Sometime,Somewhere,Another
ある時は傭兵として戦場を駆け抜け、またある時は魔術師殺しの名の下に暗殺者となる。それが衛宮切嗣の日常だった。
これは、そんな彼がまだ聖杯戦争と一切の関わりを持つ前の物語。
切嗣「舞弥、弾薬の補給は終わったかい?」
舞弥「ええ、滞り無く。ところで新たに依頼がきています。」
切嗣「…ん、今度はどこからだい?」
舞弥「聖堂教会からです。死徒の討伐を要請してきています。」
切嗣「なに?そんなこと、教会の代行者の仕事だろうに。どれ、よく見せてくれ。」
切嗣は舞弥から数枚の書面を受け取った。しばらく眺めていると、切嗣はある一点で目が止まった。
切嗣「な…アリマゴ島だって…」
依頼の場所は彼が忘れもしない、すべての始まりの地、アリマゴ島だった。
依頼の内容は次のようなものだった。
数年前の死徒化の一件以来、無人だったアリマゴ島に開発の話が持ち上がった。海外の開発関係者数名がその視察のためにアリマゴ島に向かったがそれっきり消息を絶ってしまった。連絡が入らないことを不審に思った同業者が様子を見に島に向かったがまたしても消息をたってしまう。ところが、二週間ほど前になって、業者の一人がボロボロになって帰ってきた。震えながら、島には化け物がいると何度もO連呼し続け、そのまま息を引き取った。ところが、翌日に行われたその男の葬儀の最中に、男が復活…死徒化した。このことがきっかけで聖堂教会の知るところとなり、教会はアリマゴ島に人員を派遣した。過去に衛宮家五代目頭首が引き起こした事件のこともあり、教会は代行者を二名含めた三十人の調査隊を作り、現場に向かわせた。しかし、結果は散々なものとなった。代行者一名を含め二十人の死者をだし、七人が行方不明となった。重症をおいながら帰還した三名により状況は把握されたが、対処に困り、切嗣への依頼となった。
切嗣(これは…僕の生い立ちを知った上で依頼してきたとみるべきか…)
舞弥「切嗣、どうしますか?」
切嗣「ああ、受けよう。そんな怪物が放置される事態なんてあってはならないからね。」
舞弥「了解しました。」
切嗣「じゃあ早速用意をしてくれ。」
切嗣(まさかとは思うが…)
時を同じくして、言峰綺礼は父璃正に呼び出されていた。
綺礼「どうしたのですか父上、緊急の案件とは?」
璃正「うむ。代行者であるお前に対応してもらいたい案件でな。詳細はこれに。」
綺礼「拝見します。」
綺礼「死徒の討伐ですか。」
璃正「左様。すでにこちらに死者が出てしまっておる。教会は外部の者を含め、全力を持ってこの件の処理に当たっているが、やはり教会としとしては外部の…ことに魔術協会の人間あたりに始末されてしまってはさすがに体裁が悪い。よって綺礼。お前に出向いてもらいたい。できれば他の案件よりも優先してもらいたいが…頼めるか?」
綺礼「無論です。父上のひいては教会のためならば喜んで。」
璃正「そうか。では急いでアリマゴ島へ向かえ。」
綺礼「はい。では失礼します。」
翌日の早朝、切嗣と舞弥は拠点としていたホテルを出た。しかしアリマゴ島までの距離は遠く、飛行機、列車を乗り継ぎ、港で船を借りるころにはすでに深夜となっていた。営業時間外に叩き起こされて文句をたれる店主に多めの額を握らせ、二人はアリマゴ島を目指した。
切嗣「そう言えば、君にはまだ僕の生い立ちを話してはいなかったね。」
舞弥「ええ。ですが、今回の仕事に関係があるのですか?」
切嗣「ああ、大有りなんだ。今僕たちが向かっているアリマゴ島は、僕が昔住んでいた島なんだ。」
切嗣は舞弥に、アリマゴ島で起きた死徒事件のこと、そこで最初に死徒になってしまったのがシャーレイという親しかった少女だったこと、その元凶が自分の父親であったこと、ナタリアに助けられ自分がこの世界に入ったことを話した。最初はアリマゴ島のことのみを話すつもりだったが、気づけばナタリアと過ごした日々にまで話が及んでいたことに切嗣は驚いた。
切嗣(おっと…もうほとんど今回の依頼には関係無いな。思い出したらつい話してしまった。僕もまだ過去を捨てきれていないんだな。)
切嗣「…まぁこんなものかな。ナタリアとはある事件で死別…いや、僕が頃してしまった。その後しばらく一人で戦っているうちに、あの戦場で舞弥と出会った訳だ。」
舞弥「そうでしたか。それで切嗣は今回の事件と、以前の死徒事件には関係性があると考えているのですか?」
切嗣(さすがは舞弥だ。必要な部分だけを確認してくる。もっとも、僕の過去なんて掘り返されたらたまったもんじゃないが…)
切嗣「ああ。あのとき、聖堂教会と魔術協会の介入で殲滅されたことになっているが、可能性がゼロではないと考えている。もっとも新たに無人のあの島に魔術師が住み着いていたとも考えられるけどね。でもそうだとしたらもっと前から何らかの兆候は確認されているはずだ。仮にも一度あれほど大規模な事件があった以上、聖堂教会だって全く島を放置していたとは考えにくい。外部から入る者がいれば直ぐに感知するはずだ。監視に引っかからなかったとするなら、島の中でひっそりと息を殺していたと考えるべきだろう。」
舞弥「なるほど。…切嗣。アリマゴ島が見えてきました。」
切嗣。「そうか。じゃあ下船の準備に取り掛かろう。最悪、脱出の時のためにも、この船は目立たないところに隠しておこう。…僕がいい場所を知っているから、船を向けてくれ。」
