2020-08-17 01:19:28 更新

*提督「化け物の悲しみ」二の続編です。










〈南西諸島統括鎮守府 格納庫〉


「な、な、なんだと……」


佐藤中将。私が殺した忌々しい男。利己心のために艦娘を利用し、彼女らを人を信用できない心に変えてしまった、あの男。


「佐藤中将は自分のとこの艦娘が集めてきた資源を俺に横流しし、俺は奴に金を渡した。どうやらあいつ、本土に行っては風俗やカジノに相当を金を使っていたようだ。段々と取引する額もでかくなっていったよ。俺はそれなりに金を得る手段があったから構わなかったんだが、どうやら向こうは相当下衆なやり方していたみたいだな。お前に殺されたって聞いた時は驚いた、まあ当然の報いともいえる」

「じゃ、じゃあ艦娘たちが酷使されていたのは……」

「そう、その資源集めをさせるためさ。進撃して海域が広がればそれだけ資源を手に入れられる場所も増える。さらに艦娘はどんどん使えば資源もどんどん溜まっていく。ブラック企業ってやつだな」

「お前は……」

「あ?」

「お前は知っていたのか……?」


目をぱちくりさせて、少し私の顔を見つめると、突然大きく高笑いをした。


「知っていたも何も、奴をけしかけたのは俺さ!」

「!!」

「大金が欲しけりゃ、もっと資源を寄越せってな。奴が艦娘を荒っぽく使ってるのはだいたい想像つくに決まってんだろ。ま、他の鎮守府のことをとやかく言うつもりはないし、資源が手に入らなくなるとこっちが困るからな。ま、必要な犠牲ってやつだ」

「お、お前…………!!」

「奴が死んだって時は焦った……。俺のことまでバレたら大変だからなぁ。ま、上官はそんなことよりお前が上官を殺したってことに注目してばかりいたから、隠蔽する時間はあった。どうだ、これが我が最強の艦娘の真実だ!」

「きっ……」

「ん?」

「きッッッッッッッッさまああああああああああああああああああああああッッッッッッッッ!!!!」




目の前が真っ暗になるほどの怒りに、私の体は相応の反応をした。縛っている鎖に肉体を食い込ませて、目の前で愉悦の笑みを浮かべる畜生を殺さんと大暴れした。


殺してやる。絶対に殺してやる。


「ははは!まるで絵に描いたような反応だな。お前を見たとき一目で分かった。上官殺しの宮本。お前にこの真実を伝えたときどんな顔をするのか、ここまでその興味を抑えるのに必死だったよ」

「殺す!!殺してやるッッ!!」

「おいおい、そりゃこっちの台詞でもあるんだがなあ。貴重な資源のルートが絶たれ、おまけに北方には俺のダチがいた。殺してやりたいのはむしろこっちだっての」

「貴様あああああッッッッッッッッ!!!」

「その鎖は特別製だから、そんなに暴れても壊せんぞ。それこそ、お前が真に化け物ならできるかもな」



鎖を破り、喉笛に噛み付いてやろうとしても、縛られた体は全く檻の中の虎のように虚しかった。


彼女たちを、あの不幸な艦娘たちを不幸たらしめたこの男を、なんとしても殺さねばならない。あの時の彼女らの目を、敵意を、悲しみと怒りを、必ずこの男に知らしめねばならない。ただその思いが止めどなく溢れた。鎖に肉が食い込む痛みも忘れ、ガチャガチャと喧しい音を立てて私は飛びかかろうと必死にもがく。



「さ、俺は戻るとするよ。せいぜい己の無力を痛感してくれよ、黒軍服」

「待てッッ!!殺すッ!殺してやる!!この手で、必ずこの手で!!」



格納庫の扉が開かれ、提督は何事もなかったかのように見張りに挨拶をして、去っていった。格納庫にたった一人、暴れ回る怒りのままに喚き、もがき、そして哭いた。










何故だ。


何故、理不尽がまかり通ってしまうのだ。


私に力があれば……この鎖も、この理不尽を、彼女らの不幸を断ち切る力があれば……。


なんでもいい。誰か、誰か力をくれ!!誰にも何者にも負けない力を!そのためなら、私はこの命も惜しくない!だから、だからどうか………。



「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………おい」

『なんだ?』

「力を、貸せ」

『………いいのか?それは私に、お前の全てを差し出すということだぞ?』

「構わん。私は、理不尽を絶つことができるのなら………お前に、修羅に全てを委ねよう」

『…………そうか』



なら、わたシが、他ならぬワタしのねガいを叶えよウ



 








