2021-03-04 17:38:32 更新

概要

ヒトと魔物が戦争を始めてもう数百年経とうとしていた。
ヒト側の戦況は刻々と悪化するばかりであるが魔物側も決して有利な状況ではなかった


前書き

初SSです。
魔王系で何か書いてみたかったので筆にはあまり自信ありません...



事の始まりはヒトのエゴからだった。

戦争が始まる以前はヒトと魔物は長年に渡り

お互いに干渉せずそして

この世に存在しないものと「認識」していた

だが、ある事件によりそこで初めて互いに

「認識」し、「意識」し、「恐怖」した。


王国は四つに分かれており、いずれも東西南北はヒト側が主要国としているがそのうち北の王国がとある事件に悩まされていた。







北の王国空地にて



「また...ですか、これで何回目でしょうか」


死体に近づき、既に人とは思えない姿に

なった遺体に

黒髪で銀色の甲冑を纏った青年がため息をつく、この事件も担当になってから1年が経過しているが未だに足取りがつかず解決には至らず停滞中である。


「ノタ、死因は同じか?」


月の明かりに照らされ青き姿の女性が

ノタと呼ばれる男の後ろから現れる。

いつものことのようになに食わぬ顔で遺体を覗く


ノタ「ベオン隊長...はい、両目と左胸を矢で射ぬかれていて、なおかつ首筋には骸骨の紋章...おおよそ犯人は同じでしょうね」


この一年で同じ死因、同じ傷、推測であるが同じ犯人をずっと追いかけている。

この日までは北の王国ただの奇妙な殺人事件としか「認識」していなかった。


ベオン「ふうむ...殺害現場は暗く人の目が少ない、不意打ちにしては後処理が雑だし、ある意味我々騎士団のために見せしめにしてるのか...?」


左手を顎に置き、眉間にシワを寄せ遺体の頭から足の爪先まで入念に凝視する。


ベオン「ん...?なんだこれ...ノタ、これは?」


遺体の左手に鉄の塊のようなものが握られているのを発見し、剥ぎ取るように鉄の塊のようなものを左手に取る。


ノタ「...隊長、相変わらず遺体の扱い雑すぎませんか。いくら第二騎士団の隊長とはいえもう少し丁重に...」


いくら遺体に何も反応がないとはいえ、乱暴な扱いしているのは彼には耐え難いことなのか

ベオンに冷たく注意する。


ベオン「え、ああ...すまない...つい」


ハッと気づいたのか申し訳なさそうに、無意識に右手でうなじを触る


ノタ「隊長も私も第二騎士団に所属しているのですし、また遺体を粗雑に扱うようなことが別の騎士団に知られては鼻で笑われてしまいますよ?」


呆れたように小さく手を広げ顔をひきつらせ

ベオンはあわてて鉄の塊のようなものを右手に持ちかえる


ベオン「そ、そんなことよりだな!!これはなにか知らないか!?」


わざとらしくノタの目と鼻の先に大声で鉄の塊のようなものを見せつける


ノタ「...多分、取引かなにかの商談でもしていたのでしょうか。この塊から微力ですが魔力を感じますが...」


それは見た目からして赤黒く、岩のように歪でところどころ鋭利な突起物が顔を出している、ベオンは見た目以外には何も疑問は浮かばないようだ


ベオン「投げる以外の実用性なさそうな塊だな、仮にこれが商談に使われるとして何に使うんだ?」


鉄の塊のようなものを左手でつついてはいるがあまり感心なさそうに質問をする


ノタ「それは私にはわかりませんが、察するにこの被害者と商談相手にとって重要なものなのでしょう。少なくとも無益なものであると考えがたいです」


ノタがちゃんと見せてほしいといわんばかりにまじまじと塊を見るが、ベオンも先ほどの言葉が気になったのか右腰に装着してるポーチにしまいはじめる


ベオン「ふむ...少しでも情報になるものなら調べて見る必要がありそうだな、しかしこんなものが微力であれ魔力を宿している理由はなんだ?」


赤黒い塊をしまい終え、ベオンが遺体の左手を見る。ノタが何か感づいたかのように遺体に近き、服をまさぐる


ノタ「これは...杖?」


遺体の左内側に小さなポケットから5cm程度

の細い杖が入っていた。杖を上下左右と見ていく


ベオン「杖...らしいが、となるとこの遺体は杖とこの塊でなにかするつもりだったのか?」


再び遺体を見つめ、顎を左手でおさえる


ノタ「どうでしょうか、結論を出すにしても情報は少なすぎて私たちではどうにもできないでしょう、一度城に戻ってシアンさんに見てもらうのが一番ではないでしょうか」


杖をベオンに渡し、城に戻るように提案するが

どことなく嫌がってるように右往左往している


ベオン「あぁ、そう...だな...」


明らかに活気がなさそうに渋々、城へ足を運び

帰還を始める





北の国街道


城へ足を運びにいくも相変わらずベオンの機嫌は優れず、重い足どりで道なりに進む


途中、ベオンの表情が暗くなっていくのを見かねたノタは


ノタ「隊長、苦手なのは察しますが今はシアンさんに頼るしかありません、この北の王国で魔術のエキスパートの方です。元々は南の国出身であるが故の性格だと思えば気にせずとも...」


