2017-06-26 19:38:10 更新

前書き

中島敦作の「山月記」を改変して艦これの世界観に合わせたものです。
本家を見ていない方は先に本家を見るのをお勧めします。
こういう小説×艦これのssを余り見ないなと思い自給自足も兼ねて書いています。
このssを見た方が少しでも面白かったり世界観に引き込まれたりしていただけたなら幸いです。


注意!このssには以下の内容が含まれます。それでも良いという方のみ見られたし。

※艦これ、原作「山月記」、本家を改変しただけ、独自の世界観、設定



このssは中島敦作の「山月記」を改変して書いたものです。

タイトルに「海月」と入っていますがここでは「さんげつき」に倣って「かいげつき」と読むことにします。

本家を見ていない方はまずそちらを読むことを強くお勧めします。





呉の長門は最大最強、大正の末頃、若くして名をビッグ7に連ね、次いで連合艦隊旗艦に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところすこぶる厚く、大本営に甘んずるを潔しとしなかった。

いくばくもなく旗艦を退いた後は、故郷、呉に起臥し、人との交を絶って、ひたすら深海棲艦を撃沈することにふけった。

旗艦になって長く膝を俗悪な大本営の前に屈するよりは、英雄としての名を死後百年に遺そうとしたのである。

しかし、名声は容易に上がらず、戦況は日を追うて苦しくなる。長門はようやく焦躁に駆られて来た。

この頃からその容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀いで、眼光のみいたずらにけいけいとして、かつて旗艦に命ぜられた頃の豊満の美少女のおもかげは、どこに求めようもない。

数年の後、貧窮に堪えず自らの衣食のためについに節を屈して、再び東へ赴き、一随伴艦の職を奉ずることになった。

一方、これは、己の力に半ば絶望したためでもある。

かつての同輩は既にはるか高位に進み、彼女が昔、鈍物として歯牙にもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の最強長門の自尊心をいかに傷つけたかは、想像に難くない。彼女はおうおうとして楽しまず、狂悖の性はいよいよ抑え難くなった。

一年の後、公用で旅に出、佐世保のほとりに宿った時、遂に発狂した。ある夜半、急に顔色を変えて寝床から起き上がると、何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇の中へ駆けだした。彼女は二度と戻って来なかった。附近の海峡を捜索しても、何の手掛りもない。