[同時刻]

〈○△鎮守府 食堂〉


艦娘たちは、黒軍服の正体に関しての疑念こそあったが、なんとか宮本の死から立ち直れるようになっていた。戦場ではそれこそ死は付き物であるが、彼女らにとって初めてのことであったので、ショックが大きかったのだ。しかし、どんな頑強な建物であっても時が経てば風化するように、そのショックも薄れていき、そのことで毎日心を痛めることもなくなっていた。


早い話、割り切ったのだ。どれだけ何を考えても、彼は戻ってこない以上ぐずぐずしている場合ではない。自分たちにできることをするだけだと。だから黒崎提督もまた、そんな彼女らの変化を見てだんだんとその話をするのをやめるようになった。至って普通の、なんの衝突もないやり取りをするようになった。


「隣」

「ん?」

「座ってもいいか」

「ん」


珍しく長門が食事中に話しかけてきた。いや、会話すること自体は珍しくないが殆ど事務的な、執務室でのやり取りだけだったので、こういうことは新鮮な体験であった。黒崎はうなづくと少しトレーを寄せてやった。


自分よりほんの少し背丈が高い長門は、さらに姿勢まで良かったのでどうにも見下ろされている気がして、黒崎はほんのちょっと不満に思った。その上長門は、お節介にも忠告をしてきた。


「グリーンピース」

「ん?」

「残さず食わないと間宮に申し訳ないだろ」

「余計なお世話だ、長門くん」

「間宮はしっかりバランスを考えて料理を作っている。しかし一人一人の好き嫌いまでは判断できない。ならこちらが克服するのが道理だろう」

「嫌いなものを無理に食べることのどこが道理なんだね。嫌なことからは逃げるが良いのさ」

「……大の大人が、子供みたいに嫌いな食べ物を皿の端に寄せているのは、恥ずかしくないのか?」

「自分に嘘をつくよりは良いよ」

「ああ言えばこう言う、だな」

「………」


黒崎はフォークで丁寧に取り除いたグリーンピースを見て、それから長門を見た。呆れたような目でこちらを見ている。どうにもきまり悪くなって、一つだけ口に運んだ。苦い上に食感も悪い。何が良いのか分からない、そう思った。


「マズ」

「思っても口に出すな。間宮が聞いていたら悲しむだろ」

「確かに、そこは気を使ったほうがいいか」

「当然だ」

「………それにしても」

「ん?」


深夜手前という時間帯、消灯まで残りわずかではあるが、艦娘は20人ほどいる。みなこちらを見向きもせず、当然のことのように思っている。こうして艦娘と僕が普通に話していることを。黒崎提督は、周囲と自分が馴染み始めていることに少し驚いていた。


「君から話しかけてくるなんて珍しい」

「気まぐれだ」

「ふーん、そうか」

「そうだな……強いて言うなら、あなたのように好き嫌いをするのは、良くないと思ったからだ」

「さいですか……」

「私たちは以前そうしなかった。だからひどく後悔したし、今もしている。だが次は間違えない」

「……」

「嫌いなものも何度も挑戦すればきっと好きになれる。そうでなくても苦手にはならなくと済む。彼はそれを伝えようとしていたのかもしれない。今頃になって、そんなことを思えるようになった」

「……ま、ちょっとはマシになったか」

「え?」


黒崎は皿を持つと、残っていたグリーンピースを一気に口に流し込んだ。そして口の中の気色悪さを堪えながら、苦味と食感を味わって、そして飲み込んだ。


「お、おい」

「……あーしんど」

「なんで食べたんだ?」

「僕が何もしないのはどうにもね」

「……ふふ、そんなものか」


長門が少し笑った。黒崎にとっては初めてみる笑顔であった。


「(これが君の望んだ艦娘との関係なのかな……宮本くん)ごちそうさま。口にまだ味が残ってるから、さっさと歯磨きするとしよう」

「そうか。では」

「ああ。ええとじゃあ食器を戻しt」



ガッシャァン!!



