2016-06-19 20:55:09 更新

概要

俺ガイルSS第二作です。
今回は明るい感じのラブコメでいこっかなーと思っていますので、前作に引き続き、応援宜しくお願いします。
批評、コメントその他お待ちしています。

最新、第終章を更新致しました。(6月19日)


前書き

……まさか、千葉でこんなに雪が降るとは。

俺、比企谷八幡は、この大雪のせいで完全に孤立していた。

食糧もなく、娯楽も尽き、まさに絶体絶命なこの状況の俺の元にとある一通のメールが届く。

……なになに?

パーティー……だと……?


第1章



そこで比企谷八幡は危機に直面する。




12月21日。


木曜日。


冬休み3日目のその日、もうクリスマスも近いと言うのに、しかし俺は例年通り家で一人でゴロゴロしていた。



うー。


だー。


うー。


だー。



……ほんと暇。


小町も何か「友達と遊んでくるー」って言ってどっか行ったし、ネコのカマクラはそれこそ猫らしくコタツやら毛布やらの中でちっこく丸まって眠っている。

両親は言うまでもなく仕事だし(まあいたところで何もないが)。


つまるところ、俺は今この家の中において、完全なる孤立状態なのである。


ふと外を見る。


今年は千葉に限らず関東圏内全域が大雪に見舞われる異常気象で、窓の外の世界は真っ白に染まっている。


……見るだけて寒くなってくるな。


外出たら一瞬で死にそう。ぜってー出ないけど。


まあ、しかしこんな中で完全に孤立していても、こうして無事に生命を維持できているのは言わずもがなマイハウスのおかげである。


やっべ、俺ん家最強説。

やっぱ家だよ。

俺はやはり家と人生を共に過ごすべきなんだよ。


じゃあ、そうすると結果的に俺は専業主夫になるべきなんだな。

よし。


専業主夫に、おれはなる!



……はぁあ。


こんな事をスラスラと考え出してしまうくらい、今の俺は暇なのである。

ゲームはもうやったし、本だって読み終わった。


かと言ってこの吹雪の中本屋に歩いて本買いに行くわけないし……


「手持ち無沙汰」ってインターネットで検索したら、グーグルの画像検索で一番上に出てきそうな、そんな状態の俺だったのだが、よろこばしくもその静寂をぶち壊す輩がいた。


俺の携帯だった。




「ゆーがっためーる!」




……一瞬、俺の無意識が生み出した幻聴か?とも思ったが、それは現実だった。


実に3週間ぶりに、小町以外の人間からメールが来たのだ!


ちなみに小町からの着信音は他と変えてある。

小町のからのメッセージは無視する訳にはいかないからな。



……んで、誰からだろう?


考えられる選択肢は、由比ヶ浜か、材木座か、平塚先生か……

あとは……いないな、うん。



どうせ材木座あたりからだろうとたかをくくり、着信画面を確認する。


しかし、そこに表示されていた名前は…



「…一色かよ」



面倒事になるのは必死に思えたが、だからと言って別に無視する必要もないし、何よりもこれにすがるくらいに暇なので、適当に返事をするべく、俺は携帯電話を手に取った。


……べっ、別に、ツンデレとか、全くそんなんじゃないんだからね!




「先輩へ



   いよいよもうすぐクリスマスですね!


   とは言っても、どうせ先輩のことだから、どうせ何も予定なんかなくて家でダラダラしているんだと思います^_^

 


そ・こ・で!


先輩思いの私から、なな何と、パーティーのお誘いです!


喜びましたか?

別にドッキリじゃないですよー?


ではでは、以下、日程とかその他のお知らせでーす!



    日程…今日の午後1時から


    持ち物…常識の範疇で


    時間…結構かかります


    参加者…先輩、結衣先輩、雪ノ下先輩、私


    集合場所…私の家


以上です。


あ、パーティーの内容は秘密ですよー?

ではでは、お待ちしてまーす☆」


 


……パーティーか。



うっわ、行きたくなっ!!


まず、雪積もってるだろうが。

よってチャリも使えねえ、車もねえ、

そして何より急すぎる!



…つーわけで。


俺は残念ながら行けねえな。

ドンマイ一色。

雪ノ下対策で俺を呼んだんだろうが、あてが外れたとでも思っててくれ。


と、一色にそう返信しようと思っていた、ちょうどその時だった。



「ユーガッタメール!」



……カタカナだから、これは小町からのメールだな。


これは読まなくては……



「お兄ちゃんへ


パーティーのお誘いが来てるんだって?

ちょうどよかったじゃん!行ってくれば?

ていうか行ってね、おにーちゃん♪」



うわ、一色あいつ根回しはやっ……


てか、何勝手に人の妹とメルアド交換してんだよ。

また俺のプライベート圏が狭まったじゃねえか……

何?もしや俺には人権が認められてないのん?



……何か自分で言ってて悲しくなってきた。


とりあえず今言えることは、このパーティーのことを小町に知られてしまっている以上、家でも外でも、文字通り逃げも隠れも出来やしないってことだな。


何だよ、マイハウス最強説すんなりと打ち砕かれたじゃねえか。

内側から攻められたら一発でおじゃんだな、この要塞。

よし、将来俺を養ってくれる人選考では、決して反旗を翻さないことを条件としよ……



そんなこんなでも結構暇は潰されており、気がつくと時計の針は12時を指していた。

お昼ご飯の時間だ。


「昼飯…どうすっかな」


今見る限りでは、我が家の携帯食料(カップ麺)は尽きており、どうやら自分で料理をしなければならないようだった。

それで、冷蔵庫の中身を確認したのだが…



何も、ない!!



「マジかよ…」



つい独り言をつぶやいてしまったのだが、それがどうしたというくらい、今俺は窮地に立たされている。


食料がないとか、マジでヤバい。


実は俺、冬休みということで、今朝はとんでもない朝寝坊をしてしまい(ついさっき起きてきたばかりである)、朝食を食べていない。

いい加減空腹も限界である。


…俺に残された選択はたった一つ。



「うう…しゃあねぇ、買い物行ってくるか…」



比企谷八幡、今冬最大のミッション。


猛吹雪の中、食糧を調達せよ!



ということで、俺は近くのスーパーまで徒歩で買い物に行くことを決めた。

くそ、雪なんて大嫌いだ!


「…じゃあな、カマクラ。留守番頼むぜ」


流石に大丈夫だとは思うが、一応コタツ等の電源は落としておく。


火事とかマジでシャレにならんからな。


カマクラにはもしかして寒い思いをさせてしまうかもしれないのだが、しょうがない。

カマクラ、堪忍してくれよ…



「うし、コタツOK、ストーブOK、っと」



スイッチがOFFになっていることをしっかり確認して、俺はジャンパーを羽織った。

あとは、手袋とマフラー…よし、OK。



「…行ってきます」



最後に小町への書き置きを残して、俺は外の世界に一歩踏み込んだ。



第2章


そして比企谷八幡は暴走……しない




家を出発してそろそろ10分くらいは経つはずなのだが、目的地のスーパーは未だ見えずにいた。


一応傘はさしてきたのだが、俺の体はメチャメチャ濡れてしまっている。

クソ、何か気持ち悪いし寒い……



「……ん?」



いつもの癖で下を向いて歩いていたせいか、ふと道端に小さな手袋が落ちていることに気づく。

黄色い、毛糸の手袋だった。


うわ、こんなの落としたら絶対見つからねえだろうな……



「……」



拾うか、拾わざるか。





「…いや、拾うだろ」





小さい子供にとって、物をなくすということがどんなに不安なことなのか、俺は身をもって知っている。


あれは7年前。


俺と小町が近所の公園で遊んでいたときのことだ。





確かあの日も、今日ほどではないにしろかなりの雪が積もっていた。

それで、俺は小町に連れ出されてしぶしぶ公園に行ったのだった。



「おにーちゃん、ゆきがっせんしよー!」


「…まじかよ」


「いいじゃんいいじゃん!いくよー!おにいちゃん!」


「え、ちょっ、待てこまt」


「えいっ!!あははは!!」


「……この野郎!」


「あははは!!きゃーーっ!!あはははは!!」


「……ふぅ」





こうして俺と小町は公園で一時間くらい遊んで、お互いずぶ濡れになったのだった。

本当、濡れても楽しいなんて、今となってはもう分からない感覚だな。


しかし、そんな楽しい時間は忌々しくもそのまま終わってはくれなかった。



「小町、かえる……あれ?」




小町が、いなくなったのだ。



俺は焦った。

一瞬、本当に一瞬しか目を離していなかったのに、しかし小町は俺の隣からいなくなったのだ。



俺は公園中を探し回った。

滑り台の上、土管の中、公衆トイレの中……



結果的に、俺は小町を公園を取り囲む植木の根元で見つけた。



「……おにいちゃん」



小町は泣いていた。



見ると、さっきまでつけていたはずの手袋が片方無くなっていた。


手袋をつけていないほうのその手は、しもやけで真っ赤になっていたのだった。




「……ごめんなさい」


「何がだよ…ごめんって」


「手袋、失くしちゃった……」



小町は泣きべそをかきながらそう言った。



「……あっそ」



俺は小町を置いて歩き出した。



「……えっ」



背後で、小町のすすり泣く声が聞こえた気がするが、俺は歩みを止めない。




「……おにいちゃん!」




悲痛な小町の叫び声がするが、それに構っている暇などない。






「おにい」



「ほらよ」





……せっかく見つけたのに、また見失うわけにはいかないからな。


お前も、この手袋も。





「……」


「あれ、小町もしかして怒って」


「……うぅわあああああああん!おにいちゃんのバカああああ!!」


「……よしよし」


「おにいちゃん……バカ」






……もしかしたら、俺は本当にシスコンなのかもしれない。







「……はっ」



おっといけない。


懐かしい思い出、数少ない俺のトラウマ以外の過去に自惚れてしまっていた。


ああ、多分今俺、すんげえ気持ち悪い顔してたんだろうな……



「……確かにね、キモかったよアンタ」


「うぉおっ!?」



ビックリした!

