2018-08-09 17:44:01 更新

概要

陸軍から異動してきた提督が戦ったり恋愛したりほのぼのしたりするお話。


前書き

提督「大佐、こちら提督。これよりミッションを開始する。」

大佐「遊んでないで早く行け。」

提督「(*´・ω・)ウィッス」




「はあ……」


セミも文句を言いそうなほどの暑さの中、俺はとぼとぼ歩いていた。


目的地であるこの半島の鎮守府はまだまだ先のようで、考えるだけでさらに暑くなってくる。


訓練での暑さならば大したことはないが、今回ばかりは事情が違う。


もともと俺は陸軍の兵士なのだ。


だが、諸事情により本日付でこの半島の鎮守府に提督として着任することになった。


なんでそんなキテレツなことになっているのか、説明するのならば少し時間を遡る。



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ある日の訓練終わり。


「よう、提督」


「大佐、お疲れさまです」


同じ基地に所属している大佐が俺に声をかけてきた。


この人は基地の中でもかなりの古株で、昔から世話になっている。仲間や上層からの信頼も厚い、優秀な士官だ。


そんな彼からの頼みとすれば、心当たりはひとつ。


「お前に特別任務だ」


「またコンビニにお使いですか? 教官にばれて俺らがどうなったか知ってますよね?」


ダッシュ30キロに腕立て腹筋スクワット1000回。本当に死ぬかと思った。


「いや、そうじゃない。お前な、海軍に異動することになった」


「……は?」


このハゲは何をいってやがるんだ?


同人誌で滑ってコケて頭でも打ったんじゃないのか?


「なんですかそれ、意味不明なんですが」


「そのままの意味だ。今期の任務を持ってお前は海軍に異動になる」


「俺を売ったんですか?」


「な訳あるか。それに異動とはいってもただ向こうの兵士になるって訳じゃない」


じゃあ何になるってんだ。士官なんかは絶対にごめんだが。


「艦娘、鎮守府、深海棲艦。ここら辺の話は聞いたことあるだろ?」


「……」


艦娘。聞いたことはある。女の子の姿をしていて、一人一人が軍艦一隻レベルの戦闘力を持ち、人類を脅かす敵と戦っているとかなんとか。


「まさか……」


「そのまさかだ。お前には新しく提督として着任してもらう」


「あ、そっちか」


「なんだと思ったんだ?」


「いや、てっきり俺も一緒に戦わされるのかと」


正直そっちの方が気楽ではある。艦娘とかいうのがどんなのかは知らないが、自分の能力でどうにかなるのならやりようはある。


「まあそんなところだ。せいぜい頑張れ」


いやいやいや、このまま引き下がれるわけがない。


あらゆる手を使って大佐を揺さぶらねば。


「へえ~、いいんですか? 大佐、俺を飛ばしたらもう二度とコレクションを拝むことはできないんですよ?」


ちなみにここで言うコレクションとは大人気サークルの書いている同人誌のことである。入手方法は企業秘密。


付け加えるとこの大佐は重度のロリコン野郎である。


「な、貴様、それは卑怯だぞ!」


「いや俺がいないところで勝手に決めといて何言ってるんですか!」


「まあ聞け。早まるな。軍義中にお前を推薦したのは准将だ。オレジャナイ」


「あの野郎……」


准将はこの基地の基地指令も同時にこなしていて、当然ながら買収済みである。そのため、俺たちは基地のなかでもある程度自由が利く。


追記、准将はおねショタ専門家である。


「どうにかならないんですかそれ……」


「無理だな」


「なんてこった……」


ここ以外の場所で、このメンバー以外の連中と一緒に戦うことなんて考えても見なかった。とてつもなく憂鬱になる。


「ま、准将がお前を推薦したのにも理由はある。それをよく考えてやるべきことをやれ」


「……」


「それとこれ、今後の予定だ」


大佐から受け取った紙には、いくつかの今後の行事が書かれていた。


「なんですかこれ、研修?」


「ああ。いきなり着任って訳にはいかないらしい。まずは二、三ヵ月の研修を経てから着任しろとのことだ」


「めんどくせ」


何が研修だ。戦いもしない上のやつらが作ったマニュアルなんて役立たずに決まっているではないか。


「俺が言うのもなんだが、まあつまらないだろうな。既知の知識ばかりだろうし、周りは士官学校卒のお坊っちゃんばかりだ」


「うわあ素敵」


「ま、寝てりゃ終わるだろ。今日の夜にでも飲むぞ。俺からの餞別だ」



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その日は、大佐としばらく酒を飲んで話をしてから就寝した。


次の日。


「やれやれ、いよいよか……」


「ま、気楽にやってこい。そんなに気負うようなことでもないだろう」


「うっす」



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一ヶ月半後。


「ただいま戻りました」


「おう、早かったな」


予定よりも遥かに早い帰還。それを出迎える大佐の顔はいつも通りだった。


「話は聞いた。災難だったな」


「……怒らないんですか?」


「俺がか? 確かに喧しいやつらはいたが、俺は怒ってなんかいないぞ。むしろおまえのやったことは誇らしく思っている」


「……ありがとうございます」


何があったか説明しようか。


最初の一ヶ月ほどの期間は、研修学校で座学を中心とした研修を行っていた。


それは予定通りに終わったのだが、次の研修が実際に鎮守府で提督の業務を手伝うという内容だったのである。


そして幸か不幸か、俺の研修先の鎮守府の提督は絵に書いたようなクソ野郎だったのである。艦娘をまるでモノのように扱い、進撃時の犠牲も厭わない、挙げ句の果てに軍法会議モノの不正も数多く働いているようだったのだ。


その事実を知った俺はその日のうちに決断し、不正の証拠を集めた後にそれを上層部に叩きつけ、その提督と取り巻きの連中をぶん殴った。


結局、予定では3ヶ月ほどだった研修は1ヶ月半で終了し、今に至る。


思い返せば、我ながらやりすぎたかもしれない。もっと他の方法もあったのかもしれない。


だが、あの鎮守府の状況を目の当たりにして見過ごすことなど俺にはできなかった。


自分を殺してまで研修を続ける利益なんてない。そう思った。


少なくとも、海軍の内部がこれほどまでに腐っているうちは。


「で、これが大本営からの通達だ」


大佐から渡された通達書には、こう書いてあった。


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通達


第二支部東基地所属〇〇中尉


貴殿ノ着任ス鎮守府決定ノ旨ヲ伝エル


明日、モシクハ明後日マデニ着任スベシ


尚、研修中ノ貴殿ノ行動二関シテハ称賛ノ意ヲ表スルモノトスル


鎮守府ニハ既二一定量ノ資材及ビ秘書艦ヲ待機サセテイル。早急二向カワレタシ


大本営


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相変わらず機械的な文面に苛立ちを覚えつつ、俺は小さくため息をついた。


「見ての通り、特にペナルティもなしだ。よかったな」


「そうですね」


「必要な物の手配は済ませてある。お前は早く自分の持ち場へ行け」


「……はい」


「迎えの車もそのうち来る。それじゃあな」


「……」


大佐はいつもと変わらない様子で、用件だけ告げるとさっさと歩きだした。


そんなもんか、と半分飽きれ、半分苦笑いしながら俺も歩きだす。すると、少ししてからまた大佐の声が聞こえた。


「おい、提督」


「……?」


「頑張れよ」


大佐のくれたその一言が、俺にはものすごく大きくて、大切なものに感じた。


「……長きにわたりご指導ご鞭撻、本当にありがとうございました。行ってきます!」


「おう」



そうして、俺は大佐の用意してくれたタクシーに乗り込んだ。なんでタクシーなのかは知らんが。


さて、このままいけば俺は今ごろ目的地の鎮守府に着いていたはずだ。


そう、着いていたはずだったのだ。


あれさえなければ。


基地を出発してから二時間ほど経った頃だろうか、突如として俺の乗ったタクシーの前方に暴走族たちが現れた。


まあまあ時代遅れなそいつらはなぜかタクシーの前で煽り運転。運転手は激怒し、おいかけっこ開始。


挙げ句にガソリンは底をつき立ち往生。


さすがに申し訳ないと運転手は言ってきたが、俺は一刻も早くこの運転手から離れたかった。


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そうして、今に至るというわけだ。


まったく、運がないというかなんというか……。


「ん、あれか……?」


項垂れながら歩く俺の視界に、ようやくそれらしき建物が目に入った。


「や、やっと見えてきた……」


俺は悲鳴をあげる足に鞭打ってさらに歩いた。



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「鍵は……開いてるか」


静まり返った鎮守府の扉を開き、中に入る。


そういえば既に秘書艦を待機させてるとか言ってたな。未知の敵と戦う女軍人など、どんなゴリラ女なのか……。


この世に教官より恐ろしい女などいないと思っていたが、間違いかもしれない……。


「それにしても広いな、ここ……」


見た目通りのかなり立派な建物だ。基地ほどではないにしても、かなりの広さでなかなか目的の部屋が見つからない。


何やら執務室なる場所へ行けと通達にはあったが、そもそも執務ってなんだ?


「お、あそこか?」


しばらく歩いていると、ようやく執務室と書かれたプレートのある部屋を見つけた。


通達通りなら、既に秘書艦が待機しているはず。


「すー、はー……」


軽く深呼吸。


果たして、一体どんなゴリラ女が待ち構えているのだろうか。


「第二支部東基地の○○二等陸尉、ただいま到着した。入ってもいいだろうか?」


ドアをノックしながら言う。


「は、はい! どうぞ!」


返事をした声はとても綺麗だった。軍人にしては珍しい。


そして何やら慌てているような様子だが、どうしたのだろうか。



「失礼す、る……?」


とりあえず入ろう、と思いドアを開けた俺は、目の前の光景に愕然とした。


「は、はじめまして! 白露型駆逐艦六番艦の五月雨っていいます! よろしくお願いします!」


俺はてっきり幻覚でも見てるんじゃないかと、何度か目を擦った。



拝啓、教官殿。


どうか安心して欲しい。やはりあなたより恐ろしい女性などこの世には存在しません。



そこに立っていたのは、五月雨と名乗る青髪の綺麗な少女だった。


大佐が喜びそうな子だな……。


じゃなくて。


「あ、あの……提督?」


「あ、ああ、済まない。ええと、君が通達にあった秘書艦、でいいのか?」


「はい! 一生懸命頑張ります!」


「お、おう。じゃあ、これからよろしく頼む」


「はい!」


艦娘って可愛いのか……。


これはもしかしたら、とんでもなく役得な仕事に就いたのかもな……。


……ん?


疲れているのだろうか、何やら五月雨の肩に小人のようなものが乗っている。


今度こそ幻覚なのだろうか。


「な、なあ、五月雨くん?」


「はい、何でしょうか? あの、提督、五月雨でいいですよ?」


五月雨は笑顔でそう言った。


な、なんだこの可愛い生物は! 持って帰りたい!


いや、これからはここが帰る場所なのか。


じゃなくて!


