2018-09-15 03:09:35 更新

前書き

某掲示板に投下中だったもの。
掲示板のサーバー故障中の為、一旦こちらにもアップします。

・独自設定、キャラ崩壊多数
・主に憲兵さんがメイン、提督含め他の職員も多数出ます
・息抜きにコメディを書きたくなって始めた、オムニバス形式のお話。なので更新は不定期です。

上記の点にご注意願います


※こちらは文字数埋まっているため、最新話は【艦これ】ex.彼女-2-からどうぞ
http://sstokosokuho.com/ss/read/14109





「そんな……。」



ひどい雨の日の事だった。

あの時の彼女の震えた声は、今でも時折思い出す。


馴染みの公園で、別れ話をした時の事。


あれ以上に女の子を泣かせた事は、未だに無いな。

赤い傘に、彼女の長い髪。

でもその髪が頬に張り付いていたのは、雨で濡れたからじゃなくて……。





第一話・邂逅






「…………ひっでえ目覚めだな。」


なんつー夢だ。よりにもよって、異動初日にこれか。

あんまり思い出したくない元カノの夢。


何年前だっけなぁ…まあいいや。

寝覚めの悪さを振り払い、景気付けに豪快に顔を洗う。

ついでにヒゲ剃って歯も磨いて、そんで勝手知ったるカーキ色に袖を通せば、見慣れた姿の完成だ。


でも今日からは、2週間前までとは違う場所。


着任2年目、初めての異動。

さて、気合い入れましょう。


今日も一日憲兵稼業、頑張りますか!




「憲兵長殿!おはようございます!」


「ああ、おはよう。今日からよろしく頼むよ。」


「はい!どうぞよろしくお願い致します!」



意気揚々と詰所に入り、まずはここの長への挨拶だ。


着任の挨拶は引越しの時に済ませてるが、やっぱこの人怖そうだな…。

切れ長の目に銀縁眼鏡…ぱっと見イケメンだが、それ以上にインテリヤクザって印象なのが正直なところだ。


「赴任早々すまないが、今日はまだ警邏の時間じゃないんだ。

そこでなんだが…少し雑談をしないか?君の人となりを知りたい。」


「は、はい…そうですね!自分もまだちゃんとはお話出来ておりませんし!」


雑談かぁ…うーん、見るからに何考えてるか分からない人だぞ?前のとこじゃ当たらなかったタイプだ。

しかしここでも俺の使命は同じ。鎮守府の治安を守り、艦娘やここに勤める人達も守る。それが俺の仕事だ。


そうだ、これからこの人の下に付くんだ。

チームとして一丸となる為にも、些細な事でも必要な事じゃないか。


さて、何から訊かれるかな…誕生日?それとも出身かな?

おおう…眼鏡をくいっとやる動作がまた、冷徹そうなオーラを出してる…何か緊張してきたぞ…。





「君は女性の部位なら、どこに惹かれる?」





………………。





はい?





「ほう、なるほどな…今の話を分析するに、君はどちらかと言えば柔らかな雰囲気の女性が好み…。

髪はロング派…手の綺麗な人に弱い……要は可愛いよりは美人派と言う事か……。」


え?ゑ?ヱ?

一人でブツブツ言い始めたぞ。何でさっきより眼鏡が光ってんだよ…。


だんだん声が小さくなって、それに比例してボソボソと何か言ってる音は目立つ。

怖えよ…一体何考えてんだこの人…。


「君、どうして憲兵になった?」


「え?はい!所属志望を決める際、深海棲艦討伐に関わる皆様を、裏からお守りしたいと考えまして…。」


「そうか、立派な心掛けだ。私も気持ちは同じだ、共にここを守っていこうではないか。」


「え、ええ…今後ともよろしくお願い致します!」


「守りたいものがあると言うのは、この職務に於いてはとても重要だ……。

見てみろあの中庭を…愛でるべき年頃の娘達が華々しく過ごしているではないか。

ああ、女性と言うのは何故かくも美しく儚いのか。


あの艶やかな髪に透き通る肌それと曇りなき瞳にセイレーンの如く我々を惑わす美しき声華やかな笑顔弾むようなたわわな果実いや青々とした実りを待つそれもまた素晴らしいすらりとした脚はまるで芸術品の如くしなやかな腕は甘美なる陰影を持ってその美しさを我々の目に刻み込む平和のため髪をなびかせ戦う様は気品すら感じさせ戦の後に纏う血と潮の薫りでさえ花々をも凌駕する高貴なるスメルその存在はまさに神々しく天が与えたもうた地上の奇跡と呼んで何一つ差し支えない。


……私はね、そんな美しき彼女達を愛で……んんっ!

守る為にだね、こうしてこの職務に就いているのだよ。」



………………。



……やべえ、変態だ。



「憲兵長殿、早速ですが出動事案です。」


「一体どうしたと言うのかね?通報も無く、窓から見える中庭も至って平和ではないか。」


「憲兵詰所にて変質者出没!確保だ!軍法会議に掛けてやる!」


「離せ!何故私を逮捕しようとするのだ!

私はただこうしてお花さん達を視か…じゃなかった!艦娘達を見守っているだけではないか!」


「てめえ今視姦つったろ!大人しくしやがれエロ眼鏡!」


「貴様ぁ!上官に対してその口の利き方は何だ!許さんぞ!」


「容疑者に使う敬語は持ち合わせてねえ!」




「………で、何か言う事は?」


「も、もうひわけごらいまへんでひた……。」


俺ね、一応空手三段。

な、何故こんなひ弱そうな眼鏡にボコられたんだろう…嘘だろおい。


ちっ、腐っても憲兵長って事か…まあいい、癖のある上司に当たる事もあるだろ。

こんにゃろう、絶対いつか告発からの更迭コースにしてやるからな。


「ほー、貴様如きに私を更迭出来るとでも?」


「いいっ!?」


「貴様のような小童の思考などお見通しなのだよ。

まあまあ、これから貴様は私の部下だ…ここは一つ、私と共にここを守って行こうではないか。な?」


格闘技齧ってたからこそ分かるプレッシャーってのはあるもんだ…。

この時こいつのひと睨みだけで、俺は勝ち目が無い事を悟った。


何なんだこいつ…も、もしかしなくても、俺はとんでもねえ場所に飛ばされてしまったんじゃ…。


「ふぅ…まぁ安心しろ。私はただ女性を観察するのが好きなだけだ。

決して直接セクハラを働くなどと言った無粋な真似はせん。

あくまで彼女達は守り、時に正すべき対象だ。それが我々の仕事。」


「……本当ですか?」


「ああ。生憎問題を起こした艦娘については、私は一切の容赦はしない。

提督、並びに職員に対しても、該当すれば同じだ。


貴様のやる事はここでも変わらん。

前任地では優秀だったと聞いている、そのまま職務に邁進したまえ。」


「…はい。」


「時に貴様、質問したい事がある。」


「何でしょうか?」


「うなじの素晴らしさについてどう思う?」



………やっぱダメだこいつ!!





「はぁ〜〜〜………。」


お昼休み……の、喫煙所。

しかし昼メシ食う気も起きやしねえ。


結局あの後眼鏡に延々ゲスい話をされ続け、場所覚えついでの初警邏も何とも足取りが重かった。

あの野郎、話の節々でニヤニヤしやがって…人の性癖聞いて何が楽しいんだ?


溜息が止まらず、思わず2本目のタバコに手を付ける。

やべえな、こりゃ相当イライラしてる証拠だ。


そんな時、ガチャリと喫煙室の扉が開いた。

入ってきたのは白い制服……ああ、粗相が無いようにしないと。


「提督殿、ご無沙汰しております。先日のご挨拶以来ですね。」


「ああ、君か。今日から着任だったねぇ。

君のお世話にならないよう気をつけるよー。」


「ははは、提督殿ならご心配には及びませんよ。」


「だといいけどなぁ。

あ、そう言えば今日の夜挨拶あるの知ってる?」


「新規赴任の挨拶ですよね?1800に食堂にてと伺っております。」


「そっか、ならそこでしっかり顔を覚えてもらうように。

うちは悪戯っ子も多いからな、今後は君を見たら大人しくなるよう頼むよー。」


「はい!何卒よろしくお願い致します!」


「まあ憲兵長はあの通りへんた…曲者だけど、腕は確かだよ。

彼の下でしっかり学んでくれ。」


今、変態って言いかけたよな……あいつやっぱり逮捕した方がいいんじゃねえか?

提督はタバコを吸い終えると、その人のいい笑顔のまま喫煙室を出て行った。


そう、『笑顔のままで』だ。




「時に貴様、現在交際相手はいるのか?」


またかよ……。


現在時刻1730、今日の任務は粗方終わり。

夕暮れ時でも腹は減らず、もうカップメンでいいやと考えていた時だった。


「はぁ……いやぁ、今は彼女はいないすねぇ……。」


「今はという事は、いた事はあるんだな?」


「ええ、まぁ……。」


「ほう、どんな女性だった?」


「………聞くんすか、それ…。」


「上官の質問には素直に答えろ。」


にやけた面で眼鏡を直すな。顔だけ無駄にイケメンなのがまた癪に触る。

本当割るぞてめえの眼鏡。ちくしょう、今度べったべたに指紋つけてやる。


あいつかぁ…あんまり思い出したくねえなぁ…。


「高校の同級生でしたね…。」


「ほう、青春じゃないか。どう言った経緯で?」


「告白されてですね…そこから卒業前まで付き合ってました。」


「という事は、卒業を機に別れてしまったという事か?」


「……いえ、卒業の少し前です。俺から振りました。」


「それは無体な…またどうして?」


「あー…ちょっと……いや、かなり重かったんですよね。

嫉妬深いって言うか…矢が飛んで来ると言うか……。」


「矢とは?」


「文字通りです。彼女、弓道部の県ベスト3だったんですよ…他の女の子と接触あろうもんなら……ふふ…。」


「それだけ愛されていたという事だろう?男ならハートで受け止めたまえよ。」


「心臓がいくつあっても足りませんよ…トドメはバレンタインのチョコレート。」


「バレンタイン?」


「鉄の味がしました。それでいよいよ精神的に持たなくなって…。」


「……ご褒美ではないか。」


ちょっと引き気味に言われても、説得力ねえっての。

ほれ見ろ、この変態ですら引いてんじゃねえか。


その後は結局、逃げるように進路にしてた軍学校に入ったっけ。

男所帯で揉まれて何年か、気付けば憲兵も2年目。その間新しい彼女は出来ず。


そう思うと結構前で、でもあいつの泣き顔だけは嫌に生々しく思い出す。


まぁ、だからどうって事は無いけどな。



「そうか……性交渉はあったのか?」


「そりゃありましたよ…今日び相手がいてなお純潔貫く10代なんていないでしょうに。

まあ、俺が喰われる側だったんですけど…。」


「………成る程な。その様な性質でそこまで行ったのならば、その子はきっと貴様の事を忘れずにいるだろう。

もしかしたら……今も尚、貴様の事を想い続けているのかもな。」


「………やめてください。切実に。」


「…さて、そろそろ良い時間だな。挨拶がある、食堂に行こうか。」


そう扉を開ける眼鏡の肩は、何とも軽やかだった。

今思えば、この時こいつの肩を引っ掴んで振り向かせれば良かったと思う。

きっとニヤニヤと笑ってやがったろうからな。


いや…でも時既に遅しだったか。

着任したその時点でもう、俺は足を踏み入れていたのだ。


この鎮守府と言う名の魔窟って奴に…!



「えー、では紹介しよう。本日より新たに配属された憲兵さんだ。

みんな、彼の世話になる事が無いよう頼むぞ。」


挨拶そのものは滞りなく終わった。

今日は新任組の歓迎会という事で、ここの面子が勢揃いだ。


しかしこうして見ると、ここは前いた所より大きな艦隊だ。

一人一人顔と名前を覚えなきゃだが、果たして覚えきれるのやら。

挨拶も終わったし座らなきゃな…空いている席は…と考えていた時、ある場所から声が掛かった。


「憲兵さーん、よかったらこっちに座りませんか?」


「良いんですか?ありがとうございます。」


ある一角にいた艦娘が、そう声を掛けてくれた。

お言葉に甘え促されるままにそのテーブルへ近付き、そこに座る面子が目に入り……。



俺の時間は、音を立てて止まった。







「あら…素敵な方ですね。


『初めまして』、正規空母・翔鶴と申します。」







そこにいたのは……まさに数分前に眼鏡との会話に出ていた噂の元カノ。

そしてその瞬間、ここにいた全員の目がこう笑ったのを俺は見逃さなかった。



「かかったなアホめが!」と。



これより始まるのは、艦娘になってたなんて想像もしてなかった元カノとの、再会以降の日々。

並びに、俺とこいつのヨリを戻させようとしてくる、ここのメンバー全員との攻防戦の日々である。


この時俺は、眼鏡や提督の笑顔の真意を知った。


こいつら……全員グルじゃねえかあああああああっ!!!!!!







第2話・白蛇さん






「憲兵さん、どうかしましたか?」


席へ呼んでくれた艦娘は、固まる俺を見てそんな事をぬかす。

隠しきれてねえ薄笑いを浮かべてな。


どうしたもこうしたもねえよ…な、なんでこいつがいるんだよ…。

ああ…翔鶴って空母か…確かにこいつは適任だわ。


「まだお若いんですね。おいくつになられるんですか?」


白い髪をなびかせつつ、白白しい質問です。

お前と同い年だよこんちくしょう。


ええ、相変わらず綺麗な白髪です事……そんで隣に座らさせられた俺はカーキの軍服だ。

まさに白蛇に睨まれた蛙の色合い。ははは…このじっとりした視線、既視感しかねえなぁ…。


因みに今は乾杯寸前。寧ろそんな逃げられない空気に完敗寸前だ。

しばらくここにいるしかねえじゃんかよぉ…め、眼鏡は…ん?SMS?



『携帯番号しか知らんので、こちらで失礼する。


事務作業があるので先に失礼させてもらった。

せっかくの歓迎会だ、大いに(主に翔鶴君と)楽しんでくれたまえ。


武運を祈る。』



……あの眼鏡、逃げたな。


いや、落ち着け俺。まだ乾杯だぞ?これだけテーブル数があれば、必然的に立ってあちこち回る事になる。

幸いまだ誰も料理や皿に手を付けていない、上手く立ち回ればしれっと違う場所に座れるチャンスだ。

よし、乾杯が終わったら誰か間に挟もう。それしかない。


「では今後の発展を願い…乾杯!」


提督の合図と共に、乾杯が始まる。

立ち上がって各テーブルを回り、様々な艦娘や職員とグラスを交わし…。


またしても、俺の時間は止まる結果となるのである。



「あ、“どうも初めまして。 ”翔鶴型二番艦の瑞鶴です。」



うん…俺君の事よーく知ってるよ。

あいつは俺に対して重かったが、同時にシスコンの気もあった…そのめちゃくちゃ可愛がってた妹だね。

だからだろうね、別れた時俺の通学路まで怒鳴り込んできたよね。


引き笑い気味な俺を尻目に乾杯を交わすと、妹の方はそのまま次の面子へと向かう。

だがそのすれ違い様だ、俺のポケットに何か突っ込まれた感覚があったのは。


何だ?メモ……?





