2016-11-01 19:30:28 更新

概要

「たとえ不幸でも・・・卯月の章」
の続編です
※何度か再掲します

卯月の章に続いてちょろっと手直し


前書き

再掲です

寝ぼけ眼で書いてたところもあるので、ちゃんと見直ししたとはいえ、誤字脱字や、なんかよくわからない所があるかも知れません。

取り敢えず毎回書いておきたいと思っている人物紹介

提督

酒の弱さが災いして不幸鎮守府へやってくる
結構いい人
でもモテない

卯月

提督の補佐役を任された睦月型駆逐艦の1人
色々できるすごい子
非モテを気にする提督をいじりたいお年頃

弥生

上に同じ
あまり外に出ようとしない
かと言って引きこもりでもない
ゲームが得意だったりする

皐月

また上に同じ
明るい
実はとんでも能力持ち

扶桑姉妹

提督が結構頼りにしてたりする
山城は提督がそこまで好きじゃない
扶桑は割と懐いてる

早霜

ミステリアス
やっぱり笑うと怖い系のキャラ付けをされてしまった(主は常に可愛いと思ってます)
バーを経営してる

夕張

提督とは割といい友達関係
ゲーマーが高じてゲーセンを作る
評判はかなり良い
男に対する免疫があったり無かったり


章タイトル



五月


桜も散り大地が緑に染まっていく季節。人々は新しい生活に慣れ始めるが、様々なことで忙しくなってしまい、刻一刻と移り変わる自然に目を向けらなくなる少しだけ残念な時期だ。



自分の名を冠する月になったことは、4月から他の睦月型の皆と共に提督の補佐役を拝命した皐月にとって大層喜ばしいことではないのかと思っていたのだが、当の本人はあまりそうは思っていない、寧ろ不服そうな顔をしてカレンダーをめくっていた。



今はあまり使われていないとは言え、自分の名前が使われているのであれば普通の人ならば「わーい!私の月だー!!ねね、すごくない?私の月だよ!?」という感じにはしゃいだりすることもあるだろう。そんな事はしたことないと言う人でも悪い気はしないはずだ。



そんな皐月の様子に疑問を感じ、どうしてそんな顔をするのか尋ねたのだが、彼女は...



皐月「うーん、キミにも時期わかるよ。」



とだけしか言わなかった。



そんな皐月の様子を見た睦月、如月、弥生・・・つまり1月以降の月の名前の3人は、



睦月「どうしてそんな顔をしてるの?5月だよ?皐月だよ?いいな〜、私は1月だからまだまだ来ないもん。」



如月「うーん、確かに私もそこまで嬉しいとは思わないけど、それでも2月って自然と楽しくなるわね。」



弥生「私、3月だから・・・」



弥生はともかく、睦月と如月はやっぱり自分と同じ名前の月には肯定的な感情を抱いているらしい。

(たぶん弥生が言いたいのは、3月なんていつまで経ってもなかなか来ないし来てもすぐ終わっちゃうからということかもしれない。)



そんな3人にも、皐月は先程のような台詞を残すのみでそれ以上触れようとはしなかった。

まあ、それでも普段は落ち込んだ様子を見せることはなく4月の彼女の様子と比べてもそこまで大差があるわけではなかったので、すぐにそのことは意識の片隅からもいなくなった。




そんな皐月のことを知ってか知らずか、月日と言うのは勝手に過ぎ行くものであってこの不幸鎮守府にもGWがやってきた。



提督にとって、提督という職に就いてからはGWはおろか連休、夏休みやお盆などの長期休暇は無縁のものであり、持ち前の真面目さも相まって週7日の勤務と偶の休日があるだけのの日々を過ごしてきたのだ。

何故も何も軍人である以上、常に国民のことを守らねばならないという使命がある。いついかなるときであろうと、敵が存在するこの世界では特にその言葉は重みを持つものになる。深海棲艦が陸上に侵攻して人を襲ったという事例はまだ一度も起こったことがないが、いつそんなことがあるかわからない。可能性だけの話をするなら、今この瞬間でも深海棲艦が大群となって押し寄せてくる可能性は十二分にある。



そんなわけもあって、提督は週7日の勤務と偶の休日があるだけの日々を送っていた。



だが、艦娘にはそんなことは一切させてはいない。いつ沈むかわからない戦場に赴く彼女等にはせめて鎮守府にいるときだけでも幸せでいて欲しいという思いから、昨年度までいた鎮守府では可能な限りホワイトな鎮守府作りをモットーとしていた。



土日祝日は必要最低限の人員を残して全員休ませ、休ませなかった者は各自の希望を聞いて振替させたり、有給という形でおまけ付きで貯金させることを許可した。



だがこの方式だと、少しでも多く休みを増やそうと連日のように出勤する者や、偶に何故かはよくわからないが働きたくてたまらないからと有給を他の者に譲り休もうとしない者が出てくる。



だから7日連続で出勤した者は特別な事情がない限り強制的に休ませるという体制をとっていた。



だが、なにも提督の艦娘に対する配慮はこれらに限ったことではない。日々のキッチリとした健康観察は大淀に、間宮、伊良湖の両方には徹底した栄養管理を依頼している。

その他にもやり繰りに苦心しながら作り上げた運動場、ジム、プールなどのトレーニング施設。幼い頃の夢を叶えて理髪師になった(美人でやさしい美容師の資格を持った彼女がいる)昔馴染みの友人に場所を提供し開いてもらった一般客にも評判の良い美容院なんかもある。



みんなで楽しくショッピング、というと少々遠出しなければならないが、日用品程度なら近場で簡単に揃うので生活環境的にはそれなりに自信がある。ちょっとだけ自慢していいのなら「艦娘に聞いた働きたい鎮守府ランキング」の上位10番内に入ったことがあったりするのだ。

(ただし、成績が良いわけではなかったので移籍希望の際に名前が書かれることはなかった。)



話が逸れてしまった、何の話をしていただろうか・・・ああ、思い出した、提督が如何に休日と縁が無いかだったはずだ。先述の通り、提督はここに来る前までならGWが来たとしても、



提督「GW?へー、もうそんな時期か。」



で終わる。そこには何の感情もない、ただの日常会話程度でしかないのだ。



が、しかし




そう、しかし



今年の提督は?



提督「いやー、こりゃ神様様々だな。なんで今までGWがこんな素晴らしいものだって気付かなかったんだ?」



見事にGWを満喫していた。

読者の方にも先ほどの使命はどうしたと言いたい者は多いことだろう。大したことではないのでここで説明をしておこう。



まず、誰もが存在だけは知っているのに誰も何処にあるか知らない、提督のいるここ名のない鎮守府、通称不幸鎮守府は落ちこぼれた提督の再教育機関であり、なかなか戦果を上げられない者、日頃の振る舞いに問題がある者、何かとんでもない失態を犯した者が上層部の判断で毎年1人ここの提督に任命されてやってくる。



故に、そのような提督が指揮する艦隊ではあまり戦果を出すことは難しいと上層部の方では認識されているため、多少なりとも成績が悪くてもお咎めがないのだ。



もちろん、再教育するのであればもっと厳しい対応をすべきだという意見も多く、しばしばその問題を巡って議論にもなるのだが、何せ不幸鎮守府に所属してする艦娘は日本各地の鎮守府から集められた問題児ばかり、如何に左遷させられた提督が偶然にも優秀であっても先の提督同様戦果など見込めるはずがない。毎回のように、落ちこぼれに何を期待しても無駄だという結論に終わるのだ。



また、不幸鎮守府に一番近い町には不幸鎮守府の管理人兼名ばかりの教育指導者を担っている通称教官が取り仕切る鎮守府があるので、ほとんどの任務はあちらで片付けられてしまう。



さらには、不幸鎮守府の存在は一般人にはトップシークレット(存在はバレてるけど)なのでむやみやたらに出撃するととんでもないことになる。なのでそのおかげでさらにやることが少なくなっているのだ。



これらの理由から、提督はのんびりと休暇を満喫することができるのであった。




提督「こうして考えると、ここに配属される=人生の夏休みってことだよな。」



皐月「それってあまり口に出していいことじゃないと思うなー。」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



GWの初日




提督「夕張ー、いるかー?」



夕張「あ、提督いらっしゃい!来てくれたんだ!」



提督「折角の休暇だからな、どうせなら遊ぼうと思って来てみた。」




五月の一番のイベントであるGW初日、提督は夕張が鎮守府の一室を使って営んでいるゲームセンターに遊びに来ていた。



娯楽に乏しい不幸鎮守府で、自分だけでなくみんなが楽しめるような場所を作りたいと思った彼女が、先代の提督(通称遊び人提督)の協力を得て作ったんだそうだ。クレーンゲームやコインゲーム、アーケードなどの他、スロットやルーレットまであるここは、みんなが仲良く遊べるようにと、ほとんどがタダで遊び放題となっており、艦娘達から喜ばれている。

補充の必要があるアーケードやクレーンゲームは流石に料金制だが、一般のゲームセンターのようにクレーンが貧弱ではないし、アーケードはワンプレイ料金で2回遊べるというのだから気前がいい。



新台も悪くない頻度で入ってくるので常連には堪らないだろう、確か望月が通い詰めていることを卯月から聞いた。




夕張「そうだ丁度良かった!この間新しいの入ったんですよ!しかもすごいやつ!今ならあまり人が入っていないはずなので遊んでみて下さい!」



提督「そりゃ楽しみだな。じゃあ早速行ってみるとするか。」



提督「あ、そうだその前に・・・ほいこれ、餞別。」



提督がカウンターの上に札束を置く。100万の束ではないがそれなりに厚みを持っている。



夕張「え、すごい、諭吉さんが沢山。本当にこんなにもらっていいの?」



提督「新台買うにしろ、メンテナンスするにしろ、何かと金かかるだろ?そう考えるとあまり多くないけど、少しは足しにしてくれ。」



夕張「ううん、すごく助かる。ありがとうございます!でも、どうして?」



提督「前に初雪にさ、良いと思ったら金を払えって言われてな。提督って以外と儲かったりするんだが、貯蓄したっていつまでも使い道がないのはもったいないだろ?だったらみんなのために使いたいと思ったってわけだ。」



夕張「そっか、うん、本当にありがとう!良かった、新しいやつちょっと奮発しちゃったから困ってたところだったんです。」



提督「喜んでくれたならこっちも寄付した甲斐があったよ、これからもよろしくな。」



夕張「はい!了解しました!」

ビシッ



夕張が笑顔付きの敬礼をする。ふと、ここの艦娘が見せる笑顔はどれも素敵だと思った。今までいた鎮守府でも良い笑顔は沢山見てきたが、それとはまた違った輝きがあるように思える。



夕張「おっと忘れてた、新しいやつコインゲームなのでこれ持っていって下さい。なくなったらおかわりあげますね。」



提督「サンキュな、良ければ夕張も一緒にどうだ?偶には誰かと遊ぶのもいいんじゃないか?」



夕張「うーん、できればそうしたいけど・・・やっぱり受付役がいないとね、何かと不便だと思うから。」



提督「別に誰かを呼んで代わりにやってもらえばいいだろ、三日月あたりにでも頼んでみるか。あ、やっぱり望月でいいか。偶にはあいつにも働いてもらわないとな。」



夕張「え、いや、そんな気を遣わなくても。」



提督「遠慮するなよ、それに遊び方とかも色々と教えてもらった方が楽しめるからな。」



夕張「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えまして・・・」



提督「おう、それじゃあ望月呼ぶか、どうせ寝てるだろうけどゲーセンに来いって言えばきっと来るだろ。」



スマホを取り出し、望月に電話をかける。繋がるや否や、眠たそうな声がスピーカーから聞こえてきたのでやはり寝ていたようだ。とりあえずゲーセンに来るように伝えると、気怠そうな声が瞬く間に生気あふれるものへと変わり、すぐに行くと言って通話を切った。



提督「よし、望月すぐ来るとよ。」



夕張「あ、そ、そうなんだ。」



提督「どうかしたか?なんか急によそよそしくなってないか?」



なんだか、一緒にゲームをやらないかと誘ったあたりから態度が変わったような気がする。



夕張「え!?いや、そ、そんなことないよですはい!」



語尾がおかしい、明らかにテンパっているような感じがする。夕張ってこういうキャラだったのだろうか。



提督「あー、もしかして嫌だったか?それなら別に無理しなくてもいいぞ、夕張とも少し話したいな〜って思っただけだから。」



夕張「いや!そんなことはないから!大丈夫大丈夫!」



提督「そっか、なら良かった。」



夕張の言葉にほっとしたそのとき、ゲーセンのドアが開かれた。



望月「司令官〜急に呼び出してどうしたの?もしかして遊び相手が欲しくなった?」



提督「お、早かったな。じゃあ早速仕事を始めてもらおうか。」



望月「へ?仕事?」



提督「その通り、ちょっと夕張と遊んでくるからそこのカウンターで夕張の代わりに受付やっててくれ。



望月「え、ええ〜。」



提督「普段仕事してないんだからこういう時ぐらい仕事してもらわないとな、いやー望月が暇してて丁度良かった。」



望月「あー、ちょっと用事を思い出したみたい・・・。」



提督「そうは問屋が卸さん、これは提督命令だからな。」



望月「うわー、そういうのを職権乱用っていうんだぞー。」



提督「細かいことはいいんだよ、それにやってくれたら今度どっかで奢ってやるよ。」



望月「うえー、物で釣るか。」



提督「まあまあ、この通りだ。頼む。」



望月「はあー、仕方ないなー。そのかわり約束は絶対守ってもらうからね。」



提督「ありがとう、助かる。」



夕張「ごめんね。じゃあ、その、適当に入退場した人を確認して、要望に応じてコイン貸したりするだけでいいから、何かあったら教えてね。」



望月「あまり乗り気しないけどまあいいっか、了解ー。」



提督「それじゃあ行こうか。」



夕張「う、うん。」



夕張の案内で、件のゲーム機器の元へ向かう。



提督「うお、こりゃまたすごいな。」



夕張「でしょ?前々からこの位のやつを置きたいなーって思ってたの。」



目の前に現れたそれは、高さ2m程の巨大な角柱型のコインゲームだった。恐竜がモチーフなのだろう、中で巨大な恐竜がゆっくりと回転している。しかも、この手のゲームにしては珍しいことにそれはティラノサウルスではなく、扇のような背中の突起が特徴的なスピノサウルスだ。子供の頃、ティラノサウルスよりスピノサウルスのほうが好きだったので無性に嬉しくなった。



