2017-01-07 20:53:21 更新

概要

量産型提督【改善】の続きです。

・・・試作機・失敗作・量産機・プロトタイプ・捨て艦、それらを「無謀」という名の風呂敷で包み込み死地へと運ぶ。
この大海原では「何故に」と問えば、「何故に」と返る。
病んだ魂は安息を求め、あの日に傷付き、死んだ過去を追い敵を求めて暗闇を彷徨う。
だが「故に」と問えど、返る声は何も無い。


前書き

【「ナ号-19-5-044再型」取扱説明書】

 本日は我が研究所の先行試作型量産機をご注文いただきありがとうございます。
 事前にご理解いただいておりますが、本機は初期型であるためいくつかの不具合にはお目溢しをお願いいたします。
 つきましては、本量産機の取り扱いについて説明させていただきます。

 一、本量産機は第五世代の『名取』の復刻モデルです。実際に第五世代のパーツをとある経路より入手して各部位へと特別に組み込んでおります。

 二、例により初期型の試作機であるため全てのプログラムにプロテクトを施していません。端子に接続した機器が強制的に『管理者モード』に移行してしまいますが、これは互いのメンテナンスを容易にするためのものでありバグではございません。仕様です。

 三、19シリーズより旗艦がアクシデントを起こしても緊急で指揮が執れるよう、高級な特注品であった提督の代理を務められる『提督回路』を、安価に扱いやすく改善した『エリート回路』を標準搭載しております。また、通常量産機に搭載される戦闘回路を『長良型「改」』にし、1枚のところを3枚に特別に変更。さらにこれら3枚を直列に接続をしているため、戦闘で得る経験量が実質3倍になるので戦力として後れを取ることはありません。
 他に26mmハードセラミック装甲を持ち、14cm単装砲を計5基、61cm四連装(酸素)魚雷2基、21号対空電探1基を初期標準兵装としています。

 以上をもちまして説明を終わります。
 重々ご承知かと存じ上げますが本機は使い捨てを目的としたものではございません。試作品ではありますが、その性能はこれまでの技術の積み重ねにより〈オリジナル〉と遜色の無い物となっております。
どうぞ我が子の様に愛し、仲間と共に戦場を潜り抜け、共に長く歩まれていかれることを研究者一同心より願っております。

 私事ですが、この機体を特別に製造したのはこれまでの身勝手な私情による償い行為でもあるからです。

 南原産業総合研究所総本部 所長 南原 一鉄より


【アッセンブル・ザ・ルーザーズ】



――――――――――

『無名鎮守府〈量産型〉型録 その1』


・ナ号10-1型〈古鷹(ver,0.01)〉【本名:消失】


 タラワ鎮守府の現場の声に応え急遽再設計され0型の1ヶ月後に製造された後続機。南原研による事実上、最初の第零世代の量産型艦娘である。

 0型により露呈した『ボディの脆さ』という最大の短所を克服すべく身体の各所を大幅に改善されている。その分身体だけでコストが3.8倍となってしまっていたため艤装の大部分までには改善の手が行き届いておらず、装甲板の厚さが倍になった以外には0型の艤装がそのまま流用され、主砲と魚雷の配置および塗装の変更のみに終わる。急遽制作したため0型のような事細かな各機のカスタマイズは施されず、デフォルトのまま3機製造された。


 古鷹型戦闘回路を1枚搭載。36mm粗製スチール装甲を持ち、20cm単装砲3基と80mm十四年式拳銃1丁、61cm三連装魚雷2基を初期標準兵装とする。

 ※当鎮守府では度重なる艤装改修などを行っている為、性能はこの限りではない。

 ・追記・・・本機は現第八世代においても改全機〈ver,8.09〉が量産され続けており今でも南原研の誇る名機である。



・海号15-042L型〈長良(廉価版型)〉【本名:長良 亜理紗】


 高山型よりライセンス契約を受け、海軍によって量産された第五世代の量産型艦娘。

 〈オリジナル〉の性能からか、コストを前世代の半分以下に削ってもなお下の上クラスの性能を持つ。第五世代には前期型と改善された後期型が存在するが本機は前者。

『作業用の安価な重機』および『集中運用による敵艦隊の制圧用』が目的とされ、数を用意しての作戦行動が主とされている。

また、なぜか長良型シリーズ「長良」「名取」の2機の新造された姿は、第六世代以降確認されていない。


 長良型戦闘回路(廉価版)、指揮官用回路(廉価版)を各1枚搭載。20mm積層式粗製プラスチック装甲を持ち、14cm単装砲ライフル1基(簡易量産版)のみを初期標準兵装とする。

