2017-09-30 02:25:21 更新

概要

前作 : 提督「いつまで続くかな、この幸福は」
扶桑「何があっても、私がそばにいます!」

の続きとなります。

過去の雪辱を晴らした提督は、リンガ泊地の艦娘たちと平和な時間を過ごしていく。
時にはイチャイチャ、時にはざわざわ。時には平和に、時には戦い。時には裏での暗躍と、誰かの思惑とちょっぴりの幸福。時々不幸な出来事も。

そんなよくわからない日常です。


前書き

この物語は、艦隊これくしょん ー艦これー の二次創作であり、実在する団体、地名、組織とは一切関係ありません。

オリキャラ、拙い文章・表現、キャラ崩壊、性的描写あり



前作は下記リンクより。



鳳翔「私たちは、傭兵かぶれのごろつきですから………」

http://sstokosokuho.com/ss/read/7124



提督「さあ、楽しい楽しい報復劇だ」

扶桑「終わらせましょう。私たちの過去を………」


http://sstokosokuho.com/ss/read/7916



提督「いつまで続くかな、この幸福は」

扶桑「何があっても、私がそばにいます!」


http://sstokosokuho.com/ss/read/8292




・・・・・




数日後、このリンガ泊地に2隻の艦娘が着港した。それは彼の下にいる軽巡洋艦名取と給糧艦の伊良湖であった。


多くの艦娘が2人を出迎える中、提督は仕事が残っているとのことで執務室で事務作業を行っている最中だった。2人は執務室に向かい、部屋に入ると、彼は手を止めて2人と話を始める。



伊良湖「只今戻りましたー」


名取「つ………疲れましたぁ……」


提督「お疲れさん。太平洋一周の長期旅行は楽しんでもらえたかな?」




実は2年前、彼らが海軍と雌雄を決している最中で伊良湖は日本海軍の所有する各地の泊地、基地、鎮守府を巡り、艦娘たちの戦意向上を目的とした別の任務を与えていたのだ。


そしてその護衛として名取が抜擢され、伊良湖に随伴する形となったのだ。


もちろん提督が海軍に拘置されている事も知っており、当時彼が拘留されていた頃、彼女達が横須賀に立ち寄った際には度々顔を見せてくれたりもしたのだ。


彼女たちの在籍がリンガ泊地であることには変わりないが、あれからずっと各地を転々として来たので長らく会うことがなく、久しぶりの再会だった。




伊良湖「十分に楽しませていただきました」


提督「まぁ、何事もなかったようで安心した。またここから離れるのか?」



伊良湖「いいえ。当分は休ませて貰えそうです。間宮さんが横須賀だけに残るのは宝の持ち腐れだって話が上がったみたいで、今後は交代で回ることになりそうです」


提督「そうか。ならその時になったらまた伝えよう。ひとまず、休んで置きなさい」


伊良湖「ありがとうございます。それでは、失礼します」




伊良湖は部屋を出ていくが、名取だけは部屋に残り、彼に何かを伝えようとしている。




名取「て、提督……あの………」


提督「なんだ?」


名取「あの………その………」


提督「………取り敢えず、そこに掛けてくれ。ゆっくり話を聞こう」



提督はソファーに座るように促す。名取の性格を踏まえてはいるので、ひとまず落ち着いて話ができるようにリラックスできる状態を作る。




提督「それで? 何かあったのか?」


名取「はい………これを渡してくれって……」




名取が渡して来たのは一枚の手紙だった。誰から貰ったのかを尋ねると、横須賀でとある女性から渡されたとのことだ。



名取「あなた達の提督に渡せば分かるって言われて………」



彼は受け取った手紙を読むと、心配は要らないと説明した。それを聞いて安心したのか、肩の力が思いっきり抜けていくのが見て取れた。部屋で休むように伝えて、帰りがけに扶桑か大淀のどちらかに来るように伝えた。



暫くしてその2人が部屋へと入って来た。どちらでも良いと言ったのだが、心配性な彼女らしいと内心微笑みながら2人を出迎える。




大淀「提督、ご用件は?」


提督「大佐殿からの手紙だ。名取が横須賀で受け取ったらしい。2人は我々が海軍に着いた話はおそらく聞いていなかったのだろうな。用心深くこれを渡して来た」


扶桑「差し支えなければ内容を教えて頂いても?」


提督「それを伝えるために呼んだ。拘留中の須藤が私に会いたがっているんだと。明日までに決めて貰えれば、直ぐにでも横須賀から再び船を出して迎えに来るとのことだ」


扶桑「………彼の目的は何でしょうか?」


提督「私にもわからん。さて、奴の手の内が分からないなら誰を連れていくべきだろうな…………」




提督は大淀に意見を求めようと目配せをする。それを察した大淀は、扶桑らを連れていくのが良いと進言した。




大淀「提督は吹雪さんとこちらに戻られる時、彼が追撃用に送って来た艦隊に一泡吹かせてました。後方に赤城さんたちを潜ませていたとはいえ、吹雪さんしか居なかったあの場において完敗したとあれば、扶桑さん達が提督と共にいれば誰も手を出したがらないでしょう」


提督「奴がこちらに艦隊を送って来るとは考えられないか? もちろん拘留中であるわけだから、例えば事前に自身の艦隊に話をつけておくこともできる」


提督「それに、私のことを恨む人間も少なくはないだろう。ここぞとばかりにちょっかいを出してくる心配はないのか?」


大淀「先ほど申し上げた通りです。駆逐艦一隻に大敗を喫したとあれば、唯でさえ恐れるものを、戦艦、空母、重巡がいるこの泊地に攻め込むほど愚かではないでしょう」


大淀「それに万が一、深海棲艦や何処の馬の骨とも知らない連中が攻めて来たとあれば私にお任せ下さい。艦隊を編成して迎撃に向かわせます」


提督「……そうだな。それが妥当なところだろう。扶桑、何かあるか?」


扶桑「私たちが提督のお供につけば、彼は変な気を起こすことはないと考えます」


提督「どういうことかな?」




扶桑が言うことには、自分たちを連れていくことで提督の身の安全を確保する抑止力になる。さらに須藤少将に対して誠意と敵意がないことを見せられると言うのだ。




提督「誠意か………」




以前、青葉や足柄たちにしたことを振り返る。見逃してやると言ったにもかかわらず、彼はそれを裏切るかのように彼女たちに手痛い目を合わせた。


いまさら誠意も何もないと思っており、渋った反応をするが、扶桑は少しあくどい笑みを浮かべる。




扶桑「このような時くらいは、酔ってみるのも悪くはないかと思いますが?」




その言葉は、提督をとても喜ばせたものだった。横暴に、尊大に振る舞ったのであればそれを取り返すように敢えて心にもない誠意を見せる。それも彼だけでなく、横須賀の連中に見せてやろうということなのだ。


いま横須賀には自分の過去を知っている者はいない。ことの発端を知るものも今となっては黄泉の国だ。つまり、何も知らない連中に被害者面をして恰も自分は誹謗中傷を受ける人間ではないと連中に知らしめるというのだ。




提督「ふっ………はははは! 面白いじゃないか。よし、そうと決まれば連中に伝えておいてくれ。私は今すぐ返事を送ろう」




数日後には海軍の連絡船がリンガ泊地に着港し、それに提督を始めとして、扶桑姉妹や翔鶴姉妹に鳳翔と、古参の者たちが乗り込んだ。


それから数日には横須賀へと着港し、提督は扶桑たちを連れて、大佐の案内で海軍の拘留施設に向かう。それはかつて自分も入れられていた場所であり、色々と皮肉を感じていた。



提督「まさかまた此処に来ることになるとはな」




門の前に立っていた1人の男が、彼に声をかけた。ここの見張りを行なっている憲兵隊の1人だが、彼がここを出る時に会話を交わしたあの男性であった。



憲兵「おや、天草提督か。原隊復帰してからもまた何かやらかしたのか?」


提督「まさか。私は寧ろ被害者の立場ですよ。まあ、自分がばら撒いた種ですからね。文句の1つも言えない、そんな状況ですよ」


憲兵「ははっ。そうかい」


提督「………お前たちはひとまず武器を下ろせ。無礼だぞ」




提督に気を取られていたので気づかなかったが、扶桑と山城、翔鶴と瑞鶴は彼と話をしている憲兵に武器を向けて異常なまでに警戒していた。


鳳翔も武器を向けているわけではないが、彼に何かあれば殺すこともいとわないといった殺気がひしひしと伝わって来る。




憲兵「いやいや、自分たちの主が知らない奴と話していたら警戒するのは当たり前だよ。彼女たちに非はない」


提督「申し訳ない。普段から言い聞かせてはいるのですが、どうも上手くいかないもので………」


憲兵「滅相もない、寧ろ感服するよ。こんな時代でこんな風に信頼関係を構築出来ているのは素晴らしいことだ。といっても、一介の憲兵の言だがね」


提督「お褒めのお言葉、かたじけない。実はここに用が来た次第で……」


憲兵「事前に聞いているよ。奥に案内役をおいてある。要件を言えば連れていってくれるだろうよ」


提督「左様で。それではこれにて失礼を」


憲兵「はいよ。帰る時もこっちから出るようにしてくれな」


大佐「それでは、こちらに」




門をくぐって建物に入ると案内役が待っており、それに促されて須藤少将との面会室に連れて行かれる。




案内「この部屋だ。入れ。面会時間は30分だ。ただし入室は1人に限られている。そこの………天草といったか? お前だけだ」


大佐「………事前の連絡では、5人を連れて来るので全員を入れるように頼んでおいた筈ですが?」


案内「規則で1人だけと決まっているのだ。お前のために特例など作るとでも思っているのか?」


大佐「………失礼ですが、あなたの上司はどなたでしょうか?」


案内「ふん、上司に話をつけようと規則は規則だ。大人しく従ってもらおうか?」


大佐「…………あぁ、貴方の上司は北方さんでしたね。あの人、海軍の元帥閣下と面識があるんですよ。それも彼の一声で今の地位に入られるお方ですから」


案内「………確かに、私の上司は北方殿であるが、それが何か?」


大佐「貴方は………あぁ、よく海軍で話題に上がっている方ですね。規則正しく正義感の溢れる好青年だと」


案内「それが何だとーー」


大佐「北方さんが失脚したら、貴方の立場も危ういですよ? 彼の部下全員も首にするとか何とか言われたらどうするおつもりですか?」


案内「ふん、貴様らにどんな権限があってそんなことを?」


大佐「あら、私は閣下の直属の部下ですよ? ましてや、こちらにいる彼も閣下には顔が利くお方です。何でしたらお名前をお教えしますから、北方さんに尋ねてみては? あの方なら私の名前を出して貰えばすぐにわかりますから」



案内「いいだろう。ちょっと待ってろ」




案内役の憲兵はそう言って自身の上司の下へと向かった。


別に1人でも構わないのだと提督は言ったのだが、大佐曰く、態度が気に食わないとのことで、お灸を据える意味で少し脅しを加えたとのことだった。


これには流石の扶桑たちも恐れ慄いた。自分たちもかつて彼女の指揮下に置かれることがあったが、ここに来て当時は大変なことをしでかしていたのだと内心ヒヤヒヤしていた。



暫くして2人の憲兵がやって来た。案内の彼と、彼の上司で北方と呼ばれた男だった。



上司「島原殿、うちの部下が無礼を働いて大変に申し訳ない。俺の監督不行き届きだ。この通り、おわび申し上げる」


大佐「いえいえ、こちらこそ脅迫じみたことをして申し訳ございません。それでは、全員で入られても宜しいですか?」


上司「勿論。ただ、俺も付き添いで入ることになるが、居ないものとして扱ってもらって構わない」


案内「こ、この度は大変申し訳ございませんでした!」



案内役の憲兵も、今までの態度を改めて、提督たちに謝罪した。その姿はとても萎縮したもので、処罰を待つ囚人のような面持ちだった。



提督「良ければ、名前を教えてもらえないか?」


案内「は、はい! 宮下と申します!」


提督「規則を重んじるのは誠実な証と言えましょう。北方さん、私は別に気にしてはいませんので、どうか彼を許してあげてください」


上司「あぁ……はははっ。そのように頼み込まれてはそうするほかないな。わかりました。宮下、礼を言いなさい」


案内「か、感謝いたします!」




これが彼なりの誠意なのか。彼は提督として艦娘をまとめる立場にあるゆえ、カリスマ性が強いというか、人を寄せ付ける何かがあるのだ。


言動は威圧的に見えるかもしれないが、決して他人に不快感を与えない。そういった力を先天的にというか、生まれながらに持っているのだ。



北方「ではこちらに。面会時間は特に定めておりませんので、どうぞ」




部屋に入ると、透明な板に遮られた向こう側に須藤少将が座って居た。その前に置かれた椅子に提督が座る。椅子は人数分置かれて居たが、扶桑たちは提督の背後に侍して立ったままだ。



須藤「………済まなかったな。急に呼び出して」




彼はまるで友人を自宅に招いたかのような、親しみを持って提督に声をかけた。




提督「それで、何の用で呼んだ? 世間話するためだけにあんな馬鹿でかい太平洋を横断したわけじゃないんだぞ?」


少将「まあ、そう焦り給うな。こちらには聞きたいことと、伝えたいことと色々あるのでね」


提督「ならさっさと聞け。答えられることなら極力答える」


少将「まあ、焦らないでくれたまえ。こちらとしても存外暇でね。話し相手がいるだけでも楽しみになるとは夢にも思わなかった」


提督「……………」




提督の顔には少しいらつきの態度が見えて来た。それを察してか、須藤少将は本題に入ろうとする。




少将「………まず聞きたいことだが、卿はどうやってこちらの意図を掴んだ。誰かの入れ知恵かね?」


提督「ふん、お前の考えなど最初から見え見えだ。奴を使って私を巣穴から引き摺り出そうとしたのはいい考えだが、それだけでは足りなかったな」


少将「まさか、島原のご令嬢が卿の艦隊に情を抱いているだけだと思っていたが、本格的に卿自身とも通じているとは思わなかった。しかも、卿の弟も存外手こずらせた」


大佐「太平洋で深海棲艦の動きが衰えて来たとはいえ、海軍の者で争いを始めるのは賢明でないと思われますが。勿論、私の父も同じことです。ましてや父は祖父を自らの手で殺した。そんな父が殺されるのは当然のことです」


少将「………父や祖父の七光りかと思えば、どうやらそなたの方が時勢に明るく、道理も知っている。確かにそなたの言葉通りだな」


提督「それに、私の弟が存外手こずらせたと言っていたが、まさか甘く見ていたのか?」


少将「そうではない。だが、演習というからには大した戦力でもないとタカを括っていた。だがその実、かなりの手練れが送られていたのだ。練度も申し分なく、大和型を持ってしても互角であった」


少将「更に言えば、まさか近海にビスマルクを控えさせていたとは夢にも思わなかった。非常に口惜しい。彼女らさえ来なければ私の勝ちであったものを………」


提督「あのビスマルクは我々のものだ。事前に坊ノ岬で演習を行っていたのは聞いていてな。不穏な空気が流れているのでもしやと思えば、実際にことを起こしていたとはな」


少将「………なるほど。つまり私は、卿の手の内にあったということか。これで今回の負けた理由を掴めた」


提督「もういいか? こちらも暇ではないんだが」


少将「待ちたまえ。卿には色々と教えて貰った。今度はこちらが、卿に教えることになるのだ」


提督「どういう意味だ?」


少将「卿は五年前、傭兵として威名を残し、その裏で報復を行なっていたとか?」


提督「それがなんだ?」


少将「その中の1人に、卿が怪しいと思った者は居なかったかね?」


提督「……………」




その時、彼の脳裏にはかつて殺してきた海軍の同胞の最期がプレイバックされていた。その中で1人、不可解な言葉を遺して逝った者がいた。




ーー扶桑《私たちに恨まれる筋合いはない。といった発言をしていたもので》ーー



ーー加賀《私の元提督の彼の考えは本心と言えるのでしょうか?》ーー





そう、かつて呉鎮守府に所属していた土肥 弘 という友の名を思い出したのだ。


当時の彼の発言を、その場逃れの言葉だと思っていた。しかし彼の元にいた加賀は随分な辱めを受けたとはいえ、それが嘘とは思えずに、その言葉が嘘か真かを自分に聞いてきたことがあった。


その時は答えをはぐらかしたが、ここにきて少し考えが揺らめいた。そこで彼は最悪の状態を思い浮かべてしまったが、それを目の前の少将に悟られないように平然と言葉を返す。




提督「…………私の親友、土肥 弘 のことだな?」


少将「そうだ。その、卿が殺した彼についてだが…………」




目の前の彼が何を言い出すのか不安でたまらなくなる。自分の杞憂であってほしい、私の悪い予感を的中させないでくれと提督は祈り続ける。




少将「卿らを始末するために送られた、各提督の派遣した艦隊による連合艦隊。そこに彼の艦隊もいたと思うのだが…………」




止めろ、止めてくれ。提督は奥歯を噛み締めながら、他の者に悟られないように拳を握りしめている。それは今にも血が出るのではないかというくらいに強いものであった。




少将「その時に彼の艦隊を動かしていたのではなく、実はこの私だったのだよ」



その言葉を聞いた途端、提督はついに耐え切れずに発狂する。彼にとっては天地がひっくり返る程の出来事だ。


視界が逆転して、椅子から崩れ落ち、床に倒れる。扶桑が受け止めようとするも間に合わず、提督の身体は地に落ちた。




・・・・・・





近くで何か物音がする。誰かが近くで話している声も聞こえる。だが、一体誰が話しているのだろうか。


身体を動かそうとするが上手く動かない。それに部屋の照明が、まるで目が焼けるかのように眩しく感じてしまう。


提督がゆっくりと身体を起こしていくと、目の前で机に座って何か作業をしている者がいた。それは彼の元にいる工作艦の明石であった。


そして物音に気付いた彼女はこちらに近づいて声をかけてきた。



明石「提督!? あぁよかったぁ!! 3日間も意識がなかったからみんな心配していたんですよ!!」




提督は未だに意識がはっきりとしないようで、ただ目の前を眺めているだけだった。それでも御構い無しにペラペラと喋っていく明石。ただ一方的に喋りながら、彼女は医療具を片付けようとしていたのだがーー




提督「…………あの………失礼を承知でお聞きしますが、どなたでしょうか?」




明石はその言葉を疑った。タチの悪い冗談だと思ったのだろう。明石はヘラヘラとした口調で彼に話しかける。




明石「またまた変な冗談はやめて下さいよ〜。とにかく身体に触りますから、今は休んで下さい」




提督「……………」



明石「…………どうかしましたか?」



提督「…………私のことを、ご存知なのですか?」



この言葉で明石は悟った。これは冗談では済まされないと。どうやら本気で憶えていないようであった。



明石「あの………ちょ、ちょっと待ってて下さい!!」




明石は部屋を飛び出して何処かへ行ってしまった。部屋に1人残された提督は、何が何だかわかっていないというような面持ちであった。



暫くして、明石が大勢を伴って部屋へと戻ってきた。明石が連れてきたのは山城と瑞鶴、川内、陽炎、ビスマルクと古参の連中であった。



山城「提督! よかった………あのまま倒れて3日間も気を失っていましたから………」


提督「………………」


瑞鶴「どうかしたの? 」


提督「…………あの………失礼を承知でお聞きしますが、どなたでしょうか?」




提督は明石に尋ねたことをそのままそっくり伝える。だが、反応は皆同じであった。




川内「………はぁ。ねえ、私たちこれでも結構忙しくてさ、演習が入ってるだよねぇ」


陽炎「そのあとは近海の防衛。遠征に哨戒任務って山積みなんだけどさ」


ビスマルク「人をおちょくるのも大概にしてほしいものね」


提督「……………」




全員が真正面から事の重大さを感じて貰えないことから、提督は少しうな垂れたようになってしまう。


だが、それを冗談と捉えない者がいた。それは山城だ。彼女は子供に語りかける母親のように、提督の目線に合うように姿勢を低くして、1つ1つ質問を投げかけていった。



山城「………提督、私のことが分かりますか?」


提督「…………」


山城「ここが何処かは分かりますか? あなたがいつも居るところですけど………」


提督「…………」


山城「あなたご自身の名前は分かりますか?」


提督「……………」


山城「私の声は聞こえていますか?」


提督「……………」コクッ


山城「………何も憶えていませんか?」


提督「…………申し訳ない。私自身もなにが何だかよく分かっていないので………」


明石「やっぱり……記憶喪失………」


ビスマルク「そんな………」


川内「何かの冗談………だよね………?」


陽炎「椅子から倒れたって聞いてはいるけど、外傷はなかったんでしょう?」


明石「……………」


川内「ここに至って巫山戯るのはどうかと思うよ?」


陽炎「何言ってんの? こっちは真面目に聞いてんのよ。巫山戯てんのはあんたらの方でしょうが!」


明石「確かに外傷は見当たりませんでした。お二人は提督の近くにいましたよね? 頭から落ちたわけではないと聞いていますが?」


瑞鶴「多分………頭からは落ちてないと思うけど」


山城「………ちがう。先に胴体から倒れたけど、頭も軽くぶつけていたわ。けど、それでも記憶喪失になるの?」


明石「………打ち所が悪ければあり得ないこともないです」


ビスマルク「………どうするのよ? 扶桑にそのまま伝えるつもり?」


川内「そうするべきなんだろうけど、気がひけるよね………」


陽炎「扶桑さんに万が一でもあったら大変なことになるし………」


瑞鶴「とりあえず様子見ってところが妥当じゃない?」


山城「…………そうね。ところで大淀は?」


明石「………大淀にも伝えられませんね。いま指揮を執っている最中ですから、ことの仔細を告げてうわの空にでも成られたら、戦場に出ている艦娘たちの命に関わります。そうでなくても、ここ3日間も心ここに在らずって感じでしたから」


ビスマルク「更に身が入らないってなったらこっちも困るわね………」


明石「一応は、私から伝えておきます。もちろん提督の記憶がなくなってしまったことは伏せてですけど………。提督の記憶が戻るまで、誰かが一緒にいてあげた方が………」


瑞鶴「だったら山城が適任じゃない?」


山城「えっ? 私が!?」


瑞鶴「だってあんた一応は提督さんの妹にあたるでしょうが」


川内「………まあ、順当なところじゃないかな? 扶桑が帰ってくるまでの提督の世話係?」


陽炎「私はいいと思うけどね」


ビスマルク「私に決める権限はないわ。山城と瑞鶴がいいって言うなら良いんじゃないの?」


明石「それじゃあお願いしまーす」


瑞鶴「よろしくー」


川内「それじゃあ後は任せたよー」


陽炎「グッドラック!!」


ビスマルク「Du schaffst das ganze sicher. 頑張ってね。よろしく」


山城「えっ、あ、あの……待って………」




提督「……………」



山城「えー………っと、それじゃあ私があなたの世話係になりました………と言っても、今は体を休めてください。今から重要なところだけをお話ししますから、その他はまた後日にでも」


山城「まずは、自己紹介から。私のことは山城とお呼びください。気軽にお呼び頂いて結構ですから」


提督「………分かりました」


山城「貴方の名前は、天草浩志。いいですね?」


提督「…………」


山城「どうかなさいましたか?」


提督「………いえ、私の名前だと言われても………本当にそれが私の名前なのかどうかも…………」


山城「……………」


提督「ああ、どうかお気になさらずに。あなたが悪いわけではありませんから。ところで先ほどの方々は私のことを提督と呼ばれていましたが………」


山城「そうですね…………あなたは私たちの上司として、私たちと一緒に戦っているんです。ですから、みんなはあなたのことを『提督』と呼びますが、自分のことだと思ってください」


提督「………わかりました。それでは山城さん、これからよろしくお願いします」




初めて会った時。艦娘として彼の下で戦うことになってはや7年。今までこれ程までに他人行儀に振る舞われたことはなかった。そのことが悔しく感じてしまう。


もちろん山城に非があるわけではない。だが、あのとき近くにいながら咄嗟に身体が動かなかった。もし外傷によるものが原因であれば、自分が少しでも素早く反応できればこんなことにはならなかったと思ってしまう。


もちろん、あのとき咄嗟に彼を受け止めようとした扶桑を批難にしようとしているわけではない。


ただとても、悔しいのだ。




・・・・・・




翌日、山城はいち早く提督の下へと向かう。扶桑が留守の間、彼女が提督のサポートをしなければならない。




山城「提督、山城です。お入りしてもよろしいでしょうか?」


提督「…………どうぞ」




扉の向こうからは、ゆっくりと溜め込んだかのように提督の声が聞こえた。山城は扉を開けて部屋に入り、提督の側に近づく。彼はまだ医務室のベッドで眠っていたようだ。




山城「もしかして、起こしてしまいましたか?」


提督「…………いえ、そのようなことは。私も先ほど起きたばかりですので、心配はありませんよ。ですが、あまり頭が働きませんね………」




昨日と比べて口数も多く感じられる。記憶喪失になると、言語能力などの低下もあり得ると事前に明石から伝えられたので心配していたが、どうやらそのようなことはないようだ。




山城「提督、あなたのお部屋に案内します。立てますか?」


提督「えぇ。ですが、少しお手を貸して頂けると有り難いのですが………」


山城「わ、わかりました………どうぞ………」




山城に手伝ってもらい、自室へと向かう提督。部屋には既に着替えが用意されており、それに着替えるように促された。山城は部屋の外に出ており、提督は何が何だか分からないといったような顔で服を着替える。


暫くして、部屋の扉が開かれる。中から提督が廊下を覗き込むようにして山城を探していた。




提督「えっと………これでよろしいでしょうか?」




山城を見つけた提督は安堵の表情を浮かべる。さながら迷子の子供が母親を見つけたかのようなものだ。


提督の姿を見てみると、記憶を失っているせいか、襟が崩れていたり、ボタンが少しずつだがずれていたりなど、色々とぐちゃぐちゃだ。それをみて山城はしっかりと服を正していく。




山城「提督。昨日は詳しく話しませんでしたが、私たちは軍人です。その中でもあなたは私たちを統率する立場ですからね。服装はしっかりしないと………はい、これで大丈夫です」


提督「軍人………それなのに私は自分のことが分からないのですか………軍人失格ですね………」




ここまでに落ち込んでいる提督は見たことがなかった。彼の持っている強さが丸々削がれてしまった様な今の姿を見るのが山城は辛くて堪らなかった。


だがその反面、彼女の中にはあってはならない感情が芽生え始めていた。それは、自身の姉である扶桑、ひいてはここにいる全員を敵に回しかねないものであった。


今の提督は何も知らない赤子の様な人間になっている。彼女は彼を自分のものにしたかったと常に思っていた。彼はいま扶桑と婚約を結んでいる。姉の気持ちを蔑ろにしたくないという気持ちと、自分は彼に相応しくないと自身で思い込んでいたために彼にケッコンを申し込むことができなかった。


だが、いまの彼は何も知らない。過去に何があったのかということ、扶桑という婚約者がいること、自分の今の立場。その全てを。


自分が、扶桑に成り代わることができるのではないか。そんな不純な考え、いや、もはやそれは彼女の野心かもしれない。そんな感情が沸々と湧き上がってきている。




提督「………さん。…………山城さん!」


山城「は、はい!! 何でしょうか?」




山城が考え事をしている間、提督は何度も自分を呼んでいたらしい。何もかもが分からずに、頼りにしている山城がなかなか気づいてくれないことに不安を覚えていたようだ。




提督「それで、私はこれから何をすれば宜しいのでしょうか?」




不安になりながらも、何か手伝えることはないかと息巻いている提督。その姿を見て、自分の中に湧き上がっていた邪な考えを恥じる山城。


彼はあくまでも自分にとっては仲間。義理の兄である。




山城「そうですね…………では、今日は私たちのこと、あなたの役割などを説明しましょう。本当は業務が色々と有りますが、当分は私たちに任せて下さい」


提督「…………わかりました。なるべく多くを覚えられるように頑張ります!」



7年近くも提督として活躍していながら、初めて見た健気な姿はまるで新兵のようで甲斐甲斐しいものだ。今はこの人を支えよう。扶桑が戻ってくるまで、自分が提督の為に何かをしてやれる時なのだと決意を新たにする。




山城「それでは、先ずは私たちの今の状況を話しましょう。ここはリンガ泊地といって、簡単にいってしまえば私たちの基地です。そこから各地に発生している深海棲艦と呼ばれる存在を倒していくのが私たちに課された使命です」




提督は山城が話す言葉を一生懸命に聞く。彼女の一語一句をメモ用紙に淡々と書き連ねていく。




提督「『シンカイセイカン』と戦うことが自分の目的である………と」カキカキ


山城「………そしてあなたの他にも提督はいます。多くの提督と私たち艦娘の力によって平和を取り戻すのが、私たちの目的です」


提督「多くの提督がいる……その……『カンムス』というのは?」


山城「太平洋戦争という、今から70年以上前にあった戦争をご存知ですか?」



提督「………詳しくはわかりませんが、日本とドイツ、イタリアの三国とアメリカや旧ソビエト連邦などの国々と勃発した第二次世界大戦の局面の1つのことですよね? 真珠湾攻撃やミッドウェー海戦などの?」


