2017-04-02 17:57:58 更新

概要

とある南方の鎮守府
大淀とケッコンした提督は穏やかな日々を過ごしていた。
しかし大淀が最近よそよそしい。何か企んでいるのかもしれない。
(地の文有り)


前書き

SS初心者で拙いところが盛りだくさんです!よろしくお願いします。




「なあ、あの噂知ってるか?」


「ああ、知ってる。軽巡洋艦大淀がこの戦争の黒幕だって話だろ」


「提督への任務通達は直接大本営からではなく大淀から伝えられるらしいぜ。全くおかしな話だよな」


「どっちだと思う?」


「何がだよ?」


「だから大淀は大本営側なのか、それとも深海棲艦側なのか、だよ」


「へへ、どっちにしてもやべえな。来週配属が決まるが身内にそんなのがいるのだけはごめんだね」


「まったくだ」


「おい提督、聞いてんのか?歩きながら教本読んでんじゃねえよ。お前はどう思うんだ?」


提督「ああ、俺は・・・」








頭に衝撃が走る。



「……っ!?」


微かな痛みと共に目を見開いて手元を見るがそこに教本は無く、頭を起こすと代わりに怒りのこもった表情があった。


「このクズ!なに寝てんのよ!艦隊帰投中とはいえまだ敵との遭遇もあり得るのよ。ったく……しっかりしなさいな!」


提督「ん……ああ、霞か。それで大淀がどうかしたのか?」


霞「はぁ?なに寝ぼけてんの?もう一発叩いた方がいいかしら?」


霞が書類を持った右手を振りかざすと自分は睡魔に勝てなかったのだとようやく理解する。


提督「……すまない、状況は?」


霞「問題ないわ。ほら」


視線を追いかけるとそこにはずらりと通信機器が並び、正面のモニターには我が艦隊が鎮守府へ向け航行している様子が映っていた。


霞「あのね、ずっと寝ないで作戦計画を立てていたのは知ってるわ。だからってね……ああもう、私が見てるからさっさと顔でも洗ってきなさいな」


提督「あ、ああ」


もう一度叩かれる前に顔を洗いに行こう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



〈提督執務室〉


大淀「艦隊帰投しました」


提督「お帰り」


大淀「ご報告いたします。本日鎮守府近海において哨戒中、深海棲艦軽空母型ヌ級1隻を発見、直ちに当該目標1隻を撃破、こちらの損害は清霜そして朝霜が小破となっています」


提督「ん……ほぼ無傷で帰ってくると見込んでいたが思っていたより被害が出たな。清霜と朝霜の動きに何か問題でもあったのか?」


大淀「あの、ええと……」


提督「言いづらいことなのか?」


大淀「いえ、戦闘中は二人とも無事だったのですが、作戦帰投中に清霜ちゃんが朝霜ちゃんと喧嘩をしまして」


提督「原因は?」


大淀「あはは、清霜ちゃんがいつも通り理想の戦艦について話していたところ、朝霜ちゃんととっ掴み合いになりまして、その時私は通信中で気付くのが遅れました」


提督「あれ?足柄はなにやってたんだ?」


大淀「いいぞやれやれーと二人を煽っていました」


提督「あー、霞を艦隊に加えるべきだったかな」


互いに困ったような笑顔を向け合うとようやく作戦の緊張が収まってきた。


報告が終わり補給に向かうため大淀は執務室を後にしようとするが提督はそれを呼び止める。



これだけは忘れてはいけない。



提督「大淀、大事な事を忘れているぞ。ただいまのチューだ」


大淀「あ、あらやだ、ごめんなさい。はい・・・んっ」



二人の左手薬指の銀色が執務室の淡い照明に輝いている。



〈食堂〉



日向「もはや瑞雲は水上機の域を超え、全ての航空機の頂点に立った。世界の空を瑞雲が席巻する日は近い」


伊勢「うんうん、そうね全くその通りだわ日向。あ、潮ちゃんご飯のおかわり貰える?」


潮「は、はい」


日が沈み食堂のカーテンがオレンジに染まる頃、この鎮守府に所属する全ての艦娘は一同揃って夕飯をとっていた。


頬に唐揚げとキャベツを詰め込みながら日向は昼間の作戦においてどれだけ瑞雲が活躍したかを語り、隣に座る伊勢はいつもの事だと適当に相槌を打ちながら駆逐艦潮におかわりを要求する。


日向「それでだな、瑞雲は敵戦闘機を」


伊勢「そうね、ああ潮ちゃんありがとう、確かに瑞雲は活躍をしたわ。でもね日向、主砲を積まずに全部瑞雲っていうのも戦艦としてはどうかと思うわよ」


日向「なあに、いざとなったら刀で戦うさ。主砲なんぞ要らないよ。瑞雲を放って突撃、これだな」


瑞雲さえあれば何もいらない、そう豪語する戦艦は箸を高らかに上げはははと笑う。


しかしこの話は的外れなどではなかった。事実この鎮守府の航空戦力は航空戦艦伊勢・日向の有する瑞雲のみ、他に対空戦闘を行える機体を持つ者はいない。


ここにいるのは主に礼号組そして北号組と呼ばれる艦娘たち


中核となるのが重巡足柄、軽巡大淀、駆逐艦霞・朝霜・清霜、そして作戦補助として航空戦艦伊勢・日向、駆逐艦初霜・潮が所属している。


霞「それで……なんで喧嘩したのよ?」


初霜「理由はどうあれ喧嘩はいけませんよ」


二人の駆逐艦が不機嫌そうに答える。


朝霜「なんだよ!あたしは悪くねえぞ。清霜が戦艦戦艦ってうるさかったんだ」


清霜「そんなことないもん!朝霜が駆逐艦は戦艦になれないとかひどいこというんだもん!」


朝霜「あー!おいおいまたかよ!アタイらは駆逐艦、逆立ちしても戦艦には・・・」


清霜「がぶっ」


朝霜「痛ってえ!こいつ噛みつきやがった!そっちがその気ならこっちだって・・・」


霞「いい加減にしろって言ってるでしょーが!」


そんな姉妹喧嘩を尻目にため息がひとつ


足柄「はあ、若い子は元気でいいわね」


大淀「何言ってるんですか。足柄さんだってまだまだお若いでしょう」


足柄「大淀はいいじゃない。提督とケッコンして……ああもうすぐ1年になるわね。それで戦争が終わったら北海道に新居構えてよろしくやるんでしょ?」


大淀「え……どうして知ってるんですか?」


足柄「なによ、私への当てつけだと思ってたわ。待機室でにやにやしながら不動産雑誌見ちゃって。確かあと犬を一匹飼って、ラブラドールだっけ?それと子供の教育なら静かな所がいいとか独り言も言っていたわね」


大淀「も、もう分かりましたからやめて下さい!」


足柄「あーもうやだやだ!これだから高収入の男を捕まえた余裕ってやつ?」


大淀「……」


足柄「あたし知ってんのよ!起きたらおはようのチュー!出撃前にも行ってきますのチュー!帰って来たらただいまのチュー!隠れてこそこそチュー!」


足柄「曲がりなりにもここは戦争の最前線!全くこの子は分かってらっしゃるのかしら」


大淀「……そんなだから」


足柄「へ……?」


大淀「そんなことばっかり言ってるから彼氏できないんですよ!私だって知ってます!この間、友人の旦那を寝取るのもいいわよね、とかほざいてましたよね?聞こえてましたよ!人の旦那に色目使うの辞めて頂けますか?みっともないという自覚はおありなのでしょうか?まあ自覚があったらそのようなことはなさらないと思いますが」


足柄「っ……オーホッホッホ!そんなに言うならやってやろうじゃない。覚悟なさい!飢えた狼と呼ばれたこの私、その気になれば提督をオトすなんてわけないわ!」


大淀「なんですって!そんなことしたらただでは済ましませんよ」


足柄「あぁ?なにやんの?……オラァ!」


大淀「ふっ、そんなパンチ止まって見えますよ」


日向「だから瑞雲がだなあ……


朝霜「今度は引っ掻きやがったな清霜!お返しだ!


清霜「カウンター!がぶっ


霞「おどりゃあ!!!いい加減せよゆーとるやろーが!


初霜「喧嘩はダメ―!


潮「うわーん!もうみんなやめて下さい!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



〈提督執務室〉



食堂の喧騒から離れ提督はひとり、執務室で作戦報告書を作成していた。


五月を迎え窓から入ってくる南方の風は帳が降りても温かみを残している。


この鎮守府にやって来てから2年、なんとか一人の犠牲を出すことなく終戦を迎えることができそうだ。


一時は自分の肩にのしかかる重圧に押しつぶされそうになったが大淀が支えてくれた。


苦境に立たされた時に手を差し伸べてくれる者はそうはいない。


美人で頭もよく性格も申し分ない、いやそれよりもまず愛しているし愛してくれる。


俺は本当にいい嫁さんをもらったもんだ。


戦後は九州か沖縄あたりの南国でゆっくり暮らしたいなあ。


この南の島も温暖で悪くはないが、やはり食べものは本土の方が合っている。


食料は現地調達が基本で最近は日本の白米の味が恋しくてしょうがない。


こちらではご飯にのせるための新鮮な卵はなかなか手に入らないし、魚も脂がのっておらずパサパサしている。


この戦争が終わり本土に帰ったらそうだな、ちゃぶ台を囲んで大淀と二人で和風な朝ご飯をだな、いや待て二人じゃ囲めないぞ!


提督「ふむ……子作りを頑張らねばなるまいな」


我ながら気持ち悪い妄想を口に出してみる。




おっと、いかん。


壁に掛かる時計がちらりと目に入り、妄想に大分時間を費やしてしまったことに気付く。


すっかり筆を止めてしまったようで、慌てて手を動かそうとするも頭がなかなかついてこない。


思えば最近は作戦計画の立案でまともに眠れていなかった。


ああ、この報告書さえ仕上げればようやく枕を高くして穏やかに眠れる。


提督「ふあ……」


布団の心地よさを思い出すとふとあくびがかまげてくる。


いっそ書類なんて放り出して、寝っ転がって大淀といちゃいちゃしたいなあ。



提督「…………あ?!」


再び妄想を始めようとした頭に喝を入れようとしたが、時すでに遅し、万年筆は書類の記入欄を大きく外れミミズを描いていた。


一から書き直しである。


せっかく時間を費やした報告書の1ページをくしゃりと丸め、ため息混じりにゴミ箱に放り込むと、椅子の背に身を預けながらしばらく天井を見上げる。


提督「あーいかんいかん、少しコーヒーでも飲んで目を覚ますか」


窓辺のコーヒーメーカーに向かいポットを手に取るも残念ながら中身は空で、水を足すのが億劫になった提督は仕方なく煙草を口に咥え眠気をごまかすことにした。


窓から顔を出し火を付けようとした時、ふと階下に人の気配がして目を向けるとそこには愛しの妻、大淀の姿がそこにあった。


普段は艦娘たちが立ち寄らないような建物の裏手をひとり歩いている。


おっと、いかん。


もし煙草を吸っているところを目撃されると説教が待っている。


慌てて口から煙草を取り上げるが、幸い大淀は提督に気付くことなく階下を通りすぎ曲がり角で見えなくなった。


ケッコンする時に禁煙すると約束したものの作戦指揮の重圧からなかなか辞められず日に数本吸ってしまう。


聡明な大淀がそれに気づかないはずはないだろうから、恐らく見逃してもらっているのだろう。


流石に子供ができたら煙草は辞める。はい、辞めます。


煙草を手で弄びながらそんなことを考えていると風に運ばれて話し声が聞こえてきた。


「礼号……戦の……は来月……深海棲艦……はい、……分かり…」


深海棲艦、この戦争の原因となった災いの四文字が脳裏を掠め、思わず窓から身を乗り出して耳を澄ませる。


提督「(誰が話している?大淀一人の声のようだが)」


誰かと立ち話でもしているのかと思いつつも、わざわざこんなところで話す必要もないだろう。


姿こそ見えないが風が止み静寂が訪れ、今度ははっきりと聞こえた。


大淀「はい、提督には気付かれないように致します。知られると計画はご破算ですから」


その思わぬ言葉に手から煙草がこぼれ落ち、地面へと吸い込まれていく。


提督「あっ……」


ふと漏れたその声に反応したかのように再び大淀が姿を見せた。


慌てた様子で左右を見渡し声の主を探している。


そしてゆっくりとこちらを見上げた。


視線が交錯する。


その目は普段の穏やかな光を失い、周囲の闇夜と同じ色を放っていた。





何が起こった?声が出ない。息ができない。じんわりと手に汗が浮かぶのを感じながらも何故か体は動かない。


そんなことはいい、あれは誰だ?大淀があんな表情をするわけがない!


