トレセン学園のヌオダス
ヌオーxダイワスカーレットの小説。トレーナーが2人を育てるみたいです。
暇つぶしです。
地の文多めです。
春、それは出会いの季節。
新緑に彩られたターフから抜ける風が青臭ささえある芝の匂いを運び、吹き抜けていく。雲一つない空は春に相応しくと穏やかな日差しで空気を温め、湿り気を感じさせずに中央トレセンに入学する新入生たちを迎えていた。
そして、新入生たちが談笑する中でその人混みを掻き分けるかのように走る男性が1人。
吊るしでは無いスーツの襟には金色に光る中央トレーナーであるという証明であるバッチを付け、額に薄く汗をかきながらも速足で走るそれは教育者としては相応しいとは言えなかった。
例え、急ぎの用事で在ろうともトレセン学園の『練習場以外では走らない』と言う校則に違反している。この校則を真面に守っている生徒は学校の創業時以来、見た事が無いが少なくとも教育者であるなら校則を守ろうという気概を見せるべきだ。
普段から走り慣れているウマ娘からすれば人間の走りなど競歩程の速度にも満たない低速なものであるが、その男の焦りようから新入生のウマ娘たちは一歩、後退った。
そう、男は焦っていた。
ダイワスカーレットの専属トレーナーとなって彼女が優等生として在ろうと努力している事は知っている。放課後に学園の先生の手伝いから彼女を頼る生徒たちの面倒を見てトレーニングに遅れた事は両手では足りない。しかし、自身に連絡すら寄越さずにトレーニングをさぼる事など昨日まで無かった。自身がスマートフォンを持たない弊害として彼女の連絡先を知らずに居たのが仇となったのだ。
そも、向上心の塊の様な彼女は風邪を引いた時でさえ男のトレーニングを熟そうと練習場に足を運んでいた。普段の行いから学友に恵まれ、言伝くらいなら学友に頼めば幾らでも請け負ってくれるであろう緊急時でも、他のウマ娘を頼ろうとしないその生真面目さは大人である男にとってもある種の尊敬を抱いたものだった。
だからこそ、彼女は中途な理由で練習をサボらないと断言できる。専属トレーナーとして放課後から寮の門限まで片時も離れなかったのだ。病める時も健やかな時も共に歩んできたからこそ彼女から一定の信頼を得ていると云う自負さえあった。
長い競技人生、そんな事もあるかなと余裕をもって構えていた。それが、今朝方彼女の同室のウオッカが涙目で自身の元へ駆けて来たのであれば男が急がぬ理由は無かった。彼女が涙声で何を言っているのかは男には解らなかったが、嗚咽交じりの訴えにはその緊急性が見て取れた。ウマ娘である彼女には事の重大さ故にトレセン学園理事長の秘書であるたづなさんの元へと駆けて貰っている。
本来理事長秘書は学園の生徒に関わる事は無いが、たづなさんとは個人的な付き合いが在る。時間を忘れて盛り上がった結果、朝帰りになる程ウマ娘思いの彼女であるなら、きっと来てくれるだろう。なんたって、トレーナーは本来、ウマ娘の寮内に入る事は出来ないのだ。
ウマ娘寮へ入る為の手続きを考えるなら上役のたづなさんが居た方が良いに決まっている。寮に入る為の申請書はトレーナーから寮長に渡り、生徒会によってその理由が正当なものだと認められて始めて出入りが認められる程厳しい。強制的に寮へ立ち入るなら私が書くのは退職届になるが、たづなさんが居れば生徒会長と寮長に土下座をした後に始末書を書けば済む。
私とて専属トレーナーである以上、スカーレットの為なら死んでも良い覚悟があるが、担当を置いて学園を去るなどトレーナーとしての誇りが許さない。
さて、寮の前に到着すると既にたづなさんとウオッカが栗東寮の門前で私を待ってくれて居た。寮長であるフジキセキは新入生たちの入学式の手伝いで早朝に学園へと登校しているが為にこの場には居ない。だからこそ、ウオッカが私の元へ駆けて来たのだろう。
私はたづなさんとウオッカに頭を下げて栗東寮へと入ると、泣きじゃくるウオッカの先導で彼女たちの部屋へと向かう。大体のウマ娘たちは登校済みだったが、登校時間ギリギリまでを寮で過ごす僅かなウマ娘たちが何事かとざわついていたが、たづなさんと私の様子を見ると事の深刻さから自分が関わる事の出来ない領域であると悟り、私たちを気にしつつも登校の準備を始めていた。
ウオッカの案内で彼女の部屋の前でノックをしてから立ち入ると、紅茶に砂糖を入れた様な甘い匂いにスカーレットの匂いが混ざる。そういえば、アグネスタキオンが高級な紅茶缶を渡して来ると自慢していたなと関係のない事を思い出しながらもウオッカが指さす方向へ目を向けると、部屋の床で唸りながらも目を開けずにいるスカーレットの寝姿とそれに寄り添うように横になりながら鳴き声を上げている水色の生物が居た。
トレーナー「???」
たづな「???」
