2017-08-09 20:25:17 更新

概要

艦隊コレクション 悠久の戦役第一幕後編の続きです。
アカウントを新しくしたので作者名も新しくしました。
2017.1.11サブタイトルを追加しました。


前書き

前作同様にオリジナル設定、キャラ崩壊が多数あります。
轟沈者も多数出てきます。
前作以上にグロくなりそうなので、艦娘が血を流す姿や絶望する姿を見たくない方はブラウザバックを推奨します。

2017.3.21 誤字脱字の修正と加筆修正を行いますので、何度か更新します。

2017.6.25 「第31章の後半部分(皐月の登場した所から最後まで)を更新しました」
2017.6.26 加筆修正を終了ました。

2017.7.19 R指定を変更します。性的な方のモノではないので、閲覧注意です。



 序章



 【大神の慈悲】


 艦娘たちの間で囁かれる【ナニモノ】かの名称である。


 それは、艦娘の生まれた頃より存在し、彼女たちの間で様々な形態で呼称された。


 ある者は、それを自身の不治の病を治療する【特効薬】であると考えた。

 ある者は、それを【戦の神が具現化し慈悲を与える】のだと信じた。

 ある者は、それを宿敵である【深海棲艦を滅ぼす新たな船体である】と宣言した。


 その【ナニモノ】かは、時を超え様々なカタチで伝えられているが、そのどれもが推測の域を出ることはなく、その真の姿を知る者は誰一人としていなかった。


 ただ一つ真実を伝えるとすれば、それは、艦娘の大敵である残留呪染を治療することのできる唯一の手段にして、此岸の世にあまた存在する艦娘の救済の光であるということ。


 そして、その慈悲を得るには生贄となる艦娘たちが必要とされ、そのために嘗てない程夥しい数の艦娘たちが慈悲を得るためにその生命力(いのち)を捧げてきたという事であろう。


 あるものは、啼き。

 あるものは、怒り。

 あるものは、憎み。

 あるものは、殺し殺される。


 『これで最後だ』


 『これで救われる』


 『これで、誰も悲しまなくてすむ』


 今まで多くの艦娘たちが、その慈悲を得るためにその躰を精神(こころ)を矜持を摩耗させ、削り、そして壊れていった。


 ―――でも、それももう終わる。


 これで最後だから。

 これで私たちは、もう誰も沈めなくて済むのだから。


 水平線にぽつりと立ち尽くす一人の少女は、首から下げた約束を見つめ誰にも伝えるわけでもなくただ呟いた。


 『これで私たちは、救われる』





 第二十章




 大淀からの緊急入電より遡ること数刻前。

 横須賀鎮守府本部棟一階廊下。


 コツコツと鳴り響く靴底の音が、鎮守府本部棟の一階廊下に響き渡る。


 【鎮守府本部棟】と名の付くこの建物には、鎮守府の主たる提督の執務室、艦隊指令を行う指揮所、艦娘及びその副艤の装開発を行う工廠、傷付いた艦娘を治療する入渠設備などといった鎮守府における心臓部となる施設が置かれており、同施設内において最重要防衛設備でもあった。


 今日一日の業務を終え、鳳と別れた大淀は一路指揮所へと向かっていた。


 あと、数刻ですべてが終わる。


 艦娘が誕生して幾星霜、我々を苦しめてきた呪染の鎖が今日解き放たれる。

 それは、此岸に生きる全ての艦娘の悲願であり狂喜すべきことのはずなのだが、彼女の足取りは重く顔にも覇気がない。


 大淀「・・・・っ」


 指揮所まであと数メートルといった所で、大淀は突如吐き気を覚え、その場に座り込んでしまった。


 ―――この先に行きたくない。


 素直に浮かんだ感情が、彼女を萎えさせその場に座り込ませてしまったのだ。


 この先へと進めば、自分は永遠に償うことのできない咎を背負う事になる。


 だから、行きたくない。

 この先に、進みたくない。

 このまま、何もしたくない。


 今更になって湧いた来た負の感情に浸食され、大淀は自身の神経の細さに失望しそうになった。


 「あれ~、大淀じゃん。どったの?」


 突然廊下の向から名前をよばれ、大淀はのろのろと顔を上げる。


 大淀「北上さん・・・?」


 視線の先には、球磨型軽巡洋艦の三番艦にして重雷装巡洋艦の一人『北上』が飄々とした様子でこちらを見つめていた。

 見たところ私服ではなく改二の制服を着ていたところを見ると、鳳に呼び出されたのだろうか。


 大淀「北上さん。こんな時間にどうしたのです?」


 萎えた足に喝を撃ち立ち上がった大淀は、姿勢を正し問うた。

 確か、今日は彼女には出撃の予定も遠征の予定もなかったはずだが。


 北上「いや~、何か落ち着かなくてね。ちょっと外洋(そと)に風でも浴びに行こうかと思ってさ~」


 まるで近所の小売店にでも行くかのような呑気さで北上は言った。


 今のご時世、制海権を維持している鎮守府の近海ですら今だ十数隻の敵艦が侵入し、連日小競り合いを繰り広げている状態だ。

 現在、大本営では夜間の哨戒をレーダーや陸上機による哨戒活動のみに限定し、艦娘の夜間出撃は遠征と緊急時以外、原則禁じられている。


 それは、北上のみならずこの鎮守府に在籍する艦娘なら誰しもが知っているはずである。


 大淀「北上さん。申し訳ありませんが夜間の出撃は禁止されています」


 眼前の北上に、大淀はぴしゃりと言い放つ。


 球磨型軽巡の船体を模した主艤装と、副艤装である14cm単装砲と零式五連装魚雷発射管を全身に纏った北上は、明らかに出撃(で)る気満々であり、秘書艦として「はいそうですか」と黙認するわけにはいかなかった。


 北上「え~、別にいいじゃん。最近出撃がなくて暇なんだよ~」


 唇を尖らせ不満げに北上は大淀に反論した。


 彼女の不満は確かに一理ある。

 最近の彼女の出撃回数は片手で数えるほどしかないため、戦うことが本職の艦娘としては不服であるのも納得できる。

 ただ、それにはきとんとした理由がるのだが。


 と、その時。


 『・・・北上、さん。北上さん・・・。どこ、どこにいるの・・・!』


 北上の立っている廊下の向こうから、何かを引きずるような音とともに北上と似た少女の声が聞こえ、二人は何事かとそちらを向く。


 大淀「大井、さん・・・?」


 這いずる音ともに現れたのは、北上の姉妹艦である重雷装巡洋艦の大井だった。

 ただ、人によってはそこに現れた彼女を『ヒト』と呼ぶには一瞬躊躇するかもしれない。

 寧ろ、彼女には悪いが廊下の先から現れたその姿はまるで墓標の中から蘇ったゾンビさながらで、駆逐艦の娘たちが見たら失神してしまうかもしれない。


 そう、彼女には右腕がなかった。

 両足が膝からなかった。

 顔の右半分が包帯で覆われていた。

 栗色の髪の毛が半分白く変色していた。


 北上「大井っち~。駄目だよ~、そんな船体(からだ)で出歩いたらさ~」


 現在、身体の自由がほとんど聞かない彼女は、外出の移動を車いすに頼っているのだが、おそらく部屋から居なくなった姉を心配してのことだったのだろう。

 身に着けた寝間着は、ほふく前進してきたことにより土と埃にまみれ、引きずった前面はあちこちが破れていた。


 大井「すみません。私、北上さんが、部屋に、いなかったから、心配で。行かなきゃって、思って・・・」


 北上「大井っち。心配してくれるのは嬉しいけどさ~、球磨姉や多摩姉だって付いてるんだしさ~」


 負傷し息も絶え絶えの大井に、近寄り北上はやんわりと言い放つ。

 大井の北上に対する過剰な心配は今に始まったことではないが、彼女自身、基本は真面目であり北上を心配こそすれ公私はきちんと付けるほうだった。


 北上も、彼女のそんな気性を理解しており、ほんの少し辟易しつつも受け入れていた。


 北上「さっ戻ろ。球磨姉、多摩姉手伝って~!」


 誰もいない廊下に向かって北上は陽気に言い放つ。

 当然そこには誰もおらず、返事など返ってくるわけがないのだが、北上はまるでそこに誰かが居るかのように会話を始める。


 北上「えっ、自分でやれって? ちぇっ、何時(いっつ)もそう言って手伝ってくれないじゃん」


 誰もいない廊下に向かって北上は独り芝居を続ける。


 傍から見ればただの変質者だが、大淀も大井も何も言わずにだ黙って彼女を見つめる。

 そう、彼女の眼―否彼女の頭の中にはそこにいるのだろう。

 数日前に解体予備艦となり、今はもういない二人の姉が。


 「北上姉ちゃん。まだ、そうやって逃げてんのか」


 誰もいないはずの廊下から声が聞こえ、大淀と大井は一瞬本当に球磨たちが出て来たのかと目を凝らす。


 大井「き、そ・・・?」


 廊下の向から出てきたのは、球磨たちではなく末妹である木曾だった。

 服装が改二の制服ではなく、紺のタンクトップと短パン姿なのは、彼女も大井と同じく北上を心配して起きて来たからなのだろう。


 北上「木曾・・・。あんた、何の様さ」


 まるで仇にでも会ったかのように殺気を滲ませ、北上は妹にい放つ。


 纏った副艤装はそのすべての照準が無防備な木曾に向いており、彼女が少しでも可笑しな真似をすればその火力が彼女を灰燼に帰してしまうだろう。


 木曾「やれやれ。相変わらず嫌われてんなぁ」


 おどけた様に両手を広げ、木曾は事も無げに言った。


 ただ、その両眼―彼女は何時も眼帯で右目を隠しているが、本来は左右で目の色が違うオッドアイである―は笑っておらず、額にはうっすらと汗が滲んでいた。


 大井「き、北上さん。いけません、鎮守府で発砲しては・・・」


 大井は、引き金に手をかけようとする北上を諫めようと痛む体を引き起こそうとする。


 ―――引かせてはいけない。


 例え、あの妹(こ)が北上の―球磨型の仇だとしても彼女にだけは討たせるわけには、いかない。


 木曾「いいぜ。撃てよ」


 大井「木曾。北上さんを煽るようなこと言わないで!」


 兆発する木曾に、大井は諫めるというより咎めるように言った。


 今の北上は、突けば破裂しそうな風船と同じだ。

 それでも北上が引き金を引かないのは、やはり彼女が曲がりなりにも軍属だからだろう。


 鎮守府内での発砲は、緊急の場合を除き禁じられている。


 更に、この場で理由もなしに木曾を討つことは、鎮守府の規律で言う無断発砲と私情による味方殺しになる。

 どちらも重大な命令違反であり、この場合裁かれることになるのは木曾ではなく北上の方だ。

でも、それも良いのかもしれない。本来裁かれるべきなのは、木曾ではなくこのあたしなのだから。


 木曾「撃たねえのかよ。憎いんだろう、この俺が」


 大井「木曾、もうやめて!」 


 なおも挑発する木曾の態度に、大井は悲鳴に近い声で叫んだ。


 どうしてそこまでして彼女を苦しめようとする。

 姉を失い、仲間を失い、軍艦としての矜持すら無くした彼女に、これ以上何を求めるというのか。


 木曾「大井姉ちゃん。俺は、目を覚ましてほしいのさ」


 自分の心を見透かしたかのように言う木曾に、大井は「えっ?」と呟き彼女を見つめる。


 木曾「北上姉ちゃん―否、球磨型軽巡洋艦北上。あんた何時まで現実から逃げるつもりなんだ?」


 オッドアイの両の眼に悲壮と怒りを込めて、木曾は北上を見据えてそう言い放った。


 北上「逃げる、あたしが?」


 木曾「そうさ。あんたは逃げているのさ。球磨姉ちゃんと多摩姉ちゃんが沈んだ現実。そして、大井姉ちゃんの躰がもうダメだという現実からな」


 そう言って、木曾は砲を向ける北上目掛けて一歩、歩み寄る。


 北上「ちょっ、近よんないでよ」


 艤装をまとい、本来有利なはずの北上は、気圧されるように寄ってきた木曾と同じ歩幅だけ後ずさった。

 いまだ副艤装は木曾を睨み付けているが、その照準は僅かに震えはじめていた。

 だが、木曾はそんなことなど露程も気にせず歩を進める。


 木曾「なあ、姉ちゃん。いい加減もう止めにしないか?」


  ―――やめる。何を?


 後ずさる北上は元よりいつの間にか大井の傍で彼女を介抱していた大淀も、その言葉に疑問を覚える。

 そんな中、ただ一人大井のみがその言葉の意味を理解していた。


 理解し、哭いた。


 木曾「そうやって自分を責め続けたって、何にもならない事くらい解ってんだろ?」


 今にも泣きそうな顔で更に一歩近づき、木曾は北上に訴える。


 そう、木曾は解っていた。

 自分に対して敵意を向けるのも、球磨と多摩がそこに居るかのように振るまうのも、不治の大井を介抱し続けるのも、すべては自分の犯した罪に対する彼女なりの罰なのだ。


 木曾「姉ちゃん、頼むよ。姉ちゃんがそんなんじゃ、俺、何のためにあの時姉ちゃんの代わりに二人を沈めたのか解んなくなっちゃうよ」


 更に一歩近づいた木曾は、今度は懇願するように北上に訴えた。


 そう、あの時、妹は自分の代わりに解体予備艦となった二人の姉を水底に沈めた。

 だが、それは球磨型の未来のためには仕方のないこと。

 故に、木曾に罪はない。

 そう、罪はないのだ。


 でも、あたしは―――。


  ドン 


 北上まであと数歩の所まで近づいたとき、彼女の主砲が突然火を噴いた。


 砲弾は木曾の頬を掠める形で通過し、窓ガラスを突き破って夜空へと消えてった。


 大淀「北上、さん・・・?」


 大淀が恐る恐る問う。


 大井「北上さん・・・」


 大井が涙声で言う。


 木曾「姉ちゃん・・・?」


 頬から一筋の赤い涙を流し木曾が見つめる。


 北上「・・・黙れ」


 肩を激しく上下させ荒々しく息をしながら、絞り出すように北上は言った。


 撃ってしまった。

 否、撃たねば気が狂いそうだった。

 これ以上、妹の諫言を聞くなど耐えられなかった。


 北上「木曾・・・。あんたなんかに、あたしの何が解かるっていうのさ!」


 ぽろぽろと大粒の涙を流しながら、北上は木曾を睨み付けた。


 そうだ、解るまい。

 否、解ってほしくなどない。

 本来背負うべき罪をあろうことか妹に背負わせ、姉妹艦誰一人として守れないままこうして生き恥をさらしている。

 こんな惨めで、愚かなあたしの気持ちなどお前には解るまい。


 成すべきことを、なしてしまったお前に。おまえ、なんかに―――。


 北上「あんたに・・・。あんたなんかに・・・」


 恨みというよりむしろ後悔と自責の色で木曾を睨みつけた北上だったが、すぐに苦渋のに顔を歪ませると、踵を返し逃げる様にその場を立ち去ってしまった。


 大淀「北上さん・・・」


 立ち去る北上を引き止めるすべを持たぬまま、大淀はその後姿を見送る。

 そして、残された妹二人も、また然り。


 木曾「姉ちゃん・・・」


 大井「北上さん・・・」


 自分たちは、どうすれば良かったのだろう。


 いまや三人となった球磨型姉妹は、互いの想いを伝えることも出来ぬままただ失意に暮れる。

 一人はただ、姉が心穏やかに過ごしてほしかった。

 一人はただ、前に進んでほしかった。

 一人はただ、背負うべき罪を背負うことがなかった。


 ただ、二人の妹は果たして思いを託す者のことを考えたことがあったのだろうか。

 自分たちはただ、自らの理想を彼女に押し付けていただけなのではないか。


 満月の見守る中、妹二人は自らの過ちを悔み涙する。

 その懺悔の涙を、かの鎮守府はその身に刻み込み来るべき贖罪の時を静かに待ち続けるのだった。





 第二十一章

 



 秘書艦権限で木曾と大井を入渠させ、指揮所で最後の務めを果たした大淀は、古くからの友人が務める工廠に顔を出していた。


 大淀「明石、居る?」


 呼び出しから一拍遅れて工廠の奥からピンク色の長髪が特徴的な同い年くらいの少女がガチャガチャと音を出てきた。


 明石「やっほ~、大淀。こんな時間にどうしたのさ」


 主艤装を出した状態で、明石は大淀に応対する。


 どうやら副艤装のメンテナンスをやっていたらしく、作業用の手袋と作業服には所々に潤滑油が飛んでおり、顔は何かをこすったように黒い液体が付いていた。


 工作艦である明石は、この工廠で主に艦娘の副艤装の開発やメンテナンスを行っている。

 元々、彼女は戦闘艦ではなく移動式の工場の様な立ち位置なので、副艤装も高角砲や対空機銃などの自衛的なモノしか積めない為、出番は極々限られている。 


 ただし、彼女は艦娘用の医療知識を持っており、小破程度の艦娘なら彼女は治療出来るが、一歩外洋に出れば十数隻の敵艦と砲火を交える今の戦況では、小破で帰投してくる艦娘はさほど多くはない。


 いまや、彼女の主な任務は副艤装の整備と大淀の相談相手といったところであろうか。


 大淀「うん。特に何か用事があったって訳じゃないの。ちょっと、ね」


 歯切れ悪く言う大淀に、明石は心配そうに眉根を寄せる。


 廃止されたはずの解体予備艦が再施工されて約一年、現在大本営では艦娘どうしの諍いがあちこちで起きており、秘書艦である大淀は連日その火消しに忙殺されていた。

 そう言うわけで、大淀が自分を訪ねて来る理由は、そのほとんどが鎮守府内での対人関係からの諍いの相談―もとい愚痴をこぼす為だった。 


 明石「とりあえず、中に入って。今お茶でも入れるから」


 工廠内にある休憩室に大淀を招き入れた明石は、手袋を脱ぎ捨て作業服を上半分だけ脱ぐと、隣接する台所でそそくさとお茶の用意を始める。

 その様子をなんとなく眺めていた大淀は、ふと明石の左手に光るものを見つめた。

 自身の左手の薬指にも存在する銀色に光るそれは、艦娘にとって最も誉れあるものだった。


 【ケッコンカッコカリ】


 ヒトではない艦娘がヒトである提督との間で交わされる数多の儀式の一つにして、様々な意味合いを持つ儀式の名である。


 これは、最高練度に達した艦娘のみに適応されるもので、この儀式を行った艦娘は内に秘めた生命力を活性化させ戦闘力を引き上げることができる。

 ケッコンカッコカリをした艦娘―ケッコン艦とよばれた艦娘の能力は改二をも上回り、提督たちの間ではこのケッコン艦がいるか否かで鎮守府における戦力の一種のステータスにもなっていた。


 明石「お待たせ、大淀」


 お茶の用意を終え、明石はお茶とお茶請けを乗せた盆を手に休憩室へと入ってくる。

 この休憩室は六畳くらいの規模があり、畳の敷かれた空調完備の空間は専ら明石の仮眠室と化していた。

 いま、この部屋には折り畳み式のちゃぶ台が置かれ、そこに大淀が少し俯き加減に座っている。


 明石「はい、どうぞ」


 大淀の席に少し濃い目の緑茶の入った湯呑を、中央にお茶請けの煎餅、さらにその向こうに自身の湯飲みを置いた明石は彼女に対面する形で座った。


 入れた緑茶を一口飲んだ明石は、黙したたままの大淀に言葉をぶつける。


 明石「大淀、さっき砲声が聞こえたけど。何かあったの?」


 その言葉に、大淀はびくりと体を跳ねさせた。


 本来、鎮守府内での発砲事態問題なのだから明石が聞いてくるのは当然のことであろう。


 大淀「うん・・・。その、北上さんが・・・木曾さんを」


 のろのろと説明する大淀に、明石は「やっぱり」とため息をついた。


 副艤装の点検整備をしている手前、鎮守府内で使用されている主砲は使用砲弾からその砲撃音まですべて記憶している。

 あの時聞こえた砲撃音は、主に軽巡洋艦に搭載されている14cm砲のものだったが、現在その主砲を使っているのは球磨型の大井と北上だけだった。


 大淀の話によれば、さっきの砲撃音は北上が木曾を撃ったことによるものらしい。

 その理由を大淀は言おうとしなかったが、いまの北上の状況からして、恐らく木曾に対する姉としての矜持と、艦娘としての劣等感からだろう。



 球磨型を始め彼女たち軽巡洋艦は、創成期より鎮守府の主戦力として活躍してきた。


 その中で、主火力となる雷撃力が特出していた北上と大井は鎮守府における水雷戦隊の双璧として縦横無尽の活躍を見せていた。


 だが、敵艦隊の戦法が航空機による遠距離戦法に切り替わると、その持ち前の雷撃力を生かすことができず、彼女たち二人は次第に苦戦を強いられるようになった。


 彼女たち重雷装巡洋艦は、水上戦闘では無類の火力を発揮するが、その代償として他の砲火力が他の軽巡洋艦よりも低い上に、船体のほとんどが魚雷管で占められているため汎用性が乏しく、他の軽巡洋艦や、末妹の木曾が近代化改修により強力なレーダー能力と新型火器による防空能力を有していく中、北上と大井の二隻は時代遅れの旧式艦となっていった。


