2017-03-07 14:20:34 更新

概要

2066年、元旦の未明。

宴会終わりの挨拶と、妙高の厄介な姉バカの発露。

扶桑の静かな内面と、提督の一人の時間。

謎の巫女と、堅洲島の由来について話す、青葉と衣笠。

そして、電の悩みを聞く第六駆逐隊。

その頃、利島鎮守府では、鎮守府の解散と、一部の艦娘の矯正施設行き、そして、浦風の怒声が響く。

銚子市のとある病院では、殺されたはずの男が意識を取り戻していた。

そして、真夜中から始まる戦艦勢の呑み会と、曙に何かを感じ取る姫の、忘れられた何かのお話。


前書き

磯波、望月の所属していた利島鎮守府と、そこの浦風が出てきます。

武装憲兵隊に所属している艦娘や人物が、ぽつぽつ出てきましたね。

この伊勢と日向は、横須賀で提督が少しだけ言葉を交わした二人です。

果たして、利島鎮守府の磯風はどうなったのでしょうか?

また、珍しく提督が本音を吐露しているシーンが出てきます。このままだと悲しい結末にしかならなさそうですが・・・。


[第四十三話 2066年、元旦 ]




―2066年1月1日、マルヒトサンマル(午前1時30分)過ぎ。堅洲島鎮守府、メイン棟廊下。


―扶桑と提督は、『遠江』と名付けた戦艦の眠る船渠を後にし、執務室に向かっていたのだが、宴会を終えて浴衣姿の空母・重巡勢と出くわした。


提督「あれっ?どうした?みんな勢ぞろいで。宴会は・・・楽しめたようだな・・・」


―妙高型全員と、赤城、加賀、鳳翔、青葉、古鷹、そして特防の瑞穂が一緒だが、全員それなりに呑んでいるようだ。


妙高「提督、あけましておめでとうございます。大浴場での宴会、満喫させていただきました。待遇に恥じぬ働きをさせていただきますね。うふふ」


那智「貴様のお勧めの酒はなかなかに良いな。辛いようで辛くなく、品が無い様で品があり、突き放す様で呑みやすい。なかなか良い酒だったぞ。今年は暴れまわるから、見ていてもらおうか!」


羽黒「提督~、とーっても楽しいお酒の時間、ありがとうございました!羽黒、姉さんたちに後れを取らないように、頑張りますね!」ニコッ


赤城「あけましておめでとうございます。提督、いつもたくさん美味しいものを食べさせてくださって、ありがとうございます!加賀さんもいる事ですし、今年は期待以上に暴れて見せますね!」


加賀「提督、あけましておめでとうございます。まだ、着任して間がありませんが、期待値で厚遇していただき、恐縮です。全ての戦場を赤城さんと共に切り開いて見せますので、今年は宜しくお願いいたします!」


鳳翔「楽しい時間をありがとうございました。軽空母なうえに、末席を汚す程度の私ではありますが、身命を尽くしますので、今年も何卒よろしくお願いいたしますね。明けましておめでとうございます!」


提督「ちょっ、どうしたんだ?みんな、そんなかしこまって。今日は宴会だって無礼講でいいんだ。堅苦しいのは無しでいいんじゃないか?・・・気持ちはとても嬉しいけどさ」


青葉「あれっ?皆さんなにかそういう挨拶を考えていた感じなんですか?・・・ガサは?」


衣笠「ううん?いつの間にって感じだけど・・・」


青葉「だよねぇ?提督、あけましておめでとうございます!ガサともども、今年もよろしくお願いしますね。・・・えーと、何か一言お願いします!」


提督「えっ?いきなり挨拶かよ!・・・まあ、詳しい事は明日話すが、今年は大変だからな。みんなじっくり英気を養っといてくれ」


瑞穂「堅洲島の提督さん、こんな機会まで作っていただき、本当にありがとうございます。久しぶりに、鎮守府時代に戻れた気がします。楽しい時間をありがとうございました」


提督「そんな瑞穂さんに朗報だよ。君を深海化させているものをほぼ確実に除去できるそうだ。この任務は明日中にこなす予定なので、じっくり休んでおいて欲しい」


瑞穂「本当ですか!?そんな事が?」


扶桑「はい。詳細は明日お話しますが、本日をもって解放された、この鎮守府の施設で可能です。・・・もう、追われたり、狙われることはないわ」


瑞穂「・・・なんて事でしょう!ここに賭けてみて良かった・・・本当に!・・・本当に・・・」グスッ


提督「勝者は全てを得る。それだけだよ。でも良かった」ニコッ


青葉「提督、宴会ありがとうございました。今年もよろしくお願いしますね!・・・じゃあ、これから、ガサと一緒に各神社仏閣に行ってる子たちの取材に行ってきまーす!・・・あ、全員のベストショットを撮って来ますけど、誰か特に写真の欲しい子はいますか?」ニコニコ


提督「ん?全員撮るなら問題ないだろう?」


青葉「やだなー、特にって言ったら、特に価値のありそうな写真って事ですよー?」ニヤニヤ


提督「意味深だな・・・。じゃあ、それも青葉に任せるよ」


扶桑(いらない、とは、言わないのね)クスッ


青葉「ふふふ、わかりました!青葉にお任せください!・・・じゃあ、ガサ、行こうか!」ダッ


衣笠「あっ!・・・提督、今年は私も大暴れするからよろしくね!それと、宴会楽しかったです!今度は提督も一緒だといいですね!・・・青葉待ってってば!」


―ここで提督は、足柄が隅の方で妙におとなしいのに気付いた。


提督「あれ?足柄、なんか大人しくないか?夕方の実弾演習の件なら、もう気にしなくていいんだぞ?こうして扶桑と一緒に居るくらいだしさ」


足柄「あ、はい・・・それは大丈夫です。提督、今年もよろしくお願いいたしますね・・・。というか、ああもうやっぱり黙ってられない!提督、もっと戦いたいです!実弾演習すっごく楽しかったわ!宴会もいいけれど、私はとにかく戦いたいの!まだ小笠原に出撃できないかしら?」