と、そんなことは分かってると言わんばかりに

ベオンがため息をつき、ノタの左肩に右手を置く


ベオン「しかしだな、あの態度はどうしてもいけ好かないのだ。なんというか...自分を美化しすぎというか、過信しすぎというか」


ベオンの右手がノタの左肩から離れ

話していくうちに城に近づいていき、ノタが

ベオンの前に率先して歩き始める


ノタ「仕方ありませんよ。南の国は魔術に長けていますしシアンさんも自分の魔術に自信を持ってるからそういう接し方をするのでしょう」


一向に顔が晴れないまま城へと歩を進める


そう話しているうちに城の面前まで到着し

警備兵に声をかける


ベオン「第二騎士団団長、ベオンだ」


門にいる二人の警備兵がベオンとノタに近づき

兜越しに二人を見つめる


警備兵1「...お帰りなさいませ、何か収穫はありましたか?」


警備兵1が軽く一礼をし、ベオンは赤黒い塊をポーチから出す

その塊を警備兵1がせわしなさそうに警備兵2とひそひそと話し始めた


警備兵2「ずいぶんエグい見た目してるなぁ」


警備兵1「刺々しいし、よくあんなの触れるよな」


若干気持ち悪れながらも城の中へ入るように促し、ノタは苦笑しながらベオンはむすっと表情を表し門の中へ入る




城内:一階


城へ入るときらびやかな王の銅像とせっせと

動き回る騎士団や王・姫君の従者たちが迎えるがいつもながらのような光景になに食わぬ顔で

中央の螺旋階段へ向かう


ベオン「相変わらず忙しそうだな」


螺旋階段に登り始める途中で2階から騎士団

らしき団員から声をかけられる


「団長ー!!ノタさーん!!」


橙色の髪に銀色の甲冑と薄茶の籠手を高らかにゆらしながらベオンとノタの気を引く


ベオン「...リヴェ、相変わらず元気だな」


そんなことないですよー、といいながら

ベオンとノタに近づき抱きつく


リヴェ「団長、顔が怖いですよーもっとにっこりしましょ?」


力強く抱きつくリヴェを無理やり引き剥がし、

鬱陶しそうに話す


ベオン「抱きつくな、暑苦しい、その癖はどうにかならんのか?」


無理やり引き剥がされたことに頭にきたのか

頬を膨らませながらノタを引き寄せる


リヴェ「もう!団長のいけず!!」


ノタがまぁまぁとリヴェをなだめるが

依然としてリヴェは不機嫌だ


ノタ「まぁまぁ...そういえば、シアンさんはお戻りになってますか?」


リヴェ「えっ...と、地下研究所にいますけど...」


ノタから離れ、一階の門の近くにあるなんの変哲もない木製のドアを指差す


ベオン「ノタ、さっさと用事済ませて今日は休むぞ」


ノタを置き去りにし、階段を降りてドアを開け、地下へ向かって行く


ノタ「隊長?私一人で行きますがって...」


ノタの話を聞く耳を持たずそそくさと行ってしまった


リヴェ「もう、相変わらずだなぁ...」


頭をかきながらノタに一旦別れを告げ、二階の赤い扉へと向かう


ノタ「はぁ...リヴェさんも変わらないようで安心したというかなんというか...」


そんな独り言を呟きながらベオンの後を追っていく


ベオンが入っていった扉を開けると両側に小さな蝋燭が灯された薄暗く狭い階段が下へと続く


暗いせいか足元の視界が悪く、つまづきながらも階段を下っていく


下り続けると地下研究所という看板が吊り下げられおり階段はそこで終わり、入口にあったような木製の扉が半開きでいる


地下研究所


ノタ「また開けっ放し...シアンさん?」


ノタの声に反応したのか扉の向こうから返事が返ってくる


「あらー?ノタくーん、ベオンちゃんなら先に入ってるから勝手に上がって良いわよー?」


妖艶とした若い女性の声が扉の向こう側から聞こえ、ノタは扉をしっかり開けて中に入っていく


ノタ「すいませんシアンさん、またご迷惑おかけしています」


身長180cm程度の黒いドレスに深々ととんがり帽子を被った30代前後の女性は椅子に座ってノタの挨拶に返事を返す


シアン「良いのよー?ベオンちゃんは昔から大胆な性格しているってわかっているしーなにより元気そうな二人を見れてほっとしてるんだからー」


おっとりとした口調でベオンが向かったであろう通路を一瞬みて椅子から立ち上がりノタに近づく


ノタ「ははは...恐縮です、事情は隊長から聞いていますか?」


顔をひきつらせながら苦笑をし、シアンがノタの手をとり、頬擦りをし始める


シアン「ええーある程度はねー、でもそそくさと奥に行っちゃったけど、そんな急用なのかしらねー?」


まるで子どもがお気に入りの人形をいとおしく抱くようにノタの手を執拗に頬擦りをする

これにはノタも動揺を隠せずシアンに止めるように声をかけようとする


ノタ「あの....久しく会っていないから触れたいのはわかりますけど、そろそろ....」


ノタが若干頬赤らめながらハッと気づいたシアンはすぐにノタの手を離す


シアン「あ、あらーごめんなさいね?もう半年も会ってなかったからつい無意識にやっちゃったわ、でもどこも悪くないみたいで良かったわー」


少し恥ずかしながらも以前変わりなく生きているノタを感じて安堵したようだ


ノタ「また顔出しますので...これで失礼しますね」


シアンに一礼をしてベオンが向かった道へと進んで行く




地下研究所


ベオン「さて...こんなものがなぜ取引に使われていたんだ?」


赤黒い塊と杖を机に広げ、手をかざすと黄色の粒子が表れ、それらを包み込み発光しはじめる


ノタ「隊長?なんか進展ありましたか?」


ベオンに追い付き、机の対面に移動し赤黒い塊たちを眺める


ベオン「ふむ...魔力が秘められているようだが、これらだけではなにかしようにもどうにもできないようだ」


手を引っ込めて杖を手にもちそして、ひと振りすると火の粉が少し飛び散る


ベオン「どうやらこの塊は血の結晶と呼ばれる魔石らしい、そして杖はその魔石に秘められている魔力を使って魔法を発生させるという使い方だそうだ」


杖を塊でつつくと空中で火の粉が圧縮されていく、その火の粉は勢いを増しパチパチと音をたてて火の玉へと変わる


ノタ「血の結晶というわりには血という感じはあまりないですね...」


血の結晶を触れようとするとベオンが急に手を掴む


ベオン「一つだけ忠告しておこう、血の結晶は魔力を有するのが分かったがシアンのような南の国の魔法使いでなければこの魔力を素手でコントロールすることはできない」


ノタが少し驚き、すぐに手を引っ込める


ノタ「つまり、魔法の扱い方を知らないのに触ると危ないというわけですか....」


血の結晶を凝視し、ノタがあることに疑問を抱く


ノタ「...隊長、これを素手で触ってましたよね」


ベオンがハッと気づき、手を机に叩きつける

明らかに動揺しながら声を震わせながら何かしゃべっている


ベオン「しまった...軽率な行動していたのは私だったか....」


前屈みになりながらうなだれて地べたに伏せていく、血の結晶と杖が地面に散乱する


ベオン「うぅ...また笑われるぅ...」


ノタがうなだれているベオンを起こし、励ましの言葉を投げる


ノタ「隊長、少なくともこの魔石に関しての情報は得られたのですからそれで良しとしませんか?」


ニコニコと笑顔を浮かべながらベオンをなだめる、何度も倒れながらも必死に支える


ベオン「う...すまない...気持ちを切り替えよう...」


足を踏ん張りすくっと立ち上がり両手で自分の頬を叩く


ベオン「はぁ..痛い...」


パチンッと空気が破裂するような音を響かせるるが、思っていたより痛かったのか涙が出ている


ノタ「隊長...あまり無理をなさらずに...」


涙を袖で拭きながら地面に落ちた血の結晶を右手に持つ


ベオン「ある程度のことは分かった...がこれ以上の情報は書物でも書いていないのもある、そうなると...」


苦虫を噛んだような表情を浮かべ、深いため息をつく


シアン「あらー?私の出番かしらー」


ベオンがさっそうとシアンの横を通りすぎ、出口へと向かい、上階まで走っていく

あまりにも早く通りすぎた影響でシアンの帽子が後ろに落ちる


シアン「あの子本当に私のこと嫌いなのね...結構悲しいわ...」


泣く泣く腰を落として帽子を手に取る


ノタ「ええと...シアンさん、話なんですが」


帽子をはたき、改めて深々とかぶりはじめる


シアン「血の結晶と杖ね...あれは魔法攻撃として使うより、種族によっては補給物資で使うところもあるわね」


いつの間にか分厚い茶色にくすんだ本を右手に持っており、一枚ずつページをめくりながらノタの隣に歩み寄る


シアン「血の結晶って言われてるけど見た目がおどろしく赤く、まるで人間の血で作られたような色をしてるから血の結晶って呼ばれてるだけよ」


ノタにとあるページを見せる


ノタ「これは...天然と人工の違い...?どういうことでしょうか?」


その本には血の結晶の由来と人工・天然の見分け方そして使用用途が事細かに綴られていた


シアン「わざわざ人工的に作る理由はわかるかしら?」


ノタが右手で説明文をなぞって黙読していく


ノタ「魔力保有量...?天然のほうが保有量が多いが、魔法初級者には人工で扱い方を練習をし天然で実践してみると良いでしょう...」


ノタが説明文を読み終えるのを確認をしてそっと本を閉じる


シアン「ベオンちゃんが持っているあれは天然のほうね、あの赤黒さと鋭いトゲが特徴的よ。でも天然物は南の国の山に位置する「血の脈絡」でしか取れないものよ」


本を脇に挟んで杖を持ち上げる、シアンがなにかを呟きながら円を描くように杖を振る

すると青い光を放ち稲妻が周りに放電する、動きを止めて杖を下ろすと放電が止まる


シアン「あくまで血の結晶は魔法を使うための補助品でしかないわ、私たちの南の国にはほぼ必要ないわ」


ほぼ、という言葉に疑問を抱いたのかノタが眉をひそめる


ノタ「ということは、被害者は南の国の出身ではない可能性が高いと...そういえば隊長は?」


シアンがベオンが通ったであろう後ろの通路を指す


ノタ「すいません...隊長としてあるまじき行動であることは隊長自身も承知だと思います」


いいのよと言わんばかりに笑顔で手を振る


シアン「ノタくんもベオンちゃんもまだ16歳でしょ?精神的に成熟してないのは仕方ないわ、逆にベオンちゃんが北の国の騎士団団長に成れたのは結構すごいことよ?」


ノタ「ええと、隊長は20歳くらいですが....あまりにも...」


ノタの口を人差し指でやさしく押さえる

ノタは驚きとっさに口を紡ぐ


シアン「良いの。苛立ちより子どもみたいに純粋でかわいいって思えるくらいにいとおしいし、なによりかわいいもの!!」


気分が上がってるのか両手で頬を当ててウサギが跳躍するような動きをしている


ノタ「かわいい、ですか...」


あまり理解できない考えなのか関心なさそうに次の質問をしようとするが、シアンが先に話始める


シアン「そういえばノタくん、あの話はもう聞いてるの?」


「あの話」に反応し、ノタが曇り顔になっていく


ノタ「あの話...ですか、果たして安堵するべきなのか、用心するべきか、まだ王子がどのような処置をとるのか命令されていない以上は私達の独断では行動できません」


シアンが、それもそうねといいながら首筋にあるネックレスを外す


シアン「はい、お守り」


ノタの左手にネックレスをぎゅっと添えて渡す


ノタ「お守り...?私はもう子どもではないんですよ?」


疑問を抱きながらもシアンが渡してくれたネックレスを受けとる


シアン「あらー?私からしてみればまだまだかわいい子どもよ?」


シアンに感謝の言葉を述べ地下を後にしてベオンを追かけようと足を動かすが、シアンがノタの肩を掴む


シアン「ノタくん、生きて帰ってきてね」


数秒の沈黙の後にノタは笑顔で話す


ノタ「...今までも生きて帰ってきたじゃないですか、私は奴らに借りがありますし」


一礼をし、ベオンの後を追いかける

地下に来るときに通った階段を上り、シアンに渡されたネックレスをまじまじと見る


ノタ(シアンさんが肌身はなさず着けていたネックレス、なぜ私に?)


銀色に装飾されたチェーン、チャームには二重の輪に紫色の石が組み込まれており微力ながらも魔力が放出されている


ノタ(魔力を少し感じる、でも血の結晶とは違う魔力...)


いろいろ考えながらもネックレスを首に装着する、階段を上りきった先の扉をぐっと手を当てて重い足どりで開く



城内:一階


ノタ「ベオン隊長?どこにいらっしゃいますか?」


辺りを見渡すが眷属たちが相変わらず忙しそうに右往左往に動き仕事をしている


リヴェ「ノタさん...ベオン団長なら王子の元に行きました...」


城の門の前にリヴェが佇んでいた、顔色が優れない様子にノタが声をかける


ノタ「リヴェさん、大丈夫ですか?」


リヴェがこくりとうなずき、地下研究所の扉へ向かう


リヴェ「ノタさん、やっぱり私はなにも変わってないみたいです」


そんな言葉を残し、扉を開き地下へと足を運ぶ


ノタ「リヴェさん...?」


そのときのノタが見たリヴェは鬼のように険しくだが哀しみが残る顔つきだった


ノタ(リヴェさんもシアンさんも...いつもと違うことが起こっている、なにか...なにか大きなことが起きようとしているのか)


螺旋階段をしばらく上りノタは昔を思い出す




ノタの過去


とある場所に廃墟と化した城に北の国の第二騎士団が捜索にかかっていた


まだベオンが「団長」ではなく「隊長」として、ノタと初めて対面したときの話である




軍馬の上に跨ぎ第二騎士団数人を連れて、なにもかも破壊された廃墟を徘徊しているところに渦巻くっている子どもを見つけ鞘に手をかけながら近寄る


ベオン「おい、お前そこでなにを...」


うずくまっている体を震えさせながらも頭をあげる


ノタ「ほっといてくれ...どうせやつらに殺されるかここで死ぬ...だけだ...」


体には無数の傷と大量の出血、もしこのまま放置すれば数時間のうちに失血死するだろうとベオンは感じていた


ベオン「...そうはいかない、そんなたいそうな怪我をしているのにほっとけるわけないだろう」


軍馬から降りてノタに近づく


近づいてくるベオンにノタは這いずりながらも後退する


ノタ「来るな!!お前らもやつらと同じように僕をを殺すつもりなのか!?」


怒号混じりに声を荒げ、目には涙を浮かべながらベオンを睨み付ける


第二騎士団たちが一斉に剣を構え始める


ベオン「待てっ!!剣を収めろ、私も剣を地面に置く、良いな?」


両手を広げて兵士に剣を収めるよう促し、ベオンも剣と鞘を一緒に地面にゆっくりと置く


ノタ「くそ...くそがっ...なんでみんなが...僕だけ残ったって...」


なにかつぶやきながらよろよろと立ち上がる


ベオン「お、おい、傷を治すから動くな」


動揺しているが少しずつノタに近づきながら距離を縮める


ノタ「...もういい、殺してやる」


足を踏ん張り、ベオンに向かって屈みながら走り出す


兵士たちはあまりの早さに驚いて呆然としていた


ベオン「なに?!お前、待て!!私は敵じゃない!!」


気づいたときにはベオンの足元におり、ノタの拳がベオンの顎へめがけて迫る、それに気づき後ろに大きくのけ反り回避する


ベオン「早いっ!?...やるしかないのか...?」


攻撃を空振った拳が制御できずに後ろにひきつられそのまま踏ん張れずに倒れる


ノタ「うっ...うぐっ!?」


倒れた衝撃で頭を打ち付けて口から血が吐き出される


ベオン「それ以上動くな!!本当に死ぬぞ!!」


「うるさいっ!」、と怒号が飛び再び立ち上がりベオンに向かって叫びながら突撃する


ベオン「うわっ!!お前っ、いい加減に...!」


ノタの突撃を腹に直撃し瀕死になっているとは思えない力強さに驚き、ノタはベオンを地面へ倒れこませる


ベオンの上に跨がり顔にめがけて拳を振るう


ノタ「死ね!!死ね!!!死ね!!!!」


拳の攻撃を必死に腕で防ぎながらベオンはノタの殺意にまみれた顔つきに恐怖していた


ベオン(こいつ...どこにこんな力が...?)


