2017-08-22 06:48:29 更新

概要

艦隊これくしょん 悠々の戦役第二幕の続きです。
オリジナル設定、キャラ崩壊があります。
また、各艦娘の設定が原作とは異なる場合があるので、閲覧するときは注意してください。
2017.1.11サブタイトルを追加しました。


前書き

悠久の戦役第二幕の続きとなります。
2017.6.30 執筆の途中ですが、こちらの加筆修正も進めて行きます。

2017.8.10「第三十四章の加筆修正を完了しました」



第三十二章




  ヴェールヌイの帰投から数時間。

  鎮守府内、元自衛隊員用第一駐車場。


 横須賀鎮守府が、まだ海上自衛隊の駐屯地だった時に整地された【嘗てヒトが使用していた】の施設群の一つである。


 普通乗用車100台以上が駐車できる広大な敷地面積を誇るこの駐車場は、元々軍港内で働く士官や兵隊たちの自家用車の為に整地され利用されていたのだが、深海棲艦の来襲に伴いその役目を廃され、艦娘たちの運動場として再整備されることとなった。


 現在、その駐車場―改め運動場には宿舎を失った艦娘たちの簡易テントが建てられ、みなそれぞれ生き残った姉妹艦とともに思い思いに夜を過ごしていた。


 三日月「・・・・・」


 その簡易テント群の一角、駆逐艦たちで固められたテントの一つを割り振られた三日月は、姉の皐月とともに眠れぬ夜を過ごしていた。


 簡易テントの室内は三畳のほどの広さがあり、底冷え防止として床に敷き詰めた毛布からは、じんわりとアスファルト特有の固い質感が尻部越しに漂ってくる。

 テントの中央には、折り畳み式の小さな簡易テーブルが無造作に置かれ、その上には姉達の形見(バッジ)が入った救急箱と非常用の蝋燭がユラユラと室内を照らしている。

 テーブルを挟んだ向こう側には、姉の皐月が泣きつかれたのか寝袋にくるまったまま小さく寝息らしきものを立てていた。


 三日月自身、いろいろなことがあり過ぎて正直疲れていたのだが、何故か横になる気にはなれず、膝を抱えたまま、色を失った目でじっと蠟燭が生み出す光を見つめていた。


 三日月(睦月姉さん、如月姉さん、望月・・・)


 ユラユラと揺れる蝋燭の炎の中は、三日月の瞳の中に嘗て姉妹と過ごした日々を思い出させていく。

 もしかしたら、あの日の姉さんもこんな気持ちだったのだろうか。


 ―――初めまして、三日月です。どうぞお手柔らかにお願いします。


 建造され、始めて姉(むつき)と相対したとき、彼女の顔には何故か歓迎の色ではなく悲哀の色が浮かんでいた。


 その後も、姉は自分たちをまるで腫れものを扱うかの如く接し、出撃はおろか遠征に出ることすら躊躇う始末だった。

 あの時は、姉の意図が理解できず、てっきり自分は彼女にとって甚だ不本意な着任だったのだと勝手に解釈した。


 でも、今なら解る。


 そう。姉さんは、わたしを、私たちを―――



 「三日月ちゃん。入って良い?」


 テントの入り口から吹雪の声がし、三日月はのろのろと顔を上げると「どうぞ」と入室を促した。


 テントの内外を隔てるチャックが開き、そこから侵入した一陣の外気が、蝋燭の炎を僅かにぶれさせる。

 一拍の間をおいて、「失礼します」との声と共に吹雪が姿を現す。


 その顔には、三日月と同じ―否、それ以上の疲労と悲しみが宿っていた。


 彼女の姉妹艦である初雪は襲撃の際に轟沈し、白雪たちもまた大破したと聞く。

 恐らく今まで、彼女たちの慰労に付き合っていたであろうことは彼女の目じりに生々しく刻まれた跡で安易に察することが出来た。


 ―――今、私に構っている暇などないだろうに。


 慰めに来てくれたことへの感謝と、要らぬお節介だという気持ちが半々のまま、三日月は吹雪を色を失った瞳でぼんやりと見つめた。


 吹雪「・・・三日月ちゃん。その・・・」


 明らかに歓迎されていない空気が漂う中、吹雪は入り口に中腰で佇んでいたが、三日月の「どうしたのですか?座って下さいよ」という妙に余所余所しい言葉に押され、慌てて三日月の隣に腰を下ろした。


 吹雪「・・・・え・・・と・・・」


 重苦しい空気の中、吹雪は何か言おうと必死に思考を巡らせた。


 ―――お姉さんたちは、残念だったね。


 ―――元気を出して。


 ―――大丈夫、貴方は一人じゃない。


 ここへ来るまでに彼女に掛ける言葉は用意して来たはずだったのだが、いざ当人を目の前にすると、いかに自分が半端な覚悟で彼女を見舞ったのだと後悔する羽目になった。


 こんな幾重も使い古された言の葉をかけて何になる。


 こんな言葉で、三日月の心がほんの一寸でも癒されると本気で思っていたというのか。

 この世で唯一つの船魄(ち)を分けた姉妹を失った彼女の痛みは、こんな言葉で癒されるわけがないというのに。


 今更になって自分の無責任さを思い知り自己嫌悪に陥った吹雪だったが、来て早々いきなり出て行くわけにもいかず、来訪した目的も忘れてただひたすら悶々としているしかなかった。


 と、その時。


 三日月「ねえ、吹雪ちゃんは何人目なの?」


 吹雪「え・・・?」


 悶々としていた吹雪に、三日月がおもむろに問う。 


 【何人目】


 即ち再着任のことを言っているのかと思った吹雪は、「え、と・・・」と視線を上に向けた後、「三人目、なのかな・・・」と小さく応えた。


 最初の吹雪は公式記録―改ざんされている可能性もあるので信憑性は薄いが―では鎮守府の創成期に着任し、サボ島沖で轟沈するまで主力艦として数々の武功を立てたのだという。


 二人目の吹雪は、初代の彼女と同じだけの戦果を残したが、最後は解体予備艦となったと妹の白雪にそう聞いた。


 故に、今の吹雪(じぶん)は三人目と言うことになるのだろう。


 三日月「そっか・・・。吹雪ちゃんは、それだけだったんだね」


 吹雪「み、三日月、ちゃん・・・?」


 三日月「羨ましいな。ほんと、羨ましいよ・・・」


 吹雪から視線を逸らし天井を見上げた三日月の目じりに、溢れんばかりの滴が満ちる。

 その滴は、劣等感から来る嫉妬にも似たような色に染まり、本来透明であるはずの色彩を朱に染まったと錯覚させた。


 三日月「吹雪ちゃん・・・。私ね、五人目なんだぁ・・・・・」


 溢れだす滴と共に、三日月は口元をぐにゃりと歪ませ、笑った。


 その笑みは自嘲に澱み、なんとも不気味にして、とても哀しいものであったが、同時に、吹雪の船魄に残る艦船の記憶を呼び起こすこ引き金ともなった。


 それは、あの大戦時の記憶。嘗て吹雪型の登場によって旧式艦のレッテルを張られることになった、ある駆逐艦の辿った栄光と転落の歴史だった。




 



 第三十三章




 第十九号型駆逐艦『睦月』


 第一次世界大戦終結後、戦勝國との間において締結された条約【ワシントン海軍軍縮条約】に伴い艦船の所有数並びにその排水量を規制された当時の海軍は、軍備増強計画である八八艦隊計画の遂行が事実上困難となっていた。


 その困難に際し、軍令部において条約に合わせた新たなる建造計画―【大正十二年度艦艇建造新計画】が策定された。


 この計画は、当時の帝國海軍で進められていた八八艦隊計画の建造艦を大幅に減らすのと共に、最も制約の厳しかった戦艦に変わって新たなる主戦力とされた重巡洋艦と比較的規制の緩かった駆逐艦―駆逐艦は搭載砲のみ規制された―を次期戦力として建造することを目的とされ、重巡洋艦は雷撃力を、駆逐艦は次期戦力としての性能向上を念頭に建造されることになった。


 そして建造されたのが、第一号型駆逐艦『神風』と第十九号型駆逐艦『睦月』であった。


 当時の駆逐艦は艦隊間での補助的な役割を担っていたが、次世代型駆逐艦の先駆けとして建造されたこの睦月型は、日本の駆逐艦史上初めて61cm三連装魚雷を二基搭載し、当時の駆逐艦としては最大の火力を誇り、新時代の主力艦として期待を寄せられていた。


 だが、睦月の進水から二年、世界を驚愕させる艦(ふね)が進水した。


 彼の艦(もの)の名は―第三十五号型駆逐艦『吹雪』


 睦月と同じく大正十二年度艦艇建造新計画において建造された新造艦で、睦月の後輩にあたる艦であった。


 当時の駆逐艦は艦隊の補助的な役目を担っていたため、外洋航行を行う為の凌波性が不足しており、今の艦船の様に外洋航行が出来なかったが、その概念を覆したのが彼の吹雪型駆逐艦であった。


 吹雪型の船体は、凌波性を追求した設計よって従来の駆逐艦よりも大型に建造されており、武装も12cm連装砲三基、61cm三連装魚雷を三基という当時の駆逐艦を凌駕するほどの重武装であった。

 しかし、それだけの武装を積みながら最高速度は38ktという睦月型以上の快速を誇り、重装備かつ外洋を高速で航行するその姿は、当時世界の名だたる国々に衝撃を与え、当時の駆逐艦たちを軒並み旧式艦に追いやることになった。


 そして、その旧式艦の余波は同胞でる睦月型も降りかかることになった。


 三日月「睦月型は轟沈艦の代名詞。ほんと、みんなひどい言い方するよね・・・・」


 吹雪型の登場によって時代遅れの旧式艦に成り下がった睦月型を待っていたのは、歪な重武装化と夥しい屍の山だった。


 元々、睦月型は次世代駆逐艦の先駆けとして建造されたため、まだ外洋航行能力を備えておらず、当然のことながら他の後期型駆逐艦と比べて火力が低かった。


 しかし、吹雪型の登場により駆逐艦も主戦力として扱われるようになると、彼女達も外洋航行の為の凌波性の付与と重武装化のための近代化改装が施され、戦場へと駆り出されることになった。


 だが、それでもなお旧型である彼女達の砲火力は吹雪型に比べてあまりにも低かったため、幾度となく行われた改装も虚しく、戦争を生き残った者は一隻たりとも存在しなかった。



 そして、その大戦時(ぜんせ)のしがらみは、艦娘として転生を果たしても尚彼女たちを苦しめた。



 艦娘の改装は一定の練度に達することにより行わる小規模改装の第一改装と、大規模改装の第二改装が存在する。


 艦娘とその纏う艤装が豹変する第二改装とは違い、第一改装は船魄に残されている前世の記憶を元に行う為、改装も能力の底上げ程度に終わり、目の変化はほとんど起きない。

 それでも、改装時に支給される副艤装は建造時に持参してくる物の上位交換がほとんどで、改装された艦娘はその持参装備のまま即戦力となることが多かった。


 だが、睦月型だけは違っていた。


 改装された彼女たちに支給される副艤装は、どちらかと言えば上位交換よりも他の艦娘の下位交換、もしくは全く方向性の違う物だったりと玉石混交状態で、即戦力になることなどほとんど不可能といって良かった。


 これは、元々睦月型のほとんどが正規の改装ではなく、戦況に応じて各艦ごとの独断で改装していた為に起こった一種の弊害のようなモノであったが、その弊害のせいで睦月達は本来轟沈者の出るはずのない遠征ですら轟沈者を出すまでに貶めらることとなった。


 何時しか、【睦月型は轟沈艦娘の代名詞】という不名誉を賜ることになり、彼女達は非力と哂われ、遠征すらまともにこなせない役立たずの旧式艦だと侮蔑された。



 三日月「でも・・・・。それでも姉さんは、いつも笑顔だった」


 そう呟いて、三日月は自身のバッジを外すと、それを哀惜の目で見つめた。


 このバッジは、着任時に制服と共に支給されるごく有り触れたものだが、いまの三日月たちにとっては命と同等に大切な思い出の品であり、刹那で英霊となっていく姉達と共有することのできる唯一の絆だった。


 『睦月です。はりきって、まいりましょー!』 


 今も脳裏に鮮明に残っている、長女(あね)の朗らかな笑顔。

 常に妹が入れ替わる地獄(せんじょう)の中で、彼女はいつだって笑顔だった。


 『睦月の艦隊、いざ参りますよー!』 


 意気揚々と戦場へと出撃した妹達が、日常的に形見(したい)となって帰還する。


 だが、その死を悲しむ間もなく、翌日には死んだはずの妹達が初々しい顔で自分の前に立ち、また笑顔で死地へと旅立っていく。


 そんな歪んだ日常を、彼女は何度見てきたのだろう。

 初めましてと言われる度。

 よろしくと言われる度。

 さよならと言われる度。

 数えきれないほどの妹たちの屍を前に、姉は何度啼き、孤独に苛まれ、世を呪い、絶望して来たのだろう。


 数え切れぬ肉親の死と無念をその身に背負い、普通なら世を呪い深海棲艦となっても良い程の絶望に苛まれながらも、彼女は常に姉として皆を導き支えた。


 朗らかい笑い、皆を励まし、元気づけ、導いた。


 『みんな、出撃準備はいいかにゃ~ん♪』


 その笑顔の裏にいったいどれだけの慟哭と絶望を秘めていたのか、今となっては知る由もない。


 ――――でも、今なら姉さんの哀しみを理解できるかもしれない。


 そう、彼女と同じように多くの姉(かぞく)を失った、今の私なら。


 三日月「ホント、姉さんは凄いって思う。強くて、優しくて、本当の意味で睦月型の誇りだったんだなって、心の底から、そう思う」


 手にしたバッジをぎゅっと握りしめ、三日月は自らに言い聞かせるように言った。


 失ってようやく気づいた。

 姉は―睦月は本当に偉大だったのだと。


 『睦月をもっともっと褒めるがよいぞ!ほめて伸びるタイプにゃしい、いひひっ!』


 時代遅れの旧式艦と哂われ、遠征すらまともにこなせない穀潰しと嘲られ、轟沈の代名詞と嘲られても尚、彼女は腐ることなく睦月型駆逐艦の名を誇りに思い、胸を張り、堂々と戦ったのだと。


 でも、私の知っている彼女はもういない。

 私の知っている睦月は、襲撃の折、電を庇い沈んだのだから。


 三日月「ねえ、吹雪ちゃん・・・・。私、どうすれば良いのかな・・・・?」


 震える声で三日月は吹雪に問う。


 恐らく、睦月達は明日にでも再着任し自身の前に姿を現すだろう。


 五人目である己を始め、睦月型は比較的再着任率が高いから、例え誰かが欠けようと気付けばまた全員そろっていることなど極々当たり前の事だった。


 だが、新たに着任する睦月達は私の知っている睦月型ではない。


 姿形は同じでも、彼女たちは私の知らない別の艦―新しい睦月なのだ。 

 そして、その狂った現実は同胞の死を覆い隠し無かったことにしていくのだろう。


 そう、【たとえ沈んだとしても、すぐにまた新しい妹がやってくる】のだから。


 ――――あぁ、そうだったんだ。だから姉さんは、このバッジを・・・・・。


 ヒトというものは、いかなる地獄であろうといずれ必ず『慣れて』しまう。


 それは、ヒトの持つ生存本能からくる一種の防衛行動なのだろう。


 だが、この防衛行動は例えそれが親愛する家族であろうと、信頼する仲間であろうと、敬愛する想い人であろうと一切関係なく発動する。

 一度発動してしまえば解除すること敵わず、最終的には『それ』に支配され、無感情な人形の様になっていくのだ。


 戦場に生きるのなら、その方が幸福なのかもしれない。

 だが、睦月はそれに異を唱え、必死に抗った。


 『みんな、例え何隻目であっとしてもこのバッジをつけている限り、睦月達は姉妹(かぞく)だからね』


 新しい妹が着任する度、睦月は必ず全員を集めた上でこのバッジを掲げ、そう宣言した。


 それは、唯一再着任のなかった彼女が残酷な現世に抗う為の導であり、本能を駆逐するための盾だったのだろう。


 そして、彼女亡きいま、その意志は睦月型の御旗となって今度は【三日月】へと託されることになる。


 それが姉の皐月ではなく、三日月と成ったのは、皐月は三日月よりも後に再着任したからであり、年功序列でいけばその意志は自分が受け継ぐことになるのは至極当然の事であった。


 そう、分かっている、解っているのだ。


 でも――――


 三日月「私は・・・。私には・・・・」


 吹雪「三日月ちゃん・・・・」


 震える体躯ををそっと抱き寄せ、吹雪は三日月の頭を優しく包み込む。

 こういう時、気の利いた言葉の一つも掛けられれば良かったのだが、生憎今の吹雪にはそれだけの年功がなかった。


 三日月「睦月姉さん・・・・。如月姉さん・・・・。私・・・・、わたし・・・・」


 抱かれた頭部から伝わってくる吹雪の体温は、心の奥底に押し込めた感情の蓋を押し開き、吐き出させていく。


 ――――無理だ、私にはできない!