驚かすなよかわ……川坂さん?



「……それ、うちの京華の手袋。拾ってくれてたんだ、ありがと」


「お、おう」


「さっき散歩してて、そのとき落としちゃったって、さっきからずっとけーちゃんがぐずってて大変だったんだよ」


「……どこの小さい子も同じなんだな」


「そういえば、アンタにも妹がいたんだったっけ、おにーちゃん」


「ひぐっ!?」


「……キモ」



いやいやいや。

今のはお前が悪い。

完全に俺被害者だったよ?



「……まあいいや、拾ってくれてありがとう。じゃあね」



そう言って川上は、俺に背を向けてさっさとこの場を立ち去ろうとした。


俺もスーパーに向けて歩き出す。



「……なんでついてくんのさ」


「いや、俺スーパーに行くから……」


「へえ、買い物?」


「……昼飯の材料が何もないんでな」


「へ、へえ〜」



そう言って、何故か歩みを遅める川崎さん。

こころなしか隣に並んでいる気もするが、気のせいだろう。



「あ、あたしも昼飯食べてないんだよね……」


「ふうん」


「……お腹、減ったよね」


「……まあな」


「比企谷ってさ、何か好きな食べ物ってある?」


「MAXコーヒー」


「それは飲み物じゃん……」


「別にいいだろ、千葉県民なんだし」


「何その理由……」



千葉県民がマッ缶好きで何が悪い。

静岡県民がお茶好きなのと一緒だ。



……違うか。



というか川春さん、さっきから微妙にこっち寄ってくるのやめてくれませんかね……

何?俺のことコースアウトさせたいの?



……あ、ほら、ふざけてるから手袋落としちゃってるし。


次失くしたら、また俺が拾う羽目になんだろ……



「……川崎(?)、けーちゃんの手袋落としてるぞ」


「あ……危なっ」



そう言って川崎が手袋を拾おうと屈んだとき、







ブップーーーッ!!!







「……危ねえ!」









……川崎に向かって車が突っ込んできたのだ。



思えば、辺りは雪が積もって真っ白で、こんな路地では車道も歩道も分からないようになっていた。


いつの間にか俺たちは、うっかり車道に出てしまっていたらしい。



「……あっぶね」


「あ、ああ、ひき、がや……」


「落ち着け。交通事故なんてものは、3秒も猶予があれば助かるほうが多い。ソースは俺」


「……あ、たすかった……?」


……どうやら相当に混乱しているようだ。




「あの、ちょっと混乱しすっ」


「ひきがやっっっ!!」




………?



…………!?



だっ、はっ、ええ!?



川崎さん、何抱きついてんですの!?!



「ひきがやぁ……」



うわ、何このかわいい生き物!

やばい、抱き返したい!



……なんて嘘です。

そんなことしませんよ、汚らわしい。


俺はしっかりと理性を保ちながら、こう言ったのだった。



「……やべえ超かわいい」


「へっ」


「あ」



……前言撤回。

何が理性だ。煩悩まみれじゃねえか。



「ひっ、比企谷!?」


「ごめんなさいすいませんでしたもうしませんゆるしてください」


「……」



……うわ、これは本格的にヤバいバージョンですね。

川崎さん、メチャメチャ怒ってらっしゃるじゃないですか……




「……ねえ比企谷」



「……はい」



「昼ご飯、良かったら家で食べていかない?」



「……はい?」



「いや、昼ご飯まだなんでしょ?」



「それはそうだが……」



「じゃあ、いいんじゃない?」



「……ふむ」



確かに魅力的な提案ではあるが、果たして俺はこれに乗って良いのだろうか……


てか、さっきまであなた私のことを怒ってませんでしたか?


「……はっ」


そうか……俺は気づいてしまったぞ。

こいつ、もしかして、



「自分のプライベートを晒していると見せかけて相手にもプライベートをさらけ出させるが、実は自分のは全然プライベートではなくただの演技で相手のプライベート情報だけサラッとゲット、そしてそれをネタになんやかんやしてやんよ大作戦」


……を行おうとしているのでは!?


実際、こういう手口結構多いし、やられた側はかなりの大損害をうけるんだよな……

もちろん、ソースは俺。


ということは、俺は今、結構な窮地に立たされているということか……

どうにかしてこの状況を乗り越えねば。



「……」


「……どうしたの?」



じっとこちらを見つめてくる川崎の魔力(というか魅力)に耐えながら、俺はじっくりと策を練る。


何か使える手は……



そうだ!



「……あー、悪い川崎。俺、実はパーティーに誘われててさ、それの買い出しだったんだよ」


「……そ」


「……だから、その、なんつーか」


「いいよ、変なこと言って悪かったね」


「……いや、別に変じゃないぞ。どちらかというと嬉しかったし」


「なっ……そう、なんだ」



じゃあさ、と川崎は付け加える。



「また今度、いつか都合の合う日があったらさ、その」


「ああ、いつかな」


「……わかった」



川崎は微笑んだ。


クソ、理性理性!!



「じゃあ、またね。八幡」



「……おう、じゃあな」



理性理性理性理性理性理性理性理性理性理性理性ィィィィィィィ!!!!!!!



そう言って、川崎は今度こそ俺に背を向けて歩き出した。


途中、俺の理性が爆発寸前だったのは見て分かるだろう。


……もうだめ、あいつがメッチャ可愛く見えてしょうがねえ。

名前で呼んだよね!?

今俺のこと八幡って呼んだよねあいつ!?

ああもうまじry(





……ふう。

さて、もう一回理性をセッティングして。


再度俺は昼飯を調達すべくスーパーに向かった。


 