俺を見上げるそれは感情の欠片もないまったくの無表情。


姿形こそ大淀のそれではあるが魂の所在が感じられないその人形のようなナニカは一向に微動だにしない。


視線を外そうと試みるも眼球さえ金縛りにあったように動かない。


ああなんだか立ちくらみがしてきた。ひどく気持ちが悪い。


頭の中で何かがぐわんぐわんと回転し、思わず吐き気がこみあげてくる。


周囲の視界がぐにゃりと歪み、もはや自分が立っているのかすらも分からない。



「テイトク?」



ふいに誰からか声をかけられた気がする。誰だろうか、あの人形の声?そんな馬鹿な、人形が喋るものか。


だが誰かの声に似ている。そう、いつも聞いている。落ち着いた印象の相手に安心感を与えるような声。




「提督っ!!!」




背後からの咎めるような大声に肩が反射的に震える。


窓から入り込む生ぬるい風に頬を撫でられ、ごくりと唾を飲み込む。


恐る恐るゆっくりゆっくりと振り返るとそこには階下にいたはずの大淀がいた。


大淀「煙草は吸わないとお約束しましたよね?」


いつの間にここに?そんな疑問が思考をぐちゃぐちゃにかき乱す。


提督「……」


だが目の前の大淀は先程落としたはずの煙草を左手に掲げている。


大淀「煙草は吸わないとお約束しましたよね?……って提督!聞いてます?」


大淀「え……提督、お顔が……真っ青です。気分が悪いのですか!?」


提督「ん……ああ、すまん、ただちょっと口寂しくてさ、咥えていただけなんだ。吸うつもりは……なかったんだ」


動揺も加わってか咄嗟にそんな子供じみた嘘をついてしまう。


大淀「え……?あ、そんな、いえそんな別に本気で怒っているわけではありませんよ!」


提督「すまない。煙草はやめるって約束したのに……」


大淀「ですから、怒っていませんよ。それよりお体は大丈夫なのですか?」


提督「ああ……うん……大丈夫だよ」


大淀「無理なさらないでください。貴方あっての鎮守府なのですから」


提督「ありがとう。そうだ、書類仕事をしててコーヒーが無くてそれで……」


大淀「コーヒー?……ですか。体調がすぐれないのでしたら今日はもう休まれては?」


提督「いや、もう少しで終わるんだ。明日の朝には大本営にこの書類を送付したい」


大淀「……分かりました。私も手伝いますので……えっと、コーヒーメーカーの水がきれていたんですね」


大淀「今、水を汲んできますから座っていてお待ちください」


提督「ああ……ありがとう」


水差しを手に部屋から出ていく大淀の後ろ姿を見送ると、いつの間にか立ちくらみが収まっていたことに気付く。


少し冷静になると再び疑問が浮かんでくる。


さっき見たのは何だった?いつの間に大淀は部屋に来た?いや、大淀じゃない、あれは誰だったのだ?


大淀の言う通り俺は疲れているのか?それで幻影でも見たか?


ゆっくりと首を回し外の闇に視線を向けるとカーテンが風にたなびいている。


不気味なほどの静寂が恐怖心を煽り立てるが自然と足が窓際に向かってしまう。




意を決して窓から下を見下ろすと当然、そこには誰もいなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


〈提督私室〉


提督「ん……む……もう朝か」


まどろみが覚め目を開けるとカーテンの隙間から微かな光が差し込んでいる。


午前五時半、起きる時間はすっかり体が覚えてしまった。


横を見やると隣では大淀がゆったりとしたリズムで穏やかな寝息を立てている。


眼鏡を外し普段の真面目そうな印象からは想像できない安心しきった柔らかな表情で。


大抵は彼女の方が目を覚ますのが早く、起こされることが常であるのでこうして夜明けに寝顔を見ることは少ない。


大淀を起こさないようにゆっくりと体を動かし慎重に布団から出る。


固まった体を軽く曲げ続いて首を左右に伸ばすと、コキリと小気味よい音を立てる。


水を一杯飲もうと枕元の水差しを掴もうとしたところで布団がもぞりと動く。


大淀「ん……提督?」


まだ眠たそうな目と視線が合うと大淀は布団から手を出して枕元にある眼鏡を探し始めるがそれを言葉で優しく遮る。


提督「おはよう、今日は艦隊は休みだからもう少し寝てて。俺は昨日の作戦報告をしてくるから」


そう言って優しく頭を撫でてやると、やがて手を布団に戻し嬉しそうに目を細めて微笑む。


大淀「はい、お言葉に甘えてもう少し休みます」


少しずれていた布団をかけ直してやると再び寝息を立て始めた。


その可愛らしい仕草に満足すると顔を洗いに隣の部屋へと向かう。




昨日はあれから何事もなく迅速に書類仕事を済ませ、日が変わる前には寝室に入った。


顔に冷たい水を当てると意識が少しずつ鮮明となり思い出してきた。


はっきりと覚えている。もはや頭に刻まれ忘れようにもそれは叶わない。


あの人形のような表情。


いま思えば悲しそうだったような憐れんでいるような、頭の中で反芻する度に違った解釈が出来る。


いや、これは後付けかもしれない。先程まで起きる直前まで何か夢を見ていたような気がする。


何かとても大事な事だったかのように思うが具体的な内容は思い出せない。


まあいい、ただ昨日のあれは大淀ではない。先程まで隣にいた温かく良い匂いがして可愛らしい、そんな存在とはとても一致しない。


だから大淀にそれを問う気にはならない。あれは決して彼女ではないのだから。



結論の無い思考を止めタオルで顔をごしごしと拭い、ふうと一息つく。


目の前の仕事をしよう。




〈通信指令室〉


霞「ふあーっ……あっ!」


提督「おはよう」


霞「おは……ってちょっとあんた何笑ってんのよ?」


提督「はは、でかいあくびだな。夜間当直お疲れさま霞、異常はなかったか?」


霞「異常ないわ。現在まで付近に敵影無し。敵さんも最近は大人しいものね。はい、当直日誌」


提督「ありがとう。ここは敵味方共に重要拠点とは言えないからな。敵が少ないのは俺としては願ったりだが」


霞「そうね。おかげですっかり体がなまっちゃったわ」


提督「仕方ないことさ。出撃頻度は以前と比べ物にならない程激減している。それは勝利が近いということの証左でもある」


霞「まったく、油断しなさんな。確かにこのままいけば問題ないでしょうけど」


提督「霞も4年間ずっと俺と一緒にやってきて大分丸くなったな。最初の頃は事ある度にクズだのなんだの言われていたものだったが」


霞「それはあんたが頼りなかったからよ」


提督「なかった、ってことは今は違うんだな」


霞「残念、勘違いよ。今はあんたに大淀さんがついてるから問題ないってこと」


提督「そりゃ手厳しい」


霞「事実よ。艦隊旗艦が大淀さんの時は心強いわ。迅速正確な現場判断で敵に一切反撃の隙を与えないもの」


提督「俺は現場に居られないからその辺を実感しづらいんだが、そんなに凄いのか?」


霞「色んな人の下で出撃してきたけど現場指揮は桁違いね。まるで事前に深海棲艦の行動が分かっているような感じだもの」


提督「はは、そうかそうか、夫としては誇らしいな。よしよし霞、間宮券欲しくないか、ほら」


霞「ふん、まったくもってお熱いことね。貰うけど」


提督「その点旗艦が足柄の時はどうなんだ?」


霞「……悪く言う訳じゃないけど少し力押しな面はあるかもね。ただ戦力面では間違いなく足柄さんが頭一つ抜けてトップ」


提督「足柄は本土の連合艦隊上がりだもんな。よくウチに来てくれたもんだ」


霞「餓えた狼って二つ名で、おっかない人だと噂で聞いていたけど、実際ああだと実感沸かないわ。ふああ」


提督「ああ、疲れてるところすまなかったな。もう上がっていいぞ。本日は艦隊行動無し、ゆっくり休んでくれ」


霞「そうさせてもらうわ。じゃあ私上がるから」


提督「ああ、ありがとう。お疲れ様」


なんだか嫁を褒められると存外に嬉しいものだ。


さあ仕事に取り掛かるか。さっさと大本営への報告を済ませてしまおう。




まずは30分程かけて書類に不備がないか再度確認、それから通信器を起動する。


この南の島は日本本土からは遠く離れており電波を中継局経由で飛ばす。


急な出撃や作戦計画の変更などの特段の事情が無ければ、この朝の時間に一日一回大本営へ定時連絡を行う。


まずは声馴染みの通信士と恒例の簡単な挨拶を交わし、この鎮守府を担当する中将に繋いでもらう。


中将は大本営参謀本部のお偉いさん、通信器ごしのみで実際にその姿を見たことはないがなかなか話の分かる方だ。


早速昨日の出撃について概要を伝えていく。


鎮守府近海にはぐれこんだ深海棲艦、軽空母ヌ級に対し航空戦艦日向の瑞雲で先制攻撃、それだけでは仕留めきれず敵の発艦を許してしまったが重巡足柄がすかさず撃沈。


なんとか飛び立った数機の敵艦戦も日向の全スロットに積んだ瑞雲の圧倒的多数の前では歯が立たず撃墜されている。結果としてこちらは被害なしの完封勝利。


朝霜と清霜のいざこざはあったが当然、馬鹿正直には話さない。


現在この鎮守府では敵に遭遇することはあまりない。あったとしても海域に迷い込んだ深海棲艦と遭遇するだけ。


敵は大方が単艦でまた練度も低く、我が鎮守府の戦力で圧倒できている。




提督「はい、このエリアでは以前として強力な深海棲艦は確認されていません。軽巡、駆逐艦級の深海棲艦が主で稀に軽空母が出現する程度です」


提督「戦闘の詳細は報告書に。報告書は本日付け航空便で送付致します」


『ふむ、ご苦労様。引き続き南方B―3エリアの哨戒を頼む。ああ、そうだ。そろそろ君は大淀君とケッコンして1年だね。うまくやってるかい?』


提督「うまく…かは分かりませんが充実した日々を送っています」


『それはなによりだ。時には衝突もあるだろうが君たちなら心配ないだろう。この戦争ももうすぐ終わる』


提督「ええ、本土の艦娘の活躍は聞き及んでおります」


『ああ、まさに艦娘様様だな。制空そして制海権は完全に掌握している。残すは敵中枢の撃破のみだ。まあそれも時間の問題だがな』


提督「敵中枢への攻撃日程は予定通りに?」


『今のところ計画に変更は無い。このまま調整が進めば来月の頭になる見込みだ』


提督「分かりました。こちらも準備を進めてまいります」


『今後ともよろしく頼む。では』


提督「失礼致します」




うまくいけば3週間後、この戦争は終わる。4年程続いた激闘の幕切れとしてはあっけない。


開戦から2年目までは深海棲艦に押されっぱなしだった。突然の奇襲に対しろくに準備も行っていなかった軍は防衛するのに手一杯。


結果、一部の離島は難なく敵の手に落ち、軍は防衛線を下げ守備範囲を限定することで対応した。


そんな中、俺は南方のこの島の防衛を任され皆と共に奮戦してきた。


その甲斐あってか知らずか戦局が大きく変わる。


本土の艦娘たちは息を吹き返し、今までの劣勢が無かったかのように連戦連勝を重ね敵を北へ東へ南へと追いやった。


深海棲艦は大きく混乱し、もはや指揮系統もまともに機能していない烏合の衆となっている。


3週間後、我々は南方の敵補給基地を奇襲し敵の輸送路を破壊、それと同時に本土の艦娘たちが敵中枢を叩く計画となっている。


これが俺たちの最後の戦いとなる。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



〈食堂〉


提督「あー、朝からは勘弁してくれよ」


朝霜「あたしは嫌いじゃないぜ。へへ、見てみろよこの肉の厚さ、笑えてくんな」


清霜「むぐむぐ、これだけたくさん食べれば戦艦になれそう!」


朝霜「そうだな清霜、どんどん食べれば排水量増えて大きくなれるぜ……横方向にな」


清霜「まぐまぐ、司令官わたしおっきくなるからねー!」


提督「あはは、二人とも元気だなー」


足柄「あら提督、あまり減っていないようだけど、食欲無いのかしら?」


提督「いやー朝からカツカレーはちょっと、ほんのちょっと重いかなーって、ほら俺もう若くないし」


提督「このカツほぼ1枚肉でしょ?しかも一人3枚」


足柄「だめよ!だめだめ!なんで諦めるのよそこで!そんなんじゃ勝てないわよ!」


提督「えー何に勝つのさ?」


足柄「うふふ、そ・れ・は」


突如、足柄は提督にしなだりかけ、胸に手を這わせ甘えるように円を描いて撫で始めた。


提督は助けてくれと言わんばかりに周囲に視線を向けるが、正面に座る伊勢や日向はああまた始まったと気にせずカレーを口に運んでおり、初霜や潮は顔を真っ赤にしながら目線を逸らしている。


周囲からの免罪符を得た足柄は満足そうに提督の耳元に滑らかな唇を寄せ、ふぅと息を吹きかけてから猫なで声で


足柄「聞・き・た・い?」




ガシャン!!!




