2018-05-03 22:48:27 更新

概要

提督が艦娘たちの制服をジャージするためになんとなくガンバル話です。

ご注意:1.艦娘の主人公呼称(司令官、司令、提督など)は、提督に統一して書いてあります。
    2.独自の設定を含んだ内容、表現があります。あしからず。    
    


提督「どうしたものか……」


 迫り来る深海棲艦との戦闘を悩んでいるわけではない、艦隊運用の資源、資材が逼迫してきたわけでもない。


漣「どったの? ご主人さま」


提督「いや、ずっと言いたかったことなんだけど」


漣「はい」


提督「君たち艦娘はさ、なんでそんな露出多いの」


漣「ええー、分からない! ご主人さまが用意したんじゃないの」


提督「そんなわけねぇだろ、だったらもっとマシにするわ」


漣「ひどーい! 皆に言ってやろー! 艦娘の服は悪趣味で、痛々しいものだって!」


 わざとらしいリアクションで漣は笑った。

 

提督「漣、お前も実は、「ないな」って思っているだろ」


漣「思ってないでーす」


 とにかく艦娘の服ーーー制服には倫理観が少し掛けている。目の前にいる漣は、まだ良い……、か微妙なラインだ。おへそはギリギリ見えそうで、そのたび提督は目線をそらさなくてはならない。


 中にはパンチラ上等だったり、下着の形がわかってしまったりする制服を着ている艦娘もいる。


提督「普段から制服着てるの? 戦闘の時以外は別に制服着てなくてもいいでしょう」


 制服には倫理観が欠けているが、艦娘を象徴する意匠がなされている。制服も艤装の一部であるので、大事にしなきゃいけないものだが。


漣「なにぃ~、漣の私服が気になるの~?」


提督「気になるから教えてくれ」


漣「ノリ悪ぅ。漣は、普通にパーカーとかですよ」


提督「僕の前に来るときは何でパーカーじゃないんだ」


漣「ちょ、漣、そこまで無礼だと思われてたの?」


 漣がムスっとしたので、提督はちょっと意外だった。


提督「は? なんで無礼とかになるのさ」


漣「ご主人さまはここのトップだよ? いくら普段気さくでも、そゆとこ分別つけなきゃ! ご主人さまってホント提督って自覚ないよね……」


提督「あ、ああ、そういうことね」


 提督として艦娘達に認められている、ということだろうか。提督は内心嬉しくなるが、果たして「提督」としての役職から来る尊敬なのか、「自分」個人を尊敬してくれているのかは、定かではないと、自らを律した。


提督「っていうか、その分別をつけるための制服が分別ついてないっていうかさ」


漣「もう、なにがいいたいんですか」


 屁理屈こねる提督に漣は少々ご立腹だ。


提督「君たちはさぁ……、ちょっと破廉恥すぎるんだよ!」


漣「だって、漣達、基本的にこれ以外ないもん」


 今度は拗ね始めた漣。彼女達は人としての文化的生活を送る権利を持っていない。彼女達は人間の姿をしているが、紙の上では兵器として扱われる。提督が思うより、艦娘はしがらみにとらわれているのだ。


提督(どうしたものか……)


 例えば彼女達が制服以外の礼装を買おうにも、その場所は限られている。彼女達はこの鎮守府近郊から出ることを許されていない。その近郊も艦娘の生活をサポートするために設けられたもの。

民間の人間との接触を禁じられているため、必要最低限の常駐した軍人と、店員の代わりのロボットが居るだけだ。


 そんな窮屈な購買区では、圧迫感を艦娘達に与えるだけだった。


 だから、あまり艦娘は寄り付かないし、提督もそれを悟って購買部を充実させた。

 

