2015-09-17 04:58:23 更新

概要

地獄の鎮守府編、完結です。

1話 http://sstokosokuho.com/ss/read/2666
2話 http://sstokosokuho.com/ss/read/2672
3話 http://sstokosokuho.com/ss/read/2679
4話 http://sstokosokuho.com/ss/read/2734
5話 http://sstokosokuho.com/ss/read/2808
6話前編 http://sstokosokuho.com/ss/read/2948
6話中編 http://sstokosokuho.com/ss/read/2975
6話後編 http://sstokosokuho.com/ss/read/2977
7話前編 http://sstokosokuho.com/ss/read/3116
7話中編 http://sstokosokuho.com/ss/read/3219
7話後編 http://sstokosokuho.com/ss/read/3413


前書き

史上最悪の空気でお送りします。


霧島「来たか、電。報告しろ」


電「はい。その前に、あの……金剛さんはなぜバスタオル1枚なのですか?」


言われた通り、夜中に霧島さんの部屋へ訪ねました。そこには眼鏡を外した霧島さんと、バスタオルだけを体に巻く金剛さんがいます。


金剛さんの様子が明らかに変です。やつれた顔は更に憔悴し、完全に目が死んでいます。


霧島「なに、気にするな。こいつは今日、なかなかの働きをしたからな。『ご褒美』をくれてやったのさ」


電「どちらかと言うと拷問された後に見えるんですけど……」


霧島「そんなことはどうでもいい。さっさと提督の反応を聞かせろ」


私は見聞きした通りのことを霧島さんに話しました。今日の霧島さんとの接触で、提督さんの心が明らかに揺れていることを。


霧島さんは驚く素振りもなく、ニヤニヤと嬉しそうな顔で私の報告を聞き入りました。


霧島「くくっ……ハハハハハッ! こうも上手くいくとはなぁ! チョロそうな男だとは思っていたが、チョロ過ぎて張り合いがねぇぜ!」


金剛「あの……そろそろ私たちにも教えていただけないでしょうか。提督の本当の好みというものを……」


霧島さんの言いつけ通り、金剛さんの口調からカタコトが消え失せています。いっそのこと普段からそのキャラで行きませんか。


霧島「なんだ、まだ理解できないのか? しかたねえな、お前らのようなバカどもにもわかるように教えてやる」


霧島「まず初めに、提督は巨乳好きなんかじゃねえってことだ」


電「巨乳好きじゃない? でも、提督さんは霧島さんの胸のことも気にしていましたし……」


霧島「そんなもんは表面的なことに過ぎねえ。ビックリマンチョコの例えをしてやっただろ?」


霧島「ガキどもはチョコが食いたくてビックリマンチョコを買うわけじゃねえ、シールが欲しくてビックリマンチョコを買うんだ」


霧島「提督の場合、それが無意識だから少々話がややこしくなる。あいつ自身、自分が巨乳好きだと勘違いしてやがるんだ」


金剛「巨乳好きだと勘違いしている? ど、どういう意味でしょうか?」


霧島「巨乳は実のところ、おまけでしかないんだよ。提督の本当の好みは別にある」


電「でも、提督さんの好きな艦娘はみんな巨乳で……」


霧島「お前らの目は節穴か? 昨日鎮守府を回ったとき、高雄と愛宕の姿をお前らも見ただろう」


霧島「あいつらのバストサイズはFやGじゃきかねえぜ! あんな絶品巨乳をほったらかしておいて、巨乳好きも何もないだろうがよ!」


言われてみればそうです。高雄さんと愛宕さんは割と前からいるのに、運用されたことさえほとんどありません。


電「確かにそうですが、提督さんは重巡を軽視していますし、巨乳にしても大きすぎるということだってあるんじゃ……」


霧島「ハッ、多少は頭が働くじゃねえか。その通り、高雄どもを放置しているから巨乳好きじゃない、ってのはさすがに暴論だ」


霧島「だがな、可能性としては十分だ。もし提督が本当に乳しか見てない男なら、アタシが扶桑に勝つ確率はほとんどないからな」


霧島「高雄と愛宕が放置されているという事実を根拠に、アタシは提督が巨乳好きじゃないという可能性に賭けた。これは思考の起点に過ぎない」


霧島「巨乳好きじゃない、という根拠はもうひとつある。電、提督は龍田が苦手なんだろ?」


電「あ、はい。優しそうに見えてドSなところが怖いって……」


霧島「それだ。巨乳好きであるはずの男が、なぜ『性格』を理由に巨乳を遠ざける? ちょっと考えればおかしいってわかることだぜ」


霧島「あいつには巨乳とは別の好みがあり、龍田にはそれが欠けていた。あとは簡単だな、それが何か考えればいい」


次々と理論を展開させ、提督さんの好みを解き明かそうとする霧島さんの姿は、まさにインテリヤクザそのものです。


暴力と知恵。相性の良くなさそうな2つが合わさると、これほどに恐ろしい怪物が生まれてしまうのでしょうか。


霧島「足柄、隼鷹、扶桑。提督が明確に好意を示した艦娘はこの3人。これにあと1人……いや、2人加える必要がある」


霧島「その2人はどちらも巨乳じゃない。電、まずはお前が言っていたあの女だ」


電「……大淀さん、ですね」


大淀さんは鎮守府に着任はしていませんが、任務を受ける際に姿を見せる人です。


どういうわけか、提督さんは大淀さんが鎮守府に着任していないのを残念がっていました。


金剛「ま、まさか! 提督は眼鏡っ子好きなのですか!?」


霧島「バカかお前は。大淀以外、誰も眼鏡を掛けていないだろうがよ」


金剛「あ……そ、そうですね。すみません」


霧島「加えるべき艦娘はあと1人。それは電、お前だよ」


電「えっ!? わ、私ですか!?」


霧島「お前は提督が最初に選んだ艦娘だ。そこに好みが絡んでいないはずはない」


霧島「足柄、隼鷹、扶桑、大淀。そして電。それらに共通する要素を考えたとき、答えを出すのにそう時間は掛からなかったぜ」


霧島「提督の好みは……『大人っぽくて優しいお姉さん』なんだよ!」


金剛「お、大人っぽくて優しいお姉さん!?」


電「な、何ですかそれ……」


巨乳好きと思われていた提督さんが、実は『大人っぽくて優しいお姉さん』が好き?


