2017-04-26 00:56:53 更新

概要

量産型提督【改善】の続きです。

・・・試作機・失敗作・量産機・プロトタイプ・捨て艦、それらを「無謀」という名の風呂敷で包み込み死地へと運ぶ。
この大海原では「何故に」と問えば、「何故に」と返る。
病んだ魂は安息を求め、あの日に傷付き、死んだ過去を追い敵を求めて暗闇を彷徨う。
だが「故に」と問えど、返る声は何も無い。


前書き

【「ナ号-19-5-044再型」取扱説明書】

 本日は我が研究所の先行試作型量産機をご注文いただきありがとうございます。
 事前にご理解いただいておりますが、本機は初期型であるためいくつかの不具合にはお目溢しをお願いいたします。
 つきましては、本量産機の取り扱いについて説明させていただきます。

 一、本量産機は第五世代の『名取』の復刻モデルです。実際に第五世代のパーツをとある経路より入手して各部位へと特別に組み込んでおります。

 二、例により初期型の試作機であるため全てのプログラムにプロテクトを施していません。端子に接続した機器が強制的に『管理者モード』に移行してしまいますが、これは互いのメンテナンスを容易にするためのものでありバグではございません。仕様です。

 三、19シリーズより旗艦がアクシデントを起こしても緊急で指揮が執れるよう、高級な特注品であった提督の代理を務められる『提督回路』を、安価に扱いやすく改善した『エリート回路』を標準搭載しております。また、通常量産機に搭載される戦闘回路を『長良型「改」』にし、1枚のところを3枚に特別に変更。さらにこれら3枚を直列に接続をしているため、戦闘で得る経験量が実質3倍になるので戦力として後れを取ることはありません。
 他に26mmハードセラミック装甲を持ち、14cm単装砲を計5基、61cm四連装(酸素)魚雷2基、21号対空電探1基を初期標準兵装としています。

 以上をもちまして説明を終わります。
 重々ご承知かと存じ上げますが本機は使い捨てを目的としたものではございません。試作品ではありますが、その性能はこれまでの技術の積み重ねにより〈オリジナル〉と遜色の無い物となっております。
どうぞ我が子の様に愛し、仲間と共に戦場を潜り抜け、共に長く歩まれていかれることを研究者一同心より願っております。

 私事ですが、この機体を特別に製造したのはこれまでの身勝手な私情による償い行為でもあるからです。

 南原産業総合研究所総本部 所長 南原 一鉄より


【アッセンブル・ザ・ルーザーズ】



――――――――――

『無名鎮守府〈量産型〉型録 その1』


・ナ号10-1型〈古鷹(ver,0.01)〉【本名:消失】


 タラワ鎮守府の現場の声に応え急遽再設計され0型の1ヶ月後に製造された後続機。南原研による事実上、「量産型」の定義に沿った最初の第零世代の量産型艦娘である。

 0型により露呈した『ボディの脆さ』という最大の短所を克服すべく身体の各所を大幅に改善が施されたが、その分身体だけでコストが3.8倍となってしまっている。それ故、艤装の大部分までには改善の手が行き届いておらず、装甲板の厚さが倍になった以外には0型の艤装がそのまま流用され、主砲と魚雷の配置および塗装の変更のみに終わる。

 本機は激戦下にあるタラワ鎮守府への支援及び試験機として送ることを念頭に置いたものであり、中距離、短距離、果ては格闘戦などあらゆる天候と場所、状況に対応するための要素が最初から組まれている。ただ、急造品の為0型のような事細かな各機のカスタマイズは施されず、デフォルトのまま3機製造された。


 古鷹型戦闘回路を1枚搭載。25mm粗製スチール装甲を持ち、20cm単装砲3基と80mm十四年式拳銃1丁、61cm三連装魚雷2基を初期標準兵装とする。


 ※当鎮守府では度重なる艤装改修などを行っている為、性能はこの限りではない。


 ・追記・・・本機は現第八世代においても改全機〈ver,8.09〉が量産され続けており今でも南原研の誇る名機である。



・海号15-042L型〈長良(廉価版型)〉【本名:長良 亜理紗】


 高山型よりライセンス契約をを取り付け、海軍によって量産された第五世代の安価な量産型艦娘。

 〈オリジナル〉の性能からか、コストを前世代の半分以下に削ってもなお下の上クラスの性能を持つ。第五世代には前期型と改善された後期型が存在するが本機は前者。

 本機の役目は『作業用の安価な重機』および『集中運用による安価な敵艦隊の制圧用』が目的とされ、数を用意しての作戦行動が主とされていた。

 従来型との差異は徹底的なコスト削減のため一律に安価なグレードの低いパーツが積極的に採用されており、特に装甲は地球環境に優しい再生プラスチック製が採用されている事である。他に魚雷管と両側面の主砲の切除や出力と効率の極端なまでのカットなど、この事からも本機における当時の扱いがどれほどのものであったのか想像に難くない。

 その素直な機動性と堅牢な信頼の高い性能により生まれたある意味「量産型」の名に相応しいとも言える機体である。本機はそれに加え、艦隊の旗艦を務めていたのか安価な指揮官用回路の搭載が確認されている。


 また、なぜか長良型シリーズ「長良」「名取」の2機の新造された姿は、第六世代以降確認されていない。


 長良型戦闘回路(廉価版)、指揮官用回路(廉価版)を各1枚搭載。10mm積層式再生プラスチック装甲を持ち、14cm単装砲ライフル1基(簡易量産版)のみを初期標準兵装とする。


 ※当鎮守府では度重なる艤装改修(ry


 ・追記・・・◎月×▲日明朝、「名取」の姿が確認されたし。事の関係を製造元の南原研に確認を急ぐものとす。


――――――――――



~東京 青海 喫茶「大江戸女神」VIPルーム~


ハァーッ・・ハァーッ・・・スー、ハー・・・


眼を閉じず心の中で妄想のクスリを打ち、息を大きく吸い、そして吐き出す。真新しい畳のイグサの匂いが鼻腔を刺激し、一枚板のヒノキ机を挟み取引相手側の奥に立て掛けられた屏風の見事な虎と龍の威嚇し合う墨絵がこちらへと睨みを利かせる。金箔和紙の襖の反射光に一瞬目を細めながら、少女は石灰色のバックパックに手を入れ約束の物を掴み取る。


――夢か現か、こうして今も頭に霞が張りモヤ付き、クスリの幻覚の様に脆く実感が無い。あの日からそうだ、何もかもが信じられないまま、まるで口をぽかんと開けたまま銀幕のスクリーンが写す考えの追い付かないシーンをいくつも流し込まされた時の様。


――眠りに落ちるたび目に映るフラッシュバックに認め難い事実を見せられ続け、思わず口が動いた。10-0型は無敵だ。アタシとあの2人がいる限りデータもスコアも秀逸であった、信じていた、不採用になる筈など無い。だが何故あんなことに、こんなはずじゃない、あいつ等がアタシ達を嵌めたんだ、そうに違いない、と。・・・だが一度過ぎた事象に、もしもはあり得などはしない。ましてや、試験は既に終わらされた後であった。


やり場のない思いに恨み辛みを吐き喘いでは、一滴一滴胸の底へと感情が落ち、溜まり、静かに煮え濃縮されていく。そしてある日、それは溢れる。捌け口など簡単に見つかった。


稲城「どうぞ」


提督用制帽のつばをやや傾け薄青い眼光を効果的に見せる。机上に名刺サイズのメモリーカードを3つ差し出し、添加物ばかりのカレーチョコパフェを口に含んだ。


彼女の服装は白Yシャツと右胸に『熊野』と刺繍される小洒落たブラウンのセーターを羽織り、膝まである軽空母用の紺色の長袴スカート。いかにもチグハグで色調も地味な組み合わせであり、相手の変人を見るかのような痛々しい視線が胸に突き刺さる。だが、涼しい顔で受け流す。古鷹が数少ない前任の〈オリジナル〉の予備の服達の中から選んでくれたのだ。それに、この時はさすがに擦り切れて継ぎ接ぎだらけの襤褸切れとなった試作セーラー服を着て行くわけにはいかなかった。


「どうも」


リーダーの少女が侮蔑混じりにこちらを一瞥。黒と薄青の眼光がかち合い数秒後、あらためる。


向かいの席に座るのは3人、稲城と異なり彼らの前には手が付かれていない純正コーヒーが1杯ずつ置かれているのみ。中央に黒い軍服を着たロングの黒髪のリーダーの女性。その顔は漆喰のように白く目つきは剃刀じみて鋭く油断ならない。その両脇を固めるのはどちらも国防色の軍服を着た落ち着きのない細身の青年と背が低い女性である。3人の服には共通して陸軍の所属を示すバッジが鈍く光っていた。


稲城「あー、中身は数年前に海軍限定で公開していた『南原ハイブリッド理論の論文』の全文に、ナ号-10-0型の・・・つまりアタシの『設計図』と『戦闘データ』だね。ま、3つ目はアタシの主観ってところかな、客観データのほとんどはアッチが持って行っちゃったから・・・」


親しげに笑みを浮かべる。当然相手の反応は無く、厳重にコピープロテクトされたメモリーカードを読み込み、どこか機械のように淡々と作業を進めていく。


「・・・・では」ボソッ

「やはり・・・」ボソボソ


カタカタと鳴るキーボード音と小声の密談が室内を満たす。稲城は頬杖を突きつつ人差し指でテーブルを叩き、あくび一つし、鋼鉄製アルコールボトルから特製のクスリ入りウイスキーを呷る。ボトルには南原を表す歯車の旭日の意匠。今朝、南原研より支給を受けたばかりの試供品。


・・・量産機として不完全な彼女は南原のクスリ無しでは生きていく事が出来ない。艤装を装着していなくても生命活動し続ける限り彼女は現在もこの行為を強いられることに変わりはないのだ。言い換えれば彼女は生きる限り南原研に束縛され続けられることでもあるのだが、稲城はそれを知った上でなお甘んじて受け入れていた。


なぜなら、彼女はもとより南原の技術屋で一生の忠誠を誓った身であった。そして頼るべき場所を・術を、他に何も知らなかったからだ。故にその苦行を易々と止め眠りにつく気などは当然無かった。だが、現在の彼女は以前と少々勝手が違っていた。それは彼女の心中が未だ燃える海原を彷徨い続けていたためである。溢れた思いは忠誠心すら容易く組み伏せてみせた。


「隊長、全て本物です」


青年がリーダーに報告する。


「了解」


稲城「じゃ、要求を呑んでくれるってことで良いかな?あきつ丸さん」


取引相手である陸軍、そして海軍の両方に所属する〈オリジナル〉の艦娘、あきつ丸はメモリーを机上に戻しコクリと頷く。


あきつ丸「無論、稲城大尉・・失礼、中佐殿の要求を受け付けましょう。まるゆ曹長、アレをもってきてほしいであります」


あきつ丸は『大尉』と語気を強める。アタシの生前の階級は大尉だ、そして『死後』大本営の手厚い待遇を受け二階級特進がなされていた。おそらく死人との取引等は前代未聞だろう。あちらもあまりいい心持ちで無いはずだ。アタシにとっても特進が『採用』や『生還』などでの特進であれば喜んだに違いない。けど、もうそんな物はどうでもよくなっていた。


まるゆ「はい、あきつ丸さん!」


まるゆと青年が席を立ち、襖が閉まる。〈オリジナル〉と〈量産機〉の2人が残り、プレッシャーと共に気まずい空気に変わる。アタシは滲む汗を歯車刺繍のハンカチで拭った。取引の緊張感によるものではない、身の危険を知らせる本能によるものであった。自分は今、どこにいるかを知っている。然りこの喫茶『大江戸女神』について。


ここは喫茶店の看板を掲げてはいるものの、その実、陸軍独自の専用会合所であり拠点でもあるのだ。コックやメイドはもちろん、くつろぐ客や清掃員ですら陸軍の者であった。入室するまでに見た光景を反芻する。空気がピリピリと張り詰め、誰もが巧妙に大口径拳銃を隠し電熱刀を帯びていた。いかな改造手術を受けた身であれ、撃たれれば死ぬし斬られても死ぬ。おまけにこちらは丸腰、何が起きてもおかしくない。一定間隔で聞こえる電子鹿威しの音だけが寄せては返す波のように張り裂けんばかりに強張った空気を打つ。ボトルを再度口へと傾けた。じんわりと身体にサイケな活力が満ち恐怖心が吹き飛ぶ。


あきつ丸「・・・ところで、なぜ海軍関係者がこのようなマネを?これをどうやって取得したので?」


不意に目の前の〈オリジナル〉が口を開く。至極当然の疑問。


――やはりきたか。


ここへ来る間に1人大発の上で何度も行ったブリーフィングを思い出しつつ、コン、と手にしたアルコールボトルを机に置く。


稲城「それはあきつ丸さんと同じさ」


まるで親しい仲の女友達とふざける様に振る舞い、余裕気に芝居がかって答えてみせる。古鷹の言う通りアタシはもう死に、「稲城香子」は「稲城香子」でなくなった。そして今、「加古」として生命活動してきたアタシは延命のために、軍籍簿からも消えた「稲城香子」という皮を被りかつての過去を演じつつ、同時に過去を売り物にした。