『席変えたら爆撃。』






あ、死んだ。




「憲兵さーん、戻るのはこっちですよー。」


しばらく石になっていると、そうオレンジの着物の艦娘から声が掛かる。

この子もグルか……!ああ、逃げ場がない!な、何か打つ手は…そうだ!


「あ、ごめんなさい。少しお手洗いに……。」


「場所分かります?」


「ええ、見取り図は持ってますので。」


よし、ひとまず時間稼ぎだ。

後はダメ押しに眼鏡に呼び出されたって体にしとけば、もうちょっと時間稼げる。


飲み始めれば段々席なんてグダッて来るだろ。

その辺でしれっと戻れば、上手くあいつから逃げ切れる。


トイレは……お、そこそこ遠いじゃん、ついてるぜ。この廊下の突き当たりか。



『カツ…カツ…』



ここ、結構足音響くんだな。



『カツ…カツ…『カツ…』』



ん?



『カツカツカツ『カツカツカツ』』



なんかおかしい。



『カッカッカッ『カッカッカッ』』



いや、絶対おかしい。



『ダダダダダ『ダダダダダ』』



………なんかいる!!



いや、振り向くな俺!大丈夫!きっと幽霊だ!それより恐ろしいもんな訳ねえ!

よし!そこを曲がればトイレだ!

ん?壁に鏡……?



ものすごい笑顔の白髪の女が映ってました。



『つるっ…。』



あ、ひょっとしてワックス掛けたて…この角度、もうダメなやつだなぁ…。

床にぶっ倒れるなんて空手で散々やってる…問題は後ろの……。



“つ・か・ま・え・た”



蛇に食われる蛙の気持ち、よく分かったよ。


床に倒れるその瞬間、奴は強烈なタックルをかましてきた。

まさにレスリングのグラウンド。或いは獲物に巻き付く蛇。

どさ…と虚しい音が廊下に響いた時、俺の敗北は確定したのである。



「ふふふ…この日をずっと待ちわびていたわ…。」


「離せ!俺は何も待ってねえ!何でお前がここにいるんだよ!!」


「あなたを追ってよ。」


「正気か!?」


本性出して来やがった……!

ちくしょう、下手に振り払おうもんなら問題になる。

いや、待てよ…今このシチュエーションなら俺の方が……!


「せ、正規空母翔鶴!これ以上暴れるならば、貴様を暴行の現行犯にて確保する!」


「………そう。」


職権濫用は嫌いだが、背に腹は変えられねえ。

今なら切れるカードだ、これでやめさせられれば…。


「………“憲兵さん”、今は大人しく退きますね。

ですが覚えておいてください…“ここの皆は私の味方”ですよ?


ふふ……お手洗いはそちらです。では、私は先に戻りますね。」


直後、頬にぬるりとした感触が走った。

奴は俺の頬をひと舐めし、何事も無かったかのように踵を返して去って行ったんだ。


その後宴会の場に戻り、以降は特に何かしてくる様子も無く終わった。

宴もたけなわ、後は部屋に戻るだけだが……俺にはその前に、行くべきところがあった。


俺の隣、202号室。

あの眼鏡の私室だ……!


「てめえコラァ!!」


「ノックもせずに何だ貴様は。」


「何だじゃねえよ何だじゃ!どこから知ってやがった!!」


「貴様の資料が送られてきた時だ。

提督の所にも来ていて、たまたまその日の秘書艦が翔鶴君だったんだ。

貴様の写真も載っていてな、内容を確認する際、偶然貴様の着任を知ってしまい……ふふふ。」


「……何がおかしい?」


「……貴様のせいで、こちらは仕事が増えてしまったのだよ。確保ではなく、保護でな。


それからというもの、翔鶴君は暇を見ては弓道場に篭るようになった…昼夜を問わず、任務が無ければ常にだ。

貴様の写真を的に貼り、その下に体を書いてな。心臓の所にハートマークもばっちりだ。


貴様の名を呟きながら、今度は逃さないと虚ろな目で矢を射る姿は壮観だったぞ……いつしかこう呼ばれるようになっていた。


“いない元カレの名を呼ぶ病”とな。」


「う……。」


「お陰でこちらは毎晩毎晩保護の為出動…ただでさえ前任の異動は貴様が来るより早く、その間私はほぼ一人で面倒を見なくてはならなかった…。

中にはその様に魘される艦娘もいてな…まあ、瑞鶴と言うんだが。


ここは一つ、貴様に責任を取らせようと言うのが満場一致の結論だ。」


「……で、あんたの本音は?」


「そんなの面白そうだからに決まっているだろう!

あと私は、恋する乙女が最も美しいと思うから!以上!」


「よし!死ね!」


結果3秒でノックアウトでした。俺が。





「まぁまぁ、当時は色々あったのかもしれぬが、翔鶴君は良い女ではないか。

容姿も整い、人当たりも柔らか…良い嫁になると思うぞ?考え直してはみないか?」


「俺の話聞いてた!?嫌だっての!あだだだだ!?」


ボストンクラブを決めながら、眼鏡はニヤニヤとこうぬかしやがる。

こ、この野郎…ちくしょう、絶対いつか告発してやる…!


「ふう…仕方がない、今日の所は勘弁してやろう。

あまり無理強いした所で、貴様が乗り気でないなら翔鶴君が可哀想だしな。


ああそうだ、貴様に渡すものがあった。」


「……何すかこれ?」


「この寮の部屋割りだ。渡したファイルに綴じ忘れていてな。

寮のトラブルで出動する際は、そちらを使うように。


私はおふざけも大好きだが、やるべき事はやりたい主義だ。そこはしっかりと頼むぞ。とっとと帰れ。」


「いって!」


紙を見る間もなくケツを蹴られて叩き出され、しぶしぶ部屋に戻る事にした。


資料に目を通すと、内部は結構でかい寮なのが分かる。

ああ、艦娘・職員共通なのか…えーと、2階が職員用で、3階から6階までが艦娘用区か……



く?



この時俺は、恐ろしい事に気付いてしまった。


部屋ナンバーって奴は頭の数字が階、残り二桁が何番目の部屋かの意味になる。

例えばこの203号室なら、2階の3番目の部屋って事だ。


問題は…頭の数字を3に入れ替えた、真上の部屋。



『303号室・翔鶴』



さらに右下に視線をずらすと、改定日が一昨日。

つまり、俺が越して来る前日……!


待て!こんな時こそマニュアルだ!

これには艦娘の能力と、そこへの対処が載ってる!

頼むぜ…いくらなんでもそんな芸当は……。



『空母・本人と妖精のスキルによっては、ホバリングも可能。

高練度な者の中には、艦載機を虫のように操作出来る者もいる。』



パタンと資料を閉じ、からくり人形のように窓を見た。

カーテンの隙間、そこには……!



『きらーん』



ものすごく眩しい笑顔で、コックピットからサムズアップする妖精と目が合った。


艦載機には、何やら紙が括り付けられている。

それを妖精が窓に貼り付け、綺麗なホバリングで上に登って行った。内容は…。



『ずっとあなたを待っていました。


追伸・最近DIYに凝っています。』



DIY…うん、縄梯子とか作るのかな?


逃げ場なし、外堀はもはや埋立地。

初日にして魔窟に迷い込んだ事を悟った俺は、ただ絶望感に灰になるのみだった。



『びたん!』


「ひいいいいいっ!?」



…なんて打ちひしがれてたら、また窓に紙!

こ、今度はな……



『ご自由にどうぞと書かれた笑顔の翔鶴の写真』



もう、還っていいかな……土に。


気絶なのか疲れなのか、気付いたら寝落ちして初日は終わった。


その日の夜、夢を見た。

あれはまだ、あいつと仲良くしてた頃の春休み。


お互い大会も終わり、あいつがうちに遊びに来ていたものの、疲れて眠くなってしまって。

それで窓も閉めず、二人でぼんやりと昼寝をしていた。


春風が心地よく、時々窓から庭の桜が舞い込む。

それを手に取っては、綺麗だねなんて笑っていたものだ。


別に何をするでも話すでもなく、ただ体を預け合って眠る1日。

そんなひと時は、どうしようもなく幸せだったように思う。


……ん?て言うか夢だよなこれ?

夢だと気付いた瞬間、越して来たばかりの部屋に引き戻された。


あれ…?布団ちゃんと被ってる…?

俺、確かベッドに倒れてそのまま……。


いや、誰もいねえ。考えるな俺。

なんか妙に片側に寄ってるとか、空いてる側が生暖かいとかあるけど。


わあ、白い髪はっけーん。


現在時刻、朝の4時。

俺の波乱の憲兵生活は、こうしてひと息つく間も無く次へ次へと向かって行くのであった。


誰か…俺を助けてくれええええええっ!






第3話・珍しい兵隊さん、略して…





「はぁ〜……」


勤務2日目、現在時刻は午後3時。

あの後結局二度寝も出来ず、死にそうな顔で仕事をこなしていた。


今は午後休憩に入ったが、寝不足だと逆につらい。

ちょっと気を緩めれば、途端に瞼が落ちそうだ。


「くくく、あの後は熱い夜でも過ごしたのか?随分憔悴しているじゃないか。」


「熱いどころか凍て付く夜でしたよ、主に肝がね。」


分かってて言ってんだろ、割るぞ。


いや、でも今は怒る気力も湧かねえ…とにかく眠い。

今日は夜警は無し、出動でも無い限りは帰って寝れる。あと3時間堪えれば勝ち。


あー、布団が恋しいぜ……。


「三千世界の鴉を殺し、鶴と朝寝がしてみたい、と言った顔だな。」


「鴉が鳴いたらさっさと布団と朝寝するのが人でしょう、何で鶴限定なんすか。

大体その鶴のせいで寝不足なんですよ……ふぁ…。」


「…致したのか?」


「んな能動的なマネするわけ無いでしょう。起きたらベッドの端が生暖かく、ダメ押しの白い髪一本です。

一体どう忍び込みやがったのか…。」


「ああ、そう言えばこの前鍵束を落としてしまってな。

その時鍵が一つ見つかっていなかったんだが、翔鶴君が届けてくれたな。」


「……何日後ですか?」


「3日後だな。」


「部屋は?」


「203号室だ。」


「次の夜警の時、背後に気を付けてくださいね。」


犯人はてめえか。その間に鍵屋行ってたってオチだろ。

どうなってんだここの警備は…ああ、こいつの気分次第か。


幸いここの寮は雨戸が付いてた、閉めりゃ昨日みたいな事態はまだ避けられる。

ドアは突っ張り棒かますとして…問題はやっぱ、ここにあいつがいる事そのものだな。あとこの眼鏡。


異動願いは半年経たないと申請不可、かと言って憲兵辞める気はさらさらねえ。

お上からの辞令なんて、当面来ない神の声…となると、諦めさせるしか道は無し。


……って何冷静に考えてんだ俺!さっきからキレる場面だろうが!?


はぁ〜……ダメだ、イラつく元気もねえんだな今は…。

もういいや、今日は帰ったら寝よ…。


「ふむ…昨日前任地からの報告書を読み返したのだが、なかなかやるじゃないか。2回犯罪者の逮捕に協力したとあるが。」


「ああ、そんな事もありましたね…。」


「夏と冬、休日にそれぞれひったくりと誘拐の現場に遭遇。持ち前の身体能力を活かし、犯人を確保。

……そんな正義感の持ち主が、どうして上司にはこんなに冷たいのか…。」


「そのレンズにベッタベタに指当ててよーく考えてください。

そんなに良いものじゃないですよ、実際は俺が逮捕寸前でしたから。」


「ほう、どうしてまた?」


「あー…とっさに繰り出した技が上段回し蹴りと踵落としで、どっちも気絶して。

まあ、事情を知らない警官からしたら、俺が暴漢ですよね…。」


前の上官に、やり過ぎだ馬鹿者!ってめちゃくちゃ怒られたな。

犯人が訴えてたら、過剰防衛でとっ捕まってる所だった…。


俺も分かっちゃいるんだが、ああいう場面に遭遇すると体が先に動いちまう。ダメなんだよな、人のピンチを見ちまうと加減が…。

そんな性分だから、こういう仕事を選んだフシもあるけどな。


ああ、そもそもあいつとの馴れ初めも…やべ、頭痛がしてきた。


「なるほどな、それで翔鶴君の心を正拳突きしたわけか。」


「ぶっほっ!?」


「中高と空手部が無かった貴様は、放課後になればすぐ道場に通う日々。学校では目立たない方だった…。

一方弓道部の翔鶴君は、日暮れまで学校で練習に励む毎日。一見すれば接点の薄い二人…。


しかぁし!そんなある日、通り魔が翔鶴君を狙う!

襲い来る刃!恐怖に震える瞳!


…だが次の瞬間、通り魔は華麗なる回し蹴りにより吹っ飛ばされた!

よーく覚えているだろう…そう!そこに現れたヒーローこそ貴様だったのだ!」


「き、聞いてたんすか…。」


「そうとも…毎晩毎晩保護の度にここで体をくねらせ耳にタコが出来るまで語ってくれたぞ?

大丈夫か?と手を差し伸べてくれた時の輝く笑顔は忘れられないとも…。」


あいつ誇張してやがる…実際は苦笑いだよ。


通り魔の歯が2〜3本転がったのを見て、あいつを連れて速攻逃げたんだ…やべえ、やりすぎたって。

人間って、青ざめると笑っちゃうよね。


そこから色々あって付き合うに至ったんだが、何年前の話だよ…。うーん、いよいよ頭が痛え。


その後終業時刻になり、俺は速攻で自室へと戻った。

寝巻きに着替え、シャワー室でひとっ風呂浴び、やっとの思いでひと眠り。

まだ夕暮れではあるが、今夜はしこたま眠れそうだ。対策もしたし、昨日みたいなホラーも無いだろ。


あー、瞼が重てえ…。



うーん。



すう…。





「キャアアアアッ!?」




何事だ!?


悲鳴は…廊下じゃねえ、外か!

躊躇してる場合じゃねえ!裸足のまま外へ出ると、事は中庭で起こっていた。


……っ!?侵入者か!!


