2020-02-21 22:02:17 更新

概要

殲滅艦の続きです。まだ未読の方はそちらからどうぞ。
もしよければ評価、応援等していただけると嬉しいです。感想もお待ちしてます。


前書き






 こんにちは、不知火です。



 今日は珍しい非番の日。なので一日ゆっくりと本でも読みながら、静かに過ごす予定だったのですが……。



川内「んぅ~うまぁ~♪ いやぁ、お忍びで食べるケーキは最高だね!」



陽炎「いやいや、常日頃から間宮さんのスイーツで舌の肥えた私たちに、たかだか街中カフェのケーキなんて……いやでもホントに美味しいわコレ!」



 不機嫌極まれりといった顔でティーカップに口をつける私の眼前で、きゃいきゃいと騒ぎながらテーブルに出されたケーキを吟味する二人。店内は木で作られた暖かな内装や優し気な照明と落ち着いた印象を受けながらも、気分安らぐBGMや女性の喋り声、ビジネスマンのパソコンを叩く音が周囲に響き、一切の疎外感を感じさせないにぎやかな雰囲気に包まれている。


 ーー何がどうしてこうなったのか、現在進行形で軍則破りの片棒を担がされています。



黒潮「ほら不知火、もっとフード深く被らな。ただでさえその髪目立つんやから」



不知火「……いったいなぜこんな目に」



 カップから口を離し、がっくりと肩を落とす。その隣で、私のフードをぐいっと引っ張って直す黒潮が苦笑いを零した。



黒潮「もう腹括らなあかんよ。あそこで強引にでも止めなかったっちゅうことは、少しは気になってたんやろ? もう外出てもうてるし、今更嘆いても仕方ないって」



不知火「……それは黒潮、貴方にも言えることでしょう。なぜあの場で止めようとしなかったんですか」



黒潮「あはは、ぐぅの音もでぇへんわ。……なんでやろな。自分でもわからへん」



 はぐらかす様に、黒潮がテーブルに置かれた湯気の立ち昇るコーヒーに手を付ける。カップがソーサーから離れた瞬間、傍らに積まれた角砂糖が軽い音をたてて崩れた。


 いま私たちが身を置いているのは、鎮守府近くの街の一角に据えられているごく普通のカフェ。というのも、当初の目的を見失っているわけではない。



不知火「……それで、様子はどうですか?」



陽炎「あまぁ~♪ 幸せ♡」



不知火「陽炎、いい加減にしないとぶん殴りますよ。聞いてるんですか? あなたが言い出したことでしょう」



陽炎「んぅ? あぁだいじょぶだいじょぶ、ちゃんと見てるわよ。特に動きはないわね」



 フォークを口にくわえてうっとりとだらしない顔をしながら、陽炎がちらりと店の奥に視線を向けた。その視線の先には、黒いパーカーを着た特徴的な白い髪の青年ーーつまりは出雲さんが腰を下ろしている。


 鎮守府を抜け出し出雲さんを陰ながら追いかけたところ、出雲さんが初めに入った店がここだったのだ。機を見計らって、私たちもそれに続くようにしてこのカフェに入り、現在に至る。


 ちょうど近くの柱が影になっているため、あちらのテーブルからこちらがはっきりと見えることはない。あちらもあちらで何やら端末のようなものを弄っているので今のところは尾行に気付かれていないはずだが、この調子だといつ見つかってもおかしくない気がする。


 と、そんな不安が表情に出ていたのか、チョコレートケーキの刺さったフォークをちらつかせながら川内さんが口を開いた。



川内「だいじょーぶだよ。ちょうど今は午後の混みやすい時間帯で人も多いし、何もせずにただじーっと見てるだけっていうのもかえって不自然だしね。こうやって少し騒がしいくらいが気付かれにくいよ」



不知火「……妙に手馴れてますね。もしかして、過去にも経験が?」



川内「いや、そんなわけないじゃん。流石に今回が初めてだよ。とはいえ、付き人なしで外に出てみたいって願望はあったからさ。ちょっと前から調べてたりはしてたかな」



 そう言って、川内さんが目の前を泳ぐ一口大のケーキにかぶりつく。その「調べる」というのが鎮守府周辺の人気スポットを探す的な意味なのか、はたまた鎮守府を脱出するための工作的な意味なのかで今後の川内さんに対する印象が変わってくるのだが、今それは置いておくとしよう。


