P「僕は橘さんに恋をした」
Pがありすのお母さんに恋をしている話。独自設定ありです。ご留意下さい。
二作目。最近O-Ku-Ri-Mo-No_Sunday!にどハマりしてヘビロテしてます。
恐らく人をここまで好きになったのは初めての事だ。
彼女を目にすると胸が高鳴る。声が上ずってしまう。頬が紅潮してしまう。
僕は24年間生きてきて生まれて初めて明確な好意を自覚した。いわゆる恋心ってやつだ。
それは初恋のようなフワフワとした感覚ではなく重圧のような、何か楔のように心を強く打ち込んでいた。
「ああ、暑っつ…」
夏の東京は暑い、暑過ぎる。
気温も湿度も高いが、人のこの密集具合に辟易とさせられる。
この狭い土地に一体どれほどの人が住んでいるのだろうか。
いや、そんな事より暑いからアイスが食べたい。夏は氷菓子だ。
事務所に帰れば確か買い置きしたゴリゴリくんがあったはず。ソーダとメロンソーダ…どっちから食べてしまおうか。まったくもって贅沢な悩みである。
炎天下だからかボンヤリと思考が薄まる。急速に喉の渇きと糖分を体が欲しているし、営業疲れなのもあり少し休みたかった。
テレビ局を出て駐車場に着き、車を開けると中からムアッとした空気が流れる。
p「うっわ」
熱風にまとわりつかれた僕は煩わしくも車内の空調をいじる。その間カバンから飲料水を取り出し一口飲んだ。
クレバーな爽快感が持ち味のサイダーは炭酸が死に、加えてぬるかった。
良いことがあるとその後悪いことが起こる。人生こんなもんだ。が、卑屈にはならない。
p「事務所に戻るか。…けどその前にコンビニへ」
ある程度、人間歳をとると割り切れる。物事を難しく考える事を放棄して人は楽な方にシフトしてしまうことを僕はつい最近知った。
…いや、全ての大人がそうではないのかもしれない。只の僕の悪い癖なのかも。
車を走らせる。が、すぐにブレーキ。
道路は混雑していた。車内の風はまだ涼しくなく僕はハンドルの縁をトントンと指で強く叩いた。
ーー冷たい飲み物が飲みたい。切実にそう思った。
p 「ただいま戻りましたー」
ちひろ「あ、お帰りなさいプロデューサーさん。営業の方はどうでしたか?」
p「もちろん、バッチリ決めてきましたよ。例の歌番組の仕事、ウチの子を使ってくれるみたいです」
ちひろ「ふふ、それは良かったです。…ところで明日は何の日か知ってますか?」
p「え、ええと…すみません、何かありましたっけ?」
ちひろ「プロデューサーさんがウチの事務所に入社した日ですよ!三年目です。時が過ぎるのはあっという間ですね」
p「あ、そっか。もう三年経つんだ。何だかいつの間にって感じです」
ちひろ「そこで何ですが、どうです明日。飲みにでも」
p「まあ…特に予定はないですけど」
ちひろ「やったあ♪」
p「ちひろさんと僕だけですか?」
ちひろ「ええと、川島さんと楓さんと三船さんと…早苗さん、佐藤さんですね」
p「おおいつものメンツ…てか、僕の入社日にかこつけて飲みたいだけでしょ」
ちひろ「そ、そんなことないですよお」
p「まあ、楽しいだろうから良いんだけど…それじゃ僕は書類整理があるので」
ちひろ「ええ、また」
ウチの会社は創立10年と満たない。アイドルプロダクションとしてはかなり新しい部類に入る新進気鋭の職場だ。
上京をしたものの大学を中退した僕は東京にとどまり、フリーター生活を満喫していた。
…アレは今でも覚えている。
真冬のクッソ寒い中ティッシュ配りのバイトをしていた僕に声をかけていたのはダンディなヒゲと茶色のスーツが似合う40代後半のおじさん。
何でも芸能事務所の社長らしく今現在プロデューサーを探しているとか。
ハッキリ言って怪しすぎる。新手の宗教勧誘か、それとも僕を騙してお金を踏んだくるのか。
でも、彼の話は実に興味深かった。
なら、一縷の望みをかけて行ってみようじゃないか。
目標がなかった僕は彼の話を聞き、連絡をしてこの会社に入った。ふと、社長に何故自分に声をかけたのか聞いたことがある。
「実はね、私も分からないんだ。物事全てを具体的に解明することは出来ないのだよ。あえて言うなら…そうだね、ピンときたからかな。私の直感が告げたんだよ」
僕は彼の本意がよくわからず、その時は曖昧な返事をした気がする。
事務所は大きすぎず小さすぎず、わりと中規模だ。最近は所属アイドルも増え順調に業績を伸ばしている。イイ波に乗っているのだと思う。
まあ、何が言いたいのかと言うと僕も、この事務所もまだ発展途上だと言うことだ。
ーー今の僕には目標がある。
僕が担当しているアイドル達をトップアイドルにすること。それは彼女達に約束したことであり又初めての決意表明の表れだった。
p「あ、そういえば。アイスが冷蔵庫に入ってたっけ」
黙々と作業をする中、先ほどアイスを渇望していたことを思い出した。ちょうど休憩もとっていないしアイスでも楽しもうかな。
僕は給湯室に向かった。因みに事務所はそこまで広くはない。自社ビルではなく建物の三階と四階を貸してもらっている。
給湯室の前まで来ると、中から声が聞こえてきた。賑やかで楽しそうな声だ。
アイドル達が談笑しているのだろう。
僕は扉を開いた。
莉嘉「それでねー…あっ、Pくんだあ!やっほー☆」
p「うん、やっほう。レッスンはもう終わったの?」
晴「ああ、さっき終わってさ。暇だからここでくっちゃべってるんだ」
p「そっか」
雪美「…pはどうしたの?」
p「アイスが食べたくてさ。買い置きしたアイスを取りに」
莉嘉「ええ、いいなあ!pくん私の分もある!?」
p「うん、みんなの分はあるよ。何味がいいかな?ソーダとメロンソーダなんだけど」
莉嘉「私メロンソーダ!」
晴「ソーダで」
雪美「pと同じやつ…」
p「はいはい、ちょっと待っててね…はい、どうぞ」
莉嘉「ありがと!」
p「急いで食べると頭キーンてなるから。ゆっくり食べるんだよ」
晴「…プロデューサーって親みたいなこと言うよな」
p「そうかな?…ん、みんなスマホ片手に何をやってるの?」
雪美「…ソーセージ●ジェンド」
p「え?」
「見てpくん!私のマグマ・ホットドッグ!かっこいいでしょ☆」
p「う、うん…強そうだね。燃えてて」
何だろうこのアプリ…こんなのが今流行っているのか。
莉嘉のスマホの画面を覗くと、フォークに刺さったソーセージがプルプルと揺れていた。
晴 「自分のソーセージを戦わせて強くするんだ。莉嘉、ちょうどいいからバトルしようぜ」
そう言って、2人は自分が育てたであろうソーセージを使い相対する。
槍のように相手のソーセージを突き、ライフをゼロにするみたいだ。それはさながらフェンシング。
白熱するバトルから数分後、決着はつき莉嘉の燃えてるソーセージのライフはゼロになりバラバラに弾け飛んだ。
僕は吹き出した。
莉嘉「うう、負けた〜っ」
晴 「よっしゃあ俺の勝ちぃ!見たかプロデューサー!」
p「う、うん凄いね。ちなみに晴のソーセージは何?なんかビカビカしてるけど」
晴「ライトニング・ソーセージ。カッコイイだろ?」
p「食べたら口の中が感電しそうだね…因みに雪美もやってるの?」
雪美「うん…コレ」
p「…?これってちくわ?」
雪美「うん…可愛いから」
p「そ、そうなんだ」
ヤバイな。
莉嘉「ねえ、pくんもやろうよ!面白いよ?」
p「こ、今度ね…」
p「最近の子ってあんなのが流行ってるんだな。流行は敏感に感じ取らなければいかないけど、これは流石に予想だにしなかったな」
「何が流行ってるんですか?」
p「え?」
振り向く。するとそこには可愛らしい少女が。
ありす「ふふ、こんにちはプロデューサー」
p「ああ、ありす。お疲れ様」
ありす「それでなんの話ですか?」
p「あー、ありすはソーセージ●ジェンドって知ってる?」
ありす「はい知ってますよ。?…もしかしてpさんも始めたんですか?」
p「始めてない」
p「さっき、給湯室で晴たちにあってさ。みんなで楽しそうにそのゲームをやってたんだよ」
ありす「ああ、なるほど」
p「て、その口ぶりからするとありすもやってるの?」
ありす「ええ、やってますよ。みます?私のダーク・ヴァイスヴルスト」
いや、どっちだよ。白黒はっきりしてくれよ。
p「そ、それはまたの機会でいいかな」
