2016-11-15 14:53:13 更新

概要

パート2になります。今後の更新はこちらで。
新作発売までに完結したいなぁ


ジムを出てポケモンセンターを経由した穂乃果は、絵里と希の案内で街を北上する。

「ねー絵里ちゃ〜ん、どこに行くの〜?」

「もうすぐ着くわよ」

「もうちょっと待ってな〜」

『待て』を食らう飼い犬のような状態で、穂乃果は二人の後ろをチョコチョコとついて行く。

「__さ、ここよ」

絵里が振り返ったその先には、立派な門扉。さらにその奥は、海。

「これは……何?」

「ジムバッジを集めてる穂乃果ちゃんの、最終的な目標やな」

「目標って?」

「バッジケース見れば分かると思うけど、カイトゥーン地方のバッジは八つ。あれは、八つのバッジを集めたトレーナーのみが開ける事を許された特別な扉なのよ」

「ほぇ〜……。あの先には何があるの?」

「最後の難関、チャンピオンロード。そして四天王とチャンピオンが待ち受ける、ポケモンリーグや」

「見えるかしら」

絵里が指さした先には、もやに隠れてうっすらと島が見える。そこにそびえ立つ、巨大な建物も。

「あれがポケモンリーグよ」

「ポケモンリーグは島なんだね……。__あれ? じゃあチャンピオンロードは?」

希は軽く笑って、

「チャンピオンロードは地下にあるんや。あの扉の先は海底洞窟になっていて、そこがチャンピオンロードになってるん」

「そうなんだ……。でも穂乃果はまだバッジ六個だから、行けないね……」

「そうね。__でも穂乃果なら、きっとすぐに残り二つも手に入れるんじゃないかしら?」

「ウチもそう思うで。そん時は、またここに来れば絵里ちが門を開けてくれるハズや」

「うん、分かった! 私、頑張るね!」

穂乃果は確固たる意志を込めて、彼方の建物を見据えた。



場所は移って、街の出入り口。

「じゃあな、穂乃果ちゃん。次のジム戦も頑張るんやで」

「うんっ!」

「次のジムがある街は、ここからウテックス山を下った先にあるサウシティね」

「サウシティ……?」

穂乃果はその単語に引っかかる。

「どこかで聞いた事ある気がする……」

懸命に乏しい記憶力を辿るが、

「思い出せないよぉ……」

ここまで非日常の膨大な知識を蓄えてきた脳内には、それを留めておく力は無かったようだ。

「ま、まあ必要になれば思い出せるわよ」

「せや。思い出せないなら、そこまで重要な事じゃないかもしれんし」

「うーんそっか……」

やや納得いかない穂乃果だったが、ここで知恵熱を出していても進まない。

「よしっ、行けば思い出すかも!」

自分のペースで、考えを振り切った。

「またね、絵里ちゃん、希ちゃん。絶対また戻ってくるからね!」

「ええ、待ってるわ」

「気を付けてな〜」

大きく手を振った穂乃果は、ガジアスシティをあとにした。





ガジアスシティまでの道は登り坂だった分、こちらは下り坂。早歩きのペースで、穂乃果は調子よく歩いていく。

ある程度下った所で、

「ん? 何だろここ」

鉄組みの足場が行き交う、開けた場所を見つけた。

「工事現場みたいだけど、誰もいないね……。ポケモンも見当たらないし……」

鉄骨の足場は古くはなく、試しに乗ってみても崩れる気配は無い。

「せっかくだし、ちょっと探検してみよっと! 珍しいポケモンがいるかもしれないし!」

静寂の中、穂乃果は意気揚々と歩き出す。

そしてすぐに飽きる。

「う〜……結構広いし、何もいないし……つまんな〜い!」

ため息をついて俯く穂乃果。__ふと、何かの気配を感じて視線を上げた。

「…………」

目が合った。

「うっひゃぁ⁉︎」

慌てて仰け反った穂乃果は、勢い余って尻もち。

「いった〜い!」

何事かと涙目で前を見やると、

「ネール」

鋼色の身体を持った巨大な蛇のような、

「あ、ポケモン……?」

穂乃果がポケモン図鑑を取り出すより早く、

「__ハガネール、どうかしたの?」

ポケモンの後ろから声が飛んだ。

「あ、トレーナーさん⁉︎ ごめんなさい! 大丈夫ですか⁉︎」

「あ、はい……」

アタフタとする目の前の少女に、穂乃果は逆に申し訳なく立ち上がった。

「あたしの名前は、ミカンといいます。一応、ジョウト地方のアサギシティという所でジムリーダーをやっています。使うポケモンは、__シャキーン! は、鋼タイプです!」

「し、しゃきーん?」

「わ、忘れて下さい!」

「はあ……。あ、鋼タイプって事は、真姫ちゃんと同じですね」

「真姫さん……ウェスリードシティのジムリーダーですね」

「はい! 強かったです! ミカンさんは、ハガネールを使うんですね」

「はい」

「でも、ここで何を?」

「ここは、少し前まで珍しい石が採れると採石場として使われていた場所です。ですが、ポケモンの生態系が壊れてしまうと廃棄されたんです」

「あ、だからなんだ……」

穂乃果は、この場所にポケモンがいない理由を知った。

「なので、ちょうどいい修行の場所として使わせてもらってるんです」

「へー……。__ミカンさん、バトルしてくれませんか?」

「あたしとですか?」

「はい! ジムリーダーなんですよね? 闘ってみたいです!」

一瞬固まったミカンだったが、

「分かりました。やりましょう」

強く頷いた。



「__あたしは、このハガネールでいきます」

「じゃあ私は……よしっ。ロゼリア、ファイトだよっ!」

「リア!」

飛び出したロゼリアに、穂乃果は早速指示を飛ばす。

「ロゼリア、フラッシュ!」

「リアッ!」

ロゼリアが全身から眩い光を発すると、

「ネール……!」

「くっ……」

ハガネールは顔を背けて怯む。

「うおっ、眩しっ⁉︎」

「今だ! ギガドレイ……うん?」

何か変な声が混じった気がして、穂乃果は指示を止めた。

「今の声は……?」

当然ミカンでもなく、彼女も不思議そうに辺りを見渡す。

「__ああああーっ!」

突然、穂乃果がある一点を指さして叫んだ。

ミカン、ロゼリア、ハガネールがつられてそちらを見やると、

「うげっ、お邪魔トレーナー!」

「オリジン団!」

にっくき派手な服装の男が、渋い顔でこちらを見た。

「こんな所で何やってるの!」

「ふん、ただの調査さ。そのついでに、ちょいと石を回収しただけの事!」

「石……?」

「ここはいいな。ほのおのいしにみずのいし、かみなりのいしの他にやみのいしなんかもあるじゃねーか」

下っぱはそれらの石が入っているであろう袋を持ち上げる。

「その量……明らかに多すぎます! ここの鉱石は、落ちている物を拾う程度で発掘は禁止されています!」

ミカンの訴えは、

「あーだから拾ったぜ? “埋まっていた石を掘り起こして”な」

ヘラヘラ笑いで流された。

「むっ……そんなズルは許さないんだから!」

「ヘッ、お前に許して欲しいなんて思わねーよ。__だがいつも邪魔ばっかするからな。ここらで、ちょっと痛い目見てもらおうか!」

下っぱが何か合図すると、十人強の下っぱが新たに姿を見せた。

「こんなにいたの……⁉︎」

「行け、ゴローニャ! 何やらおまけもいるが、運が悪かったって事で__」

「ハガネール、アイアンテール」

「ネール!」

衝突音。そして下っぱのゴローニャは後方へ吹っ飛んだ。

「……は?」

反応すらできなかった下っぱは、ゆっくりとミカンを見る。

「あなた達がどういう人かは知りませんが……ルールを守らないのであれば容赦しませんよ!」

「こ、コイツ、強ぇ!」

慌てた下っぱは、他の仲間に指示を飛ばす。

「あのお邪魔トレーナーを集中攻撃だ!」

『了解!』

怒るミカンを前に、長髪の幼なじみを彷彿としていた穂乃果は、少し反応が遅れた。

「ガントル、ロックブラスト!」

「ゴローン、どろばくだん!」

「トルッ!」「ゴロッ!」

「へ? __うわわわっ⁉︎」

「リアッ⁉︎」

ロゼリア共々慌てて避けるが、体勢を崩して危うく地面へダイブする所だった。

「穂乃果さん!」

「お前の相手は俺だ! ゴルバット!」

「ストーンエッジ!」

「ゴルゥ……ッ⁉︎」

「ゴルバット⁉︎」

下っぱのゴルバットを瞬殺したミカンは、穂乃果へ向き直る。

「大丈夫ですか?」

「平気です……。ちょっと前まで、転ぶのは当たり前だったし……」

「はい?」

「こ、こっちの話です」

苦笑いで穂乃果が起き上がろうと手を付いた時、

「ん……? 何だろう、これ……」

その手が、何かを掴んだ。

「それは、ひかりのいし……! 穂乃果さん、それをロゼリアに!」

「へ? はい!」

言われるがまま、穂乃果は手にした石をロゼリアに向かって放り投げた。

石がロゼリアに触れた瞬間、

「リアーッ!」

ロゼリアの姿が光に包まれた。

「これって……進化⁉︎」

光が収まった時、そこに立っていたのは、

「ロズレイッ!」

ポケモン図鑑を取り出した穂乃果。

「ロズレイド……。__あ、これって……」

何かを発見した穂乃果。グッ、と顔を引き締めると下っぱ達に向き直った。

「くそっ……進化したからどうした! 数で押し切るんだ! 行け、ヌオー!」

「__リーフストーム!」

「レイッ!」

ロズレイドが放った新緑の嵐は、残っていた下っぱのポケモン全てをまとめて飲み込んだ。

「んなっ……強すぎるぞ……!」

面白いように口を開けた下っぱは、

「くそっ! もうポケモンがいねえ……。退くぞお前ら!」

流石に戦意喪失したのか、下っぱは仲間を連れて退散した。その際、

「仕方ねえからこれは置いていってやるよ!」

大量の石が入った袋を投げ捨てた。

「やったねロズレイド!」

「レイ!」



「__ロゼリアは、ひかりのいしを使う事でロズレイドに進化するんです」

「そうだったんだ……。特別な進化の方法もあるんですね」

「はい。私のハガネールも、普通じゃ進化しないんですよ?」

「へ〜」

感心した穂乃果に、

「バトル、中断しちゃいましたね。お互いのポケモンも万全じゃないですし……またの機会にしましょうか」

ミカンはそう提案。

「う〜んそうですね……。ちょっと残念。__ミカンさんは、これからどうするんですか?」

「せっかくなので、ウェスリードシティに行ってみます」

「じゃあ真姫ちゃんに会ったら、よろしくお願いします!」

「分かりました。穂乃果さんは?」

「私はこの先にある、えっと…………サウシティ! に行きます。そこでジムに挑戦!」

「そうですか。頑張って下さいね」

「はい!」

差し出されたミカンの手を、穂乃果は強く握り返す。

それからお互い手を振って、逆方向へ歩き出した。





ミカンと別れた穂乃果は、ようやくウテックス山の麓、サウシティに到着した。

入り口にある展望台から街を見下ろし、街の全体を眺める。

「おー! 何か広々してるね~! あれは空港かな? 飛行機飛んでる!」

かなり開けた雰囲気を出すサウシティへ、穂乃果は一気に駆け出した。

「到着!」

まずはポケモンセンターを探し、ポケモンを回復してもらう。

「んーと、ジムは……」

穂乃果が辺りをキョロキョロと眺めていると、

「あれー? 穂乃果じゃん!」

「もうここまで来たんだ」

「やるぅ!」

聞き覚えのある懐かしい声が背中から響いた。

「ヒデコ! フミコ! ミカ!」

「順番にジムを巡ってるなら、バッジは……」

「六個だよ!」

「へー。じゃああと二つなんだ」

「いいペースじゃん!」

「えっへん!」

胸を張った穂乃果。

「次はサウジム?」

「うん!」

勢いよく頷いた穂乃果に、ヒデコは無慈悲な一言を告げる。

「今は、やってないよ」

「……え?」



「もう、ビックリしたよ!」

「ごめんごめん、説明が足りなかったね」

プンスカ歩く穂乃果と、その後ろからなだめつつ歩くヒフミ。四人が向かっているのは、

「__さ、ここだよ」

「ここがトレーナーズスクールかぁ……」

大小様々な建物が並ぶ、トレーナーの為の専門学校だった。

「サウシティのジムリーダーはここの教師も兼任してるから、ジムにいない事も多いんだよ」

「へ~。先生なんだ~」

穂乃果が感心していると、

「どうせ穂乃果は勢いだけで乗り切って来たんだろうし、少しくらい勉強した方がいいんじゃないの?」

「うっ……それは確かに……」

フミコの“勉強”という単語に拒否反応を示した穂乃果だったが、発言を否定もできない。

「とりあえず、見学だけしてみるよ……」

「まったく……」

ひとまず目の前のメインの校舎に入ると、授業を行っているという教室に案内してもらった。

「__このように、ポケモンのタイプによってはダメージが変わってくるのです」

そこから聞こえてきたのは、懐かしい、聞き慣れた柔らかい声。

「ことりちゃん!」

穂乃果はようやく思い出した。フォルリーフタウンで理事長、もとい博士からヒトカゲを貰った時、ことりはサウシティにいると言っていた事を。

「へ?」

「ことりちゃん! 穂乃果だよ!」

目を丸くしていることりに、穂乃果は構わず抱きつく。

「会いたかったぁ!」

「へ? え? ほのか……ちゃん?」

「うん! 穂乃果の事分かる?」

「ううん、よく知らない」

「そ、そんなぁ……!」

「でも、面白いし私、好きになっちゃう!」

「ホントに? さっすがことりちゃん!」

一応初対面で独自の世界を作り出す二人に、案内したヒフミは勿論、教室内の生徒もポカンと口を開けていた。



せっかくなので授業を受けていく事にした穂乃果。

「勉強は苦手だけど、ことりちゃんが教えてくれるならできるよ!」

かつてその相手が、赤点回避のために四苦八苦してくれた事など忘却の彼方。穂乃果は、一番前の席でそんな事を言った。余談だが、他の生徒はみな十歳前後の子供。明らかに浮いていたが、そんな事を気にする穂乃果ではない。

「それじゃあ今回は、古〜い歴史の話をします」

ことりは黒板に幾つかの絵と文字を書く。



『昔、このカイトゥーン地方には大地以外何もありませんでした。しかし、一匹のポケモンがいました』

『そのポケモンは、不思議な力を持っていました。その力を使って、ポケモンはこの地を一瞬で自然溢れる恵みの大地に変えました』

『それと一緒に、人や他のポケモンも、どこからかやってきて色々な場所で暮らし始めました』

『そのポケモンはそれに満足して、この地の中心で深い眠りにつき暮らしを見守りました』

『人々は感謝し、そのポケモンを祀って建物を造りました。そして日々の祈りをこめて歌を作り、歌いました』

『しかし時が経つにつれて、みんなそのポケモンの事を忘れていきました。そんなポケモンはいないと言う人まで出てきて、感謝を忘れ好き勝手に生きていました。ついには、権力を巡って争いも起きました』

『それに気付いたポケモンは、怒り目を醒ましました。そして、人間へ攻撃を始めました』

『その強大な力になす術がなく、人々は二度と争いをしないと誓いました。ようやく許したポケモンは、悲しみの涙を流しました』

『それは結晶となり、ポケモンと同じように不思議な力を秘めていました』

『人々はその不思議な水晶を大事に保存し、戒めとしました。再びポケモンが目覚める時、心正しい選ばれた人物が歌を奏でる事で、この地は繁栄していくだろう、と伝えられています』



ことりがそこまで説明すると、

「ねえことりちゃん、そのポケモンの名前は何ていうの?」

という質問が穂乃果から飛ぶ。

それにことりは首を横に振った。

「ごめんね、それはよく分かってないの。書物に残されるずっと前の事だから、歴史なのかただの伝説なのかも分かってないくらいだから」

「ふーんそっか! でも、穂乃果はいると思うよ!」

高らかに言い切った穂乃果に、ことりはどうしてか訊ねる。

「その方がワクワクするから!」

案の定中身の無い返答に、ことりはクスクス笑う。

「でもそうかも。私も会ってみたい。みんなはどうですか〜?」

ことりが教室に問うと、あちこちからいると思う、見てみたい、という声が飛んだ。

「よーし、伝説のポケモンに会えるように、みんなで歌おう!」

唐突に、穂乃果が立ち上がった。

「ほ、穂乃果ちゃん?」

「え、だって昔の人は歌ってそのポケモンに感謝したんでしょ? 穂乃果達は感謝じゃないけど、困ったら歌おうよ!」

という無茶苦茶な自論に、教室の誰もが呆気に取られる。だが、穂乃果の勢いに押されるように一人、また一人と立ち上がり、最終的に全員が立ち上がり臨時の音楽教室が開催されたのだった。





時を同じくして、ニュルドビレッジ・リンモンタワー。

かつて穂乃果が死守した九つ水晶が、僅かに輝きを強めた。





「……オル…………」

「……ブンネ…………」

「どうかしたかにゃ?」

「どうかしたの?」

互いのパートナーで特訓をしていた凛と花陽は、パートナーが一点を見つめた事に、首を傾げた。






トレーナーズスクールを出た穂乃果とことりは、帰宅する生徒達に手を振った後、向き合った。

「ありがとう! 穂乃果ちゃんのおかげで、すっごく楽しい授業ができちゃった!」

「穂乃果こそ! ことりちゃんと歌えて楽しかったよ!」

二人仲良く笑った後、ことりは大きく深呼吸をした。

「……穂乃果ちゃんは、ジムに挑戦しに来たんだよね?」

「うん、そうだよ。勝てば七個目!」

「じゃあ、私も全力で迎え撃ちます」

「やっぱり、ことりちゃんがジムリーダーなんだね」

「うん。穂乃果ちゃんといると凄く楽しいし、ずっと隣に立っていたい。__でも、私はジムリーダー。穂乃果ちゃんがチャレンジャーなら、バトルしないといけないの」

ことりが一瞬目を伏せると、

「ことりちゃん、ポケモンバトルは、別に喧嘩するわけじゃないんだよ。仲良しでも、友達でも、バトルしていいんだよ! お互い全力をぶつければ、もっと仲良くなれると思うんだ!」

「穂乃果ちゃん……」

穂乃果は、拳を突き出す。

「穂乃果は、ことりちゃんとバトルしてみたい。もっとことりちゃんの事を知りたい!」

「……うんっ! 私も!」

ことりも優しく、自分の拳をぶつけた。





「それでは、サウジムリーダー、ことり対チャレンジャー、穂乃果のバトルを始めます。ジムリーダーの使用ポケモンは四体。チャレンジャーに制限はありません。なお、チャレンジャーにのみ交代が認められます」