 毎度のことながら溜め息を吐くと、ちらりと皆の服装を改めて見やる。


 当たり前だが、今の私たちの姿はいつもの制服ではなく、目立たないよう各自で見繕った私服に身を包んでいる。川内さんは薄手のコートにスキニージーンズ、そして何故かサングラスをかけており、さながらお忍びで街に繰り出す有名人といった感じだ。先ほどまでは橙色のマフラーも巻いていたため、髪型すら違っていたら誰だか見当もつかないだろう。


 陽炎は臙脂色のタートルネックセーターに鼠色のスカート、黒潮はニット帽に白コート、そしてショートパンツに黒タイツと、それぞれまだ肌寒いこの時期に適しつつ目立たなさそうな格好をしている。陽炎に至っては普段結んでいるリボンはせずに髪を下ろしており、日常的に見慣れていない限り陽炎だとはわかるまい。


 ちなみに私はというと、ありあわせのパーカーにスカートという無難な格好で凌いでいる。というのも、急ごしらえだったためにこれくらいしか着るものがなかったのだ。


 まぁ、もともと外見など特に気にしてはいないので別に構わないのだが。



陽炎「ていうかさ、あんたたち何も頼まなくていいの? さっきからコーヒーとかココアしか飲んでないじゃない。せっかく抜け出してまでカフェに来たのに、もったいないわよ?」



川内「ほんとだよ。こんな美味しいの、食べなきゃ損だよ」



黒潮「うちはあんま甘いもん食べんからなぁ。コーヒーだけでええわ」



不知火「そもそも抜け出してきた理由はここでくつろぐためじゃないでしょう。目的がすり替わってますよ。……不知火だってこんな状況じゃなければ、もう少しこの空気を楽しんでました。しかし軍法破りまでしたのだから、それ相応の戦果をーー」



陽炎「なーんだ、あんたもやっぱり食べたいんじゃない。不知火ってイチゴ好きだったわよね? 私が頼んであげる!」



不知火「ちょっ、勝手に……!」



 私の話を遮って、聞く耳も持たずに陽炎が近くを通りかかった男性店員に声をかける。それに気付いた店員が近くに近づいてきたのと同時、私はフードの裾を引っ張り深く被ると、髪を見られないよう黒潮の陰に隠れるようにして体を縮こませた。


 陽炎はメニューを手に取るや否や、「これとこれとー……」と人差し指が縦横無尽にメニューの上を走り回り、その数が7を超えたところでようやく止まる。



陽炎「……それとこれで! あ、あと紅茶のおかわりもお願いしまーす」



店員「かしこまりました。少々お待ちください」



 遠慮のえの字もない怒涛の注文攻めを神速のごときスピードで伝票に書き込むと、店員は恭しく頭を下げ、カウンターの裏へと下がっていく。その後ろ姿を眺めつつ、張り詰めていた緊張を解くと同時に大きく息を吐いた。



不知火「……陽炎、本当に自重してください。不知火たちがここにいることを知られてはいけないのは、なにも出雲さんというだけではないんですよ?」



陽炎「大丈夫よ。今時艦娘には必ず護衛が付いてるっていうのが世間一般的な常識だし、よもや艦娘が護衛もなしにここにいるとは思わないでしょ。ビクビクしてる方が逆に怪しいって川内さんもさっき言ってたじゃない」



不知火「陽炎たちはそれで良いかもしれませんが、不知火はこの髪の色で決定的に人とは違うんです。もし見られて勘繰られでもしたら、ちょっとした騒ぎになりかねません」



黒潮「不知火の髪は目立つからなぁ。陽炎、ちょっとは配慮したげてや。妹の頼みやで?」



陽炎「そこでそれを持ち出すのは卑怯じゃない? ……まぁでも確かにそうね。わかったわ、次からはちゃんと気を配るから」



 むぅ……と顔をしかめながら、渋々といった様子で陽炎が承諾する。おそらく初めはただ出雲さんを尾行しようとしていたのが、思わぬ副産物にテンションが上がってしまっているのだろう。