 ※当鎮守府では度重なる艤装改修(ry

 ・追記・・・◎月×▲日明朝、「名取」の姿が確認されたし。事の関係を製造元の南原研に確認を急ぐものとす。


――――――――――



~東京 青海 喫茶「大江戸女神」VIPルーム~


ハァーッ・・ハァーッ・・・スー、ハー・・・


眼を閉じず心の中で妄想のクスリを打ち、息を大きく吸い、そして吐き出す。真新しい畳のイグサの匂いが鼻腔を刺激し、一枚板のヒノキ机を挟み取引相手側の奥に立て掛けられた屏風の見事な虎と龍の威嚇し合う墨絵がこちらへと睨みを利かせる。金箔和紙の襖の反射光に一瞬目を細めながら、少女は石灰色のバックパックに手を入れ約束の物を掴み取る。


――夢か現か、こうして今も頭に霞が張りモヤ付き、クスリの幻覚の様に脆く実感が無い。あの日からそうだ、何もかもが信じられないまま、まるで口をぽかんと開けたまま銀幕のスクリーンが写す考えの追い付かないシーンをいくつも流し込まされた時の様。


――眠りに落ちるたび目に映るフラッシュバックに認め難い事実を見せられ続け、思わず口が動いた。10-0型は無敵だ。アタシとあの2人がいる限りデータもスコアも秀逸であった、信じていた、不採用になる筈など無い。だが何故あんなことに、こんなはずじゃない、あいつ等がアタシ達を嵌めたんだ、そうに違いない、と。・・・だが一度過ぎた事象に、もしもはあり得などはしない。ましてや、試験は既に終わらされた後であった。


やり場のない思いに恨み辛みを吐き喘いでは、一滴一滴胸の底へと感情が落ち、溜まり、静かに煮え濃縮されていく。そしてある日、それは溢れる。捌け口など簡単に見つかった。


稲城「どうぞ」


提督用制帽のつばをやや傾け薄青い眼光を効果的に見せる。机上に名刺サイズのメモリーカードを3つ差し出し、添加物ばかりのカレーチョコパフェを口に含んだ。


彼女の服装は白Yシャツと右胸に『熊野』と刺繍される小洒落たブラウンのセーターを羽織り、膝まである軽空母用の紺色の長袴スカート。いかにもチグハグで色調も地味な組み合わせであり、相手の変人を見るかのような痛々しい視線が胸に突き刺さる。だが、涼しい顔で受け流す。古鷹が数少ない前任の〈オリジナル〉の予備の服達の中から選んでくれたのだ。それに、この時はさすがに擦り切れて継ぎ接ぎだらけの襤褸切れとなった試作セーラー服を着て行くわけにはいかなかった。


「どうも」


リーダーの少女が侮蔑混じりにこちらを一瞥。黒と薄青の眼光がかち合い数秒後、あらためる。


向かいの席に座るのは3人、稲城と異なり彼らの前には手が付かれていない純正コーヒーが1杯ずつ置かれているのみ。中央に黒い軍服を着たロングの黒髪のリーダーの女性。その顔は漆喰のように白く目つきは剃刀じみて鋭く油断ならない。その両脇を固めるのはどちらも国防色の軍服を着た落ち着きのない細身の青年と背が低い女性である。3人の服には共通して陸軍の所属を示すバッジが鈍く光っていた。


稲城「あー、中身は数年前に海軍限定で公開していた『南原ハイブリッド理論の論文』の全文に、ナ号-10-0型の・・・つまりアタシの『設計図』と『戦闘データ』だね。ま、3つ目はアタシの主観ってところかな、客観データのほとんどはアッチが持って行っちゃったから・・・」


親しげに笑みを浮かべる。当然相手の反応は無く、厳重にコピープロテクトされたメモリーカードを読み込み、どこか機械のように淡々と作業を進めていく。


「・・・・では」ボソッ

「やはり・・・」ボソボソ


カタカタと鳴るキーボード音と小声の密談が室内を満たす。稲城は頬杖を突きつつ人差し指でテーブルを叩き、あくび一つし、鋼鉄製アルコールボトルから特製のクスリ入りウイスキーを呷る。ボトルには南原を表す歯車の旭日の意匠。今朝、南原研より支給を受けたばかりの試供品。