「「!?」」

「ああっ、すみません!」

「大丈夫ですか、間宮さん!?」

「大丈夫でーす!ちょっとお皿割っちゃっただけですから!」

「……珍しいな」

「まあ誰にでも不注意はあるよ」


慌てて箒と塵取りを持って皿を片付け始める間宮を尻目に、黒崎は所定の場所に皿とトレーを置いた。グリーンピースの嫌な苦味と、けたたましい皿の割れる音を反芻しながら……。










[次の日 正午]

〈南西諸島統括鎮守府 格納庫〉


南西鎮守府提督は輸送のための軍用車と軍人たちを迎えた後、揚々と格納庫を向かった。曇に覆われお天道様は見えないが、まるで快晴のアルプス山脈の麓にいるかのような胸がスッとする心待ちであった。


北方鎮守府を滅ぼした強敵を自分の艦娘が捕らえた。輸送が完了すればこの業績は高く評価され、昇格は間違いないだろう。各鎮守府の管理を提督に一任している以上、給与は位によって変動する。上にいけばいくほど金が増えるという仕組みだ。さらに提督は兵士ではない。艦娘の管理と指揮、そしてちょっとばかりキツい事務を、安全な執務室での行えばいいだけなのだ。軍人ではあるがそこらのサラリーマンよりずっと割りに合う仕事だろう。


南西諸島提督は出世欲が強い男ではないが、懐が暖まるのを嫌いな男ではなかった。佐藤中将に資源の密売を勧めたのも、長期的には自分が戦績を上げ昇格した時の利益を見込んでのことだ。この世の中金ほど融通の効くものはない。彼は人々を守るという正義感よりも、自分の利益が増えることに満足を得る男であった。



「見張りご苦労」

「「はっ!」」

「今日で君たちの見張りの仕事は終わりだ。これからあれを輸送する。君達にはそれを手伝ってもらうぞ」

「了解しました!」

「兵装は既に準備完了しております!」

「うむ、では」


朝雲と山雲は快活に返事をした。見張りの仕事は前例のないことであったが、別に目覚ましいことがあるわけでもなくただ突っ立っているだけだったので、退屈から解放されるのが嬉しいのだろう。北方鎮守府を壊滅させた噂の深海棲艦といえども、大人しい限りは彼女らの神経を逆立てすることもなかった。



格納庫を開ける。鎖に縛られた黒軍服は深く項垂れていた。


「おはよう」

「…………」

「今日でいよいよ君を輸送する。少しの間だったが、ここがまた空になると思うと少し寂しいよ」

「………」

「既に輸送班が来ている。さ、二人とも、彼の足の鎖をはずしてあげなさい」

「はい」

「了解です」


二人は項垂れたままの男に近づいた。死んだように動かないから不気味ではあったが、しゃがみ込み、鎖を外している間すら反応がないのでいよいよ不思議であった。


「ん?」


鎖が絡まっている。互いが噛み合っているようになっていて、朝雲はそれを弄りながら山雲に声をかけた。


「山雲、少し手を貸して頂戴。ここ絡まってて」

「………」

「山雲?」


返事がないので手を止め山雲の方を見ると、彼女は一点を見つめたままぴくりとも動かなかった。訝しげにじっと眺めていた朝雲だったが、その異変の正体に気づいた瞬間絶叫した。


「や、山雲!!」

「!?」

「山雲、しっかり!」

「どうした!?何があった!?」


山雲の首にぐっぽりと穴が空いていたのだ。静かに溢れるように血が流れ、その呼吸も止まっていた。どさりと、肉の塊が落ちたように倒れ込むと、さらに朝雲の動揺は大きくなった。


「山雲!山雲!!」

「朝雲!早く離れろ!」

「何言ってるんですか!?山雲が今…」

「いいから来るんだ!そこはまずい!」

「え」


振り向こうとして、首が動かなかった。違和感を感じて声を出そうとしても出なかった。どころか息を吸うことも吐くこともできない。鎖骨あたりに液体の感触がする。冷や汗だと思い手で拭うと、想像より遥かに多量の液体で、手は真っ赤に染まっていた。