 変わり身の早さに、呆れた風に大きく肩をすくめて見せる。と、ふと気になっていることを聞いてみた。



不知火「……ところで陽炎、先程注文していた大量のスイーツの代金はいったい誰が払うんですか? まさか何も考えてなかったとは言わせませんよ」



陽炎「……」



不知火「陽炎、こっちを向いてください。何故目を反らすのですか」



 ふいと視線を逸らせ、急にそっぽを向く陽炎。問いただそうとテーブル越しに頬を鷲掴みにし、強引に目を合わせようとするも、陽炎は頑なにこちらを向こうとしない。


 そんな不毛なせめぎ合いをしていると、皿に残っていた最後の一口を口に運んだ川内さんがおもむろに口を開いた。



川内「んくっ……別に気にしなくていいって。ここは全部私が出すからさ」



不知火「川内さんが? いえ、そういうわけには……」



川内「いーのいーの! 少しは私に先輩風吹かせてよ。……ただし、私もそれ食べるって条件でね!」



 手に持ったフォークの先を私たちに向けて、もしこれが漫画であるならキラーンという効果音が出ていそうなウインクをしながら川内さんがにかっと笑う。


 とはいえ、ここのスイーツはカフェなだけあってそこそこ値段が張るため、それが七つともなれば相応に金額はかかる。それをすべて川内さんに持てせてもいいものかと困惑を露わにしていると……。



陽炎「じゃあご厚意に甘えさせてもら痛い痛いたいたいたいッ!!」



不知火「貴方という人はっ、貴方という人は本当にっ……!」



黒潮「あーあ……そろそろホンマにチーズみたくなりそうやな、陽炎のほっぺた」



 図々しくも無礼な陽炎の態度にわなわなと口元がひくつき、思わず鷲掴みにしていた頬を引っ張って折檻する。今日何度目になるかわからない取っ組み合いを隣で眺める黒潮は、ただくすりと笑っただけで、まるで他人事のように手にしたカップに口をつけコーヒーを呷った。



川内「はは、ほんっとに仲いいんだね。にぎやかで毎日楽しそう」



黒潮「まぁ、問題起こすんは毎度陽炎なんやけどな。うちらはそれに巻き込まれてるだけやから」



 場所が場所、状況が状況なだけに騒ぐことができず、ただただ無言で力いっぱい互いの手を掴みあう私たちを見ながら、黒潮と川内さんが呆れ混じりの笑みを零す。その目はどこか、子供のいさかいを見守る親のような温かさを帯びていた。


 ……と、その時。



「あ、あの……お取込み中すみません。ケーキをお持ちしました」



 横から声が聞こえ、取っ組み合いをぴたりと止める。全員がその声のした方向に目を向けると、ケーキの乗った皿をいくつも乗せた大きなトレーを掌にバランスよく載せた、気弱そうな若い女性の店員がおずおずと立っていた。


 いつの間にそこに立っていたのか、陽炎との取っ組み合いに夢中になっていた私にはわからない。ただその直後、私は即座にテーブルに乗り出していた体を戻すと、フードの裾を抑えて素早く椅子に深く座り直し、バッと視線を落とした。


 ……まずい。これは非常にまずい。



陽炎「……あ、ありがとうございます。あー、えっと、これとそれとそれが私で、これがこの子で……あとはここに置いといてもらえます?」



店員「あっ、か、かしこまりました。えと、その……食べ終わった皿は回収いたしますが……」



陽炎「あ、はい。お願いしまーす」



 床に視線を彷徨わせていると、平静を装って店員に対応する陽炎の声が聞こえた。おそらくはさっきの頼みに準じて、私の意図を汲み取ってくれたのだろう。


 陽炎の気遣いに心の中で感謝しつつ、それでも不安は拭いきれずに鼓動が聞こえてくるほど心臓が速く脈打つのを感じる。


 私が髪を隠す理由……それは至ってシンプルで、駆逐艦『不知火』だとばれないようにするためだ。とはいえ今時髪を染める人は珍しくもなく、巷には若者を中心として、金髪はおろか赤や緑といった奇抜な色をした髪の人も少なくない。


 それでも、私は見られるわけにはいかなかった。……なぜなら、この時代において艦娘とは世界の存亡をかけた重要なファクターであるがゆえに、メディアにも頻繁に取り上げられているからだ。