 喉まで出かかった言葉を辛うじて飲み込み、三日月は吹雪の胸で咽び泣いた。  


 睦月型姉妹は他の駆逐艦と同様に姉妹が多く、皆個性派ぞろいであったが、三日月はその中でも生真面目という言葉を体現したような存在だった。


 それは、性格の善悪を指し引いても尚癖の強い姉妹の間に挟まれたが故の結果なのかもしれない。

 結局、良くも悪くも彼女は大人だった。否、大人になってしまったのだ。


 ――――姉亡き今、私が彼女の遺志を継ぎ、導として生きねばならぬ。


 そう、この時をもって三日月は睦月型の旗艦として新たに集う姉妹たちを導いていかなくてはならないのだ。


 ―――私が、やらねばいけないのだ。


 吹雪(三日月ちゃん・・・・)


 自身の胸で苦悩する三日月の心中を察しつつ、吹雪は部屋の隅で寝息を立て続ける皐月をねめつけた。


 吹雪(・・・・ねえ、本当は起きてるんでしょう?)


 ポツリと口中で呟いた吹雪に、皐月はビクリと僅かに反応する。


 注視しなければわからない程度だったが、彼女は躰を動かし吹雪たちから顔を背けた。

 部屋に入った時から皐月が狸寝入りを決め込んでいるのは薄々気付いていたのだが、吹雪はあえてそれを指摘しようとは思わなかった。

 理由は一つ。

 皐月が―否、【今の皐月が自分と同じ存在】だからだった。


 元々再着任艦の多い睦月型だが、その中でも再着任数が最も多いと言われているのが【皐月】という艦娘であり、彼女はその【何人目かの皐月】だった。


 今そこに居る皐月もつい先だって着任したばかりで、とても旗艦を任せることなど到底出来ない。

 故に、年功序列順に行けば睦月型の旗艦を務めるのは三日月であり、皐月が背負う必要はないのだが、いくら何でも重責に押しつぶされている妹に対し何時までも我関せずでいるのは流石にどうかと思う。


 吹雪(でも、私も他人のことは言えないのかな・・・・)


 皐月から視線を外し、咽び泣く三日月の姿を再び視線に収めた時、吹雪の脳裏に妹達の姿が重なり言いようのない罪悪感が渦巻いていく。


 『吹雪ちゃん。私は大丈夫だよ、大丈夫だから・・・・ね?』


 胸元で咽び泣く戦友に重なる、妹たちの気丈な笑顔。


 表情こそ笑顔を作っているものの、その瞳にはいつも深淵の如き絶望と己を焼き続ける罪過の炎が宿っていた。


 それは、残されてしまった者達が背負わされる後悔と自責の念で作られた贖罪の炎。


 『お前のせいだ。お前のせいで、あの娘は沈んだのだ』


 そう何度も自身に呪詛を吐き、己の力不足故に死なせてしまった姉妹たちを二度と水底へと還さぬために自ら打ち込んだ罪の楔は、未届け人たる吹雪たち―沈んだ姉妹と寸分違わぬ姿をした新たなる艦娘―を以てその強制力を最大限に保っている。


 例え、その未届け人が彼の者たちにその贖罪を望んでいなかったのだとしても。 


 吹雪「三日月ちゃん・・・・。ごめんね・・・・本当に、ごめんね・・・・・」


 すすり泣く三日月に、吹雪は幾度となくそう呟く。


 背負わせてしまった罪と、味合わせてしまった慟哭。

 そして、共に笑い合い、共に哭くことが出来ない己を糾弾する意味を込めて、吹雪は何度も謝罪の言の葉を紡いだ。


 ――――ごめんなさい。


 貴方を再び置いて逝ってしまって。

 貴方を再び悲しませてしまって。

 貴方を再び一人にしてしまって。


 ――――ごめんなさい。本当に、ごめんなさい・・・・・。






 

 第三十四章






 同時刻、第六駆逐隊のテント内。



 静まり返った室内を、蝋燭特有の鈍い光がユラユラと室内を照らしている。

 その鈍光と静寂は、蹲った二対の童(わっぱ)を薄く照らし出し、己が罪過を温情の余地なく暴き出していく。


 『―――私の気持ち何も分かって無いくせに、勝手なこと言わないで!!』


 雷(・・・電。・・・わたし・・・・・)



 話はほんの少し前に遡る。


 拷問同然の入渠から数時間、修復を終え簡易テントに帰宅した雷は、そこで憔悴しきった電とそれを宥めるヴェールヌイと再会することになった。


 雷「電、いったい何があったの!?」


 姉の暁が昏睡して以降、雷はずっと本部棟の仮眠室に住み込みで暁の介補をしていた為、電とまともに会話するのは実に数か月振りだった。


 だから、変わり果てた妹の姿に雷は動揺を隠せなかった。


 電「雷お姉ちゃん・・・・・。電は・・・いな、づまは・・・・・」


 ヴェル「電、無理しなくいい。私が代わりに説明するよ」


 憔悴し、会話もままならない妹に変わって、姉のヴェールヌイが事の顛末を説明してくれた。


 ヴェールヌイの話では、昨夜の襲撃の折、睦月達は電と共に迎撃のため出撃したのだが、弥生と如月はその時飛来して来た飛翔魚雷により轟沈してしまったらしい。


 だが、睦月は妹たちの轟沈を電の責だと断じ彼女を激しく糾弾したが、最後は再び飛来して来た飛翔魚雷から電を庇って戦死してしまったのだと言う。


 故に、電は自分のせいで睦月達が轟沈したのだと思い込み、自責の念に駆られているのだとヴェールヌイは説明してくれた。


 雷「うん、そうだったんだ・・・・。あの睦月が、ね」


 ヴェールヌイから事の顛末聞いた雷の顔に、僅かな悲哀の色が映る。


 それは、曲がりなりにも戦友である睦月の戦死に対する彼女なりの社交辞令のようなモノだったが、彼女自身何故に電が自責の念に駆られているのかは理解できなかった。


 雷(なんで、電が悪いのかしら)


 司令官の話では、弥生と如月を沈めたのは天照らしいし、ヴェエールヌイの話では睦月達は飛来する飛翔魚雷を捉えておきながら迎撃出来なかったらしい。


 なら、彼女たちの戦死は電の過失ではない。


 と言うより、これを電の謀だとする睦月の弁は「勘違いも甚だしい」と憤りすら覚えるほどだった。


 ただ、睦月が最後に電を庇ったというのは評価できる。


 そう、電は鎮守府の主力艦だ。

 そして、睦月達は張り子の艦娘―即ち体裁だけを取り繕った唯の数合わせだ。


 戦力としてみた場合、あの時生き残るべきは睦月ではなく電の方だ。


 張り子の艦娘風情が主力艦相手に随分と舐めた口を利いてくれたものだが、自らの命を以て電を救った睦月の行動は至極正しい行為であり、電が気に病むことではない。


 そう、睦月は【正しい事】をしたのだ。


 ただ、そうやって無意識に彼女たちを格下と見下していたが故に、雷は妹が負った心の傷に気付くことが出来なかったのだろう。


 だからだったのだろうか。

 私が、失言(あんなこと)を叩いてしまったのは。


 『睦月達は、仕方がなかったのよ』


 消沈する電に、雷はそう言い放った。


 戦時下である以上、仲間の死は避けられない。

 それに、戦火を生きるには睦月たち張り子の艦娘は余りにも弱すぎる。


 故に、あの襲撃を彼女たちが生き延びることはほぼ不可能だっただろう。


 だから、電は睦月達の死を悲しむべきではない。むしろ、彼女たちの行動を英断として褒めるべきなのだ。


 そう言って、彼女は妹を励ました。

 そう、【励ました】つもりだったのだ。



 電「・・・・それ、どういう意味ですか?」


 雷「え―――?」


 宥める雷に電は小声でそう言った。

 言葉こそ丁寧だったが、この声音には姉の失言に対する怒気がこもっていた。


 電「睦月ちゃん達は電のせいで沈んだのですよ。なのに、お姉ちゃんたちは【電が生き残ったのだから、それで良しとしろ】と。そう言うのですか?」


 怒りに肩を震えさせ今一度聞き返す電に、雷は元より傍にいたヴェールヌイでさえも動揺を隠せなかった。


 雷「電。あ、あの―――」


 ヴェル「電、それは違う。睦月の死は電のせいじゃ―――」


 電「馬鹿な事言わないでよ!」


 弁明する姉二人に怒りを爆発させた電は、今までに無いくらい荒々しい口調で二人を責め立てた。


電「電は、撃てたのです!落とせたのです!!救えたのです!!なのに、なのにあの時電は撃てなかった。救えなかった。守れなかった・・・・・」


 二人の言う通り、確かに睦月の死は電のせいではないのかもしれない。


 でも、それは結果論であって、追求すべき論点はそこではないのだ。


 もしも、あの時自分が睦月達を戦場に連れ出さなければ、睦月達はあそこで死ぬことは無かったかもしれないのだ。

 もしも、あの時自分がもう少し利口だったのなら、少なくとも彼女たちはあんな惨い死に方をせずに済んだかもしれないのだ。


 そう、あの時、【私が飛翔魚雷を迎撃してさえいれば】良かったのだ。


 そう、私はあの時飛翔魚雷を捕捉していた。

 照準も合わせていた。

 弾薬もあった。

 迎撃も十分に可能だったのだ。


 ―――なのに、私はあの時撃たなかった。


 否、撃とうとしなかった。

 理由ははっきりしないが、これだけは言える。


 あの時、なりふり構わず撃てば少なくとも三人のうちの誰かは救えたはずなのだ。

 そう、あの時撃ってさえいれば―――。


 電「電は、罪を犯したのです。見殺しにしたのです。なのに、電に罪はないと?私の気持ち何も分かって無いくせに、勝手なこと言わないで!!」


 ヴェル「――――っ。電!!」


 電「――――っ!」


 畳みかけるように感情をぶつける電に、ヴェールヌイは思わず手を挙げた。

 否、挙げてしまった。

 これ以上、彼女の心の叫びを聞く勇気がなかった。


 電「・・・あ、・・・え・・・・・っ!」


 叩かれた事への困惑と姉への幻滅に苛まれ、電は苦渋の顔で踵を返した。


 雷「いなづまっ!?」


 苦渋の表情でテントの入り口を潜る電に、何かを察した雷は引き止めようと咄嗟に手を伸ばした。


 雷(待って・・・っ!!今出て行かれたら、私たちバラバラになっちゃう)


 だが、雷の伸ばした手は、僅かに妹の袖を掠めただけで電の躰はテントの外へと出てしまった。


 雷「電、まって。いなづまぁぁぁ―――!!」


 必死の形相で引き留めようとする雷の制止を振り切り、電は月下の夜へと消えていった。



 そして、時は無情にも現在へと至る。



 彼女が出てって以降、開け放たれたままのチャックからは夜風が入り込み、蝋燭を嬲り付けている。


 真夏だというのに、海原から吹き込む夜風はひんやりと冷たく、鼻孔をくすぐる潮の匂いにはそこはかとなく血生臭かった。


 雷「・・・響姉。私、どうすれば良いのかな・・・・」


 テントの中心に置かれた簡易テーブルを挟んで向かい側に蹲る姉(ヴェールヌイ)に、雷は縋る様に問うた。


 第二改装を受けて以来、彼女を響(きゅうめい)で呼ぶのは彼女くらいになってしまったが、ヴェールヌイは特に訂正しろとは言わなかった。


 ヴェル「・・・・」


 雷の問いに、ヴェールヌイは僅かに頭を上げこちらを見やると、何も答えぬまますぐに頭を元に戻してしまった。


 ―――私に聞かないでくれ。


 何も言わない代わりに彼女の躰が、雷にそう訴える。

 私にも何も分からないのだ。むしろこちらが聞きたいくらいだ、と。


 その答えに、雷は「・・・そっか」とそっけなく言った。


 皆が、暁型が、バラバラになっていく。

 あんなに一緒だったのに。一つだったのに。理解し合えていたのに。


 私はただ、みんなで一緒に笑っていたかっただけなのに。

 もう、何も分からない。

 何も解らない。

 何も判らない。


 ワタシニハ、モウ、ナニモワカラナイ―――


 雷(暁姉・・・・・。私、どうしたら良いの・・・・・?)


 変わり果ててしまった自分の現実に絶望しながら、雷はいまだ眠り続ける姉(あかつき)に唯々救済を求めるのだった。





 第一艦隊第一水雷戦隊第六駆逐隊


 艦隊運営において最も初期に編成される艦隊名の一つにして、最も名の知れた駆逐隊の名称である。


 通称【第六駆逐隊】と称されるこの駆逐隊は、彼の吹雪型の同型艦である暁型で固められており、鎮守府の創成期おいては艦隊の主力となって艦隊運営の基礎を創り、中期以降は遠征や出撃時の随伴艦を務めるなどの多種多彩な活躍を見せた。


 また、その容姿から鎮守府のみならず民間においても広く支持を得ており、その高人気と功績とも相まって文武両道とはこのことかと言わしめるほどだった。


 ただ、それももう、昔の話だ。


 睦月達を沈め、心配てくれた姉をも傷付けた私には、その栄華を受ける資格などないのだから。


 ―――私は、いったいどうすれば。


 心配する姉たちの慰安に手を上げテントを飛び出した電は、瓦礫の散乱する鎮守府をふらふらと徘徊していた。


 何もかもが破壊され、更地と化したその光景は、宛ら初めての任務で趣いたあの昭和三陸地震に似ていた。


 電「・・・・・」


 電は倒壊した瓦礫の上に腰かけ「はぁ」と息を吐いた。


 もう結構時間が経ったと思うのに、姉(ヴェールヌイ)に叩かれた頬は、未だ熱を持ち、じくじくと痛覚を刺激し続けている。

 俯き痛む頬を数回撫でてみたが、痛みは一向に収まらなかった。



 『睦月達は、仕方がなかったのよ』


 電の鼓膜に残った姉の言の葉が、未だ彼女に非情な現実を突き付けていく。


 戦場に生きる以上、その者の生死はその者の練度(せんとうけいけん)によって決まる。

 低練度はそのまま武器の扱い方にも直結するため、いくら装備が優秀であろうと、それを扱う者の練度が低ければ、それは唯の宝の持ち腐れとなってしまう。


 故に、張り子の艦娘である睦月達の死は、ほとんど確定であったと言えよう。


 それは、彼女自身もよく理解していたのかもしれない。

 だからこそ、彼女は最後に主力艦である電を救うことで睦月型の意地と矜持を見せたのだろう。

 我は、唯の旧式艦にあらず。

 我も、まだ戦える。

 守れる。

 仲間を救える。

 彼女の死を悼むのなら、彼女の戦果(し)を認めてやらねばならない。


 そう、彼女は【正しい事】をして轟沈(せんし)したのだ、と。


 電「・・・私は・・・・」


 この現実を認めれば、睦月の死は意義のある物に変わるだろう。


 彼女は犬死ではなく名誉の死を遂げたとして、侮蔑と屈辱に塗れた睦月型の艦娘歴に一つの栄光を賜ることになる。

 そうすることが、彼女の命を以て救われた自分の成すべきことであると言う事も理解している。


 そう、理解はしているのだ。


 でも―――


 電「私は、わたしは・・・・」


 認めるべき現実と否定すべきという願望が、電の心に激しく揺さぶりを掛ける。


 本当は、睦月の死を犬死で終らせたくはない。

 だが、それを認めるという事は自ら掲げた御旗を自らの手で否定することになる。


 だから、電はわざと思考を堂々巡りさせることで答を出さないようにした。

 そうすることで、自身の心中に既に存在する答えから目を背けようとしたのだ。


 だが、眼の前に広がる惨状(げんじつ)は、電の抵抗を「無駄」だと断じ目を向けさせようとする。


 そうすることが、自身の掲げた御旗に対する責務だとでも言うように。 



 『私は、例え敵であろうと救える命は救いたい』



 嘗て、戦火に哭く一人の艦娘が残酷な現世に抗う為、この御旗を立て闘った。


 血で血を洗う戦火の中で数多の生命の救済を謳ったこの御旗は、見る物に安息と残酷な運命に立ち向かう勇気を与えると共に、多くの賛同者が馳せ参じた。


 集まった多くの同胞立ちによって祈願から大義へと昇格したこの御旗には新たに「勝利」の文言が追加され、掲げる文言もそれに合わせて作り替えられることになった。


 『戦争には勝ちたい。でも命は助けたい』


 掲げた御旗の成就と、分別無き全ての命の救済。


 本来、決して交わることのない相対する二つの大義を掲げたこの御旗は、何時しか横須賀鎮守府の純白の御旗として掲げられる様になり、鎮守府の艦娘たちはその御旗のために日々狂奔するようになった。