ノタの拳の攻撃が一向に止む気配がなく、一人の兵士がノタの脇腹からタックルする


兵士1「隊長!!大丈夫ですか!?」


即座に剣を構え、吹き飛ばされたノタを目に捉えながらベオンに手を差しのべる


ベオン「...大丈夫だ、下がってろ」


兵士の手をはねのけ、すくっと立ち上がる


ノタ「はぁ...はぁ...」


もう息切れするしかないくらいに体力は失われ、地面に伏したまま動かなくなってしまった


ベオン「ふぅ...お前がなんと言おうと絶対治してやるからな」


ノタがベオンを睨み付けながら抵抗しようとするが指の一本も動かせずにベオンが目の間に立つ


ノタ(ふざけるな...来るな...)


そんな小さな抵抗虚しく、されるがままにベオンはノタの体を抱き上げる


ベオン「大丈夫だ、お前がここでなにをしていたのか、なぜ私を攻撃したのか疑問が残るばかりだが今はお前の命を優先しよう」


ぐったりしているノタを抱き上げ、微かになにかをささやいている


ノタ「僕は...僕は...変わりたい...やつらを...倒すため...」


かくっと意識を失ったノタの頭を左手で支える、ベオンの左腕に水滴が落ちる


ベオン「...お前、泣いてるのか...」


ノタの閉じた目から涙が零れており、体を胸に抱き寄せる


ベオン「変われるさ、人は変われる、お前が変わろうという意志が強固なものならな...」


ノタを抱えながら軍馬に跨がり第二騎士団を連れて北の国へ向かう


ベオン「しかし、こいつ以外の収穫がないとなるとあそこは壊滅しているのか...」


そんなことをぶつくさいいながらある兵士が声をかける


兵士1「隊長、あの廃墟には何が...?」


ノタの顔を見ながら、兵士の話に回答する


ベオン「...王子曰く、魔物が進攻され陥落した城だそうだ、きっとこいつはその城の関係者だろう」


言葉をつまらせながらも話を続ける


ベオン「こいつが私に攻撃した理由がわからないが、あのときの怪我の状態を見れば錯乱していたのだろう」


兵士が恐る恐るとあることを質問する


兵士2「あのー...魔物とは...?」


ベオンが眉をひそめ、驚いたように兵士を睨む


ベオン「魔物を知らないのか?!そんなばかな...?王子の伝達不足か?いや、そうだとしても知らず知らずにこんなところに捜索を出すわけが...」


はっとあることに気づき、兵士に迫る


ベオン「まさかと思うがここにいる兵士全員が魔物について知らないのか?」


「魔物ってなんだよ...」「知らねぇよ、初めて聞いたぜ」など驚くべきつぶやきが聞こえる


ベオン「んん...由々しきことだな、王子に直接問いただす必要がある...」


しかめっ面になりながら軍馬の歩を進め、北の王国へ着く



北の王国:城正門前


ベオン「こいつを治療しておけ、私は王子に会う」


軍馬から降りノタを兵士に預ける、兵士は慣れない手つきでノタを抱える


兵士1「隊長!?勝手に行っては...行っちゃったよ」


ため息をつきながらも他の兵士に休暇するように指示を仰ぐ


兵士1「大丈夫かなぁ、あの人血の気多いからなぁ」


兵士の言葉に耳をかさず重い足どりで、どこか怒りをも感じるような表情で城の中へと入っていく



城内:一階


勢いよく扉を開け、その大きな音に驚いた謇属たちはベオンの姿を呆然と佇む


中央の螺旋階段へ迷わず歩を進め、上階王室へ向かう


「ベオンさん...どうしたのかしら?」


「さぁ、またなにか騎士団内で問題でも起きたのかもなぁ」


謇属たち足は止まり、話し声により城内は騒々しくなる


開けっ放しにしていた門から兵士が現れ、謇属たちに注意を促す


兵士1「はいはい!!自分たちの仕事をしてくださいね!!!」


大声で手をわざとらしく叩き、埃をはらうような仕草をする


「あら、今日はパーティーでもするのかしら?」


「そんなめでたいことならベオンさんがあんな形相しないだろ」


「いい加減にしろ」という掛け声と同時に散り散りになり、仕事に戻る


兵士1「全く...王子も隊長もなに考えているんだか」




城内:王室


茶髪の若い男、白と赤が基調とされたジュストコール、淡い色の青のキュロット、片足を窓の凹凸部分にかけ、外の景色を黙々と眺めていた


王室の扉の強く叩く音に気づき、振りかえる


王子「うるさい、入れ」


素っ気なく覇気がない声で音の正体を入るよう促す


ベオン「ルイン王子、帰還してそうそう難ですがいくつか質問が」


扉を開け、中に入ったベオンはルインへ近づく


ルイン「あの城についてか?それともあの子どもについてか?」


質問を先回りするように答え、ベオンが足を止めてルインがかけていた窓から景色を見る


ベオン「...なぜ、兵士たちが魔物という存在を知らないのでしょうか」


ベオンの表情が険しくなりルインは窓から離れ、書類がきっちり整理整頓された机の前に立つ


ルイン「ふん...まず、この世界で魔物を知っている者はほぼいない、ほぼな」


「まさか...」と驚き、机に向かって歩きルインへ迫る


ベオン「王子!!まさかあなたは国民も魔物の存在を知らせていないのですか?!」


なにを今更、とつぶやきながらルインがひとつの紙を掴む


ルイン「当たり前だろう、今でさえ西の王国と緊張状態で戦争になりかねんというのにそこに魔物など異形の存在を知らせても混乱を招くだけだ」


西の王国の軍勢力、経済など西の王国について記述された書類をベオンに見せつける


ベオン「今は西との争いは関係ないだろう!!もしこのまま国民にも兵士全体にこのことを知らせてなければ気づいたときには魔物に侵略されるかもしれないんだぞ!?」


声を荒げるベオンに深いため息をつき、淡々と話を続ける


ルイン「貴様は魔物という不明の存在に捜索できるほどの兵力があると思っているのか?今は既に見えている人間という脅威に目を向けて計画するべきではないのか?」


あまりにも冷徹な言葉、新たなる脅威になるかもしれない存在に背けることにベオンは拳を机に叩きつける


ベオン「ふざけるな!相手がどんな存在か知っているのが私や王子しかいないならそれは致命的だ!!今すぐにも皆に伝えるべきだ!!!」


荒ぶるベオンにルインは平手打ちを頬に叩かせる、乾いた破裂音と共にベオンの頭は左へ傾く


ルイン「そのすぐ頭に血が上るのをどうにかしろ、第二騎士団の隊長として見苦しい...今は魔物の存在を知らせて、国民たちが混乱した場合その収集に割ける時間が惜しいのだ、今は口をつむって欲しい、頼む」


頬を叩かれたベオンはハッと冷静さを取り戻し、ルインを見る


ベオン「承知しました、騎士としての無礼な態度申し訳ありませんでした...」


ベオンが深々と頭を下げ、ルインがとあることを告げる


ルイン「私も魔物という存在を懸念している、いつかちゃんとした報告をせねばならんことは重々分かっている、必ず皆に知らせることは約束する」


書類を机に置き両手でベオンの顔をつかみ、視線を目に向ける


ルイン「いつも現場に赴いている貴様らが一番不安が募るのも頷ける、私も不安なのだ、それゆえに慎重に行動せねば想定できる被害を抑えこむことができなくなる、今はその時ではない、そこは分かってほしい」


はい、と覇気がない返事でベオンは返す


ベオン「...あの男の子はどうするつもりで?」


ベオンの顔から手を離し、「あの子どもか」とつぶやく


ルイン「場合によっては貴様の騎士団に入隊させよう、しかし一番は本人の意志を尊重しろ、本人が誰とも群れず単独で生きるというなら放置するべきだ」


ベオンの目を見開き、ルインの意見に横やりを入れる


ベオン「あの子はまだ幼いんですよ、今なにがおこるかわからない場所に放るわけには...あまりにもかわいそうです...」


ルインが髪をかき、しかめっ面になる


ルイン「はぁ...気持ちは分からなくないが、あの子どもがどのような人物なのか出身や生い立ちという情報が少なすぎる、それとも貴様がみっちり見てやれるというのか?何千という兵士を従う貴様が?」


ベオンは返す言葉がなく黙ってしまった


ルイン「無理だろう、お前が現在指揮している第二騎士団以外に第一から第五がこの北の王国所属している、しかもそれぞれ隊長がいるとはいえ一個の騎士団は1000人は下らない、お前にたった一人の子どものために時間を割けるか?仮に私がお前のように隊長であっても不可能だと言うだろう」