提督「なぁ漣、じゃあ僕も制服きたほうがいいかな」


 そう訊くと漣はあきれた調子で鼻で笑う。


漣「い、ま、さ、らぁ? ご主人さま、ジャージはないわ」


提督「だよなぁ、これ動きやすくていいんだよ」


 提督は部屋着だ。制服を着る時は真面目な話や、ここぞという時しか着ないことにしている。ジンクス、験担ぎだ。


提督「あ!」


 何か思いつく提督。クク、と気味悪く笑った後、物言いたげだ。


漣「キモ」


提督「漣、僕は今いいことを思いついた」


漣「聞きたくないです」


提督「ユニフォーム作ろう! ジャージで!!」


漣「……ご主人さま、漣はイヤですからね」


 初期艦に名案を足蹴にされた提督は、むしろ気味悪く笑う。しかし、それは予想通りの反応、むしろそれを待っていた。

 

 密かに艦娘ジャージ普及計画を頭の中で組み立てていくのだった。




~~~~~~~~~~~~~~

 提督の目論見はこうだ。まず、「注目を浴びやすい艦娘」を重点的に説得し、ジャージの良さを広げる。そうして広まっていけば、ジャージを着る艦娘は増えていくだろう。


 ただ、まず最初が肝心なのだ。注目を浴びつつ、さらに流されやすい艦娘、感性がちょっと違う艦娘などを狙う。


 というわけで。


提督「雪風、こんにちは」


雪風「しれぇ! こんにちは!」


提督「やー、僕のことは提督と呼んでほしいんだよな」


雪風「わかりました、しれぇ!」


 雪風は年中下半身すーすーしていそうだ。風邪でもこじらせないかと、提督は心配している。


 その杞憂だけではない、この子がダサいジャージを着ているギャップを見てみたいという、好奇心もある。いやむしろ提督は、ギャップへの好奇心の為にジャージを広げようとしている。


提督「おう、今日雪風を呼んだのはこの為だ」


 紙袋からビニールに包まれた、紺色のジャージを引き出す。帝国海軍的には白か迷ったが、機能的な利点の方が勝った。


雪風「なんですか、これ」


提督「いやね、今度からこれを皆に配ろうかなーって思ってて」


雪風「えー、なんでですか?」


提督「いや、いくら鎮守府内が冷暖房完備とはいえ、これから寒くなるだろ? そういう時に着てほしいなって」


雪風「確かに! 寒いです!」


提督「ああ、そうだろうとも! 今、ほら、ズボンだけでも穿いとけ、な?」


雪風「はい!」


 雪風は純粋無垢な子供だ。故にその場で普通に穿く。長い丈のシャツの下がどうなっているのか分からないが、雪風は言われるがままそのまま穿いた。


雪風「ああ! 暖かいです!」


提督「だろう? ついでに似合ってるぞ!」


雪風「そうですか? でも、ありがとうございます!」


 少しトーンダウンする雪風だったが、何だかんだ言って上手く丸め込めそうだと、提督はひっそり安心した。


提督「あと、まぁそれ着とけば、きっと掃除当番とか、菜園当番とか、食堂当番とかで、汚しても大丈夫だしな」


雪風「でもコレ頂き物だから、汚せないです!」


提督「雪風はいい子だなぁ。今は雪風にあげたけれど、将来的には皆に配ろうとしてるしね」


雪風「でもぉ……」


提督「そもそもジャージは、洗いやすいものだからさ。皆が普段着てる制服に比べれば単価は安いし、安心してよ」


雪風「そうなんですか……? 分かりました、それでは雪風、大事に沢山使います!!」


提督「おう! 沢山使って皆に広めてくれよ! 上着も渡しとくからな」


雪風「ええ、これもいいんですか?」


提督「着る機会があったら着てくれよな、じゃあもう下がっていいよ」


雪風「はい!」


 笑顔で雪風は執務室から出て行った。提督も笑顔で雪風を見送った。雪風と比べれば下卑た笑みであったが。



~~~~~~~~~~~~~



 雪風の次に誰が広告塔としてふさわしいか。提督は雪風が去った後考えていた。

 