 しかし、この御旗は血風轟く戦時下で掲げるには余りにも綺麗すぎた。


 電「・・・・っ」 


 大義を成すためには、犠牲がいる。

 純白を保つためには、その穢れを引き受ける贄がいる。


 戦火に身を置く者なら常識であるこの論理を真っ向から否定するこの御旗は、その清廉潔白を保つために多くの『犠牲』と言う名の洗剤で洗浄され、『欺瞞』言う名の薬剤で漂白されるようになった。


 そう、この御旗は救済を差し伸べたその手で殺した者達と、それを隠すために数多の嘘で塗り固めた美醜の御旗に過ぎないのだ。


 これは、在籍する主力艦なら承知の事実だった。

 だが、最早この御旗は鎮守府に在籍する全ての艦娘の希望であり、その色は純白で在らねばならぬ。


 故に、睦月の死は【飛翔魚雷の迎撃が出来なかったが故の無駄死に】ではなく、【主力艦をその命を以て救出した】という英断の末の名誉の死でなくてはならない。


 そう、電は【睦月を死なせた】のではなく、睦月の【英断によって救済された】、と言う幸運艦(やくしゃ)を演じなければならいのだ。


 仮にこのシナリオを電が受け入れなければ、この矛盾を抱えた御旗はその隠された嘘と死臭で瞬く間に穢れ、最早掲げる事すらおこがましいモノへと成り下がってしまう。


 だからこそ、本来、電はあそこで雷の慰安を受け入れなくてはいけなかったのだ。 


 電「・・・・」


 通り過ぎた一陣の風の後押しを受けのろのろと顔を上げた電は、月下に照らされた鎮守府を見渡した。


 瓦礫の撤去がほぼ手付かずの鎮守府は、いまだ轟沈した仲間たちが数多く眠っている。

 負傷者たちの治療と有事の戦力確保を最優先にしたためだった。


 取り合えず、明日から本格的に瓦礫の撤去と遺品の回収に取り掛かるそうだが、果たして何人の艦娘が戦力になるだろうか。


 この瓦礫の下に眠る幾数十の仲間の死骸、その大半はきっと原型を留めてすらいないだろう。


 瓦礫を退け、土を掘り返し、ようやく見つけた身内の変わり果てた姿を以て、彼女たちの怨嗟は更に加速することになるだろう。


 艦娘の外傷は入渠すれば完治するが、内傷は入渠しても完治することは無い。


 この傷はあまり特殊で、完治するには対象者の望みを果たすしかないからだ。 


 そう、内傷を背負いし彼の者たちが求める治療法(のぞみ)は、唯一つ。


 【謀叛艦天照の首を、戦友たちの墓前に捧げること】 


 心に癒えぬ傷を負い、怒りに打ち震え、奴(アマテラス)を殺せと呪詛を謳う者達が一体どれだけいると思う。


 彼女たちは皆、仇討ちを望んでいるのだ。


 彼女たちは、明日にも司令官に意見具申するだろう。

 そして、彼の気持ちを考えず、こう叫ぶのだ。


 『奴を殺させろ』


 『仇を撃たせろ』


 『無念を果たさせろ』


 その時、彼はどうするのだろう。

 数多いる艦娘の中で、ただ一人心の底から慕い、臥所を共にした彼女をやはり差し出すのだろうか。


 電「ねえ、私はどうすれば良いと思いますか?」


 答を求めふと見上げた空に、十六夜に欠けた月が煌々と照らしていた。


 仲間を沈めた天照も、沈めた仲間の姉妹艦も、彼女の死を望む者も、彼の御旗の下では全て救済の対象だ。


 でも、この御旗の下では三者全てを救済することは出来ない。 

 御旗は白くある為に、その穢れを引き受ける者がいるからだ。


 そう、この御旗の下私は選ばればならない。


 即ち、天照を助けるのか、彼女を見捨てるのか選択しなければならないのだ。 


 それが、この御旗に生みの親である私の責務なのだから。


 でも、私は・・・・わたしには―――――。


 電「教えて下さい。私は誰を助ければ、誰を救えば良いのですか・・・!?」


 電は物言わぬ月に縋り、懇願し叫んだ。


 「教えて下さい」と繰り返し懇願するその姿は、神に救済を請う愚かな咎人に以て然り、頬を伝う滴は己が犯した罪過に濡れ慟哭に染まっていく。


 ―――私は、いったい何を願ったのだろう。


 ―――私は、いったい何を掲げたのだろう。


 ―――私は、いったい何を求めたのだろう。


 私は、わたしは、ワタシハ――――


 ワタシハ、イッタイ、ナンノタメニ―――



 十六夜の月は絶望の淵に立つ少女を哀惜の眼で見つめながら、唯々鎮守府を照らし続けるのだった。







  第三十五章





 電達の問答より少し後。

 

 第一航空戦隊の簡易テント内。



 非常用蝋燭の薄暗い室内の中、航空母艦「加賀」は有事に備えて己の艤装の手入れをしていた。

 空母艦娘の象徴であり主艤装でもある飛行甲板は元より、艦載機を発艦させるためのカタパルトの役割を成すこの洋弓―リカーブボウと呼ばれる普段使う半弓とは別の弓―は今の自分にとっては生命線となる為、日々の手入れは怠ってはならない。

 更に、空母たちは航空機運用に各々癖がある為、空母の多くは主艤装の手入れは自身で行うことが多かった。


 加賀「・・・・ふぅ」


 新たに支給された洋弓の弦の張り具合を入念に確認したところで、加賀は弓を置き一息つく。

 簡易テーブルを挟んで向かい側の寝床は同僚の赤城が居たのだが、彼女は少し前に他の空母たちの様子を見に行っている為、今は自分一人だった。


 加賀「赤城さん・・・・」


 嘗て、第一航空戦隊の双璧ととして数多の海原を暴れ回った同胞にして、己が半身ともいえる親友。

 彼女が傍にいてくれる限り、私はどんな困難にも立ち向かうことが出来る。


 そう、彼女さえ、居てくれれば―――


 『姉さん・・・』


 加賀「・・・・っ」


 半身(あかぎ)の出で立ちを想像した刹那、別の人物が脳裏をよぎり、加賀は慌てて頭を振り「それ」を追い出した。


 なんで今更、あの娘のことが頭をよぎる。

 今の私は、あの娘の【 】ではないというのに。


 『お初にお目にかかります。DDH-185あまてらすです。いずも型の名に恥じないよう、頑張ります』


 極稀に、船魄は転生した艦娘とは別の記憶が混在することがある。

 それは、言わるゆる別の可能性の艦船(じぶん)の記憶であり、いま加賀の中に存在するモノは、数多あるカガと言う艦娘の記憶の一つ。つまり、別のカガの辿った記憶であった。 

 

 『よろしくお願います、かが姉さん。共に戦うことが出来て嬉しいです』


 ―――違う。私は、違う!


 屈託のない笑顔で見つめる、もう一人の自分のナニモノか。

 そう、かがは嘗てあの艦(こ)の【 】であった。

 

 でも、だからどうだというのだ。


 あの娘の身の上がどうであろうと関係ない。

 彼女は敵、そう倒すべき、敵なのだ。

 



 「加賀さん。ただいま戻りました、開けてください」  


 テントの外から慣れ親しんだ声が聞こえ、加賀は「今開けます」いって己が思考を半ば強引に排除する。

 もう、考えるのは止そう。

 考えたところで、もう、どうにも出来なことだから。


 「ただいま。加賀さん」


 開けたチャックの向こうからふんわりと甘い香りが漂い、長い黒髪が特徴的な長身の女性が入ってくる。

 彼女こそ、加賀と共に彼の第一航空戦隊の旗艦を務めた航空母艦赤城であり、何物にも代えがたい親友であった。


 加賀「お帰りなさい。赤城さん」


 言って加賀はやんわりと微笑む。

 元々感情表現の乏しい自分だが、彼女の前でだけは自然体でいられる。


 きっと、それは彼女があの大戦からの付き合いからなのかもしれない。



 太平洋戦争以前、我ら航空母艦は主戦力ではなかった。


 今では考えられない事であるが、当時の海戦の主役は戦艦であり、空母はもっぱら威力偵察か戦艦への状況報告が主任務であった為、今の様な輝かしい戦果など挙げられなかった。


 これは、まだ航空母艦が珍しい艦船でありその戦法も手探り状態であったことに起因するもので、艦載機も今ほど高性能でなかったが故、やむを得ない事であった。


 彼女とはその当時からの付き合いであり、共に酸いも甘いも経験して来た。


 だからだろう。


 赤城が親友である加賀の抱く葛藤に、気付くことが出来たのは。


 赤城「加賀さん。大丈夫ですか?」


 加賀「え―――?」


 唐突にそう言われ、加賀はぽかんと親友を見つめる。

 

 大丈夫?


 何が。一体。どういう意図で、そんなことを聞くのか。


 私は、どこも悪くない。


 私は、どこも故障していない。


 私は、何も気にしてなどいない。


 私は、わたしは、ワタシハ、アノコノ、コトナンカ―――。


 

 加賀「あの、意味が解らないのですけど」


 努めて自然に、加賀は赤城の問いに応える。

 私が未だに『あの娘のこと』を引きずっている事を悟られぬよう、慎重に、自然に、違和感なく応える。


 だが―――。


 赤城「彼女の、あまてらすの事です」


 その努力も、長年連れ添った戦友の前では塵ほどの隠蔽効果もなかった。


 加賀「あまてらす?誰ですか、その艦(こ)は」


 見透かされている事を承知の上で、加賀はとぼけて見せた。

 

 ―――知らない。あまてらすなど、知らない。


 赤城「そうやって、まだとぼけるのですね、加賀さん。いいえ、かがと言った方が良いのでしょうか」


 しらを切る戦友に、赤城は逃がさんと真正面に座り加賀を見つめる。

 その射貫く様な眼は、獲物を見つめる狩人に似て、様々な戦火を潜り抜けた玄人の如き眼光だった。


 加賀「・・・っ。かがって、誰のことですか?私は・・・。わたしは・・・・」


 歴戦艦よろしく逃げ場など設けぬ的確な説得(こうげき)に、加賀は己が築いた牙城が少しづつ崩れていくのを感じていた。


 ―――違う、私は『加賀』だ。


 ―――『かが』などではない。


 そうだ、私は、わたしは、アノコノ―――。


 赤城「まだ逃げるのですか?突き放すのですか?加賀さん、何時から貴方はそんな腰抜けになったのですか?」


 見つめる眼光に切望の色を乗せて、赤城は加賀に問い続ける。


 逃げるな。


 向き合え。


 救ってあげろ。


 貴方は、彼女の、現世に生きる唯一人の【姉妹】だろう。 


 加賀「赤城、さん・・・・」


 『そっか・・・。姉さんなら、解ってくれると思ってたんだけどな・・・・』


 彼女の視線と彼の者の視線が重なり、加賀はもはやこれまでと己が敗北を認めた。


 逃げたところで結果は変わらない。

 なら、せめて向き合い立ち向かおう。


 それが、嘗て無敵艦隊と呼ばれた我らの誇りであり、御旗であるのだから。

 

 『我らは以下なる苦境にも立ち向かい、抗い、勝利する。それが、栄えある南雲機動部隊の矜持なれば』


 嘗て掲げた御旗を今一度胸に抱き、加賀は赤城を見据え言った。


 加賀「・・・解りました。ただ、その前に少し昔話をしても良いでしょうか?」


 それであの妹(こ)が救われるわけではないのが、せめてあの子が生きた記憶を知る者が一人でも多く在れば、それで―――。


 赤城「ええ。話してください」


 加賀の心を慮り、赤城はやんわりと肯定する。

 それを聞き届けた加賀は、「ありがとうございます」と言って結い上げた髪を降ろし再び結い直す。


 何時ものトレードマークであるサイドテールから後ろに結い直した彼女は、『加賀』ではなく、彼の者の姉妹艦である『かが』となっていた。


 かが「お話します。わたし、DDH-184かがの妹である、DDH-185あまてらすの事を。わたしの知っている限り、全て」



 彼の者は語り始める。

 それは、今から数年前の現世。まだ、艦娘と言う深海棲艦に抗う剣のない時代に就役した、ある一隻の護衛艦(むくなるもの)の物語であった。





 第三十六章




 落日の敗走。


 人類がまだ艦娘という戦力(つるぎ)を持たずに、深海棲艦に挑んだ戦の名称である。

 

 全世界に存在するほぼ全ての戦闘艦を投入したこの人類史上稀にみる大戦は、人間側がおよそ八割の艦船を損失するという近年稀にみる大惨敗に終わった。

 

 敗因は諸説あるが、最も有力なのは人類が深海棲艦の実力を軽んじていた言う事であろう。


 深海棲艦が初めて観測されたとき、人類はその容姿に驚愕した。

 女性の姿をしていながら、その全身に武器を纏った異様な姿は、見るものに美麗さと異質さを与えると共に、軽薄な危機感を抱かせた。


 彼の者は現存するどの艦船よりもはるかに小さく、持ち得る火器もそれに合わせてはるかに小さい。

 いくら火力があろうと防備が厚かろうと、人間サイズの火器では最新鋭の護衛艦の装甲を貫き沈める事など不可能だと勝手に結論付けた。


 そう、「明るけりゃ月夜だと思う」との言葉の如く、当時の人類は完全に深海棲艦たちを舐めていたのだ。


 そういう慢心が招く末路は、今日の歴史を見るまでも無いであろう。


 この敗戦によって、人類は艦娘と言う新たな剣を得るまで全ての海洋を支配される事になった。


 そんな敗戦の中で、唯一隻深海棲艦に一太刀を浴びせた艦船が存在した。


 彼の艦(もの)の名は、DDH-185いずも型ヘリ搭載護衛艦「あまてらす」。


 21世紀の泰平の世を維持すべく日ノ本の國によって建造された護衛艦DDH-183「いずも」の三番艦にして、艦船にて唯一隻深海棲艦を撃沈した武功艦である。


 そして、ある艦娘の本当の艦名(なまえ)でもあった。

 

 赤城「DDH-185あまてらす。それが、天照の本当の艦名(なまえ)」


 赤城の言葉にかがはこくりと頷いた。


 あまてらすは、DDH-183いずもを旗艦とする第一護衛隊群第一護衛隊の随伴艦として戦後復興を果たした日ノ本の國を守護すべく奮闘し、そして見事敵を打ち取り―戦果は軽巡ホ級一隻だった―人類の意地を見せつけたとされている。


 ただ、このあまてらすと言う艦の記録はこれだけしかなく、彼女が艦娘として着任したという記録もない。


 赤城自身、電に次いでこの鎮守府の最古参組であり、仮に、彼女が解体予備艦となったとしても彼女の事は知っているはずであった。


 しかし、赤城がこの艦娘の存在を知ったのはつい先ほど―それも偶然であった。


 かが「知らないのも無理ありません。彼女は、ある目的のために着任してすぐに隔離されましたから」


 記憶を辿ろうとする赤城に、かがは申し訳なさそうに言った。


 『お初にお目にかかります。DDH-185あまてらすです。いずも型の名に恥じないよう、頑張ります』


 目を閉じる度に思い出す、妹の無垢なる笑顔。


  生まれたての赤子の如く、朗らかに笑い、穢れを知らず、提督(あのおとこ)の為に戦いたいと心の底から思っていた。

 


 ―――そう、わたしもあの時までは、そう思っていた。



 『よろしくお願います、かが姉さん。共に戦うことが出来て嬉しいです』


 数日前に着任したかがの初任務は、隔離―否、幽閉された妹の世話という名の監視だった。


 落日の敗走という敗戦を経験したあまてらすは、今度こそ深海棲艦に勝利すると出撃命令を今か今かと待ち続けていたが、鳳が彼女を建造した目的は、深海棲艦と闘わせるためではなく、彼の掲げる別の御旗の為だった。


