2020-11-07 01:25:01 更新

概要

思いついたはいいけれど、長くは書けないなんて物語はかなり多い。
そんな作品を寄せ集めた短編集。
思いつき次第に更新中。


前書き

完全オリジナルの作品から、どこかで聞いたような作品、また事実に基づく作品まで幅広く投稿していく予定です。
ホラーが中心になると思いますので、太陽の熱でやられた身体を冷やす為、或いは暖房に当たりすぎた身体の温度調整の為、どうぞ想像力を働かせながら御覧になっていってください。


嗤う石人形


深夜。


草木も寝静まる其の時間。


嘗ては賑わっていた商店街を貫く旧道の途中に其れは現れる。


何時から其処に在るのか、誰が作ったのか、知る者は居ない。


気付いた時には其処に在り、旧道に佇んでいた。



「なぁ、聞いたか?また居なくなったんだってよ。」


「また?もう何人目?」


「5人目だよ。」



最近はこの話題ばかりだ。


今月だけで5人。


この街から、誰かの姿が消えた。


其れが何処の誰なのか、これまで何人消えたのか、知る者は居ない。


存在も、其の証も、記憶も全て、この世界から消えてしまうからだ。


忽然と、誰にも気付かれる事無く・・・。



だけれど、今月に何人消えたかは分かる。


誰かが消える度、石人形が増えていくからだ。


今在る石人形は6体。


其れも来月になれば1体に戻る。


積りゆくのは、明日は己が身という恐怖心だけ・・・。



旧道とは言え、車通りは決して少なくない。


信号の少ない道は、裏道としてよく利用される。


淀み無く、次々と軽車両は流れ行く。


ただ1点、石人形の前を除いては・・・。



石人形の前には、常に何かが供えてある。


それは花だったり、食べ物だったり、或いは金銭だったりと様々だ。


捧げられるばかりで回収されるはずの無い供物だけれど、何時の間にか消えている。


誰かが持ち去っているのではと、張り込みをした人も居ただろう。


きっと居たはずだ。


誰も、其の存在を知らないけれど・・・。



旧道を通る車は、必ず石人形の前で止まり供物を捧げて行く。


新しく整備された国道を通れば、そんな事をしなくても良いだろうに。


誰もが一度は考えた事だ。


事実、旧道から車が消えた時期があった。


そんな時だ。


国道で数十人の死者を出した、大きな事故が発生したのは・・・。



それから、国道を走る車は減った。


誰もが石人形の祟りだと信じて疑わなかった。


石人形は今日も嗤う。


ただの石に媚び諂う、人間を嘲笑うかのように・・・。



とある台風の日


ある日の正午。


「今日は台風だから、寄り道せずに真っ直ぐ家に帰るんですよ。」


普段より幾分か早い下校。


子供達は早く学校が終わる事に狂喜乱舞し、意気揚々と帰路に就く。


台風は毎年やって来る。


ニュースでは甚大な被害が、なんて言っているけれど実際に其れを目の当たりにした事は無い。


家の中に居れば大丈夫。


誰もがそう思っていた。



田舎の夕餉は早い。


祖父母が中心の生活習慣になるからだ。


19時を回る頃には、家族全員が風呂を済ませていた。


暗くなり始めた空を大きな雲が駆け抜けていく。


裏山の竹はぶつかり合い、異様な音楽を奏でている。


今回の台風は、過去最大級のものらしい。


だが其れも、今夜限りの事。


明日になれば、何時もの日常が始まる。


そう、思っていた。



居間でテレビを観ていた。


風の影響か電波が上手く受信できていない。


文句を垂れつつも、テレビの前から動く事は無かった。


バキャッ ガシャーン


突如、何かが折れるような音がした。


後に聞こえたのは、瓦の割れる音だろうか。


恐る恐る音のした方に足を伸ばす。


ピチャッ


液体が足先濡らす。


何故、今まで気付かなかったのだろう。


奥座敷へと続く廊下が、川に姿を変えていた。


「何、これ・・・。」


皆が言葉を失う中、祖父が奥座敷へと向かう。


屋根の下を流れる川を遡りながら後を追う。


奥座敷には滝ができていた。


天井からは緑の葉を付けた小枝が顔を覗かせていた。


天井を中庭の槙の木が貫き、大穴を開けていた。


瓦を伝う雨が滝となり、廊下を川へと変貌させていたのだ。



立ち尽くすしかなかった。


まさか自分の家が壊されるなんて、思ってもいなかった。


其れも自分の名前の由来になった木に・・・。


風は一層強くなる。


磨りガラスを嵌めた窓が激しく揺れ始めた。


「早く木戸を閉めんか!」


祖父が叫ぶ。


窓を閉めておけば大丈夫と、木戸を閉じていなかった。


風が吹き荒れる中、窓を開け、力一杯に木戸を引く。


びくともしない。


足を壁に突っ張りながもう一度。