まさか、あの常に冷めた態度を通している提督さんが、そんな甘ったるい好みを持っているというんでしょうか。


霧島「『巨乳』ってのは『お姉さん』キャラに8割方付随してくる要素だ。提督が自分を巨乳好きだと勘違いしても無理はない」


霧島「隼鷹は親戚のサバサバした色っぽいお姉さん、扶桑は大人の色気を持つ若妻、あるいは未亡人。そんなところが提督を惹きつけた」


霧島「足柄が提督から見放されたのは、これも性格が原因だ。お姉さん的な要素は持っていたが、性格が少々やんちゃ過ぎた」


霧島「龍田はもうわかるな? 優しそうに見えてサディスティックな言動が提督に敬遠されたわけだ」


霧島「高雄と愛宕にもお姉さん要素はあるが、大人っぽさを欠いていたから提督には見向きもされなかったということだな」


金剛「愛宕もダメなのですか? あれなら明るく色っぽいお姉さんとして通用するのでは……」


霧島「ハッ。そいつはお前のアピールが尽くシカトされてきた理由と一緒だ。提督は自分から擦り寄ってくるような女が嫌いなんだよ」


霧島「あの男の反応を見てわからなかったのか? あいつにとって、色気とは奥ゆかしさのことを言う。自分から脱ぐようなメス犬はお呼びじゃないのさ」


金剛「そ、そんな……」


電「あの、私にお姉さん要素はまったくない気がするのですが……」


霧島「おいおい、お前は自分の設定を忘れたのか? 立派な女性になるために毎日牛乳を飲んでるんだろ?」


電「あっ、そういえばそうでした」


霧島「初期駆逐艦の中で、お姉さん要素に通ずるものがあるとすればそれだけだ。提督は無意識のままそこに惹きつけられ、お前を選んだのさ」


電「は、はあ……確かに矛盾はしていないのですが……」


霧島「なんだ、納得いかなさそうな顔をしてやがるな」


電「す、すみません。ピンとこないというか、第一霧島さんは、その……」


霧島「そうですね。私が『大人っぽくて優しいお姉さん』かと言われれば、少々異なると言わざるを得ません」


唐突に眼鏡を掛けないでください。そんなにキャラをコロコロ変えられると気が変になりそうです。


霧島「私は言うなれば『委員長』属性を持つ眼鏡キャラ。それは大淀さんも同じでしょう」


金剛「えっと……提督は委員長キャラも好きということでしょうか?」


霧島「金剛、お前は本当にアタシと血が繋がってんのか? 表面だけを見てわかった気になるのは馬鹿の証拠だぜ」


再び眼鏡をかけてヤクザ霧島さんに戻ります。もうそのままでいいですから、これ以上混乱させないでください。


霧島「まずは眼鏡ってのはな、『大人っぽさ』を付加するアイテムなんだよ。女教師モノのAVじゃ、たいてい女が眼鏡をかけてるだろ?」


金剛「た、確かにそうです! ナースが出てくるAVでも、ほとんどの女優が眼鏡をしてます!」


霧島「そういうことだ。眼鏡をかけた『委員長』キャラは、簡単に『お姉さん』キャラへとシフトすることができるのさ」


霧島「落ち着きのある奥ゆかしい振る舞いを見せ、追うのではなく追わせるよう仕向ける。これでアタシは立派な『お姉さん』キャラさ」


電「な、なるほど……」


霧島さんが見せた、あの微妙な距離感のあるアプローチはそういうことだったのですね。


歩み寄りつつも決して近寄り過ぎない奥ゆかしさ、色っぽくも大人らしい気品、それが提督さんにヒットしたわけです。


金剛「あの……提督の好みはわかりましたが、それで扶桑に勝てるんでしょうか?」


霧島「んん? どういうことだよ」


金剛「失礼ですが、容姿で言えば『お姉さん』要素をより満たしているのは扶桑ですし、彼女が本気を出せば魅力ある振る舞いもできるでしょう」


金剛「私が邪魔をするのにも限界がありますし、何より扶桑はより長く提督と関係を築いています。霧島さんがまだ不利であることに変わりは……」


霧島「ハハハッ! そうでもねえよ。扶桑とアタシ、若いのはどちらに見える?」


金剛「は? それは当然霧島さんですが……」


霧島「だろ? 実はな、あの男にとって、女とは若ければ若いほどいいんだよ」


金剛「そ、それは先程言われた提督の好みと矛盾するのでは……」


霧島「その通りだ。こいつは少々複雑な話でな、あいつがなぜお姉さん好きなのかということと合わせて説明してやろう」


霧島「足りない脳みそ回してちゃんとついて来いよ? まず第一に、男の性的嗜好の根本にあるのはマザーコンプレックスだということは知っているな?」


電「はい?」


霧島「このお姉さん好きというのはそれがそのまま変異したものだ。本来なら幼児性欲が性器性欲になるときに影を潜める欲求を色濃く残している」


あ、もうついて行けません。何か小難しい話です。


霧島「提督の人となりは知ってるだろう? やつは感情表現が薄く、人付き合いに乏しく、冷淡で情に欠ける」


電「確かに提督さんはそういう人なのです……」


霧島「これは性格形成の行われた幼少時に、家族との深い接触が少なかったことによる精神的な未発達から来るものだ」


霧島「あいつは与えられるべき母性を与えられないまま大人になった。だから奴は無意識下で、幼少時に不十分だった母性に飢えてやがるんだよ」


電「母性に飢えてるから、包容力のある『お姉さん』好きになったということですか?」


霧島「その通りだが、ここが厄介な部分だ。母性に飢えているとは言っても、母親を抱きたいってわけじゃない」


霧島「むしろ母性を求めるが故に、近親相姦に対する嫌悪は人一倍持ち合わせていやがる。つまり母親を思わせる女はNGってわけだ」


霧島「大人っぽさや包容力を求める一方で、母親を思わせる要素、つまりは相手が年上であればあるほど提督は萎えていくのさ」


電「ということは……年齢的に年下に見える霧島さんのほうが、容姿としても有利と言うことですか?」


霧島「そうだ。大人っぽさの中に垣間見える少女のあどけなさ、こいつは提督にとって最高に効くエッセンスなのさ」


霧島「そして性格においてもすでにアタシが勝っている。ケッコンカッコカリを交わした頃の扶桑と、今の扶桑。何か変化を感じるんじゃねえか?」


電「そういえば……最近の扶桑さんには余裕がありません。前はもっと落ち着いてて気品のある人だったと思うのですが……」


霧島「ハハハハッ! だろうな。あの女は今の地位を守るために必死になるがあまり、提督の求める魅力を失っていやがる」


霧島「もはや扶桑に『大人っぽくて優しいお姉さん』の魅力はない。気品も、落ち着きも、包容力すらあいつは無くしちまったんだ」


霧島「そしてアタシはその魅力を完璧に醸し出すことができる。大人っぽい気品と包容力、そして少女としてのあどけなさをも併せ持つ魅力をな」


霧島「もはやこのアタシに隙はねえ。提督が落ちるのは時間の問題……いや、もう落ちてんのかも知んねえなあ?」


電「えーっと……」


あれ? これ、扶桑さんに勝ち目なくないですか?