妙高「足柄!だからその話は、今日はするなって言ったでしょう?」


足柄「でも姉さん、近海の警備や捜索ばかりでは物足りないの!今日は無礼講でしょ?何も出過ぎた具申をするようなつもりはないわ!」


提督「ん?どういう話だ?」


那智「足柄は酒より夜戦の話より、何より戦いたいのだと言ってきかないんだ。せっかくの酒の席なのに、途中からは戦わせろの一点張りで、姉さんに叱られたばかり、というわけさ」


扶桑(ああ、この子も戦意が高揚したままなのね・・・)


提督「・・・足柄、頼りにしてるぞ。あと二日三日、待っててくれ」


妙高「えっ?すいません提督」


足柄「ほらね、姉さんたち!提督は分かってくれるのよ!ねえ提督、そうでしょ?お酒を飲んでもとにかく気持ちが高ぶって仕方ないわ!」


妙高「・・・」ギロッ


足柄「・・・な、なーんてね(まずい・・・姉さんがここまで怒ってると思わなかった・・・)」


羽黒(大変!妙高姉さんが怒りそう!)


提督「小笠原はさ、とにかく暴れまわることが肝心なんだ。足柄がそんな感じだと心強いもんさ。・・・というか、何で妙高はそんなに怒ってるんだ?そこまで怒る事かね?」


妙高「えっ?それは・・・」


足柄「あれ?そういえば、何で私、今日はこんなに怒られてるの?いつもこんな感じよね?」


羽黒・那智(そういえば、ちょっと怒りすぎな気もする。なぜ?)


―妙高は提督と扶桑、姉妹を見回して、小さくため息をついた。


妙高「足柄、あなた、せっかく秘書艦になったし、器量もいいし仕事も出来るのに、提督に全く女性として見られていないわよ?それでいいの?姉としては全く納得がいかないわ」


足柄「・・・・・・え?ごめん何て?」


羽黒・那智「えっ?」


妙高「提督も提督です。駆逐の子と戦艦の方たちにしかご興味はございませんか?うちの足柄はとてもいい子だし、秘書艦もこなしているでしょう?戦意高くて勇敢ですし、スタイルも良いし可愛いし、料理も得意なんです。でも、この通りの戦闘狂ですから、提督に全く女として見られていません。それが姉として慚愧の念に堪えません!」


足柄「ちょっと、姉さん?何を言っているの?」


那智「・・・まずいぞ羽黒、妙高姉さん、悪い酔い方をして姉バカが出てるぞ(小声)」ボソッ


羽黒「これ、まずいパターンですね・・・(小声)」ボソッ


提督「ごめんちょっと話を整理しようか。要するに、妙高はどんな状態が理想的だと思ってるの?」


妙高「提督、足柄はかわいいですか?かわいくないですか?」ヒック


提督「・・・え?」


―ここで全員、妙高の口調はきっちりしていても、目が座っていることに気付いた。


足柄「姉さん、ちょっと!それこそ失礼な話よ?ねえ提督?」


妙高「あなたは黙ってなさい!大事な話をしているでしょう?」


足柄「大事かなぁ?」


妙高「何か言ったかしら?」ニコォ


足柄「いえいえ何も!全く!」ブンブン


提督「・・・なるほど。いや、妙高姉さんの言う事も尤もだな。心配は要らない。この通り見た目の通りに評価しているから大丈夫だぞ?」


妙高「あら?そうだったんですか?」


提督「料理が得意なのは聞いていたから、今度カツカレーでもいただこうかと思っているし、戦意申し分なし、有能、美人、スタイル良しで、秘書艦して貰っていると見た目で癒されるぞ?」


赤城「・・・今、カツカレーと言いましたか?」


加賀「赤城さん、今はそこに突っ込んでいいタイミングではなさそうよ?」


足柄「ちょ、ちょっと、提督?何を・・・あいたっ!」ガスッ!


―妙高からは見えない位置で、那智の肘が足柄のわき腹を小突いた。


那智「馬鹿!足柄、提督がまずい空気を読んで合わせているんだ。合わせておけ!(小声)」


足柄「・・・そうそう、提督ったら、いつも私の事を褒めてくれるのよぉ!(裏声)」


羽黒(絶望的にお芝居が下手・・・)


扶桑「・・・」


―扶桑は下を向いたが、微かに肩が震えている。


妙高「・・・そうでしたか。私の思い過ごしですね?・・・提督、普段はこんな話はどうかとは思うのですが、無礼講なのでお話しさせてください。駆逐艦の子たちは可愛らしいですし、戦艦は大人の魅力がありますが、重巡も良いものですよ?」ニコッ


提督「そ、そうだな・・・(なんだこれ?)」


―提督は特に何も考えていなかったが、秘書艦も、よくかかわる子も、確かに駆逐艦と戦艦だ。


妙高「どうにも違和感があるんですよね。なぜ、戦艦と駆逐艦なのか?間がすっぽり抜けているんですよ。羽黒とか足柄とか、良いと思いますが」


那智(・・・なぜ私が抜けている?)


提督「なぜ那智を抜く?美人だろうに」


妙高「!」


那智「貴様よく・・・なんだとっ?・・・ばっ、馬鹿な事を言うな・・・」カアッ


提督「あと、はぐちゃんは可愛いよな」


羽黒「えへっ、ありがとうございます!」


―羽黒はかなり酔っているので、いつもの引っ込み思案が消えている。


妙高「・・・あら?提督、色々とわかってらっしゃったんですね!」ニコニコ


足柄(ナイスフォロー!)


