2019-05-18 18:30:35 更新

概要

始まりにして最強の深海棲艦『乙姫』を撃滅し、ついに人類は暁の水平線に勝利を刻んだ。
だがしかし、唯一深海棲艦誕生のルーツを知ってしまった提督は自責の念からたった一人、誰にも知られることなくその姿をくらまそうとするのだが……。





【第一話:大淀】


 カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しくて私は目を覚ました。


 いつの間に床についていたのだろうか?昨晩の記憶が霞がかったように曖昧だ。


 とりあえず、現在の時刻を確認するため枕元にあるはずの時計に手を伸ばそうと試みる。だが左腕が動かない。痺れという風ではない、何かに縛り付けられているような感覚だった。


 私は視線を左腕に向ける、まだカーテンを締め切っている室内は薄暗く、そこに何があるのか理解するのに数秒の時間を要した。


 裸の女がいた。


 これが一糸まとわぬというのだろう、下着一枚身につけていないその身体には所々白濁した液体が付着している。どうやらそういう事らしい、目を覚まし始めた私の脳が昨晩の記憶を蘇らせ始めた。

 

 私は昨晩、目の前の女性、軽巡洋艦 由良に襲われたのだ。性的な暴行だ。彼女に付着した白濁液と室内に充満した汗と亜鉛とが混ざりあったような異臭、そして私の体中に刻まれた由良の歯型があれが夢ではなかったのだと物語っている。


 私は抵抗しなかった、しても無駄だと経験として知っているからだ。男と女である前に提督と艦娘、その力は関係は明白だ。私が学生時代にアメリカンフットボールのラインマンとして鍛えあげたこの肉体をもってしてもその不等号の向きは変わらない。人では艦娘に力で勝つことは絶対にできないのだから。


 私は由良を起こさないよう掴まれた腕を優しく引き抜き立ち上がった。体が重い、精も体力も全て絞り尽くされている。だがもう一度眠ることは許されない。


 私は気力を振り絞り、ローブを羽織る。そして両手に軍服を抱えシャワー室へと向かった。


 急ごう、遅れるとまた秘書艦に怒られてしまう。






□□□






「昨晩『も』お楽しみだったようですね。汚らわしい」


「好き勝手言ってくれる……」


 シャワーを浴び体にこびりついていた体液を流した私は軍服に袖を通し、執務室へと入った。室内では秘書官の大井がコーヒーメーカーから一滴、また一滴とカップに落ちる雫の音を聞きながら机に重ねられた書類に目を通していた。


「昨晩のお相手は誰だったんですか?翔鶴さん?それとも陸奥さん?まさか駆逐艦ということはないでしょうね?」


「……由良だよ」


 あらぬ誤解を招かぬよう私は大井の問いに正直に答える。だが大井はさしてその答えに興味はなかったのか何も言わずにカップいっぱいに貯まったコーヒーを手に取り口をつけた。


「まぁ、提督が誰と関係を持とうが私の知るところではありません。ですが……以前も言ったように北上さんに手を出したその時は……」


 突然大井の目がギラりと光り私の股間を睨みつけた。言外に今すぐにでもその不愉快なモノを潰してやろうかと言っているのがありありと伝わってくる。


「……何度も言っているが私からお前達に関係を迫ったことなどただの一度もありはしない。むしろ逆、貴様等艦娘が己の立場と力の差を利用して私を手篭めにしているのだろうが」


「どうですかね……本当に貴方が拒んだのなら、無理やりに行為を行おうとする娘がいるとは私には思えないのですが。貴方にそれほどの魅力があるとも思えませんし」


「そう思うならこの状況をなんとかしてくれ。そうすれば煩わしい秘書艦の任からも解放されるぞ?」


「……考えておきます」


 私に対し反抗的なスタンスの大井。戦時中は彼女との中を何とか縮められないかと考えたものだが今ではこの距離感が私にとって唯一の癒しになってあるのだから分からないものだ。他の艦娘とは距離感という概念そのものがなくなってしまっている。


「ほら、遠征艦隊が東京急行から帰投したようですよ。さっさと出迎えに行ってあげてくださいな」


「今シャワーを浴びてきたばかりなのだが……」


「それがなにか?まさか汗をかくのが嫌だから出迎えたくないとでも?」


「そうではない……その……また汚されてしまう。君も分かっているだろうが」


「あーあー、分かりません。……というかこんな所で始められたら敵いませんし、早く行ってください」


 大井は誤魔化すようにそう言うと手をシッシッというように振り私を執務室から追い出した。


 私は大井に言わるがままに入ったばかりの執務室を後にし遠征艦隊を迎えるべく抜錨地点に向う。そもそも戦争が終結した今、遠征を行うことにどれだけの意味があるというのか……。


