2017-01-28 06:58:10 更新

概要

艦隊これくしょん 悠々の戦役第二幕の続きです。
オリジナル設定、キャラ崩壊があります。
また、各艦娘の設定が原作とは異なる場合があるので、閲覧するときは注意してください。
2017.1.11サブタイトルを追加しました。


前書き

悠久の戦役第二幕の続きとなります。



第三十二章




  ヴェールヌイの帰投から数時間。

  鎮守府内、元自衛隊員用第一駐車場。


 鎮守府内において、艦娘の登場以前―即ちここがまだ海上自衛隊の基地であった頃に設けられた施設の一つである。


 普通乗用車100台以上が駐車できる広大な敷地面積を誇るこの駐車場は、元々軍港内で働く士官や兵隊たちの自家用車の為に整地されたものだったのだが、深海棲艦の来襲に伴いその役目を廃され、今は艦娘達の運動場として利用されていた。

 現在、その駐車場―改め運動場には宿舎を失った艦娘たちの簡易テントが建てられ、みなそれぞれ生き残った姉妹艦とともに思い思いに夜を過ごしていた。


 その簡易テントの一角、駆逐艦たちで固められたテント群の一棟に、三日月は姉の皐月とともに眠れぬ夜を過ごしていた。

 簡易テントの室内は三畳のほどの広さがあり、底冷え防止として床に敷き詰めた毛布からは、じんわりとアスファルト特有の固い質感が尻部越しに漂ってくる。

 簡易テントの中央には、折り畳み式の小さな簡易テーブルが無造作に置かれ、その上には姉達の形見(バッジ)が入った救急箱と非常用の蝋燭がユラユラと室内を照らしている。

 テーブルを挟んだ向こう側には、姉の皐月が泣きつかれたのか寝袋にくるまったまま小さく寝息らしきものを立てていた。

 三日月も、いろいろなことがあり過ぎて正直疲れていたが、横になる気にはなれず、膝を抱えたまま色を失った目でじっと蠟燭が生み出す光を見つめていた。

 

 睦月姉さん、如月姉さん、望月・・・。


 ユラユラと揺れる蝋燭の炎の中は、三日月の瞳の中に嘗て姉妹と過ごした日々を思い出させていく。


 ―――初めまして、三日月です。どうぞお手柔らかにお願いします。


 建造され、始めて姉(むつき)と相対したとき、彼女の顔には歓迎の色ではなく何故か悲哀の色が浮かんでいた。

 その後も、姉は自分たちを出撃はおろか遠征に出ることすら躊躇い、まるで腫れものを扱うかの如く接した。

 あの時は、その意味が解らずてっきり自分は歓迎されていない―つまり、望まぬ着任だったのだと勝手に解釈した。

 でも、今なら解る。


 そう。姉さんは、私を―――

  


 「三日月ちゃん。入って良い?」


 テントの入り口から吹雪の声がし、三日月はのろのろと顔を上げると「どうぞ」と入室を促した。


 テントの内外を隔てるチャックが開き、そこから侵入した一陣の外気が、蝋燭の炎を僅かにぶれさせる。

 一拍の間をおいて、「失礼します」との声と共に吹雪が姿を現す。

 その顔には、三日月と同じだけの疲労と悲しみが宿っていた。

 彼女の姉妹艦である初雪は襲撃の際に轟沈し、白雪たちもまた大破したと聞く。

 恐らく今まで、彼女たちの慰労に付き合っていたであろうことは彼女の目じりに生々しく刻まれた跡で安易に察することが出来た。


 ―――今、私に構っている暇はないだろうに。


 慰めに来てくれたことへの感謝と、要らぬお節介だという気持ちが半々のまま、三日月は吹雪を色を失った瞳でぼんやりと見つめた。


 吹雪「・・・三日月ちゃん。その・・・」


 明らかに歓迎されていない空気が漂う中、吹雪は入り口に中腰で佇んでいたが、三日月の「どうしたのですか?座って下さいよ」という妙に余所余所しい言葉に押され、慌てて三日月の隣に腰を下ろした。


 吹雪「・・・・え・・・と・・・」


 重苦しい空気の中、吹雪は何か言おうと必死に思考を巡らせた。


 ―――お姉さんたちは、残念だったね。


 ―――元気を出して。


 ―――大丈夫、貴方は一人じゃない。


 ここへ来るまでに彼女に掛ける言葉は用意して来たはずだったのだが、いざ当人を目の前にするとそれがいかに陳腐な代物であったことを思い知らされることになった。

 こんな、幾重も使いまわされた言の葉をかけて何になる。

 これで、三日月の心がほんの一寸でも癒されるというのか。

 この世で唯一つの船魄(ち)を分けた姉妹を失った彼女の痛みは、こんな陳腐な言葉で癒されるわけがないというのに。


 今更になって自分のあまりの羞恥さを思い知り自己嫌悪に陥った吹雪だったが、来て早々いきなり出て行くわけにもいかず、来訪した目的も忘れてただひたすら悶々としているしかなかった。


 と、その時。


 三日月「ねえ、吹雪ちゃんは何人目なの?」


 吹雪「え・・・?」


 悶々としていた吹雪に三日月がおもむろに問う。 


 【何人目】

 

 即ち再着任のことを言っているのかとおもった吹雪は、「え、と・・・」と視線を上に向けた後、「三人目、なのかな・・・」と小さく応えた。


 最初の吹雪は公式記録―改ざんされている可能性もあるので信憑性は薄いが―では鎮守府の創成期に着任し、サボ島沖で轟沈するまで主力艦として数々の武功を立てたという。

 二人目の吹雪は、初代の彼女と同じだけの戦果を残したが、最後は解体予備艦となったと妹の白雪にそう聞いた。

 故に、今の吹雪は三人目と言うことになるのだろう。


 三日月「そっか・・・。吹雪ちゃんは、それだけだったんだね」


 言って三日月は、吹雪を羨むような、恨めしいような眼差しで見つめる。

 その眼差しは、嘗て吹雪型の登場によって旧式艦のレッテルを張られた彼の者たちの視線と似ていた。


 吹雪「み、三日月、ちゃん・・・?」


 三日月「羨ましいな。ほんと、羨ましいよ・・・」


 吹雪から視線を逸らし天井を見上げた三日月の目じりに、溢れんばかりの滴が満ちる。

 その滴は、劣等感から来る嫉妬にも似たような色に染まり、本来透明であるはずの色彩を朱に染まったと錯覚させた。


 三日月「吹雪ちゃん・・・。私ね、五人目なんだぁ・・・・・」


 溢れだす滴と共に、三日月は口元をぐにゃりと歪ませ、笑った。

 その笑みは自嘲に澱み、なんとも不気味にして、とても哀しいものだった。




 第三十三章




 第十九号型駆逐艦『睦月』


 彼の大戦の前期おいて締結された「ワシントン条約」に伴い、当時の海軍では八八艦隊計画が事実上困難となっていた。

 そこで、比較的規制の緩い小型艦―即ち駆逐艦の大量生産計画【大正十二年度艦艇建造新計画】が策定された。

 この計画に基づきに建造されたのが第一号型駆逐艦『神風』と第十九号型駆逐艦『睦月』であった。


 当時の駆逐艦は艦隊間での補助的な役割を担っていたが、次世代型駆逐艦の先駆けとして建造されたこの睦月型は、日本の駆逐艦史上初めて61cm三連装魚雷を二基搭載し、当時の駆逐艦としては最大の火力を誇り、主力艦として期待を寄せられていた。