  第3章



さて、比企谷八幡は逃げられない。






それからほんの2分ほどで、俺は例のスーパーに到着した。




「せんぱーい!で、何を奢ってくれるんでしたっけ?」


「……ハーゲンダッツな」


「やったあ、先輩太っ腹〜♪」


「どの口が言うか……」




……しかし、そのほんの2分で俺は最悪のエンカウントを果たしてしまったのだ。


一色いろは。

彼女は俺と川崎のやり取りを目撃していたらしい。


俺が彼女にでくわしたのは、川崎と別れて数十秒も経たないうちだった。




「……せーんぱい!」


「……うおっ、一色、何でいるんだよこんなところに……」


「なーにしてるんですか、パーティー始まっちゃいますよ~?」


「え、あれ俺も行くの?」


「……一応メールは見たみたいですね。てか行かないっていう選択肢がありますかね?」


「いや、むしろ行かないつもりだったし」


「えー!?何でですか?」


「だって俺は一人が」


「……やっぱり川崎先輩とお昼ご飯食べたかったんですか」


「ぐっ!?……見てたのかよ」


「まあ、そうですね。ハッキリ言ってガン見してました。物陰から」



「怖いよお前、ストーカーかよ……」


「いや、どっちかというと今回は記者っぽかったですかね。先輩のすんごいスクープ見られましたし」


「いや、あれはだなその……え、今回は?」


「いっ、いやあ、ほら、それはともかく、先輩超カッコ良かったですよ!?あの時、バッチリ川崎先輩のこと助けてあげてたじゃないですか!」


「いや……ほら車に轢かれるのって痛いし」


「そんなことは誰でも分かってますよ……そこでとっさに行動できるのがすごいんです」


「そ、そう」


「……もしかしたら川崎先輩、先輩に惚れちゃったかも知れませんよ?」


「そっ、そんなことねえだろ」


「わっかんないですよ〜?女って案外コロッといっちゃうこととかありますからね?」


「……あ、そ」


「……なに照れてるんですか気持ち悪い」


「いや、照れてない」


「いーやいやいやいや、めちゃくちゃデレデレしてましたよ今。先輩もしかして川崎先輩のこと好きなっちゃったんじゃないですか?」


「……いや、嫌いではないが」


「……逆説的に好きって言いませんでしたか今」


「いや、言ってない。断じて言ってない。俺が好きなのはMAXコーヒーだけだ。あと小町」


「……ならいいんですけど。あんまり他人にデレデレしないでくださいね。先輩」


「してねえって」


「嘘つき。……可愛いっていってたじゃないですか、あの時」


「うっ」


「先輩、川崎先輩に抱きつかれてたとき、可愛いっていってたじゃないですか!!」


「ちょっ、大声出すなバカ」


「メッチャいい声で、メッチャ耳元で可愛いって言ってましたよね!?ねえ先輩!?」


「ぬっ……言ったには言ったが、あれはほら、不可抗力だ」


「不可抗力……ですか。ふうん、最高の褒め言葉ですね。川崎先輩にとって」


「何を怒ってんだよお前は。てか何で俺が怒られなきゃなんねーんだ」


「先輩は……もういいです。黙っててください。黙って私にハーゲンダッツを奢っててください」


「……それが目的か」


「はい。このネタをバラされたくなかったら、せいぜい私ポイントを稼ぐことですよ、先輩」


「……私ポイントて」


「小町ちゃんのあれですよ。相場はハーゲンダッツ1個で1ポイント、100ポイント稼いだら黙っててあげます」


「……どんだけお前に貢がなきゃいけねーんだよ」


「別に、無理にポイントを稼ぐ必要はないんですよ?まあ、どちらが良いかは自由ですから」


「……へいへい」




……というわけで、俺はまた無駄な出費を強いられたのだった。


何だよ、最近の女子はハーゲンダッツしか食わねえのかよ……



「で、そういえば先輩は何でスーパーに来たんですか?まさかハーゲンダッツのためだけじゃあるまいですし」


「……昼飯を買いに来たんだよ。お前のせいでワンランク下がったけどな」


「……は?」


「あ、いや、別に怒ることじゃ」


「いや違くて、先輩、何でお昼を食べようとしてるんですか?結衣先輩達、もう私の家で作り始めてますけど」


「……俺行く気ないんですけど」


「でも、先輩の分も作っちゃってるんですよ。雪ノ下先輩が」


「雪ノ下が……か」


「二人とも、先輩が来るの超楽しみにしてますよ?もちろん私もですが!」


「はいはいあざといあざとい。あざといのは良いが嘘はつくな。雪ノ下とか俺が行ったら絶対嫌な顔するだろ」


「そんなことないですよ……そうだったらいいのに」


「……おい、今とんでもなく酷いこと言わなかったか?」


「先輩なんか嫌われてるぐらいがちょうどいいんですよ。私的に」


「あ、そ」


「じゃあ、ハーゲンダッツ買ってさっさと行きますよ!」


「え、行くの?」


「だって先輩、雪ノ下先輩の手料理食べられるんですよ?私的には気にくわないですが、断る理由が、見つ、から、ない!」


「引っ張るな引っ張るな。……分かった、行くってば」


「……雪ノ下先輩の手料理を食べに?」


「いや違う。お前に来いって言われたからだ」


「……そうですか。じゃあ、早くハーゲンダッツ買ってきて下さい。私休憩スペースで待ってますから」


「……あっそ」



ったく、あいつ将来絶対刺されるって。


しかし、そう思いながらもしぶしぶハーゲンダッツ買っちゃう俺はとことん人畜なのであった。


はあ……1個いくらすると思ってんだあいつ。

こっちは小遣い3千円の身だっつーのに……

まあ、使い道少ないから別にいいんだけど。

それに、パーティーの会費ぐらいは残るだろ。

たぶん。




「……待たせたか」


「ええ、まあ。じゃ、行きましょう先輩!」


そう言って、足早に外に出る一色。


しかし猛吹雪にあっけなく跳ね返され、またスーパーの中に戻ってくるのだった。



「先輩、やばいです……」


「……確かにやばいな」



自動ドアのガラス越しに見る外は、荒れ狂う雪で真っ白に染まっていた。



「でも先輩。ラッキーなことに、うちって結構ここから近いんですよ。走れば何とかなるくらいの距離ではあります」



「……そうか」


「……どうします?」


「……アイスが溶けると困る。走るぞ」



俺がそう言うと一瞬嫌な顔をした一色だったが、それはすぐ悪い笑顔に変わった。


「……じゃあ、手、繋いでくださいね。私めちゃくちゃ軽いですから、車道に飛ばされて車に轢かれるかもしれませんし」


「……まあ、車に轢かれるのって結構痛いからな」


「……ですね」



正直気がひけなくはないが、二人とも手袋をしているし大丈夫だろう。

何より、俺が提案したのにそれでケガなんかされたら大問題だし。

ここは理屈抜きでそうしておくべきだと思った。



「……じゃ、ほれ」


「……はい!」



傘をさして、その中に一色を入れる。


よし。

まあ、アイスは雪があたってても良いだろ。



「……で、お前ん家どこ?」


「えーとですね……あっちです!」


「分かった。そんじゃ、離れんなよ」


「……はい」



一色の態勢は、手を繋ぐというか、どちらかと言うと腕に抱きつくと言った方が正しいような感じだったが、多分無意識だろう。



……無意識だよね?



とりあえず、そんなこんなでやっとこさ、俺たちは一色の家に着くことができた。



参考までに付け足しておくと、やはりハーゲンダッツばっか食ってる家である、一色の家はメチャメチャ立派だった。



「あ、着きましたね。ではでは先輩、いらっしゃいませ〜♪」


「……お邪魔します」


「どぞどぞ~!」



一色邸、かなりぱない。

玄関からしてマジでやばい。


……あれ、というか、



「一色、あのさ、もしかして親御さんって居るの?」


「あ、はい、いますけど」


「……帰っていい?」


「えー!?それはないですよ先輩!人の家に来といてそれは失礼すぎます!」


「それもそうか……いやそうだけれども」


「お父さーん、先輩来たよー!」


「え、ちょっとやめてマジやめて」


「えー、いいじゃないですかお父さんくらい」


「お父さんくらいって何だよ。どんな尺度だよ」


「じゃあお母さんで良いですか?」


「親御さんっていう時点でもうアウトだよ。いいから両親呼ぶな」


「……先輩って他人の家に遊びに行った時、両親に挨拶すらしない無礼者だったんですか」


「え、普通挨拶するもんなの?」


「当たり前じゃないですか。先輩は友達いないから経験ないだけですよ」


「……へえ、初めて知った」



確かに、俺は友達の家に遊びに行くとか経験ないし……

ふうん、そういうものなのか。

勉強になった。



というかこれ、もし一色じゃなかったら、俺即効無礼者扱いだったってことだろ?

あっぶねえ……



「……じゃあ、挨拶してくる」


「はい!あ、私もいた方が良かったりしますか?」


「……それはokなのか?」


「はい。というか、私が連れていくのが普通ですね」


「……助かる」



そうして俺はリビングに通された。



「お父さん、連れてきたよ」


「……うす」


「君が比企谷くんか」


「……あ、はい」


「……良い目をしている」


「……え?」



この俺の目が良い目だと?

このお父さん、なかなかユニークだな……



「お父さん、どう?私の先輩」


「うん、いいじゃないか。なかなか見る目があるな、いろは」


「えへへー」



……何か葉山みたいなお父さんだな。

本家より威厳と貫禄はあるけど、本質的には通じるところがあるのだろう。



ん?

とすると、一色ってファザコン?



「なあ一色、お前ってファザコンなの?」


「……先輩、一色ってどの一色ですか?」


「……あ、えっと、高校生の一色です」


「普通そこは他の代名詞を探すんじゃなくて、さり気なくいろはって名前で呼んであげるところですよ」


「やだよこっ恥ずかしい」


「……はあ、まあ別にどうでも良いんですけど」


「……何でガッカリされるんですかね」




てか、お前そんなことよく恥ずかしげもなく両親の前で言えるな……



「……うちの両親、ラブコメ婚なんです」


「は?」


「……ラブコメ婚」


「何だよそれ……」



「そのままの意味です。ほら、最近よくラブコメのアニメとかマンガとかやってるじゃないですか。あれの延長線上っていうか……」



「……つまり、主人公体質のイケメン秀才最強男子と、ヒロイン体質のスタイル性格完璧美少女がハッピーエンドを迎えたやつが、その、一色の親御さんたちだと」



「……そうなりますね。だから、ああいうので見る青春ドラマとか、ラブコメ独特の青春イベントとか、さっきみたいな、下の名前で相手の事を呼ぶくらいのラッキーハプニングとか、そういうのがあったって、あの人達にとってはただ懐かしいなぁ〜ってなるだけなんです。ともすれば、あ、やっぱり娘もそうなったか、っていう感じで受け入れられちゃいます」



「……へえ」



つまり。


そんな環境の中で育ってきた一色にとって、こいつの中での「男」とは葉山のような王子様であり、こいつの中での「女」とはひと昔前の一色のようにあざといものであった、と。



……なんだそりゃ。

そんなんだと、周りの男子とか絶対に恋愛対象として見れねえじゃねーか。


……葉山以外。



「そりゃ、葉山のことを好きになっちゃう訳だ」


「……振られちゃいましたけどね」




そう言ってガッカリする一色。

……今のは失言だったな。



「いや、今の話を聞くとだな一色。お前の物語の中で、あくまでもメインヒロインはお前なんだ。何せ元ヒロイン体質の人の娘なんだからな。そう考えると、お前のことを振った葉山はお前の人生の中で大層な意味を持たないモブのうちの1人にしか過ぎん。良くてかませレベルぐらいにしかなるまい。つまり……」


「……せんぱい」


「葉山ざまぁ、と」


「……はあ、先輩も大概残念ですよ」



……あれ?