やはり動かない。


「代われ!」


祖父が力任せに引き、やっと木戸は動いた。


順々に閉じていき、最後の一枚を閉じ終えた。


さぁ、これで大丈夫。


ほっと一息吐いたところで、違和感を覚えた。


木戸で遮られたはずの外界から、月明かりが射込んでいた。


木戸を使ったのは何時以来だったのだろうか。


大きな穴が幾つも空いていた。



変わらず激しい風が吹き込んでくる。


木戸の間隙から吹き込んでくる分、激しさが増しているようにも思えた。


ガラス窓がガタガタと揺れる。


今にも砕け散ってしまいそうだ。


そんな時だ。


祖父の口から、とんでもない言葉が飛び出した。


「窓を抑えろ!」


兄弟3人と祖父。


素手で、必死に窓を抑えた。


恐怖のあまり、まともな判断ができなくなっていたのだろう。


ただ、その時にはっきりと感じた。


今日が人生最後の日になる・・・と。



み~つけた。


私の学校では、とあるアプリが流行っている。


それは一種のGPSアプリで、お互いの位置がある一定の範囲で表示されるというものだ。


このアプリを用いた警ドロ遊びが、空前のブームとなっているのだ。


私も周囲の友達に唆され、一応ダウンロードだけはしていた。


実際に使ったことは無い。


私の名誉の為に言っておくけれど、決して遊びに誘われていない訳ではない。


遊びに参加した上で、GPS機能を切り、何食わぬ顔で家に帰っているだけだ。


私の凄いところは何度も誘われてはこんなことをしているのに、一度も勝手に帰ったことを気付かれていないというところだ。


このアプリには透明人間になる機能でもあるというのか・・・。



そんなある日のことだ。


いつもの様に遊びから抜け出し、帰路に就く。


暫く歩いて、そろそろ家に着こうかという時だ。


不意に携帯が振動する。


ポケットから取り出した携帯の画面には、差出人不明のメッセージ。



「遊ぼうよ。」※アナタとの距離は900mです



このアプリにはチャット機能も付いているらしい。


誰かが話していたのを聞いた覚えがある。


だが、おかしい。


私はGPS機能を切っている。


アプリ上に、私が表示されるはずがないのだ。



「早く隠れないと捕まえちゃうよ?」※アナタとの距離は700mです



近づいている・・・。


携帯を握りしめたまま、私は駆けだした。


家に、ではない。


家に向かう二又の道を逆方向に登っていった空家に向かってだ。


恐らくコイツには私が見えている。


家に逃げ込んでしまえば、もう逃げ場が無い。


近くには交番も無い。


あの空家に隠れて、携帯の充電が切れるのを待つしかない。



「鬼ごっこだね?負けないよ!」※アナタとの距離は750mです



空家に辿り着いた。


遊びから逃げ続けた弊害か、自分の体力の無さにはうんざりする。


空家までの道は緩い傾斜があるのだが、もうこれ以上動ける気がしない。



「おっと、分かれ道だね~。右かな~?それとも、左かな~?」※アナタとの距離は300mです



走って逃げ続けるという選択をしなくて良かったと心から思う。


もしそうしていたら、今頃には捕まっていたことだろう。


兎も角、今は隠れなければ。


私は迷いなく地下の隠し部屋へと続く仕掛けを解く。


この家には昔、幼馴染みが住んでいたのだ。


毎日のように遊んだ家。


最早、自分の家よりもその構造を理解している。



「あっれ~?左じゃなかったか~。」※アナタとの距離は325mです



「ということは、右の道を行った何処かに居るってことだよね~。」※アナタとの距離は310mです



「この先300mにある建物は~。これしか無いよね~。」※アナタとの距離は300mです



どうやら、私はアプリ上に表示されていないらしい。


それなら山を突っ切るという選択肢も・・・。


いや、私の体力が保たないか。



「あっるっこ~。あっるっこ~。わたしは~元気~。」※アナタとの距離は150mです



いやいや、完全に走ってるでしょ。


と言うか、携帯捨てて逃げたら良かったかな・・・。



「歩くの~大っ好き~。どんどんゆっこっお~。」※アナタとの距離は50mです



「到着~!」※アナタとの距離は5mです



「さぁて、どこかなどこかな~。」※アナタとの距離は3mです



「こっちかなぁ?」※アナタとの距離は4mです



「それともぉ、こっちぃ?」※アナタとの距離は1mです



「う~ん。居ないなぁ・・・。」※アナタとの距離は0mです



早く諦めてくれないかな・・・。


この地下室の存在は、私とあの娘と、その親族しか知らない。


見つけられるはずが無いのだから。



「本当に、そうかな。」※アナタとの距離は0mです



・・・え?