「ああ、変な事言うが、五月雨の肩に乗ってるのは……?」


「……え?」


五月雨は驚いたような顔をした。


やはり幻覚のようだ、やばい……。


「すまん、忘れてくれ。ちょっと疲れてるみたいだ」


「あ、待ってください! この、カチューシャをつけた制服の女の子の事ですか!?」


「ああ、そうだ。やっぱり五月雨にも見えてるのか?」


「はい! むしろ、なんで提督に見えるのでしょうか? 普通の人たちにはこの子達は見えないはずなのですが……」


「な、何で俺に……? というか、その子は一体……?」


五月雨の肩にちょこんと座る子人は、不思議そうに俺の顔をマジマジと見つめている。


「この子は私の出撃のお手伝いをしてくれる妖精さんの1人で、機銃の取り扱いを手伝ってくれる子です」


「よ、妖精……?」


リアリズムの塊である軍隊の中での、突然のファンタジー。


俺でなくても混乱するだろう。


「妖精さんっていうのは、私たち艦娘の戦闘や修理を手伝ってくれる特別な小人さんたちのことです。本来は私たち艦娘にしか見えないはずなのですが……」


「なんで俺に見えるんだろうな……」


「うーん、全然分かりません……」


五月雨も難しい顔をした。話してくれたとおり、俺が妖精さんを見ることが出来るのは極めて特異的なことらしい。


それにも何かしらの意味があるはずなのだが……。


「まあ、何はともあれこの子も戦友なんだよな。よろしく頼むよ」


五月雨の肩に乗る妖精さんにそう語りかけると、妖精さんは自信に満ちた顔でビシッと敬礼をした。


「はは、いい敬礼だ」


軽く笑いながら人差し指で妖精さんの頭を撫でる。妖精さんは満足気だ。


視覚できるのと同じく、触れることもできた。


すると、五月雨が異論の声を上げた。


「あ、ずるい、私も!」


「え?」


「私も撫でてください!」


「お、おう……」


謎の勢いに押し切られ、五月雨の頭もぐりぐりと撫でる。


艶々とした青髪はとても触り心地が良く、何やらいい匂いまでしやがる。


女性慣れしていない俺のOSは既にオーバーヒート寸前だ。


「なんだこの状況……」


軍人らしからぬ、ゆったりとした雰囲気に苦笑いしつつも、何とかなりそうだと俺は思った。



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「ぐおお、重い……!」


「よいしょ、よいしょ」


「悪いな、力仕事なのに手伝わせて」


「いえ、これも秘書艦の務めです!」


俺と五月雨は今、大本営から送られてきた鎮守府運営のための書類やら何やらの整理に追われていた。


鎮守府稼働初期と考えれば仕方の無いことだが、如何せん量が多い。


クソ、基地にいた時はこういう雑務は賭けに負けた奴(9割が大佐)がやってたからな……。


すぐに使いそうな書類はデスクへ、そうでないものはファイリングして棚へ。備品は押入れや倉庫へ。


暫くの間二人がかりで作業したのち、ようやく一段落することが出来た。


「ふう、こんなもんか」


「お疲れ様です!」


「ああ、五月雨もありがとな」


椅子に腰掛けながら軽く礼を言う。


可憐な見た目もさることながら、五月雨は本当にいい子だ。


秘書艦だから、と本人は言うが、文句のひとつも言わずに小さな体でせっせと作業を手伝ってくれた。これは絶対に大佐には言えない。


すると、五月雨が再び声をかけてきた。


「あ、提督、もうひとつ開けてないダンボールがありますよ? 送り主は……提督のいた基地?」


「え?」


基地からのダンボール?


「これも開けt」


「ストオオオオオップ!」


「きゃあ! ど、どうしたんですか!?」


五月雨の手元から強引にダンボールを奪い取った。


ダメ、ゼッタイ。あいつら碌でもないもの入れたに決まってる。


薄い本とかだったら初日に俺の提督生命が終わる。


「い、いや、これは俺が開けるから! な!?」


「は、はい……」


恐る恐る、ダンボールを開けてみた。


すると。


「あ……すまん五月雨、大丈夫だ。見ていいぞ」


「わあ、これって……」


ダンボールの中には、基地の仲間たちが入れたであろう彼らと俺の写った写真や、思い出の詰まった物が沢山入っていた。


「ああ、俺がいたとこの連中だ」


「みんな楽しそう……! すごくいい人達に見えます!」


「ああ。バカなことばっかやる連中だが、一般的なイメージみたいに悪い奴らはいないさ」


アホ面で笑う仲間たちを見ると、少しだけ寂しく感じる。


もう会えない訳でもないが、なんだかんだで大佐に拾われてからアイツらとはずっと一緒にいたのだ。


「またみんなで飲みてぇなぁ……」


ポツリと呟くと、五月雨が不安そうな顔でこう言ってきた。


「あの、提督……」


「どうした?」


「提督は、ここでお仕事をするのは嫌ですか……?」


五月雨の顔は、先程までの明るい顔とは打って変わって、寂しそうになっていた。


我ながらデリカシーに欠けた発言だったかもしれない。


「まあ正直、いきなり異動って言われた時はふざけんなと思ったけどな。でも俺は、これからたくさんの仲間と出会って、たくさん笑って……」


大佐は、ここに来る前にそうなった意味をよく考えろと言っていた。


そんなもの俺に分かるわけがない。


使えない頭を使おうとしてもしょうがない。だったら、俺は俺に出来ることをする。


基地のみんなが俺にしてくれたみたいに。


「誰にでも胸張って最高だって言える鎮守府にしたいと思ってる。もちろん、五月雨も一緒に」


俺は、基地の仲間たちは誰にでも誇れる最高の友だと思ってる。


だから、ここもそんな場所にしたい。


「……提督!」


「ん?」


「私、頑張ります! 提督がこの場所を皆さんに自慢出来るように! この鎮守府を、最高の場所に出来るように!」


五月雨は、もう暗い顔はしていなかった。


「……ああ、よろしく頼む」




さて、ここで終われば( ;∀;)イイハナシダナ-で終わるんだろうが、そうは問屋が卸さなかった。


あのハゲがこのままで終わるはずが無いということを、愚かにも俺は忘れていた。


「よし、じゃあそのダンボールも空にして畳んでくれ」


「分かりました! え、これ……」


「ん、どうかしたか?」


「て、て、て……」


「て?」


「提督のえっち!!!」


「ブヘァッ!!!」


右頬にとてつもない衝撃を受け、徐々に薄くなっていく視界に写ったのは、大佐が直々に選りすぐったコレクション(18禁)だった。


そ、そりゃこうなるわ……。あのハゲ、いつか性癖暴露してやる……。



決意虚しく、俺は冷たい執務室の床に受け止められながら意識を失った。



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「む……」


目を覚ました俺の視界には、見覚えの無い天井が映った。


「あ、提督。気分はどうですか?」


声のする方を向くと、そこにはうたた寝をする五月雨と、その五月雨に膝枕をしている少女がいた。


確か俺は、五月雨にビンタ食らって……。


あのハゲ、次にあったらタダじゃ済まさんぞ……。


じゃなくて。


「えーと、君は?」


「ああ、自己紹介がまだでしたね。兵装実験軽巡、夕張です。よろしくね」


「兵装実験……プロパガンダみたいなやつか?」


「あー、そうかも。でも実験データは機密扱いだから、ちょっと違うかな?」


ちなみに、プロパガンダってのは宣伝とか広告とか、見た目的な意味合いになる。


「なるほど……で、なんでここに?」


「あれ、着任の書類見てませんか?」


「書類……纏めたぞ、ちゃんと」


中はまだ見てない。だって量多すぎるんだもん。


「あはは、災難でしたね。五月雨ちゃんから事情は聞きましたよ」


「はは、面目ない……あ、それと夕張、でいいか?」


「はい、何でしょう?」


「敬語なんて使わなくていいぞ。俺的にはあんまり上下関係とかも作りたくないし、リラックスしていこうぜ」


「提督……分かりました、じゃあ、これからよろしくね」


ニコッと笑ったその顔は、とても綺麗だった。まだ二人目だが、やっぱり艦娘って可愛い。


「ところでさ、提督ってこういうの好みなの?」


夕張は若干悪そうな笑みを浮かべて、懐からコレクションを取り出した。


それと同時に俺の体から汗が噴き出す。


「い、いや、違うんだ。五月雨には説明する間もなくぶっ叩かれたけど、それは俺のじゃなくて基地の仲間のおふざけなんだ」


本当は俺のだけど!


「へぇ〜。でもさ、提督」


コレクションを近くの机に置き、五月雨の頭をそっと椅子に下ろすと、夕張は俺のいるベッドに身を乗り出してきた。


「私、提督がしたいって言うんならこういうコト、してもいいんだよ?」


なすがままに上を取られ、そのままベッドに押し倒される。


如何せん女性との関わりなど皆無だったため、俺のOSは全く役に立たない。


教官は別。アレは人間じゃない。こんなこと言ったら殺されるが。


「い、いや、夕張……?」


「いいから、じっとしてて……」


夕張は目を閉じ、どんどん顔を近づけてくる。


綺麗な髪や整った顔立ちがますますハッキリと視認できる。丹念に手入れされたであろう髪からいい匂いまでする。


押し倒されているためか、体中が柔らかな感触に包まれていて、俺の理性を飛ばそうと躍起になっている。


だが、ここで勢いに任せる訳にはいかない。


「なあ、夕張、ちょっと待ってくれ。な、何でこんなことするんだ?」


なるべく優しく肩を掴み、少し体を離す。


クソ、肩まで触り心地良いとかヤバすぎるだろ!


「理由……か。確かに、提督は分かんないかもね」


夕張は改めて座り直し、話してくれた。


「私ね、ここに来る前は、提督が研修しに来てたあの鎮守府にいたの。本当に毎日が辛かった」


あの鎮守府。俺が研修に行き、そこにいた提督をぶん殴ってクビにしたあの鎮守府。


「でもある日、提督が研修しに来た日に、駆逐艦の子が泣きながら、でも凄く嬉しそうに皆に提督の話をしてたの。自分の話を真剣に聞いてくれた。泣いてた自分を抱き締めてくれた。心から怒ってくれたって」


泣いていた駆逐艦。名前は、電。廊下で泣いてるのを見つけて、色々と事情を聞いた。


「あの時は私は提督と口を交わすことは無かったけど、提督ならきっと私達を救ってくれるって皆が思ってたの。それが今、期待通りになってる。もうあの元提督はいないし、皆それぞれ自由になった」


確かに、思い返せばあの時は艦娘とはあまり言葉を交わさなかったな。と言うよりは俺が避けてたんだが。


「私は……私は、提督に感謝したくてもしきれない。だから、ここに来たの。貴方の力になりたくて。提督になら、何をされても平気」


夕張はまた俺に近付き、俺の首元に腕を絡めてきた。目元にはうっすらと涙が浮かび、顔は少し赤くなっている。


だが。


確かに、彼女たちからすれば俺は感謝の対象になるかもしれない。


だが、だからって俺はこのまま夕張の言う通りにするわけにはいかなかった。


「ダメだ」


俺はさっきよりも少し強めに、夕張を引き離した。


「え……?」


絶対にダメだ。


夕張がそういう事をしてもいい、されてもいいと思うのは、俺だから、じゃない。


俺が恩人だからだ。


あの出来事が、結果として彼女たちを救う結果になったとしても、それは俺じゃなくても出来ることだ。


仮にあの騒動を起こして、艦娘たちを救ったのが俺じゃなかったとしても、夕張はきっと恩を感じてこのような行動をするのだろう。


それじゃダメなんだ。


いや、キッカケに関しては誤解だが。


「夕張、聞いてくれ。お前がそういう風に思うのは、きっと俺が恩人だからだ。けど、あれは俺じゃなくてもできる。だからこういう返し方はして欲しくない」


夕張は真面目な顔で聞いていた。


これだけは伝えなければならない。


「もっと自分を大切にするんだ。夕張だって女の子なんだから」


俺は夕張の気持ちを受け取れるほど立派な人間じゃない。


「えーと、長くなっちまったけど何が言いたいかっていうと、そんなに気を遣わなくていいんだ」


また涙目になる夕張の頭を軽く撫でる。サラサラとした髪はやっぱり触り心地が良い。


すると、夕張は啜り泣きながら俺の体に抱きついてきた。


「夕張、大丈夫か?」


「うるさい、バカ……」


(分かってるよそんなこと……そう言ってくれる提督だから、私は……)


「……ありがとな」


腕の中で震える夕張を軽く抱きしめる。やっぱり女の子なんだな、と思った。


この子たちが深海棲艦どもに対抗するための兵器だとしても、俺はそんなことは思わないし、この子たちだって人間と一緒だ。


だから、俺が守らなきゃいけない。


もう二度と、あの鎮守府みたいな場所を作らないためにも。


「う、ん……」


すると、俺と夕張の横で五月雨が目を覚ました。


「お、五月雨起きたか」


「……」


五月雨は半分ほど体を起こした状態で静止し、驚いたような顔をしている。


俺も夕張もそれを見て静止。そして自分たちの状況を確認。


「「あっ」」


五月雨が再びパタリと倒れた。


「五月雨ぇぇぇぇええ!」


「五月雨ちゃん! 誤解だよぉぉおお!」



そこから誤解を解くのに数時間以上かかったのはまた別のお話。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



次の日。


「くあぁ……ふう」


起床時刻はマルナナマルマル。いつも通りの時間だ。


さて、トレーニングしに行くか。


つっても、トレーニングルームなんかないよなここ……。



ーーー ーーー ーーー ーーー



「はっ、はっ……」


俺は海岸沿いを走っていた。


散歩する市民と挨拶を交わしつつ、少し足を止めた。


「ふう、これからはこの海を守るんだな……」


海からの風が火照った体を通り過ぎてゆく。


これから、鎮守府で提督としてやっていくことに関して、自信はあまりなかった。


戦線で小隊を率いたりする経験はあるが、仲間たち全員に常に気を配ったり、上とコミュニケーションを取ったりするのは大佐たちの役割だった。


だが、今は違う。


五月雨や夕張は、俺が守らなければならない。


この海軍の現状から。


「やるしかない、よな……」


改めて覚悟をしていると、空気を読まずに腹の虫が鳴いた。


時刻はマルナナサンマル、帰路の時間も考えれば、そろそろ引き返すのが妥当だろう。


そう思ったその時だった。


「ん……?」


ふと目をやった海面に、何かが浮かんでいる。


人、か……?