食堂に響き渡る雷鳴




それは空のコップがテーブルに叩きつけられる音であった。


音の主は不自然なほど口角を上げ微笑みながら優しく諭すように


大淀「足柄さん……食事中ですよ」


足柄「あらやだごめんなさい、でもぉー提督の服にカレーが跳ねてたから拭き取ろうと思っただけなのよ」


大淀「そうは見えませんでしたけど」


足柄「だからってそんなにすぐ怒るなんて心が狭いのね。ね、提督ひどくないですかー?」


提督「……もぐもぐ」


大淀「ほら提督だって内心嫌がっているんですよ。察して下さい」


提督「……もぐもぐ」


足柄「あら提督だってすぐ怒る人が奥さんなんて困るわよね」


提督「……ゴチソウサマ」


大淀「あはっ、朝からカツカレーの人に言われたくありませんよねぇ」


足柄「大淀テメェ!久しぶりにキレちまったよ!屋上来いよ!屋上!」


大淀「いい度胸です。今日こそ決着を付けますからね!」


朝霜「なあ潮ー!初霜ー!食器洗ったら4人でバレーボールやろうぜ」


潮「あ、ちょっと休憩してからでいいですか?」


初霜「4人?えと霞さんは?」


霞「あたしは当直明けだから戻ったらすぐ寝るわ」


清霜「おかわりー!」


朝霜「いつまで食ってんだよ!清霜おいてくぞ!」


提督「朝霜!待ってくれ。提督もバレーボールやりたいです!」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



〈工廠〉


この鎮守府には工作艦もいなければ艤装に詳しい某軽巡もいない。


艦娘たちは自分の艤装の使い方を心得てはいるが、せいぜい簡単なメンテナンス程度で自身で分解修理を行うことは難しい。


そこで艤装を司る妖精に直接お願いする形になるのだが、妖精とコミュニケーションをとれる者、それは即ち提督だけだった。


逆説的に言えば妖精と対話できる資質を有している者しか提督にはなれない。そしてそれはとても稀有な存在だった。


提督「清霜、魚雷にどんな不具合があるか教えてくれるか?」


清霜「うん、発射するまではいいんだけど、真っすぐ進まなかったりすぐに沈んじゃったりするの」


朝霜「こないだなんか自分の方に戻ってきたんだぜ。まじで慌てた」


提督「それはよくあることなのか?」


清霜「うーんと、時々かな」


提督「よし分かった、妖精さん………………そうかじゃあこの資材を使ってくれ。お願いする」


清霜「妖精さん、何て言ってるの?」


提督「魚雷の姿勢を保つジャイロに不具合があるようだ。あとあまり高い位置から発射するのは良くないって言ってるな」


朝霜「んで、直るの?」


提督「ああ、任せろだってよ。3分とかからないらしい」


清霜「さっすがー!後で金平糖あげるね」


朝霜「ん?なんかこの妖精勢いよく首振ってるぞ」


提督「…………ああ、この魚雷担当の妖精さんは甘いものが苦手だからスルメが良いって言ってる」


朝霜「妖精にも色々あんだなー」


提督「すぐに直るようだから今日中に試射まで済ませておこう。清霜、艤装の準備をしておいてくれ」


清霜「はーい!」


清霜が元気よく手を上げると同時に体は光の粒子に包まれ、数秒とかからず背中に艤装が出現する。


加えて右手には高角砲、太ももには魚雷発射管が。


すると朝霜が清霜の前に座り、魚雷発射管の固定ベルトに手を添え尋ねる。


朝霜「なあ司令、今回の事もあるし発射管の位置少し下げたほうがいいんじゃねえか?」


提督「位置はそこでいいと思う。動きやすい位置や重心の慣れもあるしな」


提督「ただ発射時に姿勢を低くする、という点には注意してくれ」


朝霜「あいよっ。これでよし!」


そう言って太ももの固定ベルトをきつく締める。


艤装一式はこれで揃ったのだが最後の手順が残っている。


提督「清霜、艤装の始動を許可する」


清霜「はいっ」


答えると艤装が呻りを上げ煙突からもやもやと熱気が立ち昇る。出力を徐々に上げていくと清霜の体の周囲には薄い光の膜が展開されていく。


艤装の使用にあたっては2つの鍵が必要となる。1つは艦娘の意志、そしてもう1つが提督の意志である。


始動の場合と同じで火器類の使用についても同様である。


艦娘が単独で砲を放つことは叶わず、提督の火器使用の判断があってはじめて撃つことが可能になる。


そのいずれかが欠けても艤装を使用することはできない。


提督「…………。感謝する。こちらも修理が終わったぞ。出撃ハンガーに向かおう。っと!?……………あ、はい約束のスルメね。あとで持ってくるからね」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



〈執務室〉


提督「大淀、この書類の日付って空欄のままでいいよな」


大淀「はい、いいですよ。受領者が書き込む形をとっています」


日向「あー瑞雲とばしたいなー。なあ伊勢?」


伊勢「ちょっとこっち振んないでよ。わたしはどっちでもいいわ」


提督「こっちの書類は1枚こちらで控えとくんだっけ?」


大淀「はい、2枚は先方に送付して1枚は提督の手元に控えておいて下さい」


日向「いやあ、今日はこんなに天気がいいじゃないか。瑞雲日和だろう」


日向「それになあ、私もう1週間も瑞雲飛ばしてないんだ。禁断症状で指が震えてきたよ。なあ伊勢だってそうだろう?」


伊勢「だからこっち振るなって……まあ私だって飛ばせるなら飛ばしたいけど」


日向「なあそうだ  提督「お前たちいつまで執務室に居座るつもりだ。書類仕事手伝いたいのか!?」


伊勢「すいませんすいません!ほら日向!だから私は反対だったのよ!」


日向「ふっ……提督、書類仕事は君の仕事だろう。そしてわたしの仕事は瑞雲を飛ばすことだ。人にはそれぞれ役割があるんだよ」


提督「っ……こいつ!」


日向「なあ伊勢もそう思う 伊勢「こっちに振るなってんだろうが!!!ああ、すいませんすいません」


提督「……」


伊勢「すぐに出ていきますからっ。ほらっ日向行くよっ!ぐぬぬ、自分の足で歩きなさいって!提督、本当に失礼しました!」


提督「……」


大淀「ふふっ」


提督「ははっ、まったくあいつらは……騒がしいな」


大淀「ええ……でも他の鎮守府では考えられないことです。規律を重んじる鎮守府は多いですから」


提督「そうだな。ってまあ限度もあるけど。日向の奴こないだなんか『私は瑞雲しか積まない。降ろすことは魂の敗北だ』とか言って瑞雲全スロットじゃなきゃ出撃しないって散々ゴネたんだぜ」


大淀「ふふ、それを許可する提督も提督ですよ」


提督「あの日向なら確実に勝てるとは確信していた面はあるけどな」


提督「はは、まあ多少自覚はあるんだが俺は甘いのかねえ」


大淀「そこが魅力なんですよ」


提督「そんなもんかな」


大淀「ええ、戦場で命を懸けているからこそ、その優しさを求めてここに帰ってこられるんです」


大淀「私もあ…〈〈〈 通信指令室より全館へ!緊急通報!緊急通報!当該空域に向け不明飛行体が接近!防空ラインまで15分!繰り返す!


