2016-10-05 18:41:04 更新

概要

それは、あの大戦の物語。
シリーズ累計130000PV突破の艦これafter(私の別著作です)の前日譚。深海棲艦との戦いを描いた作品です。

長らく更新が滞っていた作品の再編集加筆修正したバージョンになります。


前書き

※当作品は、pixivにて連載しております同作品を多くの方に読んで頂くためこちらにも更新することとなりました。その点ご注意お願い致します。
なお、こちらにも上げるにあたりpixivにて掲載している同作品に比べて一部訂正や改訂を行っておりますのでご了承くださいませ。


深き蒼と艦娘と〜深海棲艦大戦〜


プロローグ


「第四中隊との連絡途絶!」


「第六中隊消息不明!」


「第三中隊は遅滞戦術を用いるも、もはや限界!」


「小川中佐っ! 我々、海兵隊第101大隊は壊滅状態判定です! これ以上はもうっ!」


「クソッ! クソッタレ!」


 私はこの状況にひたすら悪態を付いた。

 突如として奴らが現れたのはほんの数ヶ月前。深海棲艦と呼ばれるソレは世界中で侵攻を開始し、各国を攻撃し始めた。

 もちろん私達だって何もしなかったわけではない。反撃は行った。いくつかの奴らも潰した。なのに、現状はまるで何も出来なかったかのような有様だ。

 当たり前である。相手の数が多すぎるのだ。それに対象は人程度の大きさかそれより大きいくらいで的が小さい。最初はミサイルである程度有効だったが、どうも効き目が弱い。

 結果、膨大な物量作戦を前に我々は為す術も無かった。

 そして、今。

 開戦から数ヶ月の十月十一日。奴らは銚子沖に現れ、攻撃を開始。既に海軍は半数の戦力を失い、今回も多数の艦艇を失って敗走。

 さらに、だ。

 この数ヶ月目にして初めて奴らが上陸してきた。

 初めての事例に戸惑うも、私達海兵隊に撤退の二文字はない。侵攻した相手は討ち滅ぼすまで。

 だが、いかんせん相手が多すぎた。

 我々日本軍が緊急展開したのは陸軍一個師団と、海兵隊一個師団。さらに第一空挺団の合計二万と二千。いずれも緊急即応部隊。

 対して相手は四万。確認済みの深海棲艦タイプと、奴らのなりそこないの様な人に近しい化け物。これが大多数。しかし武器は持っている。

 その結果が今だ。銚子市の大半は取られてしまった。このままでは内陸まで食い込まれる。


「小川中佐っっ!!」


「分かっている! 残存をかき集めろ! とにかくこれ以上の侵攻を許すな! ありったけの重火器で斜線を奴らに集中させろ!」


「イエッサー!」


「ったく、この世は地獄だぜ!」


「本当だよな!でも我らが小川中佐率いる大隊に!」


「撤退はない!」


「撤退なんてクソくらえだ!」


 このような不利な状況でも、部下の士気は高かった。日頃鍛えた部隊は、この程度ではへこたれない。

 だからこそ、私も。


「行くぞお前ら!! 援軍が来るまで食い止めろ!! なんとしても!!」


『了解ッッ!!』


 一時間後。陸軍と追加の海兵隊の援軍が到着。

 その数は二万。相手と同数になったことで高練度高士気を誇る我々は反転攻勢を始める。 結果として、後に第二次銚子沖海戦及び銚子市街戦と呼ばれるこの戦闘は2247に戦闘終了。敵を追い返したものの、陸軍三千、海兵隊四千、民間人二千五百の膨大な死者を出してしまった。そして、私の率いる大隊損耗率四十八パーセントと壊滅判定となってしまったのである。

 多くの部下を失った上、部隊も動かせなり失意の最中にあった私に、あの話がきたのはそれからそう遠くない日であった。



第一話 呉鎮守府の小川裕信

・・1・・

「クソっ、またあの夢か……」


 私は悪態を吐きながら執務机にあったコップの水を一気に飲み干す。

 どうやらうたた寝をしていたらしい。そうしたらこのザマだ。いつも以前のあの日の夢を見る。

 あれから私はしばらく前線から下がっていた。当たり前だ。部下の半数を失った大隊ではとても戦えない。補充しなければ戦闘もままならない。

 そもそも失ったというのは戦死の数で、怪我をしたまままだ戻れない部下もいる。実際に戦闘に参加可能なのは三割程度。これではとても部隊としては成り立たない。

 結局我々海兵隊第101大隊は前線から下げられ、そのままであった。

 そんな折である。

 軍からこんな告知があった。


 我ら日本海軍は本大戦における決戦兵器を登場させる。

 深海棲艦は我らから多くを奪った。それは今も続いている。

 だが、いつまでも苦虫を噛む思いでいるつもりはない。

 深海棲艦大戦の決戦兵器。

 それは、ヒト型艦艇機動兵器、コードネームは『艦娘』である。


 最初は、とうとう海軍も頭がおかしくなったか、と思ったものである。

 何せ、戦場に出るのは年端もいかない若い女性だ。現代になって女性兵士も増えたとはいえ、彼女らは大抵二十歳を過ぎている。だが、この艦娘はそれより若い者すらいた。

 これでこの国も終わりだな。これじゃあ戦争末期の様相ではないか。

 私は絶望を抱いていた。

 だが、現実はまるで逆であった。

 そもそも深海棲艦という存在は第二次世界大戦に類似する兵器を使っている。故に装甲が硬い。大艦巨砲主義の時代だったからだ。

 対して現代は当たらなければどうということはない、が思想で当たればおしまいである。

 だからこそ、今までの戦いはこてんぱんにやられていたのである。

 それに対して、艦娘と呼ばれる存在はどうやら第二次世界大戦の艦艇を基に作られたらしい。

 艦艇の依り代は女性でなければならない。故に、艦娘候補者は女性のみ。その中でも、親和性の高いものが在 りし日の艦艇となる。

 これが艦娘の実態である。


「だからって、私がその提督になるとはな……」


 しかし、この艦娘を運用するにあたって指揮官が必要となる。

 それが、所謂提督と呼ばれる者だ。

 で、その提督。私がその中の一人に選ばれたのである。

 理由は簡単。海上機動兵器は陸戦に近しい戦闘もする。となると、素人に任せるよりは陸戦経験者もいた方がいい。ならば、海兵隊のあいつに。と白羽の矢が当たったのである。

 確かに私は数多くの戦闘を経験しているし、指揮もしてきた。

 だからって畑違いの海軍か。

 この話が来た時は疑念があった。だが、命令は命令である。従わねばならない。

 それに、私の階級は先の先頭の活躍も含めて大佐に昇格。その上、再編成中の第101大隊は人員補充の上で就任先鎮守府にて基地警備隊として運用。貴君の部下はそのまま従えさせて構わない。だから、どうかだろうか。

 こうなると、反対する理由はなかった。形はどうであれ、また奴らと戦えるのだから。


「司令官さん、電です。失礼するのです」


「構わん。入れ」


「はいなのです」


 今までを振り返っていると、その艦娘の声が聞こえた。私は了承すると、彼女は扉を開けて私の執務室に入室した。


「本日、ヒトサンマルマルより行った訓練はヒトロクマルマルに終わったことを報告するのです」


「ご苦労。どうだった?」


「天龍さんと龍田さん、金剛さんに加賀さん、雷と私の六人で行ったのです。スコアは一昨日のを更新したのです」


「さすがだな」


「えへへ……」


 はにかみながら答えるこの子は、駆逐艦電。特型駆逐艦Ⅲ型の四番艦である。優しい性格で、出来れば敵も助けたいというくらいの、まだ年端もいかぬ少女である。

 だが、彼女も立派な艦娘で戦闘では活躍しており、これまでの戦いで多くの深海棲艦を屠っている。


「みんなは?」


「訓練に参加した皆さんは、談話室にいるのです。向かわれるのです?」


「いいや、まだ訓練の疲れが取れとらんだろう。後で個々にねぎらいの言葉はかけておくよ」


「了解したのです」


「秘書艦の加賀は?」


「そろそろ来ると思うのですよ?」


「分かった。空母は片付けもあるだろうから、時間がかかるのも仕方あるまい。電、秘書艦でないにも関わらず報告ご苦労。姉とゆっくりしてくるといい」


「はいなのですっ。では、失礼しますなのです」


 彼女はぺこりと頭を下げると退室していった。

 彼女が初めての艦娘で、何ヶ月かで何人か着任するまでなったが、今でも律儀な子だなとふと思う。

 さて、秘書艦もそろそろ来るかな。

  夕暮れの窓際から景色を眺めてみる。

 私が着任した鎮守府は瀬戸内海と呼ばれる内海のため、こんな風に晴れた日は波も穏やかでその景色は美しい。東京から随分と離れた場所だが、私は気に入っている。

 そうやってしばらく外の景色を眺めていると、扉のノックの音が聞こえる。本日何度目だっけか。


「秘書艦の加賀です。訓練が終わって戻ってきたわ」


「訓練ご苦労。入りなさい」


「失礼するわ」


 ガチャりと開く扉。

 そこに立っていたのは、二十代の綺麗な女性。片方だけその黒髪を結んでいるヘアースタイルの正規空母、加賀だった。



・・Φ・・

 私が現在着任しているのは呉鎮守府。広島県呉市に位置しており、第二次世界大戦よりずっと前から軍港として栄えてきた場所である。

 敵に侵攻されにくい内海にあたるここは、横須賀、佐世保、舞鶴と並んで日本の四大鎮守府だ。

 艦娘が運用されるようになってからここ呉も他の鎮守府と同様に艦娘の部隊が編成されており、今は十二人の艦娘が着任するまでになった。

 今、執務室に来た正規空母の加賀もその一人である。

 他にも、駆逐艦は電に雷と時雨の計四名。軽巡洋艦は天龍と龍田、川内の計三名。重巡が愛宕と青葉の計二名。戦艦は金剛一名。空母は軽空母の隼鷹と鳳翔の計二名。これで十二名となるわけだ。

 艦娘登場から約半年。彼女らの活躍のお陰でひとまず北海道及び本土近海(日本海及び九州から北海道までの沖合)は制海権を確保出来た今、来る次の戦いに備えて訓練を続けているのが現状である。


「報告する資料が出来たわ。確認してちょうだい」


 加賀は手に持っていた幾つかの資料を私に手渡す。口調は淡々としており、感情の起伏はあまりない。だが、私もこっちの方がやりやすいのでとやかく言うつもりはない。

 秘書艦交代の折、彼女が挙手をして希望した理由は未だに分からないが。


「ありがとう。どれどれ、開発の方は、っと」


「指示通り戦艦と空母の装備中心でしてみたわ」


「以前からの積み重ねで、重巡以下の装備は割とあるからな。で、結果は35.6cm主砲一つと、お、零戦五十二型か。これはいい」


「私が一つすでに装備してるけれど、これなら隼鷹にも手渡せそうね」


「あいつが喜ぶ姿が目に浮かぶな」


「でしょうね。あと、戦艦の主砲はどうするの?」


「これは順当に金剛へだな。これで二つ目になるから攻撃力の大幅アップにつながる」


「あとは、電探でしょうね。けど」


「あれはそう簡単には出んだろうて。装備は妖精任せな所が強い」


 妖精。

 艦娘は軍が意図して開発した存在であるが、この妖精というのは艦娘が現れる直前にいつの間にか出現した存在である。

 普段は我々人間と同じサイズで活動しており、しかしその性別は全員女性。彼女らは艦娘の装備に宿ったり、艦娘専用の装備開発に携わったりと多岐に渡って活動しているが、謎も多い。 また、艦娘を生み出す(これを建造と呼ぶ)根本にさえ携わっており彼女らなしには艦娘は増えないと言っても過言ではない。

