2016-04-10 17:58:48 更新

概要

深海棲艦との戦いが終わって5年。艦娘達はそれぞれの人生を歩み始めた。戦後処理などの仕事が一段落した提督は、全国視察を名目に艦娘達に会うことにしたのだった。


前書き

艦これSSです。
艦娘の戦後を描くので艦娘達は成長した姿になってます。
戦争が始まってから終わるまで5年。戦争が終わってから5年で合計10年の経過となっています。なので、例えば駆逐艦でも二十代前半になってます。
中にはケッコンカッコマジをしている艦娘もいることになりますのでどうかご了承くださいませ。

【感謝】艦これafterは改含め、シリーズ累計100000PVを突破致しました! 読者の皆さま、ご愛読頂きまして、ありがとうございます。引き続き艦これafterをよろしくお願いします!(2016年03月28日)


•地の文が多少入るかもしれません。

•初SS投稿です。

•筆者は物書きですが、書いてきたのは一般文芸やラノベなどの地の文を入れながら書く形式ばかりなので、今回の形式は初の試みです。とはいっても、地の文は間違いなく入るかと。

•みなさんの希望の艦娘がありましたら希望の艦娘をコメントまでよろしくお願い致します。

•誤字の訂正、一部の表現の若干の変更、『』は個人のセリフの場合「」に変更。用法の統一などの微調整を行いました。(2014年11月17日、4時)

・今回(7月25日)の最終更新は作品公開範囲を広げたことによるものです。


(注)多くの方に読んで頂ける為に作品紹介等の公開範囲を変更し、公開範囲をさらに広げました。(2015年7月25日)



※第7話第1場面までの誤字訂正や前日譚執筆開始による加筆修正を行いました。第7話第2場面以降の誤字訂正や加筆修正は順次行って行く予定です。(2016年04月10日)


プロローグ 全国視察という名目の


 深海棲艦大戦。

 世界の誰もが知っているこの戦いは人類に多大な犠牲を与えた。

 突如として始まったこの戦争は、深海棲艦の一方的な奇襲攻撃でその火蓋を切って落とされ、一時人類は制海権のほとんどを失う。

 虎の子の日本海軍は緒戦で消耗したため資源のほとんどを輸入に頼る日本はあっという間に干からび、このままでは滅亡というところまで追い込まれたその時、現れたのが艦娘だった。

 世界でほば唯一深海棲艦に対抗できるこの艦娘達によって戦況は変わり、5年の歳月がかかったが我々人類は勝利することができた。

 そしてそこからさらに5年が経ったのが現在である。

 艦娘達を指揮する提督の一人であった私は今、とある目的の為、一昨年復旧して運転再開した新幹線に乗り広島へ到着。さらにそこからある都市に車で向かっていた。


??「提督、先程からタブレットで何をしているのかしら」


提督「ああ、今回の全国視察を手記にまとめようと思ってね。なんといっても救国の英雄達のその後なんだ。それに、復興も順調だし、そろそろこういうのもいいかと思ってね」


??「相変わらずまめなのね。帰ってからまとめてもいいのに」


提督「忘れないうちに、ね。加賀も私みたいにこまめに書類をまとめたりしているのだから似たようなものだろう」


加賀「否定はしないわ」


 隣に座っていた女性は空母加賀。

 戦時コードネーム、正規空母加賀。本名は石川文華。現在三十四歳。

 大戦初期から中期にかけて私が任されていた呉鎮守府へ着任。正規空母中トップクラスの艦載機搭載数と錬度を誇る航空隊で、終戦まで大活躍していた艦娘の一人だ。

 終戦後は本人の希望で軍に残り、私の部下であり秘書官をしてもらっている。本人のこれまでの功績もあり、現在階級は中佐だ。


提督「しかし、呉は遠いなあ。新幹線で広島まででも結構な時間がかかったのに、そこからさらに車だろう。朝に出たのにもう昼前だ」


加賀「昔は呉にいたからいいけれど、今は東京だもの。それでも昔よりはかなり早くなったでしょう?」


提督「まあな。新幹線が復旧してからは格段に早く着くようになった」


加賀「それにしても、軍用機ではなく新幹線で移動し、今は一応軍のとはいえ車で移動となるとまるで旅行みたいね」


提督「残念なのは軍服であること、新幹線は警備の問題もあり一両分貸切であったことかな。まあ、名目上は仕事なんだから仕方ないさ」


加賀「名目上? 今回の任務内容を見た時にもその言葉が括弧でくくってあったから不思議だったのだけれど」


提督「元帥からの提案でな。戦後処理なども一段落したし、君も多忙でしばらく働き詰めで艦娘達に会えなかっただろう。久しぶりに彼女らに会ってきたらどうかね。ってことでな。軍に残った艦娘達ならともかく、民間に行った子も多い。その子達がどうしてるか気になっている所があってね」


加賀「その心は?」


提督「元部下達の顔が純粋に見たかった」


加賀「でしょうね。気持ちは分からないでもないもの」


提督「私以外の他の提督も同様の任務が出されてるそうだから、もしかしたらどこかで会うかもしれないな」


加賀「そうね。赤城さん、元気かしら……」


提督「そのうち会うだろうさ」


運転手「小川大将、目的地に到着致しました」


提督「ありがとう」


会話をしている内にどうやら目的の場所へ着いたらしい。車から降りると、大きな病院がある。これが今回の視察の最初の目的地。呉市内にある大学病院だ。


提督「駅でもそうだけど、やはりこの格好は目立つな……」


加賀「金色の下地に星三つ。大将の軍服だと尚更浮くわね。それは、私もあまり変わらないけど」


提督「そもそも、軍人が病院を訪れるなんて大抵良い意味ではない場合だからな……」


加賀「今日は良い意味で来てるのだから心配はいらないわね」


提督「まったくだ。毎回こうなら心も楽なんだがね」


加賀「ところで、彼女には私達が来ることは伝えてあるの?」


提督「サプライズのつもりだったから、まったく」


加賀「oh......」


提督「なんだ、金剛のマネか?」


加賀「本心よ……。大丈夫なの?」


提督「病院側には言ってある」


加賀「道理で誰も軍人を見て驚かないわけね。患者達はそうでもないみたいだけど」


提督「軍人だからな」


加賀「というよりかは、貴方だからでは?」


提督「君だからだろう」


加賀「それもそうね……」


院内はさすが大学病院だけあって、ロビーはとても立派だった。ロビーを抜けて、エレベーターへ乗り、彼女がいるであろう階へ移動する。

そこは十三階。内科のフロアだ。

二桁階とはいえ、すぐに着くことが出来た。

エレベーターから少し歩くと、窓口が見える。

そちらに目線を移すと、お、いたいた。

さぁて、彼女はどんな反応をしてくれるのだろうか。

楽しみにしつつ、私は加賀と一緒に電のいる所へ向かった。



第一話 助けられる命を助けるために


••1••

大戦時コードネーム駆逐艦『電』。

本名、稲沢真理。現在二十四歳で、職業は医師。

大戦初期から軍に所属しており、私の最初の秘書艦である。大戦中期までは前線に出ることもしばしばあったが、元々あまり戦いが好きではない彼女は大戦後期になると医務科への転属を希望し、そこで軍医の資格を取得。医師としての才能を開花させ大戦中外国人を含め多くの命を救った。その関係で雷と共に英国から名誉貴族称号及び勲章が授与されている。

また、その功績が認められ、本来なら医師免許を取得してもしばらくは研修医として働かなければならないが、現場での経験もあるため特例により終戦から三年後には正式な内科医として勤務し、博士号も取得している。最終階級は軍医大尉。

現在は退役し、広島医科大学病院で勤務している。


提督「やぁ、久しぶりだね」


十三階の窓口で看護師と談笑している彼女に声をかけると、振り返った電はぽかんとしていた。ただ、それも一瞬で、次の瞬間には、


電「司令官さん?! 加賀さんも?!」


加賀「久しぶりね、電」


電「どうしたのです?! もしかして何かあったのですか!! 有事における緊急召集です?!」


突然の来訪者にわたわたしていた。すごく、わたわたしていた。終戦から五年も経ったからか、あどけなさは無くなりほんわか美人になっていたが、内面はあまり変わってないようだ。相変わらずあざといしかわいい。


提督「いいや、特には。有事なんてことも全くないな」


電「では、なぜここに?」


提督「全国視察だ。こっちの仕事もようやく一段落ついてね。皆の様子を見て回ろうと思って」


電「そうなのでしたか。あ、お久しぶりです司令官さん!」


海軍式の敬礼をびしっとする電。軍に長いこといただけあって模範的な敬礼だった。


提督「今は医者なんだから敬礼はしなくてもいいぞ」


電「司令官さんは上官でしたから、つい」


提督「あはは、そうだな。敬礼をやめてもかまわんぞ」


電「はいっ」


提督「写真で見たことはあるけれど、白衣がとても似合ってるわね」


電「ありがとうございます。加賀さんの軍服姿もすごくかっこいいのです」


加賀「ありがとう」


電の言葉に柔らかい笑顔で加賀は答える。昔に比べて表情が豊かになったなとふと思う。


電「あの、立ち話も申し訳ないですし、ちょうどお昼の時間ですからご一緒にいかがです?」


加賀「良い提案ね。私もお腹がすきました」


提督「そうだな。お昼はどこで食べようか」


電「えーっと、職員や来客用の食堂なら二階上の十五階にあるのです。あ、そうだ。今から看護師の皆さんもご一緒に――」


電は窓口にいる看護師達に声をかけるが、


看護師A「久しぶりに会われたんですから、ごゆっくりー」


看護師B「ちりつも話もあるのでは?」


電「私は構わないのですよ?」


医師A「いいからいいから。稲沢先生いつも頑張ってますしおかげで助かってますから、たまには昔お世話になった方達とのんびり過ごしては? 三時間くらいなら大丈夫ですよ?」


電「三時間も?! それだとお昼休みよりとても長くなりますよ……」


看護師長「あ、院長のハンコ付きでお昼から来客対応になってますね」


電「え、ええぇ……」


看護師長「まあまあ。私達から普段のお礼ということでここは一つ」


電「わかりました。ありがとうございます!」


全員『いってらっしゃーい!』


電「いってきますなのです!」


窓口にいた全員から笑顔で見送られるあたり、彼女が皆に好かれていることが良く分かる。そういったところも昔から変わってなかった。


提督「いい人達だな」


電「はいっ。皆さんとっても優しいのです。あ、そうです。時間がかなり取れたので、外でお昼を食べませんか?」


加賀「オススメのお店があるということかしら?」


電「はいなのです。ここから歩いてちょっと行った所に、美味しいランチのお店があるのです」


加賀「それは気になるわね。案内してくれるかしら」


提督「よろしく頼む」


電「了解なのです!」



••2••


電が案内してくれてのは大学病院から徒歩五分程の所にある、洋食屋だった。彼女によると深海棲艦大戦前からあるお店らしく、言われてみれば戦時中に建物を見たことがあるような気がする。


店主「いらっしゃーい。お、真理ちゃん、こんにちはー」


電「こんにちはー。今日も食べに来たのです」


店主「あれ、そちらの二人は? ん、待てよ……。どこかで見たことがあるような……」


提督「小川です。終戦までここ呉で提督をしておりました」


加賀「正規空母、加賀です。現在は提督の秘書を勤めさせて頂いてます。戦時中は呉に大変お世話になりました」


店主「あぁ! やっぱりだ! 大戦中はありがとうございました!」


常連客「あの提督さんか!!」


常連客2「艦娘さんと一緒に呉を守るために戦ってくれたんだろう? ありがとう!!」


提督「いえいえ、私は自分の守っていた街には、せめて平和にしたかったですから」


店主「それだけじゃなくて、物資も多少融通してくれたんでしょう?」


提督「それは私というより当時の部下がやったことです。私もハンコは押した覚えはありましたが」


店主「あの物資のおかげで、なんとかやっていけたお店が多かったんですよ。あぁ、立ち話もなんですし、席へどうぞ」


私達がお店に入り正体が分かった途端、店主だけでなく常連客も含めてものすごい歓迎を受けた。確かに部下――そういえば彼は、今佐世保にいるんだっけか――の提案で軍の物資を民間に放出した覚えはしっかりとある。ただ、あくまでやり繰りをした結果民間に放出する余裕があったからしただけで、アレは確か違法スレスレのグレーゾーンだったんだよなあ。軍の物資は元を正せば国民の税金なんだから問題はないはずなんだけども。

しかし、自分達の行動でこの街の人々の生活を支えられていたのなら、嬉しい限りだ。


店員「ようこそいらっしゃいました。注文は何にしますか?」


提督「ランチってあるかい?」


店員「はい、ありますよー。今日のランチはAランチがボロネーゼパスタ、Bランチがデミグラスソースのオムライスです。ランチには、サラダとドリンク、それにデザートも付くんですよー」


席に座ってすぐ来た店員さんは、店主の娘らしい。雰囲気がどことなく村雨に似ている。


提督「んー、じゃあ俺はBランチにしようかな。ドリンクはアイスコーヒーで」


加賀「では私はAランチを。あと、このフォカッチャもお願いします。ドリンクはアイスレモンティーで」


電「時子さん、私はいつものでー」


時子「はいはーい、真理ちゃんはいつものね。お二方はAランチにBランチ、フォカッチャと、ドリンクはアイスコーヒーとアイスレモンティーですねー。少々お待ちくださーい」


電「前からずっと思ってたのですが、時子さんって村雨ちゃんに似てますよね」


提督「電もそう思ったか」


電「特にあの、はいはーいのあたりとかそっくりなのです」


提督「だよなあ」


加賀「その村雨は、今学校の先生をしているわよ」


電「そうなのですか?」


加賀「ええ。大阪で小学校の先生をしているわ」


電「村雨ちゃんならぴったりかもしれませんね」


提督「あいつの雰囲気的には中高より小学校の先生って感じだもんな」


加賀「彼女なら子供に好かれてそうよね」


提督「間違いないな。せんせぇー、せんせぇー、って呼ばれてたりしてそうだ」


話をしているうちに十分とちょっとは経っていたらしく、ドリンクとサラダが先に届き、間もなくしてメインの品も来た。


時子「お待たせしましたー。AランチのボロネーゼパスタとBランチのデミグラスソースオムライス、それとフォカッチャですねー。真理ちゃんはいつものだよー」


いつもの、というのは洋食屋さんのカレーライスだったようだ。

あ、そうか。


提督「今日は金曜日だったな」


電「そうなのです。金曜のいつもの、はカレーライスにしているのですよ」


提督「習慣ってやつだな」


電「はい、いくら人手不足が解消されてきているとはいえ、土日に必ず休みというわけではないので、軍にいた時のようにしようと思って。曜日感覚を掴むためですね」


加賀「医師はすぐに補充というわけにはいかないものね」


電「近頃はだいぶマシにはなってきていますし、幸いなことに私の働いている病院は医師の数が充実している方ですから、月に九日は休めますよ」


提督「ほぼ週休二日だな。夕方は帰れているのか?」


電「交代制がしっかりしているので帰れますね。遅くても、七時には終わります。あ、でも急患があったり大規模事故が近場で発生すると、とてもドタバタするのです」


提督「やはり医師というものは大変なんだな」


電「でも、とてもやりがいがあるから私は今の生活に満足していますよ?」


提督「その言葉が聞けて安心したよ。あれだけ軍に長いこといたから、戦争が終わってから君達を送り出した側としては心配だったんだ」


電「助けられる命は助けたい。戦時中から抱いていた理想を今こうして叶えられているのですから、不満はないですし、私はとても幸せなのです」


加賀「あんなに幼かった子が今では綺麗になりとても立派な医師として社会で活躍している。あなたの姿をみていると、私も頑張らないといけないと思ったわ」


電「そ、そんな立派じゃないですよ……? 相変わらず何にもないところでつまずいたりしちゃいますし……」


加賀「それはあなたの天然さによる、日常の失敗でしょう?」


電「ふえぇ……」


加賀「天然っぷりが変わらないのも聞けて私も安心しました。何にしても、人というものは完璧ではないわ。ミスが許されない医師の仕事では失敗していないのだし多くの命を救っている。これこそ医者の鏡というものではないかしら?」


電「あ、ありがとうございます……」


提督「加賀の言う通りだな。私は電が戦時中から今の姿のようになりたいと頑張っている所をこの目で見てきているし、その結果、医師になれたんだ。そして、周りからも信頼されていれる。簡単に出来ることじゃない。尊敬するよ」


電「司令官さんまで……。私が医者になれたのは提督のおかげですよ。戦後すぐに大学へ行けたのも提督が金銭面でも助けてくれましたし」


提督「戦時の活躍による戦後報酬は使えきれないくらいの金額をもらえたし、おまけに今の職もけっこうな収入がある。それくらい気にするな」


電「司令官さんは優しいのです。優しすぎるのです」


提督「まあこの優しさは病気みたいなもんだと思ってくれ。しかも治せないやつな」


電「医者でも治せないですよ。というより治さなくていいです。その優しさを、他の子達にも使ってあげてくださいね」


提督「ははっ、了解したよ稲沢先生」



••3••

あの真面目な話以降はほとんどが雑談で、デザートが来てからしばらくの間も思い出話に花を咲かせていた。病院でこんなことがあったとか、プライベートでの出来事、最近は休日にまとまった時間が取れるようになったので凝った料理を作るようになったなど、女の子らしい話が多かった。

女の子らしい話といえば恋愛もその一つになるが、意外なことに告白されたことはあまりないらしい。加賀曰く、おっとり美人であるが、元の経歴は英雄の一人とされてる艦娘の電でおまけに仕事もほぼ完璧にこなすことから、この人と付き合いたいと思うより、憧れの的になっているからではないか。ということだった。

確かに、十年前から比較して幼い少女が美人になったよなと感じる。でも、これだけ出来た子なのだからその内ピンとくるような人は見つかるだろうと思っている。


電「三時間があっという間だったのです」


提督「久方ぶりに会ったからな。とても楽しかったよ」


加賀「有意義な時間が過ごせたわ」


お店を出た私達は、電が間もなく仕事に戻る時間なので彼女を見送ることにした。こっちの迎えの車も病院に着く頃だしな。


電「司令官さん、加賀さん。今日はありがとうございました。突然の訪問には驚きましたが、沢山話すことができて嬉しかったです」


提督「こちらこそ。電の元気な姿を見られて良かったよ」


加賀「あと数時間でしょうけど、仕事頑張って。応援しているわ」


電「はい。これからも救うことのできる命は救いたいのです」


提督「良い心がけだ。おっと、もう病院か」


電「先程のお店はここからすぐですから。司令官さんのお迎えの車も到着したみたいですし」


提督「本当だな。じゃあ、ここでお別れかな」


電「寂しいですけど、お互い仕事がありますからね」


提督「私の場合は、単に昔の部下の視察をするだけなんだけどな。ああ、そうだ。近いうちに連絡するよ」


電「はい、是非なのです!」


加賀「オフの日で呉まで来る機会があったらすぐに電に連絡するわ」


電「今度はディナー、ですかね」


加賀「いいわね、それ。気に入ったお店でのディナーはさすがに気分が高揚します」


電「その際には店長に言っておきますね」


加賀「よろしくお願いするわ」


電「では、もうすぐ時間なので私はここで。お二人も、お仕事頑張ってくださいね!』


とびっきりの笑顔でそう言うと、電は病院の中へと戻っていった。

彼女を見送ると、私達も迎えの車に乗り込んだ。


••φ••

彼女のコードネームである電は第二次世界大戦中、敵であるイギリス軍兵士を雷と共に助けたことで知られている。そのシップネームで深海棲艦大戦を戦いぬいた彼女は今、助けられる命を助けるべく、医師として活躍している。


提督「さて、じゃあ次の目的地へ向かうか」


加賀「そうね。確か次は」


提督「同じ県内だ。広島市だな。君は特にお世話になっている人だ」









第二話 とある軽空母の共同経営


••1••

呉市から広島市への移動は戦後まもなくして復旧した高速道路を使うと、三十分ほどで到着することができた。広島市に着いてからは、市内中心部にある軍の広報施設へ顔を出し、現状報告や雑談などをしていたら、時間は17時半を示す頃になっていた。

外へ出ると空は見事な夕焼けが広がっており、オレンジ色に染まっていた。金曜日ということもあって中心街はとても賑わっており、仕事を終えたサラリーマンが明るい表情で飲み屋へ行く姿が多く見受けられる。

自分達はというと、勤務時間も終了しているので軍広報施設内にある更衣室でキャリーバッグに入れてあった私服に着替え、歓楽街へ向かっていた。今回の目的地はここのとある一角にあるビルのお店だ。


提督「んー、確かこのあたりにあるはずなんだが……」


加賀「さすがに百万都市ともなると沢山お店があって分かりづらいわね……」


提督「行き慣れた所ならともかく、ほとんど行ったことがないような所だからな。しかも、場所が中心の通りから少し外れた場所にあるらしい。歓楽街の中では静かな方に店をかまえたのは、あの人らしいといえばらしいが」


メインストリートを右に曲がり、少し歩くがそれらしいお店は見つからない。彼女に来ることは伝えてあるので、あらかじめどのあたりにあるのかは聞いてはいたのだが、その時にも少々分かりにくい場所にあると言っていたことを思い出す。


提督「もしかして、ここか?」


さらに路地から左へ曲がると、一階が和風の扉になっている、新しめの五階建てのビルを見つけた。看板には達筆な字で、


『料亭居酒屋 鳳翔』


と書かれている。どうやらここで正解のようだ。


加賀「見つかってよかったわ」


提督「危うく店を探しにさまようところだったな」


加賀「あら。扉に貼ってある紙には、本日は貸切にかります。と書いてあるわね。もしかして私達のことかしら」


提督「おそらくはそうだろうが、儲け時の金曜日にこんなことして大丈夫なのか……」


加賀「さあ……、どうなのかしら。そのあたりも中に入ってから聞いたらどう?」


提督「だな。ま、とりあえず入るか」


私は加賀にそういうと、彼女のお店の扉を軽くノックし開けた。



••2••

鳳翔「いらっしゃいませ、すみません本日は、あ、提督でしたか! お待ちしておりました!」


隼鷹「よぉ、提督! ひっさしぶりー!」


店内には、扉に貸切と書いてあるとおりこの時間にも関わらず客は誰もおらず、代わりに元部下がいた。カウンターの奥には割烹着姿の鳳翔が、カウンター席にはバーのマスター姿の隼鷹がいた。


