Forget me not
ただ、気づくのが遅かっただけだ。星が黄色に輝くときにはいつだって、そばには真っ赤な太陽があるということに。
―自分の気持ちはもう伝えられないということに―
「か~よちん!一緒に帰るにゃ~♪」
放課後、元気で明るい、一番好きな声で居眠りから目覚めた。
「んっ…えっ、ええ!?授業終わっちゃったのぉ!?」
「もぉ~かよちんったら凛より先に寝て、凛より後に起きるなんて、珍しくぐっすり眠ってたんだにゃ~。夜更かしでもしたの?」
「えっと…ううん、そういうわけでもないんだけどね…」
「ふ~ん。まぁ、いっか!早く帰ろうにゃ!」
「うん、準備するね。…真姫ちゃんも一緒だよね?」
「もっちろん!教室の外で待ってくれてるにゃ。さ、行こっ!」
☆ ☆ ☆
「ちょっと凛!暑いんだから離れなさいよねっ!」
少し顔を赤らめながら真姫は凛の腕を払う。
「ええ~、真姫ちゃんケチだにゃ~。腕絡まれるの、嫌なの?」
「いっ、嫌とかじゃなくて!暑苦しいのよ!」
「いいもんっ!ならかよちんと腕をくむにゃ~♪」
「なっ!?」
彼女ら2人にとってはこんなやり取りはもう日常になりつつある。
景色なんて目まぐるしく変化していく。自分たちは例外だ、とは思っていなかった。自分の隣に星が光っていたって、その隣で太陽が光れば星は見えなくなってしまう。自分の隣の景色が少し変化しただけで、なにも不思議なことはなかった。
「かよちん?かーよちん。ボーッとしてどうしたにゃ?」
腕に絡まった凛が見上げているのに気付き、ふと我に帰る。
「なっ、なんでもないよ!ちょっと考え事してただけ…」
「ふ~ん。今日のかよちん、ちょっと元気ないにゃ~」
「こんなに暑いんだもの。そりゃ元気も無くなるわよ。」
真姫がフーッと溜め息を吐きながら、額の汗をハンカチで拭う。
…不思議なものがあるとすれば、自分の居場所はここにはないとわかっているのに、いつまでもここに居てしまう自分だろう。
☆ ☆ ☆
「珍しいわね、花陽がにこに電話してくるだなんて。」
「ごめんね、やっぱり忙しかったかな?」
「…いえ、忙しいことはないわ。それに、単にスクールアイドルの話がしたいって訳じゃないんでしょ?」
「えっ!?なんで…」
「アンタねぇ…。声のトーンが低すぎっ!気づくなって言われても気づいちゃうわよ!なんか悩みでもあるんでしょ?」
「あ…うん。相談乗ってもらえるかな…?」
電話の向こうでは、まったく…と小さく呟く声が聞こえる。
ごめんね、にこちゃん。
だが自分の声を聞いただけで何のために電話をかけてきたかを見抜いた辺り、やはりにこに相談したことは正解だったのかもしれない。
☆ ☆ ☆
「なるほどねぇ~。それで花陽は2人と一緒に居づらくなったのね。」
「うん…。凛ちゃんはずっと昔から一緒に居るのに、それが普通だったのに。最近は苦しいの…。花陽は2人にとって邪魔者だってわかってる。わかってるけど
「2人が、花陽に邪魔だっていったの?」
にこは少し怒ったように話をさえぎった。
「えっ?いや言われてはいないけど…」
「はぁ…。あのねぇ、にこはカウンセラーでもなんでもない。だから、にこが思ったことをはっきり言わせてもらうわ。アンタは凛の何なの?真姫の何なの?それがわかってないなら、あれこれ悩んでもしょうがないと思うわよ。」
「それって…直接聞いた方がいいのかな?」
「さぁ?アンタがそうしたいならそうしてもいいんじゃない?でもアンタ、それで返ってきた言葉を一体どこまで信用できる?」
「……」
「ふぅ…ちょっと説教じみたこと
言っちゃったわね、悪かったわ。もう遅いし、今日は休みなさい。」
「うん…ありがとね。それじゃ
「あっ、ちょっとまって!」
