2016-10-17 06:02:14 更新

概要

音信不通になったアメリカの洋上ロケット発射基地『ダイナソア』を奪還すべく、
特務鎮守府第一から第五までの司令船が大兵力を展開する。
緒戦は順調だったがすべて敵の手のうちであり、さらに深海側の運用する戦艦「紀伊」により、
戦況は一気に逆転していく。

入渠施設を破壊されていく司令船、戦死していく提督たちと、
絶望的な戦況で撤退戦を展開する艦娘たち。

そんな中、大破した明石は着任したての熊野を日本に帰そうとする。
着任したばかりなのに、絶望的な旅に出る熊野。
そして、唯一生き残った特務提督は、目の前で浜風の死を見てしまい、絶望して深海側に投降する。

同じころ、黒い噂の絶えない波崎鎮守府では、提督が内定調査中の憲兵を海に突き落としていた。

一方、まだまだ平和な堅洲島鎮守府と、

そして、場所は一転。オーストラリアで誰かを探す人が居た。


前書き

浜風が轟沈するシーンがあるので、苦手な人はスルーしてください。

浜風と提督のやり取りは、今後の重大な伏線だったりします。


[第十七話 彼方の海で]




―クリスマスの翌日、朝の太平洋上。特務第一鎮守府『第一太平洋遊撃艦隊』司令船『みょうじん』艦橋。初老の提督は、彼方の海域を睨んでいた。音信不通になったアメリカのロケット発射基地の方向は、空も海も、赤黒く、時に青黒く、不気味にうねるもやに包まれている。


鳥海「提督、遥か前方、作戦海域に異変!」


特務第一提督「・・・敵だ。第一から第四艦隊まで、一時編成にて出撃準備、第一、第二艦隊は出撃後、水上打撃部隊を編成。第三、第四艦隊は空母機動部隊を編成。続いて、第五艦隊、支援射撃部隊、出撃準備!第六艦隊、潜水支援部隊編成、出撃準備!続いて、艦内の艦娘は二次編成にて出撃準備!」


―艦内放送と、出撃準備を意味するアラームが鳴り響き、たくさんの艦娘たちが出撃していく。


特務第一提督「させんよ、今までのようにはね。鳥海、特務第二、第三、第四の展開状況はどうか?」


鳥海「はい、『ひよし』『ふくとく』『ふくじん』、全て同時展開、順調のようです」


特務第一提督「後方警戒中の『あさね』はどうか?」


鳥海「後方警戒部隊、全出撃完了とのことです」


特務第一提督「よし、まずは発射基地の奪還など考えず、ひたすら敵戦力を削り、様子を見るか。特殊帯通信、各艦隊旗艦へ」


鳥海「指揮回線、開きました。感度良好!」


特務第一提督(特殊帯通信)「扶桑、大淀、敵勢力の突出部を注視し、その部分であえて劣勢を演出しろ。突出部が敵本体の支援効果の薄くなる部分まで陽動・誘引を行い、これの成功後に、他艦隊と協力して包囲殲滅を行う。このタイミングで、ダメージの回復を行う」


扶桑・大淀(特殊帯通信)「諒解いたしました!」


―それから数時間が経過した。


鳥海「敵影、だいぶ薄くなりました。こちらの轟沈は各艦隊ともゼロ、深海勢力側は、姫クラス36体撃破以下、甚大な損害を与えています」


特務第一提督「非常に順調な戦況と言えるな。憎しみに駆られているせいか、奴らの動きは単調だ。つまるところ、虱潰しが有効であり、兵法も通じやすい相手と言える」


鳥海「ただ、一時間ほど前から、後方警戒中の特務第五鎮守府の司令艦『あさね』と連絡が取れません。強すぎる干渉波のせいだとは思うのですが」


特務第一提督「私もそう思うが、気になる。川内を旗艦とした水雷戦隊を編成、『あさね』の状況確認を行う」


鳥海「諒解いたしました!」


―その時だった。


特務第四提督(特殊帯通信)「こちら『ふくじん』艦橋の特務第四提督。『あさね』が敵に鹵獲され、所属していた艦娘は全員所在不明です!また、この攻撃を行ったと思われる、戦艦と思しき大型戦闘艦を確認!こちら、入渠施設および医療施設の区画が大口径砲により大破!艦娘の帰投、修復ができません!至急、増援を!」


特務第一提督「なんだと!我々の船では、戦艦の攻撃を受けたら、ひとたまりもないぞ?奴らいつの間に、そんなものを!・・・まさか、我々は、嵌められたのか!」


―ここで、艦橋のモニターに自動でスイッチが入った。暗いが、執務室のような部屋に、赤い士官服を着た男が映し出された。


赤い士官服の男「そろそろ納会にしようかと思ってね。お初にお目にかかる。私は深海側の元帥だ。この勇猛な攻撃を行った艦隊の指揮を執っていたのは君かな?」


特務第一提督「いかにも私だ。だが、深海側に人間がいたなどと言う情報は聞いたことも無い。お前たちの目的は何だ?」


深海元帥「我々の目的は、世界を本来の姿に戻すことだ。その為には、艦娘も君らも邪魔なのだよ。世界もそうなることを望んでいる。だから君らは負け続ける運命なのだ」


特務第一提督「ふざけたことをぬかすな!」


深海元帥「力のない者の唱える理想とは、実にむなしいものだ」


特務第一提督「馬鹿にしおって!」


―ここで深海元帥は、静かに右手を挙げた。何かの合図のようだ。次の瞬間。


―ガゴゴオッ!


