2016-03-06 04:06:57 更新

概要

前作「電ですが、鎮守府の空気が最悪なのです」
http://sstokosokuho.com/ss/read/2666

※注意事項
・一部に過激な暴力表現、グロテスクな描写を含みます。予めご了承ください。
・特定のキャラクター、及び国家、人種、格闘技を貶める意図がないことをご理解ください。
・あなたの嫁が顔面を割ったり割られたり、あるいはもっと酷いことになる恐れがあります。ご注意ください。
・一部に著しいキャラクター崩壊が見受けられます。ご容赦ください。


前書き

本スレ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1451576137/


※階級について
艦種を実際の格闘技における重量階級に当てはめており、この作品内では艦種ではなく階級と呼称させていただきます。

戦艦級=ヘビー級

正規空母級=ライトヘビー級

重巡級=ミドル級

軽巡級、軽空母級=ウェルター級

駆逐艦級=ライト級



明石「皆様、大変長らくお待たせしました! これより第二回UKF無差別級グランプリ、3回戦を開催致します!」


明石「本日の予定はA&Bブロックそれぞれの決勝戦、およびエキシビションマッチ3戦目の計3試合の放送となっております!」


大淀「いやーようやくですね。やっと私の活躍がお見せできる日がやってきましたよ」


明石「大淀さんは出ません! さて、随分と時間が押してしまったことですし、さっそく試合を始めて行きたいと思います!」


明石「まずはAブロック決勝戦! 第一回UKF無差別級グランプリから始まった、因縁の対決が幕を開けます!」


明石「生き残るのは不沈艦か、破壊王か! まずは彼女から登場していただきましょう! 赤コーナーより新生破壊王の入場です!」




試合前インタビュー:武蔵


―――これから念願の扶桑選手との対戦に臨まれるわけですが、今の心境をお聞かせください。


武蔵「ここまで来るのに随分と長い道のりを歩いてきたように思う。だが、この場所がゴールだというわけではない」


武蔵「私は今、ようやくスタートラインに立ったんだろうな。全てはまだ、始まってすらいないんだ」


武蔵「扶桑に敗北したとき、何もかも失った。地位も、名誉も、誇りも。だが、今更それらを取り戻そうとは思わない」


武蔵「失ってこそ得られたものもあったからな。一から全てをやり直した結果、全く新しい自分に出会えた。そのことを、心から扶桑に感謝したい」


武蔵「この感謝の想いを、扶桑には戦いを通して示したい。あの頃の私とは違うんだと見せつけることでな」


―――扶桑選手のことをどのように思っていらっしゃいますか?


武蔵「思うところは色々あるが、形ある言葉にするのは難しいな。ただ1つ言えるのは、扶桑は誰よりも強いということだ」


武蔵「おそらく、天性の才と呼べるものを扶桑はほとんど持ちあわせていなかったに違いない。彼女はゼロからあそこまで強くなったんだ」


武蔵「扶桑が歩んできた年月の重さは、他のどの選手とも比ぶべくもない。私をして、ようやく扶桑の足元に届いたところだと思っている」


武蔵「扶桑は強い。彼女を弱いという奴がいるなら、この私が殺してやる。扶桑は最高のファイターだよ」


―――戦う前に、扶桑選手に伝えたいコメントなどはありますか?


武蔵「何もない。言葉などなくても、扶桑は私の闘志に全身全霊で応えてくれるだろう」


武蔵「私は扶桑に挑戦者として戦いを挑む。出し惜しみはしない。慢心も油断もない。私の培ってきた全てをぶつけ、扶桑に勝つ」


武蔵「そうしなければ、私はどこへ行くこともできないんだろう。優勝なんて今はどうでもいい。今はただ、扶桑に勝ちたいんだ」




武蔵:入場テーマ「FinalFantasyⅩ/Otherworld」


https://www.youtube.com/watch?v=kXDxYIWAT7Y




明石「超絶パワー×超絶テクニック! 想像を絶する鍛錬の日々により、かつての豪腕ファイターは神業級の技術まで手に入れてしまった!」


明石「喧嘩屋、霧島を一蹴し、立ち技格闘界王者、赤城を封殺勝利! そしてとうとう、彼女はこのリベンジマッチの舞台に降り立った!」


明石「屈辱の初戦敗退から1年、今の私に一切の隙はない! 今こそ、あの敗北の借りを返すとき!」


明石「その両の拳は、奇跡の不沈艦を打ち倒すことができるのか! ”破壊王” 武蔵ィィィ!」


大淀「さあ、武蔵さんにとっては念願の扶桑戦ですね。表情からも、その意気込みの高さがありありと伺えます」


明石「熱くなっているという感じではないですけど、すごい気迫ですね。見ているだけで圧倒されるというか……」


大淀「あれほど望んでいた扶桑さんとの試合ですからね。彼女にとって、この試合は決勝戦以上に重い意味を持つのかもしれません」


明石「霧島戦、赤城戦の両方を圧勝で飾ってきた武蔵選手ですが……扶桑選手が相手となると、どのような戦いになると思われますでしょうか?」


大淀「……1つ言えるのは、1回戦、2回戦のとき以上に、この試合での武蔵さんは強いと思います」


大淀「武蔵さんは霧島戦を試運転だと称していました。ですが、もしかすると……赤城さんとの戦いすら試運転に過ぎなかったように思えます」


明石「あれが試運転? まさか、赤城選手を相手にそんな真似が……」


大淀「武蔵さんの目的は優勝、それ以前に扶桑さんに勝つことです。扶桑さんに勝つためには、グラウンド対策は避けて通れません」


大淀「ならば、その前に一度グラウンド戦を試しておきたい、と考えるのが自然ではないでしょうか。その相手に赤城さんは好都合だったんです」


大淀「未だかつてテイクダウンを取られたことのない立ち技王者の赤城さんからテイクダウンを奪えるなら、扶桑さんからもきっと奪える」


大淀「そう考えた武蔵さんは、打撃ではなく意図的にグラウンド戦へ持ち込んだように思えます。赤城さんの柔術は予想外ではあったでしょうけど」


大淀「いえ、柔術さえも武蔵さんにはグラウンド技術を試す最高の機会と捉えたかもしれません。そして存分に自分の技を試し、勝った……」


明石「……赤城選手との試合で、武蔵選手は手を抜いていたということですか?」


大淀「手を抜いた、というのとは少し違うでしょう。あれはあれで、武蔵さんは全力で戦ったんだと思います」


大淀「赤城さんをグラウンドで圧倒できないなら、この先の勝利は有り得ない。だから武蔵さんは敢えて自分の技を制限して戦ったんです」


大淀「そうした危険を冒してまで行なったリハーサルを終えて、武蔵さんはこの場に立っています。もはや、自分の技に一切の不安はないでしょう」


大淀「おそらく、この試合で武蔵さんは真の実力を明らかにします。立ち技でも、グラウンドでも惜しみなく技を発揮するでしょう」


大淀「その実力がどれほどのものか、私には想像も付きません。それだけ、今の武蔵さんは計り知れない力を持っています」


明石「……まさか、扶桑選手にも圧勝する、という展開も有り得るのでしょうか」


大淀「私の願望かもしれませんが……それはないと思います。何せ、あの扶桑さんですからね」


大淀「扶桑さんが強いからこそ、武蔵さんもここまで強くなったんです。どちらの選手も、実力者であることは疑いようもありません」


大淀「敗北を糧に駆け上がってきたトップファイター同士です。実力の差如何に関わらず、どちらが勝ってもおかしくない……と私は思います」


明石「……ありがとうございます。では、青コーナーより選手入場! かつて武蔵選手を下した、奇跡のファイターの登場です!」




試合前インタビュー:扶桑



―――武蔵選手のことをどのように感じていらっしゃいますか?


扶桑「……1年前の武蔵さんも強かったとは思いますが、付け入る隙はありました。でも、今の武蔵さんにそういうものはありません」


扶桑「あれからどれだけの鍛錬を積まれたのか……私は才能がないから練習してるのに、練習量でも追い抜かれてしまったかもしれませんね」


扶桑「元々武蔵さんは私より格上の実力を持つ方です。それなのに、あれから更に強くなってしまって……本当に凄いですね、武蔵さんは」


―――勝つ自信はありますか?


扶桑「……今の武蔵さんと私を比べたとき、私が優っているところは1つもないでしょう。パワーもテクニックも、武蔵さんが遥かに上です」


扶桑「グラウンドの攻防もできて、精神的な甘さすらないとなると、私の勝ち目は万に一つもない……ということになってしまいますね」


扶桑「困りました。3回戦で長門さんクラスの方と戦うことになるなんて……ふふっ。本当に運がないですね、私は」


―――嬉しそうにしていらっしゃるように見えますが、気のせいでしょうか?