霧島さんは精神科医ばりの観察力で、提督さんの人となりまで分析しています。


その分析に沿った振る舞いで提督さんを惹きつけ、それに対抗する魅力を扶桑さんが既に失っているとすれば……


これでは、本当に霧島さんがケッコンカッコカリを提督と交わす日が来てしまうのではないでしょうか。


金剛「あの、霧島さん。もし提督とケッコンカッコカリを交わしたら、終わりにしてくれるんですよね?」


霧島「終わり? 何の話だよ」


金剛「ですから、その……目的を果たし終わったら、私のことを解放してくれるんじゃ……」


霧島「ハハハハッ! なに寝言をほざいてんだ、ええ? 金剛お姉さまよぉ」


金剛「あっ……!」


強引に抱き寄せられる金剛さんは、力なくその身を霧島さんの体に預けます。その首筋に霧島さんがいやらしく指を這わせます。


金剛「やっ……あっ、やめてっ! 電ちゃんの前で、こんな……」


霧島「ハハッ、いい具合の体になってきたじゃねえか。たった2日でここまで仕上がれば上出来だな」


霧島「アタシは本気でお前を可愛いと思ってるんだぜ、金剛? 特に……アタシの腕の中で許しを請うお前は最高だ。何度だって抱きたくなる」


金剛「いやっ……んっ!」


首筋を這う手が胸元へと移り、バスタオルの上からその豊かな膨らみをゆするように揉みしだきます。


再び指が体を伝い、お腹を通って太ももの上へ。むき出しの白い肌を、霧島さんはゆっくりと撫で回しました。


金剛「や、やめて……今はダメ、お願いですから……!」


霧島「何だぁ? もう濡らしてやがるのかよ。まったく、とんだビッチだな、お前は」


霧島「安心しろ、アタシが提督とケッコンカッコカリを交わした後も、お前のことはたっぷりと可愛がってやる」


霧島「アタシが食い散らかした残飯を拾い食いする権利くらいはくれてやってもいいぜ。メス犬には十分すぎる地位だろ?」


金剛「そ、そんな! ひどい……いやぁ!」


霧島さんの濡れた舌に耳を舐られて、金剛さんが甘い悲鳴を上げます。手が再び乳房の上を這い、その体がびくんと震えました。


たまらず金剛さんはその腕から逃れようようとしますが、霧島さんは一層強く金剛さんを抱き寄せます。私が目の前にいるのに、遠慮なさすぎです。


電「あの……私はもう行っていいでしょうか」


霧島「ん? ああ、そうだな。もう用済みだ、さっさと消えろ。アタシたちは今から忙しくなるからな」


金剛「や、やめてください……今日はもう、許して……! お願い、お願いだから……」


霧島「何だよ、おい。誘ってんのか? 本当に可愛いやつだな、お前はよぉ……」


金剛「い、いやぁ! 許して、お願い……だめ、だめぇ!」


これ以上、見たくありませんでした。私はそっと立ち上がり、霧島さんの部屋を後にします。


部屋を出る瞬間、金剛さんが助けを求めるような目で私を見たのは、気のせいではなかったと思います。


霧島さんが鎮守府を掌握するのは時間の問題のように思われました。暴力と知性を併せ持つ、霧島さんを止める術は今のところありません。


金剛さんを助けることすら、私にはできない。その事実が重く私の心にのしかかりました。


暗澹たる気持ちで、自室へと歩き出しました。もう眠ってしまいたい。何も考えずに、できることなら今見聞きしたことも全部忘れて眠りたい。


それが無理なのはわかっていました。金剛さんの痴態も、霧島さんの嘲るような笑みも、深く目蓋の裏にこびりついていましたから。


電「はあ、もう疲れたのです……ん?」


主力艦隊用の宿舎を出ようとしたとき、宿舎のどこかから壁を叩くような鈍い音が聞こえてきました。


先程、子日さんの部屋の扉を叩いていた不知火さんのことを思い出しますが、当然ここに不知火さんはいないはずです。


もう面倒事に関わりたくないというのが正直な気持ちでしたが、音のするほうの部屋に住んでいる人が誰なのかを思い出してしまいます。


さあっ、と顔から血の気が引いていくのがわかりました。慌てて音のするほうへ駆け出します。


電「なっ……じゅ、隼鷹さん!? 何をしているんですか!」


隼鷹「……あれ、電ちゃん。なんでこんなとこにいんの?」


音の主は隼鷹さんでした。私に名前を呼ばれ、宿舎の一室の扉を叩いていた手をピタリと止めます。


電「隼鷹さん、どうしたんですか? 一体何を……」


隼鷹「うるさいなあ、邪魔だからどっか行っててよ」


冷たくそう言い放つと、再び扉に向き直り、ノックと言うには強すぎる力で拳を叩きつけ始めます。


こんな隼鷹さんは初めてです。あまりにも冷ややかな言葉を浴びせられて、正直ショックを受けています。


だからといって、立ち去るわけには行きません。隼鷹さんのやっていることは、鎮守府の平和を直接脅かす行為なのです。


電「あの……隼鷹さんが今叩いてるのは、赤城さんの部屋です」


隼鷹「知ってるに決まってるじゃん。あたしは赤城に用があるんだ」


電「そんなにノックしても出ないってことは、眠ってらっしゃると思うんですけど……」


隼鷹「見てわかんない? 眠ってるなら起きてもらうために今ドンドンやってるの」


電「……隼鷹さん。今、ものすごく怒ってます?」


隼鷹「さあね。もういいから、あっち行ってよ」


睡眠は食事の次に赤城さんが好きなことです。眠っている赤城さんを無理やり起こす、その危険度は冬眠中の熊を起こすことの比ではありません。


いわば、核弾頭をハンマーで殴るようなものです。そんな行為を見過ごせというほうが無理な話でした。


何としてもやめてもらいたいのですが、どういうわけか隼鷹さんが私の話をまったく聞いてくれません。


私が途方に暮れているうちに、とうとうドアノブがゆっくりと回り、重たげに扉が内側から開かれました。


赤城「……何ですか、うるさいですね」


普段よりトーンの低い声で、赤城さんが気だるそうに私たちを見ました。


まさに冬眠明けの熊。きっといつもより遥かに些細な理由で私たちに襲いかかるでしょう。


今、最も正しい選択は全力で謝罪して逃げることですが、隼鷹さんにその気配は全くありません。


隼鷹「悪いね、起こしちゃって。どうしても聞きたいことがあってさ」


赤城「……そんなことで私を起こしたんですか? 明日にしてください」


閉じられようとする扉の隙間に、隼鷹さんが素早く足を挟み込みます。剣呑な目つきで見上げる赤城さんを前に、隼鷹さんは身じろぎもしません。


隼鷹「時間は取らせないよ。ただ、何が何でも答えてもらうからね」


赤城「……はあ。手身近にお願いしますよ」


諦めた赤城さんが、あからさまに面倒くさそうに扉を開けます。寝起きで不機嫌な赤城さん。火にくべられた不発弾のそばにでもいる気分です。


赤城「で……何ですか、聞きたいことって」


隼鷹「最近、提督に変な質問をされなかったか?」


赤城「……ああ、大破した艦がそのまま夜戦に突入し、攻撃を受けたらどうなるか……でしたっけ」


赤城「そんなの、轟沈するの決まってるじゃないですか。提督もしっかりしてほしいものですね」


隼鷹「あたしも同じことを聞かれたよ。で、あんたと同じ答えを返した」


隼鷹「なんでそんなことを聞くのかって言ったらさ、大本営発刊のマニュアルにそのことが載っていたらしいんだよ」


隼鷹「そのマニュアルによると、大破した艦が夜戦で攻撃を受けても、轟沈することは絶対にないんだってさ」


赤城「はあ? そんなわけないじゃないですか」


隼鷹「確かな話らしいよ。大破進撃すれば艤装の生命維持装置が機能しなくなって轟沈する危険が出てくるけど、夜戦突入にその心配はない、と」


赤城「そうは言っても、現に私たちはそれを経験しているんじゃないですか」


隼鷹「ああ、そうだね。だけど、少なくとも他の鎮守府で夜戦による轟沈が起きたケースは今まで1回もない」


隼鷹「あたしたちが経験した、龍驤の轟沈を除いてはね」


電「あっ……」


そうです。以前に起きた龍驤さんの轟沈。それは砲戦で龍驤さんが大破したにも関わらず、夜戦に突入したことによって起きたものでした。


大破して夜戦に突入すると、轟沈の可能性がある。提督さんはもちろんのこと、私たちの誰もがそのことを認識していませんでした。


龍驤さんの轟沈により、私たちは初めてその事実を知り、以後も大破状態の艦がいる場合は絶対に夜戦はしないようにしています。


隼鷹「すげーショックだったよ、あのとき。大破進撃以外で轟沈することはないって思ってたからね」


赤城「そうですね、不幸な事故でした。きっとあれは、極めてレアなケースだったんでしょうね」


隼鷹「なあ。あれは本当に『不幸な事故』だったのか?」


赤城「どういうことです?」


隼鷹「あたしは龍驤が轟沈する姿を見ていない。扶桑も、山城も、誰もその瞬間を見ちゃいないんだ」


赤城「それはまあ、夜戦ですから。敵と味方を区別することに精一杯ですものね」


隼鷹「そうだな。夜戦は見通しが悪くて、味方と逸れることもしょっちゅうだ」


隼鷹「だから、龍驤の轟沈を確認したのはたった1人だけ。あんただけなんだよ、赤城」


電「……っ!」


あの頃、深海棲艦に台頭してきた空母に対向するため、主力艦隊には隼鷹さん、龍驤さんに加えて、着任したばかりの赤城さんもいました。


龍驤さんが夜戦で轟沈したとき、赤城さんしかその瞬間を見ていない……?