隣を見るとたづなさんも何が起きているのかが解らないかのように混乱している。私は取り敢えず、ウオッカに説明を求めた。
トレーナー「すまない。ウオッカ、何があったのか1から説明してくれないか?」
ウオッカは混乱がある程度収まったのか、鼻水を啜りながら昨晩の事を話した。
ウオッカ「昨晩の事なんだ・・・。」
彼女の話を要約すると夕方頃、2人で練習前に制服から体操着に着替える為に部屋に戻ると、この水色の生物が既に部屋に居たらしい。スカーレットは他のウマ娘の悪戯かと思いこの生物に近付いて持ち上げようとしたところ、この生物が『あくび』をした。すると、スカーレットが膝から倒れ込むように倒れ、寝息を立て始めたらしい。
明らかに不自然な寝入り方で、危険な倒れ方だった為にウオッカがスカーレットから水色の生物を引き離そうとしたが、自身もそこで意識が飛んで、今朝方飛び起きるようにして目を覚ました。目を覚ました時点でスカーレットと水色の生物は寝入っていた為にすぐさま助けを求めようと部屋を飛び出そうとした時に水色の生物の『いびき』を聞いて暫くの時間ひるみ、怖くなって私の元へ駆けて来たらしい。
トレーナー「たづなさん、私はあの水色の生き物の知識が無いのですが・・・。」
あの水色の生物が何なのかが解らない。私は特別動物に詳しい訳では無い、一般的に知られている動物は名称と姿が一致する程度の知識しか持ち得ていないのだ。これは、明らかに専門的な知識を持つ者が一般公開せずに研究対象にして居るタイプの生物。
過去にテレビで世界中の動物を特集する番組を見た事が在るが、その名称すら出て来ないのだから困惑する他無い。
たづな「・・・私もです。どうしましょう。」
トレーナー「取り敢えず、ウオッカ。助けを呼んだのは正解だ。よくやったな。」
ウオッカ「わわっ・・・なんだよ、急に恥ずかしい事すんなよなっ!」
私はウオッカの頭を撫でて褒めてやる。スカーレットの教育方針として褒めて伸ばすのが当たり前になっていたが、確かに担当以外にみだりにするものでも無いか。
トレーナー「うん?ああ、すまない。スカーレットは喜ぶんだ。」
ウマ娘との接し方は千差万別だ。ウオッカにとっては恥ずかしい事らしく、頭に両手を置いて顔を赤くしている。両耳が垂れているので本当に恥ずかしく思っている様子だった。
ウオッカ「いや、見られながらってのが嫌なだけだけどよ・・・。」
ウオッカの小言を聞きながら私はたずなさんにスーツの上着を押し付けるように渡し、シャツの袖を捲る。
スカーレットの為なら死ぬ覚悟がある。その言葉が偽りではない事を証明する時が来たのだ。
トレーナー「たづなさん、これを持っていてください。私が水色の生物をスカーレットから引き剥がします。」
たづな「えっ!?トレーナーさん。危険です!スカーレットさんだけじゃなくウオッカさんまで倒れてしまったんですよ。人間の貴方では耐えられないかもしれません!」
私は笑う。そんな事は関係のない事だ。担当のウマ娘が魘されているのだから。
トレーナー「だからって、スカーレットをこのままにしては置けませんよ。なに、ウマ娘には知られていませんが中央トレーナーには最強スペシャルな技があるんです。」
たづな「えっ?」
ウオッカ「なんだそれっ!?カッケー!」
私は腕と大胸の筋肉をパンプアップし呼吸を整える。集中とは呼吸から始まるのだ、身体を集中状態にし万全に動かせる様になってからゆっくりと歩きだした。
覚 悟 完 了
人間はウマ娘には勝てない。トレーニングで5tのタイヤを引きずり、時速70kmで走るウマ娘には如何やったって勝てる訳がない。だからこそトレーナーはウマ娘を支え導く覚悟に殉じなければならない。我々トレーナーに必要なのは体力でも勉学でも無いのだ。
精神は肉体をも凌駕する。
誰が負ける前提で戦うというのか。誰が全力を尽くさぬ者に付いて行こうと思うのか。私は彼女に君の1番になると約束した。1番のトレーナーはどんな危険があっても担当を見捨てたりしない。
私は水色の生物の両脇を抱えて持ち上げる。水っぽい見た目通りにしめりけがあり、両生類の様相。思ったよりも、成人男性位の重量が在るし、体長も小さな子供程には大きい生物を抱き上げるようにすると、急に水色の生物の眼がぱちりと開いた。
私は急停止し、部屋には緊張感が走る。たづなさんとウオッカは急停止した私を見ながら、何方かがごくりと喉を鳴らした音がはっきりと聞こえた。
そして、丸く小さい点のような瞳と目が合うと、私を認識したのかニンマリとしたその大口を開きピンク色の大きな舌を見せながらこの生物は間抜けに鳴いたのだ。
「ぬおー」
びくりとウオッカが身構える。彼女の反応からこれが、例のあくびであろう事は想像できたが、どういう訳か私に体調の変化は訪れる事は無かった。
ウオッカ「トレーナー!」
不意にウオッカが近づいて来ようとするが私は声で制止する。