扶桑「いえ、嬉しいわけじゃないんですよ。ちょっとだけ、おかしいなって思ってしまっただけで」


扶桑「私、武蔵さんのことが怖いんです。こんなに怖いと思ったのは赤城さん以来かしら……その赤城さんでさえ、武蔵さんには敵いませんでした」


扶桑「武蔵さんは私よりずっと強い。勝ち目なんてない、だから戦うのが怖い……でも、よく考えたら、そんなの今更って感じですよね」


扶桑「今でこそ私はトップファイターなんて言われてますけど、勝負はいつもギリギリです。今まで戦ってきた方たちは、私より強い人ばかりでした」


扶桑「負けて当たり前の戦いを、それでも私は何度も勝ってきたんです。だから、今回もきっと同じです」


扶桑「負けたくないから、武蔵さんに勝ちます。実は勝算だってあるんです。勝てると思うから、私は武蔵さんと戦います」


扶桑「勝ち目は万に一つもないかもしれませんけど、ゼロじゃないなら私には十分です。そういうの、慣れてますから」


扶桑「武蔵さんには悪いんですけど……私は、ここで負けるわけにはいかないんです」




扶桑:入場テーマ「Chthonic/Broken Jade」


https://www.youtube.com/watch?v=heF_NPJbv8Y




明石「ここに世紀のリベンジマッチが実現しました! 入場してくるのは、かつて格上と言われた武蔵選手を一瞬で仕留めた奇跡のファイター!」


明石「幾多の敗北と勝利を積み重ね、ここまで駆け上がってきた! あの長門さえ苦しめた彼女が今、史上最強の挑戦者を迎え討つ!」


明石「相手は己と同じく敗北の淵から這い上がってきた、”破壊王” 武蔵! 破壊の王はより一層破壊力を増して、優勝への道に立ち塞がる!」


明石「何人たりとも、悲願の優勝への道を阻ませはしない! ”不沈艦” 扶桑ォォォ!」


大淀「……落ち着いた表情をされてますね。あまり気負ったところは感じられません」


明石「今日は関係者席に山城さんが着いていらっしゃいます。落ち着いている扶桑選手とは反対に、山城さんは心配そうな視線を送っていますね」


大淀「まあ、相手が相手ですからね……あ、扶桑さんが笑顔で手を振りました。案外、余裕があるみたいですね」


明石「それだけ武蔵選手に勝つ自信がある……ということでしょうか」


大淀「どうなんでしょうね。おそらく、純粋な格闘術において、武蔵さんは扶桑さんを大きく上回っています」


大淀「正攻法ではまず勝ち目はありませんし、小細工の通じる相手でもありません。勝率は極めて薄い、と言わざるを得ないでしょう」


明石「……あれ? でも、大淀さんは先程、どちらが勝ってもおかしくはないと……」


大淀「それなんですよ。扶桑さんが他のどの選手よりも強い点はそこなんです」


大淀「例えば私なんかは、絶対に勝てるという確信がなければリングには上がりません。それはどんな選手も似たようなものだと思います」


大淀「反面、ときに選手というのは勝率の薄い試合に臨まざるを得ないことが多々あります。こういうトーナメントでは特にね」


大淀「そういう格上の相手と戦う場合、選手は皆思い悩みます。無理やり自信をひねり出してみたり、頭を空っぽにして試合に臨んでみたりします」


大淀「精神との折り合いがつかないままリングに登る選手だっていますね。まあ、どうやっても大抵は負けてしまうんですけど」


明石「その中だと、扶桑さんはどのタイプになるんでしょうか?」


大淀「どれも当てはまりません。扶桑さんはね、勝率がゼロに等しい相手だろうと、勝つこと以外何も考えていないんです」


大淀「負けたらどうしよう、なんてことは端から頭にないんですよ。試合前は謙遜された発言をしてますけど、実は負ける気なんて更々ありません」


明石「それはつまり、大の自信家っていうことでしょうか?」


大淀「いえ、自信があるわけではないんでしょうね。扶桑さんは自分と対戦相手に実力の開きがあるときは、それをはっきりと認めてますから」


大淀「ただ、勝利への執念が桁違いなんです。長門さんにあそこまで食い下がったのも、その不屈の精神があったからです」


大淀「私が長門さんと対峙した印象を『絶壁』と表現したのは覚えていますか? 扶桑さんも、きっと似たような印象を受けたと思います」


大淀「私はその時点で立ち尽くしてしまいましたが、扶桑さんは何の躊躇いもなく向かって行きました。ただ勝つことだけを考えてね」


明石「扶桑選手はどんな相手からも冷静に弱点を見出して、そこを突くタイプの選手かと思っていたんですけど、そういうわけではないと?」


大淀「もちろん、その分析は外れていませんよ。でもね、赤城さんにも長門さんにも、弱点と言えるほどものは何もないんです」


大淀「それでも扶桑さんは向かっていけるんです。目の前に絶壁があるなら、素手の拳を何万回打ち込んででも崩してやる、くらいの覚悟でね」


大淀「可能性がゼロでさえなければ、そのごく僅かな勝率を執念でもぎ取ってしまう。それが扶桑さんの強さなんです」


明石「……今の武蔵選手にも弱点はありません。それでも、扶桑選手は全力で勝ちに行くということでしょうか」


大淀「ええ。それがたとえ何万分の1の確率でも、扶桑さんなら勝機はある。だって、あの人は負けることなんて1ミリも考えてませんからね」


大淀「ただし、勝利への執念なら武蔵さんも十分持ち合わせています。あの2人がぶつかり合ったとき、一体どんな結末が待っているんでしょうね」


明石「なるほど……では、具体的に試合展開としてはどう予想されますか?」


大淀「そうですね……立ち技では武蔵さんが圧倒的に有利です。赤城戦の最後に見せた、ヒットマンスタイル。あれが曲者です」


大淀「本来、あのスタイルは非力なアウトボクサーが使うものです。フットワークと左ジャブで翻弄し、回避とカウンターを主軸に立ち回ります」


大淀「この戦い方には高い敏捷性と反射神経、そして天性のセンスが求められます。ですので、扱える選手はボクサーにもごく僅かしかいません」


大淀「しかし、武蔵さんは鍛錬によってこのスタイルを完全にものにしています。その上、元々武蔵さんは豪腕を生かしたインファイターなんです」


大淀「ならば状況次第でテクニカルに翻弄するか、パワーで押し込むか、スタイルをチェンジしつつ攻めることができます。非常に対処が厄介です」


大淀「ですので、スタンド勝負を挑むのは無謀です。かと言って、グラウンド技術も赤城さんを完封するレベルで、しかもタックルまで扱います」


大淀「はっきり言って、手がつけられません。強いて有効な戦術があるとすれば、テイクダウンを奪って素早く関節を極めて折る、くらいですかね」


明石「となると……まずはどうテイクダウンを奪うか、という話になってきますね」


大淀「ええ、それ自体も非常に難しいんです。下手に胴タックルを試みれば、切られた挙句持ち上げられて、マットに叩きつけられてしまうでしょう」


大淀「ガードポジションから絞め技を狙っても、武蔵さんは構わず殴ってくるでしょうしね。寝技に引き込むのも危険が伴います」


明石「情報を並べてみると……実に絶望的ですね。扶桑選手が勝つ可能性は本当にあるんでしょうか……」


大淀「ある、と私は考えています。ただし、どちらが勝つかはわかりません」


大淀「敗北を味わい、二度と負けないと誓ったファイター同士の戦い。当然のことながら、この試合の勝者は1人だけです」


大淀「死力を尽くした戦いになるでしょう。私が確実に予想できるのはそこまでです。後は、始まってみないとわかりませんね」


明石「ありがとうございます。さて、とうとう両者がリングイン! こうしてリング上で向かい合うのは2度目になります!」


明石「そのときの勝者は扶桑選手! しかし今、目の前に立っているのは、あのときより遥かに強大な力を手にした武蔵選手です!」


明石「両選手の心中にはどのような想いが……あっ、これは……武蔵選手が手を差し出しました! 扶桑選手に握手を求めています!」


明石「通常、UKFの試合では握手は行われませんが……扶桑選手、これに応じました! 2人のトップファイターが強く手を握り合った!」


明石「握手を交わしつつも、両選手に笑顔はありません! 今から始まるのは、互いの誇りを賭けた死闘! 息苦しいほどの闘志が渦巻いています!」


明石「固く握手と視線を結び、ついに試合開始間近となりました! 視線を切らぬまま、ゆっくりと手を離してコーナーへ戻っていく!」


明石「会場からは割れんばかりの歓声が響いていますが、2人とも全く意に介さない! ただ静かな闘志を秘めた目で、相手をしかと捉えている!」


明石「この試合の勝者はただ1人! 残るのは奇跡の不沈艦か、はたまた捲土重来を果さんとする破壊王か!」


明石「今、死闘の火蓋が切って落とされる! ゴングが鳴った、試合開始です!」


明石「両者、ゆっくりとコーナーから歩き出す! 先に構えを取ったのは武蔵! 例のヒットマンスタイルを取り、軽やかにステップを踏み始めた!」


明石「対する扶桑選手、いつもの空手の構えを取ります! これは打撃に付き合おうというのか、はたまた別の意図があるのか!」


大淀「こういうとき、扶桑さんはどんな手を使ってくるかわかりませんからね。まさか真っ向からの打ち合いはしないでしょうが……」


明石「さあ、両者が慎重に距離を詰める! 間合いが着実に近づき、早くも拳の射程内! 先に動くのはどちらか!」


明石「動いた! 仕掛けたのは武蔵です! しなる鞭のようなフリッカージャブ! 扶桑選手、これを辛うじてブロック!」


明石「再びフリッカージャブが放たれた! 速い! 目で追うのがやっとです! 武蔵選手の拳が扶桑選手の鼻先を掠めました!」


明石「武蔵選手、積極的にジャブを放って徐々にプレッシャーを掛けて行きます! 扶桑選手は打ち返さない! やはりカウンターを警戒している!」


大淀「武蔵さんの腕力なら、ジャブでも当たり方次第で十分ダメージが入ります。それに、コンビネーションの右も気を付けないと……」


明石「立て続けに左ジャブ! これは扶桑選手の頬を叩いた! ラッシュに押されてか、扶桑選手やや後退!」


明石「合わせて武蔵選手が前に出る! ジャブを打ちながら着々と扶桑選手を追い詰めて行きます! ダメージこそないものの、扶桑選手劣勢!」


明石「フットワークで回り込みつつ、武蔵が更にフリッカージャブ! わずかに顎を掠めた! 扶桑選手、反撃はしない!」


明石「まだ両者、出方を伺うような攻防です! 武蔵選手はジャブしか打たず、扶桑選手は慎重に距離を取るのみ! 大きな動きはありません!」


明石「どちらも勝負に出るタイミングを計っているのか! 武蔵選手がまたフリッカージャ……いや、右ストレート! ワンツーで右を……あっ!?」


大淀「なっ!?」


明石「い……一本背負い炸裂ぅぅぅ! 扶桑選手、コンビネーションの右を完璧に捉えた! 武蔵選手を一息に投げ落としました!」


明石「まるで右が来るタイミングを知っていたかのように綺麗に投げた! 武蔵選手、テイクダウン! マットに勢い良く叩き付けられました!」


大淀「多分、読んでいたんじゃなくて、ヤマを張っていたんでしょう。あのタイミングで右が来ることに賭けて、投げを狙っていたんです」


明石「素早く扶桑が武蔵に跨った! マウントポジション! 扶桑選手、早くも大きなチャンスを手にしました! グラウンド戦に移行します!」


大淀「ここからが重要です。扶桑さんは2度と武蔵さんを立たせるつもりはないでしょう。ここで決めに行くはず……!」


明石「まずは扶桑選手、鉄槌打ちを振り落とした! これはブロックされる! 武蔵、すかさず下からパンチを放った!」


明石「扶桑、その腕を捕らえる! 腕十字、腕十字です! 早くも極め技を繰り出した! こ、ここで決まるのか!?」


明石「いや、武蔵は腕をフックして堪えています! 艦娘一とさえ言われる腕力は、扶桑選手の全身の力にさえ勝るのか! 腕十字を極め切れない!」


明石「あっ、武蔵選手が身を起こした! 力ずくでマウントを返しに掛かる! 逆に扶桑選手からマウントポジションを奪おうとしています!」


明石「しかし扶桑、それをさせない! 腕十字を腕ひしぎ三角固めに切り替えた! なおも武蔵の右腕を折りに掛かる!」


明石「先程は両腕、しかし今度は片腕のみに扶桑の膂力がのしかかっています! これは武蔵の腕力と言えども耐え難いは……うぇ!?」


大淀「こ……ここまでだなんて……!」


明石「む、武蔵が立ち上がった! 右腕を扶桑選手に極められたまま、両足でマットに屹然と立ちました! う、腕一本で三角固めに耐えている!」


明石「パワーで勝ると言えども、扶桑選手は戦艦級! 決して非力なファイターではありません! しかし腕が折れない! す、凄まじい腕力です!」


明石「武蔵は立ち上がりましたが、扶桑、未だ腕に絡みついて離れない! 腕を折るまでは絶対に離さないという執念を……あっ、踏み付けた!」


明石「武蔵の踏み付けです! 顔面狙いの踏み付けを扶桑選手、避けない! モロに顔を踏み抜かれました! こ、これは効いたか!?」


大淀「ふ、踏み付けを受けに行くなんて、無謀過ぎる……!」


明石「ま、まだ扶桑選手に意識はあります! しかし、目尻を切ったのか顔面から出血! それでも扶桑は離れない! 武蔵、再び踏み付けた!」


明石「扶桑選手、これもまともに食らった! このダメージは深刻……あっ!? む、武蔵が顔面を踏み付けたまま、足をどけない!?」


明石「なっ……武蔵選手、扶桑選手の顔に足を掛け、三角固めから腕を抜こうとしています! あまりにも強引な極め技からの脱出だ!」


明石「もはや相手への尊敬など知ったことではない! いや、手段を選ばないことこそ尊敬の表れか! 武蔵、扶桑選手を足蹴にして万力を込める!」


明石「ぬ、抜けたぁぁぁ! 抜けてしまった! 武蔵、扶桑選手渾身の三角固めから脱出成功! 長時間極められ続けながら、右腕は未だ健在!」


明石「扶桑、素早く立ち上がります! 武蔵は右腕を回してノーダメージをアピール! 対する扶桑、踏み付けのダメージが色濃く浮き出ている!」


明石「再度スタンド状態からの対峙となりました! 絶好のチャンスを逃した扶桑、絶対絶命の危機から脱した武蔵! ここから勝負はどう動く!」


大淀「武蔵さんの右腕には多少なりとも靭帯へ損傷があるはずです。これで打撃の脅威を軽減できはしましたが、状況は扶桑さんにとって不利です」


大淀「さっきテイクダウンが取れたのは、半分は運によるものです。武蔵さんに同じ手は2度と通用しないでしょう」


大淀「ここから武蔵さんはより慎重に、なおかつ確実に打撃で攻めてきます。果たして、扶桑さんにもう1度テイクダウンを取る術があるのか……」


明石「さあ武蔵選手、再びヒットマンスタイルを取った! フットワークで一気に距離を詰める! 扶桑、空手の構えで待ち構える!」


明石「まずは左のジャブ、ジャブ、フリッカージャブ! そして右フック! 高速の連撃が襲い掛かる! 扶桑、辛うじて防いだ!」


明石「武蔵、回りこんで左のフック! 続いて右のショートアッパー! これはボディに入った! 扶桑選手、やや体勢が崩れる!」


明石「すかさず武蔵が左フックを放つ! ギリギリでブロック! 武蔵選手、序盤よりも積極的に攻め立てています! 扶桑に反撃の隙を与えない!」


明石「回り込もうとする武蔵に扶桑選手がローキック! 空振り! バックステップで躱された! やはり武蔵、距離の取り方が絶妙だ!」


大淀「やはりスタンドでは武蔵さんが圧倒的です。これ以上立って戦えば扶桑さんは不利になるばかりでしょう。どうにかして状況を変えないと……」


明石「更に扶桑選手がローキックを打ちますが、また空振り! 武蔵選手、豪腕とは相反するはずの軽快なフットワークで扶桑を翻弄しています!」


明石「今度は武蔵がパンチを打ち込む! フリッカージャブ、右ストレート、左ショートアッパー! アッパーがまたボディに入った!」


明石「ボディへのパンチが着実に扶桑選手のスタミナを削っています! 扶桑選手、劣勢! ここから逆転の可能性はあるのか!」


明石「今度は扶桑が武蔵の顔面へジャブを打った! 当たらない! 拳の射程を完璧に読まれています! 絶妙なスウェーバックで躱された!」


明石「しかし扶桑はなおもジャブを放つ! 一転して攻勢に出るのか! しかし武蔵に打撃勝負を挑むのは危険……あっ、タックルに行った!」


大淀「ちょ、タックルはまずい!」


明石「足を狙った低空タックル! だが武蔵には通用しない! 素早く腰を引いてタックルを切り……いや、タックルじゃない!」


明石「水平蹴り! タックルに見せかけた水平蹴りです! 腰を引いた武蔵の足を刈った! 武蔵選手が大きく体勢を崩す!」


明石「扶桑、その襟を掴む! な、投げたぁぁぁ! 背負投げが決まったぁ! 扶桑、再びテイクダウンに成功……してない!?」


大淀「な、なんて反応速度……!」


明石「武蔵選手が受け身を取った! 体勢が崩れていない! 襟から扶桑選手の手を打ち払い、あっさりと立ち上がります!」