 だが、睦月の進水から二年、世界を驚愕させる艦(ふね)が進水した。

 

 彼の艦(もの)の名は第三十五号型駆逐艦『吹雪』

 睦月と同じく大正十二年度艦艇建造新計画において建造された新造艦で、睦月の後輩にあたる艦であった。

 

 当時の駆逐艦は凌波性が不足しており外洋航行が出来ず、艦隊の補助的な役目を担っていた。

 その概念を覆したのが彼の吹雪であった。

 

 睦月型よりも大型の船体に12cm連装砲三基、61cm三連装魚雷を三基という重武装ながら、速力は睦月型のそれ以上という化け物じみた性能は、当時世界の名だたる国々に衝撃を与え、当時の駆逐艦たちを軒並み旧式艦に追いやると同時に駆逐艦の重武装化を促すことになった。

  

 それは、彼の者の前身である睦月型も例外ではなかった。


 吹雪型の登場によって時代遅れの旧式艦に成り下がった睦月型を待っていたのは、歪な重武装化と、夥しい屍の山だった。

 元々、他の駆逐艦と比べて火力が低い睦月型は、遠征などの雑務が主であった。

 しかし、吹雪型の登場により駆逐艦も主戦力として扱われるようになると、旧型とされた彼女達も重武装化され戦場へと駆り出されることになった。


 だが、旧型である彼女達の砲火力は吹雪型に比べてあまりにも低く、特に一年前の大規模作戦以降、戦場が航空機による遠距離攻撃戦に移り変わると、本来轟沈者の出るはずのない遠征ですら轟沈者を出す始末になった。


 これは、大戦当時に行われた睦月型の改装に問題があった。

 

 艦娘の改装は一定の練度に達することにより行わる小規模改装の第一改装と、大規模改装の第二改装が存在する。

 艦娘とその纏う艤装が豹変する第二改装とは違い、第一改装は船魄に残されている前世の記憶を元に行う為、改装も能力の底上げ程度に終わり、目の変化はほとんど起きない。

 それでも、改装時に支給される副艤装は建造時に持参してくる物の上位交換がほとんどで、改装された艦娘はその持参装備のまま即戦力となることが多かった。


 だが、睦月型だけは違っていた。

 改装された彼女たちの持参してくる副艤装は、どちらかと言えば上位交換よりも他の艦娘の下位交換、もしくは全く方向性の違う物を持参してくるなど玉石混交状態で、即戦力になることなどほとんど不可能であった。

 これは、元々睦月型のほとんどが正規の改装ではなく、戦況に応じて各艦ごとの独断で改装していた為に起こった一種の弊害であった。


 畢竟、睦月型たちの戦没率は艦娘の中でも最も高く、いつしか睦月達は轟沈艦娘の代名詞という不名誉を賜るまでになった。

 故に非力と哂われ。

 故に旧式艦と侮蔑された。

 


 三日月「でも・・・。それでも姉さんは、いつも笑顔だった」


 言って三日月は自身のバッジを外し、それを哀惜の目で見つめた。

 このバッジは、着任時に制服と共に支給されるごく有り触れたものだが、三日月たちにとっては命と同等に大切な思い出の品であり、刹那で英霊となっていく姉達と共有することのできる唯一の絆だった。


 『睦月です。はりきって、まいりましょー!』 


 常に妹が入れ替わる地獄(せんじょう)の中で、睦月(あね)はいつだって笑顔だった。


 『睦月の艦隊、いざ参りますよー!』 


 意気揚々と戦場に出た妹が、形見(したい)となって帰還する。

 だが、その妹もまた翌日には初々しい顔で自分の前に立ち、笑顔で死地へと旅立っていく。

 そんな光景を、彼女は何度見てきたのだろう。

 初めましてと言われる度。

 よろしくと言われる度。

 さよならと言われる度。

 数えきれないほどの妹たちの屍を前に、睦月は何度啼き、孤独に苛まれ、世を呪い、絶望して来たのだろう。

 数え切れぬ肉親の死と無念をその身に背負い、普通なら世を呪い深海棲艦となっても良い程の絶望に苛まれながらも、彼女は常に姉として皆を導き支えた。

 朗らかい笑い、皆を励まし、元気づけ、導いた。


 『みんな、出撃準備はいいかにゃ~ん♪』


 その笑顔の裏にいったいどれだけの辛苦と絶望を秘めていたのか、今となっては知る由もない。

 ただ、彼女と同じように多くの姉(かぞく)を失った、今の私なら彼女の気持ちを理解できるかもしれない。


 三日月「ホント、姉さんは凄いって思う。強くて、優しくて、本当の意味で睦月型の誇りだったんだなって、心の底から、そう思う」


 手にしたバッジをぎゅっと握りしめ、三日月は自らに言い聞かせるように言った。

 失ってはじめて気づいた。

 姉は―睦月は本当に偉大だったのだと。


 『睦月をもっともっと褒めるがよいぞ!ほめて伸びるタイプにゃしい、いひひっ!』


 旧式艦と哂われ、轟沈の代名詞と嘲られても尚、彼女は腐ることなく睦月型駆逐艦の名を誇りに思い、胸を張り、堂々と戦ったのだった。

 

 でも、私の知っている彼女はもういない。

 睦月は襲撃の折、電を庇い沈んだのだから。


 三日月「ねえ、吹雪ちゃん・・・。私、どうすれば良いのかな・・・?」

 

 震える声で三日月は吹雪に問う。

 恐らく、明日にでも彼女達は再着任するだろう。

 五人目である己を始め睦月型は比較的再着任率が高く、例え誰かが欠けようと、気付けばまた全員そろっていることなど極々当たり前の事だった。

 だが、新たに着任する睦月達は私の知っている睦月型ではない。

 姿形は同じでも、彼女たちは私の知らない別の艦―新しい睦月なのだ。 

 そして、その狂った現実は同胞の死を覆い隠し無かったことにしていくのだろう。


 そう、【たとえ沈んだとしても、すぐにまた新しい妹がやってくる】のだから。


 それは、嘗て唯一再着任のなかった睦月が幾度となく通った辛苦(みち)でもあった。

 