 前にも言った通り、一部ではファンという存在もいるわけで、良くも悪くも艦娘の情報というのは社会に広く拡散されている。つまり、艦娘を知らぬ人間などこの世の中に一握りもいないのだ。そんな中で特徴的な部分を見られてしまえば、一般人がまず連想するのは艦娘であるかどうかで、ましてや鎮守府近郊にあるこの街の人間ならば「もしかしたら」と思うのは必然。


 もしも艦娘だとばれれば、どう繕っても間違いなく鎮守府に連絡がいく。今ですら提督に無断外出が露見していないかわからないのに、そうなってしまえばもはや厳罰は免れまい。


 身を縮こませ、普段は信じてもいない神にひたすら心の中で祈り続ける。どうか、どうか杞憂であってくれ。


 ……しかし次の瞬間、そんな私の願いは、床に落としたガラス瓶の如く儚く砕け散った。



店員「……あの、すみません。間違ってたらごめんなさいなんですけど……ひょっとして、艦娘の方ですか?」



 核心を突いてきた店員の言葉に、場の空気が凍りつく。そんな空気を感じ取ったのか、店員はおどおどとした態度をさらに委縮させて、わたわたと忙しなく視線を彷徨わせると。



店員「ごっ、ごめんなさい! 店に入ってきた時から何か見たことあるなぁって思ってて、何となくそんな感じがしてっ! えぇっとその……もしかして、お、お忍びですか? お忍びだったら邪魔してしまって本当にごめんなさい!」



 ぺこぺこと頭を下げ、追い打ちをかけるようにまくし立てる店員。その姿はどことなく羽黒さんを連想させたが、この際そんなことはどうだっていい。体の芯が急激に冷えていき、全身にだらだらと冷や汗が止まらず、衣服の背に汗がじんわりと滲んでいくのを感じる。


 まずい。艦娘だとばれてしまった挙句、こうも騒がれてしまっては周りに気付かれるのも時間の問題。早く、どうにかしてこの女性を鎮めなければ。


 そう考え、弾かれるように対面に座る二人にちらりと視線を送る。先ほどは意図を汲み取って冷静に対処してくれた陽炎に、何かとこういった状況に手馴れていそうな川内さん。この二人なら、この場をどうにか乗り切る策を講じてくれているかもーー。



陽炎「そそそそんなわけないじゃないですか! 私たちは艦娘なんかじゃなくてえっとぉ……!」



川内「……」



 ……あぁ、これは駄目そうだ。陽炎は焦りすぎて何を言っているのか全く分からないし、川内さんに至っては額に手を当て、ただただ黙ってうつむいている。


 二人のあまりの使えなさに歯噛みし、何とか現状を打開すべく私も頭を回すが、私も相当焦っているようで、考えようにも頭の中が真っ白になって考えが一向にまとまらない。この程度の焦り、戦場ならたやすく飼い慣らすことができるというのに……!



黒潮「……店員さん、何か勘違いしてるみたいだけど、うちら艦娘じゃないですよ? まぁ街中じゃちょくちょく間違われたりするんだけどね」



全員「ッ!?」



 万事休すかと思ったその時、隣から聞きなれない口調の聞きなれた声が聞こえた。言わずとも、その声の主は隣に座っている黒潮だ。



店員「えっ? で、でもその子とか髪が……」



黒潮「あー、『不知火』に似てるでしょ? この子あの艦娘が大好きで、先週から髪染め始めたんですよ。うちらはやめとけって言ったんだけど、頑固だから全然聞く耳持たなくて。ねぇ?」



陽炎「へっ!? あっ……そ、そうね」



 まるで人が変わったかのようにぺらぺらと喋りだす黒潮に話を振られ、陽炎が困惑混じりに話を合わせる。その口調にいつもの関西弁の面影はなく、どちらかといえば陽炎に近い印象を受けた。



黒潮「なのにこの子、今まで髪染めたりしたことないからって恥ずかしがってるんですよ? こんな感じで、店内なのにフードなんて被っちゃって。ほらぁ、そろそろ慣れなって」



