俺は君達に夢を見る
概要
かつて陸上競技界で『怪物』と期待されていた難波颯太。夢破れた彼はウマ娘達の指導者として、彼女達と二人三脚で歩んでいく。彼女達が走り続けられるように祈りながら。
前書き
この作品はウマ娘の二次創作です。史実やゲームシナリオと違う所も多々あります。設定も独自設定な所も多いので、ご容赦願います。
(というか艦これ以外の二次創作って初めて作るな……)
『さぁ箱根駅伝往路第4区。W大の『怪物』難波!ここまで怒濤の15人抜きの激走を見せている!このままのペースで行けば前回大会に自身が打ち立てた区間記録を大きく更新します!!残り300mで先頭のT大のジャスティンの背中は10mほど!追いつけるか難波!!』
もうすぐだ。もうすぐで先頭に……。足に力を入れた瞬間、右足に激痛が走り、そのまま転倒する。起き上がって右足を見ると、右足は膝から下がなくなっていた。
颯太「うわぁぁぁぁぁ!!」ガバッ
大声で叫びながら俺はベッドから飛び起きる。荒くなった息を整えながら、俺は恐る恐る右足を見る。右足が問題なく自分の体に付いているのを確認すると、俺は自嘲気味に笑った。
颯太「ははは……またか。勘弁してくれよ……」
3年前。3年生の時の箱根駅伝。前の区間で大ブレーキをしてしまい、俺のいた大学は順位を1位から一気に16位まで後退した。それを巻き返すために俺は必死に走った。残り300mの地点で首位を目の前に捉えたとき、オーバーペースが祟り右足が突然肉離れを起こして転倒。さらに運が悪いことに、転倒した衝撃で右膝の半月板や他数カ所にヒビが入った。それでも意地で走り通した所為で怪我は悪化。長期間の療養が必要になった。
療養を終えた頃には既に箱根のメンバーは決まっていて、そこに俺の名前はなかった。でも、実業団で競技人生を続けていくことを決めていた俺は、スカウトに備えてトレーニングを再開した。しかし、そんな俺を待っていたのは重度のイップスだった。走ろうとすると右足が前に出ない。やっとの思いで踏み出しても突然右足が重くなって走れない。医師に相談したが改善の兆しは見えず、イップスは急速に悪化の一途を辿り、フォームは完全に崩れ、修正も効かなくなり、遂には競技だけでなく日常生活でも走れなくなった。この時点で、俺はトラックを去った。4年の秋。内定企業は0だった。
颯太「……」
今でも俺は自分の足で走ることができない。精々早足が限界だ。走ることができなくなり、就職活動も上手く行かず引きこもりになりかかっていた時、友人に連れられて見たのがウマ娘達のレースだった。初めの頃は興味がなかったが、友人(大のウマ娘好き)に半ば強引に連れ出されて(1番はじめの時は下宿先のドアをタックル一撃でぶっ壊されて連れ出された)通っている内に『ウマ娘達の指導者になりたい』と思うようになった。
颯太「……よし」
それから猛勉強の末、俺はトレーナー資格を取得。卒業間近のタイミングでトレセン学園の非常勤サブトレーナーに滑り込み、1年間の勤務を経て常勤トレーナーとなった。今日は俺にとって最初の担当バを見つける選抜レースの日。身だしなみを整え、玄関のドアを開ける。
颯太「いい天気だ」
・・・
颯太「あ、あの。ちょっと話を……」
ウマ娘1「パスでーす」
颯太「ね、ねぇ君……」
ウマ娘2「ごめんなさい。もう決まってまーす」
颯太「(´・ω・`)」
数時間後。気合いを入れて望んだスカウトは見事に全滅。次々に断られ、心身共に疲れ切った俺は、偶々見つけたベンチで某有名ボクシング漫画の主人公のように真っ白になって俯いていた。そりゃまぁ新人のトレーナーだし、仕方がない部分もあるけどさ、全滅って……。
一応はサブトレーナーを経てのトレーナーのため、新人でも複数人のウマ娘を担当できるのだが、そもそも1人もスカウトできてない。目を付けているウマ娘はいたものの、スカウトは早い者勝ち。皆我先にとスカウトしたいウマ娘に駈け寄るが、走ることの出来ない俺はどうしても出遅れてしまう。何とか声をかけても新人だからとスルーされてしまう。
颯太「このままじゃ1年間雑用で終わっちゃうな……」
??「よっ。随分深刻な顔をしているな」
俺が顔を上げると、サブトレーナー時代にお世話になった沖野さんが立っていた。何時も口に飴を咥えているこの人は、スピカというチームのトレーナーだ。
颯太「あはは……スカウト、全滅しちゃいまして」
沖野「あぁ……成程。まぁ新人は名前が売れてないから、ウマ娘達も中々振り向いてくれないもんなぁ。でも、リギルのサブトレーナーをしてたお前なら誰か引っ掛かってくれそうなもんだけど」
よっこいせ、と沖野さんは俺の隣に座る。
颯太「沖野さんはスカウト上手くいったんですか?」
沖野「いいや。うちはチーム勧誘のビラと、後はリギルのおこぼれでいいのがいれば貰おうと思ってるよ。俺もそんなに評価は高くないからさ、声をかけても断られちまうよ。ま、ゴルシがレースを頑張ってくれりゃちょっとは集まるだろ」
颯太「おこぼれって……」
