2014-12-12 00:55:11 更新

概要

新米艦娘綾波と小さな鎮守府の小さな物語。初めてSS書きます。ほぼ独自設定です。軍事とかの知識はほとんどないのでツッコミどころ満載です。忌憚のないご意見・ツッコミなど待ってます。
一応完結しました。


前書き

文章を書くって難しいですね。
設定ばかりが頭に浮かぶので何とか形にしようとしてみました。

シリアスな感じを出したかったけど拙い感じに。
よろしくお願いします。

戦闘シーンとか書こうと思ったんですが、戦術とか戦略とかもうさっぱりです。
ホントはちゃんと文章書ける人に私の設定で書いて欲しいというか、そういうのが読んでみたかったり。

ずっと書き忘れてましたが、皆さんもご存知の通り、海軍の兵隊は水兵さんです。海兵じゃないです。
なんとなく海兵の方が字面がカッコイイから、このSSでは海兵って言ってます。
英語もMarineじゃなくてNavyです。騙されないでくださいね。

校正もたぶん終わりました。とりあえず完成です。(おかしな部分見つけたらまた更新するかも)

ご意見や、ここが意味不明などコメント頂けたら嬉しいです。

ほんの少しだけラブコメ要素をいれるので、タグも追加しました。

ハーメルンにも転載します。

コメントありがとうございます!


>まあたしかに人が機械を動かそうとすれば攻殻機動隊みたいなサイボーグ化になるんだろうな。

まだ出せていない設定がありますが、そんなイメージです。メカメカしいのではなく生体部品を使ったサイボーグって感じです。
(追記)大体書ききりました。こんな設定、いかがでしょうか。

>しかし、面白くてはらはらして、次が楽しみになりますね~

ありがとうございます! こんな私なんかのSSに過分な評価、非常に恐縮です。
この未熟な文章を読んで面白いと感じられるのは、読み手の方の読解力や想像力が素晴らしいのだと思います。
拙い文章ですが今後もどうぞよろしくお願いします。

>面白すぎるんですけお!

ありがとうございます! 結末に向けて頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします!

>めっちゃおもしろい!

ありがとうございます! でもなんだか褒められすぎて怖くなってきました。なにかの陰謀ですか……?

>毎日、更新分を読むまで眠れない!

ありがとうございます。
なんとか終わりにたどり着きました。これで安眠が約束されましたね!

>無理は承知で続編とか外伝を希望!
綾波の未来、吹雪の過去とか色々気になって仕方がありません
隠しているであろう引き出しの中を見せて下さい!

もっと読みたいと言ってもらえるのは大変光栄で、このコメントを胸に、残りの人生を生きていけそうです。
ですが、たぶん続きを書いても面白くはならないと思います。ごめんなさい。
日常的な細かいエピソードくらいならなんとか書けなくもないかもしれません。(ネタが思いつけば)


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter00: プロローグ]


部屋の中心には少女が座っている。

軍服を着た男が少女を見据えている。


「では確認する」

軍服姿の男が言う。


「君には新式海兵転換処置の適性がある。

 しかし、適合する確率はおよそ10%弱。

 適合しなければ日常生活は困難になるか、悪ければ死ぬ。

 それでも新式海兵転換処置を受けるかね?」


「はい」


少女の目には強い決意の色が見て取れた。

軍服姿の男は淡々と続ける。


「適合の可否にかかわらず、軍からは謝礼金が支払われ、

 失敗の際には十分な遺族年金が支払われる。

 受取人は……ご両親だね?」


「……いいえ。

 父は既に南方で戦死しております。

 お金は母にお願いします。」


「失礼。そうしよう。

 では、処置が成功した際、君は今の記憶を、

 ご家族の記憶も失う可能性がある。

 それでも新式海兵転換処置を受けるかね?」


「……はい」

と、少女は一瞬の逡巡をした後、そう答えた。


軍服姿の男は手元のいくつかの書類に目を通しながら、

「……よろしい。

 必要書類は志願書、遺書、親権者の承諾書、全て揃っている。

 ほかに何かあるかね?」

と、続けた。


「いいえ。

 ……あ、いえ、何でもありません」


「何だね?

 最期となるかもしれない。

 言っておくと良い」


軍服姿の男の表情は変わらないが、声は幾分か優しく聞こえる。


「……

 私がダメだったときでも、母に私は大丈夫だと伝えてください」


「承諾書には――いや、わかった。そう伝えよう」



「……弟に。

 来週誕生日の3番目の弟に、サッカーボールと靴を贈ってください。

 欲しがっていたんです」


と言いながら、少女は笑顔を浮かべた。

それをみて軍服姿の男の眉が微かに動いたが、また元の無表情に戻った。


「……わかった。

 他にはないか?」


少女はしばらく考えてから

「いえ、ありません」

と返した。


「そうか。

 では新式海兵転換処置は3日後に行う。

 以上だ。

 勇気ある決断を感謝する」



「ありがとうございます。

 失礼します。

 兵隊さんもお元気で」



少女は席を立ち、静かに扉を開け、退室した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter01: 配属]



少女は大きな扉の前に立っている。

黒いさらりとした髪を右側で一つに束ねた、田舎のにおいを感じさせる少女だ。

セーラー服に身を包んだその背中には少女に似つかわしくない大きな鉄の塊を背負っている。


表情には新しい場所への希望と緊張が浮かんでいた。


「ここが提督執務室……」

確認するように呟いて、ひとつ胸いっぱいに深呼吸をする。


意を決してドアをノック。

しようとしたところで、手が止まった。


扉の向こうから男女の声が聞こえる。

少女の顔は困惑に変わった。


「ちょっと提督……ダメクマ……人が来ちゃうクマ……」

「誰も来やしないさ……ほらこっちを見て……」

「もう……そろそろ新しい艦が来る時間クマ……」


扉を挟んで聴こえてくる桃色の声に少女は耳まで赤くなって硬直している。

(これって、そういうことなんですか……!?)


少女は左右をキョロと見回し、誰もいないことを確認すると、

押し寄せる好奇心には勝てないと、鍵穴を覗こうと身をかがめる。


ゴン! ゴン!


屈んだ拍子に背負った大きな鉄の塊が扉をノックしてしまう。


「なんだ?」


ドアの向こうから少し焦ったような男の声が聞こえる。


少女はバツの悪そうな顔をしたあと、


「失礼します! 本日付で当鎮守府に配属になった特型駆逐艦、綾波です!」

と、扉に向けて敬礼と共に名乗りを上げる。


「……よし、入れ」


がたがたという物音がした後、少しの間を置いて、ドアの中から招かれた。

恐る恐る綾波と名乗った少女は扉を開け、室内に足を運ぶ。


広い部屋に提督用の高価そうな机と秘書艦用の机、作戦会議用のものと思われる大机が配置されている。

派手すぎない程度の洋装が、落ち着いた雰囲気を醸し出す。

大きな窓は厚手の防爆仕様になっていて、柔らかい日の光が差し込んでいる。

香が焚かれているのか、部屋は仄かな優しい香りに満たされていた。


椅子に座った将校の軍服を纏った男性と、

背中を向けて襟を直している綾波と名乗る少女よりわずかに年長に見える少女の姿があった。


「本日付で当鎮守府に配属になった特型駆逐艦、綾波です」

背筋を伸ばして再度敬礼と名乗りを将校に向けて行った。


「話は聞いているクマ。海軍特殊兵学校では真面目で優良だったそうクマね。

 球磨は球磨だクマ。よろしくクマ」

と襟を正した少女は名乗った。

柔らかそうな長い栗毛と、あどけなさが残る丸い茶色の瞳が印象的な少女だ。


変わった話し方をするなと綾波は思ったが、顔に出さないように努めた。


「……ん? 提督?」

クマと名乗った少女は将校を訝しげに見つめる。

提督と呼ばれた将校は明らかに驚きの表情を浮かべ、隠そうともしていなかった。


「どうしたクマ?

 あ、また書類に目を通してなかったクマ?」

「あ、ああ、いや大丈夫。そうか、綾波……だったな。励むように」


綾波は提督に声をかけられて感激していた。

それゆえに違和感に気づかなかった。


海軍特殊兵学校では提督を尊重し敬うための思想教育を叩き込まれるため、

綾波ら少女は提督に対し、物語の主人公への憧れにも似た感情を抱くのが普通だった。


「球磨。吹雪に鎮守府の案内をするように伝えろ。綾波も連れて行け」

提督は球磨に対し命令を下す。


「球磨、拝命したクマ。さぁ、綾波さん」

綾波は球磨と連れられて部屋を後にした。


一人残った提督は椅子の背もたれに思い切り寄りかかり、

「こんなことに」

と深い溜息と共に呟いた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter02: 吹雪]




「ここが吹雪さんがいる指導官室クマ。

 失礼の無いようにするクマ」


駆逐艦吹雪。

綾波は兵学校でその名前を聞いたことがあった。

大きな作戦の際、味方艦が次々と大破させられていく中、

敵の猛烈な砲撃をかいくぐり、ただの一撃で戦姫を轟沈せしめ、味方を勝利に導いたという。

その他にも多くの武勇伝がある駆逐艦。


士気高揚のために話に尾ひれがついているのだろうと思いつつも、

駆逐艦たちはその話に憧れを抱かざるを得なかった。


球磨がノックのあと、「失礼するクマ。球磨だクマ」と言いながら扉を開けた。

心なしか、球磨も少し緊張しているようだ。

綾波は自然とぎゅっと背筋に力が入った。


指導官室は提督執務室ほどではないが大きな部屋だ。

違いといえば、先ほどの部屋で嗅いだ印象的な香りがないことと、

内装が少女のものと伺える、明るい華やかな色合いになっていた。


「お疲れ様です。どうしましたか?

 あ!新しい仲間みたいですね?」


そこにいたのは、綾波の想像とは違ってごく普通の少女だった。

艦娘は年を取らないが、見た目は年の頃も綾波と同じくらいに見える。

ただ、瞳の奥がまるで深海の暗闇のようだと綾波は思った。


「はい、特型駆逐艦 綾波です。本日付で鎮守府に配属になりました」

と、敬礼をして名乗る。


「提督からの指令だクマ。綾波を案内するように、ということクマー」


「はい、わかりました! 球磨さんは執務室に戻って大丈夫ですよ」


それではと言いながら、球磨は退室した。

残された綾波は大先輩を前に萎縮気味だ。


「それではどこまで訊いてますか?」

吹雪が綾波に問いかけるも、綾波は何もわからないという反応を返した。


「全くもう……司令官ったら。それじゃ一から話しますね」

やれやれとコホンと咳払いをしてから吹雪は真面目な顔で向き直った。


「本艦は海軍上級新式海兵 吹雪。指導官として海軍少佐待遇を頂いています。

 貴艦、綾波には海軍下級新式海兵として海軍准尉待遇が与えられます。

 なお貴艦は初出撃後、母港帰還を以て海軍少尉待遇とされます。

 海軍規則に則り、人類のため、司令官のため命を賭して働いてください」


艦娘は正式には兵ではなく兵器であるため、待遇という形で権限が与えられる。

海軍兵学校での教育を受けており、且つ整備員や乗員への指示を円滑にするために

尉官待遇とするのが慣例となっている。

佐官待遇である吹雪は特例であり、

指導する立場上また、戦功を考慮されて権限を限定された佐官待遇となっている。



「とまぁ堅苦しい話はこれくらいにして」

吹雪は表情を崩して笑顔を見せる。


「艦娘同士はあまり階級などは気にしないのが通例です。

 一応書類上とか、外向けにこういうのが必要っていうことみたいです。

 ここで働いている人たちは階級では下の人がほとんどですけど、

 綾波さんより先輩ですから、その辺は配慮してあげて下さいね」


綾波が返事をするのを待ってから、

「では施設の案内しますね」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter03: 案内 ]



綾波は鎮守府施設を歩きながら吹雪の説明を受けていた。

傍から見ると同年代の女の子同士が話しているように見える。


「艦娘は全重が200kgを超えるのが普通です。通路はできるだけ指定された通路を利用してくださいね。

 綾波さんは何kgなんですか?」


「えと、体重123kg、全重で165kgです」


「あ、結構軽いんですね。もう少し食べたほうがいいですよ。

 ここが、艦娘用の水飲み場です。海水を電気透析法で淡水化させてます。

 艦娘は海水由来の水じゃないとダメですからね。兵学校は希釈した海水ですから、

 それに比べてここの水は美味しいですよ」


吹雪は手にとったコップに水を注いで、綾波に渡す。

綾波はおずおずと受け取って、コップに口をつけると一気に飲み干してしまった。


「はぁー美味しいですねぇー」

綾波はしばらくぶりの真水に感動さえ覚えた。

多少の塩分過多程度で艦娘に影響はないが、味は別だ。


「でしょう? 食事もよくなるので随分ましになりますよ。

 あ、ただし水を作るのに電力を使うので、無駄遣いはダメです。

 飲用以外の生活用水はふつうの水を使ってくださいね」



「私たち用のトイレはここ。北側にもう一つあります。

 人用の洋式トイレは重さで壊れちゃうので原則使用禁止です。

 生理用品は配給の備蓄がありますけど、あんまり質はよくないので、

 肌に合わなかったら自費で買ってください。

 西側の……そう、あの建物に購買があります。私もそこで買ってますよ」



「そしてここが綾波さんたちの兵舎です。基本的に設備は共同ですから、譲り合って使ってください。

 それと重要なのが、掃除はしっかりやること!

 施設の汚れは心の汚れです! 時々監視に来ますからね!」


兵舎内のロビーに入ると2人の艦娘たちがくつろいでいた。

「あ、吹雪さん! おはようございます!」

「なんや、新しい娘か? 補助付きか」


カチューシャを付けた茶髪の元気のいい少女は白露。

関西弁の黒髪の娘は黒潮と名乗った。

二人は興味深げに綾波を見る。


「うちの鎮守府は輸送と哨戒が主任務なので実際のところ結構暇なんですよ」

と吹雪は綾波にそっと教えた。


「特型駆逐艦 綾波です。今日からよろしくお願いします」


「よろしくな。補助付き」

「よろしくね! 綾波ちゃんの部屋は105だよ。私は111で1番が三つだよ!」


「綾波さんの船は明日進水式を行います。今日は部屋の掃除と周辺の準備だけしてください。

 一緒に出撃することはないですけど、今日からよろしくお願いしますね」

吹雪はそう告げると、兵舎を後にした。


黒潮と名乗った少女は綾波に近づいて、

「うちの鎮守府はまだ艦が少ないからな。補助付きなんかでも個室がもらえるんやで。

 ま、うちは兵学校時代に平常時艤装解除許可もらえたからな」

と、からかうような口調で綾波に絡んできたが、生まれ持っての性格なのか

特に気にした素振りも見せずのほほんとしていた。



綾波が105号室の新しい自室に入ると、狭い部屋に備え付きの小さな机と、二段ベッド2つが出迎えてくれた。

今までと違う初めての環境に期待を込めながら深呼吸をする。

さすがに誰もいない部屋は埃のにおいがしたがそれさえも芳しく思えた。


持っていた小さな使い古された鞄からわずかな私物を取り出す。

教練書や、筆記用具。わずかな下着類。

その拍子に一枚の紙がひらりと落ちた。


綾波と何人かの人間が写っている写真だ。

「全然覚えてないけど、何故か捨てられない。大事な写真なのかな……」


自分と、見覚えのない顔が笑っている写真を手にとって机に置いた。

写真の裏には“絶対忘れるな!”と書かれていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter04: 進水式 ]



綾波が鎮守府に配属になった翌日。

軍港には造船台に乗った真新しい軍艦の姿があった。

駆逐艦綾波、その船体である。

艦娘の人型は甲体、船型は乙体と呼ばれ、二つで一つとなっている。

甲体は脳であり、乙体は手足にあたる。


乙体中枢室。艦娘甲体を格納する最も重要な部屋であり、

厚い鉄の壁で最も強固に守られた部屋である。

ここで説明を受けている吹雪と綾波の姿があった。


「主神経はこちら、こちらに格納されているものは……」


綾波が兵学校でやってきたものと基本的に同じ構造なので、確認程度の内容だった。


「どうですか? もう一つの自分が来た気分は?」

吹雪が綾波に問いかけた。


「うれしいですけど、なんだかまだ実感が湧きません……」

「接続してみれば間違いなく綾波さんの自身だって感じられますよ」



一通りの説明を受け、試験接続に入る。


船の外には提督や非番の艦娘、鎮守府の海兵たちが集まっている。


「綾波甲体、第1から第14までの艤装神経配線接続します」

綾波は中枢室の中心にある椅子にゆったりと腰を下ろし、

艤装に神経配線を繋いでいく。


「綾波甲体、第1から第14までの艤装神経配線接続を確認」

一つ一つの作業を発声しながら確認する。


最後に直径8cm程の太い配線を手に取った。

配線の先には長さ5cmほどの針のような端子が付いている。

「綾波甲体、主神経接続します」

綾波は後頭部の髪を少しずらすと、その下には穴があいていた。

穴に針のような端子を合わせ、ズッと差し込む。


「うっ……」


綾波の眉間に少し力が入る。

「綾波甲体、主神経接続を確認。続いて綾波甲体、乙体との接続に入ります」


そう言うと、綾波の四肢は力なくだらりと落ち、眠ったように頭を垂れた。


接続を開始した綾波は乙体自身になり、綾波の認識下での乙体と甲体の境界がなくなっていく。

(これは艦の外の風景……感覚が鋭利に流れ込んでくる……!

 兵学校の練習艦とは比ならない……!

 私は船……駆逐艦綾波……あぁ、気持ちが良い………)


「綾波さん?」

接続作業がわずかに停滞したことで、吹雪が椅子に力なくもたれている綾波に声をかける。


「……」


綾波からの反応はない。

吹雪は軽くため息をついたあと、綾波のそばに近づいて見下ろす。


「行きますよ!」

拳を作ると、綾波のやわらかそうな頬を強かに打ち据えた。

力の抜けていた綾波の四肢がビクリと震え、接続された配線がガシャリと音を立てる。


中枢室の空気が凍る。

「綾波さん! 何をしているんですか! 快感に飲まれている場合じゃないんですよ!」

吹雪が一喝した。


「……」


「……すみません。視界、問題なし。聴音、問題なし」

綾波の口からではなく、室内に設置されているスピーカーから言葉が発せられた。

「発声、問題なし」


「綾波、接続を完了」


同時に船の外のスピーカーでも同様の声が発せられ、外の兵たちや艦娘から拍手が起こった。


提督が一歩前に出て、銀の斧で支綱を切断すると、ワインボトルが勢いよく船体に叩きつけられ、

綾波乙体はゆっくり造船台から進水台を滑り、水面へと入った。

先程よりも大きい拍手が巻き起こる。



その後進水式は滞りなく進んでいき。


「綾波甲体、乙体との接続を解除します」

と言ったあと、ゆっくりと瞼を開けた。


「……主神経を切断します……うぅっ」

手を持ち上げて後頭部の配線を抜こうとするが、手に力が入らないらしく手こずっている。

ようやく外すことができたので、体を上げようとするが、


「あ、あれ……? 体が……」

綾波は椅子から転げ落ち、床に叩きつけられる。


「早く起き上がって配線を切断してください」

床にイモムシのように転がっている綾波に対し、驚いた様子もなく吹雪が言い放つ。


「か、体が上手く動きません……」

いつもと違う身体の不調に綾波は困惑の表情を浮かべる。


「知っています。初めての実戦艦との接続で体性神経系と第三神経系が混乱しているだけです。

 早く起き上がってください。司令官もお待ちです」


「……はい」

綾波は返事はするものの、体は全く言うことを聞かない。

焦りばかりが綾波を支配する。


「甘えてないで立ちなさい! ここは兵学校などではありませんよ!」

吹雪が怒鳴りつける。


必死に力を入れて、無理やり体に言うことを聞かせようとする。


少しずつ、時間はかかりながら体を起こし、椅子にへばりつきながら立ち上がった。


上手く動かない不器用な手を必死に動かし、配線を外していく。


最後の配線を外し、「綾波甲体、艤装神経配線を切断しました」と言いながらふらりと前に倒れる。

吹雪がそれを抱きとめて優しく声をかける。

「お疲れ様でした。よく頑張りました。さぁ、司令官が下でお待ちですよ」


綾波はホッとした表情で、吹雪の肩を借りた。



肩を借りたまま外に出ると、心配した顔の提督がいた。

「大丈夫か? 吹雪、どうだった?」


「ええ、問題ありません。私の時はひと晩立てませんでしたから」

吹雪は笑顔を返した。


その様子を見てほかの艦娘たちが、

「ずるい! 司令はん、うちのときはそんなに心配してくれへんかったで!」

「提督が艦娘の心配している顔見るの初めてクマー……」

「私の時は提督はもう帰っちゃってました!」

と、不満を漏らしていた。


そのやりとりを聞きながら、綾波は達成感と心配してもらったことへの充足感を感じていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter05: 遠征準備 ]



綾波の進水式から1週間が経過していた。


「吹雪。綾波の様子はどうだ?」

提督は指導官室に来ていた。


「はい、少しのんびりした性格ですが芯の強い良い娘ですね。

 操船もおおよそ慣れてきました。わざわざそれを訊きに?」


「いや、そろそろ警備任務をやらせてもいいかと思ってな」


少し吹雪は不思議そうな顔をする。

「全然問題ありませんが。

 今までの娘についてそんなこと訊かれたことありませんよ?

 すぐ出撃させていたじゃないですか」


「あー……そうだったか?

 それより吹雪。今は他の娘もいないぞ」


提督は吹雪の横に立ち、肩に手を回した。

「はいはい、お仕事中ですよ」

吹雪はするりと提督の手を潜ってかわす。


自分を拒絶する吹雪を見て、提督は真面目な顔で訪ねた。


「……吹雪にとっての“提督”は一人だもんな。

 ついて行かなくて良かったのか?」


「……ここでやることがありますから。

 それに、今の私ではあの人の足を引っ張ってしまいますし」


そう答えた吹雪の表情は複雑だ。





「駆逐艦 黒潮、駆逐艦 白露、駆逐艦 綾波。

 同3隻は鎮守府周辺海域の警備に当たってもらう。

 なお、旗艦は黒潮とする。

 この周辺での深海棲艦出現の話はないが、十分に警戒をせよ。

 作戦詳細は球磨から訊け」


提督執務室に3人が呼び出されていた。


綾波にとっては初の作戦任務となる。


緊張した面持ちで球磨からの説明を受けると、出港準備に取り掛かった。



甲体艤装室で艤装中、黒潮が綾波に向かって話しかけてきた。

「うちが旗艦や。せいぜいヘマすなよ、補助付き」

「はい、頑張ります」


黒潮は綾波を補助付きと呼ぶ。


艦娘は作戦行動中は乙体神経接続ための補助装置である甲体艤装着用が義務付けられる。

この甲体艤装は日常生活においては必要ではないが、神経が安定していない場合、

日常生活においても解除が許可されない。

このように解除許可が下りていない艦娘は“補助付き”などと揶揄されることがある。


「なんや司令はんに気に入られてるようやけど、何したんや?

 補助付きの未出撃の癖に……」

黒潮はあからさまに不快感を表明してきた。


だが、綾波には心当たりが全くなく、何を言われているのかもよくわからなかった。

ただ黒潮には嫌われているとそう思った。


「はっ、うちには言えませんってことかいな。

 まぁええわ。足引っ張んなや」


「あ……はい……」


黒潮が退室した。

綾波は直接的な悪意をぶつけられて少し気落ちしながら、後を追った。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter06: 遠征 ]


「この任務は鎮守府周辺海域の警備を行い、4日後に帰港。

 深海棲艦と遭遇した場合は報告を最優先にうちの指示に従って。

 暗号通信は2時間ごとにテーブルに沿うように。

 第2浮標から単縦陣、うち、白露、補助付きの順に。

 通常通り巡航速度で。復唱の要なし。

 黒潮、抜錨するで」


「白露、抜錨するね」

「綾波、抜錨します」


スピーカーと通信3人の声が乗ると、エンジンテレグラフの表示が停止から全速へと変わり、

3隻のエンジン機関が唸り始める。


「両舷全速前進」


港の作業員たちの見送りを受けて離岸していく。

離岸した後は巡航速度に切り替え、港湾を抜け広い海へと出て行く。


目標の浮標を超えると、新兵の綾波も乱れなく1列に整列し、陣形を成した。


が、するとすぐに黒潮から綾波へ通信が入る。

「遅いで。目標から陣形展開まで6秒遅れとる」

「は、はい!すみません!」


その後も

「速度落とせ! 燃料が無駄や!」

「はい!」

「進路ズレとる! 舵角直せ!」

「はい!」

「まったく……補助付きはダメやなぁ」


などと、事細かに綾波を指導していた。


通信を聞いていた白露は、

「うわー、普段はこんなに細かくないのに」

などと思っていたが、自分への飛び火を恐れて、あえて口を挟まないようにしていた。



出港してから12時間。黒潮の指導以外は何事もなく、ただ目の前には海だけが広がる。


ぐぅー。


「おい、補助付き。腹の音が通信に入ってるで」

「はい! え? ごめんなさい、気づきませんでした」


気がつかなかったのは、空腹自体。

神経接続をしている間は体の知覚・運動を制御する体性神経を操船に使用する。

その為、感覚神経や運動神経は使えず、植物人間のようになる。

この置き換えを行うのが第三神経や第二体性神経などと呼ばれる艦娘固有の神経組織である。


また怒られてしまうと綾波は思ったが、帰ってきた言葉は意外だった。


「まぁそろそろ補給にしよか。うち、白露、補助付きの順で陣形後部に周りしだい半接続。

 先頭艦が旗艦代理。時間は30分ずつや」


艦娘は食事を必要とする。基本的に人間と同じものを食べるが、量は比にならない。

人間よりも遥かに出力があるその体を維持するには大量の食事を摂取する。

だが、航海任務中の艦娘は神経接続をされており、それを外すことは原則許されない。

そのため、一部神経のみを切断し、食事を行う。

水分の補給は点滴によって行われる。

その際には戦闘艦としての操船能力はもちろん下がるので、艦隊後方へと下がることになっている。

1隻ずつ艦隊後方へ周り、半接続30分のあと接続報告、そして次の艦娘の番という流れで行われる。


前の2隻の食事が終わったあとに綾波の番となる。

「白露、接続しました」

「では綾波、艦隊後方に周ります」


横に避けて速力を微速に変更、後方へ着いたら巡航速度へ。

「綾波、半接続に入ります」


綾波は乙体との接続を限定的に解除。といっても食事に必要な口周りの神経接続とわずかな感覚のみ。

視覚や聴覚は接続されたままだ。

もちろん体は動かないので、食事を口に運べない。


「すいません、食事です。お願いします」

艦内別室のスピーカーに声を出すと、中枢室に人が現れた。

艦娘補佐官、艦娘の身の回りの世話を行う軍属の人間だ。

多くの場合は介護資格を持った女性兵が採用される。


他にも綾波には乗組員として航海の記録官や整備兵など30名余りが乗船している。

通常の駆逐艦であれば200名以上の人員を必要とすることから考えれば、最低限の人数となっている。

艦娘たちは意識のほとんどない間に作業をする彼ら彼女らを、グリム童話の森の小さな靴屋さんになぞらえて、

妖精と呼んでいる。

エンジンテレグラフも彼らに速度の変化などを知らせるために存在している。


綾波が口を開くと、艦娘補佐官は糧食を運ぶ。

そうして食事を終えると艦娘補佐官を待機室に戻し、神経を接続する。


艦娘補佐官は決まった時刻に艦娘の体を拭き、点滴を交換し、糞尿などが出ていればオムツを交換する。

艦娘が仕事をする上で最も重要とも言える乗組員である。


このようにして綾波は黒潮の厳しい目にさらされながら、4日間の周辺海域の警備任務を母港へ帰港した。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter07: 帰投 ]



3隻の船が陣形順に入港した。


着岸すると錨を下ろされ、船が繋留される。

船の火が消え、しばらくすると1隻の甲板に艦娘が出てきた。


「あっ、白露が1番だ! やった、上陸一番乗りー。

 あれ? 提督?」


少し離れた位置だが港には提督の姿があった。


「てーとくー!」

白露は大きく手を振って大声で呼ぶと、提督は小さく手を上げた。


続いて黒潮が甲板に姿を現す。

「え? 司令はん? なんで司令はんがおるんや?

