花丸「未熟なおら達」
渋にも上げたやつです
Aqoursに新しく3年生が加入した。
個人的に、正直3人に対してあまり好意的には思っていないが、3年生達の指導力や統率力などは、これからAqoursがより大きくなるためには必要なものだとおらも理解はしていたから、入ってくれることは嬉しかった。
それに、こちらから関わろうとしなければ大丈夫だろうとも思っていた。
「ユニットを作ろう!」
千歌さんの唐突な宣言。
あのμ'sもユニットを作っていたということからの提案らしい。実際9人全員でやるよりも3人3グループに分けた方が効率はいい。
「ルビィちゃんと一緒になれるといいなぁ」
「あんた達ほんと仲良いわねぇ」
呆れたような目でこっちを見てくる善子ちゃん。
「おらは善子ちゃんと一緒でも嬉しいよ?」
「そういうことじゃなくて⋯、まあ、ありがと」
ユニットの決め方は簡単で、ただのくじ引きである。これは善子ちゃんと同じユニットになることは無いなぁと思いながらくじを引くと、見事に1年生はバラバラになった。
「うゅ⋯、みんなバラけちゃったね」
「まあしょうがないわよ」
2人は1年生がバラけたことに残念がってたようだが、おらはそれどころではなかった。
「ダイヤさんと果南さんと一緒⋯」
関わらなければ、なんて甘い考えが粉々に打ち砕かれた瞬間だった。
「花丸さん、果南さん、これからよろしくお願いします」
「よろしくね、ダイヤ、まる」
「よ、よろしくお願いしますずら」
「じゃあ今からユニット名を考えよー!」
遠くから千歌さんの声。そっちの方を見ると、ルビィちゃんと目が合った。仲良い先輩と同じユニットになって一安心しているようだ。
「ユニット名かぁ、どうしよっか?」
「取り敢えずこの3人の共通点を探すところから始めますか?」
「共通点ねぇ⋯、まるは何か思いつく?」
「ごめんなさい、思いつかないずら⋯」
思いつかないと言うより、笑顔を保つのに必死で、頭が働かないと言った方が正しいかもしれない。
「人に丸投げする前に自分で考えなさいな」
「うぐっ⋯、そういうダイヤの方はどうなのさ」
「そうですわね⋯」
おらがにこにこしている間に会議はどんどん進んでいく。恐らくあと5分もすればユニット名は決まるだろう。
あと5分⋯。短いようで長い時間を耐えなければならないらしい。
ずっと笑顔でいるのはつらいけど、これもスクールアイドルの練習と思えば⋯。
そうは言っても段々頭が痛くなってくる。その上、目眩や吐き気も催してきた。一刻も早くこの空間から逃げ出したい。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い──────────。
気が付いたら保健室で横になっていた。
「花丸ちゃん大丈夫?」
「まったく、ちゃんとご飯は食べてるの?」
そばにはルビィちゃんと善子ちゃんが心配そうにおらの顔を覗いていた。
「あれ⋯?なんでおらは保健室にいるの⋯?」
「ユニット会議の途中にあんたが倒れたのよ」
「お姉ちゃん達も心配してたよ?」
それからおらが倒れた後の話を聞いた。
おらたちのユニット名はAZALEAという名前になったということ。
おらは倒れてから1時間近く寝てたということ。
そして、おらをここまで果南さんが運んだということ。
いや、向こうは多分おらのことを嫌ってるわけではないから当然なんだろうけど少し複雑な気分。
「それにしてもAZALEAっておしゃれだよね」
「花言葉は恋の喜びとか初恋だっけ?」
「それもあるけど、あとは慎ましいっていう意味とかもあるずら」
慎ましい。おらとダイヤさん達の距離感を表すのにぴったりずら。
「というかそろそろ帰らないとバスがなくなるわよ?」
「それもそうだね」
帰りは善子ちゃんとルビィちゃんのユニットについて色々聞いた。
善子ちゃんのユニットは想像通りというか、とにかく個性が強かった。そして意外なことにまとめ役は善子ちゃんがやっているらしい。曰く、梨子さんは鞠莉さんを抑えるのに精一杯なのだそうで。