「着替え……先に用意しておくべきだな」


 そう独り言を呟き私は遠征艦隊を出迎えにいくのだった。







□□□







 この鎮守府が壊れてしまったのは今から約2ヶ月前、戦争が終結した直後のことだった。


 その日、百年以上もの間続いた深海棲艦との戦いは敵軍の首領である母なる深海棲艦、個体名『乙姫』の轟沈と共に終わりを迎えた。

 

 私はようやく刻んだ暁の水平線を目に焼きつけると共に敵であり、自身が滅ぼした深海棲艦に対して涙を流した。


 深海棲艦の首領『乙姫』はただ想い人を求めていただけだった。それこそ、私達人類が彼女達を『深海棲艦』と名付け、敵対するようになるずっと前から一人の男を探していたのだ。深く暗い深海に沈む竜宮城から乙姫は一人この海面にやって来てだ。


 元々、乙姫に人類と争うつもりはなかった。それどころか乙姫の想い人『浦島太郎』はこちら側の人間、友好的にすら思っていたことだろう。深海と人類は手を取り合える可能性を持っていたのだ。


 だがその可能性を潰してしまったのは人類だった。


 人類は彼女の想い人、浦島太郎を利用し乙姫を捕獲しようとした。だがその計画は利用しようとした浦島太郎本人の妨害により失敗に終わる──────浦島太郎はその命を持って乙姫を守ったのだ。


 そして人類に裏切られ、骸となった浦島太郎の前で乙姫は誓った。


───────必ず人類を滅ぼす


 いつの間にか乙姫の頭部には禍々しい二本の角が生え、綺麗な薄桃色だった着物は赤黒く血の色に染まっていた。


これが深海棲艦の誕生の瞬間だった。


 乙姫が人類の敵となり百猶予年、ついに人類、私は彼女と対峙した。ボロボロで顔が半分吹き飛び、片手片足を失った彼女は私にその胸の内を語った。


 浦島太郎を奪われたあの日の無念を、自身が竜宮城から出てきたばかりに浦島太郎を殺させてしまった後悔と。そして陸に置いてきてしまった自身の子供への謝罪を私に語り涙を流しながらその命を終えた。


 乙姫を沈め、深海棲艦の秘密を唯一知った私は強い罪悪感に襲われた。


 世間は私のことを『戦争を終わらせた英雄』と持て囃した。だがどれだけ賞賛のことばを浴びせられようと私の罪悪感が晴れることはなかった。むしろその賞賛の言葉を聞く度に最後に聞いた乙姫の言葉がたまらなく私の胸を締め付けるのだ。


 そして英雄扱いされることに我慢のできなかった私は一つの決断をする。


「……帰ろう。静かな、海の見えないあの場所でアイツとともに残りの人生を過ごそう。それが乙姫の願いなのだから」


 私は故郷に帰ることにした。故郷にもどり、私を待っていてくれる幼馴染であり、乙姫と浦島太郎の子孫であるアイツを私が守らなくてならない、それが乙姫への私からの罪滅ぼしだ。



□□□



 鎮守府を去ると決めたその日の夜、私は長年世話になった事務官、『任務娘』にその胸のうちを打ち明けるべく彼女を酒保へと呼び出した。


 鎮守府に備え付けられている酒保、元々は只の売店で雑貨と安酒が売られているだけだったその場所はいつの間にか酒好きな艦娘達によって小洒落たバーに改装されていた。


「そう……ですか。軍を去り平穏な日々を過ごす、それも良いかも知れませんね」


 私の話を聞いた任務娘はカクテルの入ったグラスを揺らし氷の音を鳴らしながらそう言った。その横顔は薄暗いバー内ではハッキリと見ること出来ないがはどことなく悲しそうな表情に感じられた。


