2019-06-07 21:56:21 更新

概要

艦隊コレクションの二次創作SSです。基本的に鎮守府内での出来事等が中心で、戦闘等はほぼ無い内容となります。
独自の解釈や設定、また季節が前後したりなどが含まれますので、不備などもあるかと思います。あらかじめ、ご了承ください。


前書き

提督のとある一日『壱』の続きとなります。前作共々よろしくお願いします。


提督トラブル 後編



大和と磯風が混乱している俺達をとりなしてくれてようやく一息ついた。

騒ぎを聞きつけて放心していた初霜も休憩室から出てきたところで、ソファーに全員で腰掛ける。


「手間をかけたな、大和に磯風」

「いえ、お気になさらず」

「うむ。何事も無くてよかった、初霜も大事ないようでなによりだ」

「倒れたと聞いて心配してたけど、本当によかったわ」

「二人ともありがとう、わざわざお見舞いに来てくれて」


和やかに会話する一方でまだショックを引きずる阿賀野に矢矧。

手で顔を覆って落ち込む矢矧にみかねた大和が声をかける。


「矢矧もその・・・元気をだして?ね?」

「一生の不覚だわ。取り乱した挙句、破廉恥な事をしてしまうなんて・・・」

「矢矧が破廉恥なら私はどうなるのよ~!提督さんの前ですっぽんぽんよ!すっぽんぽん!?」

「阿賀野もいい加減落ち着いたらどうだ?裸の一つや二つどうということもあるまい?」

「何よ~!?磯風ちゃんは見られたことないでしょー!」

「うん?私はあるぞ、司令と風呂を共にしたのでな」

『え!!?』


このタイミングでそれはないだろうという磯風の爆弾発言が飛び出す。

対面に座っていた大和が身を乗り出しながらこちらに詰め寄ってきた。


「どどどどういうことなんですか、提督!?」

「近い、近い!?落ち着け、大和!?」

「えっと、提督は許可していたの?」


初霜が磯風に問いかける。これは少し前の騒動の一件以来、提督専用風呂を艦娘が

使用する場合は提督が入浴中、そうでない場合でも事前に伝えておく事がルールとなったためだ。


「私は例のルールができる少し前だな」

「そうなんだ。でも、どうして?」

「司令が風呂に凝っているという話を聞いてな、どんなものかと興味がわいたからだ」

「興味ね。ちゃんと声はかけたの?」

「司令が丁度入浴中だったから、勝手に入らせてもらった」

「大胆すぎるわよ、磯風!?」

「磯風ちゃんが提督とお風呂・・・」

「裸の付き合いくらいいいだろう?何せ私達が艦だった頃は男の裸どころか、それ以上の・・・」

「わー!!?ストップ、ストップ!!」


不味い事を言い出そうとした磯風を矢矧が遮る。

大和や初霜は顔を真っ赤にして、阿賀野は相変わらず不貞腐れていた。


「あー・・・ごほん!とりあえず午前の執務はこれくらいにして昼食に向かうとするか」

「そうね。阿賀野姉も着替えさせないといけないわ」

「は~い。はあ、いっその事水着になっちゃおうかな・・・」

「それはだめでしょ、もう・・・」


腰を浮かしかけた所で、執務室の扉が急に開いた。

開いた扉の所にはいつものポーズを決めた白露が水着姿で立っていた。


「いっちばーん!!白露参上!!」

「水着でどうした?」

「今日の訓練に水練はないわよ?」

「今年の水着着用が許可されたので一番に見せに来ましたー!」

『だあああ!!?』


あんまりな言い草に磯風を除く全員がこける。今年の水着の感想はどうかと提督に

意見を求める彼女を大和がじっとみつめていた。


「水着かぁ・・・」

「大和、どうしたの?」

「ううん、なんでもないわ矢矧」

「そう?」



その場に居合わせた全員で食堂に移動して昼食を取る。食堂の喧騒を他所に

午前中は色々とトラブルがあったなとぼんやり考えながら、食後のコーヒーを飲み干して初霜に声をかける。


「さて、初霜そろそろ戻ろうか」

「はい、提督。矢矧さん、午前中はありがとうございました」

「いいのよ。頑張ってね?」

「はい!」


歓談を続ける大和達へ辞去を告げて俺達は執務室へと戻った。

執務室に戻った俺は初霜と共に午後の執務に取り掛かる。今日は全体的に執務が少なかったので、2時過ぎには目処がつき終了。

そんな折、初春がやってきた。


「初霜~気分はよくなったかの?」

「ええ、おかげさまで」

「二人とも、俺は視察に行ってくる。休憩がてら留守番をしていてくれ」

「わかりました」

「ふむ、それなら茶請けでも持ってくればよかったわ」

「先日頂いた間宮の羊羹がある、二人で食べたらどうだ?」

「いいんですか?」

「ああ。では、行ってくる」

「留守は任せておくがよいぞ」


二人に部屋番を任せて、艦隊の視察に赴いた。

湾内の演習場へとやってきた俺は自分の艦隊が訓練を行っているスペースへと向かっていく。

近づくにつれて海の方から声や砲声が聞こえてきた。


「香取、鹿島」

「提督、お疲れ様です」「お疲れ様です、提督さん」

「皆の訓練は順調か?」

「はい、進捗の方は予定通りです」

「皆よく頑張っていますよ」

「うむ、それは重畳。そろそろ、休憩か?」

「そうですね・・・ええ、キリも良いですし休憩にしましょう。鹿島、皆さんに休憩を伝えて」

「わかりました、香取姉」


そういった彼女は海上で訓練を行っている皆に休憩を告げる。

夏の日差しの中で訓練を行っていたため全員額に玉のような汗を浮かべている。訓練に帯同していた速吸が

スポーツドリンクやタオルを配っている。


「お?提督じゃんか、おつかれー!」

「お疲れ様です、提督」


江風と海風がこちらにやってくる。訓練の疲れを感じさせない様子で江風がドリンクを片手に

挙げて快活なのとは対照的に海風が丁寧に敬礼する。


「二人ともご苦労。江風、改修された艤装にはなれたか?」

「上々だよ!完熟訓練ももうすぐ終わりだし、夕立の姉貴にもすぐに追いついてやるぜ!」

「剛毅なことだが、無理はするなよ?海風、江風があまり調子に乗らないようによく見張っておいてくれ」

「はい、任せてください提督」

「ちょ!?江風は大丈夫だって!」

「お前は白露型の中で白露の次に無鉄砲な所があるからな、心配なんだよ」

「そうですよ、江風。この前も勝手に夜戦に出撃しようとしたし」

「と、とにかく大丈夫だから!!姉貴、ほらはやくふぎゃ!?」


慌ててその場から離脱しようとした江風が躓いてこける。

咄嗟に手をついたおかげで完全には倒れなかったがスカートが反動でめくりあがってしまった。


「江風、見えてるぞ」

「へ?わあああ!?お、お、覚えてろよー!!」

「すいません、提督。江風、待ちなさい!!」


二人が木陰の方向に行くのを見送って振り返ると、今度は嵐と萩風がやってきた。

こちらを見つけたのか二人が小走りにやってくる。


「や、司令。視察かい?」

「うむ、調子はどうだ?」

「ばっちしだぜ。なあ、萩?」

「ええ」


二人とも特段体調が悪そうには見えないが、最近は次回の演習に向けて

若干訓練内容もハードにしてあるので少し心配になる。


「体調には十分留意するんだぞ、二人とも」

「ありがとうございます、司令」

「わかってるって。はあーしっかし暑いなー」

「嵐!?スカートをばさばさしないの!?」

「こらこら、下着が見えてしまうぞ?」

「ここには萩と司令と皆しかいないしいいだろ~」

「もぉ~陽炎姉さんにいいつけるからね?」


憤然とした萩風がそういうと、今まで笑っていた嵐が血相を変えた。


「は、萩!?陽炎姉に言うのだけはやめろって!!」

「どうしようかな~?」


そっぽを向いた萩風の肩を必死に嵐が揺する。

控えめな萩風を嵐が引っ張っているような印象が強いが、力関係は彼女の方が

強いらしい事がわかる。


「はっはっは!流石の嵐も陽炎には頭が上がらないか?」

「だって、陽炎姉怒ったら本当に怖いんだぜ?」

「それはよく知っている。そう言えば、先日は二人一緒に叱られたな」

「陽炎姉さんにですか?」

「そ。この前秘書艦やった時にくら・・クラムチャウダーだっけ?あれを差し入れしてくれた時さ」

「俺達が差し入れを頂いている間に、書類の不備を見つけてくれたまではよかったが」

「その後は説教さ。でも、司令の方がガミガミ言われてておもしろかったけど」

「おいおい。まあ、陽炎が俺に手厳しいのは今に始まった事じゃないからな。まだまだ、精進が足りんと言う所かな」

「・・・それはちょっと違うかもしれませんよ、司令」

「どういうことだ?」

「秘密です。司令、私達も木陰で休憩していますね」

「???」


二人が行ってしまう。それと入れ替わるようにやってきたのは朧と秋雲の二人だ。

秋雲は疲れているのか朧に肩を貸してもらいながらこちらにやってくる。


「あ~疲れたわ~」

「秋雲!もうちょっとまともに歩いてよ、重いし暑いから!」

「いいじゃんか、ぼーろ。私たちの仲じゃない」

「もう!」

「二人とも相変わらず仲がいいな?」

「え?わ!?て、提督!?お疲れ様です!!」

「あだ!?ちょっと、朧!?急に手を離さないでよ!?」

「あ、ごめん!?」

「おいおい、大丈夫か?」


膝をついた秋雲に近寄って立ち上がらせるために手をとった。


「ありがと、提督。ついでに、お疲れちゃん」

「うむ・・・ん~?」

「どしたの?」


秋雲の顔を凝視する。すると、目の下のほうにわずかだが隈ができている。

それができた原因が何であるかわかっているので、空いた手で彼女の頬をぐにぐにした。


「ひょわ!?にゃにすんだよ~!?」

「秋雲~漫画製作に熱を入れすぎてないか?」

「うえ!?そそそそんなにやってないよ!?」

「本当か?」

「・・・・ごめんちゃい。締め切りが近くてちょっと無理してます」

「あ、あの・・・提督、秋雲は任務に支障が出ないようにちゃんと自制してますので、怒らないで上げて下さい」

「別に怒っているわけじゃないぞ?分別くらい秋雲はつけているだろうからな」


秋雲を始めとして我が艦隊では趣味を持つ艦娘が多い。任務に影響が出ないよう各々考えて活動している事は

十分承知している。


「熱心なのはいい事だ。だが、自覚がなくとも疲労が溜まる事はある。自分の体を大事にする事が肝要だ」

「う、うん。ちゃんと、体のケアもするね」

「ならばよし。朧もだぞ?」

「あたしですか?」

「鍛錬を欠かさず行うのは良いが、適切な休みをしっかりとること。選抜水雷は逃げないからな?」

「あう!?す、すみません・・・」


先に選抜水雷入りした潮に追いつこうと課業外のトレーニングに熱心に取り組んでいる朧。

自分もトレーニングのため体育室を利用するが、最近頻繁にみかけていたので気になっていたのだ。


「焦る事はない、着実にやっていけば必ずいい結果がでる。いいな、朧?」

「はい!」

「さ、話はこれくらいにして皆が集合している所で休憩しよう」

『は~い』


二人を連れて木陰の休憩場所に行く。すでに休憩している面々が思い思いに話しに花を咲かせていた。

適当な場所に腰を落ち着け、香取達から受け取ったレポートに目を通す。


「・・・ふう」

「提督、喉が渇いてますか?」

「ん?そうだな・・・」

「どうぞ」

