が身構え続けて一時間ほどすると、ゴスロリ服を着た少女が出てきてしまった。


少女「ただいまー。・・・って、どうしたの勇者くん気難しい顔して」


勇者「いえその・・・。おかえりなさい・・・僕もお風呂行ってきます」


新しい衣類を取り出した勇者が風呂に向かう。

髪を洗っている時、身体を洗っている時、湯船に浸かっている時、全て警戒した。からかいに来るんじゃないかと。からかいに来ると確信までしていた。

しかし少女は一向に来ることはない。

結局勇者が風呂をあがり着替えていても、最後の最後まで少女が現れることはなかった。


少女「おかえり〜・・・?だからどうしたの?」


勇者「え?」


少女「お風呂に何か問題でもあった?それとも結構疲れちゃったのかな?」


勇者「い、いえ逆に何も無かっただけです。気にしないで下さい」


少女「ん・・・?よく分かんないけどこれでも飲んで落ち着いたら?」


勇者「そうします・・・」


一人でなにをやっていたんだ。

予想を外し肩透かしを食らう勇者。

気疲れをした勇者は少女から飲みかけの水を貰って喉を潤す。


少女「ふぁ・・・あふ――。そろそろねよっか」


勇者「ふぅ・・・そうですね。あれ・・・所でいつ元の姿に戻るんですか?」


少女「んー・・・私が満足したら」


勇者「わかりました。満足するまでお付き合いします」


少女「まぁ私も仕事を押し付けて来ているからそんなに長居はしないよ。んじゃ明かり消すね〜」


勇者「その服のまま寝るんです?」


少女「下着じゃ寒いでしょう。場所とってごめんね」


勇者「いえいえとんでもないです」


少女が明かりを消してから勇者に背を向け横になる。

ベッドに入り込んだ勇者は仰向けのまま頭上の窓から外を見た。

月明かりの綺麗な夜。

身体も良い具合に疲れている。




・・・。

・・。

・。




寝入ろうとしていた勇者が目覚めたのはベッドに潜り込んでから僅か十分後。正確に言えば目を閉じただけで寝れてはいない。

動いていないのに暑くなる勇者の身体。

特に下腹部には必要以上の血液が集まり、痛いくらいに膨張していた。


少女「くっくっく――!」


勇者に背中を見せ寝ていた少女が笑い出す。

堪えきれない笑いといった様子だった。


勇者「・・・起きていますね?」


少女「あっはっは!じゃーん!」


と、体をこちらに向けた少女が持つのはペア宿泊の粗品で貰ったピンク色の小瓶だった。


勇者「何ですかそれ・・・」


少女「読んで?」


勇者「愛を育むお共に・・・超絶ビンビン丸三号・・・」


少女「あっはっは!さっきの水に全部入れたのに勇者くん気付かなかったんだもん。おかしー!ひー!」


勇者「なんてことを――!用法に三回分って書いてありますよ!?」


少女「あそうなの?読んでなかったわ」


勇者「本当に何てことしてくれたんですか・・・。意地悪するにも程があります・・・人間のこと嫌いなんですか?」


勇者に問われて目を細めていた少女の雰囲気が変わる。魔物の瞳は水色の夜目を灯らせていた。

氷のように冷たい瞳。

冷たく美しい瞳。


少女「勇者くんが・・・私を変えてしまった大嫌いな人に似ているから」


勇者「僕には関係ないじゃないですか・・・。酷いですよ・・・」


少女「ふふふごめんね。その嫌いな奴では鬱憤を晴らせなかったんだ・・・。いつも私の一歩前にいて、いくら仕掛けても全部気付かれてさ・・・。だから勇者くんにやつ当たりしちゃった」


勇者「うぅ・・・」


少女「それにしても面白いほどひっかかるね勇者くん」


勇者「はぁ・・・はぁ――」


少女「えっ・・・。だっ、大丈夫?」


勇者「少女・・・さん――」


勇者が下唇をきゅっと噛み少女を見る。

熱のある吐息を吐きながら苦しむ勇者。一見風邪を拗らせたようにも見れるが、もちろんそんな訳がない。


少女「み、水飲もうか勇者くん」


勇者「暑い――」


上半身を起こした少女が勇者の背中を支えて起こしてやる。少女はベッドの淵に勇者を座らせコップの水を渡してやった。媚薬を盛られた勇者の下腹部にあるソレは衣服と下着を突き破らんばかりに怒張していたが、少女はあえて気付かない振りをする。