寝起きの目はまだ霞んじゃいたが、ナイフを持ってるのはすぐわかった。


「ひっ…助けて…。」


別の人影…やべえ!艦娘が襲われてる!


後になるとつくづく悪癖だと思うんだが…そこからの行動は早かった。

細かい事を考えるより先に、もう犯人は目の前。

何度も練習でやった動きを繰り出した時、俺の脚には重い感触が走っていた。


「へぶぅ!?」


あ、結構派手に吹っ飛んだな…。


いつもそうだ、犯人の悲鳴が耳に入ってようやく我に帰る。

やっちまったなぁ…まぁ、今回は事が事だ、お咎めなしだろう。

そうだ!まずは被害者の無事を確認しないと。


「大丈夫か!?」


「ええ…また私を助けてくれたのね!」


「…また?」



折しも、ちょうど目の霞みが抜けてきた頃。

冷静になった俺は、そこでようやく襲われていたのが誰かを理解した。


外灯の照明に照らされ、さらさらと輝く白い髪…何よりものすっっげー覚えのあるじっとりとした視線。

にも関わらず、しいたけかってぐらいキラキラもしてる矛盾した瞳。


さながら闇夜に降り立つ白い鶴…なわきゃ無く、俺には闇夜に浮かぶメドゥーサにしか見えなかった。


しかも…



翔鶴


E.大弓

E.装甲甲板

E.バルジ多数

E.艤装の核部分(艦娘の身体強化機能有り)



お前今ワンパンで反撃出来る仕様じゃねえか!?



「く……くくく……良い蹴りではないか…。」



あれ?どっかで聞いた声だなー。


後ろを向くと、口の辺りから血を垂らしながら立ち上がる目出し帽。

ん、んー…あのマスク越しでも分かる鋭い目つき、それにあの声…さっきまで話してた奴によーく似てるなぁ。


「ふふふ、私とした事が“うっかりさん”だ…今日は“時刻のみ抜き打ちの防犯訓練がある”と貴様に伝え忘れていたよ…。

やはり眼鏡が無いと何も見えんな…貴様ごときの蹴りもかわせんとは。」


「け、憲兵長…。」


「これは私のミスだ、本当は貴様の関節を5〜6個外してやりたい所だが、甘んじて受け入れよう。

しかし…“そちら”の方は、早くどうにかしないとしょっぴかねばならんぞ?」


「へ?



〜〜〜〜っっっ!!!!???」



皆、寝る時の格好はどうしてる?

パジャマを着るのか、それともラフな部屋着で行くのか。それぞれ嗜好があるだろう。


俺はまず、秋冬はジャージにパーカー。

それ以外は…



ボ、ボクサーパンツ、一丁だ…。



「ふふふ…相変わらず素敵な体…。」



さわさわとした感触がした頃には、もう遅かった。

メドゥーサの蛇は俺に纏わりつき、あの目を見た瞬間俺は硬直。


めっちゃ上気した顔の女がそこにいましたよ、と。


「ふう…貴様を捕まえる必要もなさそうだな。」


「ま、待て!」


「…おや、今の騒ぎで艦娘が集まって来たか。

では、怪我の手当てがあるので失礼する。事情説明は任せたぞ。」


「てめえハメやがったな!!」


「では明日なー。今夜はお楽しみでなー。」


「ふふふ、今日はお仕事は終わりでしょう?続きは私の部屋で…ね?

ほら、梯子使えば私の部屋に忍び込めるし。」


「てめえやっぱり作ってやがったのか!ま、待て!そんなとこに手ェ掛けたら…パンツが…!」


「「「翔鶴さん!!」」」


「皆来てるよ!あ……今ビリって……あ…あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っっっっ!!!!???」



その後しばらく、俺が裏ではチン兵さんと皆に呼ばれてたのは言うまでも無い。

忘れらんねえなぁ…駆逐の子達が、頬を赤らめ指越しにガン見してきた瞬間。あれ、目から汗が出てくるや…。


ストーカー気味の元カノとの再会、頭のイカレた上司と、異動早々無茶苦茶な展開だらけのこの鎮守府での憲兵生活。

だが無茶苦茶はまだまだ続くと、お仕事の方でも俺は思い知る事になるのである。


次の異動を勝ち取るのが先か、俺が胃潰瘍で集中治療室に移動するのが先か。

それは神のみぞ知るのであった。


神のみぞ知る…神の味噌汁とかふざけて言う奴いたよな。

飲んだ後の味噌汁は効く。だから『あいつ』にしこたま浴びせてえ。


そう思う事件が後々待ってたんだよ…。





第4話・バッカス様






あれから数日。

ここの勝手にも慣れ始めたが、取り立てて何かが起こる事も無い日々だった。

それで日も落ちて、詰所で書類の整理と勤しんでいた時の事。



「……そう言えば、中庭にまだ落ちてたぞ。」


「何がですか?」


「貴様の破片がだ。」


「ふふ…まだ、あったんすねぇ……。」



うん。思い出すと涙が出ちゃう。


あの時ケツ押さえてたのがまずかった…結局隠すのが間に合わず、一瞬とは言え急所を公衆の面前に晒す羽目になったからな…。

まだ桜が残る今…しかし先に散り行くものは、俺のパンツとプライドか。ああ、つらい。


そんな風に涙を堪えていた矢先、詰所に着信音が鳴り響いた。



「はい…ええ、“P”ですか。かしこまりました、すぐ向かいます。」


「どうしました?」


「……出動だ。」


「……!!事件ですか!?」


「事件と言えば事件だが…そうだな、常連さんって奴だ。」


「常連?」



現場は寮の4階。

最初は部屋かと思ったが、4階の艦娘達が3階まで避難していた。


ただ事じゃねえ…一体何が?


「憲兵長!」


「なぁに、私が来たからにはもう大丈夫だ。」


「はい……どうか妹を!」


妹?


その子をよく見ると、どうやら外国人のようだ。

確か海外から交換派遣で来てる子達もいるって聞いたな。


「さて、行くぞ。念の為にこれを飲んでおけ。」


「何すかこれ…。」


手渡されたものは、小さな金の缶…ってウコンじゃねえかこれ。


いよいよ何が起きているのか分からない。

促されるままぐいっとウコンを飲み、俺達は4階への階段を駆け上がった。


そして、俺達が目にしたものは。




まず、泡吹いて倒れてる人影が目についた。

それぞれ青い制服、水着、赤い袴とスカート…全部で4人。

それらの死屍累々の先に、ゆらりと動く人影が……



銀髪とケツを揺らしつつ、男前に立っていた。




……えー、そりゃ俺だって男ですよ。

何かこう、Xでビデオなサイト見ちゃったりとか、スケベ拗らせる場面だってある。


だからこそだ…敢えて言わせてくれ。


こんなに反応出来ねえ全裸の女、初めて見たよ!



「すぅ……。


……ポオオオオオウウゥゥゥルルルルゥァアアアアアアアアッ!!!!

むああああとぅあ貴様かあああああっっっっ!!!!!!」


「うおっ!?」



何!?こいつこんな大声出せんのかよ!?

眼鏡は大声の後、ガツガツと靴を鳴らして奴へと近づいて行く。

うわ、顔がすげえキレてる…あの子死んだな…。


「あれ〜憲兵長じゃないですか〜。一緒に飲みましょうよ〜。

あ、あなたは新しい憲兵さんですね〜。お近付きの印に一杯どうですか〜?」


「誰が飲むかぁ!!今日と言う今日こそは許さんぞ!!

女の子がぁ!裸でぇ!出歩いちゃ!ダメでしょうがああああああ!!!」


「いやキレるとこそっち!?」


眼鏡は上着を脱ぎ、手慣れた動作でポーラの肩に掛けた。

あ、ちゃんとボタンも掛けてあげるのね…って何か暴れてんぞ!?


「や〜だ〜。あついです〜。」


「暑いじゃない!一体何度目だと思ってるんだ!

こら!暴れるな!神妙に服を着ろ!!」


「や〜で〜す〜。離してくださ〜い。」


「誰が離すかぁ!ええい大人しくしろ!!」


「や〜め〜て〜ゆらさないで〜……



…………うぷ。」



………うぷ?



直後、この空間だけがマレー半島南端の世界的金融センター都市…の、某公園になった。


しゃがんでボタンを掛ける眼鏡の頭へと、金色の雨が降り注ぐ。

それはスローモーションで優雅な曲線を描き、まず帽子へと押し寄せた。

帽子の崖を乗り越え、その波はレンズと肉眼の隙間へとこぼれ落ちて行く。


その者カーキの衣(眼鏡の)を纏い、金色の野を生み出すべし。

失われし理性との絆を破棄し、人々を不浄の地へと導かん。


きっと奴の視界は今、さぞかし黄金郷と化したことだろう。


うわぁ…やっぱり法被の似合う芸人みたいにキラキラしてないね。何て言うか、てりてりしてる。

俺、『ぎょぼ』って擬音で吐く人初めて見たよ…。


「ギャァアアアアッッ!!?目が!目があああああ!!!」


「憲兵長!!傷は深いです!!そのまま死ね!!」


「却下だ!超生きる!!」


「はー…生き返りました〜…吐いちゃいましたね〜…。

と言うことは〜…みんなで飲み直すしかないで〜〜す!!」


「げぇっ!?」


酒瓶片手にポーラが俺に突っ込んで来る。

一瞬たじろぐが、ふと冷静になれば、相手は艤装の無い艦娘。

つまり今のこいつは普通の女の子、俺の身体能力なら取り押さえられるはずだ。


そうだ!このまま腕を押さえれば……!


え…消えた……?


「こっちですよ〜。さあ一杯行きましょう〜。」


次の瞬間、俺の口内はブドウの酸味に犯されていた。

ラッパ状態で瓶を突っ込まれ、どばどばと胃まで押し寄せて来るのは赤ワイン。因みに俺、赤ワインは大の苦手。


そんなもんをぶち込まれた日にゃ、結果は決まりきっていた。



「おおおおおおおお!!!」



叫び声だと思ったか?吐瀉音だよ。

飲ませると言う事に関しては、こいつに艤装なんて関係無かった。

ナチュラル酔拳の使い手、それがポーラだったのだ。


「げほっ、ごほっ……。」


「ごちそうさまが〜聞こえな〜い。ほら飲んで飲んで〜。」


鼻が痛えんだよ。逆流してんじゃねえか…。

まじいな、早速回ってきやがった…上手く組手の体勢が取れねえ…。


ああ、こんな所で俺たちは負けてしまうのか…この後待っているのは酒浸り地獄。

ポーラが二度目の攻撃体勢に入り、ついぞ死を覚悟した。




「行くわよ!全機、突撃!」




その声が聞こえた瞬間、背後から一斉に艦載機達が飛び出してきた。

艦載機に括り付けられたのは満タンのバケツ、それが爆撃代わりにスコールのようにポーラへと降り注ぐ。


「冷たいです〜…あ、お酒が…むにゃ…」


全ての水を浴びた後、酔いが落ち着いたポーラはその場へと倒れ伏す。

朦朧とする視界の中…こちらへ伸びる腕は、優しく俺を抱きしめていた。



「__……。」


「ふふ、久々にその名前を呼んでくれたのね。

今はゆっくり眠りなさい。」


吐き気のつらさに取り憑かれ、俺はされるがまま。

その苦痛と、抱かれた腕の心地よさに目を閉じた時。


「ふふふ、これで部屋まで…。」


「誰が行くかバカ!」


やっぱり相変わらずでした、このお方。



「……ふう、今ので洗い流されたか。」


「憲兵長…。」


「さて、私はこの子を部屋へ連れて行くとしよう。

翔鶴君、今回は本当に助かった。ありがとう。」


嵐が去った…はぁ、終わったかな。

その場にへたり込んだ俺は、そこでようやく一息をつくことが出来た。


そうだな、まずは…。


「ありがとな、助かったよ。」


「大した事じゃないわ。


……てばかりにも行かないし。」


「何か言ったか?」


「いえ、何も言ってないわ。

さて、と……じゃあ着替えましょう?もちろん私の部屋で!!」


「却下だっての。」


今はもう、怒鳴る気も起きねえや。

ぺし、と軽いチョップをかますと、何でかこいつはくすくすと笑っていた。


……ん?そう言えば眼鏡の奴、ポーラを常連さんとか言ってたな。


「…なあ、もしかしてあの子っていつもああ?」


「あそこまでは珍しいわ。

でも、しょっちゅう脱いで憲兵長のお世話になってるわね。」


ははは…て事は、これからいつもって事か…。

ま、ひとまず今は、事件が片付いた事に安堵するとしよう。


さーて、帰ろ…



『かつん!』



ん?あ、酒瓶踏んだなぁ…


あれー?宙に浮いてるぞー?

体が回転して…待って、それでそっちコケたら…あ…ああああああああっ!?



『ふに……。』



俺がすっこけた先には、もちろんあいつです。

受け身を取ろうと伸ばした手は、何て言うかこう、身に覚えのある柔らかいものに。


ダイビングパイタッチ、成立…相手は奴。


つ ま り 。



「……ふふ、ふふふ……やっとその気になってくれたのね!!」


「待て!事故だ!」


「事故も運命よ!全航空隊、発艦始め!」



結局一晩しこたま鬼ごっこをする羽目になり、逃げ切った時には俺はミイラのようでしたとさ。


もう当分、ワインはいらねえ…。

あー、何か折れそうだ…馴染みとしょうもねえ話がしてえ。

そう考えた俺はスマホを取り出し、ある人物へとコンタクトを取った。

そっちの艦娘には仲良くしてくれてた奴らもいて、その中でも特に悪友って呼べる奴だ。


『久々だね、元気?』


『何とかな。早速積もる話だらけだよ。××日時間ある?飲みてえんだ。』


『あー、参ってるねぇ。

その日は空いてるよ、久々に大将のお店行こうよ。』


『お、いいね。じゃあまた連絡するよ。』



前いた鎮守府は、実は言うほどここから離れちゃいない。


車飛ばせば1時間半、電車使っても2時間あるか無いか。

早めに飲んで帰れば、全然日帰りも可能な場所だ。

さすがにあいつも、そんなとこまでストーキングはしねえだろ…。


…とか思ってたのが、間違いでした。


そう、別にあいつがストーキングする必要は無いんだよ。

ついでに言うと、文明の恐ろしさも俺は味わう事になるのである。


嗚呼、俺のプライベートはいずこ…。







あの後「久々だし本気で飲むよ!」と言われ、予定が変わった。

当初俺が提案した日の前日という事になった訳だ。


こっちの仕事も夜警は無し、夕方にはすんなり終わった。

朝までコースか。外泊許可も取ったし、電車で寝過ごさなけりゃ朝帰りでも大した問題はない。


出撃明けにタフだなとも思うんだが、アレで意外と酒好きな奴だ。

もののついでに土産もリュックに詰めて、少しばかりの旅としけ込もう。


はぁ…何だか久々に一息つける気がするぜ。元気してっかなぁ、あいつ。





第5話・LAN、卵、乱-その1-





さて、懐かしの駅…って程でもねえけど、ちょっと久々の街に着きましたよと。

現在時刻は20時20分。電車の中で軽く寝たし、飲むには持ってこい。

えーと…あそこの券売の前って言ってたな。


で、待ち合わせ時刻になった訳だが。来ねえなぁ。

イヤホンから流れる音楽も、今日何度目になるのやら。


「…ねぇ。」


まあ、この時間にあそこから来るならちょっと掛かんだろ。

あいつならある意味目立つし…


「ねえってば!!」


「いってえ!?」


イヤホンを乱暴に引っこ抜かれたかと思えば、間近にいたよ。

ああ、ちっこいもんなこいつ…見えてなかったわ。


「むー、今なんか失礼な事考えてたでしょ?」


「い、いやー、別にー。久々だな、元気してたか?」


こいつは瑞鳳。

俺が前いた所の艦娘で、当時からの悪友でもある。


……因みに、こんなんでも俺と同い年。




「「かんぱーい」」


馴染みの店に入って、早々に乾杯だ。

あそこにいた時は、週に一度は来てたっけなぁ。

ああ、ビールがうめえ…そんで大将の卵焼き…心に沁みるぜえ…。


「生き返るなぁ…。」


「実感こもってるわね…あっちはそんなに大変なの?」


「まぁ、色々とな…もうちょい飲んだら話すわ。そっちはどうよ?」


「相変わらずよ。君が異動して皆寂しがってるよー?

