2016-11-04 20:17:25 更新

概要

(置いとくだけ、更新してるわけではないので悪しからず)


前書き

まったく書いて無いのを忘れてました、登場人物紹介やっておきますね


提督

非モテからいきなりリア充に昇格
しかも三人
愛と魔法使いのプレッシャーと日夜格闘中

睦月型駆逐艦

キャラ崩壊著しいかもなので注意
書いているおかげか、作者は全員とのカッコカリを検討

扶桑型姉妹

一言で語ると、愛が重い
(だがそれが良い)


叢雲

扶桑、山城より先に告白並びにカッコカリ完了
でも現在提督と所属が違うので、なかなか会えない


天龍

かっこ可愛いを両立する
元ヤン(死語かな?)


初雪

偶に提督と絡んだり絡まなかったり
甘えてんだか違うのだかわからないが、猫と同じ感覚で付き合うと楽





8月、いよいよもって本格的に暑くなる風情も何もあったもんじゃない空調必須の時期。学生にとっては夏休みに当たる地域も多く、レジャー施設は家族連れで賑わい、仲の良い友人と遊ぶ時間も増えることだろう。



だが、楽しいことがわんさか増える反面、専業主婦の奥様方からすればそうとも言えない。いつも適当に済ませていた昼食をちゃんと考えて作らなければならないのだ。考慮しなければならない献立が一食増えるということは、たった一食増えるだけでも大変なことである。



それに、調理には基本的に熱を用いる。食べるだけの側からすれば冷たく美味しいそうめんは、熱い蒸気と格闘したシェフの努力の賜物なのだ。そう考えると、たとえ毎日供されたとしても文句を言ってはいけないのだ。



夏休みの苦痛は、何も主婦に限ったことではない。学生には「夏休みの宿題」というものが課され、遊び惚けた者に天罰を下す。



社会人であれば、人手不足等によって本来とれるはずの休暇が3日しかとれないなどということはざらにある。独り身であればまだそれだけで済むが、子供のいる家庭を持っていれば長期休暇中にどこにも連れていかないという選択肢は許されておらず、どんなに疲れていてもその少ない休暇と毎週の休みの日は1日中家族サービスに追われることになる。



だがそれでも、学生にとっては空調の無い校舎で地獄の時間を過ごさずに済むし、家族間の親睦を深めるのにはうってつけなので、あまり悲観することもないだろう。



そんな万民に歓迎されている夏休みだが、海軍に勤めている者となると話は変わってくる。出現してからしばらく経つ深海棲艦の脅威は、未だ無視できるものではないため、各地の鎮守府にいる提督や艦娘達は日夜国の平和を守るために頑張っているのである。




・・・だけど、何事にも例外はかならず存在する。



世間一般の者は名前を知りこそすれ、その所在を知らない鎮守府がもっとも良い例だろう。



実際、正式名称不詳の鎮守府…通称不幸鎮守府は、現在鎮守府をあげて夏休みに入っていた。



24時間どこをとっても、誰一人として艤装を身に付けて海へ駆り出す者はいないし、在籍するものの半数は様々な理由で不在。鎮守府内にいる者は部屋で扇風を浴びているか、空調の行き届いた場所で談笑したりと各々が思い思いのことをして過ごしていた。





提督「・・・しっかしまあ、ここの地下にこんな道ができてるなんてな。」



卯月「案外ひんやりしてて気持ちいいぴょん。」



弥生「でも暗くてジメジメしてて…なんか怖い…」



現在、提督、卯月、弥生の3人は先月の深海棲艦擬き襲撃の際に空いた地下空洞の探索中だ。



正確には、空洞があると思われる場所と鎮守府の床を繋ぐトンネル部分の探検となっている。



提督「大丈夫か?そんなに怖いなら一旦引き返して俺と卯月でまた出直すけど。」



弥生「あ、そんな気にしないで…大丈夫、です。」



提督「そうか?ついて来いって言っておいてなんだが、嫌なら遠慮せずにそう言ってくれていいんだぞ?」



弥生「ううん、本当に大丈夫…自分で行くって決めたから…」



そうは言うものの、やはりどこか怯えている。もう少し自分に正直になっても良いのになといつも思うが、急な改変を強いるのもそれはそれで酷な話だろう。



とは言え、別に弥生のそんな性格を嫌っているわけではない。寧ろ個性豊か過ぎるのが睦月型だ、弥生のような性格の者がいたほうがより一層色鮮やかになるというものである。



卯月「怖いならうーちゃんと手を繋げばいいぴょん。ね、弥生ちゃん。」



弥生「そんな、そこまで気にしなくても・・・あ、ううん…何でもない。ありがとう…」



この通り、たまにはこうして素直に仲間に頼ることもある。故に提督は焦らずゆっくりと、少しずつ変えていけばいいと考えていた。



卯月「えへへ〜、弥生ちゃんの手あったかいぴょん。」



弥生「そう…?私の手、そんなにあったかい…?」



卯月「繋いでるとポカポカしてくるぴょん。」



弥生「良かった…うん、卯月の手もあったかい…」



卯月「本当ぴょん?なら弥生ちゃんとおそろいぴょん♪」



弥生「・・・うん、そうだね」



弥生の顔から不安の色が消える。すっかり安心できたようだ。



提督 (本当、卯月には敵わないよな。)



後ろを振り返ると、鼻歌を歌いながら歩く卯月と、いつになく嬉しそうな弥生の顔が見える。表情が硬いとよく言うが、彼女だってちゃんと笑えるのだ。



2人のやり取りを聞きながら歩いていると、不意に前方の様子が変化した。



提督「・・・分かれ道か。」



今まで通ってきたトンネルに比べふた回りほど大きな口が2つ見て取れる。



コンクリート片のような物が散乱している上を踏み越え、別れ道の手前まで進むと、提督はさらなる異変に気がついた。



提督「舗装されてる・・・?」



今まで岩肌の上を歩いてきたのだが、突如足の裏から凹凸の感覚が消えた。



卯月「あれ、急に歩き易くなったぴょん。」



弥生「ゴツゴツしてない…」



提督「リノリウム、みたいだな。」



学校や病院など、公共施設の床に使われていることが多い素材だ。読者の方の中には、水拭きした後の廊下を走って転んで頭をぶつけた、なんて経験がある方もいるのではないだろうか(作者経験済み)



ひんやりと冷たく、あのツルツルとした感触が非常によく似ており、かつて人の手が加わえられたことがわかる。



よく見ると、右の方の別れ道は綺麗に方形を形どっており、壁には剥き出しになった無骨な配管が伝っている。天井には照明器具らしきものも設置されていた。



対して左の方は、床が何箇所も凹んでおり、壁は崩れて所々に千切れた配管がぶら下がっていた。



提督「あの化け物が通ったのは左の道だと考えて良さそうだな・・・」



恐らく今いる地点は昔作られた謎の施設へ続く通路の曲がり角で、化け物は曲がることなくそのまま直進したのだろう。あの大きさだ、こんな狭い場所で曲がれるとは考えづらかった。



提督 (ひょっとすると、人の気配を察知して意図的に曲がらなかった可能性も考えられるな。)



何せ、鎮守府の床に開けられた穴からここまで一度も曲がることなく真っ直ぐに続いていたのだ。あの化け物にそこまでの知能や能力があるとは思えないが、偶然にしては少々できすぎている。仮に化け物ができなかったとしても、一緒にいた人間の少女のような生命体がそれを可能にしていたかもしれない。



提督 (でも、肝心な死体は吹き飛ばされてバラバラになっちまったから、今更確かめようがないな…)



少女は化け物に喰われ、化け物は怒った扶桑姉妹の一撃の元で倒されて原型を失ったのだ。



提督「済んだことを気にしても仕方ないか・・・どうする?俺はこのまま左に進むつもりだけど。」



卯月「うーん、じゃあうーちゃんは司令官についてくぴょん。」



弥生「私も、ついていきたい…です。」



提督「わかった、なら行こうか。逸れるなよ。」



卯月「むしろ司令官が迷子にならないか心配ぴょん。」



提督「俺を嵌めたことは未だに覚えてるからな・・・」



恐らく、卯月が言ったことは4月のあの出来事を踏まえたのだろう。



卯月「えー、何の事かうーちゃんさっぱりわからないぴょ〜ん。」



提督「お前、わざとしらばっくれてるだろ…」



本当、腹立たしいことこの上ない。



だが、扶桑と今の関係になったのはあの出来事がキッカケでもあるので、今となってはなかなか責めるに責められない。



仕方ないので、その話はそこまでにして取り敢えず足を動かす。化け物が通ったせいか、足場は所々窪んでおり3人は時折何度か転びそうになった。それに、引き千切られた送電線が火花を散らしている所もあってかなり周囲に警戒しながら歩かなければならなかった。



それでも、多少なり会話を交わす余裕はあったので終始黙っていたわけではない。むしろ、狭く暗い空間を歩いているのだ、精神的にくる圧迫感を少しでも紛らわしたかった。



それから十数分は経っただろうか、突然として視界が開けた。ヘッドライトの明かりが広大な空間を照らす。



提督「随分広いところに出たな…ここが最深部か?」



卯月「まだ先はあるみたいだけど…多分これ以上は下に行かないと思うぴょん。」



弥生「見て、天井が高い…すごく大っきい・・・」



見上げれば、高さ20メートルくらいはありそうなドーム型の天井が見えた。道が緩やかだったからか、そこまで降りたつもりはなかったが、案外かなり深い所まで来ていたらしい。



提督「・・・どうやら、何かしらの研究機関の施設で間違いないみたいだな。」



入り口付近に、字も読めないほど廃れた金属プレートが貼ってあった。物からしてロゴマークが掘ってあったのだろう。



壁に目を向けると、割れたコンピューターの画面や飛び出したケーブル。針のない計器や何に使うのかわからない機材が見える。



足元にはガラス片や、ケーブル、壊れたキャスター付きの椅子が転がっている。



卯月「あ、こんなところに十円玉が落ちてるぴょん。」



提督「こんな所に落ちてた金とか拾うなよ。」



卯月「後から自販機で使えば問題無いぴょん。」



提督「そういう問題じゃないだろ。」



弥生「それってネコババって言うんじゃ・・・」



卯月「落とし主なんてもう絶対にこないぴょん。これは有効利用って言うんだぴょん。」



弥生「もう…あ、100円・・・」



弥生「・・・」



弥生 スッ



提督「おい、今さりげなくポッケに100円玉入れたろ。」



弥生「ねえ卯月、後で自販機寄ろう…?」



確信犯だ。今弥生は何事も無かったようにことを済ませようとした。



提督「まあ別にいいけどな、使われない金なんてゴミと一緒なんだから使うことは正しいと思うぞ・・・」



提督「あ、こんな所に樋口さん」



提督「・・・」



提督「後で両替して睦月達と分けていいぞ。」



仕方ない、仕方ないのだ。落とす方が悪い。



卯月「ふっふっふ、これで司令官も共犯ぴょん。」



提督「止めてくれ、俺の良心が痛い。」



そんな他愛もないやり取りをしながら、ひとまず探索を続ける。明石お手製のハイスペック(無駄)3000ルーメンへッドライトがかなり重宝していた。



一通り最初の部屋を探索し終わると、そろそろ休憩しようという話になったので、手頃な椅子と机を引っ張ってきて少し遅めの昼食を摂ることにした。ここに来る前に間宮さんに予め用意してもらったもので、中身はおにぎりやサンドイッチなどの片手で食べられる物と、魔法瓶入りの味噌汁、あとはいくつかの果物だ。

(実は先に山城が作ると言ってくれたのだが、開始早々包丁で指を切ってしまったのだ)



卯月「なんだか遠足に来たみたいぴょん。」



提督「そうだな。もっと危ない場所だと思ってたから、正直こんなにゆっくり飯が食べれるとは思ってなかった。」



弥生「ちょっと、楽しい…」



卯月「あ、うーちゃんのおにぎりツナマヨだったぴょん!」



弥生「私のはおかか…美味しい。」



提督「色々なバリエーションがあるんだな。サンドイッチも一種類じゃないし、さすが間宮さん。」



味噌汁も、魔法瓶に入れる関係で具材はほとんど入っていなかったが、とても優しい味で心が安らいだ。地上に比べて気温が低いので、熱い汁に体が温められたというのもあるが、とても舌に馴染む慣れ親しんだ味が胃だけではなく心にも沁みた。



間宮さんの作ってくれた弁当を心ゆくまで楽しんだあと、今現在で発見したことなどを報告しようかという流れになったが、あまりこれと言ってめぼしい物は全員見つけられなかったのですぐに詰まった。



提督「もう少し奥まで行かないとわかりそうにもないか・・・」



弥生「・・・あ…1つ気になったことが…」



提督「お、何かあるのか?」



弥生「あ、いや…そんな大したことじゃなくて・・・」



卯月「遠慮せずに何でも言っていいぴょん。司令官の鼻毛のことなんて隠す必要ないぴょん。」



提督「嘘!?え、今出てる!?」



弥生「あ、いやそんなことじゃない…です…」



卯月「えへへ〜、うっそぴょーん。」



提督「何だよ、脅かすなよ。本気で今すごく焦ったぞ。」



提督「・・・それで、どうかしたのか?」



弥生「えっと、その・・・紙がない…です。」



提督「紙?」



弥生「書く紙…司令官がいつも見たり書いたりしてるのみたいな・・・」



提督「つまり、資料や報告書の類いってことか。」



卯月「そういえば、紙切れ1つ落ちてなかったぴょん。」



だとすれば、かなりおかしな話である。ここが何らかの研究施設であるならデータをまとめたりするのに絶対に紙を必要とする。それが落ちていないということは、紙を一切使わなかったということだろうか。



だが、いくらなんでもそれでは不便だ。提督はそこまでコンピューターに詳しいわけではないが、ここに置かれているコンピューターはどれもこれも新しいものには見えない。紙に頼らないで活動するには不都合が過ぎるだろう。コンピューター技術の発達した現代社会においても、紙はどこへ行っても必要とされているくらいなのに、それでは不自然だろう。



提督「それもしっかりと踏まえて続きを探索する必要があるな。弥生、よくやったぞ。」



弥生「ふぇ!?弥生そんなにすごいこと言ってない…です・・・」



提督「何言ってるんだ、さっきの発言は十分価値がある。それに探索の目的だってできた。弥生のお手柄だな。」



卯月「弥生ちゃんすごいぴょん!」



弥生「そ、そんなに褒められても何も出てこない…です・・・」



提督「何も求めてないって、褒めるのに見返り求めるやつなんかいるわけないだろ?」



弥生「うぅ・・・//」



弥生「弥生、先に探索始めてます・・・」

たたたっ



提督「あらら…弥生の照れ性もなかなか直らないもんだな。」



卯月「そこがまた弥生ちゃんの魅力の1つぴょん。」



提督「はは、そうだな。さて、俺たちもぼちぼち再開するとしようか。」



後片付けを済ませて、次なるエリアに向かう。



とりあえずの目的としては、ここの施設のマスターキーないしは鍵束だ。探索するからには全ての場所を見て回りたいし、肝心要な場所に立ち入れないとなるとここまで来た意味が無くなる。実際、いくつかの扉には鍵が掛かっていた。



だが、この施設の概要すらまともに知らないので、どこに行けばそれが手に入るのかわからない。



さっそく行き詰まりそうになってらいると、卯月が施設の地図が描かれているパネルを発見した。



提督「よくやったぞ卯月。これでだいぶ楽になる。」



卯月「弥生ちゃんにばっかり見せ場はとらせないぴょん。」

ドヤァ



提督「はいはい、そのドヤ顔はさっさとしまっておけよ。」



地図があれば後回しでよい場所も把握できるし、目的の物を保管してあるであろう場所も割り出せる。



先に別行動していた弥生を呼び寄せ、管制室という名の部屋を目指す。いかにも鍵が置いてありそうな名前だ。



目的の場所のドアまで行くと、扉の隣には管制室というプレートが貼ってあった。幸い鍵は無さそうだったので遠慮なく中に足を踏み入れる。



ガチャ



ギイイイイイィィ



提督「うわ、建てつけ悪いな。というかすごいうるさい、ちゃんと油さしとけよ…って、誰もさすやつなんていないか。」



弥生「お、お邪魔します…」



卯月「しま〜す。」



提督「別に誰もいないんだからそんな律儀に言わなくてもいいだろ。」



弥生「だって、誰かいるかもしれないし…」



提督「いたら間違いなく幽霊だな。」



卯月「ええ、それはなんか嫌ぴょん。」



提督「あれ、卯月ってそういうのダメだったか?」



卯月「怖い話聞くだけなら平気だけど、実物には遭いたくないぴょん。」



弥生「同じく…」



提督「ま、そりゃそうか。」



それが普通だろう。だが提督としてはこんな場所に出るのだから、幽霊の方がまだマシだと思っている。未だに6月のあれは思いだすとゾッとするのだ。



先ほどの大広間よりも乱雑になっている部屋を、足元に十分に気をつけて歩く。利便性を全く考えなかったのか、それとも荒らされたのかはわからないが、何本ものケーブルが散乱し、壊れたコンピューターやその部品が所々に落ちているため、下手をすれば転びそうになる。



