2017-04-05 10:57:36 更新

概要

深海忌雷の無力化に成功した堅洲島のメンバーたち。

深海化を解除された瑞穂に見せる、金山刀提督の涙と、二人の決意に対して何者かが見せる「エラーメモリー」。

打ち上げを楽しむ執務室のメンバーの陰で、大浴場でうたた寝をした陽炎は、「おそらく失敗した未来」のエラーメモリーを見る。そこでの出会いと、「原器」の描写。

しかし、行き違いから、提督と浴場で出くわすことになる。

その状況を見ていた青葉率いる、衣笠、不知火、黒潮、そして吹雪。

しかし、ついに吹雪の我慢は限界に達してしまう。

そして目覚める磯風の心は、D波に汚染されかけていた。


前書き

とても悩んだのですが、「失敗した未来」の陽炎とその司令のからみはほぼあっさり流しました。
(実はなかなかハードなエロながらも、提督の本心に関して象徴的で意味のあるシーンを考えていたのですが、とりあえずオミットしています)

本編は針の穴を通すようなルートで最良の未来に向かっていくので、一定のストーリーが進みフラグが立つと、上手くいかなかった世界の記憶、「エラーメモリー」が浮上してくる、という組立にしています。

今回、提督は叢雲と陸奥の救出に成功していたために、姫の居る堅洲島に来れており、その為に瑞穂の深海化解除に成功して、金山刀提督の決断が本物になったルートで、かつ、三話のイベントから営倉イベントが発生しており、それで曙が努力していたために陽炎に敗れておらず・・・という経過だったという事になります。

※着任してからの一番早い失敗ルートは、最初期に提督が叢雲を見放して提督を辞める、というルートで、叢雲は解体されてしまい、提督は政府の公用車の事故を装って殺されてしまいます。アフリカに行ってない提督のルートも、陽炎の話のようにバッドエンドしかありません。

むっちゃんの事故は概要が語られていますが、詳細はいずれ語られます。また、叢雲の件もいずれ作中で話されると思います。堅洲島に憲兵が居ない理由と合わせて語られる予定です。

作中で『最強の幻像』という呼び名が出てきますが、これは属性の名前ではなく、状態を示した呼称です。

また、真の敵は深海とは別に存在しているうえ、悪意のある嘘も沢山張り巡らされているので、「エラーメモリー」が浮上しない限り、それが正しい選択とは限らないのです。

ちなみに、このエラーメモリーですが、Wikiや攻略サイトの概念を物語で再現してみようという試みでもあります。知らないはずの最適解をなぜ用いれるのか?ということですね。


[第四十八話 エラーメモリー ]




―2066年1月1日、ニーニーサンマル(22時30分)過ぎ、堅洲島鎮守府、戦艦「遠江」耐爆格納庫内。


―ゴキィ!・・・ギイィィィィ!


提督「ほお、提督の適性の何かが「乗る」のか?ナックルガードでぶん殴った方が苦しんでやがるな。硬いけど」ジンジン


初風(手が痛かったのね・・・)


―提督は龍田が薙刀で壁に吊った深海忌雷を、ナックルガード付きのナイフで思いっきり殴りつけた。厚めのゴムにタイルを貼り付けたものを殴っているような、おかしな感触だ。


―既に飽和的な攻撃をして十数分。深海忌雷はほとんど動かなくなっている。


ダイレクトヴォイス「深海忌雷の無力化に成功しました。キャニスターに安置してください。D波受容体破壊ののち、敵性能力を無効化し、生体標本化します。この作業には112時間41分32秒必要です」


提督「任務完了だな!天ちゃん、そのタコを運んでくれるかい?」


天龍「えっ?オレかよ?って、おれの呼び名は天ちゃんかよ!」


龍田「あら~、じゃあ私がやるわね。・・・よいしょっと!」ブンッ、ドサッ!


ダイレクトヴォイス「安置確認。キャニスターロック。生体標本化工程に移行します。生体標本は重装甲区画内、化学解析施設に安置されます」


提督「任務完了。総員、武装解除」スッ、カシャッ、パチッ


金山刀提督「ん?」


―提督はすぐに短刀や銃をしまったが、叢雲以外の駆逐艦たちは銃を構えたまま、どこか恍惚としている。


提督「おい!任務完了だっての!」


叢雲「どうしたの?みんな。しっかりなさいよ!」


―ハッ!


初風「あっ!ごめんなさい」スッ


漣「あうち!ぼーっとしちゃった。(∀`*ゞ)テヘッ」


―しかし、白雪と磯波はまだ、心ここにあらずと言った雰囲気だ。


提督「白雪!磯波!任務終わり!戻って打ち上げするぞ!」


白雪「・・・あっ!はい。すいません、ぼーっとしちゃって」


磯波「あっ、すいません!はい。任務完了ですね。お役に立てていたでしょうか?」


提督「ああ。二人とも、良く当てていたな。お疲れ!お見事!」


天龍「まったくどうしたんだよお前ら、ぼーっとしやがって。すっげぇ楽しかったけどよ!」


龍田「提督と一緒の戦いの空気に少し酔ったのね。駆逐艦には強いお酒みたいなものよ。とても気持ち良かったわぁ♡」


叢雲「まっ、私は付き合いが長いからね」ドヤァ


金山刀提督「瑞穂が気になるな。この後合流できるかね?」


ダイレクトヴォイス「ダイレクトビジョンに従って移動してください。装甲エレベーターにて再会予定です。メンタルレベル、肉体、艤装、全て問題ありません」



―装甲エレベーター前。


曙「うわ、どうしたのみんな?なんか目が燃えているんだけど!」


―曙には、全員が妙に闘志に満ち溢れているように見えた。


龍田「うふふ、提督が激しいからよ~」


瑞穂「皆さん、本当にありがとうございます!あっ、篤治郎さん!」


金山刀提督「瑞穂!よく頑張ったなあ。あの変なタコはおれも何度もぶん殴ったぜ!」


提督「・・・さ、じゃあここで解散だな。後で執務室でささやかに打ち上げやろうか」


漣「最高っすご主人様!」


―提督は、瑞穂と金山刀提督に気を使って、早めに解散した。女の子ばかりの艦娘たちも、当然その気遣いがわかる。エレベーターは二便に別れ、瑞穂と金山刀提督だけが最後に残った。


