2017-11-23 22:13:14 更新

概要

「やはり俺の結婚生活はまちがっていない。」の過去に当たるお話です。
「やはり私の青春ラブコメはまちがっている。父以上に。」とも少し繋がっている部分があります。
どちらも読まなくても話は理解できると思いますが、是非とも前作もよろしくお願いします。


前書き

オリキャラが出ます。キャラ崩壊注意です。




やはり奉仕部はまちがっている。





八幡「…………」ペラッ


結衣「…………」ポチポチッ


雪乃「…………」ペラッ



今日も今日とて奉仕部は暇である。

まぁそもそも普段から依頼なんてほとんど来ないので、大体こうして時間を持て余しているわけだが……。


今日は珍しく一色が来ていないのでいつもよりも部室は静かだ。



結衣「依頼、来ないねー」



携帯を触っていた由比ヶ浜がつまらなさそうに呟く。



雪乃「ええ、そうね」


八幡「……だな」



本を読む俺と雪ノ下は生返事の相槌を返す。

いつも通り、何ら新鮮味の無い日常だ。


一色が持ってきたバレンタインデーの一件からこっち、俺たち奉仕部に依頼は一つも来ていない。

依頼が来なければやることは無いわけで、俺は読書が進み、雪ノ下と由比ヶ浜はゆりゆりしているだけだった。



いろは「失礼しまーす」



噂をすればやって来るいろはす。

いや、噂なんかしてなかったわ。



雪乃「一色さん、ノックをしなさいと言っているでしょう」


いろは「あ、ごめんなさい……」



雪ノ下に嗜められてシュンとする一色、半分はいつものあざとさだろうが、もう半分は割と本気で雪ノ下さんに怯えているらしい。



結衣「いろはちゃん、やっはろー!」


いろは「結衣先輩、やっはろーです!」



もう聞き慣れてしまった頭の悪い挨拶を終え、一色がいつもの定位置……よりも俺に若干近い位置に座る。

え、なに、ちょっと近くないですかね?これじゃまるで雪ノ下と由比ヶ浜みたいになってるんだけど?



雪乃「……?」


結衣「い、いろはちゃん?」


いろは「はい?」


結衣「な、なんかいつもとちがくない?」



二人も気になったのだろう、雪ノ下は小首を傾げ、由比ヶ浜は直球で尋ねる。



いろは「何がですかー?」



対する一色は普段と何ら変わりない。



結衣「い、いやー、なんかヒッキーに近くないかなー、なんて」


いろは「そうですか?私としてはいつも通りのつもりだったんですけど……」


雪乃「一色さん、あまり近くにいると感染するわよ」


八幡「ちょっと?俺のことウイルスみたいに言うのやめてね」



比企谷菌のネタまだ引きずってんのかよ、気に入りすぎだろ。


しかし、冗談は別として確かに最近の一色は様子が変だ。

こうして部活に顔を出せば俺に対する絡みが多い気がするし、学校生活でも顔を合わせれば絡んでくるようになった。

いや、前からあざといアピールはしてきてたが、最近はそれがやたらと増えた気がする。



八幡「というかお前なんで来たの?」


いろは「えー、せんぱいに会いに来たに決まってるじゃないですかぁ~」


八幡「はいはい。お前ここ最近毎日来てるだろ、生徒会とかサッカー部の方は大丈夫なのか?」


いろは「ぶぅ、最近のせんぱい反応が冷たすぎじゃないですかね?ご心配なく、どっちも問題無くこなしてますよー」



頬を膨らます一色は相変わらずあざといが、ふむ……やはりこいつはスペックが高いな。

涼しい顔して人の二倍三倍の仕事をこなせるタイプ。俺や雪ノ下に似ている。



いろは「それにぃ~、私ってもう奉仕部の一員みたいなものじゃないですかー」


八幡「いや、違うだろ」


雪乃「そうね、入部届は貰っていないもの」


結衣「ふ、二人とも冷たいよ!いろはちゃんはもう仲間みたいなもんじゃん!」



由比ヶ浜だけが一色を擁護するらしい。

まぁ確かに最近の一色はここに入り浸り過ぎて、まるで準レギュラーでも気取っているかの様だけどな。



雪乃「一色さん、紅茶でいいかしら?」


いろは「あっ、はい、ありがとうございます雪ノ下先輩!」



ゆきのんもいろはすには甘いんだよなぁ……正式な部員である筈の俺より優遇されてるレベル。

そそくさと紅茶を淹れる雪ノ下、どうやら俺たちのおかわり分も用意してくれているらしい。



いろは「そういえば、最近依頼って来てるんですか?」


結衣「それがねっ、全く来ないんだよ!」



一色の質問に答えたのは、待ってましたと言わんばかりな勢いの由比ヶ浜だった。



結衣「もう全くっ、これっぽっちもっ、何も来ないの!」


いろは「は、はぁ……」


結衣「だからね!すっごい暇なの!」


いろは「あ、そういうことでしたか」



由比ヶ浜の勢いに押されていた一色が納得した様に頷く。

ん?今のどこに納得する要素があったんだ?



いろは「つまり、先輩方は今すごく暇ということですね?」


結衣「そう!」


八幡「いや、違うから」


雪乃「いいえ、違うわ」



俺と雪ノ下の否定がハモってしまった。

この流れはまた一色に生徒会の手伝いをさせられる流れだと、雪ノ下も分かってきたんだろう。


俺には一色を生徒会長にした責任がある、だが、だからといって何から何まで助けてやるのはお門違いだ。

自分でやらなきゃ力にならないことだって間々あるのだから。



結衣「えー!さっきから二人とも本読んでるだけじゃん!」


雪乃「ええ、そうね。だから暇ではないわ」


八幡「そういうことだ。俺と雪ノ下の意見が合うなんて奇跡に近いぞ」


雪乃「これ以上ない程の恥辱だけれど、同意せざるを得ないわね」


八幡「意見合うだけで恥辱なのかよ、どんだけ俺のこと嫌いなのお前」


雪乃「あら、嫌いだなんて言ってないわよ?相変わらず被害妄想が過ぎるのね」


八幡「俺は自意識高い系だからな、周りの人間全てが自分を嫌っていると思ってるぞ」


雪乃「周りの人間が全員あなたのことを認識しているだなんて酷い驕りね」


八幡「嫌われることについては一家言ある俺だからな、認識された上で嫌われていると自負している」


雪乃「それはあなたに好意を持っている私たちに失礼よ、金輪際やめなさい」


八幡「……お、おう」



なんか恥ずかしい台詞と共に怒られてしまった。

そんな歯の浮く様な台詞を真顔で言い放つ雪ノ下さんマジパネエっす。



いろは「せんぱい?なに雪ノ下先輩といちゃいちゃしてるんですか?」


結衣「ヒッキー?」


八幡「は?」



ジト目で睨んでくる一色と由比ヶ浜。



雪乃「べ、別にいちゃいちゃなんて……」


結衣「してたよ!ヒッキーとゆきのん最近仲良すぎ!」


八幡「そ、そんなことないと思うが」


いろは「……本気で言ってます?」


八幡「…………」



いや、本当は自分でも分かっている。

ここ最近、俺たちの距離は随分と縮まったということを。


それは別に俺と雪ノ下だけの話じゃない、俺と雪ノ下と由比ヶ浜……奉仕部としての俺たちは、大きく変わった。

その変化が良いものだと言い切ることはできない。

近付けば互いに分かり合えるのかもしれないが、それ以上に傷つくのだ。


俺はこの時点で既に、雪ノ下と由比ヶ浜……彼女たちとの距離の取り方が分からなくなっていた。



いろは「せんぱいは、臆病ですね」ボソッ


八幡「…………」



さっきよりも近い位置にいる一色が、俺にだけ聞こえる声で言う。

何がだよ、いつものように仏頂面でそう返せばよかったのに……俺は押し黙ってしまった。



いろは「……そうだ!お暇なら生徒会のお仕事手伝ってくださいよー」


八幡「断る」


雪乃「お断りね」


結衣「えー、いいじゃん!どうせやることも無いんだしさー」


八幡「だから俺も雪ノ下も本読んでるだろ、お前も本読め本」


雪乃「本のことは置いておくにしても、私たちが手伝うのはあまり良いことではないわね。一色さんの為にもならないわ」


いろは「むぅ、いいじゃないですかー、そんな大変な仕事でもないですし」


八幡「大変な仕事じゃないなら自分たちでするべきだな」


いろは「それはそうなんですけどー」



普段と変わらない下らない会話。

取るに足らない世間話や馬鹿話。

まるでこんな時間が永遠に続くんじゃないかと錯覚するくらいには、俺はこの空間に馴染んでしまった。


しかし、変わらないものなど存在しない。

俺たちは変わりゆく時間の中で生きているのだ、変わっていくなんてのはこの世界の大前提であり、当たり前。


でも変わってしまうのは苦しいから、その当たり前を頭から消して「今」を謳歌する。それが青春だ。



コンコンッ。



いろは「ありゃ?……依頼ですかね?」


雪乃「どうぞ」


???「失礼します……えっと、奉仕部はここ、ですか……?」


結衣「そだよー!ささっ、どうぞこちらへ!」


???「あ、はい、ありがとうございます……」


八幡「…………」


雪乃「奉仕部に来たということは、何か依頼がある……ということかしら?」


???「はい、そうです」


雪乃「では、あなたの名前を教えてもらってもいいかしら」


???「あ、ごめんなさいっ」



真鈴「えっと、1年B組の――寿々城真鈴です。奉仕部の皆さんに、依頼があって来ました」



変わらないものなんて無い。

それは俺たちの関係性も、そして俺たち自身もまた然りだ。


これから語るのは、俺がしてきたことの結果であり――俺たちが傷つけあう、『青春』の物語だ。




――――――――――――――――――――――――――――――――




わたしには今、気になる人がいる。

それはみんなのヒーロー、葉山先輩ではない。


わたしを生徒会長にし、何度も助けてくれた……奉仕部のあのせんぱいだ。


初めて会ったのは生徒会選挙の時。

城廻先輩の紹介で行った奉仕部に、せんぱいがいた。

元々はわたしが生徒会長になるのを阻止して欲しいってお願いだったのに、あの人の口車に乗せられてわたしは生徒会長になってしまった。


第一印象は「変な先輩」。

わたしみたいな超絶美少女を相手に、邪な目は全く見せないし、むしろなるべく近付かないように距離を取ってきた。

男の人を手玉に取ってきたわたしにとって、せんぱいは初めて出会うタイプの人だった。


けど、その時はそこまで気にもしていなかった。

わたしに靡かない男もいるんだとは思ったけど、今みたいに目で追ったり、今日も会えるかなとか考えたりはしていなかった。


せんぱいに生徒会長にさせられて……いや、背中を押してもらって、その後何度も助けてもらった。

性格の悪いわたしは、責任なんて言葉を軽々しく使い、せんぱいを利用してきた。


そして今、わたしの生活の中で「せんぱい」の存在がすごく大きくなってる。

放課後になれば奉仕部に顔を出して、せんぱいたちとお喋りができる。

放課後だけじゃない、廊下で会えばちょっかいをかけるし、朝の登校で会えた日は眠気も飛ぶような気がした。


わたしが好きなのは葉山先輩の筈なのに……今はもう、せんぱいのことばかり考えている。


これは……この気持ちは、恋と呼んでいいものなんだろうか?