あ、写真撮らせてよ。LINEで回すから。」


「はーい。」


勝手知ったる奴と、気兼ね無く酒を飲む。

こんな些細な瞬間でさえ、今は何と有り難え事か…。


「大将ー、生二つ追加でー。」


「あいよ!あ、づほちゃんはコーラかな?」


「ひどーい、分かってる癖に〜。」


「あっはっは、最初来た時はびっくりしたもんだよ。

久々だ、ゆっくりしてきな!」


「くくく…。」


「むー、何ニヤニヤしてるのよ?」


「いや、知り合った時を思い出してよ。」


「ああ、あの時?君も私の事子供扱いしてたもんね。」


こいつと仲良くなったきっかけは、そもそもは俺の勘違いだった。


まだ新人の時か…初めて一人夜警をしてたら、中庭で泣いてるづほを見つけたんだ。

その時はもう深夜、何事かと思って声掛けてな。


「どうしたんだ?こんな時間に。」


「…何でもないですよ。」


困ったもんだなんて思って、話を聞こうと横に座った。

で、その後俺が発した言葉が……いや、でもありゃしょうがねえよ。


「提督にでも怒られたのか?でも“駆逐艦”がこんな夜中に出歩いちゃいけねえな。

詰所に行こうぜ、話ぐらいならいくらでも聞くよ。」


「………“駆逐艦”?」


「そうそう、こっちも憲兵さんだからな。

“子供の深夜徘徊”は、これ以上はお説教しなきゃいけなくなっちまう。」


「……あなた、この前入った新人さんよね?軍学校出たての。」


「そうだけど?これでも君よりお兄さんだ。」


「〜〜〜〜っ!!!」


免許付きのビンタ、なかなか強烈だったな。

顔に張り付いた免許見て、え?え?え?ってなリアクションになったのはよく覚えてる。


結局泣いてた理由も、その頃付き合ってた奴に振られたからって話でな。

その後ヤケ酒と愚痴に延々付き合わされて、そこから始まった腐れ縁だ。

買い置きだから!ってしこたま発泡酒持ってきた時は、思わず二度見したもんさ。


……振られた理由は、俺の言葉にキレた理由に近かったらしいが。相当気が立ってたらしい。


「ちぇーだ。相変わらずちんちくりんですよー。」


「まぁあの件は制服のせいもあったし。

私服ん時はちゃんとちっこいだけの女に見えてる、安心しとけよ。」


「……そう?」


「そうそう、さっきは気付かなかったもんよ。」


「えへへ…。」


…待ち合わせの時、完全に身長で探してたのは黙っておこう。


「…でもさ、少し痩せたんじゃない?本当に大丈夫なの?」


「あー…実はな…。」




「へ?向こうに元カノがいたって、あの元カノ?」


「あの元カノだ。妹とセットで翔鶴型やってんよ…。」


「あ、あー……それは…。」


察してくれる友は貴重だ…。

づほも大まかな過去は知ってるから、容易に俺がやつれた理由は想像出来たのだろう。


「キツいわね……。」


「早速色々と事件がな…。」


「……ねえ、“その翔鶴”ってどんな見た目の子?

あそこなら演習で何度か当たってるから、知ってるかも。」


ひとえに同型艦と言っても、適合者は世に複数いたりする。

人が違う訳だから、勿論容姿も皆違うんだけどな。

俺の知ってる『翔鶴』は、あいつな訳なんだけども…。


「白髪のロングだな。身長はそこそこある。」


「…………へぇ、あの人かぁ。」


「知ってんのか?」


「挨拶と演習しかした事ないけどね。

憲兵だとその辺見ないだろうけど、結構よそにも顔見知りぐらいは増えるものよ?

あの人同い年なんだ…そうは見えなかったけど。」


「言ってやるなよ…昔から結構気にしてんだから。」


「む。だめだよー?そうやって何だかんだ人の肩持つから付け込まれちゃうんだって。」


「そんなもんか?」


「そんなものよ。君は良くも悪くも人に甘いとこあるから、もうちょっとドライになろうよ。」


「お、何の話だ?とうとう二人も付き合いだしたかー。」


「あははは!ないない!大将ー、こいつとはそんなんじゃないわよー。」


「ははは、言うなー。」


大将はたまにこんな茶々を入れては来るが、実際異性としての意識はお互い無い。

だからこんな気兼ねない関係でいられてるし、何でも話せる間柄な訳だ。


酔えばお互い下ネタもぶちかますし、潰れたづほを何度も介抱したなぁ…。

憲兵って環境でそんな友達が出来たのは、つくづく恵まれたもんだと思う。


「元カノの件もだし、上司もなかなかクレイジーな奴でさ。

何かもう疲れちまってなぁ…ありがとな、時間作ってくれて。これだけでも気楽になれるよ。」


「……帰ってきなよ。」


「へ?」


「半年やれば異動願い出せるでしょ?そしたら帰ってきなって。」


「ま、考え中だよ…異動が決まったとして、そっちにまた着任出来るとは限らねえしな。」


「そっかぁ…でもまた遊びおいでよ。今度はみんなで飲も。」


「そうだな…あ、お土産あるんだよ。」


そんでリュックを開けたんだ。

中には饅頭の箱が入って…




\やぁ/





いや、何も見てない。

何か饅頭頬張ってる小さいのがいた気がするけど、多分疲れてんだろ…。



「どうしたの?」


「あ、ああ、ちょっと電車で揉まれちまってな…今出…。」




\こんばんわー/



……………。



出てきちゃったよ、この子…。



「あれ?この子艦載機妖精じゃない?かわいー。

誰かのが付いてきちゃっ………!?


ねえ、“艦載機の子”って事は…。」


「………ははは。」


妖精をつまみ上げると、何かを背負ってるし、抱えてもいた…あれー?どっかで見覚えがあんな、この背中の四角いの…。

確か前携帯変えた時、スマホ屋の一角に…。



妖精


E.小型ネットワークカメラ

E.ポケットwi-fi



ははは、遠方のペットの監視もばっちりってかこの野郎!

よーし!今ならわおーんって鳴いちゃうぞ!恐怖で!



「うわぁ……ここまでやる?」


「これから話そうと思ってたんだが…やりかねんなぁ、あいつは…。

俺さえ絡まなけりゃ温厚なんだけど…。」


「ねえねえ妖精さん、ちょっとそのカメラこっち向けてくれる?

向けてくれたらいいものあげるよー。この美味しい卵焼き、食べりゅ?」


\たべりゅー/



へ?そんな餌付けして何やる気?


づほはカメラを自分の方に向けさせると、何やらにこっとレンズに向かって微笑んだ。


次の瞬間。





『お見せできない指の立て方をしております』





……お前自分が何やったかわかっとんのかー!?






「な、な、なぁっ!?」


「……っく…あのねぇ、私こう言う陰湿な真似する女…。


大っ嫌いらんらよねーー!!」


あ、一番ダメなパターン来た。


何度かぶち当たった事のある、通称怪獣モードってやつ。

誰が呼んだか、仲間内で『ヅホラ出現』で通ってるそれ。


ん?SMS?誰だこの番号………




『面白いわね、その子。』




今の携帯番号は、あっちじゃ眼鏡ぐらいにしか教えてない。

流石のあいつも無駄なトラブルは嫌なのか、教えないとも約束してくれた。


そんな時、続け様にLINEが入る。今度は眼鏡だ。

それを開くと……



『すまない、あの翔鶴君は流石に止められなかった。』



あの眼鏡がガチ謝罪とな…あいつマジで何した?




「ふふふ、美味しい?」


\おいちー!/


本日の戦犯様は、何事も無かったかのように妖精を可愛がっております。


ああ、鬼電とか無いのが余計怖い…酒の汗より脂汗、体温と心拍数に歯止めなし。

目下未来は暗黒の暗黒、そんな現実の末に…



「よっしゃあ!今夜は飲むぞ!」


「おー!行け行けー!」



俺はとうとう、考えるのをやめた…。





第6話・LAN、卵、乱-その2-





「あはははは!!それでね!それでね!」


現在時刻、深夜24時。づほはとっても元気です。

…指の事とか、多分忘れてる。


2軒目は個室居酒屋で大正解だ、こいつはこうなるといよいよ止まらない。

さっきから会話の端々に要ピー音な単語が並びまくっているが、こりゃ朝は送りかな。慣れたもんではあるけども。


妖精からストーキング道具も取り上げ、今は俺のリュックですうすう眠ってる。

対応は済んだ…目下の問題は、やはりさっきのあの件。


こちとら元カレだ、性質ぐらいは人より知ってる。

妹は短気な方だが…あいつ自身は、キレると笑うタイプの女。


……オーケイ俺、大丈夫だ。

づほは酒が抜ければちゃんと反省できる子だ、この際泥は俺が被りゃいい。

あいつだって艦娘だ、あんまり無茶するなら俺もお仕事しなけりゃならない。


いや、待て。お仕事と言えば、目下の問題は…。


「ごめん、ちょっとトイレ行く。」


「いってらっしゃーい。」


そう言えばあいつ、眼鏡相手に何やらかした?

連絡が来たって事は、傷害沙汰にはなっちゃいねえらしいが…電話してみよう。


「もしもし、お疲れ様です。生きてます?」


『ああ、さっきはすまなかったな…怪我は一切していない、大丈夫だ。』


「何されました?」


『ふふ…少し弱みをな。』


「……脅迫ですか?」


『ふっ…私を誰だと思っている?

ただ、私も女の涙には勝てなかったと言う事さ…。』


「分かりました。“嘘泣き”とか“目薬”って単語、100万回グーグル先生に聞いてください。

お疲れでしょうからゆっくり休んで下さいね、永遠に。」


…………あははぁ…そういやこういう奴だったよ…。


もはやここまで来ると、段々覚悟が決まってきた。

今は飲もう、全ては帰り道で考えよう。


そんな風に思いつつ個室に戻ると、づほがいない。

トイレかな?とか思ってると、肩にずしりと重さが来た。


「ふふふ…君の格納庫は相変わらずかな?」


「ったく、やめろっての。」


「よいではないか、よいではないか〜…うん、この格闘技ならではの締まった胸筋…相変わらず揉みがいがあるわね。」


出たよおっぱいソムリエ。


づほは酔っ払うと男女関係無く揉む。ていうかまさぐる。

大体ターゲットは俺か、もしくは艦娘なら『あの人』か。

「無いからこそ愛でたいのよ!」とか、ちょっと悲しくなる事を言ってたな…。


「久々なんだよー、揉ませてよー。」


「普段何人も揉んでるだろ….。」


「女の子ばっかりじゃ飽きるのよ。たまには男の子も揉みたい…揉みしだきたい…。」


「お前が女で良かったよ。艦娘ならぬ艦息子だったらしょっぴいてたわ。」


じゃれてくるづほをあしらいつつ、そう言えば他の連中どうしてるかなーなんて考えてた。

いつもづほがこうなると、大体寮に着いたら『あの人』にお願いしてたっけ。


『久しぶりね、そちらはどうかしら?』


お、噂をすれば何とやら。

そう言えば皆にLINE回すって言ってたもんな。


『ヅホラが出ました。』


『大変そうね。今夜は朝までかしら?』


『この調子だとそうですね、まあ元々誘ったのは俺なんで。朝そっちに送ります。』


『お願いね。私もそこで一度起きるわ。』


『すいません、ご迷惑をお掛けします。』


久々にあそこに行くなぁ…とは言え、他の皆は寝てるだろうけど。

今度は皆で飲もう、うん。


「ちぇー、少しは反応してよー。つまんないの。」


「お兄さんの気持ちになる。」


「ん?何か言った…?」


「いででで!つねるなっての!」


「へーんだ、どうせあの人相手だったら変な声出したりしてたクセにー。」


「ぶっ!?お前なぁ……。」


「図星かな?図星なのかな?ここがええのんか?んー?」


酒臭えが、それ以上にオーラにおっさん臭を感じる。

普段は女の子らしいんだけどなぁ…それが一緒に飲んでて面白くもあるんだけど。


「ふっふっふ…今度演習でかち合ったら両手で行ってやるわ…。」


「マジでやめろ。」


今度こそ胃が轟沈するわ。

はーあ……でも少しは気楽になれたな、見知った顔のお陰かね。感謝しねえとだ。


それでグダグダと飲み続けて、もう明け方。

店を出る頃には、すっかりグデングデンになったづほが完成していた。


途中までタクシー使うかとも思ったが、中でやらかされても困る。

そんな訳で少し遠いが、づほをおぶって鎮守府まで向かう事にしたんだ。


リュックを前に掛けて、背中にはづほ。

海岸線を歩きつつ、朝まで飲んだ時はよくこんな風に連れて帰ってたなぁ、と思い出していた。

明け方の風は、良い感じに酒を抜いてくれる。うーん、良い朝だ。変わんねえなぁ。


その頃と違うのは、俺のリュックにあいつの妖精がいる事ぐらい。

正門が見えてきたな、着いたら連絡しないと…。



\おはよー/



お、這い出して来たぞ。

ははは、登ってくるなよくすぐってえ。こらこら、そんな耳んとこ来たら落ち…





「ねぇ…テレパシーって、知ってる?」





oh…何でそこだけそんなセクスィーボォオイス……。



「ふふふ…楽しかったかしら?」



頭ん中に亀裂、走る。


まず国道の方に振り返る。

そこには一台の車、ナンバーには思いっきり現職場の土地名。

視線を移動、運転席。おっと隈の深え緑のツインテールだ。顔が死んでる。

さあさあ心拍数は一気に上昇、いやしかし振り向くな俺。俺の真後ろ、歩道の方は見ちゃあいけねえ。

背中にはづほ、顔はカメラでバッチリ公開済み。

幾らづほが煽ったとは言え元は俺の問題、巻き込み事故だけは避けねばならない。

ゴールだ、ゴールを目指すんだ。正門に着けば『あの人』を頼れる、最悪俺が連れ帰られるだけで済む…!


