2017-08-09 20:24:25 更新

概要

悠久の戦役第一幕の後編です。
アカウントの新調に伴い前後編としました。
相変わらず描写がグロいので、受け付けない人はブラウザーバックを推奨します。
2017.1.11サブタイトルを追加しました。


前書き

独自設定並びにキャラ崩壊があります。
轟沈者が出ます。
話の終わりに精神崩壊する艦娘出てきますが、修正前に比べてかなり過激な描写になっているので受け付けない人はブラウザ―バックを推奨します。

2017.3.21後編の加筆修正を終了しました。




 第十四章



 

 第二次攻撃開始から、約三十秒

 方位ゼロ 高度13000メートル上空


 『リヴァイブ1より、天照へ状況報告。現在方位ゼロ、高度13000メートルを進軍中。各種兵装並びにECM正常に作動。引き続き、敵艦隊のレーダー妨害を遂行する』


 通信機より「了解。任務を続行せよ」との応答が聞こえ、艦載機妖精―リヴァイブ1(ワン)は「通信終わり」と言って回線を切り、操縦席内をぐるりと取り囲むモニター群を見渡す。


  リヴァイブ隊が搭乗する深海棲艦製の新型艦載機―機体名を深海零式汎用戦闘機改と言う―は、搭乗するパイロットの生存率の向上の為、操縦者を操縦席ごと機体の内部に格納する仕組みになっている。

 その為、この艦載機には従来の艦載機に見られるキャノピーが存在せず、パイロットは操縦席を取り囲む形で配置された外周モニターを用いて機体の操縦を行うことになる。


 最も、この外周モニターの解像度は極めて高く、パイロットは肉眼並みに外の様子を見ることが出来る為、閉所恐怖症の問題を差し引けば、さほど操縦に影響はない。


 現在、外周モニターに映し出される高度13000メートルの空は、青と白のコントラスト以外何もなく、聞こえる音も自身の乗る艦載機の動力音以外何もない。


 『隊長~。攻撃開始はまだなんですか~』


 部隊間用に調整した通信機から退屈交じりに通信が入り、リヴァイブ1は何かと思い操縦席を取り囲む外周モニターを見渡す。

 操縦席の右側に配置されたモニターの一つに、こちらを見つめるように並走する艦載機が一機写り、リヴァイブ1はやれやれと肩をすくめた。


 リヴァイブ1「またお前かい?リヴァイブ40(フォウティ)」


 呆れた様子で応えるリヴァイブ1に、見つめる艦載機の妖精―リヴァイブ40は「だって~」と駄々をこねる様にいった。


 リヴァイブ40『暇なんだもん。第一と第二の奴らはDD(駆逐艦)の連中と遊んでるって言うのに、あたしらは歩きがてらにレーダー番なんて』


 唇を尖らせて―本人の顔は見えないのであくまで声音からの推測だが―いうリヴァイブ40に、リヴァイブ1は「もう少しよ」と宥める。


 リヴァイブ1「あと数分もしないうちにあの娘達は弾切れを起こすわ。そうしたら、私たちの出番よ」


 リヴァイブ40『りょう~か~い。とりあえず、あたしはそれまで昼寝でもしてますよ~』


 言って一方的に通信を切ったリヴァイブ40は、元いた配置へと去っていく。


 彼女はこの部隊で一番の新参者だが、艦載機を操る能力は隊長であるリヴァイブ1と肩を並べるレベルだった。

 ただ、彼女にとって規律というものはただの堅苦しい文言でしかないようで、出撃中であろうと今の様にだらけることが多く、特に上空待機の時は昼寝までする始末だった。


 とりあえず、目標地点までは自動操縦でなんとかなるのだが、もう少ししゃんとしていれば時期隊長も夢ではなかろうに。


 ハアと大きくため息をしたところで、今度は別の艦載機がリヴァイブ1に近寄ってきた。


 『まったく、リヴァイブ40は相変わらずのようだね』


 近寄ってきた別の艦載機―リヴァイブ2(ツー)が、ほっほっほと老人の様な笑い方をする。


 リヴァイブ1「おばあちゃん・・・。少しはあの娘にもなんか言って下さいよ」


 ため息交じりにリヴァイブ1は、リヴァイブ2に抗議する。


 彼女―リヴァイブ2はこのリヴァイブ隊の最古参にして初代隊長を務めていた人物だ。


 今は隊長の座をリヴァイブ1に譲りもっぱら後輩の指導を担当しており、その包容力のある人柄からリヴァイブ隊における母親的存在だった。

 《おばあちゃん》というあだ名も彼女の人徳から来たものだが、その操縦技術はまさに神懸かり的であり、天照の艦載機隊は皆、彼女の指導を受け一人前になっていった。


 無論、彼女達リヴァイブ隊も、である。


 リヴァイブ2『まあ、良いじゃないさ。あの娘だって別にこの隊が嫌いだって言うんじゃないし、やるときはしっかりとやる妖精(こ)だしね』


 やんわりと頭をなでるように、リヴァイブ2はリヴァイブ1に言い聞かせる。


 気張りすぎないで、時にはリラックスも必要だ、と。


 「まったく、この人には敵わないな」と、リヴァイブ1は口元を綻ばせ、ふぅと深呼吸をする。

 確かに、リヴァイブ2から隊長の座を引き継いで以来、ずっと肩の力を抜いていなかった気もする。

 リヴァイブ2の言うように、常時肩肘を張っていないで時には休息も必要なのかもしれないが、あの娘の様に戦闘中に昼寝としけこむのはどうかと思う。


 そんな、リヴァイブ1の考えを知ってか知らずか、リヴァイブ2は「それにさ」と言葉を続けた。


 リヴァイブ2『あたしたち深海妖精とああやって他愛もなく話せる妖精(こ)なんだ。それだけで、あたしゃ満足だよ』


 憂いを踏んで、リヴァイブ2はそう言った。


 リヴァイブ40―そう呼ばれている彼女は、元々艦娘側の艦載機隊の妖精だった。


 と言うより、リヴァイブ隊の妖精達は深海棲艦側の妖精―即ち深海妖精と呼ばれている妖精達で、リヴァイヴ40とは違う種族だった。


 もっとも、違う種族とはいっても姿かたちが異なっているわけではなく、生まれた時に己が司るモノが深海棲艦側の兵器だったというだけである。


 特に、その任務の性質上深海側の兵器―機密事項の為レムレースの大鎌と呼ばれている―を使うレムレース艦隊では、艤装に深海妖精と自身の妖精とが同伴していることが多く、特にリヴァイブ40の様に深海側と艦娘側両方の艤装を操れる妖精は極めて稀な存在だった。


 とは言え、同じ妖精であろうと元は敵対関係にあった者同士。


 いきなり仲良く共同戦線など出来ようはずもなく、初めのころは良くて互いに口を利かないか、最悪の場合己の司る副艤装を使って殺し合いを始めることもあった。


 リヴァイブ1とリヴァイブ2はそんな混沌とした頃に生まれた存在であり、同伴していた妖精同士で殺し合いをしたことも一度や二度ではなかった。


 そんな鬱屈した毎日を過ごしていたある日のことだった。彼女―リヴァイブ40が隊の欠員補充の為にやってきたのは。


 リヴァイブ1「そうですね。あの着任の挨拶には度肝を抜かれました」


 リヴァイブ1は懐かしむように応える。


 あんな着任の挨拶を拝めるのは、きっとあれが最初で最後であろう。


 『すんません。あたし、朝弱いんで早朝出撃の時は外してもらえませんか?』


 着任時の挨拶で、彼女は自分に向かったそんなことを言った。


 彼女の様に特異な才能を持った妖精は他にも何人か見たことがあったが、深海妖精である自分に物怖じすることなく、あまつさえ初対面にそんなことを言う妖精など存在するなど夢にも思わなかったからだ。


 ただ、その時彼女が私に対してどういった感情を抱いていたのかは、私の与り知らぬところであるが。


 とにかく、彼女の着任によって隊の空気は緩和されて行ったと言っても過言ではなく、畢竟、今のリヴァイブ隊があるのは、彼女のおかげであるのかもしれない。


 リヴァイブ1「さて、そろそろかしら」


 目標地点まであと数百メートルに迫ったところで、リヴァイブ1は高高度用に耐圧加工された腕時計を見やる。  


 ―――第二次攻撃隊の攻撃開始から約二分。


 時間的に、そろそろ海上の艦娘たちが弾切れを起こす頃だ。


 そう判断したところで、リヴァイブ1に天照から通信が届く。


 天照『リヴァイブ隊に通達。目標前方敵艦隊に存在する解体予備艦』


 リヴァイブ1「了解。リヴァイブ隊、目標を雷撃処分する」


 天照から攻撃の言質をとったリヴァイブ1は、攻撃命令の為リヴァイブ隊全機に向け通信機を開いた。


 リヴァイブ1「リヴァイブ隊全艦載機隊に告ぐ。攻撃用意」


 通信機から次々と『了解』の応答が届く。


 リヴァイブ2から20、30から39、そしてリヴァイブ40から編隊最後の『了解』を聞き届けたリヴァイブ1は、攻撃の号令を発する。


 リヴァイブ1「全機、ECM解除。攻撃開s―――」


 言ってリヴァイブ1は攻撃のためにECMを解除した、まさにその時だった。


 ゴキン ゴキン ゴキン


 えっ――――?


 周りにいた味方数機が、妙に聞き覚えのある音を立てて消し飛んだ。


 何事かと驚くリヴァイブ1に呼応するように、味方艦載機からほとんど悲鳴に近い通信が入る。


 リヴァイブ23『リヴァイブ25、通信途絶!』


 リヴァイブ36『リヴァイブ1。リヴァイブ32との交信が出来ません!』


 リヴァイブ27『リヴァイブ29応答しろ。リヴァイブ29!』


 リヴァイブ1(何が、起きたの・・・?)


 突如として起こった味方機の通信途絶の報告に、リヴァイブ1は状況を理解するのに数十秒を要した。


 本来、戦闘機乗りとして理解に数十秒を要することはあり得ない。


 【考える】


 この行為は脳を思考以外の行動に限定させてしまう行為。一度この行為に脳を使用してしまえば、その間筋肉の動作―即ち、操縦が出来なってしまう。


 故に、戦闘機乗りは一瞬で物事を判断し行動することを入隊時より徹底的に叩き込まれる。


 戦闘機乗りであるリヴァイブ1も、そのことは骨の髄まで理解していた。


 そう、理解『は』していたのだ。


 リヴァイブ6『リヴァイブ9。通信途絶』


 リヴァイブ12『リヴァイブ15。応答して、リヴァイブ15!』


 目の前で、次々と仲間たちが謎の死を遂げていく。


 戦闘機乗りにとってご法度である思考の沼に引きずり込まれながらも、リヴァイブ1は何とか状況を理解しようとしていた。


 ―――機関部の不備による誘爆?否、恐らくこれは襲撃だ。


 しかし、ここは13000メートルの雲の上。対空砲はおろか高射砲すらも届かない絶対安全圏に等しい領域。


 リヴァイブ1(なら、奴らはいったいどうやって・・・)


 一向に抜け出せぬ思考の沼は、リヴァイブ1をどんどん引きずり込んでいく。


 ―――足りない。


 この状況を整理する情報が。


 この疑問の答えが。


 この沼を消し去る何かが。


 思考の魔の手はリヴァイブ1から操縦という動作を完全に奪い取り、彼女の愛機はろくに回避運動もしないまま、静止した格好の的と成り果てていた。


 と、その時―――


 キイ--ーン


 リヴァイブ1「―――えっ?」


 妙に聞き覚えのある音がリヴァイブ1の鼓膜を刺激し、彼女は一瞬だけ思考の沼から顔を上げた。

 その刹那、通信機から悲鳴とも絶叫とも取れる声が轟く。


 リヴァイブ2『リヴァイブ1、避けなさい!リヴァイブ1!!』


 リヴァイブ1「―――っ」


 リヴァイブ2の声で我に返ったリヴァイブ1は、思考の沼を強引に追い払い、操縦桿を目一杯引き回避運動を取り始める。


 機体が急激な空気の乱れに煽れぎしぎしと音をたて、操縦席にはけたたましい警告音が鳴り響く。


 リヴァイブ1「くそっ。これって」


 鳴り響く警告音と外周モニター全てに映し出される赤い『警告』の文字。


 ―――間違いない。これは、飛翔魚雷だ。


 なら、この避け方ではだめだ。殺(や)られる。


 リヴァイブ1「なら。これでっ」


 リヴァイブ1は咄嗟にECMの出力を最大にし、機関を止め風に乗った。


 必中の制度を持つ飛翔魚雷。

 この魚雷には二つの種類が存在し、そして、以外にもこの死神から生還する方法もまた存在する。


 一つは、熱源を追う【熱感知追尾型】

 これは、動力などから発生する熱に反応し追尾するタイプで、回避するには動力を切れば回避が可能である。


 もう一つが、自身でレーダー波を照射し、反射した物体を追尾する【レーダー追尾型】

 これは、弾頭の先端に搭載された電探で目標を追尾するタイプで、回避するには搭載されたECM、もしくは電波欺瞞紙でレーダーかく乱するしかない。

 だだし、機体そのものが電波を反射してしまう為、このタイプを避けることは前者よりも困難だった。


 とりあえず、今は型が解らないので今は両方試す。

 これで回避できなければ、おとなしく命を差し出そう。


 リヴァイブ1(さあ、どっち!?)