 あ、ホンマに司令はんや!」


二人は橋がかかると急いで提督の元に駆け寄った。


「提督さん、白露ただいま帰投しましたー!

 いっぱい見回ってきたよ!

 あ、そうだ。あたしとりあえずお風呂いってきまーす!

 いっちばんぶろー」


「旗艦業務頑張ってきたで!

 新しい娘はアカンなぁ。でもうちがきっちり指導したんやで」


黒潮はいっぱいに胸を張って、いかにも褒めてくれといった態度を示してくる。

提督は少し微笑むと、

「そうか。よくがんばったな。お疲れ様」

と言いながら頭を撫でてやった。


黒潮はその感触を精一杯感じるかのように目を細める。


「でも珍しいな。司令はんが港まで迎えに来るやなんて。

 いつも執務室で報告待ってるのに。

 ひょっとして初めてやないか?」


と言ったところで黒潮の顔色が変わる。


「……初めて……迎えに………誰を?」

「黒潮、どうした?」


黒潮は提督の手を丁寧に頭から避けて「……後で報告に行くわ」と言うと、

提督から逃げるように去っていった。


「……?」


提督は首をかしげて、何かまずい対応をしたかと考えたが、

とりあえず報告の時にでも訊くことにした。



だいぶ遅れて綾波が甲板に出てきた。

手には何かを持っている。

慣れていない日をまたいでの操船に多少疲れが出ているためか、足元がふらついていた。


船を降りて少し歩いてから、綾波は港に提督がいることに気づいた。


「あれ? 司令官?」

綾波は安心したような顔をした後、すぐに表情がこわばった。

手に持っているのが、艦娘補佐官に遠慮して

処理を頼めなかったさっきまで履いていたオムツだったからだ。


提督はゆっくりと綾波に向かって歩いてくる。


綾波は慌ててどこか隠せる場所はないかと探すが、運悪く周りには見当たらない。


わたわたとしている内に提督は既に綾波の近づいていた。


「綾波、初の作戦に問題はなかったか?」


「は、はい!」


「……? どうした? 顔色がよくないぞ。ふらついているし……

 疲れているのか?」

と言って提督は一歩綾波に近づく。


「だ、大丈夫です。あの、近づかないでもらえませんか……?」


「ん……? 本当にどうしたんだ? 大丈夫なのか?」

さらに一歩近づく。


「あの……えと……近づかないでください」

綾波は一歩下がる。


「何か俺がまずいことでもしたのか? さっきの黒潮も……

 ……そういえばその手に持っているものは……」

提督は負けじと更に2歩近づく。


綾波はかぁっと真っ赤になって、

「何でもないです! 近づかないでくださいー!」

提督を突き飛ばした。

提督は「げぅっ!」と声を漏らしてゴミクズのように吹っ飛んでいく。


「ひーん!」

顔を真っ赤にしたまま綾波は駆け足で逃げていった。



「お……俺が何を……」

そう呟いてガクッと意識を失った。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter08: 処分 ]


眼帯をした少女が提督執務室へ続く通路を歩いている。

球磨とよく似た服を身につけており、表情には不敵な自信がみなぎっている。


提督執務室の前まで歩き進むと立ち止まり。

「提督! 木曾、帰還したぜ!」

勢いよく扉を開いた。


「わっびっくりしたクマー」

「おぉ、木曾か。訓練研修は勉強になったか?」


「ああ、中央の鎮守府はさすがといった感じだったぜ。

 それはそうと提督。そいつはどうしたんだ?」

木曾は提督の首についているものを指差す。


提督は頚椎固定装具をつけていた。


「実は……」

球磨が困った顔で口を開いた。




綾波はひとり自室にいた。全身に重苦しい陰鬱な空気を纏っている。

提督を突き飛ばしてしまったことを強く悔やんでいた。


「はぁ……とんでもないことをしちゃった……」

口から出るのはため息ばかり。

何もする気が起きず、不安と罪悪感ばかりが大きくなる。


バタン!


突然扉が大きな音を立てて開いた。

驚いた綾波が目をやると、木曾が腕組みをして立っていた。


「お前が綾波か。執務室に出頭しろ!」




綾波が木曾に連れられていくところに、ちょうど白露が出くわした。

「木曾さん戻ってたんだ。あれ? 後ろにいるのは綾波ちゃん?」


白露は小首をひねりながら兵舎ロビーに行くと、

口をへの字に曲げた黒潮が椅子に座っている。


「なんか木曾さんと綾波ちゃんがそこ歩いてたけど何かあったの?」

黒潮の隣に座りながら黒潮に話しかけた。


「あの補助付きが司令はんに怪我させたんや」


「えっ!? ホント!? 処分は?」


「処分内容は決まってへんけど、普通は……解体処分やろな」


「解体処分…なんでそんなことしたんだろ……反抗とかしそうもなかったのに」


「それはわからんけど……」


「うーん……提督さんから大事にされてたみたいなのに」

よくわからないけど心配だなと白露は腕組みをした。




言葉もなく提督執務室へ向かう綾波と木曾。

俯きながら後ろを歩く綾波は、所在無げに小さく背中を丸めている。


足を止めずに木曾が綾波に話しかけた。

その声には怒気を孕んでいた。


「提督はアバラにヒビが入り、頚椎捻挫しているそうだ」


「……はい」

綾波は木曾の背中を見ることもできず、目を伏せる。


木曾は突然振り向くと、綾波の襟を乱暴に掴んだ。

「提督に暴力を振るうなど!

 どんな理由があっても許されない! わかっているな!?」


艦娘が提督に暴力を振るうということは、一般兵が武器を持って将校に殴りかかることと等しい。

ましてやその結果、怪我をさせたとなれば、木曾の怒りはもっともだった。


綾波は苦しそうに身動ぎはするが、抵抗はしていない。

木曽はそのまま片腕で綾波の体を容易に持ち上げる。


「俺たち艦娘には強い力がある。それを使えば人間は簡単に死ぬ!

 ……ましてや提督に! 補助付きの分際で……!」


綾波は抵抗しない。


「まぁいい、処分はこれから言い渡される。せいぜい反省するんだな」

木曾の怒りは収まらない様子だが、綾波を下ろしてまた歩き始めた。


綾波はむせながら木曾の後を黙ってついて行った。


執務室に着くと、提督と球磨がいた。

提督の表情は読めないが、球磨には普段の奔放な明るさはない。


「駆逐艦綾波、提督に暴力を振るったクマね。

 目撃した報告も多数来ているクマ。間違いないクマ?」


球磨は綾波に責めるような視線を向ける。


「……はい」


「艦娘が提督に暴力を振るうなどあってはならないクマ。

 処分は通常ならば解体後、刑務所送りクマ」


「……はい」


黙っていた提督が口を開いた。

「何か理由があったのか? 俺に不備があったのなら言って欲しい」

「……提督が訊いているクマ。答えるクマ」


「……あの、司令官には……」

綾波は顔を真っ赤にしてうつむきながら球磨に救いを求めるような視線を送る。


「……?」


提督が球磨に顎で指示をすると、「隠し事をしても有利にならないクマ」

と言いながら、球磨は綾波の近くに歩き進んで耳を向ける。

ちょっと木曾も耳を出した。


ごにょごにょと綾波は球磨と木曾に耳打ちをすると、

「なるほどクマ……気持ちが分かっちゃったクマ……」


球磨はうんうんとしきりにうなづいて、

「この件は提督が悪いクマ!」

と提督を指差して断罪した。


「えぇ!? 俺? なんで!?」

提督は球磨の突然の手のひら返しに目を丸くする。


「それは言えないクマ。

 とはいえ、処分をしないわけにも行かないクマ。

 1日重営倉で頭を冷やしてもらうクマ」


「あれ? 艦娘の営倉送りの権限は俺しか……」


「全ての艦娘を敵にしたくないなら、この件はこれで手を打つクマ」


「まぁ初めからそのつもりだったからいいが……腑に落ちない……」


だが、木曾も納得の行かない表情をしている。

「処分が軽すぎないか? 提督を傷つけたんだぞ」


「いや、これで良い。大した怪我でもない」

「しかし! ……提督がそう言うならば従うが……」


「では綾波。お前には1日重営倉で反省してもらおう。

 木曾、連れて行け」


提督が正式に言い渡す。


木曾は綾波を連れて退室した。



球磨は少し笑って提督に話しかける。

「これで良かったクマ?」

「ああ。俺の意図を随分汲んでくれた」


提督も笑顔で返す。


「でも……反発もきっと少し出るクマ」

「それは甘んじて受けよう。なんとか上手く統制してみせるさ」


「……球磨も少し羨ましくて反発しそうクマ」


「今度埋め合わせはするよ」


「期待しないで待ってるクマ」

口とは裏腹に球磨は嬉しそうだった。




しばらくして兵舎のロビーでは白露が速報を届けていた。

「綾波ちゃん重営倉1日で済むらしいよ! きついみたいだけど解体よりはいいよね!」


「は!? なんでなん! 司令はんを怪我させて重営倉1日!?

 絶対おかしいわ! あの補助付き……!」


黒潮の顔には不満の色がありありと浮かんでいた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter09: 営倉 ]


喧嘩や遅刻などをした者は処分のため営倉と呼ばれる独房に入れられる。


本来、士官は営倉入りの処罰には当たらないが、艦娘には訓戒・譴責・謹慎が

処罰として効果的ではなく、尉官待遇であっても営倉入りが言い渡されることがある。


重営倉処分は寝具を与えられず、与えられる食事も限定される。

通常の兵士であれば健康上の問題から3日が限度とされている重い懲罰である。


敷物のない硬い床の上に、起床ラッパから就寝ラッパがなるまでの一日中、

正座をしなければならない。


地下に存在する暗い板張りの小さな独房で簡易トイレが異臭を放つ。

廊下から差し込む小さな電球の明かりがじりじりと音を立てて明滅している。

鼠やゴキブリが這い回るじめじめとした不潔な部屋に、綾波はいた。


艤装を装着した状態で、長時間の正座を強いられるのは艦娘にとっても辛い処罰であった。


だが、配属から進水式、訓練、警備と忙しかった綾波には、

現状をよく考えることができる時間ともなった。



今回のこと。

感情に任せて司令官に暴力を振るうなんて最低だ。

重営倉1日にしてくれた司令官と球磨さんには感謝しないと。

そしてもう二度と、私の所為で誰も怪我をさせたりしない。


司令官のこと。

何故か私は大切にされているようだという話をよく聞く。

司令官に気に入られていることは嬉しいが、理由が気になってしまう。

いつから? 何がきっかけ?

原因となることは思いつかない。

ここに来た時からだとするならば、理由は3つほど思い浮かぶ。

一つは、外見的印象。

一つは、ここに来る際の書類、兵学校での話など。

一つは、さらにそれ以前。転換処置を受けたときや、処置以前に。


外見的印象は他に可愛らしい艦娘たちがいるのに私を選ぶ理由がない。

いや、選んでもいいけど、私みたいなのを選ぶ可能性は薄いと思う。


書類や兵学校での話がなにか影響してる?

でも司令官とはここで初めて会ったときの表情。驚いていたと思う。

私の顔をみて驚いたとするならば、書類などで知っていたとは考えられない。


ではさらにそれ以前だとする。

しかしそうなると、私には艦娘になる前の記憶はない。

艦娘になる前……私物に入っている写真。

あれが何か手助けになるかもしれない。


考えて見てもわからない。



黒潮さんのこと。

間違いなく私は嫌われている。

初めは少しからかわれている感じだった。


でも今は明確に嫌われている。

理由は何?

私の何かが気に入らないという感じだ。


そういえば警備に出かける前に黒潮さんはなんと言っていた?

司令官に気に入られているが、何をしたのかと言っていた。

もしそれが理由だとすると……難しい。


いや、簡単かもしれないけれど、それには私が司令官に嫌われる必要がある。

それは嫌だ。だから難しい。



吹雪さんのこと。

今の司令官がこの鎮守府に来る前からいる、すごい人だけど、出撃はしない。

なぜだろう?


たしか前の提督さんと艦娘は全員が設備も最新の新しい鎮守府に行っているはず。

だとすると、前の提督さんの配置替えについて行かなかった理由はなんだろう?



球磨さんのこと。

秘書艦クマー。可愛い。



木曾さんのこと。

自信にあふれている艦娘。頼りになりそうだけど、少し怖い。

仲良くなれるときが来るのだろうか。



結局、私が頑張っていればきっと何か良い方向になる。

司令官のためにも、もっと頑張らないといけない。



綾波が様々なことを考えているうちに、朝を告げる起床ラッパの音が営倉に響き渡った。

正座をしたまま朝を迎えていた。


床は足の形に歪み膝からは血がにじんでいた。


しばらくして、営倉の扉が開いた。


「綾波。時間だ、出ろ」

提督と球磨がそこには立っていた。


綾波は立ち上がろうとしたが、ずっと座っていたためか、縫い付けられたように動けない。

「あれ?」

足をよく見ると再生した足の組織と床が癒着している。


「ずっとその姿勢でいたのか……球磨、剥がしてやれ」


「了解クマー。ちょっと我慢するクマ」


球磨は綾波の背中に回って脇に手を回すと、ぐいと持ち上げた。

べりべりと音を立てて足の肉ごと床から引き剥がされてゆく。

「痛っいたたたた」


綾波は痛みに顔をしかめる。


剥がれた肉はいかにも痛々しく、じくじくと血がにじみ出る。

「このくらいの傷なら駆逐艦の組織なら10分くらいで治るクマ」


「そうか。歩けるようになったら自分で出てこい」


球磨と提督はそのまま営倉から出る。

提督は「よく頑張ったな」と言って立ち去った。



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[chapter10: 指令 ]


提督執務室の大机で提督、球磨、吹雪が会議していた。


「ふむ……今週はこれを優先的に。

 こちらの期日は1週間としよう」


「こちらの報告の処理はどうするクマ?」


「それは球磨に任せよう。現場の意見を優先してくれ」


「艦娘たちの状況ですが、木曾さんが改造に耐えられるようです」


「木曾の資料は……なるほど……資材の状況は……よし、改造処置の手配を行え。

 1週間以内だ」


とその時、電話がなった。


「おっと、今週の計画はこのように進めよう。問題があれば随時」


「まぁいつもとあまり変わらないクマね」


提督が受話器をとる。


「はい、もしもし。

 大将閣下! お久しぶりです。

 そちらはどうでしょうか? ああ、左様ですか。

 ええ、こちらは変わりなく。

 吹雪ですか? 元気でやっております。

 ちょうどここにいますが、変わりましょうか?

 ……そうですか。

 私共の艦隊では戦力的に……あぁ、そういうことであれば可能です。

 六日後? 了解しました。迎える用意をしておきます」


提督が電話を切ると、吹雪が電話について質問した。

「司令官……じゃなくて、大将閣下からですか」


「ああ、出撃依頼だ。正式な書類は六日後、輸送の際に艦娘に届けさせるそうだ。

 迎える様に準備しておいてくれ。

 木曾の改造については予定通り。おそらく必要になる」



そして六日後。


綾波は待機任務中、訓練の報告のために提督執務室へ向かうところだった。


「ねぇねぇそこのあなた。提督執務室ってどこ?」

と長い白金の髪をした艦娘に話しかけられた。

綾波は今日来ると言っていた艦娘かなと思った。


「ええ、ご案内します。ちょうど綾波も向かうところでした」


「助かるっぽい。綾波っていうのね。私は夕立。よろしくね!」


綾波は夕立の赤い瞳をみて、不思議な恐ろしさを感じた。

そしてそれは吹雪の瞳の奥のような妖しさだと思った。


「ここの鎮守府は久しぶりで、夕立ちょっと自信なかったの。

 吹雪さんは元気っぽい?」


「ええ、吹雪さんも元気にやっていますよ。夕立さん以前こちらにいたんですね」


などと雑談を交わしながら通路を進んでいるが、

綾波は夕立がどうも自分のことを観察しているような視線が気になった。


「あの……何か気になることが……?」

と綾波が質問しようとしたとき、夕立が顔が触れるような距離まで急に近づいてきた。


「え、えと……あの……?」


夕立はくんくんと慌てる綾波のにおいを嗅ぐと、

「夕立と同じ匂いがするっぽい。だから綾波なのね!」

と言って、困惑する綾波を尻目にまた歩き始めた。


提督執務室に着くと、綾波は夕立が書類のやりとりをする間、廊下で待つように言われた。


数分の後、夕立が提督執務室から出てくる。

夕立は綾波とすれ違いざま、綾波の方に向き直り、

「いつかご一緒できたら、素敵なパーティーしましょ!」

と言い残して、去っていった。


綾波は提督に呼ばれ執務室に入り、いつものように訓練報告を行った。

「よし。戻っていいぞ。定時になったら待機を解除していい。

 ん? どうした?」


「あの、さっきの艦娘は……」


「ああ、中央の鎮守府の夕立だ。実力では吹雪より彼女が上だと言われているな」


「なんだかすごい迫力がありました」


「彼女は特殊適合体だからな。二度の改造に耐えた変異体だ。

 2度の改造に耐えられる第三神経を持った艦娘は多くない。

 そういえば今日はミサイル駆逐艦も来ている。初めてだろう? 見ておくといい」



「はい、ありがとうございました。失礼します」


綾波は提督執務室を後にした。



綾波は提督に言われたとおり、待機中の空き時間を利用して港に来てみた。


港には見たことのない船、ミサイル駆逐艦が停泊していた。


「なんだか、装甲も薄いし、砲も小さいし、全然強そうに見えないけど……」

と綾波が呟くと、

「絶対に勝てないよ」

という声が後ろから聞こえた。本日は非番の白露だ。


「戦艦だってミサイルの射程に勝てないし、速度は艦娘よりずっと速い。

 機械ですごく目がいいらしいし、装甲薄くったって、近づけないから」


綾波もその話は兵学校で習っていた。


艦娘はミサイル駆逐艦などの近代兵器には勝てない。

しかし、深海棲艦は艦娘じゃないと戦えない。


電子機器が深海棲艦に近づくと操作できなくなってしまうらしい。

これには現在対抗手段がないので、ミサイルなどの装備が全て使えなくなる。


それで昔の砲撃戦に戻そうとしたけれど深海棲艦の反応速度や砲撃の精度に勝てなかった。

そして艦娘の登場で対抗できるようになったという話だ。


一人の提督に多くの艦娘を所属させられるのも、叛逆した場合に容易に鎮圧できるかららしい。


「怖いよね。なんだか私たちを見張っているみたい」

白露が言う。


綾波は艦娘を殺すためにあるような兵器だと思い、少し背筋が寒くなった。



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[chapter11: 出港 ]


鎮守府の艦娘が全て提督執務室に集められた。

海図を置いた大机を提督と艦娘全員で囲んでいる。


この鎮守府は比較的平和な海域に存在しているので、艦娘は最低限にしかいない。

球磨、木曾、黒潮、白露、綾波の五隻と指導官の吹雪のみ。

もちろん燃料などの物資も優先的に前線へ送られるので最低限度となっている。


「調査隊の報告から、この海域には深海棲艦の艦隊がある。

 正確な戦力は不明だが、見過ごせる規模でないことは確かだ。

 今回の作戦では中央の鎮守府主力艦隊がこれを叩く。

 それに合わせて我々も出撃、主力艦隊の支援を行う」


「提督。支援って火力支援?」


「いや、火力支援は別鎮守府から出る。

 我々は作戦海域周辺の哨戒、可能であれば掃討を行う」


「中央の主力が出張る程の海域周辺を俺たちが掃討できるのか?」


「うむ。この海域周辺は普段は比較的静かな海域だ。

 我々でも問題がない。ここに指令が来た理由は、

 主力を敵主力ぶつける際に下手な横槍を入れられて損耗したくない為だ。

 とはいえ、全力で当たることになるだろう。木曾、強化改造されたお前が頼りだ」


「中央の水雷戦隊が出ない理由は何ですか?」


「知ってのとおり、艦娘は練度次第で性能が向上し、しかも老朽しない。

 大きな作戦を多くの鎮守府に経験させることで全体の練度を高める狙いもある。

 この鎮守府からは吹雪を除き全艦出撃する」


「ここの守りはどうするんや?」


「西の鎮守府が当たる。この海域の把握、慣れていない海域での哨戒訓練も兼ねる。

 鎮守府の管理は一時的に吹雪に委任する」


「了解です。留守はお任せ下さい!」


「準備出来次第出港、作戦海域の港に寄港し、補給を済ませたあとに出撃だ。

 旗艦は球磨。二番艦は木曾とする。それと俺も出撃する。球磨頼んだぞ」


「任せろクマー。死んでも沈まないクマー」


「よし、以上だ。出港準備に掛かれ!」


「はい!」


返事と共に、艦娘たちは準備へ向かう。

新兵の綾波も何度か警備をこなし、最初に比べれば手馴れてきている。

とはいえ、準備が完了したのは結局綾波が最後だった。



五隻の艦娘たちは作戦海域に向け、出港した。

提督は球磨に乗艦している。

小規模な作戦の場合、提督が出撃することは稀だが、

今回のような大きな作戦となれば、提督は旗艦に乗艦することになっている。


「クマクマー」

環境のスピーカーから球磨の鼻歌(?)が聴こえてくる。


「どうした球磨? ご機嫌だな」


「提督を載せるの久しぶりクマ。がんばるクマー」


「ああ、頑張れ。信頼しているぞ」

提督はそう言いながら艦橋の壁をなでてやる。


「そ、そんなところなでなでしないで欲しいクマー。くすぐったいクマ」


「ん? それじゃこっちはどうだ?」

別の壁をさすってみた。


「どこ触ってるクマ……そこはダメクマ……」


「……全然わからんな」


「……通信に乗ってるで」

呆れたような声で黒潮の通信が入る。


「あ! 提督、今度は白露に乗って下さい!」

今度は白露からの通信。


「ダメクマー。提督は旗艦に乗るものクマー」


「待て! 旗艦ならば改造を施されたこの俺が適任だろう。

 提督、俺に乗るべきだ」


「お前ら……俺はマスコットじゃないぞ……」


綾波は通信を聞きながら、ピクニックのようだと思った。

警備任務では綾波が黒潮に嫌われているため、ピリピリとした空気が流れることが多かったが、

提督一人いると和やかな雰囲気になっていた。


「旗艦はこれだけじゃないクマ。

 夜は提督の寝顔を監視できるクマ!」


「何を監視してるんだ……」


「何!? そのようなことが……! 作戦会議で旗艦を強く申し出ていれば……!」


「指令はん、警備の時も旗艦に乗ら――」


和やかな空気が一転。張り詰めた。


綾波は突然の緊張感にぴしりと音がなったような気がした。


全員が雑談を止めている。

船が波を裂く音とエンジン音だけが響いている。


静寂を割るように、球磨の通信が入る。

「……漁船クマ。大丈夫クマ。」


全員がホッと安堵したのが通信越しに感じられた。


綾波は漁船などどこにいるのかと探すと、たしかに水平線に船体を半分だけ出した船がある。


綾波だけがこの雰囲気の中気を抜いていたが、他の艦たちは全員が十分に警戒をしていた。

死地をくぐった先輩艦たちとの差が明確に現れていた。



だがその後は比較的平和な海域ということもあり、五隻の艦娘は戦闘もなく寄港地に辿りついた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter12: 寄港 ]


辺りはすっかり夜だった。

寄港地の港からの明かりと建物の輪郭だけが見える。

港は決して大きいと言えず、大規模な艦隊は停泊できないように見えた。


「中央の主力艦隊はどこにいるんだ?」

木曾が疑問を口に出した。


「ここの港には寄港しない。そもそも駆逐艦や軽巡洋艦でなければ燃料は足りる。

 まぁ念のため海上で補給するために油槽艦も派遣されているらしい」


「なんや、主力艦隊見られへんのかー」


「今回の作戦では主力艦隊をを見ることはできないだろうな。

 球磨、港の指示に従って着港してくれ」


「了解クマー」


五隻の艦隊は港の指示に従い、順に着港していく。


「綾波、木曾。二名は俺と上陸。他の者は襲撃を警戒して艦上で待機だ。

 船員たちの上陸は2交代。今は…2班が上陸だな。

 港周辺から出るな。街に出た者は営倉送りだと伝えろ」


上陸許可が出なかった3人からは不満の声が上がる。

「まぁそう言うな。すぐ交代させる」



提督は港に立つと、「まずは食事だな」と言って港近くの軍施設から車と運転手を調達した。

艦娘輸送車と呼ばれる通常よりもタイヤや車体が頑丈な車だ。もちろん運転手もついている。

「運転、よろしく頼む。ところで港周辺で食事が出来そうな場所はあるか?」


運転手は背筋を正しながら敬礼をして、

「はっ! この時間に利用できる店で自分が知っているのは娼館か酒場であります!」


提督は横に連れた二人を見てから、

「うーむ……まぁいい。そこに連れて行ってくれ」

と運転手に命令した。


「はっ! 娼館でよろしいですか!」


「馬鹿か! 艦娘を連れて娼館にいけるか! 馬鹿か!」

提督は大事なことなので二度怒鳴った。


車を走らせて5分程度。運転手の知っているという酒場に着いた。

将校には似つかわしくない、よくある街の酒場といった風情だ。

「食事をする間待っててくれ。中に入ってもいいが、酒は飲むなよ」

と運転手に言って3人は車を降りた。


提督の将校服を見るなり場末の娼婦たちが集まってくる。

「将校さん。ちょっとだけでいいからさぁ。遊んでいかない?」


「ああ、すまない。今は両手に花なのでまた今度にさせてもらうよ」

娼婦たちを軽く躱して酒場の中へ入ると、海兵たちが酒を飲んで騒いでいた。


「いらっしゃい! おっと将校さん!」

酒場の店主がそう言うと、酒場の喧騒が一瞬で消えた。

見回りかと思ったためだ。


「大丈夫! 気にせず騒いでくれ! 暴れたりはするなよ!」

提督がそう叫ぶと、また海兵たちが騒ぎ出す。先程よりは少し勢いを落として。


「店主、少し丈夫な椅子2脚と席を用意できるか? それと、食事を用意してくれ。

 とりあえず10人分ほど」


店主は奥の席の兵をどかして、提督を案内した。


「ふぅ……やっと人心地ついたな」


綾波はきょろきょろと周りを見回している。

「な…何だか落ち着きません」

と言いながらも楽しそうに目を輝かせている。


艦娘は重要な戦術兵器であるため、行動範囲が厳しく制限されている。

特に綾波は兵学校、鎮守府、軍病院以外へ出るのは初めてだった。


提督はそんな綾波を優しく見つめている。


「またそんな目をしているな。綾波を見るときはそんな目をしていることが多い」

木曾がそれを見咎めた。


「そうか? 別に普通だろう?」


綾波が提督の顔を見たときにはいつもの提督の顔に戻っていた。



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[chapter13: 食事 ]


食事が運ばれてくると当然のことながら机には乗り切らず、

台を借りてその上にも皿を並べることになった。


いただきますを合図に木曾と綾波は一所懸命に食べ始める。


「そ、そんなに慌てて食べなくてもいいんだぞ?」


「いひゃ、じはんがははるはらは」


「うわ、飛び散るだろう! せめて飲み込んでから喋れ!