・・・量産機として不完全な彼女は南原のクスリ無しでは生きていく事が出来ない。艤装を装着していなくても生命活動し続ける限り彼女は現在もこの行為を強いられることに変わりはないのだ。言い換えれば彼女は生きる限り南原研に束縛され続けられることでもあるのだが、稲城はそれを知った上でなお甘んじて受け入れていた。


なぜなら、彼女はもとより南原の技術屋で一生の忠誠を誓った身であった。そして頼るべき場所を・術を、他に何も知らなかったからだ。故にその苦行を易々と止め眠りにつく気などは当然無かった。だが、現在の彼女は以前と少々勝手が違っていた。それは彼女の心中が未だ燃える海原を彷徨い続けていたためである。溢れた思いは忠誠心すら容易く組み伏せてみせた。


「隊長、全て本物です」


青年がリーダーに報告する。


「了解」


稲城「じゃ、要求を呑んでくれるってことで良いかな?あきつ丸さん」


取引相手である陸軍、そして海軍の両方に所属する〈オリジナル〉の艦娘、あきつ丸はメモリーを机上に戻しコクリと頷く。


あきつ丸「無論、稲城大尉・・失礼、中佐殿の要求を受け付けましょう。まるゆ曹長、アレをもってきてほしいであります」


あきつ丸は『大尉』と語気を強める。アタシの生前の階級は大尉だ、そして『死後』大本営の手厚い待遇を受け二階級特進がなされていた。おそらく死人との取引等は前代未聞だろう。あちらもあまりいい心持ちで無いはずだ。アタシにとっても特進が『採用』や『生還』などでの特進であれば喜んだに違いない。けど、もうそんな物はどうでもよくなっていた。


まるゆ「はい、あきつ丸さん!」


まるゆと青年が席を立ち、襖が閉まる。〈オリジナル〉と〈量産機〉の2人が残り、プレッシャーと共に気まずい空気に変わる。アタシは滲む汗を歯車刺繍のハンカチで拭った。取引の緊張感によるものではない、身の危険を知らせる本能によるものであった。自分は今、どこにいるかを知っている。然りこの喫茶『大江戸女神』について。


ここは喫茶店の看板を掲げてはいるものの、その実、陸軍独自の専用会合所であり拠点でもあるのだ。コックやメイドはもちろん、くつろぐ客や清掃員ですら陸軍の者であった。入室するまでに見た光景を反芻する。空気がピリピリと張り詰め、誰もが巧妙に大口径拳銃を隠し電熱刀を帯びていた。いかな改造手術を受けた身であれ、撃たれれば死ぬし斬られても死ぬ。おまけにこちらは丸腰、何が起きてもおかしくない。一定間隔で聞こえる電子鹿威しの音だけが寄せては返す波のように張り裂けんばかりに強張った空気を打つ。ボトルを再度口へと傾けた。じんわりと身体にサイケな活力が満ち恐怖心が吹き飛ぶ。


あきつ丸「・・・ところで、なぜ海軍関係者がこのようなマネを?これをどうやって取得したので?」


不意に目の前の〈オリジナル〉が口を開く。至極当然の疑問。


――やはりきたか。


ここへ来る間に1人大発の上で何度も行ったブリーフィングを思い出しつつ、コン、と手にしたアルコールボトルを机に置く。


稲城「それはあきつ丸さんと同じさ」


まるで親しい仲の女友達とふざける様に振る舞い、余裕気に芝居がかって答えてみせる。古鷹の言う通りアタシはもう死に、「稲城香子」は「稲城香子」でなくなった。そして今、「加古」として生命活動してきたアタシは延命のために、軍籍簿からも消えた「稲城香子」という皮を被りかつての過去を演じつつ、同時に過去を売り物にした。


あきつ丸「ほう、同じとは」


あきつ丸が冷たい視線を向ける。ここだ、ここが正念場だ。目の前の〈オリジナル〉に向けて1つ1つ言葉を選びながら、しかし、決して表に出さぬよう顔色を窺う。何かあって目の前の〈オリジナル〉の機嫌を損ねれば自分はオシマイだ。何しろアタシは海軍の機密データ諸々を用いていてるため完全にブラックゾーン、対する陸軍は金や立場を与えるだけでありグレーゾーンである。まず何としても乗り切らねばならない。真意を悟られないように芝居を続ける。なるべく扶桑さんの様に冷静に、それでいて伊勢さんの様にマイペースに。