他人の不幸は何とやら作戦でケアを試みたのだが、なぜか一色はさらにガッカリしている。おかしいな、俺はいつもこうやって回復してんのに……



「……まあいいです。じゃあ、挨拶も済んだことだし、さっさと上に行きましょう」


「え、上?」



「上にキッチンがもう一個ありますから、ほら、早く結衣先輩たちのところに行きましょう!」


「……さいですか」


ほんと、どんだけだよ一色邸。

俺はそのスケールの大きさに圧倒されながら、とぼとぼと一色の後をついて行くのだった。




第4章


 やはりお約束はお約束である。





一色の後に続いて二階に上がった俺だったが、しかしなぜかキッチンには入れてもらえず、内装からして一色の部屋ではなさそうな部屋に押し込まれた。


ちなみに、廊下からキッチンが覗けたのだが、どうやら雪ノ下たちはすでに料理を始めているらしい。


……なにかおかしい。



「……一色、俺も手伝うぞ」


「いえいえ、先輩はそこでゴロゴロしててくださいよー。今キッチンをちらっと見てきたんですけど、多分もうお昼ごはんはできちゃってますし」


「何だよ……悪いな」


「……ふふっ、早速くつろぐんですね。結構なことです。じゃあ、準備ができたら呼びますんで」


「ああ、すまん」


そう言って、一色は部屋から出て行った。


「あ、ここ私の部屋ですから、あまり変なことしないでくださいね?」


……余計な一言を言い残してから。


あの馬鹿!そんなこと知っちゃったら平常心でいられないだろ……


別に変なことを考えている訳ではないのだが、それでも「女子の部屋」にいるとなぜかソワソワしてしまうのが男子という生き物なのだ。


クソ!その特性を利用した新たなイジメか?これ……



……しかし、一色のやつこんなシンプルな部屋してんのか。

てっきりお父さんの部屋に突っ込まれたのかと思った。

ベッドに机に本棚、ソファー。

どれも落ち着いた色をしていて、あまり女子女子していない。


唯一女子の部屋らしいところと言えば、花瓶に花が生けてあることくらいか……

男子という目線から見ると物足りない気もするが、俺からするとかなり好感が持てる部屋だ。空気が落ち着いていて、何だか自分の部屋にいるみたいな安心感がある。

……ついついベッドに横になりたくなるくらい。


あ、いや、そんなこと勿論しませんよ?

そんなのが見つかったら、今度はハーゲンダッツ何ポイント分買わされるものだか分からんからな。君子危うきに近寄らず。


……で、まあ、危うきには近寄らずなんだが、



「……なんだこれ」



俺はベッドがどーのこーのなんてどうでも良くなるくらいヤバイ物を見つけて、あろうことかそれを手にとってしまっていた。

本当に危険なものって、ついつい近寄らずにはいられないんだな……

で、一体何を見つけたかというと、エロ本である。


……。


エロ本である。



まあ、健全な男子はみんな何冊かは持っているのだし、見慣れているのでそこは別に良いんだが、問題はそれを一色が持っているということだ。

……まあ、あれだ、スタイルとかの参考書的な使い道があるのだろう。知らんけど。



で!


ここからが問題。

今の考察からすると、この参考書は正しい使い方をされていないということになる。


そして、まさか一色がこんな本を後生大事に持っている訳がないので、この本は近い将来捨てられることになるだろう。


創作物を本来の目的で使用されないというのは、製作者にとって大変不本意なことである。そう、それは過去、俺が学校で作ってきた表札がいつのまにか俺の部屋のドアに掛かってあったときのように……


多分、親としてはよく女子の部屋のドアに掛かってある、「〜の部屋」というやつをイメージしたんだろうが、なにせ表札である。

俺の部屋に「比企谷」って掛かってあるんだぜ?

疎外された感が半端じゃなかったのは言うまでもない。



という訳で、俺はその参考書を正しく使うべく手に取ったのである。

理由が後付けっぽいのは気にしない。



「……さて」


俺は1ページ目を開いた。言わずと知れた広告欄である。

ふむふむ、なるほどなるほど……



「……なーに見てるんですかー?せーんぱい?」


「うょっ、一色!?」


「……ヒッキー?」


「なっ、由比ヶ浜!?」


「……比企谷くん」


「げっ、雪ノ下!?」


「……せーんぱい?ねえねえ、何見てたんですか?」


「……いやいや、ちょっと参考書を読んでてだな?」


「なーに<見てた>んですか?」


「……ごめんなさい」


「えー?べっつに、謝って欲しい訳じゃないんですけどぉ〜、まあ、先輩が自主的に何かしてくれるんでしたら、それもまた別にやぶさかじゃあないんですよね〜?」


一色は悪い笑顔を浮かべる。

……刺されんぞお前。



「……ダッツ何個だ」


「……ごめんヒッキー、私今、アイスって気分じゃない、かも」


「……ハニトー奢る」


「え!?ハニトー!?やっ」



「……ハニトー如きで許しを請う気ですか?先輩」


「……っ、そうだよヒッキー、ハニトーだけに甘々だよ!!」


「いや、お前絶対ハニトー食いたかっただろ……」


「は!?そんなことないし!!女の子をハニトーで釣ろうとか、ヒッキーキモい!」


「……言い方ってもんがあるだろ」


「……で、せーんぱい?」


「……ディスティニーランドに連れてってやる」


「……ぅえ?せ、先輩そ、それって」



「……私は年間パスポートを持っているのだけれど」


「で、ですよねー?確かに、それじゃあ、だめ、ですよねー……」


「雪ノ下さん、一色がめちゃガッカリしてるんですが……」


「そんなことはどうでもいいわ……それで、あなたが想像できる罪滅ぼしの仕方はそれだけなのかしら?」


「……お、俺に貸しを作れる」


「あ……それはまあ、あなたにしては」



「……え?私達がヒッキーにお菓子作ってあげるの?何で?それじゃあ罪滅ぼしにならなくない?」


「由比ヶ浜さん……あ、まあ、その通りね。全然罪滅ぼしにはなってないわ」


「いや、雪ノ下お前絶対意味分かってただろ……」



全然らちが明かない。


三人とも、必死になって一体俺に何をさせたいんだよ……



「……ねえヒッキー、最初の質問に戻るけど、ヒッキーは一体何を見てたの?」


「参考書」


「何を見てたの?比企谷くん」


「……いや、その、広告を」


「……先輩?」


「…ぇろ本です」


「じゃあ、どのエロ……何のエロ本を読んでたの?ヒッキー」


「……どのって、俺は一冊しか見つけてないけど……」


「え?じゃあヒッキー、ほかの」


「由比ヶ浜さん!!……比企谷くん、さっき読んでた本を寄越しなさい」


「……え、何で」


「あら、何かしら、何か私達に見せられない事情があるのかしら?例えば何かつい」


「……何もない!ないからほら!」


「……つい破いてしまったとか……なぜ突然素直になったのかしら?」


「えっあっ、それはその」


「雪ノ下先輩……それが素でできるんですね……」


「……一色さんまで、一体何を言っているのかしら……?」


「……とっ、とりあえずさ、ヒッキーはどんなのを見てたのかな!?」


「……そうね、見てみましょう」



そういって興味深々にエロ本に読みふける三人。


正直言って、こっちを見る方が、何かちょっと……いやいや、そんなことない。



「……あざとかわいい後輩系……ですか」


「……黒髪ロング清純派……」


「ゆるふわビッチ……って、ヒッキー!!」



……いや、別にお前じゃないからね?何勘違いしてんのあの子?


それに、前の2人も何かつぶやいてて怖かったんですが……



「……それより、昼飯はどうなったんだよ」


「あ!そうだヒッキー、お昼ごはん出来たんだよ!早くみんなで食べようよ!!」


「……由比ヶ浜さん、まだハッキリとしてないわ」


「そうですよ結衣先輩、まだまだ全然聞き出せてないですよ?」


「そんなこと後でいいよ!私もうお腹ペコペコだし……ほら、ヒッキー行くよ!」



「え、ちょっ、まっ」


「ほらほら!ほーら!」


「……分かったから引っ張るな」



そうして俺は半ば強引にキッチンに連れて行かれた。助かった。


というか……ふーん、ダイニングキッチンなのか、凄いな……



「あ、ヒッキーはそこに座ってて」


「……はいよ」



そう言って、由比ヶ浜はキッチンの方に消えて、そしてすぐに戻ってきた。


手には何やら大きめの皿を持っている。


これはもしや……




「……ねえヒッキー、あのさ」







「これ、食べて?」








「……え?」





由比ヶ浜が手にしていたのは、俺の予想とは異なった、それは美味しそうな一枚のピザだった。




第五章


やはり一色いろはのストーリーは出来すぎている。





由比ヶ浜が持ってきてくれたピザ(彼女が言うには自分で作ったらしい、多分嘘)と雪ノ下が作ったらしいピザ(チーズがめっちゃ乗ってるやつ、文句なしに美味かった)、さらに一色が作ったというピザ(マルゲリータっぽかった、やはり美味い)をご馳走になり、その美味さと満腹感で幸せいっぱいになった俺は、どうやら少し眠ってしまったらしく、目が覚めた時にはいつの間にか一色の部屋のベッドに寝っ転がっていた。


もちろん俺一人でこんな事してたら通報待ったなしなのだが、しかし一色公認なので万事オッケー。まあ、みんな俺を置いてどこかに行ってしまったのだけれど。

部屋に1人って、何か隔離されたみたいで嫌だな……


と、そう思ったところで俺はふとある事に気づく。



「ん……今、ここには俺1人、だよな……」



そして、ここは先ほどと同じ一色の部屋だ。

で、俺は今ベッドの上にいる。

ということは、この下にはきっと……うん。

あの……うん。

さっき広告しか見れなかったあれが……うん。


……うん。


俺は三度周囲を索敵し、勢いよくベッドの下を覗き込んだ。


……ない!!