 現在、着々と艦娘は増えているがこれも妖精のお陰であり軍と妖精で深海棲艦と戦っていると言っても良いだろう。まあ、本人達はどういうつもりかこちらはあまり分かっていないが。何にしても、敵意はないし好意的なので私は特に彼女らに対して抵抗はなかった。

 そもそも、妖精は艦娘の装備に宿ったり工廠地区にかなりおり、この呉鎮守府だけでも千数百人に及ぶため抵抗もへったくれもない。何せ男女比率が圧倒的に女性が多いのだ。男性が私と私の部下の海兵隊の隊員達四百名程度。それに事務方が少々。あとは全部女性。そりゃ慣れるって話である。


「なんにしても、また明日赴くとするよ。希望を伝えればある程度は沿ってくれる」


「そうね。今日はもう時間が遅いもの」


 加賀は執務室に置いてある古時計に視線を移して言う。

 時刻は十八時過ぎ。もう少ししたら夕飯の時間になっていた。外はすっかり暗くなっている。


「そうだ。あと少し仕事を片付けたら夕飯としよう」


「夕ご飯と聞いて俄然やる気が出てきたわ。早く終わらせてしまいましょう」


「食事は元気とやる気の源。だからか?」


「ええ。今日の献立は何か今から楽しみだわ」


「分からんでもないよ。その気持ちは」


 軍生活を長くしている私は、彼女に対して同意を示す。

 この世の中、最悪の時期を乗り越えたとはいえ三食付く上に充実のメニューを誇っているのはさすが軍といったところだ。なにせ、飯が悪いと反乱が起きた歴史すらある。彼女が楽しみにしているのも無理はないのだ。

 まあ、彼女の場合は実は食いしん坊なのもあるだろうが。いつもの雰囲気を加味すると意外っちゃ意外だが、正規空母は燃費が悪いんだから仕方ない。


「よし、じゃあ作業するか」


「そうね。私も手伝うわ」


「よろしく頼む。まずは資源管理からだが――」


 それから一時間もかからずに書類は片付き十九時前には一日の仕事を終えた私と加賀は、足早にこの鎮守府にある食堂へと向かうのだった。


・・2・・

 鎮守府の食堂。正式名称は大食堂。収容人数は千五百人近くと、大規模大学の学食より大きい広さを誇り、この鎮守府で働く者が一堂に会する場所でもある。同時に憩いの場でもあり、ピーク時間帯ともなればとても賑やかになる所だ。

 今日も例に漏れず、仕事を終えた妖精や私の部下の隊員達、そして艦娘が既に夕食を採っており、ガヤガヤとしていた。

 私に気付いた部下の何人かは会釈をする。食事中くらいは敬礼は略するようにと伝えてあるからだ。

 彼らは、最初は艦娘や妖精達に疑問を持っていたりなんだか訳の分からない存在として見ていたが、彼女らが活躍するのを目の当たりにしてきたからか、見方を変えており今では積極的に交流を図っているようだ。

 例えば、ちょっと先にいる天龍は私の部下に近接戦闘の仕方を聞いていたり、戦闘中の刀の扱い方などを教えて貰っていたりしている。

 また、面倒見の良い隊員達や四十代半ばの隊員などは駆逐艦達と話し相手になったり遊び相手になったりと彼女らを妹や娘のように接している。

 艦娘と部下達がどうなるか少し不安であったが、この様子を見て私は安心したものである。

 このように呉鎮守府においては、相手が誰だろうと分け隔てなく交流がある場所であり、お陰で雰囲気は悪くなかった。

 さて、私も夕飯をと思い加賀と夕飯を受け取る場所へまず向かった。

 そこにいたのは、鳳翔だった。

 彼女は艦娘でありながらこうして調理の場にも立ってくれるとてもありがたい存在である。


「あら、提督じゃないですか。こんばんは、お疲れ様です」


「鳳翔もお疲れ様。いつもすまんね」


「いえいえ、こうして皆さんのご飯を作るのも私の仕事ですから。それにこの鎮守府で働かれている調理科の皆さんは凄い方ばかりで、尊敬しますよ」


 この鎮守府では、大規模故に調理を担当する軍人も存在する。

 彼ら彼女らは元々は艦艇にて調理を担当する者や基地で調理を担当する者だったが、大戦初期の壊滅的被害で所属艦艇が無くなってしまったなどの事情が多く、こうして鎮守府に着任しているのである。

 元が専門でやっていた人達ばかりなので腕前はさすがのものであり、いつも美味しいご飯を食べられるのはこの人達のおかげであるのだ。その中に、手伝いたいということで鳳翔もいるわけだ。


「なにいってんのー、鳳翔ちゃんのおかげであたしらも助かってんだよー?」


「ほんとっすよ。学ぶ所も多いっす」


 調理場の方から、五十代半ばの女性と二十代後半の男性の声が聞こえた。どうやら鳳翔の評判は上々のようである。


「お、今日はカツカレーか!」


 なんと、今日はメニュー一覧にカツカレーがあったのだ。金曜日であるからカレーなのは海軍伝統だし、食堂に入るとカレーの香しい匂いがしたので分かってはいたが、まさかカツカレーとは。一時期に比べてかなり食事状は民間もかなり改善されているとはいえ、こうやって毎週どころかそれなりの頻度で肉があるメニューが出るのは嬉しいものだ。


「提督、私はカツカレーにするわ」


 加賀は目をキラキラさせながら弾んだ口調で私に言う。ぴょんぴょんと飛び跳ねそうな位のテンションの上がりっぷりだった。


「私もカツカレーにしよう。大好きなんだよな、カツカレー」


「さすが提督ね。いいセンスしているわ」


 いつもの表情から少しだけ口角を上げている加賀は、グッと親指を立てながら私の言葉に対して返す。

 ホント飯となると人が変わるよな、この人は。


「はーい、二人ともカツカレーですねー。すみませーん! カツカレー二つでーす!」


「はいよー! カツカレーツー! 加賀ちゃんは大盛りでおっけー?」


「ええ、大盛りでお願いするわ」


「あ、私も大盛りで」


「小川大佐も大盛りっすね! サービスするっすよー!」


「ありがたい。助かるよ」


「札を渡すので、あちらへ」


 私と加賀は鳳翔から札を受け取ると、ここから少しだけ右に歩いた所にある受け渡し場所へ行く。

 そこで待っているとカレーとセットになっているサラダ(今日はキャベツとレタス、コーンとハムが入った和風ドレッシング)はすぐに用意され、それからちょっとしてカツカレーも配膳された。

 渡してくれたのは、鳳翔である。


「お待たせしました。カツカレー大盛りです。ゆっくり食べていってくださいね」


「おう、ありがとう。美味しく頂くよ」


「鳳翔さん、ありがとうございます」


 鳳翔に二人で礼を言い、座る場所を探す。ピーク時間帯であるためそう簡単に空いている席は見つからない。

 だが、私を呼ぶ声が聞こえる。


「ヘーイ! テイトクゥー! テイトクがそろそろ来ると思って席は用意してあるヨー! もちろん加賀の分もあるネー!」


 手をブンブンと振り、ここにいるとハイテンションに告げる彼女は金剛型一番艦、若干クセのある日本語を使う帰国子女のよう出で立ちをし、金剛型の特徴である巫女服にミニスカートを身に纏う金剛だった。



・・Φ・・

 金剛型戦艦一番艦金剛。着任は隼鷹より遅く、加賀と同じくらいの呉鎮守府初の戦艦型艦娘。とにかく明るい性格で、このように元気である。まるで太陽のようなと言うべきか。実力は戦艦らしく高い攻撃力が持ち味。また、金剛型だけあり戦艦にしては機動力が高いためスピードを活かした戦闘も可能ということで、着任から早速活躍してもらっている。

 なお、どうやら彼女は紅茶が好きらしく呉市内で早速ティーセットを購入した模様。これは恐らく、在りし日の金剛が英国建造であり英国といえば紅茶だからだろう。艦娘が候補者の関係なしにかなり艦娘側に人格が引っ張られる副作用があるとはいえ、もしかしたら、候補前のこの子自身も紅茶が好きなのかもしれない。


「テイトクー、待ってたネー!」


「わざわざありがとう。その様子だとだいぶ待っていただろう?」


「そんなことないヨー?」


 ニコニコと、屈託のない笑顔で言う金剛。

 だがカレーとは別のもう一つのディナーセットである 和定食(生姜焼きとキャベツ、油揚げと豆腐とわかめの味噌汁、ほうれん草のおひたし、ご飯)はほとんど食べ終わっていた。これは少し気を遣わせてしまったか。


「提督、金剛がこうやってしてくれたんですから有り難く座らせてもらいましょう」


「そういうことネー。早くしないと、美味しそうなカレーが冷めちゃうヨー?」


「それもそうだな」


 私は二人の発言に頷くと、トレーをテーブルに置いて席に座る。

 そして。


「いただきます」


 食事の始まりの礼儀を済ませてスプーンにカレーとライスをすくう。この時、福神漬けもちょっぴり乗せておくのがミソだ。


「ん、うまいな」


「おいしいわ。やっぱりカレーね」


「二人ともすごく美味しそうに食べてるのネー」


「カレーだからな。そして、ここにカツもある」


「完璧な組み合わせよ」


「ワタシもそう思うのデース」


 しばらくの間、カレー談義に花を咲かせる私と加賀に金剛。スープカレーがどうとか、インドカレーがどうとかそういった類の。

 そんな話をしている内に私と加賀はカレーを食べ終え、丁度その時、とある要件を思い出し金剛に伝える。


「そういえば、金剛。明日なんだが、第二艦隊の旗艦になってもらえるか?」


「もしかして、訓練カナー?」


「ご名答。明日の第一艦隊の任務は鹿児島沖で大規模輸送船団の護衛が控えている。これは朝に呉を出発しなければならない。戦艦は佐世保から派遣されるため、こちらは空母を出す。となると君が空くわけだが暇をさせるのも申し訳ない。なので、呉沖で近海警備も兼ねて訓練の教導役をしてもらいたいんだ」