 そして、そんな二人を取り巻く環境が球磨型姉妹に不幸を呼び込んでしまう。


 『この球磨の力をもってしても・・・ここまでクマ・・・』


 『沈むにゃ・・・お別れにゃ』


 妹二人を不憫に思い、受けられるはずの近代化改修を受けないまま戦い続けたネームシップの球磨と二番艦の多摩をまっていたのは、自身の船体(からだ)の限界―すなわち解体予備艦という現実だった。


 そして、その雷撃処分を行ったのが、球磨型の末妹である木曾だった。


 本来、この役回りはレムレース艦隊が行うべきことであり、その隊員ではない木曾が行うことは同艦隊の沽券に関わるためご法度とされていた。


 だが、木曾はその禁忌を犯した。

 しかも、本来その処理を行うはずだった北上の目の前で、だ。


 そして、彼女はいま、ある決断を迫られている。


 それは、呪染により朽ちた自身の半身を《今度こそ》この手で葬ることであった。


 明石「大淀。大井はどうなったの?」


 湯呑に再度口をつけて明石は尋ねた。

 大淀はその質問に、首を小さく横に振った。


 双璧とうたわれた彼女の呪染レベルは昨日の段階で3,95に達し、彼女は姉二人と同様解体予備艦となった。

 そして、その処分を任されたのが双璧の片割れにして大井の姉である北上だった。


 そして今日、その処分を請け負った北上は彼女を伴ってバジー島に出撃した。


 その随伴艦として睦月型駆逐艦の睦月、如月、弥生、皐月が同行したのだが、帰投した彼女たちの口から語られた内容はあまりにも凄惨なものだった。


 『ごめん・・・。あたし、大井っちを・・・沈(や)れない・・・っ』 


 一言でいうなら、そこで繰り広げられたのは《処分》ではなく、旧世紀時代に行われた《処刑》だった。

 北上の放った40門の魚雷は、確かに大井の艤装全てを吹き飛ばし、両足をもぎとり、右腕を破壊し、右目を抉った。

 だが、それだけの数の魚雷をもってしても北上は大井を沈めることが出来なかった。


 理由は、簡単にしてただ一つ。

 畢竟、北上には姉妹艦を沈めるだけの勇気と覚悟など初めから無かったのだ。


 さらに、あろうことか彼女は仕損じた大井を連れ帰り、鳳の許可も得ずに自室に匿ってしまった。


 そして、現在に至る。


 明石「大淀。さっき入渠設備が二基動いていたけど、いいの?」


 大淀はようやく湯呑に口をつけると小さく頷いた。


 木曾はともかく、今の大井を入渠させても彼女の傷は癒えることはない。

 北上の処分不始末により彼女の残留呪染は4.23にまで上がってしまったからだ。


 呪染レベルが【4.0】を超えた艦娘はもはや傷の修復も艤装の装備もできない。


 それは、体内に蓄積された残留呪染によって汚染された艦娘の神経組織が艤装の同調を阻害してしまうことと、汚染された細胞では修復材を吸収することができないからだった。

 さらに、この残留呪染はときに艦娘の容姿にも影響を与えることがあり、大井の髪の一部が白く変色しているのはその一例だった。


 ここまで残留呪染が進行した艦娘は、明石と大淀も数える程しか見たことがないが、このまま大井を所謂(いわゆる)だるま状態のまま北上の介抱を受け続けさせるのは流石に忍びない。


 いずれにせよ、北上は命令違反と鎮守府内での無断発砲で処罰が下るであろうが、明石個人としては大井には何らかの救済措置を取って欲しいと思う。


 でないと、鎮守府全体の士気にも関わるし、何より球磨型の未来のために姉の咎を肩代わりした木曾と、存在自体が罪と化してしまった大井が哀れだ。


 明石「まったく。こうなることは覚悟していたけど・・・。何というか、ままならいものね」


 「はあぁ~」と大きくため息をした明石は、憂いを帯びた顔で自身の薬指を見やる。


 ―――本当に、これで良かったのだろうか。


 仕方がないとは言え、解体予備艦絡みの諍いは本当に憂鬱になる。

 特に、解体予備艦とその執行者が北上のように姉妹同士になると、彼女たちの間で憎み合いや傷つけ合いが頻繁に起きるようになってしまった。


 大淀「そうね・・・。でも・・・、あの人の―提督の、決めたことだもの」


 言って左の薬指に手をかけ、大淀はそう返した。


 ―――そう、これで良かったと思うしかない。


 異を唱えるのなら、彼を止める機会は幾度どなくあった。

 否と声を上げるのなら、この申し出を断ることもできた。


 それでも、私たちは彼の理想に賛同し、この絆を結んだ。

 ならば、もう何も言うまい。止めはしない。彼の御旗の下、最後まで付き添い共に果てるのみ。


 それが、彼と絆を結んだ私たちケッコン艦の責務なのだから。


 明石「それは、そうだけど・・・」


 まるで悟りきった感じの大淀に、明石は納得できないといった感じで反論しようとしたが、今の彼女の論理を看破できるだけの持論を考え付くことが出来ず、結局引き下がり、憮然とお茶を啜り始める。

 それを見やった大淀は、特に何もすることなく澄まし顔で出されたお茶を再び啜った。


 ひとしきり話し込んだ二人は、互いに茶を啜りながら外から聞こえてくる音に耳を傾ける。


 敷地の外からは、夏虫たちが互いに自前の音を奏で、今が戦時下だということをほんの一時でも忘れさせてくれる。

 しばらくその風流に耳を傾けていた大淀は、手に持った湯呑を置くとおもむろに口を開いた。


 大淀「明石。今日まで私の悩みに付き合ってくれて、ありがとう」


 「えっ?」と大淀の言葉に明石は呆けたような声を発した。


 その時だった。


 キィーーーン


 夜陰の彼方から聞き覚えのある音が聞こえ、明石は何事かと顔を上げた。


 その刹那。


 激震とともに横須賀鎮守府を激しい爆音が包み込んだ。


 明石「なにっ!? 何が起きたの!」


 爆音とともに工廠の窓が紅く染まり、明石は状況を確かめようと休憩室から転がるように外へと出て行く。

 その様子を、大淀は特に止めることもなく淡々と見送った。


 大淀「始まったの、ね」


 出された緑茶の最後の一口を啜り終え、大淀はそう呟いた。

 そう、始まったのだ。

 此岸に生きる艦娘の救済、そして己の決して許されることのない贖罪の時が。


 大淀「提督・・・。大淀は、これから修羅になります」


 左手をそっと口元に寄せ、大淀は己が主人にそっと思念を送る。

 この絆と共に託された想いと業を、私は、今こそ全身全霊を以て果たそう。


 今一度己に喝を入れ覚悟を決めた大淀は、常に持参している携帯型通信機を起動させ通信対象を全艦娘に設定する。


 そして、言の葉を紡いだ。


 『発、艦隊司令部。作戦行動中の全艦艇は現作戦を中断し横須賀鎮守府近海に急行。同海域の味方艦隊を救援せよ』




 

 第二十二章

 



 月光の空を、数多の雷鳴が翔ける。


 雨の兆候もなく、雲一つさえない空に轟く総数24の雷鳴。

 その雷鳴は、142の夜烏と40の死霊を配下に、一路人類最大の砦へと迫っていた。


 多田「橘花1より天の尊へ。目標を視認、攻撃の許可を求める」


 月下にその雷鳴を轟かせながら、多田は酸素マスク付きの対G航空服越しにくぐもった声で問うた。


 中島試作特殊攻撃機「橘花」

 大戦末期、日本初のジェットエンジン搭載機として開発されるも、その劣勢によりかの「桜花」同様特攻兵器として誕生したこの攻撃機は、専属隊である第七二四海軍航空機隊の魂を受け継いだ艦載機妖精と共に、約一世紀の時を超え再び日ノ本の空に雷鳴をとどろかせた。


 『天の尊より攻撃隊各機へ。賽は投げられた、救済を賜れ』


 通信機から攻撃開始の命が下され、多田―正確には七二四空の部隊長である多田篤次少佐の魂を受け継いだ艦載機妖精―は自嘲気味に顔を歪めながら「了解」と応じ通信機を切った。


 この時代に転生して数年、まさか死に物狂いで守護してきた祖国に弓引く日がこようとは。

 だが、この謀反によって我々は同胞に未来を託せる。

 呪染に怯えることのない、幸多き未来を。

 ならば最後に、今世紀最大の畜生になるのも一興といえよう。


 多田「各機、攻撃開始。遠慮は無用、派手にやりなさい!」


 その言葉で己と後続機に活を入れた多田は、約数十年の時を経て【初めて】橘花の爆弾の投下レバーに手をかける。


 多田「橘花1、爆弾投下」


 機体に懸架された500kg無誘導爆弾は、その内包した炸薬をもって轟音とともに鎮守府の敷地を深々と抉った。




 同時刻、駆逐艦寮。


 夢の中にいた電は、突然轟いた爆撃音に五臓六腑を揺さぶられ、文字通り飛び起きていた。


 電「いったい、何ごとなのです!?」


 寝巻のまま自室の窓から身を乗り出した電は、眼下に映る光景に愕然とした。


 電「ち、鎮守府が、燃えているのです・・・」


 拡声器より鳴り響くサイレンと、鼻腔を刺激する硝煙とモノが焼けるにおい。


 初期艦としてこの鎮守府に着任して数年経つが、この大本営に火の手が上がるのは初めてだった。


 電「・・・っ」


 踵を返し部屋に戻った電は、額に汗を滲ませながら半ば強引に寝間着を脱ぎ捨て、制服に袖を通す。


 電(まずいのです・・・。いまの戦力では、鎮守府を守り切れないのです)


 主力艦娘は遠征もしくは出撃に出てしまっていて、帰還は最短で明朝になる。


 それまで、この鎮守府は残った自分達で防衛しなくてはいけないが、現在の残存戦力で鎮守府を防衛するのは困難を極めるだろう。 



 大本営が夜間哨戒を艦娘ではなくレーダーや陸軍機に頼っているのは、呪染による在籍艦娘の低練度化故だった。


 呪染は経験豊富な高練度の艦娘を次々と解体予備艦に変えていしまい、残るは経験の薄い新参者ばかり。

 一応、大本営には改二の艦娘が多数在籍しているが、彼女たちはそのほとんどが演習のみで第二改装を行った者ばかりで、実戦経験は皆無という有様だった。


 電「急ぐのです。急がないと!」


 とりあえず髪に櫛を通し寝癖を直した電は、髪を結う暇もなく部屋を飛び出した。


 電たちが使っている二階の廊下には爆風で割れた窓ガラスが散乱しており、吹きさらしの窓からは煙と炎の熱風が肌に纏わりついてくる。


 その中を、電は一心不乱に走る。


 途中機銃の発射音が彼女の鼓膜を揺らしたところを鑑みるに、どうやら敵は空母を中心とした機動部隊のようだ。


 なら、尚更が始末が悪い。


 艦載機には同じく艦載機をぶつけるのが最も有効だが、こちらの空母は夜間戦闘が出来ない。

 近代兵器を搭載したことによって自分たちの防空能力は昔の比ではないが、それでも凌げきれるかどうか。


 「いったい、何事にゃしぃ~!?」


 一階へ続く廊下の踊り場に差し掛かった時、右往左往している睦月がこちらを見つけるなり掴み掛ってきた。

 寝間着のままということは、どうやらこの状況をきちんと理解していないという事か。


 電「敵艦隊の襲撃なのです。睦月ちゃんも早く着替えて迎撃するのです」


 【襲撃】


 その言葉を聞いた睦月の顔がみるみる青白くなり、そのままへたりと座り込んでしまった。


 睦月型のネームシップである彼女は姉妹の中で唯一の改二であり、唯一の実戦経験者だ。だだし、彼女の練度もまた演習によるもの。前線は片手で数えるほどしか経験していない。


 電「睦月ちゃん。とにかく着替えるのです」


 言って電は睦月を自室に連れて行こうと肩に触れた時だった。


 電(む、睦月ちゃん・・・)


 彼女は震えていた。


 触れた手越でも分かるくらいに肩を震わせ、顔は先程よりもさらに青ざめ、歯はカチカチとわずかに音を立てている。

 「にゃしい」とか細く呟きながらおびえる姿はさながら小動物のようで、とても改二(れきせん)の艦娘とは思えないものだった。


 恐い。

 戦うのが、恐い。

 仲間を失うのが、怖い。


 いくら姿かたちが改二であろうと、彼女はまだ新兵と同様の実践経験しかない。


 現在、大本営において電のように実戦経験が豊富な艦娘は数えるほどしかおらず、彼女たちはみな呪染により水底に沈んで行き、残るは経験の浅い新兵と予備艦寸前の負傷兵のみ。


 これでは、最早まともに戦うことかなわぬが、しかし、ここは大本営。


 ここは、人類の抵抗の象徴。


 その大本営の戦力が雀の涙しかないのでは、ほかの鎮守府に示しがつかない上に、全体の士気にもかかわる。


 呪染による高練度の艦娘が不足している今、例え実戦経験が乏しくてもとにかく体裁だけでも整えておかなくてはならない。


 故に、大本営ではこういった所謂【張り子の艦娘】が数多く存在しており、睦月もそのうちの一人だった。

 つまり、今の彼女はある意味現在の大本営そのものともいえる。


 だが、今は非常時。例え砲台代わりであろうと彼女には戦って貰わなければならない。


 矢尽き刀折れ、己が四肢を失おうとも、例え張り子の戦力であろうとも精一杯の虚勢を張る。

 それが、この大本営の―否、人類の現状であり志だった。


 電も、それは十二分に理解していた。

 なら、彼女をこのままここに座らせておく事は出来ない。


 電「睦月ちゃん。副艤装(ぶき)をとって戦うのです」


震える睦月の手を取り、電は叱咤するように言った。


 例え実戦経験はなくとも改二となった彼女の艤装は一級品だ。きっと主を守ってくれるだろう。


 睦月「でも、睦月は・・・」


 電「大丈夫なのです。艦娘は、陸の上では沈まないのです」


 おびえる睦月に、電は言い聞かせるように言った。


 【艦娘は、陸の上では沈まない】


 これは、艦である艦娘たちが己を鼓舞するために唱える一種の虚言であるが、こういう時は縋るものは多い方がよい。

 こういった絶望的な状況ならなおさらだ。


 睦月「電ちゃん・・・。・・・解ったにゃしい」


 眼を閉じ、一拍ほど逡巡した睦月は、電をしっかりと見つめそう応えた。 


 正直なところ、抱いた恐怖心は完全に拭い去れたわけではないし、今の自分では出撃したところでどれだけの戦力向上に貢献できるかわからない。 


 でも、ここでただ恐怖に怯えているよりは遥かによい筈だ。 


 そして何より、自分を励ましてくれた彼女の想いに報いるためにも、逃げるわけにはいかない。


 睦月(電ちゃん。ありがとう)


 握られた手からは、電の体温と共に微かな振動が伝わっていた。

 鎮守府を揺るがす振動ではない。彼女自身から発せられる振動だ。


 そう、彼女も戦っているのだ。


 仲間を失う恐怖。そして、居場所を奪われるかもしれない恐怖から。


 睦月「着替えて来るね」


 「待ってて」そう言い残して睦月は自室へと戻っていった。


 数分後、姉妹艦の如月、弥生を連れて電の所に戻った彼女の瞳には恐怖ではなく覚悟が宿っていた。


 睦月「行こう。みんなが待ってる」


 睦月の言葉に電はきゅっと顔を引き締め頷く。


 外ではすでに他の艦娘たちが迎撃を始めているらしく、幾つもの探照灯の光が上り、対空砲の上がる音が割れた窓から聞こえてきていた。


 電「出撃するのです」


 電を先頭にして、睦月達は一路副艤装を収めた武器庫へと向かって行った。




 電たちの出発の直後 

 横須賀鎮守府第一武器庫前


 ―――クソがぁ!


 武器庫の入り口前に陣取った重巡洋艦『摩耶』は、悪態をつきながらひたすらに夜陰の空目掛け、対空弾を打ち上げていた。


 状況は、およそ数分前―電がまだ夢の中にいるときにまで遡る。 



 何時もの様に消灯時間を迎え自室のベットに入った摩耶は、妙な胸騒ぎを覚え中々寝付けずにいた。


 摩耶(ちぇ・・・。なんか寝付けねえな)


 何度か寝返りを打つも一向に眠気が訪れないまま数分間ベットの中で格闘した後、摩耶は規則違反を覚悟のうえで夜風に当たろうと寮から外に出た。


 そこで、彼女は自身の胸騒ぎの正体を知る事となった。


 摩耶「な、なんだぁ!?」 


 轟く雷鳴の如きエンジン音と燃え上がる火の手に、摩耶は瞬時にこれは敵機動部隊による夜襲だと判断した。


 摩耶(クソが。なんだってこんな時にっ!)