 赤城「それは、どういうことなのですか?」


 赤城は、心に抱いた疑問をそのままぶつけた。


 鳳があまてらすにそんな仕打ちをしていたという事実もさることながら、今は、彼女が一体何のために建造されたのかを知るのが先だとそう考えての事だった。


 艦娘は、深海棲艦との戦争の為に建造され、使役される。


 それは、彼の者達が艦娘の持つ兵器でのみ対抗することが出来るからだ。


 しかし、かがの話によればあまてらすが建造された理由は戦う為では無いという。



 ―――では、一体、何のために・・・・。



 かが「その理由を話す前に。赤城さん、一つ聞いても良いですか?」


 問うた赤城に、かがはあえて問で返した。


 赤城「はい。何でしょうか」


 かが「なぜ、あまてらすのことを知っていたのですか?」


 初期艦の電ですら知ることのないあまてらすの存在。

 加賀の中に存在するもう一人のかが。

 それらの事柄を知るものは、この鎮守府の主である提督とその建造に立ち会ったであろう極々限られた者のみ。


 少なくとも彼女の様な身分では、知ることなど出来ようはずもない。


 では、彼女はどうやってこのことを知ったのか。


 最も、その理由は単純なものであろうが。

 

 赤城「それは・・・。これで知りました・・・」


 言って赤城は自分の寝床から焼け焦げた鞄を取り出し、簡易テーブルに静かに置いた。

 あの大火でよく燃えずに残ったものだと驚くかがをしり目に、赤城はその鞄から一冊の書類を取り出す。

 据えた匂いと共にかがの目に飛び込んできたのは、大きく赤いハンコで「極秘」と捺印された一冊の資料であった。


 かが「これは?」


 赤城「今日、本部棟の瓦礫の中から見つけました」


 赤城の話によれば、入渠を終え被害の把握のため鎮守府を散策していた時、これを見つけたのだそうだ。


 赤城「本当なら、これは提督に持っていくのが規則なのですが、好奇心からつい中身を見てしまったのです・・・」


 言って、赤城はかがから視線を逸らす。


 そうしたのは、規則違反を犯したことを告白したからではない。

 むしろ、これは彼女にとって天地がひっくり返る程の内容が書かれていたからであった。


 かが「そう・・・。そう言う事だったのですね」


 そう、彼女は資料(これ)によって知ってしまったのだ。


 強襲揚陸艦天照という白昼夢の艦(ふね)を創造する為に行なった大本営の罪過と、その深い闇を。


 かが「赤城さん。これをあなたが持っていることを知っている艦(ひと)は・・・?」


 恐る恐る問うたかがに、赤城は静かに首を横に振った。


 彼女の様子からして、あれには文字通り全てが書かれているのだろう。

 なら、これは悠長に昔話をしている場合ではない。


 かが「赤城さん。話の途中で申し訳ないけど・・・」


 焦燥を顔に滲ませ、かがは赤城に行動を促した。

 

 偶然とはいえ、このことが提督(あのおとこ)の耳に入れば、彼女は機密保持のために処分される可能性がある。


 否、彼奴なら―あの畜生なら間違いなくそうする。


 寧ろ、一刻も早くこの資料を焼却し、知らぬ存ぜぬを装わねば彼女が危ない。

 

 だが、焦燥するかがに赤城はまたも首を横に振った。


 かが「赤城さん・・・・」


 「どうして」と顔面で訴えるかがに、赤城は「続けてください」と、静かにしかし確かな意思を持った声音で言った。


 覚悟は出来ている。


 この記録を見てしまった以上、今更自分は知らぬ存ぜぬを決め込むことは出来ない。

 同じ空母として。第一航空戦隊の旗艦として、貴方の背負った業を理解したい。ともに背負いたい。分かち合いたい。


 そして、貴方の妹を救いたい。


 だから―――

 

 かが(赤城さん・・・。貴方という人は・・・)


 真っ直ぐに己の意思を示す彼の親友に、かがは先ほどまで焦燥していた自分が阿呆だったように感じた。


 そうだ、この人はいつだってそうだった。


 戦艦(かが)だった時も。空母(かが)だった時も。DDH(かが)として着任し、加賀の船魄を受け入れた時も。

 

 時に迷い、折れそうになった時は何時も彼女の存在を想い起こして来た。


 彼女のこの顔を、この声を、この意思を糧にしてきた。



 ―――彼女なら、大丈夫。



 そう思えるだけの覚悟と確信を得たかがは、眼を閉じ一呼吸置いたのち「解りました」と応えた。



 そして、彼女は再び語りだす。


 嘗て、鎮守府の闇の産物として生み出された彼の者の姉として、彼の者に「幸多かれ」と願いながら。


 闇に葬られるはずだった、一つの虚偽の物語を。


 





第三十七章




 双胴型強襲揚陸艦天照。


 横須賀鎮守府が誇る最強の艦娘であり、知らぬ者は潜りだと揶揄される程に有名な艦である。


 双胴型の名の通り、左右の肩に飛行甲板を持つその姿は、見る者に驚愕と怪奇さを与えた。

 現存する正規空母の二倍の艦載機搭載能力を持つ天照は、空母艦娘たちに己が未来の姿を連想させると共に、飛翔魚雷を主兵装とした高火力は、重雷装巡洋艦や戦艦たちに自らの時代の終焉を知らせることとなった。


 また、他の艦娘同様均衡のとれた顔立ちはそのままに、身の丈ほどもある深緑色の垂髪と細く切れ長の瞳に潜む深海の如き蒼い瞳は、同性でさえも思わず顔を朱に染める程の妖艶さだった。


 まさに、天照は諸人たちの羨望と新時代の象徴だった。


 だが、実はこの横須賀の地には天照と同じ容姿を持つ艦娘がもう一人在籍していた。


 彼の艦(もの)の名は、LPH-G(ゲー)G型ヘリコプター強襲揚陸艦「ゼルテネス・ティーア」


 今日、『特務艦ゼルテネス・ティーア』と艦種変更された彼の艦と同じ名を持つ彼女は、日ノ本の國の依頼の元、彼の國の正規空母「グラーフ・ツェッペリン」の姉妹艦として極秘建造された後、日ノ本へと引き渡され、天照建造の資材として戦場に出る事無くその生涯を終えたと、彼の資料には記載されていた。


 そして、その容姿は在籍している彼女とはまるで別人のようだった。


 赤城「本当にそっくりでしたよ、彼女と天照は。それこそ、双子かと思うくらいに」

 

 言って赤城は、テーブル上に鎮座する資料を手に取ると、表紙の役割を成していた『極秘』の紙をぺらりと捲る。

 そこには、彼のゼルテネス・ティーアのデーターと彼女の上半身を移した三面写真がクリップで挟まれていた。

 

 ―――まるで、双子の様によく似ていますね。この二人は。


 写真に写った深緑色の垂髪と、深海の如き蒼い瞳。添付されていたゼルテネス・ティーアの容姿は、まさに天照のそれと瓜二つであった。

 

 だが、類似点はそれだけではなかった。


 資料にはゼルテネス・ティーアの主艤装も記されていたが、その飛行甲板と背中に着いたウェルドックは天照の左舷のそれと同じ形をしていたのだ。

 

 現在、在籍しているゼルテネス・ティーアの容姿は目の色こそ同じだが、髪色はヒヤシンス色であり、何より甲板の形も異なりウェルドックも存在しない。


 艦娘の船魄は例外なく一つであり、記憶されている容姿もまた一つである。


 なれば、あの艦娘は一体誰なのだろう。

 

 仮に、この艦娘に成り代わっているのであれば、いったい何の為に。

 何の意図があってそんなことのしたのだろう。


 それは、あの資料には載っていなかったこと。

 故に、赤城はかがに問うた。


 赤城「かがさん。この写真の艦娘は、いったい誰なのですか?」


 資料に挟まれていた写真を抜き出し、良く見えるよう顔の正面に突き出して赤城はかがに問う。


 ―――この艦娘が本物のゼルテネス・ティーアであるのならば、今いる彼女は一体誰なのですか。


 問われたかがは、突き出された写真を嫌悪するかのように見つめた後、衝撃の事実を告げた。

 

 『この艦娘(ひと)の名は、LPH-G(ゲー)ゼルテネス・ティーア。そして、今いる彼女は天照のもう一つの姿なのです』、と。





第三十八章





 赤城「あれが、天照ですって・・・!?」


 かがから思いもよらぬ事実を告げられ、赤城は正直困惑していた。


 かがは、この写真の人物こそ本物のゼルテネス・ティーアだと言った。

 そして、今いるゼルテネス・ティーアは天照が彼女に成り代わった姿だという。


 赤城「かがさん。あの、それは―――」


 かが「赤城さん。融合改装を知っていますか?」


 「どういうことだ」質問しようとする赤城に、かがは黙殺するように問うた。


 もし、このこともあの資料に載っていたのであれば、もはや彼女への秘匿は完全に不可能になるだろう。


 赤城「・・・・はい。知っています。載っていましたから」


 赤城の答に、かがは「そうですか・・・」とガクリと肩を落とす。


 最早、彼女には何もかも話さねばなるまい。

 仮に、融合改装(このこと)を彼女が知らなかったのであれば、適当にお茶を濁して話を終わらせるつもりだったのだが、知っているのなら話さねばなるまい。


 最も、今の彼女にはどんな言い訳も通用しないのであろうが。



 【融合改装】


 人間たちが考案し実践したもう一つの艦娘の近代化改修方法にして、この横須賀鎮守府における門外不出の禁忌の改修方法である。


 通常、艦娘の近代化改修は対象となる艦娘の主艤装に改修資材となる艦娘の主艤装に蓄積された戦闘データーを取り込ませることで行われる。


 主艤装は、建造されてからその艦娘が生涯を終えるまでの間、主である艦娘のあらゆる戦闘データーを蓄積しており、その情報は改修される艦娘の血肉となり、力となった。

 この戦闘データーを取り出すには、資材対象となった艦娘の主艤装を解体しなくてはならない為、近代化改修は艦娘の解体とほぼ同義であった。


 主艤装を失った艦娘は、そのまま船魄に戻され新たに建造されるのを待つ身となるが、寧ろ艦娘にとってこの改装で資材となることは、贄ではなく共闘と捉えられていた。


 『この主艤装(み)を捧げることであの娘の未来を創れるのなら、私は喜んでそれを差し出しましょう』


 資材となる艦娘達は皆一様にそう言って、彼の艦達の血肉となっていった。


 ―――ただし、この改修にはある欠点があった。


 この改修で強化されるのは、あくまで主艤装のみであり、艦娘達の戦闘能力の開花は不可能であった。


 駆逐艦の紙装甲然り。

 巡洋艦の万能ゆえの器用貧乏然り。

 戦艦の雷撃能力の欠如然り。

 航空母艦の天井の見えた艦載機搭載能力然り。


 主艤装の強化は艦娘たちの戦闘をある程度有利にさせるが、それでも、やはり限度は存在し、移り行く戦闘戦術の変革に対応するには従来の改装では些か役不足とされた。


 そこで、人間たちは発想の転換を行った。


 従来の近代化改修に限界が有るのなら、【新しい改修方法】を構築すればよい。

 現状の改修方法で戦闘能力の開花が出ぬのなら、【開花できる様な改修をすればよい】のだ、と。


 そうして、出来たのが【融合改装】という新たなる改修方法だった。


 この改修に使われる資材は、艦娘という存在を構成するモノ―即ち【船魄】そのものだった。


 概要は極めて単純。改修の際、強化対象の艦娘の船体(からだ)に他の艦娘の船魄を取り込ませることで、その艦娘が元々持っている能力と資材となった艦娘の能力の両方を兼ね備えた新たな艦娘を創り出そうと言う試みだった。


 ただし、それは禁忌を犯す為の唯の建前でしかなく、実際は人間で言う所の【食人】そのものであり、前例もなければ成功する確率など億兆分の一以下であった。


 だが、人の世は時として狂気を受け入れてしまうものなのだろう。

 この狂気によって建造された艦娘こそ、あの強襲揚陸艦「天照」であり、彼の航空母艦「加賀」であった。


 かが「わたしは、元々DDHかがとして建造されたのですが、その直後に航空母艦加賀の船魄と融合改装を受けました」


 言ってかがは立ち上がると、テントの壁にぶつからない様に右手を横に突き出し、意識を集中させる。


 かが「百聞は一見に如かず。お見せしましょう」


 そう言って、かがは自らの内包する艦娘の象徴を具現化させる言の葉を発した。


 かが「第一主艤装、展開」


 その掛け声に呼応し、かがの躰が淡く光り始める。

 その光は、次第に形を成して行き、時に飛行甲板の形を成し、時に煙突や艦載機を収める矢筒へとその姿を変えて行く。 


 赤城「これは・・・」


 一拍ほどの時間を要し艤装展開を終えたかがの姿は、赤城の生きた時代のソレとも主艤装に記憶されている現代のソレとも違う奇妙奇天烈な姿であった。



 それは、言うなれば古今の融合ともいうべきものだった。


 空母艦娘の象徴であるかがの飛行甲板は、赤城たちの持つ木造性のモノではなく、装甲空母となった翔鶴達と同じ鋼色の装甲板で覆われており、その装甲板を切り取る様に、甲板前部に二基と甲板後部にサイド式のものが一基と計三基の艦載機用のエレベーター配備されている。


 甲板の形は、いずも型の甲板に空母加賀の対空火器を足したような形をしており、その甲板に施された幾重もの誘導線は、空母加賀の艦載機用の物と、甲板左側にかがのヘリコプター用の発着スポットが描かれている。

 その二つの誘導線が織り成す複雑な幾何学模様の先には、加賀に試験搭載されるも未採用に終わった空母用のカタパルト―戦時中の蒸気型ではなく天照と同規格の電磁カタパルト―が一基、船首に向かって伸びていた。


 甲板側面には12.7cm連装高角砲や25mm連装機銃などの対空火器が並び、右の二の腕部分には、20mm近接防御火器が二基、腕をYの字に挟み込む形で装備されている。


 背中に装備された矢筒には、改二となった朝潮達は違う形―モノコック構造という支柱そのものに強度を持たせたタイプ―のレーダーアンテナが増設され、そこにはOPS-20並びにECMといった各種電子戦用のアンテナがまるでシャンデリアの如く装備されていた。


 胸部を護る胸当てには、件の資料にも記載されていた00式射撃式装置3型のレーダーアンテナが胸当ての形に沿って装備されており、かがの豊満な胸部装甲をより豊満に見せていた。


 そして、かがの膝に装着された船体側面を模した装甲板には、嘗て戦艦加賀だった時の副砲であるケースメート方式の20cm単装砲が、片舷五基ずつ配置されていた。


 かが「これが、融合改装によって生み出された、わたしの第一主艤装―即ち【本当の主艤装】です」


 【本当の主艤装】


 そう言って目を瞑ったかがの表情は、まるで自身の存在がこの世に存在してはいけない醜悪なものという感じだった。


 対する赤城は、以外にも驚きの表情を見せる事は無く、逆に、何故【かが】が【加賀】として生きて来れたのか分かった気がしていた。



 艦娘における他者の認識は、相手の【船魄の波長】を感じ取ることにより行われる。

 それは、彼の者たちが元々ヒト型ではなく船舶だったからであった。


 姉妹艦の場合、睦月型なら睦月型を構成する船魄。朝潮型なら朝潮型の船魄。金剛型なら金剛型の船魄を分裂させる事により、姉妹艦の船魄と成り形を成す。

 故に、姉妹艦は例え自身と姿形が似ていなくとも自身の姉妹を見分けることが出来た。


 融合改装についても、その概念が当てはまるが、こちらは、寧ろ亜種と言っても良いかもしれない。


 融合改装によって建造された艦娘は、その性質上、融合改装によって新たに持参してくる主艤装と改装前の自身の主艤装、そして資材となった艦娘の主艤装の【三つの主艤装】と、自身の容姿と融合改装された容姿との【二つの容姿】を持つことになる。

 改装後、彼の艦娘は纏う主艤装を選択することになり、まず、【第一主艤装】を改装後の主艤装とし、改装前もしくは資材となった艦娘の物のいずれかを【第二主艤装】として選択することで、彼の艦娘は主艤装を計二つを纏うことが出来るようになる。


 つまり、融合改装された艦娘は明確な姉妹艦が存在しないことになる為、どちらの型に属するのかは不明という事になり、艦姓名は存在せず、改装後新たに名付けられることとなる。


 改装後の容姿については、資材となった艦娘の影響を受けることになる為、第一主艤装の展開の際、自身の船魄に記憶された容姿とは異なることが多いが、ごく稀に自身の船魄と資材となる艦娘の船魄に記憶されている容姿と波長が同一の場合が存在する。 


 その一例が、彼のかがと空母加賀であった。


 かがの場合、自身の主艤装と改装後に選択した空母加賀の主艤装の二つを纏うことが出来るため、空母加賀の主艤装を展開し髪形もそれっぽくしてしまえば、彼女は鎮守府の資料に登録されている空母加賀に成り代わる事が出来てしまう。