少女「はいどうぞ・・・。飲める?」


勇者「頂きます・・・」


受け取る勇者ではあるがコップに口は付けられない。額に玉の汗をかきながら勇者は虚ろな瞳で注がれた水の表面を見ていた。

水面を見つめたままの勇者に少女が僅かな焦りを見せる。


勇者「あの――」


少女「ひぁい!?はい!?」


勇者「水以外の飲み物を貰えませんか?」


少女「え、えぇ・・・。他の飲み物ね?」


少女が勇者からコップを受け取り急いで飲み物を注ぎに向かう。

所が背を見せた少女は後ろから手首を掴まれた。不意をつかれて勇者に引き倒される少女。

ベッドに寝かされた少女に勇者が覆い被さり力強く抱き締める。


少女「っ――!?」


大きく見開かれる少女の瞳。

少女の耳元には火傷しそうなくらい熱い勇者の吐息が囁かれる。


少女「駄目!絶対に駄目よ勇者!」


勇者「ごめんなさい・・・しばらくこのまま・・・このまま、落ち着かせて下さい」


少女「ほっ、本当に?ね?これ以上変な真似をしたら気絶させるからね!?」


勇者「・・・」


少女「約束だからね!?」


勇者「・・・はい・・・」


少女との約束を元に勇者が尚も少女を強く抱きしめる。

目を開いた少女は欲望を溢れさせようとする勇者に触れぬように両手を頭の横に置く。

暗がりの部屋には勇者の吐息だけが聞こえた。


少女「んっ――!ゆ、勇者くん・・・その、お腹に当たっているの・・・。もう少し腰を浮かせてくれると嬉しいかな――」


勇者「匂い――」


少女「えっ?」


勇者「匂いが、します少女さんから。石鹸とは違う匂いが」


少女「やぁ・・・」


勇者「じゃあ・・・どこの匂いならかいでも良いですか・・・?」


少女「どこも駄目・・・!絶対にっ・・・こっ、殺しちゃうからね!絶対に殺すから!」


殺すと脅され少女を抱き締める力が僅かに緩む。

ただ勇者は脅されても少女の上からどこうとはしない。


勇者「きっと大丈夫です・・・殺されたりしません


少女「大丈夫なんかじゃない!絶対、絶対に殺すよ!?私を甘く見ないで頂戴!早くどきなさい!」


勇者「嫌です」


少女「お願い・・・」


勇者「どきません」


少女「お願いだから・・・勇者ぁ・・・」


少女がどうして泣いているのか勇者には分からない。

けれど本気で嫌ならば力ずくで気絶させることだってできる。

そもそも原因は彼女だ。彼女が媚薬なんて飲ませてこなければ――。

次第に勇者の理性は少女を手篭めにするための言い訳を考え始めた。言い訳が思いつけばつくだけ、理性が本能に侵食されてゆく。

侵食されればされるだけ少女を滅茶苦茶にしてしまいたい欲望が芽を見せる。


勇者「はぁ・・・はぁ・・・」


少女「お願いよ勇者・・・お願い」


少女に抱きついていた勇者が覆い被さったまま膝と腕を立てて上半身を離す。


少女「そう。そう・・・大人しく、ね。良い子だから――」


勇者「・・・」


少女「ゆう・・・しゃ?」


左腕一本で己の上半身を支えた勇者が、空いた右手を少女のスカートへと潜り込ませようとする。


少女「っ――め!」


慌てた少女が制すために勇者の手を止めようとする。

しかし少女の手が勇者を止めるよりも早く、少女の下着に勇者が触れた。

下着の上から確実になぞられる指。今まで人型魔物らに教わされた経験を元にして勇者が少女の肉芽をなぞった。

傷付けないようにとても優しく撫でられる指。

途端目を見開いていた少女の背中が弓なりに仰け反った。


少女「ぐっ・・・!っくぁ――!」


その咆哮がどういった意味を成すかはわかっていた。

シーツを握り締め声を殺す少女。

張っていた背中がゆっくりと収まると、肩で息をしだす少女。


少女「ふーっ・・・!ふーっ!」


口を開けぬよう、声を出さぬように歯を食い縛っているせいか、少女は獣の威嚇じみた呼吸をしていた。


勇者「本当に全然濡れないんですね」


少女「当たり前でしょう!あなたに触られたって――!」


勇者「そうですか・・・。でもこっち側が濡れていますね」