 主力部隊の大半は夜間遠征に出ていて不在。残るは【張り子の艦娘】という体裁だけを取り繕ったヒヨッコのみ。

 かく言う自分も戦闘経験が豊富な方ではないが、戦(や)るしかない。


 そう判断し、摩耶は一目差に武器庫へと走った。


 戦場において、敵の戦力を削ぐことは兵法の基本とされている。

 なら、真っ先きに狙われるのは備蓄倉庫もしくは武器庫だ。


 摩耶「間に合ってくれ」


 航空機隊による爆撃は幾度となく摩耶の進路を塞いだが、幸運にも彼女自身は機銃の一発も浴びることなく武器庫へとたどり着くことが出来た。


 武器庫は爆撃の余波で扉の変形こそはあったものの、中に格納された副艤装には傷一つなく、摩耶自身も制服姿のままここへ来たためすんなり迎撃準備を整えることが出来たのだが、迎撃を開始した彼女を待っていたのは噴進式航空機隊という未知の敵だった。


 摩耶「クソっ。何で当たら無えんだよ」


 苛立ちと困惑がない交ぜになりながら、摩耶は再び悪態をついた。


 航空火力艦を中心とした起動戦術が主流になった現在、改二実装で防空巡洋艦となった摩耶の艤装もそれに合わせて様変わりしていた。


 主砲の20.3cm(2号)連装砲三基はそのままに、六基の12.7cm連装高角砲は四基のオート・メラーラ127mm砲へと換装され、ハリネズミのごとく配備されていた一三基の25mm三連機銃はそのままに、九挺の同単装機銃は二基の20mm近接防御火器へとその姿を変えた。

 電子機器の面では、13号対空電探と21号対空電探をOPS-12に換装され、22号対水上電探は最新の対水上電探であるOPS-28と呼ばれる低空警戒/対水上捜索レーダーへと改装された。


 たが、それだけの防空能力を以てしても、夜空を飛び交う24機の噴進式航空機を打ち取ることは出来なかった。


 摩耶の主砲は、確かに敵機を捉えはする。

 だが、射撃の際に敵航空機は自身のエンジンを吹かすことによってその射線上から逃れてしまう。

 そして、逃れた敵機と入れ替わる形でまた新たな航空機が現れ鎮守府を攻撃するのだ。


 麻耶(クソ、これじゃらちが明かねえ)


 幾度となく繰り返される、離脱と攻撃。群がる敵機は摩耶の必死の迎撃を始めから意に介さない様に、我が物顔で飛び交う。

 そんな空虚なやり取りを何度か繰り返したとき、摩耶は自身の技量で撃墜するのは困難だと悟った。


 摩耶「しょうがねえ。あれを使うか」


 言って、摩耶は目を閉じ主艤装に意識を集中させる。


 端から航空機隊は摩耶自身を狙ってこないため、何の障害もなく『あれ』を起動させることが出来た。


 摩耶「81式射撃指揮装置2型-21、起動」


 その言葉を合図に、摩耶の艦橋を模した主艤装の左右に新たに増設された二基の新型射撃指揮装置―飾り台に裏返した皿を置いたような形の物体―が淡く光り始め、同艤装から動力音以外の機械の駆動音と共に各副艤装に詰める妖精達が慌ただしく駆け回り始める。


 整備妖精(主艤装)1「主艤装、了解。81式射撃指揮装置2型-21起動。主艤装より各対空砲塔へ、射撃指揮装置との同調を開始せよ」


 主艤装に詰める整備妖精の号令が4基のオート・メラーラ127mm砲の管制室内に響き渡り、砲塔基部に詰める整備妖精達が屹立するドラムマガジンに弾薬を装填していく。 


 整備妖精(管制室)1「127mm砲了解。装填班、ドラムマガジンへの弾薬装填開始」


 オート・メラーラ127mm砲の弾薬装填は、朝潮たちの持つ5インチMk-45 62口径軽量砲とは違い人力による機力装填方式を採用しており、砲塔基部は下部揚弾ホイストを最低部とし、各砲塔の制御を行う管制室、そして22発入りのドラムマガジンと分かれている。


 整備妖精(装填班)1「了解。下部揚弾ホイスト起動。装填班、ドラムマガジンへの機力装填を開始する」


 主艤装にある弾薬庫より転送された弾薬は、まず砲塔基部を貫く揚弾ホイストに妖精達の手で載せられホイストを経由し、管制室上層に位置するドラムマガジンに素早く装填されていく。


 整備妖精(装填班)2「ドラムマガジン、砲弾装填完了を確認。管制室、上部揚弾ホイストの始動開始を求む」


 整備班より弾薬装填完了の旨を受けた管制室の妖精達は、次に管制室上層に位置するドラムマガジンを操作し、装填された12サンチ砲弾を砲塔内に給弾していく。 


整備妖精(管制室)1「管制室了解。上部揚弾ホイスト起動、砲塔内への弾薬供給を開始する」


 127mm砲の砲塔内は、5インチMk-45 62口径軽量砲と同様に無人となっており、射撃時の砲弾供給は管制室上部に位置するドラムマガジンから伸びる上部揚弾ホイストより行われる仕組みとなっている。


 整備妖精(管制室)2「上部揚弾ホイスト、正常に稼働。砲塔内、各種砲制御装置正常に稼働中」


 また、朝潮たちの主砲同様にこの127mm砲も縦に長い構造の為、その外観は宛ら鼻の異様に長いこけしが主艤装にへばり付いているかの様だった。


 整備妖精(管制室)3「各種制御装置、異常なし。主艤装、127mm砲の射撃指揮装置への同調準備完了」


 整備妖精(主艤装)1「主艤装、了解。続いて各対空機銃への従動照準を開始する」


 その言葉を合図に、主艤装に配備された総数一三基の25mm三連装機銃の積める妖精達が射撃指揮装置への同調準備を始める。 


 整備妖精(機銃長)「対空機銃了解。一番から一三番までの各銃座は81式射撃指揮装置との従動照準を開始せよ」


 元々、25mm三連装機銃には船体側面に装備された九五式射撃指揮装置を用いた遠隔操作式の連動射撃【従動照準方式射撃】が存在し、射撃時の弾道計算や仰俯角の制御は主にヒトの手によって行われていた。


 整備妖精(機銃座)1「一番機銃座了解。使用弾丸、25粍機銃通常弾、弾倉15発」


 この従動照準方式は、射撃指揮装置一基につき三~四基の機銃座を遠隔操作し火線を集中させることにより、より効率よく弾幕を展開し艦載機を迎撃させることを目的としたものだった。


 整備妖精(機銃座)2「弾倉装填完了。旋回銃架、動力接続。機銃長、81式射撃指揮装置との従動照準用意よろし」


 従動照準を行う機銃座には、各種機銃座との同期を行う為に旋回銃架を電動式にしており、同調の際、機関室からの電力を機銃座に仕込まれたセルシンモーターに伝達させることで、迎撃時の各機銃座の機械的誤差を除去することが出来た。


 整備妖精(機銃長)「機銃長了解。主艤装、一番から一三番までの各銃座81式射撃指揮装置との従動照準の準備完了」


 整備妖精(主艤装)1「主艤装、了解。主摩耶、127mm砲及び25mm機銃の従動照準完了しました」  


 主艤装からの準備完了の旨を受け、摩耶は意識を81式射撃指揮装置から同調させる全ての副艤装へと向ける。


 摩耶「起動確認、システム良好。射撃指揮装置、各種火器との同調開始」


 主艤装と肉体との連結部分にある煙突から大量の黒煙が上がるのと同時に、先程まで各個砲撃をしていた四基のオート・メラーラ127mm砲と一三基の25mm三連装機銃、そして二基の20mm近接防御火器が次々と淡くひかり輝く。

 その光を合図とし、総数四五門の火線が一糸乱れる事無く主の周りを飛び交う橘花に狙いを定めていく。


 摩耶に新たに搭載された81式射撃指揮装置2型-21は、彼の大戦時に開発された九五式射撃指揮装置をさらに高精度化させたものであった。


 この射撃指揮措置は、人力による従動照準を射撃指揮装置自らが自動で行うように改良することで、従来のモノよりも多くの火器を統括制御させることが出来、より早く、より正確に各対空火器と従動照準させることが可能となっていた。


 即ち、摩耶はこの改装によって従来の三倍以上の対空火力を手にしたと言えよう。


 摩耶「お前・・・あたしを怒らせちまったな!」


 眼を開き、己を無視し夜空を悠々と飛び交う敵航空機に向かって、摩耶はねめつけるように言い放った。


 まずは、自身の周囲を五月蠅く飛び回るあの三機の艦載機から叩き落とすとしよう。


 この手の射撃指揮装置を使っての対空迎撃は、実際の所、数える程しか経験しておらず、これだけの数の火器を同調させたのも初めてだったが、今の摩耶にはこの副艤装なら奴らを全て叩き落とすことが出来るだろうという確信の様なものがあった。


 それは確固たる証拠でもなければ、科学的根拠でもない。

 言うなれば、それは戦闘艦としての【勘】と言うべきものであろうか。


 摩耶「ふっふーん!生まれ変わった摩耶様の本当の力、思いしれぇ!」


 高らかに叫んだ主の号令と共に、搭載された数十を超える幾多の防空火器は防空巡洋艦の名に恥じぬほどの火線を以て夜空を照らし出した。






第二十三章



 

 多田「橘花1より天の尊。全機、第一作戦を完了せり。引き続き第二作戦へと移行する」


 七二四空による夜間爆撃から数分、横須賀鎮守府は紅蓮の炎に包まれていた。


 制空権を七二四空と一拍遅れで合流したリヴァイブ隊による電子攻撃でほぼ完全に掌握したいま、鎮守府陥落も時間の問題だが、今だそれを良しとせぬ艦娘たちがその事実を覆そうと必死に砲火を打ち上げていた。


 橘花24『隊長。間もなく第二次攻撃隊が攻撃を開始します』


 僚機の通信に多田は「えぇ」と気のない返事を返す。


 現在、彼女の関心はある一人の艦娘に注がれていた。

 鎮守府中央―すなわち本部棟に陣取った小柄な船体に一際大きな艤装を背負った艦娘。


 彼女の名は―大和。


 嘗て、帝国海軍の技術の粋を結集し建造され、日本人―否、この星に住むものなら知らぬものなどいない世界最大の戦闘艦。

 だが、例え彼女の名を知っていようとその悲しき生涯を知っているものはさほど多くはないだろう。


 多田(因果なものね、大和。貴方はまた、あの時と同じ屈辱を味わうことになるなんてね)


 地にへばりつき、ハリネズミもかくやともいえる火線を上げる大和に、多田は憐みの視線を向けた。


 帝国海軍の秘密兵器として建造されたこの世界最大にして最強の戦闘艦は、意外にもその力を発揮することなくその生涯を終えた。


 大戦当時、その最強の名を欲しいままにしていたのは戦艦ではなく、航空機とそれを操る艦―航空母艦であった。

 低コストで多大な戦果を挙げる航空機に対し、建造維持するのに莫大な資源を必要とし戦果もそれ相応のものしか残せない戦艦は、もはや維持費だけがかかる時代遅れの大飯ぐらいとなり果てていた。


 特に、連合艦隊旗艦として建造された大和型は、その法外な建造費とその類まれなる高火力の代役がいなかったため泊地で暇を持て余すことが多くなり、そのぐうたらぶりと内装の豪華さ故から『大和ホテル』と揶揄されたのだそうだ。


 艦娘として転生した今なおもその扱いは健在らしく、乗艦している妖精が愚痴をこぼしていたのを覚えている。


 多田(皮肉なものね。艦載機隊(わたしたち)は過去の夢をかなえたというのに彼女はいまだ其れを叶えることが出来ないなんて)


 烈風叱り。震電改叱り。我ら橘花叱り。悠久の時を得てその夢を適えた者たちといまだその夢をかなえられない者たち。


 なんとも皮肉な話だが、それもこれも彼女がいまだ過去の業(ゆめ)に囚われているからなのだろう。


 そう、この鎮守府に着任した数多の戦艦が抱き捨てた業(ゆめ)。


 『敵艦とその主砲をもって殴り合いたい』という戦闘艦ゆえの愚かな業(ゆめ)を。


 多くの同胞がその夢とともにその主砲(ほこり)を捨て対空火器を満載した防空艦崩れに成り下がる中、頑なにその主砲を降ろさないのは、嘗て日ノ本の栄光を背負った艦ゆえか、それとも戦艦としての矜持ゆえか。


 多田(いずれにせよ、あのでたらめな銃弾の壁はなんとかしないといけないわね)


 従動照準方式を使う他の防空艦とは違い、彼女の対空攻撃は従来の各銃座が個々に照準を付け攻撃を行う方式―専門用語で銃側照準方式という―のものだが、副艤装として搭載された十二基の12.7cm連装高角砲と総数六十基の対空機銃が織りなす弾幕の雨は中々に侮りがたいものがある。


 第二次攻撃隊は、噴進式である自分たちとは違って一般的なレプシロ式だ。


 さらに、今回の攻撃の要である流星改には航空魚雷の代わりに艦載機に搭載できるように改良した飛翔魚雷を積んで来ている為、機体速度が従来よりも遅く、旋回能力も悪い。


 恐らくこのままいけば、第二次攻撃隊に少なからず損害が出るだろう。


 ―――なら、彼女だけでも先に黙らせておいた方が良いかもしれない。


 爆弾無き今、彼女を大破させることは出来ないが足を潰せば少なくとも行動不能にすることが出来る。

 その後の止めは、第二次攻撃隊に任せればよい。


 そう判断した多田は、全隊員に攻撃命令を出そうと通信機を起動させた。


 その時だった。


 多田「・・・?。橘花12、応答しなさい。橘花12!」


 突然電探から橘花12の反応が消え、多田は通信機越しに彼女に問いかけた。


 だが、そこから聞こえてくるのは砂嵐のみで応答は一向に返ってこない。


 橘花24『隊長。橘花13と14の反応途絶!』


 間髪を入れずに続けて二機の味方機の反応が消える。

 突撃の味方機の消失に、一体なにが起こったのかと橘花24や他の隊員達は慌てふためく。


 だが、動揺する隊員達とは対照的に、多田は冷静だった。


多田「橘花1よりリヴァイブ1。たった今、僚機三機が消失した。原因は不明。そちらで何か分からない?」


 無線機をリヴァイブ隊に切り替え、多田は現状確認を行う。


 一拍遅れで到着したリヴァイブ隊は、現在鎮守府上空12000メートルで攻撃隊の支援を行う事になっている。

 なら、あそこで何があったのか把握しているはずだ。


 すると、問いから数分も経たずして、リヴァイブ1から報告が挙がる。


 リヴァイブ1『リヴァイブ1より橘花1。橘花12、13、14はどうやら第一武器庫に陣取っている摩耶に堕とされたみたいね』


 やっぱりそうだったかと多田は合点した。


 確かに、いまの彼女になら我々を撃ち落とすことなど造作もないことだろう。


 となるとかなり厄介な者が鎮守府に居残っていたと、多田は内心頭を抱えた。


 元々、防空能力が他の巡洋艦よりも秀でていた彼女だったが、第二改装により近代兵器をこれでもかと詰め込んだ摩耶は、他の追従を許さない最強の防空艦へと進化した。

 その防空火力は、まさに鬼に金棒と言ったことわざの通りであり、航空機妖精達の間では畏怖の意味を込めて【対空番長】と呼ばれる程であった。 


 近代兵器を満載し、噴進式すら喰らうほどの防空巡洋艦となった摩耶ならば、レプシロ式の第二次攻撃隊の被害は相当なものになる。


 だが、攻撃しようにもこちら残った手持ちは機首に搭載された五式30mm機銃二挺しかない。


 となれば――。


 多田「リヴァイブ1。申し訳ないのだけれど、そちらで摩耶を黙らせられない?」


 無理を承知の上で、多田はリヴァイブ隊に支援攻撃の要求をする。


 摩耶の防空網に対抗するのなら、リヴァイブ隊による戦術度爆撃に頼る他ないだろう。

 ただ、相手が相手なのでリヴァイブ隊にも少なくない被害が出るだろうが、いまは仕方がない。

 元より、リヴァイブ隊はそれを承知で上空に待機しているのだ。


 故に、多田の要請にリヴァイブ隊は返事二つで了承した。


 リヴァイブ1『了解。リヴァイブ隊攻撃を開始する。後は任せて』


 リヴァイブ隊からの了承を得た多田は「感謝する」と返答した後、通信機を再び七二四空全隊員に切り替える。


 多田「七二四空全隊員に打電。これより我が隊は本部棟に陣取る戦艦大和を攻撃する」


 多田の号令に全隊員が刹那の速さで反応し、瞬く間に七機編成の編隊が三つ展開される。

 七二四空が波状攻撃に最も多く使用する陣形だ。


 多田「第一編隊、突撃!」


 合図と共に全隊員が機銃の安全装置を解除していく。

 そこから一拍の間を置いて、最前列の多田率いる編隊はスロットルを目一杯押し込んだ。


 日の丸を掲げ轟音を轟かす総勢21機の橘花は、史上最大の戦艦目掛けてその雷鳴を走らせた。





 襲撃開始から数分。

 横須賀鎮守府本部棟前


 大和「第一・第二副砲、斉射、始め」


 満月の空目掛け、幾つもの15.5cmの衝撃波が轟音と共に空を切り裂く。


 それと同時に、無数としか表現出来ないほどの夥しい数の曳光弾と八基の96式150cm探照灯が夜のとばりを一直線に照らし出して行く。


 探照灯は、夜間戦闘においてその性質上、照射主が集中砲火を浴びるという使用上の欠点を持っていたが、ろくな電探をもたない者にとっては必須の装備となっていた。


 大和「そ、それで直撃のつもりなの?!」


 もう何度目なのかも分からない程の機銃掃射を受けながら、大和は上空を旋回する敵航空機隊を見上げ叫んだ。


 鎮守府を襲撃している航空機は、あろうことか日の丸を掲げた友軍機だった。


 最初は抜き打ち演習なのかと思ったのだが、投下された爆撃が実弾であった事。大淀からの緊急通信が成された事によって、これが演習ではなく主力部隊の不在を狙った夜襲である事が判明した。


 ただ、いま鎮守府を攻撃している航空機が一体誰のものなのかがいまいち分からない。


 識別信号は確かに友軍機のものであり、主艤装のデーターによれば、あれは噴進式の試作特殊攻撃機『橘花』であるとのことだった。


 現在噴進式を扱えるのは、装甲空母の大鳳と同じく第三改装によって装甲空母になった翔鶴と瑞鶴、そして強襲揚陸艦天照の四隻であるが、我が鎮守府には噴進式の航空機はまだ実戦配備されていないはずだ。


 だが、いま夜空を飛ぶ艦載機が発するエンジン音は自身が持つ零式水上観測機のそれではない。


 初めて聞くレプシロシ式ではない噴進式のエンジン音に驚きとわずかな新鮮さを感じつつも、大和の心には憤りが込み上げていた。 


 ―――あり得ない。


 そう思いたかったが、あとは自分の視覚か自身の主艤装を疑うしかこの状況を否定する方法はない。 


 なら、認めるほかないだろう。

 この光景が【現実】のものであると。


 橘花は、日ノ本の國において初めての噴進式の攻撃機でありながら戦局の悪化によりカミカゼの一つとなった不運の航空機だったと聞いていた。


 それが今、悠久の時を超え自らの願いを叶え、その体躯を夢の舞台へと羽ばたかせている。

 そう、転生してもなお自らの夢を叶えることのできない、この私の頭の上でこの世の春を満喫している、その事実を。


 大和「・・・どうして」


 突き付けられた現実はまたも自分を貶め、詰り、侮蔑する。

 戦艦はもはや時代遅れの大飯ぐらい。

 時代は、最早戦艦という艦種を必要としていない。


 そう、あの時もそうだった。



 『大和は、連合軍最後の艦隊として、沖縄に突入せよ』


 群がる艦載機から放たれる機銃弾の苦痛が、大和に刻まれたあの日の屈辱を呼び覚ましていく。


 天一号作戦。 


 敗戦濃厚な帝国海軍が、当時、日ノ本の最終防衛線であった沖縄を護らんと発令した、海軍最後の威信をかけた海上特攻作戦。

 それは、大和(わたし)が建造されてから四度目の桜が満開となった日の事だった。


 『沖縄の海を跋扈する米機動艦隊を、大和の火力を以て粉砕。然るの後、同島を護る砲台と成れ』 


 敗戦確実とまで言われた劣勢の中で、戦艦大和は、連合艦隊最後の艦隊旗艦としてこの命を受けた。


 連合艦隊の戦艦として、また祖国を護る御盾(おんたて)と成れと謳われ、抜錨するために全国に残存する全ての油―それこそ自動車からドラム缶の底にへばり付いた残り油までをもかき集めたこの作戦。


 だが、小気味よく勇姿高らかに宣言したこの海上特攻作戦のその実態は、名誉や大義など存在しないただの犬死に作戦だった。


 それは、航空機の援護もなく、作戦を全うし帰投することなど端から考えになかった【唯の虚勢】。

 それは、【扱いに困った戦艦(かねくいむし)を、もっともらしい文言を付けて使い捨てた】だけのただの在庫処分。


 戦艦としての栄誉もなく、万に一つ成功したとしても、その後は【唯の鉄くずの山】として戦後を迎えるだけ。 


 ―――そう、私は、初めから期待などされていなかったのだ。


 大和「どうして・・・。どうして・・・」


 戦艦(そこくのしょうちょう)として生まれたはずの艦娘は、羽虫の如く群がり、自身をいたぶり続ける時代の支配者に問うた。


 何故、我を苦しめる。

 何故、我を貶める。

 何故、我を睥睨する。

 何故、我の居場所を簒奪する。


 大和「どうして。どうして、どうして、どうして」


 機銃程度では傷つかないはずの船体(にくたい)は、いとも簡単に貫かれ、穿たれた穴からは鮮血が噴き出す。


 何故だ。


 何故傷つく。何故痛みを感じる。 

 我は戦艦。

 我は大和。

 我は、日ノ本最強の艦であれと願い建造(うまれ)れたのだ。

 故に、我は誇りでなくてはならぬ。


 なのに―――


 大和「どうして、貴方たちばっかり!!」


 夜空に放った慟哭は、赤い衝撃波となって周囲の瓦礫をなぎ倒し、本部棟の窓ガラスを破壊し、白い壁を朱く染めていく。

 照明灯に照らされパラパラと舞い散るガラス片は、空を仰ぎ見て嗚咽の声を上げる彼女の心を体現するかのようにうら美しく光り輝く。


 時代に取り残された一人の艦娘は、唯々残酷な現実に打ちのめされ、すすり泣いた。


 生まれて初めて放った三式弾は酷く重く、そして虚しかった。





 第二十四章




 【生まれた時代が悪かった】と、誰かが言った。

 我らはただ、【生まれ来る時代を間違えた】のだと。


 遥かな昔、我々戦艦はあらゆる力の象徴だった。


 それは当時、万国共通の常識であり、堅牢な装甲と比類なき火力をその身に抱いたその威容は、見るものすべてに羨望の眼差しを向けさせた。


 我が日ノ本の國においてもその認識は等しく浸透しており、八八艦隊計画の先駆けとして建造され、世界の七大戦艦と呼ばれた戦艦長門を筆頭に、高速戦艦として海原を駆け巡った戦艦金剛。