稲城「アタシも、あんたも、海軍にある種の恨みを抱いている、わかる?・・だからこその援助?って感じのものをね」


あきつ丸「・・・中佐殿の事情は一応聞いているであります」


稲城「そしてあきつ丸さんはジリ貧の陸軍とコンタクトが取れる数少ない〈オリジナル〉の御方だ」


稲城は陸軍の現在立たされている状況をちらつかせながら一気に畳み掛けた。交渉において自身の持ち札を浪費することは痛手。だが、相手がこちらに気を寄せたならば、感情に訴えかけるのは今しかない。


稲城「陸軍は今や解体寸前、いわば相撲取りが土俵の縄の上で踏ん張っているようなもの。だから起死回生を目論み艦娘の量産化に着手するけど失敗続き。そんな中、アタシ達は何とかして生き延びる術を欲していて、タラワ諸島奪還のための鎮守府設備投資の資金と艦隊を強化する地盤を欲している。つまり!この取引はアタシ達に生きる糧を与えるだけで艦娘量産化の基礎技術が簡単に手に入るまたとないチャンスってことさ!」


稲城は今の陸軍の内情を鑑みる。


量産化に手を付けてまだ1年も経っていないが実験回数などから見ると、かなり意欲的であった。だいうのに取引に出向いたのが高級将校ですらない〈オリジナル〉2人と技術者1人。「喫茶店」という敵陣の中とはいえ、いかに〈オリジナル〉が、量産型プロジェクトが、陸軍内においてもどれだけのポジションを占めているか。そしてその上での取引。容易に想像が出来た、是が非でも手に入れようとする筈。


稲城「取得方法については・・・まぁ、初期型で試作品の身体だと負担の激しいデメリットはあるけどいろいろなことが出来るのさ、例えば大本営や鎮守府のサーバーをのぞき込んでコピーしたり、盗聴したり・・とかがね」


あきつ丸「ほう・・便利な身体でありますな。よろしければ、ぜひ陸軍で量産させていただきたいであります」


あきつ丸が眼を笑わせずに微笑み、ぬるくなったコーヒーに手を付ける。


稲城「ハハッ、やめといた方がいい。こりゃ結構難儀な身体だよ?」


空虚で乾いた味のしない雑談を交え、数度鹿威しが鳴り、やがて2人が戻って来る。ドカドカと机上に膨れ上がった特大の麻袋がいくつも置かれた。中身は・・・大量の金塊と最高額の札束である。・・・要求した量よりはだいぶ少ない、だがまずはこれで十分だ。


あきつ丸「さて、金はこれだけあればよろしいでありますな・・・提督証と鎮守府登録証の用意については明日までに南原産業総合研究所へとお届けさせていただきます。それではこれで・・」


あきつ丸は麻袋の山をこちらへ押しやりメモリーへと手を伸ばす。が、その手首は稲城に勢いよく掴まれテーブルへと強かに押し付けられた。


稲城「まだあるよね」


稲城はこちらへ身構える2人には目もくれずに静かに威圧した。こんな端金や紙切れはいつでも簡単に手に入る。こうしてやっととっかかりを掴んだのだ、今までは艦隊戦で言う偵察、いわば前哨戦にすぎない。故にこの先の砲雷撃戦、本題を無かったことにされるわけにはいかなかった。


あきつ丸「・・あーそうでした、ごもっともであります。・・・・・オホン、えー、たしか対潜能力のある量産機を1人、でありましたな。全く中佐殿もお人が悪い、すっかり忘れていたでありますよ」


あきつ丸はゆっくりと、強引に手を振りほどきコーヒーを啜る。稲城はついこの間発刊されたばかりの雑誌『帝海ジャーナル』を広げた。手垢に塗れヨレヨレとなった帝国海軍兵器開発局の記事を指差し、叩く。


稲城「正規の奴がロールアウトされた筈だし、予備機くらいあるでしょ?」


ちょうど1週間前、大本営は艦娘の量産型を大衆向けプロパガンダと共に発表し、駆逐艦から戦艦まで数・種類こそ少ないものの多種多様な量産機が各鎮守府へ配備が開始された。不服だが、海軍製の性能水準は高く、既に解放された海域もあると聞く。故にどのような組織であろうとまともな技術屋がいれば予備の機体は必ずや1つか2つはあるはず、そう踏んでいた。