 ―――あぁ、そうだったんだ。だから姉さんは、このバッジを・・・。


 ヒトというものは、いかなる地獄であろうといずれ必ず『慣れて』しまう。

 それは、ヒトの持つ生存本能からくる一種の防衛行動なのだろう。

 だが、この防衛行動は例えそれが親愛する家族であろうと、信頼する仲間であろうと、敬愛する想い人であろうと一切関係なく発動する。

 一度発動してしまえば解除すること敵わず、最終的には『それ』に支配され、無感情な人形の様になっていくのだ。


 戦場に生きるのなら、その方が幸福なのかもしれない。

 だが、睦月はそれに異を唱え、抗った。

 

 『みんな、例え何隻目であっとしてもこのバッジをつけている限り、睦月達は姉妹(かぞく)だからね』

 

 新しい妹が着任する度、睦月は必ず全員を集めた上でこのバッジを掲げ、そう宣言した。

 それは、彼女が残酷な現世に抗う為の導であり、本能を駆逐するための盾だったのだろう。

 彼女亡き今、その宣言は形見となって三日月と皐月へと託されることとなったが、年功序列的に皐月は三日月よりも後に再着任したため、その意志は彼女が受け継ぐことになる。

 

 でも―――


 三日月「私は・・・。私には・・・」


 吹雪「三日月ちゃん・・・」


 震える体躯ををそっと抱き寄せ、吹雪は三日月の頭を優しく包み込む。

 こういう時、気の利いた言葉の一つも掛けられれば良かったのだが、生憎今の吹雪にはそれだけの年功がなかった。


 三日月「睦月姉さん・・・。如月姉さん・・・。私・・・・、わたし・・・」


 抱かれた頭部から伝わってくる吹雪の体温は、心の奥底に押し込めた感情の蓋を押し開き、吐き出させていく。

 

 ―――無理だ、私にはできない


 喉まで出かかった言葉を辛うじて飲み込み、三日月は吹雪の胸で咽び泣いた。  

 睦月型姉妹は他の駆逐艦と同様に姉妹が多く、皆個性派ぞろいであったが、三日月はその中でも生真面目という言葉を体現したような存在だった。

 

 それは、性格の善悪を指し引いても尚、癖の強い姉妹の間に挟まれたが故の結果なのかもしれない。

 結局、良くも悪くも彼女は大人だった。否、大人になってしまったのだ。


 姉亡き今、私が彼女の遺志を継ぎ、導として生きなばならぬ。

 そう、この時をもって三日月は睦月型の旗艦として新たに集う姉妹たちを導いていかなくてはならないのだ。

 

 ―――私が、やらねばいけないのだ。


 吹雪(三日月ちゃん・・・)


 自身の胸で苦悩する三日月の心中を察しつつ、吹雪は部屋の隅で寝息を立て続ける皐月をねめつけた。


  吹雪(・・・ねえ、本当は起きてるんでしょう?)


 ポツリと口中で呟いた吹雪に、皐月はビクリと僅かに反応する。

 注視しなければわからない程度だったが、彼女は躰を動かし吹雪たちから顔を背けた。

 部屋に入った時から皐月が狸寝入りを決め込んでいるのは薄々気付いていたのだが、吹雪はあえてそれを指摘しようとは思わなかった。

 理由は一つ。

 皐月が―否、今の皐月が自分と同じ存在だからだった。

 

 元々再着任艦の多い睦月型だが、その中でも再着任数が最も多いと言われているのが【皐月】という艦娘であり、彼女はその【何人目かの皐月】だった。

 今そこに居る皐月もつい先だって着任したばかりで、とても旗艦を任せることなど到底出来ない。

 故に、年功序列順に行けば睦月型の旗艦を務めるのは三日月であり、皐月が背負う必要はないのだが、いくら何でも重責に押しつぶされている妹に対し何時までも我関せずでいるのは流石にどうかと思う。

 

 吹雪(でも、私も他人のことは言えないのかな・・・)


 自分の胸元で必死に現実を受け入れようとする三日月に自身の妹の姿を重ねつつ、吹雪は三日月の頭を優しくなで続けるのだった。


 

 


 第三十四章





 同時刻、第六駆逐隊のテント内。



 静まり返った室内を、蝋燭特有の鈍い光がユラユラと室内を照らしている。

 その鈍光と静寂は、蹲った二対の童(わっぱ)を薄く照らし出し、己が罪過を温情の余地なく暴き出していく。


 『―――私の気持ち何も分かって無いくせに、勝手なこと言わないで!!』

 

 雷(・・・電。・・・わたし・・・)


 

 話はほんの少し前に遡る。

 

 拷問同然の入渠から数時間、簡易テントに帰宅した雷は、そこで憔悴しきった電とそれを宥めるヴェールヌイと再会した。


 姉の暁が昏睡して以降、雷はずっと本部棟の仮眠室に住み込みで暁の介補をしていた為、電とまともに会話するのは実に数か月振りだった。


 だから、変わり果てた妹の姿に雷は動揺を隠せなかった。

 

 雷「電、いったい何があったの!?」


 電「雷お姉ちゃん・・・。電は・・・いな、づまは・・・」

 

 憔悴し、経緯もまともに説明出来ない妹に変わって、姉のヴェールヌイが事の顛末を説明してくれた。


 ヴェールヌイの話では、睦月達は電と共に迎撃に出て轟沈したとのことだった。

 弥生と如月は、その時飛来して来た飛翔魚雷により轟沈したのだが、そのとき彼女たちは飛来する飛翔魚雷を捉えておきながら迎撃出来なかったらしい。

 だが、睦月は妹たちの轟沈(し)を電のせいと断じ、彼女を激しく糾弾したが、最後は飛翔魚雷から電を庇って轟沈したらしい。

 故に、電は自分のせいで睦月達が轟沈したのだと思い込み、自責の念に駆られているのだとヴェールヌイは説明した。


 それを聞いた時、雷は何故に電が自責の念に駆られているのか理解できなかった。


 雷(なんで、電が悪いのかしら)