 日本初の超ド級戦艦として建造された戦艦扶桑と、その後継たる戦艦伊勢。


 そして、世界最強を目指して建造されたこの私、戦艦大和。


 強力な戦艦を数多く保有する國こそ、数多の海を統べるにふさわしい。

 故に、悠久の時の中において彼の者は等しく王であり、誇りであり、象徴であった。


 そう、あの日。

 【航空母艦】という異端児が現れるまでは。


 大海の覇者として君臨していた彼の者は太平洋戦争が勃発したあの日、航空母艦という空を統べる者に敗れ去った。


 航空母艦の持つ航空機という名の剣(つるぎ)は、海を駆け、空を飛び、天空より鉄槌の如く降り注ぎ、堅牢な戦艦の肉体をその一太刀を以て水底に沈めていった。

 その剣の力は、航空母艦を刹那の速さで此岸の覇王と成らしめ、新たな王はその力を以て森羅万象の戦闘艦をその剣を以て蹂躙し尽していった。


 一方で、その座を追われた戦艦(ぜんおう)たちは、新たな王の力の前に成す術もなく敗北し、その誇りを示す戦場すら奪われた。


 力を示す場を奪われた彼女たちに残された道は、二つに一つ。


 即ち、『その船体(にくたい)を以て新たな覇王の盾となるか。その覇道の捨て駒となるか』そのどちらかであった。


 ただし、これは選択肢であって選択肢などではなかった。

 そう、これは違っているようで同じ末路をたどるただの淘汰でしかなかったのだから。

 そして、この現実は時代を超えて艦娘として転生しても尚彼女たちを苦しめることになった。


 故に彼女たちは言ったのだ。

 『私たちはただ、生まれて来る時代を間違えたのだ』と。



 ―――なら、私はいったい何時の時代に生まれれば良かったのだろう。


 戦場(うみ)に出ることなく毎日を無下に過ごす大和は、答を求めて幾度となく問い続けた。


 大本営の艦娘たちは休暇の日にはよく街へと繰り出す娘たちが多く、市民たちの間でも艦娘は比較的身近な存在だったので、一般市民と艦娘との友好関係は他と比べて良い方だったといえる。


 とはいえ、市民の間で人気なのはやはり赤城や加賀を始めとする空母組であり、我々戦艦組は全滅とは行かずともごく少数であった。


 彼女たち戦艦組もそれなりに対空戦闘において活躍はしているのだが、やはり市民にとっては深海棲艦という侵略者を沈める空母こそが英雄であり、他は居ても居なくても良いおまけ程度にしか考えていなかったのだろう。


 話題となるのはやはり空母たちの活躍話ばかりで、他の艦娘たちの話題と言えば、もっぱら容姿に関するものがほとんどで軍艦の本分である武勇伝は皆無といって良い。


 ただ、そういった状況下の中であっても、大和というものはいつの時代も人気者であった。


 極稀に出る休暇の時に街へと繰り出してみれば、他人の手で綴られた戦記物の小説や漫画、映画を見つけては自室で暇つぶし代わりに観賞する。


 そこには、大和(わたし)が時には宇宙で、時には別の世界で戦っており、他艦に勝る獅子奮迅の活躍を見せ英雄として讃えられていた。

 幸か不幸か、この時代の戦艦というものは他の艦と比べて腐るほどに時間があるのでこういった観賞の時間確保には事欠かなかった。


 そうやって毎日ただ惰眠をむさぼる日々に、大和は度々反吐が出そうになった。


 戦艦を時代遅れの産物に仕立て上げ、泊地に閉じ込めた我らの主たる日本海軍と今の大本営といったいなにが違うのだろう。


 建造維持費が膨大だというだけで、出撃もさせてもらえず泊地で暇を持て余す日々。

 呪染による代替えがいないというだけで、出撃させてもらえず鎮守府で暇を持て余す日々。


 これのいったい何が違う。

 いったい何処が違うというのか。

 兵器も艦娘も使われなければどんどんさび付いてしまうというのに。 


 艦にしろ艦娘にしろ大和というモノは常に扱いに困り、活躍する場を与えられず一生を大和ホテルなどと侮蔑されて朽ちていく運命だというのか。


 畢竟、輪廻転生の中で大和は【お飾り】としての役割しか与えられないというのか。

 虚無に過ぎていく日々の中でそんな考えに捕らわれたのも一度や二度ではなかった。

 故に、大和は目の前の光景に憤った。


 大和「墜ちろ!墜ちろ!!墜ちろぉ!!」


 夜空を飛ぶ忌まわしき簒奪者に向けもう一度主砲を斉射し、主艤装に満載された機銃弾をひたすらぶちまける。


 艦娘(このからだ)に転生して数年が立つが、主砲を使ったのはこれが初めてだった。


 否、鎮守府に在籍している戦艦娘の中で大和が初めてだった。


 呪染による玄人艦娘の減少が問題視される現代において、人類が選んだ戦術は艦載機を満載した空母と、対空火器を満載した随伴艦とで構成された機動部隊による遠距離戦法だった。


 ただし、この戦法は艦載機隊のみで敵艦隊を全滅させることを前提にしている為、仮に艦載機隊が全滅すればあとは成す術がない。

 そのため、緊急の火力要因で戦艦ないし重巡洋艦が随伴しているのだが、彼女たちの主砲は一度もその砲身に火薬を滲み込ませたことがない。

 何故か。

 理由は至極単純。

 深海棲艦も全く同じ戦術で反撃してきたからだ。


 水上艦は、上空からの攻撃には極端に弱い。


 なら、話は簡単。


 目には目を。艦載機には艦載機をぶつければよい。


 最早常識となったその認識は、水平線周囲50キロメートルに亘って艦艇はただの一隻も見当たらず、上空からは常に艦載機隊の残骸が落ちてくるという奇怪な戦場を創り上げることとなった。


 ―――忌々しい簒奪者め、私の居場所を還せ!!


 攻撃のすべてを空母に委ねている今、随伴艦の仕事は当然旗艦である空母を守ることのみに重点を置かれることになった。

 なれば、副艤装もそれに合わせて様変わりしていった。


 駆逐艦や巡洋艦を始めとする艦船は、嘗て主兵装であった魚雷を撤去―主に改二の艦娘を対象に行っており、改や改装前の艦はこの限りではない―し代わりにオート・メラーラ127mm砲や5インチMk.45 62口径軽量砲などの新型の艦載砲や20mm近接防御火器などの最新鋭の防空火器を装備し、それらを効率よく統括する電探群を装備した【防空戦闘艦】へと進化した。


 その一方で、王の座を奪われた戦艦組は、その積載力を生かし最新の索敵レーダーと無数の防空火器を満載した【水上砲台】という退化の道をたどった。


 嘗て九一式徹甲弾や一式徹甲弾を満載していた主砲の弾薬庫には、対空砲用の12サンチ砲弾と20mm近接防御火器の弾薬がうず高く積まれ、戦艦の象徴だったその主砲は砲口を塞がれ唯の機銃銃架と化した。


 戦艦の象徴でもあったステレオ式測距儀と射撃方位盤は、新型の射撃指揮装置であるMk.86砲射撃指揮装置や81式射撃指揮装置に取って変わられることとなり、更に、そこに新造された各種電探がクリスマス時のモミの木の如くごてごてと増設されることとなった。


 特に頭の飾りが電探となっている金剛型達は、飾りの左右で射撃指揮装置や各種電探のアンテナがせわしなく回っているという何とも恥ずかしい容姿となり、その様は中世の某女貴族の髪形を思わせる代物だった。


 ただ、この戦艦を水上砲台にするという行為は、艦娘たちのみならず市民の間でも大きな反感を呼ぶことになり、大和が第一改装を受けるころには通常改装との二者選択なっていたが、この二者選択の内で通常改装を受けたのは、金剛型三番艦の榛名と大和のみで、ほとんどの戦艦娘は自ら水上砲台となることを選んだ。 


 『主砲を使えない戦艦など唯の置物でしかない。なら、我々はこの退化、甘んじて受けよう』 


 そう言って彼女たちは皆、主砲(ほこり)を捨てて去っていった。


 ―――還せ。私の居場所を、誇りを、還せえぇぇぇ!!


 水上砲台にならなくてよいと聞いたとき、正直大和は狂喜しのだが、今になってみれば、彼女たちの選択はむしろ正しかったのだろう。


 そのことを、大和は今更になって気付くことになった。


 大和「く・・・っ、傾斜復元しないと・・・」


 震える足を何とか奮い立たせ、大和は対空迎撃を続けていた。


 だが、彼女の努力は彼の覇王の前には微塵も報われることなく四散していく。


 整備妖精(銃座)『6番機銃。仰角不足により、迎撃不能!』


 整備妖精(銃座)『12番機銃。右旋回一杯により、迎撃不能!』


 整備妖精(銃座)『32番機銃。傾斜による射界不足により、迎撃不能!』


 あらゆる戦闘行為において何よりも優先されることは、相手の攻撃力を奪うことである。

 手を潰し武器を奪う。

 足を潰し相手の動きを封じる。

 眼を潰し視界を奪うなど様々であるが、これはヒトの姿をした艦船―即ち艦娘にも当てはまり、彼女たちそれぞれ得手不得手は存在し決して無敵ではなかった。


 ただし、ヒトの身でありながら艤装という巨大な武器を持ち、身体能力も人のそれを遥かに凌駕する艦娘を倒すことは困難を極める。

 さらに艦載機たちがいま相手をしているのは、艦娘最強の一人に数えられるを持つ大和だ。

 要塞並みの装甲とハリネズミの如き対空火器を持つ彼女は、万全の状態でも苦戦すると言うのに、爆弾を使い果たし、機銃のみしか持たない艦載機にとって不可能に近い。


 ただし、【不可能】ではなく【不可能に近い】というだけであり、やりようはあった。


 整備妖精(銃座)「42番機銃。傾斜により射角が取れません!』


 整備妖精(銃座)『うわあぁぁ!、落ちるっ、墜ちるよぉォォォ!』


 整備妖精(銃座)『大和。早く傾斜復元をして下さい!落っこちちゃうよ!!』


 次々と入る整備妖精からの阿鼻叫喚の通信に、大和は自身の持つ艦娘としての弱点のみを執拗に攻めてくる艦載機隊を睨み付け忌々し気に叫んだ。


 大和「・・・・っ。貴方たち、卑怯よ!」


 大和のみならずほぼすべての艦娘たちがもつ弱点という名のアキレス腱。それは彼女たちの【足】であった。


 そう、艦娘はヒトの姿を取ってしまったため、艤装という巨大な武器を二本の足で支えなくてはならなくなってしまったのだった。

 艤装は同調させてしまえばそれほど重くはないのだが、やはり大なり小なりそれを支える人体に影響を及ぼす。


 それが巨大なもであればあるほど、その負荷は大きくなり主を苦しめることになった。


 整備妖精(銃座)『24番機銃。仰角不足により、迎撃不能!』


 整備妖精(銃座)『36番機銃。傾斜により、崩落しそうです。傾斜復元を!』


 大和「ぐぅ・・・っ。傾斜、復元を・・・」


 度重なる集中攻撃を受け続けた大和の足は、夥しい量の弾痕で埋め尽くされそこから流れ出る赤黒い液体は体を伝い地面を染め上げていく。


 いくら防弾効果があるとは言っても、船体(にくたい)は制服一枚でしか防御されていない。

 故に、艦載機隊は貫通力の高い徹甲弾を【装甲の薄い割には被弾時の攻撃力低下が最も高い部分】―即ち足に攻撃を集中させることで、労を着せずして大和の火力を削ぐ作戦に出たのだった。


 この作戦、思った以上に大和を苦しめた。


 大和「・・・・・艤装が、重い・・・」


 細身でありながら他の艦娘を圧倒する程の主艤装を纏う大和にとって、浮力のない地上は負傷した体に否応なく艤装の重量を体感させる。


 副艤装の三基の46cm三連装砲と二基の15.5cm三連装副砲は通常の戦艦の何倍もの重量を誇り、その重さは夥しい弾痕をこさえた両の足を容赦なく責め立てていく。

 筋肉を穿ち骨にまで達していた弾痕は、たまたま装填されていた三式弾による二度の主砲斉射でさらに悪化し、高角砲の反動は傷ついた筋肉を断裂させ、機銃の振動は骨に入った亀裂をさらに広げ、大和の抗う力を容赦なく奪っていく。


 大和「~~~~~~っ!!」


 噴き出す鮮血と五感を貫く激痛に、大和は必死に耐える。


 嚙み締めた唇からは二筋の赤い線が流れ、目はなかば血走り、漏れる声は最早人語のそれではなかった。


 このまま射撃を続ければ、彼女の体躯は艤装の重さと砲撃の振動に耐えきれず自滅する。


 大和もそれは承知のはずだったが、それでもなお射撃を止めようとは微塵も考えなかった。

 自分の背後には、本部棟が―提督がいる。

 今、ここで攻撃の手を緩めるということは彼を見捨てるも同じ。

 なればこそ、緩めるわけにはいかぬ。引く訳にはいかぬ。倒れるわけにはいかぬ。

 そして何より、たった21機の艦載機にこの大和が敗れるわけには、いかぬ。


 大和「・・・!!っ。まだまだあぁァァ!!」


 斉射を続ける大和の躰の至る所で、次々と爆発が起こり始めた。


 排熱が追い付かず、いくつかの機銃が暴発を始めたのだ。


 それは即ち弾幕の低下に繋がる事になるが、大和はそれすら意に介さず砲撃を続ける。

 元々、私は改装によって艦娘サイズから米粒だいのモノまで総数六十基もの機銃を纏っているのだ。

 今更一つ二つが壊れたとて、それは露程も悪しとする事無き些細な事。

 なんも問題もない。


 大和「敵機補足。全高角砲薙ぎ払え!」


 主艤装に増設された全十二基の12・7cm連装高角砲が、主の号令で淡く光り輝き、12サンチ砲弾を一斉に斉射する。

 だが、放たれた24発の砲弾は斉射の直後に縦横にばらけてしまい、狙った橘花の主翼の上下を掠めたのみで、撃墜させることは出来ず夜空へと消えていった。


 大和「夾叉か・・・うん、次は直撃させます」


 当たらなかったのは悔しいが、夾叉なら今の弾道に少し微調整をかけるだけで直撃させられる。


 高角砲の残弾は、まだ十二分にある。


 砲身冷却は十分ではない上に暴発の危険性もあるが、次の一斉射で奴らの一機でも撃墜させれば勝機はある。


 狙うは常に先頭を行く奴―隊長機だ。


 艦載機隊は部隊間の絆が強いから、僚機の撃墜時に必ず混乱が生ずる。

 それが、自分たちの隊長ならその混乱は相当なものになるだろう。

 そうなれば、最早奴らは烏合の衆。後は、どうとでもなる。


 大和「高角砲、次弾装填」


 高角砲に詰める作業妖精に、大和は次弾装填を命づる。

 妖精達は当然冷却が済んでいないと異を唱えたが、大和は「否」と一蹴し再度次弾装填を命じた。

 数秒の間をおいて、妖精たちは「・・・・了解」と小さく応じ、渋々と装填を始めた。



 主に一蹴された妖精たちは、暴発の恐怖に慄きながら濛々と熱気を放つ高角砲へ砲弾を装填していく。

 暴発する確率は五分五分といった所。暴発すれば間違いなくここにいる全員が消滅する。


 『戦神(いくさがみ)よ。我らが主をどうか、どうか御守りしたまえ』


 そう懇願し、妖精たちは閉鎖機を閉め大和に装填完了を伝えた。



 大和「全砲、射撃用意」


 大和の号令で、十二基の次弾装填を終えた高角砲が一斉に狙いを定める。

 狙うは隊長機、その一機のみ。

 奴はどうせ当たらぬと高を括っているのか、ずっと彼女の周りを悠々と旋回し続けていた。


 大和(見てなさい。今から目に見もの見せてやるんだから)


先頭を往く隊長機が、旋回を終え高角砲の正面にやってくる。その時が奴の命日だ。


 後、10秒。


 ここで、大和は残る銃座に対空砲火を一時的に緩めよう指示し、高角砲に詰める妖精達に砲の操作を自身に譲渡するよう指示した。


 後、9秒。


 隊長機以外はしきりに大和に向かって機銃を浴びせてきたが、彼女は意に介すことなく隊長機のみを注視し意識を高角砲に向け続ける。


 後、8秒。

 後、7秒。

 6

 5


 十二基の高角砲は大和の意識をなぞるように敵隊長機の動きに合わせて細やかに動き、捉え続ける。

 外しはしない。絶対に命中させる。


 4

 3

 2

 1!


 大和「全砲、斉射。てぇ!!」


 号令高らかに十二基の高角砲が隊長機目掛けて火を噴いた、・・・筈だった。


 え―――――?


 大和の視界が突然閃光に包まれる。

 炸薬の光ではない。


 これは・・・爆発?


 大和(なんで・・・・どうして?)


 その疑問に追い打ちをかけるようにして、艦内通信に合わせた通信機から頻りに高角砲の妖精達を呼び続ける銃座の妖精達の怒声が木霊する。

 その悲鳴に近い声音は、大和に一つの確信をもたらした。


 ―――まさか、私・・・。


 自身の犯した過ちに気付いたのも刹那、視界の下端に赤い色彩が交じり、あれほど感じていた足の痛覚が嘘の様に消滅した。


 ―――これは、私の、血?


 そう認識した直後、自身を支える足の感覚が無くなり、大和の視界は左へと傾いていく。


 大和(この感覚は、もしかして・・・)


 そう、この感覚はよく知っているものだった。


 これは、大和(わたし)が最後の時を迎えたあの坊ノ埼で体験した感覚。

 支えるべき浮力を失い、水底に沈んでいく、その感覚に。


 整備妖精『大和。ダメです、立ってください!』


 整備妖精『また、また負けるのかよ・・・。ちっくしょうおおをおぉををを―――――っ!!!』


 整備妖精『まだ・・・、まだ私は戦えるのにいいィィィい!!』


 大和(嗚呼、そっか。私、失敗しちゃったんだ・・・・・・)


 自身に起こったことを悟り、屈辱に身を震わせる妖精達(かつてののりくみいん)の声を聴きながら、大和は閉じた瞳に自嘲の涙を浮かべ誰に聞かせるわけでもなくぽつりと呟いた。


 ―――みんなぁ、ごめんねぇ。


 覇王の鎮座する月光の空に、一人の艦娘が己が傲慢を懺悔し許しを請う。


 自分の傲慢の故に死なせてしまった命と、同胞に二度目の敗北を味合わせてしまったことに陳謝しながら、史上最大の戦闘艦は数千の屈辱と共にアスファルトの海に転覆した。

  





 第二十五章




 鎮守府襲撃から数十分

 再び横須賀第一武器庫前


 防空開始から約数十分、81式射撃式装置2型-21を用いた対空迎撃へと移行した摩耶は、噴進式の艦載機隊と入れ替わるようにして開始された戦術爆撃に翻弄され苦戦を強いられていた。


 摩耶「んだよ・・・!舐めるなぁ!」


 入れ替わった新たなる敵艦載機隊は遥か上空10000メートルに鎮座し、そこから飛翔魚雷の一つであるAGM-62ウォールアイを次々と投下し、摩耶の副艤装を一片の狂いもなく正確に破壊していく。


 すでに摩耶の副艤装は、その6割を損失し、残弾も残り僅かとなっていた。


 摩耶(ちっくしょう! 電探じゃ補足してるって言うのに・・・っ!)