 あと何言っているのかわからん」


木曾が口の物を飲み込んでから喋る。

「すまん。量を食べなければいけないからな。急いで食べないと時間がかかるんだ」


綾波が口を手で押さえながら、すみませんと謝る。

提督はそれをみながら冬支度をするリスを連想していた。


「そういえば球磨とは何度か食事したが、球磨というか冬眠前の熊だったな。

 時間がかかると言っても、普通に食べたらどれくらいかかるんだ?」


綾波は三本の指を立てて時間を示す。

「三? ……三十分か。戦闘中なら遅いがまぁ普通じゃないか?」


「あ、いえ、三時間です」


「食べ続けて三時間か……食事時間は古代ローマ貴族のようだな……」


艦娘は成人男性の何倍もの食事を必要とするが、摂食器官の口は少女の大きさである。

その為、必然的に食事時間は長くなってしまう。

艦娘たちは素早く食べる癖がついてしまっていた。


「特に改造で随分体重が減ったからな。早く取り戻さねば」

木曾は皿から目を離さずに言う。


「そうだったな。50kg程度減ったと聞いているぞ」


「ああ。ちょっとした地獄だった。転換処置の時ほどではなかったが。

 この眼が見えるようになればと期待したんだが、そこまで甘くはなかった」

木曾は眼帯をコツコツとつつきながら洩らした。


「そうか。転換処置の際に右目は不具になってしまったんだったな」


「視神経がズタズタらしい。もう再生の見込みはないそうだ。

 まぁ慣れてしまえば不自由はない。見えていたときの記憶もないしな」


綾波の食事をする手が止まっている。何故か五体満足な自分が申し訳ないと思っていた。


「どうした? しっかり食べないと明日の戦闘に響く。

 食べるのも仕事だ」


「はい! がんばります!」


綾波はまた小動物のように懸命に口を動かし始めた。


「そういえば将校用の食堂があったろう? どうして貴様は行かなかったんだ?」


「ああ。将校の食事は自腹なんだよ。給料から天引きされてる。

 俺はそれほど味にはこだわらないから、あそこで食べなくても変わらないさ。

 それに先輩方と顔合わせて食べるのは神経を使うのさ」


出撃前にそれは控えたいと提督は苦笑いを浮かべた。



食事が終わり、店を出るときに会計で提督が狼狽えていた。


「……こんなに食べたのか……カードは使えるのか? ダメ?

 それなら軍につけておいてくれないか……?」



「さあ戻ろう。補給も一段落している頃だ。交代もしてやらないと不満が溜まっていそうだしな」


運転手に港に戻るように伝え、車を走らせた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter14: 大佐 ]



「綾波、木曾。球磨たちを呼んできてくれ。

 その後はそれぞれ鑑で待機。補給作業している兵たちの邪魔にならないようにな」


「了解しました」


綾波は去り際、振り向いて「お夕飯ありがとうございました」と言って頭を下げた。


提督はそれを見て、答えた。


「いや、自腹だぞ?」


「えっ」


「ははっ冗談だよ。喜んでもらえたなら良かった」


「びっくりしましたぁ」


綾波はホッと胸をなで下ろして、また頭を下げたあと白露と黒潮を呼びに行った。



不意に提督は大きな声で呼ばれた。


「少佐ぁ!」


提督と同じような服を身につけた、髭を蓄えた40絡みの将校が提督に向かって歩いてきた。

手には葉巻を燻らせている。


「大佐殿。お疲れ様です。

 ご到着されていたんですか」

提督は敬礼をして挨拶をする。


「おぉ、つい先ほど着いたばかりだ。

 こんなところに一人で何をしているんだ? もう夜も深いぞ」


「いえ、護衛の艦娘の交代を。

 大佐殿は艦娘の護衛は連れておりませんね?」

大佐は周辺には護衛の兵を数名連れていた。


「あぁアレらなどは煩くてかなわん。

 艦上に待機させてある」


「左様ですか。しかし息抜きをさせることも必要では?」


「いらんいらん。アレらは喜んで命令を聞く。

 兵器なのだ。いっそ自我などなければ楽なのだがな」


「は……左様……ですね」

提督は返事につまる。


「おっと、夕食に行くところだった。貴官はもう済ませたのかね?」


「ええ、今しがた。ご到着されたと知っていればご一緒させて頂いたんですが」


「良い良い。それではまた今度誘わせてもらおう」


はははと笑いながら大佐は去っていった。



「提督。お待たせしたクマ」

大佐と別れて間もなく球磨、黒潮、白露がやってきた。


「……大佐の艦娘が可哀想クマ」

球磨の表情は曇っている。


「……聞いていたのか。まぁそう言うな」


「タバコ臭いし、あの人嫌いです」

白露も嫌悪感を露にする。


「艦娘の提督は何かの匂いを付けるのが義務付けられているだけだ。

 かつての戦いを生き残った優秀な指揮官だ。悪く言うものじゃない」



提督は何かの匂いを纏うことが義務付けられている。

艦娘が戦場で極度に興奮した際には、艦娘補佐官が提督の身に付ける匂いを嗅がせる。

嗅覚は乙体との接続中でも比較的残るからだ。

鎮静剤などと違い戦闘中でも使え、提督に依存する艦娘たちには十分な効果が期待できる。

香りの強い葉巻や香水を使うが、これは軍の経費なので高級葉巻を選ぶ提督が多い。



「それに……俺もあの人と変わらん」

そう言った提督は怒りとも悲しみともわからない顔をしていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter15: 散歩 ]


「球磨、補給の進捗はどうだ?」


「滞りなく進んでいるクマ。明日未明の出撃には十分に間に合うクマ」


「ふむ……夕食はとってあるな?

 では港を軽く散策して出撃まで船で仮眠にする」


「お散歩?やった、提督とお散歩!」

白露は元気にはしゃぐ。


「一応お前たちは俺の護衛なんだからな。あまり離れるなよ」


艦娘は提督の護衛など名分がない限り行動制限の規則に引っかかってしまう。


「いいのかクマ? 私たちはしばらく寝なくても平気だけど、

 提督は早く寝たいんじゃないかクマ?」

球磨が心配そうに提督の顔を見上げる。


「なんだ? 球磨は俺と歩くのが嫌か?

 夕飯をとって間もない。軽く腹ごなししてから寝たいだけだ。

 お前たちが気にする必要はない。

 気を使ってくれてありがとうな」


提督はそう言いながら球磨の頭にぽんと手を乗せる。


「それならいいクマー」

球磨は提督に負担はかけたくないと思いながら、提督の好意を受け取ることにした。



黒潮はぱたぱたと提督の横に回って、服の袖をきゅっと掴んだ。


「おい、歩きにくいぞ」


「ええやん。護衛は離れちゃいけないんやろ?

 護衛も大変やわー」

溜息をつきながら言っているが、黒潮は笑顔だ。


提督は仕方ないなと洩らして、そのままにさせることにした。



「提督と一緒にお夕飯も食べたかったクマー」


「ああ。すまなかったな。それにしても木曾は球磨より食べるんじゃないか?

 綾波なんかあんなに食べる印象がなかったな」


「艦娘は体が資本クマ。たくさん食べないと力が出ないクマ」


「うちとも今度ご飯食べようや。もちろん司令はんの奢りやで」


「奢りはもうキツイな。まぁいつか機会あったらな」


「次の非番でええやん。補助付きだけずるいわ」

黒潮は口を尖らせて文句を言う。


「ふむ……まぁ考えてみよう。

 それより黒潮。綾波を補助付きというのは止めてやれないか?

 綾波には当たりが強いという話も聞いてる」


「……いやや。補助付きは補助付きや。

 うちが補助付きをなんて呼ぼうとええやん」

黒潮の表情が急に硬くなる。


「綾波は口に出さないが気にしていると思う。

 交流が疎遠になって作戦行動に支障が出ても困るんだよ」


黒潮は提督の袖から手を離した。


「何なん? 補助付きのことばっかり気にかけて。

 嫌や! 仲良くなんかできへん!

 提督の口から補助付きの話が出るのも嫌や!

 うちは……うちだって――!」


「く、黒潮?」


言うやいなや、黒潮は走り出した。


「お、おい!」

提督は黒潮の背中に手を伸ばすが、その手は中空を泳ぐのみだった。


「はは、何なんだ、一体。

 少し前まであんな感じじゃなかったはずなんだが」

困惑を隠すように、軽く笑ってみせる。上手く笑顔を作れずに提督の顔は引きつっていた。



「まずいクマ。単独行動は許されていないクマ……

 提督、追った方がいいクマ」


「追う? 追う必要はない。作戦行動前に戻って来たら営倉行きだ」


「戻らなかったら?」

白露はわかっていながら確認をせざるを得なかった。


「……敵前逃亡罪が適用されるクマ。即銃殺または軍法会議後に解体クマ」


口に出しながら球磨と白露は俯いてしまう。


「……!」

球磨がピンと何かを思いついた。


「提督。短期間に軍法違反の艦娘を二人も出すとなると、

 提督の統率能力への疑問を本部に報告せざるを得ないクマ!

 ましてや敵前逃亡の艦娘なんて前代未聞クマ!」


「なっ……!?」


艦娘は疲労困憊であっても自ら出撃を志願するほどに士気が高く、また死を恐れない。

それが敵前逃亡するとなると前例が非常に少なく、提督の不備・能力不足が問われることは明らかだ。


「提督……追ってあげて欲しいクマ……お願いクマ……!」


「……わかったよ。お前らは船へ戻り待機していろ。

 すぐ戻る」


提督は黒潮の向かった方向へ走り出した。



「大丈夫かな黒潮さん……」

白露が心配そうに呟く。


「提督なら絶対に大丈夫クマ。言われたとおり、船で待機するクマ。

 あー……提督とお散歩がなくなってしまったクマ…」


球磨は大げさに落胆してみせた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter16: 黒潮 ]


港の倉庫区画、人通りの少ない場所に膝を抱えた黒潮がいた。

冷たく湿った潮風が髪を揺らす。


「もう……嫌や……」

黒潮の目や鼻は赤くなっている。


「黒潮。こんなところにいたのか」

黒潮の後ろにいつの間にか提督がいた。提督は肩で息をしている。


「司令はん……」

ハッと気づいて、黒潮は顔をぐしぐしと拭う。


「……どうしたんだ? 突然逃げ出すなんて」


「司令はんは……うちの気持ち、気づいているんやろ」


黒潮の声は鼻声になっている。

提督は答えない。だが、黒潮は続ける。


「わかってる。艦娘は大小はあっても提督に好意を持つ。

 思想教育の所為なんやって。

 ……でもうちは本気で好きなんや。思想教育の所為なんかやない。

 絶対この気持ちは本物なんや。止められへん……」



「黒潮。お前の気持ちは嬉しいが……」


「聞きたない! 前はこんなんちゃうかった!

 提督と艦娘。司令はんがどう思ってるか、うちがどうすればええかわかってた!

 でも――あいつが、補助付きが来てから!

 艦娘と距離を置いてた司令はんが、補助付きには!」


感情がぶり返したように声を荒らげ、涙は溢れてくる。


「嫌や! こんな辛い気持ちも!

 司令はんが補助付きに向ける目も!

 司令はんがうちに向ける目も!

 うちが艦娘なのも!

 補助付きに嫉妬してるうちも!」


堰を切ったように黒潮はわぁと慟哭する。

内から溢れ出る気持ちの奔流がとめどなく押し寄せ、声となって漏れ出る。


提督にできることはなく、ただそばにいるだけだった。


……


どれくらい経ったか。

いつしか黒潮の慟哭は徐々にすすり泣きへと変わっていった。

小さい体に秘めた大きな感情の渦を吐き出しきったのか、

少しずつ、黒潮は落ち着きを取り戻していった。


「うち……別に良かったんよ」

ぽつりぽつりと黒潮が話し始めた。

まだ声は泣いていて、しゃっくりが時折混じる。


「司令はんは艦娘に距離を置いてるんやなって。

 近くにいても、笑ってても、優しくても。

 司令はんは……そこにいない感じがしてた。

 それでも良い、そばで働こ思ってた」


黒潮は涙で濡れてくしゃくしゃになった笑顔を見せる。


「でも、補助付きが来てから。

 補助付きと接する司令はんには温度があった。

 気づいてしまったんや。ああ、うちはあれが欲しかったんやって。

 それから心がザワザワして止められへんかった……

 欲しかった物を、絶対に手に入らない物を見てしまったから……」


意を決して提督に向き直り、少し躊躇ったあと、黒潮は言う。


「司令はんにとって、補助付きって何なん?」


「綾波は――」


提督はそう言いかけたところで、言葉を止める。


そして少し考えてから、

「綾波は艦娘だ。それ以上でもそれ以下でもない」

と、答えた。


「……そか。

 もう戻らへんと。

 司令はん追ってきてくれておおきに。

 本当に嬉しかったで」

黒潮は立ち上がると、歩き始めた。


「司令はんの心に、うちは入れないんやな」

黒潮は提督に聞こえないようにそう呟くと、また溢れそうになる涙を必死で堪えた。


提督は自分に苛立ちを覚え、爪が食い込むほど強く拳を握っていた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter17: 海兵 ]



黒潮と提督が二人で帰ってきてしばらく経ったあと、

綾波は夜風にでも当たろうと自艦の甲板に出ていた。


「明日はいよいよ出撃……ドキドキして眠れない……」


綾波の胸は不安と緊張でいっぱいになっていた。

それと綾波は他にも気になることがあった。


「黒潮さんと司令官、二人で何をしてたのかな……

 そういえば司令官って結構いろんな艦娘にちょっかい出してるけど、

 私には出してこない……」


綾波は顔を真っ赤にして、想像してしまった内容にそういう意味じゃないと自分で否定した。



「誰だ!」

突然、後ろから声がした。

声のした方を振り返ってみると、18歳程度の若い海兵がいた。

手に持った角灯を綾波の方へ向けている。


「あ、綾波新式海兵殿でしたか! 失礼しました!」

全力で背筋を正した少年海兵は勢いよく敬礼をした。

若い海兵の階級章には二等兵を示す、線のない袖章がついている。

綾波も鎮守府で何度か見た顔だった。


こちらこそすみませんと言いながら、綾波も敬礼を返す。


「妖精さ……二等兵さん、見回りですか。ご苦労様です」


「はっ! 新式海兵殿は何か御用でしたか」


「いえ、夜風に当たりたくて。

 何だか興奮して眠れなくなっちゃって……」

綾波はそう言いながら照れ隠しに笑った。


そんな綾波を見て、二等兵はくすりと笑う。


「そ、そんなにおかしいですか?」


「いえ! 故郷の妹を思い出して、つい! 申し訳ありません!」

しまったという表情を二等兵は浮かべる。


「妹さん……綾波はそんなに似てますか?」


「外見というよりも、年の頃と雰囲気が……

 あ、いえ、最近は生意気になってきたのでやはりあまり似てませんでした!」


綾波はあははと笑った。


「妹さんはお元気ですか?」


「元気でやっておるそうです。

 時々、文を交わしているのですが、最近男ができたとかで」


二等兵は生意気だと言っているが、綾波には妹を思う兄の優しい暖かさが伝わってきた。


「文で、ということは、故郷へはあまり?」


「いえ、正月に帰ることができました。

 この作戦が終わったらまた帰ることができそうです」


「そうですか。楽しみですね」


「はい! 何としても帰って、妹の恋人とかいう輩の顔を見てやらねば」


「あ、そういえばお名前を聞いてませんでした」


「はっ! 私は2班整備兵の……あ、新式海兵方に名前を名乗ることは禁止されています!」


「あれ? そうなんですか?」


「何でも名前を聞くと戦いにくくなるとかということです」


綾波は以前に乗組員に何かお礼をしたほうが良いか吹雪に尋いたことがあった。

吹雪は「そういうことはしない方が良いです」と答えていた。

白露も人が体を歩き回っているのを認識するのはちょっと気持ち悪いと言っていた。


そういうことなのだろうと綾波は理解した。


「あ、そろそろ見回りに戻らねば」

二等兵は見回り中だったことを思い出し、それでは失礼しますと言って仕事に戻っていった。



「兄……お兄ちゃん……家族……」


綾波は家族の記憶が一切無いことを思い出す。

寒風が胸の奥を通り抜けたような、わずかな孤独感を覚えた。




綾波はその夜、夢を見た。


小さな綾波と、少年が手を繋いでいた。

「父さんとお前の親父さん、ああなったら長いんだよな。

 俺も勉強があるのに」

少年は呟く。


庭から大きな日本家屋を見ている。

座敷では男二人が酒を酌み交わしていた。


「ほら、遊んでやるから。なにしたい?」


「えとね、お兄ちゃん。鬼ごっこ!」


綾波を覗き込んだ少年の顔は、提督の顔だった。




綾波は目が覚めた。


まだ夜と言っても良いくらいの夜明け前の朝。

出撃の朝。


「司令官の夢を見ちゃった。

 昨日兄妹の話を聴いたからか兄妹っていう設定だった……

 しかも血が繋がってない……」


夢で提督が出てきてくれた嬉しさと設定の気はずかしさで綾波は身悶えた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter18: 出撃 ]



作戦海域付近。旭日を浴びた艦隊が波を分けて進む。


「間もなく作戦海域だ。敵艦との遭遇が予想される。

 特に島影に注意を払え。決して見逃すなよ。

 我々の任務は哨戒と掃討だ。

 球磨、補給の時に借り受けた偵察機を出せ」


「了解クマ」


無人の零式水上偵察機が球磨の甲板に準備されている。


艦娘との神経接続をした艦載機は、遠隔でも艦娘との接続を維持できる。

これは艦娘の艤装間通信の仕組みを利用している。

その為、水上偵察機程度であればほとんどの艦娘が完全に遠隔制御できる。

飛行隊編成などの多くの艦載機を操作するには、艦娘の素質や特殊な第三神経系を有する必要がある。


海面に下ろした無人の偵察機のエンジンが回り、水上を滑り空に駆けていく。


「偵察機での哨戒を同時にするのは結構集中力が要るクマ」


「頑張れ。お前なら出来る。

 島影の敵艦の発見には必要だ。

 他の艦は目視範囲を十分に警戒しろ」


「了解、目視範囲を警戒します」

綾波以外の三隻から復唱が来る。


「綾波? 復唱はどうした?

 綾波!」


「は、はい! 目視範囲を警戒します!」


「緊張しすぎだ。見えるものも見えなくなるぞ。

 少し落ち着け。」


「はい!」


このままは良くないなと提督は思案して、

「この作戦で戦功を上げたものには休暇を与えよう。

 俺も休暇を取るつもりだ。街で羽を伸ばそうと思ってな。

 あーしかし護衛がいた方がいいな」

と、これみよがしに呟いた。


「……! それはつまり……提督と休暇クマ……?」


「よし、任せろ! 一番戦功だな! 俺がもらうぞ!」


「待つクマ! 改造した木曾が有利すぎるクマ!」


「一番? ちょっと待って、駆逐艦のあたしたち不利だよ!」


「あのあの、綾波は甲体艤装ありますけど大丈夫でしょうか?」


よし、乗ってきたなと提督はにやりと笑う。

「ふむ……戦功と言っても敵を沈めるだけではなく、それぞれの仕事の度合いで判断する。

 無理な攻撃で被害を受ければもちろん減点だ。判断は俺がする。いいな?」


「異論はないクマ!」

「燃えてきたぜ……!」

「絶対あたしがいっちばーん!」

「綾波もがんばります!」


「うちは……遠慮するわ」

黒潮の返事だけが重い。

昨晩のことを引きずっているためだ。


「……俺は、黒潮との休日を一番楽しみにしているんだが、ダメか?」


提督は黒潮のことに気づいていたが、

好意を引き出し、利用出来ることも理解していた。


「………あーもう!

 惚れた側の弱みやわ! ええわ、やったる!」


半ば以上自棄糞ではあったが、黒潮は奮起した。

艦娘たちの士気は高揚し、綾波の緊張も砕けた。


だがそれとは裏腹に、提督の眉間には深い皺が現れる。


「最低だな。俺は」

提督は溜息とともにそう呟いた。



「おっと、見つけたクマ。2時方向の島影。

 敵影発見。梯形陣、軽巡ヘ級1、駆逐ロ級2。機関停止しているようだクマ」


「よし! 球磨は偵察機で周辺の偵察を続けろ。

 他にも潜んでいるかもしれん。島影を利用し丁字有利に持ち込む。

 敵前方の駆逐ロ級を駆逐A、後方の駆逐ロ級を駆逐Bと呼称する。

 単縦陣、旗艦球磨、木曾、白露、綾波、黒潮の順に陣形を取れ。

 球磨は最大船速、他の者は合わせて。敵が戦闘速度に入る前に処理する。

 行動開始!」


提督の掛け声と同時に五隻の船は一つの意思を持ったかのように同時に動き出した。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter19: 初戦 ]



最大船速と同時に、それぞれの艦娘補佐官が中枢室に入室する。

艦娘が戦闘中に椅子から転げ落ちないように手足を椅子に拘束具で固定し、

口金を噛ませ、意識を乙体に預けた艦娘の横に立つ。


口金は特殊な樹脂と鋼鉄でできた、艦娘でも噛み砕けない丈夫なものになっている。

艦娘が敵攻撃を受けた際に反射的に舌を噛み切らないようにし、

吐瀉物や吐血、喀血を速やかに排出できるように中央に穴があいている。

また、拘束具は接続中の艦娘が反射的に艦娘補佐官を殴打しない役割も果たす。


「あー……今きっと口金噛まされてるんやろうな。

 あれよだれが垂れちゃうから嫌や」


「わかる。あたしは涎掛けしてもらうようにしてるよ」


敵を前にして気の抜けた様な黒潮と白露の会話。


「お前ら! 敵は目前だ! 集中しろ!

 機関停止の敵艦発見などという僥倖を逃すな!」


怒られちゃったーなどと言いながら白露たちは会話を止めた。


「各個目視と同時に斉射。

 ……間もなく敵が見えるぞ」


通信から音が消える。

まだ敵の姿は見えない。


高速の艦艇が水面を滑り、島を回る。

徐々に見えていなかった島の向こうの景色が目に入って来る。



敵艦隊を左舷方向に目視。


「球磨、敵艦を目視確認! 軽巡ヘ級へ向け斉射するクマ!」

後部主砲も射線を通したところで既に左舷に向いていた七門の14cm砲が一斉に轟音を鳴らす。


球磨の放った砲弾は放物線を描いて軽巡ヘ級へ向かっていき、

軽巡ヘ級周辺にいくつかの水柱が立つ。


「弾着! 近! 初弾交叉クマ!」


「続いて木曾、斉射開始!」

木曾も射線が通ると同時に砲撃を開始。


「直撃! 軽巡ヘ級炎上!」


爆発とともに、軽巡ヘ級は火柱を上げる。


「素晴らしい、敵旗艦に被害が出れば混乱は大きいはずだ!

 砲撃続けろ!」


その時、敵駆逐A、駆逐Bの前門主砲による反撃。

軽巡ヘ級からの反撃はない。


「混乱して慌てて撃った攻撃など当たるものではない! 怯むな!」


提督の予想通り、敵砲撃は木曾周辺に水柱を立ち上らせるだけに留まった。


敵駆逐艦が全速前進を始め、回避行動を始めたときには、

さらに三隻の駆逐艦が加わり、砲撃は一方的状況になっていた。


「よし、全艦雷撃! 同時雷撃を狙え!」


「雷撃開始するで!」

後部の黒潮から魚雷を放ち、わずかにずらして綾波、白露。


距離が遠い艦から魚雷を放ち、放った魚雷が敵艦に同時に命中するように調整する。

わずかに角度の違う魚雷に同時に襲われることにより、敵は回避する方向を完全に失う。


艦長であり、砲手であり、観測手であり、通信士でもある艦娘が得意とする攻撃だ。


「敵、駆逐A砲撃! 弾着予測は黒潮右舷甲板前部クマ!」


「わかってるで! 回避する! 右舷急速注水!」


敵砲弾弾着までおよそ8秒。

黒潮のエンジンテレグラフが全速後進へ切り替わる。


「あかん! 回避しきれん!

 全門斉射するで! 2、1!」


黒潮は全主砲を左舷九時方向に斉射する。


「っ!」

砲弾は黒潮甲板に命中した。


「黒潮! 大丈夫か!