「ありがとう」


隣に座った朧がドリンクカップを手渡してくれる。冷たすぎず温すぎない速吸特製のスポーツドリンクが爽やかに喉を潤してくれる。

ごくごくのんでいると、あっけなく空になってしまった。


「む、飲み干したか。速吸」

「はい!お呼びですか?」

「朧の分を飲み干してしまってな。すまないが、お代わりを入れてくれないか?」

「お任せください!はい、どうぞ。提督はこちらを」

「ありがとう」


二人分のドリンクを受け取り、元々朧のものだった方を彼女に手渡す。

俺から受け取った分を飲もうとした朧が直前で口を止め、何故かプルプルしだした。


「どうした?」

「い、いえ!?な、なんでもないれす!?」


その場にいた全員の視線が彼女に集まる。秋雲や江風はにやにやして、海風や嵐や萩風は

固唾を呑んで成り行きを見守っている。


「乙女だね~ぼーろ?」

「秋雲~!?」

「いらないなら、私が貰うねー!そりゃ!男汁いただきー!!」

「汁とかいうなー!?」

「わ、私も欲しいですー!?」

「ええ!?は、萩!?」

「よっしゃ!!この江風も参戦するぜ!」

「江風、ちょっと!?」

「み、皆さん!?お代わりならまだありますから!?」

『これじゃなきゃ意味がないの!?』

「ひえええ!?」

「なんだ、なんだ?」


速吸が呼びかけているが聞こえておらず、6人が朧を中心に楽しそうに騒ぎ出す。

突如起こった混乱に俺は目を白黒させて呆然と騒ぎを眺める。


「ふふ、提督さん人気者ですね?」

「本当にね」

「人気はともかく、止めたほうがいいか?」

「いえ、気の済むまでやらせましょう」

「そ、そうか?」


香取や鹿島は微笑ましい物をみているかのように笑顔だ。そうこうしているうちに、何かの拍子で

カップが放物線を描くように宙を舞った。


『あ!!?』

「・・・不幸だわ」


頭からドリンクを被り濡れ鼠になった山城がいた。すぐさま速吸が彼女の元に駆け寄っていくと

タオルを差し出した。


「山城さん!?これをどうぞ!」 

「ありがとう」


髪と顔を丁寧に拭いた彼女はこちらへと歩んでくる。目が据わったまま

近づいてきたので、思わず仰け反ってしまった。


「や、山城、何でまたここへ?」

「こっちから幸運の気配がしたのよ」

「気配って・・・」

「提督、貴方何か持ってない?」

「これか」

「御守り?ああ、凄い幸運の気配を感じるわ」


俺から受け取った御守りをしげしげと眺める山城。朧たちも近くに寄ってきて

俺達を取り囲むように、全員がそれを眺める。


「あーごほん!山城、熱心に眺めるのはいいが・・・」

「何よ?」

「所々、服が透けているぞ?目のやり場に困るのだが・・・」

「な!?提督のスケベ!?」

「うお!?」


突き飛ばされた俺は脚をもつれさせ誰かにぶつかってしまう。密集して固まっていたため

抱きつくようになってしまった。


「ひゃああ!?司令!?」

「わ!?萩よせって、きゃあああ!?」

「おわあ!?嵐、どこつかんで!?」

「江風、スカートを離し・・・やああ!?」

「わ!?海風さん!?」

「ちょ!?ぼーろ、こっちきたらまずいって!?」

「むー!?むー!?」

「し、司令!?駄目ですぅ!?」

「お尻触ってるの誰!?」

「スカートが、私のスカートはどこ!?」

「こんなもみくちゃになるなんて不幸だわ」


くんずほぐれつになった提督と艦娘達。どたばたしている集団から秋雲が離脱する。

黄色の嬌声が木霊するそこへむかってつぶやいた。


「これがラッキースケベかぁ・・・ねえ、今度の漫画これをネタにしていい?」

『駄目に決まってるだろ(ます)!!』

「ですよねー!」


この騒動の後もこの御守りを提督がしていると、いく先々で同様の事態が発生したため

御守り自体は身につけない事となった。安置場所として、休憩室の神棚が選ばれて以降は事態は沈静化した。

しかし、この日一日の提督のラッキースケベが後日艦隊アルバムに登録され、それが全員の目に触れる事となった。


「青葉――――!?大ばか者の青葉はどこだああああ!?」

「青葉、何してるのよ―――!?」


その結果また一騒動が起こり、大魔神と化した提督の叫びとその日『不幸』にも秘書艦だった

姉妹艦の衣笠の悲鳴が鎮守府に響き渡るのであった。


艦隊総演習 前編


ー???―


「はあはあはあ・・・!!」


泥と血に塗れた野戦服を纏った男が走っていた。そこ等中から砲声や銃撃音が響き渡り、黒煙が立ち上る

いずことも知れない場所。彼に続くように10数名がその後に続く。


「待っていろ、今助けに行く!!」


襷がけにした医療用バックに視線を少し向けた後、彼は小銃をしっかりと握りなおすと

丘を駆け上がる。そして、そこで待っているであろう誰かの絶叫が響いてきた。


「・・・!!!」


丘の先で彼が目にした光景は到底この世のものとは思えなかった。散らばる仲間達の無残な骸と

敵である異形達の姿。


「離せ、離せええええ!!?」


身の丈4メートルはあろうかという化け物が歪な両手で兵士を掴み上げ、飲み込もうとしていた。


「させるか!!!小隊、撃てえ!!」


彼の言葉に丘を登りきった兵士達が手にした小銃や軽機関銃で攻撃を開始する。

こちらに気づいた小型の異形たちが向かってくるが、銃撃に切り裂かれていく。


しかし、兵士を拘束している大型の敵には小火器での攻撃はさしたるダメージを与える事はできない。

銃撃を受けて嫌がるように身じろぎするだけだ。


「ロケットを撃ちこめ!!」

「し、しかし、あのままでは巻き込んでしまいます!」

「撃ってくれーーー!!このまま撃ってくれーーー!!」

「諦めるな!!」

「隊長!敵の増援がこちらに向かってきています、このままでは我々も・・・」

「・・・貸せ!」


隊員からロケットを奪い取った俺は片膝をついて構える。照準器を覗き込み異形、いや陸上型深海棲艦

に狙いを定める。しかし、どこに当てても捕まっている兵士に被害が出てしまう。


「後生だ!!撃ってくれ!!自分は『化け物』になりたくない!!」

「く・・・」

「人として死にたい!!殺してくれーー!!」

「くそ・・・くそおおお!!」


敵は兵士を飲み込まんとして、その歪なおぞましい口を大きく広げた。

掴まれていた彼は絶叫を上げながら、握っていた拳銃を撃ちまくる。


「やめろ、やめろ!!?嫌だ!?化け物になるのはいやだああああ!!!?」

「うおあああーーー!!?」


絶叫と共に放たれたロケットは狙い違わず一直線に陸上型深海棲艦に向かい、紅蓮の炎と

爆発を巻き起こした。


ーAM4・52 横須賀鎮守府 執務室横の休憩室ー


「うわあああ!?はあはあはあ・・・!!」


布団を弾き飛ばすように起き上がる。呼吸は乱れ心臓が早鐘を打つように激しく脈動し、猛烈な

不快感が体中を駆け巡った。


「うぐ、ぐうう・・・」


乱れた呼吸を落ち着けるようにして深呼吸を繰り返し、数分たってようやく平静を取り戻した。

額に手を当て深々と溜息を吐く。


「久しぶりだな、この悪夢も」


脳裏に焼きついたかつての『同僚』の最後。目ざめたいまでさえもあの場面がちらつき

鉛のように体を重くする。だが、横に置かれた時計はもう少しで艦隊の始まりを告げる時間となる事を

示していた。


「・・・」


きっと今自分は酷い顔をしているだろう。だが、そんな姿を自分の艦娘達に見せるわけには行かない。

重い体に鞭を打って洗面所に向かった。


ーPM11:15 工廠ー


「いや~疲れた疲れた。さっさと飯にいくかねー」

「そうね。やっぱりドラム缶を満載してると重いから疲れるわ」


遠征帰りの夕雲型4番艦『長波』と同じくその3番艦『風雲』は輸送のために使った

ドラム缶を所定の場所に戻し、工廠を出ようとしていた。


「ん?なんかあっちの方が騒がしいね」

「どこ?」


長波の指差した工廠の一角ではシートが掛けられた物があり、傍には明石や数名の

艦娘がいた。


「おーっす、照月に初月」

「風雲ちゃんに長波ちゃん、お疲れ様」

「二人とも、お疲れ様だな」

「これ何?」

「いや、僕達も偶々通りがかってな。これが何なのかは知らない」

「シートに覆われてるけど、これたぶん船だよね?」

「だと思うけど・・・」


4人が話していると、今まで端末と睨めっこしていた明石が気配に気づいたのか

振り向いた。


「あれ?いつの間にかギャラリーができてる、皆お疲れ様」

『お疲れ様です』


挨拶を終えると、その場を代表して風雲が彼女に質問した。


「これ、なんですか?」

「あ~4人は知らないか」

『?』

「明石さーん、シートはがしますねー」

「は~い、お願いしますねー!」


整備員達がそれを覆っていたシートを取り外すと、灰色の船体をした

船がそこに現れた。


「やっぱり、船だったか~」

「私達の艦隊番号がふってあるわね」

「え~っと、名前は『ソヨカゼ』だね」

「ふむ、武装はあまり積んでないな。哨戒にでも使うのか?」

「用途は戦闘指揮だよ」

「戦闘指揮?」

「そう。ちょっと前までは、提督が洋上で直接指揮を取る事もあったんだよ」

「ええ~!?なんでまた?」

「敵の泊地周辺とかは通信状況が悪くてね、作戦に支障をきたす程だったから」

「へ~今はそんな事はないんですか?」

「あまりないよ。こっちも技術改良とか色々と頑張ったおかげでね」


明石と彼女達が話している内に、整備員がどんどん点検のための作業を進めていく。

その様子を眺めつつ、初月が明石のほうを向いた。


「それで、なんでまた今頃この船を出したんだ?」

「ん~それは私の口からは言えないな~。今日の昼過ぎには理由が分かると思うから、それまで待ってて」

「もったいぶるね~」

「気になる~」

「あははは、御免ねー。それじゃ、私点検をしなきゃいけないから」


そう言って明石は微風へと向かっていった。残された四人も、昼食を取るために工廠を後にした。

それからしばらくして、提督による呼集命令が下され、呼ばれた艦娘達が大会議室へと集合した。


通常大規模作戦についての概要説明等で全体への周知が必要な場合を除き、滅多にこの会議室が

使われる事はない。


しかも、今回は事前に大規模作戦が行われるという噂も全く聞こえてきていなかったため、集合した

艦娘達は何が始まるのかと話し合っていた。

そんな中、提督が大淀を伴って講堂の中に入ってきた。一通りのやり取りをこなした後、彼は壇上に登壇した。


「よし、総員傾注」


壇上から集まった我が艦隊の面々を見る。彼女らの真剣な眼差しがこちらに

全て向いたのを見計らって、説明を開始する。


「ただいまより、明日から4日間に渡って行う『艦隊総演習』についての説明を行う」

「皆さん、お配りした手元の資料を見てくださいね」


『艦隊総演習』とは通常の演習とは異なり、自艦隊のみで行う総合演習の事である。内容については

物資の揚陸、飛行場の設営作業、連合艦隊を編成しての模擬演習などの普段は行えない大規模作戦時の

作戦行動を主眼に演習で行う点である。


そして、これらの訓練をどのような流れで行っていくか日程の詳細、艦隊編成の陣容等を