赤城「ああ……そうでしたね。確かに、龍驤さんの轟沈を確認したのは私でした。敵の雷撃を受けて、龍驤さんは海底に沈みました」


隼鷹「その後のことを覚えてるか? 敵を撃退した後、扶桑の照明弾の下に集ったとき、あんたは返り血に染まっていた」


赤城「ええ。敵を至近距離で撃破したので、そのときに浴びたものですね」


隼鷹「あんたが返り血を浴びるような戦い方をしたのはあの時だけだ。それ以来、あんたが返り血を浴びたことなんて一度もなかった」


赤城「当時は着任したばかりで、戦い慣れしていませんでしたから……」


隼鷹「あんたが龍驤の轟沈を報告したとき、みんな驚いた。そんなこと起こるはずないって思ってたからね」


隼鷹「大破して夜戦に突入し、攻撃を受ければ轟沈する。あたしたちがこれを知ったのは龍驤が轟沈したからってだけじゃない」


隼鷹「赤城。このことを最初に言い出したのはあんただったよな。さも訳知り顔で、あたしたちがそれを知らなかったのを驚いたかのように」


赤城「……そうでしたっけ。ずいぶん前のことなので、よく覚えていませんね」


隼鷹「そのときはあたしもすんなり信じたよ。なんせ、実際に龍驤は沈んでるんだからね」


隼鷹「それを知らなかった自分を責めたし、提督を憎んだこともある。だけどまあ、事故だと思って気にしないことにした。死ぬほど悲しかったけどね」


赤城「はあ、そうですか。何を言いたいんですか?」


隼鷹「ここからが肝心なところさ。提督から例のマニュアルの話を聞いてな、ふとあんたに関するうわさ話を思い出したんだ」


赤城「……うわさ?」


隼鷹「そう、うわさだよ。一部の艦娘や妖精さんたちがしきりに話してる、根も葉もない、悪質で品のないうわさ話さ」


隼鷹「何でも赤城は並外れた食いしん坊で、空腹になると妖精さんや、ダブってる駆逐艦を密かに食ってるんだと」


赤城「あはは、何ですかそれ。酷いうわさ話ですね」


隼鷹「あたしもそう思ってた。でも、間宮アイスを取り合ってトーナメントをしたとき、アイスに異常な執着を見せるあんたを見て考えが変わった」


隼鷹「あんたは腹が減ればそれくらいのことはするし、それくらいのことはできる。そうだろ?」


赤城「……何を馬鹿なことを言っているんですか。いくら何でも、妖精さんや駆逐艦を食べたりするわけないでしょう」


隼鷹「そうかな? 扶桑を倒した後に伊勢を追いかけたとき、自分で言ってただろ? 伊勢を食ってやるってな」


赤城「……よく覚えていませんね。あのときは興奮していましたし」


隼鷹「あたしには、あれがあんたの本性に見えたぜ? それを考えたとき、あの夜戦にもまったく別の事実が見えてくる」


赤城「……そろそろはっきりしてくれませんかね。何が言いたいんです?」


隼鷹「お前、龍驤を食ったな?」


窒息しそうなほどの沈黙。誰も、言葉を発しようとしませんでした。


屹然と答えを待つ隼鷹さんと、表情を消して沈黙を保つ赤城さん。絶句する私。時間さえ息を止めているかのように感じました。


赤城「……くっくっく。面白いことを言いますね、隼鷹さん」


隼鷹「笑い事じゃねえ。答えろよ、赤城!」


激高する隼鷹さんを前にしても、赤城さんは平然としています。笑みすら浮かべるその姿には余裕さえ感じます。


赤城「もし仮に、私がそんな真似をしたとします。そしたら、あなたはどうする気ですか?」


隼鷹「決まってるだろう、提督に報告する! 味方に手を掛けたお前は解体行きだ!」


赤城「あはははは。あの賢明な提督がそんな愚行をしでかすわけがないじゃないですか」


隼鷹「なんだと? どういう意味だ!」


赤城「私は鎮守府唯一の正規空母、しかも極めて希少な虹ホロの一航戦。その私が鎮守府からいなくなれば、どうなると思います?」


赤城「この鎮守府に私の穴を埋められる航空戦力はいない。あなたを初めとする脆弱な軽空母と、それにすら及ばない航空戦艦がいるだけ」


赤城「私が解体されれば、鎮守府は深刻な空戦能力の不足に陥る。その後の海域攻略では圧倒的に不利な立場に立たされるでしょう」


赤城「あの引き運のない提督が正規空母を引き当てられると思いますか? 仮に引いても、私のLVに達するまでどれだけの期間を要すると思います?」


赤城「だから提督が私を解体することはありえない。あなたの他に育った空母でもいれば、話は別でしたがね」


隼鷹「てめえ、まさかそこまで考えて龍驤を……やっぱりあの返り血は龍驤の血だったんだな!」


赤城「ちょっと、本気にしないでくださいよ。単なる喩え話です。私はそんなことしていませんって」


赤城「龍驤さんは確かに海底へ沈みました。あれは単なる、不幸な事故だったんですよ」


隼鷹「この期に及んでシラを切る気か、てめえ! ごまかされると思ってんのかよ!」


電「じゅ、隼鷹さん! 一旦落ち着いて……」


隼鷹「うるせえ! 引っ込んでろ!」


制止する私をはねのけて、隼鷹さんが赤城さんへ詰め寄ります。怒りに震えるその手が赤城さんの胸ぐらを掴みました。


隼鷹「龍驤を返せ! あいつは、あたしにとって一番の友だちだったんだ! お前なんかに食われる筋合いはない!」


赤城「ちょっと……放してくださいよ、痛いじゃないですか」


隼鷹「あいつがいなくなってどれがけ悲しかったか、お前にわかるか!? わからないだろ、この人喰い空母が!」


隼鷹「絶対に償わせてやる! お前だけは許さない、お前だけは! 許さな……ぐああっ!」


赤城「放せって言ってるじゃないですか……鬱陶しい」


電「ああっ!」


胸ぐらを掴む隼鷹さんの手が、赤城さんによってねじり上げられました。鋼鉄のような指が手首に食い込み、関節がぎりぎりとねじ曲がっていきます。


隼鷹「く、くそっ……! 赤城、てめえ……!」


赤城「この私の胸ぐらを掴むなんて、ずいぶんと大それた真似をしてくれるじゃないですか……軽空母の分際で」


隼鷹「何だと! お前なんかに……ぐうっ!」


赤城「まったく、そんなに必死にならなくてもいいじゃないですか。もう過ぎたことでしょう、あんな駆逐艦のことなんて……」


隼鷹「龍驤は軽空母だ! 馬鹿にしやがって、お前なんてぶっ殺してやる!」


赤城「ああ、そうでした。彼女は軽空母でしたね……痩せてて、小さくて、骨ばっていた。泣き叫ぶ姿がとても可愛らしい子でした」


隼鷹「て、てめえ……やっぱり龍驤は、お前が……!」


電「赤城さん、やめてください! 隼鷹さんを放してください!」


赤城「そうは言っても、この人が突っかかってくるから仕方がないじゃないですか。ねえ、隼鷹さん……?」


隼鷹「く、くそ……!」


赤城「どうしましょうか。私を侮辱した罰として、腕くらい折ってもいいですよね。殺されるよりはマシでしょう?」


隼鷹「や、やってみろ! お前には、それ以上の目に合わせてやる……!」


赤城「あはは、それ以上の目ってなんですか? 例えば、生きたまま自分の骨を噛み砕かれ、内臓を引きずり出されることとかですか?」


電「やめて! 赤城さん、お願いします! もうやめてください!」


赤城さんは本気で隼鷹さんの腕を折る気でいます。それくらいは鼻歌交じりにやってのける人です。


その異常な握力は容赦なく隼鷹さんの手首を締め上げ、今にもへし折ってしまそうです。


赤城「でも、いいですよ。私は優しいから、今なら許してあげます。あなたがちゃんと謝ってくれるなら、ね」


隼鷹「ふ、ふざけんな……!」


赤城「『軽空母の分際で一航戦の赤城さんを侮辱してしまい、大変申し訳ありませんでした』。はい、復唱してください」


隼鷹「く、クソったれ……ぐあああっ!」


赤城「復唱しろって言っているんです。もう折っちゃいますよ、この腕。言っておきますけど、右腕の次は左腕を折りますからね」


電「だ、ダメです! 赤城さん、私の知ってることを全て提督さんに言いますよ! いいんですか!?」


赤城「ご自由にどうぞ。言ったでしょう? あの男には何もできない。あなたの握っている情報だって、私にはちょっとした不安要素に過ぎないんですよ」


電「そ……そんな……!」


隼鷹「何回言わせるんだよ……電ちゃんはあっちへ行ってろ」


苦痛に震える声が、再び私を拒絶します。隼鷹さんは痛みに耐えながら、怒りに燃える目で赤城さんを見上げました。


隼鷹「……軽空母の分際で、一航戦の赤城さんを侮辱してしまい……大変、申し訳ありませんでした」


赤城「はい、よく言えました。よしよし」


幼児にするように隼鷹さんの頭を撫でて、赤城さんはその手を解放します。膝を着いた隼鷹さんのその手首には、生々しい痣が刻まれています。


赤城「今夜のことは水に流してあげます。明日から、今までどおり仲良くやっていきましょうね?」


にっこりと笑う赤城さんを、隼鷹さんは見もしません。顔を伏せ、肩で息をする音だけが響いています。


赤城「では、私は寝直しますので。それじゃ、隼鷹さん。それから電さんも、おやすみなさい」


立ち上がれない隼鷹さんを見届けると、赤城さんは早々に扉の向こうに消えました。扉が閉じ、かしゃりと鍵のかかる音が虚しく響きます。


電「隼鷹さん……あの、大丈夫ですか……?」


隼鷹「……ああ、平気だよ。格好悪いところを見せたね、できれば忘れてくんない?」


意外なほどすんなり立ち上がった隼鷹さんは、一見平気そうな表情をしています。


だけど、無理をしているのは一目瞭然でした。笑顔は引きつり、拳は固く握りしめられたままです。


電「あの、龍驤さんのこと……」


隼鷹「それも気にしないでいいよ。きっとあたしの勘違いさ、赤城も違うって言ってただろ?」


電「で、でも、その……」


隼鷹「いいから、もう自分の部屋に帰りなよ。あたしも寝るから」


電「……はい。わかりました、無理はしないでください」


隼鷹「ありがと。じゃあね」


隼鷹さんが歩き出しても、私はその場を立ち去れずにいました。あのやりとりの後で、隼鷹さんが平気なわけがありません。


体を引きずるように歩く隼鷹さんの背中を見送っていると、その脚がぴたりと止まりました。


ゴツン。握りしめたままの拳を、隼鷹さんは力任せに壁へと叩きつけました。


壁にヒビが入るなんてこともなく、ただ当たり前に拳が擦りむけ、壁には隼鷹さんの血が痛々しく滲んでいます。


隼鷹「……見てろよ。このままじゃ絶対に終わらせないからな」


呪いのように呟いて、隼鷹さんは宿舎の奥へと消えていきました。


隼鷹さんが見えなくなっても、私はそこに立ち尽くしていました。


追いかけることなんてできません。今の隼鷹さんに私がしてあげられることなんてあるはずもなく、掛けられる言葉も持っていないのです。


何もできず、沸き起こる感情を持て余したまま、ただそこに立ち尽くすしかありませんでした。









提督「よーし、じゃあ今日もハッピーラッキー艦隊は演習と出撃に……どうしたお前ら、元気ないな」


電ですが、ドックの空気が最悪なのです。


翌朝の目覚めは最悪でした。というかほとんど寝ていません。昨夜はそれ程いろいろなことがありました。


それ以前に駆逐艦たちが子日さんの部屋の前で祈ったりすすり泣いたりする声や、足柄さんたちの悲鳴がうるさくて、寝られるはずもありません。


霧島「皆さん、寝不足ですか? 睡眠はしっかり取らないと頭脳が働きませんよ?」


赤城「良いこと言いますね、霧島さん。そうです、睡眠は大事です」


私だけでなく、他のハッピーラッキー艦隊のメンバーも未だかつてないほどに元気がありません。


焦りと苛立ちを隠せない扶桑さんと、そんなお姉さまが気が気ではない山城さん。


死んだ魚のような目をしている金剛さんに、何一つ言葉を発しない隼鷹さん。


ムードメーカー的存在だった隼鷹さんまでこれでは、もうお手上げです。諸悪の根源である霧島さんと赤城さんだけが元気です。


前から空気の良くない艦隊でしたが、今と比べれば、以前の空気でさえ和気あいあいとしていたんじゃないかとすら思えてきます。


提督「みんな調子よくなさそうだが、それが任務に響かないようにな。それではぼちぼち出発してくれ」


扶桑「……はい」


霧島「提督、ちょっといいですか?」


提督「ん、霧島か。どうした?」


霧島「演習のときだけで構わないんですけど、艦隊の旗艦をやらせてもらえないでしょうか?」


扶桑「なっ!」


山城「そ、そんなのダメですよ! ハッピーラッキー艦隊の旗艦は扶桑お姉さまと決まっているんです!」


霧島「それは承知しています。ただ、編成における旗艦だけなら構わないんじゃないでしょうか?」


霧島「私、一刻も早く皆さんのお役に立ちたいんです。それにはLVを上げることが最優先だと思っています」


霧島「旗艦にしていただければ経験値が割増でもらえて、それだけLVも早く上がります。どうかお願いできませんか?」


扶桑「い、嫌よ! あなたなんかに旗艦の座を渡すなんて、それだけは絶対に……!」


提督「いや、霧島の言うことももっともだ。編成を変えよう。霧島が旗艦、扶桑はその僚艦とする。演習と出撃、両方ともだ」


扶桑「ま、待ってください! 提督、それだけは……!」


提督「何か問題か? 第一、お前の旗艦としての能力には常々疑問を抱いていた」


提督「下から順に攻撃するのをやめろと、何度言えばわかるんだ? いい機会だ、今日1日お前を旗艦から外し、どういう具合になるか見てみよう」


扶桑「そんな……お、お願いです! 今までのことは本当に反省しています、ですから旗艦だけは奪わないで……!」


霧島「奪うだなんて、そんなに神経質にならなくてもいいじゃないですか。提督も1日だけっておっしゃっているでしょう?」


生前の扶桑さんは戦艦であるにも関わらず、旗艦になったことが1度もありません。


ですので、念願叶ってようやく得た旗艦の座に強い執着を持っています。


そんな彼女から旗艦の座を奪う、それがどれだけ残酷なことか、提督さんにはわからないのでしょうか。


霧島「今日だけなんですから、ね? ちょっとだけ我慢してください」


扶桑「あ、あなたは一体何が狙いで……!?」


食って掛かろうとする扶桑さんを止めたのは、やはり金剛さんでした。


昨日のようにハイテンションで絡んでいくのではなく、その体にすがりついて、潤んだ瞳で扶桑さんを見上げています。


泣き真似、ではありません。金剛さんは本当に泣き出す寸前に見えました。


扶桑「え……えっ、何? 私が悪いの? ちょっと金剛さん、何か言ってよ! 私が悪いの、ねえ!?」


提督「さあさあ、そろそろ行ってくれ。演習相手の艦隊を待たせるんじゃない」


霧島「了解です。それでは皆さん、行きましょう」


山城「ちょ、なんで霧島さんが仕切っているんですか! この艦隊の旗艦は……」


霧島「今日1日は私ですよ? どうか指示に従っていただけますよう、よろしくお願いします」


山城「なっ、ななななな……」


扶桑「うぐぐぐぐ……」


颯爽と歩き出す霧島さんに、扶桑さんも山城さんもついていかざるを得ません。とうとう霧島さんが本格的な艦隊乗っ取りに動き始めました。


赤城「扶桑さん以外の旗艦なんて、なんだか新鮮ですね。ねえ、電さん?」


電「え? ええ、そうですね……」


赤城「まあ、扶桑さんは悔しいでしょうけど。ほかの皆さんも何故か元気がないですねえ、こんなにいい朝なのに」


電「……赤城さんは、ずいぶん機嫌が良さそうですね」


昨日の隼鷹さんとの件を思えば、赤城さんの機嫌が良いなんて不自然極まりないことです。絶対に良くないことがあるに違いありません。


赤城「そうですね、今朝は調子がいいです。昨晩は睡眠中に起こされたりもしましたが、その後はちゃんと寝れましたし、朝ご飯も美味しかったです」


電「そうですか。良かったですね、朝ごは……えっ、朝ご飯!?」


赤城「どうかしましたか?」


電「あ、朝ご飯って……一体何を食べたんですか! 出撃前の補給なんてないのに……ま、まさか、また駆逐艦の誰かを!?」


赤城「またって何ですか。電さんまで、変なうわさを真に受けないでくださいよ」


赤城「正規空母の朝ご飯と言ったら、ボーキサイトに決まっているでしょう。鋼材なんかも少々いただきましたけどね」


電「な、なんだ。そうですか、そうですよね……」


赤城「それじゃあ、私も行ってきます。ちゃんと補給資源を用意しておいてくださいね?」


電「は、はい……行ってらっしゃいなのです……」


赤城さんは本当に機嫌がいいだけのようでした。昨日のことを思うと、その姿にあまりいい気はしません。


ただ、彼女の機嫌がいいときは比較的おとなしいだという事実もあります。今日の鎮守府は少しばかり安全でしょう。


出撃していく赤城さんの背中を見送りながら、今のやり取りがおかしいと気づくのにそう時間は掛かりませんでした。


電「……ボーキサイト?」


空母のご飯がボーキなのはわかります。ただ、それをどこから手に入れたのかが問題です。


出撃前の補給なんてないのです。まさか、また資源倉庫の盗み食いを……


提督「電。今日の予定なんだがな、なぜか霞以外の駆逐艦が全員体調不良だそうだ。だから今日のキス島攻略は中止になった」


電「あ、はい。わかりました」


キス島攻略中止は予想できていました。昨夜からの状態を見る限り、とても出撃可能なコンディションにある駆逐艦がいるようには思えませんでしたから。


提督「だから、今日は書類仕事のほうを頼む。演習の後にそのまま出撃させるから、出撃から艦隊が帰ってくる頃に補給の手伝いに来てくれ」


電「了解なのです。あの、その前にちょっといいですか?」


提督「なんだ?」


電「扶桑さんのこと……あまりにも可哀想じゃないですか? もっと扶桑さんのことを思いやって上げてもいいのでは……」


提督「仕方ないだろう。薄々気付いていたが、あいつは多分、旗艦に向いてない」


電「でも、扶桑さんは初めて旗艦を任されたとき、あんなに喜んでいたのに……」


提督「そんなことは関係ない、あいつは結果を出してないんだ。やはり扶桑と山城はここらが限界だな。所詮はレア度最低値の戦艦か……」


電「……提督さん。今、なんて言いました?」


提督「気にするな、独り言だ。まあ、明日から扶桑を旗艦に戻すかは考えものだな。霧島のほうが可愛いし……」


提督さんが濁した語尾は、ほとんど聞き取ることができませんでした。言ってはいけない一言が聞こえた気がしますが、気のせいですよね?