ルビィちゃんのユニットはとにかく緩かった。正直ルビィちゃんのユニットが一番羨ましい。おらはあまり運動神経がいいわけではないから、ちょっとまったりぐらいの方が丁度いいし、何よりルビィちゃんのユニットには3年生がいない。
帰りついてからもおらの頭の中を占めるのはユニットのことばかり。
確か明日から一週間はユニットごとに練習をするということになってたはず。
「うぅ⋯、部活に行きたくないずら⋯」
嘆いたところで現実は変わらないし、善子ちゃんみたいに家に引きこもる度胸もない。
そんな時、スマホがピコンと鳴った。
ダイヤさんからだった。
『お身体は大丈夫ですか?花丸さんが心配で連絡させて頂きました。それと、体調を崩していたこと、気づけなくて申し訳ありません。言うまでもないと思いますが、身体を暖かくしてゆっくりお休みください。』
「⋯」
スマホの使い方がよく分からない振りをして、返信しないことにした。
次の日、体調自体は悪くなかったので朝練には出ることにした。
「マル!もう体調は大丈夫なの?」
「うん、身体は大丈夫ずら」
「果南ったら昨日からずーっとうるさかったのよ、まるは大丈夫かな?とかなんで体調悪いことに気づけなかったんだろう、とか」
「⋯そう、なんだ」
心配してくれることは素直に嬉しかった。でも、この3人には正直心配してほしくない。嫌いだからとかではなく、シンプルに干渉されたくないだけ。心配されるということは、向こうから寄ってこられるということだから。
朝練は全体練習ということもあってか、特に問題なく終わった。
「身体はもう大丈夫なの?」
「うん、ていっても元々体調が悪かったわけではないんだけどね」
「ふーん」
善子ちゃんに懐疑的な目を向けられたが、気付かない振り。
その日の授業は、いつも以上に集中して取り組んだ。勉強のことだけを考え続ければ、練習のことを考えなくて済むから。
昼休み、善子ちゃんとルビィちゃんから凄く心配された。曰く、普段のおらと違うとか、曰く、目が怖いとか。とは言え、ルビィちゃんにはなんとなく勘づかれてたみたいだけど。
昼休みが終わり、5時間目が終わり、そして6時間目がとうとう終わってしまった。
途端に頭が痛くなり、息が上手く吸えなくなり、身体がずしんと重くなった。身体が行くことを全力で拒否していた。
しかし、流石に嫌いな人がいるからという理由でサボるわけにもいかず、渋る身体を引きずって練習に参加した。
「はい!ワン、ツー、スリー、フォー!」
果南さんの掛け声に合わせて練習するおらとダイヤさん。練習に行く前はあんなに嫌で嫌でしょうがなかったのに、いざ練習が始まってみると意外と身体が動いた。
ダイヤさんと果南さんと3人だけっていうのを考えなければ、だけど。
つまりは、練習の合間の休憩はただの地獄でしかない。昨日の件もあってか、ダイヤさん達は過剰な程におらに気を使う。
ほっといてほしいとも言えず、貼り付けたような笑顔で「大丈夫ずら」と返すのが精一杯である。
練習に集中した甲斐あってか、その日はどうにか切り抜けることが出来た。しかし、終わった頃には頭痛や目眩や吐き気や過呼吸やらに見舞われることになった。
「こんな調子でこれから大丈夫なのかなぁ⋯」
「花丸ちゃん何か言った?」
「ううん、なんでもないずら」
「⋯。ずら丸、明日の昼休み音楽室に来て。話があるから」
有無を言わさない口調の善子ちゃん。
おらは分かったとだけ言って、バスを降りた。
次の日の朝練もいつもと何も変わらなかった。ただ、善子ちゃんとよく目が合うことを除けば。
昼休み、おらは善子ちゃんと音楽室にいた。
「ずら丸、単刀直入に聞くわ。ダイヤさん達のこと苦手なの?」
「ずらっ!?そ、そんなことないよ!?」
まずい、善子ちゃんに気づかれてた。いや、呼び出された時点で気づかれてるだろうとは思ってたけど。