俺は素早く元の姿勢に戻った。


「……ふう」


俺は己の内にある失望感をため息とともに吐き出し、そしてたった今自分が試みた行動について深く反省する。馬鹿なのか俺は!


忘れてはいけない。ここは仮にも女子の部屋なのだ。

そんな聖域とも言える場所で参考書を読み漁るなど、無礼千万である、というか、俺のポリシーに反する。

圧倒的にリスクが高すぎる。

そう、逆に無くて良かったのだ。

今日の俺は本当にどうかしてしまっている……



「……んぱい、おーい、せんぱーい」


「ぬおっ、一色か」


「さっきからずっと真顔でしたけど、今の反応を見る限りきっと私の話聞いてませんでしたよね〜?」


「……すまん」


「いや別にまだ何も話してないんですけどね」


 「このガキ……エアリスみたいになっても知らんぞ」


「がっ、ガキ……先輩それは酷すぎです。先輩のくせに」


「そっちのほうが酷いこと言ってるんじゃないですかね、後輩の分際で」


あとエアリスのくだりはガン無視なんですね。

世代が違うのかな?10以降しか分からない的なやつかな?

そもそも一色がFFを知っているのか分からんわけだが……


「……とりあえず、もうすぐ夜の部を始めようと思うので、いい加減寝てないで準備手伝ってくださいよ」


「……夜の部?」


「昼の部はもう三時間くらい前にとっくに終わっちゃってますよ。まああの後もピザ食べておしゃべりしてーみたいな感じでしたけど」


「何その二段構成、メールに書いてなかったんですけど」


「だって~そうすると先輩絶対拒否るじゃないですかぁ~。私は先輩方みんなと一緒に楽しくパーティーがしたかったんですぅ~」


にこやかな笑みを浮かべる一色だが、俺は対称的に表情を硬くしていた。

夜の部?つまり二次会的なアレってこと?


「……そういうの困るんですけど」


「へ?」


一色はきっと俺がなあなあで受け入れてくれるとでも思っていたのだろう、その俺の返事を聞いた途端、一気に表情が暗くなった。そんな顔されたら、いくらこんな俺でも少しくらいは罪悪感を覚えてしまう。


しかし……それは仕方のないことなのだ。

俺はこの一色の発言を容易に受け入れることができないのである。

なぜなら……



「こんなことは言いたくないが……パーティーとかって会費がかかるだろ?しかも二段構成ともなると色々とかさむだろう。とすると、リッチな雪ノ下とかパーティー慣れしてる由比ヶ浜はともかく、俺は結構焦るんだよ。元々昼飯買う位しか持ってきてないし、建て替えとか借金とか絶対したくないし」


「……律儀ですねー先輩」


「金の管理スキルは主夫にとって最低必要条件の一つだからな。というより、個人的に人と金のやり取りをしたくない。ATM経由がいい」


「……ただのビビリでしたかー」


「……ほっとけ。でもまあ、情けない話だが、そういうことで俺はその二次会には参加できないってのは了承してくれ。準備くらいなら手伝ってやるから」



……あーもう超恥ずかしい。


俺は真っ赤になってしまった顔を一色に背け、とっとと準備とやらを終わらせるべく、一色に指示を請う。

しかし一色は、驚くでもなく、引くでもなく、少し困ったような(かわいい)笑顔でこう言うのだった。

……おいちょっと待て(かわいい)って何だよ。

俺の脳内選択肢がどうかしちゃったのかよ。



「……えーと、そういうことでしたら、まずは先輩の誤解を解かなくてはいけませんね……」


「誤解……だと?」


「多分先輩はメールの[持ち物……常識の範疇で]ってところからそう思っているんでしょうけど、私、はなから会費なんて徴収するつもりなんてないですからね?」


「……は?だって材料費とか」

「プライスレス!!」


「……は?」


「あの子の笑顔はプライスレスって、テレビとかでよく言ってるじゃないですか!!」


「え、それってどういう」

「違いますよ!?」



「……いや、分かってるよ?」


「あのですね、つまりさっきのプライスレスってのは、


    雪ノ下先輩→結衣先輩の笑顔が見られる=プライスレス

    結衣先輩→私の笑顔が見られる=プライスレス

    私→雪ノ下先輩の笑顔が見られる=プライスレス


    =オールオーケー!!という……」


「……詭弁だな」


「うう……べっ、別に良いじゃないですか!一応みんなこれで納得いってるんですし」


「……」


何かが引っかかる。

何もかも、トントン拍子に話が進み過ぎだ。

急な話にも関わらず、しっかりとパーティーの細かいセッティングなどは抜かりがないように感じる。

場所も、内容も、経費の出どころも(これはどうかと思うが)……分からないのは、パーティーを開いた目的だけ。



「……一色」


「はい?」


「このパーティ、参加者は全部で何人だ?」


「……え?何言ってるんですか先輩、私と先輩方で4人に決まって……」


「パーティーじゃない、パーティだ。ドラクエの仲間グループのアレ的な感じで、ここではこのパーティーに何かしら関わっている人を指す」


「……な、何なんですか先輩。だから4人に決まって……」


動揺する一色。

やはりな……どうやら俺の推測は間違っていなかったようだ。


「……うう、せ、せんぱい、あの」


一色は何か言いかけたが、それを制するようにその人は現れた。



「もういいよ、いろはちゃん」



「……はるさん先輩」


「しっかし……まさか見抜かれるとはね。どーやらお姉ちゃんは義弟のことを甘くみていたようだ。さっすが比企谷くん、もとい八幡♡」


「……いや、ヒント散りばめすぎでしょうが。てか、今回は企画者割り出しただけでその意図とかさっぱり分かんなかったですし」


「ふーん、そっか。いやいや、それだけでも及第点だよ?お姉ちゃんはそれで満足なのです」


「……アンタさっきまで小町と一緒に居たでしょ。喋り方うつってますよ」


「ぬっ……さすがシスコン」


「アンタも大概でしょうに」



俺がそういうと、雪ノ下さんはふっと不敵な笑みを浮かべて、そして一色を呼んだ。


「……んで、いろはちゃん。例の件はどうなったかな?」


「……下準備はオーケーです」


「うん、じゃあ、後はお姉ちゃんにまかせなさい!」


「……お願いします」



何だか恐ろしい会話をしているのは分かるが、その内容はさっぱり分からなかった。


そして数十秒後、雪ノ下さんはどこかにふらっと居なくなり、一色は俺の隣にやってきて、おもむろに俺の裾を掴んだ。



「……じゃあ、先輩。早速会場準備に取り掛かりに行きましょう!」


「取り掛かりに……行きましょう?」


「夜の部なんですから、私の家なんかでやる訳ないじゃないですか!」


「いや、なんかってお前」


「はいはーい!ではでは、お姉ちゃんがちょこーっといいとこに連れてってあげようかな~!」



ブロンブロン。


そんな感じの、超地球に悪そうな高排気量の車を引き連れて、雪ノ下さんが再度出現した。

この人、ホント何でもできるんだな……



「わ~!さっすがはるさん先輩ですね〜!」


「ふふふ、お姉ちゃんにまっかせなさーい!」


……あれ?

この人もしかして、一色のこと妹認定してんの……?