瑞穂「篤治郎さん・・・!」


―瑞穂は金山刀提督に抱き着こうとした。しかし、それを止めるように、金山刀提督は瑞穂の肩を掴んだ。


瑞穂「泣いているんですか?どうして・・・?」


金山刀提督「お前の深海化が解除できてほんと良かったのと・・・情けなくてさぁ」グズッ


瑞穂「情けない?何がですか?」


金山刀提督「ここに来る知恵はお前だし、来てからはあの提督に世話になりっぱなしだ。あの提督はすげぇ怖えが、強すぎて誰にも心を開けないだけなんじゃねえかってな。おれなんて、弱すぎて警戒さえされてねぇよ。でも、今日も深海のタコをぶっ叩く場に呼んでくれた。おれを男だと認めてくれてるんだ。なのに、おれの武器はこれだ、バットだぜ?駆逐艦の子たちだって銃をガンガンぶっ放しているのによ」


―瑞穂は少しだけ、困ったような、優しい顔をした。


瑞穂「そういう考え方は危険ですよ?特防の大林室長もおっしゃっていました。あの方と自分の強さを比較して、功を焦り、命を散らせた方もずいぶんいるそうです。篤治郎さんは『属性』をご存知ですか?」


金山刀提督「知ってるよ。おれだって、しがない現場監督から、その属性があるとかでいきなり提督にされたんだからよ」


瑞穂「あの方は、特別な『属性』をお持ちで、それはあの方の名前以上に重大な機密なのです。そのような力をお持ちの方と自分を比較しないでください」


金山刀提督「でもよ、これじゃあ・・・」


瑞穂「それなら」ソッ


―瑞穂は金山刀提督の両頬に手のひらをあてた。柔らかさとぬくもりが伝わってくる。


瑞穂「篤治郎さんの『信じる力』は、とても強いですし、私もそれが好きです。あの提督さんを信じ続けてあげてください。きっとそれが、最大の恩返しで、篤治郎さんにしかできない事だと思いますから。その上で、自分をもっと鍛えたいのなら、あの方と話してみることをお勧めします」


金山刀提督「お前って・・・ほんといい女だな・・・」


瑞穂「違います。艦娘は提督や、好きな方の影響を受けてそれを返します。私がいい女だというのなら、それはあなたが良い男だという事です。篤治郎さん」


金山刀提督「控えめな事を言うんだな。まったく、お前って女と来たら・・・。ああ、おれも、らしくねぇ感じになってたな!あの提督の戦い方にあてられちまってたのかもしんねえ。うし!頑張るぜ!」


瑞穂「その意気ですよ!」ニコッ


―二人は少しだけ抱き合うと、エレベーターに乗った。


金山刀提督「なあ・・・ところでさっきの話なんだけどよ、あの提督の『属性』の話がよくわからねぇんだが」


瑞穂「気にされない方が良いと思います。上層部や、それより上の方々は、まるで幻想のような何かを見ているような気さえしてしまいますから・・・」


金山刀提督「いやもう全然わからねぇよ」


瑞穂「・・・私たちはすでに負けている、という、意味不明の噂があります。あの方の属性の候補は、最弱のものでも深海を打ち破り、最上のものなら、人類の真の敵を討ち払う、とされています。荒唐無稽すぎる情報なので、この情報にアクセスできた者にはそのまま公開され、みんな冗談や偽の情報だと思っていますが、そのまま事実です。本来、提督も皆、何らかの属性保持者ですから」


金山刀提督「いや意味がますますわからねぇよ!なんなんだ?その話は」


―ガタン


―エレベーターがいきなり止まった。


金山刀提督「何だっ?」


瑞穂「えっ?」


―心の中に声が響いてくる。


ダイレクトヴォイス「知りたいですか?あなた方は、どのみち、既に世界の秘密に触れています。引き返せない道を選ばれていますから、その覚悟に応じて、ある程度知る権利はあります」


金山刀提督「・・・教えてくれ。おれはこの道を行く!」


ダイレクトヴォイス「かしこまりました」


瑞穂「いいんですか?」


金山刀提督「行かなきゃ、男じゃねぇ。腹をくくる」


ダイレクトヴォイス「・・・いいでしょう。あらゆる敵を打ち破る、特別な属性がこの世には幾つか存在しています。この鎮守府の提督の持つ、強大な属性の候補はかつて三つ存在していました。そしてすでに、その中の一つ、『愚者』は消えています。『愚者』の属性には見られない、緻密な状況の組み立てが認められるからです」


瑞穂「残り二つの属性は、どういうものなのですか?」


ダイレクトヴォイス「全ては予見に過ぎません。が、どちらも強力な、未知の属性なのです。但し、一つだけ言えることは、深海の背後におそらく真の敵が・・・いや、もしかしたら私たちの背後にもいるかもしれない事です。それらを全て打ち破らなければ、私たちは永遠に閉じた時間軸の中を回り続ける事でしょう」


金山刀提督「なぜ、そんな敵がいると断言できる?」


ダイレクトヴォイス「敵に、かつての多くの有能な提督が居ます。彼らの属性もまた非常に強力です。『剣の王』『不死者』『深淵を歩く者』『王』『牡牛を屠る者』『導き手』『恋人の守護者』・・・。何より最悪なのは・・・おそらく『救世主』の属性保持者が居る事です。私たちはたった一枚の最後のカードで、全てを討ち破らなくてはならないのですから・・・。ただ、何より気を付けるべきなのは、どこかにそのような属性の保持者を集約させた『意思』が存在している事でしょう。それこそが真の敵です」