「別に隠すようなことでもないと思うわよ?てか多分気づいてないの当事者の3年生達と千歌さんぐらいで⋯あれ?半分の人が気づいてないわね」
「ええ⋯」
「まあでも分かる人には分かりやすすぎる」
「うう⋯、どうしよう⋯。おら、嫌な人だって思われちゃう⋯」
「メンバー同士でも苦手なら苦手でいいのよ」
「へっ?」
苦手なら苦手でいい?でも、みんなでひとつになって何かを目指そうって言ってるのにそんな輪を乱すようなことをするのは⋯。
「実際、私も千歌さんのこと苦手だし」
「ずらぁ!?なんで!?前は千歌さんのこと感謝してるとか色々言ってたよね!?」
「いやまあ、感謝はしてるし、千歌さんのこと、良い人だとは思ってるわよ」
善子ちゃんが千歌さんのこと苦手だなんて⋯。とっても意外ずら⋯。
「どこが苦手なの?」
「そうね、会う度にみかん食べさせようとしてくるところとか、こっちの都合無視して約束取り付けてくるところとか、会う度にみかん食べさせようとしてくるところとか、たまに鬱陶しいところとか、みかん食べさせようとしてくるところとか、みかん食べさせようとしてくるところね」
「ほとんどみかんずら⋯」
「だってよく考えてみなさいよ。優しくて明るくて可愛くてとってもいい先輩だけど、会う度にシュールストレミング食べさせようとしてくる先輩がいたら近づこうと思う?」
「⋯思わないずら」
千歌さんごめんなさい。
「まっ、そういうことよ。それで、ずら丸はなんでダイヤさん達のこと苦手なの?」
「それは⋯」
言えない。おらの心の醜さを露呈させるだけだから。
「私は言ったのにずら丸が言わないのはアンフェアだと思わない?」
「善子ちゃんは自分で勝手に語りだしただけずら!」
「でも聞いたじゃない。⋯別にどんな理由でダイヤさん達のことを苦手だと思ってようが、あんたのことを嫌いになることは無いし、私はずっとあんたの味方でいてあげるから話して?じゃないと、このままじゃ絶対もたないわよ?」
「善子ちゃん⋯!」
「⋯もしかしてルビィのせい?」
「ルビィちゃん!?」
「⋯いつから聞いてたの?」
ドアの方を見れば、そこにはルビィちゃんが立っていた。
「最初から、かな?善子ちゃんが花丸ちゃんのこと連れて行ってたからもしかして最近の花丸ちゃんについての話かなって思って」
「そう、それで、ルビィのせいってどういうこと?」
「果南さんと鞠莉さんのこと、ルビィがあまり良く思ってないから花丸ちゃんも苦手意識持ってるのかなって」
「へぇ、ルビィが果南さんとマリーのことを苦手、ねぇ。それはダイヤさんを取られたから?」
「ううん、違うよ」
「じゃあなんで?」
「果南さんと鞠莉さんはお姉ちゃんから笑顔を奪ったから」
「あぁ⋯、でもこの前和解したんじゃないの?」
「してないよ」
「「えっ?」」
「そもそも2人はお姉ちゃんと仲違いしたともお姉ちゃんのこと傷つけたとも思ってないから、さも当然のようにお姉ちゃんといるだけだよ」
「ダイヤさんもそういう風に思ってるの?」
「お姉ちゃんは、2人が仲直りしてよかったって思ってて、全てが元通りなんだって思ってる」
「ならいいじゃ「よくないよ」
ピシャリと言い切るルビィちゃん。こんなルビィちゃん初めて見た。
「このままじゃお姉ちゃんが可哀想だもん」
「可哀想、ねぇ⋯」
「可哀想というより報われないって言った方がいいのかもしれないけど⋯。それでも、のうのうとお姉ちゃんの傍にいる2人がどうしても許せないの」
「ルビィはダイヤさんの気持ちを考えようとしない果南さんと鞠莉さんにも怒ってるってことね」
「まあそういうことになるのかなぁ?」
「それで、ずら丸はなんであの3人のこと苦手なの?」
「⋯おらもルビィちゃんと似てるかな」
でもおらはルビィちゃんみたいに、純粋に誰かのことだけを思ってのこの感情ではない。
「おらはルビィちゃんから笑顔を奪ったあの3人が許せないずら」
「ルビィの?」