「余りは無い」


だがその時、青年が憎々しげに言い、こちらへと9mmブローニング銃を向けた。伍長の階級章と名札プレートに「陸軍登戸研 技術者:田島」の刻みが見える。


稲城「・・・何かの冗談かな」


登戸研・・・その名を見、稲城は目を潜ませる。かの陸軍兵器研究所は清濁混ざり名・迷兵器を生み出す混沌とした実態の良く分からない研究機関である。マイクロ波兵器、UFO、二足歩行の人型マシーン・・・奇妙奇天烈な研究内容がほとんどであったがそれは氷山の一角。その実、陸軍の研究機関でありながら、一時期造船業や戦車産業と陸海問わず幅広く軍事産業の一翼を担っていた。・・・・・深海棲艦が現れるまでは。


稲城自身、純粋な人であった頃に下っ端として何度か関係者と接触したことがあった。目を見張り思わず尊敬するほどに彼らは軒並み腕が良かった、同時に孤独を好む奇妙な人々であったことに覚えがある。彼もその1人だろう。だがいったい、これは何のマネだろうか。


田島「あいつらは配備分だけ計画的に製造している。・・・つまりだ・・・・・つまり、余りは無い!わかったか!そもそも、海軍関係のお前1人にここまで譲歩してやっているんだ!「手始めに陸軍の予算50%を差し出せ」だと?ふざけるな!大人しくそれを寄越せ!」


若い彼は頭に血がのぼり、1発発砲。弾は稲城のすぐ横を通り黒髪を散らせ青畳に着弾した。稲城は表情を崩さない。


その反応を見てか、彼は激昂しあきつ丸の警告を振り切り、次いで胸ぐらを掴み端末の画面を見せつける。おそらく海軍のサーバーをハックしたのだろう、そこには量産機の製造数と配備数の進捗を示すグラフには配備完了の文字と「残り0」と書かれたカラーバーの表示があった。稲城は鼻で笑い、青年を突き飛ばす。


稲城「じゃあダメだね、取引は無効。他にこれを欲している奴らがまだいるんだ・・・いやね、いの一番に陸軍さんへ飛び込んだんだ。海軍と対立してるもんだからさ、呑んでくれるって結構信頼してたんだよ?お偉いさんからオーケーだってもらったんだ。けど、約束が違うじゃないか」


淡々と冷酷に宣告し、素早くメモリーカードを懐に収める。


だが、稲城は内心冷汗を滝のように流していた。


というのも、実際はもう後には引けぬ状態にまで追いつめられていた為である。既に当てのある者達には全て断られこの陸軍だけが最後の頼みの綱となっていた。資源自動生成装置の故障した名無しの鎮守府では行動不能にまで損傷した重症の古鷹がアタシの帰りを待っていることも要因の一つ。相応の対価を要求したとはいえ調子に乗り過ぎたことを稲城はやや悔やんだ。・・・やはり少し吹っ掛けすぎたか?


だが、幸運にも崖っぷちに追い詰められ焦っているのは陸軍も同じであった。


田島「ガハッ!」


鈍い打撃音が聞こえた。あきつ丸が立ち上がり拳を振り青年が屏風を突き破り吹き飛ばされた。


あきつ丸「なるほど・・・そうですか」


目の前の〈オリジナル〉はぎちぎちと音が聞こえるほどに拳を握りしめ、こちらを静かに睨み付ける。一方、田島とかいう青年は怒気を当てられ屏風の下で折れた歯を吐き、青い顔をで今にも失神しそうな状況。稲城はハッと我に返る。


――さすがにマズくないか、これ。


発砲音が合図となったのであろう、強化された感覚が部屋の四方の襖の向こうに集まる十数名の人の気配を知らせる。服越しのメモリーカードを握りしめ、もう片方の手で無意識に腰の位置へと手が伸びるが空を切る。震える手から滴った汗が畳に染み込んだ。


まるゆ「あの・・・」


そんな時、一触即発の空気を破ったのはもう一人の〈オリジナル〉であった。


あきつ丸「・・・どうしたでありますか、まるゆ曹長」


手袋を擦り、静かに怒りを湛え震える声であきつ丸は言う。彼女は興奮すると手袋を擦る癖があった。相手は南原の死人、ここで殺し東京湾に沈めたところでさしたる迷惑など掛からぬ筈。もとより、陸軍は彼女を呼び寄せ何事も無く受け取った後で殺す算段であった。だが、若造が物を受け取る前に全てを台無しにしてしまっていた。