ありす「そうですか。残念です」
そう言い、ありすは当然のように僕の膝の上に座る。それは物を落としたら拾うような自然な動作だった。
p「ちょいちょい…ナチュラルに膝の上に座ろうとしない」
僕は窘めた。
ありす「別に、いいじゃないですか」
p「ありすがよくても周りの目があるんだからダメだよ」
ありす 「その言い方だと2人きりならいいんですよね?」
p「…あー、そうなるかな。まあ、それならいいよ」
ありす 「じゃあ、それは次のお楽しみにしておきます」
ふむ、日を増すごとに何だかじゃれつくようになってきたな。最初はこんなんじゃなかったのに。
昔はもっと壁があって……まあ、だいぶ打ち解けたと解釈すればいいか。
ありす「プロデューサー」
p「ん?」
ありす「今日の夜…何かご予定はありますか?」
p「ああ…そうだな。特にはないけど」
ありす「よかった」
p「何が?」
ありす 「今晩はお母さんが仕事で帰ってくるのが遅くて…私の家でご飯食べませんか?」
p「うん、いいよ」
特に迷うこともなかった。アイドルの自宅で食事なんてモラル的に…なんて言われるかもしれないが、小学生の女の子が夜寂しく晩御飯を食べている方が僕は心配だ。
それに僕の両親は共働きだった。ありすの気持ちは痛いほどわかる。
ありす 「あっ…は、はい。えへへ…」
p「1人は寂しいもんね」
嬉しそうにはにかむありすの頭を優しく撫でる。撫でやすい形のいい頭だ。髪質もサラサラしており心地よい。
ありす 「こ、子供扱いはしないでくださいっ」
p「ああ、ごめんね。つい手が動いちゃって」
そう言い手を引っ込める。しかし、言った当人は未練がましく唇を尖らせた。
ありす 「べ、別にやめてほしいなんて言ってないですけど…」
p「そっか。なら続けるね」
ナデナデ、続行。
ありす 「〜♪」
p(…こうして仲良く戯れてると昔の事を思い出すよ。親しくなろう名前で呼んだらキッとした目を向けて名前で呼ばないでくださいって。いつの間にこんなに仲良くなったんだろ)
p 「因みに今晩の献立は決まってるの?なんなら作ろうか?」
ありす 「プロデューサーは居てくれるだけでいいんです。私が作りますから」
p 「そう?なら近くで見守ってるよ」
ありす 「そんなに頼りないですか、わたし?」
p 「違う違う。ありすの手料理を間近で見ていたいんだよ」
ありす 「ふえ!?」
p 「で、何作るの?」
ありす 「あっ…いちごパスタです!」
p 「…ごめんね。き、今日はパスタの気分じゃないんだ」
それだけはダメだ。あの惨状を彼女は知らないからそう嬉々としているのだろうけれど。
ありす 「そうですか?なら、いちごピサで」
p 「…朝の占いで今日のラッキーアイテムはカレーだったんだ。カレーライスにしない?」
ありす 「…まあ、プロデューサーがそうおっしゃるなら」
p 「ふう…」
ありす 「なぜため息を?」
p 「よ、よおし、一息入れたから仕事頑張るぞお!もう少しで終わらせるからちょっと待っててね」
ありす 「は、はあ…」
p (…真実を告げるべきなのだろうか。いや、酷なのかもしれない。この話題についてはそっと蓋をしておこう)
〜ありすの家〜
p 「ご馳走さまでした」ありす 「ご馳走さまです」
p 「いやあ、美味しかったね」
ありす 「はい、上手に出来ました。決め手はリンゴと蜂蜜ですね」
p 「そうだね。はは…この歳で料理を作れる女の子なんて早々いないよ。ありすはきっと料理上手で家庭的な女性になれるね」
ありす 「へ…あ、ありがとうございます」
p 「さてと…洗い物は僕がやるよ。ありすはテレビでも観ててよ。あと2分で幸子の番組が始まるからさ」
ありす 「いえ、お客さんにそんなことさせられないですよ。私がやります」
p 「…なら一緒にしよっか。その方が早く終わって効率的だ」
ありす 「ふふ、そうですね」
広くない流しで黙々と食器を洗う。兄妹ってこういう感覚なのだろうか。暖かな感情が芽生えてくる。手は冷たいけど。
ありす 「こうして2人で台所に並んでると…」
p 「へ?」
ありす 「ふ……夫婦みたい…ですよねっ」
p 「…あはは、そうだね」
p 「でも、随分年の離れた夫婦だ」
ありす 「プロデューサーは…」
ありす 「プロデューサーはイヤ…ですか?年齢差があるのは」
p 「え?…まあ、そうだなあ。嫌かというと嫌じゃないかな。そこに愛があるなら、僕はいいと思うよ」
ありす 「ほ、本当ですか!」
p 「…好きになった人がたまたま年上だったか年下だったかってだけの話だしね。極論を言えば当人同士が好き合っているなら僕は応援するかな…周りの目なんてモノともしない強い精神力があればの話だけどね」
ありす 「……プロデューサー」
p 「ありすは好きな人でもできたのかい?」
ありす 「えっ、な、なんでっ」
p 「そんな話をするなんて、ちょっと珍しいなって思ってさ」
ありす 「ううぅ…は、はい。いますよ。好きな人」
p 「そっか。…その人はきっと幸せだね」
ありす 「だ、誰か聞かないのですか?」
p 「聞けば話してくれるの?」
ありす「そ、それは…じゃあプロデューサーはどうなのですか? いるんですか、好きな人」
p 「いないよ」
ありす 「え?」
p 「今は仕事が恋人なんだ。そんな暇ないよ」
ありす 「な、ならプロデューサー……て…すか?」
p 「え、なに?」
ありす「ま、待てますか。いいから待てるか答えてください」
…待つ? 待つってなんだ。脈歴がなくて見当が付かない。
p 「……」
p 「待てるよ」
ありす 「…ふふ。よかった。言質はとりましたからね。うそ、付かないでくださいね」
p 「?」
その時のありすの言葉を僕は本当に理解していなかった。今考えるとこの時の僕の答えは浅はかだったのだろうか。
意味を理解しようするがさっぱりだ。無意識に僕はとっくに乾ききったお皿を何度も丁寧に吹き上げていた。
ありす 「あテレビ、そろそろ幸子さんの出番みたいです。今日はどんな感じで体はるんですかね」
p 「確か今日は〜無人島生活IN南極圏〜だったはず」
ありす 「死にませんかそれ」
p 「まあ、安全には相当配慮してるから…大丈夫だよ。多分」
ありす 「もうこんな時間…ふわ…ね、眠くなんてありませんよ」
p 「ありゃ、確かにもう遅い時間だ。…寝る前にお風呂はいっておいで」
ありす 「はい…そうします…ふわ」
ありすがリビングを出ると同時に玄関から音が聞こえた。
ーーひとつ、ありすに嘘をついた。
好きな人がいるか。
…いるよ、いるんだよ。好きな人。
ありす母「ただいま〜っ、て、あらプロデューサーさん、こんばんは。いつもウチの娘の面倒を見てくださりありがとうございます」
p「いえいえ、面倒を見るなんてそんな…僕は一緒にいただけですよ」
ありす母 「ふふ…けど、本当にありがとうございます。ありすは?」
p 「お風呂に入ってますよ。…と、それじゃ僕はこの辺で失礼しますね」
ーーけど、言えるわけないじゃないか。
ありす母 「あ、これ受け取ってください」
p 「そんなお金なんていいですよ」
ありす母 「けど…」
p 「いいんです。僕が好きでしていることなので…それじゃ本当にお邪魔しました」
ありす母 「あっ…ちょっと」
ーー僕の好きな人は君のお母さんだよ。なんてさ。
p 「…」
背を向ける、引き止めようとしたありすママが手を差し出した。
多分無意識に動いたのだろう。彼女の手が僕の手にかすかに触れた。
その瞬間、なんとも言えない気恥ずかしい気分になる。胸が高鳴り不自然と顔が熱くなった。
情けない。学生じゃあるまいに。
ありす母「あ、ごめんなさい」
p 「い、いえ。と、それじゃあもう遅い時間なので本当に帰りますね」
ありす母 「はい。今日は本当に助かりました。次の機会に今度お礼いたしますね」
p 「は、はあ…とんでもないです。それではまた」
p「はあ…」
外に出ると先ほどの熱気を緩和するように涼やかな夜風が僕を撫でつけた。
…まただ。自分の所作がおかしい事は自覚している。彼女にもそれがバレているのであれば顔から火が出そうだ。
ありすの留守番に付き合うのはありすの事が心配なのは勿論だが理由はそれだけではない。
いつしか僕は彼女をひと目見たいがためにこうして何度も…