配ったテキストに沿って細かく説明する。


「今説明したとおりの内容を行う。解散後は明日の準備の時間に当てる」

「午後の課業は装備の点検、資材の梱包に当てますので工廠の方に移動してください」

「完了後についてだが、参加する者については今日は酒保での飲酒を一切禁じる」

「課業後の自主トレについてもです、明日のために就寝ラッパがなったら速やかに寝てくださいね」


大淀の説明に会場の一角から悲鳴が上がって、同時に小気味のよい音がいくつか響いた。

その場を解散させ、全員で明日の準備に取り掛かった。



ー翌朝 AM04:00 艦娘寮―


まだ夜も明けない時間。静まり返った艦娘寮では艦娘達が寝息を立てていた。

先日、大淀から早めに寝るようにと促された彼女達は早々に就寝しまだ夢の中だった。

しかし、その静寂を打ち破るように寮に警報が鳴り響いた。


<訓練非常呼集発令、非常呼集発令!! 時刻0400 繰り返す、訓練非常呼集発令・・・>


寝床から跳ね起きた艦娘達が一斉に着替えだす。

先を争うように部屋から出ると、寮からグラウンドへと全力疾走し部隊ごとに整列していく。

整列が終わり、各隊長級からの報告を全て受け終えて勢ぞろいした艦娘達を見渡す。


「おはよう!!」

『おはようございます!!』

「ただいまを持って演習を開始する、各隊長は伝達事項を通達後解散」

『解散します!!』


答礼した提督がグラウンドから去っていく。解散した艦娘達は慌しく寮に戻って

身辺整理や朝食をとり演習に備える事となった。


ー07:30 出撃桟橋  艦娘指揮艇『微風』艦上ー


甲板から洋上に待機した我が艦隊所属の艦娘達を見渡す。今回、演習に向かうのは連合艦隊編成時の

水上打撃、機動、それぞれ2隊。さらに、輸送連合と指揮艇直掩のための部隊と大人数だ。


「提督!艦隊集結完了しました!!」

「ご苦労、そのまま」


大和からの集結完了報告を受け取り、海上から埠頭に視線を移す。

そこには居残り組みをまとめるため、艦隊総旗艦である榛名と補佐の任に就く加賀の姿があった。


「後は任せる」

「はい。お任せください」「任せて」

「全艦抜錨!!出撃!!」


号令と共に艦隊は横須賀を離れ、演習予定地のある軍所有の小島へと進路を向けた。

提督の座上する『微風』の前方を水上打撃部隊が進み、左右には機動部隊が展開。

指揮艇後方を輸送連合が追従し、その周囲を直掩部隊が護衛するという形で海原を航行していた。


「ふむ、この分ならば予定通り昼前には到着だな」


航海は順調そのもので、懸念されていた敵による襲撃も皆無。

進路上にも今の所、敵艦隊の姿は見えないと索敵機から入電があった。

到着後の予定も詰まっているので、この辺りで食事をとらせることにした。


「通達する。水上、機動第一艦隊は食事を取れ。第二艦隊は警戒態勢を維持、第一の食事が終わり次第交代だ」

『了解』

「輸送連合も食事を取れ、直掩部隊については警戒態勢を維持。対空、対潜警戒厳となせ」

『了解しました』

「よし、イムヤ達も食事を取れ。終わったら直掩部隊に糧食を配ってくれ」

「わかったわ」


指揮艇に乗艦しているイムヤ達が食事を取り始める。俺もイムヤが渡してくれた

おにぎりを摘みつつ、改めてスケジュールを確認していく。


―微風直掩部隊―


海原を目的地へと向かっていく艦娘達。平時と違うのは、普通なら提督執務室にいるべき提督が

自分達と共に海の上にいるということであった。そのため、提督ののる『微風』の直衛任務についた

艦娘の一人『初月』はいつも以上に対空警戒を念入りに行っていた。


「・・・ひゃ!?な、なんだ!?」


上空に厳しい視線を向けていた彼女の頬に冷たい何かが触れる。振り向くとそこには若干呆れ気味の

五十鈴がいた。


「五十鈴か、どうした?」

「どうした?じゃないわよ。呼びかけてるのに返事もしないし」

「すまない、それでどうしたんだ?」

「はい、糧食とお茶よ。警戒は機動部隊の子達が引き継ぐから、私達は休憩よ」

「了解だ。ありがとう」


差し出された糧食とお茶を受け取る彼女。五十鈴も初月と並走しながら

おにぎりを頬張る。


「随分と気合が入ってたわね?」

「当然だ。僕達は提督の直衛なんだぞ?」

「そうだけどね。まだまだ先は長いのよ、適度に抜ける所はぬいときなさいな」

「うん、そうだな」


少しだけ表情を和らげた初月を見て、五十鈴もそれ以上何も言わず食事を続ける。

彼女達が食事を終える頃、移動の行程も残り少しとなっていた。



「お~あれが今回の演習予定地か~わくわくするね」

「到着ね。あそこに見えてるのが宿舎かな」


前衛水上部隊の水雷戦隊に配置されていた長波と風雲が島をみながら

感想を述べる。


<通達する。上陸後は各隊所定の行動を実施せよ>


提督の指示の元、艦娘達がそれぞれ定められた行動を開始する。

島に設けられた小さな港から上陸した艦娘達、荷揚げした物資を宿舎に運ぶものや

基地航空隊を展開するための資材を運んでいくもの等に別れて行動する。


昼過ぎから続けられた各種の作業も日が落ちる前に完了し、ようやく一息つける

時間となった。


宿舎の大広間に艦娘達が集合し、手すきの人員が用意した夕食を食べ始める。

作戦行動中とは打って変わって和やかな雰囲気が流れていた。


「ん~この卵焼き美味しい~!」

「ほんと!?えへへ、それ自信作なんだよ。もっとたべる?」

「食べる~初月も貰っておこうよ?」

「うん、じゃあ貰えるか?」

「はーい、瑞鳳特製卵焼きをどうぞ召し上がれ」


瑞鳳から卵焼きを受け取りほお張る照月と初月の少し横では

千歳姉妹が食事をしていた。


「もぐもぐ・・・うん、足柄が作ったとんかつ美味しいじゃない」

「そうね。でも、千代田?」

「どうしたの、お姉?」

「あんまり食べ過ぎるとバルジが増えちゃうわよ?」

「な!?だだだ大丈夫だもん!!」


からかう千歳に憤慨する千代田。そんな彼女達を足柄や妙高が見ていた。


「ふふ、貴方の料理好評みたいね?」

「美味しい食事は士気を高めてくれるもの、役立ったなら本望だわ」

「私達もしっかり食べて英気を養いましょう」

「ええ。明日からが本番・・・漲ってきたわ!」


彼女達の食事の風景を見つつ、俺は明日の段取りについて再度頭の中で

考えていた。


「・・・」

「おーい、提督?提督ってば!?」

「・・・ん?」


視線を上げるとそこにいたのは喜色満面の川内と江風だった。

大体のことが想像できたので、彼女達が何か言う前に機先を制した。


「却下だ」

『えー!?』

「えー!?じゃない」

「まだ何も言ってないよ!?」

「そうだ、そうだー!」

「聞かんでもわかる。二人とも食事が済んだなら、さっさと風呂に入いって寝なさい」

「え~?今日移動と準備ばっかりで物足りないよ」

「川内さんの言うとおりだー!というわけで、提督に夜戦演習を意見具申するぜ」

「あのな、別に今日でなくとも明日から・・・」

「姉さん」「江風?」

『ひっ!!?』


背景に『ゴゴゴゴゴ!』とつけていそうな神通と海風の両名が二人の後ろに音もなく

姿を現していた。


「ちょ!?神通、無言で引っ張らないでって!?」

「姉貴も何か言ってよ!?怖いってば!?」


一礼した二人が両名をずるずると引きずっていく。士気旺盛なのはいい事だが、明日から始まる

本格的な演習の前に疲れを残すのも駄目なので、今日の所は我慢してもらいたいものだ。


食事も終わり、それぞれ風呂や就寝の準備をして提督や艦娘達は明日から始まる大演習に備え

る事となった。


迎えた翌日。臨時の指揮所を浜辺の近くに据えて、本格的な演習を開始する。

午前中は艦種別に別れて訓練を行い、午後からは連合艦隊同士での演習がメインとなる予定だ。


「はい、さくさくいくよー。一斑、左舷雷撃戦用意~」

「よーし!全艦突撃する!!」

「二班、右舷砲戦用意!」

「いくわよー!!この足柄に続けー!戦隊突撃ー!!」


浜辺から離れた臨時の演習場から長波と足柄の威勢のいい声が聞こえてくる。

北上と大井の監督の下、水雷戦隊による砲雷撃戦の訓練は順調に進んでいるようだ。

普段は軽巡が指導にあたることが多いが、今回は二人に指導を担当してもらう。


『提督、こちら五十鈴よ』


無線機から五十鈴の声が聞こえてきた。水雷戦隊の様子を見るために使っていた双眼鏡を

机に置き、マイクを握る。


「俺だ。準備完了したか?」

『完了よ』


沖合いでは五十鈴の監督の下、対潜演習を行っている。

素早い敵潜水艦の発見と先制爆雷攻撃の精度を上げる事を目的とした訓練だ。

敵役を我が艦隊の精鋭潜水艦隊であるイムヤ達が務める。


「実戦同様気を抜くな、演習開始」

『了解!!』


合図を送り演習を始めさせる。その後も島の方々にそれぞれの訓練を行うために

散っていた部隊から演習準備完了の報告が入ってくる。

逐次開始の合図を出して、本格的に始まった演習の推移を見守る事にした。


二時間後、午前中の演習もあらかた完了したので指揮所を大淀に任せて浜辺に向かう。

訓練を終えた水雷戦隊や潜水艦娘の面子が休憩と補給を受けていた。


「お?提督~」


大井を伴って北上がこちらにやってくる。

彼女は手にしていた報告書を手渡してきた。


「はい、報告書だよー」

「ご苦労。どうだった?」

「う~ん、普段指導なんてやんないけど、いい感じにやれたと思うよ?」

「ははは。北上らしいな」

「笑い事じゃないわよ。しかも、午後の演習に差し障らない程度に扱く様にとか注文するし」

「そうか?いつも最前線でぎりぎりの戦いをしている二人なら、そこら辺は見極めてくれると考えたのだがな」

「・・・まあ、上手く調整はできたと思うわよ。あの子達も錬度が上がってるから、訓練はスムーズにいったし」

「なら上々だ。二人は本部で休憩してくれ、ここは俺が見ておく」

「うん。じゃ、大井っちいこっか?」

「はい、北上さん!」


歩み去っていく二人を見送り、浜辺へ近づく。俺がやってきた事に気づいた

数名が声を上げた。


「あら、提督じゃない?」

「うえ!?ちょ、本部にいるんじゃなかったの!?」

「う、潮!?はやく髪の毛結んで!?」

「わわ!?ま、待って曙ちゃん!?」


休憩中でリラックスしていた所に俺が出てきたので、慌てて身なりを整える

者達が続出する。


「いい、いい。そのまま」

「あはは、ちょっとだらけすぎてたわね霞?」

「くるならくるって、いいなさいよ!もう!」

「そうよ、そうよ!!」


詰め寄ってくる霞と曙を抑える。あれやこれやと文句を言われながら、近くにいた

妙高に状況を聞いてみる。


「すまん、すまん。そんなに疲れたのか?」

「違いますよ、提督。皆さん気合十分ですけど、霞さんと曙さんは特に気合が入っていて」

「張り切りすぎて、飛ばしすぎたわけ。まあ、元気があるのはいい事だわ」


妙高と足柄がそう言ってくる。言われた当の二人は顔を真っ赤にしてそっぽを

向いてしまう。

訓練に熱心に取り組んでくれるのは喜ばしい事だと感心していると、浜辺から数名が走ってきた。