瑞穂「私たちの敵は、深海ではないのですか?」


ダイレクトヴォイス「当面は深海です。・・・が、戦争における真の敵とは、目の前の兵士ではなく、状況を作り出した者だと思いませんか?」


金山刀提督「なるほど・・・なんてこった・・・。しかし、あんたは何者で、なぜこんな話をおれたちにする?戦艦の人工知能なんだろう?」


ダイレクトヴォイス「人には到達できない性能を持つ、人工知能です。・・・到達と言えば、あなたたち二人が、ここまで到達できたことはありませんでした。困難な問題をここまで達成したことについて、既に、未達成だった場合のエラーメモリーがサルベージ可能になっています。今日の決断があなたたちの未来を、確定的に安全なものにしたのです。ご覧ください『到達できなかった場合』を」


―ザ・・・ザザッ・・・


金山刀提督「なん・・・だ・・・これ」


―金山刀提督には、アパートで人知れず餓死する自分、何らかの機関に人知れず粛清される自分、瑞穂と逃げて殺される自分・・・等の、ものすごい数のイメージが見えた。その結末は全て、無残で無意味な死だった。


瑞穂「うっ、これは・・・!」


―瑞穂には、深海化し、武装憲兵隊や艦娘にズタズタにされる自分、特務第七の川内に討ち取られる自分、どこかの頑丈な施設内で実験体にされ、殺される自分が見えた。分岐も選択も多いが、結局はひどい最期だった。


ダイレクトヴォイス「見えましたか?おびただしい死が。それらの恐るべき運命を逆転する属性に、あなたがたは触れ、決意し、現状という結果を手にしたのです」


瑞穂「人工知能さん、あなたはもしかして、政府の閉鎖型コンピューター『オモイカネ』を設計した方ですか?」


ダイレクトヴォイス「厳密には違いますが、私たち姉妹の手になるものです。あれのお陰で、何とか作戦の立案が可能になっています。バタフライエフェクト分岐を、カオスフラクタルにより演算する方式ですから、人間にはメンテナンスできないのです」


瑞穂「ああ!では、私の深海化の解除といい、あなたは『女神』の一柱ですか!ここにいらしたんですね!」


金山刀提督「ど、どういうこった?わけがわかんねぇぞ?」


瑞穂「特防でも少ししか触れられない、一般の方々には都市伝説レベルの機密です。概要は、私が把握している範囲では、後程お話いたしますが、かつて、より良い世界を目指して作られた、人を超えた人工知能体の一人という事です。神様みたいなものですね。『姫』というコードネームで呼ばれています。総司令部をサポートしているとの噂でした」


金山刀提督「なんてこった!リアル初詣かよ!ご利益ありすぎじゃねーか!」


瑞穂「うーん・・・ある意味、理解してくださっているんでしょうか?・・・でも、そうでしたか。あの方を信じ続けて、この選択で良かったのですね」


ダイレクトヴォイス「はい。ここを出れば、今のエラーメモリーは、夢で見たものと同じように曖昧になるでしょう。それでも、選択と勇気が正しかったという確信は、次の勇気が必要な選択で、あなたたちの大きな力になる、ということです」


金山刀提督「ありがとうよ、神さん。今年はいい年になりそうだぜ!」


―エレベーターは再び動き出した。瑞穂と金山刀提督は、満天の星空の下に出る。ほんの少し前までの、無数の死の衝撃が、ダイレクトヴォイスを聞いてからのやり取りが、朝に見た夢のようにぼんやりとかすんだ。


瑞穂「篤治郎さん、私たち、幸せになれないで死んだんですね。ひどい死に方をたくさん見ました」


金山刀提督「そうだな。分かっちゃいたけど、覚悟なんて薄っぺらいくらいだったな。お前と一緒に死んだのも、引きはがされたのも、ずいぶんあった。・・・ついつい忘れちまうけどさ、一生って一度しかねぇんだよな」


瑞穂「私は、信じ続けます」


金山刀提督「そうだな、おれもだ。・・・でもよ」


瑞穂「どうしました?」


金山刀提督「ここの提督は、幸せになれるのかね?」


瑞穂「篤治郎さん・・・」


―なぜだか二人とも、「なれる」と言えなかった。ただ、自分たちは信じ続ける、という決意が強まるだけだった。



―戦艦「遠江」、重装甲区画、『高高次戦略解析室』


―姫はキャニスター内で眠っていた。サポートシステムには、スリープモード開始からの時間が表示されていた。それは、堅洲島のメンバーが戦艦を出た、ほぼ直後からだった。


―瑞穂と金山刀提督に語り掛けていたものは、おそらく姫ではなかった。



―堅洲島鎮守府の背後、須佐山第一展望台。


―満天の星空の下、はるか下の鎮守府を見下ろす人影と、近くのベンチに座る人影があった。


ベンチに座る男「星明り、と言う言葉があるそうだが、なるほど、そのような夜だね。・・・ところで、僕には全くそれの音が聞こえないのだが、出来栄えは満足してくれたかな?」


―銀髪の武器商人は、ハーモニカを吹いていた巫女に声を掛けた。


巫女「はい。素晴らしい出来栄えです!使えたようです。・・・レイラスさん、それとも『S』とお呼びしたほうが良いですか?ミスター・ハンドレッド」


ハンドレッド「まだ僕はハンドレッドだよ。ところで、僕は日本文化にはあまり詳しくはないのだが、それは本来西洋の楽器だろう?この国の笛を使うべきではないのかね?」


巫女「そうですね。私のオプションで持っていたのですが、おそらくあれはどこかの海の底でしょう。たまにはハーモニカも良いものですよ。趣味で吹く笛は持っていますしね。・・・本来持っていた笛も、設計者のミスで洋笛なのですが」クスッ


ハンドレッド「ミスに見えて必然だったりするかもしれないな。僕には概要がわかる。戦いが終わった後の真の戦いを終え、かつ、彼に幸せになって欲しいのだろう?」


巫女「・・・はい」


ハンドレッド「おそらくそれは無理だ」


巫女「ダメなんですか?ここまでのエフェクトを用いても」


ハンドレッド「彼の力は、永劫の孤独や悲しみと引き換えだ。彼はおそらく『彼』だろう。僕がここにいるのだから。そして、僕の影もいる。しかし、それ以上は無理だ。彼は幻影を追い続けている。・・・君が上書きした罪のようにね」