一目惚れ…何だろうな。切れ長でスッとした目。艶やかな長い黒髪。しなやかでシュッとしたスタイル。凛とした知的な雰囲気。全てが僕の好みだった。
彼女との出会いは正に青天の霹靂。その瞬間から僕は彼女に恋慕の情を抱いてしまっている。
こんな事誰にも話せない。話せるわけがない。
担当アイドルの母親に恋をしているなんて。
こんなに遅くまで彼女が働いているのはありすに不自由ない生活をさせるためだ。
詳しく聞いてはいないが夫とは離婚し、現在は大手の広告会社で働いているという。
ありすもそれが分かっている上で滅多に人には感情を吐露しない。
僕が支えになれたらどんなに嬉しい事か…時々そんな妄想をしてしまう。
そんなこと叶うわけがないのに。
いつの間にか僕は酷く卑屈な人間になってしまったようだ。恋愛というものは自己の性格まで捻じ曲げてしまうのか。
「面妖だ…」
1人車内でつぶやく。そうだ。今日はしこたま酒を飲もう。考え事なんかできるなくなるくらい飲んで、忘れよう。
フロントガラス越しに宙を見上げる。東京の夜空は空っぽの水槽のように寂しげだった。
p 「おはようございます」
ちひろ 「プロデューサーさん。おはようございます」
p 「はい。…今朝は何だか賑やかですね」
ちひろ 「ええ、奥の方で年少組の子達が集まってるんですよ」
p 「あり珍しい。何だろう」
桃華「あら、pちゃま。おはようございます」
p 「あ、桃華おはよう。どうしたの?こんなに早く集まって」
桃華 「ええ、今度のライブでの私たちの演目…もっと面白い事ができるのではないかと話し合っているのです」
p 「へえ…グループ通話じゃダメなの?」
桃華 「具体的なことは面と向かって話すべきですわ。pちゃまもビジネスではそうではなくて?」
p 「はは、実にそうだね。なるほど、それは殊勝な心がけだ」
桃華 「褒めてくださいませ♪」
p 「うん、えらいえらい。どれ、僕も様子みようかな」
桃香の頭を撫でる。彼女は嬉しそうに目を細めた。
桃華 「〜♪」
p 「みんな、おはよう」
晴 「お、プロデューサー。おはよう」
小春 「おはようございます〜」
p 「おお、勢ぞろいじゃないか」
こずえ 「ぷろでゅうさー…おはようー……」
p 「うん、おはようこずえ。眠そうだね」
こずえ 「うん…ねえ…おひざのっていい〜?」
p 「うん、いいよ」
こずえ 「わあ…ありがとうぷろでゅうさ〜…クゥ…スウ…」
p 「寝付くの早いな……?」
雪美 「p…私も」
p 「じゃあ、こっちが空いてるからこっちどうぞ」
雪美 「うん…」
ありす 「……むぅ…」
ありす 「…プロデューサー」
p 「ん?」
ありす 「えこひいきはずるいです。次は私ですからね」
p 「ありすも眠いの? なら、仮眠室行きなよ」
ありす 「何でそうなるんですか…」
莉嘉 「ねね、pくんにも聞いてみようよ!」
晴 「ああ、そうだな」
p 「何の話?」
莉嘉 「ライブのパフォーマンスの話! みんなで話し合って候補が三つあるんだ」
p 「なるほど。どれが一番いいかって話?」
桃華 「流石、pちゃま。察しがいいですわね」
p 「それでどんな案なのかな?」
桃華 「プランあー、べー、せー。どれから行きますか?」
p 「選択するのね。じゃあ順当にAから行こうかな」
ありす 「…プランAはファンの皆さんと歌を歌うんです。その間にハイタッチとかお花とか渡したりします」
p 「いい案だね。…ハイタッチはちょっと難しいかもしれないけど。Bは?」
晴 「Bはヒョウとペロが芸を披露するんだ」
p 「へえ、何をするの?」
小春 「お皿回しや火の輪くぐりとかします!」
p 「それは可能なのか…?」
桃華 「ヒョウさんとペロはやる気満々ですわよ。…それと、二匹だけだと寂しいかもしれなので、他の方にも協力を仰ぐつもりですわ。凛さんや時子さんに」
p 「…?渋谷さんは分かるけど財前さん?」
桃華 「あの方もペットを飼っていると言ってましたわ。可愛い豚さんらしいですわよ♪」
p 「桃華」
桃華 「はい?」
p 「…財前さんが言ってたことは忘れよう」
桃華 「なぜですか? …豚さん、みたいですわ」
p 「その豚さんはきっと財前さんにしか懐かないし危ないから」
桃華 「そうですか? pちゃまがそうおっしゃるなら…」
p 「…それでCは?」
ありす 「これをどうぞ」
ありすにタブレットを差し出され、画面に目を通す。…アイドル一同ついで観客全員がいちごの被り物を被り、ピンク色の怪しい空間に狂喜乱舞している。その様はまるでメルヘンチックなゲルニカのようだ。
ありす 「ふふんどうです、私の案は?タイトルをつけるならそう、いちごカーニバルですかね」
p 「……」
ありす 「何ですかその微妙な顔は」
p 「えっ…あ、ああ。いい案だと思うよ。……僕はね」
ありす 「当然です。もっと褒めてください」
ドヤ顔。自分の優秀さをアピールするように不敵な笑みを浮かべる。
p 「あはは…みんなのアイデアは僕から上に掛け合ってみるよ。朝からご苦労様」
小春「そういえば、来週から授業参観だね〜」
晴 「あ、確かにそうだな。みんなは親来るのか?」
莉嘉 「うん、ママが来るよ〜」
雪美 「私も…」
晴「莉嘉ならともかく雪美の実家は京都だったよな?遠くないか? 」
雪美 「それでも来るってママが…」
小春「私のママも来ます〜」
p 「そっか。お母さんに会えるのは楽しみだね」
晴 「うちの親は忙してく来れないんだよな。…まあ、恥ずいから来なくていいけど」
桃華 「私も両親が…」
ありす 「……」
p 「…ありす?」
ありす 「え…は、はい。何ですか?」
p 「……」
p 「確か3人は一緒の学校だったよね?」
ありす 「はい、そうですけど」
p 「そう…」
桃華 「pちゃま?」
p 「参観日って来週だよね?何曜日かな?」
ありす 「水曜日です」
p 「来週の水曜日…うん…その日なら途中で抜けても大丈夫そうかな」
ありす 桃華 晴 「???」
p 「3人がいいなら僕が授業参観代わりに行こうか?」
ありす 「…へ?」
桃華 「まあっ」
晴 「ま、マジかよ」
莉嘉 「ええ!いいなぁ」
雪美 「羨ましい…」
晴 「ち、ちょっと待ってくれって、いいよ来なくても」
p 「そ、そう? 寂しいかなって…」
桃華 「私は来て欲しいですわ! 晴さんはきっと照れてるだけです」
晴 「お、おい桃華!」
桃華 「い、いひゃいですわ」
ありす 「…あの、いいんですか?」
p 「いいも何も。僕が進んで決めたんだからいいんだよ。あ、それとも嫌だったかな?」
ありす 「そ、そんなわけ!…う、嬉しいですプロデューサー」
p 「あはは、それなら良かった」
p 「ふう〜、ちょっとギリギリだったかな」
慌しく車から出て到着したのは都内の某小学校。高級住宅街の一画に鎮座する白塗りの校舎は立派で芸能人やアスリートが在籍していると名高い有名な小学校だ。
校門には警備の人が立っている。都会の学校は防犯意識が高い。
p 「へえ…ここがあの子達の学校か。…気を引き締めて行かないとな。 こんにちは」
職員「はい、こんにちは。父兄の方でしょうか?」
p「はい、そうです」
職員 「では、この名札を付けておいてください」
p 「六年生の教室はどこですか?」
職員 「三階になります」
p 「ありがとうございます」
僕が校舎に入った頃ちょうど授業が始まったようで廊下に人はいない。僕は早足で目的の教室に向かった。
それにしても学校なんて久しぶりだな。僕はリノリウムの床を軽快にコツコツと鳴らしながら物思いにふける。
…そういえば僕の初恋はいつからだろう。確かこの時期だった気がする。
誰だったか。
女性なのは確かだ。
朧げな記憶を頼りに人物を掘り起こそうとするがとんと思い出せない。なら仕方がない。所詮僕の中ではその程度の人だったのだろう。
「よし、ここだよな。…緊張するなあ」
ガラス越しに3人を探す…いた。3人ともちゃんと授業を受けている。
晴は退屈そうに肩肘付いている。…あ、いま欠伸した。
桃華はまじめにピンと背筋をはり板書している。うん、真面目だなあ。
ありすは…ううん、ちょっとソワソワしてるな。緊張してるのかな?