「提督~!!見てみてー!!」

「うお!?ニム!?」


籠を抱えたままのニムに抱きつかれる。中を見ると訓練用に使われた爆雷がぎっしりと詰まっていた。


「どう?すごいでしょ?一杯回収してきたよ!」

「うむ、ご苦労。偉いぞ、ニム」

「えへへ~」

「あー!?ニムだけずるい!提督ってば、イヨもほら!」

「あの・・・私もいっぱい拾いました」

「イヨもヒトミも頑張ったな。三人とも訓練支援任務をよくやってくれた」

『は~い!!』


対潜訓練は模擬爆雷を使用しての訓練だったが、資源の無駄をできるだけ避けるため

可能な限り回収を命じておいた。支援に回った彼女達はしっかりと任務を果たしてくれたようだ。

一通りみんなの様子を確認し終えた頃、耳にしている通信機から金剛の声が聞こえてきた。


『ヘーイ、提督~!戦艦組、午前の演習行程完了ネ!』

「予定通りだな。では、浜辺前の演習場での仕上げを行ってくれ」

『了解でーす!』


浜辺に引き上げていた皆に海を見るように促す。程なくして沖に出ていた

戦艦組が見えてきた。

所定の位置に付いた彼女達は海上に残された標的ブイにその砲門を指向した。


『準備完了!いつでもいけまーす!!』

「撃て」


12隻の戦艦による一斉砲撃が行われる。鼓膜を耳朶する大音量の砲撃音が

海上に木霊し、着弾がド派手に水柱を巻き上げた。


「わあ~大迫力~!」

「うん、流石に凄いな」

「こりゃまた派手だね~」

「大和型、長門型、扶桑型、伊勢型、金剛型に海外戦艦の一斉射は壮観ね」


照月、初月。長波、風雲がそれぞれ感想を漏らす。他の者達もそれぞれの反応で

その光景に見入っていた。


「午後は連合艦隊同士による演習だ。総員、気を引き締めて当たってくれ」

『了解!!』


午前の演習は終了し昼食を挟んで、いよいよ今回の演習のメインとなる

『連合艦隊演習』を迎えようとしていた。


閑話 提督のいないある一日の場合


ー提督執務室ー


提督と今回の演習に参加する艦娘が出発した次の日、代理の任に付いた榛名と補佐を任された加賀は

執務室で事務作業を行っていた。


「確認をお願い」

「はい、ありがとうございます」


書類を加賀から受け取り確認作業を進めていく。午前中から進めていた作業も終盤に差し掛かり、時刻は15時を

少し過ぎた頃合になった。


「加賀さん、私ももう少しで終わりそうですから休憩しませんか?」

「・・・そうね。出撃している艦隊の帰還も17時までないものね」


整理の終わった書類をまとめ、机でトントンとして整えて机に置くと彼女は席を立ち上がった。


「準備しておくわ」

「お願いします」


加賀が休憩室に消えて5分後、榛名も作業を完了して二人は休憩室のちゃぶ台に向かい合う形で

お茶をすする。


「はあ・・・美味しいですね」

「ええ、そう言えば向こうは今演習中かしらね?」

「そうですね。今回の総演習の目玉でもある連合艦隊演習ですね」

「提督も思い切った事を考え付くわ」


通常、演習を行う場合は最大6隻によるものが常だが、今回は12隻編成による変則演習だ。

何故こんな演習方式をとったかといえば、昨今敵である深海側も連合艦隊を組んでくるケースが多くなっている

ためだ。


これに対抗すべく、連合艦隊時における艦隊運用や艦娘同士の連携の強化をより実戦に則した形で図る事を目的として今回の

演習は実施される事になった。


「私たちだけじゃなく、海外の艦娘も多くなっているものね」

「はい、今後の事も踏まえると必要な事かと」

「そうね。でも・・・」

「どうしました?」


珍しく言いよどむ加賀。訝しげに見ていた榛名が声を出そうとした瞬間、休憩室の内線が音を立てた。

立ち上がった彼女は受話器を上げる。


「お疲れ様です。あ、提督・・・はい、はい。大丈夫です」

「―――」

「はい、無事のお帰りをお待ちしています」


電話の先の提督と榛名が状況報告等のやり取りをしている様子を加賀は眺める。

すると榛名が受話器を耳から話した。


「加賀さん、提督が代わって欲しいと」

「わかったわ」


入れ替わりで受話器を受け取る彼女。普段電話などでやり取りをしないため、若干緊張して

電話に出た。


「加賀です・・・・・ええ、問題ないわ。あの娘達はどう?」

「―――」

「そう。わかったわ、お疲れ様です」


やり取りを終え電話を切る彼女。受話器を置いて元の位置に戻った。


「順調そうね」

「ええ、演習の消化も予定通りみたいでよかったです」

「今日が一番きついでしょうね。夜間演習もあるから」

「はい。今日の夜間演習はあの海域を模して行われますからね」

「そうね。そして、そのための特別編成ね。無事に演習を終えれる事を願うわ」

「大丈夫ですよ、きっと皆さんなら」

「ええ」


演習の話や他愛の無い会話をして休憩を終えた彼女達は、残る作業と遠征に出ていた

艦隊からの報告を受け取ると一日の執務を終えた。



艦隊総演習 後編


ー1830 宿舎ー


午後に行われた連合艦隊演習も無事終了し、夜間演習に参加しない艦娘達は宿舎に戻って

いた。


「こんな感じかな?蒼龍、ちょっと味見して」

「どれどれ・・・うん、いいじゃない」


大きな鍋に大量に作られた豚汁の味を確かめる飛龍と蒼龍。その横では五航戦姉妹が

鳳翔と共におにぎりを握っていた。


「上手ですよ、瑞鶴さん」

「そうですか?えへへ」

「夜間演習を終えた後に皆がおなか一杯食べれるように頑張りましょうね」

「うん、翔鶴姉」


準備に携わる側に回った艦娘達は既に食事を終えており、分担して炊事や風呂、部屋の寝床を整えておくなどを

していた。


「んしょ、んしょ。これでいいかな」

「千代田、こっちは終わったから次の部屋に行くわよ」

「ええ!?ま、まってよ~お姉!!」


千歳姉妹達が担当していた部屋の横ではサラトガやグラーフが布団を敷いていた。


「ふむ、これでいいだろう」


ぴっしりと整えられた布団を見て頷くグラーフ。彼女は布団を敷くついでに部屋の中も

几帳面に整えていた。満足げに頷く彼女を見てサラトガは笑みを漏らす。


「どうした?」

「ふふ、なんでもないですよ。ちょっと、演習に参加しているアイオワの事が気になって」

「アドミラールが言うには今日の夜間演習は過去激戦となった海域を模しているという話だったな」

「ええ。少し心配です・・・そう言えばそろそろ開始の時間ですね」

「ビスマルクやオイゲン達もしっかりやっていればいいが・・・」


彼女達の視線の先にある浜辺では居並ぶ艦娘達の前に提督が立っていた。

その顔は険しく、演習というよりまるで大規模作戦時に時折見せる鬼気迫る物があった。


「この夜間演習において諸君らが挑んでもらうのは『鉄底海峡』だ」


その言葉に主に日本の艦娘がざわつく。海外の艦娘はいまいちピンときていないが、周囲の

空気が重くなっている事だけはわかった。


「だが、臆する事無く普段の鍛錬の成果を十分に発揮せよ。総員の奮戦に期待する!以上だ!!」


提督の言葉を皮切りに事前に言い渡された編成通りに部隊ごとに整列して彼女達は

出撃に備える事になった。


「ふふふ。とうとうきた、夜戦しかも鉄底海峡だなんて燃えてきた!!」

「やってやりましょう、川内さん!」


気勢を上げる川内と江風。その横で山城は薄暗い水平線を真剣な眼差しで

見ていた。


「山城」

「姉さま」

「編成の事が気になるの?」

「それは、まあ・・・」


今回の夜間演習においては通常の6隻編成ではなく、7隻で編成が成されている。

山城が旗艦を務める班には、かつての西村艦隊の面々が配置されていた。


「提督は鉄底海峡っていってましたけど、この編成はどう考えても・・・」

「そうね。提督はいつか行われるレイテでの作戦を見据えているんだわ」

「スリガオ、か・・・」


扶桑姉妹が特別な感情で海を見据えていると、浜辺から第一陣として川内率いる

班が沖合いへと出撃していく所だった。



ー沖合いの海上・演習対抗部隊ー


海上で待機していた対抗部隊へ本部から演習部隊の第一斑進出の報が齎された。

待機していた艦娘達がそれぞれ班ごとに準備を整えていく。


「ねえ、大井っち」

「はい!どうしました?」

「思えば遠くにきたもんだねぇ」

「?」

「私達が鉄底海峡でドンパチやってたころからさ、随分経ったなって」

「はい」

「憶えてる?私らも相当きつかったけど、それ以上に提督がやばかったよね」

「そう・・・ですね」

「ほんと心配性で、でも、それを顔に出さないように押し殺してたもんね~」


そこで言葉を区切った彼女は背後にいる大井を振り返る。

いつものどこか昼行灯とした彼女の顔からは想像もつかないほど凄みがでていた。


「あの時からかな、私は私達の提督のためなら海の果てまで戦えるって思えたんだ」

「・・・」

「だからさ、今日の演習で私らの心意気みたいなもの?そういうのを感じて欲しいわ~。ね、大井っち?」

「・・・はい!頑張りましょうね、北上さん!!」


そんな二人の様子を後方で控えていた球磨や多摩が思わず身震いする。


「うわ~北上がすんごくやる気だくまー」

「ゾクゾクするにゃ。対抗部隊に編成されてよかったにゃ」


特別な編成、特別な感情で双方の部隊がぶつかり合うのはもう間もなくだった。


ーPM21:15 宿舎ー


19時過ぎから行われた夜間演習も終了し、浜辺から引き上げてきた艦娘達は宿舎に戻ってきていた。

中には疲労困憊で、肩を貸されながら歩いている者の姿も見られる。


「ザラ姉さま~ポーラもう歩けません~」

「もう少しだから頑張って!ご飯を食べれば元気がでるわ!」

「それよりもお酒が飲みたーい!!・・・ああ、もう3日も飲んでないです~」

「まだ3日でしょ!?もう・・・!!」


彼女の悲嘆にくれた言葉を聴いて周辺にいた飲兵衛が頷く。各々先程の演習の事について

感想を言い合いながら宿舎の玄関をくぐっていく。


「おかえりー!食事の用意はもう出来てるから食堂にいってねー!」

「バイキング方式だから、食べたい分だけお皿にとってねー!」


出迎えた飛龍、蒼龍の言葉を受けて演習帰りの艦娘達が食堂に入っていく。

各々用意された料理を取り食事が開始された。


「んぐんぐ。ぷはー!やっと一息つけたねー」

「長波~親父くさいわよ?」

「風雲姉、そりゃいいっこなしさ。流石の長波様も疲れるってもんよ」

「まあ、今日はハードだったのは間違いないけど」


両名が感想を言い合っていると、大淀が食堂内に入ってきた。


「皆さん、食事をしながら聞いてください。明日の予定ですが一部が変更となりました」


彼女の口から変更された予定の詳細が述べられる。説明が終わり、何か質問がないか問いかける

が特に何もなかったため、用件を伝えた彼女は提督との会議を行うため部屋を出て行った。


食事の後、足早に風呂を終えた彼女達はそれぞれの部屋に戻っていく。

艦娘達が寝静まった深夜、俺は一人黙々と現時点で得られた演習の成果について確認していた。


「・・・上々だな。さて、次は・・・くあ」


