白いカーネーション
ある日比企谷八幡は医師から残酷な宣告をされる。
そして八幡はこの世界に生きた証を残そうとした。
それは彼と彼女達に何らかの変化をもたらす。
感動してもらえるように書きました。
「比企谷さん、あなたはもうーー」
「……そうですか」
ーーー
「たでーま」
「あ、おかえりお兄ちゃん。どうだった?」
「……ただの気管支炎だったよ。気にすんな」
「そっか、よかったー。ずっと咳してるから肺炎にでもなっちゃったかと思ったよー」
「肺炎だったら病院に親呼んで入院してるっつうの」
「え、肺炎ってそんなにやばいの?」
知らなかったのか妹よ……。あとやばいって由比ヶ浜みたいでお兄ちゃん心配。
「ご飯できてるから準備お願ーい」
「あいよ」
小町には心配かけたくないからな。いつも通りでいこう。
ーーー
その夜
「親父、母ちゃん。話があるんだーー」
俺は小町が寝静まった頃を見計らって両親をリビングに呼ぶ。そして俺は病院で医師から言われたことを簡潔に伝えた。2人は黙って涙を流していた。こんなバカ息子に涙を流してくれるなんてな、息子だから当たり前なんだろうが今になってはそれもありがたい。
「このことは誰にも言わないでほしい。特に小町には」
「で、でも八幡」
「母ちゃん、頼む」
「……わかったわ」
「すまん親父」
「なんで謝るんだ、俺はお前の父親だ。最後の最後まで。そしてこれからもずっとな」
「っ……あり……がと、う」
俺はこの日初めて涙を流した。医師から病名を伝えられ、もう助からないと言われた時でさえ泣かなかったのに。
病名は肺癌だった。もうすでに助からないところまで来ているらしい。だから俺はこの腐った世界に少しでも自分がいたという証を残していこうと思う。だから医師には延命治療はいらないと言った。いつ死んでもおかしくない状況でここまで冷静なのは自分でもおかしいと思う、けれどそれはやるべきことがあったから、こんなところでグズグズしてる暇なんかないんだ。たとえそれが自己満足でも、誰かの心の中で生き続けたいと願った。
ーーー
「せーんぱいっ、おはようございます!」
朝学校へ登校してすぐに後ろからあざと可愛い一色の声が聞こえる。いつもなら『先輩はこの学校にいっぱいいるし俺じゃねぇな』とか言ってるところだがしょうがねぇから返してやろう。というか可愛いって思ってんのねこいつのこと。
「おう、おはよ」
「……」
返事がない。ただの屍のようだ。
「どうしたんだよ」
「い、いえ。まさか先輩が挨拶を返してくれるなんて……。はっ、まさかわたしの魅力に気づいて俺の中でお前は特別だぜキリッなんて思ってるんですか。ものすごく嬉しいですし魅力的ですけどもうちょっと手順を踏んでからお付き合いしてくださいごめんなさい」
……挨拶して損した。なぜまた振られるんだ。
「はいはい、悪かったよ」
「あ、ちょっと待ってくださいよせんぱーい」
こいつとのやりとりもじきに終わるのかと思うと寂しいものがあるな。
ーーー
「あ、ヒッキー!やっはろー!」
教室でそんな挨拶を大声でするんじゃありません。
「……おう」
「部活、一緒に行こうね!」
「あぁ」
こいつと奉仕部に行くのももうあと少し、か。こいつの俺に対する好意には嫌でも気づいている。勘違いじゃないこともわかってる。だからこそ言えない、言いたくない。ただのわがままだけどな。
ーーー
放課後
「ヒッキー部活いこ!」
「おう」
ーー
「やっはろー!ゆきのん」
「こんにちは由比ヶ浜さん。引きこもり君」
「まて、谷も無くなってんじゃねぇか」
こんなやりとりにもつい笑みが溢れる。