鳳翔「あの、無礼講なら私もお話ししたい事が、あるのですが。・・・空母はお嫌いですか?」


提督「いや、さっきからよくわからないが、艦種がどうこうってくくりは頭の中に全くないぞ?しかし、皆はその辺の捉え方が違うんだな。参考になると同時に、気にし過ぎではないか?と思うが・・・」


鳳翔「いえ。構ってくださらないと、私だって拗ねますからね?・・・なんて、冗談ですけれど」ニコニコ


提督「・・・正直な事を言うと、鳳翔さんにはちょっと気を使ってるよ。着任の時の一件があるからさ」


鳳翔「あっ!やっぱりそうでしたか?」


―立ちション目撃・ファスナー挟みの件だ。


提督「あんなの恥ずかしすぎて気を遣うって!もう絶対鳳翔さんの頭の中ではそういうイメージだと思うからさ」


鳳翔「いえ!そんな事・・・くっ!すいません・・・」プルプル


提督「ほらー。・・・でも、まあ笑える話は多くて邪魔になるもんじゃないからな」


扶桑「なんだか、さっきから笑いを堪えるのが大変だわ・・・」クスッ


妙高「・・・さてと、提督、無礼講とはいえ、立ち入ったお話に答えていただき、ありがとうございました。夜もだいぶ遅くなりましたし、これで失礼いたしますね」


足柄「すいません提督。ご面倒をおかけして。そろそろ休みますね」


妙高「何を言っているの?足柄、あなたはまだ勤めがあるわ」


足柄「へ?(まさか・・・!)」


妙高「提督のお考えも分かったし、足柄、今夜はあなたが提督のお部屋に行きなさい。しっかり決めてくるのよ?」


足柄「何をですか!?」


提督「何でそうなるんだ、まったく・・・ふふ」


妙高「いえ、真面目な話なのですが・・・。私としては、高雄型が来る前に、ここでの様々な大切な役割を担いたいと考えておりますので」


提督「高雄型?どういう意味だ?」


―しかし、提督の疑問に妙高は答えない。


妙高「・・・というわけで、足柄、わかったわね?」


足柄「姉さん、悪酔いし過ぎよ?・・・提督、ごめんなさい」


―ここで妙高はもう少し強く言いたげだったが、扶桑が気を利かせた。


扶桑「妙高、ごめんなさい。今夜はまだ打ち合わせが残っているのよ。明日詳細は説明されるけれど、新型艦艇の設計と運用に関して、今夜中に詰めなくてはならない事が幾つかあるわ。妹たちを思うあなたの気持ちは、私もよくわかるのだけれど・・・。提督、寝る時間が無くなってしまいますよ?」


提督「ん、そうだったな。すまないがここで失礼するよ」


妙高「そうでしたか?そういう事なら・・・」


足柄(ありがとう、扶桑さん)


―提督と扶桑は、妙高たちや空母勢に挨拶すると、その場を立ち去った。



―近くの廊下


提督「扶桑、ナイスフォローだな。しかし、妙高があんなに妹思いだったとは・・・。高雄型が来ると何が都合が悪いのかは分からなかったが」


扶桑「妙高が珍しく酔っていましたね。それでも、・・・ふふ、妹たちの事ばかり。ただ、提督の事をわかっていないわ。高雄型はスタイルがとてもよくて能力の高い子ばかりだから、気になってしまうのでしょうけれど」


提督「ああ、そういう事か・・・。スタイルねぇ・・・人のガワだからな。見た目やそういうのも大事だが、結局は中身なり、相性なりだよな。人の関係なんて」


扶桑「・・・そうですね。誰とも親しげで、話題も豊富だけれど、心の奥底の扉は誰にも開かせないような・・・そんな方もいますしね」クスッ


提督「・・・そんなんじゃないさ」


扶桑「・・・誰も、あなたの事とは言っていませんよ?」クスッ


―扶桑は、提督がよく使う話の振り方を真似ている。


提督「あっ、やられたな。一本取られたよ」フッ


扶桑「ふふ。今年は良い年になりそうです。では、おやすみなさい、提督」


提督「ああ、遅くまでありがとう。おやすみ」


―提督は扶桑に挨拶すると、部屋に戻った。



―提督の私室。


提督「・・・ふぅ」コトッ


提督(心の奥底の扉か。驚いたな。・・・懐かしい言い回しをするんだな)


―照明を落としたままの部屋で、ショットでバーボンを呑み、落ち着いた提督は、窓の外の夜空を眺めた。


提督(どうやら、おれの死に場所はマリアナらしいな。今度こそ、終われそうだな・・・)


―もし、自分が為政者なら、自分のような厄介な存在に問題を片付けさせ、用済みになったら全てを丸ごと消し去るような方法を取るだろう。おそらく、この話もそうなるはずだ。別にそれは構わない。ただ、艦娘たちだけは、そうならないようにして、全てが終わったら、好きな未来を選べるようにしてやりたい。それさえ叶えば、別に自分の事はいい。


提督(生に憩う処無し、か・・・せめて死の先が休息であればいいが・・・)


―自分の生にはほとんど執着がなく、しかし他人には優しく、責任感が強い。それはひどく心を痛めつける生き方を強いてきたが、同時に、どこまでも自分を高めていく生き方で、こと戦闘に関しては、それが人間離れした強さを手にする結果につながるという矛盾に、鈍感なこの男は気づいていなかった。自分で自分を死ねなくしていっているのだ。そして、それは尊敬や好意を集めてしまう事も意味していたが、今までの他人からのそれらは、一人の親友を除いては、関係に永続性が無く、むしろ多くの裏切りに近い結果ばかりを見ることになり、虚無を加速させていき、この男の浮世離れと人嫌いに拍車をかけ続けていた。


―しかし艦娘は、少し人間と違う。提督はそれを、まだ心からは理解していなかった。



―同時刻、堅洲島昆嶽(こんだけ)神社。


―第六駆逐隊の四人、暁、響、雷、電は、年配の巫女の指示に従ってお札処の手伝いをしていた。と言っても、そう賑わいは無く、人もまばらだし、ある程度の私語も問題ないとの事だったので、電の悩みについての相談会になっていた。