1000人という兵士を指揮するの中、一人に割ける時間がないことはベオン自身は分かっていた、分かっていたがベオンにはどうしてもあの子どもがどうしても気になっていた


ベオン「しかしっ...あのまま野に放てばあの子は...死んでしまう...救える命を...死なせたくない...」


体を震えさせながら目には涙を浮かべ膝から崩れ落ちる


ルイン「...仕方あるまい」


椅子に腰をかけ、黒の本を手に取り次々と紙をめくりとあるページをベオンに見せる


ルイン「この修道女に会え、名前はサルバという20歳くらいの女だ」


涙を拭い、黒の本の中身を黙読していく


ベオン「サルバ...?ここから東に数キロ離れた教会に住む修道女ですか?あそこになにが...」


黒の本を閉じ、窓際にある本棚に移動する


ルイン「物ではない、その子どもとサルバを直接会わせろ、上手く行けば子どもに関しての情報が引き出せるだろう」


本棚の前に立ち、黒の本を上段にしまう


ベオン「...お言葉ですが、初対面であれほど敵対視してるとなるとそうそう話してくれるとは思えないのです」


恐る恐る言葉を返し、ルインが立つ姿を眺めるそしてルインが「今はな」つぶやきながらと緑の本を取り出す


ルイン「あの境遇を考えれば誰にも心は開かない、貴様はあの子どもには生きていて欲しいのだろう?しかし手をかける時間はない、なら他に頼るものはあるのか?」


「確かにそうですが...」と言葉をつまらせる


ルイン「安心しろ、サルバだけで不安であれば私も面倒を見よう、私も多少なら見てやれる」


心なしかベオンの表情が少し朗らかになっていく


ベオン「んんっ...ありがとうございます、早速サルバの元に送ってきます」


咳払いをし、軽く一礼をして王室の扉に手をかけると不意にルインがベオンを呼び止める



ルイン「ベオン、貴様が成すべきことを成せ、そして隊長として誇りを持ち兵士たちを指揮しろ、あの子どもがここにいる以上は死なせはさせん」


「はい」と小さく返事をして王室から退出する

王室から姿を消すベオンの背中を見送り、緑の本を開く


ルイン「ふん...あいつに感化されたのか、子ども一人に手をかけることになるとはな、さてサルバがどうするか見物だな」


そんなことを嘲笑しながら緑の本を読み椅子に腰をかける



城内:一階


王室から出たベオンは螺旋階段を降りまた正門へと足を運ぶ、途中に兵士がベオンを呼び止める


兵士4「隊長!!第一騎士団ディラー隊長から伝言があります!!」


正門に警備していた兵士が元気よく報告を告げる


ベオン「ディラー隊長から?なんだ」


足を止めて報告をする兵士へ顔を向ける


兵士「あの子どもをサルバの元に届けたら俺のところまで来い、とおっしゃておりました!!」


あまりに早い情報の伝達に少し驚くが「分かった」と頷き、門を両手で開ける


兵士4「隊長、あの子は一体何者なのでしょうか...」


「まだわからん」と素っ気なく振るい、城の外へと出る


そして外へ出たベオンはノタを探すように見渡し、城壁へもたれ掛かっているのを見つける


ベオン「傷は癒えたか?」


ノタに近づき笑顔を向けながら少し腰を落とす


ノタ「...。」


顔をうつむきまるで塞ぎこむかのように黙ったままだった


ベオン「あぁ...ええと...」


かける言葉が見つからないのか戸惑いを見せてしまう


ノタ「...。」


依然として心は開かない


兵士1「隊長、この子どもの傷はもう治っていますが...目を覚ましてからずっとこの状態です」


やれやれ、と頭を抱える思いでため息をつく


ベオン「...少年、名前はわからんが今からとある教会へ連れていく」


教会という言葉に反応して子どもが頭をあげる


ノタ「あの人はいるの?」


その言葉に疑問を抱き、繰り返し聞き返す


ベオン「ええと、あの人とは誰だ?」


知らないことを察してまた顔を伏せた


兵士1「隊長、あまり時間をかけていられません早く移動しましょう」


そうだな、と肯定したベオンはノタを持ち上げ肩車をする


ノタ「下ろしてよ」


あまり抵抗をせずにされるがままに持ち上げさせられる


ベオン「ふん、下ろさんぞお前にはなんとしてでも会ってもらわなければいけない人がいる」


ノタを肩車したまま軍馬の鞍に跨がり、鐙に足をかける


ノタはもうなにをしても無駄と感じ、落ちないようにしっかりと頭を掴む


ベオン「ははっ、あきらめたか、まぁまだ警戒してるだろうが危害は加えるつもりはないとだけ心に置いてほしいな」


手綱を持ち、「ハイヤッ」と掛け声と共に勢いよく鞭をしならせるように手を動かす、そして軍馬は歩み始める


少し笑いながら安心させるように声をかけるがそんな言葉をものともせずに無表情にベオンの頭を軽く叩く


ベオン「痛っ、なぁお前について少し話してくれないか?」


「嫌だ」と突っぱねると頭を叩くのをやめた


ベオン「んん...八方塞がりだな...」


「ねぇ」とベオンに声をかける


ノタ「...ノタ」


ベオンが声に反応するように顔を上に向ける


ノタも下を向きベオンの目を見る


ノタ「ノタ・ペルソン、僕の名前」


「そうか」と微笑みながら続いてベオンも話続ける


ベオン「私はベオン・シド、王立第二騎士団で隊長をやってる、よろしくな」


「うん」と元気がない返事を返し、北の国の風景に目をむける


ノタ「...。」





そしてノタとベオンは3~5人の兵士を率いて東に位置する教会へと軍馬を進める


その途中でベオンはノタに何度か話をかけるがノタは変わっていく風景に目を向けたままなにもしゃべらなかった


ついに話しかけることをせず、ずっと風景を見ているノタをそっとしておきながら教会へ向かう




教会:門前


周りを見渡せば草原と花が広がるばかりでそのなかで小さな教会がポツンと寂しく建っていた、建築されてからあまり日が経っていないのか外装、周りにうちつけられている柵はまだ綺麗だ