偽物の恋愛ばかりしてきたわたしに、せんぱいの言葉が突き刺さる。


――「俺は本物が欲しい」


自分の気持ちが本物なのかさえ分かっていないわたしが、せんぱいに踏み込んでいいのかと、最近すごく考えるようになった。

それでなくとも、あの人には雪ノ下先輩と結衣先輩がいる。

あの三人は、他の人たちとは違う……何か、絆のようなもので繋がっている。


そんな場所に、わたしは踏み込んでいいのかと、そればかり考えている。



いろは「…………」



そして、今日も今日とて暇だと思っていた筈の奉仕部には、依頼人が来ている。

私と同じ学年の、寿々城真鈴ちゃん……あまり目立つタイプでは無いけど、可愛いから人気が高くて、カーストとしては上位に位置してる子だ。

話したことは無いけど、もちろん知ってる。



雪乃「依頼を受けるかどうかは、内容を聞いてからよ」


真鈴「あっ、はい」



いつもはぽわぽわしているタイプの子だと思っていたけど、今の彼女は何かを決心したかのような真っ直ぐな目をしている。



真鈴「えっと……その、内容のことなんですけど……男の人には話し辛いことで……」



遠慮がちにぽつぽつと呟く彼女がせんぱいに視線を移した。



八幡「あー……俺、飲み物買ってくるわ」



すぐに察したせんぱいが席を立つ。

飲み物買ってくるって、今の今まで雪ノ下先輩が淹れてくれた紅茶飲んでたのに。

他人の顔色と場の空気読むのは超上手いけど、そういうところがせんぱいらしい。


せんぱいが部室を出たあと、少し張り詰めた空気が流れる。

男の人には言いにくい、女の子の悩み。

そんなの、考えられるのは一つしかない。



真鈴「えっと、私の依頼したいことっていうのは……告白を、手伝って欲しいんです!」


結衣「わー!いいねいいねっ、素敵だよ!」



わたしの予想通りの依頼に、結衣先輩が嬉しそうな表情を見せる。

この人は根っからの女の子だから、そういう類の話も大好きなんだろう。



雪乃「あなたには、好きな人がいるのね?」


真鈴「はい。本当に好きで……結果がどうなっても、この気持ちを伝えたいんです」


雪乃「そこまで決意が固いのなら、私たちが手伝うことは何も無いと思うのだけれど」


真鈴「それは……」


雪乃「……?」



そこで言い淀む彼女に、雪ノ下先輩は小首を傾げる。



真鈴「……きっと、私が何を言っても、彼はまともに取り合ってくれないと思います」


結衣「え?」


雪乃「どういう意味かしら?」



意味が分かっていない様子の先輩方。

対してわたしは、この時点で最悪の未来を予想していた。

きっと、それが一番に頭をよぎるほどにわたしは変わっていたのだ。



真鈴「彼は、私がどんな言葉を言ってもそれを信じてはくれないと思います。だから、奉仕部に……お二人に、協力して貰いたいんです!」


結衣「ちょ、ちょっと待って!信じてくれないって、それって……どういう意味?」


真鈴「そのままの意味です。私が想いを伝えても、彼の中でそれは嘘になってしまうんです。だから、雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩に協力して欲しいんです」


結衣「何それ!女の子の告白を信じないとかマジありえない!」


雪乃「一体どんな酷い男なのかしら」


真鈴「そうじゃありません!」



真鈴ちゃんの大きな声に、先輩方は驚く。

何か怒らせるようなことを言ったのだろうかと、困惑しているけど……わたしには真鈴ちゃんの気持ちが分かってしまった。



真鈴「あの人は、酷い人なんかじゃありません。少し捻くれていて、誤解され易いかもしれないけど、とても優しい人なんです……ずっと見てきたから、分かります」


結衣「えっ……?」


雪乃「……あなたの、好きな人の名前を聞いてもいいかしら?」


真鈴「え?あっ、まだ言ってなかったですね。えっと、私の好きな人は――」



わたしはきっと、この日のことを忘れない。


雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩、二人のあんな顔を見たのは初めてだったし……何より、わたしが「自分」を理解したこの日を、決して忘れない。

辛くて苦しくて、切ないようなもどかしいような、わたしの語彙力では形容しきれないこの気持ちが、きっとわたしたちの始まりだったんだ。



真鈴「――比企谷八幡先輩です」



胸が苦しい。

あぁ、そっか……やっぱりわたしは――あのせんぱいが好きだったんだ。




――――――――――――――――――――――――――――――――




八幡「男には話し辛いこと……ね」



まだ寒さも和らいでいないこの季節、ホットのマックスコーヒーは至高の飲み物となる。

依頼主の意向に添って部室を出た俺は、自販機で至高の飲み物を買ってから、遠回りをしながら部室に戻る最中だった。


男に話し辛いことと言えば、恐らくは恋愛絡みのことだろうか。

あるいはドロドロした女同士の悪口かもしれないが……。

依頼に来た……寿々城真鈴だったか?彼女の雰囲気から察するに、まぁ十中八九、恋愛の方で間違いないだろう。


さて、そうなると再び面倒な依頼になりそうだ。


恋愛絡みの依頼は、修学旅行の一件で懲りてるからな、なるべくなら受けたくないというのが俺の本音である。


もし受けてしまって、あの時みたいに俺が解決する羽目になったらどうなる?

……どうせ、また俺のやり方があいつらに否定されるだけだ。


俺がしてきたことは、あいつらにとっては認められないやり方らしいからな。

相模の一件も、戸部の時も、一色の時でさえ……あいつらが俺の手段を認めることは無かった。


なら俺は、一体何のためにあの場所にいるんだろうか。


確かに俺にとって、あの場所は……あいつらは大切なものになってしまった。

でも、いくら大事に思っても、あいつらが俺の気持ちを汲み取ってくれるわけじゃない。


言葉無しに伝わって、信じてくれるわけじゃない。


俺の求めた本物は、あそこには無いのかもしれない。


だったら――



静「比企谷?」


八幡「……平塚先生」



戻る途中、廊下で会ったのは我らが奉仕部顧問にして妖怪婚期逃し、平塚静だった。



静「どうした、まだ部活中じゃないのか?」


八幡「ええ、まぁ。新しく依頼が来たんですが、男には話し辛いことらしいので、俺は席を外してるとこです」


静「なるほど。ではちょうどいい、少し付き合いたまえ」


八幡「はい?」



え、なに、また説教されんの?



静「そう身構えるな、最近は君とゆっくり話をしていなかったからな、落ち着いて雑談をしたいだけさ」


八幡「はぁ、まぁいいですけど」



どうせ早く戻っても部室には入れないからな。



八幡「というか、俺より先生の方は大丈夫なんですか?仕事とか」


静「教え子と談笑するのも教師の仕事だよ、それに……今は職員室に戻りたくないのでね」


八幡「あー……」



またこの人なんかやらかしたのか。

教員の中でも浮いているらしい平塚先生は、教師版の俺だな。


まあお堅い教師の多いこの学校じゃ、平塚先生が浮くのも仕方ないかもしれないが。


平塚先生に連れられ、屋外渡り廊下へ。

日の短いこの季節、既にあたりは夕暮れになっていた。



静「ふむ、中々だな」



周りの景色を見てから、そんなことを呟く。

この人、これで雰囲気とか大事にするタイプだからなぁ……しかも案外ナルシスト。



静「さて、では君の話を聞こうか」


八幡「いや、誘ったのはそっちなんですから話題くらい出してくださいよ」


静「では最近の奉仕部について聞こう」


八幡「それ結局俺が話すことになるんですが……」


静「もう、仲直りはしたのかね?」


八幡「…………」



そこで気付く。

この人は、俺たちの微妙な空気に気付いていたのだと。



八幡「……仲直りって何すか、別に喧嘩とかしてないですけど」


静「喧嘩をしていなくとも、仲直りする必要があるだろう。近頃の君たちは見るに堪えない」


八幡「…………」


静「何があったのかは知らんが、早急に対処しろ。でなければ私のサボり場が居づらいだろう」


八幡「おい」



何だよこの人、あそこをサボり場として使ってたの?



静「まぁ……君の考え方は理解され難いからな、彼女たちの気持ちは分からんでもない」


八幡「…………」


静「比企谷のやり方は、高校生には辛いものなのかもしれん」


八幡「……俺も高校生なんですけどね」


静「君みたいな奴が高校生とは、世も末かもしれないな」


八幡「ひでぇ……」


静「比企谷……以前私が言ったことを、憶えているか?」


八幡「……心当たりがありすぎて分かりませんね」



嘘だ。本当は分かっている。

文化祭の時に言われたじゃないか……誰かを助けることは、俺自身が傷ついていい理由にはならないのだと。

今になって、その言葉の意味が分かる。


俺のしてきたことで傷つけてしまった人が……少なくとも二人はいる。

俺が傷つくことで、傷ついてしまった人が。



静「嘘が下手だな、君は」


八幡「ポーカーフェイスには自信あるんですけど」


静「表情だけだ。心は隠しきれていない」



全てを見透かしているかの様な平塚先生の言葉が、俺がしてきたことを叱っているものみたいに感じた。



静「君のやり方では、守りたいものもその内壊れてしまうよ」


八幡「…………」


静「……君は頭がいい、自分でも分かっているのだろう。だが、根っこに染み付いたものを変えろというのも、無理な話か。では一つアドバイスだ」



平塚先生は、いつかの様に優しい瞳で俺を見る。そして、頭を撫でられた。



静「考え方も、やり方も無理に変える必要は無い。ただ……ただもう少しだけ、自分に正直になってみたまえ」


八幡「……俺は、正直者ですよ。むしろ正直過ぎて理解されないまである」


静「そうだな、確かに君は人間の心理に正直すぎる。他者の心を見透かし、状況を鑑みてその場での最適解を出す能力はずば抜けている。

だが、最適な答と正解は別物だよ、比企谷」


八幡「分かってますよ、その説教は前に聞きました」


静「説教ではない、アドバイスだ」


八幡「同じ様なもんでしょ。……今はもう、先生の言葉の意味が分かります」


静「…………」


八幡「けど、ずっと貫いてきた生き方を急に変えれるほど、俺は器用じゃありません」


静「……うむ、それでも十分な変化だ。私はな、比企谷」



頭に置かれた先生の手が、肩に移る。

しっかりと掴まれた場所が、無性に熱くなった気がした。



静「君たちには幸せになって欲しいのだよ」


八幡「…………」


静「正直、君たちのことは特別扱いしている。他の生徒とは違うと言っていい」


八幡「先生がそんなこと言っていいんすか」


静「私だって人間だ、全ての生徒に平等に接することなどできないさ。君たちは私にとっての特別だ」



いつになく優しい瞳の先生は、今の俺にとって直視するのも難しい、酷く儚いものだ。



静「私は君を信じている。頑張りたまえ」



最後の一言は、主語の無い曖昧なものだった。

けど、根拠も中身も無いその言葉に胸が熱くなったのは……きっと気のせいじゃない。




…………………

…………

……





誰かを助けることは、俺自身が傷ついていい理由にならない。

俺が傷つくことが、誰かを傷つけることになる。


別に俺は今までのやり方で傷ついてきたわけじゃない。

そもそも俺は一人だったからな、周りから何を言われようが、何を思われようがそんなのは関係無い。


なのに、他人との繋がりが出来てしまった。

雪ノ下と由比ヶ浜……あいつらは俺にとってかけがえの無い存在になってしまった。


誰かの言葉を借りるなら、人間強度が下がったのだ。


彼女たちだけじゃない。

最近、もう一人大切な人が増えた。

一色いろはだ。


俺の身勝手で生徒会長にしてしまった一つ年下の、妹みたいな女の子。

何かと一緒にいることが多かったせいか、俺は自分で思っているよりも一色のことを気に入っているらしい。


あいつらは、俺が傷つくことで傷つくのだろうか。

その答えはまだ分からない。


……だが、俺はあいつらが傷ついた時、きっと傷つくんだと思う。

逆も然りなんて言わないが、もしそうだったなら……それは心苦しい。



八幡「……だからって、俺にどうしろってんだよ」



部室の前まで戻ってきて、廊下で独り言を呟く。

もし誰かに聞かれたなら恥ずかしさで死ねるなと後悔しながら、残り一口だったマッ缶を煽った。


さて、流石にもう話は終わっただろう。

依頼の内容は知らんが、受けるとなればまた面倒なことになる。


また、俺のやり方が否定される。


陰鬱な気持ちを振り払う様に頭を振ってから、扉に手を――



結衣「あたしたちは自分勝手なわけじゃないよッ!」


八幡「っ!」



開ける前に、部屋の中から大声が聞こえてきた。

怒鳴り声と言ってもいい荒々しいそれは、由比ヶ浜のものだ。

はじめて聞く彼女の声に驚き、ドアから手を離してしまった。


え、なに、中で何が起こってんの?

俺のいない間に何があったの?