 そう、【かが】が今まで【空母加賀】として生きてこれたのは、偏に彼女が【自身の船魄と同じ波長を持つ加賀】との融合改装によって生み出された艦娘だったからなのだ。


 対する天照は、資材となったゼルテネス・ティーアの容姿が異なる為、選択した第二艤装の展開時に別の容姿となってしまうため、元々存在したゼルテネス・ティーアに成り代わることは出来なかったと見える。


 最も、その展開時の容姿―即ち【ゼルテネス・ティーアとして艤装展開した姿こそがDDH-185あまてらす本来の姿である】という事でもあるが、今重要なのはそれではない。


 赤城「かがさん。先ほどの質問を覚えていますか?」


 天照とかがの関係とその生い立ちは解った。

 でも、自分が聞きたいのはその事ではない。


 かが「ええ、解っています。お話ししましょう」


 赤城の問い。それは、提督が天照という狂気の産物を建造したその理由である。


 天照を深海棲艦と闘わせるために建造したのではないのなら、いかなる理由を以て彼は禁忌を再び犯したのか。


 その理由。その狂気の真意を。


 かが「彼が―提督が、天照を建造したその理由。それは――――」


 そう言いかけた刹那、テント全体が眩しく照らし出され、かがは横やりを着かれたように言葉を切った。


 かが「な、何ですか。一体!?」


 赤城「これはっ・・・探照灯・・・!?」


 テントを消し去るがの如く照射される探照灯の光。

 この出力と光度は艦娘の物ではなく、鎮守府に設置されている原寸大の物だった。

 それも、一基や二基ではなく、複数個で退路を断つかの如く照射されている。


 ―――なんで、こんなものを。


 展開した飛行甲板で瞼を護りながら焼かれそうな光度に耐えていた時、かがの耳に幼いながらも鋭い声が響く。


 「空母赤城、並びにその共謀者に告げます。今すぐ艤装を解除して外に出て来なさい」


 聞こえてきたのは、秘書艦大淀のモノだった。 


 この世で最も聞きたくない艦(おんな)の声音に、かがは自身の腸が瞬時に煮えくり返るのを感じた。


 軽巡洋艦大淀。


 わたしとあまてらすの艦娘人生を狂わせた提督(あのおとこ)秘書艦にして、この世で最も沈めてやりたい不倶戴天の艦娘。


 かが「・・・っ。今すぐ撃沈(ころして)やりたいですが、いまは赤城さんの安全を確保しなくてはいけませんね・・・」


 そう呟いて、かがは湧き起こる激情を抑え込んだ。


 傍らに赤城が居なければ玉砕覚悟でその素首切り裂いてやるところだが、今は彼女の身の安全が最優先だ。


 入り口は、このチャック一つのみ。


 テントを切り裂いて強引に裏口を作ることも可能だが、相手はあの大淀。当然、テントの周りは清濁入り混じった戯言で懐柔した艦娘で取り囲まれているだろう。


 ―――とりあえず、艤装展開したわたしが先に出て、彼女の盾にならなければ。


 そう決意した時、傍らに立つ赤城から思いもよらぬ言葉が飛び出した。


 赤城「ふふっ、まるで反逆者にでもなったようですね」


 かが「赤城、さん・・・?」


 何事かと想い、かがは傍らにいる赤城を見やる。

 彼女は不敵な笑みを浮かべていたが、その眼には、まるで年貢の納め時と悟った諦めの表情を浮かべていた。


 これは、自分のいらぬ好奇心が生んだ当然の報い。なら、素直にお縄にかかった方が彼女の為であろう。


 赤城「かがさん。貴方はここに居て下さい」


 そう言って、赤城は立ち上がり、開いたままのチャックを潜っていく。


 かが「赤城さんっ!?」


 ―――今出てったら、貴方は沈められてしまう。


 そう言外に付け足すかがに、赤城は「大丈夫ですよ」とにこりと微笑み光の中へと出てしまった。


 かが(本当に、貴方って人は・・・)


 また、加賀(わたし)にあなたを護れなかったと後悔させるのか。


 そう思ったら居てもたってもいられず、かがもか赤城の後を追うように光の中へと飛び込んでいった。






第三十九章




 大淀「空母赤城、並びにその共謀者に告げます。今すぐ艤装を解除して外に出て来なさい」


 時計の長短針が全て登頂に合わさった深夜の鎮守府駐車場は、さっきまでの静寂が嘘だったかの様に物々しい空気に包まれていた。


 赤城たちのテントには、先の鎮守府衝撃の際に使用された原寸大の探照灯によってまるで真昼の様に照らし出され、その傍らには、艤装展開した多くの艦娘たちがテントを取り囲んでいる。


 その様子は、まるでお茶の間の時間に放送される刑事ドラマの様であったが、その中枢にいる大淀の心中は刑事というより証拠を握られた敵役の犯人の様であった。


 大淀(まったく・・・。厄介なことになりましたね)


 幾重もの探照灯の光に照らされた簡易テントを眺めつつ、大淀は手に持つ拡声器を降ろし「ふぅ」とため息をついた。



 真夜中にまで及んだ艦娘たちの治療に忙殺され、ようやく自身の簡易テントで一息ついていた大淀の下に、専属の艦載機妖精から件の鞄が見つかったと報告を受けた。


 あの鞄の中身は、元々今回の計画が失敗したときに憲兵や鳳の首を狙う数多の間者まがいの他の提督達の追及を逃れるために、大淀が資料室より持ち出したものだった。


 だが、天照の襲撃の苛烈さは鞄の持ち出しはおろか自身の身の安全の確保さえ困難なほどの規模であったため、結局、鞄の持ち出しは失敗し、その所在はおろか焼失の有無さえつかめていなかった。


 大淀(それが、まさかあの二人の手に渡っているなんて・・・) 


 報告して来た艦載機妖精に再度の偵察要請を行い、赤城の動向を探らせたところによると、どうやら彼女はそれを持ちかえり、同室の加賀にそれを閲覧させた上、書かれている内容の真意を確かめているとの事だった。


 追及相手が自分や提督だったのなら、こちらでいかようにも対処できたのだが、赤城の追及相手がよりにもよって加賀だったのは、大淀達にとって非常にまずい事であった。


 加賀は、提督や自分とは犬猿の仲である上に、今回の計画に最後まで反対していた。

 その加賀にとって、あの資料はこの計画を失敗させ、提督を誅殺する格好の材料になるだろう。


 あの資料には、文字通りこの世界の全てが記されている。


 それは、艦娘と言うモノの成り立ちから始まり、この鎮守府が行ってきた禁忌の数々。

 全人類の共通の敵である深海棲艦と艦娘の関係や、呪染と大神の慈悲の正体。


 そして、深海棲艦の出現によって狂ってしまった、この世界の事も。


 何もかもが、すべてが、記されている。


 万が一、あの資料が世に出るようなことになれば、世界は天地ががひっくり返る程の騒ぎになるだろう。

 そして、その余波は艦娘に対する人類の認識を改めさせ、世界から艦娘たちの居場所すらも奪い去ることになる。


 それだけは、何としてでも阻止しなくてはならない。

 例え、いかなる犠牲を孕むことになったとしても。



 瑞鶴「ねえ、大淀さん本当なの?赤城さんと加賀さんが天照と共謀していたって・・・」


 探照灯に照らされたテントを見やりつつ、瑞鶴は傍らに立つ大淀に今一度問うた。


 ここに来るまでに事の顛末は大淀からの無線通信で聞いていたが、瑞鶴自身、今だに二人が反逆者となったという事実はいまだ信じられなかった。

 否、この場に集ったほとんどの艦娘たちが瑞鶴と同じ心境だった。


 大淀「ええ、本当です。赤城と加賀の両艦は、天照の横須賀鎮守府襲撃に加担した上に、資料庫に保管されていた極秘資料を持ち出し、それを手土産に他の鎮守府へ逃亡しようとしていたのです」


 きっぱりと言い切る様にいて、大淀は瑞鶴に再度説明した。


 先と一言一句同じ説明をされ、瑞鶴はぐうの音も出ないと言った感じで探照灯に照らされた簡易テントを見やる。


 ―――加賀さん、赤城さん。どうして・・・?


 赤城は、電に次いで鎮守府の屋台骨を支えてきた最古参の一人であり、皆が慕う【良きお姐さん】的存在だった。

 加賀は、彼女の不器用な性格のせいで、後輩である自分とは意見の相違でよく衝突していたが、それでも【尊敬する素敵な先輩の一人】として慕っていた。


 その彼女達が何故、敬愛する提督に反旗を翻したのだろう。


 彼が二人を冷遇していたという噂はないし、彼女達も提督への不満を口にしたことは無かった。


 ―――それとも、私が気付かなかっただけで本当は・・・・。


 「いったい何の騒ぎですか?」


 整理のつかないまま思考の沼に嵌りかけていた瑞鶴の鼓膜の下に、凛とした赤城の声が轟く。


 幼いながらも歴戦艦とした貫禄のあるその声音は、瑞鶴の思考の沼を刹那的ではあるが、それでも抜けだすのには十分な糧となり、瑞鶴の意識を声のした方向へと向けさせた。


 赤城「まったく・・・。一体何がどうしたというのですか、大淀秘書艦殿?」


 テントから姿を現した赤城は、探照灯の光をうんざり気味に手で緩和しながらこの喧騒の首謀者に言い放った。


 【大淀秘書艦殿】


 口調こそ何時もの穏やかさを保っているが、大淀に対しての普段の赤城らしからぬその呼称は、彼女の内に秘めた激情を白刃の如き殺気へと変え周囲を瞬く間に凍り付かせる。


 ―――貴様、いったい何様のつもりだ。


 赤城の纏い放つ殺気は、周囲の艦娘達を巻き込みながら、鋭く、重い白刃の太刀と成りてその首魁である大淀を切り刻まんと襲い掛かる。


 大淀「申し訳ありません、航空母艦赤城。何分にも、急を要することですので」


 【航空母艦赤城】


 向けられた白刃に、大淀は赤城をあえてフルネームで呼称することで、彼女の放つ白刃の殺気を悠々と造作もなく受け止めて見せた。


 ―――貴様如きの覚悟で私を打ち取ろうなどど、片腹痛いわ。


 毅然とした態度の中に、おうむ返しの言の葉を載せて、大淀はを載せて大淀は赤城に真正面から挑む。


 赤城は、大淀の練度には到底及ばないが、鎮守府の主力艦として戦線を長年に渡って支えてきた歴戦の艦娘だ。

 大淀は、赤城ほどの歴戦艦ではないが、鎮守府という組織における【本当の初期艦】にして文字通り鎮守府の全てを見て来た古株中の古株だ。


 その二人の艦娘が、己の掲げる御旗を以て相対する。


 嘗て同じ御旗に集い、同じ主を慕い慈しんだのも今は昔。今や袂を分かつ存在となり果てた二対の艦娘(ケモノ)は、互いが互いの喉笛を噛み切らんと互いの牙を剥き威嚇し合う。


  相手の動作、その一挙手一投足に目を光らせ、こちらの損害を最小限度とし、より相手に損害を与えるよう適切に効率よく手札を切り、切り崩す。


 だが、先に動いたのは、赤城でも大淀でもなかった。


 瑞鶴「赤城さん。お願いだから、大人しく私たちと一緒に提督さんの所へ来て!じゃないと、赤城さん解体予備艦にされちゃうよ」


 臨戦態勢に入っていた赤城に向かって、瑞鶴は泣きすがる様に訴える。


 翔鶴型航空母艦の二番艦である瑞鶴は、天照を除けば空母の中で一番の若輩者だったが、誰にでも分け隔てなく接するその朗らかさにより空母艦娘を問わず多くの先輩艦娘達に可愛がられていた。


 そんな瑞鶴も、呪染により先人達が次々と去ってく今の戦況ではいつまでも後輩でいる事も出来ず、後輩から望まぬ先輩へと祭り上げられることとなった。

 いまや、前線でかつての先輩―もとい後輩たちに指揮を執るその姿は、数少ない先輩である赤城ですらも逆境に立ち向かう勇気を教えられる程であった。


 赤城「解体予備艦・・・?。いったい、どういうことですか・・・?」


 その後輩(ずいかく)からの忠言に、赤城の放つ殺気に綻びが生じる。


 逆光に遮られ、眼前に立つ彼の者たちの表情すら把握しきれない赤城にとって、眼をかけて来た後輩からの必死の懇願は予想外の効力を発揮した。


 赤城「瑞鶴・・・。一体、何を言っているのですか・・・!?」


 瑞鶴の言の葉に揺らぐ赤城に、大淀はすかさず便乗し責め立てる。


 大淀「赤城さん。貴方と加賀さんには謀反の疑い有りとのことで、提督から解体予備艦の宣告を受けています。申し訳ありませんが、本部棟までご足労願いませんか?」


 ―――なん、ですって・・・!?


 告げられた思わぬ宣告に、赤城の纏う白刃にミシミシと亀裂が入る。


 その白刃に生じた亀裂を見逃さなかった大淀の眉根が僅かに下がり、ギラリと眼光が奔った。


 このチャンスを逃す手はない。

 このまま反抗の猶予を与えないまま、一気に叩き折る。


 大淀「・・・ですが。もし、貴方が自身の身の潔白を証明することが出来れば、提督も聡明期より鎮守府に貢献してきた貴方を【問答無用で処分したりはしない】かもしれません」


 解体予備艦(しけいせんこく)を受け絶望する赤城の下に、大淀は、スルスルと蜘蛛の糸を垂らしていく。


 さあ、生きたければ、四の五の言わずにこの糸を取るがいい。

 そして、己の愚を認め、彼に許しを請え。

 貴様とて、このまま己が戦果が水泡に帰すなど耐えられないだろう? 


 大淀「赤城さん・・・。貴方がもし、『身に覚えがない。冤罪だ』と言うのであれば、このまま素直に出頭てください。出頭し、提督の前で、身の潔白を証明してください。それが、延いてはあなたの名誉を守り、慕う人たちの為にもなります」


 「私が提督に口添えしましょう」そう言外に付け足して、大淀はカタパルトを装着した右手を上げると、周囲を照らす探照灯の光度を絞るよう指示する。


 真昼の如き光源でテントを照らしていた数基の探照灯が柔らかな光へと変わった時、テントの入り口で俯く赤城の姿が浮き彫りとなった。 


 赤城「私は・・・。ていとく・・・わたしは・・・・」


 大方、出てくる前にある程度は覚悟していたのであろうが、やはり赤城と言えど解体予備艦の宣告は堪えるのだろう。

 薄まった探照灯の光から現れた赤城は、すでに戦意を失い、膝を折り、見開いた眼で天を仰ぎながら自身に着せられた罪過に絶望していた。


 ―――屈服(お)れたわね。


 勝利を確信した大淀は、眼鏡の位置を僅かに上へとずらし屈服した赤城を冷ややかな目で見つめた。


 大淀(いかな空母と言えど、存外脆いモノですね)


 戦時中も、戦後の世界も空母と言うのは何時も戦場の花形であった。


 艦載機と言う次世代の武器を持ち、当時最強とうたわれた戦艦の主砲の数倍もの射程と火力を持つ彼女達の武勇は、悠久の年月を経ても尚、艦娘たちの羨望の的であった。

 大淀も、幾星霜の中で彼女達の戦果を見聞し憧れたものだが、どうやら、今目の前で佇む彼の者は自身の羨望とはかけ離れたものだった様だ。


 大淀「さ、赤城さん。逝きましょうか」


 哀惜と軽蔑が入り混じった表情で赤城を見つめつつ、大淀は本部棟へと連行するため赤城に近づいた。


 その時だった。


 「赤城さん。一航戦の誇りは、こんなところで失って良いものではないでしょう」


 赤城「え――――?」


 テントの奥からどこかで聞いたようなセリフが木霊し、赤城以外の全員の視線がその声のした方に集まる。


 瑞鶴(この声は・・・、加賀さん?)


 柔らかい声音の赤城と違い、どこか冷たい雰囲気を放ちながら囁くように話すその声の主は、瑞鶴のもう一人の先輩―航空母艦加賀のものだった。 


 だが、そこから現れたのは瑞鶴の知る加賀とはまるでかけ離れた姿ををしていた。


 ―――加賀・・・・さん?


 テントの奥から出現した、加賀の声帯を持つ何者か。


 加賀と同じ容姿を持ち、【加賀の声】で【加賀の様】に話す彼の者は、赤城以上の白刃を以て不倶戴天の怨敵に向かって言い放った。


 『まったく、何を言うかと思えば・・・。戯言も大概にして欲しいモノね、大淀秘書艦?』






第四十章





 『赤城さん。貴方と加賀さんには謀反の疑い有りとのことで、提督から解体予備艦の宣告を受けています。申し訳ありませんが、本部棟までご足労願いませんか?』


 誰かに裏切られるというのは、こういう事をいうのだろうか。



 大淀から解体予備艦の宣告を受けた赤城は、敬愛する彼の者に向かって、声なき慟哭を挙げた。


 ―――なんで・・・どうしてですか・・・。帝さん・・・!? 