 司令官の話では、弥生と如月を沈めたのは天照らしいし、ヴェールヌイの説明でも電の過失は一切見られない。

 と言うより、これを電の謀だとする睦月に「勘違いも甚だしい」と憤りすら覚えるほどだった。

 ただ、睦月が最後に電を庇ったというのは評価できる。

 そう、電は鎮守府の主力艦だ。

 そして、睦月達は張り子の艦娘―即ち体裁だけを取り繕った唯の数合わせだ。

 戦力としてみた場合、あの時生き残るべきは睦月ではなく電だ。

 故に、自らの命を以て電を救った睦月の行動は至極正しい行為であり、電が気に病むことではない。

 そう、睦月は【正しい事】をしたのだ。

 ただ、そう言った無意識に彼女たちを格下と見下していたが故に、雷は妹が負った心の傷に気付くことが出来なかったのだろう。

 

 だからだったのだろうか。

 私が、失言(あんなこと)を叩いてしまったのは。

 


 ―――睦月達は、仕方がなかったのよ。


 消沈する電に、雷はそう言い放った。

 

 戦時下である以上、仲間の死は避けられない。

 いつ死ぬともいえぬ状況で、一々仲間の死を悲しんでいてはこの先生きては行けないのだ。

 そう言って、彼女は妹を励ました。


 そう、励ましたつもりだったのだ。


 電「・・・・それ、どういう意味ですか?」


 雷「え―――?」


 宥める雷に電は小声でそう言った。

 言葉こそ丁寧だったが、この声音には姉の失言に対する怒気がこもっていた。


 電「睦月ちゃん達は電のせいで沈んだのですよ。なのに、お姉ちゃんたちは【電が生き残ったのだから、それで良しとしろ】と。そう言うのですか?」


 怒りに肩を震えさせ今一度聞き返す電に、雷は元より傍にいたヴェールヌイでさえも動揺を隠せなかった。

 

 雷「電。あ、あの―――」


 ヴェル「電、それは違う。睦月の死は電のせいじゃ―――」

 

 電「馬鹿な事言わないでよ!」


 弁明する姉二人に電は遂に怒りを爆発させた。


 二人の言う通り、確かに睦月の死は電のせいではない。

 でも、あの時自分が睦月達を戦場に連れ出さなければ、少なくとも彼女たちはあんな惨い死に方をせずに済んだかもしれないのだ。

 そう、あの時、【私が飛翔魚雷を迎撃していれば】良かったのだ。


 電「電は、撃てたのです。落とせたのです。救えたのです。なのに、なのに電は撃てなかった。救えなかった。守れなかった・・・」


 そう、私はあの時飛翔魚雷を捕捉していた。

 照準も合わせていた。

 弾薬もあった。

 迎撃も十分に可能だったのだ。

 

 ―――なのに、私はあの時撃たなかった。

 

 否、撃とうとしなかった。

 理由ははっきりしないが、これだけは言える。

 あの時、なりふり構わず撃てば少なくとも三人のうちの誰かは救えたはずなのだ。

 そう、あの時撃ってさえいれば―――。


 電「電は、罪を犯したのです。見殺しにしたのです。なのに、電に罪はないと?私の気持ち何も分かって無いくせに、勝手なこと言わないで!!」


 ヴェル「―――電!!」


 畳みかけるように感情をぶつける電に、ヴェールヌイは思わず手を挙げた。

 否、挙げてしまった。

 これ以上、彼女の心の叫びを聞く勇気がなかった。


 電「・・・あ、・・・え・・・っ!」


 雷「いなづまっ!?」

 

 叩かれた事への困惑と姉への幻滅に苛まれ、電は苦渋の顔で踵を返した。

 

 雷「電、まって。いなづまぁぁぁ―――!!」


 ―――行かないで。

 

 今出て行かれたら、私たちバラバラになっちゃう。


 必死の形相で引き留めようとする雷の制止を振り切り、電は月下の夜へと消えていった。



 そして、時は無情にも現在へと至る。


 

 彼女が出てって以降、開け放たれたままのチャックからは夜風が入り込み、蝋燭を嬲り付けている。

 真夏だというのに、海原から吹き込む夜風はひんやりと冷たく、鼻孔をくすぐる潮の匂いにはそこはかとなく血生臭かった。


 雷「・・・響姉。私、どうすれば良いのかな・・・・」


 テントの中心に置かれた簡易テーブルを挟んで向かい側に蹲る姉(ヴェールヌイ)に、雷は縋る様に問うた。

 第二改装を受けて以来、彼女を響(きゅうめい)で呼ぶのは彼女くらいになってしまったが、ヴェールヌイは特に訂正しろとは言わなかった。


 ヴェル「・・・・」


 雷の問いに、ヴェールヌイは僅かに頭を上げこちらを見やると、すぐに頭を元に戻してしまった。


 ―――私に聞かないでくれ。


 彼女の躰が、そう訴えていた。

 その答えに、雷は「・・・そっか」とそっけなく言った。

 皆が、暁型が、バラバラになっていく。

 あんなに一緒だったのに。一つだったのに。理解し合えていたのに。

 

 私はただ、みんなで一緒に笑っていたかっただけなのに。

 もう、何も分からない。

 何も解らない。

 何も判らない。


 ワタシニハ、モウ、ナニモワカラナイ―――

 

 雷(暁姉・・・。私、どうしたら良いの・・・?)

 

 変わり果ててしまった自分の現実に絶望しながら、雷はいまだ眠り続ける姉(あかつき)に唯々救済を求めるのだった。




 第一艦隊第一水雷戦隊第六駆逐隊

 

 艦隊運営において持つとも最初期に編成される艦隊名の一つにして、最も名の知れた駆逐隊の名称である。

 通称【第六駆逐隊】と称されるこの駆逐隊は、彼の吹雪型の同型艦である暁型で固められており、鎮守府の創成期おいては艦隊の主力となって艦隊運営の基礎を創り、中期以降は遠征や出撃時の随伴艦を務めるなどの多種多彩な活躍を見せた。


 また、その容姿から鎮守府のみならず民間においても広く支持を得ており、その高人気と功績とも相まって文武両道とはこのことかと言わしめるほどだった。


 ただ、それももう、昔の話だ。

 睦月達を沈め、心配てくれた姉をも傷付けた私には、その栄華を受ける資格などないのだから。


 ―――私は、いったいどうすれば。


 心配する姉たちの慰安に手を上げ、テントを飛び出した電は瓦礫の散乱する鎮守府をふらふらと徘徊していた。

 何もかもが破壊され、更地と化したその光景は、宛ら初めての任務で趣いたあの昭和三陸地震に似ていた。


 電「・・・・・」


 電は倒壊した瓦礫の上に腰かけ「はぁ」と息を吐いた。


 もう結構時間が経ったと思うのに、姉(ヴェールヌイ)に叩かれた頬は、未だ熱を持ち、じくじくと痛覚を刺激し続けている。

 電は俯き痛む頬を数回撫でたが、痛みは一向に収まらなかった。

 