「反抗的な妹もかわいいけど、やっぱり上の子からすると慕ってもらったほうがいいんだよねー!あとは捻デレの弟がいればなあ……」


「……なりませんよ」


「お兄ちゃんでもいいかも!」


「成り得ませんよ!?」


「あはは、じょーだんだよじょーだん。ま、こんなこと言ってないで早く乗りなよ比企谷くん。雪乃ちゃんたちが待ってるよ?君のこと」


「……だったらいいですね」


「……ふーん、ま、いっか。みんな乗ったね?じゃ、レッツゴー!!」


「ゴー!」


「……お願いします」


俺たちが乗り込むと、そのモンスターマシンみたいな車は勢いよく煙を吐き出して発進した。窓の外の景色がどんどん変わっていく。



「……先輩」


「……何だ」


「今更ですが、何で当然のように助手席に座ってるんですか」


「……別に」


「ふふふ、比企谷くんはお姉ちゃんのことが大好きなのだー!」


「えっ!?」


「いや一色、違うから」


「で、ですよね!?先輩は私と後部座席で2人っきりになるのが嫌なだけですよね!?」


「……その通りなんだけど、それ自分で言っちゃうってどうなんだよ」


「いや、いいんです!最悪のパターンじゃなければ何でもいいんですよ!」


「あらー?最悪って何?いろはちゃん」


「むー!はるさん先輩は黙っててくださいよー!」


「あは、ホントにあざとーい!ねえねえ比企谷くん、今のどう思う?」


「……正直どうかと思いますけどね」


「なっ!?……そ、そうですか……」


「あはは!いろはちゃんざんねーん!」


「……あざとさで言ったら雪ノ下さんもある意味大概ですよ?」


「えっ!?……そ、そうなの……?」


「……セリフで姉妹感出さないでください」


「あはっ、比企谷くん分かってる~!」


「……はあ」



寝たい。超寝たい。


こんなリア充満々な空気の中での会話に耐えられるはずもなく、俺は1人外を眺めることを選択した。すると、雪ノ下さんは俺のところの窓を開けてくれるのだった。


俺は礼をしようと思い、雪ノ下さんの方を見たのだが、しかし雪ノ下さんは俺の目線に気づくと顔を背けてしまった。


まるで礼などいらない、というように……ではなく。



「……雪ノ下さん?」


「あっ、あはは、えっと……ホントにダメね、私」



一瞬しかその表情を見ることはできなかったが、その目はとにかく寂しそうだった。


「……どうしたんですか」


「……私はお姉ちゃんだから」


「あの」


「比企谷くんは義弟、比企谷くんは義弟……」


「あの……雪ノ下さん?」


「ひっ!?……あ、聞いてたの?比企谷くん」


「はい。俺は義弟じゃないです」


「……うん、でもさ、将来的には義弟になっちゃう訳じゃない?」


「いや、なりませんよ。なっちゃうって言っちゃってるし、それ実は不本意なんじゃないですか」


「あ……」


「……雪ノ下さん」


「……お姉ちゃんって呼んで」


「え、いや」


「ごめん……でもお願い。お姉ちゃんって呼んで。今だけでいいから。理由も聞かないで」


理由は分からないが、雪ノ下さんは泣きそうな顔でそう言った。

……一回くらいならいいか。



「……お姉ちゃん」


「……素直でよろしい!」


俺のその一言で、どうやら雪ノ下さんの「悩み」らしきものは取り払われたらしく、雪ノ下さんは笑顔でハンドルを握り締めた。


というか、今更ながら雪ノ下さんが運転してんのな。

そこに違和感を覚えないほど、雪ノ下さんは運転慣れしていた。

あ、そういえば……



「あ、その、窓、ありがとうございます」


「くっ!?」


途端、雪ノ下さんが突っ伏した。

危ねえ!ちゃんと前見ろ運転手!



「……………………ばか」



雪ノ下さんはそう呟くと、今度こそ運転に集中したようだった。

しかし、なぜちょっと感謝しただけで……ん?



「……一色?」


「……すー……」



……いつの間にか寝てるし。気楽でいいなあこいつは……


……俺も寝るか。



「雪ノ下さん、失礼します」


「えっ!?」


「……ちょっと眠ります」


「あ……どうぞ?」



どうも……」



座席を倒して、少しでも眠りやすい態勢をつくる。

電動なので楽チンだった。



「じゃ、着いたら起こすから……あ、その前に家に連絡しておいた方がいいと思うよ?」



「え?」


「……今日、泊まりだから」


「へ?」


「……じゃあ、おやすみ」


「えっ、あの、雪ノ下さん?」


「……おやすみ」



それ以降、雪ノ下さんが俺に何か言ってくれることはなかった。

ただ、それこそ弟を扱うように、優しく頭を撫でてくれるだけだった。







第6章


もはや比企谷八幡のそれは運命である。





俺たちがその後車で小一時間ほど揺られて到着したのは、なんと陽乃さんの自宅……だった。なんでだよ。



「……つーか、え?あの……これは家ですか?」


「ふふっ、なーにその直訳英語みたいな感想。どっからどう見ても家に決まってるでしょ?」



……と笑顔でそう言い切るトンデモ人間は例外として、雪ノ下さんの邸宅はあのハーゲンダッツの家(こう言うと語弊があるが)に住んでいる一色までもが、というか七条家とか骨川家とかそういう系統以外の人ならばほぼ全員が息を飲むような豪邸だった。


隣で一色がすごーいやばーいと叫び続ける中、俺の口からこぼれ出たのはたった一言。



「……なんで?」


「え?」



唖然とするしかなかった俺の精一杯の感想に何か文句でもあったのか、雪ノ下さんは若干不満げな顔をしていたが、


「いやあ……立派ですね」


と慌てて訂正して褒めると機嫌が治ったようなので良かった。

案外チョロくて助かった……家持ってる人は自宅褒められると喜ぶって本当なんだな。


それで、俺が少しばかり安堵していると、

ドン!!

……とダンボール(結構な重量だ)を一色にぶつけられた。


食器か何かが入っているのだろうか。がちゃんと音がした。

……割れてないよね?



「……さて、せーんぱい!」


「……仕事だろ、分かってる」


「はい!」



一色から指示を受けながら、俺は意外と重い荷物を運ぶ。


こう言っては何だが、会費を負担しない以上、それに見合う働きをしなければ……

俺が目指すのはニートではない。専業主夫なのだ。


……というか、このパーティーの経費は一体誰が負担しているのだろう。

こういうとこをおざなりにしていると後でごたごたの原因となるので、今のうちにハッキリとさせておきたいところだ。



「後で雪ノ下さんに確認しておくか……よいしょっと!」



忘れないように、頭で三回、口でも一回復唱してから、俺は荷物運びの仕事に取りかかった。





……そうして一時間ほどたった頃。



「……おやおや?意外と働き者なんだね比企谷くん」


「……労働は義務ですから」


「ふむふむ、それじゃあその労働には報酬が必要だね?」


「……どちらかというと借りを返してる感じなんで、別に報酬は必要ないです」


「欲がないなあ、比企谷くんは。ま、そろそろ休憩したらどう?いろはちゃんなんて、もう結構前に休憩に入ってるよ?」



「それは……はぁ、さいですか」



一色コノヤロウとか思いつつも俺はその言葉に甘えて、雪ノ下さんの先導のもと、迷宮みたいな家をずんずん進んでいく。

無限回廊になってるんじゃないかと疑いたくなるような夥しい数のドアにびびったのは言うまでもない。


雪ノ下さんは、その中の一つ、他よりも少しばかり大きめのドアのノブに手をかけて……



「……あれ?」



と呟いた。

どうやら鍵がかかっているらしい。



「……いろはちゃーん、開けてくれなーい?」



バサバサッ。



「……あっ、はい!ただいま!」



何の音だかは知らないが、おそらく雑誌かなにかを落としてしまったような音のあと、一色はそのドアを開けて現れた。 

……あれ、俺も何かそんな経験があるような。主に俺の部屋で……ゲフンゲフン。



「ごめんなさいはるさん先輩……あ、せんぱーい、サボりは感心しませんよー?」


「先にいなくなったのどっちだよ……」


「………………てへ?」


「それって疑問符付けて使うもんじゃねえだろうに……」


ちなみに、小町の「てへ」にはもれなく星マークがくっついてくる。

あのバカみたいにバカな星マーク。

だが小町が言うと何故か可愛いんだよな……何でだろうな……



「……あ、先輩今他の女の事考えてましたね?」


「他の女って誰だよ。俺にとってはお前も雪ノ下さんも他の女だよ」


「……愛人宣言?」


「あー、俺が悪かったごめんなさい訂正します止めてくださいごめんなさい」


「私の真似……なってませんね。同じ文言を二回使ってる時点でまだまだです」


「あー!それ知ってる!いろはちゃんお得意の早口まくし立て罵倒でしょ?おねーちゃん聞いてみたいなー!」


また余計なことを言う自称姉。

こんなんだから実の妹にも嫌われてんだろ……って言えたらどんなにいいか。

そういうことを躊躇なく言えるという点では、この人の兄になるってのもいいかもしれない……いや駄目だ。すぐに立場が逆になる。



「ふふん、お姉ちゃんのためならしかたありませんね。ここは一丁、妹としていいとこ見せてあげようじゃありませんか!」


「……いや、いいから」


「そんなこと言わずに!……先輩、罵倒される準備はokですか?」


「どんな準備しろってんだよ……」


「じゃあいきますね!えーっと……」



一色は俺の顔をじっと見つめ、何故か一回目を逸らした後、二度の深呼吸を経てこう言った。



「……先輩、何か私に優しいことしてください」


「……その下準備は何だったんだよ」



まあ、一色の気持ちも分かる。


というのも、俺がこいつからあんな風に罵倒を受けるのは、大抵俺が気まぐれで何かしら一色にしたときだからだ。つまり一色のアレはカウンター技なのである。


例えるなら仗助のプッツンモード……いや、どちらかというとエシディシのアレだな。あの泣きまくるやつ。


……asbやったことない?あ、そうなの?