提督「すごいなこれ、暇さえあれば何度も図鑑を開いて眺めてたあの頃を思い出すな。」



夕張「提督って恐竜好きだったんだ。」



提督「まあな、親によく博物館に連れて行ってもらって、それからハマったんだよな。一時期は考古学者になろうと夢見てたこともあったぞ。」



夕張「ふーん、あ、じゃあここにいるの全部名前言える?」



※ここから少々長くなるのでこのセリフを読み飛ばしていただいても構いません。

提督「当たり前だろ、こんな有名どころなんて初歩の初歩、簡単だよ。デカイのがスピノサウルス、意味は棘トカゲ、中生代白亜紀前期〜後期。この口開けてるのがトリケラトプス、意味は3本の角を持つ顔、白亜紀後期。赤いのがティラノサウルス、意味は暴君のトカゲ、白亜紀末期。針金の先のやつがプテラノドン、意味は翼があり歯のないもの、白亜紀後期。卵の側のやつがオヴィラプトル、意味は卵泥棒、白亜紀後期。因みに本当に卵を盗んでいたかは謎だ、ただ子育てをしていただけって説が今は有力かな。あそこのヒョロイのがヴェロキラプトル、意味は素早い略奪者、白亜紀晩期。首の長いのはカマラサウルス、意味は空洞のあるトカゲ、ジュラ紀後期。トゲトゲしたのがケントロサウルスだな、意味はスパイクのトカゲ、ジュラ紀後期。あとは・・・お、あれはエラスモサウルス、意味はリボンのトカゲ、白亜紀後期。頭があまり細くないけど、フタバスズキリュウとは段違いの首の長さだから間違えるなよ。」



夕張「うわ、多すぎてなんかよくわからなかった。」



提督「このくらい誰でも名前ならスラスラ言えるもんだぞ?まあ、カマラサウルスに関しては造形が曖昧だから違うって言われても仕方ないけどな。」



夕張「どのくらい覚えたの?」



提督「ん?そうだな・・・一時期は図鑑のやつは全部暗記したことがあったな。生態と生息地、年代まで全部。」



夕張「ええ、なんかすごそうだけど想像できない・・・」



提督「まあ確かにすごいってはあまり言われなかったな、覚えても日常に役立つわけでもないし、クイズ問題でも稀に出てくるだけだったからな。結局はただの俺得知識。」



やはり夕張も女子だからなのだろう、こういった話しにはあまり乗り気ではないようだ。もう少し語っていたいのだが、夕張につまらない思いをさせるのも申し訳ないので早々に切り上げることにする。



提督「さて、俺の記憶の棚をひっくり返すのはこの辺にしてそろそろやるか。えっと、どこを狙ったらいいんだこれ・・・どうした?隣座らないのか?」



夕張がなにやらモジモジしている、多分トイレではない。



提督「どうかしたのか?」



夕張「えっと・・・その・・・」

ゴニョ



提督「具合でも悪くなったか?なら医務室に連れて行ってやるぞ。」



夕張「そ、そういうことじゃなくて・・・。」




夕張「その、お、男の人のすぐそばに座ったこととか一度も無くて・・・//」




提督「へ?」



夕張がゴニョゴニョ気味に話すものだから、夕張の言った言葉の意味を捉え損ねてしまった。



夕張「その、つまり、こうやって膝がくっ付きそうな距離で一緒にいるのって、なんか、恥ずかしくて//」



提督「あ、そういうことか。」



どうやら、男性との付き合いがあまり無いらしい。その割には普段何事も無いように自分と会話したりするのだが、どうなのだろう。



提督「でもいつもは普通にしゃべったりしてるじゃねえか、なのに隣に座るのは無理なのか?」



夕張「無理ってわけじゃないんだけど、いつもはカウンター越しで少し距離があるし、事務対応モードだしで気にならないんだけど・・・」



提督「プライベートだとどうすれば良いのかわからないと。」



夕張「そ、そういうこと。」



何だか妙に腑に落ちないが、本人が嘘をついているようにも思えないので本当のことなのだろう。正直言って、よく言えば不思議、悪く言えば面倒な性格である。



提督「うーん、まあ結局は慣れれば良い

んだろ、ほれ」



夕張「?」



夕張に手を差し出してやる。



提督「とりあえず多少なり触れても平気なように手をつなぐところから始めてみようぜ。」



夕張「え・・・う、うん。」



夕張がおずおずと手を伸ばしてくると、提督の手に触れた。



からの・・・



提督「かかったな!」

ぐい



夕張「え!?ちょっ・・・キャ!」



夕張の手を強引に引き、体を引き寄せる。そしてそのままの勢いで抱きかかえる。



提督「はは、どうだ。このくらいやっとけば隣にすればくらい何ともないだろ!」



夕張「ええ!?//」



まるで童話の王子様のように見事なお姫様だっこをキメてやる。抱きかかえられている夕張の顔は今や真っ赤だ。



夕張「ちょ、提督流石にこれは無理!恥ずかしくて死んじゃう!」



男性のすぐそばに座ったことすらない夕張にはこれはいきなりハード過ぎる、だがそんなの御構い無しに提督は・・・提督は?



提督「・・・」

スッ



夕張「え・・・?」

ストン



提督「・・・」

テクテク



夕張が叫んだかと思うと、提督はおもむろに黙って夕張を下ろした。そして、壁の方へと歩いていくと、しゃがみこんでしまった。



夕張「え・・・え?提督、どうしたの?」



提督「無理、やっぱり俺にはお姫様だっこなんてできない。恥ずかしくて死ねる。」



夕張「えっと、大丈b・・・あ、」



チラリと見えた提督の顔はザクロのように真っ赤になっていた。どうやら、夕張が感じていた恥じらいの何倍の恥ずかしかったようだ。



夕張「ぷっ・・・そんなに恥ずかしいならやめておけば良かったのに。」

クス



今にも煙が出てきそうな提督を見ていたら、先ほどの羞恥心はどこかにいき、代わりに笑いがこみ上げてきた。



提督「いや、その、夕張の恥ずかしがり屋をお姫様だっこで治せたら格好いいって言われそうだし、ついでにフラグも建てられるかなって・・・でも無理、ノリでやったけどメンタル保たない。」



夕張「あはは、提督かっこ悪いよ。実はこうなるのは想定済みだったんじゃないの?」



提督「うん、勢いでやれば大丈夫だと思ったんだけど、やっぱり不可能だったみたい。」



夕張「それなのにやったんだ。」



提督「夕張の役に立てたらな〜って思ったのにこのザマか・・・」

トホホ



夕張「ふーん、まあ、一応効果はあったかも。」



提督「え?」



夕張「その、今すごく距離近いのに大丈夫だし。」



提督「・・・あ、本当だ」



自分の身を案じて側に寄ってきてくれた夕張との間は、それこそ口づけを交わせそうなほど近かった。体を張った甲斐があったらしい。



夕張「すごく恥ずかしかったけど、悪い結果にはならなかったし、その、ありがとう。」



何故だろう、嬉しいはずが面と向かって言われると物凄く照れくさい。今度こそ顔から火が出そうだ。



夕張「いつまでそうしてるの?早くやりましょうよ、ね?」



提督「あ、ああ。」



夕張に腕を引かれ再び長椅子に座る。



と、そのとき、反対側から妙に苛立っていることがわかる声が聞こえてきた。



提督「おろ、あっち側で誰かやってるのか?」



夕張「えーと、この声は山城さん?それとも扶桑さんかな?」



提督「何をあんなにイライラしてんのかね。」



夕張「うーん、あんまり上手くいってないのかな?」



コインゲームを始めとする、ゲーセンにあるようなゲームには、時にスランプのようなものだったり、思うように上手くできないことがあったりするのは付き物だ。おおかた、フィーバーが終わった後あるある(?)の、さっきは沢山当たったのに急に当たらなくなったにでもハマったのだろう。



提督「でも、扶桑姉妹ってゲーセンに行くようなイメージないよな。」



夕張「そうですね、そもそもゲームとかしなそうですもんね。」



提督「ちょっと見に行かないか?珍しいとこ見れるかもしれないし。」



夕張「確かに面白そうなので、行ってみますか。」



そうして、2人で台の反対側へと歩いていく。台に向かって座っていたのはどうやら山城だったようだ。遠目からでもイライラしているのが伝わってくる。



山城「ああ、この、なんで上手くいかないのよ!」



提督「よお山城、来てたのか。」



山城「え?・・・あ、なんだ提督か。」



提督「なんだとはご挨拶だな、まあ別にいいけど。」



提督「珍しいな、山城ってゲームとかやったりするのか。」



山城「扶桑姉様が行ってみたいって言うから下見に来たの、だから今日が始めて。」



提督「なるほどな。それでどうだ?始めてゲーセンでゲームやってる感想は。」



山城「他の人が楽しいっていうからどんなものかと思ってたけど・・・何よこれ!全然落ちないじゃない!」



山城「さっきから何百枚も入れてるのに一枚も落ちないの!」



提督「え、どれどれ・・・ふぁ!?」



山城が遊んでいる場所の中を見てみると、そこには信じられないものがあった。



夕張「え、何これ?」



提督「嘘だろ、なんでこんな山ができてるんだ?」



多量のコインが溜っているそこには、数十㎝もの巨大なコインの山がそびえていた。



山どころかオブジェのようにも見えるそれは、扶桑型超弩級戦艦のシンボルであるあの巨大な艦橋を彷彿とさせた。



提督「山城、これどうやったんだ?」



山城「私はただコインを入れてただけよ。ほら、こんな風に。」



山城が実際にコインを投入してみせる。レールを転がっていくそれは、絶えずスライドする台の上に乗ったかと思うと、何故か溝にはまり、台が動いたことで弾け飛んだ。綺麗な放物線を描くそれは見事にコインのオブジェの上に乗ると、そのまま静止した。



あまりのありえないことの連続に提督と夕張は言葉を失う。



山城「私がやりはじめてからずっとこう。はあ、不幸だわ。」



提督と夕張

(いやいや、不幸どころか逆に奇跡でしょ!)



正直、夕張には悪いがこのままここを使用禁止にして、このままの形で永久保存したい。



夕張の方をチラと見やると、彼女もなにやら悩んでいるようだった。概ね自分と同じことを考えているみたいだ。



山城「ねえ、ちょっと代わりにやってみてよ。」



提督「え、俺が?」



山城「だってこれもしかしたら故障かもしれないでしょ?だったら確かめないといけないじゃない。」



提督「ええ〜」



山城「なによ、何がそんなに不満なの?」



提督(そりゃ、こんな形のある奇跡誰だろうと壊したくないだろ。)



グズグズしている提督の横で夕張がおもむろにスマホを取り出す。どうやらカメラに収めるらしい。つまるところ、崩して良いからちょっと待てということだ。



提督「はあ・・・仕方ないな、やってやるよ。」



夕張が撮り終わったのを見計らって・・・コインを投入しようかと思っていたのに夕張がスマホを持ったまま動かない。倒壊の瞬間まで残そうというのか、気持ちはわからなくもないが、そこまでしてもらえるこのコインのオブジェを崩すのに一層の罪悪感が付きまとってきた。



提督「それじゃあ、いくぞ・・・」



恐る恐るコインを投入する。先程山城がやって見せたようにコインはスルスルとレールを下っていき、台の上へと転がる。



提督 (よし、ここまではいい、頼む、跳ねるな・・・)



提督の思いを知ってか知らずか、またもや溝に挟まる。



そして...



バチン!!



ガン!



ガラガッシャン!!