あくまで優しいままの手つきと声色で、勇者の三つ指が少女の内腿を撫でる。足の付け根を軽く触った勇者が少女の体液で濡れた指を少女の眼前へと突きつけた。

容赦なく差し出されてしまう現実に少女は言葉を失う。

言い訳などできようがない。

勇者の三つ指を伝う体液は雫となり、少女の頬に垂れ落ちるほどの量だ。


勇者「少女さんは僕に触られても・・・全然気持ち良くないですか?」


少女「もうやめよう勇者。良い子だから――!」


勇者「散々からかったじゃないですか。少女さんが悪いんですよ」


少女「こんな事になるなんて思っていなかったから!だからっ・・・んっ・・・!おっ、押し付けないで――!」


勇者「ごめんなさい少女さん。僕もう我慢できません」


少女「手で・・・!手でなら・・・やってあげるから。ね?手で我慢して?ね?お願い勇者・・・」


勇者「・・・。わかりました。お願いします」


少女が苦肉の策を練り勇者をベッドの淵に座らせる。

向かい合う床に座った少女の前には、収まる気配のない勇者のモノが下着とズボンを突き上げていた。


少女「うぅ・・・」


勇者「お願いします」


少女「そ、そんなを顔しないで」


恐る恐る伸ばされる少女の手が勇者のズボンと下着の穴からモノを取り出してやる。媚薬のせいでグロテスクなまでに血管を浮き上がらせるソレは、既に多量の汁を滲ませていた。


少女「動かす、ね」


言いながら起立するモノを握って上下に動かしてやる少女。数十秒も手を動かせば粘膜音が部屋に響き、勇者の呼吸が荒くなる。


勇者「うぁ――!」


少女「へ?」


勇者から予告も無しに突き出される腰。同時にソレからは多量の体液が吐き出された。

押さえることも逃げることも出来ずにいた少女は、髪から胸元までを勇者の体液で染められる。一度、二度脈を打ち吐き出される体液。

永遠に出続けるのかとすら思うほど何度も放たれる体液は少女の顔にもかけられ、僅かに開いていた口内にも侵入を許す。


少女「んっ・・・」


少女が口内に入ってしまった体液を舐め、噛み、潰し、喉を鳴らす。

生臭さは鼻孔を通って少女の脳内を痺れさせる。

体液と呼べるかすら分からぬ食感を感じて、少女の味覚には僅かな塩辛さが記憶された。

耳から記録される情報は勇者の色気ある吐息。彼を満たしてあげることが出来た証明。

大量に降り注がれた体液は未だ暖かく、汗ばむ少女の頬を伝う。

目に映る彼は――。


少女「・・・」


勇者「口でも・・・お願いできますか」


少女「うん・・・。うん・・・」


抗うことをやめた少女は硬さを失わないモノを自らの意思で口内に導く。

初めは先端だけを吸い、舌で舐め、転がし、口に含んだ。だが少女はただ口に含むだけでは飽き足らず、幾度もえずきながらソレを丸呑みにしようとする。

息苦しさから少女の目元に涙が浮かぶが、尚も少女は口遊びをやめようとしない。


勇者「っ・・・出しても良いですか少女さん」


少女「ん・・・」


再び勇者が体液を吐き出すが少女は口を離そうとはしなかった。

少女が飲みきれないほど多量の体液をこぼしながらも飲んでゆく。有様はまるで彼女自身が悦に入っている様にも見えた。

二度目の放出が終わり、少女が残留液を吸い出して口を離す。


少女「んっ――。・・・気持ちよかった勇者・・・?」


勇者「ありがとうございます。少し収まりました・・・。本当にごめんなさい」


少女「うん・・・」


勇者「僕にも・・・少女さんを気持ち良くさせて下さい」


少女「良いの・・・?本当に良いの?駄目なんだよこんなことしたら」


良いハズがない。良い理由なんかない。

なのに彼に手を引かれて私は立ち上がる。抵抗もせずにベッドに座らされる。

彼は目を合わせると私に触れるぐらいの口づけをした。触れるような口付けの後に挿入される彼の舌。

永遠に続けとすら思う。

時間よ止まれって。

口付けが終わると彼は私のスカートの中へと入った。何をするのかは見えない。

見えないけれど、中の感触だけで必死に彼のやろうとしている事を理解する。彼に促されれば下着を脱がしやすいように腰を持ち上げてしまうし、両膝に軽く力が加われば膝を左右に開いてしまう。