戦時コードネーム、軽空母•鳳翔。

本名•大和田翔子。現在三十六歳。

空母のお母さんとして、鎮守府みんなのお母さんとして知られている彼女は開戦から三ヶ月経った頃に私の鎮守府へ着任した。

戦闘が得意ではないとよく言っていた彼女ではあるが戦果は上々であったし、さらに教えることに関しては一流で、全ての空母系艦娘は彼女から技術を学び戦場で活躍した。

戦後は、以前からの夢であった料理屋を経営している。評判はとても良く、広島周辺にいる艦娘の飲み会はかこでやっているらしい。なお、二年前に元日本海軍の軍人と結婚した。


続いて二人目が隼鷹だ。

戦場コードネーム、軽空母•隼鷹。

本名、柏原秋奈。現在三十三歳。

加賀に続いて呉鎮守府に着任した空母系艦娘だ。早い時期から着任したこともあって加賀と同程度の錬度を誇り、終戦まで第一線で活躍していた。

戦時の頃からお酒が好きで、私も彼女を含めて何人かと一緒に飲む機会があった。その時から酒のチョイスや人に合った酒を選ぶことに長けており、終戦が見えた頃には、バーでもやろうかな、と本人は言っていた。

戦後にはその言葉通り鳳翔と二人でビルを購入し(二人分の戦勝報奨金で今のビルは買えたらしい)、そこの一階は鳳翔の店、二階を自分のバーにした。こちらも評判は上々で、リピーターも多く繁盛しているらしい。


提督「二人とも久しぶりだな。元気にやっているようで何よりだ」


鳳翔「提督もお元気そうでなによりです」


隼鷹「九年前の中佐さんが今じゃ大将閣下なんだからすごいよなー。今でも軍にはいるとは聞いていたけどさー」


提督「君らがここで店をかまえる頃には中央に行ってしまったからな。それからは多忙も多忙で今日やっとこれたというところだ」


鳳翔「でしたら、今日は存分にのんびりしていってください。明日からは提督お休みですし」


隼鷹「そーだよそーだよ。じゃんじゃん飲もうぜー。ほら、加賀さんも久しぶりにさー」


加賀「そうね。たまには羽目を少し外してもかまわないかしら」


提督「今日いるのは知った者だけだ。誰も気にしないさ。ということで鳳翔、とりあえず生と焼き鳥のももとかわにつくねを三本ずつ」


加賀「私は梅酒とお刺身を」


隼鷹「アタシは二杯目だけどもいっかいビールかなー。あと、鳳翔さんの手作り筑前煮!」


鳳翔「わかりました。少し待っていてくださいね」


鳳翔は優しく微笑むと、早速料理の準備を始める。

ビールやおつまみ、刺身、それに仕込みをしてあった筑前煮は割と早めにカウンターに並び、焼き鳥もそれからすぐに出来上がる。今日は誰も来ないので鳳翔も自分のハイボールを注ぎ、


鳳翔「では、提督と加賀さんとの久方ぶりの再会を祝って」


全員『乾杯!』


各々のグラスを鳴らし、私はジョッキのビールを一気に三分の二ほどをごくごくと飲む。


提督「あー、うまい!」


これだよこれ。この、のどごし。このために生きてる。


隼鷹「変わらずいい飲みっぷりだねー」


提督「そら一杯目のビールはこうやって飲みたいからな」


隼鷹「大将さんになってもそこは変わらないんだねえ」


提督「優雅にワインって柄でもないからな。接待だの外交でのは別だけども」


加賀「プライベートでもワインはあまり飲まないものね」


提督「どっちかというと、ビールやチューハイ、ハイボール。大衆的なモノが好きだな。たまに高い日本酒も飲むけど、あれはのんびり飲むもんだ。あ、鳳翔。早速だが二杯目。レモンチューハイはあるか?」


鳳翔「ありますよー。すぐ持ってきますね」


鳳翔に空のジョッキを渡すと、待っている間に焼き鳥に手を付ける。私がもも塩を好きだと彼女は知っているので、皿には私の分が用意されていた。こういう気遣いは嬉しいし、故にお母さんと呼ばれているのだろう。

串を一本食べきると、今度は筑前煮も口へ運ぶ。


提督「この筑前煮、とても美味いな。よく染み込んでいて、お酒にも合うしご飯も進みそうだ」


加賀「特にこの鶏肉や椎茸がいい味を出しているわね。蓮根もシャキシャキとしているわ」


隼鷹「鳳翔さんの筑前煮なら週に一回は食べてるぜー」


提督「何それ羨ましい……」


加賀「毎週だなんて……」


隼鷹「だってアタシのやってるバーは一つ上の階だし、四階には鳳翔さん達が、五階にはアタシ達が住んでるからね。ちょくちょくいただいているよ」


提督「ああ、そうか。このビルは住居も兼ねているんだっけ」


隼鷹「そうだよお。家まで別々にすんの面倒だからなー」


鳳翔「私と隼鷹さんの夫もここで暮らしているんですよ。はい、レモンチューハイです」


提督「ありがとう。それで、私達ってことか」


隼鷹「だねー」


提督「ん、あれ? 二人の夫はまだ帰ってきていないのか?」


隼鷹「二人なら飲みに行ったよー。普段は一緒にお店やってるし、鳳翔さんとこも同じなんだけど、ダンナが、提督が来るんならそう滅多に会えるわけじゃないんだし楽しみなって」


提督「別にそこまで気をつかわなくてもいいんだけどなあ」


鳳翔「もしかしたら、いくら元とはいえ軍人ですし大将の前だから畏れ多いのかもしれませんね……」


提督「そうだった、二人とも元軍人か……」


加賀「鳳翔さんの仮説は当たりかもしれないわね」


隼鷹「存外、普段は花金を楽しめない組なんだから、今日はパーっとやりたいのかもなー」


鳳翔「それもありえそうですね」


鳳翔はハイボールに一口つけると、炊飯器から何やら色のついたご飯を取り出した。


鳳翔「これ、この店で出す新作なのですが味見していただけますか?」


提督「ん、これは五目ご飯か?」


鳳翔「松茸の香る炊き込みご飯です。季節柄ちょうどいいかなと思いまして」


提督「なるほど、ではいただこう」


ご飯と小さめに切ってある松茸とゴボウを口に運ぶと、瞬間、米の甘味と松茸の香りが中に広がる。一緒に食べたゴボウも食感が良く、味覚と嗅覚両方で楽しめる味だ。とてもうまい。


提督「美味しいな。これはいい」


鳳翔「ありがとうございます。これについては夕飯の定食にも出そうかと思っているんですよ」


提督「いいんじゃないかな。筑前煮と味噌汁、あとは何か副菜が付けばボリュームのある和定食になると思うぞ」


加賀「副菜は小鉢に何か一品と漬物があるとより満足するものになるんじゃないかしら」


隼鷹「加賀さんはそれで足りるのかー?」


加賀「昔ならともかく、今は事務方の仕事が多くてそこまで動かないから、これで十分よ」


隼鷹「へー、意外だな。この前広島に出張へ来た赤城さんは相変わらずの食欲だったぜ?」


加賀「さすがね。変わらないようで安心したわ」


鳳翔「確か、教官の仕事は忙しいのでとてもお腹が減ります。なんて言っていましたね」


隼鷹「あと、三十過ぎたらさすがに食べすぎると……。のんて言いながらすごい勢いで食べてたねー」


提督「赤城は食っても太らない質だったが、今でも変わらないみたいなんだな……」


鳳翔「昔のままだなんて羨ましいですね」


提督「全くだ。すまん、三杯目は私にもハイボールを。あとからあげも」


鳳翔「ハイカラですね。了解です」


話が盛り上がると、ついつい酒も食もすすんでしまう。気付いたら二杯目のジョッキも空けてしまったし、焼き鳥も完食。ご飯や筑前煮も三分の二は無くなっていた。


隼鷹「ところで、てーとく。アレは今も嗜んでいるのかい?」


隼鷹はタバコを吸う時の動作をして、ニヒヒとした表情をする。


提督「ああ。やめていないぞ


隼鷹「ここタバコOKだよ?」


提督「飯を食べている時は、控えているようにしているんだ。それにここはカウンターの近くに料理が置いてあるから、尚更良くないだろう?」


隼鷹「なるほどねー。じゃあ、ウチのお店でなら気兼ねなく吸えるかな。バーなんて半分は吸う人がいる場所だし」


提督「いいのか?」


隼鷹「いいも何も、私は気にしないし気にしていたら仕事出来ないって。加賀さんや鳳翔さんはどうか分かんないけどさ」


加賀「私は気にしないわ。提督には以前からそう伝えてあるもの」


鳳翔「私も特には。隼鷹さんと同じ理由ですね。あ、こちらハイカラです」


うーむ。

そういえば、午前中からかれこれ数時間一本も吸っていないことを思い出す。吸ってもいいなら、後で隼鷹の所でそうさせてもらおうかなあ。


提督「じゃあ、これを食べ終わったら隼鷹の店に行かさせてもらおうかな。店の方は大丈夫か?」


隼鷹「もちろん! ウチも貸切にしてあるから大丈夫だぜ。なら、アタシは今から準備してくるから終わったら鳳翔さんに連絡するよ」


提督「よろしく頼んだ」


隼鷹「まっかせろー」


隼鷹は手をヒラヒラさせると、お店から出ていった。


鳳翔「では私も片付けできるものは片付けにいきますね。お二人ともごゆっくりどうぞ」


提督「どれも食べ終えたり飲み終えたりしたし、ハイカラもこんだけだから、すぐだとは思う」


鳳翔「了解しました。あ、提督と加賀さん。隼鷹さんのお店に行ったら驚かれると思いますよ? ふふっ」


鳳翔は意味深な言葉を残して、厨房へと歩いていった。


提督「驚く? 何になんだろうか……」


加賀「さぁ……」



••3••

それから三十分程度で鳳翔の店の片付けも終わり、さらに少し経ってから隼鷹から準備が終わった旨が鳳翔に伝えられたので、私達は二階へ移動を始める。

階段を登り、『Bar KASHIHARA』と書いてある看板の横にある扉を開けると、


隼鷹「いらっしゃいませ。お客様」


カウンターには優雅な雰囲気を漂わせる隼鷹がいた。髪の毛もいつもと違いロングストレートになっている。


提督「橿原丸モード、か?」


隼鷹「ええ。いかがですか?」


提督「とても、似合っている」


隼鷹「ありがとうございます」


加賀「彼女のこの姿、初めて目撃しました……」


提督「え、そうなのか」


加賀「時と場所と機会もなくて……」


鳳翔「バーではいつもこんな感じですよ」


提督「えっ」


加賀「えっ」


鳳翔「隼鷹さんのあの雰囲気で、しかもお酒も良い物が多いですからね。富裕層のお客さんも多いみたいですよ」


提督「デスヨネー」


隼鷹「お客様方、立ちっぱなしも辛いでしょうからお好きな席へどうぞ」


提督「お、おおう……」


私自身も彼女のこのモードは見るのが二度目でしかないので、戸惑いながらもカウンター席につく。


隼鷹「ご注文は何に致しますか?」


提督「そうだな……。私は口当たりの良いものをよろしく頼む」


加賀「私はピーチツリーフィズを」


隼鷹「鳳翔さんはどうなさいますか?」


鳳翔「ギムレットにします。久しぶりに飲みたくて」


隼鷹「かしこまりました。それではお作り到しますので少々お待ちください」


隼鷹は早速シェーカーを出して材料を用意し、カクテルを作り始める。バーのメジャーなイメージである、シェーカーを用いた一般的なカクテルの作り方だ。

どうやら私のカクテルを作ってくれているらしい。動作は慣れたもので、艶やかでありしなやかである。見る人を魅了するその姿は美しかった。


提督「見たところ、ブルーハワイかな?」


材料をいくつか見てピンときた私は隼鷹に質問する。


隼鷹「さすが提督。正解です」


提督「ホワイトラムとブルーキュラソーの時点でなんもなくだが分かった」


隼鷹「口当たりも良いですし、見た目も爽やか。ここのお店は照明を暗めにしてありますが、カウンター付近は明るい方ですので、目でも楽しめる一品です」


提督「透き通った青色が照明によって、まるで澄んだ空のようだ」


隼鷹「南の島の海をイメージした一品ですね。どうぞ」


鮮やかなデコレーションもほどこされたブルーハワイを渡された私は、早速、一口飲む。

パイナップルジュースの甘い香りが広がり、ラムの香りと味も伝わる。


提督「うん、美味しいよ。随分と腕を上げたんだな」


隼鷹「お店を開くまでに自己流ではありますが、練習していたんですよ」


提督「なるほどな。道理でより上手くなったわけだ」


隼鷹「ありがとうございます。加賀さん、こちらがピーチツリーフィズになります」


加賀「どうも」


加賀も受け取ったカクテルを口に付けると、


加賀「さっぱりとした味わいで桃の香りも程よいわね。とても美味しいわ」


隼鷹「加賀さんもお気に召されたようで何よりです。鳳翔さん、お待たせ致しました。ギムレットになります」


提督「ほう、ギムレットか」


鳳翔「うちでは日本酒やハイボール、ビールが主流ですからこういう洒落たお酒もたまにはと」


提督「ジンベースだったかな」


隼鷹「ご名答です。ジンベースで、ライムが入っております」


提督「3人が口をつけて思い出したが乾杯してなかったな」


鳳翔「先ほどしましたし、構わないかと思いますよ」


提督「それもそうだな。さて、一口味わったしそろそろ一服でも」


私は先の宣言通り、ここで吸うためにタバコを取り出す。銘柄はラークのメンソールタイプ。前まではケントだったのだが海外モノは先の大戦の影響で未だ手に入らなかったりしているのだ。

ジッポの火をつけ、ゆっくりと吸い、煙を吐き出す。


鳳翔「ところで提督。加賀さんとは順調ですか?」


提督「……至って順調だが、どうした?」


鳳翔「煙草を持たれている左手の薬指と、加賀さんの左手の薬指を見て、ふと」


提督「お互いこの職でこの階級だからここ最近までドタバタしていたが、プライベートの時間は大切にしているよ」


鳳翔「それでしたら何よりです。二人の時間は、どんな人であれ大切ですから」


提督「間違いないな。ちなみにだが、戦時中食べる専門だった彼女は料理の腕をかなり上げてな、どんなタイプの料理も美味しく作ってくれるよ」


加賀「その、時間のある時は、料理を作ってあげたいので……。それに、彼の喜ぶ顔が見たいもの……」


提督「とまあ戦場で凛々しかった加賀は、今じゃ立派な妻でもあるわけだ」


加賀「もう……。お酒の席だからいいけれど、こんな顔を部下に目撃されたら穴に入りたくなる気分だわ……」


隼鷹「私達と提督だけなのですから、いくらでも見せてくださっていいんですよ? こちらも幸せのお裾分けをしてもらった気分ですから」


加賀「隼鷹まで……。そういうあなたはどうなの? それに鳳翔さんも」


鳳翔「お陰様で、仲良くさせてもらっています。料亭居酒屋は大変な時もありますが、彼と一緒にやっていけば乗り越えられますし、プライベートでもとても楽しいです」


隼鷹「私も隼鷹さんと同じですね。辛い時は支えてくれますし、楽しさや嬉しさを好きな人と共有できる。これ以上の幸せはないですよ」


二人の表情を見れば、それが嘘偽りのない本当の感想だと良く分かる。こちらも幸せのお裾分けをもらった気持ちだ。


提督「戦後から少し経ってからは、君らもそれぞれの道を歩み始めて近況をすぐ知れないことになってしまったからな。二人に関しては、私も君らの結婚式にも出ているから心配の必要はないと思っていたが、今も変わらないようで安心したよ」


鳳翔「まるでお兄さんみたいな感想ですね」


提督「君らは可愛い部下だからな。上官というものは、杞憂だと分かっていてもその身を案じるものさ」


隼鷹「提督のような立派な方はなかなかいないと思いますよ。仕事柄、私は色んな上司や上司を見てきましたし聞いてきましたが、提督みたいな方はなかなかおられません」


加賀「彼は元からこういう人だから自覚がないんだろうけど、だからこそ人望もあるし、みんなついてきてくれたんだと思うの。それは大将になった彼の傍にいる今、尚更実感しているわ。自慢の夫です」


提督「その、ありがとう……」


ここまでべた褒めされると照れるな……。心中で呟いた私は、照れ隠しに上を向いてタバコを燻らす。


隼鷹「そんな提督に、こちら、ハイ•ライフです」


提督「いい日が送れるように、ってことか」


隼鷹「はい、ここはホテルのバーではありませんが、今の提督には丁度良いかなと」


提督「豊富な知識からその人に最適なカクテルを提供する。素晴らしいバーテンダーだな」


隼鷹「褒めても何も出ませんよ? お代金も後でしっかりといただきます」


ニッコリ、と隼鷹。


提督「もちろんそのつもりさ。鳳翔にはここへ来る前に、片付けが終わってから渡したし」


鳳翔「ええ、二人分いただきました。隼鷹さんはお互いツケみたいなものですから、今飲んでいるものとこのあとでおあいこ、ですかね」


隼鷹「程々にしてくださいね? 鳳翔さんは意外とよく飲まれるのですから」


鳳翔「はみ出た分は、今度私のお店でということで」


隼鷹「かしこまりました。何を飲まれますか?」


鳳翔「そうですね……。ポピュラーなもので……、カシスソーダを」


加賀「私は雪国をお願いします」


隼鷹「了解しました」


提督「隼鷹、そろそろいつも通りでもかまわんぞ?」


隼鷹「いえ、今日はお二人をおもてなしする立場なので、このままでいいですよ」


提督「そうか。じゃあ、かわりといってはなんだが私が出すから隼鷹も何か飲んだらどうだ? どうせ今日は貸切だ。それくらい構わんし、元上官の私が許可する」


隼鷹「ではお言葉に甘えて、いただきますね」


提督「あぁ、せっかくだから今日は存分に楽しもう」


今の幸せを噛み締めながら、昔からの仲の者達と飲むお酒はとても美味しい。隣に妻がいるのだから尚更だ。

こうして、大人達の夜は更けていくのだった。



••4••

提督「良い休日を過ごせたな」


加賀「ええ、美味しいご飯と美味しいお酒。それに、観光で案内もしてくれて充実した休日だったわ」


隼鷹のバーで日付が変わってしばらく経つまで飲み続けた私達は、あのあと隼鷹の家にお世話になり、広島を発つ日曜まで泊まっていきなよー、と勧められたのでその翌日も言葉に甘えて泊まることとなった。日曜の朝からは二人のお店も休みということで、二人の夫も含めて六人で広島市内や厳島などを観光し、賑やかなオフの日を過ごせたと思う。

今は彼女らと解散した後、所要で福岡へ向かったその翌日。月曜日となり、福岡発羽田行の飛行機に搭乗していた。とはいってもこの身分、普通の機では安全確保がしづらいという点で軍から、リージョナルジェットではあるが軍専用機を手配されて羽田へと向かっていた。無論、軍専用機への搭乗なので二人とも軍服姿である。今日の仕事の関係もあり、同じ飛行機には軍人が十何人か同乗していた。


提督「ふぅ。休日にリフレッシュもしたし、しっかり仕事をしないとな」


加賀「そうね。このあとはヒトフタマルマルに羽田へ到着後、ヒトフタサンマルにあの子と合流になるわ」


提督「金剛だったな。一時帰国をするから、出迎えてくれるととても嬉しいデース!! と電報に連絡があったからな」


加賀「ただ、もう一枚の方には、一時帰国の後は合流しそのまま国防省へ。国防省では欧州方面情勢報告を行いますから、よろしくお願い致します。と書いてあったわね」


提督「情勢報告、か。彼女と会うのはこちらが英国訪問したのが二年前だから、それ以来か」


加賀「出来れば、いい報告を聞きたいものね……」


提督「思い出話はプラスのものが多いだろうが、情勢報告はそういくかどうか……」


加賀「厳しいでしょうね……」


楽しい時間の後には、仕事が待っている。おそらくはあまり好ましい報告はされないだろうが、二年振りに金剛の顔を見られるのだ。彼女の眩しい笑顔を見られることを考えると、不思議と気持ちは軽やかなものになっていた。しかし、反面では彼女から伝えられる欧州事情の内容には不安しか感じられなかった。

さて、時間もあるし、それでは手記の締めでも書くか。


鳳翔と隼鷹。みんなのお母さんであった軽空母と、ムードメーカーな軽空母。過去に戦った彼女達は今、広島の地で平和で穏やかな日を過ごしつつ、結婚して同じビルでそれぞれ店を経営しながら幸せに過ごしている。彼女らの幸福な人生がこれからも続くことを私は願ってやまない。

この言葉で、私はこの部分の手記をしめようと思う。





第三話 彼女の瞳の先に映るは金剛色の未来か


••1••

搭乗していた飛行機はほぼ予定通りに十二時には到着し、一休みと金剛が到着するのを待つため、私と加賀、それに私の部下数人は空港の貴賓室にいた。ラウンジでも構わないのだが、一国の軍の大将ともなるとこちらになるらしい。警護の関係とはいえ、やはり慣れないものである。

貴賓室には紅茶やコーヒー、軽食が用意されていたが、一際目立つ豪勢なティーセットは金剛の所有物らしい。国内に置いてあったものだそうで、彼女の紅茶好きがいかほどなものか理解できる代物だ。有名ブランドのものらしい。


提督「相変わらず賑やかな空港だな」


加賀「戦後、日本は復興の早さから世界屈指の国になったもの。戦前からあれだけ大きかった空港なのにまた拡充して、それでも足りないくらいらしいわ。成田が大拡充したのも頷けるわね」