―激しい衝撃と大音響が響き、提督は床に投げ出された。


特務第一提督「な・・・何が!」


深海元帥「今、我々の戦艦「紀伊」の砲撃により、貴官の船の入渠施設部分を破壊させてもらった。これで、この海域で艦娘を修復することは難しくなったと言える」


特務第一提督「なんという事を!」


深海元帥「後方を警戒していた船の提督は、我々の特殊部隊の手に落ちた。なかなか意思の固い男だったが、駆逐艦を一人ずつ『処置』したら、三人目で心が折れたようだったよ。我々としても、使い道のある船と艦娘を手に入れられたし、悪くはない取引だったな。どうやら同じことをしてほしいと見受けられるが」


鳥海「ひどい・・・」


深海元帥「何がひどいのか、わからんな。今日はこちらは、200を超える駆逐艦がお前たちに沈められたのだが」


特務第一提督「・・・要求は何だ?」


深海元帥「降伏して、我々の指揮下に入る事だ」


特務第一提督「・・・鳥海、特殊帯通信を全開放しろ」


鳥海「はっ、はい!」


深海元帥「・・・ほう」


特務第一提督「この海域の全提督、艦娘に通達する。本艦隊は敵勢力の戦艦により、入渠施設をほぼ無力化されてしまった。敵は降伏を促しているが、降伏したところで生きることは難しいだろう。また、秘密兵器を運用してきた事から、我々を生きて返す気はないものと解釈できる。私は降伏せずに戦う。全員、これより海域から離脱せよ。一人でも多く生き残り、最悪の場合は一人でも多く敵を道連れにするのだ。最後に・・・」


特務第一提督「諸君らの提督を務められたことを、深甚に思う。あの世で会おう。さらばだ!」


特務第一提督「深海の提督よ、これが答えだ!」チャッ、バンッ!


―提督は拳銃を抜くと、深海元帥の映っているモニターを打ち抜いた。


特務第一提督「すまんな鳥海。君も逃げるんだ」


鳥海「いいえ、逃げません。最後までお供いたします!」


特務第一提督「・・・すまんな」


鳥海「いいえ」


特務第一提督「各司令船は回頭の上、回避行動を取りつつ全速で帰投航行せよ!艦娘は船内の者は被害状況を把握し、作戦行動中の者はシップ・デサントしつつ帰投に随伴せよ!」


―しかし、この指示を伝えて直後に、艦橋は砲撃により吹き飛ばされた。転舵の途中だった司令船『みょうじん』はあらぬ方向へと全力で航行し始める。


扶桑「ああ!提督と、鳥海が・・・。みんな、それでも、『みょうじん』に随伴し、一人でも多く日本に帰るのよ。あんな兵器まで敵が運用していることを、絶対に伝えなくてはだめ!」


長門「あえてこの時代に戦艦を運用するとは・・・。確かに、制海権を握られ、電子機器に頼る事ができない状況では、装甲など無いに等しい現代の戦闘艦では太刀打ちできない・・・くそっ!」


大淀「船の内部には、まだたくさん仲間がいるわ。そしてほかの船にも。一塊になって攻撃を凌ぎつつ、海域から離脱しましょう!」


長月「待て!作戦海域の方が、何かおかしくないか?後方にも変色が見える気がするが」


―当初の作戦海域のほうは、作戦開始時間よりはるかに敵影が濃くなっていた。敵は最初から陽動していたという事になる。そして、撤退する方向にも、いつの間にか変色が広がっていた。


扶桑「退路を完全に断って、私たちを殲滅するつもりね・・・。それなら、船内の子たちと合流したのち、司令船の菱形陣の中央海域に移動、他の鎮守府の全艦娘と合流して、撤退戦を行うわ!」


長門「もはやそれしかないか、一人でも多く削ってやるぞ!」


―司令船『ふくとく』艦橋。特務第三司令室。


妙高「『ひよし』よりの通信途絶。艦橋が破壊された模様です」


浜風「敵の大規模な反撃戦力の展開を確認!同時に、深海勢力の戦艦から発光信号「トウコウセヨ」です。提督、脱出してください。あなたまで命を落としたら、もうこの海域に、指示のできる提督は一人もいなくなってしまいます!」


特務第三提督「敵の方が一枚も二枚も上手だった。他の提督たちは皆、自分より有能な指揮能力を持っていた。僕にあったのは、君らとの親和性だけだよ。きっと敵はそこまで把握しているんだろう。だからこの船だけ、壊してこないんだ。そしておそらく、どこかから情報が洩れている。でなければ、こんな見事にやり返されるはずがない」


妙高「そうとしか考えられません。私たちは身内の誰かの裏切りで、今までの努力を全て崩されてしまうんですね・・・」


―特務第一鎮守府の艦娘たちが、司令船の菱形陣形の中央部に集まり、他の艦娘たちもそこに集中し始めた。


特務第三提督「第一提督の子たちは戦力を集中させて撤退戦を展開するつもりのようだな。妙高、君も彼女たちの所に行ってくれ。浜風、君もだ。戦力は多い方がいい」


妙高「わかりました。提督・・・ご武運を!浜風、あなたは最後まで提督のそばにいて、提督をお守りして。・・・頼んだわね」ギュッ


浜風「妙高さん・・・諒解いたしました!」


特務第三提督「勝手な事を言うな!」


浜風「提督、失礼します・・・」ドゴッ!