 被害を報告しろ!」


「甲板にかすっただけや! 大丈夫や!」


黒潮の船体は復元力いっぱいまで右舷に傾いている。

右舷注水と左舷への斉射で一気に傾斜をつけて、

左舷方向から右舷甲板に飛来する砲弾をかすらせるに止めた。


黒潮中枢室では、ぱんっという音と共に黒潮甲体の肩から血が滴り落ちる。


と同時に、駆逐A、駆逐Bに魚雷が命中する。


「駆逐A轟沈! 駆逐B大破! 行足止まりました!」


かろうじて残っていた駆逐Bも、直後に爆発を起こし船体が二つに割れ沈んだ。


「敵が機関停止していただけあって、損害は小さいな。

 弾薬、燃料の確認、報告をしろ。

 黒潮は被害状況の報告」


「大したもんやない。右舷甲板前部の表面が削られただけや」


「あの状況で素晴らしい判断だった。

 小さい被害で済んだのは黒潮、お前の機転のおかげだ」


黒潮の艦娘補佐官が黒潮の肩の傷を確かめている。

既に傷はふさがっており錯誤自壊の規模に問題ないと判断された。


艦娘乙体が攻撃を受けると艦娘甲体には錯誤自壊と呼ばれる現象が起きる。

艦娘甲体は非生物的な異常な再生能力を持ち、体組織さえあれば四肢欠損であろうと再生する。

ただし、その際には多くの細胞を全身から集めるために、体重の低下が起こる。

乙体が損傷を受けるとその異常再生能力が甲体への損傷と錯覚し、

外力から耐えるための組織硬直と異常再生が発生する。

その際に実際は健常な体組織と再生された体組織に圧力が発生し、自壊する。

この錯誤自壊の規模は乙体の損傷度合いによって比例し、

乙体大破となると甲体への損傷も深刻なものになる。



「十分に燃料、弾薬共にあるな。

 哨戒を続ける!」


艦隊は更に前進する。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter20: 異変 ]


「初日の圧倒的勝利から5日か……

 予定通りならば本日中央主力が敵艦隊とぶつかっているはずだな」


艦隊は哨戒行動を続けていた。

時間の頃は日が傾き始めている。

敵艦との交戦は初日の1戦のみ。未だ他の敵艦隊との遭遇はなかった。


敵殲滅が主任務ではないため、遭遇しないに越したことはない。

しかし敵への損害は主力艦隊への支援に繋がるため、提督は積極的に交戦すべきと思っていた。


「敵もクマたちに気づいているはずなのに、全く遭遇しないクマ」


「もともとそれほど敵戦力がある海域ではないからな。

 偶然ということも十分に有り得る」


「このまま終わったら帰港のとき損害がうちの甲板だけっていうのも何か恥ずかしいわ」


「綾波はもう少し戦ってみたいです」

綾波は初戦以来やや積極的に戦闘を期待していた。


「球磨。綾波は問題ないか? 出撃依存などには……?」

提督は綾波の様子の変化が気にかかっていた。

比較的大人しい部類の性格が、戦闘を要求することに少なからず違和感を覚えていた。


「んー……普通クマ。乙体への接続中は快感を覚えるし、戦闘後はそれがすごく大きくなるクマ。

 初出撃だし、こんなものクマ」


「ふむ…戦闘での成功経験や、失敗した際の汚名返上への欲求と快感を結びつけて

 艦娘は出撃依存症にかかると聞く。初戦は圧倒的勝利だったので気になってな」


「それなら大丈夫クマ。

 出撃依存症になる娘は提督と疎遠で出撃にしか心の拠り所を見い出せない娘が罹るクマ。

 定期検査のときに出撃依存症で治療中の艦娘と会ったことがあったけど、ひどかったクマ」


「どんな感じだったんだ?」


「ずっと夜戦したいと暴れていたクマ……

 でも今は治療が成功して比較的落ち着いているらしいクマ。

 うちは提督のおかげで罹りそうな娘はいないクマ」


「まぁ気をつけておいたほうが良いということだな」


「そうクマ。球磨も提督が疎遠になったら死んじゃうクマ」


「ははは、こいつぅー」


「……司令はんたちわざとやってるやろ」

黒潮が呆れた声で呟いた。



「あれ? ……艤装通信……?」

白露が最初に反応した。


「なんだこれは……一体どこから……」

続いて木曾。


「所属不明の艤装通信? 海外艦か? しかしどうやって……

 球磨、発声機に繋げ」


「了解クマ」


球磨の返事と共に発声機がノイズだらけの声を発した。


その声はほとんど聞き取れず、わずかにいくつかの言葉が拾える限りだった。


「――シズミナサイ――ナンドデモ――――ワタシ――」


通信が切れる。


全員が静まり返った。

何故だか心をざわつかせる、不思議な迫力を持った声だった。


「なんだ……これは……そもそも艤装通信は艦隊内の艦娘間でしか使えないはずだ。

 たしかに今は五隻編成だから、もう一隻は通信網に入れるが……」


「わからないクマ……」


「なんとなくですけど、深海棲艦から。そんな感じがしました……」


「………」


不安を纏った空気がまとわりついていた。


「わからないことを考えていても仕方がない。

 この件は中央へ報告する。

 何にせよ、哨戒任務ももうじき終わりだ。

 切り替えて集中しろ」


提督はいち早く立ち直り、艦娘たちに何時も通りの声をかける。


「そ、そうだな。よし、気合入れるぞ!」

木曾が自分を奮い立たせるように声を上げた。



「――そんな、いつの間に」

白露の驚いたような、切羽詰ったような声が通信に入る。


「どうした白露?」


「敵艦隊発見! 2時方向! 軽巡ヘ級1、雷巡チ級1、駆逐ハ級2、駆逐ロ級1

 全速で……中央主力の作戦範囲に向かってます!」


「まずい……! 向かわせるな! ここで止めるぞ! 全艦戦闘準備!」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter21: 砲雷撃戦 ]


「球磨、進路を敵艦隊方向へ。反交戦を仕掛ける。

 敵前方の駆逐ハ級は駆逐A、敵後方の駆逐ハ級は駆逐Bと呼称する。

 単縦陣、球磨、綾波、白露、黒潮、木曾の順に」


「同交戦で一気に決着させたほうが敵の戦力を落とせるのではないかクマ?」


「間もなく日も落ちる。火力で劣る我々だが、夜戦での雷撃ならば有利になる。

 それまでは敵を食い止めるだけで良い」


艦隊は進路を敵艦隊へ向ける。


「敵艦隊を十分に引きつけ砲撃開始。斉射の機会は少ない。確実に命中させろ」


距離20000から艦隊は回避行動に移る。

それぞれの鑑が不規則な乙字運動を描き、敵砲雷撃方向を絞らせないように動く。

だが回避行動中であっても全ての砲は敵艦の方向を向いたままずれることがない。


艦娘にとっては複雑な回避行動と照準を同時に行うことは、

人間が一つの物を見ながら首を回すことと同様に容易な運動である。


そしてそれぞれが不規則な乙字を描きながらも、艦同士の距離は一定で移動に淀みがない。


敵艦隊も容易に当たらないことを知っているのか、射程範囲に入っても砲撃を開始しない。


お互いがにらみ合いながらも静かに両艦隊の距離は詰まっていく。


「まだだ、まだ――」


全ての艦が息を止めるように、火蓋を開ける時を待つ。

もはや小さな回避運動など不要な距離となろうとしていた。


「今だ!」


どちらが先か、あるいは示し合わせでもしたかのように、両艦隊の砲が同時に火を噴いた。


腹の奥まで揺すられるような凄まじい爆音。


その数秒後にいくつもの水柱が高く高く昇る。


「きゃあぁっ!」

「駆逐Bに命中! 一定の損害を与えました!」

「くっ! 被害は――!」

「軽巡へ級周囲に弾着!」

「うわああああ、沈め! 沈めぇー!」

「雷撃回避されました!」


様々な通信が同時に入る。

「第二射急げ! 撃ち負けるな!」


多少の損害があろうとも砲雷撃を続けなければならない。

お互いの砲が火を吹くたびに、お互いが損傷していく。


怖じ気付けば負ける、もはや殴り合いであった。


「ぜ…前門主砲、損傷! 旋回不能です!」

白露甲体の右手首がメキリという音と共に逆側に捻じれ、裂けた皮膚からは血が飛び散る。


「綾波、左舷魚雷発射管大破しました!未装填のため誘爆の危機なし!」

綾波の左手第三指と第四指が爆ぜてちぎれ飛ぶ。


幾度かの斉射の後、艦隊はすれ違い、砲雷撃が止んだ。


「被害を報告しろ! 応急処置を行え! 休んでいる間はない! 敵艦隊が戻ってくるぞ、急げ!」


「敵は主力方面へ向かっていたのに引き返して来るクマ?

 一定の損害を与えたから大丈夫そうクマ」


「敵が主力に突撃し、雷撃などが成功すれば主力艦隊であろうとも被害が出る。

 逃すわけにはいかない。

 それに敵から見れば俺たちが主力の増援でないという確証が取れない。

 相手としても逃がすわけには行かない目標となっているはずだ」


綾波の中枢室では、艦娘補佐官が爆ぜて吹き飛んだ綾波の指を拾い集め、寒天状の栄養剤を塗りつけていた。

ちぎれた手に雑にくっつけると、空気圧縮のかすがい撃ち機を何本か打ち込んで固定している。

固定したあとは糖とタンパク質でできた膜を巻いて止血した。


艦娘甲体の傷を治療しても船体である乙体の損傷は治らない。

しかし、出血が続けば艦娘であっても意識を失うため、応急処置を行う必要がある。


「左十六点の逐次回頭! 敵艦隊を追うぞ! 間もなく日も落ちる!

 夜戦で一気に叩くぞ!」


球磨が回頭し、それに続く形で順に艦隊が回頭していく。


夜は間もなく訪れる。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter22: 夜戦 ]


単純に敵艦隊がこちらへと引き返してくるなどということはなかった。

艦隊が敵艦隊との接触予測位置周辺へ向かったとき、敵艦隊の姿は見えなかった。


日は沈み、辺りはすっかりと暗くなっている。

もはや中長距離における目視での敵艦隊発見は困難な状況となっていた。


「電探があれば良かったが……」

提督が真っ黒な海に向かって独りごちる。


双眼鏡で艦橋の窓から提督は周囲を見回すが、暗闇ばかりが広がっている。

かろうじて月が出ているため島などの輪郭が見えることに感謝した。


「あれは……?」


提督はそれほど遠くない島に明かりが見えた気がした。


数秒と経たず、激しい揺れが艦橋を襲った。


「敵か!?」

提督は艦の設備にしがみつき、体の平衡をなんとか戻した。


「敵艦隊からの砲撃クマ! 九時方向!」

「木曾、被弾! 損傷軽微! 問題ない!」


「左舷方向に雷跡確認! 回避!」


島影に隠れていて、はっきりとした敵艦隊の輪郭は見えない。

連続で瞬く敵艦隊の砲火が敵の位置の標になった。


「クソっ! 球磨、九時方向に探照灯だ! 全艦斉射用意!

 雷撃も併せて行え!」


黒潮が照明弾を放つと、敵の姿が現れた。

やはり先ほど砲撃戦を繰り広げた敵艦隊だ。

もはや近距離になっており、艦隊は警戒のために大きな乙字運動を行っていたが、無意味化していた。


「島を利用して艦影を隠していたか!」


すばやく艦の主砲が九時方向へ向き、砲撃の準備が整う。


「よし、斉射――」

「提督! 敵砲弾が――!」


提督が指示を出そうとした瞬間、球磨の叫びと共に大きな衝撃が提督を襲った。


「提督? 提督!

 球磨、艦橋付近に被弾クマ!」

球磨甲体の左頭皮がズルリと落ち、滝のように血が流れ落ちる。


艦橋付近を貫通した敵砲弾によって、艦橋も歪みおよそ半分が崩れていた。


「司令官!」

「司令はん!」

「提督!」


悲鳴のように艦娘たちが提督の名を叫んだ。

ぐしゃぐしゃになった艦橋の様子は他の艦娘からは見えない。



「何をしている……」


「提督?」



「何をしている! 斉射だ! 敵艦隊に向け砲撃を開始しろ!」

提督の声が響き渡る。


「提督! 無事だったクマ!? ほ、砲撃開始!」


「三歩左にいたら死んでいた。球磨がわずかに着弾位置をずらしてなければどうなっていたか。

 艦橋に兵を寄越してくれ」


ようやく全艦の砲撃が始まった。


夜間の雷跡は視認しにくい上に近距離のため、回避はお互い間に合わない。

的を絞らせないように絶え間なく回避運動をし続け、当たらないことを祈るしかない。


「雷撃成功や! 敵駆逐A炎上、駆逐ロ級轟沈!」

雷撃成功の大きな水柱がいくつも上がる。


何本もの魚雷が球磨を掠めて通っていく。

「ね、狙われているクマ! 避けきれないクマ――!」


球磨の艦体後部で大きな水柱が上がる。


「左舷暗車大破! 船速維持困難クマ!」

球磨甲体の足首から先が弾けとんだ。


球磨の速力が低下し、ずるずると艦隊速度が低下する。


「球磨をこんな姿にするなんて屈辱だクマ……!

 なめるなクマぁー!」


損傷した球磨の雷撃が敵軽巡へ級に続けて命中し、大爆発を起こす。


「駆逐Bに命中! 誘爆している!」

木曾の放った砲弾が敵駆逐Bに命中し、炸薬が誘爆する。


残すは雷巡チ級のみ。


だがこちらの艦隊の損傷も大きくなっていた。


「綾波、敵の雷撃準備を確認! 球磨さん、回避してください!」


綾波が雷巡チ級の魚雷発射管から一斉に魚雷を発射しようとしているのを確認した。

探照灯が偶然その動きを照らしだしたのだ。


だが、球磨の闇車は大破しており、敵の雷撃を回避する速力を稼ぐことは不可能だった。


「球磨さんには提督が……!

 ……綾波、全速前進します!」


速度の低下した球磨の左舷側へ綾波が全速で移動する。

雷巡チ級と球磨の間に射線に入るように。


「綾波! 何をしている!」


「球磨さんが直撃するより、新米の綾波の方が戦力的に――!」


敵魚雷が球磨を、その間に入った綾波を向けて放たれた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter23: 大破炎上 ]


「時間はないけれど――」


気休めに過ぎないかもしれないが、綾波は魚雷発射管に装填されている魚雷を全て海中へ破棄した。


「待て!駆逐艦の装甲じゃ無理だ!」

提督の叫びが聞こえたが、綾波は無視した。

戦闘時に限り、各自が状況に応じ、自己の任務と権限を考慮して適切な独断を行うこととなっている。

提督の指示も艦娘の独断を止めることはできない。


暗い海の雷跡が綾波へと引かれていく。


「乗組員の皆さん! 魚雷が直撃します! 対衝撃体勢をとってください!」


迫る魚雷に綾波の心拍が大きく早くなる。

機関部や弾薬庫から極力遠い場所に当たるように、微小な調節を行う。


「来ます! 3……2……1……!


 きゃああああぁぁぁぁ!!!!」


轟音と綾波の悲鳴が鳴り響く。


「綾波ぃー!!」


「し、司令はんのお気に入りに何してるんや!

 司令はんが悲しむやろー!」


黒潮の砲雷撃が雷巡チ級に命中し、敵の弾薬庫の魚雷が誘爆する。

凄まじい爆発と共に、雷巡チ級はただの残骸になった。


敵艦隊壊滅によって、戦果は圧倒的勝利と言える。


しかし、

「綾波! 応答しろ! 綾波!」


綾波からの応答はない。


船体の喫水下は大穴が空いていた。

船体自体も歪み、緩やかなくの字になっている。


綾波の中枢室が錯誤自壊によってどのような惨状となっているか容易に想像できた。


「しっかりするクマ!」


「綾波……! 応答しろ……!」

祈るような気持ちで綾波からの応答を待つ。


「うぅ……魚雷って……痛……いんです……ねぇ……」

苦痛から息も絶え絶えとなっている綾波からの通信が返ってきた。


「待て、提督! 綾波が炎上しはじめている!」

木曾が綾波の船体の小さな火に気づいた。

何かに延焼したのか、見る間に大きな火へと変化を遂げていった。


「お腹の……中が……焼ける……! ああぁぁぁぁぁ!」

内臓を引きずり出され、それを火で炙られているかのような苦痛が綾波を襲う。


「綾波! 消火を急げ! 苦しむ暇はないぞ! 急げ!」


「くぅぅうううう……!」

うめき声をあげながら、必死に乙体内部を操作し、消火栓を動かそうと試みるが、何故か動かない。


「どうして……? うぅっ……痛い……熱い……!」

先ほどの魚雷の影響で、消火栓の弁が歪み、操作不能となっていた。


「誰か…! 誰か助けてください!

 痛いです…! お腹が焼けるように痛いんです!」


「今放水するよ!」

白露と黒潮による放水が始まったが、綾波内部から起こった火災には焼け石に水だった。


「こ、このままだと更に誘爆してしまうクマ…!」


しかし、綾波内部で変化が起こった。

突然、歪んだ弁が破壊された。

それにより不完全ながらも消火栓が機能し、綾波の火災は鎮静していった。


「何が……? 妖精さんのおかげ……?」

綾波は疲弊しながらも、船内を駆けていく何かがいたことを感じていた。



綾波の消火活動は夜明けまでかかった。


「よく頑張ったな」

提督が綾波にねぎらいの声をかける。


「綾波! 補助付きでありながら無断で接続解除せずによくやり遂げた!」

木曾も素直に感心している。


余りにも損傷がひどい場合、苦痛から逃れようと正規の手続きを踏まずに接続解除を行い、

神経組織に損傷などを負う艦娘の少なくない。

その場合、回復するのに時間がかかる上に、装備の破損による罪で謹慎処分となる。

謹慎と言っても、結局は神経組織の損傷のため、歩くことさえままならない。



もはや接続していても何もできない綾波には接続解除許可が出た。

接続を解除し、自分の状態を確認した綾波は、

自分の生物として即死していてもおかしくない姿に狼狽えることとなった。


かろうじて浮いているだけの綾波は、曳航されて港へと無事帰還した。



その道中、中央による敵主力殲滅成功の報が届いた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter24: 集会 ]


「痛ててて……っはぁ……やはりここが落ち着くなー」

提督執務室にしばらくぶりに戻った提督は球磨に手伝ってもらって席に座った。


綾波の消火が終わり、労った直後に提督は意識を失っていた。

艦橋が崩れた際、運良く直撃はしなかったものの全身15箇所に破片を浴び、

肋骨も2本が亀裂骨折し、頚椎捻挫も再発していた為だ。


戦闘中に駆けつけた兵たちが医務室に連れて行こうとすると、

「指揮官が艦橋から離れられるか!」と一喝し、最後まで指揮を執り続け、

球磨には、士気に関わるからと提督の状態を他の艦娘に伝えないように命令していた。


致命傷になるほど深い傷はなかったが、失血と低体温によって一時は危険な状態にも陥った。


「少しは休んだほうが良いクマー。

 戻ってすぐに執務室に来るなんて無茶クマ」


「ははは、やらなければならない仕事がある。先ずは吹雪を呼んでくれ」

心配そうな球磨に、顔がまだ土気色の提督は強引に笑顔を作る。


「了解クマー……」

無理をしている提督を見て、余計に心配になる球磨だが、命令に従うことにした。



艦娘たちは多少体重が減ったものの、大した損傷もなかったため、

作戦海域の港に着く前に傷は再生した。


綾波を除いて。


大破により内臓を撒き散らし、大量の血液を失っていた綾波は表面上の傷は癒えているが、

再生による体重減少が甚だしく現在は成人男性程度の力しか出なくなっていた。

補助付きである彼女は艤装を抱えたまま生活することが難しく、

立ち上がっても体重が軽いために、体と艤装の平衡を取れずに後ろに倒れてしまう有様だった。



「失礼します。吹雪、参りました」

球磨が吹雪を連れてやってきた。


「おかえりなさい、司令官。……って大丈夫なんですか?」

扉を開けて入ってきた吹雪は提督の姿に面食らった。


「どうした吹雪? そんなに俺の二枚目に磨きがかかったか?」


「そうですね。禿鷲あたりにモテそうな雰囲気です」

軽口で返してくる提督に、呆れながら吹雪も軽口で返す。


「さて、今回の出撃の報告が上がって来たら、お前と検討をしたい。

 それと、被害のまとめだ。あぁ、球磨はどこかで休憩してくれていい」


「え? 球磨もここにいるクマ」


「お前は駄目だ。部屋から出ていろ」

提督は真面目な顔で球磨を睨みつける。


しぶしぶといった様子で、球磨は退室した。


吹雪は球磨が退室するのを見てから、

「速報は聞いていましたが」と、暗い表情で切り出した。


「あぁ、ここからはあまり艦娘には聞かせられないからな。

 特に出撃した者には」


「1名ですか。所属は……なるほど。

 若いですね……」


「残念なことだ。慣れなければいけないんだろうが……

 集会を行う。急ぎの作業に当たっている兵を除き、全員だ」


「非番の者はいかがしますか?」


「外出でいない者以外全てだ」


「了解しました」



吹雪の招集で、広場にほぼ全ての兵が集められた。

艤装を装着した艦娘たちの姿もそこにある。


綾波が艤装の重さにフラフラとしていると、

「士官なのだからしっかり立て!」と隣の木曾に叱られた。

木曾は綾波に少し近づくと、何も言わずに艤装を下から左手で支えてやった。


乱れもなく整列し、綺麗な姿勢で整然とした兵たちが並んでいる。

そのうち何十人かは新しい包帯などが巻かれていた。


綾波は兵たちの列を見渡すが、背が低いためにほとんどの兵たちの顔が見えなかった。


吹雪に支えられ、兵たちの前にある壇上に提督は立っている。


朝礼などはほぼ毎日、提督が立つ集会もよく行われているが、今回は雰囲気が違っていた。

普段の兵たちの朝礼には参加しない艦娘たちもいること。だがそれだけではなかった。


「今回の作戦、我々海軍の大勝利だ!

 新式海兵、また諸君ら勇敢なる海兵の活躍によって、敵艦隊を撃滅せしめ、

 人類は一歩大きくその生存圏を取り戻した!」


兵たちがおぉっ! と雄叫びを上げる。


「しかし! この作戦の最中、勇敢な一人の兵士の命が失われた。

 彼は自らの命を顧みず、業火に飛び込み、獅子奮迅の活躍を遂げた!

 その勇気ある行動は、乗組員32人と新式海兵の命を救った!

 我々は彼のその意思を引き継ぎ、更に前進しなければならない!」


演説を聞きながら黒潮が呟く。

「誰か死んだんか……珍しい」


艦娘の登場以来、戦死者は激減した。砲撃などのために兵が甲板に出なくても良くなったためだ。


提督の演説は続く。

「死んじゃったのは上等兵? ……二回級特進でってことは二等兵かー。

 それだと年金も少なくて、家族も困っちゃうね」


白露もどうでも良いような呟きをする。


綾波は二等兵と聞いて、出撃前夜に会った若い二等兵を思い出した。

ここからは見えないけど、休暇頂けたのかな。戻ってきたらまた妹さんの話を聞こう。などと考えていた。



しかし綾波は二等兵の顔を二度と見ることはなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter25: 会議 ]


鎮守府に現在使用できる艦娘用船渠は二隻分存在する。

以前の提督がいた頃は四隻分あったのだが、二隻分を残して閉鎖された。


通常の船渠は艦船が進入すると、門を閉めて排水、渠底に乗せて修理を行うが、

艦娘の乙体はその後に特殊な有機物溶液を注入、船体その物を沈めてしまう。


乙体の装甲の下には筋肉と神経が張り巡らされており、艦娘はこれと接続することにより操船をしている。

艦娘の装備にも乙体と接続するための神経が必ず組み込まれている。

これにより、電子機器なしで操船や弾薬の装填や砲塔の旋回が可能となっている。

生体部品であるこれらの修復は自己再生によって行われる。

再生中の乙体は完全な冬眠状態となり、損傷が癒えるまで接続が不可能になってしまう。

再生後は砲であれば砲齢さえも新品と遜色ない状態に戻る。


提督は比較的損傷の軽かった黒潮と白露の乙体を優先的に入渠させていた。

全艦が損傷していたため、通常業務さえままならなかったからだ。

現在は再生は終わり、有機物溶液まみれの黒潮と白露の清掃が行われている。


提督執務室では、吹雪と提督が会議をしていた。

机に報告書や資料を並べて、決断をしていく。


「次の入渠は綾波と球磨だな」


「組織が複雑化した木曾さんの再生は時間がかかりますからね。

 それで、今回の出撃の報告で気になることがあります」


「気になること?」


「綾波さんは距離5000での砲?に非凡な才能を見せています」

吹雪が提督に見せたのは1枚の報告書。


「ふむ……たしかにかなりの的中率だ。初陣にしては、というところだが。

 これは綾波という役割効果が大きく出ていると言うことか?」


「おそらく。先の大戦時の駆逐艦綾波は距離5000で初弾命中させたという話があるので、

 その影響は大きいと思います。

 彼女自身の才能という可能性もありますが。

 それともう一つ」

もう一枚の報告書を提督に差し出した。


「モルヒネ使用報告か。

 全員損傷あたりの使用量は規定値以下だな。これならば全員優秀と言って良いな。

 ……綾波だけ妙に少ないな。記録の不備じゃないか?」


艦娘は戦闘中に大きな損傷を受けた時に規定量までのモルヒネ使用が許可されている。

痛みによる集中力の欠如や気絶、発狂などを抑える為だ。

しかし、使用すれば眠気や嘔吐感などによる、砲撃精度の低下などの問題も発生する。

人間と違い、傷の再生と共に速やかに分解され、依存症などに罹ることはない。


「いえ、残量などと比較しましたが、正確なようです。

 彼女は大破炎上していながらほとんどモルヒネを使用していません」


「使用方法がわからなかったか、モルヒネ過敏か、感覚神経の接続に問題があるのか?」

半ば信じられないという様子で提督は吹雪に訊ねる。


「訓練や検査の際にそのようなことはありませんでした。

 憶測ですが彼女は異常に苦痛への耐性が高いのだと思います」


「ふむ……それも役割効果という可能性は?」


「もちろんありますが。彼女は特殊な才能を持っている可能性があります」


「それは……綾波が特殊適合体かもしれないということか?」


「あくまで可能性ですけどね」


「あるいは、モルヒネを使うことによる便秘が嫌だったのかもしれん……!」

提督はまだ判断できる段階ではないので、記憶の隅に置く程度にした。


「それはそうと、今回の一番武功を誰にするかだ」

頭を抱えながら提督は言った。


「うーん……単純に敵に一番損傷を与えた艦じゃ駄目なんですか?

 そんなに重要な問題でもないと思いますけど」

吹雪は戦闘報告を見ながら木曾を指名した。


「いや、仕事に応じて与えると言ってしまってな……

 木曾はたしかに活躍していたが、改造済みということを差し引くとな……

 何より、一番功者と休暇を一緒に過ごすと約束をしてしまったんだ……!」


「はぁ……自業自得ですね。誰を選んでも角が立ちそうな約束を……

 ゆっくり悩んでください」

ため息をつきながら吹雪は突き放した。


「そんな冷たい! 吹雪の名は伊達じゃないな……」

ぽつりと提督は呟く。


「何か言いましたか?」

提督の言葉を聞き逃さなかったはずだが、吹雪は笑顔だ。


「吹雪さんは可愛いって」

提督は素早く真顔で答えた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter26: 白露 ]


白露が港に繋留されている自分の乙体の甲板にいる。

目を閉じて何かを呟きながら体を動かしている。

その顔は真剣そのものだ。


前回の作戦での自分の戦績に不満があり、なんとかしようと仮想訓練を行っていた。

接続しての実践訓練が良いのだが、艦娘は提督の許可なく乙体と接続することを禁止されている。


「……ふぅ。やっぱりあの時はこうした方が良かった。

 とっさには難しいんだよねー」


自分の反省点を洗い出しが終わったのか、白露は目を開けた。


「あれ? 白露さん?」

白露が乙体から降りようとしているときに、たまたま港に来ていた吹雪と会った。


「非番の日まで訓練ですか? 真面目ですね」

吹雪は時々白露が非番の日でも訓練をしていることを知っていた。


「この間の作戦、ちょっと失敗しちゃったから」

あははと笑いながら白露は答える。

白露の戦績は決して悪いものではなく、言うなれば優秀な部類に入る。

安定した好成績を修め続けているが本人はいつも不満を抱いていた。


「吹雪さんはどうして港に?」

大先輩の吹雪相手であっても物怖じしないのが白露の特徴だ。


「ちょっと神経接続を。たまに接続しないとなまっちゃいますからね。

 あ、もちろん提督の許可取ってますから」

むん、と両手で拳を作って顔の横に持ってくる。


「吹雪さんでもそうなんだなぁ。あたしももっと頑張らないと、一番取れないね」


「そういえば気になっていたんですけど、白露さんって一番に拘りますよね」


「あ、小さい頃から一番になれって言われて育てられたんです」


「小さい頃……? 白露さんは昔の記憶が?」

吹雪は少し驚いた様子で尋ねた。


何も言わずに白露は頷く。


「家が貧乏だったんです。

 父はお酒を呑むといっつも一番になれー、俺みたいになるなーって。

 結局どんどん借金が膨らんでしまって、母も逃げて、どうにもならなくなっちゃって。

 それで借金取りの人に、ここか花売りか選ばされたんです」


「そんな……! いえ、そうですね……白露さんみたいな娘は多いですね……」

吹雪は衝撃を受けながらも、不服そうに納得する。


「あはは、あたしここ好きですから良かったと思ってます。

 父は情けない人で、もうあの家に戻る気もないですけど、

 一番になれっていうのは、たぶん正しいんだろうなって。

 兵学校の時は頑張って一番を取りましたけど、実戦だと上手く行かないですねー」


白露は元気な明るい笑顔を崩さない。


あっけらかんと話す白露に吹雪は同情心を抱きながらも、暗い気持ちにはならずに済んだ。


「吹雪さんは昔の記憶とかどうですか?

 長く艦娘やっているので、結構思い出せているんじゃないですか?」


「私は……まだ思い出せてないですね」

吹雪は遠くを見つめて答える。


白露は、吹雪は嘘をつくのが下手なのだなと思った。


「あーお腹空いちゃった! 吹雪さん、なにか食べませんか?」

ぱっと花の咲くような笑顔で白露は提案した。


「そうですね。何か食べましょうか!」

吹雪も笑顔で答える。


「じゃ食堂行きましょう! 吹雪さん、おごってください!