「ああ。このことは誰にも話していないし誰にも話すつもりもない。明日の朝、誰にも気取られないようここを発つつもりだ。だが君にだけは一言礼を言っておきたかった」


「礼……ですか?」


 私は姿勢を但しカウンターに向けていた体を回転させ任務娘の方へと向き直る。


「永い間本当に世話になった。新米提督の私が誰一人として戦死者を出さず戦争を終結させられたのは間違いなく君のおかげだ。ありがとう”大淀”」


「……」


 私の心からの礼に大淀は何も答えない。こちらには一瞥もよこさずただグラスを揺らし続けていた。


 沈黙が貸切状態の酒保を包み込んだ。何分経っただろうか大淀は突然グラスのカクテルを一気に煽るとポツポツと言葉を紬始めた。


「貴方が叢雲さんと共にこの鎮守府に着任した時、頑固で融通が効かなそうな人だなというのが第一の感想でした」


「……私も君を見て同じ感想を抱いたよ」


「ふふ、そうですね、あの時の私は確かにそうだったかもしれません。ですが貴方は違った。真面目で、筋の通らないことが大嫌いな所は想像通りでしたが貴方はその見た目からは想像出来ない程に可愛らしかった」


「可愛い?」


「はい。提督適正者ほぼ全員に当てはまることですが貴方がた提督は言ってしまえばただの素人です。ただ『妖精さんが見える』という素質を有しているだけ、ろくな教育も施されず海に放り出された一般人にしか過ぎません。ですがそんな理不尽に文句一つ言わずただ我武者羅に努力し、私に頼ってくれる貴方を見ていると……可愛い、失礼ながらそう思ってしまいました」


「私には君と叢雲しか頼れる人がいなかったならな……他の艦娘に無能の烙印を押されるわけにはいかなかった。ずっと任務娘が、大淀が素人の私を支えてくれた。感謝してもしきれない」


「感謝して……おしまいですか?」


「なに?」


 私からの感謝の言葉に大淀は今日このバーに入って初めて私の目を真っ直ぐに見つめた。いつも濁りなく、純粋だったその視線はなぜだか今は蛇のように獲物を逃がさんとする爬虫類のものに感じられた。


「提督の言うように私はずっと貴方を支えてきました。その代価とし支払われるのは感謝の言葉だけなのですか?私の働きはその程度のものでしたか?」


「そう……だな。もちろん私としても君に何かお返しをしたいのだが……知ったの通り甲斐性のない男だ。私に何か出来ることがあればよいのだが……」


「ありますよ、できること」


 大淀はそう即答した。はて、私に出来ることとは何なのだろうか。欲しい物が有るなどなら話が早くて助かるのだが。


「提督、この鎮守府に残ってください。確かに深海棲艦との戦争は終わりましたがまだこの鎮守府は……艦娘は貴方を必要としています」


「大淀……」


「それがダメだと言うのなら……提督……私も一緒に貴方の故郷に連れて行って貰えませんか?」


 初めは大きかった大淀の声は後半につれどんどん小さく細いものへとなってしまう。きっと彼女はそのお願いが聞き届けられないと知っているのだろう。


「……すまない。私にはもう心に決めた人がいる。そいつと残りの時間を過ごす為に故郷へと帰るんだ」


「そう……ですよね。でもそんなのは知っていました。提督、これみよがしに左の薬指を見せつけるんですから。けど……」


「我慢できなかった。もしかしたら貴方はその人を捨てて私を選んでくれるかも知れない。そう考えると言葉を飲み込むことは出来ませんでした」


「すまない……」


「謝らないでください。でも……ケジメといいますか最後に……私に思い出をくれませんか?」


 そう言うと大淀は目を閉じ顎を少しあげて私に唇を向けた。


 少し戸惑いながらも私は感謝、謝罪、そして別れの意味を込めてゆっくりとその唇に口付けた。


「ありがとう……ございます」


 唇を離すと大淀は下を俯きながらそう言った。


「私、もう行きます」


 大淀は勢いよく立ち上がると私に目を合わせないままバーの出口へと走っていった。


「提督……ごめんなさい」


 バーから出る直前にそう言い残した彼女の言葉は一人になった私の胸の中で何度も何度も反芻した。こんな後味の悪い別れにするつもりはなかったのだが……やはり私には甲斐性というものがまるでない。


 次の日、私は大淀の残した謝罪の言葉の意味を知ることになるとはこの時は予想だにしていなかった。




【第二話:叢雲】



 大淀との密会の翌日、私は日の出前に宿舎をあとにした。


 時刻はマルヨンサンマル。鎮守府一の早起きである不知火がランニングを始めるまでまだ30分もの猶予があった。この時間ならばまず間違いなく艦娘達はまだ全員床についているはずだ。