不知火「や、やめてください……」



 うりうりと黒潮に肘で小突かれ、私は絞り出すように言う。そんな一連の様子を見て、店員はひとり納得したような表情を見せた。



店員「そ、そうだったんですか……。ごめんなさい、早とちりしちゃって」



黒潮「いやぁ、気にしなくていいですよぉ。よくあることなんでぇ」



 ようやく落ち着きを取り戻し、申し訳なさそうに頭を下げる店員に、黒潮がからからと笑いながら対応する。それを見て疑惑を払拭できたと確信した私は、周りには聞こえないくらい小さく息を吐いて、安堵に胸を撫でおろした。


 何がともあれ、黒潮の機転で助かった。しかし、黒潮にこんな特技があったとは驚きだ。ここ数年間、同じ屋根の下、同じ部屋の中で過ごしてきたにもかかわらず、標準語をここまで流暢に喋る黒潮は初めて見た。


 それは前に座る二人も同様だったようで、先程とは一転、呆けたように目を丸くして店員と会話を交わす黒潮を凝視している。私が目配せをすると二人は我に返ったような素振りを見せ、「これ以上怪しまれないように、いつも通り振る舞おう」と、互いにアイコンタクトをして頷きあった。



黒潮「……にしても店員さん、艦娘のことよく知ってますね。もし私たちが本当に艦娘だったらどうするつもりだったんですかぁ?」



 と、こちらの一連の確認作業が終わったところで、おもむろに黒潮がそんな話を切り出した。いつも通りに振る舞おうとした矢先にぎょっと目を見開いて黒潮の顔を見やるが、その表情には心配の欠片もなく、口に出さずとも「大丈夫やから」と言っているような気がした。


 黒潮の問いに、店員は一度「えっ?」と戸惑ったように声を漏らす。そして、口元に手を当て、少しの間考え込むと。



店員「んーと、そうですね……握手、とかかな?」



不知火「握手、ですか?」



 照れたようにはにかむ店員に、想像とだいぶ外れた答えだったことに驚いた私は思わず聞き返す。すると、店員はふふっと笑みを零し、手持無沙汰になったトレーをくるくると弄りながら続ける。



店員「テレビとかだと、よく艦娘さんへの批判とかが議論されてたりしてるでしょ? 私、ああいうのあんまり好きじゃないんだ。何も知らない人たちが、深く知ろうともせずに自分勝手な憶測とか正義感で本当に頑張ってる人たちを否定するなんて……そんなの、ずるいと思う。救われた人たちだって、たくさんいるのに」



 聞けば、この店員の実家は代々漁業を営んでいるらしい。ところが十年前に深海棲艦が現れてからというもの、段々と漁港は封鎖されていき、さらに軍によって一般人が海に出ることが禁じられたため、仕事に手をつけることができなくなってしまったという。それによる弊害は店員の家庭のみならず、同じく漁業で生計を立てていた多くの世帯を巻き込む大惨事となった。


 しかし近年になって、艦娘の活躍によって以前に比べて制海権が取り戻されたことを受け、軍はようやく海に携わるごくわずかの職業のみ、安全だと定められた限られた海域に出ることを解禁した。まだ完全とは言えないものの、これにより実家の漁師たちは束縛から解放され、また職に復帰することができたのだという。



店員「お父さん、また海に出られるってすごい喜んでました。内陸の人たちは艦娘の皆さんをあんまりよく思ってないみたいだけど……私たちはあの女の子たちがこの国を守ってくれてるってちゃんと知ってるから。それに、そのおかげで、こうやって私たちは普通の生活ができているんです。だからもし会えたら、まずは『ありがとう』って言いたいなって」



 そう言って、店員の女性がにこりと微笑む。その笑顔はまだあどけなさが残っていて、紛れもない本心からだろうその言葉に、心の中で燻っていた何かが霧散していく。


 ……規律のせいで、変に警戒しすぎてしまっていた。私たちが目にしていたのはメディアに取り上げられているほんの一部に過ぎず、全員が過激派だというわけではない。世の中には、こうやって私たちの存在を認めてくれ、そして感謝してくれる人々も大勢いる。


 長らく、忘れていた。私たちは敵と戦うために甦ったんじゃない。人々を守るために甦ったのだ。



店員「……あっ、ご、ごめんなさい! なんか辛気臭い話しちゃって……」



黒潮「いや、別にいいですよ。……そう言ってくれると、艦娘も喜ぶんちゃうかな」



店員「?」



黒潮「ん”ん”っ!! そ、そう言ってもらえると、艦娘も喜ぶんじゃないんですかね? ほら、ここって鎮守府近いし、もしかしたらふらっとここに立ち寄ってきた拍子に会えるかもしれないし」