 キイ―――ン


 警報が大きくなる。


 キイイイ――ーン


 近づいて来る。あと3秒。

 2 

 1 

 キイイイ――――ン


 飛翔魚雷はリヴァイブ1の間横を通り過ぎ。


 キイ--ーン


 後方へと去っていった。


 リヴァイブ1(助かった・・・)


 どうやら今回は回避に成功したようだ。

 操縦席の警告音も消え去り、リヴァイブ1は機関を再始動させる。


 リヴァイブ2『リヴァイブ1、大丈夫かい?』


 リヴァイブ2が気遣うように近づき通信を送ってくる。


 おそらく彼女の方にも襲ってきたのだろう。機体のあちこちには、引きずったように撃墜された味方艦載機のオイルが付いていた。


 リヴァイブ1「ええ、何とか。それよりも、味方はどれだけ落とされたのかしら」


 リヴァイブ2への回答もそこそこに、リヴァイブ1は残存する味方にECMを最大出力にするように伝える。


 自分たちのレーダーも使えなくなるが、今は仕方がない。


 リヴァイブ2『・・・うん。うん。了解したわ。リヴァイブ1、生き残ったのは18機よ』


 各艦載機からの生存報告を受けたリヴァイブ2は、リヴァイブ1へ残存する部隊の残存兵力を報告する。


 消失数12。


 この数は、リヴァイブ隊結成以来最大の損害数だった。

 飛翔魚雷の奇襲によるものと言ってしまえば言い訳もできようが、この損害の原因はそれだけではないだろう。


 リヴァイブ1(私のせいだ。私が、もっと早く対処していれば・・・)


 戦争である以上、仲間が撃墜されることは良くあることだった。


 だが、隊長という者はいかにして戦闘における自軍における損害を減らし、敵には最大の損害を与えることを常に念頭におき、味方を導き行動することを是とする。


 それが、部隊を率いる者の存在理由であり絶対の掟だ。

 故に、其の者が攻撃の真っ最中に物思いに耽り味方を殺すなど許されることではない。


 そう、あの時自分が思考の沼に嵌らなければ、もっと被害を抑えることが出来ただろうに。


 リヴァイブ2『リヴァイブ1、後悔するなら後にしなさい』


 自責の念に駆られるリヴァイブ1に、リヴァイブ2は諫める様に言った。


 リヴァイブ1「そう、ですね」


 そうだ、私が今成すべきことは自分の失態を悔やむことではない。

 

 リヴァイブ2の諫言で己を律したリヴァイブ1は、通信対象を部隊間から母艦へと変更する。


 リヴァイブ1「天照。こちらリヴァイブ1。現在、敵飛翔魚雷の攻撃を受け味方の四割を消失。至急母艦からの支援攻撃を要請する」


 ECMを最大にしている今では相手はこちらを攻撃できないだろうが、それはレーダーを使えないこちらも同じこと。今は、母艦(あまてらす)の支援を仰ぐしかない。


 天照『解ってる。今、第二次攻撃隊が猛反撃を受けているから急いで仕留めるわ』


 一分も待たずして、天照から支援要請の許可が下りる。


 どうやら、リヴァイブ隊を襲った攻撃は第二次攻撃隊にも牙をむいたらしい。

 あそこはこちらと違って艦娘たちの砲撃も加わるから、さらに悲惨なことになっているだろう。


 リヴァイブ1(彗星、流星改。みんな、どうか無事で)


 嘗ていがみ合い、今はともに実力を認め合う仲間の妖精達の無事を願いながら、リヴァイブ1は自機を自動操縦に切り替え、状況把握用の小型無人機を発進させた。





 第十五章




 ――同時刻、リヴァイブ隊が飛翔魚雷による攻撃を受けていたころ。


 二藍色の空を、鋼鉄の鳥が追い立てられるように乱れ飛ぶ。


 ある者は海面より打ち上げられる砲弾によりその体を四散し、またある者は同じく海面より放たれる音速の銛によりその体を穿たれ水底へと墜ちて行った。


 彗星一二型甲「くそ、何だってこんなことに・・・!?」


 放たれる鉄火を必死で避けながら、ある彗星一二型甲の妖精は眼下に向け吐き捨てる様にいった。


 認める訳にはいかなかった。

 最強とうたわれた艦娘に仕える我々が、たった五隻の駆逐艦に追い立てられ、惨めに打ち取られていくなどと。


 認められるわけが、なかった―――



 第二次攻撃が始まった直後、彼女達艦載機隊は圧倒的有利に立っていた。


 天照が率いる総勢146機の第二次攻撃隊による一糸乱れぬ編隊運動と、潤沢な練度に裏打ちされた完璧なる波状攻撃。

 眼下の艦娘たちの副艤装は、電子機器時代に合わせた護衛艦装備だったが、それも上空13000メートルからのリヴァイブ隊によるレーダー妨害の電子支援によって、完全に完封できていた。


 実際、艦娘達の副艤装は確かに強力だった。

 だが、それも所詮は電子機器の補助によるところが大きく、それを封じてしまえば自分たちの練度の前には赤子も同然。


 故に、不殺の命令を差し引いても第一次攻撃との戦闘を鑑みれば、取るに足らない相手だった。


 そう、そのはずだったのだ・・・・・。


 流星改13(ヒトサン)「ちっくしょう。何なんなのよ、あの大発は!」



 迎撃開始から、約二分と十秒。

 圧倒的優勢に立っていたはずの第二次攻撃隊は、今や圧倒的劣勢に立たされていた。


 先程の優勢が嘘のように一変した状況に、流星改13(ヒトサン)の妖精は堪らず悪態をつく。

 その視線の先には、勝ち誇った表情で対空砲火を上げる駆逐艦娘と、その少し前に主艤装から出港してきた一隻の大発動艇が写っていた。


 あの艦娘達がまさかECMに対抗できる装備を有していたのは予想外だったが、何より彼女たちを驚愕させたのはその大発動艇そのものだった。


 『目標、敵艦載機隊。飛翔魚雷、撃(て)――っ!』 


 淡く光り輝く大発動艇の甲板から、轟音と共に音速の狩人―飛翔魚雷が放たれる。

 母艦より垂直発射された彼の魚雷は、群がる鋼鉄の小鳥たち目掛けて一直線に飛んでいく。


 彗星一二型甲30(サンマル)「・・・!?。くそ、全機回避!」


 それを見やった全ての艦載機が、死にたくないとまるで蜘蛛の子を散らしたように散開していく。


 散って行く小鳥の中へと飛び込んだ彼の魚雷は、やがて一羽の小鳥をその贄と定め、尻に喰らい付き追い回しはじめた。


 彗星一二型甲24(フタヨン)「そんな!?、何だってこっちに」


 贄とされた一羽の小鳥―彗星一二型甲24は恐怖に顔を歪ませながら、機関出力を最大にし、操縦桿を目一杯引いた。


 その刹那、操縦席内にけたたましい警告音が響き渡った。


 何時か来るであろう飛翔魚雷の襲撃に対応するため、天照の全ての艦載機には対飛翔魚雷用の専用装備として、その接近を知らせる警告ブザーが追加されている。

 この音は、その警告ブザーのものだった。


 彗星一二型甲24「こんのォォ!。これでも喰らえっ!」


 追いすがる飛翔魚雷に向けて忌々し気に悪態をつきながら、彗星一二型甲24は出力レバーの隣に追加されたもう一つのレバーを目一杯引く。


 それに呼応する様に、機体の主翼部分に懸架された小型の増加燃料タンクにも似た細長い筒状の物体から、半円状の容器が二つ切り離される。


 投下された容器は、数秒降下した後、内蔵された起爆装置によって破裂し、内臓された夥しい数のアルミ片を空中に散布させた。


 それは、【電波欺瞞紙】―チャフと呼称された対飛翔魚雷の自衛兵装であった。


 これは、先のリヴァイブ隊の使用したECMと同じ同じ効果を持つ兵装で、自身に向けられた飛翔魚雷の発するレーダー波を散布したアルミ片に引き寄せる―専門用語では誘惑と呼称される―させることで、飛翔魚雷を回避することが出来る。


 ところが。


 彗星一二型甲24「え・・・っ。ちょ、なんで!?」


 アルミ片の中に飛び込んだはずの飛翔魚雷は、あろうことかその紙片を意に介す事なく素通りし、更に接近して来たのだ。


 彗星一二型甲24「ちっくしょう。助けて、誰か!誰かああぁァァ―――っ!!」


 鳴り響く警告音と、どれだけ機体を振り回しても喰らい付いてく来る飛翔魚雷に、彗星一二型甲24は堪らず泣き叫けびながら、更に電波欺瞞紙をあるだけ放出していく。

 だが、いくら彼女が阿鼻叫喚しようとも、電波欺瞞紙を放出しようと、それは尚も追いすがり、距離を詰め、屠る。


 彗星一二型甲24「――――――っ!!!」


 ゴキン


 断末魔の叫びと共に、彗星一二型甲24は二藍色の空に散った。


 その惨状に、艦載機隊の妖精達は奥歯をギリリと鳴らし、目を逸らした。 


 いったい何機の艦載機が『それ』に追い回され、今際の際に断末魔を上げ散ったのだろう。

 傍にいた流星改13が数えただけでも、すでに三〇機以上の艦載機が大発動艇の放つ飛翔魚雷の餌食になっていた。


 流星改13(いったい、あの飛翔魚雷は何なの!?)


 次々と撃ち落とされていく仲間の屍に激しい憤りを覚えつつ、流星改13は彼の大発動艇とそれを出港させた釣鐘色の髪をした艦娘―大潮を睨み付け逡巡する。


 まず、大発動艇の放つ飛翔魚雷には、自身の持つ電波欺瞞紙が通用しない事。

 もう一つが、発射される飛翔魚雷は必ず一発ないしは二発ずつだという事。

 そして、大潮の肩の上で淡く光るやたらと大きな双眼鏡を持っている整備妖精。


 これらの情報を集約した結果、流星改13はある飛翔魚雷に行き着いた。


 流星改13(間違いない。あれは、RIM-7シースパローだ)



 【RIM-7シースパロー】


 天照の副艤装の一つでもある個艦防空飛翔魚雷の一種で、最大射程26キロメートルを誇る視界内射程飛翔魚雷である。


 高い命中精度と単発コストの良さもさることながら、その最大の特徴はその飛翔魚雷の誘導構成だった。

 彼の飛翔魚雷の誘導構成は、セミアクティブ・レーダー・ホーミング方式と呼ばれるレーダー追尾型の飛翔魚雷だった。

 これは、飛翔魚雷の誘導装置を魚雷本体ではなく、母艦本体に設けることにより魚雷本体の電子機器の簡略化の狙いもあったが、何より敵の放つ電波欺瞞紙による妨害が通用しないと言う利点もあった。


 流星改13「くそ、各機陣形を組んで。あの大発を沈めるわよ」


 忌々し気に流星改13はそう言った。


 電波欺瞞紙が通用しない今、全滅を防ぐためにここは一度撤退するのが定石であろう。


 だが、曲がりなりにも我々は天照の主力艦載機隊。

 それがたった5隻の駆逐艦に尻尾を巻いて退くなど、戦闘機乗りの名が廃るというものだ。


 そんな流星改13と同じ志を持った六機ほどの流星改達が彼女の下に馳せ参じる。

 正直、これだけの混乱の中にしてはなかなかの数が集まったと満足げに口元を綻ばせた流星改13は、集まった全機に突撃を命じる。


 流星改13「全機突撃!」


 即席の隊長となった流星改13の号令の下、全7機の流星改が突撃を慣行する。


 天照とリヴァイブ2の日ごろの訓練のたまもの故か、彼女の所有する艦載機隊は必要とあらばこうして戦場で即席の編隊を組み、攻撃することが出来た。


 流星改13→隊長機「全機雷撃高度を維持。突っ込め!」


 飛翔魚雷よろしく海面すれすれを、7機の流星改が一直線に艦隊目掛けて突っ込む。


 『――っ!』


 その突撃に気付いた栗色の髪の艦娘が、それを阻止せんと機銃弾を浴びせてくる。

 だが、その程度の攻撃で怯むほど彼女たちの根性は弱くない。


 『―――。――っ』


 ドン ドン ドン


 他の艦娘もその接近に気付いたのか、今度は黒髪の艦娘が単装砲をこちらに向け、雨のような砲弾を浴びせかける。


 流星改『なにィ!。20mmの次は速射砲ぉ!?』


 海面すれすれを飛行する流星改達の周りに12サンチ砲弾の水柱が次々と上がる。


 ドン ドン ドン 


 流星改『ダメ、避けられな―――っ』


 立ち上る水柱を避けきれず三機の流星改が墜落する。

 砲弾は元より水柱ですらも、艦載機にとっては、その機体を破壊するのに十分な威力を持っていた。


 ドン ドン ドン ドン


 流星改『ごめん、ここまでみたい』


 ゴキン


 流星改『――――っ』


 砲撃による墜落と飛翔魚雷による消滅。


 一機、また一機と仲間が消えていく中、隊長機はひたすらに前を見つめていた。

 すでに魚雷投下が可能な距離であったが、彼女はいまだその魚雷を投下しようとしない。


 ―――駄目だ、まだ早い。


 ドン ドン ドン ドン ドン


 流星改『あと、は、おねがい・・・・』


 近付くほどに激しさを増す迎撃の中、ようやく魚雷の投下レバーに手を掛けたところで、最後の僚機が砲火に沈む。

 残る最後の一機となった隊長機は、散った戦友に刹那の黙とうを捧げ、不退転の覚悟を決めた。


 隊長機(帰りの切符は、必要ないわね)


