シィ・クロラ
艦娘が生まれてウン十年後の荒廃した世界。とある艦娘と「彼」の話。前編です。
艦これやってないので、設定の齟齬はご勘弁を。艦娘同士の殺し合いあり。自己解釈設定あり。
ポッと頭に浮かんできた設定を書きました。何番煎じか知りませんが、見てくださった方には感謝です。
艦これの名を借りて、題名・文体・形式はスカイ・クロラぽく。詩も少し貸してもらって。背景だけはちょっとac。そんなかんじです。あと、今回は殺し合いません。次です。
海を眺めていたら、海鳥が滑るように飛んでいた。二匹。
夫婦か。兄弟か。恋人か。友達か。
もしかしたら恋敵かもしれない。
仲良く飛んでいるように見えて、実は飛ぶ速さを競ってたりするんじゃないか?それとも、どこまで着地せずに飛びつづけられるかを勝負しているのか?
本当にそうだとしたら、一世一代の大勝負だ。
突然、手元の無線がザザザと唸る。彼からだ。ちょっとボケてみよう。
「フフフ、戦艦長門だクマ」
「依頼だ。20分以内にビーチに来い
」
無線が切れた。
確かに、海鳥なんて腐る程いるが、同一人物(鳥だが)は存在しない。オンリーワンだ。負けても種族は残るかもしれない。でも、自分の子孫は残せないのだ。
生き物はみんな自分の種を残したがる。次の世代のため。その次の世代のため。憑かれたように。狂った様に。
やれやれ。
あたしに言わせれば、そんなのは鼻をチーンして捨てたティッシュを入れたゴミ箱の底にいつの間にか入ってる砂ほどどうでもいい。
子孫なんていいじゃない。自分さえよければ。なんで血眼になって、子を成そうとするんだろう。
子孫残すためじゃなくて、気持ちよくなるためにセックスしようよって思う。短い人生楽しく意気揚々と生きようよって思う。競争なんてしないで楽しく飛びなよって思う。
まぁ、そう思うのはあたしが艦娘だからかもしれない。不老だからねって、えぇい、もう、どうでもいいよ。ほんとにもう。
そんな事考えてる内に海鳥は消えていた。
暇だと変な事考えるなぁ。地上だとなおさらだ。
自室に帰った時、鏡に目が行った。全体的に汚れて端にヒビが入っている。ここは昔に作られた基地だ。何十年も放置されているから当然ボロい。
鏡の前に立つ。大分薄汚れている。鏡じゃなくて、あたしが。
髪はボサボサで、おさげもまつ毛も伸びまくり。元の地味さも相まって凄く貧乏臭くみえる。彼と組んで傭兵になってからさらに顕著になった。
前から身だしなみに対して鈍感だったからさして気にしてはいない。逆に化粧した方のが不自然に見える。明らかにブスだ。だから、周りの艦娘が化粧しているのも、その彼女達に馬鹿にされるのも不思議でならなかった。兵器がお白いや口紅をするなんて滑稽だ。
自然が一番。
そう、思うのだが無意識にはねた髪の毛を直したり、頬のススを拭ったりしてしまうあたり、女の子のあたしは死んでないみたいだ。きっとあたしが死ぬまで死なない。
ひとしきり直して気が済んだので、鏡から離れて装備を確認する。
14cm単装砲(銃剣付)、三十発。61cm酸素魚雷、片側×二発づつで合計四発。22号対水上電探、最大稼働時間70分。
他に、鉄板を重ね合わせた盾一つ、グレネード二個と、スタン、チャフを一個づつ。あと、私物の入ったポーチ。
彼の意向で弾数は結構ケチられている。戦うこっちの身にもなってほしい。まぁ、装備は彼が強化した(もとい、弄くった)ため、旧式の武器でもここまで生き残れている。呼吸したり、空を眺めたり、ダンスが出来る。そこは感謝している。
異常なし。
装備を担いで部屋を出た。
彼はもうビーチに居た。毎回、ここで出発になるのだが、必ず彼はあたしより早く来ている。あたしより遅いと死ぬ病にでもかかってるのかもしれない。
あたしは移動用の軍用ゴムボートに装備を乗せながら尋ねた。
「今日はどんなの?」
あたしの言葉を無視して、彼もボートに
乗りこむ。いつも、依頼の内容は道すがらに説明しているからだ。今回もそのつもりでいるのだろう。だが、それでは困るのだ。
「いやさ、エンジンの音おっきくて聞こえないんだよね。いっつもさ。これから、ここでブリーフィングしてよ」
昆虫の様な硝子の目があたしを見据える。相変わらず厳つい顔だと思う。顔というか、マスク。
彼は地上にいるときはいつ何時でもガスマスクを外さない。おかげで表情なんて読めるわけないし、素顔も見たことがない。