いや、そんなわけ……。


いや人だ!


「クソッ!」


上着を脱ぎ捨て、俺は一目散に海に飛び込んだ。


意識があるようには見えなかった。


漂流者か何なのか分からないが、溺れているのだとしたら一刻を争う。


頼む、間に合ってくれ、と必死に泳いだ。



ーーー ーーー ーーー ーーー



マルハチマルマル、鎮守府にて。


俺は海に浮かんでいた女性を背負い、息も整わないまま五月雨たちに助けを求めた。


「ゲホッ、五月雨、夕張! 頼む、来てくれ!」


「は、はい! どうしたんですか!?」


「提督、どこ行って……どうしたの!?」


二人とも、ビショ濡れになった俺と女性を見て困惑した。


だが、今は一刻を争う。


「この人を、医務室に早く! 水は吐かせた、から……!」


急いでいたこともあってか、俺自身、なかなか呼吸が落ち着かない。


しかし、夕張が女性を運ぼうとする俺と五月雨を止めた。


「ちょっと待って、提督……この人、やっぱり……」


「な、なんだ、何か知ってるのか?」


「提督、この人は艦娘だよ。間違いない。だから、医務室じゃなくて入渠ドックに運んで! こっち!」


思わぬ事実に驚きながらも、俺たちは急いだ。


助けた女性の体温はかなり低かったのだ。


まさに、この1秒が生死を分ける。


「くそ、間に合え!」



ーーー ーーー ーーー ーーー



「ここだよ、入渠ドック!」


入渠ドック、と書かれたプレートのある部屋に辿り着いた。


「この湯船の中に! 服は着たままでいいから!」


「よし、そっとな。よい、しょ」


迅速に、体に与える負担を最小限に抑えて湯船に女性を寝かせる。


すると。


「あ、提督、そのお湯に触っちゃ」


「えっいでででででで!」


湯船に張られていたお湯にしか見えない液体に俺の手が触れた途端、ビリビリと痺れるような痛みに襲われた。


俺は驚いて咄嗟に手を引っ込めた。


「いってぇ! なんだこれ!?」


「これ、艦娘の入渠用のお湯は人体に有害なんだよ! 手、大丈夫?」


「ああ、大丈夫そうだ……気を付けるよ」


「本当に? 溶けたりしてない?」


「溶ける? 怖っ……大丈夫そうだが……」


「なら良かった……」


俺は目線を手から女性に移した。


これだけ近くで騒いでも、全く起きる気配がない。


見た目以上に傷は深そうだった。


「このまま待ってればいいのか?」


「はい、そうです」


「提督、そろそろ事情聞いてもいい?」


「ああ、急に悪かったな。着替えてくるから執務室で少し待っててくれ」



濡れた服を洗濯カゴに入れ、執務室で事情を説明した。



「そうだったんだ……」


「ああ、俺が見つけられて良かったよ……」


「とりあえず! 提督、勝手に出ていかないこと!」


「え?」


「居なくなってて、すごく心配したんだから。五月雨ちゃんまた泣きそうになっちゃうし」


「な、泣いてないですよ!」


「はは、悪いな、次からはちゃんと声をかけるよ」


俺なんかのことを心配してくれるとは、嬉しい限りだ。


何にせよ、まずは女性が目を覚ますのを待つしかなかった。



ーーー ーーー ーーー ーーー



「なあ夕張、あの様子だと完治までどのくらいかかりそうか分かるか?」


「そう、だな……」


夕張は手元の資料をパラパラとめくり、電卓を慣れた手つきで扱う。


「顔が髪に隠れて見えなかったから確証は持てないんだけど、たぶんあの人は戦艦。それがあそこまで重傷だと、六、七時間はかかるかな……」


「長いな……」


「高速修復材があれば話は別なんだけど……」


俺と夕張が現状に頭を悩ませていると、五月雨が思わぬ一言を発した。


「あれ? 提督、確か資材と一緒に開発資材と高速修復材もたくさん届いてませんでした?」


「え、そうだっけ?」


鋼材やらボーキサイトやらは山のように送られてきて今は倉庫の中だが、高速修復材はどれかよく分からなかった。


「高速修復材って、緑色のバケツみたいなやつだよ?」


「え、ああ、あれか。オイルか何かだと思ってたが」


「良かった、備蓄はあるんだね。じゃあ使ってくるよ」


思わぬ幸運に感謝しつつ、俺も席を立った。


「俺も行くよ。傷が治ったら空いている部屋に運ぼう。五月雨も来てくれ」


「は、はい!」


廊下を歩きながら、俺は不安を胸に募らせていた。


傷が治っても意識が戻るとは限らない。


ずっと昏睡状態のままの奴も見てきた。


今はただ、そうならない事を祈るしかなかった。



ーーー ーーー ーーー ーーー



「よいしょっと。じゃあ入れるね」


湯船の中に緑色の液体が注がれていく。まるでメロンソーダみたいだ。


「おお、すごいな……」


あっという間に傷が治っていく。切り傷も火傷跡も、綺麗に無くなった。


「よし、これで完治したはず」


「医務室まで運ぼう。せーのっ」



ーーー ーーー ーーー ーーー



鎮守府の構造上は、おおよそ学校に近しいものがある。


食堂や医務室、執務室など、業務に関わる部屋は多くが一階に集まっている。


そしてその上の階には、主に艦娘達の部屋がある。今は空き部屋も多く一人一部屋を利用しているが、大所帯な鎮守府では艦種ごとに階が分かれていたり、相部屋があったりするそうだ。


ちなみに、俺の自室は執務室の隣にあって、普通の部屋よりは狭めに作ってある。もともと置く物もないから何ら問題は無い。


今は、入渠ドックと医務室が近い事をありがたく思う。


一番手前のベッドに、女性の体をそっと横たえた。


「……くそッ」


まだ目は覚まさない。


嫌な記憶が頭をよぎる。


「……夕張、悪いがしばらくこの人に付いていてくれないか」


「うん、分かった。任せて」


夕張は快く了承してくれた。


いくら女性の容態が気になるとはいえ、鎮守府はもう稼働している。報告書も書かなければならない。


その日1日、付きっきりになることは出来なかった。


俺は執務室に戻り、五月雨を秘書艦として執務をこなしていった。



ーーー ーーー ーーー ーーー



「ふう、こんなもんか……」


業務日誌に資材計算、作戦通告書類と、なかなかにボリュームのある仕事だった。


今までは体を動かすようなことしかしてこなかった分、この先ずっとこんな感じだと思うと少なからず気が重くなる。


「お疲れ様です、提督」


「ああ、五月雨もありがとな。助かったよ」


「えへへ〜!」


五月雨の手際はかなりのものだった。他のことに関してはドジっ子属性が目立つのだが、重要な仕事に関してはミスがないようにインプットされている、と書類にはあった。


その言い回しが気に入らず、その紙を破り捨てたのは言うまでもない。


すると。


「提督! ちょっと来て!」


夕張が焦りを露わにして執務室に駆け込んできた。


「何だ、どうした?」


「助けた女の人、段々呼吸が弱くなってきてて……このままじゃ……!」


「ッ……!」


ゾッと、得体の知れない悪寒が体を伝う。


俺たちは医務室へと走った。



ーーー ーーー ーーー ーーー



「クソ、何でだ……!」


傷は治っている。それは間違いない。


俺は力強く手を握った。


「頼む、そんな簡単に居なくならないでくれ! 俺から離れていかないでくれ……!」


「提督……」


何故かは分からないが、無性に胸が痛くなる。


誰かが目の前から居なくなってしまうことが、初めてではないかのように。


「目を覚ましてくれ……!」








ドクン












ドクン














昏睡状態に陥っていて、目覚める兆しが無いと言われていても、意識を取り戻すことはある。




科学的、医学的に説明が出来ないとしても、何処かにあるその人の心が、生きたいと、強く願えば。




心臓は、熱く鼓動を刻み始める。




「……」



俺が手を握ったまま、女性は目を開き、起き上がった。


俺も夕張も五月雨も、静止してしまった。


女性は柔らかい目で俺を見つめている。


「あなた、なのね。私を呼んでくれたのは」


「呼んだ……?」


「ありがとう……」


彼女はとても嬉しそうに、俺の手をギュッと握り返してきた。その手はしっかりと暖かかった。


だが、俺はその時、目の前の状況に頭の整理がついていかなかった。


それは後ろの二人も同じようだった。


「とりあえず、名前を聞かせてくれないか?」


「扶桑型超弩級戦艦、姉の方、扶桑です。提督、私を呼んでくれてありがとう」


「呼んだっていうのは……?」


俺は扶桑の名前を知らなかった。


それは確かだ。


扶桑は握った俺の手を見ながら話してくれた。


「暗い暗い海の底で、ずっと助けを待っていた。けれど、ようやく助けに来てくれたその艦隊の指揮官は、私を必要としなかった」


通常、出撃後の戦況判断や撤退指示は旗艦に一任されている。だが、扶桑の言い方だと、鎮守府の提督が見捨てろと指示を出したことになる。


別段不思議なことでもない。トランシーバーひとつ持たせておけばできることだ。


通信することだけなら。


「やっと陽の光を見られたのに、何も出来なくて、悔しくて、寂しくて、辛くて……燃料も尽きて、意識も体も、また海の底に沈んでいった」


全身がザワつくのを感じた。


戦場ならば、たとえどんなに気に食わない部隊がいたとしても助け合うのが常識だ。ミスをすれば死ぬのだから。


助けを乞う艦娘を見捨てるなんて、俺は絶対に許せない。


「もう、疲れたなぁって。ここで終わってもいいんじゃないかって思った」


傷が治っても目が覚めなかったのは、そういうことか……。


「けれど、上の方から、小さな光が私を照らしてきた。それは、どんどん大きく、力強くなって……私に優しい言葉を、力強い言葉を、沢山くれた。あの光はきっと、いえ、間違いなく……」


扶桑は再び俺の方に向き直って、言った。


「提督、あなたのものだった」


「そう、か……」


届いていた。


俺の声は、ちゃんと。


今度こそ……。


ん、今度こそって何だ……?


「とにかく、目を覚ましてくれて良かった……何処か体に不調とかはないか?」


「大丈夫です。少し気だるいくらいで」


「そうか……まだ体調も心配だし、ゆっくり休んでくれ。細かいことは明日でいい」


俺自身、相当疲れが溜まっているのが分かる。


トレーニングそのものはいつも通りだったとしても、そこから全力で海を泳ぎ、人ひとりを背負って走り、慣れない執務をこなした。


既にかなりの眠気が襲いかかってきている。


「夕張と五月雨も、今日は上がってくれ。色々ありがとな。助かった」


「わ、分かりました。お疲れ様です」


「提督も、ちゃんと休んでよ?」


「おう。おやすみ」


軽く手を振って、医務室を出ていく二人を見送る。


「さて、俺もそろそろ……」


二人に続いて医務室を出ようと立ち上がると、扶桑が俺の手を名残惜しげに握り直した。


「ど、どうした? 扶桑」


「あっ、す、すみません。何でもないです……」


無意識の事だったのか、扶桑は恥ずかしそうに手を離した。


「……」


俺は大佐ほど空気が読めないわけじゃない。


1人は寂しいのかもしれない。


目の前で自分が見捨てられたトラウマなんて、そう簡単に消えるものじゃない。


今日くらいは、本人が良いと言うのなら一緒にいてあげてもいいかもしれない。


「なあ、扶桑。今日は俺もここで寝ていいか?」


「えっ……?」


「1人は寂しいもんな。それくらい、俺にも分かるから」


「提督……もちろんです」


着替えと支度をするために、俺は一旦医務室を離れた。


そして、その間にスマホでやるべき事をやっておいた。


ーーー ーーー ーーー


「よし、じゃあ寝るか」


「は、はい……」


もちろん、ベッドは別々だ。


扶桑の要望でくっ付けてはいるが。


「おやすみ」


「おやすみなさい……」


あ〜、本当に一瞬で眠れそうだ……。


ウトウトとしていると、左手に柔らかい感触を感じた。


「扶桑……?」


隣を見ると、扶桑が口元まで布団をかぶってこちらを見ていた。


「ごめんなさい、あの、眠るまででいいので、こうしていてもいいですか……?」


見た目に似合わず幼げなその要望に、俺は思わず微笑してしまった。


「ああ、もちろん」


そう応え、扶桑の手を握り返したのを最後に、俺の意識はどんどん遠のいていった。



ーーー ーーー ーーー ーーー



次の日。


時刻はマルナナマルマル。


普段の起床時刻と比べると幾分か遅いが、おおかた夕張と五月雨が気を遣ってくれたのだろう。


「ぬぅ……」


暖かい……。


あれ、俺は確か昨日……。


五感が周りの状況を知覚し始める。


何となく寝返りをうつと、ふにゅん、と柔らかいモノが俺の顔にあたった。


「ん、何だこれ……」


目も半開きのまま、顔に当たった何かを手で退かそうとする。


モニモニ。フニフニ。ぽよん。


なんとも言えない柔らかさ。


マジでなんだこれ。


「んぅ、提督、そんなに触っては……」


すぐ側から恥ずかしそうな声が聞こえてくる。


そして段々と俺の血の気が引いていく。


「……」


「お、おはようございます、提督」


アカーン!!!!!!!