 言って彼女は魚雷の発射レバーから手を離す。


 ―――この魚雷は、もはや投下するに値しない。


 隊長機(このブツを腹に抱えたまま、あの忌々しい大発に体当たりしてやる)


 付けたゴーグルを上に押し上げ、一呼吸した後、ギロリと大発動艇を睨み付けた隊長機は、エンジンの出力レバーを最大に押し込んだ。


 隊長「死なば諸共おおをををを―――!!」


 もはや突撃する一本の魚雷と化した隊長機は、カミカゼの名の通り大発動艇目掛けて一直線に突っ込んでいく。


 その距離、彼女の目測にして約50メートル。


 『なによ、あの艦載機。特攻する気!?』


 『なっ、馬鹿なことを!?』


 通信機越しに目の前に立つ栗色の艦娘と、黒髪の艦娘声が驚愕の表情と共に聞こえてくる。


 ―――そうだ、怯えろ。慄け。


 あと、40メートル 


 ドン 


 隊長機「あぐっ!」


 黒髪の艦娘の砲撃が操縦席の左側面に当たり、彼女の顔の左半分が血で真っ赤になる。

 と同時に機体ががたがたと軋み始めた。


 ―――まだだ。まだ、飛べる。


 あと、30メートル


 隊長機「・・・っ。まだまだああああ――!」


 砲撃に加え機銃掃射が追加され、隊長機の機体は瞬時に穴だらけになっていく。

 その弾丸の雨は隊長機の腹部と肩にも一撃を喰らわせ、飛び出す鮮血が飛行服を朱に染めていく。

 だが、それでも彼女は突撃を止めない。


 ―――あと少し、あと少しで手が届く。


 あと、20メートル


 『なんなの、あの艦載機は!?』


 『荒潮、どいてください』


 脇に立つ栗色の艦娘を後ろに下がらせ黒髪の艦娘は、大発動艇の前に出ると同時に隊長機に狙いを定めた。


 一騎打ちのつもりか、面白い。


 目的の大発動艇は仕留められそうにないが、もはや機体も穴だらけでまともに飛べそうにない。

 なら、貴様と刺し違えるのも、また一興というものか。


 隊長機「いいわよ、やってやるわ。駆逐艦朝潮ぉ!」


 あと、10メートル


 失血により次第に薄れて行く意識の中、隊長機はここで始めて機銃を斉射した。

 沈めるためではない、目の前の艦娘―朝潮をビビらせる目的で撃ったが、朝潮は微動だにせず彼女へ二度目の砲撃を行う。


 レーダー照準による正確無比な砲撃。

 必中を確信した艦娘(あさしお)の顔に、安堵の色が映る。


 ところが。


 隊長機「甘いわ。朝潮おぉぉ!」


 放たれた必中の砲弾を、隊長機は在ろうことか左ロールで躱して見せた。

 レーダー照準による砲撃を躱すなど、おそらく古今で彼女が初めてであろう。


 『そんな、馬鹿な!?』


 通信機越しに、朝潮の驚く声が聞こえる。

 その声を聴いた隊長機の口元がニヤリと吊り上がる。


 隊長機(残念だったね。朝潮)


 こちとら伊達に天照の艦載機隊をやってないんだ。このくらいの芸当はこなして見せるさ。


 あと、5メートル


 ここで、隊長機は左ロ-ルにより海面を切り始めた機体を元に戻そうと操縦桿を傾けた。


 本当はこのまま突撃してもよかったのだが、魚雷の重さと損傷により機体のバランスが悪くこのまま飛べないという戦闘機乗りの本能による行動だった。

 だが、この行動が隊長機の生死を決めた。


 隊長機「―――えっ?」


 朝潮型の改二の制服に身を包み、黒い長髪を潮風になびかせながら、こちらに向けられた主砲は次発装填済みのものだった。


 隊長機(―――南無三!?)


 そうだった、彼奴の持つ主砲は速射砲だったのだ。


 本能に従ったが故の失態を悟ったのと同時に、朝潮の主砲から三度目の砲撃音が轟く。

 必中の砲弾が自身を捉えたと悟った時、隊長機は己が敗北を認めた。


 隊長機「・・・・負けたよ」


 完敗だ。

 でも、貴様に撃墜(おと)されるのなら、悪くない。


 満足げに目を閉じた隊長機に向け、朝潮は最後の砲撃を見舞う。


 放たれた12サンチ砲弾は、三度目にしてようやく隊長機の躰諸共機体を粉みじんに吹き飛ばした。





 

 第十六章




 朝潮「・・・敵機撃墜」


 はあはあと肩で息をしながら、朝潮はおもむろにそう呟いた。


 朝潮「・・・・っ」


 呼吸を整えようと胸に手を当てた時、朝潮は自身の躰が小刻みに震えていることに気付き、それを抑えようと当てた手ごと胸ぐらをギュっと握り締める。


 ―――恐かった。


 正直に言えば、この震えはその感情から来るものだった。


 あの時、艦載機の狙いが大発動艇だと気付き咄嗟に前に出て盾となったが、冷静に考えればあれは蛮勇以外の何物でもない。

 結果的に撃墜した故、実質結果オーライだが、レーダー照準の砲撃を避けられたときは正直本当に肝を冷やしたし、撃墜できたのは単に自分の装備の優秀さによるものと、時の運が偶々こちらに味方したのみに過ぎないのだ。


 荒潮「朝潮姉さん。大丈夫?」


 大潮「朝潮姉。お願いだから、あんな無茶はしないでよね」


 後ろに下がらせていた荒潮と大潮が、涙目で心配そうに言ってくる。


 恐らく、あの日のこと言っているのであろう。

 そう、あの大戦の折、朝潮は荒潮との約束を果たすために敷波の下した退避命令を無視してまで彼女の救出に駆け付け、その約束を果たせぬまま無残に沈んだ。

 特に、荒潮はその時の当事者だったから大潮も余計に心配してしまうのだろう。


 朝潮「解ってる。心配かけてごめん」


 抑えたはずの躰の震えがまた震えだしていることに、朝潮はそれが自身の弱さなのだと苦々し気に感じながら元いた位置へと戻っていく。


 その姉の後ろ姿を、大潮は哀惜の色で見やる。


 大潮(朝潮姉・・・)


 艦船時代に辿った生涯に刻まれた様々な約束や罪過の記憶。

 それは、艦娘(ヒト)として生きることを許されたモノ達にとって今を生きる導であり、また、自身を殺す可能性を秘めた楔にも成り得る諸刃の剣だった。


 それは、妹達を置いて沈んだ己自身もまた然り。


 ―――だからこそ、あの人には負けるわけにはいかないんだ。


 今一度気合を入れ直した大潮は、自身の前に待機させていた大発動艇に再度指示を送った。


 大潮「防人。対空攻撃再開」


 整備妖精(大潮)『了解。防人、攻撃を再開する』


 大潮の肩の上で自身とさほど変わらない程大きな双眼鏡持つ整備妖精の指揮の下、甲板中央にひときわ大きな箱状の物体を乗せた彼の大発動艇が淡く光り輝く。



 特殊戦闘型大発動艇『防人』

 艦娘の飛翔魚雷の運用計画の一つとして試作建造された、近代兵器搭載型の武装大発動艇である。


 整備妖精(防人)「 Mk.48VLS、第3発射装置(モジュール)4番発射管(セル)、電源接続」


 特徴として、全長25メートル級の巨体を誇る大型発動艇の甲板を装甲板で覆い、そこに飛翔魚雷の発射装置を設け飛翔魚雷の移動式発射台としたもので、その船体の中央には大規模作戦時に鹵獲された飛翔魚雷の発射装置の一つであるMk.48垂直発射システム(VLS)が三基、積載スペースを占領する形で壁の如く屹立している。


 この発射装置は、それぞれ六つの発射管(セル)を持ち、その中にはRIM-162ESSM―流星改13が誤認したRIM-7シースパローの後継型の飛翔魚雷で、天照のそれよりも高性能な代物―と呼ばれる飛翔魚雷が二本ずつ格納されている。


 整備妖精(防人)2「セル起動確認。排気筒異常なし」


 その壁の如くそびえる発射装置の先に位置する船首付近に設けられた銃座には、自衛用の九八式高射機関砲が一艇配備され、そこに詰める整備妖精は上空を睨みながら頻りに操舵室に操艦支持を送っている。


 整妖精(防人)3「操舵室。前方に波がある。右に三度ほど転進されたし」


 整備妖精(防人)4「了解、転進する。主艤装、各種制御装置異常なし。Mk.91ミサイル射撃指揮装置、4番セルとの連動開始されたし」


 防人側の発射シーケンス完了と同時に、大潮側の整備妖精の持つ件の双眼鏡が、淡く光り輝く。


 整備妖精(大潮)「射撃指揮装置了解。誘導ビーコン発射」


 整備妖精の持つ双眼鏡を模したMk.91ミサイル射撃指揮装置の先端レンズから、照準用のビーコンが発射―不可視光線なので実際は視認できない―される。


 この照射されるビーコンは、RIM-162ESSMの誘導を行う際、対象物に必ず照射されるもので、セミアクティブ・レーダー・ロック方式の最大の特徴でもあった。 


 整備妖精(防人)3「ロック完了。目標、敵艦載機隊。飛翔魚雷、撃(て)ーーっ!」


 防人の甲板上に屹立する全十八問もの飛翔魚雷の発射管の一つから、二本の飛翔魚雷が轟音と共にその発射口に設けられたプラスチック製の蓋を突き破り虚空に放たれる。


 整備妖精(大潮)「飛翔魚雷の発射を確認。引き続き魚雷の誘導を続行する」


 飛翔魚雷の発射を確認した整備妖精は、Mk.91ミサイル射撃指揮装置を小刻みに動かしながら、照準を合わせた敵艦載機を追尾していく。


 その僅か数十秒後、ロックされた敵艦載機は四散し虚空へと消えた。


 大潮「敵機、撃墜を確認」 


 パラパラと舞い落ちる艦載機の残骸を見ながら、大潮は命中を確認する報告を上げる。


 つい先刻まで、大潮たちは高高度に陣取る天照の艦載機隊によるレーダー妨害のせいでレーダー照準が出来なかったが、大潮の身を挺した決死の索敵によりレーダー妨害をしていた敵艦載機隊を発見し、敵がECMを解除した瞬間を見計らって防人の放つ飛翔魚雷によってそれを粉砕。


 同時に、高高度の艦載機隊を撃墜したことにより幸運にも霞達の電探が復旧した為、朝潮たちはレーダー照準による対空攻撃を再開することが出来る様になり、彼女たちは艦載機隊に向け一斉に猛反撃を開始した。


 最も、この猛反撃の鍵となったのは、彼の飛翔魚雷が天照の艦載機隊が苦し紛れにばらまくアルミ紙片―電波欺瞞紙を物ともせずに敵機の撃墜が可能であった事であろう。


 そして現在、朝潮たちは天照の第二次攻撃隊を第一次攻撃隊の状況にまで押し返すことに成功した。


 それもこれもこの防人の防空能力のおかげなのだが、不知火の言う通りこの大発動艇には謎が多い。


 不知火「その大発―防人でしたっけ。本当に不採用だったのですか?にわかには信じがたいのですが」


 霰の主砲で対空迎撃を続ける不知火が、おもむろに大潮に問う。


 大潮「うん。大潮も気になってたんだよね」


 不知火の問いに、大潮もまた同意しながら今一度この大発の不採用について思案してみた。


 まず、この大発の主兵装であるMk.48垂直発射システムの全高が、大発よりも高い為に、操舵室からの視界が全く確保できない事。


 これは、母体となっている大型発動艇の積載スペース―船体の深さが200センチメートルなのに対し、Mk.48の全高は495センチメートルもある―を考慮せずに発射装置を載せたために起きた構造的欠陥とも言えるもので、甲板から発射装置が突き出したその船影は、宛ら『凸』という漢字そのものであった。

 ただ、その凸の先端部分のせいで、操舵時には船首部分に取り付けられた銃座に詰める砲撃主が艦の水先案内を兼ねる必要があり、仮にこの銃座が破壊されたり砲撃主が戦死してしまうと、この大発はまともな操艦は不可能になってしまう。


 更に、運用上の欠点として大発動艇を装備できる艦娘が水上機母艦などといったごくわずかな艦娘であった事。

 元々、飛翔魚雷は不採用だった為に発射設備の在庫が鹵獲した僅かな特殊潜航艇の設備しかなく、量産も出来ない事。


 他にも、使用する飛翔魚雷の補給関連と整備の問題等など挙げればきりが無いが、結局この大発は運用性と量産性に不向きな要素が多々あったが故に不採用となり、長らく倉庫の中でほこりをかぶることとなった。


 畢竟、その秘めた性能と運用する現状とが嚙み合わなかった不遇の兵器と言えばそうなのだが、本当にそうなのだろうか。


 不採用の理由の一つである【大発動艇を装備できる艦娘少ない】というのは、計画当初は千歳や八千代といった水上機母艦たちと揚陸艦であるあきつ丸などの一部の艦娘だけであったし、そもそも飛翔魚雷自体が不採用だったので、もうもう一つの理由である【発射装置の在庫がない】というのは当然なことである。