 心中で木霊する彼の者への幻滅の中に僅かばかりの恋慕を載せて、赤城は天を仰ぐ。

 月光に照らせれた青天の夜空のスクリーンの上に浮かぶのは、鎮守府で過ごした日々の記憶だった。



 『航空母艦、赤城です。空母機動部隊を編成するなら、私にお任せくださいませ』


 それは、今思えば初恋だったのかもしれない。


 まだ艦隊としての体裁が整っていない聡明期に着任した赤城は、初期艦の電や白雪たちと共に多くの戦場を駆け抜け、時に秘書艦として、時に前線指揮艦として鳳を支え彼の勝利に貢献してきた。


 『慢心してはダメ。全力で参りましょう』


 艦娘として提督の為に戦い、戦果を挙げたいと願うことは戦闘艦として至極当然の事であり、赤城自身も、その例にもれず日々深海棲艦と戦を繰り広げ多くの屍を築いてきた。


 彼女の戦果は鎮守府でも群を抜いており、その戦果と深海棲艦への容赦の無さから、何時しか赤城の戦闘姿勢は【戦闘マシーン】と揶揄されるようになった。


 だが、そんな赤城であっても人並みの恋愛感情は持っており、鎮守で唯一人のヒトである鳳への感情が、尊敬から敬愛、そして恋愛へと変わるのにさして時間の掛かることではなかった。


 『必ず敵の機動部隊は出てくるはず。加賀さんと私の一航戦の誇り、お見せします』 


 戦闘マシーンなどと呼ばれようと、赤城もまた提督に恋心を抱く一人のオンナであることに変わりはない。


 練度が上るにつれ、彼とのケッコンを意識したことは一度や二度ではなく、すでにケッコンを済ませていた大淀や明石に嫉妬にも似た感情を抱く事さえも少なからずあった。


 『提督。提督となら運命の5分間を塗り替えることが出来そうです。頑張ります』


 願う事なら、私を選んで欲しかった。


 叶う事なら、彼のケッコン艦でありたかった。 


 でも、その願いが成就されることは永遠に無いだろう。

 私はもう、彼の艦娘(つるぎ)ではないのだから。


 赤城(提督・・・。どうして・・・、どうしてですか・・・・・・)


 大淀から解体予備艦の宣告を告げられ、赤城の頭は真っ白になっていた。


 ―――嘘だ・・・。こんなの、嘘だ・・・・!


 現実を受け入れろと宣告する一航戦(せんし)としての心と、嘘だと否定する艦娘(おんな)としての心が赤城の中で闘争を繰り広げる。


 反逆罪に問われることはあの鞄の中身を読んでから覚悟は決めているつもりだったが、赤城自身、心の何処かでは彼が自分を解体予備艦にすることは無いと思っていた。


 航空母艦は、この横須賀鎮守府において主力中の主力艦だ。

 その空母の中で、私(あかぎ)は一番の練度を持つ最高戦力の空母だ。


 それは、偏に私が彼のお気に入りである事。その私を、あの人が見限るはずがない。


 ―――本当に?本当にそうだった・・・?


 否定し続けた艦娘(おんな)としての心が、その一言で揺らぎ始める。


 幾ら練度が高かろうと、艦娘は、所詮代替えの効く一兵卒に過ぎない。


 ケッコン艦でもなければ、天照の様に臥所を共にしたことすらないこの私が、【ヒトである提督の寵愛を受けていた】などとどうして断言できよう。

 どうして、解体(きょっけい)を免れる事など出来よう。


 そう思い至った時、赤城の心に羞恥の感情が芽生えてくる。


 それは、長年に渡って戦果と共に蓄積され、航空母艦赤城の矜持と艦娘赤城の矜持を構築して来た、ある一つの御旗だった。





 ―――航空母艦赤城(わたし)は、この鎮守府において最も彼の信頼を獲得し、彼に最も愛されている。


 今思えば、なんと破廉恥で、傲慢で、手前勝手な妄想だろう。


 己が抱いていた羞恥の御旗に、赤城は心中で反吐を吐きながらガクリとひざを折った。 


 赤城(私は・・・。なんて愚かで自分勝手なの・・・)


 最早そこには、鎮守府の主戦力であった貫禄も覇気も無く、主に見限られ己を形作る拠り所をなくした憐れな放浪者のソレを纏う名もなき艦娘がそこに居た。


 【慢心】と言えば、そうだったのだろう。


 彼に愛されていると手前勝手に思い込んで、彼の自分への想いを自己解釈して、おのれの築いた夢想に酔いしれていた愚かな自分。

 機密漏洩と言う重大な命令違反を犯しても尚、彼の優しさに付け込もうとした私には、この解体予備艦(いらないせんげん)は至極当然の事のように思えた。


 ―――もう、何もかもどうでも良い。


 この羞恥ともに、私は潔く解体予備艦と成ろう。

 そして、金輪際、提督の視界に入ることなく一人惨めに沈んでしまおう。


 そう覚悟した時、大淀から思いもよらぬ言葉が飛んでくる。


 『・・・ですが。もし、貴方が自身の身の潔白を証明することが出来れば、提督も聡明期より鎮守府に貢献してきた貴方を【問答無用で処分したりはしない】かもしれません』


 ―――えっ?


 傷口に塩を塗るどころか救済の手を差し伸べられたことに、赤城はのろのろと顔を上げ、大淀の方を見やる。

 探照灯の逆光に遮られ、黒く染まった彼の者の姿は、宛ら海原を守護する海神(ワダツミ)、もしくは八百万の神々のように見えた。


 『赤城さん・・・。貴方がもし、『身に覚えがない。冤罪だ』と言うのであれば、このまま素直に出頭てください。出頭し、提督の前で、身の潔白を証明してください。それが、延いてはあなたの名誉を守り、慕う人たちの為にもなります』


 【冤罪】


 【出頭】


 【身の潔白】


 海神より放たれる三つの言の葉が、赤城のズタズタにされた心に天命となって響き渡る。


 鞄の中身を見てしまったことに関しては弁明の余地もないが、出頭し身の潔白を証明すれば、きっと提督も一考してくれるに違いない。


 赤城「私は・・・。ていとく・・・わたしは・・・・」


 海神よりもたらされた蜘蛛の糸に、赤城は縋りつく様に手を伸ばしていく。


 そうだ、今ならまだ間に合うかも入れない。


 泣いて許しを請えと言うのなら、幾らでもそうしよう。

 躰を差し出せと言うのなら、幾らでも彼を受け入れよう。 

 誰かを殺せ言うのなら、幾人でもこの手で引き裂こう。


 もはや歴戦艦として積み上げて来た栄華と矜持をかなぐり捨ててオンナとしての私利私欲に奔ろうとする赤城の耳に、彼の者から昇天の言の葉がもたらされる。 


 海神(おおよど)「さ、赤城さん。逝きましょうか」


 まるで汚物を見る様な表情で彼の者はこちらを見つめてきたが、最早赤城には塵芥ほどの怒りも抱かなかった。


 ―――最早、一航戦の誇りなどどうでも良い。


 彼に許しを請えるのなら、どれだけ穢れようと、欠陥空母だと嘲られようと構わない。


 彼の―提督(わたしのあいするひと)の傍に居れるのなら、私は―――。


 海神の語り放つ謀計に導かれるまま、憐れな艦娘は虚飾に彩られた絞首台へ歩み逝くためその手を握ろうとした。


 その時だった。


 「赤城さん。一航戦の誇りは、こんなところで失って良いものではないでしょう」


 え―――?


 昇天寸前の赤城の耳に、もう一人の海神の言の葉が響き渡る。


 大海の岩戸より出でたるもう一人の海神―かがは、海神を語り、己の想い人を連れ去ろうとする禍津日の神を憎悪の眼差しで見つめ、言い放った。


 海神(かが)「まったく、何を言うかと思えば・・・。戯言も大概にして欲しいモノね、大淀秘書艦?」







第四十一章




 「赤城さん。一航戦の誇りは、こんなところで失って良いものではないでしょう」


 探照灯に照らし出された白夜の鎮守府に、彼の者の声が響く。


 簡易テントより現れた第一航空戦隊の片割れの姿を以て、第一航空戦隊の片割れの声を発する何者かは、確固たる矜持を伴った諫言を以て、偽証の海神のかどわかしを阻止せんと立ち塞がった。


 加賀?「まったく、何を言うかと思えば・・・。戯言も大概にして欲しいモノね、大淀秘書艦?」


 赤城を護る様にして大淀の前に立った加賀らしき艦娘は、静かに囁く様な声音に己が憎悪を載せて件の首魁である大淀を不倶戴天の眼差しで睨みつけそう言い放った。


 ―――あれは、加賀・・・・さん、なの?


 瑞鶴を始め、テントを取り囲む全員の頭上に疑問符が立ち上がる。


 嘗て日ノ本の栄光を築き上げた彼の者のみが掲げる事を許された『第一航空戦隊』と言う名の御旗。

 テントより出でたる彼の者の発するその声音は、確かに第一航空戦隊の一人である航空母艦加賀のものであり、主艤装からもたらされる艦種情報もまた【航空母艦加賀】と識別された。


 だが、彼女の纏う改二となった朝潮たちと同じく護衛艦然としたその主艤装は、瑞鶴たちに、ある艦娘の姿を連想させる。


 ―――あの艤装は、まるで天照ではないか。


 身に纏う藍色を基本色とした弓道着を模した制服と、髪形は違えと赤城と同じ黒髪―トレードマークであるサイドポニーではなく、軽空母千歳の様に後ろでまとめただけの簡素な結い方だった―は確かに空母加賀の特徴だった。


 右腕に装備された20mm近接防御火器は、航空火力艦の時代となった現代において瑞鶴たちの標準的な装備であり、何ら驚くことではない。


 だが、瑞鶴と同じく装甲板に覆われた鋼色の飛行甲板と矢筒(かくのうこ)にそびえ立つ電探群、そして、胸部装甲に施されたもう一つの電探は瑞鶴たちの知る加賀にはないモノであり、その胸部電探を持っているのは瑞鶴の知る限りでは天照のみであった。


 赤城「・・・かが、さん・・・。どうして・・・?」


 眼前に壁の如くそそり立つ彼の者の背中に、赤城は膝たちのままそう問いかけた。


 【かが】


 テントより出て来た艦娘を、赤城はそう呼称した。 

 一航戦の【加賀】ではなく、どこの馬の骨かもわからない【かが】と言う名で。


 その事が、かえって瑞鶴たちの確信と疑惑を増長させることとなった。


 艦船における艦名は、『潜水艦そうりゅう』や『護衛艦いなづま』などと言ったように他の艦船に帝国海軍の艦船名を付けることがある。


 それは、主にあやかり目的や舷を担ぐ意味で付けるのだが、畢竟、その名を付けた所で彼の者がその艦船の生まれ変わりでもなければ、その姉妹艦でもない。

 故に、赤城の呼称を一般論に当てはめるのであれば、彼の者は【航空母艦加賀ではなく、加賀(かが)の名を拝命した別の艦】という事になる。


 だが、その論理では主艤装の艦種識別を説明することが出来ない。


 また、主艤装の識別は改装後の艦名―瑞鶴なら艦名の後に【改二甲】と表示される―も表示される為、【改】と表示されている以上、加賀は改二実装されたという訳でもないようだ。


 ―――だとしたら、あの姿は一体・・・・。


 一向につじつまの合わない疑問符の回答を探していた時、かがと呼ばれた艦娘が再び口を開いた。 


 かが「赤城さん。惚気るのは自由だけれど、些か迂闊ではなくて?」


 僅かに顔を傾け横目でそう言った彼女の顔に、赤城に対する悲哀と彼女の行動に対する憤り、そして、彼女を弄んだ提督に対する劫火の如き憎悪がありありと浮かび上がる。


 かが自身、赤城が提督(おのおとこ)に恋愛感情を抱いていることは知っていた。


 いかな艦娘とえども感情はヒト同じだけ数だけ存在し、異性に対しての恋愛感情や同性に抱く親愛の感情もきちんとある。

 だが、それは畢竟、艦娘がヒトの形を成し、ヒトの感情(こころ)を持ってしまったが故の決して報われることのない南柯の夢とも言うべきモノ。


 それでも尚、彼の者に愛されたいと愚考し己が使命を捨ててオンナとして堕天する艦娘が後を絶たないのもまた事実だった。


 故に、かがは赤城(おのれのおもいびと)を堕天させ、妹(あまてらす)の人生を狂わせた鳳を怨み憎悪した。


 大淀「こんばんは加賀さん。いいえ、その姿では【お久しぶりです】と言うべきでしょうか」


 瑞鶴たちと違い彼女の事を知っているような口振りで、大淀は彼の艦娘に言の葉をぶつける。

 その声音は、旧知の友に再会したというよりも仇敵と会い見えたというべきものだった。


 かが「ええ。久しぶりね、大淀秘書艦。二度とそのすかした面を見ることは無いだろうと思っていたのだけれど、私の不幸も来るところまで来てしまったみたいね」


 大淀の放つ見え透いた社交辞令に己が憎悪を載せて、かがはそう応答する。


 努めて冷静さを取り繕った口調だったが、大淀を見つめる眼光は最早仲間に向けたモノではなく、万死に値する怨敵に向ける様なものだった。


 一体どれだけの幻滅を味わい、憤りを覚えたらそこまで彼女を憎むことが出来るのだろう。


 かがの大淀に向ける殺気は、おのれの内に抱く憤怒の炎に炙られ、触れること敵わぬほどに紅く鋭利なものとなり、取り巻きの艦娘達は、皆怯え竦み言葉を発する事すら困難になっていた。


 瑞鶴「・・・え、と。加賀さん、なんだよ・・・ね?」


 僅かに残った勇気を動員し、瑞鶴は己の抱く疑問符を払しょくしようと恐るおそる問いかける。 

 言の葉を掛けるだけで首を撥ねられそうなほどの殺気を放つ彼女だったが、それでも、瑞鶴はかろうじて認識できる彼女の加賀としての面影を寄り心にすれば、まだ対話できると思っていた。


 だが、そんな瑞鶴の懇願に、かがは「否」と応えた。


 かが「瑞鶴。残念だけれど・・・わたしは、加賀ではないわ」


 瑞鶴「へ・・・・?」


 言われた意味を理解できず、瑞鶴は呆けた様に立ちすくんだ。


 かが「わたしは、加賀などと言う艦名(なまえ)ではないわ」


 突き放す様にそう言い放ったかがは、右腕を支えにして左腕に装備された飛行甲板を瑞鶴たち目掛けて水平に突き出す。


 かが「艦載機隊、発艦」


 かがの号令に呼応するようにして、艦載機の発着艦の役割を成す鋼色の飛行甲板が淡く光り輝き、飛行甲板の各所に設置された誘導灯が点滅を始める。

 その刹那、かがの周囲に幾つもの発行体が現れ、数秒の時間を要しながらある飛行体へとその姿を変えて行く。


 かがを取り囲むように現れたソレは、艦載機の中でもとりわけ特徴的な機関音を発しながら、大淀達の前にその姿を現した。


 長良「か、回転翼機(ヘリコプター)・・・!?」


 光より現れた二種類の回転翼機。主艤装よりもたらされる彼の者の名は―SH-60K。もう一つは、AV-22Jガンシップオスプレイと呼ばれる回転翼機だった。


 ―――なんで、彼女がこんなものを・・・!?