「優しいこと……何?」


「私に聞かないで下さいよー」


「比企谷くんがいろはちゃんのことナデナデしてあげたらー?」


「……俺セクハラで訴えられますって」


「だってー!どうする?訴える?」


「……まあ、もし今急に来られたらビックリして訴えちゃうかもですけど……」


「反射的な自衛の方法が圧倒的すぎる……」



そんなこんなでしばらく悩む俺たち(俺のやらなくてもいいという意見は即座に却下された)。


……そして、最終的に「下の名前で呼ぶ」という事に落ち着いた。

何で?という疑問は、俺がすでに思いついている。

しかし、理由を求めても仕方がないこともまた俺は知っていた。

それが女というものである。

仕方なく、俺は惨めに罵倒されてやることにした。

決してMではないことはここに明記しておく。



「……………………い……いろ、は」


「……何ですか先輩急に名前呼びとか名字奪っちゃうよ宣言ですかごめんなさい私どちらかというと一色八幡派なので無理です」



「……は?」



「ん?」



いや、ん?じゃねえだろ。誰だよ一色八幡……

これマジで俺じゃなきゃ勘違いしてるってばよ(動揺)。



しかし……それよりも流石ラブコメ一家、というべきか。

こんなベタベタな展開、普通恥ずかしくて無理だろうに。



「あっ……違っ、あの、これは断じて告白なんかじゃなくて……えーっと……」


「分かってる分かってる。流石ラブコメ一家だよお前は」


「……もう!」



そう言ってプンスカ怒る一色。


可愛くない……訳でもないが、この程度どうってことない。

言うなれば小町以下だ。うん。



「……で、満足ですか雪ノ下さん」


「……うん?うん!」



……マジかよ。真顔でスマホいじってやがったこの人……



「じゃ、そろそろ準備を始めようか!雪乃ちゃんたちもそろそろ到着するだろうしねー」


「……一つ確認しておきたいんですけど」


「ん?何かな?スリーサイズとかは流石に駄目だよ高校生くん?」


「だから高校二年の男子生徒はそんな四六時中そんなこと考えてるわけじゃないって……なんだかこんなこと前にも言ったような」


「ふーん、そうなんだ。じゃ、今日のパーティーもきっと安心だね!」


「……それこそ何の話ですか」


「質問は一度につき1個まで!それ以上はお姉ちゃん覚えきれないから、よってそれらの質問は無効になっちゃうぞー?」


「あんたのスペックなら全然大丈夫でしょうに……」



露骨な人間アピールは止めてほしい。


あと、何だよ会話中に「よって」って。

後半ただの論理的証明になってるじゃねえか。


人間アピールがしたいのか機械アピールがしたいのか、どちらかにしてほしいものだ。


……で、俺のしたかった質問なのだが。



「あの……目的は何なんですか」


「ん?いやー、せっかくおうち建てたから、みんなで新築パーティーやりたいなーって」


「……建てた?」


「いやー、ちょっとまとまったお金が入ってきたもんだからさ。何か将来的に家があるっていいなーと思ったわけ。で、建てちゃった」


「建てちゃったって……」


……はあ。じゃ、一色はそのことを……



ふるふる。

そう首を横に振りまくる一色。

ラインかてめえ。


……ラインで合ってるよね?

俺友達とふるふるしたことないけど。



「……じゃお前は何であんなメール送ってきたんだよ」


「えー?だってはるさん先輩のお願いですよ?断れるわけないじゃないですかぁ~」


「……ふふ、比企谷くんも呼んでいいって言ったらすーぐ食いついたくせに。かわいいなあもう!」


「んなっ、そんな訳ないじゃないですか何言ってるんですかはるさん先輩私が先輩の名前ごときで釣れると思ってるんですか心外ですそんなことありませんよ絶対に……」


「……一色、どうどう」


「……ぐぬぬ……」


「……ふふふ」


「雪ノ下さんも、結構いい加減にしてください。怒りますよ」


「おや、やけにいろはちゃんの肩を持つんだね比企谷くん……そういうの、お姉ちゃんちょーっと傷つくなぁ」


「……同じ被害者のよしみですから」









……いや。







【……同じ被害者のよしみですから】






……違う、こうでもない。






『……同じ被害者のよしみですから』


{……同じ被害者のよしみですから}


[……同じ被害者のよしみですから]



……もういいや。


これだけ繰り返せば、この俺のセリフがいかに重要であるか、しかとお届けできただろう。


結論を言うと、この俺の一言が、俺も予想すらしていなかった真相へのカギであったのだ。


なぜ雪ノ下さんはこんなパーティーを開いたのか。

奇しくも俺のその素朴な疑問は最悪の形で露見することになる。







……比企谷八幡の青春ストーリーは、もちろんハッピーエンドでは終わらない。










第6.5章



やはり比企谷八幡は長男である。






雪ノ下陽乃は、人の扱いに長けている。

周囲を巻き込んだり、民衆を統率することが得意である。

言うなれば、王のように。



と、俺は思っていた。



絶対的スペックを誇り、めぐり先輩のように彼女を慕う人間もいて、合理的に考えれば誰よりも優れた人物であることは確かなのだ。


合理的に考えれば。



しかし人間はそう都合よくできていないのだ。

それはかつて、俺と彼女の恩師である「あの人」に言われたように……



……そういえば、俺はまだ雪ノ下さんの件について、何も喋ってはいなかったな。


要するに、彼女は……いまの例えの通りに言うとすれば、


「革命」にあい、


「征伐」され、


そして「追放」……さらに言えば「公開処刑」されたのだ。



墜ちたコウモリが群がる虫に食い荒らされるように。

彼女は誰とも知れない「彼ら」にとって、それはとても美味しい餌だったことだろう。


……何があったのか、これで大体は想像がついたのではないだろうか。

つまりそういうことだ。


詳しくは、彼女が次の章で話してくれる……だろう。



しかし、まず俺がこの章でやるべきなのは泣いている雪ノ下さんをあやすことなので……


「……雪ノ下さん」


「……」


喋れない雪ノ下さんを前に固まってしまう俺。

……情けない。



「……先輩、ちょっと」


「……なんだよ」



ゴニョゴニョゴニョ。



「……はあ?」


「……何ですか文句あるんですか言っておきますけどこんな事本当は許可なんかしたくないんで勘違いしないでくださいね分かってますか」


「……はいはい」


「……では、どうぞ」


俺は彼女……雪ノ下さんの頭を撫でた。

一応これでも「お兄ちゃん」である。

あやすのなんてお手の物、それに目の前の彼女を「妹」と思えば何でもないことだ。


……という屁理屈。

一色のやつめ、本当に効果あるんだろうな……?


……一色が何か言いたげである。


「……先輩、いいこと思いつきました」


「……それは誰にとってのいいことなのかな一色さん」


「もちろんはるさん先輩にとって、ですよ」


そして二度目のゴニョゴニョゴニョ。


「……あ、ん?」


「信じてください、先輩。ラブコメの神様が言ってるんだから間違いないです」


「……それはお前のことなのか?」


「経験はありませんが知識はあります。任せてください、先輩!」


「……わかったよ」


……実は、一色の思い付いたその「いいこと」は、一色は知らずに言ったのだろうが、俺にはすでに経験があることだった。


「あの日」のことを思い出す。


大雪の中でなきじゃくる妹。

それは見事に、目の前の彼女に重なった。



「雪ノ下さ……陽乃」



「……え」





「……お兄ちゃんが、助けてやるからな」






「……あ」




……それだけ。


雪ノ下さんからの反応は、ほんとそれだけだった。



ああああああああああああっ!


馬鹿!馬鹿一色!ていうか俺の方がもっと馬鹿!



……違う。

今のは葉山だから。

俺の中の葉山だから。

俺の中の葉山って何だよ。


……あの日の俺は、果たしてこんなに悶絶していただろうか。


いつの間にか、雪ノ下さんはこちらに膝を擦らせて寄っていた。


「……えへへ」


膝立ちの姿勢で、雪ノ下さんは俺に抱きつく。

そして彼女は俺の腹部に埋まって、いたずらっぽく、



「……ありがと、お兄ちゃん」




……奇しくもそのセリフと表情は、あの日小町そのものだった。





第終章


やはり比企谷八幡は不憫である。




雪ノ下さんは、俺にそれまでにあった「イジメ」の被害を、全てとは言わないがかなり深いところまで吐き出した。

……壮絶だった。



少しだけ説明すると……正面からは彼女に勝てないことを悟った彼らは、「数の暴力」に訴えることにしたらしい。

典型的、しかし有効な手だ。ソースは俺。

普段なら雪ノ下さんのコミュニティがそれを許さない筈なのだが……今回ばかりは相手が悪かったらしい。

何故かって?


