陽炎これくしょん2
書きたくて書いたその2。
前作と同じ。暇潰し程度に。
陽炎はお姉さんである。
陽炎型駆逐艦のネームシップ。艦娘としては十九人姉妹の長女として妹達から慕われている。
普段から生活を共にしている不知火、黒潮のトリオは鎮守府を越えて有名な三人衆だ。
演習や遠征先等でも、この鎮守府にはいない妹達相手にお姉さんっぷりを遺憾無く発揮しているようだ。
それは妹達だけではなく、他の駆逐艦娘、果ては軽巡や重巡、戦艦の姉妹喧嘩の仲裁までする世話焼きさん。そんな陽炎には皆、厚い信頼を置いている。
提督としてもパートナーとしても、そんな彼女には鼻が高いと言うものだが……
「陽炎」
「んー?」
「少し体勢を変えたいのだが」
「ん、横になる?」
「あぁ」
月に数度の、丸一日の休み。
陽炎に断りを入れてから、うつ伏せの体勢に。枕を抱き寄せて顔を埋める。
「いーい?」
「……暑くないのか?」
ぎしり、とベッドのスプリングが鳴る。背中に陽炎が全身で乗っかってきたのをこちらも全身で感じながら、毎度の疑問を口にした。
季節はむしろ秋の入り口、暖房入らずで構わないのだが、肝心の彼女が暑く感じていないのか。
「……んー」
「くすぐったいな」
返事なのか何なのか。背中にぐりぐりと頭を擦り付けてくる。
どうやら、今日はとことんそういう気分らしい。
「陽炎、少し」
「やだ」
「大丈夫だ。少しだけ」
「……ん」
ようやく背中から離れた陽炎に苦笑して、仰向けになる。すぐに胸に飛び込んできた彼女を抱き止めて、下ろされた髪と共に頭を撫でた。
「どこにも出掛けなくていいのか?」
「今日はこのままがいいの」
「そうか」
そうなの、と此方の心音を聞くように胸に頭を置く陽炎。
いつもお姉さんをしているからか、彼女は自分と二人きりになるとこうして甘えてくることがある。
別に普段が作っているだとか、無理をしているとかではない。彼女のお姉さん気質は紛れもなく彼女の資質であり長所だ。
それでも、彼女とて人に甘えたくなることもあるのだろう。正直な話、こうなった彼女は可愛くて仕方がない。普段とは違う彼女の、自分しか知らない魅力。これがギャップ萌えというやつか。
「む……」
「どうした?」
「……心臓がうるさくない」
「落ち着いているからな」
「気に入らない」
「お前の心臓は騒がしいな」
「私ばっかり不公平じゃない? ずるいわ」
「そう言われてもな……」
むすっとした顔で言われ、しかしどうにも出来ないのでそう返すしかない。心音など努めて抑えようとすることはあっても、意識して昂らせることなどしたことがない。
昂るとするならば、どうしたって外的要因が――――
「……これでどうだ」
「……ずるいのはどっちだろうな、全く」
「ん、ドキドキしてる。これでおあいこね」
ゼロ距離から顔が離れ、こちらの心音を確かめてから満足げに笑う彼女に、敵わないなと腕で顔を隠した。
「提督。お隣宜しいですか」
「浜風か。構わないぞ」
夕食の時間である。
本日のメニューは自分の好物である中華であり、内心わくわくしながら食堂にて出来上がるのを待っていたところに声をかけられた。
クスクス笑いながら隣の席を引いて座った彼女に、何かあったのかと目で問いかける。
「だって、楽しみにしてるのがわかるんですもの」
「そ、そうか?」
「えぇ、とっても」
そんなに顔に出ていただろうか、と少し気恥ずかしくなって口元を手で隠す。
「初めて出会った時は気難しい人なんだな、なんて思ってましたけど」
「……まぁ、あの頃は今よりも余裕が無かったからな。お前にも厳しく当たったことがあった」
「えぇ。悲しくて怖くて泣いちゃいました」
「む……」
「ふふ、冗談ですよ。それに、提督はいつでも間違ったことは言いませんでした」
「そんなことはない。私とて間違いはある。それを正してくれるのは、他でもないお前達だ」