明石「なんということでしょう、扶桑選手、起死回生の背負投げを失敗! またしてもスタンド勝負からの対峙となってしまいました!」


大淀「武蔵さんの組技、投げ技対策が完璧過ぎる……これじゃもう、どうやってもテイクダウンなんて取れそうにありません」


明石「武蔵が再びフットワークを踏み始めた! その動きにダメージは一切なし! 扶桑選手はボディへの打撃が効いているのか、やや息が荒い!」


明石「距離が狭まり、再び打撃戦! チャンピオンボクサーの拳が扶桑選手へ襲い掛かる! 扶桑選手、防戦一方!」


明石「ジャブ、ジャブ、アッパー、ストレート、フック! 武蔵が豪腕と手数で攻め立てる! 顔面、ボディを交互に狙う激しいラッシュです!」


明石「扶桑選手はガードを固めつつ後退! 頭部は守れていますが、ボディには強烈なのが何発か入っている! そろそろ耐久力の限界のはず!」


明石「コーナーを避けつつ扶桑選手が下がる! 武蔵はパンチを繰り出しながら追う! 未だ武蔵選手にスタミナ切れの様子はありません!」


明石「むしろスタミナが心配なのは扶桑選手のほう! 徐々に足取りが重くなりつつあります! まさか、ここで不沈艦は沈んでしまうのか!」


大淀「絶望的です。打ち返せばカウンターを取られる危険があるし、タックルも通用しないとなると、もうやれることが……ん?」


明石「また武蔵の右フックがレバーを叩いた! 非常に苦しい展開です! このまま……ん? 何でしょう、扶桑選手がちらりとこっちを見ました!」


明石「どうしたんでしょう。あっ、またこっちを見……あっ、ああああっ!? な、何だぁぁ!」


大淀「なっ!?」


明石「はっ……ハイキック炸裂ぅぅぅ! 扶桑、武蔵選手の側頭部に右のハイキックを叩き込んだ! 完璧に入りました! クリーンヒットです!」


明石「武蔵の意識がぐらついている! 扶桑、そのまま懐に飛び込んでまたもや背負投げを掛ける! こ、これも決まったぁぁぁ!」


明石「武蔵選手、頭から落とされました! 受け身に失敗! まだ失神はしていませんが、明らかに脳震盪を起こしています!」


明石「すかさず扶桑がマウントを取った! し、信じられない逆転です! 大淀さん、今の攻防は一体何が起こったんですか!?」


大淀「信じられません、あんな小技をこの大舞台で使うなんて……扶桑さんは、あの状況で『よそ見戦法』を仕掛けたんです」


明石「よそ見? それって、さっきの扶桑さんがこっちを見たときのことですか?」


大淀「はい。一瞬なのでよく見えなかったでしょうけど、扶桑さんはひどく驚いた表情でこちらを見ました。何か只ならぬことに気付いたかのように」


大淀「それを間近にいた武蔵も見たんでしょう。一瞬でも気を抜くこと許されない状況で、対戦相手がよそ見をする。普通なら有り得ないことです」


大淀「だからこそ、武蔵さんはまんまと扶桑さんの演技に引っ掛かったんです。何かあったのかと思って、武蔵さんも釣られてこっちを見てしまった」


大淀「武蔵さんの視界が私たちに向く、その隙を扶桑さんは狙ったんです。死角からのハイキック。小細工で武蔵さんからダウンを奪った……!」


明石「な、なるほど……扶桑選手、再び絶好のチャンスを手に入れました! これを逃す手はない、ここで武蔵選手を仕留めに掛かる!」


明石「顔面へ渾身の鉄槌打ち! 入った! 扶桑の拳が、武蔵選手の思考を更に混濁させる! ガードを固める意識すら残っていないようです!」


明石「扶桑が更に顔面を拳で叩く! 今まで打ち込んでくれたお返しだ! 武蔵選手、もはや完全に脳震盪を……はあっ!?」


大淀「あっ、しまった!」


明石「ふ、扶桑選手が引き剥された! これは赤城戦で見せた、あのマウント返しの再現! 武蔵、腕力だけで扶桑選手を引き倒しました!」


明石「恐るべき豪腕! だが武蔵選手、意識がまだ回復していない! マットに膝を付いたまま、マウントを取り返すことができません!」


明石「手は扶桑選手の襟を掴んだまま! 座った体勢での組み合い状態になりました! 扶桑、まずは襟を掴んでいる手を外しに掛か……らない!?」


大淀「うわっ、さすがえげつない……!」


明石「め、目突きを放った! 武蔵、反応が遅れて躱し損ねる! 左目に指がかすった! 武蔵、片目の視力をほぼ喪失!」


明石「更に扶桑、組み合ったまま頭突きを敢行! これは入らない! 武蔵選手、額を突き出した受けに行きました!」


明石「互いの額から出血! まだ勝負は終わっていない! 破壊王武蔵、未だ陥落せず! クリンチで回復を試みようとしています!」


明石「扶桑、クリンチには入れさせない! マットに自ら倒れ込み、武蔵の胴を足で挟む! ガードポジション状態に突入しました!」


明石「下から武蔵の顔面を殴った! 意識の回復を許さない! 武蔵、ガードを固めますが、焦点は定かでないまま! 防ぎ切れるか!?」


明石「また扶桑が下からのパンチ! 死角となった左にフックを入れた! 側頭部に命中! やはり武蔵、打撃をガードし切れない!」


明石「扶桑がなおも下から殴る! 武蔵、たまらずガードを解いて殴り返した! 扶桑、その腕を取る! 足を胴から外す! こ……これは!」


大淀「まさか……!」


明石「さ、三角絞めが決まったぁぁぁ! まるであのときの繰り返し! 扶桑選手、武蔵から2度目の三角絞めを決めたぁぁぁ!」


明石「完全に入っている! これはもう外せません! 頸動脈が極められています! 破壊王武蔵、同じ決まり手での敗北を喫し……嘘でしょ!?」


大淀「た、立てるの!?」


明石「た……立った! 武蔵選手が立ちます! 三角絞めを極められたまま、未だ落ちず! 再び腕一本で扶桑選手を持ち上げ、立ち上がりました!」


明石「なんという腕力、なんという勝利への執念! 破壊王の誇りが2度目の敗北を許さない! まだ武蔵は諦めていません!」


明石「せ、戦艦級の扶桑選手を高々と宙へ振り上げた! た、叩き付ける気だ! そんな力がまだ残っているのか!?」


大淀「嘘でしょ……」


明石「い、いったぁぁぁ! 武蔵、叩き付けを敢行! 扶桑、背中から激しくマットへ落とされた! 破裂したかのような凄まじい音が鳴り響く!」


明石「しかし、扶桑選手は離さない! 勝利への執念ならこちらも負けてはいない! この程度で、最大の勝機を手放すなど考えられない!」


明石「叩き付けを耐え抜かれ、武蔵選手、万策尽きる! もはや前のめりの状態でまった動か……う、動いた!? まだ落ちてない!」


明石「し、信じられない! 武蔵選手、まだ意識があります! しかも、再び扶桑選手を持ち上げようとしている! どこにそんな力が!?」


大淀「く、首の位置をわずかにずらしていて、完全には頸動脈が極まっていないみたいです。だからって、こんな……!」


明石「も……持ち上げてしまった! さっきより位置が高い! ほぼ頭上まで扶桑を持ち上げた! まさか……い、いったぁぁぁ!」


明石「武蔵、再び叩き付けたぁぁぁ! リングが沈み込んでしまうのでないかというほどの衝撃音! 扶桑選手、受け身は取れているのか!?」


明石「ま……まだ扶桑選手、腕を離していない! 表情から察するに、蓄積されたダメージと疲労で限界は間近! それでも叩き付けに耐え抜いた!」


明石「勝利への執念が半端じゃない! やはり勝者はふそ……え、ちょっと。まだやれるの!?」


大淀「なんで!? もう落ちてなきゃおかしいでしょ!」


明石「ど、ど、どういうことだ! 武蔵選手がまだ動いている! さ、3度目をやる気か!? なんでやれるの!? 未だ破壊王、健在!」


明石「またもや扶桑を持ち上げようとしています! しかし、さすがに上がらない! 足がふらついています! 前につんのめりました!」


明石「もう意識はほとんどないはずです! 落ちていてもおかしくない! だが武蔵選手、地獄の淵に足を掛けながら、まるで落ちようとしない!」


明石「再度持ち上げを試みる! 当然、扶桑は離さない! おそらくこれが武蔵選手最期の抵抗! これを耐え切れば扶桑選手の勝利!」


明石「も……持ち上げてしまいました! さっきと同じ位置です! 腕一本で頭上高々と扶桑を持ち上げた! さ、3度目が来る!」


明石「た、叩き付けたぁぁぁ! 会場を衝撃が揺るがす! 叩き付けると同時に、武蔵選手、とうとう膝を着きました!」


明石「これは落ちているのか!? まだ倒れてはいませんが……あっ、扶桑選手が三角絞めを解きました! 落ちています、武蔵選手、失神!」


大淀「……明石さん」


明石「凄まじい攻防となりましたが、最後の最後で扶桑選手が逆転を決めました! 武蔵選手、リベンジならず! 勝ったのは扶桑選手……」


大淀「明石さん。違うでしょ、よく見てください」


明石「はい? 何ですか、大淀さん。だって、ほら。武蔵さんはもう……あ、あれ?」


明石「ふ……扶桑選手が起きない!? こ、これって……ああっ!? む、武蔵選手が立った! ふらつきながらも、自力で立ち上がりました!」


明石「扶桑選手は起き上がりません! いや、ピクリとも動きません! こ、これはまさか……!」


大淀「3度目の叩き付けは……耐えられるようなものではなかったんです。あれは後頭部をマットに打ち付けるものでしたから」


大淀「武蔵さんは三角絞め対策に万全を期していたんでしょう。極められてもすぐに落ちないよう、首のずらし方などを練習してたんだと思います」


大淀「あの叩き付けもそうです。武蔵さんは2度の叩き付け失敗から位置を調節し、3度目を試みたんです。頭からマットへ落とせるように」


大淀「結果、それは成功しました。扶桑さんがいくら打たれ強くても、あの勢いで後頭部を打ち付けられれば耐えられるはずはありません」


明石「れ……レフェリーが扶桑選手の失神を確認しました! しょ、勝者武蔵! 勝ったのは武蔵選手です!」


明石「まさか……まさかあそこから勝負をひっくり返すとは! 絶対絶滅の危機から、執念で勝利をもぎ取りました!」


明石「世紀のリベンジマッチ、制したのはかつての敗者、武蔵! 武蔵選手、決勝戦進出! 破壊王が優勝に向けて王手を掛けました!」


明石「お、大淀さん……扶桑さんの敗因は何だったんでしょうか。やっぱり、最後の三角絞めはまずかったと……」


大淀「いえ……普通なら絶対に落とせてますからね。武蔵さんもギリギリだったと思います。勝敗を分けたのは、ほんのわずかな差です」


大淀「体力、技術、精神、戦術、そして運……それらを引っくるめて、ほんの少し武蔵さんのほうが強かった。そういうことなんじゃないでしょうか」


大淀「扶桑さんは間違いなく強かったし、選択ミスをしたようにも思えません。ただ、それ以上に武蔵さんが強かったとしか……」


明石「な、なるほど……あっ、山城さんがリングに上がりました! 意識のない扶桑選手の元へ駆け寄っていきます!」


明石「扶桑選手は未だ意識を取り戻していません! 山城さんがその側に寄りすがるって……あっ。泣いて……いらっしゃいますね」


大淀「……悲しいですね。扶桑さんは、誰よりも山城さんに向けて優勝を約束されてましたから」


明石「セコンドの肩を借りてリングから降りようとしていた武蔵選手ですが、その足を止めました! 制止するセコンドの手を振り払っています!」


明石「武蔵選手が扶桑姉妹の元へ駆け寄り……いや、立ち止まりました。その場で立ち尽くしています。複雑そうな表情で扶桑姉妹を見つめています」


明石「何か思うところがあるのでしょう。山城さんに声を掛けることはしません。代わりに武蔵選手、扶桑姉妹へ深々と一礼を捧げました」


明石「その一礼に、山城さんも泣きながらではありますが、礼を返します。会場から静かにではありますが、一斉に拍手が沸き起こりました」


明石「そのまま、振り返らずにまっすぐリングを降りて行きます。後ろ姿に大きな歓声が送られてます。まさに武人、という潔い振る舞いですね」


大淀「そうですね……この勝利で、武蔵さんは何を思うんでしょうか。当面の目標はこれで果たせたわけですが……」


明石「ガッツポーズをするような気分ではないみたいですね。なんとも言えない表情をされてました」


大淀「このまま決勝戦を前に燃え尽きてしまうとか、そういうことにはならないといいですね。多分、武蔵さんなら長門さんと互角ですよ」


明石「あ、初めて明言されましたね。この試合で、それがはっきりとわかったと?」


大淀「ええ。武蔵さんは完璧です。パワーとスタンドの攻防に至っては、長門さんを確実に上回っているでしょう」


大淀「決勝戦には大きな期待を寄せていいと思います。扶桑さんは残念でしたが……彼女なら、またいつか必ず立ち上がってくれると信じています」


明石「ありがとうございます。奇跡の不沈艦、破壊王の手により轟沈セリ! しかし、どちらも最高のファイターでした!」




試合後インタビュー:武蔵


―――扶桑選手に勝った今、どのようなお気持ちでしょうか。


武蔵「……達成感は何一つない。扶桑に勝てば、きっと何かを得られるはずと思っていたんだが……今はむしろ、大事なものを失った気分だ」


武蔵「勝ったのは私だ。その確信は揺るがない。だが、何だろうな……重い勝利を手にした。私には抱え切れないほど、重い」


武蔵「すまない、インタビューはこれくらいにしてくれないか。まだ気持ちの整理が付かないんだ……扶桑には何も言わないでくれ」


(武蔵選手の取材拒否に付き、インタビュー中止)




試合後インタビュー:扶桑


扶桑「……私、負けたんですか? 頭を打ったせいか、試合の記憶がほとんどなくて……最後はどうなったんでしょう?」


扶桑「そう……そうですか。三角絞めから叩き付けられて……そっか、もうちょっとだったんですね」


扶桑「……ごめんね、山城。私、勝てなかったわ。また約束を破ってしまったわね……」


―――武蔵選手はどのように感じましたか?


扶桑「強かったです。武蔵さんなら、長門さんにも勝てるんじゃないでしょうか……きっと優勝するのは武蔵さんだと思います」


扶桑「負けたから言うんですけど、せっかく私に勝ったんですから、そのまま優勝してほしいですね。本当は、私が優勝したかったんですけど」


扶桑「……正直に言えば……悔しい、です」




明石「……さて、3回戦の2試合の内、1つ目の因縁の対決が終わったわけですが」


大淀「次の試合が問題ですね。こっちの因縁は、さっきの試合とはまったくの別物ですから」


大淀「因縁とはいえ、扶桑さんと武蔵さんには互いに認め合う心がありました。でも、こっちにそういうものはまるでないでしょう」


大淀「リベンジマッチではなく、純粋な『復讐』。そういう陰惨な試合になってしまわざるを得ないでしょうね」


明石「まったくです……それでは、赤コーナーより選手入場! ドイツの狂獣が、再びリングに姿を現します!」




試合前インタビュー:ビスマルク


―――待ち望まれていた長門選手との試合を控えた今、どのようなお気持ちでしょうか。


ビスマルク「ワクワクが止まらないわ! 私が陸奥さんを滅茶苦茶にしちゃったから、長門さんったらすごく怒ってるんでしょう?」


ビスマルク「その怒り、全部私の体にぶつけてほしい! 力いっぱい、思いっきり、徹底的に私のことをぐっちゃぐちゃに壊してほしいわ!」


ビスマルク「そしたら私、どうなっちゃうのかしら! 考えるだけで子宮が熱くなってくるわ。早く、早く戦いたくて仕方ないの!」


―――ドイツ本国のほうから、ビスマルク選手が敗退した場合は修理せずそのまま解体してくれ、との通達がありました。それをご存知ですか?


ビスマルク「うん、知ってるわよ? ていうか私、優勝してドイツに帰っても、どっちにしろ解体されちゃう予定なのよ」


ビスマルク「なんでか知らないけど、私は失敗作らしいの。だからもう要らないんだって。酷いわよね。私だって一生懸命頑張ってるのに」


ビスマルク「そういうことだから、勝っても負けてもどうせ私は死ぬの。残念だわ、まだまだしてみたいことはたくさんあったのに」


―――死ぬのは怖いですか?


ビスマルク「ううん。どっちかっていうと、楽しみかな! だって私、今まで1回も死んだことないんだもの!」


ビスマルク「死ぬのってどういう感じなのかな。冷たいのかな、あったかいのかしら? もしかして、すっごく気持ちいいものだったりして!」


ビスマルク「そう考えると、ワクワクしてくるわね! ああ、早く殺されてみたいわ。案外、長門さんが殺してくれるかもしれないわね!」


ビスマルク「そのときはできるだけゆっくり、うんと私を苦しませて! もう殺してって懇願しても、そのときは絶対に私を殺さないで!」


ビスマルク「私が泣き叫んで、苦しみ抜いて、もう泣く力すら失われたとき、長門さんは全てを赦すかのように、そっと私を抱き起こして……」


ビスマルク「その瞬間、私の命を奪い去って! それが理想! 天国の淵から地獄へ突き落とされるような、そんな絶望を味わって死にたいわ!」


―――試合には勝たなくてもいいということですか?