審判が両手のフラッグを掲げ、

「バトル開始!」

「ムクホーク、ファイトだよっ!」

「ウォーグル、お願いします!」

「ホーク!」

「ウォウ!」

ポケモン図鑑を取り出した穂乃果は、

「ノーマルと飛行タイプ……。ことりちゃんは、飛行タイプなのかな? __飛ばして行くよ! ムクホーク、インファイト!」

指示を受けたムクホークは、ウォーグルに肉薄すると鉤爪を振り下ろした。

「ウォーグル、つばめがえし!」

対してウォーグルは急旋回すると、攻撃が空振りしたムクホークに突撃した。

「ウォウ!」

「あのウォーグル、速い……! でも、ムクホークの特性はいかく。物理攻撃は軽減でき……」

「ウォーグル、ふるいたてる!」

「ウォーウ!」

「っ!」

ウォーグルの目付きが変わったのを感じた穂乃果は、大きく息を吸い込んだ。

「ムクホーク!」

「ウォーグル!」

二人の声が重なる。

「「ブレイブバード!」」

互いに一直線に特攻したムクホークとウォーグルは、中心で交錯。凄まじい衝撃と爆風がフィールドを包み、

「ムクホーク、戦闘不能! ウォーグルの勝ち!」

そこには、倒れ伏すムクホークと、羽ばたくウォーグル。

「ああ……お疲れムクホーク」

ムクホークを戻した穂乃果は、ウォーグルとその先のことりを見据える。

「ことりちゃん、強い……。ムクホークがこんな簡単に負けちゃうなんて……。__ダグトリオ、ファイトだよっ!」

穂乃果が繰り出したダグトリオを見て、ことりは少し訝しむ。

「地面技は効かないのに……?」

「ダグトリオ、ストーンエッジ!」

「ダグ!」

「! 岩タイプの技! ウォーグル、かわして!」

「ウォウ!」

上下左右に飛び回り、飛来する礫を避けたウォーグル。

「ふふ、空を飛べるウォーグルの方が、有利だよ。__ブレイブバード!」

得意げなことりに、穂乃果は力強い笑みを返した。

「それは分からないよ! __あなをほる!」

地面に潜ったダグトリオ。突撃していたウォーグルは、慌てて急上昇した。

「地面に激突なんて、しないよ?」

余裕の表情で、現れるダグトリオを待っていたウォーグル。

だが穂乃果は、変わらない笑顔。

「ストーンエッジ!」

「⁉︎」

ウォーグルの真下。そこの地面を突き破って、一直線に礫が襲いかかった。

攻撃を全身に浴びたウォーグルは、

「ウォーグル、戦闘不能! ダグトリオの勝ち!」

たまらず墜落してしまった。

「まさか、地面の中から攻撃してくるなんて……。これが穂乃果ちゃんの闘い方……。やっぱり凄いなぁ」

一体倒されたことりが浮かべるのは、感嘆、尊敬に近い表情。それは決して、戦意を喪失した顔ではない。

「マンタイン、頑張って!」

「マンタ!」

「水と飛行か……。ダグトリオ、行ける?」

「ダグ!」

「よーし! あなをほる!」

再び地面に潜るダグトリオ。

今度のことりは、動じない。

「マンタイン、あまごい!」

「マンター!」

突如フィールドに、激しく雨が降り始めた。

「水タイプの威力を上げてきたのかな……。とにかく、ストーンエッジ!」

ウォーグルの時とは違い、やや斜め後方から地面を突き破っての攻撃。明らかに反応が遅れたマンタインだったが、

「かわして!」

「マンタ!」

「うそっ! 避けられた⁉︎」

尋常でない速度で動くマンタイン。

「だ、ダグ……⁉︎」

ダグトリオが困惑していると、

「ハイドロポンプ!」

超高速の一撃が襲った。

「ダグトリオ、戦闘不能! マンタインの勝ち!」

「そ、そんな……。速すぎるよ……」

「ふふっ、マンタインの特性はすいすい。天気が雨の時、素早さが上がるの」

「そ、そっか……。じゃあまずは、あの速さを何とかしないと……。__ロズレイド!」

「ロズレイ!」

「お願いね、ロズレイド。考えがあるの」

「レイ!」

マンタインに向き直ったロズレイドに、

「確かに草タイプに、水タイプは今一つだけど……マンタインはそれだけじゃないの! __エアスラッシュ!」

ことりから容赦なく指示が飛ぶ。

空気を切り裂いて飛んでくる刃は、動く暇を与えずロズレイドを襲った。

「うぅ、やっぱり速い……」

さらに、

「ロズ……ッ!」

反撃を試みたロズレイドの動きが止まった。

「ひるみ……⁉︎」

「何か作戦があるのかもしれないけど、そうはさせないよ! エアスラッシュ!」

「マンター!」

畳み掛けるような攻撃に、穂乃果は拳を強く握る。

「大丈夫……。チャンスは必ずある……」

マンタインの攻撃に踏みとどまったロズレイドに、穂乃果は集中する。

「マンタイン、もう一度エアスラッ__」

「フラッシュ!」

ことりの指示に被さるように、穂乃果の鋭い声が響いた。

「ロズレイッ!」

今まさに攻撃態勢に入っていたマンタインは、光を直視して視界がホワイトアウトした。

「マンタイン⁉︎」

空気の刃はあらぬ方向へと四散。順光のロズレイドには、その様子がよく見えた。そしてそれは、

「止まった!」

穂乃果も同じだった。

「ロズレイド、ギガドレイン!」

よく見えぬまま体力を吸収されたマンタインは、思わずふらつく。

「行っけぇぇぇ! リーフストーム!」

「ロズレイィッッ!」

若草の嵐はマンタインを包み込み、そのまま吹き飛ばした。

「マンタイン、戦闘不能! ロズレイドの勝ち!」

「やった!」

「すいすいが発動したマンタインが倒されるなんて……。穂乃果ちゃんの作戦って、何だったの?」

感心しながらも疑問が消えないことりは、そう訊ねていた。

「マンタインは確かに速かったけど、攻撃する時は狙いを定めるために動きが止まったの! そこを狙えば、何とかなるんじゃないかなー、って!」

「攻撃する時って……。一瞬なのに……」

驚き言葉を失ったことりに、穂乃果は笑顔を向ける。

「だって楽しいんだもん! ことりちゃんとバトルできて、穂乃果はすっごく楽しい! だから気付けたんだ!」

「…………」

正面のキラキラした笑顔を眺めながら、ことりは口元が綻ぶのを感じた。

「やっぱり、穂乃果ちゃんは凄い。__でも、私だって負けない! 私の三体目は……この子!」

力強い瞳で、ことりはボールを投げた。

「キシャー!」

「行くよ、エアームド!」

「鋼タイプに飛行タイプ……。どっちでも草タイプはいまひとつか……」

厳しい顔で図鑑を閉じた穂乃果は、

「ロズレイド、一旦戻って!」

ロズレイドを引っ込めた。そして掴んだボールは、

「ロトム、ファイトだよっ!」

「ウィ!」

「ロトムなら、エアームドの攻撃はいまひとつ……! 逆に、電気タイプは抜群!」

穂乃果は得意げな顔で拳を握る。

「__ふふっ、そう簡単には行かせないよ。エアームド、つるぎのまい!」

「キシャシャ!」

エアームドの動きに合わせて、周囲の空気が変わっていくのを穂乃果は感じた。

「仕掛けるよ! ロトム、ほうでん!」

「ウィィーッ!」

四方八方に伸びる電撃に、

「ブレイブバード!」

エアームドは突っ込んだ。技の衝突によって、電撃は四散してしまう。それと同じく、エアームドの勢いも殺される。

「くっ……やっぱり威力が上がって……」

「つじぎり!」

「⁉︎」

爆風から身を庇った穂乃果の耳に、柔らかく、だが鋭い声が聞こえた。

「ロトム、気を付け__」

「キシャア!」

「ウィッ⁉︎」

穂乃果の勧告も間に合わず、ロトムは目の前に現れたエアームドの斬撃を食らった。

「だ、大丈夫⁉︎ ロトム!」

「ウィ……ッ!」

気張るロトムだが、見るからにダメージは深刻である。

「あの一瞬で攻撃してくるなんて……。ロトム、ボルトチェンジ!」

即座に放たれた電撃は、まだ近くを飛んでいたエアームドを捉えると、跳ねるように戻ってきた。

ロトムはその電撃に包まれると、そのままボールへと戻った。

「電気タイプのロトムは、ことりちゃんのポケモンに絶対有利……。今は休んでてね」

聞こえるかは分からないが、ボールの中のロトムにそう囁くと、穂乃果はもう一度あのボールを放った。

「ロズレイド、ファイトだよっ!」

「ロズレイ!」

「リーフストーム!」

颯爽と放たれた攻撃は、エアームドに直撃。

「キシャ⁉︎」

「よし……! いまひとつだからって、効かないわけじゃない! もう一度リーフストーム!」

「ロズレイッ!」

「キシャア!」

たまらず後退したエアームド。

「流石は穂乃果ちゃん……。相性なんて関係ない力技……。でも、まだまだエアームドは闘える! __ブレイブバード!」

「キシャァァァァッ!」

突貫してきたエアームドに、

「……よしっ。ロズレイド、フラッシュ!」

穂乃果は有効な作戦を再び講じる。

「……ふふっ」

「…………っ⁉︎」

その瞬間、ことりが不敵に微笑んだのを穂乃果は見逃さなかった。

ぞわっ、と不安が駆け巡る中、衝突音で我に返った。

強烈な光が消え行き、もうもうと立ち込める粉塵が晴れたそこには、

「ロズレイド、戦闘不能! エアームドの勝ち!」

倒れ伏すロズレイド。

「そ、そんな……。どうして……」

あれほどまでに決まった作戦がアッサリ攻略された事に、穂乃果は疑問とショックを隠せない。

「私のエアームドの特性は、“するどいめ”。目眩しなんて効かないよ?」

エアームドの頭を撫でながら、ことりはニッコリ笑顔。

「そんな特性を持ってたなんて……」

いとも容易く戦術が破られ、歯噛みする穂乃果。

「……でも、まだ終わってない!」

その瞳に宿る光は、曇るどころか輝きを増す。一直線に、前だけを見て。

「ロトム、ファイトだよっ!」

「ウィ!」

「ハイドロポンプ!」

「ウィィーッ!」

撃ち出された高圧水流は、

「かわして!」

間一髪の所で虚空へ消えた。

「ブレイブバード!」

間髪入れず突っ込んできたエアームドに対し、

「受け止めて!」

穂乃果は相性を生かして受け切る。

「まだまだ! エアームド、つじぎり!」

「キシャ!」

接近した事でさらなる追撃を仕掛けるエアームドに、

「……分かってたよ」

穂乃果は笑みを滲ませた。

目の前で今まさに攻撃態勢に入っていたエアームドに向かって、

「おにび!」

青白い炎がぶつかった。

「キシャ⁉︎」

「っ⁉︎」

しかし攻撃の勢いが消える事はなく、エアームドはその鋭利な翼でロトムを切り裂いた。

「ウィ!」

「受け切られた……!」

攻撃が直撃したにも関わらず、ロトムのダメージはあまり深刻でない。

「まだまだ! ロトム、たたりめ!」

休む暇を与えず、穂乃果は立て続けに指示を飛ばした。

「ウィィーッ!」

突如出現した人魂のような不気味な光はエアームドの周りを漂うと、唐突に消える。そして、

「エアームド、戦闘不能! ロトムの勝ち!」

エアームドは地面に倒れ伏した。

「……まさか、つじぎりの瞬間を狙っておにびを撃ってくるなんてね。そして攻撃力が下がった一撃を耐えて、威力が上がるたたりめで攻撃……」

「うまくいった作戦は、またやりたくなっちゃう! ……穂乃果も同じだから、よく分かるんだ〜」

「穂乃果ちゃんがそこまで考えてるなんて……」

「ええ〜! 酷いよことりちゃん! ……でも、ほとんどカンでやった事だから、間違ってないか〜。あははー……」

「……カンであんな的確な対策をされたら、どうしていいか分からないよ……」

「ん? 何か言った?」

「ううん、何でも! __さ、私の最後の一体! 簡単に負けたりはしないんだから!」

ことりはボールを掴むと、真上に放り投げた。

「プテラ!」

「プテ!」

「ことりちゃん最後のポケモン……。ロトム、油断しないで行くよ!」

「ウィ!」

「ハイドロポンプ!」

「ウィィーッ!」

再び撃ち出された高圧水流は、

「ストーンエッジ!」

同じく撃ち出された礫の大群によって相殺された。

「この前のドサイドンには撃ち勝ったのに……! やっぱり野生のポケモンとは違うんだ……」

「一気に決める! プテラ、ゴッドバード!」

「プテー!」

指示を受けたプテラは、一瞬動きを止めると、威圧のこもった眼光でロトムを射抜いた。

「……っ⁉︎」

猛烈に嫌な予感がした穂乃果は、

「ロトム、近付かせないで! ほうでん!」

張り巡らすように放たれた電撃は、

「プテラ!」

「プテェェェ!」

凄まじいオーラをまとって突撃してきたプテラにぶつかると、呆気なく霧散してしまった。

そして衝突。爆音。粉塵が巻き上がった。

「ロトム!」

穂乃果が爆心地を見やると、

「ウィィ……!」

傷だらけになりながらも、何とか耐え切ったロトムの姿が。

「やっぱり、いまひとつじゃ倒しきれないよね……。ならもう一回!」

再び攻撃態勢に入ろうとするプテラ。

「くっ……次は耐えられない……! でもあんな凄い威力、どうやって止めたら……」

どうにかして突破口を探す穂乃果の目に、力を溜めるように構えるプテラが映った。

「……あれ、もしかして、攻撃までに時間がかかる……?」

そう呟いた穂乃果は、すでに頭を切り替えていた。

「一か八かだよ! ロトム、おにび!」

「⁉︎」

ことりの表情に、驚きと悔しさが半々覗く。

肉薄する青白い炎に、プテラは避ける事をしなかった。否、できなかった。

「やっぱり……! あの技はすぐには撃てない!」

「たった一回で見破るなんて……。穂乃果ちゃんには敵わないなぁ。__でも、私だって諦めない! プテラ、全力でゴッドバード!」

「プテェェェェェェッ!」

やけどを負いながら、真っ直ぐ突っ込んでくるプテラに、

「迎え撃つよ! ハイドロポンプ!」

「ウィィーッ!」

ロトムも本気の一撃を放った。

空中でぶつかる攻撃。勢いがせめぎ合い、膠着する二つの力。

「プテェ……!」

力を振り絞ったのか、ジワリジワリとプテラが押し始める。

「お願い、プテラ……」

ことりは、祈るように両手を握り締めた。

「負けるな、ロトム!」

穂乃果は、力を送るように右拳を突き出した。

「ウィ……ウィィィィィィィィーッ!」

トレーナーに応えたのは、ロトムだった。

増大した威力に、

「プテ……! プ……プテ……!」

プテラは押し返される。そして、

「行っ……けぇぇぇぇっ!」

「ウィィィィィィィ!」

「プテェーッ!」

「プテラ!」

「プテラ、戦闘不能! ロトムの勝ち! よって勝者、チャレンジャー、穂乃果!」

審判の旗が揚がった。

「勝った……。勝ったよロトム! 凄い凄い! 凄いよ!」

「ウィ!」

喜びはしゃぎ、ロトムを抱き締める穂乃果。それをことりは、羨望を込めた微笑みで見る。

「おめでとう、穂乃果ちゃん。これは、私に勝った証。サウジムから、メルトバッジを授けます」

「おお、これがことりちゃんのバッジ……」

「それから、このわざマシン。中身は〈ゴッドバード〉。とっても強力な攻撃技だよ。発動までに、少し時間がかかっちゃうけど……」

だから負けちゃったんだよね、とことりは苦笑い。

「……ねえ、ことりちゃん」

「なあに、穂乃果ちゃん」

「ことりちゃんは、穂乃果に勝ちたかったの?」

「え……?」

思わぬ質問に、ことりの表情が凍りついた。

「穂乃果は、ことりちゃんとバトルできて凄く楽しかったし、絶対に勝ちたいって思った。だから、全力でぶつかった。あ、ことりちゃんが手加減してた、とは思ってないよ? ……でもことりちゃん、さっき『そう簡単には負けない』って言ってた」

「…………!」

「それってつまり、ことりちゃんは勝とうとしてたんじゃなくて、負けないようにしてたんじゃないかな。……って、自分でもよく意味分からないけど……」

「……ううん、多分、穂乃果ちゃんの言う通り。私、どこかで穂乃果ちゃんには勝てないって思ってた。バトルの間、ずっと前だけを見てた穂乃果ちゃんに、負けちゃうんだろうなって」

「ことりちゃん……」

「こんなの、ジムリーダー、失格だよね」

目尻に浮かんだ水滴をこらえるように、ことりは笑顔を作った。

「……ことりちゃん。ことりちゃんは、すっごく強かった。強くて強くて、だから穂乃果も、絶対負けないように勝ちたい、って思った。だから、」

穂乃果は、ことりの手を取る。

「ことりちゃんは今のままで、もっと強くなって欲しい。穂乃果がいつだって凄いと思う、ことりちゃんだから」

「穂乃果ちゃん……」

「だから、またバトルしようよ! 今度こそ、本気で本気のことりちゃんとバトルしてみたいから!」

ギュッと握られた手。そこから伝わる温もりに、ことりは自然と笑顔になっていく。

「うんっ。約束!」





「本当にいいの? ここには空港があるから、次のガーデリーシティまですぐだよ?」

街の出入り口で、穂乃果を見送りに来たことりが口を開いた。

「うん! せっかくの旅なんだから、自分で歩いてみたいの!」

「……やっぱり、流石は穂乃果ちゃんだね」

「ことりちゃん! 約束、忘れないでね!」

「うんっ」

ハイタッチでことりと別れた穂乃果は、最後のバッジを求めてガーデリーシティへと歩を進めた。





サウシティを抜けた先は、左右を海に挟まれた海岸線だった。砂州が続き、その上に舗装された低い石橋が伸びる。うっすらと見えるのが、目的地のガーデリーシティなのだろう。「満潮だと島になっちゃう場所を、陸繋島って言うんだよ」とついさっきことりから教わったのだが、

「海だー!」

すでに覚えていない穂乃果はとりあえず叫んだ。

「水着持って来ればよかった……」

そして大きく肩を落とした。

「でも、海にはまだ知らないポケモンがいるかも! 行ってみよう!」

切り替えの早さは流石か、グッと拳を握ると砂浜を踏みしめた。

「水綺麗だな〜。ーーわっひゃ! 冷たっ」

靴を脱ぎ、波打ち際ではしゃぐ穂乃果の前に、

「テッポ!」

海面から何かが顔を出した。

「ん? ポケモン?」

穂乃果はポケモン図鑑を取り出し、

「テッポウオ、か。うん、水タイプだ」

挨拶のために穂乃果が近寄ると、

「テポッ!」

その笑顔目掛けて水を噴射してきた。

「わぷっ! 何するのー!」

当然怒った穂乃果だが、

「「「テポッ!」」」

新たに何体ものテッポウオが顔を出し、さらに、

「ッシャー!」

「うわっ、あれって確か、サメハダー?」

見るからに凶悪そうなポケモンまで登場し、穂乃果は数歩後ずさった。

「こうなったら……やるしかない!」

穂乃果はボールを掴むと、空に放った。

「お願い! ロズレイド!」

「ロズ!」

「リーフストー……ってどうしたの?」

指示を飛ばそうとした穂乃果は、テッポウオ達に歩み寄るロズレイドを見て首を傾げる。

「ロズ……ロズレイ……」

「テポッ!」

「シャー」

何かを話すロズレイド達を後ろから眺め、穂乃果の首の角度はさらに大きくなる。

「ロズッ」

何やら頷いたロズレイドは、穂乃果の元へ戻ってきた。

「何か分かったの?」

穂乃果の質問に、ロズレイドはいきなり悪そうな顔を作った。

「へ?」

それから、テッポウオ達を示し斜め上に攻撃を放った。そして、もう一度テッポウオ達を示す。その後、自分も。

「んー……? ーーあっ、もしかして、誰かにいじめられてるとか……?」

「ロズレイ!」

正解、とロズレイドは大きく頷いた。

“誰か”とは言ったが、穂乃果には何となく見当がついていた。かつてロズレイドをゲットした頃。まだ進化していないスボミーだった頃。懲らしめたあのヘンテコな格好。

「ーーバブルこうせん!」

「!」

突如、どこからか攻撃の指示が聞こえた。そして、泡の弾幕がテッポウオ達を襲った。

「テポッ……!」

「テッポウオ! サメハダー!」

穂乃果が駆け出そうとすると、

「ん? お前は……噂のお邪魔トレーナー? こんな所に……」

海からあまり聞きたくないセリフが届いた。

「やっぱりオリジン団だった!」

そこには、モーターボートに乗る、やはりヘンテコな服装をした男。横には、浮き草らしきものをかぶったポケモン。

「今度は何やってるの!」

「この辺からは、良質な鉱石が採れるんだ。その採掘さ」

「それとポケモンを攻撃するのと、関係ないじゃん!」

「コイツらが縄張りから出てけってうるさいからな。ちょっと大人しくしてもらってるだけだ」

男は、テッポウオ達を睨む。

「そっか。だから私を見て怯えてたんだ……。もー許せない!」

「ロズレイ!」

穂乃果が激昂すると、それに応えるようにロズレイドも一歩踏み出す。

「お、何だやるのか? ハスブレロ、バブルこうせん!」

「ロズレイド、フラッシュ!」

ハスブレロが攻撃を繰り出す直前にロズレイドが発した光によって、泡の弾幕はあさっての方向へ飛んでいった。

「ロズレイド、ヘドロばくだん!」

「ロズレイ!」

間髪入れず繰り出された追撃は、目が眩んでいたハスブレロに直撃。

「ハス……」

「は、ハスブレロ!」

一撃で倒れてしまった相棒に慌てたのか、

「お、おわっ⁉︎」

男はボートから落ちてしまう。盛大な水柱が上がった。

「穂乃果だって、怒ると怖いんだからね!」

「く、くそ……。こんな小娘に……!」

何とかボートに這い上がった男は、悔しげに毒付く。

「ーーやめておきなさい」

とそこへ、何者かの声が飛んだ。

「ん?」

穂乃果が振り返ると、

「あなたの実力じゃ、彼女には敵わないわ」

「ツバサさん!」

不敵な笑みを浮かべるツバサの姿が。

「な……アンタは……」

「退きなさい」

「く……分かったよ! お邪魔トレーナー! 次会ったら覚えてろよ!」

典型的な捨て台詞を残した男は、モーターボートに乗って消えて行った。





「ツバサさん……」

「久しぶりね。チェリーバ以来かしら?」

「あ、はい」

「残念だけれど、今はポケモンを連れてないのよ。バトルはまた今度ね」

出鼻をくじかれた穂乃果は、

「そうですか……」

軽くうなだれた。

「……ごめんなさいね」

不意に、ツバサが謝った。

「オリジン団、よね? あなたの行く先々で頭痛の種になっているみたいで」

「そうなんですよ! さっきのテッポウオ達もそうですけど、このロズレイドも昔いじめられてたんです!」

「あの時のロゼリアね。随分強くなったみたい」

「えへへ〜。あ、でもツバサさんが謝る事ないですよ。いつも助けてくれるじゃないですか」

「そう思ってくれるなら、嬉しいわ」

ツバサは海を眺め、

「綺麗な景色ね」

「はい。普段あんまり海って見る機会なくて……こういう所に住んでみたいなぁ、って思います」

「フォルリーフ出身だものね。確かに海は近くないわね」

「あーあははー……そうなんですよね……」

穂乃果の本音はここではない秋葉原の街の事だが、それを言葉にしても通じないとすでに学んでいる。

「……ねえ、穂乃果さん」

「?」

「あなたは、この世界をどう思う?」

「え……?」

「あなたは、私達とは違う『何か』が見えている。そんな気がするの。そんな穂乃果さんには、この世界はどう映っているのか。興味あるの」

向ける事は多くても、向けられる事はあまりない真っ直ぐな目。

「えっと……」

少し考えた穂乃果だったが、

「とってもいい世界だと思います。みんなもポケモンも、仲良くて。こんな世界もあるんだなぁ、って。……でも、やっぱり別の世界も気になります」

難しい事は分からないので、素直に答えた。

「そう。参考になったわ」

ツバサは意味深に微笑むと、

「引き止めて悪かったわね。次のバッジが最後でしょう? 頑張ってね」

踵を返した。エールを残して。

「はい!」

「また会いましょう。あなたがこのままでいるなら、近い将来会う事になると思うから。その時は、今度こそバトルしましょう」

「必ず! リベンジしてみせます!」

「ふふっ、楽しみにしてるわ。……私を、倒してみせてちょうだい」





ツバサと別れ、再び橋を歩いた穂乃果は、ガーデリーシティへ到着した。

「おお〜! 砂浜だ! ビーチだ!」

街そのものが小さな島になっているからか、海水浴場として遊んでいる人が大勢いた。

「穂乃果も泳ぎたい……。うわ〜んどうして水着持ってないの〜!」

悲しく叫んでみるが、だからと言って水着が現れる訳ではない。

「ーーあなた! 街の入り口で大声を出さないで下さい!」

すると、突然飛んでくる叱咤。

「海未ちゃんごめん!」

殆ど条件反射。無意識にセリフが飛び出し、背筋が伸びた。

「……何故私の名前を知ってるんです?」

それから声のした方を振り向くと、怪訝な顔で佇むロングヘアの少女。

「海未ちゃん!」

「だから何故私の名前を……っていきなり抱きつかないで下さい!」

「ホントに海未ちゃんだった!」

「何なんですかあなたは! ……ああ、あなたが穂乃果ですね? ことりから聞いてます」

「うわーん! 会いたかったよ〜! 海未ちゃ〜ん!」

「いきなり泣き出さないで下さい! 本当に何がしたいんですか!」

少女同士が抱き合っている上に一人は号泣というシュールな光景に、近くの海水浴客が奇異の視線を向ける。

「ああもう……とりあえず来て下さい!」

出会って一分で全てを持っていかれた海未は、げんなりして抱き付く穂乃果を引きずっていった。





「ーーまったく……あなたは本当にいきなりすぎます」

「あはは……ごめんね」

どこかの和室に通された穂乃果は、湯呑みを持つ海未に苦笑いを向けた。

「ところで、ここはどこ?」

キョロキョロと部屋を見回した穂乃果。

「ジムの裏ですよ」

何気なく放たれた言葉に、

「ふ〜ん。…………え?」

そのまま流しそうになる。

「ガーデリージムの裏にある、控え室のような所です。あなたは、ジムに挑戦しに来たのでしょう?」

「あ、うん。そうだけど……」

コン、と湯呑みを置いた海未が、鋭く真っ直ぐな視線を穂乃果に向ける。

「ガーデリージムリーダーとして、あなたの挑戦を歓迎します」

「…………!」

穂乃果はこの海未を知っている。何度か見た、弓道の大会で纏う雰囲気。初めて間近で感じる、幼馴染の本気。

「……うん」

穂乃果もその重圧を真っ向から受け止め、気を引き締める。

「ーーと、言いたい所なんですが」

「ほぇ?」

途端に解ける空気に、穂乃果の口から変な声が漏れた。

「それよりも先に、しなければならない事がありまして」

「しなければならない事?」

はい、と海未は立ち上がると、

「これから海岸に行きます。あなたも来ますか?」

「行く!」

即答だった。



海未について海岸に向かうと、

「あ、ジムリーダー。待ってましたよ」

桟橋に立つ男が手を振った。

「お待たせしてしまい、申し訳ありません。準備はできていますか?」

「ええいつでも。……そちらは?」

「ジムへの挑戦者です。今回は同行してもらいます」

「へえなるほど。じゃ、こちらへ」

クルーザーに乗り込んだ穂乃果は、エンジンがかかる音を聞きながら海未を見る。

「ねー海未ちゃん。どこに行くの?」

「すぐに分かります」

「そればっかりー!」

「少しは大人しくしていて下さい!」

叱られた穂乃果は、ショボン、と小さくなった。

「まったく……。ーー見えて来ましたよ」

「?」

穂乃果が視線を上げると、円状に繋がったブイが浮かんでいた。

「……生け簀? 養殖?」

「間違ってはないです。食べませんが」

船はブイの近くまで行くと、そこで停止した。

「……ポケモン?」

そこには、様々なポケモンが泳いでいた。のだが、

「何か……元気ないね」

動きが遅かったり、弱々しかったり、あまり健康体には見えなかった。

「最近、この辺りで傷ついたポケモンが多数発見されています。明らかに人為的なものですし、サメハダーのような縄張り争いの上位に君臨するポケモンも同じように傷ついているようです。私はそれを保護し、こうして介抱しているんです」