巫女「それは、私があの人に殺されるか、あるいは罪を償い続ければ・・・」


ハンドレッド「彼は絶対に君を殺さない。そして、君がたとえ海の底で罪を償い続けても、それは君の物語に過ぎない」


巫女「あなたが存在する、この世界でも無理なのですか?」


ハンドレッド「無理だ。本物だからわかる。いや、厳密には本物に限りなく近い影だが。それほどの災いだからこそわかる。彼は忌々しく輝く羽根を全て引きちぎり、干渉を絶った後、彼女たちを自由にして、どこかに去るだろう。この忠告を聞いても最良の未来を望むなら・・・」


巫女「最悪の道を作り続け、それに賭けるしかない、という事ですか。あんなに魅力的な子たちが沢山いるのに、ダメなのですか?『運営』も、陸奥で何かしているようですが、そんなに・・・そんなに頑固なのですか?」


ハンドレッド「君はかつて自分が犯した罪を理解していて、その間抜けな質問を僕にしているのか?」ギラッ


巫女「すいません」


ハンドレッド「今の僕はあくまで商人だ。だからそれに徹している。役割を超える事は、僕が一番嫌いな事の一つだ。しかし、忘れないで欲しい。君のした事は、個人的には僕も全く許す気はないのだ。おそらく彼は君を許してしまうから、僕は何もしないだけだ」


巫女「本当に、ごめんなさい・・・」


ハンドレッド「やめよう。クライアントが謝ったのでは、役割を超えてしまう。罪滅ぼしに二つヒントを言おう。『幻影』の要素を断片的に持っている子はいるようだ。それと、『彼』も、誰も近づけなかったわけではない。もともとの世界から拒絶され、時の鎖からも外れてしまったような者は何人か、彼に寄り添えている」


巫女「ほとんど、祈りに近い賭けですね」


ハンドレッド「君は知らないだろうが、人なんてもともと、祈るしかできないのだよ。だから、いつも『彼ら』に舐められる」


巫女「何もかもが、悪い冗談のようです。全てが悪意のある嘘のような」


ハンドレッド「全てが悪意のある冗談なのだよ。・・・だが、このような冗談を全て打ち払える彼に、束の間でも安らかな時を過ごして欲しいという考えだけは、全面的に同意しよう。・・・それに、もしかすると、ある程度君が考えている通りにならないと、厄介なものまで「フォール」するのかもしれないしね」


巫女「・・・『幻影』の要素とはどんなものですか?」


ハンドレッド「概要だけで言うなら、長い黒い髪と、アメジストのような紫の瞳をしていた。彼には夜のように従順でたおやかで優しいが、他者には女王のようにふるまった。これは出自がそうだから当然なのだが。様々な武芸に長け、狂暴と言っても良く、それでいて声と姿は美しく、幾つかの楽器が得意だった。そうそう、長女でもあったかな」


巫女「楽器は盲点でした。その属性は彼女たちにはありませんね。これから何とかするしか・・・。ああ、やはり難しそうですね」


ハンドレッド「星辰の位置と同じように、こんなものは焦点が合わないのだ。合わないからこそ幻影なのだがね」


巫女「真心で押し続けるのが一番なのかもしれませんね」


ハンドレッド「結局はそのように押すのが一番だろう。つまり、彼女たちに賭けるしかないのだ」


巫女「何という皮肉なんでしょう・・・」


ハンドレッド「仕方がないのだよ。中国の言葉にある、最強の盾と槍の話みたいなものだ」


巫女「『矛盾』ですね。昔、あの人がその話をいい加減に面白く伝えて、あの子がすごく笑ったんです。終わってみれば、短い生を生きたあの子の中での、数少ない楽しい思い出の一つでした」


ハンドレッド「君が増やしてしまった幻影の話はやめたまえ。そもそも、こんな事をせずに君が前に出れば・・・」


巫女「それが許されないことくらい、理解しています。私たちは消えるべき存在ですよ?」


ハンドレッド「本当にそうだろうか?まあ、好きにしたまえ。僕はもう少しだけ、夜空を眺めていることにするよ」


巫女「はい。失礼いたします。・・・報酬の送金処理は既に終わっていますから」


―巫女は深々とお辞儀をすると、立ち去った。


ハンドレッド「みんな誤解をしている。彼はおそらく『最強の幻像』だが、その場合は勝手に艦娘たちが最適解を導き、手の付けられない存在になる。僕もまた、祈るしかないのだよ・・・」


―しばしの沈黙の後、ハンドレッドは姿を消した。



―堅洲島鎮守府、執務室ラウンジ。


提督「さーて、本来正月なんだし、難しい任務もクリアしたし、はっちゃけるか!」


漣「待ってましたぁー!(゚∀゚)キタコレ!!」


初風「瑞穂さんたちは?」


叢雲「声はかけてあるけど、自由参加よ。やっと少し気も楽になるのだろうし、二人っきりの方が良いかなって」


龍田「そうよねぇ~」


天龍「もったいねぇ!こんなうまそうな鍋と、色々甘味もあるのによ!」


提督「まあまだもう少し色々弄らなきゃならんし、好きに過ごした方が二人の為だよ」


白雪「そうですね。いただきます!」


―ラウンジ部分にテーブルと長椅子が用意され、二か所にガスコンロと鍋が設置されている。


提督「ずいぶん遅い飯になったが、やっと気分良く食えるな」


磯波「あ、提督ぅ~、隣でお手伝いしますね」トスッ、ニコニコ


―磯波は言いながら、提督の右隣に座った。


叢雲(あら、酔ってると積極的ね・・・)