これはアカーン!!!!!!!


あ、あの柔らかいモノはおおおおお、おっ……!


俺はすぐさまベッドから飛び退き、鮮やかに土下座をした。


「本当にすみませんでした。どうか一思いにやってください」


一度、夏の水泳訓練中に教官の胸に触れてしまった同僚がいた。


不慮の事故なのは誰の目にも明らかだったのだが、次の日、彼は1週間分の記憶と眉毛を失って戻ってきた。


それ以来、俺たち東基地の中では女性(胸部)への接触をタブーとしている。


「あの、提督、よく見てください……」


申し訳なさそうな扶桑の声に、ベッドの方に目を向けてみた。


「その、提督ではなくて私が、提督のベッドに入ってしまって……」


言う通り、扶桑は俺が昨日眠ったベッドの上にいた。


つまり、俺は全く気付いていなかったが、ほぼひとつのベッドで添い寝していたらしい。


「……」


「……」


二人して顔が真っ赤になった。


「……ぷっ」


「ふふふ」


「あははは」


なんだか可笑しくて、二人して笑ってしまった。


「いや、本当に済まなかった。何だったら殴ってくれていいぞ」


「もう、だからさっきのは私が悪いんですよ」


とりあえず、命があってよかった(俺の)。


扶桑の体調も大丈夫そうだ。


「起きられそうか?」


「はい、大丈夫……です」


手を貸しながら、扶桑が立ち上がるのを見守る。


立ち上がってから気付いたが、扶桑は中々に高身長だ。それでいて体はすんなりとしていて、肌も綺麗だ。


間違いなく美人の部類に入るだろう。


「……柔らかかったな」


扶桑には聞こえないように、俺はボソッと呟いた。



ーーー ーーー ーーー



マルハチマルマル、鎮守府正面玄関前。


「中尉、おはようございます」


「来たか。わざわざ済まないな」


軍用車で現れたのは、東基地所属の少尉だ。同じ小隊長で、いわゆる親友みたいな関係だ。


俺がそんな少尉を呼んだのには理由があった。


「本当ですよ! 中尉が海軍の連中は信用出来ないとか言うから〜」


今回は急ぎなのもあって、信頼出来る奴に任せたい内容だったのだ。


本来ならば自分で取りに行くべきだったが、現状、鎮守府から離れるのは気が引けた。


「俺だってアイツらから荷物受け取るのめっちゃ気まずかったんですからね!」


「ははは、悪いな。今度飲みにでも行ったら奢るわ」


「マジっすか! ゴチになります!」


基地の中でも明るい少尉。飯ひとつで簡単に機嫌が治る。


「それじゃ、これ。品物と受け取り書類です」


「おう、ありがとう」


「じゃ、帰りますね」


「ああ、また遊びにでも来てくれ」


手を振る少尉を軽く笑って見送る。


ここに来てからまだ1ヶ月も経っていないが、やっぱり仲間の顔を見ると安心できる。


ちなみに、あいつはレイ〇系専門家。


見た目は大人しいが性癖はヤバい。


本当にやったりは絶対しないけど。



ーーー ーーー ーーー



時刻はマルキューマルマル。執務室には、俺と扶桑、夕張、五月雨。


現状の鎮守府に所属する全員が集まっていた。


「じゃあ、本当にいいんだな?」


「はい。提督に許して頂けるのなら、私はここで戦います」


少し調べてみたが、扶桑はいわゆる「ドロップ艦娘」と呼ばれる、深海棲艦を撃退した時に現れる艦娘らしい。


扶桑は見捨てられた後に漂流していたから少し違うが、そもそもドロップ艦娘自体が報告数が非常に少なく、都市伝説のようなものだそうだ。


敵である深海棲艦の特徴、艦娘の人間との特異性、その両者の関係性。


気になる事は数え切れない。


ドロップ艦娘はその鎮守府の提督の判断でどうこう、と記述されていたが、結局「要らないコマなら捨てておけ」ということだろう。


深く考えれば考えるほど苛立つだけだ。


とりあえずこの話は後でいい。


「ありがとう。戦艦扶桑、心から歓迎する」


帽子を脱ぎ、扶桑と固い握手を交わす。


方式は陸軍の、というより東基地の規則に則っている。これが一番慣れてるからな。


夕張と五月雨の、パチパチと控えめな拍手が新しい仲間の加入を祝った。


「よし、それじゃこの書類にサインしてくれ」


鎮守府に艦娘を迎え入れる場合、その艦娘の同意、並びに提督の同意を記した書類を本営に提出する決まりになっている。


表向きは艦娘の所属人数の確認と不本意な戦線投入を避けるためだと言われているが、実際は誤魔化されているのがほとんどだろう。


その証拠に、研修でもこのことはほとんど触れていなかった。


まあ俺がこれを適当にやれば間違いなくそれを理由にあれこれ文句を言ってくるのだろうが。


「あの、提督……?」


「ん、どうした?」


ふと顔を上げると、扶桑が不安げな様子で言った。


「あの、本当に私の着任で御迷惑がかかったりしませんか? 私は他の戦艦よりも劣るだろうし、不幸艦なんて呼ばれてきたのに……」


「……」


俺は小さく息を吐いた。


「大丈夫だ」


そして強く言った。


「俺はお前たち艦娘に迷惑をかけてもらうためにいるんだからな。それに、扶桑が他の戦艦に劣るんなら、扶桑を上手く運用できてない俺の責任になるだろ?」


「いえ、そういう訳では……」


「確かに戦場では運が影響を及ぼすこともあるさ。けど、結局は指揮官の采配だ。どうか安心してほしい。俺が、お前を輝かせてやる」


鼓舞にも近い。


戦場では、モチベーションの持ちようが大きく戦績に関わってくる。


ネガティブ思考な奴は死にやすい。


生き抜く、勝ち抜く、戦い抜くという気持ちがなければ生き残れない。


「提督……!」


「もう二度と、欠陥戦艦なんて呼ばせないさ」


「ありがとう、ございます……!」


扶桑は涙目になり、目元を擦った。


その姿が予想外に綺麗で、俺はそっと目を逸らした。


「あー、提督が扶桑さん泣かせたー」


「提督悪い人ですー」


「お、俺のせいか!?」


思わぬ方向から口撃をくらい、若干焦る俺。


そんな俺たちを見て笑う扶桑。


俺がネタにされてるのはともかく、こんな光景が普通になってほしい。


夕張のいた、研修に行ったあの鎮守府。


あの鎮守府のような状態が、現状のほとんどの鎮守府と同じ。


俺はそれが許せない。


五月雨と扶桑はともかく、夕張はこれだけで幸せだと思っているのだろう。


今ある当たり前に幸せを感じることは良いことだ。それは間違いない。


だが、なるべきじゃない不幸の中にいる奴は、絶対に助けなきゃいけない。


それを成すのが、准将が俺をここに送った意味だと、そう思っている。


「あ、そうそう。扶桑、これやるよ」


ふと思い出し、今朝、少尉から受け取った小包を手渡した。


「何でしょう、開けてもいいですか?」


「ああ、いいぞ」


茶色の質素な包装紙を取り除く。


「あ、これ……」


すると、中からは扶桑型の為の髪飾りが出てきた。


かんざしと扶桑型戦艦の艦橋がモチーフになっているものだが、扶桑の髪にはそれがなかった。


「私の、髪飾り……」


「流されてる時に取れちまったのかと思ってな、取り寄せておいた。俺からの着任祝いだ」


扶桑はそれを愛おしそうに、ギュッと握り締めた。


そして俺の方に向き直り、


「嬉しい……! 提督、本当にありがとう……!」


「おう」


めっちゃ可愛い。


めっちゃ可愛い。


扶桑はその髪飾りを早速付けようとした。


だが、鏡もないのでなかなか上手くいかないようだ。


すると、夕張が不満げに言った。


「もー、提督! こういうのは提督が付けてあげるものでしょ?」


「え、そういうもんか?」


「そういうものです! もう、乙女心が分かってないんだから」


夕張さん無茶言うなぁ……。


とりあえず、言われるがまま扶桑の髪をいじってみた。


髪を結うわけでもないので、多少手間取ったがすぐに付けることが出来た。


「よし、出来たぞ」


「わあ、可愛いです!」


「うん、よく似合ってるよ!」


「そ、そうかしら。提督、どうですか?」


恥ずかしそうに照れる扶桑。


うん、可愛い。


「よく似合ってるぞ。凄く綺麗だ」


「あ、ありがとうございます……」


扶桑は再び顔を赤くして俯いてしまった。


綺麗な黒髪に髪飾りがよくマッチしている。


「ま、まあそんな感じでな。これからよろしく頼むよ、扶桑」


「は、はい。よろしくお願いします」





こうして、また1人新しい仲間が鎮守府に増えた。


いつか、艦娘たちの笑顔でこの鎮守府を埋め尽くせたら。


そんな風に、考えたり考えなかったり。




ーーー ーーー ーーー ーーー



数日後。時刻はヒトヒトマルマル。


「……」


俺は執務室で、明日の出撃に向けて開示されている情報の最終確認を行っていた。


制圧目標は鎮守府正面海域。


その名の通り、鎮守府から一番近い海域だ。


偵察艦かはぐれ艦程度しか索敵にかかった報告はないが、余念は欠かさない。


基地にいた時からの教えだ。


「敵にも艦艇分類があるのか……」


情報によると、この海域の主戦力の敵戦隊には軽巡洋艦も確認されているらしい。


ますます艦娘との関連性が引っかかる。


幸い、夕張はそれなりに練度が高い。


五月雨と扶桑はまだ練度は低いが、夕張がしっかりカバーしてくれるだろう。


「提督、失礼します。艤装の最終確認、終了しました」


「おう、おつかれ。五月雨と夕張は?」


「ああ、五月雨ちゃんがオイルの缶を被っちゃって。今は二人でお風呂に」


「はは、五月雨らしいな」


相変わらずのドジっ子具合に苦笑い。


「じゃ、二人が戻ってきたら昼飯にするか」


「そうですね」


ちなみに、まだこの鎮守府には補助人員を補充していない。


補助人員というのは、艦娘や提督の食事を作る調理師や艤装などの整備をする整備士のことだ。


だが、俺はそういう奴らにいい印象がない。


過去のことをズルズルと気にするのも良くないと分かってはいるが、中々補充する気になれなかった。


なので、今は艤装の整備は夕張を中心に扶桑たち本人に任せ、食事は俺含めみんなで協力して作っている。


「あ、もし良かったら今日は私が作りましょうか? カレーくらいなら私も作れますから」


「扶桑特製のカレーか、いいな。そうしよう」


「食材は自由に使っていいですか?」


「おう、いいぞ。出来たら呼んでくれ、二人も連れてくよ」