「なにを笑っているのヒキガエル君。罵倒されて喜んでいるなんてとんでもない変態谷君ね」
「うわ、ヒッキーきもい!」
人が余生を謳歌しようとしているところにとてつもない罵声を浴びせてくるもんだな。あと変態じゃないからね?きもいは否定しないけど。
俺はこの空間が、この部室が好きだ。沈黙も心地よいと思える。思い返せば色々とあったな。文化祭、体育祭、そして修学旅行。まぁどれもいい思い出とは言いがたいけどな。それでもこいつらには感謝しかない。俺が死んだら悲しんでくれるだろうか。
ーー悲しんでくれたらこの学校生活にも意味があったと思えるかな。
そうやって黄昏ている時、奉仕部のドアが開く。
「こんにちはー!先輩いますか?」
「一色さん。ノックをしてと何回も言っているのだけれど」
「あははーすみません。先輩借りていいですか?」
こいつ反省してねぇな。雪ノ下も呆れてるし。
「借りていきますねー!先輩いきますよ?」
「お、おい。引っ張んなって」
行くなんて一言も言ってないんだけど。まぁ拒否権なんてもともとないんで諦めてるんすけどね。あ、発言権もなかったっけ。もう人権ないじゃん。
ーーー
「先輩お喋りしましょ?」
生徒会室に連れてこられた俺は仕事をさせられるのかと思いきや突拍子も無いことを言われた。
「は?お前仕事は?」
「全部終わってます」
「じゃあなんで呼んだんだよ……」
「だから言ったじゃないですかー、お喋りです!」
「帰る」
「……本物」
「うぐっ、わあったよ。でもぼっちに話題提供求めんなよ?」
「あ、その辺期待してないんで大丈夫です」
期待されてないのはわかってるけど悲しい……
「んんっ、ぶっちゃけ聞きます。どちらが好きなんですか?」
は?
「は?」
心と体が一致する瞬間であった。
「なんの話だ?」
「雪ノ下先輩と結衣先輩のことですよー。どちらが好きなんですか?」
雪ノ下と由比ヶ浜。確かにどちらも大切な仲間だ。けれどーー
「別にどっちでもねぇよ」
「えぇー、どっちなんですかー」
「だからどっちでもねぇっつってんだろうが」
「じゃあ誰なんですか?」
「なんで俺に好きな人がいるって決めつけてんの」
「ふーん、じゃあわたしなんてどうですか?」
はい?
「いや、どういう意味だよ」
「どういう意味って、そのまんまですよ」
「いや、それの意味がわからんのだが」
「先輩気づいてないんですか?わたしの好きな人って先輩なんですよ?」
「お前には葉山が……」
「葉山先輩はただの憧れです。あんな人と一緒にいれればいいなーぐらいでした。でも先輩に対しては違います」
「いや、一色。お前の気持ちは」
「勘違い、なんて言ったら怒りますからね。この気持ちは本物です。紛れも無い真実です。わたしは比企谷八幡先輩のことが好きです」
初めて聞く一色の気持ち。ただあざとく振りまいてみんなに好かれようとしているやつだと思っていた。そんな一色を愛おしく思っていたのは事実だ。しかし違ったのだ。彼女は本物を求めていた。その目は偽物を語る目ではなかった。だからこそ俺は、
「すまん一色、今はお前の気持ちには答えられない」
「えぇ、わかってましたよ。だって先輩ヘタレですもん」
「ふっ、ありがとな一色」
そう言って一色の頭を撫でた。
余命幾ばくもない俺だったからこそ逃げないでいようと思えたのかもしれない。けれどだからこそこいつに悲しい思いはさせたくなかった」
「ふぇ?」
頭を撫でていると一色があざとい声を出す。ふぇ?ってなんだよ可愛いじゃねぇか。
「せ、せせせせんぱい!?ど、どうしちゃったんですか!?」
「どうもしてねぇよ。ただまぁ、なんだ。俺なんかに告白してくれるやつはお前が初めてだったからな」
