2017-12-12 01:28:37 更新

概要

制作日数、約一年。ようやく完成することが出来ました。全く意味不明なものになってしまいましたが、長編を書き上げる苦しさと達成感を味わうことが出来ました。ありがとうございました。


前書き

ストーリー
アイドルとしての自己嫌悪に悩む園田海未は、理解不能な駅の思考にとらわれ、次第にそれが現実となっていく。
やがて電車の中に潜んでいた〈世界〉の入り口に遭遇した後、何故か馴染み深い彼女の姿が…。
変化、組織、暗闇、そして官能…。様々な奇妙な事象が海未を囲み、恐怖や狂乱の中、満身創痍の海未は不可思議な次元へと迷い込んで…。
暗く辛い現世に送る、2次創作型ミステリー小説。

~目次~
第一部
思考と消滅
駅との遭遇
駅についてアメリカンを飲みながら彼女は言う
園田海未監査委員の誕生

第二部
打ち合わせのひととき
もう一人の監査委員
監視と監禁

第三部
報告 その1
あの饅頭
本質的な理解、協力

第四部
邂逅
時進むこと、ある決意
再会、そして…
エピローグ

作品解説←執筆中

現在、完成度を高める為、校正による訂正作業中です。



全ては我が心にあり 何も彼も



第一部



思考と消滅


…私は、ずっと悩んでいました。この世の中にはいろんな根拠があります。例えば、高校が高校である根拠、唐辛子は辛い根拠…。駅が駅である根拠もその一つのはずです。例えば、東京駅やら水戸駅やら名古屋駅やら浜松駅やら…。それらの間を電車は動いているのです。まるであちらとこちらと動くネズミのように。それを動かすのに費用がとてもかかります。なら、そうじゃなくて駅自体が動けばいいんじゃないかって。駅が駅に行くのです。アキバに行く時だって駅から駅です。

そして!解決策が見つかったんです!…





ことり「ねえ、さっきっから何言ってんの?」


真姫「頭狂ったの?」


海未「ファッ!?あ、ああ…私ったら、つい独り言を言ってしまいましたね」


ことり「なんか、最近多いよ?駅に関する?独り言??」


海未「いやあ、なんとなく奇想天外な事をつい考えてしまうんです、私の声って本当に自分の声なのか、とか、駅は動くのか、とか…」


真姫「…はぁ?あんたね、キャストがいると思ってるの?あんたみたいな声を真似ようなんて誰も思わないわよ」


海未「そ、そうですね、だ、誰が私の声なんか求めるのでしょう?う、うっうん…」


ことり「…動揺丸見え」


真姫「まあ、そう仮定するのはあんたの勝手。好きにしたら?」


海未「うっ・・・」


ことり「やめたげて、海未ちゃんめっちゃ傷つきやすくてガラスのハートだから」


海未「うっ!」バダン


ことり「あっ」


真姫「ことり、やるわね」


海未「」チーン




…はあ。私は本当に傷つきやすい女ですね。もっと、もっと誰かさんみたいになーんにも気にしないような人になりたいです。それでも私は私なりに考えちゃうんですよね。例えばもし私が男だったら?そのままの性格なのでしょう、おしとやかで、冷静で・・・。そう考えると、なんで私は二つの顔を持ってしまうのでしょう?今の顔、そしてもう一つの顔・・・。いつでもこんな事をやめることはできるんです。でもやめたらやめたで何が残るのでしょう?生活も、友も、自分も変わってしまいそうで私はそれを思う度に慄然とするのです。まるで暗闇を3時間以上見ているような、怖い気持ちになるのです。もうそんな事を考えるのはやめよう、続けていけばいい話じゃないかって決断するのも束の間、夜になって服を脱ぐ時、風呂に入るとき、そして寝る時、アイドルを辞めるという考えがマグマが昇ってくるように私のガラスのハートに注ぎ込まれるのです。私はこのまま一生このマグマと付き合っていく事になるのでしょうか?そんなんだったら死んだ方がマシです。でも死ぬのも怖い。輪っかの紐を見るだけで怖い。だって私の心はガラスのハートなのだから。


にこ「練習終わり!ほら、ゴキブリはさっさと帰りなさい!」


絵里「何その言い方、喧嘩売ってんの?」


にこ「ああ?今この場で蹴り入れてもいいのよ?」


絵里「・・・!!ふんっ!」プイッ


にこ「何!?その態度…チッ」


海未「まあまあ!やめてくださいって!何ですか急に!」


希「海未ちゃん、ちょいとこっちきい」


海未「?」



希「…あのな、最近にこっちの様子が可笑しいんや」


海未「何ですと…」


希「原因不明。ワイのスピリチュアルメンヘラを試してもなんも分からん」


海未「うつ病とかじゃないですよね・・・」


希「可能性がないと言ったらウソになるな」


海未「そ、そんな…どうすればいいのでしょう」


希「分からんな、もはや穂乃果ちゃんなんて見向きもしないしな」


穂乃果「・・・・・・・・・・・」ジロッ


海未「・・・!穂乃果もどうしたのですか!?」


穂乃果「・・・なんかさ、くだらないよね、ああいうの見てると」


絵里「黙れ触手!」


にこ「そっちが黙りなさいよ、プーチンのしもべ!」


海未「・・・」


希「絵里ちは釣られてるだけや…」


穂乃果「・・・帰る」


ことり「あ、じゃあ私も」


海未「あ、穂乃果!ことり!…やれやれ」


真姫「・・・」



結局、3年の2人がいがみ合っているのを1年の人たちに任せて私は一人帰りました。私はコンビニで温かいコーヒーとハム・サンドウィッチを買って飲みながら、食べながら帰りました。食べ歩きは行儀が悪いと昔からよく言われたものですが、そんな事少しも気にしてませんでした。私は飲み干した缶とサンドウィッチの包装を電車に乗る前にポイ捨てしていきました。


電車に乗っている間、ぼんやりとヤフー・ニュースを見ていました。消費税の増税問題、2020年東京オリンピック開催問題、中東のテロ問題、政治家の失言・・・。ろくなニュースなんてこれっぽっちも無くてうんざりしてiphoneをポケットにしまいました。私は蕩けて焼けたチーズのように朱色の夕日に照らされる東京の風景をぼんやりと眺めていました。


海未「もうすぐ変わるんですね・・・」


私は独り言を言ってしまいました。一瞬駅が動いているのかと思いましたが、そんな事は無くてただ電車が駅と駅の間を動いているだけでした。

私はそんな感じで一日を終えました。明日の事なんて誰も予知する事なんて出来ませんがね。





次の日。私はいつも通りに学校へ行き、授業を受けて、部活に参加しました。でも誰か足りない気がするのです。


にこでした。私は希にどうしたんだと聞きました。


希「さあね…ワシが何度か連絡しても全然繋がらないんよ」


海未「やはりうつ病だったのでしょうか?」


希「いや。それは無いと思う。にこっちは強がりだから絵里ちと喧嘩したあとに一緒になるのがしっくりこないんやろ」


海未「そんな単純な理由で休むものなのでしょうか…」


希「そういうの多いんよ、にこっちは」


海未「何故ですか?」


希「プライドが高いからね」ニコッ


穂乃果「ねえ、早く練習しようよ!にこちゃんの事だから何も心配しないでいいでしょ」


海未「まあ、性格上そうですけど、私も性格上心配してしまうのです」


真姫「ほんっとに心配性ね。あの子なら大丈夫よ、心配ない」


凛「真姫ちゃんが言うなら心配ないんじゃないかにゃ?だってにこちゃんだからね~」


真姫「・・・」バキッボキッ


凛「はっ…!ごめんにゃ、あー花陽ちゃんとことりちゃん向こうで遊んでる!行こうっと・・・」ブルブルスタスタ…


真姫「次言ったらメスでも入れましょう」


のぞうみほの「こわっ…」






穂乃果「はい、練習終わっていいよ~!」


海未「ふうっ…」ドサッ


穂乃果「まだ心配なの?今日全然動けてなかったけど」


海未「え、本当ですか?何でだろうな~っと…ペプシ飲みます?」


穂乃果は黙ってそれを受け取って、片手でタブを起こして飲みました。


穂乃果「んっんっ、あーっ…うめぇ」


海未「何か見てはいけないものを見たような」


穂乃果「で、心配なんでしょ?」


海未「…はい、心配です、特にああいう風になってた後に休むなんて」


穂乃果「絵里ちゃんは全然何でもないけどね?」


絵里「…でね、私がさされてハラショーって言ったの。そしたら先生が原敬(はらけい)だろ馬鹿者がっだってwwww」


のぞまきりんぱなこと「wwwwwwwww」


真姫「意味わかんないwwでもなぜかツボるwww」


海未「・・・絵里ってああいう人だったんですね・・・」


穂乃果「あれは表面的な絵里ちゃんだよ。どうせ心の底は海未ちゃんと一緒」


海未「何故分かるんですか?」


穂乃果「私は救世主で、リーダーだからね」


海未「え…なんd」


穂乃果「ほら、みんな早く帰ろー!!下校時刻過ぎるよー!」


ソウダネカエルカ…


穂乃果「ほら、海未ちゃん、ことりちゃん、帰ろう!」


海未「え、ええ…」


ことり「うん!」



私は何を見ているのでしょう?もともと、私の責任なんかではありません。にこと絵里が悪いのです。私は、私たち7人はなにも責任なんてないのです。でも穂乃果はもう既に私たちの心をキャッチしているのだなと思いました。リーダーだったら何でも分かるのです。でも私はどれだけ頭を使っても分からないのです。もしかしたら、ことり達だって分かっているのかもしれない。分からないのは私だけかもしれない。そういう風に考えると、疎外感と罪悪感が、私から離れようとせず付きまとうのです。私はコンビニで穂乃果がことりに成人向け雑誌を見せてはにやけあっているのを、止めようとはしませんでした。どうせふざけあっているだけなんだ。そうしてふざけられるのは彼女らは自分と他人を分かっているからなんだ。私はコーヒーを買い、穂乃果たちに先に帰ると言って、一人飲みながら駅に向かいました。やっぱり缶はポイ捨てしていました。



駅との遭遇


私は駅に着くといつものようにpasmoを改札に通し、ホームで電車を待っていました。もう夜に限りなく近い夕方で、流石に人は多かったです。通勤者はもちろん、学生に掃除のおばさん、そして駅にいつもいるきちがい・・・本当に、いつもと何ら変わりない駅の様子でした。私はそれを見ると、いくらか安堵感を感じます。

いつもより5分遅れで電車は到着しました。あとは椅子取りゲームと一緒です。穂乃果達とお尻がパンパンに張れるまでゲームをやったことがあるので、満員電車の中での椅子取りなんて箸でご飯をつかむより簡単です。やがてドアは閉まり、次の駅へと向かいました。悠然と座った私は、正しい姿勢で、スカートの上にひょいと鞄を乗せて座っていました。そして鞄からiphoneを取り出し、ヤフー・ニュースを見て、ろくなニュースが無い事を確認すると、ホーム・ボタンを押し、パズドラをやりました。自分、パズルがしたい派なのでサクヤかラーをリーダーにして降臨ダンジョンを進めていました。ゲーム・オーバーになると、ピンボールをやるアメリカ人のおっさんのように強い舌打ちをして、おとなしくiphoneを鞄にしまいました。横で寝ていた人は私の舌打ちで目が覚めたようで、はっ、と起きました。それで私は目を前に上げた瞬間でした。


強い夕日の照りを見た私に、いきなり強い睡魔が襲い、開けてると目がクラクラする程でした。でも、きっと疲れてしまったのだろう、と私は思い、仕方なく私は目を瞑って眠りへと入りました。一瞬若い女性の声が聞こえましたが、その声はガタンゴトンという電車の音と共に消えていきました。



穂乃果「ねえ、買っちゃったんだけど」


ことり「はあ・・・本当に馬鹿よあなたは」


穂乃果「・・・」


ことり「何その無表情な顔」


穂乃果「・・・・・・泣いてるのか?」


ことり「その物まね、下手だからやめて」


穂乃果「いやあ、どうしても必要だったんだ、これはね」


ことり「通販で買えばよかったんだよ、それかお父さんからパクればよかったんだよ。あんなお店の人から幻滅される位ならさぁ」


穂乃果「パパはそんなの持ってないよ、持ってたとしたらママが暴れちゃうからね・・・通販で買ってバレたら私は死ぬ羽目になるし」


ことり「ほうほう」


穂乃果「ほうほう」


穂乃果「まあいいじゃん、買えたんだから」


ことり「いつものコンビニで買った訳じゃないからいっか」


穂乃果「そうそう」


ことり「海未ちゃん先に帰ってて良かったね」


穂乃果「それは本当にそう」


アハハハハ・・・・




海未「はっ!!??」

私は電車での深い眠りから起きました。すると、電車の中には私一人しかいませんでした。電車の中の電気がついていて、窓の外はトンネルを走っているのか暗闇を走っているのか分からないような暗闇になっていました。キイ、キイという電車の車両が揺れる音が聞こえてきます。まるでホラー映画みたいで怖くなってきました。私は座席から立つことが出来ず、うずくまっていました。頭の中で何故かリストのピアノ・ソロが勝手に流れてきてより一層怖いのです。


海未「これは夢だ、これは夢だ・・・落ち着け・・・」


それをひたすら10分くらいやっていました。ただただ怖かったのです。アナウンスも聞こえてこなければ、人もいません。人はどの車両にもいそうではありませんでした。あまりの恐怖と驚愕で私の精神が崩れかけそうな時でした。


スーッと、ほとんど音もなく電車が止まりました。プシューッとドアが開きました。しかしドアの向こうは暗闇です。何も見えません。でも、私はドアが開いた途端に立ち上がり、ドアの前に立ちました。なぜこの時だけ恐怖心がないのでしょう?