「…もしさっきのこと聞いたとして、どんな答えが返ってきたとしても、μ’sのみんなはいつだってあんたらの仲間よ。また困ったりしたら、いつでも相談してきなさいよね。」
「…ありがと、にこちゃん。おやすみなさい。」
☆ ☆ ☆
「1.2.3.4!1.2.3.4!」
練習中、海未の声と手を叩く音がよく響く。にこちゃんに励ましてもらったのはいいけど、結局あのあと2人にはなにも聞けてないな。
あの2人が邪魔者だなんていうはずがない、とは心のなかで思っているものの、にこのあの言葉が引っ掛かる。
『アンタ返ってきた言葉を一体どこまで信用できる?』
2人を疑ったまま聞いたって、確かに意味がない。ならどうすればいいんだろう?考えれば考えただけ頭が混乱する。ダメだ、練習に集中しなくちゃ。
「はい、お疲れさまでした!今日はここまでです。」
疲れた~っといつものようにそこいらで聞こえる。今日も聞けないまま2人と一緒に帰るのかな。ちょっと気まずいな…。
「花陽。このあと、少しだけお時間いただけますか?」
「えぇっ!?わ、私?」
☆ ☆ ☆
「えっ、凛ちゃんと真姫ちゃんのカップリング曲?」
「はい。私…いえ、みんなもあの2人の関係が今までよりも深くなっているということには気づいています。」
「そう…なんだ。」
「そこで、あの2人と一番距離が近い花陽に少しだけアイデアをいただけたら、と思いまして。」
そういえば、いつも作詞は海未ちゃんに任せっきりだった。それでもいつも素敵な曲が出来上がるから、本当に海未ちゃんの作る歌詞はスゴいよね。
ちょっとだけ難しいな。でも海未ちゃんも困ってるし…。
「…うん、わかった。花陽でよければ、よろしくね。」
「本当ですか?ありがとうございます!では、早速歌詞の大まかな部分なのですが…」
☆ ☆ ☆
「お医者様の娘である真姫にぴったりな歌詞ですね。凛の方も『ぎゅっと抱きしめちゃうぞ』というところなど、元気たっぷりなのがよくわかります。」
2人について思ったことを並べて歌詞にしたら、海未に絶賛されてしまった。
「…お役に立てたかな?」
「もちろん!花陽は、本当によく2人を見ているのですね。」
海未は喜んでくれたが、自分は気づいてしまった。この曲をパート分けすると、まるで真姫が凛に恋させるために薬を投与したかのように読み取れる。
…もしかしたら自分は真姫に嫉妬しているのかもしれない。
告白する勇気もないのに人のことを恨むばかりで、私って最低だ…。
☆ ☆ ☆
「かよちんっ!」
「ふぁっ、はい!?」
「…最近疲れてないかにゃ?」
ある日の4時限目終了後すぐに顔を伏せようとしたところ、凛に顔をのぞかれる。
「元気がないかよちんじゃダメだよ。というわけで、今日はかよちんのためにこれを作ってきたにゃ!」
目の前には少し雑に包まれたおにぎりが転がってきた。
「おに…ぎり?」
「うん!かよちんに元気になってもらおうと思って!でも凛、やっぱり不器用だからちょっと丸~くなっちゃった…」
落ち込んだ表情の凛を見ていたら、なんだか本当に元気が出てきた。
「ありがとう、凛ちゃん。いただきます!」
もらったおにぎりを食べると、柔らかく結ばれていたのだろうか。すぐにぼろぼろ崩れてしまった。それに、食べ進めるとなんだかだんだん塩気が増してきた。
「…かよちん、泣いてるの?はっ!もしかしておいしくなかった…?」
「ちがっ、ちがうのっ!その…うれしくて。」
「なぁんだ、良かった!元気出たかにゃ?」
ニコッと笑った凛のその優しさは「幼馴染み」に向けられたものなのだろう。そうわかっていても涙が流れてしまうというのは、凛の言う通り疲れているからなのだろうか。