 ほとんど一方的ともいえる圧倒的な劣勢に、摩耶はギリリと奥歯を鳴らしながら鎮守府の其処かしこから上がる探照灯の光に照らされた空を睨み上げた。


 索敵距離112キロメートルを誇る摩耶のOPS-12は、上空を旋回する総数40機の敵深海棲艦の艦載機隊―何故か味方の識別信号を出している深海零式汎用戦闘機改―を捉えている。


 連動させた各種対空火器も奴らを追尾こそすれ、高度10000メートルにいる敵を撃ち落とすには打ち出す炸薬が足りず遥か手前で失速してしまう上に、有効打であったはずのオート・メラーラ127mm砲は最大仰角が83度までの為、【真上】に位置する敵艦載機隊を狙うことが出来ず一向に事態は好転しなかった。


 摩耶「げっ!・・・ふっざけるなぁ!」


 次々と直上から飛来する飛翔魚雷に、摩耶は成す術もなく被弾していく。

一応、無抵抗は癪なので迎撃の弾幕は張り続けているが、彼女の防空網外に鎮座する艦載機の前には彼女の必死の抵抗など一寸も実ることなく無残に四散していき、必死で抗う摩耶に「無駄な足掻きよ」と嘲笑の言の葉を浴びせて行く。


 摩耶「ちっくしょう。ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!!」


 度重なる被弾で足腰が限界に来ていたのか、摩耶は片膝を付き悔し涙を受べる。


 対空迎撃の要であった81式射撃指揮装置は戦術爆撃で真っ先に潰された。

 その後、飛翔魚雷は摩耶の左目を潰し、対空火器の半数以上を奪い去ったが、それでも尚、摩耶の対空火力は戦時下の秋月型をも上回っていた。


 なのに勝てない。抗えない。託された己が力を噛み締める事さえ許されない。


 摩耶(認めねぇ。ゼッテェ認めねぇ!)


 わなわなと肩を震わせ、降りかかる理不尽な屈辱を摩耶は必死で否定し続けたが、彼女自身心の何処かでは徐々に敗北を受け入れ始めていた。


 近代化改修を経てどの防空艦よりも高い対空能力を得た自分であったが、所詮は付け焼刃程度のもの。到底新時代の技術には逆らえない。

 たった40機の艦載機隊であろうと、彼のモノ達は己の遥か先の時代の技術を以て建造された者達なのだ。


 なれば、前世の己が後世の者達に負けるは至極自然の事。

 引かれ者の小唄など止めて、負けを認めるべきだ。


 ―――そう、この防空巡洋艦摩耶様であろうと、移り行く時代の流れには抗えないのだから。


 伸ばせど決して届くことのない高嶺の花の如き絶望に、摩耶の闘志は崩壊寸前だった。


 そして、そんな摩耶を傍らで見つめる視線が一つあった。


 (摩耶さん・・・。私、どうすれば・・・)


 眼の前に突き付けられた絶望に打ちのめされる摩耶を、大鯨は沈痛な面持ちで見つめていた。


 響き渡る轟音と大淀秘書艦からの緊急通信で第一武器庫に駆け付けた大鯨は、そこで中破しながらも必死の形相で応戦する摩耶を見つけ彼女の同意もそこそこに迎撃を開始したのだが、状況は大鯨の想像以上に最悪だった。


 大鯨「当たって・・・当たってっ!」


 大鯨の副艤装は、毘式40mm連装機銃二基と対空火力強化の為12・7cm連装高角砲の代わりに新造配備された五式四十粍高射機関砲(ごしきよんじゅうみりこうしゃきかんほう)二挺のみであったが、彼の高射機関砲の最大高射距離は8000メートルを誇り、毎分120発の速度で発射される三式高射尖鋭弾は単装ながらも航空機に対し有効な弾幕を張ることが出来た。


 だが、せっかくの新型機関砲も高度10000メートルに鎮座する敵艦載機隊相手では自慢の火力を生かすことが出来ず、無用の長物と化していた。


 大鯨(と、届かない。ど・・・どうしましょう・・・!)


 とりあえず大鯨も、武器庫から拝借した13号対空電探で敵機の捕捉はしているが、正直届かない敵にいくら弾を撃ったところでそれは資源の無駄使いであり、大鯨たちは早急に事態の打破を迫られていた。

 だが、あの高度に届く艦載兵器など大型艦の主砲を除けば秋月型に搭載されていた長10センチ高角砲かもしくは飛翔魚雷くらいだが、そのどちらも装備していない今の大鯨は、現状ウドの大木同然であった。


 大鯨(どうすれば・・・。いったいどうしたら・・・・) 


 好転しない状況と迫り来る弾切れへの焦りが、大鯨から冷静な判断力を奪っていく。


 元々、潜水母艦は後方で潜水艦の艦隊指揮や慰労を主任務とするため、大本営では明石と同じ非戦闘艦として区分されており、持ち得る副艤装も自衛の意味合いが強く、摩耶たちの様に敵艦を相手取っての戦闘は不向きであった。


 その非戦闘艦(たいげい)にいきなり戦闘艦と同じことをやれというのもどだい無茶な話ではあるのだが、今は非常事である為そんな言い訳は通用しない。


 それは大鯨も重々承知していることだった。

 故に、焦った。

 故に、摩耶たちの様に戦えない自分に憤った。


 大鯨(やっぱり、私なんかじゃ・・・)


 今はまだ摩耶が健在だから武器庫への被弾はないが、いざ彼女が戦闘不能になったとき、果たして張り子の艦娘である自分にここを守り切れるだろうか。


 否、不可能だ。


 摩耶がいるからこそ、武器庫(ここ)は無事でいられるのだ。


 自分だけだったなら一刻とて持ちはしまい。

 そう断言できてしまうほどに、今の自分は脆弱で貧弱なのだ。


 大鯨「どうして・・・、どうして・・・!」


 否応なく突き付けられる自身の貧弱な戦闘力と脆弱な対空火力。

 自分如き非戦闘艦(ぜいじゃくもの)がいくら抵抗した所で事態が好転することなど万に一つとてない事など、あの戦争で嫌と言うほど味合わされたことだった。


 なればこそ、大鯨は自らの生まれの不遇を嘆き、脆弱な自分に苛立った。


 大鯨(どうして・・・どうして私は・・・っ!)


 ―――せめて、剣崎(しょうほう)や高崎(ずいほう)の様に軽空母(りゅうほう)として転生できたなら、他の艦娘たちの様に互角に肩を並べて戦えたかもしれないのに!


 同じ潜水母艦出身の艦娘たちが軽空母として転生し数多の武功を上げるのを、大鯨は幾度となく羨望と嫉妬の眼差しで見つめてきた。

 その負の心は自身の姿を脆弱と自虐させ、己が生まれの不運を嘆く日々を送らせ、大鯨という張り子の艦娘を創り上げさせた。


 それでも、彼女は【大鯨】で居続けるしかなかった。


 元々、潜水母艦は非常に珍しい艦種で、過去にソレとして建造されても後に改装されて別の艦船になっているのが大半であり、艦娘として建造しても彼女の様に潜水母艦として着任するのは皆無と言っていい。

 この日ノ本でも、潜水母艦は彼女だけであったため、特に呪染による代替えが深刻な課題となっている現世では大和以上に希少価値の高い存在となっていた。


 それは、彼女もよく理解していた。

 否、理解せざるを得なかったと言った方が良いかもしれない。


 『これが悠久の時を超え艦娘として転生を果たした自分の試練なら、例え甚だ不本意であろうと納得するしかない』


 そう自身に言い聞かせ、自身の醜い嫉妬をひた隠しにし、いつか来るであろう龍鳳への空母改装を夢見て鎮守府で燻る日々が続いた。


 そして現在、大鯨は計らずも緊急抜錨という形で初陣を飾ったのだが・・・。


 大鯨(こんな・・・、こんなことって・・・!)


 微塵も貢献できない自身の貧弱さと、一向に覆らない劣勢が、大鯨の疲労を蓄積させ集中力を鈍らせていく。


 目視ではなく電探を使用しているためか、人知の及ばない巨大な敵を相手取っているかのような錯覚さえ覚えた。

 だが、その錯覚こそ大鯨の生命力を刈り取る要因になったとこの時誰が想像できたであろうか。


 摩耶「大鯨、危ねえ!!」


 大鯨「え―――?」


 突然名前を叫けばれた大鯨は、摩耶によって体当たりを掛けられ、後ろに突き飛ばされた。


 突き飛ばされた拍子に思わず見上げた視界の先には、今まさに自分に向かって落下してくる飛翔魚雷の姿が映る。


 大鯨(摩耶さん。貴方は・・・)


 助けようと突き飛ばしたのか。それとも、私を邪魔だと判断し排除しようとしたのか。


 自分を見つめる彼女の表情からして、おそらく前者であろう。

 否、そうであってほしい。


 そんな大鯨の想いなど露知らず、投下された飛翔魚雷は大鯨の胸に深々と突き刺さった。





 摩耶「大鯨ィィ――!」


 炸裂する飛翔魚雷の閃光に向かって、摩耶は悲痛な声を上げる。


 ―――あり得ねえ・・・こんなの、あり得えねぇ!


 眼前で繰り広げられた飛翔魚雷の挙動に、摩耶は己が目を疑った。



 状況は、摩耶の視点を介して数秒前に遡る。



 摩耶「大鯨、危ねえ!!」


 大鯨目掛けて飛翔魚雷が撃ちだされたことを知った電探で知った摩耶は、大鯨を助けるつもりで彼女を突き飛ばした。


 だが、投下された飛翔魚雷は摩耶の想像をはるかに超える行動をとった。 


 摩耶(な、なんだと!?)


 自由落下してきたはずの飛翔魚雷は、在ろうことか突き飛ばした大鯨をそのままなぞる様に軌道を修正し、そのまま目標に着弾したのだった。


 それこそ【眼】でもついているかのように。


 摩耶(あり得えねぇ・・・こんなの、あり得ねぇ!!)


 摩耶が驚愕するのも道理。彼女の生きた時代には、赤外線誘導式の【ケ号爆弾】や、砲火の振動を感知する音響高調波を搭載したマイクロフォンによって弾体誘導を行う衝撃感応ホーミング装置を搭載した【イ号一型丙自動追尾誘導弾】などの誘導爆弾が試作されが、そのすべてが実戦配備されることなく終戦を迎えている。

 故に、彼女が誘導式の攻撃兵器を見るのはこれが初めてであった。


 そして、彼の時代よりも遥かに進んだ技術で開発されたこの飛翔魚雷にも、ある誘導装置が搭載されていた。


 そう、AGM-62ウォールアイの誘導装置は、弾体の先端に搭載された高画質の眼(カメラ)によって行われるTVカメラ誘導方式だった。

 そして、ウォールアイはこの眼によって目標を精密かつ確実に破壊することが出来た。


 ただし、この誘導方式は天候や高度に左右される―荒天や投下主が雲の上にいるなどで目標が見えない場合は照準固定が出来ない―という欠点があったが、今は青天の満月。高高度からの爆弾投下には、絶好の天候であった。


 そして、好天に恵まれたことにより上空10000メートルからの戦略爆撃という離れ業をやってのけたこの驚異の代物は、摩耶に更なる絶望を与えようとしていた。


 大鯨「かはっ・・・。は、はぁ・・・はぁ・・・」


 辛うじて轟沈は免れた大鯨だったが、胸元には弾着時の炸薬で深々と穴が穿たれており、肉ははじけ飛び肋骨が一部露出していた。


 摩耶「大鯨―――っ」


 治療のため駆け寄ろうとする摩耶に向かって、「そうはさせぬ」と艦載機隊から更なる爆撃が襲う。


 摩耶「んだよぉ!邪魔すんなぁ!!」


 負けじと応戦する摩耶に向かって、艦載機隊から追加とばかりに更にもう二発の飛翔魚雷が投下される。

 投下された二発の飛翔魚雷は、搭載された眼と内蔵された姿勢制御装置を駆使し摩耶の砲火を巧みに避けていく。


 摩耶「クソがっ。墜ちろ、墜ちろぉ!」


 火器の6割を失ったとはいえ、現代兵器を駆使した摩耶の対空砲火は噴進式の艦載機すら寄せ付けないほどの防空能力を誇る。

 だというのに、あの飛翔魚雷はその弾幕すら意に介すことなく巧みに砲火を避け、摩耶に迫る。


 迫る二基の飛翔魚雷。

 その視線の先に映るモノ。

 それは、摩耶の主艤装の煙突部分―即ち船体と艤装の接合部だった。


 ここを損傷すると艦娘は艤装との同調が強制的に断たれる上に、その余波で一時的に躰の自由が奪われてしまう。

 故に、摩耶は焦り抗った。

 ここで被弾すれば、大鯨を助けることが出来なくなってしまう。


 絶対に、当たる訳にはいかなかった。


 だが、現実は摩耶に非情だった―――


 摩耶「があぁああぁああああ!!」


 摩耶の抵抗も虚しく、二基の飛翔魚雷は寸分の狂いもなく船体と主艤装の接合部に突き刺さり、まるで十数発の酸素魚雷が直撃したかのような激痛が五臓六腑を貫く。


 摩耶「ああ・・・が・・ぐ・・・うぅ・・」


 ぶちぶちと神経が引き千切られるれる様な感覚が五感を貫き、躰の制御を断たれた摩耶は、そのままガクリと座り込んだ。

 同時に、同調が切れた主艤装は摩耶の躰から崩落し、バチバチと音を立て地面に転がり煙を吐き続ける。


 摩耶「く・・くそ、が・・・」


 【やられた】


 そんな言葉が摩耶を支配する。

 同調を断たれた今、摩耶は完全に手足をもがれたことになり、あとは生かすも殺すも上空の艦載機隊の気分次第となる。


 そして、それは摩耶の眼前で大破した大鯨も、また然り。


 摩耶「大鯨、にげろ・・・」


 残こされた最後の力で、摩耶は大鯨に呼び掛けた。

 彼女の容態からして、動くことはまず不可能であることはわかっている。


 だが、今動かなければ彼女は確実に打ち取られる。


 摩耶「大鯨、逃げろ!逃げろおぉぉををををををおw―――っ!!」


 摩耶が慟哭の絶叫を上げるのと、止めとばかりに無慈悲に投下されたウォールアイが地面に横たわる大鯨に突き刺さったのは、ほぼ同時であった。


 大鯨「あああァあ”あァ”あ”あ”ァあ―――!!」


 炎に染まる鎮守府に、幼き少女の断末魔と鮮血が轟く。


 削り取られた少女の生命力(いのち)は、飛び散る焼け焦げた肉片と共に夜陰へと消えていった。





 第二十六章




 襲撃開始から数十分。

 鎮守府正面海域海上。



 「そろそろかしら、ね」


 七二四空の攻撃開始から数刻、鎮守府からおよそ80キロメートルの海域に陣取る三つの影があった。


 多田『七二四空より蒼月。ワレ、戦艦大和ノ沈黙二成功セリ』


 艦載機隊からの戦果報告に、影の一人―蒼月は「了解」と標準語で応答した。


 一応、妖精たちは深海棲艦の言語も理解できるためわざわざ標準語で話す必要はないのだが、蒼月は妖精達とのやり取りはあえて標準語で対応することにしていた。


 リヴァイブ1『リヴァイブ1より蒼月。ワレ、防空艦摩耶、及ビ随伴艦一隻ノ沈黙二成功セリ』


 リヴァイブ30『リヴァイブ30より蒼月。ワレ、空母加賀ノ沈黙二成功セリ』


 橘花24『橘花24より蒼月。ワレ、駆逐艦夕立ノ沈黙二成功セリ』


 次々と入る味方であるはずの艦娘沈黙の戦果報告に、蒼月は深海棲艦の身でありながら憮然としていた。


 蒼月「よくもまあ、しゃあしゃあとやってのけるものね・・・」


 敵であるならいざ知らず、友軍であるはずの艦娘相手によくもここまで非情になれるのもだと蒼月は呆れを通り越して感心してしまうほどだったが、この襲撃によっていったいどれだけの戦友の挽歌を聞き、怨嗟の念を向けられることになるのかと想像しただけで、蒼月の背筋には嫌な汗が出てくる。


 蒼月「―――私も、ヒトのことは言えないか」


 自身の艤装から発している緑色の識別信号を一瞥しながら蒼月は夜空を見上げ「はぁ」とため息を漏らし後ろを見やる。

 その後ろには、彼女の新たな随伴艦である二隻の空母ヲ級が直立不動の姿勢で立っていた。


 数刻前、自分の合図とともに敵國であるはずの日の丸を背負った艦載機隊を何の疑いもなく発艦させた者たち。

 それはあの時、北方海域にて鎮守府近海の情報と共に天照より預かったものだった。


 蒼月「天照。貴方は本当にこれでよかったの・・・?」


 そう呟き、蒼月は悲壮の眼差しで水平線の彼方に鎮座する嘗ての故郷を見つめた。


 協力する見返りに、蒼月は天照から今回の計画の顛末を聞いた。


 彼女は言った。


 『大神の慈悲は、慈悲を請う者の血を対価とすることで、彼の者たちを救済するのだ』、と。 


 それは、一人の艦娘が背負うには余りにも過酷な修羅の道。


 己が築いたまほろばを自らの手で破壊し、苦楽を共にした同胞を裏切り、欺き、挽歌を謳わせることによって成される救済。

 これを救済と呼ぶには余りにも残酷な方法であったが、大神の慈悲を得るためには必要な犠牲であり、必要な通過儀礼だった。


 全ては、大神の慈悲を得る為。

 全ては、此岸に生きる艦娘すべての為。

 全ては、私が創られた責務を果たす為。


 『そのために、私はこの身を、この海を、同胞の血で穢そう』


 そう言って、彼女は己が艦載機(ぶんしんを)預けていった。


 蒼月「天照・・・。あんたは、本当に大馬鹿者だよ・・・・」


 こんなことをしなくても、他にやりようは幾らでもあったはずなのに。


 突き付けられた残酷な真実は、蒼月の頬を伝う嘗てヒトであった頃の滴(きおく)と共に、夜風に乗って海原へと漂っていく。


 最早止めることのできない破滅と再生への道程(みち)。

 その先にある慈悲と救済は、いったいどれだけの生贄を欲すると言うのだろう。


 空母ヲ級より発艦した日の丸を背負いし総勢142機の第二次攻撃隊は、一人の艦娘の哀しき決意と託された想いを乗せて、飛び立って行った。






 同時刻。

 横須賀鎮守府第一埠頭前。



 睦月「ねえ、電ちゃん。本当に私たちだけで出撃(いく)の?」


 駆逐艦寮を出てから、約一刻。迎撃に出た電たちは海上に出現した友軍の反応を確かめるべく海に出ようとしていた。


 電探に映った反応は、三つ。

 内二つはすぐに消えてしまったが、残った一つは味方のモノだった。


 電「当然なのです。味方を見捨てるわけにはいかないのです」


 きっぱりとそう言い切り、電は外洋に出るため主艤装及び副艤装に意識を集中する。


 恐らく出撃している主力艦隊の誰かだと思われるが、帰投する予定時刻には些か早い気もする。

 ただ、消えた二つの反応が【味方のもの】もしくは【敵のもの】だった場合、主力艦隊に何らかのトラブルがあったと考えるのが妥当であろう。


 それは、同時に主力艦隊の一人であるヴェールヌイたちの訃報の可能性にも繋がるのだったが、電は、あえてそれを考えないことにした。


 電(・・・今は、とにかく味方の救助に向かうのが先なのです)


 彼の者が所持するものが自軍の訃報なのか敵艦隊の情報なのかは知る由もないが、とにかく味方がそこに居る以上このまま見捨てるわけにはいかない。


 それは自分の掲げた御旗に反することになるからだ。


 電(主艤装、出力安定。各種副艤装、異常なし)


 同調させた主艤装が海上航行に必要な浮力と出力を生み出していることを確認し、各種副艤装の最終チェックを終えた電は、睦月達から離れて埠頭の先に立つと水平線の彼方にいる味方艦艇に向けて通信を行おうとした。


 その時だった。


キイイーーン


 睦月「な、何の音にゃしい?」


 唐突に響き渡る風を切るような鋭い音に、睦月達は色めき立つ。


 艦船(ぜんせ)においても艦娘(ごぜ)においても初めて聞く奇妙な音。

 砲撃音でもなければ、魚雷の駆動音でもない。

 それは、缶に火を入れた機関室に似て、タービンの如き駆動音であった。


 電(この音は・・・。まさかっ!)