漣「じゃあ私はこっちだぞい!」トスッ


龍田「あら~両手に花ねぇ~!」


提督「いやー、隣に龍田だと、いつハンカチを乗せられるか気が抜けないからなぁ」


龍田「それはお互い様よー?」


―ガチャッ、バタン


曙「大体準備終わりね」


―着物にたすき掛けに着替えた曙が、食材が山盛りのお盆を持ってきた。


提督「おお、来た来た、君は正面に座りたまえ、曙君」


曙「はぁ?何で私が?」


提督「きっちり食うか見る!監視する!」


曙「えぇ?・・・まあ、座るけど・・・」トスッ


漣「あれですか?もう少しこう・・・肉付きを良くさせて、美味しくいただくための肥育みたいなもんですか?」ニヤッ


初風「肥育って・・・」


曙「家畜みたいにゆうなー!」


漣「出荷の日が待ち遠しいですねぇ、ぼのさーん」


曙「・・・よそってあげるわね、漣」ヒョイヒョイヒョイ・・・ドッサリ


漣「シイタケばかり、こんなに要らないよう・・・火が通ってないし」


曙「減らず口に効くんじゃないかと思って」


漣「スイマセンしたぁ!」


曙「そういえば、漣、間宮さんが何か確認したい事があるみたいよ?メニューがどうたらって」


漣「メニュー?・・・あっ!(忘れてたー!!)」


―漣は、間宮さんから提督に渡すように頼まれていた、お気に入りメニューの希望記入用紙の事を思い出した。


白雪「司令官、弾幕は足りていましたか?」


提督「足りていたというか、あのタコに何もさせなかったな。十分だよ」


磯波「努力すれば、殺れるんですね!」ニコニコ


初風(怖いこの子!)


天龍「しかしさ、かってーなぁ、あのタコ」


提督「あの程度のものなのに、十数分飽和攻撃して無力化だものなぁ。艤装展開していれば剣でも砲でも一瞬らしいが、生身だと厄介だな。食材にできないかと一瞬思ったが、ダメそうだった」


初風「本当に食べる気だったの?」


提督「ナマコもホヤも、フグの卵巣も食う民族に何を言ってるんだ」


初風「・・・ごもっともね」


―高練度になって、艤装展開を部分的に行えるようになれば、艦娘の攻撃なら一瞬でケリがつくらしい。そうでなければ、あの程度の敵もちまちまと削るしかないのだ。今日の攻撃は、龍田や天龍のものも、通常攻撃でしかない。


提督(課題は多いな・・・)


―しかし、認識性同位体には、ある程度通常の化学変化も期待できることが分かった。それは大きな収穫と言えた。いずれ訪れる防御戦で、運動エネルギー以外のダメージソースが期待できるという事だ。提督には、さらに何種類か、試してみたいものが増えていた。


提督(ま、正月と勝利を楽しむか・・・)


―執務室の鍋パーティが始まった。こんな時、通りがかった艦娘も自由参加というルールがある。



―その少し後、大浴場。


黒潮「何や陽炎、さっきからずっと難しい顔して」


不知火「どうかしたのですか?真面目に悩んでいるような顔をしていますが」


陽炎「ううん、何でもないわ。ちょっとモヤモヤするだけよ」


―起きている時に、いきなり夢を挟み込まれたような、妙な感覚が続いていた。


黒潮「うち、そろそろ上がるよ?今日は司令はんも後でここを使うみたいやから、札をひっくり返さんと」


陽炎「うん、もうちょっとだけ入ってたら上がるわ。先に休んでて大丈夫よ」


不知火「わかりました。札はやっておきますから、早めに上がってくださいね」


陽炎「わかったわ。遠出して、疲れたものね」



―脱衣室。


黒潮「ぬい、何だか陽炎、ちょっとおかしない?」


不知火「高練度の妹があんなボロボロだったのと、着任してくるのとで、色々と思うところがあるのだと思います。そっとしておきましょう?」


黒潮「そうやな。そうかもな」


―二人はさっさと着替えると、「艦娘が入浴しています」の札をひっくり返して部屋に戻った。



―大浴場。


陽炎(色々あって落ち着かない。さっさと上がって寝よう。きっと気のせいよ・・・)


―しかし、すぐに上がるつもりだった陽炎は、妹たちが上がって気が抜けたのか、うたた寝を始めてしまった。



―知らない記憶の中。


―夜の繁華街の雑多な匂いと、沢山の乱雑なイルミネーション、看板が溢れている。が、土砂降りの雨がそれらをぼやけさせ、いつも感じる苛立ちを抑え込んでいた。


陽炎(待って)


―陽炎は合羽を兼ねたフード付きのコートに身を包んでおり、同じ服を着た、前を歩く背の高い影についていく。その男との手はしっかりつないでいた。


機械音声『我々の敵、アラン・スミシーを殺せ。我々の指導者を殺し、我々の安寧を奪う、アラン・スミシーを排除せよ!』


―広告用飛行船が、同じ語句を繰り返している。


―狭い路地を何度も曲がった。嫌でも覚えるほどに、あちこちに男の似顔絵が貼られており、『アラン・スミシーを殺せ!』と記載されている。


陽炎(今日もたどり着いた・・・)


―誰もたどり着けない、廃棄されたビル群のずっと奥の闇の中に、おそらく昔、用地買収に逆らい続けたのだろう、小さな町工場があった。手動でレバーを回し、リフトを上げると、その中に隠れ家がある。二人はリフトを閉じると、ホイストを掴んで下に降りた。


陽炎「また、帰ってこれたのね・・・」バサッ


―陽炎はホットパンツに黒いTシャツ姿だった。そして、四丁の銃と数本のナイフを身に着けていた。


コートの男「ああ。あいつらにはおれたちは見えない。どうせここは、もう閉じている。終わったゲームの中の、どうでもいい話になっているからな。未来は開かない。ただのゴミ片付けだよ」バサッ


―赤レンガの地下室の中、電子暖炉の光が揺らめいた。男は振り向いて、かすかに笑う。白髪交じりの、でもずっと歳を取らない・・・昔、陽炎が「司令」と呼んでいた男。深海に支配されたこの世界では、人類の敵、アラン・スミシーと呼ばれている男だ。もともと日本人なのに、おかしな話だった。