舞弥「了解しました。」
二人の乗った船は港から離れた入江に停められた。そこはかつて切嗣がナタリアと共に島を脱出した場所、切嗣の父が船を隠していた場所だった。船を降りるとき、時計は午前三時を回っていた。
切嗣「さて、それじゃあ死徒探しといこうか。教会の連中がどれだけ島の中の死徒を始末したかは分からないが、少なくともここでやられた二十人は死徒化している可能性が高い。何にせよ警戒を怠るな。」
舞弥「はい。」
二人は入江から森の中へと入って行った。しばらくは二人が草を踏み進む音しか聞こえなかった。しかし小一時間ほど森を進んだ頃からだろうか、二人は自分たち以外の気配を感じていた。それでもこちらは気づいていないかのように眈々と進む。向こうの動向を探るためでもあり、またもっと視界の開けた場所におびき寄せるためでもあった。
切嗣「僕の見たところ、もう少しで一旦視界が開けそうだ。そこへ出たら僕が一旦相手に威嚇射撃を行う。舞弥は周囲を警戒してくれ。」
小声で語りかけた切嗣に舞弥はうなずいた。緊張のまま、二人は鬱蒼と茂った木々の中から抜け出した。次の瞬間、振り返った切嗣は銃を構えた。後退しながら気配のする方向へ連射する。同時に舞弥も銃を構え周囲に目を目を向ける。風で揺れる木々とは明らかに異なった、何かが草木をかき分けて猛烈な勢いでこちらに向かってくる音が聞こえてきた。
舞弥「そこだ!」
切嗣が撃っていた方向から少し斜め目左にずれた方向に舞弥が銃弾を放つ。その刹那、向こう側から影が飛び出してきた。二人は急いで飛び出してきた影に銃を向けるが、影の速度はそれを上回っていた。二人は一瞬影を見失った。途端、影は切嗣の後ろに降り立ち、次の瞬間攻撃をくりだしてきた。
舞弥「切嗣!」
切嗣「くっー固有時制御二倍速!」
切嗣は咄嗟に体内時間を倍速にし、影の攻撃を間一髪で避けると、銃で攻撃をしながら距離をとった。影は素早く銃弾を避けるとさらに木々のないところで立ち止まった。暗く、顔がよく見えないが、まるで品定めをするかのようにジッとこちら伺ってくる視線を切嗣は感じた。あまりに異様な気配に、一瞬動けなくなってしまった。それは舞弥も同じようだった。
切嗣(こいつか…こいつが今回のターゲット。)
銃を構え直し、切嗣は影に向かって目をこらした。そのとき、それまで真っ暗だった空がかすかに明るさを増してきた。どうやら日の出が近づいてきたようだ。その時、切嗣は目を疑った。
切嗣「そんな…まさか!」
わずかに明るくなり見えてきた影の正体。背丈は小さく、髪の毛は膝ほどにまで伸びていた。手の爪が鋭利に生え、服は一面が乾いた血液で汚れていた。しかし、切嗣が驚愕したのはそこではなかった。それは、口から牙が見え隠れしていてもハッキリと分かる少女の顔。
切嗣「まさか、君は、しゃ、シャーレイ…なのか。」
日の出の兆候を感じ、影の正体は素早く森の中へと消えて行った。途端、切嗣は膝から崩れ落ちた。かつて切嗣が救うことも、死なせてやることさえできなかった少女。彼女との思いがけない再開は彼にとってあまりにも辛いものだった。舞弥は、これまで見たことのない切嗣の姿にただただ困惑するばかりだった。
言峰綺礼がアリマゴ島に到着したのは、その日の昼過ぎだった。かつて港だった場所から市街地へと向かう。ターゲットを直ぐに確認したいところではあったが、船で長いこと旅してきたために、やや疲労を感じていた。とりあえずは、あらかじめ渡された資料に載っていた教会に向かい、そこで一休みしつつ、状況を改めて整理することにした。
言峰「ほう。ここが教会か。随分派手に暴れまわったようだ。もっとも、壊したのは死徒か、魔術師かは分からんが。」
証拠隠滅のために町のほとんどが焼かれたと資料には記載されていたが、教会はかろうじて建物の原型をとどめていた。言峰は資料を取り出してアリマゴ島で警戒すべきポイントを絞った。まず第一に、以前の事件の首謀者の工房があった町外れの住宅。次にその周辺から広がる森。仮に魔術師が何らかの実験で拠点を作るならば、かつて使用された場所が再利用される可能性があるからだ。また死徒たちが町で確認できなかったため、森の中に潜んでいる可能性が挙げられたからだった。
言峰「ではまずは例の工房跡地を見てみるとするか。」
言峰は一息つくと、再び教会を出て、目的地へと向かった。途中目に入ってくる景色はほとんどが何かが燃えた跡だった。数年もの間放置されていただけあって、あちこちから雑草が生え、もはやそこが生活圏だったとは思えない荒れようだった。彼の足で四、五十分ほど歩いたところにかつての衛宮邸があった。中に入って見たが、ここ数年誰かが入った気配はまるでなかった。どうやら使用されていないようだ。
言峰「ふむ。特に異常は無しか。では森を捜索するとしよう。」
言峰は足早に旧衛宮邸をあとにした。
言峰が出て行ってから少ししてから、旧衛宮邸に人影が近づいてきた。それはかつての住人である切嗣とパートナーの舞弥だった。あれから二人は森を探索し続けたが、とうとう成果は無かった。ターゲットである死徒と接触してから切嗣は終始無言のままだった。探索は舞弥の提案であった。普段ならば切嗣の指示に従うだけの舞弥であるが、なかなか指示を出してこない切嗣に痺れをきらし提案したのだ。今回の依頼は舞弥にとってはイレギュラー続きだ。結局、数時間森をうろついたものの死徒に繋がる手掛かりは無く、そこでようやく切嗣が拠点を設けて休むことを提案してきたのだった。