彼には何も見えない。

見えないハズ。

嫌でも考えてしまうのは背徳と後悔と罪悪感。

しかし負の感情を全部混ぜても、遥かに上回ってしまう悦楽と快楽への欲望。

きっと気持ち良い――。

だめ。

だめだだめだ。

私は彼に見られ、見せ付けて体を芯から熱くさせる。

顔は火照り脈も息も荒くなっていた。

ちゃんと初めに名乗っていればこんな事には――。


少女「んっぐ・・・!」


ぴちゃりと水音が鳴り彼が私の大切な所を舐め上げた。

心の内では「まだ止められる」「いつでも止められる」なんて考えてはいるくせに、私の身体はいつまでも彼を止められずにいた。

久しく出会ってしまった優しいあの人。

久しく思い出してしまった愛しいあの人。

他人の空似程度の人間が相手なら死んでもこのような真似はさせないのに。

こんな獣のような真似絶対にさせないのに。


少女「やっ、あっ、っくっ――!」


息つく間もなく高みに連れて行かれ冷静になれるかと思ったけれど、彼は私の体なんて気遣うことなく舌をねじ込む。

もう満足した。

いい加減にしなさい。

彼を止めよう。

止めなきゃ止めなきゃと思う癖に、私は彼の頭を掴んでもっと舐めろと押し付ける。

もっともっと。お願い勇者。

玩具を欲しがる子供みたいに懇願する。

貰っても貰っても。

何度も何度も。

何度も。


少女「はぁ・・・は・・・っ!」


自分で分かるほど快楽で脳がバカになってゆく。

なのにどうして満たされない?

何が足りない?

どうして?

いつしか口すら閉じられなくなった私は冷静な脳裏で考える。

愛しい勇者が舌遊びを終わらせてスカートの中から出てきた。


勇者「はぁ・・・はぁ・・・!」


少女「あ・・・あぁ・・・う――」


立ち上がった彼の反りたつ下腹部を見て満たされない理由に気付いてしまう。

駄目だ。

アレだけは駄目。

これは超えちゃいけない。

彼は勇者であって、生まれ変わったあの人ではない。

あの人が命を賭して守り抜いた宝物。

一番の宝物。

歯止めがきかなくなる本能に繰り返し理性をぶつけた。

ぶつけても結局私は言い訳を探し出す。

大切な宝物。大切な勇者。

この子の半分は私自身じゃないか?と

それにもう半分は・・・。

もう半分はあの人だから――。


少女「・・・」


勇者「少女さん・・・」


座っていた私を見下ろす勇者。

もう、いい。

私は自らベッドに戻ると勇者を受け入れるために自ら寝転がる。

どうせ誰にもばれやしないさ。

良いじゃないか。近親婚なんて今時珍しくもない。王族や貴族ならいくらでもやっている。大差なんかない。

諦め受け入れようとする私に勇者が覆い被さり口づけをしてくれた。

開き直って受け入れてしまえば、勇者の口づけは体中を弛緩させるほどに甘い口づけだった。

口内に入れられる舌も受け入れる。

長い間舌を絡ませていると堪えきれなくなった勇者が、生まれてきた場所に硬くなったモノを添える。


勇者「ごめんなさい・・・良い・・・かな」


私はどうしても「良いよ」とは言ってやれなかった。

頭の中では「早く早く」とせがんでいるくせに感情を言葉へと変換できずにいる。

声が出せない。

だから私は小さく頷く。


勇者「痛かった止めるから――」


少女「・・・」


勇者「ごめんなさい・・・」


少女「うん・・・」


勇者「本当にごめんなさい・・・」


少女「う・・・ん・・・」


先端が僅かに入口の肉を押し広げた。

後はもう根元まで押し込むだけ。

実の子供に支配されようとしている奇異な空間にいるだけで涙が出てきた。

焦らさないで勇者。

感動で身震いをした私の体を勇者が強く抱き締める。強く込められた力はまるで勇者から「逃がさない」と言われているみたい。


勇者「ごめんなさいお母さん」


魔王「ゆう――!あっ――!?」


驚き目を見開いた魔王が勇者を押し退けるよりも早く、勇者のモノが割れ目を貫く。


魔王「ひっ――!?が・・・!」


最も奥まで串刺しにされて魔王は数秒意識を飛ばす。意識を戻してからは何が起きているか理解できなかった。

なぜ組み敷かれている?誰に?誰だこいつ?