 大淀と共に周囲を取り囲んでいた長良を始め、そのほとんどの艦娘達が信じられないと言ったような顔でその飛行体を見つめる。


 それもそのはずである。


 回転翼機は、あきつ丸などの揚陸艦や航空巡洋艦などの飛行甲板を持つ者―例外として大鯨や速吸なども搭載できる―であれば誰でも搭載できるが、正規空母だけは搭載することが出来ない。


 だが、かがは融合改装によって正規空母でありながらその不可能を可能とし、今までの正規空母には無かった対潜攻撃と大幅に向上した対地攻撃能力を習得していた。


 更に、この両機はかがの手によって大幅な改造が施されていた。


 SH-60Kは、元々対潜哨戒を旨とする汎用回転翼機だが、かがのそれは機体の両脇にAGM-114Mヘルファイアを満載し、ドアガンナーとしてベルトリンク給弾方式のM60D機関銃を二艇装備した対地攻撃仕様となっていた。


 AV-22Jガンシップオスプレイは、元々輸送ヘリコプターだったV-22オスプレイの貨物室を銃架スペースに改修されたもので、機体側面に五式四十粍高射機関砲一基とM61バルカン砲を二艇ずつ装備したガンシップ仕様のものだった。

 ただし、かがのそれは両翼に電波欺瞞紙や煙幕弾を内蔵した発射筒を増設し、さらに搭乗している整備妖精達の携行火器などを運用出来るように彼女自ら改良を施し、より攻撃的なものとなっていた。


 かが「大淀。悪いけど、そこを通してもらうわよ」


 展開した艦載機全ての照準を大淀達に向けて、かがはそう言い放った。


 すでに、展開させた回転翼機部隊は持参した各種兵装の照準固定を完了しており、かがの合図で一斉に攻撃できるようになっている。


 そして、それは当然のことながら主艤装を通して大淀達にも伝わっていた。


 山城「・・・嫌ァ・・・姉様・・・。いやあぁああ・・・・」


 夕雲「・・・ち・・違う・・・。私は・・・わたしはぁァァあぁ・・・・」


 主艤装よりもたらされる飛翔魚雷の照準固定。

 身に纏った艤装より発せられる連続した甲高い警告音は、彼女たちに昨夜の襲撃を否応なく思い出させ、未だ塞がれていない傷口を再び抉り戦意を奪っていく。

 取り囲む艦娘たちの中には、呼び起こされた襲撃の慟哭によって精神の均衡が崩れ泣き崩れるものまで出てきており、ここでかがの艦載機隊が一発でも飛翔魚雷を発射すれば、瞬時にここは発狂のるつぼと化すだろう。


 かがからすればその方がより逃げやすくなるのだが、正直、その発狂によって同胞が修復不可能な心の傷を負ってしまうのは避けたいと思っていた。 


 それは、曲がりなりにも彼女が未だ瑞鶴たちに仲間意識を持っていること。そして、大淀―延いては外道と蔑んだ提督に対しての僅かに残った部下としての感情故だった。


 ところが。


 大淀「解りました。・・・とでも言うと思いましたか?」


 手に持つ15.5cm三連装砲をかがに向け、大淀は不敵な笑みを浮かべながら余裕の表情でそう言い放った。


 かが(こ、このオンナは・・・!?)


 僅かに残った温情の心すらも踏みにじるその態度に、かがの怒りはいよいよ怒髪天を迎えようとしていた。


 ここで自分が飛翔魚雷を放てばどうなるか分からぬほど、彼女は馬鹿ではあるまい。


 それとも、どうせ撃たれぬと高を括っているのだろうか。

 だとすれば、彼女はとんだ大馬鹿者か、もしくはヒトの心を推し量れぬ愚か者であろう。


 かが「大淀、貴方は――――」


 大淀「撃たないんですか?かがさん」


 怨敵の取った兆発とも虚勢とも取れる発言に、かがの闘気が困惑という名の異物で一瞬乱される。


 ―――いったい何だって言うのだ、この艦娘(オンナ)は・・・!?


 展開させた艦載機隊の飛翔魚雷は、そのおよそ六割が大淀に向けられている。


 それは、彼女の大淀に対する激情を体現したものであったが、いずれにせよ、それだけの飛翔魚雷を向けられてはさしもの大淀も狼狽せざるえを得ないだろう。


 だと言うのに、この艦娘は在ろうことかそのことを全く意に介すことなく平然と立ち向かおうとしている。


 ―――この艦娘は本当にバカなのだろうか。それとも、恐怖が突き向けて逆に開き直ってしまったのだろうか。


 抱いてしまった困惑は、答と得ようとするかがの思考をみるみる侵食し、闘気を薄れさせ、周囲の警戒を軽薄にさせて行く。

 最早、かがの周囲警戒は大淀を中心に前方に集中し、背後に守護する親友(あかぎ)の存在を薄れさせていく。


 だが、その乱れこそ【大淀の持つ最大の手札】を切らせる絶好の機会になってしまったのだと、この時誰が想像しただろう。


 そして、その手札は何の前触れもなく突然切られた。



 『航空母艦赤城に命ずる。直ちに艤装展開し、謀叛艦かがを拘束しろ』



 謀略と策略が入り混じる混沌のるつぼに、鎮守府唯一人の男の声が響き渡る。


 初老を迎えながらも威厳と猛々しさに満ちたその声音は、彼の艦娘の心に響き渡り、彼の者を裏切りへと奔らせた。






 第四十二章




 それは、何の前触れもなく突然もたらされた。


 『航空母艦赤城に命ずる。艤装展開し、直ちに謀叛艦かがを拘束しろ』


 赤城「!」


 もはや鳴る筈のない赤城の通信機から、唐突に鳳より勅(みことのり)が下される。


 それは、他の誰でもない【苦楽を共にした己が半身を裏切れ】と命令されたに等しく、今までの赤城であれば、例え己の愛したヒトであろうともこの勅には絶対に従わなかったであろう。


 だが、もし、いまの彼女がその限りで無かったのだとしたら・・・・。


 赤城「艤装展開」


 命じられるまま迷うことなく艤装展開した赤城は、止めよと警鐘を鳴らす己の義侠心をかなぐり捨てて、刹那の速さを以て己が半身に襲い掛かった。


 かが「!!」


 意識を前方のみに集中していたかがにとって、本来襲われるはずのない赤城の襲撃は、まさに青天の霹靂そのものであった。

 結局、完全に奇襲を受ける形になったかがは、ほとんど抵抗らしい抵抗も出来ずに赤城に瞬時に組み伏せられ、頬を強引に地面に擦り付けることとなった。


 かが「・・・赤城さん。どうしてっ!?」


 頬に砂利を付けながら唯一自由の効く頭部を捻り、かがは自身に不義理を働いた親友をねめつける。


 ―――何故だ。なぜ、わたしを裏切った!?


 抱いた疑問をそっくりそのままぶつけた時、かがの背筋に冷たく鋭い何かがあてがわれる。


 赤城「かがさん。お願いだから動かないで」


 かがの背筋に矢じりを突き付け、赤城は何時もの敬語ではなくため口でそう警告した。


 赤城の矢じり(かんさいき)が狙うモノ。

 それは、艦載機を収容する矢筒(かくのうこ)を吊るしたコネクターだった。


 矢じり型艦載機を扱う空母艦娘の多くみられるそのコネクターは、体内より飛び出す形で露出しており、矢筒型の格納庫を連結しているだけでなく、極小の動力パイプを縦横に巡らせることで、空母艦娘の主艤装と肉体との同調を行う重要器官でもあった。


 仮に、ここを損傷すれば空母艦娘は他の艦娘同様に艤装との同調が強制的に断たれる上に、その余波で一時的に躰の自由が奪われてしまう。


 その弱点が赤城の射程内にある今、彼女を下手に刺激するのは己の保身上避けるべきなのかもしれない。


 だが、例えそうだとしても、かがは赤城に問わざるを得なかった。


 ―――貴方も、あの娘を見捨てると言うのですか!?


 乱心した己が半身を見上げながら、かがは見やった顔面でそう問うた。


 彼女の凶行の動機は、おそらく何らかの形で提督(あのおとこ)に触発されての事なのだろう。


 だが、今自分を提督に引き渡してしまえば最早天照を救うことは永久に叶わなくなってしまう。

 そうなれば、天照は己の身勝手な私利私欲のために人類を裏切り、多くの同胞を沈めた極悪非道の艦娘として罵詈雑言と怨嗟の中で八つ裂きにされ、融合改装されたあまてらすの船魄は、現世より永久に失われることになる。


 それに、いまさら忠義を見せた所であの男が解体予備艦の宣告を取り消すなど万に一つとてあり得ないことは鎮守府最古参の一人である赤城なら誰れよりもよく理解しているはずである。

 そう、今までこの宣告を受けた艦娘は、唯の一隻たりとも存命していないのだから。


 なのにどうして。どうして、貴方はいまだあの畜生に忠義を示せる。好きでいられる。寄り添うことが出来る。


 ―――貴方を解体予備艦にしたのは、他ならぬ提督自身だと言うのに。


 裏切られた事への憤りと、理解不可能な忠誠心を示す事への猜疑心が、かがの心をむしばみ犯していく。

 最早、かがの頭の中は自身を裏切った赤城への追及のみとなり、大淀への怒りも赤城たちを弄んだ鳳への憎悪すらも薄れていた。


 そして、自分を拘束していた赤城が再び言の葉を紡ぐ。


 赤城「ごめんなさい、かがさん・・・。私、やっぱり提督を裏切ることなんて出来ない・・・・」


 目じりに涙を讃えながら繰り返し「ごめんなさい」と謝罪する赤城の姿に、かがは己の何かが音を立てて崩壊していくのを感じていた。


 ―――貴方と言うヒトは、そこまで・・・・。


 無二の親友が放った言の葉によって、かがはすべてを【悟った】。否、【悟らされた】と言うべきかもしれない。 



 

 『もし、次の人生と言うモノがあるのなら。私は、誇りを以て戦場に生きる【艦娘】とではなく、提督と共に【ニンゲン】として生きる道を選びたい』


 昔、支援艦隊として共闘したどこかの艦娘がそんなこと言っていた。


 【提督】


 艦娘の父にして上官。そして、己の全身全霊を以て愛し愛されたいと渇望する唯一人の存在。


 彼の者に向けるこの感情が、果たして建造(うまれた)時の刷り込みによるものなのか、それとも、オンナの姿形で生まれた故なのかは、誰にも分からない。 


 そう、我々は【ヒトの身を以て、ヒトと同じ心を持つ艦娘言う名の兵器(バケモノ)】なのだから。


 だが、『戦火の無い太平の世で、愛する人と共に添い遂げる』という平凡で幸福なヒトとしての人生を歩みたいと願うこの想いは、確かにかがを始めほぼ全ての艦娘の中に存在しているのも、また事実なのである。


 兵器(バケモノ)が抱く夢としては、それは余りにも愚かな夢想だと分かっている。

 南柯の夢であることは百も承知。

 それでも、私たちはそんな理想を抱かずにはいられない。否、抱かなくてはこの残酷な世界で駆けることも、死することも出来なくなる。


 そう言って、彼女はうら寂し気に左手に光る銀色のソレに軽く口づけしたのを覚えている。


 あの時は、「何を馬鹿な」と心中でせせら笑ったのだが、いざ、ソレを目の当たりにしてしまうと、それがいかに傲慢で、愚かで、そして崇高なものであったのかを思い知らされる。


 その夢想は、百の栄華よりも尊く。千の戦果よりも誇らしく。万の喝采よりも甘美なるものだった。

 そして同時に、死線を潜り抜けた友情を捨てでも手に入れたいと願う哀愁の勲章でもあったのだ、と。


 かが(・・・赤城さん・・・)


 見つめる視線に喪失の色を滲ませ、かがは赤城から顔を背けた。


 【最早、彼女はわたしの慕っていた赤城に非ず】


 突き付けられた現実が、言の葉となってかがの心に深く突き刺さる。


 嘗て、自身の不器用な感情表現のせいで敵を作りやすい艦娘人生の中で、初めて、わたしに分け隔てなく接し親友(とも)と呼んでくれた艦娘(ひと)。


 わたしの、冷め切った心を暖め、照らし、愚かと卑下した恋心を抱かせた親友(ひと)。


 許されぬと承知の上で恋慕し、初めて一航戦の誇りよりも欲っした、わたしの初めての想い人。


 でも、彼女はもう、未来永劫手に入ることは無い。


 わたしが渇望した彼女の心はもう、提督(あのおとこ)のモノなのだから。



 ―――彼女はもう、【わたしの赤城さん】ではないのだから。



 そう確信したとき、かがは自身の心にある感情が湧き起こるの感じた。


 それは、羞恥と知りながらも、それでも抱き続けた彼女への恋慕が最悪の形で終焉を迎えたことに対する悲哀ではなく、大戦時(あのとき)嫌と言うほどに味わった加賀の敗北の記憶に起因するもの。


 護ると誓った半身を守り切れず、全てを失った後悔と憎悪が生みだす怨念にも似た感情。


 かけがえの無い親友を奪い、積み上げた誇りと矜持を踏みにじった鬼畜米(アメリカ)にぶつけた呪詛と同類のものだった。


 かが「・・・いるんでしょう?そこに・・・」


 先ほどまで薄れていた憎悪が再燃していくのを感じながら、かがはまるで刃を突き立てるように言った。


 その言の葉は、大淀にでも周りを取り囲む艦娘達に向けたわけではない。

 自らは表に出る事無く傍観者を気取ることで、艦娘の心を弄び続ける鎮守府最凶のろくでなし。


 そう、この鎮守府において最も地獄を味合わせてやりたいオトコ―鳳帝(おおとり みかど)、その人に向けたモノだった。


 かが「そこから出て来なさい、鳳帝。この卑怯者がぁ!」



 傷心と怨恨に包まれた夜陰の横須賀鎮守府に、一人の艦娘の怨嗟の声が響き渡る。


 己の想い人を奪われ、姉妹艦を奪われ、絶望に満たされた現世を生きる糧すらも奪われた事への慟哭にも似たその怨嗟は、周りを取り囲む娘達の身ならずある一人の人物にも響き渡り、彼の者を闇夜の中から引きずりだした。


 叩きつけるように言い放ったかがの声音に呼応するかのように、大淀達の後ろからコツコツと革靴の足音が響き渡る。


 周りを取り囲む艦娘たちの創り上げる切通りを括り抜けその姿を現した鎮守府の首魁は、己に不逞を働いた部下を幻滅した表情で言い放った。



 「残念だよ、DDHかが。お前はもう少し理知的だと思っていたのだがな」






 第四十三章





 鳳「残念だよ、DDHかが。お前はもう少し理知的だと思っていたのだがな」



 傷心と怨恨に包まれた夜陰の横須賀鎮守府に、彼の地唯一人のオトコの声が響き渡る。


 初老を迎えながらも威厳と猛々しさに満ちたその声音は、今や眼をかけて来た部下の不逞よって幻滅と悲哀に満ちていた。


 かが「理知的・・・ですって・・・?」


 思いがけない言葉を聞いたと言った感じで、かがは鳳を見やる。


 艦娘として転生して数年。まさか、このオトコからそんな言葉を聞くことになろうとは。


 かが「貴方ともあろうオトコが、よくもそんな口が利けるわね。・・・笑わせないで頂戴」


 「外道如きが聖人を語るな」と言外に付け足して、かがは「はんっ」と鼻でせせら笑った。


 そう、わたしは貴様の本性を誰よりもよく知っている。


 今までどれだけ艦娘の心を弄んできたのかも。

 その、鉄面皮の下に隠した土留め色をした下水の如き精神も。

 数百の無垢な艦娘の命を、自身の身勝手な夢想の下で沈めて来たのかも。


 貴様が、同胞の語る聖人君主などではなく、善人の皮を被った外道だという事実も、わたしは、誰よりもよく知っているのだ。


 鳳「かが・・・。お前はまだそんなことを――――」


 かが「わたしを、その艦名(なまえ)で呼ぶな。外道!!」


 誤解だと釈明しようとする鳳に、かがは今までにないくらいに声を荒げる。


 ―――貴様に、貴様のようなオトコなんかに、わたしの真名を呼ぶ権利などない。


 貴様は、わたしが身命を賭して築き上げた栄華を穢したのだ。

 貴様は、慕い恋慕したわたしの想い人を奪い取ったのだ。

 貴様は、この世でたった一人のわたしの姉妹艦を弄んだのだ。


 そして、貴様は数十年の長きに渡り血反吐と自沈してしまいたいほどの羞恥に耐え築き上げたわたしの全てを、その薄汚い心で蹂躙し穢したのだ。


 だから、私はお前を許さない。


 例えこの身が深海棲艦と成ろうとも、わたしは、その五体引き裂くまでお前を許さない。 


 ―――ゼッタイ二、ユルサナイ。


 まるで深海棲艦と成り果てたかのような眼光で、かがは鳳を射貫く。


 姿形こそ艦娘を保っているが、鳳を射貫くその眼光は、最早姫級のソレと差し支えない程に憎悪と憤怒で歪み、周りと取り囲む艦娘たちはおろか、あの飛翔魚雷の照準固定を難なく受け止めた大淀ですらも戦慄させたじろぎさせた。


 だが、その憎悪の矛先たる鳳は特に臆した身振りもなく、しゃあしゃあとかがに信じられない様な言の葉を浴びせた。


 鳳「なぁ、かがよ・・・。貴様の儂に向けたかった憎悪は、その程度のモノなのか?」


 かが「は――――?」


 まるで「期待外れだ」とでも言いたげに、鳳はかがに向かってそう言い放った。


 かが「な、なにを・・・いって・・・・」


 問われた言の葉を理解できずぽかんとするかがに、鳳は「はぁ~~~~~」と大仰にため息をつき、やれやれと言わんばかりに首を横に振った。


 鳳(そうか・・・。やはり、貴様はその程度の器しか持っていなかったのだな・・・)



 この数年間、この娘は一体何を見聞して来たというのだろう。


 元一航戦の片割れとして。融合改装された艦娘の一人として。DDHあまてらすの姉として。この娘は世界の理(ことわり)に最も近くに居続けたというのに、何も学ばなかったというのか。


 何も、理解して来なかったというのか。


 「否、それは違うか」と、鳳は自身の疑問符を即座に否定した。


 この鎮守府にいる以上、ここの艦娘たちは大なり小なりこの世界の理には触れることになる。

 それは、眼の前で呆然とするこの娘とて、例外では無いはずだった。


 鳳(かが・・・。お前は何時まで、嫌だいやだと駄々をこねるガキでいるつもりなのだ・・・?)


