1000円の幸せ
誰にでも幸せになる権利はある。
例えそれが余生がたったの1000円ぽっちの男だったとしても
「あんたって何のために生きてんの?」
いつしか誰かに言われたそんな言葉が脳裏を過ぎった。
確かに、俺の人生は無価値なもので誰からにも必要とされずただひたすら同じ日々を無意味に過ごしているだけだった。
そんなある日俺は会社をクビになった。
大した学歴があるでもない俺を雇ってくれる会社などあるはずもなく28歳にして無職になった。
それから1年が過ぎ、貯金も底を尽きバイトだけでは凌げなくなってきた頃ある会社のサイトを見つけた。
そのサイトにはこう書かれていた。
「あなたの人生を他人に譲る代わりにその人生に見合ったそあなたの願いを一つだけ叶えて差し上げます。」
何とも馬鹿らしいと思ったね。
でも俺はなぜかその会社の住所をメモに書いていたんだ。
翌日、その会社を訪ねてみると路地裏にある小さなビルだった。
いかにも怪しくて帰ろうかと悩んでいたけど、どうしても好奇心に負けて入ってみたんだ。
中に入って受付の前に行くと
「人生を譲りに来た」
そう言った。
すると受付の女は「あなたの余生は43年です。何年譲渡されますか?」
そう聞いてきた。
初対面の男の余生が分かるとか何者だよとか思いつつも俺はあっさりと「なら40年で」そう答えてしまった。
その後色々な説明をされいよいよ願いを叶えるそうなった時俺は一つの欠点に気づいた。
「俺の願いって何だ?」
幸福?富?自由?女?酒?俺にはないものが多すぎて何が欲しいのか分からない
仕方ないのでとりあえず「金」と答えるとどうやら俺の40年は1000円にしかならないらしい。
そんなこと言われたら当然金など頼むわけにもいかず「幸福」そう答えた。
受付の女に「あなたにとっての幸福がどんなものかはわかりませんが1000円分の幸福ぐらいは差し上げますよ」そう苦笑いしてきた。
帰り道、残り4年の命どう過ごそうか、いや、まずは明日を凌ぐためにサラ金で金を借りようか。そんなことを考えていると道端で1人の女がうずくまっていた。
明らかに様子がおかしいと思い「大丈夫ですか?」と尋ねたところ呼吸が荒く返事もできないようだった。急いで救急車を呼びなぜか付き添い人になってしまい彼女の病室に入ってみた。
彼女は目を覚ましていて「先ほどはありがとうございました。」とお礼を言ってきた。
しばらく当たり障りのない話をして、それ以上病室にいても仕方がなかったので帰ろうとすると「名前を教えてくれませんか?」と言われた。名前くらいなら良いと思い「男だよ」そう答えて病室を後にした。
これが俺と彼女の出会いだった。
それから少し経ったがあの会社と契約した幸福とやらは実感できていない。
あるとすれば宝くじで10000万円当たったぐらいだろうか。
40年分の幸福が宝くじ10000万で終わりというのも信じ難かったがお金にすると1000円だったのだから納得できなくもないとかそんな事を思っているとふと気になることがあった。
「そう言えばあの日の彼女はどうなっただろう?」
特に関わりもないし名前を教えた程度の関係だったが暇だったので彼女のいる病室を訪ねてみた。
「あ、俺さんこんにちわ!お久しぶりですね!」
病室に入って第一声がこれだった。
「意外と元気そうだな」そんなことを思っていると「少しお話しませんか?」そう言われた。
話を聞いてみると彼女は27歳の一つ年下で名前は「女」というらしい。
そして、白血病で余命が3年であること。
しかし彼女は明るく元気な子だった。
余命宣告など気にも止めていないような。
そんな彼女を見ていると40年も人生をふいにしてしまった自分が恥ずかしくなった。
あの奇妙な契約から1年。
俺は女と「友達」になった。
社会に上手く溶け込めず友達がいなかった俺には小さな幸せだった。
徐々に彼女と交流を重ねていく内に俺は彼女を「好き」になっていった。
しかし運命は残酷で俺も女も余命は2年。
残された時間は僅かでしかなかった。
とある日俺は彼女にこんな話をした。
「信じてくれないかもしれないけど、自分の余生を譲渡する代わりに願いを一つだけ叶えてくれる場所がある。そこに行けば病気を治して寿命を伸ばせるかもしれない」と。
彼女は笑ってこう言った。
「俺君は優しいね。でも、例えそれが本当だとしても私は残りの人生を必死に生きたい。じゃないと産んでくれた親にも悪いじゃない。私は俺君がいてくれるだけで嬉しいよ。」と。
それからしばらくし俺は彼女に告白した。
そして彼女は笑顔で「私も好きだよ。死ぬまでずっと一緒にいてね。」
そう泣きながら答えてくれた。
それでもやはり病気は待ってくれず彼女は病院から出ることが出来なくなった。
タイムリミットは残り1週間だった。
無意味だった毎日に生きる意味を持てたのは彼女のおかげだ。
誰にも必要とされてなかった自分を必要としてくれたのは彼女だ。
だから彼女のために何とかしてやりたい。
そして俺は最後の手段を思いつく。
翌朝、俺はまたあのビルを訪ねていた。
「俺の人生を譲渡しに来た。」
「あなたの余生は3日です。何ヶ月譲渡しますか?」
俺は躊躇う事もなく
「2日だ。」そう答えた。
すると受付の女は
「その残り少ない余生で何を望むのですか?」と聞いてきた。
「女の病気を治してくれ」俺はそう頼んだ。
40年で1000円しか価値のなかった俺にそんな願いを叶えられるわけが無い。そんなのは分かっていた。でも俺にはこうするしかなかったんだ。
すると受付の女は
「あなたの命の価値は前ここに来た時よりもはるかに上回っています。なぜならあなたは他人に必要とされそして愛されるようになったからです。
分かりました。彼女の病気を治しましょう。」
どうやら俺の3年間は28年間より意味のあるものになったらしい。
翌朝、目を覚ますと「今日で俺も死ぬんだなぁ」とか思いつつ彼女の病室を訪ねた。
しかし彼女はそこにいなかった。医者に聞くと今朝に退院したらしい。
自分が初めて守りたいと思った人を守れた。それだけで俺は十分幸せだった。
家に帰り最後に酒でも飲もうとグラスに酒を注いでいるとインターホンが鳴った。
「誰だ?」と思いつつドアを開けるとそこには女がいた。
「俺君はあたしの命の恩人だね。ありがとう。」
そう言ってきたんだ。
なぜ彼女がそのことを知っているのか聞いてみると
「だっていきなり病気が治るなんておかしいじゃない?それで前に俺君が言ってた願いを叶えてくれるビルに行ってみたの。そしたら受付の女の人が「あなたでしたか。彼の願いを叶えたのは」とか言ってきてよく分からなかったら説明してもらったんだ。
そしたら、俺君が今日で死んじゃうって言ってたから急いで来たの!」
俺は彼女の行動力に驚いた。そして最後に彼女に会えて嬉しかった。
「でも俺君私と約束したよね?ずっと一緒にいてくれるって!」
そう言われると俺は困ってしまう。
彼女を救うためにはそうするしかなかったのだから。
俺は一言「ごめんな」そう伝えた。
すると彼女は「だからね、私もお願い叶えてきてもらったの。
余生を全部譲渡する代わりに1日だけ大事な人と過ごせますようにって」
と無邪気な笑顔で答えた。
どうやら俺は1日死にそびれたらしい。
終わり
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