 何か思い当たるものがあった電は、音の聞こえた方角―即ち今自分が出て行こうとした海上を見やると、新設されたOPS-28に意識を集中させる。


 電の主艤装の煙突部分に増設されたOPS-28が淡く光り輝き、ドップラー効果を利用したパルス波に乗せて電の意識が海原を刹那の速さで奔っていく。

 電波と一体化した電の眼が海上を行く【それ】を捕捉したとき、彼女は顔面の血の気が引く音を聞いた。


 電(こ、これは!?)


 電の電探(め)が捕らえたモノ。

 主艤装が導き出したそのモノの名は―八〇式空対艦誘導弾。


 それは、現存する飛翔魚雷の一つにして、霞を轟沈寸前にまで追い詰めたBGM-109トマホークの同類ともいうべきものだった。


 電「睦月ちゃん。如月ちゃん。弥生ちゃん。今すぐ海に向かって砲撃するのです!」


 振り向きざまに顔を真っ青にして、電は怒鳴る様に言い放った。


 電の記憶が正しければ、弾着まであと十秒もない。


 あのバケモノががいったい誰を目標にして放たれたのかは知る由もないが、このままでは全員が轟沈する。


 睦月「えっ、どういうことにゃしい!?」


 いまいち状況が掴めず、睦月は思わず聞き返した。

 海に砲撃?

 何故。

 どれにむかって。

 なんの意味があって。

 この張り子の艦娘特有ともいうべき状況を変に難しく考えてしまう行為は、新兵同然である睦月にとっては仕方のないことだったのかもしれない。


 だが、故にその行為こそが仲間を―延いては姉妹すらも死なせてしまう愚行であることに、睦月はその身をもって知ることになった。


 ゴキン


 如月「がっ――――!?」 


 えっ――――?


 何かが砕け散る音が聞こえたかと思った刹那、如月の姿が視界から消えた。


 そして、その一拍後。


 ゴキン 


 弥生「はっ――――!?」


 今度は弥生が視界から消えた。


 睦月「な、え・・・?」


 唐突に起こった摩訶不思議な状況に、睦月は訳も分からず凍り付いた。


 ―――イッタイ、ナニガオコッタノ・・・?


 嫌な音が聞こえたかと思ったら、いきなり妹二人が視界から消えたのだ。

 否、正確には後ろに吹き飛んだといった方が良いかもしれない。


 睦月「い、電ちゃん・・・・?」


 答を得ようと電を見つめた睦月だったが、顔を見るなり彼女の顔はさらに凍り付くことになった。


 睦月(・・・・なんで、そんな顔をするの・・・・?)


 見やった電の顔は、まるでそこに地獄絵図が広がっているかの如く絶望に満ちていた。


 顔色は先ほどよりもさらに青ざめ、瞳に覇気はなく、僅かにあいた口からは意味のない単語が漏れている。


 ―――違う。私が見たかったのはそんな泣きそうな顔なんかじゃない。


 正直背筋には嫌な汗と共に、脳内で「振り向くな」と警鐘が鳴り響いていたが、睦月はそれを無視して恐る恐る躰をねじらせ後ろを向き、そして―――。


 睦月「―――――――――っ」


 絶望した。







 第二十七章




―――艦娘は陸の上で死ぬことは無い。


 あの日、あの時、あの場所で【彼女】は私にそう言った。

 私たち艦娘が陸の上で死ぬとき。それは、自身が解体されるときだけだ、と。


 それは、彼女たちの戦場が海の上だったからであろう。


 戦闘艦である艦娘にとって、海の上は戦場であり、活きる場所であり、死ぬ場所であった。


 戦うことを生業とする彼女たちにとって、陸の上でその生涯を終えることは、自らの存在意義を証明できなくなったことを意味する。

 それは即ち、艦船で言う所の老朽化などによる除籍と同義であるのだが、やはり戦闘艦としては敵艦との殴り合いで天寿を全うしたいと願うのが常であろう。


 なればこそ、艦娘達は海の上でその生涯を終えることを常に切望していた。



 なら、これはいったいどういう事なのだろう。


 眼前に広がる光景に、睦月は色を失った瞳でよたよたと近づいていく。 


 睦月「如月ちゃん、弥生ちゃん・・・。へ、返事をするにゃしぃ・・・」


 たった瞬き一つの出来事だった。

 立った瞬き一つの間に妹二人はなんとも珍妙な姿へと変貌した。


 睦月「ねぇ、冗談はやめるにゃしい・・・」


 近付くにつれ色を失った瞳から、だらだらと滴が垂れ始める。

 恐らく、頭が現実を受け入れようと準備をしているものと思われるが、それだけでこの惨状(げんじつ)を受け入れられるかどうか甚だ疑問であった。


 睦月「如月・・・弥生・・・。ねぇ・・・、返事してよぉ・・・・・」


 二人が倒れているところまでよたよたと歩いてきたところで、睦月はガクリと膝を折りその場に座り込んだ。


 座った拍子に「にゅちゃり」と嫌な音がしたが、それすら、今の睦月にとっては塵ほどにも感じなかった。


 地面に転がる如月―否、如月だったというべきモノには頭がなかった。

 腕がなかった。

 姉妹の中でも大きめであった胸がなかった。

 あるのは下腹部と、そこから伸びる二本の足のみで、それ以外は初めから無かったかの様に消滅していた。


 そして、それは数歩横で横たわる弥生も、また然り。


 恐らく、この場に彼女以外の艦娘が来たとて、この物体が一体誰なのか見分けはつかないであろう。


 そう、つい一刻前までその傍らにいて、その死にざまを拝んだ彼女でなければ。


 電(む、睦月、ちゃん・・・)


 湧き上がる猛烈な吐き気を必死で堪え、電は睦月へと駆け寄る。


 初期艦として着任して以来、多くの艦娘の死に様に立ち会ってきたが、ここまで惨い死に方をした艦娘は始めてだった。


 元々、駆逐艦の装甲は紙も同然であるが、それでも魚雷の一発くらいは耐えることが出来る。

 だが、この魚雷は何なのだ。

 本当に魚雷なのか。

 魚雷の皮をかぶりながら、戦艦以上の火力を持ち、艦載機を遥かに超える速度を以て艦娘を刹那の速さで残骸(にくかい)へと変える破壊の投擲。


 電「睦月ちゃん・・・」


 かける言葉を見つけられず、電はそのまま睦月の隣にしゃがみ込む。


 最悪、戦えない睦月をここで守らなければならない為、副艤装のOPS-28の電波は海洋に向けたままにしておいた。


 睦月「ぁああ・・・・あぁ・・・・」


 電の心配通り、睦月はもはや戦うことが出来なくなっていた。


 それも当然であろう。実の妹達がこんな無残な死に方をし、その様をこの目で見てしまったのだから。


 せめて、如月たちの今際の言葉を聞くことが出来たなら。

 せめて、死に目がもう少し穏やかであったなら。

 せめて、せめてどちらかが生き残っていたなら。


 だが、そのどちらも許されぬまま、睦月は一度に二人の妹を失ってしまった。


 電(これが、これが飛翔魚雷の能力(ちから)だと、いうのですか)


 眼前に広がる戦火と言うには余りにも理不尽な【死】に、電は腸が煮えくり返るのを感じていた。


 慈悲もなければ、別れを伝える暇(いとま)も残さない。

 ただ、その視界にとらえたあらゆるモノをそのアギトの前に躊躇なく葬り去る心無き死神。


 【音速の非情な殺戮者】


 こんな、破壊と絶望しか創造(う)まない兵器が存在してよいのであれば、なんと世界は非道で残酷なのだろう。


 同じ兵器として―否、同じ主に創られたモノとして、電は創造主である人間を心の底から糾弾したくなった。 


 『貴方たちは、なんと無慈悲で残酷なのだ』、と。


 電「!っ。睦月ちゃん、早くここから逃げるのです!」


 起動していた電探に多数の反応が発生し、電は睦月の肩を掴み叫んだ。


 捉えた反応は、142機。


 正規空母二隻分に相当する反応だったが、その色は赤色(てきのいろ)だった。

 その刹那、海上に存在した味方の色が赤く変色する。


 ―――まさか、これって・・・!?


 ここにきて、電は己の愚を悟った。


 どうやら、あの反応は敵艦隊が仕掛けた欺瞞工作だったらしい。

 そして、それに自分はまんまと引っ掛かったという訳だ。


 電「睦月ちゃん。立って、立つのです!」


 迫る艦載機隊に焦りを覚えながら、電は再び睦月に叫ぶ。


 敵方の発行信号を逆利用することは、謀において常とう手段であり、かく乱戦術の基本だった。


 本来なら、外洋に出るときは大淀秘書艦なり司令官なりに報告してから抜錨の許可を得なければいけないというのに、私は己が御旗を優先するばかりか、睦月達の制止を無視して独断専行を犯してしまった。


 そして、その愚行で如月と弥生を、死なせてしまった。


 だからせめて、睦月だけは助けなければならない。


 でないと、私は―――。


 電「睦月ちゃん!早く―――」


 座り込んだままの睦月に僅かな苛立ちを覚えつつ、電は睦月を立たせようと彼女の腕に手を伸ばした時だった。


 電「!っ」


 差し伸べた手は、あろうことか当人によって跳ねのけられた。


 ―――断る。


 睦月は言の葉を紡がなかったが、確かにそういった。


 電「どうして・・・?」


 予想のしていなかった行動に電は困惑してしまった。


 自分の生死が危ぶまれるこの状況で、何故拒否することが出来る。

 自分の助けは要らないと、そう言いたいのか。


 ろくに戦場に出たことのない張り子の艦娘(ヒヨッコ)風情が、一丁前に。


 睦月「・・・・つき」


 電「え?」


 ぽつりと呟かれ、電は思わず聞き返す。


 睦月「嘘つき・・・」


 今度はしっかりと聞き取れたが、電はさらに困惑した。


 【嘘つき】


 何故か、彼女にそう言われた。


 でもどうして、睦月にそんなことを言われなければならないのだろう。

 自分がいつ、彼女に噓をついたのというのか。


 電「・・・睦月ちゃん、あの―――」


 睦月「嘘つき。嘘つき!。嘘つき!!。嘘つきぃ!」


 睦月「電ちゃんの嘘つきィィ!」


 何故と聞き返そうとした電に、睦月は糾弾するように言った。


 わなわなと肩を震わせ、髪に隠れた瞳からとめどなく涙を溢れさせるその姿は、まるで信じていたものに裏切られたようであった。

 何故、嘘をついた。

 何故、騙した。

 何故、欺いた。

 私は、あなたを信じていたのに。


 電「な、なにを――――」


 訳が分からずひたすら糾弾され続ける電だったが、何気なしに視線を彷徨わせた時、ふと如月だったモノに目が止まった。


 電(ま、まさか・・・)


 睦月が自分を嘘つき呼ばわりする理由。それは、あの時自分が彼女に言ったセリフだった。





 『大丈夫なのです。艦娘は、陸の上では沈まないのです』


 怯える私たちに、あの時お前は確かにそう言った。

 そうやって嘘をついて、お前は私たちを戦場に引っ張り出して、無理やり戦わせた。

 そのせいで、如月と弥生は轟沈(し)んだ。


 ―――お前のせいだ。


 お前が私たちにあんな嘘をついたから、妹はあんな惨たらしく轟沈(し)ぬことになったんだ。


 そう、睦月は言いたいのだろう。


 電(・・・睦月ちゃん・・・・)


 その認識は、ある意味間違っていないのかもしれない。


 あの時、彼女たちを連れ出さなければ、少なくとも彼女たちはここで屍を晒すことは無かったかもしれない。


 だが、それは所詮結果論であって、戦場において絶対などというものは存在しない。

 故に、これを電の謀略だとする睦月の弁はお門違いもいい所なのだが、そんなこと今の睦月にとっては何の意味も持たないのだろう。


 そう、心の底では睦月も分かっているのだ。


 彼女は―電は、悪くない。


 艦娘である以上、死は常にともにある。

 ある日突然、隣に立つ誰かがいきなり轟沈するかもしれない。

 戦場に生きる以上、ある日、どこかで、理不尽に、その屍を晒すことだって十分にありうるのだ。


 だが、それでも今は、糾弾(こう)でもしないと自分の気が狂いそうだった。


 どうして、妹たちがこんな惨い最後を迎えなければならない。

 どうして、如月なのだ。

 どうして、弥生なのだ。


 どうして。どうして。どうして・・・自分じゃなかったのだ。


 電「睦月ちゃん・・・。その――――」


 せめて何か言わなければ、そう思ったのと、電と睦月の主艤装が敵機接近の警告を発したのは同時だった。


 電「―――っ」


 睦月「――――っ」


 同時に向けた視線の先、月光眩しき海上を睥睨する夥しい鋼鉄の鳥。

 その内の一羽が彼女たち目掛けて魚雷を放とうとしていた。


 睦月「・・・・っ」


 先に動いたのは睦月だった。


 ―――ダメだ。


 今ここで、主力艦(いなづま)を死なせるわけにはいかない。

 そう思い、電を思い切り突き飛ばした。


 電「睦月ちゃん!?」


 ほとんど不意打ちに近い形で突き飛ばされた電は、驚愕と哀惜が入り混じった顔で睦月を見つめた。


 その刹那、艦載機から魚雷が放たれる。


 本来、海中にその姿を沈めるはずのその魚雷は、在ろうことか海中ではなく文字通り海上を翔(はし)り、庇った睦月に迫った。


 電「待って、睦月ちゃ――――」


 無意識に伸ばした手は、彼女への救済かそれとも自分への救済だったのか。

 いずれにせよ、その手を彼女が取ることは無かった。


 電(いや・・・いやぁ・・・)


 飛び散る肉塊と、制服を染める赤き鮮血。

 五感を貫く激痛。

 抵抗虚しく四肢を蹂躙される絶望。

 今しがた自分の眼前で繰り広げられた惨状が、今度は彼女に振りかかろうとしている。


 ―――嫌だ。


 こんな別れ方は、嫌だ・・・!


 いや、いやぁ、いやあ”あァあ”ぁあ”――――!!


 声にならない絶叫を上げる電に、睦月は今際の笑みを浮かべる。


 それを見た電は、不謹慎ながらも思わず見惚れてしまった。


 綺麗だった。


 哀も怒もない澄み切った笑顔だった。

 死を覚悟したヒトは、こんなにも綺麗な笑みを造れるのか。


 見惚れる電に、睦月は頬に一筋の滴を流しながら今生の言の葉を紡ぐ。


 睦月「     」


 紡いだ睦月の言の葉は、迫る飛翔魚雷の轟音にかき消され、音となることなく夜空へと消えていく。


 ただ、何故か電にはそれがはっきりと聞こえた。


 『――――ごめんね、電ちゃん・・・』


 ゴキン


 命を刈り取る忌まわしき音と共に、睦月の躰は爆炎の中に消えた。




 電「む、むつき・・・ちゃん・・・」


 突き飛ばされ四歩ほど後ろで尻もちをついた電は、一拍ほど呆けた後、よろよろと四つん這いで睦月のいたところへと歩いていく。


 電「睦月ちゃん・・・どこ、どこなのです・・・?」


 つい一瞬前そこに立っていたはずの睦月は、そこにはなかった。


 あるのは、夥しい血糊と、かつて彼女の体躯をなしていた彼女の残骸のみであった。


 電「あ・・・ァあぁああ・・・・」


 【なにも出来なかった】


 そんな、後悔の念が電の五臓六腑を支配していく。


 彼女を助けることも、彼女を癒すことも、彼女を生かすことも何も出来なかった。


 何も、なにも、ナニも――――。


 電「アアアぁぁァあああ”あ”ァ”あ”ァァあ”あ――――っ!!!」



 月光の光の下、一人の少女の慟哭が轟く。


 燃える。

 全てが燃えていく。

 心も、思い出も、矜持も、何もかもが焼け焦げ、燃えていく・・・。

 燃えていく。

 もえていく。

 モエテイク・・・・。







 第二十八章




 『全てを抹消せよ』


 一にして全の命を受けた総勢246機もの鋼鉄の鳥たちは、眼下に広がるあらゆるものにその牙を向けた。


 流星改102「目標駆逐艦菊月。飛翔魚雷投下」


 流星改98「目標軽巡洋艦名取。飛翔魚雷投下」


 流星改56「目標水上砲台扶桑。飛翔魚雷投下」


 102機もの流星改より放たれる飛翔魚雷―80式空対艦誘導弾は、海原を音の速さで飛翔し、次々と鎮守府になだれ込んでいく。


 キイイ―――ン  キイイ―――ン  キイイ―――ン


 空を切る音は、殺戮者の奏でる死の旋律となりて鎮守府に響き渡り、彼の贄共たちの奏でる重く生々しき金属音と共に死の二重奏を奏でていく。


 ゴキン


 皐月「菊月、お願いだよ・・・返事をしてよ!!」


 ゴキン


 長良「私がもっと鍛えておけば・・・悔しいィ・・・!」


 ゴキン


 山城「姉様、目を開けてくださいっ!姉様あああァぁぁァ!」


 憐れな贄たちは響く死の旋律の中で、己が無力を呪い、絶望し、挽歌を謳う。


 ―――何故だ、何故私たちがこんな目に合わなければならない。


 望月「面倒くせぇ・・・。なんて言ってらんないよねっ」


 初雪「私だって、本気出せばやれるし」


 眼下に散らばる憐れなる者たちも、ただでは贄にならぬとそのか細き腕で必死に抗った。


 死にたくない。

 壊されたくない。

 守りたい。

 救いたい。


 ある者は、己の寮(いえ)の屋上で。

 ある者は、埠頭に設けられた鉄塔の中で。

 ある者は、倒壊した瓦礫を盾として。

 己が非力を愚策で覆い隠し、恐怖を蛮勇で跳ねのけ、か細き砲火を上げていく。


 だが、その蛮勇も大空を統べる王の前には露程の障害にもならなかった。


 リヴァイブ29「目標駆逐艦寮屋上、駆逐艦望月。爆撃開始」


 リヴァイブ30「目標駆逐艦寮屋上、駆逐艦初雪。爆撃開始」


 高度10000メートルから鉄槌の如く投下されるもう一つの飛翔魚雷―AGM-62ウォールアイは、無駄な抵抗を続ける憐れな贄たちをその建物ごと踏みつぶしてしいく。


 最早抵抗は無意味だ。

 大人しく大神の慈悲の贄と成れ。


 抹消するは彼の者を穢すあらゆるモノ。

 その為にはあらゆる場所が攻撃対象となる。

 故に、本部棟はもちろん、艦娘たちの寮までもが劫火に包まれた。


 リヴァイブ25「リヴァイブ25。戦艦寮への機銃掃射を開始する」


 ―――もしかしたら、艦娘の誰かが「それ」を持ち去ったかもしれない。


 リヴァイブ26「リヴァイブ26。軽巡艦寮への機銃掃射を開始する」


 ―――もしかしたら、艦娘の誰かが「それ」を自室に隠し持っているかもしれない。


 リヴァイブ31「リヴァイブ31。駆逐艦寮三階廊下にて、何かを所持した艦娘を発見。掃討する」


 ―――もしかしたら、艦娘の誰かが「それ」を複製し自室に隠そうとしているかもしれない。


 もしかしたら。もしかしたら。もしかしたら・・・・。


 疑心はあらゆる事柄を想定させて行き、その疑心はやがて被害妄想となり、妄想者に過剰なまでの刈り取をさせる。


 部屋に置かれた机。

 箪笥。

 備え付けのハンガーラックに掛けられた制服や私服にマフラー。

 姉妹艦や戦友から誕生日に送られたぬいぐるみや集合写真。

 更には、見つけた艦娘が偶々持っていた救急箱までもがその対象となり、焼かれ、壊され、消されていく。


 ―――最早、それがなんであろうと関係ない。


 全て燃やす。

 全て壊す。

 全て抹消する。

 あの人を穢すモノは例え紙切れ一枚であろうと残さない。


 疑心の炎は、纏った者の【人道】すらも焼き払い、己が定めた禁忌ですらも躊躇なく行わせていく。


 彗星一二型甲16「目標捕捉。焼夷弾投下」


 彗星一二型甲26「目標捕捉。焼夷弾投下」


 彗星一二型甲40「目標捕捉。焼夷弾投下」


 102機の流星改と共に飛翔して来た40機もの彗星一二型甲から、次々とエレクトロン焼夷弾が投下されていく。


 弾体を構成するエレクトロン合金の中にテルミット―金属酸化物と金属アルミニウムの粉末混合物で、着火するとテルミット反応と呼ばれる金属アルミニウムの金属酸化還元反応を起こし、白く輝いて激しく燃焼する―を満載したこの焼夷弾は、弾着点から周囲約数メートルを摂氏三千度の高温と閃光で艦娘諸共「それ」を焼きはらっていく。