ベオン「ずいぶんと新しい教会だな...」


ノタがベオンの肩から降りようとするが着地するときに足がぐらついて転んでしまう


ノタ「いっ...」


少し痛そうな顔をするがすぐに立ち上がり教会の扉の前まで走っていく


ベオン「おい!そんなに焦らんでも...全く」


そそくさと行ってしまったノタを追うように軍馬を降り、教会へと足を運ぶ


兵士2「隊長、とりあえず見張りしておいたほうが良いでしょうか?」


「そこら辺で休んでて良いぞ」と振り返らずに兵士に指示を出しながら歩く


兵士3「後でディラー隊長の元に行くのを忘れないでくださいね」


「分かってる」と返事をして教会の外装をあらためて見る


ベオン「...あまり良い思い出がないな」


ノタが途中でベオンが追い付くように歩を遅めたり振り返ったりしながら教会への距離を縮める


ベオンと同時に扉の前に到着し、扉に手を当てる


ノタ「...。」


相変わらず素っ気ない反応で扉をおもいっきり開く


ベオン「なぁノタ」


なにも言わずにベオンの顔を見上げる


ベオン「お前はまだ子どもなんだ、お前が何をしようとしてるのかわからんが、無理はするなよ?」


馬鹿にしないでよ、と言いたげなムッと表情を浮かべ奥の教壇へと走る


教壇の前には黒い頭巾とくるぶしまで届く白いローブ状のチュニックを着た赤い髪の女性がノタを迎えるように佇んでいた


サルバ「...初めまして、ですね」


サルバの目の前に訪れたノタが顔を眺めるように見上げる


ノタ「...似てる」


サルバはノタと同じ目線になるように腰を落とす


サルバ「あら、そんなに誰かに似てるのですか?」


うん、と肯定するようにノタが頷く


ノタ「もう...いなくなったけどあのお姉さんに似てるんだ」


サルバ「お姉さん...ですか、ご家族は?」


ノタは悲しげに頭を横にふる


ノタ「元々、僕にはお父さんお母さんはいなかった、代わりにお姉さんが僕を養ってくれたんだけど変な生物に殺された」


変な生物という言葉にベオンが反応する


ベオン「その子どもはあの廃墟に生き残っていた子だ、おそらく襲撃にあってその子以外は死亡したと考えるべきだろう」


サルバがこめかみに指をあてて考え事を始めた


サルバ「...その変な生物に特徴的な体型や傷などはありますか?」


ベオンがため息をつく


ベオン「私が着いたころは襲撃後だったのかその子以外はなにもなかったし、生き残りはいなかったぞ」


サルバが「それもそうですね」と独り言を呟く


ノタ「ヒトの形をしてたよ」


ヒトという言葉にベオンとサルバが疑問を抱く


サルバ「ヒト...なぜそれで変な生物だと分かったんですか?」


眉をひそめながら、ノタは話を続ける


ノタ「そいつ以外にも変な生物がいたんだ、そのヒトの形をしたやつがリーダーみたいで命令だしてたりしてたんだ」


そんなバカな、と呆れてベオンが髪をかきはじめる


ベオン「おいおい...まさか、お前が重症負ってた理由はそいつらと対峙したからか?」


ノタが深々と頷き、ベオンの方を向く


ノタ「隠れてたけど見つかって何体か殺して、それで死にそうになったんだ」


ノタが無意識に左腕を擦る


ノタ「でも、なんかおかしかった」


ノタが自分の左手を見る


ベオン「おかしかった?なにがだ?」


数秒の沈黙の後、ノタは怒りの表情を浮かべながらも冷静に話を始める


ノタ「みんなを殺し終わった後に...僕を生かしたんだ...明らかに作為的に...」


拳を強く握りしめ、顔をうつむく


ノタ「うぅ...なんで僕だけ...」


サルバがベオンに顔を向ける


ベオン「ノタ、辛いならもうなにも話さんでもいい、帰ってゆっくり休もう」


ベオンが足を運びノタに近づき肩に手を乗せる


ノタ「...いや、話す」


肩に乗せた手を退けて話始める


ノタ「なにか喋ってたんだ、その変な生物のリーダーは、でも喋ってる意味が分からなかった」


サルバが「意味」という言葉に疑問を投げかける


サルバ「...もしかして何と言っていたかご存知なんですか?」


ノタがこくりと小さく頷く


ノタ「魂...僕のことを指しながらそう言っていたんだ」


サルバは驚いた表情を浮かべ、口に手をあてる

「なんということでしょう...」と呟いた


ベオン「お、おい、どうしたんだ急に驚いて」


サルバが教壇の棚をまさぐり、赤い書物を取り出す


サルバ「ノタさん...もしかしたらあなたはその変な生物に心を利用されるかもしれません」


手を震えさせながら赤い書物を開き始め、ベオンがあわててサルバへ駆け寄る


ベオン「なに言ってるんだ...なぁ、どういうことだ?」


開いた赤い書物の小さく右下に100pと書かれた紙を見せる


サルバ「ノタさんが言う変な生物は各国のごく一部の者が知る、魔物というヒトを超えた存在でしょう」


そんなバカな、と叫びその紙を手にとって読み始める


ノタ「...僕はどうすれば良いの」


口をつむり、自ら話そうとしないサルバに

ノタは立ち上がり視線をあわせる


ノタ「利用されてもされなくても僕は...あいつらを....」


サルバ「なりませんっ!!!」


ベオンは驚いて肩が不意に上がる

そしてサルバは言葉を遮り、ノタの身を案じるように話を始める


サルバ「それだけはなりません、もしそのような道を進めば...」


これから起ころうと思われる未来に辛いのか涙を流し、言葉がつまる


サルバ「あなたはまだっ...子どもです、あなたが抱いている心に...きっと終わりはありません、今がどれだけ...どんなに苦痛で張り裂けそうでも忘れなさい」


止まらない涙を流し続けながらもノタに話続ける


サルバ「それは...それだけは...あなたが救われない」


しかし、その悲願は届かないのかノタは


ノタ「...いらない」


サルバの救いの言葉を無慈悲に蹴るように冷徹に返す


サルバ「何故...あなたの人生は怒りに染まるべきではありません!!大義を成せなくても、喜びに満ちた生きかたを...できるのに...!!」


サルバの言葉は心に届かず、呆然と立ち尽くし自分の無力さを後悔するかのように手を強く握りしめ、膝を地面に着き崩れ落ちる


ノタ「...もう良いんだ、分かってる、僕が進もうとしているのは破滅しかないんだって」


あの廃墟にて血だらけになりながらも、生きて返ってきたときから決心していたのかノタの答えは


ノタ「決めたんだ、殺された人やお姉さんのためにも僕はあいつらを殺す」


その決意を聞いたベオンは驚くことなく紙をサルバの手に渡し、ノタの前へ立つ


ベオン「...年端もいかない子どもにこんな仕打ちをさせるのか、神を呪いたいくらいだ」


これ以上なにもなかったかのように戻ることを促しても無駄だと気づいたのか余計な口実はせず、微笑みながらノタの頭を撫でる


ベオン「私の団に来るか?」


ノタは静かに、力強く頭を縦にふる

ベオンの手を退けて教会の門へ歩む


ノタ「どんなに過酷でも、救いがなくても僕は強くなる」


絶対、絶対にと自分が進もうとしている道が破滅しかないことを理解していながらもノタはこの道に進む他ないと分かっていた


ベオン「さて、王子にも報告しなければな...サルバ、申し訳ないがもう出立する」


サルバは溢れでる涙を拭い、自分がなにもできないことを知りながら、最後にあるものを渡そうと駆け寄る


サルバ「...ノタさん、もう何を言ってもあなたの心は変わらないんですね」


ノタの左手首を掴み、開いた左手に刃渡り10cmほどの短剣を渡しギュッと握りしめる


サルバ「今の私ができることはこれしかありません、あなたに神の奇跡の慈悲がありますように」


神は本当にいるのだろうか、神という存在が本当にいるならば過酷な運命を与えられることに憎む者も多いだろう


ノタもこのような運命を、神を憎む者の一人だろう


ノタ「ふざけた神だ...」


握りしめられた短剣を睨み、怨みをこめて叩きつけようと左腕を振り上げる


そのときベオンが左腕を掴み、無理やり短剣を取り上げる


ベオン「なぁノタ、お前は神を信じるか?」


短剣を取り上げられたことに少し唖然とし、ベオンの顔を見ずに肩を震えさせながら怒りを抑えつけ、だがすぐにでも暴発しそうな声で答える


ノタ「目に見えることだけ、そんな偶像なんて...」


そして、サルバが落ち着きを取り戻したのかゆっくりと手をノタの頬に添える


サルバ「今は信じられなくても良いんです、あなたの未来をその道を神が示してくださいます、あなたは最後には必ず救われます」


道、ノタにとって道は自分で切り開くものだと考えるが、もしこの道が自然的な若しくは超常的なモノの手によってノタの最期が決まっているならば彼は本当に救われるのだろうか


ノタ「サルバさん、なんで僕のことをそんなに...」


サルバが突拍子もなくノタの額にキスをする


サルバ「復讐に身を委ね...破滅していった者、皆を救うために犠牲になった者、己の贖罪のために自ら捧げた者...皆、救いを求めています、私もあなたもベオンさんも」


ベオンが、そうか?と疑問を投げかけんと言わんばかりに目を細めて首を傾げる


サルバ「そういった者たちがここに立ち寄り、祈り、使命を背負い、そして最期にその罪は赦されます」


罪という言葉にベオンが少し過剰に反応する、そして明らかに早く教会から離れるように催促し始める


ベオン「あーあのすまないがもう時間を食うほどの余裕がないんだ、サルバ、他に何かあるか?」


おどおどとした足取りと目を右往左往と動かしているベオンを見てサルバの顔が朗らかに微笑む


サルバ「ふふっそうでしたね、ノタさん私の短剣はどうかお持ちになってください、あなたの使命を全うするのにきっと必要になります」


ノタは取り上げられた短剣を返すようにベオンに目で訴える


そして取り上げた短剣を腰に着けれるように紐と一緒に渡す


ベオン「いきなりですまなかった、剣は命と同じくらい大事なもの、蔑ろにされるのは流石に見ていられなくてな」


ノタの頭に手を置き、教会の門から外へ出ようと背中を押す


サルバ「ノタさん、あなたの使命が全うできた時はどうかまたここにおいでください、私はいつまでも待っています」


そうしていつかと同じようにサルバ一人と教会を残し、ベオンと共に北の国へと帰るのであった



あなたに神の奇跡の慈悲がありますように



静寂だけが残る教会を背に女性の声が少年の生を、願わくばその身を果てぬように願う言葉が少年の心に深く刻みこまれるのであった



そして、ベオンはノタをルイン王子の元へと送り出し、ディラー隊長に向かって馬を走らせる


北の王国



北の王国へと着き、その最中に見られる活力に満ちた少女少女、慈愛と優婉に満ちた老人たち、そして黒いローブとマントに身を包み他の民と変わらず共生をする魔女たち


ノタはこの国に魔女がいることに驚愕した、存在こそ知っていたが人々が振り撒いた悪しき伝承、その伝承を信じる者の一人であり、人畜に害を与える存在だと確信していた


ノタ「なんで魔女が...」


無論その表情には困惑しか表れなかった、今まで悪と思われてた存在がこの国ではその常識はもう通用しない


魔女との共生がこの国における常識であるからだ




城門前へ着いた頃にはこの一国の王子、ルインが護衛兵を従い、ノタを迎える


ルイン「初めまして私はルイン・リーコン、そしてようこそ我が騎士団へ」


率直に言葉を交わし、ノタがここにいることがどういうことなのかを既にルインは解っていた


ノタ「ノタ・ペルソン、僕は...」


言わずとも解っていると答えるように城の中へ手を伸ばし、誘う



場内:一階


城の中に入ると眩しいほどにきらびやかな装飾品、幾多の兵士やせわしなく働く眷属たち、だがノタに視界に入るのは自分を未来を決定付けるルインの後ろ姿が目に写るのみだった



ルイン「さて、折角ここに来てすぐで難だが私の部屋で二人きりで話そうか」


率先して螺旋階段へ向かい、ノタの足取りの道を作るように二階へ上る


ノタ「何を話すの」


颯爽と上っていくルインに着いていき、何か急いでるかのように答えを求める


ルイン「...騎士団へ入団するとなればお前はあることをせねばならん、なにか分かるか?」


何を訳のわからないことを、と思いながらポッと浮かんだ言葉を答える


ノタ「寸法を測るの?」


ははは、と笑われ少しムッと顔を歪めそのまま口をつむってしまう


ノタの拗ねた態度に申しわけないと思ったのか、咳払いをして謝罪をする


ルイン「んんっ、すまない、あまりにも可愛い答えでつい笑ってしまった、無礼を謝罪する」


そして、ルインの部屋の前にたどり着きドアノブに手をかける


ルイン「入れ、詳しくは中で話そうか」


ドアをゆっくり開け、ノタを部屋の中に入るように背中をポンと優しく押す


ノタ「ねぇ、一つ聞いて良い?」


部屋の中へ入ったことを確認し、ルインも部屋に入りドアを閉める


ルイン「魔女がいることか?それとも入団条件か?」


この北の王国に共生している魔女について聞こうとしたが、質問されることを分かっていたかのように反応したルインに少し驚く


ノタ「なんで異端者をこの国は容認してるの」


異端者という言葉が癪にさわったのかルイン王子の右目が細かに痙攣する


ルイン「...なぜ、魔女を異端者という?」


先ほどの朗らかな態度が、険しくどこか怒りを感じる表情へと変わる


ノタ「魔女は悪い人たちだってお姉さんがまだ生きてた頃に聞いた」


ルインが深くため息をつき、どうしたものかと顎を擦りながら窓際に向かって歩く


ルイン「やはり、南北以外の国や村はまだ魔女にそのような偏見があるのか」


窓際に着いた頃に、ルインはノタへ振り返る


ルイン「ノタ、お前は同じ人間でも信仰するものが違うだけでそれは異端者か?」


おおよそ子どもに質問すべきことではないことだが、ルインにとって異端者という言葉はとても疑問となる問題だった


ノタ「僕は異端だと思う、皆同じものを信じるから平和が訪れるのに良くわからない外部のものがあれば排除するっていうのは当然だと思ってる」


やはりルインは凝り固まった偏見に頭を悩ませた


人に繁栄と進化をもたらすことができるのはそんな井戸の蛙のように視野が狭い状態が良きことだとはルインは思っていなかった


ルイン「私はな、人の性格や嗜好が多様なように信仰するものも多様であるべきと考えている」


何を言いたいのか一向にわからない、何をどうしたいのか、なぜこんな話をするのかとノタの思考は混雑するばかりでルインの話の興味は薄れていく


ノタ「意味がわからない、何が言いたいの?」


さっさとこの話を終わらせ、本題に入るように切り上げようと結末を求む


ルイン「案外せっかちだな、つまりだな...」


そして、窓際の本棚へ歩きはじめ緑色に装飾された本を取り出す


ルイン「異端審問、魔女狩り、信仰、そのどれもされがるがままでは最後は自ら破滅を導く行為だということ、そして魔女たちであれど容認し受け入れることこそが人の新たなる発展と進化だと考える」


新しいものを受け入れがたいのは人の悪しき思想、その新しいものこそが人類の進化への第一歩なのだ、その排他的行為こそルインは文化や発展が廃れる原因と考える


だが...その多様性を受け入れるという非常にリスクの高い行為を人が無意識に恐れるのは生物が古来から持つ防衛本能が過剰に働くだからなのだろうか


いい加減にして、と言わんばかりに煙たがるように苦虫を噛んだような表情をする


ルイン「すまない、私の悪いところが出てしまったな」


申し訳なく謝罪をし、ノタは若干不機嫌になりながらも、ルインの考えに応答する


ノタ「言いたいのは広い視野を持って、排除するんじゃなくてまずは話を聞いてみろって言いたいの?」


そうだ、と話をわかってくれたことに嬉しそうにルインの気分が高揚していく姿にノタの顔がひきつる


ノタ「はぁ...ただの子ども、特に強い権力をもっていない王族の末子ですらない僕に言ってどうするの?」


散々、長話に付き合わされ疲労しながらも話を聞いたがノタにはとても意味のある行為ではないと最初から思っていた


ルイン「ははは、まあ権力云々というよりそういう考えを持ってくれる人が一人でもいればそれで良いのだ」


いずれ分かる時が来る、と笑いながらノタに近づき頭を撫でようと手を差し出す


ノタ「子ども扱いしないで、やるべきことあるなら早く終わらせてよ」


ルインの手を強く叩いてはね除け、太ももを思いっきり蹴り上げる


太ももに足を直撃したルインの表情は苦悶の表情を浮かべながらもノタに優しく寄り添う


ルイン「あ、った...手強いな...まぁ、それくらい元気なら問題はなさそうだな」


痛がる様子もなくノタの肩に手を置き、手にとっていた緑色の本を開きノタにある文章を見せる


ノタ「...洗礼?なんでこんなことを」


ルインに質問しようとしたとき先ほど通った扉から黒いドレスととんがり帽子を深々と被った180cmの身長はあるだろう女性が王室へ入ってくる


「あら、ずいぶんと可愛いお客さんが来たのね」


カツカツと王室の地に足音を鳴らし、ルインが探っていた本棚へと迷いなく歩く


ふと、見慣れない顔立ちがいることに気づくのに遅れノタへ視線を向ける


シアン「ごめんなさいね、お互いに名前も知らないのにそそっかしくしちゃって、私はシアン・トーメン、南の王国からはるばるやってきた天才魔術師よ」


自信満々に天才と謳うシアンを横目にルインは笑いをこらえるように肩を震わせる


ルイン「自称、だろう?いくら子ども相手とはいえ放漫ではないか?」


あら失礼な、と若干ルインを蔑みの目で見ながらもノタに近づく


ノタの目の前に立ち、瞳の中を見るように興味津々に凝視する


シアン「あなた...?どうしてそんなに恨みを、怒りを秘めているの?」


先ほどの柔らかな物腰から一転し、雲行きが怪しく顔が変わり、復讐の核心を突かれるような言葉を投げかけられる


ノタ「僕がどんな人でも関係ないでしょ、どんなことをしても僕は強くならないといけないんだ、お姉さんのためにも死んだ人のためにも...」


違う、というように頭を横に小さく振りルインに視線を向ける


シアン「ルイン、この子の怒りは本物よ」


子どもながらにして本来持つべきではない「怒り」、ノタが持つものは決して良き方向に向くものではないとシアンは悟った


シアン「自分の無力さを恨む怒り、そして好きだった人を殺されて敵を抹殺するという殺意がにじみ出る怒りは例えこの子は死ぬことになっても絶対成し遂げようとする確固たる意思、危ないなんて言葉では言い表せられないくらい...危険よ」