相手が、大学の教授だったからだ。


上の立場から全てを粉砕できるこの男は、その権力を使って雪ノ下さんの人間関係をメチャクチャにした。

雪ノ下さんの時間を奪い、付き合いができないようにした。


いくら高いコミュ力を持っても、それを発揮できる環境がなければ意味がない。

しかも、雪ノ下さんがその教授と関係を持っている、という噂まで流したらしい。


こうやって彼女の防御壁を崩しさえすれば、後は教授が自ら手を下さなくても……という。

……どこまでも人間のクズだ。



「……それで、おめおめと逃げてきたって訳。笑っちゃうよねー」


「……笑えねえよ」


「……ん?」



努めて明るく振舞う雪ノ下さんには申し訳ないが、さすがに俺もそこまでされたことはない……今回ばかりは怒りがこみ上げてくる。

この世の理不尽に、そして、人というものの悍ましさに。



「雪ノ下さん、なんで何もしなかったんです」



わずかに怒気を孕んだ俺の質問に、彼女は少し間を置いて、



「……だって、誰も喜ばないから」



暗い目をして、しかし微笑を浮かべながらそう言ったのだ。



「……雪ノ下さん」


「ごめんね、こんな話……せっかくのパーティーが台無しになっちゃうよね」


「……あの、そうじゃなくて」


「ん?」



俺は考えた。

雪ノ下さんは、なぜこんな「優しく」あろうとするのだろうか。

答えは簡単だった。

優しくあろうとしているのではなく、それは彼女にとって「義務」なのだ。


「能力を持つものは、それを行使する義務がある」


この言葉こそ、彼女たちの根幹を表しているのだろう。

だから、雪ノ下さんは異常なほどに優しく……それは決して甘いという訳ではなく、真に優しくあろうとしたのだ。

甘さのない優しさ。

それは正に合理的である。

合理的で、正しくて、精錬で、スマートで、本来ならば全員が目指すべき姿。

なのに、どうしてそれを目指さないのだろうと、きっと彼女たちは思っている。

俺はその答えを知っている。彼女たちと対極にある俺だからこそ分かる。

だから……まあその……


……彼女をこちら側に引きずり込むのは、決して間違ったことではないだろう。



「……雪ノ下さん、あの……その、何言ってるかわかんないかも知れないですけど……」


「ん?」


「……その、ぼっちになったからって、別に恥じることじゃないですよ?むしろ俺からするとぼっちライフ最高ってまであるというか……ほら、住めば都的なアレで……

上手く言えないんすけど、別に、言っちゃえばそいつらなんかかませにしかならないって言うか……」


「……ぼっち、か。まさかそんな言われようをするとはねぇ、比企谷くん。お姉さん、ちょっとびっくり?」


「あ、いやあの決して馬鹿にしたわけじゃなく……」


「分かってるよ……というか、君の方が気づいていないみたいだね。私が言いたいのは……」



……そこまで言って、彼女は話すのをやめた。

俺も……追求はしないことにした。

もちろん続きが気になったには気になったが……

しかし、多分これは「自分で気づけ」という彼女なりの優しさなのだろうと、

俺はそう受け取った。


そしておそらく、これが彼女が求めた正答だったのだろう。

何も言わない俺を見て、雪ノ下さんも笑顔を浮かべた。



「……で、いろはちゃんは?」


「あ、すっかり忘れて……てか居ねえし」



どうりで気配がないと思ったが……これもあいつなりの気遣いだったりするのだろうか。

だとしたらえらい。でなければふざけんな。


雪ノ下さんはもう大丈夫そうなので、俺は一色を探しに行くことにした。

果たして奴は庭に……すでに到着していた雪ノ下たちと一緒にいた。



「……で、比企谷くん、姉さんとの話というのはもういいのかしら。私たち、実に30分ほどここで待たされたのだけれど」


「そうだよヒッキー、あたし超飽きた!早くパーティーしよーよー!」



……はあ、お気楽なこった。

別にこいつらに喋るつもりはないのだが、少しくらい空気を読んで貰いたい……と思う。


「……で、姉さんの慰めパーティーはいつ頃始めるつもりなのかしら?それとも、まだ準備が終わっていないとか……」


「!……知ってたのか」


「姉さんは何か上手くいかないことがあると、意味もなくパーティーを開こうとする癖があるのよ。別に姉さんが挫けることなんてそうそうないから、迷惑ってほどではないのだけれど……まだあの癖が治っていなかったことには驚きだわ」


「……なんだよそれ。お前お姉さん嫌いじゃなかったのかよ」


「それでも分かることは分かるわよ……家族なのだから」


「……ほう」


「何よ。文句があるならそれを即刻破棄しなさい無駄谷くん」


「……いや、やっぱお前も妹なんだな、と思っただけだ」


「……はあ?」


「……これは妹がいる身じゃねーとわかんねーことだよ。いいから行くぞ、雪ノ下さんが待ってる」


「……そう」



雪ノ下雪乃。

彼女は果たして、雪ノ下さんの優しさに気づけているのだろうか。


……いや、これは彼女だけに言えることではない。

由比ヶ浜も、一色も、その「彼ら」も、もちろん俺自身も。

彼女のことを理解できている人間は、まだいないのだろうから。



でも、まだ今はそれでいい。

そう簡単に理解できては逆に困るというものだ。

だから、ゆっくりと。

もしこの関係が続くのであれば、いつか彼女たちは理解し合える時が来る……のだろう。

多分。



「……ヒッキー?早く行こうよ!」


「せーんぱい!はやくはやくー!」


……俺も、こうしてここに来てしまったからには精々飯だけでも食って行かなきゃな。

労働に対価が支払われないとか、俺がかわいそう過ぎんだろ。


俺は、俺自身の不遇を憂いながら、ゆっくりと玄関にむかっ……



「……せーんぱい?」


「……何だよ今いい感じに終わろうとしてたのに」


「ハーゲンダッツ、忘れないでくださいね!」


「……一色」


「何ですか?」


「ハーゲンダッツ、お前んちに忘れてきた……」


「……はあ!?」


「いや、ほらあんまりにも急にここ来ちゃったから……」


「あーもう信じらんない!ほんと先輩は間抜けなんですから!!近くにコンビニがあるのでさっさと買いに行きましょう!」


「……え、なに、そんな食べたいの?」


「当たり前じゃないですか!というか、みんなにもうハーゲンダッツあるって言っちゃったし……早く行きますよほら!」


「……マジかよ」



ハーゲンダッツ好きすぎだろ女子……と愚痴をこぼしつつも、しっかりついて行っちゃう俺ってばマジ人畜。


ああ、そういえば(当たり前だけど)この後パーティーもあるんだったな……と、

今度こそ、俺は自分自身の不遇を憂いながらトボトボと歩き出すのだった。


比企谷八幡の青春ストーリーは、やはりハッピーエンドじゃ終われない。


後書き

ふう、やっと完結しました……

長らくお付き合い頂いた皆様、本当にありがとうございました。
見切り発車だとまとめるのにここまでかかるのか……と自分自身反省しておりますが、その中でも皆様に楽しんで頂けたならば幸いです。

何というか、日常系って難しいですね……
次の機会には、しっかりほのぼのしていきたいと思います。

それではまた、次の作品でお会いしましょう。


このSSへの評価

12件評価されています


SS好きの名無しさんから
2017-07-09 19:28:21

SS好きの名無しさんから
2016-07-11 14:36:06

SS好きの名無しさんから
2016-06-20 19:49:25

SS好きの名無しさんから
2016-06-20 00:10:19

SS好きの名無しさんから
2016-06-12 21:59:09

SS好きの名無しさんから
2016-06-12 16:41:26

SS好きの名無しさんから
2016-06-05 12:50:55

SS好きの名無しさんから
2016-05-22 21:59:47

SS好きの名無しさんから
2016-05-08 12:53:38

SS好きの名無しさんから
2016-05-06 09:50:43

SS好きの名無しさんから
2016-05-05 21:03:57

夏将軍さんから
2016-05-03 08:32:26

このSSへの応援

16件応援されています


SS好きの名無しさんから
2017-07-09 19:28:25

SS好きの名無しさんから
2016-07-11 14:36:08

SS好きの名無しさんから
2016-06-20 19:49:27

SS好きの名無しさんから
2016-06-20 00:10:16

SS好きの名無しさんから
2016-06-12 16:41:28

SS好きの名無しさんから
2016-05-23 15:13:57

SS好きの名無しさんから
2016-05-22 21:59:51

SS好きの名無しさんから
2016-05-14 00:01:50

SS好きの名無しさんから
2016-05-08 12:53:41

SS好きの名無しさんから
2016-05-08 03:52:33

SS好きの名無しさんから
2016-05-06 09:50:48

SS好きの名無しさんから
2016-05-05 21:04:05

SS好きの名無しさんから
2016-05-03 19:49:59

SS好きの名無しさんから
2016-05-03 01:10:17

SS好きの名無しさんから
2016-05-01 06:56:48

SS好きの名無しさんから
2016-05-01 02:01:56

このSSへのコメント

8件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2016-05-04 11:20:44 ID: gvtGQYvu

猛吹雪の中、アイスが溶けるわけないだろ…

2: SS好きの名無しさん 2016-05-05 13:05:06 ID: KQMnyg26

↑それなー

更新頼みます!!

3: SS好きの名無しさん 2016-05-05 13:47:05 ID: uFO81OVv

↑え、猛吹雪だからって店の中にいるとアイスがとけてまうーって感じじゃないの?外にはいなくない?

4: SS好きの名無しさん 2016-05-11 23:36:34 ID: Qi0DKbKq

休憩スペースあるって言ってるんだよなぁ…

よく読みなさいや。

5: 久保秋吉 2016-05-12 00:54:59 ID: gj4310a9

やばい、ネタギレです……

何かアイデア募集したいのですが、みなさんどうかよろしくお願い致します……

6: SS好きの名無しさん 2016-05-13 14:30:36 ID: lz0hMcqN

いろはすがママはすに八幡を彼氏のように話してた、みたいな?

7: 久保秋吉 2016-06-19 21:08:53 ID: _KfitAAA

コメントありがとうございます。
すみません、話の収集がつかなくなってしまって……というかルートが……
次回からの参考にさせて頂きます!

8: SS好きの名無しさん 2016-06-20 00:10:41 ID: KfH2sxyJ

くそ面白かったですありがとうございます


このSSへのオススメ


オススメ度を★で指定してください