…今の自分の気持ちは、そうやって納得させるしかなかった。
優しくしないでもう
嘘よ 嘘よ そんなの嘘
優しくされるだけで
もっと もっと 好きになるの
いつでもそばに居るんだけど
「友達」それだけね…
気持ちを隠し続けてると
心が折れそうよ
…その夜、不思議な夢を見た。名前も知らない花でいっぱいの花畑のなかを凛と一緒に走っていた。
「かーよちん!見てみて、ちっちゃい黄色のお花!」
「…って凛ちゃん!それトマトの花だからとっちゃダメっ!」
「え~。って、かよちんも青いお花とっちゃダメにゃー!」
「え。私、いつの間に取っちゃってたのぉ!?」
「あはは!かよちん、天然さんだにゃ~♪」
ハッと目を覚ましたとき、口元が緩んでいたのがわかった。
またこうやって、笑い合えるときがくるといいな…。
そう思いながら、ゆっくり深く目を閉じた。
☆ ☆ ☆
「夏祭り…ですか?」
「うん!しかもしかもっ!今年は穂むらで出店を出すんだよっ!」
「わぁ~!すごいねっ穂乃果ちゃん♪」
練習が終わり、みんな帰り支度をしているときだった。明日この地域で開かれる夏祭りの話を穂乃果が持ち出したのだ。どうやら穂乃果の家が出店を出すらしい。
「じゃあ、夏祭りの時はみんなで穂むらのお店に顔を出しましょう?」
絵里の提案に反対するものは誰もいない。μ’sの仲間が出店を出すのだ、みんなで応援しに行かないわけがない。もはや暗黙の了解である。自分も自分とて、おにぎりを作って差し入れにしようか…などと考えていた。
「あれ、花陽ちゃん、ちょっと顔赤くない?熱でもあるん?」
不意に希が横から話しかけてくる。
「え、ほんと!?」
焦って自分の顔をペタペタと触ってみるが、熱があるようではない。
「えっ!花陽ちゃん、大丈夫?夏祭りだからって無理して熱だしちゃったら大変だよね…」
穂乃果が心配そうにこちらを見てくる。心配してくれるのに申し訳ないが、それ以上に自分でも夏祭りが楽しみであり、さらに穂むらに顔を出せないのもなんだかもったいない気がした。
「だ、大丈夫だよ!熱はないみたいだし、明日はちゃんといけるから。穂乃果ちゃん、おにぎりを差し入れに持っていってもいいかな?」
「ほんとにっ?全然ありがとーっだよ!じゃあ、無理しないでゆっくり休んでね~」
じゃあね~と手を振りながら穂乃果が先に帰っていく。明日のために、今日から仕込み作業があるらしい。
「では私たちも…」
「うん♪みんな、また明日~」
穂乃果に続き、海未とことりも部室を出ていく。
「じゃあ、私たちももう帰りましょうか。明日は練習お休みにするから、6時頃に会場に集合、忘れないでね。」
この機会にあの2人との関係をはっきりさせたい、と心の中で思った。
☆ ☆ ☆
「もぉー、真姫ちゃんおっそいにゃ~」
「しょ、しょうがないでしょ!浴衣なんてあんまり着ないんだし…」
夏祭り当日。時計の針は午後5時あたりをさしている。ここは西木野宅であるが、真姫が自分と凛をここに呼び出した理由は「浴衣の着付けがわからない」ということだった。
「もうちょっと待ってね凛ちゃん、真姫ちゃん。あとちょっと…これを通して…完成!」
「うん…完璧!花陽、ありがとね。」
真姫は鏡の前でくるくる回って自分の格好を確かめた。こうして浴衣を着せてみると、スクールアイドルではなく女優でもやった方がいいのではないかと思うほどに綺麗だ。その上歌わせればその声は透き通っていて、ピアノを弾かせれば一流であるのだが、意外にもこういう一般的なことには少し疎いのかもしれない。
「かよちんすごいにゃ!ありがとねっ!」
「…そんなにでもないよ、それより早く会場に行こ?」
「そうね、もうみんなも来てるかも。」
…どうして凛ちゃんがお礼を言うの?
