2017-11-05 12:50:22 更新

概要

ss発投稿です。
文章力が低いので、よく分からない部分があるかもしれません。
アカウントを新しくしたので作者名も新しくしました。


前書き

オリジナル設定、キャラ崩壊があります。
海域はVita版を使用しています。
被弾描写を、艦娘の肉体の損傷で表現しているので結構グロいです。
人によっては不快に感じるかもしれません。
各艦娘の改二艤装は、原作のモノとは異なっています。
2017・2・20加筆修正を終えました。



  序章



 「敵艦隊の殲滅を確認。周囲に反応を認めず」

 

 真夏特有の快晴の下、少女が一人誰もいない虚空の向かってつぶやく。

 その周りには夥しい数のかつて生き物であった何者かの死骸。

 いまだ硝煙と鉄のにおいを放つそれらはヒトの様でもあり、またケモノの様でもあった。


  『了解なのです。直ちに帰投してほしいのです』


  少女の呟きに反応するかのように別の少女の声が聞こえる。

 その声は屍の上に立つ少女の声よりもさらに幼く、儚い。


 「了解。帰投します」

 

 言って少女は家路につこうと腰を浅く落とす。

 任務(つとめ)を果たした以上、一刻も早くこの血と硝煙の充満する戦場から立ち去りたかった。


 だが、その願いは次に聞こえてきた言葉によって遮られた。


  『あ、あの・・・』


  突然呼び止められ少女は「なぁに?」と短く応答する。

 今の自分は移動しながらの会話はできない。正直あまりここに長居したくのだが。


 『もどったら、その・・・』


 言いにくいことなのか、通信機の少女はもごもごと言い淀む。

 決して長い付き合いではないがこういう場合は大抵難しい話題を言おうとしているからなのだということを少女は理解している。


 そして、その話題が何であるかも。


 「わかったわ。今度、休みの日に行きましょ」


 言われて少女の顔がパアと明るくなる。


 否、姿は見えないのだが『はい。約束なのです!』と応えるその声で彼女がどれだけ喜んでいるのかがはっきりとわかる。

 その屈託のない声音に、少女は奥歯をギリリとかんだ。


 『今度休みの日に』そう言って自分は何度この約束をし、破ってきたのだろう。

 それが、たとえ幾度となく交わされるも決して果たされることのなかった約束だったとしても、その度にあの子はこうして期待するように言ってくれる。

 だから、こうして何度も約束するのだろう。


 果たすことなんて出来ないと、わかっているはずなのに。

 

 (今度こそは、守りたいな。約束)


 そう心に思いながら少女は帰路に就こうと歩き出す。

 いつの日か―そう、何時の日かその約束が果たされることを信じて。



 第一章



 日ノ本の國横須賀鎮守府。

 深海棲艦と呼ばれる知的生命体を狩り、國土と民草を守護するために設立された防衛施設『鎮守府』――その総本山である。


 「提督。特務艦ゼルテネス・ティーア、ただいま帰投致しました」


 鎮守府における最も重要な部屋、提督執務室に入った少女―ゼルテネス・ティーアは 部屋の奥ちょうど入って左手にある机の椅子に彼女から背を向ける形で腰かけた初老に向かって敬礼の姿勢を取った。

 彼はこの鎮守府に所属する艦娘たちの長にして、横須賀鎮守府総司令官「鳳帝(おおとり みかど)」元帥―その人である。


 鳳「ああ、ご苦労。ゼルティ」


 鳳は彼女に背を向けたまま、ただそういった。

 無事帰投したことを喜ぶわけでもなく、さりとて興味があるわけでもない。

 強いてゆうなら、ただ応答しただけとでも言うのだろうか。 

 しかし、少女―ゼルテネスは特に気にした風もなく、「ありがとうございます」と返した。


 今日、ゼルテネスは哨戒中に敵艦隊を一人で壊滅させるという戦果を挙げた。


 多くの鎮守府では多大な戦果を挙げた艦娘には労いの言葉や「よくやった」と頭をなでるといった何らかの褒美があるのが普通である。

 だが、鳳はそこから動こうとせず頭部をわずかに上げるだけだった。


 通常、報告は出撃した艦隊全員と共に行うが、ゼルテネスは鳳の命令によりこうして一足先に執務室に出頭することになっていた。

 故に、これは帰還報告ではなく、所謂特務艦ゼルテネス・ティーアに与えられる彼からの報奨といった所であろうか。


 最も、傍から見てこれを報奨と取れるものがいるのかどうかは疑問であるが。


 鳳「下がれ、詳細は旗艦から聞く」


 言って鳳は「褒美は以上だ」とでも言うようにゼルテネスに退出を促す。 


 詳細、とはいっても提督である彼は鎮守府内にある指揮所で指示を出しているのだからいまさら聞くこともないだが。


 ゼルテネス「了解しました」


 言って口元を僅かに綻ばせ敬礼の姿勢を取ったゼルテネスは、今日の旗艦は確か電だったか、と逡巡する。


 ゼルテネス(こんなところ、あの娘がみたらきっと怒るだろうな)

 

 帰還したき、彼女は待機室で報告書をまとめていたからそろそろここに来るだろう。

 

 なら、今の自分の姿を見られるわけにはいかない。

 そう判断しゼルテネスは「失礼します」と敬礼をし退出しようとした。


 その時だった。


 「司令官さん!いくらなんでもあんまりなのです!!」


 突然後ろから甲高い怒声が聞こえ、ゼルテネスは後ろを振り返った。


 ゼルテネス「いっ電・・・」


 振り返ったさきにいたのは、肩をわなわなと震わせ涙をたたえながら怒りの形相で鳳をにらみつける『艦娘』駆逐艦電のすがたであった。

 両手にバインダーを持っているところを見るにおそらく報告書を届けに来たのだろう。


 だが、よりにもよって一番この場に居合わせたくない人物が来てしまったとゼルテネスは内心舌打ちした。


 艦娘は日々深海棲艦と呼ばれる怪物相手に文字通り命を賭して戦っている。

 戦いは常に死闘であり、時には戦死―轟沈することだってある。


 今のゼルテネスは全身傷だらけ―いわゆる大破状態であった。


 何時もはここまでの損傷は受けないのだが、今日の相手は些か手ごわかったため、被弾も多かった。


 身に着けていた巫女装束を模した制服は血で赤黒く染まり、身長程もあるヒヤシンス色の髪には所々に血が付き斑模様になっていた。とりあえず止血はされているようだが、正直立っているのもやっとの状態であろう。


 つまり、今の彼女は大破しかも轟沈寸前の状態なのだ。

 こんなところに立たせてないで一刻も早く入渠させるのが普通である。


 入渠は提督が許可しない限りできないのだから。


 この状態で放置するつもりならば、それはすなわち彼女―ゼルテネスを捨て艦にするかもしくは用済みとみなし解体するかのどちらかであろうが、この鎮守府では解体しない方針を取っているため、前者しかない。

 故に、電の怒りは最もであり、他の艦たちであっても同じ反応をするだろう。


 特に血の気の多い重巡や戦艦の娘たちであればゼルテネスを守ろうと殴り掛かろうとするかもしれない。


 鳳「電、か。どうした?」


 しかし、そんなことは気にも留ないような感じで鳳は首をわずかに傾け言った。その口調はゼルテネスの時とは違い、柔らかい。

 それが余計に電の神経を逆なでした。


 電「どうした、ではないのです。なぜ、ゼルティさんを入渠させてあげないのです!」


 鳳「ドックはいま、第二艦隊が使っている」


 電の怒りなどどこ吹く風、あくまでこちらを見ずに鳳は言う。


 電「それなら、さっき北上さんが出てきたのです」


 重雷装巡洋艦北上。球磨型軽巡洋艦の三番艦にして鎮守府きっての雷撃能力をもつ艦娘であり、姉妹艦である大井とともに水雷戦隊である第二艦隊において双璧をなす存在である。

 たしか、今日はバジー島方面に出撃していたはずだったが。


 鳳「そうか。なら、入渠してこい」


 どうやら彼女の危惧は杞憂に終わったようだが、電の怒りはベクトルは別の方向にむかった。 


 そう、鳳のゼルテネスに対する態度だ。


 普段の鳳はどの艦娘にも分け隔てなく接し、きちんと相手と向き合って会話をする。

 何より誰であっても決して冷遇したりはしない。

 どうやら電は先のゼルテネスと鳳のやり取りを目撃し、彼女が冷遇されていると思ったようだった。


 電「~~~っ!。ちゃんと『眼』をみていうのです!!」


 電はもはや怒髪天を衝く状態だったが、そこは初期艦必死で耐えた。


 もし、鳳がゼルテネスを冷遇してそれを隠していたのなら初期艦としてそれを正さなければならない。

 かつて多くの鎮守府がそうだったように、正すのが遅れてしまえば他の艦娘にも危害を及ぼしかねない。


 電「司令官さん!!」 


 ほとんど掴み掛る勢いで、どこかの朝潮型よろしく電は怒鳴り散らすが、暖簾に腕押し状態で鳳はまともに取り合おうとしない。

 手に持つバインダーはミシミシと音を立て、挟んだ用紙は溢れはじめた涙でぐしゃぐしゃだ。


 ゼルテネス(まったく。あなたって人は・・・)


 やっぱりこうなったか、とゼルテネスは小さくため息をついた。

 電が自分のため果ては鎮守府のために怒ってくれるのは正直嬉しいし、それだけ彼女にとって大切な存在なのだろう。


 でも、それは同時に彼女が抱える責任感の強さからきているのも事実である。


 ゼルテネス「電。少し落ち着きなさい」


 ゼルテネスはしずかに、しかし語気を強めていった。


 電「ぜ、ゼルティさん・・・。でも――」


 ゼルテネス「いいから」


 何故か鳳ではなく自分が諫められたことに不満を言おうとする電に「いいから」と付け足しゼルティは半ば強引に会話を切った。


 正直、これは電の誤解なのだがそれを説明したところで彼女は納得しないだろう。

 それどころか、余計に怒りを買い本当に鳳に手を挙げてしまうかもしれない。

 そうなれば、彼女は上官暴行の罪で処分されてしまうだろう。それだけはさせるわけにはいかない。


 それは電にとっても彼―提督にとってもよくないことだ。


 電「・・・・了解、なのです」


 電はまだ何かを言おうとしたが渋々引き下がる。

 素直に従ったくれたことに『ごめんね』と心の中で謝罪すると、自分のせいで滞っていた彼女本来の仕事をさせることにした。


 ゼルテネス「第四艦隊。作戦完了の報告を行います」


 正直、そろそろ立っているのも限界だったが、ここまで来たら最後まで彼女に付き合おう。

 ゼルテネスの気持ちを慮ったのか電も気持ちを切り替えまたぴしりと背筋を伸ばす。


 こういう切り替えの早さは、流石彼の初期艦といったところであうおうか。


 そうした二人にの気概にようやく鳳はこちらを向く。

 齢60にしてはがっしりとしており、胸元にずらりと並んだ略式勲章は彼の今まで歩んできた幾多の功績のたまものである。

 海軍特有の錨を模した帽子から覗く白髪と刃のごとき双眼は、しっかりとゼルテネスと電を捉えており報告する電にも緊張が走る。


 電「第四艦隊旗艦 電。報告します」


 幼いながらもしっかりとした口調で報告をする電の左斜め後ろにいたゼルテネスは、ふと己に向けられた鳳の眼に僅かな―本当に注視しなければわからないような憂いがあることに気付き眉根をよせた。


 ―――あなたは、まだ後悔しているのですね。私をこのような目に合わせていることに。


 数秒逡巡したのちゼルテネスは悲壮を含んだ笑みを浮かべる。

 半年前のあの日、愛したヒトを自らの手で地獄に突き落さなければならないことに苦悩する彼に送った時と同じ笑みを。


 『提督、私は大丈夫です。大丈夫ですから』




第二章




 電「まったく、司令官さんももっと気遣いというものを持ってほしいものです」


 言って電はむくれっ面のままスプーンにすくった白玉を頬張る。


 報告の後ようやく入渠を終えたゼルテネスは、作戦後の休憩も兼ねて甘味処『間宮』にて甘味―ちなみに、電は間宮特性白玉あんみつアイスクリーム乗せ。ゼルテネスはバニラアイスである―を食べていた。


 『間宮』はその名のとおり給糧艦間宮の切り盛りする店で、そこで提供される甘味は、艦娘達の疲労を癒し戦意を向上させる。

 また、間宮では頼めば甘味だけでなく普通の定食も作ってくれるので、食堂でなくここで食事を摂る艦娘も少なくない。


 何時もなら他の艦娘達で賑わっているのだが、今は珍しくゼルテネスと電しかいない。


 電「ゼルティさんも、ああいう時は司令官さんにビシッと言ったほうが良いと思うのです」


  結局、入渠を終えた後ゼルテネスは怒り収まらぬ電に事情を話し、提督には非がないことを伝えた。

 事情を聴いた電は「ゼルティさんがそれで良いのなら、仕方がないのです」と不満はあれど一様納得し拳を収めてくれたが、今度は彼に対しての愚痴を延々と語り始めたのだった。

 

 電『まず、入渠させてから話をするのです』

 

 手に持ったスプーンを指揮棒よろしくゼルテネスに向け電は言った。

 微妙に声を低くしたのはおそらく自分の声を真似しようとしたためであろう。


 ゼルテネス「ぷっ。ふふ…」

 

 声は似ているが口調はそのままなので、なんとも滑稽に思えてしまってゼルテネスは思わず吹き出してしてしまった。


 電「あゝ、笑ったのです。ひどいのです」

 

 ぷーっと両頬を膨らませる電にゼルテネスは笑いを堪えながら「ごめんなさい」と口元に手を添えながら言った。


 ゼルテネス「いきなりいつもの口調で私の声真似するから、可笑しくって」


 電「なっ!?もう、ゼルティさんは意地悪なのです」

  

 言われて気付いたのか電は顔を真っ赤にしながら白玉を再び頬張る。

 それを、ゼルテネスはまるで娘を慈しむような眼で見つめた。


 ―――こんな時間もたまには悪くない。


 数年前―私が建造された時は誰かと穏やかに過ごしたり、心配されるなんて考えもしなかった。


 電「そういえばゼルティさん。この後は、また出撃なのですか?」

 

 ようやく機嫌直したらく電はいつもの感じで言った。

 

ゼルテネス「うん。夜に輸送船団護衛のために出撃するわ」 

 

 カチャンっとスプーンの落ちる音が響く。

 見ると電の顔が真っ青に変わっていた。


 ゼルテネス「電…?」

 

  電「船団…護衛…」

 

 まるで何かに怯えるようにかのように『船団護衛』という単語をつぶやく電を見やり、ゼルテネスはしまったと己の軽薄さを悔やんだ。

 四年前、突如現れた謎の生命体深海棲艦―便宜上人間たちがそう呼んでいるだけで本当の名前は不明である―は理由もわからぬまま人間たちに襲い掛かり瞬く間に海を蹂躙し、シーレーンを破壊し世界を分断した。


 以来、海上は艦娘の護衛なしでは航行できなくなり、世界の物流は厳しく制限された。

 現在、海上を船が航行するには必ず艦娘達が護衛艦として付き添うことになっており、電も何度か経験したことがある。


 ゼルテネス「電、そんな顔しないで。必ずみんな無事に帰ってくるから」

 

 まるで死地に仲間を送り出すかのような顔をする電に、ゼルテネスはやんわりと微笑み彼女の頭をなでる。


 自衛手段を持たない人間たちの船舶の護衛のなかで、輸送船の護衛は最大の難易度を誇っていた。

 輸送船はその用途上、自分達よりはるかに大きな体躯を持ちながらその装甲は紙のように脆く、航行速度も13~15ノットがやっとだ。

 そんな、動く的のごとき船団を何十隻も引き連れて戦場を横断するなど、自殺行為の何物でもない。

 初期艦であった電も、多くの戦友をこの任務で失っており、電自身も心に消えない傷を負っていた。


 電「でも、五月雨ちゃんや白露ちゃん。涼風ちゃん、村雨ちゃん、千歳さん千代田さん、伊勢さんや日向さんだって、みんな、みんな・・・」

 

 沈んでしまったかつての仲間の名を呼びながら電は嗚咽を上げる。


 物資輸送の重要性は電もよく理解している。

 特に、一年前の敗退以降はますます海上の往来が厳しくなり、物資の確保は死活問題になっていた。

 今も、この海のどこかで同胞たちが自分の命と引き換えに船団を守護しているのだろう。


 戦争である以上、軍属である以上、自分も彼女たちも何時かは死ぬ。


 ある日突然自分の隣にいた誰かが敵弾に倒れる。

 それは、戦火の中では至極当然のことであり戦場の日常であった。


 分かっている。分かっているのだ。


 でも――


 ゼルテネス「大丈夫。私が出撃する以上、誰一人として轟沈させないから。絶対に、させないから」

 

 いつしか電の隣に座ったゼルテネスは、泣きじゃくる電を抱き締め背中を優しくさする。


 電「う、うう・・・、うわぁぁぁぁ~~~~・・・・」

 

 やがて嗚咽は慟哭に変わり、ゼルテネスは電が今まで抱えてきたものの重さを改めて実感することになった。


 ―――この娘は優しい。否、優しすぎる。


 何時か、電に自分の信念はないかと問うた時彼女は『たとえ、敵であったも救える命ならば救いたい』と答えた。

 

 私はあの時、戦時中に掲げる旗としてはあまりに甘く重いものだと思った。

 そして、同時に私と出会ったことでその掲げた旗に彼女が押し潰されてしまうのではないかと心配にもなった。

 私(ゼルテネス)が出撃(で)る以上、輸送船団の護衛は100パーセント成功する。

 私はそのために建造され、力を与えられた。

 でも、その能力(ちから)は電の掲げる信念を傷付けることになるだろう。


 そして、私の正体を知ったとき彼女はきっと私を許しはしないだろう。


 ゼルテネス(電ごめんなさい。本当に、ごめんなさい) 


 今頃になって電と出会ったことを後悔しながら、ゼルテネスは彼女が泣き止むまで抱き締め背中をさすり続けたたのだった。 


 


第三章




 電「ありがとう・・・なのです」


  溜まってたものをようやく吐き出した電は、泣き腫らした目じりで笑顔を作りそう言った。

 どのくらい泣いていたのだろう。青かった空は、今や薄い茜色に染まっていた。


 電「ごめんなさいなのです。服汚しちゃったのです」


 子犬のごとくシュンとうなだれる電に、ゼルテネスは「気にしないで」といった。


 ゼルテネス「確かにちょっと冷たいけど、でもおかげで電のかわいい泣き顔を見れたし。これはこれで、ね」


 電「もう、ゼルティさん今日は本当に意地悪なのです」 


 からかうように言うゼルテネスに、電は今日二度目のふくれっ面をうかべる。

 が、すぐに笑顔になり二人で笑いあった。


 ゼルテネス「アイス、とけちゃったね」


 食べかけのアイスを見やり言ったゼルテネスに電は「なのです」と応える。

 特に、電のあんみつに添えられたいた方は辺り一面を白く浸食しており、酷いありさまだ。


 ゼルテネス「もっかい頼もうか」


 電「え、でも――」


 自分にそんな余裕はないと言おうとする電に、ゼルテネスは「大丈夫、奢るよ」といった。


 電「そんなっ!?悪いのです」


 ゼルテネス「いいから。いいから」


 言って、ゼルテネスは注文を取ろうと店の奥に控えている間宮を呼ぼうとした。


 その時だった。


 「やあ~。いなづま、ゼルティ」


 突然店の入り口からぷーんと酒のにおいとともに少女の声がし、二人はそちらを向く


 電「ひび、ヴェルお姉ちゃん」


 ゼルテネス「Верный」


 ヴェル「やあ~、二人とも~。Ќак живёте?(元気かい?)」


 言って少女―ヴェールヌイは、少々おぼつかない足取りでゼルテネスの向かい側にどかりと座った。

 刹那、ふわりと広がった銀髪から硝煙と潮のにおいが鼻孔をくすぐる。


 ゼルテネス「ヴェル、あなたは今日どこまで?」


 ゼルテネスの言葉に、彼女は制服のポケットから未開封のウォッカボトルを取り出し躊躇なく口をつける。

 そして一言「юг(みなみ)」とだけ応えた。


 南方海域。

 四年前の開戦以降たびたび大規模な海戦が繰り広げられてきた海域であり、開戦直後に深海棲艦によって國土を追われた大國アメリカが残存兵力を置き実質支配していた海域である。


 ヴェル「朝、南方海域の泊地の一つから救援要請を受けて川内さん達と一緒に出撃したんだ。でも、着いたときには、もう…」


 言ってヴェールヌイは、度数の強そうなウォッカをグビリとあおる。


 初戦で大敗を期した彼の國は、敗走の末その海域にあるガダルカナル島に仮の鎮守府を建設し、反撃を試みた。


 深海棲艦は、どういうわけか既存の兵器はおろか核兵器ですらも傷一つつけることができず、その体に楔を打ち込むことができるのは深海棲艦の出現からから少しあと、ある一人の海軍将校が体長10センチにも満たない『小さなヒト』を発見により誕生した新たなる存在『艦娘』による攻撃のみ。