切嗣「ここだ…ここがかつての僕の家だ…」
二人が中に入ろうとした時に、切嗣は違和感を覚えた。
切嗣「舞弥、注意しろ。誰かが近づいた形跡がある。それも随分新しい。下手をしたらまだ中にいるかもしれない。」
舞弥「はい。」
切嗣が見つけたのはつい先ほどここを訪れた言峰の足跡だが、彼らは無論自分たち以外にこの島に来ている人間がいるとは知らない。扉を一気に開いて中に踏み込んだ。二人とも片手には銃を構えている。神経を研ぎ澄まし、中を探索する。しかし、中には誰もいない。一番奥の部屋まで確認して、二人はようやく安堵のため息をついた。
切嗣「どうやら誰かが中に入ったのは間違いないようだが、今は誰もいないようだ。」
舞弥「念のためにセンサー式の警報を取り付けておきますか。」
切嗣「ああ、そうだな。よろしく頼むよ。」
舞弥「了解しました。」
切嗣「それが終わったら君も休んでくれ。相手は暗闇好んで活動するタイプのようだから、また夜にはあいつを探しに出る。」
舞弥「はい。それでは取り付けてきます。」
舞弥が出て行くと、切嗣は建物の中をうろついた。向かった場所は父の部屋。忘れもしないあの夜、彼が父を射殺した場所だ。
切嗣「父さん…。まさか、またここに来ることになるとはね。」
自分が始めて人を、父を殺した瞬間。自分が感情と無関係に引き金を引く才能があるのだと知った瞬間。気がつけば何度も引き金を引いていた自分をナタリアが止めた瞬間。思い出したくもなかった記憶が走馬灯のように蘇ってきた。
切嗣「うっ…」
気分が悪くなり、部屋を後にする。拠点にするならば自分の知った場所がいいと判断し、建物として原型をとどめていたため利用すると決めたものの、あまり長居はしたくないと切嗣は感じた。彼は持ち込んだ食料を建物の外で食べた。警報器の設置を終えた舞弥が戻ってきて、ようやく彼の気分も落ち着いた。その後、交代で見張りをしつつ、二人は仮眠をとった。
すっかり日が暮れた。森が暗闇に呑み込まれるのも時間の問題となった。言峰はこれ以上の探索はいたずらに体力を消耗すると判断し、引き返すことを決めた。森に入ってから、彼は九体の死徒を葬った。服装から判断するに、元はこの島に来た開発関係者であったはずだ。どの個体も単体で不定期に現れたことから、ターゲットは死徒を操る類の能力はないと言峰は推測した。ならば、先発隊が壊滅した理由は何か。圧倒的な数量がいたとは考え難いが、ターゲットが代行者二人をものともしない実力を持っていたという考えもにわかに信じられなかった。しかし後者の可能性が高いと彼は考え、体力の温存という結論に至ったのだ。他にもこの件にあたっている外部の人間がいると聞いていたが、未だに出会ってはいない。どんな人間が派遣されているか、わずかに興味はあったが警戒すべき点が多いため、予測はしていなかった。もしターゲットに出会ったならば、その時邪魔をしないでくれればいい。その程度に考えつつ、森を抜けて行った。
再び夜が来た。ターゲットがシャーレイだったのか。確かめたい気持ちはあるものの、もしそうならば彼女に銃を向けなければならないと考えると切嗣はターゲットの探索を一瞬躊躇った。しかし、すでに多大な被害が出ている以上放置はできない。その葛藤が彼の中にあった。
切嗣「…準備はいいかい。」
舞弥「はい。いつでも行けます。」
切嗣「そうか…」
彼は一度大きく深呼吸をし、そして、
切嗣「行くぞ。」
再び森へと一歩を踏み出した。
前回はかなり長い間歩き回ったあとで、しばらくの間追尾され続けたことから、今回も持久戦になるだろうと切嗣は予測していた。しかし、彼の予想は大きく外れることとなった。
切嗣「舞弥、感じるかい?間違いなく奴だ。まさか僕たちの拠点のすぐ近くまで来ていたとは…」
舞弥「ええ、敵はこちらのにおいか気配でも追いかけてきたのでしょうか?」
切嗣「それは分からないが…少なくとも狙いが僕たちだということは確かなようだ。」
昨日に増して強烈な殺気がすぐ近くまで迫ってきている。敵は間違いなくこちらを捉えている。草木を分けてこちらに迫ってくる。
切嗣「舞弥、一旦引くぞ。森の外までおびき寄せるんだ。」
舞弥は首肯し、二人は一斉に元来た道を駆け出した。敵も二人の動きにすぐに気づいたようで、スピードを上げてきた。森に入ってわずかに十分足らずしか歩いていないはずだったが、背後から強烈な殺気を感じつつ走る二人には随分な距離に感じられた。そしてようやく二人が森を抜けようしたその瞬間、彼らの真横を影が駆け抜けた。
切嗣・舞弥「くっ!」
二人は慌てて止まり、銃を構えた。切嗣は相手を凝視した。
切嗣「やはり…シャーレイなんだね。」
返答はない。彼は自分が銃を向けた相手がかつての初恋の相手であることを認識すると、自分の心に言い聞かせた。
切嗣(確かにシャーレイだ。しかし、もう彼女は人間じゃない。人間じゃないんだ。人に世に害を与える死徒なんだ。ここで僕が彼女を殺さなければこの先、もっとたくさんの犠牲者が出る。それだけはあってはならなっことなんだ!)