「分かりました、楽しみに待っててください!」


機嫌良さげな扶桑を見送りながら、俺は小さく息をついた。


どうしても、明日のことが心配になってしまう。


編成、練度、海域難易度などを考えれば決して難しい出撃ではないが、それでも、だ。


自分で戦う方がよっぽど楽だ。



教官、あなたがあんだけ強いのに胃薬を常備していた理由が分かりました……。


そう考えると大佐あの野郎いつも平気な顔してやがったな……。


そんな時、ドアの開く音といつも通りの元気な声が俺の耳に入った。


「提督、お風呂上がりましたー!」


「おかえり。俺は艤装の点検を頼んだんだが?」


「ご、ごめんなさい! オイルをこぼしちゃって、ええと、それで……」


「はは、冗談だ。事情は扶桑から聞いた。怪我はないか?」


「はい、大丈夫です!」


ところどころ跳ねてる髪は、やはりドジっ子ならでは。


恐らくドライヤーを使うのは苦手なのだろう。


レーダーか何かのようにホワンホワンしている。


「ん、夕張は?」


「あ、夕張さんはもう少し艤装を見ておくって言ってました」


「そうか。今は扶桑がカレー作ってくれてるから、夕張が戻ってきたら食堂に行こう」


「えっ、じゃあ私もお手伝いしてきます!」


「えっ」


「大丈夫です! 行ってきます!」


有無を言わさず執務室を飛び出て行く五月雨。


ものすごく心配だが、まあ扶桑もいるしたぶん大丈夫なはず……。



ーーー ーーー ーーー ーーー



少し経った後。


「提督、装備点検終わったよ〜」


夕張が肩を回しながら執務室に入ってきた。


「おう、ご苦労さん。艤装はどうだ?」


「バッチリ! 明日の出撃も問題無いと思うよ」


「そうか……」


「……やっぱり心配?」


ぬ、バレてたか。


表には出さないようにしようと思っていたのだが。


「ああ。自分で戦うより全然キツい。既に胃が痛いよ」


「ふふ、そんなこと言うの、たぶん提督ぐらいだね」


「……そうか」


「ま、提督の為なら私も五月雨ちゃんも扶桑さんも頑張れるからさ! もう少し信用して!」


「……そうだな。俺がビビってちゃ話にならないな」


俺はきっと、夕張たちの明るい部分しか見ていない。


ここに来て以前より明るくなったのは間違いないだろうが、トラウマというものはそう簡単に消えるものじゃない。


俺が、この鎮守府の提督として皆を助けなければ。


前線で戦えない俺に出来ることはそれくらいなのだから。


テートクデキマシタヨー!


すると、遠くから五月雨のものであろう声が聞こえた。


「ん、昼飯も出来たみたいだな。行こうぜ夕張」


「五月雨ちゃんが作ってる、の?」


「いや、五月雨はアシスタント。扶桑がカレー作ってくれてる」


「ほっ、それなら安心」


「だな」




予想通り、扶桑が主体となって作ってくれたカレーはとても美味かった。



ーーー ーーー ーーー ーーー



しばらくして、時刻はヒトヨンマルマル。


「ふう、こんなもんか」


作戦書類の作業や敵艦隊の予想図など、出撃のための準備をあらかた終えた俺は小さく息をついた。


あとは、明日を待つのみ。


「お疲れ様です、提督。緑茶を持ってきましたが、お飲みになりますか?」


「お、ありがとう扶桑。頂くよ」


湯のみに注がれた緑茶の、心地良い苦味と温かさが口に広がる。


訓練後に水を奪い合って汚く飲むのも良いものだが、こういうのは何だか管理職っぽくていい。


その時、鎮守府のインターホンが来客を知らせた。


「ん?」


「お客様、ですか?」


「いや、そんなの聞いてないが……」


とりあえず出ないわけにもいかないので、俺は鎮守府の正面玄関に向かった。



ーーー ーーー ーーー



「あ、こんにちは。本営からの書類を届けに来ました」


「ありがとう、ご苦労さん」


来客、ではなく配達員だった。何やら本営からの書類らしい。



ーーー ーーー ーーー



「本営から……?」


執務室に戻った俺は、目の前の封筒と睨み合いながら開けるのを躊躇っていた。


「まさか、私のことで……?」


「いや、今更それについては言ってこないと思うが……」


扶桑も不安そうだし、とりあえず開けるしかないか。


「……ん?」


「これは……」


封筒を開けると、中からは馴染みのない書類が何枚か出てきた。


「着任許可願、か?」


中に入っていた書類は、着任許可願だった。


無論、艦娘からのものである。


しかし、なんで俺の元に届けられたのだろう。


普通ならもっと強くて、知名度のある鎮守府に届くと聞いているが。


「もしかしてこれ、届け先間違ってるんじゃないか?」


「いえ、でも住所はちゃんとここになってます……」


二人して疑問を感じていると、夕張がタイミングよく執務室に入ってきた。


「なになにー、どうしたの?」


「お、夕張。なんか着任許可願ってのが届いたんだけど、これ宛先間違ってないか?」


「ん〜、どれどれ……?」


封筒と着任許可願を夕張に手渡す。


すすすっと一通り読んだ後、夕張は「あっ」と何かに気付いたような声を上げた。


「提督、これ宛先間違ってないよ。私の元同僚からだもん」


「って言うと、あの鎮守府にいた……」


「そうそう」


あの鎮守府。


俺が研修で訪れ、あの提督をクビにしてやった鎮守府。


「まさか、俺のせいで居場所が無くなったとか……?」


だとしたら、俺は自分のエゴで最低なことをしてしまったことになる。


身勝手な正義感で、苦しむ艦娘たちを余計に苦しめてしまったのだ。


「てい」


「あたっ。何すんだよ」


自分のしたことを思い出して焦っていると、夕張が頭を軽く叩いてきた。


「そんなわけないでしょ? 私もみんなも、提督の元で戦いたいからそれを出したんだよ。本当に戦いたくないなら自由にしてもらうことだって出来るんだから」


夕張は改めて許可願を俺に手渡した。


「それでも、あなたに感謝したい。あなたの力になりたい。あなたと一緒にいたい。そう思って、みんなそれを出したの」


「そう、か……」


夕張の言葉が本当ならば、それほど嬉しいことはない。


俺の行動は、ちゃんと彼女達のためになったんだ。


そして、彼女達がそう思ってくれているのなら、することはひとつ。


「よし、じゃあ全員受理してくれ」


東基地と同じだ。


来るものを拒んだりしない。


「あ〜、あの。提督ならそう言ってくれるって分かってたんだけど、ちょっと問題があるの」


「問題?」


「うん。規則があって、1つの鎮守府には艦娘は8人までしか着任できないの」


「8人?」


「1つの鎮守府に戦力が固まって深海棲艦に集中的に狙われたり、逆に他の場所が手薄になるのを防ぐ為って言われてる」


「そうなのか……でも、いや、うーん……」


理にかなっている……のか……?


妙に丸め込まれてるような感じがするが……。


「あの、提督。私だけ先に来ておいて勝手なのは分かってるけど、先の事も考えると今、人数いっぱいにするのは得策じゃないと思う。だから、その中から3人、ランダムで選ぶのはどう?」


「ランダム、か……」


それしか手はない、か……。


確かに夕張の言う通りだ。


まだ経験の薄い俺が、何かトラブルがあった時に柔軟に対応できるとは限らない。


空席はあった方がいいに決まっている。


「……分かった」


そうするしかない。


少なくとも、今は。


「じゃあ、着任許可願を半分に折ってくれ。くじ引き方式でやっちまおう」


着任許可願は全部で8枚。そこから3枚を引く。


「準備できました、どうぞ」


まず、1枚。


「えーと、1枚目は電ちゃん」


「ん、電って……」


「あ、やっぱり覚えてるんだ。そう、提督が廊下で声掛けてあげた子」


「そうか、あの子も……」


駆逐艦、電。


俺が、あの鎮守府で最初に会話した艦娘。


助けると誓った艦娘。


彼女を選んだのは必然だったのかもしれない。


「よし、次だ」


「次は……げ、足柄さんだ」


「なんだ、げって」


「いや、あの人も着任許可願出てたんだなって。足柄さん、みんなの為に前提督に意見してたから。すごいおっかなかったよ」


「なるほどな……」


残りはあと1人。


「じゃあ最後だ」


「えーと、最後はっと。あ、鳳翔さんだ!」


「何だ、そんなに嬉しいのか?」


「提督覚えてない? 鳳翔さんって、あの食堂にいた……」


食堂……ああ、あの割烹着みたいの着てた……。


「ああ、あの優しそうな人か?」


「そうそう! やった、また美味しいご飯食べられる!」


「また五月雨みたいな感想を……」


「聞こえてますよ提督!」


「うおっ! いつからそこに!」


「ちょっとトイレに行ってたんです! もう、失礼しちゃうんだから!」


喜ぶ夕張に憤慨する五月雨、それを困った顔で見つめる俺と、またそれを穏やかに見守る扶桑。




東鎮守府は今日も平和だ。



ーーー ーーー ーーー ーーー



そして、次の日。時刻はマルキューマルマル。


「よし、時間だ。全員出撃ブースへ移動しろ」


「了解」


「オッケー」


「ん、五月雨は?」


「ここです! すみません、行けます!」


海のすぐ近くに位置する鎮守府には、艦娘の出撃をスムーズに行うために直接海面へ出られるブースが組み込んである。


立地的に言えば、出撃地点に通じる僅かな内陸部分を掘り進め、屋根付きのブースに繋げている。


さらにこのブースは加工場、整備場ともダイレクトに繋がっているため、艤装の運搬や装着もよりやり易くなっている。


「よし、準備は出来たな」


海面と繋がっているため、ブース内部は他の部屋よりも若干冷えている。


まるで戦場の緊張感が既に伝わってくるようだ。


「総員、準備完了」


旗艦である夕張が告げる。


出撃する際、艦隊には必ず1人旗艦を任命することになっている。


旗艦とはすなわち部隊長で、提督の指示が得られない出撃後に各種判断をする責任者となる。


今回は一番連弩が高く、実戦経験もある夕張に務めてもらう。


「それじゃ、ミーティングで言った通りだ。敵主力も軽巡洋艦しか見つかっていないし、お前達ならまず問題ない。だが、くれぐれも油断するな。作戦海域に突入し次第索敵、警戒を怠らずにな」