山城「そうです。その時に活躍した艦船を模した武装を身に付けることができる女性を艦娘と言います」



提督「かつての船を模した武装を扱える………。それでは私はどんな目的が? あなた達だけで充分では?」カキカキ


山城「私たちが出来るのは主に戦闘だけです。どうしても力技になってしまいますからね。そこに策を入れなくてはただの蛮勇に過ぎませんから………」


提督「なるほど………では私はあなた達に策を講じてことを円滑に進めるようする役割なのですね」


山城「まあ………そうですね…………」


提督「………何か間違ってますか?」


山城「いえ、そんな事はないですよ。ですけど、随分と物覚えが良いですね………」


提督「実は、一晩眠ると薄っすらと記憶が少し戻って来た気がしたんです。名前は………梶原圭一……年は………24歳……なのかなと………」




梶原圭一。かつて彼が傭兵として名を馳せていた時に使っていた自身の本名。多くの友人、恩人を死に追いやった名前。その名前を捨てることによって新たな自分を見出そうとしていたのが天草浩志その人である。


また、自身の口から出た24歳という言葉。もしかして記憶喪失は全ての記憶ではなく、ここ近年の記憶がなくなっているだけではないのか。山城はそう考えた。そしてそれこそが提督の記憶を戻す鍵になると確信した。


だがここに来て、彼女の野心とも取れる邪な考えが再び湧き上がって来た。


いま提督の記憶を戻す鍵を知っているのは自分だけ。つまりそれを秘密にすれば、いつまでもこの関係でいられる。そうすれば、いずれ提督の彼女となることも出来るのではないか、と。


そこには、姉である扶桑を裏切る事にもなる。ひいてはここの艦娘全員を敵に回す。




ところでいま扶桑はどこにいるのかと言うと、翔鶴、鳳翔とともに須藤少将に話を聞いている最中だったのだ。提督は話の途中で倒れて気絶してしまった為、彼から全てを聞き出そうと尽力している。


須藤少将も秀才と呼ばれた男だ。はぐらかしたり、話の筋をズラしたりなどは口の達者な彼にとってはお手の物だ。つまり扶桑たちはその秀才と智をもって争わなければならない立場にあるのだ。


山城の言葉通り、艦娘は戦うことを主に行う存在。外交の真似事は苦手なのだ。大淀など一部の者は非凡の才を持つものの、人間と比べれば劣るものであり、しかも相手が秀才と謳われている弁舌の長けた者と論争を始めると言うのだ。




それはさておき、そんな現状も知らない提督は山城の心境も分からずに声をかける。しかし山城は中々口を開かない。


提督「山城さん? どうかなさいましたか?」


山城「えっ!? あっ、申し訳ありません。もしかしてまた上の空でしたか?」


提督「えぇ。上の空と言うよりかは思い詰めていたような…………」




山城の心境を何も知らない提督は、どんどんと彼女の傷を広げていくと同時に、彼女の持つ邪悪な恋心を肥大化させていってしまう。




提督「………もしかして、何か気に障ることでも言ってしまいましたか?」


山城「……………」




山城はただ俯いて、それ以来何も言わなくなってしまった。何か良からぬことを言ってしまったのではないかと、申し訳ない気持ちに駆られる。


だが自分はどうして良いのか分からず、少し休憩がてら外の空気を吸って来ると言い残して部屋を後にした。




・・・・・・




提督「……………」




提督が来ているのは、リンガ泊地の司令部敷地内にある軍港の一部。敷地内にある高台である。何故ここに来ようとしたのかも分からず、何か見えない力に導かれるかのように此処に来ていたのである。




提督「早いところ………思い出さないとな………。あんな悲しい顔をされたら、こっちだってどうしていいかわかんねぇよ………」


提督「………何で俺が提督なんてそんな大層な役を担ってるんだ………? こんな俺に何ができるんだ………?」



提督「俺は一体どうすればいいんだよ………」


提督「…………いまここで、目の前に広がる海に身を投じて何もかもを終わらせられたら………きっと…………」




提督「きっと…………楽になれるんだよな…………」



???「ちょっと!! 何やってんの!!!!」



気がつくと、自分が波止場の際に立ってそのまま海に落ちようとしていた。何が何だかわからず、頭も働かない。


そして急に後ろから思い切り引っ張られ、波止場に尻餅をつく事になった。もちろん彼の背中を引っ張ったのは彼の下にいる艦娘だ。


その艦娘は正規空母の瑞鶴だ。古くから彼の下におり、長い間共にして来た仲間だが、今の彼にはそれはわからない。



瑞鶴「提督さん! 何で死のうとしたの!! 提督さんが死んだらここにいる艦娘全員が置いていかれる事になるんだよ!?」


提督「簡単に大事なものを失ったこんな俺に何が出来るんだよ!! 自分が何なのかも分かってないで………こんなハンパな奴を誰が………」




瑞鶴の声に振り向いた提督は、目から一筋の涙を流していた。普段の彼からは想像できない姿だ。それは今まで見て来た彼の姿が作り物であるのではないのかと思えるほどに、今の彼は見るに耐えない姿だった。




瑞鶴「…………ごめんなさい。ちょっと言いすぎた」


提督「………いや、こっちこそついムキになってしまった。申し訳ない」


瑞鶴「………ねぇ、何でここに来たの? 山城が付きっ切りで提督さんの役に立つなんていって張り切ってたけどさ、何かやらかした?」


提督「………どうお話ししたものか、彼女が随分と思いつめていたので、何か障りあることを口走ってしまったのかと思ったもので」


瑞鶴「そうなんだ……。………ねえ、もし何かあったらいつでも相談してくれていいから。解決にはならないかもしれないけど、憂さ晴らしくらいにはなるでしょ?」


提督「…………そうですね。その時が来たらお願いします」


瑞鶴「りょーかい。にしても、記憶喪失したっていっても、やっぱ提督さんは提督さんなんだね」


提督「それはどのような意味で?」


瑞鶴「んー………ここね、提督さんが毎朝来るところなんだよ。記憶失くしてても、やっぱ身体が覚えているっていうのかなって思っただけ」




よく周りを見回して見ると、1つ大きな墓石がぽつりと佇んでいた。そう、彼が毎朝来ている戦没者の墓だ。




提督「………ここで、誰かがお亡くなりになったんですか?」


瑞鶴「………まあそんなところかな。提督さんは律儀にも毎日毎日出向いて、その墓に埋められている人達を弔って来たんだよね」


提督「そうでしたか。昨日は出来ませんでしたが、今日ここで昨日来られなかったお詫びもかねて………」


瑞鶴「そっか。んじゃ、私は先に戻ってるよ。何時もここでは1人でいる方が良いって言っていたから、きっと何か思い出す材料になるかもしれないね」




瑞鶴は提督にそう言い残してこの場を後にする。1人残された提督は、墓の前に正座して正面を見続けていた。




提督「…………ここに居られる方々がどなたか存じませんが、ご冥福を申し上げます」




・・・・・・




山城はあのまま部屋におり、ただ一点を眺め続けていた。自分しか見えていない何かを凝視する姿は狂気という言葉を体現しているかのようだ。


そんな部屋にノックの音が転がる。扉を開けて入ってきたのは、先ほど提督と別れた瑞鶴だ。


彼女は部屋に入るや否や半ば呆れたような口調で、会話を切り出した。




瑞鶴「山城、提督さんのお目付役になったのに何をやってるの?」


山城「…………何よ。ちゃんとやってるでしょ」


瑞鶴「ちゃんとやってたら、あの提督さんが泣きながら取り乱すことなんてありえないはずだけど?」


山城「………」


瑞鶴「………何がしたいの? 押し付けた私たちが悪いの? それとも面倒なだけ? 」


山城「………関係ないでしょ」


瑞鶴「………私にとっては大問題だよ。今まで私はあんた達に楯突いたことはないけど、今回ばかりは言わせて」




瑞鶴「私はね、扶桑さんと提督さんに。もちろん山城、あんたもそうだけど、助けてもらった立場にあるわけよ」


瑞鶴「だからこそ私から言わせてもらうわ。私たちはあんた達の言葉には従うし、あんた達が望むならなんだってやる」


瑞鶴「でもそれ以前に、私たちは提督さんの部下。提督さんを敬って慕うのも当然な話。だからね、私たちはあんたたち姉妹というよりかは提督さんの言葉に従う」


瑞鶴「だからもし、提督さんがあんた達を殺せというなら私たちは何の躊躇いもなくあんた達を殺せる。恩人とはいえ、提督さんがそうしろというなら私は、例え翔鶴姉ぇでも、扶桑さんや鳳翔さんが止めろと言っても絶対に殺す」


瑞鶴「いや、翔鶴姉ぇもなんの躊躇いもなく殺すことも厭わないかもしれないよ。私にだって、提督さんに対する恩義があるからね」


瑞鶴「扶桑さんは、さも自分がこの世の誰より提督さんを慕っているみたいに話しているけど、ここにいる艦娘の殆どがそれに負けずとも劣らないくらいの信頼はしているはずだよ」


瑞鶴「………だから、私に変な気を起こさせないように気をつけて。言いたいのはそれだけ。それじゃあ」




そう言い残して、瑞鶴は部屋を後にする。ここリンガ泊地は、かつては傭兵艦隊として名を馳せていた艦隊だ。ここに集まる者たちは殆どが訳ありの者たちだ。


見限られた、囮に使われた、捨てられた、裏切られた。そういった艦娘達が流れ着き、出来上がったのがリンガ泊地なのだ。


故に、ここにいる艦娘は敵対心が強すぎる。大淀や鳳翔のように常に冷静でいられる艦娘は余りにも少な過ぎる。


これだけ聞けば欠点だらけの様であるが、その反面、彼女たちは恩を忘れない。目を背けたくなる様な惨劇、扱いをされてきた彼女たちは余りにも脆過ぎるのだ。


その弱り切っているところを、提督である彼が取り繕う。そうでなければ風に晒されるだけでも崩れて飛ばされるように儚く脆い者たちだ。


そのような仕打ちをされれば、誰だって離れたくなる。普通であれば関わりを断ちたくなる。艦娘として、海軍として生きていくことを良しとしないだろう。


しかしそれ以外の生き方を彼らは知らないのだ。戦いが楽しくてたまらない、闘争を欲している彼らだからこそ傭兵として生きる道を選んだ。


尤も今では提督自身も丸くなり、争いごとも無くなっているこの状況では、余り説得力に欠けるが、それは彼らが戦うこと以外に生きる道を見つけられたからに他ならないが、何を見つけたのかは言うまでもないだろう。




・・・・・・




次の日、再び山城による講義が行われる。あれからと言うもの、山城の機嫌が良くならないので翌日に持ち込みとなったのだ。




山城「昨日はすいませんでした。あのまま終わらせてしまって………」


提督「いえいえ、お気になさらずに。………じつは、あれから少し自分でも思い出そうと色々な記録を漁ってみたんですが………」


山城「…………どうかなさいましたか?」


提督「記録が見当たらないんですよね………。軍に所属していたなら少しばかり名前が残ってても不思議ではないと思って調べたんですが………」




彼の記録は既に抹消されていた。彼が新たな人生を生きていく上で、過去の自分は邪魔だったからだ。自分が記録を消すように頼んだのだが、それが裏目に出た瞬間だった。


もちろん、今の彼がそれを知るはずもない。彼の中には、その時の記憶は綺麗さっぱり抜けてしまっている。




山城「そうですか………大丈夫ですよ。ゆっくりと思い出していけばいいんですから。そうでなくても、私がしっかり補佐しますから」


提督「…………そうですね。ありがとございます」




落ち込むのが普通であるこの瞬間、実は内心喜んでいる自分がいることに戸惑う山城。彼女の中でも段々と抑えが効かなくなって来ているのが自覚できているのだろう。


このまま彼を自分のものにしたい。ても姉を蔑ろにしたくない。幾度となくこの2つがせめぎ合いを行い、その度に理性で無理やり抑えつける。それだけはやってはいけないと言い聞かせるのだ。




提督「………山城さん、少しよろしいですか?」


山城「はい、なんでしょうか?」


提督「あの………答えられなければそのままで構わないのですが………私、どうやら結婚指輪を持っているようで………」





提督「もし……その………私の相手について知っていることがあれば教えて頂きたいな……と」




どうしよう。ここで正直に自分の姉だと伝えれば、今までと変わりない生活を送ることができる。自分と、姉と、目の前にいる提督と3人で微笑み合う幸せで平凡で美しい未来が見える。


だが、ここでそれは自分だと言ってしまいたい。そんな考えも込み上げてくる。扶桑の場所を奪って、自分が彼の妻として振舞うことも出来る。


もちろんそんな単純なことではない。扶桑を激怒させることはもちろん、ここにいる全ての艦娘を敵に回しかねない。最悪、自分の命が奪われる恐れもある。




提督「すいません。変なことを聞いてしまって……やっぱり答えられなければーー」





山城「私です」





提督「………? 何か仰いましたか?」




山城「あなたは………私の夫です………」















やってしまった。頭の中が真っ白だ。自分でも何を言っているのか、今となって自責の念に駆られる。


山城は心から祈った。馬鹿を言うな、ふざけるなと怒ってくれと。今の発言を真に受けないで否定してくれと。


だが、そんなことはあり得ない。今の彼は何も知らない無垢な子供と同じだ。山城を信用しきっている提督に、彼女を疑う余地はないのだ。




提督「…………そうでしたか。やっぱり、そうではないかなと思っていたのは正解だったんですね」




待って。止めて。そんな眩しい笑顔で見ないで。何もかもを知らない、今の彼の純粋な目で見られることが心苦しい。


私が欲しかったのはこんな苦しみじゃない。こんな痛みじゃない。気道が締められていくような感覚に陥り、呼吸するのが苦しくなる。


でも目の前の彼にはそれがわからない。悟られないように平然を装ってみるが、絶対に動揺しているのがバレている。自分でもそう確信できるほどに気が動転している。




提督「なんだか………改まってそう言われると恥ずかしくなりますね…………」



だが、彼は今の彼女に気づかない。


取り返しのつかないことをしてしまった。これからどうしよう。どうなるんだろう。ここを出て行くことになるのか。そうなったらどうする。皆になんて弁解する。扶桑にどんな顔をして会う。頭の中で様々なものが巡って、全ての感覚をシャットダウンしてしまっている。




山城「………提督………御免なさい………少し……1人にさせていただいても………よろしいですか………?」




息を切れ切れにしながら、何とか絞り出すようにそう言った山城の言葉に従い、あの墓の前にいると伝えて席を外す。




山城「………どうしよう………どうしよう……大変なことしちゃった………」



山城「私が欲しかったものだけど………こんな………」





山城「こんな惨めなものじゃない…………」






・・・・・・






山城を部屋に残して戦没者の墓にやって来た提督。記憶がないにも関わらず、体が覚えているかのように一通りのことを済ませて、墓の前で線香をやって合掌している。



提督「……………」




瑞鶴「またこの前と同じ顔してる」


提督「………どうも。以前は名前も聞かずに話を進めてしまってーー」


瑞鶴「いいってそんなの。私は瑞鶴。別に覚えてもらわなくてもいいけど、一応提督の下で古くからいる艦娘のうちの1人だからね」


提督「………そうでしたか」


瑞鶴「それでさ、また何かあったの? 前に飛び込もうとした時とそっくりそのまま同じ顔してるからさ」


提督「……実は先ほど山城さんに、自分が身につけているこの指輪について話を聞きましてね」


瑞鶴「ああ……ケッコン指輪ね。あの時は色々大変だったんだからね? 提督さんってば、いろんな人に揉みくちゃにされてて。でも、私たちが見た中で一番の笑顔だったけどね………」


提督「それでまあ、記憶がありませんから、相手が誰なのかを山城さんに聞きましてね。『それは自分だ』と教えて頂きまして………」





瑞鶴「…………えっ!?」




目を疑った。耳を疑った。眩しい笑顔でそう話す提督の姿を。清々しく話す提督の声色を。何が起きたのか分からずに、一瞬目の前が霞んだかのような錯覚に陥る。





瑞鶴「えっ!? 山城が自分で、提督さんの妻は私だって言ったの?」



提督「ええ、そうです。間違いありません」



瑞鶴「…………もう1つ聞いていいかな。何でさっきの悲しそうな顔をしていたの?」



提督「それは………大切な人なのに忘れてしまっていた自分が情けないと同時に、彼女に対して申し訳ないと思ったからです」




瑞鶴「そ………そっか。山城は何処にいるの?」


提督「執務部屋にいるはずです。1人にしてくれと言われたので………移動していなければそこに居るかと」


瑞鶴「…………ごめん、山城と少し話がしたいんだけどさ、私と2人だけで話させてくれないかな?」


提督「ええ、構いませんよ。では、終わるまで私はここに居るので、終わったら声をかけて頂きますか?」




瑞鶴は了解と言い残して、その場を後にする。その目には怒りや困惑、悲壮感など多くの感情が混じり込んでいるかのように濁っている。




瑞鶴「………あの馬鹿女。あれだけ釘を刺しておいてまさかそんなことをするとは思いもよらなかったよ」






・・・・・・





部屋に残って1人悲嘆にくれている山城。自分のしたことがどれだけ最悪な事かを悔やんでいる。




山城「私が欲しかったのは………あの人が姉様に向ける笑顔だった………。あの人と姉様の仲が羨ましかっただけなの………」


山城「でも…………私は姉様みたいに優しくもない………。姉様みたいに頭が良くもない…………。姉様みたいに…………」












山城「『あの人を幸せ』にできない………。ううん、そうじゃない………私があの人の『幸せを奪っちゃった』んだぁ…………」





山城「ごめんなさい………ごめんなさい………ごめんなさい…………ごめんなさい………」





山城は涙が枯れるのではないかというくらいに涙を流し、淡々と戒めるかのように懺悔を繰り返していく。





山城「やっぱり私………不幸なんだわ………」



あの時、同じことをあの人の前で言ったことがある。命からがら逃げ出して、生き延びたあの日のこと。やっぱり不幸な女だ。私がいたからこんな目に遭わせてしまったんだと。私は提督に話した。


でもあの人は顔色1つ変えずに言った。自分たちは墜ちるところまで墜ちた。もはや失うのはこの命だけ。なら自分たちはこのまま上昇し続けるだけ。下に落ちることは絶対にあり得ないと。




山城「でも………あのときより酷くなっちゃった………。あの時は姉様も提督も、翔鶴も瑞鶴も鳳翔さんも居た………」




山城「でも今は………1人になっちゃった…………」



山城「どうしよう………どうしたらいいの…………? 私はどうすればいいの………」





山城「いやだ…………いやだよぉ………ひとりぼっちは………いやだぁ…………」





泣きながら懺悔する山城の下に、1人の艦娘がやってくる。瑞鶴だ。提督の話を聞いて真っ先にやって来た。


瑞鶴は部屋に入るや否や、山城の胸ぐらを掴んで、怒りの眼で山城を睨み続けている。




瑞鶴「ねえ、私あの時言ったよね? 馬鹿な真似をしたら何の躊躇いもなく殺すよって? 本当に馬鹿なの?」


山城「…………」


瑞鶴「私たちはね、正直に言って提督さんを信頼している。ううん、好意を寄せているかもしれないよ」


瑞鶴「でもね、扶桑さんと一緒にいるときの提督さんが私は一番好き。私たちのために傷ついて来た提督が、一番嬉しそうな笑顔をしているから………」


瑞鶴「あんたも分かってるでしょ? 自分がどれだけ惨めで馬鹿げたことをしているか。自分が扶桑の代わりに慣れるなんてそんな希望は捨てなさいよ!!」




そんなことは分かっている。分かっていた。以前、本人の口からきっぱり断られていたことはいつまでたっても忘れるわけがない。


でも夢を見ることはできると思っていた。ほんの一瞬、刹那、須臾で良かった。彼の隣で語らい、微笑み合い、談笑する。そんな些細なもので良かった。


だが、あまりにも無情すぎた。高望みし過ぎた。そんな現実が鉛のように打ち付けてくるのだ。




山城「…………なによ」




山城「………だったらーー」



山城「だったら私は!! 幸せを掴んだらダメだっていうの!? 夢を見たらダメだっていうの!?」


瑞鶴「そうじゃなくて、身の丈にあった振る舞いをしろってことよ!」


山城「同じことじゃない! 何よ、私のことを何も知らないで好き勝手言って! 」


山城「提督が好き? 扶桑姉様と一緒にいる提督が一番好き? 分かってるわよそんなこと!! 私だって……私だってそうだもの………あんたに何がわかるのよ!! 私が何年もこの思いを燻らせて来たか………。私の想いは誰がわかるって言うの!?」


瑞鶴「あんたの想いなんてどうでも良いのよ。私が心配しているのは、ここが分裂すること。あんたのせいで扶桑さんが何か患ったら、ここも終わりだよ」


瑞鶴「………全部あんたが馬鹿な真似をしたせいで、リンガ泊地は分裂。何もかもが終わっちゃうのよ!? そんなことになっていいの? 」


山城「…………」




何も言わなくなった山城に腹が立った瑞鶴は、掴んでいた胸ぐらを突き離す。その勢いで、山城は尻餅をついて床に座り込んでしまう。




瑞鶴「あと数時間で扶桑さん達が帰ってくるから。そうしたらあんたがやった事、絶対に私たちは許さないからね」




瑞鶴はそう言い残して、怒りの眼差しで山城を睨みつけながら部屋を出ていく。


部屋に取り残された山城は、悲嘆にくれてただ涙を流すことしかできなかった。




山城「もう……ここまで来たら貫き通すしかない…………。どうせ捨てられるなら、太く短くよ………」





・・・・・・




提督「…………瑞鶴さん。もう宜しいのですか?」


瑞鶴「うん、ありがと。もう大丈夫。けど、山城に絶対気を許さないで。あいつ絶対に何かやらかすよ」




外で待っていた提督に声をかけ、自分の用事が終わったことを伝えるや否や、そんなことを出会い頭に言われたので提督は戸惑ってしまう。彼女の意図を聞こうと思ったが、瑞鶴は既に何処かに行ってしまった。




提督「………どう言う意味だろうか?」




瑞鶴の言葉が耳に残るが、山城を1人にするのも申し訳ないので彼は部屋に戻っていく。


部屋に戻ると、山城は執務室にあるソファーに座っていた。ただいまと提督が声をかけると、山城は笑顔で彼を出迎えた。




山城「お帰りなさい、提督」


提督「…………どうしたんですか? 目が赤くなってます」


山城「え………あ、ごめんなさい。何でもないですから………」


提督「あの……もしかして瑞鶴さんに………?」


山城「ち……違いますよ。ただ少し……目にゴミが入っただけですから……」


提督「………そうですか。でも、何かあったら教えて下さいよ? 私たちは同じ仲間ですし……。それに………」




提督「一応………夫婦でしょう?」


山城「………ふふっ。そうでしたね。提督、実はお願いがあって………聞いてもらえますか?」


提督「え、えぇ。構いませんよ。ですが、今の私には何の力にも成れないと思いますが…………」




彼は屈託無い笑顔で山城にそう語りかける。これから彼女が何をしでかそうとしているのか、今の彼には分からないだろう。


彼のその笑顔は、彼女への引き金になってしまうのか。はたまた思い留ませることが出来るのか。


だが、当の山城にとっては既に危ない橋を渡っている。今更、おめおめと恐れて思い留まる真似はしない。彼女は、にこやかに彼に告げた。




山城「提督、私を抱いて下さい」





提督「はっ?」


山城「お願いします……」




彼女の目はいつもと違っていた。例えるならば、獲物を見つけた肉食獣だ。誰が見てもその姿は尋常ではない。それは彼の目から見ても明らかだった。



提督「や、山城さん……まだ日中ですよ……それに、まだ仕事も残ってーー」



山城は提督の言葉を紡ぐように、彼を自分が座っていたソファーに押し倒す。手首をがっしりと掴まれているので、抵抗することもできずにいる。




山城「提督………提督………」


提督「ま、待って下さいよ……山城さん……おかしいですよ……?」




彼女のただならない雰囲気に恐怖を抱いている提督。しかし雁字搦めにされている彼には抗えない。


そんな彼女は頬を赤らめて彼の顔を見続けている。必死で踠いている彼の姿を嘲るかのようなその顔は、まさに獣そのものと言っても過言ではないだろう。



山城「ずっと……待ち望んでいた………ずっと…….ずっと、あなたをこうしたかった……」


提督「山城さん………どうしたんですか…………? ………少なくとも、私が見て来たあなたは………そんな人じゃなかったはずですよ………?」




彼の声はもはや届いていない。今の彼女に映るのは彼のみ。彼がどう思っていようと、彼が何を言おうと、彼女には関係がない。




提督「山城さん……離して下さい………まだ明るいーー」



提督の言葉を紡ぐように彼女は口づけをする。必死で抵抗する彼を押さえつけるように、熱いキスを交わす。いや、交わすというよりは一方的すぎる。貪るようにと言うのが適当だろう。


彼女は口づけの最中、舌を入れようと試みる。だが、彼は頑なに拒み続ける。どうにかして彼の唇を抉じ開けようとするが、彼は決して受け入れようとしない。


山城は諦めたかのように、唇を離す。








山城「提督、あなたが欲しいんです………お願いですから………拒まないで………」


提督「駄目ですよ………まだ………やることが残っているじゃありませ………んむぅ……!!」



彼の口が開いたところを見計らって、山城は再び唇を重ね、先ほどのように舌を入れようとする。


彼は口を閉じようとしたが間に合わずに舌を入れられてしまい、彼女のなすがままになっている。


荒い息遣い、涎を啜る音、お互いの鼓動。耳に入る全ての音が2人の身体を火照らせていく。




山城「提督………お願いです………。私と………交わって下さい……。もう、我慢出来ないんです。何年も何年も何年も。何年も待ち続けてきたんです」


提督「山城さん………気持ちは………嬉しいですけど………」



彼が次に何を言おうとしているのか。察した山城は、彼の唇に人差し指を置いた。




山城「提督、あなたは何も悪くありません………。全部………、全部わたしが勝手にやった事ですから………どうか………自分を責めないで下さい………」




山城は震える声でそう彼に告げる。そして彼のズボンのチャックを下ろして彼のモノを取り出そうとする。


先ほどのディープキスのせいか、既に膨張していた。山城はそれを見て始めは驚いたものの、直ぐに取り直して黒い笑みを浮かべた。




山城「………ふふっ。あれだけ拒んでいたのに、もうこんなに……。嬉しい……」



もともと顔立ちも整っており、身体つきも綺麗な山城だ。彼女に言い寄られて悪い気のする男はそうそういない。


だが彼は拒まなくてはならないという、何かがはたらいていた。彼女に身体を許してはならない。いや、彼女だけではなく、誰にも許してはならないと。


しかし、それは灰燼に帰してしまった。いま彼は、彼女に犯されようとしている。身体は否定していても、雄の本能には逆らうことができない。




山城「提督は………何もしないで………結構ですから………。全部、私が勝手にやったこと………あなたは、なにも…………」




山城は彼の体にまたがり、自身の秘部に彼のモノをあてがう。そして、ゆっくりと腰を下ろしていった。



山城「痛っ゙………!! 」




自分の膣内がゆっくりと広げられていく。そしてそれが段々と痛みとなって彼女を襲っていく。




提督「山城さん………あなた……震えて………」


山城「ですから………気にしなくていいって………」




このままでは拉致があかない。彼女は勢いよく腰を下ろす。彼女の膣内は彼のモノで満たされ、彼女の膣からは血が流れている。ここに来て提督は、彼女が嘘をついていたことが分かったのだ。




提督「山城さん……あなた………ウソをついて………」


山城「何も………言わないで………っ゙!!」




激痛が襲い、彼女の顔を歪めていく。よく見てみると、彼女の目には涙が流れており、よほどの激痛が襲っているのだろう。彼に身体を密着させて痛みを堪えようとしている姿は、何かを訴えるかのようだ。