 鎮守府には駆逐艦が多い。彼女らに影響力がある艦娘に、ジャージを着せれば、皆ジャージを着るかもしれない。だから、次に呼ぶ艦娘は彼女に限ると踏んだ。


天龍「なぁ提督、呼んだのってもしかしてよ」


龍田「ジャージの件かしらぁ?」


提督「龍田、何故いるんだ」


龍田「随分嬉しい挨拶ねぇ、ご褒美あげちゃおうかなぁ……」


提督「謹んで断らせていただく」


龍田「雪風ちゃんに聞いたわよぉ。ジャージをくれた、って。天龍ちゃんを呼んで何をさせるの?」


提督「……龍田が予想する通りだよ」


天龍「おいおい、オレを置いて話すんなよな。ったく仲いいな」


龍田「あらぁ、ごめんね天龍ちゃん。提督と仲良くお話しちゃったわ」


 今の提督にとって天敵……、というべき龍田が、何故か一緒に来てしまった。天龍一人であれば、提督は上手くジャージを着させることに成功しただろう。だが、龍田にけん制された提督の頭は何とか言いくるめるための言葉を探した。


提督「天龍、君を呼んだのはな、このジャージを着てほしいからなんだ」


 探したところで、間が空けばあくほど、嘘をつけばつくほど、誠意がないように感じられてしまいそうだ。だから提督は思っていたことを口にしたのだった。


天龍「なんでなんだよ。ジャージは別に嫌いじゃねーけど」


提督「ああ、最もな疑問だな。僕はジャージを制服として普及させたいんだ。そのためには、天龍の力を借りたいんだ」


天龍「はぁ? ジャージを? 一応オレたちは提督の部下だからよ、そんなことは……」


提督「おう、その点はさ、ほら、僕いつも制服着てないじゃん? 僕だけ楽な格好っていうのはどうかなって」


天龍「いいのか? 提督は緩いヤツと思ってたけどさ、示しがつかなくないか?」


提督「その点は大丈夫だ。出撃予定のない艦娘に限らせるし、屈強な深海棲艦が出現した場合、正装着用を義務付ける。僕もそうしているように」


天龍「そうじゃなくてよ、さっきから言ってるけど、もっと威厳がないといけないっていうかよ、いや、提督がいいんだったらいいんだけど」


提督「なんだそのことか。僕はバカだからそういう立場のケジメとか面倒なんだ。僕も艦娘もお互いを信用してりゃ、別になんだっていいと思っている」


天龍「提督、お前……、なんかありがとな」


 本音半分、脚色半分で説得を試みた提督は天龍を味方につけることに成功した、かに見えたが、息を潜めていた彼女が口を開く。


龍田「なぁ~んか、聞こえがいいことばっかり言ってるけれど、ただ単に自分が気持ちよくだらしない格好したいだけなんじゃなぁいの~?」


提督(こいつぅ……)


 提督はナメていた。龍田の洞察力は思っていたよりも鋭く、提督の本心を見透かしていた。


龍田「沈黙は肯定、ってことよねぇ」


 龍田のおしとやかな声色は、その音だけ聞けば艶のある良い声なのだが、どのような時でもこの調子だから底知れない。


提督「その通りだ。僕が楽したいっていうこともある」


 ただ提督もただでは屈しない。一つくだらない策を弄してみる。


提督「ただ、それだけじゃないっていうか……、なんていうか」


龍田「なぁに? どんな言い訳聞かせてくれるのかしら」


提督「あー、なんだかな。まぁ、皆おんなじ服を着れば統率が取れるっていうか、一体感が増すっていうか」


龍田「さっき提督は私達を信用してるとか云々言っていたわよね? それだったら皆ジャージを着る理由なんかないんじゃなあい?」


提督(ノってきた)


 龍田に疑問を抱かせた。彼女は簡単に人を信用しないだろう。何か信じさせる理由を、本人に納得いくように与えればいいのだ。そのためには疑問を解消させてあげればいい。それが例え提督が用意した疑問でも。