 呆けるかがに、鳳は僅かに愁いを帯び瞳を向ける。


 そう、この娘は何も変わっていない。


 大神の慈悲を得るため、復活させたレムレース艦隊。

 艦隊復活の理由を聞いたかがは「犠牲があまりに多すぎる」とこの計画に猛反対したが、昼夜の説得も虚しく、彼女の意見は黙殺された。


 結局、かがは今後計画には一切掛からわないことを条件に【唯の空母加賀】として生きる道を選ぶことを許され、DDHあまてらすの姉妹艦は横須賀鎮守より事実上消滅することになった。

 

 一方、姉に見捨てられる形となったあまてらすは、そのままレムレース艦隊の旗艦である強襲揚陸艦天照として大神の慈悲を得る為、大量殺戮者(みかたごろし)の咎を背負い続けることになった。



 それから、約一年。


 嘗て己が使命から逃げた彼の者は、今度は親友と決めた者に触発されて、またもや鳳の前に立ち塞がった。

 しかも、自身の恋慕と尊厳を傷つけられたと被害者意識を垂れ流し、私情でこの計画をとん挫させようとしている。


 その妄執が、世界を更に混沌へと叩き込むことになるのだと知りもしないで。


 ―――なんと情けない。


 部下に謀反を起こされた憤りよりも、自身が目をかけて来た部下の低能力さへの憤りがの方が鳳の心に渦まき、かがへの失望を加速させていく。


 鳳(今まで加賀で居られようにといろいろと便宜を図ってやったというのに。恩を仇で返すばかりか、妄執に憑りつかれ大義を見失うとはな・・・)


 畢竟、それも自身の下した采配の結果なのであろうが、いまは彼奴の八つ当たりに付き合っていられるほど此方に猶予がある訳ではない。


 大神の慈悲は世界をあるべき姿に戻す救済の光でもあるが、使い処を誤れば世界を破滅へと導くメギドの火にも成り得る諸刃の剣でもある。


 それでも、彼がそれを求めるのは、その慈悲を得ることが嘗て妖精達の間で交わされた盟約の証でもあるからだった。

 そう、大神の慈悲は艦娘と人類のみならず、艦娘たちを創造した妖精達を救済する希望と贖罪の光でもあるのだ。


 故に、計画のとん挫も失敗も許されない。


 鳳「DDHかが。汝に今一度問う」


 万物の救済をその身に背負った彼の者は、己に不逞を働いた嘗ての部下に今一度贖罪の機会を与える。


 鳳「汝、己が不逞を悔い改め、今一度、我に忠誠を誓うか?」


 かがは、この鎮守府において天照以外では唯一の融合改装された艦娘であり、融合改装は横須賀鎮守府の門外不出の禁忌の改装法だ。

 その艦娘をむざむざ解体するのは惜しい上に、解体予備艦として放逐するなど沙汰の限り以外の何物でもない。


 ―――さて、かがよ。お前はどちらを選ぶ?


 かがの性格上、彼女がこの提案を飲むことは限りなく低いであろうが、万が一という事もある。


 そう、彼女がこの案を承諾すれば良し。


 承諾しない―こちらが最も確率が高い―場合は、奥の手を使う必要があるが融合改装された艦娘を失うよりは幾分かましであろう。


 そんな鳳の思案をよそに、かがは「何の冗談だ」と愚問だと再び鳳を睨みながら言った。


 かが「戯言も大概にして欲しいモノね・・・。鳳 帝」


 案の定というべきか、かがは鳳の宣告に否と応えた。


 鳳(まったく、腹芸の一つも出来ないとは。かが、貴様はつくづく儂を失望させるのだな)


 心底幻滅したと言わんばかりに、鳳はガクリと肩を落とす。


 彼奴がこの案を受けないことは先刻承知の限りだったが、正直なところ、鳳としては一時の屈辱に耐えて敵に首を垂れるくらいの気概が欲しかったと考えなくもない。


 最も、かがには【最初から選択肢などなかった】のだが。  


 鳳「DDHかが。どうやら貴様には、今一度自身の立場を分からせる必要があるようだな」


 そう言って、鳳は肩幅くらいにまで足を開くと、まるで前線で指揮を執るかのように自身の右腕を突き出す。


 いったい何が始まるのかとざわめく艦娘たちをよそに、鳳は己の信頼を失墜させた不逞の部下に最終宣告を下した。


 鳳「かが、貴様に教育してやろう。艦娘が主たるニンゲンに逆らうことがいかに愚かだという事を、な!」



 叩きつける様にそう宣言し、鳳はある言の葉を紡ぐ。


 それは、嘗て深海棲艦という侵略者と共に現れた『小さなヒト』との間で交わされた盟約と共に託されたチカラ。

 艦娘というヒトならざる者を使役する為、そして、彼の者たちを【確実】に水底へと還す為に与えられた制約の証であった。



 『盟約者達よ。ワレニ、シタガエ』






 第四十四章





 それは、驚愕という言葉だけでは片づけられない程に奇妙で異質な光景だった。


 鳳「オスプレイ隊。かがの右足を潰せ」


 鎮守府の首魁にして、かがの主であった鳳の下知の元、かがの艦載機であったはずの回転翼機隊が一斉にかがへ攻撃を加える。


 かが「があ”ぁぁ”あぁ”ァ”あ”ぁあぁあ―――――-っ!!!!」


 夜陰の鎮守府に響き渡る、幼き謀叛人の絶叫と一切の容赦を廃した銃撃音。そして、それを以て制裁の下知を下す、彼の支配者の声。

 AV-22Jガンシップオスプレイの放つ五式四十粍高射機関砲とM61バルカン砲より放たれる毎分6120発もの弾丸は、かがの右足を瞬く間に原型を失なわせ、唯の肉塊へとその姿を変形させていく。


 かが「あ・・・が・・・ぐぅうぅぅ・・・ぅぅう・・・」


 五体を貫く激痛に悶えながら、かがは自身の艦載機隊が発する機関音の方を睨み付ける。


 かが(どうして・・・?どうして、提督(あのおとこ)がわたしの艦載機隊を――――)


 かがの向けた瞳に映るは、攻撃が始まる前に大淀達によって鳳の隣に連れて行かれた赤城のぼろぼろに崩れ切った泣き顔と、その背後で怒とも困惑ともつかぬ複雑な表情を浮かべながら赤城に主砲を突き付けている秘書艦(おおよど)。


 そして、自身の虎の子であった数十機の回転翼機の姿だった。


 つい一刻前までかがの頭上に響いていたはずの機関音は、いまや一音たちとも聞こえてこない。

 そう、いま、かがの艦載機隊を従えているのは主たるかがではなく、ヒトである鳳であった。


 かが「妖精達・・・。応答して。おうとう、しなさい・・・!」


 配下であったはずの艦載機隊による容赦のない制裁を受けながら、かがはなぜか鳳の周りを浮遊する【紫色に光る回転翼機隊】に向け呼びかけた。


 だが、当の艦載機隊は一切呼びかけに応じる事無く、かがに再度の機銃弾を浴びせかける。


 かが「あぁァァ”ァあア”アア”ああ”あぁ”あ”あァ―――――っ!!!!!」


 彼の機関砲に使われているM53徹甲焼夷弾は、弾薬に装甲貫通効果と焼夷効果とを両立させたもので、対象物に徹甲弾と焼夷弾両方のダメージ効果を与えることが出来る。

 故に、いまのかがは宛ら赤熱した剣で何度も躰を突き刺されるのと同等の攻撃を受けている状態であった。


 かが「ごふ・・・・ごほ・・・・はぁ・・・・は・・ぁ・・。どうして?・・・どうして、応えて、くれないの・・・・?」


 重ねてかがは、自身の艦載機向かって呼びかける。

 貴方たち妖精は、今まで苦楽を共にしてきた戦友でさえも、あっさりと裏切ると言うのか。


 ――――わたしたち艦娘は、貴方たちにとって【その程度の存在だった】と、そう言うのか。


 だが、紫色に発光した艦載機隊はかがの問いに一切応答することなく、再々度の攻撃を敢行する。


 艦載機を始め、艦娘の扱う兵器は起動時に緑に淡く光る性質を持っているのは、彼の妖精達が乗艦している艦娘の命令に応じたことを示す彼女たちなりの意思表示だとされていた。

 だとすれば、あの紫色の光は【貴方は最早我々の主に非ず】と言う妖精達の意思表示なのかもしれない。


 だが、仮にそうだとしても、なぜ、ヒトである鳳が艦娘の兵器を使うことが出来る。


 妖精達との意思の疎通を図ることが出来るのは艦娘だけ―人間でも身振り手振りでの極初歩的な会話は出来る―であり、故に彼女たちを使役できるのも艦娘だけだ。


 だからこそ、艦娘は唯一深海棲艦に対抗できる存在としてこの世界に居場所を得ているのだ。


 鳳「さて、かがよ。もう一度だけ問うぞ。汝、己が不逞を悔い改め、今一度、我に忠誠を誓うか?」


 掌握した艦載機隊による攻撃の手を一旦止めた鳳は、先ほどと一言一句違える事無く同じ文言をかがにぶつける。

 本来、艦娘は等しく部下(なかま)として接する鳳が一艦娘―それも謀反を起こした者にここまで温情を与える事などあり得ないことだった。


 ただし、その理由が自分が融合改装した艦娘ゆえである事も、かがは理解していた。


 かが「何度も、言わせないで頂戴・・・。わたしは、金輪際あなたの下に就くなんて――――」


 そこまで言いかけた時、かがの視覚に赤城の信じられないものが映った。


 ―――なんで、そんな顔でわたしを見るの・・・・?


 見やった視線の先、自身が引き起こした謀反の咎による制裁を受け続けるかがを以て涙でぐしゃぐしゃに歪んだその顔には、かがに対する赤城の最後の懇願が映っていた。


 『かがさん。お願いだから提督の言うことを聞いて』


 このまま、自身の一航戦の誇りに従って提督の手にかかるのも良いかもしれない。


 でも、それではあのミッドウェー海戦と同じ轍を踏むことと同義。

 妹(あまてらす)に、あの日の瑞鶴たちと同じ思いをさせたくないのなら、ここは一時の恥辱を受け入れるべきだ、と。


 かが(貴方は、わたしにあえてアイツの靴を舐めろと言うのですか・・・!?)


 心中でそう抗議するかがに、赤城はそっと目を閉じ小さく頷いた。


 かが「・・・・・・・・・・・」


 やはり、彼女は素晴らしい艦娘(ひと)だった。 


 あの人は、御旗の為ならどこまでも愚かになれる。どこまでも穢れよと命づることが出来る。

 そして、彼女自身もまた、御旗の為に怨敵の情婦と成ることが出来る。


 ――――赤城さん。やはり貴方は【一航戦の赤城】なのですね・・・・。


 そう、彼女はわたしなんかでは釣り合わない程に偉大で、気丈で、そして大人だった。


 かが「・・・・・わかりました」


 そう呟き、かがはのろのろと起き上がると、鳳向かって地面に頭を擦り付けた。


 かが「わたし、DDHかがは己が不逞を悔い改め、今一度、貴方に忠誠を誓います・・・・」


 ふつふつと湧き起こる狂気(くつじょく)を残った正気(ほこり)で必死に抑え込み、かがは鳳に制約の言の葉を紡ぐ。


 それを聞き届けた鳳は、「了解した」と応じ、ゆっくりとかがに歩み寄って行く。


 コツコツと妙によく鳴り響く靴音と周囲に展開させた回転翼機の機関音が、かがの鼓膜を刺激し、抑え込んだ憎悪(ケモノ)を驚異的なまでに覚醒させていく。


 ―――殺せ。


 湧き起こる恥辱と、己のズタズタにされた一航戦の誇りは、かがの脳裏に憎悪(ケモノ)となって自身に報復せよと命令する。


 ―――殺せ!


 五感に轟く声で、ケモノは吼える。


 ―――こ ろ せ!!


 鼓膜を支配し、腕を侵食し、ケモノは吼え続ける。


 ―――コ ロ セ!! 


 近付く怨敵の靴音と轟く機関音に、ケモノは更に吼える。


 ―――コ ロ セ!! 


 鎌首を持ち上げ、ホエル。


 ―――コ”ロ”セ”!!!!


 鳳「DDHかが。貴艦の制約を、我、鳳帝は承諾する」 


 頭上にから降り注ぐ怨敵の声。憎々しき彼の者が自身の射程圏内に入ったことを認識した時、かがの内から轟く報復の声は最大音量となった。 


 ―――――ヤ ツ ヲ コ ロ セ!!!


 目に浮かぶは、怨敵の血塗れた素首。

 その手を染めるは、彼のモノより流れる穢れた鮮血。


 ――――ハ ヤ ク ヤ ツ ヲ コ ロ セ!!!!! 


 彼のケモノが求むるは、己が復讐の成就とそれを以て得られる至高の快楽。

 矜持を穢し。恋慕を踏みにじり。愛するヒトを奪い取った怨敵の血に染まった死に顔のみ。


 こ ろ せ!! コ”ロ”セ”!!こ ろ せ!!コ”ロ”セ!!こ ろ せ!!コ”ロ”セ ”――――――っ!!!!



 復讐を求むる彼のケモノの咆哮はいよいよ絶頂に達し、かがは目と鼻の先に迫った怨敵の首筋に飛び掛かった・・・・。



 はずだった―――――。



 かが「寛大な御心。痛み入ります・・・・提督」



 すんでの所で復讐(ケモノ)の衝動をを封殺し、かがは鳳の軍門に下った。


 ―――これで良い。そう、これで良かったのだ。


 そう何度も自答し、「何故だ」と異を唱える復讐心(ケモノ)を慰め続けながら、彼の艦娘は怨敵の前で凌辱の涙を流し続けた。








 【大神の慈悲】


 それは、艦娘の生まれた頃より存在し、彼女たちの間で様々な形態で呼称された。


 ある者は、それを歪んでしまった世界を正す【特効薬】であると考えた。

 ある者は、それを長きに渡る戦乱を終わらせる【最良の手段】だと信じた。

 ある者は、それを宿敵である【深海棲艦を滅ぼす最強の兵器】であると宣言した。


 その【ナニモノ】かは、時を超え様々なカタチで伝えられているが、そのどれもが推測の域を出ることはなく、その真の姿を知る者は誰一人としていなかった。


 ただ一つ真実を伝えるとすれば、それは、艦娘の大敵である残留呪染を治療することのできる唯一の手段にして、此岸の世にあまた存在する艦娘とそれを使役する人類、そして、それを創造した妖精達全ての救済の光であるということ。


 そして、その慈悲を得るために彼の者たちは幾重もの罪を犯してきた。


 御旗の為と、同胞を引き裂き。

 彼の者の為と、艦娘たちを裏切り。

 同胞の為と、姉妹艦を絶望させ。

 救済の為と、護るべき人類さえも欺き大義の犠牲とした。


 『これで最後だ』


 『これで救われる』


 『これで、誰も悲しまなくてすむ』


 今まで幾度となくその言の葉を呟き、その慈悲を得るためにその躰を精神(こころ)を矜持を摩耗させ、削り、そして、壊して来た。


 ―――でも、それももう終わる。


 これで最後だから。

 これで私は、もう誰も沈めなくて済むのだから。


 水平線にぽつりと立ち尽くす一人の少女は、左手の薬指に光るソレに軽く口づけをし、水平線の彼方に居るであろう自身の最愛の人に最後の言の葉を送った。



 あまてらす「これで私たちは、救われる」





悠久の戦役 第三幕へ続く











後書き

誤字脱字は随時修正していきます。
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SS好きの名無しさんから
2017-08-04 10:13:17

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2017-02-12 21:49:48

2017-01-16 20:33:35

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金属製の餅さんから
2017-02-12 21:49:50

2017-01-16 20:33:36

このSSへのコメント

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1: 真.名無しの艦これ好き 2017-02-12 22:02:07 ID: OQyIxivI

金属製の餅様、評価と応援ありがとうございます。


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