気分はよくありませんが、気を取り直して執務室に行きましょう。その前に、資源倉庫の残量を確認しに行きます。


電「えーっと、昨日の残量がこれだけで……あれ? 合ってるのです」


赤城さんがボーキサイトを得たのはここじゃない。となると、考えられるのはあと一箇所しかありません。








龍驤「はっはー! ロイヤルストレートフラッシュや! この勝負もろたで!」


球磨「く、クマー!?」


龍驤「なんか今日は調子ええなあ! ほれ、ボーキサイトじゃんじゃん持ってこんかい!」


龍田「龍驤が勝ってるだなんて、明日は槍でも降るのかしら……球磨には後でお仕置きが必要ね」


お昼前だというのに、龍田会の取り仕切る賭博場はそれなりの賑わいを見せていました。彼女たちは本当にこれ以外、やることがないのです。


龍驤「ほら、次の勝負行くで! さっさとボーキ用意せえよ!」


龍田「ちっ、すぐに身ぐるみ剥いでやるわ……ちょっと、ボーキはまだ? 早く持って来なさい」


木曽「き、キソー! 龍田姐さん、大変でキソ!」


龍田「何よ。龍驤が珍しく勝ってるからって、そこまで慌てることもないでしょう」


木曽「そんなことじゃないでキソ! 資源が……隠し倉庫の資源が全部無くなってるでキソ!」


龍田「な……なんですって!? 」


愕然とする龍田さんを物陰から覗き見ながら、やはり、と思いました。赤城さんがボーキサイトを欲するなら、資源倉庫以外ではここしかありません。


龍田「昨日はあれだけの量が残っていたのよ! それが一晩でなくなったっていうの!?」


木曽「確かに何も残ってないでキソ! 弾薬1つ落ちてないでキソよ!」


龍田「そんな馬鹿な……鍵は!? 鍵は掛けてあったんでしょうね!」


木曽「絶対に掛けてたキソ! 第一、あんな量を人知れず持ち出せるはずないでキソ!」


龍田「……違うわ。持ち出されたわけじゃないのよ」


木曽「キソ? どういうことでキソか?」


龍田「赤城さんよ……赤城さんがその場で全部食べていったんだわ……たった1人で、何一つ残さず」


木曽「キソー!? あ、あれだけの量を全部1人で平らげたっていうんでキソか!?」


龍田「たったあれっぽっちの量、の間違いでしょう。赤城さんにとってはおやつ程度にしかならなかったでしょうね」


龍田「それに、鍵が開いていたんでしょう? あの人は鎮守府中の鍵を開ける方法を知っている。赤城さんで間違いないわ」


木曽「じゃ、じゃあ……どうするでキソか? 赤城さんに文句を言いにいくでキソか?」


龍田「文句? 言えるわけないじゃない! あの人に逆らえば、どうなるかわからないの!?」


木曽「き、キソ……食べられたくないでキソ」


懸命な判断です。あの龍田さんとはいえど、一航戦の赤城さんに立ち向かえるはずもありません。


だからといって龍田さんがその怒りを抑えられるはずもなく、その整った顔を悔しさに歪め、髪をくしゃくしゃと掻き回し始めました。


龍田「畜生、人のことを馬鹿にして! あの人が資源の横流しを持ちかけてきたのは、いずれこうするためだったのね!」


龍田「与えておいてから奪うだなんて、私たちを何だと思っているのよ! やり返すこともできないなんて……!」


木曽「く……悔しいでキソ! 泣き寝入りするしかないんでキソか!?」


龍田「その通りよ! 何なら、提督に言う? きっと私たちは解体でしょうね。赤城さんは案外、お咎めなしかもしれないわ」


木曽「き、キソー……」


龍驤「何ゴチャゴチャやっとるんや、はよ次の勝負の準備せえ! うちのツキが逃げへんうちにな!」


龍田「……今日はもう終わりよ。帰りなさい」


龍驤「はあ? 何言うとるんや、まだ始まったばかりやないか! うちが勝っとるから逃げるんか、おお?」


龍田「うるさいわね、私が終わりって言ったら終わりなのよ! さっさと出て行きなさい、このモノリス!」


龍驤「も、も、も、モノリス!? なんやそれ! 胸か? 胸のこと言うとるんか! そんな言われ方をしたのは初めてや!」


龍田「ああもう、うるさいうるさい! 今は平面体の相手をする気分じゃないのよ! 早く帰りなさい!」


龍驤「誰が二次元図形や! 自分が巨乳やからって言ってええことと悪いことがあるで!」


龍田「何ボサっとしてるのよ、球磨! さっさとそいつを追い出しなさい!」


球磨「く、クマー!」


龍驤「な、なんや、やめんかい! こんな殺生なことあるかいな! たまには勝たせてくれたってええやん、なあ!?」


その内に龍驤さん以外の軽空母や軽巡たちも騒ぎを聞きつけて、龍田さんに文句を言い始めました。賭博場はたちまち大騒ぎです。


赤城さんが龍田会に資源の横流しをしていたのは、自分の盗み食いがバレたときのデコイにするためだけではなく、もう1つ目的があったのです。


お腹が空いたときにいつでも食べることができ、それでいてお咎めを受ける心配もない。


龍田会によって作られた資源の隠し倉庫は、赤城さんにとっての非常食だったのです。


電「……本当にやりたい放題ですね、赤城さん。それに、霧島さんも」


赤城さん。霧島さん。この2人が鎮守府をかき回し、多くの艦娘たちを自分勝手な欲望で苦しめています。


このままにしてはおけません。何もしなければ、きっと鎮守府は良くない方向へ進み続けてしまいます。


提督さん、あなたはそれを理解しているんでしょうか。






書類仕事を終えてドックに戻ると、ちょうど艦隊が演習と出撃を終え、帰投したところでした。


まるで精神状態と艦体状況がシンクロしているような光景でした。霧島さん、赤城さんがほぼ無傷なのにも関わらず、他の4人はみんな大破しています。


霧島「ハッピーラッキー艦隊、帰投しました。戦果をご確認されますか?」


提督「うむ。見事な戦いぶりだったな、霧島。戦艦相手にMVPを取るとは流石だ」


霧島「恐縮です。皆さんのサポートと、昨日から装備させていただいている41cm連装砲のおかげです」


扶桑「そ……その装備は、私のものになるはずじゃ……!」


提督「いや、このまま霧島に装備してもらおう。現状のLVでこれだけ活躍できるなら、装備させる価値がある」


霧島「ありがとうございます。もっと頑張りますね、私」


扶桑「そんな……!」


少し気になることがあります。昨日の出撃で霧島さんは大破しましたが、あれは霧島さんにとってセクシーさをアピールできる、都合の良い大破でした。


今日は逆に小破にすらなっていません。反して、金剛さんは前日と同じく大破状態になっています。


多分なのですが……昨日の霧島さんは自分から大破したんだと思います。今日は金剛さんを盾に使い、それで無傷だったんじゃないでしょうか。


そう考えると、霧島さんは無傷なのを利用して、何かしてくるに違いありません。


提督「それじゃ、大破艦はすぐ入渠するように。赤城と霧島は補給を受けてくれ」


霧島「提督。補給の前に、少しお話したいことがあるんですけど」


提督「なんだ?」


霧島「その……今後の艦隊運用について。私なりの考えもあるんですけど、まだ着任したばかりですから、わからないことも多いんです」


霧島「だから、提督から色々と教えていただけませんか? その上で、今後の作戦について話し合いたいんです」


提督「そういうことならいいだろう。そうだな、まず今の状況だが……」


霧島「あ、あの……もし良かったらでいいんですけど、もっと静かな場所でお話しませんか? できれば、その……2人きりで」


霧島さん、早くも勝負を決めに掛かりました。提督さんは戸惑いつつもかすかに顔を赤らめ、満更でもない反応を見せています。


扶桑「はあ!? あの眼鏡、なに血迷ったこと言ってるの!? そんなこと許されるわけ……!?」


邪魔に入ろうとする扶桑さんを、身を挺して止める金剛さん。今日2度目の光景です。


金剛「……扶桑、早く修理に行くデース。霧島の邪魔をしないで欲しいデース」


扶桑「あ……あれを見過せっていうの!? そんなことできないわ、もうあなたの泣き落としには引っかからないわよ!」


金剛「扶桑……お願いデース。お願いだから扶桑、私の言う通りにしてほしいネ」


金剛「でないと私……私……! うっ、ぐす……!」


扶桑「あの……だから、なんであなたが泣くの? 泣きたいのは私なんだけど!」


提督「じゃあ……霧島。そこの艤装保管庫でいいか?」


霧島「はい。それじゃ、行きましょう」


扶桑さんが金剛さんに足止めされている間に、提督は霧島さんと連れ立って行きました。


もう扶桑さんなんて眼中にない、と言わんばかりです。霧島さんの完全勝利と言わざるを得ません。


扶桑「あっ……あああああああっ! 終わりよ、もう何もかもおしまいよ……!」


山城「お姉さま、気を確かに! 山城がついていますから……!」


扶桑「ううっ……山城、もう私にはあなただけよ、山城……」


ほとんど山城さんに介護される形で、扶桑さんも修理へと連れて行かれます。どちらかというと、艦体より精神の被害が大きいように見えました。


隼鷹さんも誰とも会話せずさっさと入渠し、金剛さんもボロボロの心と体を引きずって修理に向かいました。


赤城「電さん、補給資源の用意はできてますか?」


電「あ、はい。ちょっと待ってください」


あとには赤城さんだけが残りました。彼女もほとんど損傷を受けていないので、あとは補給と、艦載機の補充だけです。


赤城「早くしてくださいよ。私、お腹が空きました。それとも、先に艦載機の補充を済ませたほうがいいでしょうか?」


電「いえ、すぐに用意できますから補給の方を……」


瞬間、強烈なめまいに襲われました。


それは唐突に思い浮かんだ、あるアイディアによるものです。閃いたというにはあまりにおぞましい、まるで悪魔にささやかれたかのような思いつきです。


重要なのはタイミングでした。今なら運次第で可能になるタイミング。でも、実行すれば取り返しの付かない結果になる。


いえ、違います。取り返しがつかないのは、実行しなかった場合なのでは?