 金剛「ひ、比叡・・・。Please open your eyes!。比叡ィィィ―――!!」


 その炎は、娘達を炭化させ。


 榛名「は、はるなは・・・。・・・はる、なは・・・」


 その熱風は、生きたまま娘たちの肌を焼き。


 霧島「・・・・め、眼がぁ。眼があぁ嗚呼あァあアぁああ・・・・!!」


 その閃光は、眼球を焼き水分を沸騰させた。


 さらに、テルミット反応により発生した炎は、水や消火剤による鎮火が出来ず、艦娘たちは消火不可能な炎にまかれて逃げ惑うしかなかった。


 だが、テルミットの炎にはもう一つの災厄があった。


 ドン


 巻雲「ゆうぐも・・・ねえ、さま・・・。どう・・・し・・・・て・・・・・」


 夕雲「ち、違う・・・違うの・・・・。私は、巻雲さんを撃ってなんかあぁあぁ嗚呼あぁぁ嗚呼あ亜ァ亜ぁあ”あ”あ”ぁぁ―――――っ!!!!!!」


 荒れ狂う劫火の中、至る所で砲撃音と娘達の慟哭が木霊する。


 テルミットの炎が持つもう一つの災厄。それは、彼の劫火が放つ三千度の熱風によって生じる砲弾の暴発だった。

 副艤装に装填された炸薬は、彼の炎により発火点にまで加熱され、主の許可なしに砲弾を次々と暴発させていく。


 暴発し、砲塔内や弾薬庫から四方に撃ちだされた砲弾たちは、時に瓦礫を抉り、時に愛する者を貫き主を大量殺戮者へと変え、慟哭させ、狂わせ、壊していく。


 高雄「みんな、早くこっちへ来てください!」


 髪(おんなのいのち)を焼き散らしながら劫火の切れ目を必死で探し、死に物狂いで退路を確保したとて、その先には、飛翔魚雷による追跡と上空からの戦術爆撃が待ち受ける。


 キイ--ーン


 高雄「・・・っ。私、沈むのね・・・さようなら・・・提督・・・・」


 ゴキン


 逃げ惑い、焼けた仲間の亡骸をその手に抱き阿鼻叫喚するその様子は、あの東京大空襲を連想させた。

 そう、高高度を悠々と飛び交う空の要塞によって焦土と化した、あの帝都東京の様に。


 その惨状の中で、彼女たちは憎み、嘆き、呪った。


 ―――許さない。


 燃え盛る劫火の中で、仲間の屍の前で、倒壊した寮(いえ)の前で、彼の娘たちは次々と黒き御旗を掲げていく。


 ―――赦さない。


 緋に染まった月光を舞う無数の鋼鉄の鳥。

 日の丸を背負いしその鳥の主を以て、彼女たちの心は黒き焔で満たされた。


 ―――ユルサナイ。


 「貴方は・・・」


 「お前は・・・」


 「貴様は・・・」


 『我らの怨敵だ!!』


 最早、容赦はせぬ。

 その五体を引き裂き、仲間の墓前に捧げるまで、この溜飲は永遠に下がらぬ。


 「ころしてやる」


 「撃沈(ころし)てやる!」


 「破壊(ころし)てやる!!」


 乱れ踊る焔は鎮守府を覆いつくし、彼女たちをその黒い怨火で喰らいつくしていく。

 怨嗟の瞼に赤き滴を流しながら、少女たちは哀しき鬨の声を上げた。


 天照。私は、お前を、ユルサナイ―――。







 第二十九章

 



 これは、いったい――― 


 深夜に繰り広げられた地獄から、数時間。

 明朝に帰投したヴェールヌイ達は、眼前に広がる光景に己が五感を疑った。


 ヴェル「何が、どうして・・・?」


 質の悪い幻覚かと思い、ヴェールヌイは狼狽しながら瞼をこすりもう一度周りを見渡した。


 ここには、笑顔があった。

 戦うべき、誇りがあった。

 守るべき、居場所があった。


 そう・・・。確かに、そこにあったはずなのだ。


 吹雪「そんな、どうして・・・?」


 隣に立つ吹雪がぽつりとそう呟き、ガクリと膝を付く。


 吹雪たちの眼に映る嘗て己が身命を賭して守護して来たまほろばは、見るも無残に破壊され、何も残っていなかった。


 再着任した彼女にとって、こう言った惨状に立ち会うのは始めてだった故、こういった反応をするのは至極当然のことだったのかもしれない。

 実際、主力艦である自分ですら、この惨状には眩暈がし、吐き気が込み上げてくる。


 ヴェル「・・・行こう。早く、司令官に帰還報告をしないと」


 兎にも角にも、今は司令官や他のみんなと合流しなくてはならない。

 そう付け足して、ヴェールヌイは苦虫を噛み潰した様な顔をしながら奥へと進んでいく。


 白雪「さ、吹雪ちゃん。行こ」


 うな垂れる吹雪の肩を貸すように立たせた白雪が後に続き、その後ろを、青ざめた表情で三日月が続く。


 不知火「・・・・・」


 事実上の殿を務めることになった不知火は、制服のポケットからハンカチを取り出し、今にも悲鳴を上げそうな口元を抑えながら後に続いた。




 中に入ると、一層襲撃のすさまじさが否応なく伝わって来た。


 至る所に刻まれた爆撃跡から立ち込める据えた匂い。

 破壊され、原型を留めていない倉庫群。

 鎮守府のシンボル的存在だった赤い素焼きの煉瓦で彩られた艦娘の宿舎は、そのほとんどが崩れ落ち、残った外壁には赤黒い塗料で荒々しくぶちまけた様に汚く塗りたくられていた。


 にゅちゃり


 不知火「―――え?」


 おもむろに足元から奇妙な音がして、不知火はその歩みを止めた。


 不知火(いま、何かを踏んだような・・・?) 


 不審に思い、不知火は踏んだ足元に視線をやる。


 踏んだ自分の足よりも僅かに大きい、真っ黒に焼け焦げた何かの一部。

 その正体を確かめようと足の位置を少しだけずらし、その下からほのかに赤みを帯びた幼い四本の指が見えた時、不知火は猛烈な嘔吐感に襲われた。


 不知火「!!!!!っ」


 途端に胃袋から内容物が逆流し、不知火はその場に座り込み一気に吐しゃ物をぶちまけた。


 不知火「がはっ・・・。ごほ、ごほっ・・・、うっ・・・っ!!」


 不知火が踏みつけたもの。

 それは、爆撃により四散した仲間の残骸だった。

 不知火自身、四散した深海棲艦の残骸は嫌というほど見てきたが、仲間のそれを見るのは初めての事だった。


 三日月「し、不知火ちゃん!?」


 前にいた三日月が、不知火の異変に気付き慌てて駆け寄る。

 その様子は、白雪と吹雪、先頭を行くヴェールヌイにも伝わり、一行は足を止め一斉に不知火に駆け寄る。

 すでに、不知火の足元には自身の逆流した吐しゃ物が歪な水たまりを創り上げ、自らが踏み付けた仲間の死骸を覆い隠していく。


 不知火(い、いけません。同胞に対してこんなこと・・・っ)


 屍であろうと仲間は仲間。それを見て、そこに嘔吐するなど失礼極まる。

 そう想い、不知火は必死で湧き起こる吐き気を抑えようとした。


 だが、一度出てしまったものを戻すことは困難であるように、不知火の嘔吐を抑えることは最早困難であった。


 不知火「―――っ!・・・――‐――っ」


 止まらない嘔吐に、三日月は不知火の背中を優しくさする。

 胃の内容物を瞬く間にすべて吐き出し、最早出てくるモノは胃の分泌液のみとなっていたが、それでも一向に不知火の嘔吐は止まらなかった。


 ―――止まって。お願い、とまって・・・っ。


 思った以上に脆かった自分の忍耐力に、謝罪と自責の念を抱きながら、不知火は自身の胃袋が本当に空になるまで吐き続けた。





 どれほどの時間を、ここで無駄にしたのだろう。


 胃袋がキリリと痛むまで吐き続けた所で、ようやく不知火の嘔吐は収まった。


 ヴェル「・・・大丈夫かい?」


 不知火が吐き続けている間、ずっと傍らで三日月たちと共に介抱していたヴェールヌイだったが、ここでようやく不知火に話かけて来る。


 不知火「・・・えぇ。見苦しいところを、見せてしまいました」


 正直、吐きすぎた影響で頭がくらくらするが、今はそんなこと言ってられない。

 寧ろ、これ以上無駄な時間を過ごしたくなかった。

 口元を手袋で拭った不知火は、立ち上がって先を急ごうとする。


 不知火「行きましょう。時間を無駄にしてしまいました」


 傍でずっと介抱してくれた三日月が「少し休もう」と提案してきたが、不知火はあえてそれを無視して歩き始めた。

 これ以上、自分の不始末で隊の帰投を遅らせたくない。

 それよりも、早く陽炎たちの安否を確かめなくては。


 ヴェル「行こう。吹雪、白雪、三日月」


 そんな不知火を慮ったヴェールヌイが、白雪たちに帰路を促す。

 陽炎から遅れること数歩、ヴェールヌイ達は不知火を先頭に再び本部棟に向かって歩き始めた。




 一方、半壊した横須賀鎮守府第二埠頭に人知れず帰投する一人の艦娘の姿があった。


 「さて、と。・・・ようやく帰投出来たわね」


 ヴェールヌイ達の入港から遅れること一分、遅れて帰投したゼルテネス・ティーアは纏った主艤装を一部艤装解除した後、辺りを見渡す。


 ゼルテネス「・・・まったく。随分と派手にやったわね・・・」


 帰投した艦載機隊からの報告で概ね覚悟はしていたが、これは予想の少し上をいっていた。


 ゼルテネス「容赦するな、とは伝えたけど・・・。ここまで破壊(や)るとはね・・・」


 風に乗って運ばれてくる死臭に若干顔をしかめつつ、ゼルテネスは逡巡する。


 死臭の濃さから見て、艦娘たちにも相当数の死傷者が出ているだろう。

 とりあえず、戦利品として高速修復材(バケツ)は幾らか持ち帰ったが、果たしてどれだけの補填になるだろうか。


 ゼルテネス「とりあえず。まずは、提督に報告かしらね」


 そう呟いたゼルテネスは、高速修復材を両手に抱えて、瓦礫と化した鎮守府の中へと入っていった。



  


 

 第三十章

 



 「くすり、予備の薬はどこ!?」


 「ドックは、ドックはまだ開かないの!」


 「ダメ、寝ちゃダメ。お願い、目を開けて!」


 たどり着いた本部棟前は、さながら第二の地獄と化していた。


 朝礼を行っていた本部棟の前には爆撃による瓦礫が散乱しており、その瓦礫の間を縫うように大量のブルーシートが敷かれている。

 そのブルーシートの上には、防寒対策の為に毛布が敷かれ、大破した艦娘たちが呻き声をあげながら横一列に寝かされていた。


 その苦悶の中を、入居を終えた艦達が必死の形相で救急箱片手に往来する様は、まるで戦地の野戦病院かもしくは戦火に焼かれた市町村の様であった。


 明石「次の娘は誰。早く運んで!」


 横たわる艦娘達の織り成す絨毯の奥、薄汚れた白地の厚手のビニールで建てられた数個の簡易テントの一つから、手術着に身を包んだ明石が担架を担いだ艦娘と共に姿を現し辺りに大声を発する。

 元々白かったであろうその手術着は、艦娘たちの流した大量の返り血でまだら模様になっており、顔と頭を覆うマスクと帽子にいたっては最早元も色も判別できないくらいに赤黒くなっていた。


 夕張「こっちも良いわよ!次の娘をお願い!!」


 明石のテントの隣から、彼女と寸分違わぬ姿をした夕張が治療を終えた艦娘と共に姿を現し、辺りに怒声を発する。

 その声を合図にして、担架を持った艦娘達が大破した艦娘を乗せて夕張の待つテントへと運び入れ、彼女もそれに続きん中へと入って行く。


 不知火「これは・・・。なんと、言いますか・・・」


 先程の吐き気がぶり返したのか、不知火は口元を抑えてぽつりと呟く。


 ここに来るまでも凄い死臭がしたが、ここに漂う匂いもまた、生々しい死臭が立ち込めていた。

 不知火の脇に立つ三日月もまた、眼前に広がる光景に涙目になりながら、肩を震わせて両手で口元を覆いながら絶句していた。


 ヴェル「・・・?。あれは・・・」


 行きかう艦娘の中に見知った顔を発見したヴェールヌイは、一人隊列から抜け出しその艦娘の元へと歩み寄る。


 ―――あの艦影は、もしかして。


 近づくにつれヴェールヌイの予感は確信へと変わり、歩みもまた速足から駆け足へと変わっていく。


 ヴェル「電!」


 駆けながらヴェールヌイは思わず叫んだ。


 ―――間違いない。否、間違えるはずがない。


 ヴェル「電!」


 もう一度、彼女の名を叫んだ所で、ようやく電は姉の方を向く。

 それを見たヴェールヌイの顔には、自然と笑みがこぼれた。


 ―――良かった。無事で本当によかった。


 鎮守府襲撃の旨を受けた時、ヴェールヌイは仲間の事もそうだが、それ以上に電達のことが心配でならなかった。


 前世において姉妹艦の中で唯一人生き残ってしまった彼女にとって、電たちは現世の生きる糧であり、司令官と同等―もしかしたら、それ以上かもしれない―に失いたくないものだった。


 だからこそ、電の無事な姿を見れて嬉しかった。


 そう、嬉しかったはずなのだ・・・。


 ヴェル(え――――?)


 電の顔が見える距離まで近づいたヴェールヌイは、彼女を顔を見るなり思わず歩を緩め、立ち止まってしまった。


 ヴェル「いな・・・づま・・・?」


 電「・・・あぁ。ヴェルお姉ちゃん・・・。おかえりなさい、なのです」


 まるで怪人にでも会ったかの様な形相で見つめる姉に、電はかすれる様な声で姉に労いの言葉をかける。


 妹の身に、一体何があったのだろう。

 ヴェールヌイは、眼前に立つ末妹の姿に先ほどまで抱いていた歓びが嘘の様に消え去るのを感じていた。


 そこに居たのは、ヴェールヌイの知る天真爛漫な電ではなかった。


 身に着けた制服は血と泥砂に覆われ、救急箱を持つ手には無数の擦り傷が付いていた。

 髪留めをせず、おろしたままの髪は掻き乱した様にぼさぼさに崩れ、泣き腫らし腫れあがった顔には、傍目にもわかる位にクマが出来ていた。


 その出で立ちは、昨夜の襲撃によって出来たものなのだろう。


 でも、どうして。どうして、そう見えてしまうのだろう。


 ヴェールヌイには電が生存者ではなく、【何も守れず、何も救えなかった憐れな敗残兵】の様に見えてならなかった。


 ヴェル「電。一体、何があっt――――」


 『―-――――っ!!!!』


 狼狽しながらそう電に事情を聞こうとした時、明石の担当している簡易テントから凄まじい悲鳴が轟き、ヴェールヌイは弾けた様にそちらを向いた。


 ―――あの声は、雷?


 聞こえた声音からして、それは三番艦(もうひとりのいもうと)の雷のモノだった。


 だが、あの悲痛な悲鳴はいったい何なんだ?


 建てられた目的と、出入りする艦娘の様子からして、あそこでは損傷の治療が行われているはずだ。

 なのに、聞こえた悲鳴はまるで拷問でもされているかのようだった。


 ヴェル「い、電。いまのは―――」


 電「拷問(ちりょう)しているのです」


 ヴェールヌイの問いに、電は事も無げに応える。

 何故か治療のニュアンスが違うような気がしたが、ヴェールヌイは聞き返す気になれなかった。

 再び聞こえた雷の絶叫にヴェールヌイは図らずも合点がいってしまったからだ。


 あそこで繰り広げられているのは、文字通り治療という名の拷問なのであろう。



 艦娘は、原則入渠前に傷口の応急治療が義務付けられている。


 これは、損傷個所に混入した艤装の破片などによる修復の阻害を防ぐためであり、入居前には必ず明石や夕張などの艦娘専門の医療知識を持つ艦によって傷口の洗浄や破片の除去が行われていた。


 最も、無事(むじ)の時には治療の際に艦娘への負担軽減の為に麻酔などを使うのだが、今は有事(ゆうじ)。艦娘一人にそんな手間など一々掛けられない。


 畢竟、艦娘たちは無麻酔による治療―消毒液を掛けながら傷口にはいった砂利をブラシでこそぎ落とし、破片を鋏で抉り出す―を受けなければならなかった。


 ヴェル(い、雷・・・っ)


 いくら修復の為に必要な措置とは言え、「あれ」では、最悪入渠の前に痛みのショックで轟沈する危険性がある。


 ヴェル(止めさせなきゃ、じゃないと雷が轟沈してしまう)


 轟く妹の絶叫に、ヴェールヌイは辛抱堪らずテントへと駆け寄ろうとする。


 ところが。


 不知火「どこへ行こうというのですか?」


 駆け寄ろうとしたヴェールヌイの前に、不知火が壁の如く立ちはだかりそう言い放った。


 ヴェル「なっ、不知火・・・!?」


 妨害する不知火を驚きと困惑の表情で見つめたとき、ヴェールヌイの背後に不知火とは別の気配が漂う。


 ヴェル(・・・っ。みんな、どうして・・・!?)


 行く手を塞いだのは、不知火だけではなかった。


 三日月の他に吹雪や白雪までもがヴェールヌイの周りを取り囲み、彼女の行く手を阻んだ。

 その顔には、何かを堪えるように苦悶の表情が浮かんでいたが、雷の事で頭がいっぱいになっていた今のヴェールヌイには、彼女たちの心中など理解出来ようはずもなかった。


 ヴェル「・・・っ。そこをどいて」


 嚙みつく様な声音で、ヴェールヌイはそう言い放った。

 何故、邪魔をする。

 何故、立ちはだかる。

 何故、妨害する。

 妹を―雷を苦痛から救い出すことが、そんなにいけないことだと言うのか。


 ほとんど殺気を向けるように睨み付けるヴェールヌイに、前に立つ不知火は負けじと戦艦の並みの眼光で睨み返し言った。


 不知火「ダメです。まだ、指令への帰還報告が済んでいません」


 ヴェル「なん、だって・・・?」


 「何を言うのかと思えば何と些細なことか」と、ヴェールヌイは正論を垂れ流す不知火に向かってそう言外に付け足した。


 ―――帰還報告くらい、不知火たちが勝手にすれば良い。私一人欠けていようと、何の問題もない筈だ。


 その論理は、曲がりなりにも軍属である者が論ずることなど絶対に許されない事であったが、今のヴェールヌイには司令官うんぬんよりも妹の雷の事が最優先事項であり、早急に解決すべき案件であった。


 ならば、当然不知火の弁など受け入れられるわけもなく、彼女が不知火に噛みつくのはごく当たり前の事であったのかもしれない。

 だが、それ故にヴェールヌイは、不知火の眼光に潜む悲傷に気付くことが出来なかった。


 ヴェル「良いからどいて!私は、雷の所にいk-―――」


 そこまで言いかけた時、ヴェールヌイの頬に衝撃が走る。

 その刹那、彼女の躰は後ろに弾け飛び、白雪たちの間を縫うように地面に転がった。


 「「「ヴェルちゃん!?」」」


 不知火の突然の鉄拳制裁に、吹雪たちは殴り飛ばされたヴェールヌイに駆け寄り、地面に蹲る彼女の身の心配をし始める。。


 ―――殴られた?なんで?