弥生「やっぱりここも、紙がない・・・」



提督「確かに、白紙一枚無いな。」



卯月「ねえねえ、こんなの見つけたぴょん。」



提督「なんだ、何かあったか?」



卯月が指さした壁の方を見ると、そこにはいくつものスイッチが並んだ巨大な配電盤があった。



提督「試しにあの1つだけ赤くなってるボタンを押してみたらどうだ?たぶんここ全体のブレーカーかなんかのはずだ。」



卯月「ええ、爆発したりしたらうーちゃん怖いぴょん。」



提督「そんな目立つやつが自爆スイッチなわけないだろ。大丈夫だ、たぶん。」



卯月「ええ、そのたぶんで余計に怖くなったぴょん。」



弥生「じゃあ弥生が・・・」



コチッ



弥生が何の躊躇もなくボタンを押す。



ブーン



パチッパチッ



提督「お、電気が点いた。」



卯月「わあ、明るくなったぴょん。」



ヒュゥゥゥン



提督「ダメか。」



これで探索し易くなると思ったのだが、またすぐに元の真っ暗な部屋となってしまった。恐らく、僅かに残っていた予備電源が少しの間だけ施設に電力を供給したのだろう。



提督「まあ仕方ないな。このまま探索を続けよう・・・お、これは。」



足が何か軽いものを蹴ったので見てみると、穴の空いたカードのような物が落ちていた。



提督「見つけた、たぶんこれがここのカードキーだな。マスターキーかどうかはわからないけど、ある程度の場所なら入れそうだ。」



卯月「じゃあここはもう用無し?」



提督「そういうことだ、もう少し探せば何か収穫があるかもしれないが、また後でも大丈夫だろ。」



ひとまず、用が済んだということで管制室を出る。



提督「次は・・・第一セクターって所に行ってみるか。実際に何らかの実験を行ってた場所だと思う。」



卯月「わかったぴょん。じゃあどっちに行けばいいぴょん?」



提督「壁沿いに左だな。ここから時計回りに第一、第二、第三セクターに行けるらしい。」



弥生「地図見つけたの?」



卯月「壁に付いてたぴょん。それにしても司令官すごい!もう地図覚えちゃったぴょん?」



提督「昔から地図暗記は妙に得意だったんだ。読むのにも自信があるから、地図さえあれば絶対に迷子にならないぞ。」



弥生「すごい…弥生、地図読むの苦手だから羨ましい…」



卯月「うーちゃんもちょっと苦手ぴょん。」



提督「そんな気にすることでもないぞ。女性は男性に比べて地図を読むのが不得意な傾向にあるらしいからな。」



卯月「そうなの?」



提督「女性に比べて男性の方が力強い傾向にあるのと同じだ、長い進化の過程でそんな風に脳が出来上がったんだと。逆に、何かを目印にして道を進むのは女性の方が優れてる。」



卯月「へぇ〜でも確かに、知らない所でも目立つ看板とかあればうーちゃん迷わないぴょん。」



弥生「弥生もそう…道を覚える時は目印になるものを探すようにしてます。」



提督「へぇ、じゃあお使いに行かせる時に目印も教えるのは間違いじゃなかったってことなんだな。」



その事実を知ってから、艦娘だろうが何だろうが女性に道を教える時には必ず目印も教えるようにしていた提督だが、ちゃんと効果はあったようである。



話ながら歩き続け、そのまま第一セクターの扉を開けて中に入る。



提督「うわ、すごい薬品臭・・・」



卯月「なんか病院みたいな感じがするぴょん。」



とりあえず強烈な薬品の臭いが立ち込める空間を進んでいく。臭いのせいか、体が勝手に緊張して手汗がでてくる。



提督「ここは、植物の実験場か…?」



壁には植物の種や何かの液体に浸けられた植物のサンプルが並んでいる。



提督「ラベルも貼ってあるな…」



書かれている文字を1つ1つ順番に見ていくと、そこら辺に生えているようなものから、珍しい名前のものまで様々だった。



弥生 ちょいちょい



提督「ん、どうした?」



ラベルの文字に見入っていると、弥生が袖を引っ張ってきた。



弥生「あそこに、変なのが…」



弥生が指さした方を見る。そこには、他とは色の違うガラス窓の棚が置かれており、同様の植物サンプルらしき瓶が並べられている。



既に卯月も棚の中を覗いており、隣に立つような形で一緒に眺める。



卯月「見たことないお花がたくさんだぴょん。」



透明度の高い液体に浸けられた色とりどりの花が展示されている。確かに、どれもこれも見たことのないものばかりだ。外国産の花だろうかと思い、ラベルを見るが、そこにはアルファベットと数字の文字列が書いてあるだけだった。



弥生「ね、ここだけ他のと違う…」



提督「そうだな、名称というよりかは識別番号みたいな感じか。」



ほとんど似てない花でも、似たような文字の配列になっているあたり利便性を考えて付けられたとしか思えない。



提督「・・・」



提督 キョロキョロ



卯月「どうかしたぴょん?」



提督「いや、なんかわかるような物は無いかと思って・・・」



何もわかりそうにないので、少しだけ奥に進んでみる。すると、何故だか空っぽの小さなケージが見つかった。



提督「なんでこんなところにケージが・・・」



よく見ると、中には何も入っていないがげっ歯類を飼育する時に使う給水器が取り付けられていた。



提督「こっちには注射器・・・マウスか。」



恐らくだが、試験用のマウスを飼っていたのだろう。となれば、植物を利用した製薬がここの主な役割と言える。



卯月「司令官!奥を探してたらこんなのが出てきたぴょん!」



提督「どれ、見せてみろ。」



卯月から手渡されたそれは錠剤だった。よくあるカプセル式のもので、小さなケースに収められている。



提督「やっぱり、ここは製薬の研究がメインの場所らしいな。しかも植物由来の物だけときた。」



提督 (だが妙だな…製薬を行っていたならば、どうしてここを捨てる必要がある?他の所を見ない限りなんとも言えないが、ここだけ残すという選択肢もあっただろうに。)



卯月「司令官?そんなにおでこにシワ寄せてどうしちゃったぴょん?」



提督「少し、気になることがあってな・・・まあいい、他も見てから改めて考えよう。」



提督「おーい!弥生、そろそろ移動するぞ!」




だが、返事がない。




提督「ん、どうかしたのか?」




卯月「弥生ちゃーん!早くしないと置いて行っちゃうぴょん!」



やはり返事がない。ただ呆然と突っ立っている。しかもなんだかフラフラとしていた。



どうも様子がおかしいので、彼女の近くに行ってみる。




提督「おい、どうした・・・おっと!」



どさ



弥生「はぁ…はぁ…」




提督「おい、どうした弥生!しっかりしろ!」



近づいた途端、弥生が体制を崩して力なく倒れる。どうにか受け止めたが、その顔はとても辛そうだ。



提督「弥生、俺の声が聞こえるか?一体何があったんだ?」



弥生「はぁ…はぁ・・・は、花が・・・」



提督「花?花がどうかしたのか?」



卯月「司令官!弥生ちゃんが何か持ってるぴょん。」



提督「・・・これ、ここの花か?」



弥生が手に握っていたのは、またしても見覚えのない一輪の花だ。



弥生「いい匂いが…したから・・・」



提督「嗅いだのか?」



弥生が大儀そうに頷く。彼女の体は熱を帯びており、額には汗をかいている。



提督「まずいな、早いとこなんとかしてやらないと…」



卯月「弥生ちゃん死んじゃうぴょん?」



提督「わからない、この花の花粉が猛毒だったら恐らくは・・・」



卯月「うそ、そんなの絶対嫌ぴょん!」



提督「ああ、俺だって死んでも御免だ。急いで地上に戻ろう、急げばまだ間に合うかもしれない!」



提督「卯月、先に行って助けを呼んでくれるか?俺は弥生を上まで連れて行く。」



卯月「そうしたいけど、うーちゃんそこまで足速くないぴょん。弥生ちゃん抱っこしてる司令官とそんなに変わらないかも・・・」



提督「そうか、無理言って悪かったな。ならいい、一緒に行くぞ。」



卯月「ごめんなさいぴょん、こんな時に役に立てないなんて・・・」



提督「いつも助けられてばかりなんだ、偶には弱みも見せろ。」



うつむく卯月の頭をクシャッと撫でてやる。いつもは腹ただしい態度をとるくせに、落ち込んだ顔は一丁前だ。見ていて胸が痛い。



卯月「うーちゃんのこと、嫌いにならないぴょん?」



提督「この程度のことで嫌いになるかよ、寧ろ普段の卯月の方が嫌いになれそうだ。」



卯月「え、じゃあうーちゃんもう嫌われてるぴょん…?」



提督「馬鹿、俺が嫌いなやつと頻繁に一緒にいて平気なわけないだろ。」

ペチッ



卯月「痛っ…えへへ」



提督「さ、行くぞ!バックアップは任せた。」



卯月「了解ぴょん!・・・きゃあっ!!」



提督「卯月!!」



急に卯月の姿が目の前から消える。慌てて周囲を見渡すと、床をすごい勢いで引きづられていく卯月の姿が見えた。



卯月「しれいかーーーん!!」



提督「待ってろ卯月!今助け…くっ!」



提督「何だこれは、ツタ?」



うねる植物のツタが提督の行く手を阻む。頰が切れて血が流れている、恐らくツタのトゲで引っ掻かれたのだろう。禍々しいほどに鋭利で大きなものが付いている。



卯月「いやっ、やめて!やめてってば!」



声のする方を注視すると、動く樹木のようなものが卯月の足を縛って宙吊りにしている。



提督「くそっ、早く助けないと…どけ!邪魔するな!」



今度は提督を捕まえんとばかりにツタが絡み付こうとする。どうにかこうにか振りほどくが、弥生を抱きかかえているため上手いこと動けない。



卯月「司令官!うーちゃんのことはいいから早く逃げて!」



提督「馬鹿!そんなわけにいくか!!」



卯月「でも!早くしないと弥生ちゃんが!!」



提督「だからって、卯月のことを諦められるかよ!!」



尚も卯月が何か叫んでいるが、一切無視する。確かにこのまま手こずって弥生の命を危険にさらすのはまずいが、卯月を見殺しにするなどできるはずもない。



卯月「お願い司令官!うーちゃん弥生ちゃんが死んじゃうなんて嫌・・・きゃあああ!!」



提督「卯月!!ちっ、こうなったら…」



一旦離脱して距離をとる。ツタがこちらに迫ってくるその隙に弥生を降ろす。



提督「すまないな、少し冷えるが我慢してくれ。」



提督「・・・さあ、来るなら来い!言っておくが俺は容赦のよの字も知らねえぞ!!」



ツタが提督と弥生を捉えようと伸びてくる。提督は、自分に絡んできるものを敢えて解かず、逆に弥生の分もまとめて引き受けた。



腕と両脚に棘が刺さり激痛が襲ってくるが、それでも尚振りほどかない。



そして、ツタが体を引っ張り始める前に植物の本体目掛けて突進する。本体は幹が縦に裂けた口のようなもので卯月を体内に取り込もうとしていた。



卯月「いやあああああ!!」



提督「させるかあああ!!」



植物の幹に渾身の跳び蹴りをお見舞いする。予想だにしていなかった衝撃に植物は倒れ、卯月を解放した。



提督は更に追い討ちをかけるために接近し、棘付きのツタが絡んだ足を植物の口内へ突っ込む。



ドロっとした粘液と、鳥肌が立ちそうなほどに気持ち悪い肉感に怯みそうになるが、負けじと何度も足を突っ込んで踏みつける。



植物の体は案外脆く、何度か踏みつけただけで足が貫通した。植物はそのまま苦しそうに悶えていたが、やがてピクリとも動かなくなった。それと同時に、提督の体に巻きついていたツタも拘束することを止めて力なく床に落ちた。



提督「はぁ、やったか・・・」



卯月「司令官!!」



提督「おふっ!おいおい、急に飛びつくなよ。」



卯月「ばかばかばかばか!このばか司令官!」

ポカポカ



提督「痛っ、そんなに叩くなよ。」



卯月「またうーちゃんのために無茶して!弥生ちゃんが危ないっていうのに!」



提督「お前も十分危なかったろ、あとちょっとでこいつのオヤツになるところだったじゃないか。」



提督「それで、足は大丈夫か?」



卯月「そんなの、司令官のほうがいっぱい怪我してるぴょん…」



提督「そんなに酷くない、弥生を運ぶくらいなら大丈夫さ。」



卯月「また制服真っ赤っかになってるぴょん…」



提督「妖精さんに謝らないとな、いつも苦労をかけてばっかりだ。」



卯月「ごめなさい…うーちゃんのせいで…こんな…こんな…」



提督「俺の自業自得さ、両方しか選べない優柔不断な男なんだから、このくらい当たり前の代償だ。」



提督「そうだ、こんなことしてる場合じゃない。早く連れて行かないと・・・」




提督「・・・おい、そこで何をしている。」



弥生の元へ向かおうと振り返ったその時、弥生の側に立つ人影が見えた。



??「急ニ騒ガシクナッタト思ッタカラ来テミレバ…随分ト久シブリナ客ダ…」



提督「弥生から離れろ、リコリス棲姫…」



ヘッドライトが照らしたそれは、白いドレスシャツと黒いフリルのミニスカートに身を包み、頭に角の付いたヘッドドレス姿をしていた。雪の様に白い肌をしていることからも、見間違えるはずがない。




リコリス棲姫

「ソウ熱リ立ツナ…長イコトコノ暗イ場所ニイテ退屈ダッタ…ソレニ、厄介者ヲ代ワリニ始末シテクレタンダ…人間トハ言エ、歓迎シヨウ…」



提督「そんな筋合いは無い、さっさと何処かへ行け。そうすれば俺達は何も手を出さない。」



リコリス棲姫

「ツレナイナ…ダガイイノカ?コノ娘、コノママデハモウ時期死ヌゾ…?地上ヘ行ッテ手当ヲシタトコロデ手遅レダ…」



提督「何だと…」



卯月「じゃあもう弥生ちゃんは助からないぴょん!?」



提督「何でそんなことがわかるんだ!」



リコリス棲姫

「ココノ花ノ匂いヲ嗅イダヨウダナ…ココデ作ラレタ花ハ一見スルト唯ノ美シイ花ダガ、全テ猛毒ヲ持ッテイル…コノ娘ガ嗅イダノハ・・・」



リコリス棲姫

「コレカ…花粉ニ即効性ト即死性ニ優レル、非常ニ強力ナ毒素ヲ持ツ種ダ…」



リコリス棲姫

「ダガ、吸引シタノガ微量ダッタカラカマダ助カリソウダ…ツイテ来イ…」



提督「あ、待て!弥生を何処に連れて行く気だ!」



リコリス棲姫

「コノ娘ヲ助ケタクハナイノカ…?助ケタイノデアレバ、大人シク従エ…悪イ様ニハシナイ…」



深海棲艦に弥生を預けるのは、正直気乗りしないというかしたくない。だが薬学の知識があるらしく、何を企んでいるというわけでもなさそうなので、渋々任せることにした。




リコリス棲姫は弥生を手頃な場所に寝かせると、何処からか水と植物を持ってきた。



そしてすぐにその場で調合を始めて、できたそれを弥生の口に水と一緒に含ませて飲み込ませた。



リコリス棲姫

「・・・コレデイイダロウ、後ハ寝カセテオケバソノウチ良クナル…」



提督「礼を言う・・・」



卯月「ありがとぴょん…」



提督「・・・どうして助けてくれたんだ?」



リコリス棲姫

「黙ッテ感謝シテイルダケ良イモノヲ・・・マア、強イテ言ウナラバ暇潰シダ…折角身ニ付ケタ知識ヲ使ッテミタカッタトイウノモアル…」



提督「俺達を殺そうという気は無いのか?」



リコリス棲姫

「今ノ私ニハ、ソンナチカラナド無イ…ソレガデキルナラ、アノ植物ダッテ自分デドウニカシテイル…脱走シタアレモ然リ…」



提督「っ!あの化け物について何か知っているのか?」



リコリス棲姫

「ナンダ、アレニ遭遇シタノカ…?」



提督「したも何も、あいつが鎮守府の真下から出てきて襲ってきたんだよ。」



リコリス棲姫

「成程、ソウイウコトカ…ナラバ、オ前達ガココニ来タ理由モ理解デキタ…」



そう言ったリコリス棲姫は突然踵を返して歩き始めた。



提督「おい、何処に行くつもりだ。」



リコリス棲姫

「アレガ何ナノカ知リタイノダロウ…?話シテヤルカラ、コッチニ来イ…」



提督「・・・」



卯月「・・・どうするぴょん?」



提督「はぁ…他に手掛かりを見つけるよりは早そうだ、取り敢えず行こう。」



寝ている弥生を抱きかかえて、リコリス棲姫の後へついて行く。驚いたことに、弥生の呼吸は安定しており、おまけに熱も引けていた。



提督 (後で、ちゃんと礼を言わないとだな・・・)