「……!!………!?」

「朝雲!!」


朝雲の意識は、その提督の声を最後に途絶えた。無力な人間ただ一人となった彼は、ただ目の前の惨状にたじろぐばかりである。




「爪は」

「!」

「皮膚ではあるがその硬度は別格だ。そこらの下手な刃物と同じくらいには硬く、切れ味もいい。人間の力でも柔肌を切り裂くことができるほどにな」

「お、お前……」

「中指の爪先から順に、喉に指を刺しこんでいく。第三関節まで入れるくらいになると既に指先まで貫通している。最も、至近距離にいて初めてできる技だがな」

「くっ……!」


格納庫の入り口付近にある緊急ブザーを押す。喧しいサイレンが鎮守府中に響き渡った。


「これですぐに艦娘がここに来る。お前はもう終わりだ。そこの二人の姿を見れば、皆がお前を殺しにかかるだろう」

「ここにわざわざ集まってくれるならそれで結構。鎮守府中を歩き回って一人一人潰していくのは骨が折れる。それに、たとえ私に勝ち目がなくとも今お前を殺すことくらいはできる」

「確かにな……。しかし、その鎖をよく断ったものだ」

「造作ない。少しばかり頑丈に作ったようだが、今の私にとってはないものと同じだ」


しゃがみ込み、足の鎖も引きちぎると、いよいよ黒軍服は自由の身となり、少し伸びをして悠々と歩き始めた。


「さて貴様のこれからについてだが……」

「動くなッ!」ガチャ

「……………その下らない武器で何をするつもりだ?」

「生憎特製だ。艦娘や深海棲艦相手でも少し動けなくするくらいの威力はある」

「…………その艦娘なら今徒手によって倒されたが?」

「くっ………」

「まあいい」

「!?」


銃口を向けている提督に向かって、黒軍服はズンズン歩み寄り、そして額のど真ん中に銃口を当ててやって言った。


「さあ、撃て」

「え」

「撃てよ。その銃の威力、すごいんだろ」

「…………ああ、ああ撃ってやるとも、撃ってやるともさ!脳味噌ぶち撒けろッ!!」


バガッン!!


「痛ッ!?」

「………」


引き金を躊躇いなく引くと、何故か銃が破裂した。握っていた右手はその衝撃をもろにくらい、たまらず提督は痛みに膝をついた。


「銃弾が出たと同時に額で反射、銃弾はそのまま戻っていき、銃身の方が崩壊した。ご自慢の威力もこの程度、さらに銃そのものも使えなくなってしまったな」

「(ゼロ距離だぞ……!?この耐久力は……)お前、その力は一体……」

「枷が外れただけだ」

「枷……?」


提督はその瞬間、鳩尾に違和感を感じた。違和感はジワジワと不快感へ、痒みへ、痛みへ、そして苦しみへと変わっていった。見ると、黒軍服の肘が鳩尾から生えていた。いや、この言い方はおかしい。肘の辺りまで腕が体を貫いていた。


「ゴブッ………!?」

「お前と話すことは何もない。お前がトリガーになったのは間違い無いが、もうどうでもいい」

「ば、ばがなッ………」








〈同鎮守府 廊下〉


『敵勢力の侵入を確認。非戦闘員は退避。艦娘及び戦闘員は武装し、敵勢力を排除せよ。繰り返す』

「Iowa!」

「敵勢力はどこから!?」

「Janusたちからの報告は無いわ!周辺海域には敵は確認できない!」

「既に館内に!?Intrepid!」

「みんな武装は完了してるわ。全員で探してる」

「敵が確認でき次第全員で叩くわよ!提督は?」

「格納庫に行ったって話よ」

「格納庫…………まさかっ!?」


南西諸島海域統括鎮守府設立以来はじめての敵勢力の侵入である。当然艦娘たちはこういう事態に対応できるだけの訓練はしているが、いもしない敵に対する訓練は緊張感のあるものではなく、形式的であった。しかし今回は実戦である。開けた海ではなく遮蔽物の多い館内。その上陣形も取れない。


提督が格納庫に行ったということは最悪だ。指示を仰ぐどころか、最初の犠牲者になっている可能性もある。



コツ


「「「!?」」」


コツコツコツコツ……


「海風、Intrepid」

「分かってる」

「準備はできてます」


コツコツコッ!