あきつ丸「ほう、同じとは」


あきつ丸が冷たい視線を向ける。ここだ、ここが正念場だ。目の前の〈オリジナル〉に向けて1つ1つ言葉を選びながら、しかし、決して表に出さぬよう顔色を窺う。何かあって目の前の〈オリジナル〉の機嫌を損ねれば自分はオシマイだ。何しろアタシは海軍の機密データ諸々を用いていてるため完全にブラックゾーン、対する陸軍は金や立場を与えるだけでありグレーゾーンである。まず何としても乗り切らねばならない。真意を悟られないように芝居を続ける。なるべく扶桑さんの様に冷静に、それでいて伊勢さんの様にマイペースに。


稲城「アタシも、あんたも、海軍にある種の恨みを抱いている、わかる?・・だからこその援助?って感じのものをね」


あきつ丸「・・・中佐殿の事情は一応聞いているであります」


稲城「そしてあきつ丸さんはジリ貧の陸軍とコンタクトが取れる数少ない〈オリジナル〉の御方だ」


稲城は陸軍の現在立たされている状況をちらつかせながら一気に畳み掛けた。交渉において自身の持ち札を浪費することは痛手。だが、相手がこちらに気を寄せたならば、感情に訴えかけるのは今しかない。


稲城「陸軍は今や解体寸前、いわば相撲取りが土俵の縄の上で踏ん張っているようなもの。だから起死回生を目論み艦娘の量産化に着手するけど失敗続き。そんな中、アタシ達は何とかして生き延びる術を欲していて、タラワ諸島奪還のための鎮守府設備投資の資金と艦隊を強化する地盤を欲している。つまり!この取引はアタシ達に生きる糧を与えるだけで艦娘量産化の基礎技術が簡単に手に入るまたとないチャンスってことさ!」


稲城は今の陸軍の内情を鑑みる。


量産化に手を付けてまだ1年も経っていないが実験回数などから見ると、かなり意欲的であった。だいうのに取引に出向いたのが高級将校ですらない〈オリジナル〉2人と技術者1人。「喫茶店」という敵陣の中とはいえ、いかに〈オリジナル〉が、量産型プロジェクトが、陸軍内においてもどれだけのポジションを占めているか。そしてその上での取引。容易に想像が出来た、是が非でも手に入れようとする筈。


稲城「取得方法については・・・まぁ、初期型で試作品の身体だと負担の激しいデメリットはあるけどいろいろなことが出来るのさ、例えば大本営や鎮守府のサーバーをのぞき込んでコピーしたり、盗聴したり・・とかがね」


あきつ丸「ほう・・便利な身体でありますな。よろしければ、ぜひ陸軍で量産させていただきたいであります」


あきつ丸が眼を笑わせずに微笑み、ぬるくなったコーヒーに手を付ける。


稲城「ハハッ、やめといた方がいい。こりゃ結構難儀な身体だよ?」


空虚で乾いた味のしない雑談を交え、数度鹿威しが鳴り、やがて2人が戻って来る。ドカドカと机上に膨れ上がった特大の麻袋がいくつも置かれた。中身は・・・大量の金塊と最高額の札束である。・・・要求した量よりはだいぶ少ない、だがまずはこれで十分だ。


あきつ丸「さて、金はこれだけあればよろしいでありますな・・・提督証と鎮守府登録証の用意については明日までに南原産業総合研究所へとお届けさせていただきます。それではこれで・・」


あきつ丸は麻袋の山をこちらへ押しやりメモリーへと手を伸ばす。が、その手首は稲城に勢いよく掴まれテーブルへと強かに押し付けられた。


稲城「まだあるよね」


稲城はこちらへ身構える2人には目もくれずに静かに威圧した。こんな端金や紙切れはいつでも簡単に手に入る。こうしてやっととっかかりを掴んだのだ、今までは艦隊戦で言う偵察、いわば前哨戦にすぎない。故にこの先の砲雷撃戦、本題を無かったことにされるわけにはいかなかった。


あきつ丸「・・あーそうでした、ごもっともであります。・・・・・オホン、えー、たしか対潜能力のある量産機を1人、でありましたな。全く中佐殿もお人が悪い、すっかり忘れていたでありますよ」


あきつ丸はゆっくりと、強引に手を振りほどきコーヒーを啜る。稲城はついこの間発刊されたばかりの雑誌『帝海ジャーナル』を広げた。手垢に塗れヨレヨレとなった帝国海軍兵器開発局の記事を指差し、叩く。


稲城「正規の奴がロールアウトされた筈だし、予備機くらいあるでしょ?」


ちょうど1週間前、大本営は艦娘の量産型を大衆向けプロパガンダと共に発表し、駆逐艦から戦艦まで数・種類こそ少ないものの多種多様な量産機が各鎮守府へ配備が開始された。不服だが、海軍製の性能水準は高く、既に解放された海域もあると聞く。故にどのような組織であろうとまともな技術屋がいれば予備の機体は必ずや1つか2つはあるはず、そう踏んでいた。


「余りは無い」


だがその時、青年が憎々しげに言い、こちらへと9mmブローニング銃を向けた。伍長の階級章と名札プレートに「陸軍登戸研 技術者:田島」の刻みが見える。


稲城「・・・何かの冗談かな」


登戸研・・・その名を見、稲城は目を潜ませる。かの陸軍兵器研究所は清濁混ざり名・迷兵器を生み出す混沌とした実態の良く分からない研究機関である。マイクロ波兵器、UFO、二足歩行の人型マシーン・・・奇妙奇天烈な研究内容がほとんどであったがそれは氷山の一角。その実、陸軍の研究機関でありながら、一時期造船業や戦車産業と陸海問わず幅広く軍事産業の一翼を担っていた。・・・・・深海棲艦が現れるまでは。


稲城自身、純粋な人であった頃に下っ端として何度か関係者と接触したことがあった。目を見張り思わず尊敬するほどに彼らは軒並み腕が良かった、同時に孤独を好む奇妙な人々であったことに覚えがある。彼もその1人だろう。だがいったい、これは何のマネだろうか。


田島「あいつらは配備分だけ計画的に製造している。・・・つまりだ・・・・・つまり、余りは無い!わかったか!そもそも、海軍関係のお前1人にここまで譲歩してやっているんだ!「手始めに陸軍の予算50%を差し出せ」だと?ふざけるな!大人しくそれを寄越せ!」


若い彼は頭に血がのぼり、1発発砲。弾は稲城のすぐ横を通り黒髪を散らせ青畳に着弾した。稲城は表情を崩さない。


その反応を見てか、彼は激昂しあきつ丸の警告を振り切り、次いで胸ぐらを掴み端末の画面を見せつける。おそらく海軍のサーバーをハックしたのだろう、そこには量産機の製造数と配備数の進捗を示すグラフには配備完了の文字と「残り0」と書かれたカラーバーの表示があった。稲城は鼻で笑い、青年を突き飛ばす。


稲城「じゃあダメだね、取引は無効。他にこれを欲している奴らがまだいるんだ・・・いやね、いの一番に陸軍さんへ飛び込んだんだ。海軍と対立してるもんだからさ、呑んでくれるって結構信頼してたんだよ?お偉いさんからオーケーだってもらったんだ。けど、約束が違うじゃないか」


淡々と冷酷に宣告し、素早くメモリーカードを懐に収める。


だが、稲城は内心冷汗を滝のように流していた。


というのも、実際はもう後には引けぬ状態にまで追いつめられていた為である。既に当てのある者達には全て断られこの陸軍だけが最後の頼みの綱となっていた。資源自動生成装置の故障した名無しの鎮守府では行動不能にまで損傷した重症の古鷹がアタシの帰りを待っていることも要因の一つ。相応の対価を要求したとはいえ調子に乗り過ぎたことを稲城はやや悔やんだ。・・・やはり少し吹っ掛けすぎたか?


だが、幸運にも崖っぷちに追い詰められ焦っているのは陸軍も同じであった。


田島「ガハッ!」


鈍い打撃音が聞こえた。あきつ丸が立ち上がり拳を振り青年が屏風を突き破り吹き飛ばされた。


あきつ丸「なるほど・・・そうですか」


目の前の〈オリジナル〉はぎちぎちと音が聞こえるほどに拳を握りしめ、こちらを静かに睨み付ける。一方、田島とかいう青年は怒気を当てられ屏風の下で折れた歯を吐き、青い顔をで今にも失神しそうな状況。稲城はハッと我に返る。


――さすがにマズくないか、これ。


発砲音が合図となったのであろう、強化された感覚が部屋の四方の襖の向こうに集まる十数名の人の気配を知らせる。服越しのメモリーカードを握りしめ、もう片方の手で無意識に腰の位置へと手が伸びるが空を切る。震える手から滴った汗が畳に染み込んだ。


まるゆ「あの・・・」


そんな時、一触即発の空気を破ったのはもう一人の〈オリジナル〉であった。


あきつ丸「・・・どうしたでありますか、まるゆ曹長」


手袋を擦り、静かに怒りを湛え震える声であきつ丸は言う。彼女は興奮すると手袋を擦る癖があった。相手は南原の死人、ここで殺し東京湾に沈めたところでさしたる迷惑など掛からぬ筈。もとより、陸軍は彼女を呼び寄せ何事も無く受け取った後で殺す算段であった。だが、若造が物を受け取る前に全てを台無しにしてしまっていた。


まるゆ「あ・・・いえ、古い情報ですが・・少し、少し心当たりがあります。以前に事故を起こして解体処分待ちの子が1人だけ、確かいたはず・・です」


まるゆはおっかなびっくり言う。彼女は唯一、当初から公平に取引を行おうとする姿勢の人物であった。それは「艦娘は人々を守るために存在する」という信念に基づいたものであり、取引相手もまた守るに値する者と見ていたためである。目の前にいるのは海軍の軍人ではない、技術者であり研究者なのだと。たとえ理不尽な要求であれどこの後生み出すものに比べれば蚊の涙。そして何より、目の前の少女自身がデータの有用性を示していた。そんな〈オリジナル〉の言葉を聞き、青年がハッと生気を取り戻したかのように匍匐姿勢で屏風の下から這い出、


田島「名前は何だ、調べてみる」


とすがる様に食い付く。


まるゆ「えぇと・・・確か『深雪』という量産艦娘さんです」


田島「よぉし待ってろ・・・・・・うん、いるな、いる。が・・・・うーん、この子は失敗作、だそうで。・・・この取引材料には不適格・・・・・です」


おずおずとあきつ丸に報告。


あきつ丸「・・・・・中佐殿?質が落ちますがそれでよろしいですか?」


あの〈オリジナル〉と同じ冷たい笑顔でこちらに言う。これで手を引けという事なのだろう。怒気を隠しきれていないが、まぁそれはいい。


稲城「そう?いいよ、構わない。アタシとしては今はタラワ奪還への戦力が少しでも欲しいところだし、この際だれでもいいかな」


稲城は汗を拭い背一杯の虚勢を張り、座ったままあきつ丸へとメモリーを投げ渡す。あきつ丸は飛来するそれらを指先で摘み取った。


あきつ丸「・・・では、取引は成立です、『深雪』もなんとか明日までに送るであります。大本営へは彼女が脱走後に中佐殿の鎮守府へ流れ着き成り行きで着任。との内容の報告書をこちらで偽造しておきましょう」


満面の笑みを浮かべてあきつ丸は改めて提案をする。異議なしと無言の同意をし、負けじと胸を張り微笑み返す。


稲城「どうも。あ、あと提督名は「衣笠名古」でよろしくね。このままの名前じゃマズイし」


あきつ丸「衣笠・・名古・・・?ああ、前任の秘書艦の「衣笠」と、中佐殿の「加古」でありますな。了解したであります。しかしなぜ?」


稲城「あんな未完成の鎮守府に正常な提督がいたら何かしら疑われて当たり前だからね。けど、まともじゃない司令官であればだれも見向きもしない。それどころかあっちが勝手に怖がって手を出し難くなるかもしれないでしょ?」


稲城は古鷹考案の提督ネームに我ながら感心しつつ説明をして見せた。やはりあの重巡はああ見えて使い物になる。


あきつ丸「ははぁ・・・なるほど。まぁ、確かに」


稲城とあきつ丸は共に笑顔で書類に血判とサインをし、とても力強く握手をした。これで事実上、陸軍は艦娘の量産化の手がかりを得、稲城は海軍に提督として強引に組み込まれタラワ奪還のための艦隊を作成する第一歩目を踏み出すことが出来たのであった。


あきつ丸「ところで、中佐殿の艤装を一度陸軍で解析をさせていただきたいのでありますが今どこに?」


稲城「ごめん、アタシのヤツ、秘書艦の艤装の修理パーツとして共食いさせちゃってさ、もうないんだ」





それからアタシは提督となり海軍の仕事に何とか喰らいつき、馬車馬の如く働き続けた。全てはあの時の仲間との約束を守り通すために。そして雪辱を晴らしあの島を死に場所とするためだけに。


量産機も古鷹や深雪をはじめ年月を経るたびに少しずつ増え戦力を増し、軽巡の天龍と飛行艇母艦の秋津洲が加わった。部隊に加わる子達はどれも一癖も二癖もある子ばかり。皆、アタシが『提督』だと知るや信頼しきって何でも言う事を聞いた。どんなに苦しい鍛錬も作戦も「静かな海を取り戻す」「平和を目指して」と薄っぺらな理由を付ければ命令一つで自由自在、何も知らない一生懸命な姿は見ていて笑いが止まらなかった。特に、仲間が増えるほどに何も知らない古鷹が嬉しそうにはしゃぐのは滑稽だった。秘書艦として従順に働き、懐きやすく呑みこみも早い、何より無垢で疑う事を知らず、命令に忠実。これほど単純で使いやすい奴はそうそう無い。全く、ここへ流れ着いてラッキーであった。