 更に、構造上の欠陥ともいえる飛翔魚雷の設置に伴う視界の制限は、現物を見れば一目瞭然であったが、防人に搭載されている飛翔魚雷の性能の方は、流れてきた艦載機隊の通信記録を聞けば一目瞭然の代物である。


 ただし、この飛翔魚雷の誘導方式であるセミアクティブ・レーダー・ロック方式は、その運用上、電波欺瞞紙などの妨害を受けない代わりに照準器を目標に向け続けなければならず、その間、照射する者は攻撃の危険に晒されることになる。


 これもまた、彼の大発が不採用となった理由の一つでもあるが、これは飛翔魚雷の誘導方式の改良でいくらでも改善できる。


 当時こそ搭載できる艦娘は少なかったであろうが、今や主戦力となりうる改二の駆逐艦であればほとんどの艦娘が搭載出来るため、不採用評価の払拭や改良は今まで十分にあったはずだ。


 ―――なのに、防人は不採用の烙印を押されたまま倉庫の肥やしとなっていた。


 何故だろう、そもそも飛翔魚雷の最高速度が40ノットしかないというこの定説も、搭載されている飛翔魚雷を見れば本当は嘘なのではないかと邪推したくなってしまう。


 ―――そう、まるで生まれるのが速すぎたために、それを隠すためにわざと欺瞞情報で覆い隠したかのような。


 不知火「まあ、おかげでこちらも助かっていますが」


 言って会話を切った不知火は、再度砲撃に専念し始める。


 確かに、理由はどうあれこの大発動艇は大潮達が苦戦した天照の艦載機隊を正確無比に―それこそ一網打尽の言葉の如く落としていく。

 もはや、この大発動艇は大潮達にとって絶体絶命の危機を救ってくれた救世主にして、彼の者に対抗しうる盾と矛の如き存在になり始めていた。


 そして、それは同時に大潮達にある希望的観測を抱かせることになった。


 大潮(このまま艦載機隊を殲滅できれば、天照さんに勝てるかも知れない)


 それは、大潮のみならず朝潮や不知火でさえ思い始めていることだった。

 レーダー照準による高密度の防空網と、防人の持つ飛翔魚雷による長距離の強力かつ正確な攻撃。

 それこそ、いかなる艦載機であろうともその指一本たりとも触れさせることを許さぬ鉄壁の防御壁。

 それだけの防御陣を彼女たちは手にしていた。


 故に、妄信した。


 故に、慢心した。


 【主戦力を封殺された今、天照は撤退すること他に選択肢なし】


 そう、彼女の戦力が航空機隊だけだっだならば・・・。



 『お見事。まさか、私の第二次攻撃隊をも退けるとわね』


 突然通信機越しに、天照が称賛の言葉を送ってきた。


 ぱちぱちと音がするのは、おそらく喝采の拍手でもしているのだろう。

 自分の主戦力が壊滅したというのになんとも呑気なものである。


 満潮「お褒めの言葉どうも。で、どうするの?」


 天照の皮肉めいた称賛に、満潮はおうむ返しに言い放つ。

 なんとなくその声音に余裕が感じられるのは、畢竟、満潮も不知火や大潮達と同じ状態だったのだろう。


 天照『どうする、とはどういう事かしら?』


 満潮「あんたの頼みの艦載機、ほとんど撃ち落としてやったわよ。どう、これであんたは霰を諦めるしかないってわけよね」


 まるで勝ち誇ったかのように、満潮は天照に言い放つ。


 現在、天照の艦載機隊は防人の出現前に帰還させた僅かな攻撃隊と、上空に待機させている28機のリヴァイブ隊のみ。

 駆逐艦5隻ならこれだけでも殲滅可能であろうが、満潮たちには防人と、レーダーに守られた鉄壁の防空網がある。

 主戦力が艦載機隊しかない揚陸艦であれば、無駄に消費するのは避け、ここは一旦出直しするのが妥当であるはず。


 『だから、ここはおとなしく引き下がれ』と、満潮はそう言いたいのだろう。


 そう、強襲揚陸艦である、この私に―――。


 天照『くっ・・・。ふふふ・・・・』


 満潮「なっ!?何が可笑しいのよ」


 まるで面白い冗談でも聞いたかのように、天照はくつくつと笑い始めた。


 その笑い声は、通信機を通して朝潮達全員に聞こえていたが、皆一様に背筋に嫌な汗が流れる。


 ―――なんで、あの人は嗤っているの?


 朝潮たちはそう疑問に思った―否、思うとした。


 そう、【口は災いの元】という言葉が存在するように、下手なことを言って相手の逆鱗に触れてしまい、結果として自分が地獄を見ることだってある。


 それが理解できない程、朝潮たちは無知ではなかった。


 だが、逆に分かってしまうからこそ、自身の願望に従うことで迫りくる現実(じごく)から逃れようとしたのだ。


 だが、天照はそんな朝潮たちの願望を切って捨てて行く。


 天照『いや、なに。満潮も意外と可愛いところがあるんだなと思ってさ』


 口調こそ陽気になっているものの、背筋の悪寒は一層強くなっていく。

 それと同時に、艦娘の本能なのか彼女達の脳内で警鐘が五月蠅いくらいに鳴り響いた。


 『今すぐ全員逃げろ。まともに戦って勝てる相手ではない』


 満潮「可愛いって、どういう意味よ」


 その警鐘を、満潮は虚勢で無理矢理消し去り言い返した。


 ―――大丈夫。きっと、大丈夫なんだから。


 主戦力である艦載機のいない揚陸艦の戦闘力は、もはや風前の灯火も同然。

 対してこちらには防人、そして無傷の自分と未使用の魚雷がある。

 最悪、こちらの機動力を生かして肉薄し小破状態にでもさせれば、今度こそあいつは諦めて帰ってくれる、はずだ。


 天照『そのままの意味よ、満潮。あなた―否、貴方たちは今、出来のいい兵器(おもちゃ)を手に入れてただはしゃぎ回っている子供(がき)みたいだと言ったのよ。もっとも、貴方たちの容姿ならそれが自然なのかもしれないけどね』


 全員「なっ―――」


 あまりの嘲笑ぶりに絶句する満潮たちだったが、どういう訳か頭に血が上ることは無かった。

 むしろ、その言葉に己が過ちを理解させることになってしまった。

 いま、自分たちは決して喧嘩を売っていけない人に喧嘩を売ってしまったのだと。


 天照『ただ、今の貴方たちは少しおいたが過ぎるみたいだから、再教育が必要みたいね』


 言って天照はパチリと指を鳴らす。

 その刹那、朝潮たちのソナーに信じられないことが起きた。


 コーン コーン コーン


 朝潮「なっ!?なによ、これ・・・」


 ソナーから聞こえるいくつもの鉄板を叩くような甲高い音と、10を超す緑の光点。


 ―――まさか、潜水艦?


 霞「・・・こんな、ありえない・・・」


 信じられないといった表情で、霞は己が水中聴音機機に映った光点を見つめる。

 馬鹿な、いくら電探が損傷している状態とはいえこれだけの潜水艦の接近を許すなど通常では考えられない。


 ―――まさか、動力を切って海底に張り付いていた?


 主艤装からの情報からすればこれは海龍という名の甲標的と同じ潜水艇のようだが、なぜ揚陸艦である彼女がこんなものを持っているのか。


 天照『驚くのも無理ないわね。先輩のあきつ丸は潜水艇を詰めないから。でも―――』


 言って天照は、展開した海龍に攻撃命令を出す。


 天照『私は、天照なのよ。あきつ丸とは違うわ』


 その声を合図に10隻の特殊潜航艇『海龍』は、船体両面に装着された射出筒より45cm魚雷を次々に打ち出していく。


 朝潮「!!っ。魚雷接近!みんな避けて!!」


 射出筒に内蔵された射出用ロケットにより打ち出された計二十本もの45cm魚雷は、彼女たちの持つ酸素魚雷とは違い航跡を残しながら四方より迫り来る。


 朝潮たちは、艦娘の本能に従い被雷を避けるために陣形を崩し、散り散りになりながら、必死に回避行動をとり始める。


 だが、その中で一人、その場に立ち尽くす艦娘がいた。


 不知火「・・・っ。ダメですね、不知火が避けたら姉さんと霞が被雷してしまいます」


 こういう時、負傷した仲間は部隊の足かせとなってしまうのは、なんとも不幸なものであろう。 


 避ければ、負傷した仲間が死ぬ。

 避けねば自分が死ぬが、生憎、今の自分には避ける為の足がない。


 なれば、答えは唯一つ。


 『自分が盾になるしかない』


 不知火「・・・仕方ありませんね」


 不知火は覚悟を決め、なるべく被弾個所を抑えるため体を縮め、両腕で顔を防御する。


 迫る魚雷の数、およそ四本。

 そのすべてが不知火への直撃コースだった。


 不知火(お願い。耐えてください不知火の躰・・・!)


 そう自身を鼓舞し、不知火はギュっと体を強張らせ衝撃に備える。

 駆逐艦の船体(からだ)ではいいとこ2、3発が限度であろうが、耐えてみせる。


 ―――耐えて、天照に一泡吹かせてやる。


 いよいよ被雷が近づき、不知火は反射的に眼を瞑った。


 不知火「・・・っ」


 全身を貫くであろう被雷の痛みを想像したとき、何故か不知火の脳裏に敬愛する者達の姿が現れた。


 ―――これが、走馬燈というものでしょうか。


 そう解釈したとき、不知火は言いようのない恐怖に見舞われた。


 不知火(・・・姉さん。みんな・・・。指令っ!)


 嫌だ、死にたくない。

 また、あの冷たく暗い水底なんかに、沈みたくない。


 不知火(指令、助けて。司令・・・っ!)


 迫る轟沈(し)への救済を彼に求めたとき、不知火の前面に突然何者かの気配が横切る。

 

 ―――まさか、司令?


 あり得ないと思いながらも、彼女は不可解な期待と共に両眼を開く。


 不知火「――――-?」


 不知火の発した言葉は、次に訪れた被雷の轟音と立ち上る水柱にかき消されて、音となることなく虚空へと消えていった。



 

 

 第十七章




 水面に幾重もの水柱が上がる。

 その水柱は、赤く色彩の付いたもの、鉄と油の味がするもの、鋼材と悲鳴を含んだものと様々であった。


 朝潮「・・・・かはっ!?」


 その水柱の一つにいた朝潮は、海面に膝をつき、海水でずぶ濡れになりながら周囲を見渡していた。


 彼女を襲った特殊潜水艇―海龍は三隻。


 その内二隻の攻撃は何とか回避したものの、残る一隻は朝潮が二隻に気を取られている隙に不意打ちをかけて来たのだった。

 結果、そいつの放った二発は回避できず、被雷してしまった。

 

 ただ、当てたその海龍は沈めてやったので、取り合えず痛み分けといった所だろうか。


 朝潮「み、みんなは。・・・・っ!」


 状況確認をしようと立ち上がろうとした時、朝潮は両足に走った激痛と、遅れてきた嘔吐感に再び膝を付くこととなった。


 朝潮「ごほっ・・がはっ・・・うっうう・・・」


 胃袋に残留した有機物と一緒に赤い液体が混ざる。


 ―――両足のつま先から感覚がない。


 おそらく奴の魚雷によるものだろう。


 艦娘の両足は海面に設置しているから、実は被弾によるダメージの半分がここに集まる。

 故に、艦娘の多くが最低一度は足をなくして帰還することが日常となっていた。


 朝潮(これで、二度目か・・・)


 入渠すれば元通りになるとはいえ、やはり自分の体の一部が無くなるというのは、心底胸糞悪いものだった。

 ただ、呪染の度合いによってはこの欠損も元に戻らなくなる。


 ならば、まだ元通りになる自分は幸運なのかもしれない。


 朝潮「とにかく、みんなの生存確認をしないと」


 主艤装に格納されている救急箱から鎮痛剤二本を取り出し、両足の太ももに打ち込こんだ朝潮は、瞬間的に取れていく痛みと薬の心地よさを堪能しつつ通信機に声を送り込む。


 朝潮「満潮、荒潮。二人とも無事ですか?」


 魚雷を回避するために、散り散りに離れてしまったが、満潮と荒潮は自分と同じ方向に回避した様で、遠目に確認することが出来た。


 荒潮『こっちは平気よ~。もう・・・ひどい格好ね』


 満潮『面白いことしてくれたじゃない。倍返しよ』


 通信機越しに荒潮と満潮が悪態をつく。正確な損傷は解らないが、声音からして無事なようだった。


 後は霞と霰、不知火と陽炎と大潮だ。

 確か、二人とも霞と陽炎の近くにいたはずだ。


 朝潮「不知火さん、大潮、霞、霰。応答してください!」


 通信機で呼びかけながら、朝潮は自身の薄情さに反吐を吐きたくなった。


 ―――私は、最低の艦娘(おんな)だ! 