提督「っと……確かに瑞雲の出番だな。俺は通信指令室に向かう!大淀!旗艦を任せる!」


大淀「はいっ!」




〈通信指令室〉



提督「はあはあっ、状況は?」


足柄「確認したけどこの時間に味方が飛んでくるということはないわ。まず敵と見ていい。機数は1」


足柄「思ったより速度が遅くてこのままなら20分使えるわね。戦闘機の可能性は低いと思う」


提督「単騎ってことは…はぐれかそれとも偵察ってとこか。足柄、君も出てくれ」


足柄「分かった。メンツは?」


提督「旗艦大淀、以下伊勢日向足柄霞潮、対空重視」


足柄「ん、了解。行ってくるわ。勝利を祈ってて!」


提督「ああ!頼む!」





これで通信指令室には自分一人、現場の細かな判断は旗艦に一任しているが全体的な戦況が見えるのは自分しかいない。


これからの判断には部下の命がかかっている。その自覚があるからこそ背中を見送るのは何回やっても慣れないものだ。


提督「ふぅ……やるか。敵機の速度、方角は……よし。高度、やっこさん大分下げたな」


自分に言い聞かせるようにひとつひとつ要素を確認していく。


提督「機体があるなら必ず近くに飛ばしたやつがいるはずだ」


提督「伏兵がいる可能性もある。陽動して敵を配置するならどこだ」


海図を広げ地形を確認、基地の電探に探知されにくい場所を探す。


島の頂上に設置されている大型電探、性能はまずまずで今回も敵機を発見してくれたがもちろん死角もある。例えば水中だ。


提督「潜水艦の機関を停止させたまま潮流に乗せて移動させるならどの地点だ」


提督「本当に敵は戦闘機じゃないのか。わざと速度を落としている可能性も。本当に単騎なのか、ぎりぎりまで密集して飛べば電探にはそう写る」


過去の記録を見るまでもなく違和感を感じる。過去2年、この鎮守府に着任してから敵が航空機のみをさし向けてきた前例は無かったはず。


くそ、わずか数分で胃に痛みが走る自分が憎い。何か見落としてるんじゃないか。冷静になれ。絶対に見落とすんじゃない。


自分は絶対に失敗できない。


ああ、こんな時、隣に彼女がいてくれればどんなに心強いだろうか。


そんな寂しさにも似た感情が浮かぶ自分がなんとも情けない。


気付けば冷や汗で背中はびっしょりになっていた。意に反して指が落ち着きなく机を叩く。


逆にここに誰もおらずに良かったのかもしれない。右往左往と指令室を駆けまわる醜態を見られずに済む。


4年もやってきてなんだが自分はやはり提督には向いて……



「こちら旗艦大淀!揃いました!6名、艤装準備完了!」



その声を聞いて弱気が吹き飛び決心が固まった。


マイクに駆け寄り一度大きく息を吸って深呼吸、皆の無事を願い目をつむる。


提督「全艦!艤装及び全兵装の使用を許可!出撃せよ!」


「「「了解!!!」」」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



〈〈指令室より各艦、敵機はさらに高度を下げた。針路速度は変わらず〉〉


大淀「了解しました。高度低下、針路速度変わらず。艦隊は輪形陣を維持、瑞雲が間もなく接敵します。伊勢さん、日向さんお願いしますね」


伊勢「了解、腕の見せ所ね。準備はいい、日向?」


日向「ああ、願ってもない。こちらの瑞雲で頭を押さえる。伊勢のは敵機の背後にまわってくれ」


大淀「霞さんは対潜警戒を継続、潮さんは対空戦闘の準備を」


霞「了解、現在までソナーに反応無し」


潮「り、了解しました」


大淀「大丈夫、いつも通り落ち着いていきましょう」


足柄「……ちょっと、ちょっと大淀!あたしは!?」


大淀「もしもの時はお願いしますよ。敵機を飛ばした艦が待ち構えているかもしれませんからね」


足柄「あいあい、対艦戦闘準備しておくわ。水偵は出さないでいいの?」


大淀「敵機の機種が分からないので水偵は温存して下さい。足柄さん、頼りにしてますよ。伊勢さん、敵機見えたら教えてください」


〈〈ブレイク。指令室より各艦、今こちらの電探から敵機の姿が消えた 〉〉


日向「なんだなんだ燃料切れで墜落でもしたか?」


伊勢「だといいけどね。もしくは海面ぎりぎりまで高度を落としたか。だとすれば相当の手練れよ。こちらいまだに敵機確認できず」


〈〈計算が出た。このままの速度でいくと概算で艦隊触接まで3分、警戒を怠るな〉〉


日向「こちらでも見えていない。なにかがおかしい」



天候は雲一つない快晴、海は白波を立てることもなく凪いでいる。


深海棲艦の航空機は黒塗りの場合が多く、青い海に重ねると判別しづらいことは確かなのだが熟練の航空戦艦2隻が見逃すとは考えづらい。


伊勢の機体は高度をとり、いつでも敵機の後ろに回り込めるようにしながら海面を見つめる。


一方、日向の瑞雲は高度を下げ、事前の情報から互いの頭と頭をぶつけるような針路で進む。


見えているはずのものが見えていない。


この想定外の出来事に艦隊は一瞬沈黙に包まれるが



大淀「敵機視認!方位3-1-0水平線上!機数1!」


足柄「えーと、んん?……ああいたいた。大淀、貴方本当に目がいいわね。眼鏡かけてるけど」


大淀「この眼鏡には望遠できる機能がついているんですよ」


足柄「へえ、今時はそんな便利なものがあるのね」


大淀「なんて嘘ですけど……艦隊速力23へ増速!針路そのまま!」


「「「了解!」」」


〈〈 指令室より各艦、こちらでも再び敵機を捉えた。な……こいつ一気に速度を上げてきたぞ 〉〉


伊勢「こちら伊勢!敵が見えた、見たことがない白色の機体!速度が速すぎて瑞雲が振り切られる!」


日向「日向だ!く……今すれ違った!敵は下駄履きの偵察機型、爆装雷装無し!」


大淀「了解、念のため回避行動!一斉面舵!潮さんが前面に変わります、任意の対空射撃を許可」


潮「は、はいっ。対空射撃、いつでもいけます!」


霞「こちら霞!ソナーに反応なし!対空援護に回るわ!」


足柄「ブレイク!また敵機が高度を下げた!対空砲じゃ当たんないわ!わたしが主砲でやる!前に出るわ!」


大淀「足柄さん許可します。潮霞の両名は引き付けてから射撃開始」


伊勢「まずい!さらに速度を上げてる!敵針路変更!こっちに突っ込んでくるわ!」


足柄「ふふ、こちらの姿を見られたからにはね。帰すわけにはいかないのよっ!」


潮に変わり艦隊の前面に出た足柄が砲を構える。


反動を殺すため若干腰を下ろし息を整え敵機を睨み付ける。その眼光に普段の軽薄さはなく獲物を見つめる餓狼のものだった。


風、温度、湿度を大まかに計算しながら最後は長年の経験に全てを委ね、軽く唇を舐める。


足柄「主砲、撃てーーーっ!!!」


合図と共に炸薬が爆発、大音響が海に響きわたる中、20.3センチ砲から槍が放たれた。


その瞬間、足柄は確信した。これは当たる。





伊勢「こちら伊勢、敵機への命中を確認、白煙を吹いている。操縦不能に陥った模様……今、海に落ちた」


大淀「はい、こちらでも目視で確認しました。警戒態勢そのまま。皆さん怪我はありませんね?」


日向「こちら日向、怪我はないがすれ違いざまに瑞雲を落とされた。2機消失、残機8」


大淀「了解しました。日向さんの瑞雲は一旦帰投、代わりに私が水偵を上げます。伊勢さんは索敵を続けて下さい」


大淀「機体の持ち主が周辺にいる可能性があります。十分に警戒を」


日向「了解。瑞雲を戻す」


〈〈指令室より各艦、周辺に敵影無し、だが大淀の言う通りだ。警戒を続けてくれ〉〉


足柄「ふう……うっし、まあこんなものね」


潮「足柄さん霞ちゃん、ありがとうございます。足柄さん1発で当てるなんて本当に凄いです!」


霞「まあ足柄さんなら当てるでしょ」


潮「さすが本土連合艦隊のエースですね。尊敬しちゃいます」


足柄「うふふ、そうよ!もっと褒めなさい、と言いたいところだけどまだ気を抜けないわ。一体なんなのよアイツ」


日向「ああ、足柄は見事だったが敵機もとんでもない手練れだ。かなりの高速を保ったまま水面ぎりぎりを旋回、すれ違いざまに躊躇いなく機銃を撃ってきた」


伊勢「ええ……あ、ちょっと待って、敵機は沈黙するも水没せず海面に浮いている。もしかしたら回収できるかもしれないわ」


大淀「提督、どう致します?」


〈〈分かった。敵の追撃に警戒しつつ可能であれば敵機を回収してくれ。無理はするな〉〉


大淀「了解しました。艦隊を向かわせます。方位2-9-0、速力15」


霞「了解……それにしても敵の狙いが分からないわね。偵察機を単騎で突っ込ませるなんて、何考えているのかしら?」


潮「えっと通常、偵察機は高度をとって敵を見つけたらすぐに引き返すはずですよね」


足柄「そうそう、敵を見つけてもその場で撃墜されたら偵察の意味が薄れるわ」


霞「機体の持ち主がいるとして、まだこちらの位置は気付かれていないってこと?」


足柄「気付くとしても放った偵察機が帰ってこない。だからその偵察機の哨戒エリアで何かがあったってことだけね」


潮「もし追撃があるとしても多少時間の猶予はあるということですね」


足柄「その通りよ。まあだからといってのんびりしていられないけどね」


日向「見えてきたぞ。やはり見たことの無い機体だ。色が白で形状は球体」


大淀「!?……まず私が接近して見に行きます。皆さんは周囲の警戒をお願いします」


日向「まあそう言うな。瑞雲を落とした奴の顔を拝まなければ気が済まないんだ」


大淀「っ…駄目です!!!日向!機体から離れなさい!!!これは命令です!」


伊勢「っ、いきなりどうしたのよ大淀?」


足柄「何怒ってんのよ。ええとなになに?なっ……ちょっと、何よこれ!冗談じゃないわ!」


足柄「足柄から指令室へ!提督!聞こえてる?いい、落ち着いて聞きなさい。この機体を放ったのは恐らく『空母棲姫』!繰り返す!機体の持ち主は『空母棲姫』の可能性が高い!」


〈〈……なに!!どういうことだ!?足柄、なぜ分かる!?〉〉


足柄「本土時代に散々やりあったのよ。そこで嫌というほど見たわ。奴の最新鋭機、特徴もほぼ一致してる」


伊勢「そんな!空母棲姫ですって?……この海域で!?そもそも姫級はほぼ全て撃沈したんじゃなかったの!?」


大淀「……」


〈〈本当……なのか?〉〉


足柄「当海域からの緊急離脱を進言!回収なんてやってらんない!位置を悟られる前に尻尾まいて逃げた方が賢明よ!ぶつかったらとても太刀打ちできないわ」


大淀「……私も足柄さんと同意見です。今すぐ退避を」


〈〈……分かった。撤退を許可する。念のため一旦東へ欺瞞針路をとり、その後鎮守府に向かえ。皆、無事に帰って来てくれ〉〉



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



〈通信指令室〉


提督「いいえ、見間違いなどではありません。うちの艦娘たちが確認したんです!」


『だが空母棲姫の姿は直接見ていない。機体も回収できておらず、あくまで可能性だ』


提督は興奮した面持ちで繰り返し空母棲姫の存在を主張するも話は平行線の一途をたどっていた。


長引く通信に受け答えをする中将の声色にも若干の疲労が混じり始める。


30分余りに渡り事態の深刻さを訴えるも、どこか提督自身でさえ意見の弱さを感じ始めていた。


艦隊は敵の追撃を受けることなく無事に帰投、しかし鎮守府へと向かうその道程は不安に満ち満ちていた。


島の電探をじっと見つめ、そこに影が浮かび上がらないことをただひたすらに祈る。


しんがりを務める足柄こそ明るく振る舞ってはいたが、艦隊の面々は緊張と不安を言葉の端に紡いでいた。


本土の連合艦隊でさえ十分な支援があってはじめて勝負になるような相手だ。


我々は久しく命のやり取りを意識するような場面には遭遇していなかった。戦争は終結に近づき、敵の出現率を示すグラフは間違いなく減少を示している。


そのことに少なからず慢心があったのではないかと言わると否定できない。


常に前線で命を賭している本土の艦娘たちからすればお笑い草かもしれないが。


『君の懸念は十分に伝わった。勘違いしないで欲しいのだが私は君の肩を持っている。そして君の報告を重要視している。2年にわたり共に南方の安全を守ってきた仲だ』


提督「では何らかの対応をして頂けるということでしょうか?」


『すぐに大本営全体として…というのは難しいが私の権限の及ぶ範囲で可能な限り対応する。確約はしかねるが増援を送ることもやぶさかではない。あくまで大本営の許可が下りればだが』


提督「しかし大本営は敵中枢への攻撃準備で現在忙殺されて……いえ……申し訳ありません」


『いいんだ。報告書が届き次第、大本営にこの件を上げる。ただ時期が時期だけに必ずしも高官たちの目に留まるとは限らない。承知しておいてくれ』


提督「……分かりました。では明日、報告書を上げます。どうか増援の件をよろしくお願い致します」


『遠慮せず何かあればすぐに言ってくれ。私も今日は帰らず参謀本部に詰めておくよ。では』


提督「ご配慮痛み入ります。失礼いたします」



喉元に刃を突き付けられる形となった鎮守府。


現在も補給を終えた艦娘たちはいつでも出撃できるようハンガーで待機している。


ゆっくりと食事をとる余裕もなく今頃携帯糧食をかじっているだろう。


今日を無事乗り切ったとしても、今後は海域の哨戒を行う度に空母棲姫出現の恐怖に晒される。いつどこで強大な敵が牙を剥いてくるかは分からない。


もしかすれば杞憂に終わるだろう、経験豊富な足柄だが錯誤も考えられる。それを願いたい。


ただ、もう以前の軽巡駆逐を相手にするような想定には戻せない。しばらくは闇に怯える緊張の日々が続く。


客観的に見て空母棲姫とまともにやりあえば万に一つは勝ちを拾えるだろうが、それも多大な犠牲を払った上での話だ。


戦争終結を目の前にして艦娘たちに死にに行けとなど命令することできない。


なぜこのタイミングでということも考えたが戦略的に見れば重要度の薄いこの島を狙う意図は皆目つかめない。



ひとまず彼女たちは無事に帰ってこれた。今はそれ十分だ。


皆の前ではあまり深刻な雰囲気は出さないようにしよう、何か明るい話題はないものか探しながら皆のいるハンガーへ足を進める。



艦娘たちにはせめて鎮守府にいるときは心安らかにあって欲しい。



〈出撃ハンガー〉



提督「みんな、おかえ…!?」


清霜「すっごーい!それでそれで?」


足柄「何とか中破までもっていったら、空母棲姫なんも手出しできないでやんの!みんなでボッコボコにしてやったわ!」


朝霜「かっけえな!かーっ!あたしもその場に居たかったぜ!」


足柄「そうねー?2年前のあの時は時雨と雪風だっけか、夜戦突入と同時に魚雷ぶっ放して随伴艦は爆発四散!」


清霜「おおーっ!さっすが本土の精鋭だね!」」


提督「……」


足柄「ヤバいと思ったのか空母棲姫は逃げ出したんだけど、すかさず鳥海が主砲連射してみるみるうちに大破に!」


朝霜「おお!いよいよだなっ!」


提督「……」


足柄「最後はモチロンこのあたし!敵の懐に潜り込んで、こう…目が合うわけよ」


足柄「ここで決め台詞!『貴方はもう休みなさい……さよなら』んでドッカーン!!!」


提督「すっごーい!!!」


足柄「ふふん、そうでしょそうでしょ。MVPもゲットしちゃったんだから、って提督いたの?」


提督「ひっどーい!!!」


日向「あっはっは、なんだ空母棲姫も大したことないな。提督どうした?補給も終わってだらけてたとこなんだが」


提督「ああ……その、な」


日向「なんだなんだ私たちが臆しているとでも思ったのか?」


提督「はは、思い過ごしだったようだ。確認だが皆怪我はないな?大淀はどこに?」


伊勢「あっちよ。潮ちゃんたちといる」




指し示された方を向くと少し喧騒から離れた場所に潮とそれに寄り添うように大淀と霞が座っていた。


潮の顔は若干青ざめていて何かに怯えている様子で体を小さくしている。


正直無理もない、これが正常な反応だ。思えば日向の笑い方もどこか乾いていた感じがする。


驚かさないようになるべくゆっくり近づくと、俺に気付いた潮は縋るような視線でこちらを見上げる。


かける言葉を選ぶもそう簡単には浮かばず、だが沈黙こそ悪手だと思いできるだけ平然と振る舞う。


提督「3人ともおかえり。怪我はないな?」


大淀「はい、3名とも怪我はありません。このまま待機でよろしいですか?」


提督「ああ、すまないがもう少しだけ待機していてくれ。日没まであと3時間。あー…そうだ、お腹すいてないか?」


潮「……」


霞「…そ、そうね。お腹がすいたわ。アンタも来るなら来るで気を遣って何か食べる物持ってくるのが筋でしょ!」


提督「すまん。急いで来たからそこまで気が回らなかったんだ。もう携帯糧食は食べたのか?」


霞「食べたけどお世辞にも美味しいとは言えないわね。おかげで口の中がパッサパサよ!最悪だわ!」


大淀「あはは、私はあれ結構好きなんですけどね。書類仕事の片手間に食べれますし」


提督「えーと美味いのか不味いのかよく分からんな」


霞「なんですって?信じられないわ!自分が食べたことないもの部下に食べさせるわけ!?」


提督「いやちょっと待ってくれ。あれ艦娘専用だろ。艤装のエネルギーになりますって書いてあったぞ」


潮「……司令官」


提督「…うん」


潮「司令官、私……」


提督「なんだい、潮?ゆっくりでいいぞ」


潮「ごめんなさい。私……私、怖かったです。空母棲姫が来るかもって聞いて足がすくんでしまいました」


提督「そうか、怖かったか。でも怖いと感じるのは悪いことじゃない。誰にだってあることだ。大淀はどうだ?」


大淀「えと……確かに恐怖は感じました。けれど私は旗艦ですから皆を守るという気持ちの方が強かったと思います」


提督「うん、だそうだ。霞は?」


霞「まあ私だって聞いた時は正直びっくりしたわよ。けど怯えていても状況は好転しないし、そこで立ち止まって誰かを怪我させる方が嫌だわ」


潮「……はい、誰かが傷付くのは絶対にだめです」


提督「ああ、俺たちが敵を前にして考えるのは国を守るとかそんな大義名分じゃない。目の前の仲間のために戦っている」


提督「潮は誰も見捨てないだろう?また皆だって潮を絶対に見捨てない」


提督「強敵を前にしたら誰だって怖い。恐怖を捨てて自分や周囲を省みず戦えば取り返しのつかないことになる」


大淀「はい、戦場において勇気は必要ですが無謀とは違います」


提督「ああ見えて足柄だってそうだろう。あとで聞いてみるか?」


霞「どうかしらね。全くもって何も考えて無さそうだけど」


潮「ふふ、はい、私……もっと強くなってみんなを守れるようになりたいです」


大淀「ええ、潮さんなら大丈夫ですよ。私たちは一人ではないんですから怖いと思う心も皆で分かち合いましょう」



潮は自分が傷つくことを恐れていたのではなく、仲間を守りたいと強く強く思うからこそ臆病な自分を責めていたのだろう。


だがその実は俺の方がもっと臆病なのだ。先程の言葉は自分に言い聞かせたようなものだ。




敵中枢攻撃そして礼号作戦開始まであと2週間。俺たちはそれまでなんとか乗り切り、その先にあるであろう平和な海に辿りつけるだろうか。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



ようやく太陽が水平線に消えてくれた。空母による夜間急襲の危険性は限りなく低くなったと判断し一旦出撃待機を解く運びとなった。


艦娘たちの精神的な疲労は凄まじく、警戒解除の報を知らせると一同安堵の表情を浮かべながらため息をついていた。


今後の長期戦を考慮して早めに就寝することを徹底させる。いくら艦娘と言えども休息無しに活動し続けることはできない。


日の出と共に当直者を除き再び全艦出撃待機とする見込みだ。これを最低でもあと6日間繰り返す。


しばらくは夜だけが安息を約束してくれる。


そこで自分にいま何ができるかというと大本営に窮状を訴え一刻も早く増援を送ってもらうことだ。


そもそも鎮守府の担当エリアの広大さに比べ、艦娘の人数は充実しているとはとても言えない。


少ない人数が故に疲労が溜まり臨界点に達したところで急襲を受けることはなんとしても避けなければならない。


我々に特に今必要なのは航空戦力、陸海空いずれにおいても制空権確保がセオリーであることは軍人でなくとも感覚的に知っている。


もし制空権を奪われたとしたらあとは一方的に蹂躙されるのみ。


被害を考慮せず捨て身の攻撃で相手の肉を断ち切るしかなくなる。



多少の虚偽報告をしたって構いやしない。戦後それで牢にぶち込まれたとしても構わない。


皆を守るためにこの報告書で本土から空母をもぎ取ってやる。



〈執務室〉



足柄「足柄よ、失礼するわね。あーいい風呂だったわ。提督、それで何の用事?見たい番組があるんだけど」


提督「来たか………あのさ、風呂上がりに制服を着ろとは言わないが男の前でその恰好はどうかと思うぞ」


足柄「あら?夜のお誘いかと思って来たんだけど残念、奥様も一緒でしたか」


大淀「はあ、ショートパンツとTシャツってまったく執務室を何だと思ってるんですか」


足柄「あっちいのよ。いいじゃない提督だって生足見れて嬉しそうだけど?」


大淀「え、提督?」


提督「……見てまえん…見てませんよ」


大淀「はいはい、もういいです。こちらは忙しいんですから」


提督「おほん、疲れているところ悪いんだが大本営に送る報告書だ。本日の事案について足柄と大淀の所見が必要となる」


提督「簡単で構わないから顛末を書いて欲しい。報告書に添付する必要があるんだ」


足柄「ああそういうことね。でもあたし作文なんて小学生以来よ」


大淀「艦隊行動の概要については私がまとめますから、足柄さんは敵機体の特徴について何故空母棲姫のものだと考えたのか、その点を書いてください。そちらの机でお願いします」