思わず欠伸が出てしまうが、それをかみ殺す。本当に疲れているのはハードな演習をこなしている

彼女達だ。そう思い作業を開始しようとすると、居室がノックされた。


「誰か?」

「私よ」

「・・・大井?」


全く予期してない不意の来訪に驚いてしまう。こちらの返事も待たずに部屋に入ってきた

大井は書類を広げている机の横にすっと座ると、机の状況を見てついで俺の顔をまじまじと

みて溜息をついた。


「どうした?」

「どうしたじゃないわよ。休憩よ、休憩」

「休憩?」

「んん!!」


パシパシと太ももを叩く彼女。なんだか前にもこんな事があったなとぼんやり考えた。


「するの?しないの?」

「わかった、わかった」


躊躇っていると状況が悪くなりそうなので、大人しく横になる事にした。

膝に頭を乗せ目を瞑ると上から声が降ってくる。


「全く・・・こんなにあるなら、皆に声をかけなさいよ」

「そうはいっても、これが俺の仕事だからな。それに会議で大体のまとめは済んでいるぞ?」

「限度ってもんがあるでしょ?明日は締めの演習なんだから、提督が寝不足じゃ指揮が乱れちゃうじゃない」

「まあ、確かにな」


そんな事を言っていると、卓上に置かれた書類をめくる音がする。

目を瞑っているので見えないが、おそらく優先順位の高いものに目星をつけているのだろう。


「・・・はい。大体別けておいたわ。後は明日か鎮守府に戻ってからでもいいんじゃない」

「助かる。それに目を通したら寝よう」

「ええ」

「しかし、大井はなんで起きていたんだ?」

「それは・・・今日の演習のせいよ」

「ああ、お前達はえらく気合がはいっていたな?おかげで皆にはいい刺激になっただろう」

「そりゃ想定があれだし、真剣にやるわよ」

「そうだな。しかし、あれから随分と経ったな・・・」

「そうね。なんだかあっという間だけど」

「苦労をかけるな、お前にも北上にも。二人がいなければ、越えられない戦いもあった」

「別に苦労だなんて思ってないわ、私も北上さんも。それに皆がいるからよ」

「・・・そうか。さて、少し頭もすっきりした。取り掛かろう」


身を起し座りなおして、彼女がまとめてくれた書類を手に取る。

大井は空の湯飲みにお茶を注ぎなおしていた。


「はい。早く寝なさいよ」

「ああ」


お茶を受け取った俺を見届けると、彼女は席を立ってドアの方に向かう。

その背中に声をかけた。


「大井」

「なに?」

「ありがとう。そして、お休み」

「・・・お休みなさい」


出て行くのを見届け、書類に向き直った俺は目を通す。

こうして二日目の夜は過ぎていった。


ー???―


「急げ!!敵はまっちゃくれないぞ!?」

「重傷者の搬送を優先しろ!!」


響く砲声と怒声のなか、兵士達が慌しく動き回る。

担架に載せられ、重傷を負った兵士達が次々とヘリに乗せられていく最中に大きな爆発音が起こった。


「今のは!?」

「奴らだ!!前線が突破されたのか!?」


ヘリでの移送を順番待ちしていたその中の一人がむくりと起き上がる。

傍らの小銃を握り締め立ち上がろうとしていた。


「中尉!!何をやってるんですか!?」

「寝ているわけにはいかない・・・。今は一人でも戦力が必要だ」

「馬鹿いっちゃいけません!?」

「どいてくれ曹長。銃座に付く位はできる」

「大人しくしてください!?」


年若い士官を壮年の下士官が押し留める。そんな中周辺から人が発するとは思えない

おぞましい叫び声があちこちから聞こえてきた。

そして、ヘリポート周辺で次々に爆発が起こって現場は大混乱に陥った。


「お前達!攻撃はいいから担架を担げ!」

「ええ!?しかし・・・」

「しかしもかかしもあるか!?急げ!!」


曹長は自分の隊の部下を急かして、負傷した士官をのせた担架をまだ飛び立っていない

ヘリのそばに向かわせる。


「負傷者だ!!乗せてくれ!!」

「それで最後か!?早くしてくれ!!」

「担架を上げるぞ!!」

『せーの!!』


部下と共に担架を押し込むようにヘリに載せる。


「よし!発進してくれ!!」

「了解!・・・なに?」

「どうした!?」

「しゅ、出力が・・・こんな時に!?」


何らかのトラブルが発生しヘリが離陸できなくなってしまう。

そうこうしている内に敵が彼らのヘリにも向かってきた。


「奴らだ!!」

「来るな化け物ども!!」


乗っていた兵士や機銃座についたヘリガンナーが群がる敵を押し留めるように銃撃を加える。

だが、味方の弾幕を潜り抜けて浸透してくる敵の数がどんどん増えてくる。


「うわああ!?もうおしまいだ!?」

「喚くな!!撃ち続けろ!!」

「くそ!!」


ヘリから飛び降りた曹長が近くにあった車両の上に搭載されたグレネードランチャーに

取り付いて攻撃を加える。爆発が連続して起こり、多くの敵を巻き込みながら、ばらばらに引き裂く。


「出力安定しました!!」

「直ちに離陸する!全員掴まれ!!」

「待ってくれ!!まだ部下が!!」

『構わず行ってくれ!!発進まで食い止める!!』

「すまん!!」


目前まで迫ってきた敵を振り切るようにヘリが空中に浮かぶ。


「駄目だ!!戻れえええ!!」

『中尉!!お前ら!!後は頼んだぞ・・・さあこい!!化け物ども!!!」


声を掻き消すようにヘリのエンジンが唸りを上げ、地上から離れていく。

炎と煙が燃え盛り、黒い塊に呑まれていく基地を眼下に望みながら、彼を乗せたヘリは遠ざかっていった。


-AM6:21 提督の居室ー


机の傍で寝ていた身を起す。どうやら最後の書類を確認しおえて、そのまま眠っていたようだ。

立ち上がり窓へ歩いていく、部屋から望む海は静かに凪いでいた。


「夢とは正反対だな」


あの脱出から半年後、深海棲艦に唯一対抗できる『兵器』が完成し、それを『指揮』する人材が

求められているという話を聞いて、それに志願した。奴らを滅ぼし部下達の仇を討つという目的

のためだけに、俺は提督となった。


「そして、今か・・・」


艦娘達との交流、そして幾多の戦いを経て復讐ではなく未来を彼女達と共に切り開く

事を考えるようになった。

だが、あの時の無念を敵に対する憎しみを忘れたわけではない事も自覚している。


「結局、俺は・・・」


よくない考えを浮かべそうになった思考を振り払う。身支度を整え、朝食を取るために

食堂へと向かった。



ーAM8:55 浜辺―


浜辺に整列した艦娘達。今日は演習の最終訓練として基地航空隊、支援艦隊を

活用した大規模作戦時と全く同じ行動を取る事になっている。


「これより、最終演習を開始する。前日までの訓練の成果をいかんなく発揮せよ。総員の奮戦に期待する、以上だ」


短い訓示の後、いよいよ演習が開始される。午後までにかけて行われる演習を監督するために、指揮所では

演習をモニターできるように設置されたディスプレイを、提督や待機中の艦娘達が固唾をのんで見守っていた。


「うわー!!うわー!!すごーい!!」

「清霜はしゃぎすぎ。気持ちはわかるけど」

「普段こういう風に戦闘を見る事はないからね」


映像の中では水柱が各所であがり、航空機が乱舞し雷跡が海に幾重にも広がる。


「銀河隊や一式陸攻の攻撃はえげつないな」

「隼64戦隊の制空も凄いねー」


艦娘達が観戦しながら言い合っている横では、中破や大破判定を行っている大淀や

管理運営に回っている鹿島や香取が逐一提督に報告していた。


「提督さん、銀河隊5番機よりエンジントラブルの報告です」

「む。直ちに帰還命令を、合わせて明石と夕張へ連絡してくれ」

「了解です」

「提督、二式大艇からの定時報告です。島周辺に敵影見えずとのことです」

「わかった。引き続き警戒を厳としてくれ」

「はい」


その後も小さなトラブルが発生したが、演習は順調に進んで行き午後を少し過ぎた頃

無事に終了した。


「はあー疲れたー」

「伊勢、情けない声をだしてるな」

「そんな事を言わないでよ、日向ー」

「伊勢、日向。整列だ」

「わかった」「はいはーい」


長門に声をかけられ二人は整列するために列中へと入っていく。

砂浜に勢ぞろいした艦娘達の前に提督が進み出てくる。


「これをもって最終演習を終了する。どこか異状のあるものはいるか?」

『ありません!!』

「うむ。では、各自艤装の手入れと撤収作業を行った後、解散。以後は明日の1100まで自由時間とする」

『!!?』


突然の自由時間を言い渡された彼女達は顔を見合わせる。

俺は目線で大淀に続きを促した。


「解散後は艤装の手入れと弾薬、燃料補給をお願いします。19時より、大広間で宴会です」

「お酒!!お酒はでますか!?」

「ちょっと!ポーラ!?」

「あんたはいい加減にしなさい」

「あだだだ!?ローマさん!!出ちゃいます、何かでちゃいますよ!?」

「ローマ、そんなに力を込めるとポーラさんが潰れちゃうから、その辺で」

「姉さんがそういうなら・・・」

「す、すいません!ポーラにはよーくいっておきますので、話を続けてください!」

「こほん・・・はい、お酒も出ますよ。ですが、お酒に飲まれないようにしてくださいね?21時で一旦解散、その後は各自にお任せします」


彼女の口から諸注意や、連絡事項が色々と伝達される。


「連絡事項は以上となります」

「明日は鎮守府に戻る。短い休憩のようなものだが、英気を養ってくれ。よくやった、皆。では、解散」

「気をつけーー!!」


号令がかけられ、その場は解散。提督の去った砂浜では、艤装の手入れをしながら各自が

ふって沸いた休暇の事について、楽しそうに会話に花を咲かせていた。


ー2035 宿舎大広間―


提督の乾杯の音頭が行われた後、初めは食事に舌鼓をうっていた彼女達も飲兵衛達がここぞと

酒を飲み始めて宴会場が騒がしくなった頃から、もといた席を離れてそれぞれ歓談を楽しんでいた。

中には宴会場の一角で漫才や一発芸の披露も行われていた。


「はい!ええー続きましては二航戦のお二人による一発芸やー!」

「飛龍でーす!」「蒼龍でーす!」


臨時のステージのような場所に二人が出てくる。どこから持ってきたのか、真ん中に

パイプ椅子が用意された。


「提督来てー!!」

「俺?」

「はやく、はやくー!」


観客側の最前列で見守っていた自分に声がかかる。二人に促されるまま用意された

椅子に腰掛ける。


「では、一発芸を披露しまーす!」

『そーれ!』


俺を中心に互いの肩に手を掛け合った二人は、そのまま距離を詰めてきた。

同時に顔の両側面に圧力がかかった。


「うぶ!!?」

『二航戦サンドでーす!!』


あろうことか人の顔面を胸で押しつぶすという荒業をやってのけた。

突然の事態に目を白黒させていると観客席からは黄色い悲鳴や、非難の声が飛んできた。


「き、霧島!!あれ私達もやるネー!!」

「ええ?お姉さま、それは恥ずかしいですよ」

「何だらしない顔してんのよー!!馬鹿ーーー!!」

「司令官!!は、破廉恥なのは駄目だと思います!!」

「こ、こら!?物を投げるのはやめんか!?二人も俺を置いて引っ込むな!!」


けらけら笑いながらさっさと離脱した二人を追いかけるようにステージを出て行く。