その後長門がどうなったかを知る者は、誰もなかった。


翌年、艦隊旗艦、陸奥という者、命令を奉じてトラックにつかいし、道に横須賀の地に宿った。

次の朝まだ暗いうちに出発しようとしたところ、提督が言うことに、これから先の海に深海棲艦の姫級が出る故、何人も白昼でなければ、通れない。

今はまだ朝が早いから、今少し待たれたがよろしいと。

陸奥は、しかし、随伴艦の多勢なのを恃み、提督の言葉を退けて、出発した。

残月の光をたよりに海を通って行った時、一隻の深海棲艦が海の中から躍り出た。

彼女は、あわや陸奥に躍りかかるかと見えたが、たちまち身をひるがえして、元の海に隠れた。

海の方から人間の声で「あぶないところだった」と繰り返し呟くのが無線から聞こえた。

その声に陸奥は聞きおぼえがあった。驚懼の中にも、彼女は咄嗟に思いあたって、叫んだ。

「その声は、我が姉、長門ではないか?」陸奥は長門の1年後に軍艦となり、性格の強かった長門にとっては、最も親しい妹であった。

温和な陸奥の性格が、峻峭な長門の性情と衝突しなかったためであろう。

海の方からは、しばらく返事が無かった。しのび泣きかと思われるかすかな声が時々もれるばかりである。

ややあって、低い声が答えた。「いかにも自分は呉の長門である」と。

陸奥は恐怖を忘れ、長門の方に近づき、懐かしげに久闊を叙した。そして、何故海から出て来ないのかと問うた。

長門の声が答えて言う。自分は今や異類の身となっている。どうして、おめおめと妹の前にあさましい姿をさらせようか。

かつ又、自分が姿を現せば、必ず陸奥に畏怖嫌厭の情を起させるに決っているからだ。

しかし、今、図らずも妹にあうことを得て、きたんの念をも忘れる程に懐かしい。

どうか、ほんの暫くでいいから、我が醜悪な今の外形をいとわず、かつて陸奥の姉長門であったこの自分と話を交してくれないだろうか。

後で考えれば不思議だったが、その時、陸奥は、この超自然の怪異を、実に素直に受容して、少しも怪もうとしなかった。

彼女は随伴艦に命じて行列の進行をとめ、自分は海の上に立って、見えざる声と対談した。

都の噂、姉の消息、陸奥が現在の地位、それに対する長門の祝辞。

連合艦隊時代に親しかった者同志の、あの隔てのない語調で、それらが語られた後、陸奥は、長門がどうして今の身となるに至ったかをたずねた。

海中の声は次のように語った。

今から一年程前、自分が旅に出て佐世保のほとりに泊まった夜のこと、一睡してから、ふと目を覚ますと、戸外で誰かが我が名を呼んでいる。

声に応じて外へ出て見ると、声は闇の中からしきりに自分を招く。覚えず、自分は声を追うて走り出した。

無我夢中で駆けて行く中に、いつしか道は海に入り、しかも、知らぬ間に自分は髪の毛が白くなるのを受け入れながら走っていた。

何か身体中に力が満ちたような感じで、軽々と砲門を支えていた。

気が付くと、頭や体のあたりからオーラを生じているらしい。少し明るくなってから、海に臨んで姿を映して見ると、既に深海棲艦となっていた。

自分は初め眼を信じなかった。次に、これは夢に違いないと考えた。

夢の中で、これは夢だぞと知っているような夢を、自分はそれまでに見たことがあったから。

どうしても夢でないと悟らねばならなかった時、自分は茫然とした。そうしておそれた。全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く懼れた。

しかし、何故こんな事になったのだろう。分らぬ。

全く何事も我々には判らぬ。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。

自分はすぐに死をおもうた。しかし、その時、眼の前を一隻の船が通り過ぎるのを見た途端に、自分の中の艦娘は忽ち姿を消した。

再び自分の中の艦娘が目を覚ました時、自分の主砲は硝煙にまみれ、あたりには船の重油が散らばっていた。

これが深海棲艦としての最初の経験であった。それ以来今までにどんな所行をし続けて来たか、それは到底語るに忍びない。

ただ、1日の中に必ず数時間は、艦娘の心が還って来る。

そういう時には、かつての日と同じく、人語も操れれば、複雑な思考にも堪え得るし、海軍五省のをそらんずることも出来る。

その艦娘の心で、深海棲艦としての己の残虐な行いのあとを見、己の運命をふりかえる時が、最も情なく、恐しく、憤しい。

しかし、その、艦娘にかえる数時間も、日を経るに従って次第に短くなって行く。

今までは、どうして深海棲艦などになったかと怪しんでいたのに、この間ひょいと気が付いて見たら、私はどうして以前、艦娘だったのかと考えていた。

これは恐しいことだ。今少し経たてば、私の中の艦娘の心は、深海棲艦としての習慣の中にすっかり埋うもれて消えてしまうだろう。

ちょうど、古い宮殿の礎が次第に土砂に埋没するように。

そうすれば、しまいに私は自分の過去を忘れ果て、一隻の深海棲艦として狂い廻り、今日のように海で君と出会っても妹と認めることなく、君を裂き喰ろうて何の悔いも感じないだろう。

一体、獣でも艦娘でも、もとは何か他のものだったんだろう。

初めはそれを憶えているが、次第に忘れてしまい、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか?

いや、そんな事はどうでもいい。私の中の人間の心がすっかり消えてしまえば、恐らく、その方が、私はしあわせになれるだろう。

だのに、私の中の艦娘は、その事を、この上なく恐しく感じているのだ。ああ、全く、どんなに、恐しく、哀しく、切なく思っているだろう!

私が艦娘だった記憶のなくなることを。この気持ちは誰にも分らない。誰にも分らない。私と同じ身の上に成った者でなければ。

ところで、そうだ。私がすっかり艦娘でなくなってしまう前に、一つ頼んで置きたいことがある。

陸奥はじめ一行は、息をのんで、海中の声の語る不思議に聞き入っていた。声は続けて言う。

他でもない。自分は元来英雄として名を成す積りでいた。しかも、業いまだ成らざるに、この運命に立至った。

かつて覚えるところの海戦数百戦、もとより、まだ世に行われておらぬ。遺品の所在ももはや判らなくなっていよう。

ところで、その中、今も尚なお記誦せるものが数十ある。これを我が為ために伝録して戴いただきたいのだ。

何も、これによって一人前の英雄面をしたいのではない。

作戦の巧拙は知らず、とにかく、産を破り心を狂わせてまで自分が生涯それに執着したところのものを、一部なりとも後代に伝えないでは、死んでも死に切れないのだ。

陸奥は随伴艦に命じ、筆を執って海中の声にしたがって書きとらせた。長門の声は海の中から朗々と響いた。

長短およそ三十戦、格調高雅、意趣卓逸、一聞して長門の才の非凡を思わせるものばかりである。

しかし、陸奥は感嘆しながらも漠然と次のように感じていた。なるほど、兵の素質が第一流に属するものであることは疑いない。

しかし、このままでは、第一流の作戦となるのには、どこか(非常に微妙な点において)欠けるところがあるのではないか、と。

旧戦を吐き終った長門の声は、突然調子を変え、自らを嘲るか如くに言った。

はずかしいことだが、今でも、こんなあさましい身と成り果てた今でも、私は、私の戦集が歴史の英雄として机の上に置かれている様を、夢に見ることがあるのだ。岩窟の中に横たわって見る夢にだよ。