とはいえ1艦隊分、6人揃うまではとてもではないが動くことはできない、違法に取得した提督証がバレそうになり3週間の超短期士官学校に滑り込んだ事や、時に手を血潮に染め続けたこともあった。何としても耐え続けた。気が付けば6年の時を迎えようとしていた。


この頃陸軍は第五世代が発表された時期には量産技術の開発に成功し、製造態勢までもが完全に整えられていたにもかかわらず軍は解体され国防港湾軍へと収縮・降格。そして接収された量産型あきつ丸・まるゆ達は海軍の想像を超えた数があったために、時期が悪くかの「捨て艦作戦」に大量に導入されてしまっていた。


そして第六世代のラインナップがカタログに載るころ、その陸軍の遺産がもう1人の量産機の長良と共に無名のこの鎮守府へと流れ着く。第五世代の機体であるにもかかわらず、アタシですら引く程に傷付き、虫の息であった。2人が一命を取り止めた後、アタシと古鷹は6人集まったことを喜んだ。勿論、アタシはようやくタラワを奪還に行く艦隊が出来たことを。古鷹は仲間が増え賑やかになり、もう1人ではなくなったことを。


だが、目を覚ました彼女らは古鷹が『提督』を紹介したとき、それは起こった。秋津洲の懸命の治療により癒え、微かに光の戻り始めた目が一瞬で光を消し、怯え竦み震え始める。長良は舌をかみ切ろうとし、あきつ丸は拳銃をこめかみに当て自決を図った。彼女らは以前の鎮守府において口に出すのも憚られるほど酷く心身共に破壊され続けられていた為である。逃げ出し、助けられた2人はおそらくアタシ達をはぐれ物の集まりだと思っていたのだろう。だがそこに彼女達の恐怖の対象があった。そう、『提督』という存在である。


撃鉄が雷管を叩く音が聞こえる。だがこの行為は未遂に終わった。それを止めたのは最も近くにいた古鷹ではなかった。


他でもないアタシだった。


この時、作戦の駒を失いたくなかったのか、それとも在りし日の隊長としての矜持が残っていたのか。絶句する古鷹達の表情を背に、アタシは2人の拳銃を叩き落とし頭を押さえつけていた。そしてあろうことか、止められたことを責めた2人へと侮辱の言葉が飛び出ていた。この後間接的に殺そうとしていた者達を、だ。


泥のように固まった時間間隔の中、アタシは困惑していた。何を言っている?いつもみたいに適当な言葉を並べて慰めればいいものを、悲願達成まであともう少しだぞ、強引にねじ伏せろ、と頭の中でどす黒い声が聞こえる。だが一方で心のどこかがそっと囁いた。この子も古鷹達も沈めさせたくない、出来っこなど無い、と。


これまで鎮守府でアタシは古鷹の知るアタシを演じ、何食わぬ顔でよく笑い、よく食べ、対立し、仮初の自由を謳歌して来た。同時に月日が経ち時が流れても、あの燃え盛るタラワの光景が鮮明に蘇り続け、擦り続けた墨の様に更に混沌を極めてもいた。だから唐突になぜこんな行動をとったのか訳が分からなかった。いや、分かっていたが意識の底へと押し込んでいたのだろう。要は時間をかけすぎたのだ、たとえ仮初のモノであったとしても過ごして来た期間に、触れ合ったその長さに偽りはない。悔やむべきだろうか、彼女が駒と見ていた娘達はいつしか部隊の仲間という枠を超えていた。


突然、後方へと勢いよく突き飛ばされる。長良が何かを叫びながら何故か拳を前へ突き出していた。壁面に後頭部を強打し呻く。何事か聞き取ろうとしたが、アタシはそれよりも頭に響く声に対処するだけで手一杯であった。


―――死んでいった仲間達が本当にタラワへ戻ってくる事を望んでいるのか。


そうだ。そう、約束したのだから。


―――じゃぁ、もし伊勢さん達が生きていれば実行に移したのかい。


ノーだ。消息は分からない、だが生きているならばそうに違いない。


―――なら伊勢さん達が死んだから行くんだね。


そんなわけがあるか!あの人達が死ぬはずがない!


考えれば考えるほどギリギリと頭が締め付けられるように苦しくなる。なら何故6年も待ち続けた?何故道連れにしたくない?ならアタシが今まで生き続けた意味はどこにある?感情は渦となり激痛と共に突然フラッシュバックが起きる。周囲が海水で満たされ見たくもない光景が眼前に広がり、目と耳を閉じ心を閉ざしてしまいたい衝動に駆られる。だが叶わずまざまざと見せつけられる。それはまた精神を蝕み心を削った。早く行かないと、だが死にたくない、みんなを失うのも嫌だ、声にならない悲鳴があがった。



ふと古鷹に声をかけられ意識が戻る。既に部屋には古鷹以外いなかった。アタシは壁に背を預ける形でうずくまり、頭から流れる血と共に涙が頬を伝っていた。泣いていたのだ、タラワから脱出して以来1度も流したことのない涙を。


そして見たことない怯え様で古鷹はアタシを問い詰めた。加古がそんな事言うわけない、嘘だよね。と肩を激しく揺さぶり泣きつく。聞けばどうやら自決を責める言葉は途中でアタシの本心へと変わっていたらしい。何も飾らない『稲城香子』自身の本心である。要するに、「お前達はみんな、アタシの為に死ね」といったような内容を言い放ったのであった。その裏では出来ないと知っているにもかかわらずに。


その夜、アタシは泣きながら何度も古鷹達に謝った。


無論、彼女らに殴られもしたし、夜な夜な泣きつかれもした。その度にアタシは返す言葉もなく黙るばかり。それも間違いようのない本心の一端だからだ。彼女達の信頼が大きかったことに気付くことが出来なかったのには違いないがそんなことは言い訳にはならない。この時、稲城は無理やりにでも暴力に訴え彼女達を屈服させ、奪還作戦を遂行することも出来た。だが、それはしなかった。


〈量産型〉は大局的に見る分には兵器とさして変わらない。しかし彼女らはもとは1人の人でもあり、感情もそれぞれ異なり同じものなどは一つとして存在しない。「量産」と謳いながらも彼女らはそのような矛盾を孕む。そして、機械と生物の局面を持つ彼女らには〈オリジナル〉に負けぬほど設計者、製造者、そして研究所それぞれの何物にも代えがたい思いが込められている、その本分は様々だ。たとえそれが欺瞞に満ちていようともそれを侵してはならない。それが6年前の稲城の〈量産型〉に対する考えであった。


技術者であればなおの事、痛いほど理解していた。だというのに、「あのとき~であれば」「~さえしていなければ」と過去に囚われ執着し過ぎて忘れていた。ましてやアタシもあの中の1人。どうして彼女らを傷付けられよう。


・・・もうアタシにはどうすることも出来ない。「稲城香子」の戦いはとうの昔に終わったのだ。



結果アタシはタラワ鎮守府奪還を廃止。代わりに艦隊と鎮守府のため、脳に埋め込んだこの『提督回路』を活用していこうと心に決めた。


―――『提督回路』、かつてアタシが発明しテスト抜きで脳に埋め込んだ親指の爪程に凝縮された小さな情報回路は、反応速度補助・記憶容量増大・提督ライブラリ能力を持ち合わせている。これは電波断絶などの有事の際に軽度の提督の代わりを務められるものであり、同時に常時全反応速度を発狂寸前まで強制的に引き出させる夢の装置であった。その反動として数人の精神衰弱による発狂者、精神の分離による人格崩壊を出してはしまったのは依然として記憶に新しい。


これは艤装を装着して戦闘をしない限り直ちには問題なく、そして既に肝心の10-0型艤装は廃版となっていた。残ったのは最初期型の少し丈夫な体、そしてこのただの補助情報回路だけ。だが、以前のような喪失感は無い。


提督「過去とは別に未来を生きていけばいい・・・か」


不意に脳裏にあの日あの時の懐かしい言葉が蘇る。既に鎮守府はドックから入渠施設まであらかた整備され切っている、変に真面目な性格がこの時ばかりは提督を助けていた。それから少し休んで、ゆっくりとアタシは立ち上がった。


全力で走り回り、すがり、飛び込み、転ばされ、大ケガをする。起き上がり、急ぎ、そして転び、また起き上がった。・・・・・・


・・・再びの燃える海を越えたこともあった。時に群れ膨れた海賊まがいの艦隊に鎮守府が襲われることもあった。だが、みんなと共に協力し合い、アタシが為すべきをし、為したいことをしてきた。故に後悔などありようが無かった。



そして季節が3回ほど回る頃、第九世代試作量産機の「名取」を迎え、新たな賑やかで輝かしい日常が紡ぎ出された頃。










9年前の悪夢が衣笠提督の、稲城の肩を叩いた。




いわれなき復刻



――――――――――


『無名鎮守府〈量産型〉型録 その2』


・形式番号不明〈深雪〉【本名:消失】


 特Ⅰ型駆逐艦にして吹雪型4番艦『深雪』。

 をモデルとした量産試験機。第一世代の量産型艦娘採用競争の折に敗れ、多額の負債を負い潰れたとあるベンチャーカンパニーが制作した2機の内の1人である。

 艤装の構造は小規模な工房さえあれば修理・複製が可能な程シンプルであり、極めて壊れにくいのが特徴。ボディの耐久性も当時の要求水準を軽く超えていた。

 現世代においても特に珍しい『無回路』『無端子』仕様の機体であるが、その後深雪が量産されたという記録は今も無い。

 量産機は通常、回路等の補助無しでは水上に立つ事すら困難であるが、深雪は日々の鍛錬によりこれを可能にしている。当初は大過剰な訓練量と機関部が削れるほどの無茶過ぎる高機動によって艤装パーツの摩耗とボディの負荷が無視できない程目立っていたが現在ではこれを克服。


 搭載戦闘回路ナシ、5mm量産試験型VC(ビッカース・カーバイド)鋼装甲を持ち、訓練用12.7cm連装砲1基と訓練用61cm連装魚雷2基、訓練用模擬爆雷を初期標準兵装としている。


※・・・当鎮守府では(ry


・追記・・・現世代において海軍は『白雪』『磯波』などを量産しているが、本機と完全な同仕様のものは未だ開発されていない。過去に南原研より本鎮守府へ引き渡し命令が下ったが本人の意向を尊重、これを拒否した。




・登号-05-01型〈あきつ丸(前期型改善仕様)〉【本名:甘泉 早苗】


 深海の艦載機に一方的にボコボコにされた陸軍が海軍の一切の助力無しで量産化を成功させた量産型艦娘であり、第五世代に緊急量産された機体。

 えぇ!駆逐艦と同じコストで艦載機運用艦を!?出来ました・・・

 急造製のうえ前期型は艦載機搭載不可であったが、後に後期型と規格統一を計る為に改修が施され搭載可能に!ただ前・後期共に艦種を問わず買取・回収された他機の残骸や肉片まで積極的に流用した結果、コスト・生産量最優先の不安定で不均一なツギハギの機体となった。まぁそこは仕方ない。総計250機がパパパッと量産されたが、そもそもの艦種からして航空母艦ではないため攻・爆撃機が載らないことに気付くのはそれらが全て完了してからであった。南無。


 上層「納期も予算もないけど高性能な奴よろしく。あ、あとここ、仕様変更したから」

 現場「海軍助けてくれないし深海棲艦が滅茶苦茶強い。早くどうにかなんとかして」


 開発「えぇ・・・」


 登戸研製01式戦闘回路『改』を1枚搭載。15mm積層式亜鉛合金装甲を持ち、九六式艦戦24機と15.2cm二十六年式拳銃1丁を初期標準兵装としていた。


・追記・・・身体が白いのは元からではなく、色調の異なる肌と縫い痕を隠すためにわざわざ1回1回手作業で塗っているのであります。ここだけの話、こういうの結構気を遣うんでありますよ。




―――――――――――――――




かつて、その南方の島々は天然の要塞であった。


三角に近い形状のドーナツ型の島群はその内側に大きな海水を湛える、艦娘にとって攻防の機動が容易な場所であった。頂点の一つを真下に置いた形で存在し、東の頂点に鎮守府、そして防衛と補給の両立を目指すため南に「正面水門」と西に「納品用水門」と出入り口がただ二つあった。


その「納品用水門」方向で南方特有の身体に張り付かんとするばかりの湿気と曇天渦巻く空の下、深海第2試験艦隊の隊長、帝国識別名称『雷巡チ級』は「コマ」の配置に奔走していた。それは数十分前にこの拠点へと針路を取る艦娘の大部隊の情報が飛び込んできたためである。


「コマ」はノロノロと愚鈍に動き所定の位置へと付く。突如チ級は腰に帯びた軍刀を抜き突き刺した。意味は無い。ただ、何となく試しにやってみたいと思ったのだ。そうした数ばかりのこれらを並べ前線で采配を振るうのが彼女の任務の1つであった。