「ナルホドー。了解したネ!」


「理解が早くて助かる。時間はヒトマルマルマルからだから、朝はゆっくりして構わない」


「ワオ、朝にのんびり出来るのは嬉しいネー。なら、テートクには紅茶を振舞ってあげるヨー」


「おお、それはありがたい。朝はカフェインが欲しいからな」


「加賀にも出てく前にタンブラーに入れて渡してあげるからネー」


「嬉しいわ。まだ寒い時期だから、あなたのおいしい紅茶、とても助かるのよ」


「感謝してもらえるとなるとやる気も出るものデース。楽しみにしててネ」


「おう、そうする」


「紅茶、ミルクティーでよろしく頼むわ。シュガーも少し」


「ハーイ、了解デース。おっと、もうこんな時間なのネ」


「おや、もう八時前か。そろそろ君らは風呂の時間だろ」


「そうね。私も部屋に帰らないといけないわ」


「ワタシもデース。じゃあ、先に失礼するネ。goodnight!」


 椅子から立ち上がると、会った時とは違いやや小さめに手を振ると、金剛は食堂を後にして自分の部屋へ向かった。

 私達も片付けの為に、席から立つ。


「私達も食い終わったし、そろそろ帰るか」


「提督、仕事はどうなの?」


「お陰様でほとんど片付いたから少しだけ整理したら自分の部屋に戻るつもりだよ。だから大丈夫だ。心配ない」


「そう。なら、私は部屋に戻ってお風呂の準備をするわね」


「明日早いんだから、そうしなさい。夜ふかしは禁物だ」


「あなたの言う通りだわ。今日は早めに休むとしようかしら」


「君は明日の任務では重要な役目だからね。よろしく頼むよ」


「任せない。では、おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 食堂の出入口までは一緒に歩くが、ここからは方向が違う。そのため、ここでお別れだ。

 お互い挨拶を交わし、私は自分の部屋がある建物へと向かい始めた。



・・3・・

 私が住む部屋がある官舎は、艦娘達の居住区とは反対方向にある。司令部が置かれている場所から少し離れた提督公邸と呼ばれるのがその住処だ。提督公邸と仰々しい名前がついているが、実際は二階建ての良く言えば雰囲気のある、悪く言えば古い家である。内部はリフォームされている為何ら問題は無いが。

 その私の自宅と呼んでいい建物は独り身の私にとって相当にだだっ広い。それもそのはず、六人家族でも十分な広さの面積なのだ。なので、家に入りリビングに行くと家具である程度満たされているとはいえ、やはりもの寂しく感じた。

 さて、もうやることもないしどうしたものか。

 リビングにかけてあるデジタル時計は二十一時二十六分と表示されている。夕飯はもう食べた。冷蔵庫を開ければビールや飲み物、なんならデザート類だってある。

 しかしどれを食べる気にはなれない。少し食べ過ぎたかもしれない。部屋でのんびりタバコを吸っていても いいが……。同じ吸うなら、なあ……。

 あ、そうだ。

 あの場所に行こう。

 私は思い立ち、冷蔵庫から今や貴重品のコーヒー(コーヒー豆の産地先の流通路が途切れている為である。今は欧州ロシア日本海経由でかろうじて入手できている)を取り出し湯を沸かして作って、それをタンブラーに入れる。さらにリビングのガラステーブルに置きっぱなしのこれまた貴重品(とはいえだいぶ流通するようになった)になってしまったタバコをコートのポケットに入れる。携帯灰皿ももちろん忘れない。

 用意を完了すると、私は外に出た。そこから少しあるだけでもう海で岸壁だ。

 岸壁沿いをのんびりと歩く。ゆらりゆらり、歩調はゆっくりと。

 少し遠くには、対岸の呉の街並みが良く見える。夜景が綺麗だ。日本海及び本州内海の航路の安全は確保されてから、燃料事情は良くなった。そのため電力事情も改善されて今では電気使用制限もかなり落ち着いてきている。以前は暗かった街並みもこのように以前に近くなってきているのだ。

 ああ、守れているんだと実感する瞬間でもあった。

 景色を見ながら、穏やかな海を眺めながら歩くと目的地が見えてきた。私がゆっくりしたい時に行く、波止場だ。

 そこに着くと、私は地面に座る。

 コートのポケットからタバコを取り出し火をつける。

 大きく一口目を吸う。

 ふぅぅ……。


「いつ来ても、静かだ……」


 ぽそりと、独りごちる。

 昼は賑やかで活発な鎮守府も夜は静かだ。周辺は無音。静寂に包まれている。いつからか、こんな世界が好きになった。

 なぜだろうか。

 きっと、戦争のせいだろう。

 心にも波が立たない。そんな時間がほしいという表れだろうか。

 携帯灰皿に灰を落として、今度はコーヒーに口をつける。夜にブラックはあまり良くないので、砂糖を少し入れたが正解だった。程よい味が口に広がる。


「あれ、提督じゃん。なにしてんだ?」


 一本目を吸い終えて、二本目に火を点けた頃。誰もいないこの空間に聞き慣れた声がする。

 振り返ると、いつもの服とは違い私服姿でダッフルコートを羽織っていた天龍がいた。



・・Φ・・

 天龍型一番艦天龍。電の次に龍田と共に着任した。外見として特徴的なのはやはり眼帯である。理由はカッコいいからとのことなのだが、どうもそれだけじゃない気がする。しかし真実を聞くのも野暮なので聞かないでいるが、恐らくオッドアイか何かなのだろう。もしかしたら本当にカッコいいからだけなのかもしれんが。

 戦闘能力に関しては、軽巡にしては攻撃力がやや低いものの機動力を活かした戦闘ーーそもそも呉の戦い方は機動力重視であるーーを行っているため十分に補えている。また、龍田と共に数少ない超近距離戦闘を行う一人で、その際には刀を用いる。この特訓には私がついているが、コテンパンにされたにも関わらずへこたれること無く挑戦してきて今ではかなり腕を上げている。海兵隊出の私としては近距離戦闘可能な彼女の将来が楽しみである。


「どうしたんだよ提督。こんなとこで」


「見ての通り、一服だ。夜風に当たりたくてな」


 私は彼女の方を向いて、タバコの箱を振りながら言う。


「こんな寒いのに?」


「ここにちゃんとタンブラーは置いてあるよ。ホットコーヒー入りだ」


「まあそれくらいは持ってきているよなー」


「タバコだけだと喉がね」


「そこはよく分かんねえや。オレ、吸わねえし。興味はあるけどよ」


「やめとけやめとけ。体に悪い」


「そっくりそのまま返してやるぜ」


「私はいいんだよ、私は。――ところでだ。天龍はどうしてここに?」


「寝るには早いしかといって部屋でじっとしてるのなんだかなってとこだ。提督と似たようなもんだよ」


「そうか」


「隣、失礼するぜ」


「ああ」


 天龍はそう言うと、私の隣に座り足を岸壁から投げ出してふらふらとさせる。

 私は三本目のタバコの紫煙をくゆらせながら、


「天龍」


「なんだよ提督」


「明日、よろしく頼んだ」


「大規模輸送船団の話かー?」


「そうだ。あれには国内で流通する燃料だけじゃなく食料やらもある。国民向けの大事な物資だ。しっかり守ってほしい」


「なあんだ、そういうことなら任せておけよ。この天龍サマなんだぜ?」


「君が強くなっているのは十分に承知しているさ。それでも念のための注意をな」


「心配性だなあ、提督は」


「君らは私の部下だからだよ。それにな、こう言うのももう一つ理由がある」


「理由?」


「この鎮守府向けの荷物だ。私や他の者が注文したコーヒーや金剛の紅茶。天龍が注文したものだってあるぞ」


「うっわ、マジかよ。そりゃ守らねえとな」


 にしし、と笑顔で答える天龍。変わらずに二本目をふかし、そろそろ三本目を取り出そうとしながら頷く私。

 それからしばらく、お互い無言で向こう側の夜景を眺める。しん、と夜は静まっていた。

 すると、天龍は私の方へと視線を移して切り出した。


「なあ、提督。今回のさ」


「ん?」


「今回の任務、間接的とはいえこの街は守ることになるんだよな?」


「そうなるな」


「この街の人を守ることが出来るんだよな?」


「勿論だ」


「そっかー。じゃ、頑張んねえとな」


 彼女は呉の街の方に再び目線を戻すといや、いつも頑張ってっけどよ、と言い加える。


「ま、明日の任務には加賀さんや隼鷹さんがいるんだし、佐世保からは戦艦の艦娘も来てくれるんだ。それに新田原基地からFー35が、鹿屋からは攻撃ヘリ部隊が、おまけに船団護衛にオレら以外の水上戦力としてイージス巡洋艦も付くんだろ? こんだけいるなら大丈夫だろ」


「この船団は過去最大規模になる。その為に万全の備えでどこもいる。でも、一番いいのは奴らに遭遇しないことだな。これだけの戦力備える必要なかったな。杞憂で済んだ。になれば上等さ」