「えへへ、先輩の初めてもらっちゃいました」
「卑猥に聞こえるからやめてね?」
「えっへん!先輩、覚悟しておいてくださいね?」
「お手柔らかに頼む」
「ガンガンせめます!」
「勘弁してくれ……」
素直になれたのはこの病気のおかげなのだろうか?ちょっとは感謝しねぇとな。
ーーー
「あ、おかえりヒッキー」
「随分早かったのね」
「まぁな」
「私、これから用事があるからもう以来もこなさそうだし解散にしてもいいかしら?」
「いいんじゃねぇか?」
「それじゃあ鍵閉めて職員室に届けてくるわ」
「またねゆきのん!」
「えぇ、またね」
「ねぇ、ヒッキー。一緒に帰ろ?」
おぅふ、急に上目遣いとかやめろよ。心臓に悪いぜ……
「あ、あぁ、わかった。自転車取ってくるから校門で待っててくれ」
「うん!」
ーーー
「おう、悪いな。待ったか」
「ううん!大丈夫だよ!」
2人で校門を出て帰路につく。2人で帰るのも久しぶりだな。最後に2人で帰ったのって生徒会選挙の時だったか、あれから2ヶ月ほどしか経ってないけどなんか随分経った気がするな。
「ねぇヒッキー」
「ん?なんだ?」
「あたしとヒッキーとゆきのんの3人でずっとこのままいれたらいいのにね」
「そうだな」
「大学行っても大人になっても、ずーっと繋がってたいね。あ、もちろんいろはちゃんもね!」
「……そうだな」
すまんな由比ヶ浜、それは無理みたいだ。ほんと嫌になってくるぜ。やっと大切な俺の居場所を見つけたと思ったのにな。
「俺もずっとこのままでいれたらな、なんて思ってるよ」
「ヒ、ヒッキーがデレた!」
「デレてねぇよ」
「ねぇ、ヒッキー」
由比ヶ浜の声のトーンが下がった。こいつのこんな声聞くの久しぶりだな、なんて思っていると、
「いろはちゃんに告白、されたんだよね?」
予想外だった。なんでこいつが知ってるんだ?
「ご、ごめんね。自動販売機に行こうとして生徒会室の前通ったら聞こえちゃって」
「そうか、別に責める気なんてない」
「う、うん。それでね、あたしも言わなきゃいけないって思ったの」
「なにをだ?」
「ヒッキー、あたしはヒッキーの事が好きだよ」
なにも答えられなかった。確かに由比ヶ浜の好意には気づいていた。それでも心のどこかで勘違いなんじゃないか、なんて思っていた。しかし今は一色の言葉を聞いてからこいつの言う事が勘違いや嘘だとは思えなかった。
「すまん、由比ヶ浜。俺はお前とは付き合えない」
「うん、そうだよね。でもよかった。ヒッキーが逃げずに聞いてくれただけでも嬉しい」
「そうだな、自分でも逃げなくなったことを褒めてやりたいよ」
「あははっ、なにそれっ」
そう言って笑った由比ヶ浜だったが目には涙を浮かべ顔はクシャクシャだった。
「ご、ごめんね……っ、や、やっぱり……振られる……のって、つらいねっ」
それから俺と由比ヶ浜は会話を交わす事なく別れた。
帰ってすぐにベットについた俺は今日のことがずっと頭から離れなかった。2人には悪いことしたな、と思いつつもこれで良かったのだとも思う。もしどちらかを選んだとして俺はどうせ死んでしまう。だからこそ最善の選択をしたまでだ、といつもなら思っていただろう。けれど今は辛くてしょうがない。なにがつらいのかは分からなかったが、それでも俺のいた証を2人には残酷な形だとしても残せたのかなと思う。
「よし、部屋の整理でもすっかな」
終活。それは人が死ぬ前に残りの人生をよく生きるためにするいわば心と身の回りの整理だ。あの2人に自分の気持ちを伝えたのも終活の1つなのだろう。いつ死ぬか分からないこの状況でやれることはやっておきたい。そう考えたのだ。