 自らを『妖精』と名乗ったその何者かはその手にもつ物体―後に開発資材と名付けられる―を使って船舶に宿る魂―『船魄(センパク)』を呼び降ろし鋼材などの資源を血肉とした人の形を持った人ならざる者『艦娘』を創り上げた。


 妖精の手により創造された艦娘達は、その体躯に纏った装備『艤装』により深海棲艦の肉体を文字通り引き裂き、骨を砕き、水底へと沈めた。


 当時、日本にしか存在しなかった妖精による艦娘の創造技術は次にドイツを経由しEUそして、アメリカへと渡り各國はそれらの技術を独自に発展させ艦娘たちを建造、三年に及ぶ戦いの末人類は深海棲艦から多くの海域を奪取することに成功した。


 だが、その威勢もあの日以来、過去の物となって久しい。


 ヴェル「信じられないよ。あの大戦で私たちをあれほど苦しめた國が、今やこんな有様だなんて」


 悔しがるように言って、ヴェールヌイはクピクピと更にウォッカをあおる。

 未開封であったウォッカは今やほとんど無くなっており、喋るたびに口から酒の匂いが漂っていた。


 電「ヴェルお姉ちゃん。その、あまり飲みすぎるのは」


 流石にまずいと思ったのか、電はおずおずと諫めるようにいう。

 一応、この鎮守府では休憩時間であれば自己責任で飲酒喫煙が認められているが、その様子では任務に支障が出兼ねない。


 ヴェル「別にいいじゃないか。今は休憩時間なんだし。それに次またこうして飲めるかわかんないんだ」


 電の制止を無視してヴェールヌイは、残りわずかになったウォッカを飲み干すとうっとりした顔で「ふわぁ~」と息を吐きだす。

 周りに濃厚なウオッカ臭が立ち込め、電は思わず両手で鼻を覆い、ゼルテネスは顔をしかめた。


 ヴェル「ほぇ~。まっらく、いまじゅまは、まらころも、なんら、から・・・」


 酔っ払いの常套句を垂れ流したヴェールヌイは、そのままテーブルに突っ伏してしまった。


 電「・・・。ヴェルお姉ちゃん?お姉ちゃんてば」


 困った表情でゆさゆさと体を揺らす電をしり目に、ヴェールヌイは気持ちよさそうに寝息を立ていた。


 電「まったくもう。しょうがないお姉ちゃんなのです」


 やれやれといった感じで、ため息をつく電にゼルテネスは「そうだね」と苦笑した。


 ゼルテネス「さて、私たちもそろそろ行こうか」


 電「なのです。えっと…」


 自分の食事代を出そうとする電に、ゼルテネスは「いいよ、私が出す」といった。


 電「そんな、悪いのです」


 ゼルテネス「気にしないで。その代わり、ヴェルを部屋までで送ってあげてくれる?」


 電「了解なのです。ありがとうなのです」

 

 言って電はぺこりとお辞儀をすると、涎をたらし始めたヴェールヌイを軽々とおんぶする。


 外見からは想像できないが電は実際はかなりの力持ちであり、成人男性ならば軽々と持ち上げられる。

 この辺りも艦娘ならではといったところか。


 電「お先に失礼するのです。間宮さん、ごちそうさまなのです」


 言って電はヴェールヌイを連れて店を後にした。

 今店にいるのは、会計中のゼルテネスと店主の間宮だけである。


 ゼルテネス「すみません。騒がしくしてしまって」


 謝罪しつつ代金を支払うゼルテネスに、間宮はにこりと笑う。


 間宮「謝る必要はありませんよ。賑やかなのはいいことだから」


 ゼルテネス「ありがとうございます。間宮さん」


 間宮「それに――」


 そう言いかけて、間宮はゼルテネスを少し悲し気な顔で見つめる。


 ゼルテネス「間宮さん?」


 間宮「それに、あの子たちと楽しそうに話しているあなたのことの見ていると、ね」


 微笑む間宮にゼルテネスは何とも言えない気持ちになり、唇をキュッと結び俯いた。


 間宮「・・・天照ちゃん?」


 目の前で俯く少女に間宮はそう呼んだ。

 あの日以来、艦娘(ひとまえ)はおろか人間達との目でさえ決して口にすることさえ憚られる悪魔の名前だった。


 ゼルテネス「すみません間宮さん。ご馳走様でした」


 それだけ言ってゼルテネスは、小走りに去っていった。


 残された間宮は、会計台の上に置かれた少し多めの食事代一瞥すると、自分の軽率さを後悔するのだった。





 第四章




 夜の帳が下りて数時間、海原は昼間とは違った様相を見せる。


 ―――この時間の海は、いつ見ても美しい。


 深海色に染まった海原に満月が映り込む様は、とても幻想的で何度見ても美しい。


 水面に立つ空母ヲ級改fiagship―以下、ヲ級と表示する―はこの水面に移る水彩画のごとき光景を見るのが好きだった。


 否、正確にはこれを美しいと感じることが好きだった。


 《深海棲艦は、艦娘と戦いそれを殺す》


 何時、誰に、そう命令されたのかれたのか分からない命令を、ただ機械的に実行する日々。

 いつか自分も、ただこの脳裏に刻まれた命令を遂行するだけの機会と化すのだろう。


 私に付き従う随伴艦(こいつら)のように。


 そうした『鬱屈』という名の感情を抱いていたとき、ヲ級はこの光景に出会った。


 その時、彼女は生まれて初めて『美しい』という感情に出会った。 


 そして、この『美しい』という感情は嘗て自分が何者であったのかを呼び覚ましてくれた。


 故に、満月の出撃は彼女にとって特別であり、かつて失ったものを思い出させてくれる大切なものだった。


 ―――今日は、その満月の下出撃する。


 戦時下の唯一の楽しみとなった月下の出撃にヲ級はいつになく心躍らせ危機と出撃した。


 だが、その出撃は、彼女にとって別の意味を持つことになった。




 ヲ級「ありえない。そんなこと、ありえない!」


 ヲ級は唐突に訪れた状況に納得が出来るわけもなく、ただ否定することしかできなかった。



 話は、10分前に遡る。


 月下の出撃に胸を躍らせていたヲ級は、進軍中に敵艦の反応を察知し、そこに向かっていた。

 編成は、自分空母ヲ級改fiagshipを旗艦に戦艦レ級一隻、重巡リ級二隻、駆逐ロ級後期型二隻。


 何時もの、起動艦隊編成である。


 ヲ級「そろそろか。カクカン、シュウイケイカイヲゲントセヨ」


 ヲ級の指示に、随伴艦は無言でうなずく。


 ヲ級(まったく、相も変わらず無機質な奴らよね)


 ガラス球のような眼で、ただ前を向き続ける随伴艦に、ヲ級は心の中でそう毒づいた。


 艦隊旗艦に随伴する味方艦娘は、こういった感情を廃された艦娘が配備されることが多い。

 これは、広大な海原を版図とする深海棲艦にとって戦力の充実化を優先させた結果であり、実際戦力的な価値で言えば当然の選択であろう。

 ただし、それは戦闘に関してのみであり、それ以外の面についてはほとんど無能に近い。


 ヲ級(暇だわ。すっごく、暇だわ)


 感情のない彼女たちは、当然無口である。


 一応声帯は存在するので、会話は出来るのだが、それは戦況報告の為あり、基本は無口である。

 元来、彼女たちは戦うためだけに造られた存在でなのだから、当然と言えば当然なのだろう。

 だが、出撃してから数時間、ただの一度も言葉のキャッチボールがないのは退屈を通り越して苦痛に感じる。

 

 ヲ級(まったく。さっさと終わらして、ゆっくりしましょ)

 

 萎える気持ちを何とか奮い立たせたところで、ヲ級たちは反応があった海域に入った。

 ここは、北方海域の北端。その目と鼻の先には我らが支配する陸地につながるAL海域が存在する。

 

 ヲ級「さて、反応があったのはこのあたりだけど。レキュウ、チカクニテキノハンノハアルカ?」

 

 随伴するレ級に、ヲ級は命令語の声音で偵察の指示を出す。


 一般に、深海棲艦は通常会話用の声音を使う標準語と、随伴艦に指示するための声音を使う命令語が存在する。

 

 深海棲艦の言語は人類と同じであるため標準語による会話は普通に聞き取れるが、命令語は発する声の周波数が人類の物とは異なるため、片言として聞こえてしまう。

 一方、随伴艦は、命令語の声音でのみ応対するため、深海棲艦が片言で会話するという認識はここからきているのかもしれない。


 レ級「シュウイニ、テキカンノハンノウナシ。ジョウクウニモ、カンサイキノ、ハンノウミトメズ」


 ヲ級「リョウカイ。ホカニハ?」


 レ級「ミカタノザンガイガ、タスウアリマス」


 残骸。レ級は一切の感情を乗せることなくそういった。

 たしかに、目を凝らすと月明かり照らされた同胞の亡骸が多数浮かんでいた。


 ヲ級「カズハ?」


 レ級「セイカクニハワカリマセンガ、30セキイジョウハイルカト」


 30隻。その数はこの海域にいたすべての味方艦の総数だった。

 焦るそぶりもなく淡々と応えるレ級とは対照的に、ヲ級の額からは一筋の汗が流れていた。 

 これだけの数を相手取るなら、敵は6隻ないしは連合艦隊規模の艦隊である可能性があるからだ。


 ヲ級(どうしよう。増援を呼ぶべきかな)


 敵艦の反応がないのは、恐らく消費した燃料弾薬の補給のためか被弾した仲間の修理のためであろう。

 艦娘側に不利な夜間戦闘に、これだけの艦隊を沈めたとなれば、相手は相当の練度の持ち主。

 なら、今の戦力での勝利は限りなく低い。

 何より、艦隊が全滅している今、このままではこの海域が占領されてしまう。 


 ヲ級「レキュウ、ALハクチニ、ゾウエンヲヨウセイセヨ」


 レ級「リョウカイ」


 言ってレ級は、目を閉じる。

 深海棲艦の通信機能は、頭に埋め込まれた極小の通信機を介して行われる。

 脳波を機械により一時的に増幅し電波として送信するさまは、昔読んだオカルト雑誌に載っていたテレパシーの様であった。


 ヲ級「さて、援軍がつくまでの間奴らが来ないことを祈るばかりね」


 そう独り言ちて、ヲ級は報告までの間、他の随伴艦には周囲警戒を命じる。


 随伴艦は、基本無口であるが報告はすぐによこす。


 特に、艦隊本部への報告は「する」と言ってから一分とかからずに終わるので、本当に報告したのかと思いたくなるくらい早い。

 しかし、今のレ級はいまだに報告を行っているようである。


 ヲ級「ドウシタ、マダオワラナイノカ」


 なんとなく嫌な予感がしたヲ級はレ級に問う。


 レ級「モウシワケアリマセン。サキホドカラALヒトクハクチカラノ、オウトウガナイノデス」


 ヲ級「えっ・・・。いまなんて・・・」


 思わず、標準語で言ったヲ級にレ級は今の報告をもう一度繰り返す。


 レ級「ALヒトクハクチカラノ、オウトウナシ」


 ヲ級(なんですって・・・!?)


 馬鹿な、とヲ級はレ級の言葉を否定した。


 AL秘匿泊地は深海棲艦の所有する泊地の中でも最大の秘匿力をほこる。

 周囲を光学迷彩とECMで覆ったその泊地は、一年前の大戦時において、敵艦隊が唯一見つけることが出来なかった泊地であり、そこに駐留する艦隊も大戦を生き残った古強者たちである。


 ―――まさか、壊滅した?


 ヲ級「いえ。もしかしたら、通信機の不調かなんかで偶々出れないだけかもしれない」


 愚かな考えだというのは百も承知。

 しかし、そうでも思わなければこの得体のしれない恐怖に押しつぶされてしまう。

 だから、この時ヲ級はまだ自分がミスを犯したことに気付いていなかった。


 そして、それを彼女はその身をもって知ることになる。


 リ級「キカンヲキュウ。ゼンポウヨリ、ナニカキコエマス」


 周囲警戒に当たっていた重巡リ級の一隻より報告が入り、ヲ級は現実に引き戻された。


 ヲ級「ナニ、トハ?」


 問うたヲ級に、リ級は曖昧な答えを返す。


 リ級「ナントイウカ。ミミナリノヨウナ、クウヲキルヨウナ」


 要領を得ないリ級をしり目にヲ級も耳を澄ます。

 確かに、何か聞こえる。


 キーン


 この音は、いったい。


 キーン


 近づいて来る。


 キィーン


 音は次第に大きくなり次第にその音の主が見え始める。


 キィ――ン


 ヲ級(あれは、なに?)

 

 夜空を海面すれすれに飛翔する奇妙な物体。

 白く細長いその円筒状の物体は、船尾を赤々と燃やし、こちらを目指し突っ込んでくる。


 ―――あれは、まさか!? 


 ヲ級「全艦、全力回――」


 皆まで言う前に、それはまるでリ級が見えているかのように彼女の心臓(きかんぶ)に寸分の狂いなく突き刺さった。


 ゴキン


 リ級「ガッ―――ッ」


 何か砕けるような音が響いたのも刹那、それは爆ぜ、リ級を紅蓮の炎で焼き付くした。

 

 ヲ級「り、リ級・・・?」


 目の前で起きた光景に、ヲ級は頭の処理が追い付かなかった。

 消えた。そういう他なかった。

 飛んできたそれは、リ級の船体(からだ)のただの一つも残すことなく焼き尽くしたのだ。


 レ級「っ。マタ、アノオトガ」


 そばにいたレ級が、無い筈の感情をわずかに滲ませいう。


 ヲ級「え?」


 リ級の突然消失に呆然とするヲ級たち目掛け、またあの音が響く。


 キィーーン。


 ヲ級「くっ。全艦迎撃開始、撃ち落とせ!」


 ほとんど泣きながら、ヲ級は思わず標準語で残りの随伴艦達を怒鳴り散らした。

 だが、彼女たちはどうしてよいか分からず、おどおどするばかりである。 

 そう、随伴艦は命令語で命令しないと行動できないのだ。


 ヲ級(ち、なんて様なの) 


 ヲ級は周囲で右往左往する味方を苦虫を噛み潰したような目で見つめた。


 こういう時、彼女たち随伴艦は憐れだった。

 もし、彼女たちにヲ級と同じ意思があればこうはならなかっただろうに。


 ヲ級「ゼンカン。ゼンポウヨリ、ヒライスルブッタイヲ、ゲイゲキセヨ」


 命令語で再度命令され、ようやく彼女たちは攻撃を開始する。

 数発に一発の割合で仕込まれた曳光弾が、夜の海面すれすれを滑るように迫りくる死神をまばゆく照らし出す。


 ヲ級「ちくしょう。当たれ、あたれぇ!」


 ヲ級もなけなしの対空火器で応戦する。

 レ級の16インチ砲が、リ級の8インチ砲が、ロ級後期型の5インチ砲が海面を叩き、25ミリ機銃の曳光弾が飛翔体を撃墜せんと襲い掛かる。


 だが、被雷する「それ」は彼女らの抵抗をあざ笑うかのように悠々とそれらをすり抜け、迫る。 


 ヲ級「何故。何故落ちない!?」


 どういう原理なのか、その飛翔体はまるで眼でもついているかの様に飛んでくる砲弾を巧みに躱し、獲物を喰らう。


 ゴキン


 リ級「カッ―――ッ」 


 飛来したそれは、先のリ級の時と同様にもう一隻のリ級を消し飛ばす。

 ただ、二度にわたる襲撃によって、ヲ級は飛んでくる飛翔体(それ)の一つの正体に行き着いた。


 ヲ級(やはり、あれは飛翔魚雷だ) 


 飛翔魚雷は、深海棲艦が人間たちの兵器の一つである誘導弾―つまりミサイルをもとに開発された新兵器の一つである。

 制作場所の特徴状、専用の特殊潜航艇に積載した上で運用する必要があるものの、艦娘側の甲標的が搭載できる艦種が限られているのに対し、こちらは駆逐艦を除くあらゆる艦種が搭載できるメリットがある。


 先の大戦の折、何隻かが鹵獲されたが不採用に終わったと小耳にはさんだが、まさか実用化されたのだろうか。


 ヲ級「ゼンカン、リンケイジンヲテンカイ」

 

 ヲ級の命令により残存する従属艦が一斉に彼女を囲むように周りに集まる。


 ヲ級「航空機隊。全機発艦用意」


 ここにきてヲ級は、ようやく艦載機をだした。

 本来空母は夜間に航空機を出すことはできないが、彼女たち深海棲艦は元々住んでるところがその名のとおり『深海』であるため これくらいの暗さなら問題なく運用できた。


 ヲ級「そろそろ、反撃よ」


 ヲ級は手に持った杖を前方に向ける。

 直後、杖の先端が青白く光りはじめ、さらに、頭にかぶったクラゲのような格納庫の所々が赤く発光し始める。

 それを合図に、周囲に拳大程の火の玉が30個ほど現れる。


 ヲ級「全艦載機、発進!」


 ヲ級の号令とともに放たれた30個もの火の玉は、その姿を動物の頭蓋骨のような形態―新型艦載機へと姿を変え、夜陰の空へと消えていく。


 飛翔魚雷搭載艦の航続距離はおよそ20キロメートルと短いため、艦娘の艤装に懸架される形で前線へと輸送され、発進し攻撃する。

 つまり、発進する前にその母艦ごと破壊してしまいば良いのだ。


 ヲ級「第二攻撃隊、全機発艦!」


 ヲ級はさらに20機の直援機を発艦させる。


 これは、すでに発進した搭載艦を警戒してのものだが、その発進した搭載艦をけん制する狙いもあった。


 飛翔魚雷搭載艦には、発射管が船体中央に垂直に搭載されており、発射時には海面に発射口を露出させる必要がある。

 つまり、浮上するわけだが、そうなれば敵にこちらの位置を知らせることになる訳で、潜航艇の妖精たちが潜水艦乗りの常識を知っているのなら、艦載機が哨戒している中で浮上するなどどいう愚行は起こさないだろう。 


 ヲ級「さて、鬼がでるか。蛇が出るか」


 夜空をしきりに旋回し続ける直援機と放った攻撃隊を見上げつつ、ヲ級はつぶやいた。

 己の艦載機で取り合えず飛翔魚雷は何とかなるだろう。


 となれば、問題はAL秘匿泊地と艦隊を沈めた敵の艦隊である。


 どれだけの規模の艦隊がいるのか、艦種はどうなのか。

 それさえ分かればこの状況を打破できるかもしれない。

 

 随伴艦を率いる艦隊には万が一に備えて旗艦にだけ使用することを許された搦め手がある。

 これは、随伴艦には感情が存在しないが故に使用できるものではあるが、ヲ級はできればこれを使いたくなかった。

 いくらやむを得ないこととはいえ、仲間を盾にするなど反吐が出る行為だ。


 とにかく、情報がほしい。

 この胸のうちに渦巻く疑問全てに答を与えてくれるような情報が。


 艦載機の通信が入ったのは、ヲ級がそんな不毛な自問を繰り広げていたときだった。


 妖精『敵艦ミユ』


 ヲ級「よくやったわ。それで、規模は?艦種は?」


 艦載機の報告にヲ級は、標準語で対応してしまった。

 通常、乗艦している妖精達にも命令語で会話せよとされているのだが、この情報でこの艦隊の未来が決まるのだ。

 そんな規則、今は関係ない。


 妖精『エット・・・。敵は、一隻だけです』


 その妖精はヲ級の発した声音に、何故か少々戸惑い気味に答えた。


 ヲ級「え?」


 いま、なんて言った。


 妖精『発見した敵艦は、一隻だけです。他は見当たりません』


 ヲ級「そんなわけないでしょ。よく探しなさい!」


 ヲ級は、あまりに現実からかけ離れているとしか思えない報告に思わず声を荒げる。

 何を馬鹿なことを言っているのか。

 30隻以上の味方を葬り、泊地を破壊したのだ艦艇が、たったの一隻だと。


 だが、さらに別の艦載機からも同様の報告が時入る。


 妖精14『敵艦、いまだ発見できず』


 妖精25『こちら、いまだ飛翔魚雷搭載機の発見かなわず』


 妖精30『こちら直援隊。いまだ何も発見できず』


 次々に届く敵艦隊及び飛翔魚雷搭載艦の未発見の報告。

 こうなってしまっては、さすがのヲ級も認めるしかなった。

 艦隊撃破と秘匿泊地の破壊。そして、我々を攻撃したのは間違いなくその発見した艦娘の仕業であろう。


 ―――だとしたら、どうやって?