響「やっぱり、司令官に話してみた方が良いと思うな」


暁「でしょう?ね、電、あなたは考え過ぎなの。秘書艦のお仕事がしたいのは事実なんだから、気にしないで司令官に言えばいいのよ」


電「司令官さんはそう言えば秘書艦にはしてくれると思うけど、必要と思っているわけではないかもなの。今だって秘書艦は沢山いるんだし・・・」


雷「ああもう!じれったいのね。いいわ!私が司令官に聞いたげるから!」


電「あっ!それはしないで!司令官さんが必要としてくれたらでいいの。だから大丈夫。みんなごめんね?」


暁「電・・・」


―秘書艦に立候補するタイミングを失ってしまった電は、吹雪と同じような悩みを抱えていた。実際には堅洲島の秘書艦はまだまだ足りないくらいなのだが、吹雪も電も一般的な鎮守府の秘書艦の数と比較してしまっていたため、秘書艦をしたくても声を上げられずにいたのだ。



―同じ頃、堅洲島大伽羅神社


青葉「やほー!皆さん頑張ってますねぇ!」パシャパシャッ


衣笠「お疲れ様でーす!」


山城「来る頃だと思ったわ。もう宴会はお開きなの?姉さまたちは?」


青葉「宴会はもう終わりです。扶桑さんは提督と、新しい任務がらみで忙しそうにしていましたよ」


山城「そう・・・ありがとう」


青葉「んー?どうかしました?気になる調べごとなら、ぜひ青葉にお任せ!ですよー?」ニコニコ


山城「・・・今後、もしかしたら何か頼むかもしれないわ。その時は宜しくお願いするわね」


青葉「任せといてください!・・・ところで、ここの責任者の方っています?」


時雨「巫女さんなら、本殿の方じゃないかな?」


青葉「わかりました。行ってみますね!」



―堅洲島大伽羅神社、本殿。


青葉・衣笠「こんばんはー!堅洲島鎮守府の艦娘です!取材に参りましたが、誰かいらっしゃいませんか?」


―最近改修されたばかりらしい本殿は、彩色も鮮やかで、どこか新しい木の香りがする。


??「あら?艦娘さん?巫女のお手伝いの方たちではないわね?」


―背後から声がして、青葉と衣笠は振り向いた。


青葉「えーと、あれ?」


衣笠「あれ?巫女さん、どこかでお会いした事、あります?」


巫女「ううん、無いと思いますけれど・・・?」ニコッ


―巫女は長い黒髪に長身の可憐な女性で、色の薄い瞳には、知的で親し気な雰囲気が感じられた。青葉も衣笠も、以前どこかで会ったような、妙な感覚を覚えた。


青葉「うーん、この青葉の記者魂が、初対面じゃないみたいな何かを訴えているんですよね」


巫女「今日お手伝いに来ている艦娘さんたちにも、そんな事を言われたんですよ。でも、私は艦娘さんたちとは、今日が初対面です」


―誰かと似ているようで、何かが決定的に違っているような気もする、とてももやもやしたものを感じる。


―巫女はそんな二人の気持ちを察してか、神社の由来を説明した。


巫女「この大伽羅神社は、海の守り神で、戦いの神様ですから、海で戦う艦娘さんたちからしたら、大伽羅様に仕える私には、親しみを感じるのかもしれませんね。良いご加護があるといいのですが」


青葉「へぇ~そんな由来なんですね?どんな神様なんですか?」


巫女「大伽羅様は仮の名前で、本当の名前は恐ろしいものとして隠されているんです。大はそのまま、大きいもの、力強いものを意味し、伽羅は暗黒を意味すると言われています。言い伝えでは、大昔、平和に慣れ過ぎた神様たちから海原に追いやられて、この島にたどり着き、ここを難攻不落の要塞、根の堅洲国にしたと言われています。長い年月が経ったとき、海の彼方から沢山の悪神が押し寄せてきましたが、それを全て打ち破ったと言われています」


青葉「なるほど!それが堅洲島の由来なんですね?」


衣笠「へぇ~!でも、海の彼方からの悪神なんて、何だか深海みたいだね」


青葉「言われてみればそうね。提督も、こういうの詳しそうだなぁ」


巫女「こういった事にお詳しい方なんですか?大伽羅様については色々な大学の先生方も研究や調査に来られるんですよ?その正体を、神話の素戔嗚尊(スサノオノミコト)だと考える先生や、その息子の大国主だとする説を唱える先生、伽羅と言う発音から、密教の大暗黒天・・・つまり、ヒンドゥー教のマハーカーラだとする説、または、未知の海人族の神では?といった仮説を立てる先生方もいます」


衣笠「はぇ~、巫女さん博識なんですね!」


青葉「すごいですね!」


巫女「いえいえ、全て又聞きや、聞きかじりですから。あまり真に受けないでくださいね?」テレギミ


―巫女の話は面白く、島の風習や伝説の話を取材がてら聞いているうちに、青葉も衣笠も、当初の違和感はすっかり忘れてしまった。



―同じ頃、利島鎮守府、大食堂。


―大食堂には新年の真夜中だというのに、鎮守府のほぼ全ての艦娘がおり、厳かとも悲痛とも言える、妙な緊張感と沈黙に満ちていた。不祥事により提督が不在になっていたが、先程、年明けと同時に鎮守府の解散が通告されたからだ。


浦風「本当に薄情じゃな。なんなんじゃ!提督の言う事ばかり聞いてて、仲間を見捨てて、結局最後はこんなざまじゃけえ!ふうが悪くてかなわんわ!うちは知っとうよ。あんたら、どうせ矯正施設行きじゃけえ。最後までそうやって腐ってるんじゃな!」バン!ガシャッ!


―浦風はテーブルを叩いて立ち上がると、椅子を乱暴に戻し、食堂から退出しようとした。が・・・。


―スッ、ドタッ!