「うん。だって、あの3人の間での揉め事なのにルビィちゃんが一番とばっちりくらったんだよ!大好きなお姉ちゃんからは冷たくされ、好きなことは辞めさせられたんだよ!許せるわけないずら!」
「花丸ちゃん⋯」
「でもおらが一番許せないのは自分自身ずら。折角仲良くなれた友達が離れていっちゃうかもって、自分の心配をしちゃったずら。こんなおら、幻滅したでしょ?」
「そんなの幻滅するわけないよ!ルビィは何があっても花丸ちゃんの親友だよ!」
そう言って抱きしめてくれるルビィちゃん。
「ルビィちゃんありがとう⋯」
おらもそっと抱きしめ返す。
「⋯ふーん、なるほどね」
「善子ちゃん⋯?」
チラッと善子ちゃんの方を見ると、今までとは違う雰囲気を感じた。
「善子ちゃんどうしたの?」
「⋯何の罪もない2人をここまで思い詰めさせたあの3人を絶対に許さないって思っただけよ」
そう言った善子ちゃんの目は今まで見たことがないぐらい敵意に満ちていて、正直少し怖かった。
その日の練習は、善子ちゃんの目が気になって集中出来なかった。
次の日の昼休み。おらとルビィちゃんは、理事長室に呼び出されていた。
「ごめんなさいね〜、わざわざ来てもらっちゃって」
「それより話ってなんずら?」
「まあまあ、取り敢えずコーヒーでも飲まない?」
「ルビィ、苦いの苦手だから大丈夫かなぁ」
「カフェオレも作れるわよ?」
「大丈夫ずら、それより話の方を」
「せっかちねぇ⋯、まあいいわ。それで本題なんだけど、昨日から善子にすっごい睨まれてるっていうか、敵視されてる気がするんだけど何か知らないかしら?」
「申し訳ないけど、心当たりがないずら」
「ルビィも分からないかな」
「そう⋯」
一刻も早く話を終わらせたいおらとルビィちゃんは、知らないと即答した。
「それでは、おらたち次が移動教室なので失礼します」
「失礼します」
移動教室とか嘘っぱちだし、そもそも昼休みはまだ半分残ってるんだけど、一刻も早くその空間から逃れたくて、バレバレの嘘をついて部屋を出るおらたち。
「⋯流石に気付かれちゃったかな?」
「気付かれちゃったらその時はその時ずら」
「お姉ちゃんたち何か言ってくるかな?」
「うぅ⋯、今日の練習行きたくないずらぁ⋯」
「2人とも早かったわね」
教室に戻ると善子ちゃんが出迎えてくれた。
「もー、善子ちゃんのせいずら」
「は?急になんなの?」
「鞠莉さんが善子ちゃんに嫌われたかもーとか言ってたの」
「あぁ⋯」
「なんでそんなわかりやすい態度とったずら?」
「んー、別に私はそんなわかりやすくしたつもりは無かったんだけど、リリーからもマリーを見る目が怖いって言われたわね」
「善子ちゃんは嘘が下手だから」
「善い子の善子ちゃんらしいずら」
「善い子の善子言うな!それと私はヨハネよ!」
とは言え、これっておらたちを思ってここまで怒ってくれてるってことだし、嬉しいことなのかな?
「うーん、でもこれで今日の練習でダイヤさんたちにしつこく話しかけられたら善子ちゃんのせいずらよ?」
「ええ⋯、そんなこと言われても⋯」
「今日の練習が憂鬱ずらぁ⋯」
「うゅ⋯、その調子で後5日大丈夫?」
「無理ずら」
「即答しないでよぉ⋯」
「だってたった2日でこの有様なんだよ?」
「「確かに」」
そんな綺麗にハモらないでも⋯。
「そんなに嫌ならサボればいいじゃない。私達も付き合うわよ?」
「ピギィッ!?」
「ルビィ⋯。別に嫌なら付き合わなくてもいいけど、その場合あの3人から詰め寄られることに「ルビィも付き合うよ!」
ルビィちゃん⋯。
「まっ、そういうことだから。本当に無理になったら言いなさいよ?」
「うん、ありがとう」
善子ちゃんのお陰で少し心が軽くなった。まあ心が重くなる原因を作ったのも善子ちゃんなんだけど、その優しさに免じて許してあげるずら♪
その日の練習は昼休みの話で少し心が軽くなったからか、いつもより精神的には楽だった。
まあ、休憩の時はいつも以上にダイヤさんたちに話しかけられ倒したから結局はプラマイゼロ。寧ろマイナスかな?