「それって……」

海未は薬をスプレーで噴射し、それぞれに木の実を与える。

「変に攻撃的になっているポケモンもいるようですし、一度調査をした方がいいとは思いますが……どうしたのです? 似合わない難しい顔して」

穂乃果には心当たりがあった。似合わない云々はこの際無視する。

「……ねえ海未ちゃん。私それ知ってるかもしれない」

「知ってるって……何をです?」

「ポケモン達が傷ついてる理由」

「本当ですか? それは是非、詳しい話を聞かせて下さい」





場所は戻って、ジムの控え室。

「……なるほど。オリジン団ですか」

「うん。ここに来る途中でも、それっぽい事を言ってる人と会ったし」

「噂には聞いていましたが、ポケモンをポケモンと思わない非道の集団……。この辺りでは見かけませんでしたが、どうやら活動範囲を広げているみたいですね」

「今までにも、何度かバトルしてきたんだよ。見つけるたびに酷い事してるから」

「そうだったのですか。そういえば以前、スタスカの凛からそんな連絡がありましたね。あの時はあまり気にしてませんでしたが……どうやらそうも言ってられないようですね」

海未は少し目を閉じると、

「目的が分からない以上糾弾するのは難しいですが、迷惑行為をしている事は事実ですし、注意喚起をしておきましょう。他の街にも協力してもらえば、そう簡単に悪事は働けないでしょう」

目を開いて正面に座る穂乃果を見据えた。

「恐らく、あなたが一番オリジン団について詳しいはずです。協力してもらえますか?」

「勿論だよ!」

穂乃果は机を叩いて立ち上がると、

「許せないもん! ちゃんとやめさせないと!」

ふんす、と頬を膨らませた。

「あなたは、私が思う通りの人ですね」

そんな穂乃果を見て、海未は優しく微笑む。

「それが終わったら、今度こそジムバトルを受けて立ちますからね」

「うん!」





「それでは、ガーデリージムリーダー、海未対チャレンジャー、穂乃果のバトルを始めます。ジムリーダーの使用ポケモンは四体。チャレンジャーに制限はありません。なお、チャレンジャーにのみ交換が認められます」

持ち前のカリスマとリーダーシップを発揮し、穂乃果と海未は数多くの人にオリジン団について注意を呼び掛けた。

そうしてジムに戻ってきた二人は、今フィールドを挟んで向かい合っている。

「最後のバッジなんですね? ならば、あなたの本気を私にぶつけて下さい。私も全身全霊を持って、それに応えます」

再び変わる雰囲気。目を凝らせば、空気が陽炎のように揺らめいて見えそうなほどである。

「……穂乃果はいつだって全力だよ。そうやって走り続けてきたんだもん!」

「そんな気がします」

海未はフッ、と笑うと、

「ーーアバゴーラ、お願いします!」

「クアッ!」

最初のボールを投げた。

「水と岩タイプか……。やっぱり海未ちゃんは、水タイプの使い手かな。ーーこっちも最初から全力で行くよ! ロズレイド!」

「レイッ!」

「草タイプ、ですか」

「うん! 水タイプも今ひとつだしね! ことりちゃんとのバトルでも大活躍だったもん!」

「だからと言って、ここでも同じとは限りませんよ。ーーアクアジェット!」

「クアッ!」

水を纏ったアバゴーラは、目にも止まらぬ速さで突貫した。

「速い……!」

「ロズッ……!」

「……やはり、今ひとつでは大したダメージは望めませんね」

少し押し返されただけにとどまったロズレイドは、

「離れられる前に行くよ! リーフストーム!」

「ロズレイッ!」

繰り出された若草の嵐に、アバゴーラは直撃を許してしまう。

「一瞬の隙も逃さない……。なるほど。これは強敵ですね」

多大なダメージを受けたアバゴーラを見ても、海未の余裕は消えない。

「流石に一撃は無理か……。でも、相性は有利だしこのまま押し切るよ!」

勢いよく拳を突き出す穂乃果。

「……そう、させると思いますか?」

あくまで静かな海未に、穂乃果は一抹の不安を覚える。

「アバゴーラ、からをやぶる!」

「クアーッ!」

「仕掛けて来る……! ロズレイド、リーフストーム!」

「ロズレイッ!」

「避けなさい」

猛スピードで肉薄する攻撃を、アバゴーラは余裕を持って回避する。

「そんな……!」

「アバゴーラ、れいとうビーム!」

「氷タイプ……⁉︎ ロズレイド、ヘドロばくだん!」

「クアーッ!」

「ロズッ!」

何とか間に合ったロズレイドの攻撃はしかし、相殺し切れず吹き飛ばされてしまう。

「凄い威力……! これがさっきの技のおかげなの……?」

「からをやぶるは、耐久力を下げてしまう代わりにそれを補って余るパワーとスピードを上昇させる技です。それに、アバゴーラの特性は《がんじょう》。どんな強力な攻撃でも、一撃では倒れません」

「そっか……。だから不利な相性でも平気だったんだ」

「さあ、お喋りはここまでです! れいとうビーム!」

「ロズレイド、フラッシュ!」

「レ……ロズ……ッ!」

ロズレイドが技を発動する前に、アバゴーラの攻撃が届く。

「くっ……、これじゃ目くらましは間に合わない……!」

かつてことり戦で同じ素早い相手にした戦法が通じず、穂乃果は歯噛みする。

「迷ってる暇はありませんよ。アクアジェット!」

「クアーッ!」

「しまっ……!」

先ほど以上のスピードで突っ込んできたアバゴーラは、ロズレイドに激突するとそのまま吹き飛ばした。

「ロズレイド!」

「ロズレイド、戦闘不能! アバゴーラの勝ち!」

「そ、そんな……ロズレイドがこんな簡単に負けちゃうなんて……」

改めて、海未の強さに愕然とする穂乃果。

「もうおしまいですか? 闘志が消えたならここまでにしますが?」

「……まさか! こんなに強い海未ちゃんとバトルできて、穂乃果最っ高に楽しいよ!」

その目に宿る光は、太陽のように輝く炎。

「……そうでしょうね。そうこなくては!」

「まだまだこれからだよ! ロトム!」

「ウィッ!」

「水タイプのロトムですか。確かに、アバゴーラでは弱点が突けませんね」

「……頑張るよ、ロトム」

穂乃果には分かっていた。

「……それで万策尽きたとは、言いませんが」

この幼馴染が、単純な相性で倒せる相手ではない事は。

「アバゴーラ、いわなだれ!」

「クアッ!」

突如頭上から出現した岩石が、ロトムに降り注いだ。

「やっぱり速い……! でも……ロトム、ほうでん!」

穂乃果の指示はしかし、

「ウィッ……!」

「ひるみ⁉︎」

「言い忘れてましたが、いわなだれには相手を怯ませる効果があります。ーーさあ、動く暇を与えませんよ! アバゴーラ、れいとうビーム!」

アバゴーラの放った超低温の光線は、

「ロトム、ハイドロポンプ!」

ロトムの高圧水流を一瞬で凍りつかせる。

「アクアジェット!」

ロトムの攻撃が止まった瞬間、アバゴーラが突っ込んでくる。

「ウィィ……ッ!」

「いわなだれ!」

再度ロトムに、岩石が降り注ぐ。

「ぐっ……!」

「さあ、もう一度いわなだれ!」

「負けるな! ロトム! 絶対勝てる!」

海未の指示を、アバゴーラの攻撃を遮るように、穂乃果が叫んだ。

「ウィィィィーッ!」

「なっ……⁉︎」

それに応えるように、ロトムから電撃が迸った。

「クア……」

「アバゴーラ、戦闘不能! ロトムの勝ち!」

反応すらできなかったアバゴーラは、フィールドに倒れた。

「まさか、気合いで乗り切るとは……。いえ、それが穂乃果の強みなんですね。ポケモンを心から信頼しているからこそできる、呼び掛けるだけの攻撃……。やはり一筋縄ではいかないようです」

対して、海未の顔に浮かぶのは微笑み。楽しそうな様子が伝わってきた。

「まだ一体……。絶対に負けない……!」

穂乃果の握る拳に、力がこもる。

「では、私の二体目ですね。お願いします、トリトドン!」

「トリ!」

フィールドに鎮座したポケモンを、穂乃果は確認する。

「水と、地面タイプ……? 電気タイプが効かないって事……?」

「トリトドンなら、ロトムのアドバンテージを無効化できます」

「ロトムは電気タイプだけじゃないもん! ハイドロポンプ!」

「ウィーッ!」

「……ふふっ」

「えっ……?」

撃ち出された超威力の高圧水流は、トリトドンの前で急激に勢いを失うと、そのまま吸収されてしまった。

「トリーッ!」

そして、トリトドンの目つきが変わる。

「な、何で……⁉︎」

「トリトドンの特性は《よびみず》。水タイプの技を吸収し、自らをパワーアップさせるんです」

「そ、そんな……」

明らかに先ほどと違うオーラを放つトリトドンに、

「ロトムじゃ不利すぎる……。一旦戻って!」

穂乃果はロトムをボールに戻した。

「お願い! ムクホーク!」

「ホーク!」

「なるほど。賢明な判断だと思います」

「ムクホーク、ブレイブバード!」

ムクホークの全力の一撃。それは確かにトリトドンを捉えたのだが、

「そんな攻撃では、私のトリトドンは倒せませんよ」

トリトドンは余裕を持って耐え切る。

「トリトドン、ねっとう!」

攻撃を終え上昇するムクホークの背後から、トリトドンの熱線が襲う。

「ホーク⁉︎」

「やっぱり威力が上がってる……。ムクホーク、大丈夫?」

「ホーク。…………ッ⁉︎」

急に、ムクホークの動きが鈍った。

「えっ……やけど……? 何で⁉︎」

「ねっとうは、攻撃した相手をやけど状態にする事があります。水タイプでも、こういう事ができるんですよ?」

得意げな海未。

「さあ、これで物理攻撃の高いムクホークの脅威は薄れました。ここからどうす……」

「ふっふっふ……」

「……?」

それを遮るように、穂乃果が笑いを漏らした。

「やけどには、希ちゃんに散々苦しめられたからね……。色んな人にアドバイスを貰ったんだよ」

穂乃果の瞳が、鋭い光を放った。

「ムクホーク、からげんき!」

「ホーク!」

「なっ……⁉︎」

トリトドンに衝突するムクホーク。そのダメージは軽減するどころか、逆に増えて見える。

「からげんきは、状態異常の時に威力が上がる技……。あなたなりに、対策を講じていたのですね……」

「ムクホーク、ゴッドバード!」

「! それはことりの……!」

「ホーク……!」

力を溜めるムクホーク。

「行っけぇぇぇ!」

穂乃果の合図と同時に、ムクホークは弾き出されるように突貫する。

「くっ……! まだです!」

甚大なダメージを受けつつ、何とか持ち堪えるトリトドン。

「ねっとう!」

「と、トリ……!」

しかしトリトドンは、震えて動けない。

「! 怯み……⁉︎」

「今だ! ムクホーク、からげんき!」

「ホーーーーク!」

衝突音。思わず海未が顔を庇うと、

「トリトドン、戦闘不能! ムクホークの勝ち!」

審判の旗が振られた。

「……お疲れ様です、トリトドン。まさか、やけどが仇になるとは思いませんでしたよ」

少しだけ呆れたような、賞賛する顔。

「えへへ。まさか、本当に役に立つなんて思わなかったよ」

一瞬緊張感を忘れ、照れるように頭を掻く穂乃果。

「……ですが、まだバトルは終わっていません。これまで以上に全力を以って、私はあなたに勝ちます」

再び戻る、鋭い眼光。

「……望む所だよ。穂乃果だって負けない!」

海未は三つ目のボールを掴む。

「さあ、まだまだ行きますよ。ーーお願いします、ミロカロス!」

「ミロ!」

「また、凄く強そうなのが……!」

トリトドンを撃破した喜び一転、穂乃果はグッ、と気持ちを引き締める。

「でも、動きは速くなさそう……。それなら! ムクホーク、からげんき!」

再び攻撃を続けるムクホーク。

「くっ……ミロカロス、あなたの耐久力なら、この程度では倒れないはずです!」

「ミロ!」

「ゴッドバード!」

「ホーク……!」

力を溜めるムクホーク。

「今です! こごえるかぜ!」

「!」

ミロカロスから、広範囲に向けて霜のような冷気が放たれた。

それは攻撃態勢に入った瞬間の、ムクホークにも届く。

「ホーク⁉︎」

「何……⁉︎ でも、とにかく突っ込めー!」

一瞬遅れたムクホークだが、先ほどと同じように猛スピードで突進を開始する。

「やはり、まだ速いですね……!」

衝突。爆風。

「効いたはず……!」

穂乃果は爆心地を確認する。

「ミロ!」

「くぅ……! 耐えられた……!」

「ミロカロス、もう一度こごえるかぜ!」

再度襲い掛かる冷気。

「ムクホーク、躱して!」

「ホー……クッ⁉︎」

ムクホークが急降下しようとした瞬間、羽ばたきが鈍る。

「やはり、やけどのダメージは誤魔化し切れないようですね」

海未の声と共に、ムクホークは白く包まれた。

「ムクホーク!」

「さあ、これでムクホーク自慢のスピードも消えました! ミロカロス、なみのり!」

「ミロー!」

ミロカロスに呼ばれるように、巨大な波が出現。

「ムクホーク、避け……!」

スピードが奪われた上に、逃げ場のない広範囲攻撃。ムクホークはなす術なく大波に飲まれた。

「ムクホーク、戦闘不能! ミロカロスの勝ち!」

「あぅ……お疲れムクホーク。ゆっくり休んでね」

ムクホークをボールに戻し、穂乃果はミロカロスを見据える。

「あのミロカロス、強い……。耐久力もそうだけど、海未ちゃんの指示が的確なんだ……。長引くと海未ちゃんのペースに持ってかれそう……。ーーだったら、そうなる前に倒す!」

穂乃果は気持ちを表すように、ボールを強く放る。

「ロトム、ファイトだよっ!」

「ウィィ!」

「やはりロトムですか。ですが!ミロカロスの耐久力を甘く見ない方がいいですよ?」

「分かってる。だからこそ、ロトムで倒す!」

「やってみなさい。こごえるかぜ!」

「ハイドロポンプ!」

白い冷気は高圧水流に纏わりつくと、その表面を凍らせる。相殺こそできなかったが、その勢いはかなり落ちる。

「それで充分です! りゅうのはどう!」

「ミロー!」

勢いが鈍り表面が凍結した水流に、ミロカロスの光線がぶつかる。それは水流をアッサリ砕き散らすと、ロトムへ肉薄する。

「ほうでん!」

直撃する瞬間に電撃を放ったロトムだったが、僅かに威力を散らす程度だった。

「ロトム、大丈夫⁉︎」

大部分のダメージを受けたロトム。

「ウィィ……!」

健気に構えるが、最早その動きの鈍りは隠せない。

「やっぱり、今までのダメージが残ってる……。多少強引でも、思い切って攻めた方が良さそう……!」

「何を考えてるかは知りませんが、その消耗したロトムでどこまで闘えますか?」

「最後までだよ!」

「ウィッ!」

「……そう答えると思いました!」

劣勢ながらも、キラキラした笑顔の穂乃果。釣られて海未も、口元に笑みを浮かべる。

「ロトム、おにび!」

「ウィィ!」

青白い炎が、ミロカロスに飛来する。

「状態異常でジワジワ削る作戦ですか? そうは行きません! ミロカロス、なみのり!」

「ミロー!」

ミロカロスが起こした大波は、炎を飲み込み消火してしまう。

「あなたの思い通りにはーー」

海未の声は、波が崩れ切った所で途絶えた。

「ロトムがいない……⁉︎」

つい先ほどまでそこにいたはずのロトムの姿が、消えていた。

「どこに…………っ⁉︎」

その時、海未は見た。ミロカロスの背後。ちょうど自分とミロカロスの間に滑り込んできた影を。

「ミロカロス、後ろで……」

「ほうでん!」

「ウィィィィーッ!」

指示間に合わず。超至近距離で放たれた電撃は、ミロカロスを襲う。

「み、ミロ……ッ!」

「そのまま押し切れーーーーっ!」

「ウィィィィーッ!」

さらに強くなる電撃。

「諦めてはなりません! ミロカロス!」

海未は知らず知らずの内に、両手を握り締めていた。

「ミラーコート!」

「ミロ……! ミローッ!」

凄まじい衝撃。爆風と砂塵が舞い上がり、状況が見えなくなる。

「ロトム!」

穂乃果がその名を呼ぶが、

「ウィィィ……」

見えたのは、フィールドに倒れるロトムの姿だった。

「そ、そんな……」

穂乃果が肩を落とすと、

「ミロ……」

ミロカロスが首を持ち上げる。が、

「ミ、ロ…………」

一瞬不安定に揺れたかと思うと、地面に横たわった。

「ミロカロス、ロトム、共に戦闘不能! よって両者相打ち!」

審判の旗が、両方振られる。

「……やはり、ダメージが深刻すぎましたか……。よく頑張りました。ゆっくり休んで下さい」

海未は長く息を吐き出すと、ミロカロスをボールに戻した。

「ーーおにびは囮だったわけですか。なみのりを目くらましに利用されるなんて、思いませんでしたよ。一杯食わされました」

「海未ちゃんこそ。まさかあそこから反撃してくるなんて思わなかったよ」

「ええ。ミロカロスが頑張ってくれました」

「お互いのポケモンを信じた結果だね!」

「ええ、そうですね」

誰もいないフィールドの端と端で、二人は笑い合う。

「……さて、私の最後のポケモンです。だからと言って、負けるつもりは毛頭ありません。少しでも気を抜いたら、全力で畳み掛けますよ?」

「穂乃果はいつだって全力だよ! どんな相手でも、絶対に負けない!」

「では、その心意気を見せて下さい! 行きます、ギャラドス!」

「ギャオ!」

「ダグトリオ、お願い!」

「ダグ!」

穂乃果の繰り出したポケモンを見て、海未は少し意外な顔をする。

「ほう、ダグトリオですか。ギャラドスには飛行タイプがあります。地面技は効きませんよ?」

「うん、今確認した」

ポケモン図鑑をしまい、いけしゃあしゃあと言い放った穂乃果に海未は呆れて肩を落とす。

「どうして今知ったんです……。ここまで素晴らしいバトルをしてきたのに、台無しじゃないですか……」

「い、いや〜……、ポケモンって難しいねぇ……」

穂乃果もバツが悪そうに頭をかく。

「……まあいいでしょう。その程度で負けに繋がるあなたではないと思いますし」

フゥ、と息を吐く海未。下を向き目を閉じ、そしてゆっくり開ける。

「ーーさあ行きます!」

「ギャラドス、アクアテール!」

「ギャオ!」

ギャラドスの立派な尾が、ダグトリオに迫る。

「あなをほるで避けて!」

「ダグ!」

間一髪。ダグトリオが地面に潜った直後にその場所が叩かれた。

「逃げられましたか……。しかし、その攻撃は当たりませんよ?」

「ふふ、それはどうかな?」

「……?」

意味深な穂乃果の顔に、海未は怪訝な顔をする。

「ダグトリオ、ストーンエッジ!」

ギャラドスの真下。そこから礫の大群が地面を突き破って飛び出した。

「ギャオ⁉︎」

「よしっ、決まった!」

かつてことりとのバトルで活用した戦法。通用する事に穂乃果は手応えを感じた。

「……なるほど。地面に潜ったのはあくまで攻撃を躱すため、というわけですか」

納得した、という程度の表情をする海未。

「ギャオォ!」

「うそっ⁉︎ あまり効いてない⁉︎ 弱点だよ⁉︎」

元気に吠えるギャラドスに、穂乃果は驚愕する。

「ミロカロスほどではありませんが、ギャラドスも耐久力のあるポケモン。それに、ギャラドスの特性は《いかく》。攻撃の下がったダグトリオでは、いくら弱点を突かれたと言えど簡単には倒れません」