提督「……どうしても言わなきゃダメなのか?」


龍田「言えない理由があるなら、尚更ジャージなんか着たくないわぁ~」


提督「……見れないんだよ」


龍田「なぁに? 聞こえないわ」


提督「お前ら際どい服着てるからまともに見れないんだよ! 言わせるなよな!!」


龍田「……はぁ?」


提督「龍田、それに天龍! お前らボディラインにぴったり過ぎる服着てるだろ。それ妙にセクシーだから毎回目のやりどころに困るの!」


龍田「やめてください提督、やっぱり私達をそういう目で見てたんですか。皆に優しくしている理由はそういう訳なんですねぇ」


提督「それを否定は出来ない、かもしれない。が、魅力的すぎるお前らにも問題はあるんだ、僕は男だからどうしたって見てしまうんだよ! だからやぼったいダッサイジャージ着れば少しは劣情を催さなくてすむかも、って」


天龍「ま、まぁ、そうだよな。龍田、冷静に考えてみろよ。提督以外、みーんな女じゃないか。確かにいい加減なヤツかもしれないけどさ、誰かに手を出したとかって聞いたことないだろ」


龍田「そうねぇ天龍ちゃん。そこは私も認めるわ」


天龍「だろ? 提督も話辛いはずだ、こういうことはさ。ちょっとくらい話聞いてやろうぜ」


龍田「……天龍ちゃんがそこまでいうなら、いいわ、提督、考えてあげてもいいわよ」


提督「本当か、ありがとう!」


 提督の名演は、天龍を味方につけ、さらに龍田を納得させた。実際、提督は艦娘のセクシャルな正装にはほとほと困っている。本当のことだから、疑い深い龍田を信用させたのだろう。


龍田「ただね、提督。ジャージだけっていうのはどうかしら。別に私達の魅力を減らせればいいんでしょう? だったら、学生の制服とかでもいいんじゃないかしら」


提督「あ、ああ。なるほどな。確かに。セーラー服みたいなヤツも、考慮に入れておくよ」


 龍田も簡単には譲らない。が、確かに彼女の意見は一理ある。彼女の言い分も飲み込まないと、彼女はちゃんと納得しないだろう。提督もこれくらいの意見なら譲歩可能だ。

 

龍田「そうよぉ、提督の一存だけでなく、多様性もあったほうが、艦娘の皆もすすんで着るんじゃないかしらぁ」


天龍「それいいな! 掃除の時はジャージ、事務仕事の時は制服ってな感じでな!」


提督「いい意見だな。どっちにしたって、二人は着こなすだろうし」


龍田「調子のいいこと言ってぇ」


提督「いや、ホントのことだろ。龍田は特にジャージの方がいいんじゃないか」


龍田「なぁに? 嫌味かしらぁ。私がダサいって言いたいのぉ?」


提督「いや、どうしてそうひねた考えをする。龍田の魅力がさらに引き立つからいいんじゃないかって話だ」


龍田「それじゃあジャージを着る意味ないじゃないの~。やっぱりそういう目論見なのかしら」


提督「ちげぇよ、そういう性的な部分だけじゃない龍田の魅力を知れそうだってことだ」


龍田「……気持ち悪い」


提督「ホントのことだからな」


龍田「もういいかしら、提督。支給する服が決まったらまた必ず、呼んでくださいね」


天龍「龍田、お前ちょっと嬉しかったりする?」


龍田「天龍ちゃぁん? 帰るわよ」


提督「あ、その前に天龍、こいつは一応受け取っておいてくれ」


天龍「あ、おう、紙袋ごとサンキューな。っておい、ひっぱるなって龍田ぁ!」


提督(ふぅ、なんとかなったか)