切嗣の銃を握る力が強まる。目の前の死徒を殺すという決意を固めた。
切嗣「舞弥、いくぞ!」
舞弥「はい!」
二人は左右に駆け出し、銃弾を放った。死徒=シャーレイはそれを難なく避けながらどちらへ向かうかを伺っている。次の瞬間、シャーレイは切嗣の方向へと駆け出した。
切嗣(来たか!)
切嗣「ー固有時制御二倍速!」
ぎりぎりまでシャーレイが近づいたのを確認すると、切嗣は体内時間を加速させ、彼女のすぐ手前に手榴弾を投げつけてから一気に距離を離した。舞弥もその状況を理解し、可能な限り離れていた。次の瞬間、閃光が走った。
言峰は教会で仮眠をとっていた。とは言っても、非常時にすぐに対応できるように精々体を横にして休んでいた程度である。
遠くで何かが爆発したような音が聞こえてきた。これこそが、切嗣が投げつけた手榴弾の爆発音である。言峰はすぐに起き上がった。
言峰「一体なんだ、今の音は?森の近くからか…」
言峰は爆発があったと思われる場所へ、森の方角へと駆け出した。
爆発後、辺り一帯に煙が立ちこめた。切嗣と舞弥は全神経を集中させ、敵の気配を探った。
切嗣(動く気配がない…仕留めたのか…?)
彼らはそれまでの強烈な殺気を感じることはなかった。切嗣は一旦状況を確認するために舞弥を呼ぼうとした。その時だった。
舞弥「ぐぁっ…はっ…」
煙の向こうで何かがぶつかる音。その直後、舞弥の声が聞こえた。そして再び切嗣はあの殺気を感じ取った。
切嗣「舞弥!!」
彼女からの返答は無い。
切嗣(最悪のケースだ。奴はあの爆発を回避したんだ。ダメージを幾らか与えたかもしれないが、未だに攻撃するには十分なコンディションというわけだ。おまけに奴はこの煙の中で殺気を抑えて攻撃してきた。くそっ、手榴弾が裏目に出たか!)
切嗣は集中した。一瞬感じ再び消えた殺気の発生源を必死で探した。はたして舞弥は今どれだけのダメージを負ったのだろうか?最悪、彼女までが死徒化するような事態には陥っていまいか?不安要素が幾つも頭をよぎったが、それすら振り払い敵の探知に専念する。
切嗣(どこだ…どこから狙っている?)
その時、彼の後方から踏み込んだ足音が聞こえた。
切嗣(後ろか!)
振り返ろうとしたその時、既にシャーレイは彼のすぐ目の前まで迫っていた。次の瞬間、腹部に渾身の一発を受けた。切嗣は後方へと弾き飛ばされた。だが、それでやられたままの彼ではない。飛ばされながらも銃を構え、シャーレイにめがけて連射した。その弾丸は、もう一発しかけようと踏み込もうとする彼女の右足に命中した。シャーレイはバランスを崩し倒れた。切嗣は近くの木に背中から衝突した。かなり強くぶつかったために相当なダメージを受けた。切嗣の意識が朦朧とし始めた。
切嗣(だめだ!ここで落ちたら確実にやられる。意識を保つんだ!)
シャーレイはゆっくりと立ち上がり、こちらに向かってくる。目では彼女を捉えてはいるものの、切嗣は体が思うように動かなかった。
切嗣(やられる!!)
一歩、また一歩と彼女が近づいてくる。切嗣は死を覚悟した。
ーその時だった。どこからともなく剣が飛んできた。かなりの高速で飛んできた剣は一本がシャーレイの頭部を切りつけた。さらに続けて飛んできた剣が彼女の左腕と肩に刺さった。
シャーレイ「ーぁぁああああ!」
悲鳴をあげ、彼女は凄まじい勢いで森の中へと消えていた。
切嗣(な…なんなんだ今のは。)
切嗣は目の前で起きたことをまだ理解できなかった。しかしシャーレイが森の中へと消えて行ったのを確認した途端、彼の意識は途切れた。
言峰「ん、取り逃がしてしまったか。しかし、それなりに傷を負わせることが出来たはずだ。再生する前に仕留めなければ。しかし…」
言峰は目の前で倒れている男に視線を落とす。手にしている銃器や身につけた装備品から言峰は、彼が魔術師であるとは考えなかった。
言峰(こいつが外部から雇われた人間なのだろうか?なんにせよ、ここは多少の治癒魔術程度はかけてやるか。)
言峰が治癒魔術を施すと切嗣は程なくして意識を取り戻した。切嗣の目に、ぼんやりと男のシルエットが浮かぶ。
切嗣「お前は…一体、誰だ?」
言峰「貴様のような人間とは関係のない人間だ。あの死徒の始末を依頼されたのだろうが、その怪我ではまともに戦えん。最小限の治癒はかけてやったから、さっさとこの島から出て行くことだ。それが身のためだ。」
そう言うと、言峰は立ち上がり、シャーレイが走り去った方向に向けて歩き出した。とうとう治癒をかけた相手の顔もほとんどわからないままに切嗣の意識は再び失われた。
それから一晩、言峰は手負いのターゲットの探索を行った。しかし、通ったであろう痕跡は発見できてもとうとう対象を見つけ出すには至らなかった。言峰は再び教会に戻り、休息と次回のための準備を行うことにした。教会への道中、彼は治癒をかけてやった男のことを思い返していた。特に記憶しておく必要など無い、ただの雇われ兵士だろう。結局その程度にしか考えられなった。
全身に痛みを感じ、舞弥は目を覚ました。切嗣が手榴弾を投げた直後、彼女は全神経をめぐらせ敵の動向に注意を向けた。にも関わらず彼女は敵に背後から一発くらい、そのまま気を失ってしまった。
舞弥(特に吸血されたような形跡はない。痛みはあるが動けそうだ。さて、切嗣ぐはどこに…?)