「くっ……、ムクホークと同じ特性か……。でも、ダメージは絶対に入ってる。素早さが勝ってるなら、押し切れる!」

穂乃果は再度、指示を飛ばす。

「ダグトリオ、あなをほる!」

勢いよく地面に潜ったダグトリオは、見えなくなる。

「ふっ……いつまでもギャラドスに素早さで勝てると、思わない事ですね」

「……? ギャラドスも、ミロカロスみたいに素早さを下げてくる技があるのかな……? でも、攻撃は当たらないし……」

警戒はするが、具体的な内容までは判断ができない。

「ギャラドス、りゅうのまい!」

「ギャオォォォォォ……!」

「っ⁉︎」

ギャラドスはその場で、激しく巨躯を踊らせる。

「あれは良くない気がする……! ダグトリオ、今の内に攻めるよ! ストーンエッジ!」

「ダグ!」

地面から強襲した礫はギャラドスを捉えるが、

「ギャオォ!」

「耐えられた……! やっぱり威力が下がってる……!」

「速いですね、そのダグトリオ……」

「攻撃される前に畳み掛けるよ! ストーンエッジ!」

「そう何度も食らいませんよ! ギャラドス、とびはねる!」

「えっ⁉︎」

ギャラドスは俊敏な動きで跳び上がり、誰もいない場所を三度目の礫が通過した。

「さあ、今です!」

海未の指示に沿って、ギャラドスが頭上から降ってくる。

「ダグトリオ、大丈夫⁉︎」

「ダグ!」

気丈に前を睨むダグトリオだが、

「凄い威力……。さっきので攻撃力が上がってるんだ……」

そのダメージは深刻に見える。さらに、

「ダ……ダグ……⁉︎」

ダグトリオの動きが不自然に鈍る。

「え……これって、麻痺⁉︎」

「とびはねるには、相手を麻痺させる事があります。勿論、確定ではないですが」

「ぐぐぐ……麻痺って確か、素早さが下がっちゃうんじゃないっけ……」

「さあ今です! ギャラドス、アクアテール!」

「ギャオォォォッ!」

「ダグトリオ、避けーー」

穂乃果の掛け声終わらぬ内に、ギャラドスは尾から強烈な一撃を叩き込んでいた。

「ダグ……」

「ダグトリオ、戦闘不能! ギャラドスの勝ち!」

「うぅ……お疲れダグトリオ。よく頑張ったね」

ダグトリオをボールに戻し、穂乃果は佇む相手を見据える。

「海未ちゃんの最後のポケモンだけある……。やっぱり、簡単には行かないなぁ……。流石海未ちゃん」

穂乃果は次のボールを掴む。五個目の、即ち、

「最後の、ポケモン……!」

無意識に入った力を、深呼吸と共に抜く。

「……行くよ。リザードン!」

「グオォ!」

「炎タイプ、ですか。不利な相性ですね」

「かもしれない……。でも、それだけで決まるポケモンバトルじゃないでしょ? 海未ちゃんだって」

「……そうでしたね」

海未はクスリと笑うと、

「決して油断も手加減もしません! 最後まで全力で相手します!」

「穂乃果もだよ!」

二人は同時に、指示を飛ばす。

「アクアテール!」

「フレアドライブ!」

飛び出したお互いのポケモンは、フィールドの中央で激しく交錯する。

「ギャオォ……!」

「グオォォ……!」

衝撃で後退するギャラドスとリザードン。だが、リザードンの方が距離が長い。

「……やっぱり、相性が不利なんだ……。それに、ギャラドス自体の攻撃力が上がってるから……」

「上がったのは攻撃力だけじゃありませんよ! ギャラドス、アクアテール!」

「ギャオ!」

ギャラドスは俊敏な動きでリザードンに肉薄すると、強烈な一撃を見舞う。

「グォッ⁉︎」

「リザードン、大丈夫⁉︎」

果敢に立ち上がるリザードンだが、その動きは鈍り始める。

「さっきの技、素早さも上げるのか……! リザードン、かえんほうしゃ!」

「はかいこうせん!」

ぶつかり合う攻撃。ギャラドスが一拍遅れたにも関わらず、相殺されてしまう。

「はがねのつばさ!」

一瞬の隙を突いてリザードンが仕掛けるも、

「ギャオ!」

ギャラドスは倒れない。

「強い……! これが海未ちゃんの本気なんだ……!」

「感心している暇はありませんよ! もう一度アクアテール!」

「フレアドライブで迎え撃って!」

炎を纏ったリザードン。

「ギャオ……ギャオォ!」

「グォッ……!」

しかし、押し返されてしまう。

「ぐぅ……っ!」

ギッ、と歯を噛み締める穂乃果。

「リザードンの動き、大分鈍ってきましたね。……どうやらここまでですか。不利な相性ながら、善戦したと思いますよ」

海未は軽く息を吐く。

「ーーまだだよ! まだ負けてない!」

そんな言葉を振り払うように、穂乃果は声を上げる。

「絶対に諦めない! いつだって最後まで全力! ずっとそうやって……頑張ってきたんだから!」

穂乃果は力強く拳を握り締める。“あの頃”から、一度も揺るがなかった想い。

「絶対に勝つ!」

穂乃果の声に呼応するように、

「グオォォォォォーーーーッ!」

リザードンが猛々しく咆哮を上げた。

「っ! これは……もうか⁉︎」

「突っ込め! フレアドライブ!」

「グオォォォォォッ!」

激しい炎をその身に纏い、リザードンはギャラドスへ突貫する。

「その心意気、あっぱれです。ならば、私もそれに応えましょう。ーーアクアテール!」

「ギャオォ!」

再び、中央でせめぎ合う二体。

先ほどは押し負けたリザードンだったが、今度は拮抗し、その場でぶつけ続ける。

「確かに威力が上がってますね……! ですが、相殺するのが精一杯のようですね」

「……まだまだ! まだまだだよ! 私達の全力の全力! それをぶつけるんだ!」

穂乃果がそう叫んだ瞬間、穂乃果の背負ったバッグがまばゆい光を放った。そしてその光は、リザードンからも。

「なっ……⁉︎ 何ですか……⁉︎」

海未は目を見開いたが、穂乃果はそれすら気にせず、

「行っけぇぇぇぇぇぇぇっ! ーーげきりんっ!」

全力で叫んだ。

「グオォォォォォーーッ!」

炎と光に包まれたリザードンは、凄まじい打撃の応酬を眼前のギャラドスに放った。

爆音。衝撃。爆風。砂塵が巻き上げられ、全てがスモークに包まれた。

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

全てを出し切った穂乃果は、砂埃が収まるのを見守る。

「…………」

同じように、海未も静かに結果を見届ける。

そこには、

「ギャラドス、戦闘不能! リザードンの勝ち! よって勝者、チャレンジャー、穂乃果!」

地面にのびるギャラドスと、それを見下ろすリザードンの姿。

「か、勝った……」

緊張が解けたのか、穂乃果はペタンと座り込んでしまう。

「ふー…………。負けてしまいましたか。……逆境を跳ね返そうとする強い心。私に足りない物、バトルの敗因かもしれませんね」

どこか晴れ晴れした表情の海未は、穂乃果に歩み寄る。

「おめでとうございます。……大丈夫ですか?」

「ふえぇ……疲れたよぉ……」

「……まったく。勝ったのですからシャキッとして下さい」

海未は呆れて、手を指し伸ばす。

「……うん。ありがとう」

穂乃果はその手を掴んで、立ち上がった。

「それでは穂乃果、これを」

海未が差し出したバッジを、穂乃果は受け取る。

「それが、ガーデリージム認定の証、アローバッジです」

「これが………」

「それとこれも」

海未はもう一つ、技マシンを手渡してきた。

「技マシンの中身は、〈アクアテール〉。特殊な効果はありませんが、その分威力には期待できますよ」

「ありがとう、海未ちゃん」

穂乃果は技マシンをしまうと、改めてバッジケースを眺める。

「八つのバッジを集めたのですね」

「……うん」

「ならば、ポケモンリーグへの挑戦権を得たという事です。どうしますか?」

訊ねる海未。しかし、その顔には笑みが浮かんでいる。

「もちろん、挑戦するよ!」

「そう言うと思いました。分かってましたよ」

「えー⁉︎ だったら訊かなくてもいいじゃん!」

頬を膨らませる穂乃果に、

「覚悟を見ておきたかったんです。許して下さい」

海未はその頬を指でつつく。

プスー、と空気を吐き出した穂乃果は、

「むー」

不満顔で再度頬を膨らませた。



穂乃果と海未がジムから出ると、

「穂乃果ちゃん! 海未ちゃん!」

フワフワした声が響いた。

「ことりちゃん!」

ことりの姿を確認した穂乃果は、勢いよくハグする。

「何故私まで⁉︎」

横にいた海未も巻き添え。

ひとしきりハグを終えた後、

「穂乃果ちゃんと海未ちゃんのバトルが気になって、急いで来ちゃった」

ことりは笑顔で後ろに視線を送る。

そこには、小型のヘリが鎮座していた。

「ヘリで来たんですか⁉︎」

「うん♪」

「…………」

言葉を失う海未。一方穂乃果は、

「へーこれがヘリコプターかぁ〜。こんなに近くで見るのは初めてだなぁ〜。カッコいいね!」

マイペースに感動していた。

「まったく……いくら空港があるからといって……」

「でも、穂乃果ちゃんを送るのにもちょうどいいかな、って思って」

「へ? 穂乃果?」

唐突に話を振られて、穂乃果は自分を指差す。

「バッジ、全部集まったんでしょ?」

「何で分かったの? 穂乃果も海未ちゃんも、まだ言ってないよね?」

驚く二人に、ことりは笑顔で答える。

「だって海未ちゃんが凄く嬉しそうなんだもん。それって多分、穂乃果ちゃんが勝ったからじゃないかな」

「わ、私、そんなにだらしない顔してましたか⁉︎」

「だらしなくなんかないよ。可愛い顔してるなぁ、って思ってただけだから♪」

「かわっ……⁉︎」

顔を押さえて明後日の方向を向く海未に、ことりはひたすらニコニコ笑顔をぶつける。

「それでことりちゃん、穂乃果がバッジ揃えたのと、ことりちゃんのヘリがどう関係するの?」

「あなたは話を聞いていたのですか⁉︎」

先に応えたのは海未。

「怒らないでよぉ〜!」

「ま、まあまあ」

海未をなだめたことりは、

「分かってるとは思うけど、バッジを八個集めた穂乃果ちゃんは、ポケモンリーグへの挑戦権を得たの。それで、ポケモンリーグへ行くにはガジアスシティまで行かないといけないから」