 あたしお給料ほとんど送金されちゃうので貧乏なんです」


「……しっかりしてますね。いいでしょう。佐官待遇の経済力を見せてあげます!」



食堂に行った白露と吹雪に何故か加わった木曾、黒潮、綾波により、

吹雪の口から久しぶりに「ダメれすぅ!」という台詞が飛び出すこととなった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter27: 休暇 ]


「よし、決めたぞ」

提督は決断した。


「一番戦功は――!」





「あ、あの狭いところですがどうぞ」


緊張した面持ちの綾波が提督を自室へ招き入れる。


結局一番戦功を上げた艦娘は綾波ということになった。

初陣にしてはきちんと仕事をこなしたという事と、球磨を守るための英雄的献身が評価された。

仕事や戦功そのものよりも、今後を期待して、という色合いが強い。


綾波は未だ艤装に負担を感じる程度に体調が戻っておらず、

提督に至ってはいつ怪我が開いてもおかしくはない状態のため、

街に出ることなどできないという判断から鎮守府内で済まそうということになった。


それに鎮守府内ならば他の艦娘の反対も比較的弱くなるだろうという、

後ろ向きな戦略的決断でもあった。


「そういえば艦娘の部屋に来るのは初めてだな」


提督は所在無げにきょろきょろと部屋を見回す。

見回りなどであればそれをこなすだけだが、今は休日である。

街で過ごすこととは違った落ち着かなさを感じていた。


少ない家具で生活感が弱い部屋には、年頃の少女特有の香りと鉄や油の匂いが混ざっていた。


「小奇麗にしているんだな」


物が少ない綾波の部屋には埃などもなく、清潔に保たれている。


綾波は提督の一挙手一投足が気になって、必死に目で追っている。

いつもは自分しかいないその部屋に提督がいるという不思議な光景を妙な浮遊感と共に感じていた。


提督と目が合った。

次に紡ぐ言葉が見つからずに目が泳ぐ。

それは提督も同じだった。


提督に何かしなきゃと思った綾波は

「お、お茶にしましょうか!」

と少し裏返った声で提案し、そそくさと部屋を出て行った。

部屋を出た綾波は握りこぶしを固く作っていて、手にびっしょりと汗をかいていたことに気づいた。


残された提督は少しの居心地の悪さを感じながら綾波のベッドに小さく腰をかける。


提督は部屋を見回すと、本当に私物が少ないなと思った。

そんな中で、小さな机の上に置かれた写真立てに気づく。

「ん? 写真か? 写真機なんて綾波は持っていたか……?」


提督が立ち上がって写真立てに手を伸ばしたところで、綾波が戻ってきた。

手に持った小さな盆には二つの湯呑が乗っている。


「お待たせしました」


艤装の重さの所為か、よろよろと心許ない所作で、お茶を運んでくる。

何とか少しこぼしながらも、無事に机に盆を置いた。


「ありがとうな。

 そういえば綾波の私物はこれだけなのか?」


小さな古い鞄を指差して訊ねる。


「そうですよ。制服なんかは支給されますし、下着くらいしか……

 あ、中は見てないですよね?」


少し焦った様子で綾波が聞き返してくる。


「いや、大丈夫。見てないよ。何だか少ないなと思っただけで」


人間であれば色々な物に興味を持つ年頃の少女が、外界と遮断されて

これだけ質素に暮らしているのをみて、提督は少し気の毒だと感じた。


「……」

「……」


また会話が途切れる。

提督は大した話があるわけでもないが、普段はもっと何か話してたような気がすると思ったが、

大抵のときは作戦や仕事の話しばかりだったことに気づく。

綾波の緊張が伝染したのか、提督も何故だか緊張してきている。


二人が立っていることに気づいた綾波は、

「と、とりあえず腰をかけてください。まだお体の具合、良くないでしょう?」

と言って、提督にベッドに座るように促した。


「あ、ああそうだな。よっと――つっ!」

促されて慌てて座ろうとしたためか、提督の傷がずきりと痛み、平衡を失う。


「あ、危ない!」

綾波が素早く動いて提督を支えようとしたが、艤装の重さに体がついていかず、

提督に抱きついたような形で二人でベッドに倒れ込んだ。


「あっと……大丈夫ですか? ……!?」

気が付くと、頬が触れ合うような距離に提督の顔があった。

綾波が提督潰してしまわないようにとっさに庇ったせいで綾波が押し倒されるような格好になっている。


ばくんと綾波の心臓は大きく拍動する。


「痛ててて……」

提督が倒れた衝撃と傷の痛みから立ち直り、顔を起こそうとする。

その拍子に、すりっと頬が触れ合って、綾波の体がぴくりと跳ねた。


提督は状況に気づく。

綾波の顔と提督の顔は僅かな距離もなかった。

もはや少しのきっかけで唇が触れるような、吐息を交わすような距離になっていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter28: 写真 ]


心臓が口から出そうだと綾波は心の中で叫び声を上げた。

提督と触れ合っている部分が熱くなり、その熱が背筋を抜けて下腹部へ溜まっていくかのような錯覚に陥る。

どうしたらいいのかわからなくなり、そしてこれから何をされるのかもわからず、

必死で目と口をきゅっと結び、胸の前で拳を握った。


極度に緊張をする綾波をみて、何故だか提督は冷静になっていった。


提督は綾波の反応を見ながら、睫毛が長いななどと思っていた。

ふわりと、綾波の髪から石鹸の香りがする。

なんの気はなしに指の甲で綾波の産毛を撫でるように頬をさらりと軽く撫でてみた。


綾波は予期していなかった刺激にふるふると小さく震える。

その反応に提督の嗜虐心が湧き上がる。


頬を撫でていた手は綾波の首筋を指の腹で撫でる。

「――ひぁ!」

綾波は小さな悲鳴を上げて、肩をすくめた。

ぞくぞくとしたくすぐったさが触れられた首から全身へと電気のように流れる。


綾波の唇は空気を求めるかのように小さく動く。

頬はほんのりと赤く色づいている。

吐息は熱くなり、長い睫毛から見える瞳は波打つように潤んでいた。


提督の一つ一つの挙動につぶさに反応する綾波が提督を愉しませる。


首筋や肩、耳などを指の腹で優しくなぞってやる。

綾波の肌は柔らかな感触を提督に提供すると共に、少しずつ湿り気を帯びていく。


提督に触れられる度に背筋が痺れる。

手足の末端は綾波の意思に反してびくびくと動く。

下腹部の熱のこもり方は今まで感じたことがないほどだった。


「しれいかん……」


綾波は提督を呼んでみた。その先に続く言葉はもう止めてほしいだったのか。もしくは。


提督は意地悪く、綾波の耳元で息がかかるように「何だ?」と囁く。

提督の吐息と声が直接脳に届くかのようなぞくりとした刺激が走る。

綾波は堪らず逃げるように提督の胸元に顔をうずめて、提督を抱きしめた。


提督はここまできて、しまったと後悔した。

いくら弱っているとは言え、艦娘に抱きしめられたのならば提督に逃げ場はない。

綾波が自分の意思で提督を離さない限り、もはやその手から逃れる術はなかった。


「司令官……綾波、上手くできるかわかりませんけど……頑張ります……」

胸に顔をうずめたままで綾波は言う。


綾波の体はわずかに震えていた。

もはや綾波は決心していた。

提督から求められていると感じ、そして綾波自身も提督を求めていた。


綾波は自分の状況を分析する。

体も三回洗ったし、下着も一番新しいのを履いている。大丈夫だと。


提督は綾波の柔らかい髪を撫でながら考えていた。

ちょっといたずらするだけのつもりだったのに! と。


綾波に求められることが嫌なわけでもない。

だが提督には思うところがあったため、行為に至るつもりは全くなかった。


「綾波、ちょっといいか?」


「はい」

綾波はいよいよかと不安と緊張を感じながら返事をした。


「お前に言わなくてはならないことがある……」


「……? えっ……?」

拒絶を恐れた綾波は提督の表情を確認しようと顔を上げる。

綾波の心には先ほどよりも大きな不安が押し寄せる。


「言いにくいんだが……」


もったいぶった提督に綾波は焦れるが、同時に先を聞くのが恐ろしかった。



「みんな見ているぞ」



提督がそう言うと、部屋の扉がガタガタっと音を立てる。


「何してるんだ、業務にもどれー」

扉の向こうに向かって声をかける。


「健気だったね」「がんばるのかー」などと言いながら扉から離れていく音が聞こえた。


「ええええー!」

我に帰った綾波は今までの自分の行動に赤面する。

お茶を煎れに行った時は確かに誰もいなかったはずなのに、いつの間にいたのか。


「雰囲気なんてなくなったろう? というわけで離してくれないか?」


綾波は慌てて提督の胸に回していた手を離すと、

「ちょ……ちょっとお手洗いに行ってきます……!」

と言って顔を隠しながらばたばたと部屋を出て行った。


手洗いの個室に入ると、腰をかけて激しく拍動する心臓を落ち着ける。

「下着……こんなになってる……恥ずかしい……」

紙でふきとってから個室を後にする。

頬を両手でパシパシと叩いて、気持ちを切り替えてから部屋に向かった。


部屋に戻った綾波の目に最初に入ったものは写真立てを持った提督だった。

提督の様子がいつもと違って見える。

何か驚いているような、戸惑っているような。


「綾波。この写真は……? 覚えているのか?」


提督がじっと写真を見ながら言う。


「綾波の私物です。昔の写真みたいなんですけど、記憶がなくて。

 何故か捨てられなくてずっと持っているんです」


綾波がそう答えると、提督は落ち込んだ風に「そうか」と呟いた。


すぐに提督は何時も通りの表情に戻って、

「さて、何をしようか。と言っても部屋でできることになるが」

と、相談してきた。


「お話をしましょう」

綾波はふわりと笑って、そう答えた。


先ほどの騒ぎのおかげで、もはや緊張などはなくなっていた。

二人は他愛のない話ばかりをして、夜には提督は自室に戻っていった。


それでも綾波には幸せな休暇となった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter29: 間宮 ]



休暇から十日ほどが経過していた。

綾波も何とか警備任務などに出られるほどに体調を戻していた。


提督は多少包帯が少なくなった程度で、まだ回復には時間がかかるようだった。

それでも相変わらず提督業を無理してやっていた。


「技開の間宮さんが来ていたクマね」


昼食から戻ってきた球磨が提督に言う。


「ああ、技術開発局から敵艦の鹵獲に成功した謝礼として間宮を送ってきた。

 到着はしているようだがまだ挨拶には来ていないな」


先の作戦で大破炎上した軽巡ヘ級が近くの島に座礁しているのが発見され、

中央の技術開発局が鹵獲していた。


「クマ? 食堂に行った時に見かけたクマ」

食堂に行っていたクマは間宮とすれ違っていた。

その為、間宮が来たことに気づいていたのだった。


「何をやっているんだ? 技開の奴らに彷徨かれるのはあまりいい気がしないな……

 そもそも間宮など必要ではないというのに。

 すれ違いに間宮が来たら待たせておけ。艦娘用食堂を見てくる」


やれやれと言いながら提督は席を立った。



その頃、食堂には任務から帰ってきた綾波たち駆逐艦三人がいた。

まだ完全とは言えない状況での任務は綾波にとってやや辛いものだった。


「早く体を戻さないと、ちょっと辛いですねぇ……」

綾波が体の倦怠感にボヤいた。


「今はたくさん食べるしかないよ」

あははと白露は元気に笑う。


「間宮さんでもおったらなぁ」

黒潮は作戦以来、綾波への当たりが少し弱くなっていた。


「間宮さん?」

綾波は聞いたことのない名前だった。


「補助付きは知らんのか。給糧艦の艦娘の間宮さんや。

 間宮さんの出す給糧はすごいで。なんて言うかもう…なんて言えばええんやろ」

かつて一度だけ味わった間宮の給糧を思い出し、黒潮の顔は緩みきっている。


「あれ? あそこにいるのって……」

白露が驚いた様子で食堂の入口を指差している。


その先には、割烹着と赤い髪紐でまとめた長髪が特徴的な、優しげな女性が立っていた。

にっこりと笑顔を返して、小さく手を振っている。


「間宮さんや!」


先ほど噂をしていた矢先の間宮の登場に、黒潮や白露は驚きと共に喜びを隠せない。


「どうしたんですか? 丁度噂をしてたんですよ!」

「間宮さんのアイス食べられるん? 最中は?」

黒潮と白露は間宮の元に駆け寄り、囲むようにはしゃいでいる。


「あらあら。ちょっとこの鎮守府にお礼をしてこいって言われまして。

 あら? あそこにいるのは新しい娘?」


綾波に気づいた間宮は綾波にも笑顔を贈る。

綾波はお辞儀を間宮に返した。


「あら?」

何かに気づいた間宮は綾波の近くまで来て、顔をよく観察する。


「だいぶ疲れているみたいですね……そうだ!

 新製品のこちらを差し上げます。提督には秘密ですよ?」


間宮は艤装から涼しげな硝子の器に入った乳氷菓を取り出した。

甘い香り放つ雪のように白いそれは、魔力でもあるのかというほどに魅力的に思えた。


「い、良いんですか?」

綾波の目はもはや目の前の乳氷菓に釘付けになっていた。


「ええ。感想、聞かせてくださいね」

柔らかい笑顔の間宮は綾波にとってまさに天使に見えた。


菓子食用の小さな金属の匙を右手に持って、乳氷菓を口に運ぼうとしたとき。


「こんなところにいたのか!」

提督が現れた。

食堂内を見回して状況を把握すると、つかつかと綾波たちの元へ歩き進む。

その顔には怒りが見える。


「提督……?」


綾波の前まで来て綾波の手にあった匙を奪い香りを嗅ぐと、

乳氷菓を手で払い床にぶちまけた。


硝子容器は音を立てて砕け、乳氷菓は床にべちゃりと無残に落ちた。


駆逐艦たち三人は何が起こったのか分からず、声も出ない。


「私の許可なしで勝手に給糧を与えるとはどういうことだ!」

提督が間宮に対して怒鳴りつけた。


間宮は驚いた様子もなく、柔らかい笑顔のままで答える。

「お疲れだったようなので、疲れを癒してあげようかと」


「“疲れを癒す”だと? “疲れを感じなくなる”の間違いだろう……!?」

提督は間宮を威圧するように睨みつける。


対して、間宮は変わらず笑顔のままである。


「この件は報告させてもらうぞ。どうせ貴様ら技開の目的は伊58だろう。

 吹雪に案内させる。付いて来い。

 床は綾波。お前が片付けろ。俺の許可なしで見知らぬ糧食を摂るんじゃない!」


怒りの収まらぬ提督の後ろを間宮が「あらー」などと言いながらついていった。


三人はその光景を呆然を見守るしかなかった。



間宮はその日の夜には帰っていった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter30: 質問 ]


綾波が泣きながら大きな家の外門を叩いている。

空気の冷たさで頬は赤くなっている。

服は何度も繕われたもので、寒さなどにはほとんど耐えられないように見える。


「助けてください! お兄ちゃんに会わせてください!」


綾波は何度も叫び続けた。


叫び続け、声が枯れそうになったところで、くぐり門からやや太った中年の女性が現れた。

中年の女性は綾波の風体をつまらない物でも見るかのように見回す。


「お、お兄ちゃんに会わせてください。弟が……」

綾波は中年の女性に必死ですがりつく。


「五月蝿いね! 坊ちゃんに妹なんていないよ!」


「そんな……あの、会わせてもらえれば……!」


「いい加減にしな! あんたみたいな汚い物乞いが増えて困ってるんだよ!」

中年の女性は言うなり、綾波を強かに箒の柄で幾度も殴りつけた。


「はっ……うぅ……ぐ」

寒さと殴られた痛みで綾波は道に倒れ、縮こまる。

固く冷たい地面に、切れた唇の血が数滴落ちた。


「さっさとどっかへ消えな! もう来るんじゃないよ!」

そう吐き捨てて、中年の女性はくぐり門へ消えていった。


綾波はじんじんと痛む体を必死に起こして、歩き始めた。


どうすればいいのだろう、どうしたら助けられるのか。もうお金もない。

そう考えながら体を引きずるように来た道を戻っていった。



「――はっ!」

綾波は目を覚ました。

そこは寒さなどは微塵もない、暖かく柔らかいベッドの上だ。


「……怖い夢」

夢を見ながら泣いていたのか、綾波の頬は濡れていた。

妙な現実感がある夢だったと綾波は思った。



提督執務室では提督と秘書艦である球磨が書類作業をしていた。


「そういえばふと気になったクマ。“艦娘”って女の子だけだからクマ?

 どうして男の子はいないクマ?」

球磨が書類から目を離さずに言った。


「んー? そんなことも知らなかったのか?」

提督も書類に署名をしながら答える。


「球磨は兵学校時代は座学は苦手だったクマー。実技で一番だったクマ」


「そうだろうな。女の子だからっていうのは逆だな。艦娘って呼び方の方が先だ」


「クマ? 艦娘がいないのに艦娘だったクマ?」


「元は艦MUSだったんだ。深海棲艦が出現した時に艦隊用新式海兵単位方式というのが提唱されてな。

 つまり、深海棲艦と同じように一つの意識によって艦を動かすって概念なんだが。

 それがNew Marine Unit System for Fleets。

 色々略されているうちにNewが消えて艦隊用 Marine Unit Systemになって艦MUSだ。

 新式海兵には女性しか適性がなかったから転じて艦娘と呼ばれるようになったってことだ」


「じゃあ男の子でも艦娘クマ?」


「……考えたことはなかったがそうなるな。

 まぁ現在のところ不思議と転換処置に適正を持った男はいないからな。

 とはいえ研究が進めばわからない」


「提督が艦娘になっちゃったりクマ?」

球磨が冗談めかして言う。


「ああ、そうだな。それが一番いい。俺がなれたらと思うよ」

提督は冗談のように言ったが、本心が半ば以上入っていた。


とその時、執務室の扉がコンコンと叩かれた。

「失礼します。吹雪です」


提督が「入れ」と促すと、吹雪が入室した。


「司令官、ちょっとよろしいですか?」


「ん? この書類に署名したら……よし。なんだ?」

提督は顔を上げて吹雪に目をやった。


「お話があります」

吹雪はまっすぐに提督を見据える。


「……わかった。指導室の方が良いか?」


提督は何かを察して他の者がいないところに移動した。



「話というのはなんだ?」

提督が話を切り出した。


「綾波さんのことで。いえ、司令官がなぜ綾波さんを気にかけるのか。

 気になって調べさせてもらいました」


佐官以上であれば、艦娘が人であったころの経歴にも接触する権限を有する。

艦娘になる前がどうだったのかなど瑣末なことなので、普段は使われない権限である。


「……なにかわかったか?」

提督は確信はしていないが可能性は予想をしていたという表情だ。


「ええ。何故かはわかりました。綾波さんと司令官の関係。

 でもわからないこともできました」


「何がだ?」


「どうして綾波さんを艦娘としてここに置いておくのかということです。

 提督の権限なら解体して帰すこともできるでしょう?」


吹雪の質問に提督の表情がすっと消える。


「一つは綾波は既に軍の所有物だ。個人的な理由などで解体などできるわけがない。

 もう一つは、綾波は既に帰る場所がなくなっている。解体されても施設に送られる。

 そこまでは調べてなかったか」


「……! 施設……そう……ですか……」

吹雪は辛い顔をしている。まるで自分のことのように。


「では、提督が預かるということも……」


「ははっそれこそ無理だな。

 個人的に気になる艦娘がいたので提督権限で解体して家に連れて来ましたと?

 職権濫用だ。下手すれば軍の大切な装備を私的に使えなくする人類の敵であり思想犯だ」


「……」

吹雪は言葉を継げなくなっていた。


「この話は終わりだ。片付けなければならない書類がある」


執務室に戻ろうとした提督を、吹雪は「待ってください」と引き止めた。


「綾波さんに閉鎖された船渠を見せてもいいですか?」

吹雪はなにかを決意をした表情だ。


「……艦娘の教育はお前に任せている。好きにしろ」


提督は振り向かずにそう答えて、指導室を後にした。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter31: 第三神経 ]


綾波と吹雪は閉鎖された第四船渠の前に立っていた。

現在も使用できる船渠は第一と第二の2つ。

今の体制になり艦娘が減ったから維持費用に見合わない為に閉鎖されたと綾波は聞いていた。


第三と第四の閉鎖された船渠は人が入らないように覆いがしてあるため、中がどうなっているかはわからない。

吹雪はその船渠の入口を鍵を使って開ける。


使われていなかったはずなのに、扉は軽快に開く。

いつでもすぐに使えるように清掃くらいはしているのだろうかと綾波は思った。


「こちらです」

吹雪が先に入り、綾波についてくるように促す。


中は覆いの為に暗く、吹雪は手に電灯を持っている。

暗い船渠建家の中は放置されていたような埃の溜まり方ではなかった。


「綾波さんは艦娘ってなんだと思いますか?」


大きな空洞になっているためか、コツコツと足音がよく響く。

吹雪の声も残響を伴っている。


「深海棲艦と戦うための第三神経を持った人であり兵器ですよね」

綾波は兵学校で習ったとおりに答える。


「そうですね。その通りです。じゃあ第三神経ってなんだと思いますか?」


「新しく開発された、人と艦を接続させるための神経です。

 副作用として異常再生能力と怪力を得る」


「正解です。では、そんなに便利な技術なのになぜ人と艦だけなんでしょう?」


「……選ばれた人しか適合しないから……?」


「うーん……まぁいいでしょう。深海棲艦が出現してから少しの間で開発された技術、

 人類が急にそのような技術を作れたと思いますか?」


「……? それは……確かに不思議ですけど、でも現に存在しています」


「人は第三神経を作ってなんかいないんですよ。そこにあったんです」


「すみません。言っている意味が……?」


「深海棲艦が現れて、激しい戦いの折、偶然鹵獲に成功した人類は深海棲艦の研究を始めました。

 深海棲艦の組織は生物に寄生し、増殖して宿主を殺すことがわかりました。

 でも、そんな中で共生できる宿主がいることが発見されます」


「え……? それはつまり……」


「あ、着きました」

吹雪が立ち止まった。


奥は広い空間が広がっており、電灯の明かりなどはその闇の吸い込まれて届いていない。


吹雪が壁のあたりで何かを探し、バチンという音と共に暗闇に光が灯った。

突然明るくなったために綾波は目が眩む。


綾波はちかちかとした視界で奥の空洞を覗き込むと、すぐそばに大きな黒い物体が見えた。


「――深海棲艦!?」

驚いて後ろに飛び退く。


「いえ、深海棲艦ではありませんよ」

吹雪は少し可笑しそうに笑った。


確かにその物体は深海棲艦などではなかった。

その独特な形をした物体を綾波は兵学校で習っていた。


「……あれ? ふぶきん、こんにちは!」

その物体の方から言葉が発せられた。


「彼女は潜水艦の艦娘、伊58です」

「ゴーヤだよ。新しい娘? よろしくね!」


「あ、特型駆逐艦の綾波と申します。よろしくおねがいします」

挨拶をされ、綾波は咄嗟に挨拶を返す。


綾波はなぜ艦娘を深海棲艦と勘違いしてしまったのか、不思議に思う。

だがそれとは別に疑問があった。


「あの、ゴーヤさんどうして降りてこないんでしょうか……?」


「……さっきの話が途中でしたね」

吹雪は綾波の質問を受けて、話をまた戻した。


「深海棲艦の組織と共生した宿主は、深海棲艦同様の異常な再生能力を得て、老化しなくなります。

 そして発生を同じくした組織を無生物に埋め込むと、

 神経情報をその無生物に埋め込んだ組織に伝える機能を有していました」


「それは……もしかして」

綾波は驚きを隠せない。


「私たち艦娘です」




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[chapter32: 裏返り ]



吹雪の衝撃的な発言から綾波はいくつかのことを思い出した。


海水由来の飲料水。

人間ではないとされる立場。

まだ不明な点ばかりで低い適合率。

艤装通信に闖入した深海棲艦の声。


これらが吹雪の話が冗談ではないことを裏付けていた。


「深海棲艦の組織は使用されればされるほど複雑化し、より性能が高まります。

 どんどんと神経接続深度は深まり、いずれ体の組成は深海棲艦と変わらないものになります」


吹雪は淡々と話を続ける。


「体の組成が全く同一になったとき、何が起こるかわかりますか?」


吹雪が何を言おうをしているのか、綾波は理解した。

綾波は吹雪に向けている視線を、伊58にゆっくりと移す。


伊58を深海棲艦だと感じた理由。


「気づいたようですね。その通りです。

 深海棲艦の組織は末梢神経系の自律神経系と体性神経系に次ぐ第三神経系という位置から外れ、

 末梢神経系を全て侵し、中枢神経系も作り替えてしまいます。

 乙体と甲体は融合し深海棲艦そのものへと変化する。

 その現象を裏返りと呼んでいます」


「ゴーヤさんは……」


「ええ。度重なる出撃で深くなる接続深度が限界を超え、

 ある作戦の折に大破した彼女はこの船渠に運ばれました。

 その際に、裏返ってしまったんです。

 彼女は運良く中枢神経系は侵食されなかったものの、もはや艦娘としての原型は留めていません」


綾波は気づいた。

初めて会った時に感じた吹雪の目の奥を。

中央から来た夕立に感じた雰囲気を。


伊58に感じていることと同質の感覚だと。

認識してしまった今ははっきりと感じられた。


「元に戻す方法とかないんですか……!?」

綾波は吹雪の救いのない話に、わかりきった質問をしてしまった。


吹雪は黙って首を横に振った。


「裏返りが始まってしまったらもはやどうしようもありません。

 彼女には裏返りの研究の協力をしてもらっています」


「ずっとここにいるの退屈でち。

 やっぱり潜水してなんぼよね。

 ふぶきん、間宮さんたちが体を削って持っていくの痛いから何とかしてよぉ」


伊58はそれなりに自分の境遇を受け入れているようだ。


そのような状況に陥ったとしたら耐えられないと綾波は思った。


「ゴーヤさんは……大丈夫なんですか?」


「んー……辛いけど、提督と約束したから我慢するよ。

 でも提督たまに来てくれるはずなのに、全然来てくれないでち……」


時間の感覚がわからないけど一年くらい、と伊58は言った。


一年前というと今の提督がこの鎮守府に来た時期とおおよそ一致する。

つまり、提督が変わってから今の提督も前の提督も伊58と会っていないということだった。


「司令官はお忙しいから。きっとすぐ来ますよ」

吹雪が悲しい顔で伊58に嘘をついた。


「あの、吹雪さんが出撃をしない理由も……?」


「ええ。私はあと一度の出撃で裏返る可能性が高いそうです。

 ある希少物質を圧縮したもので裏返りを抑制できることはわかっていますが、

 一駆逐艦の私に使用されることはありません。

 もっと重要な戦艦や空母に使われています。

 指輪状で左手の薬指につけるから結婚指輪とか言われていますけどね」


「ど、どうして綾波に第三神経の話をしたんでしょうか?