まるゆ「あ・・・いえ、古い情報ですが・・少し、少し心当たりがあります。以前に事故を起こして解体処分待ちの子が1人だけ、確かいたはず・・です」


まるゆはおっかなびっくり言う。彼女は唯一、当初から公平に取引を行おうとする姿勢の人物であった。それは「艦娘は人々を守るために存在する」という信念に基づいたものであり、取引相手もまた守るに値する者と見ていたためである。目の前にいるのは海軍の軍人ではない、技術者であり研究者なのだと。たとえ理不尽な要求であれどこの後生み出すものに比べれば蚊の涙。そして何より、目の前の少女自身がデータの有用性を示していた。そんな〈オリジナル〉の言葉を聞き、青年がハッと生気を取り戻したかのように匍匐姿勢で屏風の下から這い出、


田島「名前は何だ、調べてみる」


とすがる様に食い付く。


まるゆ「えぇと・・・確か『深雪』という量産艦娘さんです」


田島「よぉし待ってろ・・・・・・うん、いるな、いる。が・・・・うーん、この子は失敗作、だそうで。・・・この取引材料には不適格・・・・・です」


おずおずとあきつ丸に報告。


あきつ丸「・・・・・中佐殿?質が落ちますがそれでよろしいですか?」


あの〈オリジナル〉と同じ冷たい笑顔でこちらに言う。これで手を引けという事なのだろう。怒気を隠しきれていないが、まぁそれはいい。


稲城「そう?いいよ、構わない。アタシとしては今はタラワ奪還への戦力が少しでも欲しいところだし、この際だれでもいいかな」


稲城は汗を拭い背一杯の虚勢を張り、座ったままあきつ丸へとメモリーを投げ渡す。あきつ丸は飛来するそれらを指先で摘み取った。


あきつ丸「・・・では、取引は成立です、『深雪』もなんとか明日までに送るであります。大本営へは彼女が脱走後に中佐殿の鎮守府へ流れ着き成り行きで着任。との内容の報告書をこちらで偽造しておきましょう」


満面の笑みを浮かべてあきつ丸は改めて提案をする。異議なしと無言の同意をし、負けじと胸を張り微笑み返す。


稲城「どうも。あ、あと提督名は「衣笠名古」でよろしくね。このままの名前じゃマズイし」


あきつ丸「衣笠・・名古・・・?ああ、前任の秘書艦の「衣笠」と、中佐殿の「加古」でありますな。了解したであります。しかしなぜ?」


稲城「あんな未完成の鎮守府に正常な提督がいたら何かしら疑われて当たり前だからね。けど、まともじゃない司令官であればだれも見向きもしない。それどころかあっちが勝手に怖がって手を出し難くなるかもしれないでしょ?」


稲城は古鷹考案の提督ネームに我ながら感心しつつ説明をして見せた。やはりあの重巡はああ見えて使い物になる。


あきつ丸「ははぁ・・・なるほど。まぁ、確かに」


稲城とあきつ丸は共に笑顔で書類に血判とサインをし、とても力強く握手をした。これで事実上、陸軍は艦娘の量産化の手がかりを得、稲城は海軍に提督として強引に組み込まれタラワ奪還のための艦隊を作成する第一歩目を踏み出すことが出来たのであった。


あきつ丸「ところで、中佐殿の艤装を一度陸軍で解析をさせていただきたいのでありますが今どこに?」


稲城「ごめん、アタシのヤツ、秘書艦の艤装の修理パーツとして共食いさせちゃってさ、もうないんだ」





それからアタシは提督となり海軍の仕事に何とか喰らいつき、馬車馬の如く働き続けた。全てはあの時の仲間との約束を守り通すために。そして雪辱を晴らしあの島を死に場所とするためだけに。


量産機も古鷹や深雪をはじめ年月を経るたびに少しずつ増え戦力を増し、軽巡の天龍と飛行艇母艦の秋津洲が加わった。部隊に加わる子達はどれも一癖も二癖もある子ばかり。皆、アタシが『提督』だと知るや信頼しきって何でも言う事を聞いた。どんなに苦しい鍛錬も作戦も「静かな海を取り戻す」「平和を目指して」と薄っぺらな理由を付ければ命令一つで自由自在、何も知らない一生懸命な姿は見ていて笑いが止まらなかった。特に、仲間が増えるほどに何も知らない古鷹が嬉しそうにはしゃぐのは滑稽だった。秘書艦として従順に働き、懐きやすく呑みこみも早い、何より無垢で疑う事を知らず、命令に忠実。これほど単純で使いやすい奴はそうそう無い。全く、ここへ流れ着いてラッキーであった。