提督「復興の早さ、か」


部屋の大きな窓に目を移すと、めまぐるしく飛行機が離陸したり着陸したりしていた。国内でも屈指の空港である東京国際空港(羽田空港)は戦後、アジアのハブ空港になっているため滑走路が五つに増えている。そのため東西にやたら広い構造になっているのだ。イギリスからなら成田空港のはずなのだが、金剛も軍のチャーター便であると聞いて、羽田集合の理由に納得したのはまた別の話だ。

視線を窓からテーブルに移し、紅茶に口をつけるとノックの音が聞こえる。


軍人「小川大将、金平アリシア中佐が到着されました」


提督「入っていいぞ」


金剛「Hey! テイトクー! お久しぶりネー! 加賀も元気そうで何よりデース!」


加賀「あなたも相変わらずのようで安心したわ」


バタン、とドアが開くと懐かしく底抜けに明るい声が聞こえた。海軍の軍服を着た金剛だ。以前イギリスで買ってあげたメガネもつけていた。


戦時コードネーム、戦艦金剛。

本名、金平アリシア。現在三十五歳。

大戦では比叡、扶桑の次に呉に配属された戦艦で終戦まで常に第一線で戦っていた歴戦の艦娘だ。面倒見が良いので、育成艦隊の旗艦として教官を務めることもあったが、基本的には第一艦隊にいることが多く大規模作戦の際には必ず参加している。

終戦後は日英の架け橋になりたいということで、日本海軍駐在武官としてロンドンの日本大使館で勤務している。そのため、日本海軍内では欧州事情観察統括官としても活動しており今回はその報告を兼ねての一時帰国というわけだ。


金剛「ンー、紅茶のいい匂い、それに私のティーセットもありますネー。私も一杯頂くネー」


提督「私がいれようか?」


金剛「ワオ! テイトクがいれてくれるノー? 嬉しいネ!」


金剛のティーセットは彼女がくるタイミングを部下が察知してくれたのか、いつでもいれられる状態になっており、飲むのに最適な状態になっていた。


提督「ストレートかレモンかミルクか、どれにする?」


金剛「ストレートでお願いシマース。紅茶の味をそのまま楽しめるからネー」


提督「わかった」


大戦中、金剛が紅茶のいれ方を教えてくれたので、そつなくこなすことができた。


提督「はい、どうぞ。長距離の移動お疲れ様」


金剛「Thank you!!」


金剛はソーサーを持ってもう片方の手でティーカップを持ち、まずは香りを楽しみ、それから一口つけると微笑みながら満足気に頷き、


金剛「とっても美味しいネ。提督がいれてくれたからカナー」


提督「それは褒めすぎだ」


金剛「そんなことないヨー?」


加賀「これに関しては、私も金剛に同意ね。彼が作るコーヒーは紅茶はとても美味しいわ」


金剛「デショー! さすがはテートクの奥さんネ!」


提督「二人してそう褒めるな。照れる」


金剛「テイトクって、こういうカワイイ点あるネ、加賀」


加賀「でしょう? 格好いいけど、可愛いなんて私も気分が高揚するわ」


金剛「昔はライバルだったけど、加賀とは今は同盟関係ヨー」


提督「何の同盟だそれ……」


加賀「日英同盟よ」


提督「いやうん待て。その名前は史実で実際にあったものだし、もっと外交的な話だぞ」


金剛「イギリスの艦娘にも、提督のファンは多いんだヨー?」


加賀「日本の艦娘とイギリスの艦娘が提督という共通のファンで手を結んだもの」


金剛「月刊提督通信なんてのもアリマース!」


提督「やっぱり発行しているのは」


金剛「仕事の合間を縫って、青葉が作ってマース。情報提供は同盟艦娘デスヨー」


提督「ツッコミどころが多すぎる……」


加賀「それだけ提督が好かれているということよ。まあ、貴方の隣は譲れませんし譲るつもりはありませんけど」


提督「君らにはかなわんよ……」


褒め殺しされるのもいい加減恥ずかしいので、私は話題転換をはかろうと、


提督「ところで、妹達は元気か? 榛名は呉に、霧島は横須賀にいるから連絡が取りやすいが、比叡は確か、金剛と一緒にイギリスだったよな?」


と話をふる。


金剛「ソウデスネー。比叡はワタシと日本大使館で駐在武官をしているから、様子はよく知ってるヨ。昔と変わらない、天真爛漫で、とても明るいデス。榛名と霧島はたまーにインターネットでやり取りしてるカナ。Skypeってやつネ」


提督「全世界のインターネット通信網は、去年回復したからな。人工衛星は無事だったが、地上施設の復旧に手間取ったらしいな」


金剛「日本みたいに割と早い段階で復興出来た国はイギリスを含めてほんの僅かデスからネ。未だに国内でゴタゴタしているところなんて沢山ありマス」


提督「やはり、そうか……」


金剛「ハイ。欧州事情に関してはこのあとの報告会議で詳しく教えるネ」


提督「よろしく頼む」


金剛「任せるネー」


軍人「小川大将、石川中佐、金平中佐。お待たせ致しました。車が到着いたしましたのでご移動の方をお願いします」


提督「了解した」


どうやら目的地である国防省へ向かう車が来たようなので、私達は移動を始める。それに伴って部下数人も移動を始めるので、ドラマである院長回診のような光景になっていた。


金剛「すごい光景ネ……。大将という階級がいかにすごいか納得できる状況デース……」


加賀「私はもう慣れたわ」


提督「海軍内でも両手分いるかどうかのレベルだからな」


数分も経たないうちに、車のある場所まで着き、金剛と加賀は私と同じ車両に乗り込む。

車内でも楽しい話をしていたが、さて、国防省の会議では楽しいものとはいかないだろうな……。大体予想は出来る内容に対して、私は不安と懸念を抱いてた。



••2••

国防省には十三時半に到着し、今回の欧州事情報告会議の会場となる二十階中会議室には国防大臣をはじめ、制服組と背広組合わせて二十数名ほどが既にいた。その中には呉時代からの私の部下である大柄な黒谷大佐や小柄な女性の菅原大佐も見られ、私に気づくと会釈をした。


提督「国防大臣、お待たせ致しました。欧州事情観察統括官の金平中佐も到着しましたのでこれより始めてもよろしいですか?」


私は用意されていた席に座る。隣が加賀、近くには先程の二人を含めて私の部下が数名という感じである。


国防大臣「なあに、そう待ってないさ。ま、早速だが始めようか」


敏腕で知られる国防大臣は、戦時から国防大臣を担当しており安全保障など国防に関する専門知識にも精通しているため、資源から何まで非常にお世話になった人だ。艦娘にも理解があるため、戦後艦娘達が普通の生活を送れているのもこの人のおかげだったりする。


金剛「海軍欧州事情観察統括官の金平です。この度は定期報告や新たな情報を含め二年ぶりに日本に帰国致しました。それでは皆さん、よろしくお願いします」


普段ならあの口調だが、こういった正式な場所ではこの喋り方にしている。本人曰く、公私を弁えてのことらしい。つまりあの喋り方がプライベートで本当の金剛というわけか。まあ、そっちの方が私は馴染み深いしそれでもいいと思うが。


国防大臣「二年ぶりの帰国、ご苦労だった。イギリスでは不自由なかったかね」


金剛『はい。イギリスは欧州内では比較的早く復興している国ですので、特に問題はありませんでした。治安は以前より良くなっておりますし、雇用もかなり回復しています。では、現在の欧州方面の復興進捗度などをまとめた資料を写しますのでディスプレイをご覧下さい」


大型ディスプレイに写し出されていたのは欧州の地図と復興進捗度のデータだった。確かにこの図にもある通り、イギリスはかなり復興が進んでいるらしい。


国防大臣「そうか。イギリスに関しては特に問題ないと」


金剛「ええ。安全保障関係も英軍は建て直しも早かったですし、何より北海油田の早期復旧は英国にとって復興スピード上昇に大きく関与したと思います。昨年には全世界のインターネット通信網も大部分の復旧が終わり、通信関連は飛躍的に元に戻ってきています」


国防大臣「とりあえずイギリスについては、かなり状況は良くなっていると」


金剛「二年前に比べると、荒方の問題は片付いたと思われます」


提督「他の国はどうなんだ?」


金剛「フランスに関してはイギリスと同様早期復興組にあたります。元々海軍の強い国ですし、艦娘はいなくとも軍港をイギリスやドイツの艦娘の母港の一つとして提供していました。また、農業大国でもありますから食料自給に関しては無問題です。ドイツもフランスと同様です。そもそもドイツはイギリスよりも早く艦娘が運用された国ですので、復興スピードはイギリスよりも早い点はありました」


提督「確か、イギリスを含めてこの三国は隣同士であることやEU主要国であることから、戦後の復興はお互いに協力していたんだったな」


金剛「はい。互いの弱点を補うようにこの三国は復興していることは、二年前の報告と変わりはありません」


提督「となると、懸念であるのは欧州の他の地域か……」


私がそういった理由はディスプレイにあった、南ヨーロッパ及び東ヨーロッパの地図の色だった。紫色のイギリスやドイツ、青色のフランス、ベルギー、オランダ、スイス、オーストリアに比べ、どうもこの方面がほとんど赤色だったからだ。つまり復興が三割も進んでいないことが現されている。


金剛「残念ながら、その通りです。東ヨーロッパは落ち着いていたバルカンの火薬庫が再び爆発し荒れ放題。南ヨーロッパは一時期地中海まで深海棲艦に制海権を奪われていたこともあり、こちらも国家の体を成しているのはイタリアくらい。スペインやポルトガルは戦前からの不景気で立ち直ってたところにこの大戦だったので、未だに失業率は非常に高い水準です。スペインに至っては独立問題が再燃しています。さらに、新たにギリシャも政情不安が限界に達した結果政変が起きてしまいました」


国防大臣「つまり、ヨーロッパ方面で復興できたのは未だにかなり少ないということかね」


金剛「北西及び北ヨーロッパと極東以外深海棲艦に荒らされなかったロシア以外は、以前の報告から二年経ちましたがほとんど変わっておりません。むしろ悪化している所すらあります。国連は最早機能しておりませんので、世界政治は復興国主導で行なっている状態ですから……」


黒谷大佐「ヨーロッパではまだ余裕のあるイギリスやドイツも自国の復興に精一杯ですから、欧州方面全体の復興はかなりかかるでしょうね」


金剛「イギリス政府の方とも話す機会がありますが、おそらく十年単位かと」


菅原大佐「金平中佐が仲介役となって英国経由で日本も支援している話は私も幾つか耳にしていますが、日本一国だけではとても足りないですからね……」


加賀「世界の警察だと宣っていた米国が戦時中自滅に近い作戦をして、西海岸は居住不可能地域になっているもの。当面あの国も立ち直れないでしょうね……」


提督「とはいえ、東海岸から中部までは以前とまではいかないがそれなりに元通りにしている。底力はすごいが、モンロー主義に逆戻りではとても頼りにはできんな……」


国防大臣「ふうむ、閣議や国会でも良い話はまだ出来そうにないね」


金剛「申し訳ありません。可能な限り我が国と欧州方面の仲介役としては動いているのですが……」


国防大臣「金平くんは何も悪くないよ。気にしないでくれ。せっかくの支援金も一部では横流しされてたなんて話も聞く。それじゃあ何の意味にもならん。国家の淘汰ともいうべきこの大戦に生き残った我々は、君らのおかげで世界の国々比べてかなり少ない被害で抑えられたんだ。それだけでも皆感謝しているのだよ」


金剛「ありがとうございます……」


そういう彼女の瞳は、悲しみがはっきりと映し出されていた。しかし曇りきってないところを見ると、諦めていないのは長年戦場を共にしたからか分かることはできた。

しかし、これほどまでに欧州方面の復興が遅れているとは思わなかった。簡易報告でそれなりには伝わっているが、こうやって細かに情報を聞くと芳しくない。不安は的中していたというところか。


金剛「これで私からの報告は以上となります。ありがとうございました。ご質問があれば対応いたします」


提督「特にはないな」


国防大臣「私も彼に同じだ。これだけ丁寧に資料を作ってもらえたから、これをそのまま閣議や国会の報告に使わさせてもらうよ」


加賀や私の部下も含めて全員が私達の意見と同じだったので、首を縦に振る。


国防大臣「では、報告会議はここまでとしようか。私は今回の会議についてのことをまとめにいくので、これで失礼するよ。金平中佐、今日はありがとう。これからも頑張ってくれ」


金剛「はい、全力を尽くさせていただきます」


国防大臣はそういうと、自分の部下達と中会議室から退室した。

金剛は国防大臣が退室したことを確認し、大きくため息をついて、


金剛「ふぅ、公の場だからああしてたケド、この喋り方は疲れるネ……」


提督「お疲れ様」


金剛「アリガト……。テートク、このあと時間ありマスカ?」


提督「ん、どうした」


金剛「ちょっと、お話がしたくて」


提督「私は構わんぞ。この後は特に用事はない」


金剛「加賀、ちょっとテイトク借りてもいいカナ」


加賀「いいわよ。折り入って話すことがあるんでしょう? ダメなんて言わないわ」


提督「なら、私の執務室に行くか。あそこなら誰かに聞かれることはないからな」


金剛「ウン……。二人ともアリガトウゴザイマス」


加賀「私は黒谷大佐や菅原大佐と場所を変えて話をしているわね。提督、終わったら連絡を頂戴」


提督「わかった。じゃあ、行くとするか」


金剛は小さく頷き、私は彼女と一緒に会議室を後にする。直後に届いた加賀からのメッセージには、


『ちょっと落ち込んでいるんでしょうね。励ましてあげて。彼女、溜め込んでしまう質だから、ゆっくり話を聞いてあげてください』


と書かれていた。

かくいう私も、彼女がく憂えていた目をしていたことから、何があったかはなんとなく察することはできていた。せめて、私が話を聞くことで少しでも気持ちが楽になれば。そう思いながら、自分の執務室へと向かった。



••3••

国防省十七階の一室。ここが私の執務室である。広めの部屋には大きい執務机が部屋の左端の方にあり、その正面にはガラステーブル、左右にはこれまた大きめのソファがある。応対する際に使うテーブルとソファだ。

金剛はそのソファに座り、私は私物で備えつけたコーヒーメーカーでコーヒーを作っていた。


提督「紅茶をたまたま切らしていてな。コーヒーでも構わないか?」


金剛「大丈夫デス。提督が作ってくれるものはなんでも美味しいですカラ」


提督「ありがとう。確か、砂糖は二本で良かったか?」


金剛「Yes.フレッシュはいらないのも変わらないヨ」


金剛の言葉には、やはりあまり覇気が無かった。


提督「はい、どうぞ。あったかい内に飲みな」


金剛「Thanks」


私は金剛にソーサーとコーヒーカップを渡すと彼女の隣に座った。彼女はそれを受け取ると、一口飲んで、はふぅ、と息をはいた。


金剛「ワタシ、ちょっと疲れちゃっているのかもしれません」


金剛は視線を正面に飾られている大きな写真に目を移す。戦勝直後に呉所属の艦娘全員で撮った記念写真だ。そこには金剛や加賀、私を含めて各々が最高の笑顔で写っていた。


金剛「戦時中は、深海棲艦という敵と戦って辛い時や大変な時もあったケド、居心地はとても良かった。皆で励ましあったり、ご飯を食べたり、時には宴会もしてすごく楽しかったデス。そして何より、テートクの指揮のお陰で、ワタシ達の鎮守府は誰一人欠けることなく戦争に勝つことが出来マシタ」


金剛はかつてを思い出して、微笑みながら言う。だが、その笑みはふっと消えて、


金剛「戦争が終わってからしばらくして、日本とイギリスの架け橋になりたいと思って、ワタシは今の職に就きました。テートクが知っての通り、架け橋になって互いの国が復興していくところまでは順調だったんデス……。ダケド……」


ここまで話す頃には金剛は俯きがちになっていた。


金剛「ここ二年、全然うまくいかないんデス。思うように事が運べない。向こうの状況は一向に良くならず、むしろ悪化して国や地域もマス。ワタシはそれを、指をくわえて見ていることしか出来ませんデシタ……。自分が余りにも無力だと感じた……。苦しい時もあったとはいえ、戦時はあんなにもうまくいっていたのニ……」


話し終えると、金剛は目を潤ませていた。そして、続けてこう言った。


金剛「ワタシは、どうしたらいいノ? テートク、分からないヨ……」


金剛は今にも泣きそうだった。しかし、私には安易に慰める優しさは持ち合わせていない。それはきっと、彼女の為にはならないからだ。だから私は、彼女の頭を撫でて口を開いた。


提督「壊すのは、とても簡単だ。実権を持つ私は命令すればひとたびであるし、かつて艤装を背負って戦った君ならそれはよく知っていると思う。だが、直すことは、元に戻すことはとても難しい。もしかしたら修復が不可能なんていうことだってある。むしろこっちの方が多いくらいだ」


さらに、私は彼女にこう問うた。


提督「パズルのピースってあるだろう? それぞれがそれぞれの形をしてるお馴染みのアレだ」


金剛「ありますネ。それがどう関係するんデス?」


提督「まあ聞いてくれ。世界をパズルと例えてみよう。今回の大戦では、そのパズルを深海棲艦に荒らされてしまった。壊れてしまったピースや無くなってしまったピースは沢山あるし、欠けてしまったピースだってある。それを全部元通りに出来るか?」


金剛「それは、やってみないと……」


提督「前向きな意見だな。その通りでもある。しかし、だ。無くなってしまったらどうしようもできない。壊れてしまったら元の通りに戻すことができない。欠けてしまったら新たに継ぎ足さないといけない。それが今の世界の現状だ」


金剛「だけど、だけど……!」


提督「落ち着けって。私の話はまだ終わっていない」


金剛「ゴメンナサイ……」


しゅん、とする金剛。私は諭すように彼女にこう言葉を続けた。


提督「でもな。それでも人は挫けることはないんだ。欠けてしまったピースは新たに継ぎ足して、なるべく元通りにする。壊れてしまったのなら、復元可能であればなるべく前の形にまで直す。無くなってしまったのなら、新しく作ってしまえばいい。そうして出来た世界というパズルは前みたいに戻せなくても、完璧に戻せなくても、それでも諦めずに作っていく。せめて、また以前のような平和に戻るようにと。もちろん果てしなく時間はかかるがね」


金剛「じゃあ、ワタシはどうすれば……」


提督「金剛、君は一人でなんでも背負おうとしていないか?」


金剛「そんなことは……」


提督「金剛はよく頑張っている。むしろ、頑張りすぎている位だ。君のお陰で日英の結びつきは強くなった。平和の為に互いは復興していっている。この前も英海軍の提督と話したが、とても君に感謝していたよ」


私は一度、話に間を置くため少しぬるくなったコーヒーを口につけて、それから再び話し始める。


提督「金剛、君の瞳の先に写すのはどんなものだい? 君が目指す未来は、何?」


私は金剛に向けて、問いを投げかけた。


金剛「ワタシは……。もう一度、もう一度皆が笑顔でいられる平和な世界を目指したいデス!」


提督「立派な理想だ。でもな、それを全て一人で抱え込むな。全部を一度に、一人で叶えようとするな。人には、一度に出来ることは限られている。限界があるんだ。だから、一つずつでいい。階段を一段ずつのぼっていくように、少しずつ課題を片付けていけばいいんだ」


金剛「……」


提督「それに、たまには私を頼ってくれよ。私だって、金剛が目指す未来と同じ様な姿を目指しているんだ。ありがたいことに、今の身分は割と自由にやれることが多い。私の一声で、決められることだってある。君に協力できることは沢山あるんだ。だからさ、頼ってくれよ。君は一人じゃないんだ」


金剛「テー、トク……」


金剛の目からは一筋の涙がこぼれ落ちていた。きっと、今まで溜りに溜まっていたものが溢れ出したんだろう。


提督「比叡が心配していたぞ。私にメールをよこしてきてな。お姉さまはなかなか私に頼ってくれません。励ましたり、空気を和ませたりしているんですが、どこか笑顔に曇りがあるんです。私からのお願いです。今度会うと思いますからその時お姉さまの話を聞いてあげてください。提督なら、きっとなんとか出来るでしょうから。ってな」


金剛「比叡が、そんなことを……」


提督「榛名や霧島も心配していた。加賀も、私の部下も、もちろん私もだ。このように、君の身を案じている人は沢山いる。一人じゃないことは分かるだろう?」


金剛「ハイ……」


提督「一人で背負いきれなければ、二人で背負えばいい。二人でダメなら四人、四人でダメなら八人、それでもダメなら皆で分担すればいい。君の努力を知っている人は非常に多い。言ってくれれば喜んで協力するさ」


金剛「ハイ……」


提督「だからさ、その小さい背中に背負ってるもの。私達にも持たせてくれよ。君の夢を叶えるためなら、骨は惜しまない。なんてったって、君の夢は私達の夢でもあるんだから」


金剛「てぇ、てぃ、とくぅ……」


ぼろぼろと泣き出す金剛。


提督「加賀からの伝言。今日だけ特別よ。提督に抱きついて泣く権利、貸してあげるわ。とても落ち着くし、楽になるだろうから。だそうだ。おもっきし、今の感情を吐き出せ。好きなだけ泣けばいいさ」


金剛「う、うぅ……。じゃあ、借りてもいいですか……」


提督「もちろん」


すると、彼女は堰を切ったかのように抱きついて泣き始める。わんわんと泣いて、ぎゅう、と強く抱きついてきた。私は優しく、彼女の頭を撫で続ける。

一人で背負い込むのは辛かっただろう。きつかっただろう。戦時中からこの子は金剛型の長女だからと気丈に振る舞い抱え込むことが多かった。だが、今ならきっと、もうそんなことはしないだろう。

重たいものは皆で協力して運んでいけばいいのだ。一度で処理できないなら、分割すればいいのだから。



・・4・・

あれから数十分、金剛はずっと泣いていた。だが、澱んでいたモノを全て流しきったからか、泣き止んで彼女はアリガトウゴザイマスと言うと、抱きついていた私の体から離れて、