山城「まだ………痛むけど………んぅ………んんっ!!」




お淑やかな女性。彼が見て来た山城の姿だ。だが今は、快楽を貪ろうとする1人の女だ。


腰を上下に、前後に、まるで彼の上で舞うかのようにゆっくり腰を動かしている。



山城「んんっ……ん……んふ……んぅ……はぁ……んんぁ!」



徐々に感じて来ているのか、吐息混じりの声が段々とはっきりしてきており、先ほどより少し速度を上げて腰を動かし始める。




山城「んあっ、あっ、はぁ、んっ、んぅ、あっ!」




嬌声が混じってきている。先ほどよりもはっきりと、感じているのだろう。それは彼も同じのようだ。




山城「提督、ん、どう、ですかぁ? もっと……んぅ……気持ちよく、なって、下さい……!」



提督「山城……さん……駄目ですよ………止め………て!」



山城「あっ、あぁ!あん! やぁっ! いっ! んぅぁ!!」



彼の言葉を無視して段々と大きくなる声。激しくなっていく腰の動き。これがあの山城なのか。そう疑ってしまうほどに乱れた姿だ。



山城「て、ていと……くぅ、はぁ、ん、わ、わたし、いっ、イッちゃう………んんっ! んぁっ! ああぁぁんっ!!」


山城「はあっ、ああぁぁっ! んああぁぁぁぁっっっ!!! 」




彼女の膣が、彼の陰茎を更に締め付ける。絶頂に達した彼女は身体を痙攣させて、徐々に力が抜けていったのを感じたのか彼の身体に倒れこむ。




提督「くっ……ぁ、はぁ………はぁ……」


山城「ていとく……まだ、まだまんぞく……できません………はぁ……んぅ………」


提督「山城さん…………もうやめましょう………? お互いのために、これ以上は…………」


山城「いやです………まだまだ……させて下さい………」




再び腰を動かし始める山城。先ほどと違って、最初から素早く腰を艶やかに動かしている。




山城「んっ、んんぅ、あぁ! やぁ! んんっ!!」




気持ちよさそうに善がっている山城を見て、彼は猛烈な射精感に襲われる。1度目の絶頂の際には無理やり堪えようとしたが、ここにきてそれも限界を迎えそうなのだ。



提督「山城さ………止め………もう……出そう……」


山城「ふふっ。良いですよ……んぅ………わたしの、中に、出し、て……!!」


提督「それは……駄目ですよ………! 山城さん………!!」


山城「だいじょうぶ……ですから………ぁあっ! だ、出して下さい! わたしのなかに、いっぱい!! 出してえぇぇぇ!!!」



何度か腰を振っただけで、彼女はまた絶頂を迎えた。それと同時に、彼も山城の膣内に射精してしまう。


山城が嗾しかけた事とはいえ、彼がいま行なっているのは不倫行為だ。幾らでも止めるチャンスはあったかもしれない。しかし、彼にはなす術はなかったのだ。



山城「はぁ……ん……すごい……いっぱい………」


提督「はぁ、はぁ………。山城さん………直ぐに……出さないと………」


山城「いいですよ………このままで………ん。はぁ………提督、もっと……シましょう……? もっと……激しく………して…………」




蕩けた顔。甘えた声。男を挑発するようなその姿に、彼は囚われてしまった。今は彼女を悦ばせたい。そう考えた彼は彼女をどうにかして床に押し倒そうとして、そのまま横に転がった。




山城「えっ!? きゃっ!!」



その結果、彼が山城を覆いかぶさるような形になり、立場が逆転したのだ。彼は山城に静かに告げていく。



提督「山城さん、あなたが悪いんですよ………」


山城「な、なにがですか………?」


提督「私をがんじがらめにして、心ゆくまで嬲って、あなたは悪い人だ」


山城「や……あぁぁぁ………」




提督は自分のモノを、彼女の膣内に入れていこうとする。既に2回も行為を行っているのもあって、すんなりと入っていく。




山城「ふああぁぁぁぁぁ!!!」



彼は陰茎を、膣の奥深くまで挿れると、山城が大きな喘ぎ声を上げた。今日一番の声だ。


小刻みに身体が痙攣している。彼が挿れただけでイッてしまったようだ。涎を垂らし、涙を浮かべている。



山城「あ……ん、あぁ、んぅ、あっ」


提督「おや、イッてしまったんですか? しかもこれで3回目ですよ?」


山城「だ……だってぇ………」


提督「だっても何もありませんよ。覚悟して下さいね……」




山城は、彼の与える快楽を受け続けた。時には上に、時には下に。ゆうに3時間は催していただろう。2人は満足して終わろうとしたところ、扉が少し開いていていた事に気がついた。


山城は今の姿を誰かに見られるのは危険なので、扉を閉めようと近づくと、誰かの視線を感じた。


そこで山城は気づいてしまった。扉の向こうに誰がいるのか。その人物は、彼との情事を終始見ていたのだ。扉に近づくと、背の高い、赤みのかかった瞳を持った者がじっとこちらを睨んでいたのだ。






それは紛れもなく、自分の姉である扶桑だった。




・・・・・・




山城はその目が恐ろしくなった。何時も微笑みかけてくれる姉であり、大好きな姉である。にもかかわらず、今は恐怖しか抱けない。山城は扶桑を追い払うかのように、執務室の扉を閉めた。


扶桑は何も言わずに、部屋の前から去っていった。だがそれはあの2人から逃げ出すのではなく、提督を奪った山城に対して、それを拒むことなく受け入れた提督に対しての恨みによるものだ。


いまあの場にいたら、おそらく自分は2人を殺してしまうかもしれない。それを恐れて2人の元から去ったのだ。




扶桑が向かったのは、予てより自分たちが使っていた会議室だった。今後のリンガ泊地のあり方をどうするかなどの意思決定を取る時に、扶桑ら5人と川内、陽炎。その他艦種毎のまとめ役の艦娘たちが集まって評議を行う場所として使っている。


もちろん、ここに集まって何かをするなど滅多なことでない限りあり得ない。最後にここを使ったのは吹雪がここリンガ泊地に来た時以来だが、今回もここに集まらざるを得ない状況になってしまった。




扶桑「今回は、急に呼び出したりしてごめんなさい。けど、きっとリンガ泊地の運営開始以来の非常事態になるかもしれませんので、皆さんをお呼びしました」




今回集まったのは8人。扶桑、翔鶴、瑞鶴、鳳翔、川内、陽炎、衣笠、そして大淀だった。



衣笠「私たちは慣れているから良いけれど、大淀は初めてでしょう? 」


扶桑「………そうでしたね。別に緊張される事ではないので、いつも通りで結構ですから」


大淀「え、えぇ………わかりました」


扶桑「それでは、これより始めさせていただきます。今回ここに集まっていただいたのは先ほども話した通り、ここリンガ泊地始まって以来の危急存亡の秋と言えます。詳しい話を、瑞鶴さん。お願いできますか?」



瑞鶴「………実は、提督さん。いま記憶喪失になっているみたいなんです。もちろん、 ここにいる殆どが知っていることだと思うけど、大淀にはまだ話していなかったね」


大淀「………いえ、明石から聞きました。何とか私に心配かけないように取り計ろうとしたみたいですけど、彼女は嘘が苦手ですから………」


瑞鶴「あ、そう。んで、ここに呼んだ理由なんだけど、今ここに居ない奴がいるよね?」


川内「そういえば、山城が居ないね………」


瑞鶴「そのことについて、ちょっとこれを見て」




瑞鶴が取り出したのは複数枚の写真だった。写っているのは山城と提督の2人だが、ただの記念写真ではない。先ほどの情事が写されていたのだ。


全員でその写真を見ているが、誰もが頬を赤らめたりなどせずに穴が開くほど見ていた。それは年頃の娘たちの姿とは思えなかった。




陽炎「ふーん。確かに大問題ね。盗撮するなんて随分といい趣味してるじゃないの?」


瑞鶴「そうね。わかってるわよそれくらい。でもね、これに関してだけは綺麗事で片付けられないかもしれないよ」


衣笠「どういうこと?」


扶桑「以前、海軍の大佐にケッコンカッコカリとはどんな意図があってのものなのかというのを聞いたことがあります」



・・・


・・・・


・・・・・




ーー大佐「カッコカリはね、一つには艦娘の能力の向上。もう一つは、その艦娘と提督の間に深い絆を作ることが出来るってものなんだけど、実はもう一つあるのよ」ーー



ーー大佐「気を悪くしないでほしいけれど、私たち提督はあなたたちをこき使うような立場にあるじゃない? 仲間ではあるけど、縮図で考えると、私たちの間柄は人間と道具って関係なのよ」ーー



ーー大佐「でもそれはあまりに可哀想過ぎるって話した一人の整備士がいてね。その人が妖精さんと作り出したのが、ケッコンカッコカリなんですって」ーー


ーー大佐「確かに、艦娘には戸籍が与えられないのが今のこの国よ? でも、私たちはあなたたちを大切にしたい。ただの道具で終わらせたくはないのよ」ーー


ーー大佐「なら、せめて軍の中だけでも、私たちと同じように暮らせたら良いわねって、作られたものなの。女の子として、ちょっとくらいの幸せは誰もが欲しいもの。ねぇ?」ーー


ーー大佐「だから正式にはないにしろ、一応は仮戸籍みたいなものをあなたたちに与えたいって言う私たちの優しさ、我儘なのよ………」ーー




・・・・・


・・・・


・・・




扶桑「…………ですから、一応は夫婦の義務や責任も持ち合わせることになります。なので、下手をするとーー」


瑞鶴「………山城の所為で、提督がクビになるかもしれないってことよ」




瑞鶴の言葉に、全員が動揺する。中でも大淀は、手に持っていたあらゆる物を床に落としてしまい、それを拾う手も震えている。


そんな大淀をみて、鳳翔があることを呟いた。




鳳翔「大淀さん。あなた、以前提督に私たちについて進言したことが有りましたよね? いずれ私たちの性格が、自身の厄災になって降りかかってくるって」


大淀「………はい。………覚えています」


翔鶴「………今が、その時ですよね?」


大淀「………いいえ。私が思っていたものより、状況は悪化しています。怒らずに聞いて欲しいのですが、私が恐れていたのは皆さんが驕り高ぶることでした」


大淀「栄枯盛衰。盛者必衰の理、おごれる人も久しからずです。あのとき皆さんは大きな局面を乗り越えた直後ですから、気が大きくなっていました」


大淀「ですが誰にも、何事も衰えることはあります。調子がそぐわないときもあれば、事態が悪くなることもあります」


大淀「慢心は破滅を呼ぶ。それを皆さんに分かっていただこうと戒めるつもりで提督に進言したのですが、まさかこれほど酷くなるとは…………」


鳳翔「…………そうですか」






この後、全員が黙り込んでしまった。打つ手がないのだ。ここにいる者にとって山城は、片や恩人でもあり、片や自分たちを窮地に追いやった大敵。瑞鶴も随分と大見得を張って山城に詰め寄ったが、実際に行動に起こせるわけがない。


中でも一番苦しんでいるのは扶桑だ。いつもの3人並んで仲睦まじく過ごしていた日々から、自分だけが省かれたのだから。


すでに怒る気も失せており、恨み骨髄に徹しているわけでもない。いま自分はどうあるべきなのか。山城の姉として、提督の妻として、自分は何をするのが得策といえるのか。それを模索しているのだ。



暫くして、この沈黙を破る言葉が飛んできた。



瑞鶴「………もうさ、選択肢は2つしかないと思うんだよね」


翔鶴「どういうこと、瑞鶴?」


瑞鶴「………自分たちから、ここを離れる。提督さんを見限って、全員でトンズラする道。もう1つは…………」




瑞鶴の歯切れの悪さに、全員が彼女の言いたいことを悟った。だが、全員が扶桑に遠慮しているのか何も言わない。




扶桑「…………瑞鶴さん、言ってください。もう1つは………何ですか?」


瑞鶴「………今ここで、山城を殺す。もう、これしか私たちが助かる方法はないよ」




全員が何も言わない。瑞鶴の意見に対する賛同も、批判も、何も言わないのだ。


どうするべきか。リンガ泊地の明暗はここにいる者たちに掛かっているといっても過言ではない。どちらが正解なのか。どちらが自分たちの務めを果たすことの出来る答えなのか。全員が答えられないのだ。



瑞鶴「………大淀。提督から、指揮権を譲渡されてるはずよね?」


大淀「………ええ。留守の間は私の好きに艦隊を動かしても構わないと言われています」


瑞鶴「………だったら、私に命令して。『直ちに扶桑型戦艦二番艦の山城を捕縛して解体。従わなければその場で殺せ』って!」


大淀「や、やめて下さい!! そんなこと………私には………」


川内「扶桑、ごめん。流石に私たちの恩人といえど、これ以上の好き勝手は私も見逃せないよ」


陽炎「大淀、私たちにも命令して。山城を解体するか、その場で殺せって」


大淀「お願いです。後生ですから、それだけはご勘弁下さい。私には、そんな命令は出せません!!」


衣笠「みんなで口裏合わせて提督を誤魔化せば、きっと大丈夫だよ。流石に、今回ばかりは黙っていられないよ……」


翔鶴「………そうですね。扶桑さん、ことが大きくなる前に芽は摘んでおきましょう?」


扶桑「…………認めません。あの子は、私の妹です。何があっても、私はあの子を蔑ろにはしません!」


瑞鶴「そんっ………呆れた! まだあんな奴を妹なんて呼べるの!? 扶桑さん……提督さんを奪われたんだよ!? 悔しくないの!? 」


鳳翔「瑞鶴さん、止めなさい」


瑞鶴「提督さんだって………誑かされたんだよ? あいつが………根も葉もない嘘を言って………提督さんを騙して………」


鳳翔「瑞鶴さん!!」


瑞鶴「私だってこんな事したくないよ!! でも……そうしないと、私たち………どうなっちゃうか………分からないから………」


翔鶴「瑞鶴!!!」




翔鶴は、瑞鶴の頬を軽く叩く。全員が瑞鶴と同じ気持ちだからだ。言いたくても言えないことを、瑞鶴はペラペラと喋って言った。それが、今の状況を夢ではないことを突きつけてくるようで辛いのだ。



瑞鶴「…………ごめんなさい、言い過ぎた。でも、私は勝手にやる。これ以上は我慢できないわ!!」


鳳翔「瑞鶴さん! 命令違反ですよ!! 待ちなさい!!!」


翔鶴「ごめんなさい。私も、瑞鶴を止めましたけど瑞鶴の意見には賛成なんです。失礼します」


川内「………申し訳ないけど、私も瑞鶴に賛成。何が何でも私は勝手にやるから罰を与えるならどうぞご自由に」


陽炎「私も勝手にやる。罰を下すなら喜んで受けるわ。だから今だけは見逃して」


衣笠「……………」




翔鶴、瑞鶴の姉妹を始めとして、川内、陽炎、衣笠が次々と部屋を出ていった。鳳翔は何とかして全員を引き止めようとするが、誰も言葉を聞かなかった。




扶桑「鳳翔さん、もういいです。あの子は私の妹です。覚悟くらいは、出来ているはずですから………」


鳳翔「扶桑さん…………」


扶桑「すみません。少し、一人にして頂けませんか………?」


鳳翔「………行きましょう、大淀さん」




扶桑の言葉に逆らうことをせず、鳳翔は黙って部屋を後にしていく。大淀が部屋を後にしようとすると引き止められた。


話を聞いて欲しいとのことで、扶桑の隣に座る大淀。神妙な面持ちの扶桑から、ゆっくりと言葉が出てきた。




扶桑「………ごめんなさい。あなたにどうしても、お願いしたいことがあるのよ」


大淀「………はい」




扶桑は自分が座っていた椅子から立ち上がり、その椅子の隣に立った。そして床に膝をついてーー




扶桑「どうか私に、あなたの力を貸して下さい!!」




扶桑は大淀の前で土下座をした。初めて見たその姿に、大淀は困惑している。それもそのはずで、彼女がここまでするのはリンガ泊地に所属している艦娘たち、ましてや提督でさえ見たことがない。




大淀「そんな……止めて下さい!」


扶桑「もう、あなたにしか頼る相手がいないのよ! お願いします、あなたの知恵を私に貸して下さい!!!」


大淀「っ………分かりました! ですからどうか、頭を上げて下さい!!」




扶桑は嗚咽交じりに涙を流していた。気丈に振る舞っていたものの、本心では耐えられないくらい苦しかったのだろう。




大淀「扶桑さん。先ほどは敢えて言いませんでしたが1つだけ妙案があります。ですが、成功するかどうかは私にも………」


扶桑「………教えて下さい。私は……何をすれば……?」


大淀「まずはお聞きします。正直に答えて下さい。扶桑さんは、山城さんを解体ないし殺害することには賛成ですか?」


扶桑「………あの子は、私の妹。確かに一時の衝動に駆られて殺してやりたいとも思いましたが、今は違います。妹の死を望むほど、私は悪辣ではありません。あの子を救いたい……」


大淀「わかりました。では次に、扶桑さんは、提督を今のままにしておくことに賛成ですか?」


扶桑「………あの子にとっては今のままが良いのだけれど、私には……到底……耐えられないわ…………」


大淀「であれば、やはりこの作戦しかありません。いいですか?」


大淀「まずは山城さんが被害に遭わないことを第一優先にします。後日、瑞鶴さんたちが山城さんのもとに向かう際に、扶桑さんも同行して下さい。そして…………」



大淀は誰にも聞こえないように小声で扶桑に耳打ちをする。扶桑はしっかりと大淀から授かった知恵を飲み込もうと一言一句漏らさず、必死に聞いている。




扶桑「…………それで、上手くいくのかしら?」


大淀「9割ほどは成功するものと。手筈通りに進めていただいた後は、再び扶桑さんに尽力していただきます。どうにかして提督の記憶を取り戻す………」


大淀「そして提督の記憶が戻り次第、提督の口から瑞鶴さんと山城さんを許すように言っていただくのです。瑞鶴さんも、提督からの言葉とあれば聞かないわけにはいかないでしょう」


扶桑「………あなたの話で、少し落ち着いたわ。ありがとうございます」


大淀「………いいえ、落ち着いていただくのは事が解決してからですよ。私の方で細かい手筈は整えます。扶桑さんは明日の朝にでも、もう一度お会いできますか?」


扶桑「明日の朝? 何故かしら?」


大淀「最終段階での報告をしておきたいので。多方面に話をつけなくてはいけないので、どうかご足労を」


扶桑「それは構わないけれど………」


大淀「どうかご心配なさらずに。提督の弟君には話を漏らしませんので。そうですね……島原大佐などに少しお願いをと思いまして」


扶桑「………どうしてかしら?」


大淀「彼女、ここ最近になって横須賀からタウイタウイに転属することになったそうで。それに、ここから距離も程よいので………」


扶桑「…………そうね。あの人なら、少しは安心できるかしら………」


大淀「それでは明日の朝、そうですね………09:00でも宜しいでしょうか?」


扶桑「わかりました。それでは、お願いします」


大淀「すいません、あと1つだけ。この作戦には協力者が必要です。いま手が空いているのはこの3人だけですので、扶桑さんがお選び下さい。私の方から事の次第を伝えておきますので……」


扶桑「………あなたにお任せするわ。私には決められないから」


大淀「………わかりました。では、それについても明日の朝に」




・・・・・・




翌日の09:00。執務室では昨日の約束通りに扶桑と大淀が打ち合わせを行っていた。


大淀が組み上げた作戦は、一切の失敗を感じさせないほどに緻密な計算で作られたものとなった。それはまるで芝居のように、既に決められた動きをしているのではないかと錯覚させるほどだ。


そんなこんなで40分に及んだ2人だけの作戦会議も終わりを迎えた。少し部屋の外から騒ぐ声がちらほらと聞こえてきた。瑞鶴や川内の声が聞こえることから、恐らく本格的に動き出したようだ。


だがこれも大淀の見立て通りで、今日中に。しかも09:30から10:30の間に始めるだろうという予想を立てていたので何の問題もない。大淀はすぐさま扶桑を部屋の外に出して、瑞鶴らに合流するように伝えた。





・・・・・・




一方その頃、山城は提督と2人で執務室で仕事をしていた。当の山城は提督に不安を与えないようにと笑顔を振りまいていたが、その笑顔が嘘であることを彼が見抜けないはずがない。


提督は山城が嘘をついていたことも知った。だが、嘘をつかれたくらいで彼女を捨てるような真似はしない。気の迷いとはいえ、身体を重ねた2人は仲睦まじく見えた。


だが、そんな2人を引き裂くように執務室の扉が開かれた。翔鶴・瑞鶴姉妹に川内や陽炎、衣笠などの面々が執務

室へと入ってくる。




提督「瑞鶴さん………何なんですか急に………」




記憶がないとはいえ、瑞鶴たちを睨む提督の目は鋭いものだった。彼女らの唯ならない雰囲気に、提督は山城が目的だと察したのだ。彼はどうにかして山城を守ろうと必死だった。




瑞鶴「山城、あんたの悪行は見逃せない。リンガ泊地の全艦娘の総意として、あなたをここで排除するわ!!」


山城「…………」


瑞鶴「扶桑型戦艦二番艦『山城』。リンガ泊地の全艦娘の総意として、あなたをここに留めておくわけにはいかない。大人しく解体されなさい。さもなければ………」



瑞鶴「ここであなたを殺すわ!!!!」



瑞鶴の唯ならない覇気に、山城も提督も気圧され気味だ。彼らだけでなく、瑞鶴の後ろに控えていた川内たちも少々後ろに引いていた。




提督「ま、待ちなさい。こ、ここの指揮官は……私だ。そ、そんな、そんな許可を……だ、出した覚えはない!」



瑞鶴「提督さん、よく聞いて。ここはフツウとは違うの。私たちで決めたことも、提督さんが決めたことと同じくらい重要なものとして扱われることになるのよ」


瑞鶴「提督さんの気持ちも分からなくはないけど、私たちの為には、山城は居て貰ったら困るのよ」


提督「だ、だったら私を殺しなさい!! 指揮官として、仲間内で殺しあうような、そんな馬鹿げた許可を出すことはできない」


提督「どうしても彼女を殺したいなら………」


提督「どうしても彼女を殺したいなら、まずは私から殺しなさい!!!」




提督は精一杯の気力で瑞鶴たちを跳ね除けようとする。彼自身としても山城がしたことは許されるべきではないことくらいはわかっている。だが、仲間同士で傷つけさせることも絶対に許さない彼は、声を大にして瑞鶴に突きかかる。




瑞鶴「…………」




彼女は何も言わずに提督を睨み続けた。お互いの主張を頑なに譲らない状態が続いていた。そんな張り詰めた緊張の糸を解すように再び執務室の扉が開いた。



扶桑「待ってください!!」


瑞鶴「扶桑……さん………。何ですか?」


扶桑「………あの子と話をさせて。その後なら何をしても、私は口出ししないわ」




瑞鶴は周りにいた川内らに目配せをする。全員が頷いたので、渋々ではあるがその話を呑むことにした。




山城「姉様………」


扶桑「………山城、こっちにいらっしゃい? 」




扶桑の言葉に従い、山城はゆっくりと扶桑に近づいてお互いに抱き合った。2人からはすすり泣く声が聞こえて来た。


きっと姉様もこのことに賛同したんだ。とっても私のことを憎んでいたんだと思い、扶桑の腕から抜け出したくなる。だが扶桑は山城を逃がそうとせずに、さらに強く抱きしめる。


これで最期なんだ。言葉にできなくても、心の中で謝ろう。そう思っていた山城だが、扶桑からある言葉を告げられた。




扶桑「山城、そのまま聞いて?」




周りには聞こえないくらい小さな声で山城に耳打ちをする。それを聞いた山城はその通りにうんともすんとも言わなかった。




扶桑「瑞鶴さんたちはあなたを殺したがってる。今ここであなたを死なすわけにはいかないの。だから、私を盾にして出撃ドックまで行って」


扶桑「そこから東経105° 南緯0° のところに吹雪が待っているわ。あの子と一緒に、タウイタウイまで逃げなさい」


扶桑「タウイタウイには海軍の島原大佐が着任しているから、ほとぼりが冷めるまで匿ってもらうの。あとは私が何とかするから」




助けると言われたことに気が動転している山城。てっきり殺されると思っていたにも関わらず、扶桑は自分を助けるというのだ。


本当に従っていいのだろうか。自分は死ぬつもりでいた。大人しくここで解体されるのを待っていたのに。


思考が追いついていない山城。扶桑は少しでも早くここから山城を逃がしたいので、焚き付けるかのように急かす。




扶桑「山城、早くして。私の腰に短刀があるでしょう? それを抜いて、刃を私に向けて盾にするのよ。早く!」




山城は頭が真っ白になりながらも、咄嗟に扶桑の言葉に従った。




山城「来ないで!!!」


扶桑「あぐっ!!」


翔鶴「っ! 扶桑さん!!」


瑞鶴「山城………そこまで落ちぶれたとは思わなかったわ!!!」


山城「うるさい……うるさいうるさい!!」


川内「山城………あんたどこまで………」


山城「どきなさいよ、早く!!」


扶桑「あっ………ぐぅぅ………」


陽炎「っ〜〜あぁ! もう!!」



陽炎は苛立ちが最高点に達したのか、砲を山城に向けて撃とうとする。しかし、それを衣笠が制止する。



衣笠「待って! 気持ちはわかるけど、扶桑さんに当たったらどうするの!?」





衣笠の言う通りだ。山城はうまく扶桑を盾にしているので、山城を撃とうとすれば扶桑も巻き込んでしまう。


山城は扶桑を盾にしたまま執務室を出て行く。自体が二転三転していくので、提督は置いてけぼりだ。緊張が解けたのか、腰を抜かして床に座り込んでしまった。





・・・・・・




山城「姉様、どうして私を………? 私は……酷いことをしたのに………」




山城は扶桑を盾にしたまま廊下を歩いて出撃ドックへと向かっている。瑞鶴らも2人を追って、いつでも山城を取り押さえられるように臨戦態勢になっていた。




扶桑「例えそうだとしても、私はあなたを助ける。だって、あなたは私の妹よ?」




周りに聞こえない声で話す山城。それに対して同じく小さな声で返す扶桑。その言葉に、山城は救われたような気がした。それと同時に自分というものが嫌になった。


嫉妬心からくるものなのか、はたまた負けを認めたくなかったのか。山城は提督を奪うという暴挙に出た。本来なら許されるべきことではないのに、扶桑はそれを笑顔で許した。


それが苦しくなった。どうせなら怒って欲しかった。どうせなら恨み言の1つでも行って欲しかった。でも、扶桑は許した。自分の器の小ささに嫌になる。姉の大きさに申し訳なさが出てくる。



なんとか出撃ドックに向かうことの出来た山城は、扶桑を盾にしたまま自分の艤装を身につけてゆく。どうにかして止めたい瑞鶴たちだが、扶桑がいる手前、何も出来ずにいる。




扶桑「山城、艤装を着け終えたら私をみんなに向かって投げ飛ばしなさい。躊躇ったら駄目よ? すぐさま吹雪のもとに行きなさい」




山城は艤装の装着を済ませ、扶桑の言葉に従う。扶桑を瑞鶴たち方に投げ飛ばし、後ろを振り返ることなく外に向かう。


投げ飛ばされた扶桑は、瑞鶴たちを覆い被さるように倒れこんでいく。少しでも逃げる時間を稼ごうというのだろう。


床に倒れそうになるところを瑞鶴がすんでのところで扶桑を受け止める。全員が扶桑に気を取られたので、山城が遠くに行ってしまったことに気がついていない。




瑞鶴「扶桑さん!! 川内、早く山城を追って!!」




瑞鶴にそう言われて山城を見たとき、既に山城は既にドックから抜け出していた。川内や陽炎、衣笠が追いかけようとするが、ドックの出撃口が閉まってしまい、追いかけることができなかった。