私はiphoneを取り出し、電車とホーム(?)の間が空いてないかiphoneの光で確かめると、向こう側にしっかりとした陸(ホーム)がありました。私は意を決してそのホームへと足を運びました。鞄とiphoneを手に持ち、ホームに出ました。すると、電車のドアが予告なく閉まり、動き始めました。その走りゆく電車を眺めると、やはり誰も乗っていませんでした。電車の中の電灯が光って過ぎ去っていくだけです。電車が行ってしまい、いよいよ全くの暗闇になってしまいました。しかも、何の音もしない無音なのです。この世にこんな沈黙があるのかというくらいの無音でした。頼れるのはiphoneの光のみです。恐怖のあまり身を震わせながら歩きました。


コツッ、コツッ・・・。私の靴の音がホームに響き渡ります。私はとりあえずまっすぐ歩きました。しかしiphoneの光で前を照らしても深海のように何も見えないのです。それでも私は確実に前へ前へと進みました。

5分くらい経った頃です。iphoneの光が点かなくなりました。ウソですよね、と思って慌ててホーム・ボタンを何度も押しても点かないのです。


海未「そんな・・・フル充電だったのに何で・・・ううっ」


私は目が潤みながらもiphoneを鞄にしまって、歩き続けました。暗闇を歩いているのですよ?何の手掛かりのないまま歩いているのですよ?これ以上に怖い事なんてありません。何も見えず、見えるのは一面の黒。どこを向いても黒。向いている感覚なんて、歩いている感覚なんて忘れてしまいそうな黒です。私は少し泣き声で呻きながら歩きました。


海未「穂乃果・・・ことり・・・助けてください・・・ここはどこなんですか・・・うううっ、何で私がこんな目に合うのですか・・・?ぐすっ」





歩いて30分経った頃でしょうか。顔は涙でずたずたになり、時々幻覚が見えたりするほど精神が崩壊を始めていました。私はこのまま発狂して、鞄か何かを首にきつくかけて死ぬんじゃないか、と思った矢先でした。


海未「・・・・・はっ、あれは!」


眼中に、かすかな光が見えたのです。見失ってしまいそうになる程小さい光でした。でも私は無我夢中になってその光へと走り出しました。だんだんその光は大きくなってきます。距離が縮まっている、縮まっている!と感動しながら走りました。やがて、その光は私を包み込み、眩しい光となって私の目を瞑らせました。














                                                                  さようなら。















海未「うっ・・・・・・・・・・・・・!!!!!」


そこに広がっていたのはあのいつもの私の家の最寄り駅のホームでした。いつものように人がごった返していて、電車の警笛がせわしく鳴り続けていました。私はベンチで横になっていて、男女問わず人々は女子高生が駅で寝ているという珍事を思い、私をじろじろと見ていましたが、歩き去りました。特に男の人は惜しそうに歩き去っていきました。私はぽかんとしたまま横から直り、座っていました。立とうとしたら、尻に激痛が走り、またドサッと座りました。極度の尻餅をついていたのです。あまりの恐怖で私は尻に体全体を預けていたのでしょう。私は仕方なくこのまましばらく座っていました。人がいるというのがこんなにも喜ばしい事だとは思いもしませんでした。音がある。人がある。夕日がある。もう私はそれだけで満足でした。

そろそろ立ち上がるかと思い、思い切って立ち上がりました。でもやはり激痛が走り、ベンチにまた座ろうとしました。しかし、ベンチは空気になっていました。


海未「へっ・・・?」


思い切って立ったせいで少し前に出てしまったのです。このままだと私の尻は座る勢いで地面に着陸します。この激痛の「激痛」が襲い、二度と立てなくなります。私はもっと休めばよかったと後悔しながら着陸を待つばかりでした。

その時、誰かが私の手をつかみました。


海未「!」


私は何とか着陸は避けられました。そしてその手は優しく私の体をベンチに戻してくれました。

私は顔を上げる同時に声がしました。その声を聞いて私は驚愕とするのです。









にこ「もう、世話焼かせるんじゃないわよ」


海未「え、え、何で・・・?あ、」


にこ「さあ、世界はあなたが開いたのよ、開いたら次は閉じるのよ」


海未「??」


にこ「ほら、世界を変えに行くわよ」




にこは私をおぶって、歩き出しました。




駅についてアメリカンを飲みながら彼女は言う


私より背の低い彼女がひょいと軽そうに、私をおぶいました。そしてにこはホームの出口へと歩きました。私は頭の中が疑問符の文字でいっぱいでした。にこは何故こんなにもタイミングよく私を助け、さらにはこの駅にいるのでしょう?にこが私にかけた言葉の意味は何なのでしょう?甘い香りのするにこの首をやむをえず嗅ぎながら私は考えていました。にこは何も言わずにただ歩いているだけでした。


駅前に出ると、外はすっかり暗くなっていました。にこは駅のすぐ横にあるエレベーター付きのビルへと入りました。エレベーターに乗り込んだところで私を降ろし、ふうっと、ひと段落着いたため息をつきました。私の腰痛は、いつのまにか全く無くなっていました。むしろ今の方がすごく楽な気分なのです。私はまるで魔法にかけられたような気分でした。


にこ「全く、あなたはいちいち重いのよ、もっと食を控えるのね」


海未「あ、あなたが力がないだけです!だいたい、どうしてここにいるんですか!?昨日は何をやっていたのですか!?」


にこ「あなたね、落ち着いて考えなさい。今からそれを説明する空気になっているのを察しなさいよ。これから行く場所でみっちり教えるから。私がホームで言ってたことがアホらしいじゃない」


海未「・・・」


やがてエレベーターはチン、という音を出して止まりました。ドアが開き、その目の前には喫茶店らしい店がどんと構えていました。にこが歩き出したので私も歩き出し、店内へ入りました。


「おかえりなさいませ」と、ある程度年の取っている、白いひげが鼻の下に生えているハンサムな男がにこに向かって言いました。


にこ「アメリカン二つ頂戴。ミルクとシュガーを1セットつけて。あと、頃合いを見てポテトを揚げて」


「かしこまりました」


海未「食を控えろと言ったのは誰ですか?」


にこ「こちとら腹減ってんのよ!朝からロクに食べてないのよ…。あなたにもあげるからつべこべ言わない!」


海未「はい・・・すみません」


私は素直に謝ってしまいました。なぜなら恥ずかしくも、私もお腹が空いていたからです。

私たちは外から東京の夜景が見えるテーブル席に座りました。新宿の超高層ビル群がそびえ立っていました。


にこ「あら、こういう場所初めてなの?」


海未「ええ・・・」


にこ「ふーん、案外庶民な人だったのね」


海未「はい・・・///」

私は反論が出来ず、顔が紅潮してしまいました。

得意げににこは微笑み、窓に目を向けました。

スピーカーからはジョン・コルトレーンのジャズがかかっていました。


やがてアメリカン・コーヒーが運ばれてきて、年配の男が静かに、どこか技のある置き方をして去っていきました。


にこ「ほら、ミルクとシュガー」


海未「要らないです」


にこ「やせ我慢なのね」


海未「違います!ただ私はこのままが好きなだけです!」実際はカフェオレが好きでした。ただの見栄っ張りです。

にこはまた得意げに笑って、ズズッと音を立てて飲みました。私は少し腹が立ちましたが抑止してアメリカンを飲みました。


にこ「さあ、本題に移るわよ」


海未「・・・」


にこ「なにすっ惚けた顔してるの。あなたが行った駅についてよ」


海未「!!」

私はにこの顔を凝視しました。にこは少し微笑みました。でも、違和感があるのはツインテールではなく、髪を後ろに長くしているからでしょうか?


海未「…あの、言ってなかったけど髪型変えたんですね」


にこ「変えたけど何か?」


海未「いや、別に・・・。とにかく、早く教えてくださいよ」


にこ「じゃあ何から言おうかな・・・あなた、電車に乗って眠ったわよね?」


海未「はい」


にこ「そして、目が覚めたら人は誰もいなくて、外は真っ暗だったと」


海未「はいはい」


にこ「そして数分したら電車が止まって、訳もなくあなたは外に出て光まで歩いた」


海未「ええ」


にこは頭を抱えてため息をつきました。


にこ「何で外出ちゃったのよ…そこがいけなかった」


海未「は?」


にこ「あのね、あなたはそこの駅で降りたせいで〈世界〉を開かせてしまったのよ」


海未「ええと、言ってることがよく分かりませんが、私はやってはいけないことをやってしまったと」


にこ「分かってるじゃない」


海未「暗闇を小一時間泣きながら歩いて光を目指していったのがいけなかった事だったんですね」


にこ「そう」


海未「・・・」


にこ「・・・」


私は思考が停止してしまいました。あんなに苦労して助かったのに、これがいけないことだったと。現実は厳しいとよく言いますがこればかりはショックでした。何も言葉に発せないまま私は撃沈していました。


にこ「まあ、あのまま暗闇の中にいたら助かることなく永久にそこにいたでしょうね」


海未「・・・じゃあ、電車の中にいたら?」


にこ「ずっとそのまま走っているわ、要するに降りれないままそこに永久にいることになったわね」


海未「え?じゃあ私は助かったんですね!?良かったじゃないですか!!」


にこ「でもあなたが助かったお陰で〈世界〉が開いてしまった…まさか助かるなんて。絶対助からないって言われていたのに」


海未「・・・その〈世界〉っていうのは開いたら私が死ぬよりまずい事なのですか?っていうか何でそんなに詳しいんですか?」


にこ「あなたと同じ状況になった人はいくらでもいるけど、助かったのはあなたしかいなかった。だから今まで〈世界〉は開いてなかったのよ。そして、私はそれを監視する監査委員だったのよ」


海未「監査委員?」


にこ「表面的には〈世界〉が開いたって問題無いように見えるけど、窓と同じように開けたものはちゃんと閉めないと「何か」が入ってきちゃうかもしれないじゃない?それと同じでこちらの世界とあちらの世界がリンクしちゃって、あちらの世界から誰かが来てしまうという可能性があるの。形があるかどうか分からないし、あちらの世界に生命があるのかどうかも分からない。でも、念の為に閉めてあるの」

にこはコーヒーを一口飲みました。


海未「…ごめんなさい、本当に幻想的な話でなかなか上手く物事が掴めないんですよ。なんであなたがこんな事を知っているのかもイマイチ分からないし、その〈世界〉の存在感も何だか感じ取りにくいし…第一、念の為ならそれが開いてしまった事が、私が死ぬ事より重大とは感じられないし、それで何故あなたは監査委員なのにそれに対処しなくてただ傍観してるだけなのかというのも納得がいきません。そんないきなり、〈世界〉だとか監査委員だとか言われても私は頭がとんちんかんになっちゃうんですよ」


にこは目を細め、私の顔をじっと見ました。なんの感情も無く、ただ見ているだけでした。


にこ「…だから何から話せばいいか分からなくなるのよね。もっと順序を考えて話すべきだったわ。海未だから良かれとは思ってはいけないみたいね」


海未「まあ、そうですね、今回の話はちょっとばかし、いやだいぶアブノーマルな話ですから」

私はミルクとシュガーを入れたコーヒーを飲みました。私はいつの間に入れていたのでしょうか?苦味と酸味のバランスが丁度いい上にコクがあって、飛び切り美味しいコーヒーでした。これ程美味しいコーヒーは飲んだ事がありません。


「お待たせしました」

あの白い髭の生やしたハンサムな男のウエイターがポテトを揚げて持ってきました。


にこ「あら、またまたタイミングがいいわね」


「恐縮でございます」


そのポテトは見た目は細く、クリスピーそうなもので、食べると確かにそれはその通り極上の美味しさでした。


にこ「ほら、やっぱり美味しいわ」


私は一瞬目が眩みましたがすぐ戻りました。


にこ「分かったわ。話す順番を決めて話しましょう」


海未「順番的には・・・こうですかね?」


私はノートとペンを出し、ノートの紙をちぎって順番を書きました。


「1.あの例の電車

2.〈世界〉とは。またそれの被害状況、影響、リンク性

3.何故にこが監査委員?(何故いろいろ知っているのか)

4.私への影響」

という順番で書いてみました。それを見たにこは


にこ「なかなか冴えてるじゃない」


海未「本当は自分がしっかり練るべきだったんじゃないのですか」


にこ「・・・・・・」

その髪の長いままで彼女は蕩けた眼差しを送ったのです。


海未「あっ!もう!そんな目で見ないでくださいっっ!///分かりましたから!」


にこ「よろしい」


海未(この表面だけ女・・・)


にこ「今表面的女って言ったでしょ」


海未「!言ってません」


にこ「ふーん」


海未(何と!私の考えていることが見えるのでしょうか?いや、いや・・・そんな訳)


にこ「無いと思ったら大間違いよ」


海未「フアアアアッッ!」


にこ「!?何!?いきなり変な声出して?ポテトの事言ってんの。まだいくらでもあるのよ~って」


海未「あっ・・・あっ・・・そうでしたかぁ…」


にこ「全く、何なの?欲求不満?アイドルにセックスは禁物よ。あっ、もしかして…濡れてる感じ?」


海未「なっ、なっ!!違いますぅ!!暴言ですよ、破廉恥なっ!」


にこ「あいあい、話を元に戻しましょう」


海未「あぅ・・・はい、こんなくだらないことを話している場合じゃないです」


にこ「あい、では分かったわ…まずは1番目あなたが乗った電車についてよ」


にこはポテトをつまみました。私は冷めかかったコーヒーを飲みました。時計を見ると、案外時間がそこまで進んでいず、40分程しか経っていませんでした。


・・・

穂乃果「はぁ・・はぁ・・・はぁ・・・っ!!!」

・・・




にこ「あなたはね、何らかの偶然でゲートに入ったのよ。それがあの電車なの」


海未「となると、あれは出口か死しかないゲートって事ですね」


にこ「まあそうなるわね。99%は死だけどね。あなたは1%の出口に見事入ったのよ。すごすぎるわ」


海未「たまたまが私の命を救ったんです」


にこ「ええ。それで出口が開いて、そのまま開きっぱなしになっていて方法さえあればいつでも出入りできる状態になっているわ」


海未「〈世界〉との道ですね」


にこ「ええ。これが2番目の説明ね。〈世界〉とはこの世界とは別次元の空間よ。暗闇なのか、こっちの世界とまるまる同じなのか、それとも全くの予測不可能の異次元空間なのか、全くわかりゃしないわ。被害状況としては、かなりあるわ。もうこの事は日本政府だけじゃなく国連やCIAも知っている事なんだけどもちろん非公開になっているわ。暗闇に迷ったり、そのまま電車に乗ったりして行方不明…いや死亡しているわ。

で、〈世界〉との道が開いてしまう影響としてはさっき言ったように「何か」が入ってしまうことよ。その「何か」が入ってしまうと、様々な不可解な現象が起きたりして世界中が大パニックになってしまう。その影響は人が、あなたが死んでしまうより優先して受けないようにしなければこっちの世界は最悪滅んでしまうの。それは何としても避けたいのよ、国連とかは。その辺の組織はみーんな功利主義的な考えだからさ」


海未「なるほど・・・個人より全体を優先する考えってことですね。ソ連みたいですね」


にこ「まあ、そこまではいかないと思うけどさ…だいたい同じみたいなものかもしれないわね。で、私は何故その事に詳しいのか。そして何故監査委員になっているのか。それはね、「あなたと同じ体験」をしたからよ」


海未「は??」


にこ「だから私も同じように暗闇を這い蹲って光を見つけたの。実は私がその成功者の最初だったのよ。だから私はね、ある男からこの事を説明されたのよ。私だって同じくよく分からなかったわよ。でも何か自然に監査委員になっていた。まあ役目を果したら報酬はデカいそうよ」