「………ん…あれ?あなた…。」


おっと瑞鳳選手の覚醒だ。

あ、やめて、振り向かないで、肩から手ぇ離さないで。

あ、あ、腕の動きに釣られて俺の視線もおおおおおお!!!!



「帰りなさいよ、ばーか。」



さざめく潮騒…そのリズムに合わせ揺れる白い髪…

朝日に照らされる笑顔には……



「ふふ……本当に面白いわね、あなた。」



目元に暗黒が立ち込めておりました。


ゴール、決まったね……平和の。




「……ちょっと降ろしてもらっていい?」


づほは固まる俺から勝手に降りると、つかつかとあいつへと近付いて行く。

何やる気だ…開幕クロスカウンターとかやめてくれ…。


「ふーん……ほうほう…。」


手が伸びる。え?何?襟掴む気か?

まずいまずい!止めねえと!


「づほ!待て!」


「……………えい。」



『もにゅん。』



「ふーん…85のEってとこかぁ……ふむ、この弾力と張り…恐らくは…。


___あなた、将来垂れるわね♪」



カウンターじゃねー!?おっぱいストレーーートゥ!!!



「ふふ…そう、気を付けるわ。ちなみに歳はおいくつ?」


「あなたと同い年よ。聞くまでもっと上だと思ってたけどね。」


「ふぅん…あなた、ヒヨコに似てるわね。よく言われないかしら?

私“鶏は胸派”なのだけど…ああ、“その歳までヒヨコ”なら、もう“胸肉は育たない”のかしら?ふふふ。」



翔鶴選手、捻りの効いたリバーブロウです。

づほを見ると……表情が、無い。サンマみてえな目になってやがる…!



「……ふふ、言うじゃない。


でも心は顔にも出るものよ?随分大人びて見えるけど、内心不安だからストーキングするのよね?

しかもとっくに切れてる男相手に…そう言うのを情緒不安定って言うのよ。だから嫌われる以上に怖がられちゃう。


あ、そっかー。メンタルが更年期だから、そんな大人びて見えるんだね!おばさん♪」


その瞬間、確かに重力が増した。

だ、大地を揺るがすアルカイックスマイル…!

付き合ってた時すら感じた事ねえプレッシャーが空間を支配しやがった。


「そう…見た目相応に幼いあなたが言うなら間違いないわね。

あなた、男性とお付き合いした事はある?」


「……あ、あるわよ、勿論…。」


「くす…二人で飲みに行くぐらいだから、今は違うと言うことでいいかしら?

そうね、その人は容姿で人を差別しないからいいでしょうけれど、お付き合いした方は大変だったでしょう?


例えば…お相手がロリコンさんと間違えられて、警察のお世話になっちゃったりとか。

それで段々肩身が狭くなったお相手の気持ちも冷めて……みたいな。

やっぱりお子様に恋は難しいかしら?ふふふ。」



もう、モノローグも出てこねぇ…なんだこの地雷原で相撲取るみてえな地獄絵図は…。


しかもよ…今のは……!



「ふふ……ふふふ……。


…その通りよちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


「づほ!やめろっての!!」


「離して!!こいつの脳みそかち割りゅうううううう!!」


その時のづほ、マジでこんなん→(´༎ຶД༎ຶ`)だったな…あいつ、づほのトラウマピンポイントで突きやがった…。

ああもう、どっちが悪いとか言ってる場合じゃねえ!妹も何やってんだよ、姉貴止めろよ!!




「騒がしいわね。」




そんな騒ぎの中、正門脇の通用口が開いた。

そこにいたのは、まさにづほの世話を頼もうとしてた『あの人』。



「…加賀さん!」



正規空母・加賀。

この鎮守府の艦娘の長にして、真の元締めと言われる人。


「馴染みの声がすると思ったら、昔見た顔もいるわね。

……わざわざ隣から御足労ね、どう言う事かしら?五航戦。」


「………あ、あ、その…。」


あいつがたじろぐ…だと?

え、加賀さんって向こうと付き合い無いと思ってたけど、知り合いなのか?


「酔った子もいるようだし、場所を変えましょう………ふん!」


「……!?」


うお…ラリアット一発でのしちまった…。


「この子程度、鎧袖一触よ。

もう一羽いるようね、今度はうるさい方の鶴。」


姉を引きずりつつ、加賀さんはつかつかと車の方へ。

後部座席にあいつを突っ込んで…え、運転席開けた?何だ、すげえ揺れて……止まった。


すると間もなく、ゆっくりと俺たちの前へと車が近付いてくる。

ガーッと窓が開くと……


助手席で泡吹いてる妹がいました。


「駐車場に停めてくるから、瑞鳳を中までお願い。立ち入り許可は出しておくわ。」


「は、はい…。」


行っちまった、なぁ…いけね、づほを離さないとだ。


「おーい、づほー?」


「( `-´ )ムス-」


「こらこら、いつまでもブーたれてもしょうがねえだろ?中入ろうぜ。」


「……おんぶ。」


「へ?」


「怒り疲れたからおんぶしてって言ってるの!そしたら入る!」


「まーだ酔ってんのか…しゃあねえ、乗りな。」


まぁこいつ軽いからいいけどよ…。

おぶってやると少しは機嫌が直ったのか、づほは終始ニコニコと笑っていた。

うちは姉貴一人だけど、妹とかいたらこんな感じ……


「……何か失礼な事考えた?」


「滅相もございません!」


……いや、今その事考えるのはやめよう。死ぬ気がする。


でも加賀さん、あいつらまで中に入れてどうすんだ?

ん?加賀さんからだ。


『中に入れたかしら?弓道場まで来てちょうだい。』


弓道場……とりあえず行くか。

………行かなきゃ良かったと、数分後の俺は心底思うんだけどな。


前夜の酒は序の口。

波乱の休日は、まだまだ続くと思い知る事になるのである。


ああ…夕方まで、タイムスリップしてえ…。





第7話・LAN、卵、乱-その3-





「さて…。」


かつての職場なんて言っても、ほんの一月前までいた所。

迷わず弓道場に着いたんだが……。


「すぅ……すぅ……。」


づほ、遂に力尽きる。


どうしたもんか…いや、あいつらも気絶してるしな。とりあえず寝かせとく感じだろ。

そう思いつつ扉を開けると、目をぐるぐるさせたままの姉妹が寝かされてた。


加賀さんはと言うと……へ?道着?

さっきはジャージにクロックスとかだったのに、何やる気だ?


「来たわね。早速で悪いのだけれど、10分席を外してくれる?」


「はい、いいですけど…。」


で、10分経過。

いいわよと声が掛かり、扉を開けてみると…。


「………道着?」


「ええ、全員着替えさせたわ。」


「こいつらまだ落ちてますけど、何するんですか?」


「………こうするのよ。」


ばっしゃーーん、と、直後に水しぶきが3人を襲った。

加賀さんは躊躇いもなく、30リットルはありそうなバケツの水を奴らにぶちまけたんだ。顔面から。


「ぶーーっ!?」


「ふえっ!?へっ!?」


「え?何!?」


三者三様のリアクションで目を覚ますと、ようやく状況を理解したらしい。

なんかメイクとか色々大惨事になってるけど、もうそんな事気にする余地も無さげだ。


皆、ある一点を見て固まったからな。



「………あなた達。」



ゴゴゴって擬音が目視できそうな威圧感だった。

加賀さん……め、めちゃくちゃ怒ってる…!



「まず翔鶴。朝から人の鎮守府の前で騒ぐとはいい度胸ね。しかもうちの子と喧嘩という形で。」


「え…えーと、そのー…。」


「今日は休日よ。確かにあなた達がどこへ行こうが勝手。

……人に迷惑を掛けないのならば。」


「はい…!」


「瑞鶴。あなたの運転のようだけど、どうして車を降りて喧嘩を止めなかったのかしら?」


「…………からよ。」


「何かしら?よく聞こえないのだけど?」


「……こ、怖かったのよ!免許取りたてで初めて高速乗ったから!

それで着いたらもう、糸切れちゃって…。」


「そう。因みにどちらから言い出したの?」


「わ、私からよ……翔鶴姉の様子見て、つい運転するって言っちゃって…。」


「つまり自滅という事ね。次、瑞鳳。」


「は、はい!」


「たまに羽目を外すのは良いけれど、揉め事は感心しないわね。

どうしてそうなったのかしら?」


「え、ええ、それは……最初翔鶴さんの妖精さんが…。」


づほはそれをきっかけに、事の全てを加賀さんに話した。

話終えるまで、加賀さんは黙ってそれを聞いていたんだが……話が進むにつれ、3人ともどんどん顔色が青くなって行った。


それとは別に、加賀さんにも青いものが。

顔はいつものポーカーフェイスなんだが…組んでる腕にな、徐々に青い方の血管が浮いてきてた。



「…………そう、大体事情は分かったわ。」



すくっと立ち上がると、加賀さんは正座する3人の前に立ちはだかり…。


ごん!ごん!ごん!と三発、こっちの頭も痛くなりそうな音がこだました。



「「「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」」」


「あなた達全員が悪いわね。


まず瑞鳳。

頭に来るのは分かるけれど、積極的に喧嘩を売ったのはいただけないわ。ストーキング道具の電源を落とすだけで充分よ。

ただでさえ__に面倒を見てもらっていたのだから、余計な迷惑を掛けてはダメ。


次に瑞鶴。

不慣れな時期の無理な運転は、事故の元よ。

それにストーキングの時点で止めなかったのかしら?

盗撮を知らなくとも、どう言う経緯で翔鶴が動いたのかは理解出来ると思うのだけれど。

止めようとしなかったのならば、いよいよ正真正銘の七面鳥よ。


次……翔鶴。

妖精の私的利用、ストーキング、おまけに揉める可能性を理解しつつこちらまで来た事……更に__への日頃の行い。五航戦の名にさえ恥じるわね。

あなたのような大人しい子が、__相手には豹変…人とは分からないものだわ。


__の立場も理解してあげるべきね。

憲兵とは言え今日は休暇、ましてや私達艦娘も、艤装なしではただの人。せいぜい少し腕っ節の強い女でしかない。

__のような武術に長けた男性が安易に止めようとしたら、あなた達に怪我をさせる可能性が高い…あまり強硬手段には出られないわ。


……それとも昔付き合っていたのなら、そんな性質を分かっていてやったのかしら?

それ如何によっては、更にあなたの罪は重くなるけれど。

また“餌やり”をさせられたいのかしら?


最後、__。

手は出せなくとも、口ぐらいはもう少し上手く出しなさい。

あなたは少し人が良すぎるきらいがある、それは時には人の為にならないわ。

こちらの安全と取り締まりを預けるのが憲兵、仕事以外でももう少し厳しくいなさい。」


「は、はい…!」


「翔鶴と瑞鳳、まずは各々に謝りなさい。それで手打ちにする事。いい?」



……か、神様がいた。

すげえ人だと思ってたけど、こいつらをこうもまとめ上げられるなんて…。


「加賀さん、あの二人と知り合いなんですか?」


「そうよ。以前、空母合同合宿の教官を務めた時に。

特に五航戦の二人には、“魚に餌をたくさんあげてもらった”もの。」


魚の餌?

その時ふと、軍学校時代の訓練合宿を思い出した。


“コラァそこ!照準がヨレてんだよ!またタンポポさんに栄養あげるまで走らせんぞオウ!!”


あ…魚の餌ってそういう……。

なるほど、あいつらのビビリようも分かる。



「翔鶴さん、ごめんなさい。」


「いえ、私こそ。」


良かった…これで何とか解決…。


「ふふ…瑞鳳さん、プール帰りの子供みたいで可愛らしいわ。」


「あなたも濡れた道着がセクシーね。熟女みたい。」


「ふぅん?」


「何?」



し て ま せ ん で し た ! !



俺たちの戦いはこれからだ!じゃねえんだよ…1R目は手打ちにして2R目で仕切り直しってかコラ。

おい、これ加賀さん本当にキレんぞ…ん?


…何で笑ってんのあんた。


「ふう…ああは言ったけれど、艦娘たるもの血気盛んでなくては務まらないのも事実かしら。


しかし醜悪な戦いはそこまでよ。私達は空母にして弓使い、ならば潔く弓で決着を付けなさい。

そこまで争うならば…“あの方法”を取るわ。」



…………で、何でこうなったんでしょうか。


母さん。俺は今、的の前にいます。

……頭にリンゴを載せて。


「空母式ウィリアム・テル。艦娘発足初期、喧嘩になった弓使いの空母2名が編み出した決闘法。

どうしても気に食わないのなら、こちらで決着をつけてもらうわ。


ルールは簡単。先に吸盤式の矢でリンゴを3回落とした者の勝ち、負けた方は大人しく引き下がる事。

尚、今回は“落とし方そのものは問わない”とする。」


「………加賀さん、ちなみにその空母って…。」


「激しい戦いだったわ。プリンの怨みとは山よりも高く、海よりも深いもの。

いえ、むしろ宇宙の彼方よりも。」


「あんたかい!!」


ん?殺気…?


射場の方を見ると、明らかにそっちだけ空気が張り詰めている。

こ、これが臨戦態勢の艦娘の気迫…!どっちからだ?


「私が先行よ。」


吸盤式の矢…笑顔で構えるあいつ……嗚呼、蘇る青春時代。何度眼前で壁に吸い付くそいつを見ただろうか…。

はははやべえよ……む、武者震いがして来やがった……って思っとかねえと持ちゃしねえ…!


「__五航戦・翔鶴。参ります。」


来る!


………遅い…?