 それとも皆さん知っているんですか?」


綾波は連続した信じられないような話に困惑する。


「球磨さんは勘が良いのと秘書官だから気づいていそうですが、

 士気が落ちることを懸念して秘密になっています」


吹雪の発言が綾波には腑に落ちない。


「ならばどうして綾波に?」


吹雪は真剣な顔で綾波に言った。


「艦娘をやめなさい」


さらに続けて、

「綾波さん。あなたは人間に戻ったほうがいいです。

 あなたが自分の意思で艦娘を辞めれば、帰る場所ができるかもしれないんです」

強い口調で綾波を説得した。


綾波は真剣な吹雪に気圧されそうになる。


しかし、綾波の回答は吹雪の想像通りにしかならなかった。


「突然やめろって言われても……私は司令官のお役に立ちたいです。

 綾波は自分がどうなっても大丈夫です」


吹雪は残念そうに納得した。


思想教育の影響で、艦娘は提督と離れることを良しとしない。

さらに記憶がない艦娘にとって、人間に戻った時の話をされても死後の世界の話と大差がない。

突然全てを捨てて別の人生を歩めと言われるようなものだからだ。


吹雪の願いは脆くも崩れ去るしかなかった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter33: 飲酒 ]


綾波が伊58と会ってから、1週間が過ぎようとしていた。


綾波はずっと考えていた。

吹雪の話を聞いて、訓練にも身が入っていなかった。


綾波自身がどうなるかという話ももちろんのことながら、考えていたのは吹雪のことだった。


吹雪は艦娘を辞めていない。

もはや生きる場所が軍にしかないからということなのだろうか。


しかしそれだけでは以前の提督から離れてここに残ったのか理由が説明できない。


吹雪はあと一度の出撃で裏返ると言っていた。

つまり、あと一度だけ出撃するつもりがあるということでもある。


最後の出撃で何をするのか、なぜこの鎮守府に残ったのか。

答えは自ずと導き出せた。


ここにしかないもの。

伊58が完全に裏返ったときに、それを行うためだろうと。


提督はどう思っているのか、気になっていた。



綾波は訓練の報告に執務室を訪れた。

ノックして扉を開けると提督は席に居らず、球磨だけがいた。


「提督は兵学校の同窓会だクマ。

 まだ怪我も完治していないのに、主席の自分が出ないわけには行かないらしいクマ」


提督の怪我は想像よりも早く回復してはいた。

しかし、いくつかの傷はまだ完全には癒えていなかった。


一応既に定時は過ぎているが、ほぼ毎日執務室にいるのが当たり前の提督がいないと、

綾波はなんとなく寂しいような気持ちになっていた。



夜中に差し掛かろうという位の時刻になった。

鎮守府に一台の車が到着し、吹雪の元に、兵が現れた。

今日の提督の運転手をしていた男だ。


運転手は困り顔で、酔った提督に「吹雪を呼んで来なければ車を降りない」と言われて来たと言った。


吹雪は運転手を帰らせると、提督を迎えに行った。

車には後部座席で偉そうに腕組みをしている提督がどっしりと座っている。


「もう……どうしたんですか?

 うわっ! すごいお酒の匂い!」


車の中はむせ返るほどの酒の匂いで満ちていて、提督が多量の酒を飲んだということはすぐにわかった。


吹雪に気づくと提督は車の周囲を見回し、

「兵はいないな? 飲みすぎてまっすぐ歩けん。

 将校がふらふらとしていたら風紀にかかわる」

きちんと回らない舌で将校として格好つけようとしていた。


「初めからそんなに飲まなければいいんですよ……」

そう言いながら、吹雪は提督を支えて車から降ろした。


「あっはっは、これでも一番の出世頭だからな。やたらと酒を注がれてしまった」

提督は鼻歌を歌って上機嫌そうに千鳥足で歩き始めた。

艦娘に提督の重量程度を支えるのは容易だ。


鎮守府庁舎近くまで来た時に偶然木曾が通りかかった。

木曾は吹雪に支えられてふらふら歩く提督をみて何事かと寄ってくる。


「どうしたんだ? ……酔っているのか。

 そんなに飲んで傷は大丈夫なのか?」

心配そうな顔を向けてくる。


「おぉ! 木曾か! お前は心配してくれるのか。優しいなぁ。

 よし、頭をなでてやろう!」


がばっと木曾に抱きつくと頭を撫でながら耳や首に口づけをした。


「な、な……な……何を……ひゃん!」


木曾は予想外の反応をした提督と耳への口づけに驚いて声を上げる。


吹雪はそれを見てため息を付くと、

「はいはい、木曾さん困ってますから、そのくらいにしましょうね」

と言って提督を引き剥がした。


「あ……俺は別に困っては……」

引き剥がされたことに木曾は少し不満そうな顔をしていたが、

それ以上強く出ることはなく吹雪に支えられた提督を呆然と見送った。


吹雪が向かっているのは執務室の近くにある提督用の仮眠室だ。

仮眠室とは言え、提督はその業務の関係上、ほとんどそこで寝泊まりしている。


そこに向かう途中、今度は綾波に会った。

「同窓会終わったんですか? お疲れ様です」


また提督は綾波に気づくとがばっと抱きついた。

「え……! あの、あの」


普段は凛として見せている提督に綾波は動揺を隠せない。


提督は「綾波は可愛いなぁ。お兄ちゃんが守ってやるぞー」と言いながら頭を撫でる。

突然の提督の行動に綾波は顔を真っ赤にして硬直した。


先ほどと同様に吹雪に引き剥がされて、提督は吹雪に引きずられていく。


綾波は硬直したまま、よくわからないが何だか得したような気分になった。


「司令官は酔うと抱き癖でもあるんですか……」

これだけ酔った提督を見たのは吹雪でも初めてだった。


吹雪は面倒くさい酔っ払いを何とか仮眠室に連れて来ると、

提督をベッドに座らせて水を出した。


「全く……今日はどうしたんですか? らしくないですよ。

 それに、どうして私なんですか?」


ベッドに腰掛けた提督は先ほどのような上機嫌ではなくなっていた。


「うん……まぁ、特に理由があったわけではないさ」


水を飲み干して、その硝子を手で弄んでいる。

提督が何かを話したがっているのは明らかだった。


「わかりました」

吹雪は返事をした。しかしそれは提督の言いたいことがわかったということだ。


「私もお酒を飲みます。それならいいですよね」


「……」

提督は特に返事をしなかった。


提督には愚痴を言う相手も、相談をする相手もいない。

鎮守府にいる全ての人間と艦娘は部下だからだ。


しかし、吹雪だけは少し外れた位置にいる。

この提督に思想教育による好意を抱いているわけではなく、階級差もない。


「それに私、艦娘になる前から数えれば提督とあんまり年齢変わらないですから。

 誰かにお酒持ってこさせましょう」


吹雪はそう言うと、内線で兵に酒を持ってこさせた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter34: 提督 ]


膝ほどの高さの机の上にはいくつかの酒瓶や肴が並べられた。

その机を囲むように置かれたふかふかとした西洋長椅子に提督と吹雪は腰掛けている。


提督の仮眠室はそれなりに豪華な西洋式の内装をしている。

以前の提督の趣味で揃えられた高価な調度品は引き上げられてしまったが、

それほど高価でないものは残されて、現在の提督が使用している。


「あれ? このブランデー……俺が隠してたVSOPじゃないか。

 ……誰だ持って来た奴」


「いいですね。私も部屋からこれ持って来させました。良作年のではないですけど」


吹雪はワインボトルとワインオープナーを手に持って見せつける。


「吹雪もこんなの買うのか……本当に見掛けに拠らないな。

 俺のは封が開いているからこっちから飲むか。

 ストレートでいいか?」


提督は二つ並べたブランデーグラスに軽く注いで吹雪に渡した。


「司令官はまだ飲めるんですか?」


「俺は口を湿らせる程度にしておくよ。それじゃ」

提督は準備する間に少しだけ酔いが覚めていた。


「乾杯」


二人は同時に目の高さまでグラスを持ち上げる。

提督は琥珀色の液体に軽く口をつける程度で止めたが、吹雪はそのままくいと飲み干した。


「あら美味しいですね。このお酒」

すっかり空になったグラスを見つめて喜ぶ。


「おい……これはそうやって呑むものじゃないだろう。

 そういえば、艦娘は薬品類を飲んでもすぐ分解されるから無駄じゃないか」


「私くらいになると、そのへんの機能調整はお手の物なんですよ」

吹雪はえへんと無い胸を張る。


「本当かよ……」


そう言いながら吹雪の差し出した空のグラスにブランデーをとくとくと注ぐ。


「それで、どうしたんですか?」

吹雪はグラスにナツメグの粉を入れながら提督に何か話すように促した。


「ん? んー……」

提督は何か言葉を探しているように見える。


「吹雪はさ。艦娘になってどうだ?」


「そうですね。良いことばかりじゃなかったですね。

 辛いこともたくさんありました」


「艦娘を辞めたいとか思ったことは?」


「それはありますけど。でも艦娘を辞めるって仕事を辞めるっていうのとちょっと違うんです。

 嫌なことがあっても、その嫌な状況が終わればっていうだけですし。

 死にたくなったことはあるか?っていうのとあまり変わらないです」


「そういうものなのか……」


「司令官は知っていると思いますけど私は物心ついた時から戦災孤児だったので。

 艦娘を辞めても、帰る場所がないんですよ」


だから特に艦娘を辞める気にもならないと吹雪は言った。


「私の話を聞きたかったんですか?」


提督は少し考えて答えた。


「……俺、配属替えの申請をしようと思ってる」


提督の言葉に吹雪は驚いたが、表情には出さなかった。


「あぁ、元々ここに来たのも昇格のための実績が必要だったからなんだ。

 数年過ごしたら中央に戻るか提督を続けるかは選択できるんだ。

 上の決定次第ではあるんだけどな」


「提督を辞めるってことですか」


「……続けられない」

提督は視線を下に落とした。


「残される艦娘たちはどうするんですか? 球磨さんや……綾波さんは」


「次の提督が来るよ。皆優秀だ。きっとしっかりやれる」


「……司令官が変わったら艦娘に良い影響を与えませんよ。

 皆から慕われてるじゃないですか。すごくいい関係を築けていると思います」


「……それが辛いんだよ。

 俺のことを慕ってくれる少女たちを、どんな顔で戦場に送り出せば良いんだ?」


吹雪は提督の隣に席を移した。

「艦娘たちが自分たちでやっていることですよ」


「俺はこんなことがしたくて軍に入ったんじゃない。

 人類のためにと言って、無理矢理好意を引き出して、利用し、傷つけて!

 俺はあんな子達を守りたかったんじゃないのか!

 誰が好き好んで、こんなことができるんだ!」

提督は頭を抱えて声を上げる。


「今まで上手くやっていたじゃないですか」


「綾波が来たんだ。それまでは距離を置いて考えられた。

 人類の為に。もっとたくさんの人たちを守るために。

 でも綾波で、艦娘が一人の人間だという事実を突きつけられた。

 目を逸らせなくなった」


「司令官は優しすぎるんです。

 彼女たちには司令官が必要なんです。

 捨てていったりしたらそれこそ不幸にしますよ。

 綾波さんを守ってあげるんでしょう?」


「捨てるわけじゃない……」


「同じですよ。自分でやるのが嫌だから他の人間にやらせるだけじゃないですか」


「……」


「綾波さんだけでも……」


そう言って、吹雪の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。


吹雪は綾波に自分を重ねている部分があった。

そして、艦娘が幸せになる結末を見てみたいという、願望だった。


「吹雪……」


提督は手で吹雪の涙を拭ってやる。


「……綾波に二度とあんな目にはあわせないって誓ったんだ。

 ありがとう吹雪。思い出したよ」


提督の手の暖かさを吹雪は以前の提督と重ねていた。


「司令官……」


酔っていた勢いもあったのか、吹雪も寂しかったのか、

吹雪は目を瞑り、提督へ向けて顔を上げた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter35: 謝意 ]


吹雪が仮眠室で目を覚ますと、提督が隣で眠っていた。

流れの上でそのようになってしまったことに、わずかばかり後悔していた。


提督を励ますつもりが、吹雪も励まされることになってしまっていた。

歪な二人が何かを求めて、与えあい受け取った。


吹雪は呑気な顔で眠っている提督が少し憎たらしくなり、鼻を摘んでやる。

よく眠っているので、提督は不快そうな顔をするものの目を覚まさない。


まだ起床ラッパが鳴る時間には少し早い。


提督を起こさないように気だるげにベッドから出ると、服を着て身支度を整える。


「司令官は私の“提督”ではないですけれど。

 私、司令官のこと好きですよ」

そう言い残すと、吹雪は仮眠室から出て行った。



起床ラッパによって提督の目が覚めた時、ベッドのぬくもりはすっかり冷めていた。



業務開始時刻に提督執務室に到着した提督は昨日のことを反芻していた。

情けなくも酒に酔って弱気を見せてしまったこと。

卑怯にもその勢いで吹雪を抱いてしまったこと。


だが、吹雪は全て受け入れてくれたおかげで、心は少し軽くなっていた。

しかし心が軽くなった分だけ、頭と胃は酒により耐え難いほどに重かった。


「おはようございます。球磨だクマ」

球磨が執務室に訪れた。


「どうしたクマ? 体調悪そうだクマ」


「ああ、二日酔いだ。昨日飲みすぎた。水を持ってきてくれないか?」


球磨は提督に言われたとおり、水差しと硝子器を盆に乗せて持ってきた。

「だいぶ飲んだみたいだクマ。昨日木曾から話を聞いたクマ。

 すごい慌ててたクマ」


「木曾には悪いことをしたな。謝っておこう。それと球磨」


提督は水差しを受け取りながら球磨の目を真剣に見据える。


「いつもありがとう。助かってる」


突然の提督の謝意に球磨は、

「大したことしてないクマ。急にどうしたクマ?」

と少し照れている。


「クマ?」

急に球磨が鼻をくんくんと鳴らし提督の体の匂いを嗅ぎ始める。


「お、おい……」


「……別にいいクマ。球磨は提督が誰と何をしようと気にしないクマ」

じとっと提督を睨むと秘書席に戻っていった。


「しまったな……これは気づかれたか……」

提督は朝の時間が足りなく十分には身を清められなかった。



「吹雪には何か礼をしなくてはな……」


何が良いか。意外と酒で良いかもしれないと提督は考えていた。




「――見つけたでち。

 間宮さんが言ってた。ゴーヤは提督に捨てられたって。

 もう二度と会えないって。外に出られれば――!」


静かに進行している事態に誰も気づいてはいなかった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter36: 伊58 ]


「提督! あたし一番だったよ!」


白露の元気な声が響く。

黒潮、白露、綾波の三隻が警備任務から帰還し、報告をしているところだった。

通常通りの警備を行っていたのだが、遭遇した敵駆逐艦と戦闘になり見事に白露の魚雷で撃沈させていた。


「おいしいところを持って行かれたわー」

黒潮は少し悔しそうにしている。


「お疲れ様。白露よくやったな。皆損傷はないか?」

提督は白露の突き出してきた頭を撫でながら質問する。


「補助付きが敵砲弾にかすってたわ。被害と言っても空中線が断線したくらいやけど。

 入渠してから来ると思うで。まだ敵行動への先読みが甘いみたいや」

問題ないでと黒潮は言う。


「そうか。経験を積めば綾波もしっかりしてくるはずだ。

 とにかく大したことがなくて何よりだ。3人ともゆっくり休め」


この提督は艦娘から直接報告を受ける。

艦娘の口から語られる報告は艦娘にしかわからない所感などがあり、時には判断材料となる。

しかし一番の目的は話すことによる艦娘の精神的抑圧の開放や、反省点などを自主的に改めさせることにあった。

中には思考の未熟な艦娘などの報告を嫌い、口頭での報告をさせない提督もいる。

もちろん乗船している記録官による報告書があり、そちらが正式な記録として残る。


執務室から出た黒潮は、

「なんか最近の司令はん、壁がなくなった気がせえへん?」

と白露に小声で話す。


「んー……そうかな? 確かに少し棘っていうか険がなくなった感じするね!」

白露もなんとなく提督の変化を感じていた。


「うち、もう一度挑戦してみよかな」


「……うーん、それは難しいかも?

 あたしが提督の一番もらっちゃうし!」


などと二人はきゃっきゃと話しながら廊下を歩いていった。



その頃、第一船渠に乙体を進入させ、あとの作業は整備員任せとなった綾波が下船していた。


綾波は閉鎖された船渠を見つめながら、伊58と自分の行く末について考えていた。

答えは決まっていて、割り切っているが、悩まないかと言えば嘘になる。


その後に吹雪から、伊58の研究によって新しい艦娘は多少裏返りしにくくなっているということだが、

いつかは必ずその時は訪れると聞かされていた。


一年も提督に会えないということは、綾波には想像さえできないことだった。


不意に、綾波に艤装通信が入ってきた。


艤装通信は甲体艤装の機能の一つであり、六人までであれば通信網を構築できる。

これは電波などとは違う未発見粒子のやりとりにより行われ、

深海棲艦同士の意思疎通もこれによって行われていると考えられている。


「作戦行動中以外での艤装通信は禁止されているのに、誰だろう……?

 ……こちら綾波。どなたですか?」

恐る恐る応答する。


(あ、綾波ちゃん。ゴーヤでち)


つい先ほどまで考えていた伊58からの通信だった。


「え? ゴーヤさん!? どうやって綾波の通信を知ったんですか!?」

綾波は驚いた。

仲間であれば当然知っているが、艤装通信にはそれぞれ電話番号のような固有の接続方式が存在する。


(そんなことより、綾波ちゃん、ちょっと助けて欲しいの)


綾波は吹雪辺りから聞いたのかもしれないと思い、伊58の話を聞くことにした。


(船台がどうもおかしくて、ずっと痛いんでち…

 ゴーヤここから動けないから機械を操作してちょっと調整してくれない?

 ふぶきんは今は艤装つけてないみたいだし、あんまりいつも迷惑かけたくなくて……)


伊58は申し訳なさそうに綾波に頼んでくる。

ずっと動けないから身の回りは人任せにならざるを得ない上に、

存在を隠されている伊58の面倒を見ているのは吹雪と非常に少ない関係者になる。


必然的に面倒を多くかけて心苦しく思っているのだろうと、綾波は考えた。


「綾波にできることなら」

綾波は快く承諾する。


(ありがとう! じゃ、こっちの船渠に来てね)



綾波は吹雪の案内で行ったように船渠の前まで来たが、建家には鍵が掛かっている。

「鍵がかかってて入れません……やっぱり吹雪さん呼んできた方が良さそうですね」


(ふっふっふー。そこの木箱の裏を見てごらん)


「木箱の裏……ですか?」


その辺にはいくつかの木箱があり、ひっくり返してみると鍵が貼り付けてあった。

「あ、吹雪さんの持ってた鍵とよく似てます」


(間宮さんがもしもの為にって合鍵を用意してくれたんでち。

 散髪も料理も色々できてすごいよね~間宮さん)


建家入口に鍵を合わせてみると、多少の抵抗は感じたものの、かちりと音を立てて開錠された。


綾波は暗い船渠の中に足を踏み入れ、自分の手の指さえほとんど見えないような中をそろそろと進む。

(もう少し先だよ。そこ気をつけてね)


伊58の言葉での案内を頼りに、綾波は歩を進める。


「たしか吹雪さんはこの辺で明かりをつけていたはず……あった!」


バチンと音を立てて、周囲が明るくなる。


「綾波ちゃん、次はそっちに操作盤があるからそこで操作をお願いするね。

 ごめんね、色々お願いしちゃって」

伊58はもう通信ではなく、声による会話に切り替えた。


「いえ、大丈夫ですよ」

綾波は笑顔で答える。多少の手間は全く気にしていなかった。


「その操作盤の右のスイッチを押して、それでその隣の……」


伊58に言われた通りに操作をしていく。


「これですね。それで次はこっち……

 そういえばゴーヤさん。1年も司令官に会えないのは……辛いですよね……」


綾波は先ほど考えていたことを伊58に話してみた。


「うん……辛いでち……

 でも、もうすぐ会えるから大丈夫でち!」


「……?」

伊58は何故か確信のようなものを持っている。

それが綾波には不思議だった。


「最後にそのレバーを握りながら引いて」


「わかりました」

綾波は操作棒の握り込みをぐっと握りながら引いた。


同時に、船渠内に警告音が鳴り響く。


「え!? 何が起こったんですか!? 綾波、変な操作しちゃいましたか!?」


突然の警告音に綾波は飛び上がるほど驚く。

しかし、伊58は驚きの無い声で言う。


「大丈夫。合ってるよ」


重い音と共に、装置が動き出した。

しかし動き出したのは伊58の船台ではなく、遮水扉だった。


轟音と共に、船渠には水が進入してくる。


「ありがとう、綾波ちゃん! これで…提督に会いに行ける!」


綾波は気づいた。


自分は騙されたのだと。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter37: 事態 ]


伊58の陰謀にかかってしまった綾波。

必死で操作棒を戻してみるが、操作に手順が必要なのか装置は綾波の期待に応えない。


「どうしよう……なんていうことを……」

綾波は海水が流れ込んでくる船渠の様子を指を咥えて見ていることしかできなかった。



時を同じくして、吹雪の指導官室では警報が鳴っていた。

閉鎖された船渠に何か異変があった際に、指導官室は警報が鳴る仕組みになっている。


「……何が!?」


吹雪は鍵を取り出し指導官室を飛び出すと船渠に向かって一直線に走る。

走りながら船渠を見ると、船渠に面した海面の波の動きがおかしい。


嫌な予感がしていた。


「鍵が……空いている!?」

確かに吹雪の手には鍵があるのに、船渠のその扉の鍵は外されていた。

胸騒ぎが大きくなる。


船渠に入ると明かりがついていた。

どおどおと水が流れ込んでいる音が聞こえる。


そして吹雪の目に入った光景は想定の最悪に近いものだった。


干上がっていたはずの船渠には水が流れ込んでおり、間もなく伊58の船体は浮き上がろうとしている。


「ふ、吹雪さん!」

操作盤の方からの呼び声に反応して目をやると、そこには青ざめた顔の綾波がいた。


「なぜ綾波さんが!? ……そんなことより!」


操作盤に走り、吹雪は遮水扉を閉じる操作を始める。


「吹雪さん! 綾波、そんなつもりじゃなくて……!」

綾波はしてしまったことの恐怖と不安からおろおろと狼狽えている。


「落ち着きなさい! 伊58には燃料を入れてはいません!

 例え十分な水位になったとしてもここからは出られません」


そう言いながら吹雪は遮水扉の閉鎖操作を行い、扉は閉じ始めた。

しかし重い遮水扉を今から閉じたとしても、伊58が浮上するだけの水位にはなってしまう。


ここで吹雪の想定外の事態が起こる。

伊58のエンジン機関が回り始めたのだ。


「ふぶきん、ゴーヤに燃料がないって確認したのはいつ?」

あざ笑うような伊58の声が響く。


「……まさか!」


「間宮さんが少しだけこっそり燃料を入れてくれたんだよ!」

船台から開放されるぎりぎりの水位で伊58は全速で前進を始める。

底部をごりごりと擦りながら、閉じかけている遮水扉へ向けて進む。


「うっく……難しいでち……!」

伊58は流れ込む水の圧力でまともな運動はできていない。


しかしそんな中でも数え切れないような実戦の経験を活かし、遮水扉に滑るように近づいていく。

遮水扉は間もなく閉まる。


「間に合えぇー!」


扉が閉まった。

流れ込む水も止まり、警告音も止み、船渠には静寂が戻った。


そして、船渠には伊58の姿はなくなっていた。


「……急ぎ司令官に報告します」

吹雪の顔には焦りがはっきりと見える。


事態は最悪と言える状況となっていた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter38: 命令 ]


「提督、緊特一九四六です!」


執務室に駆け込んだ吹雪は提督に告げる。


「緊特一九四六……? 緊急特別措置一九四六号か!

 球磨、直ちに全員を招集しろ! 急げ!」

机で書類仕事をしていた提督は使い込んだ万年筆を手荒く置くと、球磨に指示を出す。


「り、了解クマ!」

吹雪と提督のただならぬ雰囲気に気づき、球磨は慌てて執務室を飛び出した。


「どうやって? いや、脱走方法などは後でいい。

 今は伊58がどこへ向かおうとしているか、どう対処するかだ」


提督は突然の事態に必死で頭を切り替える。

ここで、提督は綾波が吹雪の後ろにいることに初めて気がついた。

「綾波が吹雪と一緒に……そういうことか」


綾波の表情から、提督は何が起こったのかを大体理解した。


「ゴーヤは提督に会いに行くと言っていました」


「提督……俺ではないな。大将閣下か。

 ということは中央の鎮守府に向かっている?」


「おそらく」


「ならば先ずは中央に状況の報告と警戒を呼びかける必要があるな」


吹雪はひと呼吸を入れて、提督に進言をする。

「提督。私に出撃許可をください」


「吹雪さん!?」

綾波は吹雪がその発言をすることは予想していたが、当たって欲しくはないことだった。


提督は吹雪の進言に対して僅かな可能性がないか模索してみる。

「……まだ伊58が完全に裏返ったとは限らないのだろう?」


「いえ、確実に裏返ります。

 潜水空母姫となるのはもはや自明です」

提督の望みなど打ち砕く吹雪の回答。


「それで良いのか……?」

提督が訊いたのは、戦友を沈めることと、吹雪の結末についてだ。


「その為にいたんです」

はっきりとした言葉に、吹雪の意思が伝わる。


提督は苛立たしげに机を何度かごつごつと叩く。


「ふぅ……

 吹雪、出撃命令だ。

 これより潜水空母姫の殲滅を命じる」


「拝命致します」

吹雪は敬礼をして、命令を受け入れた。


「吹雪さん、綾波……ごめんなさい……」

真っ青になった綾波は目に涙を浮かべ吹雪に謝罪をする。


吹雪は綾波の肩に手を置いて、優しく答える。

「いいんですよ。遅かれ早かれゴーヤが裏返ることは決まっていました。

 そうなれば、ここにいる皆さんじゃ力不足です。

 綾波さんのせいじゃないです」


最後の出撃だというのに吹雪は笑顔だ。

そこには怒りも悲しみも感じない。

ただ、優しく綾波に微笑んでいた。




伊58は船渠から脱走し、しばらくぶりの海を弾む心で泳いでいた。

「気持ちいいなぁ。提督、ゴーヤのこと忘れてないよね。

 一目見るだけでもいいから早く会いたいな」


逸る気持ちが知らず知らずに速度を上げさせる。

しかし伊58は随分とまともに操船していなかったせいか、大きな見落としをしていた。


暗車が伊58の意思と関係なく、鈍くなり、やがて止まった。

「あ……あれ? なんで?」


ここで初めて気づく。


「燃料が……ない?」

速度を落とし、節約していればギリギリで足りていた可能性があったかもしれないが、

それは今となっては考えるだけ無駄なことだった。


「こんな……こんなところで……

 提督……会いたいよ……てーとくぅ……」


必死でエンジン機関を動かすように力を凝らすが、泡のようにただ消えていく。


絶望が伊58を包む。ただ提督に会いたいという渇望が心を支配する。


その時、船体がミシリと音を立てた。

直後、暗車が回りだす。


「あ、動ける……! これで提督に会いに行ける!」


船体は十分な速力を発揮し、むしろ先ほどよりも快調になった。

しかしそれとは別にメリメリと音を立てる船体。


「提督に会いに……提督に会いに……提督に会――!」


突如、伊58の船体は内側からめくれ上がるように割れ、中から異形の生物が現れた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter39: 準備 ]