シアンの額から汗がしたたる


ルインははじめから分かっていたのか、あまり驚くような態度はみられなかった


ルイン「で、そのまま野放しにして燃焼不足で死ねというのか?」


思いもよらない質問にシアンはルインに駆け足で詰め寄る


シアン「あなた...!まさかこの子の復讐を助長させるつもりなの!?」


ノタは二人が口論しはじめようとするのを気にも止めずにルインが持っていた緑色の書物を手にとって開き黙読していく


ルイン「そのつもりだ、人の闇をとどめておいてなにか良いことはあるのか?」


悪鬼迫るような顔つきでルインの目と鼻の先までぐっと近づく


シアン「バカ言わないで!そんなものに駆られて消えていくのはあの子だけではないのよ!!ベオンちゃんもあなたも道連れになることだってあるのよ!?」


長く付き添い、その命の尊さを知っているからか最期にどうなるのか分かっているがゆえなのかその道に進まぬように強く止める


ルイン「...シアン、貴様は復讐は何も生まないと思うか」


シアン「当たり前じゃない!?仮にあっても無だけが残るのよ!!あの子にまだ良心があって止めれるなら私は何を犠牲にしても止めるわ!!!」


無駄なことだ、と冷たく返す


ルイン「何をしても無駄だ、ノタが良心を残していたなら魔物を殺すという選択はない、もうすでに答えは行動に出てる」


それでも諦めきれないのかまだシアンは突っぱねる


シアン「でも...!だからって何も殺されるような道を...」


ノタは黙読しながらシアンの発言に横やりを入れる


ノタ「出ていくよ」


緑色の書物を地面に置き、王室の扉へ足を運ぶ


ルイン「待て、なぜ出ていく」


足を止め、ドアノブに手をかける


ノタ「誰かに助力を得ようとしたのが間違いだったんだ、誰かを救うためじゃなくて復讐のためだけに生きる人はやっぱり邪険に扱われるんだ」


手伝わないと言ってないぞ、とノタを引き留める


ルイン「一つ聞いておく、貴様の復讐心を利用されることに募りは感じるか?」


驚くべきことに誰もが決して触れようとしない復讐という火に油を注ぐ行為を恐れもせずに加担しようとしている


数秒の沈黙の後にノタはドアノブから手を離し、振りかえる


ノタ「...どうでもいい、僕はあいつらを一匹残らず殺せるならいくらでも利用してもいい、人のためでも人のためじゃなくても」


シアン「人のため...そうだわ」


ルインに近づき耳元でなにか囁いている


ルイン「ノタ、貴様のその言葉に偽りはないな?」


シアンは伝えたいことを終えたのかルインから離れる


ノタ「ない...一匹残らず殺せるなら」


おい、とルインが声を張ると王室の扉から甲冑を着た兵士が槍を持ちながら入り、扉の前で佇む兵士をじっと睨み付ける


ノタ「...監禁するの?」


ルイン「バカをいうな、そんなことをしても貴様になんの意味がある?」


ハエをはね除けるような振り払うしぐさをすると兵士がノタの左右に立つ


ルイン「...今から貴様はこの北の王国騎士団の一員として入団するための儀式を行う」


儀式という言葉にノタは先ほどの緑色の書物じ目を流す


ノタ「そのための洗礼...でも僕は....」


ノタが言いたいことを分かっているかのように首を横にふる


ルイン「貴様は主を信じることはできないだろうな、だが信ずる道は貫けるだろう、それともそんなことも一貫して行えない弱い人間か?」


ノタの精神はそうヤワなものではないと悟り、決意を早めるように心をくすぶる


ノタ「...分かった」


大きくうなずき、王室の扉へ振りかえる


兵士2「すでに手はずは整っています、あとは王子の指示があれば始めれます」


ルイン「...始めろ」


ノタの左右にいた兵士も振り向きノタの背中を優しく押して王室の外へと出ていく


ノタたちが王室を出た後、シアンは不満気にルインに話す


シアン「いいの?何が起こるかわからないのに...」


少々めんどくさそうに頭をかき、ため息をつく


ルイン「心配性なことだな、どうであれ本人が望んだことは我々にそれを拒否する理由はないだろう?それに...」


シアン「それに?」


ルインが不敵な笑みを浮かべる


ルイン「あれほどまでに荒んだ心を持ちながらやり遂げるという意思を無下にするのはとてももったいないことだと思ってな、ノタがどのような結果を残すのか興味が湧いたのだ」


シアン「あっ、あなたの好奇心で迎え入れたの?!ああ、もう!!ホントにあなたってもう!!」


シアンは怒りながら年相応らしからぬ、子どものように地団駄を踏む


ルイン「はははっ!!すまない、どうしても捨てておけなくてな」


シアンの怒りを横目に高らかな笑いをあげ、その笑い声は先ほど王室を出ていったノタたちのところまでも聞こえるほどだった


螺旋階段を下り兵士たちに挟まれることを窮屈に感じながら、一階へと向かう



場内:一階


先ほど見覚えがある広間に着き、兵士たちはノタを門の左側に灰色がかった質素な扉へと案内させる


兵士1「はぁ、なんでこういう子までも不幸な目に遭うのかね」


呆れたようにため息をつきノタをチラリと見る


兵士2「まぁ、単純に運が悪いとしか言えないでしょうね...」


蔑んでいるのか同情しているのかどのような感情であれ、ノタは一切興味がなさそうに歩を進める兵士についていく


兵士1「お前の事情は俺の知ったことじゃないけど、せめて心だけでも強く保てよ、地獄みたいな生活が始まるだろうからな」


兵士2「あんまり脅かすようなこと言うべきではないのでは...」


嘘はいってないだろう、と注意喚起のようにノタに向けるがその言葉が届いているのかもわからない


兵士1「無愛想なこった、ほら着いたぞ」


灰色の扉の前まで着き、兵士がドアノブに手をかける


兵士2「ここから行ってください、入ったら部屋の脇に小さい木箱があるのでそれに衣服を入れて次は奥の扉へ」


こくり、とうなずき兵士が扉を開ける


開けられた扉に入り、殺風景な何もない部屋の右脇にある木箱を見つけ視点をあわせる


木箱に向かって歩き、ボロボロになっている服を上着から脱ぎ、折り畳まず捨て去るように木箱に放り込みそしてズボンと下着も荒々しく脱ぐ


不意に後ろを見るとすでに扉は閉じられており、いつのまにか一人になっていた


脱ぎ終わった時、ノタは自分の体をしばらく眺める


ノタ「...どんなに苦しくても...やるって決めたんだ」


涙が浮かび、もう取り戻せない時間と人を思い返しながらそれでも諦めるということをしなかったことに後悔はなく、魔物を殲滅することを改めて心に刻み込み、奥に続く扉を開ける


おおっぴらに開けた広間に体を出し、正面には手をどれだけ伸ばしても対面に届かないほどの浴場のように水が溜められた場所へと足を動かす


その地を踏む度に渇いた足音を鳴らし、体を摩耗させ運命の時を迎えるため、見知らぬ祈りによって祝福された水を自ら体を浸すように進めていく


そして、正面の教壇には二本のろうそくが両端に置いてあった


「主よ、この地にまた罪人(つみびと)が己と向き合い、新たな地の塩、世の光へと人々を導かんとあなたの前に現れた」


その前に立つ、足下まで覆い隠す前開きの長い黒い服、長い丈の白い衣装を羽織った老人が教壇で手を広げ、空に向かって話している


「この者もまた罪人(つみびと)として生まれ、向かうべき道に迷い、孤独なる未来へと歩ませるのは誰が望もうか」


「主の血によって彼の者は罪を洗い流し、古き体と心を捨て新たなる身体へと生まれ変わるのだ、この者の罪を主の施しを与えたまえ」


ノタが自ら体を浸水させていく


「あなたは今日、あなたが願うようにその体は求める者でなく父なる神と同じく他者に恵みを与え、慈愛に溢れる者へと変わるだろう」


身体を浸水させ、空気の泡を少しずつ吐きながら目を閉じ思い返す


ノタ(願い...)


果たしてこの願いは真実なのだろうか、願うことは与えることでもなく救いでもないということは彼自身が理解しているはずだ


ノタ(僕はそんなもの...そんなもの...)


だが、彼にはただひとつ願いがあった




強大なる力か


ノタ(...。)


圧倒的な権力と地位か


ノタ(違う...)