提督「うお!?」



またしても上に飛ぶと思っていたコインが凄まじい勢いで艦橋のど真ん中に体当たりをかました。衝撃に耐えられずオブジェが倒壊し、コイン排出口からフィーバーもかくやというほどの大量のコインが吐き出される。



山城「やったあ!すごい、ありがとう!さて、コインも戻ってきたことだし、別の所で仕切り直ししようかしら。」



コインカップ山盛りのコインを持った山城が上機嫌でその場を後にする。



提督「なあ、夕張・・・」



夕張「後でちゃんと調べておきます。」




その後、いくら調べても原因がわからなかったため、このコインゲーム台は鎮守府のゲームセンターから姿を消した。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




GW 2日目





提督「うーん・・・」



弥生「・・・」



提督「こうか・・・」

コト



弥生「ツメがあまいです・・・」

コト



提督「う、しまったな・・・」



提督「だが・・・まだ手はある。」

コト



弥生「これは無視して大丈夫・・・」

コト



提督「おっと、敢えて何もしないか・・・それは想定してなかった。うーん、厳しいな・・・」

コト




提督「なあ弥生・・・」



弥生「何でしょう・・・」



提督「静かだな・・・」



弥生「静か、ですね・・・」



風に揺れる葉の音だけが響くお昼過ぎ、弥生を除いた睦月型駆逐艦、計9名はこの鎮守府が警備対象としている(らしい)町へお出かけに行っていた。



当然、弥生にも行って良いと言ったのだが、あまり進んで人混みに行くのは好まないらしく、補佐役が1人もいなくなるのは問題があるからと言って1人鎮守府に残ったのだ。



だが、残ったからといって何か特別なことがあるわけでもない。だから丁度暇を持て余していた提督がこうしてノンビリ弥生の相手をしているというわけだ。



提督「本当、卯月達がいないだけでこんなにも静かになるんだな。」



弥生「司令官は騒がしいのは嫌い?」

コト



提督「そんなことはないぞ、俺が元々いた所は毎日すごく騒がしかったし、寧ろそのほうが慣れていて好きだな。でも偶には静かなのも良いなって思ったわけでありますよ。」

コト



弥生「司令官その口調変、そんなキャラだったんですか?」



提督「いいだろ、ちょっとくらい変えても、遊び心だよ。」



弥生「ふーん・・・」

コト



提督「そういやさ、弥生は何で補佐役に任命されたんだ?未だによくわからないんだよな。」



弥生「うーん、何ででしょう・・・?」



提督「わからないのかよ。」

コト



弥生「私実は今まで何処にも所属したことがなくて・・・」



提督「え、そうなのか?それは意外。」



弥生「たぶん、私と同じ人が沢山いてあまり用がなかったのかもしれないです・・・」



提督「なるほど、確かに大本営ならそういうこともあり得るか。それにしても酷い扱いをするもんだな。いくらここの裏の顔とは言え、それを良いことに在庫の後処理みたいにするなんてな。」



弥生「でも、それは仕方がないことだから。」

コト



提督「仕方がないわけあるかよ、お前らは物じゃないっつの。」



弥生「・・・」



提督「・・・俺が3月になってここを出たらお前はどうするんだ?」




弥生「・・・わからないです、多分大本営に帰っても前までと変わらずまた役に立てない存在になるかも。」




提督「・・・そっか。」



弥生「そうです・・・」



いつも無表情で感情を読み取ることが難しい弥生の顔が、少し憂いを帯びたものになった。やはり彼女も艦娘だ、いつまでたっても使って貰えないのは辛いものがあるのだろう。



提督「じゃあさ、来年からウチに来ないか?」



弥生「・・・?」



提督「どこにも行くあてがないんだろ?なら俺の所でもらってやるよ。もちろん、強制じゃないから断ってくれても構わないけどな、まあ一応選択肢として。」




弥生「・・・」




弥生「・・・司令官、この勝負弥生がいただきました。」



提督「・・・へ?」



弥生「もう手遅れです・・・チェックメイト」

コト



提督「え・・・ああ、しまった・・・見事にしてやられたか。弥生はチェス強いな、全然気付けなかった。」



でも、こちらが初めてにしてはそこそこいい勝負をすることができたと思う。(多分、弥生は手加減していただろうが)



弥生「パーティーゲームは得意なんです。」



何だろう、いつも無表情の彼女が胸を張るのを見ると、おかしいやら可愛いらしいやら、まあ微笑ましい光景である。



弥生「司令官・・・」



提督「ん、何だ?」



弥生「・・・勝ったので弥生のお願い聞いてくれますか?」



提督「お、おう?ま、まあ別にいいが。」



弥生がお願い事とは珍しい。そうくるとは思っていなかったので少々身構える。



弥生「・・・今日から、ずっと、ずっと、司令官の役に立たせてくれますか?」



一瞬、そんな当たり前のことをどうして聞くのかと思ったが、どうやら先程の話のことを言っているらしい。



回りくどいなとは思ったが、こうして言ってくれたことは素直に嬉しかった。だから彼女の願いに応えるべく、また自分の心に留めておくために力強く首肯する。




そのとき弥生が提督に初めて見せた笑顔は、多分この先ずっと忘れたりはしないだろう。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


2日目、夜



夕食を食べ終わったのち、はしゃぎ疲れてしまったのか、執務室に来るなりソファーで寝てしまった睦月型の面々を部屋に運んで寝かせてやる。風呂にも入らずに寝かせるのは、あまり女の子にとって美容の関係上よろしくない。だが、無理に起こして入らせるのもかわいそうな気がしたので仕方なくスルーする。翌朝あたり如月が色々とボヤくことは目に見えているので、明日は早起きして浴場の準備をしてあげることにした。



扶桑にも手伝ってもらい、全員を部屋に運び終わると、玄関の呼び鈴の音が聞こえた。



提督「ん?誰だこんな時間に。なあ扶桑さん、誰かまだ外出中でしたっけ?」



扶桑「さあ、確か外に出ていた皆さんは既に戻ってこられているはずですが。」



提督「じゃあ教官かな、でもどうしたんだろ、教官のクセして普段は全く顔を出さないのに。」



扶桑「ふふふ、まあそう言わずとも、きっと提督には指導は必要ないということですよ。」



提督「ありがとう、そう言って貰えると少し照れますね。とりあえず見てきます、扶桑さんは念の為お茶の用意をお願いできますか?」



扶桑「はい、かしこまりました。」



そこで再び呼び鈴が鳴る。どうやら急用なのかもしれない。だとすれば待たせるわけにはいかないので急ぎ足で玄関へ向かう。



ドア ピンポーン



提督「はい!今開けます!」

ガチャ



提督がドアを開けると、てっきり教官がいるものと思っていたのだが、そこには誰もいない。



提督「あれ、教官?」



不思議に思ってあたりを見回す。すると、ドアの裏に誰かいるのが見えた。



提督「どうかしましたか、教k・・・あれ?」



?「ボナセ〜ラ♪」



提督「え・・・どちら様?」



ドアの裏に立っていたのは教官ではなく、フワフワとした長い白髪を持つ、外人風のタレ目が可愛らしい少女だった。



提督「あの、もしかして道に迷ったんですか?」



?「ううん、ポーラここに行くように教官さんから言われてやってきました〜。」



提督「教官が?つまり、君は艦娘ってことでいいのか?」



ポーラ「はい〜、ザラ級重巡三番艦、ポーラで〜す♪」



なんだか、口調といい、服装といい、どこぞのレイヤーが訪ねてきたのかとしか思えないのだが、教官を知っているあたり怪しい者ではなさそうだ。



提督 (もしかして最近新たに発見されたのか?どうもこの鎮守府って入ってくる情報少ないからあまりよくわからないな。とりあえず海外艦だってことはわかったけど。)



提督「まあわかった、ひとまず中に入ってくれ。部屋でゆっくり話を聞こう。」



ポーラ「は〜い」



返事が一々間延びしているので、聞いているとこちらの言葉まで腑抜けたものになりそうだ。正直、どう接していいかわからない。



提督 (何もしていないのに随分と上機嫌だな。というか、初めてくるところだよな?全っ然緊張してないぞ。)



むしろ友達の家に遊びに来た子供のようにウキウキしているようにも見える。



とりあえず執務室へ案内をして、応接用のイスに座らせる。提督と一緒に来たのが教官ではなく外人の少女だということに気づいて驚いている扶桑に軽く説明(情報が少ないので本当に軽〜く)をして、緑茶の代わりに紅茶の用意をお願いする。



ややあって戻ってきた扶桑が紅茶のカップを2つ置いた後で、もう1つ追加してもらえないかと頼む。



扶桑「もう1つですか?」



提督「ああ、扶桑さんも一緒にいてくれませんか?1人だとなんか不安だ。」



扶桑「でも私、あまりお役に立てることはないかもしれません。」



提督「それは俺も同じですから、とりあえず傍にいてくれればなと。」



扶桑「・・・わかりました、この扶桑お供させていただきます。」



提督「いつもありがとう、本当に助かってるよ。」



扶桑「いいえ、提督のお役に立ちたいだけですから・・・//」



彼女にしては珍しく軽い足取りで扶桑がカップを取りに行く。



提督 (鼻歌まで歌ってる。随分とご機嫌みたいだな。)



ポーラ「うわぁ、この紅茶美味しいですね〜、なんのお茶ですか〜?」



提督「ん? ああ、なんだろうな・・・うーん、この香りは・・・ダージリン?」



ポーラ「へ〜そうなんですね〜、私お茶のことはあんまりよくわからなくて、ワインだったら結構知ってるんですけどね〜。」



提督「ワイン好きなのか?」



ポーラ「はい〜、ワイン飲んだら私すごくすご〜く調子が良くなるんですよ〜。」



提督「なんか羨ましいな、俺はワインなんて一口も飲んだことないから。」



ポーラ「ええ!飲んだことないんですかぁ!?何で!?美味しいのに!」



提督「いや、ワインどころか俺酒が全然飲めなくて、匂いを嗅いだだけで酔っちまうんだよ。ワインなんて一杯でも飲んだらぶっ倒れる。」



ポーラ「ええ〜、何だかかわいそう、あんなに美味しいのを飲めないなんて〜。」



提督「うーん、よく言われる。酒が飲めないなんて人生損してるぞって。」



ポーラ「その通りですよ、飲まないとやってられないことなんて沢山あるんですから〜。」



扶桑「提督、お隣よろしいですか?」



提督「ああ、どうぞ。」



自分の分のカップを持ってきた扶桑が提督の横に腰掛けて、ポットから紅茶を注ぐ。



ポーラ「このお茶を淹れてくれたのはあなたですか〜?」



扶桑「はい、何分初めてなもので、お口に合いましたか?」



ポーラ「ええと、つまり美味しかったかってことですか〜?ならとっても美味しかったですよ〜、初めてとは思えないです〜。」



扶桑「それは良かった、提督はいかがでしたか?」



提督「ああ、とっても美味しいですよ。」



扶桑「山城に教わっておいて正解でした。」



提督「山城が?それは意外。」



扶桑「私と違って、色々な新しいことに挑戦するのが好きみたいで、よく色々教えてくれるんです。」



ポーラ「おお、挑戦、いいですね〜、ポーラもこの国で色んなことしてみたいです〜。」



提督「そういえば、いったいどこの国から?」



ポーラ「イタリアから来ました〜、お天気が良くて気持ちいいところですよ〜。あ、ザラお姉様ってここにいるんですか?」



提督「ザラ・・・ああ、あのイタリア艦の・・・すまない、ここにはいないんだ。前にいた鎮守府にも着任してなくて、あまり彼女のことはよく知らない。」



ポーラ「うーん、そうですかぁ〜、ちょっと寂しいですね〜。でもそのうち会えますよね、ならこのままでも大丈夫で〜す、だから謝らなくていいんですよ〜。」



提督仲間から聞く限り、ザラはおおよそ不幸鎮守府に来るような娘には、余程精神的に壊れていたり身体に異常があったりしない限りなり得ない、だからポーラにはかわいそうだが、今しばらくは姉と出会うことは叶わないだろう。



ポーラ「どうかしましたか〜?」



提督「あ、いや、多分ザラとはしばらく会えないだろうと思って。」



ポーラ「え、どうしてですか〜?」



提督「教官から聞いていないか?ここの鎮守府は普通の鎮守府とは違って・・・もちろん扶桑さんみたいにいたって普通の人もいるけど、問題児ばっかりが集められた鎮守府なんだ。俺が聞く限り、ザラって真面目で頑張り屋な性格だろ?そういうやつはうちには来ないんだよ。」



ポーラ「うーん、そうですか〜・・・でもまあ仕方ないですね〜、そういうこともありますよ。」



意外にも、今のセリフからは彼女の姉と会えないことへの悲しみが感じられなかった。シスコンが多い(大井だけnゲフンゲフン、なんでもないです)姉妹艦にしては珍しいと思った。



提督「会えなくてもいいのか?」



ポーラ「それはできれば会いたいですけど〜、生きていればそのうちきっと会えますって〜。だから気にしませ〜ん。」



提督「そうか・・・」



生きていれば、なんて軍人でもなかなか言えない言葉を何の気なしに使う彼女をお気楽だな〜とか思っていた丁度そのとき、執務室の固定電話が鳴った。



扶桑「私が・・・」



提督「いや、たぶん教官だから俺が出ます。」



腰を上げようとした扶桑を手で制して、固定電話の受話器を取りに行く。



提督「もしもし、教官ですか?」

ガチャ



教官「もしもし、ああ、そうだ、よくわかったな。」



提督「ここに電話をかける人なんて他にいませんよ。」



教官「そ、それもそうか。」



提督「どうかしましたか?随分とお体の調子が優れないようですが。」



教官「いや、今は気にするな。それより・・・」



提督「ポーラのことですか?彼女なら先程到着しましたよ。」



教官「ああ、無事にたどり着けたか、なら良かった・・・ところで、君は酒が飲めなかったな?」



提督「え?はい、そうですけど。」



教官「なら・・・彼女に気をつけろ。」



提督「・・・はい?」



教官「頼む、私の二の舞には・・・ウプッ」



提督「教官!大丈夫てすか!?」



教官「私のことは構うな、今は・・・自分の身だけを・・・うっ・・・」

ドサ



提督「教官!しっかりして下さい!教官!」



スピーカーの向こうから教官が倒れた音がする。これは由々しき事態だ、教官に何かあったら向こうの鎮守府にいる者はどうなる。あの人は失ってはならない人なのだ。



提督「教官、返事をして下さい!教官!」



?「もしもし、お電話代わりました。」



提督「うお!?そ、その声は大淀さん?」



大淀「はい、挨拶が遅れて申し訳ありません。提t、教官の補佐をさせて頂いております、大淀です。」



突然スピーカーから聞こえてきたのは大淀の声だった。もちろん初めて言葉を交わしたわけなのだが、これ程有名人ならどんな提督でも自ずと声ぐらいわかる。



提督「大淀さん、教官は大丈夫なんですか?何があったんですか?」



大淀「教官については後ほどお話させていただきますが・・・その前に、そちらにポーラさんはもう到着されていますよね?」



提督「はい、先程突然・・・」



大淀「実は彼女はこの度新たに日本へとやってきたイタリア艦の方なのですが、一般の鎮守府へ向けた着任解禁の前に、彼女についてデータが欲しいと大本営からこちらでモニターを依頼されたんです。」



提督「なる程、それじゃあ俺が知らなくて当然か・・・それで、そのモニターはもう済んだんですか?」



大淀「はい、戦闘データはほとんど取れましたし、彼女の日常的な行動パターンも掴めましたので依頼を達成することは出来ました。ですが・・・」



提督「ですが?」



大淀「元々、彼女はモニターが済んだら大本営へと送り返される予定でした。でも、一昨日大本営から送り返さなくとも良いとの通達がありまして、教官が着任祝いの宴会を企画なさったんです。」



提督「なる程・・・」



話を聞いている限りではなんだかめでたそうだが、どうも大淀の口ぶりからするとそうでもなかったらしい。



大淀「最初は普通の宴会だったのですが、ポーラさんがお酒に強いとわかると那智さんと隼鷹さんを交えた4人で飲み比べが始まりまして・・・」



提督「え・・・」



ということはもしかすると・・・



大淀「3人とも負けず嫌いな方ですし、ポーラさんは本当にお酒に強くてなかなか勝敗が決まらなかったんです。最終的に白ワインのスポーツドリンク割なんてとんでもないことをやり始めてあえなく皆さん轟沈という結果に・・・」



提督 (ただの二日酔い!?)