海未「・・・ちょっと待ってください、って事は…」


にこ「そうよ、あなたも監査委員になるの」


海未「」


にこ「それが最後の説明、あなたへの影響よ」


海未「・・・じゃあ、その役目って何なんですか?」


にこ「もちろん、〈世界〉との道を閉ざす事よ」


海未「どうやって?」


にこ「知るか」


海未「・・・」


にこ「・・・」


ポテトもコーヒーも、すべて無くなっていました。時計を見ると、やっと1.5時間経っていました。


にこ「さあ、駅を見つけるわよ」


にこは前のめりになってそう言いました。私は何も言葉を発せませんでしたが自然と首を縦に振っていました。


にこ「そうこなくちゃ、おしまいよね」


本当だ、自然となっちゃうんだな、と私は感じました。老人の男はポテトとコーヒーのお替りを持ってきました。



園田海未監査委員の誕生


海未「・・・なんかよく分かりません」

モグモグ。

にこ「何が?」

モグモグ。

海未「自分が監査委員って、は?って感じなんですよ」

モグモグ。

にこ「んっ…。ああ。もう要らないわ、食べていいわよ」


海未「そんな事言ったって何から始めればいいのかも分からないし、学校にも行けないでしょう」


にこ「いいえ、行けるわよ」


海未「え!?じゃあ何で来てなかったのですか!?」


にこ「単純に、絵里が嫌だったからよ…」


海未「あ、ああ…(希は当たってますね)」


にこ「誰か何か言ってた?」


海未「いえ、絵里も穂乃果も何も気にしてませんでしたよ。私と希は心配でしたが」


にこ「駄目ね、私は。ちょっと起伏が激しくなっただけで当たるから…」


海未「大丈夫ですよ、みんなあなたの性格は把握しているんですから」


にこは顔を上げて少し驚いた表情を私に見せました。


海未「あなたが思ってるより…みんな優しいんですよ。そしてみんな分かってるんですよ。私はなんとなく学校にいるみんなを見て分かります。ましてや穂乃果はもうみんなの性格をキャッチして冷静に判断できるようになってるんです。あなたと絵里の喧嘩を止めなかったのもそれのせいです。自分にくだらない、と思って傍観しているんです。もうリーダーとしての確立が出来ているんですよ。もう一人のリーダーであるあなたは気づいてませんか?」


にこ「・・・!」


海未「・・・とりあえず、絵里はもちろん、みんなにも心配をかけたので謝罪してください。プライドなんて要りません。自分に、素直になってください」


にこ「・・・あ」


海未「?」


にこ「・・あ、あなたが言うなら・・・謝るわよ・・・」


海未「それでいいんです」

私は微笑みました。すると、にこも優しい微笑みを返しました。やけに、にこは素直でした。


にこ「私もざまあないね。これじゃ一人自爆してるようなもんじゃない。まだまだリーダーとしての器が不足してるわ」


海未「私たちがいるんです。全力で支えるから頑張ってくださいよ」


にこ「ええ」


私たちはため息をつき、ひと段落しました。BGMでは、ジャズ・ピアノの曲が甲高くかかって、東京の壮麗な夜景がより美しく見えました。


にこ「さて、でもまずは監査委員としての役目を果たさなければならないわ」


海未「それがよく分からないんです、何から行えばいいのか・・・」


にこ「とりあえず、今日は一旦引き上げるわ。明日学校へ行って話しましょう」


海未「それで大丈夫なんですか?間に合うんですか?」


にこ「まあ今日はちょっと遅いからさ、それにここもいつでも来れるし。ある男がここを拠点としてもいいというの。ね、和島さん」


「はい、いつでもおいでください」


海未「あ、和島というお方なんですね。今日はいろいろとご馳走様でした」


和島「いえいえ、また飲食なさってください。お待ちしております」

とてもいいお方だな、と私は思いました。この人がそのある男や駅とどういう関係を持っているのか知りませんが、自然と信頼していました。


にこ「じゃあ、また明日」


海未「にこ」


にこ「何?」


海未「学校バックレないでくださいよ」


にこ「分かってるわよ」


にこは和島さんと少し話してから帰るというので私は一足先に家へ帰りました。



外に出ても、特に何の変わり映えの無いいつもの駅でした。

さっきまで、本当に暗闇を歩いていたとは信じられないくらい何でもありませんでした。

私もあっさり監査委員とやらの役職をにこと一緒に務めていく事になりましたが…多分なにかしらの方法で出口を閉ざす事が出来るのでしょう。私はiphoneとイヤホンを取り出し、ブルーノ・マーズの曲を聴きながら家へと帰りました。iphoneは何事も無かったかのように治っていました。繰り返すようですが、本当に普通の帰り道でした。








翌日。私は日光に浴びられながら目を覚ましました。雲一つない晴天で、一面の青でした。

髪をとかし、歯磨きをし、制服に着替え、朝食を食べ、用を済ませて出発しました。

電車に乗り、まだ駅が動いていない事を確認して、秋葉原で降りました。


穂乃果「あ、海未ちゃん!おはよう!」


ことり「…おはよう!」


海未「おはようございます…」


穂乃果「ん?元気無いね、どうかした?」


海未「…何か隠し事してませんよね?」


穂乃果「え!?何で…あ、いや、何も隠し事なんてしてないよ、もーう、なにー!?」


ことり「…」


海未「無いんだったらいいんですけど」


穂乃果「ほら、遅れるー!」ダダダダ…


ことり「海未ちゃん、よく見破ったね」


海未「は?」


ことり「穂乃果ちゃんね、海未ちゃんが帰った後成人向け雑誌を買ってきたの」


海未「」


ことり「何かどうしても必要だとか言ってさ、怒られるよって言ったんだけど聞かなくて」


海未「・・・報告ご苦労様です、あとは私にお任せ下さいね」ゴゴゴゴゴ


ことり「あっ…言わない方がよかったかも」


穂乃果「ほら!モタモタしてないで早くぅー!」


海未「そうですねー、早く行きましょうか!」


私は穂乃果の肩を持ちました。強く。


穂乃果「へっ…?あっ」


海未「ほーのーくぁぁああ!!!」


穂乃果「ホゥエエエエエエエエエエアアア!!」


ドカーーーーン!


ことり「」ポカン



〜〜〜〜〜


我々は朝の会に何とか間に合い、遅刻は免がれました。昼食の時、私は怒りました。


穂乃果「…グスッ、ウーッ…」


海未「全く、下らないですよ!失望しました!あなたがそんな人だったなんて!あなたならしっかりとしたリーダーでいただろうなと思ってた矢先に!何でエロ本が必要なんですか!訳が分かりません!」


穂乃果「だってぇ〜…グスッ…保健の…さ、教科書に書いてあった…グスッ」


海未「は?書いてあった何ですか?言え!」


穂乃果「ウウ〜…」


ことり(容赦ねぇな)


穂乃果「あの、えっと…マから始まるやつ…何だっけ…」


海未「マ?」





穂乃果「マ…マスター…ベーション…っていうやつ…だったかな。それを…どういう奴なのか気になって…」






海未「」


ことり「」



10分間沈黙。



海未「…あなたはね、好奇心があり過ぎるんですよ。そんなのね、しなくても生きていけるのは分かってるでしょう!?保健の教科書にもしてもしなくても害は無いって書いてあるでしょ!?」


穂乃果「だから、しても害は無いっていうからぁ」


海未「うるさい!」


穂乃果「ウー…」


海未「もう、本当に破廉恥過ぎます!今回に関しては本当に失望しました!大反省してください!!ねえ、ことり!」


ことり「そう…ねえ、流石にこれはね…でもまあ、勝手にさせれば良いっていう考えなんだけどね〜…」


海未「…」ギロッ


ことり「!!あっ、あー、やっぱり不謹慎だよね、ダメだよ、穂乃果ちゃ〜ん…」


穂乃果は泣きながらパンをかじっていました。それをことりは背中を支えて慰さめながらご飯を食べていました。

私は二段弁当を貪るように食べて怒るように先に教室へ帰りました。全て穂乃果の為です。神聖なリーダーには是非とも健全に育ってほしいだけなのです。私みたいに同性愛の性交を想像するような人にはなって欲しくありません。


午後になり、数学と、現代文と、ホームルーム…ごく当たり前にやる事を普通にこなして部活動へと動きました。私が一番気がかりだったのはにこが部活に現れているのかという事です。

しかし、思った通りまだ部活には来ていませんでした。みんな別に変った顔などせず、普通通りの顔で部活をしていました。屋上には雲で見え隠れする日光が点滅し、みんなの体が暗くなったり明るくなったりしていました。

私は着替えた後でぼうっとしていると、穂乃果が寄ってきました。後ろにはことりがいました。


穂乃果「あ、あのさ…変な本を買ってごめんなさい。もうこんなくだらない事しないから許して。自分でもリーダなのに何をやっているんだってずっと考えてた。私ってさ、ちょっと調子に乗っちゃうところがあるからさ。これから治していこうと思う。海未ちゃんもさ、もし私がまた過ちを犯していたら注意してくれれば嬉しいな。だから、許して・・・ごめんなさい・・・」


穂乃果は頭を下げ、床に涙が一つぽろっと落ちました。


海未「・・・反省してますか?」


穂乃果「・・うん」


海未「もうやりませんね?」


穂乃果「・・うん」


海未「・・・私の注意を聞いて・・もちろんことりの言う事も・・聞いて・・・仲良くしてくれますね?」


穂乃果「・・・うん!」


私は穂乃果を抱きました。すると穂乃果は思い切り泣き出しました。同時にことりが私が向いてる方でこうハンドサインを送りました。


ことり(エ ロ 本 く ら い で こ ん な 感 動 的 に す る な)サッサッサッ


私はあっと思って微笑みました。何でもいいんです。これで穂乃果との距離が縮まったのなら・・・それでいいんです。


すると・・・


花陽「あっ、来た」


我々7人は花陽が見ている方向へと振り返りました。






にこ「・・・」



にこは制服のまま、髪型はツインテールに戻して屋上にいる我々の前に姿を現しました。その時風がヒューっと吹き、日光がにこを照らしました。

私はふと、宮沢賢治の「風の又三郎」みたいだと思いながら、にっこりとしました。

彼女は約束を破りませんでした。


そして、彼女は絵里の前に立ち、口を開きました。


にこ「あの…。何だか冷え切っちゃったみたいね」


絵里「…何の用?」


にこ「…この間の件よ。私、いろいろとテンパってて他人に当たってしまっただけなの」

にこは恥ずかしそうに目を泳がせていました。


絵里「…」


にこ「本当に自分勝手な女だと思う。いや、だったと思う。私はリーダーとしての本当の器というのを失くしていた」


穂乃果「…!」


にこ「だから、今度というか、今からそういうのは治していきたい!絵里に…いや、みんなに賞賛されるようなリーダーで私はありたい!自分と他人をしっかりわきまえていくから…!どうか、私の無礼を許してください!ごめんなさい!」


にこは頭を深々と下げました。これには一同驚愕し唖然としました。


絵里「!」


希(なんや…あんなにこっち見た事あらへん)


私は、また人を変える事が出来たかもしれない、と思うと自然と細やかな微笑を浮かべていました。素直に言うと、嬉しいんです。


絵里「…もう、にこらしくないわよ」


にこは顔を上げました。目からは熱い水が流れ出ていました。


絵里「ちょっと辛い事言っただけでそんなになってさ…こんなんじゃ冗談の一つも言えやしないわ。でも、私の方こそごめんなさい。調子に乗り過ぎた所は確かにあったわ。互いに治していって、自分を、そして部活を高めていきましょう」

そう言って絵里はにこに手を差し伸べました。

にこが手を出した途端に絵里がにこを抱き締めました。

絵里は泣きました。にこも泣きました。私も泣きました。

気付くとみんなは、泣きながら拍手をしていました。

私も拍手をしました。なんだ、これ。本当に喧嘩から生じたapplauseなのでしょうか?

すると、にこがこっちに振り返って密かに片目でウインクをしました。そのウインク顔は誰もを堕落させる危険なものを感じましたが、私はただ嬉しくて、とっさにお辞儀をしました。すると、にこはおかしそうに笑って、絵里をもう一度抱き締めました。


希「…変わったんやな…にこっちは…」


真姫「…全く、素直じゃないんだから」


穂乃果「…っ、よーし!一致団結した所で、練習、始めますか!!」


にこ「…グスッ、そうね。じゃあ、始めるわよー!練習始めー!」


また一つ、私達は成長しました。くだらない事でしょうが、それを称えるように、涼しい清らかな風が優しく吹きました。「風の又三郎」はまだ、ここにいました。



って、何か奇妙な終わりっぽくなってるけど、もちろん、私の戦いはまだ終わっていません。これがプロローグなのです。

私は、にこと共に〈世界〉を閉じなければなりません。どんな方法でやるかはまだ分かりませんが、私はそれをやり遂げる運命にあるそうです。学校になるたけ通いながら、〈世界〉を対処していくつもりではあるのですが…

とにかく、私はこの練習が終わったらにこと打ち合わせをして前提を決めていきます。

今はただ、汗を掻いて踊るのみです。リズムをうまくとり、手と足を華麗に動かしてただ只管に踊る。この、最高の、部活で。

そして、園田海未監査委員の誕生は、ここにあったのです。


第一部 完





第二部


打ち合わせのひととき


空も暗くなっていった夕方、我々の練習は終わり、一息ついていました。今回の練習はなかなかいい心地で良質な練習をすることが出来ました。仲直りの直後というのはだいたい団結して面白い練習になることは判っているのですが、今回はまた格別でした。

私はアクエリアスを飲みながらいつものように柵に寄りかかって練習の後の爽快な、まあ喩えるなら読後感に浸っていました。すると、穂乃果がこちらに寄ってきました。


穂乃果「ねえ、あのさ…今日空いてる?」


海未「え?何でですか?」


穂乃果「いや、えーっと…あの、新しいお饅頭が出来たから試食してもらいたいなと思って…」


海未「え!本当ですか!私でよければ是非試食させて頂きたいのですが、ちょっと今日は用事があって・・・」

用事とは打ち合わせの事です。


穂乃果「じゃ、じゃあ明日でいいよ!明日は学校休みだし」


海未「じゃあ明日お邪魔しますね」


穂乃果「うん」


穂乃果は去っていきました。新しいお饅頭の試食が出来るなんて…ご褒美ですね!