リコリス棲姫に関しては嫌な思い出しかないので、まだまだ信用しきれなさそうだが、これだけのことをしてもらったのだ、礼くらい言わないとフェアではないだろう。



終始振り返ったり、声をあげたりしないリコリス棲姫の後をひたすらついて行くと、丈夫そうな鉄扉が見えてきた。



提督「第二セクターに何かあるのか?」



提督の脳内地図が正しければ、確かこの奥は第2セクターへと通じているはずだ。



リコリス棲姫

「第二・・・アア、コノ奥ノ部屋ノ名カ…正確ニ言エバ、用ガアルノハコノ隣ノ隣ダ…ダカラモウ少シ歩クコトニナル…」



となれば、目的地は第三セクターとなる。第ニセクターも見ておきたかったが、取り敢えずはリコリス棲姫について行くのが先決だろう。



それからまた少しして、同様な鉄扉が見えてきた。



リコリス棲姫

「サテ、着イタゾ…」



提督「ここは・・・」



リコリス棲姫

「世界ヲ終ワラセ、新タナ世界ヲ作ッタ場所ダ…」



リコリス棲姫に連れられてやって来た第三セクターの壁には、大小様々な水槽のようなものや檻のようになっている金網や鉄格子が所狭しと並んでおり、フロアには複雑な機械や、手術台のようなものが設置されていた。



灯りのついていない暗い水槽の中を照らし中を見てみると、そこにはよく見知った姿があった。



提督「なんでここにイ級が…でもなんか小さいな。」



おまけに少々出来損ないのような感じだ。



卯月「ひっ、司令官あれ・・・」



提督「うっ…これは・・・」



人型をした何かグロテスクなものが水槽の中にいた。何がどうなっているのか全くわからないその胴体は、所々血のように赤くなっている。



リコリス棲姫

「オ前達ハソレガ何カワカルカ…?」



提督「わからない、この世の生物ではないみたいだ。」



リコリス棲姫

「フフ…ナラバ教エテヤロウ…ソレハナ・・・」



リコリス棲姫

「人間ノ成レノ果テダ…」



提督「まさか、何を言って…」



リコリス棲姫

「疑ウノハ勝手ダガ、アレヲ見レバスグニ理解デキル…」



リコリス棲姫の指差す方向を見る。そこには、にわかに信じられない物があった。



提督「なんで、嘘だろ・・・」



卯月「こんなのって・・・」



ズラリと並べられた円筒型の水槽、その中に入っていたのは・・・





ヒト、それも少女だった。



深海棲艦ではなく、まごう事なき生身の少女だ。





提督「お前の仕業か…?」



リコリス棲艦

「突然ノコトデ素直ニ受ケ入レルコトガデキナイノハワカルガ…正真正銘人間ガヤッタコトダ…残念ナガラ私デハナイ…」



提督「嘘だ、こんなことを人間ができるはずがない。」



リコリス棲姫

「同族贔屓ハ人間ノ性…仕方ナイコトトハ言エ、目ノ当タリニシテミルト無様ナモノダナ…」



リコリス棲姫

「マア良イ…理解シナクトモ良イカラ取リ敢エズ話ヲ聞ケ…」



リコリス棲姫が淡々と話を始める。



耳をふさぎたいところだったが、そうする気になれなかった。話の内容はざっとこんな感じだった。



リコリス棲姫はこの施設で誕生したが、その頃には既に無人の場所だったと言う。自分が何者であるかを知ろうとした彼女は、偶々生き残っていた端末を発見し、そこから様々な情報を得たらしい。



ここが海軍の極秘研究施設であること、植物を利用した毒薬の生成、兵器の開発を行っていたこと。そして、人間の兵器化を試みていたこと。



人間の兵器化とは、具体的に言えば人体と兵器の融合。サイボーグやドロイドではなく、生命を持つ無機物を創ろうとする気宇壮大なものだった。



実験には老若男女大勢のヒトが使われ、当然の如く大勢の人間が犠牲となった。だが女性、それも若い者は失敗が少ない傾向にあることを発見し、実験体には十代から二十代前半の女性が使われることになった。



だが、失敗が少ないというのは実験中に命を落とす可能性が少し低いというだけのこと。当然成功例などは無かったし、悪戯に少女を傷つけるだけだった。



だがある日、深海に生息するバクテリアの一種に、無機物と有機物を強制的に結び付ける性質を持つものが発見された。軍はこの事実を秘匿し、研究材料のためだけに独占した。



やがてバクテリアの培養に成功、手探りだった研究も明確な計画が立てられ一気に完成へと向かい始めた。





が、やはりそう上手くはいくはずもなかった。





バクテリアが人体に及ぼす影響は凄まじく、次々と被験体の少女は命を落とした。辛うじて生き残った者も、見るも哀れな姿になり、いっそ死んだ方がマシだったそうだ。



だが、やがて研究を重ねるにつれてそういった問題も解消され、ついには片腕を完全に銃と融合させた者が現れた。



まだ自我が残るし、肉体も脆弱なため実戦への投入はされなかったが、このことに勢いづいた研究者はありとあらゆる箇所を次々と兵器と融合させていった。



終いにそれは脳にまで及び、いよいよもって研究は完成間近となった。




だが、そこからが悲劇の始まりだった。




脳を融合させられた少女は、記憶だけでなく完全に人間性を失った。全身を無機物と融合させたせいでバクテリアが異常な働きをし、少女達の肉体を大きく変貌させた。特に、幼い少女達ほどバクテリアの影響を受けやすく、人間とは遠くかけ離れた化け物となった。



少女達の中でも比較的高齢だった者はヒトとしての原型を留めたが、十分化け物と言ってもおかしくはなかったそうだ。



そして力を得た少女達は、ついに研究施設から脱走。研究員等に大勢の犠牲をだして海へ解き放たれた。



そして、突然変異により新たに独特な繁殖能力を手に入れ異常増殖し、深海棲艦となったのだそうだ。



被験体の脱出は当然一般人が知ることもなく、軍は海から突如現れた生命体として信じ込ませた。




その後、研究所は閉鎖されたらしい。





提督「・・・」



リコリス棲姫

「人間トハ本当ニ愚カナモノダナ…自ラノ欲望ニヨッテソノ身ヲ滅スノダカラ…」



リコリス棲姫

「マア、私モカツテハ人間ダッタノダロウ…トモスレバ、アマリ悪ク言ッテモ仕方ナイナ…」



リコリス棲姫

「ツイコノ間脱走シタ個体ニツイテダガ…アレハ実験中ニ研究所ガ放棄サレタ時ニ、ソノママ処分サレルコトナク残ッテイタモノガ成長シ続ケタ個体ダ…長イ時間ヲカケテ強力ニナッタセイデ凶暴性モ増シ、脱走シタノダロウ…」



提督「一緒にいた小さいのは?」



リコリス棲姫

「同ジヨウニ残サレテイタ被験体ダロウ…タダシ、コチラノ方ハ未熟デ未ダ自我ガアッタ…」



提督「許さないって言っていたのは、そういうことだったのか・・・」



並々ならぬ憎悪も、実験の時に受けた苦痛からくるものだったのかもしれない。



リコリス棲姫

「話ハ以上ダ…何カアレバ、好キニ尋ネテモ構ワン…」




提督「いや、俺は今の話で十分だ…」



卯月「うーちゃんも、ちょっとお腹いっぱいぴょん…」




リコリス棲姫

「ソウカ・・・オ…誰来タヨウダナ…」



提督「?」



リコリス棲姫

「キット、オ前達ノ仲間ダロウ…」



リコリス棲姫がそう言うので、耳をすませてみる。すると、コツコツと靴底が床を叩く音が聞こえてきた。





早霜「やっと、此処に辿り着くことが出来たようですね…」



提督「早霜?どうして…」



早霜「あら、お先に来ていらしたのですか…」



リコリス棲姫

「ヤハリ仲間カ、今日ハ随分ト客ガ多イナ…」



早霜「何方かと思えば…リコリス棲姫ではありませんか…?どうして深海棲艦とこんな近い距離でお話を…?」



提督「ここにあった花で毒をもらった弥生を助けてくれた上に、あの化け物とここの詳しい話を聞かせてもらっていたんだ。」



早霜「そうですか…貴女はここに住んでいらっしゃるので…?」



リコリス棲姫

「ソウナル…ソレガドウカシタノカ…?」



早霜「いいえ、ただ排除すべき存在か確認をとっただけです…」



リコリス棲姫

「排除ダト・・・?」



早霜は何も答えることなく、黙って懐から拳銃を取り出した。



リコリス棲姫

「何ヲスルキダ、ソンナモノ私の体ニハ・・・」



早霜「さあ、どうでしょう…?」



提督「っ…止めろ!早霜!」



ドンッ!



提督が止めるのとほぼ同時に早霜が引き金を引いた。



リコリス棲姫

「ウグッ…貴様、何ヲ・・・」



提督「リコリス!」



苦しそうなうめき声をあげたリコリス棲姫の腹部に黒いシミが広がっていく。



提督「なんでだ、拳銃なんかで傷つけられるはずが・・・」



早霜「米国で開発されていた対深海棲艦用の特殊な拳銃です…たとえ相手が姫級だろうと・・・」



そう言って再び早霜が引き金を引く。今度は肩口に命中し、リコリス棲姫が膝から崩れる。



早霜「ほら、ご覧の通り…」



リコリス棲姫

「グァ…オノレッ・・・」



提督「止めろ早霜!深海棲艦とは言え、弥生の恩人だ!」



早霜「随分と肩を持つのですね…でも相手は深海棲艦…司令官のご友人を殺したものと同族ですよ…?」



提督「なんで、それを知って・・・」



早霜「あら、言ってませんでしたか…私は軍の関係者であれば如何なる者であろうと…簡単に素性を調べあげることが可能なのです…」



早霜「学生時代…海に遊びに行ったところ深海棲艦に遭遇…目の前で親友を食い殺されたことが切っ掛けで深海棲艦を恨み…それがモチベーションとなって軍人を目指した…何か異なる点がお有りですか…?」



違わない。



まさにその通りだった。



卯月「司令官…?」



提督「どうやって調べた…」



早霜「軍のデータベースならいくらでも情報を捻り出すことができますから…」



提督「どうしてお前にそんな権限がある…」



早霜「たかが一艦娘のくせに…ですか…?案外そうでもないのものですよ…」



早霜「実は私こう見えて…軍の重役の一人なんです…」



提督「なんだと…?」



早霜「もっとも、表に出られる存在ではありません…軍の上層部は私を殺したくて堪らないそうですから…」



提督「なんで、どうしてお前が殺されなければならないんだよ。」



早霜「フ、フフフ…麻薬の取引です…」



早霜「軍が密かに取引している麻薬の流通…それをひょんなことから知ってしまった私は…保身のためにその全てを掌握しました…」



早霜「もし…私の気まぐれでその情報を外部に流したら…?軍の信用は堕ち、政治的発言力を失う…流通を止めてしまったら…?財政難になるだけでなく、軍を不動たらしめているパイプが崩壊する…フフフ、こんな不発弾のような私は軍にとって目の上のコブなんです…」



早霜「だけど…誰も私を殺せない…殺せば流通機構は遮断され情報はあらゆる手段をもって拡散される…」



早霜「それ故に…軍はもう私にとって風通しの良い場所となっているのです…」



早霜「・・・無駄な話をしてしまいました…貴女にはそろそろ消えていただきます…この場所を私が頂くためには目障りですから…」



再び銃口をリコリス棲姫に向ける。だが、彼女が引き金を引く前に提督は動いていた。



ガシャーンッ!



早霜「しまっ…う・・・」



転がっていたスパナを早霜のすぐ横の水槽目掛けて投げ、ガラスを割る。水槽の水が溢れ出て、そのまま早霜に降り注いだ。



提督「行くぞ!」



リコリス棲姫

「ア、何ヲッ…」



早霜「くっ…逃がしません…!」



水の影響で視界が悪化したまま、早霜は引き金を引いた。



提督「ぐあっ!」



卯月「司令官!!」



提督「構うな!走れ!」




水槽の水が全て溢れた後、早霜が銃口を向けた先には誰もいなかった。




早霜「逃げられましたか…まあいいでしょう…ここが手に入っただけで今は十分…フフ、フフフ…」





ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





提督「はぁ…どうやら、追ってくる気は、無いみたいだな…うっ!」



リコリス棲姫を庇いながら逃げて来た提督達は、例の分岐点まで来た所でその身を休めることにした。



卯月「大変、司令官の足が…」



早霜が撃った弾がかすった足で、弥生を抱きかかえた挙句、リコリス棲姫を手助けしながら全力疾走してきたのだ。負荷をかけ過ぎた足は、傷が開き酷い出血が続いている。



提督「くっ、流石にもう限界か・・・」



提督「すまん卯月、弥生を頼む…」



卯月「わかったぴょん…でもそれより司令官が…」



リコリス棲姫

「何故、私ヲ助ケタ…」



リコリス棲姫

「ソンナニナルマデ…私ガソコマデシテモラウ義理ナドナイ…増シテ、私ハオ前ノ…」



提督「言うな、手を下したのはお前じゃない…そのくらい弁えられてると思っている・・・それに俺はもう、そんな理由で軍人やってるほど子供じゃない…」



提督「あの時救えなかった命の代わりに、今この手で守れる命を守る。それが、あいつへの償いだ・・・」



リコリス棲姫

「私ガ深海棲艦デモカ…?」



提督「聞くところによれば、誰一人として歯牙にかけていないんだろう?だったら、殺す理由がない…」



リコリス棲姫

「今マデ誰トモ出会ワナカッタカラ必然的ニソウナッタダケデ…今後誰カヲ殺メル可能性ダッテアル…」



提督「その時はその時で沈めるだけだ。」



リコリス棲姫

「食エナイ人間ダ…先ニ始末シテシマエバ…ソレダケ犠牲モ減ルダロウニ…」



提督「大切な仲間を救ってもらったんだ、それに可能性の話だけで殺すなんてやり方、俺は気にくわないな。」



リコリス棲姫

「ツクヅクオカシナ奴ダ…」



提督「要領が悪過ぎるのは、よく知ってる。」



リコリス棲姫

「・・・礼ヲ言オウ…オカゲデ助カッタ…」



提督「これからどうするつもりだ?」



リコリス棲姫

「ワカラナイ…今サッキ住処ヲ奪ワレタ…情ケナイ話ダガ…一度モ彼処カラ外ニ出タ事ガナイ、知ラナイ場所デ生キテイク自信ナド…」



リコリス棲姫

「海へ出タトシテモ…一切ノ艤装ヲ持タナイ私ナド即刻海ノ藻屑トナルダロウ…」



いっそここで一人死ぬか、そう言ったリコリス棲姫の顔はとても痛ましかった。



卯月「じゃあうーちゃん達と一緒に来るぴょん!」



リコリス棲姫

「何ダト…?」



卯月「弥生ちゃんのことを助けてくれたし、鎮守府には防空棲姫ちゃんもいるぴょん。だからきっとみんなも納得してくれるぴょん!」



リコリス棲姫

「シカシ…」



卯月「ね、司令官。このままだと可哀想だぴょん。」



提督「そうだな…まあいいだろう、何でもありがここだからな。鎮守府での居住を許可する。無論、ある程度の行動は制限させてもらうがな。」



リコリス棲姫

「イイノカ…イヤ、イイハズガ無イダロウ…私ハオ前達ノ敵ダゾ…」



提督「ここでくたばられても、明日の目覚めが悪いだけだ…何よりもあの施設をよく知る者がいた方が都合が良い。早霜が何をするつもりかわからないからな・・・」



リコリス棲姫

「ヤハリ、人間トハ理解シ難イ生物ノヨウダナ…ダガコチラトシテハ、今ノトコロソレニヨッテ生ジル不都合ナ点ハ少ナイ…ソコマデ言ウノデアラバ…ソノ言葉ニ甘ンジルトシヨウ…」



提督「軍人としてどうかと思うが…なんなら歓迎しようか。」



リコリス棲姫

「別ニ歓迎ナド無用ダ…捕虜扱イデモシテクレ…」



提督「まあ、待遇についてはこちらで適当にやらせてもらう。」



提督「卯月、悪いが誰か呼んできてくれないか?お前以外まともに動ける奴がいない。」



卯月「わ、わかったぴょん。じゃあ行ってきます、すぐ戻ってくるから!」



走っていく卯月の背中に手を振る。彼女が言った通り、案外卯月は足が遅かった。だが、それで足を引っ張られたことはない。寧ろこちらが合わせなければならないのだから。



提督「さて…俺も、そろそろ限界だな…」



バタ



リコリス棲姫

「ッ!…オイ、大丈夫カ…?」



座っていた提督の体が真横に倒れた。



提督「はは…まだ大丈夫、だけど血が足りてない…」



リコリス棲姫

「・・・ッ!!」



見れば、いつの間にか提督の足元には血溜まりが出来ている。それもかなりの量だ。



リコリス棲姫

「何故ソンナニナルマデ放ッテオイタ…!早ク行カセレバ良カッタモノヲ…!」



リコリス棲姫

「コノママデハ死ヌゾ…!!」



提督「あいつにこんなところ見せたら…心配させちまうだろ…」



リコリス棲姫

「ソレガドウシタト言ウノダ…!死ンダラ元モ子モナイダロウ…!」



提督「あいつの心配する顔…見てると気が滅入ってくるんだよ…」



提督「あいつには…笑った顔が一番似合う・・・腹立つことも…多いけどな…それでも…」



リコリス棲姫

「オイ…!目ヲ開ケロ・・・ウグッ…!」



提督「お前もボロボロじゃないか・・・大丈夫、卯月なら間に合う…」



意識が遠のいていく。ふと、みっともなく道連れに失敗した時のことを思い出した。苦しさはあちらのほうが断然勝っていたが、この感覚は随分と似ているように思う。



ニュアンスでしか聞き取れなくなったリコリス棲姫の声を聞きながら、提督の意識は遂に闇に呑まれた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