「本当に?」
「本当だとも」
悪戯っぽい笑みでこちらを覗き込んでくる浜風に、今度は堂々と言ってみる。
……こんな風に接してくれるようになったのだな、と自然に笑みが溢れる。先程浜風が言ったように、厳しく接するあまりに彼女達を泣かせてしまうことは多々あった。
それでも、こうして彼女達と信頼関係を築くことが出来たのは、他でもない――
「あ、今……陽炎姉さんのこと考えましたね?」
「……私はそんなにわかりやすいだろうか」
「えぇ、とっても」
ニッコリ笑う彼女に、そうなのかと頬を掻く。
「ちなみに、提督は陽炎姉さんのこと、最初はどう思ってたんですか?」
「うん? そうだな……。最初は、特別何かを思ったりはしなかったように思う。まぁ、あの頃は私も必死だったのもあるだろうが」
唐突な質問に、まぁ料理が来るまでの暇潰しにはなるかとあの頃を思い返す。
今でこそ艦娘も増え、戦力も充実し、大艦隊と言っても差し支えないこの鎮守府ではあるが、自分が着任した時は今と似ても似付かない程に、言ってしまえば貧相な鎮守府であった。
その中で、最早陸にまで迫ろうかと言うところまで押し込まれていた戦線を、自分は必死になって押し戻そうと闘いを挑んだ。
優しい提督だなんて、口が裂けても言えないだろう。全ては暁の水平線に勝利を刻む為に。当時いた人間の部下にも、艦娘達にも一切の情を排除して接した。轟沈こそさせることは無かったが、それも轟沈させて掴む勝利と、轟沈させたことによる戦力低下を天秤にかけた結果、戦力を優先しただけのことに過ぎない。天秤が傾くことがあったならば、躊躇いなく必要経費として彼女達を切り捨てていただろう。
「人数こそ今よりは少なかったが、あの頃のお前達は私を憎らしげに睨むことこそあれ、実際に歯向かってくることはなかった。が、たった一人、最悪解体も覚悟して私に意見してきた艦娘がいてな。まぁ、それが陽炎なんだが」
「覚えてますよ。あの時は本当に肝が冷えました」
「酷な選択をさせたものだと、今でも後悔することがあるよ。あの時の顔は忘れられない」
妹達の為に、あの時いた全ての艦娘の代弁者として。圧政者になりかけていた自分に、何一つ飾らない想いを感情のままにぶつけてきた陽炎。
一体どれだけの恐怖だっただろうか。解体も覚悟していた、と実際に彼女は過ぎた話だからと教えてくれた。だとするならば、自分は彼女にどれほどの諦感を与えてしまっていたというのか。
「そこからだろうな、彼女が特別気になり始めたのは」
「ほうほう」
「気が付けば目で追っていることが多くなった。いつ好きになったのかと聞かれれば……そうだな。いつの間にか、としか言えないな」
「……提督って、本当に変わりましたよね。あの頃を思い返したら、つくづくそう思います」
「言うようになったじゃないか。褒めてやろう」
「ちょ、ちょっと提督! 髪が乱れますよ~!」
低い位置にある銀色の頭をわしわしと撫でてやる。本当に、こんな風に彼女達と接せられるようになったことを心底嬉しく思う。
「なーによ。随分仲良さそうじゃない?」
「なかなか珍しい組み合わせやなぁ」
「司令、同席宜しいですか?」
「なんだ、揃いも揃って」
「揃えた、って言うには後十五人程足りんなぁ」
噂をすれば、といったところか。陽炎率いる名物トリオがガタガタと席につく。浜風が俺の隣を譲ろうと席を立とうとしたが、いいからいいからと陽炎がそれを制した。
「で、何を話してたん? 愛しい妻のお話?」
「よくわかったな」
「ちょっ、やめて!」
「興味深いですね。司令だけに見せるであろう陽炎の姿など聞かせてもらえると」
「そうだな。それなら――」
「や、やめてやめてー!! 姉の威厳がー!」
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