とはいえ1艦隊分、6人揃うまではとてもではないが動くことはできない、違法に取得した提督証がバレそうになり3週間の超短期士官学校に滑り込んだ事や、時に手を血潮に染め続けたこともあった。何としても耐え続けた。気が付けば6年の時を迎えようとしていた。


この頃陸軍は第五世代が発表された時期には量産技術の開発に成功し、製造態勢までもが完全に整えられていたにもかかわらず軍は解体され国防港湾軍へと収縮・降格。そして接収された量産型あきつ丸・まるゆ達は海軍の想像を超えた数があったために、時期が悪くかの「捨て艦作戦」に大量に導入されてしまっていた。


そして第六世代のラインナップがカタログに載るころ、その陸軍の遺産がもう1人の量産機の長良と共に無名のこの鎮守府へと流れ着く。第五世代の機体であるにもかかわらず、アタシですら引く程に傷付き、虫の息であった。2人が一命を取り止めた後、アタシと古鷹は6人集まったことを喜んだ。勿論、アタシはようやくタラワを奪還に行く艦隊が出来たことを。古鷹は仲間が増え賑やかになり、もう1人ではなくなったことを。


だが、目を覚ました彼女らは古鷹が『提督』を紹介したとき、それは起こった。秋津洲の懸命の治療により癒え、微かに光の戻り始めた目が一瞬で光を消し、怯え竦み震え始める。長良は舌をかみ切ろうとし、あきつ丸は拳銃をこめかみに当て自決を図った。彼女らは以前の鎮守府において口に出すのも憚られるほど酷く心身共に破壊され続けられていた為である。逃げ出し、助けられた2人はおそらくアタシ達をはぐれ物の集まりだと思っていたのだろう。だがそこに彼女達の恐怖の対象があった。そう、『提督』という存在である。


撃鉄が雷管を叩く音が聞こえる。だがこの行為は未遂に終わった。それを止めたのは最も近くにいた古鷹ではなかった。


他でもないアタシだった。


この時、作戦の駒を失いたくなかったのか、それとも在りし日の隊長としての矜持が残っていたのか。絶句する古鷹達の表情を背に、アタシは2人の拳銃を叩き落とし頭を押さえつけていた。そしてあろうことか、止められたことを責めた2人へと侮辱の言葉が飛び出ていた。この後間接的に殺そうとしていた者達を、だ。


泥のように固まった時間間隔の中、アタシは困惑していた。何を言っている?いつもみたいに適当な言葉を並べて慰めればいいものを、悲願達成まであともう少しだぞ、強引にねじ伏せろ、と頭の中でどす黒い声が聞こえる。だが一方で心のどこかがそっと囁いた。この子も古鷹達も沈めさせたくない、出来っこないなど無い、と。


これまで鎮守府でアタシは古鷹の知るアタシを演じ、何食わぬ顔でよく笑い、よく食べ、対立し、仮初の自由を謳歌して来た。同時に月日が経ち時が流れても、あの燃え盛るタラワの光景が鮮明に蘇り続け、擦り続けた墨の様に更に混沌を極めてもいた。だから唐突になぜこんな行動をとったのか訳が分からなかった。いや、分かっていたが意識の底へと押し込んでいたのだろう。要は時間をかけすぎたのだ、たとえ仮初のモノであったとしても過ごして来た期間に、触れ合ったその長さに偽りはない。悔やむべきだろうか、彼女が駒と見ていた娘達はいつしか部隊の仲間という枠を超えていた。


突然、後方へと勢いよく突き飛ばされる。長良が何かを叫びながら何故か拳を前へ突き出していた。壁面に後頭部を強打し呻く。何事か聞き取ろうとしたが、アタシはそれよりも頭に響く声に対処するだけで手一杯であった。


―――死んでいった仲間達が本当にタラワへ戻ってくる事を望んでいるのか。


そうだ。そう、約束したのだから。


―――じゃぁ、もし伊勢さん達が生きていれば実行に移したのかい。


ノーだ。消息は分からない、だが生きているならばそうに違いない。


―――なら伊勢さん達が死んだから行くんだね。


そんなわけがあるか!あの人達が死ぬはずがない!