川内「な、何で閉まるのよ!!」


衣笠「ちょっと待ってて、すぐ扉をーー」


翔鶴「待ちなさい!!」




翔鶴の言葉に全員がそちらを向く。これ以上の追跡は意味がないと考えたのか、全員に戻るように伝えた。


先ほどまで怒り心頭だった瑞鶴も、これ以上は無理だと判断したのか大人しく諦めた。



瑞鶴「………立てますか?」


扶桑「ええ、ごめんなさい。あの子がまさかあそこまでするなんて…………」




瑞鶴の目がいつもと違う。扶桑を疑っているようだ。




瑞鶴「…………私の気のせいだったら謝るんだけど、ここに来るまでの全部はわざとでしょ?」


扶桑「何が言いたいのかしら?」


瑞鶴「仕組んだことなんでしょう? 扶桑さんが。山城に近づいたとき、こうするように伝えたんでしょ?」


扶桑「………何を言ってるのかしら? 終いには怒りますよ?」


瑞鶴「私は頭も良くないから何の考えなしに行動するから、取り柄もないように見えるかもしれない」


瑞鶴「でもね、そんな私でも何千キロ先の艦載機の音を聞き分けることができるのよ? そんな聴覚の鋭い奴が、たかだか数メートル先の小声が聞こえないわけないわよね?」


扶桑「……………」


瑞鶴「答えてよ。このままだと本当にーー」









瑞鶴「あんたも大淀も殺すよ?」







扶桑「…………本気で言っているのかしら?」


瑞鶴「………当たり前でしょ。あんたが持ってきたあの短刀、あれ大淀が持っていた護身刀だよね? 何で持ってるのさ?」


扶桑「……………」


瑞鶴「………2人はいいよね。提督さんから信頼してもらえてさ、提督さんから寵愛を受けてさ」


瑞鶴「………私なんて、何の役にも立てないで………」


扶桑「……………」


翔鶴「瑞鶴〜! どこにいるの〜?」


瑞鶴「………それじゃあ。どうせ山城がどこにいるか教えてくれないだろうし、こっちはこっちで勝手にやるわ」


扶桑「………ええ、どうぞご自由に。口出ししないと約束したばかりですから」


瑞鶴「…………ふん」




・・・・・・




大淀「扶桑さん! ご無事で何よりです。何とか間に合ったみたいですね」


扶桑「やっぱり、扉を閉めたのはあなたね? あなたのおかげで、あの子を逃すことができました。ありがとうございます」


大淀「いえいえ、本当に大変なのはこれからです。瑞鶴さんのことですから、草の根を分けても探し出そうとするでしょうね」


扶桑「………実は、あの子は私たちが裏で画策していたのを感づいたみたいで………」


大淀「でしょうね」


扶桑「でしょうねって………」


大淀「実は、全て瑞鶴さんたちに知られるようにわざと情報を漏らしました。瑞鶴さんの性格を考えれば、裏でこそこそされるのを何より嫌いますから」


扶桑「だから全部を聞かせたというの? 下手をすれば私どころか、山城もあなたも唯では済まなかったかもしれないのに?」


大淀「もし筒抜けにしていなかったら、それこそただでは済みません。あえて情報を漏らすことで、相手の油断を誘う。提督がよく使う常套手段です」


扶桑「そういえば………確かによく使っているわ。でも、あなたはどうして自分の危険を冒してまで私のお願いを聞いてくれたのかしら?」



大淀「………実は、提督がここを出る前に私を呼び出してーー」




・・・


・・・・


・・・・・




提督「大淀。今回のことだが、私はもしかすれば唯では済まないかもしれない」


大淀「提督? それはどのようなーー」


提督「ただの杞憂であって欲しいのだが、先ほどから凶事が重なっていてな。少し不安なのだよ」


提督「お前には艦隊の指揮権を与えておく。リンガ泊地の艦隊は、お前の好きなように動かしてくれ」


提督「………もし私に何かあれば、ここを扶桑に与えたいと思っている。あいつは私の妻だ。私が居なくとも、仲間を残してやることは出来る」


提督「だがもし私が奴によって殺されたとなれば、扶桑は躊躇うことなく艦隊を総動員させて横須賀に攻め込もうとするだろう。それだけは避けたいのだ。あの時の二の舞になるだけだからな」


提督「扶桑もそうだが、山城や翔鶴、瑞鶴に鳳翔。皆が勇敢だ。深海棲艦と戦う海軍とともに歩めばきっと連中にとって心強い存在だが、奴らが甘んじてそれを受け入れるとは思えない」


提督「だからお前には、私に何があっても横須賀に攻め込ませないように皆を押さえつけ欲しいのだ。そして、海軍とともに歩ませて欲しい」


大淀「ですが、私も彼らと共にするのは………」


提督「………そうでなくても、お前の好きなようにすればいい。扶桑にそれを許せば必ず死に急ぐような真似しかしないからな。お前にしか頼めないのだ」


提督「受けては……くれないか?」


大淀「…………私には、そのような大役は務まりません。扶桑さんを据えるべきです」


提督「………なら、奴の補佐になればいい。扶桑はああ見えて弱い。私と同じくらいな。お前が彼女を支えてやってくれ」


提督「だがもし、扶桑がそれに従わない時には…………」




提督「これを渡しておく。艦隊運用だけでなく、このリンガ泊地の運営の権限を委任する海軍の証書だ」


提督「これを使って扶桑と山城、翔鶴たちを解体しろ。そしてお前が、ここの長になるんだ。そうでなくても、あいつらから離れて独立するんだ。出奔して海軍に身を寄せても構わない。誰もお前を責めたりはしない」







大淀「…………命を賭して、力の限り尽くします」







・・・・・


・・・・


・・・




扶桑「そんなことが…………」


大淀「ええ。提督は、何かあると予見していたようです。でも私は、皆様に助けて頂いた命ですし………」


扶桑「あら? あなたは佐世保からの赴任でしょう?」


大淀「そうですけど、私は今まで厚遇されたことはありませんでした。俗悪な小人にいいようにこき使われて、手先にされて、多くの悪事に手を染めてしまいました」


大淀「そうでなくても、私は疎まれてきました。多くの司令官が、私の頭脳を使うことをせずに恐れられてきました。それが為に、根も葉もない噂を立てて私を左遷に追いやったりもされました」


大淀「そんな私を助けて下さったのが梶原大将。今の元帥閣下です。あのとき彼は、きっと今に素晴らしい仲間に出会う時が来る。だからもう少し我慢してくれと励ましの言葉を頂いたこともありました」


大淀「私にとって、初めてのことだったんです。私を仲間として扱ってくれて、信頼して頂いて………。扶桑さんたちは、死んでしまいたい、この世から消えてしまいたいと思っていた私を救って下さった方々ですから………」


扶桑「…………」


大淀「ですから、私はあなた方の力になりたいんです。私を必要として頂けるなら、私はいつまでも皆さんの為に力をお貸しします」


扶桑「………ふふ。あの人がどうしてあなたの肩を持つような真似をしたのか、今になってわかった気がするわ。少し妬けてしまうかも………」


大淀「………私も、どうして皆さんが逆境に立たされても倒れないのか、わかった気がします。私が見てきたどの艦隊より、あなた達は強いです」


大淀「力を誇示しているわけでもないのに、自分の才能をひけらかしているわけでもないのに。もっと早く、皆さんにお会いしたかった………」


扶桑「………もうやめましょう? 今は一刻を争う時でしょう? さ、私にあなたの知恵を貸して?」


大淀「……はい! それではまず、提督の記憶を取り戻す為に必要な情報を洗い出しましょう」



扶桑と大淀は2人で知り得た情報を共有しあった。自分たちのことを何も知らないこと、あまつさえ自分自身も知らないこと。自分たちが何をしてきたかさえも知らなかった。



大淀「………材料が少な過ぎますね。これから分かることも、提督が記憶喪失であるということしか」


扶桑「………本人に聞いて見ましょう。山城に聞いておくべきだったわね。あの子なら何か知っていたかもしれないし」


大淀「過ぎたことを悔やんでも仕方ありません。しかし、よろしいのですか? 提督はあなたのことも…………」


扶桑「確かに辛いわ。でも、山城や瑞鶴さん、ましてや提督に比べたらこれくらい…………」






・・・・・・






執務室では提督が1人で暇そうにしていた。いや、決してやることがかいわけではなく『何をしたらいいのか分からない』と言ったところだ。


仕方なく部屋を探してみると、茶道の道具やら琴やら色々なものが出てきて、本当に自分は何をやっていたのだろうかと頭を抱えたくなった。


すると、執務室の扉をノックする音が聞こえた。誰かと尋ねると、山城の姉である扶桑だと答えた。


扶桑がしばらく待っていると、扉の鍵を開ける音が聞こえた。余程警戒していたのだろう。あれだけの艦娘が押し寄せて、殺すだのなんだのと叫ばれては誰でも滅入ってしまう。




扶桑「失礼します」



扶桑は深々とお辞儀をして部屋に入る。いつも通りに接すると、記憶のない彼にとってはストレスを与えかねないと判断したのか、大仰に振舞うことにしたのだ。




提督「扶桑………さん………?」


扶桑「はい、何でしょうか?」


提督「あの、山城さんはどうなったのでしょうか?」


扶桑「あの子なら、今は別のところで匿ってもらっています。大丈夫ですよ、妹を殺させる真似はしませんから」


提督「そうですか………はぁ、良かった………。それと、瑞鶴さんはどうなるのでしょうか?」


扶桑「………それはあなたが決めることです、提督。あなたの望むように話してください」


提督「…………殺したくはないです。人殺しをする勇気など、私にはありませんから」


扶桑「…………そうですか。もう1つお聞きしてもよろしいですか?」


提督「何か?」




扶桑「記憶を、取り戻したいですか?」




提督「……………」


扶桑「怖いのですね? 」


提督「……………えぇ。怖いです。でもそれは、私自身の話ですからね。皆さんの為には早く取り戻さないと………」


扶桑「…………提督。私がお手伝い致します。ですから、頑張りましょう!」


提督「え、えぇ………お願いします」




扶桑はまず始めに、いま提督が何を知っているのか聞いてみることにした。提督は以前、山城に伝えたことをそのまま扶桑に話した。


扶桑は提督に礼を伝えて大淀の下に戻っていった。そして大淀に、提督から聞いたそのままを伝えた。




大淀「…………扶桑さんの話を元に考えると、提督はここ数十年の記憶を失っているということですよね………」


扶桑「…………大淀、あの人に取り次いで貰えないかしら?」


大淀「あの人とは?」


扶桑「山城の向かった場所の司令官によ。私たちだけではもう………」


大淀「…………分かりました。少々お待ちください」




大淀が島原大佐に向けて通信を試みている。しばらくして反応があり、扶桑が話をしたいという旨を伝えた。




扶桑「扶桑です」


大佐《あらあら珍しいじゃない! どうしたのかしら?》


扶桑「あの……まずはお礼を言わせて下さい。妹を、山城を受け入れて下さりありがとうございます」


大佐《いいのよそんなの。困った時はお互い様でしょう? それに、あなたたちにも助けてもらったもの。それで、用事はそれだけかしら?》


扶桑「島原大佐は、今回のことに関して何かご存知ですか?」


大佐《あら、初めて名前を呼んでもらった気がするわ。まあそれは置いておいて、大淀から少しは聞いているわ。天草提督が記憶喪失なんですってね?》


扶桑「ええ、それでお力を貸して頂けないかと………」


大佐《そうねぇ…………》




島原大佐は少し黙り込んだあと、ゆっくりと話を続けた。



大佐《………記憶喪失、正確には健忘症とも呼ばれるんだけど、発祥の仕方には2種類存在することは知っているかしら?》


扶桑「いいえ、存じません」


大佐《健忘症はね、頭部に衝撃を受けることによるものと、心的障害によって引き起こされる2種類があるのよ》


扶桑「心的障害とは……具体的にいうと………?」


大佐《過度なストレスとかそういうものよ。後は、現実からの逃避行為も当てはまるかしら?》


扶桑「現実からの逃避行為………」


大佐《因みにだけど、天草提督に質問とかしてみた? もししていなかったらいますぐすることを約束してちょうだい?》


扶桑「一応はしてみました。どうやらここ数十年の記憶がないようで、自分のことを24歳だと話していました」


大佐《………それ本当?》


扶桑「はい。本人から直接ですから聞き間違えることもありません」


大佐《………扶桑ちゃん、よく聞いて? いま天草提督の記憶喪失は『機能性逆行性健忘』といって、記憶の一部が抜けている状態よ。全ての記憶がなくなる『全健忘』に比べて、もしかしたら早く治せるかもしれないわ》


扶桑「ほ、本当ですか!?」


大佐《機能性逆行性健忘は心因性によるものが一般的よ。心当たりはない?》




提督が記憶を失う前の行動を1つ1つ思い出してみた。海軍の拘留施設に向かい、須藤少将と対談して、須藤少将の話を聞いて発狂して気を失った。そして倒れる時に頭を打った。




扶桑「………ということは、頭を打ったわけではなくて、ショックを受けて」


大淀「記憶を失うことで現実から目を背けようとした………」


大佐《なら、記憶を取り戻すのは簡単でしょう? 彼の不安材料を取り除いてあげればいいのよ。それができるのは扶桑ちゃん、あなただけよ?》


扶桑「私が…………」


大佐《そうよ。………えっ? なに? いま話し中………あ、そう。わかったわ。御免なさいね、ちょっと急用が出来ちゃって。後はあなたたちで頑張ってね?》


扶桑「はい………ありがとうございました」



大淀「………扶桑さん、その……提督の不安材料とは何でしょうか?」


扶桑「あの人は記憶を失う前に、須藤とか言う人と話をしたのよ。彼が言うには、提督には友人がいて、その友人も横須賀の一件に関わっていた。だから私たちで殺したの。でも………」


大淀「…………実は無関係だった?」


扶桑「そうよ。あの時、加賀さんが色々と酷いことをされたみたいだけれど、本人が言うには、加賀さんを守るためにああする他なかったと言い残したのよ」


扶桑「でも私たちは、苦し紛れの言い逃れだと思っていたのだけれど………」


大淀「この話は加賀さんに?」


扶桑「………言えるわけありません。でも………」


大淀「…………一息落ち着いたら、ですね?」


扶桑「そうね……。なるべく早い方が、お互いの為………」


大淀「わかりました。今は提督の記憶を取り戻すことに専念しましょう」


扶桑「ええ。でも……」


大淀「…………扶桑さん、今の提督にそれを伝える事がどれだけ苦しいか。それを聞いた彼がどれほど苦しむのか、私にも分かっているつもりです」


大淀「ですが、提督にそれを伝えられるのはあなたしかいません。同時に、苦しんでいる提督をお救い出来るのも扶桑さん、あなただけです」


扶桑「…………わかりました。では明日、必ず実行に移しましょう」





・・・・・・





翌日、扶桑達のもとに島原大佐からの報せが届いた。山城と吹雪の両名がタウイタウイに到着したとのことだ。島原大佐に迷惑は掛けられないので、なるべく早いうちに行動に移そうと決意した扶桑。


その報せを聞いて大淀とともに話し合った結果、やはり早いうちに決着をつけたほうが良いということになり、扶桑は単身で執務室の提督のもとへと向かった。


執務室ではやる事がなく暇そうにしていた提督が扶桑を出迎えた。提督は嬉しそうな顔をしていたが、いつも彼が扶桑に向けるような笑顔ではなく暇つぶしの相手が出来たかのような、友人と出会った時のような顔であった。




扶桑「提督。山城は無事に匿ってもらえました。ですからご安心を」


提督「そうですか。ありがとうございました。山城さん、気丈に振る舞っていても本当は弱い方なんですよね。だから私を………ですから、あまり怒らないでやってください」


扶桑「まさか………ご存知だったのですか!?」


提督「瑞鶴さんから聞きました。あなたが、扶桑さんが私の婚約相手だと。私に怒るのは構いませんけど、彼女には怒ってやらないでください」


扶桑「…………はい」




山城に対する嫉妬心が湧き上がってきた。今の提督はいつもより本心を曝け出している。普段腹の中を明かさないのか照れくさいのか、扶桑にはそんなことを言ってくれない。それがとても悔しいのだ。


しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。子供っぽいなどと、心の中でほくそ笑む。




扶桑「…………提督。自分の記憶を、取り戻したいですか?」


提督「出来ることなら、1日でも早く取り戻したいです。けど、とても怖いです。私が私でなくなるようで………」


扶桑「大丈夫ですよ。どんなあなたでも、ここに居る者たちは受け入れますから。もちろん私も………」


提督「………ありがとうございます。では、お願いします」




扶桑は提督をソファに座らせて、彼の記憶を取り戻すための準備を始めていく。扶桑が知っている彼の性格。それは1人で背追い込もうとすることだ。ならば…………。




扶桑「提督、あなたが過去を取り戻すためには自分自身の過去と向き合う必要があります。それは今のあなたにとっては凄惨を極めるものかもしれません」


扶桑「ですがそれを受け止めてください。私はあなたを決して見放したりはしません」


提督「…………はい」


扶桑「では………あなたの過去をお話ししましょう」




扶桑は大きく深呼吸をして、一つ一つ彼に語りかけて言った。提督は昔はこうだった。そしてこんな人間だったなどをゆっくり、丁寧に話した。


だが、ある話をした時に彼に異変が起きた。それは何故彼らが傭兵の真似事をしなくてはならなかったのか。横須賀にいた時に起きたあの悲劇を聞いた時だった。


今まで誰かの英雄譚を聞かされているようで面白い話だと思っていた提督が、突如として話を聞くことを拒み出したのだ。




提督「扶桑さん、もうやめてください。それ以上………聞きたくないです」


扶桑「そしてあなたはその時、自分たちを殺そうとした者たちに復讐を試みました。企みは見事に成功。全員が亡くなりました。いえ、その全員を私たちが殺したんです」


提督「やめて下さい!!」


扶桑「そしてあなたは! 殺してしまった者の中に無関係の人物を含めてしまった。あなたのご友人を! あなたは殺してしまったんです!!」


提督「やめろ!!! それ以上何も言うな!!」



話を聞いていた提督は、扶桑の肩をがっしりと掴んで拒絶の意思を示そうとする。その眼差しは本気で扶桑を殴りかかろうとしていた。だが彼は扶桑の肩を掴んだまま、膝から崩れ落ちてしまう。




提督「何も………!! なに……も………いわないで…………くれ…………」




泣きながら懇願する提督を扶桑はゆっくりと抱きしめた。自分の忘れたかった過去を掘り起こされた提督は只々、扶桑の腕の中で泣くことしかできなかった。




扶桑「大丈夫です。あなたが何をしようと、例え人を殺してしまったとしても私はあなたと共に居続けます。ですから、もっと私に頼って下さい」


扶桑「完璧な人間なんて、どこにも居ません。1人で何もかもを背負うなんて不可能です。過去が重荷なら、一緒に背負います。だから…………」




扶桑「もう、眠りましょう?」







・・・・・・






それから何時間経った頃だろうか。辺りはすっかり暗くなり、太陽も沈んでしまった。扶桑は知らない間に眠ってしまったようで、自分が座っていたソファーに横になっていた。


天井を眺めていると、横から提督の顔が入ってきた。どうやら自分は提督に膝枕をして貰いながら寝ていたようだ。




扶桑「提督…………」


提督「おはよう。ぐっすりと眠れたか? それにしても、お前が眠ってどうするんだよ………」


扶桑「え………?」


提督「悪かったな。色々と迷惑をかけた………。おかげで思い出せたよ。ありがとう」


扶桑「ほ、本当に………戻ったのですか………?」


提督「………ただいま。扶桑」




提督はいつも扶桑に向ける笑顔を見せた。口角を上げて目を細めるあの笑顔だ。その笑顔を見て扶桑は安堵すると共に嬉しさが込み上げてきた。本当に記憶を取り戻したのだと確信できたからだ。




扶桑「………はい! お帰りなさい、提督!」




涙を溜めた目でそう言った扶桑。お互いに微笑み合うその姿はいま起きている事態を忘れさせるほどに幸せそうであった。




提督「泣くなよ。たかだか1週間位だろう? お前は堂々としていればいいんだ。そうすれば全員が必ずついてくる。だから何があっても笑顔でいることだ。な?」


扶桑「………はい! 」




満面の笑みで答えた扶桑。その顔にとても満足そうな提督であった。




提督「そうそう、その顔だ。私の自己満足に過ぎないが、お前には笑顔でいて欲しいんだ。私の前ではな?」


扶桑「…………」


提督「なんてな。ちょっとメルヘン過ぎたか?」


扶桑「いいえ。私は好きですよ? 」


提督「………さて、まずはやるべきことを終わらせようか? まずは大淀を呼んで来てもらえるか?」


扶桑「わかりました。少しお待ちください………って、あら?」




扉を開けると大淀が丁度通りかかっていた。扶桑は彼女を呼び止めて、提督の記憶が戻ったことを伝える。大淀は顔色ひとつ変えなかったものの、喜んでいるのは一目瞭然だ。



大淀「提督! 本当に戻られたんですか!?」


提督「ああ、よく留守を守っていてくれたな。それに、扶桑も随分と世話になったようだな。礼を言わせてくれ」


大淀「よかったです。ですが、落ち着くのはまだ………」


提督「山城のことだな? 朧げだが覚えている。たしか………タウイタウイに匿ってもらったと聞いているが?」


大淀「はい。最近タウイタウイに島原大佐が着任なさったとのことなので手を貸して頂きました。事情は簡単にですが、説明をしておいたので理解をえています。さらに同意の上でのことですのでどうかご安心を」


提督「なるほどな。では早速礼を伝えておこう。そして瑞鶴たちを収めてから、その上で山城をここに連れ戻そう。ところで、山城は1人で行かせたのか?」


大淀「いいえ。吹雪さんに手伝って頂きました。偶然手が空いていたのでお願いしたところ、快く了解して頂きました」


提督「そうか…………。よし、瑞鶴たちを呼んでくれ。早くこの騒ぎを鎮めよう」





大淀は大急ぎで瑞鶴たちに連絡を入れる。始めは大淀に取り合わなかったが、提督の記憶が戻ったことを伝えるとすぐ行くと言って無線を切った。


暫くして瑞鶴が、大勢を伴って執務室にやって来た。翔鶴を始めとして、川内、陽炎、衣笠の面々が次々に部屋へと入って来た。



椅子に座っている提督を見て、記憶が戻ったのだと確信した瑞鶴は安堵すると共に自身の行いを振り返り、とんでも無いことをしでかしたと恐れていた。



瑞鶴「提督さん………記憶が戻ったんだ…………?」


提督「…………瑞鶴。聞いたところによると、翔鶴や川内らを引き連れて山城を殺そうとしたそうだな?」


瑞鶴「…………」


提督「どうした? 」


瑞鶴「…………そうよ。山城が、提督さんの記憶がないのをいい事にして自分がケッコン相手だって嘘ついて、提督さんを扶桑さんから奪おうとした。そんな背徳行為を許して置くわけにはいかないわ」


瑞鶴「山城だけが罵られるなら別にいいのよ。自業自得だからね。でも、提督さんを巻き込んだ事に腹が立っているの。だから…………」


提督「…………お前たちも同じか?」




提督の言葉に全員が頷いた。とても申し訳なさそうに提督と扶桑たちを見ていた。




提督「…………いま私が山城を許せと言ったら、お前たちは許すか?」


瑞鶴「…………ほんとは許せない。でも提督さんがそういうならそうする」


提督「それは、私が山城を殺せといえば殺しに行くというのか?」


瑞鶴「…………もちろん。何だったら、ここにいる全員を対象にしてもいいよ。提督さんがそうしろっていうならね」


提督「…………お前たちもそうか?」




全員が提督の言葉に頷いた。提督はその姿を見て、顔色一つ変えずにこう言った。




提督「なら瑞鶴を殺せといえば、お前たちは従うか?」




全員が耳を疑った。提督らしからぬ発言に、今まで話を聞いていただけだった扶桑と大淀も提督を睨んでいた。




翔鶴「て、提督!? それは…………」


提督「なんだ? 瑞鶴はお前たちを殺すこともできると言ったぞ? 」


川内「提督! さっきからおかしいよ!? いくらなんでも…………」


提督「文句があるのか? お前たちの行動は反逆罪に等しいということを理解しているのか?」


陽炎「それはそうかもしれないけど、私たちは………」


提督「『自身の保身に走った』か? お前たちの話を聞いた限りでは、そうとしか思えないのだがな」




全員が震えていた。いつもの提督じゃない。記憶が戻ったとはいえ、これ程までに苛烈な人間ではなかったはずだ。全員が提督に恐怖を抱いていた。




提督「さあ、どうする? 」




瑞鶴「……………私が死んだら、提督さんは満足するの?」




瑞鶴は顔を下に向けたままそう言った。流しそうな涙を堪えながら話すような姿に、全員が何も言えなかった。




瑞鶴「今まで私は、提督さんに助けてもらったり、リンガ泊地を立ち上げていろんな艦娘が集まって来たりして、不謹慎かもしれないけど本当に楽しい時間を過ごせたと思ってる」


瑞鶴「でも、私は提督さんに何もしてあげられなかった。貰いっ放しは嫌だから、提督さんに何かをあげたいと思ってた。だからせめて提督さんと、大切にしている扶桑さんを、このリンガ泊地を守りたいと思ってた」


瑞鶴「ほんの少しでもいいから、提督さんに安心と幸せをあげられたらって思ってた…………」


瑞鶴「でも結局、余計なお世話だったんだね。私が死んで提督さんが満足するなら、こんな落ちぶれた私の命なんて一つだろうが二つだろうが幾らだってあげるわよ」


翔鶴「瑞鶴…………」



瑞鶴「さ、早いところ終わらせよう?でもどうせ死ぬんだったら、提督さんに…………」


扶桑「提督、私たちは一蓮托生でここまで生き延びてきたではありませんか。今さら切り捨てるのは………」


提督「………言い分はもっともだ。だが、万が一のこともある。やはりここで殺してしまうのが得策だ」




全員が提督の発言に目を見張った。驚きと怒りが篭った眼差しで提督を睨み続けた。そんな中で、扶桑が懸命に瑞鶴を弁護しようとする。



扶桑「提督! 山城を殺そうとしたのは一時の迷いとはいえ、今ここで瑞鶴さんを殺してしまうのは絶対になりません!!」


瑞鶴「一時!? 冗談じゃないわ!! あんなやつ、いつかこんなことをしでかすと思ってた。初めから殺してやりたかったわよ!!!!!!」




何を血迷ったのか、瑞鶴は大声でこう叫んだ。早く殺して欲しかったのか、提督を焚きつけようとしたのだろう。案の定提督の怒りは頂点に達して、瑞鶴に猛烈に当たった。




提督「ああそうかよく言った!! 待ってろ! 今すぐ殺してやる!!!!!!」




提督は執務室の壁に掛けてある刀を抜いて瑞鶴に剣先を向けた。その姿に全員が瑞鶴の弁護をするために、提督に許しを乞うように求めた。


だが提督の怒りは一向に収まらず、ただ彼の怒りを煽るだけになってしまった。見兼ねた大淀が提督を制止しようと口を開いた。




大淀「お待ちください!! 瑞鶴さんは間違いを犯したとはいえ、度胸は並外れています。彼女のその才能を摘むような真似をすれば、提督のためになりません。身の破滅を呼ぶだけです」



提督「だが瑞鶴の行いは許されるものではない。それこそ私の面目が立たなくなるだろう?」


大淀「決してそのようなことはありません。今ここで殺してしまうのはそこかしこに蔓延る俗悪や輩となんら変わりません」


大淀「寧ろここで瑞鶴さんを許して度量の広さを示してこその賢人と言えます。瑞鶴さんの才能を腐らせるのは良い考えとは申せません」


大淀「それに、情報の一つや二つの操作はお任せ下さい。その程度であれば私がどうにでもできますので、ご心配されることはありません」




大淀は自身の考えをつらつらと述べるとともに、今後の心配も必要はないと提督に話す。大淀の話に怒りが静まったのか、いつの間にか刀を納めていた。



提督「………ふむ。確かに一理あるな。わかった、今回の瑞鶴の行いは許す。だが今から言う約束を絶対に守れ」




提督が示したものは3つ。一つは山城を迎えに行くこと。二つは1ヶ月の外出禁止。三つは2ヶ月の出撃停止だ。


瑞鶴は渋々ではあったものの、その条件を飲むことにした。全員が提督に感謝を伝えて執務室を後にしていく。


提督は大淀に全員を出迎えるように伝えて、扶桑と2人で部屋に残った。




廊下では大淀と瑞鶴が少し言葉を交わしていた。なんでも腑に落ちないところがあるようで、大淀にそれを質問しようとしたのだ。




瑞鶴「ねえ、提督さんは扶桑さんの言葉に一切耳を傾けなかったのに、どうしてあんたの言葉は素直に聞いたの?」


大淀「無礼を承知で話しますが、どうか気を悪くしないで下さい。扶桑さんは少々実直過ぎます。本心をありのままに提督に伝えてしまうので、どうしても薄っぺらいものになってしまうのです」