逃げた二人の首にヘッドロックをかけた。


「くぉら!!なんて事をするんだお前達は!?」

「あはは!!いーじゃない、提督も役得だったでしょ?」

「ねー!!笑いもしっかりとれたし!」


騒ぐ提督たちとそれを見て囃し立てたり、笑う艦娘達。

その様子を見ていた漣が呟く。


「むうう・・・なんという乳圧。やはり、おっぱいは正義か」

「ふん。ばっかじゃないの」

「はいはーい!!次は漣と満潮がやりまーす!!」

「え!?ちょ、ちょっと!?」


隣にいた満潮の手を強引に引いて立たせると、有無を言わさず

漣は彼女をステージに引っ張っていった。


「珍しい取り合わせや。では、どうぞー!」

「ちょっとどうするのよ、私一発芸なんて・・・」

「いーから、いーから!全部私にお任せあれ!」

「不安しかないんだけど・・・」


満潮をパイプ椅子に座らせ、彼女の顔を俯かせて肩におしぼりを回しかけると

漣は黒潮からマイクを受け取る。


『何故俺はあんな無駄な時間を・・・』

『ミッチー!!』


ネタのわかった複数の艦娘から声がかかる。何をやらされたのか

彼女も理解した。


「誰が三〇寿よ!!?ていうか、皆笑いすぎじゃない!!?」

「世界が終わるまでは~はなれーる、こともぉ~なーい!」

「何歌ってんのよ!?」


歌うのを続行する漣を彼女ががくがくゆらすとさらに笑いが大きくなった。

その後も時間一杯まで宴会は続けられ、予定通り21時で一旦解散の運びとなった。


全員で一応の後始末をつけた後、宴会場に残るもの、部屋に戻るものなど彼女達の行動は様々だ。

俺は広間から少し離れた休憩室の所でジュースを買って一服していた。


「あれ?提督じゃんか」

「長波、それに風雲か」

「お疲れ様、提督」

「ジュースでも買いに来たのか?」

「そだよ。今から部屋で二次会さ」

「元気だな。あまり騒ぎすぎるなよ」

「大丈夫。テレビで何か映画やるみたいだから、それを皆で見るだけよ」

「ほお」


そういえば最近TV等碌に見ていない。課業終了後も残業したり時間を見つけては

体を鈍らせない様に体力練成をやるなどして、後は寝るだけだ。

唯一の楽しみといえば、自慢の岩風呂につかるくらいのものだ。


「そうだ!提督も一緒に映画みようぜ」

「俺もか?」

「そうそう。たまにはのんびりするのもいいもんさ」

「ふーむ・・・」

「ほらほら!いこう、いこう!!」

「うお!急に引っ張るな!?」


こちらの返事も待たずにぐいぐい自分達の部屋に引っ張っていく長波。

呆気に取られていた風雲が声を上げる。


「ちょっと、長波!ジュースは!?」

「あたしのも買っといてー!」

「もう!!」


背後で自販機の取り出し口に缶が落ちる音を聞きながら、俺は彼女達の部屋に向かった。

長波達が起居している部屋では宴会を終えた艦娘達がのんびりしていた。

そこへ部屋の扉を開く音がする。


「戻ったぜー」

「おっそーい、もう始まるよ」


いの一番に気づいた島風が枕に埋めていた顔を向ける。そこには襖を開けた

長波が立っていた。


「ぐぬぬ、気づくのが遅れた」

「いいじゃない、別に」


悔しがる白露を宥める村雨。彼女達は布団の上で寝転がって

照月や初月と共にトランプに興じていた。


「わりーわりー。それと、スペシャルゲストを連れてきたぜ」

「ゲスト?」

「提督を連れてきた」

「ふーん、提督を・・・・提督?」

「へ?司令?」

「映画一緒に見ようと思って。じゃ、今から呼んでくる」


その言葉に今まで寝転んだり、楽な格好をしていた彼女達の

数名が慌てだす。


「舞風に嵐!上着、上着着て!!」

「え~別にこれでもいいだろ~のわっち」「さっき踊った時にどっかにいっちゃった~」

「いいから早く!!」

「し、島風ちゃん!ジャージ、ジャージの下!!」

「おう?このままじゃ駄目かなハギー?」

「駄目!!」

「皆慌てすぎでしょ。ねー村雨?」

「物干しにぶら下がってるブラ、白露姉のじゃない?」

「ぎゃー!!?」

「ふむ・・・提督にお茶でも淹れようか?」

「初月はマイペースだね」


部屋の中が大混乱に陥っている頃、ジュースを買っていた風雲と合流した

提督は部屋の中に足を踏み入れた。


「お前達、邪魔する・・・ぞ?どうした、何かあったか?」

『何もありません!!』

「そうか?」

「提督、こっちこっち」


長波に誘導され敷布団の除けられた布団の上に座る。正面には丁度

テレビがある。


「んしょ」

「待て島風、何故俺の膝に乗る」

「特等席だから」

「・・・」

「常夜灯にするよー」


部屋の電気が常夜灯に切り替わり全体が薄暗くなる、各人思い思いの場所に座ると映画鑑賞が

始まった。


『GYAAAAA!!!』

「ひええええ・・・!?」

「こわいー!?」


画面の中では暴れまわる化け物と主人公達が死闘を繰り広げていた。

映画は時間的に見て中盤からクライマックス辺りだ。画面の中の絶叫に負けず、皆も押し殺したような悲鳴を上げている。


「随分と懐かしい映画だ・・・くあ・・・」


胡坐をかいた俺の膝にすっぽり納まった島風の頭に顔をのせながら

画面を見ている。丁度CM中だったので、少し悪戯をしてみた。


「おおおう!?おうおうおう!?提督!顎を人の頭でガクガクさせないで!」

「ふはは。すまん、すまん」

「もうCMも終わるから、大人しくしておいてね」

「・・・ああ」

(うむぅ・・・眠気が酷い)


島風にちょっかいを出したり、左右にいる長波達や白露達とも喋って眠気を誤魔化していたが限界のようだ。

映画が終了したら起してくれるだろうと思い、そのままあっさりと意識を手放した。


「はえー終わった、終わった」

「恐かったー」

「この終わりかただと次がありそうね」

「ねー。帰ったら続編を探してみようかな?また、皆で見ようよ」

「ぼ、僕は遠慮しておくよ。ちょっと、苦手だな」

「提督、そろそろ頭のけて欲しいんだけ・・ど?」

「・・・」

「どした、島風?」

「提督、寝てる」

「へ?」


彼女に寄りかかるように胡坐をかいたまま、提督は眠っていた。

そんな様子を見て彼女達は苦笑する。


「んー起すのも可哀想だし、このまま寝かしておくか。ちょっと手伝って」

「はいはーい」


起さぬように3人がかりで慎重に提督の身を布団に横たえる。

よほど眠りが深いのか、目を覚ます気配は無い。


「さって、提督も起きる気配はないしあたしもねっかー」

「そうね・・・って、長波そのままそこに寝るの!?」

「うん?ここあたしの布団だし、ちょっと狭くなったけど大丈夫でしょ」

「ええ・・ああ、うん。いや、そうじゃなくて」


カラカラ笑う長波に頭を抱える風雲の横では数名が寝ている傍に座って小声で

談笑していた。


「こんなに間近で寝顔見るのって初めて」

「休憩室でも昼寝とかするみたいだけど、そもそも秘書艦に上番してないと見れないもんね」

「そう考えると貴重なのかな?」

「うふふ。そうかもね」

「舞風、どうしたの?」

「提督、泣いてる」

『え!!?』


彼女の言葉を受けて改めて提督の顔を見ると右目の端から薄っすらと涙が零れていた。

寝ている提督は特に夢を見ているわけではなかったが、普段彼女達は提督が泣いた所など見たこともないので動揺が走った。


「どどどどうすんだ!?」

「どうするっていわれても・・・」

「何か悲しい夢とか見てるのかな・・・」

「ひっぐ、やだよ・・・提督が悲しいなんて、私やだよ・・・」

「舞風、落ち着いて・・・」


涙を流している本人が寝ているために理由が分からず、その場の全員が居た堪れない気持ちになる。

しばらく固唾をのんで見守っていたが、長波が行動を起した。


「しゃーねーな。ここは長波様が一肌脱ごうかね」

「へ?」


そう言って寝転がった彼女は提督の顔を自分の胸に埋めて、頭を撫で出した。

突飛な行動に全員固まる。


「な、なにしてんの!?」

「何って人肌があったほうが安心するだろ?あたし胸も結構大きいし」

「む、胸だったら私も負けてないし!私も提督の隣で寝る!」

「じゃあ、村雨も傍で寝ちゃおうっと」

「島風は長波にひっつくね!」

「おう!どーんとこい!」

「何が何だが・・・」


結局彼女達は提督が寝ている布団を中心に自分達の布団を四方八方に

くっつけて寝ることにしたため、ほぼ雑魚寝の様な形となる。


「これ部屋長の由良さんに怒られるんじゃね?」

「大丈夫だと思うよ、嵐。由良さん達たぶん遅くなるか、帰ってこないかもしれない」

「こういう風に皆で寄り添って寝るのも悪くないな」


寮では部屋が別れており、それぞれ個人の寝るベッドがあるため

こうやって一緒に寝ることはまずないためだ。


「ねー。何気に初月と一緒のお布団に寝るの初めてだね?なんか嬉しい」

「僕もだよ、姉さん。ふふ・・・お前は果報者だな、提督」

「それじゃ、皆電気を消すね?お休み」

『お休みー』


完全に消灯する室内。しばらく何事かを話していた彼女達だったが、数十分もすると

部屋の中は静寂に満たされた。


2時間後、別の部屋での飲み会から帰還した由良や鬼怒が居室に帰還する。


「ありゃ、皆もう寝ちゃってるね?」

「そうみたいね。あれ・・・?布団が」

「うん?」


二人が寝る場所は変わっていないが、ほとんどの布団がテレビの近くに集まっている。

雑魚寝の様な形で寝ているのをみて二人は苦笑する。


「映画見ながら寝ちゃったのかな?」

「ふふ、そうかも」


彼女達は提督に気づかず、そのまま就寝してしまった。

それから数時間後、夜が明けるか空けないかの時間に布団がもぞもぞと動き出した。


(・・・う・・・あさ・・か?)


薄っすらと意識が覚醒する。少し冷えた室内の空気が徐々に意識を覚醒させて思考がクリア

になっていった。それに伴い複数の寝息がすぐそばから聞こえてくる。


(ああ、そういえば昨日は映画の途中で寝てしまったな)


どうやら長波達の部屋でそのまま眠ってしまったようだ。だが、それにしてはとても近くに

気配を感じる。首を左右に振ると長波と白露の寝顔が視界に入った。

そっと体を起して周囲を見渡す。


「なんだこりゃ?」


自分が寝ていた布団を中心に、全員が寄り集まって寝ているようだ。

ほぼ雑魚寝に近い様子だが、皆すやすやと寝ているようだ。

起すのも忍びないので、そっと布団から出ると寝相の悪い数名の布団をかけ直してやる。


「島風や嵐はともかく、鬼怒、お前・・・」


昨晩部屋の中にいなかった由良と鬼怒。どうやら寝静まった後に戻ってきたようだが、由良は

ちゃんと布団をかけて寝ている。一方の鬼怒はかけ布団を蹴り飛ばしぐーすかねている。


「しょうがない奴だ」


苦笑して布団をかけ直し、自分の部屋に戻るべく彼女達の部屋から俺は出て行った。


部屋の中を動く気配に目を覚ました初月は、提督が島風や嵐の布団を正している所を

見ていた。


へんな時間に目を覚ましてしまったが、彼女は目が冴えてしまった。二度寝しようにも寝付けない。

そんな折、宿舎の外に通じる扉が開く音がした。


(誰だ?)