曲がり角から足音が段々と近づいてくる。そしてとうとうその姿が見えようかというときに、突然止まった。


「(………何故………)」

「(なぜ来ない………)」

「(その姿が見えた瞬間即、撃つ。早く来い)」


しかしいつまで経っても動く気配はなかった。10秒か、30秒か、それとも1分か、焦ったくなった海風がおもむろに進み始めた。


「海風ちゃん!」

「このまま動かないつもりなら、こっちから仕掛けます。私が引き寄せますから、姿が見えたら撃ってください」

「で、でも」

「Intrepid、ここは彼女の提案に乗りましょう。どの道戦わないといけないわ」

「……了解」


海風は足跡を立てぬよう、抜き足差し足で進む。壁に沿って、だんだんと角へと距離を詰め、彼女を追尾するようにIowaたちは砲身を向けた。


そして息を整え、意を決して踏み込もうとしたとき、壁が急に爆発した。


「きゃあああ!!」

「くっ……二人とも大丈夫!?」

「だ、大丈夫です!そっちは!?」

「私はなんとか、Intrepid、あなたは」


大丈夫なの、と聞こうとしたとき、目に飛び込んできたのは宙ぶらりんの彼女の姿と、首根っこを掴んで冷たい視線を向ける黒軍服の姿だった。


「な、な」

「Intrepidさん!」

「…………………」


Iowaは距離を取り、砲身を構えるがIntrepidを盾にしていて即座に撃つことはできなかった。憎しみの視線で黒軍服を睨むと、黒軍服がIntrepidの首を締める力がさらに強くなった。


「や、やめなさい!その手を離せ!」

「…………ここの壁は脆いな」

「は………?」

「あ、Iowaさん、それ!」

「え?」


海風が指差す方向を見ると、そこは、人一人分の大穴が空いた壁があった。


「(ま、まさか、足音が止んだ時点で向こう側の壁を壊して、私たちの位置の壁まで移動した!?そんなめちゃくちゃな………)」

「陸地は海とは違う」

「「!」」

「陣形も索敵もない。奇襲も不意打ちも当たり前だ。お前たちのように正面切った戦いはまず起こらず、いつだって突然だ」

「うぅっ……」

「Intrepid!」

「あ、持ち上げたままだったな。悪い悪い」


グギッ!


「」

「」

「さて、と」


首から鈍い音がして、それからぴくりとも動かなくなったIntrepidは、黒軍服が手を離すと壊れた人形のように落ちて倒れた。目に光はなく、口からはよだれが垂れている。


海風は悲鳴を上げた。ただ顔を押さえて、目を背けている。一方でIowaは声も上げず、代わりに鬼の形相で至近距離砲撃を敢行した。



ドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッ!!



一頻り打ち込むと、Iowaは息を大きく吸い込み再装填を始めた。既に煙で前など見えないが、今の彼女はもう何も見えていなかった。潤んだ視界は、憎しみで一杯だった。


「許さない………絶対に許さない………!!」



ガチャリ

ドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッ!!


「あ、Iowaさん……」

「はぁ、はぁ、はぁ」ガチャガチャ

「あ、Iowaさん!もうやめてください!」

「離してッ!」

「きゃあ!!」

「!……あなた、Jervis!?」

「わ、私だけじゃないです。龍驤さんと、朝霜さんも」

「悲鳴を聞いて飛んで来たんや。これは…」

「Intrepidさん!?何があったんだい、Iowaさん」

「………説明は後。朝霜はIntrepidを安全なところへ。龍驤は海風をお願い。Jervis、いけるわね?」

「勿論です。Iowaさん、とにかくここじゃあ視界が悪すぎます。少し距離を取りましょう」

「海風ちゃん、ほら行くで」

「ひでぇ、首が折れてる……。でも脈は微かにあるな。急げば間に合うってこった」


敵の動く気配もないため、Iowaたちは十分に警戒しながら屋外へと移動した。








〈同鎮守府 母港〉


「Iowaさん!」

「みんな!無事だったの!?」

「館内で闇雲に探すのは無謀だと判断し、一時的に屋外に避難していました。まだ来ていない艦娘も多いですが………」

「いい判断よ。あれを相手に屋内で戦うのは分が悪いわ。私もJervisとそう判断したの。それより、Intrepidが………」

「Intrepidさん!くそっ、どんどん脈が弱くなってる」

「夕張はいるかしら?」

「いえ、ここにはいません。まだ館内にいると思います」



その時、大きな爆発が起こった。爆音と共に鎮守府一階の一部から黒煙と火が湧き上がる。



「誰か戦ってる………?」

「Iowaさん、援護に向かいましょう!」

「そうね。今のあいつはここに来る前とは全くベツモノ。下手にかかれば返り討ちに遭う。みんなはここに残って、逃げてきた艦娘がいたら助けてあげて。もし敵がここにきたら、とにかく海に逃げて」