 荷物を詰めたキャリーバックのキャスターがカラカラと乾いた空気に響く。外とはいえ皆が寝静まっているこの場所ではやけに音が大きく聞こえる。


 真っ直ぐに鎮守府の門へと歩いていく。一歩、また一歩と進む度に変わる景色に随分と懐かしさと愛おしさを覚えた。


 この鎮守府に着任して7年、色々なことがあった。初めは叢雲しかいなかった艦娘も今では50名を超える大所帯だ。この鎮守府にはそんな彼女達との思い出が詰まっている。


 本音を言えば私もこんな形での別れは望んではいない。だけど、私が彼女達に別れを告げれば、きっと彼女達は私を引き止める。それくらいの信頼関係は結んできたつもりだ。


 だが……私は引き止められる訳には行かない。きっと私がここから、軍から去るという事実は直ぐに上に伝えられてしまう。そうなれば軍やマスコミは私を監視するようになるだろう。


 彼女を……乙姫を沈め英雄となった私にきっと彼らは利用価値を見出しているはずなのだから。


 私はあの日の乙姫との約束を守らなければならない。その為には誰にも気取られず故郷へと戻り幼馴染と合わなければならない。


 一度も振り返ることなく前へと進むとやがて鎮守府の正門が見えてきた。歩を早めグングンと歩く。すると門の中心に一人の少女が立っているのが分かった。


 長くキメ細かい真っ白な髪にトレードマークの兎の耳の様な電探を身につけた少女。7年前、私と共にこの鎮守府に着任した艦娘『叢雲』だった。


「あら司令官、奇遇ね。こんな時間にどうしたのかしら?」

 

 奇遇と言うには彼女の姿は少々無理があった。3月も後半になったといは言えまだまだ早朝のこの時間はかなり冷え込む。だと言うのに叢雲は艤装を完全装備し、この寒空の下この門の前で一人仁王立ちしているのだから。


 恐らくは大淀の仕業だろう。今日、私がここを発つと知ってるのは大淀だけだ。他に知っている者がいるとすれば大淀が話した以外に考えられない。恐らくは私を引き止めるために……初期艦である叢雲ならばそれが出来ると踏んだのだろう。


「なに、ただの散歩だ」


「そんな大荷物をもって?」


 叢雲は私のキャリーバックを指さしながら言う。不毛な会話だ、彼女は私が此処を出ることを知っているし、私は叢雲がそれを知っていることを知っているのだから。


「ああ、少し永い散歩だ。私が守ったこの国がどんなものなのかこの足で歩いて確認してみたいと思ってな」


「アンタが守った訳じゃないわ、アンタと私達が守ったのよ。だったらそのお散歩には私達も連れていくのが筋でしょう?」


「そうだな……。なら今日は下見に行かせてもらおう。お前達全員と散歩に行くためのな」


 そう言って私は前へと進む。だが叢雲は両手を広げ道を塞ぐようにして私の歩を阻むんだ。


「くどいぞ。どけ叢雲」


 私は突き放すようにして叢雲に命令する。だが叢雲は引かない、むしろ私を睨みつける。


「もう……ここには戻らないって本当なの?」


 やはり大淀から聞いていたか……。


「そうだ。私には他にやらなければならないことが出来た。この場所にはもう戻らない」


 私がそう言うと叢雲は艤装のスロット1、スロット2に装備していた2つの12.7cm連想を展開しその砲口を私に向けた。叢雲の顔には鬼のような怒りの感情が張り付いている。


「勝手なことを言うんじゃないわよ。アンタ自分の立場分かってるの!?アンタが最後に乙姫に何を言われたのかは知らない……けど乙姫を沈めた鎮守府はここでアンタはその司令官なのよ!?まだまだアンタにはやることがあるでしょうが!」


「……すまないとは……思っている」


「謝って欲しいわけじゃない!その責任を果たしなさいと言っているの!私が育てた司令官はそんな無責任な男じゃなかったはずよ!?」


「……」


「カッコカリをした娘のことはどうするつもりよ!確かにアレは形だけの能力底上げの道具でしかない……けど指輪を貰った娘達がどう思っているのかを知らないとは言わせないわよ!」


 叢雲の言うことに心当たりは確かにあった。艦娘達の能力を向上されるアイテム『指輪』。それを提督である俺から艦娘達に贈ることで彼女達はさらなる力を手にする。


 強くなるのは喜ばしい、だが指輪という形状に問題があった。男から女性に指輪を贈るのだ、そう言う意味だと捉えた艦娘も少なからずいた。少なくともその指輪が彼女達の左薬指に付けられているのを見て気づかないほど私は鈍くはなく、その勘違いを正す勇気もなかった。