金剛「ずぅっと泣いていたから、せっかくのメイクが台無しデース。でも、すごく清々しい気分デス」


顔をあげた金剛は涙で目が少し腫れていたが、先程のような曇った表情ではなく、晴れやかになっていた。


提督「すっきりしたか?」


金剛「ハイ! とても!」


提督「いつもの元気さが戻ったみたいだな。良かった良かった。これからは一人で抱え込むなよ?」


金剛「気をつけマース。提督、アリガトネ」


ニッコリと笑いながら、そう私に言う金剛。背後から射し込む綺麗な夕陽が、彼女の美しさを引き立たせる。誰もが見蕩れてしまうような、そんな瞬間だった。


金剛「アレー? 提督、どうしたのカナ?」


今度はいたずらに成功した子供のような笑みを、彼女は浮かべる。


提督「なんでもない」


金剛「ホントー?」


提督「また綺麗になったな。と思っただけだ」


金剛「女の子が落ちちゃうようなセリフをさらっというそういうとこ、ズルイデース……」


提督「そうか?」


金剛「加賀が惚れてしまうのも納得デス」


提督「あ、そうだ。加賀で思い出した。連絡しないと」


金剛の発言で思い出した。夕陽が射し込んでいるような時間ということは、つまり執務室に入ってから二時間は経っているのである。さすがにそろそろ連絡を入れなくては。

執務机に置いておいた透過式ディスプレイのノンディスプレイフォン(略称:ノンフォン)を手に取ると、加賀に電話をする。電話が繋がってからツーコールもしないうちに加賀は出た。


提督「もしもし、加賀か。うん、今終わった。立て込んだ話が多くてな。あ、昔話に花を咲かせていた? 私のことも含めて? 何を言ったんだ……。まあ、いいや。こっちはもう大丈夫だから。はい、じゃあよろしくな。はーい」


金剛「加賀達はもうすぐ来るんですカ?」


提督「ああ。あと、五分もしない内にここへ来れるそうだ。そうそう、金剛。欧州事情の資料なんだが、君が就任してからまとめたものとかあるか?」


金剛「あるヨー? それがどうかしたノ?」


提督「時間があるときに全部もらえないか? 印刷したものや、データでも構わない?」


金剛「ええ?! かなりの量になるよ?!」


提督「さっき言っただろ。協力できることは沢山あるって。結果が出るのに時間はかかるかもしれないが、金剛の手助けをしたいんだ」


金剛「ワカリマシタ。近い内に記録を渡すネ。滞在中には送ることが出来るカナ。提督、よろしくお願いします」


ぺこり、と頭を下げる金剛。


提督「そんな改まったことをしなくてもいい。頭を上げてくれ」


金剛「ワタシからの感謝の気持ちネ。大切な事を気付かせてくれたことも含めてダヨ」


提督「どういたしまして。あれくらいなら容易い御用さ」


金剛「ワタシ、これからも皆が笑顔でいられる平和な世界を目指して頑張るネ。今度は一人でしようとするんじゃなくて、手伝ってくれる人達全員で」


彼女は一呼吸置くと、人差し指をびしっと立ててあのポーズで、


金剛「だから、テートク。ワタシもっと頑張るから、目を離しちゃNO! なんだからね!」


提督「うん。しっかり見てるよ。楽しみにしている」


戦後、日英の架け橋となり、欧州事情観察統括官となった金剛。彼女が目指す平和な世界は、まだまだ遠いかもしれない。しかし、その瞳に写る先の金剛色の未来は決して曇っておらず、きっと輝かしい未来が待っているだろう。



第四話 二人の園長先生


••1••

金剛と会ってから数日経ち、私は欧州事情の協力と普段の仕事もある程度終えたので、東京からとある地へ新幹線で向かっていた。今回は軍服姿ではなく、私服姿である。その代わり、身分証明するものだけは持ってきた。いかんせん、軍服姿は目立つのだ。軍施設が絡むならともかくとして、こういう訪問には私服姿が一番いいということで、秘書でもある加賀も私服でついてきていた。


提督「静岡、か。あまり行かないところだから、観光がてらにもなりそうだ」


加賀「基本的には通り過ぎることが多いものね。行き先は浜松だから、餃子を食べられたら満足だわ」


提督「餃子か。それもいいな。あそこの地元グルメだったっけか」


加賀「そうよ。私は何度か食べたことがあるけれど、とても美味しいわ」


提督「私も食べたことはある。ただ、地元のものを地元で食べるのは初めてだな」


加賀「なら、赤城さんのおすすめのところをぜひ行きましょう」


提督「さすが赤城。グルメにはぬかりないな。彼女にお土産を買っていくか」


加賀「赤城さん、喜ぶでしょうね」


車内で既に、本来目的以外の旅程を決める私と加賀。

個人的には浜名湖や浜松市北部の紅葉の名所までまわれればいいかなと思ったりもしている。

さて、本来目的というのは、今回の目的はとある軽巡二人と会うためだ。サプライズではなく、事前に向こうに連絡を取ってある。平日ではあるものの、どうやら休みが取れたらしい。そのため、今日の午前中から会うこととなったのだ。


車掌「まもなくー、浜松。浜松です。在来線は乗り換え、遠州鉄道は改札通ってからの、お乗り換えになります。また、お忘れ物のないようお願いいたします。出口は右側です。開きますドアにご注意くださいませ」


提督「そろそろ着くみたいだな。降りる準備をするか」


加賀「ええ、そうしましょう」


私と加賀は座席上にある荷物置きからキャリーケースとカバンを出し、降車の準備を始める。

一分程経つと、新幹線は浜松駅に停車し私達は新幹線から降りる。


提督「浜松とはいえ、この時期になると少し冷えるな」


加賀「十一月にもなると、さすがにでしょうね。昼過ぎとはいえ今日みたいな天気では冷えるもの」


提督「札幌では雪らしいからな」


会話をしながら、ホームにあるエスカレーターを使ってコンコースに向かい、改札を通る。静岡県第二の都市だけあって、駅は大変賑わっていた。


加賀「ところで、今回集まる場所はどこなの?」


提督「浜松市で一番大きいビルの中にあるホテル、そこのカフェだ。私の名前で予約してあるから、二人が先に到着しているならそこにいるはずだ」


加賀「ということは、あの建物かしら」


提督「そう、アレだ」


駅の外へ一度出ると、ハーモニカのような形をした超高層ビルが見える。ここの二階にあるカフェが、今回の集合場所だ。


提督「おっと、どうやら駅から直通の連絡通路があったらしいな。しまったしまった」


加賀「今度からそちらへ行けばいいじゃないのかしら」


提督「それもそうだ。さて、ホテルの正面玄関がこれで、エスカレーターがあそこか」


ホテルに入り、エスカレーターを見つけると、目的地を発見することが出来た。カフェの方まで行くと、店員に話しかける。


提督「予約していた、小川だ。先客はいるかな?」


店員「お待ちしておりました。小川様ですね。電話でお承りした通り、先に来られたお客様はあちらの席に通しましたので、ご案内致します」


店員に誘導され、席の方に向かうと。あ、いたいた。ホテルのカフェだからか、フォーマル系の服を着ていたがすぐに見分けがついた。どうやら天龍はしばらく見ないうちに髪を伸ばしたらしいな。ロングくらいになっている。

二人もこちらに気づいたのか、手を振っている。

さあ、今回はどんな話が聞けるのか。少し楽しみだ。

そう思いながら、私は、手を振り返した。



••2••

天龍「よぅ、提督!」


龍田「おひさしぶり〜、ていとく〜。元気にしてたー?」


提督「あぁ、この通り健康体だ」


加賀「二人も昔と変わらずでなによりね。天龍はかなり髪を伸ばしたみたいね」


天龍「加賀さんもより綺麗になってて眼福モンだぜ」


龍田「加賀さんみたいに美しい女性、羨ましいわぁ」


五年振りの再開だが、天龍も龍田も昔の面影を残しつつも、大人の女性になっていた。通り過ぎたら振り返ってしまうくらいに、である。


戦時コードネーム、軽巡•天龍。

本名、遠浜京子。現在二十八歳。

大戦開始からすぐ呉へ着任し、しばらくは前線で戦果を上げ続けていた。大戦中期になると、遠征で資源確保のための任務につくことあり、その際には駆逐艦の子達の面倒をよく見てくれたりとこちらとしても大変助かったことが多かった。戦争が終わるまで前線に立ちつつも、年少組の世話もする、良きお姉さんであった。

戦後は、面倒見の良さもあり、本人も幼稚園をやりたいということで龍田と共に園長先生となり幼稚園の経営をしている。


そして、もう一人が龍田だ。

戦時コードネーム、軽巡•龍田。

本名、田神奈々美。現在二十八歳。

天龍と同じく大戦開始からすぐ呉へ着任し、前線では天龍以上の戦果をあげていた。大戦中期に入ると天龍と二人で駆逐艦組の遠征の面倒、着任直後初心者研修の担当にもなったりと、本人が言う割には、なんだかんだで面倒見がいい子だった。

戦後は、長いこと一緒にいる天龍が幼稚園を開きたいということで、それなら自分も天龍の力になりたいと彼女も園長先生になった。天龍が苦手な経理部門の担当もしているらしい。


提督「そういえば、今日は平日だが幼稚園の方は良かったのか? 連絡した時に大丈夫と聞いたから設定したが気になってな」


私はソファに座ってから注文してホットコーヒーを口につけてから口を開く。


天龍「それなら気にすんな。今日は丸一日休みを取れるようにしたからな」


龍田「提督と会うことになった、と言ったら、皆ぜひ行ってください! 業務はこちらで出来ますし、お二方のおかげで人手は充分足りてますから! たまには休んでくださいよー、って〜」


天龍「ちゃんと休んでいるんだけどなー。あいつら気を遣いやがってさー」


龍田「週に一日と半分くらいは休日なのにね〜」


提督「推測だが、滅多に会えない私が来るからってのもあるだろうな。人に恵まれているようで何よりだ。それと、二人がちゃんと休暇を取っているようで安心したよ」


天龍「なんだー? そんなに心配だったのかー?」


龍田「提督が心配性なのは、今も変わらないのね〜」


提督「戦時中とはいえ、君らは休むことが少なかったしたまに無茶をしていただろう。心配するのも当然だ」


天龍「うぐ……。そこを指摘されると痛いな……」


龍田「昔はそうだったけど、今はあんな無茶はしないわあ。艤装が無ければ私達も普通の人間だものー」


提督「艤装は特殊な能力を与えてくれる。おかげで君達は大破まで追い込まれない限り体に傷がつくことはほとんどない。だが、艤装をつけているのは人間だ。それもそうだな」


加賀「今の話を聞いてて思ったのだけど、幼稚園の経営はどうなの? 二人の様子を見る限り悪くはなさそうに思えるけども」


加賀は、私がコーヒーを頼んだ時に一緒に注文したダージリンティーを口につけて、サンドイッチにも手をつけてから言う。


天龍「加賀さん達は耳にしているかもしれないけど、最近軌道に乗ってきているかな。休みがけっこう取得できるようになったあたりでなんとなく察したかもしんないけどさ」


龍田「やっぱり最初は苦労することも多かったけど、去年辺りから私達の幼稚園に入ってくれる人がかなり増えるようになったの〜」


天龍「一番大きかったのは口コミだな。一緒に働いてくれる人達のおかげだ。あそこの幼稚園は面倒見もいいし、子供達も楽しく通っていられる、って具合に良い評判が周り今に至るってとこだな」


龍田「にも関わらず、他の私立幼稚園に比べて二割程授業料が安い。質良し、値も良しだったら自分の子供を通わせたくなる。らしいわ〜」


提督「ほう。しかし授業料を安くしたら経営は厳しくならないか?」


天龍「そこは心配いらないぜ。園児が増えているから、むしろ利益は増えているくらいだ」


龍田「最近は幼稚園も手狭になってきたのよねえ。開園当初はこれくらい広ければと余裕を持った土地を確保したのだけれど〜」


提督「それ程迄に好評とは驚いたな。ということは、先生達のお給料も安心して払えるな」


天龍「おう。今年の冬のボーナスは弾む予定だし、来年度からはベースアップも満額回答するつもりだ」


加賀「素晴らしい経営手腕ね。戦時には、こんな才能があるなんて思わなかったわもの」


龍田「戦争じゃ今の知識なんてなんにも関係ないものね〜。でもお金のやりくりの仕方は戦時中に覚えることが出来たわ〜」


加賀「秘書艦制度のことね」


龍田「あの制度で軍関係とはいえ、簿記や資源消費の効率化を学べたのは今強みになってるわねえ。経理に応用出来るもの〜」


加賀「あの戦争は辛いことが多かったけれど、こうやって現在に活用出来ることはとても良いことだと思うわ」


提督「天龍は数字にはあまり強くないと言っていたけど、この様子だと苦手は解消したってとこか?」


天龍「まさか。今でも数学は苦手だぜ。簿記だの経理だのなんてからっきしだ。そのあたりはコイツに任せてある」


龍田「でも、天龍ちゃんは子どもだけでなくて、保護者の方との接し方も上手でね、まさに人気の幼稚園の園長先生よ〜。私は子どもは好きだけど、どうもああいう保護者との付き合いは苦手なの〜」


提督「お互いの苦手分野を補いつつここまでやれてるんだ。二人とも敏腕経営者に違いないよ」


龍田「そんな〜。褒めても何も出ませんよ〜。むしろ提督には出してもらってるくらいなんだから〜」


提督「出資金のことか。あれは初期だけで、あれから一回もしていないぞ」


天龍「その出資金が助かったんだぜ。いくら俺達の戦争報奨金や協力者の寄付があってもけっこうキツくてさ。そんな時に提督がお金を出してくれた。ありがとな、提督」


提督「なあに。あれくらい気にするな。私は君達の大事な五年間をもらって戦争をしてたんだ。本当なら普通の青春を過ごせたのに。だから、これは私からのせめてものお礼だ。これくらいはさせてくれ」


天龍「…………やっぱ変わんねーな、提督って。優しすぎるぜ。電、いや今は稲沢か。あいつに言われなかったか?」


提督「よく分かったな。この前会ったが、まさしく同じことを言われたよ」


龍田「でしょうねえ。あの子も提督と同じくらい優しいもの〜。お人好しレベルでねえ」


天龍「あいつ、元気だったか?」


提督「ああ。良いお医者さんになってるよ。そして美人になった」


天龍「だよなあ! 毎年律儀に年賀状をくれるんだけどさ、あいつどんどん綺麗になってんだから。元々素質はあったとはいえさ」


龍田「でも、昔からのおっとりさも残ってて、男性にも人気でしょうねえ。彼氏とかいたの〜?」


加賀「いないみたいよ」


天龍「えっ」


龍田「えっ」


加賀「二人して同じ発言同じ顔をしなくても……。最近まで仕事が忙しかったみたいだし、男性にとっては高嶺の花になってるのかもしれないわ」


天龍「あー、なるほど……」


龍田「納得したわぁ……」


提督「そういう二人はどうなんだ?」


天龍「まーったくだ。こっちも近頃まで忙しかったし、色恋沙汰どころじゃなかったからな」


龍田「だいぶ落ち着いてきたし、年齢もあるからそろそろとは思っているんだけど、なかなかねぇ〜」


提督「恋愛なんてのはしたい時にすればいいさ。無理にするもんでもない」


天龍「さっすが既婚者さんは言うことが違うな。言葉の重みを感じるぜ」


龍田「お二人とも幸せそうで何よりだわぁ」


加賀「ここは譲れません。という想いを有言実行しただけよ」


天龍「いや、実現できてんだからすげーよ」


龍田「私も天龍ちゃんに同じ〜」


話に花を咲かせていると、気づいたら一時間半程経っていたことに気付く。それは天龍も同じだったようで、腕時計を見てもうこんな時間になってんだな、と笑いながら言うと、


天龍「あ、そうだ。いいこと思いついた」


龍田「なあに、どうしたの〜?」


天龍は龍田に何やらこそこそと耳打ちをする。それに対して龍田は微笑んで、名案ね〜。と言う。何を言ったのだろうか。


天龍「提督と加賀さんって今日時間はあるか?」


提督「こちらも一日時間を割けるがどうした」


天龍「提督、俺達の幼稚園に来ないか?」


提督「幼稚園? 君らの?」


龍田「せっかくだから、どうかなぁ、って。ほら、提督次いつこっちに訪れられるか分からないじゃない?」


提督「なるほど。それはいい。加賀、どうだろうか?」


加賀「お言葉に甘えましょう。私も彼女達の作り上げた幼稚園が気になるもの」


天龍「じゃ、決まりだな! 今からだと昼御飯の途中に到着することになっちまうから、ここで食べて行くとするか!」


提督「是非そうしよう。よし、全員好きなものを食べていいぞ。元々会計は全部私が持つ約束だからな」


天龍「うーし! まずは腹ごしらえだ。ご馳走になるぜ」


龍田「私もー」


天龍と龍田、そして二人と一緒に働いている人達の幼稚園はどんな風なのだろうか。こういった所にはなかなか行く機会がないから楽しみになってきたな。

私はあれからさらに成長した二人を眺めながら、そんな気持ちを抱いていた。



••3••

浜松市中心部から車で三十分ほど、そこが天龍と龍田が経営する幼稚園だ。周りは閑静な住宅街で付近にはスーパーやコンビニなどのお店がある、典型的な都市郊外の雰囲気であった。

龍田が手狭になってきた、と言っていたが幼稚園はそれなりの面積があった。デザイン性が高い建物や子ども達が遊ぶには十分の運動場や砂場、遊具があり、かなり充実している部類だ。


提督「最近の幼稚園って、こんなにお洒落なんだな……」


龍田「新しいところはどこもこんな感じよー?」


提督「私が子どもの頃はもっと無機質っぽい感じだった気がする……」


天龍「提督が幼稚園児の頃ってだいぶ昔じゃねえか」


提督「約三十年以上だな」


天龍「まだ二十一世紀にもなってない頃じゃん」


提督「そうなんだよなあ」


こういうところで自分の歳を実感して、思わず遠い目をする。

幼稚園の全体を近くで眺めていたら、先生達が気付いたのかこちらに向かって会釈をする。私も会釈を返して、幼稚園の敷地に入ることにした。


天龍「今はみんな外で遊んでるし、運動場や遊具の様子でも見に行くか?」


提督「あぁ、そうしよう。にしても、元気に遊んでる子がとても多いな」


龍田「今日は快晴で昼間になったら気温も少し上がったものー。ここにいる子達は活発な子が多いのよ〜」


天龍「中で遊んでる子もけっこういるけどなー」


話を聞きながら歩いていると見たことのない大人が二人もいるからか、子ども達はこちらに注目している。しかし、隣に天龍と龍田がいることに気づくと、


園児1「あー! えんちょーせんせーだ! こんにちはー!」


園児2「こんちはー!」


天龍「雪乃ちゃんに悠希くん、こんにちは。ちゃんとお昼ご飯は食べたかー?」


雪乃「食べたよー! 今日はしちゅーだった! おいしかったよ!」


悠希「おいしかった! ぼくしちゅーだいすき!」


天龍「おうおう、偉いぞー。ちゃんと食べて大きくなろうな」


雪乃「はーい! ねー、えんちょーせんせー。となりの人はだあれ?」


悠希「かっこいい人と、美人さんだあー」


龍田「この人達はねー、提督と石川さんよ。石川さんは、先生が話してた加賀さんよ〜」


悠希「てーとくなの!? すげー!! ほんものだ!!」


提督「あぁ、本物だぞ。ほら、これが提督の証だ」


コートの内ポケットにしまっておいた、軍在籍証明書を見せる。まあ、これくらいはいいだろう。


悠希「たいしょう? えらいの?」


天龍「すげー偉いぞ。軍で一番偉いんだぞ」


提督「元帥は名誉職だから正解でもあるな」


天龍「おう」


悠希「すっげー!!!! あくしゅしてー!!」


提督「いいぞー。ほら」


悠希「手、でっけー! あったけー! 生てーとくすっげー!」


提督「ははっ、そんな君にはこれをしてやろう」


彼を持ち上げ肩車をする。悠希くんはとても楽しそうで、きゃっきゃしていた。


悠希「てーとく! あれやって!」


提督「あれとはなんだ?」


悠希「CMでやってた、ばつびょーってやつ!」


提督「あぁ、あれかー。いいぞー。じゃあ、悠希くん。旗艦提督、抜錨って言ってみてくれ」


悠希「うん! きかんていとく、ばつびょー!」


提督「よーし、第一戦速でいくぞー」


肩車した状態で、彼が落ちず怖がらず程度の早さで走る。さながら提督気分を味わっている彼は嬉しそうに声をあげていた。


雪乃「かがさんって、くうぼの?」


加賀「そうよ。飛行機をびゅーんって飛ばしてたの」


雪乃「すっごーい!! かっこいー!!」


加賀「なんだか気分が高揚します」


龍田「加賀さんってもしかして、子どもが好きなんですー?」


加賀「ええ、それなりには好きよ」


龍田「とてもいい笑顔になってましたよ〜?」


加賀「あら、そう。こういうのもたまにはいいかもしれないわね」


雪乃「かがさんってくうぼなんでしょー? ゆみでうつんだっけ?」


加賀「そうよ、弓を使うのよ」


雪乃「あたしみたーい! ね、野乃香ちゃんもみたいよね!」


野乃香「うん、みたい」


加賀「どうしたものかしら。今日は弓、あ、あるわ。護身用のものだけど」


龍田「私は構いませんよ〜? みんなに見てもらうのはどうかしら〜?」


加賀「いいけれど、場所は大丈夫なの? みんな遊んでるから邪魔しちゃうけれども」


龍田「周りを見てみてくださぁい。みんな、二人に注目して集まってきてるのよ〜」


加賀「提督の周りもすごい人ね」


天龍「提督に提督ごっこしてもらってるみたいだな。で、加賀さんやってくれるのか?」


加賀「まあ、ここまで期待されてるなら一航戦の腕、見せてあげるわ」


天龍「よーし、なら決定だな」


天龍はニカッと笑うと、周りに集まっている園児達に、


天龍「みんなー! 来てくれたおねえさんがカッコイイのを見せてくれるそうだぞー!」


そう呼びかけると園児達は、どんなことしてくれるのー? とかカッコイイの? みたい! などと言いながらわらわらと集まり始めた。龍田はどこからか的になりそうなのを持ち出し、私はマジックペンで円を書く。