そう思ってた周囲を探すと、草むらで横たわった切嗣を発見した。彼の脈を確認すると、彼がまだ生きていることが分かった。木の枝などでできたような切り傷などは見られたものの、切嗣にも吸血されたような形跡は無かった。
舞弥「切嗣、しっかりしてください。切嗣…」
何度か呼びかけたところで彼は目を覚ました。
切嗣「…うっ、ぁあ、舞弥か…僕は…いったい、シャーレイは…」
舞弥「目が覚めましたね。私も死徒に攻撃を受けて気絶してしまいました。しかし…あの死徒は切嗣が撃退したのではないのですか?」
切嗣「いや。僕もかなり強烈な一発をくらっても吹っ飛ばされたんだ。確か足を銃撃できたはずなんだ…そうだ、そういえば意識が途切れる寸前に黒ずくめの男が剣で彼女を攻撃したんだ。それで彼女が森へ逃げて…」
舞弥「黒ずくめの男?私たち以外にもこの島に狩りに来た人間がいたのですか?」
切嗣「おそらくはね。多分僕はそいつに治癒をされたんだと思う。そいつは僕に帰れと言っていたな。」
舞弥「とすると、教会の代行者あたりでしょうか?」
切嗣「その可能性が高いだろうね。教会としても僕たちが雇われているという事実が気持ちのいいものじゃない。」
舞弥「ではどうしますか。教会が新たに代行者を送ってきたということは、我々がすでに必要ないと判断された可能性もあります。切嗣も私も手負いの状態です。それならば…」
切嗣「いや。一度依頼を受けた以上は最後までやれる限りは尽くす。それに、彼女が討伐された保証はどこにもない。」
舞弥「切嗣…死徒のことをさっきから彼女と呼んでいますが、あの死徒はあなたが船で話していた、シャーレイという少女なのですか?」
切嗣「…ああ、そうだ。僕は彼女が、シャーレイが既にあの日殺されたとばかり思っていた。実際、島が壊滅するまで聖堂教会と魔術協会が事後処理を行ったんだ。でも彼女は生きていた。…いや、討伐をまぬがれてしまったんだ。おそらくは死徒をあらから始末し、封印指定だった僕の父が死んだのを確認して連中が立ち去るまでずっと息を潜めていたんだ。それから今までずっと…」
舞弥「そんな相手を討伐できるのですか。あなたはこの島に来てから様子がおかしい。もしも情が入ってしまうなら、いっそ代行者に…」
切嗣「それは駄目だ!シャーレイはあの時、僕に殺してくれと頼んだんだ。あの時できなかったことを、今度こそ僕は…」
舞弥「そうですか。切嗣がそう言うならばあなたに従います。ですが、あなたが引き金を引くのを躊躇った時には私が撃ちます。」
切嗣「ああ。その時はね。よし、そうと決まれば死徒を探そう。手負いで、そう遠くにはいけないはずだ。どこか近くで体を休めている可能性が高い。もっとも、あの代行者に始末されていなければの話だけどね。」
二人は体の痛みを堪えつつ森へと入って行った。それは、切嗣が今回の一件はもうそんなに長くはかからないと考えていたからに他ならなかった。シャーレイの遺体を確認するか、もしくは彼女にトドメをさすか。結末の方法は二つに一つだった。
しばらく森の中を探し回ったが、あらかた探してもシャーレイの姿を確認することはできなかった。流石に動き回りすぎたせいか、疲労はかなりのものとなった。舞弥は治癒魔術の類を受けていないため、目に見えて疲弊していた。
切嗣「よし、ここらで休憩しよう。舞弥、ここで待っていてくれ。水を汲んでくる。」
切嗣は近くの川を目指した。ちょうど二人のいた場所から近くに川辺があったことを思い出したのだ。そこは昔切嗣がシャーレイとよく訪れた場所。彼女が島で一番好きな場所。彼が忘れられない質問をされた場所。
ーケリィはさ、どんな大人になりたいの?ー
そんな過去を思い出しながら歩いていると、切嗣はすぐに目的地に着いた。その場所は少年時代に見た景色とほとんど変わりが無かった。町が焼かれ、住人たちが死徒化して殺されても、この場所は変わらなかったのだ。切嗣は澄んだ川の水を見つめたあとに、携帯していた水筒に水を汲みタオルを濡らした。
切嗣「ここは…ここだけは変わらないな…」
感慨にふけっていると、彼は川の下流の岩場の影に何かがあるのを見つけた。不自然になにかが岩場から出ている。よく見ると人間の足のようにも見えた。切嗣は不審に思い銃を片手に岩場へと近づいた。そこで彼は思わぬモノを見つけてしまう。
切嗣「これは…こいつは…シャーレイ!?」
岩場の影に倒れていたのはシャーレイそのものだった。それは二度出会った怪物のような外見とは異なり遠い日の死徒化する以前のシャーレイの姿をしていた。
切嗣「そんな…どうして元の姿に…いや、そんなことはどうでもいい。まだ息をしている。ここで始末してしまえば…」