深海棲艦タラワ諸島泊地・・・かつての帝国の重要拠点はとうの昔に敵の手に落ち、今は彼らの住み家だ。島の内外へと屑鉄とスクラップが引き込まれゴミでその面積は更に増し浅瀬という浅瀬は完全に埋め立てられ、浸み出す汚染物質により周辺の海はどす黒く腐った。汚染しつくされた土壌は粘性の煙を吹き上げ黒い雨を年中降らせる快適な環境を提供し、際限なく湧き上がる金属を多く含むヘドロが彼女らの血肉となっていた。


バカな「コマ」でも今回の作戦はやや大規模なものになるのが分かるのだろう、そうチ級が感じたのは艦をなおも工廠から吐き出し続ける鎮守府へと帰投した時であった。


頭の中へと引っ切り無しに入っては出ていく通信の量は非常に多く、そのほとんどが「コマ」の声。そしてピリピリとした空気、たまらなく清々しい。この空気が、これが戦だ。チ級は思わず緩んだ頬を引き締めるが襟元がザワつき震える。武者震いとかいう奴だろう。だがこの先1時間とも経たない後で艦娘を好き勝手にこの手で沈められるのだ、そして屍の山を築き勝利と栄光をこの手に掴む。戦い、戦い、戦いこそが我らそのものなのだ、これ以上に胸躍る瞬間はあるだろうか。いや、無い。


チ級『提督、入るぞ』


提督『ん、ご苦労様』


執務室へと入室したチ級に対し提督は静かに返し微笑む。浸水した薄暗い室内は脚を濡らし、カビて黄ばみしわくちゃになった書類が乱雑に積まれた朽ちかけの執務机、壁紙がはがれコンクリートがむき出しになった壁に、ガラスが割れた窓と荒れ、廃墟の如き有様である。かつて人がいた頃の温もりは微塵もない。


提督『で、コマはどう。ちゃんと配置して来た?』


チ級『おう、提督のご命令通りにな、ちゃぁんとやってきたぜ。アイツらも提督のために命を散らせられて本望だろうぜ!ハハハッ!』


提督『そうか、よくやってくれた。・・・どうしたル級、なにか不満が?』


提督は脇に控える深海第1試験艦隊の隊長、ル級を一瞥する。


ル級『いえ・・・少しばかりあの子達を羨ましく思っていまして。その・・・』


静々とした動きで口元を隠しながら答える。


チ級『そーやって提督と俺の同情を引こうったって無駄だぜ、試験の結果はどれだけ多く撃沈できたかってやつだからな』


ル級『・・・違います』


ル級は雷巡を苦々しく睨み付ける。以前の強奪任務の時も彼女が突出したせいで自身の立てた作戦を台無しにしたばかりか戦場の面倒事を全て押し付けて単独撃沈ポイントを大量に稼いでいたためでもある。更に最近は自身への軽蔑の姿勢を隠そうともしない。


ル級『いえ、何でもありません。ええ、大丈夫ですよ』


提督『そうか、なら作戦を遂行しよう。正面水門の守りはル級と、随伴するコマを適当に見積もって迎撃に当たれ。チ級は納品用水門へ、コマは』


チ級『適当に見積もればいいんだな!』


提督『そうだ、そして今回の試験で最も戦果を挙げた方の試験艦が採用される』


ル級『了解』


チ級『了解、了解っ。じゃあな提督、ちゃちゃっと行ってきて艦娘を皆殺しにしてくるぜ!』


命令を受諾するとともにチ級は刀をカチャカチャと鳴らしながら退出をした。雨音と風の吹きつける音が残る。


提督『どうした、ル級。お前も出撃だよ』


ル級『・・・・』


ル級『提督。約束、必ず守ってくださいね』


提督『?・・・・ああ、あれね。問題ない、私は約束はちゃんと守るよ』


ル級『・・・了解しました。戦艦ル級、出撃致します!』


静寂が戻った室内で提督は耳元のLANケーブルを机上の旧式コンピュータに接続しこめかみに手を当てた。


意識が溶け、軽くなり鎮守府を中心とした黒緑色のワイヤフレーム地図が脳裏に浮かび上がる。その遠方、北西方面に接近中の大型エネルギー源が1点、ピコピコと点滅している。先程から確認している敵の移動拠点であった。未だ双方の距離はかなりあるが、それでも接近しているため電波も次第に強度を増し通信網も濃い。提督はすかさず意識を軋ませながら拠点の通信電波の海へと滑らせる。乱れ飛ぶ電波の群れが周囲を取り巻き、荒れ狂うそれらの中へ潜りのぞき込んだ。


『ザリザー、ザッザザ・・・な・・・・・・れと第1艦隊旗艦叢雲より第2から第5艦隊へ、みんな聞こえているわね。いい?司令官より敵深海棲艦の本拠地突入の名誉を得たのは他でもない、我々だけ。いいわね、各艦隊はそれぞれの役目を全うし、司令官と帝国に・・・勝利を掴むわよ!』


提督『(クスクス・・・・・・)』


拠点内の監視カメラからだろう、やり取りが確認できる。それらを記録しつつ慣れた手つきでメインコンピューターへと侵入を果たした。初期化させ管理者モードに移行、情報を引き出す。思いがけず得た大量の視覚、音声情報に提督は意識内で声を殺して小さく笑った。


どうやら敵の規模は前回の強襲時の半分ほど、更にログを覗き見れば駆逐艦叢雲以外が全て量産機との記述がある。となれば我らの敵ではない。抜け目なく拠点見取り図と乗員リスト、布陣予定図を油断なく掬い取り体内へと飲み込み、意識をもとの身体へと浮上させた。


提督「んー・・・さーて、と」


顔を上げ小さく咳込み血を吐き、伸びをして背骨を鳴らし額に手を当てる。やがて捨て駒の偵察隊から会敵の一報が飛び込んだ。数分後、提督は命じた。


提督「全艦隊に告ぐ。行動開始・・・っと」


ある種の感慨に浸り瞳を危険に輝かせながら。




朝日が差し込む工廠で、各自はそれぞれの艤装を手早く点検し装着しており出撃用意をする。稲城も服を石灰色のアラミド繊維セーラー服に着替えており、時間が足りずに未完成であったかつての愛機に手を入れていた。


稲城「よし、完成!」


横で手伝ってくれた名取へと満足とした顔で終了の合図を送る。


名取「お疲れ様です・・・これがこのノートの機体、ですか」


稲城「うん。けど、これでもまだ80%の出来さ。後はオマケを持てば完成」


名取は目の前の地金がむき出しの艤装を眺める。80%。それでもパッと見、元の『加古』の艤装の原型を感じさせない程に大きく膨れたその姿は丸裸の武器庫を想起せずにはいられない。これだけでも軽く1tは超えているはずだ。


名取「まさか提督さんも戦う事になるなんて・・・」


稲城「そんなこと言わないの。提督になっても艤装から大発のコックピットになっただけだったし。第一、戦場に赴くかなんてのは結局変わらなかった」


稲城は錠剤を口に放り雑念を取り除く。そして艤装の兵装提供者である大淀についてあらためて思い返した。


彼女達はこの鎮守府へ様々な物を置いて行った。どう無茶をしたのか最新の兵装に高レベルな軍上層部の情報、どれも何かの罠かと思うほど疑わしい物ばかりであった。


現にあの後、茶も出さずに荒々しく追い返してしまったが、考えてみれば鎮守府の数が減り行く中で戦線が逼迫するのは自明の理であった。今となれば彼女なりの罪滅ぼしだったのではないだろうかとも思えて来る。だがそもそも彼女がここへ来たからこそ事の発端へつながって・・・いや、やめだ。今はそんなことを考えている余裕はない。ただ単に動けるだけの力がここにあってそして今行動を起こす。それだけだ。稲城は微かに肩を震わす名取を横目にアルコールボトルを口に運び傾ける。


稲城「そもそもアタシ達は、艦娘だ。どう足掻こうったって人で無くなった以上戦う事からは何一つ逃れることはできなかったよ」


手を伸ばし赤黒く汚れ塊と化した紙を愛おしそうに擦る。


稲城「それに、このノートはあの時の戦いの中で確かに存在したアタシ達の全てが書いてある。思い、願い、そして夢がね」


名取「じゃあこの艤装は提督さんの、夢?」


稲城「そう・・・だね。あの時はやりたくても出来なかった事だ。それを繋げ届けてもらうためにアタシはこれを伊勢さんへと託したんだよね」


まだ湯気が立つ合成コーヒーを取り、喉を鳴らして飲みながら革手袋を取った逆のキレイな手で名取の頭を撫でた。温かな感触が手の平を伝わりガサついた心が和らぐ。抱き寄せたい衝動に駆られるが、距離を置いた。こうなったのも、結果として彼女らを不必要な危険にさらしたのは他でもない自身によるものである。そこへ名取がノートを抱きしめたまま稲城へと寄り添う。


名取「大丈夫です・・・私も頑張りますから」


稲城は名取の濁りない澄んだ視線を直に受け止めた。こうして彼女らには不器用ながら決心と覚悟があり付いて行こうとしてくれている、進むべき航路は見えているのだ。ならば自分はどう応えるか?少なくともそれを無下にするのは裏切りであることに変わりないのは、確かだ。


周囲からと艤装整備完了の声が上がる。同時に2人の間に緊張感がピンと張り詰めた。


稲城「ごめんね・・・ありがとう。けど、いいかい名取。艤装は、その身体は君を守るためにあるんだ。決して戦場の空気に流されるんじゃないよ。君がするべきことは戦場から必要とされることじゃない、自身がしたいと思う事をするんだ。艦娘の本分は戦う事。だからその時の戦闘一つ一つに全力を出して後悔さえしない戦い方をすればいい。後悔しなければ、それだけでいいんだ。・・・いいね」


稲城は旧式の大型ライフルに手をかけつつしゃがみ、名取と目線を合わせ人差し指を立てた。半ば自身に言い聞かせるように口を動かした。だがその眼はやる気のない鎮守府の底辺提督でも過去に囚われ濁り切った者でもない、一本の確固たる芯の通った決意を持つ少女の眼であった事を、少なからず名取は感じ取っていた。




稲城「まず、プリントにもある様に本作戦が我が無名鎮守府最初にして最後の前線での大規模作戦って事」


未だ慌ただしく動く秋津洲を除き、工廠中央に乱雑に置かれた作業机に集まり各々藁半紙のプリントを手に取る。稲城は作戦説明手順を極力省きすぐさま本題へと入った。是が非でも急がねばならない状況であり、残された時間はあまりに少ない。だが、それでもレ級強襲時のような状況でない限り、仲間間での状況把握のため作戦会議は不可欠であった。


天龍「俺達が主役ってか・・・へっ、フライングで戦果を独り占めしようとしてたなんて、全く提督も人が悪ぃなぁ」


天龍は副砲の弾丸を指先で弾き転がしながら嫌味を言う。


稲城「ンンッ・・・そして現在、敵拠点「タラワ諸島」へ近隣の「春江鎮守府」が主力と陽動の二手に分かれ総力をもって撃滅に向かっている。我々はこの内、本命の主力部隊と合流を果たし流れで連合艦隊を作成。敵に反応させる暇を与えず旧鎮守府座標へと攻撃をかけ目に映る深海棲艦の撃滅、及びこれらを指揮する敵司令官、あー・・・仮に「深海提督」としよう。これの殺害を目標とする!」


最前線へと馳せ参じ主力と共に敵を叩きのめす。言葉にすれば作戦は単純明快であった。


あきつ丸「して、その敵とやらは軍曹殿を鹵獲しようとした奴らの残党兵でありますな」


稲城「そう、そして奴らはアタシと同じ第零世代の「艦娘」だ」


稲城は間を置かずにそう言い周囲を見渡した。時に真実は残酷だ。だが、中途半端に知らぬまま戦うよりは幾分かマシになる。それが良いことかは分からなかったが自身に知らせる義務はあったと言えよう。言わずに済む方法を模索しては見たものの馬鹿馬鹿しい秘密主義はただただ隊に危険にを及ぼすだけであるのは明白である。


そして、稲城は更にもう一つ、『真実』を伝えねばならなかった。


稲城「最後に・・・ごめん。みんな、もう一つだけ、心して聞いて欲しい」


稲城はそう言うと自身の耳元から伸びるLANケーブルを傍の古鷹の首元の生体端子へと差し込んだ。机上へと古鷹の左目が光り、照らされる。やがて光柱の中に像が形作られた。。映像はソファに座す〈オリジナル〉の大淀と足柄。稲城の目線から撮られたのであろう、その隣に座る古鷹が見える。


『―――稲城さん。大本営は・・・本気です。深海の本拠地への総攻撃、そのために各地の量産機は数ヶ所の有力な本土拠点へと重点的に集中されました。そして私達は・・・』

『―――雪奪還作戦の折、偶然にもそのシグナルを発見、奪取し解析を進め・・・・・・』


飛び飛びの粗い映像のそれは大本営における事の全貌であった。本来ならば軍部でも大将クラス以上で無くば触れる事すら許されぬ最高軍事機密。それを、大淀はこれを稲城へと伝えていた。


長良「何かと思えば。ふーん、大本営がねぇ。ま、あんまり信用出来ないけどっ」


本来なら大本営発表は話半分で聞き流すような長良もこの時ばかりはさすがに耳を傾けたのは、その特異な状況にあった。2人以上の〈オリジナル〉がわざわざこの辺境で真剣に話をしていたという極めて異例な事態。少なくともただ茶を飲みに寄ったというわけではあるはずがない。