 『睦月達は、仕方がなかったのよ』


 電の鼓膜に残った姉の言の葉が、未だ彼女に非情な現実を突き付けていく。


 戦場に生きる以上、その者の生死はその者の練度(せんとうけいけん)によって決まる。

 低練度はそのまま武器の扱い方にも直結するため、いくら装備が優秀であろうと、それを扱う者の練度が低ければそれは唯の宝の持ち腐れとなってしまう。

 故に、張り子の艦娘である睦月達の死は、ほとんど確定であったと言えよう。


 それは、彼女自身もよく理解していたのかもしれない。

 だからこそ、彼女は最後に主力艦である電を救うことで睦月型の意地と矜持を見せたのだろう。

 我は、唯の旧式艦にあらず。

 我も、まだ戦える。

 守れる。

 仲間を救える。

 彼女の死を悼むのなら、彼女の戦果(し)を認めてやらねばならない。

 そう、彼女は【正しい事】をして轟沈(せんし)したのだ、と。


 電(私は・・・)


 この現実を認めれば、睦月の死は意義のある物に変わるだろう。


 彼女は犬死ではなく名誉の死を遂げたとして、侮蔑と屈辱に塗れた睦月型の艦娘歴に一つの栄光を賜ることになる。

 そうすることが、彼女の命を以て救われた自分の成すべきことであると言う事も理解している。


 そう、理解はしているのだ。


 でも―――


 電「私は、わたしは・・・・」


 認めるべき現実と否定すべきという願望が、電の心に激しく揺さぶりを掛ける。

 

 本当は、睦月の死を犬死で終らせたくはない。

 だが、それを認めるという事は自ら掲げた己が御旗を自ら否定することになる。



 ―――私は、例え敵であろうと救える命は救いたい。



 嘗て、戦火に哭く一人の艦娘が残酷な現世に抗う為、この御旗を立て闘った。


 血で血を洗う戦火の中で数多の生命の救済を謳ったこの御旗は、見る物に安息と残酷な運命に立ち向かう勇気を与えると共に、多くの賛同者が馳せ参じた。

 そして、何時しかこの御旗は、この横須賀鎮守府の純白の御旗として掲げられる様になり、鎮守府全体の大義となった。


 しかし、この御旗は血風轟く戦時下で掲げるには余りにも綺麗すぎた。


 電「・・・・っ」 


 大義を成すためには、犠牲がいる。

 純白を保つためには、その穢れを引き受ける贄がいる。

 主(いなづま)の下を離れ何時しか鎮守府の御旗となったこの信念は、その清廉潔白を保つために多くの『犠牲』と言う名の洗剤で洗浄され、『欺瞞』言う名の薬剤で漂白されるようになった。

 そう、この御旗は救済を差し伸べたその手で殺した者達と、それを隠すために数多の嘘で塗り固めた美醜の御旗に過ぎないのだ。


 これは、在籍する主力艦なら承知の事実だった。

 だが、最早この御旗は鎮守に在籍するすべての艦娘の希望であり、その色は純白で在らねばならぬ。

 救済は、仕方がなかったという言い訳は通用せず、寧ろ御旗を穢すことになるのだ。

 

 故に、睦月の死を認めることは、その御旗を穢すことと同義。


 認めてしまえば、この御旗に隠された嘘と死臭で瞬く間に穢れ、最早掲げる事すらおこがましいモノへと成り下がってしまう。


 だからこそ、雷の慰安を受け入れるわけにはいかなかったのだ。 

 

 電「・・・・」


 通り過ぎた一陣の風の後押しを受けのろのろと顔を上げた電は、月下に照らされた鎮守府を見渡した。

 

 瓦礫の撤去がほぼ手付かずの鎮守府は、いまだ轟沈した仲間たちが数多く眠っている。

 負傷者たちの治療と有事の戦力確保を最優先にしたためだった。

 取り合えず、明日から本格的に瓦礫の撤去と遺品の回収に取り掛かるそうだが、果たして何人の艦娘が戦力になるだろうか。

 この瓦礫の下に眠る幾数十の仲間の死骸、その大半はきっと原型を留めてすらいないだろう。

 瓦礫を退け、土を掘り返し、ようやく見つけた身内の変わり果てた姿を以て、彼女たちの怨嗟は更に加速することになるだろう。


 艦娘の外傷は入渠すれば完治するが、内傷は入渠しても完治することは無い。

 この傷はあまり特殊で、完治するには対象者の望みを果たすしかない。 


 彼の者たちが求める治療法(のぞみ)は唯一つ。

 天照の首を戦友たちの墓前に捧げること。 


 心に癒えぬ傷を負い、怒りに打ち震え、奴(アマテラス)を殺せと呪詛を謳う者達が一体どれだけいると思う。

 彼女たちは皆、仇討ちを望んでいるのだ。

 

 彼女たちは、明日にも司令官に意見具申するだろう。

 そして、彼の気持ちを考えず、こう叫ぶのだ。

 

 『奴を殺させろ』

 

 『仇を撃たせろ』


 『無念を果たさせろ』


 その時、彼はどうするのだろう。

 数多いる艦娘の中で、ただ一人心の底から慕い、臥所を共にした彼女をやはり差し出すのだろうか。


 電「ねえ、私はどうすれば良いと思いますか?」

 

 答を求めふと見上げた空に、十六夜に欠けた月が煌々と照らしていた。


 仲間を沈めた天照も、沈めた仲間の姉妹艦も、彼女の死を望む者も、彼の御旗の下では全て救済の対象だ。

 でも、この御旗の下では三者全てを救済することは出来ない。 

 御旗は白くある為に、その穢れを引き受ける者がいるからだ。


 そう、この御旗の下私は選ばればならない。


 即ち、天照を助けるのか、彼女を見捨てるのか選択しなければならないのだ。 


 それが、この御旗に生みの親である私の責務なのだから。

 

 電「教えて下さい。私は誰を助ければ、誰を救えば良いのですか・・・!?」


 電は物言わぬ月に縋り、懇願し叫んだ。

 

 「教えて下さい」と繰り返し懇願するその姿は、神に救済を請う愚かな咎人に以て然り、頬を伝う滴は己が犯した罪過に濡れ慟哭に染まった。

 

 ―――私は、何を願った。


 ―――私は、何を掲げた。


 ―――私は、何を求めた。


 私は、わたしは、ワタシハ――――


 ワタシハ、イッタイ、ナンノタメニ―――



 十六夜の月は絶望の淵に立つ少女を哀惜の眼で見つめながら、唯々鎮守府を照らし続けるのだった。

 

 

 

 

 

 第三十五章





 電達の問答より少し後。

 