足柄「分かったわ。ちゃっちゃと片付けましょう」


足柄「ええとこの欄に書けばいいわけね。っと話変わるけど潮、大丈夫?不安そうにしていたけど」


提督「誰だって一度は通る道さ。突然の事で少し戸惑っただけで潮は芯の強い娘だよ」


大淀「ええ、潮さん自身何をすべきかは理解していましたから、あとは少しずつ経験を重ねていくだけだと思います」


提督「俺もしばらくは注意深く見てるけど何かあったらすぐ相談してくれ」


足柄「そう、良かったわ。優しく諭すってのはあたしの役割じゃないからね」


足柄「それにしても貴方たち本当に夫婦っぽくなってきたわね。子供の心配をする親みたいだわ。もうすぐ1年?」


提督「ああ、来月にはケッコン1周年を迎える。すまないな大淀、こんな状況でなければゆっくり祝いたいんだが」


大淀「いいえ、気にしていませんよ。丁度時期が礼号作戦と重なっていますから」


提督「とはいってもいわゆる新婚旅行でさえもまだだからなあ。夫としては申し訳ない気持ちで一杯なんだよ」


大淀「ふふ、楽しみは後に取っておきましょうよ」


提督「戦争が終わってからの残務処理が心配なんだよな。下手に出世して仕事を押し付けられるのは勘弁願いたい」


大淀「夫の出世を願わない妻はいませんよ。喜んでお手伝いします。私はこうやって二人で作業するのが嫌いではありませんから」


提督「それはさすがに悪いよ。事前に休暇取る書類も作っておくかな。大淀は冬の北国を旅してみたいって言ってたっけ。いやいや落ち着いたらそれだけとは言わず贅沢に世界一周でもするか!」


足柄「ねえねえ、ちょっとお二人さん、あたし忘れられてる気がするんだけど」





足柄「ふう、肩凝った。終わったわ。はい、これでいい?」


提督「ありがとう。ちょっと内容確認させてくれ。っと足柄、お前綺麗な字を書くんだな」


足柄「まあね、昔取った杵柄ってやつよ」


大淀「足柄さんは連合艦隊時代に他国外交官との折衝も経験あるんでしたよね。5ヶ国語に堪能、加えて華道免許師範代、人は外見によりませんね」


足柄「あんまり褒めないでよ。そういう貴方だって情報処理のスペシャリストじゃない。見た目通りだけど」


大淀「私は鎮守府以前の大本営勤務が長かったので、自然とですよ」


足柄「あたしも多少の自信はあったけど、貴方の弾道計算とか敵の行動予測とか正気の沙汰じゃないわよ」


足柄「敵が近づいてくるのを見越して20.3センチ砲のはるか射程圏外から最大仰角で発射、飛ばして飛ばして3分後にあら敵に見事着弾とか」


大淀「買いかぶりですよ」


足柄「接近戦好きで勘重視のあたしとは正反対ね。今日だってあたしが撃ってなかったら大淀が撃ったでしょ?」


大淀「足柄さんなら確実に当てると信じてましたから」


足柄「ふふ、嬉しいこと言ってくれるじゃない。今度暇ある時に遠距離射撃のコツ教えなさいよ」


大淀「いいですよ。それでは薬室温度の厳密な測定と地球の自転も考慮した計算からですね」


足柄「はは、なるほどね!やっぱりいいわ遠慮しとく」


提督「ん、盛り上がってるとこ悪いが足柄、問題ないぞ良く書けてる。このまま添付できそうだが最後の記名者サインだけは頂けないな。修正してくれ」


足柄「あらいけない、どこか間違えたかしら?」


提督「絶対わざとだろ。『記名者 妙高型重巡洋艦三番艦 提督の愛人 足柄』って、二重線でいいから消してくれ」


足柄「っ!!!……嫌よ、絶対に嫌」


大淀「はあ、もう見直したと思ったらこの人は……」


提督「分かったじゃあ俺が塗りつぶして訂正印押しておくからな。ほいほい、よっと、完成だ」


足柄「つれないわね。こんなに愛しているのに…。って名前で思い出したけど妙高姉さんたち元気かしら。提督何か聞いてない?」


提督「そうだな。個別の艦娘の話はなかなか俺も聞く機会がないんだが心配するな。最近は轟沈はもちろん中破した艦娘もいないと聞いている」


大淀「……」


足柄「そう、ああ那智姉さん酔っぱらって道端で寝ていないか心配だわ」


提督「心配な気持ちも分かる。もう2年もこの島から出ていないからな。だが艦娘は足りない、提督はそう簡単に代わりを立てられない」


足柄「まさにないない尽くしね」


提督「苦労させて悪いと思っているよ」


大淀「艦娘は数さえいればどうにかなりますけど、提督は代役という訳にはいきませんからね。それに私は他の提督の元なんて嫌ですからね」


提督「大淀、ありがとう。まあ提督交代なんてありえないさ。提督の資質を持つものは両手で収まる数しかいない。俺も無理して帰るよりお前たちと一緒の方がいいさ」


足柄「ふうん、提督は家族とやりとりしてるの?」


提督「ああ、暇を見つけては手紙を書いている。親父の具合が芳しくないんでな。ああ大淀、そっちの封筒取ってくれ」


足柄「どこか悪いの?」


提督「自業自得さ。酒飲んでばっかで肝臓を悪くした。足柄には言ってなかったか。実家は漁師でな、ほら深海棲艦の出現で一時期漁ができなくなった」


提督「それで浴びるように酒飲んで、漁が再開できるようになった今でも癖になってしまったんだ」


足柄「じゃあ今実家はお母様と二人ってこと?それは心配ね」


提督「いんや。漁に関しては兄貴が継いだ。なかなかうまくいってるらしい。北の漁港なんだが脂たっぷりの冬のホッケとか最高だぞ」


大淀「提督そのホッケの話良くされますよね。エノキと一緒にホイルで包んで新鮮なバターと一緒に蒸し焼き。えへへ、どんな味か一度体験してみたいです」


足柄「ホッケねえ、んーと、ちょっと待って!ってことは提督、次男坊?ああ大淀、貴方本当に良物件捕まえたわね」


大淀「良物…ええっと、どういうことです?」


足柄「時々テレビでやってるんだけど長男で実家暮らしだと姑のいびりが大変みたいよ。外から見てる分には楽しいんだけど」


提督「はは、お袋は大淀と同じくらい優しい人だから心配ないさ。終わったら一緒に挨拶に行かなきゃな」


大淀「はい!その折には是非ご挨拶を。楽しみにしていますね」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



少し休む、提督はそう力無く言い残し先ほど眠りについた。


私は彼の眠る傍らに座り横顔をじっと見つめる。


青年と呼ぶにはまだ早い年齢、しかし一日にして人はこれだけ変わるのかと、すっかり頬はこけ眼窩は窪んでいる。


あれから私たちに就寝するよう言って一人執務室に残り、きっと今まで一睡もしていなかったのでしょう。


どうすれば皆の助けになれるかと懸命に机に向かい続けたに違いない。



「本当にお疲れ様でした。おやすみなさい」




今朝、夜が明ける前に私が執務室を訪れるといつもは少しだけ香る煙草の煙が部屋中に満ちていた。


彼は私に気付くことなく机の上に散らばった書類を憎むべき敵のように凝視していた。


普段は机の中に隠しているはずの灰皿の上には彼がどれだけ心を削ったのかが見て取れる。


書類の上の一文字一文字が彼の持ちうる刃、ただそれだけを武器に必死に戦う。


ようやく彼と目が合うと私の表情を見て察したのか途端にそれまでの焦燥や不安を覆い隠し『心配するな』と無理して作った笑顔でおはようと言う。


その様子を見て私は危うく泣き崩れるところだった。彼は大型の封筒を丁寧に閉じると朝一の航空便で大本営にと私にそれを預ける。


分厚い封筒のずしりとした重さはまるで私を責めたてているようだった。





私は封筒を業者の方に渡した後、手早く朝食を済ませ出撃ハンガーへと向かう。


ハンガーのソファーに腰掛けようとすると先に来ていた霞さんがコーヒーを渡してくれた。


しばらく皆で談笑していると次第に空が明らみ始め、窓越しにその様子をじっと見つめる。


海面は私たちの心情とは反対に穏やかに凪いでいる。


鳥達は今から食事を始めるようで互いに声を掛け合いながら編隊飛行で沖へと向かう。


やがて水平線上から太陽が頭を出したのを確認すると皆一斉に艤装を展開。


私たちはこれからおよそ11時間、敵の来襲がないことを祈り続ける。





3時過ぎ、大本営からの返答が来たと提督から私たちの待機するハンガーに簡易連絡があった。


皆で顔を見合わせて言葉は無しに頷き合う。


今か今かと彼がやってくるのを心待ちにするが、しかし日が沈んでも彼は一向に姿を見せなかった。


やがて皆は何かあったかと不安な様子になっていく。


私が指令室へ待機解除の許可を得ようと通信機に向かって口を近づけた時、かちゃりと背後で扉が開く音が聞こえた。


ハンガーにやってきた彼はただ一言『本当にすまない』と皆に頭を下げた。


瞬時に増援はないことを理解した皆は一瞬の間をおいて大本営が悪いとわざと憎まれ口を叩く。


彼は疲れ切った顔で『今日はもう休んでくれ』と告げ、立っているのがやっとの覚束ない足で去っていった。


私はその場で彼を追うことなどとてもできなかった。






なぜなら私は大本営が増援を送らないということを事前に知っていたから。






「提督、私はこの2年間、ずっと貴方に嘘をつき続けてきました」


「私を救ってくれた貴方にです」


「これでようやく人形劇はおしまいです」


「真実を告げた時、皆は私を恨むでしょう」


「私は死んでも構いません。ただ貴方にひどい女と思われたまま死ぬのが怖い」


「だから……」





「ごめんなさい」





眠っている提督にそっと手を伸ばす。








◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇








意識が闇へと落ちようとした時、どこからか子守唄が聞こえた。


母を思い起こさせる優しい響き、幼い頃に布団の中で幾度となく聞いた音律。懐かしさからふと郷里の光景が頭をよぎる。


そこは小さな小さな北の港町。




遠くで奏でるどこか悲しげな汽笛の音、寒々しい荒波を淡く照らす灯台の光。


物心がついた時から私は幼いながらに兄と一緒に父を手伝い小型の漁船に乗っていた。


夜が明ける前に母に起こされ眠気眼を抱えたまま船に乗り込み、父に抱きかかえられ編んでもらった赤い毛糸の手袋で沖を目指して操舵輪を握る。


ある時、漁場に向かう途中で突然左舷からの大きなうねりで船が揺さぶられた。


何かと思い左に目を向けてみると黒い巨体が私たちの漁船を追い越して行くところだった。


海を駆けそして戦うために造られた鉄の塊、それなのにどこか神秘的とさえ思わせる機能美に満ちた存在、大日本帝国が誇る最新鋭の駆逐艦。


たちまち私はその姿の虜となり、乗ってみたいと思うのにそう時間はかからなかった。


次男であるのも手伝ってか両親は好きなことをやれと言ってくれたので私は迷わず軍を選んだ。


お袋は心配そうにしていたが小さな漁港から飛び出してもっと広い世界を見たいと願う若者の好奇心はそれに気付けなかった。




それからの軍での日々は休む間もなく過ぎていき、兵学校卒業後、乗り込みの少尉候補生を経て1年が過ぎる。


少尉任官したその矢先、突如深海棲艦が出現した。


私はずっと英雄になりたかった。徹底的に己を鍛え弱きを守る。かつて憧れた軍艦に乗り込み私は自信と誇りに満ちていた。


けれども正体不明の化け物に対し人間にできることなどわずかほども存在せず、その願いは叶わなかった。


唇を噛み締め防衛線をじりじりと後退させる日々、転進に次ぐ転進を繰り返し本土に向けて舵を進める。


市民は軍の消極的な姿勢に批判を浴びせつつ内陸部へと避難を開始した。


ついに敵の矛が本土に迫ったその時、艦娘たちが現れた。


末端の自分たちには詳しい出自や原理などは知らされず敵に有効な兵器であること、ただそれだけが知らされた。


艦娘を束ねるために将兵に限らず全ての市民が提督適性検査を受け、結果10名の候補者を選出、私はそのうちの一人となった。


若年ではあるが北の鎮守府を任され30名近くの艦娘を率いることに。初めは軍内の誰からも期待されない小さな組織であったが艦娘の有効性が示されると一気にその立場を上げていく。