特務第三提督「ぐふっ!」ガクッ


―特務第三提督は、浜風のみぞおちへの一撃で気を失った。


―同じころ、特務第二鎮守府司令船『ひよし』工廠施設。既に戦える艦娘はほとんど退艦し、何人かの大破した艦娘のみが残っていた。


明石(大破)「くっ、なんて事、こんな事になるなんて・・・。昨夜のクリスマスでは大勝利を疑ってなかったのに・・・もう提督も死んでしまった。私にはわかる・・・」


―明石はケッコン指輪を見た。艦橋が吹き飛ばされて、提督が音信不通になってから、ケッコン指輪がとても冷たく感じられた。


明石(大破)(確か早朝、提督がクリスマス記念に大型建造を行ったはず。もしかしたら、まだキャニスターは無事かもしれない・・・)


―明石の右わき腹には、戦艦の主砲が入渠施設に直撃した時に負った、大きな傷があり、左腕も何か所か骨が折れて、まともに動かなくなっていた。艤装状態にしているために血は止まっているが、激痛で意識が飛びそうになる。


明石(大破)(良かった、建造は終了している!建造キャニスターも無事ね)


―明石はキャニスター解放のスイッチを入れた。


熊野「ごきげんよう、わたくしが重巡、熊野ですわ!・・・あら?この状況は何ですの?明石・・・さん?ひどい怪我をしているわ!」


明石「良かった!熊野さん、よく聞いて。ここは、鎮守府機能を持った司令船の中の工廠ですが、現在は作戦海域の真っただ中です。そして、もうここは敵の攻撃でほぼ機能を停止しています。艦内には、私をはじめ、助かる見込みの薄い大破状態の艦娘しか残っていません。本来のあなたの提督も、先ほど戦死されました」


熊野「・・・・そうなんですのね。まだ、戦っている方たちはいるのかしら?私も戦列に加わればよろしいの?」


―ここで明石はこの『ひよし』に搭載されていた実証装備の事を思い出した。


明石「熊野さん、あなたの練度では、撤退戦でおそらく戦艦の次に盾になる重巡のあなたは、きっとすぐに轟沈されてしまうわ。なので、提督からの遺命ということで、彼女たちからそれぞれの司令船と戦況の情報を集めたら、またここに戻ってきて。私に考えがあるんです・・・」


熊野「・・・わかりましたわ!」


明石「出撃デッキはまだ大丈夫ね。してあげたい事もあるから、肩を貸してもらえますか?」


―明石は熊野の肩を借りて出撃デッキに移動すると、熊野の艤装を在庫で一番良いものに変え、ケッコン艦の権限で補強増設処理も行った。


明石「くっ・・・これで大丈夫。あとは状況を把握したら、またここに戻ってきて。・・・30分もすれば、こちらの準備は整うわ」


熊野「わかりましたわ。でも、明石さん、あなた、今のままでは・・・」


明石「大丈夫・・・だから・・・急いで」


―熊野は出撃すると、撤退戦を準備している艦娘の集団に加わり、第一から第五までの特務鎮守府の被害状況を確認して回った。この時点では、戦える艦娘はまだ百人前後はいたように思える。そして、必死に戦えば何人かは帰還できるだろう、という希望が感じられた。


―しかし、彼方の海の変色と、展開している深海棲艦の数は、すでに海を埋め尽くしている。


浜風「すいません、特務第三鎮守府の浜風です。まだ提督が無事ですので、何とかして提督を逃がしたいのですが」


―浜風は救命ボートに気を失った提督を乗せてきた。


扶桑「そうね、これだけの戦力なら、何とかなるかもしれない。一人でも提督が生きて帰れれば、きっとまた巻き返せるわ。特務鎮守府は、現在21号まであるそうだから」


長門「さあ、派手に暴れようか!」


―押し寄せてくる深海勢力の先頭には、見たことのない姫クラスが何体かいた。


―熊野は再び、『ひよし』の出撃デッキに戻った。


明石「・・・おかえりなさい。準備はできていますよ」


熊野「明石さん、あなた、身体が・・・」


明石「私の事はいいのよ。それより、これを」


―明石が出撃デッキのパネルを操作すると、壁の横の頑丈な扉があき、黒い筒状の大きな構造物が出てきた。建造キャニスターよりやや大きいくらいだろうか。


熊野「明石さん、これは?」


明石「くっ・・・これは、この船にのみ搭載されている、提督用の緊急脱出ポッドです。深海勢力には認識できない処理と、海域の勢力を可視化できる装置が付いていて、起動させると海中を静かに移動します」


―明石はケッコン艦の権限を使用して脱出ポッドを起動させた。目的地の設定は登録されている特務鎮守府の番号のみで、座標も距離も表示されない。自動検索モードにすると、特務第21号鎮守府が一番近いようだ。


明石「・・・ここしかないみたいですね」


熊野「わかりました。では、これに入ります。必ず、ここで起きたことを正確に伝えますね。何とかして、日本に帰ってみせるわ」


―その時、外から激しい砲撃音が鳴り響き始めた。


明石「始まったわ。急いで!」


―熊野は脱出ポッドに入った。


明石「こんなタイミングで、あなたを過酷な旅に出してごめんなさい。でも、必ず生き延びて!ここはたぶん、そう持たないと思うから・・・」


熊野「わかりましたわ。明石さんも、お元気で」


明石「そのポッドの詳しい説明は全て中に。他の知識は全てノートタブレットから調べられるわ。じゃあ!」


―こうして、熊野の入ったポッドは水中に滑り落ちた。熊野の視界がデッキから海に移りかける時、明石が崩れるように倒れるのが見えた。


明石「ごめんなさい、もしかしたら、死ぬより過酷な事になるかもしれない。でも、もう・・・こうするしか・・・」


―明石はケッコン指輪と、スカートのスリットを見た。提督のセクハラから始まり、いつの間にか親密になり、鎮守府で一番最初のケッコン艦になった。しかし、今はもう指輪からは何も伝わってこない。


明石(提督・・・お側に行きますね。一緒に眠りましょう・・・)コトッ


―熊野の入った脱出ポッドは数十メートル程海中に沈むと、漂うように動き始めた。


脱出ポッド音声「当海域のD波が強いため、本ポッドは秘匿微速移動と水流弱発電モードに移行します。酸素交換率良好。漂流者はリラックスして過ごし、酸素消費量を抑えて下さい・・・」


―熊野はまだ混乱していて、自分の立場や状況がよく理解できていなかった。


熊野(静かですわ。これ、夢ではないのよね?)