それこそ昔ソフトボールの授業で受けた球よりゆるく、矢はゆっくりとこちらへと飛んで来る。

でも軌道は揺れず、ただまっすぐに……え?急に落ち…



『ぽすん』



「……へ?」


俺の左胸に優しく触れたかと思うと、矢はポロリと足元へ。

拍子抜けして力が抜けた途端、今度は別の物が転がり落ちた。

そうか、頭の力も緩んだから、リンゴが…。


「ふふ…今度は逃がさないわ。私の狙いはあなたの心。

これでまず私が1点ね、瑞鳳ちゃん?」


昔から上手かったけど、これには俺もぽかんとした。

すげえ…矢をスローかつソフトに当てに行くなんて、なかなか出来る芸当じゃねえぞ。


「翔鶴、腕を上げたわね。」


「いえ、それ程でも。まだまだ加賀さん達には及びません。」


「次、瑞鳳。」


づほが射場に立てば、今度はさっきと別の張り詰めた空気が場を支配する。

どう来る気だ……まだ酒残ってなきゃいいが…。


「翔鶴さん、あなたらしい捻りの効いた弓ね…正規空母の余裕ってやつ?

なら私は軽空母らしく、少数精鋭の精神で行かせてもらうわ。


___航空母艦・瑞鳳、推して参ります。」


……あいつが柔軟なら、づほは鋭角!構えまでに無駄がねえ…来る!


このスピード感、覚えがあるぞ?

そうだ…試合で相手の技が来る、何度も見たあの感覚…!


「……うおっ!?」


丁度顔に来た矢を、俺は咄嗟に避けた。

当然避けた弾みでリンゴは頭から落ち、足元にコロコロと転がっていた。


づほの奴、まさか…!


「ふふ、君なら避けるって思ってたよ。人の蹴りや拳のスピードを意識したもん。

翔鶴さん…これが互いの恥すら知る飲み仲間の信頼関係ってやつよ?」


やってくれんなぁ、あいつ…。


「あなたもなかなかやるわね。

瑞鳳ちゃん、せっかくだからもう一つ賭けない?勝った方が……」


「ちょっと待ったぁ!!」


「?」


でかい声がしたかと思えば、どうやら声の主は妹の瑞鶴。

何だ物言いか?いや、あいつも弓持ってるな…いつの間に。


「加賀さん、私も混ぜてもらっていい?

こんな面白そうなの見てたら、燃えて来ちゃう。」


「いいわ、久々にあなたの弓も見たいし。」


おいおい、お前が混ざってもケリ着かねえだろ…ん?何か空気が…。

その時ふと、頭の中で眼鏡の言葉が蘇った。



“中には翔鶴君のその様に魘される艦娘もいてな…まあ、瑞鶴と言うんだが。”



明らかにさっきとベクトルの違う殺気を感じる。

何だろ、なんて言うんだろ。うん、狙うゆえの殺気じゃなく、文字通り殺す気な方。


射場の妹と目が合うと、妹はにっこりと笑った。

読唇術は座学でちょっとかじった事がある…だから何となく、何言ってるかも分かる…。





“う・ら・み・は・ら・さ・で・お・く・べ・き・か・♡”





待て待て待て!!あいつ俺の頭リンゴみてえにパーンする気だ!

多分避けれねえ全速力で来る、逃げた所で出口は射場…となると、外させるしかねえ。


どうする?

そうだ、あいつは何となく『あの有名人』とキャラ被る……となれば!



「おい!妹!」


「…何よ。」


「……左で引けや。」



頼むぜ、乗ってくれ…!そして盛大に外せ!俺の命の為に!


「はっ……乗らないわよそんな挑発!

こっちはあの番組以来、散っ々色んな人から似てるっていじられてるの!耐性なんかとっくに出来てるわよ!


遠慮なく、利き手で行かせてもらうわ…!」


「いいっ!?」


皆考える事は同じかよ!!

どうする!?逃げた所で狙って来るぞ!


「瑞鶴。」


「…何よ加賀さん。いい所なんだから邪魔しないで。」


「左で引きなさい。」


「……………。




……やってやろうじゃないのよこの野郎おおおおおおおお!!!!」


加賀さんあんた女神だ!

利き手じゃなけりゃ力は弱い!当たらねえ可能性はグッと上がる!


「……!?


__!!だめ!!」


ん?あいつなに叫んで…



「妹の弓は両利きよ!!避けて!!」



………はぁ!?



「ふふふ……戦場に於いては、利き手に怪我をする可能性だってある…。

だから私は、日頃弓だけはどっちでも引けるように鍛えてんのよ!!


でも、“少しコントロールが甘くなるかも”ね…空母らしくアウトレンジで行かせてもらうわ!!」


上に射った!?どこだ…?


そうして上を見ると、予想外の刺客が俺を襲った。

太陽…しまった!逆光で何も見えねえ!!


どこから来る…避けるポイントを予測されてるか、それともストレートに来るか。

目を懲らせ……見えた!!この軌道ならこうするしかねえ!!


後ろに下がった俺の眼前を、スレスレのところで矢が落下していく。

視界を通り抜け、後は地面へ…そう安堵したその時だ。


鋭い痛みが、俺を通り抜けて行った。


男には、防ぎようのない弱点がある。

数多のスポーツでも、防具を付ける場所。


所謂、漢のシンボルという奴だ。


袋の方にばかり気を取られがちだが、もう一つパーツがあるだろう?象の鼻的比喩をされるアレ。

アレもダメージを喰らえば、充分に痛い。


確かに矢は避けた…だが、ギリギリだった。

絶妙な角度で向かって来た矢は、象の鼻のみを引っ掻くように掠めたのだ。


よくあの痛みは地鳴りに例えられるが、そちらのみへの衝撃は……まるで雷に打たれたかのようだった。

長ったらしく回顧しちゃみてるが、実際のところは。




「 」




声にならない叫びすら、もはや上がらなかったよね。

そのまま倒れた記憶も無く、俺は意識を手放したのだった…。




「うーん…。」


うう…なんか色々痛え…。

床が固えな…ここは…弓道場か。一体どんぐらい寝てた?


最初に目に入ったのは青空だったが、手を握られている感覚が。

ふと横を見ると…そこにはすうすうと眠る、あいつの姿があった。



「あなたが一番ね。皆疲れて眠ってしまっていたわ。」


「加賀さん…。」


起きて握られていた手を離すと、一瞬あいつは顔をしかめた。

変わんねえなあと、何となくあいつの手の感触にそんな事を思っていた。

周りを見渡すと、気持ち良さそうに寝てるづほに、何だか青い顔して寝てる妹……って、こいつまた気絶してねえか?


「ふふ、瑞鳳も余程嬉しかったのでしょう。あの子があれだけはしゃいでる所は、久々に見たわ。

色々言ったけれど、あの子と遊んでくれてありがとう。」


「そんなんでしたか?変わんねえなぁって思ってましたけど。」


「表向きはね。でもあなたが異動して一番寂しがっていたのはあの子よ。」


「…確かに、しょっちゅうつるんでましたからね。」


「そうね。それにしても意外だったわ、まさかあなたの元相手が翔鶴だったなんて。

大人しい子だとばかり思っていたから、さっき目の当たりにするまでイメージが無かったもの。」


「……本当は普段通り大人しい、ちょっと気弱な奴なんですよ。

故に俺が絡むと、過激な行動に出ちまう。」


「そう…嫌いになったから振った、という訳では無さそうね。」


「…………。


……そうですね、心が折れたって言うのが、当時の正直な所だったのかもしれません。

今となっては、ビビったり苦手意識ばかりではありますけど。」


「異性としての意識は無いと?」


「ですね。戻る気も無いです。」


「…海とは非日常、陸とは日常。それを忘るべからず。

いつも下の子達に教えてる事よ。


帰る場所や守るものがあってこそ、私達は戦える。」


「…………そっちを守るのが、俺達の仕事って奴ですよ。

今の上司はクソ野郎ではありますけど、そこの所は同じですかね。」


「…相変わらず苦労しそうね、あなたは。」


「はは…よく言われます。

久々にお話できて、嬉しかったです。ご迷惑をおかけしました。」


「疲れたでしょう?更衣室にシャワー室もあるから、よかったら浴びて行きなさい。」


「ありがとうございます。少しお借りしますね。」


そうしてシャワー浴びてる間に、皆起きたみたいだ。

入れ違いに皆がシャワー浴びてる間、俺は射場に横になって、ぼーっと空を見上げていた。


色々あるけど、頑張らねえとな。



「お邪魔しました。づほ、またな。」


「うん!今度は皆で飲み行こ!」



挨拶してあそこを後にすると、近くに一台の車が停まっていた。

あれは…ああ、あいつらもさっき出てったばっかか。


「__、乗って行かない?」


「大丈夫。ちょっと散歩して帰りてえんだ。」


「そう?電車だと結構あるけど…。」


「ちゃんと帰るよ。悪いけど、先に行っててくれ。」


「………分かったわ。気を付けてね。」


あいつもそれ以上は食い下がる事なく、車は遠く離れて行った。

妖精も返したし、今は正真正銘一人きり。


駅までの少し遠い道のりの中を、潮風を浴びつつ歩く。

夕暮れか。まだ時間あるな…。

そう思うと柵に腕を乗せて、ぼんやりと海を見ていた。


自分でも何でそうしたのかは、いまいち分からなかったけどな。





「翔鶴姉、よかったの?」


「……いいのよ、今日は。」


「……………そう。」


「…眩しいわね、夕日。」


「…………。


ご飯食べて帰ろ?お腹空いちゃった。」







「ああ、この事か。今印刷するから、このデータに目を通しておいてくれ。」


明けて数日後。

事務作業をしていると、眼鏡に声を掛けられた。

何枚かプリントアウトを待つ間、奴は資料についての説明をしてくれた。


「艦娘の交換異動制があるのは知ってるだろう?」


「ええ、経験を積ませる為、戦力の等しい艦娘を定期的にトレードする制度でしたよね?」


「そうだ。今年はうちと隣でやるらしい。

1ヶ月後に来るんだが、顔とパーソナリティを把握しておかねばならんからな。憲兵隊の方にも資料が来る。

隣という事は、恐らく貴様の知り合いでもあるだろう?この前そちらの者と飲みに行ったと言っていたものな。」


「…………。」


何だろう、この胸騒ぎ。

嬉しいような、嫌な予感もするような…。


「お、出てきたな。この子のようだ。

ほう、駆逐艦かな?随分可愛らしい…。」


その時、机に置きっぱにしてた携帯が震えた。

ちらりとそこを見ると、緑の通知…ま、まさかな…。



『今度そっちに行く事になったから、よろしくぅ!』


「ほう、瑞鳳と言うのか…貴様と同い年だと!?」


「……………はは…はははははは……。」


この一月後、当然のようにまた一悶着が起きるのだが。

その間にも、他の連中による事件は続くのである。

例えば『あいつ』とかな。


ひとえに駆逐って言っても、年齢層は意外と広い。歳的には高校ぐらいとか、中学ぐらいとか。


でも総合的に見れば、結局の所子供な訳で。色々な事に興味を持つ年頃だ。

物事のセンスの有無も、そんな興味の中で学んで行く歳だろう。


そんな学びの年頃により、俺の…いや、俺たちの胃腸は犠牲になるんだ…ストレスじゃなく、物理的にな。


まずてめえが食ってみろ。


『あいつ』に対して言いたい事は、これに尽きるぜ…。





第8話・かみにみすてられたやろうども






ある日の事だった。


本当に何でもない昼下がりだ。

嘘のようにサクサク仕事が進んだ俺達は、詰所で暇を持て余していた。


「………暇ですね。」


「………滅多にないな、こんな事は。」


「警邏でも行きます?」


「さっき回ったばかりだろう?一応規定があるからな。」


「……次、いつでしたっけ?」


「2時間後だ。」


お互い本は部屋で読む派、手元にあるのはスマホのみ。

これじゃ通報でも無い限り、いよいよ給料泥棒になっちまう。


「ん?何か焦げ臭くないすか?」


「ふむ、甘い香りも混じっているな。」


そんな時、何やら独特な香りを感じた。


一応ここのガス周りを見るが、特に何かが燃えてる訳じゃない。

外を覗いてみても煙が上がってる様子も無く、騒ぐ声も無し。

そうして一体何だと思っている間に、次々と匂いが増えていく。


「甘くて焦げ臭くて、ジューシーかつ刺激的な匂いもしますね…。」


「柑橘系と磯の香りもするな。」


いや、まだるっこしいのはもういい。シンプルに言おう。



くせえ。



色々混じってるが、全体的に甘さと炎を纏ってるフレーバー。

段々それが濃くなってくる。


その正体は…匂いがピークに達した時に判明した。



『どごおおおおおおおおん!!!!』



「爆発!?」


「い、いや、何処からも煙は上がっていないな…工廠で弾の実験でもしているんじゃないか?」


「いやいや何言ってんすか!実験やるって報告無いでしょ!!行きますよ!!」


この時は慌てていて気にしてなかったが、眼鏡が少し汗かいてたのを突っ込んでおくべきだった。

……爆発音の正体、多分知ってたと思うんだよなぁ。



外へ出たものの、未だ出動要請は無し。しかし俺達は憲兵、トラブルを放置する訳にも行かない。

煙は一向に見当たらず、相変わらず騒ぎになってる様子も無い。

仕方なく匂いの元を探してみる事としたが、もはや何処からか分からない。


「一度戻ろう。工廠の報告ミスかもしれない。」


そう眼鏡に促され、渋々戻る事にしたんだが…あれ?むしろ戻る程匂いが強くなってるよーな…?


そう疑問を持ちつつ詰所に戻ると、中で誰かが座っている。

ん?あの子って、駆逐艦の…。



「何処に行っていた?差し入れを持って来たんだ。」



ああ、確か磯風って言ったな。

挨拶以来、特に接触も無かった子だ。


ん?差し入れ?その言葉にふと、後ろにいる眼鏡を見ると…。



「い、い、い、磯風じゃじゃじゃないか…。」



……眼鏡がめっちゃ焦ってる…。


一瞬そっちに気を取られたが、すぐに磯風の方に意識が向いた。

いや、強制的に向けさせられた。



くせえ。



さっきから感じる異臭の原因は、磯風が片手に持ってる箱。

そのよくある100均のケーキ箱は、ずもももも…と擬音が見えそうな紫色の臭気を放っていた。


「いつも頑張っているからな!甘いものを食べて欲しいと思ったんだ。」


「そ、そうか…ありがたくいただこう…。」


笑顔が引きつってる眼鏡とか、初めて見たぞ…。


ん?そう言えばこの子って、誰かに似てるな…。

このドヤ顔にツリ目、赤い瞳…それにこの堅めな口調…あれ?何かいつもぶっ飛ばしたくなる奴にそっく…



「気にするな、私とあなたの仲じゃないか。」


「ああ、出来た従姉妹を持って幸せ者だよ…。」



従 姉 妹 ?