マスクだけじゃない。
長いロングコートに皮手袋、だぼだぼのズボン、長靴。そして例のマスクの上にフードを被っている。
完全に不審者だ。
相手は不愉快そうに、たぶん不愉快そうにあたしを見ている。負けじと睨み返す。
暫く、黙って見つめ合っていたが、彼が視線を外した。
よかった。
ちょっと怖かった。
ちょっと怖かった。
「護衛だ。輸送船3隻」
彼が言った。あたしの希望は通ったみたいだ。
「脅威は?」
「海賊か、はぐれだ」
「どこから何処まで?」
「外洋から○○港」
「は?港からじゃなくて?」
「向こうはもう出航してる」
「あたしらが来る前に襲われるとか考えてないのかな?」
ドルン!と、彼がボートのエンジンを掛けた。
会話は終了らしい。
ゴムボートは今日も快調、腹に心地よいエンジン音を響かせながら海を割いて風をきる。
早く海の上を走りたいが、水上起動は現場に着いてから。エネルギーの節約のためだ。これも彼の意向である。
ストイックな生き方だなぁ、といつも思う。
あたしには無理だ。欲望のまま生きたい。一日中、海をかけずってたい。ご飯と寝る時だけ陸に上がって、それ以外はずっと海を走っていたい。
いつも思う。
海で寝たり食べたり出来ればいいのに。そうしたら、煩わしい陸なんかに上がらなくて済むのに。
いつも
思う
ぼんやり首を横に倒す。
空は真っ青だった。
水平線は空との境界が分からない程青い。空が海まで降りてきている様にも、海が空まで昇っている様にも見える。太陽は少しだけ傾いていた。
2時くらいか
今日はまだ何も食べてない。
ポーチから食料の鉄を取り出して齧る。不味くはないが、美味くもない。
これが艦娘の身体の一部じゃなかったらもっと美味く感じただろうか。
深海棲艦の殆どを撃退してから、少しの
間は世間にチヤホヤされた。当然だ。海路を復活させた英雄達なんだから。あたしらの呼びかけで国々は対・深海棲艦で一致団結、過去の因縁も解消した。戦争も無くなり、本当に穏やかな惑星になった。
まぁ、それも地球の資源に陰りが見えるまでだったけど。
石油や鉄が有限だってことはガキでもわかる。でも、自分の生きてるうちに尽きるとは大人でも思わなかったみたいだ。
資源を掛けて戦争が起こった。それも、かつてないほどの規模の。艦娘も徴兵された。従わない者ははぐれと呼ばれ、解体されて、その体は武器の生産に使われた。英雄達の再利用だ。
人対人、艦娘対艦娘。いつの間にか深海棲艦もひょっこり復活して、何が何だかわからなくなった。
気付いた時には地球は綺麗に丸裸になっていた。
今では艦娘も人も、あたし達みたいな商売をしてかなきゃ食うことが出来ない。その食う物も選べない。こうやって共食いでもしなきゃ生きていけない。
残りの鉄を噛み砕いて、飲み込んだ。喉がグゥッと変な音を立てた。
でも
悲観はしていない
元通りになっただけだ
一致団結から、弱肉強食に
選んだだけだ
手を繋ぐことより、引き金を引くことを
それが間違っているとか、正しいとか
醜いとか、美しいとか
思わない
ただ
殺す時も、死ぬ時も、海の上がいい
あたしの右手は誰かを殺す
その代わり
誰かの右手があたしを殺してくれるだろう
任務は、既に終わっていた。輸送船は外洋のど真ん中で炎をあげていた。戦闘の様子はなく、奇襲で一方的にやられたのだろう。
言わんこっちゃない。大方、半分の距離だけ護衛させて、報酬をケチろうとしたんだ。こっちに落ち度はない。
彼は特に驚いている風でもなく、携帯電話でどこかに連絡を始めた。恐らくは依頼人。きっと、どこかの大企業だろう。
3隻の輸送船は漏れなく火葬状態だ。先頭の船は前半分が沈んでいた。最後尾の船は舵が切られっぱなしなのか、一人航海の旅に行こうとしている。中心の船は真っ二つになっていた。十人十色だなぁ、と、思う。
生きている者はいないようだ。海面には焼け焦げた死体がいくつかぷかぷか浮いている。あれは深海棲艦だって食べないだろう。でも、あたしはあいつらの味覚が分からないから、もしかしたら食べるのかもしれない。
話が済んだらしく、彼が話しかけてきた。
「襲撃した奴を追撃する」
そう一言言うと、彼は服を脱ぎ始めた。下にはウェットスーツを着ている。
「潜るの?」
「見れば分かるだろう」