店員「……はい、そうですね。店長は何度か会ったことがあるって言ってましたし、運が良ければ私も……」



 店員が呟いたその時、入り口の方から鈴の音が響き、二人のOLらしいスーツ姿の女性が扉を開けて入ってきた。店員はそれに視線を向けるや否や、ここに長居していたことに気付き、すぐさまそちらに意識を移す。



店員「あ、いらっしゃいませ! ごめんなさい、仕事に戻らなきゃ……では、ゆっくりしていってくださいね!」



 ぺこりと頭を下げ、足早にぱたぱたとこの場を後にする店員を見送った直後、私たちは全員同時に盛大に息を吐いた。



黒潮「はぁぁぁーー……一時はどうなることかと思ったわぁ」



不知火「本当に助かりました。まさか黒潮にあんな白々しい演技ができるなんて思いもしませんでしたよ。……最後にちょっと素が出ていましたが」



黒潮「それ褒めてるん? 何か言い方悪ない?」



 不満を言ってくる黒潮をスルーして、緊張で乾いた喉を潤そうとティーカップに口をつける。最初は熱いくらいだったココアはもう温くなっており、あれから時間が経っていることを実感させた。



川内「まぁ、なにがともあれバレずに済んだね! よかったよかった! じゃあMVPの黒潮君には、私セレクトのこのチョコケーキを進呈しよう」



陽炎「いや、川内さんずっと黙ったままだったじゃない。まったく、いざとなったら全然使えないんだから……黒潮、フォローありがとね。お礼にこのチーズタルトあげるわ」



不知火「それを貴方が言うんですか? 陽炎だって、焦りすぎて後半何言ってるのかわかりませんでしたからね。……あぁ、不知火としたことが、まだお礼をしていませんでした。黒潮、どうぞこれを」