穂乃果「・・・」トボトボ


さて、私はにことの打ち合わせがあります。場所は確か・・・スタバでしたね。屋上を見渡したら既ににこはいなくなっていました。もう行っちゃって準備でもしているんだろうと思いました。私は穂乃果とことりに先に帰ると伝えてスタバに向かいました。それで今気づきました。1年2年3年それぞれ三人ずついるなんて、随分都合がいいなという事に。



駅の近くのスタバに着きました。外では右翼団体が在日朝鮮人に対する街宣デモをしていて、突撃ラッパやら軍艦行進曲やらがかなり大きいボリュームで駅の近く中の空気を震わせていました。私はスタバに入りました。

ドアを閉めると街宣の騒音は失せ、静かになりました。この辺の駅ではよくこういうのが起こるから防音仕様が施されているのだろうと考えました。

私はスターバックス・コーヒーを頼み、コーヒーが来るのをカウンターで待ちながらにこを探しました。すると、目立たない奥のテーブルの方にちょこんと座って待っていました。テーブルには何やら書類が広がっていました。コーヒーが来て、やっとの思いでにこのテーブルにたどり着けました。


にこ「外がうるさいわね」


海未「仕方ないですよ、でもいいじゃないですか、この中意外と静かだから」


にこ「髪型、また変えたわよ」

確かによく見るとポニーテールにしていました。


海未「お母さんと瓜二つですね」


にこ「だからサービスサービスしてやったのよ」


海未「・・・」


にこ「・・・ごめんなさい、ちょっと際どかったわ」


海未「いえ、ま、まあとにかく本題に入りましょう」


にこ「ええそうね。ではまず、この紙を見て」


私はそのテーブルに置かれている紙を見下ろしました。そこには「〈世界〉取締委員会東京本部」といかにもとってつけたような正式名称の元からの書類でした。規約やら委員会の方針やら職任命に対する生命保険の申し込みやら…俗にいうとリアルガチな書類で、私は少し息を呑みました。


にこ「まあ、これらは表面的な書類ばかりよ。公式に発表されている文面ってこと」


海未「公式?」


にこ「ああ、一般公開はしていないけど政府とかに対しての公式ってこと。別に第三者の目は気にしないでいい」


私は一応念のため規約などのその書類をしっかり見ました。全くおかしいところは見当たらず、一般の会員規約とか利用規約とかと同じ感じでこれを使えば詐欺とか楽々進みそうでした。


にこ「あのね、あなたに見て欲しいのはこっちよ」


にこは静かにiPad Airを取り出し、ホーム・ロックを外しました。


にこ「ここを見て、誓約書があるでしょ?これに署名する事であなたは監査委員になる事ができる。同時に、あなたは〈世界〉を閉じる義務が与えられるの」


海未「え?義務?」


にこ「そうよ、[義務]よ。当然、義務だからもし1ヶ月以内に出来なかったら…」


海未「1ヶ月以内!?…やれやれ」


にこ「1ヶ月以内に出来なかったら、もうあなたはいよいよ危ない立場になるわ」


海未「は?えっとえっと、ちょっと待ってください、危ない立場?それは一体全体どういう事でしょうか・・・?」


にこ「この世界にいるのが困難になるのよ。この世界にいたいなら、一か月以内にそれを終わらせるか、失敗して逃げて生き延びるかよ」


海未「え・・・何なんですかそれ・・・勘弁してくださいよぉ…」


にこ「義務だから仕方ないわね。でも成功したらしたで、あなたに残るものは素晴らしいものよ」


確かに私は無意識のうちにそういう過ちを犯していたのかもしれません。この選択に直面するための運命が、私にはあったのかもしれません。あそこで意地でも目を瞑っていなければ…いや、無理でしょう。あのような死ぬほどスゴイ睡魔に襲われたことがありません。人間だったらあの睡眠の悪魔に勝てる事は絶対にありません。自信を持って言えます。なら、私は監査委員になる使命があるのです。だから、


海未「・・・やりましょう、怖いですが」


くよくよしている場合ではないかもしれません。


にこ「あら、想像してたよりあっさり決まったわね。じゃあここにサインして、このタッチペンで」


私はピンクのタッチペンを受け取り、名前を一字一字しっかり書きました。

書き終えると、画面がいきなり白くなり、ボンっ!と音を立てて消えてなくなりました。周りの人はフッとこちらを驚いて見ましたがあはは…と、にこがコカ・コーラのボトルを見せたお陰で周りの人は興味を失くしました。


海未「わあっ!!」


にこ「よしっ、これであなたは〈三人目の監査委員〉よ」


海未「あービックリした…ほんとに何なんですか、幻想的にも程があるかと・・・ってあなたまた〈三人目〉とか訳の分からないこと言ってますけど」


にこ「あ、来たわ」


その〈二人目〉は私の後ろに立っていました。



もう一人の監査委員


私は後ろを振り向きました。











花陽「こ、こんばんは…」


海未「は、は、花陽…ですか!?」


にこ「そうよー」


海未「え?マジ?あ、えっと」アタフタ


花陽「…いきなり迷惑だったかな?」


海未「う、ええ!?いやいやいや全然!ただ、ちょっと考えがまとまらなくて…」


にこ「まあ、ほら花陽ここに座って」


花陽「あ、はい!」


花陽はココアを携えていてそれをテーブルに置き、キョロキョロしながら座りました。制服のままでした。


花陽「あの…まだ外うるさいね。警察とか機動隊とかが来ててパニックになってたよ」


にこ「右翼の方、今回はかなり怒ってるみたいね…北朝鮮も韓国もちょっと変わってきたからさ」


海未「…違う話ですが花陽もそうだったんですか?1%の割には随分通ってますね」


にこ「うるさいわよ、これはただの数値的なデータだから特に目安にも何ともならないの!統計学か何かに頼りなさいよ!」


海未「でも、一体どうして…」


花陽「…いや、だから私も海未ちゃんと同じ現象を経験したんだよ」


海未「え、でも、にこは私しかいないって…」


にこ「あら?あなたには話していなかったかしら?」


海未「聞いてませんよ!」


にこ「あー…えっと、誰に話したんだか…あっ、そういや海未が帰ったあと」


〜〜〜

にこ「ねえ和島」


和島「はい、何でしょうか」


にこ「あのー、私、海未と話している時は携帯が鳴ってて何だろうと思ってたんだけど出なかったのよ」


和島「そうかと思って私が要件を聞いておきましたよ」


にこ「本当!?流石和島ね、鋭すぎる観察力…私が目をつけただけあるわね」


和島「恐縮です」


にこ「で、何だった?」


和島「海未さんがあの駅に到達する前に…もう一人いたそうです」


にこ「は?」


和島「もう一人」


にこ「…」


和島「監査委員の候補」


にこ「分かってるわよ!…何で?私何をしているの…見逃してしまったのね」


和島「上の方から、減給の連絡が入っておりました。多分その事であります」


にこ「…あーやらかしたぁぁぁぁ!!」


〜〜〜


にこ「…という事ね」


海未「要するに私を迎えに行く前に実は同じくらいの時にもう一人あの駅を降りた候補者が花陽であったのだけど、その候補者がいた事も知らずに私だけを迎えてしまったと」


花陽「それで昨日にこちゃんから連絡が来てここに来たんだ」


にこ「一から百まで教えるのに4時間掛かったわ…」


花陽「だってほんっとうに訳が分からなくてえ」


まあ気持ちは分かります。


にこ「あなた元々影薄いのよ!!!もっと濃くなりなさいよ!!!そしてもっと理解力高めなさいよ!」


花陽「はいぃ!!ごめんなさい…」


海未「人のせいにして…」


でも私の心には何か、モヤモヤしたものを感じました。嫉妬というか、何とも言い難いものでした。このもう一人の監査委員が現れた時、その心が生まれたのです。仲間が増えたというのに何故か、苛々だった刺々しい心が芽生えました。何なんでしょう、この気分の悪い気持ちは。

そこでまた花陽も私と同じ一連の動作をして最後はやはりまた花陽は驚き、私はコカ・コーラのボトルを持っていました。


にこ「いやぁ、まあまあ、この二人がまた揃ってくれりゃ百人力だわ!ならまあ減給の一つや二つは仕方ないわね!おほほほ…」


海未「顔が引きつってますよ」


花陽「えっと、監査委員が揃ったのはいいけどどうすればいいのかな?」


にこ「そうね、時間もあまり無いし…取り敢えず今日から連絡を取り合っていくわ。少しでもいい、何か動きがあればすぐに私に伝えて!」


海未「動きっつったってどこで観察してれば?」


にこ「は?駅に決まってるじゃない」


海未「そんな、一日中監視してろと?それに動きなんて分かるのでしょうか…なかなか難しいと思うのですが」


にこ「一日中とは言わないわ。三人いるんだから時間帯を決めてやるのもいいわ。それで上の方ではね、キーはやはり駅にあるという見解があるの。だったらまずはその見解に従って行動した方が時短になると思うの」


海未「もし動きが無かったら?」


にこ「行動範囲をある程度増やすわ、その件については後で伝える」


花陽「じゃあ明日からやっていこう」


にこ「そうね、ちょっと今日は遅くなっちゃったから…」


海未「明日はちょっち用事があるので午前の監視でいいですか?」


にこ「いいわよ」


海未「花陽は?」


花陽「あ、全然いいよ!」


にこ「じゃあ、取り敢えず帰りましょうか」


我々は残ったコーヒーやココアを飲み干してスターバックスを後にしました。

とうとう、この監査委員としての仕事が始まるんだな、と私は思いました。まだよく分からない事は山のようにありますが、何故か胸を張ることができるんです。皆さんに伝えられる自信は有りませんが本当なんです。

我々は駅に行って、ついでに少し監視をしながら電車に乗って帰りました。やはり動きなど見極める事が出来ませんでした。疲れ切った顔をした通勤者と通学者が行き交うのみでした。日本はそういう国なんです。


右翼の団体は、まだデモを続けていました。



監視と監禁


私は7時半に起き、駅に向かいました。流石にもう右翼の街宣は無くなっていました。私はpasmoを改札に通し、ホームのベンチに座りました。今日は土曜日にも関わらずホームは人が多かったです。それもそのはず、土曜出勤通学など当たり前の事ですから。でもその代わり、小さい子供連れの家族やいかにも性格がひん曲がっていそうな主婦の塊は平日の時より見られる事がありました。「駅にはいろんな人がいる」のです。

私はきちんと朝食を食べてから駅に向かったので腹については何ら問題ありませんが念のため、スニッカーズを鞄の中に携えていました。他にも、財布と筆記用具とメモ帳とiphoneとイヤホンと、森鴎外の「ヰタ・セクスアリス」・・・ほぼ暇つぶしの為のモノを入れてきましたが、監視という名目なのでまあ大丈夫でしょう。

私はホームにある自販で水を買って、またベンチに座りなおしました。次に、イヤホンをつけ、椎名林檎の曲からシャッフル・スタートしました。右手にシャープ・ペンを持ち、曲げた膝にはメモ帳を置くようにし、いつでも駅の様子が書けるようにしました。

準備を終えると、ホームに電車が止まりました。ドアが開くと同時に人がわっと流れ出ていき、そしてわっとまたホームにいた乗客が電車に乗り込みました。まるで体の細胞が1か月ごとで入れ替わるように電車の選手交代はなされていました。ホームの羅列が無くなるとドアが閉まり、予告なく電車が走り出しました。すし詰めになった乗客たちは悠々と座っているホームに取り残された私をうらやましそうに見ては去っていきました。その様子を見て私は得意気になって面白いという気持ちが出てきました。いつもは主観的に行っていたこれを今度は客観的にやらずに見てみるとこんな発見があるのかという事や、乗客たちの羨望の目がまたまたこれが爽快なのです。ドSという訳ではなく、自分がしていた苦しい事を他人がしているように客観的に見ると愉快さが増すのです。「人の不幸は蜜の味」って本当だなと一寸確信しました。

気づくと私は少し顔がにやけていました。

電車が過ぎると、後に残ったのは暖かな日光に包まれたホームと、乗り遅れて吐息をしながら残念がっている人たちと、平然とベンチに座っている青髪の女でした。


私はその動作を正午になるまで、電車が来る度にしていました。監視ももちろんしていましたが当然、何の手掛かりも得られませんでした。ただ、一つ分かったのは、人の顔は重ならないように上手く作られているという事です。こういう風に見ると本当に、繰り返すようですが、「いろんな人がいる」んですねぇ…正午までこの動作を飽きずに続けられたのは、この小さいようで大きい好奇心と、鞄の中に入っている物のおかげでした。聞いていた音楽もiphoneに入っている曲が一周しました。これだけ駅の監視に意義があるならずっと続けていられそうです!


にこ「…あのね、私が欲しいのは感想じゃなくて報告よ!何もなかったなら報告しないでいいから!そして、見つけたらすぐ報告すること!いいわね!」


ブチッ、ツー、ツー…


私は約束していた穂乃果の家へ趣きました。





穂乃果「あ、海未ちゃん!来てくれたんだ~」


海未「当たり前じゃないですか、約束は守りますし、お饅頭が試食できるというんですから」


穂乃果「あーそれね…ちょっと待ってて、パパに頭下げてくる!」


海未「は?」


穂乃果は奥で仕事にとりかかっている父に近づきました。


穂乃果「ごっつぁんです!!」ペコリ


海未「!?」


穂父「・・・」


すると父は何も言わずに丸くて柔らかそうなものを一つ、穂乃果に差し出しました。まるで上司が部下に仕事を渡すかのように。


それを受け取った彼女は私の前に立ち、それを差し出しました。


穂乃果「さあ、食べてみて。一口で!」


私は恐る恐るそれを手に取り、眺めました。色はピンク色で桜の色素を使っているかに思われます。香りもそんなにしない。一体どんなものが中に入っているのだろう、と思いましたが、


海未「…パクッ!」


思い切って食べました。その瞬間は穂乃果だけでなく父も見ていました。

咀嚼。











海未「…WOW」


穂乃果「WOW頂きました!」


穂父「・・・」ニヤッ

父はそうして、何も言わず奥の部屋へと帰りました。


穂乃果「ちょ、パパどこ行くの!ねえー!」


海未「・・・」


穂乃果「あ!どうだった?びっくりしたでしょう?」


海未「…ええ」


穂乃果「でしょ!?」


海未「どこかの言葉を借りるなら、美味い、美味すぎる、ですね」


穂乃果「wwwwww」


本当に美味過ぎるのです。異様なほどに丁度よく甘く、その味が、生地の柔らかさとうまく調和して驚愕の味を引き出しています。フランスのスイーツ・コンテストかなにかに出せば間違いなく上位に進出するでしょう。いや、下手したら優勝?