以前の作戦のように、全ての艦娘が提督執務室に集まっている。

警備任務から戻ったばかりの黒潮、白露、綾波も例外はない。

疲労はほとんどないように見えるが、戦闘での集中力の欠如がないとは限らない。


提督は今ばかりは保有する艦娘の少なさが恨めしいと感じた。



「我らの鎮守府海域に潜水空母姫が出現した」

提督の一言で吹雪と綾波を除いた全員に戦慄が走る。


「何故そんな大物がこんなところに……!?」

はぐれ駆逐艦から重巡洋艦程度しか現れないこの海域周辺に、

姫級の敵艦が現れたというのは俄かには信じがたい状況だった。


「信じがたいが事実だ。お前たちにはこれを殲滅してもらう」

提督はいつも冷静に発言する。もし慌てれば、それは艦娘にも波及するからだ。


「は、早く出撃しないと!」

「うちらで何とかなるんか!?」


しかしそれでも白露と黒潮はやや混乱している。


「落ち着け。わずかな時間を惜しんで情報の整理・共有を行わない部隊に待つのは速やかな全滅だ。

 出現した潜水空母姫は単艦でこの海域から中央の鎮守府方面に向かっている。

 敵は鈍足な潜水艦だ。我々は全速でこれを追撃、処理する」


伊58と球磨はおよそ2倍の最大速度差が存在する。


「追いつけたとして敵う相手なのか?」


「安心しろ。お前たちでは難しいと思うが、今回の作戦には吹雪も出撃する。

 吹雪を全力で支援しろ」


それを聞いた艦娘たちは吹雪を顔を見て、少し安心したような表情になる。

しかし綾波は他の艦娘たちと違い、安心どころか不安を抱えていた。


「敵艦との予定接触位置はこの周辺。この周辺は比較的水深が浅い。

 ここならば敵艦の潜行条件を満足させることはないだろう。

 中央からも援軍が来るかもしれないが、それを期待するだけの時間はない。

 旗艦は設備や艦橋の位置の関係上、通常通り球磨とする。

 では出撃準備にかかれ!」


提督の掛け声と共に全員が一斉に退室し、出撃準備に取り掛かった。


綾波の船体は損傷が小さかったためもう再生は終わっていたが、

有機物溶液まみれだったため、出港してから清掃作業を行うことになった。

この清掃作業を怠れば付着した有機物溶液が腐敗し、カビなどが繁殖して船内の衛生環境は最悪になる。


艤装室で艤装を行っている際に木曾は綾波に話しかけた。

浮かない表情をしている綾波が気になっていた。


「不安なのか? 敵は強大だが、今回の作戦には吹雪さんがいる。大丈夫だ」

もちろん木曾も戦闘に自信はあるが、ここは吹雪の名を出したほうが効果的だと思った。


「……そうですね。大丈夫です。綾波、頑張りますね」

綾波は努めて笑顔を作ろうとするが、表情は強ばったままだ。


「……」

木曾は綾波が強い敵と戦うことに対して不安を抱いているわけではないと気づいたが、

何がそれほど気になっているかの正体がわからず、それ以上には掛ける言葉がなかった。



「吹雪さん、本当に妖精さんたち無しでいいんですか?」

白露は吹雪に尋ねる。


「ええ。慣れていない人たちが乗っても逆に混乱しちゃいますから」

吹雪の答えに白露はそういうものなのかなと納得するが、その答えは吹雪の本心ではなかった。


慣れていない乗員は確かに最大限の働きはできないが、決して邪魔ではない。

自分の行く末を知っているから、船員を拒否した。


吹雪は黙って淡々とその時のための準備を行っていた。



全艦の準備が整い、六隻編成の艦隊が鎮守府港湾から出港していった。


「道中は速度を重視し単縦陣。作戦海域周辺に入り次第、単横陣に切り替える。

 敵潜水艦からお互いの横腹を隠せ。両端は球磨、木曾の比較的装甲の厚い艦で固める。

 潜水艦との戦いは発見できるかどうかにすべてがかかっている。

 目を凝らせ。耳を澄ませ。気を抜けば仲間が沈むと思え!」


吹雪を除き、誰も経験したことのない強敵への戦いが始まろうとしていた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter40: 航空戦 ]


「球磨、何か見えるか?」


「……周囲には何もいないクマ」

球磨は水上偵察機による上空からの索敵を行っている。


「聴音はどうだ?」


「今のところ何も聞こえへん」

「こっちも怪しい音はわかりません!」


艦隊はこのやりとりを何度も行っていた。


敵は熟達した潜水艦。

あらゆる方法で自身の存在を隠す術を知っている。


艦隊は見えない敵に精神が削られてゆく。

見えないが、確実にいる。

そして次の瞬間には攻撃を受けるかも知れないという恐怖。

それはまるで海底に沈められたような閉塞感と窒息感だった。


「クマ?」


球磨が何かを発見した。


「見つけたか?」

提督は声を潜める必要がないのに、自然と小声になった。


「あれは……水上機? ……4時方向! 敵水上機クマ!」

球磨の偵察機めがけて、一機の敵水上爆撃機が格闘戦を仕掛けてきた。


「水上偵察機は対潜索敵の主力のひとつだ! 落とされるな!」


敵水上機は球磨の偵察機よりも高高度で格闘戦に入る。

位置エネルギーで負ける偵察機は圧倒的不利状態からの戦闘となった。


その上、偵察機は最大速度、機銃の火力でも大きく劣っている。


航空格闘戦での結果は火を見るより明らかと言える。


敵水上機の機銃掃射。

球磨の偵察機は高度を下げることにより落下エネルギーを足して速度を稼ぎ、旋回回避する。


これで更に偵察機は位置エネルギーを失う。


敵水上機は更に追いながら機銃を続けて放つ。

放たれた銃弾は球磨の偵察機の翼を削り取る。


お互いがすり鉢状に高度を下げながら、有利位置からの射撃を行っていく。

より低高度、より低速になりながら球磨は必死に離脱する機会を伺う。


しかし速度で劣る偵察機では、離脱は不可能と言えた。


球磨はギリギリで回避し続けたものの、やがて敵水上機は偵察機の機関を打ち抜いた。


「やられたクマ!」


球磨の右目から血涙が滴り落ちる。


「偵察機を失ったか……まずいな……!」


敵水上機は偵察機を落とした程度で満足するわけはない。

更に艦隊に向け飛行する。


「防空用意! 一機程度、対空砲火を集中して落とせ!」


艦隊は円回避運動に入り、機銃を上空へ向ける。

吹雪は対潜装備に偏重しているため、有用な対空装備はない。


間もなく、敵水上機が迎撃範囲に入る。


五隻の機銃掃射が一機の水上機に集中する。

しかし、当たらない。


まっすぐに飛ぶかと思えば降下し、更に旋回したかと思えば速度を戻す。

まるで中空を漂う羽毛のように対空砲火をひらりひらりと躱す。


吹雪が十分な対空装備をしていればあるいは撃墜できたかもしれないが、

敵水上機はやすやすと対空砲火をくぐり抜ける。


白露の直上を捉えると急降下を始める。

速度を十分に乗せた爆撃を行う為だ。


投下された爆弾は白露の左舷中央に向かって高い風きり音を立てながら高速で落下。



「うわああああっ!」


船体が跳ねるかと思うほどの爆発。


250kg級爆弾の急降下爆撃を受けた白露は甚大な損傷を受けた。

艦橋構造体は大きく曲がり、直撃を受けた左舷甲板には大きな穴が空いていた。


白露はごぼっと明るい赤色の血を吐きながら、がくがくと痙攣する。


「白露! 損害を報告しろ!」

提督は叫んだ。

しかし白露の返事はない。


もうもうと煙を上げる船体はもはやただ浮いているだけだということは誰が見ても明らかだった。


爆弾を使った敵水上機は悠々と4時方向へ飛び去っていく。


「提督! 白露さんの損傷が大きすぎるクマ! 撤退を!」


球磨の進言に、提督の回答は非情だった。


「……進撃。白露は置いていく」


艦娘たち全員が息を呑んだ。


吹雪を使えるのは今回限り。

撤退をしたとしても、曳航などしていれば伊58の餌食となるのはわかりきったことだった。


撤退も進撃も、白露を置いていくしかない。


ならば進撃をするより他、提督の取れる選択肢は無かった。


「どうした? 4時方向に進撃だ。敵水上機の方向へ向かえ」


「了解……」


艦隊は回頭し、敵水上機の飛び去った方向へ向かった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter41: 開幕 ]


白露の落伍は艦隊とって大きな痛打となった。

戦力的にももちろん痛手ではあったが、それ以上に危険な損害があった。


精神的打撃だ。


吹雪は絶望的状況を幾度となく経験してきたためにそれを跳ね除ける強さを持っていたが、

艦娘たちに広がった敗戦の想像。勝てないのではないかという不安。

そして、提督が白露を見捨てるということに対する不信感。


それは厭戦感情として艦隊に蔓延し、負の連鎖となる恐れがあった。


艦娘は提督を盲目的に信じるが、見捨てられるかもしれないという恐怖はその信仰心ゆえの負の側面である。

提督は正しい。故に捨てられる。

そのような思考が艦娘に過ぎってしまう。


艦娘は簡単には沈まない。

船体の構造が破壊されても張り巡らされた筋組織がお互い繋がり、かろうじて浮ける程度には保たれる。


艦娘が沈む、または死ぬのは、筋組織が耐えられないほどの損傷を続けて受けた場合。

炎上などにより筋組織そのものが焼けて機能しない場合。

または艦娘甲体が格納されている中枢室が破壊もしくは船体から切り離された場合である。


提督はこの状況を乗り越える為に艦娘たちに話す。


「白露はまだ沈んでいない。敵爆弾が焼夷能力の低い大型装甲艦用で運が良かった。

 こちらの戦力を過大評価していたのだろう。

 だがもしこの海域を彷徨う敵艦に見つかれば生存の可能性は皆無と言える。

 白露を生かすために我々ができることはひとつ。

 敵潜水空母姫を撃滅し、返す足で白露の救出を行うことだ。

 ……白露を助けるために、皆、力を貸してくれ!」


提督は艦娘たちに白露の命を背負わせる選択をした。


白露を助けるためには勝つしかない。


厭戦感情は払拭される可能性が高いが、同時に焦りも生む。

諸刃の剣だった。


「そうクマ……! 白露さんを助けるクマ!」

提督への信頼感が強い球磨が最初に反応する。


「弱気になるところだった。俺らしくなかったな。……やってやる!」

次に勝気の強い木曾。


「絶対死なせへん!」


「綾波……もう迷いません!」

二人の意識に引きずられるように、黒潮、綾波も反応する。

特に綾波は戦闘前は士気が低かったが、この白露を救うという使命感により払拭された。


提督はこの結果に満足しつつも、白露を置いていくことを決断した自分を罵っていた。



艦隊は敵水上機が飛行した方向へ進んでしばらく、水上機は随分と遠くなり、見失いかけていた。


しかしここで水上機は旋回し高度を下げ始める。

どうやら岩礁の影で着水をしようとしているようだ。


「あそこに敵潜水艦がいるんでしょうか……?」


提督は少し思案し、決断をする。


「危険だが水中音波探信儀を使う。全員聴音逃すな。綾波、打て!」


「綾波、ピン打ちます!」


ピンっと超音波が水中を駆ける。


たちまち時間差でコーンコーンと反射音が辺りから返ってくる。


「敵水上機着水予想地点に物体発見!」


「岩礁裏でわかりにくいけど、大きさと形から察するに潜水艦の可能性は高いで」


「エンジンの音が聴音機に乗らなかったことから考えると、停止しているな……

 提督、一気に決着をつけよう!」


全員が潜水艦大の物体を捕捉した。

艦娘は表示機などは使わず、聴覚と接続した聴音機で直接脳内に映像を作る。


「よし、全艦正面岩礁を包囲するぞ!」


艦隊は岩礁に向かって進む。

気が早っているのか木曽が大きく突出する。


「木曾、危険だ。速度合わせろ」


「大丈夫だ! こうしている間にも白露は危険にさらされ続けている!」

木曾の士気は十分に高いが、面倒見の良さが悪い方向へ向いている。


提督は平静を装ってはいたが、内心焦っていた。

白露を死なせたくはない。ましてやそれが自分の決断のせいで。


その焦りが状況の分析・理解を妨げていた。


提督は違和を感じるのが遅かった。


この状況はありえない。


何故敵水上機はまっすぐに母艦へ向かったのか。

何故見えるような位置で着水準備に入ったのか。


それを熟達した潜水空母が行うのか。


ハッと顔を上げ叫ぶ。

「木曾! 引け! 罠だ!」


提督は木曾に後退を指示するが、もはや遅かった。


一人前進し岩礁の裏が視界に入った木曾は驚きの声を上げた。


「なんだこれは……潜水艦なんかじゃない! ただの突き出た岩礁だ!」

水中で岩礁が大きく横に張り出し、丁度潜水艦のような形状をしていた。


「木曾さん! 全速右二点回頭!」

吹雪がなにかを察知し叫ぶ。


「くそっ!」


木曾は素早く回頭運動に入ったが、その瞬間、爆発音と共に巨大な水柱が上がる。


「木曾ー!」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter42: 索敵 ]



「ぐあああっ!」

ギシギシと軋む船体に木曽が悲鳴を上げる。


「木曾! 損害を報告しろ!」

球磨の位置からは木曾の被害詳細は見えないが、船体が大きく歪むなどはしていない。


「だ、大丈夫だ! 直撃は回避した!

 だが魚雷の至近弾で装甲に亀裂発生、浸水している!」


吹雪の声でわずかに動いた木曾は魚雷をかするような距離で回避に成功した。

直撃弾ではなかったものの通り過ぎた魚雷は岩礁に接触、爆発し木曾に大きな衝撃を与えた。


起爆地点から近かった装甲部はもちろん、船体内部にも大きな損害を受けている。


「くっ……! 聴音機が破損した! 主砲二門の装填機構も破損している。

 浸水の影響で速力が上がらない!」


改造された木曾でなかったら、その程度の被害では済まなかったかもしれない。

被害が小さいとは言えないものの、提督はその程度で済んだことに感謝した。


着水体制に入っていたかに見えた敵水上機はまたふわりと高度を上げ、飛び去った。


「司令官! 敵は1時方向にいると予想されます!」

唯一魚雷に気づいた吹雪が敵の位置を予測した。


その時、全艦の艤装通信に雑音が混じった。

「また正体不明の艤装通信クマ!」


「以前の哨戒掃討作戦の時と同じや……!」


球磨は発声機にその通信を繋げる。

確かに声質こそは違うものの以前の作戦同様の声だ。



「――アイタイ――ジャマヲ スルナラ……シズメ――!」



「この声……!」

綾波には聞き覚えがあった。

そして、吹雪にも。


不気味の雰囲気を孕んではいるが、その声は伊58の声だった。


「潜水空母姫からの通信です。姫級は艤装通信に割り込むことがあります」

吹雪の声に感情はない。

このような戦友の声を聴いて吹雪が何を思ったのか、綾波にはわからなかった。



「確実にいるということだな……

 綾波、ピンを打て。吹雪の予測した方向から返る音に注意しろ」


綾波は超音波を走らせる。


全員がより集中して1時方向に耳を傾ける。


「なんだか水中音が気持ち悪いです」


「水温の違う層があってわからないクマ……!」


「岩礁も多い……これは判別が……」


この周辺は海流や流れの関係で音波の伝わりが複雑化しており、

対潜戦としてはさながら密林のように視認性が悪くなっていた。


敵潜水艦も同条件なのだが、この海域を知り尽くした熟練潜水艦だ。

これにより自身の存在を隠匿し、その影から攻撃を仕掛けてきていた。


しかし、それとも負けない経験を持つ艦が艦隊にいる。


「……発見しました! 海流の関係で正確な位置まではわかりませんが

 この先、距離おおよそ2000前後です!」


吹雪が敵潜水艦の位置を割り出した。


「さすが吹雪だな。

 位置さえ割り出せば潜水艦など恐るるに足りない。

 確実に処理するぞ」



艦隊は被害を出しつつも、確実に敵潜水艦に近づきつつあった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter43: 魚雷 ]


艦隊は球磨、吹雪、黒潮、綾波の四隻だけとなっていた。


木曾は損傷のため戦速維持困難となり、戦列から落伍していった。

悔しそうに自分の不甲斐なさを呪いながら。


進撃する艦隊は敵潜水艦を追い詰める。

速力の差は歴然。敵潜水艦が逃げ切るのは非常に困難と言える。


聴音は相変わらず潮流の関係で困難を極めていたが、敵潜水艦をかろうじて捕捉していた。


吹雪は敵潜水艦の悪あがきを聴き取る。

「魚雷発射管が開放されました」


もちろん、他の艦は聞き取れなかった。

艦隊で機動している場合、他の艦の音が混ざり微小な音を聞き分けるのが難しくなる。

それでも聞き分けた吹雪の認識能力が特殊なのだった。


「回避運動に入れ! 敵は距離2000であっても正確な雷撃を行ってきた。

 油断はするなよ!」


艦隊は回避運動に入る。


しかし、吹雪は提督の命令を聞き入れず直進する。


「敵は恐らく魚雷発射と共に潜行、離脱する予定です。

 回避していたら逃がしてしまうかもしれません!」


「何を言っている! 直撃すれば、いや、至近弾でも喰らえば動けなくなるぞ!」


吹雪は進路を変えない。


お互いの言っていることはそれぞれが正しい。

むしろ吹雪が行っていることは理想であって無謀と言えた。


敵潜水艦から魚雷が放たれる。

それと同時に回頭し離脱体制に入った。


まっすぐに六本の雷跡が艦隊に向けて伸びる。


そのうちの一本は確実に吹雪に命中するであろう軌跡を描く。


「方向とタイミングがわかっていれば――!」

吹雪はわずかに回頭し、敵魚雷に向けて魚雷を放つ。

さらに主砲を俯角に向け一帯を薙ぐように斉射した。


「この軌道……敵魚雷と交叉するクマ!」


「な……!? 聴音やめろ! 急げ!」

大爆発を予想し、提督は聴音機の停止を指示。


同時に吹雪前方で魚雷同士が衝突。

二発分の魚雷による大爆発が起こる。


その衝撃波で周囲の魚雷も反応、爆発した。


巨大な水の壁が立ち上がる。


「こ……こんなことが可能なのか……!?

 最新の対魚雷短魚雷でもここまではできないはずだ……」

提督は信じられないと言った様子で目を丸くする。


吹雪は水の壁に突き進むかのように、前進をする。


回避運動を予測していた敵潜水艦は前進を続ける吹雪に、離脱する機会を奪われた。


もはや勝負は決した。


いち早く敵潜水艦に追いついた吹雪は水中音波探信儀で位置を確認し、爆雷を投下。

もともと浅いこの周辺海域では潜水艦は十分に潜行できず、三次元運動による回避ができなかった。


爆雷の衝撃で大きく損傷を受ける。


「――アアアアアア!」


艤装通信に敵潜水艦から悲鳴のような叫びが闖入する。


「よくやった吹雪! 艦隊、一帯に向けて爆雷投下始め!」


球磨、綾波、黒潮がさらに追いつき、一帯へ爆雷を投下。


駆逐艦に捕捉された潜水艦の末路は一つしかない。


損傷が広がりすぎた潜水空母姫は緊急浮上を開始。

その船体を水上に現した。


それを視認した綾波と吹雪は息を呑む。


深海棲艦に成り下がった伊58の悲惨な姿に。

船体から流れ落ちる海水がまるで泣いているようだった。


「イタイ――アイタイ――テイトクニ――」


息も絶え絶えとなった潜水空母姫の慟哭が聞こえる。


「そうですね……私も……会いたいです。

 寂しくないですよ。すぐに私も行きますから……」


吹雪はそう言うと、浮上した潜水空母姫に主砲をゆっくりと向けた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter44: 頑固 ]


吹雪の放った砲弾は潜水空母姫を激しく破壊する。


異形の生物となった伊58は何かの体液をまき散らしながら、その動きを停止した。


だが吹雪は砲撃を止めない。

艦娘が大破しようと沈まないように、深海棲艦も滅多に死ぬことはない。

撃沈された深海棲艦は多くの場合、深海で傷を再生させ、力を蓄えて水上にまた現れる。


偶然にも沈まずに座礁などしていれば鹵獲できるが、戦闘で殺しきれることは極稀。

それが同じ海域に同一規模で何度も深海棲艦が現れる理由だった。


故に、吹雪は砲撃を続ける。

戦友だった伊58を完全に殺しきるために。


鹵獲されれば、研究材料として長い時間をかけて弄ばれる。


殺すということが吹雪のせめてもの優しさだった。



吹雪が砲弾を撃ち尽くした頃、潜水空母姫の形はなくなっていた。

その散り散りとなった残骸が辺りに浮いている。


恐らく再生の見込みはないほどに。


「吹雪さん……」

綾波に戦友を殺した吹雪の気持ちはわからない。


「……白露さんの救助に行きましょう」

吹雪の声は抑揚がほとんどなかった。


提督は吹雪が伊58を砲撃する間、他の艦娘に砲撃命令を出さなかった。

吹雪が前もって「殺すときは私の手で」と頼んでいたからだ。


木曾と合流し白露の救助に行った艦隊は、白露の死を覚悟をしていたが、

白露は潮流に多少流されていたものの大破した時の姿のまま残っていた。


「ひっどーい! 気がついたとき誰もいなくて死んじゃうかと思った!」


既に意識を取り戻していた白露は提督たちを罵るが、その言葉には悪意は全くなく、

救助に来てくれたことに対する嬉しさが溢れている。


白露の明るさに、救助に来た提督の方が救われたような気分になった。


大破した白露を黒潮が曳航することになり、艦隊は帰港する進路を取る。


しかし、吹雪は機関を停止した。

吹雪の喫水位置が少しずつ高くなっている。

注水を行っているのだ。


「吹雪さん? 帰りますよ?」

突然停止した吹雪に他の艦娘たちは何事かと質問するが、吹雪は答えない。


短い沈黙の後、

「提督。お願いします」

吹雪は一言、そう言った。


提督は吹雪の言葉を聞くと固く目を瞑り、奥歯を強く噛み締める。


そして深くため息をついてから、

「……黒潮、綾波。雷撃用意。目標、吹雪」

と震える声で命令した。


艦娘たちは提督の命令の意図がまるで理解できなかった。


「え……? なんでうちが吹雪さんを雷撃しないといけないんや……?」

「じょ、冗談だろう? 吹雪さんは損傷してないし、先ほどの戦いも見ていただろう……!?」

艦娘たちは困惑していた。


「命令だ。雷撃用意」

続けて提督は命令する。


「……!」

黒潮は提督の命令に逆らえず、魚雷発射管を吹雪に向ける。


「こ、こんなのおかしいです! 吹雪さんを沈めるなんて、できません!」

綾波は抗命し、必死で提督に訴えかける。


「……」

提督は答えない。


「綾波は……吹雪さんを守ります!」


綾波はいつかのように吹雪への射線を遮る位置へ躍り出る。


「どけ! 綾波!」


「どきません!」


吹雪をかばおうとする綾波と、艦隊がにらみ合うような形になっていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter45: 処断 ]



「司令官、吹雪さんなんですよ!? いくら裏返るかもしれないからって……

 こんなのひどすぎます! 厳しいけど優しくて強い……吹雪さんなんですよ!」


綾波は必死に訴えかける。提督に、黒潮に。


「やめろ。早くどくんだ」

提督は力の入った手のひらを胸に押し当て、苦しげに言う。

目を伏せて、綾波の言葉に耳を傾けないようにしている。


「司令官と皮肉を言い合ったりできたのは吹雪さんだけでした。

 真っ向から意見を言い合っているのも吹雪さんだけでした!

 今まで一緒に頑張ってきたじゃないですか!

 一緒に……!」


綾波の声は泣いているのか、震えている。

頭ではわかっていた。裏返りつつある艦娘を処断することは正しいのだと。

しかし、綾波は譲らない。


「綾波……もうやめろ……! やめてくれ……!」


提督は頭を抱えて狼狽する。

凍りつかせようとしていた心を打ち砕かれる。

決心して済ませようとしていたことを一度押し止められ、身動きがとれなくなってしまった。


「綾波さん、もういいんですよ。

 あまり司令官を困らせないでください」


吹雪が優しい声で綾波に話しかける。


「私、もう十分ですから。十分、楽しかったです。

 司令官や黒潮さんにご迷惑をかけてしまいますけど……

 司令官がここに来た時から決まっていたことですから。

 だから、もういいんです」


吹雪の言葉に綾波は揺らぐ。

死を決心した吹雪の言葉は強い。


しかし、その言葉が提督に別の決心をさせた。


「止めだ! こんな命令、従っていられるか!」

提督は拳を強く壁に打ち付ける。


「吹雪、接続を解除しろ。

 船から出て来い。お前は我々の鎮守府に必要だ!