「どうしても此処を出ていくと言うのなら筋を通してからにしなさい」


 そう言う叢雲の薬指にも変わらず指輪が付けられているのを見て私の胸はズキリと傷んだ。本当に……どうして上は指輪なんて形状にしてくれたのか。


 だが私はそれでも此処を出ていかなくてはならない。私にとって何よりを通さなくてはならない筋は乙姫との約束なのだから。


「もう一度言う……どけ叢雲」


 先程よりも低く、怒りの感情を込めた。胸が張り裂けそうなほどに痛い、苦しい。


「引き返しなさい司令官」


 睨んでも声音を低くしても叢雲は引かない。彼女の目を見て話し合いでは決して解決しないと私は理解してしまった。モタモタしていると他の艦娘達の起床時間になってしまう、これ以上時間はかけられない。


「どけ」


「絶対にどかない」


 無理矢理に叢雲の脇を通り抜けようとするが服を捕まれ阻まれる。


「アンタが筋を通さないって言うのなら私にだって考えがあるわ」


「考えか、何をしようと無駄だ」


「これを見ても同じことが言えるのかしら?」


 そう言うと叢雲はポケットから一枚の写真を取り出しそれを私に突きつけた。


「ッ…!大淀め、いつの間にこんなものを……!」


「言っとくけど写真だけじゃないわよ。ちゃんと動画データだって残ってるわ」


 叢雲の取り出した写真には私と大淀、昨晩の密会の様子が映し出されていた。それも別れ際、私が彼女に口付けた場面だ。


「司令官、アンタ大淀に言ったわよね?故郷に戻って大好き幼なじみと暮らすって。けどその幼なじみさんはこの写真を見てなお貴方と暮らしたいと思ってくれるのかしら?」


「叢雲……私を脅すつもりか」


「言ったはずよ、貴方が筋を通さないのなら私にも考えがあるって」


 叢雲の言う通りこの写真は私の弱点になりうる。もしもここで私が彼女を振り切って故郷に帰ったとしても叢雲はきっと追ってくるだろう。そしてこの写真や動画をアイツに突き付ける。そうなればアイツがどう思うか……場合によってはアイツは私の元から去ってしまうかもしれない。そうなれば乙姫との約束も果たせない。


「司令?それに叢雲も。こんな早朝にどうされたのですか?」


 突如背後から声をかけられた。振り返るとそこには体操着にスパッツといった機能美溢れる格好をした不知火が息を切らせながら立っていた。


 しまった───────叢雲に気を取られて随分と時間を消費してしまったらしい。いつの間にか不知火がランニングを始める時間になってしまった。


「いや、なに。少し早くに目が冴えてしまってな。少し外を散歩してあたところだ。叢雲とはたまたま此処であっただけだ」


「そうでしたか。ですがそのキャリーバックは一体?まるで旅行にでも行くかのような大荷物ですが……ハッ!まさか司令、大本営からの極秘任務でしょうか!?であればぜひこの不知火にボディーガードをお任せください!司令の身は不知火がお守りします!」


「いやそうじゃない。本当にただ散歩していただけだ。このキャリーは……そう叢雲のなんだ。そうだな叢雲?」


「……そうよ。私、さっきまで乙姫の件で大本営に呼び出しされてたの。ちょうど帰ってきた所にこの人がいたから荷物を持って貰っていたの」


「そうでしたか……では今現在、司令は不知火に用はないと」


「ああ、気を使わせてしまってすまない」


「いえ、では不知火はランニングに戻らせていただきます。何か御用があればなんなんりと」


 そう言って不知火はそのまま走り去っていった。


「すまない……助かった」


「別に。今はまだ不知火に知られるのは都合が悪かっただけよ。ほら、とりあえず戻るわよ。ついて来なさい」


 弱みを握られた私は叢雲の指示に従いより他に選択肢はなかった。



□□□


 叢雲に手を引かれ元来た道を引き返す。


 もうこの鎮守府内をあることは二度とないはずだったというのに30分足らずで引き返すことになるとは、昨晩軽率な行動をとった私が恨めしい。


「ご丁寧に鍵も置いていってたのね」


 執務室に連行されるのかと思いきや連れてこられたのは先程私が出発したばかりの提督用宿舎だった。もう戻らないつもりだっために玄関口に掛けていた鍵を目ざとく見つけた叢雲はそれを使い勢いよく扉をひらいた。