目を覚ますと、見知らぬ天井が広がっていてビックリするなんてことは意外と無いわけでもない。



だが、見慣れない真っ白な天井と周囲に輸血パックが吊り下げられていたりすると、流石に心臓に悪いというものだ。



提督「・・・生きてたのか?」



体を起こそうと手をつくと、鈍い痛みが腕に走った。見れば包帯が巻かれている、そう言えばズタボロになっていたことを思い出した。



提督「確か足も・・・だよな。」



足首から膝にかけてこれまたご丁寧に包帯が巻かれている。



提督「今何時だ…?」



時計を探して辺りを見回す。だが何処にも設置されていない。スマホが手元にあるわけでもなく、腕時計を普段からしているわけでもないので時間が確認できない。



時間がわからないことにやきもきしていると、外からドアを叩く音が聞こえた。



扶桑「失礼しま・・・あ、提督!お目覚めになったんですね!!」



提督「ああ、たった今起きたところだ。」



扶桑「良かった、倒れている提督を見たときは本当にビックリしました…」



提督「心配かけた、すまない。もしかして扶桑さんが俺を運んでくれたのか?」



扶桑「はい、山城と一緒に。」



提督「ありがとう、あとで山城にも礼を言わないとな。今、どこにいる?」



扶桑「ずっと付きっ切りで提督の看病をしていたものですから、疲れてしまったみたいで、今は部屋で休んでいます。私は丁度交代に来たところでした。」



提督「そうか…早く行ってやりたいが、今は動けないからな・・・」



そう言ってため息を吐くと、扶桑がこちらをジト目で見てきた。



提督「あ、あれ…えっと扶桑さん?」



扶桑「いいえ、ただ山城のことばかり気になさるので少し不満です。」



提督「あ・・・すまない。こう言ってなんだが、心配の度合いに差がある気がして・・・本当にすまない、勝手に自分の中で解釈してしまっていた。」



扶桑「私だって十分、いえ十二分に心配しました、本当は私が看病したかったけどジャンケンで負けただけです。」



珍しく扶桑が頬を膨らませ、むくれた。そうそう見られない表情に、思わず可愛いという感想が頭に浮かんでくる。



扶桑「その目、あまり悪びれているように見えないのは私の気のせいでしょうか。」



提督「え、あ…そのだな…」



扶桑「もう、提督なんて知りません。」

プイ



そっぽを向かれてしまった。まあ、可愛いと思ったことを素直に話すのもどうかと思うが・・・余計に可愛く思えてしまった。



提督 (さて、どうしたものか…)



と、ここで頭に1つ妙案が浮かぶ。名ではなく本当に妙ちきりんだが。



提督「あー、なんかずっと寝てたせいか体が鈍ったなー(棒)」



扶桑 プイ



提督「あー、でもだいぶ痛みは無くなったから今なら歩ける気がするなー(棒)」



扶桑「え…?」



扶桑が振り返ったタイミングで勢いよくベットから飛び起きる。



提督「よし、立て…痛っ!!!」



バランスを崩す。今のは演技ではない、本当に痛かった。立っているだけで脚が壊れてしまいそうな程の激痛なのだ。



扶桑「提督!・・・きゃあ!」



ドスン!



慌てた扶桑に受け止めてもらうも、そのまま扶桑と一緒になって倒れてしまった。



扶桑「痛た・・・提督、大丈夫ですか?」



提督「作戦成功…扶桑さんを確保。」



扶桑「え…?」



倒れた扶桑に抱きつくような形で上に乗っかる。



扶桑「も、もう…こんな時にふざけて・・・」



提督「嫌か?」



扶桑「…いじわるです。」



提督「扶桑が魅力的過ぎるのが悪い。」



扶桑「・・・//」



提督「・・・」



提督「・・・本当に、心配かけた。すまない。あと、心配してくれてありがとう。」



扶桑「…もう、許すしかないじゃないですか。」



扶桑の方からも提督の首に手を回してきた。正直、このくらいであればあまり躊躇なくできるようになった。寧ろ温もりが欲しくて堪らない時さえある。




要はそのくらい好きになっていた。勿論山城のことも。でもまだそのことを伝えてはいない。本当に大事な時に伝える腹積りだ。



提督 (あんまり待たせると不安にさせてしまうんだろうが、こちらとしては少しは格好付けさせて欲しいんだよな。)



なので、二人には悪いがまだ内緒だ。



提督「・・・なあ、扶桑さん。もう少しこのままでいいか?」



扶桑「提督が、そう仰るなら・・・//」



提督「ありがとう…」



お言葉に甘えてもう少し扶桑の熱を感じていようとしたその時だった。



卯月「司令官!!弥生ちゃんが目を覚ました・・・あ。」



提督「あ・・・」



卯月「お、お邪魔しました〜・・・」



提督「待て待て卯月!誤解だ!決してそんないかがわしい事はしてない・・・痛あ!!」



うっかり卯月のことを追おうとして、足に余計な力が入りまたもや激痛が走る。そして、そのままみっともなく悶絶してしまった。



扶桑「大丈夫ですか!?」



提督「痛た…すまない、恥をかかせてしまった…」



扶桑「私は構わないのですが、卯月ちゃんは・・・」



提督「意外とませてたりするからな・・・悪いが扶桑さん、そこの車椅子で俺を連れて行ってくれないか?」



扶桑「寝てなくてよろしいのですか?」



提督「立ったりしない限りは大丈夫、弥生の様子も見に行きたいから。」



扶桑「わかりました。」



どうにかこうにか車椅子に乗り、扶桑に押してもらって弥生が寝ていたらしい場所に行く。



提督「弥生、今入っても大丈夫か?」



ノックをすると、パタパタと足音がしてドアが開かれた。



卯月「あ、司令官…もう済んだぴょん?」



提督「済んだも何もあるか、何もしてない。」



卯月「ええ!?あんなに熱々に抱き合っていたのに!」



提督「盛大に誤解されるようなことを言うんじゃありません。」



提督「兎に角、何もしてない。OK?」



卯月「うーちゃんには角なんて生えてないからノットOKぴょん。」



提督「ああ、変な揚げ足を取るな。と言うか自分のこと兎だと思ってるのか?」



卯月「それはキャラ付・・・」



提督「はいストップ、もういい。」



提督「弥生、もう平気になったか?」



弥生「大丈夫…司令官と卯月のこと見てたら元気出ました…」



提督「あはは…そりゃ結構なことで。」



横を見ないでもわかる、絶対卯月は今ドヤ顔している。



弥生「・・・ごめんなさい…何も役に立てなくて…」



提督「仕方ないだろ、あれが毒花だなんて初めて見てわかる奴なんてそうそういないさ。ましてやそれを弥生に求めちゃいない、気にするな。」



弥生「でも…その傷私のせいで…」



提督「弥生が倒れていようがいまいが、結局こうなって帰ってきただろうから、そんな責任感じるなって。」



弥生「でも…足手まといになっちゃいました…」



ものすごく弥生の表情が沈んでいる。普段のそれとあまり変わってはいないが、こういう時は痛いほど伝わってくる。



提督「・・・弥生、ちょっとこっちに来てくれ。」



弥生「・・・?」



提督「大丈夫だ、痛くはしない。」



その言葉を信じてか、弥生が提督との距離を詰めた。腕が弥生の頭に届きそうになったあたりで、提督は彼女の頭を撫でた。



提督「弥生は弥生で、ちゃんと役に立ってくれていた。他の誰かから聞いたかもしれないが、お前を助けたリコリスだって、お前のおかげでここに来ることになったのも同然だと俺は思う。」



弥生は足手まといなだけじゃなかった、そう強く優しく言ってやる。



弥生「本当に…そう思ってますか…?」



提督「もちろん、上っ面だけで言えるほど俺器用じゃないからな。」



弥生「本当に本当…?」



提督「そんなに心配するな、俺はいつだって仲間を役立たずだの足手まといだのと思った覚えはないぞ・・・なんだよ卯月、その目は。」



卯月「だって信ぴょう性が(ry」



提督「割と嘘じゃないと信じてるんだから止めてくれ、俺の数少ない自慢ポイントを減らすな。」



弥生「・・・良かった…」



弥生「あの…ありがとう…ございます…」



提督「ああ、これからも頼りにしてるぞ。」



弥生がはにかんだ笑顔を見せる。本当、どんな笑顔であっても、ここまで最高のものを見せられる者は他に見たことがない。



提督「そうだ、リコリス棲姫は今どうしてる?」



卯月「防空棲姫ちゃんが一緒にいるはずぴょん。」



提督「そうか、でも一応様子を見に行きたいな。扶桑さん、本当足代わりにして申し訳ないんだが連れて行ってもらえるかな?」



扶桑「お気になさらなくても、私は好きでやってますから。」



提督「恩にきるよ。」



卯月にドアを開けてもらって、部屋を後にする。卯月はついてこずに、そのまま弥生と一緒にいるそうだ。



提督「・・・」



扶桑「だいぶ、お疲れのようですね。」



一瞬、心臓が跳ねた。とっさに、慌てながらも落ち着いて誤魔化す。



提督「え、ああそうだな。洞窟探検なんて久しぶりだったからな。おまけに普段執務で使わない足で全力疾走だ、偶に鍛えているとは言え流石に疲れたよ。」



扶桑「そうですか…でも、私が言いたいのは体だけのことではありませんよ?」



提督 ギク



バレてる、これは完全にバレてる。



扶桑「随分と無理をなさっているように見えるのが、私はとても心配です…ちっとも相談しようとしてくれないことも。」



流石に、諦めたほうが良さそうだ。



互いのことが段々とわかっていくのは、なかなかに幸せなものだが、どんどん勘が良くなっていくのでロクに隠し事もできないのが面倒ではある。男たるもの、矜持というものがあって同然なわけで、少しは隠して格好付けたいと密かに思っていたりするのだ。



提督「流石扶桑さん、俺のことを良くご存知だ。」



扶桑「まだまだ教えていただきますからね。」



提督「こりゃ参ったな、こっちは覚えることが二人分もあるっていうのに。」



扶桑「早く追いついてくださらないと置いて行ってしまいますよ・・・さ、早く打ち明けてしまってください。」



回避失敗。会話の場において女性には勝てそうもない。



提督「・・・早霜のことだ。」



扶桑「早霜ちゃんが、どうかしたんですか?」



提督「あいつは・・・」



何と言えばいいのだろうか。敵になってしまった…いいや、少なくとも敵対はしていなかったように思う。だが味方であるとは言い切れないだろう、提督の制止の声を無視してリコリス棲姫に銃を向けた挙句、偶然ではあるが自分の足を撃った。ましてあの施設を乗っ取ったのだ、あそこで提督達に利することを成し遂げようとしているとは思えない。



扶桑「提督…?」



提督「・・・里に、帰った。」



扶桑「里、ですか…?」



提督「帰郷だそうだ。突然で悪いが、みんなには黙ってて欲しいと…」



なんて下手な嘘だろう。これならエイプリルフールの子供の冗談の方が上出来だ。



扶桑「嘘、ですよね?」



提督「いや、本当だ。」



扶桑「嘘です、嘘なら提督がそんな・・・」



提督「今は、そういうことにしておいてくれ・・・頼む。」




扶桑は、それから追求してこなかった。彼女には甘えっぱなしだ。本当に頭が上がらない。




それから、リコリス棲姫が療養している部屋に着いて早速部屋に入ると、まだ彼女は寝ているようだった。主治医の妖精さんに聞くところによれば、命に別状はないそうだ。



扶桑「よくここに住まわせることを許しましたね。」



提督「一人で寂しそうにしてたからな、俺達をどうこうするだけの力は無いみたいだったし。」



提督「扶桑さんは、嫌だったか?」



扶桑「いいえ、提督がよろしいなら私も異存はありません。」



提督「そうか・・・殊の外、みんな反対しないから助った。」



扶桑「皆さん細かいことは一々気にしませんから。寧ろ私は提督が自ら許可したことに驚いてます。」



扶桑達にだけは、提督が軍人を目指すことになった切っ掛けについて既に話している。だから、早霜に言われた時はかなり驚いたのだ。



提督「俺の不注意で仲間を失うところだったんだ。そこを救ってくれた恩人にあーだこーだ文句は付けたくない。」



扶桑「提督のそういう所、好きですよ。」



提督「それ不意打ち・・・まあ、ありがとう。」



折角目が覚めたことだから、山城の所に行きたかったが、先程扶桑が寝ていると言っていたのを思い出して断念することにした。多分、山城が起きた時に何で起こさなかったのか等々言われるだろうが、疲れているであろう山城を態々起こすのも申し訳ない。



医務室に戻ることも考えたが、一応元気な様子を見せておこうと鎮守府内をプチ散歩することにした。(と言っても、車椅子なので一階だけの本当にプチ散歩だ)



提督「お、天龍じゃないか。」



天龍「ん?あ、提督!起きてて大丈夫なのかよ!」



散歩開始早々早速天龍と遭遇、こちらを見るなり駆け足で寄ってきた。



提督「見ての通り、起きてる分には問題無いが立つのはしばらく難しそうだ。」



天龍「そうか…だけど、辛そうじゃなくて安心した。血だらけで運ばれて行った時はどうなるかと思ったぜ。」



提督「そんな酷かったのか?」



天龍「酷いなんてもんじゃねえよ、ぱっと見死体だったぞ。な、扶桑さん。」



扶桑「ええと…死体とまでいかないにしろ、顔も血の気が失せていて精気がありませんでしたね。」



提督「ほうほう、そんなに酷かったのか。」



天龍「自分のことだろ、他人事みたいに言うなよ。」



提督「いや、そう言われてもあまり実感がなくてだな。」



天龍「はぁ…ったく、心配させやがって。案外ケロっとしてて拍子抜けしたぜ。」



提督「はは、ありがとうな。」



天龍「っとそうだ…礼ついでにこれ持ってけよ。



天龍が手に持っていた白いポリ袋を提督に差し出す。



提督「お、桃じゃないか。どうしたんだ?」



天龍「見舞いだ、後で持って行こうと思ってたけど、今もらってくれんなら手間が省ける。」



提督「ありがとう、でもなんか悪いな。」



天龍「別に気にすんなよ、偶に飯ご馳走になってんだからその礼だ。」



提督「そうか…また作ってやるから、食べに来いよ。」



天龍「その前に腕と特に足、ちゃんと治せよ。そんなんじゃ作るもんも作れねえだろ。」



提督「はは、そうだったな。」



天龍「それじゃ、俺は行くぜ。早く良くなってご相伴に預からせてくれよ。」



提督「承知した、ありがとうな。」



その言葉を受け取り終わると、天龍が踵を返して小走りで行ってしまった。こちらに背を向けたまま手を振りながら。



提督「・・・ん、いい桃だな。悪くなる前に食べてしまわないと。」



提督「包丁は…頑張れば持てるか?」



扶桑「あまりご無理をなさらないほうがいいですよ、私が代わりに剥きます。」



提督「え・・・」



提督「いや、大丈夫。このくらい今でもなんとかなるから、別に扶桑さんがやらなくても大丈夫だぞ…?」



扶桑「いえ、怪我人に包丁を持たせるような真似はできません。」



提督「いや、大丈夫だから!桃剥くくらいなら目を瞑ってもできるくらい自信あるから!」



扶桑「そんなに、私のことが信用できませんか…?」



提督「いや、だって怖いんだぞ!こう言ったらなんだけど扶桑さんに包丁持たせると心臓に悪い!」



扶桑「ひどい…私なりに頑張って練習しているのに…」



提督「毎度毎度監督してる俺の心が休まった記憶は一切ないんだけど!」



そう、扶桑は包丁の扱いが下手だ。この間リンゴの皮を剥くのを見ていた時なんて、包丁を持つ手はガクガク震えており、顔を思いっきり近づけてリンゴと格闘していた。



指を切りそうになったことなんて一度や二度ではなく、その度に間一髪で食い止めている。



包丁を使いさえしなければ、彼女は普通に料理ができる。火の扱いは相当のものだ。なのに包丁を握れないせいであまりその長所が生かせていない。



扶桑「リンゴは堅いから難しいんです…桃だったらきっとできると思うんです。」



提督「俺が助けてやれない時に怪我されても困るから、扶桑さん折角綺麗な手なのに絆創膏なんて貼らせたくないから。」



扶桑「必ずや守り通してみせます。」



提督「1人だと守り通せてないから言ってるの、せめて山城がいる時にして!」



結局、口論中に丁度通りかかった古鷹が代わりにやってくれることになった。

(流石大天使)