こうして私の夢は艦娘たちに託されることとなった。






〈二年前 北の鎮守府〉



「お前が今まで培ってきたものを全て奪うようで申し訳ない」


提督「気にしないでくれ。俺たちは軍人だ。上からの命令には従うだけさ」


「それもそうだが……いくらなんでも急すぎるだろう。なによりこれでは左遷だ!ここまで必死に奮闘してきたお前に……上の連中は唾を吐いたんだぞ!」


提督「……この鎮守府を継いでくれるのが同期のお前で良かった。俺は何ら心配することなくこの鎮守府を去れる」


同期「っ……約束する!お前の期待を裏切らないよう尽力する!誰一人艦娘を轟沈させなどしないっ!」


提督「ありがとう。その言葉を聞けて嬉しい。ここにいる艦娘は連合艦隊には及ばずとも歴戦の者たちばかりだ。心配していないよ」


同期「すぐにお前が本土に戻ってこれるよう各署に働きかけるからな!俺だけじゃない!他の提督だって、何より市民がそれを望んでいる!」


提督「ああ、本土周辺の戦況はお世辞にも良いとは言えないからな。南の状況が落ち着いたら俺も動くよ……さあ時間だ」


提督「これより…当鎮守府における指揮権を貴君に移譲する!健闘を祈る!」



〈〈〈新提督が鎮守府に着任しました。これより提督に代わり艦隊の指揮を執ります〉〉〉


〈〈〈鎮守府所属の全艦娘は艤装を展開、始動準備を行ってください〉〉〉



同期「皆聞こえるな?提督に代わり俺がこの艦隊の指揮を執る。よろしく頼む。では全艦艤装の始動を許可する!」


「「「了解っ!」」」



〈〈〈……確認。全艦娘の艤装始動を完了。異常無し……提督、ありがとうございました。お元気で〉〉〉



提督「異常……ないようだな。では私は失礼する」


提督「さ、霞、行こうか」


霞「……ええ」


提督「そんなにしょげるな。いつもの霞みたいに堂々としてくれ」


霞「……」


提督「っと、金剛どうした?折角の美人が台無しだぞ」


金剛「……本当に行っちゃうんデスね」


赤城「提督、本当にお世話になりました。加賀さんからもどうかご自愛下さいと伝言を受けています」


榛名「提督がここを去っても……榛名たちはしっかりやります!やってみせます!ですから……どうか…」


提督「別れの言葉なんて必要ないよ。ちょっと長い出張さ。皆には悪いが南の島で少し羽を伸ばさせてもらう」


金剛「……私たちのこと、忘れないで下さいネ。提督、これを……花束とみんなで書いた寄せ書きの色紙デス」


提督「ありがとう。はは、真ん中のこれは私の似顔絵か。随分と美男子に描いてくれたな、誰がこれを?」


金剛「綾波ちゃんを中心に駆逐艦の子たちみんなで……提督は本当に皆に愛されていマスね」


赤城「貴方と過ごした日々は私たちの誇りです。心配なさらないでください。ご武運を」


霞「……提督、車の準備が出来たわ」


提督「ああ、では行くよ。皆、元気で」


金剛「総員気を付けっ!!!提督の新たな門出デス!皆で祝いましょう!……敬礼っ!!!」


提督「ありがとう!!!北の鎮守府に栄光あれ!!!…………よっと……うん、大本営まで頼む。君にも大変世話になった。今まで安全運転ありがとう」


提督「霞……皆が手を振ってる。答えてやれ」


霞「ぐすっ……朝潮姉さん、みんなっ……さよなら」


提督「この景色もしばらく見納めか。大本営まで半日はかかる。霞、今のうちに寝ておいた方がいいぞ」


霞「納得……いかないわ!ねえ、あんた本当に何も悪いことしてないんでしょ!?それなのにいきなり南へ行けだなんて!」


提督「身に覚えはない。けれど俺たちは頑張りすぎたのかもしれないな」


霞「なによそれ、どういうこと?」


提督「俺は出世し過ぎた、不自然なほどに……通常艦隊の奴らの気持ちも分からんでもないさ」


提督「所詮軍なんて年功序列とハンモックナンバーが全ての形骸化した組織に過ぎない。慣例を破られていい気はしないだろう。そりゃやっかみもする」


霞「くだらない……くだらないわ」


提督「ああ、くだらないがもっと俺がうまく立ち回れていたら結果は違ったのかもしれない。だがそんな余裕はなかった」


提督「指揮をほっぽり出して大本営の高官におべんちゃらを使った結果、誰かが沈むなんてのは本末転倒だ」


霞「……ねえ、聞かせて?なんであたしを選んだの?」


提督「うん?」


霞「この鎮守府から出ろと言われた時、一人だけ随伴が許されたんでしょ……あんたは朝潮姉さんを選ぶと思ってた」


提督「そのことか……俺は霞が大好きだからな」


霞「はっ!?ちょとちょっと何言ってんのよ!馬鹿じゃないの!」


提督「本当の事だ。霞は一番俺に手厳しい」


霞「へ…?」


提督「常に素直な言葉を俺に向けてくれる。これほどありがたいことはない」


霞「っ……クズ!馬鹿!ええと、あんぽんたん!なによこんなのが嬉しいの!?明石さんに修理してもらったら?」


提督「くっく、あはは、嬉しいぞ。真面目な話さ、提督ってのは孤独なんだ」


提督「無条件の賞賛・肯定。それよりも的確な批判・否定の方がよっぽど大事だ。無条件に愛してくれるなんて両親ぐらいのもんだろうよ」


提督「だからこそ君を選んだ。俺の隣には霞がいて欲しい。だめか?」


霞「……そうね、覚悟なさい。これからもたっぷり尻を叩いてあげるわ」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





ああ懐かしい、そうだった。北の鎮守府を追われ霞と二人きりでの再出発。


この先どうなるのかと正直なところ気が気でなかったよ。


北に別れを告げ南の島に向かうまでの七転八倒の日々がこれから始まるな。


別れは堪えたがおかげでいろんな出会いもあった。


今思えば形はどうあれ南に来たことは間違いではなかったようにも思える。


北の面々には悪いが俺はこの2年間、本当に幸せだった。


これからもその幸せが続くよう自分の力の続く限り、皆を支えてやりたいと思う。




ただ今は疲れた……ひどく疲れたんだ。


少し……もう少しだけ休ませてくれ。








〈二年前 大本営執務部屋〉



提督「たった2人か……。思った以上に高官たちは俺が気に入らないようだ」


提督「南方の広大なエリアを統括する司令官と聞けば耳触りは良いが、実質は本土からの追放と言っていいだろう」


提督「敵の脅威は極めて少ないようだが3人ではとてもやっていけ……ん、どうぞ」


霞「失礼するわね。連れて来たわ。さ、入って自己紹介なさい」


朝霜「はっ、失礼いたします!お初目にかかります!夕雲型駆逐艦十六番艦 朝霜です!」


清霜「っと、同じくお初目にかかります!夕雲型駆逐艦十九番艦 清霜です!司令官殿、よろしくお願いいたします!」


提督「……駄目だ」


「「ふぇ?」」


提督「俺の前では敬語は必要ないよ。そう形式ばる必要もないさ。よしよし、とりあえず座ってくれ」


提督「霞、お茶を頼む。いやジュースがいいか?」


霞「はいはい、人使いの荒い提督ね。二人共ジュースでいいわよね」


清霜「あ、え、はい……できれば……ジュースで」


提督「お菓子は俺の机に一杯入ってるからな。えーと最近の若い子はどんな菓子が好きなんだ?きのこの里とたけのこの山、うーむ、どっちだ?」


朝霜「でっ、では……」


提督「どっちだ。さあ早く選びたまえ………っとこれは意地悪な質問だったな。両方食べよう」


朝霜「は、はあ」


霞「ちょっと失礼、ジュースここに置いておくわね」


清霜「ありがとうございます」


提督「では自己紹介をやり直そうか。敬語は無しでね」


提督「俺は提督、北の生まれの独身で……あれ?今年で何歳だっけか。まあいいや、北の鎮守府で提督をしていた。趣味は霞をからかうことだ」


霞「は?今なんて言ったのよクズ。最後の方、聞こえなかったけど気のせいかしらね」


提督「……趣味は霞様を讃えることです。よし、朝霜頼む」


朝霜「ごくっ。ん……では、ああもういいや、普段の話し方にすっけど夕雲型の朝霜だ。対潜水艦作戦ならあたしに任せな……っとほら清霜」


清霜「はい、さいしんえー駆逐艦で夕雲型の末っ子、清霜です。浦賀生まれよ。得意なのは………ねえ朝霜?わたしって何が得意かな?」


朝霜「あ?あたしに聞くなって。まああえて言うならそうだなあ。……へへ、なあ司令、こいつ戦艦になれるらしいぞ」


提督「戦艦に!?夕雲型は初めてなんだが大本営の技術はそこまで進んでいたのか!本当か、清霜!?」


清霜「えーと、なれるっていうか、なりたいっていうか………はいっ!」


提督「そうかそうか。ふーっ、これで戦力の心配をしなくて済む。今のところウチは2人を入れて3人だからな」


「「3人!?」」


提督「そう、3人だ。よおしこの地図見てみろ。3人でこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんなに広い海域を守らなければならない!!!」


朝霜「おいおいまじかよ司令。もしかしてあたし達の配属先間違ってんじゃねえか?こちとら初期訓練終わったばっかだぜ」


清霜「え?朝霜、ひょっとしてわたし達入る部屋間違っちゃったの?もうお菓子食べちゃったけど」


朝霜「やべえぞ清霜!この司令お菓子食べたのを交換材料にあたしらを無理矢理配属させる気だったんじゃねえか?」


提督「さあてそれはどうだろうなあ?」


朝霜「あたしは菓子喰ってねえからな。すまんな清霜、遠くに行っても頑張れよ!」


清霜「そんなあ、わたしどうなっちゃうの?」


朝霜「じゃああたしはこれで失礼しま… 提督「飲んだよね?」


朝霜「え?」


提督「さっきジュースに口つけてたよね?ごくって言ったよね」


朝霜「んなことあたしは言ってな……」


提督「……」


朝霜「ああもう!言ったような気がします!くっそあたしってほんとバカ!」


霞「はいはいそこまでよ。ちょっと面白いから思わず見てたけど朝霜も清霜もれっきとした駆逐艦。朝霜も清霜もこの提督の元に配属よ。これでいい?」


「「「はい!」」」





〈大本営食堂〉



提督「二人共元気そうな子でなによりだ。大本営が直接手配してくれるというからどんな堅物が来るかと内心心配していたが」


霞「元気なのはいいけれど戦力面で見れば、ちょっとね。初期作戦能力獲得訓練を終えたばかりでひよっこも同然。本土周辺の敵とぶつかれば結果は自明だわ」


提督「ああ、それにまだ現場の悲惨さを知らない。本当に久しぶりに感じたよ。俺達が過ごしてきた日常は一般市民そして大本営の非日常なのだと」


霞「全くね。大本営に来たのは初めてだけど戦争の息吹はとても感じられない。本当に憎たらしい。こんないい物毎日食べてるなんて」


提督「町は人で賑わい物が溢れて新聞にも戦争の二文字は見当たらない。お!あの女優結婚したのか」


霞「行儀悪い。食べながら新聞見るのやめなさいよ。それでどうするの。3人でやっていくつもり?」


提督「到底受け入れられない話だよ。南に向かうまであと2週間、なんとか人手をかき集めないとな」


霞「考えはあるの?」


提督「それなんだが、んー正直に言うと全く無い。とりあえず各部署に頭を下げるしかないんだが、どの鎮守府も自身の防衛で手一杯。貴重な戦力を余らせておく理由は無い」


提督「そして艦娘の人事を掌握しているのは霞も知っている通り高官だ。だが彼は俺を南に追いやった張本人、望みはないだろう」


霞「はあ、全くの白紙ってわけね。そうね、艦娘募集中って書いたわら半紙をあんたの制服にくっつけといたらいいんじゃない」


提督「ひとまず人集めに関しては俺に任せてくれ。霞に俺がへこへこ頭を下げるところを見せたくないからな」


霞「その間あたしは何を……ああそういうことね。あの二人を徹底的にしごけと」


提督「そうだ。二人の教導を頼む。技術面はもちろんだがそれだけでなく今までの経験を語ってやってくれ」


霞「分かった。任せられるからにはあたしのやり方でやらせてもらうわ。ガンガンいくわよ」





〈大本営執務部屋〉



清霜「もうだめだよう」


朝霜「あー……さっすがにくたびれたぜ。膝が笑ってやがる」


霞「だらしないわねえ。そんなことじゃ前線でやっていけないわよ」


清霜「司令官助けてえ。わたしまだ間宮さんのデラックスパフェ食べたことないのに訓練で沈みたくないよぉ」


提督「そんなに厳しいのか。初日からちょっと飛ばし過ぎじゃないか?」


清霜「そうなのそうなの。機関一杯全力で1時間も航行しっぱなしなんだよ」


朝霜「あっはっは。疲れすぎて笑えてきたぜ。済まねえな夕雲の姉貴、アタイらはここで終わりさ」


提督「ふむ、時間がないとはいえこれでは士気も下がってしまう。俺も久々に間宮さんとこに顔出したいからな。そうだ着任のお祝いってことでこれから 霞「駄目よ!!!」


霞「あんた!甘やかさないで頂戴!北でやってた訓練メニューの半分以下よ。これをこなせないようじゃ背中は任せられないわ」


清霜「そんなこと言ったってぇ。霞ちゃん厳しすぎるよう」


提督「いいか。霞、今は根性論でどうにかなる時代ではない。かつて先人は己の精神を過大評価し、その結果痛い目にあった」


霞「まあ、そうね。で?」


提督「体作りのためには適度な訓練と十分な休息、そして良好な食事が必要だ。だからまずは 霞「はい!読めた!あんたがこの後なんて言うか読めたわ!先人の教訓は間宮さんに行くための方便ではないわ!」