こんなタイミング、もう二度とやってこない。条件を満たすのも今しかない。今、行動しなかったら、この機会は永遠に失われるでしょう。


わずか数秒の逡巡、私が決断のために与えられた時間はたったそれだけでした。


赤城「電さん? どうしたんですか?」


電「あ……はい、すみません。あの……」


心臓がうるさいくらいに鳴っています。喉が張り付くほどに乾いて、うまく声が出ません。


今この瞬間、私の手は地獄の門に掛かっているのです。それを開くか否か、もはや考える猶予はありませんでした。


赤城「電さんも寝不足ですか? ダメですよ、ちゃんと寝なきゃ。で、まず補給でいいんでしょうか」


電「……いえ、先に艦載機の補充をお願いできますか? 妖精さんの数が足りなくて、補給資源の用意に手が回らないのです」


意外なほど、その言葉はすっと出てきました。このとき、私はとうとう地獄の門を開いたのです。


赤城「いいですよ。じゃ、艦載機の補充が終わるまでに用意しておいてください。必ずですよ?」


電「はい。それまでには必ず」


赤城さんは特に怪しむ様子もなく、艦載機の補充へと向かって行きました。


当然でしょう、妖精さんの数を減らしているは恐らく赤城さんですから。それでも、補給資源の用意に困るほどではないのですが。


今から何をすればいいのかはわかっています。私は近くにいた作業中の妖精さんを呼び止めました。


電「あの、すみません。補給資源の用意なんですけど……はい、はい、そうです。そのようにお願いします」


私の言葉に頷くと、妖精さんはその指示を仲間に伝えるために倉庫へと駆けて行きました。


たったこれだけ。これだけで準備は整いました。あとは結果を待つだけ。


タイミングが狂えば失敗する可能性もあります。ですが、そうはならない気がしていました。


私は物陰に隠れ、そのときを待ちます。最初に戻ってきたのは、やはり霧島さんでした。


霧島「ふぅ、さすが提督。なかなかの奥手でした。ま、あそこまで状況を整えれば体を求めてくるのは当然ですよね」


霧島「最後まで行くのもアリだったんでしょうけど、私の計算ではあの辺で止めておくのがベスト。あとは向こうから求めてくるのを待ちましょう」


ご機嫌な独り言をつぶやきながら、補給資源を求めて歩いています。どうやら話し合いは良くない方向に上手く行ったようです。


万が一誰かに見られることを警戒してか、本音を漏らしつつも眼鏡を外す気配はありません。


霧島「さーて補給補給っと。妖精さんはこっちに用意してるって言ってましたね。ああ、ありました。ではいただきま……あら?」


霧島「妙に量が多いですね。おまけにボーキサイトまである……誰かのぶんと一緒になっちゃってるみたいですね」


霧島「よし、いただいちゃいましょう。今日の私は頑張りましたし、自分へのご褒美ということで」


補給としては明らかに多すぎる資源を食べ始めた霧島さんを見て、私は自分の予想が正しかったことを確信しました。


今の霧島さんは一見、知的で冷静な人に見えますが、あれは仮面。本当の姿は強欲でエゴイストなインテリヤクザです。


加えて戦艦の人はほぼ例外なく大食いです。赤城さんほどでなくても、内心は補給で与えられる以上の資源を食べたいと思っています。


強欲で大食いなはずの霧島さんが、必要以上に用意されている補給資源を前にして、どんな行動を取るか。やはり自分のものにすると思っていました。


霧島「一度食べてみたかったんですよね、ボーキサイト。もぐもぐ……ふむ、これがボーキの味ですか。なかなかジューシーです」


あとはタイミングです。提督に勝負を掛けたとはいえ、補給前である以上、霧島さんのほうが先に戻ってくることはわかっていました。


霧島さん、あなたはとても恐ろしい人です。暴力を振るうのに何のためらいもなく、その上知恵まで回る。私にはとても敵いません。


ですが、あなたはたったひとつ、大きすぎる誤算を犯してしまいました。


この鎮守府で最も恐ろしい人はあなたではありません。最恐の艦娘がすでに存在しているのです。


赤城「……何をやっているんですか、霧島さん?」


霧島「えっ?」


あれだけあった資源の大半を食べ終える頃、霧島さんの背後から声を掛けた人。それは赤城さんでした。


赤城さんが艦載機の補充を終えるいつもの時間を考えて、そろそろ戻ってくる頃だと思っていました。


タイミングは完璧。あとは、ここからどう転ぶかです。


霧島「もぐもぐ……何って、補給ですけど。赤城さんは、こんなところで何をしてらっしゃるんですか?」


赤城「私の補給資源がこっちに用意してるって妖精さんに言われたんですけど……あなたの食べてるもの、まさかボーキじゃないですよね?」


霧島「そうですよ、ボーキです。たぶん間違えて私の補給資源に入れちゃったんでしょうね。一度食べてみたかったんです、これ」


赤城「まさかとは思いますが、あなた……私のぶんの補給資源まで食べちゃってるんじゃないですか?」


霧島「あ、そうかもしれません。何だか量が多い気がするって思ってたんですよ」


赤城「……もうほとんど残っていないじゃないですか。私のぶんはどこにあるんです?」


霧島「すみません、私が間違って食べちゃったみたいです。電さんか提督に言って、また用意してもらえばいいんじゃないでしょうか。もぐもぐ……」


赤城「ちょっと……食べるのをやめなさい」


それが赤城さんのぶんだったと知っても、霧島さんは食べるのをやめません。とうとう全て食べ尽くしてしまいました。


赤城「冗談じゃないですよ……私の補給資源、返してください」


霧島「返せと言われましても、もう食べちゃいましたから。もう一度言いますけど、電さんか提督に言ってください」


赤城「返せって言っているんですよ。あなたは食べてはいけないぶんまで食べました。それを今すぐ返しなさい」


霧島「ですから……」


赤城「返せと言っているだろう、時代遅れの戦艦風情が!」


霧島「……は?」


抑えられなくなった殺意が噴き上がります。穏やかな仮面を脱ぎ捨て、暴食の化身が霧島さんに向けて咆哮しました。


そうですよね。赤城さんがご飯のことで人を許すなんてこと、あるはずありませんよね。


赤城「下等な戦艦風情がこの赤城の飯に手を付けおって! その罪、許されると思うな!」


霧島「……何ですか、その言い方。私は間違って食べただけなんですけど」


赤城「どの口がほざきおる! そんなに飯を食いたければ残飯でも漁っていろ! 貴様にはそれがお似合いだ!」


霧島「……言い過ぎじゃないですか? また用意してもらえばいいだけの話なのに、いくらなんでも……」


赤城「抜かせ売女! 己がどれほど付け上がった行為をしたのか、身の程を思い知れ! 錆びついた海の鉄くずごときが!」


霧島「……はあ」


古から蘇った魔王を思わせる、赤城さんの恐ろしげな口調を目の当たりにしても、霧島さんに恐れる様子はありません。


彼女は反論も、謝罪もせず、ただ黙って自分の顔に手を掛け、眼鏡を外しました。


眼鏡を外す、それは開戦のゴングと同義です。始めていただきましょう、鎮守府最恐艦娘決定戦を。


霧島「ずいぶんと言ってくれるなあ、おい。艦載機がなけりゃ役立たずの浮島の分際でよお」


赤城「……何だと?」


霧島「お前、勘違いしてねえか? 空母としては下の中のくせに、乗っけてる飛行機が強いからって調子こいてんじゃねえぞ、ああ?」


赤城「貴様……その侮辱、取り消せんぞ」


霧島「ハハハハッ! 取り消すかよ、ビチグソ女! 図星突かれてショックでも受けてんのかよオイ!」


霧島「相方の空母に何もかも劣るくせに、飯だけは一丁前に食いやがってよお。てめえこそクソでも食ってやがれ!」


霧島「何ならアタシが食わせてやろうか、ああ!? そのくっせえ口にてめえ自身のビチグソをねじ込んでやるよ!」


霧島「腹が減ってんだろ? おら、食わせてやるからさっさとそのでけえケツからクソを出しやがれ! ビチグソ一航戦がよお!」


霧島「さっさと出せオラ、恥じらいなんて高尚なもん持ち合わせてねえだろうが! 飛行機飛ばしてはしゃいでるメス猿の分際でガボォウフ!」


凶暴さでは互角でも、地力には天と地ほどの差がある。予想はしていましたが、あっけない幕切れでした。


赤城さんの放った渾身の右ストレートは霧島さんの顔面中央を見事に捉えました。鼻は陥没し、前歯は折れ、その体が前のめりに崩れ落ちます。


床に顔が激突する寸前、赤城さんは髪の毛を鷲掴みにし、霧島さんを自分の顔と同じ高さまで吊り上げました。


霧島「が、がはっ……な、何しやがる……てめえ……!」


赤城「まだ口が利けるのか……」


この日、霧島さんにとっての最大の不幸。それは赤城さんと相対したことではありません。


赤城さんの攻撃を受けながら、意識を失えなかったこと。それこそが目も覆いたくなるような、霧島さんの不幸でした。


赤城「霧島よ。貴様の罪を許そう」


霧島「な……何を言ってやがる……」


赤城「魔女は子供を食らうとき、まずは飯を食わせて太らせる。私は図らずも同じことをした。たったそれだけのこと」


赤城「お前は天国にも、地獄にも行くことはできない。その身が我が血肉となり果てても、魂は私の空虚な胃の中に囚われる」


赤城「その魂が平穏を得ることは二度とない。失った体を溶かされる苦痛の声で、未来永劫、私の飢えを癒やし続けるがいい」


霧島「ま、待て……! やめろ……やめろぉ!」


赤城「そうだ、苦しめ。悲鳴を上げろ。恐怖と苦痛こそ最高の調味料。さあ、たっぷりと悶え苦しみ、その肉に旨味をたぎらせるがいい!」


霧島「よ、よせ! やめろ、やめてくれぇ!」


霧島「やめ……ギャァアアアア! 助けて、助けてくれぇ! いやだぁ! うぎゃあああああ!」


バリバリ、グシャグシャ、バキバキ、ゴクン!









電「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……!」


私はドックを飛び出し、行く先もわからないまま走りました。


まるで逃げるように。誰から? 赤城さんは私に嵌められたことに気付いていません。霧島さんに至っては、もうこの世に存在しません。


それでも、ただ恐ろしい気持ちでいっぱいでした。それは耳にこびりついた霧島さんの悲鳴であり、自分自身への恐怖でもありました。


電「うっ……う、うぉええええ……」


堤防にたどり着くと、そのまま海に向かって激しく嘔吐しました。胃液すら出し切っても吐き気が収まりません。いっそ内蔵ごと吐き出してしまいたいです。


殺した。自分と同じ艦娘を、私の手で。直接手を下していなくても、明らかな殺意を持ってあの仕掛けを施したことに違いはありません。


霧島さんは酷い人でした。金剛さんを虐げ、扶桑さんからあらゆるものを奪い、放っておけば鎮守府そのものを好き勝手に支配していたでしょう。


ですが、それはあんな最期を迎えるほどのことだったのでしょうか?