ーーー
次の日からは一色と由比ヶ浜はいつも通り接してくれた。ありがたかった。彼女らが俺が病気ということを知っているわけではないだろうが、それでも嬉しかった。変に遠慮されたまま死にたくねぇからな。変わったことといえばあいつらのボディタッチが増えたことか。ほんとこれ心臓に悪いからね。けどまぁ、アピールしてくれてることは嬉しいし放っておくことにした。
しかし1ヶ月もすれば彼女らではなく俺自身に変化が訪れた。単純に病気が進行してきたのだろう。咳が出て体調が優れない日が多くなった。そして2ヶ月が経とうとした時、
「ゲホッゲホッ、ゴホッ」
手を当てて咳をして、その手を離すと真っ赤だった。もう長くはないと悟った。もう運命に委ねよう。生まれる場所は選べないが、死に場所は選べる。なら俺はどこで死にたいだろう、やっぱ家かな。小町や母ちゃんや親父には迷惑かけるけど最後のわがままと思って許してくれよ。
ーーー
それから俺は学校を休みがちになった。小町にも心配されたが気管支炎が重くなっただけだと説明したら渋々納得してくれたようだった。悪いな小町。
ある日学校を休んでラノベだのゲームだの退屈していると玄関のベルがなった。誰だろうと思い出てみるとそこにいたのは雪ノ下だった。
「こ、こんにちは比企谷君。元気そうね」
「ま、まぁな。というかどうしたんだよこんなとこまで」
「どうしたもなにも、お見舞いに来たのよ」
「は?お前が?」
「どういう意味かしら」
「いえ、なんでもありません」
「あの、寒いから上がってもいいかしら」
「あ、あぁ悪い」
なんかめちゃくちゃ緊張する。まさか雪ノ下が1人でお見舞いに来てくれるとは思わなかった。
「あ、これ良かったら食べて」
そう言って雪ノ下はケーキを出して来た。
「それじゃあ今一緒に食べようぜ」
「え、で、でも」
「気にすんな、別に体調も悪くねぇしな」
「そ、そう。ならいただくわ」
「ふっ、お前が持って来たんだろ」
軽口を叩きながら紅茶を用意する。
まさか俺の家で雪ノ下と2人きりになるなんて思わなかった。由比ヶ浜が入部してから久しく感じてなかったこの雰囲気。死ぬ前に、というのは不謹慎だが最後にこうして2人の時間ができて良かったと思う。
「比企谷君、最近よく笑うのね」
「え?」
「一色さんや由比ヶ浜さんと話してる時よく笑ってるじゃない」
「へぇ、よく見てるんだな」
「べ、別にあなたのことが気になるとかそういうんじゃなくてよく笑う顔が気持ち悪くて彼女達に悪影響を及ぼさないか心配なだけで決して見惚れてたわけではないのよ」
よく噛まねぇな。
「早口すぎてよくわからん。じゃあさ」
「な、なにかしら」
「俺はお前の前でもよく笑ってるか?」
「……ふふっ、そうね。気味悪いけれど」
「そりゃ悪かったな」
「でも嫌いじゃないわ。あなたの笑顔」
「お、おう。そうか」
急にぶっこんで来やがった。ほんとこいつの不意な笑顔と言葉には敵わん。
「ねぇ、比企谷君。大事な話があるのだけれど」
「なんだ?」
「え、えと。その前に聞きたいのだけれど。その、」
「なんだ?お前にしては歯切りが悪い」
「一色さんと由比ヶ浜さんに告白、されたのよね」
吹いた。主に紅茶を。
「ちょ、ちょっと比企谷君、」
「お、お前なんでそれを」
「ふ、2人が教えてくれたのよ」
「あいつら……」
「だから、私も伝えに来たの」
「は?」
「比企谷君、私はあなたのことが好きよ」
再び紅茶を吹いた。
「あ、あなたまたなの」
「す、すまん。けど今のって」
「私の本心よ。あの2人に負けたくないもの」
この短期間で美少女3人に告白されるとかどこのリア充だよ。
けれど俺は、