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グダグダ雪





執務室で執務ができないというのは、これはこれでかなり不便なものだ。



執務机というのは、長年座っているだけあって体にしっかりとサイズ感が馴染んでおり、机に向かうこと自体がヤル気スイッチになってしまっている。故に、ベッドの上で執務をしようにも身が入らないのだ。



また、引き出しには提督愛用の文具が詰まっており、その中にはあってもあまり使わないけど無いと困る系の物が多く存在する。物を置くスペースが限られている病室にそんな物まで置くわけにもいかないが、やはり偶に必要になってしまうのだ。その度にあるものでどうにかしたり、誰かに頼んで取ってきてもらったりしなくてはならないので若干それがストレスとなってしまう。



また、出撃や遠征から帰ってきた者がいつものノリで執務室へうっかり報告に行ってしまうことも度々あったのでそれもまた申し訳ない。



まあ、仕事も大体のことを代わりに頑張ってもらっているので、提督のやる事は重要書類の確認と報告を聞くことくらいだ。それが終わればすぐさまのんびりできるというのは、悪くない。ベッドが硬いことを除けば、暑くもなく寒くもなくなので快適である。



提督「それで、初雪は何でこんな所で寝てんだよ。」



初雪「司令官のお見舞いに来ただけです…お気になさらず…」



提督「いや、気にするだろ。態々ベッドに上がりこんでまで寝られたら気になって仕方ないと俺は思うけど。」



初雪「じゃあ幻覚でも見てるもんだと思えば…」



提督「こんな快適空間で幻覚もなにもあるか・・・って、それが目的だったか。」



快適に昼寝ができる場所を求めて彼女はここへやって来たのだろう。提督をダシにした巧妙な手口だ。



初雪「勘違いしないで下さい…司令官のお見舞いに来たのは嘘じゃないし、昼寝はもののついでです…」



提督「もののついでが既にメインになってるけどな。」



初雪「気のせい気のせい…あ、そうだ言い忘れてた…」



提督「ん、何だ?どうかしたのか?」



初雪「・・・気をつけた方がいいですよ…提督の周り、変なのがまとわり付いてます…」



提督「え…?」



提督「それって、幽霊とかか?」



初雪は昼寝仲間の加古と共に、ゴーストデストロイヤーズなるチームを自称している。夜な夜な鎮守府に蔓延る悪しき霊的存在を駆逐しているのだそうだ。



そのため、彼女は普通に幽霊が見えたりするのだという。



初雪「幽霊じゃない…でも、そのままだと呼び寄せちゃうかも…です。実際、少しだけ触れた跡があります。」



提督「ひっ!」



提督「どこ!?どこ!?」



初雪「嘘です…」



提督「さらっと嘘つくの止めない!?」



初雪「卯月ちゃんに司令官はチョロいと聞いたものだからつい…」



提督「実験することじゃないだろ…しかも割と洒落にならない内容だし。」



初雪「まあまあ、初雪が添い寝してあげますから…」

ピト



提督「俺は寝るつもりないし、若干暑苦しいから離れてくれ。」



初雪「動かないで…!」



提督 ピタ



珍しく鋭くなった初雪の声に体が強張る。



提督 (な、何だ、何が起きた?)



初雪「…ふぅ、あったかい。」



提督「暖をとりたかっただけかよ!紛らわしいわ!」



初雪「少し空調が効きすぎで…」



提督「布団かけてやるからそれならそうと早く教えてくれ、急にあんな声出されると心臓に悪い。」



初雪「これが一番手っ取り早いです…」

モゾモゾ



提督「あーもう…好きにしろ、その代わり邪魔するなよ。」



初雪「提督の鹵獲に成功〜」



提督「お前なぁ…」



正直割と鬱陶しい。可愛い少女に抱きつかれて何も感じないのかと言われると、別にそうではないのだ。懐いてくれている証拠でもあるし、男として嬉しく思う。



だが、今は仕事中なのだ。できることならスキンシップは後にしていただきたい。



提督 (まあ、普段なかなか構ってやる時間もないから、仕方ないか…)



初雪「・・・ん、よし。取れた…」



提督「何が取れたんだ?」



初雪「魔寄せの何か…」



提督「はい?」



初雪「さっき言った通りです…提督にまとわりついていたのを取ってあげました…」



提督「え?でもあれ嘘だって…」



初雪「別に話自体が嘘だなんて一言も言ってませんから…」



初雪「だから司令官に悪霊が寄ってくる前に取っておいてあげましたよ…」



提督「・・・」



提督「・・・今すっごい、ゾッとした。」



初雪「大丈夫、大丈夫…もう司令官は悪霊ホイホイじゃないです…」



提督「やめてくれ、それ地味に洒落になってない。」



初雪「じゃあ悪霊のデパート?」



提督「売れるならいいけどな?」



初雪「あ、幽霊磁石…」



提督「もういいから、そんなのに拘らなくていいから。」



初雪「そうですか…それにしても、あんなに沢山何処からもらってきたんですか…?」



提督「そんなの知るわけないだろ、そんな薄気味悪いもの態々もらわないって。」



初雪「ふーん…まあいいです、今撒き餌に丁度良いから勿体なかったと後悔してますがいいです…」



提督「上官を撒き餌扱いするのかよ…」



初雪「おっと、言い間違えました…幽霊を毎回追いかけるのが大変で困っているので協力していただけば良かったと後悔していますがいいです…」



提督「止めろ、俺の良心に訴えかける言葉遣いをするんじゃない。」



初雪「は、もしかして地下に行った時にもらって来たんじゃないですか?」



提督「また行けって言うのか?」



初雪「原因解明の手掛かりになるかも…」



提督「行くわけないだろ、こんな大怪我してんのにまた皆に心配かけるようなことしてどうするんだよ・・・そんな眼差しを向けられても行かないぞ。」



初雪が清らかな仔犬のような目をしてきた。無駄に破壊力があるがそのくらいでは揺らがない。



・・・揺らいでも行きたくなどない。




初雪「まあいいです、そういうことで初雪は寝ます…」



提督「ほんと自由人だよな、初雪は…」



初雪「好きな時に寝て、起きて、食べて…これ以上ない幸せです…」



提督「違いない、あまり邪魔にならないように寝てくれよ。」



初雪「は〜い…」



少しして、すぐに初雪の寝息が聞こえてきた。布団を軽くかけてやり、どうにかこうにか悪戦苦闘しながら頭を枕にのっけてやる。



提督 (いつまで、隠してればいいんだろうな・・・)



卯月とリコリス棲姫、あと弥生には、既に話をして地下で何があったかを話さないように言ってある。大好きな者達に打ち明けないのは心苦しいが、あんな思いをするのはわずかな人数の自分達だけで十分だ。




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章タイトル



暑さが増したのと同時に、提督の傷もだいぶ良くなってきた頃、叢雲が鎮守府を訪ねて来た。



片手で松葉杖をつく姿に驚いたようで、何があったのか事細かに話せとグイグイ詰め寄って来た。



どうにかこうにか、地下探検中に落盤にあったなどと上手いこと誤魔化せたが、少し前までロクに立てなかったことを聞いた彼女は説教を始めた。



彼女の小言を聞くのもまた随分と久しぶりだったが、その分なのだろう、かなり長いこと怒られた。



でもって最終的に泣かれた。馬鹿と連呼されながら制服をハンカチにされてしまった。



提督「…ありがとうな、心配してくれて。」



叢雲「私の気も知らないで、心臓に悪すぎよ…」



提督「悪かった、もうお前の見てないところで無茶しないから…」



叢雲「するなって言ってるのに、何よそれ…」



提督「少しは無茶しないと、守るもんも守れないだろ。ただでさえ守るものができると弱くなるっていうのに…」



叢雲「なんだか愛する人ができたみたいな言い方ね・・・ってあんたまさか!?」



提督 (しまった、無駄にカッコつけるんじゃなかった・・・)



さっきの泣き顔は何処へやら、叢雲が険しい顔で肉迫してくる。



叢雲「で、誰なの?教えなさいな!」



仕方ないので正直に話した。嘘偽りなく、経緯もある程度交えて。



叢雲「そう・・・良かったじゃない。」



だが、そう言った叢雲の顔は先程とまた一変して何処か悲しげだ。



提督「・・・どうかしたのか?体調でも崩したか?」



叢雲「な、何でもないわよ・・・その、おめでとう…」



提督「ああ、ありがとう・・・」



頑張って笑おうとしているが、叢雲の顔は依然と晴れず引きつっている。



提督「本当に大丈夫か?辛いなら部屋まで連れて行くぞ?」



叢雲「いいの、何でもないから・・・ごめんなさい、少し外に出てるわ。」



提督「別に構わないが、無理するなよ?」



叢雲「平気よ・・・気遣ってくれてありがと」



叢雲が静かにドアを開け、執務室を出て行った。彼女の小さな身体を通す隙間を開けた扉は、その後ゆっくりと音を立ててしまった。



提督 (一緒に行かなくて大丈夫だったかな…)



心配なので、ついて行くと言おうとしたのだが、叢雲の目は何処か提督の存在を拒んでいるようだった。まるで1人にして欲しいと訴えるような。



ただ1人残された提督は、何もする事がないので叢雲の持って来た滞在用らしきキャリーケースを彼女の部屋に代わりに運ぶ事にした。



松葉杖が少々邪魔だったが、だいぶ操作には慣れていたので思ったほど苦にはならなかった。ケースが軽かったのも幸いしたと思う。



提督 (あいつ… 一、二泊するだけのつもりだったのか。)



まあ、今はイベントの最中だ。ここと違ってあちらは忙しいのだろう。それに、叢雲は主力の1人だ。普通はこんな時に休みを取れないだろう。



提督 (態々来てくれたのに、それでいいのか?)



久しぶりに会いに来てくれたのだ、提督だって積もる話もある。



提督 (でもまあ、本人が嫌なら仕方ないか…)



正直、そう思うと非常にショックだ。叢雲は提督にとって相棒的存在なのに、拒まれたとなると扶桑に愛想を尽かされたレベルでショックだ。(そんな経験はまだしてないが)



荷物も置き終わったので執務室に戻ろうとしていたとき、偶然卯月とバッタリ会った。



卯月「あ!司令官こんな所にいたぴょん!」



提督「よお卯月、そんな顔してどうした?」



何やらご立腹の様子だ。



卯月「とぼけるんじゃないぴょん!さっき叢雲ちゃんが泣きながら廊下走ってくのをうーちゃん見たぴょん!叢雲ちゃんに一体何したぴょん!」



提督「嘘だろ・・・まったく、あいつ強がりやがって。」



卯月「ああ!どこ行くつもりぴょん!」



提督「叢雲を探してくる!」



兎に角、叢雲が行きそうな場所に向かって走る。卯月にどこで見たか聞けば良かったが、大体は勘でわかる。なにせ彼女は相棒なのだから。



玄関を出て真っ直ぐ海へ向かう。



提督「叢雲!どこだ!」



返事があるわけないのはわかっているが、それでも彼女の名を呼ぶ。



そして海岸沿いに出ると、彼女の頭のアレだけがひょっこり出ているのが見えた。頭隠して何とやらである。



提督「こんな所にいたのか…」



少し大きい波が来ようものなら簡単に海水を被ってしまいそうな足場に腰を降ろした彼女は、うずくまって泣いていた。



叢雲「何で来たのよ…」



提督「卯月に教えてもらった、 泣きながら走ってくのを見たってな。」



叢雲「私のことなんて放っておけばいいのに…」



提督「お前が泣いてると知って、放っておけるわけないだろ。そんなに辛かったら意地張って無理するなよ。」



叢雲「違うわよ!そんなことで泣いてるんじゃない!」



提督「体調が悪いから泣いてるんじゃなかったのか…?」



叢雲「もしそうだったらこんなに泣いてるはずないでしょう!?この馬鹿!オタンコナス!鈍感!」

ポカポカ



提督「痛っ、待て待て叩くな痛い。」



叢雲「叩きたくもなるわよ!このこの!」



提督「痛た、一体何があったんだよ。」



叢雲「人が悩んでるっていうのに、好きな人作ったりして…」



提督「え、悩みがあるのか?」



叢雲「何よ、私が悩みのない脳内お花畑だとでも思ってたの?」



提督「いや、そんなことじゃない。俺は悩みがあるなら早くそうと言って欲しいだけだ。俺で良ければ何だって力になるから。」



叢雲「どうせ、あんたに解決できるはずがないわよ…」



提督「何だよ、そんなに俺が信用できないのか?」



叢雲「そうじゃないわよ。でも、無理だってわかっちゃったから…」



提督「何でそう決めつけるんだよ。そんなのわからないだろ。」



叢雲「あんた、あの2人が好きなのよね…?」



提督「何で、急にそんなこと聞くんだよ。」



叢雲「いいから、答えて。」



叢雲が静かだけど強い口調で強制してきた。だけど、その目は提督から逸らされた。



提督「もちろん、好きだ。俺の事を好きだと言ってくれたあの2人を、俺は全力で幸せにしてやりたい。」



叢雲「そう…ならもういいの。それで解決したから・・・」



提督「待てよ、何処に行くつもりなんだ?」



立ち去ろうとした叢雲の手を掴んで引き止める。今回は逃してなるものか。



叢雲「ごめんなさい、折角だけどもう帰らせてもらうわ。ここにいたらあんたの迷惑になるから…」



提督「何で俺がお前がいることを迷惑に思わないといけないんだよ。」



叢雲「あんたに、言ってなかったわね…」



叢雲がポケットから一枚の書類を取り出した。



提督「これ…」



着任したときに、一度だけ見た覚えがある。いつか使う日を夢見てた書類だ。



提督「ケッコン、するのか?」



叢雲「新米のあの人が、私の練度向上にって…私以外に、熟練しきった子いないでしょ?だからどんなものなのか知りたいからって私に・・・」



叢雲「でも、私は嫌だった・・・あの人がくれたのは私を愛してるからじゃない、ただのお試し。それに・・・」




叢雲「あんたが好きなの… 他の誰でもない、私のただ1人の司令官が。」




叢雲「鈍感で、いつもカッコ悪くて、クソ真面目で、無茶ばかりしてるけど…誰にだって優しくて、誰かが傷ついたら我が身のように心配したり悲しんだりしてくれて、誰よりも私を信頼してくれてる、あんたが好き。」



頭をバールのような物で殴られたかのような、とんでもない衝撃をくらった。まさかあの叢雲がこんなことを言ってくるとは思ってもみなかったので、しばらく呆然としてしまう。その間に、叢雲は話を続けた。



叢雲「だから、書類と指輪を持ってここに来たの。私から告白しないといけないってなった時は凄く戸惑ったけど、あんたなら受け入れてくれると思った。それにあの人よりあんたに指輪をもらいたかった・・・でも、あんたには既に私の他に好きな人がいた。だから、もういいの・・・」



叢雲「ごめんなさい、勝手に押しかけたくせに迷惑なこと言って・・・さっきのことは忘れて、どうか幸せになって・・・あんたがうちに戻って来た時までには、ちゃんと元の私に戻って待ってるから…」