「そういうこったな。いつもは戦ってやるってやる気になるけど、今回ばかりかは出てこねえことを願うばかりだぜ」


「ただ」


「ただ?」


「航路が航路だ。十分に注意するように」


「分かったよ、気をつける」


 三本目の紫煙が漂う中、私は真剣な眼差しで天龍に話す。天龍も真面目な口調で返した。


「じゃあ、そろそろオレは戻るよ。明日はええしな」


「分かった」


「提督、そこに長くいて風邪引くんじゃねえぞー?」


「さすがにそこまで不用心じゃないさ」


「ははっ、だろうな」


 私の返しに笑いながら答える天龍。


「おやすみ、天龍。ゆっくり休んでおけよ」


「了解。提督もおやすみー」


 天龍はヒラヒラと手を振りながらこの場を後にした。岸壁には私一人。再び静寂が訪れる。

 三本目を吸い終えると、タンブラーを傾けてコーヒーを飲む。

 あ、無くなってしまったか。

 ここにそう長くいても仕方ない。

 丁度飲み干した形となった私はゆっくりと立ち上がり、自宅へと戻ることにした。

 岸壁には誰もいない。残っているのはほんのりと漂う、紫煙のみだった。


第2話 南九州沖海戦


・・Φ・・

「衛生兵ー! 衛生兵ー!」


「助けてくれえ!」


「いてえよ……、くっそ、くっ、そ……」


 眼前に広がるは阿鼻叫喚の地獄絵図。死体の山と、助かる見込みのない者ばかりだった。

 私の目の前にいる彼もその一人。下半身が、なかった。


「小川、中佐……」


「北田中尉、喋るな……。今助けてやるから」


「いいんです。分かってますから……」


 私の隣にいる衛生兵は泣きながら処置をしていた。


「オレ、家族を守れました、かね……」


「守れてるさ。だから生きて帰ろう。ヨメが待ってるんだろう?」


「そう、っすね……。今か今か、ってきっと、待ってます。あいつ、泣き虫、だから……」


「じゃあ、死んだらダメだろう。帰ったら、美味い飯もあるぞ。あったかい味噌汁もある。お前、豚汁好きだったろ?」


「大、好きです。うまいっすよね……」


「ああ、うまいな。そうだ、帰ったらうんと飲めよ。私が全部奢ってやる」


「マジ、っすか。それはいいで、すね。約束、っすよ……」


「約束だ」


「やっ、た、ぁ……」


 彼はそこで、事切れた。


「おい、おい」


 隣にいる衛生兵は泣きじゃくりながら、首を横に振る。


「ドックタグを」


「分かり、ました」


「お前は死ぬな。俺の隣にいろ。いいな」


「りょう、かいっ……」


 彼の首にかけてあるドックタグと、時計をその身から外す。こんな状況じゃ死体は収容できない。だから、せめて。


「お前の死は、無駄にしねえよ……」


 私は小さくそれだけ言うと、ガシャンとアサルトライフルに弾を込める。


「再編成だ。近くにいる動けるヤツを集めろ」


「了解」


 近くにいる部下に命令を下す。

 この世は、地獄だ。


・・1・・

「…………」


 もう何度目か覚えてない。あの時の夢から、醒める。どうやら寝汗をかいていたらしく、体が気持ち悪い。

 時計を見て、すぐに起きシャワーと朝食を早めに済ます。

 冬服の大佐の階級章が両肩にある海軍将校服に袖を通して、私は鎮守府の司令部庁舎に向かった。

マルロクサンマル。昔から残る赤レンガの司令部庁舎。その三階。とある一室に入ると今回の作戦に参加する 艦娘と輸送艦隊の面子が揃っていた。


「待たせてすまない。それでは最終確認を行う」


 私に気付いて起立、敬礼していた全員を再び座らせて説明を始める。

 この場にいる艦娘は、隼鷹・加賀・天龍・龍田の四名。向こうの海域で佐世保の日向と初霜と合流する。輸送艦隊の将校は十数名だった。いずれも艦長と各長クラス。


「本作戦の作戦名は、ユ一(ヒト)号作戦。大陸から来る大規模輸送船団を護衛する任務である。艦娘艦隊は護衛と万が一の場合の戦闘を、輸送艦隊の諸君達は当該海域まで艦娘の輸送と、当該海域到着後は海軍艦艇と共に輸送船団のの護衛にあたってもらいたい。使用する艦艇は、艦娘母艦『大潟』だ。イージス艦改造の大型艦艇の為、武装は十分。呉が誇る武勲艦だ。ちょっとやそっとじゃやられん艦だから安心してほしい」


 私の言葉に、大潟の艦長を務める平田大佐は、


「もちろんだ。私の部下だからな、小川大佐の言う通り大丈夫さ。艦娘さんに何かあっても、俺らだって守る。やられっぱなしじゃいられんってやつよ」


 彼の自信に満ちた発言にその場にいた各長クラスが頷く。ここの人達は士気が高いから助かる。


「よって、艦娘諸君も任務に集中できる環境にあるからそのつもりで。また過去最大規模の船団になる為、新田原からは戦闘機が一個飛行小隊、鹿屋から攻撃ヘリが同様に一個飛行小隊が護衛にあたる。万全の備えとなる作戦だ。ただし、当該海域は前線ギリギリの南九州海域である。種子島北部を通過する地点であるため、各員は十分に警戒するように。説明は以上。質問は……、ないようだな。各自作戦資料を参考にするようにしてくれ。では、解散!」


「了解したわ」


 加賀は短く一言。


「あーいよー」


 隼鷹はマイペースに。


「おうよ、任せとけ!」


 天龍は自信満々に。


「わかったわー」


 龍田は伸びた口調で、だがその眼は鋭く。

 そして、残りの者達も、了解! の声で全員が立ち上がり、各自が動き始める。


「てーとくー」


 私に声をかけてきたのは隼鷹だった。鳳翔、加賀の後にこの鎮守府に着任した軽空母系艦娘だ。二人と違い式神を用いて空母を現界させるのが特徴である。元は豪華客船の橿原丸だったらしいが、軽空母に改造された歴史を持つ。しかし、性格はざっくばらんだ。所々の所作が綺麗なのは豪華客船として生まれるはずだった時の名残だろう。

 鎮守府に着任してから、鳳翔の指導もあり加賀と同様実力を伸ばしている。

 ちなみにお酒が好きらしく、たまに私も飲むのに付き合っている。


「どうした?」


「零戦五十二型、ありがとなー」


「君が使えば実力が発揮できると思ってな。もしもの時は使ってくれ」


「もっちろーん。任せといてよ」


 ずびしぃ、と効果音が付きそうな様子でピースしながらニコニコとして隼鷹は言う。この様子なら大丈夫だろう。


「そいじゃ行くぜー」


「ああ、気を付けて」


「帰ったらまた飲もうぜー」


「覚えておく。怪我なく帰ってこい」


「りょーうかーい」


 陽気な声で隼鷹は言うと、部屋を出ていった。


「どうした龍田。何か要件でもあったか?」


 隼鷹と話している時から気付いていた、窓辺に立っていた龍田に声をかける。


「んーんー。ちょっと外を眺めていただけー。朝陽がきれいだなーって」


「そうだな。見事な日の出だ」


 私も窓辺に近付いてみると、確かに冬の太陽は綺麗だった。


「提督、起きる時に何かあったー?」


「どうしてまた?」


「目の下に少しクマがあるわよー?」


 こちらに近付いてきた彼女は、私の瞼の下を指差し、触れる。距離の近さに思わず私は半歩下がり仰け反った。


「前日だからちょっと色々な。でも、ちゃんと寝たから大丈夫だぞ」


「そうー。ならいいけれどー」


 掴み所が妙に無い上、この子はどうもカンが鋭いようだ。芳しくないとこを指摘される。だが、夢のことを言うつもりはなかった。今言うことでもないし、打ち明けるつもりもない。


「体調には気をつけてねー?」


「忠告受け取っておくよ。君らもな」


「ありがとー。ちゃんと帰ってくるわよー」


「うむ、よろしい」


「じゃ、またねー」


 緩い言葉調子で小さく手を振ると、彼女もこの部屋を後にした。


「……隠しきれてないか、それとも。いや、まさかな」


 一人となった部屋で、誰に話しかける訳でもないが呟く私。

 今日も朝陽が眩しい。目にしみるくらいに。



・・Φ・・

 艦娘達と輸送艦隊を見送ってから何時間か経った昼過ぎ頃。昼食を済ませてから、私は執務室にいた。

 作戦は極めて順調に進んでいた。

先程、派遣した艦娘達と輸送艦隊は無事大規模輸送船団と合流したらしく今の所深海棲艦との遭遇もなし。このまま予定通りいけば夕方過ぎには注意するべき海域も抜けられる。十全の備えも杞憂だったようだ、で終われそうな状況であった。事実その雰囲気が漂っている。

 このような考えになるのも無理はない。一番危険であり、日本軍や艦娘艦隊の哨戒が手薄な、上海から北上してから東進する華北航路の半分以上を通過し、今は種子島の西を航行中。呉と佐世保の艦娘艦隊の他豊富な護衛が付く部分を行くだけ。恐らく現場も緊張が若干緩んでいるに違いないだろう。


「新しく入った情報も、異常なしと」


 最新の報告を書類で受け取った私もホッとしていた所であった。

 大隅海峡を抜ければもう大丈夫だろう。

 周辺の地図を思い浮かべなら思案し、書類を執務机に置いてぼうっとする。


「テートク、訓練が終わったヨー」


「おう、入ってくれ」


「失礼するネー」


 扉を開けて入ってきた金剛は艤装を付けてない金剛型の制服姿だった。訓練明けにも関わらず汗一つかいていない。もしかしたらシャワーの一つでもして乾かしてから来たのだろう。ほんのりと香るシャンプーの匂いから推測する。


「訓練お疲れ様。まあゆっくりしていってくれ」


「Thanks.ねえ、テートク。今からティータイムなんてどうカナー?」


「おお、いいな。朝は思ったよりドタバタして出来なかったからな。丁度いい」


「えへへ、なら準備するネ」


 ぴょんぴょんと小さく飛び跳ねながら嬉しさを表現する金剛。素直な感情表現をする彼女を見ているとこちらもどことなく和むものである。


「テートク、今日は砂糖いるカナ」


「一つ頼む」


「了解ネー」


 慣れた手つきでティータイムの準備をしていく金剛。

 元々この執務室には私が置いてあるコーヒーメーカーしか無かったが、金剛が来てからは彼女だけでなく他の艦娘もここでお茶会をするようになった為、一式が揃うようになった。ティーカップやソーサー。紅茶葉入れなどなど。執務室はまるで喫茶店のようになっている。


「金剛、さっき置いてあった紙袋には何が入っているんだ? なにやらいい香りがしたものでな」


 執務机に座ったままで、私は気になっていた点を彼女に尋ねる。

 金剛はお湯を沸かしながら、


「これはスコーンデース。ワタシの手作りダヨ」


「ほう、手作りとな」


 そうか、彼女はお菓子作りが上手なのだ。特に紅茶菓子などは絶品だと艦娘だけでなく私の部下からも評判なのだ。


「本当は朝に食べようと思ったんだけどネー。だから出来立ての熱々じゃないデース……」


 ちょっとしょんぼりしながら言う彼女。


「なあに、構わんさ。君の作りお菓子は美味い。冷めてもスコーンなら全然大丈夫だ」


「テートクは褒め上手なのネ」


「そうか?」


「Yes.ワタシが言うんだから間違いないデース」


「その自信はどこから来るんだか」


「フフーン、秘密ダヨ」


「なんだそりゃ」


 思わず顔をほころばせながら、私は金剛に言う。

 近頃あの夢を見るようになってから心が荒みがちな私にとってこういう他愛のない話は心が洗われる。


「お、完成か」


「Yes!! はい、どうぞテートク」


「ありがとう」


 私は執務室の机から、テーブルとソファのある場所に移り、いや移ろうとしたが、


「スコーンを置く皿、用意するよ」


「助かりマース」


「紅茶を淹れてくれてるんだから、これくらいはするさ」


 私は金剛の感謝の言葉に対して思ったまま言うと、執務室の壁際にある食器類の入った棚からお皿を出す。淵に銀色のラインが入っているシンプルなものだ。

 それをテーブルに置くと、金剛は紙袋に入れてあったスコーンを次々と入れていく。

 そして熱々の紅茶が入ったソーサーに乗ったティーカップ二つを置いてお茶会の準備はすべて完了だ。

 私と金剛はほぼ同時に対面上にあるソファにそれぞれ腰掛けると、


「早速だが、頂くとするかな」


「どうぞどうぞネー」


 私をニコニコとした表情で見つめる金剛。いつもの事なので気にせずにティーカップを持ち、一口だけストレートティーを飲む。

 うむ、うまい。


「今日の紅茶の茶葉は?」


「ダージリンデース」


「香りが独特なのはその為か。普段はコーヒーばかりだからあまり詳しくはないが」


「香りが独特、というのは正解ネ。ダージリンは紅茶のシャンペンと呼ばれているカラ、分かりやすいのネ」


「産地は確か……」


「北インドだよテイトクー。華北航路や日本海航路で大陸からの製品は入ってくるのでインド原産が多い紅茶は、コーヒーよりは手に入りやすいのデス。残念ながら海に近いニルギリや海を隔てたスリランカの紅茶葉はまだ手に入らないのネ……」