トレーナー「問題ない。下がって居ろ!コイツはトレーナー室まで運び入れる。たづなさん、申し訳ありませんがやよい理事長に事の如何を連絡をしていただけませんか。2人の成績が理不尽な出来事で下がるのはいけません。」
この場は私に任せても問題ないと思ったのであろう。たづなさんは頷くと理事長室へと走って向かう。
たづな「ええ、そうですね。学園の先生にも連絡を入れておきます。」
そう言って彼女は私のスーツの上着を持ったままで走り出した。現在は時間的に入学式の真っ最中であるから誰かにぶつかって怪我をする心配もない。
しっかし、いつ見ても美しくバランスの取れたフォームに素晴らしい速力だな。これでメイクデビューに興味ないってのが本当に勿体ない。彼女であるならあのマルゼンスキーをなで斬りに出来るだろうに。ウマ娘で無いのが不思議なくらいだった。
ウオッカ「たずなさん速っや!」
ウオッカの驚きを聞き流しつつ事実確認を行う。学園内の寮に野生生物が現れ、学生に危害を加えた。言うまでも無く学園側の落ち度でありやよい理事長への連絡は必須となるし、生徒会も出張って来る事は想像に難くない。ウオッカにスカーレットの看病を頼むと理事長への説明と生徒会への言い訳を考えながら急ぐ。
私は水色の生物を抱えたままに部屋を出た。この生物が他のウマ娘に危害を加える可能性もあった為に取り敢えずは私のトレーナー室へと運び入れる算段だった。見た目から考えられるのは両生類、恐らく外来種であろう事は察する事が出来る。
特定の外来生物は在来種の保存の為に、生きた儘での運搬をしてはいけないという決まりがある物が多いのだ。トレーナー室にはパソコンが在るので調べる他無い。
そう言った場合には出刃包丁を買わなければ。解体は・・・シャワー室では問題になるだろうか。
私がトレーナー室までこの生物を連れて行くと早速、パソコンでこの生物の事を調べ始める。コイツは実に大人しい生物らしく、トレーナー室へ運び入れるまでの間一切の抵抗を見せなかった。適当な地面に座らせて放置する。
20分程調べた結果、コイツに最も近い生物はオオサンショウウオだろうか。世界最大のものになると体長は1.5m程度で体重は45kg。
しかし、姿が余りにも似ていなかった。水色の生物の身長は1.4m程度でハルウララ程の身長である。オオサンショウウオの体長は尻尾を含めた長さであるので、高さのみを測定する身長とは大きな差が在るし体重は70kgよりも重い。何より見た目がパステルな水色なのだ。オオサンショウウオは灰色と茶褐色の見た目であるから間違える事は無いだろう。
トレーナー「新種か・・・?」
こうも似姿が違うのであれば恐らく、新種のサンショウウオだろう。素人が下手な判断は下せないがやよい理事長への報告の為にはある程度の知識を付けておかなければ説明が出来ない。
そうして調べて居る間にトレーナー室のドアがノックされた。
たづな「トレーナーさん。理事長がお呼びです。」
私は返事をしてトレーナー室から出ると、中に居る水色の生物を逃がさない為に鍵をかけて理事長室へと向かいノックをしてから入室した。
やよい「吃驚(きっきょう)ッ!トレセン学園寮内で新種の生物がウマ娘たちに被害を加えたと聞いている。」
トレーナー「はい理事長。私の担当であるダイワスカーレットと彼女の同室であるウオッカが被害にあい昨日夕方から意識不明。今朝方登校前にウオッカが覚醒した為、私に救助を求めて来た事から事件が発覚しました。新種の生物は現在私のトレーナー室に監禁中です。」
やよい「英断ッ!良くぞウマ娘たちを守った!今回の件についてはその責任は全てトレセン学園側に在る!故に、彼女たちは今日の1日に限り欠席扱いにならない!ついては新種の生物についての扱いだが―――困惑ッ!皆が志すトゥインクル・シリーズのその先、新レース・URAファイナルズの開催を決定した中での事件!其故ッ!誠実さに欠けるが・・・!」
やよい理事長の語尾が下がって行く。3年後に初開催されるURAファイナルズの成功を誰よりも期待している彼女としてはこの件について世間に公表したくないという事だろう。
トレーナー「事を荒立てたくないと?」
やよい「肯定ッ!トレセン学園内で新種の生物が発見されただけでなく、ウマ娘にも危害を加えたのだ!取り沙汰されるのは自明!故にッ!新種生物の登録英語論文の作成を禁止する!・・・これは私からのお願いだ!聞いてくれるだろうか?」
理事長が目線を下に落とす。新種発見は最大の栄誉の1つだが私自身、興味が無いので間も無く頷いた。
トレーナー「元より発表をする気は在りませんよ。」
私はヌオーよりダイワスカーレットの方が好きです。
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