いろは「だったらなんでこんな状況になってるんですか!?自分たちにとって都合の悪いことはしないなんて……身勝手じゃないなら何だって言うんですか!?」


八幡「――っ!」



続けて聞こえた一色の怒号。

俺は無意識に、部室の扉を勢いよく開けてしまっていた。



結衣「あっ……ヒッキー……」


一色「……せんぱい」



相当熱くなっていたのだろうか、由比ヶ浜と一色は立ち上がり、至近距離で今にも掴み合おうとしている。

雪ノ下は由比ヶ浜の隣に、寿々城は少し離れたところで立ち尽くし、行き場のない手が虚空を掴んでいた。



八幡「……何、やってんだ」



どこをどう見ても、こいつらは喧嘩している。

俺がいない間に、一体何があったってんだ。



結衣「こ、これは……」


八幡「なんで依頼の内容聞くだけでこんなことになってんだよ」


雪乃「……あなたのせいよ」


八幡「は?」



普段よりも冷やかな視線を俺に向ける雪ノ下が、俺を恨めしそうに睨む。



雪乃「あなたがこの状況を作ったのよ」


八幡「意味が分からねえぞ」


雪乃「意味が分からないから、こうなってるんじゃない!」


八幡「…………」



もう結構な時間一緒にいるが、こいつのここまで大きな声は初めて聞いた。

けど、何故こいつらが怒っているのか、俺には分からない。



雪乃「あなたがそんなだから、私は……由比ヶ浜さんは……」


八幡「……お前らしくねえな、言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ?」


雪乃「っ!……私らしいって何?あなたが私の何を知っていると言うの!?」


八幡「ああ知らないな、ただでさえ知らない奴の気持ちなんて言葉使わなきゃ伝わらねえよ」


結衣「ヒッキー!そんな言い方――」


八幡「何でモメてるのかは知らねえけど、説明も無しにいきなりキレられても困るんだよ。一体何があったんだ」


結衣「そ、それは……」


いろは「結衣先輩と雪ノ下先輩が、真鈴ちゃんの依頼は受けないって言ったんです」



俺の質問に答えたのは由比ヶ浜ではなく一色だった。



八幡「依頼受けないって……なんでだよ」


いろは「お二人にとって都合が悪いことだから、だそうです」



明らかにお怒りの一色が、一切のあざとさを感じさせない目で由比ヶ浜と雪ノ下を睨む。

だが、由比ヶ浜はそれに怯むことなく睨み返していた。



結衣「違う!あたしたちはそういう意味で言ったんじゃないよ!」


いろは「ならどういう意味なんですか?わたしが聞く限り真鈴ちゃんの依頼はすごく真っ当なものでした、断る理由が分かりません」


雪乃「あなたには分からなくても、受けるかどうかを決めるのは私たちよ。一色さんは奉仕部ではないのだから、口出しをしないで欲しいわね」


いろは「奉仕部は困っている人を助ける部活動の筈です。依頼主を選り好みしていいわけ無いじゃないですか」


雪乃「選り好みではないわ、冷静な判断による答えよ」


いろは「今の先輩方が冷静?笑わせないでください、お二人は自分にとって不都合だから真鈴ちゃんの依頼を断ろうとしてるんです」


結衣「あ、あたしたちは――」


八幡「やめろ」



ヒートアップしていく彼女たちの間に入り、静止する。

このままではまた口論になり、落ち着いた話なんて出来やしない。



八幡「お前ら落ち着け、寿々城が困ってる」



困惑の表情で立ち尽くしている依頼主、寿々城真鈴は今にも泣き出してしまいそうだ。

自分のせいでこんなことになった、とか考えているんだろう。



八幡「はぁ……取り敢えず、俺も依頼の内容を聞きたいんだけど?」


結衣「そ、それは、その……」


雪乃「聞かなくてもいいわ。どうせ断る依頼だもの」


いろは「ッ!いい加減に――」


八幡「一色、いいから」



また怒り出しそうな一色を止め、前に出る。



八幡「雪ノ下、俺も一応奉仕部の部員だ。依頼が来たんならその内容を聞いて、受けるかどうかを選ぶ権利がある筈だ」


雪乃「…………」


八幡「まぁ、男には話し辛いっていう内容を俺が聞いてもいいなら、だけどな」



言いながら寿々城の方を見る。

少し落ち着いたのか、困惑していた表情も緩み、安堵の息を漏らしていた。



真鈴「あ、えっと……はい、大丈夫です」


八幡「そうか。んで、依頼の内容ってのは?」


真鈴「私は……好きな人がいます」


八幡「…………」



やはりな。

予想通りの依頼みたいだ。

だからこそ、俺には分からない。


どうして、こいつらがこんな状況になっているのか。



真鈴「その人に告白するのを手伝って欲しくて、奉仕部に来ました。それが私の依頼です」


八幡「なるほどな、内容は分かった。……けど、お前らがなんで断ろうとしてんのかが分からねえ」


結衣「…………」


雪乃「…………」


八幡「一色の言うとおり、断る理由は無いと思うが」


結衣「だ、だって……」


雪乃「告白の手伝いで、私たちは何をすればいいのかしら?」


八幡「……は?」


雪乃「彼女の話を聞く限り、想いを伝える覚悟は出来ているわ。その上で、私たち奉仕部が手伝えることが少ないから、断るのよ」


結衣「そ、それに、私たちが変に手を出しておかしなことになっても嫌だし……」



……何を言ってるんだ、こいつらは。

こればかりは、一色が怒ったのも頷ける。



八幡「修学旅行で、戸部の依頼を受けたのはどこのどいつだよ」


結衣「あ……」


八幡「あいつの依頼だって同じだっただろ。それなのに寿々城の方は断るってのはどうなんだ?」


雪乃「……か、彼の依頼は具体的だったわ。けれど今回は手段も不明瞭で――」


八幡「告白の手伝い、十分具体的な内容だろうが」


結衣「で、でも……」


八幡「寿々城は告白を成功させろなんて言ってない、ただ手伝って欲しいって依頼だろ。内容は具体的な上に俺たちがするのはサポート……雪ノ下が言うところの、魚の捕り方ってレベルに収まってると思うが、お前らは一体何が不満なんだよ」


雪乃「……あなたは、またあんなやり方で解決しようとするでしょう」


八幡「あんなって……」



雪ノ下が言っているのは、戸部の依頼のことだろう。


戸部の依頼……そこに加えられた、海老名姫菜と葉山隼人の俺個人に対する依頼、全てを遂行し誰も傷つかないように俺が取った手段。

こいつらが否定した俺のやり方だ。



雪乃「あんな手段を使って解決されても、誰も嬉しくないわ。全員が虚しくなるだけよ」


八幡「……それは寿々城の依頼とは関係無い」


雪乃「私と由比ヶ浜さんには関係あるのよ」


八幡「それはお前らの都合だ。寿々城の依頼を断る理由にはなってねえだろ」


雪乃「ええ、そうね。けれど、私たちはこの依頼を受けるつもりは無いわ」


八幡「……っ!」



雪ノ下雪乃はどこまでも気高く、孤高で美しい。

例え何があろうとも、力ある者として他者を救い、責務を果たす。

そこには自分の都合なんか関係無かった。


だからこそ、俺は雪ノ下雪乃に憧れていた。


そんな雪ノ下が、自分の勝手な都合で奉仕部への依頼を断るのか。



八幡「……分かったよ」


結衣「ヒッキー……」


八幡「お前らの勝手さはよく分かった。だったら勝手に断ればいい、俺は俺で寿々城の依頼を受ける」


結衣「ヒ、ヒッキー!」


雪乃「ま、待ちなさい!あなたが――」


八幡「一色の言う通りだな。お前らは自分勝手な都合で依頼を断ろうとしてた……後輩に正論言われて逆ギレするとか、無様を通り越して滑稽だ」



胸の奥からこみ上げる熱い何かが、俺の口から出てくる醜い言葉を止めない。

俺は、雪ノ下と由比ヶ浜に、怒っているのか。

あるいは、失望したのかもしれない。



八幡「お前らが何を考えているのか、何が不満なのかは知らんが、俺は一人で寿々城を手伝う」



ほぼ無意識に呆然と立ち尽くしたままの寿々城の手を握り、歩き出していた。



結衣「ま、待ってよヒッキー!」


雪乃「待ちなさい!そんな勝手なこと、許さないわ!」


八幡「勝手はお前らだろうが。……ああ、あと、この依頼終わるまでは部活にも来ないから、お前らで勝手にやっててくれ」



部室から出た俺と寿々城、後ろからは雪ノ下と由比ヶ浜が何かを言っている声が聞こえるが、俺は全てを無視して歩き続けた。

自分でも驚く程に感情だけで動いてしまったと思う。

それでも、あいつらへの怒りが抑えられなかった。


俺が美しいと思っていた場所が、一気に汚れた気がした。


今まで俺たちがやってきたこと、全て否定された気がした。


それっぽい理由ならいくらでも並べることができる。だが結局のところ、俺が一体何に怒りを感じているのか……それは自分でもよく分かっていなかった。



いろは「――せんぱい!」


八幡「……一色」



部室からかなり離れた場所まで来たところで、一色が追いついてきた。



いろは「はぁ、はぁ……」



走ってきたのか、少し息が乱れている。



八幡「なんだ、お前もなんか文句があるのか?」


いろは「なんでですか、逆ですよ、逆」


八幡「逆?」


いろは「わたし、せんぱいを手伝います」


八幡「手伝うって……」



寿々城の依頼を、ということか。



いろは「んー、何というか、今回のことはわたしも無関係ではないので……それに、いつものお返しも兼ねてですよっ」



あざとい。いつも通りのあざとさだ。

さっきまでのマジな表情どこ行っちゃったんだよ。お前さっきまで激おこだったよね?


だがまぁ、今回ばかりは助かる。

恋愛絡みの依頼で俺一人とか無理ゲー過ぎるからな。これからどうしようかと思ってたぜ。



八幡「……ありがとな」


いろは「な、なんですか突然そんな物憂げな微笑みを浮かべて素直にありがとうとか口説いてるんですか?すみませんちょっとかっこいいなって思いましたけど真鈴ちゃんもいるのでそういうのは二人きりの時にもう一度お願いします、ごめんなさい」


八幡「え、今俺なんで振られたの?」


いろは「というか、いつまで真鈴ちゃんの手握ってるんですかね?」


八幡「あ?」



言われて、自分の手を見る。

しっかりと握っていたのは、柔らかさときめ細やかさを備え持つJKの手。


うわぁ、なんか吸い付いてくるんだけど?どんだけ保湿されてんだよ。

……じゃなくて!



八幡「っ!す、すまんっ!」



慌てて放し、寿々城に謝った。

ごめんなさい!通報は!通報だけは!



真鈴「い、いえっ……大丈夫ですっ」カァッ



え、なんで頬染めてんの?

そんな反応しちゃったら平均的な男子高校生なら恋に落ちちゃうんだけど?

卓越したボッチである俺はそんな勘違いはしない。相手が俺でよかったですね。



いろは「うわ、せんぱいキモっ」


八幡「うるせえ、俺も冷静じゃなかったんだよ」


いろは「まぁ確かにー、あんな感情的なせんぱいは珍しいですもんね」


八幡「やめろ、恥ずかしくて死にたくなっちゃうだろうが」



これは黒歴史確定ですわ。今夜は枕に顔を埋めて叫ぼう。



いろは「でも、今回ばかりはせんぱいが正しいと思ってます」


八幡「……一色」



真剣な表情で俺を見つめてくる。その目にあざとさは無い。



いろは「結衣先輩と雪ノ下先輩の言ってることは、おかしいと思いました」


八幡「ああ、そうだな」


いろは「わたし、今回はせんぱいの味方ですよ」


八幡「……助かる」



一色の言葉に心から安心している自分がいることに驚いた。



八幡「さて、じゃあまぁ、手伝いは俺たち二人だけになっちまったが、いいか?」


真鈴「は、はいっ!ありがとうございます!」



寿々城には悪いことをしたと思う。

何も関係無い彼女を、俺たちの都合で巻き込んでしまった。


だから、俺だけでも彼女の力になろう。

結果がどうなるかは分からないが、精一杯の助力をしよう。



真鈴「け、けど……私のせいで、先輩方が……」



俺たちが口論になったのを自分のせいだと思っているのか、申し訳なさそうな顔を見せる寿々城。


違う、この子は何も関係無い。むしろ巻き込まれた被害者だ。



八幡「寿々城は何も悪くない、それどころか俺たち奉仕部のゴタゴタに巻き込んじまった、すまん」


真鈴「い、いえ!いいんです!そもそも、私が依頼なんてしなければ、こんなことには……」


八幡「奉仕部に依頼に来るのは当然だろ、悪いのは断るとか言い出したあいつらだ。……俺みたいなのじゃ力にはなれないのかもしれないが、あいつらの分まで責任持って手伝う。何でも言ってくれ」


真鈴「は、はい……ありがとうございます!」


いろは「わたしもいるからね、真鈴ちゃん」


真鈴「いろはちゃんも、ありがとう!」



真っ直ぐに感謝を伝えてくれる寿々城の笑顔を見て、この依頼は絶対に成功させなければと思った。

正直、俺一人じゃどうにもならなかったかもしれない。


でも今回は、これ以上ないほどの助っ人がいる。



八幡「恋愛なんて俺には無縁の話だからな、頼むぞ、一色」


いろは「はいっ、おまかせください!」



あざとい敬礼ポーズに苦笑しながらも、こいつと一緒なら何とかなるんじゃないかという、根拠の無い自信があった。

いつの間にか俺は、一色いろはのことを信頼していたらしい。


一人じゃなくてよかったと、心からそう思った。




…………………

…………

……





八幡「――で、なんでこうなった?」


真鈴「あ、あはは……」


いろは「まだ文句言ってるんですか? いい加減諦めてください」



おかしい。何故俺はこんなところにいる?

本当なら今頃、我が聖域である自宅に到着し、我が愛しの妹の作った飯を食べていた筈なのに……。



八幡「なんで俺、お前らと飯食いに来てんの?」



唯一の救いはここがサイゼであることか。

それにしても納得がいかない。何故こんなことに……。



いろは「だからー、これからのことを話し合おうって言ったじゃないですかー」


八幡「え、マジ? そんなこと言った?」



何も言わずに連行された気がするのは俺だけ?



いろは「言いましたよ! ちゃんと話聞いてください」


八幡「お、おお」



なんか怒られてしまった。



八幡「はぁ……で?」


いろは「???」


八幡「なんだその腹立つ顔。これからのことを話し合うんだろ? どうすんだよ」


いろは「それはせんぱいが考えるんじゃないですかー」


八幡「いやいや、お前が言い出したんだけど?」


いろは「依頼を受けたのはせんぱいですよね?」


八幡「それはそうだが……」



え、マジで俺が考えるの?