「で、でもIowaさんは……」

「私たちも勿論逃げるわ。艦娘たちを助けて、提督を見つけてからね」

「!………分かりました。お気をつけて!」


爆炎がさらに大きく上がった。IowaとJervisは燃え盛る鎮守府館内へと駆け出して行った。









〈同鎮守府 館内 食堂付近〉


煙が上がっているところを見ると、食堂はみるも無残な瓦礫の山となっていた。厨房もテーブルも破壊し尽くされ、あの賑わっていた談笑の場は戦場の跡となっていた。


「国後!択捉!」


瓦礫のそばで倒れている二人を見つけると、Iowaはすかさず駆け寄った。


身体中すり傷だらけだが、命に関わるような重傷はなかった。国後は気を失っているが、択捉には意識があった。


「うぅ……」

「択捉!しっかり!」

「しっかりして!択捉ちゃん!」

「あ、Iowaさん………Jervisちゃん……」

「もう大丈夫よ。二人と今助けるから」

「が、瓦礫のした……」

「え?」

「神鷹さんが………」

「わ、分かったわ!Jervis!」

「はい!手分けして探しましょう」


いつ敵が来るとも分からない状況で、二人は慎重に瓦礫どかしていった。人間なら持てない重さの瓦礫でも艦娘なら悠々と持ち上げることができる。しかし、国後たち以上の傷を負っているならそれも厳しい。外に瓦礫を次々と出していった。


「あ、い、いました!」

「どこ!?」

「ここです!神鷹さん、聞こえますか!?」

「くっ……頭から血を流してる。早くみんなのところに運ばないと」

「行きましょう!私が神鷹さんを、Iowaは国後さんと択捉さんを!」

「分かったわ」



Iowaは意識のある国後を背負い、択捉を腕に抱いた。Jervisも同様に神鷹を背負い、二人は一度屋外へ避難した。



しかしその時、


ッッッッッドゴゴゴォォォォォォォォォォン!!!


「いやあああああああああああああっっ!!」

「「!?」」



遠くの方で大きな爆発、そしてIowaたちの耳にもしっかりと聞こえるほどの絶叫が響き渡った。巨大な火球があらわれたかと思うと爆風と破片が四方に爆散し、黒煙が真上に立ち昇った。


規模から見て、おそらく弾薬や燃料を保管していた倉庫が爆発したのだろう。しかしIowaさんたちにとっては、巨大な爆発よりも断末魔の方が強く耳に残った。


「あ、あ、Iowaさん」

「……………………………行くわよ」

「でも、Iowaさん、今、だれか」

「行くのよ!」

「!?」

「今はこの3人が優先!悔しいけどあっちに行っても助けられないわ」

「………」








[同時刻]


「いやああああああああああああああああっっ!!」


大爆発と共に、NelsonとGotlandは目の前でJohnstonが吹き飛んで行くのを見た。爆風には二人も巻き込まれ、口の中に粉塵が入ったのを必死に吐き出したながら、爆煙に満ちた視界の中を必死に探した。


「shit!ゴホッ、Gotland!Johnston!」

「Nelson!」

「Gotland!?無事なのね!」

「ええ。でもJohnstonちゃんは……?」

「分からないわ。痛っ!?」

「Nelson!?」

「あ、足が折れてるみたい………。ドジってやつね」

「Nelsonはそこにいて。私が探してくるわ」

「だめよ!一人でなんて!まだ奴がそばにいるはず」

「その通り」

「「!?」」



ベキャッッ!