大淀「私はほんの少しではあるのものの、提督と考え方が近いと自負しているので多少は提督の心に響く言い方ができる。それだけのことです」


瑞鶴「あ、そう。それじゃあさ、提督さんに私からのお願いを聞き入れるように頼んでくれない?」


大淀「何ですか? まさかまた何か厄介ごとを?」


瑞鶴「いやいや違うって。その………出撃停止の事なんだけどさ、提督さんに2ヶ月はキツイからひと月にしてくれるように頼んでくれないかな?」


瑞鶴「いや、山城を迎えに行こうがここから一歩も外に出ないくらいなら何ヶ月でもいいんだけどさ、流石に出撃できないのは体が鈍っちゃうよ………」


瑞鶴「だから……ね?」




瑞鶴の話を聞いて、大淀は大笑いした。それに釣られて瑞鶴も高笑いした。しかし大淀はすぐに笑いを止めて瑞鶴に一喝する。




大淀「黙りなさい!! なんて欲深い。瑞鶴さんは、どうして提督の心が分からないのですか?」


瑞鶴「提督さんの?」


大淀「正直にお話しして、提督は瑞鶴さんを信頼しています。けど、あなたは短気すぎます。ですから提督はあなたを育てるつもりで厳しくしているんですよ?」


大淀「というのも、瑞鶴さんにはいずれ、扶桑さんの艦隊や随伴艦に甘んじるだけでなく正式に艦隊の旗艦を任せたいという思いがあるからです」




瑞鶴「提督さんが………そこまで………?」


大淀「そうですよ。偵察任務だけではなくて、侵攻戦でも用いたいと思っているからこそ、提督はあなたを許したんです。それでも出撃したいですか?」


瑞鶴「………ううん。ごめん、変なこと言って」




瑞鶴は嬉しいような申し訳ないような、そんな複雑な心境で自室へ戻っていった。ご機嫌な瑞鶴を見送った大淀は執務室に戻り、提督と今後について話し合った。





・・・・・・






それから数日後、山城は瑞鶴、吹雪とともにタウイタウイから帰投した。既に提督の記憶が戻っていることも承知の上だが、あまり喜べる状態ではないようだ。




山城「この度は………本当に申し訳ありませんでした…………」




深々と提督に謝る山城。提督自身は既に過ぎたことを気にしてもしょうがないと山城を宥めるのだが、山城がそれでは納得しないとのことでこのようなことになったのだ。



提督「まあ、その……あれだ。今回のことに関していえば、私の方も非があったわけだ。あのまま拒まずにお前を受け入れたのも私の落ち度だ」


提督「それに、もうリンガ泊地の全員がお前を許すと言っているんだ。これ以上、何も言うな?」


山城「………はい」




提督「さて、この話はこれで終いだ。次にやるべきことが残っている。大淀、加賀をはじめとした旧呉鎮守府所属の者たちを連れて来てくれるか?」




大淀はすぐさま加賀たちを呼びに行った。須藤少将から聞いた、元呉鎮守府司令官 土肥 弘 が横須賀の一件には無関係であること。またそれを知らずに、我々が彼を殺してしまったこと。それを彼女たちに伝える義務があると提督は言ったのだ。


それには扶桑も大淀も賛成で、なるべく早いうちに伝えておこうと今日にしたまでだ。




大淀「提督、お連れしました」




大淀に案内されて、加賀を初めとした赤城、妙高、北上、敷波、暁の6名が執務室へと入って来た。




加賀「提督、ご用件とは何でしょうか?」


提督「実はな、お前たちに謝らなければならないのだ」


赤城「謝る………ですか? いったい何を………」




提督は椅子から立ち上がり、彼女たちの前で膝を曲げて床に頭をこすりつけた。


その姿に全員が驚きを隠せなかったが、提督から聞いた真実には更に驚いた。だがショックを受けているわけでもないようで、その真実を真正面から受け止めようとしている。


そもそもあの時、彼は明らかに宣戦布告をしてきた。彼は返り討ちにあったようなものだ。しかも、その時になって初めて加賀に真実を伝えた。既に手遅れにも等しいのだ。




加賀「………提督、あの時に土肥提督を殺したのは誰か覚えていらっしゃいますか?」


赤城「…………」


加賀「ご存知ですよね。私が彼の持っていた拳銃で私が撃ったんです」


北上「ま、今となっちゃ呉鎮守府のことなんか関係ないけどね〜。あたしらだって自分で好き好んで呉鎮守府から抜け出したようなものだし?」


敷波「そうそう。今更ぶつぶつ言ってもしょうがないじゃん?」


妙高「それに、彼にどういった意図があれ、加賀さんにしたことは許されるものではありません」


赤城「そうですよ。皆さんの言う通りです。いつか人は死にます。それが遅かれ早かれ彼の前に訪れた、それだけです」


暁「そうよ! 司令官はおっきく構えてればいいの!」




てっきり罵倒されると思っていた。人殺しだの何だのと。思ったよりも彼女たちのメンタルは強かったようだ。


扶桑と大淀は顔色ひとつ変えなかったが、内心では驚いていた。本来であればここから離れると言い出すのが道理とも言える。


しかし、そんなことは一切言わず、加賀たちは寧ろそれを真正面から受け止めようとしている。




提督「………そうか。だが、私のしたことは決して許されるわけではない。罵倒したければいくらでもしてくれて構わない。無能だと、最低だとな。それくらいはお前たちの口から聞こえてもおかしくはない」


北上「………あぁもうじれったいなぁ! 提督、顔上げてこっちみて!」




提督が顔を上げると、北上は両手で喝を入れるように提督の両頬を叩く。目の前に映るのは真剣な眼差しで自分を見つめる北上と艦娘達だ。




北上「もっぺん言うよ? あたしらは好き好んでここに来た。今更、過去に何があったってそんなのは関係無いの」


妙高「大切なのはこれから。ではないですか? 提督?」


赤城「私たちはもう呉鎮守府の、土肥 弘 司令官の艦娘ではありません。あなたの、リンガ泊地の 天草 浩志 提督の艦娘です」




全員が頷いた。彼女たちにとって、過去は決して忘れられるものではないが、過去に囚われて復讐を望んだり過去の過ちに公開する彼らと違って未来に目を向けようとしている。


この艦娘たちの姿を見て驚いたのは提督だけではない。これまで数多くの司令官を見て来た大淀も感嘆した。




大淀 (彼女たちにここまでの気概を与えられる………。本当にどうしてこの人にもっと早く出会えなかったのか、自分の不運が嫌になる………。もしこの人に出会えていたなら、私もあんな目には………)


扶桑「大淀さん? どうなされたんですか?」


大淀「…………いいえ、どうかお気になさらずに。何故、皆さんが窮地に陥っても諦めずに立ち上がれるのか。それが少し分かったような気がしたんです」


山城「一度瀬戸際に立たされると、価値観とか、物の道理とか、道徳観念とかってのはガラリと変わるものよ。個人差はあるけど………」


大淀「…………そうですね。何となく分かります」




先ほどまで落ち込んでいた山城だが、少し機嫌を取り戻したようだ。それにつられるように提督の顔にも少しばかりの余裕が見えて来た。


提督は加賀たちに礼を伝えて、この場を解散させた。加賀たちが出て行き、部屋に残った扶桑姉妹と大淀で、今後の課題を話し合っていった。



提督「………実はな、さっきからずっと考えていたんだが、あいつのことはどうなった?」


扶桑「それが………提督が倒られてからも翔鶴さん、鳳翔さんと共に彼から色々と聞き出そうと試みたのですが………」


提督「あぁ、大体察した。大方、話をずらしたり濁らせたりしたのだろう。奴のことだ、それくらいは造作もない」


扶桑「申し訳ありません」


提督「いや、謝ることはない。ならいま一度、リベンジといこうじゃないか?」


山城「まさか、またあそこに!?」


提督「もちろんだ。今度は万全に備えようか。大淀」


大淀「はい。何なりと」


提督「お前は須藤とは面識がなかったと言ったな?」


大淀「はい。彼との面識は一切ありません」


提督「奴は性格にこそ難があれ、弁の立つこともさながら、提督としても有能だ。一つ、手合わせをしてみたくはないか?」


大淀「………ですが、リンガ泊地は?」


提督「今回はお前と、扶桑と山城だけを引き連れる。留守の間の指揮は鳳翔と翔鶴に任せる」


大淀「………わかりました。では、ぜひともお供させてください。ほんの少し彼に興味が湧いて来ましたので」


提督「………よし。早速、準備を整えようか。扶桑と山城は食堂に全員を集めろ。大淀は至急、海軍に取り合ってくれ。横須賀に私が向かうことを知らせてほしい」




全員が了解の合図で行動に移す。扶桑と山城は全員を食堂に集めて作戦会議の準備を整える。


暫くして全員が食堂に集まったので、提督はことの仔細を告げて言った。全員が了解し、鳳翔と翔鶴も快く任務を受けてくれた。


殆どが部屋から去った後で瑞鶴が乗り込んで来た。不満そうに頬を膨らませて提督に文句を言いに来たようだ。




瑞鶴「提督さん! 私は?」


翔鶴「あなたは謹慎中でしょう? 部屋で大人しく勉強してなさいな」


瑞鶴「えー勉強つまんなーい」


提督「加賀。後は任せた」


加賀「………はい?」


翔鶴「聞いてないみたいな顔をしていますが………?」


提督「これとこれとこれとこれを渡しておく。瑞鶴に強引でもいいから覚えさせ………いや、無理矢理叩き込め」




提督が渡したのはあらゆる戦略が積み込まれた書物の数々であった。孫子、六韜、呉子、三十六計など中国に伝わる古くからの兵法書の数々であった。




加賀「提督、流石の私もこれには目眩がしますが………」


提督「それじゃあお前も覚えるか? 何なら確認の意味を込めての試験などを私が作ってもいいぞ? まあそこにいくつか作ってあるしな。複製してお前が解いてみても構わないが?」


加賀「この時に至って学生の真似事をするのも………だいたいどうして中華の書物を取り出したのですか?」


翔鶴「………あれ? 瑞鶴? どこ行ったの!?」


扶桑「今さっき逃げ出しました。顔を真っ青にして」


提督「あいつは………。まあ瑞鶴のことは任せた。扶桑、明日にでも出立する。準備しろ」


扶桑「わかりました。それでは………」




・・・・・・




数日後、海軍の連絡船がリンガ泊地に着港した。どうやらタウイタウイに着任している島原大佐も同行するようだ。




提督「いやいや、何度も何度も申し訳ない。タウイタウイ泊地への着任のお祝いと共に山城の件での感謝を重ねて申し上げる」


大佐「いえいえ。記憶が戻られたようで何よりです。扶桑ちゃんに大淀。お互い頑張ってくれましたから。しっかりと労ってあげてくださいね?」


扶桑「い、いや、それほどのことでは………」


大淀「私は当たり前のことをしただけですから。賞賛されるほどのことでも………」


提督「あぁ……いやいや、感謝はしているのですが、慣れないことをすると相手にはなかなか伝わらないのがなんとも………」


大佐「わかりますよその気持ち。私も、なかなかねぇ………はぁ………」




なにやら思い当たる節があるようで、大きくため息をついた島原大佐。着任したての頃はなかなかお互いに難しいところである。それを乗り越えられるか否かが今後の分かれ目になるというのが彼の持論だ。


それはともかくとして、提督らはその輸送船に乗って横須賀へと向かっていた。それを水平線から見えなくなるまで見送っている艦娘たちの姿があった。




・・・・・・




提督「ふむ………大佐殿、少しお聞きしてもよろしでしょうか?」


大佐「あら、なんでしょう?」


提督「この部屋は………あなたの趣味ですか?」


大佐「あら、お気に召しませんか?」


提督「…………」


扶桑「私は……好きですけど………?」


山城「可愛らしくて素敵だと思います」


大淀「私も……嫌ではありませんけど………」


提督「どう見ても色味がさぁ………風俗店のそれなんだよなぁ………」


一同「えっ!?」


提督「いやいやその『まさか行ったことあるの?』みたいな顔をやめてもらえないか? 双葉○事の係長じゃないが、そういう店っていうのは取引先の相手とかに無理やり連れて行かれたりするもんだよ………」


一同「」ジト-


提督「いやいやいやいや! 本当だから! こう見えて提督になって十年くらいだからな!? それに、軍に入ったのも13年くらい前だしなぁ……」


扶桑「そんな最近でしたか?」


提督「深海棲艦が出てきたのは10年位前だろう? 軍に入る前は民間勤めだったからな? そんな奴がどうして軍に入って提督になれたのかも不思議だよなぁ………」


島原「そうだったのですか!? あれ? 軍に入った時はどの役職に?」


提督「ああ、自衛隊の潜水艦の糧食班に配属されましてね。おかげで調理の技術だけは自慢できるものになりましてね」


提督「深海棲艦が発見されて、艦娘を率いる提督という職が生まれたときには殆どの人間が縮こまってしまって、なかなか重い腰をあげなかったんですよ。まあ私は糧食班に不満があったので、異動できるならと思って………」


提督「まあ、実際のところはそんな生易しいものではなくて、士官学校に再び入学することになって一から学び直しましてね。はぁ………」


扶桑「道理で………。全然提督に敵わない理由がわかりました………。はぁ………」




2人は話し終わると過去の出来事を思い出したようで、深いため息をついた。


変なところで似た者同士だなと面白く思った山城と大淀であった。




・・・・・・





一方、リンガ泊地では提督に色々と任された加賀が瑞鶴を探していたところだ。試しに自分でも提督に渡された書物を見てみたが、とても頭が痛くなった。




加賀「こんな………。私も少しは学がある方だと思っていたのだけれど………」


赤城「確かに……腹立たしいくらい捻くれてますね。作った方の性根の悪さが滲み出てます……」


加賀「っ! 赤城さん、急に後ろから顔を覗かせないでください。心臓に悪いです」


赤城「加賀さん。顔が強張ってます。少しはゆったりすることが大切ですよ?」


加賀「心配して下さるのは有難いですが、もう大丈夫ですよ。あの時とは違いますから」


赤城「あらあらすっかり逞しくなっちゃって。お姉さんは嬉しいような淋しいような……」


加賀「赤城さん。微妙なラインで攻めてくるのはやめて下さい。反応に困ります」


赤城「ううん、手厳しいですね…………。それより、瑞鶴さんを探しているのでしょう? さっき部屋に入るのをみたから向かってみたらどうかしら?」


加賀「そうですか………。ありがとうございます」




赤城と別れた加賀は、赤城の言葉に従って瑞鶴の部屋に向かった。案の定部屋に篭っていたみたいで、何をしているのかを聞くと、謹慎中だから自室待機をしていたと尤もらしい言い訳を述べだした。



瑞鶴「で? 何の話よ。こっちも忙しいんだけど?」


加賀「あなたに提督からの贈り物よ。せいぜい頑張りなさい」


瑞鶴「えぇ〜やだぁ〜。めんどくさいんだけど〜」


加賀「いいからやりなさいよ。後になって提督に怒られても私は関係ないけど」


瑞鶴「やだやだやだぁ〜 やりたくない〜」


加賀「やめなさい。ジタバタしたって二航戦と違って揺れる場所があるわけでもないんだから見苦しいだけよ」


瑞鶴「あぁ゙? いまなんつった青いの?」


加賀「せいぜい髪の毛かスカートくらいしか揺れないんだから黙ってやりなさいって言ってんの」


瑞鶴「言ってくれるじゃないのよ。ちょっと表でなさいよ。アンタのサイドテールを十円ハゲにしてあげるわ!」


加賀「ならあなたも道連れね。ツインテの分、あなた方がダメージは大きいということが分かっているのかしら?」


瑞鶴「おうおうやれるもんならやって見なさいよ。だったら私の抜けた髪をあんたの弓の弦にしてやるわよ。持ってきなさいよあんたの弓! ほら!!」


加賀「いいから黙ってやりなさい。ほら」


瑞鶴「…………はいはいわかったわよ」




瑞鶴は加賀に渡された書物と、提督が作った確認試験の紙をみて、速攻で答えを書き入れた。ペンが一度も止まらない。もしや全て分かっているのだろうか。




瑞鶴「はい、これでどうよ?」


加賀「随分と早いのね。まあいいわ、私の方で答え合わせをしておくから、せいぜい間違いがないことを祈ることね」


自室に戻って、瑞鶴の答案を確認する加賀。採点をしようとするが、提督が解答を作るのを忘れていたようで、自分で一つ一つ確認しなくてはならなくなった。




加賀「これは………あってる」


加賀「この問題は………あってる」


加賀「この問題は違う………」



加賀は提督から渡された兵法書を見ながら採点を行なっていた。確認問題というのは総合ではなく、その書物一つ一つに対してのものだったので、瑞鶴のところから取り返して来たのだ。




加賀「しかし、回答を作らないなんてあの提督がつまらないミスをするとは………」


加賀「これも違う。これは……あっ……てない。間違いね。これはあってる」


加賀「…………もしかして、私の方が勉強させられているのでは?」




・・・・・・




その頃、提督は仕方なくだがその部屋で寝泊まりすることを承諾した。と言うのも、3人分の部屋を用意することは出来たが2人部屋がそれしか用意できず、なら扶桑と山城でその部屋に寝泊まりすればいいと彼は話した。


だが扶桑がどうしても彼と一緒が良いと言ったので、渋々ではあるが了承した。




提督「しかし、本当に大丈夫だろうか?」


扶桑「何か心配ごとが?」


提督「んー…………いや、気にしすぎだな。流石に気付くだろう」


山城「………瑞鶴のこと、ですか?」


提督「まあな。瑞鶴は短気すぎる。今回の件も、瑞鶴の短気が災いして大きくなったとも言えるからな。まあ、元々は私の不甲斐なさが原因だが」


大淀「ですが、短気であるからこそ決断は早い。そうとも言えるでしょう。戦いにおいては一瞬の迷いも死に繋がります」


提督「そうだ。長所を短所に変えてはならない。あいつにもそれをわかって欲しいのだがな………」


大淀「ですから、提督のご指示通りに動いたのですよ? そのままそっくり伝えましたし。そもそも提督の御身も危うくなる振る舞いだったのでは? 万が一翔鶴さんたちが怒りに身を任せて襲って来たりでもしたら……」


提督「お前はあいつらを買いかぶりすぎだ。それほどの度胸があれば無理矢理にでも山城を見つけ出して、我々の制止を聞かずに殺したはずだ」


山城「本当にあなたって人は………どうしていつもいつも人の身体と命を弄ぶような作戦しか立案しないんですか!?」


提督「それは信頼の裏返しと捉えて構わないぞ? 本当に危なっかしい奴にこんなことを仕向けたりでもしたらこちらの方が気が気でなくなる。死んでしまったら私の落ち度になるしな」


山城「はぁ………もういいです。何を言っても上手く逸らされる気しかしないので」


扶桑「ところで、彼のもとに向かって何を聞き出すつもりなのですか? もうあらかた用は済んだ気もしますが?」


提督「いやなに、ただのお礼参りだよ。随分と世話になったんでな、少しは感謝の意でも伝えてやろうと思っただけだ。それに、個人的に聞きたいこともあってな」


扶桑「…………もう、大丈夫ですよね?」


提督「そんな顔をするなよ。心配するな、私はもう迷わない。私はもう、振り返らない。それにーー」


提督「もしもの時は、またお前に頼ればいい。だろう?」


扶桑「………はい!!」


大淀「あの、そろそろ部屋の方を見ておきたいので宜しいでしょうか?」


提督「あ? あ、あぁわかった。何かあればこちらで呼ぶ。それまでは自由にしていてくれ」


山城「わかりました。失礼します」


大淀「失礼します」




大淀と山城は部屋を出て、自身の部屋へと向かった。何かそわそわして落ち着かない提督は、部屋をもう一度だけ見て回ろうと席を立った。



扶桑「………提督? どうかなさいました?」


提督「ん………大した事じゃないんだが、どうも落ち着かなくてな。ベッドに小型のテレビ………どう見てもなぁ………」


提督「ん? これは………ワイングラスか? こっちには本物のワインか……」




提督がワインを手に取り、扶桑の前に置いた。折角だから開けようという事だった。



扶桑「しかし……これは大佐の物では?」


提督「ラベルを見てみろ。どっかの工場で作ったような安物だ。どこでも買えるから、万が一なら後で謝ればいいさ」


扶桑「そ、それでは…………」


提督「以外とどっかの店で売ってそうな物の方が美味いこともあるしな。………そら、乾杯だ」


扶桑「は、はい」




お互いにグラスを傾けて飲んでいると、急に扉が開いた。白い髪、いや銀色の方が近いだろうか。1人の女性が部屋へと入ってきた。



女性「そのワイン、頂いてもいいですか〜?」


提督「え? え、えぇ、構いませんが。では少々お待ちを………」




提督がグラスを探しに行くと、また廊下からバタバタという音が聞こえた。金色の髪をした、先ほどの彼女に似た女性が入り込んできた。



女性「こら! ポーラったら、この間禁酒令になったばっかりでしょ!!」


ポーラ「ここは鎮守府じゃないから問題ないですよ〜。ノ〜カンですよノ〜カ〜ン」


提督「失礼ですが、どなたで?」


ザラ「も、申し訳ありません! ザラ型重巡洋艦の1番艦のザラです! こちらは妹の3番艦、ポーラです」


ポーラ「はいは〜い、ポーラで〜す」


提督「もしや2年前は梶原大将。今の元帥閣下の艦隊にいた方々で?」


ザラ「はい! つい先日まで元帥直属でしたが、この度は島原大佐の艦隊に属することになりました!」


提督「なるほど……島原大佐の艦隊に………。あぁ、名乗りを上げずに申し訳ない。リンガ泊地所属の天草浩志と申します」


ザラ「ご丁寧にありがとうございます。梶原元帥のお兄さんですよね? 初めまして」


提督「ご存知で。2年前はご助力頂き誠に助かりました。心より感謝を述べさせて頂きます」


ザラ「いえいえ、お気になさらずに。ポーラ! 早く提督のもとに戻りなさい!! お客さんに迷惑でしょ!」


ポーラ「え〜、お酒飲みたい〜」


ザラ「だ・か・ら! 禁酒令出たばっかりでしょ!!」


提督「いや、どうぞ飲んでいってください。私からと言えば、大佐も納得されることでしょう」


ザラ「で、ですが………」


ポーラ「ほら〜、こういう時は遠慮なく貰うのが正しいんですよ〜? ゴーに入ってはゴーに従えですよね〜?」


提督「はははっ。いやいやその通りだ。どうぞご遠慮なく」


ザラ「そ、それでは………」




提督はご機嫌だが、その隣の扶桑は若干不機嫌そうだ。それに提督が気付いているのかいないのかは分からないが、全員で談笑をしながらグラスを傾けていた。


しばらくすると更に多くの人が集まってきた。ヴィットリオ・ヴェネト級の戦艦である2番艦のイタリア、4番艦のローマなどのイタリア生まれの艦娘がどんどんと集まってきた。




扶桑「提督、お酒は大丈夫なのですか? 先日、横須賀に吹雪を伴って向かった時に………」


提督「んー? あぁ、激昂した話か? あれは演技だ。心配ない、もともと酒は強いタチだからな」


ローマ「色々と噂は聞いているわ。あの須藤少将を獄中に入れた人物だと」


イタリア「ローマ。言い方に気をつけなさい。彼は何れそうなるはずだったんだから」


提督「はははっ。中々に手厳しいお言葉だ。こう見えても色々と策を講じてなるべく厄災が降りかからないように努力したのだが………」




酒が入って上機嫌なのか、提督は何時もより口数が多い気がする。扶桑は隣にいながらそう思っていた。




提督「いや、実に美味い。うちの艦娘も厳格なのが多くてね。やれ身体を労われだのと口酸っぱく言ってくるもので、なかなか酒を飲める機会がないんだよ」


ザラ「素敵なお仲間じゃないですか。今の時代、艦娘に好かれる提督は少ないですからね」


提督「そうですか? 閣下も私の知っている通りなら好かれる人間だったのでは?」


ポーラ「ん〜、確かに〜あの人もいい人でしたよ〜? でもでも〜、お酒の禁止を半年にされたら大変ですよ〜」


ザラ「それはあなたが彼の前で変なことしたからじゃないの!」


ポーラ「うぇ〜? そんなことしてませんよぅ〜」


提督「はははっ! まあまあ、彼も本気で怒ったら禁酒じゃ済みませんからなぁ。諌めるつもりでやったことだ。あまり気にしないでやって欲しい」


扶桑「提督、そろそろ止めましょう? お身体に触りますから………」


提督「わかったわかった。なら、あと一杯だけ飲ませてくれ」


ポーラ「ん〜、じゃあ私もあと一杯だけ………」


ザラ「ポーラはもうダメです! これ以上は飲み過ぎよ!!」


提督「いやいや、これは一度開けると味が落ちてしまう。早いところ開けたいが私一人では飲めませんからな。ここで飲んでいってください」


ポーラ「そうなんですよねぇ〜、それじゃあ、やっぱりポーラが頂きま〜す〜」


ザラ「ちょっ、ポーラ!!」


イタリア「本当に……大変ですね………」


ローマ「ああゆう姉妹を持つと大変ね。でも手の焼く方が意外と可愛げがあったりして?」


ポーラ「んー、ご馳走様でした。ポーラ、約束はちゃんと守ります。約束は大切ですから」


ザラ「そ………、そうよ? 約束したんだからちゃんと守りなさい。それじゃあそろそろ提督のもとに戻りましょう!」


イタリア「そうですね。お邪魔しました」




そう言って、彼女たちは島原提督のもとへと向かった。大佐のもとに戻る最中で、ポーラがある話を持ちかけた。


あの場所は何となく居づらかった。そう皆に話したのだ。




ザラ「居づらかった? あんなに楽しそうにしてたじゃない」


ポーラ「そうなんですけどね〜、何だか遠回しに見られているような〜、ポーラ達を観察しているんじゃないかって気がしたんですよね〜」


イタリア「観察? それってどう言う意味でかしら?」


ローマ「確かにそう。何か私たちから聞き取ろうとしている様な、何故か獣に目をつけらた様な気がするのよね」


ポーラ「そうなんですよ〜、だからあのままあそこでお酒を貰っていたらどうなってたんでしょうかね〜。とっても怖かったですよ〜。出てきて正解でした〜」


ポーラ「そうそう、好奇心が猫をも殺すって紅茶の国で言いますけど〜、本当にそうだと思いますよ〜」


ローマ「彼は………恐ろしい人ね。深海棲艦………それ以上かもしれない。本当に恐ろしいのは人間だった………とか、ありえるかもしれないわよ」


ザラ「……………」




一方、提督は先ほどの上機嫌が嘘であるかの様に冷静だった。少し笑みを含んだ様な、勝ち誇ったかの様な顔を浮かべていた。




扶桑「どうしたんですか? その様なうれしそうな顔をなさって」


提督「うん? まあちょっと試して見たかったんだよ。色々とね」


扶桑「試す………とは?」


提督「あんな風に酔った私をお前がどうやってたしなめるのか、とか?」


扶桑「…………」


提督「ま、本命は別だがね。2年前に助けて貰った恩があるだろう? 私は詳しくは知らないが………」


提督「はぁ、吹雪でも連れてくるべきだったな。あの時、連中と協力していたのは迎撃部隊だったからな」


扶桑「大淀は? あの時何方にいらしたんですか?」


提督「そうか大淀………! いや、あの時は情報をもみ消すために東奔西走、南船北馬と色々と動いて貰ったよ」


扶桑「そうですか………それで、結局は何を探っていらしたのですか?」


提督「ん? 誰も探っていたとは言っていないが?」


扶桑「…………そういう所ですよ? 周りから疎まれるのは。誰がどう見たってあなたの目は鋭いですから、よほどの能天気か鈍感な者でなければ疑いますよ?」


提督「全く手厳しいな。まあ、奥さんからの忠告だ。肝に命じておこう」


扶桑「それで、何を探っていたんですか?」


提督「………信用に値するかどうか。この先、お互いの身に何かあれば互いに協力していくことになるだろう?」


扶桑「私たちと、島原大佐の2つがと言うことですか?」


提督「そうだ。まあ、弟にも色々と世話になることもあるだろうが、そう言った場合において彼女の艦隊は信用に値するかどうかを探っていたんだよ」


扶桑「随分と警戒なさっていますね。さほど心配する程のことではないと思いますが………」


提督「そうか? こちらとしては重要な所だがな。私の見立てでは半分半分といった所だな」


扶桑「なぜその半分が生まれたのですか?」


提督「ふっ、自分でも勘付いていながら私の口から喋らせるのか?」


扶桑「………やっぱり、あの子ですか?」


提督「まあな。彼女は酒に酔って飄々としつつも、かなり鋭い。道化を演じるのが得意といった所だな」


扶桑「つまり、味方にするのも敵にするのも恐ろしい。そんなところでしょうか?」


提督「その通りだ。危うく私も呑まれるところだった。きっと危機を察して抜け出したんだろうな」


扶桑「………ふふっ。楽しそうですね。いえ、楽しみですね」


提督「そうだろう? 楽しみだよ。とても楽しみだ。とてもとても楽しみだよ」





・・・・・・・





数日後、横須賀鎮守府に到着した提督一行は休む暇もなく海軍の拘置所へと向かった。そして再び彼と見えることになった。




少将「おやおや、誰かと思えば卿か。この私に何用かね? 伝えるべきことは全て伝えたつもりだが?」


提督「ちょっとばかり、お礼を言いにきたんだよ。貴様のおかげで、こちとら1週間近く寝込んでしまってな。それに、うちの艦娘も随分と世話になったみたいでな」


少将「いやはや、礼には及ばない。それはそうと、卿の背後にいるのは何者かね? 」


提督「うちの参謀だよ。お前と一度話をしてみたいと言っていてな。連れて来ただけだ」


少将「ふむ、誰かと思えば大淀か。まさか彼の下に身を寄せていたとはな………」


大淀「…………何故、私の名前をご存知で? 面識はなかったはずですが?」




彼女の言葉を聞いて、須藤少将は乾いた様な笑いを発した。人によっては恐怖か気味悪さを与えるだろう。




少将「君が知らなくても、私は君を知っているのだよ。人とはそんなものだ」


大淀「御託は結構です。質問に答えてください。何故、私の名前をご存知で?」


少将「……………君の ”商品” を買ったからだよ。私はかつて少将になる前は舞鶴に居てね。その時に、幌筵からの商品を大切に扱わせてもらったよ」








少将「君だろう? あの幌筵で売買を提案したのは? 君が彼に、告げ口をしたのだろう?」




それを聞いた提督は、何故か合点がいった。彼女と初めて会った時から感じて居た、この世の中の真理を見てしまったような冷めきった目。


そして、吹雪から聞いていた話。かつて艦娘を質に入れるように人身売買紛いのことが横行していた話。そして一度、この世から姿を消したそれが再び世に出て来たこと。


彼女の知恵があれば、一度廃れたものを再び興すことなど造作もないかもしれない。



大淀「……………」



少将「おやおや、黙ってしまっては認めているようなものだよ?」


大淀「ふふふ。何をおっしゃっているのですか?」



大淀「それに、貴方が見ていたのはほんの一部だけ。本当の商品は………ふふふ」



少将「おやおや、その様に意味深げな発言をされてはこちらも気になってしまうな?」


大淀「あら? 貴方のように聡明な方であれば、それくらいは見抜いているものかと思っていましたが?」


少将「…………興冷めだな。これにて失礼する」


提督「いやいや、少し待ってくれ。私も聞きたいことがあるんだよ。あんた、どうやって連中を抱き込んだ?」


少将「自分で考えたら如何かね? 大方察しはついているのだろう?」




彼は髪の毛が逆立つかの様に怒り心頭に発していた。冷静を装っていても、言葉の節には怒りが見え隠れしていた。



建物の中にちょっとした休憩スペースが設けられており、全員がそこで休むことにした。



大淀「今まで黙っていて、申し訳ありませんでした」


提督「やはり、お前が一枚噛んでいたか。まあ、海軍に属していなかった時期ではあったから我々としても知ることはなかったのだが」


大淀「……………」


扶桑「よかったら話して? ここにいる全員は、誰もあなたを攻めたりはしないから」


大淀「…………ありがとうございます」




大淀はゆっくりと、自身の過ちを話していった。



大淀「私が幌筵に配属になったのは、あなたに出会う1年前のことでした。当時、幌筵の財政は圧迫気味でした」


大淀「幌筵の提督はどちらかというと保守的。いえ、保身的な考えが多い方で、戦うことが苦手な方でした」


大淀「戦わないにも関わらず、艦娘は増えていく一方。そこで私がある提案をしたんです…………」


大淀「今になっても許されることではありませんが、ああするしかなかったんです。私たちにとって大切な資源が、たった一隻の駆逐艦であんなに大量に貰えたんですから」


大淀「ですが、彼は欲に目が眩みました。悪辣さを増して、かつての闇市。ブラックマーケットの再燃ですよ」


大淀「私は罪悪感に苛まれながら、自分自身を商品にする事で幌筵から逃げ出せました。その時に、明石も巻き添えに。普段から親密でしたから、付いてきてくれたんです。優しい子ですから」