ビスマルク「あっ、そっか……それだと長門さんを食べられないわよね。うーん、今のなし! やっぱり、私が長門さんを殺しちゃうわね!」


ビスマルク「陸奥さんは少し物足りなかったから、長門さんはお腹いっぱい食べたいわ! もちろん、たくさん痛めつけてから!」


ビスマルク「どうせ私は死ぬんだから、最期くらい私の楽しみに付き合ってよ、ねえ! あはっ、あはははっ!」


ビスマルク「ああっ、試合はまだかしら? 早く血まみれになって、口の中を長門さんの血肉でいっぱいにしたいわ。あはっ、あははははははっ!」


(通訳は伊8さんが精神病棟に入院されたので、呂-500さんに10倍の報酬を払って協力していただきました)




ビスマルク:入場テーマ「SAW/Hello Zepp」


https://www.youtube.com/watch?v=vhSHXGM7kgE




明石「狂気! そんな一言では収まりきらない破格の怪物! ドイツから生み出されたこの艦娘は、一体何なのか!」


明石「1回戦では悪魔女王、龍田を圧倒! 超新星ファイター、陸奥までもがこの怪物の狂気に飲み込まれた! その戦いぶり、UKF史上最凶最悪!」


明石「血肉を貪り高々と笑うこの怪物を、止めることはできるのか! ”ベルリンの人喰い鬼” ビスマルクゥゥゥ!」


大淀「とうとう3回戦まで来てしまいましたね。ここが最終防衛ラインです。彼女が決勝進出なんて、UKFの消せない汚点になりますよ」


明石「酷い言いようですが、まったく同感です。最初は謎に包まれていたビスマルク選手ですが、先の2戦から改めてわかったことはありますか?」


大淀「そうですね……格闘能力の高さと凶暴性は言うまでもありませんが、あのダメージを意に介さないからくりは何となくわかりました」


明石「からくり、ですか。あの痛みへの異常な耐性には何か仕掛けがあると?」


大淀「まあ、わかったからと言って真似できるわけじゃありませんし、対策もあまりないんですけどね」


大淀「試合での動きを観ると、痛みを与えられた前後を比べて、後のほうが動きのキレが増しているんです。ダメージなんて全くないかのように」


大淀「取材でも、彼女は『痛いのが好き』というマゾのようなことを喋っています。それらから鑑みるに、あの動きの正体は脳内麻薬の異常分泌です」


明石「脳内麻薬というと、エンドルフィンやアドレナリンのような、集中したり興奮したりすると脳内に発生する物質のことですか?」


大淀「そうです。例の研究機関の特殊訓練でそうなったのか、直接脳に改造を施してあるのかはわかりませんが、起きてる現象は同じです」


大淀「アドレナリンが肉体の痛みと疲労を消し、エンドルフィンが多幸感による中枢神経の活性をもたらし、思考をよりクリアにします」


大淀「ついでにエンドルフィンで性的快感も感じているんでしょう。痛みをトリガーにした脳内麻薬の分泌、これがビスマルクさんの最大の武器です」


大淀「脳内麻薬が気付けの役割を果たしているので、脳震盪からの回復も早くなっています。非常に厄介な能力ですよ」


明石「あのダメージを受けても一切動きが落ちない理由はそれですか……対策も取りようがないと?」


大淀「取れなくはありませんが……龍田戦と陸奥戦を比較してみたとき、試合の趨勢以前に、龍田さんのほうがより大きなダメージを与えています」


大淀「それは龍田さんが回復しようのない、人体を直接削るような急所攻撃を何度も行なったからです。もちろん、それでも負けはしていますが」


明石「陸奥戦でも、膝の靭帯を切られたときは若干動きが落ちていましたね。つまり、ダメージよりも人体を壊すような攻撃なら……」


大淀「ええ。ビスマルクさんとはいえ、不死身ではありません。骨折や靭帯の断裂を起こせばさすがに立てなくなるでしょう」


大淀「でもこれ、当たり前の戦術なんですよ。私も大抵の試合でよくやりますし、ビスマルクさんもさすがに警戒しているところだと思います」


大淀「結局、ビスマルクさんに勝つのに簡単な攻略法なんてありません。単純に強いファイターでないと、彼女を倒すことはできないでしょう」


明石「なるほど。ということは、この試合の対戦者はうってつけですね」


大淀「ええ、これ以上はない適役です。ビスマルクさんを相手に冷静さを保つことができ、地力でも破格の実力者です」


大淀「彼女の敗北は、そのままUKFの敗北に直結すると言い切ってもいいくらいです。ぜひ、彼女には勝ってほしいですね」


明石「ありがとうございます。では、青コーナーより選手入場! ベルリンの人喰いを倒すのは、この選手をおいて他にない!」




試合前インタビュー:長門


―――今日の対戦相手について質問してもよろしいでしょうか。


長門「構わない。先日は悪かったな、青葉。あのときはまだ気が立っていた。不躾な態度を取ってしまったことをまず詫ておこう」


―――あれから陸奥選手と何かお話はされましたか?