どうりで教官から吐き気を催しているような声が聞こえたわけだ。言っては悪いがすごく心配して損した。だが命があっただけでも良かった、下手をするとなんの比喩でもなく文字通り「轟沈」していただろう。



提督「なんというか、よく急性アルコール中毒で死にませんでしたね。」



大淀「あの時近くに医務妖精さんがいてくれて本当に助かりました、あと数分遅れていたらどうなっていたことやら。」



不幸中の幸いである。やはり妖精さんは偉大だ。



提督「まあ、ポーラがこっちに来た理由は大体わかりました・・・トラウマが近くにいるとなると大変ですもんね。」

ボソ



大淀「昨日から二日酔いがなかなか治らないらしくて、酒という単語を聞くだけで吐きそうになるんです。だからポーラさんをそちらに移籍させたのですが、押し付けるような真似をしてしまいすみません。」



提督「気にしないで下さい。自分が責任を持って艦隊の一員に加えさせていただきます。あと、押し付けるなんて言い方はあまり感心しませんよ。それじゃあポーラに失礼です。」



大淀「あ、そうですね、私としたことが申し訳ありません・・・移籍の件、お引き受けくださってありがとうございます、提督さんがまともな方で助かりました。」



提督「あはは、ただのまともな人間で済めばよかったんですけどね。」



酒がまともに飲めないっていう謎スキルのおかげでこの不幸鎮守府に左遷だ、とんだ災難である。



大淀「ともかく、ポーラさんとお酒を飲むのは絶対にやってはいけませんよ。ただでさえお弱いのでしょう?」



提督「肝に銘じておきます。態々ご忠告してくださって感謝してます。」



大淀「それでは、教官のご容態を確認して参りますので失礼させていただきますね。」



提督「わかりました、お大事にとお伝え下さい。ではまたそのうち・・・」

ガチャ



ポーラ「誰と話していたんですか〜?」



提督「大淀さんだ、教官が電話に出てすぐにぶっ倒れたらしくて代わりに色々教えてくれたんだよ。」



ポーラ「うう、教官さん大丈夫ですかね〜、パーティー終わってから一回も会えなくて心配です〜。」



提督「二日酔いがまだ治ってないらしいぞ、あの様子だとまともに動けるのは明後日じゃないか?」



ポーラ「そうなんですかぁ?実はパーティの時の記憶があまりなくて・・・はう、せめてごめんなさいしておけば良かったです〜。」



記憶がないわりには元凶が自分だとわかっているらしい。少し彼女がかわいそうになってきた。



提督「それじゃあ具合がよくなったら見舞いに行こうか、明日あたり菓子折とか一緒に町に行って買わないか?」



ポーラ「いいですね〜、そうしましょう〜♪あ、そうだ、元気の出るワインとかあれば喜んでくれますかね〜。」



提督「いや、それは止めておこうか。」



ポーラ「ええ!?なんでですかぁ〜!」



提督「頼むから傷口に塩を塗るようなことはしないでやってくれ。」



ポーラ「ほえ?お塩をどうしてお見舞いに持っていくんですか〜?」



提督「いや例えだよ例え、やったことないからわからないけど傷に塩塗ったら痛いだろ?それに怪我した時だって痛い思いをする。だから、嫌なことを思い出させるようなことをするのを日本語で傷に塩を塗るっていうんだよ。」



ポーラ「へ〜、日本語って奥が深いんですね〜。ポーラ、ちょっと賢くなった気がします〜。」



ポーラ「うーんそうですか〜、ワインはダメですか〜・・・あ、そうだ!この間食べたサルモーネのグリアータが美味しかったんですよ〜、それ食べたら元気出ますかね〜。」



提督「サルモーネ?」



ポーラ「なんて言いましたっけ?確か・・・ヤキージャケ?そんな感じの名前だったような・・・」



提督「ヤキージャケ?」



扶桑「もしかして焼き鮭のことでしょうか?」



ポーラ「そうそうそれです〜、この国に来て始めて食べたんですけど、美味しいですよね〜・・・どうですかヤキージャケ、それならいいでしょ〜?」



提督「すまない、それも却下だ。」



ポーラ「ええ!?またですかぁ!?なんで!」



二日酔いで地獄をみた人間に酒を連想させるようなものは与えないほうがいいだろう。というか、よりによってそんなものを挙げるあたり狙っているとしか思えない。やはり彼女は実は外人風のレイヤーなんじゃなかろうか。



提督「まあ、理由はともかくアルコール類と鮭はダメだ。それに何を持っていくかは買う時に決めればいいだろ?」



ポーラ「むう、まあそれもそうですね〜、何を買うか迷うのもお買い物の楽しみですもんね〜。」



そう言ったポーラが欠伸を一つする。だが、たれ目の彼女はそれが眠気からくるものなのかどうなのかわからない。



ポーラ「ポーラちょっと疲れちゃいました。」



提督「ん、大丈夫か?」



ポーラ「ここに来るときにちょっと歩いたせいですかね〜。」



提督「そういえばここまで歩いてきたのか?」



ポーラ「そうですよ〜、教官さんがくれた地図のおかげで迷わずに済んだんです〜。」



提督「そりゃ疲れたろうな、じゃあ早く部屋に案内しよう。扶桑さん、1人部屋で空いているところないか確認してもらえますか?できればベッドのあるところで。」



扶桑「わかりました、少々お待ちください・・・あ、ここから少し離れていますが1番近いところですと第2棟の3階、2301号室です。」



提督「3階か・・・遠いしあまり人はいないけど、掃除はしっかりやっているはずだし、それなりに広いからいいか。よし、そこに決定だな。



扶桑「それでは私が・・・」



提督「いや、俺が行くので扶桑さんはもうあがって下さい。」



扶桑「え?ですが・・・」



提督「どうせ暇ですから。それに早く行かないと、山城が待ってますよ。」



扶桑「は!そうでした、一緒にお風呂を頂く予定だったのをすっかり忘れていました。山城怒っているかしら。」



提督「そんなことはないでしょうが、急いだ方がいいかもしれませんね。」



扶桑「はい、それでは失礼させていただきます。」



扶桑が急ぎ足で部屋を出る。



提督 (いい姉妹だな)



提督「さて、部屋に案内するからついて来てくれ。」



ポーラ「は〜い、どんなお部屋か楽しみですねぇ〜。タタミですか〜?」



提督「確か洋室だから違うな、布団よりベッドの方が寝やすいだろ?」



ポーラ「うーんそうですか〜、ちょっと残念ですけど、寝るならベッドがいいですね〜。」



提督「ポーラは初めて来た所だと眠れなくなったりするのか?」



ポーラ「なりますなります〜、でもワイン飲んだら平気ですよ〜。」



提督「そりゃそうだろうな。」



それから、あれこれ他愛もないことをポーラと話しながら廊下をノンビリと歩いていると、見慣れないドアプレートの付いた部屋が見えてきた。」



提督「あれ、なんでこんな所にバーがあるんだ?」



第2棟にはあまり足を踏み入れていないが、前に山城に案内してもらったときにはこんなものはなかったはずだ。




ポーラ「ねえ提督〜、ちょっと入っていきませんか〜?寝酒に一杯飲んでいきましょ〜。」



しまった、見せてはいけないものだった。このままでは教官と同じ運命を辿ることになる。



提督「いや、今日はもう遅いしそれに疲れたろ?だから今日は止めておかないか?」



ポーラ「なーに言ってるんですか〜、遅い時間だからこそお酒が欲しくなるんじゃないですか〜。ね、一緒に入りましょ〜う?」



提督「いや無理だって、俺酒が一切飲めないって言ったろ!?」



ポーラ「まあまあ、飲んでればそのうち慣れますって〜、ポーラと一緒に克服しちゃいましょうよ〜。」


提督「いやいやいやいや!本当に命に関わるから!」



ポーラ「大げさですね〜、ちょっとだけなら平気ですって〜。」



提督「薬物の勧誘みたいに言うなぁ!」



ポーラ「知ってますか〜、お酒とタバコは入門薬物って言われてるんですよ〜。」



提督「なら自重しろよ!」



ポーラ「薬物指定されてないから大丈夫大丈夫〜。」



提督「ドラッグやってるやつのセリフだぞそれ!」



ポーラ「そんなことより早く行きましょ〜、ねえねえ。」



提督「話を逸らしておいて自分で戻すのかよ!っていうか本当に無理だから!俺は絶対に入らないぞ!」



ポーラ「むー、釣れないですねー。そんなんだとモテませんよ〜。」



提督「とうの昔からそうだよ!人の傷をえぐるな!」



?「どうかしましたか…?」



突然、後ろの方から声がかかる。はっとして振り返ると、見覚えがあるようでないような(どっちだ)少女が立っていた。



?「あまり大声を出されますと、周りに迷惑がかかってしまいます。いくら多くの部屋が防音仕様になっているとはいえ、限度というものがありますから。」



提督「ああ、すまない。」



とても落ち着いた口調で話し、前髪で片目が隠れてしまっているこの少女は確か・・・



提督「早霜・・・?」



早霜「覚えていてくれたのですか…」



提督「あ、ああ、まあな。」



正直、危なかった。ほとんどうろ覚えだったのだが、覚えていたことにしておく。



早霜「そちらの方は…?」



ポーラ「ボナセ〜ラ、ザラ級重巡、3番艦のポーラで〜す。」



早霜「海外艦の方ですか…珍しいですね…夕雲型駆逐艦…17番艦…早霜です…」



本人にその意思はないのだろうが、聞いていると底冷えしそうな声だ。駆逐艦のくせに不知火とは別の意味で怖い。



早霜「それで…何を言い争っていたのですか?」



ポーラ「ポーラがせっかく誘ってるのに提督が一緒にあそこのバーに入ってくれないんですよ〜。」



早霜「私のバーにご用でしたか…」



提督「え、あそこって早霜がやってたのか?」



早霜「ご存じありませんでしたか…これはご紹介が遅れてしまいましたね…その通りです…そうですね…折角ですから今日は特別にご馳走しましょう…こちらにいらしてください…」



提督「え、いや急にそんなこと言われても・・・」



早霜「司令官がお酒に弱いのは心得ています…代わりにアルコールを使わないカクテルなどいかがでしょう…司令官のお好みに合わせて作りますから…」



ポーラ「良かったですね〜提督、これなら一緒に飲めますよ〜♪」



提督「いや、でも・・・」



自分がどうのこうのは、本当はそこまで問題ではない。飲みすぎたポーラの暴走を止められる自信がないため怖いのだ。だから入りたくないのだが、どうも入らなければ空気の読めないやつ認定されそうな雰囲気だ。どんどん早霜にペースを取られていくような気がしてくる。



早霜「一度ゆっくりとお話がしたいと思っていました…司令官が嫌というのなら諦めますが…」



そこまで言われると流石に断りづらい、しかも相手が駆逐艦とはいえ女性であることに変わりはないので尚更だ、今だけ自分が童貞日本人男子であることが恨めしくなる。



提督「わかった、じゃあ少しだけ・・・」



ポーラ「やった〜、これでワインが飲める〜♪」



提督 (はあ、結局こうなるのか。)



早霜「それでは改めまして…早霜のバーにようこそ…」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



早霜に導かれて入ったバーは・・・まあ、なんというかごくごく普通というか、どこにでもありそうな、バーと聞いたら誰もが想像するような感じのものだった。唯一普通とは違うところといえば、手前側と奥が扉で分けられていて若干の狭さを感じる点だろうか。



提督「なあ早霜、あの奥って何があるんだ?」



早霜「気になりますか…?」



提督「まあ、少しは。別に見せられないものなら構わないけど。」



早霜「あら…私の私室だとでもお思いに…?」



提督「え?そうなのか?」



早霜「フ、フフフ…残念ながら…私の私室はちゃんと別の場所にあります…」



提督「そ、そうか」



今初めて早霜の笑い声を聞いたが、噂通り物凄く怖い。ぎこちない笑顔も手伝って尚更だ。



早霜「実際に見た方が早いでしょう…どうぞ…お入りになってみてください…」

ガチャ



提督「どれどれ・・・おお、これはすごいな。」



ドアを一枚隔てたその奥にはさらに襖があり、畳の敷かれたお座敷が広がっていた。前に無理やり連れて行かれた居酒屋の宴会場みたいな風貌である。



早霜「この様な席でゆっくりと楽しみたいという方の要望を実現してみました…なかなか良いものでしょう…?」



ポーラ「すごいですね〜、ジャポンを感じますね〜。」



提督「確かに、こういうところが好きだってやつは多そうだもんな。」



早霜「今日はいませんが…鳳翔さんにここを手伝っていただいています…」



提督「あれ、鳳翔さんってここの鎮守府にいたのか?」



確か前に名簿を確認したときはいなかったはずだ。いつの間にか新しく着任していたのだろうか。



早霜「夜毎に教官さんの鎮守府から態々お越しいただいています…流石に1人では骨が折れてしまいますから…」



提督「なるほど・・・それなら今度お礼をしておかないとだな。」



早霜「何故ですか…?」



なんか、ギラリという効果音が聞こえそうな声だったが、べつにオコではないだろう。多分、純粋な疑問だ。(怒ってなんかないですよ?)