…え!?従姉妹ぉ!?




「…同じ場所に着任したのは偶然だが、磯風は叔母の娘でな。

たまにこうして差し入れをくれるんだ。


せっかくだ…貴 様 も 一 緒 に 食 べ な い か ? 」



(逃げるな喰え)って心の声が、ミシミシと掴まれた肩からよーく伝わって来た。


いや、絶対やべえだろこの匂い…。

恐る恐る箱を開けると、一層匂いが目に沁みる…が、中にあるのは普通のマカロンだった。見た目だけは。


「今回は自信作だ。心して食え。」


「ありがとう、いただくよ。」


一口で行った!?

今まで見た事ねえ菩薩のような笑顔でマカロンを頬張ると、眼鏡は数回の咀嚼の後、えづく様子も無くそれを飲み込んだ。


え…?意外と食えるのか…?


「どうだ!?」


「ああ、とても美味しいよ…五臓六腑に染み渡るようだ。」


この時眼鏡の瞳から、ポタポタと雫がこぼれ落ちた。

いや、瞳に限った話じゃない。顔面の穴という穴から次々と液体がこぼれ落ちていく。


それはもう赤黒い、出たらまずい色の血がな。



「貴様モどうダ?とテもうマイぞ?」



……いや、んな昔のホラゲみてえなツラで言われても説得力ねえから。

顔から羽根とかフジツボとか生えて来そうだよ今のあんた。


「そこの新人さんもどうだ?是非食べてみてくれ。」


おっとロック・オン。


あまりの事態に逆に冷静になっちまってたが、よーく考えなくても危険じゃねえか…メシマズってレベルじゃねえ…!

いや…しかし今は善意、心遣いな訳だ。

はははそうだ、なんか副作用あるだけで本当に食える代物かもしれねえだろ?邪険には出来ねえ。

ええいままよ!男なら黙って食う!


「ありがとう、いただくよ。」


………まずははじっこだけ一口ね。



『かり……。』



……。


………。


…………。


……………塩酸って、固形物だっけ?




「どうだ!?美味いだろう!?」


「…………。」


俺、まだ20代前半だけどよ……大人には、時に心を鬼にしなくてはならない瞬間がある。

自分より年若い者に、間違いを教えなくてはならない瞬間がある。


想像してみよう。

こいつが将来彼氏を作ったり、もしくは結婚したりしたとする。

キノコが採れた!とか言ってうっかり死の天使召喚したり、毒草のおひたし出しちゃったりな可能性もある訳だ。

そんな悲劇は食い止めなくてはならない。


故に俺のやるべき事は、一つしかない。


「……磯風。」


「どう……むがっ!?」


「……!?待て!!」


眼鏡よ、止めてくれるな。


片手で頬をむにっとやって、開いた口にマカロンを放り込む。ただそれだけだ。

食えば分かる、それ以上の教育など何も無い。


決してさっき一瞬意識が無かったとか、未だに喉の奥で血の味がするとか。

あるいは死にかけた事に俺がブチ切れてるとか、そんな事は無いからな。無いったら無い。


ごくりと音がし、しばしの静寂。

その間一体何秒か。やがて磯風は、さっき同様のドヤ顔に戻って口を開いた。



「ふふ、なるほどな……。



………○*マ€#ョ♪%〆ぎゃ÷^\-:ソ々〒ロ=☆っ!!!ニ_??ん?」



その言葉を遺し、磯風は泡吹いて倒れた。

ああ、終わったな……二つの意味で。



「………貴様、自分が何をしたのか分かっているのか?」


「憲兵長…俺は憲兵としての使命を果たしたまでです。

ここの平和のため、体を張った…それだけですよ。


……よく見てください憲兵長、これが指導です。」


「………憤!!」



俺の顔面がディストラクション。

掌底を打ち込む瞬間の眼鏡は、範○の血が流れてそうな顔をしていた。




あれから数時間を経て、警邏に出ている。

眼鏡は磯風を寮に運び、俺一人で回っている最中だ。


可愛い従姉妹を傷付けたくないのは分からなくもねえけど、やっぱ甘やかしちゃダメだ。

何かが起きてからでは遅い……本当に、遅すぎるぐらいだ。

いや、もう起こっているのかもしれない。


え?今どこにいるかって?



………トイレだよ。




へへへ…やられたぜ畜生。

わずかひとかけのマカロンで、俺の腹はバイオテロを起こしていた。


仕事どころじゃねえ、出れねぇんだよ…!さっきから15分ぐらい籠ってんだけど。

あ、あのガキ…つくづくとんでもねえもんこさえやがって……アレか?あの一族はどっかしらネジが外れてんのか?


ふー…やっと波が引いたか……ケツ痛えけど、拭かなきゃ出れねえ…。


…………。



………紙が、無い。



指先に掴めたのは、一反木綿の如くひらひらと揺れる切れっ端。

シングルロールのこいつは、どう見ても足りねえ。

どうする?いや、こうなった時は文字通り身を切る覚悟を決めるしかない。


芯で拭く。


痛えだろうなぁ…切れたりすんのかなぁ……ええいままよ!いざオープンセサミ!

ははは最近のトイレットペーパーってすげえよな!最後まで紙ぎっしりだもん!


……って芯なしぺーーパーーー!!!


今ポケットティッシュは無い…だからこんなテンションになってる訳で。

あるのは憲兵道具以外は、財布とスマホ。


仕方ねえ。弱み握られるが、ここは眼鏡を頼るか。


『もしもし?』


「すいません、トイレの紙が無くて…。」


『ふっ…腹を壊したのか?あの子の料理を邪険にした罰だ。』


「…いや、アレに関しては俺謝んないっすよ。

むしろ従兄弟のあんたが教育するべきでしょう。どう考えても原因アレです。」


『貴様も学生時代、陸軍式のキャンプは経験しただろう?

蛇やヤモリを焼き、虫を食い…おおよそ現代人とは思えぬ食事をしたはずだ。それしきで腹を下すとは情けない。』


「ゾンビになってた人に言われたくないです。不味いもんと、体調崩すもんは別ですからね。

て言うかあんたどこいるんすか今?」


『……いつの時代も、流行歌と言うのはあるものだな。』


「………は?」


『………私は今、懐かしの“トイレの神様”だ。』



お 前 も か 。



無言で携帯を切り、俺は途方に暮れた。


状況整理。

まず整備や事務方は頼れない。まだ付き合いねえし、各部署にトイレ完備。偶然助けが来る事も無い。

提督も同じくだ…執務室近くにトイレあり、俺らとの連絡は詰所の電話が主。個人的な連絡先は知らない。


で、このトイレは、前元カノに追っかけられた時に使った場所…廊下の突き当たりだ。

艦娘はちょちょく隣の女子トイレを使うようだが、男衆はあまり使わない…俺だって、腹痛で駆け込んで久々に使った場所。


つまり、助け舟は期待出来ない。よって『やる』しか無い。


みっともねえ半ケツを晒し、洗面台上の棚から紙を出す。他の選択肢は滅んだ。

幸いここの入り口は扉がある、注意を払えば見られる事は無い…よし、これで行こう。


いざ行かん!この監禁からの脱出へ!



『がちゃ…ばたばたばた……がちゃん』



誰か隣に来た…!紙はねえけど、神の救いはやってきたぞ!


『じゃばああああああ……』


…いや、待て。

初っ端から派手に水流してる…て事は、今隣にいるのは音を気にする層の人間。


1年目の頃に学習したが、女所帯ゆえ女子高的なノリも強い…女子トイレが満員で、難を逃れにこっちに逃げ込んだ艦娘の可能性が高い。

誰だ…?この際背に腹は変えられねえ、ノックだ!



「………誰かいないか?」



そう拳を握った瞬間、先に弱々しいノックと声が隣から響いた。


……この声、さっき聞いたな。

ああ、そうだ…これはまさに俺の腹痛の元凶…!



「……磯風、てめえか。」


「その声はさっきの新人だな。

ふふ……紙が、無いんだ…助けてくれ…。」


「……お前もか。」


「まさか…あなたもか。」


「ああ…紙は尽き、神は死んだ。」


壁一枚隔て、しかし共に堕ちるは蟻地獄。


地獄への道は善意で舗装されている…まさにその通り。

眼鏡への善意で文字通りの飯テロリズムをぶちかましたこいつもまた、己の身すら地獄に叩き落としたのだ。


…食わせたの、俺だけど。


「そうだ、兄ぃに紙を持ってきてもらおう!」


「兄ぃって憲兵長の事か?あいつならトイレの神様になったぞ。お前のアレで。

こっちは頼れる筋は全滅、もう万事休すだ。

磯風…逆に誰かに連絡を取れないか?お前なら姉妹艦を頼れるだろ?」


「ふっ…この磯風を誰だと思っている?スマホなど、部屋で絶賛充電中だ……!」


「……GUSOHを漏洩させて大惨事を引き起こした挙げ句、自沈もするとはマヌケだな。“いそかぜ”だけに。」


「ふふふ、言うじゃないか“チン兵”さん?

今更下半身以上に晒す恥など無いだろう?大人しくこの磯風の為に紙を取りに行くんだ…。」


「言ったなてめえ。そもそも何で女子トイレが埋まってるんだ?お前、何人かに食わせただろ?」


「ああ、見た目はよく出来たから、皆褒めてくれたよ…お裾分けして、そのまま詰所に向かったんだ。

浜風、浦風、谷風…良い仲間を持った…。」


「きっと今隣で唸ってるのはそいつらだぞ。

近くで見てて鼻がバカになってたんだろ、アレ臭かったし。」


「な…臭いだと!?私は臭い物を兄ぃに喰わせてしまったと言うのか!?」


「確かに将来臭い飯喰わされそうな奴だけどな。

あいつの事を思うんなら、せめて人間に食えるもん作ってやれよ。冗談抜きにその内死ぬぞ。

折角作ってくれたもんを無下にしたくなくて、今まで無理して食ってたんじゃないか?

女に甘いバカだけど、従姉妹なら尚更だろ。」


「……そうか。私は…何と言う事を……うっ!?」



何度となく水洗音が、隣から響いた。

ああ、まるっと一個喰わせたもんな…そいつがやっと落ち着いた頃、弱々しい声が聞こえてくる。



「……兄ぃはな、小さい頃から何度も遊んでくれたんだ。艦娘になった今だって面倒を見てくれて…。

少しでもそんな兄ぃを労いたくて、今まで何度も作って……サンマだって、やっと少し焦がす程度に収められるようになったのに…。


ああ、この腹の痛みが罰なのだな…ふふ、きっと私は夜までここから出られず、クソ風とか言われてしまうんだ……。」



……………。


……ちっとばかし、言い過ぎたかな。



「…ま、確かにお前の言った通りだな。今更晒す恥なんてありゃしねえ。

これで貸し一つな、俺が取りに行ってやる。」


「新人…ありがとう…!」


「これに懲りたら、今度は美味いもんあいつに作ってやれよ。」


はぁ…大の男が半ケツによちよち歩きかよ…しゃあねえなぁ。

でも可愛げのねえクソガキだと思ってたが、人思いなとこもあんじゃねえか。だったら一肌脱いでやる。


ずり落ちたズボンのまま移動する様はマヌケ以外の何者でもねえが、俺の気持ちは晴れやかだった。

最初からこうしときゃ良かったんだ、さーて、棚を開ければ……。



「…………磯風。」


「どうした……?」


「天は俺達を見捨てた。」



棚の中は、何度瞬きをしてもがらんどうだった。

棚に紙など無い。そしてこの世に神など無い…!!


この男子トイレに個室は2つ、どっちも俺達が使っていた。

水道んとこもペーパータオルじゃなくエアータオル、もう一体どうしろってんだ。


うなだれたまま、すごすごと個室へと戻る。

磯風も察したのだろう、もはや何も言わない。

沈黙が重い、人は真の絶望を前にはもはや言葉も出ないのか。


ここのトイレ掃除、確か艦娘の当番制だったな…サボった奴、絶対シメる。


「ふっ……なぁ新人、もう仲良くクソ艦娘とクソ憲兵になるしかなさそうだな…。」


「クソを連呼するな。前んとこの問題児を思い出す…ん?」


…着信?ああ、メルマガね。眼鏡かと期待したんだが……。



………待て、一つだけ手はある。



「磯風…翔鶴と俺の関係は知ってるか?」


「知っているぞ。あなたは翔鶴さんの元カレだろう?

皆ロマンチックだとか騒いでいたが…あなたはどうやら、彼女の事は苦手なようだな。」


「ああ、まぁ色々あって別れたからな…。」


「……まさか!?」


「……そのまさかだよ!」



あいつなら、艦載機を使って俺達に紙を届ける事も出来る。


やべえ、ドキドキすんなぁ…でもやるしかねえ。

俺とこのクソガキの名誉の為、何より最後に犠牲になるのは年長の務めだ。


ふー……行くぜ、発信!!



