2017-01-08 20:10:05 更新

春香「でも、アイドル天海春香はプロデューサーとは付き合えません」


この日、俺が生きてきたなかで一番の言葉を今投げかけられた


P「そうか...」


気づけば俺泣いていた


わかりきったことであった


思えば春香との付き合いは長いものだった


初めてあったのは何年前だっただろうか


出会いはシンプルだった


春香がアイドルだから巡り合った


正確には俺はプロデューサーではその時ないが


俺はアイドルオーディションのしがない審査員だった


__________________


春香「い、1番!あまみは、はははるかです!」


最初の印象はよくいる候補生だった


オーディションというのはどんな人でも緊張を感じるもの


ましてや新人アイドルなら緊張するなという方が無理な話だ


つまりこの時オーディションを審査してる俺にとって緊張していることはさほど気にすることではない


P「天海春香さん、ですね」


実に事務的な対応だったと我ながら思う


ただ、考えても見て欲しい


俺は何人ものアイドルを見てきた


落ちる子


受かる子


泣く子


笑う子


それら全員俺がこの手で作ったのだ


この仕事は少女の未来を決める仕事


俺の判断一つ一つで合否が決まる


そんな中感情的であることはいけない


あくまで俺は公平な審査員にすぎない


と、思っていた


春香「は、はい!えっと、そうだ。審査よろしくお願いします」


そういうと彼女は歌い出した


曲は今でも覚えている


松たか子の「明日、春がきたら」


年も幼いこの少女がなぜこんな選曲だったのかはわからない


だが、率直に言えばこの曲は私の感性にどストライクだった


その時の審査をどうしたかはあまり覚えていない


だが、結論から言えば


彼女はオーディションに落ちた


驚きはあまりなかった


きっとアイドルになりたてだったのだろう


ダンスも歌もまだまだ発展途上


ビジュアルもこれといって引くものはなかった


私以外の審査員がおそらく落としたのだろう


ただ、その時私は落ちた彼女に声をかけた


P「君、ちょっといいかい?」


春香「え?あ、さっきの。はいなんでしょう?」


P「君のさっき歌った曲、あれはなんで歌ったんだ?」


春香「え?え〜っと...」


いま思えばもう少し言いようがあった言葉であった


しかし、出た言葉は変えることはできないものであった


春香「私、ドジで緊張することが多くって」


春香「だからオーディションの時とかってすごく上がっちゃうんです」


春香「でも、私の名前に春ってついてて、その春にぴったりな曲なら」


春香「きっと上手に歌えるかなって思ったんです」


これもまた珍しくはない理由だ


心の持ちようというのはちょっとしたことで変わる


彼女にとってのルーティンがこれであったのだろう


しかし、俺を納得させる答えではなかった


正確には俺の感じた違和感の理由に足りるものではなかった


P「君は...演劇や何かをやっていたのか?」


春香「え、演劇ですか?やったことないですけど..」


P「じゃあダンスか?それとも子役か何かか?」


春香「ちょ、ちょっと待ってください!」


春香「私、なにも習ったりしたことなんてないです」


これは驚いた


彼女は稀に見るアイドルの金の卵かもしれない


いや、長くアイドルを見てきたがここまで私の目を惹く者はいなかった


アイドルという者は非常に難しいものだ


歌手ならやはり歌を磨くのがいちばん手頃だろう


ダンサーなら当然ダンスを


モデルならとにかくビジュアルを


では、アイドルとは何を磨けばいいのだろう


そうそう答えなどでない


しかし、俺なりの結論を出すとすれば


それは


人の目を集める才能だ


才能と言ってしまうが人の興味を引くというのはなかなかレッスンなどで磨かれる者ではない


上手い歌を聴いたときは目を閉じて聞き入るかもしれない


ダンスを見たときは自分も踊りたくなるかもしれない


どんな方法でもいい


その時自分に注目させる力


これがアイドルには不可欠だ


目の前の彼女はどうだろう


決してどれも上手いとは言えない出来だった


ただ、あの時


どのアイドルよりも


全ての審査員の目を引き付けていたのは彼女だ


P「君には..アイドルの才能がある」


P「俺はそう思ってる」


春香「...私今日は落ちてるんですよ」


P「不快にさせたのなら誤る」


P「しかし、君のこれからに興味が湧いてきた」


P「君の管理者と話をしたい。プロデューサーはいないのか?」


春香「プロデューサーは私にいないです」


P「じゃあ、マネージャーか?」


春香「いえ、私はセルフプロデュースです」


もう一つの驚きだ


この彼女は全て1人でやってきたというのだ


なんと面白い逸材だろう


こんなにアイドルを見て心踊るのは久しぶりだ


幼い頃テレビで見たアイドル以来の胸の高まりかもしれない


この子は


俺の人生をかけるに値する


P「じゃあ」


P「俺に君をプロデュースさせてくれ」


春香「....え?」


________



今思っても彼女のプロデュースを願い出たのは俺だ


しかも仕事だからなどという言い訳も効かない


なのに今、目の前の少女はアイドルをやめると言っている


この言葉を出させたのは俺なのに


おそらく春香の担当プロデューサーをして5年ほどだろうか


俺が惹かれた彼女は順調にアイドルとしての階段を登っていった


楽しいことだけではなかったが充実していたアイドル生活をしていたのだと思う