「大陸から近くて良かったと思う瞬間だよ。これがもし千キロ単位で遠かったらと思うと背筋が凍る」


「全くデス。紅茶が無いのはちょっと嫌ですカラ」


「その気持ちは良くわかる。コーヒーの事情は紅茶より悪いからな……。インドや中国からのが届くし、エチオピア産もヨーロッパ経由で多少はあるが、主要のインドネシアやブラジルはシーレーンが寸断されてからは手に入らなくなったからな……」


「シーレーンを早く元に戻すためにも、ワタシ達が頑張らないとネ」


「全くだ」


 お互い、ふぅ、と息をつきながら同じように紅茶を口につけ、私はスコーンに手を伸ばす。

 私はそれを一口大にしてから食べて、紅茶をさらに一口すると、


「ところで今日の訓練はどうだった?」


「特に問題点はなかったヨー。アタゴ、アオバ、シグレと訓練をしたけれど皆着実に腕を上げてるネ。特にシグレの魚雷は正確無比なモノになりつつあるヨ」


「それはいい。我々呉は火力より機動力重視だからな。駆逐艦の攻撃力も重要な部分になってくる。まあしかし、あえて欲を言うなら……」


「ワタシみたいな戦艦がもう一人カナ?」


「そこなんだ。やはり現状だと火力不足は否めん。いや、君が役不足って理由ではないんだ。ただ、決定力にいまいち欠けるのがな……」


「空母系は豊富だから火力はそこで補えるけど限度があるからネ」


「その通り。これは追々考えるしかないか……。今は既存の戦力の強化や装備開発による能力向上で対応しよう。まだまだ余地は沢山あるし、練度を高めるのが何より重要だ」


「さすが元海兵隊員の隊長さんダネ」


「練度、武器の質。これらは何れも生存率に直結する。大事な部下は失いたくないからな」


「そういう所も、テートクの優しい点デス」


「そうかね」


「Yes」


 仕事の話をしながらもささやかなお茶会。昼下がりに飲む紅茶と金剛が作ってくれたスコーンを頂くこの時間は、私にとって心を穏やかにしてくれる小さな幸せの時間でもあった。

 しかし、いつまでも穏やかでいてくれないのが戦争で意地が悪いのがこの世界だ。

 ある程度仕事の話が片付いて、彼女と雑談を交えていた時だった。

 やたら慌てた足音が聞こえたかと思うと、ノックも無しに扉が開く。

 現れた人物は、呉鎮守府の中央司令室の者だった。


「小川大佐緊急事態です! 南九州沖にて深海棲艦が出現! 至急中央司令室へ!」


「了解。金剛、君は愛宕と共に第二種戦闘配置にて待機。V―22を呉鎮守府内大型ヘリポートに向かわせる。万が一の時はV―22で現場へ急行してもらう。いいな」


「了解したヨ!!」


 金剛は敬礼すると、すぐさま部屋を出ていく。


「君は呉に残っている金剛と愛宕以外の艦娘に警戒レベル3へ移行。待機状態でいることを通信で告げておいてくれ」


「分かりました!」


「ったく。やはり奴らは現れたか……」


 私は舌打ちをしながら、中央司令室へ駆け足で向かった。


・・2・・

 呉鎮守府中央司令室。

 赤レンガの鎮守府中央司令棟の地下に存在しており、戦闘の指揮はここで行われている。前面には超大型の画面が表示されており、戦闘中のあらゆるデータはここに示される。

 私はそこに到着すると、そのディスプレイを凝視しつつ、


「状況は?」


 この部屋に数十人いるオペレーターの中でもそれを指揮する人物である桧垣少佐に話しかける。


「敵は現在種子島北端より北東三十キロに位置し、現在北上中です。構成は戦艦ル級二、軽空母ヌ級一、重巡リ級三、軽巡ホ級三、駆逐イ級五の計十四。幸い制空権はこちらが既に確保。また、大規模輸送船団は全速力で当海域から離脱しつつあり、艦娘艦隊が敵艦隊の対処に当たる模様」


「最悪のケースは回避できそうだな」


「また、新田原から追加でF―3A一個飛行小隊が艦娘のCASとして現場へ間もなく到着するようです」


「それは助かる。これならなんとかなるかな。よし、本作戦旗艦の加賀に繋いでくれ」


「了解」


 オペレーターに指示すると、無線はすぐに繋がった。


「私だ。聞こえるか」


「ええ、無線の感度は良好よ」


「現在敵艦隊は種子島北端より北東三十キロに位置しており、北上中。君らはそこからさらに北四十キロの位置だ。既に航空戦があったことはこちらも把握している。となると、敵の位置はもう掴めているか」


「隼鷹の索敵機が常に位置を送ってくれているわ。現在、第二次攻撃隊が発艦。問題は今の所はないわよ」


「それなら良し。なお、間もなくCASとして新田原のF―3Aが到着する。味方の援護も多いが心してかかるように」


「了解」


「護衛していた大規模輸送船団は海域を全速力で離脱しつつある。安心してくれ」


「それは良かった。なら、集中して戦えるわね」


「その通りだ。あと」


「何かしら」


「必ず無事に帰るように」


「了解しました」


「今後も無線にて情報は常に知らせる。武運を祈っている。通信終了」


私は必要な事項を伝え、無線通信を終わらせると用意されている一番後ろの中央の席、司令官室に腰掛ける。


「さて、相手はどう出てくるか……」


 私は画面に表示されている赤色の矢印、深海棲艦を表すそれを睨みながら言う。

 南九州沖海戦の火蓋は既に切って落とされた。


・・Φ・・

 南九州上空三千五百メートル。そこには四機の戦闘機部隊がいた。新田原の部隊である。


<こちらブラックドラゴン1。新田原タワーへ。これより通信の手間を省くため日本語で通信を行う>


<こちら新田原タワー。ブラックドラゴン隊へ。状況を報告せよ>


<現在現場まで九十秒地点。上空に敵影なし。海上機動部隊が既に制空権を得た模様>


<了解。敵目標に対しては一八式対艦ミサイルの使用を許可する。艦娘さんの援護をしてくれ>


<ブラックドラゴン1了解。いつまでもやられっぱなしじゃいられん。叩き潰してくれる>


<ブラックドラゴン2了解。戦艦を食ってやりましょう>


<ブラックドラゴン3ラジャー。ぶっ潰してやる>


<ブラックドラゴン4アイサー。女の子ばかりに任せちゃ我らの名が廃りますからね。>


<よろしく頼んだぞ>


<任せておけ>


<武運を祈る。新田原タワーオーバー>


 無線通信を終えると、国産最新鋭戦闘機部隊のFー3Aブラックドラゴン隊四機はアフターバーナーを点火しスピードを一気に上げにかかる。

 交戦空域まで四十五秒。空はよく晴れている。視界は良好。既にヘッドマウントディスプレイには敵を表す記号が表示されていた。

 数秒も経たない内に、目標のロックがなされる。相手は戦艦ル級。重装甲目標である奴にはミサイルじゃないと攻撃が通らない。

 Lock on.

 ディスプレイが目標をロックしたことを告げる。


<ブラックドラゴン1、フォックスワン!>


<ブラックドラゴン2、フォックスワン!>


 瞬間、二機から一八式対艦ミサイルが二発が発射される。時速二千四百キロ以上で飛翔する対艦ミサイルは熱源を探知。深海の悪魔に吸い込まれていく。

 命中、爆発。

 ル級の周辺は爆炎に包まれる。


<やったか?>


 ブラックドラゴン1は確認の為高度を下げ、ル級の周辺を飛行する。

 しかし、ル級はまだ沈んでいなかった。中破判定である。大型対艦ミサイルの一八式を持ってしっても重装甲のル級相手には二発では轟沈をさせることが出来ない。


<チッ、やはり二発じゃ駄目か。もう一度だ>


 深海棲艦に対してはミサイルは有効ではあるもののダメージは艦娘が与えるそれより弱い。これが緒戦で通常軍が押されてしまう理由なのだ。


<おい、アレ!!>


 ブラックドラゴン3が指を指したのは、もう一隻のル級から発射された砲弾である。目標はおそらく、レーダーから予想すれば隼鷹と表示された艦娘。

 このままだと……。

 ブラックドラゴン3がミサイル発射の為にスイッチに指をかけようとしたその時、


<オレに任せてください!>


<ブラックドラゴン4、任せた!>


<ブラックドラゴン4、フォックススリー!!>


 すぐさま事態に気付いたブラックドラゴン4はアフターバーナーを点火、目標に接近し、Fー3Aの二十ミリバルカンが火を吹く。


<っしやぁ! 砲弾を破壊! ついでにてめえも吹っ飛べ! フォックスワン!>


<重巡に命中! 轟沈確認!よくやったブラックドラゴン4!>


<へへっ、これくらい楽勝っすよ!>


 ブラックドラゴン4は助けた艦娘がいる上空で翼を左右に振りながら急速離脱しつつ無線で隊長の褒め言葉に笑いながら返す。


<上空には少数だが敵の艦載機がある。チンタラした野郎共だが気をつけろ。油断したらやられる>


<ブラックドラゴン2より了解。気をつけます>


<ブラックドラゴン3より了解。まだまだミサイルはあるからやってやりますよ>


<ブラックドラゴン4よりラジャー! 目にものを言わせてやりましょう!>


 ブラックドラゴン隊の隊長の注意に、全員が反応。四機は旋回し、再び敵艦隊を目標につける。

 空戦もこうして始まったのである。



・・Φ・・

「ヒュー! さっすがー! おかげで助かったよー」


 変わって種子島北端沖、海上の艦娘艦隊。味方の戦闘機部隊の援護により砲弾を食らわずに済んだ隼鷹は助けてくれた戦闘機に向かって手を振る。隼鷹の艦載機部隊もその戦闘機に感謝の意味を表して翼を振る。