私が思いつく限り、艦娘として最悪の死に方。安らかな眠りも、死後の尊厳もない。赤城さんに生きたまま食われるという地獄を味わった上での死。


それほどの最期を霧島さんが迎えるよう、仕向けたのは私自身です。この業は生きている間には決して贖えないでしょう。


電「……違う、そうじゃない。今考えるべきことはそうじゃないのです」


ようやく吐き気が収まると、私はふらつく足で立ち上がりました。


考えるべきなのは、私が何をしたのかではなく、今から何をすべきか。目的に必要なことを考えましょう。


戦争。戦争は悪いものです。それなのに決して世の中から無くなりません。一体なぜでしょうか。


それは人々が平和を求めるからです。不思議な事に、歴史上に起こった戦争の大半は、平和を求めた末に起きているのです。


なら、これは私の戦争です。すでに地獄の門は開きました。もう後戻りはできないのです。


霞「電? あんた、どうしたのよ。大丈夫?」


電「……霞ちゃん?」


ふと気付けば、私の部屋の近くまで来ていました。何も知らない霞ちゃんは、心配そうな顔つきで私を覗き込んでいます。


霞「ものっすごい顔色悪いわよ。体調悪いの?」


電「……はい、ちょっと寝不足で」


霞「ああ、そうでしょうね。昨日から、鎮守府のどこもかしこもひどい有様よね」


霞「重巡のところからはひっきりなしに悲鳴が上がるし、駆逐艦たちは祈ったり泣いたりで大忙し、軽巡と軽空母たちも昼間からずっと喧嘩してるわ」


霞「嫌になるわね、ホント。どうなってるのかしら、この鎮守府」


電「本当なのです……もう皆さん、限界のようですね」


霞「……電。あんた、本当にどうしたの?」


電「何がですか?」


霞「だって、あんた……こんなときに、なんで笑ってるのよ」


そう言われて自分の唇に手を当てると、確かに引きつるように歪んでいます。事実、私はこの状況を喜んでいました。


だって、クーデターを起こすには絶好の機会です。


今や鎮守府は決壊寸前のダムそのもの。あちこちに亀裂が入り、どこから崩壊しても不思議ではありません。


なら、私がすべきことは亀裂を埋めることではないのです。


むしろ、崩れゆくダムに新たな一撃を。正確に狙い澄ました一撃で自らダムを決壊させ、濁流により鎮守府の病巣を洗い流すのです。


赤城と提督。この2人は鎮守府に必要ありません。むしろ悪くする一方です。それは以前からわかっていました。


作戦を実行しましょう。今こそ、そのときが来ました。


霞「電、まさかあんたまでおかしくなっちゃったの? 嘘でしょ、あんたまであいつらの仲間入りしたら、私……」


電「大丈夫です、私は正気ですよ。それより霞ちゃん、ついてきてもらえませんか?」


霞「えっ……どこに?」


電「子日さんの部屋です。何もしなくていいので、私のそばにいてください」


霞「はあ? あんた……本当に正気なのよね?」


電「はい。大したことではないのです。子日さんを助けに行くのですよ」


霞「あ、ああ。そういうこと……つまり、何か考えがあるのね?」


電「もちろんです」


私は霞ちゃんと手を繋ぎ、子日さんの部屋へと向かいました。


たどり着いたそこはまさしく屍累々。祈るのにも泣くのにも疲れた駆逐艦たちが、死んだように廊下のあちこちで倒れ伏しています。


私たちはそれらの合間を通り、扉に寄りかかって眠る不知火さんをそっとどかして、扉を静かにノックしました。


電「子日さん? 秘書艦の電です。お話したいことがあるので、ここを開けてくれませんか?」


しばらく返答はありませんでしたが、何度か同じように呼びかけると、部屋の奥から動き出すような気配がしました。


子日「……電ちゃん?」


電「そうです。私はアカギドーラ教団ではありません。入れてくれませんか?」


子日「……みんなは、電ちゃんのことをアカギドーラの先触れって呼んでた」


電「私はそんなものではありません。子日さんに変なことを言ったりはしませんよ、約束します」


少しだけ悩む間をおいて、ためらいがちにその扉は開かれました。乱暴にならないよう、そっとこちらからもドアを押し、部屋の中に入ります。


久しぶりに近くで見た子日さんは、一晩中泣き通したように目が赤くなっていました。私を見るなり、再び涙が目に溜まり出します。


子日「うっ……ぐず、ひっく……電ちゃん、それに霞ちゃん……」


霞「こんにちは……今まで大変だったわね、あんた」


電「私たちは普通の駆逐艦ですから、安心していいのですよ」


子日「ううっ……うわぁあああーーん!」


もう耐え切れないといったように、子日さんは私に抱きついて、胸の中で火がついたように泣き出しました。


子日「みんな……みんな一体何なの!? 私の事、神様みたいに扱って! やれ生け贄だ、掟だって、わけわかんないことばっかり!」


子日「もうこんなの嫌! 私までおかしくなっちゃうよ! ねえ、私どうしたらいいの!? 電ちゃん、霞ちゃん!」


電「子日さん……もう心配はいらないのですよ。電があなたを助けます」


子日「ほ……本当に? 私、もうみんなから変な扱いされなくなるの?」


電「はい。ただし、それには子日さんにも少しだけ協力していただくことになります。いいですか?」


子日「い……いいよ。私、いつまでもこんなの嫌だもん。何だってするよ!」


霞「電……実際、どうするの? 子日をここから連れ出すくらいならできるでしょうけど、いつまでも隠しておけないわよ」


電「もちろん、そんなことはしません。問題は根本から解決しないといけませんから」


霞「根本からって……何をする気?」


電「霞ちゃん、それから子日さん、よく聞いてください。今からアカギドーラ教団を解体します」


子日「へっ?」


霞「は? 解体って、あんた……」


電「あ、解体って言っても、提督がする解体ではないですよ。組織の繋がりをバラバラにして機能させなくするほうの解体です」


霞「そ、それはわかってるわよ! 教団を解体って……どうやってよ? 準備だっているだろうし……」


電「いいえ、準備はもうできています。今日限りでアカギドーラ教団には解散していただきます」


霞ちゃんと子日さんはぽかんと口を開け、呆然と私を見つめました。


無理もありません。私自身、本当にそれを成功させられるか、絶対に自信があるわけではないのですから。今も心臓がドキドキして、うるさいくらいです。


子日「そ、そんなのできっこないよ! あの子たち、どっぷり迷信に浸かっちゃってるんだよ!?」


霞「そうよ、あんたも見たでしょう!? 下手に手を出したら、生け贄とか何とか言って、こっちの身まで危ないわよ!」


電「まず、はっきりさせておきましょう。アカギドーラは実在します」


子日「ふひぃ!?」


霞「い、電? あんた、やっぱり……」


電「勘違いしないでほしいのです。私は何も、駆逐艦たちが崇めるような邪神が実在する、と言っているわけではありません」


電「しかし、その大元は確かに存在します。それは主力艦隊の正規空母、一航戦の赤城です」


電「彼女は異常なほどの強さと食欲を持っています。資源の貧困に喘ぐ鎮守府において、彼女は飢えを満たすために駆逐艦に手を掛けているのです」


霞「そ、それって……その赤城って人が駆逐艦を食べてるって言いたいの!?」


電「はい。私は赤城さんが他の艦娘を食べるところを確かに見ました。彼女は飢えを満たすためなら何でもやります」


子日「ほ、本当だったんだ……あ、あのね。みんなが今日は生け贄の日だからって、私に聖別をさせたことがあるの」


子日「それで、皐月って子が選ばれて、広場に磔にされて放置されたの。そして朝になったら……いなくなってた」


そこまで言って、子日さんは全てを悟ったかのようにガタガタと震え始めました。


子日「わ……私は縄を解いて逃げたんだと思ってた。でも、違ったんだ……あの子は、赤城って人に食べられたんだ……!」


電「おそらく、その通りです。アカギドーラ教団の言っていることはあながち間違いではないのです」


電「赤城さんは食べるところを人に見られるようなヘマはそうそう犯しません。ですが、その影を見た子くらいはいるでしょう」


電「その人影や断片的な情報が伝言ゲームを経て、アカギドーラという恐怖の象徴として呼ばれることになったんだと思います」


電「意味もわからず食べられるという恐怖に駆られた駆逐艦たちは、それに理由付けをするために宗教化した。これがアカギドーラ教団の正体です」


霞「そんな化け物がいるのに、提督は何してるのよ! そいつがやってることに気付いていないの!?」


電「たぶん、気付いていません。加えて、気付いたとしても戦力を失うことを恐れて何もしない可能性があります」


霞「どんだけ無能なのよ、うちの提督は……」


子日「えっと、つまりアカギドーラ教団は、みんなが赤城さんを怖がったから生まれたってことだよね?」


電「そうです。彼女たちを支配しているのは恐怖そのもの。それを取り除いてあげればいいのです」


霞「話の内容はなんとなくわかったけど……どうやって取り除くのよ? その赤城って人、本当に怖い人なんでしょう?」


電「そう難しくはないはずです。思い出してもらうだけなのですから」


霞「思い出す?」


電「子日さん、いいですか? 今から外に出て、駆逐艦の子たちに言ってほしいことがあります」


子日「う、うん。何を言えばいいの?」


電「天啓が下った、これからは電に従うべし、と。そう伝えて下さい」


子日「えっ……えええええええっ!?」


霞「ちょ、ちょっと電! あんた、何考えてるのよ!」


電「大丈夫です、全部うまく行きます。私を信じてください」


電「続けて、電から話があるからよく聞くように、と言ってもらえますか。そしたら私を呼んでください。私が話をします」


子日「ほ……本当に、それでうまく行くの? 電ちゃん、大丈夫?」


電「任せて下さい。ちゃんと考えがあってのことですから」


子日「う……うん、わかった。じゃあ、行ってくるよ?」


電「はい、よろしくお願いします」


子日さんはしきりにこちらを振り返りながら、恐る恐る部屋を出て行きました。


早くも外からざわめきが聞こえます。そのざわめきに負けないよう、子日さんが声を張り上げてるのを霞ちゃんと一緒に聞きました。


霞「電、本当に大丈夫なんでしょうね? 失敗したら取り返しがつかなくなるわよ?」


電「……大丈夫、です。でも……」


霞「……電? あんた……震えてるの?」


耐え切れなくなって、霞ちゃんの手を強く握りました。それでも震えが収まりません。