「あっ! 絵里ちゃんが言ってたヤツだ!」

「うん♪ 歩くと結構大変だから、これで送ってあげる」

「ホントに⁉︎ ありがとうことりちゃん! 大好き!」

再び抱きつく穂乃果。

「海未ちゃんも、来るでしょ?」

「行きます。我々に勝った穂乃果が、ポケモンリーグへ挑戦する。その門出はぜひとも見送りたいですね」

「じゃあ出発! 行こうガジアスシティへ!」





ガジアスシティ上空へやってきた穂乃果達は、眼下で手を振る金髪の人影を見つけた。

「ぅ絵里ちゃんだ!」

「私から連絡しておきました。絵里も待ち望んでいたようですよ」

よく見ると、絵里以外の人影も多数見える。

「久しぶりね、穂乃果」

ヘリから降りると、絵里が口を開いた。

「まさか本当に、バッジ八個集めるなんてね」

「信じてなかったの〜⁉︎」

「こんなに早く、って意味よ」

絵里は微笑むと、穂乃果の頭を撫でる。

「穂乃果ちゃん! ついにポケモンリーグに挑戦するんだね!」

「やっぱり凄いなぁ……」

凛と花陽が、ピョンピョン跳ねながら穂乃果の手を取る。

「ま、穂乃果ならやると思ってたけど」

「そんな事言って〜。ずっとソワソワしてたのは誰かしら〜?」

「にこちゃんよ」

「にこぉ⁉︎」

真姫とにこは、誰と会話しているのか分からないが賞賛してくれたのは伝わった。

「いや〜穂乃果ちゃんもポケモンリーグかー。何だか立派になったやんなぁ」

希はマイペースに、のほほんと眺める。

「みんな……ありがとう!」

そして、

「ジム制覇おめでとう、穂乃果ちゃん」

「シロナさん」

シロナはニッコリ笑うと、モンスターボールを一つ取り出した。

「はい、約束よ」

「え、あ!」

穂乃果は一瞬首を捻ると、すぐに思い出した。

「ありがとうございます!」

ボールを受け取り、空高く放る。

「出てきて!」

「ーーワフッ!」

「……あれ?」

ボールから現れたその姿に、穂乃果は目を丸くする。

「ハーデリ……ア?」

「うふふ、違うのよ、穂乃果ちゃん。それはムーランド。ハーデリアの進化系よ」

「進化系⁉︎ 進化したって事ですか⁉︎」

「ええそうよ。言ったでしょう? 驚く準備が必要だ、って」

「そうなんだ……。びっくりしちゃった。ーーそれじゃあよろしくね、ムーランド!」

「ワフッ!」

穂乃果はムーランドの頭を撫でる。

「実はそのムーランドには、もう一つびっくりする事があるけど……」

「えっ、まだあるんですか⁉︎」

「ええ。私も知らなかった事なんだけど、それは実際に自分で確かめた方がいいかもね」

答えを期待しつつお預けを食らった穂乃果は、少なからず肩を落とした。が、すぐに立ち直る。

「よぉし! 何かは分からないけど、ポケモンリーグへの弾みになったよ! やるったらやる!」

穂乃果は拳を突き上げ、空を仰いだ。

「それじゃあ、いいかしら? ポケモンリーグへ、そしてその挑戦者を待ち受けるチャンピオンロードへ案内するわ」

絵里が一歩進みでると、穂乃果は大きく頷いた。

そんな時だった。爆発音が鳴り響いたのは。



「っ⁉︎ 何⁉︎」

大地を揺るがす衝撃に、その場にいた全員がよろめいた。

「じ、地震⁉︎」

「いえ、この辺りで地震が起きたとは聞いた事がないです!」

「じゃあ何なのよ!」

「今の音……ニュルドビレッジの方からだよ!」

「まさか、何かあったんじゃ……」

「…………っ!」

脚が動くようになった瞬間に、穂乃果は駆け出していた。

「穂乃果!」

何か猛烈に、嫌な予感がしていた。

真っ先にニュルドビレッジへ辿り着いた穂乃果。その目に飛び込んできたのは、

「何これ……⁉︎」

飛び散る石片。倒壊する家屋。そして、瓦礫の山と化したリンモンタワー。

「何があったの……⁉︎」

穂乃果が状況を飲み込めずにいると、

「穂乃果!」「穂乃果ちゃん!」

他のメンバーも追いつく。そして、目の前の惨劇に息を飲む。

「これは、一体……⁉︎」「村が、メチャクチャに……」「誰がこんな事を……?」

「…………」

「穂乃果!」

穂乃果は散らばる瓦礫を避けながら、倒壊したリンモンタワーへ近づく。

その瞬間、

「っ……⁉︎」

爆発音がして、リンモンタワーの瓦礫が吹き飛んだ。そのいくつかが、穂乃果目掛けて降ってくる。

「穂乃果ちゃん!」

ことりの悲痛な叫び声が響き、

「ガブリアス、ストーンエッジ!」

それに冷静な声が被さった。

咄嗟に動けなかった穂乃果の頭上で、飛来した礫により瓦礫が爆散した。

穂乃果が振り返ると、

「シロナさん!」

いつの間にかガブリアスを繰り出していたシロナが、安堵した表情でこちらを見ていた。

「ありがとうございます!」

「気を付けてね、穂乃果ちゃん。……さて」

優しい声から一転。厳しい表情で先ほどの爆心地を睨む。

「……それをどうするつもりかしら? ーーオリジン団」

「えっ⁉︎」

慌てて穂乃果が視線を戻すと、

「まさか、シンオウ地方のチャンピオンに出会えるとはね。その態度からして、全く嬉しくないが」

相も変わらずヘンテコな格好をした男が二人。そして、

「それは九つ水晶……! それを持ち出しては駄目よ!」

絵里が叫んだ通り、その手には数多の輝きを放つ九つ水晶。

「そんな事知るもんか! これは我々の野望の為に必要不可欠な物なのだ!」

「まさか、それを強奪する為にこんな事を……?」

海未は、その役割を果たせなくなった民家を見やる。

「ああそうだ。どの道、計画が遂行されれば、全てが用済みになるらしいからな!」

「ふざけてんじゃないわよ……!」

「そんな勝手な理由で、村を壊すなんて……」

にこと花陽が一歩進み出たが、希がそれを制した。

「んで? その計画とやらについて話してもらえるん?」

「話すと思うか?」

「話してもらうわよ」

真姫が口を開く。

「ここにいるのは、カイトゥーン地方の全ジムリーダーとその全員に勝ったトレーナー、そしてシンオウ地方のチャンピオンよ?」

その言葉に、シロナ以外の九人がボールを構える。

「……確かに、俺達に勝ち目は無いな」

男は冷静にそう返す。

「じゃあーー」

「あいにくだが、俺達も計画の全貌は知らないんでね。命令通りに動いてるだけさ」

肩をすくめた男は、ニヤッと笑う。

「ーードリュウズ!」

「ドリュ!」

掛け声に応えるように、地下からポケモンが飛び出した。

「! そうか! 彼ら、地下から!」

シロナが指示を飛ばそうとした直前、

「ドリュウズ、きんぞくおん!」

不協和音が響き渡った。

「ぐぅ……っ!」

思わず全員が耳を塞ぎ、動きを止めた。

「お邪魔トレーナー! お前に伝言だ!」

「!」

形成された穴に飛び込む瞬間、男が声を上げた。

「俺達を止めたくばチェリーバへ来い、だとさ! 確かに伝えたぞ!」

そして穴に飛び込むと、

「いわなだれ!」

出現した岩が穴を塞いだ。

『『『…………』』』

巻き上がった粉塵が収まった頃、静寂が訪れたニュルドビレッジで、十人はひとまず塞がれた穴に集まった。

「……駄目ね。完全に塞がってるわ。ここから追跡は無理みたい」

確認したシロナが、首を横に振った。

「そんな……」

「どうするのよ。九つ水晶、持って行かれちゃったわよ?」

「絵里、アレがどんな役割を担ってるか知らないの?」

「私も、詳しい事は知らないのよ……。分かるのは、水晶に選ばれた人物が正しく扱わないとこの地に災いが起きる、という言い伝えくらいで……」

真姫とにこの問いに、絵里は目を閉じる。

「どうしよう……」

ことりの声に、

「とにかく今は、オリジン団を止めましょう。彼らを野放しにはしておけません」

海未が鋭い視線を向ける。

「……そうだよね。さっきの人、確かチェリーバタウンに来いって言ってたよね?」

穂乃果も強く頷くと、グッ、と拳を握った。

「罠かもしれないわよ?」

「それでも、行かなくちゃ。立ち止まってなんて、いられないよ!」

その強い瞳に、一同は押し黙る。

「……ま、いいんじゃないの?」

「にこ……!」

「今の所、情報はそれしかないんだし。あいつらがこんな強行手段に出たって事は、一刻を争う状況なんじゃない? 穂乃果の言う通り、迷ってる時間は無いわ」

「じゃあ急いでチェリーバタウンに行くにゃ!」

凛が駆け出そうとしたのを、絵里が止める。

「待ちなさい。ここからチェリーバまでは近くないわ。歩いていくのは骨が折れる」

「じゃあどうするの⁉︎」

振り返った凛に、絵里が指で示す。

「そこに、ちょうどいい乗り物があるわ。あれで移動しましょう」

絵里が指差した先には、穂乃果達が乗ってきたヘリコプターが。

「でも、全員は乗れないよ? 頑張って詰めても五人が限界だよ……」

ことりの声に、

「なら二回に分けましょう」

絵里が皆を見やる。

「先に行くのは?」

「行く!」

真っ先に手を上げたのは、穂乃果。

「そうね。穂乃果は確定ね」

「私も行くわ」

進み出たのはシロナ。チャンピオンという戦力に、反対する者はいない。

「私も行きます」

「私も! 穂乃果ちゃんの力になりたいの!」

それとほぼ同時に、海未とことりも手を上げる。

「それなら、私が最後ね。九つ水晶を守ってきた身として、放ってはおけないわ」

五人目は、絵里。

第一陣がヘリに乗り込む際、

「希、街の人の安全確認、お願いしてもいいかしら?」

「絵里ちは真面目やんなぁ。大丈夫、言われなくてもやっておくで」

絵里の申し出に、希はウインクで答える。

「……ありがとう」

「一足先に、お仕置きしといてや?」

「ええ、勿論」

先方五人を乗せたヘリは、壊滅したニュルドビレッジの空を飛び立つ。目指すは、麓のチェリーバタウン。

「…………」

窓からウテックス山を見ていた穂乃果は、

「っ……⁉︎」

その山の頂上から、摩訶不思議な光が放たれるのを見た。

「何ですか、あれは……⁉︎」

遅れて、他の四人も気付く。

「私、あの光知ってる……!」

突然、穂乃果が言った。

「本当ですか⁉︎ 一体どこで⁉︎」

「海未ちゃんも見たハズだよ。ジム戦で、ギャラドスと闘ってたリザードンが最後にあの光に包まれたのを」

「ああ……! そういえば、似てますね……」

海未も記憶を引っ張り出したのか、神妙に頷く。

「! 穂乃果ちゃん! カバンが!」

「え? 何⁉︎」

ことりの声で、穂乃果は自分の背負うカバンが同様の光を発している事に気付いた。

「これは……」

シロナは、何かに思い当たるように呟く。

「ーー穂乃果ちゃん、もしかしたらあなたは……」

シロナは穂乃果を真っ直ぐ見やると、

「よく聞いてね。あなたの可能性について、話すべき事があるわ」

真剣な眼差しで口を開いた。

チェリーバタウンは、すぐ真下に迫っていた。



チェリーバタウンへ降り立つと、そこには、

「来やがったなお邪魔トレーナー!」「簡単に進めると思ったら大間違いだぜ!」「数々の恨み、ここで晴らしてやる!」

見慣れたヘンテコ集団に囲まれた。

「オリジン団が、いっぱい……」

「やはり、ここに何かあるようね」

「でも、どこに向かえばいいのかな……」

「そうですね……。あまり時間も無いようですし……」

「敵の警備が厳重な場所を……」

五人が突破口を探す中、

「……遺跡だ」

穂乃果がポツリと呟いた。

「穂乃果?」

「ウテックス遺跡に、何かある。そんな気がする」

「具体性に乏しいですね……」

「でも、今はそれが一番可能性が高いわ」

「そうね……それに賭けてみましょう」

五人が頷き合うのを見たオリジン団員達は、

「何企んでやがる! ここは行かせねえぞ! ーーゴルバット!」「スカタンク!」「キリキザン!」「グラエナ!」「ゴースト!」「マルノーム!」「ゴローニャ!」

各々ポケモンを繰り出した。

「くっ……多い……!」

「へへっ、いくらお前らが強かろうと、数で押し切ればーー」

「りゅうせいぐん」

『『『っ⁉︎』』』

突如降り注ぐ攻撃。倒れ伏すポケモン達。

穂乃果が振り返ると、

「ここは私が引き受けるわ。皆は行って!」

シロナが声を上げた。

「シロナさん……」

「私なら大丈夫よ。こう見えて、シンオウ地方のチャンピオンなんだから」

「……分かりました!」

ウインクしたシロナに、穂乃果は強く頷き返す。

「行こう! 海未ちゃん! ことりちゃん! 絵里ちゃん!」

「はい!」「うん!」「ええ!」

シロナの攻撃に怯んだ団員達の隙間を縫って、穂乃果達はウテックス遺跡に向かって駆け出した。

「あっ、待て!」

「あなた達の相手は私よ」

「!」

「知っている事を話してもらうわよ。オリジン団の目的、方法、野望を」



街内の全戦力をシロナにぶつけたのか、遺跡までの道には誰もいない。

「本当に遺跡に何かあるんですか?」

走りながら、海未が口を開いた。

「分からない……けど、何かが穂乃果を呼んでる気がするの」

「そんな曖昧な理由で……」

「穂乃果のカンが馬鹿にならない事は、皆体験済みじゃないかしら?」

「それは……そうですが……」

絵里の言葉に、海未は言葉に詰まる。

「とにかく、今は穂乃果ちゃんについて行くしかないよ、海未ちゃん」

否定材料が無い以上、海未も頷くしかない。

四人が遺跡奥の洞窟に入ると、いつぞやの巨大壁画が出迎える。

「行き止まりですよ……。ここに何が……」

「手分けして、手掛かりを探しましょう」

穂乃果が頷くとほぼ同時に、視界の端を黒い影が横切った。

「あれ、アンノーン……」

『M』の形を模したアンノーンは、無感情の一つ目で穂乃果を見つめる。

「ねえ、アンノーン。この遺跡の秘密とか、何か知らないかな。教えて欲しいの」

そして、話しかけてみる。

「お願い! 私達、行かなくちゃいけないの!」

「…………」

アンノーンは静かに穂乃果を見つめ返す。

「…………!」

「…………」

そのまま十秒ほどが経過し、

「…………」

アンノーンはフワリと壁画の方へ浮遊して行った。

「ダメかな……」

穂乃果が肩を落とすと、アンノーンは壁画のある一点に向かって不思議な光線を撃ち出した。

「あれは……めざめるパワー!」

「めざめるパワー?」

海未の声に、穂乃果は首を傾げる。

「アンノーンが唯一覚える技よ。タイプも威力も分からない、不思議な技なのよ」

穂乃果の隣に来た絵里が、補足説明をする。

「でも何で、そんなのを壁画に……」

ことりの声は、途中で途切れた。

アンノーンが技を撃ち込んだ場所、そこが崩れると、崩れた石片が積み重なり階段を生成した。

『…………』

四人同様、口を開けて固まった。

「…………」

アンノーンは、これでいいかと言わんばかりに穂乃果を見つめ直すと、どこかへ消えていった。

「あっ、ありがとう〜! アンノーン!」

我に返った穂乃果は、慌てて姿の見えぬアンノーンに手を振った。

「驚きました……。まさか、この壁画にこんな秘密が隠されていたなんて……」

「誰だって驚くわよ……。どういう仕組みなのかしら……」

「昔の人って、謎が多いねぇ〜」

「でも、おかげで進めるようになった! 行こう!」

海未、絵里、ことりが衝撃の余韻に浸っている中、穂乃果は前を見る。

階段は真っ直ぐ、描かれた伝説のポケモンの足元へ消えている。

「……この先に、何が待ってるんだろう……」

不安を覚えながらも、穂乃果は階段を登っていく。

四人が壁画の向こう側へ到達すると、階段は音を立てて穴を塞いだ。

「……ホント、どういう仕組みなのかしら」

ただの壁になった穴を撫でながら、絵里が呟く。

「見て、絵里ちゃん!」

ことりの声に、絵里は視線を前に戻す。

「これは……!」

そこには、敷き詰められた砂利による道。所々風化が見られつつも立派な石段。何かを模した石像。明らかな人工物が並んでいた。そして何より、

「照明……? 何故ここに……?」

煌々と灯りを灯す電球。そのおかげで周りの様子が分かるのだが、歴史を感じる石造りの中、明らかに雰囲気から浮いていた。

「……何者かが、ここを拠点として使っているって事ね」

「何者かって……」

「まあ、十中八九オリジン団ね」

絵里は息を吐くと、

「ウテックス山の中が、遺跡として続いていたなんてね。こんな大発見に喜んでいる余裕が無いなんて」

辺りを見渡す。

「行こう、皆。何となく、急がないといけない気がする」

一歩進んだ穂乃果が、振り返って三人に視線を送る。三人も、深く頷く。

「でも……どこに行けばいいのかな」

「そうね……。道や階段があるとはいえ、複雑に入り組んでそうだし……」

ことりと絵里は、いくつもある階段を見て二の足を踏む。

「とにかく、目指すのは山頂です。上へ登って行けば、辿り着けるでしょう」

「そうだよ!」

「はぐれて迷うと大変ですし、固まって移動しましょう」

方針を定め、四人はいよいよ行動を開始する。

階段を登り、砂利を踏みしめ、四人は山の内部を登っていく。

「……何だか、静かだね」

「ええ……人もポケモンも、全く見当たらないわ」

「壁画の隠し扉の先ですし、そう簡単に入り込める場所ではないという事でしょうか」

「……ちょっと、怖いかも」

岩の成分のせいなのか、声の反響も少ない。まるで別世界へ進んでいるような感覚に、四人の足が僅かに早まった。

「ーー!」

不意に、先頭を歩く穂乃果の歩みが止まった。

「わぷっ」

後ろを歩く絵里がぶつかる。

「どうしたのよ……。急に止まったら危ないじゃない……」

「何か……聞こえない?」

「え?」

穂乃果の声に、全員が耳をすます。

「…………風?」

「うん、風の音……だね」

微かに、風が抜ける鋭い音が聞こえる。

「という事は……」

「出口が近いって事だ!」

穂乃果は顔を輝かせると、勢いよく駆け出した。

「あっ、ちょっと穂乃果! 一人で進んだら危ないでしょ!」

絵里の声を背後に聞きながら、しかし穂乃果は止まらない。

「! この上か!」

目の前に、明らかに今までと違う巨大な石段が現れた。かなり長いが、頭上に光が見える。

「あの先に何かが……」

「ヤミラミ、シャドーボール!」

「っ⁉︎」

不意に飛んできた指示に、穂乃果はその場を飛び退る。数瞬遅れて、穂乃果が立っていた場所の砂利が衝撃で飛び散った。

「悪いが、ここから先に行かせる訳にはいかない」

「あなたは……⁉︎」

姿を見せたその人物に、穂乃果は息を飲んだ。

「ここまで来たのに、ごめんなさいねぇ〜」

さらに、もう一人。

「……英玲奈さん、あんじゅさん……!」

穂乃果の前に立ち塞がったのは、見間違えるはずもない、AーRISEの二人。

「あら、私達を知ってるのねぇ」

「どうしてここに……!」

「もう分かっているだろう? 我々の計画の、リーダーの邪魔をされる訳にはいかないんだ」

「それじゃあ、まさか……!」

「これ以上話す必要もない。ここまでだ! ヤミラミ、シャドーボール!」

「ムーランド!」

「ワフッ!」

濃い影の塊は、ムーランドにぶつかった瞬間霧散した。

「相性を考えたか……。だが、それはそちらも同じ」

「ーー穂乃果!」「穂乃果ちゃん!」「穂乃果!」

ようやく追いついた三人は、目の前の二人を見て足を止める。

「こんな所にいたのね……!」

「ええ。しかも、今までの相手とは少し違うようです」

「ちょっと手強そうだね……」

「絵里ちゃん、海未ちゃん、ことりちゃん。穂乃果、この先に行かなくちゃいけないの。だから……」

やや申し訳なさそうに、三人に視線を送った穂乃果。返ってきた答えは、

「分かってるわ」

だった。

「何かしら事情を知っているのでしょう?」

「行って! 穂乃果ちゃん! ことり達なら大丈夫!」

「皆……うん! ありがとう!」

笑顔で礼を言った穂乃果は、英玲奈とあんじゅに向き直る。

「……行くよ、ムーランド。突破する!」

「ワウ!」

「ムーランド、すてみタックル!」

「攻撃が効かないのは、どちらも同じだぞ?」

ほくそ笑んだ英玲奈の目の前で、

「ヤミィィッ⁉︎」

ヤミラミが派手に吹っ飛ばされた。

「なっ……⁉︎」

「うそ……どうして⁉︎ ーーゴルーグ、出てきて!」

「もう一度すてみタックル!」

「ゴルッ……!」

「どうしてノーマルタイプの技が、ゴーストタイプに当たるの……⁉︎」

困惑する二人。それを後ろから見ていた海未が、

「“きもったま”……?」

ふと呟いた。

「ノーマルタイプや格闘タイプの技が、ゴーストタイプにも当たる特性です。いやしかし、ムーランドの特性は違うはず……」

「……もしかして、隠れ特性……?」

引き継いだのは、絵里。

「隠れ特性?」

「ええ。ポケモンには、普通とは違う、珍しい特性を持った個体がいるのよ。普通では、まず出会えないのに……」

「じゃあ、あのムーランドがそうだって事?」

ことりは、すでに英玲奈とあんじゅの横を抜け、石段を駆け登る穂乃果を見やる。

「あ、そっか……。シロナさんが言ってた、びっくりする事って、これの事だったのかな……」

「……あの子には、驚かされっぱなしね」

「……まったくです」

やれやれと苦笑した三人は、

「悪いけれど、穂乃果を追わせはしないわよ?」

「私達が相手です」

「手加減しませんよ〜!」

それぞれポケモンを繰り出し、バトルを始める。

一方、

「はっはっはっ……!」

一心不乱に石段を駆け登る穂乃果は、すぐにそれを登りきった。

光射す出口から外へ飛び出すと、眩しさに思わず目を細める。だが、

「よく来たわね、穂乃果さん」

聞こえてきた声に、前を見据える。

そこには、穏やかな笑顔でこちらを見つめる、

「ツバサさん……!」

「ツバサさん……!」

「とうとうここまで来たのね、穂乃果さん」

神殿のように石柱が連なる、ウテックス山の頂上。そこで二人は対峙していた。

「ツバサさんが……ツバサさんは、オリジン団だったんですか⁉︎」

詰め寄りそうな穂乃果に、ツバサは涼しく答える。

「ええ、そうよ。オリジン団は、私が組織したの。もっとも、指示の多くは他の幹部達がやってくれていたのだけど」

「どうして……! オリジン団が、色々酷い事をしてきたの知ってるでしょう⁉︎」

「どうして、か。前に、あなたに訊いたわよね。この世界をどう思ってるのか」

ツバサは、雲に隠れた下界に視線をやる。

「あの時のあなたの答えで、私は確信したの。ここは、私達が生きる本当の世界じゃない、って」

「えっ……⁉︎」

そのツバサの言葉に、穂乃果は少しだけ目を見開いた。

それを、ツバサは見逃さない。

「その反応、やっぱり心当たりがあるのね。あなたは知っている。ここではない、真実の世界を」

「私も、どうしてこうなったのかまでは……」

押し黙った穂乃果。

「……私は、ずっと考えてた。記憶に無くても、カンのような何かが頭から離れなかった。私は本当は、何者なのかって」

ツバサは独り言のように、訥々と語り続ける。

「悩み苦しみ、何とか状況を打破しようと必死になった。神話を知ったのも、その頃ね。その時思った。伝説のポケモンの力を借りれば、きっと私は答えに辿り着けるって。それから英玲奈とあんじゅに協力してもらって、今のオリジン団を作り上げた。まあ、彼らの多くは、私達ほど深くは考えてないようだけど」

ツバサはクルリと穂乃果に背を向けると、

「『この地に存在しパミュークス。それは歌唄い、その歌声は全てを創り滅ぼし、また創る。パミュークス、なすべきものを創造す。しかし暫く後、諍い起こる。パミュークス怒り、これを鎮める。その力強大なりて、世界滅びる。パミュークス嘆き、再び創造す。人々これを怖れ崇める。パミュークス、霊峰にて眠りにつく。我々記す。諍い殺戮起こりし時、パミュークス怒り顕現す。全て滅び、また生まれ変わる。それを逃るる術ただ一つ。九つ水晶携え、自らの歌声と力合わせ、従いせしめるのみ。この予言、叶わぬ事祈る』」

何かの文言を口にした。

「…………?」

唐突な堅苦しい文章に、穂乃果は怪訝な顔をする。

「あなたも見たんじゃないかしら? ウテックス遺跡の壁画に記された、古代文字を」

「あっ……!」

以前、シロナが解読した古代文字の文章と一致する。

「でもあれは、風化が激しくて全部は読めなかったのに……」

「言ったでしょう? 私達は、神話について本気で調べたの。ちょっとかじった程度じゃあ、分からない所までね」

「…………!」

鋭くなる穂乃果の目線。

「せっかくここまで来てくれたし、話しておきましょうか。と言っても、そんな複雑じゃないわ。大筋は壁画の文句の通りよ。大昔、この地で、あるポケモンが目を覚まし、そのポケモンは今とは別の世界を創った。でも、そこの人々はそれを当たり前と思った。ポケモンの存在を知りながら、それを蔑ろにしたの。その結果、ポケモンは怒った。そして、自らの力を以ってその世界を滅ぼした。ポケモンにとってもそれは本意じゃなかったのね。荒廃した世界を嘆き、再び世界を創り直した。それが、今のカイトゥーン地方よ。ポケモンの力を目の当たりにした古代の人々は、それを恐れた。再び世界が滅ぶ事のないよう、そのポケモンを崇め伝承として未来に残した。ーーそれが、カイトゥーン地方に残る伝説よ」

穂乃果は何も言わない。純粋に、好奇心があった。

「でもあなたの記憶と、カイトゥーン地方の時間は合わない。あなたが旅を始めたのはつい最近で、恐らくその時にあなたはカイトゥーン地方へやって来た。“産まれた”んじゃない。“やって来た”。私はそう考えてるの。そうすると、他にも気になる点が出てくる。あなたが親しくするジムリーダー達。彼女達もあなたと同じく、別の世界の住人じゃないかしら?」

ツバサはここで、穂乃果を真っ直ぐ見る。

「結論を話すわね。ーーこのカイトゥーン地方は、特別に創られた“存在しない世界”。あなた以外の人は記憶を改ざんされ、この世界で生きている、と」

「…………」

「どうかしら? これが、私の導き出した結論」

ツバサの声は、自信に満ちていた。今までの何ら変わらない、AーRISEのリーダーの声だった。

「……当たって、ると思います。確かに私は、こことは別の世界にいました。そこでは、海未ちゃんやことりちゃん、みんなは同じ仲間で……。私もどうして、この世界に来ちゃったのかは分からないんですけど……」

「それが分かれば充分よ」

「え?」

その言葉を待っていたかのように、ツバサは何かを取り出した。

「本来の記憶を持つあなたから、真実を知りたかった。仮説を証明する為に。そして、私の考えは正しかった。それで充分」

「それは……九つ水晶!」

「さあ、姿を現しなさい。全ての元凶、パミュークス!」

ツバサは九つ水晶を掲げると、空に向かって放り投げた。

九つ水晶は空中でいきなり停止。謎のスパークを纏うと、眼前の祭壇の手前に浮遊していった。

「パミュークス……⁉︎」

「ええ。この地に生きる、伝説のポケモン。あなたも壁画で見たでしょう?」

「あっ……! あのポケモン……!」

穂乃果の脳裏に、先ほど見た壁画、そしてイースブー神社での銅像が浮かぶ。

「このポケモンは、世界を滅ぼし、そして創る力を持っている。そして九つ水晶を使えば、その力もコントロールできる……。後は分かるでしょう?」

「まさか……!」

「そのまさか。今ある世界を消し、新たに私達がいた世界を創り出す。……いえ、創り直す、と言った方が正しいかしら?」

ツバサの微笑み。その笑顔に秘められた意思に、穂乃果は少しだけ身を引いてしまった。

そしてその背後では、激しくなるスパーク。不自然に渦巻く風。そして、

「キュオオオォォォォォ……!」

何かの、鳴き声。

「くぅ……っ!」

あまりに激しくなる風に、穂乃果は顔を庇う。

「これが、パミュークス。この世界の、ポケモン」

「っ!」

慌てて前を見た穂乃果の目に飛び込んで来たのは、白く、馬のような体格。目元から伸びる五本の線は、首からたてがみのようになびく。薄い青に輝く尾。穏やかにこちらを見つめる、真紅の双眸。見た事もない、ポケモンの姿だった。

「…………」

その荘厳な佇まいに、穂乃果は言葉を失う。だが、

「これから私は、パミュークスの力を使うわ」

「!」

ツバサの声で我に返った。

「この力を使えば、この世界は無くなる。その時、人々は今の記憶を失うわ。ーーでも穂乃果さん、あなたは全てを知る者。私に協力してくれれば、記憶は残してあげる」

ツバサは、穂乃果に手を差し伸べる。

「私と一緒に、元の世界へ帰りましょう?」

「……………………」

穂乃果は、たっぷり一分は黙った。下を向き、目を閉じていた。

「すうぅぅぅぅぅぅー…………。はあぁぁぁぁぁー…………」

そして深呼吸を一つすると、前を向いた。ツバサをしっかりと見据えた。

「…………」

そして黙ったまま、モンスターボールを一つ手に取った。その瞳は、揺るがない。

「……そう。残念ね」

ツバサは無表情のまま、手を下ろす。そして、

「それなら大人しく、そこで見ている事ね」

ボールを空に放った。

「ペルトー!」

「お願い、ムーランド!」

「ワフッ!」

「私は、この世界も好き。ポケモンも、色んな人も、みんな大好き。だから、なくしたりなんてさせない! 私が止めてみせる!」



「エンペルト、ハイドロポンプ!」

「ムーランド、あなをほる!」

エンペルトの高圧水流は、誰もいない空間を通過した。

「その戦法は、以前封じたはずよ。エンペルト、穴に向かってハイドロポンプ!」

「飛び出して!」

「ワフッ!」

エンペルトが攻撃を繰り出した瞬間、ムーランドは地面を突き破って飛び出した。当然、エンペルトには当たらない。

「被弾するよりは回避、って事ね」

「まだまだ! ワイルドボルト!」

「電気タイプの……! エンペルト、ラスターカノン!」

「ペルトー!」

「ワウゥゥッ!」

電撃をまとったムーランドの突貫は、銀色の光線に勢いを削がれた。

「すてみタックル!」

穂乃果は息つく暇なく、次の指示を飛ばす。

「受け止めて!」

「ペルト……ッ!」

相性悪い攻撃は、エンペルトを数センチ後退させて止められた。

「あなをほる!」

「ワフッ!」

唐突に地面に潜ったムーランドに、押さえていた相手が消えてエンペルトはよろめく。

「今だ!」

「ペルトー!」

今度は決まった攻撃に、エンペルトは上空へ突き飛ばされる。

「一発当たったくらいで、私のエンペルトは倒れないわ。ハイドロポンプ!」

「すてみタックル!」

再び相殺される攻撃。だが穂乃果は、そこで終わらなかった。

「ワイルドボルト!」

「ワウゥゥッ!」

攻撃直後で反応できなかったエンペルトは、ムーランドの直撃を許してしまう。

「まだまだ! ムーランド、ばかぢから!」

「ウウウワウッ!」

ムーランドは前脚を振りかぶり、渾身の力で振り下ろす。

「ペルトッ……!」

エンペルトは地面に叩きつけられ、そのまま起き上がりはしなかった。

「よし……っ! 倒した!」

「…………」

エンペルトをボールに戻したツバサは、

「以前闘った時とは、まるで別人ね。……いえ、強さだけじゃない。私の計画を絶対に阻止しようという、確固たる意志が成せる事なのね」

「ツバサさん……」

「でも、私だって後には退けない。これが、私の選択した道だから」

ツバサの瞳も、揺るがない。

「行きなさい、マフォクシー!」

「マフォ!」

「ムーランド、一旦戻って!」

穂乃果は、ムーランドをボールに戻す。

「何度もぶつかって、反動ダメージも蓄積してるもんね……。今は休んでて。ーーお願い、ロトム!」

「ウィィッ!」

洗濯機の姿をした青いロトムを見て、

「炎タイプには水タイプ……。堅実ね」

ツバサは変わらず余裕の表情を崩さない。

「水タイプへの対策くらい、用意してあるのよ? マフォクシー、ソーラービーム!」

「マフォ……」

マフォクシーは両手を空に掲げると、天から光を吸収する。

「放ちなさい!」

「ロトム、10まんボルト!」

ロトムの電撃は、マフォクシーのレーザーと交錯し、一瞬せめぎ合った後四散してしまう。

「その程度の威力じゃあ、撃ち消す事は……」

「ハイドロポンプ!」

「!」

続けて撃ち出されたロトムの高圧水流は、先ほどで幾分か威力を相殺されたソーラービームを中心から貫いた。

「くっ……! マフォクシー、かえんほうしゃ!」

「マフォ……!」

攻撃態勢に入ったマフォクシーだったが、その炎が撃ち出される前に、直撃を許してしまう。

「マフォオ……」

相性の関係か、一撃で沈むマフォクシー。

「……攻撃は二段構えって事なのね。狙って……はないわよね。あの一瞬で判断した、素晴らしいバトルセンスね」

ツバサの表情に、少し焦りが浮かぶ。

「戻って、ロトム」

穂乃果はまたしても、ポケモンを戻す。

「ロトムはまだダメージを受けてないわよ? 休ませる必要はないんじゃないかしら」

「私のポケモンを見て欲しいんです。ツバサさんに、私がこの旅で出会った、もう一つの奇跡のような存在を」

「“もう一つ”の奇跡……?」

元の記憶が無いツバサには、一つめが何なのかは分からない。

「……そう。なら私を倒して、その奇跡を証明してみせて。あなたが出した結論を、私に示して。ーーバクフーン!」

「ムクホーク!」

お互い三体目は、同時に繰り出す。

「ムクホーク、ブレイブバード!」

「バクフーン、ふんか!」

ムクホークは低空飛行でバクフーンに迫る。バクフーンは爆熱を噴き出し、それを迎撃する。

「ムクホーク、つばめがえし!」

ムクホークは低空飛行から、一気に急上昇する。バクフーンの攻撃範囲から退避すると、そこから急角度で突撃を仕掛けた。

「甘いわね。ふんえん!」

「バク!」

全方位に放たれる炎。突っ込んでいたムクホークは避けられず、炎を浴びてしまう。何とかバクフーンまで攻撃は届いたが、大したダメージにはならず。

「あら、やけどの追加効果ね」

ムクホークの状態異常を見て、ツバサは勝敗を察する。

だが、

「やけどなら大丈夫!」

「ホーク!」

全く怯まない穂乃果とムクホークに、怪訝な顔をする。

「ムクホーク、からげんき!」

「なっ……!」

勢いよく突っ込んでくるムクホーク。そんな不意打ちに反応できなかったツバサ。そしてバクフーンは直撃を受けて吹っ飛ばされた。

「バクフーン!」

「バク……」

「…………」

立て続けに三体を倒されたツバサは、穂乃果を見やる。

「私が、こうも簡単に追い込まれるなんてね。……穂乃果さん、あなたの原動力は何? あなたのどんな信念が、そこまでの強さを生み出すの?」

改めて訊かれた穂乃果は、少し黙る。

「……私は、この世界が好きです。ポケモンも、ここの人も。旅をして、助けてくれて、闘ってくれて。……でもきっと、続かない。今の毎日は、きっと終わってしまう。だから私は、今を楽しみたい! この限られた時間の中で、精一杯輝きたい! “今が最高!”って、思えるように!」

