スターティング・リレーション
何年(6年くらい?)か前にコミケにて頒布されたハルキョン合同本に寄稿したSSです。
「今日はどこか寄ってくのか?」
キョンがやや首を傾げながらあたしにそう問いかけてくる。
「今日はいいわ。特に買い物もないし」
そうか、と言いながらポケットに両手を突っ込むと、キョンはノロノロと進みだした。
まだ寒さの残る三月。いつの頃からか、ふたりで一緒に帰るのが当たり前になっていた。
キョンはずいぶん背が伸びた。それは緩やかな変化だったのだろうけど、最近になって急に気になるようになってしまった。
――顔が、遠い。
並んで歩くとキョンの顔を見るのが大変で、自然に、さり気なく見つめるには離れすぎているし、正面からではちょっと不自然。
今までなら、例えばあたしがキョンの胸に飛び込んで爪先立ちでもすればキスだって届いたのだろうけど、もう無理。奇襲では届かないのだ。
ちらりとキョンを覗き見れば、寒さのせいか若干顔を強ばらせているようだ。白い息を吐き出しながら「寒ぃ」なんて締まりの無いコトを呟いた。
「なぁハルヒ、寒くないか?」
足を止め、そう言いながらポケットに突っ込んでいた右手を、こちらに差し出して来た。
「ほら」
……ん、と素直にその手を取る。
何か釈然しないモノもあるけど、何となく左手が寂しいと思っていたので丁度良かった。
キョンの手はポケットに入れていたにしては冷たく、あたしは思わず「ひゃあ」と叫んでしまった。
「ちょっとあんた、手冷たすぎよ!」
「すまん」
キョンは苦笑しつつその手を少し緩めながら、あたしの顔をまっすぐに見つめてくる。
「そんなに真っ赤になって怒るなよ」
あたしは緩められた手を強く握り返し、
「……分かってるくせに」
と唇を尖らせる。
しらばっくれた顔をしながら前を向いて再び歩き出したキョンに引っ張られないように、あたしもまた歩き出す。
……このところキョンはあたしに対してイニシアティブを握るようになっていた。それもごく自然に。
最初は「ようやくキョンも分かってきたみたいね!」なんて思っていたけれど、どうもしっくりこないのよね。
一言で表現するなら、『気に入らない』ってところかしら。
でもこんな風にキョンと手を繋ぎながら歩くってこと自体はとても心地よいと感じる。
――じゃあ、何が気に入らないのかしら。
キョンがあたしよりも前に居ること?
――違う、そうじゃない。
あたしが……知らず知らずのうちにキョンに甘えてしまっていること?
――ううん、そうじゃない。
そうじゃない。きっと、そういうことじゃないんだ。
あたしがなんとかこの『気に入らない』をカタチにしようと静かに頭を捻っていると、キョンがこちらを振り向きながら何が可笑しいのかやけに笑顔で、
「突然どうした? ハルヒらしくないぞ」
と、妙に爽やかな面持ちで言った。
「それ、似合わないわよ」
「う、まあ、そうかもな」
――あたしらしく。……あたしらしいってなんだろう。
「あんたこそ、無理してんじゃないの?」
「お前ほどじゃない」
「どうだか。そのキザっぽいのちょっと気持ち悪いわよ。あんたこそ、らしくない。それにあたしのどこが無理してるっていうのよ?」
「してるだろ。やけに大人しいっていうか」
「それはあんたが手を繋ぐからでしょーが」
あたしは繋いだままの手をぶんぶんと振りながら、キョンを睨む。
「分かってんの?」
キョンは虚空に視線を漂わながら数秒考え込む素振りを見せて、はっきりと言い切った。
「すまん。分からん」
普段はひねくれてるくせに、こういうときは素直なのよね……。
「まあいいわ。あんたにそこまで期待はしてないから」
それに――多少鈍い方がいい場合もあると最近は思うこともある。何だかんだ言って肝心なときは鋭いし、気も回る。なら――普段はこれくらいで丁度いいのだろう、きっと。
手を繋いだまま、踊るようにステップを踏んで縁石に乗ると、キョンの顔がぐっと近くなる。
ふん、相変わらずのマヌケ面ね。
悪かったな、と言うキョンのどこかバツの悪い顔にあたしは素早く口付けた。
「隙アリ!」
「うお、お前――」
間近で見たキョンの顔が真っ赤なのは寒さのせいだけではないだろう。
「前言撤回だ。ハルヒはやっぱりハルヒらしいよ」
「あんたもね」
やれやれといった感じで肩をすくめるキョンを引っ張るように、あたしは走り出した。
さぁ着いてきなさいっ。あたしはあんたを放さないけどね!
おしまい。
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