「「「はい!」」」


「とにかく、無事に戻ってきてくれ」


ゴウンゴウン、と重苦しい音を立ててハッチが開かれた。


「よーし、やりますか!」


「頑張ります!」


「扶桑、頼むぞ」


「任せてください。必ず、あなたに勝利を」


練度が高いとはいっても、夕張も年頃の女の子。性格的な面では扶桑がお姉さんポジションで頼りになる。


万が一トラブルが起きても、きっと二人を落ち着かせてくれるだろう。


性格的な面といえば少しばかりネガティブなところが気になったが、そんな様子も無かったので一安心だ。


正面海域程度で大袈裟だと言われればそれまでだが、実戦では何が起こるかなど予想不可能だ。


少し前まで話していた人間が一瞬でただの肉塊に変わる。それが戦場だ。


だからこそ、どんな小さな作戦でも万全の体制で臨む。


どんな小さな作戦でも参加する人間には敬意を払う。


俺の中の、いや、東基地のルールだ。


「よし、出撃!」



ーーー ーーー ーーー



時刻はヒトヒトマルマル。


三人が出撃してからおよそ二時間。


天候や風向きに問題が無く進軍出来ていれば、そろそろ戦闘が始まるはず。


「あ〜、クソッ」


自分が戦えないことの苦しさを改めて実感した。


こんな精神状態では慣れない書類仕事など進むはずもなく、時間だけが過ぎていく。


そんな時だった。


ピンポーン、と鎮守府のインターホンが鳴った。


来客の予定など無いのでどうせまた本営からの書類だろうと思いながらも、配送員を待たせるわけにもいかないので俺は玄関に向かった。


「ご苦労さん、今日は何の……」


「あっ」


「え?」


そこに立っていたのは配送員ではなく、旅行用のキャリーバックを持ち可愛らしいリュックを背負った、茶髪にセーラー服の背の低い女の子だった。


「あれ、君は……」


「中尉さん! お久しぶりなのです!」


セーラー服の少女は、嬉しそうな顔でビシッと敬礼をした。


「電、か……?」


そして、俺が名前を呼ぶと分かりやすく表情がパァァっとますます明るくなる。


「はいなのです! 中尉さんの鎮守府に着任できて嬉しいのです!」


「……ああ、俺も来てくれて嬉しいよ。元気にしてたか?」


「もちろんなのです!」


初めて会った時とは打って変わって明るいその様子に、俺はすごく嬉しかった。


「随分早かったな。許可願を受理してからまだそんなに経ってないが」


「なのです! 本営から連絡が来て、すぐにこっちに向かったのです!」


「はは、そうか。忘れ物とか無かったか?」


「大丈夫なのです! えっと、ここには夕張さんが先に来てるって聞いたのですが」


「ああ、いるぞ。他にもう二人いて、今は出撃中だ」


初めて会った時、電は俺を含めてあらゆる人間を恐れているように見えた。


笑顔なんて欠片も無く、常に怯えていた。


それが、ここまで変わるとは……。


「あはは、夕張さんったら本当に抜け駆けしたのですね」


控えめに言って可愛い。うむ。


いや、俺はロリコンじゃない。


大佐とキャラ被るだろそれ。



ーーー ーーー ーーー



執務室にて。


「けど、本当にいいのか?」


俺は電の着任用の書類を整理しながら、もう一度聞いた。


「何がです?」


「ここにいたら、また戦うことになるんだぞ?」


夕張に言ったのと同じことだが、俺に対して恩を感じて、その為に戦うのはあまり褒められることじゃない。


結局、嫌々戦っていることに変わりないのだから。


「もちろん、平気なのです! 電は強いのです!」


「……俺は、無理して戦う事は褒めないぞ」


「むぅ、だから無理なんてしてないのです。電は、司令官さんの為ならたとえ火の中水の中、なのです!」


「……そうか」


これ以上聞くのは野暮ったいな。


「駆逐艦電。心から歓迎するよ。こんな出迎えで申し訳ないが」


「はい、よろしくお願いしますなのです!」



ーーー ーーー ーーー



ヒトゴーマルマル、鎮守府出撃ブースにて。


「よし、ハッチを開いてくれ」


朝と同じ、重苦しい音が響く。


そして見慣れた姿が三人、笑顔で歩み寄ってくる。


「おかえり、みんな」


「提督ー!」


「五月雨、苦しい」


五月雨が真っ先に抱き着いてきた。


俺の肩に腕を乗せて、器用にぶら下がっている。


すぐ後ろから電の不満げな呻き声が聞こえないでもないが、振り向く度胸はない。うん。


「ただいまー!」


「おう、お疲れ様」


五月雨に比べれば夕張は幾らか易しい。


胸が当たってるが無心になればどうということはない(無心になれてるとは言ってない)。


「提督の作戦、バッチリだったよ! 敵の出現位置も編成も予想通りだった!」


「そりゃ良かった。で、そろそろ離れてくれるか?」


「えー……」


五月雨が不満げに言う。


勘弁して、後ろからの視線が痛いの!


しぶしぶ二人は離れてくれた。


「扶桑も、お疲れ様。怪我ないか?」


「はい、提督のおかげです」


「はは、俺は何もしてないさ。ありがとな」


「提督……」


「んむ」


あかん。


扶桑さんはあかん。


柔らかい。


「もう少し、こうしててもいいですか?」


「おう、いいぞ」


「ん、暖かい……」


扶桑さん身長高いからモロに胸が顔の位置に来るんだよなぁ……。


少しでも意識を下半身に向けたら一瞬で俺の提督生命が終わる。


ふと後ろをチラ見すると、電が事務所NG間違いなしの絶望的な顔をしていた。


「あれ、電ちゃん早いね」


「夕張さんに言われたくないのです。馴染みすぎなのです」


「あはは、言われちゃった」


「足柄さんが来たらきっと怒られるのです」


「うわ、嫌だそれ」


「よし、とりあえず執務室へ行こう。詳しい戦績を聞きたい」



ーーー ーーー ーーー



執務室にて。


「じゃあ夕張、報告を頼む」


「はい。出撃から二時間で戦闘海域に突入、駆逐ロ級一隻と遭遇、撃沈。そこから三十分後、敵主力戦隊と思しき軽巡ホ級、駆逐イ級二隻と遭遇、撃沈。二戦とも完全勝利!」


夕張はドヤ顔で言った。


可愛い。


「さすがだな。怪我はないにしても疲れは溜まってるだろう。ゆっくり休んでくれ」


「「は〜い」」


帰還した三人を労り、話をしていると電がムスッとした顔で俺の袖を引っ張った。


あ、電のことすっかり忘れてた……。


「すまん、その前に。電、自己紹介してくれ」


「駆逐艦電なのです! よろしくお願いするのです!」


「よし、じゃあ解散! お疲れ様!」


四人は満足気な様子で執務室を後にした。


残された俺はというと、戦果報告やら消費資源申告やらとやることがあるのでまだ休めない。


だが、帰還したばかりの三人と着任したばかりの電に手伝ってもらうのも何だか申し訳ない。


もちろん言えば彼女らは喜んで手伝ってくれるだろうが、俺に出来ることはこれくらい。


やはり、ただ座って待っていることが性にあわないことは明白だった。



ーーー ーーー ーーー



数日後。


時刻はヒトヨンマルマル。


「〜♪」


俺はスマホに入ったお気に入りの音楽を口ずさみながら、書類のチェックをしていた。


オススメはずばりケツ〇イシ。


すると、アップテンポなリズムの中にコンコン、というノック音が混じった。


「ん、どうぞー」


「失礼します。提督、お客様のようですが」


執務室に来たのは、畳まれた洗濯物を持った扶桑だった。


「ああ、悪い。インターホン聞こえなかった。すぐ行くよ」


書類とスマホを作業机に起き、玄関へ。



ーーー ーーー ーーー



「はいよ、お待ちどーさん。どちら様で?」


「あ、中尉さん……お久しぶりです」


玄関にいたのは、二人の女性だった。


その二人のうち、背の低い方の、優しい面持ちをした人には見覚えがあった。


恐らくもう1人も艦娘だろう。


「あ、食堂の……鳳翔さん?」


「覚えていてくださったんですね」


「もちろん。来てくれて嬉しいです」


あの時から思っていたことだが、鳳翔さんも中々、というよりかなり美人だ。


今の柔らかい笑顔だと余計にそう思う。


夕張や五月雨よりは扶桑に近い、まさに大和撫子。


可愛い、というより綺麗だという言葉が適切だろう。


「えーと、そろそろ私も自己紹介していいかしら」


「あ、すまない。どうぞ」


「足柄よ、砲雷撃戦が得意なの。よろしくね」


「ああ、君が足柄か。よろしくな」


いよいよ艦娘は美人揃いだなおい。


夕張がビビってたからてっきり足柄は厳つい奴かと思ってたが、普通に綺麗な女性だ。


何となくだがOL姿が似合いそう。


そんな下心を知ってか知らずか、足柄は突然訝しげな顔をした。


「ど、どうした?」


「提督……どうして私を咎めないの?」


「はい?」


咎める?


何だ、美人は罪だとでも言わせるつもりか。


性格の悪い童貞じゃあるまいし。


いや俺童貞だけど。


「咎めるって何をだ?」


「だって、私は艦娘。貴方は提督。私は貴方にタメ口で喋ってるのよ?」


「ああ」


「え?」


「え?」


え?


なんか会話が噛み合わないんだが。


「え、おかしいと思わないの?」


「え、おかしいのか俺って」


うそ、私の年収低すぎ……?


じゃなくて、私っておかしいの……?


そんな時、イマイチ噛み合わないやり取りを見ていた鳳翔さんがクスクスと笑い出した。


「ほ、鳳翔さん?」


「どうしたの?」


「ふふ、足柄さん、言った通りでしょう? 中尉さんは、そういう人なんですよ」


そういう人ってどういう人?


おかしい人ってこと?


「は〜……」


俺が相変わらず「ヨクワカラナイ」という顔をしていると、足柄は大きくため息をついた。


「変人!」


「やっぱりそうなのか!?」


「良い意味で、よ。提督、これからよろしくね!」


変人と言われたことはショックだったが、吹っ切れたように笑う足柄はとても綺麗だった。


「お、おう、よろしく頼む」


二人と握手を交わしている時。


ふと、足柄の視線が鎮守府内部に止まった。


俺も釣られてそっちを見てみると、そこにはお菓子を抱えた夕張が。


目と目が合う〜瞬間〜好〜きだ〜と(ry。


「あっ」


「夕張あんたァ、よくも抜け駆けしたわねえ"え"え"え"え"え"え"え"え"!!!!」


「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


流石は艦娘。一瞬で後ろ姿は消えていった。


「と、とりあえず入りますか」


「そ、そうですね」



その後、手続き一式も終え、東鎮守府にまた新たな仲間が増えた。



ーーー ーーー ーーー



その後、出撃や演習を重ね、俺たちは着実に戦果を積んでいった。


だが、未だに納得がいかないことがあった。



ーーー ーーー ーーー



ある日のマルキューマルマル。


「ふぅ……」


今日は金曜日。週末に面倒事を持っていくのは趣味ではないので、今週分の執務は既に終わらせてある。


今日は別の用事だ。


小さなため息をつきながら提督服を着る俺の隣に立っているのは扶桑。


「本当に済まないな、扶桑。せっかくの休みを潰しちまって」


「いえ、提督のお願いとあらば私はいつでも構いませんよ」


他の鎮守府がどのような方式を採用してるかは知らないが、俺は出撃や演習がない時は基本的に艦娘たちに休暇を与えている。


もちろん、不測の事態に対応できるだけの準備をした上で、だ。


出撃や遠征、演習の日程も扶桑たちに手伝ってもらいながらしっかりと管理している。


そんな中、今週は出撃などの予定も無いので艦娘たちは休暇。


だが、俺は少し野暮用があり、扶桑の協力が必要だった。


「ありがとな。今度何かしら埋め合わせするから」


「ふふ、それは楽しみですね」


目的地は本営基地だ。


ふんぞり返っているお偉いさんと話をつけるためだ。


書類のやり取りじゃ埒が明かないことはよ〜く分かった。


「よし、行こう。それじゃ、鎮守府のことは頼んだぞ」


提督机の上で敬礼する妖精さんにそう告げ、俺と扶桑は鎮守府前に待機している迎えの車の元へ歩いた。


「よう、度々悪いな」


「いえ、大丈夫ですよ」


少尉だ。立場上、大佐は簡単に基地を離れるわけにはいかない。


と言うよりはあの人のジェットコースターに付き合うつもりはない。


教官は論外。はっきりわかんだね。


「今日アイツらと話すのは中尉なんですよね?」


「おう、そうだ」


「なら全然……所で、隣の美人さんはどちら様ですか?」


少尉は扶桑を不思議そうに眺めた。


「ん、俺の仲間の扶桑だ。艦娘のな」


「ほえ〜……。本当に普通の人と変わりないんですね。本営の奴らよりよっぽど人間らしいや」


「人間らしいも何も、俺は変わりないと思ってるんだがな。そこら辺はよく分からん」



他愛無い話も程々に、俺たちは車に乗り込んで本営へと向かった。



ーーー ーーー ーーー



しばらくして。


少尉の趣味であろうジャズミュージックが流れる車内で、ふと扶桑が口を開いた。


「あの、少尉さん」


「はい、何でしょうか?」


「提督って、以前はどんな方だったんですか?」


「え?」


扶桑さんちょっと何聞いてらっしゃるの?