穂乃果「ねえ、あのさ…ちょっと一緒に部屋に来てくれない?」


海未「え?あ、はい」


穂乃果と私は階段を上り、部屋へと入ろうとしました。すると、


穂乃果「あ、ちょっとドアの前で待ってて、散らかってるから」


海未「え、気にしないでいいですよ」


穂乃果「だめ!女はそういうことはわきまえないと」


穂乃果はそう言って私をドアの前に待たせました。私はため息をついて携帯を取り出しました。すると携帯にはLINEの通知が入っていました。花陽からでした。

[小泉ハナヨレン:〈監査委員!!〉:ホームにいるけど未だに手掛かりらしきものはありま…]

と書かれていました。まあそうだろうと思いました。私で見つからないのなら花陽はもっと見つかる確率は低いはずです。私は携帯をスカートのポケットにしまいました。部屋の奥からは物を運ばせる騒がしい音が聞こえてきます。相当汚くしていたんだな、と私は少し微笑みました。穂乃果は昔から乱雑っぽい所があったかもしれません。なので彼女が私たちと前に出るような事を言い始めたのはとてもビックリしました。私たちにそんな事出来る筈が無い…と高をくくっていましたが、まさかここまで飛躍するとは思いもしませんでした。その事は本当に喜ばしい事であります。ただ、私は「被る」という動作が本当に嫌いなのです。私が「うみちゃんだよー!」とかそういう事を言って巷を喜ばしている自分を想像するといくらか幻滅するのです。アイドルとはいったい何なのでしょう?やはり、名の通り偶像崇拝に過ぎないのでしょうか?それとも、異性の性欲をいくらか満たす情緒的風俗提供なのでしょうか?それとも、自らの満足を確認する個人主義のようなモノなのでしょうか?それを考えると、また私のハートにマグマが流れ込んできました。灼熱の、どろどろした媒体が、ハートを蝕み、私を苦しませました。自分は何者なのでしょう?私は深呼吸をして自己を慰めました。まだ口にはあの饅頭の甘さがしつこく残っていました。


穂乃果「お待たせー…開けていいよ」


海未「もう、やっとですか。片づけに何分かかってるんですか?」


穂乃果「ははは、ごめん…」


私はドアノブを回し、開けようとしました。すると、


穂乃果「ねえ、ちょっと待って、一つ確かめたいことがある」


海未「何ですか?」


穂乃果「私たち…「親友」だよね?」


私は驚いて少し身じろぎました。


海未「な、何をいきなり、当たり前ですよ、どうしたんですか」


穂乃果「ううん、何でもない…じゃあ、開けていいよ」


海未「…?」


私はドアを開けました。













海未「・・・え・・・」


















信じられない光景が、私の眼の前に飛び出してきました。それは、「穂乃果」でした。

それだけの情報なら何を驚く必要があるかと言うかもしれないので、言います。


穂乃果は自らを自らの手で[拘束]していました。全裸になって手を鎖で縛り付け、体全体をも鎖で縛り付けていました。そして目は目隠しで隠され、苦しいのでしょうか、大きく呼吸をしていました。


海未「穂乃果…一体何をしているのですか?」


穂乃果は口を開きませんでした。


海未「…何なんですか、答えて下さいよ!私に何をしろって言うのよ!!」


穂乃果「…ごめんね、海未ちゃん。これが私の性癖なんだ」


海未「…」


穂乃果「…私ね、前から本当に悩んでいたの。猥雑な悩みかもしれないけど、ずっと抱え込んでいた。きっとあなたは私を罵るに決まってる。でもそれでも構わない!…海未ちゃん、私ね、もう分かるかもしれないけどお饅頭の為に呼んだんじゃないんだ。本当にごめんね」


海未「…!」


私は急いで引き返してドアを開けようとしました。しかし、鍵がかかっていて開かないのです。私は今度こそ本格的な恐怖感を覚え始めました。


穂乃果「…海未ちゃん、私を監禁して」


穂乃果は静かにそう私に切り出しました。

そして、部屋が暗くなり、穂乃果の躰のみがライトで照らされました。きっと、これらの現象は穂乃果が全て計画を練って編み出したからくりでしょう。

その裸の前には、大きい椅子が用意されていました。


~~~


花陽「よっこいしょ…あー、ホームの椅子ってどこか座りづらいな…」


花陽「あー…全然見つからないよ…」


花陽「だいたいがさ、そんな異次元のような扉を見つけること自体可笑しいし、非現実的だからそんな簡単に見つかる訳ないでしょう…」


周り「」ジロジロ…


花陽「はっ!ごめんなさい独り言です…」


周り「…変な奴」「電車来るから行こうぜ」「あんなだからまだ処女なんだよ」「ははは…」


花陽「・・・」(ムッカー…でも正しい証明だから反論できない…畜生っ)


まもなく、3番線に各駅停車東京行きが参ります、危ないですから黄色い線の後でお待ちください…


花陽「・・・」(さっさと行けよ、どっか行っちゃえこの○○○が)


お、おい!お前もっと下がれよ!


電車来るぞ!!


花陽「・・・?」







すぅーっ、ドカッ!!!!!



キャーーーーーーッ!!!!


人身だ!!早くっ、誰か救急車と警察を!


『ただいま、…駅にて人身事故が発生致しました。安全確認の為当該電車はしばらくの間運転を停止しております…お客様におかれましてはご迷惑をおかけいたしますが今後運転の全線見合わせが予想され、遅延、振替運転等発生する見込みですので何卒ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。…えーただいま…駅にて』


花陽「・・・ウソ、え?人身?」


そのあと、すぐ救急車、警察、消防車が来た。


警察「立ち入り禁止になるので一度出て頂けませんか」


花陽「あ、はい…」


花陽は立ち上がって、当該の方を見ながらホームを後にした。ブルーシートの隙間から微かに、真っ赤に染まった手らしきものが見えた。



花陽はそれを見ると、何か一つのヒントのようなものが思い浮かんだ。


~~~


穂乃果「もう…うみちゃ…っ!やめて!もう…満…足」


私は傷や痣だらけになっている穂乃果に続いて一発を加えました。彼女は聞いたことのない悲鳴を上げました。


海未「もうあなたに関する堪忍袋の緒が切れました。もう一切私と関わりあわないでください」


私は開こうとした口を黙らせるため、最後に鳩尾に精一杯の殴りを入れました。口からは言葉ではなく赤い媒体が飛び散りました。


穂乃果「うっ…」


海未「貴女みたいな気違い、誰が仲良くしますか?・・・いや、誰もいる訳無いよ」


穂乃果「海未ちゃん…」


海未「扉を開けてください」


穂乃果「海未ちゃん…私はね」


海未「いいからつべこべ言わず開けろって言ってんのが分かんないのかこの阿婆擦れが!!!」


扉から開錠音が聞こえました。


私は黙って出ていこうとしました。すると、穂乃果が小さい声で言いました。










「さがしものはここにあるよ」




私は、部屋を出かかっていた体を誰かに突き飛ばされ、完全に外に出ると、ドアは思い切り閉められました。そのドアは遠く遠ざかっていき、やがて小さい白い点になっては闇へと消えていきました。

そう、私はまた「真の暗闇」に戻されてしまったのです。どこを向いても黒。全くの黒。唐突のあまり、私は恐怖を超えてその場に立ち尽くしていました。
























海未「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


私は遠ざかっていきます。ズームアウトしていきます。やがて、私は白い点となり、そして暗闇の中へと消えていきました。

さがしものと一緒に。



























穂乃果「・・・ちゃん、・・・みちゃん!・・・海未ちゃん!!」


海未「んう・・・っ?はっ!?」パチッ


穂乃果「あ、やっと起きた~。お饅頭取りに行ってたら海未ちゃん寝てるんだもの」


海未「あれ?あなたは…拘束されて…私が叩いて…そしたら追い出されて遠ざかって行って」


穂乃果「は???何寝惚けてるんだよぉ、早く目覚ましてよ!ほら、口開けて」


海未「んぅっ!」


海未「…」モグモグ


穂乃果「ほら?目覚めた?」


海未「美味しい・・・です・・・」


さっき食べたお饅頭と、同じ味がしました。


第二部 完





第三部


報告 その1


私達三人は和島さんの喫茶店に集まり、まず第一回目の報告を始めました。みんな腑抜けた顔をしていて、まだ一日二日くらいしか経ってないのに精神が参っているような様子でした。まあ、実際私もそうなのですが。


にこ「…まず私から報告するわ。その前に、一つ言っておく。これから私達はほぼ毎日その日その日の報告をしようと思うの。形式はこういう風に集まって面と向かって報告するのが望ましいんだけど、それを毎日は流石にキツイと思うから、LINEを使って報告することもOKにするわ。でも極力この場に集まって報告する。いいわね?」


花陽「はい」


海未「…はい」


にこは続いて何か言おうとしましたが、それを塞いで結局何も言いませんでした。

私自身、何かを問われても答える気など毛頭無かったのですが。


にこ「じゃ、改めて。私は東京駅の監視をしました」


花陽「え!?あんな広い所…」


にこ「いやいや、一日で全て廻った訳では無いわ。流石にそれは無理よ」と、笑いながら言いました。


にこ「でもなるたけ頑張って6番線まで監視をしたわ。で、得られた結果は…ゼロ。何の変哲も無い様子だったわ。人が電車に乗り込み、降りてって…それが繰り返し行われていただけだった。なんかね、見ている内に何が何だか分からなくなって疲れちゃったわ」


海未「私みたいに何か持ってきてないのですか?」


にこ「そうね、やっぱし持っていくべきだったかしら…目を離してはいけないと思って手ぶらで行ってしまったわ」


海未「そんなに真面目に取り組んでいたのですか…」


にこ「当たり前よ、だって…」


にこはまた口を塞いで何も言わなくなりました。きっと、彼女も何かを体験したのでしょう。

〈世界〉の入り口を通った代償として。

代償?

そうだ、穂乃果の家で見たあの幻想はその代償の一つなのかもしれない。


花陽「あの…私は駅を監視していたらたまたまその駅でグモが起きて…」


にこ「えっ」


海未「えっ!?」


信じられません!私だけではなく花陽までもが残酷な体験をしているなんて…。それに、にこだって何だかパッとしないような。私が今自分の妄想で描いた「代償」という名の意見は本当にあるのかもしれないという可能性が出てきたのです。


花陽「それでね、すっごく話し辛いんだけど、警官に構内から立ち去るよう言われた時、ふっと何気無く当該の方を見ちゃった…。そのブルーシートのちょっとした隙間から、スキマから…」


にこ「やだ…もういいわよ、無理しないで」


花陽「うう…」


花陽はテーブルに突っ伏してしまいました。

私も突っ伏したい気分でした。今日体験したこと全てが、一つ残らず非日常的なことなのです。出来ることなら目をそらしたい、でも、今はまだそれらの事象から逃げることは出来ないのです。まるで四方が壁に囲まれたように。


にこ「…で、花陽は今の状態だと話せないから置いといて、貴女はどうなのよ?」


海未「私ですか?」


にこ「貴女以外に誰がいるっていうの」


海未「私は…確かに、今日連絡した通り、駅に特に変わったことは起きず日常的な過程がなされているだけでした。しかし、午後に穂乃果の家に行ってですね…」


私はその、起きた不可解な事象を漏れ無く、確実に、正確に伝えました。全て伝えるのに40分くらい掛かりましたが、花陽はまだ机に突っ伏したまま動きませんでした。微動だにしないのです。和島さんはバーテンダーのようにグラスをタオルで擦っていました。にこはいつものアメリカン・コーヒーを時たま飲みながら話を聞いていました。彼女の目からは好奇心と恐怖感が感じられました。


全て話し終えると、私は一息ついてカフェオレをグッと飲み干しました。にこはついていた頬杖を直しながらうんうんと、頷いていました。その様子を見た私は、どこかの精神科のカウンセラーを想起させました。


にこ「訳が分からないわ、そして、とても、サディスティック」


海未「訳が分からないのが分かります。私だって未だにあれは何だったんだ?と疑問に思っています。しかし、あの暗闇は確かにあの時と同じだったのです。全くの黒。いや、あれはもしかしたら黒ではなく無なのかもしれません。って思うほど暗いのはあの時と一致するのです。そして、穂乃果も…一体あれは何だったのでしょう、夢であることは間違いないのですが、実際にそういう性的な好奇心は見かけることがあります。なので、一瞬はそのマゾヒスティックな行為を確信し、彼女を侮って傷つけました…。ああ、もう、本当に何なんですか、一日目から変なことばかり!!」


私は思わずテーブルを手で叩きました。にも拘らず花陽は起き上がりませんでした。


にこは、「まあ、そうね」と、冷静な対応をしました。

正直、私は完全に恐怖でいっぱいでした。いつあの暗闇に飛ばされるのか、想像すると鳥肌が気が違える程出てきます。それによるストレスが今の叩きで絶頂したのでしょうか。


しばらく沈黙が続きました。花陽はテーブルに突っ伏し、にこはツインテールの右の髪を弄って、私はぼんやりと空間の一点を見つめているだけでした。

店内のスピーカーからは聞いたことの無い不協和音のようなピアノソロが流れていました。どうやって作曲すればこんな見事にまで残念な旋律が出来上がるのでしょう?



すると、今まで1時間近く突っ伏していた花陽が突然起き上がりました。何の前触れも無く、虫の知らせも無く、まるで地震のようにいきなりと。唐突のあまり、にこと私は少しビクッとしたあと、彼女を凝視しました。花陽は無表情な顔で、中立的な目をしていました。そして、こう呟きました。


花陽「…さんの手」


海未「何です?」


花陽「…お父さんの手だ」


にこ「誰のよ?」


花陽「穂乃果ちゃんのお父さん」


私は開いた口を塞ぐ事が出来ませんでした。戻そうとしても顎に力が掛かっていて不可能なのです。チラッとにこの方を見ると、また彼女も口を開いたまま閉ざそうとはしませんでした。


花陽「あの、どこか力強そうな手、何かに巧みを持ったような能力的な手…。うん、あれは穂乃果ちゃんのお父さんの手としか言えないよ」


私は花陽の喋り方にどこか狂気的なものを感じました。まるで、何かが乗り移って喋っているような、何の感情も無い静かな喋り方でした。


にこ「でも、それがもしお父さんの手なんだとすると、どうしてあの人がそんな事を…」


花陽「分からない。でも、何度も言うようだけどあれは恐らく穂乃果のお父さんの手だよ。間違い無い」


海未「しかし、私が穂乃果の家に行った時は居たんですよ!私にお饅頭を御馳走して下さって、私が美味しいって言うとそれを聞いたなり何処かへ行ってしまいましたが、その行った先が駅などとは…」


にこ「考えられるわね」


海未「そ、そんな…」


だとしたら、今、穂乃果はお父さんの死を既に知っているのでしょうか?あのお饅頭が私に、私たちに遺したモノなのでしょうか?そして、一体何故彼は自殺したのでしょうか?