「み~つけた。」



独り・・・。


とあるキャンプ場に設置されたトイレ。


その軒下にあるベンチで爆睡する見知らぬ少女。


そして、少女の顔を超至近距離で覗き込む見知った背中。


さて、どうしたものか・・・。


取りあえず、無音カメラで現場を記録しておく。


・・・明日、からかってやろ。


スマホをポッケに仕舞い、そそくさとその場を立ち去る。



「ん・・・りん?またソロキャンプに来たのか。オフシーズンなのに、物好きだな。」



心の中で盛大に舌打ちをしながら、振り返る。



「先輩こそ、何してるんですか?見たところ手ぶらみたいですけど、万が一にもキャンプではないですよね。」


「と言うか、鼻つまむの止めてあげてください。」


「いや、叩いて起こす訳にはいかないからさ。」


「揺すって起こせば良いじゃないですか。」


「えぇ、身体に触れるのは・・・ちょっと。」


「顔は良いのか・・・。」



当の少女は一向に起きる気配が無い。


どうやら、睡眠時は口呼吸が彼女のスタンダードらしい。


意味を成さないことを悟った先輩が、少女の横に腰掛ける。



「ここは変な人も居るってのに、暢気なものだな。」


「変な人?私、ここにはよく来ますけど、そんな人には一度も会ったこと無いですよ?」


「これ、何処だかわかるか?」



先輩は自分のスマホを取り出し、ある動画を再生する。


その動画に映っていたのは、コートだけを羽織った女性と見覚えのある峠道だった。



「この道、もっと上に行ったやつですよね。」


「正解。りんが来るのはこのキャンプ場までだろ?もっと上の人通りの少ない所には、こういう奴もいるんだよ。」


「ふ~ん。で、どうして先輩がこんな動画を持ってるんですか?」


「この動画撮ったの俺だから。」


「・・・は?」


「そんな目で見るな。そして後退るな。待て、話を聞け。画面に110って出てるの見えてるからな!」


・・・


「なるほど。展望台まで散歩してたら、偶然出くわして撮影を強要された・・・と。」


「ああ。連絡先も交換させられて、偶に呼び出されては手伝ってるんだよ。」


「穢らわしい。」


「五月蠅い。」


「こんな明るい内から後ろ暗い事しちゃって・・・。」


「本人曰く、明るい内にやらないと意味が無いんだと。」


「で、そのまま夜の街へって流れですか?」


「いや。そこで終わりだな。」


「え?そこは流れで、とかそんな雰囲気にならないんですか?」


「誘おうとしてるんだろうなって感じることはある。けど、ちゃんと誘われたことは無いかな。」


「へぇ、意外ですね。」


「まぁな。変態だけど、根本は超ヘタレだからな、あの人。」


「・・・ところで、何故こいつは俺の膝にすり寄って来ているんだ?」


「暖かいからじゃないですか?」


「まぁ、山だしな。長時間外に居ると結構・・・おい、そのカメラはなんだ?」


「先輩。はい、ち~ず。」


カシャッ


「頭撫でるとか、ノリノリじゃないですか。」


「その方が絵になるだろ。」


「そうですね。キモいけど。」


「せめて小声で言えよ・・・。」


「じゃ、私キャンプして来るんで。」


「いってら~。」


「通報されないように気をつけて下さいね~。」


「その時は弁護よろしく~。」


「任せてください。証拠写真は準備済みなので~。」


「冤罪確定じゃねぇか!おい!くっ、本当に起きないなこいつ!待てや~!」



・・・数時間後。



「どうしてそうなるんですか・・・。」


「俺に聞くな。全てはこいつの寝相が悪い所為で起こった悲劇だ。」


「またまた、可愛い女の子に抱き付かれて嬉しいくせに。」


「正直、湯湯婆みたいで気持ち良い。」


「・・・おい、画面は見えんが110って打っただろ。」



・・・数時間後。



「先輩。起きて下さい、先輩。」


「ん・・・あいつ、何処行った?」


「さぁ。夜になる前に帰ったんじゃないですか?ここら辺は灯りに乏しいですからね。」


「・・・いや、まだ居るぞ。あいつ。」


「その心は?」


「自転車が落ちてる。」


「え?ほんとだ。でも、あの娘のものとは・・・。」


ガサッ