中学からまともな恋愛をしたことが無い究極ボッチの俺だぜ?

俺が手伝えば寿々城の告白は失敗するどころか一生の傷を負わせてしまうまである。



いろは「それにー、男の人目線のアドバイスって結構重要だと思うんですよねー」


八幡「普通の奴ならな。俺のアドバイスとか何の役にも立たないだろ」


いろは「どう思う? 真鈴ちゃん」


真鈴「聞きたい!」


八幡「お、おう」



そんな身を乗り出す程?

自慢じゃないけど俺の恋愛談とか聞くだけで死にたくなるようなものばっかりですよ?



真鈴「ひ、比企谷先輩は、こんな告白されたいなとか、されたら嬉しいなとか……ありますか?」


八幡「俺がか?」


真鈴「はいっ」



ふむ、そもそも告白されたその時点であらゆる嘘の可能性を探ることで定評のある俺だからな。されて嬉しい告白があるのかさえ疑問だ。

中学の俺ならともかく、今の俺を喜ばせる告白なんて存在しないかもしれない。



八幡「断ってから後腐れ無い奴がいいな」


真鈴「こっ……断るの前提なんですね……」


いろは「うわぁ……」



なにその顔。

え、普通断るんじゃないの? 見ず知らずの奴に好きとか言われて受け入れる方がおかしいだろ。



真鈴「そ、そうじゃなくて! こう……こういう場所で言われたいとか、何か無いですか?」


八幡「つってもな、そん時になってみないと分かんねえだろ」


真鈴「それはそうですけど……」


八幡「……まぁ、アレだ。俺は分からんけど、あんたみたいな娘に告白されたら男はみんな喜ぶんじゃねえか」


真鈴「え、それって……っ!」カァッ



うん、恥ずかしい。

ここで雪ノ下とか一色なら罵倒の百や二百飛んでくるのだろうが、頬を染めて照れられてはこっちが困る。

むしろキモいって言われた方がいいかもしれない。



いろは「…………」


八幡「……何だよ、一色」


いろは「いえ、何でもありません」


八幡「……?」


いろは「というか、具体的なこと何も言ってないじゃないですか」


八幡「……ちっ」


いろは「うわ、今この人舌打ちした!」



男ってのはどいつもこいつも馬鹿なんだから女の子に告白されただけで嬉しくなるもんなんだよ。

大体、こいつら自分がどんだけ可愛いか分かってないだろ。

お前らみたいな自覚の無い女が、全国の勘違い男子を生み出しているんだ。

第二、第三の比企谷八幡が生まれない為にも、勘違いさせる様な言動は謹んで控えてもらいたい。



八幡「そもそも告白する相手は俺じゃねえんだから、俺の意見なんか無意味だろ。何の参考にもならん」


真鈴「あ、あはは、まぁそうですよね……はぁ」


いろは「真鈴ちゃん、せんぱいっていつもこうだから。落ち込まないで」


真鈴「うん、予想はしてたけど……手強いね」



手強いって何だよ、俺今味方だよね? 敵じゃなくない?



八幡「つーか、まずその相手が誰なのか俺聞いてないんだけど?」


真鈴「えっ!?」


八幡「まぁ俺の知らない奴だろうが、誰か分からない相手への告白にアドバイスはできないだろ」


真鈴「え、えーっと……それは」


いろは「はぁ……本当にせんぱいはせんぱいですねー」


八幡「は?」



え、どういう意味? 今の感じだと俺なんかディスられてない?



いろは「女の子の好きな人を聞くなんてデリカシー無さすぎです。キモいです」


八幡「おい、別にキモくはないだろ。何なの? 俺が何かしたら全部キモくなるの?」


いろは「…………」


八幡「何か言えよ」


いろは「そんな、せんぱいを傷つけるなんて、わたしにはできません」


八幡「その言葉で十分傷ついてるからね? 自分の言葉に殺傷能力があることを自覚してね?」


いろは「ふふん、まぁわたしは可愛いですからね! わたしの罵倒なんてお金発生するレベルなんですから、感謝してください」


八幡「なんで罵倒されて金払わなきゃなんねえんだよ。どこの業界だそれ」


いろは「え、男の人ってみんなそうなんじゃないんですか?」


八幡「偏見が凄すぎる」


真鈴「ふふっ」



俺たちの会話を見ていた寿々城が小さく笑う。

え、今俺たち鼻で笑われた?



真鈴「あっ、ごめんなさい……」



俺たちが怒ったとか考えたのだろうか、ハッとした寿々城は謝ってきた。



八幡「いや、別にいいが……なんで笑ったんだ?」


真鈴「いえ……比企谷先輩といろはちゃんって、仲いいんだなって思って」


八幡「……仲がいい?」



俺たちが? 

一体どこをどう見ればそうなるんですかね?



八幡「寿々城、お前は目が悪いのか?」


いろは「真鈴ちゃんって変なのかな?」


真鈴「息もピッタリだし……」



呆れたように笑ってから、酷く切ない表情をした寿々城。

――俺は、その本当の意味が分からなかった。



いろは「…………。あっ、そうだ!」


八幡「なに、下らないことでも思いついたか?」


いろは「下らなくないですよ! ちゃんとした案を思いついたんです!」



いやでも、お前がそういう顔する時って大体ロクでもないことが起こるじゃん? んで被害者はいつも俺じゃん?

それで信用しろって言われても困るじゃん。



いろは「明日って土曜日じゃないですかー」


八幡「土曜だな」


いろは「なので、せんぱいと真鈴ちゃんでデート行ってきて下さい!」


真鈴「えっ……えぇっ!?」



ほーら来たよ。これこれ、こういうこと言うから信じれないんだよこいつは。



八幡「なんでそうなるんだよ。一体どんだけ突拍子も無い思考してたらその案が出てくるの?」


いろは「練習ですよ、練習。ほら、わたしとも行ったじゃないですか」


八幡「あれを寿々城ともやれと?」


いろは「そうです!」



頭おかしいんじゃないの。

そもそも、コミュ障である俺が今日知り合ったばかりの女子と休日に出掛けるとか無理ゲー過ぎる。

一色でさえ最近やっと慣れてきたレベルなんだぞ。



真鈴「ちょ、ちょっと待っていろはちゃん! そんな突然……」


八幡「ほら、寿々城も困ってるだろ。もっと真面目に考えろよ」


いろは「真鈴ちゃん、ちょっと」


真鈴「え、う、うん……」



一色が手招きで寿々城を呼ぶと、俺の目の前でコソコソと何かを話し始めた。

机を挟んだだけの近距離ではあるが、小声で、しかも口元を手で隠されては、こいつらが何を話しているのかは俺には分からない。



いろは「……で、……だよ!」


真鈴「そ、そっか……いや、でも……」



ところどころ声の大きくなる部分はあるが、何を言ってるのかはほとんど聞こえない。

ちょっと? まさかこの距離で俺の悪口とか言ってないよね?



真鈴「……そうだね」


いろは「うん」


真鈴「うんっ……ひ、比企谷先輩!」



話が終わったのか、寿々城が俺に向き直る。

やけに気合を入れて名前を呼ばれた。



八幡「お、おう、なんだ」


真鈴「先輩さえよければ、明日……付き合ってもらえませんか?」


八幡「は? いや、なんでそうなるんだ」


真鈴「そ、その、私って男の人と二人きりで出掛けたりしたこと無いので……」


八幡「おい寿々城、俺を普通の男だと思ってるなら痛い目見るぜ。俺が」


いろは「せんぱいがなんですね……」



当たり前だ。俺と二人で出掛けるとか相手の人が可哀想になっちゃうだろうが。

そして不満を募らせた相手が俺の陰口を友達に言うまでが1セット。



真鈴「ダメ、ですか……?」


八幡「うっ……」



捨て犬の様な潤んだ目でこちらを見上げる寿々城。

こんな上目遣いされて断れる男とかこの世にいるの? いるなら会いたいわ。



八幡「まぁ、依頼を受けた以上は手伝うが……俺でいいのかよ」


真鈴「はいっ! 比企谷先輩がいいんです!」



満面の笑みで答える寿々城。


……正直、勘違いしそうになる。

過去に何度も繰り返したあれだ。優しい子の笑顔は自分にだけ向けられているのだと自惚れ、間違える。


嫌なことを思い出した、俺は陰鬱な思い出をかき消すように頭を振った。



八幡「分かった。寿々城がそう言うなら付き合う」


真鈴「あ、ありがとうございます!」



心底嬉しそうに笑う寿々城。

そんな彼女を見て、可愛いと思ってしまった。



いろは「…………」


八幡「……どうした、一色」


いろは「へ? ああ、いや……別に、何でも無いですよ」



俺と寿々城を見る一色の目に、どこか違和感を覚えた。

寂しそうな、何かを諦めたような……そう、有り体に言ってしまえば――腐っていたのだ。


無論、俺のような完全熟成とまではいかないが、いつもあざとさで彩られ、潤いと可愛さを保っていた一色の目が……少しではあるが、腐っている。

そんな目をしている奴が、「何でも無い」わけがない。



八幡「……そうか」



なのに、俺はそれ以上一色に何かを言うことは出来なかった。

一色のその目は、何も聞かないでくれと言ってるみたいだったから。



いろは「では、明日のデートをしてからこれからの作戦を考えるってことでいいですかね?」


八幡「問題無い。どうせ俺は恋愛に関しちゃ何も手伝えないからな」


真鈴「よろしくお願いします」


八幡「ああ。悪いな、俺みたいなのが相手で」


真鈴「そんなっ、自分を卑下するみたいなこと言うの、やめてください!」


八幡「お、おう……」



普段通りの軽口で言ったつもりの自虐に、寿々城が剣幕を変えた。

その勢いに俺は思わずたじろいでしまう。



真鈴「あっ、ごめんなさい、急に……」


八幡「い、いや、いいんだ。気に障ったなら悪かった」


真鈴「いえ、その……比企谷先輩は、と、とても素敵な人ですから、あんまり自分のことを悪く言わないでください……悲しくなります」


八幡「……あ、ああ」



今にも泣きそうな顔をする寿々城に、胸が痛んだ。


……俺はこの顔を見たことがある。あいつらが俺に見せたのと同じ表情だ。



――それはあなたに好意を持っている私たちに失礼よ、金輪際やめなさい。



さっき言われた雪ノ下の言葉が、頭の中で響いた。



いろは「……やっぱりせんぱいは臆病ですね」


八幡「え?」


いろは「あーっと、そういえばわたしこのあと用事があるんでした」



突然立ち上がった一色はわざとらしく手を叩き、そんなことを言う。



いろは「ということで、わたしはお先に失礼しますね」



カバンから財布を取り出し、自分の分の代金を机に置く一色。

そそくさと帰る準備を終えて、席を立ってしまった。



真鈴「え、ちょ、いろはちゃん!?」


いろは「あっ、せんぱいは真鈴ちゃんを家まで送っていってくださいね?」


八幡「え、マジ? ちょっと一色さん?」


いろは「ではでは、よろしくですっ」



いつものようにあざとい敬礼ポーズをキメてから、一色は店を出て行ってしまう。

残された俺と寿々城は、どうしようもない気まずさに包まれた。


っていうか、俺と寿々城残して帰るとか何考えてんの? 俺だよ? 知り合ったばかりの女の子と二人きりにされてどうしろってんだよ。



真鈴「あ、え、えっと……」


八幡「はぁ……取り敢えず、俺たちも出るか」


真鈴「は、はい、そうですね」



一色の置いていった金を持って、俺はレジに向かう。



真鈴「えっと、私の分は……」


八幡「あー、いいよ、俺が払うから」


真鈴「え? いや、そんなわけには――」


八幡「いいって、俺たち奉仕部の問題に巻き込んだお詫びとでも思ってくれ」


真鈴「で、でも」


八幡「そんな高くないんだから気にすんな」


真鈴「……じゃあ、ご馳走さまです」



観念した寿々城が笑顔でお礼を言ってきた。

いやまぁ、実際奢るつもりだったからサイゼにしてもらったんだけどな。


本当は一色の分も払うつもりだったが、それより先に金置いて行ったからな……今度何か奢ってやるか。


しかし、一色といい寿々城といい奢られることを当たり前だと思っていない女には好感が持てるな。

世間一般の馬鹿女とは大違いだ。

こういう態度だからこそ、こっちも奢る意味があるってもんだ。


支払いを済ませて店を出る。

外はすっかり暗くなっていて、なるほど確かに女子を一人で帰らせる時間では無かった。



八幡「寿々城、お前電車か?」


真鈴「あ、いえ、歩きです」


八幡「そうか」



電車だったらここにチャリ停めて行こうと思ってたが、歩きなら助かる。

俺は駐輪場で自分の自転車を出す。



八幡「んじゃまあ、行くか」


真鈴「は、はい」



俺と寿々城は並んで歩き出す。



八幡「…………」


真鈴「…………」


八幡「…………」


真鈴「…………」



…………。

き、気まずい……。


歩き出してから一切の会話は無く、俺たちは無言でただ歩き続けている。

学校からサイゼまでは一色もいたからか、ツギハギではあったもののそれなりの会話が成立していた。

だが、一色という架橋を失った今、俺と寿々城は今日知り合ったばかりのただの先輩後輩であり、笑いを交えて会話出来るような関係では無い。


一人で帰すわけにはいかないからと送っているが、これもしかして店で解散した方が良かったんじゃね?