ゆっくりと銃口を彼女に向ける。指先を感情から切り離し、引き金を引くだけ。それで全てが終わるそう思った。しかしその決意はすぐに鈍ってしまうこととなった。
シャーレイ「ケ、ケリィなの…あなた?」
切嗣「え…」
これまで一度も言葉を発することがなかったシャーレイが、昔と変わらない声で話しかけたのだ。
切嗣「君は…君はシャーレイなんだね。」
シャーレイ「きっとそう。…うん。頭がひどく痛くて…」
切嗣「あの日、君が死徒化したことは覚えているか?」
シャーレイ「ぼんやりと。でもその前のことはハッキリ思い出せるんだ。」
切嗣(どういう事だ。死徒化したはずのシャーレイが元に戻ったのか?いや、ありえない。そんなこと今まで一度も。しかし、彼女はそもそも父さんの作った薬品で死徒化したんだ。他の死徒と何か違う点があるとしたら…っは、確か昨日、頭を怪我して…もしやそのショックで…)
シャーレイ「ケリィ。私、やっぱり殺されるんだよ…ね…」
切嗣は考えた。もしやこれはチャンスなのではないかと。これまで死徒化した人間が再び戻るという事例は彼は聞いたことが無かったが、目の前のシャーレイに何が起こっているのかが分かれば、もしかしたら何か手立てが見つかるかもしれないと。そうすれば今まで殺すことでしか解決できなかった自分が変われるかもしれないと。
切嗣「いや…ここで殺しはしないよ。君は…今はシャーレイなんだろ?理性と記憶をもっている、人なんだ。なら、もしかしたどこかに君を完全に戻すためのヒントがあるかもしれない。だから今は殺さない。殺したくないんだ。」
シャーレイ「でも、私、また暴れちゃうかもしれないんだよ…?」
切嗣「その時は…その時こそ、僕が君を…。とにかく一緒に来るんだ。」
切嗣はシャーレイを抱えた。さっきまで感じていた体の痛みなど忘れて、駆け足で舞弥の元へ戻った。
舞弥「…!切嗣それは!?」
舞弥は銃を構えた。
切嗣「待つんだ舞弥…今の彼女は死徒じゃない。少なくとも人間としての理性がある。銃をおろせ。」
舞弥「しかし…」
切嗣「銃をおろせ。僕は初めて死徒化した人間が理性を取り戻した事例に出会ったんだ。もしも、シャーレイが何故理性を取り戻せたかが分かればこの先必要以上に殺さずに済むかもしれない。だから…頼む。」
舞弥は暫く考えた。目の前にいるのは死徒だと。あくまで何が原因かわ分からないが一時的に過去の記憶を取り戻したに過ぎないのだと。ならば不安要素を取り除くのは早いに越したことはないと。しかし、目の前の切嗣は冷静さを失っている。おそらくかつて救えなかった少女が姿を見せたことで彼の中の基本理念が大きく揺らいでいるのだろう。ここでいくら話しても切嗣は聞き入れないだろうと。
舞弥「…分かりました。様子を見ましょう。ですが…」
切嗣「分かっているよ。よしじゃあ拠点に戻ろう。」
シャーレイ「ケリィ、どこに行くの?」
切嗣「昔の、僕たちの家だよ。」
舞弥は会話をしながら歩いていく切嗣の背中を見つめた。今のあの死徒の状態ならばいつでも自分が殺すことができる。もう少し時間をおいて切嗣が落ち着くのを待っても遅くはないだろう。そう考えた結果だった。少し遅れて舞弥も二人に続いた。
森を抜けると、太陽が真上にさしかかっていた。前日の夜に出発してから半日以上拠点を空けていたことになる。誰かが侵入すれば舞弥が仕掛けたセンサーに引っかかり、わかる仕組みだが今のところセンサーは反応していない。侵入の可能性が無いことを確認し切嗣はシャーレイをかかえて旧衛宮邸に入った。傷の手当てをした後、手頃なソファーがあったので彼女をそこに寝かせた。
切嗣「気分はどうだい?シャーレイ。」
シャーレイ「うん。大分良くなったよ。なんだかすごく懐かしい気がする。」
切嗣「ああ、もう何年も経ってしまったからね。」
シャーレイ「そうだね。ケリィすごく大きくなったもんね。」
切嗣「そうだね。…じゃあ休むといい。手当はしても治ったわけじゃないんだから。」
シャーレイ「うん…そうする。」
シャーレイが眠ったのを確認すると切嗣は部屋を出た。それから舞弥のいる部屋に向かった。
切嗣「今眠った。」
舞弥「そうですか。どうでしたか様子は?」
切嗣「今のところは安定しているよ。できればこのままずっと安定してくれるといいんだが…」
果たして死徒である彼女にとって異常なのはどちらの状態だろうか。舞弥はそう感じた。シャーレイを心配する切嗣の顔はこれまで彼女が見てきた彼のどんな時の表情とも違った。そこに一抹の不安を感じた。舞弥は切嗣のこれからの方針を聞こうとした。
舞弥「あの、」
切嗣「舞弥も疲れているだろう。見張りは僕がしておくから君も休むといい。シャーレイはここにいても他にも死徒がいるはずだからね。」
そう言って切嗣は足早に出て行ってしまった。