新たなる道か


ノタ「いらない!!!」


目を大きく開け、大声をあげ、体をのけ反らせ水から体を出し、そして後ろを振り向く


そなたの願いは成就された。



振り向いた先には七つの金の火が灯された燭台、そしてその燭台の中央には銀髪の農婦のような若年の女性が立っていた


「そなたもまた彼の者の施しをその身に宿し、願うものは幾多も存在するヒトと同じく純粋なる願い、そしてそなたの願いは幾度の時を経ようと決して訪れぬ歪なる存在」


それはノタが二度と会えぬと心を困憊させながらも渇望したヒトの姿だった


ノタ「なんで...?もう...会えないって、あの時...」


その目に大粒の涙が流れ続き、えぐられるような鈍い痛みと鉄の足かせをかけられたような重みを感じながらも銀髪の女性に近づく


ノタ「姉さん...パロマ姉さん...ごめんなさい...」


薄れゆく意識の中、銀髪の女性を目に捉えながらまた水に伏していく


「子よ、そなたの目に写るのは真なる姿ではなく欲望のあらわれであり彼の者もヒトが望んだ姿、そなたを苛むのは彼の者ではなく、そなた自身だということを」


水に沈みゆくノタを扉の前に待機していた兵士たちが颯爽に身体を引き揚げ、運び出された


ノタ「ごめんなさい...ごめんなさい...」


意識が朦朧としながら上の空のように誰かに謝り続けるノタに兵士たちは若干不気味に思ったが、溺死させまいと運び続ける



この日、ノタの洗礼に列挙していた者の目にはノタ以外の姿はなく何かに誘われるように揺れ動く姿は亡者のように写り、一時の噂となった


それと同じく、ノタが朦朧とした意識から目覚めたときは求めるものがその近しき所にあると知ったその日、暗き顔と地の底が見えぬ荒んだ心が演技であったかのように明るい未来を捉えた表情へと変わっていた


あの洗礼を終え、ベオン率いる第二騎士団へ入団し後に騎士団の副団長として仕える運命になった


そして、数年の時を経た現在、また新たなる苦悶が訪れようとしていた





現在


場内:王室前


ベオンが向かったであろう王室の前へ着き、ノックをしようと軽く握りこぶしをつくる


ノタの背後に何度もある懐かしい雰囲気を感じ、振り返る


ノタ「...姉さん」


あの時と寸分違わぬ農婦の姿、ノタが何度も欲した光景をまた目にできたことに大変喜び、笑顔が自然にこぼれる


ノタ「そんな心配しなくても、もう子どもじゃないからさ...大丈夫だよ」


慈愛溢れる眼差し、その伸ばされる手はノタの頬をさする


パロマ「何言ってるのよ、毎回毎回そう言ってドジ踏むのはノタくんじゃない」


少しの間、頬をさすり続けコツンと頭にげんこつを当てる


ノタ「あはは...ごめん、でも前よりかはそれなりに良くなってるはず...なんだけどね」


パロマ「ふふっ、そうね、あんなに小さかったノタくんがこんなにたくましくなったのはお姉さんも認めるわ」


手を頬から離し、右手の親指を立てて称賛の意を示す


ノタ「姉さんはずっと僕のこと見ててくれたから余計に恥ずかしいよ...」


王室の前で話し込んでいるのが聞こえたのか誰かが中から扉を開ける音を鳴らす


パロマ「あ、まずいかな...?じゃあ頑張ってね!!」


その音を感づいたのかノタに軽く手を振り、早歩きで階段へ向かい、暗闇に姿を隠す


ノタ「あっ、またこういうときに限って着いてこない...まぁ仕方ないか」


いつものことのように消えていくパロマを見送り、小さくため息をつき扉の開いた隙間に誰かが顔を出す


ベオン「ん...?ノタか、誰と話していた?」


その隙間からノタの後ろを右往左往と目を泳がせるが特になにもないことに疑問を抱く


ノタ「い、いえ、なにもないですよ」


若干、言葉を詰まらせながらも異常がないことを告げる


ベオン「そうか?まあ何もないなら入れ、ここだとあまり宜しくない話があるからな」


異常がないことを確信したのか扉の隙間から左手を伸ばし、ノタの右肩に手を乗せる


ノタ「話ってなん...!?」


ベオンの後ろにはヒトの形をした淡い緑色のふくらはぎまで届く長い髪に耳長で鷹のような鋭い目付き、茶色と深緑を基調とした長袖の質素な服


その左側にはその場に似つかわしくない弱々しく、だがどこか神秘的な雰囲気を漂わせる同じ淡い緑色の髪を肩まで伸ばした170cm前後の身長を持つヒトならぬ雰囲気を持つ者がそこには2ついた


「...そいつも護衛の者か?ふん、たかが数人の人間に助力を得たところでどうにかなる話ではないと思うがな」


ベオンの目線の先にいるノタの姿に目を止める、その向けられた鋭い目の輝きはヒトに蔑みを込められた蔑視なるものだった


「レセント、これから私達を守って下さる方たちにそのような軽蔑する心を持ち、彼らを懐疑的な思いをさせてはなりません」


か弱く、その戒めの言葉にレセントと呼ばれた者はノタ達をを嘲笑う


レセント「はっ、バカをいうなタンテ...そう言って何度も人間に寄り添った結果が私達は蹂躙され、嘲られ、私達エルフ族がこいつらの欲望のままにされてることにお前は何も思わないのか」


生きるための必要な犠牲ではなくただ己の至福を肥やすためだけの無慈悲なる行いにヒトと同じ思考という機能を持つもの


ヒトをかたどったそれらは今や疎まれ、互いの怨みによって隔たれた関係となっている


彼の者の多くは同じくヒトを慈しむ心を忘れ、レセントのように自分の仲間のためだけに保守的に走るものが圧倒することとなった


だが...



タンテ「忘れられません...ですが、いつか私達の想いが彼らの心に届くようになるためには私がこの身を傷つけてまでも行わなければなりません」


質素な服の下から覗く止血したばかりの切り傷や赤く腫れた腕はこの北の国へ着くまでにどのような境地に立たされていたのか


傷を見ずとも彼らの表情は苦痛と屈辱にまみれた道のりである


タンテはそれでもまだヒトの良心が残っており、それがエルフ達に向けられる日が来るのを信じて自分の命が脅かされることがあってもその心は未だに揺るぎないものだった


ベオン「...はぁ、まあ何でもいいが...それでルイン、何でノタも呼んだんだ?」


タンテ達の心境をよそにして、窓際で外を眺めているルインに目を向ける


ルイン「...貴様らはエルフについてどう思っている」


窓の場景をただ呆然といつもと変わらずにぎやかな町並み、魔女は淘汰されずヒトと同じく穏やかな幸福に包まれた表情を背景に話を始める


ベオン「いきなり何を...?本題と関係ないことを話している暇はないだろう」


ルイン「ベオン、貴様もエルフ族を魔物と見ているかどうかを聞いている」


窓際から離れ、レセント達に足並みを向ける


ベオン「ん?あんまり魔物とか感じたことないな...同じ人間の形をしているし言葉も私達と意志疎通できるくらいはできる...」


何か引っ掛かることがあるのか、タンテの目を凝視する


その目は弱々しい体と反して絶望の色はなく己のゆく道に間違いはないという確固たる意志が見てとれるほどに力強い目であった


ベオン「...なぁ、なんでお前らは傷つけなければならないんだ?そもそも魔物なのか?」


レセント「私達の知ったことではない!!貴様ら人間が一方的に略奪し生半可な知識で妄言を広めているからだろう!?」


あまりにも無知であり、「魔物」と固定された見方がもたらした悲劇がどれだけ凄惨なことだったか、それを知らずして他人事のように疑問を投げかけるベオンに口角をひきつらせ、胸ぐらをつかもうと両手を伸ばす


ノタ「待ってください、ここで争ってなにも...」


ベオンとレセントの間に割って入りレセントの両手をぐっと掴む


レセント「黙れ!!そうやっていつも貴様らは...!!」


今、ここにいるすべての人間を殲滅させんとばかりの怒りをあらわにし、掴まれた両手を振りほどきノタの頬に平手打ちをする


タンテ「レセント!!あなたの怒りで彼らの助力を無下にするつもりですか!」


レセント「そんなに人間に力を得なければならないのか!なぜ私達だけで解決できんのだ!?」


決して怒りにまみれてはならないとタンテは強く痙攣する拳を握り、ゆっくりと腰に手を運ぶ


タンテ「...また、恨みに浴しあなたは過ちを犯すなら私は...」


腰から手が離れたその手には刃渡り5cmほどの血に錆びたナイフが現れ、首筋にたてる


レセント「おい...?タンテ?何をしているのか分かっているのか?」


もし、レセントの怒りのままに行われたことがタンテにとって望まぬ結果になるのであればそれをせき止めようと自らの命を差し出し、それが過ちであることを知らせようとしていた


タンテ「私も...彼らの全てを許したわけではありません、今はヒトの力を借りなければ解決できない問題だということはあなたも本当は知っているはずです」


レセント「...くそっ、お前に免じて今は抑えよう...だが」


何とか抑えられたことにタンテは安堵し、ナイフを腰に着いていた鞘にしまう


頬を叩かれ少し痛そうに手でさするノタを睨み付け、人差し指で差す


レセント「指一本でもタンテに触れれば必ず殺す、忘れるな」


心臓に釘を刺すように募りを交えながら強く念をおす


そして、タンテの背後に着き腕を組んで機嫌悪く足先で貧乏揺すりをする


タンテ「...レセントの無礼をどうかお許しください、申しわけありませんが時間が惜しいので本題に入らせていただきます」


いつのまにか手に握っていた茶色い紙を、机の上へ手を重石のように広げて置く


タンテ「私達がここに来たのは、あなた達にとある魔物を討伐してもらいたいのです」


広げられた紙は東西南北の国々とそれを囲む森や村を示す地図のようなものだった


タンテは西の国の少し先にある森を人差し指で指す


タンテ「場所はこの西の国の抜けた森にあります」


指された場所を凝視して、ノタがある質問をする


ノタ「記憶が正しければ、あなた達はそこを居住地としていると聞いていますが...どうやってここまで?」


ベオンは少しレセントの顔色を眺め、地図に目を向ける


ベオン「西の国を通りすぎ、なにも持たずに渡り歩いたとしてもこの北の国までの経路はあまりにも遠い...歩くには7日は下らんぞ?そこの人間に助けでも得たのか?」


ベオンがレセント達の足と服装を見て、疑問を浮かぶ


擦り傷などの細かいアザ、腕は赤く腫れ、その外傷では二人だけで到達できる距離であることを察するには難しい


ルイン「私が保護するように伝えた、ここに来れたのは兵士を数名だけ寄越したからだ」


ベオンの後ろから聞こえるルインの声に振り向く


ノタ「南の国と良好関係にある種族だからですか?それともまた単なる好奇心ですか?」


ルインは顎を手で押さえ、視線を右上に見上げる


ルイン「ふむ..どっちもだな」


はぁ、とノタは呆れたため息をつく


ノタ「南の国と同盟関係にあるとはいえ、この問題を私達に押し掛けるのは間違いでは?南の国の方たちにそれを提起すればいいのでは」


レセントの右腕が小刻み震え、だがそれを抑えるように左手を添える


レセント「できない...のだ、北の者でないとこれは解決できないのだ」


この答えにノタとベオンは頭を悩ませた

なぜ良好関係にある南の国と結託できないのかこの問題を軽視しているが故の態度なのかそれらの憶測は飛び舞い、だが結論には至らない


タンテ「その魔物は魔法が全く効かないのです、それどころか私達の攻撃は虚しく消えていくのです...」


はじめに口を開いたのはルインだった


ルイン「待て、そんなデタラメなことがあるのか?南の国に魔法を与えた一因である貴様らが?」


レセント「デタラメだろうがなんだろうが魔法は一切効かん、私達にも物理攻撃はあっても魔法ほど効果は期待できん...」


左手を右腕から離し、髪をかきあげる


タンテ「南の国の方たちも主力攻撃は魔法です、どれだけ魔法攻撃が強くても今回のように何故か魔法が効かない魔物も現れることもあります」


何故か、という不明瞭な答えに疑問を感じたベオンは


ベオン「...ずいぶんと無知なことだな」


同情することなく、述べられたのは辛辣で知らないということを軽蔑するような無慈悲な言葉だった


レセント「なんだと?バカにしてるのか?!」


ベオン「バカにされて当然だろう、ろくに試行せずただ助けを請うばかりで何が効果的で、どうするべきかも分からん状態で知らずして挑む戦闘ははたして勝利を取れるのか?」


団長としての癖か勝利に対しての貪欲さはエルフ達と違い、「より効果的な行い」を重視する考えがベオンをここまで登り詰められた理由なのだろうか


だが、その言葉は必ずしも皆に同意を得られるものではないということはベオンより客観的視点で見られるノタがよく理解している


レセント「ふざけるな!あいつにいつ殺されるか分からん時にいちいち試すことなどできるか!?無理だ!!その場所にいなかった貴様に当時の私達の気持ちなど分からんだろう!!」