でも待てよ、お父さんを見かけたのはあの穂乃果のマゾヒスティックな夢の前の筈です。ならば、三つの仮説が挙げられます。一つは、お父さんを見かけたのも夢であり、実際には居なかったというもの。一つは、お父さんを見かけた所までは現実であり、そのまま駅に向かっていったというもの。一つは、事故の手は全くの別人のものであり、本当は自殺をしていないというもの。私はほんの少しだけ生えた産毛の髭とは言えない髭を触って考えました。分かっているとは思いますが、女性だって、ほんの、ほんの少しだけ、髭は生えるのです。


私は無論、穂乃果に聞いてみる事に決めたのでした。


花陽「うん、間違いない、神に誓って」



あの饅頭


翌日の日曜日、気後れするところはありましたが、聞かないと何も分からないし、もしかしたら〈世界〉と何らかの関連性を持っているかもしれない、という望みを持ちながら私は穂乃果の家へ出向いたのでした。

しかし、穂乃果の家に着いてドアの前に立った途端、激しい寒気がしたのです。さぞかしこの、何とも表現しがたい恐怖感はきっとあの夢(?)からきているのでしょう。いや、そうに違いありません。かといって、ここで引き返すのもそれは逆に私が穂乃果を裏切ったことになるのではないかという思惑が芽生えてくるのです。幼馴染でもあるのです。そんな大事な親友を、裏切りたくなんかありません。

私は意を決し、ドアベルを鳴らしました。

暫くすると、威勢の良い何者かが階段の下る音が聞こえてきて、「はーい」と、玄関扉を思い切り開けました。


海未「あ…あの」


穂乃果「海未ちゃ~ん!また来てくれたんだ!ささ、入って入って」


海未「私は…あの」


穂乃果「ほら何もたもたしてんの!主人が入れっていうんだから入るのが礼儀っ!」


私は家の中に引きずり込まれ、茶の間に座らされました。


穂乃果「~♪、飲み物何がいい?」


海未「マテ茶で…」


穂乃果「えっ!そんなの無いよ、もっとポピュラーなやつにしてよ~」


海未「えっ!?あ、じゃあアイスコーヒーで…」


穂乃果「分かった!マテ茶で…だって、アハハハ!海未ちゃんって、ホント面白~」


穂乃果が台所に行ったのを確認すると、私は首を傾げました。緊張のあまり、訳の分からない飲み物を言ってしまいました。何をやっているのだか。

穂乃果も、いたって普通な感じであり、いつもの穂乃果でした。全く気の落ちている気配を見せませんでした。いや、そんな気配すらありませんでした。

穂乃果が台所から飲み物やお菓子を運びながら戻ってきて、私の前のテーブルに、濃い色をしたコーヒーの入ったグラスを置きました。いくつかのスナック菓子も置かれた横に、あの饅頭も五、六個置かれていました。穂乃果はコーラを飲むそうです。


穂乃果「こんなものしか用意できないけど」


海未「いやいや、いいんですよ!私の方が何の連絡も無く上がり込んでしまったので…」


穂乃果「海未ちゃんってホントに優しいよね」


海未「そ、そうですかぁ?」


穂乃果「うん!」


海未「んぅ…」///


参りました。聞き出すタイミングを完全に失ってしまったのです。そんな事を言われては、人聞きの悪い事なんて単刀直入に言える筈がありません。

ですが…耳を澄ましてみると、穂乃果の声が止むと恐ろしく静かなのです。今まで両親や妹の騒がしい様子が感じられたのですが、今は人の気配も無く、音一つせず、沈黙がただひたすら保たれているだけでした。


海未「何か…静か、ですね」


穂乃果「うん、まあちょっと良からぬ事情があってさぁっ…」


海未「…?」


私は穂乃果の声色を聴いて、顔を思わず上げました。すると、彼女の目からは三滴ほどの涙が光っておりました。彼女は、茶の間の窓の向こうにある太陽を見上げながら、こう呟いたのです。


穂乃果「パパ…自殺したんだ」


さっき感じた寒気がまたぶり返してきました。寒気の原因は違っていたのです。

普通を装うというのは案外難しいものです。穂乃果は我慢していた涙をぽろぽろと出しながら私にすり寄ってきました。それを見て、一瞬サディスティックな邪悪な考えが私の頭をよぎりましたが、すぐそんなものは追い払い、私は穂乃果を力いっぱいに抱きしめました。私の胸の下で呻き泣く穂乃果は、暖かみを持っていました。私は、美しく綺麗な髪の生えている彼女の頭をそっと撫でて、より強く抱きました。

窓から日光が、私たちの所に差し込み、仄かな温かみを静かに足しました。

饅頭はひなたの影を作り、淡く照らされていました。・・・


四十分くらいそのままの状態でいたあと、穂乃果はそっと私の元から離れて、一瞬虚ろな顔をしていましたが、私を見るとすぐに微笑んで、「…ごめんね突然」と言うのです。

あ、いえ…と私は曖昧な返事をしました。

自殺はある程度予測していたことでした。しかし、何と穂乃果の可哀想なこと…。


海未「あの…お母さんと雪穂ちゃんはどこへ?」


穂乃果「今警察の方に行ってる。本当は穂乃果も行くべきなんだろうけど、どうしても触れたくなくて…。きっと、今警察の方から真実を伝えられてるんだろうなあ」


海未「…そうですか…」もっと言うべきことはあると思いますが、今はそう返事するのが精一杯でした。


穂乃果「まさか…電車に突っ込むなんて…」


海未「!!」


これで、話はある程度まとまりました。奇妙な花陽が言っていたことは本当だったのです。あの、どこかに巧みな手を持った人。それは穂乃果の父だったのです。


穂乃果「何がダメだったのかなぁ…何が不満だったのかなぁ…。寝ないでいっつも考えてるけど、全く分からないんだ。それに、海未ちゃんが食べてくれたあのお饅頭も、海未ちゃんがおいしい!って言ってくれたからパパすごく喜んでたんだよ。なのに、そんなおいしいお饅頭をここに残して…うぅっ!」


また穂乃果は泣き出しました。今度は私から近寄って抱き寄せました。


穂乃果「穂乃果のせいかな…穂乃果のせいかな…!だったらどうしよう…!」

私は、穂乃果の両肩を持ち、目と目を合わせました。穂乃果の顔は涙でずたずたでした。すると、いつの間にか私は目から熱いものを流しながら穂乃果の頬を打っていました。そしてこう怒鳴っていたのです。


海未「そんなことありません!誰のせいでもないのです!穂乃果!しっかりしてください!」


穂乃果「…!」


海未「穂乃果がいつまでもそうでいたら…私だって…暗くなるじゃないですか!…お父さんだって…悲しみますよ!うっ…だからさぁっ…こういう時だからこそ現実を見てください!穂乃果!」


ああ、私はなんてエゴイストな人なのでしょう。穂乃果の悲しみも顧みず、私はまるで客観的にそれを測ったように、まるで他人事のように叱りつけているではないですか。私は自分自身に鞭をいれるのを忘れていました。ごめんね、穂乃果。

そしてそのまま私たちはいつまでも互いを見合っていました。泣いた時の嗚咽をしながら、私たちは互いの肩を持ち合っていたのでした。もう既に外は橙に焼けた空になっているのでした。穂乃果のコーラは炭酸が抜けてしまったのか、もう音一つしませんでした。

そして穂乃果は突然、満面の笑みを見せました。その笑みは、もう何にも喩えようのない、無垢の笑顔だったのです…。


穂乃果「本当に…優しい。うん。そうだよね、いつまでもくよくよしてたら始まらないよね。私、すごく悲しいけど…それにばかり縋りついていたのかもしれない。ごめんね、海未ちゃん」

そして、穂乃果は蕩けた太陽に蕩けた目を向けて、


穂乃果「ごめんね…パパ」


穂乃果は再度私の方を見て、もう一度微笑みました。そして、私も微笑みました。

互いに抱き合い、同じタイミングで「ありがとう」と、言葉を残しました。


私は、決意した穂乃果を信じ、とうとうあの話を持ち出すのです。


海未「実は…私たちが今探していることについて、なにかお父さんの事故と関係があるそうなのです」


本質的な理解、協力


穂乃果「探していること…?」


海未「はい、まだ穂乃果には話していませんでしたね。実は、前に電車に乗り込んでいたら…」


私は穂乃果に今までの事を全て短絡的、かつ正確に話しました。穂乃果はいつもとは違って熱心に私を見ながら話を聞いていました。とても非現実的な現実の話なので、穂乃果は時折首を傾げて、これこれはどういう意味なのか、これこれは何があってどうなったのかを私に聞いて、論理的に自分から思考を展開していました。まるで大学の講義のようなディスカッション。更には紙とペンを取り出して、メモを書きつけたり、ベン図を描いたりして聞いたことを整理している様子も窺えました。きっとこういう集中力が、興味のない所では出されないから授業はまともに受けないのだな、と私は笑いそうになりながら講義(話)をしていました。そうこうしている内に、いくら短絡的に話しても時間は三時間も経っていたのでした。


話が終わり、疲れた私は常温化したアイスコーヒーをひとしきり飲みました。苦味が柔らかく舌を刺しました。穂乃果はメモをした紙を凝視し、考え込んでいました。遠い目で紙を見ると、文字の羅列や図に埋め尽くされていました。本質的な理解は出来たのか疑問に思っていましたが、すると穂乃果はいきなり顔を上げて、私を見るなりこう言いました。


穂乃果「うん、全然分からない」


拍子抜けした、平然とした顔でそう言うので私は思わず吹き出してしまいました。


穂乃果「ちょっとー、真剣に考えてるのに笑わないでよぉ」


海未「フフフっ…すみません、珍しいなと思って、ぶふっ」


穂乃果「ねえー!」


海未「ごめんなさい…フフッ」

穂乃果はそっぽを向いて台所へ飲み物を取りに行ってしまいました。

いや、私は唯嬉しかっただけの事です。元の穂乃果に戻っただけではなく、どこか一瞬穂乃果が大人に見えたのです。何故かは分かりませんが、私が喝を入れる前と後で、顔がほんの少し凛々しく見えたのでした。

三分経つと、穂乃果はスナック菓子の袋とコカ・コーラのボトルとブレンディの加糖コーヒーを携えてきました。


穂乃果「ほら、食いしん坊な海未ちゃんに持ってきてあげたよ~」


海未「なっ!だから私は食いしん坊じゃありません!」

私はこれを言われたのが二回目でした。


穂乃果「ふふっ、冗談だよ」


海未「ぐっ…///」


穂乃果「それでさ、ちょっと考えたんだけどさ」


海未「へ?」


穂乃果「私も協力するよ、それ」


海未「今の三分くらいの間で決めたのですか!?況してや内容もあまり理解してないのに」


穂乃果「うん」


海未「…やれやれ」


穂乃果はその私の短すぎる捨て台詞を流して、私のグラスにコーヒーを、穂乃果のグラスにコカ・コーラを流しました。


その時、玄関の戸が開く音が聞こえました。

お母さんが帰ってきたのです。気づけばもうそんな時間になっていたのか、と、私は思いました。ちょっと、今はあまり穂乃果のお母さんには会いたくありませんでした。


穂乃果の母(以下、穂母)「ただいま」


穂乃果「あ、ママ!・・・」


海未「あ、こんばんは…」


穂母「あれ!?海未ちゃんも来てたの!ごめんなさいね何も用意してなくて…」


海未「えええ何で何で、私が勝手に上がり込んだのがいけないんです、すみません、今お暇させて頂きますので!」


穂母「ははははっ、本当に律儀な子だねえ、いいのよいいのよ、こんなボロ家いつでも来てくれて」


海未「ボロ家なんてそんなことないですよ!豪邸ですよ豪邸!」


穂母「何よ、そんなお世辞行っても何も出てこないからね~」


海未「お世辞じゃないでしゅよ!」


穂乃果「ぶっ、でしゅだってえ、あははは!」


海未「はっ…!///」


穂母「本当に、海未ちゃんって面白いわねえ」


海未「うっ…じゃっ…ま、また来ますね///」


穂母「うん、いつでもいらっしゃいよ」


穂乃果「じゃあね!海未ちゃん!」


それで私が荷物を持って玄関へ歩いていって出ようとすると、穂乃果が私を呼び止めました。


穂乃果「あの、今日はいろいろとありがとね」


海未「あ、いえ…」


穂乃果「あのね、ママも絶対落ち込んでたと思うの。ずっと愛していた夫を亡くして一人になっちゃったからさ。しかもそれが突然でもあるから。でもそんな時に海未ちゃんが朗らかにしてたらみんな明るくなるんだ。まるで灰色の地に咲くピンクの花みたいにさ」


海未「…ありがとうございます」


穂乃果「これからも、よろしくね。海未ちゃん。気を付けて帰ってね!」

穂乃果は満面の笑みを私に見せました。


海未「…ええ」

私も、軽く微笑みました。


海未「あと…」


穂乃果「?」


海未「美しい喩えですね」


穂乃果「え?何が?」


海未「いえ、何でもありません。じゃ、また明日」


穂乃果「?なんだろう…ま、いっか、じゃあね!」


穂乃果と別れた後、私は帰りながら少し泣きました。それでも、外は星がいっぱいに広がっていたのです。そんな光に後押しされながら私は涙を流していました。

涙の味は、海と同じ味でした。






穂乃果「・・・」


穂母「うっ…ぐっ…うううっ…何でなのよ…ううっ」


穂乃果「・・・ママ」


穂母「私…あなたなしでどうしたらいいのよ…ううっ」


穂乃果「ママ!!」


穂母「ぐすっ、穂乃果ぁ…」


穂乃果「ママ、次は…穂乃果が支えるから。穂乃果がママを守るから。だから、いつも通りのママでいてほしい」


穂母「…!!」


穂乃果「だから、みんなでパパを心配させないようにしよう」


穂母「・・・ふふっ、うん…そうね…穂乃果、強くなったのね」


穂乃果「…誰かさんのお陰でね」


そして、穂乃果と母は抱き合って、互いに涙を流して泣き叫んでいた。


雪穂「・・・」

襖の間から見ていた雪穂は、そのまま自分の部屋へと戻っていったのだった。


家中に親子の泣声響きけり海鳴る時こそほの明るけれ・・・


第三部 完



第四部


邂逅


翌日の放課後、私と穂乃果は、にこと花陽の待つあの場所へと向かいました。エレベーターに乗っている間、穂乃果はどこか寂しげにぼんやりとしていました。


穂乃果「……」


海未「そんなに緊張しなくても全然大丈夫ですよ、一般的に言えば先輩と後輩がいるだけです」


穂乃果「……」


海未「穂乃果?」


穂乃果「あ、あ、うん?ごめんね、ちょっと寝不足でぼうっとしちゃうんだ。別に緊張はしてないよ」


海未「そうですか?ならいいんですが」


穂乃果は心配した私に軽く微笑んで、しかしまたすぐ元のぼうっとしたような顔に戻りました。

今日は学校にいた頃からそうでした。授業はもちろん、昼食や部活の時間でさえもぼうっとしていました。まるで空白の満たされないバロック時代の音楽家のように、虚無感に浸っている様子でした。ことりがそれを嘲笑って穂乃果に往復ビンタを繰り出していました。いつもは「何するんだよー」と言って、ことりを殴るのですが、今日は何の反応も見せませんでした。流石にことりはふざけすぎたと自省して謝りましたが、穂乃果は頷くだけでありました。部活は、確かに完璧に踊ってはいるのですが、まるでやらされているかのような舞踊でした。そう、「まあ、仕事ですから」とでも言いそうな顔で。


エレベーターの扉が開くと、やはりいつものように(いつもとはいえまだ数回しか来ていませんが)和島さんの喫茶店がどかっと目の前に構えていました。その光景を見て驚いたのか、穂乃果は「わっ」と少し後ずさりしました。


海未「さあ、来てください」

私が歩くと、エレベーターの扉が閉じそうになって、ぼうっとしていた穂乃果はハッとして、急いで私の後ろにつきました。もう、お化け屋敷に入るんじゃあるまいし。


和島「いらっしゃいませ」

いつものようならしいタキシードを着ていた和島さんはグラスを拭きながら言いました。


和島「矢澤様ならあちらのテーブルに」

そう言って和島さんが伸ばした手の先には、すっごーく気まずそうにしているにこと花陽の姿がありました。徒然なく窓の外の景色を見耽っているにこ。下を向いている花陽。そういや、この二人は二人になったことが無いに等しかったような…。私は少し慌てて、二人に呼びかけました。