舞弥(他の死徒か。それらを生み出したのは他でもないあの死徒ということを忘れていないだろうか。)
舞弥にはどうしても切嗣が腑抜けてしまったように感じられてならかった。
切嗣はシャーレイのいる部屋で食事を取っていた。昼間は死徒は活発には行動できない。だから見張ると言ってもセンサーが反応しない限り外に警戒する必要はないと考えたのだ。
切嗣(本当に、ずっとこのまま…)
思えば彼が島を脱出する前に最後に見た彼女の姿は自身の吸血衝動に必死に耐え、殺してくれと懇願する姿だった。それから考えれば今ソファで横になっている彼女の姿はどれほど安らかなものだろうか。もしも本当に彼女がこうして理性を取り戻した原因を探り出し、彼女を救うことができたらどれほどいいだろうか。かつてナタリアを殺したその日から徹底してきた、大を生かす為に小を犠牲にする、という方法。ここで生まれる少数の犠牲すらなくせるなら、それこそ最も幸せな結末ではないか。彼はそう確信した。
シャーレイ「ケリィ。よっぽど辛いことがあったんだね。」
切嗣「えっ…」
熟考していた切嗣は不意に声をかけられ驚いた。見ればシャーレイがソファからこちらを見つめていた。
切嗣「起きたのかいシャーレイ。どうしてそんなことを?」
シャーレイ「だって、ケリィ泣いてるんだもの。」
そう言われて初めて彼は自分が涙を流していたことに気づいた。
シャーレイ「こんな私でも、ケリィの話を聞くことぐらいはできるんだよ。」
切嗣「でも…」
シャーレイ「聞きたいな。ケリィの話。」
切嗣「君に聞かせられるほど、立派な生き方じゃないんだよ…」
シャーレイ「それでもケリィは一生懸命頑張ってきたんでしょ?」
切嗣「僕は…」
シャーレイ「じゃあさ、教えてよ。ケリィはさ、どんな大人になったの?」
切嗣「!」
かつて彼女が彼に聞いた質問。あの時は曖昧にしか答えられなかったがとうとう答える日が、答えられる日がきたのかもしれない。切嗣はそう心の中で思い、口を開いた。
切嗣「僕はね、正義の味方になりたいんだ。」
シャーレイ「なりたい?まだなれていないの?」
切嗣「ああ、ー」
切嗣はこれまで経験してきたことをシャーレイに話した。父を殺し、恩師であるナタリアを殺し、大を生かすために小を犠牲にしてきたという彼の過去を全て。
切嗣「僕はそうやって生きてきたんだ。たくさんの人を救うことが正しいと信じてきた。でも、犠牲者が出る以上は完全とは言えない。それじゃあ正義の味方ではないと思うんだ。」
シャーレイ「…そっか。想像していた以上に辛い思いをしてきたんだね。でもね、私はケリィはもう正義の味方だと思うな。だって見ず知らずの誰かを救うために、ケリィにとって辛いこの場所にまで来られたんだもの。きっと普通の人じゃなかなかできないことだと。それにケリィのおかげで私は今こうしているんだもの。」
切嗣「そうか…そうかもしれないね。」
シャーレイ「うん。きっとそうだよ。」
切嗣「ありがとうシャーレイ。おかげで楽になったよ。」
シャーレイ「どういたしまして。ちょっと疲れちゃったからまた休むね。」
切嗣「ああ、おやすみ。」
切嗣は部屋を後にした。
切嗣(本当にずっとこのままでいて欲しいな。)
すでに日が暮れ始めていた。そこで初めて彼は何時間も彼女と話し込んでいたのだと気づいた。
ーそしてまた夜が来たー
日が完全に沈んでから、切嗣は舞弥と交代した。仮眠を取り始めると彼はすぐに眠りについてしまった。舞弥は切嗣が眠ったのを確認すると銃を持ってシャーレイの眠る部屋へと向かった。
喉の渇きを感じてシャーレイは目を覚ました。意識がはっきりしてくると、渇きはますますひどくなった。まるで全身の水分が失われたかのような感覚が彼女を襲う。彼女はこの感覚に覚えがあった。忘れもしない、吸血衝動だ。どうにかして抑えなければ。そう考えればそう考えるほどますます渇きを潤したいという欲求が強くなっていった。どうすれば抑えられる?どうすれば満たされる?そんな考えが思考を支配した時最悪のタイミングで部屋のドアが開いた。
ーそうか、あいつから奪えばいいんだー
そう思った瞬間、シャーレイは、死徒はソファから飛び上がった。
一発で仕留める。そう思って舞弥は銃を構えて扉を開けた。しかし彼女は予想外の事態に見舞われた。扉を開けるなりいきなり何者かに殴られ転倒したのだ。次の瞬間、舞弥に馬乗りになるようにしてシャーレイ=死徒が姿をみせた。殴られた衝撃で彼女は銃を落としてしまった。死徒は彼女の首筋に顔を近づけてきた。
舞弥(吸血する気か!くっ、それだけはなんとか避けなければ。)
右腕で死徒の頭を抑えた。しかし死徒もその腕をどけようとする。力の差は明らかだった。
舞弥(やられる!)