「隼鷹、気をつけて。油断しないように」


「分かってるって。不意打ちには注意しないとな」


 加賀の忠告に対して、隼鷹はひらりひらりと手を振って答える。彼女らの通信方式もまた無線である。海上では距離が空くと意志が取りづらい。その為の無線だ。

 そのインカムが少しズレたからか、隼鷹は耳にかけ直すと、目の色を変える。戦う者の目だ。


「第二次攻撃隊発艦! 直掩隊も回すよー!」


 隼鷹は巻物を大きく広げると、九七式艦攻部隊と零戦五十二型部隊を発艦させる。


「こちら旗艦加賀。今から、前線の三人に直掩隊を回すわ。それと、攻撃隊として艦攻も向かうわ。よろしく」


「こちら日向。了解した。新田原の人達のおかげで形勢は有利だ。そのまま追い込んでやってくれ」


「こちら天龍! 了解したぜ! 援軍助かります!」


「こちら龍田ぁ。ありがとうございますー」


 最前線の三人の返事に頷きつつ、そちらは頼んだわよ。と告げて一度無線を加賀は切る。


「初霜、一人じゃ大変かもしれないけれど上空監視をお願いするわ」


「任せてください! 絶対に守ってみせます!」


「いい返事ね」


 表情を変えず、加賀は初霜に返す。

 対して初霜は自ずと手に力が入る。

 自分は空母の援護という重要な任務を任されているのだ。絶対に果たさないと。

 そして、ここはあの場所から近い。だから今度こそ。

 彼女は心中で思い、頑張らなきゃ、と小さく呟いた。



・・Φ・・

 場所は変わり、最前線の海域。

 そこでは激しい戦いが繰り広げられていた。

 こちらが六隻に対して向こうは一四隻だった為序盤は少し苦しかったが、新田原の援軍と自分達の攻撃によって敵は大分数を減らしていた。

 残りは戦艦一、重巡二、軽巡二、駆逐三の計八隻。しかも戦艦と重巡はミサイル攻撃のお陰で中破や大破。あと一息の所まできている。

 軽巡や駆逐は健在だが、これならやれる。日向は頭でそう考えつつ周りを見回していた。


「天龍、手負いの重巡を頼めるか?」


「よしきた! 任せてください!」


「龍田、天龍の援護を」


「はーい。お任せ下さーい」


「私は大破した戦艦に追い打ちをかける。ただし、軽巡と重巡には気をつけるように」


「あいよ!」


「わかりましたぁー」


 天龍は語気を強め、龍田は伸びた口調で言いつつ口角を上げると、前進を開始する。

 目標の重巡は煙をあげている上に、速度も相当遅くなっていた。余裕でやれると天龍の直感は告げる。


「龍田ぁ! 突っ込むぞ!」


「はいはーい。任せて天龍ちゃーん」


 未だこちらに気付いていない重巡へ一気に加速し突っ込んでいく二人。

 天龍は抜刀し、龍田も薙刀を回転させた後、構える。

 並列して水上を走る二人は一度分散し、左右に展開。さらに加速する。


「死にたいフネは、どこかしらぁ〜」


 まず攻撃を仕掛けたのは龍田だった。敵の背後に回り込み、不意打ちを仕掛ける。

 重巡リ級は彼女の声に反応するも時既に遅し、もう目の前だった。


「あなたには死んでもらうわね〜」


 ニヤリ、と末恐ろしい狂気の笑顔で彼女は薙刀を横に振る。狙ったのは敵の脛にあたる場所。

 ザシュッッ。

 気味の良い音は、相手のアキレス腱であろう箇所を切りきった音を表現する。

 立ち支える力を失った重巡リ級は膝をつき、自らが立ち上がることが出来ない事実を受け入れることが出来ない。

そこに第二擊、天龍が襲いかかる。


「っでりゃあ!!」


 正面を振り返ると、目の前には天龍。刀を下から大きく振り上げ、武器を持つ腕を叩き斬った。

 甲高い悲鳴を上げる、リ級。しかし攻撃は収まらない。


「トドメだッッ!」


 天龍は反転し水上を蹴る。

 発生した力を用い飛びかかると一刀両断。


「フッ、ざまあないぜ」


 決めゼリフのように言い捨てるとその刹那、リ級は首から上を失いその場に倒れ、沈んでいった。


「よくやった天龍、龍田。私もル級を片付けたよ」

 

 二人がいる場所に駆けつけたのは日向だった。彼女の言う通り、ル級がいた場所には大きく煙が上がっている。轟沈した証拠だ。


「うす。日向さんもお疲れ様」


「これくらいは楽勝ですよー」


「頼もしいな」


 ふふっ、と微笑む日向。


「残りは軽巡と駆逐だけだ。さっさと片付けてしまおう」


「了解! まだまだやれるぜ!」


「早く倒して、帰りましょ〜」


 勝敗がほぼ決したことで余裕が生まれる三人は、意気揚々と次の戦場に向かう。

 それからわずか三十分後。総崩れとなった深海棲艦艦隊は全滅。

 南九州沖海戦は日向と天龍、龍田三人が小破のみの快勝という形で終えたのだった。


・・3・・

「1735状況終了!」


「皆ご苦労だった。待機中の金剛と愛宕に警戒解除を伝えておいてくれ」


「了解しました!」


 オペレーターの声に、中央司令室内にいた全員に安堵の声が広がる。

 戦闘は日が暮れる前に終わった。大規模輸送船団は無事戦闘海域付近から離脱し、現在は各目的地へ航行中。護衛に当たっていた艦船や攻撃ヘリ、戦闘機に被害はなく、艦娘艦隊も日向・天龍・龍田の小破のみで、作戦は大成功と言っても差し支え無い。

 だが、私はどこか違和感を抱いていた。


「あれだけの規模だからバレるのは仕方ない。だが、なぜあんな中途半端な数を送ってきたんだ……? 船団を壊滅させるつもりなら、もっと大軍を送ってもいいのに」


「どうかしましたか?」


 私の独り言が聞こえたのか、隣にいた桧垣少佐が安心した表情で聞いてくる。


「敵の意図が掴めなくてな……」


「あいつらの意図が掴めないのはいつもの事であると思いますが」


「そうなんだよ。そこが問題で……」


「何にせよ、奴らが現れましたが作戦は成功したんです。喜んでいいと思いますよ?」


「……難しい事は後で考えるか」


「はい。 あ、そうだ。あの子達が帰ってきたら小規模ですが祝勝会をやりましょう! 無事に物資は届くことになるわけで、これで国民の暮し向きも多少良くなる訳ですから」


「賛成だ。ぜひ開こう。たまにはこういうことをしないとな」


「やった! 皆聞いたか! 艦娘さんが帰ってきたら祝勝会だ!」


 桧垣少佐が中央司令室内にいるオペレーター達に呼び掛けると歓声が上がる。皆、こういった祝い事は好きなのだ。それに、オペレーションが上手くいったのだからこうなるのは不思議ではない。


「では私は早速周りに呼びかけたり準備に取り掛かりますね! 祝勝会はいつやりましょう?」


「彼女らが帰ってくるのは日付が変わる前だから……。明日にしよう。明日の夕方なんてどうだろうか」


「了解です! 準備期間も必要ですからね」


「よろしく頼む。私は事後処理にかかるから、失礼するよ」


「イエッサー! お疲れ様でした!」


「お疲れ様」


 私は席を立ち、賑やかになった中央司令室を後にする。

 部屋を出て地上階に出ると、そこには一人の男性がいた。二十代後半で階級章は大尉。海兵隊時代からの部下、黒田大尉だった。


「大佐、お疲れ様です」


「黒田大尉もご苦労」


「作戦は大成功だったみたいで」


「ああ、ほぼ無傷と言っていい位だ。輸送船団も無事で、これで幾らか資源にも余裕が出る」


「それはいいことです。でも、大佐はどこか浮かない顔をしているみたいですが」


「ちょっと引っかかる点があってな……」


 歩いている内に正面玄関までたどり着いていたので、右折をして階段を登る。

 階段を登り、踊り場に差し替かかった頃に私は微妙な表情で口を開く。


「引っかかる点ですか」


「いらぬ心配だとは思うんだが、どうも今回の敵艦隊の行動が読めなくてな」


「思ったより数が少なかったとかですかね?」


「それもある。こちらを潰すならもっと数を多くすればいい。だがそれほどの数ではなかった。逆に威力偵察にしては数がおおいんだよ。何も戦艦を引っ張りだす必要なんてないんだから。とまあ、こんな感じで他にも幾つか不可解な点があるんだが、説明がつかんのだ」


「この攻撃には、何かあると」


「さあな。きっと私の過剰な心配だと思う。本当に何もないかもしれん。奴らの行動原則は基本的に作戦らしい作戦が見られないからな」


「そうじゃなきゃ、今頃世界はオシマイでしょうからね……」


「そのお陰で助かってるのは皮肉な話だ……」


 三階まで上がってきて、左折すれば執務室だが、私はそこで歩みを止める。

 目の前の大窓の向こうには呉の軍港が広がっている。ここからは呉の市街地より呉の軍港が見やすい景色の地点なのだ。


「呉がこのように無傷なのも、ですね……。銚子は、アレはひどかった……」


「ああならない為にも、事前に察知したいんだがな……」


 溜息を吐いて視線を落とす私。それを心配してか、黒田大尉は、


「ま、ひとまず今日は作戦成功ということで気分良くいましょう。ほら、艦娘さん達も元気に帰ってくるんですから」


「……帰ったら労ってやらんとな」


「もちろん! パーっとやりましょう! ですが……」


 黒田大尉は直前の楽しげな顔からすっと笑顔を消し、真剣な面持ちになると、


「南西諸島方面に不審な動きがないか関係各機関と連携して、衛星写真やレーダーなどで色々と探ってみます。大佐がそこまで引っかかるんならきっと何かあるでしょうから」


「悪いな。頼んだ」


「いえ、備えあれば憂いなしですから。それに万が一本当に何かあって、対策なしじゃ大惨事ですし」


「ありがとう。そっち方面は任せるよ」


「ご命令とあらばいつでも。それでは、失礼します」


 黒田大尉は敬礼をすると、階段を足早に降りていった。

 私はそのまま動かず、窓から景色を眺める。

 どうもあれ以来過ぎた心配をするようになった気がする。それはきっと、これ以上部下を失いたくないという恐怖心から来ているのだろう。

 しかし、だ。

 それを抜きにしても今回の件はやはり喉に引っかかる小骨の様な話である。問題はその不可解な点を見つけ出せない所にあるのだが……。


「何も起きないことを願おう」


 私はぽそりと呟くと、方向を変え執務室へ向かうことにした。



第3話 佐世保鎮守府の片瀬伶奈


・・1・・

 南九州沖海戦は大勝利。輸送船団も全て無事。

 このニュースは瞬く間に全国に広がり、私達には賞賛の声が与えられた。

 それだけではなく、この戦果に政府や軍上層部も諸手を挙げて喜び、呉に届いた電報には、


「呉ノ艦娘及ビ指揮スル提督ニ最大限ノ賞賛ヲ送ル。資源ノ最優先分配及ビ多数ノ分配ヲ呉ニ行ウ。詳細ハマタ後日」


 と書かれていた。

 つまり、今回の褒賞として鎮守府への資源分配は最優先かつ多量を送ってくれるらしい。まだ資源事情が芳しくない中でそれはとてもありがたい事だった。

 この電報が届いたのが、当日の夜。翌日早朝には更に追加の電報があり、そこには、


「祝宴ヲ開クノナラバ、ソノ経費ハ全額軍令部ガ負担スル。遠慮無ク楽シメ」


 という本部である海軍軍令部からの嬉しいサプライズが書かれていた。祝勝会は大規模なものになり、大賑わいであった。

 そんな祝勝会から五日後。私は呉ではなくとある地に向かっていた。

 目的地は長崎県佐世保市にある佐世保鎮守府。目的は佐世保鎮守府との交流で提督同士の対談を行い、そのうち起こるであろう大規模作戦に備え、まずは指揮するもの同士でお互いを知るようにとのことであった。