ごめんなさい、善子ちゃん、ルビィちゃん。おら、多分3日ももたないです。
「はぁ〜!?もう逃げ出したい〜!?」
次の日の昼休み、ご飯を食べるよりも先におらは切り出していた。
「昨日の今日でってのも少しは思ったけど、やっぱりもう無理ずら!」
「はぁ⋯、まあいいわ。私もわざわざマリーと会いたくないし」
「ルビィも付き合うよ」
「2人とも⋯!ありがとうずら!」
「よし!じゃあ早速放課後どこに行くか決めましょうか」
「「どこに行くか?」」
「そりゃ折角の自由な放課後よ?遊ばないと損じゃない」
「「おおー!確かに!」」
それからおらたちは放課後にどこに行くか、ご飯を食べるのも忘れてあれこれ話し合った。
結果、善子ちゃんの家に行くということで決着した。
「未来ずら〜!」
「いや、前も私の家に来たことあったでしょ⋯」
「気にしないで。これは花丸ちゃんのノルマだから」
「ルビィちゃん!?」
あらぬ方向からの攻撃にビックリするおらと、笑う善子ちゃんとルビィちゃん。
「⋯幸せだなぁ」
「急にどうしたのよ」
「んー、なんかこの3人でこうやって笑い合えるのってなんか良いなぁって思ったずら」
「だね」
そんな幸せなひと時に、小さな着信音が終わりを告げた。
「⋯ダイヤさんからね」
「どうする?出る?」
「ここで出ないと後が怖いずら」
「そうね、私達は良くてもルビィはダイヤさんの元に帰るものね。出るわよ?」
「ずら」
「ぴぎ」
「⋯もしもし?」
『あなた達今どこにいるんですの!』
スピーカーモードかと思うほどの声量で怒鳴るダイヤさん。普通にうるさい。
「別にどこでもいいでしょ」
『はあ!?練習サボって何をほざいてるんですの!今すぐ戻ってきなさい!』
「嫌よ」
『んなっ!?嫌ってなんですの!』
『まあまあダイヤ、落ち着いて』
『ですが果南さん⋯!こんなの落ち着けるわけないでしょう!』
『取り敢えず電話変わってもらっていい?』
『⋯分かりました』
『もしもし?善子?』
「そうだけど?」
『私はダイヤみたいに戻って来いとか言うつもりは無いんだけど、せめてサボった理由ぐらいは聞かせてもらえないかな?』
「聞いたところで何になるのよ」
『こっちが改善出来ることなら改善するし、怒らなきゃいけない理由なら怒る』
「そのどちらにも当てはまらないし、言うつもりもない」
『まあそう言わないで、ね?』
「⋯どうする?」
スマホのマイクのところを抑えながらこっちに尋ねてくる善子ちゃん。
「おらは善子ちゃんに任せるずら」
「ルビィも善子ちゃんに任せるよ」
「ええ⋯。じゃあもう言っちゃうわよ?⋯もしもし、果南さん?」
『話し合いは終わった?』
「ええ、サボった理由よね?」
『うん』
「それはあなた達3年生3人が嫌いだからよ」
『⋯⋯⋯えっ?』
「だーかーらー!私達はあなた達が嫌いなの!だからサボったの!話はそれだけ?」
『えっ、あっ⋯、う、うん⋯』
「そう、じゃあ切るわね」
そう言って本当に通話を終了する善子ちゃん。
「善子ちゃんって結構えげつないずら」
「なによ!あんた達が任せるとか言うからじゃない!」
「苦手とは言え、あそこまで露骨に傷つかれるとちょっと罪悪感があるね⋯」
「この後あの3人はどう動くと思う?」
「うーん、ひとしきり悲しんだ後はおら達の場所をどうにか突き止めて会いに来そうかな?」
「まあそうよねぇ」
「どうする?逃げる?」
「逃げたところででしょ」
「それもそうだよねぇ」
「ここで来るべき決戦に向けて準備をするずら」
「準備って⋯」
「まあ取り敢えず折角善子ちゃん家に来たんだし、ゲームしない?」
「⋯ルビィって無駄に図太いわよね」
「そこがルビィちゃんのいいところずら」
結局ルビィちゃんの提案に乗っかる形で、おら達は2時間ぐらいゲームをしていた。