喉まで出かかった言葉を飲み込んで、急かすように2人に問いかけた。
あまり深く考えるのはやめよう。3年のみんなが高校生のうちにみんなで夏祭りに行けるのはおそらく最後だ。それを自分達が問題を起こして台無しにするわけにはいかない。
☆ ☆ ☆
「あっ!お~い、みんな~!」
μ’sのメンバーを見つけた穂乃果がぶんぶん手を振って場所を示す。穂乃果はどうやら浴衣などではなく、いつものエプロン姿のようだ。
「穂乃果ちゃんはい、差し入れのおにぎりです!」
「うおぉ!丁度お腹すいてたんだ~ありがと花陽ちゃん!」
答えるや否やおにぎりをむさぼり始める。
「穂乃果、なにか私たちに手伝えることなどありますか?」
「む、はんひほはいほー!」
「って、ちゃんとおにぎり飲み込んでから話しなさいよっ!」
にこがツッコミをいれ、海未はやれやれといった様子で笑っている。
「ごっくん。いや~ごめんごめん、あんまり美味しかったもんで急いで食べちゃったよ。」
自分で作ったものなので、誉められると素直に嬉しくなった。
「手伝うことなんにもないよー!お母さんとお父さんがほとんどやってくれちゃって、今穂乃果の分の浴衣も雪穂が持ってきてくれてるんだ。だからみんなもうちょっと待ってくれる?」
「良かった。穂乃果もちゃんとお祭り回れるのね。」
絵里がほっとため息をつく。
穂むらはなかなか繁盛しているようで、立ち寄る人も多かった。一方こちらでは穂乃果も混ぜて「最初に何がしたいか」「何が食べたいか」など色々話し合っている。
少しだけ頭がぼーっとする…。やっぱり熱でもあったのかな。まぁそんなに気にすることでもないか…。
まずは「ひまわり迷路」というアトラクションにみんなで行ったのだが、ひまわりで囲まれた道は細く狭いので、2人組か3人組くらいで入ってくれということだった。
「じゃあじゃんけんで勝った人から順番で2人組、残りは3人組を作りましょう?せーのっ!」
最初はグー!じゃんけんポンッ!
「やったー!勝ったにゃ、一番勝ち~!」
凛が高々と手を挙げて喜ぶ。
「ほえ~、みんなパー出したのもすごいけど、凛ちゃん強いね~!」
「ふふっ、スピリチュアルやね。」
「じゃあ二番勝ちが凛と組むってわけね、いくわよ?せーのっ!」
最初はグー!じゃんけんポンッ!
☆ ☆ ☆
「わぁ~、本当に狭いんだにゃ~!」
ひまわりは自分達の身長よりも高く育っていて、本当に迷路のようになっていた。
「足元に気を付けてね、凛ちゃん。」
「うん!早くゴールして金魚すくいにいこっ!」
じゃんけんで二番勝ちになり、凛と組めたことは嬉しかったが、少しだけ複雑な気持ちになった。しかも、迷路が終わったあとは自由行動ということになり、もしかしたらこのまま二人で夏祭りを回ることになるかもしれないのだ。
海未ちゃん早くいこーよー!
待ってください穂乃果、暗いので危険です!
エリー、あなた入る前平気そうにしてたのに…
し…仕方ないじゃない!思ったよりひまわりが高くて暗いのよ…!
ことりちゃん、よく見たら結構おっきいんやね?
ひゃっ!くすぐったい~、やめてよ希ちゃ~ん
あんたら迷路の中でなにやってんのよ!