 他にも、他所の鎮守府を視察し長所を見ていくようにだとか最もな事が並べられていたが……。

 その佐世保鎮守府には陸路ではなく空路で向かっていた。人数が人数なのでチヌークでひとっ飛びである。

そのチヌークの機内。私は冬服である第一種軍装を身に纏い士官が携行することを許される刀を腰にさし、コートを羽織っていた。


「関門海峡もだいぶ船が増えたな……。いいことだ」


 誰にも聞こえない音量で、私は独り言をする。眼下に見える本州と九州を隔てる海峡は、多くの船が航行していた。軍艦から民間のタンカーやフェリーまで様々である。

 それらの光景をぼうっと眺めていると、秘書艦として同行することになった加賀が隣の席から声をかけてきた。


「随分とぼーっとしている様だけど大丈夫? 先程からうつらうつらしているし」


「昨日は書類を片付けたり今日の準備をしていたら遅くなってしまってな」


「そう。だとしても、たまにあまり寝れていなさそうな時があるから」


「心配をかけてすまんな。大丈夫だから安心してくれ」


「ならいいけれど」


「こちらも仕事とはいえ早朝から呼び出してすまんな。佐世保に行くには集合時間的にどうしても早くなってしまった」


「構わないわよ。これも秘書艦の仕事ですから。それに、普段は飛行機を飛ばす側で空から景色を眺めることが出来ないけれど、今は見ることが出来る。だから、今ちょっぴり楽しいの」


 彼女は普段と表情をほとんど変えていないものの、口元は緩んでいてほんの少しだけ笑っているようにみえる。それに、声もどこか機嫌がいい。

 なかなか見れない、レアな一面だな。と、ふと私は心の中で思った。


「席、移ろうか?」


「いいのかしら?」


「いっつも見られるもんじゃないからな」


「じゃあ、お言葉に甘えるとするわ」


 加賀は少し嬉しそうな口調で私と席を移る。

 窓側になった彼女は、すぐに関門海峡を過ぎたあたりの光景をあまり大きくはない窓からじっと眺める。


「小川大佐。ちょっといいですか?」


 肩をトントンと叩いて呼んだのは、二十代前半のスレンダーで長髪の、やや四角の形をしたメガネをかけた女性である菅原大尉だった。

 今日の佐世保視察には秘書艦の加賀だけでなく、私の部下を何人か連れてきていた。菅原大尉もその一人で、護衛やスケジュール調整などを担当していてくれる。

 本来なら黒田大尉も来ていいのだが、私が不在の呉を幹部格さえガラ空きにするのは緊急時に不味いので、彼には私がいない間の提督代理を任じているのだ。


「どうした?」


「この後の確認を、少し」


「分かった」


 私は一度席を立ち、菅原大尉の座っていた場所に移る。


「それで?」


「この後ですが、パイロットによるとあと一時間もしない内に佐世保鎮守府には到着すると思われます。その到着時間が、0930になるかと」


「了解」


「それと、小川大佐が佐世保の提督と対談をしている間に例の件を調査を我々で行います。九州沖のデータや様子は、こちらの方が揃っているでしょうから」


「その件は任せた。こちらでも佐世保の提督にそれとなく聞いてみる」


「了解しました。ところで――」


「何か他にも伝えるべき要件でもあったか?」


「いえ、そうではなく……。ただ、彼女はあれからずっと窓から景色を見続けているなと思いまして」


 菅原大尉は声の大きさをやや落としながら、加賀の方に視線を向けて私に耳打ちをする。


「大方、空から地上の様子を目の当たりに出来るのが珍しいからだろう。私達のような者はヘリや飛行機からのなんて見慣れたもんだが、大抵の者にとってはなかなか経験できんことだからな」


「なるほど。納得の理由ですね」


 手のひらに拳をぽんと置いて首肯する菅原大尉。


「あとは、彼女自身がいつもは大空へ送る側だから余計だろうよ」


 私は加賀の方を見て、菅原大尉に語る。

 それからも、佐世保に到着するまで加賀はずっとそのままだった。


・・Φ・・

 0930。私達は予定通りに佐世保鎮守府に到着した。

 鎮守府の第一印象は呉より広いな。だった。

 それもそのはずだ。そもそも佐世保鎮守府は日米相互防共協定(米側と日本側、どちらの国も共用で使える港をお互いの国に設置する)に基づいて日米共用となっていたのである。

 しかし、戦争が始まって米海軍は壊滅した上に残存艦隊も撤退した為現在は日本軍のみが使用している。なのでさらにやたらと広く感じるのだ。呉鎮守府が呉市中心街と広地区の二方面に分散されている事を加味しても、恐らく佐世保鎮守府の方が大規模であるだろう。さすがは湾内の大部分が軍港だけある。

 その佐世保鎮守府に私達が搭乗していたヘリがヘリポートに到着する。ヘリのドアが開けられると寒風が入り込んできた。今日はコートを着込んでいてもやや肌寒い。

 佐世保の地に降り立つと、そこには同じ海軍の軍服を着た大佐と珍しい艦種の艦娘、提督を護衛する基地警備隊の軍人数人が出迎えてくれた。


「やあやあ初めましてー。わたしが佐世保鎮守府の提督、片瀬伶奈だよ。よろしくね!」


 ばちこーん、とウィンクをする佐世保鎮守府の提督。階級章を見ると、私と同じ大佐だった。髪の毛は菅原大尉より長く腰の辺りまで伸びており絹のようにさらりとしている。身長は百五十は……、絶対ない。下手すると百四十前半台。その所作もどこか幼い。

 え、子供が提督? いやいやまさか。

 と半ば失礼な事を思い浮かべる私だが、すぐにその思考は消し去り、


「初めまして、片瀬大佐。海軍第二特殊艦隊、呉鎮守府提督の小川裕信だ。階級は同じ大佐。よろしく」


 彼女には握手を求められたので、私は手を差し出す。


「おっきい人だねー。手もおっきい。あ、わたしが小さいだけかー」


 てへへ、とおどける彼女。私の身長が丁度百八十だからそう思われても不思議ではないが、彼女が小さすぎるだけじゃなかろうか……。


「こっちは、私の秘書艦で明石ちゃん。工作艦っていう珍しい子なんだよー」


「初めまして。工作艦明石です。よろしくお願いしますねー」


 ぺこりとお辞儀をするのはピンク色の髪の明石。艦娘で一人しかいない貴重な工作艦だが、なるほどここに配備されていたのか。


「ほう、工作艦か。小破までなら修理してくれるんだったな」


「はい! 応急修理ならお任せ下さい!」


「それは頼もしいな。ウチは近接戦闘も行う珍しい艦隊だと評価を頂いているからそのうち連合作戦などがあれば世話になるかもしれんな」


「でしたらご安心ください! 私がばっちり修理しますよ!」


「だそうだ、加賀」


「私は近接戦闘は行わないけど、中破が致命的になる空母ですから小破のうちに修理してもらえるのなら助かるわ。よろしくね、明石さん」


 大空の光景を堪能できてどこか上機嫌のままの加賀はいつもより声のトーンが高かった。


「はい! 一航戦の加賀さんですよね! 高練度の航空機部隊を率いる一流の空母艦娘とお聞きしてますよー」


「あら、いい情報網を持っているわね」


「それはもう。前回の南九州沖海戦の活躍を日向さんからも聞きましたから」


「あの程度の敵なら鎧袖一触よ」


「さっすがー!」


 加賀は褒められて相当機嫌が良いみたいだ。褒められて気を悪くしない人なんて誰もいないと思うが。


「あっちはあっちで盛り上がってるみたいだねー。立ち話もなんだし、歩きながら話そっかー」


「承知した」


 私達が歩き出すと、一団も一斉に動き出す。総勢二十余名のそれは傍から見ていればなかなかの光景だろう。


「小川大佐って、海兵隊出身なんだっけ?」


「そうだ。戦前は日本軍海兵隊第一師団のある大隊の隊長だった」


「海兵隊第一師団って首都防衛の即応部隊のエリートさんでしょ? そこの大隊長さんってすごいね」


「そうでもないさ」


「わたしは技術畑の出身だから、実際の戦争なんててんで分からないもん。戦えって言われて銃を手に取っても銃弾は明後日の方向に飛んでっちゃうだろうし」


「こちらからすると、技術畑の人達が開発してくれた兵器のお陰で戦えるし、今より良いものを作れる。それこそ凄いことだと私は思うけどな」


「そう評価してくれるとわたしも技術側の人間として嬉しいな」


「しかし、そっち側にいたのに急に提督にっての、大変じゃなかったか?」


「大変だったよー。いきなり提督になれって言われても、わたしは指揮する側になったことなんてないし。最初の内は大変だったかなー。本とか過去の資料を読んでやっと今って感じ」


 本と資料を読むだけで、ここまでねえ……。彼女が提督になってからの戦歴は素人とは思えない見事な指揮と勝利数であったことを戦歴書で読んだ私は、この発言を聞いて思い出す。

 もしかして、彼女は天才肌タイプか。


「だが、今提督をやっていて勝っていることが多い事実がある。立派だと思うぞ」


「えへへ、ありがとう。さて、ここが佐世保鎮守府の司令部棟だよー。ここからは別行動だっけ?」


「スケジュールではそうなってるな」


 へリポートから歩いて数分、佐世保鎮守府の司令部棟にたどり着く。

 彼女の言う通り、ここからは提督側と艦娘側で行動が別となる。私達は提督同士の対談、艦娘はお互いで交流という具合だ。


「ならここでしばしの別れだー。明石ちゃん、また後でねー!」


「はい! また後で!」


「加賀、何かあったら連絡してくれ。あと、他の鎮守府の艦娘との交流はそう無いからな。楽しんできてくれ」


「わかったわ」


「ささっ、じゃあ行きましょー」


 れっつごー! と陽々とした雰囲気と口調で片瀬大佐は私達を案内する。

 なんというか、今ここが本当に軍事施設なのかと思い始めたぞ……。

 艦娘達と別れ、司令部棟に入って割とすぐにここの提督の執務室に到着する。執務室は最上階の五階だった。


「申し訳ないんだけど、わたしね小川大佐と二人きりで話したいんだ。他の人は席を外してもらえるかな?」


「二人? ……まあ、私は構わないが。菅原大尉」


「大丈夫ですよ。対談まではここの人達と話していますし、佐世保鎮守府を見て回りたいですから」


「了解。菅原大尉も何かあったら連絡してくれ」


「はい。それでは、失礼しますね」


 菅原大尉は敬礼をすると、この鎮守府の警備隊の人達に鎮守府内の案内を頼んでこの場を後にした。


「じゃ、執務室へどぞどぞ。ホットココアもあるよー」


 私も片瀬大佐に促されて執務室へ入った。



・・2・・

 佐世保鎮守府の提督の執務室は、女の人というより女の子らしい様子だった。

 執務机は私とそう変わりない――随分と書類で散らかってはいるけれど――が、談話用にあるテーブルは水色のレース状のテーブルクロスとピンク色の一人がけソファが四つ、キュートな印象を抱く紫色の食器棚にはマグカップやティーカップ。部屋の右方にはなぜか低めのタンスが幾つもある。おまけにその上にはぬいぐるみが、ひいふうみい、数えるのは辞めよう。とにかく沢山あった。