 なんであの時、私は霞と陽炎を救おうとしなかった。

 なんであの時、私は不知火を見捨てた。


 不知火は片足を失いまともに航行が出来ない。

 航行出来ない艦娘が魚雷を回避できるはずもない。


 なのに、自分は愚かにも妹と戦友よりも、自身の身の安全を優先してしまった。


 霰を、妹を絶対に救うと決めたはずなのに、私は―――。


 不知火『朝潮、朝潮なのですか』


 通信機越しに不知火の声が聞こえ、朝潮の心は少しだけ綻んだ。


 ―――良かった。無事で、本当に良かった。


 もし、このまま誰も応答しなかったら自分は、もう。


 朝潮「無事でよかったです。他のみんなは?」


 不知火『不知火は無事です。大潮と姉さん―陽炎も。ただ、霰が・・・』


 霰のところで言い淀む不知火に、朝潮は最悪の展開を予想した。


 ―――まさか、霰が・・・。


 朝潮「不知火さん。まさか、霰が・・・」


 不知火『いいえ。霰は轟沈してはいません。ただ・・・』


 朝潮「ただ、何です?」


 口ごもる不知火に思わず朝潮の語気が強まる。

 おそらく、不知火的には言いたくないことなのだろうが、そのことが却って朝潮に霰の容態を教えることとなった。


 不知火『霰は、不知火を庇って・・・。被雷しました・・・」


 予想的中。


 しかも、不知火の声音からして霰は大破、もしくは、ダメコンを使用している状態かもしれない。


 朝潮「不知火さん。大潮の防人はどうなりましたか?」


 とにかく、一刻も早く不知火たちに合流しないといけないのだが、自分は現在航行不能になってしまっていて、すぐには合流できない。


 いま、頼れるのは不知火の主砲と大潮の防人だけだ。


 大潮『朝潮姉。大潮は大破しちゃったけど、とりあえず防人は何とか死守したよ』


 不知火の代わりに大潮本人が応える。

 さりげなく大潮の損傷が酷くなっているみたいだが、今はそれをどうこう言っている時ではない。


 朝潮「了解しました。とにかく、私たちが合流するまで沈まないで下さいね」


 懇願するように朝潮は言った。

 長い時を経てようやく全員そろったのだ。

 また、皆が沈む姿など見たくない。


 大潮「大丈夫だよ、朝潮姉。大潮は、まだ、大丈夫だから!』


 不知火『同感です。不知火は大丈夫ですので、朝潮も早く合流してください』


 「了解です」と応答していったん通信を切った朝潮は、満潮たち通信を切り替え曳航してくれように伝えた。

 


 数分を待たずして合流した満潮たちは、朝潮の重傷ぶりに思わず閉口したが「私のことより、早く霰の所へ」と急かす姉の気迫に押され、彼女の曳航を始めた。


 荒潮「朝潮姉さん。大丈夫?痛まない?]


 満潮と共に朝潮を曳航する荒潮が、心配そうに聞いてくる。

 とりあえず応急処置はしたし、今は鎮痛剤が効いているので痛みそのものはない。


 朝潮「平気。それよりも、二人とも本当にごめんなさい。本当なら二人とも動ける状態じゃないのに・・・」


 申し訳なさそうに朝潮は言った。


 合流した満潮と荒潮の怪我は、朝潮の予想以上に酷かった。


 二人とも、航行こそ出来るが主艤装は半壊状態だった。

 副艤装は二人とも根こそぎ失っており、まともに戦闘など出来ない状態だった。


 躰の方も、満潮は被雷時の破片で片目を損傷し、荒潮は右の脇腹を負傷していた。

 とりあえず、二人とも曳航前に治療したものの、元々曳航など出来る状態ではない為、朝潮としては姉として良心が痛んでしまう。


 満潮「朝潮姉。姉さんだって航行できないんだからお互いさまでしょ?」


 荒潮「そうよ~。私達だっていまは霰や霞達が心配なんだもの。寝てなんかいられないわ~」


 妹二人に諭されて、朝潮は嬉しいような申し訳ないような、複雑な気持ちになった。

 こんな状況こそ、一番しっかりしなくてはいけない自分がこの様とは。


 ―――やはり、改二となっても私はまだまだ鍛え方が足りないと見える。


 そう思うことにして、朝潮は頭を切り変え水平線を見据えた。


 朝潮(兎に角、今は一刻も早く霰達と合流しなければ)


 妹二人に曳航されながら、朝潮は、天照の仕掛けたこの攻撃もまた霰を処分するための策略なのだろうと確信していた。


 解体予備艦の処分は、原則レムレースの大鎌を使って行われる。


 これは、船籍の存在しない艦娘にとって、唯の無駄死にとなってしまう轟沈を【意義のあるモノ】とする為であった。 


 レムレースの大鎌は深海棲艦の武器。その武器で轟沈(し)するのであれば、それは敵と戦って死んだという事。


 嘘でも良い。

 都合の良い解釈でも良い。


 『それでも、せめて逝く者には誉となるモノ、残される者には生きる糧となるモノが欲しい』


 そんなことを、嘗て使命に嘆く私にあの人はそう言った。


 言って、哀しそうに、笑った。


 朝潮(天照さん・・・。あなたは、優しすぎます・・・)


 ―――そして、誰よりも残酷になれる人だ。


 海龍が天照の持つレムレースの大鎌ではないことは、霰が未だ健在であったことが何よりの証明。


 だとすれば、あの娘は今頃・・・。


 そう思案した時、朝潮の耳に荒潮の報告が入る。


 荒潮「前方に人影が見えるわ~。・・・っえ?」


 水平線の彼方より見えた人影に、荒潮の表情が凍り付く。


 満潮「・・・っえ?なに、これ、どういうこと?」


 満潮も、その異常な光景に気付いたのだろう。


 そして、朝潮は予想を覆されることとなった。


 朝潮「・・・大潮、不知火・・・。どうして・・・?」


 水平線の彼方より現れた光景、それは群がるレムレースの大鎌から三人を庇い続ける不知火と大潮の姿だった。





 日の傾き始めた大海に、幾重もの小さな水柱と赤い滴が飛ぶ。

 その滴と水柱は、幾重もの小さき命により紅く染められ、水面を朱く染め抜いていった。


 大潮「わぁあああ!!」


 上空からの機銃掃射に晒され、大潮は、貫く激痛に堪らず声を上げた。


 いったい、何百発の弾丸を受けたのだろう。


 防弾効果のある制服と主艤装を失った今、機銃掃射に晒され続ける彼女の背中は、もはや元の肌の色の判別さえもできないほどに、歪に抉れ、赤黒く染まっていた。


 大潮「ごほ・・・っ。がはっ、ごふっ・・・!」


 呼吸をするたびに、口角と背中に刻み込まれた幾つもの弾痕から赤黒い血液が噴水のごとく噴き出す。

 流れ出ていく生命力と薄れゆく意識の中、大潮は必死の思いでその細腕に抱き留めたもう一つの命を守護し続ける。


 (大潮姉・・・。どうして・・・)



 状況は、およそ数分前。朝潮への生存報告をした直後にまで遡る。



 朝潮に生存報告をし、通信機を切った直後、大潮の電探は、上空13000メートルより飛来する天照の艦載機隊を捉えた。


 大潮「こんな時に。なんで・・・!?」


 迫る艦載機の数、およそ18機。


 まるで、大潮の通信が終わるのを待っていたかのように飛来したその艦載機隊は、そのすべてが不知火を庇い負傷した霰の所へハゲタカの如く一斉に群がっていく。


 大潮「霰、危ない!」


 被雷し不知火の数歩前で膝を着き天を仰ぐ霰に、大潮はほとんど突き倒す形で霰に抱き着いた。

 その刹那、艦載機の機銃音と共に大潮の躰から夥しい鮮血が噴出する。


 大潮「わぁああああ!」


 霰を護るため射線に割り込んだ大潮に、その艦載機は容赦無く機銃を浴びせた。


 艦娘を確実に射殺すために改良された【35mm航空機関砲】は、大潮の改二の制服をいとも簡単に貫通し、肉を引き裂き血管を裂傷させる。


 霰、不知火「大潮(姉)!?」


 何事かと驚く二人の視界に、大潮の背後を通過する動物の頭蓋骨の形をした飛翔体が写り込む。


 ―――あれは、まさか!?


 不知火は、それが敵艦載機だと思った。


 霰は、それが自信を処刑しに来たレムレースの大鎌そのものだと思った。


 不知火「くっ・・・。なんでこんな時に・・・?」


 突如乱入して来た敵艦載機隊に、不知火は自前の電探を起動させながら手持ちの火器で応戦を始める。

 一方、霰の方は間接的であるが身代わりとなった姉の行動が理解できずにいた。


 霰(大潮姉ぇ・・・)


 ―――何故、何故庇った!?


 攻撃を受け続ける姉を何とか引き剥がそうと、霰は、体を身じろぎさせる。


 だが、大潮は彼女を抱きしめる形で倒れこんでいる為、ろくに動くことが出来ない。

 畢竟、霰は身動き一つできないまま、耳元で姉の苦悶の声をひたすら聴き続けることになってしまった。


 霰「・・・大潮姉ぇ・・・お願い、はなして・・・っ!」


 妹の懇願に、大潮は首を横に振りながら必死で攻撃に耐える。


 機銃掃射を受ける度に、大潮は苦悶の声を上げ、霰を握りつぶす勢いで抱き締めるが、その力も次第に弱くなっていく。

 さらに、躰から流れる鮮血は彼女のみならず抱きかかえる妹(あられ)すらも次第に赤く染めていき、彼女の死が近いことを否応なしに自覚させていく。


 霰(いやだ・・・。大潮姉ぇ・・・)


 満身創痍で艦載機隊の攻撃を受け続ける大潮を見つめながら、霰は、姉が自分の代わりに死路へと突き進んでいくことに慚愧(ざんき)の涙を浮かべた。



 ――あの時、自分は死ぬつもりだった。


 魚雷の射線上に出たのは、本当は不知火を助けるためではなかった。


 『これ以上、天照さんと朝潮姉たちを戦わせたくない』


 あの魚雷の数ならば確実に、自分は轟沈出来るだろう。


 霰(私は、ここで死ななければならない)


 それはもはや逃れようのない宿命であり、姉妹たちを救うためには仕方のないことだった。


 だが、この霰の覚悟は、思いもよらぬ形で裏切られることになった。


 霰(なぜ、私は、生きているの・・・?)


 高練度である霰の体躯は、直撃コースであったはずの魚雷の航跡を巧みにかわし、致命傷を負わせなかった。


 結果、霰は大破したものの奇跡的に轟沈は回避した。


 否、してしまった。


 その直後、霰の通信機に朝潮の声が届く。


 『不知火さん、大潮、霞、霰。応答してください!』


 自身の生存を一途に切望する、朝潮型随一のガラスの心を持つ姉の声。


 その声を聴いたとき、霰の心には罪過ではなく安堵の色で満たされた。 


 霰(・・・朝潮姉。良かった・・・ここに居ないんだね・・・)


 施工当時なら彼女の目の前で引導を渡されるのが常だった為、正直、姉(あさしお)の絶望する顔を見ながら沈むのは霰としても忌避するところだった。


 でも、不在なら上々。

 これで、心置きなく逝ける。


 霰「さぁ・・・妖精さん。・・・私を、沈めて・・・。今度こそ」


 不知火「あ、あら・・・れ?」 


 霰の言動に動揺する不知火をしり目に、霰は救済を請うように天を仰ぐ。


 大破しボロボロになったその出で立ちは、宛ら罪を犯し神に懺悔をする咎人の様で、何とも痛々しかった。


 そんな、咎人を自称する霰の言の葉に応えるようにして、上空からレムレースの大鎌が裁きを下そうと高速で舞い降りてくる。

 その直後、僅かに原型を留めた主艤装から敵機接近を知らせる警報が鳴り響き、己が主に刑の執行を宣告させる。 


 霰「・・・・・」 


 ―――さぁ、妖精さん。私を、沈めて・・・。


 迫る轟沈を前にしても尚、霰の心は無いだ海の如く穏やかだった。


 これで良い。


 これで、朝潮型は安泰を約束される。


 霰(朝潮姉。大潮姉。満潮姉。荒潮姉。朝雲姉。山雲姉。霞・・・)


 そして。司令官、ごめんなさい。


 霰は、先に逝きます。


 眼を閉じ、姉妹との別れを噛み締める霰に、生き残っていたレムレースの大鎌が今度こそ止めを刺そうと急降下しながら機銃を斉射する。


 しかし、ここで霰は二度目の奇跡に遭遇してしまう。


 大潮「霰、危ない!」


 突然抱き着いてきた大潮によって、霰は、二度目の九死に一生を得てしまった。


 そして、執行を邪魔されたレムレースの大鎌は、あろうことか庇う大潮諸共霰を沈めようと容赦なく機銃斉射を始めてしまったため、状況はさらに悪化してしまった。


 霰「艦載機の妖精さん、お願いだから攻撃するのをやめて。あなた達の狙いはこの私のはずでしょ!」


 一切の容赦なく大潮を攻撃し続けるレムレースの大鎌に、霰は懇願するように叫んだ。


 爆弾ではなく機銃を使っているのは、不殺の命を受けているからなのだろうが、これではもはや拷問だ。

 それに、いくら爆撃されないとはいえ、早く止めさせないと大潮は本当に轟沈してしまう。


 霰「大潮姉!お願い、離してぇ!」


 薄れていく姉の体温を嫌というほど感じながら、霰は必死に叫び懇願する。


 ―――もういい。


 ―――もう充分だ。


 ―――もう沢山だ。


 自分の存在が、愛する姉(ひと)たちを苦しめるのなら、いっそ―――


 だが、大潮はそんな霰の必死の叫びに異を唱えた。


 大潮「ダメ・・・。離さない・・・」


 霰「どうして・・・!」


 このままでは、私ではなく姉さんがが沈むことになってしまう。

 そう訴える霰に、大潮は、激痛を堪えながらやんわりと微笑んだ。


 大潮「約束、したから。・・・皆と」


 ―――約束?