「ヒッ」



振り返り、手持ちランプを掲げる。


そこには泣きはらし、ぐちゃぐちゃになった少女の顔が浮かんでいた。


冷静に考えてみれば、あの少女が立っていただけ。


それなのに私は、柄にもなく悲鳴を上げてしまった。



「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「ひやぁぁぁぁぁぁぁ!!」



夜の山に、少女達の悲鳴が木霊した。



・・・場所を移してキャンプ場。



「富士山を見に来て、疲れたから寝て起きたら知らない男の顔が目の前にあって、暗くて恐くて帰れない・・・と。」


「一部始終を知っている私が聞いても訳がわからないですね。」


「でも、ほんとのことだもん・・・。」


「抱き枕先輩の抱き心地はどうでしたか?」


「ふぇ!?」


「おい、こら。」


「・・・暖かくて、気持ち良かった、です。」


「答えちゃうんだ・・・。」


「良かったですね、先輩。相性バッチリですよ。」


「年上をからかうな。ところで、あの写真本当に消したんだよな。」


「消しましたよ。」


「そうか、なら良かっ・・・。」


「グループに送った後に。」


「・・・。」


「さぁ、できましたよ。カレーめんです。」


「あっ、ありがとうございます。」


「どうぞ、召し上がれ。」


「あの・・・。」


「そこの抜け殻はほっといて食べてしまいましょう。これ、ふたつしか無いので。」


「じゃあ、いただきます。」



・・・



「はっ!」


「やっと戻ってきましたか。これ、先輩の分です。」


「あ、あぁ。ありがとう。」


「いえいえ、先輩を敬うのは当然ですよ。」


「そうか。だったら、せめて具のひとつくらいは残しておいてほしかったな。」


「身体を温めるにはスープが一番ですから。」


「これはスープじゃねぇよ。カレー味のお湯だ。」


「座布団いちまい。」


「ここに座布団は無い。」


「仲良いんだね。」


「別に良くはない。」


「同時に言われても説得力ないよ。」


「なぁ~に楽しそうにしてるのかなぁ。」


「ヒッ」


「私も交~ぜて。」



そこに立っていたのは、コート一枚だけを羽織った女性。


夜の山に再び悲鳴のユニゾンが木霊する。



「あっ、呼び出されてたの忘れてた・・・。」



・・・



「もう!私、ず~と待ってたんだからね!こんな恰好で!お陰で風邪ひいちゃったじゃない!」


「悪かったって。ほら、これ飲んで温まりなよ。」


「・・・ありがと。」


「今、先輩が口付けた所を探してましたよね。」


「そっ!そんなこと、しないわよ!」


「変態のくせに、やることがみみっちいというかなんというか・・・。」


「だから言っただろ。根本がヘタレだって。」


「何よ、ふたりしてぇ。あんまり莫迦にしてると承知しないわよぉ。」


「声が震えてると無害感が凄いですね。」


「ほら、マフラー貸してあげるから、こっちおいで。」


「・・・うん。」


「シェアマフラーとか、もう完全に恋人の関係ですよね。」


「こっ!恋人、だなんて・・・。そんなぁ。」


「照れるな。冬なのに暑くなってきたぞ。」


「それが恋の炎というやつなのでは?」


「そうなのかな?」


「知らん。自分の胸に聞け。」


「それじゃあ、失礼して・・・。」


「脱ぐな!」



・・・そんなこんなあって。



「うちの莫迦妹が大変お世話になりまして・・・。」


「いえいえ、大したことはしてませんので。」



・・・という感じに、少女は無事に迎えを呼ぶことができ。



「じゃあな。」


「はい。また明日、学校で。」


「変な輩には気をつけろよ。」


「今、私の目の前にいる人のことですか?」


「真面目な話だ。」


「大丈夫ですよ。今まで、そんな人に出くわしたことはありませんから、先輩方以外・・・。」


「今までに無かったからと言って、これからも無いとは限らないだろ?用心するに超したことはないさ。」


「そして、最後の一言は余計だ。」



・・・先輩方、未来のおしどり夫婦も帰路に就きました。


ただ独りを除いては・・・。



若人の宿り木。