「入って」


「ああ……」


 叢雲は私の身体を宿舎に押し込むと自信も中へと入り、直ぐに玄関口の鍵を閉めた。丁寧なことだ、既に私は大淀と叢雲の持つ写真と動画のデータを回収しなければここから逃げることはできないというのに。


 叢雲に手を引かれ私は宿舎内を進む。叢雲はこの宿舎の構造を把握しているらしく全く迷いを見せることなくズンズン歩く。この宿舎内に叢雲は入ったことがないはずなのに不可思議だ。


「入って」


 目的の部屋に着いたらしく叢雲は先程と同じ言葉を繰り返した。連れてこられたのは私の寝室だ。


 叢雲の言葉に従い私は彼女と寝室に入る。


「何もない……本当にもう戻らないつもりだったのね」


 寝室には既に私の私物は何もなかった。当然だ、もう二度と戻ってくるつもりはなかったのだから。


「さて叢雲、話し合いをしよう。その写真をどこで手に入れた?」


「分かってる癖に。大淀よ。」


「だろうな。ではどうすればその写真と動画データを私に渡してくれるんだ?」


「アンタが此処に居続けてくれると約束してくれるのなら考えてあげてもいいわ。大淀がどうするのかは知らないけどね」


「……叢雲分かってくれ。私だってお前達との別れは辛い。だけど仕方ないんだ」


「仕方ないじゃないわよ!」


 叢雲は突然声を荒げ肩を掴み私を壁に押し付けた。駆逐艦とはいえ流石は艦娘、私がどれだけ力を込めてもその手を払うことはできなかった。


「他に女がいるなんて……アンタそんなこと一言も言ってなかったじゃない……なのになんでよ、急にそんなこと言われてもはいそうですかなんて納得できるわけないじゃない……」


 叢雲は私を壁に押しつけたまま私の胸に顔を埋めた。表情は見えないが涙を流しているのは直ぐに分かった。


 大淀といい叢雲といい二人も泣かせてしまった。


「すまない……」


 優しく叢雲の白い髪を撫でた。いつだったか以前にもこうして彼女の髪を撫でたことがあったのを思いだす。もう遠い昔のことのようだ。


「……」


「おい、叢雲?」


 急に私の両足が床から離れた。私の胸に顔を埋めていた叢雲がそのまま私の体を持ち上げたのだ。


「叢雲、降ろしなさい」


 ぺしぺしと叢雲の頭を叩き抗議するが叢雲は反応しない。彼女は私を持ち上げたまま移動を始め数歩歩いて私をベッドの上に放り投げた。


「ぐっ、叢雲……何を……」


「……犯す」


 私には叢雲が何を言っているのか分からなかった。だが彼女はワンピース状の制服を脱ぎ捨てると下着一枚になり私に覆いかぶさった。


「何をしているんだ叢雲!正気に戻れ!」


「五月蝿いわね。生娘でもあるまいしガタガタいわないで」


 私の言葉を無視し叢雲は腰のベルトに手をかけた。それを外されては不味いと必死に抵抗するが彼女の片手で私の両腕を抑え付けられてしまう。


 成人男性であっても艤装を展開している艦娘には力では到底及ばない、それを実感させられた。


 両手の自由とベルトを奪われ、スボンを脱がされる。


 次に叢雲は私の上半身の衣服を剥ぎにかかった。こちらは脱がすのが面倒になったのかビリビリと破き剥いでいく。


 直ぐに私の衣服は全て剥ぎ取られ下着一枚の格好にされてしまう。


「最後にもう一度だけ聞いてあげる」


 私に馬乗りになった状態で見下ろしながら叢雲は言う。


「故郷にいる女がどんな娘でアンタとどんな関係なのかなんて知らない。けどこれだけは言える……ここに艦娘達はその女なんかよりずっと……ずっとアンタを必要としてる」


 叢雲の目から溢れた雫が私の胸に零れた。鼻声になりながらも彼女は続ける。


「だから……ここに残りなさいよ……私達を捨てないでよ……」


 此処で彼女の言葉を肯定すればきっと私はひとまずこの窮地を脱することが出来るのだろう。だけどもうそんなことはしたくなかった。ただでさえ、彼女達の気持ちを考えず、一言も告げず姿を消そうとしているのだ。これ以上、筋の通らないことはしたくない。


 だから私は真っ直ぐに彼女の懇願を拒否した。


「すまない。それは出来ない」


「そう……なら仕方ないわね」


 そのまま私は、叢雲の悲しみ、怒り、情欲を自身の身体で受け止めた。





後書き



深海棲艦=浦島太郎伝説を提唱します。


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