園の事務室に預けてあった弓と矢を取ってきた加賀は、


加賀「これは絶対当てなきゃいけない流れね」


提督「君ならやってくれると信じてるよ」


加賀「当然よ。いくら一線を退いたとはいっても一航戦だもの」


提督「さすがの自信だ。がんばってくれ」


加賀「ええ。園児達と貴方の期待に応えてみせるわ」


園児のほとんどが集まると、加賀は準備を始める。的までの距離はここが比較的広い運動場であるため遠的場とほぼ同じ六十メートル。容易に当てられる距離ではない。

建物の二階の廊下からも園児や先生達が見守る中、加賀は位置につき、構え始める。弓を引き、狙いを定めるその目は戦時で見たことのある鋭い目つきであった。先程までガヤガヤしていた周りは静まり、静寂に包まれる。

矢を放ち、ヒュッっと風切り音が鳴る。放たれた矢は見事、的のど真ん中に命中していた。

瞬間、周りは歓声が広がった。子ども達はすげー! かつこいいー! まんなかに当たってるー! などと驚きながら言っていた。


天龍「おお、すげえ。中心点に当たってる」


提督「さすがだな。見事の一言に尽きる」


加賀「ありがとう。腕は鈍っていないもの」


龍田「今も教官とかしてるのー?」


加賀「基本は提督の専属秘書になっているけれど、たまに現役の子に教えたりもしているわ。だから、たまに練習もしているのよ」


龍田「なるほどねー。久しぶりに加賀さんの腕前を見れて良かったわ〜」


雪乃「かがさん、かっこよかったよ!」


加賀「ありがとうね」


雪乃「わたしも、かがさんみたいなおんなのひとになりたい!」


加賀「なら、好き嫌いせずにちゃんと食べて大きくなって、沢山運動するのよ。あと、お勉強もね」


雪乃「がんばる!」


加賀さんは目をキラキラさせている雪乃ちゃんの頭を撫でながら微笑んで言う。その目は、優しい母親のようであった。

すると、他の園児達も加賀のもとに集まり始める。どうやら先程の遠射を見て、ますます彼女に興味を持ったようだ。


加賀「しばらくこの子達と一緒にいてもいいかしら」


提督「構わんぞ。私は天龍達と話しているから」


龍田「私も加賀さんといるわ〜。天龍ちゃんは提督をよろしくね〜」


天龍「おうわかった。じゃあ提督。あっちで話そうぜ」


提督「あぁ、わかった」


加賀と龍田が子ども達の話相手になるということで、私と天龍は少し離れたところに行き、その様子を眺めることにした。


天龍「加賀さんって、戦時中は近寄り難い雰囲気があったからこんなに子ども達が好きだなんて以外だったぜ」


提督「普段は厳しいが、部下想いなやつなんだ。色々目をかけてやってるらしい。なんだかんだであいつも世話好きなんだ。そういうのもあるかもしれんな」


天龍「だから駆逐艦のやつらにも慕われていたんだな。戦場では命を張って第六駆逐隊のあいつらを守ったこともあったからな」


提督「あぁ。暁からその話は聞いたことがある。そういや、部下の子どもにも楽しそうに話していたな」


天龍「へー、そうだったのか。なんか加賀さんがお母さんになったらいい母親になりそうだな」


提督「だろうな」


天龍「その予定とかはあるのか?」


提督「どうだろうか。私はいつでもいいんだが、もしそうなるなら、もう少し落ち着いてからかな」


天龍「そっか、ごちそうさん」


私と天龍は加賀と園児達の様子を眺めながら笑い合う。


天龍「あのさ、提督」


提督「ん?」


天龍「こんな素晴らしい今を作るきっかけを作ってくれてありがとな」


提督「礼はいらんよ。これからも子ども達の未来にためにやってくれるならそれでいい。あの戦争は色んなものを奪っていった。君らの青春も含めてな。戦争が終わった今、今度は私達が次の世代の未来を支える立場。これくらいはさせてもらうさ」


天龍「やっぱ変わんねーな。昔のまんまだ。なんつーか、人たらしだよ」


提督「人たらしとは心外だな」


私は思わず笑いながら天龍に言う。


天龍「いい意味でだよ。そのさ、これからも時間があったらまたここに来てくれ。子ども達も喜ぶから」


提督「もちろん。その時は連絡するよ」


天龍「うっし! 約束だぜ提督!」


提督「私は約束を守る。知ってるだろう?」


天龍「ははっ、ちげえねえ」


天龍は私の肩を叩いて、ニコニコしながら言う。

昼もすぎ、暖かい陽射しは、まるで私達を見守るように優しくこの場を包み込んでいた。



••4••

雪乃「かがさーん! さよーならー! またきてねー!」


加賀「ええ、また会いましょう」


悠希「てーとくさーん! ばいばーい!」


提督「ばいばーい。風邪とか引かんように気をつけろよー!」


悠希「さーいぇっさー!」


あれからしばらくして、園児達は帰宅の時間となるので、私達は帰りの通園バスを見送る。


天龍「加賀さん、あれからしばらくずっと子ども達の相手をしてくれてありがとな」


加賀「あれくらいならどうってことないわ。むしろ、こちらも楽しい時間が過ごせたから礼を言いたいくらいよ」


龍田「提督も今日はありがとうございました〜」


提督「普段は軍にいるから中々こんな機会はないんだ。いいものが見れたよ」


天龍「そっか。今日は提督と加賀さんに会えて良かったぜ。提督にはさっきも言ったけど、また来てくれよな」


龍田「私からもー。今度は一日幼稚園の先生体験でもいいのよ〜?」


加賀「それもありかもしれないわね……」


提督「さすがに一日となるとな……。魅力的だが……」


龍田「やだな〜、冗談ですよ〜」


四人でこうやって冗談の言い合いも久しくしてなかったことを思い出し、やりとりの途中についつい顔が綻んでしまう。

季節も冬に近付いているからか、風が肌寒い。それでも澄んだ夕焼け空は今日も綺麗だった。


天龍「あ、そうだ! このあと夕飯でもどうだ? 赤城さんから連絡が来てて、二人が来た際には浜松にある、私おすすめの餃子を出すお店に連れて行ってあげてください。って言われててさ。どうかな?」


加賀「私も赤城さんから聞いたお店に行こうと思っていたから、ちょうどいいわね。行きましょう」


龍田「どうやら決まりみたいねえ。車を出してくるからちょっと待ってて〜」


提督「悪いな、龍田。頼んだ」


龍田「いえいえ〜。今日はめいいっぱい楽しみましょ〜」


天龍「んじゃ俺はちょっくら荷物を取ってくるぜ」


そう言うと、二人はそれぞれ出かける準備をするためこの場を離れる。


加賀「あの二人、充実している表情でなんだか安心したわ」


提督「そうだな。忙しくて大変だろうけど、いい顔をしてた」


加賀「園児達も楽しそうに過ごせてたし、慕われていたし本当にいい園長先生だわ」


提督「あの子達の平和な未来を守るために頑張らないとな。それが我々軍人の任務でもあるからな」


加賀「彼女達が安心して幼稚園をやっていくためにも、かしら」


提督「ああ、その通りだ」


戦争が終わって五年。あの戦争を勝ち抜いた軽巡二人は今、これからの未来を作っていく子ども達の教育の一翼を担っていた。

彼女達にも幸あらんこと。そして、その幸を描いていけるように我々も益々努力せねばと励まされた一日になったと私は心中で思っていた。



第五話 重巡フリーライター


••1••

天龍と龍田達の幼稚園を訪れてから数日後の土曜日。私と加賀は自宅で寛いでいた。壁に掛けてある時計がさしている時刻は午後二時半前。午前中まで降っていた雨も上がり、窓からは光が射し込むほどには晴れていた。


提督「そろそろ彼女が来る時間かな」


加賀「指定した時間は二時半だったかしら」


提督「そう。だから、もうじき来るかなと」


加賀「ここのあたりは交通の便もいいから困らないとは思うのだけれど」


提督「山手線環内だからな。地下鉄の駅も近くにあるから大丈夫だとは思うぞ」


私と加賀の自宅は山手線環内の某所にある。周辺は高級住宅街にあたり、我が家もそれなりの面積があり、バーベキューができる程度の庭もある一戸建てだ。

ただ、この周辺は高級住宅街故に目印になるような施設が少なく、来てもらうのには住所を教えて地図アプリで検索してもらうしかないのである。彼女は土地勘はある方とは言っていたし、戦時中も場所は間違えることがなかったから心配ないとは思うのだが……。

初めて自宅に訪問する彼女の事を少々心配していると、インターホンが来客が訪れたことを告げる音を出した。どうやら杞憂だったようだ。


提督「話をしていたらなんとやら、というやつだな」


加賀「そうみたいね。私が応対するわ」


加賀はそう言うと、リビングの壁にあるホログラム式の装置のボタンをタッチし、会話をする。


加賀「久しぶり。今、門のロックを解除するから待ってちょうだい」


?「はい! よろしくお願いしますー!」


加賀は解錠のボタンをタッチし、完了した旨を告げる。


提督「私も出迎えるよ」


私はそう言うと、腰掛けていたソファから立ち上がり、玄関へと向かう。二人で住むにはかなり広めの家だが、リビングから玄関まではさして距離もないのですぐに玄関へとたどり着く。

玄関のロックを解除すると、私は扉を開ける。そこにはきらきらとした笑顔の、フォーマルめの私服を身にまとった彼女がいた。


青葉「どもー! お久しぶりです青葉ですー! 今日はよろしくお願いします!」



••2••


戦時コードネーム、重巡•青葉。

本名、仙台桃花。現在33歳。

戦争が始まってから五ヶ月程経ってから呉鎮守府に着任。戦時中から時間のあるときにはカメラ片手に記事になりそうな写真を収集し、鎮守府内の新聞を発行していた彼女は、戦後すぐに軍を退役フリーライターとなる。自身の経歴を活かしつつ戦後の日本や世界のありのままの姿を撮影し、まとめた本を出版。鋭い切り口の論評に定評があるためそれなりの部数が売れたようで以後新聞記事の一部を担当したり論評を書いたりなどで食べていけるようにまでなった。最近は日本を中心に活動をしているようだ。


青葉「ほへー、おっきなリビングですねー」


青葉はリビングに入ると、一言目がこれだった。キッチンと一体化しているから尚更広く感じるのだろう。置いてあるホログラム式テレビが八十型であることから事実広いことが分かる。


提督「大戦中、助けた人がたまたま資産家でな。君を気に入ったし何より命の恩人だからと譲ってもらったんだ。それは知ってたっけか」


青葉「大体検討がつきますよー。その土地ってここだったんですねー」


提督「そういうことだな」


青葉「でも、提督の現在階級と貰った戦時報奨金ならこことはいえ買えたのでは?」


提督「そりゃ元々の出自や今の階級を考えればな。しっかしそれでもきついぞ。郊外ならともかく、山手環内でこれとなると」


青葉「山手環内は伊達ではないですね……」


提督「立派な門に広い庭もあるからな」


青葉「ほんとですよー。門から玄関までけっこうありましたし、庭を見て、でかっ! ってなりました」


提督「まあ、家自体は建て替えをしたけどな。前が広すぎて……。これでもコンパクトにした方なんだ。庭が広いのはそのせいだ。おかげでバーベキューやホームパーティみたいなことをけっこうな人数で開催できるがな」


青葉「あー……」


提督「というわけだ」


青葉「納得しました」


提督「さて、急かすわけではないが今日はインタビューをしに来たんだっけか」


話題転換も兼ねて、私は青葉に今日の本題を切り出す。


青葉「そうでしたそうでした。今日は提督にある記事のインタビューをしにきたのでした」


加賀「ある記事? あ、これ私達からのプレゼント的な意味でのおやつよ。どうぞ」


加賀は、コーヒーとあらかじめ買っておいたシュークリームとエクレアを青葉に差し出す。


青葉「ありがとうございます。ある記事と言うのは東都毎日新聞に連載されているものなんです。東都毎日新聞はご存知ですよね」


加賀「ええ。全国紙の中でも五本の指に入る新聞社だから知っているわ」


加賀の言う通り、東都毎日新聞というと全国規模で展開している新聞社の一つだ。新聞社ごとに主義主張が分かれ、左寄りであったり右寄りであったりするのが普通であるのだが、この新聞社は基本的にどちらかの立場に偏ることのない所謂中道の立場を取っている。故に、大きな事件や政治情勢に関しても冷静な分析を行っている。そのためか大手一位ではないが安定して人気があり、購読数も少しずつ増えているなど、戦争後も人気新聞社の一つとして存在しているのである。


青葉「なら話は早いですね。私は今、その新聞社からの以来で特集の連載をしているんですよ。タイトルは『深き蒼達との戦い〜あれから五年、軍人軍属は語る〜』です。深き蒼達というのは深海棲艦のことですね。あ、話を戻します。私は戦後すぐに退役して、フリーライターとして生きてきました。本も二、三冊ほど出しているのでその実績が買われたんだと思います」


提督「なるほどな。そういえば連載の話は聞いてはいる。というより私も読んでいる。確か昨日あたりで五だったな。しかし、なぜ私に?」


青葉「提督も読者さんでしたか、ありがとうございます。はい、確かに昨日で連載五回目です。一応十二までは予定していまして、現在十一人の方とのインタビューは終わりました。そして、今回が最後のインタビュー。提督で最後なわけです」


提督「私が、最後と」


青葉「はい。提督は私の元上官であの大戦で英雄の一人でもあり、今もこの国を守っている現役の高級軍人でもあります。記事の最後を飾るのに相応しい方と私は思いまして。また、編集部の方もぜひそうしてほしいと言っていました」


提督「ふむ、訳は理解した」


青葉「どう、ですかね……?」


提督「せっかくの君の連載記事だ。快く受けさせてもらうよ」


青葉「ありがとうございますー! それでは、さっそく準備をしますね!」


青葉は、パァ、とした笑顔をするとインタビューに必要な機材であるICレコーダーを机に置き、メモ帳を手元に用意する。

そして、一呼吸置いたあとプライベートの元気な様子から記者の真剣な目つきに変わり、こう言った。


青葉「では、インタビューを始めさせて頂きます」



••3••


青葉「まず、自身の名前と戦時所属、それに現在所属をお願いします」


提督「小川裕信、三十九歳。戦時所属は日本海軍対深海棲艦艦隊呉鎮守府総司令官。現在所属は日本海軍艦娘艦隊総司令本部総司令官。兼任として、日本軍統合幕僚本部特別編成艦隊総司令官。階級は大将だ」


青葉「日本軍統合幕僚本部特別編成艦隊総司令官というのは、どういった役職なのですか?」


提督「有事及び特別事態において日本軍は、陸海空三軍を統合編成し運用する。その際に艦娘艦隊は特別編成艦隊になるので、私はそこのトップになる。まあ、平時は前者に有事は後者になるのでやることはあまり変わらないな」


青葉「ありがとうございます。それでは、次の質問へ。単刀直入に伺いますが、あなたにとって深海棲艦大戦とはなんだったのでしょうか」


提督「未だに謎の多い、多くの犠牲を払って勝利した戦争と思っている。あとはそうだな、艦娘達の青春を奪った戦争だとも思っているかな」


青葉「といいますと」


提督「艦娘になったのは、十代半ばから二十代半ば辺りの女性だった。青春を謳歌していた者や社会でこれから頑張る。結婚して子供を産む。そういった世代だ。そんな彼女達が戦場に赴いた。本来なら私達軍人がどうにかしなければならないのに、だ。だから今でも、彼女達に申し訳ないと思ってるし、だからこそ戦後の今、彼女達のしたいことは全力で支援したいんだ」


青葉「なるほど。それが天龍さんや龍田さんの幼稚園への出資、鳳翔さんや隼鷹さんのお店の出資の理由でもあるんですね」


提督「よく調べてるな。その通りだ」


青葉「これでもフリーライターですから。さて、次の質問をさせていただきます。小川さんは大戦の英雄と称されています。これに関してはどう思われますか」


提督「我々が生き残る為に行動した結果、そう呼ばれることになっただけにすぎない。それに真の英雄は戦時に戦い抜いた艦娘だと私は思っている。私は彼女らが生き残れるように作戦を立案しただけだし、彼女らを一人も死なせるつもりはなかった。犠牲者がつきものの戦争だろうが関係ない。誰一人として死なせない。それが提督のするべき仕事だからね」


青葉「素晴らしい考えだと思いますよ、私は。だから皆に信頼されていたんです」


提督「そんなものかね」


青葉「はい。これははっきり言いきれます。次の質問に移りますね。戦時に心がけていたことは何でしょうか? 艦娘を誰も死なせない以外にあればお願いします」


提督「少なくとも、日本の本土に一切奴らを近づけさせないつもりで戦っていた。私は軍人だ。部下を死なせないのはもちろんのこと、国民を守るのも任務の一つだと心がけていた」


青葉「軍人の鏡ですね。かくいう私も元軍人ではありますが。続いての質問です。終戦から五年経った今でも未だに謎の多い深海棲艦をどう思っていますか?」


提督「話し合いが通じる相手なら落としどころもあっただろうが、そうではなかった。深海棲艦側にも提督がいたのは間違いないだろうし、だからこそあんなに統率の取れた戦争をしたんだろうな。だが、結局一回も話すことは出来なかった。唯一の心残りは、せめて深海棲艦側の提督的な存在に戦争の理由を聞きたかったな」


青葉「相手が話が通じる相手だったなら、停戦交渉をしていましたか?」


提督「まさか。無理だったと思うよ。こっちは人類の半数を失った戦争だったんだ。しかもふっかけてきたのはあっち。誰も停戦は許さない状況だった。無条件降伏すらない、どっちかが殲滅するまで続く戦争。現に我々が戦争に勝ったのは、深海棲艦を駆逐しきったからであるしな」


青葉「悲しいことですが、それが戦争だと」


提督「ああ。相手は人間ではないんだ。未確認生命体との侵略戦争を描いた映画のような結末しかなかったと思う」


青葉「言い得て妙だと思います。次は質問の方向性を変えますね。小川さんは終戦に導いたうちの一人ですが、戦争が終わった瞬間、どんな気持ちでしたか?」


提督「一言で、やっと終わった。かな」


青葉「ほっとした気持ちだったと」


提督「勝てて嬉しかった、というよりかは私の部下の艦娘が誰も死なずに戦争を終えることができた。国民を守り抜くことができた。という意味で安心したな。恥ずかしい話なんだが、戦争が終わったのを知った瞬間腰が抜けて立てなかったんだ。たぶん、緊張の糸がいっぺんに切れたからだと思う」


青葉「私も戦争が終わった時には心底ほっとしました。もう戦わなくていいんだ、もう誰かが傷つく姿を見なくていいんだって」


提督「だからだろうね、終戦直後に呉鎮守府の全員で撮った写真は皆笑顔だった。あれは嬉しいというより、あんな戦争をしなくてもよくなったからだと思う」


青葉「各鎮守府の集合写真だけではなく、すべての艦娘と提督や関係者達で撮影したものもそんな感じでしたね」


提督「提督同士で集まった時も似たようなもんさ。やっとこれで、部下達が何か夢を描ける世界にすることができるぞって」


青葉「なるほど。では、それに関する質問です。戦争が終わって、小川さんはこれから日本をどうしていきたいと思いましたか? どんな夢を持っていましたか?」


提督「私はそのまま軍人を続けるつもりだった。階級的にもこれからの日本を守るために指示をする立場だったしな。だが、同時にこうも思っていた。彼女達のあるべきだった青春を奪ったのは私だ。だから、これからは彼女達の夢を応援したい。それが私の夢だとね。これはさっきも言ったと思う」


青葉「それが先ほど話に出たことであるわけですね。それでは、その夢はどれほど叶いましたか?」


提督「ぼちぼち、かな。夢を叶えた艦娘もいれば、これから叶えていく艦娘もいる。私はこれからも彼女達の夢を叶えるために出来ることをしていくつもりだ。彼女らの夢は私の夢でもあるからな」


青葉「彼女らの夢は私の夢、これ見出しに使ってもいいですかね」


提督「おう、かまわんぞ」


青葉「あと、二つだけ質問です。まず一つ目。小川さんはどんな日本、どんな世界を目指していきたいですか」


提督「世界までは私にどうにか出来る自信はないなあ。しかし、これからも国民を守り、子供達が夢を描けてそれが叶えられる世界を作っていきたい。時間はかかるかもしれんが、それが世界にも広がればと思っている。子供達が夢見れない世界なんて、悲しすぎるからな」


青葉「そうですね。夢の見れない世界はあまりにも悲しいですから。さてと、最後の質問になります。読者に対して何か一言をお願いします」


提督「何か一言?」


青葉「はい」


提督「んー、そうだな……。これからもこの国を守っていく、みんなが笑顔になれるような国にするためこの国を守っていく。なので、どうか現艦娘をどうか暖かく見守ってほしい。かな」


青葉「理想の上官の一言ですね。それでは、これでインタビューを終わりとなります。本日はありがとうございました」


提督「どういたしまして」



••4••


青葉「改めまして、今日はインタビューを受けていただきありがとうございました。戦中当時に知らなかったことや提督の心情を聞くことが出来たのは大きな収穫でした」


 インタビューに使った機材やメモ帳をカバンにしまうと、青葉は深くお辞儀をした。


提督「いい記事が書けそうか?」


青葉「はい! ラストに相応しいものが書けそうですっ」


提督「そうか、なら良かった。私がインタビューを受けて何か伝わることがあるのなら本望だよ」


青葉「心強い言葉です。我々ジャーナリストは情報が命なので、提督のような立場の方から頂けるものは貴重なんですよ」


提督「当然最重要機密情報まではやれんがな」


青葉「それは承知してますよー。提督のような立場になると、なかなかコメントをもらえないんですよ。だから、こういうインタビューで語ってもらえること自体貴重なのです」


加賀「私のような佐官クラスになると、自分だけでは質疑応答を受けることは決められないもの」


青葉「そのあたりになると上級士官ですから……。加賀さんには以前インタビューを受けてもらいましたけれども」


提督「艦娘達へのインタビューを記事にしていたな、そういえば」


青葉「三年くらい前のやつですねー。戦後間もない頃の記事で、あれが私の初出版の書籍でした」


提督「君が出したあの本は買ったよ。戦後、艦娘に対するまともな待遇を続けたのは日本とイギリス、ドイツくらいで、アメリカは余りにも彼女らの扱いが酷い。とても救国の英雄に対するものではない。だっけか。あんなのどこで手に入れたんだ」