 艦載機からの報告によればここら奴までの距離は80キロメートル以上離れている。

 対して、レ級の主砲の最大射程は約38キロメートル。あの、大和型でさえ42キロメートルがやっとである。

 飛翔魚雷は最大射程1000キロメートルの物も存在するらしいが、まだ試作段階で実戦配備はされていないはず。

 

 ―――なら、あそこにいる艦娘は一体誰なの? 


 航空機の援護もなく、夜間の視界低下をものともせず、重巡をただの一撃で轟沈させる飛翔魚雷もつ艦娘など存在するはずが―――


 ヲ級「艦載機、奴の艦影はわかる?」


 せめて、そいつの顔だけでも拝んでおこう、そう思ったヲ級は艦載機に艦影を確認させる。


 夜間であるため確認するためには昼間以上に接近する必要がある。

 それだけ、彼らが撃墜される危険性が増すことになるが、あちらは何時でもこちらを攻撃出来るのだから今更構うつもりはなかった。


 死ぬ前に、おまえの顔をこの目に焼き付けてやる。

 そして、お前のことをみんなに知らせてやる。


 妖精18『艦載機妖精より母艦ヲ級へ、敵艦を肉眼で確認。・・・っこ、これは!?』


 艦載機妖精が驚愕したような声を上げる。

 普段彼女らがこんな声を上げることはまず無い為、ヲ級もまた驚いてしまった。


 ヲ級「どうしたの。何かあったの!?」


 妖精18『艦影は正規空母のようです。弓を持っているので矢じり型かと思われます。さらに、円筒状の物を船体中に着けています。そして、飛行甲板を両側に着けています』


 ヲ級「りょ、両側に飛行甲板、ですって・・・」 


 艦載機妖精からの報告はヲ級を驚愕させるのに十分なものであった。


 空母艦娘は、通常飛行甲板を一つしか持たない。

 それは、彼女たちの前世―艦船の常識上飛行甲板は一つしかないからだ。

 だが、この現世にはその一つしか無い筈のモノを二つ持つ者がいる。


 そんな特異な艦娘をヲ級は一人しか知らない。


 ヲ級「強襲揚陸艦天照」


 なんで彼女が、ここに。

 確か天照は人間たちの反抗作戦の時、消息不明になったはず。まさか、幽霊船?


 『こんばんわ。深海棲艦の皆さん』


 動揺するヲ級の通信機に、当然聞き覚えのある少女の声が届く。


 ヲ級「・・・あま、てらす・・・」

 

 その幼くも凛とした声音にヲ級は確信を持つことになった。

 同時に、ヲ級は己の持つ因果に感謝することにした。

 聞き間違うはずもない。

 この声は戦場で散々聞いた声だからだ。


 そう、彼女は―天照は帰ってきたのだ。


ヲ級「天照。本当にあなたなの」 


 天照『その声。蒼月ね、久しぶり』


 蒼月。その名で呼ばれるのは一年ぶりだろうか。


 『夜の空。水面に移る蒼き月。その名は蒼月』


 一年前のあの日、夜の海原で彼女は名前を失った私にそう名付けてくれた。

 たしか、あの時もこんな月の夜だったか。


 天照『ごめんなさい。まさか、あなただとは気づかなくって』


 轟沈したリ級のことを言っているのだろう、天照は申し訳なさそうにいう。

 無理もない。あの時の私達は、まだ敵同士だったのだから。


 ヲ級→蒼月「しょうがないわよ。一年ぶりだし、あの時はまだお互い敵同士だったからね」


 戦時下である以上、死んだ彼女たちについては仕方がない。

 深海棲艦側も色々変わってきた。そう色々、変わったのだ。


 天照『ありがとう、蒼月。ところで、あなた何時明星艦になったの?』


 【明星艦】


 それは、深海棲艦となった艦娘たちが再び人類の御旗の下へと帰還する者の事であった。


 深海棲艦が出現して四年、いつ終わるとも分からない闘争の中である一つの出来事が起こった。

 何時のころだったか、ある日、深海棲艦の中で離反し人間側につくものが現れたのだ。

 彼女たちは皆一様にある言葉を言った。


 ―――私たちは、無くしたものを取り戻した。  


 それは、記憶であり、大切な人ととの約束だであったりと様々であるが、ただ一つ彼女たちは自身の名前を思い出せないことが少なからずあった。


 自身の記憶につながるもの―例えばケッコンカッコカリの指輪とか―があれば良いのだが、それがないときは新しく名前を付けてもらうことが多かった。


 蒼月もそんなうちの一人であった。


 ちなみに、明星艦というのはある堕天使を象徴する星からきているらしい。


 その者は嘗て大天使の一人であったのだが、ある日人間たちを救うため自らの地位を捨て人間たちとともにかつての仲間と戦ったらしい。

 その言い伝えが、今の自分たちと似ているからだということでこう呼ばれるのだそうだ。


 蒼月「私がそうなったのは、ついこの間よ」


 なるほど、と天照は納得した。

 明星艦となった艦には誤射防止のため識別信号が味方の色になることになっている。

 ただし、いくら味方になったといっても元は敵同士。

 つい昨日まで殺し合いをした相手がいきなり味方になるのはどうしても抵抗がある。


 そう言った感情論故にすぐに識別信号が変わることはなく、蒼月たちの様に信号がまだ敵の色になっていることも多々あった。


 最も、そのおかげで色々と小細工がだきるのだが。


 蒼月「天照。確認したいことがあるのだけれど」


 天照『なに?』


 蒼月「これは、貴方がやったの?」


 本当は久しぶりの再会を喜びたかったのだが、これだけは確認しなければならない。


 いくら、明星艦になったと言っても元は深海棲艦。

 元同胞の死を悼んだり、遺憾の意を持ったりする心はいまだ持ち合わせていた。


 故に、この海域の味方―否、深海棲艦を殲滅させ尚且つ秘匿泊地を壊滅せしめたのは本当に天照なのか、その真意を問う必要があった。


 天照『蒼月。作戦上、あなたの質問にはあまり応えられないけど、いいかしら』


 申し訳なさそうに言う天照に、蒼月は「いいわよ」と応じる。


 天照『私がここに来たのは、本國へ物資を輸送する船団の護衛のためよ』


 北の大國ロシア連邦から出港する総勢20隻の輸送艦を無事本國へ到着させるのが天照たちの任務だった。

 今回、天照は先発して輸送船が通る航路上の敵艦隊の掃討の役割を任され、ここに来た。


 船団本体には、先ほど掃討完了の報告をいれといたのでもうじき船団がここを通ることになるだろうが、天照には一つ気がかりなことがあった。


 天照『私がここに来たとき、ここの艦隊はすでに何者かの手で倒されていたのよ』


 蒼月「え。それ、どういうこと」


 天照『これは私の推測だけど。おそらく、殺ったのはAL泊地の連中でしょうね』


 馬鹿な、と蒼月は天照の推測を否定した。否、否定しようとした。

 AL秘匿泊地を守護する北方棲姫は、まだ幼いが仲間思いの娘だ。

 まさか、あの娘が仲間を沈めるなんてマネするわけがない。


 でも、天照の言葉を信じるなら該当するのは彼女しかいない。


 しかし――


 蒼月「ありえない。そんなこと、ありえない!」 


 蒼月は、納得が出来るわけもなく、ただ否定することしかできなかった。

 自分の中にある北方棲姫と、今回の大量虐殺をした彼女とがどうしてもかみあわないのだ。

 だから、もしかしたら天照が嘘をついているではないか。そんな、邪推さえした。


 蒼月「天照。あなた――」


 皆までいう前に、蒼月の持つもう一つの通信機―緊急用の通信機がけたたましく鳴り響く。

 と、同時に天照側も来たのか通信機越しに緊急通信の音が聞こえる。


 蒼月「はい、こちら空母ヲ級」


 蒼月のは、壊滅したと思っていたAL泊地からだった。


 天照『はい、こちら強襲揚陸艦天照』


 天照のは、横須賀からだった。

 そして、この陣営の異なる二つの通信は全く同じ言葉を謳った


 『発、艦隊司令部。作戦行動中の全艦艇は現作戦を中断し横須賀鎮守府近海に急行。同海域の味方艦隊を救援せよ』





第五章




 ヴェル「定時連絡。現在、北方泊地海域を毎時13ノットで航行中。周囲に敵影なし、電探にも反応を認めず」


 手にした通信機をシーバーからレシーバーに変えると、マイクから20代前後の女性の声で『了解。引き続き護衛を続行してください』と応答が聞こえる。


 軽巡洋艦大淀の声だ。

 彼女は艦船時連合艦隊の旗艦を務めており、その後艦娘として転生して以降鳳の秘書艦を務めていた。


 ヴェル「了解。Верный 引き続き任務を続行する。通信終わり」


 通信を終えたヴェールヌイは、備え付けの椅子に体を預けハァと大きく息を吐いた。


 彼女がいまいるのは、特殊任務艦『ほうらい』の第一艦橋の通信席で、その右隣り―丁度艦橋の窓あるところには、此度の船団護衛の旗艦である駆逐艦吹雪が窓に映る水平線を睨み付けている。

 さらに、その傍らには吹雪の姉妹艦である白雪が神妙な顔つきで舵輪を握っている。


 ―――『艦』である艦娘が『船』を操舵しているとはなんとも妙な光景だ。

 

 そう独りごちて、ヴェールヌイは改めて艦橋を見渡した。


 おおすみ型四番艦ほうらい型特殊任務艦一番艦『ほうらい』

 

 深海棲艦の襲来以降、無用の長物と化していたおおすみ型輸送艦を、艦娘専用の輸送艦に近代化改修した特殊輸送艦である。


 主な任務は艦娘達の作戦海域までの移動手段であるが、内部には艤装整備用の工廠並びに入渠ドックを一基完備している他、後方には艦娘の出撃用に改良されたウェルドックも備わっている。


 また、ほうらいは輸送艦でありながら12.7cm連装高角砲4門と25mm三連装機銃10門で武装されている。


 この兵装は艦娘と同じように深海棲艦に打撃を与えることが出来る様に妖精たちの手で改良―操作も彼女達が行う―が施されており、さながら輸送艦というよりは移動要塞といった感じの艦となっていた。


 吹雪「ヴェルちゃん。そろそろ、交代の時間なので三日月ちゃんと不知火ちゃんを呼んできてください。白雪ちゃんも」


 言って吹雪は、ヴェールヌイの方次いで白雪の方を見て休憩を促す。


 艦橋勤務は2時間ごとに交代すると事前に決めていたが、なるほど確かにそろそろ交代の時間だ、とヴェールヌイは思った。


 ただ、それは旗艦である吹雪にも言えることなのだが。


 白雪「私はさっき休憩したから、吹雪ちゃん行ってきて」


 吹雪「えっ。いいよ、私は別に――」


 言って両手で遠慮するような仕草をする吹雪に、白雪は「駄目です」とぴしゃりと言い放つ。


 白雪「だって、吹雪ちゃん港を出てから私たちばかりに休憩を取らせて自分は一度も休憩を取ってないでしょ。いくら旗艦とはいえ、少しくらいは休まないと体に悪いよ」


 吹雪「うぅ、分かりました・・・。お休みします」


 妹に論破されてしゅんとうな垂れるれる吹雪を見て、ヴェールヌイはクスリと口元をほころばせる。


 まるで、あの時の誰かさんみたいだ。そう、あの時の、私の――


 『うぅ。もう、解ったわよ。レディはきちんと過ちは認めるべきよね』


 一瞬、目の前の吹雪たちと自身の姉とが重なり、ヴェールヌイははっとした様に頭を振った。


 何をしているのだ私は、こんな時に懐古(カイコ)の情に捕らわれてしまうとは。

 今更女々しいにもほどがある。


 白雪「ヴェルちゃん?」


 白雪が心配そうな顔でこちらを見つめてくる。

 どうやら、知らないうちにずっと彼女たちを見つめていたらしい。


 ヴェル「すまない。ちょっと昔を思い出してしまってね」

 

 実際、言うほど昔いうわけでもないのだがその場を取り繕うだけの言葉がそれしか思いつかず、ヴェールヌイは帽子を目深にかぶる。


 いつのころか癖になった、自分の心を探られたくない時にする仕草。

 悪癖だと自覚はしているものの、辞めることはできなかった。 


 だって、こうすれば女々しい自分の顔も、吹雪と白雪の泣きしそうな顔も見なくてすむのだから。


 ヴェル「三日月と不知火を呼んでくるね」


 言ってヴェールヌイは二人の返答も聞かずに艦橋を後にする。

 出ていく直前、吹雪が何か言ったようだったがあえて聞かなったことにした。


 ―――だって、自分には謝られる資格なんてないのだから。



 


 第六章




 艦娘は、一般に通常の重火器では死傷することはないとされている。

 

 これは、艦娘がまだ世間に知れ渡っていない時に大本営が民間に流布した一種の宣伝の一つであったが、実際、艦娘達も重火器を長時間受け続ければ怪我もするし最悪死亡してしまう。

 

 これは、艦娘が核である『船魄』に内包されている生命力によって肉体を維持しているためであり、これが無くなると艦娘たちは死亡―艦娘の言葉で轟沈と呼ばれている―し、船魄は艦娘だった時の記憶をすべて失い現世から消滅してしまう。 


 それを防ぐために、彼女たちは入渠―艦娘の体を構成する成分を溶かし込んだ特殊な液体を満たした浴槽に身を浸すことによって船魄の生命力を回復させるわけだが、艦娘たちの入渠にはもう一つの理由がある。


 そう、彼女たちの宿敵、深海棲艦そのものだ。


 元々、艦娘たちはこの異形の存在と戦うために生み出されたのだが、皮肉なことにこの深海棲艦こそが彼女達にとって最大の天敵であった。


 深海棲艦の放つ砲弾は艦娘たちの肉体を艤装もろとも破壊するだけの威力も持っているが、それに加えてその弾頭には船魄と肉体との結合を阻害する一種の呪いのようなものも含まれていた。


 艦娘たちはこれを『呪染(じゅせん)』と呼び恐れた。


 呪染を受け続けばどうなるのか彼女達にも分からず、これを浄化するには入渠するしか方法がない。

 故に、彼女達にとって入渠は傷を癒すだけでなく、穢された己が魂を浄化する意味も含まれていた。

 

 ――ただし、物事には必ずと言って良いほど例外が存在する。



 

 『ねぇ響姉ぇ。どうして暁姉は起きてくれないのかな?』


 三日月たちを呼びに行く道すがら、ヴェールヌイの脳裏にあの時聞いた雷の言葉と憔悴しきった顔が脳裏によみがえり、ヴェルの心を容赦なく締め付けた。


 ヴェル「雷・・・。っ」


 その苦しみを紛らわせようとして、ヴェールヌイはぎりりと奥歯を鳴らし壁を力任せに殴りつけた。


ゴツン


 鈍い音が通路内に響き渡る。


 数秒遅れて、ヴェールヌイの拳からはズキズキと痛みが伝わってきた。

 どうやら血が出るくらいに殴ってしまったらしく、壁に打ち付けた拳からは赤い血がしたたり落ちていた。


 ヴェル「姉さん。私は・・・」


 体に響く痛覚が、ヴェールヌイにあの日の記憶を甦らせていく。


 そう、あの日もこんな鬱屈した心持だった。


 『へっちゃらよ。だって暁はレディなんだもの』


 一年前のあの日、暁率いる第六駆逐隊はウラジオストクへの寄港中に敵艦隊の奇襲を受けた。


 出撃してから幾度となく敵との戦闘を行い、残弾もなく燃料も僅かしか残っていなかった自分たちにとって、ここへたどり着けたのは半ば奇跡のようなものだった。


 敵は、ヴェールヌイ達が補給のため湾内に入ったときに襲来した。


 せまい湾内では艦隊行動がしずらくなる。

 奴らは、その時を狙ってやってたのだった。

 眼前には、50を超す敵艦隊。対してこちらは矢尽き刀折れた、たった四人の艦隊。


 誰もが敗北を確信していた。

 天照がいない今、自分達には勝ち目はないと。


 しかし、姉さん―暁だけは違った。


 皆が絶望し俯く中、暁だけは前を向き鼓舞するように言った。


 暁『大丈夫。私たちは、きっと勝てるわ』


 普段の幼い印象など微塵も感じさせないくらい気丈にふるまう彼女に、妹たちは口々に言った。


 雷「暁姉ぇ・・・。どうして・・・」


 ヴェル「なんで、なんでそんなこと言えるのさ・・・」


 電「・・・お姉ちゃんは。怖くないのですか・・・?」


 怯える妹たちに、彼女は眩しいくらいの笑顔でいった。


 暁『へっちゃらよ。だって、暁はレディなんだもの』



 ヴェル「姉さん。雷。電・・・」


 激戦の末、ヴェールヌイたちはかろうじて勝利をおさめた。


 だが、その代償は大きかった。


 轟沈しかけるも応急修理要員のおかげで一命をとりとめた暁は、あの日以来眠ったまま目を覚まさない。

 雷は自らの艤装をどこかにしまい込み、何かに憑りつかれたかのようにずっと暁を看病し続けている。

 電は、ひとり現実を受け入れようともがき続けている。


 ―――そして、私は酒に逃げた。


 そう、あの日を境にして私たち姉妹は変わってしまった。

 

 ヴェル「・・・っ。また」

 

 ヴェールヌイは、殴りつけた掌が痙攣ていることに気付き忌々しげに顔をゆがめた。


 浴びる様に酒を飲むようになった頃から、彼女の手はこうして時折痙攣するようになった。

 この痙攣は飲酒によって収まるので、自然とヴェールヌイの酒の量は日増しに多くなっていた。

 痙攣して飲み、飲んでは痙攣しての繰り返し。さらには幻覚や幻聴の類までが起こり始め、それを抑えるためにまた飲む。


 気が付けば彼女の給料はすべてアルコールに消えていた。


 そして、ある日姉の異常を見かねた電が大淀の所に半ば連行する形で連れて来られたヴェールヌイは、大淀からとある宣告を告げられた。

 

 大淀『このまま過剰飲酒(このようなこと)を続けるのであれば、あなたは解体予備艦になるかもしれません』

 

 

 【解体予備艦】



 それは、何らかの理由によって艦娘の務めを果たされなくなった者に付けらえる一種の死刑宣告の様なものだった。


 例えば、戦闘により修復不可能な怪我を負ったもの。

 戦意を喪失したもの。

 出撃を拒んだもの等様々であるが、一度予備艦となってしまった彼女たちは船籍をはく奪され、ただ解体されるのを待つことになる。


 否、解体をしない自分の鎮守府では、解体予備艦となった艦娘はただの穀つぶしとして他の艦娘達から侮蔑の対象として扱われることとなる。


 使える余地があればどこかで使う。

 故に、【解体する】のではなく【いずれ解体するかもしれない】という意味合いを込めて、こう呼称された―「解体予備艦」、と。


 ただし、彼女たちは再び戦うことが出来るのであれば出撃することが出来るが、一度出撃した彼女たちはただの一人として帰投する事はなく、また船籍をはく奪されているため当然鎮守府の記録にはなにも残らない。


 そう、彼女たちの轟沈はさしあたり『どこかの無名艦(のらねこ)が、どこかで勝手にのたれ死んだ』こととして扱われる。


 それは、飲んだくれの自分も例外ではないはずだった。


 しかし、現に自分は解体予備艦にならずにこうして生きている。


 それは、その制度が自身に身に降りかかる前に廃止されたからであった。


 この制度は、施行されてすぐに艦娘を私物化する悪辣な提督たちの温床となってしまったため、僅か半月で廃止された。

 最も、この悪法が逆に大本営が頭を抱えていた悪辣提督の一斉摘発に一役買ったというのは何とも皮肉な話であるが、電の着任した当初はこの悪法はまだ施工されていた為、大淀の失言によって鎮守府は一時期大騒ぎとなった。


 この騒ぎは、彼女の謹慎処分で片が付き、口にしたのもヴェールヌイに対する忠告に対する例えだったということでいったんは事なきを経たが、噂では、電が司令官に土下座までしてヴェールヌイの免除を訴えたとまで言わるほどの騒ぎだったらしい。


 ヴェル「・・・こんな様なら。解体予備艦にしてくれた方がどんなに楽か」


 言ってヴェールヌイは、自身の手を見やり自嘲した。


 しばらくすれば痙攣も収まるかと我慢してみたが、どうやら自分も堕ちるところまで堕ちてしまったらしい。

 これ以上は無意味と悟ったヴェールヌイは、制服のポケットから未開封のウオッカを取り出し栓を回す。

 キリリと封が切れ、栓が2、3度回るとウオッカの匂いがちらりと鼻孔をくすぐるのと同時に、自身の酔いたいという欲望が頭の中を支配していく。


 ――また、私は逃げるのか。


 試しにそう思ってみたが、今更大して罪悪感を抱かなかった。

 それで辞められるなら、とっくに辞めてる。

 

 ヴェル(弱いな私は。本当に弱い)

 