海未「お待たせしました~…」


にこ「もう遅いわよ!どれだけ待ったと思ってるわけ、こちとらこの薄情もんと一緒でつまんなかっt」


花陽「えええ!?私が薄情者…?」


にこ「…」


花陽「ねえ、どういうことなのお!!」


にこ「ごめん、ちょっと待って」


花陽「?」

そして、花陽も私たちの方を振り返りました。


花陽「あ…」



にこ「何であんたもいるのよ、穂乃果」


穂乃果「うっ…」


海未「あっ!それは私の方から説明しますから!みんな何も気にしないでいいんですよ…」

私と穂乃果はとりあえず席に着きました。テーブルの片方側に私とにこ、もう一方側に花陽と穂乃果が座りました。


和島「ご注文は」


海未「アメリカン二つ…でいいですよね穂乃果?」穂乃果は何でもいいと言うように窓の景色を見ていました。


海未「大丈夫です」


和島「かしこまりました」と、言うと足早に去っていきました。


海未「じゃあ、事情を説明しまs」


にこ「待って」

にこは止めました。そして、そのまま十分間誰も口を開きませんでした。にこは頬杖をついて穂乃果を見ていました。穂乃果は俯いていました。ふいとその横を見ると花陽も俯いていました。客観的に見て姉たちから説教を受けている妹たちのようでした。

にこは何故私の説明を一度止めたのでしょう?私の予測ですが、きっと心の中で慌てていたのでしょう、私は穂乃果が来るという連絡なしに来ましたから。で、ここに穂乃果が来たという事は、既に穂乃果は私たちの事情を知っているという事にもなりますから、来ることを知らなかった二人はどうやってお父さんの自殺を関連付けて、穂乃果の前で話し合うか頻りに考えていたのです。なにせ、今日も学校では割と気遣っていましたから。

こいつは失敬なことをしてしまったなあと、私は自省するのでした。これらは全て十分間の間で行われました。


にこ「いいわよ、説明して」


十分後、にこは私に対する説明の制限を解きました。


私は昨日穂乃果と話し合ったことを曝け話しました。何も隠す必要はないと思ったので、率直に全て話しました。時々、私が説明している時に穂乃果は一瞬武者震いをしたり、ハッ…!と、ちょっとした驚嘆の声を思わず漏らしたりしていました。どういう心境からそんなことが起こるのか一寸も分かりませんでしたが、明らかに穂乃果の様子はおかしいのです。花陽はその様子を気違いでも見るような目でジロジロ見ていました。にも関わらず、にこはそれに対して何の反応も示さず、私の話に対して猛烈な集中力を傾けていました。これはもしかしたら、私と穂乃果に、以前の自分とは違う。私はリーダーの器量があるようになったのよ!もう小さい事でいちいちムキにならないから!と、自己顕示をしていたのかもしれません。自分の成長を私たちにさりげなく示す絶好のチャンスですから。しかし実際の所、穂乃果は以前の絵里とにこのトラブルなんか忘れていることでしょう。それはこの、父の自殺の理由が分かる可能性のある、駅の謎の現象に夢中になっているからです。いや、夢中という言い方はふさわしくないかもしれませんが、何の理由も原因も無しに自殺することは人間も神も許しません。とにかく、無感情な最愛の父の突然の死をそのまま鵜呑みには必ずしないはずです。そこまで薄情な人ではないですし。


海未「私は穂乃果を徹頭徹尾信じています…ですから、穂乃果なら私の話を信じてくれるだろうと思ってこのことを話しました。二人にはまだ言ってなくて申し訳なく思いましたが、穂乃果の協力を得られるに越したことはありません。もし…もしお父さんの事故の話が本当だったとしたら、何かヒントが得られるかもしれません。そう、〈世界〉の出入り口に関するヒントを」


そこまで話すと、前のめりになって聞いていたにこは、姿勢をリラックスさせて背もたれにもたれました。顔を上にあげると、ふうっとため息をついたのです。そして、上を向きながらこう言いました。


にこ「あのねえ、そういう大事なことは先に言ってもらわないと困るってつい最近言ったばかりじゃない。お願いだから、穂乃果に関する事でも何でも私に報告しなさいよ!分かった?」


それ、上向きながら言う事か?と思いましたが、


海未「す、すみません…」と頭を下げました。


すると、急ににこは顔を穂乃果の方に向けました。びくっとした穂乃果に容赦せず語り掛けました。


にこ「バレちゃあ仕方ねえ。まあそういった所かしら。貴女はこれから私たちのディスカバー・モニタリングに参加するつもりのようだけど、それなりの覚悟は持っているおつもり?私から見たら、お父さんばかりに感情的になって自分を律しきれてないように見えるわ。そんなんで大丈夫なの?それじゃあ、貴女のお豆腐精神じゃやっていける訳ないわよ」


本気で言っているようではないので、私は黙っていました。

え?何故かって?それはだって、何ですか、ディスカバー・モニタリングって・・・。


穂乃果「…うん確かに、私はすぐ悲観的になっちゃうし、小さなことでくよくよして、みんなの足を引っ張る時もあったよ。でもね、海未ちゃんがね、穂乃果の気持ちを奮い立たせてくれたんだ!もう穂乃果は今までの穂乃果じゃない。そう決めたんだ!だからさ、もう心配はご無用だよ?」


そうやって言った穂乃果に私はびっくりしました。さっきまでもじもじしていたのはそういう思いがあったからなのだと分かったのですから。

にこは穂乃果の決意を聞くと少し笑って、「私だって…」とつぶやいたのが聞こえました。


にこ「まあ、私は全然構わないわよ、協力してもらっても。勝手にしなさい」


花陽「契約みたいなやつはどうするの?」


花陽は肝心なことを言いました。


海未「あ…そうでしたね」


穂乃果「契約?」


海未「はい…本来この監査を任されるのは駅との遭遇を果たし、そしてそこで〈世界〉を目撃して、生存帰還した人のみみたいなんです。どうやらこのことは上が規約で決めているらしくて…それ以外の人が出来るかどうかは私にもさっぱりで…」


にこ「出来るわよ」


海未「え、え?割とあっさりしてますね」


にこ「一応言っておくけど、『普通の人』は知らないのよ、この私たちが対処している現状を。でもあなたは穂乃果に教えてしまった訳なんでしょ?まあ、本当は教えてはならないんだけど、あなたはその事を知らなかったから、私が教えなかったせいでもあるわ。それは申し訳ないと思ってる。

話しを元に戻すけど、思い出してちょうだい。あなたが見たあの規約はどれも「表面的」なものだったはずよ。それは私も言った。何が言いたいかもう解るわよね?」


海未「嘘ですよね…実際の所は誰が監査を行っても問題ないということですか」


にこ「その通り。でも、私たち三人は「義務」よ。必ずやらないといけないから。つまり、穂乃果の場合は「権利」となるわ。だから、契約は無し。まあ例外的だけどね」


海未「どこまでも分かりませんね」


穂乃果「え、じゃあともかく私は海未ちゃんに協力が出来る、ということなの?」


にこ「ええ、本質的にね」


穂乃果「よかった…!」


海未「さっきも言ったように、思ってるよりも過酷ですよ…それでもいいんですね」


穂乃果「私ね、お父さんが死んだとは、実はまだ思っていないんだ」


海未「…どういうことですか?」


穂乃果「まだどこかで生きているんじゃないかなあって、そんな気がするんだ」


この人は何を言っているんだろう、と私は思いました。確かにお父さんの御遺体はまだ警察の司法解剖に付き合わされていると思われますが、その御遺体がお父さんのものだとはもうほぼ確定したもの。それを穂乃果は知っているはずです。

一種の現実逃避なのでしょうか?だとしたら…と考えると、だんだんまたしても穂乃果が可哀想に思えてきました。


海未「そうですか…じゃあ一緒に、とにかく突き止めましょう、その謎を」


穂乃果「うん!」


にこ「どうなることかしらね…」


花陽「…きっと大丈夫」


和島さんがそっと、淹れたてのコーヒーを運んできました。コーヒーは寒そうに白い息を吐いていました。




数日後、遺体の身元が「正式に」判明し、確かに遺体の血液が穂乃果のお父さんのDNAと一致していたのでした。しかし、穂乃果の家族たちはその結果が出る前にお父さんの葬式を挙げてしまっていました。不思議なことに、既にお父さんの遺体が家族に引き渡されていたからです。

私たち8人も参列し、お焼香をあげました。

告別式の時、私は亡くなってから初めてお父さんの顔を拝見しました。それはもう、何とも穏やかな御顔をしていて、口を閉じ、決して目を開けることなく永遠の眠りにつかれていました。私は泣くつもりは全くなかったのですが、それを見た瞬間、目からぽろぽろと、自然に涙が出ていました。

これではいけない!私は穂乃果が泣き崩れるのを支える役割なんだ!と、私たちは思っていたのですが、他の7人も、嗚咽は無いものの、お父さんを見ては静かに涙を流していました。だって、本当にえもいわれぬ健全とした御顔だったのですから。

火葬場に向かう時、穂乃果はやはり泣き崩れました。私は身内ではないので火葬まで立ち会う事が出来ず、ただ彼女の背中を支え、慰める事しか出来ませんでした。「しっかり!」とだけ言った私は愚か者です。

私は、私たちは、穂乃果とその家族が、息の気配のないお父さんを天国へ送る場所へと向かう姿を、後ろから静かに見守っていることしか最後には出来なかったのです。


にこ「そろそろ、全てが終わるわ。綺麗に、平和に」


海未「ええ、そうですね」と、私は反射的に答えていたのでした。



時進むこと、ある決意


それからというもの、穂乃果はしばらくの間学校に姿を現さず、部活は勿論、私たちの手伝いにも彼女は来ませんでした。その間通常通り駅の観察を続けましたが、兆候のひとかけらも全く見えませんでした。私はそうこうしている内に、これが本当に意味のある行動なのかと問うたところ、どうやら自分の中では無意味な気がしてなりませんでした。しかし、


にこ「まだ始まって十数日よ?もうそんなことをほざいてんの?」

と言って相手にしてくれず、私は無力感からの疲労に耐えながら見るともなく駅を眺めていました。よく、花陽は文句一つ言わず彼女の言われたとおりにできますよね。その方が楽なんでしょうか?いっそのこと、他人に流されるままに流れた方が自然体でいいのでしょうか?世の中がそんな風潮になったとしたならば、もう自己が成立するわけもないのでしょう…。哀しいことです。


私はなかなか姿を現さない穂乃果が心配でなりませんでした。きっと確かな存在だった者を失った喪失感と絶望感に満たされ、精神を崩しているのかもしれません。そう考えると、部活にも勉強にも監査にも全く以て身が入らず、まるでその場に立ち尽くしているような感覚の日々を送っていたのでした。




そして、結局穂乃果が姿を現したのは監査期間終了まであと1日の切迫した時分だったのでした。

突如、私の監査先の駅に姿を見せたのです。

久しぶりに会った私は彼女を見て驚きました。これでもかという程に痩せ細って、目があちらこちらへと動いて止まらないのです。頭髪は極度のストレスからか、一部が白く染まっていました。


穂乃果「久しぶり」


海未「どう…したんですか…?」


穂乃果「ちょっと…寝込んじゃった」


海未「私も家に行こうかなと思ったのですが…余計なお世話かもな、と思ったので」

何言ってるんだろ、私。


穂乃果「うん、行っても確かに会ってないと思うよ。きっと門前払い」


海未「そうですか…。それで、何故ここに来たのですか?」


穂乃果「勿論、手伝いに来たんだ。まず何をすればいいの?」


海未「ここに座っていればいいんです。それだけ」


穂乃果「嘘?それだけ?」


海未「ええ」


穂乃果「それ意味あんの…?」


海未「確かに意味のない事なのかもしれませんが、こうする他には、何も…」確かに。意味なんてない。


穂乃果「・・・」


穂乃果は何も言わずに私の隣に座りました。制服を着ているのですが、痩せすぎた所為で着心地が悪いのか、もじもじしていました。

卑しい姿になってしまった穂乃果を見ると、なんだか自分のせいでこうなってしまったのではないか、と思い、激しい自己嫌悪が、移りゆく日影のように蝕んできたのでした。

通過電車が、大きな風を切る音を出して通り過ぎていきました。あとに残ったのは、深遠な沈黙でした。二人以外誰もいないホームになっていました。


穂乃果「…にこちゃんはどうしてる?」


海未「もう、とても慌てています。もう少しで精神が参ってしまう位に。もし、このまま何の手掛かりのないまま、そして〈世界〉が解放されたままでいたら、…私たちはどうされるか分かりません…。この世界だって、どうなるかも分かりません。しかし、おそらく良い方向には進まないでしょう。組織はそれを知っているから、私たちに責任を押し付けるのでしょう」


穂乃果「…私のせい?」


海未「…いえ。私たちの、運のせいです」


穂乃果「運…」


要するに、私が言いたいのは、もう手の施しようがないということです。運は匙を投げたのです。しかし、彼女もまたそれを察知していました。


穂乃果「それじゃあもうどうしようもないじゃん…」


海未「・・・」


穂乃果「みんな頑張ってるのに…。こんなのってないよ…!」


穂乃果は頭を抱え込みました。そして小刻みに震え、涙を流していたのでした。随分、涙腺がもろくなったものです。これもきっと、寝込んでいた結果のことだろうと私は思いました。


海未「努力は…いつでも報われるわけではありません…それが不幸にも今あたってしまったんです…」


穂乃果は返事をせず、ただ泣いていました。


電車到着のチャイムが鳴り始めました。『まもなく、3番線に、各駅停車A行きが、10両編成で参ります。危ないですから、黄色い線の内側に…』


刹那、穂乃果は私の腕をつかみました。そして立ち上がりました。顔は何かを決心したような、決然とした顔でした。私を引っ張り歩き、黄色い線のところまで来ました。そこで私は初めて慄然とするのです。


海未「えっ、ちょっ…何をする気ですか…!?」


穂乃果「乗ろう。そこに何かがある気がする」


海未「乗る…」


また電車到着のチャイムが鳴りました。右側からどんどん電車が近づいてきます。と思うと、穂乃果は鞄を線路にほうり投げました。


穂乃果「行くよ」


海未「えっ…!?」


そう驚嘆した時には鞄と穂乃果と共に宙を舞っていました。そして横から電車の轟音と衝撃音が鈍く響き渡りました。




再会、そして…。


私は死を覚悟しました。この狂人と化した親友と共に、17年の幕を急に閉じたのです。




























・・・と、思っていました。


海未「んぅっ・・・!?」


目を開けると、私は電車に乗っていたのです。ガタンゴトン、と電車が夕日を平凡に進んでいく音が聞こえるだけで、気付くと、隣には穂乃果が目を瞑って座っていました。その膝元にはさっき投げたはずの鞄が置かれていました。

私は怖くなって、穂乃果をゆすり起こしました。すると目を開けて私と目を合わせました。そうしてから、正面を向きました。穂乃果は微かに頬を緩ませ、笑い、


穂乃果「パパ…」


と、呟きました。私は穂乃果の向いている、向かいの座席の方向に目を向けると、そこには、穂乃果のお父さんが腕を組んで座っていました。その隣に、見知らぬ、白いスーツを身に纏った青年の男が座っていました。そしてこう言いました。


青年「よく来たね」


穂乃果は父の元へ一目散に行き、父を抱きしめました。父はゆっくりとそれを受け止めてしばらくそのままでいました。

青年と私はそれを見るともなく眺め、私はなんだか少しほっこりしました。ただ、よかったね、という気持ちしかありません。

すると青年は私の方を振り向き、こう言いました。


青年「貴女には分からないと思っていたが…こうも簡単に…いや、そうでもないか…ここが分かってしまったとは。そう、〈世界〉というのはここのことだよ。あちらとこちらの狭間なんだ。組織にも矢澤にも本質的なものは分かっちゃいないさ。本質的に知っているのは貴女だけだよ」