青葉「それは、秘密ですよー。さっきも言いましたが、ジャーナリストは情報が命。ルートは確保してあります」


加賀「さすがの一言ね。おそらくは戦中に築いた情報網でしょう?」


青葉「近からず遠からずですね。情報提供者達の悲鳴を届けたい。そのつもりで書きました」


提督「アレな……。私は苦労したけども……」


青葉「そうなんですか?」


提督「そりゃな……。退役したとは元部下が情報提供者を通じて米軍の問題点を暴いたんだ。当時は今ほど世界が開けていない。米軍のことについては我々もなかなか知ることができないんだ。まあ、君のおかげで彼らにいくらでも追求することが出来たけどな。米軍の艦娘には世話になってるから、助けることができた」


青葉「…………」


提督「謝る必要はないぞ。君は君の仕事をしただけ。そうだろう? むしろそこで謝ってもらっちゃ困るよ」


青葉「そうですね。提督に迷惑をかけたのにちょっと罪悪感を抱いちゃいました」


提督「君も、優しいんだな。だが、軍同士の駆け引きは私の仕事だ。これからも気にせず君の仕事をしてくれ」


青葉「はいっ! 青葉、がんばりますっ!」


 青葉はにっこりと笑い、敬礼をする。


提督「あ、そうだ。君と久しぶりに会ったんだ。一つ君に質問したいことがある」


青葉「なんでしょう?」


提督「そう難しいことではないよ」


青葉「大抵のことなら答えますよ? 提督はインタビューを受けてくれましたし」


提督「そうか。なら、問を一つだけ投げかけよう」


私は新しく加賀に注いでもらったコーヒーを飲み、一呼吸置くと、こう青葉に言った。


提督「私が目指す未来は語った通りだ。では、青葉。君がジャーナリストとして目指す姿。目指す未来はなんだい?」


 私の問に対して青葉は、目指す姿ですか……。と、むむぅ、とした表情をする。

彼女はうーん、ううむ、と唸りながらしばしの間考え込んでいたが、どうやら問いに対する答えを思いついたようで、こちらを向いてまっすぐな瞳でこう答えた。


青葉「世界の不都合な点、見たくない点から目を背けず、ありのままの世界の姿を伝えることですかね」


提督「ほう。それは、なぜだ」


青葉「今の世界は日本など一部の国は復興を果たしました。しかしそれは極一部で大半は酷い有様です。凄惨な現場も目にしてきました。人はそのような場面を見ると目を背けて見ないフリをします。一般の方ならともかく、ジャーナリストやライターの類すらも同じように目を背ける。世界の負の部分をあえて報道せず、自分の金儲けの為に好都合な事ばかり書いている。それは私達のような職種が一番してはいけないことだと思うんです。現実を伝えるのが仕事のはずなのに、お金をもらった先の都合の良いように真実をねじ曲げて報道しているんですから」


加賀「歪曲報道はいつの時代にもあるものね。アメリカも昔それで叩かれていたわね。今はどうかしらないけれど」


青葉「あの国は良くなった方です。仮にも元超大国ですから、自浄作用がありましたし。東欧やアフリカ、中東方面の政府とズブズブの報道は酷いものですよ。真実なんて明後日の方に消えちゃっています。こんなの、私としては論外です」


 青葉は話続けて喉が乾いたからか、コップの水を一口飲み、ふぅ、と息を吐いて話を続ける。


青葉「私は、そんなジャーナリストにはなりたくありません。私はジャーナリストであるからこそ世界の真実を伝え、知ってもらい、読者が世界の現状を知ってもらって今を考える。そのきっかけを作ることが、私の目指すジャーナリストとしての姿です」


提督「立派に、なったな」


 彼女がひとしきり話した中身について、私は少し感動した。立場故に多くの報道関係者と会見を通して話すことがあるが、こんなに一本の筋が通った質問に対する答えはなかなか聞いたことがない。 望んでない答えが返ってくると渋い表情をする記者や、思想の偏りすぎた記者がいるなかで、この答えは素晴らしいものだと思う。

しかし、素晴らしいものだからこそ、叶えるのは困難を極めるだろう。

 でも、彼女ならきっと。


青葉「たぶん提督は、私の目指す姿を叶えるためには大変な道を歩まねばならないだろうな。と思っているでしょう。まさしく、その通りです。私の夢を叶えるためには、まだまだ時間がかかるのは間違いありません。けど、それでも私はジャーナリストとして出来ることはやれる限りのことをするつもりです」


提督「その心意気。しかと聞いた。これからも応援しているし、私も動ける範囲で協力しよう」


青葉「ほ、本当に…… ?」


提督「今の話を聞いて、君になら託してもいいかなと思ったんだ」


青葉「託す……?」


提督「今は詳しくは話せん。だが、然るべき時期が来たらってやつだ」


青葉「ありがとうございます! 必ず、その時は!」


提督「任せておけ。これは私と君との約束だよ」


加賀「提督が良いと言うのなら私は止めないわ。彼女なら、私も信頼できます」


青葉「ぜひ、お願いしますね!」


提督「青葉、君と私の考えが一致している点があったからこそだ。情報に関しては、また後日ということで」


青葉「はいっ!」


提督「さあてと。真面目な話はこれくらいで終いにしよう。外も暗くなっている時間だ」


 インタビューや先の話をしていたら、時計は午後六時半を過ぎていることを告げていた。かなり話し込んでいたらしい。そろそろ夕飯時だ。


提督「青葉」


青葉「はい、なんでしょう?」


提督「なんならうちで夕飯でも食べていかないか?」


青葉「いいんですか?」


提督「いいもなにも、せっかく家に来たんだ。おもてなしの一つでもさせてくれ」


加賀「ええ、あなたがくるということと、夕飯を振舞うのは織り込み済みで食材は買ってあるわ。ぜひ食べていきなさい」


青葉「でしたら、お言葉に甘えてごちそうになりますね!」


 やったー! 加賀さんの手作り料理だー! と彼女は嬉々とした表情で言う。

あ、そうか。彼女と加賀は提督通信とやらで定期的に交流する機会があったな。と私はふと思い出す。


加賀「なら決まりね。裕信さん、夕飯を作るのを手伝ってもらえるかしら」


提督「おう、わかった」


 加賀が裕信さん、と私のことを呼んだということはここからは完全にプライベートにするつもりらしい。インタビューの為に家に青葉が来ていたから半公式とはいえ、そこまで気にしないでいいのにと思うのだが、あえて口に出すのはやめておいた。


青葉「私も手伝いますよ?」


 私が動いたのを見計らって青葉はそう言うが、それに対して加賀は、


加賀「あなたは今日はお客さん。ゆっくりくつろいでいきなさい」


青葉「ううむ、なんか申し訳ないです……」


加賀「たまに休んだって、バチは当たらないわよ。そうだわ、仕事の合間を縫って毎月提督通信を作ってくれているお礼ということでどうかしら?」


青葉「わかりましたー。ではのんびりさせてもらいますねー」


 青葉はそう言うと、ソファでぐだーっと寛ぐ。と思いきや、インタビュー機材とは別の一眼レフを取り出して、


青葉「二人が料理を作っている姿、写真に撮ろうかなって。提督通信用に!」


あぁ、例の提督通信か。

と思いつつ、別に撮られて困るわけではないが、あえて苦笑いしてやった。


青葉「もー! 提督! 笑顔でお願いしますよー!」


提督「わかったわかった」


 かつてのように、なんでもないやりとりを交わす私達。

 重巡青葉。戦後退役し、ジャーナリストとなった彼女は大きな志を持って、世界の真実をありのままに伝えようとしていた。


φ

 後日談だが、料理を作る私と加賀の姿や、並んだ料理を楽しく食べている三人の姿を青葉は撮影し、確かに今月の提督通信に掲載されていた。このあと、羨ましいだの今度提督の自宅でバーベキューにしましょう! など、艦娘どころか提督通信を毎月読んでいる私や加賀の部下からも連絡がきたのだった……。

 提督通信を読んでる人ってそんなにも多いんだな。と思った瞬間であった。



第六話 いつか止む雨を待つことも


••1••


提督「おぉ、寒い寒い……」


加賀「はい、コーヒーよ」


提督「ありがとう、加賀。九州とはいえ十二月になって急に冷えたな……」


 昼とはいえ、今日は寒さが厳しい。思わずポツリと呟いた私に、加賀はコーヒーの入ったタンブラーを渡してくれた。

 青葉のインタビューを受けてから二週間ほど経った十二月も上旬。私と加賀はとある場所の視察の為、佐世保駅にいた。今回は公式の予定なので、二人とも軍服姿だ。

護衛の為同行している部下と共に特急列車を降りて駅から出ると、そろそろ慣れた景色が広がる。迎えの車とそれを護衛する車両群だ。ひい、ふう、みい、よー。今回は護衛だけで四台か。相変わらず仰々しいが、公式予定なら仕方ないかと納得することにした。


軍人「お待ちしておりました。佐世保へようこそ、小川大将閣下」


提督「寒い中ご苦労。短い道中だがよろしく頼んだ」


軍人「はっ!」


  私が到着したことに気づいた、待っていた運転手や護衛の軍人は、全員私に向かって敬礼をする。彼らに対して答礼すると、私は車に乗り込む。


車道「今回、閣下の乗られる車の運転を担当する車道(くるまみち)です。よろしくお願いします」


 先程挨拶をしてくれた車道は、そう私に言い私が乗り込んだ方のドアを閉め運転席に座る。


峠「この車両に同乗し、護衛を務めさせていただきます、峠です」


提督「二人とも珍しい苗字だな」


車道「よく言われます。この前友人から聞いたのですが、私と同じ名前の駅が名古屋にあるそうです」


提督「へぇ、駅名と苗字が同じというのも驚きものだな」


車道「私も聞いた時は、へぇ、そんなこともあるもんなんだなと思いました。では、出発させていただきます」


 車道は一度雑談をやめ、片耳につける小型のインカムで先導車に出発する旨を連絡をする。すぐに車は動き出し、駅前広場を出た。車で鎮守府まで行ったことはあまりないからうろ覚えだが、自動車なら十分程度で着くらしい。


提督「佐世保は久しぶりだ。戦中もそうしょっちゅうは行かなかったし、戦後も中央の方に行ってしまったから前回の訪問は三年前なんだ」


峠「そうだったのですか。小川大将閣下は戦中呉鎮守府の提督でしたから、無理もありませんね」


提督「そうそう。だから佐世保の提督とはなかなか会わないんだ。戦時は十数回だったが、プライベートでは三回ほど。戦後はさらに減ってしまったな。ただ、変わり者だったことは覚えている。気さくでいいやつでもあるけどな」


峠「確か、佐世保の提督のお名前は片瀬怜奈という方でしたね。階級は今、小川閣下と同じ大将であったはずです」


提督「ご名答。数少ない女性提督だ。だが、我々と違いどちらかというと彼女は研究畑側で、今もそっち方面のトップになっているな」


峠「特殊艦隊総合開発技研、でありますね」


提督「ああ。戦時にあれだけ名指揮を執っておいて、私はやっぱり戦闘の指揮は苦手だよ……。なんて言ってたよ。才能の塊が何を言うか。と思ったのはここだけの話だ」


峠「しかし、研究の才能もあると」


提督「研究の才能の方があったみたいだな。現在実用化されている特殊艦隊及び海軍艦隊統合情報管理システム、所謂次世代型C4Iも彼女が開発したものだしな」


峠「あれをですか……。恐ろしい才能ですね」


提督「ただな……」


峠「ただ?」


提督「所謂合法ロリなんだよな、あいつ……」


峠「失礼ながら。属性的な意味で非の打ち所がありませんな……」


提督「だからか、隠れファンも多い」


加賀「戦時中に聞いた話だけど、艦娘からもモテているらしいわ」


提督「今もか?」


加賀「ええ。今も。明石なんて提督にゾッコンというのもあって一緒についていったという噂もあるくらいよ」


提督「そういえば本人は女の子もいけるクチだよ、と公言してたな……」


峠「あっ……」


提督「修羅場にならなければ私はいいよ……」


加賀「不思議なことにそういったことにならないから、すごいわよね……。佐世保の女帝は今ハーレムを築いているなんて話もある、というか事実なのよね」


提督「比叡じゃないけど、ひえぇって言いたくなるよな」


峠「変わり者故に惹かれる者が多いのでしょうね……」


加賀「得も言えない魅力というやつね」


提督「不思議な魅力があるのは確かだからな……」


車道「興味深い話をしている途中で申し訳ないのですが、間もなく佐世保鎮守府に到着致します」


提督「分かった。いつでも出られる準備をしておくよ」


 車道の言う通り、窓の外に視線を移すと佐世保鎮守府が見えてきた。戦時中に在日米軍が事実上壊滅し再編成の為本国に帰ってから戻ってくることがなかった為、現在では旧在日米軍区画も佐世保鎮守府なので敷地はやたら広い。その中でも今回降車する場所は、鎮守府本部棟の辺りだ。なので、第一正門から入ることになる。中心市街地から近い方だ。

 正門前の交差点に差し掛かると、私の訪問に備えてか正門前は警備の軍人が道路を挟んで何人かが立っていた。車両が通り掛かると、全員が敬礼をする。車の中で答礼し、そのまま鎮守府内に入ると、そこからさらに車はゆっくりと走る。

 一分ほど経つと、鎮守府本部棟の前にある広場に到着する。そこには私を出迎えるために鎮守府の軍人が十数人待っていた。

 車両はその手前に停車し、峠がドアを開けると私は外に出る。びゅう、と冬の風が流れていく。


佐世保鎮守府提督「東京から遠路佐世保までお疲れ様でした。ようこそ、佐世保鎮守府へ。小川大将閣下。この鎮守府の提督をしております、岩谷達矢です」


 私より年齢が一つ下だが、実際よりも若く見える好青年のような岩谷は爽やかな笑みで挨拶をする。


提督「そう畏まらんでもいいよ、岩谷中将。出迎えありがとう」


岩谷「はっ。それでは早速ですが、視察を始められますか?」


提督「ああ、そうさせてもらおうか」


岩谷「了解しました。なお、案内担当の者は提督の馴染みの方に致しました」


 岩谷中将はそう言うと、案内担当の方よろしくお願いします。と、その者に告げる。なぜ敬語なのだろうか、と疑問に思ったがそれもすぐに理由が分かった。


時雨「今回、提督の視察の案内をさせていただきます、時雨です。久しぶりだね、提督」


 目の前に現れた案内担当は、かつての私の部下。幼さを残していた終戦時に比べて格段に大人っぽく、また凛々しくなっていた時雨がいた。



••2••

 戦時コードネーム、駆逐艦時雨。本名、時西綾花(ときにしあやか)。現在二十七歳。

 戦争開始から十ヶ月経ってから呉鎮守府に着任。実力もさることながら、適正艦の運の値が高かったこともあり着任から活躍し、戦争中期当時は数えるしかなかった改二改装を施され、終戦まで戦い抜いた。

 終戦後は軍に残り、現在は佐世保鎮守府で軍務についている。現在階級は少佐。艦娘達の教官と、心のケアを行うカウンセラーを兼任している。


時雨「提督、まずはどこを視察する?」


 佐世保の提督と一通りの会話を済ませ、艦娘達の邪魔にならないようにと少数での視察を望んだ私は、時雨と加賀のみで鎮守府内を見てまわっていた。


提督「そうだな……。まずは学科の方から見ようかな」


時雨「了解したよ」


 本部棟の廊下を直進し渡り廊下を過ぎた先が、六階建ての第一教育棟、すなわち艦娘達の学び舎だ。

 艦娘になると二年間の教育を受けることになるのだが、ここ佐世保鎮守府では呉鎮守府と共に全国の艦娘教育を引き受けている。戦後、かなりの艦娘が生き残り海軍も戦中から立て直しを図れた為、現在の艦娘は十八歳以上からとなっている。国家の存亡がかかっている戦時中ならともかく、今は平時。これが適切との判断から現在の制度になっている。

 第一教育棟に入ると、そこかしこから講義をする教官の声が響きわたっている。その中でも一番大きい教室の様子を私は見ることにした。


教官「で、あるからして海戦においては……。おや、どうかいたしまし……、って小川さんに加賀さんではありませんか!?」


提督「やぁ、久しぶりだね」


教官「総員起立の上、けいれ――」


提督「かまわん。そのまま着席でいい」


教官「はっ! いやあ、しかし久方ぶりですね! 視察ですか?」


提督「そんなところだ」


教官をしていたのは、戦時中呉で作戦参謀の一人だった種崎だった。今の階級を見るとあの下地に星三つだから大佐になったらしい。

彼は突然の元上官の登場に驚いていたが、それよりも驚いていたのは講義を受けていた現役の艦娘達だった。彼女らは、小川さんってもしかして小川閣下のこと?! 戦時中に一航戦の加賀として戦われていたあの方?! などと、隣の席同士でがやがやと話し始める。


提督「あー……。講義の邪魔をしてしまったかな。申し訳ない」


種崎「いえいえとんでもないです! むしろ、ここに来て頂けるのが光栄なくらいで!」


 種崎の言葉に彼女達は皆うんうんと頷く。なんだろうこれは。確かに事前にどこそこへ行くという告知はしてなかったとはいえ、ここまで大きな反応になるものなのか。まるで芸能人が現れたみたいな反応だぞ。花形の一航戦だった加賀ならともかくとして、私はどうなんだ……。


種崎「小川閣下、提案があります」


提督「なんだい?」


種崎「もしよろしければ、彼女らに何か一つお話をしていただけませんか?」


提督「……授業はいいのかね」


種崎「予定より早く進んでおりますので、問題はありません!」


提督「加賀、時雨。どうするよこれ」


時雨「提督の視察スケジュールには影響ないよ。こうなることも予測していたからさ」


加賀「新人の子達に言葉を授けるのもあなたの役目だと思うから、話してあげたらどうかしら」


提督「ううむ……」


 前もって予定していた講話なら準備をしているからいいのだが、あいにく何の用意もしていない。視線を教室全体に移すと、生徒達は期待の眼差しで私を見ている。これは、逃げ場なしかな……。


提督「分かった。特別だぞ」


 私の声に、生徒達から一斉に拍手が巻き起こる。


種崎「ありがとうございます! 時間は二十五分残ってますのでよろしくお願いします!」


提督「二十五分か、わかった」


 けっこうあるじゃないか……。何を話そうかね……。

 ……よし、これにするか。


提督「さて、これから艦娘として任務につく諸君達に、決して忘れないでほしい話と、必ず守ってほしいことを話そう」


 私はそう切り出し、講話を始めた。



••φ••

時雨「大喝采だったね、提督」


提督「あんなので良かったのかね……」


加賀「良かったからこそあの反応だったのだと思うわ」


時雨「戦争の英雄の大将、そして現艦娘艦隊の総司令官からの言葉だからね」


提督「ならいいんだが」


 突発で行った私の講話は大好評だった。私としてはこれからの心得を話しただけなのだが、今の階級だからこそ、そのような話でも叱咤激励の類になっているのかなと納得することにした。

 さて、講話を終えて教室を後にした私達は外にある演習場に向かっていた。この鎮守府は広大なので学科を行う教室はもちろん、技能面である演習場も充実している。大きな演習となると湾外に出なければならないが射撃訓練や空母艦隊の射出訓練程度なら鎮守府内で行うことができる。今回はその中でも空母艦娘の演習風景を見に行くことにした。

 第一教育棟を出て十分近く歩くと、訓練場に着いた。先程から訓練を始めたのか鎮守府内では戦闘機の音が聞こえていた。射出してから妖精が操る戦闘機の操縦訓練も行っているのだろうか。

 訓練場に入ると、空母艦娘が二人いる。格好からして二代目の二航戦のようだった。空母艦娘は世代交代が進んでいるため、加賀をはじめとする初代は軍人として教官をしているか、退役しているかのどちらかなのだ。

二航戦の二人は訓練中で気づかなかったが、隣にいる女性が気づいた。……ん? どこかで見たことがあるぞ?