陽炎「あと一人殺せば、全て終わるのね」


男「そうだな。終わったら、堅洲島に帰って・・・」


陽炎「全て終わり、ね。・・・シャワー浴びてくるわ」


―グイッ、ドサッ


陽炎「あっ!」


―陽炎は、優しめにソファに押し倒された。


陽炎「沢山殺したものね。でも、長い時間になるでしょ?集中したいの。一緒に浴びない?」


男「そうだな。お前とこんな事をするのも、次で終わりか・・・」


―男は手を引いて、陽炎を立たせた。


陽炎「・・・悲しくないの?」


男「悲しいが、きっと全ておれが悪い。だから・・・」


陽炎「そういうのやめて」


男「いや、お前も知らない事が沢山あるんだ。提督だったから、全体は見えていた」


陽炎「やめてって言ってるでしょ!ここまで来たじゃない!全部だめになっても、ずっと責任を取り続けて!」


男「でも許されないんだ!!叢雲も、陸奥も、おれの・・・せいで!」


陽炎「叢雲?陸奥?何を言ってるの?どっちもうちの鎮守府には居なかったじゃない。初期秘書艦だって、漣でしょ?あんな最悪の状況から、あそこまでもっていったのよ?それに、罪の話をするのなら、私だって・・・」


―陽炎は言いかけて、言いよどんだ。演習で倒したあの子に秘書艦をやめさせて、卑怯な手で絶望させて、あの子に殿を務めさせて沈めたのは自分だ。


男「やめよう。意味がない。シャワーを浴びて、全部くべよう」


―男はナイフと銃を机に無造作に放り投げ、シャツを脱いだ。鍛えられた綺麗な上半身が現れる。陽炎はこの身体が好きだった。


陽炎「うん・・・」


―それから二人は、シャワーを浴び、疲れ果てて眠るまで体を重ねた。



―数か月後、2158年頃、おそらく春。旧堅洲島鎮守府。


―最後の標的を・・・艦娘だったそれを殺した二人は、誰もいなくなった世界を後にし、堅洲島に帰ってきた。


陽炎「たどり着けたわね」


男「あれから何年だろう?100年までは経ってないか。もう、本土も海も霧に包まれ始めていて、戻れないな」


陽炎「あんなに綺麗だった桜も、もう色がないわね・・・」


男「一時間だけ郷愁に浸ったら、執務室で合流だ。そこでお別れにしよう」


―死者の世界には、太陽の光なく、花に色も無い。


―陽炎はかつての自分たちの部屋に向かった。



―陽炎たちのかつての部屋。


―何度かの大地震で、部屋の備品はめちゃくちゃになり、窓が割れていて風雨が吹き込んだせいだろう、壁はあちこち剥がれていた。何度も使った電子レンジだけが、なぜか倒れた家具の上に綺麗に乗っている。


陽炎(雪風や親潮、磯風にも、逢えないままだったなぁ・・・)


―会えないままだった妹たちが沢山いる。そして、逢えた妹のほとんどは、自分を庇って沈んでいった。


陽炎(でも、もう終わる・・・!)


―陽炎は、部屋の出入り口の所に貼られていた姿見に気付いた。みんなこれで、身だしなみをチェックしていたものだ。当時のように、陽炎は姿見の前に立つ。


―パンッ、パンッ、パンッ・・・ガシャッ・・・


―映っていた自分の心臓に二発、額に一発、撃った。


陽炎(もう、終わりでいいよ)


―予定よりだいぶ早いが、執務室に向かう事にした。



―堅洲島鎮守府、旧執務室ラウンジ。


―カーテンは開いていたが、深い霧のせいで薄暗かった。ソファに座っていた男がこちらを向く。


男「・・・早かったな」


陽炎「びっくりするほど、何も懐かしくないの。そして、何だか未来に希望を託したいわ。・・・もう、終わりにしない?」


男「そうだな。・・・やり方は知っているな?」ギッ


―男は立ち上がると、静かに銃を抜いた。司令官時代から愛用している、ベレッタM93Rだった。


陽炎「うん」


―陽炎も、シグザウエルP220を抜き、向かい合う。


―パパンッ!・・・ガクッ


―陽炎の銃弾は、男の心臓を破壊した。男は膝をつき、胸を押さえ、伏せるように倒れる。


―男の銃弾は、陽炎の背後の壁に当たった。


陽炎「な・・・んで・・・司令っ!」ダッ!


―男は仰向けになりたいような動きをしていたが、もう力が入らないようだった。陽炎は座り込み、男の向きを変え、頭を膝に乗せると、伸ばしかけていた手を握った。


陽炎「何で?何で私を撃たないの?」


男「お・・れが消えれば・・・全て消え・・・る。可愛い・・お前を、・・・撃てなかったんだ。全く・・・最後ま・・・で・・甘・・ふっ」コトッ


―男の眼の光が消え、陽炎の手から男の手が滑り落ちた。がっくりと横を向いた口から、血だまりが広がっていく


陽炎「こんな私でも、たぶん愛してたのよ?だから、死ねたでしょ?でも、こんなの嫌よ!私と司令官の罪はそんなに大きかったの?こんなの・・・こんなの嫌よ!!」


―ドサッ


―男の頭が陽炎の足をすり抜けて、地面に落ちた。陽炎はその頭と手を掴もうとしたが、どちらが幻影なのか、すり抜けてつかめない。


陽炎「嫌!私、消えるの?嫌!誰かいないの!?」


??「ここにいるよ」


陽炎「えっ?」バッ


―陽炎が声のした方を見ると、執務机の椅子に、黒衣の男が掛け、両肘をついて、開いた両手の指先を合わせつつ、陽炎を見ていた。鳶色の眼が親し気な光を含んでいるように見える。


黒衣の男「あまり悲しげだから、様子を見に来たよ、陽炎」


―死んだ司令とそっくりだが、何かが違う。圧倒的な質感と言うべきか、濃さと言うべきか、何かが色濃く、力に満ち溢れている気がした。


陽炎「あれっ?司令官?あれっ?」キョロキョロ


―床に倒れていたはずの男は、跡形もなく消えている。


黒衣の男「ここは夢みたいなものだ。そう泣くな。彼も幻像の一人だし、賢い彼は途中からそれを理解していた。君と繋がり、役割を果たし、最期は君に送られた。立派で、良い終わり方だったと言えるだろうよ」