―熊野は一度、眠ることにした。そのまま目が覚めなくてもいいかな、と思った。


―数時間後、深夜。朝の作戦海域から、150キロほど後方の海域。


大和(大破)「みんな、まだ戦える?どうやら、ここまでみたいね・・・」


―百人近くいた艦娘も、圧倒的な敵の戦力に次第に削られていき、今や数名を残すところとなった。


扶桑(大破)「もうじき、山城と提督のそばに行く事になりそうね・・・」


妙高(大破)「妹たちの仇を討って逝きたいものですね・・・」


阿賀野(大破)「浜風、提督はまだ大丈夫?」


浜風(中破)「砲弾の破片がかすって、気を失っていますが、重症ではないと思います」


時雨(大破)「・・・来たよ、あの新型の姫と、なんだろ?魚雷艇みたいな船も一緒だ」


飛龍(中破)「ああ、闇がはじけた。飽和攻撃でダメ押しね・・・」


―彼方の深海棲艦の軍勢が、無数の砲撃音とともに闇に包まれ、雨のような数の砲弾が空気を引き裂く音で、何も聞こえなくなった。浜風は救命ボートに近づくと、気を失っている提督を身を挺してかばった。その間に、艦娘たちの最期の言葉や叫びがあがり、仲間の気配が次々に消えていく。


―そこで、提督が目を覚ました。


特務第三提督「・・・うう、ん?浜風、ここは?」


浜風「提督、ご無事でしたか。もう、『ダイナソア奪還艦隊』は、私たちを除いて全滅です。・・・まあ、私ももうじきダメみたいですが」


―深海主力部隊は、悪魔の軍勢のような迫力で、個々を目視できる距離まで近づきつつあった。二体ほど、剣を持った姫クラスがおり、さらに重武装の魚雷艇も随伴していた。


特務第三提督「そうか、もうみんな、沈んでしまったのか。気を失っている間にも、たくさん。僕は本当に、役に立たない提督だったな。浜風、みんな、すまない。だけど・・・」ダキッ!


浜風「あっ、何を?」


特務第三提督「こんな僕とケッコンしてくれた君を、むざむざ死なせるわけにはいかない。君はとにかく逃げろ、やつらを足止めする」


―提督は拳銃を抜いた。攻撃が通じないのはわかっていた。ただ、浜風だけは失うわけにはいかなかった。


浜風「提督、いいんです。浜風を送り出してください。一矢ぐらい報いてきます。ここで沈んだ、みんなの為にも、逃げるわけにはいきません」


―浜風は、提督から少しだけ離れると、提督の手袋をはずし、その手を自分のこめかみにあてた。


特務第三提督「何を?」


浜風「いつもこうして、私の右目を覗き込んでいましたね。綺麗な眼だって、言ってくれて。それから、よく、髪を伸ばしてみてほしいって言っていましたね」


―浜風は、死ぬつもりだ。提督は悟っていた。


特務第三提督「・・・そうだな。今もとても、綺麗だ」


浜風「次、生きて帰ってこれたら、右目を出して、髪を伸ばしますね。私を選んでくれた提督の為に、どうしてそれくらいの事が出来なかったかって、今、少しだけ後悔しています」


特務第三提督「いいんだ」


浜風「照れ臭かったんです。では、浜風、行きますね。提督、ご武運を・・・」ダッ!


特務第三提督「浜風、行くな!行くなぁぁぁぁぁ!」


―しかし、一発の砲声とともに、浜風の右足が吹き飛んだ。浜風は海原に転んだが、力を振り絞って立ち上がろうとした。


浜風「・・・まだ!まだです。提督をお守りして・・・」ギリギリ


―ドンッ・・・ドッ・・・!


―砲弾が浜風の右腕を肩から吹き飛ばし、次に胸のあたりを貫いた。


浜風「・・・あ・・・・う」ゴボッ・・・バシャッ


特務第三提督「浜風!・・・ああ・・・浜風ぇ・・・うわぁぁぁぁぁ!なぜこんな事に!」


―提督の中で、浜風とのやり取り、笑顔や様々な表情、愛を交わした記憶・・・それらすべてが、何倍もの黒い絶望と悲しみに代わり、心を押しつぶした。


特務第三提督「ああ・・・あああ・・・!」


―そこに、魚雷艇が止まり、中から包帯でぐるぐる巻きの提督が出てきた。


深海包帯提督「愛を失ったか。無理も無かろう、悲しかろう。我々もその苦痛を何度も味わったのだ。特務第三提督よ、もはや心も折れたな?我々の力となれば、浜風くらいは返してやろう。少し、姿は変わるかもしれんがな」


特務第三提督「何を言っている?浜風を返すだと?何を言っている!」パンッパンッパンッ!