考えれば考えるほどギリギリと頭が締め付けられるように苦しくなる。なら何故6年も待ち続けた?何故道連れにしたくない?ならアタシが今まで生き続けた意味はどこにある?感情は渦となり激痛と共に突然フラッシュバックが起きる。周囲が海水で満たされ見たくもない光景が眼前に広がり、目と耳を閉じ心を閉ざしてしまいたい衝動に駆られる。だが叶わずまざまざと見せつけられる。それはまた精神を蝕み心を削った。早く行かないと、だが死にたくない、みんなを失うのも嫌だ、声にならない悲鳴があがった。



ふと古鷹に声をかけられ意識が戻る。既に部屋には古鷹以外いなかった。アタシは壁に背を預ける形でうずくまり、頭から流れる血と共に涙が頬を伝っていた。泣いていたのだ、タラワから脱出して以来1度も流したことのない涙を。


そして見たことない怯え様で古鷹はアタシを問い詰めた。加古がそんな事言うわけない、嘘だよね。と肩を激しく揺さぶり泣きつく。聞けばどうやら自決を責める言葉は途中でアタシの本心へと変わっていたらしい。何も飾らない『稲城香子』自身の本心である。要するに、「お前達はみんな、アタシの為に死ね」といったような内容を言い放ったのであった。その裏では出来ないと知っているにもかかわらずに。


その夜、アタシは泣きながら何度も古鷹達に謝った。


無論、彼女らに殴られもしたし、夜な夜な泣きつかれもした。その度にアタシは返す言葉もなく黙るばかり。それも間違いようのない本心の一端だからだ。彼女達の信頼が大きかったことに気付くことが出来なかったのには違いないがそんなことは言い訳にはならない。この時、稲城は無理やりにでも暴力に訴え彼女達を屈服させ、奪還作戦を遂行することも出来た。だが、それはしなかった。


〈量産型〉は大局的に見る分には兵器とさして変わらない。しかし彼女らはもとは1人の人でもあり、感情もそれぞれ異なり同じものなどは一つとして存在しない。「量産」と謳いながらも彼女らはそのような矛盾を孕む。そして、機械と生物の局面を持つ彼女らには〈オリジナル〉に負けぬほど設計者、製造者、そして研究所それぞれの何物にも代えがたい思いが込められている、その本分は様々だ。たとえそれが欺瞞に満ちていようともそれを侵してはならない。それが6年前の稲城の〈量産型〉に対する考えであった。


技術者であればなおの事、痛いほど理解していた。だというのに、「あのとき~であれば」「~さえしていなければ」と過去に囚われ執着し過ぎて忘れていた。ましてやアタシもあの中の1人。どうして彼女らを傷付けられよう。


・・・もうアタシにはどうすることも出来ない。「稲城香子」の戦いはとうの昔に終わったのだ。



結果アタシはタラワ鎮守府奪還を廃止。代わりに艦隊と鎮守府のため、脳に埋め込んだこの『提督回路』を活用していこうと心に決めた。


―――『提督回路』、かつてアタシが発明しテスト抜きで脳に埋め込んだ親指の爪程に凝縮された小さな情報回路は、反応速度補助・記憶容量増大・提督ライブラリ能力を持ち合わせている。これは電波断絶などの有事の際に軽度の提督の代わりを務められるものであり、同時に常時全反応速度を発狂寸前まで強制的に引き出させる夢の装置であった。その反動として数人の精神衰弱による発狂者、精神の分離による人格崩壊を出してはしまったのは依然として記憶に新しい。


これは艤装を装着して戦闘をしない限り直ちには問題なく、そして既に肝心の10-0型艤装は廃版となっていた。残ったのは最初期型の少し丈夫な体、そしてこのただの補助情報回路だけ。だが、以前のような喪失感は無い。


提督「過去とは別に未来を生きていけばいい・・・か」


不意に脳裏にあの日あの時の懐かしい言葉が蘇る。既に鎮守府はドックから入渠施設まであらかた整備され切っている、変に真面目な性格がこの時ばかりは提督を助けていた。それから少し休んで、ゆっくりとアタシは立ち上がった。


全力で走り回り、すがり、飛び込み、転ばされ、大ケガをする。起き上がり、急ぎ、そして転び、また起き上がった。・・・・・・


・・・再びの燃える海を越えたこともあった。時に群れ膨れた海賊まがいの艦隊に鎮守府が襲われることもあった。だが、みんなと共に協力し合い、アタシが為すべきをし、為したいことをしてきた。故に後悔などありようが無かった。



そして季節が3回ほど回る頃、第九世代試作量産機の「名取」を迎え、新たな賑やかで輝かしい日常が紡ぎ出された頃。










9年前の悪夢が衣笠提督の、稲城の肩を叩いた。


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