??「どうも、何か御用ですか?」


 女性は訪問客である私達に対して挨拶をするが、どうやら向こうもどこかで見たことのある人だと気づいた。そして、誰か気づき、


??「加賀姐さんと提督じゃありませんか!! お久しぶりです!! 視察と聞いていましたが、まさかここにくるとは!!」


加賀「久しぶりね、龍崎。元気にしてたかしら?」


龍崎「おかげさまで! ご存知だとは思いますが、ここで妖精の教官をやってますよー」


提督「そうか、妖精も世代交代が進んでいるんだな」


龍崎「ええ、パイロットはそう長年続けるというわけにはいきませんし、何より後輩を育てなければなりませんから」


 この女性、龍崎は本名を龍崎杏花(きょうか)。艦娘と共に戦った妖精と呼ばれる人達の一人だ。

 妖精については分かっていないことも多い。艦娘が候補生で人間の女性から選ばれるのに対し、彼女ら妖精は人ならざる者である。深海棲艦との戦争が始まって、艦娘をサポートする役目として突如現れた。本当にパッと現れたのだ。公には艦娘を助ける為に現れたと紹介されている。戦時中、この妖精達とは『対深蒼艦隊同盟』を結び戦後も継続してこの同盟は継続。政府や軍は彼女ら妖精も共に戦い抜いた者達として友好関係を続け、現在彼女らも日本国籍を保有する軍人として扱っている。妖精にも世代交代があるようで、妖精の人口は微増にとどまるくらいになっており、訓練時や艦娘と一緒に戦う時はサイズダウンをする彼女らも、訓練以外の平時は人間と同じサイズで生活している。なので、鎮守府のある街ですれ違った女性が実は妖精だったということはよくある話で、それくらい彼女らはこの国の生活に馴染んでいるのである。

 私達が来たので、龍崎はインカムで訓練中の妖精達に訓練をある程度終えたら帰還するようにと告げる。また、二代目二航戦の二人もこちらに会釈して訓練を続行する。


龍崎「もしよろしければ訓練風景を見てやってください」


提督「ああ。錬度の確認もしたいから是非そうさせてもらうよ」


加賀「今の二航戦と、その妖精達の腕前見させてもらうわ」


龍崎「よろしくお願い致します。」


 龍崎は私達にぺこりと頭を下げると、インカムで特殊艦隊総司令官殿と先代の加賀姐さんが視察されているが、いつも通り君らの実力を発揮してくれ。と妖精達に連絡する。


龍崎「皆、驚いていますがはりきってるみたいですね。全弾必中させると言っています」


提督「それは楽しみだ。やってのけてくれ」


龍崎「彼女らならやってくれますよ。あ、こちら双眼鏡です。加賀姐さん、時雨さんもどうぞ」


加賀「ありがとう」


 上空で旋回していた艦戦群はそのまま敵を近づけないように周り続け、艦爆群は急降下爆撃へ、艦攻群は一斉に高度を下げて目標に接近する。目標は深海棲艦に見立てた空母四隻、護衛艦群の重巡と軽巡と駆逐が合計十隻。射撃はしてこないが、可視化レーザーがその代わりを果たしており、これに当たれば被撃墜や被弾判定となる。

 艦爆群は艦戦群に守られ急降下爆撃を一斉に開始し、まず空母一を轟沈、さらに一を大破させる。取り巻きの護衛艦群も半数を沈めるか大破ないし、中破させる。


提督「艦爆が用いてる爆弾、あれは新型か?」


龍崎「はい。二八式時限信管爆弾です」


提督「道理で。時間差で爆発を起こしていたからなんだろうと思ったんだ」


龍崎「敵の目前で爆発するように設計されています。中身は戦時中よりエグイ代物ですよ」


加賀「というと?」


龍崎「確実にダメージを通すため、超高温の爆風と深海棲艦に効果覿面(てきめん)な物質が入っているそうで」


提督「相変わらず、佐世保の元提督は深海棲艦に対しては容赦ないな。いつ現れてもってやつだろうけども」


龍崎「もう現れないとは限りませんからね」


時雨「ねえ、提督。佐世保の元提督さんってそんなに危険な人なのかい?」


提督「普段はそんなことないんだけど、敵に対しては冷徹だ。敵か味方かで性格が反転する」


時雨「ある意味で二重人格だね……」


龍崎「絶対敵にまわしたくない人ですね……。おや、そろそろ艦攻達が攻撃するみたいですよ」


 湾外から侵入した艦攻群は、なんと機体を高度二十メートルまで下げていた。第二次大戦の真珠湾攻撃における攻撃に比べれば若干高めの高度だが、それでも普通は出来る芸当ではない。

 ギリギリまで高度を落とした各機は航空魚雷を投下。直後、急上昇して離脱を図る。

 訓練結果を映し出すポータブル機材は、残っていた艦隊が全滅していることを示していた。

 それを見た二代目二航戦の二人はハイタッチをしていた。


提督「見事、だな」


加賀「さすがね」


時雨「全弾命中とはびっくりだね」


龍崎「艦爆群の急降下爆撃も全弾命中ですね」


提督「敵を全滅だけでなく、全弾命中!?」


 いやいやいやいや。急降下爆撃で全弾命中なんて滅多に聞くもんじゃないぞ……。


龍崎「普段から全弾ないし、ほぼ命中ですよ。何せ、戦時中に用いていた爆弾より性能が格段に違いますので」


時雨「ボクはもう驚かないよ。いつもこんなんだから」


提督「だとしてもだ。えらい錬度だぞ。いっつもできるような――」


龍崎「それが二航戦の艦載機部隊です」


加賀「戦時中も二航戦の妖精達はすごかったけど、更に腕を上げたのね」


龍崎「そりゃ、元一航戦の艦載機部隊だった私を始めとして、訓練には元二航戦の妖精もいますから」


提督「あぁ、うん……。もう何も言わない……」


時雨「提督、顔を覆っているね……」


提督「彼女らこそ、絶対敵にまわしたくないと思ったよ……」


 改めて、二航戦の艦載機部隊の恐ろしさを実感した視察だった。初代も初代だったが二代目も変わらない、か。味方だからこそ頼もしいとも私は思うのだった。



••3••

時雨「提督、加賀さん。視察お疲れ様」


提督「ありがとう」


あの後、鎮守府内の幾つかを見て周り視察を終えた私達は本部棟の三階にある応接室にいた。時刻は午後四時前。今月に冬至を控えているためか、夕陽が眩しくなりつつあった。時雨から温かいお茶をもらった私は、一口すする。


提督「彼女達の訓練風景を見て、昔を思い出したよ」


時雨「昔というと、呉時代のこと?」


提督「そう。呉の時は訓練や演習の様子をよく見かけていたからね」


加賀「私も当時のことが頭に浮かんできて、少し懐かしかったわ」


提督「今は、前と違って立場の関係で現場にいる時間が少なくなってしまったからな。艦娘と話す機会も減ってしまったから、今日は彼女らの話や様子を見聞きできて良かったよ」


時雨「そう思ってくれるなら何よりだね。案内を任された身としても嬉しい限りさ」


時雨は湯飲みを両手で持ちながらそう言うと、柔らかに微笑む。


提督「月並みな話になるんだが、近頃はどうだ? 今の時雨の様子を見る限り、悪いことはないように見えるのだが」


時雨「んー、そうだね。悪いことはないけれど大変なことはあるかな。深刻なものではないけれどね」


提督「大変な事、か。もしかして仕事についてか?」


時雨「概ね正解だね。今の階級についてからのことなんだ」


加賀「確か、今は少佐になったのよね」


時雨「うん。今の階級、少佐になったのは去年からなんだけど、以前に比べて仕事が増えたんだ。彼女達の教官はもちろんなんだけど、一部の教官をまとめる役目にもなってね。どっと責任が増したのはやっぱり、ね。提督が佐官だった頃の大変さがちょっと分かった気がするよ」


苦笑いをしながら時雨は言い、湯飲みのお茶をこくこくと飲む。だが、彼女はこう続けた。


時雨「でも、やりがいはあるし彼女達新人艦娘が成長していく様を目にできるのは嬉しいことだよ」


提督「確かに、少佐ともなれば尉官の頃にくらべてうんと責任は増す。ともすれば気苦労も増えるが、やりがいも大きくなるものだ。それに、部下が育っていく様を見られるのは親みたいな気分にもなるかな。何にしても悪いことではない。むしろ良い事だ。それは順調に昇進している時雨、君もだよ」


時雨「えへへ、ありがと」


時雨は照れ笑いをして、私の言葉に対してそう返す。


時雨「お茶、ボクも含めて無くなったから淹れるね」


提督「おお、ありがとう」


加賀「ありがとう。助かるわ」


時雨はお盆から急須に熱湯と緑茶のティーパックを入れて少し経ってから注ぐ。

私と加賀は熱いお茶を少しだけ飲み、時雨も一口飲んで一息つくと、


時雨「実はね、提督に言っていなかったことがあるんだ」


提督「言っていなかったこと?」


時雨「戦時中のことなんだけどね、今日会えたからいい機会かなって」


提督「ほう、なんだ?」


時雨「あの戦争、ボクは始まってから少し経って提督の所に来たけれど、当時は奪われていた領域を取り返し始めたか頃で、その後も次々と取り戻すことができた。だから、もしかしたら近い内にこの戦争は終わると思っていたんだ」


加賀「そうね。私もそう思っていたわ。存外早く終わるかもしれないと。だけど、実際は違ったわね。第一次大戦の兵士や指導部みたいな考えだったわ。クリスマスまでにはこの戦争は終わるって」


時雨「うん。でも、実際は中盤に入った辺りから戦線は膠着状態になってしまった。渾作戦やトラック島における相手の奇襲作戦みたいにこちらが押されたりしたことだってあった。その時に傷ついた仲間達や、軍人さん達を見て思ってしまったんだ。どんなに頑張っても敵の数は減らない。本当にこの戦争という名の雨は止むのかなって」


時雨の言う通り、戦争は中盤からは泥沼になっていった。

相手側も学習したのか、はたまた優秀な参謀でもいたのか、数で勝ることを手にとって奇襲作戦や消耗戦に持ち込んできた。おかけで、深海棲艦に対して有効な艦娘装備兵器以外の通常兵器開発がされるまでは一時的だが危なかったこともある。その為、あの頃の士気は良くなかったのは現場にいた私も感じていた。


提督「誰だってそう思うさ。いつか雨は止むさ、と言っている時雨でもやっぱりそういう気持ちを抱いていたんだな」


時雨「提督のことはもちろん信頼していたよ。あんな戦いの中でも誰一人として死なせなかった。けれども、終わりの見えない戦争ともなると、ね」


当時を思い出してか、ため息をつきながら時雨は言った。


加賀「けれども、雨は止んだわね」


時雨「いつかは絶対。そう信じ続けて戦った結果、ボクたちの勝ちで終えることができた。あぁ、やっぱり雨はいつか止むんだと、挫けないでいて良かったなと思ったよ。提督が勝った瞬間、心底ほっとしていた様子だったけど、ボクも提督と同じだった」


提督「たぶん、時雨の考えていたことは皆同じだったと思うぞ。私も中盤から終盤にかけての閉塞感は辛かった。提督という指揮官の立場では、士気を下げないためにも絶対口にしなかったが。それに、あんな中でも時雨は皆を励ましてくれたのはすごく助かったんだぞ?」


時雨「本当? あんなに提督は頑張っているのに、ボクがこんなことを思っていたのが申し訳なかったんだ」


提督「申し訳ない、なんて思わなくていいぞ。戦時中、時雨には感謝してもしきれない位、世話になったからな」


時雨「そっか。そっか」


時雨はそう呟きながら、不安そうだった表情を笑顔に変えていた。


時雨「今日、前に言えなかったことを提督に話せて良かったよ。提督の言葉も聞けたし」


時雨は微笑みながら、私に言う。

私は彼女の発言にちょっぴり安心もしていた。と同時にすまない気持ちにもなった。

彼女だって、やはり皆と同じように思っていたんだなと安心したことと。でも、サポートをしてくれていたから任せてしまって、彼女の話を聞いてやれることがあまりなかったということをすまない気持ちと。

だが、彼女が良かったというのならそれでいいや、とも思った。

そうだ、私も聞きたいことがあったんだ。


提督「私からも一ついいか?」


時雨「どうしたんだい? 全然大丈夫だけど」


提督「前から気になっていたんだが、なぜ時雨は軍に所属し続けているのかなと。なりたいことがあったなら、それに進んでも良かったし、そもそも今は教官とはいえ艦娘ではなくて、艤装を外して一般の軍人と同じ扱いな訳なんだし」


時雨は私の質問にきょとんとしながらも、少し考えて、こう答えた。


時雨「戦前は確かにこうなりたいって、将来の夢はあったんだけどね。戦時中に変わったんだ」


提督「そうだったのか。何か特別な理由でも?」


時雨「うーん、それは秘密かな」


提督「秘密、か。聞かないでおく方が得策かな」


時雨「うん、そうしてくれると嬉しいかな。加賀さんは知っていると思うけど」


加賀「ええ。存じているわ」


提督「なんだ、加賀は知っているのか」


加賀「生憎、彼女から秘密にしておいてって頼まれているの。ごめんなさいね」


提督「むう、ならば仕方あるまい」


時雨「提督に関係しているとだけ言っておくよ」


提督「ますます気になるじゃないか」


時雨「そのうち、またそのうち話すよ。今度会える時の口実にもなるから」


提督「口実なんてなくても構わんのに」


時雨「…………そういう所が素敵で、憧れて、いやなんでもないよ」


提督「なんか言ったか?」


時雨「んーん、なんでもっ。さて、もう暗くなっちゃたし視察の時間としてはもう終わりだから見送るよ」


提督「おや、そんな時間になっていたか」


部屋は入る前から蛍光灯で明るく照らされているから話に集中していると気付きにくいが、外は確かにとっくに暗くなっていた。時計を見たら午後六時過ぎ。定時を迎えている時刻だ。


提督「時雨、今日はいろいろとありがとう」


時雨「どういたしまして。またいつでもこっちに来てね」


提督「あぁ。今度はプライベートの時にでも」


時雨「楽しみにしているね」


提督「そうだ。どうせもう勤務は終わりなんだし、明日は土曜だ。どこか美味しいお店を教えてくれないか?」


時雨「美味しいお店?」


提督「呉ならともかく佐世保はあんまり知らんし、元佐世保の提督は研究にお熱で電話は繋がらんだろうからな」


時雨「そうだね……。なら、ボクオススメのお店に行こうかな」


提督「いいな。よし、じゃあそこで決まりだな」


時雨「護衛とかはいいのかい?」


提督「定時を越えればプライベートだ。それに、身辺警護は加賀もいるし、呉からの付き合いの彼らも同行しているから大丈夫だ」


時雨「そっか。なら安心かな」


提督「私が出すから財布の面は心配しなくてもいいぞ」


時雨「やった! じゃあ、ごちそうになるね!」


加賀「時雨オススメのお店、楽しみだわ」


時雨「美味しいご飯と、美味しいお酒の出るいきつけのイタリアンレストランがあるんだ。加賀さんも気にいると思うよ」


加賀「さすがに気分が高揚するわね。そこへの案内、よろしく頼むわ」


時雨「うん、任せて!」


 艦娘としてあの長い戦争を戦い抜いた時雨は今、艦娘ではなく艦娘の教官として佐世保で任務を続けている。

 いつか雨は止むさ、と戦時中仲間を支え続けた彼女ならきっといい教官であり続けるだろう。これからの活躍と昇進も楽しみである。

今回はこの一文で話を締めようと思う。



第七話 パラオの海でリゾートを

••1••

 佐世保鎮守府の視察の後、何事もなく通常の仕事をこなし金剛から送られてくる情報に目を通したりなどをしていたら二十日が経った。年末を迎えた私達は仕事納めを終えた翌日、成田国際空港のラウンジにいた。

 目的は静養を兼ねた海外旅行だ。期間は六泊七日。年越しも向こうで迎えることになる。

 そのため私と加賀は、いつもの軍服ではなく私服を着て、手持ちのできるバッグ以外のキャリーケースなどはラウンジの荷物置き場に預けてあった。


提督「今年も無事終えられそうでよかった。やっとこれで長期休暇を楽しめそうだ」


 私はラウンジのソファに腰掛けながらコーヒーを飲みクッキーを食べて、ふぅ、と息を吐いて加賀に言う。


加賀「ここまで纏まった長期休暇は何年ぶりかしらね。海外旅行が終わって帰国してもまだ何日か休みがあるから、安心して旅行ができるわ」


 加賀はダージリンティーを口につけて、クッキーを口に運んで言う。空港のラウンジが使用可能な利用者にはドリンクだけでなくお酒や軽食も提供される為、待ち時間の間に一息つけるのは嬉しい特典である。


提督「今回の目的地は南の島だ。とはいっても、戦時中に二、三度行ったことのあるパラオだがな」


加賀「戦時中に行った時も海が綺麗な所だったから、平和な世界になってから行けるのはすごく楽しみだわ」


提督「あれは、のんびりと穏やかな心で見たいものだからな」


加賀「そういえば、パラオであの子達に会うのよね」


提督「以前からの約束だからな。あっちに行く時には連絡するって言ってあるし」


 今回の目的地、パラオは戦争が始まる前はパラオ共和国が存在していた。

しかし大戦が始まって、深海棲艦による侵攻を受けると事実上消滅。亡命政府は日本に置かれることになり、南洋方面の第一次反攻作戦が成功してからはパラオ泊地が日本海軍により設置された。

 戦後はなんとか避難できたパラオ国民も戻ったが到底独力で立て直しをする余裕はあらずパラオ政府からの要請で、現在はパラオ共和国というのはほとんど名前だけで、日本により信託統治を受けている。政府はあるが、経済や安全保障は日本に依存し、信託統治期間は三十ヵ年となっているのが現在の状態だ。ただし、大昔の信託統治とは違い、言語も宗教も教育もパラオ側を尊重し、実態は経済及び自立支援に近いのが特徴といえるだろう。

 戦争から五年経った今は日本主導による復興でほぼ復興計画は完了し、綺麗な海の島でそれを見るための観光客が訪れる国として復活を果たしていた。

 今回のパラオには戦時中共に戦った艦娘が二人現地におり、彼女達に会うのもこの旅行の目的であるのだ。


ラウンジ係員「小川様。お待たせ致しました。午前十一時離陸予定、日本航空の当空港発パラオ国際空港行きの便は搭乗を開始致しました。小川様はファーストクラスでのご搭乗ですので、既に搭乗を開始することが出来ます」


提督「手続き開始か。そろそろ行くとしよう」


加賀「ええ」


 ラウンジについてからそれなりに話している内に時間は経過していたらしく、搭乗する便の案内がラウンジの者からあった。私と加賀は席を立ち、預けてあったキャリーケースなどを受け取って、便に向かう。ラウンジは全ての手続きを終えた場所にあり、後は搭乗するだけなので途中機内持ち込み以外の手荷物を預けて、搭乗口へと向かう。

 パラオ行きの便がある搭乗口はラウンジから若干歩いた所にあった。

 今回利用するのがファーストクラスだからか、専任のアテンダントに案内されて機内に乗り込み指定の席に座る。手荷物を置いてリクライニングを快適な位置にして、一息つく。


加賀「ファーストクラスってすごいのね。座席はふかふかで広々。何から何まで充実しているわ」


提督「離陸してからのサービスはもっとすごいぞ。食事や飲み物、ありとあらゆるサービスが揃っている」


加賀「いい旅の出だしになりそうね。それにしても、なぜこのクラスにしたの? 別にここまで贅沢にしなくても良かったと思うのだけれど」


提督「せっかくの、それも久しぶりの長期の二人での旅行なんだ。移動手段でもこれくらいのことをしたくてな。何せ、夫婦水入らずの旅行なんだからな」


加賀「……ありがとう」


 加賀は少しだけ頬を赤らめて、顔をふいとさせながら言う。こういうとこが、たまらなくいいんだよな。

何がとは言わないが。

 さて、私達が搭乗してからしばらくして全員が乗り終えたからか飛行機は離陸の準備を始めようとしていた。機内のアナウンスが流れ、シートベルトを装着するよう促される。

 それからさらに数分して、飛行機は動き出し、滑走路へと向かう。ゆっくりとした動きだが、滑走路の端に着くとエンジン音が大きくなり、一気に加速を始める。

 ふわっ、と地面から離れたことを実感し、平行だった通路が斜め上になっていることで急上昇していることが確認できる。しかしそれもそう長くは続かなくて、窓の外の景色がジオラマのようになった頃にはまた平行になっていた。

 それからすぐ、シートベルト装着のランプが消えアテンダントが離陸前に頼んでおいた飲み物を持ってきてくれた。

 どんどんと変わる景色を窓から眺めながらホットココアに口をつけて、私は手荷物の小さめのカバンから封筒に入ったある手紙を取り出した。

 封筒には『パラオ•ブルースカイシー•インターナショナルリゾート』と書いてある。ここは今回の宿泊先のリゾートホテルだ。手紙には私達の名前と今回の利用についての感謝が。

 そしてこうも書かれていた。


 お客様が当リゾートホテルに来られることを従業員一同お待ち致しますと共に、二年ぶりの再会を私達二人は楽しみにしております。


                                                  総支配人 伊19•伊58



••2••


 成田空港を離陸してから約四時間、飛行機はパラオ国際空港へ着陸し、私と加賀は荷物を受け取ってロビーを歩いていた。隣を歩く加賀は、満足気な表情をしていた。


加賀「裕信さん、私は今とても気分が高揚しています」


提督「機内食のことか?」


加賀「ええ。あんなにいいものが食べられるなんて、さすがだわ」


提督「そこもファーストクラスの魅力さ」


加賀「帰りも行きと同じ席にするの?」


提督「そのつもりでいるよ。そうそうプライベートでの旅行は出来んからな」


加賀「帰りまで楽しみがあるのはとてもいいことだわ」


 柔らかく微笑みながら、加賀は言う。さっきからずっとこの調子なのでよほど嬉しいのだろう。

 ロビーをしばらく歩くと、私は今回会う二人を見つける。向こうもどうやら気付いたようで、特に昔と変わらずトリプルテールの髪型にしている彼女は大きく手を振る。


伊19「お久しぶりアンドようこそなのね!」


伊58「久方ぶりだねえ、提督」


 イクはパラオにぴったりの眩しい笑顔で挨拶をし、ゴーヤは昔の面影を残しつつも綺麗になったからか、喋りが穏やかなのか、幾分か以前より落ち着いた印象を受けた。

 ここで二人を紹介していこう。

 まず、伊19から。


 戦時コードネーム、潜水艦伊19。本名、春川渚。現在二十九歳。

 戦争開始から一年経って呉鎮守府に着任した潜水艦娘で、潜水艦故に耐久に難はあるものの、的確な魚雷攻撃で高い命中率を誇り、海中のスナイパーとしても有名だった。そのため数多くの水上型深海棲艦だけでなく、多数の潜水艦型深海棲艦も撃破しているのがその証拠だ。特に南方作戦における、空母ヲ級改を轟沈、戦艦ル級エリートを轟沈寸前の大破、さらに駆逐艦を轟沈させるなど、華々しい戦果を飾っている。

 戦後は、戦時中パラオで現地民にお世話になった過去から、この土地でゴーヤと共に戦時報奨金を活用して三年前からリゾートホテルを経営している。


続いて、伊58だ。


 戦時コードネーム、潜水艦伊58。本名、磯崎凪子。現在二十九歳。

 伊19の着任から一ヶ月後に、呉鎮守府に着任。やはり潜水艦故に耐久は低めだが、運の高さからか大きな怪我を負うことなく終戦まで戦い抜いた。

 彼女といえば、潜水艦娘としては類希なる大きな戦果をあげたことである。AL/MI作戦完了後に本土近海に深海棲艦が奇襲攻撃を仕掛けてきた際本土にいた彼女は迎撃艦隊として参加し、空母ヲ級を轟沈させ、相手を混乱に陥れた。さらに取り巻きの駆逐二隻を轟沈させる。その結果、戦艦や空母の艦娘達は旗艦の戦艦棲姫及びもう一隻の戦艦棲姫へ集中攻撃を行い、無事勝利した。彼女が奇襲艦隊を混乱させ勝利のきっかけを作ったことはすなわち、日本を救ったことと同義であり今でも作戦に参加した戦艦や空母の艦娘から感謝されている。