そう言い残して、叢雲が提督の手から離れて行こうとする。



だが、考える前に提督は彼女をその身を以て止めていた。



叢雲「離して…」



提督「離してやるものかよ…」



叢雲「私はお邪魔虫よ…?何でそんなのにここまでするのよ…」



提督「お前のこと、俺はずっと親友とか相棒みたいに思ってた…」



叢雲「知ってる、私に対する恋心なんて1ミリも持ってないことくらいすぐわかるわよ…」



提督「でも、どんな時でもずっと一緒にいてくれたお前を特別に思ってた。今ここでお前のことを離したら、俺の中のお前が消えてしまいそうで嫌だ…」



叢雲「早く離しなさいよ…こんな所、2人に見られたらどうするの?」



提督「構うものか、お前の気が変わるまでこのままでいるさ。」



提督「困ってる俺の大切な秘書艦を放っておくわけがない、お前もそれをわかってて来たんだろ?」



叢雲「何よ、助けてくれるとでも…?」



提督「それが俺の役目で、願いだ。」



叢雲「2人も相手してるくせして…」



提督「10人くらい相手する気概がないと2人なんて到底無理だ…でも、それだったら1人や2人増えても変わらないだろ?」



叢雲「どんな屁理屈よ…」



提督「滅茶苦茶なこと言ってる自覚はある。」



叢雲「・・・」



叢雲「本当に、助けてくれる?」



提督「ああ、絶対に助けてやる。」



叢雲「2人はどうするの?」



提督「許可が出るまで一生かかっても頭下げ続けるさ。」



叢雲「帰ってくるまで頻繁に会えないけど…帰って来た時も同じ気持ちでいてくれるの?」



提督「毎日電話、こっちから一本以上入れとく。何も無しは辛いからな、それで保つよう努力させてくれ。」



叢雲「ありがとう…」



提督「こちらこそ、初めて会った時は好きだなんて言ってもらえるとは思ってもみなかったからな、すごく感謝してる。」



不意に、腕に暖かい粒が落ちて来た。一つ、また一つと降るそれは、暖かな軌跡を残して滑り落ちていった。



叢雲「司令官…」



提督「何だ?」



叢雲「もう少しだけ、ここにいてもいいかしら…」



提督「あたり前だろ、それに扶桑さんと山城を説得できるまで帰ってもらっちゃ困る。」



叢雲「そうね・・・頑張って。」



提督「微力を尽くすさ。」



腕を緩めると、叢雲がこちらを振り返った。白銀の髪に飾られた顔は、今まで見て来た表情の中でも、とびきりの笑顔だった。



叢雲「・・・どうしたのよ?急に顔逸らしたりして。」



提督「いや、その・・・お前がそんな顔できるなんて知らなかったもんだから・・・」



叢雲「え・・・まさか照れてるの?」



そう言われると認めるのは少しハードルが高い。だけど事実なのでほんの少しだけ首肯した。



叢雲「・・・//」



叢雲までそっぽを向き始めた。思えば、あまり外見で褒めたことが無かったので彼女も提督同様照れているのだろう。



提督「ああ、ちょっとタンマ。叢雲にまでそんな風にされると調子狂う。」



提督「戻るぞ、卯月に仲直りしたって言っとかないと悪人に仕立て上げられる。」



叢雲「3人目の女を作る時点で十分悪人よ。」



提督「頼むからそれについて言うのは無しにしてくれ、自分が嫌いになりそうだ。」



叢雲「あんたが自分で自分のこと嫌っても・・・私が、好きでいておいてあげるわよ。」



提督「それはどうも。」



叢雲「ちょ、何よその言い方!」



提督「はは、いつものやり取りの方が気が楽でいいな。」



叢雲「折角いいムードのままにしておこうと思ったのに!」



提督「ムードもいいけど…俺はやっぱりいつもの叢雲の方がいい。」



叢雲「この鈍感!乙女はムードを大切にする生き物なの!あんたもこういう時くらい格好付けなさいよ!」



提督「おお、自分で自分を乙女と言うようになったか。叢雲さん流石〜。」



叢雲「もう、茶化さないで!」



提督「不思議だ、怒ったお前が今はすごく可愛く見える。」



叢雲「人の話を聞いてるの!?」



提督「聞いてる聞いてる、聞いた上でスルーしてる。」



叢雲「もう、そんなんだからあの金剛さんにだって好かれないのよ。」



提督「扶桑さんと山城、あとお前に好かれてるならそれで十分・・・というか、仮にも告白した相手をモテない扱いして悲しくならないのか?」



提督「は、まさかお前非モテダメ男好kぐはっ!」



叢雲「自分で言っておいて血反吐はくとか救えないわね、あんた…」



提督「情けない男なのは十分理解してる…」



我ながら、よく好きになってくれたものである。



提督「時に叢雲、明日どこか遠出しないか?」



叢雲「え、いきなりデートするの!?」



提督「いや、そうじゃなくて…別に叢雲がそうしたいならそうしてもいいけど、文月達と約束してるんだよ。日帰り旅行みたいな感じで、遊園地とか水族館とかに遊びに行こうかと思ってたんだ。」



叢雲「ああ、そういうことね。別に行ってあげてもいいけど。」



提督「良かった、なら決まりだな。」



叢雲「でもいいの?私まで参加して。」



提督「人数多い方が楽しいだろ、それに俺から叢雲も連れて行きたいって頼んである。前々から行きたがってただろ?」



叢雲「え まあ、そうね。行きたくないことは無いけど…」



提督「じゃあ決まりだな。予定開けとけよ。」






それから、鎮守府に戻った提督は真っ先に扶桑と山城の説得に向かった。



正直処されるのではないかとものすごくヒヤヒヤしたが、扶桑の鶴の一声で呆気なく説得完了。これには叢雲もびっくりである。



おまけに、提督の初デートとファーストキスをもらったお詫びとして先に指輪を渡すことも許してくれた。



それから何やかんやと、今提督と叢雲は執務室に2人きりだ。



叢雲「本当に良かったのかしら…?」



提督「俺もこんなにすんなり事が運ぶとは思ってなかった・・・」



上手くいきすぎて怖いくらいである。



提督「まあ、めでたしということで2人の厚意に甘んじておこうか・・・」



提督「叢雲、手を出してくれ。」



叢雲「え、もう…?」



提督「そのために来たんだろ?」



叢雲「それは、そうだけど…でもまだ心の準備が・・・」



提督「俺だってできちゃいないさ、すごい心臓が脈打って痛い…」





提督「叢雲、俺とケッコンしてくれ。」



叢雲「・・・はい。」





顔を真っ赤にしている叢雲の華奢な手を取り、薬指に指輪をはめる。



銀色に輝く指輪を、叢雲は見惚れるようにしばらくの間ぼーっと眺めていた。



提督「気に入ったのか?」



叢雲「当然よ、あんたにもらったんだから。」



提督「まさかそれを叢雲に渡す日が来るとは思ったもなかったな。でも、軍の支給品なんかで満足されたら困るぞ。」



叢雲「どういうこと?」



提督「カッコカリじゃなくて本当に結婚するときは、もっとずっと叢雲に似合う素敵な指輪をプレゼントしてやるって言ってるんだよ。」



叢雲「あ、ありがと・・・でも、この指輪でも十分素敵・・・」



提督「そうか、ならいい。」



提督「さて、まだ書類にサインしてなかったな。早く書いてしまおう。」



叢雲が持ち出してきた書類を取り出し、着任以来ずっと愛用している万年筆で自分の名を記す。書き終わった後で、叢雲もそれに続いた。



叢雲「あんた、もう少し丁寧に書いたら良かったんじゃない?」



提督「悪い、つい癖でサラっと書いてしまった。」



叢雲「こういう時くらい落ち着いて書けばいいのに・・・まあいいわ、あんたの字嫌いじゃないから。」



提督「俺も叢雲のやたら乙女チックな丸い字が好きだぞ。」



叢雲「ちょっと、あまり言わないでよ。割と気にしてるんだから。」



どうも丸文字を気にしているらしい叢雲は、密かに通信講座で字の練習をしていることを提督は知っている。なかなか直らずウンウン唸っている姿は、それはそれで案外見ていて楽しいものだ。



提督「よし、あとはこの届け出を大本営に送ってやれば終いだな。叢雲、これからちょっと町に行こうぜ。」



叢雲「ここってポストとか無いの?」



提督「無いな、どっかに物を送りたい時は町に行くしかない。軍関係の施設に送るなら教官に頼めるけど、どうせなら映画見たり夕飯食べたりしたいなと思ったんだが・・・どうだ?」



叢雲「ああ、そういうことね。なるほど、そういうこと・・・って、ええ!?ま、まさかデート!?」



提督「まあ、そうなるな。」



叢雲「で、でもさっきデートはしないって・・・」



提督「それ明日の話だろ、別に今日しないとは一言も言ってないけど。」



叢雲「え、でもいくらなんでもいきなり過ぎよ。」



提督「ケッコンは急だったのに?」



叢雲「あ、あれはその場の流れと言うか、然るべき行動(?)であって…」



提督「もしかして、俺とじゃ嫌だったか?」



叢雲「そ、そんなこと言ってないでしょ!第一告白した相手とデートしたくないなんてどんな神経の持ち主よ!」



提督「じゃあいいだろ、何も問題無いわけだ。」



叢雲「でも、足怪我してるじゃない。」



提督「片足でも運転くらいできるさ。松葉杖がちょっとばかし邪魔になるかもだけど。」



叢雲「無理して悪化したりしたらどうするのよ。」



提督「今日と明日保てばいい。どうせ年がら年中座りっぱなしなんだ。」



叢雲「でも・・・」



提督「そんなに気にするなよ、今日はお前と俺にとって大切な日だろ?そういう時くらい特別なことしようぜ。」



叢雲「あんたが、そう言うなら・・・でも、ちゃ、ちゃんとエスコートしないさいよね。」



提督「任せとけって言いたいけど、そこはあまり期待しないでくれよ。」



叢雲「無理のない範囲でいいわよ。」



提督「承知した。じゃあ準備ができ次第出発するから、声かけてくれ。」



叢雲「まさかあんた、着替えないで行くつもりなの?」



提督「そんなわけないだろ、ちゃんと着替えて行くさ。俺はお前より早く支度できるからな。」



女性というのは支度に時間がかかることが多い(一部例外有り)。なので、いくら待たされようとそれに文句をつけてはならないのだ。



叢雲「わかったわ、じゃあ少し待ってて。」



それから十分程して、叢雲は支度を済ませて執務室に来たが、提督は服選びに手間取って逆に待たせることになってしまった。





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提督「悪かったな、さっきは待たせてしまって。」



叢雲「いいわよ、大して待ってないから。」



町に向かう車の中、提督は先程のことを再度謝った。



余裕ぶっこいておいてあの様、穴があったら入って蓋をしたい気分だった。



そもそも何故服選びに手間取ったかと言うと、普段からあまり休むことなく執務に励んでいる提督のタンスは私服というものが極端に少なく、見た目も地味な物ばかりだったので叢雲に恥をかかせないようなコーディネートを考えるのが大変だったわけである。



前に山城と水族館に行った時も服選びに頭を悩ませたので、あらかじめちゃんと服屋でそれ用の物を調達しようと思ってはいた。だが、なかなか時間が取れなかったためいつしか忘れていたのである。



叢雲「まあ、あんたにしてはあの壊滅的なレパートリーの中で良く頑張ったんじゃない?いつも制服姿ばっかり見てたから少し違和感があるけど、それなりに似合ってるわよ。」



提督「そう言ってもらえるといくらか楽だよ、フォローありがとな。」



叢雲「む、私は別にお世辞を言ったわけじゃないわよ。」



ここは普通、『何よ、別に褒めたわけじゃないんだからね!』と言うのがセオリーだったりするが(?)、やはり本心だと言ってくれるのは嬉しいものだ。



提督「なら良かった・・・その、さっきは言えなかったけど、叢雲もよく似合ってる。」



叢雲「そ、そう?どこか変な所ない?」



提督「ないない、強いて言うなら頭のアレがないのが気になるけどな。」



叢雲「町中で付けるわけにいかないじゃない。」



提督「それもそうだな。まあ、アレがない叢雲も普通の女の子みたい…いや普通の女の子してて素敵だぞ。」



叢雲「うぅ・・・褒め過ぎよ…」



提督「褒めたりないぐらいだ、割と今まで会えなくて寂しかったんだぞ?」



叢雲「もう、今日のあんたおかしいんじゃないの?散々褒めたりデートしようなんて言ったり。」



提督「別におかしくないだろ、俺はただ単に一緒にいる時間を大切にしようと思ってるだけだって。あまりこっちに長くいるわけにもいかないんだろ?」



叢雲「…そうね、確かにあまり長居はしてられないわね。」



提督「なら、もっとイチャコラしたってバチは当たらないんじゃないか?」



叢雲「あんた、随分と女に対する免疫が付いたわね。」



提督「扶桑さんと山城が毎日交代でくっついてくるからだろうな。あれだけベタつかれたら嫌でも免疫つくと思うぞ。」



叢雲「・・・そう」



提督「あれ、どうした?具合悪くなったか?」



叢雲「別に、なんでもないわよ・・・」




それから、2人は夕暮れ時のデートを楽しんだ。



提督チョイスの映画は、それなりに叢雲も楽しんでくれたみたいで、早めの夕食の時にはその話題で盛り上がることができた。



食べ終わった後、折角だからと叢雲が提督の服を見立ててくれることになった。



自分の買い物でないのに、彼女は真剣に考えてくれた。提督を試着室に封じ込めた上に、取っ替え引っ替え色々な服を持ってくるので、提督はかなり大変な目に遭ったが、折角叢雲がこんなにヤル気を出して選んでくれるのだから何も言えない。



まあ、好きな人が良いと思った服を着るのは悪くない気分だし、彼女の楽しそうな顔も見れたので何よりである。




その後、鎮守府に帰ろうとして車に乗るまでの間、叢雲は幸せそうな顔をして提督にぴったりとくっついて歩いていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




新たなる…




卯月「司令官!!大変だぴょん!緊急事態だぴょん!!」



朝っぱらから、卯月が人の私室に飛び込んできた。



まだ執務時間も始まっていない時間で、しかもこれから朝食を摂ろうという時に、急に寝間着姿で登場されてそんなことを言われれば、普通の人なら驚き慌てることだろうが、このパターンに割と慣れつつある提督は・・・



提督「近所迷惑にならならないからって、そんなにはしゃぐなよ。話聞いてやるから席に座ってろ。朝飯まだ食ってないんだろ?」



と、それだけ言って調理を再開した。ベーコンの香ばしい香りがキッチンに漂う。



卯月「それどころじゃないぴょん、ホントのホントに一大事なんだぴょん。」



そう言いつつも、椅子に座る音が背中から聞こえてきた。朝食を食べていく気はあるらしい。



ベーコンと目玉焼き、そしてさっさと人参を消費してしまおうと作った人参のグラッセを、適当に切ったレタスと共に大皿に盛り付ける。炊きたての白米、ネギが香り立つ味噌汁をお椀によそって卯月が待つテーブルに運ぶ。



大皿に盛られた人参を見て目を輝かせた卯月がさっそく箸を伸ばそうとするのを制止し、自分の分も運んで席に着く。



人参を凝視する卯月に内心苦笑いしながら、いただきますと言って食事を始める。一緒に言った卯月は言い終わるや否やすぐさま人参を口に入れた。



咀嚼する度に卯月の顔が蕩けていく。



提督「本当に人参好きだよな、卯月は。」



卯月「だってこんな美味しいお野菜他にないぴょん。あぁ、幸せぴょん…」



提督「人参なぁ…正直高校時代までは、できれば避けたい野菜だったな。今も別に好きってわけじゃないし。」



卯月「この味の良さがわからないなんて、司令官の味覚も大したことないぴょん。」



やれやれと言いたげに卯月がオーバーリアクションをする。本当、偶に人を挑発することに関しては天才なのではないかと思うほどに見事だ。いっそ清々しい。



提督「悪かったな、子供舌で・・・それで?何があったんだよ。朝飯食べに来ただけじゃないんだろ?」



卯月「はっ、そうだったぴょん!ねえ司令官聞いて聞いて!」



提督「ちゃんと聞いてるから、テーブルに身を乗り出すんじゃありません。若い女の子が行儀悪いと色々まずいぞ。」



卯月「は〜い。」



卯月「それでそれで、一大事って言うのは・・・」



提督「一大事っていうのは・・・?」



ここで妙な間が入る。一大事なら勿体ぶるのは如何なものだろうかと思うのだが、好きにさせておく。



卯月「なんと、うーちゃん達睦月型駆逐艦の仲間が新しく見つかりました!!」



提督「・・・ほう、そうか。」



提督「・・・」



提督「あれ、今なんて言った?」



卯月「なんと、うーちゃん達睦月型駆逐艦の仲間が新しく見つかりました!!」



提督「・・・うええ!?マジか!」



危うく味噌汁を吹いてしまうところだった。おまけにひっさびさにマジという単語が口から出てきた。



とりあえず落ち着くために、再び味噌汁に口をつける。



提督「ほぅ・・・えっと、となれば今やってるイベントでだな。誰だかわかるか?」



卯月「確か水無月ちゃんだったはずぴょん。」



提督「水無月、水無月・・・6番艦だな。あれ、卯月とは面識あまりなかったんじゃないか?」



卯月「確かにそうだけど・・・それはそれ、これはこれぴょん。何はともあれうーちゃん達ハッピーぴょん!」



提督「ハッピーって・・・まだここには着任してないだろうに。」



卯月「何言ってるぴょん?もうすぐ着任するぴょん。」



提督「え、嘘。今月の着任、移籍予定はなかったはずだが・・・」



卯月「そう簡単に他所から来るわけないぴょん、司令官大丈夫ぴょん?」



提督「混乱して大丈夫じゃなくなってきたんだが。」



卯月「もう、司令官は本当に鈍感さんぴょん。」



そう言うと、卯月がわざとらしい溜息を吐く。そして左手の人差し指を提督の顔を向けてこう言い放った。



卯月「水無月ちゃんをお迎えするのは司令官自身ぴょん!!」



提督「嘘ぉ!?本気で言ってるのか卯月!?」



卯月「もちのろんぴょ〜ん♪」



提督「ちょっと待てよ、イベントにここの鎮守府が参加できるわけないだろ。大本営直々に禁止してること忘れたわけじゃないよな?」



卯月「こっそりやれば問題無いぴょん。」



卯月はさも当然のようにしれっと言うが、バレたらお小言じゃ済まないような案件だ。最悪提督の首が着脱可能になってしまう。



提督「やるにしたってどうやるんだよ、他の鎮守府の艦娘と鉢合っただけで即アウト。おまけにここは一応教官の鎮守府の監視下にあるんだぞ。艦隊が何度も出入りしてたらすぐにバレちまう。」