飾らない、等身大の言葉。穂乃果の想いは、スクールアイドルを始めたあの頃から、何も変わっていない。

「……分かった気がするわ、あなたという存在が。あなたがどう生きるのか、私を倒して見せてちょうだい」

ツバサは、四つ目のボールを掴む。

「私の最後のポケモンよ。あなたの道が正しかったと、その想いを私にぶつけて。ーーフシギバナ!」

「バナ!」

「戻って、ムクホーク。ーーリザードン、ファイトだよっ!」

「グオォォ!」

「さあ、行くわよ!」

ツバサは左手を掲げ、その人差し指にはまる指輪に右手を添える。そこにある、不思議な光を持つ石へと。

「ーーメガシンカ!」

ツバサのメガリングと、フシギバナのフシギバナイトが反応した。

指輪とフシギバナから、光の帯が溢れ出す。それはお互いの帯と結び付き、フシギバナを光が包む。そしてその光が四散した時、

「バナアァァァァァッ!」

フシギバナはメガフシギバナへとメガシンカしていた。

「どうかしら? これがメガシンカ。進化を超えた、ポケモンの新たな力よ」

誇ったような声のツバサ。

「……知ってます」

「……?」

だが穂乃果の反応の薄さに、少し表情を曇らせる。

「あれが、メガシンカなんだね。凄いね、リザードン」

「グオ」

「……私達も、見せてあげよっか!」

「グオ!」

「まさか……!」

穂乃果は、お守りのように身に付けていたいつものリストバンドを掲げる。ヘリの中で、シロナに作ってもらった、キーストーンの付いたそれを。

「メガシンカッ!」

穂乃果のメガリストバンドと、リザードンのリザードナイトXが反応した。不思議な光が四散した時、

「グオォォォォォォッ!」

リザードンはメガリザードンXへとメガシンカしていた。

「さあ、行くよ!」

「……まさか、あなたまでメガシンカを使えるようになっていたなんてね。キーストーンを渡した時は、無理だろうと思っていたのに」

「リザードン、かえんほうしゃ!」

「フシギバナ、ヘドロばくだん!」

威力の上がったお互いの攻撃が、空中で相殺される。

「つるのムチ!」

フシギバナから伸びた蔓が、リザードンの腕を絡め取る。

「そのまま持ち上げなさい!」

「バナァ!」

上に引っ張られたリザードンは、

「叩きつけて!」

「フレアドライブ!」

その力に逆らうように、炎を纏って抵抗する。その炎が燃え移り、蔓が導火線のように燃えていく。

「今だ! かえんほうしゃ!」

焼けて脆くなった蔓を引きちぎり、リザードンは熱線をフシギバナに浴びせた。

「よしっ!」

だがフシギバナは倒れない。

「フシギバナはメガシンカすると、特性が《あついしぼう》に変わるのよ。炎タイプと氷タイプのダメージは半減よ」

「じゃあ、効果は抜群でもダメージは普通と同じって事なんだ……」

「フシギバナ、もう一度ヘドロばくだん!」

飛来する塊を、リザードンは食らってしまう。さらに、

「グオ……ッ⁉︎」

動きが少しよろめく。

「どくになった……⁉︎」

「ヘドロばくだんの追加効果ね。長引けば不利になるわね」

「くっ……!」

「……でも、長引かせるつもりはないわ。勝因が状態異常なんて、私が認めない。フシギバナ、つるのムチで捕まえて!」

力強い眼光。勝利のみを見据えた、曇りの無い目。

「……それは、私だって同じです! リザードン、フレアドライブ!」

「グオォォッ!」

リザードンが纏った炎に、草の蔓は焼け焦げてしまう。

「ヘドロばくだんで撃ち落としなさい!」

「バナ!」

「させない……! これで決める!」

穂乃果はグッ、と拳を握ると、勢いよく突き出す。

「リザードン、げきりん!」

「グオォォォォォォ!」

やたらめったら繰り出される攻撃が、フシギバナの放った塊を爆散させる。

「行っけぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「グオォォォォォォォォッ!」

フシギバナへと衝突するリザードン。爆風が巻き起こり、交錯点が見えなくなる。

煙が晴れたそこには、

「バナ……」

倒れ伏し、メガシンカが解除されたフシギバナの姿が。

「…………負けた、か」

ツバサは結果を認め、長く息を吐くと空を仰いだ。

「…………」

空を仰ぐツバサに、穂乃果は歩み寄る。

「……あの、ツバサさん」

ツバサは顔を前に戻すと、

「あなたの勝ちね。私の力は、あなたには届かなかった。あなたの想いの強さが、私を超えた。それがこの結果ね」

そう告げた。

「……あの、私は……」

「いいのよ。あなたはあなたの信念を貫いた。今の世界の存続を願った。そうでしょう?」

そんなツバサに対し何かを言いかけた穂乃果は、

「……はい」

言葉を飲み込んだ。

「あなたがこの事態をどう鎮めるのか、見させてもらうわね」

ツバサは山の中へと続く階段を下りながら、

「あ、そうそう。私が起動した九つ水晶で操られているパミュークスは、私がいなくなれば束縛から解放されるわ。多分怒ってるだろうから、頑張ってね」

「うぇええ⁉︎」

サラッと大事な事を言い残して消えていった。

「…………」

穂乃果がゆっくり振り向くと、

「…………」

パミュークスが、無言のまま鎮座していた。表情は変わらないので分からないが、その迫力と眼光で、痛いくらいに感情が伝わって来た。

「お、怒ってるなぁ……」

穂乃果が一歩退いた時、

「キュオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォッ!」

パミュークスが吠えた。

「ぐうっ……!」

その音量に、穂乃果は思わず耳を押さえる。

そして、パミュークスの口を中心として、空気が波打って見えた。

「あれは……?」

確かめようとするが、穂乃果の平衡感覚も揺れて立ち上がるのでやっとだった。

「ーー穂乃果!」「穂乃果ちゃん!」「穂乃果!」「穂乃果ちゃん!」

「みんな!」

そこへ、山の中からメンバーが次々飛び出して来た。第二陣の希達もいる。

「シロナさんがオリジン団を食い止めててくれて」

「そしたら、さっき急にオリジン団が引き上げて行って……」

「“未来は彼女に託した”って言い残して……」

「ツバサさん……」

穂乃果は、見えぬ先にいるもう一人のリーダーを思う。

「……それよりも、これはどういう状況にゃ⁉︎」

「これが、カイトゥーン地方伝説のポケモン……」

穂乃果以外の八人も、パミュークスの姿を認める。

「ぐっ……! この声を何とかしないと……!」

そして同様にふらつく。

「何を……してるんだろう……」

「世界を、創り変えようとしてるんや……!」

希が口を開く。

「伝説のポケモンは、怒らせたらいけない存在や……。無理矢理起こされて、相当ご立腹なんやろなぁ。怒りで我を忘れてるんやと思う……」

「そんな……どうすれば……」

にこが呟く。

「……歌おうよ」

不意に、穂乃果の声が響いた。

十六の目が、穂乃果を見る。

「ことりちゃん!」

「は、はい! ほ、穂乃果ちゃん?」

呼ばれたことりは、返事をしてから首を傾げた。

「この前教えてもらった歴史だと、昔の人は歌って伝説のポケモンに感謝したんでしょ?」

「う、うん……」

「だったら、皆で歌おうよ! 思いっ切り、今の気持ちを歌おうよ!」

「歌うって、何の歌を……」

その問いに、穂乃果は答えない。代わりに、目を閉じて息を吸い込んだ。

そして、

「ああ、ほのかな、予感から、始まり」

歌い出す。

「ああ、望みが」

「星空、駆けて」

それにつられるように、希と凛がほぼ無意識に歌い出す。

「花を、咲かせる」

「にっこり笑顔は」

花陽とにこの口から、自然に歌詞が漏れた。

「「ずっと、おんなじさ」」

「「友情の笑顔!」」

残ったメンバーも、歌い出す。知らないはずの歌を、当たり前のように口ずさむ。不思議な気持ちはしたが、誰一人として不快さは感じなかった。

「「「忘れない、いつまでも、忘れない」」」

「「「こんなにも、心が一つになる」」」

「「「世界を見つけた」」」

それどころか、楽しい、嬉しいという気持ちが湧き上がってくる。気が付けば、九人全員が笑顔になっていた。

『喜び、共に、歌おう、最後まで』

九人の声は重なり、強く、そして美しく響いていく。

『僕たちはひとつ!』

パミュークスも、いつしか狂気の声を止め、歌声に耳を傾けるように頭を下げていた。

『ことりの、翼がついに、大きくなって、旅立ちの日だよ』

歌声に酔いしれるように、パミュークスは静かに佇む。

『遠くへと、広がる海の、色暖かく』

九人の歌声は波となって、カイトゥーン地方を包んでいく。

『夢の中で、描いた、絵のなんだ、切なくて』

本来届かないはずの場所まで、聞こえないはずの歌声が響く。

『時を、巻き戻して、みるかい?』

波紋のように、世界へ広がっていく。それに呼応するかのように、九人とパミュークスの間に浮遊する九つ水晶に暖かな光が宿る。

『NO NO NO!』

九つ水晶の光が、眩く輝き出す。

『今が最高!』

瞬間、九つ水晶が音を立てて砕け散った。

「ああ、ほのかな、予感から、始まり」

名の通り九つの欠片に分かれた水晶は、九人の目の前へと落ちてくる。

『ああ、光を、追いかけて、来たんだよ』

それを、それぞれが優しく両手で受け止める。

胸に抱き、揃って優しい笑顔を浮かべる。

カイトゥーン地方の危機は去った。μ'sの歌声が、壁画の文言を再現し世界の改ざんを防いだのである。



「皆、大丈夫⁉︎」

ようやくシロナがウテックス山の頂上に姿を見せ、

「っこれが、伝説のポケモン……!」

パミュークスの姿を認めてボールを構えた。

「大丈夫ですシロナさん!」

それを穂乃果が慌てて止める。

「このポケモンはもう、怒ってませんから!」

「……どういう事?」

怪訝な顔をするシロナに、九人が口々に、そしてフォローし合って状況を説明する。

「…………」

話を聞き、それをまとめたシロナは、

「……つまり、歌を歌ったら解決できた……って事?」

「そうなります」

「……驚いたわ。そんな解決法があったなんてね」

シロナは一瞬言葉を失い、

「私も闘ったオリジン団から情報を聞き出したのだけど……、世界を新しくするって聞いて……穂乃果ちゃん達が、カイトゥーン地方を救ったのね」

「そ、そんな、私達はただ必死で……」

「それで世界を救ったんだもの。凄いじゃない。皆、頑張ったわね」

シロナに労われ、九人は笑顔を見せる。

「…………」

穂乃果は振り返ると、こちらを見つめるパミュークスを見つめ返す。

「ごめんね、いきなり酷い事して。でも、穂乃果は歌えて楽しかったよ! あなたはどうだった?」

「…………」

パミュークスは答えない。

「また一緒に歌おうね! 今度は、皆で仲良く!」

両手を広げ、満面の笑みを浮かべる穂乃果。その輝く笑顔を、パミュークスは静かに見下ろす。そして、

「キュオォォォォ……!」

遠吠えのように、空に向かって声を響かせた。その声は、耳を塞ぐような不協和音ではなかった。

「綺麗な声……」

その声に全員が聞き惚れていると、十人を不思議な光が包んだ。

「これは……!」

視界がホワイトアウトした次の瞬間、立っていたのはチェリーバタウンのヘリの前だった。

「今のはテレポート……。でも、自分以外をこんなにも移動させるなんて……。やっぱり、秘めていた力はとんでもないようね……」

シロナは目の前にそびえる、ウテックス山を見上げる。穂乃果達もつられて見上げ、

「キュオォォォォ…………」

僅かに聞こえてきた声が、唐突に途切れたのを感じた。

「……さようなら」

穂乃果は微笑みを浮かべて呟き、

「今が最高♪」

小さく口ずさんだ。





翌日、ガジアスシティ。夜明け。

穂乃果は朝日を浴びながら、大きく伸びをした。

「うーん……! いい天気になりそう!」

「随分早いですね」

呼びかけられ振り向くと、

「海未ちゃん!」

海未が立っていた。

「まだ朝早いですよ?」

「だっていよいよだもん! オリジン団の事件も解決して、いよいよ挑戦できるんだよ?」

穂乃果はある一点へと、視線を送る。そこにあったのは、大きな門扉。

「……ポケモンリーグ!」



前日、チェリーバタウンでシロナと別れた九人は、ヘリでガジアスシティへ戻った。ニュルドビレッジで簡単な復興作業を手伝い、翌日、穂乃果のポケモンリーグ挑戦を見送ろうとなった。

久しぶりの挑戦者という事で、ガジアスシティあげての見送りとなった。

豪華な食事や激励の言葉など、多くの人に背中を押された穂乃果は、μ'sの八人と共にポケモンリーグへと続く扉の前に立った。

扉のすぐ向こうは海岸であり、まるで異世界へ続いているかのような雰囲気を醸し出している。

「それじゃあ、開けるわね」

絵里は持っていた鍵を、扉の鍵穴に差し込む。

カチン、と小気味いい音がし、絵里が扉を押す。

身長の二倍を超える重厚な扉はしかし、驚くほど簡単に開ききった。

その先に見えるのは、暗闇へと消える下り階段。

「この先が、ポケモンリーグ。そしてそこに立ち塞がるのが、最後の難関チャンピオンロード」

絵里は穂乃果に向き直る。

「チャンピオンロードには、挑戦権を得ながらも腕を磨くトレーナーが数多くいるわ。全員、バッジを全て揃えた手強い相手よ」

「……うん。頑張る」

穂乃果は強く頷く。

「穂乃果なら、心配はいらないと思うけどね」

対照に、絵里は笑顔を作る。

「そうだよ! オリジン団をやっつけた穂乃果ちゃんだもん! 絶対大丈夫にゃ!」

凛は元気に飛び跳ね、全身で激励を表現する。

「穂乃果ちゃんは凄い人だから、きっと勝てる。ううん、絶対勝てる!」

花陽は両手を握りしめると、自分の事のように頷いた。

「このにこにーが認めたトレーナーなんだから、負けたら承知しないわよ!」

若干理不尽ながらも、にこは彼女なりの声援を送る。

「不思議な人よね。何でもやりそうって、そんな気がする。……あと、一緒に歌えて楽しかったわ」

後半の声小さく、少し頬を染めた真姫。

「きっと凄いトレーナーになるんだろうって、ウチは最初から分かっとったで? スピリチュアルパワー、分けてあげる」

穂乃果の両手を包み、穏やかに話しかける希。

「頑張ってきなさい。穂乃果の真っ直ぐな気持ちがあれば、どんな壁だって壊せるわ」

絵里は笑顔で、ウインクする。

「頑張ってね、穂乃果ちゃん。ずっと応援してるから!」

ことりは小さく手を振り、ニッコリ笑いかける。

「あなたの強さは、私達がよく知っています。さあ、その強さを見せつけてきて下さい」

海未は穂乃果を見つめ、その目に宿る激しい炎を焚きつける。

「みんな……ありがとう! 絶対、ポケモンリーグ制覇してくるね!」

穂乃果はそれぞれの想いを受け取り、拳を空に突き上げる。

「あ、そうそう。先のオリジン団事件で、パミュークスの影響が少なからず出ているみたいよ。世界のズレが生じてしまったみたいね」

「え……それ大丈夫なの?」

「世界が崩壊するような規模じゃないみたいだから、平気よ。ただ、今まで生息していなかったポケモンが現れたり、一部ポケモンのタイプにも影響が出ているようね。そこら辺、頭に入れておくといいわ」

「分かった。ありがとう絵里ちゃん!」

穂乃果は階段へとつま先を向けると、

「じゃあ、行ってきます!」

勢いよく駆け下りていった。





階段を駆け下りてすぐ、

「新たな挑戦者か? 早速だが、相手してもらおう!」

いきなりバトルを挑まれた。

「いけ、グランブル!」

「ブル!」

「あ、このポケモン知ってる! 確かノーマルタイプだ!」

穂乃果はゲームの記憶を引っ張り出し、

「ムーランド、ファイトだよっ!」

「ワフッ!」

「ばかぢから!」

いきなり攻撃を叩き込んだ。

だが、

「ブル!」

「え、ウソ……! 全然効いてない⁉︎」

「フッフッ……さてはお前、最近起こった変化を知らないな?」

「うっ……」

知らないどころか解決した張本人なのだが、それと知識はまた別問題。穂乃果はたじろぐ。

「そんな勉強不足でポケモンリーグに挑戦なんて、片腹痛い! 出直して来い!」

「すてみタックル!」

「ワウゥゥッ!」

「ブルゥッ……⁉︎」

トレーナーが言い放った直後、グランブルが後方に吹っ飛ばされた。

「……は?」

目が点になるトレーナー。

「よしっ! 何かよく分かんないけど、これなら勝てる!」

「よ、よし分かった! お前は見込みがある! 特別に変化について教えてやろう!」

「ホントに⁉︎ ありがとう!」

無邪気に喜ぶ穂乃果は、このトレーナーが実力不足で立往生していた事など知らない。



「……簡単に言うと、新たなタイプが発見されたんだ」

「タイプ?」

「ああ、フェアリータイプってヤツでな。今まで別のタイプだったポケモンがフェアリータイプになってたり、一つしかタイプが無かったのにフェアリータイプが追加されたポケモンもいる。俺のグランブルは前者だな」

