2016-04-02 23:44:28 更新


穂乃果



春の暖かな風が頬を撫で、桜の花びらが舞い落ちていく。

4月。

新しい事が始まる季節。

でも……


私は、まだ踏み出せずにいた。


「どうしたのですか、穂乃果?」

立ち止まった私に、海未ちゃんが聞いてきた。

音ノ木坂学院の校門。見慣れていた景色のはずなのに、今日は、何かが違う。

鮮やかに見えていた桜並木が霞んで見えたのも、海未ちゃんとことりちゃんと待ち合わせしていつものように心が弾まなかったのも、原因は同じだ。

「楽しかったよね。アキバでのライブも、ニューヨークでのライブも」

「そうですね。アキバではたくさんのスクールアイドルと。そして、ニューヨークでも、あんな大きな舞台でライブが出来て、私たちは幸せだと思います」

「でも……」

ことりちゃんが俯いた。多分、私と同じ気持ちなんだ。

「寂しいよね。やっぱり」

「うん。絵里ちゃん達が卒業して、お別れが先延ばしになったけど……」

「それも永久じゃない。いつかお別れが来るのは、分かってはいましたが……」


みんな、気持ちは同じ。また、あの頃に戻りたい。時間を巻き戻したい。

それが、叶えばいいのに……






「にゃーっ! かよちん、これで全部?」

アイドル研究部の部室。にこちゃんが、色んな物を持って帰って、ガランとしていた本棚に、今日からかよちんの私物が並ぶんだ。

朝早くに2人で頑張って持ってきたいっぱいに詰まったダンボールの中から出てくるのは、アイドルのCDや写真集やライブのDVD。それも、限定品と書かれている物だらけ。

さすが、かよちんにゃ。

「これで全部?」

凛が教室から部室まで引っ張ってきた真姫ちゃんは、しぶしぶグッズの整理をしている。

「今日はこれだけ。まだまだ持ってきたい物がいっぱいあるから」

「「ええっ!」」

思わず真姫ちゃんと一緒に声が出ちゃった。

「まだあるのかにゃ!?」

「そうよ! もう本棚は埋まっちゃったし、どこにも置けないわよ」

「ダメなの! 私たちは、まだまだアイドルとして未熟者。もっともっとプロのアイドルから色んな事を学ばなきゃ」

アイドルに熱中するかよちんも好きだけど、また今日の朝と同じ重さを持つのは、流石にきついにゃ。

「まだまだ未熟って、一応ラブライブで優勝したのよ」

「それで満足してちゃダメなの!スクールアイドルがアマチュアのアイドルだとしても、日々進化していってるのは確か。私たちも進化していかないと」

かよちんの熱血ぶりに、真姫ちゃんが動揺してる。いつもは、かよちんが動揺してる側なのに。

「凛ちゃんは、どう思う?」

「り、凛!?」

いきなり凛にフラないで欲しいにゃ。かよちんの気持ちも分かるけど、もう力仕事はしたくないし。究極の選択にゃ……

「うぬぬぬぬ」

かよちん、そんな目で見ないで欲しいにゃ。それに、真姫ちゃんもこっちを睨まないで欲しいにゃ。

「おはようございます……どうしたのですか?」

「あ、海未ちゃんにゃ!」

しめたっ! ここで海未ちゃんに任せるにゃ。

「な、何です!?」

「ここは、海未ちゃんに意見を聞くにゃ!」

「意見? 一体何の事ですか?」


数分後……


「そうですか……それは、花陽が自粛するべきだと思いますよ」

「そうよ。当然のことね」

真姫ちゃん、さっきまで余裕無い顔だったのに、海未ちゃんが味方になった瞬間、強気にゃ。

「何でっ? だって、μ'sがもっと進化するには」

「それなら、分けて持ってくるという手があります。凛や真姫だって、持ってくるのは大変でしょう」

「それは、そうだけど……」

「それに、花陽。もう、私たちはμ'sではありません。ただの、アイドル研究部です」

海未ちゃんは、そう言いながら悲しそうな顔してる。真姫ちゃんも、かよちんも、みんな悲しい顔になってる。

ここは、凛がなんとかしなきゃ。

「ねぇ、もうすぐで授業始まっちゃうよ。早く教室に行かなきゃ」

「……そうね」

「……そうだね」

ダメだ。直らない。もう、どうすればいいんだろう。

「そう言えば、海未はなんでここに?」

そう聞いたのは、真姫ちゃんだ。

「ああ、そうでした。実は、卒業式の後に部室に忘れ物をしてしまって。取りに来たんです」

「忘れ物?」

「はい。ちょっとペンケースを置いて来てしまって。絵里に貸して、部室に置いてきてしまったと連絡があったのです」

「絵里ちゃんから連絡あったの?」

「ええ」

解散してから、もう3年生とは連絡をとっていない。何か気まずくて、そして、話すと泣いちゃいそうだから。

「何か言ってた?」

かよちんが、興味津々に聞いた。

「特に何も。私から借りたペンケースを部室に忘れたとだけ」

「そっか……そうだよね」

かよちんが、無理をして笑っているのは、すぐに分かった。

私達が決めた事。それは分かってる。でも、やっぱりお別れを納得することは簡単じゃない。

きっと、みんな同じなんだ。

その時、授業開始のチャイムが鳴った。




絵里



「ハァ〜」

ため息をひとつ吐いて、ソファに背中から飛び込む。

紅茶のほのかな香り。

希が、キッチンでレモンティーをいれてる。

私と希は、ルームシェアをする事に決めた。悩んだ末、自立するために選んだ道。同じ大学に通い、同じ屋根の下で暮らす。

引越しの荷物を大体片付け終えて、私達は休憩していた。

楽しい新生活になるはずだったけど、やっぱり心に引っかかる。

「ハァ〜」