 その言葉に霰は、はっとなった。

 そうだ、あれは確か朝潮型全員がそろった日に、駆逐艦寮の自室で姉妹皆で誓い合ったこと。


 『この先どんな苦境に遭遇しても、絶対に姉妹全員そろって笑顔で終戦を迎えよう』


 そう言って、自分たちはスクラムを組んで誓い合った。


 その誓いを思い出した霰は、改めて自分を庇い続ける姉の姿に対抗する気力を失ってしまった。


 大潮(あね)はただ、あの時の誓いを果たそうとしているのに過ぎない。


 代わりに自分が沈むかもしれないと言うのに。

 ただ純粋に、真っ直ぐに、悪く言えば馬鹿正直ともいえる。


 霰「馬鹿だよ、大潮姉。だって、霰は・・・」


 私はもう、あなたの妹では無くなってしまったというのに。それでもまだ、自分を姉妹として扱ってくれるのか。


 そう問いかける霰に、大潮はこくりとうなずく。


 大潮「そうだね。お姉ちゃんは大馬鹿かもしれないね」


 自分は、ここで轟沈するかもしれない。


 でも、それで妹が救えるのなら例え大馬鹿であっても私は構わない。

 そう想いながら大潮は、嗚咽を上げ始めた妹の頭を撫でる。


 ―――大丈夫。あなたは絶対に死なせないから。改二となった私のプライドにかけて。


 大潮「霰、貴方は私が絶対に守る。この生命力(いのち)を懸けて」


 言って、大潮は待機する防人に迎撃再開の命令を送ろうと言の葉を紡ぐ。


 大潮「防人、迎撃し―――」


 その時だった。


 「ふうん。じゃあその生命力(いのち)、今ここで散らしちゃってよ」


 大潮、霰「えっ―――」


 防人に残りの飛翔魚雷を撃たせようとした時、横合いから聞き覚えのある声と共に砲撃音が轟く。


 その刹那、大潮の修復した左肩が血飛沫を上げて拭き飛んだ。


 大潮「がああああ――――っ!!」


 霰「大潮姉っ!?」


 堪らず大潮は、傍らにいる霰の存在を忘れて苦痛の咆哮を上げた。


 そう、この痛みは良く知っているものだった。


 彼の大本営にておこなわれる演習で使われる模擬弾は、より実戦に近づけるため、轟沈はしなくとも実弾と同じだけの苦痛を艦娘に与えることができる。


 ゆえに、この砲弾を受けた時、大潮の脳内には『何故』と言う単語で埋め尽くされた。


 ―――なんで。どうしてあなたが、こんなことを・・・?


 飛び散る鮮血と肉片の向こうにいる人物に、大潮は声なき言の葉を投げかける。


 何故、どうしてなの・・・。―――陽炎!


 問われて彼女は、ただ一言いった。


 『愚問だ』と。



 

 

 第十八章


 


 ――なぜ、どういうことですか姉さん!?


 開いた口が塞がらないとは、こういうことを言うのだろうか。

 眼の前で起きた凶行に、不知火は棒を飲んだように立ち尽くしそう叫んだ。



 甲標的もどきの攻撃の後、不知火たちは上空13000メートルより飛来して来た敵艦載機隊の攻撃を受けた。


 不知火「くっ・・・。なんでこんな時に・・・・」


 不知火自身は霰が庇ってくれた為幸い無傷だったが、状況は最悪だった。


 甲標的もどきの雷撃よって逸れてしまった朝潮たち無き今、攻撃手段を持っているのは大潮と不知火のみ。


 だが、その大潮も霰を庇い続け轟沈寸前の状態。


 唯一人、主砲が健在な不知火は、霰を仕留めようとハゲタカの如く群がる敵艦載機隊―レムレースの大鎌に向け主砲を撃ち続けた。


 幸い、レムレースの大鎌は霰―彼女を庇う大潮のみを狙っていたので不知火は迎撃に集中できたが、そのことが却って【彼女】の凶行を許すことになってしまったことは、寧ろ不運だったという他ないだろう。


 『ふうん。じゃあその生命力(いのち)、今ここで散らしちゃってよ』


 突然聞こえた姉の声と直後に轟いた大潮の絶叫。

 彼女の持つ副艤装が見つめる方角と漂う硝煙。

 そして、その傍らで陽炎に踏みつけられた物言わぬ霞の姿。


 誰の目にも明らかだった。

 姉さんが―陽炎が霞を気絶させ、大潮を砲撃したのだと。


 不知火「なぜ。どういうことですか姉さん!?」


 目の前で凶行に及んだ姉に、不知火は真意を確かめる様に言った。


 どうして、大潮を砲撃したの。

 どうして、魚雷管を不知火の方に向けてるの。

 どうして、そんなにも哀しそうな顔で不知火を見つめるの。


 どうして、どうして、どうして・・・・。

 私の胸はまるで誰かに裏切られたように、こんなにも痛くて、苦しいの・・・?


 妹から無数の質問を浴びせられた陽炎は、ただ二言応える。


 陽炎「愚問よ。不知火」


 応えた姉の声音は、今まで聞いた事がないくらい冷たいものだった。

 その答えに、不知火は元より撃たれた大潮も文字通り凍り付いた。


 陽炎「そうね。不知火の質問に応えるのなら、私よりもあの娘に聞くのが良いかもね」


 言って陽炎は、不知火から視線を外し―あくまでも視線のみで、向けられた魚雷管はこちらを向いている―その先、つまり不知火の右斜め後ろを見つめる。


 陽炎「そうでしょ、朝潮。いいえ、レムレース艦隊のナンバー3、駆逐艦朝潮というべきなのかしら」


 えっ、とその場にいた全員の視線がそこに集まる。


 不知火の右背後の十数メートル先には、先ほど逸れた朝潮達がボロボロの状態で立っていた。

 顔と脇腹に包帯を巻いた荒潮と満潮の姿もそうだったが、朝潮の方は先の雷撃で両足を失ったらしく、両脇に立つ妹二人に担ぎ上げられる形で立っていた。

 ただ、先の陽炎の発言のせいなのか、俯き前髪で表情を隠したその姿は、まるで連行されてくる咎人の様であった。


 満潮「朝潮姉。陽炎の言ったこと本当なの?」


 荒潮「朝潮姉さんが、レムレース艦隊の人間だって」


 驚愕のあまり瞳孔が開いた状態で、満潮と荒潮が続けざまに問いかける。


 朝潮「・・・・」


 妹二人の問いに朝潮は、俯いたまま無言を貫いたが、それは、所謂無言の肯定というべきもの。

 つまり、陽炎の発言が真実だと認めているようなものだった。


 不知火「姉さん。もしかして、姉さんも」


 不知火に陽炎は小さく頷く。

 朝潮をナンバー3と言った自分もまた、レムレース艦隊の人間であると。


 その事実によって、不知火は自身の問いに合点がいってしまった。


 大潮を砲撃したことも。

 霞を気絶させたことも。

 自分に魚雷管も向けていることも。

 それら全ての凶行は、自身の背負った責務を果たすためであったという事。


 そう、不知火が凶行と断じた行動の全ては、陽炎にとって【霰を処分するのに邪魔になったから排除しようとした】。

 ただ、それだけの事だったのだ。


 陽炎「ごめんね。⦅今⦆の不知火は、私がレムレースの人間だってこと知らなかったから黙っていようと思ったんだけど」


 言って陽炎は手に持つ10cm連装高角砲を少し下げ―あくまで魚雷管はこちらを向いている―、不知火に数歩ほど近づく。


 その声音は、先ほどの冷たいものではなくまるで許しを請うように悲壮に満ちていたが、踏み付けた霞を避ける事無く平然と踏み越えて行くその様は、苦楽を共にしてきた戦友に対する態度とは思えないものだった。


 ただ、その言葉の矛先がなぜか自分ではなく、別の誰かに当てたもののように聞こえるのは、恐らく自分が陽炎にとって再着任した別の不知火だからなのだろう。


 それが、今の彼女にとって幸なのか不幸なのかはまた別の問題であるが。


 陽炎「でも、知ってしまった以上、あんたは私が許せないと思うけど―――」


 踏み越えた霞を一瞥することなくそう言いながら、陽炎は懇願するように不知火を見つめる。


 レムレース艦隊の使命は、解体予備艦となった艦娘をその手で葬ること。

 それは、戦友は元より同じ型の船魄を分けた実の姉妹も例外ではなく、時には一日に何人もの戦友や姉妹を失うことだってあった。


 陽炎「けどお願い。そこで大人しくしてて。私、また不知火が沈むのを見たくないの」


 そう言って、陽炎は不知火から視線を外し、今度は同僚である朝潮を見つめる。

 その視線は戦友に向けたものではなく、まるで謀反人に向けるような鋭いものだった。


 陽炎「朝潮。今すぐ大潮にそこからどくように言って」


 手に持つ10cm連装高角砲で大潮を指し示し、陽炎は命令するかの様に言い放つ。

 その声音には「事と次第によってはあなたも敵とみなす」と付け加えられていた。


 朝潮「・・・」


 その要求に、朝潮はまたもや無言で応える。

 その態度に、陽炎は「ちっ」と舌打ちをしながら苦々しい顔で朝潮を見つめた。


 ―――女狐めが。


 この娘(おんな)は何時もそうだ。

 普段は忠犬みたいに指令に尻尾を振っているくせに、いざレムレース艦隊としての任務になるとああやって『自分には出来ないと』言わんばかりにしおらしく振るまおうとする。

 そうやって、あの娘は何時も現実から逃れようとするのだ。


 天照『・・・朝潮。申し訳ないけど、これ以上の我儘は反逆と取るけど良いかしら?』


 唾棄する陽炎に続き、今度は天照が話しに割り込む形で朝潮に要求する。


 すでにレムレースの大鎌は大潮の周りは元より、処罰の為に朝潮の頭上にも展開させてあった。


 元々、霰はリヴァイブ隊の戦術爆撃でさっさと処分しても良かったし、朝潮が霰の処分に反対した時点で朝潮は反逆罪とみなしても良かったのだが、やはりそこは姉妹同士の絆や失う苦しみを少しでも和らげたいという天照なりの配慮があった。


 どのみち解体予備艦は、提督の掲げる理想の為沈めなければならない。


 なら、せめて彼女達には『霰は無駄死にではなく、敵部隊の攻撃により戦死したのだ』という心の言い訳を用意しようと思い、自身の艦載機隊を犠牲にしてまであんな茶番を展開させたのだが。


 朝潮「・・・大潮。そこをどきなさ―――」


 大潮「やだ。大潮はどかない」


 ようやく勤めを果たす気になった朝潮に対し、今度は大潮が異を唱える。


 毎度のことだが、解体予備艦の処分はほぼ絶対と言って良いほどすんなり行くことはない。


 必ず、姉妹艦ないし同行した僚艦が駄々をこねるからだ。


 特に、姉妹艦はその傾向が強く、駄々をこねる姉妹たちを宥めすかし、懇願する者には提督の命令だと納得させ、抵抗する者には実力行使で強引に黙らせる事など日常茶飯事だった。


 陽炎「大潮。あんた私達の言ったこと理解してる?」


 案の定駄々をこね始めた大潮に、陽炎はイラついたように言う。


 それは、彼女も朝潮と同じ【加害者】であるが、同時に大潮達と同じ【被害者】でもあるからだろう。


 故に、大潮の気持ちも十分すぎるくらいに理解できる。

 そして、理解できるからこそ余計に腹が立ってしまう。


 ―――どうして、姉妹艦達(こいつら)は何時もいつもイツモ・・・!!


 陽炎「大潮。あんたいい加減にしなさいよ!」


 怒りの形相で大潮を睨みつけた陽炎は、感情に任せて砲弾を数発撃ち込んだ。


 陽炎の激情を体現するかの如く放たれた砲弾は、大潮の肩を、脇腹を、股を貫き大潮に耐えがたい苦痛を与える。


 大潮「ぎゃああああああ――――っ!!!」


 満潮、荒潮「大潮姉(さん)っ」


 飛び散る鮮血と、ケモノの如き絶叫を上げる大潮に、満潮と荒潮は思わず駆け寄ろうとする。

 だが、その行為は、朝潮は彼女達の肩をつかむことで阻止された。


 満潮、荒潮「朝潮姉(さん)。どうして!?」


 ―――二人を見殺しにするつもり!?