 幻滅しながらヴェールヌイはボトルに口を近づける。


 匂いはますます強くなり、ヴェールヌイを飲酒による欲望へと誘う。

 もはや、一刻前に抱いた罪悪感も自嘲も霞んで、ただただ酔いたい、忘れたいという願望だけが彼女を支配していく。


 ―――もう、どうでも良い。


 酔ってしまおう。そうすれば、もうどうでも良くなるのだから。

 いよいよ唇は飲み口へとあと数ミリに迫り、度数の効いた液体を体内に取り込まんとヴェールヌイは口を開いた。


 その時だった。


 「作戦中に飲酒とは、感心しませんね」


 突然背後から声が聞こえ、ヴェールヌイはびくりと後ろを向いた。


 その視線の先には、ピンク色の髪を後ろで結い上げた制服姿の少女と、黒いロングヘアにちょこんとアホ毛を立たせたセーラー服の少女がこちらを見つめていた。

 とくに、ピンクの髪の方は凄まじいまでの威圧感のある眼光でこちらを見ている。


 ヴェル「不知火、三日月。二人ともどうしてここに」


 ヴェールヌイの問いに、ピンクの髪の方―不知火はやれやれと言った感じで言った。


 不知火「そろそろ交代の時間かと思いましたので、三日月さんと一緒に艦橋へと行く所だったのですが・・・」


 そう言いつつ、不知火はコツコツと靴音を鳴らしながらヴェールヌイの方へと歩いて来る。

 相変わらずの『戦艦並みの眼光』は健在らしく、近づかれたヴェールヌイは思わず半歩後ずさってしまった。


 不知火「相変わらず、所かまわず飲酒をしているのですね。電さんが心配していましたよ」


 そう言いながら、不知火はヴェールヌイからボトルを取り上げる。


 ヴェールヌイは「ちょっと」と抗議の声を上げるが、直後に不知火の「何か落ち度でも」とお決まりの台詞―あるなしに言ってくるが、この場合は彼女に落ち度はない―を言われ渋々引き下がった。


 不知火「まったく、毎日毎日こんなものを浴びる程飲んであきないのですか?」


 取り上げたボトルを繁々と眺め呆れた様に言う不知火に、ヴェールヌイはむっとした様な顔で睨む。

 確かに、日が一日暇さえあれば飲んではいるがそれでもちゃんと節度を持って飲んでいる。

 「ただ、普通の人よりちょっと飲む量が多いだけだ」と、ヴェールヌイは無言で抗議した。


 不知火「それはのん兵衛の言い訳ですよヴェールヌイ」


 さらりと心を読んだ不知火は、あろうことか取り上げウオッカに口をつけそのままごくごくと飲み始めてしまった。


 三日月「え、ちょ、不知火ちゃん!?」


 ヴェル「」


 突然一気飲みを始めた相方に、アホ毛の少女―三日月は慌てて止めようと声を上げる。

 一方、ヴェールヌイはその飲みっぷりにただ呆然と立ち尽くすのみ。


 不知火「・・・ふう。良いお酒ですね」


 一呼吸で未開封のウオッカを飲み干した不知火はご満悦の表情で言った。


 あれを一気飲みして涼しい顔をするなど、どっちがのん兵衛だとヴェールヌイは突っ込みたくなったが、やめることにした。

 不知火が真剣な眼差しでこちらを見たからだった。


 不知火「さて、ヴエールヌイ。申し訳ありませんが休憩は後にして艦橋まで一緒に来ていただけませんか。皆さんに報告しなければならない事がありますので」


 ヴェル「うん、了解したよ」


 言って二人の跡に続き艦橋へと急ぐ。

 

 手の痙攣は、もう収まっていた。

 




 第七章



 【飛翔魚雷】


 長年続く深海棲艦と人類との戦争史において、海戦の概念を変えたある兵器の名である。


 この兵器は、深海棲艦において駆逐艦を除くあらゆる艦に装備されていた特殊魚雷のことで、主に専用に建造された特殊潜航艇を用いて運用され、当時あらゆる戦場において使用された。


 特徴として、通常の魚雷は発射後『海中』を進むのに対し飛翔魚雷は発射後『空中』を進む。

 それは、まさに人間たちの開発した【ミサイル】そのものであり、諸人達は空中を颯爽と飛翔する魚雷の姿に文字通り度肝を抜かれた。


 だが、以外にもこの装備が人類側に採用されることはなかった。

 理由は幾つかあるが、最も大きな理由は『開発するに値しない』兵器であったことであろう。


 まず、名前の通り雷速40ノットで空中を飛んでくるため、航空機による迎撃が可能であったことであろう。


 魚雷が迎撃困難なのはそれが水中を走行するからであり、空中をこれ見よがしに飛んでくるこの魚雷は飛んで火にいるなんとやらのごとく格好の的であった。

 さらに、この魚雷の運用には大掛かりな専用の発射装置が必要であり、のちに大規模作戦において鹵獲された特殊潜航艇は飛翔魚雷を運用するためだけに開発された代物で大量生産にはむかなかった。


 結局、幾つかの試作と一隻の搭載艦が出来たところで計画は凍結され、深海側も飛翔魚雷を完封され運用しなくなった。

 だれもが、この兵器も無能と断じその存在を忘れた。


 そう、あの日までは――



 遡ること3日前

 南方連絡海域

 時刻、標準時1500


 不知火「現在、南方連絡海域を毎時20ノットで航行中。周囲に敵影なし。引き続き哨戒任務を続行します」


 定時連絡を終えた不知火は、ふうっと一息を付き電探に意識を集中させる。

 哨戒用に装備して来た22号対水上電探に映し出される周囲35キロ圏内には、自分たちの識別信号以外なにもなく、静かなものだった。


 陽炎「報告お疲れさん。ぬいぬい」


 唐突にそう呼ばれた不知火は、電探から意識を戻し背後を振り返る。


 不知火「姉さん・・・。ぬいぬいはやめて下さいと、何度言えば」


 途端に不機嫌面になった不知火は、ぎろりと背後に立つ艦娘―陽炎を睨み付ける。

 『戦艦並みの眼光』とまで呼ばれた睨み顔だが、当の陽炎は特に臆した風もなく「え~、ぬいぬいかわいいじゃん」と返した。


 陽炎は、陽炎型駆逐艦のネームシップであり不知火の姉に当たる存在だ。

 性格は、生真面目な不知火とは対照的に砕けた印象を与え、上官である鳳にも敬語ではなく所謂タメ口で接する。

 そのため、鳳にもよく言葉遣いのことで注意を受けているところを見かけているが、ぬいぬい同様当人は改める気はないらしい。


 不知火「まったく、いつ解体されるか気が気ではない不知火の身にもなっていただきたいものです」


 がくりと肩を落とし、「ハア」と大きなため息をした不知火はやれやれと首を振った。


 いったい何度繰り返したのか分からないやり取りだったが、今は丁度良い暇つぶしになった。


 一年前の天照の失踪以来、人類の生息圏内は悪化の一途をたどっていた。


 数多ある鎮守府は、連日無数の深海棲艦の襲撃を受け続けその多くが抵抗虚しく陥落し、その旗色は悪くなる一方だった。

 この状況に際し、各鎮守府は敵勢力の早期察知を目的とした駆逐艦による哨戒活動に力を入れるようになり、駆逐艦娘たちは潜水艦娘たちの所謂「オリョクル」並みに勢力海域の哨戒活動に忙殺されるようになった。


 その、最早日課となって久しい哨戒に出てからすでに2時間、凪いだ海は30分ごとに定期連絡を入れること以外特にすることがない。

 任務中は気を抜く訳にはいかないとはいえ、こう毎日では流石の不知火もいささか退屈になってきていた。


 不知火「さて、どうしましょうか」


 砲撃の邪魔にならないように制服のポケットにしまった腕時計を見ながら、不知火は独りごちる。


 時刻は、1500(ヒトゴマルマル)。

 1600(ヒトロクマルマル)の作戦終了時刻までまで、あと一時間程だった。

 こういう時は、いわゆるがーるずとーくなどをしたりするのだろうが、あいにく不知火はこういった雑談のネタを持ち合わせておらず完全に手持無沙汰になってしまった。


 『――だから、ね――』

 

 『あんたね――でしょ――』 


 周囲を見渡すと、陽炎は今度は少し離れたところにいた僚艦の娘にちょっかいを出し始めたらしく、陽炎の他にもう一人半ばあきれたような声がする。


 声音からして駆逐艦霞の声のようだ。


 その隣では姉妹艦の霰が、時より何かつぶやいているのだろう陽炎がそのたびに驚いたりしていた。


 不知火(姉さんのコミュニケーション力は、少し見習うべきかもしれませんね)


 お世辞にも愛想の良い方とは思えない自分の性格を鑑みて、不知火は苦笑した。


 と、そこへ自身の通信機が鳴り、不知火は綻ばせた口元をきゅっと引き締めた。


 『ねえ、不知火。いい加減あんたの所の姉、何とかして欲しいんだけど』

 

 敵襲かと思って出た通信は、共に哨戒活動にあたっていた僚艦からの苦情だった。

 見やると、今回の哨戒部隊の旗艦である霞がうんざりした様子でこちらを睨んでいた。

 別にそんなに離れていないのだから直接言いに来れば良いのだろうが、そこは朝潮型随一の生真面目な旗艦殿の事、そんな些細なことで持ち場を離れるわけにはいかない、ということなのだろう。


 不知火「姉さん。退屈なのはわかりますが、持ち場に戻ってください」


 陽炎『・・・了解。霞またあとでね』


 名残惜しそうに言って、陽炎は持ち場―といってもすぐ近くなのだが―に戻っていく。

 霞はああいっていたが彼女自身暇なのは間違いのだろう、着けっぱなしの通信機からは「あとでね」と言い返す声が聞こえていた。


 いくら海が凪いでいるとはいえ、ここは十数隻の深海棲艦に遭遇する危険な所だ。

 そこを、駆逐艦四隻だけで哨戒しているのだから、敵艦隊に遭遇した場合自分の結末は想像するまでもない。

 最初のころは陽炎もああやって僚艦にちょっかいは出さなかったし、霞たちも雑談などはしなかった。

 『慣れ』たのだろう。

 自分も、彼女たちも。この状況に、慣れてしまった。


 ―――だから、あの時私は何もできなかった。


 陽炎が持ち場に戻ったのを見届けた不知火は、自身も任務に戻ろうと再び電探を起動させる。


 艦娘の艤装は、動力関連の主艤装と火器関連の副艤装に分かれている。


 主艤装は、艦娘が建造時にその躰とともに持参するのもので、もっぱら艦娘が艦船だった時の船体の一部―艦橋構造物や煙突、飛行甲板など―を模している。

 主艤装の主な役割は、艦娘の航行や浮力の源となる機関室と弾薬などを積載する弾薬庫、副艤装のプラットホームなどがある。


 副艤装は、建造後に鎮守府側から支給されるもので、主に砲や魚雷、電探や射撃指揮装置などの火器全般を指しており、これは古今東西あらゆる武装が存在し、かの飛翔魚雷も件の特殊潜航艇もこの分類に相当する。


 また、副艤装の特徴として電探や射撃指揮装置といった電子部品は、妖精たちの趣味なのか起動時に淡く光るといった不思議な性質があり、電探を起動させた不知火の主艤装の一部も例にもれず淡く光っていた。


 不知火「?」


 起動させた電探に何かが横切り、不知火は怪訝に顔をしかめた。


 不知火(何かしら、いまの)


 一瞬ノイズかと思ったのだが、それにしては随分はっきりだった。しかし、今は何も反応はない。


 不知火(ただの見間違いでしょうか)


 特に詮索するわけでもなく、不知火はさらに意識を集中させる。


 彼女の装備している22号対水上電探の索敵能力は他の電探に比べて低く、範囲も起動点から円錐状に広がる形のため、死角も多い。

 さらに、電探使用中は索敵範囲の外は探索がおろそかになってしまう。


 畢竟、範囲外であればたとえ目の前を何かが迫っていたところで、当人が気付くことはまずない。

 故に、この時彼女の眼前より飛来する何かが索敵範囲より少しずれていたがために、迎撃が出来なかったとしても誰が責められよう。


 キイイイーーン


 不知火「・・・っ。なに、か――」

 

 突然耳鳴りの様な音が聞こえ、不知火は意識を電探から離した。

 その刹那、不知火のすぐ真横を空気の塊が通り過ぎる。


 そして――


 ゴキン


 霞『がっ!』


 ―――え?


 開いたままの通信機から衝突音のようなものと同時に、霞の苦悶の声が聞こえ不知火は弾けたように後ろを見た。


 不知火(か、す、み?)


 不知火の目に飛び込んできたもの。それは、霞が何ものかに吹き飛ばされ海面を跳ねる姿だった。

 3,4回ほど海面を跳ねた彼女は、体を奇妙な形に折り曲げそのまま動かなくなった。


 陽炎、霰、不知火「か、霞!!」


 呆けたのも数刻、三人は慌てて駆け寄る。

 一番近くにいた霰は、霞を抱き起すと蒼白だった顔をさらに青くした。


 霰「ダメコンが、ない・・・」



 【ダメコン】


 正式名を応急修理要員といい、艦娘を轟沈から守るために搭乗させる特殊な妖精達のことを指す。

 この妖精は、艦娘が轟沈した際自らの生命力と引き換えに艦娘の船魄を現世につなぎ留め、その轟沈を無効としてくれる。


 要は妖精をその身代わりとするわけだが、ダメコンは通常乗艦している妖精が轟沈したと認識したときのみ発動する。

 つまり、霞は轟沈しかけたことなるが、問題なのは霞がいつ攻撃を受けたのかということだった。

 

 霰「霞・・・しっかり、して!」

 

 大破した妹を半ば泣きそうな顔で抱きかかえながら霰は必死にに呼び掛ける。


 ダメコンの加護により辛うじてまだ息だけはあったが、今の不知火には九死に一生を得た霞の無事を喜ぶことが出来なかった。


 霞の損傷具合が、あまりにも不自然だったからだ。


 艦娘である以上戦闘で負傷した仲間を見るのは日常であるが、今の霞の姿は不知火にとって凄惨でありまた奇妙であった。


 まるで、戦艦並みの主砲で砲撃されたかのような霞の胸に深々と穿たれた赤黒い穴。

 この損傷の状況から見ても、おそらく内蔵はおろか肋骨も何本か逝っていることは医療知識の乏しい不知火にでもわかる。


 さらに、彼女の両手は本能的に被弾を軽減しようとしたのだろう、右腕はひじから下が無くなっており、左手は指が四本無くなっていた。

 足の方は左足があらぬ方向に折れ曲がっており、自立航行は不可能であった。


 しかし、これだけの負傷にもかかわらず、霞の主艤装にはほとんど損傷らしい損傷は見られなかった。


 確かに、主艤装はあちこちがひしゃげ、股に装着した魚雷管は片方が外れている。


 ただし、この損傷は海面に叩き受けられた反動によってできたものだろう。


 不知火(では、この損傷は一体・・・・?)


 真っ先に思い浮かぶのは砲撃か雷撃だが、発砲音も魚雷の航跡も何もなかった。


 あったのは、あの【キイ--ーン】という音だけ。 


 不知火の中であらゆる可能性が浮かんでは消えていく中で、彼女はある確信に行き着いた。

 今まで自分が見てきた、被弾状態のどれとも違う。全く未知のそれでいてもっとも精密な攻撃。

 本当に計ったように、正確に霞の胸部を打ち抜いている。

 これほどまでに正確無比な攻撃を不知火は一つだけしか知らない。


 不知火(飛翔魚雷・・・)


 噂に聞く、深海棲艦が作り上げた世にも珍しき空飛ぶ魚雷。


 不知火も現物は見たことは無いが、霞の損傷は資料で見た飛翔魚雷のそれに酷似していた。

 なら、今回の奇襲も飛翔魚雷によるものであるといえる。


 不知火「全艦、迎撃陣形を展開してください。旗艦を守りながら後退します」


 不知火の号令で、飛翔魚雷の来た方向―不知火がいま向いている方向に陽炎が傍による形で陣形を組む。

 傍から見ると、まるで二隻の駆逐艦が盾になっているような歪な陣形だが、真っ周面から突っ込んでくる飛翔魚雷を迎撃するには、飛んでくる方向に全火力を集中させるのが最も効果的だと、彼の資料には記載されていた。


 不知火「霰。霞を曳航する準備をお願いします」


 不知火の指示に霰は小さく「・・・了解」とうなずく。

 旗艦が戦闘不能になった以上、このまま戦闘海域外まで後退する。

 状況的に霞の曳航を霰一人に任せることになるため、後退速度は十ノット強になるといったところだろう。


 不知火「不知火は敵艦の索敵をしますので、姉さんは対空迎撃の方をお願いします」


 陽炎「わかった。任せて」


 先ほどの陽気な雰囲気とは打って変わって、陽炎は凛とした表情でうなずく。

 不知火の22号対水上電探は敵艦索敵用の物である為、飛翔体の索敵能力は低い。

 対して、陽炎のもつ13号対空電探はその点を補うことが出来るため、対空迎撃は彼女に任せた方が得策だった。


 それは、陽炎も十分理解していることだった。

 さながら、武人の如き佇まいで水平線を睨み付ける姉に安心感と少しの羨望を抱いたのも刹那、突如主艤装から接近警報が鳴り響き、不知火は慌てて意識を集中させる。


 不知火「電探に感。目標1時の方向より接近。距離35000メートル。速度―――」 


 キイイイーーン 


 皆まで言い終わる前に、不知火の鼓膜に『アノオト』が轟く。


 ―――馬鹿な、こんなのあり得ない。


 飛翔魚雷の最高速度は40ノット。

 こちらに届くのには、30分はかかるはず。なのに、あの飛翔魚雷はものの数秒でその距離を駆けたというのか。


 陽炎「っ・・・。砲雷撃戦、用意!」


 もはや手遅れであることを承知の上で、陽炎は副艤装を起動させる。


 主艤装にアームで固定された12cm連装砲が淡く光り輝き、砲塔内に待機する整備妖精達が砲身に12cm砲弾と薬装をそれぞれ装填していく。


 整備妖精1「右良し!」


 整備妖精2「左良し!」

 

 号令を合図に、三人目の妖精が閉鎖機を閉じ、主たる陽炎に装填完了の合図炉送る。


 整備妖精3「主砲、発射準備よし!」


 その報告を聞き、陽炎から「了解」の声が砲塔内に轟いたが、その声音は焦燥と絶望感に満ちていた。


 おそらく、彼女の電探にもあれの情報が移っているのだろう。

 艦娘の主艤装には、これまで遭遇した『艦』全ての情報が電子化され記憶されている。

 さらに、その記録には副艤装に限らず人類艦船の武装も記録されていた。


 その記録が、迫ってくる『それ』の正体を彼女たちに伝える。


 今、彼女たち目掛けて飛来する飛翔魚雷。

 彼のモノの名は―BGN-109トマホーク。


 嘗て巡航ミサイルと呼ばれた最大射程1000キロメートルを誇るこの飛翔魚雷は、最大射程で発射しても命中誤差10メートルと極めて正確に目標を打ち抜くことが出来る。


 その化け物が、赤々とエンジンを燃やしこちらにやってくる。


 弾着まで、あと一分。


 陽炎「攻撃よ、攻撃!」


 陽炎は、無理を承知で迎撃を図る。


 主艤装の右側に装備された12cm連装砲が主の命に呼応し、炸薬音とともに12cm砲弾を二発打ち出す。


 打ち出された砲弾は軽く放物線を描きながら飛翔魚雷―トマホークに迫るが、海面すれすれを音速並みの速度で迫る彼の者には分が悪く、着弾したときにはすでにそれは通り過ぎていた。


 弾着まで、あと45秒。


 陽炎「っ・・・、なら!」


 舌打ちもそこそこに、今度は手に持った10cm連装高角砲で応戦する。

 打ち出された三式弾は砲弾内部に仕込まれた焼夷弾子が空中で炸裂し、突進してくるトマホークに弾幕を張る。

 しかし、トマホークはそんな陽炎の抵抗をあざ笑うかのように弾幕を掻い潜りさらに接近してきた。


 陽炎「なんで・・・。なんで、あたらないのよ!?」


 不知火「姉さん援護します。沈め・・・沈め!」


 焦る陽炎を見かねた不知火は、電探から意識を離し迎撃に加勢する。


 彼女の新たな装備として右股に新調された20mm近接防御火器が、トマホークに向かって20mm炸裂弾を雨のごとく浴びせる。

 25mm連装機銃の代わりに一基だけ装備されたこの新型機銃―人間の装備ではCIWSと呼ばれている―は、毎分1500発もの射撃性能を誇り従来の機銃よりも高精度の弾幕を形成することが出来た。


 着弾まで、あと35秒。


 不知火(駄目、当たらない!)