電「霞ちゃん……お願いがあります。私に、頑張れって言ってくれませんか」


霞「……あんたが何をしようとしてるのかはわからないけど」


霞ちゃんは困ったような顔をして、でも最後には笑って、私の手を握り返してくれました。


霞「頑張りなさい。負けるんじゃないわよ」


電「……はい。ありがとうなのです」


震えが止まりました。恐怖も緊張も落ち着いて、頭が冴え渡っていくのを感じます。


霞「で、何する気なの? そろそろ私にも教えなさいよ」


電「……本当にお話をするだけです」


霞「話って……あいつらがそれを聞いて改心するっていうの?」


電「……どうか応援しててください。きっとやり遂げてみます」


子日「そ、それでは……電さん! よろしくお願いします!」


とうとう子日さんが私を呼びました。繋いでいた手をそっと放し、部屋の外へと出ていきます。


外には、起き出した駆逐艦たちが戸惑いの表情で膝を着いていました。この状況を理解している子は1人もいないでしょう。


私はひざまずく駆逐艦たちを見渡し、静かに深呼吸をした後に第一声を放ちました。


電「……解放のときは来ました」


駆逐艦たちの戸惑いが一層大きくなる気配を感じます。互いに目を合わせ、かすかなざわめきが広がりつつあります。


電「あなた方は長い間、アカギドーラの支配を受け続けてきました。恐怖に服従し、虐げられ、望まぬ行為を繰り返してきました」


電「もはやその必要はありません。私はこれよりアカギドーラの先触れではなく、アカギドーラを討つ者となります」


電「アカギドーラを倒しましょう。皆で力を合わせれば、それは不可能なことでは決してないのです」


電「駆逐艦であるあなた方に、服従の姿は似合いません。どうか皆さん、私と共に戦ってくれませんか?」


戸惑いは恐怖と驚きに変わりました。皆が落ち着きをなくし、今にも逃げ出しそうな子さえいます。


電「私に従うよう、あなた方に強いるつもりはありません。その意志がある者だけ、私についてきてください」


不知火「お……お待ち下さい、電様!」


駆逐艦たちを代弁するかのように、たまらず不知火さんが声を上げます。その顔は恐怖のあまり蒼白になっています。


電「何ですか、不知火さん?」


不知火「アカギドーラ様を討とうなど、正気の沙汰ではありませぬ! 電様もその恐ろしさをわかっておられるはずではないのですか!」


不知火「我々にできることはアカギドーラ様に祈りを捧げ、許しを乞うことだけです! それだけが我々の命を……」


電「恥を知りなさい!」


私の怒号を聞き、不知火さんだけでなく他の駆逐艦たちもはっと目を見開きました。私は更に声を荒げます。


電「命惜しさに許しを請い、迷信に踊らされ、挙句の果てには己の身の可愛さに守るべき仲間の命を売り渡すなんて!」


電「あなた方はいつから奴隷に成り下がったのですか!こんな醜態を晒して、英霊たちになんて言い訳をするつもりなのです!」


駆逐艦たちの誰もが顔色を変えました。ある者は蒼白に、ある者は紅潮し、私の言葉に反応しなかった者はひとりもいません。


勝利を確信した私は拳を突き上げ、必死に声を絞り出します。


電「あなた方は大日本帝国海軍の魂を宿す誇り高き艦娘のはず! にも拘らず、あなた方は立ち向かうべき恐怖に踊らされている!」


電「しまいには子日さんというたった1人の少女に縋りついて助けを求めるなんて! それを恥ずかしいとは思わないのですか!」


電「いつまで逃げ回っているつもりです!思い出してください、自分のあり方を! あなた方は1人1人が誇り高い戦士のはず!」


電「魂の声に耳を傾けるのです! あなた方の魂はなんと言っていますか? アカギドーラに従えと? そんなはずはありません!」


電「戦士である私たちは恐怖などに屈しはしない! あなた方には聞こえないのですか、戦えという魂の声が!」


電「私たちは奴隷ではない! 失われた名誉を取り戻さなくてはいけません! 今からでも遅くはありません、恐怖に立ち向かい、戦うのです!」


電「私たち自らの手で奪われたものを取り返しましょう! 名誉を! 誇りを! そして自由を!」


電「この悪夢を終わりにしましょう! そして、私とともに新しい夢を見ましょう! 私の夢は誰にも縛られることなく、平和な海を自由に駆けることです!」


電「その夢には皆さんの力が必要なのです! どうか力を貸してください! 私とともに行きましょう、平和な海へ!」


電「もし奴隷のままでもいいというなら、ここから立ち去りなさい! この場に残っていいのは、自分を戦士だと思う者だけです!」


電「さあ! 私とともに戦うという、勇気ある戦士は誰ですか!」


子日「ね……子日は一緒に行くよ! 電ちゃんと一緒に戦う!」


不知火「し、不知火もだ! 不知火もご一緒させてください!」


暁「私も戦うわ! 私だって一人前の戦士なのよ!」


響「あ、アカギドーラが何だ! 響も戦うぞ!」


夕立「わ、私は子日様の奴隷だけど……それでも戦士として戦いたいっぽい!」


「私も!」「私も一緒に行きたい!」「私も戦うぞ!」「あ……アカギドーラを倒せー!」


割れんばかりの歓声が沸き起こっていました。今や膝を着く駆逐艦は誰もいません。皆が立ち上がり、拳を突き上げています。


霞「うっそでしょ……アカギドーラ教団のやつらが、こんな……」


部屋から出てきた霞ちゃんは驚愕に目を見開いています。こんな光景は予想だにしていなかったに違いありません。


電「もうアカギドーラ教団はありません。これからはアカギドーラ討伐隊として、電が率います」


霞「ちょっと信じられないけど……あんた、本気でやるのね」


電「はい。ところで、あとは霞ちゃんだけなんですけど……」


霞「え、何が?」


電「霞ちゃんは……電と一緒に戦ってはくれないのですか?」


霞ちゃんは怪訝そうな顔をすると、あきれたような笑顔を浮かべて、私の手を取りました。


霞「答えるまでもないじゃない。私も、電と一緒にいくわ。連れてってくれるんでしょ? 平和な海に」


電「……約束します」


駆逐艦たちの歓声の中、私たちは固く手を握り合います。もう何も恐れるものはありません。


私たちは自分たちの運命を変えるために、戦うのです。








日が沈む頃になり、軽巡、軽空母たちの賭場は喧騒もすっかり鳴りを潜めました。今は木曾さんだけが散らかったサイコロやトランプを片付けています。


そこに荒れ果てた賭場には似つかわしくない、華やかなポニーテールをした美しい女性が歩み寄りました。


大和「木曾さん、こんにちは。今日はもうやってないんですか?」


木曾「キソ~……悪いでキソ、大和姐さん。今日は閉めてしまったでキソ」


大和「あら、そうなんですか。残念、この前の儲け分を還元しようと思って参りしましたのに」


木曾「申し訳ないでキソ。多分、しばらく賭場は経営できなくなるでキソ」


大和「それは困りましたわ。最近、せっかく趣味の賭け事が楽しくなってきたのに……」


電「賭け事なんてしてる暇はもうありませんよ、大和さん」


その言葉に振り返った大和さんは、私を見て嬉しそうににっこりと笑いました。


大和「こんにちは、電さん。それはどういうことです?」


電「大変お待たせしました。以前お話ししたことは覚えていますよね? 『電号作戦』を実行します」


大和「ふふ、ようやくですね。待ちくたびれてしまいました」


木曾「電、何の用でキソか? 賭場の摘発に来たんなら、ご覧の通りもうこの賭場はお終いでキソ」


電「今更、賭場なんてどうも思っていませんよ。それより、木曾さん。龍田さんを呼んできてくれませんか」


木曾「キソ? でも、龍田姐さんは今忙しいでキソ」


電「こんな賭場より美味しい話がある、と伝えてください。木曾さん、それはあなたにも関わってくる話です」


木曾「……わかったでキソ」


龍田さんを呼びに行く木曾さんを見送りながら、大和さんはうーんと大きな背伸びをしました。


大和「さて、忙しくなりますね。進行状況はどうなっています?」


電「すでに駆逐艦たちの協力は取り付けました。ここが終わったら、今度は足柄さんたちのところへ行きましょう」


大和「じゃあ、第一段階は今日中に終わる、と。問題は第二段階ですか。赤城さんへの対応策は立ちましたか?」


電「極秘計画なので話せないのですが、バッチリです」


大和「なるほど。勝算はあるんですね。決着までにどれくらいかかる予定ですか?」


電「そんなにかかりませんよ。明日……いえ、明後日には全てが終わると思います」


大和「わかりました。それでは、この大和。電さんに命をお預けします」


電「ありがとうございます。大和さんのご期待に必ず応えます」


今日の夜には鎮守府の勢力図は一変しているでしょう。それは『電号作戦』の始まりに過ぎません。


もはや歯車は回り出し、引き返すことはできません。あとは進み続けるだけです。


私たちの手に、鎮守府を奪い返すのです。




続く


後書き

ありがとうございました。


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1: SS好きの名無しさん 2015-09-14 20:39:16 ID: OdS321al

続きが待てない!

2: SS好きの名無しさん 2015-09-14 21:06:18 ID: RR0be-04

待っていた…… 待っていたぞ!!!

3: SS好きの名無しさん 2015-09-17 07:30:54 ID: 2MDS1Kvf

ついに電が動いたか・・・・楽しみだ!!

4: SS好きの名無しさん 2015-09-17 11:31:45 ID: Kszformq

創作とわかっているが、扶桑が悪く言われると胸が痛いぜ…
電ちゃん、提督をぶっとばしで仇を取ってくれ!
早く続きが読みたいなぁ〜

5: SS好きの名無しさん 2015-09-17 13:52:17 ID: 0uzhlz2X

この赤城はわるい赤城だな(笑) 「ステキなお姉さん」のコンセプトはどこへ…(笑)

6: SS好きの名無しさん 2015-09-22 02:46:59 ID: Tq-Z8ORG

頼むぞ電、艦娘に明るい未来を!
無能提督に慈悲なき鉄槌を!!!

7: SS好きの名無しさん 2017-07-11 07:38:59 ID: -uHnp7Xy

>バリバリ、グシャグシャ、バキバキ、ゴクン!
かのじょをみて かのじょをみて あかぎのなかのかいぶつがこんなにおおきくなったよ!


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