浦風「いたっ!言い返せないからって足をかけて転ばすとか、どこまで腐っとんじゃ!」


―誰かが浦風の足に横足を出し、浦風を転ばせた。


時雨「足を掛けたのは僕だよ。・・・君さぁ、ちょっと言いすぎなんじゃないかな?僕らを挑発して、何がしたいわけ?」ユラッ


浦風「うちは挑発なんかしとらん!提督が仲間を見捨てたからって、うちらまでのうのうとこのままで良いのかって聞いたんじゃ。何で誰も助けに行かないんね?磯風は轟沈したかわかっとらんのじゃろ?あの子がそう簡単に沈むわけないんじゃ!」


時雨「じゃあ、一人で探しに行けばいいじゃないか。それでいいでしょ?」


浦風「何じゃと?この犬女が!」


時雨「犬女・・・だって?・・・!」バシャッ


―時雨は、持っていた湯呑のお茶を浦風の顔にかけた。


浦風「あっつ!何をするんじゃ!」


―しかし、時雨は無言のまま、湯呑を浦風の横っ面に叩きつけた。


―ガンッ


浦風「いったぁ・・・何しよんじゃ!」ガッ


―浦風の裏拳が時雨の口元に当たった。


時雨「痛いな・・・犬女って言ったの訂正してよ!」ドゴッ!


浦風「やかましいんじゃ!あの変態に手錠で繋がれて尻尾ふっとったくせに、あれが犬でなくて何なんじゃ!すかした事ばかり言いよって」ガスン!


―そこからは、マウントの取り合いと殴り合いになった。ひどい喧嘩だが、だれも止めようとはしない。


―20分後


時雨「はあっ、はあっ・・・くっ・・こんなの・・!」


浦風「どうじゃ、犬女!うち、そう簡単にあんたになんか負けん!はあっ・・・はあっ・・・」


―浦風は時雨に馬乗りになり、相当殴り返し終えたところだった。どちらも顔が腫れており、服がボロボロだ。しかし・・・。


??「いっけぇー!」


―ガンッ!


浦風「あうっ!」


―何者かが、スチールの大きなゴミ箱を浦風にぶつけて、浦風は時雨の上からぶっ飛ばされた形になった。


白露「ねぇ、うちの妹に何してくれちゃってるの?・・・みんな、ちょっとヤキ入れるから、こいつ捕まえてよ」


浦風「・・・おどりゃクソ露!」


白露「どうせあたしたち、矯正施設行きは確定みたいだから、だったらムカつくやつを〆てから行くよ」


―ガシャッガシャッガシャッ・・・バーン


―何か重い物を身に着けた多人数が、統制のとれた小走りで移動する音が騒がしく聞こえてきたかと思うと、大食堂の大きな両開きドアが勢いよく開いた。


??「そこまでにしたまえ」


??「そこまでよ」


―いつでも抜刀できる構えで準艤装にしている伊勢、日向と、全身が重装甲の強化服に覆われ、重アサルトライフルで武装した憲兵たちだった。


日向「告!マルマルマルマルに発令の解散通告に則り、本、利島鎮守府は解散となり、本時刻より、我々武装憲兵隊の管轄となる。総員の武装は現時刻を持って解除済み。これより名を読み上げられた者は、『プロセス』の対象者となる。港に停泊中の護送船に、三十分以内に乗船するように。不審な行動及び、逃走を試みた者は、問答無用で移動能力を奪う場合がある。注意されたし」


―艦娘の間で、悲痛なため息が漏れた。『プロセス』は、多くの場合、艦娘矯正施設行きを意味していたからだ。


伊勢「尚、名前を読み上げられなかったものは、今後について面接及び説明等がある。大食堂での待機を続けるように」


日向「まず、白露型一番艦、白露!」


白露「こんな早くに?冗談でしょ?・・・冗談でしょ?こんなの!」ダッ


浦風「・・・あっ!馬鹿な事を!」


―白露はどこへ行こうと考えたのか、猛然とダッシュして食堂から逃げようとした。しかし・・・。


日向「・・・困ったものだな」パチッ


―ダーン!


白露「くっ!なんで・・・立てな・・・うそっ?私の、足が・・・」ガタガタ


―白露の左足は、日向の居合で足首から切断され、勢いよく転び、そして自分の足の状態に気付いた。


日向「私に無駄にこのような事をさせるな。忠告はしたはずだ。入渠という、余計な仕事も増えるしな。・・・白露、我々に余計な仕事をさせつつ、修理必要箇所を増やしたいなら、そうしたまえ」


白露「あ・・・あ・・・そんな・・・」


日向「なに、すぐに治るだろう?皆への良い忠告にもなった。後はスムーズにいきたいものだな」


―実際、その後は全てが静かに、スムーズに流れた。先ほどまでは数十人の艦娘がいたが、うち二十人程度がその名前を読み上げられ、立ち去った。


伊勢「ここも惨憺たる有様ねぇ・・・」


日向「全くだな。実績は有っても、蓋を開ければこのざまだ」


浦風「さっきはありがとうじゃ。でも、何がどうなっとんじゃ?」


伊勢「ダメな提督と仲の良すぎた艦娘は、他の鎮守府に異動はできない、という事よ」


浦風「あんなにいたんか?・・・はっ!呆れるわぁ。道理で誰も何も言わんはずじゃ。みんな、矯正施設行きの事で頭がいっぱいだったんじゃね。・・・ここの提督は実績があっても捨て艦とかする人じゃ。自分がいつそうされるか分かったもんじゃないのに、何でそれがわからないんじゃ!」


―寂しいほどに静まっている大食堂に、浦風の声だけが威勢よく響いている。


日向「そういう事だな」


浦風「磯風だって、とても強い子だったんじゃよ?あの子はここの提督の下種な冗談がわからなかったけぇ、嫌われて意地悪されたんじゃ。あんなに練度も高かったのに!」ギリッ


伊勢「その磯風なんだけど、捜索してくれるみたいよ?」


浦風「何じゃと?誰がじゃ?」


日向「どこ、とは言えないのが悲しいところだが、ここの磯波と望月の異動先だ。日付が変わると同時に、ここの管轄が我々武装憲兵隊になったろう?つい先ほど、我々宛に、ある鎮守府の秘書艦から連絡が入ったのだ。今回の更迭・解散の原因となった捨て艦事件の報告書に、不自然な点があるから情報を求む、と言う内容と、合わせて裏付けを取るために、磯風の予想漂流海域を捜索すると」