まだ夜は完全には明けきっていない時間、起床の時間も大幅に遅くなっているため

こんな時間に外に出るの者はまず誰もいないはずなのだ。

どうせ眠る事も出来ないのだからと彼女は寝巻きの上にジャージを羽織って部屋を出た。


薄暗い中俺は浜辺へと来ていた。太陽はまだ昇っていないが、水平線の近くから薄っすらと

明るくなってきている。寄せては返す潮騒が響くだけで、周囲は本当に静かだ。


「・・・」


考えてみればここ最近見ていた悪夢を今日は見なかった。艦娘達が傍にいてくれたからからだろうか。

だが、夢は見ずともあの時の事を忘れるはずも無い。


「もし、俺が捕らえられたなら・・・」


おもむろに腰につけた護身用の銃をホルスターから抜き、無機質な鉄の塊を俺は眺める。


「俺は・・・」


その時自身の手で決着をつけれるだろうか?だが、自身で行わねば他に誰が?

奴らに取り込まれればその先に待つのは、人としての『死』だ。


「・・・」

「提督!!?」

「!!?」


響いた声に驚き振り向くと同時に誰かが俺にしがみついてきた。

視線を下に向ける。


「初月・・・?」

「何を・・・何をしてるんだ!!?」

「どうしてここに?」

「そんな事はどうでもいい!!馬鹿な事はやめろ!!」


腕ごと体を挟むように抱きしめられているため、思わず銃を取り落とした。


「ま、待て。落ち着け」

「落ち着いてなんかいられるか!!離さないからな!!」


普段の冷静沈着な彼女からは想像もつかないような剣幕にたじろぐ。

しばらくされるがままにして、彼女の呼吸が落ち着くのを待った。


「とにかく落ち着け、大丈夫だ。大丈夫だから、な?」

「・・・本当に、本当だな?」

「ああ。すまん、変な心配をさせたな」

「・・・」


ようやく離れてくれるが目じりに涙を浮かべ、今にも泣き出しそうだ。

立ったままでもしょうがないので、彼女にも促して腰を下ろした。


「提督、すまない。取り乱してしまって」

「いや、俺の行動が誤解を招いたようだからな。こちらこそ、申し訳ない」

「事情を話してくれるな?」

「勿論だ。初月は深海棲艦が二種類いることは知っているな?」

「うん。僕達が海上で戦っている深海棲艦とその陸上型だ」

「そうだ。そして、海上の奴らと違って陸上型は艦娘の力がなくとも滅する事ができる」

「そう聞いている。その話と今の事がどう繋がるんだ?」

「・・・その理由を知っているか?」

「確か陸上では力が弱まるため、通常兵器による撃滅も可能と教育を受けた」

「表向きは・・・な」

「表向き?」


確かに彼女の言ったとおり、現在の研究でも奴らが発している何らかの力が陸上で弱体化する事は

確認されている。だが、それとは別にもう一つ理由があった。


「何故陸上型に通常兵器が有効になるか、その本当の理由は、奴らの生体部分や一部の装甲は『人』を素体としているからだ」

「え・・・?」

「陸上型は人間を取り込み、苗床としてその数を増やす。採取された奴らの体を分析した所、変異し劣化した人間の遺伝子が見つかった」

「そ、それじゃ・・・」

「陸上型深海棲艦は『人間』の成れの果てだ」


当初、深海棲艦が出現し始めた頃は海上のみその姿が確認されていた。そして、海上における船舶の

被害拡大と見つからない海難者。同時に海に近い陸地で起こる謎の失踪も徐々に増えていった。


「事態の究明もままならなかったあの頃、ある場所に大量の陸上型深海棲艦が侵攻してきた」

「お前はそこにいたのか?」

「ああ。その時多くの同僚と部下を失った・・・悪夢だったよ、人を喰らう異形共に俺達は成す術がなかった」

「・・・」



あの悪夢の光景を思い出し、自然と頬が引き攣る。

俺の顔を見て、向かい合う初月の表情が固くなった。


「初月」

「な、なんだ?」

「もし、俺自身が自分の手で決着をつけれない時は・・・迷わず、敵ごと俺を撃て」


絶句する初月、そんな彼女を俺はただ見据えていた。

沈黙が場を支配する。


「それは命令か?」

「命令、そうだな・・・その時に俺がまだ命令を下せるようなら、そう下命する」

「そんな・・・そんな命令はお断りだ!!僕が、皆が、そんな事態に陥らせたりはしない!!絶対にだ!!」


気づけば砂浜に押し倒され、きつく抱きしめられていた。

顔が触れ合うほどの距離で彼女は怒鳴る。


「誰一人だって欠けるのなんて僕は嫌だ!僕はお前を必ず守る!!」

「初月・・・」

「だから、お願いだから・・・そんな悲しい事を言わないでくれ。お前は僕達の大切な人なんだ」


同僚を手にかけねばならなかったあの時の気持ちを、自分の艦娘に押し付けるような『命令』を下すなどという真似をできるわけもない。

過去の事をここ最近頻繁に夢で見ていたからといって、無思慮な言葉を吐いてしまった。

涙を零す初月を宙に浮いていた両手を回して、しっかりと抱きとめた。


「すまん、馬鹿な事を言ってしまった」

「そんな事ない。本当に辛いのはお前だろう?」

「そうかもしれん、だが同時に俺は幸せ者だ。初月達の提督であることがな」

「そう・・か。うん、僕だってお前が僕達の提督でよかった」


ようやく笑顔を見せてくれた初月と共に立ち上がる。

随分と時間が立っていたようで、水平線から朝日が差し始めていた。


「俺には夢がある」

「夢?」

「いつか戦いが終わった時、お前達が艦娘としてではなく『人』として、それぞれの道を歩んでいくのを見届ける事だ」

「・・・」

「その日が来るまで、これからも一緒に歩んでくれるか?」

「勿論だ。任せろ」

「ありがとう」


寄り添うように立って昇りはじめてきた太陽を見つめる。明けない夜は無い、その言葉を体現するかのように

深い絶望という夜に閉ざされたこの世界に、あの朝日のように希望の光として彼女達は現れた。


「どうしたんだ、提督?」

「綺麗だな」

「うん。お前と二人で見る朝日は格別だな」

「ふ、ふふふ・・・!」

「な、なんだ!?何で笑うんだ!?」

「いや、なに・・・初月が余りにもイケメン過ぎてな」

「イケメン!?ぼ、僕は女だぞ!?失礼だ!!」

「ははは!!さあ、宿舎に帰ろうかお嬢様?」

「誰がお嬢様だ。馬鹿・・・」


差し出した手をしっかり握ってくれる初月。朝日を背に俺達はもと来た道を引き返して

宿舎に向かう。


世界の行く末がどうなるかは未だに分からない。だが、この手に伝わる温もりがある限り

希望は捨てまいと改めて思った。


艦隊総演習:エピローグ


ー横須賀への帰路 PM15:22―


全演習行程を終えて、我が艦隊は一路横須賀を目指している。

現在までは特に目立った問題も起きておらず、当初の帰還予定通り帰れそうだ。


『提督!』

「どうした、飛龍?」

『索敵機が敵艦隊を発見!』

「何?規模は?」

『ちょっと待って・・・戦艦8、空母6、軽空母10、敵総数は50前後!』

「イムヤ」

「5群司令部に問い合わせるわ」


問い合わせの答えが返ってくるまでの間に全員に情報を共有させる。

比較的緩んでいた雰囲気が一気に緊迫したものになった。


「司令官!5群司令部より回答、当該敵艦隊については未確認とのこと」

「我々が最初に発見したわけだな。よし、司令部に打電。『我、敵艦隊の迎撃に向かう』」

「了解!」

「総員へ、我が艦隊はこれより敵迎撃に向かう。第一種戦闘配置!!」

『了解!!』


部隊の隊長達からそれぞれ了承の旨が返ってくる。

速やかに作戦を立案し、即座に伝達する。


「第一、第二機動部隊は艦載機を即時発艦」

『こちら瑞鶴、了解したわ』『飛龍、了解!』

「第一、第二水上打撃部隊の空母部隊は艦隊直掩機を除き、機動部隊第一次攻撃隊に攻撃機を編入せよ」

『千代田、了解です』『隼鷹、了ー解!!』

「扶桑、山城。伊勢、日向も水上機を発艦。水上部隊の直掩機と共同し、艦隊防空に当たれ」

『了解しました、提督』『わかったわ』『伊勢、了解!!』『うむ』

「輸送部隊は機動部隊後方に移動せよ」

『三隈、了解ですわ』

「水上第一、第二打撃部隊及び『微風』直衛部隊、戦闘隊形を取れ!!」

『大和、了解しました』『イエッサー!アドミラル!!』


指示を受けたものの大和は若干困惑気味だった。

そこへアイオワが併走する。


「どうしたのヤマート?」

「てっきり『微風』は退避だと思ってたので・・・」

「ドンウォリーよ。この陣容なら負けないわ」

「油断は禁物だけどね」

「陸奥さんは提督をお止めしないのですか?」

「私?んーたぶん戦闘が起きればうちの提督ならこうする事はわかってたしね。しっかり守るだけよ」

「そういうことだ、大和。提督にいい所を見せねばな?」

「武蔵・・・そうね。大和より各員、第4警戒航行序列!急いでください!!」


水上部隊と直掩部隊が陣形を整えたのを見計らって、舵を握る

イクに命令する。


「イク!取り舵!!」

「取り舵いっぱーい、なの!!」

「最大戦速!!敵を撃滅する、我に続け!!」

『了解!!!』


舞い上がる戦闘機、艦上爆撃機、攻撃機が艦隊上空で一糸乱れぬ編隊を組む。

隊列を組みなおした艦隊は発見された敵艦隊に一撃を与えんと突撃して行った。


ー横須賀鎮守府 PM19:28 提督室ー


演習の帰路に思わぬ戦闘があったものの、さしたる損害もなく艦隊は無事横須賀に帰港した。

解散式が行われた後、各種の作業が終わりようやく一段落ついた。


「お疲れ様でした、提督」

「榛名も代理ご苦労だったな」

「はい」

「演習を終えた直後に実戦で皆の成果を間近で見ることが出来たのは上々だった」

「ええ。皆さん、とても充実感を感じていたみたいです」

「うむ。本当に皆よくやってくれた」


榛名と歓談しつつ、入れてもらったお茶を飲み窓から見える夜の港に視線をやっていると

執務室の内線がなった。出ようとする俺を制して、榛名がそれに対応する。


「はい、執務室です。・・・え?はい、はい・・・ええっと・・」

「どうした?」

「イヨさんとポーラさんが間宮で、その・・・」

「また酔っ払って暴れているのか?代わってくれ」


戸惑っている榛名から受話器を受け取り、電話に出る。

電話越しに間宮の喧騒が聞こえてきた。


「間宮、俺だ」

『提督、お疲れ様です。榛名さんにも言ったのですが・・・』

「イヨとポーラの二人が暴れているそうだな?」

『ええ、その・・・今日は一段とはっちゃけておられていまして。は、裸踊りを・・」

「裸踊り!!?ザラやヒトミは!?」

『それが酔い潰されたみたいで、収拾がつかなくなってしまいました。ああ!?せめてパンツを!?」

「何をやっとるんだ、あの二人は・・・すぐいく」

『お願いします!!』


昨日の宴会では俺や他のメンバーもいた事もあって大人しめだったようだが、どうやら演習から完全解放されたせいで