「ああ〜、基地にいた時のことですね?」


「ぜひ聞きたいです」


「えっ、マジかよ」


あまり良いことをしていた覚えはないが……。


「はは、懐かしいなぁ。今思うと、ほんと俺たちバカばっかりやってましたね」


「まあ否定はしない。ってかお前は今もだろ?」


「大佐のお使いでコンビニ行ったら教官にバレてクッソ怒られたり」


「あんなに走ったのは人生初だな……俺もお前も一応は小隊長クラスだったのに」


「雑用係決める大富豪で大佐が連敗記録打ち立てたり」


「あの人ほんと弱かったな……」


「今も弱いですよ」


「だろうな」


「前支えのトレーニング中に軍曹が屁こいて全員やり直しになったり」


「あれ以来芋類は禁止してるな」


「デスドリンク作ったり」


「あの時お前らが俺を嵌めたことは絶対に忘れない」


ちなみにデスドリンクとは、オレンジジュース、マスタード、麦茶、コーラ、タバスコ、レモネード、七味唐辛子からなる文字通り飲んだ人間を死に誘う飲み物である。


「闇鍋やってたら1人ずつ教官に連れ去られたり」


「あれはマジで怖かったな……」


「ふふ、ふふふ……」


思い出に浸りしみじみと喋っていると、扶桑が耐え切れなくなったのか笑い出した。


「扶桑?」


「いえ、お二人ともとても楽しそうにお話になるので。素敵だなぁって思って」


「……」


「……」


可愛い。


凄く、可愛い。


「あの、中尉」


「なんだ」


「扶桑さんをぜひ俺の嫁さんに」


「えっ!?」


「やらん。扶桑は俺のもんだ」


「えっ!?!?」


よく分からない茶番を繰り広げ、困惑する扶桑を他所に俺たちはまた話し始めた。


「いいなぁ中尉……提督業務なんてめっちゃ役得じゃないですか」


「まあ今回みたいなことが無ければ否定しないけどな……」



そんなこんなで、しばらく三人で喋っているうちに本営に到着した。


ここからは俺と扶桑の二人だ。


さ〜て、座ってるだけのアホどもを説得しに行くか……。



ーーー ーーー ーーー



無機質な廊下に、コツコツと三人の歩く足音が響く。


そして、途中の部屋や脇道から聞こえてくる職員たちのヒソヒソと話す声が鬱陶しい。


奴らから見れば俺は邪魔で邪魔で仕方がない存在だからだ。


「チッ……」


思わず舌打ちをしてしまった。


すると、扶桑が何時に無く真面目な顔をして言った。


「大丈夫です、提督。気にせず行きましょう」


「ああ」


扶桑も、きっとこの現状に憤りを感じているのだろう。



ーーー ーーー ーーー



「ここです。元帥は中にいらっしゃいます」


暫く歩いた後に、元帥の待つ部屋に到着した。


「失礼します。東鎮守府、○○二等陸尉です」


ドアを開く。すると、そこには元帥ともう1人、俺の大嫌いな人物が立っていた。


「おお、来たか。まあ二人とも座りたまえ」


「いえ、すぐに済む話なので」


「元帥が座れと仰っているのだ! さっさと座れ!」


俺が断ると、元帥の隣に引っ付いた男は怒鳴った。


コイツは本営に所属している二等海将、分かりやすく言えば中将だ。


「はぁ……」


そして、俺はコイツが大嫌いだ。


正直な話、元帥はコイツらほど間抜けな訳では無い。


研修後に二人で話をしたこともあるが、艦娘への理解もある。


だが、中将のような人間の方が本営には多い。


だから、元帥が何かを提案しても議会を通ることがほとんどないのだ。


その結果、元帥としての地位などもはや飾りに近く、ある程度纏まったこういう奴らに好き勝手やらせてしまっているのが現状。


「あんたに用はありません。黙っててください」


ありったけの敵意を込めて中将を睨み付けてやった。


中将は一瞬怯んだようだが、すぐにまた喚き出した。


「何だと!? 陸軍風情が調子に乗りおって! 貴様もあのゴミ溜めから来たくせにその態度は何だ!」


「ゴミ溜めだと……?」


イライラが頂点に達しそうだった。


こんなクズに俺だけじゃなく仲間たちまで貶されたことに。


「二人ともやめないか!」


すぐにでも理性を失いそうだった俺を抑えたのは、意外にも元帥だった。


「すみません」


「チッ……」


「あんたこそ何ですかその態度は」


「いい。二尉、何も言い争いをするために来た訳では無いだろう。二将も同席しているからといって好き勝手な言動は慎みなさい」


「……申し訳ありません」


珍しく怒りを顕にした元帥を見て、間抜けな中将も渋々謝罪した。


「座らなくてもいい。二尉、話というのはなんだね?」


「回りくどいのは嫌いなので簡潔に言います。俺の鎮守府の艦娘の着任人数制限を無くしてください」


「何だと!?」


この反応は予想の範疇だった。


「それは、やりたいと言って許せるほど容易なことではないと分かっているだろう?」


「何も艦娘全員を集めようなんて思ってないです。ただ、着任許可願を拒否するのは俺の理念に反する。それにドロップ艦娘を見捨てるなんて俺にはできない」


目的を告げ、元帥は低く唸った。


それと同時に、再び間抜けが口を開いた。


「本当に貴様は我儘ばかりだな。そもそも、ドロップ艦娘など所詮噂に過ぎないだろうが」


「ここにいる扶桑がそうです。申請もしてあります。二将の癖に情報も把握してないんですか?」


「黙れクズが。いいか、艦娘の役割は戦闘だけじゃない。他にも需要がある。だからお前達提督には八人までしか回せないんだよ」


「何だと……?」


調子に乗って口走ったその一言に、俺よりも先に元帥が反応した。


だが、間抜けは気にせず話し続けた。


「男を満足させる女の役割もあるんだよ。分かるか?」


「二将、どういうことだ!」


「落ち着いてください、元帥。貴方にだって得しかないんですから」


中将は焦る様子もなくニヤニヤと続けた。


「おい、入ってこい!」


そう一言、奴が発すると、ドアを開いて一人の艦娘が入ってきた。


「日向……?」


「……」


知り合いだろうか、扶桑がそう言ったが、日向と呼ばれた彼女は辛そうな顔で俯いたまま応えない。


明らかに様子がおかしい。そう思った矢先、間抜けが言った。


「さあ日向、我らが元帥殿と陸軍の猿に自己紹介しろ」


また貶されたのは非常に腹立たしいが、今はそれよりも彼女の方が気になっていた。


「……ッ」


「なっ」


中将が言うと、日向は一層辛そうな顔をしてスカートを捲り上げた。


恐らく中将からの命令だろう、下着は履いておらず、秘所に玩具を入れられ、綺麗な太ももには黒ペンで「正」の字が幾つか書かれていた。


そして、今にも泣き出しそうになりながらこう言った。


「わっ、私は、私は人間様専用の玩具です……! ど、どうかお楽しみくださいッ……!」


「ひ、日向……!」


日向はそのまま涙を流し始めた。


扶桑もかなりのショックを受けたようだった。


「ははは、こういう事だ! どうです元帥、コイツは中々の名器ですよ!」


「二将、これは……!」


元帥も驚き過ぎて言葉に詰まっていた。


「ひぐっ……うぐぅ……!」



そして。



俺はその時、自分の中で何かが切れるのを感じた。



よく言う「プッツン来た」ってやつだ。



俺の目には中将しか映っていなかった。




最速の動きで間合いを詰め、爪がくい込んで掌から出血するほど拳を握りしめた。




震えが止まらなくなるほど腕に力を入れた。




基地にいた時は普段から「近接格闘術は絶対にケンカとかでは使うな」と言われていた。


俺達が使う格闘術は、いかに素早く相手を無力化するかを突き詰めたスタイルだった。


ケンカの中で使えば死人が出かねない。


このパンチもその中のひとつだった。


姿勢を低くし、最速で間合いに入って標的のみぞおちを狙う。


殴る場所が腹の近くなのに、姿勢が低いのでアッパーのような形になる。


まともに受ければ数分は動けず、良くて嘔吐、大概は臓器に損傷を引き起こす。


実戦でしか使うことの無かった技。





そのタブーを破るほどに俺はキレていた。




「ぬおあぁあああああああぁああああああああああああああああああぁぁぁッ!!!!!!」


今までで一番早い動きで、腕がちぎれるんじゃないかと思うほどの力で中将の腹をぶん殴った。


「ぐほあぁッ!!!!」


中将は唾液を撒き散らしながら吹き飛び、後ろにあった勲章やら何やらが飾ってあった棚に突っ込んだ。


「はぁ、はぁ……」


場に静寂が流れた。


中将は完全に意識を失い、扶桑と日向はものすごく驚いたような顔をしていた。


元帥も同じだった。


俺だけが、尋常じゃないほどの冷や汗をかいていた。


(やっちまったああああああっ!!!!!!)


脳内で叫びまくった。


いくらキレたとはいえ、中将を殴ったら流石にまずい。それくらい俺にも分かる。


研修の時とは違う。


あの時は確実な証拠を掴んでいたからこそ奴を悪役にできたが、今回はその確証がない。


日向の存在を否定されてしまえば、俺や元帥が見ていたことなど全て嘘だとされるだろう。


それでも、こうせずにはいられなかった。


それくらい、かつてないくらいプッツンきてしまった。


「……」


グギギ、と音が出そうなほどゆっくりと元帥の方を振り向くと。


「……分かっている。今回は中将のやりすぎだ。君が悪くないことは私が説明する」


「ありがとうございます」


ホッとしつつ、人が集まってくる前に逃げる準備をした。


「よし、扶桑、日向、逃げるぞ!」


二人の手を握り、部屋を出ようとした。


「えっ……」


日向は困惑したような顔をした。


それはそうだろう。


今まで散々奴らに嬲られてきたのだ。


だからこそ。


「元帥、日向は貰っていきますんで」


「……うむ」


「よし、許可ゲット。ほら、帰ろうぜ日向」


手の痛みなど気にせず、右手で日向を引っ張った。


すると、扶桑もフォローを入れてくれた。


「大丈夫よ、日向。行きましょう」


「……分かった」


流石は艦娘同士、そして二人はやはり知り合いだったらしく、扶桑のその言葉で日向は動いてくれた。


一先ず、俺たちは少尉の元へ向かった。


「あ、おかえりなさい」


「おう」


少尉はいつも通りの顔で俺たちを一瞥した。


「交渉決裂、ですか」


「はは、分かるかやっぱり」


俺は少尉の相変わらずの察しの良さに苦笑いした。


「そりゃ、顔見れば分かりますよ。どんだけ長い付き合いだと思ってるんですか」


少尉とは、俺が物心付いた時からずっと一緒にやってきた。


そりゃ分かるかもしれない。


「そうとう癪に障ること言われたんですね」


「まあ、な」


中将のことは知っていた。


海軍の内情が腐っていることも知っていた。


いや、知っているつもりだった。


だが、実際はまだこんなにも苦しんでいる艦娘たちがいる。


なんとしても救わなければならない。


とは言え、毎回毎回ぶん殴っていてはいつか俺のクビが飛ぶ。


冷静に、確実に、追い詰めなければ。


「少尉、車を出してくれ」


「うっす。鎮守府でいいですか?」


「いや、基地へ向かってくれ」


「基地ですか? 分かりました」


本当はこの手は使いたくなかったが、やはりあの様子では元帥は当てにならない。


誤魔化してくれるのは助かるが、もう一押し必要そうだ。


「扶桑、悪いが鎮守府に今日は帰らないって連絡しておいてくれるか」


「分かりました」


俺は助手席へ、扶桑と日向は後ろの席へ。


日向は何も言わずに俺に従っているが、目を合わせようとはしなかった。


ずっと怯えているように見える。


助けなければ。


一度付いた傷は簡単には消えない。


だが、そう分かっていても手当てをしなければどんどん悪化していく。


傷ってのはそういうものだから。



ーーー ーーー ーーー



これはどこの軍隊の基地にも言えることだろうが、入口にはセキュリティゲートがあり、人の手で出入りする車を管理している。


機械化の声もあったらしいが、こういうことは人がやるのが一番安全だ。


「うーす、お願いしまーす」


少尉がIDカードを提示した。


それを見て、担当の兵士が敬礼をする。


「お疲れ様です、少尉。今日は遅かったですね」


すると、少尉はニヤッと笑いながら俺の方を指さした。


「あ、中尉!? おかえりなさい!」


「おう。ちょっと邪魔するぞ」


「はい、どうぞ!」



ーーー ーーー ーーー



一先ず、俺たちは今日使わせてもらう部屋に行った。


「おお、そのままとっといてくれたのか」


そこは以前、俺が使っていた部屋だった。


しっかりと掃除が行き届いていて、ホコリのひとつもない。


「はい。すみません、布団が二つしか用意出来なくて」


「いや、助かるよ。ありがとな」


きっと移動中に連絡を入れてくれたのだろう、少尉は相変わらず頼りになる。


「どうします? この時間からたぶんみんな食堂にいますけど」


「あ〜、そうだな……とりあえず顔見せに行くか」


ここに来た目的は准将と話すためだが、そこそこ腹も減っていたし懐かしいメンツにも会っておきたかった。


「扶桑、日向、行こーぜ」


俺が二人にそう言うと、日向はまた俯いてしまった。


「日向……?」


扶桑が心配そうに言う。すると。


「私は、ここにいます」


かろうじて、といった様子で日向はそう言った。


「……分かった。あとで食事を持ってくるよ」


これ以上はとやかく言わない方がいい。少なくとも今は。


そう思った。



ーーー ーーー ーーー



基地の中でも上位に入るほどの広さを持つ食堂には、一日の厳しい訓練を終えた男たちがおのおの食事や会話を楽しんでいた。


もちろん、俺が慣れ親しんだ光景だ。


見覚えのある奴らも沢山いる。


そんな彼らに、大きな声で一言。


「おうお前ら、戻ったぞ!」


仲間たちが一斉にこちらを向く。


そして一瞬の静寂と、大きな歓声。


「「「「中尉〜!」」」」


「うお、うるせっ」


屈強な男達の大きな声に、少尉が耳を塞ぐ。


そして集まってくる仲間たち。


「お久しぶりです中尉!」


「中尉、おかえりなさい!」


「中尉、また飲みましょうよ! 良いやつ仕入れてますよ!」



中尉〜!