『―――ですね。はい、我々に協力的な深海の友人からも情報が確認出来ました。西、南、北方の戦いが完全に帝国の勝利に決した今、残った敵の重要拠点はただ一つです。つまりは・・・ッ!』

『――な、何で今更ッ!それじゃぁ加古は・・・』

『――古鷹落ち着いて、大淀さんは教えてくれているだけだよ』

『―――・・・いずれにせよ、決戦だそうです。そう遠くない内に、この戦いにピリオドが打たれます・・・・・・この鎮守府には解体命令は下りませんでした。ですからよく考えて行動してください、お願いします』


大淀へと飛び掛かろうとする古鷹を押さえながら、力なく頭に手を当て膝から崩れる。そこで映像は途切れた。


長良「戦いにピリオド・・・・・・決戦って、まさか!!」


稲城「今日・・・予定では、この日をもって人類と深海棲艦との戦いは、終わる。・・・・・・・・・・・・『終戦』だ」


稲城は自身の感情を抑えつつ、ケーブルを抜きながらそう述べた。長良の気持ちも分からなくもない。正規の群れからあぶれたといえ、仮にも兵器の面を持つ。だが戦いが終わればどうなるか、自身の存在意義が無くなるのだ。ましてや何も知らないまま事態が進み、その渦中へと突然放られることの辛さは測りようがない。


無名鎮守府は創設から今日まで誰一人欠けることなく生き延びて来た。その事実そのものが、量産機の中でどれほどのものか、彼女らは知っている。そして、喜ぶべきだろうかこの時局に際しても無価値で不要な存在だったという理由で思いがけず全員が無傷で生き残れる切符を手にしていたことを稲城は大淀から知らされていた。


稲城「何も知らない内に突き放され、戦争に取り残される。そこはいい、相手にされないのはいつもの事。けれど、アタシはあの島にやり残したことがあるんだ。だからお願い、これが最後の出撃になる。ゴメン、分かっていても、アタシに付いてきて欲しい」


突然の告発に古鷹を除いてさすがに動揺の色が見える。無理もない、深海側はともかく艦娘側にとってそれは今までの奮闘は決戦を煙に巻くための茶番、演出にすぎないことを暗に示していた。だが、彼女が更に言葉を続けようとしたとき長良が先に言葉を紡いだ。その気持ちに変わりが無い事を表すように。


長良「呆れた・・・そんなこと言わないで黙っとけばいいのに。ね、あきつ丸」


あきつ丸「でありますな。ま、それが将校殿であります。さすれば危険手当と間宮券を3倍ほど要求したいでありますな。そういえば、先月の給金をまだもらってないような・・・」


天龍「バカだな、提督の・・・いや俺達の決戦後にはすぐ終戦だぞ。そりゃぁ終戦祝いとかいろいろと色を付けて渡すに決まってんだろ!」


天龍はタバコに火を付けながら苦笑した。


天龍「それによ、第零世代だ。それが地獄にも天国にも行けてねぇ亡霊ときてやがる、なかなか見れるもんじゃねぇぞ」


古鷹「亡霊・・・ふふっ」


古鷹は肩を揺すり、不意ににやりと歯をむいた。


古鷹「そんなのここにいるじゃないですか、みなさんと付き合いの長い亡霊が、2人ほど」


少女達は顔を見合わせる。気持ちのいい冗談ではなかったが、今はそれを笑うくらいの余裕がそこにあった。


稲城「・・・よしっ、これにてブリーフィング、終了。これより出撃を開始する。総員!工廠脇へ退避―!」


稲城が声を荒げたのとコンクリート床に一直線の亀裂が入った事、そしてスピーカーから秋津洲の声が聞こえたのは同時であった。


秋津洲『今月の~ハイライト!ポチッとな、かも!!』


けたたましいサイレン音と共に床が抜ける。生じた空間へと機材と海水が飲み込まれ、やがて海に押し上げられた1機の濃緑の機体が顔を出した。機首にはコックピットに乗り込む秋津洲と手書きの気の抜けた顔が描かれていた。


秋津洲「むふふぅ、機体調整完了!これぞ総製作期間3年、完成度100%の補助兵器、戦闘支援型飛行艇、「1/1二式大艇」かも!天才と自称して早8年。やっと、やっとついに私の努力が報われる時が来たかも!」


実物大の飛行艇を1人で操縦しながら秋津洲は自身の手足の様にいくつかの事を並行して行っていた。ニコイチ、レストアし、日夜隠れて徹底して改造し続けたこの旧世代の救難飛行艇、あらため1/1二式大艇は自分が一番理解している。コントロールグリップを握る彼女の頭の中にはこの機体についての細目が全て叩き込まれていた。


各部の武装点検をしている間に、彼女は機体を操作し仲間をその内部へと回収する。そして久々に高揚する自分を見つけながら秋津洲は汗ばむ手で「進水式」とシールの張られたボタンを元気よく押した。


瞬間、ドックに仕掛けられた爆薬が炸裂し閃光と共に目の前の岸壁がガラガラと音を立てて震えた。4発の釜に火がくべられ次第にゆっくりと唸り始める。やがて、崩れポッカリと大きく口を開けたドックから陽の光を浴びながら時代錯誤な飛行艇はのそりと顔を出した。


今、何より惜しまれるのは時間だ、通信によれば春江の艦隊は散発的にだが小規模な戦闘は始まっているらしい。だからこそ、急がねばならない。秋津洲は雄々しく脈動し続けるメーターを見ていた。だがこの機体ならば遅れを取り戻せる。それだけの性能がある。皆が戦うのだ。なら、私も。



機が島を離れ離陸する頃、機内では赤色灯に包まれた格納庫の中で、各々束の間の休息を取っていた。あるいは出撃を待ち望み、覚悟していた。


深雪「やべぇ、今日の日記をつけ忘れちまったぜ・・・・・・」


そんな深雪を長良がからかう。


長良「ふふっ、ラブレターじゃなくて?」


あきつ丸「栄えある帝国陸軍最後の日でありますな、ほんのりと胸が熱くなってくるであります」


名取「わ、私は胸がバクバクしてます・・・」


そんな会話が交わされる、少しでも気を落ち着けようと最後の戦場と日常の間に僅かな接点を維持しようとしていた。


天龍「古鷹」


そんな中、天龍は代わり映えの無い殺風景な格納庫の様子に飽き、後ろへと振り向いた。


古鷹は深刻な顔で作戦書と壁に張られたタラワ諸島の古い地図を見ていた。しかし考えにふけっているのかその目は宙に彷徨っている。


天龍「地図だ、俺も見ていいか」


古鷹「あ・・・・・・すみません」


古鷹はようやく気付き、場所を開ける。いつも感じる事だが、古鷹はこんな時、実に内気で小心な性格を表に出す。一瞬だけ見えるその素朴さは、今まで艦隊を率いてきた頼もしい古参艦娘にはとても見えなかった。


しばらくして腕を組み、ぼんやりと狭い防弾窓の外を見つめる。


古鷹「どれくらいかな・・・」


天龍「何がだ?」


古鷹は顎に手をやり考え込みながら言った。


古鷹「敵の数です。最後に残って沈んだのは12・・・あ、11だって聞いていますけど」


稲城「おそらく、それ以上かな」


座り込む稲城が背を防弾板に預けながら口を開き、目を閉じたまま眠気を払う様ににわかに能弁になった。


稲城「あの時鎮守府に配備されていた〈量産機〉は23機、そして〈オリジナル〉が2機。おまけに10年近く時が流れてる。これまでの戦況から見て、ま、少なく見積もっても100は下らないはず・・・」


古鷹「という事は」


ゆっくりと窓から地図へと目を戻す。


古鷹「一人で15機は相手にしないといけませんね」


天龍「んなこと細かく考えんなよ、気が滅入っちまう」


天龍が二人の間に入る。


天龍「何であろうと俺達は動き出したんだ。止まったら沈む。奴らを殺すにはそれだけ覚えときゃ十分だろ」


稲城「そうだね、だけどもう一つだけ覚えてもらいたい」


天龍「なんだ?」


稲城「いや、思い出したんだ。奴らの中には呉を襲った異様に図体のでかい航空戦艦が1体だけいるはず。あの人は、ただの深海棲艦じゃない」


深雪「航空戦艦・・・」


その言葉を聞くなり深雪は首のアザを押さえながら縮こまった。


稲城「レ級じゃないよ、たぶん別個体。とはいえ、アタシらに比べて遥かに反射神経がずば抜けている。並みの量産機じゃ太刀打ちできないかも」


自身の記憶を頼りに出来るだけ周囲の仲間へとその危険性を伝える。危うく忘れかけていたが〈オリジナル〉の脅威だけは何としても言っておかねばならなかった。


稲城「とにかく、出くわしたら撃ち続けること。場合によって火線を集中すれば味方の数次第では敵を下がらせることが出来るかもしれないけど、基本撃ちながら下がることを念頭に置いていて」


天龍「わーったよ。一応、頭に入れとく」


間を置いて、それきり会話はまた日常と戦場とを行ったり来たりし始める。少女達にとっては、今それを知ったところで大した意味は無かった。




その頃、タラワ諸島泊地の西方面、「納品用水門」前では既に戦端が開かれていた。深海の群れへの空襲と同時に突入し展開する多数の艦娘達。その先鋒は機動力の高い軽巡と駆逐艦の艦隊が2つ。それを最前列の駆逐艦らの群れがまず迎え撃った。


弾幕を張る深海の駆逐艦らは砲撃を受け、次々と撃沈される。だが数が多い。旗艦の神通と矢矧が息を合わせそれぞれ突破を試みるが戦場に空いた穴は奥からくる増援で埋まり妨害される。止む無く陣形を再編し後方に控える空母と戦艦3機ずつの混成部隊の支援の下敵の数を減らして行く。漂う異臭を放つ薄霧の中、戦闘は数分と経たぬうちに海は爆煙と閃光で混沌を極めた。


それらは善戦していた。ある駆逐艦は敵弾を何発もその身に受け主砲を破壊されながらも肉薄して魚雷を放ち、深海の軽巡を撃破した。陽動の役目を持つ彼女らがこのエリアへと、戦力のほとんどがつぎ込まれていた。にもかかわらず、戦力の総数では深海が上回っていた。


やがて敵指揮官が沈んだのか、敵がばらけるのを見るや最前線の2艦隊はすり抜け懐に潜り込む。これを撃ち抜けなかったネ級やタ級が砲撃方向を反転し、通過した矢矧に照準を合わせる。だが彼らもまた遠距離より長門と陸奥に後ろを突かれ撃破された。


その最後方で春江鎮守府の提督、橋本大佐が乗船する全長100m近い旧世代の移動司令部船「AS-ストロングショルダー」は流動的な戦況の中で秘書艦である妙高の手助けを借りながら指揮を執っていた。


妙高「第1艦隊より入電!我、正面水門に突入を開始、敵部隊と交戦を開始す、装甲空母鬼2、雷巡チ級3、戦艦ル級1の単縦陣の1個艦隊のみ!」


妙高は提督へと通信を読み上げ報告をする。本命である主力の第1艦隊には春江鎮守府最高錬度・最高戦力の量産艦娘達と秘書艦にして〈オリジナル〉の叢雲がいるのだ。


橋本提督「1個艦隊のみだと!?むう、敵さんもよほど自身があると見える。一航戦と祥鳳へ打電、正面水門へと航空支援の要請を!本艦は前進し負傷者の更なる支援を続行する!」


艦数で劣る春江艦隊は比較的経験豊かな娘達の技量と回転率の高さで戦線の維持を強いられていた。各艦隊のベテラン達は敵の艦や艦載機を撃破し、弾薬を撃ち尽くすとこの司令部船へと退避、着艦し補給。必要であれば損傷箇所を応急修理も行った。そしてその間だけが彼女らの休息時間であった。


量産機といえど疲労による判断の遅れはある。そして機動力を駆使する艦隊戦においてはその遅れが生死を分ける。その遅れによる移動距離の差でも砲撃であれば皮一枚でも逸れた弾と命中弾の様に結果はまるで異なる。そして妖精、整備員の必死の努力により出撃準備が整うと彼女らは戦場へと赴いた。言わばこの船は動く鎮守府であった。


彼我の戦力差は4:1と圧倒的である。少女達は既に戦争ではなく殺し合いになっていることを知っていた。だからこそ戦う。これほどの敵がまだここにいるのだ。決戦と言っても自分達がここで敵を撃滅させなければ、今ここにある敵の戦力が本土を攻め落としに向かう可能性も否定できない。それはすでに本土にはそれらしい防衛線力は存在しておらず、すべてが敵本拠地エリアへと集結させられたためであった。ならば本土で起こる戦闘は一方的な虐殺であろう。


妙高「納品門前、戦艦群の沈黙並びに指揮官の撃沈を確認!敵艦隊大きく崩れました!」


秘書艦代理である重巡最古参の妙高の報告を受け提督は頷く。これまでの局所的で比較的平穏な戦いで忘れていたが本来戦争とは小さな勝利、敗北の数で決まるものではない。ましてや話し合いの存在しない深海棲艦との殺戮のし合いとなれば結論は一つだ。