 第一航空戦隊の簡易テント内。



 非常用蝋燭の薄暗い室内の中、航空母艦「加賀」は有事に備えて己の艤装の手入れをしていた。

 空母艦娘の象徴であり主艤装でもある飛行甲板は元より、艦載機を発艦させるためのカタパルトの役割を成すこの洋弓―リカーブボウと呼ばれる普段使う半弓とは別の弓―は今の自分にとっては生命線となる為、日々の手入れは怠ってはならない。

 更に、空母たちは航空機運用に各々癖がある為、空母の多くは主艤装の手入れは自身で行うことが多かった。


 加賀「・・・・ふぅ」


 新たに支給された洋弓の弦の張り具合を入念に確認したところで、加賀は弓を置き一息つく。

 簡易テーブルを挟んで向かい側の寝床は同僚の赤城が居たのだが、彼女は少し前に他の空母たちの様子を見に行っている為、今は自分一人だった。


 加賀「赤城さん・・・・」


 嘗て、第一航空戦隊の双璧ととして数多の海原を暴れ回った同胞にして、己が半身ともいえる親友。

 彼女が傍にいてくれる限り、私はどんな困難にも立ち向かうことが出来る。


 そう、彼女さえ、居てくれれば―――


 『姉さん・・・』


 加賀「・・・・っ」


 半身(あかぎ)の出で立ちを想像した刹那、別の人物が脳裏をよぎり、加賀は慌てて頭を振り「それ」を追い出した。


 なんで今更、あの娘のことが頭をよぎる。

 今の私は、あの娘の【 】ではないというのに。


 『お初にお目にかかります。DDH-185あまてらすです。いずも型の名に恥じないよう、頑張ります』


 極稀に、船魄は転生した艦娘とは別の記憶が混在することがある。

 それは、言わるゆる別の可能性の艦船(じぶん)の記憶であり、いま加賀の中に存在するモノは、数多あるカガと言う艦娘の記憶の一つ。つまり、別のカガの辿った記憶であった。 

 

 『よろしくお願います、かが姉さん。共に戦うことが出来て嬉しいです』


 ―――違う。私は、違う!


 屈託のない笑顔で見つめる、もう一人の自分のナニモノか。

 そう、かがは嘗てあの艦(こ)の【 】であった。

 

 でも、だからどうだというのだ。


 あの娘の身の上がどうであろうと関係ない。

 彼女は敵、そう倒すべき、敵なのだ。

 



 「加賀さん。ただいま戻りました、開けてください」  


 テントの外から慣れ親しんだ声が聞こえ、加賀は「今開けます」いって己が思考を半ば強引に排除する。

 もう、考えるのは止そう。

 考えたところで、もう、どうにも出来なことだから。


 「ただいま。加賀さん」


 開けたチャックの向こうからふんわりと甘い香りが漂い、長い黒髪が特徴的な長身の女性が入ってくる。

 彼女こそ、加賀と共に彼の第一航空戦隊の旗艦を務めた航空母艦赤城であり、何物にも代えがたい親友であった。


 加賀「お帰りなさい。赤城さん」


 言って加賀はやんわりと微笑む。

 元々感情表現の乏しい自分だが、彼女の前でだけは自然体でいられる。


 きっと、それは彼女があの大戦からの付き合いからなのかもしれない。



 太平洋戦争以前、我ら航空母艦は主戦力ではなかった。


 今では考えられない事であるが、当時の海戦の主役は戦艦であり、空母はもっぱら威力偵察か戦艦への状況報告が主任務であった為、今の様な輝かしい戦果など挙げられなかった。


 これは、まだ航空母艦が珍しい艦船でありその戦法も手探り状態であったことに起因するもので、艦載機も今ほど高性能でなかったが故、やむを得ない事であった。


 彼女とはその当時からの付き合いであり、共に酸いも甘いも経験して来た。


 だからだろう。


 赤城が親友である加賀の抱く葛藤に、気付くことが出来たのは。


 赤城「加賀さん。大丈夫ですか?」


 加賀「え―――?」


 唐突にそう言われ、加賀はぽかんと親友を見つめる。

 

 大丈夫?


 何が。一体。どういう意図で、そんなことを聞くのか。


 私は、どこも悪くない。


 私は、どこも故障していない。


 私は、何も気にしてなどいない。


 私は、わたしは、ワタシハ、アノコノ、コトナンカ―――。


 

 加賀「あの、意味が解らないのですけど」


 努めて自然に、加賀は赤城の問いに応える。

 私が未だに『あの娘のこと』を引きずっている事を悟られぬよう、慎重に、自然に、違和感なく応える。


 だが―――。


 赤城「彼女の、あまてらすの事です」


 その努力も、長年連れ添った戦友の前では塵ほどの隠蔽効果もなかった。


 加賀「あまてらす?誰ですか、その艦(こ)は」


 見透かされている事を承知の上で、加賀はとぼけて見せた。

 

 ―――知らない。あまてらすなど、知らない。


 赤城「そうやって、まだとぼけるのですね、加賀さん。いいえ、かがと言った方が良いのでしょうか」


 しらを切る戦友に、赤城は逃がさんと真正面に座り加賀を見つめる。

 その射貫く様な眼は、獲物を見つめる狩人に似て、様々な戦火を潜り抜けた玄人の如き眼光だった。


 加賀「・・・っ。かがって、誰のことですか?私は・・・。わたしは・・・・」


 歴戦艦よろしく逃げ場など設けぬ的確な説得(こうげき)に、加賀は己が築いた牙城が少しづつ崩れていくのを感じていた。


 ―――違う、私は『加賀』だ。


 ―――『かが』などではない。


 そうだ、私は、わたしは、アノコノ―――。


 赤城「まだ逃げるのですか?突き放すのですか?加賀さん、何時から貴方はそんな腰抜けになったのですか?」


 見つめる眼光に切望の色を乗せて、赤城は加賀に問い続ける。


 逃げるな。


 向き合え。


 救ってあげろ。


 貴方は、彼女の、現世に生きる唯一人の【姉妹】だろう。 


 加賀「赤城、さん・・・・」


 『そっか・・・。姉さんなら、解ってくれると思ってたんだけどな・・・・』


 彼女の視線と彼の者の視線が重なり、加賀はもはやこれまでと己が敗北を認めた。


 逃げたところで結果は変わらない。

 なら、せめて向き合い立ち向かおう。


 それが、嘗て無敵艦隊と呼ばれた我らの誇りであり、御旗であるのだから。

 