 死ぬことは許さん!」


だが、状況は提督の意思を許さなかった。


「提督は……優しすぎますよ……

 出撃してすぐに癒着が始まってしまいました。

 もう……接続解除もできません。手足も恐らく取り込まれています……」


吹雪の裏返りは既に始まっており、止めることはできなかった。


「知ったことか! 綾波、吹雪に接舷。

 接続を解除し、船員を連れて吹雪を引っペがして来い!」


「……はい!」

綾波は吹雪に接舷すると接続解除に入る。


「そんな……! 無駄ですよ。

 一度取り込まれた部位は再生しても変異した組織で再生します。

 もう止められないんです」


「ならば再生しなくなるまで変異した組織を切除する。

 そのまま鎮守府に連れて行って、解体し第三神経を摘出する」


「何度も手足を切断されれば恐らく耐えられません。

 それに、中枢神経も侵されつつあるのに第三神経を摘出すれば、恐らく死にます!」


「耐えろ。どうせ死ぬなら、いっそ試す。

 だが死ぬことは許さない」


「……提督は厳しいですね」


「手足がなくなったのなら俺が養女として引き取る。

 一生面倒をみてやる。

 どうせ処分される艦娘を引き取ったところでお咎めはないだろう」


「……司令官……!」

吹雪は提督の言葉に胸が満たされてゆく。

もはや諦めていたこの先を見ることを許された。

そして、思いは溢れる。


「私……本当は死にたくなんかないです……!」



「綾波、接続を解除しました。これより吹雪さん救出を行います!」

綾波は接続を解除すると素早く中枢室を飛び出し、

既に工具などを用意した船員と共に吹雪の船体に飛び乗った。


吹雪の船体は綾波の船体とよく似ている。

故に中枢室の場所は綾波や船員もよくわかっていた。


「この先……!」


素早く内部を駆け、中枢室の扉を開けた。


その時。


「――綾波さん、危ない!」


綾波のすぐ横を高速の何かが通り抜けた。


一瞬、凄まじい光に包まれる。


気が付くと綾波の体は吹き飛ばされていた。


「い、一体何が……!?」


周りを見ると、引き連れていた船員たちの数人は肉片になっている。

そして、中枢室からはバチバチという音と共に炎が吹き上がっていた。


綾波は中枢室の中央の椅子、閃光の中に人影が見えた。



提督の位置からは見えていた。

海面を這うように進む飛翔体が、吹雪の船体の手前で爆発したのを。


「や……やめろーーーっ!」

提督は叫んでいた。


飛翔体の正体を知っていた為だ。


艦対艦娘誘導弾。


誘導弾から分離した先駆弾頭により外壁を貫徹、主弾頭を中枢室へ誘導し、

中枢室の内部を一分に渡り焼夷する弾頭を備えた誘導飛翔体。

通称、“淫売潰し”


吹雪の砲塔やエンジン機関などがぐるぐると狂ったようにしばらく動き、やがて停止した。


中枢室から吹き出る炎が落ち着いた頃、人の形をした消し炭しか残っていなかった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter46: 喪失 ]



呆然と中枢室を眺める綾波。

もはや誰が見ても生きていないとわかる吹雪の体。

体表は炭化していて、膝と肘をおおよそ直角に曲げた状態で固まっている。


焼夷剤の匂いに混じって脂や肉の焼けた匂いがわずかに漂う。


綾波がほんの少し早く中枢室に飛び込んでいたら、死には至らずとも火達磨になり、

重度の火傷を負っていただろう。


「吹雪さんが! 吹雪さんがーーー!!」


その吹雪だったものの状態を理解し錯乱した綾波が叫ぶ。


「え? 何クマ……? 吹雪さんがどうなったクマ?」


「中枢室換気口付近から火柱が上がってたで……?」


他の艦娘たちは理解が追いつかない。

いや、理解はしているのだが、恐ろしい事実に心が納得することを拒む。


「ふざけるな! 畜生! 吹雪が何をしたって言うんだ!?」

膝から崩れ落ちた提督は床を拳で殴りつけ、怒りをぶつける。

目からは涙が流れる。それを耐えようともしていなかった。


「うおおあああーーー!!」


提督は叫ぶように涕泣する。

自分の無力感と吹雪への哀れみ、そして大事な一人の少女を失った喪失感が溢れ出し、

そうでもしない限り心が崩れ落ちてしまいそうだった。


艦娘たちは言葉も紡げず、悲しんで良いのかさえわからなくなっていた。


「あ……提督……技開の間宮さんからクマ……通常回線で通信が」


「……? このタイミングで間宮……!? そういうことか……!!」


どこからか飛来した対艦娘誘導弾。

その直後の通信。


提督は理解した。


「……繋げ……!」

涙も拭わず、怒気を孕んだ声で通信に応えるように支持する。


少しの雑音のあと、間宮の声が艦橋に響く。

「少佐さん。こちら中央技術開発局の間宮です」


間宮の声はいつも通り、優しく明るい。

それが提督を逆撫でる。


「貴様か……なぜ吹雪を殺した……!」

明確に敵意を顕にしながらも、提督は抑えた声調で話す。


「裏返った艦娘は適切に処断するのが規則ですよ。

 もともと少佐さんのお仕事ですけど、きっとお辛いだろうと思いまして。

 雷撃処分よりは誘導弾の方が苦しみませんし」


接続中の艦娘は感覚神経を乙体に預けるために、艦娘甲体の感覚はほとんどない。

つまり、中枢室のみを破壊したほうが艦娘が感じる苦痛は少ない。

実際に吹雪も先駆弾頭が外部装甲を小さく貫徹することに対する痛みしか感じてはいなかった。


「……ミサイル駆逐艦を用意して中央の軍港からこれだけ早く着いたと?」


「あら? うふふ。実はお近くの港に停留させて頂いていたんですよ。

 仕込みも上手く行きましたし、そろそろと思いまして」


「仕込み……!?」


「おかげさまで一度に二隻も裏返りの貴重な記録が取れました。少し改良した誘導弾も上手く機能しましたし。

 ありがとうございます」


提督の怒りが感じ取れる度に、間宮は楽しそうに話す。


「……大将閣下の指示なのか?」


「え? 技開は命令系統は別ですから、あの人は特に関係ありませんよ。

 知っていたら妨害してきそうですし」


「……そうか」

もし大将の命令だとしたならば、吹雪と伊58があまりにも可哀想だと思っていた。


「うふ。あとは技開にお任せください。吹雪さんの船体はお約束通り技開が責任を持ってお預かり致します。

 お引渡しください」


提督は間宮にわずかばかりの協力もする気はなかった。


「そうだな……それは断る」


「……? 技開とお約束があったはずですよ? 吹雪さんが処断されたあとはこちらに預けると」


間宮の明るい声の調子がわずかに落ちる。


「ああ、口約束ではな。正式な書類などはない。

 今現在吹雪は俺の鎮守府に所属する、俺の艦娘だ。どのように決定するかも俺の一存だ。

 気が変わったんだよ。吹雪はお前たちに渡さない。

 嫌ならば俺に拒否できない権限を持ったの正式な書類を持って来い。できるならばな」


提督は精一杯の意地を張る。裏密約などでない本当の正式文書であれば、提督に拒否権はない。

だがそれには十分な根回し、特に大将の妨害を超えなければならない。


「うふふ。面白くないですね。

 技開に喧嘩を売るおつもりですか?」


「いやまさか。そんなつもりはない。

 吹雪の成長した神経組織は他の艦娘の船体の改修に良い。

 技開のモルモットにするにはあまりにも戦略的価値が高い」


嘘は言っていないが、貴重な研究のための材料としての価値は大きい。

この言い訳は提督自身も咄嗟に出したこじ付けに過ぎないことがわかっていた。


しかし、意外にも間宮は納得する。


「……なるほど。少し甘いですが説明つきますね。

 わかりました。ここは引き下がりましょう。それはそれで面白そうです」


間宮はそれではと言うと通信を切断した。



潜水空母姫の討伐は成功した。

しかし艦隊は大破1、中破1の損害と、1隻の経験豊富な艦娘を処断することになった。


作戦が成功したとは思えぬほど提督と艦娘の表情は暗い。

吹雪の船体は綾波が曳航し、帰港する。


帰りの道中、誰ひとりとして事務的な会話以外を交わすことはなかった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter47: 悲歎 ]


潜水空母姫討伐作戦から数日が過ぎ、鎮守府は平常業務へ戻ろうとしていた。

しかし、そこにいる者たちは未だ平常とは言えなかった。


艦娘たち皆が覇気がなく、消沈しきっていた。

白露でさえも普段のようには振る舞えていない。


戦闘で誰かが撃沈したのであれば、ここまでにはならない。

悲しまないわけではないが、各々覚悟している。

あるいは悲しみや怒りを士気に変えている者もいたかも知れない。


だが、今回のことはその想像の外。


完全に心の隙間、殻が無いむき出しの柔らかい部分に返しのついた太い棘が突き刺さった。


だが時は過ぎる。

周囲も動く。

誰も鎮守府の者たちの気持ちなど待ってはくれない。


その日は吹雪の私室と指導官室の整理を行うことになっていた。

艦娘の葬式などは執り行われない。


機密などもあるため、提督が監督しながら兵たちが片付けていく。

空いた部屋の使い道など決まってはいなかった。


吹雪の私物は艦娘にしては多かった。

たくさんの小物。提督もよく知らない吹雪の一面が垣間見える。


可愛らしい装飾のついた櫛や手鏡、マグカップ。

紅茶葉などの嗜好品類。


真新しい洋服などもあった。

行動制限がある艦娘は着る機会がなかったはずである。

どのような気持ちで服を買っていたのだろうか。


休日にどこか外出するつもりだったのか、それともこの先普通に着れることを夢見ていたのか。

今となっては誰も窺い知ることはできない。


そのひとつひとつに吹雪が生きていた証が刻まれている。

嫌でも吹雪を思い出す。


提督は監督しなければいけない立場でありながら、何度も席を外し便所に篭った。

赤い目を隠すために濃い色眼鏡をかけていた。


身寄りのいない吹雪の私物は廃棄されることになっていた。

高価な小物などを兵がこっそり懐に入れるのも、度を過ぎなければ提督はあえて見逃した。


きっと吹雪もそうしただろうから。


提督は、いつかの時のワインをもらっていくことにした。

艦娘たちは制服や髪紐などをそれぞれ一品だけ持っていった。


残ったものは元々あった机や書類だな等、もはや持ち主のいない無機質なものだけ。



綾波は夜遅くに吹雪の指導官室を訪れた。

もう宿直の警備以外は居ない時間。


警備兵に挨拶をして、指導官室に入ることを告げて、廊下を歩く。

古くなった体爆ガラスから月明かりが差し込む。


明かりはないが、足元はよく見えた。


指導官室の扉に手をかけると、鍵は空いていた。

綾波は恐る恐る中の様子を伺う。


ワイングラスを手に持った提督が明かりも付けずにひとり佇んでいた。


机にもワインが注がれたグラスが置いてある。


「なかなか美味いな。果実味が多い華やかな香りのワインが好きだったのか?」

提督は机に置かれたワイングラスの方向、何もいない空間に向けて話しかけている。


「こういうワインなら、違う形のグラスの方が良かったかも知れないな」

提督の視線は綾波の目の高さあたり。吹雪の目の高さに向けている。


「皆、やっぱり落ち込んでいるよ。

 木曾も大きな口を叩かなくなった。白露も笑顔が硬くなってる。

 やっぱりうちにはお前が必要なんだよ……」


静かに話している提督を見て、綾波は引き返そうと静かに扉を閉める。

そのとき、指導官室の扉がぎぃと軋んだ。


「誰だ……? 吹雪!? ……綾波か」

提督は綾波を見て背格好から一瞬吹雪と見間違えた。


「どうした?」と提督は綾波に訊ねる。


「あ、いえ、何でもありません」


「……そうか。お前もか。こっちに来い」

提督は優しい声で手招きする。


綾波は提督の邪魔をしたくなかったので帰るつもりだったが、提督に誘われ部屋に入る。


「少し付き合え。吹雪と呑んでいるんだ。

 グラスはあるからお前も呑むか?」


「え……綾波、お酒飲んだことありません」


「そうなのか? 艦娘だし飲酒の年齢とか関係ないからこの際付き合ってくれ」


空いていたグラスにワインを注ぐと綾波に手渡した。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter48: 献杯 ]



「献杯」


提督は吹雪のグラスに向けて手に持ったグラスを差し出す。

綾波も見よう見まねでグラスを差し出してみる。


ワインを口に含む提督を見て、同じようにグラスを傾けるが、

その味は綾波の想像とは違い、独特の苦味と刺激、渋みなどがあり咽てしまう。

喉をわずかに通った液体は綾波の食道や胃袋に熱さを感じさせる。


「酒は苦手か?」

何とも言えない表情をしている綾波に提督は尋ねる。


「……いえ、お、おいしいです」

眉が完全にハの字になっているのに、おいしいという綾波をみて提督は吹き出した。

綾波は提督に見透かされたことと、笑われてしまったことに少しむっとする。


「はは、いや、初めての酒ならそんなもんだ。

 吹雪は結構酒が好きだったみたいでな。楽しそうに飲んでたよ」


「……吹雪さんが」

綾波は吹雪の外見を思い出し、意外だなと思った。


「とりあえず形だけで良い。いつかお前も好きになるかもな」


こんな飲み物を喜んで飲む自分が綾波は全く想像できなかった。


「……今日、吹雪の物を整理して思ったんだ。

 吹雪は死ぬつもりなんかなかったんじゃないかなって」


提督は唐突に吹雪の話を始めた。


「私物が多かったんだよ。お前もそうだが、艦娘って普通は私物が少ないんだ。

 いつでもいなくなれるようにっていうことをどこかで考えているみたいでな」


別にそんなつもりで私物が少ないわけではないと綾波は思ったが、

たしかに形が残る物を敬遠しているような気もした。


「でも、吹雪はたくさん残していった。

 明日も明後日も、そのあともずっと生きていくって、そんな思いが感じられた。

 ……軍が。俺がそれを踏みにじった」


提督は自嘲するように笑う。


「今はもう、この部屋に吹雪がいたことさえ嘘みたいだ」


がらんとした部屋は月明かりで薄く照らされている。

無機質で突き刺さるような空気と、吹雪との思い出の残り香だけが漂っていた。


「もう最後にする。俺がこんなじゃ、吹雪との約束も守れない。

 お前らを守っていくって約束したからな……」


自分に言い聞かせるためにそう言った提督の顔は辛そうだった。


綾波は手に持ったグラスを呷って、

「綾波が、吹雪さんになります!」

と、決心したように言った。


突然の綾波の発言に、提督は目を丸くする。


「こうなってしまったのも綾波の所為です。

 綾波が、吹雪さんの代わりになります!」


普段は頼りない印象の綾波だが、この口調になったときは決して譲らない。

それは提督も何度も目の当たりにしている。


「綾波に、吹雪さんの船体の組織を移植してください」


「……吹雪の組織で改修するのか。たしかに間宮にはそう言ったが……」


提督は吹雪の船体の処遇はまだ決めていなかった。

吹雪を失った船体は時が経てば劣化していく。

いつまでも置いておくことなどできないことはわかっていたが、かと言って処遇を決められずにいた。


「お願いします!」


「吹雪の組織は裏返った艦娘の組織だ。

 成長した組織ではあるが……何が起こるかわからない」


裏返った艦娘の組織を実戦投入されている艦娘に移植することは前例がない。


「お願いします」


綾波の決意は固い。


「単なる贖罪のためなどと言う理由だったら……」

と、提督は言いかけて止めた。

綾波の目は真剣に吹雪の代わりを務めるつもりだったからだ。


「そういえば吹雪は綾波をよく気にかけていたな……

 わかった。改修の手配をしよう」


「ありがとうございます。

 綾波、吹雪さんの分まで提督のお役に立てるように頑張ります!」


と言いながら、綾波はくにゃりと床に寝転んでしまった。


「お、おい!」

慌てて綾波に近づくと綾波は顔を真っ赤にしてすーすーと寝息をたてていた。


「……綾波。吹雪の代わりを務める時に別に酒は飲まなくてもいいんだぞ。

 艦娘は薬品に強いんじゃなかったのか……」


床で寝てしまった綾波の頭を撫でながら、提督は吹雪のグラスを眺める。


「吹雪。お前が綾波を寄越してくれたのか?

 なんだかすっかり気持ちが緩んでしまったよ……

 聞いていたろ? お前の代わりになるんだとさ。

 伝説みたいなあの吹雪さんの代わりだ。これからこいつも大変だな」


くっくと笑いながら、グラスを傾ける。


冷たかった月の光が、暖かく感じていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter49: 改修 ]


吹雪の船体の解体は造船所で行われた。

主要な筋肉組織や神経組織は適切に取り出され、綾波の船体に合うように加工が施される。


加工された生体部品はすぐに綾波の船体へと移植される。

埋め込まれたばかりの生体部品はすぐには馴染まず、徐々に綾波の組織に取り込まれ、一体化する。


移植されている光景を提督と艦娘たちは見ていた。


「なんで吹雪さんの組織で補助付きを改修するんや?」

黒潮はやや納得がいかないといった顔で口を尖らせている。


「ん? 黒潮を改修したほうが良かったか?」


「それは……」


黒潮は口ごもる。

吹雪の組織を移植するということは、吹雪のような活躍を期待されるということでもある。

移植されたからと言って、同じ活躍ができるわけでもない。


しかし、周囲は“吹雪の組織を移植された艦娘”として見る。

その重圧を受ける覚悟は黒潮にはなかった。


自身の実力に自身がある木曾であっても、吹雪ほど有名な艦娘の組織を自分から受け取るのは躊躇する。


「補助付き。吹雪さんの組織を受け取るんや。

 無駄にしたらうちが許さへん」


黒潮はじろっと綾波を睨む。


「黒潮さん、綾波もう補助付きじゃないです」

綾波は黒潮に後ろを向いて、自分の背中をちょんと指差して言う。


「……せやったな。綾波」


今回の改修のための検診で、ようやく綾波に平常時艤装解除許可が下りた。

綾波はやっと仰向けに眠れると喜んでいたが、

黒潮は後輩に追いつかれたような気がして、少し面白くなかった。


「な、なんだかいつも背負っていた物がなくなると何だか落ち着きませんね」

背中をもそもそと動かして、感じている違和感を主張する。


「あたしもそうだったなー。すぐ慣れるよ」


「俺はかなり補助付きの期間が長かったのに……」


「木曾は転換処置の予後が悪かったからクマ。

 球磨は優秀だからすぐ外せたクマー」

球磨は木曾をからかう。


提督はそんな艦娘たちの様子をみて微笑んだ。


「あ、提督が笑っているクマ。良かったクマー」


艦娘たちの雰囲気は随分と戻りつつあった。

少しではあるが時が経ち、各々が心に整理をつけ始めていた。


だが、それよりも大きいのが、提督が気持ちに折り合いをつけたからだ。

良くも悪くも提督の感情や態度は艦娘に直接的に影響する。


提督が焦れば、艦娘たちも自然と焦る。

提督が悲しめば、艦娘たちも落ち込んでいく。


大事な人が泣いているのに、笑っていられる人はいない。


提督は自分の行動がどのような影響を与えるのかを思い知った。


心に刺さった棘は恐らくずっと抜けない。

しかし、前に進むことはできる。


もう決して、仲間を失ったりしない。

そう提督は心に誓った。



改修作業はまだ時間がかかる。

提督は通常業務があるため、秘書艦の球磨を連れて執務室に戻った。


部屋に戻るのを待っていたかのように、提督の机の電話が鳴り出した。

「おっと、丁度良かった」


球磨は秘書艦の席について、書類の整理を始める。

吹雪がいなくなってしまった分、艦娘の管理などの書類も回ってくるようになった。


球磨の耳に入る提督の電話の話し方がどうもおかしい。

ふと気になって顔を上げて電話をしている提督を見ると、その顔は青ざめていた。


「転属ですか……!?」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter50: 転属 ]


鎮守府からほど近い海域。

ドラム缶を満載した数隻の駆逐艦の姿があった。


「今回の輸送任務、上手く行ったっぴょん!」


「もうこの海域は敵艦も少ないし、大丈夫だね」


「この辺りって……たしか……潜水空母姫が……」


「およ? なんかおっきな艦影が……にゃっ! 戦艦!?」


「なんでこんなところに大規模な敵艦隊がでるんだよ……めんどくせー……」


「いやだ……五時方向にも敵艦いるわよ……囲まれてるわ」


「……うーちゃんが時間稼ぐぴょん! 睦月型のホントの力、見せてやるぴょん!

 皆、司令官に報告よろしくね」


一隻を残し、駆逐艦の輸送艦隊は海域から離脱していった。




提督執務室に艦娘が集められていた。


「何故だ! この鎮守府が閉鎖だと!?」

木曾が机を強く叩きながら憤る。


「まだ完全な決定ではないが、すぐに正式な通達が来るだろう。

 俺の転属と共にこの鎮守府は閉鎖。お前たちも別の鎮守府に配属される」


「て、提督の行く場所についていくクマ!」

球磨は必死な顔で懇願するが、提督は首を横に振る。


「俺の転属先は通常の軽空母の副艦長だ。新式海兵司令ではなくなる。

 艦娘を連れてはいけない」


「……通常の軽空母の副艦長って、中佐の配置やな……?

 昇進するためにうちらを捨てていくってことか!?」


黒潮の言葉に、提督の顔が一瞬引きつるが、またすぐに無表情に戻る。

「そう受け取ってもらって構わない。恨みたいなら恨め」


突き放すようにそう答えた。


「そ……そんな……」

黒潮はこの世の終わりかのような表情でがっくりと肩を落とした。


「あ、綾波は……吹雪さんの代わりになるって……それで……」


目に涙を浮かべた綾波が提督に何かを言おうとするが、提督が遮る。


「軍の決定だ。従え。

 他にはないな? では各自、退室し準備をしておけ。

 いつでもここから出られるようにな」


艦娘たちは死んだ目でぞろぞろと提督執務室から出て行く。


「クソッ!」

ひとり執務室に残った提督は、拳を強く机に叩きつけた。




中央の鎮守府に存在する技術開発局の局長室。

大量の書類棚とそれに収まらないほどの資料がところ狭しと収納されている。


窓際の席から部屋を見据える神経質そうな痩せぎすの将校。

それと間宮の姿があった。


「局長。あの鎮守府、閉鎖だそうですね」


「あの鎮守府? あぁ、伊58がいた鎮守府かい。

 そりゃ伊58がいなけりゃ維持する必要もないねぇ」


「いいえ、面白いものがありますよ」

間宮はにっこりと一冊の資料を将校に渡す。


将校は左手の爪を噛みながら渡された資料にぱらぱらと目を通す。


「へぇ! こりゃ面白そうだ……あの吹雪の組織を移植した特殊適合体候補ねぇ……

 いいね。興味をそそられるよ」

その骨っぽい肩を震わせて笑う。


「でしょう? なのであの鎮守府はもう少し見守っていきたいんです」


「ふーむ……掛け合ってみようかね。しかし、それだけで上の説得はちょいと難しいなぁ」

視線を斜め上方にして、顎をさすりながら思案している。


「うふふ、大丈夫ですよ。恐らくあの海域、忙しくなりますよ」


「んー? そうか、姫級が現れた海域ということかい。なるほどねぇ。

 ならそっちで提言してみるかねぇ」


将校はニヤニヤと嫌な笑いを浮かべながら、席を立った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter51: 提督 ]


提督は机で書類仕事をしているが、遅々として進まない。

文書の内容を読み込もうとしても文字は言葉にならず、

頭にぽっかりと空いた穴に吸い込まれていくようだった。


使い込んだ万年筆さえも何故だか手に馴染まない。


机に置いた無言の電話といつも以上にゆっくり進む時計をしきりに気にしていた。


予定通りであれば間もなく上層部の会議が終わる。

そこで、この鎮守府の行く末、自分の配属が決定する。


提督に電話が来た以上、ほぼ閉鎖が覆ることがないことは提督も理解していた。


だが、願わずにはいられなかった。


そんな自分に気付き、提督は苦笑する。

ほんの少し前まではこの仕事がたまらなく嫌だった。


それが今はどうしたことか、これほどまでにこの鎮守府から離れたくないと思っている。


勇敢な少女たちが提督を変えたのだった。



空気を割くように、電話が鳴った。


その瞬間、提督は息をすることさえ忘れていた。

心待ちにしていたはずなのに、いざとなると受話器があまりにも遠い。

必死に手を伸ばそうとしても、なかなか届かない。


提督はふぅと息を吐いて、ひと呼吸置いてから、机に置いてある受話器に手を伸ばした。


自分と少女たちの未来を聞く。




その数日後。


「そろそろいかなければな」

提督が部屋の壁掛時計を見ながら呟く。


「……他の鎮守府の人と一緒にやっていけるか不安クマ……」

球磨はこれから訪れる生活への不安を口にする。


提督は優しく微笑む。

「球磨なら大丈夫さ。今までも新しい艦娘と上手くやってたじゃないか」


「新しい艦娘と、他の鎮守府の艦娘は違うクマ……」


「俺の秘書官がそんなことじゃ困るぞ。綾波たちにも無駄に不安を与えるだろう」


「……そうクマね」

と、口では言うものの、球磨の表情はまだ暗い。


提督はやれやれと言いながら球磨に右手を差し出す。

球磨は提督の半歩後ろに立つと腕にそっと手を回した。


ゆっくりと歩いて執務室から出て行った。



港には既に艦娘たちが揃っている。


提督の腕に手を回した球磨の姿を見るなり、黒潮がずるいと声を上げる。


提督は艦娘たちの前に立つと、彼女たちを見回す。


「よし、服装に乱れはないな。

 これから皆の状況は変わる。恐らく今までのようにはいかないだろう。

 だが、何があろうとも全力で乗り越えて欲しい」


艦娘たちは真剣に聞いている。


「一人でなら難しいだろう。だが、鎮守府全員で力を合わせ、必ず乗り越え、前に進むぞ。

 さぁ、出迎えだ!」


全員が海に向かって敬礼をする。


港に大きな船が二隻、進入してきた。


「戦艦と正規空母ってすごい大きいですねぇー」

綾波は見上げながら驚嘆する。


「中央からの派遣だ。大将閣下に恥をかかせることにもなる。決して失礼のないようにな」



提督に来た電話の結論は鎮守府の継続だった。


伊58を沈めた海域周辺に深海棲艦が続々と集結。

輸送艦隊を一隻残らず壊滅させた。


輸送路ともなっているその海域の奪取は最重要任務となり、

最も近いこの鎮守府の維持が決定された。


敵艦隊には戦艦や空母も確認されたため、戦力の増強が急務となり、

一時的に新造艦が来るまでの間、中央から艦娘が派遣されることとなった。



「さぁ、これから忙しくなるぞ。

 戦闘は激化する。だがお前ら、絶対に沈むんじゃないぞ!」


「はい!」


提督と艦娘の声が港に響く。


この鎮守府の物語は、まだまだ続く。




第一章 完




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

次章(ウソ)予告


少しずつその才能を開花させ始める綾波。

渦巻く技開の陰謀。

派遣されてきた戦艦金剛、正規空母加賀との軋轢。

黒潮の更なる挑戦。

そして着任する新造艦たち。

旗艦を解任される球磨の思いとは。

提督と綾波の過去はどうなるのか!?


そしてその物語を誰が書くのか!



後書き

走りきりました!
校正も終わりました。

書けてない設定もあります(提督の生い立ちとか球磨の生い立ちとか艤装の機能とか)
まぁ大した設定ではないです。

小説形式でも台本でもない、なんというかブログっぽい文体でしたがいかがだったでしょうか。
文章力の無さはもう諦めています。
私まったくと言って良いほど本を読まないので、
皆様のような表現力がないのです(生涯で読んだ小説は10冊くらい?)

しかも小説というか、物を書いたのこれが初めてで、
この文章って小学生の読書感想文みたいだなーと思いながら書いてました。

あまりわかりにくくならない範囲と、日本語がない言葉以外は外来語を使わないようにしてました。

もう戦闘シーンとか嘘八百を並べ立てて、とにかくそれっぽい雰囲気を出そうとしました。
わかっている人には嘘ばっかり書きやがってって感じなんでしょうね……

ゲームで同じ艦が出るのは、艦娘になると外見も変形してしまうって脳内設定なんですが、このSSではその設定はオミットしてます。ストーリーが成立しなくなってしまうので……

登場人物の選び方ですが、
綾波:改二がある駆逐艦
吹雪:初期艦
球磨:うちの鎮守府に最初に来た軽巡
木曾:綾波の胸ぐら掴んでも違和感のない艦娘
黒潮:友人の推薦
白露:友人の推薦
伊58:よくオリョクルでネタにされているので
間宮:絶対あの糧食おかしい

というよくわからない基準で登場してます。

もう完結はしたので、ガッツリ批判などしてしまって大丈夫です。(校正はしますが)


あ、続編を書く予定はないです。
もう引き出しがないんです。
むしろ誰か書いてください。お願いします。そうしたら全力で読みます。
私なんかの設定で良ければいくらでも答えますから。

最後まで読んでくれた方、ありがとうございました。
評価や応援、入れてくれた方、ありがとうございました。
お気に入りやコメント入れてくれた方、ありがとうございました。
ちらっと見て合わないって思った方、ありがとうございました。

特に最初にお気に入りに入れてくれた方のおかげで完走できたと言っても過言ではないです。
そう、あなたです! (今読んでないかもしれませんが)

皆々様、本当にありがとうございました! 愛してます!


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このSSへのコメント

7件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2014-10-13 09:15:27 ID: c23NFspU

まあたしかに人が機械を動かそうとすれば攻殻機動隊みたいなサイボーグ化になるんだろうな。

2: SS好きの名無しさん 2014-10-22 06:24:47 ID: L-7fBPhk

しかし、面白くてはらはらして、次が楽しみになりますね~

3: SS好きの名無しさん 2014-11-09 02:56:35 ID: oz8xLK_y

面白すぎるんですけお!

4: SS好きの名無しさん 2014-11-11 10:29:17 ID: WkJw-HmT

めっちゃおもしろい!

5: SS好きの名無しさん 2014-11-27 01:39:25 ID: 8VZq9ciY

毎日、更新分を読むまで眠れない!

6: SS好きの名無しさん 2014-11-30 02:14:28 ID: pYKHpMZN

無理は承知で続編とか外伝を希望!
綾波の未来、吹雪の過去とか色々気になって仕方がありません
隠しているであろう引き出しの中を見せて下さい!

7: SS好きの名無しさん 2015-10-18 00:03:47 ID: 6qNwnOwV

胸くそ悪い話だわ


このSSへのオススメ

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1: あっぽる 2014-12-21 23:50:03 ID: mG0HjI0J

サクサク読めるし、内容もよかったです。続編超希望します。外伝超期待します。

2: ショウ 2017-01-02 23:31:01 ID: CpnbsSmc

第二章が始まっています!
第一章を読んだ人もそうでない人も是非!!


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