2021-02-24 22:42:20 更新

概要

僕が幼少期を過ごした街には、大きな木があった。今はもう切り倒されてしまったその木も、切株だけは残されている。何故、未だに切株が残されているのか。それは僕がこの街に暮らしていた頃に遡る。


前書き

これ、それなりに書けるな~と思い早数ヶ月。今更ながら筆を執った次第に御座います。まぁ、パソコンですが・・・。


アスファルトに覆われた道が縦横を貫く小さな街。


今となっては、小高いマンションが点々と聳えるような半都会の街だ。


そんな街に僕は暮らしていた。


尤も、僕が暮らしていた頃の街はもっと田舎の様相をした街だったけど。


真四角に整地された宅地や田畑が並び、道路の両側には溝とも川ともつかない水路が走っていた。


懐かしい風景だ。


都市化が進んだ影響で田畑は消え、道路の拡幅に伴って水路には蓋がされた。


街のシンボルだったあの巨木も切り倒された。


これはそんな巨木に関する不思議な話だ。




ー〇〇年前ー


「おーい!お前の限界はそんなもんかー!」


「うるせぇ!ちょっと休憩してるだけだっての!」


「とか言って。怖いんだぜ、あいつ。」


「聞こえてんだよ!畜生が!」



雲にも届きそうな巨木の下、数人の少年が輪を成して騒いでいる。


僕もその中のひとりだ。


少年達が見上げる先には巨木をよじ登ろうとする少年が居る。


それも適当な棒を持って、少し飛び跳ねてみれば届きそうな所に。


きっと本人はそれなりの高さに居るつもりなのだろう。


その実がこれなのだから、滑稽なものだ。


周りの少年達から罵声とも取れる声援が飛ぶ。


暫く粘ったものの、力尽きたか少年はずるずると地上に降りてくる。


その瞳は潤んでいるように見えた。



「記録、2.5メートル。」


「具体的に言うんじゃねぇよ!」



誤解の無いように言っておくが、これでも仲は良い。


皆、同じ小学校に通う同級生だ。


クラスは別々だったりするけれど、何と言うか・・・。


気付けば一緒に居る。


そんな関係だ。



「次は誰だー。」


「よっしゃ!ここは俺に任せろ!」


「また最低記録の更新か?」


「この前は何センチだったっけ?」


「10センチだ!」


「逆にすげえよ。どうやったらそんな記録出せんだよ。」



因みに言えば、僕達の中での最高記録は4メートルだ。


目算だからこの記録がどこまで正確なものかはわからないけど。


まぁ、その程度なのだ。


だから・・・。



「坊主共、また度胸試しかい?」


「げっ。木登り婆・・・。」


「程々にしておくんだよ。」


「はーい。」



大人達からお咎めを受けるようなこともない。


それが、少年達が此処に集う理由だ。


野球をするでもなく、サッカーをするでもなく・・・。


ただただ程度の低い木登りをしては嗤い合っている。



莫迦みたいな話だ、と・・・。


そう思う者も居るかも知れない。


もっと健康的な身体の使い方があるだろう・・・と。


大人は特にそうだ。


だけど、よく考えてほしい。


子供達から、その健康的な身体の使い方を奪ったのは誰だったかということを。



危険な球技は禁止。


最近、公園でよく見る注意書きだ。


ボールが外に出ないようにネットまで設けておいて、何を莫迦なことを・・・。


少年達は公園の前を通りかかる度に、そう思う。



「木登り婆、公園で木登りしてるとあんなに怒るのに・・・。」


「なー。なんでこの木で遊んでるときだけは何も言わないんだろうな。」


「昔から子供の遊び場として有名だったからじゃね?」


「それな。」



少年達が言うように、この大木は昔から子供の遊び場として有名だ。


その歴史は古く、僕のお爺さんのお爺さんの頃から子供達が集う場になっていたらしい。


因みに言えば、当時から遊び方は変わっていない。


余程下手な落ち方をしない限りは大した怪我もしない高さまで登り。


見守る子供が罵詈雑言を飛ばす。


その内容は、世代が移ろう度に優しいものになっていると祖父は言っていた。


木登り婆も、その点についてだけは僕達を認めてくれていたようだ。



さっきから出てくる木登り婆とは、この近所に住んでいるお婆さんのことだ。


子供達が危険な遊びをしていると、すぐさま声を掛けてくる。


怒声にも近いような嗄れ声で。


罵倒にも似た、きつい言葉遣いで。


そんなお婆さんでさえ、この遊び場に居るときだけは見て見ぬふりをする。


他の大人達も・・・。


公園でサッカーをしていたときはあんなに怒り散らしていたのに・・・。


まったく、訳がわからない。



「次は誰だー?」


「お前じゃね?」


「僕はいいよ。」


「じゃあ、俺なー。」


「うっし。肩車部隊、出陣じゃー!」



あの手、この手と。


無駄な高さ稼ぎの策を弄する阿呆達。


それは見ているだけで楽しい。


正しくは、見ているだけだから楽しい。


人間梯子だなんて・・・。


まっぴらごめんだ。



「おらー!気張れよ、お前等ぁ!」


「上に居るお前はいいよなぁ!」


「足蹴にされる苦しみが貴様にわかるか!」