 執務室を下がろうとする二人の背中に安堵していると、龍田は提督のそんな気持ちを察知してかジロリと見やる。


龍田「下手な勘ぐりしたら、許さないからぁ……」


 バタン! と強く閉まった扉。龍田は言葉や態度がキツイけれど、面白いヤツだ。提督は彼女のああいう、慇懃無礼な所が嫌いじゃあない。可愛い所もあるからだ。


 天龍だけでなく、龍田まで上手く丸め込めたのは提督にとって大収穫だった。これにより殆どの駆逐艦は説得できるだろう。提督は龍田に言われた通り、制服のデザインを考えながら、タバコに手を伸ばした。



~~~~~~~~~~~~~

??「失礼します、提督!」


 天龍と龍田が執務室を去った数十分後。ドアの向こうからはつらつとした声が、大きいノック二つと共に響いた。


提督「おう、どうぞ」


 ドアを開けて入ってきたのは、体操着姿の長良だった。


長良「長良、入ります! 提督、ジャージ作るんですって?!」


提督「あ、そうなんだよ。誰から聞いたんだ?」


長良「天龍ちゃんがジャージ着てたの初めて見たから、話しかけたんです。そしたら提督がジャージを広めようとしてるって聞きました!」


提督「早速着てたか天龍は、それはいいことだ。っていうか長良はよく体操着着てるもんな。まず君に相談すればよかったな」


長良「そうです提督、水臭いですよ~」


提督「すまなかった。で、どうだ長良、君もこの鎮守府ジャージ、欲しいか?」


長良「はい! いただけるんですか?」


提督「もちろんだ、といいたいところだが少し待ってもらう。発注しとくよ」


長良「ありがとう提督!」


???「ちょっと提督、入るわよ」


 強めのノックと共に、強気な声も一緒に部屋に響く。


長良「この声は五十鈴」


 長良が言うか言わないかの拍子でドアが開く。やっぱりしかめっ面の五十鈴が言い寄ってきた。


五十鈴「ちょっと提督、どういうことなの?」


提督「なんだい薮から棒に」


五十鈴「ジャージを作って皆に配るって聞いたわ、何考えてるのよ!」


長良「ちょ、ちょっと五十鈴、そんなに怒ることじゃないじゃない?」


五十鈴「長良姉さんは黙ってて」


 どうやら五十鈴は真剣な様子だ。これは困ったことになった、と提督は苦い顔をする。龍田もそうだが、ベクトルは違えど勝気で強気だ。五十鈴は言わば「出来すぎる女性」。しっかりもので、自他共に厳しい。戦闘においても仕事においてもスキがない。


五十鈴「私達ちゃんと海を守らなくちゃいけないの。生きるか死ぬかってやり取りをしていることぐらい、提督は分かっているはず。平時にジャージを着てるだなんて気を抜いたようなこと、提督のあなたが広めるのはどうかと思うわ」


 叱られながらも提督は五十鈴に感謝していた。五十鈴の言っていることは正論で、提督自身によりよい「提督」になってほしいから厳しく言い放っている。それを提督は理解している、しているからこそ、提督には言い分があった。


提督「いやぁ……、鎮守府の中くらい気楽でいたほうがいいんじゃなかってね」


五十鈴「『油断せず行こう』って、普段言ってるのはどこの誰なのよ」


提督「それは高名なテニスプレイヤーの名言でな」


五十鈴「ちゃかさないで! そもそも、平時であなたがいい加減な服装してることも、おかしいって思っているんだから!」


 火に油を注ぐとはこのことで、余計に五十鈴はヒートアップしてしまった。


提督「五十鈴、とりあえずちゃんと説明するから、落ち着いてくれ」


五十鈴「最初からちゃんとやれないの」


 提督は一つ咳払いをして、区切りをつける。


提督「君たち艦娘は、君たち自身を兵器と思っているきらいがある。それもそうだ、昔は艦船だったわけだから。

 でも、今は違う。女の子の姿をして、ご飯を食べて、オシャレもする。僕は君たちのことを、人間として見ているんだ」


長良「提督……、嬉しいです!」