卯月「じゃあ一回で終わらせれば…」



提督「たった一回で終わるはずないし、うちの運の悪さは折り紙付きだぞ。」



卯月「それをどうにかするのが司令官のお仕事ぴょん。」



提督「不確定要素までどうこうできるほど神がかってないから!」



とにかく引くつもりが無いらしい卯月。だが実際本当にどうしようもないのだ。



とりあえず、どうにか卯月を説得できる手立てはないものかと考える。まず閃いたのが教官から直接卯月に言って聞かせてもらおうというものだ。



善は急げというので、食事中なのに少々アレだがさっそく電話をかける。



2、3回コール音が鳴ったと思えば、すぐに教官がでた。



教官『はいこちら教官だ。珍しいな、貴様からかけて寄越すとは。何かあったか?』



早速、先程のやり取りと要件を手短に伝える。



教官『なんだ、そんなことか…』



教官『別に構わん、好きにするといい。』



提督「・・・はい?」



教官『仲間を迎えに行く、結構なことではないか。こちらの方で都合をつけておこう。』



提督「ええ!いいんですか!?」



教官『だから構わんと言っているだろう。なんだ、あまり乗り気ではないように見受けるが?』



提督「いやいや、そんなことはありませんが・・・てっきり駄目だと言われるもんだとばかり。」



教官『頻繁にやられても困るがな。まあ偶には良かろう。』




教官『卯月が貴様を信頼してその話を持ちかけたのであれば、我々がそれに口出しするべきではない・・・私からは以上だ、武運を祈っている。』



そう言って教官は通話を切った。



卯月「どうだったぴょん?」



提督「OKだとさ・・・はぁ、わかったよ。」



提督「食べ終わり次第作戦計画を練る、遠征はそのままに今日の出撃予定は全て破棄だ。」



と、その時ドアの外から何やら小さな声が聞こえてきた。しかも大勢。



気になったので開けて確認することにした。



提督「誰かいるのか・・・うおお!?」



ドアを開けた瞬間、少女達が雪崩のように転がり込んできた。睦月達である。



睦月「痛た・・・」



如月「重〜い。」



三日月「ムキュウ・・・」



提督「おいおい、こんな所で何してたんだよ。」



長月「す、すまん司令官。盗み聞きするつもりは無かったんだが・・・水無月のことを卯月が伝えに行ったと聞いたものだからつい。」



提督「なんだ、そんなことか・・・って、そんなことになんで全員してやってくるんだか。態々戸に耳をくっ付けるようなマネまでして。」



皐月「お願いだよ司令官!ボク達水無月を迎えに行きたいんだ!」



珍しく皐月が本気の目をしている。だが、やはりそれだけ姉妹に会いたいということなのだろう。



提督「その件に関しては、さっきまで卯月と話してた所だ。」



長月「司令官、私からも頼む。」



提督「そんなに言わなくてもいいぞ・・・本鎮守府は今日付でイベントへの参加を決定。すぐに作戦計画を立てるぞ。」



そういうと、みんな嬉しそうな顔をして歓喜の声をあげた。余程嬉しいのだろう、飛び上がろうとした皐月が上にいた望月の顎に頭をぶつけて両者とも悶絶していた。



提督「と、その前に全員中に入れ。その分だとまだ朝飯食べてないんだろ?全員分作ってやるから座って待ってろ。」



そう言うと、また喜びの声があがった。



正直、みんなが補佐艦として同行することになって本当に良かったと思っている。でなければ、食べてもらうことの喜びをここまで感じることなどできなかっただろうから。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




作戦計画を立て終わった次の日、いよいよ不幸鎮守府による初のイベントが始まろうとしていた。



提督「いよいよか…」



睦月型「司令官、艦隊全員揃いました!」



執務室に、第一艦隊のメンバーが勢ぞろいする。



水無月の着任はE-2攻略が条件であるため、一先ず潜水艦だらけのE-1が攻略対象となる。



睦月達がいる都合で、水雷戦隊の編成がし易い。そこで駆逐艦五隻を睦月、如月、卯月、弥生、菊月で編成、軽巡枠及び旗艦に天龍が加わっている。



提督「よし、それじゃあ只今より作戦行動を開始する。うちの初めてのイベントだからって、無闇に気張らなくてもいい。だから、必ず帰ってこいよ。」



天龍「ったりめえだろ。俺が旗艦を務める以上一人も沈めやしない。」



提督「そうか、でも無理はするな。危なかったらすぐに帰ってきて構わないから。」



卯月「大丈夫ぴょん!うーちゃん達ですーぐ終わらせて、長月ちゃん達にバトンタッチしてみせるぴょん!」



提督「お前の頭にはフラグと言う言葉が入ってないのか…」



そう言って卯月のおでこにデコピンをする。



卯月「あぅ…」




提督「・・・まあ、俺がこんなにビクビクしてたら駄目だよな…それじゃあ行って来い!健闘を祈る。」



一同「了解!」



そして、6人の少女達は海に繰り出して行った。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





提督「・・・」



艦隊が出撃して早3時間、今頃天龍率いる艦隊は戦いの真っ只中だろう。



扶桑「卯月ちゃん達が心配ですか?」



提督「そりゃな、心配で仕方ないさ。何せ相手は潜水艦だ。電探も対潜装備もしっかりと積ませたが、何が起こるかわからない・・・それにしても、よくわかったな。」



扶桑「だって、窓の外を見つめながらずっとソワソワしていらしていたものですから。」



提督「そんなにソワソワしてたか?」



扶桑「はい、してましたよ。」



貧乏揺すりとかはしていた覚えがないのだが、やはり扶桑にはわかってしまうものなのだろう。否、ここは女性だからと言った方が正しいだろうか。



提督「・・・昔、俺がまだまだ初心者だったころに、出撃にだした艦隊が潜水艦にボロボロにやられたことがあってな。理由は俺の編成ミス、戦艦と重巡メインにしてたから叢雲と神通しか攻撃できる者がいない上に、ロクな対潜装備を持たせてなかった。」



提督「どうにか、2人が頑張って相手の旗艦を沈めてくれたおかげで撤退できたが、母港に帰って来た時はほとんどの奴が瀕死だった。今にも生き絶えるんじゃないかと思ったほど弱ってた金剛達を見た時は、すごく怖かったよ・・・。」



提督「そんなことがあってから、どうも潜水艦相手にする時は未だに不安になっちまうんだ。」



傷付き倒れた仲間達の顔もそうだが、あのとき本気で怒ってくれた叢雲の顔は今でもよく覚えている。




夜、密かに部屋の隅で丸まって、泣きながら自分を責めていたときの姿も。




提督「もう絶対に、誰にもあんな思いはさせたくない・・・」



窓の外のどこかを見つめながらそう言った時、横から温かな重みがきた。



扶桑「大丈夫ですよ、きっと無事に帰って来てくれます。」



不安を溶かすように、扶桑の温もりが提督の体を包む。



提督「すまないな…ありがとう。」



扶桑「いいんですよ、このくらい…」



最近になって、甘えることが増えてしまった気がする。扶桑と山城は喜んでくれるが、甘えっぱなしというのは些か男の沽券に関わる。しかし、一緒にいるとつい油断してぽろっと出てしまうのだ。



提督 (せめて仕事中はちゃんとしないと…)



提督「っと、入電だ。」



無線機の着信音がしたので、すぐさま通話ボタンを押す。



提督「こちら提督、何かあったか?」



天龍『こちら天龍、たった今ボス出現海域で潜水棲姫に勝利したぜ!』



提督「本当か!」



天龍『ああ、ちょっとばかし物足りなかったくらいだな。』



提督「流石、熟練の世界水準だな。」



天龍『よせよ、照れるだろ。まあ、これから帰投するからそれじゃあな。』



提督「わかった、気をつけて帰れよ。」




そう言って通信を切ろうとしたその時…



スピーカーの向こうから爆音と悲鳴が聞こえてきた。



天龍『うわあぁ!』



提督「どうした!何があったんだ!?」



天龍『わからねえ!でもどっかから魚雷撃たれた!』



提督「被害状況は!?」



天龍『おい!全員無事か!?・・・』



天龍「・・・睦月と卯月大破、如月もやられた!」



提督「すぐに索敵開始、数と位置把握が完了したら3人をフォローしながらすぐに離脱しろ!ばら撒けるものはばら撒いて少しでも撤退する時間を稼ぐんだ!」



天龍『了解・・・ぐあ!』



提督「天龍!!」




それっきり、通信が途絶えてしまった。




提督「くそ、えらいことになった・・・」



提督「扶桑さん、救援に行ってくれるか?戦闘には間に合わないかもしれないが、撤退の殿と手負いの奴の補助を頼む。」



提督「編成は・・・山城、古鷹、加古、あとポーラを同行させよう。」



扶桑「わかりました。すぐに行ってきます。」



提督「ああ・・・みんなを、頼んだ。」



扶桑が執務室を後にする。一応、万が一の時に備えてすぐに出撃できるようにと言ってあったからすぐにでも出ることは可能だろう。



提督「無事でいてくれ・・・」



己の無力さを呪うのは、これで何度目だろうか。昔よりは頻度も減った気がするが、未だに割り切れそうになかった。



扶桑達を見送り、執務室に戻って全員の帰投を待った。胸が潰れそうなほどの不安感に付き合いながら、ただひたすら待った。頭が痛くなるほど時間の流れが遅く感じられ、苦しくって仕方がなかった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




空が朱に染まり始めた頃、ようやく天龍達と、扶桑達が帰ってきた。



ボロボロになった天龍が執務室に入ってくると、一気に不安感が取り払われて安堵の声が出た。



提督「無事で何よりだ。」



天龍「面目ねえ、俺が油断したばっかりに・・・」



提督「それ以上何も言うな。責めるつもりは毛頭無いし、今は誰一人欠くことなく帰ってきてくれただけで十分だ・・・」



扶桑によれば、天龍と弥生が中破し、後の四人は皆大破してしまったそうだ。



提督「バケツを使うのから、入渠ドックはすぐに空くだろう。でも今日はゆっくり休んでくれ。明日の出撃も延期する。」



天龍「何もそこまでしてもらわなくても、俺は明日も行けるぜ。」



提督「その心意気は嬉しい、でもこれは命令だ。大人しく休んでろ。」



天龍「そこまで言うなら…わかった。」



着替えてくると言って執務室を出た天龍の背中を見送る。パッと見ただけでも激戦だったのがわかった。




卯月達の修復が完了したという報告がきたので、少しだけ時間をおいてから見舞いに行くことにした。(本当は飛んで行きたかったが、見た目幼いとは言え淑女の着替えを覗くわけにはいかない)



提督「卯月、如月、睦月、菊月!無事だったか!」



四人が体を休めている休息所に入るなり、彼女達の元へ駆け寄る。



卯月「あ、司令官!ただいま・・・ムギュ!」



睦月「にゃ!!」



如月「きゃっ!」



菊月「・・・!」



提督「良かった、みんな無事で・・・!」



四人の体を同時に抱きしめる。少し窮屈そうだったが、御構い無しだ。



卯月「あれれ〜司令官泣いてるぴょん。」



如月「あら、そんなに私に会えなくて寂しかったかしら?」



睦月「男の人なのにカッコ悪いですよ〜?」



提督「お前らなぁ、天龍からの、通信が切れてから、俺が、どんだけ心配して、待ってたと思って・・・」



頰を伝う涙を拭うこともせず、ただひたすらに抱き続ける。



そのうち、一人が提督の体にしがみ付いて泣き始めた。



提督「菊月・・・?」



菊月「辛かった…痛くて、怖くて…沈むんじゃないかと思った・・・」



菊月が制服に顔を押し付けながら、声を出して泣き始めた。こんな風に泣く菊月は初めて見たが、何より彼女が提督に初めて話しかけてきたことに驚いた。



卯月「うーちゃんも、怖かったぴょん…」



睦月「睦月ももうダメかと思ったよぉ・・・」



菊月につられて、今度は卯月と睦月まで泣き始めた。如月まで、目に涙を浮かべている。



改めてしっかりと彼女達の体を抱きしめると、そのまま彼女達が泣き止むまで四つの頭を両手を駆使して撫でた。




しばらくそうしていると、卯月の頭が船を漕ぎ始めた。他の3人も眠たそうだったので、畳の上にそっと寝かせて布団を掛けてやった。




天龍「寝たのか?」



提督「?・・・ああ天龍か。今寝たところだ。」



振り返ると、いつの間にか天龍がドアの所に立っていた。弥生も一緒である。



弥生「司令官…」



提督「弥生も無事で良かった、良く四人を助けてくれたな。偉いぞ。」



弥生「・・・」



提督「あれ、どうかしたか?」



弥生「別に…何でもないです…」



何だか少しふくれっ面になっている気がする。何か悪いことでもしただろうか。



天龍「おいおい、弥生には何も無しか?」



提督「え・・・ああ、何だそういうことか。」



弥生「いいです…別に弥生はへい・・・」



提督「悪かったな。あと、ありがとう。」



弥生「・・・//」



四人と同じように、弥生のこともしっかりと抱きしめる。それと同時に、同じく出撃していた弥生と天龍だけ別扱いしていたことを反省する。



提督「お前にもやってやろうか?」



天龍「ばっ、何で俺がそんなことされなきゃいけねえんだよ。」



提督「いやー、物欲しそうな目で見てたものだから。」



天龍「なわけあるか!」



提督「はは、まあいいや。ちょっとこっち来い。」



天龍「何だよ、面かせってか。」



提督「面というより頭だな、ほれほれ。」



天龍「お、おい止めろ。撫でるなって。」



提督「褒めてんだよ、大人しく成されるがままにされてろ。」



天龍「ったく、しょうがねえ提督だよ。」



とか言いつつ、そこまで嫌がってないあたりやっぱり天龍だ。



程良いところで切り上げて、天龍に卯月達を見ていてもらう。どうせみんなして寝るだろうから、そっとしておくためだ。




部屋を出ると、偶然山城とばったり会った。風呂に入っていたらしい、頰が火照ってほんのり赤くなっている。しっとりと濡れた髪なんかも相まって妙に艶めかしい。つい顔を背けてしまった。




提督「天龍達のこと、ありがとうな。」



山城「いいの、今回の作戦は私達出番無いから。」



山城「それに…提督にあんな顔して頼まれたら、断れないじゃない。」



提督「それは惚れた弱みととってもいいのか?」



山城「もう、わかってるなら態々言わないでよ、恥ずかしい。」



提督「そういうとこ、山城は本当に可愛いな。」



火照った頰がさらに赤く染まり、目を泳がせた後下に視線を落とした。



山城「わ、私なんかより姉様の方が可愛いわよ。顔を真っ赤にして頰に手を当ててる所なんてそれはもう…」



提督「それは同感、だからついつい余計に照れさせたくなって怒られてばかりだ。」



山城「当たり前じゃない、ずっと恥ずかしい思いをさせられたら誰だってそうなるわよ。」



提督「違いない、少しは自重しないとだな・・・でもそれはそれとして、山城だって扶桑さんに負けないくらい可愛い所沢山あるぞ。」



山城「え、えっと・・・それは、具体的にどんな・・・?」



提督「言っていいのか?」



山城「や、やっぱりだめ。」



提督「だろうと思った。」



山城「あ、あまりからかわないで。」



提督「悪い悪い。」



返事はふくれっ面だ。本当、可愛くて仕方ないが先ほど自重すると言ったばかりなので我慢する。



廊下を歩いている途中、小さな休憩スペースにたどり着いたので、自分の分と山城の分の飲み物を自販機で買って二人でベンチに腰掛けた。



山城「ありがとう、丁度喉が渇いてたところ。」



提督「風呂上がりはちゃんと水分取らないとって、よく母親に言われてたからな。」



山城「ご両親は、今何処に住んでるの?」



提督「子供が少ないって頭抱えてる悩んでるような所。農家ってわけじゃないけど、まあ東京なんかに比べたら田舎だな。」



山城「海の近く?」



提督「いや、内陸のすぐ近くに山がある所。残念ながら、海を見て育ってはないな。」



山城「そうなの…でも、それはそれで素敵。」



提督「そう言って貰えると、悪い気は全然しないな。」



山城がボトルの中身を一気に飲んで空にする。その後、体を提督の方に近づけてきた。



提督「どうした?」



山城「ねえ、少し肩を貸してくれる?」



提督「構わないけど。」



提督との距離を更に詰めると、体を密着させてそのままもたれ掛かるように寄り添い、頭を肩に乗せてきた。



提督「山城がこんな甘え方するなんて、珍しいな…」



山城「私にもご褒美、あの子達ばかりズルいわよ…」



風呂上がりというのもあって、普段以上に頭髪からシャンプーの香りがして凄くドギマギする。荒ぶり始めようとする心臓をなだめようと手元の飲料を飲むことに専念するがもう既にそれどころではない。



提督「や、山城サン、寝るなら部屋か仮眠室の方が良いと思いますけど・・・」



山城「ここでいいの、ただ提督と一緒にいたいだけで寝るつもり無いし…」



これは非常にマズい、今の一言で心臓のブースターに火が点いてしまった。ここで動揺していふことがバレてしまってはまた余裕が無いだのとお説教を頂戴することになる。



提督 (ふ、風呂上がりじゃなければ良かったのに・・・)



普段の格好で、いつも通りの状態ならまだ冷静になれる。だが、いまの山城は風呂上がりプラス結構な薄着だ。流石にまだその状態でのスキンシップに免疫はついてない。(夜戦?もちろん未だ未経験だ)



山城「ねえ、提督・・・」



提督「な、なな、なんだ?」



提督 (うわ、マズい呂律がっ…)