黒潮「なぁ、わかっててやってんねんな? 食べきれないんやろ? ほなら最初からそう言えや!」



 どんどんと目の前にスイーツを並べていく私たちに黒潮がツッコミを入れたところで、私はふと周りを見渡す。……そしてこの時初めて、重大なことに気が付いた。



不知火「……陽炎。出雲さんはどこですか?」



陽炎「え? 何言ってんの、あいつならあそこにいるじゃなーー」



 私の問いに、陽炎がケーキを口に運ぼうとしていたフォークを止めると、くるりと後ろを振り返り、出雲さんが座っていた場所に目を向けーーそして、言葉が途切れた。


 ……先ほどまで出雲さんが座っていた筈の場所には、少し前に入店してきたあの二人のOLが腰を下ろし、向かい合って楽しそうに談笑している姿があった。



全員「ーーッ!!」



 途端、弾かれたように席を立つ。その衝撃で椅子の床を擦れる音が大きく響くが、その音も店内の様々な音にかき消され、何事もなかったかのように霧散した。



陽炎「嘘っ!? いつの間にいなくなってたの!?」



黒潮「さっき、店員と話してた最中に出てったのかもしれへんな。もうだいぶ人通りが多くなる時間帯やし、見失ったら探し出すんは難しいで」



不知火「……っ! すぐにここを出ましょう! 今からならまだ間に合うはず……!」



川内「えっ……で、でもまだケーキ残ってるんだけど……」



陽炎「くっ、こんな時に……! いったい誰よこんな計画性もなしに大量に頼んだのは!」



不知火「貴方ですよ! 何を寝惚けているのですか! あぁもうっ、こんなことでは……!」



 まさかの事態に騒然となる四人。そんな私たちに一人、声をかけてくる人物がいた。



店員「あの……どうかしましたか?」



 それは、つい先程まで私たちと話をしていた女性店員だった。どうやら私たちのただならぬ雰囲気を感じ取り、駆け付けてくれたらしい。


 とはいえ、こちらの問題のために他人に手間取らせるのは気が引ける。そう考え、なるべく何でもないといった風を装って店員に答える。



不知火「あ、いえ、すみません。特に何かあるわけではーー」



陽炎「あっ、ねぇ店員さん! さっきまであそこに座ってた髪の白い男の人、どこに行ったか知らない!?」



不知火「ちょっ……いきなり何を言い出すのですか! 知っているはずが……」



店員「ああ、出雲さんですか? あの方なら多分、近所の古本屋に向かったと思いますけど……」



 陽炎の無茶ぶりに、きょとんとした顔でそう告げる女性店員。それを耳にした瞬間、全員がぴたりと各々の動作をやめ、店員の方にぐるりと顔を向けた。



不知火「……ず、随分と詳しいんですね。お知り合いなんですか?」



店員「いえ、そういうわけじゃなくて……あの方、ここの常連さんで、週に何度かここを訪ねてくるんです。で、決まってその後、その本屋さんに行くらしいって店長が……」



陽炎「えっ、でも名前……」



店員「あっ、それはその、顔なじみになってきた頃から少しづつお話をするようになりまして、その際に名前をうかがったといいますか……はい、そんなところです……」



 頬をほんのりと朱に染めながら、段々と言葉が尻すぼみになっていく女性。その反応に、心の中でもやっとした何かが渦巻き、未だかつて感じたことのないそれに思わず顔をしかめる。



黒潮「それはたぶん知り合いって言ってもいいと思うけどなぁ。ま、それは置いといて……その古本屋ってどこにあるんですか?」



店員「え? あ、えっと……ここを出て、大通りの二個目の信号を右に曲がってちょっと行ったところにありますよ。あそこ、結構な老舗なんですけど、古い小説とか歴史書とかがたくさんあって、店もそれなりにおっきいのでわかりやすいと思います」



黒潮「ご丁寧にどうも。……ほんじゃまぁ、とりあえず行ってみよか」



 説明を聞くなり、黒潮が椅子の背もたれに手をかける。続けざまに席を立とうとする私たちに、店員が困惑の表情を浮かべた。



店員「あ、あの……あの方と何かあったんですか?」



黒潮「いや、別に何かあるわけじゃなくて……なんていうか、出雲さんに用があるというか、ね」



店員「知り合い、なんですか?」



黒潮「まぁ知り合い……ん? ……なぁ陽炎、うちら知り合いやったっけ?」



陽炎「知り合いかって言われると微妙よね……どういえばいいのかしら」



 店員の問いに黒潮が言葉に詰まり、店員には聞こえない程度の小さな声でこそこそと陽炎に耳打ちをする。それを受けた陽炎は小さく唸りつつ、出雲さんとの関係に首を傾げた。……何をそこまで悩む必要があるというのか。



不知火「出雲さんとは顔見知りです。たまたまここで見かけたので声をかけようとしていたのですが、あいにくいなくなってしまったもので」



 先程の黒潮同様、口から言葉がつらつらと流れ出る。焦りや緊張といった束縛が解けたことで再び回り始めた頭が、今言うにふさわしい受け答えの最適解を導き出していく。


 私の受け答えに、黒潮と陽炎が「それだ」と言わんばかりの表情でこちらを見てきた。私はそれをまるで見なかったかのようにスルーすると、眼光鋭く店員に向き直る。



不知火「ですので、出雲さんとの関係はそんなものです。ただ、あの人は人と関わるのが苦手なようなので、あまり不用意に近づこうとするのもどうかと思いますが」



店員「……えっ、と」



黒潮「ちょぉーっとごめんな店員さん! この店って持ち帰りとかできます!? うちのバカが頼みすぎたみたいで、食べきれないとか抜かしよるんですわ!」



川内「うっぷ……流石の私もここまでかな……。ごめんね、みんな…………」



陽炎「なに轟沈ボイスっぽいこと言ってんのよ! っていうかなんか黙ってると思ったら、これまでずっと食べてたわけ!?」



 割り込んできた黒潮の言葉にふと机に目を向けると、そこには口に手を当て、今にも吐きそうな顔でテーブルに突っ伏す川内さんの姿があり、隣に座る陽炎が水を差し出しながらその背中をさすっていた。