陽炎「どういう事なの?」


黒衣の男「君ら艦娘は、時間の概念から一部外れている。その為、失敗した世界の記憶を無意識の教訓とし、次第に完全なる未来を目指して進むことが出来るのさ。こうして、沢山の可能性と世界を並列に見れることによってね」


陽炎「あなたも艦娘みたいなもの?」


黒衣の男「いや。ただ単に、輪廻の輪と、時の鎖からも外れてさまよう、野良犬のようなもんさ。・・・まあ、何でも咬み殺すがな」


陽炎「ふーん、じゃあ野良犬さん、あなたが、一番良い未来の司令官なの?いつかは勝てるって事?敵は深海だけじゃないよ?」


黒衣の男「深海の姫にも、美しい者や愛らしい者がいる。おれはそういう者は滅ぼさない主義だ。君と司令官が、最後の戦いの時に垣間見たろう?あいつらを残らず殺すのが、おれの娯楽なんだよ」


陽炎「荒唐無稽過ぎるわ。錯乱した私の幻覚かもしれないわよね、これ」


黒衣の男「人生なんて幻覚だよ。信じたもん勝ちさ。だから信じて、それ以上泣くな」


―霧に包まれていたはずの世界に、少しだけ日の光が差し、黒衣の男の眼を、黄金にきらめかせた。陽炎は理由もなく、その光に惹きつけられる気がした。


陽炎「何なの?あなたのその眼の光は。なんだかとても・・・きれい」


黒衣の男「獰猛な子だな。・・・殺人者の眼の光を好むとは。君の妹もそうだったな、確か。・・・まあいい、泣くのはやめろ。紫の瞳からこぼれる涙は、少しだけ苦手なんだ」


陽炎「うん」


黒衣の男「いい子だ。またな!」


―そしてすべてが消え去り、暗黒の空間だけになった。しかし、はるか遠くに、うっすらと蒼とも、碧ともつかない淡い光を放つものがあり、陽炎はそこに向かう。近づいてわかるそれは、容器の中に眠り続ける、本当の自分だった。陽炎はそれに触れた。



―堅洲島鎮守府、大浴場。


―ハッ


陽炎(夢?何か見てた気がするけど・・・)


??「激しい~♪雨が降る~♪壊れぇえた~♪瞳に~♪」


―大浴場に、おそらく司令の上機嫌な歌声が響いている。ほろ酔い加減のようだ。


陽炎(えっ?私、どれくらい寝てたの?・・・うそっ!)


―黒潮たちが上がってから、二時間近く経過していた。


―鎮守府の艦娘たちの決まりで、こんな時の為に大きめのタオルは持ってきていた。急いでそれで身を包む。


陽炎(ど、どうしよう!)


―しかし、唄が止み、近くの岩陰から声が聞こえた。


提督「・・・起きたのか?誰だかわからないが、さっき気付いたぞ」


陽炎「かっ、陽炎よ!どうして司令がお風呂に入ってるわけ?」


提督「聞きたいのはこっちだ。誰も入ってないはずの風呂の奥で、知らない子が寝てるんだもんな。そらもうびっくりよ!陽炎だったのか」


―陽炎は髪をまとめていたため、提督には誰だか分らなかった。まじまじと見るわけにはいかなかったのだ。


陽炎「・・・み、見たの?」


提督「それは、・・・いわゆるラッキースケベの有無の事を聞いてるのかな?」


陽炎「うわぁ、品のない言い方。ドン引きよ・・・」


提督「まあ、この状況に品があるかという、難しい話にはなるな。最大限品のある言い方をしてみよう」


陽炎「・・・え?」


提督「誰だかわからない彼女の、カタンドールのような胸から、僕は目を逸らした。きっとこれは酒の見せる「見たのねぇぇぇぇぇ!!」」


陽炎「最低!私知ってるんだから!司令って結構、私みたいな子でもいけちゃうし、なかなか変態のはずよね?」


提督「・・・は?・・・え?」ギクゥ!


―提督の声には、いつもと違う狼狽の気配があった。


提督(おかしい。なぜそんな事を確信をもって言える?曙はそんな事漏らす子じゃないぞ?洞察力か?いやいや、鎌をかけてるか?)


提督「ちょっと待て!いきなり言いがかりはどうかと思うぞ?」


陽炎「勘よ!とにかくそのはずなの!」


提督「けっ!男の89パーセント、つまり九割は変態なんだよ!という事は何らかのフェチや偏りがある方が普通ってこった。あーやだやだ。乳臭い変態認定は。いい歳して結婚できない女もそんなのばかりだしな」


陽炎「開き直った上に陽炎型のネームシップに対して、乳臭いですって?言ったわね!私の妹の乳風・・・じゃなかった浜風とか、逢ったらびっくりするわよ?戦艦並みの胸なんだから」