 文字通りの弾幕を形成する近接防御火器だったが、これを以てしてもあの悪魔を止めることは敵わなかった。


 さらに、絶え間なく銃弾も撃ちだすため砲身の過熱速度が従来のそれよりも早く、右股が火傷しそうなくらい熱い。


 だが、次の瞬間にはそんな感覚さえも消え去った。


 不知火「っ!・・・弾切れ!?」


 発射からわずか10秒、新型機銃はカラカラと音を立てて停止した。


 ―――この土壇場で、何て不幸なの。


 不知火は某戦艦の様に嘆いたのも刹那、瞬時に己が落ち度を呪った。


 主艤装は基本自分で整備するのが常だが、補給に関しては専属の妖精たちに任せることが多かった。

 司令にこれを託された時、その発射速度に驚かされたが、いくら新型機銃とはいえ所詮機銃は機銃。

 さして、何も変わることはない。


 そう勝手に判断し、補給の時専属妖精たちには何も申告せずいつもと同じ補給を打診した。

 なら、補給数は今までのものと変わらない。


 不知火(これは、不知火の落ち度ですね)


 人生最後の落ち度としてはなんとも滑稽だと、不知火は苦笑した。

 ただ、弾の切れた駆逐艦でもまだやれることはある。


 不知火「姉さん。先に謝っておきます。今まで、わがままばかり言ってごめんなさい」


 陽炎「え?不知火あなた、こんな時に何を――」


 迎撃を続ける陽炎の顔に困惑の二文字が浮かんだのも刹那、彼女の隣で迎撃をしていた不知火は、あろうことかその手を止め主艤装の出力を上げ始めた。


 弾着まで、あと15秒。


 不知火「死なば諸共・・・・アナタも一緒よ・・・!」


 出力を限界まで上げた不知火は、トマホークに向かって突撃を慣行する。


 ―――まさか、盾になるつもり!?


 陽炎「待って不知火、早まらないで!」


 妹の突然の蛮行に、陽炎は泣き叫びながら砲を構えなおした。

 不知火の蛮行を止めるにはあれを撃墜するしかないが、しかしトマホークの射線上に不知火がいるため迎撃が出来ない。


 陽炎(どうする。一体どうすれば・・・!)


 このままでは、不知火が霞と同じ運命をたどることになる。


 陽炎(駄目。そんなの絶対ダメ!)


 迎撃が出来ないのなら、いっそ不知火をあれの射線からどかせばどうだろうか。


 方法は、ある。

 だが、自分にそれが出来るだろうか。


 陽炎(・・・迷っている時間は、ないよね)


 ここで躊躇えば、妹の命はない。


 腹を括った陽炎は、12cm連装砲の次弾を一発だけ装填させ、俯角を少し下げる。

 狙うは、不知火の右足付近。

 砲撃のタイミングは、あの子が着弾から身を護る為に急制動をかけたときだ。


 ―――チャンスは一度。陽炎、しっかりやるのよ。 


 弾着まで、あと5秒。

 4

 3

 2

 今!


 陽炎「ごめん不知火。主砲うt「・・・撃ちます」


 陽炎の砲撃の直前、後方から別の砲撃音が轟く。


 その数、5。

 ほとんど間隔なく発射されたその砲弾は、正確無比に不知火の右足を打ち抜き彼女を転倒させた。





 第八章




 ―――何が、どうなっているの?


 突如視界が360反転した不知火は、困惑したまま刹那の時間を無重力の下で過ごすことになった。


 状況は、不知火がトマホークに突撃した15秒前に遡る。



 不知火「死なば諸共・・・・アナタも一緒よ・・・!」


 20mm近接防御火器が弾切れを起こし、トマホークに抵抗する術を失った不知火は、霞達を護る為に自ら盾となることを決意した。


 陽炎『まって不知火、早まらないで!』


 妹の蛮行に気付いた陽炎の制止を無視し、不知火は迫る飛翔魚雷に突撃を慣行する。


 不知火(あと、10秒・・・)


 主艤装の出力を限界まで上げ、なるべく飛翔魚雷の衝突力に負けないよう速度を上げる。

 でないと、砕けた躰が陽炎たちの方へ飛んでしまうからだ。


 後、5秒。


 迫る音速の死神に眼光を浴びせながら、不知火は姿勢を低くし胸元を副艤装と両手でがっちりと固める。

 この程度で、あの飛翔魚雷にどれ程の防御効果があるのか見当もつかないが無いよりはましだろう。


 不知火(姉さん、すみません。不知火は、先に逝きます・・・)


 いよいよ姉たちとの今生の別れが迫り、残される陽炎へ別れの言葉を思い浮かべた時、不知火は眼前の飛翔魚雷の取った異常な行動に思わず絶句した。 


 不知火「!?」 


 着弾まであと3秒に迫った時、彼の飛翔魚雷は在ろうことか急上昇を掛け彼女の顔面へと迫ったのだ。


 不知火(・・・っ。まずい!)


 ―――頭を狙っている。


 そう直感した不知火は慌てて急制動かけ、防御態勢を取った。

 慌てて急制動を掛けたために、重心が前方に移動し躰が一瞬バランスを崩した形になる。



 その刹那、不知火は予想だにしない事態に遭遇する。


 陽炎『ごめん不知火。主砲うt――』


 突如、不知火の主艤装から砲撃警報が鳴るのと同時に、通信機から陽炎の声が響く。


 ―――姉さん、何を・・・?


 不知火がそう思ったのと、彼女の右足の感覚が消え去ったのは同時だった。


 不知火(・・・何が、どうなっているの?)


 右足の感覚が無くなるのと同時に不知火の視界は360反転し、躰が空中を飛行するような感覚に陥る。


 瞬間、不知火は自らを滅ぼさんとした飛翔魚雷の正体を見る。


 ―――あれが、BGN-109トマホーク。


 見えたのは瞬き一つ分―時間にして一秒にも満たないが、不知火はしかとその姿を見た。

 それは、魚雷に翼を生やしたような代物で飛翔魚雷の名を体現するものであったが、全身白無垢のその姿は不知火にもう一つの姿を連想させる。


 不知火(まるで、回天のよう)


 特功兵器『回天』

 艦娘であれば、誰もが知っている忌まわしき兵器。

 嘗て、日本がまだ大日本帝國と呼ばれたいた時代、敗戦濃厚な戦況を打開せしめんと作られた特殊攻撃兵器―通称特攻兵器。


 その一つが、通称【人間魚雷】と呼ばれた『回天』だった。


 自分達の主兵装である93式酸素魚雷に操舵席を作ることで有人魚雷としたそれは、北上やゴーヤ達に搭載され彼女たちと共に戦場へと向かったが、それを積んだ彼女たちの船足は遅く戦果も微々たるものだったと聞く。


 その回天の姿を映したものが数十年の時を経て今度は蒼天を往く。


 しかし、狙った自分を見失った今、彼の目指す先には―――。


 不知火(・・・っ。いけない!)


 呆けた頭に喝を入れ受け身を取ろうとしたが、時すでに遅く不知火の躰は海面へと叩きつけられた。


 不知火「かはっ・・・・!」


 接触した頭部と躰、そして主艤装の接合部からハンマーで殴打されたかのような衝撃が不知火を襲う。


 通常、液体に個体が接触した際、その個体は海中へと没する。


 しかし、主艤装には艦娘に浮力を与え、尚且つ海面が地面と同規模に体感できる様にする能力が備わっている為、主艤装がある限り艦娘は基本沈むことは無い。

 だが、その能力が今回不知火にとって裏目に出てしまった。


 結局、不知火は海中に没することは無かったが、その代償として、不知火は全身を地面―それもアスファルトに叩きつけながら転がった時と同じだけの衝撃を受ける羽目になってしまったのだ。


 不知火(・・・っ。頭が、くらくらします・・・)


 海面を乱暴に転がったせいか、起き上がろうにも視界がぐにゃぐにゃと歪み、足腰に力が入らない。


 それでも何とか起き上がろうと、躰に鞭打ち上体を起こそうとした時、不知火の鼓膜に絶望が響き渡る。


 不知火「そ・・・、そんな・・・」


 自身の後方で爆音が轟く。

 その音源には陽炎たちがいたはずだ。


 ―――誰が、誰が被雷したの?


 姉さん?

 霰?

 霞?

 それとも・・・


 最悪の予想が頭をよぎった時、開きっぱなしの通信機から『霰、あんた・・・』と陽炎の呆けた声が聞こえ、不知火は自身の予想が杞憂に終わったと安堵した。


 不知火(良かった、みんな無事のようですね)


 不知火「姉さん。霰、かす・・・っ」


 安堵したのもそこそこに、合流しようと体を起こした不知火は、次いでやってきた右足の痛みに苦悶の表情を浮かべた。


 不知火(こ、これは・・・)


 右足は、ふくらはぎから下が見事に無くなっていた。


 恐らくトマホークに特攻をかけた自分を助けるために陽炎がやったのだろうが、これはいくらなんでもやりすぎではないか。


 それとも、知らず知らずのうちに自分は姉に怨まれていたのだろうか。


 姉の行動の真意が解らず、不知火は止血するのも忘れて困惑するしかなかった。


 陽炎「不知火。不知火だいじょうぶ?」


 いつの間にか自分の傍にかけよっていた陽炎と、霞を背負った霰に不知火は「平気です」と短く応えた。


 不知火「誰かさんが見事に転ばせてくれたおかげで、この通り轟沈してはいませんよ」


 無くした右足のお礼も兼ねて皮肉っぽくいう。

 努めて冷静に言ったつもりだったが、撃った当人の面を見るや怒りがこみ上げるのは必定。自然と語尾がきつくなり、けんか腰になる。


 負傷は後で入渠すれば何とでもなるが、負傷したのがよりにもよって【足】というのはまずいことだった。


 ヒトと同じく二本足で海面を走る艦娘にとって、足は言わば機関部のスクリューにあたる。

 片足を失っては、霞の曳航はおろか自立航行もできない。 


 さらに、艦娘の足は砲撃や魚雷発射時の衝撃吸収も担っているため、不知火は自力での戦闘力も失ったことになる。


 差し当たり、今の不知火は波間に漂う難破船といった所であろうか。 


 霞を曳航しつつ飛翔魚雷が飛び交う海域を離脱しなければならない状況で、動けない艦を二隻連れての離脱は事実上困難を極める。


 故に、取るべき選択肢は二つに一つ、否一つであろうか。

 なら、最後に自分を撃った理由の一つでも確認でもしておくとしようか。 


 不知火「姉さん、不知火は―――」


 ―――あなたに、こんなにも怨まれていたのですか。


 そう問うとした不知火に答を与えたのは、以外にも陽炎ではなかった。


 霰「不知火、ごめん。・・・それ、私なの」


 霰の意外な回答に不知火は「・・・へ」と呆けたように応えた。


 不知火「それは、一体どう言う――」


 皆まで言う前に、不知火たちの耳にあの音が響く。


 陽炎「・・・っ。こんな時に」


 霰「平気、任せて」


 忌々しく言う陽炎とは対照的に、霰は冷静に右手を突き出しそこに左手を添え砲撃の構えをとる。

 いつも物静かな霰とは打って変わり武人然としたその姿は、流石鎮守府において艤装開発を支えて来た朝潮型といったところか。


 キイイイーーン


 霰「撃ちます」


 言って引き金を引く。


 ドドドドドン


 淡く光った主砲から、一呼吸のうちに五発もの砲弾が打ち出される。

 放たれた五発の砲弾は、音速を超える速度で迫る飛翔魚雷の弾頭を正確に捉え、見事に打ち取ってみせた。


 不知火「・・・すごい」


 自分の主砲とは決定的に違う砲撃の精度と速射力に、不知火は先の呆けも何処かへ消え去りそれに見入る。

 一方で、陽炎は傍らに座り不知火の治療に専念していたが、その顔には何故か嫌悪の色が浮かんでいた。


 不知火「霰。その単装砲は、もしかして」


 霰「うん。工廠の、試作品」


 追撃を警戒しているのか、砲撃体制のままこちらを見ずに応える。

 外見はごく普通の単装砲だが、さっきの砲撃を見るに射撃時に砲弾が五発連続発射される仕組みのようだ。


 艦砲に限らず全ての大砲には、射撃における一連の動作が存在する。

 まずは、砲弾の斉射。

 次に、次の砲弾と薬装を砲身に装填。

 更に、閉鎖機を閉め、斉射した反動による後退した砲身の再設置を行う。

 完了した後、照準を合わせ、引き金に手を掛ける。

 最後に、引き金を引き薬装に着火させ再び斉射する。


 この一連の動作完了までの合計時間が、そのまま大砲の射撃速度につながった。


 これらの動作を機械制御によって高速自動化したのが駐退複座機と自動装填装置と呼ばれる副艤装で、大半の改二の艦娘にはこの装置が搭載されている。


 対する不知火や陽炎の副艤装には駐退複座機は搭載されているが、装填装置は従来の機力装填―即ち人力と機械との併用型のものであり、霰の持つ単装砲の様なでたらめな連射機能はついていない。


 機関銃には、連射機能という引き金を引くことで弾丸が連続で発射される機能があるが、この試作品はそれを大砲で行おうという試みで作られたのだろう。


 たった五発の連射機能であるが、それでもこの状況では貴重な火力だ。


 陽炎「不知火。応急修理済んだよ」


  手当てを終え救急箱を艤装の中に格納した陽炎に、不知火は「ありがとうございます」と短く応えた。

 傷口に当てたガーゼを包帯で巻き付けただけの極簡素なものであるが、とりあえずこれで患部の腐食は防げる。


 不知火(ついでに、これも打っておきましょうか)


 陽炎が自分から手を離したのを見計らって、不知火は自身の主艤装から救急箱を取り出すと、傷口に気を付けながら膝の上に置きふたを開ける。

 中には消毒液を始め、包帯やら絆創膏やらが整頓されて並んでいたが、不知火はそこからボールペン状の器具―無芯注射器を一本抜き取ると、首筋に当て芯を出すように底部を押し込む。

 プシュっと空気を押し出すような音がし、体の中を冷たい何かが侵入してくる感覚に捕らわれたのも数秒、あれほど痛かった患部の痛みが少しずつ引いていった。


 中身は即効性を高くした医療用のモルヒネであるが、副作用として五感が鈍くなるのと麻薬故の中毒性があるため、過度の使用は禁じられていた。


 不知火(これからどうしましょうか?)


 打ち終った注射器を投棄した不知火は、少しは離れたところで主砲の残弾確認をしていた陽炎を見やり自問する。


 作戦展開上、旗艦である霞が大破してしまった今艦隊は即座に撤退しなければならないが、状況は極めて不利だった。


 まず、攻撃してきている敵艦隊の規模や方角も分からない。 

 陽炎の残弾はまだ十分にあるようだが、彼女の主砲では飛翔魚雷は迎撃できない。

 さらに、離脱しようにも霞と不知火は自力での航行は不可能なため陽炎と霰で曳航しなければならないが、意識のない今の霞は抱えて運ぶ他なく、そうなれば霰は飛翔魚雷を迎撃できなくなってしまう。

 霰の主砲同様、飛翔魚雷を迎撃可能な不知火の20mm近接防御火器は肝心の弾が切れているが、補充さえすれば何とかなるかもしれない。


 ただ、その場合曳航する陽炎を危険に晒すことになるが――


 不知火「姉さん。20mm機銃の弾丸はありますか?」


 陽炎「えっ?うん、持ってるけど・・・」


 残弾確認を終えたところで不知火に呼ばれた陽炎は、何事かと不知火を見たのも一瞬、すぐに不知火の意図を察したのか「霰はもってきてる?」と話を進めた。


 霰「うん、持ってきてる。・・・霞も、もってる」


 言って霰は自身の主艤装からありったけの弾薬を取り出し、不知火に渡す。

 次いで、霞の主艤装からも同様に取り出すと、今度は陽炎に渡した。


 霰「不知火。これ、持ってって」


 最後に、霰は右手に装備していた試作砲を不知火に渡した。

 これで、霞と霰は事実上の丸腰となる。


 不知火「霰・・・」


 信頼故かそれとも自信を撃ったことへの罪滅ぼしのつもりか、何れにせよ不知火と陽炎が二人の命を握ることになったことは事実である。


 陽炎「不知火、準備は終わった?」


 渡された弾薬を手早く主艤装に格納した陽炎がおもむろに言う。


 不知火「少し、待ってください。弾薬装填完了、起動準備よし」


 渡された弾薬を装填し終えた不知火は、軽く動作点検を行う。

 6本全ての砲身に弾薬が装填され高速で回転するの確認した所で、不知火は渡された試作砲を左手に装備し陽炎に右手を差し出す。


 不知火「準備完了です。姉さん、曳航をお願いします」


 陽炎「了解。霰、そっちは?」


 差し出された手をつかみ不知火を肩に担いだ陽炎は、同様に霰に確認を取る。


 霰「待って・・・、もう、少し」


 陽炎と違って肩に担げない霰は、少し悪戦苦闘しているようだった。


 霞の怪我の具合上背中に背負わなければならないため、艦橋を模した主艤装を艤装解除した後、霞の主艤装から動力パイプを取り出す。


 主艤装を背負う背中には艤装との同調を行うための接合部―コネクターが存在する。

 このコネクターは、通常艦娘たちが建造時に持参する専用の主艤装としか同調できないが、例外として同型艦―つまり姉妹艦であれば確率は高くないが同調させることが可能だった。


 霰「・・・っ、よし」


 取り出した動力パイプを背面のコネクターに接続し、意識を集中させる。


 霰(同調、開始)


 船舶だった頃、『駆逐艦霰』に搭乗していた人間たちが主缶を起動させる様を想像し、主艤装と自分を同調させていく。

 主缶への燃料充填、確認―同調率15%

 圧力上昇、確認―30%

 点火準備―50%

 点火、確認―70%

 ピストンへ動力伝達―90%

 ピストンリング作動確認―100%

 スクリューへの動力伝達を確認―120%


 霰「同調完了。主艤装、始動」


 霰の目論見通り霞の主艤装は霰を主と認め、始動した。

 霞の艤装は改二仕様だが、練度的に足りている霰には扱うことは可能であろう。

 あとは、自分の主艤装と霞の主艤装とのスペック上の相違の差をどう補うかである。


 霞「・・・っ」


 自身の主艤装が始動した影響なのか、閉じたままだった霞の瞼が僅かに開く。


 霰「霞、気分はどう?」


 霰の能天気な発言に、霞はすぐに不機嫌な顔を作り「あんたね」と返す。


 霞「仮にも、轟沈しかけたのよ。もっと気のきいたセリフくらい言いなさいよ・・・たく」


 生真面目故の最早日常的となった諫言に、霰の顔が自然と綻ぶ。


 ―――それだけ言えれば、問題ないね。


 満足げに微笑む一つ上の姉に霞は「な、なによ」と怪訝な表情を浮かべる。


 霰「・・・別に」


 いって会話を終わらせた霰は、接続した動力パイプに注意しつつ霞を背中に背負う。


 本来、同じ艦種同士での曳航は、肩を貸した形で行うことが常である。


 これは、いわば自動車で言う処の牽引と同じ要領で行う為であり、艦種が同じ―特に機関出力が低い駆逐艦の場合、相手の艤装の出力を借りる必要があった。

 故に、相手の主艤装の力を使用できないおんぶは、曳航はおろか相手の重量により自身の身動きさえも取れなくなる可能性があった。


 だが、同調により改二と同等の力を得た今の霰なら、その制約を問題なく突破できるはずだ。


 霰「霞、しっかり、掴まっててね」


 霰の予想通り、艤装展開した霞を背負っても霰はその重量に押しつぶされることなく、霞を持ち上げることが出来た。

 さらに、コネクターから伝わる出力なら巡航速度で航行できそうだった。


 霰(これが、改二のちから)


 機関出力、火力、耐久性、そのどれもが自身の持つ主艤装とは比べ物にならないほどに高い。 

 ただ、自身を形作る生命力の消滅が異常なくらい早いことに、霰の表情が僅かに曇る。


 霰(私の練渡で、鎮守府まで持つかな・・・)


 艤装との同調は艦娘の持つ生命力によって行うため、仮に艦娘が自身の生命力を超える艤装と同調した場合、その艦娘は艤装の出力に生命力を喰われて自壊してしまう。

 そして、改二艤装は同調に要求される生命力が桁外れに高く、纏う艦娘に極めて高い練度―即ち生命力を維持する能力を要求させることになった。


 だが、逆に要求さえ満たせれば―高練度であればその圧倒的ともいえるその力をふるうことを許される。


 さらに、高練度であるということは、それだけ自身が敬愛する提督の寵愛を受けている証明でもあった。


 故に、改二の姿は艦娘にとって羨望と嫉妬の対象となった。


 霰も艦娘である以上、その力に憧れ、焦がれた。

 この力があれば、自分はもっと司令官のために戦える。

 褒めてもらいる。

 頼ってもらえる。

 傍にいられる。


 ―――何時か、自分にも改二の艤装を纏うことが出来る日が、きっと来る。


 それを思えばこそ、厳しい訓練や過酷な出撃にも耐えることが出来た。


 だが、朝潮型に初めての改二実装の知らせが来たとき、選ばれたのは自分ではなく霞だった。


 でも、それは仕方のないことだった。


 霞は、あの戦争で数々の戦果を挙げあの戦艦大和の護衛までをも務めたのだ。

 これは、前世の戦果を鑑みれば仕方のないこと。


 駆逐艦霰は、朝潮型で真っ先に沈んだ艦。

 戦果順で行けば、私が選ばれなかったのは仕方がない。


 ―――そう、仕方のない事なんだ。


 そう、自身に言い聞かせ、霰は今まで以上に訓練に励んだ。


 だが、現実はなおも霰を苦しめた。


 時を待たずして、今度は次女の大潮が改二となり、さらに長女の朝潮も近々改二が実装されるらしい。


 姉妹である以上、姉たちの改装話は祝うべきことであり、誇ることでもあった。


 そう、誇るべき事であるはずことなんだ。


 なのに―――


 霰(なんで・・・。なんで、私じゃないの・・・!?)