流石にバレただろう、もう覚悟を決めるしかなさそうだ。



おっかなびっくり山城の次のセリフを待つ。



山城「・・・」



提督「・・・」

ドキドキ



山城「・・・」



提督「・・・?」



提督「あの…山城サン?」



山城 スースー



提督 チョンチョンプニプニ



山城「ふにゅ・・・」



寝てた。バッチリ寝ていた。



提督「はぁ〜、なんだよ。結局寝るのか。」



まあ、それだけ彼女も疲れていたということなのだろうが散々振り回しておいてそれはひどいと思う。せめて心臓がオーバーヒートしていた時間を少し返して欲しい。



一応、まだドギマギしているにはしているが、バレないと分かれば多少はマシになる。



提督「はぁ、運ぶにしてもな・・・布地薄すぎだぞ。確かに暑いのもあるけど。」



負ぶって運ぶのは(何がとは言わないが当たるから)気がひけるし、腕に抱えて運ぶのは間違って(何がとは(ry)触ってしまうかもしれない。



提督「仕方ない。こんな所で寝かせて風邪ひいたらコトだし、部屋まで連れて行くか。」



結局負ぶることにして運び始めた提督だが、当たっている上に首元に吐息がかかって先ほどより大変な目に遭ったのだった。





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攻略開始5日目



ボス撃破後の謎乱入やら天候不良を立て続けにくらいながらも、どうにかこうにかE-1をクリアすることができて、本日からいよいよ本命のE-2攻略が始まった。



編成としてはE-1同様水雷戦隊となり、軽巡に夕張(ことドラム缶キャリアー)、駆逐艦組を長月、文月、望月、三日月、皐月で構成している。




提督「輸送作戦とは言え、敵は強い。ずっと気張ってろとまでは言わないけど、最後まで油断だけはしないでくれ。」



イベント開始当日のこともあって、誰もそれに異論は無かった。



提督「よし、なら出撃命令を出す。必ず帰ってこい。」



6人は首を大きく縦に振ると、船着場へ向かった。



出撃する直前、文月が小走りで提督の所へやってきた。



提督「どうかしたか?」



文月「あのねあのね、もし…じゃなかった、私達が頑張った後で水無月ちゃんがここに来たら、私水無月ちゃんともお出かけしたいの。」



提督「この前動物園行った時みたいに?」



文月「うん、だからまた連れて行ってくれる?」



まだ着任してないというのに、そうやって仲間のことを考えるなんて文月はどれだけ優しい心を持っているのだろうか。正直眩しいくらいだ。



提督「わかった、約束する。その代わり、絶対沈んだりしたらダメだぞ。」



文月「わかった、じゃあ指切りしよ?」



文月が小指を出してきたので、提督は首肯すると彼女の小さくて細い指に自分の小指を絡めた。



長月「文月?何をしているんだ?」



文月「司令官と、水無月ちゃんが来たらまたみんなでお出かけしようって約束したの。だから指切り♪」



長月「そうか、なら私もするぞ。ほら司令官!」



提督「ああ、いいぞ。」



文月よりもほんの少ししっかりしているが、十二分に細い指。それと自分の指をしっかりと結んでやる。



文月「それじゃあ、みんなでしようよ。」



長月「望月、皐月と三日月も!」



怠そうな体を装いながらも若干照れてる望月、ノリノリで小指を差し出してくる皐月、律儀に歌まで歌う三日月と順番に指切りをする。



それが終わると、少女達は海へ駆り出して行った。



提督「・・・」



卯月「心配してるぴょん?」



提督「まあな…というか、いつもお前達が出撃したり遠征に行ったりする度に心配してはいるさ。」



卯月「そうだったぴょん?全然そう見えなかったけど…」



提督「表情隠すのに慣れただけだろ。」



卯月「でも司令官ポーカー苦手そう。」



提督「そうでもないぞ、俺のゲームラックは意外とすごかったりするんだって。」



卯月「ポーカーフェイスができるかどうかのお話ぴょん。」



提督「始終ニヤニヤしてることはできるぞ。」



卯月「うわ、気持ち悪い。司令官とポーカーしたくないぴょん。」



提督「おいおい、おれも自分で言っておいてそれはないなって思ったけど、メンタルに直接響く言葉遣いするのはやめてくれ・・・」




提督「はぁ…まあいいか、戻るぞ。今は信じて待とう。あと、いつ帰って来てもいいように準備しておかないとな。」



卯月「お手伝いするぴょん。」



提督「そうしてくれると助かる。そうだ、食料品の買い出ししようと思ってたんだ。ついて来るか?」



卯月「うーちゃんは執務室でお留守番してるぴょん。」



提督「悪いな、じゃあなるべく早く帰ってくる。」



卯月「人参を忘れたらぜったいだめぴょん。」



提督「お前が食べたいだけだろ…まあ丁度切れてたから買うつもりではいたけど。」



卯月「やったー!」



これは絶対、突撃!司令官の晩御飯!ルートになる流れだろう。買い物はその辺も考えていた方が良さそうだ。




それから、その日1日は割と被害は出ていたが、何事も無く無事に艦隊が帰投することができた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




葉月の終わりに




水無月「ねえねえ!次はあれ乗ろうよ!」



長月「さ、流石にもう絶叫系はお腹いっぱいなんだが・・・」



文月「行く行く!落っこちるの楽しそ〜♪」



皐月「僕も乗りたい!ほらほら、長月も行くよ!」



長月「ちょ、引っ張るな!私はもうこれ以上はぁぁ!」



イベントも無事に終了して、水無月を迎えることができてから数日。間も無く八月も終わろうとしているこの日、文月との約束通り水無月も連れて提督達は遊園地にやって来ていた。



提督「はは、楽しそうで何よりだな。」



菊月「そうだな、これも司令官のおかげだ。」



提督「そんなことないって、頑張ってくれたお前達みんなのおかげだよ。な、卯月。」



卯月「へっへ〜ん、もっと褒めてもいいぴょん♪」



菊月「・・・そう言ってもらえるなら、頑張った甲斐はあったな。」



最近になって、菊月が提督とコミュニケーションをとってくれるようになった。今までの苦労はなんだったのかと首をかしげる程の豹変っぷりだったのですごく不思議だったが、信頼に値すると認めてくれたんだとかどうとか・・・まあこれで一つ悩みが減った。



望月「でも、一時期はどうなることかと思ったな〜。正直死んだと思ったし。」



E-2の攻略は、1と同様熾烈を極めた。竜巻に襲われて艦隊が散り散りになったり、他の鎮守府の艦隊に敵と間違われて誤射されたりと、挙げればキリがない程の不安に見舞われた中での攻略だった。



提督「望月があんな馬鹿なことしたのは、俺ちゃんと根に持ってるからな。」



望月「仕方ないじゃん、ああでもしないと本当に艦隊一つ沈められてたんだから。」



というのも、一度運悪くボス戦前で6人全員大破してしまい、勝利はしたものの撤退する間も無くボスの強襲を受けた。

誰も戦えない状況で、望月が撤退の時間を稼ぐためにダイソンに捨て身の体当たりをしたのだ。



それによってダイソンは呆気なく轟沈、そのことに恐れをなした随伴艦は撤退し、撃退に成功した。



だが、代わりに望月が航続不能。いつ沈んでもおかしくない程にボロボロになったのだ。



結局、どうにかこうにか沈まずに済んだので今もこうして生きているわけだが、傷が治った後の提督の説教はそれはそれは長いものとなった。



提督「はぁ、まあいい。もう何回も言ったせいで言い飽きた。」



望月「こっちだって、もう既に耳にタコができてるし。」



もう少し反省しても良いだろうと思ったが、事実上彼女に救われた側の人間なのでこれ以上は言えない。



弥生「ねえねえ卯月、これ飲んだらここ行かない?」



卯月「ん、どこどこ?・・・あ、ここうーちゃんも行きたかった所ぴょん!ねえねえ、菊月ちゃんも一緒に行かないぴょん?」



菊月「そうだな、菊月も丁度行きたかった所だ。行ってきてもいいか、司令官?」



提督「ああ、いいぞ。でも迷子になったりするなよ、人が多くてはぐれやすいから注意してな。」



卯月が元気良く返事すると、3人は手を繋いで駆け出して行った。今現在、全員の行動に関しては二人以上なら勝手に好きな所へ行って良いことにしている。10人も一度に面倒見るのは大変だし、最悪の場合迷子センターを利用すればいい。流石にそれができないほど子供じゃない。



日陰から出ようとしなかった望月も、座っていることに飽きたのかゲーセンに行ってくると行って席を立って行った。



一人残された提督は、そのままパラソルの下に留まった。そこへ、何を勘違いしたのか、ここのマスコットキャラクターらしき着ぐるみが隣に腰掛けてきた。それでもって元気出せよと言わんばかりに肩を叩いてきた。



謎に親しみを持って接してくる着ぐるみの応対に困っていると、丁度良く待ち人がやってきた。



扶桑「提督、お待たせしました。」



山城「遅れてごめんなさい、待った?」



なんと今回、この二人も一緒に来ることになったのだ。卯月達に自由行動を許可したのはこれのためと言ってもいい。



二人を待っていたことを理解した着ぐるみは、膝で小突いてくると、立ち上がって二人に手を振り始めた。



扶桑「提督?この方はお知り合いですか…?」



山城「違いますよ姉様、いわゆるマスコットキャラクターです!こんな所で会えるなんてついてますよ!」



扶桑「そうなの…?」



提督「そうだ、折角だから写真撮ろうか。二人で着ぐるみと一緒に並んで、俺がシャッター切るから。」



山城「いいの?ありがとう!ささ、姉様早く早く。」



扶桑「え、でも私こういうこと初めてでどうしたらいいか…。」



山城「大丈夫ですよ、私の真似をしてみてください。」



扶桑「えっと…こう、かしら?」



山城「そうです姉様!その調子!」



提督「お、いい感じ。扶桑さん、もう少し笑って・・・そうそう、じゃあ撮りますよー、ハイチーズ。」



扶桑の表情が一番良く写るようなタイミングでシャッターを切る。あまり写真に慣れてない彼女は、タイミングを掴むのが難しいがそれなりに満足のいくできとなった。



着ぐるみは、去り際に提督とハイタッチを交わして人混みの中へと消えていった。中の人はさぞいい人なんだろうなという感想を抱きながら、その背中を見送る。



提督「それじゃあ、そろそろ行こうか。」



扶桑「はい、段々暑くなってきましたからね。」



山城「これから涼しくなりますよ。」



実はここの遊園地、園内に屋外プールがあるので避暑地としても利用できる人気のレジャー施設となっている。



折角あるのだからそちらも利用したいと考えた提督は、それ故扶桑達を誘うことにしたのだ。

(彼女達の水着を見たいという下心は・・・ありありに決まっているだろう)



さっそく、プールの入り口に着くと受付を済ませて着替える。この日のために買っておいた新品だが、品選びに叢雲の意見を聞いているのでセンスに関しては悪くないと思う。



はやる心に逆らうことなく急いで着替えを終えて、女子更衣室の出口から発見し易い場所で待機する。もう正直二人の水着姿が楽しみで仕方がなかった。




平常心を装って待っていると、不意に後ろから声を掛けられた。お待ちかねの二人が着替えを終えて来たらしい。



呼びかけに応じて後ろを振り向く。




そして、後ろの二人の姿を見た提督は言葉を失ってしまった。



扶桑「お待たせしました。あの、これどこか変じゃないでしょうか…?」



山城「私も、姉様とお揃いのにしたのだけど…どう?」




どうもこうも、変も変じゃないもあったもんじゃない。



二人の容姿は最高の一言では尽くせないほど美しいものだった。



露出は少ないが、あどけなさと大人っぽさを両立したデザインの水着に黒く長い髪と豊かなボディラインが絶妙なアクセントを付け加えている扶桑。



扶桑よりも大胆で、身体的魅力をこれでもかと底上げするフォルム。若々しさ溢れる明るい色彩に彩られた山城。



どちらをとっても甲乙付け難く、比べることすらも罪に思えてくる程に美しかった。



扶桑「あの、提督。あまり見られると困ってしまいます…」



山城「恥ずかしいから、そんなに見つめないでよ…」



提督「悪い、二人があんまりにも綺麗なものだから…」




山城「もう、変に正直なんだから。」



扶桑「提督のお気に召していただけたなら、頑張って選んだ甲斐があったわね山城。」



山城「まあ、そうですね。」



取り敢えず、ただ突っ立っているも何だろうということで早速泳ぐことにした。

とは言っても、二人はあまり泳ぐのが得意ではないので浅めのプールで遊んだりすることになる。



プールサイドを3人揃って移動移動していると、提督はふと周りから送られてくる妙な視線を感じた。



そして一瞬で悟った。周りの男達が扶桑達に魅入っているということに。しかも山城に関してはそれがすごく顕著だ。



山城「提督、どうかしたの?」



提督「あ、いや何でもない・・・悪いが、少しだけ待っていてくれるか?忘れ物をした。」



山城「もう、早く戻ってきてよね。」



提督「わかってる!」



こうしてはいられない。提督は男子更衣室へ急いで駆け込むと、カバンからパーカーを取り出して扶桑達の元へ向かった。



扶桑「大丈夫ですか?そんな息切れするほど急がなくても良かったのに。」



提督「いや、いいんだ。それより山城、これ。」



山城「何?パーカーをどうすればいいの?」



提督「それを、着て欲しい。」



山城「どうして?」



提督「えっとだな…取り敢えず何でいいから着てくれ。」



山城からパーカーをひったくって、そなまま強引に羽織らせてしまう。突然のことに山城は驚いていた。



提督「・・・他の男に、山城をジロジロ見られたくないんだ。濡らしても何しても構わないから…」



山城「えっと…そう、ありがとう。」



正直、提督だってパーカーなんて着せずに山城の水着姿を楽しみたい。だけど、周りの男どもが彼女の水着姿を見て卑猥な妄想をしているのではないかと思うと気分が悪くなる。



山城「びっくりした、提督にもジェラシーってあるのね。」



提督「当たり前だろ、ましてやこんな美人姉妹誰にも渡したくない。」



提督「それはそうと、早くプールに入ろう!もう遊びたくてしょうがない。」



山城「あ、ちょっと待って、今行くから。」



扶桑「走ると転んでしまいますよ。気をつけて。」



それから、3人はしばらくプールデートを満喫した。まだまだ暑さが抜けるには時間がかかりそうな八月の末には丁度良く、少しはしゃぎ過ぎてしまった。



帰りの車の中、運転している提督以外は疲れたせいかみんな仲良く寝ていた。時折後部座席を見やると、そこには楽しげな寝顔があった。









後書き

最後までお読みいただき、感謝感謝です。
長らくお待たせしてしまいましたが、葉月の章いかがでしたでしょうか?個人的に描きたいことが多過ぎて迷走した結果が今作となっています、少しゴチャゴチャしてしまいました。

(ここから少しネタバレ有り)
前回に引き続き、今回は叢雲が提督に不意打ちダイレクトアタックです。僕がこの作品を書くにあたって、2番目に書きたかったことだったので少しほっとしてます。
どうでもいい話ですけど、告白した時のあのセリフ、実は叢雲の気持ちを考えたせいで涙が出ました。(自画自賛していくスタイル)


あと、やっと水無月ちゃん着任です。あかげで大体書きたいことを消化できたので、これからしばらくは睦月型10人プラスαの、ほのぼの日常物(?)にする予定です。


リアルの色々な不運のせいでまた遅い投稿になりそうですが、次回作である長月の章でまたお会いしましょう。


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2016-10-16 22:29:21

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3件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2016-10-16 03:50:12 ID: -_W27QOK

お待ちしていました!偶然目を覚まして確認すれば投稿されてるんですもの、というかビックリしすぎて寝ようとしましたし。
今回も楽しませてもらいました!なんか重要すぎる部分があったけども、、、
叢雲が大胆になったのには思わず「おおっ!」ってなりましたね(何か子供みたいな反応だな)
水無月も着任したし菊月も素直になった?し、本気をだせば望月はやる子だって証明されたしね!
扶桑姉妹の水着は本当に最高ですね、おっと鼻血が。
これからも応援してます!頑張ってください!

誤字の報告を、、、、「鎮守府にいる者は部屋で扇風を」→「鎮守府にいる者は部屋で扇風機を」ですね
リコリスの「長コトコノ暗イ場所ニイテ」→「長イコト暗イ場所ニイテ」
同じく「今マデ誰トモ出会ッタカラ」→「今マデ誰トモ出会ワナカッタカラ」
桃の所で「自信かるから!」→「自信あるから!」
叢雲の「でもさっきデートほしないって」→「でもさっきデートはしないって」
長文申し訳ありません、毎度のことながら誤字報告は言いづらいなと思います

2: 影乃と月の神 2016-10-16 11:50:26 ID: eSY_UswR

本当にお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした、毎度毎度上げてからすぐに読んで下さっていただいているので本当にありがたいと思っています。

誤字の報告助かります、自分で確認すると脳内補完されてどうしても発見できないんですよね、困った困った(^_^;)

これからもできる限り全力で執筆していくので、今後ともよろしくお願いします

3: SS好きの名無しさん 2017-02-09 18:58:34 ID: FmyBhbVE

ほのぼのが無くなったのかー
と思ったが、最後はいつものほのぼので良かった。
少しずつ不幸鎮守府の謎が解明されてくのが楽しみです!


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