「ため息ばっかり吐いてると、幸せ逃げちゃうよ」

「……そうは言ってもね」

「まだ、μ'sが心残りか」

図星だ。希には叶わない。恥ずかしい。でも、それは希も同じはずだ。

「希は、どうなの?」

「もちろん、心残りになっとるに決まっとるやん。ウチらがスクールアイドルを続けないって決めて、それでもまだ引っかかってる」

希は、ティーカップにレモンティーを注いだ。

「私達が決めたのにね。なんで心残りなんだろう?」

「それだけ、μ'sに思い入れがあったんやろ。簡単に割り切れない程に」

「この前、海未に電話した時も、結局用件だけ伝えて切っちゃったし。私、変わっちゃったわね」

「そうかな? えりちは変わってへんと思うよ」

「え?」

「誰にでも優しいし、思い出を大切にする。簡単に割り切れないって言うのも、変わってない。ある意味長所やと思うんよ」

「もう、希ったら」


ピンポーン


インターホンの音。引越し業者かな?でも、荷物は全部降ろしたし、忘れ物は無いと思うんだけどな。

「おっ! 来た来た」

希は、それが誰なのか分かっているみたい。

「来たって誰が?」

「ん〜私とえりちが大好きな人」

かなり曖昧な答え。でも、理解するのには十分すぎるヒント。

「そう言えば、朝から携帯をずっと見てたわね」

「まあ、迎えに行こか」


「……にこっちうわっ!」ドスン


玄関から聞こえてきた鈍い音。様子を見に行った私の目に入ったのは、大きな段ボール箱の下敷きになっていた希と、その上に乗っかっているにこだ。

「どうしたの?」

「勢いよく希がドア開けたから、ビックリして倒れちゃったのよ」

「この段ボールは?」

「あんたらが二人暮らしするって言うから、適当に食材買ってきてあげたのよ」

スカートのホコリをはらい、にこはこちらを見る。

変わっていないことに安心する。まあ、卒業して1週間しか経っていないのだから、当然なんだけど。

「どう? 専門学校に通いながらアイドルって、大変じゃない?」

「まあ、午前中は授業で、午後から仕事っていう感じになりそうだから、大変といえば大変ね。事務所がなんとかスケジュール合わせてくれて、今のところなんとかなってるわ」

「でも、良かったわね。ファッションの専門学校に特待で入れて」

「ええ。No.1アイドルの素質を見抜く良い学校よ。いつか、NiCoNiっていうブランドを出すの」


「……あの〜お2人さん?」


あ。

「倒れてるウチをおいて、随分と楽しそうやんなぁ?」

「ち、違うのよ希。忘れてたわけじゃなくて」

希の両手が肩の高さにまで上がり、ゆっくりと足だけで立ち上がる。指が、少し曲がってる……まさかっ!

「わしわしやでーっ!」

「ギャー」

犠牲者は、にこ。可愛いワンピースの上から、わしわしされている。あまりにも凄いのか、にこは悶絶している。


ハッとした時既に遅し。

魔の手は、にこを離れ、私の前にあった。



少々お待ちください……



「それで、にこが来ることをなんで隠してたの?」

私は、問題の核心を突く。

「ただ、ビックリさせたかっただけよ。特に他の意味はないやん」

「あんなにわかりやすいヒントで、よくビックリさせようとか考えてたわね」

「やっぱり、簡単やったかー。もっと難解にしておけば良かったなぁ〜」

「ちょっと待ってよ!」

「どうしたんにこっち?」

「私って、絵里をビックリさせるためだけに呼ばれたの?」

「まあ、そうなるんじゃない?」

さすが、希マイペースね。まあ、そんな所が好きなんだけど。

「まあ、結局驚いて災難に遭ったのは、希だったけどね」

結局、段ボールの中のトマトが潰れて、希の着ていた服は、赤と緑のシミが出来てしまった。今は、着替えているが、あの希は、怖かった……

「私達も、だいぶ災難に遭ったと思うんだけど」

「まあ、冗談は置いておいて。本題に入ろか」

「そうね」

にこと希は、顔を合わせる。

「本題?」

「μ'sについてのことよ」

ああ、やっぱり心配なんだ。強がってるフリして、実は希が1番気にしてたりして。

「やっぱり、心配なのね」

「まあ、相談してきたのは、にこっちなんやけどね」

「ちょっ、希!話さないでって言ったでしょ!」

「別にええやろ。何も恥ずかしいことないやん」

さすがにこ。いつも強がってるけど、何だかんだで一番の心配症だからなぁ。

「それで、何が気になるの?」

希から出されたレモンティーを一口飲み、口を開く。

「……私、実は真姫ちゃんから相談を受けたのよね」

「へぇ、真姫と……どんな話?」

「これからどうしたらいいかって。本当に、にこ達が居なくてもやっていけるのかってね」

「それで?」

「頑張って、としか言えなかったわ。私達が何を言おうと、これからのみんなの道はそれぞれが決めるべきだと思うし」

そっか。にこは、そう思ってるんだ。学院に残ったみんなが決めること。私達が不用意に干渉しちゃいけない。

「でも、何を頑張れば良いのかわからないままで、頑張れって言っても、仕方ないんじゃないんやろか?」

希の言うことももっともだ。廃校阻止、ラブライブでの優勝、スクールアイドルを集めての最高のライブ。輝かしい功績を残して解散したμ'sが、これからどうしていくか。多くの事を成し遂げてきたみんなにとって、頑張っては目標の無い重荷にしかならない。

「どうすればいいのかしら……」


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