3人でこの後どうしようなんて話をしている時、インターホンが鳴った。
「ごめん、ちょっと出てくるわね」
「「いってらっしゃーい」」
「宅配便か何かかな?」
「善子ちゃんのお母さんなら鍵持ってるもんね」
「──と見つけましたわよ!」
玄関の方からダイヤさんの怒鳴り声が聞こえた。
「⋯すっかりその可能性を忘れてたずら」
「うゅ⋯」
ダイヤさんの怒鳴り声が聞こえてから数分後、善子ちゃんが戻ってきた。
「今からそこの公園行くわよ」
「なんで?」
「流石にあのまま玄関で話してたら迷惑になるからね」
「なるほど」
「うゅ⋯、流石に逃げるって選択肢はないよね⋯?」
「ないわね」
「ないずら」
「あはは、知ってた⋯」
「ルビィちゃん、おらも憂鬱だけど一緒に頑張ろ?」
「ガンバルビィ⋯」
重い足を引きずって、3人で公園までの短い道を歩くおら達。
「⋯来ましたね」
「待たせて悪かったわね」
「こっちこそ急に押しかけてごめんね」
「まあ逃げたおら達の方が悪いから⋯」
「そう、そこよ。私達、何かしちゃったかしら?」
表面上は平静を装ってるけど、少し不安そうにしている鞠莉さん。
「なにか、ねぇ⋯。自覚がない分タチが悪いのかしら?」
「そもそも分かるわけないよ。ルビィ達が勝手に怒ってるだけなんだから」
「勝手に怒ってる?やっぱ、私達何かしちゃったのかな?」
「⋯何もしてないからだよ」
ルビィちゃんがボソリと呟いた、つもりだろうけどだいぶ大きな声になってたようで、
「何もしてない?」
3人にも聞こえていたようだ。
「⋯2年前、果南さんと鞠莉さんはお姉ちゃんから笑顔を奪いました」
「それは⋯!」
「ルビィ、確かに2年前、私達は気持ちがほんの少しすれ違って仲違いをしました。しかし、今ではお互いに気持ちを伝えあって「ほんとに?」
「ルビィ⋯?」
「ほんとに気持ちを伝えあったの?果南さんも鞠莉さんもお姉ちゃんに何か言ったの?言ってないよね?ねえ!」
「「あっ⋯!?」」
「なんでさも当然のように、今まで何事も無かったかのようにお姉ちゃんと一緒にいれるの!」
「ルビィ!」
「いいの、ルビィの言う通りだから」
「鞠莉さん⋯?」
「ルビィ、それにダイヤ、⋯ごめん!」
「私もごめん!ずっと私達、ダイヤに甘えてた。1番私達がダイヤに負担を掛けてたのに、それに気付かない振りをしてた」
「負担だなんてそんなこと⋯!」
「そうずら。ダイヤさんも同じようにルビィちゃんに負担を強いてきたんだから同罪ずら」
「負担を⋯?」
「ふーん、実感ないんだぁ。まあそうだよね、ダイヤさんは自分のことで一杯一杯だったんだもんね?」
「それは⋯」
「ルビィちゃんは3人の問題とまったく関係なかったと思うんだけど。なんでルビィちゃんは巻き込まれたの!なんで好きを我慢させられたの!なんでルビィちゃんまで笑顔を奪われないといけなかったの!」
「⋯ごめんなさい、私が幼稚だったばっかりに関係の無いルビィまで巻き込んで、嫌な思いさせて、好きを抑え込んで⋯。本当に申し訳ないですわ」
「ねぇ、これは3人ともに言えることだけど、謝れば終わると思ってないかな?」
「「「そんなことない(ですわ)!!!」」」
「まあまあずら丸、少し落ち着きなさいよ」
「でも⋯!」
「それで、そこの3人は2人の話を聞いてどう思ったの?」
「どうって⋯、本当に申し訳ないと⋯」
「は?それだけ?」
「⋯何さその言い方。善子には関係ないでしょ!」
「関係ないわけないでしょ!高校に入ってからとはいえ、ルビィとずら丸の友達なのよ!その友達があなた達のせいで苦しんで、思い悩んでるのよ!」
「はいはい、友達想いで立派ですねー!」
「はあ!?なにそれ!逆ギレ!?」
「ていうか確かにルビィ達には申し訳ないことしたと思ってるよ!でも私達のことを何も知らないくせに余計なことを言わないでもらえるかな!」