うん、そろそろ入ろう。
ガラッと小気味よく扉をスライドさせる。しかし注目は避けたいので、盗人のように警戒しながら忍び足。
p 「…失礼しま〜す」
おお…周りはみんなお母さん。そして男は僕だけ。
うん、これは浮くな。
下手に目立たないように隅っこに移動しよう。とりあえずこの子達を見守っていればいいんだ。
あ、みんな気づいたぽいな。ありすと晴は僕の方ガン見してるし。
とりあえず、みんなに手は振っておこう。
桃華 「〜♪」フリフリッ
晴 「…」カタテアゲ
ありす 「…っ…っ♪」ブンブン
わあ、反応が三者三様だあ。…そういえば何の授業なのだろう。
黒板の文字には大政奉還やら王政復古の大号令。なるほど、幕末か。
先生 「ええ…この時の会津藩の藩主ですが…誰ですか?…じゃあ、橘さん」
お、ありすが指名された。頑張れ。
ありす 「はい、松平容保です」
ありす 「…」
チラリとありすと目が合う。僕は良くできたとばかりに威勢良くサムズアップした。
ありす 「……ふふ♪」
先生 「はい、そうですね。そして会津で有名なのが若い男の子達が飯盛山で自刃したあのグループですが…結城さん。分かりますか?」
晴 「えっ…ええと」
桃華 「晴さん、白虎隊ですわ」
桃華が小声で助け舟を出す。
晴 「びゃ、びゃっこたい!」
和やかな雰囲気で授業は進む。うん、3人とも楽しそうだ。僕としては普段見ない彼女達の顔を知ることができたし、行ってよかったな。
程なくして授業は終わり、子供達は一斉に自分の親の元に駆け寄る。
さて、長居するのも悪いし。僕はもう退散しようかな。
ありす 「ちょっとプロデューサー。どこ行くんですか」
廊下に出て階段を降りようとしたところ、ありすに呼び止められた。
ありす「どうでしたか?さっきの私」
p 「うん、流石だね。ありすはお利口さんだ」
ありす 「…なんか子供扱いされている気がします」
p「気のせい気のせい」
ありす 「あの…今日はありがとうございました」
p 「え?」
ありす 「気を使って来てくれたんですよね?」
p 「…あははっ」
ありす 「…? 何かおかしい事言いましたか?」
p 「ううん。確かに、ありすが寂しそうだったのもあるけど」
p 「第一に僕がしたいからしたことだよ。ありすが気にすることじゃない」
ありす 「…そうですか」
ありす「…授業参観。いつも1人でした。お母さんが忙しいのは分かっているのですけど。だから、今日は本当に嬉しかったですっ」
p 「…そっか」
ふと、無意識のうちに彼女の頭をつい撫でてしまう。父性を強烈に刺激されたような気がした。
ありす 「え、えっとナデナデは嬉しいのですが…プロデューサー…?」
p 「僕も嬉しい気持ちになったんだ」
ありす 「そ、そうなんですね。……〜♪」
満足げな猫のように目を細めるありすに気を取られている、と後ろから視線を感じる。振り返ると後ろの角にヒョコッと晴と桃華が顔を出していた。
晴 「こんな往来で、アイツら恥ずかしくねえのかな」
桃華 「ふふ…いいじゃないですか。可愛らしくて」
ありす 「はっ」
ありす 「み、見世物じゃないです! 見ないでくださいっ」
晴 「やべ、逃げるぞ。桃華」
桃華 「え、なんで逃げる必要が…きゃっ」
ありす 「待ちなさい!」
3人のコントようなやりとりを見守る。風のように去っていき僕はポツンと1人残された。
p 「…はは、本当に仲がいいんだな」
その日の夜。僕はひとり部屋で映画を楽しんでいた。物語もそろそろ佳境、クライマックスの怒涛の展開に目が離せない。
突如、スマホから着信音が鳴る。
時刻は21時。
こんな時間に誰からだろう。 煩わしくもスマホを手に取る。
液晶にはありすママの名前が表示されている。
僕はすぐに通話ボタンを押した。
p 「はいもしもし。◯◯です」
ありす母 「あ、プロデューサーさん。すみませんこんな夜遅くに…」
p 「いえ、どうされましたか?」
ありす母 「今日のこと娘に聞きました。ありすのためにありがとうございます」
p 「いえいえ、いいんですよ。普段のありすちゃんのことも知りたかったですし」
ありす母 「そう言ってくださると幸いです。…その件について御礼をしたいのですが」
p 「い、いいですよ御礼なんて」
ありす母 「いえ、いつもお世話になっておりますので今回ばかりは…」
p 「え、ええと。そう仰るなら…」
ありす母 「イチゴはお好きですか?」
p 「へ?ええっと…好きですよイチゴ」
ありす母 「よかった。後日ありすに渡しておきます。それでは、夜分遅く失礼しました。今後ともよろしくお願いします」
何を渡すんだ、苺の現物か?聞き損じてしまった。
p 「ええ、此方こそ…あ、一個だけいいですか?」
ありす 「…はい?」
僕は素早くスマホの録音機能をタップした。
p 「いちご…好きなんですか?」
ありす母 「え?」
p 「いえ、ありすちゃんもいちごが好きなので…」
ありす母 「ああ…なるほど。はい、【好きですよ】いちご」
p 「そうですか。すみません呼び止めてしまい」
ありす母 「いえいえ〜、それではおやすみなさいー」
p 「はい。……ふう」
通話を終え録音した部分を軽くいじる。不要な音はカットして…できた。
映画の続きを見る気がなれない。
僕はベッドに横たわる。
加工した音声を再生する。
ーー好きですよ。
何だかいけないことをしてしまったような気がする。恋とは違う感覚で胸が熱くなる。これは…下卑た劣情だ。
飽きることなく何度もリピートする。
いつのまにか僕には後ろめたい感情がなくなっていた。
目を閉じる。
すると、ジワリジワリと瞼が落ち視界は真っ暗、思考は停止した。
後日、ありすから手渡されたのはとある建物の招待チケットだった。
今度暇でもできたら行こうかな…
さて、それから1週間後。僕はチケット片手にその地に赴いた。
東京ストロ◯リー◯ーク。なんだか大きい建物だ。
因みに1人で来た。誘う相手もいなかった。
嘘。
誘う相手なら恐らくいた。
けど…同じ時を過ごしたいと考えたら皆違うと思った。だから1人で来た。
イチゴ狩りの時期は基本冬だ。だから不思議だったんだけど、なるほど。館内で苺を育てているらしく年中イチゴ狩りを楽しめるらしい。
イチゴの県からやって来た人間としては少しワクワクしている。さて、どれほどの苺力【ストロベリーパワー】を持っているのか。
これは見ものだ。せいぜい僕を楽しませてくれよ。
心中一人芝居を楽しみニヒルに笑う。建物に入り、受付に並ぶ。館内は結構混雑していた。
周りにはカップルや若い女の子しかいない。館内はピンクと白のカラフルな模様で覆っており、お洒落でインスタ映えが出来るのもこの施設の目玉なのだろう。
…おや、休日におじさんが1人で行く場所ではないですぞ?