五十鈴「長良姉さんは黙ってて」


長良「私お姉ちゃんなのに……」


 五十鈴は長良の感慨にぴしゃりと水を打つ。打つけれど、言葉に棘がなくなっ

た。


五十鈴「それはありがたいんだけどね……。それとこれとは話が別なんじゃないかしら。常在戦場で構えてなきゃ、海を深海棲艦から取り戻せないんじゃないの」


提督「もちろん、その通りだ。跳梁跋扈する奴らは、こちらと違ってその勢力はほぼ無限に思える。だからこそ、ずっと気を張っていては、最大限のパフォーマンスが発揮されないんじゃないか」


五十鈴「その勢力差で、相手が不意を打ってきたり、未知の鬼級が出現したりしたらどうするの? ジャージで出撃するっていうの?」


提督「五十鈴も知っているだろうが、君達が艤装を装備する時、普段の姿はさほど重要視されない。巨大化して戦闘に向かう時、君達の身体は艦艇の魂となってしまうからね。本当に緊急事態なら、ジャージのままで出撃ゲージに入ってくれればいい」


 艤装を動かすために艦娘がいる。艦娘だけでは巨大な深海棲艦に立ち向かうことすら出来ないし、艤装はただのお飾りと化す。艦娘の魂が艤装と合わさり、初めて「軽巡洋艦五十鈴」となる。それは五十鈴も重々知っている。


五十鈴「私が言っているのはそういうことではなくて、風紀や規律の問題なの! 私達の命を預かっているなら、それをちゃんと管理しろってこと!」


提督「分かってるって。より良く管理するための一案ってだけさ。ただそれがジャージだから、五十鈴はふざけていると思ってしまっているんだろう。

 五十鈴は僕がジャージ姿でも、それを不服と思っていても、ちゃんと指示に従ってくれている。僕もジャージだからといって、皆をいい加減に扱ってはいない。上手くやれているじゃないか、なぁ五十鈴?」


五十鈴「……確かにあなたはしっかりやっている。だけど、一つの綻びでチームワークが乱れることだってあるのよ」


 熱が引き始める五十鈴の反論に、ようやく身を乗り出せると長良が口を開く。


長良「五十鈴は心配しすぎ。提督を信用しないのはなんとなく分かるけれど、私達艦娘は信用してもいいんじゃない?」


提督「ちょ、酷い言い方だな」


長良「提督はいつも言っています。『日々の積み重ねが大事』だって。提督は分かってますよね?」


提督「長良ってば五十鈴に触発されて毒舌になってる」


五十鈴「どういうこと、提督。私のこと毒舌って思っていたの?」


提督「何五十鈴、自分のクチが悪いって気づいてなかったの?」


五十鈴「あんたねぇ、私はただーーー」


提督「分かってるよ、五十鈴は仲間想いで世話好きで、責任感が強いヤツだって」


五十鈴「都合のいいこと言ったって、無駄なんだから」


 突き放すように五十鈴は言うが、提督の目から視線を外した。それから何か、言いたそうに唇を歪ませた。


長良「ま、気に食わないなら着なければいいよ、い・す・ずちゃん」


五十鈴「私は着ないわよ! そうじゃないでしょ、私の話聞きなさいよ」


提督「龍田にも言われたけれど、別にジャージだけじゃなくて、制服とか、皆が同じのを着るように作るつもりだよ。むしろ、こういうのを作るとさ、一体感増すもんだよ」


長良「体操着仲間が増えたらうれしいな!」


五十鈴「でもブルマは今日日誰も履かないわ」


長良「えー! すっごく動きやすいんだよ! ね、提督」


提督「そうそう、あれすっごくいいんだよー。って僕男なんだけど」


五十鈴「長良姉さんはちょっと抜けてるよね、やっぱ」


 なんだかんだとあったが、五十鈴もどうやら認めてくれたようだ。認めさせた、というよりは丸め込んだという言い方が正しいだろう。

 

提督(他にもまだ異議を唱える艦娘は居るだろう……。五十鈴ほど厳しく追及してくる娘もそうはいないだろうが、一応心しておこう)


五十鈴「今後こういうことあったらまず私に話を通しなさいよね、提督」


提督「へいへい……」