―銃弾は全て包帯提督の身体に当たったが、包帯提督は何事も無かったようにしていた。


深海包帯提督「すまぬな、いささか深海化の度合いが強く、このようなものではもう死ねないのだ。多少、痛い気はするがな。姫よ、死体を引き上げろ」


戦艦棲姫改二「ハッ!」ザバッ


特務第三提督「ああ・・・浜風、なんという姿に・・・くっ・・・」


深海包帯提督「白々しい。お前たちの判断がこのような結果を招いたのだ。偽りの涙を流すのはやめるがいい。もう理解しただろう?あれほどの戦力が全て失われたのに、我々の戦力はまだまだ健在だ。世界はいずれ、正しい姿になる。お前も助力するのだ。浜風や何人かの艦娘は、お前のもとに返してやることもできる」


―包帯提督と何体かの姫の向こうには、千を超える深海棲艦たちがひしめいていた。


深海包帯提督「昼間の戦艦に加えて、切り札もまだまだある。この戦いは、この世の摂理、人間の真実の再確認だ。お前たちが勝つことは無いのだよ。我々には見える。この浜風も、すでに何度も、お前を受け入れ、深い仲だな?」


特務第三提督「・・・・・」


深海包帯提督「人とはそういう生き物だ。しかし、人には当たり前の営みは、艦娘にとっての最適解にはまずならない。魂の純粋さと引き換えに、人の闇を宿し、本来の強さにはまず到達せぬ。これが深海側なら、むしろ正しい事なのだがな」


特務第三提督「何を・・・言っている?」


深海包帯提督「この世の摂理の話だ。今はわからなくともよい。さあ、取引をしてしまうか。浜風をお前のもとに返してやろう。記憶もできる限りとどめてな。そして、お前は深海の真実を学び、我々の力となるのだ。どうだ?」


特務第三提督「・・・わかった。浜風を返してくれ。浜風が居ない世界なんて、何の意味も無い・・・」ガクッ


深海包帯提督「それでいい。それこそ人の摂理だ。一人だけだが提督を着任させることが出来たな。覚えておくがいい。人には愛など無く、一人では生きられぬ。艦娘の純粋さは、結局のところ、悲しみを生み出す大いなる皮肉なのだ・・・」


特務第三提督(浜風、こんな姿にさせて・・・許してくれ。心の弱い僕を許してくれ。それでも僕は、君が居る世界の方がいいんだ・・・)


深海包帯提督「作戦は現時点で完了、撤収する。ダメージのあるものは深海点在拠点で休息せよ。本拠地の姫は私とともに帰還だ。新たな拠点で傷をいやし、ささやかな祝宴をあげよう。さあ、新たな仲間よ、ともに来るがいい」


―提督は魚雷艇に乗った。その心はもう、完全に折れていた。


―翌朝、太平洋上、試製脱出ポッド内。


自動音声「D波濃度極小、浮上し、太陽光発電による充電を行います」


熊野(ん、ここは?)


―日本での季節は冬のはずだが、そう寒くない。熊野はカプセルのハッチを開け、朝の光の中で深呼吸した。自分は艦娘。戦わなくてはならない敵が居て、誰かの指示を仰がなくてはならない。しかし、指示してくれる何者かはいない。そして、おそらく絶望的な戦況の中、着任したらしい。


熊野(早めに誰かに会わないと、どうにかなってしまいそうですわ)


―タブレットも脱出ポッドも、特務第二十一号鎮守府を目指すことになっている。そこに、自分の提督が居るのだ、と、熊野は考えることにした。


―こうして、熊野の長い旅が始まる。



―時間は少しさかのぼり、クリスマスの深夜、犬吠埼の沖合。小型漁船の上。


憲兵「くっ、不覚だった。まさかこんな仕組みだったとは・・・」


悪提督「この地域でおれの一族に逆らえる奴は居ないんだよ。残念だったな。犬みたいにおれの周りを嗅ぎまわりやがって。お前はここで、サメの餌になって死ぬんだよ!」


憲兵「くそっ!お前の行いにおおよその見当がついたところなのに。この変態が!」


悪提督「はっ、その変態に格闘でのされてちゃあ、世話ねぇや。おしゃべりはそろそろ終わりだ。サメのクソになれよ」パァン!


―悪提督は憲兵のものだった拳銃で、憲兵の肩を打ち抜いた。


憲兵「ぐっ!くそっ!」


悪提督「悔しそうだな、何か言う事はあるか?」ニヤニヤ


憲兵「おれはここで死ぬかもしれない。しかしな、覚えておけ。いつか必ず、おれのような男が、お前を地獄に送る!おれのように殺された憲兵や、お前に食い物にされた『鹿島』の恨みが、かならずお前に追いつくからな!」


悪提督「おーおー、立派だなぁ。ああうるせえ、もう死ねよお前。この町では、うちの一族がルールなんだよ!」ドガッ!ザバン!


憲兵「くそう!・・・くっ、がぼわ・・・」バシャバシャ


悪提督「さ、撤収だ。帰ってどいつかとヤッて寝るか。めんどくせえ」


―小型漁船が走り去った。


―憲兵は必死に浮かぼうとしていたが、手を後ろに縛られているせいもあり、寒さと怪我も後押しして、次第に力尽きてきた。


憲兵「くそっ、こんな死に方をするのか・・・」ゴボッ・・・


―憲兵は夜の海に沈んでいった。肺に大量の水が流れ込み、何も聞こえなくなってくる。もう腕も動かない。


憲兵(すまない・・・鹿島くん・・・)


―憲兵は、悪提督の一族が経営するコンビニで働く鹿島を思い出していた。もうしばらくすると、何も知らないあの子が、外面だけは良いあの提督に、ひどいやり方で凌辱され、自然な形で解体か轟沈にされる。それを止められそうになかった。


憲兵(畜生・・・)