 改装された姉たちの喜ぶ姿を見るたびに、霰の心は羨望で軋み嫉妬で焼かれた。 


 どうして、私じゃないの。

 どうして、霞なの。

 どうして、大潮なの。


 どうして、どうして、どうして―――


  霰(・・・っ。もう・・・!?)


 同調に成功してまだ一分も経っていないというのに、霰は自身の生命力が無くなりかけていることに気付いた。

 とりあえず出力を落としての航行は可能であろうが、この主艤装を使用しての戦闘はほぼ不可能であろう。


 霰(・・・そっか、私は・・・結局 )


 ここに来て、霰はようやく自身の矮小さを悟った。


 霞達の改二の姿に対する自身の醜い嫉妬に気付いて幾星霜、霰は血反吐をほどの訓練をして来た。


 周りに止められ、敬愛する司令官を心配させ、入渠の常連となり、傷ついた妹から主艤装を拝借し、ようやく自分は仮初とはいえ改二の力を手に入れた。

 けど、そこまでしてもなお自分―駆逐艦霰がこの夢想に浸れるのはごく僅かであったことに。

 生命力だけは、どれだけだけ練度を上げても多少の伸びしろは在れど限界があるからだ。


 畢竟、私の持ち得る生命力では改二なれたとしても、それを御せるだけの練度を持てなかったということか。 


 霞「・・・霰?・・なんで、泣いて」


 心配そうに声をかける霞に、霰は自身の自嘲を悟らぬように「なんでもない」と応える。


 そう、何でもないのだ。


 自身の器の矮小さに気付かず敵わぬ夢を追い求めた愚かな艦には、これから待つ裁きは当然のことのように思える。

 ただ、一つ心残りなのは霞達が受ける裁きの未届け人になってしまったことであろうか。


 霰「・・・行こう。みんなが、待ってる」


 頬を伝う滴を波風にさらわせながら、霰は帰路に就く。

 途中霰の様を見た陽炎たちに心配されたが、霰はただ「なんでもない」と繰り返すだけだった。


 帰投中、不知火が見た霰のその背中は小さく、そしてガラスの様に弱々しかった。



 


第九章




 不知火「ここまでが、不知火が鎮守府海域に撤退するまでの経緯です」


 時系列は一旦現在へと戻り、ほうらいの第一艦橋では吹雪、白雪、ヴェールヌイ達が不知火から3日前の哨戒任務の全容を聞いていた。


 三人とも驚きの表情で話を聞いていたが、その中で吹雪は不知火の話に他の二人以上に驚きの表情を隠せないでいた。


 吹雪(私が知っている公式記録と全然違う)


 大本営では艦娘たちの戦闘スキル向上の為、出撃や演習などの記録は公式記録として鎮守府の資料庫に保管され、提督や大淀秘書艦に申請さえすれば回覧することが出来る。

 三日前の不知火たちの哨戒記録も、公式記録として存在したし、吹雪も当然回覧した事があった。


 だが、その閲覧した記録には不知火の話とは多くの矛盾が存在した。


 不知火の話によれば、あの日出撃したのは霞を旗艦に陽炎、不知火、霰とのことだった。

 だが、記録では霰の所が満潮になっていた。


 さらに、哨戒中の襲撃も深海棲艦のものとなっており、霞の被弾も飛翔魚雷から潜水艦による雷撃だったとされていた。


 そして、何よりこの公式記録には霰という艦娘の名は一切乗っていなかった。


 そう、彼女の今までの出撃記録も、妹の艤装を使用しての改二実装も、どんな私生活をしていたのかも何も残っていなかったのだ。


 ―――どうして、霰ちゃんの記録が何も残って無いんだろう?


 これらの点から考えられるのはただ一つ、誰かが意図的に霰の記録を抹消し改ざんしたという事である。

 記録の改ざんは、本来どんな理由があとろうと絶対に許されることではないが、物事には必ず例外―改ざんが許される事例が存在するのだ。


 そう、霰は解体予備艦となったのだ。


 解体予備艦については「嘗てそんな制度がったと」明石という工作艦に聞いた事があった。

 彼女は言った【解体予備艦となった艦娘は、その船籍はおろか一切の記録を抹消され、居ない艦(もの)として扱われるのだ】、と。


 自分が新たに着任したとき、霰の名はすでに大本営には存在しなかった。

 ただ、不知火の話を信ずるのなら、霰は解体予備艦となったと考えるのが妥当だろう。


 だとしたら、何故彼女は解体予備艦となってしまったのだろう。

 存在しないことにされた霰という名の艦娘。

 忘れられてしまった、かつて仲間だったかもしれない艦娘。


 おそらく『前の吹雪』ならその理由を知っていたのかもしれないが、再着任した今の鎮守府に漂う重い空気では、とても聞く気にはなれなかった。。


 故に、不知火の話は、今の自分が失ってしまった霰という艦娘のこと知ることが出来る貴重な情報源になっていた。


 白雪「ねえ、不知火ちゃん。その・・・、どうして霰ちゃんは解体予備艦なんかになってしまったの?」


 吹雪とは逆に、霰のことを知っている白雪がおもむろに不知火に問う。


 大本営では廃止されたはずの解体予備艦という制度。

 

 霰の記録が存在しないのであれば思い当たるのはこれしかないのだが、仮にこの制度に当てはめるのであれば、彼女が解体予備艦となる原因は皆無だった。


 霰は、誠実で仲間想いの努力家で仲間からの信頼も厚い艦娘だった。


 さらに彼女たち朝潮型は夕張の様に副艤装開発の試験にも携わっていた為、最大練度に近いほどの高練度艦であった。

 そんな、貴重な戦力をわざわざ解体予備艦にするだろうか。


 不知火「白雪の疑問は最もです。不知火もあの時は自分の耳を疑いましたから」


 白雪の疑問に不知火は同意するように頷く。

 不知火自身、あの時のことはいまだに質の悪い夢であってほしいと思わない日はなかったほどだ。


 不知火「ですから、これから話すことは白雪の疑問の答えであると同時に、おそらく大本営の機密に触れることになると思います」


 戦艦並みの眼光に覚悟の是非を乗せて不知火は吹雪たちを見つめる。

 知れば、おそらく戻ることは出来ない。

 聞かなければよかったと、後悔するかもしれない。

 信頼する誰かを、憎むことになるかもしれない。


 ―――今なら、まだ引き返せる。聞かなかったことに出来る。


 そう不知火は訴えていた。


 ヴェールヌイ「かまわないさ。聞かせてほしい」


 眼を閉じ、覚悟を決めた声音でヴェールヌイは応えた。

 それに追従する形で吹雪と白雪も同意する。


 ―――私たちは、聞かなければいけない。


 そう訴えた。


 でなければ、あの時の帰投した朝潮たち第八駆逐隊の慟哭も、大淀秘書艦を怒鳴りつけた明石の涙の意味も分からないだろうから。


 不知火「解りました。お話します」


 彼女たちの覚悟を受け取り不知火は再び語りだす。


 それは、嘗て艦娘史上最強と謳われたある艦娘との思わぬ再会と、それによって引き起こされた悲劇の記録だった。


 『話は、不知火たちが南方連絡海域から鎮守府海域に差し掛かった時でした』

 




 第十章



 時系列は、再び三日前へと戻る。


 南方連絡海域海域

 時刻 標準時1630



 霰「霞、もう少しだから、頑張って」


 撤退を開始してから数十分、霰達は南方連絡海域の北端―鎮守府海域との境目付近へと差し掛かっていた。


 撤退中一度も敵艦隊と遭遇しなかったという僥倖も相まって、霰達は通常よりも短時間で撤退することができ、霰をはじめ撤退中ずっと後ろで空と海を睨んでいた陽炎と不知火にもようやく安堵の色が伺えた。


 陽炎「不知火。司令と大淀秘書艦に撤退の連絡は入れた?」


 撤退中一切口を開くことなく周囲警戒をしていた陽炎が、ようやくここで口を開いた。


 不知火「はい。大淀さんからは、現在鎮守府付近を哨戒している艦隊がいるので、その艦隊と合流した後、一緒に帰還せよとのことでした」


 声音に疲労をにじませ、不知火が陽炎をちらりと見やりながら応える。

 彼女はずっと電探を付けながらずっと空を睨んでいたのだ。

 主艤装からの動力によって起動させているにしても、艤装そのものが生命力を喰うため、やはりどうやったて疲労は溜まる。

 「敵に合わなくて本当によかった」と張りつめていた神経を僅かに緩めたところで、陽炎の通信機がけたたましく鳴り響いた。


 陽炎「はい、こちら第三艦隊南方連絡海域哨戒部隊」


 疲労による聞きそびれ防止対策にと音量を最大にしていたことを今更ながら後悔しつつ、陽炎は応答した後、通信機をシーバーからレシーバに変更する。


 『こちら、第四艦隊鎮守府海域哨戒部隊。旗艦朝潮より第三艦隊南方連絡海域哨戒部隊へ。大淀秘書艦より、貴艦隊の護衛を任され現在そちらに急行中。到着時刻1635を見込む』


 通信機より軍人然とした中にも歳相応の幼さを残した声が聞こえてくる。

 朝潮型駆逐艦の長女(ネームシップ)朝潮の声だ。

 その声がいつもより少し大人びているのは、おそらく今日が彼女の改二の実装日であったからであろうか。


 陽炎「陽炎了解。貴艦の護衛に感謝する」


 臨時とは言え旗艦を務めることになった陽炎が、朝潮に真面目に応答する。


 不知火(普段から司令にもこうやって接してくれれば、不知火の心配事も無くなるのですが)


 日ごろの姉の不敬ぶりにを心配する不知火をしり目に、通信を終えた陽炎は「ふうぅ」と大きく息を吐きだした。


 陽炎「やっぱ、私には真面目は似合わないわね」


 首を左右に動かしコリをほぐす陽炎に、不知火は期待がぬか喜びに終わったことを嘆いたのも一瞬、彼女の顔は不思議と綻んでいた。


 不知火(まあ、姉さんにはそちらの方が性に合っているのかもしれませんが)


 それは畢竟、生涯陽炎の態度が改まることがないことを意味するのだが、不知火はそれを露程も考えることは無いのだった。




 朝潮「陽炎さん。第四艦隊旗艦朝潮、ただいま到着致しました」


 通信終了からきっかり5分、到着した朝潮が陽炎たちに敬礼の姿勢を取る。

 その一歩後ろに同じく、改二となった大潮と霰と同じ改の制服姿の荒潮と満潮が立っていた。


 陽炎「来てくれてありがと。哨戒任務で疲れているのに悪いわね」


 同じく敬礼の姿勢を取り、謝礼を言う陽炎に朝潮は「いいえ」と応える。


 朝潮「これも任務ですから。しかし・・・」


 言って敬礼を崩した朝潮は、不知火と霞を背負った霰を見やり言い淀んだ。


 不知火は右足を失い中破、霞に至っては大破し霰に背負われている始末。

 明らかに襲撃を受けたとみるべきだろうが、主力艦である陽炎を始め鎮守府に所属する艦娘たちは、そのほとんどが平均練度70を超える精鋭たちだ。


 その彼女たちをここまで損傷させる艦隊となれば、連合艦隊以上の戦力位だろう。

 でも、ここへ来るまでに自分達の電探にはそれらしき艦隊は映っていなかったし、鎮守府からもそれらしい敵艦隊の報告はなかったはずだが・・・・。


 荒潮「とにかく、いったん帰投しましょう~」


 後ろに控えていた荒潮がおっとりとした声で言う。


 確かに、陽炎たちは疲労の色が濃い上に、霞と不知火はすぐに入渠しなければならない状態だ。

 一応、哨戒した限りでは敵艦の反応は無かったものの、不知火たちを大破させた艦隊なら警戒強化のため増援を呼び迎撃する必要がある。


 朝潮「そうね。早く帰投しましょう」


 言って朝潮たちは、護衛対象である陽炎たちを囲むように四方に散開する。

 前方に朝潮と大潮、後方に満潮と荒潮がそれぞれ陣取り、それぞれ副艤装を起動させる。


 朝潮と大潮の主艤装には、改二の改装に合わせて艤装後部にフレーム構造型のレーダーアンテナが追加され、そこには工廠で新たに開発された新型電探―OPS-12並びにMk.86砲射撃指揮装置が搭載されていた。


 OPS-12は、三次元レーダーと呼ばれる新型電探であった。

 この電探の特徴は、アンテナを360度水平に回転させることにより水平方向をスキャン、同時に位相器と呼ばれる装置によって電波を上下方向に飛ばし縦方向をスキャンすることによって、従来の電探では索敵できなかった高度の索敵を可能とし、より正確に目標物の高度、方位、速度並びに対空時の俯仰角を測定し迎撃することが出来る。


 Mk.86砲射撃指揮装置は、追尾レーダーとしてのAN/SPG-60とAN/SPQ-9と呼ばれるドップラー効果を利用した低空警戒/対水上捜索レーダーを搭載した複合装置で、最大110キロメートルの空中目標及び艦船、海面すれすれを飛行する飛翔魚雷を捉えることを可能とする。


 また、この砲射撃指揮装置は、改二実装時に支給された新型速射砲―5インチMk45 62口径軽量砲の射撃管制にも対応する万能型の射撃指揮装置だった。


 僚艦である満潮と荒潮には、対空迎撃能力向上の為、股の所に20mm近接防御火器が二機90度傾ける形で配備されており、これにより現在の第八駆逐隊は従来の秋月型を上回る防空能力を有していた。


 ついこの間まで同じ駆逐艦だったとは思えないほどの豹変ぶりに、不知火は驚愕の面持ちで朝潮達を見つめた。

 

 不知火(これが、あの朝潮たちなのですか)


 不知火自身、夕立や睦月など改二になった駆逐艦娘の姿を何人も見たことがあるが、朝潮たちの改二の姿はそのどれとも違う。

 言うなれば、現代で言うところの護衛艦のような姿であった。


 不知火(この借り物の主砲も、いつかは不知火の愛砲となるのでしょうか)


 ある意味で自分の未来の姿ともいえるその艤装に淡い羨望を抱いた不知火は、霰より託された試作砲にそっと手をやる。


 その時だった。


 大潮「朝潮姉、電探に反応あり!」


 大潮の電探に何かが映り、彼女の甲高い声が響き渡る。。

 その声に、妄想に浸っていた不知火も一瞬で自らを律し電探を起動させた。


 ところが。


 不知火(・・・?)


 どういう訳か、不知火の22号対水上電探には何も映っていなかった。


 不審に思った不知火は、電探から意識を離し陽炎を見やる。


 陽炎「・・・?」


 不知火同様13号対空電探を起動させ索敵をする陽炎もまた、目を閉じた状態でしきりに首をかしげていた。


 おそらく、彼女の電探も不知火同様に何も映っていないのだろう。眉間の皺は山脈のごとく険しくなっていた。


 陽炎「ねえ、大潮。その反応ってどこ?」


 「誤報なのでは」と、電探から意識を離し陽炎が大潮に問う。


 大潮「え・・・っ!?だって、ほら―――」


 皆まで言う前に大潮は何かを察したのか、陽炎たちに申し訳なさそうな顔をで見やった。


 彼女の探知した艦船の位置は、およそ100キロメートルだった。


 大潮の持つAN/SPQ-9の最大索敵距離はおよそ110キロメートル。

 それに対し、最大索敵距離が35キロメートルしかない不知火の22号対水上電探や陽炎の13号対対空電探では、大潮が捉えた反応など見えるわけがない。


 大潮「ごめん・・・。方位240(南西)距離58海里(107・4km)」


 謝罪した後、大潮は報告をはじめる。

 申し訳なさそうにする大潮に対し、当の不知火たちは「なるほど、改二の電探はそこまで見えるのか」と感動してしまっていた。


 それだけの探知距離―実際の所、朝潮たちの電探が異常なだけで他の改二の艤装にはそこまでの索敵能力はないのだが―があればあの時、早霜を救うことが出来たのかもしれない。


 あの時、自分にこの力の一片でもあれば―――


 朝潮「大潮、艦種はわかる?」


 周囲警戒に専念している朝潮が大潮に問う。

 朝潮にもその艦影は見えているのだろうが、彼女自身、今日が改二になっての処女航海であるため、先に改二になった大潮のほうが索敵速度が速い。


 大潮「少し待って。いま、艤装内の登録記録と照合するから」


 意識を集中し記録との照合を行う大潮の脳内では、刹那の速さで船舶の詳細が現れては消えていく。

 さながらコンピューターの如き処理速度であるが、仮に人間がこれと同じことをしようとすれば、数刻と待たずに脳がパンクし廃人と化すであろう。


 大潮「あれ・・・?おかしいな・・・」


 該当する艦船がなかなか見つからず、大潮の額に汗が滲み始める。

 艦娘の主艤装には、大戦時の艦船から現代のモノ、更には深海棲艦の艦船までが登録されており、その数は膨大というべきものだった。

 だが、それは逆に考えればそれだけの数が有れば必ず該当する艦船が存在するという事である。


 だが、大潮の主艤装にはそれらしい艦船は一向に現れなかった。 


 大潮(いったいこの艦は何なの?・・・CV(正規空母)?ちがう、ならあきつ丸さんと同じLHA(強襲揚陸艦)? でも、この飛行甲板が二枚ある艦影って・・・まさか!?)


 何かに気付いた大潮は、主艤装からの艦種登録を中断し、意識を電探へと向ける。

 大潮の意識の眼は、海原を猛スピードで駆け抜けて行き、水平線上に立つ彼の者の姿を捉えた。


 大潮「こ、この艦(ひと)は・・・!?」


 大潮の電探に映った艦娘は、裃を羽織った巫女服姿と身の丈ほどもある巨体な弓―赤城や翔鶴達の持つ和弓ではなくアーチェリーで使われる洋弓―を持っており、その両肩には空母艦娘の象徴ともいえる飛行甲板が一枚ずつ装備されていた。

 

 ただ、彼女の持つ飛行甲板に並ぶのは対空機銃ではなく二機の外式エレベーターと無数の箱状の物体と数基の20mm近接防御火器、そして艦首に向かって二本の溝が伸びていた。

 

 また、左側の背中には航空巡洋艦となった利根と同じような形で船体の一部が槍のごとくそびえ立っている。

 これは揚陸艦特有のウェルドックだと思われ、このことから彼の者は唯の空母では無く、揚陸艦でありながら空母と同程度の航空機運用能力を持つ艦種―LHA(強襲揚陸艦)だと結論付けられた。


 大潮「照合終了。・・・艦種LHA(強襲揚陸艦)だと推測される。ただし、その艦には飛行甲板が二枚確認できる」


 血の気の引いた顔で、大潮は朝潮たちにそう報告した。


 ―――なん、ですって・・・。


 飛行甲板が二枚ある強襲揚陸艦。

 その報告を聞いた朝潮達の表情が、みるみる青くなっていく。


 嘗て、かの大本営において揚陸艦と名の付く艦娘は全部で三隻在籍していた。


 一人が、元陸軍艦娘であるLHA(強襲揚陸艦)あきつ丸、もう一人は半年程前に飛翔魚雷の実験運用の為、特務艦に艦種変更された元LPH(ヘリコプター揚陸艦)ゼルテネス・ティーアであった。


 そして、最後の一人が世にも珍しき飛行甲板を二枚持ち、敵味方問わず全ての艦娘達から最強とうたわれ、悪魔と恐れられた艦―LHA(強襲揚陸艦)天照であった。


 だが、天照は一年前の大規模作戦の折、単独で出撃したまま消息不明になっていた。


 まさか、彼女は生きていた、と?