提督「いや、だって態々あそこからこっちに足を運んでくれてるんだろ?教官がいる鎮守府だ、何かと忙しいだろうに。」



早霜「そうですね・・・なら早霜にも何かお礼をしていただけますか…?」



提督「へ?」



早霜「夕張さんにはしてあげたそうですね…ならばこうして皆さんに娯楽を提供している私にも何かしてくださらないのですか?」



まさか自分からねだってくるとは。意外と早霜って積極的な性格なのかもしれない。



提督「あ、うーん、そうだな・・・何がいいか・・・早霜は何か欲しいものあるか?どうも思いつかなくて。」



早霜「あら…本気にしてしまったのかしら…」



提督「え?」



早霜「私はほんの冗談のつもりで言ってみただけなのですけど…フフフ…」



提督 (あれって嘘だったのか)



どうも本気で言っていた様にしか聞こえなかったのでイマイチ釈然としない。それに、このまま何だ嘘かと済ませるのもそれはそれで目覚めが悪い。



提督「まあいいや、後で何か考えておいてくれよ。」



早霜「・・・いいのですか…?」



提督「ああ、さっき早霜が言った通りみんなに娯楽を提供してくれているんだ、それをちゃんと評価して褒めてやるのも提督の務めだ。」



早霜「・・・ありがとう…ございます…」



彼女の頬がほんのり紅くなる。もしかして照れたのだろうか。



意外と可愛いところもあるのだな〜と思っていると、ポーラが肩をトントンしてきた。



ポーラ「あの、そろそろ飲みたくなってきたんですけど〜」



提督「ああ悪い、そうだったな。早霜、用意をお願いできるか?」



早霜「はい…かしこまりました…」



早霜がカウンターに入る。ポーラがいくつかリクエストをするが、棚に無かったものだったようで、奥の方へと探しに行った。



早霜「お待たせしました…どうぞ…」



早霜「司令官の分も只今お作りしますね…」



提督「ああ、ありがとう。」



ポーラ「はぁー、幸せです〜」



提督「飲むの早いな・・・」



ポーラ「そうですか〜?あ、提督ポーラと乾杯したかったんですか?」



提督「そういうわけじゃないけどな。えっと・・・確かワインって先に香りを楽しむものだろ?香りが開くのを待ったりしないのかと思ったんだが。」



ポーラ「はっ!ポーラとしたことが、お酒が飲めない世界一かわいそうな提督に飲み方を教えられるなんて・・・」



提督「ツッコミたいのに言ってることは正しいからなんかツッコめないな。」



ポーラ「まあ、開けたてを楽しむのも大事ですよ〜。」

クピクピ



提督「あ、飲むのは止めないのか。」



早霜「司令官…お待たせしました… 」

コト



提督「お、ありがとう。」



早霜「モスコミュールです…私の自家製ジンジャーエールを使っていますのでお口に合うといいのですが… 」



提督「え、モスコミュールって確か普通のカクテルだよな?アルコール入ってるんじゃないのか?」



ポーラ「提督はお酒飲めないくせに色々知ってますね〜。」



提督「成人したての頃はよく先輩に飲みに付き合わされてたんだよ。今知ってる知識は全部その時に教わったものの受け売り。」



早霜「フフフ…そうでしたか…でもご安心下さい…これはアルコールを使わないで作ったノンアルコール・モスコミュールですから…酔っ払って人にお酒をかけるなんてことにはなりませんよ…」



提督「う、あまり触れて欲しくはなかったな。まあいいか、いただきます。」



思い出したくないこと(記憶が無いので思い出しようがない)を言われたが、あまり気にしないようにして、早霜が入れてくれたカクテルを口に含む。



提督「くーっ、すごく炭酸が効いてる、それに少し辛いジンジャーエールだな。でもライムとすごく相性がいいし、後味がスッキリしててとっても美味しいと思うぞ。ジンジャーとライムの両方の良い味を引き出せてる。」



提督「早霜はすごいな、カクテルって初めて飲んだけどこんなに美味しいものなんて知らなかった。」



早霜「そんな…そんなに褒められても…困るわ…」



提督「褒められて困ることなんてないだろ、素直に受け取っておけ。」



ポーラ「そんなに美味しいんですか?ポーラにも一口下さ〜い。」



提督「いいぞ、ほれ。」



ポーラ「どれどれ・・・ひゃ!ちょっとこれ舌がビリビリします〜。」



提督「はは、意外と繊細なんだな。」



ポーラ「うーん、どうもポーラにはちょっと早いみたいですね。」



早霜「ポーラさん…ワインのお代わりどうしますか…?」



提督「うお、もう一本消費してる。」



ポーラ「そうですね〜、今度は白が良いですね〜。」



早霜「かしこまりました…」



提督「あんまり飲み過ぎるなよ。」



ポーラ「わかってますよ〜、大丈夫大丈夫〜」



すでに大丈夫ではない気がしてきた。正直、これ以上は酒の匂いのせいであまり長居できそうにない。



早霜「どうぞ…予め注文をいただいていた白ワインです…」



提督「赤白交互に飲んで味が混ざったりしないのか?」



ポーラ「そんなことないですよ〜、ポーラは両方一緒に飲んでも違いがわかりますから〜。」



提督「聖徳太子舌!?」



ポーラ「ショート・・・?何ですかそれぇ。」



提督「聖徳太子だ、10人の人に同時に話しかけられてもちゃんと聞き分けたって言われてる昔の日本の偉い人だよ。」



早霜「それが元になって生まれた聖徳太子耳という言葉の耳を舌にすることで…ポーラさんの場合は耳ではなく素晴らしい舌をお持ちだと仰りたいのですよね…」



提督「そういうこと。」



ポーラ「うーん、よくわからなかったですけど、ポーラ褒められたってことで良いんですか?」



提督「まあ・・・そうなるな。」



折角早霜が丁寧に言ってくれたのにそんなにざっくりと要約されると少し微妙な気分になる。



ポーラ「はあー、ワインを飲むと気持ちが良くなりますね〜、気持ち良くなってきたら何だか眠くなってきました〜。」



提督「おいおい、ここで寝るなよ。」



ポーラ 「すーすー・・・」



提督「早!?」



先ほどまで会話をしていたというのにこれはどうしたことだろう。いくら何でも早すぎるし、教官と那智、隼鷹を自滅に追いやった程の呑んべえがそう簡単に酔うとは思えない。



提督「疲れたのか?」



早霜「やっとお休みになりましたか… 」



提督「早霜?何かしたのか?」



早霜「フフフ…いえ…何でもありません…随分とお疲れだったのにこんなに起きていられるとは思ってもいませんでしたので… 」



提督「何で疲れてるってわかったんだ?」



早霜「そうですね…足運びや表情を見れば大体わかるのですが…敢えて言うならば・・・女の勘です…フ…フフフ… 」



何が面白いのかはわからないが、どうやら上機嫌らしい。見ているこちらとしてはなんかマズイことしようとしているようで内心ビクビクである。



早霜「では…ポーラさんもお休みになられたことですし…奥へ行って2人でお話しませんか?」



提督「え?まあ、別に構わないけど…」



早霜「どうかなさいましたか…?」



提督「いや、別に今は2人きりなんだからここでも良いんじゃないかと思って。」



早霜「・・・司令官は…花札はお好きですか…?」



提督「へ?あ、うん、それなりに好きではあるけど・・・」



早霜「それは良かった…なら少し手合わせを…お願いできますでしょうか…」



提督「・・・まあわかった、いいぞ。」



早霜「それではこちらに…奥の方がやりやすいでしょう…」



提督「・・・?」



結局奥へと誘導された。どうやら早霜は相手を誘い込むのに長けているらしい。現にこれで2回目だ。



奥の和室に上がると、早霜は表の明かりを消しに行った。今日はもう店じまいにするらしい。



それから2人で何気なく花札を始める。久しぶりなので役をあまり覚えていなかったが、予め早霜が教えてくれた。



提督「なあ早霜・・・」



早霜「何でしょう…」



提督「ここに連れてきたのって態々花札をやるためだけじゃないんだろ?」



早霜「あら…もうお気づきでしたか…」



提督「そうじゃなければここに入ろうとしない俺を断りづらくさせて入れたり、今みたいに花札をやるためだってここに来させたり、どうも腑に落ちないことばかりだったからな。何ていうか、絶対に逃さないようにしてるっていうか。」



早霜「それだと私が悪役みたいに聞こえるわ…」



提督「そんなことは思ってない。仲間を疑うくらいなら提督なんてとっくに辞めてる。」



早霜「そうですか…なら…本当の要件をお話しするとしましょう…」



早霜「まず…私が何故ここに司令官を連れてきたか…これは本当に司令官とお話しがしたかっただけ…他意はありません…」



提督「ふむ・・・」



早霜「次は私について…司令官はここがどんな場所か知っておられますか…?」



提督「元々、落ちこぼれた奴や俺みたいに馬鹿をやった奴、提督としての振る舞いに問題がある奴が一年ごとに再教育を受けるための場所・・・だが実際はやり場に困った何らかの問題がある艦娘が送られる、例えるなら孤児院みたいな鎮守府。で、俺みたいな奴はその管理役を任されている。」



早霜「そこまでご存じでしたか…」



提督「そりゃ1ヶ月も居れば察しの悪い奴でも薄々気づくさ。」



早霜「なら、不幸の二文字が付いた由来は…?」



提督「そこは噂でしか知らないけど、毎年毎年必ずと言っていい程良くないことが起こるからだろ?羅針盤が絶対に言うことを聞かないとか、例え遠征であっても出撃の度に姫が出てワンパン大破くらって即帰投とか。」



早霜「仰る通りです…でもその「良くないこと」が1人1人によって違うというのはご存じありませんよね…?」



提督「そうなのか?」



それは初耳だ、色々な不幸なことが日常的に起こるから不幸鎮守府と呼ばれているのだと思っていた。



早霜「確かに…ささいではありますが不幸なことが起こりやすいというのはどの提督も一緒でした…でも1人1人によって起こりやすい…というより必ず起きてしまう不幸は決まっているのです…」



提督「それって、最初から決まっているのか?」



早霜「あくまでここに来た時点で…ではありますが…」



提督「じゃあ俺にも?」



早霜「おそらくそうでしょう…そこで本題です…」



提督「なんだ?」



早霜「この鎮守府には…代々相手がどんな不幸を持っているのかを知ることができる者が1人います…」



提督「そんなのがいるのか?」



早霜「かく言う私は…ここに来たときにその能力を受け継いだらしく…3代に渡って不幸を見てきました…」



提督「早霜がそうだって言うのか?それに受け継ぐってどういうことだ?」



早霜「能力の伝達に関しては詳しいことはわかりません…わかっていることは…能力を持つ者がここを去るとき…新しく入ってきた者が代わりに受け継ぐということだけです…」




提督「なるほど、じゃあ俺のもわかるのか?」



早霜「もちろん…それを見てお伝えするために今日ここにお呼びしました…如何しますか?司令官が望まないのであれば敢えて言いはしませんが…」



提督「・・・」



きっとこれは知るべき事実なのだろう、自分に起こる不幸は艦隊運用に差し障ることかもしれない。もっと酷ければ・・・それこそ、ここにいる仲間の生死にさえ関わるかもしれないのだ。



だが、そんなもの知りたくもない。もしもその不幸の内容が仲間の死だとしたらどうすれば良いというのか。死に行くとわかっている者にどうやって接しろと・・・


定められた不幸な運命を目の前にして絶望するなと言われて、果たしてそれを実行できる者などこの世にいるのだろうか。



早霜「・・・そんなに悩まずとも大丈夫です…今見たところ司令官のそれは…少なくとも人の生死に関わることではありませんでした… 」



提督「・・・本当か?」



早霜「間違いないでしょう…ただし…それが司令官にとってどれ程の不幸であるかを推し量ることは私にはできません…」



人の生死に関わるようなものじゃない、であれば聞くに越したことはないのではないか。もしそれが艦隊運用に関わることであれば、よほど酷い内容でない限り何らかの対策を打つことは可能かもしれない。



提督「・・・わかった、聞かせてくれ。」



早霜「よろしいのですね…それではお伝えしましょう…司令官に訪れる不幸…そらは・・・」




提督「・・・」




早霜「・・・」




早霜「・・・やっぱり止めておいた方がいいのかしら…」



提督「ちょっ、拍子抜けするからそういうの止めない?」



早霜「ごめんなさい…なら今度こそ・・・司令官に訪れる不幸…それは…ここの鎮守府にいる限り何度合コンに行っても絶対に目星を付けていた人を先にとられ挙句の果てには自分だけカップル成立に至らない…です。」



提督「・・・はい?」



今、何やらものすごく不吉なことを聞いたのは気のせいだろうか。



早霜「あらごめんなさい…聞き取りづらかったかしら…ならもう一度…ここの鎮守府にいる限り何度合コンに行っても絶対に目星を付けていた人を先にとられ挙句の果てには自分だけカップル成立に至らない…聞き取れたかしら?」




提督「・・・」




提督「・・・」




提督「・・・」フッ




早霜「司令官…?」




提督「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」



早霜「司令官!?」



提督「そんなことってあるのかよぉぉぉぉ!!なんだよそれ不幸って艦隊運用に支障をきたすようなことだけじゃねえのかよ!何で俺だけそんな非モテ男の切実な願いを踏みにじるような悪どいやつなんだよぉぉぉお!」