仲間たちの楽しそうな声を背中に、凛の勘のよさもあってかもうゴールに着いてしまった。
「みーんなー!花火が始まる前にちゃーんと集合してねー!」
凛が振り返って大声で叫ぶ。やはりこのあとは凛と回ることになりそうだ。…丁度いい機会でもある。自分のことをどう思っているのか、ということを何気なく聞くことができるかもしれない。それで気持ちがすっきり収まるかは分からないがタイミングを待ってみよう。
「さっ!かよちん、金魚すくいしにいこっ!」
聞かなきゃ…タイミングを…
「かよちん…?顔がちょっと赤くないかにゃ?」
凛ちゃんの…本当の気持ちを…
ドサッという音は自分の耳元で響いた。凛が自分の名前を呼んでいる声が聞こえる。無理して来るべきじゃなかったのだろうか?まさかこんな時に倒れてしまうとは思ってもいなかった。意識が薄れていく。…ごめんね…凛ちゃん…。
☆ ☆ ☆
「ぅん…?ここは…?」
意識が戻り、目を覚ました場所はなんだか見覚えのある場所だった。
「神田明神だよ!もぉー、かよちん突然倒れるからびっくりしたにゃ~」
声の主は隣に座り、濡れたタオルを絞っている。どうやら看病してくれていたらしい。
「ごめんね…凛ちゃん。」
「ごめん、じゃなくて、ありがとう!でいいんだよ、かよちん!」
「…ありがとう、凛ちゃん。」
「どういたしまして~♪」
「昨日希ちゃんも顔が赤いって言ってたし、やっぱり熱があったんだにゃ。おでこ、ちょっと熱いよ」
「頭がちょっとぼーっとしてただけだったから平気かなーって思っちゃって…」
「辛かったらちゃんと言わなきゃダメだよかよちん!」
「うん…ごめんね。…そういえばみんなは?」
「凛がみんなに連絡しておいたよ。でもみんな結構バラバラな場所に行っちゃったし、人も多くて下手にはぐれたら大変だから、花火までここでゆっくりしててくれるかにゃ?」
「うん、ありがとう凛ちゃん。」
「凛もずっとかよちんの隣にいるから安心してね!だから、もうちょっと寝てればどうかにゃ?」
「ありがとう…凛ちゃん…」
そっと目をつぶる。
「…好きだから好きですと 言うだけじゃ足りないの♪」
「!? 凛ちゃん、その曲…」
「『好きですが好きですか?』っていうんだよね!ことりちゃんとかよちんが練習してるのを聞いてたら覚えちゃったにゃ!でもこのあとの歌詞忘れちゃったんだよね…」
「…好きだからしてあげたい 望むことなんでも
そして私だけを
見つめて欲しいの♪」
「そうだったそうだった!二人によく似合う、あまあまな歌詞だにゃ~♪」
「…ねぇ凛ちゃん。」
「ん?なぁに?」
―私と真姫ちゃん、どっちが好き?―
「……突然どうしたにゃ、かよちん?」
「…ううん、突然じゃないの。ずっとずっと気になってたんだ。」
「なんでそんなこと…」
「ごめんね…。でも私、こんなことだけど考える度に辛かったの。さっき凛ちゃんが言ってくれたように、黙ってるのはやめようと思って…」
「……」
凛は言葉を失い、表情を曇らせた。あんなことを尋ねればこのような表情になることは容易に想像できたが、ここではっきり聞いておきたい。ごめんね、凛ちゃん。
「……どっちも、は駄目なのかな?」
「…駄目なわけないよ。でも、どうして凛ちゃんは真姫ちゃんに告白したの?」
「……憧れ、かな。」
少し詰まったあとで、凛は静かに口を開いて続けた。
「元気だけが取り柄の凛に比べて、真姫ちゃんは色んなものを持ってた。もちろんかよちんが何も持ってないってわけじゃないよ?…凛にはそんな真姫ちゃんが輝いて見えて、それがすごく羨ましくて…。」
「気がついたら真姫ちゃんの隣に居たいって思うようになってたにゃ。それでその気持ちを真姫ちゃんに伝えたの。」
「そうだったんだ…。」
「かよちんのことも好きだにゃ。だけど、真姫ちゃんに対して思った『好き』とはちょっと違ったんだ…。」
「…ありがとう、凛ちゃん」