提督「なるほどな。それで弟の下に身を寄せたというわけか。そういえば、吹雪も幌筵から商品にされたと話していたが?」


大淀「そ、それは………本当ですか………?」


提督「私がこの耳で聞いた。間違いない」


大淀「じゃあ、やっぱり………。私は、とんでもないことを…………」


提督「なんだ? 気がつかなかったのか?」


大淀「幌筵に居た頃は、お互いに姿を見せることもありませんでしたから………」


提督「ふむ…………だが、あいつは特に恨んでは居なかったぞ? 寧ろあそこから逃げ出せたことに感謝していたような風にも捉えられた」


大淀「…………戻ったら、まずはあの子に謝ります。すいません、つまらない話をしてしまって」


提督「そんなことはない。だが、奴に放った最後のあの言葉はどういう意味だ?」


大淀「あぁ、あれですか………ふふっ、ただ口から出まかせですよ」


提督「ほう」


大淀「こちらを揺さぶろうとしたようですけど、別に事実ですからね。それくらいじゃ、私は狼狽えませんよ?」


提督「………なるほどな。お前が一枚上手だったか。いやいや、あいつの不機嫌な顔を久し振りに見たよ。やはりお前は面白い奴だな」


大淀「褒め言葉として受け取っておきます。それでは、今後は如何なさるおつもりで?」


提督「そうだな…………日本に帰ってくることもそうそう無いしな。少し観光でもしようと思ったんだがな………」


大淀「でしたら、私はご遠慮させて下さい。個人的にですがお会いしたい方がいるので、その方のもとにいます。翌日の朝にでもお待ちしていますので」


提督「そうか………ところで、山城はどこに行った?」


扶桑「あら? どこに行ったのかしら………」


提督「まあ、探してからこっちは向かうとしようか。それでは明日に港でな」


大淀「かしこまりました」




大淀と別れた提督と扶桑は、山城を探していた。暫くしてから、港で風に当たっていた所を提督が見つけたので、そこで扶桑を待つことにした。




提督「どうした? こんな所で感傷に耽っているとは珍しいじゃないか」


山城「提督………」


提督「一通り用事は済んだからな。これから横須賀を見て回ろうと思っていたんだ。行こう」


山城「…………」


提督「生憎、大淀は友人に会いに行くと言って、明日ここで落ち合うことになった。だから、私とお前と扶桑の3人だ」


山城「……………」


提督「どうした? 何かあったのか? 何でも聞いてやるぞ?」


山城「…………私が言えたことじゃないですけど、リンガ泊地の艦娘はまともに生きて来た方は居ないんだなって。吹雪も、大淀も、みんな何かしら辛い目に遭って来たんだと思うと………」


提督「心苦しいか? だが、事実だからな。一度太陽に背を向ければ、太陽は二度と振り向かない。二度と私たちを相手にしない」


提督「陽の光を拒めば二度と照らさない。だから私たちは自分たちをこう呼んで来たんじゃないか?」


提督「傭兵かぶれの ”ごろつき” ってな。そんなどうしょうもないクズ共が集まってここが産まれたんじゃないか」


山城「……………」




なかなか続かない会話。少し話し出しても、山城はすぐに黙り込んでしまった。


暫くして扶桑が合流し、提督は2人を連れて、鉄道などを使って横須賀を離れ、横浜へと向かった。




提督「思いの外、時間掛かったなぁ………」


扶桑「行き方が分からないなら、初めからそう言って下さいよ…………」


山城「そうですよ……。上り線と下り線を間違えるなんて信じられないですよ………」


提督「もう止めろ。それ以上言うな」


扶桑「それで下り線に乗った時になんて言いましたか?」


提督「怒ってるのか…………?」


山城「『下り線だって捨てたもんじゃない』 とか言い訳していましたね」


扶桑「信じられませんよ本当に」


提督「怒ってるわこれ………。本当に、申し訳なかった………」


山城「よほど辛かったんでしょうね。実際辛かったですけど」


提督「横浜駅で揉みくちゃにされたのがよほど答えたんだな………。凄い混んでいたもんなぁ………」


扶桑「これからはどうされるのですか?」


提督「もう一本使うぞ? 多分そっちはそんなに混むことはないから安心してくれ。ほんの10分くらいだからな」


山城「はーい…………」




気だるそうにしていた2人だが、電車から降りて少し歩くと、目の色がすっかり変わった。



扶桑「な、何ですかここ!?」


提督「んー、ここはまあ、リンガ泊地の司令部の近くに日本人街があるだろう? あれが横浜にあるようなものだ」


山城「横浜………中華街………ですか」


提督「せっかく日本に来たんだから、これくらいの楽しみは味わって置かないとな」


扶桑「一応仕事で日本に来ているんじゃなかったんですか?」


提督「まあ気にするな。せっかく来たんだから思いっきり楽しもうじゃないか!」


山城「に、義兄さま!! あれは何ですか!?」


提督「ん、あれか? あれはーー」





・・・・・・




久し振りの休暇を楽しんでいる提督達とは逆に、大淀は横須賀鎮守府に残ってある者を捜していた。


最後に聞いた話では、横須賀の第1艦隊。つまり、元帥直属の艦隊に属しているそうだ。


何とか元帥の居場所を聞き出した大淀は、彼のもとへと向かった。情報通りに彼は執務室におり、ノックをして入室許可を得る。




元帥「大淀! 久し振りだね! 元気だったかい?」


大淀「閣下もつつがなく。天草提督におかれましては大変よくして頂いております」


元帥「久し振りの再会に、堅苦しい挨拶はやめよう。ほら、そこに掛けてくれ」


大淀「では……失礼します」




応接用のソファに腰掛けた2人は互いに向かい合うようになり、彼の方から話題を持ちかけた。




元帥「それで、兄さ………いや、島原提督はどちらに?」


大淀「提督は扶桑さん達を連れて休暇を。私は少し、こちらに用があったので………」


元帥「そうか………。それで、用件とはなんだい?」


大淀「実は、こちらに私の友人が属していると風の噂で聞いたので、挨拶をしておこうと思いまして………」


元帥「うぅむ………誰のことかな?」


大淀「クイーンエリザベス級の2番艦。戦艦のウォースパイトさんです」


元帥「あぁ………彼女か………」


大淀「どうかなさいましたか?」


元帥「彼女は少し………気難しいところがあってね。中々話をしてくれないんだよ」


大淀「………私の知っている彼女はそんな方ではないと思いますけど。もしよろしければ、どこにいらっしゃるか教えて頂けますか?」


元帥「お安い御用だ。案内しよう」




元帥が自ら大淀を連れて、彼女のいる所へと案内する。少し暗くて湿気を感じる所だ。


私が知っている彼女はこんな所にいるような艦娘ではない。寧ろ自分から逃げ出すか、叛旗を翻してでも反抗するはずだ。




元帥「彼女がここに居ることを望んでいてね。僕としても、彼女はここに腐らして置くような人材じゃないことくらいは分かるんだけど、どうも彼女自身がこちらに取り合ってくれなくて………」


大淀「そうですか………。ありがとうございました」




元帥は大淀と別れて、1人執務室に向かい、大淀は彼女に会おうと部屋をノックする。




大淀「ウォースパイトさん。いらっしゃいますか?」


Warspite「I didn't catch your name. Who is it ? (どちら様?)」


大淀「大淀です。久々にこっちに来たので、顔を見せに来ようと」


Warspite「………いいわ。入って」




扉の鍵が開く音がした。扉を開けると、元気そうな様子だった。こんな所にいるにも関わらず、彼女から漂う気品は衰えない。


寧ろ彼女の崇高さというか、気高さがより一層増して見えるようだ。




大淀「どうしてこんな所に? あなたの能力があれば皆の役に立てるはずですよ?」


Warspite「約束したのよ。ある人と」


大淀「約束?」


Warspite「昔、とあるAdmiralと初めてあった時にね。貴方の下で戦わせて欲しいっていうお願いよ」


Warspite「でも、彼は認めなかった。長い年月をかけて、自分を見つけなさいって言ってね。あれから彼とは会わなかったけど、彼との約束を忘れた事はないわ」


大淀「…………心に決めた主が居たんですね。でもその人はあなたを巻き込みたくなかった?」


Warspite「そう……なのかしら? でも、私は彼と歩むことを望んでいたわ。でも私は彼と歩むには純粋過ぎたの」


大淀「なら、なぜ彼を探そうとしないのですか? 横須賀にいるなら幾らでも機会はあるはずですよ?」


Warspite「……………」


大淀「ねぇ、もし良かったら私たちと一緒に来ない? 」


Warspite「No, I don't. 私は彼しか認めないわ。彼以外に仕えるなんてあり得ない」


大淀「………なら、一目会うだけでも嫌ですか? 今の提督は、私が今まであった方の中で一番の提督ですよ。頭脳明晰で人徳もある。稀代の名将といっても良いくらいよ?」


Warspite「……… I see. わかったわ。でも一目だけよ。何があっても私は仲間にはならないから」


大淀「わかりました。分かってますよそれ位は。こんな所にいたら気が滅入るでしょう? どこかに行きません?」


Warspite「そうね。数少ない友人との久し振りの再会でもあるし、いいわ。行きましょう?」





・・・・・・




何やかんだで1日を横浜で楽しんでいた提督一行。すっかり夜になっており、横浜で一泊する事になった。




ホテルマン「いらっしゃいませ。お客様のお名前をお願いします」


提督「先ほど予約をお願いした天草というものだ」


ホテルマン「天草様ですね、承っております。最上階のスウィートルームを3名様でよろしかったでしょうか?」


提督「ええ、そうです。すいませんねぇ、急にお願いをしてしまって」


ホテルマン「いえいえご心配なく。それではお部屋の方を案内させて頂きます」




ホテルマンの案内で部屋に通された提督一行。スイートルームなだけあって、快適そうな部屋だ。ホテルマンが退室した後、山城がおそるおそる聞いてきた。



山城「あの………部屋は1つですか………?」


提督「ん? あぁ、そうだよ。2部屋はとれなかったからな。勘弁してくれ」


扶桑「山城は嫌なの?」


山城「嫌というわけではありませんが………」


扶桑「どうかしたの?」


山城「いえ、2部屋あるなら私は1人で良かったので………」


扶桑「あらあら、そんなに気を使わなくても良いのよ? でも、ありがとう」


提督「さてと、風呂に入って眠ってしまおうか。歳を食ったせいかな、なかなか疲れが取れなくてね。なるべく早く眠りたいんだ」


扶桑「そうですね。それではお先に頂きますね。山城、行きましょう?」


山城「はい姉様」


提督「ちょっと待て、ユニットバスだと2人は入れないぞ?」


扶桑「スイートルームだけあって、普通のお風呂みたいですよ?」


提督「おぉ本当だ。それじゃあゆっくり入ってくれ。こっちはもう少しやることがあってな」


扶桑「分かりました。それではお先に失礼します」




2人が風呂場へと向かうのを見送った後、提督は自身がいつも持ち歩いているパソコンを取り出した。


そこで彼はとあるレポートを作成していたようだ。恐らく、海軍に当てて作っているのだろう。




提督「深海棲艦が横浜や横須賀の近海に出現しているのは穏やかじゃないよな。流れ着いたか、そうでなければ裏で手を引く何者か………」


提督「ひとまずあいつの考えに則って、今日一日で横浜を見て回ってみたが問題は恐らくないだろう。もし内通が事実として人間が手引きしたのなら人混みに紛れる」


提督「人が多く、どんな奴がいても不思議じゃないところとすればあの中華街だ。不審な人物は発見していない」


提督「そうだな………」




『もしこの結果に納得いかないのであれば、明日の朝までにメールか電話をくれ。数日は張り込んでみても構わない』




この一文を添えて、報告書を提出した。もちろんこの事は扶桑たちにはまだ話していない。本来なら話すべきだろうが、変な癇癪を起こして元帥に楯突かれても困る。


決して尻に敷かれているわけではないと言うことだけはここに伝えておこう。



2〜3分経った頃に、提督のパソコンにメールが送られた。元帥からだ。



『それは願ってもいない話だ。もし兄さんがやってくれるなら是非ともお願いしたい。それからーー』




随分と長々に書かれていたので読み終わるのに時間がかかったが、提督は短い言葉で返信した。



提督「了解した。さてと………ん?」




パソコンにはもう一通のメールが届いていた。返信中に送られたのだろう。




提督「…………なるほど。それはいい考えかもしれんな。今はバレると色々と面倒だ」




内容に満足のいった彼は、それを快く受け入れた。明日は忙しくなりそうだとため息をつくが、その顔は苦労人のそれには見えなかった。




・・・・・・




翌日の朝、ホテルを後にした提督一行。携帯の画面を見ながら歩いている提督に、少し呆れたような声で扶桑が話し始めた。




扶桑「あの……道を歩きながら携帯を見続けるのは危ないと思いますけど……?」


提督「ん?あぁ、すまない。ちょっと調べ物をしていたんだよ」


山城「調べ物って………?」


提督「いや、せっかく外に出たんだから温泉にでも連れていってやりたいなと思ってな。だからいつか行けるように良い所がないか調べていたんだよ」


提督「もちろん3人で。な?」


扶桑「3人………とは?」


提督「私と、扶桑と、山城だ」


山城「わ、私もですか!?」


提督「嫌なのか?」


山城「………だって2人共、まだ新婚旅行も行ってないじゃないですか。どうせだったら私も連れて行くよりは、お二人で行かれた方が良いんじゃないですか?」


山城「ですから、お二人の気持ちは嬉しいですけど………。やっぱり………」




もちろん嘘だ。元帥と連絡をとっていただけだ。だが扶桑が山城の頭を撫でている姿を見て、本当に仲睦まじい姉妹なのだなと隣で見ていた提督は感嘆した。


今の元帥である自分の弟とはお世辞にも仲が良いとは言えない。互いに干渉しないような程々の距離感だ。


そのせいか、今の扶桑たちを見ていると胸の内に何か妙な感情が浮かんでくるのだ。恐らくそれは羨望かもしれない。彼は心のうちで思った。




提督「ん? あれは大淀じゃないか?」




遠目にそれらしい人物が見えた。2人もそちらを見ると間違いない。3人は大淀の居る方へと歩いて行った。




提督「大淀! こんなところでどうしたんだ?」


大淀「提督! 扶桑さん方も。実は、あれから友人とここを見て回っていたもので。昨晩はここで一泊を?」


提督「ああそうだ。それならそうと教えてくれれば良いものを。ところで、その友人とは? 」


大淀「近くでひと休みしています。飲み物を買いに行こうとしていたところです」


提督「そうか。差し支え無ければついて行っても構わないか?」


大淀「え、えぇ。私は構いませんが………扶桑さんと山城さんは宜しいのですか?」


扶桑「そうですね………私たちは少し近くを見て回っています。その方がお互いにとって気楽でしょう?」


提督「と言うわけだ。一つ頼めるか?」


大淀「かしこまりました。それでは……」




提督一行は大淀の案内で、彼女の友人のもとへと向かっている。2人の醸し出す雰囲気は、とても男女が並んで歩いてるものとは思えないほどに威圧感に満ちていた。




提督「昨日のあいつから送られてきたメールの内容はお前が考えたのか?」


大淀「いいえ。提督からのお願いとして話を聞いています。もちろん、事情も把握しています。扶桑さんたちには?」


提督「いや、まだ話していない。あの2人のことだ、急にあいつに楯突くことも考えられてな。未だに言い出せない」


大淀「逆にこのまま黙り続けると、それこそお二人にとっては不愉快になるのでは? 私としてはやはり全員で共有するべきと思われますが?」


提督「…………そうだな。それも一理ある。そうしよう。ところで、その友人とは?」


大淀「幌筵にいた話はしたと思います。ですがその前に横須賀にいた時期があり、その時に意気投合しまして」


提督「名前は?」


大淀「クイーンエリザベス級の2番艦。戦艦のウォースパイトさんです」


提督「…………あのオールドレディか?」


大淀「ご存知なのですか!?」


提督「話は聞いたことがある。かなり有能だとな」


大淀「ええ。なんとか彼女をこちらに引き込もうとしたのですが………」


提督「それは………難しいと思うぞ? 聞いたところによると随分と執着しているようだからな」


大淀「ですが、一目だけでも会うように説得に成功したので………」


提督「私に鞍替えするように説得しろと言うのか? 他人の思いを踏みにじるような真似をしろと言うのか?」


大淀「…………良檎は樹を選ぶとも言います。彼女の才能はあなたの下にいることで活かされるものだと確信していますから」


提督「…………まったく。賢い奴だと思ってみれば、案外と良い性格をしているな」


大淀「褒め言葉として受け取らせていただきますね」






・・・・・・





しばらく歩くと、ちょっとした自然公園のようなものが広がっていた。あちこちに設置されている長椅子の一つに、彼女は座っていた。




大淀「ウォースパイトさん! お待たせしました!」


Warspite「大淀、あなた何をしていたの? I waited until then came you. 待ちくたびれたのよ?」


大淀「ごめんなさい。でも偶然にも提督と出会えたものだから連れて来たの。紹介させて?」


Warspite「っ………!! ごめんなさい、貴方もしかして………」


提督「………ん? 何処かでお会いした事があったかな?」


Warspite「 Sorry. your name please. 名前を教えてくれるかしら?」


提督「私は 天草 浩志 というものだ。君のことは風の噂だが聞いた事がある。うちの大淀が世話になっているようだな」



彼の言葉を聞いたウォースパイトは、一気に顔を曇らせてしまった。人違いをした恥ずかしさからではない。裏切られたかのような感覚だった。


そんな状態の彼女は、大淀に助けを求めようとしたのか辺りを見渡すが、何処かへ行ってしまったようだ。




提督「ところで、君はある人物を捜しているようだね。もし良ければ話してもらえないだろうか?」


Warspite「………彼は素晴らしいAdmiral だったわ。ほんのわずかな時間だけれど、私にとっては大切なひと時」


提督「………彼の名前は?」


Warspite「 カジワラ と言っていたわ。彼のことを知ってるのかしら?」


提督「………あぁ、梶原圭一のことだね? 彼は死んだよ。2年前に海軍に叛旗を翻して善戦した。当時の元帥を自分の手で殺す事ができたものの、それから捕まって処刑されたのさ」


Warspite「嘘………… Is that the real story? 本当なの?」


提督「間違いないよ。海軍の記録としてしっかり残っている。気の毒だね………」


Warspite「……………」




それからというもの、ウォースパイトは一言も話すことはなかった。彼の口から出た言葉に、相当ショックを受けているようだった。


もちろん梶原圭一は生きている。いま彼女の前にいる天草浩志こそが彼だ。復讐に取り憑かれた自分とケジメをつけるために 天草浩志 として生きることを選んだ。


記録が残っていると言ったのも嘘だ。彼が自分で全ての記録を消すように頼み込んだのだから。


彼は待っていたのだ。彼女の前で話している男こそ自身が捜している人物だと確信するのを。だが彼女のショックは大きすぎた。落ち込むことしかできなかったのだ。


すると、後ろから大きな声でこちらを呼ぶ者がいた。先ほど別れた扶桑たちが大淀とこちらに向かっていた。




扶桑「提督! こちらにいらしたんですか………」


提督「どうした? 何か問題でも?」


扶桑「あの………お恥ずかしい話ですけど財布を持って来ていなかったみたいで………」


山城「店員に苦笑いされました。不幸だわ………」


提督「あー………それは災難だったな」


Warspite「大淀! あなたどこに行っていたのよ!」


大淀「すみません。お二人に呼ばれたものですからこちらに案内しようと彼女たちのもとに………」


扶桑「あら? あなたはウォースパイトさん? どうしてここに?」


Warspite「あなたは………扶桑!? Why?」


扶桑「提督と一緒に横須賀に来ていたんですよ。もしかして、あなたが大淀の友人?」


大淀「ええ、その通りですが………お会いしたことが?」


山城「あなたが来る前。今から5年くらい前に少しの間だけ一緒にいた事があって………」




2人の話を聞いて、ウォースパイトの顔色が良くなっていく。扶桑型の2人を従えている司令官は彼しかいないからだ。つまり………




Warspite「そ、それじゃあもしかして………」



提督「ふっ、勘が鈍ったかオールドレディ? もっと早く気付くものかと思っていたが………」


Warspite「ということは本当に………?」


大淀「何かあったのですか?」


扶桑「きっと、提督は自分のことを明かさなかったのよ。彼女は私たちに何があったかを知らないから」


大淀「………本当に貴方という人は良く分かりません。私たちを弄ぶつもりなのですか?」


提督「彼女が話の根幹に入り込もうとしないからだ。『あなたは私の提督じゃないのか?』と聞けばいいものを、彼女は周りから埋めようとしていたのでな」


扶桑「はぁ………本当に意地悪な人ですね。あなたは」


大淀「でもウォースパイトさん、なぜ彼がそうだと見抜いたんですか?」


Warspite「扶桑と山城は彼にしか従わないからよ。そうでなくても、私のことをオールドレディと呼ぶのは彼しかいないわ」


提督「そういうことだ。どうだ? あれから少しは学んだか?」


Warspite「Of course. 貴方が来いというならついて行くわ」


提督「拒んでも無理やりついて来るつもりだろう? もちろん、今回はちゃんと連れて帰る。だが、少し仕事が残っている。まずはそれを片付けてからだな」


扶桑「仕事ですか? そんなの1度も………」


提督「もちろん話していないさ。だから今から話す。だが外で話すのもなんだ。少し店にでも入ってゆっくり話そう」




・・・・・・




近くの喫茶店に入り、各々がカップを傾けながらお茶を楽しんでいる。その中で、提督はゆっくりと口を開いて仕事についての話を始めた。




提督「じつは、神奈川の近海に深海棲艦が出没するようになったようでな。それについて軽く調査をしていたんだよ」


扶桑「それは………あまり良くはありませんね。横須賀が陥落してしまうと、全鎮守府、泊地、基地に至るまでの全ての機能がダウンしてしまいますし……」


大淀「考えられる可能性としては2つ。1つは近海に深海棲艦が存在できる何かがある事。もう1つは流れ者。ですね?」


提督「まあそれが妥当なところなんだが、あいつは何者かの手引きがあると睨んでいるらしい」


山城「深海棲艦と手を組んでという事ですか!?」


提督「そうだ。馬鹿げていると思うが、その懸念も捨てきれないのでここに来たというわけだ」


提督「木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中ってな。もちろん本当に連中に手を貸そうとしている物好きが居ればの話だがな」


Warspite「………ちょっといいかしら? 少し前に聞いた事があるの。深海棲艦をイエスの様に崇める集団がいるという話を」


提督「つまり………深海棲艦を神格化した宗教が生まれたということか?」




提督の言葉に、ウォースパイトは静かに頷いた。一向に決着のつかない人類と深海棲艦の戦争。未知なる存在を崇めることこそが宗教とはいえ、信仰相手は決して褒められるべき存在ではない。



提督「なるほど。ひとまず件の連中が関わっているという可能性は報告しておこう」


Warspite「でもその集団、確か取り締まりが入ったと聞いたわ。その時はコウベ? と言ったかしら。その地域で一斉に捕まったそうよ」


提督「宗教なんてそんなものだろう? 各地に広まっては独自な解釈で大きく形態を変える。仏にしろ創造主にしろ、信仰相手は変わらなくとも宗派としてやり方は異なる」


大淀「それで、私たちはいかが致しますか?」


提督「私は警察でもなければ憲兵隊でも、ましてや横須賀の人間でもない。明らかにこれ以上の関与は越権行為だ。報告を済ませて、早い所リンガ泊地に戻るとしよう」


大淀「それでは、私たちは首を突っ込むだけ突っ込んで後始末はしないという様に聞こえるのですが……?」


提督「ならこちらからも尋ねようか? 装備一式は全てリンガ泊地だ。万が一を備えて装備を整えて置くのが普通だが、今の我々は丸裸だ。それでどうする? 死に急ぐつもりか?」