浦風「・・・磯波は沈んだんじゃないん?」


伊勢「ここの報告書ではそうなっているけど、実際に救助されたのは磯波と望月なのよ」


浦風「わけがわからんのー。潜水艦の子たちは、若葉と磯波が沈んだと言っとった気がするんじゃが、じゃあ磯風が沈んで、名前を間違えられでもしとるんか?どっちも磯がつくけぇ、ややこしいからなぁ・・・」


日向「向こうの提督さんも、その部分をはっきりさせるために捜索するそうだ。戦力が足りないとはいえ、そんな事でも漏らさずに捜索するとは、こことは少し違うと思わないか?」


浦風「ほうじゃね・・・。なあ、うちらとここはどうなってしまうんじゃ?」


伊勢「この鎮守府は解散で、一旦閉鎖よ。あなたたちは異動か、やむを得なければ解体だけれど、どこも艦娘が足りないから、間違いなく異動になるわね」


―浦風はここで少し考えた。


浦風「・・・伊勢さん、日向さん、例えばの話なんじゃが、その磯波と望月が異動した、磯風を捜索すると言っとる鎮守府に、うちも異動できたりする?」


日向「あそこはまだまだ艦娘が足りないからな。提督さんは特務案件までマメに対応しつつ、艦娘を着任させている状態だよ。この前も矯正施設から、おそらく無実の時雨を連れ出していったし。そういうわけで、異動は容易いだろう。ただ、そこから他には異動できないがな」


浦風「どういう意味じゃ?」


伊勢「特務鎮守府なのよ。あそこは特に機密の塊みたいなところだから、艦娘は着任したら異動はできないのよ」


浦風「なるほどなぁ。ん?じゃあ、磯風がもし捜索で見つかったら、ずっとそこの艦娘になるいう事?」


日向「まあ、そうなるな」


浦風「決めた!うち、そこ行くわ。ここの面倒をかけとるし、磯風を探してくれるだけでも十分な恩義じゃけえ。・・・それに、もしも磯風が見つかったら、うちがおらんと大変な事になるけぇね」


伊勢「大変な事?よくわからないけど、そういう事なら、非公式にだけど打診しとくわ」


日向「そのほうがいいだろうな。では、ついでに一つ頼まれてくれないか?先ほどの概要で、同じように異動を希望する子がいたら、君がまとめ役をやっておいて欲しい。我々も助かるんだ」


浦風「諒解じゃ!任しとき!」


―こうして、利島鎮守府では、浦風をはじめ、何人かの艦娘が堅洲島鎮守府に異動してくる流れとなった。



―夜の海の中。


??(おれは・・・このままにしてはおけない。このままにしてはおけないんだ・・・っ!)


―男は冷たく暗い海の中を沈んでいく。ぼんやり白く見える夜の海面はだいぶ遠ざかり、もう呼吸は止まっている。


??(これで・・・終わりなのか・・・こんなところで・・・っ?)


―しかし、誰かが男の首に手を回し、唇に何か柔らかなものが触れた。そして、空気が流れ込んできた。


??(あ、君は・・・!)


―ガバッ!



―千葉県銚子市、ある総合病院の集中治療室(ICU)。


男「ここは・・・?うっ!」ズキッ


―肩に包帯を巻いた男は、集中治療室で目覚めた。肩に走る激痛と、身体に入らない力、そして何度か見た事のある、数々の医療機器で、自分がまだ生きており、どこかに入院していることを知った。


??「お目覚めか、遠野。長い夢でも見ていたか?バイタルサインが正常になってから、ずいぶん時間がかかったが」


―太く低いが、どこか優しげな、懐かしい声だ。


男「隊長!私は一体?」バッ!


―男はシートをはねのけると、パイプ椅子に座る、巨人のようにごつい男を見た。優し気なゴリラとでもいった風情の浅黒い男は、唇や顔、腕に複数の縫い痕がある。普段は鬼のように厳しいはずのその男の眼は、父親のような優しげなものに満ちていた。


―この大男は武装憲兵隊の総隊長、鬼頭といい、ベッドで目覚めたばかりの男は、同じく武装憲兵隊の内偵員、遠野と言う名の男だった。


遠野「隊長、私はなぜここに?銚子沖の海で奴に撃たれ、海に落とされたはずですが・・・」


鬼頭隊長「その件だがな、お前、内偵じゃなく艦娘を口説いていたんじゃないのか?潜水艦の子とずいぶん仲良くなっていたようだが、そのおかげで命拾いをしたんだよ。救出の詳しい部分は説明するなと言われているから、詳しくは話せないがな。ふふふ」


遠野「はあ・・・」


―遠野は、何がどうなっているのか、まだ理解できないでいた。自分は波崎鎮守府の提督に銃で撃たれ、海に落とされたはずだ。が、今はこうして生きている。


鬼頭隊長「医者の話では、酸欠その他で記憶の混濁や喪失の可能性もあるそうだ。明日以降、検査があるだろうが、他には外科的な怪我程度しか問題は無いようだ。今はゆっくり養生に勤めろ。良く帰ってきたな!」


遠野「あっ!波崎鎮守府の鹿島は大丈夫なんですか?」


鬼頭隊長「おお、任務は覚えていたようだな。大丈夫だ。ついでに、お前が生きて帰ってきたおかげで大殊勲になるぞ!今はやつらを泳がせているが、もうじき更なる内偵が波崎に入る予定だ。この任務は我々武装憲兵隊が確固たる存在感を示せる第一歩にもなるはずだ。よくやったな!そして、良く帰ってきてくれた!」バンッ