真鈴「あ、あの」


八幡「ひゃいっ!」


真鈴「…………」



あ、やっちまった。


っべー! 考え事してる時にJKに話し掛けられるとかマジっべーわ! びっくりして返事の声裏返っちゃった!

うん、これは気持ち悪い。流石に自分でも引いたレベル。



真鈴「……ふふっ」


八幡「…………」



え、寿々城が鼻で笑ってるんだけど、これって俺の気持ち悪い反応に引いちゃったってことなの?



真鈴「あはははっ」


八幡「な、何だよ」


真鈴「ご、ごめんなさい、先輩の返事がおかしくって、つい……ふふっ」



そうですね、おかしかったですね。声裏返った上に噛んでましたもんね。

分かりますよ、その気持ち。



真鈴「比企谷先輩って私の中ではクールなイメージだったんですけど……可愛いところもあるんですね」


八幡「いや、可愛いっつーか、可哀想なんだけどな」


真鈴「えー、なんですかそれ」



さっきの俺のテンパりが緊張の糸を切ったかの様に、ずっと続いていた沈黙は破れ、寿々城は楽しそうに笑いだした。



真鈴「それに、無口だと思ってたけど案外おしゃべりさんです」


八幡「普段は話し相手がいないからな、無口だと思われるのも当然だ」


真鈴「えーでも、由比ヶ浜先輩とか戸塚先輩とは仲いいですよね?」


八幡「由比ヶ浜は同じ部活だからな。戸塚は俺の天使だ」


真鈴「え?」


八幡「何でもない、忘れてくれ」



思わず本音が出てしまった、危ない危ない。

俺の戸塚への愛は世間一般には認められないものだからな。



八幡「つーか、なんかやけに詳しくないか?」


真鈴「えっ!?」


八幡「普通上の学年の交友関係とかそんな知らないだろ」


真鈴「そ、それはえっと、その……と、戸塚先輩は学校内でも有名ですから!」


八幡「ああ、それはそうか」



男には見えない男子生徒として、その美しさと可愛さを学内に轟かせている戸塚だ。後輩の間で有名なのも頷ける。

そしてそんな戸塚と仲のいい根暗ボッチ。戸塚ファンからしたら無視できない存在なのかもしれない。



真鈴「そ、それよりも! 明日、本当にいいんですか?」


八幡「ん? ああ、出掛けるって話か」


真鈴「は、はい……いろはちゃんが急にそんなこと言い出したから、先輩に迷惑なんじゃないかと……」


八幡「別にいい、どうせ休みは暇だからな。依頼なんだからそれくらい大丈夫だが、寿々城の方こそいいのか」


真鈴「そ、それはもちろん! 私がお願いしたことですから」


八幡「なら俺も大丈夫だ」


真鈴「ありがとうございます! 本当に、すごいわがままばっかりで……」


八幡「奉仕部が依頼受けるのは当たり前だ。ただ、俺が手伝って寿々城の告白が成功するかは疑問だけどな」


真鈴「いいんです、想いを伝えられたらそれで……十分です」


八幡「…………」



驚くほどに優しい目。

寿々城のそんな目を見るだけで分かる、きっと寿々城はそいつのことが本当に好きなんだ。


奉仕部なんて変な部活に来て、会ったばかりの奴に告白の手伝いを依頼して。

そんな、なりふり構っていられないほどにそいつのことが好きなんだろう。

自分以外の誰かを想って、ここまで本気になれる寿々城が、今の俺には眩しく見えた。


寿々城の想いが本物なのか、その答えは分からない。


この子の想いを絶対に無駄にはさせたくない。

そう思ったから、俺は一人でもこの依頼を受けた。


だが実際は、寿々城のためでは無く自分のために依頼を受けたのかもしれない。


もしそうなら、俺みたいな偽物が寿々城の想いに触れるのは……酷く汚いことの様に思えた。




――――――――――――――――――――――――――――――――





いろは「……はぁ」



結局あのあと、真っ直ぐ家に帰ってから何をするでもなくベッドに転がってボーっとしている。

ありもしない用事で先に帰ったのは、これ以上はあそこにいられないと思ったからだ。


自分でやるって決めたことなのに、いざやってみれば何も始まっていないのにこんなにも辛い……。

自分の弱さとか、身勝手さとか、醜さとか……考えれば考えるほど頭の中は陰鬱になっていって、さっきからため息が止まらない。



いろは「わたし、何やってるんだろ……」



誰もいない部屋で、独り言を呟いてしまうくらいには、わたしの心は参っていた。

理由は分かってる。というか、一つしかない。


わたしの頭の中では、今もせんぱいの顔が浮かんでる。

どれだけ拭い去ろうとしても、振り払おうとしても、消えてくれない。


根暗でぼっちで陰湿で最低で、どうしようもないお人好しで、優しいあの人が……わたしを苦しめる。



真鈴ちゃんが奉仕部に持ってきた依頼、全てはそれがきっかけだった。


結衣先輩と雪ノ下先輩は自分勝手な理由でそれを断り、わたしと喧嘩になった。

わたしが出しゃばって喧嘩なんかしちゃったから、せんぱいを奉仕部から孤立させてしまったかもしれない。


そもそも、雪ノ下先輩の言うとおりわたしは奉仕部じゃないんだし、口なんか出しちゃ駄目だったのに。


……それでも、わたしは自分を止められなかった。

自分と同じ気持ちだと思っていた二人が……尊敬する先輩である結衣先輩と雪ノ下先輩が、子供みたいなわがままと身勝手な独占欲で、奉仕部への依頼を断るのが耐えられなかった。