「うっせぇな!じゃあ、てめぇらには人の上に立つ恐怖がわかるのかよ!」


「わからん!」


「ハモってんじゃねぇ!」



と、騒ぎ立てる少年達。


そんなに忙しなく口を動かしていては、バランスも何もないだろうに。


僕の忠告も空しく、人間梯子はバラバラと崩れ落ちていった。


まぁ。


忠告とはいっても、口に出していないのだから、意味は無いのだけど・・・。



「ちっくしょー。今日も駄目かー。」


「ま、どうせ無理なのはわかってるんだけどなー。」


「登りきることがか?」


「そら無理ってもんだな。」


「だな。」


「あっはっはっはっはー。」


「・・・はぁ。」



何故、少年達はこうまでして頂上を目指すのか。


それはこの大木に纏わる伝説の所為だ。


大木の頂きには、天狗の家が在る。


そんな伝説がお爺さんの時代から語り継がれている。


この街に住む者ならば誰もが知っている。


それほどに有名な話だ。


而して、その真偽を知る者は居ない。


まぁ。


だからこそ伝説なんだけど。



「あー。確かめてぇなー。」


「見てみたいなー。天狗の家。」


「テレビ番組でも明かせなかったことだぜ?俺達にできんのかよ。」


「だからこそだろー?」


「そうだぜ。最初の発見者になることに意味があるんだから。」


「あっそう。」



そう。


この伝説について、とある民放が特番の組んだことがあった。


ヘリコプターを飛ばし、空撮を試みて、失敗した。


どう考えても不自然な霧に阻まれて・・・。


次の手として、ドローンを飛ばして、失敗した。


そしてそのドローンが戻ってくることはなかった。



この特番が放送されてからというもの。


天狗の伝説を信じる者が爆発的に増加した。


街の外からも大木登頂を目指す者達がやって来るようになった。


中には、ピックのようなものを装備しているマジな人も居た。


而して、登頂した者は居なかった。


本格的な装備で、大木に器具を打ち込みながら登っていた者でさえ・・・。



「今日はこのくらいにしとくか。」


「そうだな。」


「じゃ、終わりの合言葉だ。」


「俺達はー?」


「意気地なし!」



誰が言い出したのか。


今となってはわからない、この合言葉。


お爺さんの時代は誰かが登っている最中から、この大合唱が起こっていたらしい。


お父さんの時代には、余程不甲斐ない人のときだけ。


僕達の時代では、締めの一言に・・・。



「しっかし、なんでこんなこと言わないといけないんだろうな。」


「知らねぇよ。」


「じゃあ、やめるか?」


「それはなんか締まりがねぇだろ。」


「だよな。」



誰も反対はしない。


だってこれは、誰かを蔑むものではないから。


僕らはみんな等しく意気地がない。


それでいい。


身の程に合わない度胸は、身を滅ぼすだけだから・・・。



「意気地なし。」



え・・・?



「おい。なんか言ったか?」


「いや?でも、聞こえたよな。」


「おう。女の声だ・・・。」



周りを見渡しても、女の子の姿はない。


そもそも、木登りなんて幼稚な遊びをする女の子はこの街には居ない。


多分、きっと・・・。


少なくとも、僕はそう信じている。



「悪かったわね。女の子らしくなくて。」



はっきり、聞こえた。


聞こえてしまった。


だけど、やっぱり周囲に女の子の姿は見えなかった。



「はぁ~あ。早く迎えに来てくれないかなぁ。私だけの王子様。」



彼女は・・・その。


かなり、夢見がちな女の子らしい。



「何、やってるんだ?」



不意に背後から聞き馴染みのある声がした。


振り返ってみれば・・・。



「おっ。お兄さんだ。」



僕の兄だった。


いつの間に背後に立ったのか。


さっきまでは居なかったはずなのに・・・。


まったく。


兄さんは本当に、影が薄い。



「お兄さんも聞いたか?女の子の声。」


「女の子の声・・・?」


「聞いてないか。」


「空耳だったのか?」


「んなわけねぇだろ。結構はっきり聞こえたぜ?」


「つーか。お兄さんは何しに来たんだ?」


「・・・散歩?」


「爺かよ。」



趣味が完全にお爺さんのこの青年は、若干十六歳の高校生である。


渋いお茶が好きで、日なたぼっこが日課。


若年寄とは彼のために在る言葉なのかと思ってしまう。


この特技さえ、なかったなら。



「そうだ。お兄さんなら、この木の天辺まで行けるんじゃね?」


「・・・え?」


「お兄さんなら余裕だよねー。なんたって、この街一番の木登り名人なんだから。」


「まぁ・・・その気になれば?」


「おおー。」



ところで、今までにこの大木を踏破した者は居ないと言ったことを覚えているだろうか。


兄さんは贔屓目に見ても、確かにこの街一番の木登り名人だ。


而して、この大木を登り切ったことはない。


登ろうと思えば、きっと登り切れるだろうに。



「うおお。はえー。」


「もう半分くらい行ったんじゃねぇか?」




(修正中)