「ほぇ〜」

「あと、今まで未発見だったポケモンも出現するようになったんだ。例えば、さっき捕まえた……」

「エリキ!」

「わ、可愛い!」

「コイツはエリキテル。カイトゥーン地方にはいなかったはずなんだが、昨日からいきなり現れたんだ。……不思議な事があるもんだな」

「絵里ちゃんが言ってたのって、この事だったんだ……」

「あとこれは聞いた話なんだが、どうやら鋼タイプに悪タイプとゴーストタイプの攻撃が、いまひとつじゃなくなったらしいんだ」

「え、そうなの?」

「ああ。自分で確かめたわけじゃないからよく知らないが、どうやらそうらしい」

「ふーん……。色々変わってるんだ……」

「変化が見られたのはその辺だ」

「分かった! ありがとう!」

「気にすんな。……お前、強いな。ムーランド見てすぐに分かったよ。お前ならもしかして、本当にポケモンリーグ制覇しちまうかもな」

「そうかな。でも頑張るよ!」

「おう、頑張れよ」

なんだかんだで親切だったトレーナーと別れ、穂乃果はチャンピオンロードを突き進む。

「ロズレイド、リーフストーム!」

挑まれたバトルは全て応え、

「ムクホーク、ブレイブバード!」

その研ぎ澄まされたバトルセンスを発揮し、

「ダグトリオ、じしん!」

スクールアイドルの練習で培った体力と直感を駆使し、

「ロトム、ハイドロポンプ!」

とどまる事を知らない連勝記録を叩き出し、

「ムーランド、すてみタックル!」

そして時には、

「メガシンカ!」

全力でぶつかり、

「リザードン、げきりん!」

気が付くと、チャンピオンロードで修行する全てのトレーナーを打ち破ってしまっていた。

それと同時に、

「……あの先、明るい? もしかして出口⁉︎」

最後の難関が、終わりを迎える。

階段を駆け上り、海底洞窟から飛び出す。

そこは小さな島。芝生に色とりどりの花が咲き誇り、そよ風に揺れている。

そして、目の前に建立されたポケモンリーグ。平和な自然風景とは真逆に、圧倒的なオーラを放つ。

「…………ここが、ポケモンリーグ……!」

顔を伝った汗を拭い、穂乃果は武者震いをした。最後の挑戦が、始まる。





ポケモンリーグの建物に入ると、まず目に入ったのは一番奥のシンプルな扉だった。聞かなくても分かる、あの先が四天王とチャンピオンが待つ部屋だ。

「…………」

無意識に気を引き締めた穂乃果は、ひとまず兼任しているポケモンセンターにポケモンを預けた。

「あなたも挑戦者ね? 頑張って」

ジョーイさんも見慣れているのか、優しく激励してくれる。

「はい!」

ポケモンを受け取った穂乃果は、すぐに奥の扉へ向かう。

「あ、少し休憩した方が……。チャンピオンロードを抜けて、疲れてるでしょう?」

「大丈夫です! 私、燃えてるので!」

ジョーイさんの心配を、穂乃果は力強い笑顔で返す。

「……あなたなら大丈夫そうね」

ジョーイさんもそれ以上は引き止めなかった。

穂乃果は扉の前に立つと、大きく深呼吸。

「……よし!」

そして、扉を押し開けた。



そこには、

「あ、やっと来た!」

「待ってたよ」

「おっそ〜い!」

三人が待っていた。見慣れた、三人が。

「ヒデコ⁉︎ フミコ⁉︎ ミカ⁉︎」

何事かと目を見開いた穂乃果だったが、

「私達が、四天王だよ」

ヒデコの声と表情に、穂乃果はそれが冗談でも何でもない事を悟る。

「私達だって、サポートだけで終わるつもりはないからね」

「ちょっと前まで、新米トレーナーだったのにね〜」

「まさか本当に、ここまで来ちゃうんだもんね」

ヒフミの決意に、穂乃果ほ底知れぬ力を感じた。

「一人目は私だよ。負けないんだから!」

ミカが自分を示す。

「穂乃果だって負けないよ! 皆に背中を押してもらったんだから!」

「じゃあ、私達は奥の部屋で待ってるからね。穂乃果が来るかは、分からないけど」

「行くよ! すぐに行くから待ってて!」

穂乃果は答えると、部屋から出ていく二人を見送る。それから、所定の位置についた。

「全力で来てね! 穂乃果!」

「うん! ミカも、全力で来てよ!」

「…………」

するとミカは、何かを考える。

「どうしたの?」

「うん……ちょっと。ーーあの、審判さん」

不意に、ミカが審判に話し掛けた。

「このバトル、本気で闘いたいの。いいですか?」

「いやしかし、このチャレンジャーは一回目の挑戦ですし……」

「お願いします!」

渋る審判に、頭を下げるミカ。穂乃果には、何が何だか分からない。

「……分かりました。特例ですからね」

渋々、といった様子の審判は、大きく息を吐くと、

「これより、四天王・ミカとチャレンジャー・穂乃果のバトルを始めます。使用ポケモンは、お互い六体のフルバトルとします!」

高らかに言い切った。

「フルバトルって……」

「本当は、私達四天王は五体までしか使っちゃいけないの。でも、穂乃果とは何故か、真剣勝負しなくちゃいけない気がするから!」

短いおさげを揺らし、気合いを入れるミカ。

「……ありがとう。穂乃果も、本気でぶつかるね!」

その気持ちに感謝するように、穂乃果は一つ目のボールを手に取った。

「ロズレイド、ファイトだよっ!」

「お願い、メガヤンマ!」

「ロズレイ!」

「ヤンマ!」

「私は虫タイプの使い手! 虫タイプの本気、見せてあげる! メガヤンマ、げんしのちから!」

「ヤンマッ!」

撃ち出された攻撃は、

「ヘドロばくだん!」

簡単に相殺される。

ミカも穂乃果も、表情に変化は無い。ただの小手調べだと、お互いが分かっていた。

「エアスラッシュ!」

「リーフストーム!」

空気の刃と若草の嵐はぶつかり合い、同時に四散した。

「へえ……相性悪い相手に、よく闘うね」

「当然! 穂乃果のロズレイドは、そういうポケモンだもん!」

「ロズレイ!」

胸を張る穂乃果に、ロズレイドも同じポーズをする。

「うんうん、流石は穂乃果! いい勝負ができそう! ……でも、メガヤンマの本当の力はこれからだよ?」

ミカは意味深に微笑む。

「……?」

「さあ行くよ! メガヤンマ、エアスラッシュ!」

「ヤンマ!」

「ロズレイド、リーフストーム!」

「ロズレ……ッ⁉︎」

しかし、穂乃果の指示を実行するより早く、メガヤンマの攻撃が届いた。

「速い……! さっきまで互角だったのに、どうして……!」

「ふふふ、メガヤンマの特性は《かそく》。時間が経てば経つほど、速くなってくんだよ」

「そんな……! ロズレイドじゃ不利だ……。一旦戻って、ロズレイド!」

穂乃果は即決で、ロズレイドをボールに戻した。

「ロトム、お願い!」

「ウィ!」

「今度は逆に、こっちが相性不利か……。でも、どんどん速くなるメガヤンマに、攻撃が当たるかな?」

ミカの言葉に、穂乃果はグッと力を込める。

「確かに……。押し切られるかもしれない……けど!」

「メガヤンマ、むしのさざめき!」

「ヤンマ!」

メガヤンマは翅を震わせ、その振動がロトムに届く。

「ウィ……!」

「ロトム、ハイドロポンプ!」

ロトムは攻撃を放ち、音の拘束からは抜け出す。しかし、

「避けて!」

肝心の攻撃は、簡単に躱されてしまう。

「メガヤンマ、もう一度むしのさざめき!」

「ヤンマ!」

メガヤンマが攻撃のモーションに入った瞬間、

「今だ! ほうでん!」

「ウィィ!」

全方位への電撃が迸った。

「えっ……⁉︎」

音の振動を突き破り、無防備なメガヤンマに電撃が襲い掛かる。

「ヤンマ……!」

「止まった! ロトム、ハイドロポンプ!」

「ウィィィィーッ!」

ダメージを受け一瞬だけ動きが止まったメガヤンマに、ロトムの高圧水流が直撃した。

「メガヤンマ、戦闘不能! ロトムの勝ち!」

「倒した……!」

一体倒すだけで、かなりの精神を消耗した穂乃果。

「こんな強敵が、あと五体……」

「これがフルバトルだよ? 疲れちゃった?」

「まだまだ! 絶対に最後まで走り抜けるよ!」

気合いを入れる穂乃果に、ミカは笑みを浮かべる。

「お願い、シュバルゴ!」

「シュバ!」

「わお! 何かカッコいい!」

「ふっふっふ。カッコいいだけじゃないよ。シュバルゴ、メガホーン!」

両手の槍を構え、突貫してくるシュバルゴ。

「ロトム、おにび!」

「ウィ!」

ロトムが放った青白い炎を、シュバルゴは避けようともしない。結果、シュバルゴは火傷を負ってしまう。

「動きは、速くないみたい……」

先ほどのメガヤンマを見たせいか、穂乃果の目にもシュバルゴの動きは緩慢に見える。

「ロトム、たたりめ!」

だが、

「シュバッ!」

「ウィ……⁉︎」

たたりめの攻撃を受けているにも関わらず、シュバルゴは止まる事なく攻撃を繰り出してきた。しかも、ロトムを盛大に後退させる。

「うそ……火傷してるんだよね……⁉︎ しかも、威力の上がるたたりめで攻撃してたのに……!」

「シュバルゴは、確かに動きは遅いよ。でも、それを補って余るほどのタフさと破壊力を秘めてるんだよ」

シュバルゴは槍を交差させ、戦意の高さを示す。

「さあ、畳み掛けるよ!」

「させない! ロトム、ハイドロポンプ!」

「ウィィィィー!」

「アイアンヘッド!」

シュバルゴの鋼鉄の頭突きで、ハイドロポンプは二つに裂けていく。

ロトムが撃ち終わった所で、

「メガホーン!」

再び強烈な一撃が襲った。

「ウィ……!」

徐々にダメージが蓄積していくロトム。

「ぐ……! でも、こっちのダメージだって入ってるはず……。ロトム、諦めちゃダメだよ!」

「ウィィ!」

「ロトム、ボルトチェンジ!」

「シュバッ⁉︎」

ロトムはリング状の電撃を放ると、シュバルゴに当たって戻ってきたそれを纏うと穂乃果のボールに収まった。

「ダグトリオ、ファイトだよっ!」

「ダグ!」

「ボルトチェンジで交代してきたか……」

「ダグトリオ、じしん!」

揺れる地面に、シュバルゴは流石にたまらず動きが鈍る。

「ストーンエッジ!」

穂乃果が指示を飛ばし、

「ダグ!」

ダグトリオが動く。

だが、いつもの礫は飛んでいかなかった。代わりに、シュバルゴの真下から巨大な岩石が突き出した。

「え、何あれ⁉︎」

穂乃果本人も驚き、シュバルゴは高々と吹き飛ばされた。

「シュバルゴ、戦闘不能! ダグトリオの勝ち!」

審判の旗が振られる。

「パミュークスの影響が、技にも出てるって事……?」

確信が持てないながらも、そう結論付けた穂乃果。

「いやー、穂乃果強いね。楽しくなってきちゃった」

二体目が倒されたにも関わらず、ミカは楽しそうである。

「ポケモンリーグのチャレンジャーとかどうでもよくて、純粋に楽しいよ……っと」

ミカは、笑いながら三つ目のボールを放る。

「アーマルド!」

「アマ!」

飛び出たポケモンは、両手の爪を振り回しやる気を見せる。

「岩と虫タイプ……。ダグトリオ、有利だよ!」

「ダグ!」

「アーマルド、つめとぎ!」

アーマルドは両手を研ぎ合わせ、鋭い目付きでダグトリオを睨む。

「ダグトリオ、じしん!」

「受け止めて!」

激しく揺れる地面の中、アーマルドはしっかりと大地を踏みしめる。

「シザークロス!」

「アマー!」

アーマルドは爪を重ね合わせると、ダグトリオ目掛けて突き進む。

「あなをほる!」

ダグトリオは素早い動きで、危なげなく地面へ潜り回避する。

「このままいつもの戦法で……」

「ふっ……やると思った」

「えっ……⁉︎」

ミカの口元が緩んだのを、穂乃果は見た。

「アーマルド、じしん!」

「アマーッ!」

今度はアーマルドを中心に、激しく揺れる地面。

それが収まったすぐ後、地面を突き破ってダグトリオが頭を出した。

だが、

「ダグ……」

すでに闘える状態ではなかった。

「ダグトリオ、戦闘不能! アーマルドの勝ち!」

ダグトリオをボールに戻した穂乃果。

「どうして……」

「じしんは、相手があなをほるで地面に潜っている時にも当たって、しかもダメージが二倍になるんだよ?」

「そ、そうだったんだ……。知らなかった……」

目から鱗な穂乃果に、流石に苦笑いのミカ。

「ここに挑戦できる実力があるのに、その辺は知らないんだ……。穂乃果って変なの」

「だ、だって知らなかったんだもん!」

「はいはい、穂乃果らしいよね」

「むー……」

少しだけむくれた穂乃果だったが、

「まあいいや……。ーーロトム、ファイトだよっ!」

自慢の切り替えの早さで、次のボールを放った。

「ロトム、ハイドロポンプ!」

「ウィィィィー!」

ロトムが放った高圧水流は、

「ストーンエッジ!」

地面から突き出した岩石によって、その進路を阻まれた。

「そんな使い方が……!」

「攻撃するだけが、技じゃないって事! アーマルド、シザークロス!」

「アマッ!」

その隙に、交差した爪をぶつけるアーマルド。

「ウィ……ッ」

「まだまだ! ロトム、おにび!」

「ストーンエッジ!」

青白い炎は、またも岩石に阻まれる。さらに連続で突き出し、それはロトムの真下からも。

「ウィィ……!」

吹き飛ばされるロトムに、穂乃果は歯噛みする。

「あれをどうにかしないと……。それに、アーマルドの攻撃も上がってるし……」

穂乃果は一度深呼吸すると、

「……私が得意なのは、突っ走る事! それはきっと、バトルも同じ!」

前だけを見つめる。

「ロトム、ほうでん!」

「ストーンエッジ!」

ロトムの電撃は、またしても岩石の壁に止められる。

「ハイドロポンプ!」

「え……⁉︎」

アーマルドに指示しようとしていたミカは、不意を突かれる。

アーマルドもまた、攻撃に転じたくても動けずロトムの攻撃を受け流す。

「もう一度ハイドロポンプ!」

「ウィィィィーッ!」

二度目の高圧水流。強力な攻撃を受け続けた岩石は、ついに激しく砕け散った。

「アマ……⁉︎」

「おにび!」

そこに間髪入れず、炎が飛んでくる。

「たたりめ!」

火傷を負い一瞬動きが鈍ったアーマルドの周りに、人魂のようなものが浮かびそして消える。

「アーマルド、戦闘不能! ロトムの勝ち!」

ロトムの猛撃がやんだ時、アーマルドは地面に崩れ落ちた。

「……凄い勢い。攻撃は最大の防御って、こういう事を言うのかな……」

半ば呆れながら、ミカはアーマルドをボールに戻した。

「これが、穂乃果の闘い方だから! いつだって、全力で!」

「うーん、穂乃果って面白いなあ」

「ええ⁉︎ 穂乃果は真面目なんだよ⁉︎」

「分かってるよ〜。だからこそ、面白いトレーナーだなって思うの」

「そうかな……。よく分かんないや」

「それでいいよ? 分かんないままの方が穂乃果らしいから」

「…………」

ニッ、と笑うミカに、穂乃果は様々な感情が押し寄せて黙る。

「さ、まだ負けてないんだからね! デンチュラ!」

「チュラ!」

ミカの四体目。

「電気と虫タイプか……。このまま押し切るよ、ロトム!」

「ウィ!」

気合いを入れる穂乃果とロトムに、ミカは力強い笑顔を浮かべる。

「そう簡単に行くかな?」

「ハイドロポンプ!」

「かみなり!」

ロトムの放った高圧水流は、天から降り注いだ落雷によって霧散してしまう。そしてその一つが、ロトムへ落ちてくる。

「くっ……! 小さいロトムに、的確に当ててくるなんて……!」

「デンチュラの特性は《ふくがん》だからね! そう簡単に避けられると思わないでね!」

「ウィィ……ッ」

ダメージがかさみ、ロトムの動きはやや鈍り始める。

「ロトム、ボルトチェンジで一旦戻って!」

「逃さないよ! デンチュラ、シグナルビーム!」

ロトムが放った電気のリングは、極彩色の光線に相殺されてしまった。

「そんな……!」

それを見た穂乃果は、普通にボールを取り出す。

「逃さないって言ったでしょ! デンチュラ、エナジーボール!」

「チュラー!」

「草タイプ……⁉︎」

予想外の攻撃に穂乃果が一瞬固まると、その隙に攻撃はロトムに被弾する。

「ロトム⁉︎」

「ウィィ……」

「ロトム、戦闘不能! デンチュラの勝ち!」

振られた審判の旗を確認して、穂乃果はゆっくりとボールにロトムを戻した。

「お疲れ様、大活躍だったね。後は任せて、ゆっくり休んでね」

ボールに労いの言葉をかけると、三つ目ボールを掴む。

「もう一度、ロズレイド!」

「ロズレイ!」

「へー、ロズレイド? あんまり相性は良くないよね」

「うん、でもそれは、デンチュラも同じだよ?」

「それもそっか。じゃ、お互い押し切った方が勝ちだ!」

「負けないよ!」

「こっちだって! ーーかみなり!」

「リーフストーム!」

降り注ぐ落雷は、巻き起こった若草の嵐に飲まれ、それを吹き飛ばしながら消滅した。

「やっぱり、草タイプに電気タイプの技は効かないか……。それなら! シグナルビーム!」

「チュラー!」

「ロズレイド、フラッシュ!」

「ロズッ!」

突如、ロズレイドが眩い光に包まれた。

「チュラ⁉︎」

突然の光に、面食らうデンチュラ。しかし特性のおかげもあってか、さほど逸れる事なく光線はロズレイドへ迫る。

「受け止めて!」

「レイ!」

ロズレイドは腕を重ね、両手の先の花で光線を受け切った。

「よーし! ヘドロばくだん!」

未だ状況が把握できないデンチュラへ、塊が飛来する。

「チュラ……ッ⁉︎」

パニックに陥るデンチュラ。

「落ち着いて! デンチュラなら大丈夫だから、ちゃんと相手を見て!」

「ヘドロばくだん!」

「シグナルビーム!」

ミカの声が届いたデンチュラは、的確に飛んでくる塊を撃ち落とした。

「よしっ」

だが、

「チュラ……ッ」

デンチュラは、苦しそうである。

「毒状態……⁉︎ さっきの攻撃で、追加効果を引いちゃったのか……!」

「このまま畳み掛けるよ! リーフストーム!」

「まだ負けてない! エナジーボール!」

お互いの攻撃は空中でぶつかり合い、相殺される。

「デンチュラ、かみなり!」

「チュラーッ!」

一瞬早く動いたデンチュラが、ロズレイドの頭上に電撃を落とした。

ダメージこそ浅かったが、

「ロズ……ッ」

ロズレイドの動きが鈍った。

「よし! 麻痺した! こっちも追加効果だ!」

歓喜するミカ。しかし、穂乃果は余裕の表情を浮かべる。

「ふふ、そうは行かないよ! ロズレイド、アロマセラピー!」

「ロズ!」

「え……⁉︎」

緑色のベールがロズレイドを覆い、ロズレイドは俊敏な動きで屹立した。

「麻痺の状態異常が……」

それと同じ時、

「チュラ……」

体力の限界を迎えたのか、デンチュラが静かに倒れ伏した。

「デンチュラ、戦闘不能! ロズレイドの勝ち!」

「毒が回っちゃったのか……。お疲れデンチュラ」

ミカはデンチュラをボールに戻し、穂乃果へ笑いかける。

「まさか、私の作戦の上を行かれるなんて思わなかったよ」

「エッヘン! 穂乃果だってやればできるのだ!」

「ホント、ちょっと前まで新米トレーナーだったなんて信じられないよ。恐ろしいほどの急成長だよ」

ミカは感慨深げに呟く。そして、

「私の、五体目。今度は、そう簡単には行かないよ!」

打って変わって、力強い顔。

「ビビヨン!」

「フィリリリ!」

「わ、何だかオシャレなポケモンが……」

「本当は、このポケモンは使わないんだよ? でも、これは真剣勝負のフルバトルだから。私も、本気だから!」

「……望む所だよ!」

穂乃果は頷き、ロズレイドへ指示を送る。

「ヘドロばくだん!」

「むしのさざめき!」

ロズレイドの放った塊は、空中で空気の波紋にぶつかり爆散する。

「やっぱり、ただ突っ込んでもダメか……。なら、ロズレイド、フラッシュ!」

そう簡単に攻略できる戦法でない事は、穂乃果は知っている。ことりとのイレギュラーが無ければ、有効に機能するはずだ。そう、思っていた。

「ビビヨン、みがわり!」

「フィリ!」

「……⁉︎」

突如ビビヨンの姿が消え、不恰好な人形らしきものが出現した。動かないそれは、眩い光を受けても無反応である。

「さあ今の内に! ビビヨン、ちょうのまい!」

「あれは、絶対に良くないヤツだ……!」

技の効果はよく分からずとも、直感的に穂乃果は危険を察知した。

「ともかく、アレを何とかしないと! ロズレイド、リーフストーム!」

「ロズレイッ!」

放たれた若草の嵐は、不恰好な人形のようなものを巻き込むと、それを蹴散らした。

再びビビヨンの姿が現れるが、その愛くるしい外見からは想像できないような雰囲気を放っていた。

「さっきの技、よく分かんないけど絶対に能力を上げる技だよね……」

海未とのバトルで、それを学んでいる穂乃果は警戒を強める。が、

「ビビヨン、ぼうふう!」

ビビヨンが巻き起こす、吹き荒れる突風。

「ロズレイ……ッ⁉︎」

ロズレイドは勢いよく舞い上げられると、続いて地面に叩きつけられた。

「ロズレイド⁉︎」

「ロズレイド、戦闘不能! ビビヨンの勝ち!」

審判の声に、穂乃果は歯を噛む。

「何て威力……。確かに効果はバツグンだったけど、それ以上の威力……。これは、強敵だよ……!」

「もうおしまい? だったら鍛えて、再挑戦して……」

「まだだよ! 絶対に諦めないんだから!」

穂乃果は笑顔を隠し切れないまま、ボールを放る。

「ムクホーク!」

「ホーク!」

飛び出したムクホークに、穂乃果は早速指示を送る。

「ブレイブバード!」

「みがわり!」

ムクホークが低空飛行で突っ込んだ先には、不恰好な人形らしきもの。それを蹴散らして終わった。

「くっ……」

「ドレインキッス!」

「フィリリ!」

不意の攻撃を受けたムクホークはよろめき、何とか態勢を立て直す。

「フィリリリリリ!」

そして、対照にビビヨンの羽ばたきは元気を取り戻していく。

「みがわりを使うと、体力を消耗しちゃう。でも、ドレインキッスは相手にダメージを与えてさらに自分を回復できちゃう技なの!」

「そ、そんな……」

能力上昇で、今やムクホークより素早いビビヨン。スピードを生かした戦法が封じられ、穂乃果は悩む。

「さあ、ガンガン攻めるよ! ぼうふう!」

「フィリリリ!」

再び吹き荒れる突風。閉じ込められたムクホークは、

「ゴッドバード!」

「ホーク!」

強引に突破した。

「はい⁉︎」

流石にミカも予想外だったのか、目を見開く。

「みがわり!」

「フィリリリ!」

ギリギリで攻撃を回避され、穂乃果は無意識に両拳を握りしめた。

「あっぶな〜。そんな力技でくるなんてね……。一瞬も油断できないよ」

冷や汗を拭ったミカ。それを見ていた穂乃果は、

「…………?」

何かを閃いた。

「これなら、もしかして……。ーームクホーク、ブレイブバード!」

「ビビヨン、みがわり!」

今までと同じ結果が、繰り返される。

「何を考えて……」

「ブレイブバード!」

「っ! みがわり!」

またも、同じ。

「まさか……!」

ミカは、穂乃果の意図を察する。

「ブレイブバード!」

「みがわり!」

人形らしきものが粉砕され、ビビヨンが姿を現わす。だがその羽ばたきは、かなり鈍っている。

「やっぱりそれが狙いか……!」

「今だよ! ムクホーク、でんこうせっか!」

ムクホークは矢のように俊敏な動きで、ビビヨンに突っ込んだ。

「フィリリリ……」

「ビビヨン、戦闘不能! ムクホークの勝ち!」

「やった! 上手くいったねムクホーク!」

「ホーク」

ミカは、してやられたという表情。

「みがわりは、体力を消耗して繰り出す技。まさかそれを逆手に取って、ドレインキッスで回復する隙を与えないなんてね……。流石は穂乃果」

「えへへ。でも、頑張ってくれたのはムクホークだから!」

嬉しそうに、ムクホークの頭を撫でる穂乃果。

「……そっか。ポケモンを信頼したからこそ、なんだね」

ミカは、優しく微笑みを浮かべる。

「……さ、私の最後のポケモン。私の最高の本気、ぶつけるね!」

「もちろんだよ!」