長門「していない。会いには行ったが、あいつは私と会いたくないようだった。立ち直るには時間が掛かるだろうな」


長門「陸奥を慰めてやりたい気持ちはあるが、それは今すべきことではない。私がすべきことは、ビスマルクを倒すことだ」


長門「あのドイツ女は報いを受けねばならない。UKFは私の戦場だ。その戦場を汚した罪、身を以て償わせてやる」


―――ビスマルク選手との試合を控えた今、どのような心境でしょうか。


長門「とても落ち着いている。試合に臨む前はどんな相手であろうと多少は気が張るものだが、今日に限っては実に気楽な気分だ」


長門「私は今まで、どのような対戦者にも必ず敬意を払ってきた。相手の培ってきた技と鍛錬の日々を尊敬し、全力で戦うことをその称賛としてきた」


長門「今日の試合にそんなものはない。技術への称賛も、健闘を讃え合うこともない。いい試合をしようなどという気も更々ない」


長門「私はただ、路傍の気に食わない石を力いっぱい蹴り飛ばすだけだ。虫を殺すようにあいつを踏み潰す。跡形もないほど徹底的にな」


長門「それが戦いと呼べるものになるかどうかはあいつ次第だろう。せいぜい私の前で足掻いてみせるといい」


―――ビスマルク選手が命を賭けて戦っているということに対して、どう思っていらっしゃいますか。


長門「どうでもいい。ビスマルクが国の威信を背負っていようが、命を賭して戦っていようが関係ない。あいつは今日、この試合で終わる」


長門「私が終わらせる。それだけのことをあいつはしてきた。最期を選ぶ自由がないことくらい、覚悟して然るべきだろう」


長門「ビスマルクが再びドイツの土を踏む日は永遠にやって来ない。あの女が水平線に暁を見ることは、もう二度とない…私がさせない」




長門:入場テーマ「クロノトリガー/魔王決戦」


https://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=1y_DS691Vhc#t=48




明石「最凶VS最強! 彼女こそベルリンの人喰いの進撃を止める者! UKF不動の絶対王者が、リング上で鬼退治をしにやってきた!」


明石「妹である陸奥選手を試合で好き放題やってくれた、その悪行許すまじ! 今夜の絶対王者はいつにも増して燃えている!」


明石「復讐するは我にあり! これ以上、私の戦場を汚すのは許さない! ”ザ・グレイテスト・ワン” 長門ぉぉぉ!」


大淀「……良かった。実に落ち着いた表情です。変に熱くなっている様子はまったくありませんね」


明石「取材のときも、長門さんはとても冷静だったそうですよ。その様子がむしろ怖かった、と青葉さんは言ってましたけど」


大淀「静かなる殺気、とでも言いますか。確かに、そういう只ならぬオーラは全身から立ち上っていますね」


大淀「私はそれがいい方向に転ぶとは思います。今日の絶対王者は一味違う、そんな感じがします」


大淀「この試合において、長門さんはUKFの希望全てを背負っています。長門さんならそのプレッシャーを、そのまま強さに変えてくれるでしょう」


明石「さて、大淀さん。事前予想はどうします?」


大淀「正直、やめておきたいですね。いわば怪物同士のぶつかり合いですから、何が起こるかはまったくわかりません」


大淀「外れるとは思いますけど、あえてしてみましょうか。ビスマルクさんのバックボーンは軍隊格闘、長門さんは格闘術全般です」


大淀「何でもありの軍隊格闘ですが、ビスマルクさんは若干ストライカー寄りのファイターです。まあ、抑え込んでの噛み付きが一番怖いんですけど」


大淀「注目すべきところとして、長門さんがビスマルクさんの打撃にどう対処するかですね。彼女なら、手段はいくらでもあるでしょうし」


大淀「あるいは、正面から打ち合うかもしれません。一応見どころだけ提示させていただいて、これ以上の予想はできません」


大淀「ビスマルクさんもそうですが、長門さんも何をしてくるかわかりませんからね。何が起こるのか楽しみでもあり、不安でもあります」


明石「ありがとうございます。さあ、とうとう両者がリングに並び立った! ビスマルク、絶対王者を目の前にしても変わらぬ微笑を浮かべている!」


明石「それを長門選手、冷徹な眼差しで受け止めます! すぐに笑えなくしてやろう、沈黙でそう語っております! 絶対王者、揺るぎなし!」


明石「会場からは長門選手への大きな声援が飛び交っています! ビスマルクにとってはアウェイの環境、しかし人喰い鬼にそんなものは関係ない!」


明石「あるのはただ、相手を蹂躙しようという狂気のみ! 王者の体に文字通り牙を突き立てようと、舌なめずりしていることでしょう!」


明石「果たして王者長門は鬼退治を完遂するすることができるのか、はたまた最悪の結末が訪れてしまうのか!」


明石「三度、地獄の門が開かれる! ゴングが鳴りました、試合開始です!」




※注意事項

・一部に過激な暴力表現、グロテスクな描写を含みます。予めご了承ください。

・特定のキャラクター、及び国家、人種、格闘技を貶める意図がないことをご理解ください。

・あなたの嫁が顔面を割ったり割られたり、あるいはもっと酷いことになる恐れがあります。ご注意ください。

・一部に著しいキャラクター崩壊が見受けられます。ご容赦ください。




明石「両者、ゆっくりとコーナーからリング中央へ歩みを進めます。まずはビスマルクがファイティングポーズを取った!」


明石「やはり、ビスマルクは打ち合いを望んでいる様子! 長門はこれにどう応える! 絶対王者が構えを取ります!」


明石「これは……いつものファイティングポーズではありません! 右半身を開き、左手を顎に添え、右の拳を縦に突き出した!」


大淀「……ジークンドー?」


明石「ジークンドーです! 足柄選手などが使い手で知られる、中国拳法の1つであるジークンドー! 長門選手、思わぬ構えを取りました!」


明石「予想外であろう長門選手の構えに、ビスマルクの動揺は見られません! 先を取り合うように、両者が間合いギリギリで対峙する!」


明石「異なる構え同士が静かに向かい合っています! 大淀さん、この構えにはどのような意図があると思われますか?」


大淀「……ジークンドーは打撃を捌くことに特化した流派です。ビスマルクさんと打ち合うなら、非常に適した格闘術だと思います」


大淀「ただ、長門さんがジークンドーにどこまで精通しているのか……一通りの格闘技をやっているとはいえ、熟練度はそう高くないはずです」


大淀「この構えを取った以上、何かしら長門さんに策があるんだと思います。それが何かは、あと数瞬のうちにわかるでしょう」


明石「なるほど。さて、両者睨み合って動かず! ビスマルクも警戒しているのか、自分からは手を出しません!」


明石「長門選手はどう出る! 仕掛けさせるのか、それとも自分から仕掛けるか! あっ、長門選手が距離を詰めた! 仕掛ける気だ!」


明石「長門が打った! 初手から目を狙ったフィンガージャブで……うげぇ!?」


大淀「うっわ!?」


明石「こ……股間蹴り上げが決まったぁぁぁ! フィンガージャブはフェイント! 顔面に意識を逸らしたところで、渾身の蹴りを入れたぁぁぁ!」


明石「ビスマルクの股間に長門の蹴りが深々と入った! ビスマルク、悶絶! 言語に絶する激痛に体を折り曲げ……お、追い打ちぃぃぃ!?」


明石「か、かかと落とし炸裂ぅぅぅ! 体を折ることで下がった頭頂に、天からかかとが振り下ろされたぁぁぁ! これも完っ壁に決まったぁぁぁ!」


大淀「じ、ジークンドーで気を逸らさせて、ここまで大技を……!」


明石「ビスマルク、顔面からマットへ叩き付けられた! 血しぶきがマットに飛び散る! 長門選手、更に容赦ない追撃だぁぁぁ!」


明石「今度は踏み付け! 頭蓋骨を踏み抜かんばかりのストンピングが今、ビスマルクに直撃し……躱した!?」


大淀「やっぱり、ダメージがないの!?」


明石「ビスマルク、素早く転がって躱しました! 距離を取って顔を上げた! わ……笑っています! 血を垂らしながら、人喰い鬼が笑っている!」


明石「KO必至の一撃を2発も受け、未だビスマルクは戦意高揚! その表情から笑顔は消えず、ダメージの色は一切感じさせません!」


明石「それを冷たく見下ろす長門選手! こちらにも動揺はありません! 立ち上がるならまた倒すまで! 瞳がそう語っている!」


明石「さあ、ビスマルクが立ち上がる! この程度で人喰い鬼は倒れない! 再び打撃勝負が始ま……あれっ!?」


大淀「えっ?」


明石「び、ビスマルクが転倒! 尻もちを突くように倒れました! これはどうしたことか、かかと落としのダメージが響いているのか!?」


明石「脳震盪の様子はありませんが……再びビスマルクが立とうとします! あっ、今度は前につんのめった! た、立てない!?」


明石「ビスマルク選手から笑顔が消えました! なぜ立てないのか、本人が一番戸惑っているようです! 一体、ビスマルクの身に何が!?」


大淀「これは……」


明石「追い打ちを掛けるならまたとないチャンスですが、長門選手、微動だにしません! 冷静にビスマルクを観察している! 罠を警戒してる!?」


明石「またビスマルクが立ち上がろうとします! が、立てない! 意識ははっきりしているのに、バランスを保てない様子!」


明石「この状況は一体何だ!? 立てないビスマルク、追撃をしない長門選手! 立てないのはビスマルクの演技なのか!?」


大淀「……いえ、演技ではないでしょう。そんな小芝居を打つタイプの選手でもないでしょうし」


明石「では大淀さん、ビスマルクはなぜ立てないのでしょう? どうも平衡感覚を失っているように見えますが……」


大淀「そうではありません。でも……もう2度とビスマルクさんは立ち上がれません。勝敗は……決しました」


明石「えっ? 決したって……ええっ!?」


大淀「ビスマルクさんが立てないのは、最初の股間蹴り上げが原因です。あの蹴りで、ビスマルクさんは恥骨を折られたんです」


明石「恥骨って……その、股関節にある骨ですよね」


大淀「ええ。骨盤の前側にあり、守る筋肉も薄く、骨自体も太くない、人体の急所の1つです」


大淀「これを折られると、恥骨の属している骨盤全てが歪みます。骨盤とは脊髄にも直結する、足腰を支える上で最も重要な骨の一群です」


大淀「その骨盤が歪めば、痛みに関係なく足腰が立たなくなります。彼女はもう、仰向けから体を起こすことさえできないでしょう」


明石「えっと……それって、つまり」


大淀「おわかりでしょう。片足を折られたのとは訳が違います。いわば、足腰の土台そのものをビスマルクさんは破壊されてしまったんです」


大淀「もうビスマルクさんは立てないし、腰に力を入れられないからガードポジションで勝負することもできません。だから、勝敗は決まりました」


大淀「長門さんもそれをわかってるから追撃しないんです。痛めつけるとビスマルクさんは喜びますからね。ああやって屈辱を与えてるんでしょう」


明石「な、なるほど……確かにビスマルク、何度も立ち上がろうと試みていますが、どうしても足が立たない! どうやっても倒れてしまう!」


明石「その表情に笑顔はなく、明らかな動揺と焦りが浮き出ています! ビスマルクが今大会で初めて見せる表情です!」


明石「長門選手、その姿を冷たく見下ろしている! 地を這う虫でも見るように! あえて追撃はしない!」


明石「ビスマルクが立てないとなると、もはや勝負になりません! ここはレフェリーの裁量で勝敗を……ん、何だ?」


明石「匍匐前進のような体勢のまま、ビスマルクが長門選手へ向けてドイツ語で叫んでいます! これは、『コム』って言っているでしょうか?」


大淀「……『Komm』。日本語に訳せば『来い』、つまり……掛かって来い、って叫んでいるんです」


明石「えっ……び、ビスマルク、この絶体絶命の状況であろうことか挑発行為! 長門選手もその意味を察し始めているようです!」


明石「わ、笑っている! ビスマルクの表情に笑顔が戻っています! まさか、自分の状態を知りながら、なおも戦おうというのか!?」


明石「どうする長門! もはやレフェリーストップを掛けてもいいような状況ですが……あっ! 長門選手、ファイティングポーズを取った!」


明石「この程度では済まさない! まだ戦意があるというなら、それさえも挫くまで! 王者長門が再び歩みを進めます!」


明石「レフェリーストップは掛かりません! やるなら徹底的にやって終わらせてもらおう! 死闘再開! 人喰い鬼に止めを刺しに掛かります!」


大淀「もう、戦いと呼べるものにはならないでしょうね……」


明石「迷いなく長門選手が距離を詰めます! 立てないビスマルク、マットに這いつくばって待ち構える! この状態で反撃はできるのか!」


明石「間合いに入った! 長門選手、正面からサッカーボールキック! ビスマルク、転がって回避……いや、避け損ねた!」


明石「み、耳がちぎれ飛んだ! 長門選手の蹴りがビスマルクの片耳を削ぎ落とした! ビスマルク、龍田戦に続きまたしても片耳を喪失!」


明石「だが、そんなものは人喰い鬼にはダメージのうちに入らない! まだビスマルクは笑っている! もう1度蹴ってこいと笑っている!」


明石「長門が再び蹴りを放った! 今度はブラジリアンキックだ! 斜め上から蹴りが振り下ろされる! ビスマルク、これは腕を上げて防ぐ!」


明石「いや、防ぐだけでは留まらない! 足を掴みました! 噛み付く気です! う、動きが速すぎる!」


大淀「まずい、足を抜かないと!」


明石「あっ、ああーっ! か、噛み付かれてしまったぁぁぁ! 長門選手の足先に歯を突き立てた! これも龍田戦の悪夢の再現……うごぉ!?」


大淀「ひっ!?」


明石「ななな……長門選手、噛み付き状態から足を引っこ抜いた! ま、マットに血と……歯です! 何本もの歯が散らばった!」


明石「信じられません! 長門選手、あえて噛ませてから、足指を下顎に掛けて、前歯を引き抜きました! ビスマルク、下顎の前歯を喪失!」


明石「これで噛み付きの威力は半減! 歯を抜かれた驚きか、食い損ねたショックか、再びビスマルクの笑顔が消え失せました!」


明石「さすがに戦意喪失か!? いや、そんなことはない! ビスマルク、一層の笑顔を浮かべて長門に向かって這い寄っていく!」


明石「その姿、まるで上半身だけで襲い掛かってくるゾンビを思わせます! ここまでされてもなお、人喰い鬼は止まらない!」


明石「這い寄るビスマルクを、今度は長門選手が迎え討つ! そこには動揺も恐怖もなし! 絶対王者は揺るがない!」


明石「ビスマルクが射程圏に入った! 仕掛けるのはビスマルク! 腕の力だけで飛び掛かった! 足へ噛み付く気だ!」


明石「長門、これを蹴りで迎え討……うげぇ! と、トーキックだぁぁ! 長門選手、足の親指を右目に突き入れたぁぁぁ!」


明石「ビスマルク、足指を目に入れたまま足を捉えようとする! しかし足が抜かれた! 立て続けに側頭部へサッカーボールキィィィック!」


明石「これはモロに入った! ビスマルク、右目を失明! 更に脳震盪も起こしている! あっ、長門選手が大きく踏み込んだ!」


明石「あ、アッパーカット直撃ぃぃぃ! 大きく振りかぶった王者の一撃が、ビスマルクの顎にクリーンヒットォォォ!」


明石「ビスマルクの頭が打ち上げられる! な、長門選手がジャンプした! ま、まさか! いっ……いったぁぁぁ!」


明石「と、飛び上がり踏み付けぇぇぇ! 全体重、全膂力を乗せた踏み付けが脳天直撃ぃ! ビスマルク、またしてもマットに顔を打ち付けた!」


明石「更に長門、トドメとばかりに腰へ足刀踏み付けぇぇぇ! 立て続けに必殺が決まったぁ! 加えて長門選手……あれ?」


大淀「まあ……そうですよね」


明石「ここにきて長門選手、攻撃を中断! やや距離を取って、倒れたビスマルクを見下ろしています! ビスマルク、失神しているのか!?」


明石「いや! ビスマルクはまだ動いています! 血みどろの顔を上げた! 生きている! 人喰い鬼はまだ生きています!」


明石「し、しかし……その表情に笑顔はない! まったくの無表情です! これはどういう状況だ!? ビスマルク、長門に再び這い寄ろうとする!」


明石「で、ですが……前に進めない! 腕はマット上を撫でるばかりで、その場からまったく動けない!」


明石「笑顔の消えたビスマルクが長門を見上げる! 長門はそれを見下ろしている! 何という冷たい目線! まさに虫を見るかのような目です!」


明石「ああっ……ご、ゴングです! ゴングが鳴りました! これで決着、決着です! レフェリーストップにより、試合終了となります!」


明石「勝者は言うまでもありません! ベルリンの人喰いを下したのは、UKF絶対王者、長門! 長門選手がビスマルクに勝利を収めました!」


明石「恐るべし王者長門! あのビスマルクを初手で行動不能にし、終始一方的な展開! 噛み付きさえ許さず、圧倒的勝利!」


明石「陸奥選手の仇は討った、あとは優勝あるのみ! 長門選手、威風堂々とリングを降りて行きます!」


大淀「本当に恐ろしいですね、長門さんは。最後の足刀踏み付けですが、あれでビスマルクさんの背骨を折ったんですよ」


大淀「骨盤をやられて、背骨まで折られたとなると、もう手足どころか指一本動かすことはままなりません。しっかりとトドメを刺しましたね」


明石「ええ、徹底的でしたね。まあ、もしかしたら長門さんは、ビスマルクさんが絶命するまでやるんじゃないかと思いましたが……」


大淀「いえ、ビスマルクさんはもう死んだも同然ですよ。背骨が折れてますからね。今、ビスマルクさんには痛覚がないんです」


明石「えっ? あ、そっか。背骨って色んな神経が通ってますから……」


大淀「ええ。あれだけやられて笑ってたビスマルクさんが、今は笑ってないのはそれが原因です。愛すべき痛みが、今はまるでないんですから」


大淀「長門さんは息の根を止めるのではなく、全てを奪うことでビスマルクさんを殺しました。普通に殺されるなんて、彼女にはご褒美ですからね」


明石「なるほど……命まで奪わなかったのは慈悲ではなく、むしろビスマルク選手にとって一層残酷なことをしてやったと」


大淀「そういうことです。ここまで冷酷な長門さんは今回限りでしょうね。できれば二度とお目にかかりたくないものです」


明石「そ、そうですね……しかし、ようやくビスマルク選手が敗退しました。決勝戦は長門選手と……武蔵選手、ですね」


大淀「なんていうか、本当に純粋な強さを持つ選手が勝ち抜いた、って気がしますね。一体、どっちのほうが強いんでしょう」


大淀「まあ、それを考えるのはまだ気が早いですね。今はただ、長門さんを祝福しましょう」


明石「ですね。UKFを震撼させた怪物、”ベルリンの人喰い”ビスマルク、ここに陥落! やはり王者長門は揺るぎませんでした!」


明石「決勝進出は長門選手! 絶対王者長門、ドイツの刺客からUKFの看板を見事守り切りました! 皆様、今一度拍手をお願いします!」




試合後インタビュー:長門


―――今はどういうご気分でしょうか。


長門「少し疲れた。さっさと終わらせるつもりだったが、思いのほか手間を掛けてしまったな」


長門「まあいい。やるべきことはやった。勝利というより、一仕事終えた心地よさのようなものはあるな。悪くない気分だ」


―――陸奥選手に贈るコメントなどはありますか?


長門「そうだな……もう忘れろ、とでも言っておくか。あんなものはファイターでも何でもない。陸奥はたまたま悪い虫に噛まれただけだ」


長門「ちょっとした事故のようなもので、後処理も私が済ませた。早く立ち直ってくれることを願っている」


―――これでビスマルク選手は解体される可能性が高いのですが、コメントはありますか?


長門「哀れではあるが、同情はしない。あいつは今まで好きにやった。そして然るべき最後が訪れようとしている。それ以外に何かあるのか?」


長門「もしかしたら、あいつは望まぬ環境や教育によってあのような形になり、罪を問われるべき者がどこか他にいるのかもしれない」


長門「だが、それはあいつを助ける理由にはならない。ビスマルクは消えるべきだ。私はそう思っている」




試合後:関係者専用通路(ビスマルク選手を担架により搬送中)


ビスマルク「待って……待ってよ! リングに戻して! もう1度、もう1度長門さんと戦わせて!」


ビスマルク「私、まだ1回もイってない! 長門さんを食べてもない! 私、何もできてないのよ!」


ビスマルク「嫌よ! このまま死ぬなんて嫌! だって、全然楽しくないじゃない! こんなはずじゃなかったよ!」


ビスマルク「お願い、ねえ! もう1度だけやらせて! やだやだ! こんな風に終わるなんて……あれ?」


ビスマルク「えっ? えっと、あの……ここどこ? 私、なんでこんなところにいるの? さっきまで鎮守府に……あっ、提督! Guten Tag!」


ビスマルク「今日の出撃、頑張ったわよ! いいのよ? もっと褒めても。うふふ……嬉しい。提督、そんな風に私のこと、想っててくれたの?」


ビスマルク「うん、いいわよ。決まってるじゃない。私だって同じ。ずっと前から、提督のこと……」


(ビスマルク選手、意識混濁の後に昏睡)





大淀「……明石さん。放送ってまた中断されてます?」


明石「えっとですね。ビスマルク戦は全般的にまずいということで、端からテレビでは放送しないことになってました」


明石「現在、テレビでは今までの対戦を振り返るUKFの総特集が流れています。長めに時間を取ってるので、再開まで少し掛かります」


大淀「そうですか。ちょっとの間ですけど、何を話しましょうかね」


明石「それなんですけど……お伝えすべきことがあります。ビスマルク選手についてです」


大淀「……解体するんですよね。それ以外に何か?」


明石「いえ、解体はしません。ビスマルク選手はUKFが貰い受けることに決定しました」


大淀「……今、耳を疑う言葉が聞こえたんですけど、聞き間違いですよね?」


明石「聞き間違いじゃありません。ビスマルク選手は、本日付でUKF専属の選手です」


大淀「それって……どういう経緯でそんなことになるんです?」


明石「まず、ドイツ軍部はすでにビスマルク選手の所有権を放棄しました。もはやビスマルク選手は軍属ではありません」


明石「凄惨な戦い方から凄まじい非難を浴びているビスマルク選手ですが、一部からカルト的な人気を得ているのも事実です」


明石「もし、ビスマルク選手と戦いたいというファイターが現れればビッグマッチが組めます。それまで、ビスマルク選手はこちらで預りとします」


大淀「預かるっていっても、ビスマルクさんはあんな内面ですよ? 管理のしようがないと思いますけど」


明石「幸いと言ってはなんですが、今、ビスマルク選手は致命傷を複数受けたことにより、昏睡状態にあります」


明石「艦娘なので死にはしませんし、修理せずにおけば目覚めることもありません。来たるその日まで、放置しておけば問題ないんです」


大淀「……なんか色々と問題ありそうな気がするんですけどね」


明石「大きい声では言えないんですけど……ほら、またビスマルク選手が試合するとしたら、ファイトマネーは払わなくて良さそうじゃないですか」


明石「ビスマルク選手の所有を決めたのは、そういう利益上の打算が大きいみたいですね。無料でカードが組める選手なんて、すごく貴重ですから」


大淀「……またいつか、大きな波乱を呼びそうな気がしますね、それ」


明石「ええ、まあ……せめてその日まで、起きずに眠り続けてくれることを祈るばかりです。えっと、再開までもう少しありますね」


大淀「そうですか。ちょっと休憩に行ってきますね。さてっと……」





青葉「放送再開するので、準備お願いしまーす。じゃあ行きますよ。5、4、3……」


明石「はい、お待たせしました! 放送再開となります! Bブロック決勝戦は決着しました! 勝ったのは他でもない、長門選手です!」


明石「死闘の連続となった3回戦がこれにて終了しました! しかし、本日の試合はこれで全てではありません!」


明石「残る1戦、今夜限りの夢の対戦! エキシビションマッチ、第3戦目がこれより始まります!」


明石「3回戦はいずれもレベルの高い試合でしたが、こちらも空前絶後のスペシャルマッチ! 先の2戦にも引けを取らない内容になるでしょう!」


香取「本当ね。2人ともリクエストの多かった選手だし、もちろん実力も本物よ。どんな試合になるのか楽しみだわ」


明石「……ん?」


香取「運営側もこの対戦を実現させるために色々と奔走したそうだから、その苦労が報われる試合になるといいわね」


明石「いや……あの、なんで私の隣に座ってるんですか、香取さん?」


香取「皆さん、初めまして。UKF審査委員長の香取です。大淀さんは用事があるから、この試合だけ解説を頼まれたの。ふふ、びっくりしたでしょう?」


明石「びっくりはしましたけど……大淀さんはどこに行ったんですか?」


香取「薄々感づいてるんじゃないかしら。エキシビションマッチ3戦目を控えたこのタイミングで大淀さんがいなくなる。後はわかるでしょう?」


明石「……もうはっきり言っちゃいますけど、大淀さんは出ませんよ? リクエストだってお情けの1票しか入ってないんですし」


香取「答えはすぐにわかるわよ。明石さんは気にせず普通に進めちゃって構わないわ。さあ、そろそろ試合を始めましょう?」


明石「はあ……じゃあ、進行しますよ? それでは……エキシビションマッチ3戦目、これより開幕です!」


明石「まずは赤コーナーより選手入場! 前大会では優勝候補の一角と呼ばれた彼女が登場だ!」


香取「ふふ、どうなるかしら」




試合前インタビュー:榛名


―――既に金剛姉妹の選手は全てグランプリで敗退されています。その結果をどう受け止められていますか?