嗤ってくれ。英雄に成りそこなって深海棲艦になった哀れな女を。(陸奥は昔の姉長門の自嘲癖を思出しながら、哀しく聞いていた。)そうだ。


時に、残月、光冷ややかに、白露は地にしげく、樹間を渡る冷風は既に暁の近きを告げていた。

人々は最早、事の奇異を忘れ、粛然として、この英雄の薄倖を嘆じた。長門の声は再び続ける。

何故こんな運命になったか判らぬと、先刻は言ったが、しかし、考えように依れば、思い当ることが全然ないでもない。

艦娘であった時、私は努めて人との交わりを避けた。人々は私を倨傲だ、尊大だといった。

実は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。

勿論、かつての鎮守府の旗艦といわれた自分に、自尊心が無かったとは云わない。しかし、それは臆病な自尊心とでもいうべきものであった。

私は戦によって名を成そうと思いながら、進んで旗艦に就いたり、求めて戦友と交って切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。

かといって、又、私は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為せいである。

己の珠たまに非ざることを惧れるが故に、敢えて刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった。

私は次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによって益々己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。

人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。私の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。深海棲艦だったのだ。

これが己私損い、提督を苦しめ、皆を傷つけ、果ては、己の外形をかくの如く、内心にふさわしいものに変えてしまったのだ。

今思えば、全く、私は、私のもっていた僅かばかりの才能を空費してしまった訳だ。

人生は何事をもなさぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが私のすべてだったのだ。

私よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる英雄となった者が幾らでもいるのだ。

虎と成り果てた今、私は漸くそれに気が付いた。それを思うと、私は今も胸を灼かれるような悔いを感じる。

私には最早艦娘としての生活は出来ない。

たとえ、今、私が頭の中で、どんな優れた作戦を立案したところで、どういう手段で発表できよう。

まして、私の頭はひごとに深海棲艦に近づいて行く。どうすればいいのだ。私の空費された過去は?

私は堪たまらなくなる。そういう時、私は、月に向かって主砲を撃つのだ。この胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。

私は昨夕も、彼処あそこで月に向って撃った。誰かにこの苦しみが分って貰えないかと。

しかし、魚どもは私の砲声を聞いて、ただ、懼れ、ひれ伏すばかり。海も水も月も露も、一隻の深海棲艦が怒り狂って、撃っているとしか考えない。

天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人私の気持ちを分ってくれる者はない。

ちょうど、艦娘だった頃、私の傷つき易やすい内心を誰も理解してくれなかったように。私の髪の濡れたのは、海水のためばかりではない。

漸くあたりの暗さが薄らいで来た。どこからか、鳥が哀しげに響き始めた。

最早、別れを告げねばならぬ。酔わねばならぬ時が、(深海棲艦に還らねばならぬ時が)近づいたから、と、長門の声が言った。

だが、お別れする前にもう一つ頼みがある。それは我が鎮守府のことだ。提督はまだ戦力不足に苦しんでいる。

もとより、私の運命に就いては知る筈がない。君が南から帰ったら、私は既に沈んだと提督に告げて貰えないだろうか。

決して今日のことだけは明かさないで欲しい。

厚かましいお願いだが、提督の孤弱を憐れんで、今後とも戦力不足に苦闘することのないように計らって戴けるならば、自分にとって、恩倖、これに過ぎたるはない。

言い終わって、海中から慟哭の声が聞えた。陸奥もまた涙をうかべ、よろこんで長門の意にそいたい旨を答えた。

長門の声はしかしたちまち又先刻の自嘲的な調子に戻って、言った。

本当は、先ず、この事の方を先にお願いすべきだったのだ、私が艦娘だったなら。

戦力不足で苦しむ提督のことよりも、己の乏しい武芸の方を気にかけているような女だから、こんな姫に身を堕とすのだ。

そうして、つけくわえて言うことに、陸奥がトラックからの帰途には決してこのみちを通らないで欲しい、その時には自分が酔っていて妹ともを認めずに襲いかかるかも知れないから。

又、今別れてから、前方の所にある、あの島の近くに行ったら、こちらを振りかえって見て貰いたい。

自分は今の姿をもう一度お目に掛けよう。勇に誇ろうとしてではない。

我が醜悪な姿を示して、以て、再び此処を過ぎて自分に会おうとの気持ちを君に起させない為であると。

陸奥は海中に向かって、懇ろに別れの言葉を述べ、機関を動かした。

海の中からは、又、堪えざるが如き悲泣の声が洩れた。陸奥も幾度か海を振り返りながら、涙の中に出発した。

一行が丘の上についた時、彼女等は、言われた通りに振り返って、先程の海を眺ながめた。

忽ち、一隻の深海棲艦が海の下から海の上に躍り出たのを彼女等は見た。

深海棲艦は、既に白く光を失った月を仰いで、二回三回斉射したかと思うと、又、元の海に躍り入って、再びその姿を見なかった。


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