 吹雪たちに介抱されながら上体を起こしたヴェールヌイは、殴られた訳を問いただそうと不知火を見つめようとした時だった。


 不知火「わがままも大概にして下さい!。貴方は何です、駆逐艦ヴェールヌイ!」


 ヴェールヌイの独断を咎めるようにそう言い放った不知火を見やり、ヴェールヌイは、まるで冷や水を掛けられたようにあれほど湧き起こっていた感情が急速に冷めていく感覚に囚われた。


 ―――私だって。


 声音こそ怒気を孕んでいたものの、彼女の顔は今にも泣きそうな顔をしていた。


 ヴェル(・・・しらぬい)


 そうだ、私だけではないのだ。

 不知火だって、本当は姉の安否を確かめたくてしょうがないのだ。

 否、不知火だけではない。

 吹雪も、白雪も姉妹の安否を確認したいのを必死で堪えているのだ。


 なのに、私は自分の都合ばかり優先して彼女たちの事をないがしろにしてしまった。


 ヴェル「すまない、みんな。勝手なことを言ってしまって」


 殴られた拍子に地面に落ちた帽子を拾いながら、ヴェールヌイは謝罪する。

 それを確認した不知火は「解ればよいのです」と返し、ヴェールヌイの手を取り彼女を立ち上がらせると、電の方を見やる。


 不知火「電、指令は今どこに?」


 問われて電は、一瞬だけ逡巡した後、一切の感情を廃した声で言った。


 電「おそらく、本部棟の指揮所にいるのです」


 眼の前で実の姉が制裁を受けたというのに、電は何の感情を乗せることなく淡々と応えた。

 その電に、不知火は壊れてしまった自身の姉と同じものを感じ取ったが、彼女は何も言わずにただ「了解です」と返した。


 不知火「行きましょう」


 言って不知火たちは、瓦礫を避けつつ本部棟の中へと去っていく。



 それから遅れること一拍、応急治療を終えた雷が簡易テント出てくるのが見え、電はそこに視線を移した。

 入渠を終えた摩耶と加賀の持つ担架に乗せられ入渠設備へと運ばれていく雷は、まるで死人の様に白目を向き、口を半開きにしたまま、ピクリとも動かなかった。


 傍から見も応急治療の惨たらしさが感じられる姿だが、実の妹である電は色を失った瞳で、それを冷ややかに見つめながらポツリとつぶやいた。


 電「雷お姉ちゃん。馬鹿な艦(ひと)なのです」


 あの時、寮に留まることなく逃げていれば、リヴァイブ隊に攻撃されることも無かったろうに。


 そう言外に付け足し、電は喧騒の中へと去っていった。







第三十一章




 横須賀鎮守府、本部棟総合艦隊司令指揮所。


 深海棲艦の出現以来、海上航行を制限された人間たちが艦娘達を監視並びに指揮するために執務室と共に併設された施設の名称である。


 艦娘たちの間では「指揮所」と呼称されている鎮守府の頭脳ともいえるこの施設は、通常、本部棟の執務室に隣接する形で置かれるのだが、大本営のそれは地下十数メートルに設けられ、厚さ数十センチの装甲板で覆われている。

 最新のLED照明とエアコンの効いた室内は、大和型の艦娘が五人、艤装付で並び立つことが出来るくらいの広さを誇っていた。


 備え付けられた各種設備もまた、総合指揮所の名の通り他のどの鎮守府よりも充実していた。

 入り口から見て正面の壁には、壁面と同じくらいの巨大なスクリーンが設置され、高画質の画面には、世界地図と現在帰投中の艦娘の位置等を示した光点が地図に重なる形で映し出されている。


 また、周囲の壁際には、全国津々浦々存在する鎮守府にチャンネルが合わされた通信席が設置されており、有事の際にはここが人類最後の砦として起動し、命令を発することが出来るようになっていた。


 鳳「皆、無事で何よりだった」


 指揮所の中央に立ち、正面モニターに映る艦娘たちの状況を眺めていた鳳は、一番乗りに帰投したヴェールヌイ達に敬礼しながら労いの言葉を贈る。 


 通常なら、各通信席には非番の艦娘たちが詰めているのだが、今、ここには鳳とヴェールヌイ達しかいない。


 鳳「お前たちも、大淀からの緊急通信によって大体の事情は知っていると思う。今回の襲撃は、大神の慈悲を狙った天照の手によるものだ。奴は今―――っ。」


 そう言いかけた所で、鳳は僅かに視線をずらし目頭を揉むような仕草をする。


 元帥という職務をそのまま形にした様な彼が、話の途中にこういったことをするのは極めて珍しいことだ。

 恐らく、一睡もせずに今までここで指揮を執っていたというのは想像に難くないが、彼の疲労はきっとそれだけではないのだろう。


 ヴェル「司令官。こんな状況で言うのもどうかと思うけど、少し休んだ方が」


 鳳の心労を慮ったヴェールヌイが、心配げな表情で休憩を促す。


 この状況下で休憩など出来るわけもないだろうが、今の彼の憔悴ぶりを鑑みればそうも言ってられなかった。


 天照は、あの大和を凌ぐ鎮守府最強の艦娘であるのと同時に、彼にとっていろいろと思い入れのある艦娘だ。

 その彼女が今や、人類に弓引く不倶戴天の艦娘なのだから、彼の心労も推して知るべきものだろう。


 鳳「いや。ヴェル、要らぬ心配だ。それよりも・・・」


 ヴェールヌイの提案をやんわりと断って、鳳はもう一度目頭を揉んだ後、再びヴェールヌイ達を見やる。

 その顔に、明らかな謝罪の色が写し取れ、ヴェールヌイ達は胸がキリリと痛むのを感じた。


 鳳は、比較的言いたいことが顔に出るタイプだったから、彼の言動は大体予想できる。

 だが、今回彼の取った行動はヴェールヌイ達の予想を覆すものだった。


 鳳「すまない。儂がここに居ながら、鎮守府(ここ)を守れなんだ」


 言って、鳳は帽子を脱ぎ姿勢を正すと、部下であるヴェールヌイ達に深々と頭を下げた。


 「「し、司令(官)!?」」


 鎮守府の主にいきなり頭を下げられ、ヴェールヌイ達は胸の痛みを忘れて思わず狼狽えてしまった。


 日々の生活で彼が謝罪することは多々あれど、上官である彼が部下である艦娘たちに頭を下げることはほとんどないに等しい。


 ましてや、土下座と同程度の謝罪の意味を持つ最敬礼など、目下の者に対して行うことは絶対にあり得ないことだった。

 故に、彼女達艦娘にとっては青天の霹靂の如き行動であるが、提督という立場において言うのであれば、鳳の取った行動は至極当然の事だったのかもしれない。


 天照は鳳の部下であり、鳳はこの鎮守府の責任者だ。


 なら、彼女の謀反も、それによって鎮守府が壊滅的打撃を受けたのも、在籍する艦娘に多数の死傷者が出たのも、全ては彼の提督としての責任能力の欠如によるものであり、彼の咎だ。


 感情論抜きに考えれば、そう判断され処断されるのは当然のことである。


 吹雪「し、司令官。あ、あの、あの・・・」


 不知火「司令、どうか頭を上げてください。本当に謝罪すべきなのは裏切った天照なのであって、司令が謝罪する必要はないのですよ」


 狼狽する吹雪に変わって不知火が鳳に懇願する。


 声音こそ柔らかかったが、顔には敬愛する人に最敬礼(このようなこと)をさせた天照に対する憤りが宿っていた。


 鳳「うむ・・・。そうか、そうだな・・・」


 不知火の懇願に、鳳はゆっくりと頭を上げたが、その瞳にはうら哀しげな感情が写っていた。

 こういう時、無知というのはなんとも罪なことであるが、鳳は帽子をかぶり直すことでその感情を覆い隠し、再びヴェールヌイ達を見やる。


 鳳「さて、報告を聞こう」


 気持ちを切り替え提督としての己を創り直した鳳は、ヴェールヌイ達に出撃の報告を促す。

 その声音にヴェールヌイ達はピシりと姿勢を正した。


 吹雪「はい。では、報告を始めます」


 姿勢を正し敬礼をした吹雪は、一歩前に歩み寄ると、持参した手帳を片手に報告を始める。


 本来、出撃報告は口頭ではなく書面にしたためて提出するのが決まりなのだが、今は非常時の為、今回は免除された。


 吹雪「―――作戦報告は以上となります。なお、護衛対象だった輸送船団は当錨先の鎮守府の艦娘たちが後日搬送してくださるとのことです。以上、報告を終わります」


 再度敬礼し、吹雪は一歩後ろに下がる。


 それを見た鳳は「ご苦労」と労い言葉と共に答礼したのち、両手を後ろに組み正面のスクリーンに再び視線を移す。


 先程まで周辺海域を映していたはずのスクリーンは、いつしか鎮守府の各所に設置されている防犯カメラの映像に切り替わっていた。


 鳳「さて、ここに来るまでに粗方知っていると思うが、現在、我が鎮守府の損害は極めて深刻だ」


 言って、鳳は鎮守府の現状について話し始めたが、その内容は吹雪たちの想像を遥かに超えるものだった。



 建物の損壊は、食糧庫並びに武器庫を除き全て全壊、本部棟は工廠が半壊し、ドックも一機が損傷し使用不能となっていた。


 艦娘の投抜錨に使われる埠頭は、四つある内の第三と第四が原型を留めていない位に破壊され使用不能となっていた。

 一方、第一埠頭と第二埠頭ついては、第二は半壊しているが投錨くらいは可能。第一埠頭は損傷も少なく投抜錨も可能であるが、死傷者が分刻みで出ている状況ではまともな艦隊運営は困難といってよい。


 轟沈者の数は軽く十人を超え、今なお増え続けているという。


 大破を含む負傷者に至っては、在籍する艦娘すべてという有様だった。


 以上の事から、現在、横須賀鎮守府は事実上陥落したと言って差し支えないだろうと、鳳は説明した。



 不知火「そこ、まで・・・」


 脇に立つ不知火が半ば消沈する形でがくりと項垂れる。


 ここに来るまでに被害の規模は把握してきたつもりだったが、それすら全体のごく一部に過ぎないというのだから、何とも言えない気持ちになる。


 ここは、人類の希望であり。抵抗の象徴なのだ。


 それが、たった一人の味方の艦娘によって完膚なきまでに破壊されたなど、悪い冗談にしか思えない。否、そうであって欲しいと願うのは、きっと彼女たちがいまだ天照に仲間意識を持っていたからなのかもしれない。


 ただ、その願望も次の瞬間には水泡に帰してしまうことになろうとは、この時、この場の一体誰が予想したただろう。




 「みか、づき・・・?」


 突然名前を呼ばれ、三日月はびくりと驚き入口を見やる。


 振り向いた先、開け放たれたままの扉の入り口に佇む一人の艦娘。黒を基調とした自身の制服と同じ格好をした彼の者を見た時、三日月は、自然と迷うことなくその名を口にしていた。


 三日月「・・・皐月、姉さん?」


 振り向いた扉の先には、睦月型駆逐艦の五番艦である皐月が感極まった表情で立っていた。


 ただ、その身なりは電と同様にボロボロで、トレードマークであったおさげは片方が解けており、すり傷だらけの両手には焼け焦げた救急箱が握られていた。


 皐月「・・・三日月ぃ。うぅ、うぅぁあぁ・・・」


 まるで死に別れた妹にでもあったような顔で、皐月は三日月を見つめる。


 泣きはらし腫れあがった顔に大粒の涙を湛えるその姿は、かつての活発な姉とは思えないほどに幼く、弱々しい。


 皐月「三日月ィ・・・。みか、づきィ・・・・・」


 三日月「姉さん。いったいどうしたんですか!?」


 ボロボロと大粒の涙を流しながら、よたよたとおぼつかない足取りで近づく皐月をみて、三日月は慌てて駆け寄りその華奢な体躯を抱きとめる。


 ―――皐月姉さんって、こんなに弱々しかったかったかしら・・・?


 その出で立ちのせいなのか、抱きとめたその躰は、三日月の知っている皐月とは思えぬほどに脆く頼りないものだった。


 その感触は、以前に慈善活動で趣いた病院で抱かせてもらった赤子に似ていたが、その躰から伝わるモノはあの時のソレとはまるで正反対のものだった。


 あの時、三日月の腕に収まる赤子からは、冬の防寒用に持参するカイロや主艤装から発する熱とは違う【ヒト】の温もりがあった。

 でも、今の自分の胸元にいる彼女からはあの時感じた温もりがなく、氷の様に冷たい躰からは、例えようのない絶望と、慟哭が伝わってくるだけであった。

 そして、その伝わる負の感触は、三日月すらも侵食し染めて行く。


 三日月(・・・なんで、なんでこんなにも哀しくなるの?)


 自身の胸元ですすり泣く姉の姿に、三日月は言いようのない不安と悲壮にかられていく。

 何故だろう?

 どうしてだろう?

 「無事でよかった」と言いたいのに。「泣かないで」と呼びかけたいのに。三日月の声帯は一向に言の葉を紡ぐことをせず、泣きじゃくる皐月に何一つ慰めの言葉をかけられぬまま唯々見つめる事しか出来なかった。


 その時だった。


 カシャリ


 え―――?


 ふと、皐月の足元から音がして、三日月はおもむろに足元を見る。


 三日月(これは、姉さんが持っていた救急箱?)


 音の主は、彼女が持参していた救急箱だった。


 どうやら皐月が思わず落してしまったらしく、周りには落ちた拍子にぶちまられた箱の中身が無造作に散乱していた。

 だが、その散乱したものは、包帯でもなければ消毒液の瓶でもなかった。


 三日月(こ、これって・・・・!?)


 床に転がった計九つの血の付いた三日月形のバッジ。

 それは、彼女たち睦月型たち全員が必ず身に着けているものであり、彼女たちの誇りでもあった。


 三日月「姉さん・・・。これ、いったい・・・」


 ―――どうして、こんなものを姉さんがが持っているの。


 そう言外に付け足し、三日月は真意を問いださそうと落ちたバッジを拾い上げ、皐月に問う。


 三日月「姉さん。このバッジどうしたの?」


 皐月「ひぐっ・・・。あうぅ・・ぐふぅ・・・・」


 三日月の問いに、皐月はボロボロと泣きじゃくったままフルフルと首を横に振った。

 その刹那、三日月の脳裏に艦娘特有のある習慣が浮かび上がる。


 主戦場が海上である艦娘たちには、沈んだ仲間の亡骸の代わりとして轟沈した仲間の艤装の一部を遺品として持ち帰る風習がある。

 轟沈した艦娘は、遺体が残らないからだ。


 そして、睦月型にとってこの三日月型のバッジは、己がナニモノであるかを証明する証そのものであった。


 これを身に着けている限り、自分たちは、例え『何隻目』であろうと睦月型の妹であり、姉であり、船魄(いのち)を分け合う家族であるというある種の身分証明書のようなモノだった。

 故に、睦月型は皆このバッジだけは無くさないように、肌身離さず持ち歩いていた。


 それが九つ、即ちこの場にいる自分と皐月を除く全員分が【何故か】皐月の手にあった。


 三日月「姉さん。睦月姉さん達は、望月はどうしたの・・・!?」


 哀惜に暮れる皐月に、三日月は語気を強め問い詰めるように再度問う。

 だが、三日月の問いに皐月は唯々嗚咽を上るばかりで、妹(みかづき)の問いに応えようとしなかった。


 三日月「ねえ。泣いてちゃわかんないよ!」


 泣き崩れる姉に言いようのない苛立ちを覚えた三日月は、掴んだ肩を軸にして皐月を前後に揺らし再々度問い詰めるも、皐月はフルフルと首を横に振るだけで三日月の質問に答えようとしなかった。


 否、彼女は言の葉を発しなかったが、確かに三日月の問いに応えていた。


 【睦月(ねえさん)達たちは・・・沈(し)んだ】


 三日月「姉さん、応えて!ねえ、うそ、嘘なんだよね!」


 掴んだ躰を更に前後に揺らし、三日月は語気を強め殴りつけんばかりに問い詰めた。


 ―――嘘だ、こんなの嘘だ!


 「そう言えと」顔全体で強要する妹に、皐月は目じりに大粒の涙を湛えて弱々しく見つめながらほとんど聞き取れない位の声で言った。


 『嘘じゃない。本当なんだ』


 三日月「・・・姉さん。あなたは・・・どうして・・・!?」


 妙によく聞き取れた姉の言葉に、思わず三日月は腕を肩から胸ぐらに移し皐月を掴み上げた。


 ―――どうして?どうして否定してくれない。


 嘘だと言ってほしかった。

 これは、姉の卯月が仕掛けた【いつもの悪戯】だと笑ってほしかった。


 だって、昨日だってみんなと出撃前に沢山お話した。

 皆、元気だった。

 笑顔だった。

 出撃(おしごと)頑張ってと、笑って送り出してくれた。


 それが、それがたった半刻の内に皆轟沈してしまったなどと、信じられるわけがない。


 ―――嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!


 掴んだ胸元を軸にして持ち上げた皐月を、三日月はわずかに残った否定の心で精一杯睨み付ける。


 三日月「お願い。嘘だと、嘘だと言って・・・」


 これは、何時もの姉(うづき)の悪戯に過ぎないのだ。

 もう少ししたら、「うっそぴょ~~ん」と姉のお決まりの掛け声とともにみんなが出てきて、私が苦笑いして、終わるのだ。


 そうだ、そうに決まっている。


 そうじゃなきゃ。否、そうであってくれなきゃ。私は、わたしは――――。


 三日月「姉さん・・・。お願い・・・。嘘だといってよ・・・」


 もはや問い詰める気力もなくし、三日月はただ懇願するようにいった。

 だが、それでも皐月は涙で崩れ切った顔でまたも首を横に振った。


 『嘘じゃ、無いんだ』


 またも妙によく聞き取れた皐月の言葉に、三日月は言いようのない虚脱感を覚え、皐月から手を離しガクリとうな垂れた。


 ―――どうして?


 どうして、否定してくれない。

 どうして、泣き止んでくれない。

 どうして、嘘だと言ってくれない。


 どうして。どうして。どうして。どうして。どうして――――。


 本当の所、三日月は頭の中では理解ていたのかもしれない。

 いくら自分が現実を否定しようと、生を渇望しようと、もう姉たちは応えることはない。

 そう、もう笑顔を見せてくれることも、「がんばれ」と背中を押してくれることもないのだ。


 だが、それでも。それでも三日月は否定したかった。


 三日月「司令官・・・。あの、姉さんたちは・・・」


 「卑怯なことを」と、三日月は自らに毒づきながら鳳に問うた。

 こんなことをしたとこで事実が覆ることが無いのは百も承知だったが、それでも、今は彼の言の葉に縋りたかった。


 そう、司令官(かれ)なら真実(いつわりのないこと)を以て、私を導てくれるはずだから。  


 鳳「三日月。気をしっかりもって聞いてほしい」


 鳳の言葉に三日月は、のろのろと顔を上げ彼を見据える。


 三日月「・・・・・」


 彼を見つめる三日月の顔には、皐月を否定して欲しい願望(きたい)の心と、己を否定して欲しい現実(きたい)の心の二対で彩られていた。


 ―――三日月・・・・、すまん。


 ぽろぽろと止めどなく涙を溢れさせ、己が救済を求める幼き部下(むすめ)に、彼は確かな真実(いつわりのないこと)を以て彼女を絶望へと導いた。



 『睦月型は、お前と皐月を残して、全員、轟沈(せんし)した』





 悠久の戦役 第二幕後編に続く


後書き

誤字脱字は随時修正していきます。
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kusanagiさんから
2017-10-31 22:20:44

金属製の餅さんから
2017-02-12 21:49:58

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kusanagiさんから
2017-10-31 22:20:40

金属製の餅さんから
2017-02-12 21:49:59

このSSへのコメント

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1: 真.名無しの艦これ好き 2017-02-12 22:00:35 ID: OQyIxivI

金属製の餅様、評価と応援ありがとうございます。


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