榛名「失望しました。金剛さんは甘く、霧島さんは愚かで、比叡さんは軟弱です。同じ金剛姉妹として、恥ずべきことだと思います」


榛名「皆さんには一から出直す覚悟で、改めて修行に励んでいただきたく思います。あんな醜態を晒すような真似は、二度としてほしくありません」


―――姉妹の方々に出場枠を譲るためにグランプリ参加を辞退されたというのは本当ですか?


榛名「結果としてそうなったというだけで、少し語弊があります。そもそも、この榛名は二度とUKFの舞台に立つつもりはありませんでした」


榛名「榛名は第一回UKFグランプリで、長門さんに敗北を喫しました。武道家が敗北する、それは死ぬことと同じです」


榛名「死人が再び公に身を晒すなんて、恥知らずも良いところでしょう。もし再びUKFに出るなら、長門さんと戦うときだけ。そう決めていました」


―――ならば、なぜ今回のエキシビションマッチへ出場されることを決意されたのでしょうか。


榛名「理由はいくつかあります。まずは、地に落ちた金剛姉妹の名誉挽回のため。その役目を担うのは、金剛姉妹最強の榛名をおいて他にありません」


榛名「姉妹の皆さんはいずれも真の強者と戦って敗北しました。しかし、負けは負け。どのような形であれ、榛名たちは敗者の汚名を被せられました」


榛名「そのような屈辱、金剛姉妹に名を連ねる者として我慢なりません。一刻も早く、我々金剛型高速戦艦の強さを改めて証明したく思います」


榛名「既に対戦者の名も聞き及んでいます。相手にとって不足はありません。彼女なら、榛名たちが再び栄光を得るための良き踏み台になるでしょう」


榛名「また、彼女相手なら殺すための戦い方をしても構わないはずです。榛名自身、この戦いに身命を捧げる覚悟で臨みます」


榛名「この榛名は一度は死んだ身。二度目の敗北はありません。全てを投げ打ってでも勝利を掴み取らせていただきます」




榛名:入場テーマ「GuiltyGearX/Holy Orders (Be Just or Be Dead)」


https://www.youtube.com/watch?v=FUn8sSi6d0c




明石「金剛姉妹最強! 立ち技格闘界真の王者とさえ言われる彼女が、再びUKFの舞台に降り立ちました!」


明石「その五体、全てが凶器! 拳は岩をも砕き、蹴りは骨肉を切り裂く! トップファイターたちさえ恐れさせた、究極の打撃がここに存在する!」


明石「私の前で勝手は許さない! 何一つ出来ぬまま、ただ打ち砕かれて果てるがいい! ”殺人聖女” 榛名ァァァ!」


香取「あら、ちゃんと入場してきたわね。ふうん……そっちを選んだの」


明石「あの、香取さん。ボソボソ独り言呟いてないで、解説してくださらないと……」


香取「あ、そうね。ごめんなさい。えっと、榛名さんの解説ね。そう、まず榛名さんの流儀は空手。いわゆるストライカータイプのファイターよ」


香取「腕前は達人級なんだけど、彼女は空手家としてちょっと面白いところがあって。なんと、彼女は空手一辺倒なのにも関わらず、未だに白帯なの」


明石「えっ、そうなんですか!? あれだけ強かったら、今すぐにでも黒帯が認められそうなものですけど……」


香取「もちろん、実力は並の黒帯を軽く超えているでしょうね。でも、黒帯っていうのは昇段試験を経て正式に認められなければいけないの」


香取「彼女はその昇段試験を拒否したの。瓦や木板を何枚、何十枚割ろうと何の意味もありません、って言い放ってね」


明石「瓦割り、ですか。そういう試し割りは空手の象徴とも言えるものだと思うのですが、それを全否定したと……」


香取「そう。その気になれば、榛名さんは手刀で瓦の20枚くらいはいともたやすく割ってしまうでしょうけどね」


香取「かつては喧嘩空手と言われて実戦的だったフルコン空手も、時代を退行して今やすっかり伝統スポーツ。榛名さんはそれが嫌だったんでしょう」


香取「ま、全ての空手道場がそうだってわけじゃないけど、彼女が元々いた流派はそうだったの。だから、榛名さんは空手界では嫌われ者なのね」


明石「榛名選手はUKFでリングに上がるとき、白でも黒でもなく、赤い帯をされてますね。これには何か意味があるのでしょうか?」


香取「赤帯ってのは、そうね……黒帯よりも上に位置づけられてるわ。いわゆる、免許皆伝みたいなものかしら」


香取「もちろん、それも正式な形での認可が必要なのだけど、彼女は勝手にそれを着けてるの。つまるところ、空手に喧嘩を売っているのよ」


明石「は、はあ……なるほど。空手家なのに、空手に喧嘩を売っているんですか……」


香取「ええ。地上最強の格闘技と言えば空手。そう呼ばれていた時代は、もうすっかり過去のことになっちゃったわね」


香取「新しく興った総合格闘技という最強を証明する舞台で、多くの空手家が不覚を取ったわ。組み技、寝技、関節技に為す術もなかったのよ」


香取「結果、空手は空手界に逃げたの。実戦ではなく、空手は空手の中で強ければいい。あるいは勝ち負けより精神鍛錬が大事、そう言い訳してね」


香取「ただ1人、榛名さんは逃げなかった。最強を証明する場で孤高にも戦い続け、長門さんさえ彼女との試合では大きな苦戦を強いられたわ」


香取「今や、実戦空手では最強なんじゃないかしら。空手界から追放されてはいるけど、彼女こそが真の空手家なのかもしれないわね」


明石「確かに、榛名選手はUKFでも空手の技以外は全くと言っていいほど使いませんね。本当に立ち技だけで勝ち星を収めてきた選手です」


香取「そうね。榛名さんのファイトスタイルは完全な空手家スタイル。たまに合気道に近い体捌きを見せることもあるけど、組み技寝技は全くないわ」


香取「昔の黒帯空手家は実戦のために柔道を習う人が多かったけど、彼女はそれすらない。空手の打撃だけが榛名さんの武器よ」


香取「打撃のダメージが深く入ることを『刺さる』ってたまに表現するけど、榛名さんの打撃は本当に『刺さる』の」


香取「過酷な部位鍛錬を経た貫手や足尖はまさに研ぎ澄まされた武器。正拳突きに至っては、一撃で胸骨を折って心臓を止めるほどの威力よ」


香取「実際、彼女はフルコンタクト空手の試合で何度もそういう技を使って、対戦相手を殺しかけてるわ。これもまた、空手界から追放された一因ね」


香取「総合格闘技で戦ってるんだから、相手のタックルなんかに対処するのも上手いわ。この辺りは赤城さんの戦い方と似てるわね」


明石「K-1も赤城選手が去った後、破格の待遇で榛名選手を迎えようとしていましたね。彼女はきっぱりと断ったそうですが」


香取「K-1はグローブありですものね。空手家にとって、素手は最大の武器なの。それを封じられるのが気に入らなかったんでしょう」


香取「何より、榛名さんはいかに空手で実戦を制するかにこだわってるから。有利であるはずの立ち技限定ルールにも興味がないみたいね」


香取「長門さんには強引にグラウンド勝負に持ち込まれて負けてしまったけど、あれは長門さんだからできたこと。何でもありでも榛名さんは強いわ」


香取「榛名さんこそ実戦空手の体現者。彼女と戦えば、どんな相手であれど空手の強さと恐ろしさを実感すると思うわよ」


明石「なるほど。っていうか、普通に解説できるんですね、香取さん」


香取「そりゃあ、審査委員長なんだから、解説くらい訳ないわよ。さて、ここからが問題よ。榛名さんの対戦相手は誰かってことね」


明石「はあ。それはまあ、そうですが……えっと、このまま進めていいんですね?」


香取「どうぞどうぞ。明石さんはいつも通りで構わないの。実況なんて常にアドリブでトークするのと同じなんだから、そういうの慣れてるでしょ?」


明石「……? ええ、まあ……では、続きまして青コーナーより選手入場! 伝説の達人がまさかのUKF参戦だ!」




試合前インタビュー:鳳翔


―――こういった格闘大会は専門外かと思いますが、出場を希望されたのはどういう理由なのでしょうか。


鳳翔「恥ずかしながら、お金です。ほら、こういう時代でしょう? 今どき剣術道場なんて開いてるものですから、経営が苦しくって」


鳳翔「有り難いことに入門希望者はたくさん来てくださるんですけど、今の道場じゃ狭すぎるんです。それで、改築の資金が必要になりまして」


鳳翔「UKFって、武器なし以外は実戦と大して変わらないんでしょう? それなら大丈夫かなって思いましたので、出場を打診させていただきました」


―――格闘技にはどの程度精通しておられますか?