「あれ?プロデューサー?」
p「え?」
振り返ると後ろに並んだ親子。僕がよく知っている2人だった。
ありす 「偶然ですね。プロデューサーも来てたんですか」
p 「う、うん。そうなんだ。苺、楽しみでさ」
ありす 「分かります!私も楽しみでした。…プロデューサー、一緒にみましょうよ」
ありす母 「ありす。プロデューサーもお連れさんと来ているのだから…」
ありす 「あ…そ、そうですよね」
p 「…りです」
ありす母 ありす 「「はい?」」
p 「1人ですっ…」
ありす母 「あっ…え、ええと」
ありす 「なら、決まりですね。1人よりはみんなの方が絶対楽しいですよ」
p 「…ご迷惑になりますよね?せっかくの親子水入らずですし」
ありす母 「いえいえ。プロデューサーさんさえよければ大歓迎ですよ。私たちでよければ是非」
p「そうですか? なら、お言葉に甘えて…あはは」
ありす母 「…うふふっ」
ありす 「…むぅ〜」
ありす母 「…あらあら。ほっぺた膨らませて。大丈夫よ。プロデューサーさんはとらないから」
ありす 「そ、そんなこと言ってないです」
ありす母 「態度に出てるわよ。…ヤキモチはほどほどにするのよ」
ありす 「ヤキモチなんて焼いてません!」
p 「…はは」
一階をある程度散策した後は二階に上がり、僕たちは先に食事することにした。
どうやらビュッフェ形式で食事をするようだ。
p 「僕は先に席を確保するので、先に料理を持ってきていいですよ」
ありす母 「そうですか? じゃあ、お言葉に甘えて…ありす、行きましょう」
ありす 「プロデューサーも一緒がいいです」
ありす母 「もお、この子ってば…」
p 「あははっ…席とったらすぐに合流するよ」
ありす 「…わかりました」
2人がお皿を手にし料理コーナーに赴く間に僕は速やかに席を確保する。見通しがある奥側のテーブルにした。
遅れを取り戻すようにすぐにお皿を持ち、2人を探す…いた。何やらありすの目がキラキラと輝いている。
ありす 「プロデューサー、これ!みてください」
p 「んぅ? おお、チョコレートファウンテンか。初めて見るな」
筒のような装置からチョコレートが噴水のように湧き出ている。豪華なホテルでよく見るアレだ。もちろん色はピンク。
きっとイチゴ味だろう。噴水の前には串が並べられ、フルーツが陳列されている。
これをディップして楽しむのだろう。その様を想像するとありすでなくてもテンションが上がってしまう。
それ以外を見渡すと他にも陳列された料理はパスタやらサラダやらケーキ。
女性客が多いことからそういう層をターゲットにしているラインナップなんだろう。
イチゴパスタとかなくてよかった…
僕は適当に料理をついばみ、席に戻る。遅れて2人がやって来た。ありすの皿はディップしたフルーツがてんこ盛りに載っている。
ありす母 「そんなにお皿に盛って…ちゃんと全部たべられるの?」
ありす 「余裕です。…無理でしたらプロデューサーが食べてくれます」
p 「が、頑張るね…」
食事が終わり、僕たちはメインのイチゴ狩りコーナーに向かった。因みに僕のアシストは不要だったようで、ありすはペロリと全部平らげていた。
うん、成長期だからね。
一階に戻り屋外を出て、通路を歩くと一際奥にビニールハウスがある。人が集まっているのを見るとどうやら目的の場所はここのようだ。
中に入り説明を受ける。制限時間は30分。お持ち帰り可。
ハウスの中は見渡す限りイチゴが跋扈している。まるで一つの街のようだ。
よし、たくさん狩ろう。ここいらで一番のハンターとして名を馳せるんだ。
黙々とハントの情熱を沸々とたぎらせているとありすが僕のシャツの袖をぎゅっと握ってきた。
「プロデューサー。まずはあっちから行きましょう。私のイチゴセンサーが反応しています」
僕の夢は潰えた。悪い気はしないけどさ。
p 「へえ、区画ごとに品種が違うんだ。お、と◯おとめだ。こっちはあき◯め」
ありす 「見てください!ここらは食べ頃のがいっぱいあります」
ありす母 「いちごは優しくちぎるのよ。強く引っ張ったら次の実がつかなくなるんだから」
ありす 「もう、そんなこと分かってますよ」
そう言うとありすは丁寧にイチゴを小さな手で包み込み軽くちぎる。茎からイチゴが分離し物の見事にブツをゲットした。
僕もそれに習い、イチゴをついばむ。赤くよく熟したイチゴはまるで宝石のようにみずみずしい。
ありすと同時にイチゴを口に入れる。程よい酸味の後にやってくる濃厚な甘み。果実特有の爽やかなシュッとした歯ごたえ。端的の述べるとまろやかで美味しい。
p「うん、美味しい」
ありす 「はいっ、いい仕事してますね」
p 「いい仕事って…」
ありす母 「あら、美味しいわね。コレってなんの品種かしら?」
p 「確か、あま◯うですね」
ありす母 「へえ、初めて食べるわ」
ありす 「私、違うレーンのほう行ってきますねっ」
言うが早いかありすはさっさと別のブランドのレーンに行ってしまった。僕たち2人は取り残される。
…2人きりだ。
あれ…これって初めてなんじゃないか。
しばしの沈黙。会話の切り出しがうまく見当たらない。
どうしよう、こんな事初めてかもしれない。こんな時に気の利いたセリフの一つが言えたら…今までの経験が悔やまれる。
イチゴを手先で遊ばせながら少し熟考。
と、とりあえず無難な事でも…僕は口を開く。
ありす母 「あの…」
p 「…へ? あっはい」
ありす母 「いつもご迷惑をおかけしてすみません」
p 「え?」
ありす母 「今日だってせっかくのお休みが潰れてしまって…自分のペースで周った方が楽しかったでしょう?」
p 「…いえ、そんな事全然。むしろこっちがお礼を言うべきですよ。お陰様で寂しい休日を過ごさずにすみます。…男1人ではここはアウェイすぎますし」
ありす母 「ふふ…それならよかったです」
ありす母 「ね、プロデューサーさん」
p 「はい?」
ありす母 「唐突ですけど…私は今幸せなんです」
え、それはどういう意味だ。頭に疑問符が浮かぶ。ビクッと体が一瞬硬直した。
ありす 「あの子が…ありすがこんなに楽しそうにしてる姿をみれるのは珍しいです。…前はあんなに寂しい想いをさせてたのが心苦しくて…けど、プロデューサーさんが…貴方がありすのそばにいてくれると私も心強いし安心するわ」
確かに最初の頃のありすは周囲に壁を作っていた。冷たいというか。1人タブレットで遊んでいる彼女を見た時はなんて寂しそうなんだと思った。
だから、僕は一生懸命話しかけた。それは勿論担当のアイドルだからと業務の一環と割り切っていた節も多少はある。
けど、それ以上に僕は彼女に笑って欲しいと思った。彼女の可愛い笑顔は大きい魅力だったからだ。こうして家庭の問題にも首を突っ込むほど僕は、ありす…橘家に踏み込んでいる。
そしていつのまにか僕はこの人に…
ありす母 「これからもありすをよろしくお願いしますね」
p 「い、いえ。こちらこそ。何卒…」
ありす母 「ふふ…さてありすを探しましょうか」
ふわりと笑う。その笑顔は僕にとってはアフロディーテや木花咲耶姫すら足元に及ばない甘美で蠱惑的な微笑みだった。
ありす母 「? …どうしましたか?」
p 「い、いえ。なんでも…ありす、どこにいますかね」
先ほどの情意を消すようにフッと歩き出す。2人並んで歩く様は側から見えるとどう見えるのだろうか。
恋人…に見えるだろうか。そうなら嬉しい。横に並んで歩くだけで心拍数が上がりドキドキと鼓動は早鐘を打つ。この音が相手に聞こえているのなら僕は羞恥で奇声を上げてしまうだろう。
もう…自制しなくても、いいよね。
一つ、決心した。
近いうちに…そうだな。1週間後、僕は彼女を食事に誘おう。そして、想いを伝える。
関係を壊してしまうかもしれない。
気持ち悪がられるかもしれない。
ありすに…嫌われるかもしれない。
けど…僕の想いはとうに限界だった。
p 「ああ…疲れた」
ガクンと自分のデスクに突っ伏す。午後からの会議がやけに長引いてしまい、気がつけば5時間も議論を交わしていた。
時刻は18時。 外はまだ太陽が昇っておらず明るい。周りを見ると事務所に人間は皆、帰り支度を始めていた。僕は…残って残業だ。