「…でも花陽が凛ちゃんに思ってる『好き』は、凛ちゃんが真姫ちゃんに向けてる『好き』と多分同じものなんだ…」
「……うん。」
「ずっと前から近くにいて、いつも花陽を引っ張ってくれた。そんな凛ちゃんが大好きなんだ。だから最初は凛ちゃんと真姫ちゃんがうまくいくようにって思ってた。」
「でもね、二人と一緒にいるとだんだん胸が苦しくなっていったんだ。私は2人にとって邪魔者なんじゃないかな?って…」
「そんなわけない!かよちんがいなきゃ凛は寂しいもん!」
「ありがとう。…でもみんな幸せにはなれないって思うんだ。」
「そんなこと…っ!」
「2人が幸せになるなら花陽は幸せ。そんな風に、花陽は割り切れなかった。自分勝手…だよね。」
「そんなことないよ…凛だってそんなこと考えたくない…。」
「…凛ちゃんならどうすればいいと思う?誰も傷つかない、みんなが幸せになる方法があるのかな?」
「……ごめん、わかんないよ。だって、凛はこのままでいたいって思ってたから。」
凛はうつ向いて涙を落とした。
「…きっと花陽が居ないほうが凛ちゃんたちは幸せに
「なれないよっ!!」
「どうして自分を追い詰めちゃうの…?かよちんが幸せじゃないなら凛だって幸せじゃない。きっとそれは真姫ちゃんだって同じだよ。」
「じゃあ凛ちゃんが花陽を幸せにしてくれる?」
「それはっ…!…どうして意地悪なこと言うの?」
「私も、凛ちゃんが幸せじゃないと幸せになれないから。」
「…っ!」
言葉に詰まった、といった様子でまたうつ向いて涙を落とした。
「…わかんないよ。凛は何をすればいいのか、かよちんに何がしてあげられるのか。」
「…ごめんねかよちん。ずっと隣にいてあげられないや、用事を思い出しちゃった…」
「凛ちゃん…」
「かよちんのお家にお迎え来てもらえるようおねがいしとくね。おやすみ…」
「あっ!待って…!」
突然、ドカンという爆発音が闇のなかに響いた。それと同時に空にいくつも美しい花を咲かせた。
星の輝きは花火の明かりにかき消されて見えなくなってしまった。時々花火が途切れると見える星はとても小さかった。
☆ ☆ ☆
「はい、授業ここまで。」
夏期講座、というものが始まった。なんでもここ数年で廃校の話は何度か出ていたために、なんとか進学実績を伸ばして廃校を防ごうとしていたらしい。
「花陽、本当になにも知らない?」
「…うん。」
真姫は毎日同じ質問をしてくる。
もう3回目の夏期講座だが、その間1回も凛は学校に来なかった。もちろん練習にも参加していない。
「あの凛が練習を休むなんて普通じゃないわ。しかも一昨日の夏祭りから連絡がとれないし…。花陽は倒れたって聞いたけど、ずっと一緒にいたんじゃないの?」
「…夏祭りの日から心配してたんだ。」
「はぁ?当然じゃない!あの日凛の行動がわかるかもしれないのは、花陽しか居ないのよ?」
「…ずっと一緒にいたよ。でも凛ちゃんは用事を思い出したっていって先に帰っちゃった。」
「用事…?それ本当?行く前は何も言ってなかったじゃない。なにより…」
「なにより?」
「…凛が熱を出してる花陽を置いて先に帰るわけがない。よっぽどの用事があったって、放っておいて花陽を看病するはずよ」
真姫の言っていることはおそらく正しい。
「凛ちゃんのことはなんでも分かるんだね…」
「凛だけじゃないわ、あなたもよ、花陽。」
「えっ…?」
「授業中だって上の空、練習だっていつもより動きがにぶくなってる。なにか聞いても、てきとうに返事をするだけで。明らかにおかしいじゃない。」
「…夏祭りの日、凛となにかあったんでしょ?」
「……」
「ねぇ話して。私たち、友達なんじゃないの?」
「…真姫ちゃんは凛ちゃんと花陽、どっちが好き?」
「は…?」
「…同じ質問を凛ちゃんにもしちゃったんだ。」
「…それで、凛はどう答えたの?」
「もちろん、2人とも好きだって答えたよ。でも私はその答えだけじゃ満足できなかったんだ、自分勝手だよね。」
「……」