鳳翔「実はあまり知らないんです。剣術の稽古が主だったもので……ルールのある戦い、というのもほとんど馴染みがありません」


鳳翔「以前、大淀さんが道場の見学に来られたとき、技術交換のような形で手ほどきは受けてますけれど、格闘技はそれっきりですね」


鳳翔「香取神道流は総合武術ですので、体術もあるにはあります。けれど、リングで通用するかはどうかは……正直、あまり自信がありません」


鳳翔「私、変に注目されちゃってるでしょう? UKFに異色の選手が出るからって。道場の子たちもすっごく期待してるみたいで」


鳳翔「今はちょっとだけ出場を決めたことを後悔してるところです。私、大丈夫かしら……香取神道流の看板だけは汚さないよう頑張らないと」


―――榛名選手についてはどのような印象をお持ちでしょうか。


鳳翔「そうですね。榛名さんと聞いて、ちょっとだけ安心しました。だって、彼女はスポーツマンじゃなくて本物の武道家でしょう?」


鳳翔「それなら、気遣いはいりませんね。中途半端な方だと、私が勝ってもインチキだと思われそうなので。その心配はしなくて良さそうです」


鳳翔「でも、この組み合わせって酷いと思いません? 私って格闘界で言えば軽巡級、つまり下から2番目の階級なんでしょう?」


鳳翔「格闘技も初体験みたいなものなのに、いきなり戦艦級の実力者との対戦だなんて。運営の方もお人が悪いですね。私を買いかぶり過ぎですよ」


鳳翔「せめて棒切れでいいから持たせて試合させてもらえないかしら、って頼んだんですけど、断られてしまいました。ケチですよね、もう」


鳳翔「不安でいっぱいですけど、弟子たちに情けないところは見せられませんので。精一杯頑張ってきますね」




鳳翔:入場テーマ「HALLOWEEN/HALLOWEEN THEME」


https://www.youtube.com/watch?v=iP-jYiuDD9g




明石「歴史上最強の兵士とは何か! アメリカの海兵隊? 軍事国家スパルタの戦士? 違う! それは日本の武士である!」


明石「乱世から生まれ、戦場で武士たちが磨いた古流武術の三大源流! その1つである天真正伝香取神道流、免許皆伝の達人がUKFにまさかの参戦!」


明石「戦国を生き抜く武士の術技は、リングの上でどのような技の冴えを見せるのか! ”羅刹” 鳳翔ゥゥゥ……ぎぇあああっ!?」


香取「あらら……やっちゃった」


明石「な、な、な……何だぁ!? ち、血です! 道着におびただしい血の染みが! 鳳翔選手、べっとりと血化粧を施して入場してきました!」


明石「たおやかな笑みを浮かべる、その頬には血しぶきの痕! け、怪我をしているわけではないようです。これは返り血か、それとも演出か!? 」


明石「全身に血を浴びながら、鳳翔選手は柔和な笑顔で歩いております! その姿、あまりに不気味! 笑顔の裏に底知れない狂気を感じます!」


香取「選択を誤ったわね、大淀さん。欲に目が眩んでるから、こういうことになっちゃうのよ」


明石「香取さん、これは一体!? 大淀さんが何か関係してるんですか!?」


香取「そうね。まずは舞台裏で起こったことを簡単に説明しましょうか。大淀さんはね、出場寸前の鳳翔さんを襲って、返り討ちに合ったのよ」


明石「は……はあ!? お、襲ったって……なんで!?」


香取「それが裏出場枠の正体。つまりね、大会運営委員長が大淀さんに示唆したのは、『出場選手を試合直前に倒して出場枠を奪え』ってことなの」


明石「そ、そんな無茶な! なんで運営側の人が大会をぶち壊すようなことを大淀さんに吹き込むんです!」


香取「ぶち壊しにはならないんじゃない? 大淀さんが勝てば、そのまま出場してもらえばいい。対戦者さえいれば試合は成立するのよ」


香取「運営は大淀さんへの思い入れ以前に、大会を彩るためのハプニングが欲しかったの。話題になるような、都合のいいハプニングがね」


香取「だからお金に困っている大淀さんを唆した。もし2戦目の翔鶴さんか夕立さんを襲っていれば、本当に出場枠を手に入れてたかもしれないわね」


香取「でも、大淀さんは3戦目の出場枠を狙ってしまった。この試合だけ、ファイトマネーがより多額の5000万円だから」


香取「鳳翔さんを襲ったのは、リングで彼女に勝つ自信がなかったんでしょう。でも、それこそが誤り。彼女に不意討ちなんて通じるわけがない」


香取「榛名さんもそうでしょうけど、相手は本物の武道家。『常在戦場』が身に付いている相手を襲うなんて、密林で毒蛇と戦うようなものよ」


明石「は、はあ……裏出場枠がそんなものだったなんて……でも、なんで大淀さんはそこまで鳳翔さんと戦うのを避けてるんです?」


香取「以前、大淀さんは鳳翔さんの道場に行ったことがあるのよ。純粋に古流武術を教授してもらうためにね」


香取「鳳翔さんは快くもてなしてくれたそうよ。大淀さんと技を教え合いながら、寝食の用意までしてくれたらしいわ」


香取「結局道場に2泊して大淀さんが帰るとき、鳳翔さんが懐からあるものを差し出したの。『要らなくなったから、お土産にどうぞ』ってね」


香取「そのお土産っていうのはね、短刀だったの。この意味がわかる?」


明石「えっと……格闘術じゃなく、武器術も大事ですよってことですか?」


香取「違うわよ。懐から取り出したって言ったでしょ。つまりね、鳳翔さんは大淀さんがいる間、ずっとその短刀を隠し持ってたの」


香取「大淀さんが道場破りを仕掛けてくるかもしれないと思ったんでしょう。だから、そのときは短刀で返り討ちにするつもりだったのよ」


明石「返り討ちって……た、短刀で刺し殺すってことですか!?」


香取「もちろんそうよ。鳳翔さんは香取神道流の免許皆伝にして『一の太刀』の伝承者。いわば、香取神道流そのものを背負う存在なのよ」


香取「その鳳翔さんが畑違いの相手とはいえ、不覚を取ったとなれば流派の評判は地に落ちるわ。それだけは絶対に避けなければならないこと」


香取「実際、鳳翔さんの元へ道場破りに行った武道家の何人かは行方不明らしいわね。もしかしたら、鳳翔さんは本当に何人か斬っているのかも」


明石「げ、現代に人斬りなんて……そういう殺しをも厭わない戦い方を大淀さんは恐れたんでしょうか?」


香取「ちょっと違うと思うわ。大淀さんがいわゆるコンピュータ型ファイターなのは知ってるわよね。でも、彼女は一般的なそれとは少し違うの」


香取「あんまりファイトスタイルを明かし過ぎるのは良くないから端的に言うけれど、大淀さんはね、動きではなく相手の心を読むの」


香取「かき集めた情報を分析し、目の前にいる対戦相手を観察して何を考えているかを読み取って、どう動くかを予測する。これが大淀さんの戦い方」


香取「大淀さんが赤城さんや榛名さんに勝てると言っていたのも事実よ。あの2人は性格的にはわかりやすいから、大淀さんには格好の相手なの」


香取「でも、鳳翔さんにその戦い方は通用しないわ。だってあの人、何を考えているのか全然わからないんだもの」


香取「短刀を懐に忍ばせてたまま、次の瞬間殺すことになるかもしれない相手にニコニコ接することができる人の心理なんて読み取れると思う?」


香取「大淀さんはそういう底知れなさを何より恐れたの。だからリングでは榛名さんを倒すつもりで、鳳翔さんに不意討ちを仕掛けたんでしょうね」


明石「で……結果、返り討ちに合ったと……」


香取「そういうこと。正当防衛だから、武器を使われたのかも……あら。よく見たら鳳翔さん、帯刀してるじゃない」


明石「あ、そういえば入場のときだけ帯刀させてくれって言われてました。まさか、大淀さんはあの刀の錆に……」


香取「ご愁傷様、大淀さん。大丈夫、大破進撃さえしなければ艦娘だから死ぬことはないわ。今頃、ドックに運び込まれてるわよ」


明石「は、はあ……これは、試合前にとんだハプニングですね。運営側がどう受け止めているかはわかりませんが……」


香取「……ちょっと試合前に喋り過ぎちゃったかしら。まだ試合予想とかしてないけど、時間残ってる?」


明石「えーと、鳳翔さんが血に濡れた道着を着替える時間があるので、もう少し大丈夫です」


香取「そう、ありがと。じゃあ、鳳翔さんの詳しいファイトスタイルの紹介がまだだから、そこから済ませましょうか」


明石「鳳翔選手は香取神道流の免許皆伝ですが、流儀の説明としては介者剣術となっていますね。この介者剣術って何なんでしょう?」


香取「介者剣術っていうのは、様々な日本武術の源流である古流柔術、それの更に元となった武術ね。簡単に言えば、戦で敵を討ち取るための技術よ」


香取「名前の通り太刀を使った戦いが主なんだけど、戦場なら武器を失った状態で敵と戦うこともあるわ。そのために徒手の技も研究されてるの」


香取「そっちは甲冑組討ちって言われてて、これも名前通り、甲冑を着けた相手を組み伏せて討ち取るって技術ね。これが古流柔術の源流よ」


明石「組み伏せてってことは、現代格闘技で言うと、マウントポジションを取ることだと解釈していいんでしょうか?」


香取「そうね。介者剣術では『馬乗り』と呼んでいて、止めの刺し方は喉を匕首か何かで掻き切るっていう違いはあるけれど」


香取「ただね、香取神道流は総合武術。そういった徒手格闘は技の体系の1つではあるけれど、決して専門分野ではないの」


香取「鳳翔さんの真骨頂はやっぱり剣術、ひいては本物の実戦。こういう場での戦いでは、使える技が大きく制限されると見て間違いないわ」


香取「人前に晒してはいけない技もあるでしょうし、鳳翔さんがリングで発揮できる力量はせいぜい、本来の2割といったところでしょうね」


明石「となると、達人として知られる鳳翔選手も大きな苦戦を強いられると見ていいんでしょうか?」


香取「もちろんそうよ。相手は徒手格闘の専門、最強の空手家である榛名さん。階級差もあるし、本来なら勝ち目があるかないかって話になるわね」


香取「でも、私には鳳翔さんが負けることが想像できないの。だって、彼女は『一の太刀』の伝承者だもの」


明石「それなんですけど、鳳翔さんが伝承してるっていう『一の太刀』っていうのは何なんでしょうか?」


香取「一の太刀っていうのはね、香取神道流最大の秘伝と言われている奥義なの。でも、それは決して必殺技のようなものではないのね」


香取「言うなれば、仏教で言うところの悟りの境地に近いんじゃないかしら。『一は全であり、全は一である』って言うじゃない?」


香取「歴史上で最強の剣豪は誰か、と言われれば真っ先に上がる名前は宮本武蔵だけど、次いで上がる名前が塚原卜伝。彼も一の太刀伝承者なの」


香取「塚原卜伝を含め、香取神道流で一の太刀を伝承できた剣士が敗北した記録は今まで一度もないわ。一の太刀とは、無敗の象徴と言ってもいいの」


香取「その名を背負う鳳翔さんがリングに上がる。それはつまり、勝てる確信を持っているから。どういう手段でかは知らないけれどね」


明石「取材では、鳳翔選手はあまり自信がないとぼやいてましたよ。棒切れくらい持たせてくれって愚痴をこぼしていたと」


香取「あ、棒切れを禁止したのは私の判断ね。その話を聞かされたとき、本当にゾッとしたわ」


香取「自信がないなんて、全部ブラフよ。出場を決めた時点で、鳳翔さんは勝利を確信してるの。油断させるためにそんな演技をしてるのよ」


香取「あわよくば運営側まで油断させて、棒切れの持ち込みを許可してもらおうっていう魂胆ね。そんなことされたら、長門さんだって勝てないわよ」


明石「えっ、棒切れ1本でそんなに?」


香取「そんなによ。今は返り血で不気味な感じになってるからわからないけど、普段の鳳翔さんってね、見た目は全然強そうじゃないの」


香取「長門さんみたいな強豪選手って、オーラからして強そうでしょ? 鳳翔さんはね、そのもう1つ向こう側。見ただけじゃ強さを判断できないの」


香取「生活と武が完全に一体化した境地ね。そんな人に棒切れを持たせたら、拳銃クラスの武器になるわ。誰も勝てっこないわよ」


明石「な、なるほど……では、素手の鳳翔選手と榛名選手、どのような試合になると思いますか?」


香取「そうね。榛名さんは当然打撃で攻めてくるわね。彼女の拳や蹴りなら、鳳翔さんを倒すのに一撃入れれば十分でしょう」


香取「問題は鳳翔さんね。介者剣術には打撃も多少あるし、組み技、投げ技、関節なんかもあるにはあるから、技の選択肢は少なくないでしょう」


香取「といっても、相手は実戦経験の豊富な空手家の榛名さん。どんな技にだって対処できる技量の持ち主よ」


香取「鳳翔さんがどう出てくるか、正直言って未知数ね。打ち合いはできないでしょうけど、何をしてくるかはわからないわ」


香取「鳳翔さんが負けるなんて想像できないってさっき言ったけど、榛名さんが負けることも想像しにくいの。彼女も本当に強い選手だから」


香取「こんな予想になって悪いけど、始まってみないとわからないわ。さて、どういう展開になるかしらね」


明石「なるほど。さて、両選手がリングイン! 2人の武道家がリング中央にて対峙しています!」


明石「道着を着替えた鳳翔選手。なるほど、確かに強そうには見えません。柔和な笑みを浮かべる姿は、単なる奥ゆかしい婦人としか思えない!」


明石「しかし、彼女こそ現代最強の剣士! 対するは空手界真の王者、榛名選手! 榛名選手は射抜くような視線で鳳翔選手を見つめている!」


明石「まったく予想の付かないこの試合、どんな展開になるのか! 最後に立っているのは、どちらの武人なのか!」


明石「ゴングが鳴った、試合開始! 両選手、ゆったりとした足取りでリング中央へ向かっていく!」


明石「榛名選手は両手を上下に広げた、空手で言う天地上下の構え! 対する鳳翔選手、構えは取りません! ガードも上げず、ただ立っています!」


香取「というか、ああいう構えなんでしょうね。自然体で、相手に合わせて動く。まずは仕掛けさせる気かしら」


明石「まずは両選手、距離を取り合って対峙! お互いを観察し合うように動きを止めました! いや、榛名選手はじわりと間合いを詰めています!」


明石「間合いを計りつつ詰める榛名選手に対し、鳳翔選手は微動だにしない! ただ自然に、静かな立ち姿で榛名選手を待ち受ける!」


明石「気付けばかなり距離が近付きました! すでに拳が届く距離! 動くか!? 動いた! 榛名選手、まずは順突きを放つ!」


明石「鳳翔選手、これをウェービングで回避……いや、同時に前へ出た!? 鳳翔、一瞬で懐へ滑り込んだ!」


明石「た、倒したぁぁぁ! 鳳翔選手、足を刈って榛名選手を倒しました! テイクダウン! 榛名選手、早くもテイクダウンを奪われました!」


香取「合気道の動きに近いわね。相手の呼吸と力の流れに合わせて、あっさり倒すなんて……さすが達人」


明石「鳳翔、すかさずマウントを取った! 間髪入れず顔面に一撃……あれっ!? 離れた! 鳳翔選手、一撃だけ入れてマウントを放棄した!」


明石「大きく距離を取っています! 当然、榛名選手は立ち上がり……ああっ!? め、目が潰されています! 榛名選手、右目を失明!」


明石「早くも大きなダメージを負いました、榛名選手! しかし表情に焦りはない! まだ榛名選手の闘志は折れていません!」


明石「逆に、鳳翔選手の表情がやや苦しげだ! これはどういう攻防なんだ!?」


香取「2人ともやるわね。鳳翔さん、マウント状態から虎爪で顔を打って、指を目に入れたの。まずは戦力を削るためにね」


香取「そこから色々やりたかったんでしょうけど、榛名さんが反撃してきたの。腰骨を掴んで親指を突き立てる、っていう方法でね」


香取「榛名さんの指はコインを割るほどの力があるから、そんなのを突き立てられたら痛いなんてもんじゃないわ。鳳翔さんも離れるしかなかったの」


香取「ダメージは榛名さんのほうが上だけど、痛みなら鳳翔さんのほうが大きいでしょうね。達人といえども、痛いものは痛いんだから」


明石「なるほど、一瞬の攻防でしたが、どちらも実戦こそ本領を発揮する武道家! まずは痛み分けという形になりました!」


明石「再び榛名選手が天地上下の構えを取る! 片目を失いましたが、戦意は失わず! 鳳翔選手も笑顔を消して榛名選手を待ち受けます!」


明石「間合いが詰まっていく! 先に動くのはやはり榛名! いきなり後ろ回し蹴りを繰り出した! これは空振り!」


明石「鳳翔選手の鼻先を素通りしていきました! 再び榛名選手の攻撃! 次は正拳突き! これは……寸止め? 届いていません!」


明石「榛名選手、休みなく攻勢を続けます! 前蹴り! 届かない! 鉤突き! やはり届かない! 躱されているというより、届いていない!」


明石「更に榛名選手は攻め立てる! 下段回し蹴り! 逆突き! 回し打ち! どれも届かない! これはどういうことだ!?」


香取「ここは鳳翔さんの本領発揮ね。剣士に最も重要な要素は、間合いの見切り。達人ともなると、刀を見ただけで何センチかわかるそうよ」


香取「素手となれば、より間合いは見切りやすいんでしょう。鳳翔さんはミリ単位で距離を取って榛名さんの打撃を躱しているの」


香取「というより、当たらない位置に予め移動しているのね。武蔵さんも似た動きをしてたけど、こっちは更に高精度ね」