提督「折角明々後日に学生時代の同期が俺のために合コンセッティングしてくれたっていうのにそれじゃあ唯の引き立て役に呼ばれたみたいじゃねえかよ!」



提督「何で神様はこうも俺にモテないように仕向けるんだよ理不尽にも程があるだろうがばっきゃろい!」



早霜「司令官…落ち着いて下さい…」



提督「そんな余裕あるわけないだろ!なんでこんな目に遭わないといけないんだよ!」



早霜「キャッ・・・」

ドテ



提督が早霜の手を振り払うと、バランスを崩した早霜が後ろに倒れた。



提督「はっ・・・!」



途端に提督が我に帰る。そして早霜の元へと駆け寄った。



提督「すまない早霜、大丈夫か?」



早霜「平気で…うっ」



提督「どうした、どこか痛むのか?」



早霜「足首を捻ったようです…」



提督「どれ・・・少し赤くなってるな。早いところ手当をしないと腫れてしばらく痛む、救急箱はあるか?」



早霜「奥の部屋の棚に…」



提督「わかった、少し待ってろ。」



大急ぎで救急箱を取りに行くと、冷凍庫から氷を拝借してすぐに手当を始める。



提督「・・・よし、とりあえずはこんなものか・・・早霜、本当にすまなかった。情けないな、くだらないことで取り乱してしまった。」



早霜「いえ…私がもっと言葉に気をつけていればこんなことには…」



提督「いや、今のは本当に俺が悪かった。早霜はちゃんと俺のことを考えて言うかどうか迷ってくれてたのに、格好悪くも取り乱しちまった。本当に情けないな。」



早霜「でも…こうして的確で迅速な手当をして頂きました…」



提督「怪我させといて放置するような馬鹿じゃないからな、それに俺がしっかりしていれば早霜にこんな目に遭わせずに済んだんだから、このくらい当然だ。」



提督「今日一杯は痛むだろうけど、明日には良くなるはずだ、こんな言い方するのは変だけど少しだけ我慢してくれ。」



早霜「ありがとうございます…」



提督「礼なんてよしてくれ、責められるのももちろん辛いけど、あまりそう言われたくない。」



早霜「それでも…お礼はしておきたかったので…」



提督「・・・早霜はいいやつだな。」



早霜「え…?」



提督「少しわかりづらいけど、早霜は他人思いで優しいと思う。」



早霜「そんな…急に言われても…」



提督 (あまり褒められ慣れてないのか)



早霜をストレートに褒めると途端に目線が泳ぎ始める。どう反応を返していいのかわからないのだろう。



提督 (ちょっと恥ずかしいが・・・)



提督「早霜…」



早霜「何でしょう…」



提督「褒められた時は、ちゃんと褒められておいた方がいいぞ。」

よしよし



早霜「・・・//」



早霜「・・あ・がと・・・います…//」



提督 (ちょ、そんな顔されるとこっちまで恥ずかしくなるって)



またガラでもないことをして自爆するのは格好悪すぎて勘弁願いたい。だが、真っ赤になった早霜の顔は見ため以上の破壊力がある。提督を超えるエリート童貞が提督の代わりにこれをやっていたなら即天に召されるだろう。



提督 (しかもどうしよう、やめ時がわからねえ)



撫でられ続けて成されるがままにされている早霜を見ていると、もっと続けて欲しそうで止めるに止められない。



提督「えっと・・・もういいか?」



早霜「・・・//」



提督 (何か言ってくれぇぇ!)




提督「や、やめるぞ」



早霜「・・・あ…」



提督「え、もっと?」



早霜「あ…いえ・・・大丈夫です」



丁度撫でられていた所を片手で押さえ、早霜がぼーっとする。余韻を楽しんでいるのだろうか、あまりにもぼーっとして動かないので知らない人が見たらマネキンか何かと見間違えそうだ。



提督「早霜?」



提督「おーい」

ぶんぶん



早霜「あ…ごめんなさい…何かしら…?」



提督「いや、何でもないが・・・おっと、もうこんな時間か。そろそろ寝ないとな、ポーラも上着かけてるとは言え放ったらかしにしておくのはまずいし。」



早霜「そうですね…遅くまで付き合わせてしまってすみません…」



提督「いいよ、どうせ明日も暇だからな。なんなら後片付けも俺が代わりにやるぞ?」



早霜「よろしいのですか…?」



提督「ポーラを置いてきた後でな。それに怪我させちまったんだ、俺がやるのが筋ってもんだろ。」



早霜「すみません…そうしていただけると助かります…」



提督「ああ、任せとけ。さて、この呑んべえを運ぶとするか・・・よっと、おとと、意外と重いな。ワイン一本丸ごと飲み干したからか?」



寝てるのをいいことに年頃の女性に対して何とも失礼な発言をする。だが、そんなセリフをつい漏らしてしまう程度には重かった。




それから、ポーラを部屋に連れて行き、その後早霜の代わりに洗い物や掃除などをやって遅くまで起きていた。



だがそのうち互いに眠気が襲ってきたので残りを翌日の午前中に片付けることにして各々の部屋に戻って眠りに就いた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




GW 3日目




朝早く起きてバーの片付けを終えた提督は、午前中をグダグダして過ごし、偶にはということで睦月型全員を呼んで手料理を振る舞った。



それなりに凝ったオムレツは好評で、特に皐月はよほどお気に召したのかお代わりまでしてくれた。



髪と同じ黄色だからなのかなと思って皐月の好き嫌いについて尋ねてみたところ、珍しいことに皐月はパプリカが苦手らしい。つまり別に黄色い食べ物なら何でも好きというわけではないようだ。



楽しく賑やかな昼食が終わってしばらく提督の部屋が遊び場となった後、ほとんどのメンバーが提督のベッドの上で食後の仮眠をとりはじめた。



キングサイズの誰得な大きさのおかげで弥生と皐月を残した8人は丁度よくベッドに収まった。寝返りをうとうものならいとも簡単に唇同士が触れてしまいそうだが意外と大丈夫だろう。



提督「さて、今更だけど2人は寝なくてもいいのか?」



皐月「折角の休みなのに寝ちゃうなんてそんなもったいないことはしないよ!」



弥生「弥生は、大丈夫です…いつもちゃんと寝てますから。」



提督「そうか、なら一緒に町にでも行かないか?ポーラの買い物に付き合ってやろうと思っているんだけど、どうだ?弥生は昨日行かなかったし。」



弥生「え、そんな気にしなくても…」



皐月「行く行く!弥生ちゃんもそんなこと言わずに行こうよ!」



提督「どうしても嫌なら仕方ないけど、ずっとここにいるのも退屈だろ?偶には広い外に出て羽を伸ばした方がいいと思うけど。」



弥生「・・・そこまで言うなら…行ってもいいです。」



提督「よし、じゃあ決まりだな。俺はポーラを呼んでくるから、先に準備済ませておいてくれ。」



皐月「了解だよ司令官!」



弥生「わかりました…」




そして、




提督「よし、準備できたみたいだな。」



ポーラ「お出かけ楽しみですね〜♪はりきっていきましょー!」



皐月「2日連続でお出かけだー!やったー!」



提督「あれ、弥生はどうした?」



弥生「弥生、ここにいるよ… 」



提督「お、そこにいたか・・・どうした、制服のままでいくのか?」



弥生「実は…服が部屋着ぐらいしかなくて、それで・・・ごめんなさい…」



提督「そうだったのか・・・でもまあそんなに気にしなくてもいいぞ。そうだ、どうせなら弥生の服も見ていこうぜ。」



弥生「ふえ!?そ、そんな、私は別に・・・」



提督「女の子なんだからお洒落の一つや二つしなくてどうするんだよ。うちの長門だって休みの日は部屋でこんな格好してたぞ。」



スマホを取り出し、前の鎮守府で長門の部屋を訪ねた時の写真を見せる。画面では、あの武人然とした誇り高きビッグセブンとは思えないほどの可愛らしいパステルカラーのワンピースを着た長門が、失敗ペンギンを始めとする大小様々な縫いぐるみに囲まれて盛大にエンジェルスマイルを披露している長門の姿が写っている。



ポーラ「可愛いですね〜、これがナガートですか?」



提督「そう、いつもは冷静で真面目で堅苦しいやつだけどな、裏じゃちゃんと女の子してるんだよ。あ、これ見せたことは他の奴に言うなよ?」



皐月「長門さんのこんなところ初めて見たよ!すっごくカワイイね!」



皐月「ねね、弥生ちゃんもこんな風になれるんじゃないかな?」



弥生「そんな、こんな風にはなれないと思う…」



ポーラ「そんなことないですよ〜、ポーラもお手伝いしま〜す♪。」



提督「よし、こうなったら弥生がなんと言おうと、『弥生をお洒落にしちゃえ作戦』をやるとするか。」



弥生「ふええ!?」



嬉しいやら恥ずかしいやら何やらよくわからない感情が弥生の心でグルグル渦を巻くが、3人はニコニコして彼女の困ったような反応を楽しんでいる。このまま引き下がるのは何だか癪なので彼女はしばらく無口になることにした。



皐月「ところで司令官、どうやって町まで行くんだい?」



提督「歩きだと疲れるから車で行こうと思ってるんだが、そろそろ来たかな?」



皐月「来たって何が?」



提督「俺の車を運んでもらうように頼んだんだよ、急だけどすぐに届けてくれるって言ってたから外側に行ってみようぜ。」




そうして、一向が鎮守府を隠す山を抜けて少しの間待っていると、遠くに大型車両がこちらに向かってくるのが見えた。



提督「お、来た来た。」



轟音を立てて走ってくるそれは、どうやらトレーラーらしい。かなり大きいので安全と思われる場所へと下がっておく。



やがてトレーラーが目の前で停まると、運転席から運転手が顔を出した。



提督「久しぶりだな伊勢!遠いところを態々ご苦労!」



伊勢「提督久しぶりー!元気そうだね!」



提督「おかげさまでな。日向はどうだ、あいつも元気してたか?」



日向「私もいるぞ、随分と久しいな。どうだ?こちらの生活にはだいぶ慣れたのか?」



提督「まあな、それなりに悪くはないと思うぞ。」



日向「そうか、まあ息災で何よりだ。」



提督「流石に死ぬようなことは無いって。」



運転席にいたのは前の鎮守府の仲間である航空戦艦の伊勢と日向だ。何故か昨年の夏休みに大型車両の免許をとってきたこの2人に、鎮守府に駐車しっぱなしの自分の車を運んできてもらえないかと、昨夜自室に戻った時連絡をとっていたのだった。



伊勢「だと良いけどね。さて、車降ろすからちょっと手伝ってよ。」



提督「わかった、それにしても急で悪かったな。いつ出発したんだ?」



伊勢「本当は朝食食べてからの予定だったんだけど、寄り道したい所があったから4時くらいに起きて積み込みして、出発したのは5時くらい。」



提督「うわ、そんなに早く起きて大丈夫だったのか?すごく眠かったんじゃないか?」



日向「心配いらない、出る前にこれを飲んだからな。」



そう言った日向が懐から一本のエナジードリンクを取り出す。よくみると、最近海外でトラック運転手に重宝されているという、二本飲んだだけで死に至る超強力なエナジードリンクだった。



提督「なるほどな、そりゃ大丈夫なわけだ。」



日向「飲めば5時間は絶対に眠らないからな、我々ドライバーの頼もしい味方だ。」



伊勢「それで、効果が切れるあたりで途中から私が交代したっていうわけ。」



日向「だがこれはすごいぞ、効果が切れたはずなのに少しも眠たく感じないんだ!(あくまで個人の意見です)このままだと今日の夜は眠りに就かなくても良い気がする。」



提督「流石にそうなってたら危険だからその時は医者に診てもらった方がいいな。」



提督「ところで・・・このビニールシートが被せられたデカイ塊はなんだ?」



伊勢「ああこれ?見たらびっくりするよ〜」



日向「これのために朝早く起きたと言っても過言ではないな、そうじゃなかったらもっと遅く出ても何ら問題はなかった。」



確かに、不幸鎮守府から前にいた鎮守府はそこまで距離があるわけじゃない。電車を利用すればそれこそ1時間程度で町まで辿りつけるし、町からは車で来れば十数分くらいしかかからない。




日向「本当に良い買い物だった、提督もこれを見たらきっと感動するぞ。」



提督「うーん、お前ら2人がそこまで夢中になるものって言ったら・・・」



伊勢「それじゃあ、あまりもったいぶっても仕方ないから早速ご開帳〜!」



使い方が少しおかしいが、どうせノリで言っているだけなので敢えてはツッコまない。



提督「どれどれ・・・なんじゃこりゃぁぁ!!」



日向「ふふふ、まあ、そうなるな。どうだ、素晴らしいだろう?」



伊勢「どう?原寸大の晴嵐よ!すごいでしょ!」



提督「すごいもなにも、何?これ飛べるのか!?」



日向「もちろん、レプリカ品とはいえちゃんと飛行可能だ。残念ながら免許が無いので飛ばすことは叶わないがな。」



提督「こりゃまた随分と高くついたんじゃないのか?」



日向「何、金銭面の問題なら心配しなくとも、全額鎮守府のほうでもってくれた。」



提督「おいこら、何勝手に鎮守府の予算を使ってるんだよ。」



伊勢「大丈夫、ちゃんと新人さんの許可もらったから。はいこれ証書。」



提督「あのやろ、真面目な常識人だと信用してた俺が馬鹿だったか。」



伊勢「えーと、簡単に説明すると、これ本体の値段はそこまで高くないの。だいたいちょっとお高めの中古車ぐらい。」



日向「新人の知り合いにミリタリーオタクかいてな、その知り合いがサークルの仲間と作った機体なのだが、いかんせんこれを飛ばせるだけの滑走路がない。」



提督「そりゃそうだ。」



日向「そこで、最近大本営から依頼された航空基地の建設をしている我々の鎮守府に、格安で譲るからデータを取るためのテスト飛行をさせてくれないかと打診しにきたというわけだ。」