アスファルトに覆われた道が小さな街を縦横に貫く。


四角に区切られた土地には戸建ての住宅が、小さなアパートが、そして田畑が点在している。


中途半端に都会で、程良く田舎。


そんな街に僕は住んでいた。



「お~い!お前の限界はそんなもんか~!」


「うるせぇ!ちょっと休憩してるだけだっての!」


「とか言って。怖いんだぜ、あいつ。」


「聞こえてんだよ!畜生が!」



雲にも届きそうな大木の下、数人の少年が輪を成して騒いでいる。


大木をよじ登るひとりの少年を見上げながら。


適当な棒でも持ってジャンプすれば届きそうな高さだ。


皆が意気地無しと捲し立てている。


ずるずると地に降りてきた少年の瞳は少し潤んでいるように見えた。



少年達が集うこの大木は、昔から子供の遊び場として有名らしい。


僕のお爺さんもお父さんも、この大木に登っては罵詈雑言を飛ばして遊んでいたのだとか。


だからなのだろうか。


大木をよじ登る子供を見ても、大人達は何も言わない。


公園の木に登る子供を見ては小言を溢してるお婆さんでさえ、見て見ぬふりをしている。


この大木は中々に背が高い。


それこそ雲にも届きそうな程にだ。


まぁ、実際はそこまで高くないのだろう。


だけれど、子供が下から見上げる体感としてはあながち間違いでもないのかも知れない。



この大木を登ろうとした子供が滑り落ち亡くなったという話は聞いたことが無い。


それもそのはずだ。


落ちたら死んでしまうような高さまで登る子供は居ないのだから。


大木遊びはいつだって、この言葉の合唱で幕を閉じる。


「意気地無し。」


誰が言い出したのかはわからない。


あいつが言ったから。


いや、こいつだ。


俺じゃない。こいつだよ。


そんなやりとりが続いた後、最後の少年は言う。


「女の子の声が聞こえた。」


木登りなんて幼稚な遊びをする少女は居ない。


多分、きっと・・・。


少なくとも、僕は知らない。


皆は苦し紛れの嘘だと信じ切っている。


だけど僕は思うのだ。


少女は大木を登る少年を見て、呆れて果てているのだろうと。


正直に言えば、僕には少女の声が聞こえていた。


意気地無し。


そう呟く少女の声は失望の色に染まっている。


そんな気がした。



「何やってるんだ。」



不意に背後から聞き馴染んだ声がした。


振り返ってみれば・・・。


「おっ、お兄さんだ。」


僕の兄だった。



「また度胸試しか?飽きないな、お前達は。」


「だってよ~。あの噂が本当かどうか、確かめてみたいじゃん。」



噂というよりは、伝説だと僕は思う。


何たって、僕達のお爺さんの代からずっと語り継がれている話なのだから。


その内容は、大木の天辺に天狗様の家があるというものだ。


街の誰もが知るこの噂も、その真偽を知る者は居ない。


誰も登り切ったことが無いからだ。


民放のクルーが空撮を試みたことがあるみたいだけど、謎の霧に阻まれて撮影は失敗。


その特番が放送されてから、伝説を信じる子供が増えたとか。


まぁ、実際に確かめようとする阿呆は僅かだけど。


悲しいかな。


その内のひとりが、僕の兄だった。



「そうだ。お兄さんが確かめてきてよ。俺達じゃあ、半分も登れねぇや。」


「お兄さんなら余裕だよね~。なんたって、街一番の木登り名人なんだから。」



なんて、弟の同級生に勝手な期待を抱かれた兄は大木を登る羽目になったのだ。



「うお~。はえ~。もう半分までいったんじゃねぇか?」



少年達が首を反らせて見守る中、兄はすいすい登っていく。


流石は木登り名人だ。


しかし、兄が内心穏やかでないことを僕だけは知っている。


兄は小心者だから。



兄は少し変わった人で、得手・不得手の境界が酷く曖昧だ。


高い所は好きなのに、高所作業は苦手。


兄曰く、ただそこに居るだけなら平気だけど、そこで何かをするのは怖いのだそうだ。


詰まるところ、身体は鳥の領域に到達しているのに、心は恐怖のどん底で打ち震えているのだ。


それでも何とか天辺に登り着いたのだろう。


合図といて兄に渡したロケット花火が、乾いた音と共に白煙の花を咲かせた。