「ふざけんじゃないわよ!あんた達のせいでどれだけずら丸達が苦しんでると思ってるのよ!ずら丸達が一体何をしたというわけ!?何もしてないわよね!なんとか言いなさいよ!」
「ちょっ!?善子ちゃん落ち着いて!」
「果南もちょっと落ち着いて!」
2人とも今にも掴みかかりかねない勢いだったから必死で止めに入るおらと鞠莉さん。
「善子に一体私達の何がわかるの!部外者のくせに言いたい放題言わないでよ!正義の味方でも気取ってるわけ!」
「正義の味方!?そんなのクソ喰らえよ!私はルビィとずら丸を傷つけて、無駄に苦しめたあんたらが許せないって言ってるの!」
抑えてるのを振り切って掴みかかろうとする善子ちゃんと果南さん。今度はルビィちゃんとダイヤさんも抑えに入る。
そんな時、若干のデジャブを感じる大きな声が聞こえた。
「2人とも!いい加減にしろーーー!!!!」
声の方を見ると、千歌ちゃん達3人がいた。
「もーなんなの!果南ちゃん達喧嘩しすぎじゃない!?」
「喧嘩しすぎっていうか両方同じことが原因じゃん⋯」
「あっ、そうか。曜ちゃん天才?」
「はぁ⋯、なんかもうどうでも良くなってきたわ⋯」
「どうでも良くなったら駄目だよ!ちゃんと想いはぶつけ合わないと!」
「あんたは喧嘩を止めるのか薦めるのかハッキリしなさいよ!」
「うーん、喧嘩はして欲しくないけど、このままなあなあになって欲しくない、みたいな?」
「別になあなあになったところであなた達には関係ないじゃない」
「関係あるわよ!」
「梨子ちゃん!?」
「よっちゃんと鞠莉さんがギスギスしてるところで練習するのがどれだけ胃が痛くなると思ってるの!」
「それならおらと鞠莉さんが変われば全て解決ずら」
「それは駄目だよ!」
「なんでよ。別にクジで決めたような適当なユニットなんだし、嫌なら交代すれば良いじゃない」
「確かにクジで決めたけど、それじゃあ駄目なんだよ!なんていうか、上手くは言えないんだけど、それじゃあAqoursがバラバラになっちゃうと思う⋯!」
「千歌っち⋯」
「でも、どうすればいいの⋯?謝れば済む問題でもないんだし⋯」
「それは⋯、思いつかない、けど⋯。これから考えようよ!9人もいるんだからきっといいアイデアが⋯!」
「出るわけないでしょ」
おらも善子ちゃんに賛成。そもそも9人もいるとか言うけど、そのうち6人が集まってこの状況なんだからお察しずら。
「んー、でも私には果南さんと鞠莉さんがダイヤさんに謝って、ダイヤさんがルビィちゃんに謝って、果南さんと鞠莉さんとダイヤさんがルビィちゃんと花丸ちゃんに謝れば解決っていう風に聞こえたよ?」
梨子さんの言うことは正しい。理論上、というか理屈の上では。
でも、そんな口だけの謝罪で2年間積もりに積もった想いが全て解決、とはならないと思う。というかなるわけがない。
「⋯ルビィ達はどうすれば私達のことを許していただけますか?」
「⋯どうだろうね。多分梨子さんの言ってることが正しいと思う。でも、2年間積み重なったモヤモヤはそんな簡単に無くならないと思う」
「そう、ですわよね⋯。私もそう思いますわ。ですが!それでも謝らせてください⋯!」
そう言いながらルビィちゃんを抱きしめるダイヤさん。
「本当にごめんなさい⋯!私の、私達のせいでルビィを本当に苦しめてきました。ルビィが苦しんでいることに気付いてたはずなのに⋯!なにも私は出来ませんでした!言い訳する気も、許してくれと言う気もありませんが、せめて謝らせてください!本当に、ごめんなさい」
「お姉ちゃん⋯」
「ダイヤ⋯!私もごめん!」
「果南さん⋯」
「さっきも言ったけど、私、ずっとダイヤに甘えてた。ダイヤなら言わないでも分かってくれるって勝手に思って、何も言わなかった。いや、何も言おうとしなかった⋯。ほんと、ごめん」