戦いはどちらかが倒れるまで続く。


提督「長門、陸奥、比叡は突出!欠けた第4支援艦隊には第5護衛艦隊の人員を当てよ!」


すぐさま戦艦を突入させ、虎の子の空母を護衛させるべく指示を出した。異動によりそのほとんどの巡洋艦と空母がいないのが悔やまれたがその役目はどうにかなされていた。主力の第1艦隊の活躍がこの拠点攻略のカギであった。


提督「・・・任せたぞ」


正面水門の方向へと向き、自身の思いを口にした。それはこの司令部船も彼女らの働きを無駄にしないという意味を含んでいた。この戦いの終結の折には傷付いた少女らを回収しなければならない。助けたければ自分達も助からねばならなかったからだ。




陽炎「こちら第5艦隊、旗艦。陽炎っ。こちらの部隊は全員士気旺盛なり。指示を・・・はい、了解!」


響「司令官はなんて?」


その時、「AS-ストロングショルダー」の後方で第5護衛艦隊は司令部船周囲の警戒に当たっていた。彼らに戦力の余裕はなかったが駆逐艦5人と水上機母艦の千代田が配置されていた。無論、戦場の後方と言えども敵の脅威がなくなったわけでは無い。時々敵空母からの数機の攻撃機による小規模な空襲があり、稀に駆逐艦3機一組の小隊が隙を突いてアタックを掛けには来ていた。


陽炎「あたしと響、それから時雨の3人は第4艦隊の援護に向かうんだって」


時雨「うん、わかった。赤城さん達の所に行けばいいんだね。了解」


五月雨「ここは私達が何とかしますから、陽炎ちゃん達も頑張ってくださいね!」


そうして陽炎達は支援へと向かい、残る者はそれを見送った。この戦線も終盤に入ったというところだろうことはここでも感じ取れた。


千代田「?・・・何だろう、あれ」


その頃、千代田は偵察と警戒を行っていた。


最初、千代田はそれが分からなかった。上空を旋回する水上機を通して水平線に何かが6つ動いているのが見える。蜃気楼?彼女はそう思った。


だがやがてそれらが急速にこちらへと向かってきている事が分かった。千代田は驚いた。全速で近づいてくるのは4人の複数ドラム缶を積載した艦娘と2機の軽巡ホ級だったからだ。他鎮守府の部隊が追われこちらへと来ている!


慌てて潮と五月雨へ状況を伝達。すぐに3機は駆逐艦達に当たらないように注意を払い一斉射撃を前方の2機編隊に対して加えた。薄くない弾幕が張られ数発が着弾。追うのに夢中だった2機は防御が遅れ直撃を受け大破。更に放たれた次発が集中し沈められていく。逃走を図っていた駆逐艦の後方に爆発による炎が揺らめいては消えた。


潮「だ、大丈夫ですか!」


被弾し破裂したドラム缶の油を被った彼女らを潮と五月雨が手を貸す。千代田もこれに続いた。所属鎮守府を示すマークは石油で汚れ確認できないが、どうやら遠征の帰りに不運にもこの戦場へと迷い込んでしまったようだ。


こういった光景は通常の海域攻略中においてもこのような光景は良く見受けられる。というのも、金星を狙って情報連携を怠った鎮守府が補給線上を戦場としたり、他所の資源を横取りしようとしてその付近で競り合いを起こすことが今でもあるのだ。


この戦いにおいては前もって一報入れてはいたのだが、意外に遠征中の部隊にそれが届かないことも多々ある。どこの部隊か知らないが間が悪い時にここへ来たものである。


「ハァッ、ハァッ・・・すまない、助かった、ぜ」


五月雨「千代田さん、すみません!司令部へと報告をお願いします!」


旗艦代理の五月雨が疲弊した様子の友軍に世話を焼いている為に千代田へと指示を出す。千代田は通信を試みるが電波状況が悪いのか繋がらない。


千代田「あれ?・・・ああもう、こんな時に・・・少し近づかないとダメかな」


千代田は急いで司令部船へと急行する。その時、ふと微かな違和感を覚えた。なぜ決戦だというのに南方へと遠征部隊がいるのだろうか。終戦後の補給のためか、それとも何かの作戦のためにであろうか。それに先程の子の言葉のアクセントが妙だったのも引っかかる。日本語を外国語として学んだら、あんな感じだろうか。



「・・・なぁ、お前。司令部が、あるのか?」


五月雨「あっ、はい!そうですけど・・・どうかしましたか?」


五月雨はそう尋ねる木曾へと肩を貸しながら答えた。今の時代、旧世代の艦船を浮かべて司令部を敵地へと近づけるのは珍しい。友軍同士であってもその光景を見るのは稀だ。現に自身もそうであったように。


木曾「へっ、へっ。そうか、ところで、こいつの、弾薬、補給出来るか?」


五月雨「はい、たぶん提督か明石さんかな?・・・に聞けば大丈夫です!だからそれまでもう少し待っててくださいね!」


五月雨は司令部船へと向く。潮と連携して救命活動をどうにか終え負傷者誘導の準備に入った。


五月雨「あれ、千代田さん?」


戦場の薄霧もあってか視界が安定しない。五月雨から見える発光信号を送る千代田の姿も白く濁っている。


そして彼女は不自然な状況に気付いた。発光信号。そう、通信機による連絡ではなく信号を送っていたのだ。その光はこう言っていた。


「ニ」「ゲ」「ロ」


と。


五月雨「え、どういう事・・・」


だが、彼女は最後まで言葉を発することが出来なかった。口を塞がれシュパッと喉元を熱い異物感が駆け抜けた。一拍置いて、両脚にも同様の感覚が起こる。口をパクパクとさせながら五月雨は力なく倒れた。


五月雨を打ち倒した木曾。その後方に控えていた駆逐艦が合図をすると、漂うゴミと共に伏せていた数機の重巡が現れ「AS-ストロングショルダー」を襲撃する。司令部船は戦線の指揮と通信状態の改善に忙殺されており、気付いた時には搦め手を突かれほとんど反撃らしい反撃の無いまま砲弾を撃ち込まれていく。


木曾『く、くくっ。ハハッ!聞いたかよ、お前ら!ここの優しい提督殿は深海棲艦にも補給をさせてくれるんだとさ!』


自身の身体にひっ付けた油まみれのゴム製の肌や屑鉄を引き千切り、深海第2試験艦隊の隊長、チ級は後ろで僚機に首を絞められる潮を帯びた刀で介錯しながらそううそぶいた。


いくら艦娘といえども超人ばかりではない。弾は当たるし、艤装が破壊されれば沈む。そして彼女らの実態ははるかに脆かった。数が飽和していた為であろう、その性格の細部は異なり、また、司令官を含め心が強い者は意外と少なかった。マニュアルにない予想外の状況に何をすればいいのか、咄嗟の判断が出来ないのである。


とてもありがたかった。チ級は思う。そのおかげで俺達はこいつ等を簡単に鹵獲することが出来たのだから。


提督の指令通り、駆逐艦ばかりだが、これでも今の艦娘らの思考ルーチンを知ることが出来る。時には、イ級以上に強い戦力であってくれる。奴らは親切でとっても優しい。


とはいえ、親切にされたのなら礼をする。それが常識というものだ。だから、この前潰された俺の右目の礼と共に綺麗な死に花を咲かせてやってあげなくては。


『ル級さんも上手くやっているでしょうか』


浜風タイプの僚機がチ級へと問う。チ級は無関心そうに答える。


チ級『知らねぇよ。ま、救援が必要なら出番だろ。たぶん必要ねーけど』


火薬庫にでも引火したのだろう、やがて司令部船から火柱が上がり周囲が真っ赤に照らされる。未だ戦い続けている艦娘達から悲鳴が上がるのが聞こえた。


チ級『こんなもんだろ。よし、俺達も行くぞ!総員、妨害電波の強度を最大に!ここのガラクタを始末し次第、周辺の掃討戦に移行するぞ!』


彼女は3人の僚機に命じる。時雨タイプが12.7cm連装砲を真下に撃ち虫の息の五月雨を始末する。


「納品用水門」前の戦線は終盤に入っていた。




カコの着任



―――――――――


『無名鎮守府〈量産型〉型録 その3』


・タ号-11-28型〈天龍(ver,1.05)〉【本名:龍越 勝子】


 第1世代を代表する軽巡の1つであり、高い汎用性と量産性を特徴とする。高山造船科学研究所製作、神谷博士により開発された傑作機第2号である。

 タラワ鎮守府で殉職した「タ号-10-41型:木曾」の後継機であり、初期名称は「木曾Ⅱ」とされていたが大本営の指導を受け大きく設計を変更。その原型を残しつつ、後に「天龍」とされた。

 変遷は両腕両脚に61cm四連装魚雷を各部2基ずつ装備した初期型を経て、全ての魚雷管と頭部ダガーアンテナを排除した後期型が数機製作。この後期型が標準となり、量産が行われた。本機はその標準型量産機の1つである。

 カラーリングは黒と黒灰色のツートンを基調としており、各所に白と紺色が見られる。外観は中高生を思わせる学生型であり、腰に帯びる鋼鉄刀は存在を誇示させるように目立ち頭部左眼に装着されるフェイク眼帯の醸し出す威圧感が本機のシルエットを形作っている。

 第1世代の公式スペックは〈オリジナル〉の約45%とされており、機関部の改良・軽量化による瞬間加速度の増加、新設計の鋼鉄刀といった設計は、同世代のライバル研究所製である「ナ号-11-1型:川内」の白兵能力を大きく超えていた。

 機体には10-41型の既存ラインによるパーツが多く流用された為、第1世代のみボディの強度等が特別に高くそのコストの高さと引き換えに比較的戦闘に向くつくりとなっている。が、本機へと本来必要とされていたのは遠征・護衛任務におけるコストの良さであったため、翌世代からは次第に無意味な兵装・パーツの縮小、排除がされていったと言われている。


 天龍型戦闘回路を1枚搭載。7mm粗製アルミニウム合金装甲を持ち、14cm単装砲2基と7.7mm機銃2基、白兵戦用の量産型鋼鉄刀1本を初期標準兵装とする。


※当鎮守府は(ry


・追記(覚え書き)・・・次世代の新型艤装が出るたびに換装を勧めているが、天龍は頑なにあくまで使い慣れた第1世代の艤装と兵装に拘った。どうやら今度も改造して使い続けていくらしい。その日の入渠・補給後、しばらくして秋津洲と共に執務室へと現れ、指定した部品を揃えるようメモを渡して来た。様々な研究所の部品が目につく。ナ号式の南方用高速排熱ファン、登号式の新型火器管制ボックス、艤装冷却装置に・・・なるほど、悪くない。これならば艤装を総取っ換えせずとも問題はなさそうだ。・・・・・・新型艤装買った方が遥かに安くつくことにさえ目を瞑れば。




・AS-FC-1-235-P〈プロトタイプ秋津洲〉【本名:島野 あかね】


 現在においても「全振り」「脳筋」「戦艦屋」と揶揄される阿蘇重工業の艦娘部門研究所が開発した第1世代の試作機である。

 本世代は海軍製以外そのほとんどの量産機は検査を弾かれた検体の使用が半ば強制されており、本機はその中で学術に秀でた検体が用いられた。パワー一筋の阿蘇研にしては「工作艦」と「給糧艦」の技能の一端を移植した艦載機運用艦という正気を疑うほどパワーに無関係な機体となっている。

 これは当時、研究部門において砲や機関による物理的なパワーを求める動きを取っていた一方で、逆説的な探求を執る技術研究者がいたためである。直接的なパワーでは無く、スキルなどの不可視で間接的なパワーを求める逆方向の研究。また、人体の脳が持つ更なる機械回路とのマッチング性及び多岐にわたる技術能力の導入限界検証を目的としていた。これに白羽の矢が立ったのが彼女である。

 もちろん、1人の量産機に多種の技能を詰め込む事は母体にとってもその障害は決して小さくない。それ故、彼女には技能の変換が可能なコンバーター式の試作型戦闘回路、新型学習回路といった膨大な情報量による自我崩壊への抑制措置が繊細かつ緻密に施術され入念に調整が取られていた。

 もとより戦闘向きではない飛行艇母艦の「秋津洲」。その特異な性能から〈オリジナル〉とはベクトルを変えた改造により過激に進化した本機だが、更なる追加施術や実験によって使い潰される直前に海軍により引き渡し命令が下り阿蘇重工業における所有権が完全消失。経過観察不能となり本機の研究は打ち切られた。


 秋津洲型コンバーター式戦闘回路(試作)、秋津洲型艦載機運用回路(試作)を各1枚、そしてAS-L1~3学習回路とAS-S1~3スキルメモリーをそれぞれ各1枚の合計8枚を搭載。

 13mmスチール装甲を持ち、90mmブローニング銃1丁と二式大艇(非武装)、応急修理用メカニックキット+耐火革製鞄を初期標準兵装とする。


※当鎮(ry


・追記・・・量産型「秋津洲」は現在も製造が確認されているが、本機はあくまで技能データ収集用の為、それらよりも更に戦闘能力が劣る仕様となっている。(本鎮守府の台所事情より)実戦へ向け好きなように兵装や艤装などいじらせてみたが戦力の変化は微々たるものであった。