わたしを助けてくれたせんぱいは、きっと誰でも助けちゃう……わたしが特別なわけじゃない。

それでも、困ってる人間を助けないせんぱいなんて、見たくない。



いろは「我ながら、自分の矛盾っぷりに笑っちゃう……ね、せんぱい」



真鈴ちゃんのおかげで、もう一つはっきりしたことがある。



わたしは――せんぱいのことが好き。

もう、自分じゃどうしようもないくらい、大好き。

ずっと自分の気持ちを疑ってたくせに、自覚したら止まらない。せんぱいのことを考えるだけで、言葉にできない想いが胸の奥から溢れてくる。


葉山先輩の時とは違う。

わたしは葉山先輩のことを考えるとき、あんな素敵な人と付き合ってやるんだっていうワクワクみたいなものを感じてた。


せんぱいのことを考えると、胸が苦しくて、切なくて……。

どうすればこの気持ちを伝えられるんだろうって、そんなことばかり考えてしまう。



――でも、ダメだ。



わたしは、真鈴ちゃんの気持ちを知ってる。

知ってる上で、依頼を受けたせんぱいを手伝うって言っちゃった。


だから、ダメ。


結衣先輩と雪ノ下先輩に自分勝手だと言い放ったわたしが、身勝手に自分の想いを伝えるのは……無責任過ぎるから。


何より、わたしはずっと「葉山先輩にアタックするため」とせんぱいを振り回してきた。

そんなわたしが、今更どんな顔をして好きなんて言えるんだろう。


真鈴ちゃんは良い子、それは間違いない。

裏表が無くて、素直で……わたしとは正反対。


それに、真鈴ちゃんはせんぱいのことが本当に好きだ。


せんぱいには幸せになって欲しいから……。



いろは「わたしみたいな面倒な女より、真鈴ちゃんの方がせんぱいには合ってるよね……」



そうして口から出る言葉さえ、未練たらしく面倒くさい。


分かってる。


わたしは今、自分がせんぱいのことを諦めることを正当化して、納得しようとしてるだけ。

本当は諦めたくないくせに、諦められないくせに、理由を探してるだけ。



いろは「あーあ、わたしって嫌な女だなぁ……っ」



気が付けば、わたしは涙を流していた。



いろは「せん、ぱい……好きです……っ」



一度溢れてしまえば、決壊したダムみたいに……涙を止めることは出来なかった。



いろは「好きですっ、大好きなんです……っ!」



自分一人だけの部屋の中に、わたしの声が響く。

誰に届く筈もない告白が、みっともなく響く。



いろは「あ、あぁっ……あああ――ッ!」



ついにわたしは、大声で泣き喚いてしまった。


まるで小さな子供が駄々を捏ねるみたいに。

どうしても欲しいんだって、わがままな気持ちを叫んだ。


そうでもしないと、せんぱいへの想いで心が裂けてしまいそうだったから。




泣き始めて、どれくらい時間が経っただろう。

長い時間泣き続け、やっと涙が止まってくれた。


表現できない脱力感を感じながら、ゆっくりと起き上がる。

机に置いてあったスマホを取り、連絡先を開いた。



納得なんて出来てない。

諦め切れてないし、未練だって山ほどある。

できることなら、今すぐせんぱいのところへ行ってこの想いをありったけ伝えたい。


けど、そんなことはしない。

わたしはわたしよりも、せんぱいに幸せになって欲しいから。



――だから、今度はわたしがあなたを助ける番です……せんぱい。



夜も遅いのに、掛けた電話は1コールで出てもらえた。



いろは「……もしもし、戸部先輩ですか? 夜遅くにすみません、ちょっとお願いしたいことがあるんですけど――」





――――――――――――――――――――――――――――――――





八幡「ただいま……」


小町「あ、お兄ちゃんおかえりー!」



寿々城を家の近くまで送ったあと、俺は愛すべき小町のいるマイホームへと帰ってきた。

リビングにいた小町は、こたつに入って勉強をしている。



八幡「おー小町、悪かったな、急に晩飯いらんくなって」


小町「別にいいよー、小町の将来のお義姉さんとご飯食べてたならね。んでー? 誰とご飯食べてきたの?」



俺もそそくさとこたつに入り、外で凍えた手足を暖める。



八幡「んー……まぁ色々あってな」


小町「いや、答えになってないし」


八幡「あー、一色ともう一人後輩と、だな」


小町「え? いろはさんだけじゃないの?」


八幡「まぁな」


小町「へー、何ていう人?」


八幡「寿々城真鈴って奴だ」


小町「女の人なんだ」


八幡「まぁな」


小町「へー……ね、お兄ちゃん」


八幡「なんだ、小町よ」


小町「何かあった?」


八幡「……まぁな」


小町「あれ? お兄ちゃんが素直だ」


八幡「どうせ、あいつらから連絡来てるんだろ」


小町「まあね、雪乃さんと結衣さんから電話来てびっくりしたよ」



やっぱりな。

俺が部室から出た後に小町に連絡してたか。

普段ならどうともないそんなことが、今は無性に腹が立つ。



小町「それで? 今回は何やらかしたの、お兄ちゃん」


八幡「今回はって何だよ、俺は毎回何もしてねえよ。むしろ何もしてなくて存在を忘れられてるまである」


小町「はいはい、そういうのいいから。雪乃さんと結衣さんに何したの」


八幡「……だから、俺は何もしてねえって言ってるだろ」


小町「えっ……」


八幡「…………」



思わず声が荒くなったと、自分でも分かった。

小町も驚いたのか、呆然と俺を見つめている。



八幡「あー、いや……悪い」



いつかの小町との喧嘩を思い出して、俺は先に謝った。



小町「ううん、大丈夫だよ。……お兄ちゃんがそんなになるなんて、珍しいよね」


八幡「…………」



俺も、自分がこんな風になるなんて思っていなかった。

それだけ、あいつらと喧嘩になったことが堪えているのかもしれない。



小町「雪乃さんたちから話はちょっと聞いてるけどさ、お兄ちゃんからも聞いていい? 何があったのか」


八幡「ああ、俺も小町に聞いてもらおうと思ってたからな――」



そして、俺は今日あった出来事を小町に話した。

寿々城が奉仕部に依頼しに来たこと、その依頼を雪ノ下と由比ヶ浜が断ったこと、それが理由で一色が二人と喧嘩したこと……そして、俺も喧嘩してしまったということ。


俺の話を聞いている間、小町は真剣な表情で頷き、時には首を傾げていた。



八幡「――とまぁ、こんな感じだな」


小町「ふむふむ……」



話し終えると小町は目を瞑り、何かを思案していた。

そして少しの間を置いて、ゆっくりと口を開いた。



小町「お兄ちゃんは、どう思ってるの?」


八幡「どうって……」


小町「結衣さんと雪乃さんと喧嘩して、奉仕部には当分行かないって言ったんでしょ?」


八幡「ああ、そうだな」


小町「お兄ちゃんは二人にどうして欲しかったの? これから、どうするつもりなの?」


八幡「…………」



俺が、あいつらにどうして欲しかったか……。


今までと同じように、どんな依頼でも受け入れて欲しかったのだろうか。


俺が止めても聞かなくて、どれだけ無茶なことでも引き受ける……そんな由比ヶ浜を見たかったのだろうか。


自分なんて二の次で、涼しい顔して他人を助ける……そんな雪ノ下を見たかったのだろうか。


……それとも、少し前と同じように三人で何かをしていたかったのだろうか。



だとすれば、俺は随分と身勝手になった。

勝手な理想を押し付けて、他人に期待することを辞めたのは他でもない俺自身だった筈なのに。


俺はいつからかあの二人に期待して、分かったつもりになっていた。

雪ノ下と由比ヶ浜も、俺を多少は分かってくれていると思っていた。


俺が欺瞞だと嘲笑った奴らと同じ関係を、俺は望んでいたのだ。



八幡「俺は、あいつらには俺に無いものがあるって思ってた。だからこそ、他人の悩みを解決する奉仕部なんて部活をやってるんだって……けど、違ったんだ」



俺が見ていたのはあいつら自身ではなく、俺の中にある願望。

こうあって欲しいと願った、自己中心的な理想の押し付けだった。



八幡「あいつらにだって自分の考えが、想いがあって……それを曲げてまで他人のことを救うようなお人好しじゃない」



分かってる。

あいつらが理由も無く人の悩みを無碍にするような奴じゃないってことは、近くで見てきた俺が一番分かってる筈だ。



八幡「でもだからこそ、本心を言って欲しかったんだ……っ」



雪ノ下と由比ヶ浜が、その腹の底で何を考えているのか。

それを言って欲しかった。

俺たちは、互いに一番醜いところを見せ合うことのできる……そんな関係になったのだと、思っていたから。



小町「お兄ちゃん……」



みっともなく震える俺の手に、小町の手が重なる。

俺よりも小さいその手は、とても温かかった。



小町「……お兄ちゃん、やっぱり変わったね」


八幡「……そうかもな」


小町「かもじゃなくて、変わったよ。ちょっと前までならそんなこと絶対言わなかった」


八幡「…………」


小町「小町ね、お兄ちゃんが奉仕部に入って、雪乃さんと結衣さんに出会って……本当に良かったって思ってるんだ」


八幡「急に何だよ」


小町「お兄ちゃんはどうしようもなくダメダメでクズで最低だけど」


八幡「ちょっと小町ちゃん? 突然の罵詈雑言にお兄ちゃんの心がびっくりしてるんだけど?」


小町「いざって時に困ってる人を見捨てられない、中途半端な小悪党だから誤解されやすかったんだよね」


八幡「小悪党って……」



いやまぁ、俺のショボさを上手く言い表せているとは思うが。



小町「小町はお兄ちゃんのことずっと大好きだけど、今のお兄ちゃんが一番好きだな。あっ、今の小町的にポイント高い」


八幡「はいはい。……そうだな、俺も一番好きだ、今の俺」


小町「うげぇ、この人うざいなぁ」



わざとらしく嫌な顔をする小町。

俺はそんな小町の頭を雑に撫でた。



小町「あははっ……だからね、お兄ちゃん」


八幡「なんだ、小町」


小町「お兄ちゃんはもう、自分のしたい様にしていいんだよ」


八幡「…………」


小町「今回のこと、小町もお兄ちゃんを応援するよ。いっつも斜め下の解決法を選んじゃうお兄ちゃんだけど、珍しくまともな考えみたいだしね」


八幡「一言余計だろ」



けどまぁ、小町のおかげで自分がどうしたいのかが……少しだが、分かった気がする。


俺が欲しがったものを手にするために、俺が何をすればいいのか。



小町「っていうか、さっきの話でいくと明日寿々城さんって人とデートするんだよね?」


八幡「ん? あぁ、まぁ出掛けることに――」


小町「だったらゆっくりしてる暇無いよ! ほら行くよお兄ちゃん」


八幡「え、なに、どこに?」


小町「明日着ていく服決めるの、お兄ちゃんの部屋行くよ」


八幡「いや、別に服なんて何でも――」


小町「いいから!」





それでも一色いろはは比企谷八幡を想っている。






八幡「…………」



寒空の下、小町に選んでもらった一張羅(笑)に身を包んだ俺は待ち合わせ場所である千葉駅にいた。

遅刻は許されないと小町に早めに家を追い出された結果、待ち合わせの30分前。


いくらなんでも早すぎた。

これが寿々城との待ち合わせで助かったな、もし一色だったらさらに30分待たされて凍死するまである。



八幡「……寒い」



マッ缶でも買おうと自販機を探していると。



真鈴「比企谷先輩ー!」


八幡「は?」



少し離れたところから小走りでこちらに来る寿々城の姿が。

え、早くない?



真鈴「はぁ、はぁ……すみません、お待たせしちゃいましたか?」


八幡「い、いや、俺もさっき来たとこだけど……」



テンパったせいでリア充みたいな返事をしてしまった。



八幡「……早くないか? まだ30分あるぞ」


真鈴「あ、えっと、先輩を待たせちゃいけないなと思って早めに来たんですけど……待たせちゃいましたね」


八幡「いや、俺はいいけど……」


真鈴「比企谷先輩の方こそ早いですよー……そ、そんなに私とのデート、楽しみにしてくれてたんですか?」



ちょっと? なんでそんな頬染めながら訊いてくるんですかね?

こいつ俺のこと好きなんじゃね、って思われても文句言えませんよこれは。



八幡「……妹に早めに行けって家を追い出されたんだよ」


真鈴「そ、そうですか……」



うん、シュンってするのもやめてね。



真鈴「先輩、妹さんいるんですね」


八幡「あぁ、むしろ妹しかいない」


真鈴「?」


八幡「すまん、忘れてくれ」



まだテンパってるな俺。

落ち着け、今日は1日寿々城と二人なんだぞ。

依頼で下心持つとかマジありえないから。


いくら寿々城が可愛い反応をしようとも、こいつには好きな奴がいる。

一色を思い出せ、女子高生ってのは存在自体だ嘘みたいな奴らだ!



八幡「んで、どこ行く?」


真鈴「え、私が決めちゃっていいんですか?」


八幡「俺は誰かと出掛けるときは基本、後から付いて行くスタイルだ」



いつか一色と出かけた時も同じことを言っていた気がする。

ブレない俺ほんと男だわー。



真鈴「えっと、じゃあ先に本屋に行ってもいいですか?」


八幡「ああ、分かった」



本屋なら俺も大歓迎だ。

そうして俺は寿々城の横を歩き出す。



八幡「…………」


真鈴「…………」



そして沈黙。

うん、分かってたけどね。

昨日は割と話せていたかもしれないが、一晩挟めば慣れが消え去るんだよ。


気まずいし早速帰りたいわ。



八幡「……あー、そういえば聞いてなかったんだが」


真鈴「は、はい! なんですか?」


八幡「寿々城の告白しようとしてる相手……結局誰なんだ?」


真鈴「えっ!? い、いや、それは……えっと」



俺の問いに頬を染める寿々城。

その見事なまでの動揺っぷりは見ていて若干面白い。



八幡「まぁ具体的な名前まではいいが……というか聞いても分からんと思うが、どういう奴か教えて貰わねえと対策も立てられんだろ」


真鈴「それも、そうですけど……」


八幡「性格とか特徴とか、何か無いか?」


真鈴「性格ですか……えっと、その人はとても、誤解され易い人で……誰かを救っているのに、悪役になっちゃう様な人で」



語りだした寿々城の笑顔は悲壮なもので、風が吹けば壊れてしまいそうな程に脆い。

弱々しい声音が震えているのは、何の感情だろうか。



真鈴「私、いつも周りに合わせてヘラヘラ笑って、多少のことなら我慢すればいいやって……自分の近くで誰かが傷ついてても、私には関係無いからって……巻き込まれて自分まで傷つくのが怖いからって、そうやってずっと逃げて生きてきたんです」


八幡「…………」



傷つくのは怖いから、逃げる。

寿々城の言葉が今の俺に重なるようで、胸が痛む。



真鈴「でもっ、その人は違いました。自分を犠牲にして、悪者になってでも……傷ついてでも、誰かを助けるんです。誰にも感謝されず、むしろ心無い悪口まで言われて……それでも、人を助ける。そんな人なんです」


八幡「誤解され易いっていうそいつが、寿々城はよく見えてるんだな」


真鈴「いえ、私も最初は誤解してたんです。何なんだこの人って思ってました。でも、それからずっと見てきて……本当はすごく優しいだけなんだって気付けたんです」


八幡「……そうか。寿々城みたいな奴に理解されてるなら、そいつも幸せだろうな」


真鈴「そう……なんですかね」


八幡「そりゃそうだろ。誰にも理解されないってのは、結構キツいもんだ」



近しい人が理解してくれていればそれでいい。

俺が孤高だと思っていた雪ノ下でさえ、そう口にするのだから。



真鈴「そうなら、すごく嬉しいです」



そう言って笑う寿々城。

感情が表情によく表れる子だな、と思った。



八幡「そうだな……なら、そういうところをアピールすればいいんじゃないか」


真鈴「え?」


八幡「私あなたのこと分かってますよアピールだよ。男子高校生なんか単純を絵に描いたような生き物なんだから、そんなこと言われたら勘違いして意識すると思うぞ」


真鈴「そ、そんなものですか?」


八幡「ああ、そんなもんだ」


真鈴「……先輩も、そうだったりしますか?」


八幡「俺? ああもう超するね。むしろ言われなくても意識するまであるわ」



そうして中学から黒歴史を増やしてきた俺が言うのだから間違いない。



真鈴「……そうですか」


八幡「……?」



どうして寿々城が俺のことを執拗に訊いてくるのか、それをもっと考えれば良かった。

そうすれば、俺はあんなに後悔することも無かったかもしれない。


俺がもっと人の感情に目を向けていれば或いは、もっと良い方法があったのかもしれない。



真鈴「……あ、このお店です」


八幡「ん? あ、ああ……」



俺は、何回もの自惚れと勘違いを重ね……女の子が自分に好意を持つなんてありえないことだと思っていた。

勘違いで傷つくくらいなら、最初から何も期待しない方がいい、そう考えていた。


だからこそ、余計に後悔したのだ。

俺の勘違いで、自分一人が恥ずかしい思いをするだけだったらどれほどマシか。


人に好意を向けられることが、どれだけ怖いことなのか。

こんなにも怖いのなら、嫌われている方がいいとまで思った。



自惚れや勘違いじゃない――俺はこの日、寿々城の「好きな人」というのが自分なのだということに、気付いた。







――――――――――――――――――――――――――――――――





戸部「いろはすー! こっちこっち!」


いろは「おはようございます戸部先輩、朝からうるさいしうざいのでもう少し静かにしてください」


戸部「お、おう……わり」


いろは「いえ、こちらこそ突然ですみません」



昨日の今日で朝から来てくれる戸部先輩も、随分とお人好しだなと思う。



戸部「いいってことよ! いろはすは後輩なわけだし? 後輩の相談聞くのは先輩の義務でしょー! どうせ今日は昼から隼人くんたちと遊ぶ予定だったし」


いろは「……ありがとうございます」



思わず罵倒してしまいそうなところをグッと堪える。

今日はわたしがわがままを聞いてもらってるんだから。



戸部「にしても昨日はびびったわー。急にいろはすから電話来た時は何事かと思ったわマジで」


いろは「すみません、どうしても聞きたいことがあって」


戸部「まー何か悪いことじゃなくてマジ良かったわ。つーかいろはすが俺に聞きたいこととか超珍しくね? 俺が分かることなら答えるけど、どんな話よ」


いろは「修学旅行で、戸部先輩が奉仕部にした依頼のことです」


戸部「っ!」



いつも通りちゃらけた戸部先輩の表情が、一瞬歪んだ。



戸部「……べ、っべー、マジびびるわー。昨日からびびり続きだわー。なんでいろはすがそれ知ってんの? 誰かから聞いた系?」


いろは「詳しいことは言えません。すごく失礼なことを訊いているのも分かってるつもりです。それでも知りたいんです」


戸部「…………」


いろは「お願いします」


戸部「……ま、後輩の頼みは断れないでしょー」


いろは「っ、ありがとうございます!」


戸部「けどあれな? 言い触らすとか無しな? いくら俺でも恥ずかしいことはあるっつーか……相手にも悪いしよ」


いろは「はい、約束します」


戸部「んならまぁ、いいけど……えっと、修学旅行ん時の話?」


いろは「はい、奉仕部にした依頼の内容を教えてください」


戸部「えっとー、これどっから言っていいか分からんけど……俺さ、好きな人がいるんだよねー。んでまぁ、修学旅行で一歩? 関係を進めたいな的な? そういうの隼人くんたちにも相談してて、んで、隼人くんに紹介されて奉仕部に行ったんよ」



戸部先輩が語りだしたのは、高校生にはありがちな恋の話。



戸部「そんで、ヒキタニくんたちに告白の手伝いっつーか? 修学旅行で俺がアピったりすんの手伝って欲しいってお願いしたわけ」


いろは「告白の手伝い……が、戸部先輩の依頼した内容ですか?」


戸部「まぁ言っちゃえばそんな感じ?」


いろは「相手が誰か、聞いてもいいですか」


戸部「あー、いろはす海老名さんのこと知ってたっけ?」


いろは「海老名先輩だったんですか……」



葉山先輩たちのグループの一人、もちろんわたしも知っている。



戸部先輩の依頼は……告白の手伝い。

内容は真鈴ちゃんとまったく同じ。

やっぱり、結衣先輩と雪ノ下先輩は真鈴ちゃんの方だけを断ろうとしたんだ。



戸部「でさ……俺ってこんなじゃん? 軽いっていうか、ゆるいっつーか……けど、好きなのは結構ガチだったから、友達とかに茶化されんのも嫌だなーみたいな。でも、ヒキタニくんたちはすげー真剣に俺の話聞いてくれてさ、手伝ってくれるって言ってくれたんよ」


いろは「…………」



普段うざいだけの戸部先輩が、今は心なしかまともに見える。

それは、戸部先輩の好きの気持ちが本物だから……かな?