提督「……」


霞「あたしの教育方針に口出さないで!あんたは艦娘集めに集中なさいな!この子たちの教育はあたしに一任するって言ったでしょ!」


朝霜「……なんだか夫婦喧嘩みてえだな」


霞「はあっ!?言うに事欠いて夫婦ですって、っこ、こんな奴とふふふ夫婦なんて冗談じゃないわよっ!」


朝霜「やっべ。えっと……司令はどう思うんだ?お似合いだと思うぜ」


提督「まあ……悪くないな。考慮しておこう」


清霜「そうだね。結婚しちゃいなよ!お母さん!私頑張るからお父さんと喧嘩しないで!」


霞「はあ…………なんだかあたしも凄い疲れた。……座学にしたげるから。さ、行くわよ」


霞「あんたも無理せず頑張りなさいよ。高官と話するんでしょ?」


提督「ああ、これから約束をとりつける」


霞「それで今日が無事済んでから皆で間宮に行きましょ。それでいいわね?」


朝霜「やったな清霜!言ってみるもんだな」


清霜「えへへー、間宮さんやったあ!清霜の計算通りだよ!」


提督・霞「え?」


清霜「あ……」







提督「ふぅ……とは言ったものの、高官に艦娘催促の話をするのは気が進まないな」


提督「いかにも高級官僚って感じの人だ。実よりも理をとる。いやそれよりも自身の利か」


提督「正攻法でぶつかっても無理そうだ。搦め手を使うにしてもこちらには情報も交渉材料もない」


提督「提督同士の横のつながりはあるが、俺たち提督はここでは外様だ……考えても仕方ない。相手の出方を見てからだな。とりあえず約束を取り付けるか。よっと」


〈はい、こちら高官秘書室です〉


提督「お疲れ様です。提督と申します。本日、北からの帰還に際し高官殿にご挨拶をしたいのですが」


〈かしこまりました。北の鎮守府の前提督ですね……確認のため直接高官にお伺いして参ります。少々お待ちください〉


提督「はい、お願いします………ふむ、綺麗な声だったな。落ち着いた雰囲気の真面目系お姉さんって感じか」


提督「現在ウチは……霞はオカン。朝霜は元気っ子、清霜は甘え上手な娘ってところか。赤城のような重鎮がいれば落ち着きが出るのだろうが」


〈……大変お待たせしております。確認致しました。本日1600でしたらお会いになれます。どう致しますか?〉


提督「はい、では1600にお伺いいたします。ありがとうございました」


〈はい、失礼いたします〉


提督「ふう、もしや謁見ですら拒否されるかと懸念していたが良かった。準備をしよう」






〈大本営廊下〉



「おっと、いたいた。久しぶりだね」


提督「横須賀提督?!ご無沙汰しております!」


横提「君が大本営に来ていると聞いてね。ちょっと顔を見たいと思って来てしまった」


提督「光栄です!ご健勝そうで何よりです。しかし鎮守府はよろしいのですか?」


横提「ああ問題ない、私の鎮守府のモットーは自主自立、一応副官にこそ任せてきたが作戦立案から実施まで艦娘に任せているよ」


横提「おかげで私の仕事は妖精さんと話をすることだけだ。はは、いい歳した老人が椅子に座って小人と話している様子はさぞ滑稽やもしれんな」


提督「いえそんなことは。ご存じかと思われますが私は南の島鎮守府に着任することと相成りました」


横提「うん、決定に係る連絡会議で私もその場にいたよ。それでさぞ不貞腐れているのではないかと思ってね」


提督「とんでもありません。南方の広域を任されると身の引き締まる思いです」


横提「建前はいいさ。もし君の立場だったら私は紛糾するよ。高官たちの嫉妬か何か知らないが醜いものだね」


提督「……」


横提「ははは、すまんすまん。困らせるつもりはなかったのだ」


横提「ああ、君の窮状は理解している。そこで詫びという訳ではないが横須賀鎮守府から君に一人預けようと考えている」


提督「なっ、本当ですか!?………申し訳ありません」


横提「かっかっか!良い喰いつきだ。その顔を見にここまで来たようなものだからね。ただし高官たちには内緒にしてくれよ」


横提「この事は既に決定と考えていい、近いうちに直接本人に君を訪ねてもらおうと思っている」


提督「ありがとうございます!」


横提「高官たちを出し抜いてそして君を驚かす。老い先短いじじいの酔狂さ。と、呼び止めてしまったが時間は大丈夫かい?」


提督「あ……」


横提「差し詰め高官に艦娘取得の交渉をするのだろう?」


提督「その通りです。申し訳ありませんがこれで失礼致します!」


横提「ああ高官には気を付けたまえよ。黒い噂をちらほら聞くからね。近いうちにまた話そう」


提督「……噂?」


横提「さ、行きなさい」






〈高官執務室前〉



提督「先ほど連絡しました提督です。高官殿に謁見に参りました」


秘書「お疲れ様です。確認致しますので少々こちらでお待ちください」


提督「はい、お願いします…………電話口で感じていたようにやはり落ち着いた感じの女性だったな」


秘書「お待たせしました」


提督「ありがとう。それでは……」


秘書「申し訳ありませんが高官はお会いになりません」


提督「な……?ああもしや時間を間違えていたか。私は1600と聞いていたんだが」


秘書「申し訳ありませんが高官はお会いになりません」


提督「失礼、電話口に出ていたのは君ではなかったか?」


秘書「申し訳ありませんが高官はお会いになりません」


提督「……では時間はとらせません。高官殿に直接確認致します」


秘書「お待ち下さい。勝手に入室されては困ります」


提督「では何故だ!こちらは事前に約束をとり、時間前にはここに来ていた。通さない道理はないだろう!」


秘書「はい、確かに貴方は事前に申し合わせ、時間通りにいらっしゃいました。けれどもお会いすることはできないのです」


提督「……この件は問題にする。さあ君の名を教えてもらおうか」


秘書「任務娘と申します。今後ともよろしくお願い申し上げます」


提督「任務娘?確か艦娘の……軽巡洋艦大淀の別称ではなかったか」


任娘「その通りです。ですが任務娘とお呼び下さい」


提督「……」


任娘「提督」


提督「何だ?」


任娘「貴方は艦娘からの信頼厚くとてもお優しい方だと聞いております。もし高官の許可なく貴方が入室すればどうなるとお考えですか?」


提督「……」


任娘「高官はお怒りになり私は厳しく叱責されるでしょう。優しい提督、ですからここは引き下がっていただけませんか?」






〈甘味処 間宮〉



霞「嬉しいのは分かるけど行儀良くなさいな。ほら清霜こぼさないで」


霞「……はあ、あんたそれでむざむざと帰ってきたわけ?情けないわね」


提督「はっきりと拒絶されたもんでな。正直戸惑っている」


霞「何か行き違いがあったってことはないの?約束して時間通りに行って取り次いだのもその人だったんでしょ?」


提督「その点は間違いない。あれは状況を理解した上での物言いだった。出鼻をくじかれた。早速嫌がらせとはな」


霞「くだらない!高官、あんた駄目だわ!その任務娘だってそうよ!言いたいことがあるならちゃんと目を見て話しなさいよ!」


提督「霞、落ち着け。朝霜と清霜が驚いている。あちらさんの目的がそれだったんだろ。怒っていたら相手の思うつぼだぞ」


霞「なんですってぇ!提督、あたしが代わりに乗り込んでもいいのよ?!」


提督「やめとけやめとけ。それにしても任務娘か。ちょっと調べてみる必要がありそうだな」


霞「艦娘なのに鎮守府に配属されず大本営勤務になっているなんて全くおかしな話ね。軽巡大淀よね、その人?」


提督「当の本人がそう言っていた。戦力配置とならずにここにいるのは何か理由がありそうだ」


霞「ええ、前線は猫の手も借りたい状況、だからそれを余りあって大本営に置いておきたい特別な事情があるはずね」


提督「艦娘の資質は前大戦における艦艇のそれに大きく由来している。砲雷撃戦が得意な者、対空戦闘が得意な者。島風なんてのが最たる例だな。彼女は史実に違わず艦隊一の俊足の持ち主だ」


提督「その点では霞、君と任務娘……いや、大淀は良く似ている」


霞「あたしは回りくどい言い方で人をけむに巻いたりしないわよ」


提督「そうだな。性格は見たところ正反対と言っていいだろう。あくまで能力や特性の話さ」


提督「軽巡洋艦大淀は前大戦において最後の連合艦隊旗艦を務めた艦だ」


霞「知ってるわ。元々は潜水艦隊の指揮を執る予定だったのだけど戦局の悪化に伴い前線で艦隊指揮を執ることになった」


提督「その頃には機動部隊、巡洋戦隊そして水雷戦隊も既に形を成していなかった。激戦で多くの艦は失われ、生き残った艦を寄せ集め最後の反攻に望みをかけていた」


霞「通常であれば戦艦が連合旗艦のところを大抜擢されたのよね」


提督「ああ、そこだ。霞、君の由来の艦も大戦末期の作戦で重巡や軽巡を差し置いて艦隊旗艦となっている」


提督「結果、そのような特性を受け継いだ艦娘は特に現場指揮能力や情報処理能力に優れている。類まれな状況判断で艦隊を無事に連れ帰ってきてくれる」


霞「ん、まあそうね……ありが……あたしの事はいいから話進めなさいよ」


提督「だが今回は、その頼もしい艦娘が敵方についた。交渉をする相手としては最悪ってことだ」


霞「……」


提督「既にこちらの状況や意図は筒抜けになっているとみていいだろう」


霞「ちょっと待ちなさいよ!今あんた敵って言ったわね!そんな事言ってる場合じゃないのよ!」


提督「わ、悪い。言い方が良くなかった」


霞「あたしたちの戦力不足は誰が見たってそう!ひよっこ二人を抱えながら広大な南方を守るなんてとてもじゃないわ!」


霞「高官や任務娘だけでなくあんたもあんたよ!そんなこそこそやってないで堂々とぶつかりなさいよ!国を守るのに必要なものを必要と言って何が悪いの!?正当性はこっちにあんのよ!」


提督「…………あっはっは、それもそうだ。これは霞に助けられたな。ありがとう、そうするよ」


霞「ふん、当たり前よ。あたしはその任務娘って人に会ったことはないけれど、ちゃんと話をしなければ駄目」


霞「書類上や伝聞だけで人を判断するなんて良くないわ」


提督「ああ、もう一度行ってみる……ところで二人の訓練はどうだ。うまくいきそうか?」


霞「ええ、二人とも最新鋭だけあってポテンシャルは高い。だけど座学はまるでだめね。二人で仲好く船漕いでたわ。体を動かしている方が好きみたい」


提督「そうか、引き続き頼むよ………ああ、高官の件に気を取られて伝えるのを忘れていたが横須賀鎮守府が一人ウチに寄越してくれるらしい」


霞「あらそう……って早く言いなさいよね!でもまあ褒めてあげるわ。それで誰?どんな手を使ったのよ?」


提督「えーとまだ誰かは分からない。高官室に行く前に廊下で横須賀提督に…………何故だ?」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





〈高官執務室前 秘書室〉



提督「おはよう」


任娘「おはようございます。何かご用でしょうか?」


提督「高官殿との謁見を頼みたい」


任娘「申し訳ありませんがそれはできません。事前に申し合わせして頂かないと」


提督「だから直接来たんだ」


任娘「……申し合わせは電話口でして頂くことになっています。直接来られて謁見を強行する方も中にはおられますからね」


提督「そうか。ならいい」


任娘「お帰りになられるのでしたらあちらです」


提督「はは、きついなあ」


提督「ちなみに高官殿は在室されているのか?」


任娘「申し上げられません」


提督「まあいいや。ここ座ってもいいか?」


任娘「……どうぞ。昨日の報復にいらっしゃったという事ですか?」


提督「俺がここに来たのは部下にここに行けと言われたからだ」


任娘「……は?」


提督「部下の艦娘がだな、小細工をせずに直接話をしてこいと俺に言ったんだ」


任娘「艦娘に言われたからここに来たと……理解に苦しみます。貴方の指揮統率能力に問題があるのでは?」


提督「それを言うなら君の秘書としての能力にも疑問がある。昨日俺は正しいやり方に則って高官に会おうとしたが君がそれを遮った。それにまだ茶がきていない」


任娘「……随分な物言いをされますね。事情は昨日お話した通りです。それともうまく伝わっていませんでしたか?」


提督「ああ、伝わっていたよ。俺は艦娘には優しい。だがそれも俺に優しい艦娘に対してだけだ」


任娘「私の対応に不備があったのであれば謝罪致し… 提督「いらん。別に嫌な思いはしていないよ」


任娘「私の認識が間違っていたようです。貴方は少し正気ではないようで、よろしければ良い軍医を紹介いたします。そうしましょう、重症のようですのですぐに診て頂けると思います。こちらで代わって連絡をしておきますのでご心配なさらず」