扶桑「2人とも止めましょう。声が大きすぎます」


提督「………それは失礼した。ともかく、我々はリンガ泊地に戻る。報告を終えてからな」


山城「ということは横須賀に?」


提督「いや、一応休暇は今日までだ。せっかくのことだ、6人で色々回ってみてもいいだろう?」


Warspite「このことは? 伝えないのかしら?」


提督「もちろん奴に伝えてからだ。奴が残れというならその通りに。早い所戻れというなら戻るだけだ。少し待ってくれ。いま連絡を入れる」




提督はパソコンを立ち上げてメールを送っている。深海棲艦を崇拝する集団の話を聞いた事があるかという出だしの文章だ。


連中の関与が浮上してきた事を元に、どのようにこちらが出るべきかを訪ねる文面だ。彼はそのままその文章を送った。




大淀「ところで、皆さん朝食は摂られましたか?」


扶桑「そういえば………」


山城「まだですね。すっかり忘れてました」


提督「どこか別のところで朝食を摂ろうか。お前たちは?」


大淀「こちらもまだですね。ふと気がついたものですから」


提督「…………悪知恵の働く奴だな。私に払わせるつもりか?」


大淀「さあ? 何のことでしょうかね」


Warspite「随分と意地汚い話をするのね。それくらいなら私が払うわよ」


提督「いや、好意はありがたく受け取るが結構だ。いつもの事だからな」


Warspite「……………苦労してるのね」


提督「おかげさまでな。ん? もう来たか。早いな………」


大淀「どのような内容で?」


提督「ん…………ひとまずこっちのやるべきことはやってくれたから、そのまま残りを休暇として欲しいと。後は向こうでやるそうだ」


扶桑「それでは残りの時間は?」


提督「まあ、自由ということだ。どうする?」


山城「横浜で観光をするか、横須賀に戻って暇な時間を過ごすかありませんよ?」


提督「どうする? 私としてはどちらでも構わないが?」


扶桑「では、せっかくですし皆さんで観光をしましょうか?」


大淀「それではここは私が。後で色々と奢ってもらいますから」


提督「こいつ…………」




それからひと思いに食事をとって満足した提督一行。休日ということもあって人が多い。冬の時期であるので中々に寒い。


赤道直下のリンガ泊地に長年在籍していたためか、寒さに耐性がなくなっているようだ。




提督「お前たち寒くないのか……… っていつの間に防寒具なんか持ってるんだ?」


扶桑「リンガ泊地を出る前に聞いた気がしますけど………?」


山城「寒いかもしれないから防寒具はいいんですかって。そしたら要らないって言ってたじゃないですか」


提督「言ってたか? 全然覚えがないんだが………」


大淀「言ってましたよ? 提督は寝ぼけてましたけど」


提督「……………」


Warspite「それにしても、みんな昔と随分変わったのね。Admiralと扶桑は特に」


扶桑「………今になって言うのも恥ずかしいけれど、提督とケッコンしたんですよ」


Warspite「あら、それは素晴らしいじゃない。おめでとう」


提督「あぁ、そういえば話していないんだったな。海軍とやり合った後、私は拘置所に2年ほど入ってな。出所してからそのままな」


Warspite「そうなの。やっとくっついたのね2人とも」


山城「そうなんですよ。お互いに相思相愛なんだから早く………って、ち、違います!! いや違いませんけど………うわあぁぁぁ!」


提督「お前はさっきから何を1人で喚いて悶絶してるんだ?」


扶桑「山城……あなたいつからそんな器用な事が出来るようになったの?」


Warspite「やっぱり面白いわこの人たち。山城も随分と愉快になったのね」


大淀「いろいろあるんですよ。いろいろと。なるべくそっとしておいてあげてください」




自身の許容範囲を超えた何かが襲って勝手に爆発した山城と、それをみても動じない提督と扶桑。そんな姿に腹を抱えて笑うウォースパイトに頭を抱えた大淀。そんな一行はこの日を有意義に過ごし、翌日にリンガ泊地へと戻ることになるのだ。




・・・・・・




翌日、出発する前に話がしたいと呼ばれた提督。相手は自分の弟であり上司の 梶原大輝 だ。




元帥「出発前に申し訳ないね。いくつか話しておきたいことがあってさ」


提督「そうだな。当分こっちにくることもないだろうから今のうちに話せることは話しておけ」


元帥「それじゃあお言葉に甘えて。まず1つ目は、一連の出来事についてのお礼。新しい艦娘を数隻そっちに配属ってことでいいかな?」


提督「そうだな。助かるよ」


元帥「ずっと疑問なんだけど、なんでリンガ泊地に建造担当の妖精を置かないの? そっちのが自由に戦力拡大できるしいいと思うんだけどな?」


提督「以前は何事も極秘裏に進める必要があったからな。建造した場合は戦力に加えて1つ1つ報告しなきゃならんだろう?」


元帥「それはどっちにしても変わらないんじゃないかな? 建造しようがどっかから引っ張ってこようが」


提督「建造の場合は資材の残りを数字で残してしまうからな。建造していないと言い張ることも出来まい。存在だけならまあ隠匿は出来るだろう?」


元帥「いったいどれだけの力が裏で働いといたんだか。考えたくもないね」


提督「それに、何かと同じ境遇の奴らが集まるといいこともある。あえて明言はしないがね」


元帥「ふーん。それじゃあ建造機能を失った代わりに入渠や開発に力を入れる事が出来ると言うわけね。またまた随分な改造だことで」


提督「海軍は海軍のやり方があるが、かつての私たちのような傭兵は何かと自由が効くのでな」


元帥「その使ってる戦力も元々は海軍の所有物ってことも忘れないように。間借りしているようなものだからね?」


提督「わかってるよ。それで? 次はなんだ?」


元帥「さっきの続き。そっちに送る艦娘のリストね。この子らでいいかい?」


提督「なになに………駆逐艦の朝潮と荒潮。黒潮に早霜………秋月と満潮か」


元帥「あ、そうそう。ウォースパイトは兄さんの方に転属だからね? まあ彼女の意見を反映させて、お望み通りにって感じだね」


提督「いいのか? こっちにそんなに人数回して。辺鄙なところに回すより、もっと主要拠点に配属するのが良いんじゃないか?」


元帥「それについて3つ目ね。そろそろ横須賀に戻ってくる気はない?」


提督「なに? 横須賀で海軍に勤めろと? 冗談はやめてくれ。横須賀のボンボン供といたらこっちの気が滅入る」


元帥「まあ、横須賀でなくても呉とか舞鶴とか佐世保とか? ともかく日本に戻って来ないかって話さ」


提督「無理だな。あと2年は離れるつもりはない」


元帥「ま、まさかあの約束を今でも守ってるのかい!? てっきり口から出まかせでその場しのぎのものだと思ってたのに!」


提督「こっちのケジメだ。それくらいやらないと、あいつらに顔向けが出来ないからな」


元帥「…………難しいところだよねいろいろと。考え方の違いがこんな大事になるとは思いもよらないよ」


提督「………それに関していえば、私はああする道しかなかった。謝罪をしろと言えば頭を地面に擦り付けることもするが、後悔はしていない。あれが正しかったと私は思っている」


元帥「もちろん僕だってそうだ。兄さんを責めるつもりは毛頭ないよ。わかった。それじゃあ今までと同じようにリンガ泊地に滞在。前線の守りをお願いしよう」


提督「仰せのままに元帥閣下。それではこれにて失礼を」


元帥「うん、それじゃあまたいつか。2週間以内にはそっちに艦娘を送り届けるようにするよ」


元帥「ウォースパイトは………まあ勝手に飛び出してくかもしれないし、そのまま連れて帰っちゃってよ。道中も危ないし、護衛としてね」


提督「承知した。それではこれにて失礼する」


元帥「ちょっと待って。いつ会えるか分からないから、せめてこの時くらいは見送らせてよ」


提督「………まあそれは構わんが、そんなことをするほどお人好しだったか?」


元帥「人はそのうち変わっていくものさ。産まれてからずっと同じ人間なんて居ないよ」


提督「お前はいつから哲学者になった?」


元帥「あっはは。細かいことは気にしないで。ほら、行こう」




・・・・・・




輸送船に揺られて数日。リンガ泊地に帰還した提督たち。多数の艦娘が4人の帰投を迎え入れる。


新しく配属となったウォースパイトのことを知っているものいるが、在籍している者の半分は知らない。すぐに提督は彼女のことを紹介する場を設けた。




提督「本日付けでここリンガ泊地に在籍することになった、クイーン・エリザベス級の戦艦、ウォースパイトだ。言ってしまえば昔からの縁もあり、彼女のことを知っている者もいるだろう」


提督「かつて我々は彼女を拒んだが、今回は喜んで両手を広げて受け入れたいと思っている。さあ、オールドレディ。自己紹介を」


Warspite「Hello everyone!! My name is Warspite. Queen Elizabeth class,Battle ship Warspite. 今日からあなたたちの仲間として、ここに配属になったわ。よろしく」


提督「と言うわけだ。まあ、昔と違って日本語も上達したようだ。気兼ねなく話しかけてやってくれ。よほど機嫌を損ねない限りは日本語で返してくれるだろうからな」


Warspite「What are you talking about!? I have been speaking Japanese for a long time!」


提督「だったら英語で反論するな。自分からそうだと自白してるぞ?」


Warspite「っ…………本当にあなたは………」


提督「まあこんなところだ。恐らく大体のことは把握しているだろうが、いろいろとお前たちからも教えてやってくれ」


鳳翔「それでは、私の方から色々と説明と案内を」


提督「わかった、任せたぞ。ひとまずはこれで解散だ。ご苦労だった。ああそうだ、川内と陽炎。それから吹雪。少し残ってくれ」




ぞろぞろと部屋を後にしていくその他の艦娘たち。全員がいなくなったのを確認してから、提督は3人にある提案をした。




川内「はいはい何の用?」


陽炎「まさかまた出撃の任務?」


提督「いや違う。近々新しい艦娘がここに配属されることになる。そこで、お前たちに教導役を買って貰えないかと思ってな」


吹雪「えっ!? 司令官、私もですか!?」


提督「今回は全部で6人。流石に2人で回すのも酷に思えてな。頼めるか?」


吹雪「わ、私に務まるのかどうか………」


提督「そんなに難しく考えることはない。お前が今まで学んできたこと、活かしてきたことを伝えてやるんだ。普段通りにな」


吹雪「……………わかりました。やってみます!」


提督「よし! それではこのリストに配属される艦娘の情報が載っている。3人で誰を担当するか決めておいてくれ。到着は凡そ2週間後だ。今週中にはこちらに伝えてくれ」


川内「りょーかい。それじゃあもう行っていい?」


提督「ああいいぞ。手間をかけて済まなかったな」




吹雪は未だに緊張しているようで、部屋を出てからも落ち着かなかった。反対に川内と陽炎はいつものことかと言いながら、誰を選ぶか決めていた。




川内「しっかし、吹雪も大出世だねぇ〜」


吹雪「え? どう言うことですか?」


陽炎「新人の指導役は、ここの中じゃ3番目に高い地位ってことよ。一番上は扶桑さんたち。2番目は各艦隊の旗艦。3番目は教導役ってわけ」


吹雪「はあ………でもどうして?」


川内「本来なら扶桑たちがやる仕事を代行してやるわけだからね。裏を返せば、それだけ提督から信頼されてるってことよ」


陽炎「教導役を勤めれば、その艦娘とは一応師弟関係にはなるし、お互いに仲も良くなれるってのが良いところよね」


陽炎「それにもっと下衆な話をすれば、自分の手駒にできるってことよ。私はそんなこと考えたこともないけど」


川内「うーん………万が一リンガ泊地に問題が起きたとして、解決するために意見が分かれたとしようか? そんな時に派閥とか産まれたら自分の陣営に引き込みやすくなるでしょ?」


陽炎「もちろん私たちは司令や扶桑さんの方に従うし、2人が間違うこともないから敵対なんてするつもりもないし」


川内「まあ、今のはただの例としてあげたって話だからそんな真に受けないでよ」


吹雪「大変なんですね………色々と………」


川内「そんなことはないよ。自分が見てきたこと、やって来たことを伝えれば良いだけだから」


陽炎「そうそう。教え方だって別に自由で良いんだし。実際問題うちらだって吹雪に何か教えた?」


吹雪「……………」


川内「そんなもんだよ。だから自由にやって見なよ。嘘を教えない限りは誰も文句言わないからさ。それじゃあ早く決めて提出しようか」


吹雪「は、はい!!」




・・・・・・




提督「さて、今日はもう閉めようか。こっちもこっちで疲れた」


扶桑「現在時刻は15:16です。戻って来てから約30分ですね」


提督「何だ? 30分で根をあげたのかという嫌味か?」


扶桑「いえ、そんなつもりはありません。ただの時報ですよ」


提督「その割には随分と中途半端な時間だがな………」


川内「失礼しまーす!」


提督「いいぞー、入ってくれ」


陽炎「さっきのリストの返却と確認をお願いしまーす」


提督「なんだ? 本当に良いのか? まだ1週間は猶予があるぞ?」


川内「いや〜、吹雪も案外乗り気みたいでさ、すんなり決まっちゃったよ」


提督「ほう、それでその吹雪はどうした?」


陽炎「大淀に呼ばれてそっちに行っちゃったみたい。なんか大切な話だからって」


提督「…………なるほどな。わかった。それではこのまま受理して構わないのだな?」


陽炎「ああそうそう、瑞鶴さんが随分とへろへろになってたみたいよ? いったい何をやらせたの?」


提督「……………ああ、瑞鶴か。すっかり忘れていたな。ちょっと本を読むように言っただけだ。しっかりとやってくれたようだな」


川内「ただ本を読ませただけであんなにやつれるもんかねぇ? 三徹したブラック社員みたいだったよ?」


提督「良い薬になるだろうさ。あの性格は直さないといけないからな。もちろんあいつの良いところでもあるが………」


陽炎「まあいいや! それじゃあうちらはそそくさと退散ってね!」


提督「………………」




機嫌がいいのかどうかは知らないが、気味が悪いほどに笑顔の2人。何か裏があるのかと疑いたくなるほどに不自然だ。



提督「さっきからのその取って付けたような笑顔はなんだ? 気味が悪いぞ?」


川内「提督も素直じゃないなぁ〜と思って。6人位いつもうちらで回してるじゃん?」


陽炎「そうそう。どんな風の吹き回しかなぁって思っただけよ」


提督「…………試して見たくなっただけだ。あいつの能力はどこまで伸ばせるのかとな」


川内「またそんなこと言ってる。まあそう言うことにしてあげるよ」


提督「何を言ってんだお前たちは? 話の内容がまるでわからんぞ?」


陽炎「まあまあそんなこと言わないでさ。じゃあねぇ〜」




手をヒラヒラと振って部屋を出ていく2人。その姿を見て、一度明石に精密検査をしてもらったほうがいいのではないかと心配する提督であった。




提督「あいつらの言っている意味がまるで分からないんだが………」


扶桑「私にもわかりません………何か勘違いをしているのでは………?」


提督「………まあいいか。さてと、今日は早めに切り上げてのんびり過ごすとするか」




机から離れて奥の部屋へと向かった提督。その部屋からガサガサと物を探る音が聞こえてきたので何をしているのかと思えば、琴を弾こうとしていたらしい。




扶桑「あら、久しぶりですね」


提督「最近触れていないからな。適度にやらないと指が鈍ってしまう」


扶桑「今まで不思議に思っていましたけど、どうして琴をおやりに?」


提督「親にやらされた………と言ったら分かるだろう? 家は決して裕福とは言えなかったが、何か習い事をさせたいと無理やり習わされたんだよ」


提督「別に嫌ではないんだが、決められた時間に決められたことをやると言うのは嫌いでね。適度にやる分には好きだよ」


扶桑「そうなんですか………」


提督「…………少し触れてみるか?」


扶桑「えっ!? いや、それは………」


提督「予備にもう1つ置いてあるんだ。こっちを使っていいから、少しやってみな?」


扶桑「そ、それでは………」


提督「まずは琴に対して真っ直ぐに座る。この時は正座で。膝を拳1つ分くらい空けて、上半身はゆったりと」


扶桑「えっ………と、こうですか?」


提督「そうそう。肩の力を抜いてな? そしたら指にこれを嵌めてくれ。右の親指、人差し指、中指に」


扶桑「はい………出来ました!」


提督「そしたら今から言う弦と同じ弦を弾いてくれ。ここと、こことここだ。爪の角に弦が当たると綺麗な音がなるからな。自分で色々と調整してみな?」


扶桑「は、はい………こうでしょうか?」〜♫


提督「そうそう、もう一回だ」


扶桑「…………」〜♫


提督「なかなか上手いじゃないか!」


扶桑「あ、ありがとうございます」


提督「そしたらーー」





・・・・・・





提督「よし、これで『さくらさくら』の完成だ。それじゃあ合わせてみようか?」


扶桑「合わせる?」


提督「そのままさっきと同じように弾いてくれ。こっちで合わせるから」


扶桑「………わかりました」




ほんの1時間くらいだが、覚えが早い扶桑に感心していた提督だった。ミスもなく、綺麗な調べを奏でる2人。執務室からこっそりと見ていた艦娘たちも虜にするほどで、弾いている2人も楽しそうにしていた。


曲を終える頃にはこっそりと見ていた艦娘たちはもはや身を乗り出してしまっている。彼女らを部屋に入れた提督は、何をしているのか尋ねた。




大淀「あの………お話があって来たのですが………」


提督「何の話だ?」


大淀「川内さんから先ほどの書類に不備があったかもしれないから確認をしていただけないかと言われたもので………」


提督「ん? あぁ、これだな。何で自分で来ないんだ?」


大淀「用事があると言って飛び出して行きましたが? すいません失礼します。……………川内さんの勘違いだったみたいですね。お邪魔しました」


提督「了解した。お前は?」


吹雪「大淀さんの付き添いです。大淀さんに、司令官からあの話を聞いたと………。それで………」


提督「ああわかった。これからもお互いに励んでくれ。お前は?」


瑞鶴「提督さんから無理やり出されたあの膨大な量の宿題について抗議に来ました!」


提督「わかった。部屋に戻ってそのまま続けなさい。話は以上だ。お前は?」


山城「部屋を覗いていたら姉様と2人で楽しそうだなと思ってました」


提督「お前は後でじっくり話を聞かせてもらおうか。事によっては軍法で裁く必要も出てくるぞ」


提督「………で、実際のところ誰が発端でここに集まった?」


「っ!」ギクッ


提督「まあそれはどうでもいい。用件は済んだだろう? さっさと部屋に戻れ」


一同「はーい………」



全員を追い出した提督は、再び琴の前に腰を下ろした。扶桑も初めての体験であったが、とても楽しめたようだ。




提督「さて………今は16:20だな。しかしお前は物覚えがいいな。もし良ければ次からは使ってもいいぞ? 壊したりしなければな」


扶桑「う………止めておきます」


提督「さて、これからどうするか。早めに風呂に入ってしまうか………」


扶桑「あ、あの………」


提督「ん? どうした?」


扶桑「その……宜しければ………い、一緒に………なんて……」


提督「…………別に構わんが?」


扶桑「迷惑ですよね………って、え?」


提督「構わないと言ったんだ。あの浴場は1人では広すぎる。かと言って自室に小さいバスルームを備え付けることも出来ない。仕方なく使っていたんだが………」


提督「まあそれはどうでもいいことだな。さて、行こうか?」


扶桑「え、あの、少し待って………聞こえてないのかしら……」




扶桑の言葉に耳を傾けることもなく風呂場へと向かってしまった提督。自分から誘った扶桑だが、どうも落ち着かない様子だ。




扶桑 (ま、まさか簡単に承諾して貰えるとは………自分から誘ってみたものの………どうしてかしら……少し恥ずかしい………)