「それを言うなら私もよ。私、果南のことしか考えれてなかった。ずっとダイヤが板挟みになって苦しんでることに気付こうともしなかった⋯!本当にごめん、ダイヤ⋯。これじゃあ私、幼馴染失格ね⋯」
「そんなことありません!私は果南さんと鞠莉さんがいてくれて、何度も救われてきました!だから、幼馴染失格だなんて悲しいこと言わないでください!」
「ダイヤ⋯!」
ひしりと抱き合う3年生3人組。
「それで、どうするの?」
善子ちゃんがおら達に小声で尋ねてきた。
「ルビィはなんかもう良いかな。最初はあの2人がお姉ちゃんに謝っても許さないぞって思ってたけど、お姉ちゃんが嬉しそうなんだもん。許すしかないよ」
「おらも、かな。なんか口だけじゃなくて、本当に申し訳ないって思ってるんだなぁって分かったから、今までのわだかまりが完全に無くなったわけではないけど、もう充分ずら」
「善子ちゃんはどうなの?」
「2人にもうわだかまりが無いのなら良いのよ」
「そっか」
「次はおら達が謝る番かな?」
「私達っていうか主に私な気がするけど」
「それは違うずら。善子ちゃんはおら達の気持ちを代弁してくれただけだもん」
「そうだよ。だからルビィ達3人とも同罪なの」
「はぁ⋯。あんた達もほんと馬鹿ねぇ」
「馬鹿で結構ずら。おら達は3人で一つ、一心同体ずら」
「あっそ」
ぷいっとそっぽを向く善子ちゃん。でも耳まで真っ赤になっててただの照れ隠しなのがよく分かった。
「ふぅ⋯、じゃあ言うわよ」
「待って。一番槍はおらが行くずら」
「なんでわざわざ」
「だって、今回の事の発端はおらだから。ちゃんとケジメがつけたいずら」
「⋯そう、じゃあ任せるわ」
「ありがとう、善子ちゃん」
すぅ⋯、はぁ⋯。ゆっくり深呼吸して、ダイヤさん達の方に向き直る。
「あの、ダイヤさん、果南さん、鞠莉さん。ちょっといい、かな?」
「どうしました?」
「まだ言い足りないことがあっ「ごめんなさい!」
「「「⋯⋯⋯へっ?」」」
「おら、3人が傷ついてるっていうの分かってたのに、わざと避けてきたずら⋯」
「私も、⋯ごめん。あんなに沢山の悪意をぶつけて⋯。でも!私のことは許さなくていいから、ずら丸とルビィのことは許してあげて!」
「それは違うよ!ルビィ達も同罪だもん!」
「まったく⋯、あなた達という子は⋯」
そう言いながらゆっくり近付いてくるダイヤさん達3年生。
来るべき衝撃に備えて、目を瞑って歯を食いしばっていると、やって来たのは全身を包み込むふわっとした感触のみ。
「どうして私達があなた達を怒るんですのよ⋯」
「そうそう、責められこそすれ、こっちが怒る理由がないよ。さっきはちょっと感情的になって善子に強く当たっちゃったけど」
「私達の方こそごめんなさい。あなた達の苦しみに気付いてあげられなくて⋯」
もう我慢の限界だった。
「うぅ⋯、うわーん!ごめんなさーい!」
ダイヤさんに抱きつきながら大泣きするおら。
周りを見る余裕はなかったけど、多分、ルビィちゃんも、善子ちゃんも泣いてた。
───────
「うーん、これで一件落着かな?」
「あまり私達が来た意味無かったみたいだけどね」
「みんな仲直りできたんだもん!それだけで来た意味はあったよ!」
「ふふっ、それもそうね」
「なんかあの6人見てたら無性にお泊まりしたくなっちゃったよ」
「こっから一番近いの、よーちゃん家だしよーちゃん家でお泊まりする?」
「賛成!」
「ちょっ!?勝手に決めないで!?」
「まあまあ、よーちゃんの家に全速前進ヨーソロー!ってね」
「トラナイデ!」
「取り敢えずお話は曜ちゃん家に着いてから、ね?」
「梨子ちゃんまで⋯」
「よーし!曜ちゃん家まで競走だー!」
「ちょっと!千歌ちゃんずるいよ!」
「待ってー!私曜ちゃんの家知らないのにー!」
感動した!!!!!!!