 顔全体で抗議する妹二人に、朝潮は首を小さく左右に振った。


 満潮「なら、どうして・・・!?」


 なおも抗議する満潮に、朝潮はもう一度首を横に振る。


 この時、彼女の心は二つの物事で揺れていた。


 このまま陽炎を止めなければ、彼女は大潮と霰を沈めてしまうだろう。

 それは、朝潮型の船魄を分けた実の艦娘(あね)として絶対に許しがたいことだった。


 だが、解体予備艦の殺処分は自身が敬愛する司令官の下知であり、鎮守府の法だ。

 陽炎を止めることは、即ち司令官の命に背く事と同義。

 それは、忠義を誓う艦娘(ぶか)として絶対にあってはならない事だった。


 絆も大事だが忠義も大事。

 選べるのは片方のみで、両方を選ぶことは出来ない。


 故に、朝潮は苦悩した。

 苦悩し、己の軟弱な勇気(こころ)に反吐を吐いた。


 妹を生かすために司令官を裏切るか、忠義を果たすために大潮と霰を見殺しにするか。そのどちらかを選択し、非情な決断を下すことが朝潮には出来なかったのだ。


 それは、彼女の幼さ故だったのか、自分の自尊心の無さからくる異常な忠誠心だったのか。


 いずれにせよ、朝潮の下した決断は、ただ座視することだった。


 陽炎「どきなさい。退けつってんのよ!!」


 猛り狂いながら、陽炎は、無茶苦茶に砲弾を浴びせる。

 ろくに弾着計算もせずに放たれた砲弾は、時に海面を、時に大潮を抉る。

 その度に、水面には鮮血が飛び、肉片が沈み、悲鳴がこだまする。


 だが、それでも大潮は動かなかった。


 否、本当は動けなかったのかもしれない。

 しかし、その動かないという事実がさらに陽炎をこの上なく苛立たせる。


 何故、退かない。

 何故、庇い続ける。

 何故、こんなにもイラつく。涙が出る。視界がゆがむ。胸がズキズキと痛む。


 ぐちゃぐちゃになった心で必死に考えていた時、陽炎はある一つの感情にぶちあった。


 ―――どうして、私は、こんなにもあの艦娘(こ)のことを疎ましく感じるの。


 湧き上がる激情と大潮に抱きつつあるもう一つの感情が陽炎の心を炙り焦がしていく。


 許せない。ゆるせない。ユルセナイ―――


 何故こんなにも彼女に対し怒りを覚えるのか。

 この感情はどこから来るのか。

 頬を伝うこの涙は何のか。


 否、本当は答は出ているかもしれない。

 だが、認めるわけにはいかない。

 これを認めてしまえば私はもう、自分を、許せなくなる。


 心中の決着から逃げる様に、陽炎は自身の衝動のままに砲撃を続けた。

 続けていれば、その決着から逃れられるからだ。


 ―――だが、現実は何時も結論を急ぐ。 



 陽炎「大潮・・・。お願い、どいてよ・・・」


 あれほど湧き上がっていた激情が急速に別のものに変わっていくのを感じながら陽炎は、ぽつりとそう零した。

 すでに10cm連装高角砲は弾切れを起こし、カチカチと虚しく空撃ちを繰り返していた。


 だが、陽炎の心は、攻撃を止めるつもりなどなかった。


 まだ、主砲の残弾は残っている。

 不知火に向けた魚雷管は手つかずだ。

 どのみちこの戦闘は、記録に残らない。

 なら、ここで大潮諸共霰を沈めた所で、自分は、罪に問われることはないはずだ。


 ―――そうだ、沈めてしまえ。


 この心の中で湧き起こる感情の答えに気付く前に、あの娘を・・・。


 大潮「・・・ごめんね。陽炎、さん・・・」


 砲撃が止み、砲塔の空撃ち音が聞こえる海原に、大潮のか細い声が響く。

 陽炎の砲弾を受け続け、躰は元より釣鐘色の髪は、自身の鮮血で、赤黒い斑模様に変色していた。


 陽炎(・・・なんで、謝るの。・・・?)


 突然謝罪の言葉を述べられ、陽炎は呆然とその場に立ち尽くした。


 大潮「・・・だって、陽炎さん。大潮の、せいで、苦しんでるんだもん・・・」


 ズキリ


 陽炎の心がひび割れたように痛む。


 ―――ヤメテ。そんな言葉を聞きたかったわけじゃない。


 大潮「陽炎さんも、同じ、だったんだよね。黒潮や天津風たちを・・・」


 ズキリ ズキリ


 『ウチ、もうあかん・・・・。さいならぁ~・・・・』


 『今度は海に沈むのね・・・冷たくて・・・暗いわ・・・』


 『この、谷風が・・・回避できない、とはね・・・。仕方ない、沈んで、やる、かぁ・・・』


 ―――ヤメテっ、これ以上、聞きたくない!


 大潮「ごめんなさい、気付いてあげられなくて。陽炎さん、本当は―――」


 ズキリ ズキリ ズキリ


 『姉さん、すみません。不知火は、先に―――』


 ズキリ 言うな。ズキリ 言うな!。ズキリ 言うなぁ!ズキリ 


 陽炎「言うなああああああああ――――!!!」


 不知火に向けた魚雷管が、陽炎の絶叫に反応し、大潮目掛けて魚雷を放とうと照準を合わせる。


 聞きたくない。知られたくない。思い出したくない。同情されたくない。


 不知火「姉さん!?いけません!」


 満潮「陽炎!?」


 朝潮「ダメっ!陽炎さん!」


 荒潮「やめてぇ!」


 発狂する陽炎を止めようと、不知火たちは、わき目もふらず駆け寄ろうとする。


 が、


 ドン


 不知火「・・・っ。何故ですか!?」


 陽炎の副艤装は、在ろうことか近づいた不知火たちを敵と認識し砲撃を加えた。


 そして、


 陽炎「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ――――っ」


 主の狂った本能に従い放たれた魚雷は、妹と仲間の制止も虚しく大潮と霰に迫り。


 『しまったぁ・・・大潮も・・・ここまでかな・・・』


 『あぁ・・・水が入ってきた・・・つめたいな・・・』


  爆ぜた。



 水平線に二つの幼き命と共に、この日一番の大きな赤黒い水柱が水平線に立ち上る。

 鉄臭く、生暖かいその水柱は彼女の犯した罪そのものか。はたまた散った彼女たちの命の重さか。



 いずれにせよ、その水柱に確かに存在した生命力(いのち)は最早存在しなかった。


 朝潮「そ・・・、そんな・・・・」


 立ち上がる紅紫の水柱を前に、朝潮は妹達の肩から滑り落ちる。


 ―――私は、なんということをしてしまったのだ。


 霰を、妹を救うと決めたというのに。

 私は、また何も出来なかった。

 何も出来ずに、大潮まで、死なせてしまった。


 今度こそ、みんなを救うと決めたのに。私は――――



 「くっ・・・。ふふふ、ふふふふううふ・・・・」


 絶望する朝潮の耳に、何者かの笑い声が木霊する。

 何かと思いのろのろと顔を上げた朝潮は、脇に立つ荒潮が凍り付いた顔で陽炎を見ていること驚き、慌てて視線を前に移す。


 ―――かげろう・・・さん・・・?


 顔を上げた先、不知火の背中の先で蹲る陽炎型のネームシップ。

 それを見つめる荒潮の顔は、まるで理解の範疇を超えた存在がそこに居るかのような状態だった。


 陽炎「くふふふふぃふぃふぃ・・・・」


 不知火「・・・・ねえ、さん・・・・・?」


 いったい何が面白くてそんな不気味な笑いをするのだろう。

 否、この笑い声は本当に面白がっているのだろうか。


 そう思った時、見つめる不知火の背中に妙に冷えた嫌な汗が流れる。


 ―――姉さん?否、これは本当に、あの陽炎姉さんなの?


 そこに居るのは、彼女が日常的に見ている活発を体現した陽炎ではなかった。

 蹲り、頭を両手で覆い隠すその姿は、宛ら幼い駆逐艦のそれかもしくは自らの罪過を噛み締める咎人のそれであった。


 この様を見るだけでは、不知火も朝潮達もここまで狼狽しなかったであろう。

 彼女たちが、陽炎に対し異常さを感じ取ったのは、その彼女が発する不気味な笑い声であった。


 陽炎「ふふふふ・・・ふひいいいひいいひひ・・・・」


 満潮「・・・なにが、そんなに可笑しいのよ・・・・」


 漂う不気味な空気に耐えかね、満潮がおもむろに陽炎―否、陽炎の姿をしたそれに問いかける。


 目の前で蹲る陽炎は、何時もの声では無くまるで悪魔にでも憑りつかれたかの様に、もしくは制御装置の壊れた録音機の様に、ただひたすらに嗤い続けている。


 その声音には、死なせてしなった霰と大潮への謝罪の色も死んだ仲間への哀惜の色もない。


 もし、そこにあえて意味を持たせるのなら、それは、彼女の築いた精神(こころ)という名の牙城が崩れ落ちる音であろうか。


 陽炎「・・・ふひひひいひ・・・私が、私がやったんだ・・・」


 不知火「え・・・?」


 今までひたすらに嗤っていた陽炎が、突然、思い出したかの様に言の葉を発する。


 その言の葉は、満潮への応答の為では無い。

 でも、確かに誰かに向けたその言の葉は、数十メートル離れた朝潮達にもはっきりと聞こえた。


 ―――やった?いったい何を・・・?


 陽炎「私がやった・・・・黒潮も谷風も時津風も天津風や不知火だって・・・、皆みんなミンナ私がやった。私が沈めた・・・」


 己が脳裏にへばり付き、決し消えることのない今際の際と罪過の記憶。


 それは、過去(かんせんだったとき)の記憶と共に自身を苦しめ、また陽炎という名の咎人を形作る素材となり、己が牙城を焼く劫火となった。


 陽炎「そうよ、私が沈めたのよ・・・・。天照じゃない・・・、みんな、私が沈めた・・・私が・・・私がぁ・・・」


 放たれた劫火は陽炎の牙城をみるみる包み込み、飲み込み、犯していく。


 彼の劫火が追い求めるは、深層にしまい込み、幾重にも防備を固め否定し続けた自身の罪過。

 触れることを拒み、向き合う事さえ禁じた自身の穢れた真の記憶が、いま、彼女の分裂した精神(こころ)によって、白日の下に晒されようとしている。


 さあ、認めろ。

 晒せ。

 宣言しろ。

 懺悔しろ。 

 お前は、一体、妹達に、何をしたのだ?


 ―――そうだ、私が殺したんだ。



 陽炎「そうよ、私が殺したのよ。私が、私が殺したんだあぁぁぁァァ嗚呼あああhっはははhっははああh-―――-!!!!」



 全ての罪過を白日の下に晒し、陽炎の心の牙城はついに陥落した。


 喉を垂直に立て、不気味に顔を歪め天を仰ぐその姿は、最早、鎮守府の主力艦である陽炎型のネームシップではなかった。



 嘗て、彼の者は罪を犯した。


 それは、彼の者が慕う同胞の為。

 それは、彼の者が愛するヒト達の為。


 だが、その罪は彼の者が背負うには余りにも重すぎた。


 故に、彼の者はそれを隠し、偽り、逃げた。


 逃げて、ニゲテ、逃げ続け。慕っていた同胞すらも巻き込んだ逃避行の先に待っていたその末路は、あまりにも滑稽で陳腐なものだった。


 そう、彼の者は犯し向き合えぬまま心中にしまい込んだ己の罪過を、己自身によって暴かれ、晒され、その恥辱と背負った罪過に押し潰されたのだった。




 全てが終り、凪いだ赤い海原に、一人の少女の慟哭が響き渡る。


 は、ははは、あははははははhっははははhh―――――


 壊れた録音機の様に声量を無視し、そのものは笑う。


 ひたすら嗤う。


 壊れよと哂う。


 天罰あれ。報いあれ。呪いあれ。


 私は罪人。私は悪魔。私は、わたしは、ワタシハ―――


 私は、大馬鹿者だ。





第十九章



 不知火「以上が、あの時、あの場所で起こったことのすべてです」


 回想を終えた不知火の言葉を最後に、ほうらいの艦橋は異様な静寂に包まれた。


 戦闘記録記録との齟齬から始まり、朝潮達と天照との諍い。

 霰という解体予備艦の存在。

 大潮の戦死。

 朝潮と陽炎がレムレース艦隊に所属していたこと。

 陽炎の味方殺し。

 陽炎の精神崩壊。


 そして、それら全てが歪められて自分たちに伝えられていたという事実。


 吹雪「不知火ちゃん。その、陽炎さんは・・・?」


 おずおずと尋ねる吹雪に、不知火は、悲しげに俯き首を小さく横に振った。


 不知火「あの後、姉さんを何とか落ち着かせて帰投したのですが・・・。姉さんは、もう・・・」


 そう言って、不知火は唇を真一文字に引き結んだ。


 『不知火ィ・・・。頭が、頭がずっと痛いの・・・。私、私ィ・・・あ、あああ~~~っ』 


 『姉さん。姉さん落ち着いて!』


 『あああ、あぁあああ、あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁあ”ああぁアあアあアアア――――!!!!!』


 耳にこびりついて離れぬ、姉の悲痛な慟哭と叫び声。

 そう、あの日を境に陽炎は壊れてしまった。



 味方殺しの咎で独房にれられた陽炎は、そこで己が罪を償うことになった。


 だが、あくまで彼女に科せられた罪は、誤射による大潮の撃沈―公式記録ではそうなっている―によるものだけであり、刑自体も禁固刑だけで済んだ。


 だが、すでに彼女の心は度重なる仲間殺しで摩耗しきっていた。


 今までは解体予備艦という言い訳が存在していたが、今回のは完全な私怨によるもの、言い訳のしようがない。


 故に、その事実が何重にも創り上げた彼女の心の壁を崩壊させ、忘却に追いやった罪過を思い出させてしまった。


 陽炎「あ・・・う。し、不知火ィ・・・?」


 不知火(姉さん、あんなにやつれて)