遠野「いだだだっ!隊長、こっちの肩は撃たれたほうです!」


鬼頭隊長「あっ!すまん!つい気分が高揚してな」


―遠野は今まで、このように喜ぶ隊長を見た事が無かった。口数が少なく、厳しい、無言の鬼のような男だったはずだ。


遠野「隊長、何が始まるんですか?それに、私という証拠がいる以上、もういつでも奴を捕縛し、裁けるはずですが・・・」


鬼頭隊長「なあ遠野、お前の報告書に、何度か車上荒らしをくらったってのがあったろう?あれはな、全部偶然じゃなかった。特務第二十一号の提督からの指摘で、お前の報告書と、波崎の警察署の記録を調べてみたのだ。結果、車上荒らしの事実は警察側では確認できなかった」


遠野「馬鹿な、それでは、警察も・・・?」


鬼頭隊長「警察もグルだったということだ。だから、より決定的な証拠を掴んで、全てひっくり返す必要がある。もうじき、面白い内偵が始まる予定だしな」


遠野「面白い内偵、ですか?」


鬼頭隊長「詳細は話せないが、早く怪我を直しておけ。やられっぱなしじゃつまらんだろうし、貴重なものも見れるかもしれんからな。奴をぶん殴り返せるかもしれんぞ?・・・だから、まず怪我を治せ」


遠野(・・・ああ、確かにそうだ、はらわたが煮えくり返ってきた。提督とは名ばかりの、あのチンピラめ。よくもおれを殺そうとしたな・・・!)


―遠野の眼に、復讐心が燃え上がるのを、鬼頭隊長は見逃さなかった。


鬼頭隊長「殺されかけて帰ってきても、息を吹き返せばそういう眼をする、か。存外、闘争心に溢れている部分があるのだな。だから艦娘と仲良くなれて、命拾いをしたのやもしれんな」


遠野「どういう話ですか?」


鬼頭隊長「そこは近々の再会を楽しみにしておけ、果報者め。・・・では、私は今日は退出する。再び寝て、ゆっくり、しかし早めに、身体を治すんだ。・・・でないと、復讐の機会と、生ける伝説に会える機会を共に失うぞ?」


遠野「はあ・・・諒解いたしました!」


鬼頭隊長「それでは失礼する。これから大忙しだ。養生していてくれ」


―ガチャッ、バタン


遠野(復讐の機会はともかく、生ける伝説と言ったか?どういう意味だろう?)


―しかし、生死の境をさまよった気疲れが、落ち着きと共に出てきたのか、遠野は再び眠りに落ちた。



―再び、堅洲島鎮守府、医務室。


―扶桑は自分の部屋には戻らず、医務室に立ち寄っていた。医務室の引戸の曇りガラス窓から、照明の明かりがこぼれている。


―コンコン


扶桑「陸奥、起きているかしら?」


―カラッ


陸奥「起きているわよ。今、神通に手伝ってもらって、川内の着替えが終わったところ」


神通「こんばんは、扶桑さん」


扶桑「こんばんは。倒れたとは聞いていたけれど、大丈夫なの?」


神通「大丈夫です。知恵熱みたいなもので、何日か休んでいれば治るそうで」


扶桑「知恵熱?」


陸奥「正しくは、心因性発熱ね。心に大きな負荷がかかった・・・というより、強い刺激を受けて、脳が一時的に身体を休めるべき状態にしたという事よ」


扶桑「何か、そんな出来事でもあったの?提督は把握しているのかしら?」


神通「提督もご存知だと思います。その・・・大人の夜戦の事を一気に知ったせいだと思います。私たちが変にはぐらかしたりしたから・・・」


扶桑「そうなの?・・・ああ、だから知恵熱だなんて表現を?全く何も知らない状態からなら、確かに刺激が強すぎるかもしれないわね。本来はごく自然な事なのだけれど・・・」


陸奥「ところで、今夜は呑みながら話す感じかしら?提督は?」


扶桑「もうお休みになられたわ。少しだけ・・・一人で居たそうな雰囲気を感じたわね。せっかくだから、金剛や榛名も交えて呑みましょう?」


陸奥「そうね、真夜中だけど、まだ昼過ぎくらいの気分よ!」



―30分後、金剛たちの部屋。


―間宮さんの店は、宴会の跡片付けと正月の準備で大忙しで、執務室ラウンジはまだ叢雲たちが工廠と往復で書類を運び入れている。この為、広い金剛の部屋で呑むことになった。


扶桑「山城もこの場に居ればよかったのだけれど、今頃一生懸命巫女の仕事をしているわね」


金剛「残念デース。夕方の演習について色々聞きたかったのに。二人がかりでも、あそこまでやられるなんて思ってなかったヨー」


陸奥「ふふ、うちの扶桑と山城は強いでしょ?」


榛名「榛名も驚きました。ぎりぎり引き分けましたが、扶桑さんの弾薬が切れていたからであって、普通なら私たちが敗れていました。お二人とも、やっぱりあの提督の艦娘なんですね」


金剛「あの戦い方は、やっぱり提督からナノー?」


扶桑「そうよ。しばらく前に、舞鶴第三の提督と揉めた事があって、あそこの比叡と演習することになったのよ。その時に提督のアイデアで組み立てた戦い方ね。速度で勝るあなたたち高速戦艦相手に、拳闘の理念で戦う撃ち合い方よ」


陸奥「そんな事があったのね?提督らしいわ。拳闘の理念ってどういう事なの?もし長門が居たら参考になりそうね」


榛名「舞鶴第三鎮守府の比叡さんなら、私も知っていますし、何度か演習したことがあります。全国の比叡では十位以内にいつもいる、結構強い人ですよね?・・・勝ちましたか?」


扶桑「あの戦い方を取り入れたら、負けなくなったわ。五戦中四勝一敗で勝ったのよ」


金剛「ワーオ!やりますネー!拳闘って、ボクシングの事ですか?理念が気になりマース!」


扶桑「そう、ボクシングの事ね。提督の話では、ジャブというパンチで相手の機先を制したり、距離を制御して、一番のタイミングでストレートを叩きこむのが拳闘のコツで、これを取り入れたのが今日の戦い方よ。これを、私たち姉妹で臨機応変に役割を変えるの。昼戦ではさらに瑞雲を取り入れたりもするわね」