 『我らは以下なる苦境にも立ち向かい、抗い、勝利する。それが、栄えある南雲機動部隊の矜持なれば』


 嘗て掲げた御旗を今一度胸に抱き、加賀は赤城を見据え言った。


 加賀「・・・解りました。ただ、その前に少し昔話をしても良いでしょうか?」


 それであの妹(こ)が救われるわけではないのが、せめてあの子が生きた記憶を知る者が一人でも多く在れば、それで―――。


 赤城「ええ。話してください」


 加賀の心を慮り、赤城はやんわりと肯定する。

 それを聞き届けた加賀は、「ありがとうございます」と言って結い上げた髪を降ろし再び結い直す。


 何時ものトレードマークであるサイドテールから後ろに結い直した彼女は、『加賀』ではなく、彼の者の姉妹艦である『かが』となっていた。


 かが「お話します。わたし、DDH-184かがの妹である、DDH-185あまてらすの事を。わたしの知っている限り、全て」



 彼の者は語り始める。

 それは、今から数年前の現世。まだ、艦娘と言う深海棲艦に抗う剣のない時代に就役した、ある一隻の護衛艦(むくなるもの)の物語であった。





 第三十六章




 落日の敗走。


 人類がまだ艦娘という戦力(つるぎ)を持たずに、深海棲艦に挑んだ戦の名称である。

 

 全世界に存在するほぼ全ての戦闘艦を投入したこの人類史上稀にみる大戦は、人間側がおよそ八割の艦船を損失するという近年稀にみる大惨敗に終わった。

 

 敗因は諸説あるが、最も有力なのは人類が深海棲艦の実力を軽んじていた言う事であろう。


 深海棲艦が初めて観測されたとき、人類はその容姿に驚愕した。

 女性の姿をしていながら、その全身に武器を纏った異様な姿は、見るものに美麗さと異質さを与えると共に、軽薄な危機感を抱かせた。


 彼の者は現存するどの艦船よりもはるかに小さく、持ち得る火器もそれに合わせてはるかに小さい。

 いくら火力があろうと防備が厚かろうと、人間サイズの火器では最新鋭の護衛艦の装甲を貫き沈める事など不可能だと勝手に結論付けた。


 そう、「明るけりゃ月夜だと思う」との言葉の如く、当時の人類は完全に深海棲艦たちを舐めていたのだ。


 そういう慢心が招く末路は、今日の歴史を見るまでも無いであろう。


 この敗戦によって、人類は艦娘と言う新たな剣を得るまで全ての海洋を支配される事になった。


 そんな敗戦の中で、唯一隻深海棲艦に一太刀を浴びせた艦船が存在した。


 彼の艦(もの)の名は、DDH-185いずも型ヘリ搭載護衛艦「あまてらす」。


 21世紀の泰平の世を維持すべく日ノ本の國によって建造された護衛艦DDH-183「いずも」の三番艦にして、艦船にて唯一隻深海棲艦を撃沈した武功艦である。


 そして、ある艦娘の本当の艦名(なまえ)でもあった。

 

 赤城「DDH-185あまてらす。それが、天照の本当の艦名(なまえ)」


 赤城の言葉にかがはこくりと頷いた。


 あまてらすは、DDH-183いずもを旗艦とする第一護衛隊群第一護衛隊の随伴艦として戦後復興を果たした日ノ本の國を守護すべく奮闘し、そして見事敵を打ち取り―戦果は軽巡ホ級一隻だった―人類の意地を見せつけたとされている。


 ただ、このあまてらすと言う艦の記録はこれだけしかなく、彼女が艦娘として着任したという記録もない。


 赤城自身、電に次いでこの鎮守府の最古参組であり、仮に、彼女が解体予備艦となったとしても彼女の事は知っているはずであった。


 しかし、赤城がこの艦娘の存在を知ったのはつい先ほど―それも偶然であった。


 かが「知らないのも無理ありません。彼女は、ある目的のために着任してすぐに隔離されましたから」


 記憶を辿ろうとする赤城に、かがは申し訳なさそうに言った。


 『お初にお目にかかります。DDH-185あまてらすです。いずも型の名に恥じないよう、頑張ります』


 目を閉じる度に思い出す、妹の無垢なる笑顔。


  生まれたての赤子の如く、朗らかに笑い、穢れを知らず、提督(あのおとこ)の為に戦いたいと心の底から思っていた。

 


 ―――そう、わたしもあの時までは、そう思っていた。



 『よろしくお願います、かが姉さん。共に戦うことが出来て嬉しいです』


 数日前に着任したかがの初任務は、隔離―否、幽閉された妹の世話という名の監視だった。


 落日の敗走という敗戦を経験したあまてらすは、今度こそ深海棲艦に勝利すると出撃命令を今か今かと待ち続けていたが、鳳が彼女を建造した目的は、深海棲艦と闘わせるためではなく、彼の掲げる別の御旗の為だった。


 赤城「それは、どういうことなのですか?」


 赤城は、心に抱いた疑問をそのままぶつけた。


 鳳があまてらすにそんな仕打ちをしていたという事実もさることながら、今は、彼女が一体何のために建造されたのかを知るのが先だとそう考えての事だった。


 艦娘は、深海棲艦との戦争の為に建造され、使役される。


 それは、彼の者達が艦娘の持つ兵器でのみ対抗することが出来るからだ。


 しかし、かがの話によればあまてらすが建造された理由は戦う為では無いという。



 ―――では、一体、何のために・・・・。



 かが「その理由を話す前に。赤城さん、一つ聞いても良いですか?」


 問うた赤城に、かがはあえて問で返した。


 赤城「はい。何でしょうか」


 かが「なぜ、あまてらすのことを知っていたのですか?」


 初期艦の電ですら知ることのないあまてらすの存在。

 加賀の中に存在するもう一人のかが。

 それらの事柄を知るものは、この鎮守府の主である提督とその建造に立ち会ったであろう極々限られた者のみ。


 少なくとも彼女の様な身分では、知ることなど出来ようはずもない。


 では、彼女はどうやってこのことを知ったのか。


 最も、その理由は単純なものであろうが。

 

 赤城「それは・・・。これで知りました・・・」


 言って赤城は自分の寝床から焼け焦げた鞄を取り出し、簡易テーブルに静かに置いた。

 あの大火でよく燃えずに残ったものだと驚くかがをしり目に、赤城はその鞄から一冊の書類を取り出す。

 据えた匂いと共にかがの目に飛び込んできたのは、大きく赤いハンコで「極秘」と捺印された一冊の資料であった。


 かが「これは?」


 赤城「今日、本部棟の瓦礫の中から見つけました」


 赤城の話によれば、入渠を終え被害の把握のため鎮守府を散策していた時、これを見つけたのだそうだ。


 赤城「本当なら、これは提督に持っていくのが規則なのですが、好奇心からつい中身を見てしまったのです・・・」


 言って、赤城はかがから視線を逸らす。


 そうしたのは、規則違反を犯したことを告白したからではない。

 むしろ、これは彼女にとって天地がひっくり返る程の内容が書かれていたからであった。


 かが「そう・・・。そう言う事だったのですね」


 そう、彼女は資料(これ)によって知ってしまったのだ。


 強襲揚陸艦天照という白昼夢の艦(ふね)を創造する為に行なった大本営の罪過と、その深い闇を。


 かが「赤城さん。これをあなたが持っていることを知っている艦(ひと)は・・・?」


 恐る恐る問うたかがに、赤城は静かに首を横に振った。


 彼女の様子からして、あれには文字通り全てが書かれているのだろう。

 なら、これは悠長に昔話をしている場合ではない。


 かが「赤城さん。話の途中で申し訳ないけど・・・」


 焦燥を顔に滲ませ、かがは赤城に行動を促した。

 