中尉〜?





「あ〜……」


仲間たちにもみくちゃにされながらも、俺はこの賑やかさに身を任せた。


やっぱり、ここが一番落ち着く。


すると、賑わいの元にあの人がやってきた。


「よう、提督」


「あ、大佐。ただいま戻りました」


「おう、今日はどうした? 来るとは聞いてなかったが」


「ちょっと野暮用が出来ちまいまして。准将はいます?」


「ああ、司令室にいるぞ。この時間ならコレクションを堪能してるだろうから、行くなら後にしてやれ」


「はは、分かりました。大佐、飯はもう食いました?」


「いや、今からだ」


「じゃあちょうどいいや、一緒に食いましょうよ。話したこともありますし」



ーーー ーーー ーーー ーーー



「へえ、じゃあそいつが?」


「はい、艦娘です。紹介するよ扶桑、俺の上司の大佐。因みに重度のロリコン」


「超弩級戦艦、扶桑です。あの、提督、ロリコンとはなんですか?」


「「……」」


まさかの純粋っぷりに、俺も大佐も思わず目を逸らす。


「た、大佐、ほら教えてあげてくださいよ」


「ふざけんなお前の部下だろ、お、おおおお前が教えろよ」


「……?」


流石に説明するのは気が引けるので、適当に誤魔化しておいた。


俺まで白い目で見られかねない。


「にしてもえらく美人だな。お前手ぇ出したりしてないよな?」


「してねぇわハゲ」


「もっと幼い子はいないのか?」


「大佐本音出てますよ。大佐のドストライクな子もいますけど」


「なんで連れてこないんだ!」


「そういう反応するからでしょうが! あと本音が出てるんだよハゲ!」


「「「あははははは!」」」



ーーー ーーー ーーー ーーー



「扶桑さん、で合ってます?」


「はい、そうです」


場所と時間は変わり、食堂の少し端で、1人の兵士と少尉、それに扶桑で話していた。


ちなみにその時の俺と大佐は食堂のド真ん中で痴話喧嘩。


「扶桑さんが、噂の艦娘なんですよね」


「はい」


「海へ出て未知の敵と戦ってるんですか?」


「そうです。深海棲艦と呼ばれる、未知の存在です」


「マジか……」


「こんな美人なのにな……」


ここで颯爽と少尉登場。


「少尉もしかして扶桑さんのこと狙ってます?」


「えっ」


「いや、俺じゃ無理だよ。あ、そうだ扶桑さん。一つ聞いてもいいですか?」


「はい、何でしょうか?」


「中尉のことってどう思ってます?」


「提督、ですか? 素晴らしいお人だと思います。私たち艦娘にも真摯に接してくれますし、作戦立案や執務も優秀で……最高の提督です」


「なるほど……さすが中尉」


感心する兵士を他所に、少尉はさらに言う。


「うんうん、それもあるんですけど。異性としてはどう思ってます?」


「またこいつはデリカシーのない質問を……あんたもう酔ってんの?」


「提督を、異性として……」


「まだ飲んでもいないよ。ていうか俺上官!」


「お、お慕いしています……」


恥ずかしそうに言う扶桑に、少尉は更に突っ込んでいく。


「つまり?」


「す、好き、です……」


「よしあの野郎シバいてやる」


「あんたじゃ無理だから! やめろって!」



ーーー ーーー ーーー



食堂でのバカ騒ぎがひと段落したころ。


俺は少尉とともに准将のいる指令室に向かっていた。


「はぁ……」


「あの人も、ワケありですか」


相変わらず察しのいい少尉。ため息一つで言いたいことが分かるらしい。


「ああ。中将に奴隷じみた扱いをされてたみたいでな。あのクソをぶん殴って連れてきた」


「えっ、中将さんをぶん殴ったんですか」


「つい……」


「あはは、中尉らしいや」


笑ってはいるが、少尉も真面目に考えてくれている。


そういうやつなのだ、こいつは。


「まあ、たぶん日向さん? は中尉が何とかするしかないですね」


「そうなんだよなぁ……けどトラウマってのは簡単に消えるもんじゃないしな……」


「中尉なら大丈夫ですよたぶん。何か困ったことがあれば言ってください、力になりますから」


「少尉……ありがとな」


少尉の頼もしさに感心しつつ、俺は准将のいる司令室に入った。



ーーー ーーー ーーー



「失礼します。准将、ご無沙汰してます」


そこには、高級そうな椅子に座る准将がいた。


何故か若干右頬が腫れているが、気のせいだろう。


「おお、久しぶりだな提督。お前も苦労してるみたいだな」


「いやアンタが言いますか……」


「ははは、オレハワルクナイ。で、頼みってのは?」


「大分面倒なんですけど……」


依然として適当な准将に若干呆れつつも、今日あった事と趣旨を伝えた。


准将は快諾してくれた。


「よし、分かった。あいつらは早めに黙らせておこう。そのうち書類が届くはずだ」


「助かります」


「今日はゆっくりしてけ。みんなも喜んでただろ?」


「そうですね」


「……」


「……」


「……ちゃんと新作話題作は金庫の中に入れておきましたよ」


「ありがとうございます!!!!!」


事後報告をすると、准将は満面の笑みでスライディング土下座をしながら感謝した。


とても基地司令には見えないアホっぷり。


「ははは、それじゃおやすみなさい」


相変わらずの准将に苦笑いしながら、俺は指令室を後にした。



ーーー ーーー ーーー



准将に頼み事をしてからしばらく。


俺は再び少尉と合流し、屋外の演習場そばのベンチで軽く飲みながらくつろいでいた。


基地の中にいるとまたアホのように飲まされて明日グロッキーになるからパス。


「くああ……中尉良いなぁ……俺も提督やりたい……」


「簡単に言うなぁ……楽しいことばっかでもないぞ?」


「それはそうかも知れませんけど……」


既にお気づきかもしれないが、少尉は眠気で軽くダウン。


「ぬうう、中尉の癖にあんな美人さんと……中尉の癖に……」


「お前それシラフじゃねえよな?」


眠気のあまりか容赦なく俺に突っかかる少尉。


そんな少尉の相手をしていると、ただ事じゃない様子の扶桑が走ってきた。


「ん……?」


「はあっ、はあっ、提督!」


「なんだ、どうした扶桑?」


明らかに様子がおかしい。何かあったのか。


「日向、日向を見てませんか!? お手洗いに行くって言って帰らないんです!」


「いや、見てないぞ……? 扶桑、それ何分前の話だ?」


「もう、1時間も前で……もちろんお手洗いにもいなくて……」


嫌な予感がした。


日向が1人で東基地から出ることは出来ないが、それでも早く探さなければならない。


そんな気がしてならない。


「分かった、俺も探すよ。皆にも声掛けとく」


「ありがとうございます!」


「少尉、行くぞ。緊急の迷子探しだ」


「ういっす」


少尉も事の重大さを察してくれたのだろう、すぐに真面目な顔になった。


「日向、どこだ……!」


俺たちは基地中を探した。



ーーー ーーー ーーー ーーー



ヘリコプターや戦闘機が離着陸する滑走路から少し離れた、何も無い草原。


人工的な明かりはないが、月明かりで視界は容易に確保できた。


そして、彼女はそこにいた。


何故かは分からないが、分かった。


「日向……?」


ゆっくりと歩み寄る。


まだおかしな様子は見えない。


「ああ、貴方か……」


「急にいなくなってどうしたんだ? みんな心配してるぞ?」


「……だろうな」


表情は穏やかだ。だが、すごく冷たい。


そう表現するのが1番正しいと思う。


「ほら、戻ろうぜ。まだ夜は冷える」


「……」


日向は応えず、動こうとしない。


「日向……?」


「近寄らないでくれ」


その一言で俺の足が止まる。


「もう、もういいんだ。もう……」


「日向……」


「艦娘と言っても体まで鉄で出来ているわけじゃない。死にやすい体で助かるよ」


穏やかに、まるで「おやすみ」と言うかのように日向はナイフを取り出し、首にあてがおうとした。


艦娘と言えども、艤装を装備していない時の肉体強度は人間と変わらない。


苦痛もダメージも人間と同じく受ける。


「やめろ!」


咄嗟に足に力を入れる。


が、日向は静かに手を止め話し出す。


「君は……私をどうしたいんだ?」


「は……?」


「こんな穢れきった体の、大した戦力にもならない私を連れてきて……また戦わせるのか?」


日向は自嘲気味に言う。


「俺は」


「扶桑から聞いているさ。君がどれだけ素晴らしい人間かは」


俺の言葉を遮りながら言う。


「けれど、私には何もない。戦う理由も、守りたいものも、何も無いんだ」


俺は立ち尽くしていた。


今は迂闊には動けない。


「今の私は『日向』として生きていくのに相応しくない。だからさっさと死ぬべきなのさ」


そうか……。


そういうこと、か。


俺は再び歩き出した。


「来るな、と言っているんだが」


日向はナイフを首元にあてる。


「やめろ」


「止まれ」


「日向」


「止まれ!」


手が届く距離まで近づいた。


日向は一歩引いて逃げようとするが、俺はナイフを持っている方の腕をがっちり掴んで離さない。


「はあっ、はあっ……」


「……」


明らかに取り乱している。


「貴方は、何がしたいんだ? こんな私を助けて……良いことをしたとでも思ってるのか?」


「良いこと、か……」


物事の善し悪しなんて誰が決めるんだ?


そんなものに明確な定義は無い。


「日向、やっぱりうちに来いよ」


俺は軽く笑って言う。


それを聞いた日向は一瞬驚いたような表情をし、すぐに俺を睨み付けた。


「断る……!」


「よっと」


「うっ……!」


日向の手からナイフを奪い、遥か遠く投げ捨てた。


「……私が、貴方を信じられるとでも?」


「信じろなんて言わないさ。ただ、一緒に居ようって言ってるだけだ」


「分からない……何でなんだ? なぜ貴方は、そうも私にこだわる? それで貴方に何の得があるんだ?」


日向は苦しそうに言う。


「うーん、鎮守府に強くて美人の仲間が増えるから、か?」


「は……」


もう一歩、日向の傍へ。


「お前さ、もう私には何も無いって言ったよな」


「……ああ」


「だったらこれから作ればいいんだよそんなもん。俺だって何のために生きてるかなんて説明出来ないし」


「……」


「おい!」


俺は日向を思い切り抱き締めた。


「なっ……」


「俺には日向が必要なんだよ! お前がうちの鎮守府に居なきゃ嫌だ! だから一緒に来い!」


「やめて、くれ……」


日向は俺から離れようとする。


が、その腕には力が入っていない。


「私は、貴方まで穢したくない……」


「お前は穢れてなんかいないよ」


「嘘だ……」


「嘘じゃない。綺麗だぞ」


「貴方の力になれない……」


「なれるさ。お前なら絶対になれる」


涙がポタポタと地面に落ちる。


「もう大切なものを守れないのは嫌なんだ……!」


「だったら俺が、俺達が一緒に守るよ。日向の大切なものを。もう二度と失わせない」


「うっ、うぅ……!」


「もう大丈夫だ。良く頑張ったな、お前はもうひとりじゃない」


「うあぁぁあ……!」


日向はもう逃げようとはしなかった。


そのまま俺の腕の中で暫く泣いた後、気を失ってしまった。


俺は日向を背負い、部屋まで戻った。



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フタサンマルマル、第二士官室にて。


俺はすやすやと眠る日向をそっとベッドに降ろした。


「良かった、日向……」


扶桑がほっとした様子で胸を撫で下ろす。


「なんだ、俺達は要らなかったみたいですね」


「悪いな、こんな夜間に動かしちまって」


「いえいえ、中尉たちのためなら。じゃあ俺は行きますね」


「おう、助かった」