「真姫ちゃんは凛ちゃんと一緒に居られてうれしい?」
「…ええ、もちろん。」
「…そうだよね。凛ちゃんもきっと同じ答えだったと思う。でもね、幸せな2人に挟まれてる邪魔者がいるんだよ。」
「ふざけないでっ!!」
真姫が叫ぶと、ざわついていた教室が静まり、それと同時に他の生徒たちはそそくさと退室していった。
「私たちが花陽を邪魔者だと思ってるって、そうに見えたの?」
「ううん。もちろんそんなことはないと思ってたよ。でも私だけは、今のままでいるのは苦しかったの…。」
「そんなの…言わなくたって私たちは気づいてた」
「えっ…?」
思いもよらない答えが返ってきた。
「前に凛が、おにぎりを作る!って言って手伝ったことがあったのよ」
「おにぎりってあのときの…!」
「そっ。あのとき凛はおにぎりを作りたいだけっていってたけど、私はすぐわかったわ。花陽を元気にしたいんだなって」
「そう…だったんだ」
「確かに、いつも3人で居るのにその中で2人だけが特別っていうのはちょっと自己中だったわ」
「……」
「でも、私は凛のことが好きだった。好きな子に好きって言われたら、もっともっと好きになっちゃった。でもよく考えたら花陽のことを考えてなかった…」
「…いいんだよ、そんな
「良くなかったの、とくに凛はね。花陽は教室で一人だった私にできた大切な友達だけど、凛にとってはそれ以上に、信頼できる親友だったのよ。」
「……」
「親友が苦しんでるなら助けるのが当然じゃない?ほらっ、凛のうちに行って話きいてこよう?」
真姫は手を引っ張ってきたが、この場から動く気はなかった。というより、動けなかった。
「…凛ちゃん、きっと私のこと嫌いになっちゃった。酷いことばっかり聞いて、凛ちゃんを傷つけちゃった。だから凛ちゃんは多分私に会いたくないって
バチン!と激しい音が教室に響くと同時に、頬に痛みが走った。
「…意味わかんない!!」
大粒の涙を溜めて、ぷるぷると震えた様子をしている。少し麻痺した思考回路であっても、この表情があらわす感情は容易に理解できた。
「…会いたくないって言われたら、もう会わなくていいの!?それで平気なの?親友ってこんなことで壊れちゃうの!?」
真姫はボロボロと泣き崩れてしまった。
…やっぱり思考が追い付かない。真姫ちゃんは花陽に怒ってるんだよね?なのにどうして泣いてるの?どうしてこんなに悲しそうにしてるの?
「…羨ましかったの。」
真姫がうつ向いたままゆっくり口を開いた。
「花陽は私よりもっと昔からずっと凛と一緒にいる。だから私の知らない凛を、花陽はいっぱい見てきた。私がいくら凛と仲良くなったって、花陽の方がたくさんの凛を知ってる、それが羨ましかったの…。
親友って、何があったって親友。そうじゃないの?」
「……凛ちゃんが、花陽を親友って認めてくれなかったら?」
「…つまんないこと言わないで!」
言葉は強く発せられた。
「…花陽、あなたが幸せじゃないのって、多分私と凛と一緒にいるからじゃない。周りからの、あなたに対する思いがわからなくなってるんじゃないの?」
「私に対する…?」
「誰にも愛されてないとか、誰にも必要とされてないとか、そんなくだらないことかんがえてるんじゃない?」
「……うん。」
「はぁ…やっぱり面倒な人が多いわね。」
「!?」
突如、真姫が肩を抱いてきた。
「…花陽、よく聞いて。私は確かに凛には友情以上の感情を向けてるわ。もしかしたら凛もそうかもしれない。だけどね、だからってどうして花陽が邪魔者になるの?」
「…じゃあ、花陽はどうすればいいの?」
「それはっ…」
「『Beat in Angel』 はね、実は私も作詞を手伝ったんだ。」
「えっ…花陽が?」
「うん。2人の一番そばで2人を見てるからって。」
「…本当は手伝いたくなかったの。2人を認めちゃう気がして…」
「……?」
「真姫ちゃんのお父さんはお医者さんだから、薬とか針とか、そんなイメージが浮かんだんだ。凛ちゃんは元気いっぱいなイメージ。でもあの歌詞、完成した後でおかしいなってわかったんだ。」