『もしもし?』


「頼みがある…。」


『ふふ…言ってみて?』


「ああ、実はな……。」


『そう…磯風ちゃんも災難ね。いいわ、届けてあげる。


今度一日、デートしてくれたらね♪』



…………一日かぁ。


もう、迷ってる場合じゃねえな。



「わかった。どっかの休みで一日くれてやる。だから俺達を助けてくれ。」


『了解♪ちょっと待っててね。』


「ありがとう…。」


『ふふ、どういたしまして。』



5分もしない内に、窓からエンジン音が聞こえてきた。

上の方から放り込まれたのは、まさに蜘蛛の糸の如き白さを放つトイレットペーパー。

本来なら真っ先に自分のケツを拭いて渡す所だが…。


俺はまず、そいつを隣の個室に放り込んだ。


「先に使いな。そんで何事も無かったかのように出てけ。いいな?」


「……良いのか?」


「俺も憲兵としての立場がある。変にタイミング被って、訳わかんねえ誤解になるのは勘弁だからな。後から出てくよ。」


「……ありがとう…本当に、ありがとう…!」


「これに懲りたら、まともなもん作れるように頑張れよ。

甘いもんは嫌いじゃねえ、今度は美味えの期待してるぜ?」


「……ああ、この磯風に任せておけ!」


磯風は自分の方を済ませると、俺の個室に紙を放り込み、またありがとうと言って去って行った。


「ふー……。」


さっきはああ言ったが、実際の所後から出ると決めたのは、あの約束のせいだった。


デートか……この土地に来て間もない今じゃ、あいつ主導になる流れだよな…何が起こるんだろ。

今になって、ものすっっっごく不安になって来てたんだ…。


ああ、考えてもらちが明かねえ…まずは出るか…。

今は紙があると言う事に感謝し、この地獄から脱しゅ……



「痛ぅううううううううっ!!??」



隙間から入る、夕暮れのオレンジに染まる個室の中。


俺のケツは、切れていた。







実は前のとこで揉めた件以来、あいつは大人しくしていた。


過激だったストーキングの度合いも、暇な時にこっちを覗いてくるぐらいに。

特に話しかけてもこないし、もちろん俺からは声掛けたりもせずだ。


このままただの艦娘と憲兵の関係に…と思ったが、結局それは数日も持たなかった。

磯風がマカロンと言う名のGUSOHをおみまいしてくれた件で、助けてもらう代わりにデートの約束をしちまったからだ。

あの時トイレに紙があればな…と、今でも思う。


だが、約束は約束だ。

大人しく休みの日程をあいつに献上し、日取りも決まった。


自分から振った元カノとデート…響きだけでも気まずさ満載。

さて、一体何が起きるやら……。



何も起こらない訳、無かったけどな。





第9話・布団の精





駅前広場にて、ぼんやりと立つ午前。遂にこの日が来ちまったか。


一緒に鎮守府から出てくのは、さすがに全力で断った。

眼鏡を始めとした冷やかし組が、こっそり覗いて来るのは分かりきってたからな。

何なら今だって、尾行班がいねえか確認しながら来たぐらいだ。


よって今回は待ち合わせ。

少しでも一緒にいる時間を削る腹積もりでいたが、待ち合わせにしようと言った時、あいつは何でか妙に嬉しそうだった。


リュックの中も徹底的に探った、妖精も隠れてない。

まぁ、今回は街をぶらつくだけだ。ついでに買い物したかったし、そっちに集中してれば1日も終わるだろう。


さて…ぼちぼち来るかな。



「お待たせ。」


「…おう、おはよう。」


めかし込んで来たあいつにそう挨拶すると、何とも説明し難い気持ちになった。

高校ん時を思い出すな…当時と違うのは、俺のテンションはさっきの通りって事。


そもそもデート自体、こいつと別れてからはした事ねえしな。

あの時はいずれ違う人となんて思ってたが…まさか成人した今、知らない街でまたこいつとなんて思わなかった。


「まずはどこに行こうかしら?」


「店覚えがてら回りたいんだよ、服屋とか分かる?」


「そうね、それならこっち。行きましょう。」


ごくごく自然に手を掴まれ、繁華街の方へと引っ張られていた。

表向きは微笑みぐらいなもんだが、随分と機嫌が良いのが理解出来るのは、昔取った杵柄って奴か。


「へー、結構栄えてるもんだな。」


「そうよ、大体の買い物はこの辺りで済むの。下見は出来なかったって言ってたものね。」


「前んとこ終わってからも、本部研修や引越しで忙しかったからな。

あそこもここに近いけど、結局あっちの方で大体済んでたし。」


………だからこいつがいるの、知らなかったんだけどな。


何度か異動してりゃ多少顔も効くが、去年は新人だったわけで。

担当の鎮守府以外、特に交流も無かった身だ。


あっちの問題児なんてたかが知れてたんだけどなぁ…こいつ抜きでも、なかなか今の所は骨が折れるぜ…。

ああ、思い出すとケツが痛え…診てもらったら軽傷だったけど、まだちょっと気になるんだよなぁ。


あ、そうだ。せっかく街に出てるし探してみるか。


「…悪いけど、後で寝具見てもいい?」


「枕が合わないの?」


「いや、こないだの磯風の件で、ちょっとケツがな…。」


「それなら買わなくても大丈夫よ、鎮守府に良いものがあるの。」


「どんなの?」


「うん。前に戦闘である艤装核を回収して、その核で艤装を組んだら…。」


「……待て、それ見た事あるかも。」


「駆逐や海防の子達が、よくあれで遊んでるわね。浮き輪さんって皆呼んでるけど。」


「アレに座れってか!?」


アレ、確か元々深海のだろ…何故か艤装と一緒に出来たって言う。

カンチョーとかされそうなんだけどよ…実は生きてたりしねぇだろうな。


「ふふ…冗談よ。あ、これあなたに似合いそうじゃない?」


「お前なぁ…。」


意外と茶目っ気があるというか、たまに人をおちょくってみたりするのは相変わらず。

久々だな、この読めない感じ。


ふむ…これはなかなか…。


「いいなこれ、買うか。」


「気に入ったの?」


「ああ、そろそろ暑くなるだろうしな。」


「ふふ…よく似合うと思うわ。」


何て事ない、新作のTシャツ1枚。

でもあいつは、俺がそれを買うと妙に嬉しそうだった。


……調子狂うな、何か。



集合は11時だったから、一旦買い物をストップしてメシを食う事になった。


まだ土地勘のない俺は、勧められるままにとある店へ。

そこはこいつのお気に入りのカフェで、今は丁度ランチをやってる時間帯のようだ。


「良いところでしょう?」


「そうだな…こっち来るまでは飲み屋ばっかりだったし、新鮮だ。」


「……あの子と?」


「づほとサシが一番多いけど、6〜7人で飲む事も多かったよ。

たまーにづほが暴走して、俺と加賀さんで止めたりな。」


「…本当に仲が良いのね。」


「あっちで一番仲良かったな。

今度異動してくるけど、前みたいに喧嘩すんなよ?あいつも酒乱の気はあるけどよ…。」


「大丈夫よ。あ、お姉さん元気?」


「……相変わらずだよ。盆と正月に会ったけど、あのバカ本当変わんねえ。

私生活の仲はともかく、仕事じゃ絶対関わりたくねえ。身内捕まえたくねえもん。」


「ふふ、こっちはお姉さんの所からは遠いからね。そうそう演習で来たりはしないでしょう。」


「だといいけどな。」



…変わんねえのは、姉貴だけじゃねえけどな。


こうしてメシ食いつつ話してると、付き合ってた頃みてえだなとデジャヴを覚える。

いや、でも変わったか…あの時は小遣いやりくりして安いファミレスだったが、今はそこそこするカフェ。

俺らも大人になったんだなぁと、妙に月日を感じた。


それでも会話の雰囲気だけは変わらない。

そんな矛盾が、妙にくっきりしたものに思える。


……再会してからゴタゴタばっかりだったけど、ちゃんと話したのは久しぶりだな。



カフェを出て次に向かったのは、街中のファッションビル。

見たいものがあるからってついて来たものの…おや、何やら俺には縁の無いものばかりな気が…。


「ごめん、ちょっと待っててもらっていい?下着見たいの。」


「ああ、じゃあロビーのベンチにいるよ。」


付き添いとは言え、俺も流石にそこは入りたくない。

ひとまずゲームで時間潰す事にして、没頭し始めた時だった。



『にゅっ…』


「冷たっ!?」



首に冷たいものが触れ、思わず声が出た。

あいつかぁ?たまーにこんなイタズラしてたけどよ…。





「ふふー、こんな所で何してるの?」


「………づほ。」




………お前にだけは、この台詞は言いたくなかった。

今は会いたくなかったぜ、親友よ。




「へへへへへへ……あ、ああああなたこそ何をしてらっしゃるんでしょうか…?」


「下見ついでに買い物よ。もうすぐ異動だし、色々見とこうと思ってね。

でもここ下着売り場だよ?こんな所で…あ、もしかしてそっちに目覚め…。」


「んな訳ねぇだろ!人待ってんだって!」


「……誰?」


「……翔鶴だよ。色々あってな、今日は一日付き合わなきゃいけねえんだ。」


「へー……何?脅された?」


ゴゴゴゴゴ…ってな擬音が聞こえて来そうなど迫力。

あ、ダメだこりゃ。あの時ゃ酒入ってたけどよ…づほ、シラフでもめちゃくちゃあいつの事嫌いだぁ…。


「貸しを作ったんだよ…それを返すだけの話だ。」


「そっか……じゃ、行こっか?」


「うん、俺の話聞いてた?」


いつの間にやら首に当たるのはペットボトルから、俺の襟をがっつり掴む拳に変わっていた。

やべぇ…今鉢合わせたら大惨事だ。てか、何でこんなにあいつを目の敵にすんのこの子は!



「………スポーツブラなら、下の階よ?」



嫌に立体音響な靴の音。そんで冷たい声色。


あ、あれ…寝違えたかなぁ…首が全然回んねえや……。

あはははは…あは、あははは、あは…。


「はい、あなたはこっち向いて♪」


「…あばっ!?」


……実際は関節通りだけどよ、心の首はメキャっと折れたよ。

ああ……目元に…目元に影がかかってらっしゃるスマイルゥ……!


「…ババシャツでもお探しですか?ここは少し年齢層が合わないと思いますけど。久しぶりね、翔鶴さん。」


「ええ、お久しぶりね。

ところで何をしているのかしら?苦しそうだから離してあげて。」


「後で離してあげるわ。ついでにあなたからもね。」


「づ、づほ…マジで締まって…る…。」


「あ!ごめん!」


パッと襟こそ離してもらったが、一向に息が吸えた気がしねえ。

酸素が薄い、空気が重い、ここは精神と時のベンチか!?


はぁ…でもここはこないだと違って鎮守府じゃねえ、普通の商業施設だ。

軍関係者が揉めようもんならもっと面倒になる、こうなりゃ意地でも止めるっきゃねえ。


「まぁまぁお前ら、ここは一般施設だ…穏便に行こうぜ…。」


「そうね…『穏便に』帰ってもらわないといけないわね。」


「そうそう、『穏便に』あなたに離れてもらわないとね。」


……加賀さんの教えを思い出せ、俺。手を出せなけりゃ、口を上手く出せだ。

今考えるべきは、どっちから止めるべきか…。


ここはまず、こいつだ!



「……俺、喧嘩っ早い女は苦手だなぁ。」


「「え"」」



…なんで二人とも反応すんだ?



「そ、そうね、確かにここじゃまずいわ。」


「うん、危ない危ない。怒られちゃうよ。」


元カノに言ったんだが、何でかづほも引き下がってくれたらしい。

……ふー、まぁ落ち着いて良かった。危ねえとこだった…。


二人とも、以降はにこやかに談笑してくれてる。

やれやれ、もう少ししたら仲間になるんだ、仲良くしてくれなきゃ仕事増える一方だぜ…。



“何やってくれてんのよ?弱みでも握ったぁ?”


“助け舟を出しただけよ。あなた器用ね、彼から見えない方だけそんな怖い顔して。”


“あんたに言われたくないわ。女狐が隠せてないわよ?その薄目。”


“先約よヒヨコさん。悪いけど私が先なの。”


“…『元カノ』のクセに。”


“『今カノ』ですらないあなたに言われたくないわね。”


“……私が異動したら覚えてなさいよ。”


“せいぜい涙用のティッシュを用意しておく事ね。”


「「じゃあ、またね。」」


づほと別れ、そこからしばらくは街を回っていた。


それでこの後、事件が起きたんだ。



そうは言ってもここは片田舎、メインストリートから離れると人通りは少ない。

15〜16時ぐらいの半端な時間になると、町外れはなかなか目立ちにくいもの。


小川を見に行こうとあいつに誘われ歩いていたが、やはり人通りはまばらだった。


“ん?づほだ。”


そんな時、そこそこ先にづほが歩いているのに気付く。

声でも掛けようかと思った矢先、ゆっくりとワンボックスがあいつの横を通って。



目にも留まらぬ速さで、づほが車の中に引きずり込まれた。





「誘拐だ!!」


「えっ!?あれ瑞鳳ちゃんよね!?」


「憲兵長と警察に連絡してくれ!俺は追う!」


「わかったわ!気を付けて!!」


ナンバーは見えた…まだスピードは出きってねえ…!

フルスモのが露骨にぶっ飛ばしゃ、怪しいですって言ってるようなもんだ。


…クソっ!でも生身じゃキツいぜ!離されてく!


『プーーッ!!!』


あぁ!?今それどこじゃねんだよ!!


「お困りのようだな!乗れ!」


「憲兵長!?」



「たまたま近くにいてな、翔鶴くんから連絡を受けたんだ。

よし、ナンバー撮影済み。これで拡散出来る。」


「サイレン鳴らさないんすか!?ランプ積んでるでしょう!!早くしないと…」


「まぁ待て。誘拐直後の場合、脊髄反射で動くのは避けるべきだ。

大抵はアジトか停車地がある。仮に強姦や身代金目的として、動くのはそこからだ。

ワンボックスと言う事は、最低4人はいると見ていい。今刺激するのは危険だ、殺害される可能性がある。

ましてや追突などすれば、人質も無事では済まない。」


「……大通りに出たら、逃げられますよ。」


「翔鶴君の方で、瑞鶴に艦載機を飛ばすよう連絡してもらった。

全速力なら通常の飛行機並には速い、すぐ来るだろう。」


『こちら瑞鶴。憲兵長、応答願います。』


「こちら憲兵長。瑞鶴、発艦したか?」


『はい。ナンバーは?』


「××502 、_の○○-○○。車種は白のワンボックス。」


『了解です。妖精達に伝えます。』


「頼む。

……気が気でないのは分かるが、心は熱く、頭は冷静にだ。まず然るべき対処は全て行え。」


「……はい。」


「大通りに出たか…おっと、つい手が触れてしまうな。」


「…それ、サイレンのスイッチですよね。あんたの本音は?」


「………今すぐ鳴らして突っ込んで、連中の関節全てを外してやりたい所だな。」


「……あんた、バカだけどやっぱ憲兵ですね。バカだけど。」


「ふっ…その暑苦しい正義感に免じて、今の暴言は不問にしてやろう。」


付かず離れずを繰り返す内に、相手の車は大通りに紛れ、やがて見えなくなった。

これで頼れるのは艦載機が投下した、発信機付きマグネット。

車の天井に貼り付いたそいつだけが、俺達にづほの居場所を教えてくれる。


づほ、待ってろよ…絶対助けてやるからな。



「止まったな…。」


「はい。」


発信機が示したのは、とある廃倉庫だった。


少し離れた所に車を停め、俺達はゆっくりと倉庫へと近付く。

あの車だ…あれは!?


“待て。眠らされているな……ほう、随分辺りを見渡すじゃないか。よし、撮影完了。”


“まだですか!?”


“そう急くな。警察に提出する証拠だ。

見張りは立てないか…扉が閉まった瞬間だ、そこで犯人は油断する。”



最後の犯人が鉄扉を閉めた。


俺達は裏の事務所に近付くと、まずガラスを割った。

そこそこでかい倉庫だ、どうやら気付かれちゃいねえ。この廊下を抜ければ倉庫だ。


“よし、いるな……さて、今から突っ込む訳だが、確認事項がある。

通常我々憲兵隊には、犯罪者と言えど一般人を捜査・逮捕する権限は無い。分かるな?”


“ええ、昔とっ捕まりそうになりましたからね。”