「ッ!?あああああああああああああああっっ!!」

「Nelson!」

「片足がおかしな方向に曲がっていたのでね、もう一方も揃えてやった。まるで関節がもう一つあるかのような折れ方だな」

「な、なんてことを……」

「うぐっっ……」

「さて残るは君一人だが……」

「一人……?Johnstonはどうしたの!?」

「………そこに転がっているやつか?」

「え?」


黒軍服の視線の先には、仰向けで倒れているJohnstonの姿があった。しかし彼女は左腕が既に失われており、左半身全体が黒く焼け焦げていた。


「Johnston!」

「くっ……」


Gotlandは側に駆け寄り、必死に何度も名前を呼びかけるが彼女は応答しない。首元に手をやると、彼女は顔を青くした。


「ほとんど脈がない……!このままじゃ……」

「死ぬ」

「!」

「このままじゃ死ぬ。全員死ぬ。焼け焦げた仲間と足が使えない仲間、そしてお前一人。出来ることは限られてくるが、助からないということは一貫している」



分かり切ったことだ。GotlandもNelsonも既に分かっていた。


黒軍服と接敵したのは15分ほど前。とるに足らない捕虜一人が逃げ出したとたかをくくって、悠然と館内を探索していたのも束の間、Johnstonが突然消えた。何があったのかすら分からず、辺りを探してみれば気を失ったJohnstonを引きずっている敵の姿を見つけた。追いかけていくと弾薬庫の前、Gotlandは放置されていた。意識を取り戻したGotlandに安堵する間もなく、Gotlandは「はやく逃げて」と息も絶え絶えに呟いた。意味を理解できないまま困惑していると、突然Gotlandは二人を突き飛ばした。尻餅をついて、たまらずJohnstonの方を見ると、目の前の弾薬の山が真っ赤になって視界いっぱいに広がっていた。


思えばこの時点で負けていたのだ。Johnstonが連れ去られた時点で、自分たちは罠にかかっていた。すぐに殺さずにわざわざこんなところにまでおびき寄せ、3人もろとも焼き殺そうと企んでいたのは、戦争という極限状態であっても非道なことである。しかし、非道も何も目の前のこの深海棲艦は悪魔のように残虐な存在だった。



「……Johnston、逃げよう」

「……………」

「Got……?」

「Johnston、早く逃げよう?みんなきっと助かる。私が貴方を担いで行くわ。だからきっと逃げきれる。だからJohnston」

「Got、何をして……」

「ねぇお願いよJohnston……目を開けて。またいつもみたいに笑って。起きてくれるだけでいいの。そしたらわたし……」

「何やってるのよGot、早く逃げなさい!」

「………愚かな」



死という絶対の終わりに直面し、Gotlandは冷静な判断能力を失ってしまった。起きることのない死にかけのJohnstonの身体を揺さぶり、涙を流している。


黒軍服はこの悲壮な光景には流石に顔を歪め、苦々しく吐き捨てるように言った。そして最後の一撃をGotlandに刺すべく、ゆっくりと近づいた。


「ねえ、Johnston」

「きっとお前に罪はないが」

「起きて……お願い……」

「恨むなよ、艦娘」



ガシッ



「Gotland!」

「!!」

「!?」

「何腑抜けてんのよ!さっさとJohnston担いで逃げなさい!」

「ね、Nelson………?」

「貴様……」


Nelsonはへし折れた脚を引きずって黒軍服の左足にしがみ付いていた。正気を失いかけていたGotlandも、痛みに耐えて必死に食い止めようとしている彼女の姿にハッとした。


「Nelson!」

「早く行きなさい!私はいいっ……からッ!」

「で、でもっ!」

「いいから!」


黒軍服はNelsonを振り解こうとしたが決して離れまいとしぶとくつかまっていた。動揺しながら見ていたGotlandだったが、Nelsonの腹部に黒軍服が蹴りを入れ、大きくむせて悶える彼女を見てようやく立ち上がった。


「そう……ゴホッ、それでいいの……」

「Nelson……」

「行きなさい!Johnstonを助けるのよ!ゴブッ!?」

「いい加減離れろこの死に損ないが………!」

「ッッ……!!」



Johnstonを担いだGotlandは涙ながらに敵に背を向けて走り出した。


「ふふふ………残念だったわね……」

「…………」

「私がここで死んでもみんながきっと意志を引き継いでくれる……。そしてきっとあなたを倒してくれる……」

「………」

「どうしたの……?仲間のためにこんなになってる私は、たった一人のあなたにとって、不可思議でしょうがないのかしら……?」

「……」



Nelsonは満足そうに手を離した。達成感のある笑みを浮かべて、これから訪れるであろう死を受け入れようとしていた。ほんの一瞬だけそれに対して怒りの表情を浮かべた黒軍服だったが、何を思いついたのか今度は微笑した。