ライブの最終調整をチェックをしなければならない。しばらく書類とにらめっこだ。
「お疲れみたいですね、プロデューサーさん」
p 「え? …ああ、ちひろさん。と、早苗さん」
早苗 「お疲れ◯◯くん! いやあ盛大に机に倒れるくらいには頑張ってるねえ」
p 「はは…どうも。2人はもう上がりなんですか?」
ちひろ 「ええ、これから飲みに行くんですよ」
早苗 「◯◯くんも終わったらどう?」
p 「はは…遠慮しときます」
早苗 「こんなに綺麗なお姉さん2人が飲みに誘ってるっつうのに…この薄情者!」
p 「ええ、なんでそうなるんですか…」
ちひろ 「まあまあ、無理を言うのは可哀想ですよ」
早苗 「しょうがないわねぇ。次は必ず参加するのよ」
p 「憂慮致します…」
2人が帰るのを見送り溜息を吐く。
飲み会、嫌いではないのだが今回のメンツで参加してしまうとストッパーが僕しかいないのが難点だった。
早苗さんはからみ酒が酷いし、ちひろさんはすぐ脱ごうとするから目のやり場に困るし…先日の飲み会は和気あいあいで楽しく飲めたんだけど。
うん、やっぱりメンツは大事だ。
p 「ふう、ひと段落」
目を通した限り問題は散見されなかった。つまり滞りなくライブは開催される。
ようやく労働から解放されたのか僕は無性に甘いものが欲しくなった。
そうだ、確か給湯室にココアがあったな。
「丁度いいや」
僕は鼻歌交じりに向かった。
給湯室に着くと、部屋から明かりが漏れている。
変だな。この時間にここを利用しているなんて珍しい。 僕は不可思議に思いながら静かに扉を開けた。
ありす 「あ」
ありすだった。ソファーの上でタブレットを弄っていた。
p 「あ、じゃないよ。こんな時間にひとりでどうしたのさ? 」
ありす 「お母さんの仕事が今日はいつもより早く終わるんです。だから今日は事務所に迎えに来てくれるらしくて」
p 「でももう結構いい時間だよ? お母さんに連絡はしたの?」
ありす 「したのですけど…連絡がつかなくて」
p 「…そっか。じゃあ、僕もここにいるよ」
ありす 「え?プロデューサーはお仕事の途中じゃ」
p 「キリがいいところまでは終わったからね。明日にでも余裕でまわせるよ」
ありす 「じゃ、じゃあ一緒にいて欲しいですっ」
p 「うん、いいよ。で、さっきタブレットでなにを見てたの?」
ありす 「あ、これです」
差し出され画面をみるとどうやらYou◯ubeを楽しんでたらしい。
そういえば子供のYou◯ubeブームは恐ろしいと聞く。
人気なのはスマホなどで身近にいつでも視聴できるのが最大の理由なのだろう。
いや、テレビが子供向けの番組をあまりつくらないからこっちに流れたのだろうか。
…近々、ウチの事務所も参入したほうがいいのかもしれない。これなら10代の層から人気を得られるし公式で動画を出すなら無断転載も減る。
うん、いいかもしれない。本気で検討してみよう。
あ、仕事モードに入ってる。今はやめよう。
ありすが開いていた動画のタイトルをみる。
【デカすぎる動物〜10選〜】
視聴途中だったようで画面には巨大な兎が映っていた。 品種は分からないがそこらの動物園やペットショップで見かけるヤツ。場面は森でにっこりと笑っている子供の横に鎮座しており子供の胸ほどの身の丈がある。
僕も少し興味があった。
ありす 「一緒に観ましょうか。…それとも何かゲームとかします?ソー◯ージ◯ジェンドとか」
p 「動画にしよう」
ありす 「そうですか。それじゃあ…よいしょ」
そういうや否や僕の膝に腰掛けるありす。
膝の上に柔らかい感触が…って。
p 「あり___」
ありす 「文句なんてないですよね? この前2人きりならいいって言いましたもん」
p 「へ? …あ、そうだっけ?」
ありす 「言いました! 言ったことにはちゃんと責任をとらないと駄目ですよっ」
p 「お、仰るとおりであります。座っていただいて結構でございます…」
ありす 「ふふん、勝ちました」
く、悔しい…
そのまま動画を見続けて1時間、流石に連絡がこないことにやきもきしていると、ありすのスマホから電子音が流れた。
ありす 「お母さんです…出ますね」
ありす 「あ、お母さん。…遅いです。約束したのにっ」
ありす 「え? 今事務所の前まで来てる?…分かりました。すぐ行きます」
通話を切る。
ありす 「お母さん、事務所の前にいるそうです。…プロデューサー、私行きますね」
p 「あ、僕もいく。見送りくらいさせてよ」
ありす 「お願いします」
2人で暗い廊下をトコトコ歩く。社内にはすでに人はいない。途中、見回り点検の社員とすれ違う。なんだか変な目線を感じた。一応、説明する。
歩みを進めると空を切る手に柔らかな感触が包み込まれた。
ありすが手を握って来たようだ。手が少し震えている。口にはしないが汗で湿っていた。
p 「ありす?」
ありす 「こ、怖くなんてないですよ。プロデューサーが不安だったからです…きっとそうなんです」
p 「…そうだね。このまま歩こうか」
ありす 「は、はいっ」
数分経って外に出る。
すぐ先には車が止まっていた。ワインレッドの日◯セレナ。フォルムがスポーティだ。
運転席からありすママが出てくる。そにに伴ってありすが駆け寄る。僕は離れた距離で2人を見守った。
ありす母「ありす、遅れてごめんなさい。…ちょっとイレギュラーが入ってね」
ありす 「…いえ大丈夫、です。それよりこの後は…」
ありす母 「勿論、約束通り、食事に行きましょう。…会わせたい人もいるしね」
ありす 「え?」
キョトンするありす。何だろう?この距離では聞こえないな。 すると、僕に気づいたようでありすママは僕に手を振る。 軽く微笑み、僕は2人に近づいた。
ありす母 「プロデューサーさん。話は聞きました。ありすがお世話になりました」
p 「いえいえ、大したことではないですよ」
ありさ母 「そう言ってくださると幸いです…では、私たちはこの後食事に行きますので、また」
あれ、やけに素っ気ないな。
それほどこれから重大なイベントがあるのだろうか。
p 「え、ええ、また。ありすもまたね」
ありす 「はい。また明日ですプロデューサー」
そう言い2人は去っていく。人と車の波にうまく乗りこなすように夜の街に溶け込んでいった。
「…」
途端、僕も人恋しくなる。
飲み会…断った手前だけど、行こうかな。僕はスマホの連絡先からちひろさんの欄をタップした。
ーー僕の想いを彼女に伝える。
ここ最近忙しかったからか、それとも気恥ずかしいからか…とうにあの誓いから1週間経っていた。
色よい返事をもらい、スマホをポケットにしまう。駐車場に向かう最中ぼうっと宙を見上げる。星は一つもなく、飛行機の明かりだけが僕を凝視しているように飛行していた。
何だか、不愉快に気分になる。
孤独は慣れていたはずなんだ。特に苦に思ったことはない。
けど、思いの外僕は人と過ごす時間を作りすぎてしまった。
なら、今の状態がずっと続く。それが一番ベストなのだと思う。
そうだ。別に想いを伝えなくてもいいんじゃないか。きっと僕は血迷っていたんだ。或いはピンク色の感情に酩酊していたのかもしれない。 きっとそうだ。
1人、納得する。 そうする事で夜の不安定な瘴気から僕は抜け出したかった。
さざ波のような穏やかな心でエンジンをかける。僕も人の波に上手く乗れている気がした。
p 「おはようございます」
今日は珍しく、定時通り出社する。普段なら1時間前には作業しているのだが、昨日は飲みすぎたからか2回目のアラームでようやくベッドから飛び起きた。
桃華 「あ、pちゃま。おはようございますわ」
p 「おはよう桃華。それに晴もおはよう」
晴 「おっす、おはようさん」
桃華 「おはようSUN? 小粋なジョークですの?」
晴 「違う。それよりプロデューサー、聞いたか?」
p 「何が?」
晴 「ありすの事だよ」
p 「ありす? …何かあったの?」
晴 「ああ、本人の事ではないんだけどな」
p 「…? どういう事?」
桃華 「ありすさんのお母様ですわ」
その時、僕の心の臓はギュッと何かに締め付けられるようにピクンと跳ねた。
p 「…え」
ありすのお母さん…? どうして彼女が。
困惑している僕をよそに2人は嬉々として話を続ける。