「悪い、お前の気持ちには答えられない」
「そう言うと思ったわ」
「え?」
「けど私は諦めないわ。だってあなたを愛しているもの」
「えらい直球だな」
「そう?こう見えて私尽くすタイプよ」
「そりゃ意外だ」
「どういう意味よ」
人との会話がこんなに楽しいと思ったのはいつぶりだろうか。だからこそこの時間が、空間が無くなってしまうのが寂しい。
雪ノ下の告白は素直に嬉しかった。けれど彼女の求める答えを出すことは俺にはできない。もう俺はいなくなってしまうから。彼女の、彼女達の顔を見ることはなくなってしまうから。そんな俺に彼女達を、彼女を幸せにする権利なんかないのだ。
不意に胸がチクリと痛んだ。
「雪ノ下、そろそろ帰ったほうがいいだろ」
「え?でもまだ時間は」
「暗くならないうちに帰れ、生憎今の俺はお前を送ってやれるほど元気じゃないからな」
「……そうね、今日はこれで失礼するわ」
「道、間違えんなよ」
「あなたに心配されるなんて心外だわ」
「あれ?俺さっき告白されたんだよね?」
「う、うるさいわね」
彼女を玄関まで見送る。
「じゃあな、雪ノ下」
「えぇ、お元気で」
「なぁ、雪ノ下」
「なに?」
「その、ありがとな」
「ふふっ、珍しいわね。あなたが素直に礼を言うなんて」
「いいだろ、たまには」
「えぇ、たまにはね。それじゃあ」
「おう、気をつけて」
「また明日」
玄関の鍵が閉められ1人の空間が広がった。その時ーー
「っ、ゴホッ、ゴホッ」
咳が出て口を抑える。やはり血が出ていた。よかった、雪ノ下が帰った後で。
「うっ、ゴホッゴホッ、ゲホッ」
咳をする度に手が真っ赤になる。あぁ、もう来ちまったのか。案外唐突だな。
でもまだ大丈夫。最後にやるべきことがあるんだ。
自分の部屋に戻りある物を取り出す。
神様、最期に力を、力をくれ。
この腐った世界で、不条理な世の中を17年という短い間だったけど俺は生きていたんだ。そんな証を最期に残させてくれ。
「ぅっ、うぐっ、うぇっ……」
俺らしくねぇ、涙が止まらねぇよ。あいつらのことを考えるだけで涙がとまらねぇんだよ。寂しい、死にたくない。なんで、なんで俺が死ななきゃいけねぇんだよ。ふざけんな神様。
だから最期に、証を残すための力を
俺はやるべきことをやり終え、それと同時に机に突っ伏した。
良かった、最期にちゃんと残せたぞ。
その時玄関で小町の声がした。
「お、お兄ちゃん!血、血が!」
ごめんな小町、ビックリさせちまったな。
こんなダメな兄貴でごめんな。
親父、母ちゃん、こんな俺を育ててくれてありがとう。
雪ノ下、由比ヶ浜、一色、戸塚、材木座、葉山、三浦、戸部、海老名さん、川崎、陽乃さん、折本、ルミルミ、平塚先生。
まだまだ俺に関わってくれた人はいっぱいいた。そんな物好きな奴らにありがとうと言いたい。
ありがとう
じゃあな
ーーー
比企谷君の葬式には沢山の人が来ていた。由比ヶ浜さん、一色さん始め沢山の人が彼のために涙を流していた。
最後に見た彼の笑った顔。それが頭から離れない。彼の死を聞いた瞬間涙が止まらなかった。なんで?どうして?なぜ彼が死ななければならなかったの?そんな考えても無駄なことが頭から離れなかった。ただ言えるのは最後の最後まで比企谷君は比企谷君だった。やっぱり彼は優しい。私達に心配をかけたくないから病気のことを黙っていたのだろう。
それでも最後に彼への想いを告げることができたのは良かったと心の底から思った。ただ彼のいなくなった世界は色が無くなってしまったように思える。
ねぇ比企谷君、私は誰に罵声を浴びせたらいいの?誰に軽口を叩けばいいの?
誰を想って生きればいいの?