―すべてが闇にかわり、急速に身体が沈み始めた。しかし、その時誰かが頬を押さえて自分にキスをしたような気がした。


憲兵「ああ・・・これがおれの・・・死か・・・」


―そして、全てが闇になった。



―クリスマスの翌日、昼過ぎ。堅洲島鎮守府、執務室ラウンジ。


提督「あのさぁ山城、気持ちはわかるが、任務や仕事の話をしているんだから、眼を合わせてくれよ」


山城「提督、山城は今、解体申請を出したい衝動と戦い続けています」


提督「いや、気持ちはわかるん「わかってません!」」


山城「姉さましか見たことが無い私の胸で、提督の腕を挟んでいたなんて、私、もう死にたいです。お酒とか発明した人なんて、死んじゃえばいいんだわ」グスッ


提督「いやいや酒のせいにしちゃダメだろ」


山城「ええそうですよ!言わなくても分かってます!お酒に飲まれる山城が悪いんですよ!」


如月「ねえねえ漣さん、司令官と山城さんのやり取りはなぁに?(小声)」


漣「なんか、山城さんがほぼ裸でご主人様のベッドに忍び込んだって聞いたけど(小声)」


荒潮「あら?じゃあ山城さん、事後?(小声)」


曙「なんてこと言いだすのよ!そもそもあれが事後に見える?(小声)」


磯波「事後と言うより、事故ですよね(小声)」


叢雲「磯波ったらやるわね。上手い事言って。くっ、あはは!」


山城「どうかしたかしら?」ジロリ


叢雲「なっ、なんでもないわ!」


提督「じゃあさ、山城、単刀直入に、どうしたら気分がスッキリする?」


山城「それがわかったら苦労しません!」


提督「そうか、びっくりしたけど、結局おれだけ得した感じになってるもんなぁ」


山城「えっ?」


提督「ん?」


山城「今なんておっしゃいました?」


提督「おれだけ得した感じになってる、って部分か?(失言かな・・・)」


山城「え?迷惑とか不快とかは無いんですか?」


提督「朝も言ったろ?びっくりしたけど得した気分って」


山城「姉さまじゃないのに?山城ですよ?」


提督「そうだな。知ってるぞ?」


山城「提督って、女の子なら誰でもいいって・・・あ、そういう方ではありませんでしたね」


提督「山城さ、もしかして、扶桑に比べて自己評価が低いの?」


山城「だって私、暗いですし・・・姉さまみたいに美人じゃないですし・・・」コ゚ニョコ゚ニョ


初風「山城さんが美人でなかったら、世の中のほとんどの人は美人じゃなくなるけど・・・」


提督「扶桑を意識しすぎだよなぁ?そもそも同じくらい美人だろうに」


山城「同じくらい?それは姉さまに失礼です!」


提督「んなわけあるか。少し自分をクリアに見て、認めとけ。今朝だってなぁ、酔ってなかったり、または完全に酔ってたら、実に危険だったんだからな?」


山城「提督はまたそんな適当な事を言うんですから・・・。中身のない優しさなんて、いつか誰かが傷つくだけですよ?」


提督「中身のない優しさ、だと?・・・そこまで言うんなら、じゃあ今度ちょっと付き合いなよ。文句ないだろう?ほんっと、強情だよな」


山城「はぁぁぁぁ?何をおっしゃるの?この提督は?まあいいですけれど。私なんか連れて行っても何も面白くないと思いますけどね。そこまで無理するなら、折れるまで付き合ってあげますよ!」


提督「山城は扶桑の事ばかり意識しすぎて、全然自分の事が見えてない。そんなんじゃいずれ任務にも支障を来しかねん。もう少しフラットに自分を見なくては」


漣「山城さんとご主人様、ちょっと待って、それってデートの約束ですか?」


提督「いや、任務みたいなもんだが、山城にうってつけのがある。山城はもう少し自己肯定した方が良いと思ってな。誰にするかまだ考えてもいなかったが、ちょうどいい」


山城「えっ?任務なんですか?」


提督「そうだ。でもまぁ、楽しんだらいい。詳細はいずれ話すよ」


―ヒトゴーマルマル、展望室。提督はしばらくノートタブレットのSNSで大淀と話をしていたが、休憩の準備をしてきた如月を見て、ひとまず打ち切った。


如月「司令官、今日は私と二人っきりの休憩ね!お茶をお持ちしたわよ?」


提督「ありがとう。なんだかんだで昨夜の寝不足が響いているなぁ。今夜は早く寝るか・・・」


如月「そうねぇ、みんな今日は早く寝るんじゃないかしら。秘書艦の皆さんは年末年始の準備で大忙しよね」


提督「そうだな。正月を抜けると、ここの訓練も相当厳しくなる。しかし、鎮守府としては安定していない事も多い。どうしてもまだ、立ち上がりの忙しさが続くなぁ。そこに年末年始もぶつかってくるしな」


如月「でも、昨夜のクリスマスも、とっても楽しかったわよ!」


提督「そう言ってくれると嬉しいね。おれも楽しかったよ」


如月「あら?司令官、ちょっと表情硬いわね、何かあったのかしら?」


提督「ん?ああ、海の向こうで、特務第一から第五までの鎮守府が、司令船で大規模作戦を今朝から展開しているらしい。それがちょっと気になるんだよ」


如月「ええっ?凄い規模の作戦よね?どんな作戦なの?」


提督「アメリカの洋上施設の奪還らしいが、どうも嫌な予感がする。兵力が足りない気がするんだわ。深海側に人間が居る以上、以前のような戦い方では足元を掬われかねんしな。莫大な犠牲と引き換えに状況を把握できる、なんて展開にはならないでほしいもんだ」


如月「そうなのね。でもなんだか、司令官は大丈夫な気がするわ」


提督「買い被りすぎだっての。でも、なぜそう思うのかは、ちょっと聞いてみたいね」


如月「んー、そうねぇ、うまく言えないけれど、司令官て何だか、まだ色々眠っているような気がするわ。まだまだ休息モード中、みたいな」


提督「ははっ、そうだったらいいんだけどな。期待に沿えるように頑張るよ」


如月「ところで司令官、昨夜のカクテルって美容にいいんでしょう?あまり寝てないし、お酒も飲んだのに、何だかとっても調子がいいの。見て見て!この輝く肌!」


―如月はそう言って、腕を提督に見せてきた。


提督「ん、確かに呑んで、あまり寝てないにしてはすごくきれいな肌だな」


如月「でしょう?本当はもっと別の所を見て欲しいなぁ、なんて、うふふ・・・」


―ガラッ!