明石「榛名選手、とうとう攻めの手が止まりました! 空手の打撃が通用しない! 榛名選手にとって信じたくない状況です!」


明石「ここからどうする、空手家榛名! どう仕留める、剣士鳳翔! 状況は膠着状態にもつれ込みかけています!」


香取「鳳翔さんも決め手に欠けてるわね。榛名選手の打撃は速いから、下手に潜り込めないんでしょう」


香取「榛名さんと組み合って肘打ちが来ればさすがに避けられないでしょうし、どうするのかしら」


明石「さて、相変わらず自然体で立っている鳳翔選手ですが……あっ、先に榛名選手に変化があります! 構えを変えました!」


明石「天地上下の構えではありません! 両手を八の字に構え、軽快なステップを踏み始めました! 初めて見る榛名選手の構えです!」


香取「なるほど……榛名さんはそう出るのね」


明石「フットワークです! ベタ足をやめてフットワークを使い始めました! 軽快な足取りで、一気に間合いを詰めに行った!」


明石「また順突き! というよりはジャブに近い鋭いパンチ! 鳳翔選手、躱しはしましたが、先ほどよりギリギリです!」


明石「中段回し蹴り! 道着を掠めました! 鳳翔選手が間合いを計り損ねた!? おそらく、榛名選手の不規則な運足が読みを困難にしている!」


明石「立て続けに榛名が攻める! 最初より遥かに回転が速い! 目にも留まらぬ連撃が達人鳳翔を追い詰めに掛かる!」


明石「右の鉤突きが頬を掠める! 上段回し蹴りが額の皮膚を切る! 鳳翔選手、打撃反応の精度が顕著に落ちています!」


香取「榛名さんはいい攻略法を見つけたわね。フットワークを踏みながら戦う剣士なんて、どこを探してもいないもの」


香取「ああいう風に体を揺らしながら打ってこられると、ギリギリで間合いを読むのが困難になるわ。このままだと、いずれもらってしまうかもね」


明石「このファイトスタイルの切り替えは明らかに状況を打破しました! 未だ当たってはいないものの、鳳翔の回避がやや危なっかしい!」


明石「いわばこのスタイルはスピード空手! 榛名選手、ランダムな足運びで打撃の軌道と距離を読ませない! 一気に手数で攻め立てる!」


明石「しかも榛名選手、打撃にフェイントを折り混ぜ始めた! 顔面へ順突き! フェイント! 下段蹴り! これもフェイント!」


明石「フットワークとフェイントが鳳翔の見切りを妨げる! 三日月蹴り! フェイント! 正拳突き! これは本命の打撃だ!」


明石「鳳翔、見切りを試みるも成功ならず! 直撃は逃れましたが、胸を押されるようにして後退! ダメージは入っているか!?」


香取「入っているわね。正拳突きは当たる寸前に拳を縦から横に回して威力をねじ込むの。榛名さんの技術なら、より深く打撃が体内に浸透するわ」


香取「しかも狙ったのは心臓打ち。鳳翔さん、呼吸が少しだけ乱れてるかもしれないわね」


明石「た、確かに鳳翔選手、立ち姿に最初のような自然さが薄れています! やや息が荒い! しかし、休憩を与える榛名ではない!」


明石「再び正拳突きを放った! これは鳳翔、確実に躱す! しかし間を置かず中段回し蹴り! 当たった、当たりました!」


明石「鳳翔選手、打撃を初めてブロック! 回し蹴りを肘で受けた! 直撃は免れるも、体勢が崩れる!」


明石「好機! 榛名が更に仕掛けていく! 顔面への正拳突き! 辛うじて躱し……いや、入ったぁぁぁ!」


明石「正拳突きではない! 平突きです! 指の第二関節を曲げて放つ、拳以上に『刺さる』打撃! 人中へ命中してしまったぁぁぁ!」


明石「鳳翔選手が倒れる! ダウン、ダウンです! 前のめりに倒れる! なおも榛名は追撃! 膝蹴りを繰り出したぁぁぁ……あっ!」


香取「あら、こんな技まで」


明石「ひ、膝蹴りを横に倒れて躱した! しかし転倒はしない! 足を絡めた! か、蟹挟み!? 逆に榛名を倒しに掛かった!」


明石「不意を突かれた榛名選手、前へ転倒! 鳳翔選手、足を外さない! これは、いつの間に!? 既に関節技が決まっている!」


明石「あ、足絡みです! 鳳翔、足関節で榛名を捉えた! 空手家としては避けたい関節技をついに決められてしまった!」


香取「鳳翔さん、ここまで嘘つきだったのね。介者剣術だけじゃなく、古流柔術も知ってるんじゃないの」


明石「榛名選手、絶体絶命! 足を折られれば戦闘力が大幅に削られるのは明白です! 鳳翔選手、このまま決めてしまうのか!」


明石「いや、決まらない! 決まりません! 榛名選手、強引に足を抜いた! ここに来てパワー差が顕著に……うわっ、や、やった!?」


香取「さて、これも鳳翔さんの本領発揮かしら」


明石「鳳翔選手、抜けかけた足の指を掴んだ! そして、一息にへし折ったぁぁぁ! 榛名選手、利き足の親指を折られました!」


明石「そ、それでも榛名選手、足を引き抜きます! 足絡みから脱出! 鳳翔選手も立ち上がる! 再びスタンド状態で対峙です!」


明石「しかし、先ほどとは状況が違う! 榛名選手はもうステップを踏みません! 完全にフットワークを殺されました!」


香取「やられたわね。足さばきで重要なのは、親指の付け根である拇指球。そこを壊されたとなると、右足はほとんど機能不全ね」


香取「右足はもう支え程度にしか役に立たないわ。軸足にも使えないから、拳打を含めて打撃の威力とバリエーションは激減。榛名さん、大ピンチね」


明石「なるほど、しかも痛みによるダメージも深刻です! 足の指を折られ、片目も潰された! その額には玉のような汗がいくつも浮き出ています!


明石「まだ闘志は維持できているのか……ん? 榛名選手が何かを始めました! 深く、深く息を吐いている! 空手の型のような動きしている!」


明石「息を吐き終えました! これは……荒れていた呼吸が整っています! 表情からも疲労が消えた! これは、どういう魔法だ!?」


香取「息吹。空手の呼吸法ね。体内の呼気を完全に出し切って、呼吸を整えるの。割りと誰でもできる呼吸法よ」


香取「榛名さんともなれば、息吹の効力も一味違うみたいだけど。今ので痛みや疲労も消えちゃったみたいね。自己暗示みたいなものかしら」


明石「なるほど。これで榛名選手、状況をある程度振り出しに戻しました! 足指の骨折は深刻ですが、表情は至って平静を保っています!」


明石「再び榛名選手が取るのは、最初と同じ天地上下の構え! しかし、ここから繰り出す技はまるで鳳翔選手に通用しませんでした!」


明石「右を死に足にされた今、ここからどう戦うのか! 鳳翔選手は自然体のまま、やはり構えず立って……ちょっと待って。香取さん?」


香取「聞きたいことはわかるわよ。急所である人中に平突きを食らって、なんで鳳翔さんがノーダメージなのかってことでしょ?」


明石「その通りです。クリーンヒットに見えたんですけど、大きな腫れや傷もないようですし……」


香取「だから、全部嘘だったのよ。回し蹴りを受けて体勢を崩したのも、平突きを受けたもの、みんな演技なんでしょうね」


明石「えっ、ええっ!? あれが……全部!?」


香取「榛名さんが切り替えたファイトスタイルは、実のところ鳳翔さんを追い込んでたわ。このままだとやられるって思ったんでしょう」


香取「そこで小芝居を打ったわけ。わざと蹴りをブロックして、平突きも当たりつつダメージを受けないよう、丁度良く受けたんでしょうね」


香取「榛名さんもまんまと引っ掛かってしまったわね。鳳翔さんは武道家として榛名さんとは対照的。何でもしてくるダーティな人よ」


香取「技量も神がかってるし、ここからはどうにでも仕留められるわね。さて、榛名さんはどうするかしら」


明石「な、なるほど……さあ、榛名選手はどう動く! 後退はしない! やや右足をかばいつつも、ジリジリを間合いを詰めていく!」


明石「やはり、榛名選手の武器は空手のみ! なおも打撃を仕掛けるのか! 果たして、それは鳳翔に通用するのか!」


明石「鳳翔選手、やはり待つ! まずは仕掛けさせる気だ! 達人に油断も慢心もない! 自然な立ち姿で榛名の待ち受ける!」


明石「再び拳の射程圏! 榛名選手、仕掛けるのか! やはり打って出、あっ! 鳳翔が懐に飛び込っ、後ろに回った! な、何だ!」


香取「あっ、ちょっと」


明石「な、投げたぁぁぁ! 何だ今のは!? まるですり抜けるように後ろへ回り込んだと思ったいなや、榛名選手が宙を一回転!」


明石「そして頭から投げ落とされたぁぁぁ! 榛名選手、まともに頭を打った! お、起き上がれるか!?」


明石「だ……ダメです! 完全に失神しています! し、試合終了! ゴングです! あっという間の幕切れです!」


明石「まさに一瞬の出来事でした! 鳳翔選手が投げ技を繰り出したのはわかりますが、どういう技なのかすら私たちの目には写りませんでした!」


明石「あれはどんな技だったんでしょう。ちょっとVTRで確認を……」


香取「だめ。今の試合のVTR、金庫にでも入れておくように。映像がネットにアップされたら、すぐに削除するよう手はずを整えておいて」


明石「えっ、なんでですか? UKFはネットへの動画投稿には寛大なんですけど……」


香取「あの技はね、おそらく御留流の技。つまり、香取神道流において門外不出、人前で使ってはいけない技なのよ」


香取「直接見てしまった人は仕方がないけど、あまり拡散されないように配慮してあげないといけないわ」


明石「そ、そうなんですか……ただ、それはちょっと疑問が残ります。なぜ、あの圧倒的有利な状況で、鳳翔さんはそんな技を?」


香取「わからない? 鳳翔さんは技量で圧倒的に榛名さんを凌駕してた。しかも足指を折られたとなると、もう勝機なんて1%もないの」


香取「それでも榛名さんは諦めなかったわ。息吹で体勢を整えて、一歩も引かない覚悟で鳳翔さんに向かっていった。何としても勝つつもりでね」


香取「だから、鳳翔さんは全力という形でそれに応えたの。最後の技はせめてものプレゼント。小技ではなく、秘伝の術で倒してあげたのよ」


明石「ああ、そっか……今までは表に出してもOKな技だけで戦っていたわけなんですね」


香取「ええ。敗北したとはいえ、榛名さんは最後に鳳翔さんの全力を引き出させた。ま、そんなことで榛名さんは納得しないでしょうけどね」


香取「やっぱり鳳翔さんは1つ上のステージの達人。榛名さんは強いけれど、まだその域には達してはいないってこと」


香取「これから、榛名さんが目標とするのはそのステージに上がることね。負けたら死ぬなんて言ってたけど、そんなのもったいないわ」


明石「そうですね……鳳翔選手も凄まじい実力でしたが、榛名選手も、将来を感じさせる最高のファイターでした!」


明石「どちらも日本が誇る素晴らしい武道家です! 皆様、今一度拍手のほうをお願い致します!」




試合後インタビュー:鳳翔


―――実際に戦ってみて、榛名選手をどのように感じましたか?


鳳翔「そうですね。まだ若いのにとても洗練された技をお持ちで、思った以上に苦戦してしまいました」


鳳翔「途中から、懐かしいなって感じましたね。私も、昔はあんな風に熱い心を持っていたんだなって思い出してしまって」


鳳翔「とても将来性のある方だと私は見ています。彼女はもっと強くなりますよ。修行のほう、ぜひ頑張ってほしいです」


―――試合展開としては、全て鳳翔選手の読み通りに進んだんでしょうか。


鳳翔「いえいえ、そんなことありません。本当ですよ? フットワークを使われたときは、正直言ってすごく焦りました」


鳳翔「あの辺りの攻防は私にとってまったく未体験でしたから。胸に当てられたときもかなり苦しかったですし、本当に危なかったです」


鳳翔「今は大体の動きを覚えたので、またやられればうまく対処できると思いますけど。大変勉強になる試合でした」


―――最後に見せた技はどういうものなんでしょうか?


鳳翔「ごめんなさいね、ノーコメントでお願いします。あれ、本当はやっちゃいけない技だったんです」


鳳翔「ただ、榛名さんが心も強い方でしたから、つい……技の原理を解明するのは、どうかやめてくださらないかしら。そういうの、すごく困るわ」


―――またUKFには出てくださいますか?


鳳翔「うーん、どうしようかしら。私、まだまだ格闘技は不勉強ですから。道場の経営もあるし、あまり気は進みませんね」


鳳翔「いい対戦相手が見つかって、そのとき私がお金の欲しい時期でしたら、また出るかもしれません。自信はありませんけどね」





試合後インタビュー:榛名


―――鳳翔選手のことを、今はどう感じていらっしゃいますか?


榛名「……あの方に挑んだ武道家が皆、武から身を引いているという話、身を以て実感いたしました」


榛名「単純に強いのではなく、次元が違います。おそらくは長門さん以上。一体、どうすればあの領域にたどり着けるんでしょうか……」


―――試合展開について、何か思うところはありますか?


榛名「……勝てるチャンスはあったと思います。ですが、決め切れませんでした。鳳翔さんが強かったのもありますが、榛名が弱いせいです」


榛名「榛名が未熟であるということを思い知らされました。鳳翔さんが本気を出したのは最後の一瞬だけでしょう」


榛名「あのときも、何をされたのかすらわかりませんでした。榛名はまだまだです。これで2度、榛名は死ぬことになりました」


―――これからどうされますか?


榛名「……今までは長門さんを目標に修行を積んで参りました。しかし今日、その向こう側が存在することを知りました」


榛名「榛名もあの領域にたどり着きたい。それまで、死ぬわけにはいかないでしょう。恥を忍んで生きていくことを、今、この場で決めました」


榛名「またUKFにも戻ってくると思います。そのときの榛名は、今と比べ物にならないほど強いはず。見ていてください、まずは長門さんを倒します」






大淀「すみません、外してしまって。ただいま戻りました」


明石「あ、おかえりなさい……大丈夫ですか?」


大淀「ええ。入渠してすっかり良くなりました。試合には間に合いませんでしたが、もう大丈夫ですよ」


明石「ん? ああ、そうですね……あの、具体的に何をされたんです? 現場は血の海だったそうですけど……」


大淀「血の海? そんな大げさですよ。ちょっと階段から足を滑らせて、頭を強く打っただけなんですから」


明石「……はい?」


大淀「あれ、詳しく聞いてないんです? 私、そういう感じで気を失って、ドックに運び込まれたらしいんですよ。記憶はほとんどないんですけど」


大淀「解説役は急遽香取さんがしてくれたみたいで。ご迷惑おかけしました」


明石「あ……ああ、そういうスタンスですか。今回の件はなかったことに?」


大淀「え? いや、別に公表してもいいですよ。もしかしたら、意外と天然で可愛いってことで、私の人気が上がるかもしれませんし」


明石「……なんか、話が噛み合いませんね。大淀さん、正直に言ってください。鳳翔さんと何があったんです?」


大淀「……鳳翔さんって、誰です?」


明石「ほら、今日のエキシビションマッチに出た、香取神道流の……」


大淀「うっ、頭痛が……すみません、知らない人です。変ですね、まだ頭を打った傷が残っているんでしょうか……」


明石「き、記憶が捏造されてる……! 一体、どんな恐ろしい目にあったんですか……」


大淀「何を話されているのかわかりませんけど、これで今日の試合は全て終了しましたね」


明石「あ、はい。これで残すはあと1試合。決勝戦のみです!」



戦艦級 ”破壊王”武蔵 VS 戦艦級 ”ザ・グレイテスト・ワン”長門



大淀「さて。この対戦カードについては、まだ何も言わないでおきましょう。どちらも超級のファイター、とだけ断言させていただきます」


明石「長かった第二回UKF無差別級グランプリを締めくくる試合ですからね。一体、どっちのファイターが勝つんでしょうか」


大淀「では、決勝戦開催のその日までお別れですね。そう長く間は空かないでしょう」


明石「それは大会運営委員長の調子次第です。今この瞬間も、腕の感覚がどんどん消えてなくなっていってますからね」


大淀「……長く間が空かないことを祈っています。それでは、また次回お会いしましょう」


明石「はい! ご視聴、ありがとうございました! 次回、決勝戦もどうかよろしくお願いします!」


―――死闘を制し、幾多の強者から選び抜かれた2人の王。破壊王と絶対王者、最強の称号はどちらの手に渡るのか。


―――次回放送日、現在調整中。


後書き

今後の参考にさせていただくため、良かったらアンケートのご協力をお願いします。

UKF無差別級グランプリアンケート

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1: SS好きの名無しさん 2016-03-05 15:57:34 ID: ou5fz7AL

いつも最高の作品ありがとうございます!
はっちゃん…(´;ω;`)ウッ

2: SS好きの名無しさん 2016-03-09 15:13:39 ID: mVjpucFz

ポンコツ大淀かわゆい


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