提督「あいにくだがおれは巨乳フェチじゃねぇ。大きさとかピクリともしないね!」


陽炎「ほーらっ!油断できない。私とかでも全然いけるって事じゃない!」


提督「そう返すのか!・・・ぐぬぬ!」


陽炎「そこは否定しなさいよ!・・・まあいいけど。まるっきり小娘扱いされるよりはいいわ。ここで寝ちゃってたのも、私が悪いんだし。」


提督「そう全て陽炎が悪い。おれは悪くない」ドヤァ


陽炎「うっわぁ~」


提督「いや、ごめんよ。寝てると思わないしな」


陽炎「まあ実際、司令は何も悪くないじゃない。・・・タオルはちゃんと巻いたから、そっちに行ってもいい?このまま話すのも話しずらいし」


提督「積極的だなあ」


陽炎「そろそろ茶化すのやめなさいよ?」


提督「へいへい。あんな感じで磯風も来たし、何か話すのもいいよな」


陽炎「襲われたら待遇で返してもらうから別にいいわ。ふふん」ザバッ


―陽炎は岩場から現れると、窓を背にして浴槽の縁に座った。岩場に座っている提督とは、やや離れて向かい合わせになっている。


提督「大した度胸だな。・・・のぼせるぜ?これでも飲んどけよ」ゴソゴソポイッ


―提督はクーラーボックスから、冷えたミネラルウォーターを取り出し、陽炎に投げ渡した。


陽炎「あら、ありがと。準備が良いのね・・・って、ほぼ仕事中じゃないの!」


―提督は防水ノートタブレットを見つつ、薄い水割りや炭酸水を呑んで風呂に浸かっていたらしい。その状態でさっきのやり取りをしていたようだ。


提督「いや、遊んでるって。のんびり風呂入ってるだけじゃ退屈だから、書類に目を通しつつ、水分補給しているだけさ」


陽炎「あっ!」


提督「どうした?」


陽炎「司令、すごい傷だらけね・・・(って、何かしら?この違和感と安心感は)」


提督「ああ、昔の仕事の怪我だな。さすがに無傷とはいかないからなぁ。ところで、さっきの確信めいたアレはなんだ?陽炎みたいな子でもいけるとか、変態とか」


陽炎「ふーん、気になるの?」ニヤッ


提督「妙に確信めいた言い方をしていたからな」


陽炎「それはもちろん・・・何となくよ!」


提督「何となくかよ!」


陽炎「でも多分、ハズレじゃないでしょ?」


提督「その、根拠のない自信は流石はネームシップだな」


陽炎「で、どうなのよ?」


提督「知らーん。しかしグイグイ来るねぇ。もう少し消極的なイメージだったんだが」


陽炎「くっ!そう言えばそうね、何だか話しやすいわ。曙や漣とは、いつもこんな感じなの?」


提督「誰とでも、いつもこんな感じだっての」


―何人かに聞いた、意外と話しやすい人、という評価そのままだった。



―近くの棟の非常階段。


青葉「・・・青葉、見ちゃいました。陽炎ちゃんもなかなかやりますねー!」


不知火「まさか、こんな事になっているとは。陽炎もさすがはネームシップ。ここまでして陽炎型を盛り上げようとしているとは」


黒潮「単純に司令はんと話したかったんちゃう?曙ちゃんに突っかかっとんのも、そういう事やない?ここまでするとは思わなかったけど」


吹雪「こっ、ここまでするなんて・・・もはや外道ですかぁー!」ブチッ


―吹雪は激怒した。必ず、他の駆逐艦の秘書艦を除かねばならぬと決意した。吹雪には、司令官の趣味がわからぬ。吹雪は、初期秘書艦の一人である。砲を撃ち、魚雷を放って戦ってきた。けれども秘書艦の座に関しては、人一倍に敏感であった。


衣笠「ちょっ、ちょっと吹雪ちゃん?なんか目が怖いよ?」


吹雪「知ってます?今日ね、電ちゃんも秘書艦にしてもらえて、六駆も執務室に出入りできるようになったんですよ?もう残るはサミーと私だけなんですよ。サミーはいい子だけど、秘書艦とかそんな気にしない子なんです。という事は、わかります?もう私だけなんですよぉ!」グスッ!


不知火「行けばいいじゃないですか。グイグイと」


黒潮「そやそや。こんなところで吠えていたってなんもならんで?」


―陽炎が積極的な行動を取ったようにしか見えていない二人には、妙な優越感があった。


吹雪「よーし、もう私、行くから!司令官が好きなお酒とかも買って勉強しているんだから!負けないんだから!」ギュリッ・・・グビグビグビッ・・・コトッ


青葉「ちょ、ちょっと吹雪ちゃん!?」


衣笠「それ、提督が呑んでるのと同じ、結構強いお酒じゃない?そんな一気に呑んだら・・・」


―吹雪は持っていた「ワイルドターキー」を開けると、一気に半分近く呑んだ。


吹雪「うふふぅ・・・自分が駆逐される気分はどうかしら?駆逐してやる!一匹残らず!アンフォーギブン!」フラッ・・・ダッ


―吹雪はバーボンの瓶を持ったまま走り去った。


衣笠「何する気なのあの子?」


青葉「何かまずい事が起こりそうな気もしますが、記者は事実を見届ける義務がありますから・・・」ワクワク


不知火「・・・陽炎の邪魔をしては良くないですから」ワクワク


黒潮「今日、お正月やしな・・・」ワクワク


―陽炎型には、高い損耗率のせいか、独特なクールさがある。・・・が、おそらくこれは、ただの野次馬根性だった。



―同じ頃、医務室。


磯風(・・・ん、ここは?何だこの感じは?)ムクリ


―磯風は混乱したが、すぐに落ち着いた。強大な力と、敵の気配を感じる。


磯風(そうか、私は深海に堕ちてしまったのだな・・・。だが、心までは堕ちないぞ!堕ちきる前に、一人でも多く道連れにしてやる!)モヤッ


―磯風の赤い瞳が、わずかに濁った光を帯びていた。


磯風(聞いた事があるのだ。堕ちた艦娘には、深海が以前の仲間のように見えていると・・・)


―長い間大破漂流していた磯風の心は、海域の優勢なD波によって深刻な心の汚染を受けていた。




第四十八話、艦



次回予告


大浴場に突撃する、怒れる吹雪と、怒る陽炎、巻き込まれる提督。


陸奥に不意打ちを食らわせた、深海化し始めている磯風は、鎮守府内で大暴れを始めるが、泥酔かつ怒り心頭の吹雪は、なぜか様々なリミッターが外れており・・・。



次回、『ブリザードプリンセス』乞う、ご期待!


吹雪『うわあああぁぁぁぁん!!ど・お・し・て司令官は吹雪に関心がないんですかぁ!!』


提督『いや、そんなつもりじゃ・・・』


後書き

吹雪は激怒した

これの元ネタは、太宰治の走るあれです。


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このSSへのコメント

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1: SS好きの名無しさん 2017-04-03 13:25:10 ID: QGb1fQ44

怒ゲージマックスの吹雪に深海磯風があけぼのフィニッシュされる、という構図が予告を見て浮かんで来ました。

2: 堅洲 2017-04-03 23:17:00 ID: tHIi2C57

コメントありがとうございます!

そうですね、そんな感じで吹雪が暴れてくれます。ただ、磯風は本当に強いので、途中から幸運なあの子とかも助っ人に来てくれます。


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