桃華 「近々、お母様が再婚するそうですわ」
何かが崩れ落ちた気がした。けど、それはもとから脆弱で不安定だった。
その言葉を聞いた僕は
p「桃華、ありすは今どこにいるの?」
冷静だった。
桃華から居場所を聞き出す。事務所から僅かに離れたレッスン場。
この時間はダンスの練習か。業務のことはとっくに忘れていた。知るか。
ガラス越しに所在を確認する…いた。
ただ今レッスン中、アイドルたちの中に彼女もまた懸命に稽古をしている。
僕は御構い無しに扉を開けた。
突然の来訪者に彼女たちは動きを中断し、場が静まる。
p 「ありす」
ありす 「へ?プロデューサー」
p 「ちょっと、いいかな?」
ありす 「でも、今レッスン中ですよ…?」
p 「いいから、来て」
p 「すみません。少しありすをお借りします」
ベテラントレーナー 「は、はあ」
ほおけている他のアイドルたちを尻目に彼女の手を引っ張る。 ありすは何も言わなかった。
…焦っていない。そうだ、僕は冷静だ。客観的に見ても僕は極めて平静を保っている。
違う、認めよう。僕はいま自然体ではない。目先のこと以外は不自然なほど全てのことがどうでもよくなっている。
通路の陰に連れ込む。
僅かな静寂が生まれた。僕の剣呑な雰囲気を察したのかありすはジッと僕を見据えている。僕は緊張感を孕んだ声色で恐る恐る尋ねた。
p 「お母さんのこと…聞いたんだけど」
ありす 「もう知っているんですね。はい、あの後食事に行ったら男の人がいて…お母さんがこの人と結婚したいと」
p 「……」
ありす 「突然のことでした。…けど、不思議とそんな気はしていたんです。最近のお母さんは機嫌が良かったですし」
p 「それで、ありすはどうしたの?」
ありす 「私は…」
ありす 「祝福したいと思います。実感は湧かないのですが…お母さんが幸せなら私は応援しようと」
p 「…そっか」
ありす 「プロデューサー?」
p 「いや、いいんだ。聞けてよかったよ。突然だったからちょっとビックリしてね。うん…何でもないんだ…何でも」
ありす 「あ、あのっ」
p 「っ…それじゃあ僕は行くよ。レッスンの最中なのに連れ出してゴメンね。それじゃっ」
ありす 「……」
振り返らず、歩く。視線を感じるがあえて気にしない素振りをした。彼女とこれ以上いたら、すべてを吐き出してしまいたくなる。それはいけないことなんだ。
失恋、か。
心境のほどが態度に出るほど大して衝撃を受けたわけではない。けど、胸にぽっかり穴が空いたような。宙ぶらりんの人形のような。なんだか空虚な感覚。
僕は今しっかりと歩けているのか。
もし、あの時の誓いを遂行していたら、僕の未来は変わっていたのだろうか。
一言の勇気さえあれば、彼女の隣は僕の居場所になり得たのか。いや、それ以前に僕はスタートラインにすら立てていたんだろうか。
いくら考えても後の祭りだ。案ずるより産むがやすし。先人の言葉が胸に染みる。
こうして僕の恋は呆気なく終わった。
誰にも悟られることもなく、噴き出した煙のようにヒッソリとそれは青々とした空に向かって霧散した。
何も気力が湧かない。今日は早退でもしよう。迷惑をかけるとかそんな事どうでもいい。只々、世間とは関わりたくなかった。
その2ヶ月後、橘家は世界で一番幸せな日を経験した。 僕はその幸せを一目見ようと式場に訪れた。
式はちょうど始まったらしく、ヴァージンロードを純白の花嫁とタキシードを着た花婿が周囲に祝福されながら一歩一歩ゆっくりと歩く。
男は…思いのほかハンサムな顔だ。顔立ちに自身が満ち溢れてる。聞いた話によると職場の上司らしい。
2人の横には綺麗に着飾ったありすが花嫁の手を引いて共にいた。
早嫁は泣いていた。
ただその顔は佳麗だった。くしゃくしゃの顔に涙が溢れでる。その雫は宝石のように大粒で純真で…僕の感性をひどく滲ませた。
ーー綺麗だ。
参列者の波から抜け出し、僕は式場を後にした。無下かもしれないが、この後は大事なアポが入っている。ふらりと出席できただけで奇跡だろう。
…幸せな2人を見ると、自分がここにいることが耐えられない。
歪なジレンマに陥りそうになる。だからこれは仕方がないこと。
そう、自分で納得した。
結論から言おう。
僕は思いのほか一途であったようで今でも彼女のことが忘れなれない。
あれから既に四年の時が経った。僕ももうすぐアラサーだ。
しかし、焦りはなかった。このまま独り身で野垂れ死んでも悪くはないのかなとも。
恒例行事だったあの飲み会も最早ない。そもそもメンバーが次々と抜けた。1人は結婚、1人はアイドルを引退、実家の仕事を継ぐ…兎も角現在残っているのは僕とちひろさんだけ。
たまに2人で佗しげに飲み交わす。仕事の愚痴とか、ちひろさんの恋愛事情とかその他諸々。
年少組と言われた子達も四年も経てばすっかりと変わってしまった。
今や彼女達は花の高校生。それも絶賛大人気のアイドルだ。
僕が担当していたアイドルたちはみんな才能の塊だった。ゆえにアイドルランクを気にしていた時期なんてとうに過ぎ去った。だから彼女たちの成功に感慨深い気持ちにはなるがしてやったという感情はない。
ただ、プロデューサーを初めた頃からの目標であった担当している娘たちを全員トップアイドルにする。という夢は着々と現実を帯びはじめた。
その実績もあって僕の役職は現在チーフプロデューサー。どうやら実力を買ってくれたようだ。
結果忙しさは増したがなんら問題はない。むしろウェルカムだ。ただただ仕事を理由に僕は逃避していたかった。
事務所も大きくなり、資金も潤沢になったのかビル丸ごとを買い取りここが我が社の本拠地となっている。
その三階の一画に僕の個人の仕事部屋がある。社員一同デスクに並んで業務を行っていたのが今では懐かしい。
シャッター越しに外を見ると日が暮れ始めた。
p 「と、そろそろ帰るか」
無理はしない。これは僕が今まで学んできた仕事にたいしての在り方だった。 頑張ることは大切だけど何事も限度がある。それを超えるとどうにも本来の力を発揮できない気がする。だから、キリがいいところで僕は早々と帰宅する。
鞄に書類やらpcを詰め込んでいると、扉からノックが二回。
ありすだった。
ありす 「お疲れ様です。プロデューサー」
p 「ああ、お疲れ様。けど、今はチーフっていう役職があるんだけどな」
ありす 「プロデューサーはプロデューサーですよ。私を見つけてくれた時からそれは変わりません」
あっけらかんと言うありす。僕も特に気にしてはいなかった。
彼女は16歳になった。身長は今よりもずっと高く。身体つきも丸みを帯びた女性らしい肉感。大人と子供の中間の時期の彼女は大層美しく、名前に恥じないトップアイドルとなった。
薄々と分かってはいたが、日に増してあの人に似てきている。だからどうしたという訳ではないが。
p 「で、こんな時間にどうしたの? 仕事、終わったんでしょ?じゃあ帰りなさい」
ありす 「…少し、いえ、大事な話があってきました」
p 「大事な話?」
ありす 「あの…昔言ったこと覚えてますか?」
p 「昔?」
ありす 「待てますか」
p 「…?」
ありす 「はあ…やっぱり忘れてると思いました」
p 「ほんとになんの話…ん、ああ」
思い出した。四年前、ありすの家で共に食器を片していた時にそんな事言っていた気がする。
p 「…思い出したよ。確かにそんな事言っていたね」
ありす 「それなら、…真意はわかりますよね?」
p 「えっと…」
ありす 「私、高校生になりました。いわゆるJKです」
p 「は、はあ」
ありす 「誰かと恋人になってもおかしくない年齢だと思うんです。むしろ遅いくらいです」
p 「…うん」
ありす「結婚だってできますし、子供だって産めます」
ありす 「つまり、ま、待てますかという問いにプロデューサーはうんと答えました。 だから言います」
ありす 「プロデューサー。私は貴方が好きです。プロデューサーのこ、恋人になりたいですっ」
ーー開口。 開いた口が塞がらない。
想像だにしていない事。それは年の離れた兄弟のような仲睦まじい関係だと思っていた。それがこの瞬間いま、瓦解した。
ありす 「…あの、プロデューサー?」
p 「え、ああ、ごめん。いきなりでビックリしてさ」