ただただ彼を失った人生が辛くて仕方なかった。
その時平塚先生から肩を叩かれた。
「なぁ雪ノ下、比企谷を奉仕部に入れたことは正解だったと思うか?」
なにを言っているのだろうこの人は。間違いなわけがない。私の人生に華を咲かせてくれたのは彼なのだから。
「私は彼に会えて変われました。先生のしたことは間違いなんかじゃありません。だからーー」
泣かないでください、先生。
「す、すまない。教師ともあろうものが生徒1人に入れ込むのはおかしいとわかっているのだが、それでも、私も彼に出会っていろんなものを見せてもらった」
それではな、と言って先生は去っていった。やはり彼は色んな人の人生を変えたのだ。
「ゆきのん」
振り返ると由比ヶ浜さんと一色さんが立っていた。2人は泣き疲れたのか目を腫らしている。
「ヒッキーに想い伝えれた?」
「えぇ、伝えれたわ」
「そっか、よかったっ」
彼女の表情は綺麗で、そして今にも散ってしまいそうな笑顔だった。
「雪乃さん、結衣さん、いろはさん。これを」
唐突に小町さんに話しかけられ、封筒を三枚渡される。見れば所々に赤い斑点が付いていた。
「兄が死ぬ前に残した手紙です。受け取ってください」
「ひ、比企谷君が?」
3人はすぐさま手紙を読み始めた。
彼が最後に残した遺志をーー
ーーー
一色へ
まぁお前にはほんとこき使われまくったよ。今となっちゃいい思い出だな
お前を最初に見たときは1番関わりたくねぇ奴だと思った。けど案外信念を持ってるやつだったな、あざといけど
でもお前といた短い間は嫌いじゃなかった。ずっとは居たくないけど。働かされるし
あと、俺に想いを伝えてくれてありがとう
ま、いい男捕まえてあの世の俺に自慢でもしてくれよ
じゃあな、ありがとう
比企谷八幡
ーーー
由比ヶ浜へ
お前の第一印象、というか今でも思ってるけどアホの子だな、それは変わらん
けどお前は奉仕部にとって欠かせない存在だった。暴走する俺らを抑えてくれたのはお前だ由比ヶ浜
これから奉仕部は2人になっちまうけど雪ノ下とは仲良くやれよな?しょうがねぇからあの世から見といてやるよ
雪ノ下と由比ヶ浜と3人で過ごした時間は悪くなかった。というか好きだった
こんな俺を好きだといってくれてありがとう
それじゃあな、ありがとう
比企谷八幡
ーーー
雪ノ下へ
お前とはほんと馬があわなかったな。罵声浴びせてくるし俺のメンタルもたねぇっつうの
けどお前とのそんなやりとりも嫌いじゃなかったぞ、別にマゾとかじゃないけど
かっこよくて、それでいて純粋な雪ノ下は俺の憧れだった
お前が俺に告白してくれたときはビックリしたぞ。
けどそれ以上に嬉しかった
でも俺は返事をする資格がないと思ってた。これを言えばお前はきっと前へ進めなくなると思ってた。
けどお前ならきっと前へ進める
強く生きろよ雪ノ下
人を頼れよ
1人じゃないから
じゃあな、ありがとう
比企谷八幡
ーーー
「ふふっ、先輩らしい手紙ですね」
「ほ、ほんと……ヒッキーは、ヒッキーなんだからっ」
本当に彼らしい、けれど今まで見せなかった彼の本音がこの手紙には綴られていた。
そして手紙と同封されていたのはーー
1枚の花びらだった。
3人の花を照らし合わせると一色さんと由比ヶ浜さんは笑みをこぼした。
「あはは、わたし先輩に振られちゃいましたね」
「ほんと、あたしもだよ」
一色さんにはカスミソウが、由比ヶ浜さんにはアサガオ、
そして私の封筒には白いカーネーションが入っていた。
白いカーネーションにはいくつかの花言葉がある。
純粋な愛、純潔そしてーー
ーー私の愛は生きていますーー
fin
目から水が止まらない
口から甘美なけむりが止まらない
ケツからなにかが止まらない
感動してる中笑わすなw
感動した