 『こんにちは。艦娘の皆さん』


 突如、通信機から幼くもどこか聞き覚えのある声が流れ、朝潮たちはその声にくぎ付けになった。


 朝潮「・・・あまてらす、さん?」


 思わず生返事をする朝潮に、通信機の少女は『久しぶりね、朝潮』と親しみのある声音で応えた。


 この声を以て、朝潮たちは納得せざるを得なくなった。


 そう、彼女は―天照は帰って来たのだ。


 だが、その帰還は果たして朝潮たちにとって必ずしも喜ばしいことであったのかと問われれば、彼女たちは首を縦に振ることを躊躇ったであろう。


 そう、天照は仲間であるが、敵でもあるからだ。


 天照『みんな、息災で何よりだわ』


 心底嬉しそうに天照はいう。


 朝潮たちは本心では轟沈したと思っていたかつての仲間との再会を喜びたかったのだが、彼女たちの顔は臨戦態勢のままであった。

 何故か。

 答えは簡単である。


 【自分たちに銃口を突き付ける相手】に対し、どうして諸手を挙げて歓迎できよう。


 霞「天照、あんたね・・・。世間話をしたいなら、まず私たちに向けた照準(じゅうこう)を下げなさいよ」


 ふつふつと湧き上がる激情を必死で抑える様にして霞は言う。


 改二―それも朝潮たちの艤装及び、霞の艤装と同調している霰でなければわからないであろう飛翔魚雷の照準固定。

 それは、即ち「これから貴方たちを沈める」という天照からの無言の意思表示でもあるからだ。


 彼女の言動からして恐らく撃つ気はないのでろうが、いったい何が面白くてこんなたちの悪い冗談をするのか理解に苦しむ。


 天照『あら、よくわかったわね。さすが改二の力といった所かしら』


 まるで悪戯がばれたとでも言うような感じで応えた天照は、ようやく飛翔魚雷の照準を解除する。

 それでようやく、霞たちは警戒の構えを解き、天照の世間話に付き合うことにした。


 だが、霞は天照との会話が何時もの談笑になるとは思えなかった。


 実の所、朝潮と同じ艤装を持つ霞はすでにかなり前―大潮の電探に反応があった時点で識別を終えていた―から天照の飛翔魚雷が狙っていたことは知っていた。


 そして、彼女と再会したとこがよりにもよって海上(ここ)だったという事が霞の何よりの判断材料だった。


 でも、この事は黙っておこう。

 天照とは、まだ仲間同士でいたいから。


 だが、現実はそんな霞の願いを打ち砕こうとしていた。


 天照『安心してちょうだい。貴方たちに危害を加えるつもりはないから』


 「何もしなければ」と言外に付け足す天照に、朝潮たちは己が心臓を鷲掴みにされる感覚に陥る。

 彼女との距離は100キロ以上離れているというのに、すでに自分たちは彼女の手の届く位置にいるようだった。

 否、天照の副艤装にとって100キロという距離は、最早彼女の有効射程距離なのだ。


 朝潮「では、天照さんはこのまま私たちと一緒に帰投してくれるのですね」


 霞と同じ心境にいた朝潮が、慎重に言葉を選びながら天照に問う。


 彼女がどうして今頃になって現れたのかは正直なところ分からない。

 だが、もしも自分の予想通りならば彼女は私たちの敵となるだろう。

 その時、自分たちは全員が生きて帰れる保証は無く、運よく生き残ったとしても彼女を生涯憎悪することになる。


 だから、朝潮はこのまま見逃して欲しいと願った。

 言外に「仲間でいさせて欲しいと」そう付け足し頼んだのだ。


 天照『そうね。出来ればそうしたかったのだけれど』


 だが、朝潮の懇願に天照は残念そうに声音を落としため息交じりにそう言った。

 その反応が、朝潮に最悪の展開を告げようとしていた。


 ――やめて。


 天照『私にも、艦娘としての務めがあってね。ほんと、難儀なものだわ』


 ―――お願い、それ以上言わないで。


 言の葉にしてしまえば、あなたは私の敵となってしまう。


 だが、朝潮の願い虚しく天照は非情な宣告を告げた。


 天照『第三艦隊並びに第四艦隊に告げます。そこにいる《元駆逐艦霰》を直ちに引き渡しなさい』




 第十一章




 天照「第三艦隊並びに第四艦隊に告げます。そこにいる《元駆逐艦霰》を直ちに引き渡しなさい」


 朝潮らに最後通告ともいえる勧告をした後、天照は胸の奥から湧き起こる猛烈な嫌悪感に「ハァ」と思わずため息をついた。


 天照(やっぱり言うべきじゃなかったかな・・・)


 こんなに気分が悪くなったのは、いったい何時ぶりだろう。


 今まで使命とはいえ多くの艦娘を手に掛けてきたが、こうして最後通告をするのは初めてこの任務で同胞を沈めて以来の事だから、これで二度目になるのだろうか。


 天照(でも、意外だったかな・・・)


 吐き気を催すほどの感覚に、天照はまだ自分に艦娘(ひと)らしい感性が残っていたのかと我ながら感心していたとき、通信機から不知火の怒声が聞こえてきた。


 不知火『どういうことですか!?。霰が元艦娘?意味が解りませんよ!』


 通信機越しに不知火が抗議と疑問を投げかける。


 無理もないだろう。

 あの娘が着任した時、解体予備艦の制度はすでに廃止され、私も消息不明になっていたのだから。


 ―――そう、前の貴方は、私がこの手で沈めたのだから。


 天照「どうもこうもないわ。今、あなたの傍にいる艦(こ)は解体予備艦―すなわち艦娘としての責務を果たせなくなった娘よ」


 執行人らしく、天照は努めて感情を乗せないように返した。


 おそらく今頃、施行当時からいる朝潮たちの顔は最悪の状態になっているのだろう。


 吹雪型然り。睦月型然り。陽炎型然り。高雄型然り。金剛型然り。


 解体予備艦の廃止を受けた艦娘たちは、皆一様廃止を決めた提督に歓喜し、泣きつき、感謝した。


 これでもう、姉妹たちを沈めなくて済む。

 戦友として、皆の中に入れる。

 名誉ある英霊として、送ることが出来る。


 そう言って、彼女たちは仲間の血で穢れた己が使命から足を洗い、戦友としての生涯を全うしていった。


 朝潮『・・・何時ですか』


 通信機から、今度は絞り出すような朝潮の声が聞こえる。


 その声音に《何故》という言の葉が存分に含まれていたが、天照はあえてそれを無視し、事実のみを伝えた。


 天照「昨日。工廠から貴方に改二実装の報告があった日ね」


 朝潮『!!っ』


 通信機越しでも解るほどに朝潮は驚愕した。

 無理もない。

 改二の知らせが来たとき、貴方は元より姉妹艦や他の艦娘たちも彼女を祝福し健闘をたたえたことを。

 無論、その輪の中に霰もいた。


 やはり、彼女は知らなかったのだ。

 あの時すでに、霰は解体撃予備艦となっていたことに。



・【朝潮側へ場面移行】


 朝潮「私は、わたしは・・・」


 天照から衝撃の事実を知らされ、朝潮は自己嫌悪に陥っていた。

 

 最悪だった。

 解体予備艦が廃止されると聞いた時、朝潮は誰よりも狂喜した。

 

 これで、誰からも恨まれなくて済む。

 妹たちの絶望する姿を見なくて済む。

 己が力を、司令官の為に存分に振ることが出来る。


 そう想い、日々努力する朝潮の下に、あの日、報酬とばかりに改二実装の知らせが舞い込んだ。

 その知らせに、すでに改二となっていた大潮や霞、他の妹たちもまるで自分のことの様に祝福してくれた。

 霰も「おめでとう」と祝福してくれた。


 朝潮(本当に・・・、本当にそうだった・・・?)


 あの日、自分の処刑宣告を受けた霰は本当に喜んでくれたのだろうか。

 本当に、祝福してくれたのだろうか。


 自身の処刑人と成るかもしれない者が、新しい処刑道具を手に入れ、その試し切りを自分で行おうとしているかもしないと言うのに。

 それを喜ぶ阿呆が、本当に居るというのだろうか。


 生来の生真面目さ故か、知らなかった事への罪悪感なのか、朝潮の思考は見る見る黒く染まっていく。


 朝潮「・・・・・」


 頭が真っ白になり、自分の記憶が信じられなくなくなった朝潮は救いを求めるように霰を見る。


 「卑怯なことを」と自身の残った良心が止めよと警告を鳴らしたが、最早それすらも耳に入らなかった。


 だって、こうでもしなければ羞恥と罪悪感で自沈したくなりそうだった。


 あの日妹が絶望の底に叩き落とされた時、自分はこの世の春を謳歌していたなどと、許されるわけがない。


 霰「・・・朝潮姉」


 許しを請うように見つめる朝潮を直視できず、霰は視線を泳がせた。


 霰(朝潮姉・・・。お願い、そんな眼で、私を見ないで・・・・)


 解体予備艦になったことを言わなかったのは、あの日が姉の祝日だったからだったからではく、寧ろ告白することによって、姉妹たちの立場が危うくなることを危惧してのことだった。


 確かに、解体予備艦の宣告を受けた時は、司令官を恨みもした。


 でも、訳を聞き、彼の掲げる理想を目の当たりにした時、自分はこの宣告を受け入れようと決意したのだ。


 それに、自分を慕ってくれる姉たちの事。例え何と言われようと絶対彼女たちは司令官に噛みつく。

 そうなれば、姉たちは最悪反逆罪に問われて解体されるかもしれない。


 だったら、いっそ何も告げずにこのまま去ってしまおう。

 そう勝手に自分で結論付けて、ここまで来てしまったんだ。


 ―――だから、朝潮姉そんなに自分を責めないでよ。


 悪いのは私なのに、貴方にそんな顔をされたら私、何も言えなくなっちゃう。


 霰「・・・朝潮姉、霰は―――」


 荒潮「待って霰。それ以上はいけないわ」


 朝潮に懇願される霰を見かねたのか、荒潮は霰と朝潮の間に遮る様に立った。


 朝潮「あら、しお・・・?」


 荒潮「姉さん。今は、自暴自棄になっている時ではないわ」


 朝潮を見つめる荒潮の顔は何時ものおっとりとした表情ではなく、怒っているような悲しんでいるような不思議な表情だった。

 ただ、彼女を見つめる瞳には朝潮に今すべきことを伝えていた。


 ―――今は、霰を救う方が先だ。


 荒潮「天照さん、教えてくれるかしら」


 朝潮を見下ろしながら、荒潮はあえて何時ものおっとり口調ではなく、凛とした口調で天照に問うた。


 本気だった。


 執行者たる天照を説き伏せられれば、霰を連れ帰ったとしても他の処刑人たちも納得せざるを得ないだろう。

 否、納得させる。

 例え、虎の威を借る狐だと侮蔑されようと、妹を―霰を生かす。


 彼女の口調にはそういった意思があった。


 天照『なにかしら』


 荒潮「霰の呪染はどのくらいまで進んでいたの?」


 【呪染】


 その言葉が朝潮以下全員の心に深く突き刺さる。


 艦娘にとって最大の大敵である呪染は、入渠によってのみ浄化できるが、今だ不明な点が多すぎるため完全に浄化することは不可能だった。


 この取り除けなかった呪染―便宜上残留呪染という―は、進行具合で5段階に区別されており、戦闘を重ねるごとに微量ではあるが艦娘の肉体に蓄積されていく。


 残留呪染は、濃度がレベル3になると傷の治りが悪くなったり艤装との同調に不具合を生じ始め、レベル4になるとほぼ完全に艤装との同調が出来なくなり、入渠しても傷の治療が出来なくなる。


 レベル4まで呪染が進行した艦娘達はもはや解体する以外に道がないのだが、何の因果かレベル4に達した多くの艦娘が主戦力である高練度艦であった為、鎮守府の提督たちはいかにこの呪染から戦力となる艦娘たちを守るのか日々頭を悩ませていた。


 天照『霰の呪染はレベル3,9よ』


 荒潮(・・・レベル3,9)


 それは、艦娘が艦娘としての責務を果たせるぎりぎりのレベルであり、解体予備艦となる艦娘が最も多い数値でもあった。


 呪染は、艦娘とはどんなに足掻いても影のごとく付きまとい、喰らう。


 入渠も出来ず艤装も纏えない艦娘は最早戦うことが出来ないのだが、元々彼女たちは鎮守府の主戦力だった為、むざむざ解体するわけにもいかない。

 なれば、代替えの艦娘が出来るまで戦える範囲で戦わせ、然るの後解体する。


 そう、【今は解体しない。何れ解体する】


 諸々の提督たちは例え己が愛情を注ぎこんだ艦娘であろうと、その言葉の通り呪染が艦娘を喰らい尽くすその一瞬前まで彼女たちを使役し続けた。


 大多数の鎮守府における解体予備艦の制度はこうして使用されていた。


 だが、解体予備艦にはもう一つの側面があった。

 そう、艦娘の私物化だ。


 解体予備艦となった艦娘は、船籍―つまりヒトで言う戸籍が存在しない。


 戸籍がないのであれば、その者は【存在していない】のと同じ。

 ならば、【存在していないモノ】をどう扱おうがこちらの勝手であろう。


 そう言う手前勝手な思考の下、一部の悪辣な人間たちの間で船籍をはく奪された艦娘達は『モノ』として扱われるようになった。


 そして、悪辣な鎮守府の一斉摘発に伴い、モノとして扱われた艦娘の処分を任務として創設されたのが、横須賀鎮守府特別任務艦隊―通称【レムレース艦隊】と呼ばれる艦隊であった。


 大本営において表向きは存在しないことになっているこの艦隊は、解体予備艦となった艦娘の始末を主な任務とし、艦娘達から恐怖と怨嗟の対象となっていた。


 そして、天照はその艦隊の旗艦を務めていた。 


 天照『さて、荒潮まだ何か聞くことはある?』


 荒潮「・・・・っ」


 天照の問いに荒潮はぎりりと奥歯を鳴らす。


 朝潮「何か。何かほかに方法はないのですか・・・」


 傍らで座り込む朝潮も、うな垂れながら誰に問うたわけでもなくそう呟いた。


 船籍のない艦娘は、当然鎮守府の施設を使用することは出来ない。


 これは、最早ほとんど忘れられた制約であったが、それ故に解体予備艦は艦娘にとって畏怖の対象となった。


 そして、一度解体予備艦となってしまえば、万が一にもそれが覆ることはあり得ない。

 分かっている。解っているのだ。


 それでも―――


 荒潮「・・・朝潮姉さん。大潮姉さん。満潮姉さん。霞。私、やっぱりこのまま黙って霰が沈むのを見たくないわ」


 言って荒潮は主砲を起動させ、陣形から一歩離れる。


 朝潮「荒潮・・・?」


 全員「荒潮(姉(さん)・・・!?」


 その行為に霰の含む全員の視線が荒潮の背中に集中する。


 『彼女と―天照と闘うというのか』


 そんな声なき言の葉が荒潮の体を貫き、彼女の華奢な体躯をぶるると震わせた。


 相手は天照―即ち主たる鎮守府そのもの。そして、彼女に抗うことは主たる司令官に刃を向け、彼に反旗を翻す事と同義。


 無謀であることは百も承知。自分たちが勝てる確率など、億兆分の一以下であろう。


 だが、それでも妹が水面の底に沈むのを黙ってみていることなどできない。


 恐らく、今まで多くの姉妹艦たちがしてきたようにその億兆分の一の確率にかけて妹を救う。


 そう心に唱え己を鼓舞し啖呵を切った、・・・のだが。


 荒潮(うふふふ・・・。怖い、恐いわぁ)


 自身の啖呵と裏腹に、荒潮の心には恐怖が渦巻いていく。


 幾度となく深海棲艦と死闘を繰り広げ、鬼級や姫級とも刃を交えたが、これほどまでに恐怖を感じたことなど一度もなかった。


 ―――無理だ、抗う相手が大きすぎる。


 主力艦故なのか無駄に相手の力量が解ってしまって、幾ら頭を捻り、作戦を―戦術を練っても、自分が霰を救う光景が浮かんでこない。

 浮かぶのは、自分が沈む姿と霰が八つ裂きにされる姿のみだった。


 荒潮(駄目。体が動かない・・・)


 思考が、艦娘としての本能が【逃げろと】警鐘を鳴らす。


 『今すぐ逃げろ。自分のような駆逐艦(こわっぱ)一人が、彼女に勝つなど天地がひっくり返ってもあり得ない』


 足が大笑いをしている。

 腕が震える。

 腰が引ける。


 『天照に挑む』


 そう思っただけでこんなにも恐怖を感じるものなのか。

 まるで、彼女への恐怖が物心つく前に躰の隅々まで刷り込んであるかのように、荒潮は武器を構える事すら忘れてその場に立ち尽くした。


 天照『どうしたの、荒潮。さっきまでの勢いはどこへ行ったのかしら?』


 荒潮「ヒィっ!?」


 まるで見いていたかの様に言う天照に、荒潮は慄き情けない声を上げる。

 刹那、水平線の彼方からどす黒いナニモノかが自分を鷲掴みにした気がして、荒潮は完全に腰を抜かし朝潮同様その場にへたり込んでしまった。


 荒潮「あ・・・、あああ・・・」


 ―――無理だ。こんなの勝てっこない。


 100キロメートルの彼方から立ち上る白刃の如き殺気は、完全に荒潮から戦意を根こそぎ奪い取ってしまった。


 もはや今の彼女の顔面は、戦意の欠片すらなく怯え泣きすさむ少女のそれであった。


 荒潮(いやっ・・・。こんな・・・嫌ぁ・・・)


 恐い。怖い。こわい。コワイ―――


 直後、荒潮のスパッツを温かい何かが包み込む。


 荒潮「はぁ・・・、ははは・・・」


 それが、自分の催したものだと気付くのにさして時間はかからなかった。


 私は、なんて無様なんだ。

 あれほど大見得を切っておきながらこの様とは。

 きっと、後ろで見ているみんなも「馬鹿な娘だ」と哂っているに違いない。


 荒潮「・・・ごめん、な、さい・・・」


 ふとそんな言葉が、荒潮の口から出てきた。

 別に誰かに当てたわけじゃない。ただ、言っただけの何の意味もないものだった。


 だが、それを聞いた者がどう思うかは全くの別物である。


 「今更、謝ってどうすんのよ」


 無意識の言葉に応答され、荒潮はおもむろに顔を上げた。


 荒潮「・・・み、満潮、姉さん・・・?」


 声の主は満潮だったが、荒潮の目に映ったのは彼女だけではなかった。

 大潮、陽炎に肩を貸される形で不知火。そして、不知火と同じく満潮と一緒に霞までいた。


 大潮「荒潮。ごめんね、一人だけ怖い思いをさせて」


 言って大潮は荒潮を優しく抱きとめる。その抱擁はとても暖かいものだったが、党の荒潮は状況が読めずに目を白黒させた。


 荒潮「みんな、どうして・・・」


 私が前に出た時みんなは無謀だと言っていたのに、どうして、どうしてそんな顔で私を見ているの。

 戦意を喪失した荒潮とは対照的に、皆の顔は全員決意と覚悟に満ちていた。

 そう、つい数刻前まで荒潮がしていた顔である。


 満潮「朝潮姉!いつまで呆けてるのよ!」


 朝潮「・・・っ」


 腹の底から出すようにして、満潮は朝潮を怒鳴りつける。

 しっかりしろ。

 貴方は、私たちの―朝潮型の長女(ネームシップ)だろう。

 その一喝が、朝潮の折れた心に今一度の戦意を与えた。 


 朝潮「・・・・そうね。私が、先陣を切らないとね」


 うな垂れた顔に両手で喝を入れ、朝潮は立ち上がる。

 その顔には、先程までの消沈は微塵も感じられず、主力として横須賀の地を守護して来た彼の艦娘のそれであった。


 朝潮「荒潮。私たちも一緒に戦うわ」


 勇を鼓す笑顔でいった朝潮は、停止させていた副艤装を再稼働させる。

 それに追従する形で、大潮達も同じく副艤装を稼働させた。

 朝潮の5インチMk45 62口径軽量砲が虚空を睨み、大潮のMk.86砲射撃式装置が海面を掌握し、満潮の20mm近接防御火器が迫り来る不届き者を穿たんとその砲身を回転させる。


 戦闘の出来ない霞は満潮、陽炎たちのサポート役としてOPS-12を起動させ彼女達の眼となるようだった。


 荒潮(どうして・・・?)