勢い余って眼前の男を殺してやろうかと考える魔王。

でも組み敷く男には見覚えがあった。

あぁ・・・あなた――。

それなら良いの・・・。

久しぶり。

これが夢でも構わない。

しかし勇者から与えられる快楽が魔王を虚ろから呼び戻す。


勇者「っ、おかあさん・・・お母さんっ」


魔王「え?」


魔王は思い出す。

子に抱かれて意識を飛ばした事を。

母と呼ばれた現実を。

愛する人の忘れ形見。彼は二度と会えないと思っていた宝物。そんな愛しい我が子に犯され受け入れてしまった現実。

あの人と似た声で、あの人と似た姿で犯された。

もはや魔王は背徳感すら感じずに、ただただ気持ち良くなることだけを考え始める。腰を打ち付けられ、壁面に擦り付けられ、体液を中に出されれば、毎回意識が飛ぶほど気持ち良くさせられた。

アンモラルな親子の求め合いは、母が数え切れぬほど意識を失っても終わることは無い。

その後はもう、魔王は体中の穴という穴を凌辱されながらも歓喜の悲鳴をあげ続ける。

見開かれた目が乾き涙を流す。唾液も鼻水も尿も何もかも流れる。

そうして長い時間実子に狂わされる母の変化が訪れたのは明け方ごろ。

覆い被さる勇者に突かれ、ひときわ大きく仰け反った魔王が糸の切れた人形のように反応を失った。


少女「あ・・・!」


勇者「お母さん・・・!?」


流石に理性を働かせた勇者が快楽責めをやめ、仰向けのまま虚ろな少女へと話し掛ける。


少女「・・・ん」


勇者「だ・・・大丈夫?」


少女「っつ・・・頭痛い・・・」


勇者「ごめんね・・・調子に乗りすぎたかも――」


勇者が申し訳なさそうに少女の中からソレを引き抜いてやる。


少女「んっ――!」


開かれたまま赤く熟れた少女の中からは、勇者が出した大量の体液が逆流して零れた。

情緒ある光景に勇者のソレが再び反応を見せるが、流石にここで再開させるほど勇者も愚かではない。


少女「ったた・・・腰も痛いんだけど・・・」


気だるそうに喋り出す少女から勇者が無意識に飛び跳ねたのは勇者の直感が告げたからとしか言いようがない。

少女から離れた勇者がテーブルの剣を掴んで鞘から引き抜く。勇者本人にも己の行動の意味がわからずにいた。

突如勇者が馬乗りになっていた空間を少女の右手が搔き切った。

五本の指爪が平手打ちの要領で放たれると、たった一撃で宿屋の屋根が吹き飛ばされる。


勇者「あ・・・ぇ・・・?」


少女「おー・・・よく避けたね・・・」


実親に向けられた殺意に勇者が呆然とする。

当たれば怪我どころでは済まない。間違いなく肉の断片に変えられていた。


勇者「お・・・お母――」


少女「このクソガキ・・・。散々な目に合わせてくれたみたいじゃない」


少女の唇を垂れては口内に入る体液。

体液が少女の頬を伝って口内に入れられると、少女は不快そうに眉間にシワを作り床にペッと吐き捨てる。


少女「くびり殺してやる――」


勇者に向かって歩き出した少女ではあったが、途端に腰砕けになりベッドにもたれかかってしまった。


少女「ちっ――!」


呪詛じみた舌打ちにはもう母の面影なんてない。

勇者からすれば誰かの魂と母の魂が入れ代わったとしか考えられない豹変ぶりだった。

鋭い夜目が憎しげに勇者を睨む。目を合わせていたら気が狂いそうなくらいの畏怖。

眼光で動けなくさせられる勇者。

恐怖に恐怖が上乗せされ、勇者の眼に涙が浮かぶ。

泣くな――。

視界からこいつを逃がすな――。


少女「・・・まぁいいわ。あんた次に見たら必ず殺すから」


立ち上がった少女が気だるそうに髪をかきあげる。体液だらけの髪に触れたお蔭で魔王の手の平までもが勇者の体液に塗れてしまう。

再度眉間に皺を寄せる少女。


魔王「あんた・・・本気で殺す!名前を教えなさいよ」


勇者「勇者・・・ですけれど」


魔王「死んでも覚えておくから」


背中から羽を生む少女。

少女は勇者に一瞥をくれると闇夜へと消えて行く。


後書き

読んで頂いた皆様、ありがとうございます。
稚拙な表現や、意味がわからぬ文章もあったとは思います。
それでも評価を下さった方々、もとい読み手の方々のお陰で書けました。


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2015-01-27 11:12:12

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このSSへのコメント

2件コメントされています

1: 樹音 2014-11-25 02:00:12 ID: oDxzI_5_

とっても面白いです。世界観に引き込まれてしまいました。
これからも頑張って書いて下さい。

2: SS好きの名無しさん 2014-11-29 11:09:37 ID: c8OllQIE

期待してます


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1: SS好きの名無しさん 2014-11-29 11:08:59 ID: c8OllQIE

なまめかしさが素敵ですw


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