沖野さんのチームは2か月ほど前にメンバーがゴルシことゴールドシップ以外全員脱退するという事態が発生していた。理由はちゃんと指導してくれないから、だった。恐らくコミュニケーション不足によるものだったのだろうけど、この一件で沖野さんはトレーナーとしての評価を少し下げてしまった。
一方のチームリギルは、俺がサブトレーナーをしていたチームで、有名ウマ娘達も多く在籍していることから学内最強の呼び声が高い。トレーナーの東条ハナさんは指導力が高く、指導して貰いたいとリギル加入を望むウマ娘達も多い。そのため、選抜レースでスカウトは余程の逸材でない限りはしない。代わりに独自のレースを課して優秀な成績のウマ娘のみ加入させる方式を採っている。
沖野「リギルに入りたがるウマ娘はそれなりに実力のあるウマ娘が多いからな。お前も見てみたらどうだ?」
颯太「いえ、流石に恩を仇で売るようなマネは……」
沖野「そんなことも言ってられないだろ。このままじゃただの事務員になっちまうぞ。それに、選考落ちしたウマ娘をスカウトするんだから、仇にもならないって」
颯太「……」
確かに、俺はウマ娘達のトレーナーになりたくてここに来た。事務作業をするために来たんじゃない。気は進まないけれど、トレーナーになるにはやむを得ない。仕方なく俺が腰を上げようとしたその時、丁度一人のウマ娘と目が合った。
颯太「……」
???「……」
暫しの沈黙。互いに目を逸らさずに見つめ合う。確かこのウマ娘、選抜レースにも出てたな。他のウマ娘よりも小柄で線が細かったから印象に残っている。レースの結果は確か18人中15着だった。
???「……何?」
小柄なウマ娘は少し不機嫌そうな、どこか鬱陶しそうな声を発した。そりゃそうだ。年頃の女の子が、いきなり見知らぬ男と数秒間見つめ合うとか嫌だろうし。俺がウマ娘なら絶対に嫌だ。
颯太「あぁ、ゴメン。ボーッとしてた」
???「ふん」プイッ
ちょっと性格きつくないこの子。初対面なのに年上の人にこれってヤバいだろ。と考えていると、沖野さんに脇腹をつつかれる。
沖野「当たって砕けろだ。声をかけてみろ」
颯太「え?でも……」
沖野「あの子は下位だったんだろ?まだスカウトされてないかもしれない」
颯太「あ……」
確かにそうだ。選考レースで最下位付近だったら、余程前評判が良くないとスカウトなんてされない。このウマ娘の名前は確かナリタタイシン。前評判も特に聞かなかったから、恐らくこのままだとスカウトされない。
選り好みをしている状況でもない。俺は腹を括ると、大きく深呼吸をしてナリタタイシンに近づいた。
ナリタタイシン「……まだ何か用?」
颯太「あ、あの、君。選考レースに出てたよね?」
ナリタタイシン「それが何?」
颯太「もうスカウトはされたの?」
ナリタタイシン「……されてない」
ナリタタイシンの言葉に、俺は内心ガッツポーズをする。ようやくウマ娘のトレーナーになれるチャンスが回ってきた。
颯太「じゃあさ、俺の担当になってくれないか?」
ナリタタイシン「……は?」
颯太「実は俺、まだ担当が決まってなくてさ。新人だからって避けられちゃって」
ナリタタイシン「ならないかじゃなくて、なってくれってまた斬新なスカウトね」
颯太「そりゃこっちも必死だからさ。ね、君夢はあるかい?」
ナリタタイシン「夢?」
颯太「ああ。地方なら無双できるレベルの猛者達が集うトレセン学園に来てるんだ。何かやってみたいことがあるんじゃないか?」
ナリタタイシン「夢……か。アタシは、この体格を馬鹿にしてきた奴等をレースで勝って見返したい。勝って勝って勝ちまくって、アタシでもできるって事を証明する。それがアタシの夢」
夢を語るナリタタイシンの目には揺るがない信念のようなものが見えた気がした。きっと今まで散々体格のことで馬鹿にされてきたんだろう。
颯太「いい夢じゃないか」
ナリタタイシン「あんたは?聞く以上は何か夢があるんでしょうね?」
颯太「あるさ。ウマ娘とレースを怪我や故障もなく勝ち抜くこと。それから色んな人に夢を与えられる。そんな走りをウマ娘達ができるように指導したいんだ」
ナリタタイシン「ふぅん……夢を与える……ね。いい夢じゃん」
俺の言葉にナリタタイシンが一瞬笑う。本当に一瞬だったけど、とても可愛らしい笑顔だ。
颯太「気に入らなければ契約解除してくれてもいい。ただ、3ヶ月間だけは我慢して欲しい」
2か月後にはメイクデビューレースがある。そこで結果が残せなければ、契約解除と考えるのが自然だろう。
ナリタタイシン「3か月って決める理由は?」
颯太「2か月後にメイクデビューレースがある。せめてレースに1度でいいから出走してからにして欲しいんだ」
ナリタタイシン「わかった。じゃ、よろしく」
颯太「こちらこそ。よろしくナリタタイシン」
ナリタタイシン「タイシンでいい」
こうして俺はタイシンのトレーナーとなった。自分にとって初めての担当。この子を絶対に頂点まで引っ張っていく。何度も体格で馬鹿にされたであろうこの子に、勝利の大歓声を浴びせてやる。
このSSへのコメント