「出てきて、スピアー!」

「シュビィィ!」

「スピアーか……。このままムクホークで行けるよ! ファイトだよっ!」

「ホーク!」

「ふふっ。果たしてそうかな?」

「え?」

「穂乃果、メガシンカを使えるようになったんだよね。それを知った時は、ホントにびっくりした。けど、嬉しかった」

ミカは、ポケットから何かを取り出す。

「全力で、闘えるから」

その正体を知った穂乃果は、目を見開いた。

「スピアー、メガシンカ!」

ミカのキーストーンと、スピアーのスピアナイトが反応した。不思議な光が四散した時、

「シュビィィィィィィィッ!」

スピアーはメガスピアーへとメガシンカしていた。

「メガシンカ……!」

「さあ、行くよ!」

「来るよ、ムクホーク! 構えて!」

「ホーク! …………?」

ムクホークが相手の攻撃に備えたその瞬間、ムクホークはスピアーの姿を見失っていた。

「どくづき!」

「シュビィッ!」

スピアーがいたのは、ムクホークの背後。発見すらできなかったムクホークへ、無慈悲な一撃が襲った。

「ムクホーク、戦闘不能! スピアーの勝ち!」

地面に叩きつけられたムクホークは、そのまま立ち上がる事はできなかった。

「速すぎる……! それに、凄い威力……!」

メガスピアーの破壊力を目の当たりにして、穂乃果に戦慄が走る。

「……これが、ミカの全力なんだ。ずっと私達を助けてきてくれた……」

友達の、本気。

「だったら私も、それに応えなきゃ! リザードン、ファイトだよっ!」

「グオォ!」

穂乃果は右手を掲げ、その手首に左手を添える。

「メガシンカッ!」

穂乃果のメガリストバンドと、リザードンのリザードナイトXが反応した。不思議な光が四散した時、

「グオォォォォォォッ!」

リザードンはメガリザードンXへとメガシンカしていた。

「穂乃果のメガシンカ……。あの時のヒトカゲが、ここまで成長したんだ。その力、見せてよ!」

「もちろん!」

「スピアー、シザークロス!」

「フレアドライブ!」

スピアーは、まさしく目にも止まらぬ速さでフィールドを移動すると、一瞬でリザードンの背後へ回った。

「グオッ⁉︎」

「やっぱり速い……!」

「このスピードを攻略しない限り、私のスピアーには勝てないよ!」

素早い移動を繰り返しながら、スピアーは両手の針を振って挑発する。

「確かに、リザードンじゃあのスピアーにはついて行けない……。どうにかしてチャンスを作らないと……!」

「さあ行くよ! ドリルライナー!」

「シュビィィ!」

スピアーは回転すると、両手と尾の針を一まとめにして突っ込んできた。

「地面タイプ……!」

「グオッ……⁉︎」

堪らずよろけるリザードン。

「メガリザードンXは、飛行タイプの代わりにドラゴンタイプになる。タイプの変化が仇になっちゃったね?」

「そんな事ない! 今だからできる、リザードンの強さもある!」

穂乃果は吠えると、真っ直ぐリザードンを見つめる。

「できるよ。私とリザードンなら、できる!」

「…………」

リザードンも、静かに穂乃果を見つめ返す。

「攻撃だって、当たらなければ意味ないからね! スピアー、動いて撹乱して!」

「シュビィィ!」

フィールドの制空権を支配するスピアー。リザードンは、迂闊に動けない。

「焦るな……焦っちゃダメ……チャンスは来る……まだだから……」

穂乃果はブツブツ呟き、必死でスピアーを目で追う。

「ドリルライナー!」

スピアーが、回転しながら突っ込む。

「今だ……! リザードン、掴んで!」

「グオォ!」

ダメージを受けながら、リザードンはスピアーの針をガッチリと鷲掴みにした。

「シュビ⁉︎」

慌てて逃れようとするスピアーだが、リザードンは離さない。

「スピアー、引き剥がして! どくづき!」

「シュビィィ!」

「グオォォォォォ……!」

超至近距離で猛攻を受けるリザードン。だが、

「絶対に離しちゃダメだよ、リザードン!」

その手の力は緩めない。

そのスピアーの攻撃がやんだ瞬間、

「今だよ! かえんほうしゃ!」

「グオォォォォォォッ!」

今度はリザードンが、超至近距離で炎を吐いた。

避ける事は叶わなかったスピアーは熱風に全身を包まれ、盛大に吹っ飛ばされる。

そして、

「スピアー、戦闘不能! リザードンの勝ち! よって勝者、チャレンジャー、穂乃果!」

六回目の穂乃果の旗が、上がった。

「か、勝った……。勝ったよリザードン!」

「グオ!」

リザードンの首に飛びつき、笑顔でぶら下がる穂乃果。

「あーあ。負けちゃったかぁ〜……」

ミカはやはり残念そうに、だが晴れ晴れとした表情で、

「おめでと、穂乃果。でも、私はまだ一人目だからね? フミコとヒデコは、もっと強いよ? まだまだポケモンリーグは、始まったばかりだよ!」

ポン、と穂乃果の背中を押した。

「私、ミカとバトルできて嬉しかった。こんな風に、一緒に闘えて……」

「それはこっちのセリフ! 穂乃果の全力とバトルできて、凄く楽しかった! ありがとね!」

「うん!」

穂乃果は笑顔で頷くと、次へと開かれた扉をくぐった。





手持ちのポケモンを回復し、二つ目の部屋へと入った穂乃果。

「お、ミカに勝ったんだ。やるじゃん!」

そこに、フミコが待っていた。

「二人目は、フミコなんだね」

「そうだよー。私も全力で闘うつもり。だから、審判さんよろしくね」

フミコの言葉に、審判は頷いた。

「それでは、四天王・フミコ対チャレンジャー・穂乃果のバトルを始めます。使用ポケモンは、お互いに六体のフルバトルです」

所定位置についた二人は、それぞれボールを掴む。

「ロズレイド、ファイトだよっ!」

「お願い、エレキブル!」

「ロズレイ!」

「キブル!」

最初のポケモンが、対峙する。

「電気タイプか……。あんまり相性はよくないけど、ロズレイドなら行けるよ!」

「レイ!」

颯爽と攻撃態勢に入るロズレイド。

「リーフストーム!」

「かみなりパンチ!」

飛んで来る若草の嵐に、エレキブルは電撃を纏った拳をぶつける。相殺こそしたが、その威力に押し負けやや地面を滑るエレキブル。

「凄い威力だね。エレキブルが押し負けるなんて」

「えへへ。ずっと一緒に旅してきた、仲間だからね!」

穂乃果のはにかみに、ロズレイドは深く頷く。

「ロズレイッ!」

「よーし! ロズレイド、ヘドロばくだん!」

「10まんボルト!」

空中でぶつかり、爆風を吹き散らす。

「攻めるよ、エレキブル!」

「キブルッ!」

エレキブルは砂塵が覆うタイミングで、ロズレイドへ肉薄する。

確かにロズレイドからは見えなかったが、穂乃果からはその様子がよく見えていた。

「しゃがんで!」

「ほのおのパンチ!」

「ッレイ!」

間一髪の所で、エレキブルの攻撃は空振りに終わった。

「くっ……、一旦退いて!」

「逃しちゃダメだよ! リーフストーム!」

「ロズレイッ!」

ロズレイドのリーフストームはエレキブルを捉え、空中へ吹き飛ばした。

「キブルゥ⁉︎」

「ヘドロばくだん!」

踏ん張りのきかない空中で、体勢の立て直しを図っていたエレキブルに、追撃が襲った。

「エレキブル、戦闘不能! ロズレイドの勝ち!」

「やったぁ! 凄いよロズレイド!」

「ロズ!」

エレキブルをボールに戻したフミコは、

「あの攻撃を躱されるなんて、思わなかったよ。以心伝心だね〜」

「うん! 私達、気持ちは一つだよ!」

「ホント、穂乃果はいつでも楽しそうだよね。ちょっと羨ましいな」

しみじみとした言葉に、

「フミコは、楽しくないの?」

「んー、楽しいけど、穂乃果には勝てないかな」

「そうなの?」

「だって穂乃果、単純だもん」

「うえぇ⁉︎ 酷いよ!」

「あはは、冗談だって。こうして穂乃果とバトルできてるってだけで、私は充分楽しいよ!」

ヒデコは屈託なく笑うと、ボールを放る。

「シビルドン!」

「シビビ!」

現れたポケモンに、穂乃果も再度気を引き締める。

「ロズレイド、リーフストーム!」

「かえんほうしゃ!」

放たれたロズレイドの攻撃は、アッサリと燃やし尽くされてしまう。

「炎タイプ……! これは、ロズレイドじゃ不利だね……。一旦戻って!」

シビルドンの技を見て、穂乃果はすぐにロズレイドをボールに戻した。

「ムーランド!」

「ワウゥ!」

「すてみタックル!」

いきなり全力で突貫を仕掛けるムーランド。

「10まんボルト!」

それを迎撃しようと、シビルドンは電撃を放つ。

「あなをほる!」

ムーランドは進路を、斜め下に変える。電撃は地面にぶつかり消える。

「凄いダイナミックな避け方だね……。でも、シビルドンの特性は《ふゆう》だから、地面タイプは当たらないよ?」

「それは、いつも通り!」

穂乃果としては、何度も経験してきた状況。ただ、それを知らないフミコは首を傾げる。

「飛び出して!」

「ワウッ!」

地面から飛び出し、シビルドンも飛び越えるムーランド。それを追って、シビルドンの首が上を向く。

頂点を迎えたムーランドは、落下を始める。

「ばかぢから!」

「ワウゥッ!」

そこから、全力でシビルドンを叩き伏せた。

「シビ……ッ!」

一撃では倒れなかったシビルドン。だがダメージは甚大に見える。

「技を連携してくるなんてね……。やる事なす事、規格外っていうか……」

やや呆れ顔を覗かせるフミコ。穂乃果としては、あまり特別な事をしている自覚は無かったのだが。

「でも、まだシビルドンは負けてないよ。10まんボルト!」

「躱して!」

ムーランドは左右のフットワークで、電撃を回避する。

「普通に避けるの……⁉︎」

破天荒な立ち回りを見たせいか、本来の立ち回りに意外性を感じてしまうフミコ。

「すてみタックル!」

「ワウゥッ!」

全力の突貫。直撃。シビルドンはフミコの後方まで吹っ飛び、壁にぶつかって止まった。

「シビルドン、戦闘不能! ムーランドの勝ち!」

「お疲れ、シビルドン」

ボールをしまったフミコは、

「気をてらった行動をしたかと思えば、素直に攻めてくる……。掴み所が無いなぁ」

「いやぁ、穂乃果はただ、この瞬間を全力で闘ってるだけなんだけど……」

「それが、穂乃果のバトルスタイルを生み出してるって事だね。強いわけだ」

フミコはどこか納得したように頷く。

「だからって、負けるつもりはないからね?」

「ドンと来いだよ!」

フミコの三体目は、

「ダース!」

「サンダース……!」

「素早い動きができるのは、こっちも同じだよ! 10まんボルト!」

サンダースは俊敏な動きで、ムーランドに電撃を浴びせる。

「ワウッ……⁉︎」

「ムーランド⁉︎」

不意に、ムーランドの動きが不自然に鈍った。

「これって……麻痺⁉︎」

「もう一度10まんボルト!」

素早さを奪われたムーランドは回避できず、電撃の餌食となってしまう。

「このままじゃ、ただやられるだけだ……。ムーランド、戻って!」

穂乃果はムーランドを戻し、

「ロズレイド!」

「ロズレイ!」

アロマセラピーをすべく、ロズレイドを繰り出した。

「……やってくると、思ったんだ」

「アロマセラ……⁉︎」

フミコが漏らした呟きが、穂乃果に聞こえた。

「そんな隙は与えないよ! ボルトチェンジ!」

消耗したロズレイドは、飛んで来た電気のリングを食らう。

「ロズ……ッ!」

ボールへ戻るサンダース。続いてフミコは、

「れいとうビーム!」

「ターン!」

繰り出した四体目に、いきなり指示を飛ばす。

即行で繰り出された攻撃は、的確にロズレイドを射抜いた。

「ロズレイド、戦闘不能! ランターンの勝ち!」

フミコが繰り出したのは、ランターン。

「うぅ……お疲れ様、ロズレイド」

なす術なく倒されたロズレイドを労い、

「……よく、ロズレイドの覚えてる技が分かったね」

「ロズレイドを見て、ムーランドが麻痺して、その時にロズレイドを出したからもしやと思ったんだよね。うまくいってよかったよ」

「…………」

目の前の友達が、強敵だという事実を再認識する穂乃果。

「ダグトリオ!」

気持ち新たに、次のポケモンを繰り出した。

「ダグトリオか……。ま、電気タイプが効かないから当然だよね」

「ここから巻き返すよ! ダグトリオ、じしん!」

「ターン……!」

ダグトリオの一撃を、ランターンはしっかりと耐える。

「くっ……強い……!」

「ランターン、ねっとう!」

「! その技は、海未ちゃんも使ってた……!」

そもそも地面タイプのダグトリオには、水タイプは相性抜群である。

かなりのダメージを負ったダグトリオ。さらに、

「ダグ……ッ⁉︎」

「火傷になっちゃった……!」

「よーし、ランターン! 一気に決めるよ! ねっとう!」

「ターン!」

一直線に肉薄する煮えたぎる水は、

「ダグトリオ、ストーンエッジ!」

地面から突き出した岩石の壁に阻まれた。

「えっ……⁉︎」

防がれると思っていなかったのか、フミコは一瞬思考が止まる。

「ダグトリオ、じしん!」

「ダグ!」

再び揺れる地面。だが火傷を負ったダグトリオでは、攻撃力が足りない。

「まだまだ終わらないよ! あなをほる!」

攻撃が終わった直後に、地面に潜るダグトリオ。

「ダグ!」

「ターンッ……!」

徐々に追い詰められるランターン。

「くっ……凄い猛攻……! こうなったら……ランターン、みずびたし!」

「ダグトリオ、じしん!」

ダグトリオの頭上から水滴が降り注ぎ、それと同時に決定打となる一撃がランターンを襲った。

「ランターン、戦闘不能! ダグトリオの勝ち!」

「お疲れ、ランターン。後は任せて」

一方穂乃果は、ダグトリオが受けた技が気になっていた。

「ダグトリオ、平気?」

「ダグ!」

「ダメージを受けてない……? 技が失敗したのかな?」

首を傾げながらも、とにかく相手を倒した事は事実なので気合いが入る穂乃果。

「ダグトリオは、電気タイプが効かない……。火傷はしちゃってるけど、このまま押し切れる……!」

「そうはいかないよ! サンダース!」

「ダース!」

「ダグトリオ、じしん!」

揺れる地面が、サンダースを襲う。

「電気タイプを使う以上、地面タイプは対策しないとね? サンダース、でんじふゆう!」

サンダースの足元が帯電したかと思うと、その身体が浮き上がった。

「えっ、何それ⁉︎」

空中にいるサンダースには、ダグトリオの攻撃は届かなかった。

「さあ、10まんボルト!」

「へっ?」

地面タイプのダグトリオに電気タイプの技を撃つなんて、何かを勘違いしたのかと思った穂乃果。だがさらに驚くべき現象が、すぐに起こった。

「ダググ……ッ⁉︎」

電撃が、ダグトリオを襲ったのだ。

「どうしてぇ⁉︎」

穂乃果が唖然とする間に、

「ダグトリオ、戦闘不能! サンダースの勝ち!」

ダグトリオは倒れてしまう。

「ふふ、さっきランターンが使ったみずびたしって技は、相手のタイプを水タイプに変えちゃうんだよ」

「ええ⁉︎ そんな技が……⁉︎」

「地面タイプだからって、電気タイプに勝てるわけじゃないって事だよ!」

思わぬ戦法に、穂乃果は唸る。

「ダグトリオがアッサリと……。油断、してたのかも。ーーもう、しない。絶対に、勝つ!」

そう言って、もう一度ボールを掴む。

「ムーランド!」

「ワウッ! ……ッ」

やはり麻痺が影響しているのか、ムーランドの動きは鈍い。

「そんな状態じゃあ、勝てないよ!」

「絶対に勝つもん! ムーランド、あなをほる!」

地面に潜るムーランド。

「だから、今は当たらないって…………っ!」

言葉の途中で、何かに気付いたフミコ。

「サンダース、下がって!」

「ばかぢから!」

「ワウゥッ!」

地面を突き破り、真上に飛び出したムーランド。間一髪で、サンダースは後方へ回避した。

「避けられた……!」

「危なかった……。麻痺して素早さが下がってなかったら、食らってたかも……」

冷や汗を拭ったフミコ。しかし、一息つく暇はなかった。

「すてみタックル!」

すぐに突貫を仕掛けてくるムーランド。

「素早さの下がった状態で正面から突っ込んでも、不利なだけだよ? 10まんボルト!」

「ワイルドボルト!」

「ワウゥッ!」

ムーランドはそこから電撃を纏い、サンダースの攻撃を流す。

「なっ……同じタイプの技で、威力を抑えてるの……?」

「もう一度すてみタックル!」

「ワウウウウゥッ!」

サンダースの電撃をかいくぐり、ムーランドは全力でぶつかった。

吹っ飛ぶサンダース。しかし、ムーランドも勢いを止め切れずに地面を滑った。

「サンダース、ムーランド共に戦闘不能! よって引き分け!」

審判の旗は、同時に振られた。

「お疲れ、ムーランド」

「頑張ったね、サンダース」

それぞれボールにポケモンを戻し、

「まさか、あそこまで執念の攻撃を仕掛けてくるなんてね。絶対に倒せたと思ったのに」

「最後まで諦めない。だからだよ!」

「やっぱり、穂乃果らしいね。……褒めてるよ?」

「最後のそれ、いらないでしょー!」

フミコはクスッと笑う。

「さ、私の五体目。本当は使わないポケモン。……強いよ?」

「穂乃果のポケモンだって、強いんだから」

二人は同時に、ボールを放り投げる。

「ムクホーク!」

「エレザード!」

「ホーク!」

「ザード!」

お互いのポケモンは、睨みをきかせる。

「でんこうせっか!」

先に動いたのは、ムクホーク。俊敏な動きで、エレザードに迫る。

「ハイパーボイス!」

エレザードは近づかせまいと、大声で衝撃波を巻き起こす。

攻撃が不発に終わったムクホークは、上昇して距離を取る。

「そうはいかないよ! エレザード、かみなり!」

「ザァード!」

ムクホークの頭上で黒雲立ち込め、

「ムクホーク、でんこうせっか!」

落雷の前に、ムクホークは再び接近する。

「ザードッ……!」

威力は低いながらも、一撃にたたらを踏むエレザード。

「ここで叩く……! インファイト!」

ムクホークの打撃の応酬。その全てがエレザードに吸い込まれていく。

「よしっ……これはいいダメージになったはず……!」

手応えのある一撃に、穂乃果は拳を握る。

「その素早さで動き回られるのは、厄介だね……。エレザード、エレキネット!」

距離を取る前に、ムクホークにスパークするクモの巣のようなものが絡みついた。

「ホーク⁉︎」

ムクホークの羽ばたきが、若干鈍る。

「まさか、素早さを下げる技……⁉︎」

海未とのバトルで、似たような光景を見ている穂乃果。

「ご名答! これ以上撹乱されるのは困るからね。今度はこっちが決める番だよ! かみなり!」

「ザァードッ!」

「でんこうせっかで躱して!」

諦めず即決で指示を飛ばした穂乃果だったが、ムクホークの初速が一呼吸遅れた。結果、落雷の衝撃が全身を駆け巡った。

インファイトを撃った反動で下がってしまった耐久。そこに襲った相性抜群の一撃は、ムクホークの体力を奪い切るのに充分すぎる威力だった。

「ムクホーク、戦闘不能! エレザードの勝ち!」

墜落したムクホーク。

「よく頑張ったね、ムクホーク。後は任せて」

若干の悔しさを覗かせて、穂乃果はボールをしまった。

「私達の本気、受け取った?」

フミコの声を聞きながら、穂乃果は次のボールを持つ。

「……うん。凄く強い。……でも、私は勝つ! そう信じてるから!」

そして、リザードンを繰り出す。

「リザードンなら、きっとやってくれるって!」

「グォッ!」

「最初のポケモンだもんね……。信頼度はピカイチって事か」

「リザードン、かえんほうしゃ!」

放たれた熱線は、

「ハイパーボイス!」

衝撃波に相殺される。

巻き起こる噴煙。一瞬お互いの姿が見えなくなり、その煙が晴れた時、

「グオォ!」

リザードンは、エレザードの目の前にいた。

「ザード⁉︎」

「ドラゴンクロー!」

強力な一撃。

「エレザード、戦闘不能! リザードンの勝ち!」

流石に限界を迎えたのか、倒れるエレザード。

エレザードをボールに戻したフミコは、

「何の指示もしてないのに、距離を詰めてくるなんて……」

素直に驚く。

「これが、穂乃果とリザードンの絆って事なんだね。……それを倒してこそ、って事も分かった」

フミコも、最後のボールを手に取る。

「ライボルト!」

「ラァイ!」

「最初から全力だよ! メガシンカ!」

フミコのキーストーンと、ライボルトのライボルトナイトが反応した。不思議な光が四散した時、

「ラアァァァァァイッ!」

ライボルトはメガライボルトへとメガシンカしていた。

「メガシンカ……!」

そんなフミコを見て、穂乃果も右手も左手首に伸びる。

「それなら私も、それに応える!」

穂乃果のメガリストバンドと、リザードンのリザードナイトXが反応した。不思議な光が四散した時、

「グオォォォォォォッ!」

リザードンはメガリザードンXへとメガシンカしていた。

「これが、穂乃果のメガシンカ……! あの時のヒトカゲが、こんなになるなんて……」

メガシンカしたリザードンの迫力に、フミコは若干押される。

「ラァイ!」

それを、ライボルトが一喝した。

「……分かってる。絶対に勝つよ!」

「ライ!」

「10まんボルト!」

「かえんほうしゃ!」

電撃と熱線が、空中で相殺する。

「ライボルト、ほうでん!」

「グォッ⁉︎」

煙舞い上がる内に接近を試みていたリザードンは、攻撃を食らって身を退いた。

「そう上手くはいかないか……」

二度目には対策を講じられた穂乃果は、呟く。

「10まんボルト!」

「フレアドライブ!」

ライボルトの攻撃に、穂乃果は技をぶつけて立ち向かう。

「グオォ……!」

威力に打ち負け、後方に弾かれるリザードン。その様子強引な様子に、フミコは怪訝な顔をする。

「私のバトルスタイルを、ぶつける! それで勝つ!」

しかし質問するより早く、穂乃果が声を上げた。

「穂乃果……」

「行くよ……! リザードン、げきりん!」

「グオォォォォォォ!」

溢れんばかりに気迫を纏ったリザードンは、ライボルトへ特攻を仕掛ける。

「近づかせちゃダメだよ! ほうでん!」

「ラァイッ!」

襲いかかる電撃を、全身で受け止めそして弾きながら、リザードンはライボルトへ迫る。しかし、既に技の勢いはかなり失われてしまっている。

「今だ! ライボルト、10まんボル……」

「フレアドライブ!」

フミコの声に重なり、穂乃果の鋭い指示が響いた。

「グオォォォォォォ!」

炎を纏い、急加速するリザードン。ライボルトに衝突し、何とか堪えるライボルトをジワリジワリと後退させる。

「これで最後だよ! ドラゴンクロー!」

「そこから別の技を……⁉︎」

リザードンは両腕を振り上げ、

「ライボルト、避け……!」

「グオォォォォォォォォォォッ!」

全力で振り下ろした。

衝撃が巻き起こり、爆風が穂乃果とフミコまで届く。

「ライボルト、戦闘不能! リザードンの勝ち! よって勝者、チャレンジャー、穂乃果!」

フィールドには、倒れ伏すライボルトの姿。

「…………はー、負けちゃったかー。やっぱり穂乃果は強いね」

やれやれと首を振ったフミコは、穂乃果へ歩み寄る。

「おめでと、穂乃果」

「フミコ! ありがとう!」

「穂乃果の想い、何となくだけど伝わってきたよ。きっと、ヒデコにも勝てるかもね」

「きっとじゃないよ、絶対だよ!」

「あははっ! 穂乃果らしいね」

フミコの声を背中に受け、穂乃果は二つ目の扉をくぐった。残る四天王は、二人。


このSSへの評価

1件評価されています


ばーむくーへんさんから
2016-07-08 23:58:46

このSSへの応援

1件応援されています


ばーむくーへんさんから
2016-07-08 23:58:48

このSSへのコメント


このSSへのオススメ


オススメ度を★で指定してください