ベオン「無理という言葉を使うのは最初から行動を起こす気がなく堕落した考えを持つ者がほとんどだ、本当は単純に自分たちで解決する気がないんじゃないか?」


レセントは左手をあげて、ベオンの顔に殴りかかる


ノタ「レセントさん!落ち着いてください!!」


ノタがレセントの両腕を掴み、体を密着させて腕を動かせないように止める


レセント「くそっ、離せ!!今、貴様に拳を食らわせて...」


タンテ「...レセント」


身動きが取れないレセントの右側に立ち、小さく呼び掛ける


レセント「なんだ!!お前の話に付き合ってる暇はなっ」


レセントがタンテに視線を向けた時にはすでにタンテの左手はレセントの右頬に叩かれていた


空気の乾いた破裂音と共にビンタされたことに気付いたのはあまり時間はかからなかった


タンテ「いい加減にしてください...もう敵わないと思ってたあの魔物を...皆を救える好機を...消さないでください....」


未だに消えない恨みや不安を抱え、だがいつかそれらは解決できると信じてきた


もし、善き方向に向けられるはずの結果が何かによって阻害されるようなことがあれば彼の者はどう動くのか


タンテ「お願いします...!私の首でも何でも差し上げます!!もうこんな地獄を見させられたくないんです!!!皆、死にたくない...私だって死ぬところはもう見たくないんです...」


ヒトと同じく懇願だった


自らの命をかなぐり捨てるような行為を目の前にしてレセントは無気力に膝から崩れ落ちる


ノタは脱力していくレセントを支え、また自分は過ちを犯したのかと精神を困憊していく様は誰から見ても分かるほどに絶望的に顔色は変わっていった


ルイン「...どうする?ベオン」


望むは協力を得られる回答


無慈悲に蹴られ、地獄の底に再び突き落とし日常に戻ることは誰も望まない


ベオン「言わずとも分かっているだろう、断る」


はずだった


ノタ「隊長...本気で言ってるのですか...!?」


タンテ「何故なんですか!!これ程身を呈して頼んでいるのに...!!!」


ふざけるな、とベオンは冷徹に徹しタンテに再び発する


ベオン「一度だけ言うぞ、私達の第二騎士団、全ての騎士団はお前らに助力を与えない」


ノタ「隊長!!それはあまりにも薄情ではありませんか?!」


ベオンは呆れたように頭をかく


この事象に拘ることに意味があることなのか本人にとって肝心なことだと思えなかった


ベオン「...ノタ、確かにエルフ達は危機的状況にある、あるだけだ...解決策はない訳ではない、魔法が効かないなら物理で対抗すればいいのにそれすらもせずに殺されることに怯えるだけ、私はそんな態度にイラついた」


ノタ「ですが、このまま放っておけばこの方達は...!!」


二人が口論している間にタンテは遂に泣き崩れ、王室に響き渡るほど大声で泣いていた


ベオン「よく聞け、私達にこの問題を割くことになにか報酬は得られるか?得られても感謝程度のものだろう」


ノタ「だからといって見捨てることの理由になるわけが...」


いい加減にしろ、とノタに怒号が飛ぶ


ベオン「お前も分からんわけではないだろう!こいつらに人員を割いて失うものが大きいことは確かなんだぞ!!ろくに戦力もならんこいつらに報酬を得ようが意味がないのも同然だ!!!」


茫然自失と倒れていくレセントをノタは自分の背中に担ぎ上げる


ノタ「隊長...そんなにこの人達を助けたくないんですか...?」


ベオンに向ける顔は助けるべき者がすぐ目の前にいるのに、それを「意味がない」というちっぽけな欲がエルフ達を救わないという愚かさに悲しみを表したような、懇願する目だった


ベオン「...助ける必要がない」


その感情もぶつけることしても心は揺り動かされず、答えは拒否をし続ける


ノタ「分かりました...」


ノタの背中にもたれ掛かっているレセントは覇気がない顔から涙が流れていた


タンテは「いや...見捨てないで...私達だけではなにもできない...」


ベオン「帰ってくれ、もうこちらではなにもしない」


もう届かない悲痛なる願いを乞うばかりのタンテ達、そのときノタはある決意をする


ノタ「...私一人でこの人達を助けます」


タンテ「本当に...私達を...?」


その言葉が本当か、幻聴ではないと確信を得るためにノタにおぼつかない足取りで詰め寄る


タンテ「嘘...じゃないですよね?!」


頬をつたう涙を拭い、ノタの肩を掴む手は赤子のように非力で弱々しい震えを感じさせる


足を踏ん張ることができないのか力入らずノタの手を借りないと立てないほどに体と精神は疲弊していた


ノタ「...私一人でも構いません、行かせてください」


このような事態になることを察知していたかのようにベオンはノタに刃渡り10cmほどの鞘に入った短剣を渡す


ベオン「何度言ってもそういうところは昔から変わらんな、念を押すが増員は期待するなよ?魔物の防衛戦に専念させねばならん」


タンテがやっと足に力が入ったのかしっかりと地を踏みしめるように立ち上がる


ノタ「タンテさんもう大丈夫ですか?」


タンテ「はい...すいません...」


窓辺に傍らでずっと佇んでいるルインが扉へと歩き出す


ルイン「もう一人くらいはノタに協力させられないのか?」


ノタはベオンに渡された短剣を眺める


ベオン「私からはどうしても無理だな、誰かが志願してエルフたちに同行するという者がいれば話は別だが...」


ノタに支えられていたレセントがハッと我に返りさっそうとノタから離れる


レセント「ええと...不埒な真似をしてしまい申し訳なかった...」


あの醜態を晒したことを申し訳なく思ったのか、深々とノタ達に頭を下げる


ノタ「顔を上げてください、あまり時間がないのならすぐにでも出立しましょう」


ルインたちに軽く会釈をして、ノタはタンテたちの背中を押すように王室の扉へと誘導する


ノタ「隊長、すいません」


王室の外へと消えゆく中、ぼそっと切なそうに振り返る


ベオン「...ちゃんと帰ってこい、死にそうになってもな」


はい、と返事をした螺旋階段へと向かうノタの背中を見送る


ルイン「よかったのか?一人でなにかできるとは思えんが」


ベオン「さあな、わからん...もしかしたら死ぬかもしれん、いずれにしても南の国の奴らになにかしらの借りはできるだろう」


ノタが去っていった後の扉をじっと眺める


ルイン「拒否して険悪な仲になるほど思慮が足らんやつらではないはずだが...しかし敵がまた魔物とはな」


ベオン「あの事件と関係してるのか、それとも全く別のなにかが動きはじめているのか」


足先を扉に向け、螺旋階段へと歩を進める


王室を出ようとするベオンに感づき、何気なく疑問をなげかける


ルイン「生きて帰ってこられるだろうか」


その問いにベオンが足を止め、答える


ベオン「...それで死んだならそこまでの男だったということだ」


その言葉が全くノタの身を案ずることの心ない言葉なのか、それとも不安に思う精神の表れなのか


答えずともベオンはどうあってほしいのかは既に分かりきっていた


ルイン「素直になればいいものを」


まるで心を見透かされたかのような言いぐさにベオンはさっそうと王室を出る



ノタ達はエルフが住む西の森へと急ぐ


無力なあの頃と違って助けを求めるものがおり、そして救える力がある


大切な人が殺されるあの無惨な光景を見させられ自分を憎みそれを糧とすること、魔物に対しての憎悪が今やノタが魔物を殺す原動力なのだろう


はたしてそれで本当に救われるだろうか


ノタ「できる、僕がやってみせるんだ、絶対にあいつらを...!!」


誰も戦うことは望まず各々に生活があるべきであり、だが共存できる世界が未だ実現できない理由はやはり個々に存在する憎しみや偏見が認識を曇らせるのであろう


そのような認識が誤りだともわからずに



ノタ達が北の国の外へとつながる大門を通りすぎようとしたとき、一人の兵士が呼び止める


兵士1「ノタさん?どこに行かれるんです?」


ノタ「遠出します、助力は結構です」


前もって留めておいた一頭の馬に歩を進めようとするが、遠出と聞いた兵士が門番たち向かって空を仰ぐように手を振る


すると門番達が三頭の軍馬を引き連れてきた


ノタ「...どういうつもりで?」


兵士1「三人で冒険に出るにはあまりにも遠いものになりそうですね、一頭で行かれるにしてもかなり時間がかかることになるでしょうし、せっかく楽しまれるなら三頭の馬を持っていってください」


タンテ達の形相で異様な雰囲気を察したのか他の兵士が何も意見することなく軍馬を差し出した


ノタ「...すいません、ありがとうございます」


兵士1「いえいえ、お礼されるほどのものでもないですよ」


にこやかに物腰柔らかく返すが、ノタ達が直面している問題の深刻さがどれほどなものなのか知らないだろう


.....知ろうともしない


タンテ「あの、すいません...」


一秒という時間も惜しいのか既にタンテとレセントは馬に跨がっていた


ノタ「...早く行かなければならないのでこれで失礼します」


ノタも馬に跨がり兵士に別れを告げ、北の国を抜けて西の国へと向かう


後書き

こういうところは直したほうが良いんじゃないかとかありましたらコメント下さい


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2020-09-16 02:39:39

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