提督「どうした? 早くしないと風邪引くぞ?」


扶桑「え? あ、はい。今いきます……」




提督が使っている浴場は、艦娘たちが使う入渠ドックに似たようなものだ。1人で使うにはあまりに広すぎるので、提督1人では手持ち無沙汰といったところだ。


ひと通り身体を洗い終わったところで、提督がある質問を扶桑にした。



提督「扶桑、一応ここには檜と岩風呂が設置されているんだが………どっちが良い?」


扶桑「うーん…………それでは檜の方が………」


提督「わかった。それじゃあ行こうか」



扶桑の手を引いて、檜風呂の方へと案内していく提督。ゆっくりと一歩一歩滑らないようにしっかりと気を遣っている。




提督「…………扶桑、さっきから惚けているようだがどうした?」


扶桑「えっ? い、いやそんなことは………」


提督「何か思うところがあるなら遠慮せずに言ってくれ?」


扶桑「あ、あの………それは…………」




なかなか次の言葉が出ない。何だか笑い飛ばされそうな気がして、それが余計に恥ずかしく思えてくるのだ。




扶桑「や、やっぱり何でもないです!」


提督「待て! 少し滑りやすくなっているのに走ったら危ないだろ!!」




急いで追いかける提督だが、そう言ったのもつかの間、扶桑が檜を踏んだところで足を取られて浴槽内に落ちそうになっていた。


間一髪のところで提督が受け止めようとするが、バランスを崩してしまった。重力に逆らうことは出来ずに2人はそのまま浴槽に落ちてしまった。


大きな水しぶきを上げて、お湯が周りに飛び散る。提督が扶桑を庇うような形で湯船に沈んでいる状態だ。


扶桑が湯船から顔を出す。提督の上に乗っていることを思い出してすぐに彼の上から離れる。


提督が顔を出すと、お湯を多量に飲み込んでしまったらしく、激しく咳き込んでいた。




扶桑「だ、大丈夫ですか!?」


提督「だいじょう………ゲホッ!! ゲホッ! ゲホッ!! ………大丈夫だ……」


扶桑「ごめんなさい。私がもう少し気をつけていれば………」


提督「いや……ゲホッ……こっちが受け止められなかったのが悪いんだ。お前が謝ることじゃない………。そっちこそ、大丈夫か?」


扶桑「は、はい………」


提督「ほら、どちらも無事で済んだことだ。そんな暗い顔をするな」


扶桑「……………」


提督「………はぁ、本当に昔から変わらないな。少しの失敗くらい誰にでもある。あまり引きずるな」


扶桑「ごめんなさい………」


提督「………ごめんなさいはナシだ。ほら、こっちに来なさい」




申し訳なさからか、2人の距離が少し離れていたのだ。提督はそれを埋めるように扶桑を引き寄せる。


お互いの肩が触れ合うまでに扶桑を近づけた提督は、そのまま彼女の頭を自身の肩にそっと置かせた。




扶桑「な、何を………」


提督「扶桑。お前は真っ直ぐで正直な奴だからな。1度気にすると気になってしょうがなくなるだろう?」


扶桑「…………」


提督「………いいか? 失敗は誰にでもある。それにお前は常日頃から頑張ってくれてるだろう? 1度の失敗で清算できないくらいに」


扶桑「そう………でしょうか………?」


提督「当たり前だろう? いつもいつも世話になりっぱなしだよこっちは。お互いに苦境を乗り越えてここまでやって来れたんだ」


提督「だからお前も、少しは甘えても良いんじゃないか? あまり肩肘張りすぎても滅入るだけだ。そうだろう?」


扶桑「…………そうですね。でしたらお言葉に甘えて、もう少し……このままで……」


提督「どうぞ好きなだけご自由に。しかし本当に、人生というのは何が起こるか分からんな」


扶桑 「 ? 」


提督「いや、こうしてお前と共に居るとは思わなかったんだよ」


扶桑「それ、前にも聞いた気がします」


提督「そうだったか………? そうか、なら正直に言おうか。私は怖かったんだ。自分のしてしまったことに後悔はしないが、それでも恐れるものは恐れるのだ」


扶桑「…………」


提督「だから、側に居てくるだけで私は嬉しいんだ。戦いにおいてもお前は役に立ってくれるが…………いや、これ以上は止めよう」


扶桑「提督…………。 それも前に聞いたことがありますよ?」


提督「…………そうだったかもしれない。しかし、これだけはお前にはっきりさせたい。過去のことを振り返るのはもう止める。私はもう迷わない。だからもっと先を見よう」


扶桑「もっと先? 例えば?」


提督「これからのことだ。過去に縛られず、振り返らず。ここに居る皆のこと、お前のこと、色々だ」


提督「恥ずかしい話、もう既に衰えを感じていてな。あと数十年生きられるのか………」


扶桑「やめて下さい。縁起でもない………」


提督「ははっ。まあ簡単に死ぬつもりはない。だがその時になって後悔のないように、今のうちにできることをやろうかなと思ってな」


扶桑「例えば?」


提督「そうだな…………。例えば、お前のやりたいこと、望みをかなえてやるとかかな?」


扶桑「私の………?」


提督「何かあるだろう? どこかに行ってみたいとか、何かを食してみたいとか。何でも構わない、どうだ?」


扶桑「そんな………私はあなたと共に居られるだけでも………」


扶桑「…………でも、ほんの少しでも我儘が許されるなら…………」


提督「なんだ? 言ってごらん?」



扶桑の方を向くと、彼女の頬は俯いていた。さらにお湯の熱によるものか、はたまた羞恥心から来るものなのかは分からないが、耳まで真っ赤に染まっていた。


そして消え入るようなか細い声で、行った。



扶桑「…………あなたとの、子が欲しいです。駄目………ですか?」



顔色ひとつ変えない提督だったが、上目遣いで訴えかけてくるその姿に内心はどぎまぎしていた。



提督「それは夜の誘いか? 子を宿したいのか、はたまた快楽に身を預けたいのか。本心はどっちだ?」


扶桑「そっ……それは………どっちも………本音ですけど………」


提督「そんなこと、馬鹿正直に答える必要はないぞ? 本当に正直な奴だな」


扶桑「あなたの前だから、愛する人の前だからこそ正直になれるんですよ?」


提督「ふっ、なるほどな。また一つ勉強になったよ」


扶桑「私が聞きたいのはそっちではなくて…………」


提督「わかってるよ。そうだな………せっかくのお誘いだ、喜んで受けるとしようか」


扶桑「………もう少しムードとかないんですか?」


提督「生憎だがそう言ったことは苦手でね。そもそも50を迎えようとしている男に求めるも何もないだろう?」


扶桑「長生きしていただかないと困りますよ。これからしたいことは山ほどありますから」


提督「当たり前だ。こっちもやりたい事は沢山ある。だがその前に、今夜のひと時を楽しむとしようか」


提督「………楽しみだな」


扶桑「………はい!」




・・・・・・・




2人は何も言わずに風呂場を後にした。お互いに無駄な言葉も交わすことなく静かだ。


食事を済ませて皆が静まり返った夜。2人は一つの部屋に集い、2人を包むのはほんのりと明るい暗闇と、かすかにカーテンを揺らす風。


そしてそれに静かに紛れるように荒い息遣い、甘い声。まるで2人だけのスペース。空間と時間を作り出そうとしているようだった。


一通りキスを堪能した2人。提督が唇を離す。そして、彼女の寝間着。浴衣の帯に手をかけて確認を取る。



提督「………扶桑、脱がすぞ?」


扶桑「………はい。どうぞ……」




決してがっつくことなく、ゆっくりと帯を解いていく。そしてまるで割れ物を扱うように、ゆっくりと浴衣をはだけさせる。


胸、腹、そして秘部。あらゆる箇所が露わになった。彼女は彼の手を掴み、自身の胸を触らせる。




扶桑「あなた………分かりますか? いまとっても興奮しちゃって………。心臓が大きく鼓動を打ってます……」


提督「分かるさ。私も同じだ。もっと、気持ちよくなろうな?」



そういって、彼は彼女の乳房を撫でる。時に強く、時に優しく。変則的な攻めにあっているせいか、いつもより身体が火照っているのが分かる。




扶桑「ん……んぅ……ぁあ………」


提督「本当に綺麗な肌だ。硝子のように透き通っている。素敵だ」


扶桑「い、今になってそんなこと言うのは………反則ですよ………」


提督「何だ? ありのままを言っただけだ、不満なのか?」



感じている彼女に追い討ちをかけるように、彼は乳頭に触れた。急の出来事で驚いたのかはわからないが、彼女の身体が軽く跳ね上がる。




扶桑「ひぅっ! ま、待って……下さい………そんな……んんっ!!」ピクッ


提督「ふふっ、良い反応だ。色々と弱点が多いと助かるよ」



そういって彼は思い思いに彼女の胸を嬲る。強弱をつけながらの焦らすような触り方に興奮して来ているようだ。


さらにそれだけでは終わらせず、彼は彼女の胸を愛撫しながらキスを交わす。彼が唇を離したとき、彼女は我慢が出来ずに懇願した。




扶桑「あなた………お願いします。早く……早く……欲しいです……」



今までしてこなかった反動が来たのかやけに積極的だ。秘部は既に濡れている。



提督「ふっ、残念だがそれは出来んな。ちゃんと前戯も楽しんで貰わなければな」



彼は再び彼女の秘部に手を伸ばす。突然触られた為か、彼女の腰が少し浮いた。


扶桑「んあっ! あぁっ! ん……んぅ!!」




愛液が止めどなく溢れてくる。久方ぶりのことなので、思いの外溜まっているようだ。


そして撫でるだけでは飽き足りないと言わんばかりに、今度は膣に指を潜り込ませる。


敏感に反応する彼女にとっては指でも満ち足りる。それは彼との行為に飢えているといっても良いだろう。



扶桑「ふあぁ……ん……んあぁっ!! あっ……!」



胸を触っていた時とは比べ物にならないくらいの快楽が襲う。的確に弱点を突いてくるのだ。




提督「ここを……こうすると……」グイッ


扶桑「あぁっ!! やあっ……ダメですッ……そこっ………はぁ!」ビクビクッ


提督「ふーん。そこが弱いのは変わらないか。ならここはどうだ?」



まるで開拓でもするように、彼女の膣を弄る。久しく触れられていないからなのか。はたまた本人が待ち望んでいたことだからなのか、お互いに楽しんでいる様にも見える。




提督「ほら、少し弄っただけでもうこれだ。いやらしい匂いを出して誘惑しようとする。悪い子だ」


扶桑「いやあぁぁ………気持ち良くてぇ………変になっちゃいますぅ………」




膣からの分泌液は留まることを知らない。すでに彼の指も彼女の愛液によって濡れている。




提督「見てごらん? もうこんなに濡れている。私の指をこんなに湿らせて、布団までもがビチャビチャだ」



扶桑「あぅ………ごめんなさい。でも、早く……私の中に………入れて欲しいです………」



美しく整いながらも蕩けるような顔。おねだりを求める子供のような甘えた声。今の姿は普段の彼女とは似ても似つかない。




提督「そうだな。そろそろ始めようかとも思ったが………気が変わった。お前の反応が一々可愛くてな。もう少しこのままで居ようか」



扶桑「そんなにされたら………子供を作る前におかしくなっちゃいますからぁ…………ひぅっ!」ビクン


提督「ふっ。おかしくなってもちゃんと今まで通りに側に置いてやるから心配するな。それに………」



提督「まだ我慢できるよな?」グチュ


扶桑「ああぁぁ……嫌だぁ……指だけでイかされるなんてぇ………」


提督「何を今更。今まででも散々よがっておいて、いつの日かは寝ている人の指を勝手に使ってあんなに喘いでいた。そんなお前がいまさら何を言う?」クチュ グチュ


扶桑「だって………今までは気持ち良くなりたいだけだったけれど………あっ……今回は……子供を作るためのものだからぁ………」




正直な彼女の言葉に躊躇った提督だが、先ほどと同じように彼女の膣を弄ぶ。指を入れて動かすほどに、彼女の膣からは泉水のように分泌液が溢れてくる。


快楽に身を打ち震えていた彼女だが、焦らされることにうんざりしたかのように彼を抑え付けて布団へと倒してしまう。



扶桑「あなたぁ……私……もう我慢出来ません……!」ハァハァ




我慢の限界に達したのか、今まで待っていた扶桑がついに業を煮やした。知らぬ間に、彼女は彼の上へと跨っていた。




提督「ぐっ………扶桑、お前………」


扶桑「私が、我慢できなかっただけですから。どうかそのままで………」




そう言って、彼の寝間着の帯を自分にされた事と同じように解いていく。




扶桑「ふふっ。久しぶりに見ても、すごいです」


提督「自分で言うのも何だが、そこまで立派とは言いにくいモノだとは思うがな……」


扶桑「いいんですよ。私だけの………ですから………///」



頬を染めて恥じらう扶桑だが、気を取り直して彼のモノを見続ける。抵抗しないと分かったのか、彼の上から降りるや否や、彼のペニスに指を触れる。



扶桑「このままだとあれなので、少し滑りを良くしましょうね……」



そういって、彼女は彼のモノを咥えた。 彼女の口の中は暖かく、舌をも絡めてくる。ねっとりとした感覚はすぐにでも昇天するほどだ。



扶桑「ん……ちゅっ……じゅる……じゅぷ……じゅるるっ……」




普段の彼女の佇まいからは想像もつかない程に下品な音を立てて咥えている。渾身的な姿が庇護欲を掻き立てられる。



扶桑「んく……んう……じゅる……ちゅぷ……ん……ぷはぁ。これでよし……」



唾液まみれになりながらも十分にいきり立った肉棒に、彼女は自身の秘部を押し付けるように。ゆっくりと腰を下ろしていく。



扶桑「ん……んんっ………んあぁぁ♡」


提督「あっ………! 扶桑……ちょっと……待て………お前……」


扶桑「子供を作るのが目的ですからね。中に出されたら一割五分の確率で妊娠……ふふっ♡」


提督「おい……気が早すぎるぞ……だいたい、行き当たりばったりでどうにかなる問題じゃないんだぞ………」


扶桑「分かってますよそれくらいは。でも嫌じゃないですか……ここまで来て食い下がるなんて」



次の言葉を飲み込むように間を作る扶桑。そして黒い笑みを浮かべて彼の耳元で囁いた。



扶桑「そ・れ・に、あなたが射精しなければいい話ですよ? そんなに嫌だったら我慢でもしてみたらどうですか? まあ、そんなことさせませんけど……ふふっ♡」


提督「おまえ………ぐっ……あぁっ!!」



彼女はそのまま腰を前後にグラインドして快楽を求めようとする。ここまで積極的なのは初めてだ。


おっとりとした雰囲気を普段から醸し出す彼女だが、今この場においては獣の様だ。一心不乱に腰を動かして、快楽を得ようとする獣の姿。


そしてそれと同時に、彼を見下ろす体位を取っていること。彼を独り占めにできているという感覚に幸福感を抱いているようだ。


そんな普段と違う彼女の姿に彼も欲情しているのか、いつもより身体が暑い。彼女の更に積極的な攻めに、こちらが負けそうだ。




提督「扶桑……そろそろ……不味い……」


扶桑「わかってますよ。ふふっ、私も気持ちよくなって………あんっ♡」



そう言うや否や、扶桑は腰の動きを上下のピストン運動に変えて、動きを更に早めた。激しく、艶やかな姿に目を奪われる。



提督「やばい……出そう………」


扶桑「いいですよ……んっ♡ あぁっ♡好きなだけ……出して下さい……♡ 私も、イっちゃいそう………んぅ♡」




いまの彼女は普段と違う。彼から精液を一滴たりとも残さずに搾り取ろうとする女豹だ。




提督「ぐっ……出る……っ。あっ!!」


扶桑「やっ……イクっ……! んあぁっ♡ んっ……! あっ………ぁあ…………」


ほぼ同時に絶頂を迎える2人。有りっ丈の精液を彼女の膣に注ぎ込む彼と、それを受け止める扶桑。絶頂の声をあげて体を快楽に受け渡している。


そして力尽きたように、扶桑は彼の身体に倒れこむ。お互いに快楽の余韻に浸っているのだ。




扶桑「はぁ……ん……ごめんなさい……今すぐ、降りますから………」




少し冷静になったのか、彼に馬乗りしていたことを思い出してゆっくりと彼の隣へと移動する。足腰に力が入らないのか彼の隣に倒れこんだ彼女は、笑顔で下腹部に手を当てていた。



扶桑「ぁ………すごく………気持ちよかったぁ………。んっ……あっ………♡」




未だに余韻に浸っているのか、身体を震わせている。蕩けた顔は男を誘惑するかのように艶かしい。



扶桑「本当の……」


そんな姿を見せられては正気ではいられない。彼の中で何かが弾け飛んだような気がした。




扶桑「あなた………? どうしたんでーー」


提督「喋るな。お前が悪いんだぞ? 」



今までと違う彼の雰囲気に気が付いた扶桑。だが彼は彼女の口を手で塞ぎ、言葉を紡いだ。



扶桑「ん!? んー!」



そして彼女の上に跨るや否や、口を塞ぐ手を外して今度は唇で塞いだ。彼は彼女の口内を弄ぶように舌を入れる。


2人の吐息。快楽に浸る淫靡な声。互いが互いを貪ろうとする姿はなんとも言えない淫らさがあった。


暫くの間、互いに離れることはせずに存分にキスを楽しんだ。そして彼が身体を退かせると、彼女は先ほどの質問をもう一度問いかけた。



扶桑「ん……はぁ………わ、私が悪いって………いったい何を………?」


提督「せっかくお前を傷つけまいと理性で抑えつけているというのに、当のお前は私を誘惑するように身体を微かに痙攣させている」


提督「そして何よりも、子供が欲しいなどと抜かして私から無理やり貪り取ろうとするとはな………」


扶桑「こ、これは………不可抗力というか………なんと言うか………きゃっ!」



彼女の上に覆いかぶさり、身動きが取れないように彼女の手首を押さえつける。


提督「そんなことはもうどうでもいい。今はお前を………」





提督「今はお前を滅茶苦茶にしたい。何もかもを私色に染めてやりたい………」




そう言って彼は再び彼女の中にペニスを挿れた。既に一度済ませてあるからか、先程よりもすんなり入っている。



扶桑「ひぅっ!! そんな急にされたら………あっ……あぁ……ああぁぁ♡」


提督「どうした? さっきより声が出てるぞ?」


扶桑「だって………とっても気持ちよくて………ああぁぁんっ♡」



彼女の答えを制止するように膣深くまで押し込むような動きを続けると、あまの快楽からか喘ぎ声が大きくなっていったのだ。


彼女の今の姿を見ていると、このまま射精してしまうより、もっと恥じらう姿を見てみたくなった。



提督「何だ? 今までのように優しくするわけでもなく、ただ獣のように一心不乱にされている。それが良いのか?」


扶桑「はい………♡ はぁ………ん、あなた……私……もしかしてとてもやらしい女なのかも………」


提督「これから起こることに期待しているのか。ならその期待に応えてやらないとなぁ………」



彼は不敵な笑みを浮かべてペニスを抜いた。その笑顔に一瞬の期待と恐ろしさを覚えた扶桑は恐る恐る聞くことにした。




扶桑「な、何をするつもりなんですか………?」


提督「そうだな………とりあえずこちらに背を向けて腰を下ろしてくれ」


扶桑「はい………これでよろしいですか?」



提督「そうだ。そのままじっとしていろ」



彼女の背後に再び近づく。もちろん今の彼女には彼の姿を見ることができない。


そして後ろからそのまま彼女の乳房を揉みしだいた。彼女の豊満な胸は、少し力を加えるだけでも形を変える。


ただ乳房をいたぶるだけではなく、時には乳首を摘み、時には乳輪をなぞるように触れる。


次々に異なる刺激を受けているからか、彼女の疼きは止まらずに先ほどより愛液が漏れている。


なんとか逃れようと体を揺さぶったりしてみるものの、身体は性欲を満たすことで一杯になっている。



提督「胸を弄られているだけでこの反応は普通とはいえないな。やっぱりお前は変態なのかも知れないな」


扶桑「お、お願いします………。胸は……あんっ♡」


提督「ふん、こんなによがって喘いで発情した顔で言われたら、止める気も失せてしまうな」


扶桑「お願いです……後生ですからぁ………」


提督「なぜ拒む? お前が恋い焦がれてきたものだろう? 身体は正直だぞ? 私を誘惑しようとこんなに淫らな姿を見せる」


扶桑「………いや………いやなの………今の私を認めたら……私が私じゃなくなるみたいで………嫌なんです………」


提督「大丈夫だ。どんなお前であろうと側に置いてやる。だから今は正直になれ。そして解放しろ」ギュッ


扶桑「ま、待って……ぅ………ん………ッ…………♡ 指で抓らないでぇ………………♡」


提督「まだ意地を張るのか。だったらこのまま生殺しというのも面白いかもな」


扶桑「いやあぁぁ………それだけはやだぁ………」


提督「だったらちゃんとお前の口から言ってもらわないとな。ほら、認めないとこのままだぞ?」


扶桑「うぅ………。お、お願いします。私を………んぅ………///」


提督「………はぁ、そもそもおねだりの仕方が成ってないな。お前の、何処を、どうして欲しいんだ? それをしっかり答えないと、このまま放置するぞ?」


扶桑「や、いやぁ………それだけはいやぁ……!」


提督「だったら、しっかりと教えてもらおうか?」


扶桑「………んぅ………お願い……します………私を………私を……犯して……下さい………」



今まで抑え付けていたものを解き放つような声で彼に懇願した。



扶桑「もっと……激しくして下さい……。私の中……もっとメチャクチャにしてぇ………」



今の自身の姿を省みる余裕など彼女にはない。彼を求めることに気が入ってしまっているのだ。


そして我に返って自分の言ったことを恥じた。何というはしたないことを口走ってしまったのかと、耳まで真っ赤にして顔を両手で覆ってしまった。


そんな姿を鼻で笑うように語る提督。もはや彼女の色香に取り込まれていると言っても良いかもしれない。




提督「………少し物足りないが、まあいいだろう。お望み通りにしてやろうか」



そう言って胸を弄っていた手を止めて、彼女にこちらを向くように促した。彼が手にしたのは、彼女の浴衣の帯だ。かなり暗い紺色であった。



提督「今からこれを使ってお前を楽しませてやろう。さて、どうすると思う?」



まるで嘲笑うような口ぶりで尋ねた。彼女の気分を昂めるためにしている事だ。だが実際のところ、自分の持っている嗜虐心を満たすためでもあるのだ。


これで手を縛るつもりなのかと尋ねてきた。恐怖心と期待感の入り混じった彼女の姿を見ると、更に虐めてみたくなる。



提督「何だ? 縛られてみたいのか? まあそのつもりはなかったがな。考えてやるよ。正解はな………」



そう言って彼女の目を覆うように帯をかけ、後頭部で端を結んだ。彼女の視界は塞がれて、感覚を1つ失った状態となった。



扶桑「いや………怖い………やめて下さい………!」


提督「怖い? 違うだろう? お前は期待しているんだよ。これから自分がどんなことをされるのか、楽しみにしているんだろう?」


扶桑「た、楽しみになんて………お願いですから解いて……本当に怖いの………」




扶桑の言葉をかき消すように、彼女のしっとりとした柔肌を愛撫して、その気にさせようと様々な所を触れる。いつもと異なる感覚に、身体が震えていた。



扶桑「な、なんで……何でこんなに……気持ちいい………んんっ♡ やあぁぁ♡」ビクッ


提督「視界を奪われて気持ちよくなってるのか? やっぱりお前はどうしようもない淫乱だな」


扶桑「違う………違うのぉ………私は……淫乱なんかじゃ……ん……ない……んんっ♡」


提督「よく言うよ。下の方はこんなに濡らしておきながら、まだ否定するつもりか? だったらこっちに直接聞いてみようか?」


扶桑「こっちって………」



提督「扶桑、まずは四つん這いになれ。掌と膝を床につけて、尻をこっちに向けるんだ」


扶桑「こ、こうですか……?」




一切の恥じらいを持つこともなく、ただ言われた通りにしている。これからのことに対しての期待感が大きいためか、自身の姿は気に留めていないようにも見える。



提督「よし、そのままだ。その目隠し、もし外したらその瞬間で終わらせるからな?」



扶桑は何も言わずに首を縦に振った。それを見た彼はすかさず彼女の腰を掴んで、自身のペニスをもう一度彼女の膣に入れる。


今までの度重なる刺激に耐えきれず声を漏らす扶桑。快楽で震えた声は、聞いた男をその気にさせるように甘美な声だ。



扶桑「あんっ♡ そんな急にされたら………んんっ! 」


提督「くっ………不味いな………直ぐにまた出てしまいそうだ………」


扶桑「んんっ♡ 嫌ぁ! 怖い……怖いのぉ! 外して……目隠し外してぇ!!」



怖い怖いと声を上げながらも、恐怖とは正反対の行動を体が取ってしまう。1度終えたところで、今まで溜め込んで来た欲が発散できた訳ではない。


こんな背徳的な状況を理性で拒みつつも、身体は正直に反応してしまう。荒い息をあげて、甘い吐息が漏れている。



扶桑「あなた………お願いですからぁ……目隠しをとって下さい………本当に嫌だからぁ……取ってぇ……」グスッ



涙を浮かべて抵抗するが、その行為がかえって逆効果になっていることに気づいていない。彼がもつ加虐心を更に焚きつけるだけだ。


今度は彼が自身の寝間着の帯を持つ。そして両腕を持ち上げられる。そして腰に当てられ、両手首に布が擦れる感覚がする。


締め付けられる感覚と、キュッキュッという布を縛る音。これで全てを理解した。



扶桑「やあぁぁぁ!! お願いします! 腕を縛らないでぇぇぇ!! 許してぇぇ!! 勝手なことしたのは謝りますからぁぁぁぁ!!」



目隠しをされていても、彼女が大粒の涙を流しているのは察することができるだろう。声が震えているのも分かる。だが、今の彼には彼女の声は聞こえない。ただ彼を悦ばせるだけだ。


そして目隠しをされ、手を縛られて身動きできずに懇願している今の姿は、更に彼の嗜虐心を再燃させる。



別に勝手に馬乗りになったことに起こっているわけではない。ただ扶桑の今の姿を見ていると、何故か虐めたくなってしまう。


彼は身動きが取れないという彼女の今の姿から、もっとも最低な答えを導き出す。彼女の言葉に一切答えないというものだった。


現に帯を解いてほしいという頼みには一切答えていない。返事はないが、無理やりピストン運動を繰り返しているという状態だ。




扶桑「お願いします……やめて……もうやめてぇ………」グスッ



鼻をすすり、嗚咽交じりの声で懇願しても一切答えない。それどころか更に動きを早めていく。



扶桑「いやあぁぁ!! やめてぇ! 離して! 離してぇ!!」




視界を奪われ、手の自由も奪われた。ただただ恐怖を煽られて、今までで最も激しく残忍な行為に感じている。



だがその反面、この常軌を逸した背徳感が2人をさらに昂ぶらせていることも事実だ。


もし今の相手が提督でなければどうしようといった背徳感から生まれる毒薬のような快楽。


身動きを封じてまともではないことを扶桑に強いて、物理的に彼女を独占している感覚。


お互いに自身の黒い欲を曝け出しているこの空間は、先ほどまでの甘い雰囲気を打ち壊して現れた狂気だ。


互いが互いを強すぎるほど思ったが為に、互いが互いを欲するあまりに、お互いを蝕みあった共依存に近い2人。もはや他のものから見てもわかるほどに妖艶で禍々しくて美しい姿だ。


暫くして射精感に襲われると、更に自身の黒い欲をぶつけようと腰の動きも激しくなる。



彼女も口では否定していながらも、この奇特な状況を愉しんでいる。快楽の波が押し寄せて、絶頂を迎えようとしている。



扶桑「あっ、あぁっ! んんっ! あっ! やぁ♡ あっ♡ ダメっ…….! 」



提督「なんだ? ダメなら本当に止めてしまうぞ?」



扶桑「あんっ♡ あっ、あっ、ぁぁあああ♡ やらぁ♡ それはいやらのぉぉ♡ 」


提督「あれも嫌、これも嫌。わがままな女だ。そんなお前にはお仕置きが必要だ。なぁ?」



扶桑「おしおき………? いや…いやだぁ………お願いだからぁ……酷いことしないでぇ………♡」



提督「お前から誘惑しておいてッ……その言い方はないんじゃないか?」


扶桑「ゆ、ゆうわくなんてぇ……してませんよぉ………」


提督「そうかそうか。だったらこのまま私が勝手に楽しんで、最後は外に出してそのまま終わりにするぞ? 嫌だろう? そのまま生殺しにされるのも?」


扶桑「うぅ………はい………ちゃんと聞きます………聞きますから離して………」



その言葉には答えずに、彼は彼女の耳に消え入るほどに小さな声でそっと話しかけた。



提督「お前へのお仕置きはたった1つだ」



そして目隠しとして使っていた帯を解いて、自分の顔を彼女の顔に近づけて再び小さな声で囁いた。



提督「………お前には私の子を産んでもらう。それだけだ」


扶桑「え……いま、なんて……?」


提督「お前には私の子を産んでもらうと言ったんだ。………今まで迷って済まなかった」


扶桑「え………」


提督「………作ろう。お前と私の宝物を。………って、少し恥ずかしいな」



段々と、扶桑の目に涙が溜まっていく。そしてゆっくりと一筋の涙が流れていく。


扶桑「うれしい………うれしいです……けど………」


提督「けど? 」


扶桑「できれば………乱暴にされるよりは………しっかりと愛し合いたい………です」


提督「そうだな。怖い思いをさせて済まなかった」


扶桑「でも、最後の方は段々と………や、ちがっ……うぅ………///」カァァ



その後の言葉を飲み込んで、真っ赤にした顔を縛られている手で隠そうとした。それだと解けないと言って、彼女の手を元の位置に戻す。



提督「今までお前のことをただ綺麗で美人な女だと思っていたが、それだけじゃないみたいだな。ただ美しいだけでなく、案外可愛いところもあるみたいだ」


扶桑「うぅ………だからそういうことは………」


提督「ほら、これで動けるだろう?」




彼女の手を縛っていた帯を解いて、動かせることを確かめさせる。そして今度は布団に押し倒し、彼女に覆い被さる。



提督「もう前戯も要らないだろう。このまま………」


扶桑「はい………どうぞ………」




先ほどまでとは違い、優しく労わるように行為を始める。激しくありながらもそれは暴力的なものではなく、寧ろ愛ゆえの激しさといったところだ。


彼女の愛液が肉棒によってかき混ぜられる音。お互いの腿の肉がぶつかり合う音。様々な音が木霊する部屋の中で、お互いの耳に入るのはお互いの吐息だけ。


決して無理に声を上げる必要もない。快感を得れば自然に声も甘くなる。自然に甘い声が出れば、そのまま喘ぎ声に変わっていく。


無理やり嬌声をあげて昂らせる必要もない。只々淑やかに、艶やかに交わるのだ。



扶桑「はぁ……ん……あぁ………あっ……」


提督「これだけだと……っ、物足りないだろう? ほら、こうやって胸を揉んだりーー」


扶桑「あっ、んっ♡ んんっ! あんっ♡ 触り方、そんな、いやらしい………、やっ、ああっ♡」



下から持ち上げられて、ゆっくりと回されるような触り方。豊満なその乳房は仰向けにされていても重力に負けずにそのハリを保っている。



そしてその2つの攻めは、彼女の吐息を甘くしていった。顔を赤らめて彼を見るその目は、先ほどよりも甘く、顔はすっかり欲情していた。




提督「物欲しそうな顔を浮かべてくれるな。だったら次は乳輪をなぞってみたり………」


扶桑「はぁ……ん、あっ、あぁっ……♡ ひぅっ!! うぅ………んっ、ぁぁ……♡ んっ、くすぐったぃ……けど……、気持ちいい………♡」ゾクゾク


何とも言えない快楽ともどかしさ。この2つが彼女の欲を昂ぶらせている。乳輪をなぞる彼の指が、乳首に少し触れるだけで身体をよじらせる。


それを何度か繰り返していると、その感覚を味わうことを楽しみにしている節が彼女から出て来た。



提督「さて、そろそろお互い我慢もっ、出来ないだろう? もっと気持ちよくならないと、なっ………」



そう言って指を彼女の乳首へと動かした。なるべく軽い力で触れて、痛みを感じさせないようにしている。


扶桑「ああぁぁっ♡ ダメっ! ですっ♡ あっ、んんっっ! あぁ♡ やっ、あぁっ、ああぁあっ♡ 」ビクンッ



ビクビクと身体を震わせて、胸と膣からの快楽に悶えている。その妖艶な姿は、彼のピストン運動を早める引き金になった。



提督「はぁっ、あっ、ぐっ、ふ……扶桑、出すぞっ、お前の、中にっ!」


扶桑「あぁっ♡ はぁっ♡ はいぃ♡ 出してぇぇ♡ 赤ちゃんっ、欲しいからあぁぁ♡ 私を孕ませてえぇぇぇ♡」



蕩けた顔。上気した頬。これでもかというほど彼を求めているその反応は、この世のどの男が見ても彼女に欲情してしまうことだろう。




提督「っ……わかったよ。だったら、1番奥で出してっ、やるからなっ!」グッ



ここに来て彼女への愛撫も疎かになり、ただただ腰を振ることしか出来なくなってきている。先ほどより深く、そして早く、彼女の膣を蹂躙していく。




扶桑「やあぁぁぁ♡ さっきより奥に来てっ♡ ああぁぁぁイっちゃいますうぅぅ♡ こんなのぉ、我慢できないですうぅぅぅぅ♡」


提督「我慢なんて、するなよ………っ、こっちも、我慢なんか出来ないからなっ………!」


扶桑「ああぁぁっ♡ ダメですもう我慢できないぃぃぃぃ!! イクっ♡ ああぁぁぁぁイクうぅぅぅぅぅ!! ♡」ビクビケッ



快楽に溺れて涙を流し、涎を垂らしながら彼女は絶頂を迎えた。それと同時に、彼もまた彼女の中で射精した。


ビクビクと震えるのと同時に、彼女の膣は彼の肉棒をきゅうきゅうと締め付ける。まるで精子を一滴たりとも残さず搾り取ろうとしているようだ。


涙と涎に塗れただらしない顔をしながらも、彼の腕を握りしめて身体を震わせている姿はとても色っぽく彼の瞳に映る。


そしてしばらくの間、吐息だけが響く時間が続いた。お互いにこの余韻に浸っていたいのだ。




扶桑「はぁ………はぁ……んっ♡ ぁあ………凄いです。2回目なのに、こんなに出して頂けて♡」



提督「はぁ………我ながら………情けなく思うよ。お前の身体に夢中になる余りに、こんなに出してしまった。まったく、年甲斐もなく情事に溺れるとはな」


扶桑「とりあえず、気温が高いとはいえこのままでは風邪をひいてしまいます。汗もかいていることですし、服を着ましょう?」


提督「そうだな。抜くぞ?」グッ


扶桑「あっ♡ んんっ………あんっ♡ あぁ…………」ビクンッ


提督「大丈夫か?」


扶桑「んっ………はい、大丈夫です」



お互いに服を着直して、2人で同じ布団に潜る。これもいつも通りだ。


射精した後はどうしても眠気が強くなる。だが、それを何とか堪えて彼女とのひと時を過ごそうとする。




提督「今日は随分とその…………済まなかった。怖い思いをさせて………」


扶桑「………本当に怖かったんですからね。………でも、もういいです」


提督「まあ、最後はお互い満足できたようで良かったんじゃないか?」


扶桑「あなた………あの………その………もう一回というのは………わがままですか?」


提督「まだ足りないのか? ………付き合いたいのは山々だが、体力がもたない。あぁ、寄る年波には勝てぬとはよく言ったものだ」


扶桑「………いえ、私の方こそ済みません……」


提督「………一つ聞きたかったんだが、もし子供が産まれるとしたら、どちらが望みなんだ?」


扶桑「そうですね………私としてはどちらでも。でも仮に女の子が産まれたとしたら、私は艦娘にはしたくないです」


提督「そうなのか…………。今の時代、男でも女でも能力さえあれば提督にはなれる。司令官となるのはどうだ?」


扶桑「…………男の子でしたらそれでも良いですけど、女の子だとしたら私は、娘には普通の女の子として過ごして欲しいんだと思います」


提督「それは、本人が艦娘や提督になりたいと言ってもか?」


扶桑「もちろん、本人の意思は尊重させたいです。でも私たちがしていることをしっかりと理解してくれるなら………」


扶桑「私たちがどんな思いで命をかけて戦っているのか。どんな思いで私たちを見送るのか。それが本当に分かってくれる子に育ったなら、私は何も言いません」


提督「そうか………。そうだな。私もそう思うよ。…………明日も早い、そろそろ寝ようか?」


扶桑「……………ごめんなさい。やっぱり私、我慢できません!!」




そう言って扶桑は提督を押し倒した。その目は彼を求める目だ。彼を顔を一点に見つめて、吐息を荒げている。



提督「おい! これ以上は無理だと………!!」


扶桑「私が動きますから………もう、抑えられないんです。だから………」



提督「………わかったよ。ここまでくれば最後まで付き合おう。はぁ、本当に、あんなにお淑やかだったお前がこうまで積極的になるとは思わなかったよ」


扶桑「………私をこんな風にしてしまったのも、あなたの所為ですからね? ちゃんと責任とってくれないと、許しませんよ?」


提督「ははっ、分かったよ。その台詞、そっくりそのまま返させてもらうよ。今夜は眠れないほどに楽しい夜にしようじゃないか」





それからおよそ5時間ほど、2人はこの夜を愉しんだ。お互いに最後の一滴まで、性を搾り尽くした。それほどに濃厚な一夜を過ごした。


お互いが体力の限界を迎えたところで、布団にぐったりと倒れこみ、そのままお互いに眠ってしまったようだ。


次の日、6時の総員起こしになっても起きて来ない提督と扶桑を心配した他の艦娘達が2人の部屋に入って一悶着あったのだが、それはまた別のお話。



・・・・・・


後書き

お久しぶりでございます。まず始めに謝罪と近況報告をさせて頂きます。

始めに、ここまで長い間、更新を止めてしまったことを大変申し訳なく思っています。モチベーションが下がったことも1つの要因ではありますが、私自身の力不足や、生活環境の変化などによりほとんど手をつけられずにいたことが、ここまで放置してしまった原因でございます。

自身でも言い訳になっていることは重々承知しておりますが、以前からこの駄作をご覧頂いた皆様、並びに新らしくこの作品をご覧下さった皆様の楽しみ、期待を裏切るような形としてしまったことを、ここに深く反省いたします。

また、先日お伝えした通り、続きをUP致しました。この先もう少し続きますが、いつUPできるかわかりません。

ですので、偶にで結構です。「あんな作品あったな」「久々に見て見るか」程度で構いません。また2年後でも3年後にでも見に来ていただけたら幸いです。


この枠で艦娘を5〜7隻ほど追加させたいと思っているので、要望があればお聞かせ下さい。なるべく駆逐艦にして頂けるとありがたいです。

完全に決まりましたので報告させて頂きます。

早霜、荒潮、秋月、朝潮、満潮、黒潮、Warspite

とさせて頂きます。


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SS好きの名無しさんから
2018-01-04 00:51:04

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2017-06-13 20:00:43

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2018-01-04 00:51:12

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2017-06-13 20:00:37

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2017-01-16 18:22:00

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1: レイン 2017-09-02 23:08:34 ID: xXy0ekJn

ストーリーが面白い!


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