 偶然とはいえ、このことが提督(あのおとこ)の耳に入れば、彼女は機密保持のために処分される可能性がある。


 否、彼奴なら―あの畜生なら間違いなくそうする。


 寧ろ、一刻も早くこの資料を焼却し、知らぬ存ぜぬを装わねば彼女が危ない。

 

 だが、焦燥するかがに赤城はまたも首を横に振った。


 かが「赤城さん・・・・」


 「どうして」と顔面で訴えるかがに、赤城は「続けてください」と、静かにしかし確かな意思を持った声音で言った。


 覚悟は出来ている。


 この記録を見てしまった以上、今更自分は知らぬ存ぜぬを決め込むことは出来ない。

 同じ空母として。第一航空戦隊の旗艦として、貴方の背負った業を理解したい。ともに背負いたい。分かち合いたい。


 そして、貴方の妹を救いたい。


 だから―――

 

 かが(赤城さん・・・。貴方という人は・・・)


 真っ直ぐに己の意思を示す彼の親友に、かがは先ほどまで焦燥していた自分が阿呆だったように感じた。


 そうだ、この人はいつだってそうだった。


 戦艦(かが)だった時も。空母(かが)だった時も。DDH(かが)として着任し、加賀の船魄を受け入れた時も。

 

 時に迷い、折れそうになった時は何時も彼女の存在を想い起こして来た。


 彼女のこの顔を、この声を、この意思を糧にしてきた。



 ―――彼女なら、大丈夫。



 そう思えるだけの覚悟と確信を得たかがは、眼を閉じ一呼吸置いたのち「解りました」と応えた。



 そして、彼女は再び語りだす。


 嘗て、鎮守府の闇の産物として生み出された彼の者の姉として、彼の者に「幸多かれ」と願いながら。


 闇に葬られるはずだった、一つの虚偽の物語を。





 第三十七章




 双胴型強襲揚陸艦天照。


 横須賀鎮守府が誇る最強の艦娘であり、知らぬ者は潜りだと揶揄される程に有名な艦である。


 双胴型の名の通り、左右の肩に飛行甲板を持つその姿は、見る者に驚愕と怪奇さを与えた。


 現存する正規空母の二倍の艦載機搭載能力を持つ天照は、空母艦娘たちに己が未来の姿を連想させると共に、飛翔魚雷を主兵装とした高火力は、重雷装巡洋艦や戦艦たちに自らの時代の終焉を知らせることとなった。


 また、他の艦娘同様均衡のとれた顔立ちはそのままに、身の丈ほどもある深緑色の垂髪と細く切れ長の瞳に潜む深海の如き蒼い瞳は、同性でさえも思わず顔を朱に染める程の妖艶さだった。


 まさに、天照は諸人たちの羨望と新時代の象徴だった。


 だが、実はこの横須賀の地には天照と同じ容姿を持つ艦娘がもう一人在籍していた。


 彼の艦(もの)の名は、LPH-G(ゲー)G型ヘリコプター強襲揚陸艦「ゼルテネス・ティーア」


 今日、特務艦ゼルテネス・ティーアと艦種変更された彼の艦と同じ名を持つ彼女は、日ノ本の國の依頼の元、彼の國の正規空母「グラーフ・ツェッペリン」の姉妹艦として極秘建造された後、日ノ本へと引き渡され、天照建造の資材として戦場に出る事無くその生涯を終えたと、彼の資料には記載されていた。


 そして、その容姿は在籍している彼女とはまるで別人のようだった。


 赤城「本当にそっくりでしたよ、彼女と天照は。それこそ、双子かと思うくらいに」

 

 言って赤城は、テーブル上に鎮座する資料を手に取ると、表紙の役割を成していた『極秘』の紙をぺらりと捲る。

 そこには、彼のゼルテネス・ティーアのデーターと彼女の上半身を移した三面写真がクリップで挟まれていた。

 

 ―――まるで、双子の様によく似ていますね。この二人は。


 写真に写った深緑色の垂髪と、深海の如き蒼い瞳。添付されていたゼルテネス・ティーアの容姿は、まさに天照のそれと瓜二つであった。

 

 だが、類似点はそれだけではなかった。


 資料にはゼルテネス・ティーアの主艤装も記されていたが、その飛行甲板と背中に着いたウェルドックは天照の左舷のそれと同じ形をしていたのだ。

 

 現在、在籍しているゼルテネス・ティーアの容姿は目の色こそ同じだが、髪色はヒヤシンス色であり、何より甲板の形も異なりウェルドックも存在しない。


 艦娘の船魄は例外なく一つであり、記憶されている容姿もまた一つである。


 なれば、あの艦娘は一体誰なのだろう。

 

 仮に、この艦娘に成り代わっているのであれば、いったい何の為に。

 何の意図があってそんなことをしたのだろう。


 それは、あの資料には載っていなかったこと。

 故に、赤城はかがに問うた。


 赤城「かがさん。この写真の艦娘は、いったい誰なのですか?」


 資料に挟まれていた写真を抜き出し、良く見えるよう顔の正面に突き出して赤城はかがに問う。


 ―――この艦娘が本物のゼルテネス・ティーアであるのならば、今いる彼女は一体誰なのですか。


 問われたかがは、突き出された写真を嫌悪するかのように見つめた後、衝撃の事実を告げた。

 

 『この艦娘(ひと)の名は、LPH-G(ゲー)ゼルテネス・ティーア。そして、今いる彼女は天照のもう一つの姿なのです』、と。

 




後書き

誤字脱字は随時修正していきます。
批評コメントなどがありましたら、お願いします。




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金属製の餅さんから
2017-02-12 21:49:48

2017-01-16 20:33:35

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金属製の餅さんから
2017-02-12 21:49:50

2017-01-16 20:33:36

このSSへのコメント

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1: 真.名無しの艦これ好き 2017-02-12 22:02:07 ID: OQyIxivI

金属製の餅様、評価と応援ありがとうございます。


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