ありす 「ふふ、プロデューサーのその顔も珍しいですね。目がまんまるでしたよ」
ありす 「それで、答えを聞かせてください」
p 「…すぐに聞きたいの?」
ありす 「返事は後回しにされたくありません…不安になるから。だから、いま決めて欲しいです。覚悟は、出来てますからっ」
p 「分かった。じゃあ、答えるよ,…けど、一つだけいいかな?」
p 「どうして僕を好きになったのかな?」
ありす 「理由、ですか… そうですね。最初は優しいお兄さんだと思ってました。あの頃の私は捻くれていましたし…けど、プロデューサーと一緒に仕事をしていくうちに私の心は徐々にあなたに惹かれました。これが恋だと分かったのいつだったか…確かはじめて大きなホールでライブをした時だったと思います」
ありす 「貴方が見せたかったあの景色…沢山のお客さんの声援。今でも忘れられません。アイドルをやってよかったと心からそう思えたんです。それに…自分の名前を貴方のおかげで好きになることができました。いつも私に優しくしてくれるし、私のことを考えてくれる。好きになる理由なんて沢山あります、ありすぎます。そんなの好きになるに決まっているじゃないですか」
早口で喋る彼女。頬がイチゴのように紅潮しており、若干瞳が潤んでいた。しかし、僕を見据える彼女の目はとても真っ直ぐで高貴だった。その強さに僕は自分にないものが彼女にあると自覚し、同時に羨ましく思った。
ーー僕は強い人間じゃないから。
ありす 「一人前のアイドルに慣れたのはプロデューサーのお陰です。けど、私が欲しいのは名誉とかお金や人気ではありません。私が一番に望むのは貴方です。貴方の笑顔を独り占めしたい。私だけに微笑んで欲しい。それって可笑しいことなのでしょうか」
p 「ううん、可笑しくないよ。誰だってそんな感情は持ち得る。…ありがとう、聞けてよかった」
ありす 「は、はい」
p 「…うん、そうだな」
若干思案する。
ありすは目を伏せ俯いていた。小刻みに身体が震えている。それは最後の審判を仰ぐ民衆のような面持ちか。
答えはすぐ決まった。
p 「いいよ、付き合おっか」
ありす 「……へ?」
p 「…え?」
ありす 「あの…いいんですか?」
p 「うん、いいよ。よろしくね」
ありす 「っ、プロデューサーっ!」
感情が高ぶったのかありすが抱きついてくる。服越しに柔らかい感触が伝わる。僕が異性として彼女を扱うには十分な理由だった。
p 「うわっ」
ありす 「嬉しい、です。断られたら、嫌われたらどうしようって…好き、大好きですプロデューサー」
抱きつく力が強まる。もう離さないとばかしに。僕も習い、彼女の体をそっと抱いた。
結局、これでよかったんだ。
彼女に言われて分かったが、僕はありすに決して悪くはない感情を抱いてるのは確かなのだから。
ありす 「プロデューサー…こっちみて」
p 「ん? …っん」
急速に顔を詰める彼女が目を閉じる。その行為に理解した僕の唇は彼女に吸い込まれるように近づき、触れた。
ありす 「…えへへ、キスしちゃいました。緊張しますね。さっきからずっとドキドキですけど」
ありす 「どうでしたか?」
p 「上手ではなかったね」
ありす 「初めてなんですからそうですよ。…プロデューサーは初めてではないのですか?」
p 「…まあ、ある程度の場数は踏んでるかな」
ありす 「むむ、それは聞きづてなりませんね。…でも、いいです。これからはずっと私が◯◯さんを独占できるんですから。あ、これからは◯◯さんと呼んでもいいですか?」
p 「構わないよ、好きに呼んで。…けど、本当に僕でよかったのかい? こんなおじさんよりもっと若い男の子と…」
ありす 「つまらない事を言わないでください。私はプロデューサーが、◯◯さんがいいんです。他の人なんて興味ありません。…ずっと◯◯さんのことを見てました。だから、今後私が誰かを好きになるなんてきっとないと思います。絶対に」
p 「…そっか。ははっ…そうなんだ。僕も覚悟を決めなきゃね」
こうして僕らは付き合った。年の差カップル。それについてはさほどの問題ではない。人によっては僕の事をロリコンというかもしれない。けど、それでもいい。当人同士の気持ちを所詮他人がどうこう言う筋合いは決してないのだから。
しかし、はっきり言うが現時点で僕はありすの事を性的な目で見ることが出来ない。 そりゃ今までは可愛い妹のようにみてきたこともあるし、なにぶん唐突なこともあり少し気持ちを切り替えたかった。
けど、…そうなんだよな。あの人の子供だもんな。なら、これから成長すると益々彼女は僕の好みに近づくだろう。なら…彼女でもいいんじゃないか。
そんな最低なことが頭に浮かんだから彼女は選んだ。その事を吐露したら彼女はどんな顔をするのだろうか。
思い切り打たれるだろうか。それとも泣かれるだろうか。
ありす 「えへへ、これから末永くよろしくお願いしますね」
p 「うん、こちらこそ」
今度は自分から彼女にキスをした。唇が密着すること5秒。ゆっくりと離れる。ふわりと果実の香りがした。
果実はまだ熟していない。青々としており瑞々しい。
なら、僕の色に染めてもいいよね。
僕の好みの成長させても問題ないよね。
嗚呼、なんだか楽しくなってきたな。
僕は久しぶりの高揚感を覚える。それは四年ぶりにたぎる情熱だった。
20代に突入すると30まであっという間と聞いたことがある。
確かにそうだった。 そして時間はお金では買えない、世界で一番貴重なものだとようやく気付いた。
というよりそろそろ40代に突入する。人生の佳境に入ってしまった。38になると物の見方が大分変わる。昔よりドライな考え方を身につけたし、若い頃の情熱なんてとっくに消え失せた。
10年なんてあっという間だった。けど、色々な事があった。
左手を太陽にかざす。サファイアであしらわれた指輪は青く華美に輝いていた。
ありすと僕は2年前に結婚した。いくつかの約束事を交わし、彼女が大学を卒業するまで肉体的関係は持たなかったし、この関係を誰にも教えなかった。
それが2年前、彼女のアイドル業の引退を皮切りに僕たちは結婚に踏み込んだ。
反応は様々だった。祝福もあれば、非難もあったし、失うものも数あった。けど、ありすはびくとも動じなかったし決意を崩すことはなかった。
プロポーズは僕からだった。ありすの気持ちに気付いていたのもあり、トントン拍子でいまに至る。
今は大切な家族がもう1人増えた。ありすは現在子育てで忙しく、一家の大黒柱として僕が一生懸命に汗水流して労働に勤しんでいる。
抑圧していた感情が決壊したダムのように流れ出したのか、それとも性の喜びを知ったのかあの時は大変だった。
ありすは思いのほか情熱的だったようで、体を休めるはずの夜も体を動かし毎日が満身創痍だった。そのお陰か子供は早くにできたけど。
ひと段落ついたら2人目、3人目も作るつもりらしい。旺盛なのはいい事だ。僕も悪い気はしないし、賑やかな方が好きだ。
ポッケ越しからブルブルとバイブ音が響く。愛する奥さんからだ。
p 「はい、もしもし」
ありす 「あ、◯◯さん。いま、どこにいますか?」
p 「駅前の交差点。そろそろ、事務所に着くよ。何かあった?」
ありす 「お弁当忘れてます。机に置きっ放しでした」
p 「ありゃ、どうしよう。取りにいく時間がないな」
ありす 「なら、私が事務所に行きますよ。久しぶりに皆さんと顔を合わせたかったですし」
p 「 そう? 無理はしないでね」
ありす 「ええ、それじゃまた後で」
p 「うん、愛してるよ。ありす」
ありす 「うふふ…私もです。◯◯さん」
通話を切る。 スマホのロック画面には華やかな会場で笑う家族の姿。
満開の桜のように人を強く惹きつける笑顔の花嫁と対照的に花婿は強制されたような下手くそな笑みだった。
しかし、僕の視線の先に映るのは彼らではなく、彼らの背後に並ぶ2組の夫婦をみていた。
花嫁に良く似た綺麗な女性。
僕は食い入るように、飽きることなく夢中でそれをジッと眺めていた。
この想いが終わることは永遠にないのだろう。
そう悟った。
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