 目の前にいる陽炎はまるで幽鬼の如く憔悴し、嘗ての活発な印象は微塵もなくなっていた。

 一日に一時間だけ許された独房内での面会。こうして会う度に不知火は己が姉がやつれ、変わり果てていくことに辛苦を感じていた。


 陽炎「不知火ィ・・・。頭が、頭がずっと痛いの・・・。わたし、私ィ・・・あ、あああ~~~っ」 


 突然陽炎が何かに怯える様な顔で周囲を見渡し始める。


 不知火「姉さん?どうしたのですか・・・?」


 陽炎「いやっ、やめて。聞きたくない!」


 自分以外の誰もいないはずの独房で、突然陽炎が叫び声を上げる。

 本人の話によれば、時折独房に姿なき声がするのだという。


 『――――‐-―-』


 陽炎「やめて。お願いやめてぇ!!」


 その声はひたすらに彼女を責めるのだという。

 糾弾し、罵り、伐倒するのだという。


 ―――お前のせいだ。お前が殺した。


 陽炎「やめて。聞きたくない!。やめてぇ!!」


 乱暴に頭を振り乱し、陽炎はその声から必死で逃れようとする。


 不知火「姉さん、落ち着いて。落ち着いてください!」


 不知火は、発狂する姉を落ち着かせようと駆け寄り必死で呼びかけるが、今の陽炎にはもはや不知火の声は聞こえていない様だった。

 その間にも、夢幻の声は容赦なく陽炎を責め立てる。


 お前は艦(ひと)殺し。

 お前は罪人。

 お前は悪魔。

 お前は畜生。

 お前は。おまえは。オマエハァ―――。


 陽炎「違う!!私は、私はぁあ”あ”ああ”あ!!!」


 声量を無視し陽炎は絶叫する。

 発狂した陽炎は、幾度にも渡って頭部を掻き毟しる。

 その度に、えんじ色の髪は毛羽立ち、傷み、抜け落ちていく。 


 まるで、今の彼女の心を体現するかのように。

 何度も。

 何度も。

 何度も―――。


 陽炎「あああ、あぁあああ、あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁあ”ああぁアあアあアアア――――!!!!!」


 不知火「姉さん!?」


 このままではまずい。

 そう思った不知火は、持参してきた救急箱から鎮静剤の入った無針型注射器を取りだし、陽炎を押し倒す。


 陽炎「――っ!!っあ、う、え?」


 不知火「姉さん。ごめんなさい」


 突然押し倒され、呆けたようにこちらを見つめる陽炎をよそに、不知火は手にした鎮痛剤を彼女の首筋に打ち込む。


 陽炎「あ、う・・・。しら・・・ぬい・・・?」


 即効性の強い鎮静剤は、陽炎を糾弾する夢幻の声を瞬時に消し去り、彼女を安息の世界へと連れていく。


 不知火「はい。不知火はここにいます」


 言って不知火は陽炎を抱きしめ、優しく語り掛ける。


 陽炎「しら、ぬい・・・、しら、ぬ、い・・・」


 鎮静剤の力によって夢幻の責め苦から解放された陽炎は、ぼんやりと妹の名前を呼び続ける。


 不知火「はい、姉さん・・・」


 まるで赤子を慈しむかのように、不知火はゆっくりと陽炎の頭を撫でる。

 幾度も掻き毟り、頭皮から滲み出た血でごわごわになったえんじ色の髪を不知火は優しくなで続ける。


 不知火(おやすみなさい。姉さん・・・)


 その温もりに包まれ、陽炎は安心した様で、とろんと瞼を降ろし眠り始めた。 


 あの日以来、壊れた陽炎に鎮静剤を打ち込むのが不知火の日課となっていた。


 面会時間というのもただの建前にすぎず、陽炎は不知火の手によって一日のほとんどを微睡(まどろみ)の中で過ごすことになる。

 だが、今の陽炎にとってはその方が幸せなのかもしれない。


 そう、鎮静剤が切れればまたあの責め苦を味わうことになるのだから。


 不知火「姉さんは―陽炎は、もう帰ってくることは無いでしょう。心が壊れ、まともに会話すら出来ないばかりか、薬を使わなければ眠ることすら出来なくなりました」


 言って不知火は、目じりに涙をたたえ始める。


 不知火自身、今の投薬で陽炎の症状が好転しないことは十分に理解している。

 薬はあくまで補助の役割しか持たない為、最終的には陽炎自身が乗り越えるしかないのだ。


 ただ、今の戦況と鎮守府の台所事情がその時間を与えてくれるかどうかであるが。


 ―――そう天照は、こうなることが解っていたから、あの時・・・。



 『陽炎・・・。馬鹿な娘ね、これじゃ何のために私が泥を被ったのか分からないじゃない・・・』 


 海原に響き渡る陽炎の狂気の慟哭に、天照はそう言って何処かへと去っていった。


 後で秘書艦の大淀から姉のことについて話を聞いたのだが、陽炎は当時、レムレース艦隊のナンバー2として天照に次ぐ戦果を挙げていたとの事だった。


 通常、組織におけるナンバー2とは艦娘で言う所の秘書艦、もしくはケッコン艦に位置する名誉あることであり、艦娘たちの羨望の的であった。

 ただし、その名誉ある位もレムレース艦隊に当てはめれば唯の大量殺戮者(みうちごろし)にすぎず、この位も皮肉の効いた不名誉極まるものだった。


 それでも尚、陽炎はその不名誉を背負い任務を全うしたという。


 『ウチ、もうあかん・・・・。さいならぁ~・・・・』


 戦果ある者に残酷な仕打ちを科すことを是とする無間地獄(せかい)の中で、陽炎は、よくその使命を全うし、敬愛する者(しれい)に貢献して来た。


 『今度は海に沈むのね・・・冷たくて・・・暗いわ・・・』


 本来施されるはずの戦果勇ましい栄華に彩られた極楽浄土ではなく、姉妹の血肉で穢れた無間地獄の中で、陽炎は、何度、その身を罪過で引き裂かれ、心を良心によりすり潰され、怨嗟にその鼓膜を侵されて来たのだろう。


 『この、谷風が・・・回避できない、とはね・・・。仕方ない、沈んで、やる、かぁ・・・』


 愛する者達をその手で引き裂き、向けられた笑顔を自らの手で絶望へと変え、同胞から怨嗟と侮蔑で蹂躙され続けた彼女に待つ末路は、最早語るまでもない。


 だからこそ、天照はあの時、自らが彼の咎を肩代わりすることで、その劫火に焼かれ続けた彼女を煉獄へと導こうとしたのだろうと大淀は悲壮感を込めてそう語った。


 『陽炎・・・。貴方は誰も沈めてない。妹たちを沈めたのは、この私。天照よ・・・!』


 不知火の殺処分を陽炎の代わりに引き受け、天照は彼女にそう吹き込んだ。


 これは、当時レムレース艦隊の使命により日常生活にまで影響を及ぼしていた陽炎の精神を崩壊から守るために行った一種の責任転換だったのだが、何れにせよ、この責任転換により陽炎は【普段通りの陽炎】に戻ることが出来た。


 それも、今回の一件で元の木阿弥になってしまったが。



 不知火「姉さんは、近々解体予備艦になるでしょう。そのときは、不知火自らこの手で・・・」


 ヴェル「不知火。君は、もしかして・・・」


 ヴェールヌイの言葉に、不知火はぎりりと拳を握りしめる。

 元に戻らないのなら、せめて解体予備艦になるまでは安らかに過ごしてほしい。

 そして、その時が来たら姉の業と血肉を自ら背負って生きよう。


 その先にあるのが、例え無限地獄への道だとしても。


 三日月「・・・?。吹雪ちゃん、どうしたの」


 ふと視線をずらした時、吹雪が何やら考え込んでいるのがのが目につき、三日月は問うた。


 吹雪「うん。ちょっと気になるところがあって」


 吹雪は、三日月たちと違ってごく最近着任したため、現在の大本営の方針は知らないことが多い。

 だが、その知らないこと―すなわち、大本営の艦娘にとって【当たり前】と化していたことを【疑問】として認識することができた。


 吹雪「どうして司令官は、私たちを解体予備艦にするのかなって」


 「えっ?」とその場にいた全員が吹雪に集中する。

 その光景に、吹雪はわたわたと取り繕うように言った。


 吹雪「あ、えっと。だって、ほら仮に解体予備艦って言うものがなければ、陽炎さんは心が壊れることもなかったんじゃないのかなって」


 吹雪の言葉に、彼女たちは確かにそうだと納得した。


 解体予備艦とレムレース艦隊は、いわば二つで一つの存在だった。


 仲間殺しの咎を背負い、数多の艦娘から憎悪と罵詈雑言を受ける血塗られた艦隊。

 艦娘の血肉を喰らうレムレース艦隊が、鎮守府内での存在が黙認されていたのは、偏(ひとえ)に解体予備艦の存在があればこそであった。

 例え、彼女達が戦友や姉妹艦を沈没させたとしても、解体予備艦は存在しない艦娘。

 『存在しないもの』を殺したところで、どうやってその艦を裁くことが出来よう。


 畢竟、解体予備艦を沈めたところでその艦娘はすでにこの世に『存在していない』のだから、沈めた艦娘は罪に問われることは無い。


 そして、その屁理屈にも等しい理屈は、時にレムレース艦隊に所属する艦娘たちの精神的な支えにもなっていた。

 そう、不知火の姉である陽炎はその理屈が崩壊したことによって壊れてしまった。


 ただ、ここで一つの疑問が浮上する。


 そう、吹雪の言った通りそもそも解体予備艦という制度が無ければ大潮は沈まず陽炎も壊れずに済んだのではないか。

 そして、レムレース艦隊も解体予備艦がなければ存在する必要もない。


 だが、大本営では残留呪染が規定値を超えた艦娘は解体予備艦となることが決まっている。


 何故だろう。


 吹雪の何気ない疑問は、不知火たちに大きな疑問符を投げかけることになったが、その答えにたどり着くのはもうしばらく先の話となった。


 大本営から緊急電文があったからだ。


 『発、艦隊司令部。作戦行動中の全艦艇は、現作戦を中断し、横須賀鎮守府近海に急行。同海域の味方艦隊を救援せよ』


 ――なにこれ、どういうこと?


 電文の内容から、ただ事ではないことを察した吹雪は、真意を確かめようと大本営に通信を試みる。


 吹雪「大淀さん。一体何が起きたのですか」


 この緊急電文に遅れること数十秒。秘書艦である大淀の声で伝えられたその電文の内容は、吹雪たちの想像をはるかに超えるものだった。


 大淀『現在、横須賀鎮守府は敵艦隊による襲撃を受けています。吹雪さんたちは、最寄りの泊地に輸送艦を投錨させた後、一刻も早く帰投し、味方艦隊の援護をしてください』


 ヴェル「なん、だって・・・」


 通信を聞いたヴェールヌイの顔から、みるみる血の気が引いていく。

 あそこには、暁がいる。

 雷がいる。

 電がいる。

 数多の、仲間がいる。


 それだけではない。

 海軍の総本山である大本営が堕ちるということは、人類の敗北を意味する。


 故に、横須賀鎮守府および近海の警戒網はイワシ一匹入り込めないほどに厳重だ。

 その警戒網を突破し鎮守府を攻撃するなど、並大抵のことではない。


 白雪「大淀秘書艦。敵の数と艦種はわかりますか?」


 絶句するヴェールヌイをしり目に、白雪は状況の確認を行う。


 大本営を襲撃するなら、敵は相当規模の艦隊のはず。

 場合によっては、投錨する泊地に応援を頼まなければならない。


 大淀『はい。敵艦隊の数は、その・・・』


 白雪の質問に、何故か大淀は言いにくそうに口ごもる。


 よほど大規模の艦隊がいるのだろうか。

 そう思った時のも一刻、大淀から信じられない言葉が飛び出した。


 大淀『敵は天照一隻のみです』


 「「なっ!?」」


 なんの冗談だ、とその場にいた全員が思ったが次に届いた言葉に全員が絶句することになった。


 大淀『今、大本営を襲撃しているのは天照です。彼女は、大神の慈悲を手に入れるため、我々に反旗を翻しました』



 大淀が艦娘全員に放った火急の言の葉《天照、謀反》。

 それは、此岸に生きる艦娘全てを救う救済の狼煙であり。彼女を悠久の咎人とするもう一つの狼煙でもあった。 




 悠久の戦役第二幕に続く。



 


後書き

誤字脱字は常時修正していきます。
批評コメントなどがありましたらお願します。


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2件評価されています


金属製の餅さんから
2017-02-12 21:49:36

SS好きの名無しさんから
2016-12-19 20:50:41

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金属製の餅さんから
2017-02-12 21:49:37

このSSへのコメント

3件コメントされています

1: 真.名無しの艦これ好き 2017-02-12 22:01:26 ID: OQyIxivI

金属製の餅様、評価と応援ありがとうございます。

2: 真.名無しの艦これ好き 2017-03-12 21:46:37 ID: kLqUolrd

祝500pv達成!
今後とも、日々精進して行きたいと、思います。

3: 真.名無しの艦これ好き 2017-03-20 11:15:46 ID: ZviR5DSh

第十九章の加筆修正を終了しました。


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1: 性欲の奴隷 2016-11-12 17:35:43 ID: mr35ndho

なにこれ、ふざけてるの?


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