戸部「んでもう奉仕部マジっべーみたいな? 特にヒキタニくんとかマジっべーのよ! すげー自然に二人きりにしてくれたりするし、いやもうマジっべーわ」



前言撤回、やっぱりうざい。



戸部「……けどま、最後にあんなことになるとは思ってなかったわ」


いろは「あんなこと?」


戸部「ああ。俺、夜に海老名さん呼び出して告ろうとしたんよ。隼人くんたちとヒキタニくんたちに影で見守ってもらって……そしたら、横からっつーか後ろからヒキタニくんが先に告白したんだ」


いろは「……え?」


戸部「まぁ海老名さんは断ったんだけどよ、なんか今は誰とも付き合う気は無い的な?」



……せんぱいが、海老名先輩に告白した?

せんぱいは……海老名先輩のことが好きだった?


…………。

……いや、違う。

そんなことは無い筈だ。



戸部「ヒキタニくんも海老名さんこと狙ってたとかマジ知らなかったし? それ考えたら俺ってばすげー勝手なことお願いしちゃってたなーみたいな」



せんぱいは無意味なことはしない。

逆に言えば、せんぱいの行動には全て意味があり、裏がある。


考えろ。

せんぱいが……お人好しなあの人が、そんなことをしなきゃいけない理由。



戸部「まぁ結果としてはヒキタニくんが振られたけど、俺が告っててもおんなじだったろうし、あとはこっからどっちがアピれるかでしょー」



戸部先輩の依頼を受けて、どうしてそんなことをするのか。


そう、例えば……戸部先輩が海老名先輩に告白することで、何か不都合があるのだとすれば?

戸部先輩の想いが海老名先輩に伝わることで、誰かが困るのだとすれば?


誰かが傷つき、何かが壊れてしまうのだとすれば……せんぱいはきっと、どんな手を使ってでも――



いろは「……そっか」


戸部「まぁだから今の俺とヒキタニくんは恋のライバル的な? ……って、いろはす?」


いろは「戸部先輩、今日お昼から葉山先輩たちと遊ぶって言ってましたよね?」


戸部「ん? ああ、久々にみんなで集まって遊ぼうって話に――」


いろは「それ、海老名先輩も来ますか?」


戸部「へ? お、おう、結衣は昨日急に無理ってなったけど海老名さんは――」


いろは「行きましょう」


戸部「え、ちょっ、いろはす!?」



確証は無い。

こんなの、ただのわたしの妄想なのかもしれない。


でも、もし……わたしの妄想が現実だったとしたら。

せんぱいがそんなことをしなきゃいけなかった理由が、わたしの想像通りだったとしたら。


全部、繋がる。

納得できなかったことが、全部繋がってしまう。


奉仕部のことも、結衣先輩と雪ノ下先輩のことも。

そして、せんぱいのことも。


だから、確かめなきゃ。

せんぱいは優しいんだってことを、証明しなきゃ。


だってそうでもしないと、あのどうしようもないせんぱいが報われないじゃないですか。


誰かのために自分を犠牲にしちゃうあの人が、報われないじゃないですか……っ!



わたしが今からすることは、せんぱいにとってはすごく余計なお世話なんだと思う。

せんぱいにとって、同情も憐れみも、必要ないものだから。


きっと怒られる。

人の問題に勝手に踏み込んでくるなって。


でも、これだけはさせてください。

全部終わったあと、せんぱいに嫌われたっていい。


こんなこと俺は望んでいなかったと、恨み辛みをどれだけ言われたって構わない。


わたしがすることで、傷つく人も、壊れてしまう関係も、きっとたくさん出てくる。

それでもいい。

その程度で壊れてしまうものは、本物じゃない。


わたしは、わたしの大好きなあの人を、まちがったままにしたくないだけだから。






――――――――――――――――――――――――――――――――






八幡「…………」



寿々城と千葉駅で別れ、真っ直ぐ家に帰ってきた。

愛する小町が作った夕食さえ食べる気になれず、帰宅と同時に部屋へ閉じ篭っている。


着替えもせずにベッドへ倒れこみ、ただひたすらに脳だけが冴えている。

何度も今日の寿々城との会話を再生し、考えうる全ての可能性を出した。


そうして残った答えは――寿々城の好きな奴が、俺なんじゃないかということ。


自意識過剰で、ナルシズム全開な恥ずかしい勘違いならそれでいい。

俺の黒歴史に新たなページが刻まれるだけで済む。


だがよく考えてみろ、洗練されたボッチであり、自惚れも勘違いも遠い過去に捨ててきた俺だぞ。

そんな俺が、そう思ってしまうほど……寿々城の言動には気持ちが表れている気がした。


具体的な名前を聞いたわけじゃない。

結局、あのあとも話を続けたが誰が相手なのかは教えてくれなかったからな。

でも、寿々城の口から語られる「好きな人」の情報は、どれもこれも俺に当てはまる。



中学時代、幾度となく経験したあの感覚とは違う。


もしも、この子の想っている相手が俺だったら、どうすればいい。

そんな考えが俺を支配する。


今までに経験したことの無い恐怖が俺を襲う。


今日、寿々城から分かり易い程に向けられた好意に、俺は怯えているのだ。


今まで、敵意と悪意ばかり向けられてきたから、そういうのには慣れていた。

なのに、真っ直ぐに向けられる好意が、これほどまでに怖い。


他人の中で、変な期待と願望が付与されて膨らんだ俺の偶像を、俺自身が壊してしまうんじゃないかと。

誰かの俺に対する期待を、裏切ってしまうんじゃないかと。


そして幻滅され、勝手に失望されるんじゃないかと……。



八幡「……いや、違うな」



そんなかっこいいもんじゃない。

こんなのは欺瞞と自己保身に溢れた言い訳だ。


今俺が考えていることはもっと……醜く、汚い、それこそ寿々城の好意を裏切るようなものだ。


寿々城の気持ちに気付いた時――俺は雪ノ下と由比ヶ浜のことを考えたのだ。


寿々城の依頼は「好きな人への告白を手伝って欲しい」というもの。

それは修学旅行における戸部の依頼と同じ内容であり、奉仕部が断る理由なんて無いものだ。


では何故、雪ノ下と由比ヶ浜は断ったのか。

俺はその理由をずっと考えていた。考えた上で……分からなかった。


だがもし……こんなものは俺の気持ち悪い自意識が生み出す妄想でしかないのかもしれないが、もし。


もしもあの二人が、寿々城の好きな相手が俺だと分かっていたから、依頼を断ったのだとしたら……。


ここ最近の俺たちの間にあった違和感……その理由が、その答えがそこにあるのだとしたら。

今回の件がどういう末路を辿るのか、俺には容易に想像できる。


例えこの依頼の結果がどうなっても、一度出来たほつれは直らない。


ズルズルと引きずり、歪は大きくなっていき――奉仕部は無くなる。



俺が今まで感じていた、彼女たちとの距離の取り方が分からなくなっているという現状は悪化した。

お互いがお互いを気遣い、遠慮し、妥協を重ねれば……そこには偽物しか残らない。


俺が求めたものは、そんな欺瞞に溢れた関係じゃない。



八幡「俺が欲しがったものを壊さないために……俺に何ができる」



奉仕部を残し、なおかつ寿々城の依頼も滞り無く終わらせる。

どれだけ考えても、方法は一つしか浮かばなかった。


こんな方法しか思い浮かばない俺は、結局は変わっていないのだ。


小町に変わったと言われたが、表面だけだ。

根本的に、根っこの部分が変わっていない。


姑息で陰湿で最低で……捻くれた俺のまま。


だからこそ、こんなにも自己嫌悪に陥るのだろう。






…………………

…………

……






月曜日。

それはこの世で最も陰鬱な気分になれる魔法の日だ。


そして今日、俺は人生で最も陰鬱な月曜日の朝を経験している。


土日を挟んだとはいえ、金曜日の放課後、俺が雪ノ下たちと喧嘩したことは紛れもない事実であり、由比ヶ浜に関してはクラスメイトなのだから否応無しに顔を合わせることになる。


今までの人生でまともに人と喧嘩をしたことの無い俺には、一体どんな顔をすればいいのかが分からない。

まぁ喧嘩するほど深い関係の奴がいなかっただけなんだが……。


そして俺が出した回避策は、誰よりも早く教室に着き、他の奴が来る前から寝る姿勢を取っておくというものだった。

こうすれば由比ヶ浜も俺に話し掛けにくくなるだろう。


他の連中からは普段より五割増しの冷たい視線を向けられるだろうが、俺ほどのエリートボッチになれば他人の目などは気にしない。

今の俺にとっては、如何にして由比ヶ浜からのコンタクトを避けるかが問題だ。


だからこうして、慣れない早起きをしてまで早朝の通学路を凍えながら登校してきた。


だというのに……。



静「おい比企谷、一体どういうことだ」


八幡「…………」



何故こうなる。

念には念を入れて教師が出勤しだす時間に学校に来たのが間違いだったか?


まさか朝一から平塚先生と出会すとは……。

しかもなんかおこじゃない? 激おこじゃない?

俺何かしましたかね?



静「昨日、雪ノ下と由比ヶ浜が鍵を返しに来た」


八幡「はぁ、当然ですね」


静「二人とも、死んだような目をしていたよ。ちょうど今の君と同じ様にな」


八幡「心外ですね、俺の目は常々腐ってますよ。一緒にしないでください」


静「比企谷、真面目な話だ」


八幡「…………」



平塚先生の射殺す様な眼差しに、少したじろいでしまう。


どうやら、あの後で平塚先生にも話が伝わったようだな。



静「細かいところまでは分からないが、大体の話は二人から聞いたよ。私がアドバイスした直後に、いい度胸だな比企谷」


八幡「アドバイスっていうか、説教でしたけどね」


静「衝撃の……」


八幡「すみませんでした」



構えた拳が火を吹く前に土下座する俺。

いやマジ土下座こそ最強の武器、俺は社畜になってもこれを有効に活用していこうと思う。



静「はぁ……仲直りしろと言った直後に喧嘩とは、どれだけ天邪鬼なんだ君は」


八幡「別に、したくてしたわけじゃないですよ」


静「だろうな、今回に関しては比企谷だけに非があるとは思えん」



なんかいつもは俺に非があるみたいな言い方ですね。

小町もそうだがみんな俺のことを何だと思ってるんですかね。



静「だが、君なら他にいくらでもやり方があったんじゃないか?」


八幡「……まぁ、そうかもしれませんね」


静「君らしくないじゃないか、怒りに身を任せて人を突き放すなど……雪ノ下も由比ヶ浜も、今まで見たことないほど落ち込んでいたよ」


八幡「…………」


静「こう言っては何だが、私は君をもう少し大人だと思っていた……それこそ、雪ノ下や由比ヶ浜よりはな。君が怒ってどうする? 彼女たちはおそらく自分の気持ちもコントロールできない程に悩んでいるのだよ。だからこそ、君が大人になって――」


八幡「先生」


静「っ……なんだ」


八幡「俺だって好きであいつらと喧嘩したわけじゃありません。悩んでるのは俺も同じです、それに俺はまだ高校生ですよ」


静「…………」


八幡「怒ることくらい、いくらでもあります」


静「……そうだな、すまん。今のは私の失言だ」



そこで素直に謝ってくるあたり、平塚先生らしいなと思う。

俺はこの人を教師としても、一人の人間としても尊敬しているから。



静「だが、君のことを買っているのは本当だ、他の生徒とは一目を置いている。だからこそ、過度な期待をしてしまうものだよ」


八幡「買い被りすぎですね。俺はそんなご立派な人間じゃないんで」


静「当たり前だ、君が立派なわけ無いだろう」


八幡「えぇ……」


静「私が買っているのは、君の臆病さだよ」


八幡「臆病……」



最近、一色が度々言ってくる言葉だ。

俺の何が臆病なのか、それを真剣に考えたこともある。



静「人との繋がりを一切持ってこなかった君が、雪ノ下と由比ヶ浜、そして一色と深い繋がりを持った。そして今、君は彼女たちとの関係に悩み、距離の取り方が分からずに苦しんでいる。それは偏に――君が彼女たちとの関係を壊してしまうのを、恐れているからだ」