提督「なるほど、そういうことなら良いか。友人付き合いは大事だもんな。」



提督「ところで、航空基地ってなんだ?まさか新しく空軍でもできたのか?」



伊勢「お、こっちにはまだ伝わってないんだ。えーと、ざっくり説明すると、今回の大規模作戦が敵の中枢まで攻めに行くっていうすごくド派手な作戦で、そのサポートのために沢山の航空隊を投入することになったの。でもあまりに数が多すぎるもんだから私達航空戦艦と空母じゃ全然載せきれなくて、それで急遽基地を作ることになったの。」



提督「なんだ、もうイベントの時期だったのか・・・大体の事情はわかった、まあここはいつも参加してないみたいだから俺からは頑張れってしか言えないけどな。」



日向「なんだ、提督は参加しないのか?」



提督「あまりこういう派手なことに参加すると色々とマズいんだよ。本来ならお前達にここの場所教えるのだってタブーだからな?」



伊勢「わかってる、絶対に他言はしないから。」



提督「恩にきる。ところで、お前達も主力メンバーなのか?」



日向「ああ、とうとう航空戦艦の時代が来たようだ。」



伊勢「私達のすごいところ一杯アピールできるいい機会だよ。」



提督「そうか、気合十分だな。ならこれを持って行ってくれ、大したことないけど車を持ってきてくれたお礼だ。」



日向「これは・・・瑞雲(六三四空)じゃないか、しかも沢山。いいのかこんなに貰って!」



提督「何故か知らないけど工廠跡地から大量に出てきたんだ。うちでも使うやつは限られてるし、前線で使ってくれるなら本望だ。遠慮せずにもらってくれ。」



多分、明石がそれで何かをしようとしていたのだろう。他にも無理やり穴を開けた痕があるものや、ありえない魔改造を施された機体も発見されていた。(当然、そんな物は渡せない)



伊勢「ありがとう提督!よし、これは負けてられないね。今回こそ良い成績とるよ、日向!」



日向「当然だろう?感謝するぞ提督、ありがたく使わせてもらう。」



提督「いい報告期待してるぞ、それじゃあまたな!みんなにも宜しく言っておいてくれ!」



伊勢「うん、またね!」



日向「また何かあれば呼んでくれ!今度は晴嵐に乗って来よう!」



そうして2人を乗せたトレーラーは町の方へと走って行った。




提督「あいつらも全然変わってなかったな・・・ま、それも当然か。」



提督「よし、待たせたな。それじゃあドライブに行くぞ!」



皐月、ポーラ

「オー!」



弥生「お、おー…」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




町にて




提督「よし、着いたな。まずはどこに行く?皐月、あそこのショッピングセンターってもう行ったのか?」



皐月「行ったけど、全部は回れなかったから残りも見てみたいな。」



提督「そうか、ポーラと弥生は?他に行きたいところがなければそこに行くけど。」



弥生「弥生は大丈夫…」



ポーラ「ポーラもそこでいいですよ〜。」



提督「了解、じゃあ菓子折買って、弥生の服見て、ブラブラしてって感じかな。あとは帰りに土産でも買っておくか。」



皐月「司令官!見て見てあそこのケーキ屋さん!昨日見たときシュークリームがすごく美味しいそうだったんだよ!」



弥生「シュークリーム!?」



突然、弥生が普段はあまり出さないような大きめの声をあげた。



提督「お、珍しいな、弥生がこんなに興味を示すなんて。」



弥生「は!…いえ、何でもない、です…」



ポーラ「シュークリーム?何ですか〜それ。」



提督「何って言われても・・・ああそうか、シュークリームなんて呼ぶのは日本だけだったか。」



皐月「そうなの!?」



提督「確か日本人が勝手に付けた名前だったはずだ。アメリカではクリーム・パフ、イタリア語は・・・・ビニエか?」



ポーラ「ああ、ビニエですか〜私あれ大好きですよ〜。」



弥生「フランスでは、シュー・ア・ラ・クレーム…です。あとシューはキャベツという意味です、見た目が似てるからそう名付けたって…」



提督「へぇ、そうなのか。キャベツは・・・似てなくもないか。それにしても物知りだな、やっぱりシュークリーム好きなのか?」



弥生「ふぇ!?そ、そんなこと・・・」



皐月「あれれ、そういう割には弥生ちゃん、顔に書いてあるよ?」



弥生「や、見ちゃだめ…」



提督「はは、土産はシュークリームで決まりだな。」



弥生「別に、弥生は何でもいいです…」



提督「あれ、じゃあシュークリームじゃなくて他のにするか?」



弥生「むぅ、司令官が意地悪する…」



提督「あはは、ごめんごめん、俺が悪かった。」



皐月「弥生ちゃんもしかしてオコ?オコなの?」



弥生「や、弥生怒ってなんかないよ!」



ポーラ「ヤヨーイは可愛いですね〜、ギュってしてあげちゃお〜。」

ギュッ



弥生「はぅ、そ、そんな、弥生は可愛くなんて…」

タジタジ



ポーラ「はあ、癒されますね〜、このままお昼寝した〜い。」



弥生「それは困る…です。」



ポーラ「大丈夫大丈夫、冗談ですから〜。それにしても髪が真っ直ぐでうらやましいですね〜、ポーラの髪の毛よく絡まるから起きた時梳かすの大変なんですよ。」



弥生「でも、ポーラさんの髪フワフワしてて、可愛い…です。」



皐月「ボクもフワフワしてる髪好きだよ!」



ポーラ「ありがと〜。サツーキの髪、ポーラも好きですよ〜。サツーキにとってもよく似合ってま〜す。」



提督「じゃあポーラ、俺の髪は?」



ポーラ「提督のですか〜?うーん・・・いいと思いますよ、はい。」



提督「なんか、上手くスルーされた・・・」



皐月 (そりゃどこから見ても普通だからなんて答えればいいかわからないよね)

ヒソヒソ



弥生 (うんうん)

ヒソヒソ



提督「聞こえてるぞ、頼むからそれ以上何も言わないでくれ。」(T ^ T)



ノリで言ったのにこれでは軽く罰ゲームだ。普通で何が悪いとでも言いたいところだが、自分だっていたって普通な人に「自分はどうだ」と聞かれたら返答に困る。




提督「まあ、ともかく着いたぞ。早く降りてくれ、俺はこいつを適当な場所に置いてくるから。ポーラ、通信機の類何か持ってるか?」



ポーラ「通信機ですか?ああ、持ってますよ〜。ええと確か・・・」

ゴソゴソ



ポーラ「あ!あったあった、最新型の無線通信機〜。GPS搭載、録音機能、100種の声を選べるボイスチェンジャーもついてる優れもの!今ならお値段なんt・・・」



提督「悪い、俺の言い方が良くなかった。携帯とか持ってないのか?」



ポーラ「なんだケータイでしたか〜、もちろん持ってますよ〜。」



提督「番号教えてくれ、その方が後で合流しやすい。」



ポーラ「えー、LI◯Eじゃダメですか〜?」



提督「あ、なんだやってたのか。じゃあそれで。」



ポーラ「むー、そのくらいやってます〜。」



提督「悪い悪い、じゃあほれQRコード。」



ポーラ「・・・よし、お友達登録完了〜♪」



提督「よし、それじゃあまた後でな。先に色々見て回っててもいいぞ。」



3人「はーい!」





で、数分後・・・




ポーラ「うーん、これなんかどうですかね〜。」



皐月「見てみて、これも似合うと思うよ!!」



提督「こっちもシンプルでなかなかいいんじゃないか?」



弥生 (・_・;



店内に入った後、合流した4人は早速良さげな服飾店を発見し、当初の予定を変更して弥生の服選びを始めていた。



皐月「ねね、弥生ちゃんはどれがいいと思う?」



弥生「え、そんな、どれも可愛くて弥生には… 」



提督「どれも似合いそうだからすごく迷うよな〜。」



ポーラ「困りましたね〜、これだといつまでたっても決められませんね〜。」



提督「こうなったらあれしかないよなー。」



ポーラ「ありませんね〜。」



提督とポーラ

クル



弥生 ビクッ!



提督「なあ弥生」



弥生「な、なんでしょう…」



とさ



弥生 (・・?)



提督「さ、行ってらっしゃい」( ´ ▽`)



弥生「ふえ!?む、無理、こんな可愛いの弥生着れな・・・」



提督「皐月、手伝ってやってくれよ。」



皐月「了解!ボクに任せて!」



弥生「あ、ちょ、皐月ちゃん、待って…」

ズルズル



皐月が弥生を引きずって試着室に連れて行く。そして、しばしカーテンがゴソゴソと揺れ、弥生のちょっと大人っぽい声が聞こえてきた。



提督「ポーラ、もしかして下着も選んでたのか?」



ポーラ「はい、ザラ姉様がオシャレは内側からだって言ってました〜。」



なるほど、ならば皐月が色々とやっているのだろう。一瞬、試着室の中で起きていることを脳が勝手にシュミレートしそうになったが、流石に駆逐艦はだめだと思い思考を切断する。流石に非モテ男属性に加えてロリコン属性まで付与されるのは御免だ。

(ならば駆逐艦じゃなければ良いのかという質問が出そうだが・・・そこはケースバイケースとだけ言っておこう)



皐月「司令官、ちょっとそこのスカート取って。」



皐月がカーテンの隙間からひょっこり顔を出して提督の近くにかけられていたスカートをリクエストする。言われた通りの物を皐月に手渡すと、「まだ見ちゃダメだよ」と言ってまた顔を引っ込めた。



そして、少ししてから皐月だけが、器用にカーテンをあまり開かずに出てきた。



皐月「それじゃあ準備はいい?せーの!」

ガバッ



皐月が盛大にカーテンを開けると、そこには恥ずかしそうにうつむいて顔を赤らめている弥生の姿があった。



だが、そんなことよりも普段目にすることがなかった彼女の姿に思わず感嘆の声が出た。



ポーラ「あ、ポーラが選んだやつだ〜、どうですか?ヤヨーイにすごく似合ってると思いますけど。」



弥生が今来ているのはフンワリとした色合いの白のワンピースだった。デイジーを彷彿とさせるような花がモチーフとなっているそれは彼女の藤色の髪と見事に調和してなかなかに良い仕上がりを見せていた。腕に付けたアクセサリーもいいアクセントになっている。



弥生「やっぱり私には、こういうのは…」



提督「何言ってるんだ、すごく似合ってるぞ。」



皐月「ボクも着替えさせてるときすごくいいなって思ったよ!」



弥生「・・・//」



弥生が今まで見たことが無いほど顔を紅く染める。微かだが、ありがとうと聞こえた気がした。



それから、調子に乗った3人はまるで着せ替え人形のように次から次へと持ってきては着せてを繰り返した。流石にちょっと弥生が怒り気味になったときはすぐに止めたが、実際のところ3人はまだまだ物足りなかった。



そして、弥生がこれと思うものと、3人がそれぞれ一番良いと思った物の計4つセットの会計を済ませる。(勿論提督が)

選んでいる間はあまり嬉しそうではなかった弥生も、袋を受け取った時はとても嬉しそうに微笑んでいた。



服飾店を出た後は、皐月のアイデアで雑貨屋に行って今日連れてこなかった睦月型のメンバーのためにちょっとしたアクセサリーを買い、本当の目的であるポーラが教官のお見舞いに持っていく菓子折を見て回った。(結局選んだのがウイスキーボンボンだったので本末転倒だが、まあそのときはついオーケーを出してしまったのだ。)



目的を達成して、十分に満足した4人は帰りがけにシュークリームを沢山買い込んで帰った。ポーラがつまみ食いしようとして1つシートの上に落としてしまって、クリームが取れなくなってしまい、しばらくそこだけカスタードの香りが漂うようになってしまったが、楽しい午後を満喫した彼らにとっては笑いの種程度にしか感じられなかった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




快楽が過ぎ去って・・・





楽しい楽しいGWもあっという間に終わりを迎え、世間が再びやってくる日常に難色を示している頃、不幸鎮守府では非常に危険な事態を迎えていた。




わずかな人数を残してほとんどの者達が無気力、倦怠感に苛まれ倒れてしまったのだ。



ただの五月病じゃないかと思うだろうが、それにしたって規模がデカすぎるし何より症状が半端ではない。



倒れた者はまるで時間が止まったかのように昏倒し、揺すり起こそうが水をかけようがいかなる手段でもその瞼を開くことはなかった。また、かろうじて倒れなかった者も極度な悲観を起こして部屋の隅でうずくまったり、布団から出ようとしなかった。



そして、提督も再起不能な状態にまで精神をやられており、意識不明の状態が続いている。



今現在、無事で済んでいるのはこんなこともあろうかと訓練を受けていた卯月と、何故かはわからないがこういった精神系には強いらしい早霜。



そして・・・




皐月「ごめんね、司令官・・・ボクのせいでこんなことになっちゃって。」





提督の補佐役の任を受け持つ睦月型駆逐艦の1人、皐月だ。何かと曰く付きなことが多いメンバーの中で一番普通に見えた彼女は、実は常識的にありえない特異な体質の持ち主だった。




早霜「まさか…皐月さんでしたか…過去に謎の精神疾患を媒介し…鎮守府1つを丸ごと潰しかけたという艦娘は…」



卯月「皐月ちゃんが?・・・どういうことピョン?」



早霜「卯月さんは五月病をご存知ですよね?」



卯月「GWが終わってみんながショボンとしちゃうあれピョン?」



早霜「平たく言えばその通りですね…五月病とは新社会人に多く見られる、新しい環境に適応できないことに起因する精神的症状の総称です…医学的には適応障害又はうつ病と診断されます…」