榛名「気付きませんでした。でも、とても有効な戦い方だと思います。無理やり突っ込むしかなかった時点で、こちらの負けですし。あんなに戦いづらい経験は、ここしばらくありませんでした。驚かされてばかりで、とても楽しいです!」


陸奥「提督らしいわ・・・。そういうの本当に得意なのよね。必ず何かやり返すのよ」


扶桑「舞鶴の比叡さんを下した時の山城の笑顔は、私は一生忘れられないわ」


金剛「今日も凄くいい笑顔をされちゃったヨー。自信に満ちた山城は本当に美人ですネー。完全にボコボコにされちゃったけど、確かに有効な戦い方デース」


扶桑「ありがとう。きっと喜ぶわ。けれど、戦いに何より大切な速度の点で、私たちはどうしても劣ってしまうわ。距離を制御するのが何より大切という事よ」


陸奥「これ、私も本気で練度上げないとダメねぇ。一番みっともない負け方をしちゃったわ」


榛名「そうでしょうか?遠目に見ていましたが、陸奥さんの危機回避能力と反撃は、熟練者なら次の目標に注意を移してもいいくらいのタイミングで、完全にこちらの隙に刺し込まれる、とても怖い攻撃です。戦場では、そういう一撃で熟練者が命を落としたりしますから・・・」


陸奥「そ、そうかしら・・・?(そういう事なのね?やっぱり強い子にはわかっちゃうのね)」


扶桑(さすがね。陸奥のあの動きの意味を理解しているわ。そうよ、あれは相当な場数を踏まないと身につかないはずのもの。しかも、あの胸騒ぎ。今日自分が、何らかの不運で命を落とすのでは?と、ふと考えてしまう時のような、不吉なものだった。まるで、提督の影を微かにまとった陸奥と戦っているような、妙な感じがしたわ・・・)


―しかし、扶桑はもう、陸奥が抱えている何かについて聞く気はなかった。扶桑にとって問題が無さそうだと思えたし、陸奥が言いたくない事なら、別に言わなくてもいいだろうと考えている。


扶桑「少し、遅い時間だけれど、これから呑み明かしましょうか」


―実弾演習で怒られた戦艦勢は、真夜中から呑み会をスタートさせた。



―同じ頃、戦艦『遠江』重装甲区画内、高高次戦略解析室。


姫(謎ばかり。本当に全てウイルスのせいなの?私の口調、確か『知的でやや高飛車』に設定されていたはず。なのに、あの提督との会話のログは『従順で友好的』な設定のものに近いわ。それに・・・)


―姫は昼間の、曙と提督のやり取りを思い出していた。そうすると、誰かの沢山のイメージや言葉が思い出される。しかし、大切なはずのその人の事を、うまく思い出せない。


??『・・・ああ、こんな最低な人の言葉なんて、真に受けなくていいから!あなたのメモリーが汚れるだけよ』


??『あのクソ男!いつもいつも斜に構えて私とぶつかって!』


??『最低な気分よ。ラケシス、たとえ誰かの気持ちが分かったり、正しいものだったとしても、外に出してはいけない事もたくさんあるのよ?』グスッ


??『ラケシス、あの時はごめんね。ありがとう』


??『奇跡は、隣り合わせの宇宙を介して起きる、必然だったのね・・・』


機械音声『生体保存溶液内にごく微小な蛋白質群とリン酸塩を確認。落涙状態です』


姫(私・・・泣いているの?。駆逐艦・曙を見て、大切な誰かを思い出しているのに、ちゃんと思い出せない。私、大切な事をたくさん忘れているんだわ・・・)


―なぜそうなっているのか、わからない事ばかりだった。




第四十三話 艦



次回予告


およそ一か月ほど前の、人知れぬ激しい戦闘に臨む磯風。


そして現在、叢雲、利根、筑摩、陽炎、不知火、黒潮の艦隊が、ある海域の捜索に向かう。


メカに関して共通の趣味を持つ、提督と古鷹は、新型駆逐機で大いに盛り上がり、特務第十九号への見学を申し込むことにした。


一方、特務第十九号では、親潮が任期明けを見越して異動先を探していたが、嫌な事が思い出されるばかりで、めぼしい異動先が無いうえ、司令の食生活が心配で仕方ない。


そして、食生活に深刻なダメージを受け続けている時田提督は、事の発端となった青葉から、謝罪と共に手料理をふるまってもらう事になるのだが・・・。


地域の仕事から帰ってきた電に伝えられる、嬉しいニュース。



次回、『武人、磯風』乞う、ご期待。


磯風『いいだろう。・・・この磯風が活躍してやろう!』


浦風『でも、料理は勝手にせん約束じゃからな?』


磯風『くっ・・・!』



後書き

イベント、皆さんどうでしたでしょうか?

運よく照月が来てくれたので、秋月型が揃いました。

次のイベントでは親潮が掘れると良いのですが・・・。


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このSSへのコメント

4件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2017-03-08 11:35:54 ID: 7f_y8_3F

この浦風さんはギギギと悔しがる子ですね!
師匠と伊勢さんの立ち位置もまた素敵です

2: SS好きの名無しさん 2017-03-08 13:01:21 ID: KFKqRroc

更新、待ってました(`・ω・´)キリッ


3: 堅洲 2017-03-11 10:14:13 ID: qHCwhpy7

コメントありがとうございます!

今回の話で(前回の話より過去にはなりますが)ギギギとなっていますね。
気付いてくださって嬉しい部分の一つです。

今回、磯風が触れていますが、師匠と伊勢さんはなかなかの達人です。
今後もちょくちょく現れますが、武憲にいる理由は、いずれ語られると思います。

いつも読んでくださってありがとうございます。

4: 堅洲 2017-03-11 10:15:26 ID: qHCwhpy7

コメントありがとうございます!

今回、四十四話の更新が早めにできました。
磯風の活躍、ぜひ読んでやってください。

いつもありがとうございます!


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