店員「も、持ち帰りですか? か、可能ですけど……」



黒潮「じゃあ今すぐお願いしますわ! さっき言うてたとおり、ちょっと急な用事ができたもんで! なるはやで頼んます!」



店員「は、はい! かしこまりました……!」



 黒潮の言葉を聞くや否や、素早くトレーに残りのケーキを載せ、ぱたぱたとカウンターの裏へと下がっていく店員。その隙に、黒潮が私の耳元に顔を近づけきた。



黒潮「不知火、あんた何言い出すん……!? 出雲はんにお熱なんはわかるけど、一般人にそんなドス利いた目で睨むんはあかんやろ!」



不知火「何故かあの人には今ここで釘を刺しておかないといけないような気がしました。あと私はお熱でも何でもありません」



黒潮「まだ言い張るんかそれ……もうほぼ自白してんねんで? そろそろ認めろや」



 目を細め、呆れ混じりに息を吐く黒潮を見て、私はむっと眉をしかめる。実際、私にそんな気はないと何度言えばわかるのだろうか。


 ……ただ少し、姿を見ると胸が異様に高鳴って、誰かが嬉しそうにあの人の話をしていると心がざわついただけだ。



店員「ーーお待たせいたしました! 注文が以上でよろしければ、レジの方でお会計の際にお渡しさせていただきます!」



 川内さんの介抱を済ませると、その数分後に先ほどの店員が完了の知らせを持ってきてくれた。その言葉通りに、私たちは席を立ち、入り口付近のレジまで足を運ぶ。


 店内は入店してきた時よりも人数が増えていて、そこそこの大所帯と化していた。つまるところそれは人目が一気に増えたということで、私は最初同様フードの裾を深くまで引っ張り、なるべく目につかないよう人々の間を足早に過ぎていく。


 レジの手前までくると、扉から伝播した冷気が顔に触れ、店内で緩んでいた体がピンと伸びあがる。レジに身を置く店員は先程の女性とはまた違う女性で、褐色の肌に琥珀色の瞳、そして癖の付いた黒い髪を後ろでくくっていて、少しミステリアスな雰囲気が漂う美人な方だった。


 おそらく、このカフェがこうした賑わいを見せているのも、この人がいることが影響しているのだろう。カフェ店員共通の黒いエプロンを着用しているものの、それ越しでもスタイルの良さは明確で、同性の私でも思わずドキッとしてしまうほどだ。


 ……そういえば、あの店員は、出雲さんがここの常連だと言っていた。もしかしたら、出雲さんはこういう人が好みだったりするのだろうか。



店員「お会計、7,920円です。あとはい、これ。持ち帰りのケーキが入ってるから、気を付けて持ってね」



不知火「……あっ、はい。あ、ありがとうございます」



 ハスキーボイスが響き、女性店員が微笑みながらケーキの入った箱を差し出してきた。その声に私ははっと我に返ると、慌てて手を伸ばして箱を受け取る。



店員「……あと、ごめんなさいね、お嬢ちゃんたち。あの子が何か勘違いしちゃったみたいで」











後書き


更新しました。値段はケーキがひとつ600円、飲み物が300円という設定で、陽炎がバカみたいに注文しまくっていたのでケーキ10個に全員分の飲み物4杯、計7,200円+税の計算です。我ながら細けぇ……。
あと早く出雲出てこいや。


これからは22:00の不定期更新とします。
修正等の更新は今まで通り行います。22:00以前及び以降の更新は全て修正ですので把握のほどよろしくお願いします。



・海軍将校 階級章について
制服の襟元に付けられる。少将以上に昇進すると各鎮守府に派遣され、独断での指揮を執ることができる。

元帥…金地に小・大・小の順で八重桜三つ

大将…金の三線に小・大・小の順で桜三つ
中将…金の三線に桜二つ
少将…金の三線に桜一つ
ーーーー前線海域及び主要海域へ
大佐…金の二線に小・大・小の順で桜三つ
中佐…金の二線に桜二つ
少佐…金の二線に桜一つ
大尉…金の線に小・大・小の順で桜三つ
中尉…金の線に桜二つ
少尉…金の線に桜一つ
ーーーー提督を任されるライン
曹長…金の二線のみ
軍曹…金の線のみ


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1: 焼き鳥 2020-02-04 22:53:54 ID: S:5CpcsU

続きが気になるよ〜(*゚▽゚*)
頑張ってください(^ω^)\

2: SS好きの名無しさん 2020-02-07 20:28:56 ID: S:bY2Jrz

バレましたねw
さあどうなることやら

3: Chrome 2020-02-12 22:13:08 ID: S:8AFEY8

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