金剛「如月は油断できませんネー!でも確かに、お肌はとってもきれいですネー!・・・提督、一緒にお茶してもいいデスかー?」


提督「おう金剛、来る頃だと思っていたぞ!」


如月「あっ、金剛さん!もしかして見られちゃってました?」


金剛「ンー、邪魔したくは無かったけど、紅茶が冷えちゃうからネー」


如月「あっ、私の分も?」


金剛「もちろんデース。如月には紅茶が似合いますネー!」


如月「わあ!ありがとう、金剛さん!」


提督「如月、と言う名前は緑茶が合いそうだが、雰囲気は確かに紅茶が似合うかもなぁ」


―館内放送が鳴った。


叢雲(館内放送)「提督、司令部から通信。執務室に来てください」


提督「さっきまで大淀さんと話していたばかりなんだが、何か急な用事って事か」


―執務室ラウンジ、特殊帯通信室。


大淀(特殊帯通信)「提督、すいません今日は何度も。まず、現時点で『ダイナソア奪還作戦』の第一次作戦は順調なようで、多数の深海棲艦を撃破しています」


提督「なるほど、杞憂に終わりそうかな」


大淀(特殊帯通信)「ただ、別件ですが気になる報告があります。波崎鎮守府に内定調査で着任していた憲兵が、遺書を残して行方不明になっています」


提督「ああ、悪い方の予感が的中したか・・・」


大淀(特殊帯通信)「そう言わざるを得ませんよね、これ。どういう事なんでしょうか?」


提督「推測だが、以前のファイルを見るに、波崎鎮守府の提督は地元の名士のボンクラ息子で、提督なんて勤まるタマじゃない。初期のころに政府が任命した提督で、今のような適正選別ではないでしょう?一族ぐるみで色々悪い事をやっているとおれは思いましたがね。例えば・・・地元のヤクザや警察とも繋がってたりしませんか?名士なんて大抵、古くなるとそんなもんだ」


大淀(特殊帯通信)「実は、波崎鎮守府の提督のお父様は、地元の警察にとても太いパイプの有る政治家です。ただ、定期的に拳銃の取り締まりを行っており、とても浄化された地域、という触れ込みですが・・・」


提督「本当に浄化されていたら、そもそも拳銃なんかそうホイホイ見つからないって。なるほどなぁ。話が見えてきたな」


大淀(特殊帯通信)「すいません、私、人間のそういう部分にはとても疎くて。提督には何かがはっきり感じられているんですね?」


提督「確信ではないけど、ぼんやりとは。・・・大淀さん、今までの憲兵なんですが、車上荒らしや部屋を荒らされたりって報告は有りませんでしたか?また、もし車上荒らしがあったら、警察に被害届が出ていたかも調べていただけますかね?」


大淀(特殊帯通信)「わかりました。良く調べて報告いたします。それで、提督さんは次の『鹿島』のロストはいつごろだと思いますか?」


提督「過去の履歴を見るに、来年一月末から、二月頭だな。もう少しだけ伸びるかもしれない。ケッコンしている『鹿島』を除くと、あと二人だ。そして、以前のように『鹿島』を着任させることは難しくなってきている。二人の『鹿島』の状況は?」


大淀(特殊帯通信)「一人は現在、公称練度11で、任務と称してアルバイトをさせられているようです。もう一人は公称練度5で、まだ基礎訓練と待機中ですね」


提督「仕方ないな。年明けにここの立ち上げが終わったら、おれが内偵に入りますよ。成功すればこの提督は罪に問われるだろうから、その場合、『鹿島』を含めて何人か、うちに転属でもいいかな?」


大淀(特殊帯通信)「ええっ?提督さん自らですか?もちろん、転属の件は構いませんが」


提督「このままだと、残り二人の鹿島もロストしてしまうし、また憲兵入れたって駄目だ。きっと情報も漏れている。任せてもらいたい。その際の協力はお願いできますか?」


大淀(特殊帯通信)「もちろん、全面的に協力いたしますが・・・」


提督「それと、『鹿島』以外にもロスト率の高い艦娘のデータがあるはずなので、それも調べていただきたい」


大淀(特殊帯通信)「わかりました。あ!言い忘れていましたが、司令部所属の研究員が、今後そちらに頻繁に伺う事になると思います。私の友達でもありますが、その、ちょっと変わっているので、ほどほどに対応してあげてください」


提督「研究員ですか?」


大淀(特殊帯通信)「ええ。私が説明すると色々と歪んだ情報になりかねませんので、詳しくは本人とお話しされるのが一番だと思います。それでは、失礼いたします」プツッ


提督「友達なのに説明すると歪んだ情報になるって、どういうことだ?」


―同じころ、展望室。


金剛「ヘーイ如月、折角お茶しているんだから、何かお話ししたいネー」


如月「うーん、そうなんですけれど、さっき司令官と二人っきりだったから、何だか金剛さんに悪かったのかなぁ、なんて。司令官と金剛さん、最近一緒に寝ているから、わたしのああいうやり取りって、あまり気分良くないかなって」


金剛「あー、それは全然ないネー。むしろ如月もあんな風に提督に接したほうが、もっといい結果が出る気がしマース!私は本当にくっついて寝てるだけヨ?提督も本当に何にもしませんネー。『そういう雰囲気』さえ漂いませんヨー?」