「両足がへし折れてはいるが、まだ意識ははっきりしてるようだな」

「え………?」

「手間を省くためだ。お前には役に立ってもらうぞ」









[数分後]


「Gotちゃん!?」

「どないしたんや!」


煤で汚れたボロボロのGotlandと、死んだように動かないJohnstonと合流した龍驤たちは、二人を見るや否やすぐに高速修復材を使わせた。辛うじて数個だけ持ち出すことができたものだ。Johnstonの傷はたちまち回復したが、意識は未だ失ったままである。


数十人が集結していたが、Johnstonほどではないにしても損傷した艦娘が多くいた。戦闘続行は不可能と判断し命辛々退却してきたのだ。気を張っていたGotlandだったが、とうとう限界がきてその場に倒れ込む。


「Got!?」

「だ、大丈夫……。少し疲れただけ……」

「そ、そう。ゆっくり休みな」

「それより……Nelsonが……」

「Nelson?Nelsonがどうかしたんか!?」

「私たちを逃すために……囮に……」

「それは……………」


一度は止まった涙がまた止めどなく溢れ出てきた。大きく嗚咽を漏らすGotlandに、龍驤はかける言葉が見つからず、ただそっと背中をさすってやることしかできなかった。


「きっと生きてる。心配せんでええ」

「うぐっ……ひっぐっ………」

「(頼むで……Iowa……Jervis)」











[同時刻]


「………」

「………」


IowaとJervisは、延々と続く凄惨たる光景に沈黙し、ただ前に突き進んでいた。


先ほどの大爆発も含め、鎮守府は大半が崩壊しており、もはや瓦礫の下の捜索の余裕はない。敵がどこから来るのか、それだけに意識を集中させていた。銃声も悲鳴もめっきり聞こえなくなった。


提督が最後に目撃された格納庫へと続く道は瓦礫で塞がれており、格納庫自体も炎上していた。艦娘寮は既に全員が退避しているが半壊、大爆発を起こした弾薬庫と工廠は全壊。本館もいつ崩れてもおかしくないほどの損壊だ。


もう敵は去ったのかもしれないとも考えた。しかし、せめて提督の生死を確認しなければならない。歩ける場所を模索しながら、とりあえず格納庫を目的地として二人は進んだ。



そうしていると、一際目立つ残骸があった。何かの支柱の鉄骨部分だろうか。まるで墓標の様に突き立っている。遠くから見ているため、大体の形しか分からないが、そこまで細いわけではないようだ。


「……………」

「……………」


二人は黙って歩いていた。先ほどの墓標という表現をしたが、冗談抜きにここは下に死体が埋まっているかもしれない惨状だ。前進することは勿論、まだどこかに助けを求めている艦娘がいるかもしれないと考えると、下にも注意を向けなければならない。


ふと、先ほどの鉄骨を見た。近づき、輪郭がより明瞭に見えてきた。鉄骨の他に何かが付いているようだ。コンクリートが何かか。しかし、布のようなものが風に靡いている。カーテンのようなものが引っかかっているのかもしれない。或いは、髪の毛のようにも見えた。


「…………」

「…………」


また少し歩いた。もはや敵の存在を警戒してなどいなかった。生き残りを探すための単なる作業。身体はともかく、二人の精神は疲れ切っていた。


三度、鉄骨を見た。IowaとJervisは、鉄骨に引っかかっていた、というか括り付けられていた"それ"をすぐに"それ"だと分かったが、どう行動すべきか少しの間判断できず、ぼーっと二人で顔を見合わせた。もう一度見て、どことなく緊張が高まってきた。カレンダーを見て、やるべきことを自分が忘れてるんじゃないかと少しずつ疑い始めるように、ゆっくりと焦り始めた。


「……………あ……………」

「………………あ」

「あ…………れって………」

「あれ………は……………」



彼女らの疲弊と精神衰弱を差し引いても、やはり信じがたい姿だと思う。決して彼女たちを責めてはいけない。慌てふためく様子もなく、理解の及ばぬ芸術作品を見るような目で呆然と見ていた二人を責めてはいけない。誰だってすぐに反応できるものか。


ボロ雑巾のような姿になったNelsonだと、すぐに分かったとしても。



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SS好きの名無しさんから
2020-08-19 07:51:03

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