卯月「五月病ってうつ病だったピョン!?」



早霜「症状が同じですから…」



早霜「兎も角…皐月さんはその五月病をこの時期に自分の周囲の者に「感染」させてしまう体質を持っているようです…」



卯月「ええ!?司令官が寝てるのって五月病になっちゃったせい!?」



卯月「でも、もしそうだったら・・・」



早霜「卯月さんの疑問ももっともです…本来であれば司令官を始め他の方々のように意識を失うようなものではないはず…おそらく皐月さんは「感染」させるだけでなくその症状を悪化させてしまうのでしょう…」



皐月「・・・その通りだよ。」



卯月「皐月ちゃん・・・」



皐月「毎年こうなっちゃうんだ・・・ボクのせいでみんなが大変なことになるから、今までこの時期になったらこっそりいなくなってたのに・・・」



早霜「それで昨年…大本営で保護されてしまったと…」



皐月がどうして知っているのとでも言いたそうな顔で早霜の方を見た。だが、すぐにまたうつむいて話し始める。



皐月「そう…大本営の人達はボクのこと知らなかったから解体されなくて済んだけど、その代わり逃げたことがバレたら不良艦娘として解体されちゃうんだ。」



だから彼女はGWが終わる頃までに逃げることができなかった。みんなに迷惑がかかることがわかっていても、解体されるのが怖かった。



皐月「ごめんね、ボクがここに来なければこんなことにはならなかったのに・・・」



皐月の目から涙が落ちる。1つ、また1つと次々に落ちていっては床にシミを作っていった。




本当は自ら解体されるべきだというのもわかっていた。それに存在そのものが周囲を不幸にしてしまう自分が嫌だった。



でも、臆病な心が解体されることを必死になって拒んでしまった。沢山の人々と触れ合ううちに生きていたいと願ってしまった。



涙で掠れる声で途切れ途切れにそう伝える彼女はとても苦しそうだった。いや、そうやって今までずっとずっと苦しみ続けてきたのだろう。止まらぬ涙がそれを伝えてくる。



卯月「・・・皐月ちゃん」



皐月「・・・?」



卯月 ギュッ



卯月が皐月を抱きしめる。まるで今にも折れそうな皐月の心を支えるかのように力強く。



卯月「大丈夫、皐月ちゃんはうーちゃん達の仲間だピョン。前に司令官が言ってたピョン、誰にも死んでほしくない、いなくなってなんか欲しくないって。」



皐月「でも、ボクは・・・」



卯月「司令官なら皐月ちゃんがどんな子でも仲間だって言ってくれるピョン。」




皐月「でも、ボクは司令官達を助けてあげられない。どうしたらいいかわからないよ!」



早霜「最初に皐月さんがいた鎮守府は何故助かったのですか…?」



皐月「あのときは、みんな病院に運ばれて目が覚めるまでずっと入院してたんだ。でも、1ヶ月ぐらい誰も目を覚まさなかったらしいから・・・」



早霜「つまり…医療機関を利用することができないここの鎮守府では…1ヶ月も意識の無い方々の命を繋ぎとめておくことはできないということですか…」



不幸鎮守府は、軍が一般人へのありとあらゆる情報を全て公開禁止にし、その存在を隠してきた鎮守府だ。だから民間の病院を利用することは情報の漏洩を防ぐために禁じられている。

それに軍の経営する病院を利用するにしても、人数が多過ぎるためいくら隠蔽しようとしたところでマスコミがすぐさま嗅ぎつけるだろう。

何人もの軍の関係者が病院送りになった、その事実だけで一大事ととられてしまうからだ。




このような事態を想定して、医療のスペシャリストである医務妖精がここには大勢配備されているのだが、彼女等も五月病にかかってしまっているので現状誰も手の施しようがない。



卯月「どうしよう・・・」




皐月「やっぱり、ボクなんていない方がいいよね・・・」



卯月「そんなことないピョン!仮に皐月ちゃんがいなくなって司令官が助かっても、そんなの司令官が喜ぶはずないピョン!」



皐月「でもどうするの?このままだと皆死んじゃうんだよ!?」



早霜「少し落ち着いて下さい…私も皐月さんがいなくなるのには反対です…教官さんの鎮守府に協力を依頼してみましょう…助かる手があるとすればそれしかありません…」



卯月「それは無理ピョン、今は大規模作戦の真っ最中だからそんな暇なんて・・・」



皐月「・・・」



途方に暮れる3人、正直言って皆心の中では無理だと思っていた。



だけど簡単に人の命を諦めるなんてことはできないし、皐月のことを救ってやりたいと切に願っていた。




必死に考えること十数分、既に3人の口が開かれることはなくなっていた。

その間、皐月が何度も口を開きかけていたが、卯月と早霜がそれをさせなかった。絶対に言わせてはいけないという強い意志が皐月の言葉を拒んだ。




だが、いつまでも答えにたどり着くことができない問題を考えていられるほど人間の脳は優秀ではない。



諦めてしまえという言葉が何度も何度も頭をよぎるようになってくる。




流石にもう考えるのも辛くなってきたその時、非常事態を告げるアラームが鎮守府に響いてきた。



卯月「何!?どうしたの!?」



早霜「これは…何者かが侵入してきたようですね…」



卯月「そんな、こんな時に・・・」



早霜「この3人で何が出来るかはわかりませんが・・・ここを守れるのは私達だけです…迎撃準備を」



早霜そう言いかけたその時、素晴らしい勢いでドアが蹴破られた。




早霜「ここに…何のご用でしょうか」



叢雲「ここにウチの元提督がいるはずよね、どこにいるのかしら。」




先程までドアが付いていた木枠の間に立っていたのは、槍を片手に携えた叢雲だった。もう片方の手にはゴツいメタルケースを持っている。



卯月「司令官のとこには行かせないピョン!!」

ガシャン



皐月「司令官に手を出す気なら容赦はしないよ!」

ジャキン




叢雲「・・・はあ、まったく」



砲門を向けられても臆することなく叢雲が歩き始める。



と思ったその時、2人の視界から叢雲が消えた。否、一瞬にして目で捕捉できなくなった。



叢雲「残念ね、あんた達とは練度も経験してきた戦闘の数も違うの。」



いつの間にか背後に立っていた叢雲が卯月に槍を向け、皐月に単装砲を向けていた。



叢雲「そこのあなたも、馬鹿な考えは止めておくことね。私を狙って気を反らせたうちに2人に仕留めさせようなんて、そんな使い古された作戦は通用しないわよ。」



早霜「・・・」




皐月「・・・司令官に何の用?」



叢雲「何の用ですって?・・・決まってるじゃない。」




突然、叢雲がドアから飛び出して向かい側のドアをまたしても豪快に蹴破った。

(普通に入れないのk・・・いえ、何でもありません)



卯月「そっちはダメ!そこには司令官が・・・」



だが、叢雲は聞く耳を持たない。そして提督が眠っているベッドの元まで行くと・・・



叢雲「まったくもう、だらしないわね!いつまでそうしてるの!?さっさと起きなさいよ!」



叢雲「起きる気がないのなら・・・これでもくらいなさい!!」



叢雲がメタルケースの中から茶色のビンを取り出すと、フタを開けて提督の口に強引に押し込んだ。



提督「むぐっ!!・・・ム〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」



なんと、今までずっと起きなかったはずの提督からものすごく悲痛な叫びが飛び出してきた。



叢雲「起きた?司令官」



提督「ごほ!ゲホ!何するんだよ!起きたじゃねえだろ!死ぬかと思ったわ!」



皐月「え、司令官・・・?」



提督「よお、皐月・・・あれ、なんで叢雲がここに?」



叢雲「情けない元司令官のために私自ら来てあげたのよ。」



提督「えーと・・・あれ、俺一体どうなってたんだ?・・・それになんで皐月は泣いてるんだ?」



皐月「しれいかぁぁぁぁん!!」

ギュウウ



提督「うお!?急にどうしたんだよ皐月、なんで泣いてんだ?」



皐月「ごめんね司令官、ボクの…ボクのせいで・・・」



提督「おいおい、皐月がいつ何をしたんだよ。」



卯月「司令官が起きたピョン!!良かったぁぁぁ!」

ムギュウ



提督「おうう、卯月まで何で抱きついてくるんだよ。」



卯月「だって司令官が死んじゃうかと思ったんだピョン!!本当に心配したんだピョン!!」



提督「え、何?おれそんなやばい状況に陥ってたの?」




叢雲「・・・私に聞かれても困るわよ」



提督「あ、すまん何となく」



提督「・・・早霜、いつの間に俺の背中に引っ付いてたんだ?」



何かにしがみつかれている感覚がして後ろを振り返ると、早霜が提督の背中に張り付いて顔をうずめていた。




早霜「説明は後でさせていただきます…だから今はこうしていさせて下さい・・・」



提督「う、ああ、わかった・・・」



提督「どうした、叢雲?」



見ると、叢雲が物欲しそうな目でこちらを見ていた。



叢雲「べ、別に、何でもないわよ・・・」



何だか、見えない何かと戦っているらしい。そっぽを向いてはこちらを何回もチラチラと見てくる。



だが、長いこと一緒にいた秘書艦だ。意図するところは大体わかる。




提督「いいぞ、来いよ。」



叢雲「なっ!別に子供扱いして欲しいわけじゃないわよ!」



提督「そういうわけjy・・・」



叢雲「でも…あんたが私のことを褒めてあげたいって言うなら構わないけど・・・」



提督「・・・ああ、助けてもらったみたいだしスゲー褒めてやりたい。いや本当、マジで 」




叢雲「・・・」




叢雲 ギュッ



提督「う、ちょっと抱きつき過ぎじゃないか?」



叢雲 ムギュ



提督 (やれやれ…)

ナデナデ



叢雲 ピョコピョコ



提督 (あはは、喜んでるのが丸わかりだぞ。普段から大人ぶってるけど叢雲もやっぱり駆逐艦…十分子供だな)




顔は見えないが、頭のユニットがさっきからピンク色に光りながらピコピコ動いている。提督と一緒にいて尚且つ機嫌が良い時によく見られた反応だ



本人もユニットと同じくらい素直だったら良かったのにと思うが、それを言えば確実に彼女は怒るだろう。(というか前に一度怒らせた)



だが、そんな彼女の不器用な一面は、彼女が持っている沢山の長所に比べたらほんの些細なことだ。そもそも、長いこと相棒同士だった身としては全然気にもならない。



提督「・・・ところで、どうして叢雲は来てくれたんだ?」



叢雲「何よ、理由がないと来たらダメだって言うのかしら?」



提督「そんなことないって、来てくれたことにはすごく感謝してる。でも何だかタイミング良すぎるかなって。」



叢雲「偶然・・・そう言ったところでどうせ納得しないわよね。」



提督「いや、叢雲の言葉だったら納得できる。」



叢雲「何でよ、あんた馬鹿なの?」



提督「馬鹿も何も、エイプリルフール以外で俺に嘘ついたことないって言ってたのはどこのどいつだよ。叢雲が偶然だって言うなら俺は偶然だって納得するさ。」



叢雲「む、何か生意気ね。」



提督「そりゃどうも」



叢雲「はあ・・・偶然なわけないじゃない。伊勢さんと日向さんに聞いたのよ、あんたがGWを満喫して楽しんでるって。」



提督「・・・それで?」



叢雲「勝手のわからない場所に送りこまれて、オマケに年がら年中365日ずっと働いてばっかりだったあんたが突然休暇なんてとったら五月病になることぐらいわかるわよ。」



叢雲「それに、あんたが着任した最初の年にどれだけ大変な目に遭ったか、まさか忘れたわけじゃないでしょう?」



提督「あ・・・」



叢雲の言う通り、提督になった最初の年に慣れない環境についていけず、酷い五月病にかかった覚えがあった。(主に叢雲のせい)



そして、その時は叢雲が看病(?)してくれていたはずだ。



それに・・・



叢雲「あの時あんたに飲ませたこれ、ひょっとしたらまた必要になるんじゃないかって思って持ってきたのよ。」



そう言って叢雲が先ほど提督の口に突っ込んだ空の空き瓶を見せる。



提督「それって・・・」



叢雲「思い出した?私特製のスペシャルエナジードリンクよ。」



飲めばいかなるうつ病患者だろうと生気を取り戻し、常人が飲めば全身から力が溢れ出てきて戦闘力が2倍に上昇する(かもしれない)、飲めば24時間無休で活動できる(というか絶対に休めなくなる)と言われる奇跡のエナジードリンク、その名もムラクモンZゲロマズパイン味(提督が勝手に呼んでいる)



製造法方、原材料、製造年月日等の一切が不明のこの怪しすぎるドリンクは、効果時間の間中まるで高速修復剤を使用したかの如くずっと全身を治癒し続けるため、その効力に反して体への負担が極端に少ない。(ただの強化版味付き高速修復剤説あり)




だから提督は五月病から回復した後も、何度か叢雲にお願いしてドリンクをもらおうとしたのだが、叢雲自身作れたのは奇跡だと言っており、提督が使用した一本しか存在しなかったのだ。



だが、その秘薬が今再び自分に使用された。しかも叢雲が持っているメタルケースには他にも複数同様の小瓶が確認できた。



提督「もしかして、量産に成功したのか?」



叢雲「ええそうよ、結構頑張ったんだから。ほら見て、さらに改良して粒タイプのもできたのよ。」



提督「そりゃすごいな!本当、良くったよ!」



叢雲「ただし、司令官はもうしばらくは使えないわ。」



提督「え、そうなのか?」



叢雲「少なくとも、あと一年は待たないとダメね。副作用についても研究したんだけれど、服用後一年以内に使用すると同様の効果は得られるものの人格がぶっ飛んでリアルなゾンビになるみたいよ。」



提督「何それ、すげえ怖い。」



叢雲「一年に一回の原則を守れば大丈夫よ。それに、どれだけ優れた薬でもそれに伴う副作用は絶対に存在するってこと。」



提督「なる程・・・」



叢雲「さてと・・・そろそろ行くわよ。」