二言三言の間に彼はダイビングのセットを終えていた。ガスマスクも外していたが、既に水中マスクがその顔を隠している。いつの間に。結局、今日も顔を見れなかった。彼はタンクのバルブを緩め、錨を下ろす。
「ラジオ使っていい?」
彼は答えずに、背中からダイブし、沈んでいった。
あぁ、でも上がった時に見れるかもしれないな。彼の顔。
あたしはポーチから『わかば』を取り出して口に咥えた。ついで、ボートの先頭にあるラジオの前まで行く。
「おはよう」
スイッチを入れると、ノイズが波の音が掻き消して自己主張を始める。似たような音だから対抗心があるのかもしれない。
「うん、上等上等」
赤ん坊をあやすようにひねりを回す。ラジオは陽気なギターの音と歌声を吐き出し始める。歌声は日本語ではなかった。
煙草に火を付けようと思ったが、マッチを忘れた。
やれやれ。
水上起動で炎上中の船まで行こうと思った時、背中に火を背負った死体が流れてきた。善行を積んで天国に行こうとしてるのかもしれない。もう、死んでるけど。
「いや、悪いねえ」
煙草を咥えたまま、火を付けた。
焦げた様なすえた様な香ばしい匂いがする。死体は役目を終えたようにいずこかへ流れて行く。
最後尾の船も大分遠くまで行っていた。手を振る。呼応するように甲板が火を吹いた。
良き旅を。みんな、良き旅を。
煙を吸い込んで、吐き出す。煙はその場に少し留まり、やがてのろのろと空に昇っていった。
平和だ。
あたしは彼の沈んでいった水面を覗いてみる。まだ当分上がってこないだろう。彼が潜ったのはどこのどいつがこれをやったかを調べる為だ。大概海の中に証拠はある。あたしはボート番。
海は静かだった。ラジオと波の音以外は何も聞こえない。波も高くないし、風もない。ダンスをするには申し分ない舞台だ。相手は恐らく艦娘だ。勘だけど、空気で分かる。彼女達がいた空間には決まって感情とか思いが渦巻いてる。
夏の日、屋外から出た時に暑い空気に身体を包まれる感じだ。
いつの間にか煙草が短くなっていた。火種を潰してポケットに突っ込む。
不意に、バシャッ。と、でかい音。
反射的に単装砲を音の方向に向ける。その先には死体があった。生きているのかと思ったが、それはない。ほぼ完全に炭化している。
海中に何かがいるのに気づいた。背びれを水面から出し死体の周りを悠々と泳いでる。
サメだ。死体の匂いを嗅ぎつけたらしい。本で見たことはあったけど、生で見るのは初めてだ。単装砲を置き、かわりに自動小銃を取り出す。単装砲じゃオーバーキルだ。弾ももったいない。でも、殺しはしない。
それは非常時だけ。
珍しいしね。
サメは死体の腕に噛みつき、振り回した。腕は用意に千切れた。サメはもいだ獲物を持って見えなくなった。
静寂。
方々で水を叩く音がし始めた。いずれも死体が浮いているところで。結構な大所帯だ。そこかしこでバシャバシャ聞こえる。彼は大丈夫だろうか。まぁ、幾つか死体が浮いてるから食うものには困らないだろう。
サメの狩りは一定だった。獲物の周りを泳ぎ、試し噛みをする。そして、また周りを泳ぎ始める。それの繰り返し。一見、ワンパターンに見えるが、バラバラになった部位を持って潜る時の動きは素早く、美しい。
どうやったらそんなに無駄のない動きができるの?相手が死体じゃなかったら、さらに洗練された動きになるに違いない。
それから、暫くサメ達の技に見惚れていた。
「おい」
え?
振り向くと彼はゴムボートの上にいた。既にガスマスクを被って。バシャバシャのせいで彼の上がった音にきづかなかったらしい。しかし、乗り込んだ際の振動すら感じなかった。
「あぁ、ごめん」
「馬鹿が」
自分をちゃんと見守ってあげなかった事に腹を立てているのだろうか。
でも、罵倒の対象はあたしなのだろうが、視線はサメ達だ。
「それで?」
「はぐれだ。重雷装巡洋艦が1〜2体」
彼は手に持っている鉄塊を見せる。酸素魚雷の破片だ。
しかし、彼は依然サメを見ている。
「なんてサメなの?」
無視されると思って聞いてみる。
「ヨゴレだ」
「え?なに?」
「ヨゴレザメだ。見ろ。胸ビレの先が白い。いつも外洋にいるハイエナみたいなやつだ。こいつは一番人の味を知っている。共食いも日常茶飯事だ」
あたしは彼を見た。随分と饒舌だ。こんなに喋っているのは見たことがない。潜っている間に誰かと入れ替わったのか?