海未「ですが…私はこの出入り口を塞がなければならないのです。さもなければ、私は重い処罰を受けてしまうに違いないのです。そしてこちらの世界がどうなってしまうかも分からないのです。だから、今まで一生懸命に捜し歩きました。観察しました。・・・そして、これでやっと見つけた…。お願いですから、貴方が誰かは知りませんが、出入り口を閉じて私たちを普通の生活に戻してください」


しばらく青年は何も言いませんでした。そして穂乃果はただただ父との再会を噛みしめ、涙を流していました。しかし、当の父は何も言わず、若干無表情なままでいました。電車が等速度でガタン、ゴトン、と音を立てて進んでいます。


青年「いいよ」


突然青年はそういいました。しかも決然と、何の汚濁もない、立派な肯定でした。


海未「えっ…」


青年「ただ、条件がある」

と、付け加えました。何もないと思ったらやはり何かしなければならないそうです。


海未「何ですか?」


青年「それは…」































青年「記憶を消すことだよ」


海未「え…」


ふと私は穂乃果の方をもう一度見ました。父の隣に座って、体を父に寄り添わせながら眠っていました。それを父は大事そうに支えていました。きっと、やせ細った彼女を見て、申し訳なく思っているのでしょう、頬には涙が伝っていました。それだけの思いだけではないかもしれませんが、主にはそう思っていたと感じます。


青年「素晴らしい世界だとは思わないか?こうして生きている人と故人が巡り合っているんだよ。人々はそれを映画にしたりして理想としているけど、今、こうして現実となっている」


海未「で、でも、私たちは〈世界〉を監査していて…、にこや組織自体もそれを常日頃から監視していたというのに…本質が分かってないって、どういうことでしょうか…」


青年「見せかけだよ」


海未「何ですって…」私は体全体の力が、徒労感から抜けてしまいました。


青年「そう…あの暗くて恐ろしい世界は…まさにあなた達の世界を幻影的に表現しているだけなんだ。その幻影を利用し、この幸福な〈世界〉を守ったのさ。その幻影に入ってしまった人は、残念だけど知り過ぎてしまうんだ。幻影は世界を極端に映すからね。その反動から精神的に参ってしまうんだ。それで自ら命を絶やすんだ。だが、貴女だけは…というより、貴女の同級生は…どうやら人よりも屈強な精神を持っていたようだ。それも憎ましいほどにね…」


私は何も言いませんでした。


青年「あちらの世界の人が、この〈世界〉との交信を絶とうと望むなら、その通りに従うよ。ただ、その記憶は消してもらう。このことを知ったまま生き続けていたら、ちょいと困るからね。何で困るかは聞かないでくれ。まあ分かるだろう?」


私は反射的に頷いていました。もう、何だか、言葉が出てこないのです。


「お待たせしました」という男の声が刹那、コーヒーの香りと共に流れてきました。


青年「お、来たね和島さん」


その言葉に私は顔を思わず上げました。目の前にいたのは、正真正銘の、あの和島さんでした。


和島「あ、これはこれは。やはり貴女がここを見つけなさったのですか。薄々感付いてはいたんです、きっと正体を見つけ出すのだろうな、と。矢澤様は…はっきり言うと、まだ目先の事しか見えておりません。ですが貴女は、常に遠くを眺望し、自分とは何かを考えていらっしゃると見えました…。まあ、コーヒーでも召し上がっていってください。一からドリップいたしましたよ」


和島さんはそう言うと、コーヒーを青年と私と穂乃果の父に差し出しました。穂乃果は依然として父の傍らで眠り続けていました。


和島「…お気の毒であります」


和島「一体、何の心があって、二人はこの世界に来たのでしょう。死は何も生まないからでしょうか?いや、死は何かを生むはずです。ただ、自分を殺める人はその影響というのを考える暇などないのかもしれません。一刻も早く苦しみから解放されたいという、ちょっと間違った思い込みであるのには気付かないまま、永久に息をしなくなるのでしょうか…」


私はコーヒーを一口飲みました。やはり飛び切り美味しいものでした。もう、この世のものとは思えないくらいに。


青年「まあどちらにしろ、生ほど神聖なものはないんだ。ただ、神聖なものというのはやはり諸刃の剣であり、時々どこかで狂ってしまう場合も無きにしも非ずだ。連続安打を続けていたバッターがある日、それをプツッと途切れさせてしまうように…という喩えが適切かどうかは知らないけど」


海未「…」


青年「それで、どうするんだ?〈世界〉との扉を閉めるのは造作も無いことだが、その代わりあなたやあなたに関わりのある人にはこの〈世界〉に関する記憶はきれいさっぱり消させてもらうよ。まるでメン・イン・ブラックみたいだな」


青年は少し笑って、コーヒーを飲みました。やはり美味しいのでしょう、彼は満足気な顔をしました。

私はかなり悩みました。この記憶も、これから彼女たちを支えていくのを助けるかなりの要素がありました。だけど、それを捨てないと現世は救われないそうなのです。だったら、もう、致し方ないのかもしれません…。


海未「私は…そうですねやはり…悩むのですが…〈世界〉との交信を絶えようと思います」

と、私は後半は決然と述べました。

すると青年の口元が少し笑んだように見えました。実際、青年の顔は、さっきからこちらに太陽が当たっていて、向かい側に座っている青年が陰っているので顔がよく見えませんでした。


海未「にこにも言ったのですが…私はこの誰にも説明できないような、奇妙な体験を通していろいろな私の成長が垣間見えました。その記憶が消えるというのはなかなか惜しいものではありますが、この世がこの奇妙なものに覆い尽くされるリスクを考えると…決して惜しいものでなく、切り捨てるべきなのだろうと思います。それに、こうした自分の成長というものは、やはり奇怪現象に頼らず自らの手でしていかなければ・・・ならないでしょう」


青年は顎に手を当てて私をまじまじと見つめているように見えました。


気付くと、和島さんと穂乃果のお父さんはいなくなっていました。穂乃果は電車の席に寝そべるように安らかに眠っていました。その顔は力が抜けたように緩んでいました。電車が依然として朱色の空間を走っています。


青年「人は勇むべき時に勇む。そして自らに理性的決断を下す。それは人間の鏡であるだろうな。貴女がそういった決断を下すなら、まあこちらとしても致し方ない。その記憶を貰うよ。ちなみに、それ以外の記憶は欠陥なく残るから問題はない。問題なのはその記憶だからな」


すると、電車がブレーキをかけ始め、スピードを段々と緩めました。


青年「立ってくれ」


青年がそう言いながら立ち上がると、私も立ち上がりました。


青年「あの少女は眠らせたままでいいだろう。起きそうにもないしな」と、少し微笑んだように言いました。


確かに穂乃果は深いノンレム睡眠に入っているようで、起きる気配は全くありませんでした。


青年「記憶の消去は一瞬で終わる。その呆気なさだけは許してくれたまえ」


海未「…はい」


青年は何かを取り出し、私に突きつけました。それが銃であると気づけたのは、ガチャっ、という重々しい音が聞こえたからでした。


青年「〈こっち〉の貴女を消す前に、何か言いたいことはあるか?」


海未「特にはありませんが…あなたに聞きたいことがあります」


青年「なんだ?」


海未「あなたは何者なんですか」


青年「何故知りたいんだ?」


海未「記憶に残る最後の事項にしようかと思ったからです」


青年「…最後に残るほど誇れる者でもないけどな…」


すると突然電車はトンネルに入りました。電車の中が電灯の光だけになりました。そして私は青年の顔を認めることが出来たのです…。


海未「え・・・」


青年「じゃあな、園田海未」


銃声が電車に響き渡りました。そして私は電車の床に倒れ、その眼の前には青年の足と、流れる私の血がありありと見えました。そして、力の限り穂乃果の方を見ました。眠った穂乃果に青年は接吻しました。そして、青年は自らの頭を銃で打ち抜くのを確認すると、目の前が真っ暗になりました・・・。



エピローグ


誰かが私を呼ぶ声が聞こえます。体が揺れているのですが、何も見ることが出来ません。やがてその声が大きくはっきりとしてきました。なんだか、聞き覚えのある声がそこら中に飛び散っています。すると視界に、うっすらと光が見えてきました。

そしてその勢いで一生懸命に目を開けると、私は病室のベッドに横たわっていました。ピッピッという、心臓の音を確かめる機械と点滴が規則的に垂らされているのを見ました。そして声のする方を見ると、私の母さん…?それに、1、2、3、4、5、6、7…あれ…?どうして8人いないんだろう。

私は起き上がろうとしました。すると、腹の部分に激痛が走り、悲鳴を上げてしまいました。すると、みんなが慌てて支えました。


にこ「ちょっと、無理しないで!」


母「ああ、海未…生きてるなんて、本当にあなたは強運の持ち主よ…ううっ」


その言われたことのある気がする言葉に私ははっとしました。今まで私は何をしていたんだろう?こんなケガを負ってしまったのはどうしてだろう?私の身に何が起こったのだろう?何も…思い出せない。まるで誰かがその記憶だけをきれいさっぱり奪ってしまったかのように…。

そういえば、みんなは8人いるはずなのに、7人います。もう一人が…どうしても思い出せない。


海未「もう一人は…」私は力を振り絞って言いました。


ことり「もう一人…?」


みんなはあたりを見渡しました。すると、ことりは悟ったようにはっとしてから、暗い顔になりました。気づくと、みんなも暗い顔をしていました。


ことり「穂乃果ちゃんはね…」


ことりはみんなの顔を見ました。でも、みんなは何かを察し、誰も顔を見合わせようとしませんでした。


ことり「穂乃果ちゃんさ…一時学校に来れなかった時あったでしょう?・・・お父さんの件でどうしても耐えれなくなっちゃったんだね…あのね、穂乃果ちゃんは…頸動脈を切って……亡くなったの」


私はようやく名前を思い出しました。そして、私はベッドにうずくまり、泣き崩れました。

みんなは私の体をさすって慰めてくれました。すると、泣き崩れている私に、母が現実を言いました。


母「海未…あなたはね、電車の線路に鞄を落としちゃったのね、それで慌てて一人でそれを取りに行ったら電車が丁度来て、あなたは…轢かれたのよ。医者はもう助からないと言っていたわ!でもこうしてあなたは奇跡的に生きている…。それにね、今回は自殺とかの意図ではないことが分かったから、賠償はそんなに払わなくて済むみたいなのよ。…もう!どうしてあなたは鞄なんかに命を失くそうとするの…」


私は顔が涙でいっぱいになりながら考えました。私はそんなことをした覚えがありません。それにしたとしても…私は理性的に鞄を諦めて命を優先するでしょう。だとしたら、その反対の行為を補助した人が他にいるはず…。もしかしたら、穂乃果だったのかもしれない。仮にそうだとすると、私は幻影と化した穂乃果に死を裏付けさせられようとしたのですね…。一人だと怖いから…。


すると医者が駆け付けてきました。その時、猛烈な睡魔が襲い掛かりました。力のない私は、睡魔に太刀打ちすることなど出来ず、誘われるように眠りへと落ち、やがて視界は暗転しました。

























夢を見ました。一瞬、朱色の空間だったので、眩しくてどこにいるかよく分かりませんでしたが、やがて視界が元に戻ると、目の前に、穂乃果がいました。真っ赤な電車の床に二人横たわっていたのでした。少し私は痛みを感じました。


穂乃果「大丈夫?」


私の腹から血が流れ続けています。その傷口を穂乃果は押さえました。


海未「え、ええ…。何とか…」


穂乃果「私のこと、絶対に忘れちゃダメだよ」


海未「だ、誰が忘れるもんですか…」


穂乃果「私は、これだから、みんなに会う事はもうできないけれど…」


穂乃果は首を見せました。ナイフで付けた一直線の赤い傷が深く刻まれていました。


海未「なんで…そんなこと…」


穂乃果「私も馬鹿だからさ…死んでしまえば何もかも元通りになると思っていたみたい。でもそんなことなかった…。死は、本人には何も生まない。何かを生むのは、周囲の人にだけだった…。でももう後戻りはできないんだ。もう情けないよ。私は〈こっち〉でなんとか元気にやっているつもりだから、海未ちゃんたちもどうか…しっかり生きてほしい」


すると、穂乃果は私に顔を近づけ、接吻をしました。私もそれを受け入れ、舌を絡めあいました。顔を一切離させようとせず、深い接吻をずっと続けていました。私は或る官能的な興奮を覚えましたが、やがて穂乃果は接吻をやめ、目を瞑ってそのまま眠り込んでしまいました。

すると視界がまたぼやけていき、穂乃果が視界からなくなり、目の前は何もない一面の白になりました…。










…あれから数か月が経ちました。私は懸命なリハビリのもと、何とか自力で歩けるようにまでなりました。それを合図のように私はようやく退院することができました。少し後遺が残ってしまいましたが、全体的には生活には支障をきたしませんでした。

翌朝、学校へ向かいました。秋葉原駅を降りると、ことりが一人で待っていました。一人足りませんが、ことりはそれでも笑顔を私に見せて迎えました。それで私も笑って一緒に登校しました。

そういえば、8人でもそのまま部活は続けるようです。まだあのマグマのハートは爆発寸前であり、続投するかまだ協議を続けていますが、全体的には部活を続けていく傾向にあります。

私は駅を振り返りました。あの時、もしかしたら丁度駅が動いたから、私は助かったのかもしれないと思いました。「駅が動く」という事象は奇怪ではありますが、何らかの意味があって動くのでしょう。


海未「もしも駅が動くなら…」


ことり「え?今なんて言った?」


海未「ふふっ、いえ、なんでもありません」


きっとそれは、世界が動く時に動くのかもしれません。都会のビルの隙間から風が吹き、そろそろ冬が始まる気配をどことなく感じさせました。でもどこかに暖かみも感じ、遠い春の気配も、ほんの少しだけ、ほのかに感じました。


FIN

2017.11.19


後書き

お読みになってくださり、ありがとうございました。後ほど、改めて話を見直し、作品解説を載せられればいいなと思いましたが、ちょっと検討中です。

次の長編も執筆中なのでそちらもよろしくお願いします。


このSSへの評価

2件評価されています


テレビのジョンさんから
2017-11-20 22:49:08

SS好きの名無しさんから
2016-08-07 20:13:11

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テレビのジョンさんから
2017-11-20 22:49:15

SS好きの名無しさんから
2016-08-07 20:13:14

このSSへのコメント

2件コメントされています

1: テレビのジョン 2017-11-20 22:52:03 ID: NJfXRhyZ

読み飽きさせず、そして衝撃、そして面白さ、そして〆もすばらしかったです
乙乙

2: 烏龍ティー 2017-11-21 08:27:11 ID: PUNJtopr

コメントありがとうございます。ご好評いただき、大変嬉しいです。これからも精進して参りますので、よろしくお願い致します。


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