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稲城「橋本提督との通信は!」


秋津洲「司令部との通信は不可能かも!諸島周辺の劣悪な電波状況下につき各春江艦隊との通信も断絶!」


稲城ははるか前方に燃え盛りながら沈む火達磨を映すモニターを前に拳を握りしめる。タラワ諸島で、すでに戦端が開かれていたことは急行する1/1二式大艇の機内からでも確認出来ていた。コックピット寄りへと雑多に取り付けられた多数のモニターがその光景を映し出す。青いマーカー達が赤いマーカーに前と後ろから挟撃されていた。


秋津洲「座標到着まであと5分!もう少しだよ!」


高度を更に落とし多数の20mm機銃を襲いかかる敵艦載機へと振り機体はなおも南へ急ぐ。既に両翼のエンジンからは黒煙が噴き出していた。ここへ来るまでに数度の航空戦を経て機体は損傷が無視できなくなってきている。ドドドと、急ぐ機体を小刻みに叩く機銃弾の音が鈍く反響し、再び防弾板を歪ませた。


しかし彼女らを嘲笑うかのようにモニターは変わらず戦場を映し続ける。


ある軽巡は活路を開くべく矢面に立ち、砲撃を闇雲に繰り返し、集中砲撃を受けた。腰の砲を破壊され反撃手段を失った身体へ砲撃が直撃、爆発、轟沈する。またある駆逐艦は空母を守るべく前に出、弾幕の中、敵重巡へと果敢に立ち向かう。


依然として平衡状態。キルレシオでは艦娘側が未だ上。だが、その一方で閉じていた納品用の水門が、地獄のような呻き声をあげながらゆっくりと開き始め、新たな敵艦隊が顔をのぞかせつつあった。


それでも、混乱と絶望を拭いきれずとも彼女らは戦う。攻撃の要であった司令部船はもはや補給中の戦友と共に海の藻屑。士気は地へと叩きつけられ、既に少ない残弾の中であっても、戦わねばならなかった。もはや彼女らに帰る場所など無い事が分かっていたとしても。彼女らは戦わねばならなかった。


だからこそ、なおも春江鎮守府の艦娘達は深海棲艦へと喰らい付く。仮に敵を仕留められずとも、深海棲艦が自身へと狙いを付けているその間だけは他の仲間が死ぬ確率がぐっと、低くなるのだ。そして脱出の時間も稼げる。ギリギリの選択であった。だが健闘虚しく完全に開き切った水門から雪崩込む増援に押され1人、また1人と喰われていった。


秋津洲「戦闘エリア侵入!」


古鷹「機銃掃射を厳に!各部隊は、発進準備の用意を!」


秋津洲の報告を受け、戦闘の推移を睨む古鷹が指示を飛ばす。戦術黒板の前へ陣取る彼女は頬を強く張った。既に格納庫では艤装の装着がされており、ただ古鷹だけは未だ艤装を付けず改二仕様のセーラー服姿のままである。


古鷹「これより作戦の一部を修正!第1艦隊は2個小隊へと分離。「納品用水門」エリアの敵艦隊群を強襲!その後、第1小隊は諸島内部へ突入を。第2小隊は友軍の救出を・・・願います!」


機体は激闘の只中へと突入した。それを確認するや古鷹は頷き、艤装ハンガーに固定される稲城へと敬礼。もしかすればこれが最後の瞬間になるやも知れない。古鷹の敬礼はそれを表していた。言葉を交わさずとも伝わる。深雪、天龍、長良、あきつ丸、名取もこれに続く。機内が左右に大きく揺れる。稲城もまた彼女らへと返礼をした。



『用意』

『各種回路、起動しています』

『クスリの更なる投与を推奨』

『修正パッチ「10-0-TKカスタム」をインストール中』

『眼球内ブロンズクリスタル液の状態〈秀〉』

『プロトドライブ:充電100%、稼働開始、レディ』

『艤装機関部:良好』


その時稲城の精神は揺れる物理視界と黒と白の網膜ディスプレイを同時に見ていた。まるでロボットのコックピットに乗り三面モニターを見ながらマルチタスク操縦するパイロットの様。同時に、懐かしくも今となっては憎いあの時の艤装と身体の感覚が身体を駆け巡る。


『セーフティープログラム破壊中・・・83%』

『ミッションプログラムNB-ie2679解凍中・・・78%』


同期が終了した瞬間、稲城の身体がビクンと跳ねるような強烈な感覚に襲われる。ギシギシと脳が呻きを上げ、震える様な幻覚が身を貫いた。脳裏に強烈なフラッシュバックが鮮明に蘇り吐き気が襲う。が、湧き上げさせた旧き愛研精神と根性が歯車旭日の旗に編み上げられこれを包み込んだ。


やがて、意識は現実へと戻る。気が付けば格納庫の後部ハッチが開き始めていた。赤い非常灯の光を浴びる彼女は歪む視界と感情の中、クスリをいくつも放り、腰のアルコールボトルを傾け流し込む。『出撃』と青く光るカタパルトパレットに足を乗せ、澱んだ大気を深々と吸い込んだ。震える手足を鎮めるべく心の中で妄想のクスリを更に打ち込み、一つ一つ確かめる。白黒の視界。心臓の鼓動、息遣い。おびただしい硝煙の匂い。身体で加速し続けるクスリの味。スチールの感触。


――ッ・・・帰って来た。


脳がよじれ激痛と走馬燈が走る。それらをこらえ目を閉じた。


――・・・級重巡・・・・・・1番艦。1番機、隊長。そして・・・旗艦。


推薦。南原研。技術試験。タラワ諸島。燃える海。島。空。約束。・・・出撃。・・・・・・・・・そしてまた、出撃。


その時の彼女は既に提督ではなく1機の兵器であった。自身が何をすべきか、兵器の役目を定義するように無意識に口を動かす。それは半ば本能的な反応であった。


秋津洲『見えた!降下ポイント、水門正面!』


古鷹「『降ろし方、始め!』」


濃密な対空射撃の中。1/1二式大艇は水門を目の前に、水面スレスレの高度から機首を起こし急激に高度を上げた。深海棲艦が、艦娘達が、突然彼方から現れた鋼鉄の塊の軌跡を反射的に見上げ、追った。それは大きく、大きく機体を逸らせ、遂には縦に1回転し、3つ、そしてまた3つと、どす黒い曇天の空へと量産機を射出した。


ベクトルの異なるそれらは前後2つに分かれ空中で隊列を組み降下を始めた。水門側へと落ちるその中の一つ・・・石灰色の少女が左右の瞳より青い光を溢しながら腰だめに構えた155mmマシンガンを猛射。眼下でひしめき合い機動性が殺された駆逐・巡洋艦は悉く中口径弾を浴び方々で爆発を起こした。


加古「『加古』、出撃!皆、行くよ!」


続く天龍、深雪もこれに従い弾幕を張る。一方的な豪雨のような一斉射撃の中、加古は流れる様に空のドラムマガジンをパージ、リロード。再び猛射しつつ、同時に張られたばかりの薄い対空砲火をすり抜け、着地地点に見える駆逐ロ級へと跳び蹴りの態勢を取った!


加古「チェストオオオォォォォッ!」


約2トン強の質量を伴った蹴りがニ級の脳天をかち割る!


同時に背面の腰部マウントより20cm噴進砲――手持ち式の試作バズーカ砲――を左手に構え足元へ引き金を引いた。クスリが与える泥の様に粘っこい時間間隔。足元で急激に膨張する熱。そう遠くない位置で舞い始めた天龍と深雪、後方より驚きに満ち衝撃と困惑を感じられる春江艦隊の視線、極限まで引き出された感覚が周囲のそれらを肌で感じ取る。加古は素早く離脱し爆風に乗り、右手のマシンガンを周囲へばら撒きながら手近な敵に肉薄し更なる噴進弾を打ち込んだ。巻き起こる爆風。唸りを上げる機関。再び風に乗り、加速。


加古は重装してなお良い艤装の機動に目を張った。艤装と回路には彼女の後継機である古鷹のこれまでの実戦データを基にしたプログラム改編を施していた。それは最高の修正プログラムだった。


加古「『こちら加古!水門の増援は駆逐艦のみ!繰り返す、増援は駆逐艦のみ!駆逐以上の艦種は見当たらず!』」


加古は本能の赴くまま敵艦の群れを縫う様に走る。狙いはまず敵の攪乱、そして水門の突破だ。彼女の網膜ディスプレイには電探による索敵情報、発艦し始める烈風や各艦の視界映像、果ては艤装のコンディションや通信ログなどが随時更新されていた。脳を押し潰さんとする程の膨大な負荷。だが、それでもなお持て余した反応力と演算速度を活用して高揚する歪な爽快感の中、観察・分析し報告を行った。


彼女は戦況を報告しながら弾数を気にせずひたすらに撃つ。予想通り敵は混乱して上手く連携が取れていないがために迅速な対応が出来ていない。更に密集形態ゆえ、まともな照準機能の無い加古ですらいとも容易く撃破が出来た。


加古「噴進砲が弾切れ寸前。然れどもデータは確保!」


目の前に立ち塞がるロ級に噴進砲の最後の一発をマシンガンのフルオート射撃と共に叩き込み、もはや意味をなさない報告を述べ記録する。膨大な量の弾丸を正面から受けたロ級は反撃が遅れ、口内へとロケット弾が飛び込み体内から爆発四散した。


加古はロ級の残骸に身を隠し、ドラムマガジンをリロード。そして噴進砲を捨てながら新たに銃身を切り詰め銃床を取り払った右手と同型のマシンガンを取り出した。その時、周囲へと弾着。夾叉。加古は射点へと向けて両手の銃を向ける。網膜ディスプレイには突っ込んでくる艦娘らの姿が映し出されていた。



それは敵により鹵獲された時雨と浜風タイプの駆逐艦と重巡リ級2機の4人であった。彼女らからすれば突如現れ自軍を喰い荒らすこの謎の援軍らは実際脅威であった。事実、挟撃隊形にあった戦況は掻き回され、春江艦隊の脱出を許している。このままでは自分達も危ない、そう判断したチ級の指示の下彼らは事の要因を叩くべく水門へと突っ切った。当然、水門前で派手に暴れ回るそれはすぐに確認された。


『なに!?あれ!』


『軍帽に白い艤装・・・まさか新型!?こんな場所に!?』


彼女らは明らかに動揺していた。それは加古が2人から見て独特のパーソナルカラーを持ち、兵装・容姿共に図鑑に該当が無かったためであった。だが、すぐに切り替える。おそらく新型か、もしくはスペシャルチューンドされた指揮艦であるはず、ならば物量に物を言わせ沈めてしまえば問題ない、と。


浜風タイプは10cm高角砲の標準を巡洋艦に向け、撃つ。僚艦も共に砲撃を続けるが、加古は深海の駆逐艦らを遮蔽にするように不規則に機動し隠れながらこれを巧みに回避。命中弾は無い。


『っ、周りが邪魔だよ!』


時雨タイプは左右に振られ、思う様に機動力が活かせないまま砲撃をする。だが有効弾の無いまま双方は瞬時に接近し遮蔽を挟んですれ違った。


『艤装にエンブレム発見・・・!パターンに該当あり。しめた、あいつは量産機だ!』


『・・・目標は船群を抜け、島側へ針路を変更しました。追い込んで撃破に持ち込みましょう!』


浜風タイプの通信に旗艦である時雨タイプは唇をにわかに湿らす。一時離脱を図ろうとする目標の向かう先は陸地。ここで勝負を賭けるべきだ。


『よし、行くよ。高速深海魚雷用意!テェッ!』


それは彼女達にとって歓喜の叫びでもあった。一時、その特異な行動から2人は敵が〈オリジナル〉である可能性に怯えていた。〈オリジナル〉と〈量産機〉では性能に差があり過ぎる。が、量産機であるとわかった今となっては問題など無い。依然として数に勝るこちらが有利だからだ。


4人は加古を追い込み、主砲で牽制し、一定の範囲へと目標を閉じ込めながら一斉に魚雷を放つ。加古の針路の先には陸。そして周囲に盾になる残骸は無い。


だが、加古は思わぬ行動をとって見せた。次第に狭まる砲撃範囲の中あえて反転し両舷全速、61cm四連装魚雷を進行方向へと放ち、そのまま腰部両側面の12.7mm機銃と両手のマシンガンで正面に弾幕を張った。そして『歯車の旭日』と『加古』の毛筆文字がペイントされた左腕を前に突き出し、器用に砲弾を明後日の方向へと弾いて見せた。


一見、脚や腕へ被弾し、肉を削られながらも突撃を続ける加古。しかし、艤装への直撃は避けていた。腹へ一発弾をもらうが炸裂せずに血肉が引き剥がれるのみ。散り出たはらわた片と血で石灰色のセーラー服を赤黒く汚しつつも加古は笑みを浮かべ、青く光る視線を向けた。艦娘にあるまじき反応。異様な光景に4人は一瞬、呑まれた。


双方の魚雷が水面下で衝突、瞬く間に炸裂し水柱が横一列に立ち上がった。


『怯むな!4対1なら!』


時雨タイプがそう叫び目標の予測地点へ向けて主砲を連射する。弾幕を張り敵を牽制するためだ。だが、命中音は無い。それどころか薄くなった水飛沫の膜から数十発の小ぶりな噴進弾が飛び出した。