提督「はは、今日はよくしゃべるな。昨日はまるで機械人形のように受け答えをするだけだった。それが素かな?失礼、また来るよ」


任娘「……っ」






〈高官執務室前 秘書室〉



提督「おはよう」


任娘「おはようございます。何かご用でしょうか?」


提督「高官殿から来るように言われた。急ぎの用であるからそこを通してもらえないか?」


任娘「高官が提督をお呼びになられた?いえ、そういった事実はこちらでは把握しておりません」


提督「直接こちらに連絡があった。危急の件だ。一刻を争う」


任娘「その手にはのりません」


提督「そうか。ちなみに高官殿はどちらに?」


任娘「行動日程については安全上の問題からお教えすることができません」


提督「そうか。呼ばれた件はどうやら俺の勘違いであったようだ……待て、軍医は呼ばなくていいぞ」


任娘「記憶の混濁が見られますので一刻を争う事態です。至急診察を受けることをおすすめします」


提督「ふむ、相変わらずここは茶が出ないのか?」


任娘「はい、お茶をお出しするのはお客様に対してです」


提督「ならばいい……では俺が入れよう。日本茶でいいか?」


任娘「お引き取り下さい」


提督「分かった。また来るよ」






〈高官執務室前 秘書室〉



提督「おはよう」


任娘「おはようございます。何かご用でしょうか?」


提督「高官殿との謁見を頼みたい」


任娘「申し訳ありませんが高官は……え、なんですかこれは?」


提督「コーヒーを買ってきた。ほら、君の分だ」


任娘「……」


提督「別に変なものは入っていないぞ。1番良いのを買ってきたんだ、そんなことはしないさ」


任娘「……人をそこまで疑っているわけではありません。ありがとうございます。頂きます」


提督「ブラックで良かったか?砂糖とミルクがこの部屋にあるのは知っているからな」


任娘「目ざといですね。もう少し他の事に気を使われては?煙草の匂い、ひどいですよ?」


提督「あ……それはすまない。こちらに来てから本数が増えてしまった。やれることもなくて吸ってばかりだ」


任娘「それは皮肉ですか?ここは禁煙です。是非ご自身の部屋でお願いします」


提督「ああ、ところで君がコーヒーに口を付けたようだし、改めて高官殿との謁見を頼みたいんだが」


任娘「!?……やはりコーヒーに何か?」


提督「入れてない。ただそれはかなり値の張るものだ」


任娘「子供騙しですか?コーヒー1杯で贔屓しろとでも?貴方はそういった手段を使わない方だと……いえ、そういう方でしたね」


提督「……やはり駆逐艦の子のようにはいかないか」


任娘「今のは問題発言です。物で釣って意のままにしようなどとは人としてあるまじき行為です」


提督「ああ……そうだな、その言葉はそのまま君の上司にも聞かせてやりたい」


任娘「……詭弁です」


提督「さて……煙草を吸いに部屋に戻るよ。また」





〈高官執務室前 秘書室〉



提督「ふざけるなっ!!!」


任娘「……何かご用でしょうか?」


提督「君に用は無い!高官に会わせろ!南行きの日程を1週間早めるだと!?一体何を考えていやがる!」


任娘「お通しすることは出来ません。そしてそれは昨日の連絡会議において決定した事、すなわち上層部の総意です」


提督「邪魔をするな!高官!!!どうせその部屋で聞き耳立てて笑っているんだろ!?」


提督「道理に叶った決定ならまだいい!だが何の説明も無しに書類一枚寄越しただけだ!その説明をするのがお前の仕事だろ!?」


提督「さっさと出てこい!お前のやり方は本当に腹が立つ!自分は外に出ず代わりに任務娘を矢面に立たせるのか!」


任娘「行ってはなりません!」


提督「君は黙っていろ!!!」


提督「高官だけでなくお前も無能だ!」


任娘「な!何を?」


提督「無能な高官を止めもせず加担するような艦娘など俺は知らない!現場の優秀な艦娘とは違って大本営で置物にされるだけの役立たずだ!」


任娘「……」


提督「っ……聞こえてるんだろ高官!お前は自分の部下一人も守れないのか!?外様の提督に罵られる部下を何もせず見捨てておいてお前にその椅子に座る資格は無い!」


提督「前線の艦娘や将兵たちを苦しめるだけでは飽き足らないのか!?戦場の経験もない官僚上がりのお前に一体艦娘の何が分かる!?」


任娘「……」


提督「おい!何か答えろ!まだ俺が任務娘を慮って部屋に入らないとでも思っているのか!?今すぐ扉をぶち破って1発殴ってやる!!!」


任娘「!? 提督!身の程を弁えなさい!衛兵を呼びます!」


提督「衛兵でもなんでも好きにすればいい!呼ぶならさっさと呼べ!」


任娘「……」


提督「どうした!?衛兵すら呼べないのか!?分かっているぞ!南の僻地に飛ばされる小僧すらお前たちは罷免できない!」


提督「高官!お前のせいで本土は防衛で手一杯、だからといって南方を見過ごすわけにはいかない!南に提督の誰かが行くのは当然だ!」


提督「提督が足りないなら俺が行ったって構わない!ただそれはお前の数々の不始末の結果だという事を忘れるな!俺に騒ぎを起こされると困るというならさっさと説明に応じろ!」


任娘「提督!下がりなさい!!!」


提督「手を離せ!」


任娘「これ以上は見過ごせません。まだ騒ぐというのなら貴方を無力化します!」


提督「なっ!?ぐっ……腕が」


任娘「提督……貴方なら艦娘の身体能力は知っているでしょう?」


提督「……任務娘…お前はこれでいいのか!?」


任娘「何を仰っているのか分かりかねます。高官の身辺警護も私の職分に含まれます」


提督「違う!……そうじゃない」


任娘「貴方はあろうことか高官室前において騒ぎを起こした。通常の将官であれば予備役行きです。ですが貴方を罷免できないことも事実です」


任娘「指揮官は常に冷静であるべきです。今の貴方の姿はそれではありません。部下に知られれば失望されますよ」


提督「はは、どうだか…………分かった。今日はこれで戻る」


任娘「はい…………では、また」







〈高官執務室前 秘書室〉



提督「……おはよう」


任娘「おはようございます。何かご用でしょうか?」


提督「高官殿との謁見を頼みたい」


任娘「お断りします」


提督「そうか。では諦める」


任娘「分かっていましたよ。制服の上着を着用しておりませんし髪はボサボサです。とても高官と謁見を希望される方の身だしなみではありません」


提督「そうだな。先ほど同じようにウチの駆逐艦に叱られた。暑い所に行くのだからそろそろ髪を切るか」


任娘「加えてひどい顔ですね。目の下に隅までこさえていよいよ入院ですか?」


提督「ここのところ寝不足でな。今日は高官に会いに来たわけではないんだ」


任娘「貴方は艦娘を求めてここに来ているのではないのですか?」


提督「それはもういい、諦めたよ。君はなにがなんでも通さない。遅くなってしまったが……君に謝罪をしたい」


任娘「謝罪……ですか?……別に嫌な思いはしておりませんので必要ありません」


提督「君の立場はいわば中間管理職だ。上からは理不尽な命令をされ、下からも難題を押し付けられる」


提督「俺は君を困らせてしまった。申し訳ない」


任娘「……いえ……その貴方がご自身の立場を下だとご理解していただけたようで………ごめんなさい……こちらも申し訳ありませんでした」


提督「そして俺は今も君を困らせてしまっている。そんな奴はさっさと追い返した方がいいぞ」


任娘「……そう……ですね」


提督「では、また来るよ」







〈高官執務室前 秘書室〉



提督「こんにちは」


任娘「こんにち……はあ、何かご用でしょうか?」


提督「そのため息、俺が昼頃に来ると予想していなかったな」


提督「高官殿との謁見を頼みたい」


任娘「駄目です」


提督「もはやたった四文字か。まだ機嫌が直っていないのか?先程互いに謝って仲直りをしただろう」


任娘「直るほどの仲ではありませんので、認識に差があるようですね」


提督「そうか。君……いや大淀のここでの仕事はなんだ?」


任娘「……任務娘と。私の仕事は貴方を追い返すことです」


提督「そうか……では仕事をしてくれ。俺はここにいるが気にするな。邪魔はしないぞ」


任娘「……いつまで」


提督「ん?」


任娘「こんなことをいつまでなさるおつもりですか?艦娘のことでしたらもう一度各鎮守府に問い合わせてみるべきです」


提督「いや、断られたよ。だが現状を鑑みれば当然のことだ。鎮守府の長は所属する艦娘を守る責務がある。皆ぎりぎりのところでなんとか耐えている状況だ」


任娘「それでもです。ここに入り浸るよりは懸命だと思います」


提督「通らない要求を繰り返せばこちらも先方も互いに心苦しい。通ったとしても……いや、それはまず無いか。根っ子の部分はそちらに抑えられているはずだ」


提督「大した権限も有していない提督ではとても身動きが取れない。大淀、君はこの状況をどう思う?」


任娘「……」


提督「答えられないか?高官の意思と大淀の意思は別のものだろう?高官の判断はお世辞にも得策とは言えない」


任娘「……」


提督「高官の職は元々は閑職だった。艦娘の人事権を握ってこそいたが当初は誰も艦娘に期待していなかったからな」


提督「けれども彼女たちは奮闘した、いや、している。そのおかげで高官の地位は一気に上昇した」


任娘「ええ」


提督「欲に目がくらんだのか、それまで多少はましだった艦娘の配属及び異動計画は一気に杜撰なものへと変わった」


提督「自身の利のため、そして立場を守るために権力を振り回し始めた。遠い北の地から眺めていてもそれは明らかだった」


提督「そしてその結果がこれさ。俺の元についた艦娘は南に死にに行くようなものだ」


任娘「……3人……でしたか」


提督「そうだ。たった3人だ。南方は脅威が少ないとはいえ範囲は広大。駆逐艦3人で対応できると思うか?」


任娘「それは……」


提督「大淀、君は俺の艦娘を苦しませる。何故そんなことができる?」


任娘「……」


提督「辛くないか?同じ艦娘が前線で必死に命を懸けている中、こうしているのが?」


任娘「……それが私の役割ですから」


提督「しかしここで何ができている!?何ができた!?自身の行動が艦娘たちを苦しめていることに気付かないほど愚かではないはずだ」


提督「かつての連合艦隊旗艦、その引き継いだ能力をもってすれば現状を変えられるはずだ」


任娘「……」


提督「違うか、大淀?」


任娘「……を」


提督「ん?」




任娘「……私を」





任娘「私を大淀と呼ばないでっっ!!!」




「うにゃっ?」




「っとなによ!?急に大声上げて。痴話喧嘩?まあいいわ、ちょっとそこ失礼するわね」


任娘「……」


「盛り上がってるとこ悪いんだけど急ぎだから、えっとこれが高官との謁見に必要な書類よ」


提督「君は……?」


「なに?どっちに渡せばいいの?」


任娘「…………大変失礼しました。お名前とこちらの名簿に記入をお願いします」



「横須賀鎮守府所属 重巡洋艦 足柄よ」








提督「……」


提督「足柄か、高官室に入ってもう10分にもなる。横須賀の艦娘が高官になんの用だ?」


任娘「……申し上げられません」


提督「横須賀提督ご自身ならともかく艦娘が高官と直接話をするとは」


任娘「……」


提督「……本当に悪かった。君を挑発するような事を言って」


提督「ただ……ただこれで君の事が少し理解できた」


任娘「一体貴方に私の何が………申し訳ありません」


提督「許してくれ。君の心情を踏みにじってしまった。俺は君の前では軽率な発言が過ぎるな。だが建前だけの話をしていたなら……きっと気付けなかった」


提督「南に向かうまでまだ少し時間はある。俺に何が出来るかは分からないが」


任娘「……3人の件は私も心苦しく思っています。ただ一人の艦娘と提督に出来ることなど知れています」


提督「憎まれ口を叩きあう人形劇はもういい。俺のためではない。もちろん高官のためでもない。3人の艦娘と君自身を救うため大淀の力を貸してもらえないだろうか?」


任娘「3人と……私……ですか?」


任娘「……貴方は本当に優しい提督ですね。ですが成就の見込みのない希望を示すのは酷なことですよ」


提督「希望はあるさ。こうして君とこうして分かり合えた」


任娘「あはは、提督……その口説き文句はありませんよ。分かりました。取り繕うのはもうやめにします……先ほどいらっしゃった方は横須賀鎮守府の足柄さん。貴方の鎮守府に配属予定の艦娘です」


提督「足柄がウチに!?待て!何故それを!?」


任娘「静かに……足柄さんには私が把握していることは言わないでください」


提督「……?」


任娘「よろしいですね?」


提督「ああ、それは構わないが」


任娘「ありがとうございます……いえ、こうしましょう。私の口から足柄さんに貴方の取り巻く現状を伝えます。本日は一旦お戻りください。明日、またお話しましょう」


提督「君から足柄に……か」


任娘「ええ、私は貴方が北を離れてから大本営で何をしていたか全て把握しています。それに艦娘同士で話もしたいのです」


提督「……」


任娘「私を信じて頂けますか?」








「なあ、あの噂知ってるか?」


「ああ、知ってる。軽巡洋艦大淀がこの戦争の黒幕だって話だろ」


「提督への任務通達は直接大本営からではなく大淀から伝えられるらしいぜ。全くおかしな話だよな」


「どっちだと思う?」


「何がだよ?」


「だから大淀は大本営側なのか、それとも深海棲艦側なのか、だよ」


「へへ、どっちにしてもやべえな。来週配属が決まるが身内にそんなのがいるのだけはごめんだね」


「まったくだ」


「おい提督、聞いてんのか?歩きながら教本読んでんじゃねえよ。お前はどう思うんだ?」


提督「ああ、俺は……」









提督「俺は大淀を……」







「信じない / 信じるよ」







(続く)







●以下没ネタ(次回更新にて消します)



〈甘味処 間宮〉



清霜「パフェきた!間宮さん特製デラックスパフェきたよー!」


朝霜「おっほー!こりゃすっげえな!」


清霜「ふっふーん!清霜のおかげだからね」


朝霜「よし清霜やるか?あたしパフェ役な!」


清霜「やるやる!わたしはお客さん役!」



朝霜・清霜「---- 待ち合わせでパフェが遅刻した場合 ----」



パフェ(朝霜)「あ、ごめん、待った?」


お客さん(清霜)「いや、全然」


パフェ(朝霜)「嘘!?だってわたし1時間も遅刻しちゃったんだよ」


お客さん(清霜)「1時間なんてほんの一瞬じゃないか」


パフェ(朝霜)「どういうこと?」


お客さん(清霜)「だって僕はパフェに会うために30年も待っていたんだ」


朝霜「よし喰うぞ」清霜「いただきます!」


朝霜・清霜「あっまーーーーーい!!!」


後書き

読んで頂きありがとうございます。
残り3分の1となりました。


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1: SS好きの名無しさん 2018-11-22 16:31:10 ID: S:g-Jd-A

続きが読みたいので在ります(^_^ゞ


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