盛大に暴れているらしい。思わず苦笑してしまう。


「やれやれ、締まるようで締まらんな?」

「あはは・・・」

「そうだ。榛名、鎮圧のついでに打ち上げというにはあれだが、一杯付き合わないか?」

「は、はい!喜んで!!」

「では、行こうか」


なんとも締まらない演習終わりだが、我が艦隊らしい『賑やかさ』を感じつつ

俺は榛名と共に間宮へと向かった。


短編 レイテ後の瑞鶴


ー艦娘寮 瑞鶴・翔鶴の部屋ー


総員起しや朝食が終わり、各部屋で朝の準備をしている艦娘達。

翔鶴も準備を終えてようとしていた。


「これでいいわね。瑞鶴、準備はいい?」

「・・・」

「遅れるわよ?貴女、今日は秘書艦に上番でしょう?」

「・・・くない」

「え?」

「行きたくない・・・」

「はあ・・・昨日から困った子ね」

「だって!!?今日はずっと提督さんと一緒なんて恥ずかしすぎるよ!」

「もう済んだことでしょう?レイテでの作戦からもう一ヶ月よ?」

「そうだけど、うー・・・うー・・・顔から火がでそう」


彼女がこんな事になっているのは、レイテでの作戦完遂の際に

感極まって提督に抱きつき『愛してる』といってしまった事だった。


その時は作戦終了と重責からの解放で気分が無駄に高揚していたため何も感じていなかったが、

時間が経って冷静になってくると、勢いに任せて凄い事をやってしまったという自覚が出てきたためだ。


「貴女の素直な思いを伝えただけでしょう?」

「そうだけど・・・」

「恥ずかしがらずに堂々としていればいいのよ。言った事を後悔しているの?」

「後悔はしてないけど、提督さんの事嫌いじゃないし、むしろその・・・でも、もっとこう別の伝え方があったかなーと」

「はい、愚痴はそこまで。時間が無いから行くわよ、瑞鶴」

「まだ心の準備が!?翔鶴姉引っ張らないで!?」


いやがる瑞鶴を彼女はずるずると引っ張って提督室へと向かった。


短編2 朝の挨拶と海外艦


ー提督室へと続く廊下ー


朝食を取った俺は今日の秘書艦である初雪と共に執務室へと向かっていた。


「ふあ・・・眠い」

「こらこら、そんな調子で大丈夫か?」

「頑張る・・・明日から」

「今日頑張りなさい」


そんな事を言い合って執務室へと入る。初雪に今日使う資料等を本棚から出してもらって

受け取り、部屋の中央付近で立ったまま眺めていると扉が開いた。


「はぁーい!グッモーニン!!アドミラル!!」


挨拶しながら元気にハグしてくるアイオワ。

彼女は長身のため目線はほぼ一緒な上、スタイル抜群の彼女の胸がこれでもかと押し付けられる。

最初の頃は戸惑ったが、お国柄ということもあるし照れては返って失礼と思い直して、しっかりと抱きとめるようにしている。


「おはよう、今日も元気だな」

「イエース!ハツーユキもモーニン!」

「もーにん、アイオーワ」


俺の肩越しに初雪に挨拶して、彼女の元に近寄るとこれまたぎゅっと抱きしめていた。

豊満な胸に顔が埋もれて『ふがが・・・』と初雪が唸っていた。


「提督、おはようございます」

「おはよう、サラ」


今度は控えめに抱きしめられる。彼女はレキシントン級2番艦の『サラトガ』だ。

我が艦隊に所属する海外艦の空母の中で一番の古参である。大規模改装を受け、艦隊唯一の夜間攻撃を

行える空母として前線で頑張っている。


「今日も元気に頑張りましょうね」

「うむ」


にっこりと微笑んで俺から離れると、先程のアイオワの様に初雪とハグしていた。

また胸に埋もれて初雪は唸っていた。


「ハニー、グッモーニン!!」

「おぶ!?」


勢いをつけて抱きしめてきたのはエセックス級5番艦『イントレピッド』だ。

アメリカの航空母艦としては現時点で最後に来た彼女だが、明るく快活で親しみやすいためか

一気に艦隊に馴染んでしまった。


アイオワやサラの例に漏れずスタイル抜群、グラマーな体をグイグイと押し付けてきて

全身で密着するようにハグしてくる。


「お、おはよう、イントレピッド。調子はどうだ?」

「もちろん、元気!!どうしたの、顔が赤いよ?あーハニーったらHな事考えてる?」

「そんなわけあるか!?そんな事をいうやつはこうだ!!」

「あははは!!もう、くすぐったい!悪戯なハニーね」


そう言うと頬に軽くキスをしてきた。俺にウインクして離れると初雪は(以下略)

次に来る誰かのために振り向きざまに手を広げる。


「へ?あ、あの・・・モーニン、アドミラル?」

「・・・」


広げた腕が空しく宙を漂う。正面で困惑気味なのはカサブランカ級19番艦のガンビアベイだ。

引っ込み思案で、オドオドしたりてんぱったりする所が阿武隈に似ている。

そういった共通点から艦種の枠を超えて彼女とは仲がいいそうだ。


「・・・ティ」

「え?」

「カバティ!!カバティ!!」

「ひえええ!?what!?」

「カバティっていうのはねー国技なんだよ」

「ええ!?日本の国技はSUMOUじゃ!?」

「冗談だ。おはよう、ガンビーにサム」

「じょ、冗談ですか・・・あはは」

「グッモーニン、提督!」


元気に挨拶するのはジョン・C・バトラー級のサミュエル・B・ロバーツだ。

愛称は『サム』の彼女はガンビーとの縁故もあってよく彼女の世話をやいている

しっかり者の艦娘だ。


「おっと、飛びついたら危ないぞサム?」

「大丈夫!だって提督だから!」

「なんだそれは?ははは!艦隊にはもうなれたか?」

「うん!皆親切だしね!」


ゆっくり彼女を降ろしてやる。そして、扉の所に人影が現れたかと

思ったら両腕を広げてタックルするかのごとく突っ込んできた。


「真打登場ネーーー!!提督ーー!」

「金剛おおおお!!」


提督は伸びてきた彼女の右腕を素早く取って引きつけ、腕を固め

アームロックの態勢に持ち込んだ。


「ふん!!」

「ノオオオ!?ギブギブ!?」

「飛びつくなとあれほど言っただろうが、バカモン!!」

「だって私も提督と朝のハグしたいねー!!」

「俺を吹き飛ばす気か!?だあああ!?顔を寄せてくるな!?」

「朝のバーニングキッスをプレゼンツネー!!」

「ぬわあああ!!?」


揉める二人の様子を相変わらずだなという目でアイオワやサラが眺める。


「コンゴーは今日も元気ね」

「ええ、いつもの光景ね」

「日本の柔よく剛を制すってやつかな?エクセレント!」

「と、止めなくていいのかな?」

「いいんじゃない?楽しそうだし」


各々感想を言い合っているアメリカ艦娘達の横で

初雪が呟いた。


「オチは金剛さんだったか・・・」


騒ぐ二人を尻目に彼女は本日の予定を記した書類を机にそっとおいた。

こうしてまた、艦隊の一日が始まる。


短編 提督と記念日


ー正午過ぎ・休憩室ー


「合掌!いただきます」

『いただきまーす!!』


全員で挨拶を終えると食事に入った。休憩室に二台並べたテーブルに広げられたおかずへ

艦娘達の箸が殺到する。今日は我が艦隊のほとんどが休暇だが、自分を含んだ居残り組みは

各艦隊に割り振られた当直任務をこなさなければならない。


「み、皆さん!午後も哨戒任務がありますから、ちょっと抑え目で・・・」

「鳳翔さん!おかわりー!!」

「はい」

「うー!聞いてくださいってばー!?」


阿武隈が叫んでいるが食事に夢中な駆逐の子等はどこ吹く風といった所で飯をかき込んでいる。

午前の任務を終えてからの昼食のため、皆食欲旺盛だ。皿に盛られたおかずとお椀の米がみるみる無くなっていく。

通常は間宮で食事を取るが、今日は人員が少ないので休憩室に食事を運んでもらって取る形にした。


「間宮で取る食事もいいけれど、こういう形で取るのも賑やかでいいわ」

「ああ、悪くないな」


和やかに会話しながら食事を取るのは英国艦のウォースパイトとアークロイヤル、そして

ジャービスだ。


「から揚げすごくおいしい!ダーリン、あーん」

「美味しいな、ありがとう」

「えへへ」


笑顔のジャービスを見ていると我が艦隊もドイツ、アメリカ、ロシア、フランス、イタリア、イギリスと随分と多国籍になったな

と感慨を抱きつつ、次のおかずを摘もうとしたが少し距離が遠かった。


「お衣、それとってくれ」

「は~い」


差し出した皿に衣笠がおかずを入れてくれる。礼を言いつつ皿を手元に引っ込めると

ふと視線を感じた。


「あのー提督?」

「阿武隈、どうした?」

「提督はどうして衣笠さんの事を『お衣』って呼ぶんですか?」

「どうしてといわれてもな・・・その方がすっと呼べるからだろうか」

「最初からそう呼ばれてました?」

「う~ん、気づいたら『お衣』って呼ばれてたね。つまり、提督と私が気の置けない仲になったってことね」

「そうかもしれんな」


そう言ってウインクする衣笠に頷く。食卓に黄色い歓声が上がり、なんやかんやと囃し立てる。


「あ、でも鬼怒姉が近くにいる時よく勘違いしている」

「鬼怒はそそっかしいからな」

『あははは!!』


賑やかな昼食も終盤に差し掛かった頃、明石が話をふってきた。


「そういえば提督、明後日は記念日じゃないですか」

「記念日?ああ、鎮守府の開設日か」

「どうします?記念に何かつくっちゃいます?」


冗談っぽく問いかけてくる彼女に少し悪戯心が湧いたので、至極

真面目くさって返す事にした。


「うむ、そうだな・・・明後日の開発にはそれぞれ資材を10万投入、記念日を盛り上げるぞ」

『え!!?』


問いかけてきた明石のみならず、それまで賑わっていた食卓が水を打った様に

静まり返った。『冗談だ』と二の句を告げようとしたが、それは叶わなかった。


「て、提督すぐ横になってください!!」

「おわ!?」


目にも留まらぬ速さでやってきた鳳翔に寝転がされて、おでこに手を当てられる。

腕は明石に掴まれた。


「熱はないようです!」

「脈も異常ないです!」

「もしもし、医務室ですか?急患なんです!!今すぐ軍医の方を・・」

「休暇中の皆に非常呼集!急ぐわよ!!」

「まてまてまて!!皆、落ち着け!!俺は大丈夫だ!!?」

「大丈夫じゃない人は皆そういうの!?」

「ダーリンしっかりしてー!!?」


大丈夫だ、大丈夫じゃないと押し問答を繰り広げる提督と艦娘達をウォースパイトと

アークロイヤルは、いつの間にか淹れていた紅茶を飲みながら眺めていた。


「二人も何かいってやってくれ!?」

「皆、貴方思いでとても素晴らしい事だと思うわ」

「なれない事はすべきではないな、アドミラル?」


無常にも救助の手は伸びず、結局午後の任務直前まで誤解が解けぬまま

騒動は続いた。


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