ただ、俺は彼女のプロデュースをしていると同時に


抱いてはいけない感情までも抱いていた


きっかけがなんだったかなんて覚えていない


気づくと目で追う自分がいた


どうでもいい日常が楽しく感じている自分がいた


そんな自分に


優しくいつもいてくれる春香がいた


あの時俺が想いを伝えなければ


きっと歯車は止まったままだったのに


__________________________


ブロロロロロロロロ


春香「ん〜今日も疲れましたよPさん」


P「最近めっきり忙しくなったなー」


春香「そうですねー。でも、楽しいです今。」


春香「いろんなお仕事ができて」


春香「皆んながいーっぱい応援してくれて」


春香「これも全部..Pさんのおかげです」


あぁ、この言葉がダメだったんだ


その笑顔が


俺を見つめるその笑顔が


パンドラの箱を開けた


P「春香..好きだ」





春香「....え?」





出た言葉は止まらない


きっと今から言い訳しても無駄であると悟ってしまった


P「あ...」


P「すまん。プロデューサー失格だ」


聞かなかったことにしてくれとは今更言えない


言うべきではなかった


全身から汗がでる


じっとりとした汗が


春香「あ、あの...」


P「春香、もう家に着いたぞ」


聞きたくない


今だけは何も聞きたくない


春香「え、あ..Pさん!」


俺は半ば春香を車から強引におろして車を出した


車の中では後悔から吐き気がする


なんで今我慢できなかった


これからだ


春香はアイドルを楽しんでたんだ


なんで今俺が引っ掻き回した


俺が


春香のプロデューサーになるって言ったのに






昨日は眠れていたかまったく覚えていない


目の下はひどいクマ


失恋後の少女のように泣きはらした痕


そして、今日の朝


行きたくない俺の心と体を仕事の義務感だけで動かす


事務所に着くなり春香と出会ってしまう


なんて声をかければいいんだ


いや、声をかける資格は俺にあるのか


そんなことを考える


春香「Pさん、話があります」


あぁ、きっと俺はこれから振られるのだろう


いや、それだけで済むのか


もしかしたらプロデューサーの座を降りなきゃいけないかもしれない


それならそれでいい


プロデューサー失格の俺にはふさわしい終わりだ


俺は春香の目を見てまっすぐ


自嘲気味に笑った


P「すまないな春香。P失格な俺にプロデューサーを下りて欲しいのか」


P「いや、それだけじゃ足りないか」


声が震える


ダメだ、泣くな


最後くらいはプロデューサーを演じきれ


P「俺なんてもう春香の前に顔を」


春香「Pさん!」


聞いたこともない声だった


俺は知らない


春香のそんな顔を


本気で怒ってるのに


なぜか泣いてるその顔を


春香「私の話を聞いてください」


黙るしかなかった


この迫力の前に何も言えなかった


春香「私、Pさんのことが好きです」


春香「いつも私のことを考えてくれて」


春香「いつからかわからないけど、私も..Pさんのことが好きでした」


春香「でも、アイドル天海春香は、プロデューサーとは付き合えません」


嬉しさもあった


悲しさもあった


どっちが大きかったのだろう


ただ、はっきりしたのは


俺は春香に振られたのだと実感する


春香「だから、アイドル天海春香をPさんにあげることはできません」


P「そうか...」


わかってはいた


でも涙は止まらない


P「一つ、わがままを聞いてくれ」


P「俺は、アイドル天海春香のプロデューサでありたい。これからもずっと」


これは


最後の心の居場所


俺のこだわり


これにすがるしかなかった


春香「Pさん、それだけでいいんですか」


春香「私は」


春香「私は...天海春香は」


春香「アイドル天海春香だけじゃないです」


理解が追いつかない


頭が回らない


目の前の少女は何を言ってるのか俺には理解ができない


いや、頭が思考を停止している


目の前の少女も泣き出し始めている


春香「Pさん!グスッ 私は!私だって!アイドルである前に女の子です!」


春香「もう我慢できないんです!Pさんが!告白してきたせいで」


P「春香..」


春香「だから、だからぁ...」


目の前の少女を俺は抱きしめた


春香「Pさん...」


P「春香、ごめんな」


春香「なんで..なんでPさんが謝るんですかぁ」


目の前の少女はアイドルじゃない


天海春香がいた


P「春香、好きだ。付き合ってくれ」


春香「Pさん」


春香「アイドル天海春香はあげられないですけど」


春香「それ以外の全部をあげます」


春香「だから、Pさんも」


春香「プロデューサー以外の全部を私にください」


P「...随分と欲張りだな春香は」


春香「だって、私アイドルですよ?」


春香「ファンのみんなにバレたら怒られちゃうなー私っ」


P「ぐっ、それは...」


春香「Pさんっ?責任、とってくださいね♪」


随分と欲張りな女の子に出会ってしまったものだ


俺は春香と付き合うことになった


ファンにバレさせてはいけない


アイドルは続けさせたい


春香の夢だから


だから俺は、誰にもバレず春香との交際をしなければならない


なぜだろう


不思議とやれる気はした


気苦労も耐えないだろうが


この幸せな笑顔を見たら


やっていける


そんな気がする


春香「Pさん♪だーーーーい好きですっ!」




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