「真姫ちゃんに嫉妬してたの。」
「嫉妬…?」
「うん。凛ちゃんは真姫ちゃんに薬を飲まされてるんだって。だから、真姫ちゃんのことが好きになっちゃったんだって…そういう歌詞になってたの。」
「…で、でも!それはただの歌詞で
「海未ちゃんがね。気分が沈んでいるときは悲しい歌詞ばかり考えちゃう、逆に楽しい気持ちの時は楽しい歌詞が作れるって、そう言ってたんだ。花陽は、真姫ちゃんが凛ちゃんを騙してるみたいだって、そう心の中で思ってたんじゃないかなって…。」
「騙してるって…なにそれ、意味わかんない。花陽が思っている以上に、花陽は自分勝手なんじゃないの?」
「……」
「わかんない…私、花陽がわかんない。悩んでるんだったら…ちゃんと自分の口で、自分の好きって気持ちを凛に伝えればいいじゃない…。」
…私、何してるのかな。
凛も真姫も傷つける気はなかったが、自分は真姫の言ったように、好きという気持ちを伝えることができなかった。その度胸の無さが、結果的に凛や真姫、そして自分をも傷つけたに違いない。
教室には、ただ2人のすすり泣く音が響くだけだった。
☆ ☆ ☆
どのくらい二人で肩を抱き合っていたのだろうか。もう日は暮れかけていて、空は橙色に染められている。
「…私、もう帰るわ。遅くまでごめん、また明日。」
真姫は涙をぬぐい、少し駆け足で教室から出ていった。
それから少しあと。真姫とは違う方向に足を進めていく。ドアを開けると、夏ではあるが少しだけ風が吹いてきて、目の下がスースーする。
「…私が、私が間違ってたんだ。ごめんね、真姫ちゃん。私の自分勝手が凛ちゃんだけじゃなくて真姫ちゃんまで傷つけちゃった。真姫ちゃんが思っていたこと、伝えたかったこと、ちゃんとわかったよ。」
「でも…でもね。私は真姫ちゃんみたいに強くないし、度胸だってない。また自分勝手なことをして凛ちゃんが辛い思いをするかもしれないのが嫌なんだ。だから」
ごめんね凛ちゃん、言えないよ…
― 伝えることはただの夢だから
これ以上望まない 片思いでいいの
とめられない 孤独なHeaven
気づいてと言えないよ
怖れてるHeartbreak
恋を消さないで
私だけの 孤独なHeaven
切なさが愛しいの
あなたへのHeartBeat 熱く熱く
とめられない 熱いねHeaven ―
いつもの練習のときに感じていたものとはすこし違う、重たい風が屋上を吹き去っていった。
~完~
―あとがき的な何か―
春が過ぎて。お日様はでてるけど、まだそんなに暑くはない。
「凛、凛。入るわよ?」
コンコンというノックと同時に、聞き慣れた声がドアの向こうから聞こえてくる。
「真姫ちゃん!どうぞどうぞ~♪」
「失礼します。はい、これ途中の花屋で買ってきたの、飾っとくわね。」
「わぁきれいにゃ~!それにしても、お見舞いに来るだけなのに花束買ってくるなんて、真姫ちゃんってば大げさ~」
「たっ、たまたま途中に花屋があって目についちゃっただけよ!」
「またまたぁ~!でも青いお花綺麗だね~♪」
「青い花って、ちょっと他のより小さくない?」
「えー、確かにちょっと小さいけど、だからかわいいんだにゃ~」
ひらひらと、手元に小さいと言われた花が落ちてきた。
「あっ、お花が…」
「…これは髪飾りにでもしようかにゃ!」
花を拾い上げ、髪にあててニコッと笑った。
「…これからまた夏がくるね、かよちん。」
窓から差す日差しをベッドの上でボーッと眺めながら、青い勿忘草に水をあげた。花は落ちることはなく、嬉しそうに、花びらについた水滴を輝かせた。
勿忘草(ワスレナグサ)の花言葉
「真実の愛」「私を忘れないで」
初投稿です!確認はしましたが、万が一誤字等あったら申し訳ありません。
友人の誕生日のために考えものですが、これでも一応鬱展開のつもりです…w
このSSへのコメント