 自分が蒔いた種を巻き込んだ姉たちに刈らせて様としていることに、荒潮は自虐の念に駆られた。

 本来、自分が蒔いた種なら自分で刈らねばならないというのに。


 なのに――― 


 荒潮「無理よ・・・。勝てっこない」

 

 「私も戦う」そう言おうとした荒潮の言の葉は、まったく別の文言を紡いだ。


 その言葉は荒潮の本音ではなかったが、彼女が何をしようと考えているのかを推し量るのには十分なものだった。

 ことの発端は自分の蛮勇のよるもの。なら、自分にその責任を負わせればよい。


 『落とし前を付けろ』


 その一言で良い。

 それさえ言ってくれれば、私は玉砕覚悟で天照を足止めできるのに。


 満潮「ねえ、荒潮。あんたまさか、『私たちを逃がすために自分は特攻しよう』なんて考えてない?」


 まるで荒潮の考えを見透かしたように満潮は言った。  

 荒潮は頷きこそはしなかったが、沈黙で応えた。


 『沈黙は肯定』


 その通りだ。この諍いの発端は自分にある。

 自分一人でどれだけ時間が稼げるかは解らないが、とにかく霰を鎮守府まで連れ帰ればまだなんとかなるかもしれない。


 解体予備艦の宣告が覆るかは正直分からないが、司令官なら鎮守府の工廠を支えてきた艦をむざむざ捨てたりはしないだろうし、霰の残留呪染のレベルならば、まだぎりぎり除染が出来るはずだ。


 それに、資材が必要だというなら私の戦没恩賞がある。

 艦娘は轟沈した際、その慰安金として僅かであるが資材が提督たちに支給されることになっている。

 ただ、命令違反である自分にその恩賞が出るのかは定かではないが、自分の戦没恩賞なら霰を入渠させるには十分な量だ。


 だから―――


 満潮「・・・けないでよ」


 担いでいた霞を大潮に押し付け、満潮は荒潮に詰め寄る。


 荒潮「・・・へ?」


 満潮「ふざけないでよ!このクズ潮!」


 満潮は荒潮の胸ぐらを掴み自分の眼前に引き寄せると、思いのたけをぶつけるように怒鳴った。


 大潮「え、ちょっと、満潮――――」


 唐突に有無を言わさず妹を押し付けられた大潮は慌てて止めようとするが、朝潮はそれを片手で制した。


 ―――放っておきなさい。


 そう無言で訴える朝潮に、大潮は困り顔で陽炎たちに助けを求めたが、残念、陽炎たちも同じ意見だった。

 困り果てて今度は押し付けられた霞を見やるが、その彼女もまた右に同じ。

 結局、大潮はことの成り行きを黙ってみているしかなかった。


 満潮「死にたいのなら、勝手にすればいい。でも、私の目の前で死ぬのだけは絶対に許さない。許さないから!」


 目じりに大粒の滴をためて声を張り上げる満潮をみて、荒潮はここにきて己が愚考を理解した。

 そうだ、私は前世大戦の折、満潮を残して沈んだのだ。

 この現世に転生しても尚、私は同じ過ちを繰り返すつもりだったというのか。

 普段こそツンケンしているが本当は仲間想いで、同胞の死に人一倍敏感なこの姉にまた同じ思いを・・・。


 荒潮「ごめん。満潮姉さん、私・・・」


 満潮「ふん・・・。解ればいいのよ」


 掴んだ手を放しながら、満潮は「怒鳴ってごめんなさい」と付け加えた。


 荒潮「うぅん。おかげで目が覚めたわ」


 乱れた制服を直し立ち上がった荒潮の顔は、もはや先ほどまでの怯え泣きすさむ少女のそれではなかった。

 その姿を見た満潮は満足げに戦列へと戻り、大潮と霞に「ごめんなさい」と自身の非礼を詫びる。

 そのやり取りを一瞥した荒潮は、一度深呼吸した後、正面を―天照を見つめた。 


 荒潮「暴れまくるわよぉ~」


 言って、荒潮は副艤装を起動させる。

 右手に持つ12cm連装砲と股に装着した20mm近接防御火器にそれぞれ弾薬をこめ、左手に持った61cm四連装酸素魚雷発射管を起動させる。

 果たしてこの魚雷を天照に打ち込むことが出来るのかどうか、それは、神のみぞ知るであろう。


 荒潮「みんな、ごめんなさい。見苦しいところを見せちゃったわね」


 言って荒潮は戦列に加わる。

 その顔は、吹っ切れたように清々しかった。

 その姿を見て、大潮と朝潮はほっと胸をなでおろしたときだった。


 天照『荒潮はどうやら立ち直ったみたいね』


 通信機越しに天照がいう。

 どうやら彼女も、満潮とのやり取りを聞いていたのだろう。その声音には心配と安堵の色があった。


 荒潮「えぇ。おかげさまで」


 天照『そう』


 荒潮の返答に天照はなんともそっけなく言った。

 だが、その声音に僅かながら安堵と悲壮が込められていることを荒潮たちは見逃さなかった。


 朝潮「天照さん。私たちは・・・」


 天照『ええ、解ってる』


 皆まで言う前に、天照は会話を切った。


 そう、解っている事だった。


 これは、幾度となく―それこそ数えるのを諦めるくらいにやって来たこと。

 あの娘たちの意地を尊重し、その血を以て救済するために必要なこと。


 天照『とりあえず、もう一度聞くわよ。第三艦隊並びに第四艦隊に告げます。そこにいる《元駆逐艦霰》を直ちに引き渡しなさい』


 霰を除く艦娘全員「否です」


 即答だった。

 なら、これ以上の説得は不要。そう判断し天照は開戦の言葉を紡いだ。


 天照『そう、なら天照は己が使命を果たすため貴艦達を撃沈します』


 その声音を最後に、天照側の通信機が切られる。

 と同時に、朝潮たちの電探に夥しい数の航空機が映し出された。

 その数、およそ100機否、200機はいるであろうか。


 朝潮「全艦、対空戦闘、用意!」


 朝潮の号令で全員が一斉に砲火を上げる。


 ここに、朝潮たちの最初で最後の内戦が始まった。





 第十二章




 太陽が西へとわずかに傾きかけた二藍色の空を、日の丸を背負った夥しい数の鋼鉄(くろがね)の小鳥たちが行く。


 各編隊ごとに一糸乱れることなく大空を行くその姿はさながら渡り鳥を連想させるが、もしこの渡り鳥の腹の下に何者かがいたならば、きっと其の者は一刻後にはその場から跡形もなく消滅しているであろう。


 朝潮「全艦、対空戦闘用意!」


 朝潮の号令で全員が大空を睨み付ける。

 己が電探に映るは、夥しい数の緑の光点―即ち味方の識別信号。


 故に、主艤装に装備された接近警報はその役目を果たすことなく沈黙を保っているが、彼女たちは皆各々装備を構えひたすらに空を見上げる。


 霞「第一波接近。機種、艦上爆撃機彗星。数、24。左右に分かれて接近中」


 満潮、荒潮、陽炎らと共に対空警戒に当たっていた霞から接近の報告があがる。


 24機の艦載機ともなれば、それは軽空母における搭載内訳の【最大搭載機数】に相当するが、天照にとってそれは【最低搭載数】にすぎない。


 それを、12機ずつ左右に分かれて攻撃させるという戦法は、天照の十八番である波状攻撃の第一波に相当する航空戦術だった。

 そして、それは即ち彼女は我々と本気で事を構えるという意味でもあった。 


 朝潮「まずは小手調べ、ということみたいね」


 朝潮は右手に装備した5インチMk-45 62口径軽量砲を迫る空の狩人に向け、そこに左手を添える。


 通常、朝潮たちは片手で主砲を扱っているが、砲弾を文字通り機関銃のごとく撃ちまくる速射砲相手では、射撃の際、反動で射線が縦横にぶれてしまうため、その抑制として両手で扱うこととなっていた。


 朝潮「主砲斉射、用意!」


 主の号令で右手に装備された5インチMk-45 62口径軽量砲が淡く光り輝く。

 それと同時に、軽量砲の下部―即ち砲塔の基部から従来の連装砲には無かった機械の駆動音が轟き、主副両方の艤装が喧騒に包まれる。



 整備妖精(主艤装)「主砲、発射準備用意」


 主艤装に詰める指揮要因からの号令が、砲塔下部に存在する管制室に木霊する。

 それを合図に、砲塔下部に詰める整備妖精たちは、各各々に振り分けられた制御盤を捜査していく。


 整備妖精(砲塔下部)1「管制室了解。装填ホイスト起動。主砲弾12サンチ徹甲弾、装弾数20」


 驚くべきことに、速射砲の内部は従来の連装砲とは違い、砲塔内部にヒトが詰めることは無い。


 整備妖精2「ホイスト起動確認。主砲弾マガジン・ドラムにセット開始」


 電子機器の進化に伴い、砲塔内部には高速化された自動装填装置と駐退機構及び揺架、砲駆動装置、そして毎分20発の12サンチ砲弾を撃ちだす62口径のライフル砲が鎮座している。


 整備妖精3「セット確認。自動装填装置、全砲機構起動確認」


 砲塔内の無人化に伴い、砲塔そのものは小型化され整備妖精達も砲塔内から砲塔の基部に管制装置ごと移動することになった。


 整備妖精1「システム正常に作動。主砲発射準備完了」


 基部には、移動した管制装置と毎分20発の速射を可能にする20発入りドラムマガジンが管制室中央を貫く形で屹立し、その周りに各制御盤がドラムマガジンを取り囲む形で置かれている。

 この射撃システムは、一斉射ごとに主艤装の弾薬庫から装填ホストを経由し、ドラムマガジンへと転送され砲塔内へと自動装填される仕組みとなっていた。


 また、構造上この速射砲は上下に長いため、その容姿は従来の朝潮たちの持つ12cm連装砲のそれではなく、艦船の船首上甲板を切り取り、腕に手甲よろしく装備する形となった。

 それは、宛ら小型化された秋月型の長10cm連装砲の砲塔機構がそのまま腕に載っているかのような光景だった。


 朝潮「了解。主砲、Mk.86砲射撃指揮装置と連動開始」


 主の号令の下、主艤装から機械の駆動音が響き渡り、増設された電探の一つMk.86砲射撃指揮装置が淡く光り輝く。

 それに呼応するかのように、5インチMk-45 62口径軽量砲がまるで生きているかのように滑らかに動き、虚空より飛来する24の黒鉄の鳥を睨み付ける。


 整備妖精(主艤装)「主砲、砲射撃指揮装置との連動確認。主朝潮、主砲のトリガーをそちらに渡します」


 主艤装に詰めている整備妖精より、朝潮の左手に主砲のトリガーが薄い緑の光と共に出現し、朝潮はそれをしっかりと握りしめる。


 それを合図とし、5インチMk-45 62口径軽量砲の発射シーケンスはすべて完了した。 

 

 朝潮「目標、前方右翼より迫る敵艦載機隊。主砲連射60秒、撃ちィ方ァ始め!」


 連合海軍特有の掛け声とともに、朝潮は引き金を引きその力を解放させた。


ドン、ドン、ドン――― 


 毎分20発の射撃能力を誇る5インチMk-45 62口径軽量砲が、連続する轟音と共に接近する右翼12機の彗星目掛け12サンチの弾幕を張る。


ドン、ドン、ドン、ドン、ドン―――


 前世大戦時には無かった最新鋭のレーダー観測による目標計算により放たれた127ミリ徹甲弾は、目視観測とは比べ物にならない精密さで迫り来る艦載機を次々に撃ち落としていく。


 不知火「沈め、沈め!」


 陽炎「攻撃よ、攻撃!」


 別の場所では、陽炎たちが霞のレーダー観測を受けて左翼の敵機を迎撃していた。

 ただ、流石に朝潮ほどの精度はなく、不知火も慣れない試作砲に手を焼いているようだった。


 不知火「・・・っ。中々のじゃじゃ馬ですねっ」


 一斉射ごとに五発の砲弾を発射する霰の試作砲は、当然撃つ側にも斉射ごとに五発分の反動と負荷を与える。


 流石に五連続発射ともなれば反動はすさまじく、撃つごとに腕は振動に震え、肩は後ろにちぎれ飛びそうになる。

 だが、そんな苦痛も今の不知火に湧き起こる高揚感に比べれば甘美なものに過ぎない。


 不知火「ふふふ・・・。本当、七面鳥撃ちとはよく言ったものですね」


 まるで、至近距離で射的ゲームをしているかのように次々と敵艦載機が墜ちていく様を見て、不知火は、嘗て彼の米英たちに飲まされた煮え湯を思い出していた。


 大戦末期、多くの敗戦で優秀な人材を失った帝国海軍は、経験豊富な米英連合艦隊の艦載機隊と強固な対空防御網に手も足もでなかった。

 連合艦隊の優秀なレーダー網と高性能な艦載機、そして高練度の航空機隊は嘗て無敵を誇った「ZERO」の名声を完膚なきまでに打ち砕いた。 


 七面鳥とは彼の國の家禽のことであり、彼の國にとって大敗を期した帝国海軍の艦載機隊は「Turkey shoot」の名のごとく容易に打ち取ることのできる時代遅れの動く的となり果てていた。


 それを、不知火は数十年の時を得て初めて実感した。 


 レーダー射撃を駆使すれば、艦載機を落とすことはこんなにも簡単なことなのか、と。


 陽炎「ホント。まるで射的ゲームね」


 少し離れたところで10cm連装高角砲を放っていた陽炎が、なんとも面白くないといった表情でつぶやく。

 実際、霞のもつOPS-12も霰の試作砲も、原点は音速を超える物体を迎撃するために造られたものだ。

 それに比べれば、最高速度が550km/h程度の艦載機が相手ではほとんど止まって見えているに等しい。 

 故に、七面鳥撃ち。

 故に、これが前世の不知火たちの姿。

 なんとも憐れで、滑稽なことだろう。一周回って高揚感から一転して嘲笑が込み上げて来たところで第一波は全滅した。


 不知火たちの被害は、皆無だった。





 天照「第一波撃滅。流石ね」


 鎮守府海域よりおよそ58海里(107・4km)南西―先ほどまで不知火たちが哨戒任務をしていたところに陣取った天照は、自身の艦載機隊が朝潮たちによって全滅させたことに口元を僅かに綻ばせた。


 もっとも、最初にけしかけた艦載機隊は天照の艦載機隊の中ではまだまだ若輩―詰まる所一等兵に相当する。

 天照としてはあれくらい撃墜してくれないと、流石に張り合いがないというものだった。


 ただ、その後ろに控える彗星一二型甲40機と流星改102機からなる第二次攻撃隊は天照の主力部隊であり、歴戦の強者揃いだ。

 とりあえず軽くあしらう程度に戦い全機帰投せよ言ってあるが、これを彼女たちがどう負かすのか見ものである。


 天照(とりあえず。五月雨と村雨よりは骨が折れそうね)


 処分したかつての同胞の今際の際を思い出しつつ、天照は次なる艦載機隊を発艦させるべく腰の矢筒から一本、さらに同じ手で背中から一本それぞれ取り出す。


 通常、矢じり型の艦載機を使う空母艦娘は矢筒を一つしかもたない。


 これは、この矢筒が空母の格納庫に当たるためであり、この矢筒が二つあるということは、それ即ち彼女が同規模の格納庫を二つ持っているということに他ならない。

 それを裏付ける様に、天照の肩には空母艦娘の象徴ともいえる空母甲板が左右に一基ずつ配備され、そこには20mm近接防御火器4基と飛翔魚雷の一つRIM-7シー・スパローを収めた二基の八連装飛翔魚雷発射管がそれぞれ装備されている。

 そう、天照は船体を二つ持つ双胴艦なのだ。


 天照「第一甲板、第二甲板。電磁カタパルト起動」


 持った二本の矢を左手に持った洋弓に同時につがえ天照は弦を引き絞る。


 その洋弓―天照が使用しているのはコンパウンドボウという滑車を用いたタイプ―には、発射の際衝撃吸収を行うスタビライザーが二基持ち手を挟む形で装備されているが、そのスタビライザーは天照が弦を引き絞るのに合わせてバチバチと音をたてはじめる。


 天照「出力35パーセント。リヴァイブ隊、発艦!」


 二基のスタビライザーを模した電磁カタパルトが目標出力になったところで、天照は矢(かんさいき)を離した。


 ドゴオオ--ン


 およそ艦載機用のカタパルトが放つ音とは思えぬ巨砲の如き轟音を放ち、電磁カタパルトは添えられた二本の矢を音速並みの速さで打ち出す。


 蒸気カタパルトの数倍の出力で射出された二本の矢は、一直線に雲海を数秒滑走したのち、光に包まれる。

 その光は、矢じり―即ち艦載機に搭乗する妖精の発するもので、その光はただの矢じりを5機の【動物の頭蓋骨】へと変身させた。


 さらに天照は同じ動作を四度繰り返し、総勢40機もの頭蓋骨型の艦載機を発艦させる。


 天照「リヴァイブ隊に通達。目標前方敵艦隊に存在する解体予備艦」


 リヴァイブ妖精『了解。リヴァイブ隊、目標を雷撃処分する』


 天照より放たれたリヴァイブ隊―深海棲艦の所持する新型艦載機隊は一路己が目標へと向かっていった。

 その光景を見つめながら、天照は胸元に手を当て、そこに隠したものを握りしめぽつりと呟いた。


 『願わくば、貴方の次の艦歴(しょうがい)に幸多からん事を』


 



 第一三章


 


 二藍色の空を、100を超える鋼鉄の鳥が乱れ飛ぶ。


 先ほどの鳥たちとは違い、編隊を組むことなく、不規則に、バラバラに、蜘蛛の子を散らしたかの如く二藍の空を飛びまわる様は滑稽であるが、海面より迫る何百もの鉄火を悠々とかわすその姿は優雅でありまた壮観であった。


 満潮「なんで・・・っ。この、この!」


 先程の優勢が嘘のように次々と不規則な攻撃を加えてくる艦載機隊に、満潮は驚きと苛立ちがない交ぜになったような顔で、必死に砲火を打ち上げていた。


 状況は、およそ二分前―朝潮たちが第一波を撃墜した辺りにまで遡る。



 大潮「敵、第二波接近!」


 第一波を撃破してから、僅か二十秒足らず。大潮の電探は、迫り来る天照の第二次攻撃隊をその索敵範囲に収めた。


 朝潮「来たわね・・・。皆、ここからが正念場よ」


 迫り来る、夥しい数の艦載機隊。その数、142機。


 正規空母の全艦載機数の約1・5倍に相当するこの艦載機隊は、天照の主力部隊であり、彼女が鎮守府最強の艦娘とされる要因の一つでもあった。


 朝潮「主砲、再装填開始」


 迫る艦載機隊に向け、朝潮は今一度己が主砲に号令を出す。

 先の砲撃で、ドラムマガジン内は空になってしまっ為、再装填が必要だった。


 整備妖精(主艤装)「了解。主砲再装填開始」


 主の号令に呼応し5インチMk-45 62口径軽量砲が淡く光り輝き、主砲内部の整備妖精達が手早く12サンチ砲弾をドラムマガジンに装填していく。


 整備妖精1「主砲、再装填完了」


 朝潮「了解です。Mk.86砲射撃指揮装置主砲との連動開始」


 妖精達の仕事の手早さに感謝の意を表しつつ、朝潮は主砲に添えた左手を己の胸に移動させ、動悸を始めた心の臓を落ち着かせる。


 ――落ち着いて。そう、落ち着くのよ。


 142機もの艦載機隊の放つ破壊の気迫は、鬼か姫級のそれに相当する。

 それを、駆逐艦八隻―否、六隻で退けようというのだから、無謀にも程があるというものだった。 


 だが、それでも―――


 朝潮(戦うしか、ない!)


 挫けそうになる己が心を今一度鼓舞するかのように、朝潮は高らかに叫んだ。


 朝潮「みんな、用意は良い?」


 ここが正念場。

 これさえ切り抜ければ、きっと霰を救える。


 ―――そう、この空襲さえ切り抜けられれば。


 だが、戦の女神は朝潮たちに更なる試練を与えようとしていた。


 大潮「えっ・・・。ちょっと、何で!?」


 いよいよ迎撃開始と言ったその時、不知火と陽炎の射撃サポートについていた大潮の顔に、驚愕と困惑が浮かび上がる。


 陽炎「大潮、どうしたの?何かあ・・・え?」


 それを同じくして、陽炎の13号対空電探と不知火に信じられなことが起こった。


 陽炎「なによ・・・これ・・・」


 電探の画面に突如砂嵐が起こった刹那、画面に映っていた艦載機の反応が全て消え去ったのだ。

 それは、陽炎のみならず不知火の22号対水上電探にも表れていた。


 不知火「朝潮。これは一体どういうことなのですか!?」


 突然起きた電探の異常事態に、不知火は堪らず朝潮に問うた。


 改二―即ち自分達よりも遥かに進んだ副艤装を有している彼女なら、この状態を把握しているはず。

 否、もしかしたらすでに対策を講じているかもしれない。

 だが、不知火の想いとは裏腹に朝潮は苦虫を噛み潰したように言い放った。


 朝潮「・・・・やられたわ」


 不知火「はい・・・?」


 朝潮の言葉に、不知火は思わず生返事を返す。


 霞「あんの・・・、屑がぁ・・・!」


 大潮「・・・・っ」


 朝潮と同様の電探を持つ霞と大潮も、この状況を理解しているらしく口々に伐倒やギリリと奥歯を鳴らし電探を起動させていた。


 【やられた】


 その言葉の意味を、不知火はいまいち理解できずにいた。


 声音からして、電探に起きた現象は天照によるものらしいという事は理解できる。

 だが、この現象の意味するところが最新の電子機器を持たない不知火には理解することが出来なかったのだ。