なんて、弟の同級生に勝手な期待を抱かれた兄は大木を登る羽目になったのだ。



少年達が首を反らせて見守る中、兄はすいすい登っていく。


流石は木登り名人だ。


しかし、兄が内心穏やかでないことを僕だけは知っている。


兄は小心者だから。



兄は少し変わった人で、得手・不得手の境界が酷く曖昧だ。


高い所は好きなのに、高所作業は苦手。


兄曰く、ただそこに居るだけなら平気だけど、そこで何かをするのは怖いのだそうだ。


詰まるところ、身体は鳥の領域に到達しているのに、心は恐怖のどん底で打ち震えているのだ。


それでも何とか天辺に登り着いたのだろう。


合図といて兄に渡したロケット花火が、乾いた音と共に白煙の花を咲かせた。



「かっこいい~!」



その声に少年達は振り返る。


瞳を輝かせ天を見上げる少女が、そこには居た。



「ねぇ!さっきの人、あなたのお兄さんよね!ね!」


「え?うん・・・そうだけど。」


「わぁ!お兄さん、歳はいくつなの!」


「・・・十六。」


「十六歳ね!え~と、私が今十二歳だから・・・後四年で同い年ね。」



何を言っているのだろう。


四年後、兄は二十歳だ。


生まれ落ちたその瞬間から、同い年の者が変わることは無いというのに・・・。



「あ、そうだ。お兄さんが戻ってくるまで、あなたの家に居候するから。よろしくね!」


「・・・は?」



兄と入れ替わるように現れた少女は矢継ぎ早に言葉を紡ぎ、この場を支配していた。


自信に満ち溢れた少女を前に少年達はただ立ち尽くすことしかできなかった。



「今日からお世話になります。よろしくお願いします。」



少女は意外にも丁寧な挨拶をした。


驚き呆気にとられるあまり、母の返事を聞き逃すところだった。



「ええ。本当の家族だと思って、何でも言って頂戴ね。」


「はい!」



寧ろ聞き逃した方が良かったのかも知れない。



「まぁ、いずれは本当に家族になりますけど・・・。」



本当に、聞き逃していれば良かった。



こうして少女と一つ屋根の下。


謎の共同生活は始まるのだった。



「なぁ、あいつ本当にお前の家に居るのか?」


「うん。」


「マジかよ。よく母ちゃんが許したよな~。」


「二つ返事だったよ。」


「お前の母ちゃん。変わってるな。」



僕の記憶が正しければ、母は見ず知らずの少女を簡単に受け入れるような人ではない。


きっと警察に連絡するなり、孤児院に連れて行くなりしていただろう。


何かがおかしい。


少女が僕の日常に入り込んでいることは勿論。


誰も消えた兄のことを口に出さない。


まるで、元からそんな人間は存在していなかったかのように・・・。



「問題。僕に兄弟が居る。Yes or No.」


「No.」


「正解。」


「急にどうしたんだ?」


「別に。実は兄が居たりしたら、面白いと思って。」


「いや、お前ひとりっ子じゃん。」



兄は天狗様に連れ去られてしまったのだろうか。


だとしたら何故、僕は覚えているのだろう。


おそらくは少女も。


あれから毎日、あの大木に通っている少女ならきっと・・・。



兄が大木を制覇して四年。


少女との生活もすっかり僕の日常になってしまっていた。


毎朝同時に家を出て、僕は高校へ、少女はあの大木の下へと向かう。


夕方になれば、僕と少女は同時に帰宅する。


見計らったかのように毎日、毎日・・・。



十六歳になった少女は、歳の割に子供っぽいところのある普通の女子高生のようだった。


まぁ、高校には通っていないから女子高生ではないのだけど。


初めて会った時から変わらない。


多少は大人っぽくなったのだろうけど、姉というよりは妹のような感覚だった。



そんな少女が、男を連れてきた。


何の前触れも無く、突然。


男は僕によく似ていた。


歳も同じだった。


そして少女は言い放つ。



「私、この人と結婚する!」



僕は思った。


十六歳で結婚はできないだろ。



男は言う。



「ただいま。」



僕は心で叫ぶ。


おかえり、兄さん!



これは僕が幼少期から学生時代まで過ごした街での話だ。


今では僕も、兄に負けない程に幸せな家庭を築いている。


あの大木はもう無い。


兄と少女を繋いだ、あの大木は・・・。


僕に同い年の兄を与えた、あの大木は・・・。


当時の思い出を振り返りに帰郷したことがある。


だけどそれは間違いだったのかも知れない。


その時に見た光景が目に焼き付いて離れないのだ。


赤黒く染まった、あの大木の切株が・・・。


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