亡霊の孤島
#君はもう少し勉強するべきだ
勉強でできた我の自信作
彼女はただ、あの日の日常を望んだ努力家だった。
あの日のことは嫌でも忘れない。いや、忘れられないのだろう。
私が彼女を殺したのだから………
目を覚ます。いつもとおんなじ何百何千と見た、木目の少し黒ずんだ天井。夏とはいえ、梅雨が明けたばかりの空気は、湿気を含み汗ばむ肌が煩わしい。
背中のベタつきに気色悪さを覚え、ベッドから起き上がる。
七月二日、午後の二時。歪んだ時計が、怠惰な私を律する唯一の計器だ。
汚れてしまったシャツを変え、開けた食堂で栄養を貪る。時間帯の為か、殆どヒトが居ない。
ランチAセット。彼女がよく食べていたなと思うのもつかの間、早々と胃袋に放り込む。
一緒に食べる人がいると美味しく感じるなら、一人で食べる飯はこれほど味のないものになるのかと。端的に不味い、無味無臭。人が食べるものじゃないみたいだ。最も、艦娘なんてみんな人ならざる存在だが。
気づけば私は、海に立っていた。漆喰よりも赤黒く染まりきり、彼女を殺した海が。
いや、殺したのは私だったか。
しかし今は、あの日と変わりない蒼い海だ。海面は穏やかで滑るには上出来なほどに。
微速前進。スクリューがゆっくりと回り始め、重い海水を徐々に押し出して行く。好調だ、まだ動く。
「あぁ、かったりぃなー」
独り言にも、まるで親しい彼女がそこにいるかのようにも聞こえるその一言は、水に溶ける。
哨戒の任務ともいえなくもない海上移動をひたすら、ただひたすらに続ける。
そうすればいつか、彼女が水平線の向こうからやってきてくれるのではないか。いつまでも終わらないこの戦争に、暁の勝利という淡い期待を持って………
夜が来た。霧が水面で交差し、立体が水面と同化する。敵がいつ、どの方角から牙を剥くかなんてわからない。それでも生きるために、平凡なあの日常に戻るために………
戻る……?どこに?鎮守府?
「…………いや、違うなこれ」
頰を伝う風がすべてを、流していってしまった。
そう、すべてを。流してしまったのだ。
今まで見ていた視界がグニャリと曲がり、暗転。そしてその先に現実を直視してしまう。この、痛ましくも儚い希望で動いている世界を。
それはすべて嘘だったのだ。では何処から?
夜が来たときから?
違う。
海に出た時からか?
いや違う!
食堂でもない!!!ベッドで起きた時よりももっとずっと前!!
そう、あの日彼女、弥生が私を庇って沈んだあの日あの時あの場所からだ。
嗚呼、私は今でも囚われているんだ。自分自身で作り出してしまった孤島に。
島を囲むのは無数の鬼たち。助かるのには骨がだいぶ折れるだろう。
「それでも、それでも私はここに留まる。そうすればいつかきっと!あの日々のようななんでもない時間が過ごせるんだ!!」
そんなことはできるはずがないのに、私ならできると。叶うはずないのに、このままだったらできるんじゃないかって。そう、純粋に思ってたんだ!
「だから………邪魔を……するなぁ!!!」
その海域は、8,774時間前から大本営によって放棄されていた。
しかし、その海域では毎晩夜戦が行われているとの噂があったが、それもじきに消えていった。
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