~~~~~~~~~~~


 翌日、翌々日と、日に日に理解者と反対者が、そして言い合いを見物する外野も、執務室に集まってきた。


長門「提督、鎮守府の制服をジャージにするというのは本当なのか?」


提督「う~ん、まぁジャージだけでなく、ブレザーとか、スウェットとかも考えてるよ」


長門「そうだったのか提督。ううむ、だとしたら我が鎮守府のエムブレムなどを作ってみるのはどうだろう」


提督「あれ、長門は意外に乗り気なのね」



高雄「提督が大らかな方なのは分かっていますが、今後の艦隊運用に支障をきたしませんか?」


提督「高雄よ、何も強制じゃないよ? でも、僕は高雄の違う姿も見てみたいなー」


高雄「提督ったら、しょうがない人ですね」


提督「納得しちゃうのかよ高雄よ」



提督「島風にはいち早くジャージを発注しておいたからな」


島風「何でー? 一番早いからー?」


提督「ついでに大きな鏡も買っておくよ」


島風「えー? 何でー? いい子にしてたから?」



日向「提督よ、和装も追加してくれないか」


提督「和装って着るの面倒じゃないか?」


日向「浴衣とか、冬は半纏とかもいいと思うんだが……、ダメか?」


提督「日向、やはり天才か」



加賀「……提督は何故こんなこと思いついたのかしら」


提督「ひょっとして呆れてるの?」


加賀「ええ、正直」


提督「今に始まったことではないって、言いたそうな顔してるじゃないの」



 このように、沢山の仲間から貴重な意見を頂いた提督は、

 平時、艦隊出撃準備中時でも、艦娘各自の規定の艤装用制服ではない、提督指定の衣服であれば着用可。

 そして、着用するかしないかは強制しないとした。

 艦娘全員を納得させたわけではないが、ある程度認知されていることは、言いふらした提督が一番分かっている。


 それにより、最悪、一部の艦娘からバッシングを受けることを提督は覚悟していた。

 が、それは杞憂に終わった。いつもジャージ姿の提督に、何を言ってもしょうがないと思っているかもしれない。


提督(人間、日々の行動の積み重ねだなぁ)


 こういうときに使う言葉ではないことを重々理解しつつも、提督は苦笑した。自嘲もあるが、手元の書類が面白いせいもある。


漣「ご主人さま、長門さんって案外ズレてるよねぇ」


提督「エムブレムの絵、端的に言えばプリティだよな」


漣「部屋にテディベアとか置いてあるのかも。もしそうならゲキアツですぞ!」


 言ったその途端、漣の目から笑みが引いていく。


漣「置いてあるわけないよね」


 購買部にも、販売施設にも、ぬいぐるみが売っている場所はない。いつまでも「テレビの中のもの」なのだ彼女たちにとっては。許された娯楽の中で得た知識は、逆に彼女たちを悲しませる。


提督「あ、じゃあ今度は裁縫道具を入荷しようか」


漣「え?」


提督「ユニフォームやら、普段着の修繕を目的としてるって言えば、大丈夫だろ。後は綿とか毛糸とかも入荷しちまえばテディベアとはいかなくとも、ぬいぐるみは作れるぞ」


漣「ご主人さまってーーー」


提督「なんだよ」


漣「メンドクサイ人ですね」


提督「今更かい」


漣「ふふ、メンドクサーイ!」


提督「人のこと指差してそんなこというんじゃないよ」


漣(そんなことしなくても、私達は分かってるのに)


 無言で万遍の笑みを浮かべる漣に、提督は何も言葉を次がなかった。

 ジャージとか制服とか、そんなことでこの鎮守府が活気づくなら、慣習なんてどうでもいい。

 この笑顔と比べればどうでもいいことが、沢山ありすぎる。


提督「漣はメイド衣装とかも作っとくか?」


漣「ご主人さま、メイド衣装はない……。ありかも!」



おわり。


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