そう覚悟した瞬間だった。死徒は一度動きを止めた。
シャーレイ「ぅぅうう、わ、わたしは…わた、わたし、ぅぅああああ!」
その瞬間、舞弥は死徒の股下から抜け出し、銃を拾った。そしてすぐに撃った。死徒も激しく動いたために、頭部を狙ったつもりだったが左肩に逸れてしまった。再び舞弥が銃を構えようとした瞬間、死徒は窓をぶち破って外へと飛び出した。そこでセンサーに引っ掛かったようだ。警報音が鳴り響いた。
切嗣「一体なんだ!今の銃声は!?」
舞弥「あの死徒はやはり戻りました。よって発砲した次第です。」
切嗣「…仕留めたのか?」
舞弥「いえ、左肩に当たりました。」
切嗣「…そうか。分かった。始末は僕がする。舞弥は傷の手当をしておけ。」
舞弥はその時になって自分がさっきの攻撃で負傷したのだと気づいた。
舞弥「分かりました。」
返事を聞き終わるかどうかというタイミングで切嗣は駆け出した。
言峰はただならぬ気配を感じて教会の外へ出てきていた。結局昨晩仕留め損なった死徒は見つからず、夕方から再び探すつもりでいたのだが教会の周辺で数体の死徒が姿を見せたためその処理を行っていた。町の外まで死徒を追いかけすべて仕留め終わるとその数は十体を超えた。言峰は一旦武装を補充すべく教会に戻ったがそこ自分以外の幾つもの気配を感じたのだった。
言峰「…なるほど。いよいよ私を狙って出てきたか。二十はいるな。さてこの中に元代行者とやらはいるのかな。」
言峰は黒鍵を両手に構え駆け出した。
暗い、真っ暗な森を切嗣は走っていた。もう三日も森に出入りしていたが、これほど暗く感じたのは初めてだった。
切嗣(きっと彼女はあそこにいるはずだ…)
彼はシャーレイを見つけた川辺に向かった。死徒として本能的にあの場所に向かったのか、シャーレイの意志であそこに居たのかは分からなかったがとにかく切嗣には彼女があそこにいるという確信があった。そしてその予想は見事に的中した。
切嗣(いた…か…)
ちょうど木々がなく、差し込んだ月明かりが岩場でうずくまるシャーレイの姿を照らしていた。うめき声だけが流水の音に混じって聞こえていた。必死で自信の吸血衝動に抗っているようだった。ゆっくりと切嗣が近づくと彼女も気づいた。
シャーレイ「ぅぅ…ぅうう…け、ケリィ…」
切嗣「ああ、僕だよ。」
シャーレイ「ご…ごめん…ね。やっぱり…だめだった…よ…」
切嗣「…」
シャーレイ「こ…殺し…て。もうこれ以上…誰かを…襲う前に…」
切嗣は無言で頷き、胸にしまっていたコンテンダーを取り出した。この島にきてからずっと使っていた銃とは別の、獲物を確実に殺すための彼の必殺の銃である。一歩ずつシャーレイに近づきつつコンテンダーに弾をこめる。
ー今度こそ彼女を眠らせるんだー
かつて少年時代、殺してくれと懇願する彼女から逃げ出した自分を思い出した。
ーこの島の悪夢は僕の手で終わらせなければならないんだー
父を殺した瞬間を思い出した。
ーここで終わらせる。そうでなければこの先どれだけの人が犠牲になるかー
ナタリアの乗った飛行機を爆撃したあの時の決意を思い出した。
ーケリィはさ、どんな大人になりたいの?ー
切嗣「…僕は、僕は、今度こそ正義の味方になってみせる!」
とうとう指先が感情から離れることはなかった。震える指に力を込めて引き金を引いた。
乾いた銃声が響いた。
ーそれまで苦しみ続けていたシャーレイの顔が、一瞬微笑んだように見えた。ー
頭部を撃ち抜かれたシャーレイはピクリとも動かなくなった。十分、二十分と経過しても一向に再び動き出す気配は感じられなかった。どれだけの時間が経ったか、シャーレイの横に立ち尽くしていた切嗣はようやく動き出した。
切嗣「せめて、安らかに眠ってくれ。シャーレイ…」
この日だけで切嗣はどれだけ涙を流しただろうか。ナタリアが死んだ日から流れることのなかった涙が一日で二度も流れたのだ。舞弥の待つ旧衛宮邸への帰り道、拭っても拭っても涙が止まることはなかった。そして彼は出迎えた舞弥の姿を見てようやく落ち着くことができた。
それから間も無くして二人は停めていた船に再び乗り、アリマゴ島から去って行った。
言峰が自信に襲い来る死徒を全滅させるのにそれほどの時間はかからなかった。しかし、ターゲットだった本命の姿はなく彼は翌朝から再びその捜索を行っていた。前回は気づかなかったが森を少し抜けたところにある川辺を彼は見つけた。
言峰「これは…」
そこにあったのは頭部を撃ち抜かれたターゲットの体だった。相当威力のある弾丸を撃ち込んだのが一目で分かった。
言峰「しかし…完璧な仕事ではないな…」
彼は魔術によってシャーレイの体を燃やし始めた。いかに活動を停止したとはいえ、一度死徒化した以上再度復活する可能性があるため完全に消滅させる必要があるからだ。
言峰(おそらくはあの男の仕業だろう。しかし、この死徒に感情移入でもして引き金を引くのが精一杯だったと見える。)
そして彼女の体は完全に消滅した。
言峰「ようやく死んだのだから安らかに眠れ。」
そうつぶやいて立ち去った。
切嗣は出発前から拠点としていた小さなアパートに戻るとそれっきり部屋に篭ってしまった。教会への報告は代行者がいた時点で必要ないと言い切り、舞弥には急ぎの要件がない限りは来ないように言いつけた。
切嗣(結局、また殺すことでしか終わらせられなかった…)
切嗣(誰もを救うなんてことは決してできない。それは奇跡でしかない。)
切嗣(もしそんな奇跡があるなら、僕はこの命に代えてでも…)
切嗣(いや。奇跡なんか信じちゃいない。だからこそ僕は僕の正義を貫くんだ。)
切嗣(一人でも多くの人間を救う。そのために僕は戦うんだ。)
切嗣(そのためにどんな犠牲が待っていようとも…)
切嗣(そしていつか、本当に平和な世界ができる、その時まで…)
ドアをノックする音が聞こえた。切嗣は立ち上がりドアを開いた。
彼の新たな戦いが始まる。本当の平和を勝ち取るための「戦争」が。
舞弥「切嗣、アインツベルンのユーブスタクハイト翁があなたに会いたいと…」
完
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