八幡「…………」


静「人間関係とはこの世で最も不可解で、難解で、厄介なものだ。人の心とは理屈ではないところで動いている。論理と屁理屈で武装している君にとっては、さぞ理解できないことだろうな」


八幡「なんか言い方に棘があるんですが」


静「だからこそ、頭の良い君だからこそ、自分の理解できないことが恐いのだろう? 彼女たちが何を考えているのかが分からないからこそ、近づくことが恐い。分からないままに壊れてしまうことが、君は堪らなく恐い」


八幡「…………」



ぐうの音も出ない、とは正にこのことだろう。

平塚先生の言葉は今の俺の心境を見事に表現している。


現国の先生だから言葉の使い方が上手いのだろうか。

というかもう、こんだけ人の心理読めるならカウンセラーとかの方が向いてるんじゃねえの。



静「だがな、比企谷」



先生が、その瞳に慈愛を浮かべる。

俺のこれまでの人生で、両親からでさえ一度も向けられたことのない優しい目だった。



静「その恐怖は君の優しさだ。人を傷つけることが恐いということは、優しさなんだよ。誰かのために自分を犠牲にできる人間はそう多くはいない。君のその捻くれた優しさを、彼女たちはきっと理解してくれる」


八幡「…………」



本当にそうだろうか。

俺も、そう思っていた。

俺が雪ノ下や由比ヶ浜を少しずつ理解していった様に、彼女たちも俺のことを少しずつ理解してくれていると、そう思っていた。


だが、その結果がこれだ。

修学旅行での戸部の依頼では俺のやり方が否定され、生徒会選挙の一件で俺は雪ノ下の本心を分かってやることができなかった。


分かったつもりになって、その実、何も分かっていない。

そんな俺たちが、本当に理解し合えるのだろうか。



静「心配するな、比企谷」



俺の不安定な心境とは正反対の、確信に満ちた平塚先生の声。



静「長年教師をやっている私だが、君たちほど青春を謳歌している学生は見たことが無い。だから安心したまえ、君たちの『今』は、大人になった時には良い酒の肴になる」


八幡「先生……」


静「そして、その時にはたまに私を誘ってくれ。締めには私が自信を持ってオススメする旨いラーメンを食わせてやろう」



ニカッと、まるで少女の様に無邪気に笑う先生を見て、悩んでいた自分が酷く小さいものだったと気付いた。

そして、昨夜思いついた俺のやり方が、どれだけ意味の無いものなのかも。



八幡「先生」


静「ん? なんだ」


八幡「長年ってことは、やっぱり若手じゃな――」


静「ふんっ!」


八幡「うっ!?」



腹を殴られた。腹をグーで殴られた。

完全に体罰だ。相手が平塚先生じゃなければ警察沙汰にするまである。



静「言葉の綾だ、次言ったらアバラを折るからな」


八幡「もう犯罪でしょそれ……」



痛い、あと怖い。


ともあれ、これも平塚先生なりの叱咤激励なのかもしれない。

事実、俺の中にあった靄は晴れた。



静「とりあえず、前にも言ったとおり仲直りをしたまえ。そうでなければ始まらない」


八幡「そうですね……友達のいなかった俺には始めての経験ですが、まぁ頑張ってみます」


静「君のそういう所は、きっと一生変わらないのだろうな」


八幡「人間そう簡単には変わりませんよ。みんなそれぞれの想いがあるんですから」


静「言うじゃないか。……今の君なら大丈夫だろう。全て終わったらラーメンを食べに行こう、今度は雪ノ下と由比ヶ浜も誘ってな」


八幡「うす」



満足げに頷いて、平塚先生は職員室へと戻った。


あの人は何かある度にラーメンだな。いや、俺も好きだけど。


雪ノ下は、また嫌な顔をするだろうな。

そういえば、あの時は由比ヶ浜はいなかったな。その話をしたら、あいつ拗ねるだろうな。


そんなことを考えながら、俺も自分のクラスへ向かう。

廊下で平塚先生に遭遇してしまったから、少し時間が経ってしまっているが、それでも他の生徒はまだ来ていないだろう。


早めに席につき、寝たふりをしなければ。



葉山「――やあ」


八幡「……なんでお前がいるんだよ」



誰もいないと思っていた教室には、みんなのヒーローである葉山隼人が既に登校していた。



葉山「待ってたんだ。君が来るのを」


八幡「は?」



え、なに、はやはちなの? マジなの?



葉山「君に、一刻も早く謝りたくてね。朝から待っていたんだ」



葉山は俺に向き直り、頭を下げた。



葉山「本当に、すまなかった」


八幡「…………」



その言葉は、おそらく心からの謝罪だ。

だが、俺には葉山に謝られる様な心当たりが無い。



八幡「なんで俺謝られてんの?」


葉山「……まさか、いろはから何も聞いてないのか?」


八幡「一色?」



一色が何の関係がある。

葉山は一体、何の話をしてるんだ。



葉山「……そうか、彼女はそこまで……」


八幡「…………」



なんか一人でブツブツ言い出したし。

怖いわ。どこの俺だよ。



八幡「何の話だ」


葉山「……いや、本人から聞いていないなら、俺からは何も言えない」


八幡「…………」


葉山「ただ、俺たちは君たちを酷く傷つけてしまったということを知ったから、謝りたいんだ」



再び頭を下げる葉山。

正直、意味も分からないままに謝られるというのは気分のいいものではない。

どこか苛立ちにも似た不快感を覚える。



葉山「俺はどうやら、無責任に君に頼り過ぎていたみたいだ。俺たちの問題は、俺たちが向き合うべきだったのに……」


八幡「……何か分からんが、そういうのはやめろ」


葉山「…………」


八幡「俺はお前のことが嫌いだし、お前も俺のことが嫌いだ。嫌いな奴がどうなろうと関係無いだろ。俺はお前に何もしてねえし、お前も俺に何もしてねえ。お前が何したいのかは知らんが、自己満足のために俺に謝ってくるんじゃねえよ」


葉山「……分かった」



葉山は一瞬何か言いたげな表情を見せたが、言葉を飲み込んだ様に頷いた。



葉山「俺の自己満足のための謝罪はもうしない。けど、君は自分がどれだけ人に想われているのかを知るべきだ」


八幡「は?」


葉山「今日の放課後は、奉仕部に顔を出すのかい?」


八幡「いや……俺は」



寿々城の依頼が終わるまでは行かないと言い放った。

あんなに偉そうに啖呵を切っておいて、やっぱり手伝ってくれなんてのは筋が通らない。



葉山「もし行かないつもりだったとしても、今日は来てくれ」


八幡「はぁ? なんでお前が――」


葉山「頼む、君には見ていて欲しいんだ。何なら部室には入らなくてもいい」


八幡「…………」



いつになく真剣な葉山。



八幡「……気が向いたらな」



無愛想にそう答えてから、俺は自分の席についた。

さっさと寝る体勢を取って、会話を無理やり終わらせる。



葉山「……ありがとう」



葉山は最後にそれだけ言って、教室から出て行った。


どうやら本当に、俺にあんなことを言うためだけに待っていたらしい。

やっぱり俺はあいつが嫌いだ。


放課後、あいつが俺に何を見せたいのかは知らないが、とりあえずあいつらがどうしてるのかだけは覗いてみようと思った。




…………………

…………

……






後書き

読んでいただき、ありがとうございます。
俺ガイルという作品は私の大好きな作品の一つであり、SSは私なりの「好き」の形だと考えてます。
拙い文章ではありますが、誰かに読んでもらえることが私にとっての喜びです。


・追記(11月11日)
多くの方に自分の拙い文章を読んでいただき、本当に嬉しいです。
コメント読ませてもらっています。
由比ヶ浜結衣というキャラクターは僕の中ではそこまで嫌いでは無いのですが、やっていることを考えれば嫌われるのも無理ないかなぁ、とも思います。
僕のSSにも結衣が登場しますし、自分的にはなるべくキャラを原作に近付けようとしています。
それが読んでくれている皆さんを不快にしてしまうかもしれませんが、その鬱憤をコメントで晴らしてもらえれば罪悪感も和らぎます(笑)
そのついででいいので、文章全体の評価や感想も添えてもらえれば嬉しいです。


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1: SS好きの名無しさん 2017-09-16 18:05:09 ID: lrbWqf6A

由比ヶ浜がうざい。
彼女でもないくせにいろはが八幡と距離近いだけでいちいち口を挟むなよ。八幡だって嫌がってねえし。
自分の立場大事さに学校内で奉仕部と同じように八幡と接せないお前が何か言う資格ねえよ

2: SS好きの名無しさん 2017-09-17 19:46:17 ID: 7SenP1H_

普段の様子から見てもガハマよりはいろはの方が八幡と相性いいのは誰が見てもわかるからな

3: SS好きの名無しさん 2017-11-02 13:58:43 ID: qzOSC6uw

こーゆー八×色のストーリー大好きすぎる
続き楽しみにしてる

4: SS好きの名無しさん 2017-11-04 16:47:49 ID: JDc0-cUT

由比ヶ浜ウザイとか言ってるやつとか無視して好きに書いて欲しい。
良作だと思ふ。

5: SS好きの名無しさん 2017-11-05 17:35:24 ID: uB6vblzU

>>4
嫌われる様な事をやってるからな
大体いつも八幡や雪乃に責任被せて自分は何もせず都合の悪い事から逃げてるゴミクズじゃねえか
由比ヶ浜の存在や行動、言動そのものに吐き気がする

6: ロー 2017-11-06 14:13:54 ID: _zrd9e-v

ほんと面白い内容でした!
続き楽しみにしてます!

7: はきむ 2017-11-08 21:53:30 ID: 8kOZAncb

今、一番、続きが気になる作品です。
ここからどうやってあのバカップル…いや馬鹿夫婦になるのか…楽しみです…

8: SS好きの名無しさん 2017-11-11 06:44:18 ID: nZeFg3qI

由比ヶ浜がゴミクズなのは事故後謝りに行かなかったことでも嘘告白後の件りでもないんだよなあ。
事故でサブレ含め八幡まで死んでもおかしくなかったのに、3巻でまた同じ事をやっているという事。飼い主としての最低限な責任も果たせないカスだから嫌われる。

9: SS好きの名無しさん 2017-11-11 18:07:02 ID: 2Nh0-7BG

由比ヶ浜はそりゃ嫌われるだろ
11巻の提案だってあのままだと自分の居場所がなくなるのが嫌だから、雪乃の弱味につけこんで雪乃の想いを封じ込めようとした現状維持だし
雪乃も賛否あるけど、アナザーでは自分から身を引いて、本編でも由比ヶ浜に遠慮して自分は身を引こうとしているだけ人間的にマシな部類
本編では由比ヶ浜が全て知ってる癖に雪乃に依存して何もせず奉仕部の泥沼化を促進している
1巻の頃から最初からなにも変わってない。空気を読んで、周りに合わせて何もせず保身を優先して嫌な事に向き合おうともしない
八幡のように自分を切り捌いて自己を犠牲にする事も、雪乃のように変わろうと思って必死に足掻くわけでもない
1人だけ前に進もうもせずみっともなく現状に縋り付いて逃げてるどうしようもない人間だもん、そりゃ嫌われるわ

10: SS好きの名無しさん 2017-11-11 19:09:31 ID: zwpi7wwG

>>9
戸部の依頼だって「グループ内でカップルができたら素敵という」という軽はずみな理由で受けて。
本当は海老名や戸部の事なんて考えてもいないからな。戸部の恋が成就するかもわからないし、告白される海老名の気持ちも考えていない。
もし自分が同じ立場で三浦や海老名が大岡あたりに自分に告白させる様に働きかけたとしたら拒否して迷惑がる癖に。

ssの真鈴の依頼を拒否したのも「自分に都合が悪いから」だからな。いざ自分が当事者になったら「やっぱ無し」とか酷えダブスタだと思う。
好感を持てる様な要素が皆無な糞女。ガハマを好きな奴いるけど、俺からしたら本気で頭がおかしい。

11: SS好きの名無しさん 2017-11-11 23:40:54 ID: nZeFg3qI

相模の件でも結構酷い事をやってるからな
カーストが上の三浦に誘われて1年の頃から連んでた相模を切り捨てて乗り換えてる
強い立場の奴には媚び売って、材木座みたいな立場の弱い奴には強気に振る舞う
こんなの相模だって嫌味の一つもいいたくなるに決まってるわな

12: SS好きの名無しさん 2017-11-12 17:00:51 ID: cg3mGDam

二次元相手に何を怒ってるんだ…

13: SS好きの名無しさん 2017-11-12 21:03:28 ID: pLqCq8Oo

>>12
リアルだって身近な人間だって筋が通らなかったり自己中な奴は悪口言われて嫌われまくるだろ?
有名な著名人だって発言や行いがアレな人間はバッシングされる
そこら辺は二次元も対して変わらんよ。原作で結衣がゴミカスな事をやってるから怒ってる人がいるだけ


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