火力を集中し固まっていたのが、仇となった。4人は目の前で炸裂した幾多もの12cm噴進弾を浴びる。それらは致命的な程の威力は無かったが感覚器官を傷付けるには適していた。


『こ、このおぉぉっ!』


目標の機動は、予測よりも僅かに速かった。加古は水煙を抜け右肩の硝煙立ち昇る噴進弾の発射台をパージ、両手の灼けたマシンガンを落としつつ、目の前の最も損傷を受けたリ級へと肉薄し殴りつけた。ドガンッ、という衝撃音と共に迫り出した左腕艤装がリ級の頭部を打ち抜き、首上より吹き飛ばす。左肩より薬莢を空高く排出、止まらずに速度を維持して加古は大きく旋回。


その時、浜風タイプが加古の後方に滑り込んだ。


『っ、後ろを取りました!もう逃がしません!』


浜風タイプはあえて頭部に狙いをつけ砲撃する。動きさえ止められればそれでいい。そして二条の火線が吸い込まれ見事、頭部に命中、炸裂した。加古は木の葉の様にくるくると回り、うつ伏せに転倒し停止する。


『やった、命中!』


『浜風ナイス!このまま仕留めよう!』


被弾した頭部を押さえる加古へと3人が接近する。1番近いのは重巡リ級だ。同時に時雨タイプは並行してチ級へと通信。掻き乱された戦況は次第に静まりつつあり、何隻かの駆逐艦がこちらへと向かっていた。


『こちら時雨。騒動の原因の足を止めたよ!これから沈める!』


チ級『よくやった!確実に殺せよ!』


包囲の中、リ級は両腕の8inch単装砲を構えた。腕の展開した装甲カバーからは牙が生え粘性の糸を引く。その火力は駆逐艦のとは比べ物にならない。


だが、突然彼女らの視界へと何かが飛び込み、次々と空中で爆発し爆煙と破片が襲った。攻撃は明後日の方向から来ていた。連続して起きる爆発に3人は狼狽し、煙に阻まれ相互支援が出来なくなった。


『ッ、まずい!』


その時まで、時雨タイプ達は戦況を乱していた者が加古1人と思い込んでいた。大量の兵装を積載し一騎当千の戦力を誇る新型艦娘。だが、何しろこの混乱下、乱戦の中であれだけ派手に暴れていたのだ、戦闘中に気に掛けるのは困難極まりなかっただろう。故に後方で今もなお続く戦闘に気を配るべきであった。



天龍(小破)「『もう一回行くぞ!』」


深雪「姉ちゃん、任せて!」


天龍は敵の砲撃を右手の戦艦刀で小刻みに弾きつつ、間を縫って左腕を大きく振りかぶり空へと手中の複数の物体を中距離より投擲する。それは爆雷であった。それを高機動で翻弄する深雪が高射装置越しに10cm連装高角砲で落下物を狙撃し爆発させ、飛来破片と黒煙を生み出す。機転を利かせた即席の煙幕弾であった。


古鷹『敵は態勢を整えつつあります。第1小隊は急いで行動を!』


天龍(小破)「わぁってる!牽制機動終わり!チビ助、突っ込むぞ!」


深雪「いよぉーし!行っけー!!」


天龍は呼び掛けつつ駆逐ハ級の砲弾を弾き軌道を逸らし、敵艦へと着弾させる。2人は手薄な空間へと集結すると間を置かずに縦一列で突撃を開始した。文字通り、矢のように。



その矢は狙いを外さなかった。それに気付いた時雨と浜風タイプは反転し主砲で迎撃する。その狙いもまた、間違ってはいなかった。だが4条の火線は先頭を走る天龍の刀に弾かれ、後方へ打ち上げられる形となる。弾かれた1発が応援に向かう駆逐艦の直上へ襲い掛かり爆発した。


『何あれは!?』


『浜風、下がって!』


事態の危険性を把握した時雨タイプは緊急回避を取り敵の突撃ルートより離脱を図る。だが浜風タイプは連射を始めた天龍の副砲の至近弾の嵐をモロに受け、足が止まっていた。


『は、浜風ぇ!』


時雨タイプは次に起こる事を打開すべく、主砲を浜風タイプへと急接近する天龍へ連射しながら突っ込む。だが砲弾は天龍の刀に空しく弾かれるばかり。それどころか天龍の影より飛び出し、側面を取った深雪の主砲が彼女の脚部に着弾し転倒させた。なおも砲弾は時雨を狙う。


『時雨っ、たすけ・・・』


呼び掛ける声が聞こえる。浜風は天龍を撃ち続けていた。しかし天龍は弾幕を掻い潜り、掃射を止め刀を腰だめに水平で構え固定。浜風の懐へ飛び込む。一瞬の交錯。時雨は彼女へと手を伸ばした。だが、浜風の上半身は主砲を撃ち続けたままに、二本足で立つ腰から下を残して、後方へとゆっくりと倒れ、海中へと沈んでいった。


「ア、アァ・・・ァ・・・ァ」


目の前の惨劇に時雨は力なく腕を下ろし、顔を上げたまま海に伏した。もう一方で起きた事象に吸い込まれるように目が動く。頭部を撃ち抜き倒したと思っていた新型艦娘が、気が付けば天龍へと砲撃するリ級の真後ろに音も無く立っていた。


背中へ突き付けられる左腕。ゼロ距離射撃が一発。リ級は叫び一つ上げられずに胸部を蜂の巣にされ撃沈される。間も無く合流した3機は背を向け開きっぱなしの水門へ走り出した。


時雨は薄れゆく意識の中、どうすることも出来ないまま視界にその光景を収めていた。




第2小隊と1/1二式大艇はその時、態勢を取り戻しつつある深海棲艦群と鎬を削っていた。敵戦力は第1小隊との強襲で激減してはいるものの、未だ油断は出来ない。


1/1二式大艇に張りつき機関砲のようにボーキサイトを補給、消費を繰り返すあきつ丸は簡易航空基地の役目を今も果たし、旗艦の長良と名取は黒と血染めの鉢巻をそれぞれはためかせ最前線で戦っていた。1/1二式大艇の援護射撃を受けながら編隊を組み、敵を攻撃しては、機動力を活かし反撃を回避する。


そして、1/1二式大艇の後ろに控えるは、自力で脱出したどり着いた春江の艦娘達であった。彼女らはこの移動工廠の内部に格納され、現在も順次に応急修理、補給が行われている。可能ならば修理が終わり次第、第2小隊へ、前線へと緊急出撃していた。


第1小隊が水門を抜けた頃には数機の春江艦が合流に成功し、その中には空母や戦艦の姿もあった。実際、彼女らにとっても古鷹らの出現は予想だにしない事態であったであろう。そしてそれは、一度は無残にへし折られた心を補修し士気を盛り返すには十分な機会でもあった。


古鷹「『第1小隊の諸島内部へ突入を確認!これより春江の各員は3人1組で艦隊編成し、集中攻撃戦法1号の実施を願います!』」


古鷹は戦略机で陣頭指揮に立っていた。初撃の効果は今もまだ、僅かに爪痕を残している。それは機内からでも自身の目を通して理解出来ていた。そして1/1二式大艇を基地局とした機内に流れる比較的クリアな通信の数々。


名取『当たってください!』


名取が叫びながら魚雷をばら撒き、集結した幾つかの駆逐艦もこれに続いた。数条の雷跡が描かれイ級やホ級を撃破。それを見越した神通と千代田が魚雷と瑞雲を間を縫って飛ばし、急激な機動で上空の烈風と共に切り込んでゆく。


状況は消耗戦に持ち込まれようとしていた。深海は数で上回り、艦娘は覚悟と決心で上回っている。そしてこの移動工廠。五分五分と言ったところだろうか。


その時、第2小隊周辺で激しい衝撃と水柱がいくつも上がった。


秋津洲「12時より新たに敵艦載機群!」


古鷹「面舵40!煙幕散布用意!」


古鷹は秋津洲へ向けてそう怒鳴る。すぐさま機体側面より煙幕弾が空高く発射され、機体を覆い隠し空襲を躱す。烈風と激しい対空機銃の歓迎を辛くも切り抜けた深海の艦載機が投下した爆弾と魚雷は、少し前まで1/1二式大艇がいた地点を通過した。


だが次の瞬間、凄まじい衝撃が機体側面を襲う。


秋津洲「ッあぁ!左舷に被弾!装甲著しく破損!ハイドロエンジン著しく出力低下!機銃稼働率50%減かも!!」


それは数十もの数の魚雷であった。続けざまに集中して飛び込んだそれらはいくつかが波により逸れるが、数本が1/1二式大艇の横っ腹を確実に食い千切っていた。


古鷹「妖精さん!ダメージコントロールお願いします!」


古鷹の命令を受け機内の妖精達は修理と救護の為に出動する。それらは皆、流れ着いた春江鎮守府の工廠妖精であった。1/1二式大艇には艤装が完全破損し戦闘に加われない子は後部格納庫等へ収容されており、機体の左舷には大穴が開いている。そこに負傷者がいないとも限らなかった。


古鷹「修理の状況は!」


秋津洲「機内に修理中の2人がまだ残っているかも!終了まであと2分!」


長良(小破)『行って!』


長良から酷いノイズ交じりの通信。2人はスピーカーへ振り返る。


長良『最早、第2小隊の任務は達成したわ。もう支援の必要は無い!』


秋津洲「けど・・・」


更なる雷撃が飛び込む。1/1二式大艇は損傷した機体を揺すり辛くも第2波を回避する。


名取『構わないでください!・・・い、今は邪魔です!古鷹さん、秋津洲さん、私達の帰り道を・・・お願いします!』


古鷹「最大船速!本機は緊急離脱を!」


すぐに古鷹は発令。1/1二式大艇は回頭し戦線離脱を図る。その間も空と海から敵襲は続いている。左翼の一部が剥離し大穴を呈しながらハイドロエンジンを勢いよく吹かした。



一瞬の内に司令塔が手痛い損傷を負ったことで、残存艦達は先程まで1/1二式大艇がいた沖周辺へと集結していた。両者の攻撃は一時的に止み、戦場に似つかわしくない静寂が訪れる。耳元へ吠える妨害電波のスクラッチ音をよそに、名取は先程の雷跡の射線上の1機の敵を睨む。それはブリーフィングで見覚えのある姿の巡洋艦であった。


「なんだ!?深海の新型か?」


千代田(中破)「あいつは・・・あの時の!」


長良(小破)「10-41型!」


名取「ううん、少し違う!でも気を付けて!」


名取は頬の返り血を拭いドラムマガジンをリロードしながら呼び掛ける。目の前の機体は確かにあの木曾だ、だがどちらかと言えばあのマントと軍刀は改二の姿に近かった。


第2小隊と春江残存艦らはその機体、チ級の持つ火力にやや気圧されながらも、再び動き出した。彼女らは駆逐艦らではなくチ級をより脅威と判断、攻撃を集中する。彼女らは編隊を組みながらついには乱戦へともつれ込んだ。



秋津洲「このっ!油圧が、速度が上がらないかも!」


機体は全速で加速をかけていた。だが、度重なる損傷ゆえに著しく困難になっていた。魚雷におけるダメージも決して無視できない。1/1二式大艇の防弾板は分厚く強固であるが、もとより艦隊戦を行う事を目指したわけではないからだ。


ここで秋津洲は思い切った行動に出る。彼女は後部ハッチの開閉ボタンを押す。機体後部には格納庫があり、未だ余った資材や弾薬などが積まれたままだ。そこには無名鎮守府から持ってきた有象無象のジャンク品などもそっくり積まれている。それらを一気に見境なくカタパルトで海へと投下し始めたのだ。途端に軽くなる機体。更にダメージコントロールの効果も相まって1/1二式大艇は活力を取り戻した。


秋津洲「よし!」


今までのもどかしい鈍足から一転、快速となる。ハッチを閉じながら秋津洲は再びコックピットの操縦桿を握り直した。


古鷹「秋津洲さん、修理中の子の整備を急いでください!こちらの行動を敵が理解しないはずがありません!」


古鷹は引き続き戦況分析を行い指示を飛ばす。今となっては慣れたデスクワーク。今となっては当たり前となった指揮官としての務めだ。


だがその表情は硬く、額から汗が止めどなく流れ出る。モニターの1枚には諸島内部の映像が中継され、水門前で再び流れ始めた通信は敵の妨害電波の影響により酷く乱れてはいたが、戦況をありありと伝えていた。


古鷹「フンッ!」


落ち着き無く格納庫へと走り出そうとする脚を抑え、古鷹は大きく深呼吸し、両手で勢い良く頬を張った。名取の言う通り、安全を確保すべく1/1二式大艇はここにいるべきだろう。機銃がやられ護衛の対空・対艦戦力も心許ない今となっては、足手まといにすぎない。


ビーッ!


秋津洲「ッ!電探に反応ありかも!」


古鷹「な、何っ!?」


その時、機内に警報が鳴り響く。モニターには機体後方に張りつくように反応が一つあった。


だがその正体を知り、2人の強張った表情は僅かに緩む。それは深海棲艦などではなかった。


あきつ丸(小破)「ひ、ひえっ。ゴボボッ。だ、だれか助けてほしいでありますーっ!」


波に打ち付けられ、逆剥けになった鉄板とコードに引っかかり絡まっていたそれは、爆発にあおられたのであろう。1/1二式大艇の周囲で後方援護をしていたあきつ丸であった。






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