本物の彼はサメの餌になっているのかもしれない。
「よく喋るね。任務の中身すらろくに話さないのに」
そう言いたかったけど、やめた。
サメについて語る彼があまりに熱心だったからだ。
「好きなんだね」
「別に。そんなでもない」
そう返す彼は、いつもの彼だった。
依頼主から連絡があった。襲撃者の正確な方向がわかったらしく、電探を常にオンにしておけと言われた。おかげでラジオは聞けない。
サメや死体や船達に別れを告げ、再びボートで移動する。
退屈だ。いつになったら自由に走れるのだ。船べりに寄りかかって彼を見る。
彼は背を向けてボートを操縦している。
今日も顔を見れなかった。長い付き合いだが、一度もその顔を見れたことがない。彼が顔を見せたくないというのは、仕草や雰囲気でわかる。マスクを取るときは必ずあたしに背をむけるからだ。ちょうど、今操作しているみたいに。それ以外にも見せたくない素振りはあるけど思い出せない。思い出そうとすると、思い出せないやつだ。
あたしはマスクに隠された彼の顔を想像してみる。
目の大きさは?鼻の形は?顎は尖っているのか?丸いのか?黒子はあるのか?
いろんなパーツを福笑いみたいにくっ付けていくが、どれもしっくりこない。出来るのはのっぺらぼうだけだ。
分からない。
さっぱり想像できない。
分かる箇所は、後頭部だけだ。マスクを外す時、そこだけは見える。髪の毛が全く無い。異常に白い頭には幾本もの青い血管がハリガネムシみたいに浮いていた。
そして、左耳がない事。
本当、暇すぎると碌な事考えないな。
それから、あたしはもっぱら水平線を見つめて、もう彼の方は見なかった。
電探の残り時間が15分を切ったところで反応があった。30km内に二つ。それを彼に伝えると、双眼鏡で辺りを見回し始めた。15km内に入ったところで反応が不自然に減速する。こちらもボートの速度を緩める。相手も電探を持ってるらしい。でも、こっちのが上等だ。彼が弄ったから。
「確認した。大井カケル1、北上カケル1」
「装備は?」
「北上。14cm連装砲カケル2。61cm酸素魚雷20発。大井、20.3cm連装砲カケル1、61cm酸素魚雷10発。22号対水上電探カケル1」
「随分金持ちだなぁ」
作戦はまず、あたしが交戦する。そこで彼の狙撃で援護という形になる。先に狙撃の方が好ましかったが、少し風が出始めた。向こうもこちらの存在に気付いている。あたしはともかく、彼は発見されたら逃げられない。だから、あたしとの戦闘中に狙撃させた方のが、彼の存在をある程度カモフラージュできる。幸い、相手の電探の反応はあたしだけだ。
電探はもう必要ないので、ボートに置く。代わりに盾を左手に持つ。
水上起動の電源を入れて海に立つ。
やっとだ。やっと、自由に踊れる。
あたしは一回だけ、ぐっ、と伸びをしてからゆっくり近づいていった。
一度だけ見た夢。
海の上を。あたしと、あたしの手を取って走る誰か。
とても大事な人の様な気がしたけど、顔も、名前も、性別も、なんで一緒に走っているかも、その夢の中を満たしている感情も、
分からない。
あたし達は早かった。景色は線のようになって、撫でる様に過ぎてゆく。
どんな無理な動きも、夢の中は可能だった。
直線、曲線、円形、三角形、四角形、
角柱、円柱、角錐、円錐、360°回転
空も、海の中も、どこへでも自由に行け
た。
でも、陸地が近づくと、嫌な気分になった。
もう少し走ろう。
そう言って振り向くと、その人は消えていた。
繋いでいた手のぬくもりを残して。
そこで目が覚めた。
たった一度だけ、見た夢。
似たような夢で同じような動きをしようとするけど、身体は決まって鉛の様に重い。あの人もいない。
そして、その夢を見たときから、海の上を走ることが好きになった。たとえ、殺し合いの時も、死にそうな時でも、仲間が死んだ時も、海を走る事が楽しくて仕方がなかった。
代わりに、地上のあたしは抜け殻になった。海に全てを置いてきたように。
きっと、あの夢の中の人はあたしだったのだろう。今のあたしは半分だ。
もう半分は、あの海の夢に落としてしまった。
あたしは海に全てを置いていく
意識も
戦意も
地上のあたしは抜け殻だ
海なら何も考えずにいられる
何も考えずに
舞える 飛べる
撃つことが出来る
地上はごちゃごちゃしすぎて
いやだ
見てくださってありがとうございます。
後編に続きます。
本格的な後書きはそちらで。
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