「散らかっててごめんねえ」


「物が散乱しているようには見えないから気にしないでくれ」


「ありがとー」


「……手伝おうか?」


「助かるー」


 大の男が座るにはやや躊躇われるピンク色のソファに腰掛けた私は、せっせとノートパソコンを用意している彼女に声をかける。


「ホットココアは私が用意しようか」


「うん、よろしゅー」


 ノートパソコンだけでなく幾つかの書類も準備し始めた片瀬中佐にホットココアの所在を聞き、執務室にある電気ケトルに水を入れて食器棚からマグカップと彼女のお気に入りであるゆるキャラのマグカップを取り出す。


「随分と準備する物が多いんだな」


「まーねー。あ、そこにクッキーもあるから出しておいてー」


「分かった」


そこ、そこってのはこれか。


「チョコのクッキーとマカダミアナッツのクッキーで良かったか?」


「それそれー! テーブルに適当に置いといてー!」


 相変わらず書類をまた出していたが、どうやら今ので最後だったらしく、まずはノートパソコンをテーブルに置き、その後に書類も置く。丁寧なことに私向けの物は私の座っていた前に置いておいてくれた。


「ささっ、準備できたよー」


「こっちも丁度お湯が沸いたところだ」


 私は電気ケトルを傾け、ココアパウダーの入っているマグカップにお湯を注ぎながら片瀬大佐に返事をする。


「はいどうぞ。やや濃いめに作ったが、良かったか?」


「え、なんで私が濃いめが好きって分かったの?」


「棚などに甘いものが入っていたし、買ってすぐであろうシュガーの減りが早そうに見えたからな」


「なるほど、道理で部下や艦娘から慕われる訳だ……」


「何か言ったか?」


「んーん。なーんにも。ありがとね」


「どういたしまして」


 自分と彼女のマグカップをテーブルに置くと、片瀬大佐は早速ホットココアをこくこくと飲み、ぱぁ、と笑顔になる。


「やっぱおいしー」


「それは良かった」


「さあてとー。早速だけどさ、単刀直入に聞いていい?」


 今まで子供っぽい所作や表情をしていた片瀬大佐は、急に顔を変える。すぅっと笑顔は消え、目は鷹のように鋭い。


「なんだ」


「南九州沖海戦、そしてそれまでの南九州付近のアレらの行動、何かおかしいと思わない?」


 彼女の口から出た言葉は、予想外の一言だった。



・・Φ・・

「おかしいとは思わない? とはどういうことだ……?」


 正直、この言葉を聞いた瞬間私は驚愕した。私も同様に南九州沖における海戦に違和感を抱いていたからである。しかし、何れも根拠に乏しく自分自身がおかしいと思うにはまだ証拠が揃ってなかった。そこにこの話である。

 一体どういうことなのだろうか。根拠はあるのだろうか。


「いきなりおかしいって言われても、何が言いたいんだお前はって思うだろうから、データを見せるね」


 彼女はノートパソコンの画面を開きながら言う。また、同時に私に資料の一つを見るように促す。

 私は資料を手に取り、ノートパソコンに視線を移す。そこには九州と、未だ敵の手中にある南西諸島が映し出されていた。


「んで、これをこうすると」


「赤い点は深海棲艦か」


「そそ、奴ら」


 彼女がクリックをすると赤い点や塊が表示される。監視衛星を始めとする軍事衛星が観測し奴らがどこに所在するかをデータで表していた。相変わらず沖縄本島は根拠地になっているようだった。


「そしてー、これをこう!」


 すると、赤い点が動き出す。左下に表示されている時も進んでいた。

 奴らの動きは相変わらず不規則なものであった。各島々から湧き出ては各方面に散らばり青い点、つまり味方の軍艦や艦艇を緑の点、すなわち輸送船団を攻撃している。見つけたら潰す、という具合だろうか。


「これだけ見ると不審な点はないが」


「そうなんだけどねー。問題は、これなんだよねえ」


「沖縄本島? それに、石垣島や宮古島」


 彼女が指さしたのはかつて那覇市などがあった沖縄本島や石垣市のあった石垣島、宮古市のあった宮古島である。どれも奴らに制圧されて半年近く。最早どうなったかも分からない。監視衛星の観測から予測するに少なくとも生存者は軍民関係なく絶望的だろう。


「時間を一ヶ月前に戻すね」


「ああ」


 私はホットココアを口につけつつ画面を見つめる。


「スタート」


 赤い点や塊は再び動き始める。

 沖縄本島や宮古島、石垣島の推測される予想深海棲艦数も表示されていた。

 一ヶ月前から半月前までは特に変わった点は見られなかった。

 しかし、である。異変と呼んでもいいそれは十日前から始まった。


「沖縄本島の予想勢力数が大幅に増加している……?」


「ごめーとー。十日前は一個艦隊六隻が十二個艦隊。それが五日前に十六個、そして三日前二十個艦隊。これは尚も増加中で、たぶん今日中には二十三個くらいになるかなー」


「二十三って、百隻どころか、百五十隻に近づく数じゃないか!?」


 明らかな異変であるのはこれで明白だった。石垣、宮古その他の島嶼から戦力が引き抜かれ沖縄本島に集中している。総勢なんと百三十八隻。今まで不規則性の動きがほとんどの奴らが規則性のある攻撃をする。

 それはすなわち……、


「……覚えがある。銚子市街戦の前の海戦も、その前の大規模海戦も……」


「うん。どれも大規模海戦の際には急に規則的、つまり統制の取れた意図のある動きをするようになる」


「中央はこれを知っているのか……?」


「さあ? どうだか。さすがに参謀本部辺りはそろそろ察知するとは思うけど」


「こんなの、呉や佐世保だけじゃどうにもならんぞ……。横須賀はやっと小笠原諸島北部の制圧を終えたばかり。呉や佐世保も前回の作戦成功で緊張が解けて間もない……」


「もし、明日にでもやられたらやばいだろうねえ」


 結果は火を見るより明らかだ。準備をまともにしていないこちらは敗北確実。下手すれば南九州すら危うい事態になる。

 しかし、この異変には問題点が一つあった。


「コイツらの目的地がどこか分からないのか?」


 これが私の懸念している事項であった。

 沖縄本島に集積しているからと言って、日本に向かってくるとは限らない。中国方面に向かう可能性だってある。そうなれば、中国には悪いがこちらとしては安心だからである。


「それについてはー、これを見てくれればいいかなー」


 片瀬大佐は緊張した空気になっている部屋では似合わないくらいゆるい口調でクリックをする。

 次に表示されたのは、沖縄から南九州までの地図で同じように赤い点や塊が散財している。

 しかし、時計が動くと今までと違う動きを始めた。点や塊が移動した所に線が引かれ、奴らがどう動いたのか一目瞭然になったのだ。

 そして、この地図から新たに判明した点が一つあった。


「多数のいつものように不規則に動く奴らとは別に、定期的に規則性を持って動いているのが少数いるな……」


「こいつらの動きは基本的に一貫しているの。沖縄本島ないし奄美大島発、西九州沖や南九州沖を回って再び沖縄本島か奄美大島に戻る。これが大体一週間から二週間のスパンで行われているんだよね」


「偵察、か……」


「きっとね。この前の南九州沖海戦も偵察部隊だと思う。ただし、威力偵察だろうね。偵察にしては数が多いから」


「あわよくば、輸送船団を潰すためにだろうな」


「そのつもりはあっただろうね」


「となると、だ。この様子から見るに、やはり狙いは中国ではなく、日本が狙いということか……」


「中国方面に偵察などがないこと、このような動きの後に大規模侵攻があった前例を加味すると、間違いないとわたしは思うなあ」


「問題はいつこちらへ侵攻してくるかだな……」


「どうだろうね……。ただ、沖縄本島の大きな塊や奄美大島の塊に目立った動きは今の所見受けられない以上、今すぐにって事はないと思うよ」


「それが唯一の救いか……。いずれにせよ、こんなデータを目にしてしまったからにはうかうかしていられないな」


「そうだね。この情報に関しては、今日にでも提出する予定だよ」


「賛成だ。中央も察知はしているだろうが出した方がいいだろう。現場からの声が判断への一押しとなることもある」


 私は彼女の話に首肯しつつ、少しぬるくなったホットココアを半分ほど飲む。

 一息つくと、私は思考を巡らせる。ここまで話を聞いて、一つ引っかかる点があったのだ。


「片瀬大佐。質問があるがいいだろうか?」


「んう? いいよ?」


「なぜこの話を私にしたんだ? 君が集めたデータをこのまま出しても良かったと私は感じたんだが」


「んー、そうなんだけどね。でも、ほら、私って提督だって言っても元は技術側でしょ? となると、今の立場で実績を上げてるって言ってもまだ半年程度だから実質初心者みたいなものじゃない? だから、そんな初心者が意見具申しても説得力ないんじゃないかなって」


「…………まあ、否定はしないが」


 私はそう言いつつも、こんな初心者がいてたまるかと心中で吐露する。

 私は彼女の戦歴を知っている。データベースを見ればそんなのはすぐ分かる。片瀬大佐が半年で築いた実績は素晴らしいものだ。おかげで佐世保周辺どころか九州近海は南九州を除いて安定しているのだ。それに加えてこの情報収集力と分析能力。

 素人どころか玄人の部類ではないか。


「という訳で小川大佐に見せたんだ。あなたなら実戦経験豊富な上に実績も多いから。呉の提督も同意見であるなら中央も無視は出来ないと思うし」


「連名の際に名前を使ってもらうのは構わんよ。私も南九州沖海戦では不審に思っていた点もあったからな」


「本当?!」


「嘘をついてどうする。むしろ君には感謝しないといけない。おかげで喉に引っかかってた違和感みたいなものが取れてスッキリした」


「そっかー。やっぱ小川大佐も怪しいと感じてたかー。予想が当たってよかったー」


「予想?」


「周りは輸送作戦が成功して気が緩んでるから話半分にしか聞かないと思ってたからね。けれど、あなたみたいな人なら思慮深そうだし話を聞いてくれそうだなって」


「予想が的中して何よりだ。こちらも実りある対談になって嬉しいよ」


 つくづく末恐ろしい相手だと、背筋に若干の寒気を感じながら私は愛想笑いをする。こういう人間ほど敵に回したくないものはない。


「よーし! 確信も得られたことだしこの話は終わりにしよー! あとは対談を楽しんで、鎮守府見学といこうじゃないかー!」


 さっきまでの鋭い目が嘘みたいに、一転子供のような振る舞いに変わる。掴みどころがないなあ、この人は。


「そうしよう。ココアもそろそろ無くなるし、私はいつ向かってもいいぞ」


「あいさー。じゃあ片付けをして向かいましょかー」


 片瀬大佐はこくこくこくとホットココアを飲み干すと、資料やノートパソコンを片付け始める。

 私もそれを手伝うと、


「ありがとー。小川大佐は優しいねえ」


「女性に全部任せるのは悪い気がするからな」


「かっこいー。それに、本当にいい人そうで良かったよー。これからもよろしくねっ!」


「こちらこそ、よろしく頼む。片瀬大佐」


 握手を交わす私と片瀬大佐。

 この後は特に何もなく片瀬大佐の元、佐世保鎮守府の見学に私は向かった。

 中央から南西諸島攻略作戦が発令されたのはそれから五日後のことであった。


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