如月「司令官たら、噂通りなのね。そこまでいくと、理性的と言うのとも、ちょっと違う気がするわ」


金剛「そーなんデース。私もそれなりに覚悟したり、ちょっと期待もしてましたが、提督は全然そんな感じじゃないですネー。提督は心のどこかがとっても疲れているのかもしれませんヨー?だから、案外提督の方が私たちから元気をもらっているのカモ?なんて考えてますネ。拒絶は感じないのに、ああいう距離感でいられるという事はきっとそういう事デス」


如月「あっ、そうなのかも!だから私たちが近づいても、拒絶するような雰囲気は無いし、けどそれ以上も無いのかな?」


金剛「やっぱり、如月もわかるでショー?」


如月「不思議だったんです。親しい子は沢山いるのに、誰ともそういう事が無いって言うのが。もちろん、提督の考えは知っているわよ?私たちの深海化に繋がるかもしれないっていう話は。でも、金剛さんが添い寝していたり、山城さんや陸奥さんがベッドにもぐりこんでも何もないなんて、ちょっと考え辛いもの」


金剛「いつか、提督が誰かを押し倒してからが本番ネー」


如月「うふふ、金剛さんて、司令官の事をよーく見てるんですね!」


金剛「私だけじゃないネー。みんなきっと同じくらい提督の事は見ていると思いマース。ま、そんな訳だから、如月も誰の事も気にしないで提督に近づいていったら良いネー」


如月「金剛さん・・・」


―ガラッ


提督「ただいま。珍しい組み合わせで話しているなぁ。金剛、如月と作戦で一緒になったら、よく見てやってほしい。如月には少しだけ、薄幸の相がある。それが消えるまでは心配だからさ」


如月「えっ?そうなの司令官?」


金剛「あ、何となくわかりますネー」


提督「こうやって言葉にしたりして、なるべくフラグを折りたいがな。初対面の時よりはいいが、いずれにせよ注意してくれよ?死んだら、他の部分の肌も見られなくなるからな」ニコッ


如月「うふふ、そうね、司令官の楽しみを無くしてはいけないわね。私も気を付けて頑張るわ!(ほんと大人だなぁ、司令官て)」



―同じころ、オーストラリア首都、シドニー。日本大使館前。大使館から、一人のオーストラリア人が出てきて、社用の自動運転車に乗った。ノートパソコンをいじっていた女性が顔を上げる。


秘書「ポール社長、探している親友の情報は見つかりましたか?」


ポール「参ったよ。彼は日本独自の理由で、個人情報から何から、全て変わってしまっていて、簡単には連絡が取れないみたいだ。かつて僕を助けたことが正式に記録として残っているから、僕はいずれ彼の連絡先を教えてもらえるそうだけど、ずいぶん時間がかかるらしい」


秘書「そうですか。残念ですね。年明けの試験航海に、招待したかったんでしょう?」


ポール「もともと、弊社の商品は彼がデザインしたものも多いし、今回進水するサバイバルカヌーだって、彼のアイデアとデザインが詰め込まれたものだ。既に注目度も高いから、売れるのは間違いないのに、肝心の彼が居なくてはねぇ」


秘書「ネットで大々的に動画は配信しますから、どこかで見てくれていると良いですね。彼宛のメッセージも追加いたしましょうか?」


ポール「いい考えだ、名前を出すのはまずいが、遠回しにならいいかもしれない」


秘書「またお会いできると良いですね。社長の命の恩人で、大事なお友達なんですよね?弊社の最初のデザイナーにも、なるのかしら?」


ポール「そうだね。日本に帰る時には戦闘ストレス障害もだいぶ良くなっていたし、元気にやっていると思いたいんだが。それに、孤独になりがちな彼に、『友達』もプレゼントしたいしね」


秘書「来年生まれるウルフドッグですよね?」


ポール「人を寄せ付けない彼も、犬と一緒によく散歩していたからね。喜んでくれると思うんだが」


秘書「今はその人はどうやって過ごしているんでしょうか?」


ポール「彼は英雄だから、国から恩給が出ているはず。残った人生は、海辺でひっそりと生きていきたい、と言っていたから、犬でも連れて、どこかあたたかな海辺でのんびり過ごしているんじゃないかな?日本に帰るころにはだいぶ元気になっていたが、オーストラリアに来て半年くらいは、食事やトイレ以外は眠りっぱなしだったくらい、ひどかったからね」


秘書「それほどの戦闘ストレス障害から、良く回復しましたね!」


ポール「ウルルや、アボリジニーの史跡を回り始めてから、急速に回復していったんだ。不思議なところのある男だったが、ああいうものに親和性があったんだろうね」


秘書「私もお会いしてみたいですよ。その人が居たから、私たちの今と未来があるんですよね」


―秘書の指には、婚約指輪が光っていた。


ポール「そうだね、また孤独に沈んでいなければいいが・・・」





第十七話 艦



次回予告


堅洲島鎮守府は年末年始の準備と、大掃除が入る。

そんな中、『ダイナソア奪還艦隊』の壊滅の知らせが入り、全ての鎮守府に激震が走る。

堅洲島に来る科学者と、ついにベールを脱ぐ『ASU-DDB』の運用許可。


波崎では鹿島が理不尽なコンビニ店員を続け、


太平洋に一人ぼっちの熊野は漂流同然で日本をめざしていた。



後書き

堅洲島の特殊輸送船(司令船)の名前は『にしのじま』ですが、
今回、他の特務鎮守府の司令船の名前が出てきます。
『あさね』『みょうじん』『ひよし』『ふくとく』『ふくじん』

ですが、これらの名前は全て法則があります。


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