 戦後は、イクと共にリゾートホテルを経営しており平和な世界で穏やかに暮らしている。


提督「二人とも、お久しぶり。約束通り、泊まりに来たぞ」


19「提督は律儀なのね。本当に約束を覚えてくれてたんだからね」


58「それが提督のいいところだよ、イク」


19「それもそうなのね。加賀さんもお元気そうだし、お幸せみたいで何よりなのね」


加賀「ええ、裕信さんに幸せにしてもらっているわ」


 加賀は薬指に付けた結婚指輪を二人に見せて、上機嫌に言う。あの、そういうの私はすごく恥ずかしいんだが……。


58「惚気だねー、すごく伝わってくるよ。あ、そうだ。二人の荷物を預かるね」


提督「おう、ありがとう」


19「加賀さんのは私が預かるのねー」


加賀「ありがとう、イク」


19「どういたしましてなのねー。ここから先は車を用意してあるから、それでうちのリゾートホテルに向かうのね。大体車で四十分くらいかかるからそのつもりでいてなのね」


58「車はイクが運転してくれるよ」


 二人が宿泊先へ向かう手段を教えてくれるのを聞きながら、私はとある違和感を抱いていた。無論、58の語尾についてである。


提督「ゴーヤ、一つ質問していいか?」


58「ん? どうしたの?」


提督「昔の語尾はやめたのか?」


加賀「私も気になっていたわ」


58「やっぱり、違和感あった?」


提督「そりゃまあ、前のを聞き慣れている身としてはな」


58「ほら、私ってもう二十九でアラサーでしょ? さすがにこの歳になってアレは痛々しいかなって……」


 私の問いに対して、彼女は苦笑いをしながら言う。確かに言われてみれば、その歳で語尾にでちってのも少し痛々しいかもしれないな……。

 しかし、昔ので慣れている身としてはやはり違和感が拭えないが、じきに今のでしっくりくるだろう。それに彼女の場合、語尾が変わってもみょんと跳ねている髪の毛、いわゆるアホ毛で十分に認識できるし。

 話をしているうちに空港の出口にたどり着き外に出ると、程よい暑さと乾いた空気が体全体に伝わる。日本の夏のようなジメジメした感じと違い、多少湿度があっても海風のおかげか不快ではない。むしろ心地よいくらいだ。

 そして、空港の出口からさらに少しだけ歩くとイクは、


19「お待たせなのね、この車で送迎するのね」


 と、日本車を指さして言う。ロゴを見るとクラウンだと分かった。去年に発売したクラスのクラウンのようだ。


提督「いつもこれでしているのか?」


19「まさか。この車は自家用車ね。普段はリムジンバスを使っているのね。今日は提督と加賀さんが来るから特別になのね」


提督「おお、それはわざわざありがとう」


19「どういたしましてなのね」


 彼女は笑顔で言うと、後部座席のドアを開けて案内をする。私と加賀は車に乗り込むと、ゆったりとした座席に座る。イクは私達の荷物をトランクに入れると、助手席に座った。ということは、ゴーヤが運転するということだろう。


58「じゃあ、出発するね」


提督「ああ、よろしく頼んだ」


58「お任せあれ。安全運転でいくね」


 ゴーヤはハンドルを握り、アクセルを踏む。車は動き始めるが、さすがクラウンだけあって静かな発進だった。彼女の運転が丁寧なのもあるだろう。

 空港を出て少し経つと、市街地に入る。ここは戦時中から戦後にかけて新しく出来た市街地だ。飲食店や土産物屋が軒を連ねており、近くにはフェリーターミナルもあるため、かなりの人で賑わっていた。観光客も沢山見受けられた。特に日本人が多く、次にヨーロッパ系の人が多い。復興している国々の人が多いのは仕方ないが、ゴーヤの説明によると去年に比べて観光客は増えているらしい。また、今日はこちらでも休日だからかパラオの人達もかなりいた。この国が日本の信託統治を受けているとはいえ、復興している様子がよく分かる光景だった。

 車は橋を渡り、コロール島に入る。少し走ると、昔からあるこの国の中心街に入った。先程の市街地に比べて、このあたりは官公庁街やちょっとしたビジネス街になっているようでパラオ人やパラオで働いている日本人が多い。ちらほら見かける軍人はおそらく海軍の者だろう。海兵隊の者もいる。安全保障分野も日本が担当している為で、近くにはパラオ泊地があるからだろう。

 信号が赤になったので止まると、どうやら彼らはゴーヤやイクに気づいたらしく、少し緩めだが笑顔で敬礼をしていた。


58「もう退役したのにね」


提督「君らはあの戦争の英雄だからね。故に今でも敬礼をしてくれるわけだ」


19「街で軍人さん達に会うと、みんな敬語で話してくるのね」


加賀「それだけ貴女達が活躍したということよ」


提督「あ、そうだ。少し驚かしてやるか」


 私はふと思いつき、後部座席の窓を開ける。すると、彼らは私に気づいたのかすっとぶ程驚き、真顔でぴしっとした敬礼にし直した。その瞬間、信号は青になったので、車は走り出す。私は彼らに敬礼をして、手を振った。


58「あの人達絶対気が気じゃないよ」


提督「そうか?」


58「提督がここに来ることは伝えてないんでしょ?」


提督「いや、一応パラオ泊地の責任者には伝えてあるが、プライベートだから護衛とか一切なしでいいとは伝えてあるぞ。宿泊地先も念のためということで言ってある」


19「大将にもなると大変なのねー」


加賀「彼は最初、誰にも伝えなくていいだろうとは言っていたけど、流石にそれは不味いわよって助言したの。いくらここがパラオといっても、海外には変わりないもの」


提督「こういうところは不便だと常々思うよ。そういう身分だから仕方ないと割り切ってはいるけどさ。どうしてもね」


58「提督が来るのを私達は知っていたから何も思わないけど、今日は少し軍人を見かけることが多かったね」


提督「やはりそうか」


19「いくらプライベートの旅行とはいっても、提督の階級的には軍もある程度のことはしないといけないのね」


提督「まあ、旅行中に過剰な護衛などがなければそれでいいさ」


58「退役したとはいえ私達がいるし、何より現役軍人の加賀さんもいるから安心だとは思うけどね。あ、そろそろ到着するよ」


 ゴーヤは運転しながら私達に告げる。車はあれからさらに西に走っていたからか風景も変わっていた。コロール島内にある、国唯一の大学がある地区を過ぎた先、そこには木製の看板が立っていた。英語と日本語で『パラオ•ブルースカイシー•インターナショナルリゾート』と書いてある。どうやら、間もなく目的地に到着のようだ。

 看板のある交差点を右に曲がり少し進むと、そこには青空のように澄んだ海が一面に広がっていた。


提督「これはすごい……」


加賀「綺麗だわ……」


 私と加賀は思わず、ぽそりと感想を漏らした。 戦時は穏やかな気分で海を見ることが無かったからこんな気持ちにはなれなかった。だが、今は平和を享受できる世の中。目の前にあるのは誰もが感動する、そんな海だった。

 車は右折し、正面にはリゾートホテルの建物、そして正面玄関があった。その手前には停車場を兼ねた広場があり、車は玄関の手前屋根付きの所に止まる。ゴーヤとイクは車から降りると、車のドアを開けてくれた。

 車から降りて、荷物を受け取ると、二人は爽やかでありながら可愛らしい笑顔でこう言った。


二人「ようこそ、パラオ•ブルースカイシー•インターナショナルリゾートへ!」



••Φ••

 チェックインを済ませた私と加賀は、イクの案内でリゾート内の説明をしてもらいながら歩いていた。ゴーヤはこの後の仕事のスケジュール上来れないらしいので、案内役は彼女一人だ。


19「さっきチェックインをしていたフロントやロビーのある建物は、レストランやバー、カフェが二階に。ビリヤードやダーツ、談話室などのレクリエーションルームは三階にあるのね」


提督「ほう、ビリヤードやダーツもあるのか」


19「長期宿泊をしていて雨の日があったとしても楽しめるようにしているのね。それに、大人の社交場にもなるのね」


提督「そういえば、金剛が社交の為にビリヤードをやっていたら上手くなったとか以前話していたな」


19「金剛さんがビリヤードをする姿、似合いそうなのね」


加賀「さぞかし様になるでしょうね」


19「イクもそう思うのね。さって、案内を続けるのね。今左に見えるのはかぎ括弧型になっているプールなのね。のんびり泳ぐもよし、海を眺めながらプールサイドでくつろぐもよしなのね。右に見えるのはテニスコート。運動も出来るのね。ちなみに道具はこちらで貸出可能なのね」


提督「なるほど、これだけ色々あるなら退屈しなさそうだな」


19「ちなみに、疲れた体を癒すためにマッサージを受けたい。だったらさっき説明した建物の一階、ロビーの近くにあるのね。ちなみにエステもあるのね」


加賀「さすが、一流のリゾートホテルね」


19「質にはとてもこだわっているのね。せっかく観光や静養目的で来てもらってるのだから、妥協はしないのね」


提督「その分、一泊あたりの料金は高めだがこれなら納得、いや納得以上だな。客室数も少ないんだっけか」


19「そう。総客室数は八室なのね。むこうに見える三階建ての建物には六室、これから案内する一室は独立した建物が全部宿泊する部屋になるのね」


加賀「建物全てで一室ってこと? それだけ広いのならいわゆる最上級のスイートにあたるのかしら」


19「正解なのね。てーとく達が泊まるタイプのは二室あって、今回はそのうちの一つなのね。名前はブルースカイシースイート。広さは223㎡なのね」


提督「二人で泊まるには十分すぎるくらいの広さだが、それだけあれば存分にくつろげそうだな」


19「至極のリゾートホテルライフを体感できる、それがブルースカイシースイートなのね」


イクが丁寧にリゾートホテルの説明をしてくれていると、今回泊まる建物が見えてきた。一階建てではあるが、それはまるで一軒家のようであった。


19「お待たせしましたなのね。ここがブルースカイシースイートファーストなのね」


イクはニコッとしながら言うと、小さなポーチからカードキーを取り出してドアを開ける。


19「ここのドアはこのカードキーで開けられるから、提督に渡しておくのね」


提督「ありがとう」


 イクからカードキーを受け取り、建物内を前方に進むと最初に見えたのはとても広いリビングルームだった。そして、大きな窓の向こうには太陽の光で輝く海が広がっていた。


提督「ここからの眺めもなかなか……」


加賀「きれい、ね。素晴らしいわ……」


 眼前に広がる光景に私と加賀は思わず言葉を漏らす。イクは満足気な表情を浮かべて、


19「目の前に広がるは、青く澄んだ海原。それがこの部屋の魅力の一つなのね」


提督「うん、これは感動するほどのものだ」


加賀「夕方になると、夕焼け空のオレンジ色の海になると考えると、今から楽しみだわ」


19「この部屋からなら三分もかからずに砂浜に出られるからぜひ行ってみるといいのね」


そうだな、夕方になったら行ってみるかと思っていたところに、ピンポンとインターホンの音がする。


19「きっとウェルカムドリンクが届いたのね」


 19がそう言って、取りに行くと確かにウェルカムドリンクを持ってきた、水色のカッターシャツにスラックス姿のパラオ人の従業員がきた。先程も同じ姿を見たので、おそらくこの格好がここの制服なのだろう。


従業員「お待たせいたしました。こちら、ウェルカムドリンクのトロピカルフルーツを使ったミックスジュースになります」


流暢な日本語で従業員はドリンクをテーブルに置く。中にはマンゴーやパイナップルなどが入っていることも教えてくれた。


従業員「磯崎さん、ブルースカイスイートの202号室に宿泊されるお客様が間もなく到着するようです」


19「分かったのね。教えてくれてありがとう」


 イクは従業員からの話に応対すると、


19「それじゃあ私もここで失礼するのね。このあとは七時頃に夕食になるからそれまでごゆっくりなのね」


提督「分かった。覚えておく」


 イクは私達に手を振ると、従業員と一緒に部屋を後にした。

 さて、しばしゆっくりとするかな。

 私はソファに深く座り込み大きく息をふう、と漏らすと、窓から見える海を穏やかな心持ちで眺めた。



••Φ••

 ウェルカムドリンクを飲み終えてしばらく加賀と話し、二人ともぼうっとしていたら、日頃の疲れがあったのだろう。どうやらうたた寝をしてしまっていたらしい。加賀に起こされた頃にはそれなりに時間が経っていたようで、陽がかなり傾いていた。


加賀「おはよう、裕信さん」


提督「ん……、あ、悪い。寝てしまっていたみたいだな」


加賀「仕方ないわ。普段は忙しいのだもの。こんな時くらい寝ていても誰も怒りはしないわよ」


提督「そう、だな。リラックスしていたらついついね。ところで、今は何時だ?」


加賀「午後五時過ぎよ」


提督「もうそんな時間か」


加賀「ねえ裕信さん。まだ夕食まで時間があるから、砂浜に行ってみない?」


提督「そうだな、イクも近くにあるって言っていたし、行ってみるか」


 加賀の言う通り、夕食の時間まではあと一時間以上ある。散歩がてら外にでも、という気持ちと美しい光景であろう砂浜からの眺めを楽しみにしていたのもあるので、私は加賀の提案に首を縦に振りソファから立ち上がる。

 風景を撮るためのデジタル一眼レフカメラと財布だけを持ってカードキーで扉のロックをして外に出ると、部屋から割とすぐに砂浜に着くことができた。ここの砂浜はリゾートホテルのプライベートビーチらしく、私達以外は誰もいなかった。


提督「心が洗われる、景色だな」


加賀「ええ、本当に。ずっと見ていたいくらいだわ」


 写真を何枚か撮って、私がぽそりと呟いた一言に、隣にいた加賀はうなずいて言う。

 海は波が引いては寄せて、引いては寄せてを繰り返している。今日は天気が良く、海はとても穏やかだ。私達はしばらく無言で、水平線の向こう側を眺めていた。

 どれだけか経ち私はまだ海を見ていると、加賀は私の右腕を抱き、寄り添ってきた。私は空いている左手で彼女の頭を優しく撫でる。


加賀「裕信さん。私ね、戦争が終わったこの平和なパラオの海を、こうやっている時間をあなたと共有できることが、とても幸せだわ」


提督「奇遇だな。私もそう思っていたところだ。これからどうなってしまうのか。とかそんなことを考えず、ただぼうっと、君とこの景色を共に見る。これほど幸せなことはない」


 私の言葉に対して、加賀はありがとう。と言い、さらに続けて、


加賀「私達艦娘は程度の違いはあれど、海ではいつ敵が来るのか、いつ敵機が飛来してくるのかを気にしないといけなくて、海原をのんびりと見るなんて出来なかった。普通の人からしたら些細なことなんて思われるかもしれないけれど、その些細なことが私にとってはかけがえのないもの。パラオの海をあなたと眺めて、改めて感じたわ」


 加賀は私にさらに寄りかかり、いつもよりスローペースで言う。きっと安心しきった感じで、そして微笑みながら話しているのだろう。


加賀「だから私、あなたと結婚できて本当に良かったわ」


 直後、彼女は抱いていた私の右腕から離れたと思ったら、少し背を伸ばして私の首に両腕をまわして、――をした。時間にして数秒だろうか。彼女はしばしそのままでいて、ふっと離すと今度は耳元に近づいてある言葉を囁いた。ちょうどさざなみが聞こえてきていたが、五文字のそれは私の耳にしっかりと入っていた。


加賀「たまには私からこうするのも悪くないでしょう?」


 ふふっ、といたずらな笑みを浮かべる彼女。

 まったくもう、この人は本当に。


提督「ああ、悪くない」


 むしろ、とても良い。とは口に出さないでおいた。


加賀「夜戦」


提督「ん?」


加賀「今夜、どうかしら」


 夜戦、か。


提督「しばらく、なかったな」


加賀「ええ」


提督「夕食に舌鼓みを打ち、風呂に入ってからかな」


加賀「お酒は?」


提督「夕食の時に嗜む程度に」


加賀「ほろ酔い程度にね」


提督「そらそうだ。潰れちゃ意味がない。それに、こういうとこでは、お酒は味を楽しむわけだし」


加賀「そうね。何はともあれ、今夜の予約は入れたわよ」


提督「予約を承ったよっと。今日の夜は長くなりそうだ」


加賀「ええ、まったくね。楽しみでもあるけれど」


提督「ははっ、違いない」


 手を繋ぐ、私達。眩しいくらいの夕陽。

 ああ、私はとても幸せ者だ。



••3••

 加賀と浜辺で夕陽を眺めた日から数日が経った。

 あの日の翌日は午前中まで部屋でゆっくりしていたので、午後からコロール島内でショッピングなど観光をし、三日目は珍しく昼過ぎまで雨が降った為、ホテルのレクリエーションルームで他の宿泊客とビリヤードやダーツをしたりして歓談などをした。そこで、加賀の大ファンである女性がいたので、彼女はサインなどをしていたのを覚えている。

 四日目には天気が良くなり、コロール島から少し離れた島の近くでスキューバダイビングをして一日を楽しんだ。


提督「ホテル到着っと。運転手さん、ありがとう」


運転手「どう致しまして! よいお年を!」


加賀「あなたもよいお年を」


運転手「ありがとうございます! では失礼します!」


 そして、五日目の今日である十二月三十一日。大晦日である。なので今日はホテル内で年越しのカウントダウンパーティーがあるらしく、私と加賀も参加することになった。開始時刻はディナーを含めて二十時半から。前日スキューバダイビングで相当体を動かしていた私達は昼頃まで部屋の中で過ごし、それから夜になる前まで、空港のある島の新市街まで足を伸ばしていた。タクシーを使ってホテルに戻ったのは二十時頃で、とっくに太陽は沈んでいた。

 会場となる一階のレストランはビュッフェ形式に席が整えられており、屋外にはテラス席も設けられていた。

 会場を見回すと、八組の宿泊客中六組が日本人で、あとの二組はドイツ人とイギリス人だったが、彼らは流暢な日本語を話していた。


提督「ん? どこかで見かけたことのある奴がいるな」


加賀「そうね。隣にいる女性も見たことがあるわ」


 会場を見渡していた私は見知った顔を見つけ加賀に話すと、彼女も見つけたようで、自分達の知っている人間がここにいることが判明する。

 すると、あちらも私達に気付いたのか手を振って挨拶をして近づいてきた。


??「やあやあ、こんな偶然もあるんだねえ」


提督「本当にな。まさかパラオで二人を見かけるとは。片瀬に明石」


明石「お久しぶりです小川さん! 元気にしていましたか?」


提督「この通り元気だ」


明石「加賀さんもいらっしゃるということは?」


加賀「ええ、夫婦で旅行よ。あなたも似たようなものかしら」


明石「えへへ、そんなところです」


 会場にいた二人というのは、元佐世保鎮守府提督の片瀬伶奈。年齢は不詳。なぜかどのデータにも載っていない。彼女は三人いた女性提督の一人で、現在は特殊艦隊技術開発研究所――艦娘の装備等を開発している研究所――の所長である。もう一人は明石。本名は兵部桃子(とうこ)。現在三十三歳。戦時中は数少ない工作艦として活躍し、呉の艦娘達も何度か世話になったことがある。現在は特殊艦隊技術開発研究所の副所長として日々を過ごしている。また、片瀬と二人で暮らしており、いわゆるそういう関係である。


提督「ところで、片瀬はいつからここにいるんだ?」


片瀬「んぅ? 今日からだよー。朝に日本を出たから、着いたのは昼過ぎかなあ」


提督「となるとすれ違いだったわけか」


片瀬「じゃあ小川クンはどこにいたの?」


提督「加賀と新市街の方へ観光に」


片瀬「それじゃあ会わなかったわけだあ」


 片瀬はゆるい口調で、ほんわかした様子で言う。

 彼女は明石より一回りか下手すると二回りほど小さいので、まるで中学生のように見える。本人曰く、合法ロリだとか。そのため、このような口調でも様になるというか違和感がなく、駆逐艦の子達は接しやすかったらしい。


片瀬「小川クンはいつからここに?」


提督「五日前だな。仕事納めの翌日には出発したよ」


 会場内を歩き回ってシャンパングラスを配っていた従業員から、グラスを二人分もらい、彼女に渡そうとすると片瀬は私に質問する。


片瀬「グラスありがと。五日前に来たってことは、もうここにはあんまり滞在しないの?」


提督「いや、三日までは滞在するつもりだ」


片瀬「そっかあ。なら、色々と話せそうだね」


提督「色々?」


片瀬「プライベートのこととか?」


提督「あー。確かに仕事で会うのはそうないし、そもそも部署がまるっきり違うから、あまり話す機会もないからな」


片瀬「うん。それに、あの子達も話したいことは沢山あるだろうし」


 横に振り向くと、私と片瀬が話している間に、加賀と明石も話に花を咲かせていた。


提督「せっかくの旅行だからな。くつろぎながらコーヒーや紅茶、もしくは今みたいにお酒を片手に思い出話やこれからのことを話すのもいいだろうな」


片瀬「そそ、そういうことー。あ、そうだ。まだアレしてなかったー」


提督「アレ?」


 アレって何だろう、と思っていたら片瀬は片手に持っているグラスを少しだけ上げる。あぁ、なるほどね。


提督「では、そうだな。お互いの旅行に乾杯、かな」


片瀬「だねえ。じゃあ、お互いの旅行に」


二人「乾杯」


 私と片瀬はチン、とシャンパンの入ったグラスを小さく鳴らす。

 グラスを傾けてシャンパンを口につけて、ふぅ、と息をもらす。そうしていたら、イクとゴーヤがこちらに来るのに気づいた。


片瀬「あ、ゴーヤちゃんとイクちゃんだ!」


19「二人ともここにいたのねー。パーティー楽しんでる?」