「かっこいい~!」



その声に少年達は振り返る。


瞳を輝かせ天を見上げる少女が、そこには居た。



「ねぇ!さっきの人、あなたのお兄さんよね!ね!」


「え?うん・・・そうだけど。」


「わぁ!お兄さん、歳はいくつなの!」


「・・・十六。」


「十六歳ね!え~と、私が今十二歳だから・・・後四年で同い年ね。」



何を言っているのだろう。


四年後、兄は二十歳だ。


生まれ落ちたその瞬間から、同い年の者が変わることは無いというのに・・・。



「あ、そうだ。お兄さんが戻ってくるまで、あなたの家に居候するから。よろしくね!」


「・・・は?」



兄と入れ替わるように現れた少女は矢継ぎ早に言葉を紡ぎ、この場を支配していた。


自信に満ち溢れた少女を前に少年達はただ立ち尽くすことしかできなかった。



「今日からお世話になります。よろしくお願いします。」



少女は意外にも丁寧な挨拶をした。


驚き呆気にとられるあまり、母の返事を聞き逃すところだった。



「ええ。本当の家族だと思って、何でも言って頂戴ね。」


「はい!」



寧ろ聞き逃した方が良かったのかも知れない。



「まぁ、いずれは本当に家族になりますけど・・・。」



本当に、聞き逃していれば良かった。



こうして少女と一つ屋根の下。


謎の共同生活は始まるのだった。



「なぁ、あいつ本当にお前の家に居るのか?」


「うん。」


「マジかよ。よく母ちゃんが許したよな~。」


「二つ返事だったよ。」


「お前の母ちゃん。変わってるな。」



僕の記憶が正しければ、母は見ず知らずの少女を簡単に受け入れるような人ではない。


きっと警察に連絡するなり、孤児院に連れて行くなりしていただろう。


何かがおかしい。


少女が僕の日常に入り込んでいることは勿論。


誰も消えた兄のことを口に出さない。


まるで、元からそんな人間は存在していなかったかのように・・・。



「問題。僕に兄弟が居る。Yes or No.」


「No.」


「正解。」


「急にどうしたんだ?」


「別に。実は兄が居たりしたら、面白いと思って。」


「いや、お前ひとりっ子じゃん。」



兄は天狗様に連れ去られてしまったのだろうか。


だとしたら何故、僕は覚えているのだろう。


おそらくは少女も。


あれから毎日、あの大木に通っている少女ならきっと・・・。



兄が大木を制覇して四年。


少女との生活もすっかり僕の日常になってしまっていた。


毎朝同時に家を出て、僕は高校へ、少女はあの大木の下へと向かう。


夕方になれば、僕と少女は同時に帰宅する。


見計らったかのように毎日、毎日・・・。



十六歳になった少女は、歳の割に子供っぽいところのある普通の女子高生のようだった。


まぁ、高校には通っていないから女子高生ではないのだけど。


初めて会った時から変わらない。


多少は大人っぽくなったのだろうけど、姉というよりは妹のような感覚だった。



そんな少女が、男を連れてきた。


何の前触れも無く、突然。


男は僕によく似ていた。


歳も同じだった。


そして少女は言い放つ。



「私、この人と結婚する!」



僕は思った。


十六歳で結婚はできないだろ。



男は言う。



「ただいま。」



僕は心で叫ぶ。


おかえり、兄さん!



これは僕が幼少期から学生時代まで過ごした街での話だ。


今では僕も、兄に負けない程に幸せな家庭を築いている。


あの大木はもう無い。


兄と少女を繋いだ、あの大木は・・・。


僕に同い年の兄を与えた、あの大木は・・・。


当時の思い出を振り返りに帰郷したことがある。


だけどそれは間違いだったのかも知れない。


その時に見た光景が目に焼き付いて離れないのだ。


赤黒く染まった、あの大木の切株が・・・。


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2020-10-12 22:29:37

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